SPNの眼
総合研究部 上席研究員 宮本知久
※本稿は11月・12月の2か月連続掲載記事です。前編(11月号)はこちら
5.どんな辛さがあるの? ~法人取引先お詫び担当者の苦労~
対応、交渉にあたる法人取引先お詫び担当者には次のような辛さがあります。
- 叱責が辛い
厳しい追及を受け続けるので辛い。 - 業務量が多い
短期間で多くの社数、対応数をこなさなければならないので辛い。 - 会社方針と相手の補償要求の板挟みになる
会社は断る方針、法人取引先は応諾を求める方針と相反する交渉が決着するまで続くので辛い。
6.カスハラといえるの? ~カスハラかどうか 判断の注意点~
例に挙げた企業不祥事に伴う要求や言動がカスハラに当たるかについては、発生した不祥事や要求を受けた場面に応じて個別の判断が必要です。すなわち挙げた例についても、ただちにカスハラと判断はできません。
少し詳しく説明します。
厚生労働省が定めるカスハラの定義はこのとおりです。
あてはめて考えるなら、この点がポイントです。
企業不祥事の原因者として社会的責任を果たすために行われているお詫び対応の中で、“お詫びと説明責任を果たさなければならない利害関係者のひとつである法人取引先から出た補償等の要求”という特殊な事情も含めて考え、その法人取引先から出た要求の内容が、一般常識に照らして「それはそうではないよね」といえるか。また暴力的、脅迫的な言動、執拗な言動が繰り返されているか。そして、これらの内容や言動によって、自社の従業員たちの就業環境が害されているか。
このように考えたとき、相手先の法人取引先が求めている補償等が自社として受け入れられない要求だからといって、ただちにカスハラだと判断するのは危険です。法人取引先側からみれば、信頼を裏切られたことや、不祥事が起きなければ現に同事案の対処に走り回る必要がなかったわけであり、感情的になってお詫びにきた担当者に不満をぶつけることがあったとして、少しなら許容すべき範囲ともいえます。
ただし、あくまでも厚労省が定めたカスハラの定義に当てはめるとこのような考え方が成り立つわけで、カスハラの定義は自社で独自に決めてよいものであるため、自社で定めたカスハラの定義に個々の事案を照らしてあてはまる場合はカスハラと考えて対策すべきです。
厚生労働省のカスタマーハラスメント対策企業マニュアルには、カスタマーハラスメント対策の要点がまとめられていますので、ぜひ内容をご確認ください。
▼「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等 厚生労働省
7.気をつけるべきことはなに? ~対応者のフォローとケアは不可欠~
企業不祥事に伴う法人取引先からの厳しい補償要求がカスハラと判断できるかについては、個別に慎重に判断すべきではあるのですが、カスハラかどうかは別として、企業不祥事でお詫び対応にあたる従業員のフォローとケアは、従業員への安全配慮の観点から絶対に必要です。
現に、企業不祥事の対策本部では、お詫び対応が辛いことを理由にメンタル不調をきたしたり、退職したりする従業員がいます。叱責の量や業務量の多さ、タイムプレッシャーの強さ、連日、多くのクレームを受ける心身への負担から職場を去ってしまう人もいるのです。対策本部要員の人数を増やす、担当者を変える、産業医の面談を行う、健康管理やメンタルチェックを行う、慰労会を開催する(宴席はNG)などの対策に効果があります。発生した不祥事の規模が大きいほど対策本部にはたくさんの従業員を割かねばならないので、すべての対策を講じることは難しくとも、お詫び対応の負担軽減を軽視することなく、対策を打つことが大切です。
さらに、企業が取り組むべきカスハラ対策、そして従業員配慮活動は、企業不祥事が起きていなければ、カスハラが起きていなければ行わなくてよいものではありません(予防に取り組むことでフォローとケアを実現しなければならない)。
企業におけるカスハラ対策の大切さは別のコラムで解説しているので、こちらも参考にしてください。
▼カスタマーハラスメント対策の勘所を概観する ~厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」活用時の留意点
8.法人取引先クレームのコツを教えて ~法人取引先からの補償要求 5つの対応ノウハウ~
企業不祥事において法人取引先から補償等の要求が出ることは前述のとおりですが、当社の実務支援業務の事例を参考に、交渉時の対応ノウハウを5つ紹介します。平時での法人クレーム対応、工夫すれば個人クレーム対応にも使えるので、ぜひ参考にしてください。
(1)補償方針を確立してからお詫びする ~金額の上限や条件を示しながら交渉~
補償方針とは、自社が何の費目でいくらまで金額の補償を支払うのかの基準をまとめたものです。自社が起こした不祥事の事案に応じて、法人取引先にどの費用をいくらまで払うのかを一覧表にまとめ、それを相手に示して交渉を進めることがポイントです。料金表を作って交渉にあたるイメージです。
(2)対応策を決めてからお詫びする ~理由をつけてあえて訪問を先延ばし~
不祥事対応の初動では、対策本部も事案の事実や原因の詳細を調査段階にあることが多く、対応策が決まっていない中で、ひとまずのお詫びを進めなければならない事案があります。
不祥事に限らず、自社に落ち度があり法人取引先に迷惑をかけたとき、速やかなお詫びと説明、協力依頼が鉄則ですが、自社の補償方針が決まっていない、被害者への対応方針も決まっていない、相手の法人にお願いしなければならないことも整理できていない、といったまったく見通しの立たない段階では、お詫びに出向いたとしてこれらについての質問を受け、また質問に答えられず帰社することになります。問題が起こった事実だけを説明して相手を慌てさせるだけなのであれば、どれだけ来社の要求が強くとも、訪問や説明は一旦、断り、説明できる内容が整ってからお詫びすることが方法の一つです。
(3)お詫びの相手や方法は慣習を踏まえて選ぶ ~相手の文化にならう~
会社に応じてネガティブ報告の処理の仕方には慣習があります。「まずは担当部長が報告を受ける」「すべて社長に速報する」といった違いです。これらの慣習を踏まえてお詫びの相手を選ぶことがポイントです。というのは後々「今回の件、いきなり専務には報告せず、まず僕に言ってほしかったのに…」と、報告の仕方についても苦言を受け、これがきっかけでその後の交渉が難航する失敗も起きるからです。
(4)問題解決に長けた人の力を借りる ~交渉の進め方を相手に相談~
どこの会社にも「この人の話には、耳を傾けておかないといけないよね」と尊敬される、問題解決のパワーを備えた人がいます。交渉が難航したとき、こういった人に、先に「いま御社との交渉で難航しているのですが前例を踏まえてなにかアドバイスをもらえませんか」などと相談し、思いきり力を借りることがポイントです。企業不祥事を起こした責任を重んじ、侍のように単身で乗り込んでお詫びするのが立派だと言えるかといえばそうではありません。どんな局面でも人の力を借りることはあってよいのです。
(5)相手先担当者が社内説得できる材料を一緒に作る ~シナリオをともに創作~
相手先担当者から厳しく補償等の要求を出したとして個人的に怒って要求しているケースは極めてまれで、多くはこの担当者が上司から「今回の件は人件費を請求しなさい」と指示されていたり、前例を照らして「A社はこんな費目で支払ったから今回も同じ費目で支払ってもらわないといけない」といった目安を用いて要求しています。
そこで、要求を断ることとあわせて、相手先担当者が上司など社内に対し「こちらが応じられない理由」を説明でき説得できる材料を提供する、さらに言えば「申し訳ございませんが~~はお断りせざるをえません。あなた様がこのことを社内で説明するにあたって、どんな資料があれば説得できそうですか」などと相談し合いながら、交渉を進めることがポイントです。
9.まとめ
今回は、企業不祥事に伴う法人取引先からクレーム・補償要求の対応ポイントについて紹介しました。これを読んでくださっている方の多くは不祥事の経験がなく、思い浮かばなかった事例と対応ポイントだったかもしれません。
世間には「不祥事を受けて謝罪行脚で辛い思いをしている従業員に、追い打ちをかけるように厳しく何かを求めるのはかわいそうだよ…」といった思いを持つ人たちもたくさんいる一方で「不祥事を起こしたひどい会社なんだから、これくらいは応じて当たり前。迷惑を被ることになったのはこちらなのだから、会社の損害となれば話は別」と考える人、会社がたくさんあるのです。
当社は実践から導きだしたリスクマネジメントのノウハウを皆さんの会社でお役立ていただきたく、今回のコラムが参考になればこれ以上の喜びはございません。企業不祥事の対応やリスクマネジメント、カスハラ対策推進に向けたサービスを多数用意しておりますので、遠慮なくご相談をお寄せください。
以上