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【第3回】ダイバーシティ&インクルージョンの皮肉な現実と、ホモ・サピエンスの習性や脳のメカニズムとの関連性【ダイバーシティ&インクルージョンやハラスメント防止は人間の本能に反する!?】

2022.02.28
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総合研究部 主任研究員 安藤未生

※本稿は全4回の連続掲載記事です。今回は上記3を掲載します。

3.人類種(ホモ属)におけるホモ・サピエンスの位置づけ

1.ダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(包摂)の理想と現実」において、ダイバーシティ&インクルージョン(個々の違い・多様性を受け入れ、認め合い、生かしていくこと)が、実態として「受け入れたいものだけを受け入れる」ような単なる美辞麗句で終わってしまっている可能性について言及しました。そして、単なる美辞麗句にしてしまうほどに人間と相性が悪いのだとしたら、まずは、ダイバーシティ&インクルージョンの必要性をしっかりと認識したうえで、油断して単なる美辞麗句にしてしまわないように、常に意識的に本能にあらがって生きていく必要があるとの前提のもと「2.ダイバーシティ&インクルージョンの必要性」を掲載したところです。

ここからは、人類種(ホモ属)における私たちホモ・サピエンスの位置づけについて、考古学、生物学、遺伝子学、歴史学など様々な学問的視点から見ていきたいと思います。私は、人間(ホモ・サピエンス)の習性や脳のメカニズムをしっかりと認識しておくこともリスク管理の一環だと考えます。

(1)人類種(ホモ属)の共通点や関係性[1]

人類種(ホモ属)は、今から約250万年間に東アフリカのアウストラロピテクス属から進化し、約200万年前、北アフリカ、ヨーロッパ、アジアに進出しました。約200万年前から1万年前頃まで、この地球には複数の人類種(ホモ属)が同時に存在していました。「人類」という言葉の本来の意味は「ホモ属に属する動物」であり、かつては私たちホモ・サピエンス以外にもホモ属に入る種は数多く存在していたのです。

ホモ属分布の説明画像

人類種の共通点として、巨大な脳による思考力、直立二足歩行による手と道具の使用、火の使用が挙げられます。巨大な脳を持つ人類種の赤ん坊が母親の産道を通るには、頭と脳が柔らかく未熟の状態で出産しなければならなくなり、生まれてすぐに活発に動ける他の生物たちとは異なり、人類種の赤ん坊は、自分では何もできず、何年にもわたって年長者に頼らざるを得ません。母親1人で自分自身と未熟な我が子の食料や安全を確保して生きていくことは困難であったため、子を育てるために仲間で助け合うことが必要になり、複雑な社会構造を形成してきたのです。

これらの人類種の共通点は、「私たちホモ・サピエンスだけの優れた特性であり、そのおかげで地上最強の生物となった」と長らく誤解されてきましたが、実際は違います。例えば、ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)は、現在のホモ・サピエンスよりも大きな脳を持ち、筋肉が発達し、道具と火を使い、狩りが上手でした。そして、重い身体障害を抱えながら何年も生き永らえたネアンデルタール人の骨が発見され、これは、身内に面倒を見てもらっていたことの証拠であり、ネアンデルタール人はホモ・サピエンスよりも病人や虚弱な仲間の面倒見が良かったのです。

ネアンデルタール人のイメージ画像

チューリッヒ大学のチームがジブラルタルで発見された頭骨5片からネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)の少女の顔を復元した画像(出典:SWI swissinfo.ch[2]
この画像からも、ホモ・サピエンスとよく似ており、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人がいわば「兄弟」のような関係だったことが伺えます。

生物学では、動物の場合、交尾をして繁殖力のある子孫を残す者同士が同じ種に属するとされています。ライオンとトラ、馬とロバは、多くの共通点を持ちながら交尾の相手として互いに興味を示すことはありません。人間の研究のために無理やり交尾をするように仕向けられて交尾をしたとしても、生まれた子(ライオンとトラの子であるレオポン、馬とロバの子であるラバ)は、繁殖力がなく一代限りとなるため、ライオンとトラ、馬とロバは、別の種であるとされます。逆に、犬のラブラドール・レトリーバーとプードル、チワワとミニチュアダックスフンド、ポメラニアンとシベリアンハスキーなどは交尾し、繁殖力のあるミックス犬や雑種犬を生んで子孫を残すことができるので、同じ種とされます。

交配の説明画像

では、人類種はどうかと言いますと、遺伝学者たちがネアンデルタール人やデニソワ人(ホモ・デニソワ)の化石からDNAを解析したところ、現代に生きる私たちホモ・サピエンスの中には、DNAの一部がネアンデルタール人やデニソワ人と一致している人がいることが分かっています。これは、生物学上、ホモ・サピエンス、ネアンデルタール人、デニソワ人が互いに交わり繁殖力のある子孫を残した同一種である証拠です。ただ、DNAが一致したと言っても、一部のホモ・サピエンス特有のDNAの中で最大6%という、非常に微々たるものでした。ホモ・サピエンス、ネアンデルタール人、デニソワ人が交配することは可能だったものの、レアケースだったと言えます。ライオンとトラ、馬とロバのように、共通の祖先から進化した2つの種は、しばらくの間は同一種に属する2つの集団として稀に交わって繁殖力のある子孫を残す時期があり、やがて両者はそれぞれ別の道をたどり始めます。今から約5万年前、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人とデニソワ人は、あと一歩でそれぞれ完全に異なる種になるところまできていたのでしょう。同種と異種の境界線にいたのです。

人類の種の説明画像

(2)「噂(うわさ)」と「虚構」を得たホモ・サピエンス[1]

なぜホモ・サピエンス以外の人類種は滅んでしまったのでしょうか。これについては諸説あり、今なお混沌を極めているようです[3]。具体的には、

  • ホモ・サピエンスが他の人類種を忌み嫌い、大量殺戮をした(その証拠に、近現代においても、肌の色や宗教的価値観などの違いからホモ・サピエンスの一集団が別の集団を根絶やしにかかることが繰り返されてきた)説[1]
  • ホモ・サピエンスが他の人類種の縄張りに侵入し、資源を横取りした説[4]
  • ホモ・サピエンスの方が優れた脳や技術を持ち、生き残るには有利だった(ホモ・サピエンスが他の人類種に直接手を下したというより、他の人類種が自然に淘汰された)説[5][6]

などがあります。いずれにせよ、考古学者などが発掘した証拠から、ホモ・サピエンスが新しい土地に到着するたびに、先住の人類種はたちまち滅び去ったことは間違いないようです。

ホモ・サピエンスは、今から約15万年前にはすでに東アフリカで暮らしていて、他の地域に進出して他の人類種を絶滅に追い込み始めたのは約7万年前です。その間の約8万年は、他の人類種に対して、これといった強みを持たなかったようです。それどころか、約10万年前、ホモ・サピエンスの複数の集団がネアンデルタール人の縄張りだったレヴァント地方(地中海東岸の地方)に移り住んだときには、ネアンデルタール人が勝利し、ホモ・サピエンスは撤退して、ネアンデルタール人が中東に君臨し続けていた証拠が残っています。

ところが、ホモ・サピエンスの複数の集団が約7万年前に再びアフリカ大陸を離れると、ネアンデルタール人をはじめとする他の人類種をすべて中東から追い払ったばかりか、地球上からも一掃してしまいました。その後、ホモ・サピエンスは驚くほど短い期間でヨーロッパと東アジアに達し、約4万5千年前には海を渡って、人類種が到達したことがなかったオーストラリア大陸に上陸しました。オーストラリア大陸上陸後は、そこに生息していた大型の動物種24種のうち23種を絶滅させるなど、生態系に多大な影響を及ぼしました。(ホモ・サピエンスによる生態系の破壊活動は、近現代に始まったものではないのです。)ホモ・サピエンスが広範囲に移住できたのは、移住するために必要な技術や組織力、先見の明を獲得していたからです。約7万年前から3万年前にかけて、舟、ランプ、針を発明しました。芸術と呼んで差し支えない最初の品々、宗教や交易、社会的階層化の最初の証拠もこの時期にさかのぼります。

ホモ・サピエンスの移動経路の説明画像

このように、ホモ・サピエンスが自らの振舞いを素早く変えて世界中に移動するようになりましたが、これがいかに驚異的なことだったか、他の生物と比較してみるとよく分かります。例えば、ホモ・エレクトス(今から約200万年前に遺伝子の突然変異で誕生し、アジアで暮らしていた人類種)は、誕生と同時期に新しい石器技術を開発しましたが、その後は200万年近くにわたり、新たな遺伝子の突然変異を経験せず、石器もほぼ同じままでした。(私たちホモ・サピエンスの歴史はせいぜい20万年ですから、200万年も生き延びたホモ・エレクトスの記録は、ホモ・サピエンスには破れそうにありません。)ホモ・エレクトスが使っていた道具は200万年間、ほとんど変化がなかったのです。人類種以外で社会的な行動をするチンパンジーやボノボなども、遺伝子の突然変異なしには、その行動に重大な変化は起こり得ません。これらと対照的に、ホモ・サピエンスはこれまでの歴史が証明しているように、遺伝子の突然変異がなくても数十年単位で社会構造、対人関係、経済活動などの行動パターンを変えることができます。

では、今から約7万年前、ホモ・サピエンスに何が起きたのでしょうか。ほとんどの研究者は、「認知革命」によって、新しい思考と意思疎通の方法を獲得したと考えています。「認知革命」が起きた原因はまだ解明されていませんが、最も広く信じられている説は、遺伝子の突然変異により、ホモ・サピエンスの脳内の配線が変わり、まったく新しい種類の言語を使って意思疎通をすることが可能になったというものです。誤解のないように補足をすると、言語は人類種だけのものではありません。類人猿やサルの全種、クジラ、ゾウ、イルカなどの哺乳類だけでなく、オウムなどの鳥類、ミツバチやアリなどの昆虫も言語を持っています。「認知革命」後のホモ・サピエンスが使う言語は何が特別かと言うと、驚異的な柔軟性を持っている点です。他の生物たちは言語によって、「気をつけろ!ライオンだ!」などと天敵の存在を周囲の仲間に知らせることはできますが、自分が直接見聞きしていないことを語ることはできません。対照的に、ホモ・サピエンスは、「あの人はライオンを見たらしい」と噂(うわさ)し、「ライオンは我が部族の守護霊だ」と虚構を語ることもできます。これこそが、ホモ・サピエンスが迅速に振舞いを変えながら、巨大な集団を形成し、数の力で他の人類種(ネアンデルタール人のように一対一で戦ったら到底勝てない相手)を圧倒することができた要因です。

例えば、チンパンジーは親密な関係を結び、協力して狩りをし、敵対する動物たちと戦います。群れの中には最も有力なリーダーがおり、他のオスやメスはリーダーに服従し、階層的な社会を形成しています。ただ、維持できる集団の大きさには明確な限界があり、1つの集団が上手く機能するには、メンバー全員が互いを親しく知らなければなりません。会ったことのないチンパンジー同士では、信用し合えるのか、どちらが上位かを判断できません。典型的なチンパンジーの群れは、およそ20~50頭から成ります。群れの個体数が増えるにつれ、社会秩序が不安定になり、やがて不和が生じて、分裂して別々の群れを形成するようになります。一方、ホモ・サピエンスは、「あのリーダーは強くて頼もしいらしいよ」のような噂(うわさ)の力を借りて、メンバー全員が直接会ったことがなくても集団を形成することができ、約150人の集団を形成することに成功しました。さらに、この約150人の限界値を超えることを可能にしたのが虚構です。

群れのイメージ画像

虚構は「神話」と言い換えることもできます。膨大な数の見知らぬ人同士も、共通の神話を信じることで1つの集団を形成することができます。例えば、教会組織は共通の宗教的神話(共通の神や信仰)、国家は共通の国民神話(「生まれは同じ」などの共通概念、国旗が象徴するアイデンティティ)、司法制度は共通の法律神話(法、正義、人権)に根差しています。そして、会社も虚構の一つです。会社は法律上「法人」と言い、生身の人間(法律上の「自然人」)である経営者、投資家、従業員などとは独立した存在なので、たとえ会社の構成員が総入れ替わりしたとしても、オフィスや工場などの物理的な実体が無くなったとしても、存在し続けることができます。これらの虚構(神話)はすべてホモ・サピエンスが想像したもので、他の生物たちの社会には存在しません。

虚構は嘘(うそ)とは異なります。学問の世界では虚構を「想像上の現実」と呼ぶこともあります。嘘(うそ)をつくことはサバンナモンキーやチンパンジーにも可能です。サバンナモンキーは、本当はライオンがいないことを百も承知で「気をつけろ!ライオンだ!」という意味の鳴き声を上げて、仲間を遠ざけ、まんまとバナナを独り占めします。嘘(うそ)とは、発言者本人もその存在がないことを百も承知していることです。一方で、虚構は「想像上の現実」と呼ばれるように、神、国家、法、正義、人権、会社など、大多数の人がその存在を信じています。

さらに、虚構(神話)は、すぐに変更することが可能です。例えば、1789年にフランスの人々がほぼ一夜にして王権神授説の神話を信じるのをやめ、国民主権の神話を信じ始めたように、ホモ・サピエンスは「認知革命」以降、必要に応じて、神話を変えながら迅速に振舞いを改めることができ、大規模な協力関係を変更することが可能になったのです。これが、ホモ・サピエンスが遺伝子の突然変異がなくても数十年単位で社会構造、対人関係、経済活動などの行動パターンを変えることができる要因です。

ホモ・サピエンスができること 他の生物ができること

「気をつけろ!ライオンだ!」と自分で見聞きした事実を語る

「気をつけろ!ライオンだ!」と嘘(うそ)をつく

「あの人はライオンを見たらしい」と噂(うわさ)する

(不可能)

「ライオンは我が部族の守護霊だ」と虚構(神話)を語る

(不可能)

「我が部族の守護霊はライオンではなくトラだった」と虚構(神話)を変更する

(不可能)

次回は、ダイバーシティ&インクルージョンを阻害しかねない”厄介な”人間(ホモ・サピエンス)の習性と脳のメカニズムについて、考古学、生物学、脳科学、遺伝子学、心理学、歴史学など様々な学問的視点から解説いたします。

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