SPNの眼
総合研究部 上席研究員 宮本知久
2022年2月に厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表するなど、政府が対策の必要性と効果を打ち出したこともあり、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策に関心が寄せられています。カスハラは平時の経営状態での接客や問い合わせ対応、クレーム対応の現場で起こりますが、企業不祥事に伴う謝罪や補償問題の現場でも起こりえます。
企業不祥事のお詫び対応は、平時と違って自社に詫びるべき非と一定の責任が生じており、被害者や関係者が個人でも法人でも「今回の問題の原因を作ったのはお宅の会社だ。断りたいなら不祥事を起こさなければよかったのだ。釈明などさせない」といった追及を受けます。だからこそ行き過ぎた要求でも断りにくいわけです。
そこで、今回は企業不祥事発表後に行う謝罪や補償問題対応の現場でのカスハラの態様や判断の仕方、対応ポイントについて、前編と後編に分けてご紹介します(後編は12月号で公開)。なお、企業不祥事に伴うクレームは個人消費者からも寄せられますが、今回は法人取引先対応を中心にお話しします。
1.どんな相手からのクレームが起こるの? ~企業不祥事でお詫びの対象となる相手~
企業不祥事を起こした会社は、不祥事を発表すると同時に、利害関係者にお詫びと説明、当該不祥事によって招いた損害の補償について、自社が決めた対応方針(誰にどこまでのことをするのか)を伝えます。伝える相手は利害関係者すべてとなりますが、後述の法人取引先からのカスハラ対策を考えるために、個人消費者と法人取引先という分類で説明します。
個人顧客(消費者) |
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法人取引先 |
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不祥事を起こすとこれら個人顧客と法人取引先にお詫びと説明を行うことになり、相手から不利益を解消するためのクレームや補償要求を受けます。
企業不祥事のニュースでよく取り上げられるのは2者のうち個人顧客への補償問題で、例として「△△社は消費者を騙した」「○○社の対応は被害者である消費者に誠意が足りない」といった報道がみられます。ですが、企業不祥事対応中の対策本部では、個人顧客(消費者)だけでなく法人取引先からもクレームや補償要求の対応を行っているのです。
2.どんなクレームや補償要求が起こっているの? ~企業不祥事におけるクレーム・補償要求の内容~
個人顧客からの要求も法人取引先からの要求も、事案によって内容は変わります、3種類の不祥事を取り上げて、要求例を紹介します。
【事案1 化粧品の自主回収】
業種 | 化粧品メーカー |
事案の種類 | 化粧品の自主回収 |
事例の内容 | 自社で製造した化粧品が健康被害を及ぼすことが判明。自主回収を発表した |
製造から購入者(消費者)までの商流 | 自社→商社(法人取引先)→ショッピングモールや百貨店(法人取引先)→購入者(個人顧客) |
個人(購入者)からの要求例 | 法人取引先からの要求例 |
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【事案2 個人情報流出事案】
業種 | 婦人服の製造 ショッピングモール内ブティックでの店頭販売・ネット通販 |
事案の種類 | 第三者の不正アクセスによる個人情報流出事案 |
事例の内容 | 自社で保管していた個人情報が第三者による不正アクセスで流出。注意喚起を発表した |
製造から購入者(消費者)までの商流 | 自社→商社(法人取引先)→ショッピングモールや百貨店(法人法人取引先)→購入者(個人顧客) |
個人(流出対象者)からの要求例 | 法人取引先からの要求例 |
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【事案3 工業製品の性能偽装事案】
業種 | 住宅設備機器の部品メーカー |
事案の種類 | 住宅設備機器部品の性能偽装問題 |
事例の内容 | 電気メーカー製造のエアコン室外機に自社で製造した部品が取り付けられており、同部品の性能問題により出火の危険があることが判明。電気メーカーが室外機の交換を発表した。 |
製造から購入者(消費者)までの商流 | 自社→商社(法人取引先)→電気メーカー(法人取引先)→家電量販店(法人取引先)→購入者(個人顧客) |
個人(購入者)からの要求例 | 法人取引先からの要求例 |
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購入者など個人消費者は直接的な被害の回復と補填、二次被害発生時の補償の約束など不利益を解消するまたは防止する視点での要求が多いです。
商社、最終完成品メーカー、販売商業施設、販売店舗などの法人取引先からは、当該不祥事の収束にかかったヒト・モノ・カネ・時間・労力、いわば「その不祥事が起こらなければ負担することのなかった費用や手間」についての補償要求が多いです。
これらの要求のうち、もちろん自社に応じる責任がある費用については支払わなければなりません。一方、責任を超えた要求については、原則、言いなりにならずに丁寧にお断りして理解を求める対応が必要です。(なお、例外として、責任を超えた要求であっても、自社が当該法人取引先のとの取引関係継続を重視したいという理由で、いくぶんかの協力費を支払うことを決める事例があります)。
3.対策本部では何が問題として議論されるの? ~法人取引先が使うクレームトーク~
3種類の事案の法人取引先からの要求を列記するとこのようになります。
A |
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「早くきちんとした製品を製造できる体制を作って出荷してくれ」 |
B |
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「対象外の製品に不正がないことを技術的観点で書いた資料で説明してくれ」 |
C |
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「個人顧客へのお詫び対応はそちらの会社でやってくれ」 |
D |
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「社長が謝罪に来てくれ」 |
E |
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「不祥事が起こらなければ費やすことのなかった費用や労力についての費用を支払ってくれ」 |
対策本部ではこれらの要求に応じるかを検討するのですが、「E 本件不祥事対応に伴って負担した費用(人件費・設備利用費・旅費交通費など)」に応じるかが問題として議論されることがあります。責任の範囲内であれば応じる一方で、行き過ぎた要求は断る方針を作ります。
この検討の特徴として「法的観点からみて支払う義務があるのか。ないのであれば支払うべきではない」という視点で選別がされることです。企業不祥事を起こしたがゆえにコンプライアンスや内部統制を強化し、再発防止に取り組まなければならないわけなので、当然のことではあります。
この検討の結果、次のような方針が決まることがあります。
- 一次取引先とは元々、契約関係を有していたので応じるが、二次取引先、三次取引先とは契約関係を有しておらず支払う義務がないので応じるべきではない。
- 当該不祥事と因果関係のない補償要求は応じるべきではない。
- 金額に妥当性がない要求(概算金額での請求など)は応じるべきではない。
- その費用を使ったことを証明できる資料(領収書・出張報告書など)が揃っていないのであれば応じるべきではない。
方針が決まれば、方針にあわせて要求を断ることになり、断った結果、クレームが起こります。
4.どんな言動で追及されるの? ~法人取引先が使うクレームトーク~
不祥事対応中であっても冷静に話し合える法人取引先が圧倒的に多い一方で、次のように厳しい言動で補償等を求めるケースがあります。着目すべきは、不祥事を起こしたことによる不均衡な取引関係に乗じて、いじわるな交渉をしてくることです。
- 「応じないなら今後、一切協力しない」と突き離された
- 「断るなら別の担当社員に交替させろ」と命じられた
- 「代わりにこれをやれ」と義務のないことを押し付けられた
- 「1時間後に資料を出せ」と無理な期限を迫られた
- 「他社の不祥事のときは払ってもらっている、払わないなら協力できない」と迫られた
- わざと電話に出ない、メールに返信しないなど無視された
- 本来は当該法人取引先が行うべき仕事を押し付けられた
- こちらの了解なく勝手に自社に有利な補償方針を作り、購入者など別のお詫び対象者に「原因を作ったのはこちらの会社です。『補償はすべて我々が払う』と言っています。この会社に請求してください」と伝えてしまったあと、事後報告を受けた
丁寧なお詫びと説明で要求を取り下げてくれる法人取引先もありますが、理解を示さず、こちらが要求に応じなければならなくなった事例もたくさんあります。
※次号(12月号)では、後編、カスハラ対策や法人取引先クレーム対応のポイントを解説します。