SPNの眼

コンプライアンスの取り組みは「本質」を捉えて行うべし(第三回)

2023.03.09
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執行役員(総合研究部担当) 主席研究員 西尾 晋

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※本稿は全4回の連載です。前回(2月号)はこちら

さて、前回は、コンプライアンスの意味が変化してきていることを説明しつつ、言葉遊び的な状況に振り回されず、本質を見極めて取り組んでいくことの重要性について解説した。

そして、「コンプライアンス=社会的要請への適切な対応」という最近の考え方を前提とすれば、社会からの信頼獲得のため幹部社員、社員の意識付けが企業の競争力を左右することになり、コンプライアンスに関する取り組みとしては、大きく「企業価値向上に向けた施策」と「不祥事リスクの低減」と纏めることができる旨、指摘した。

今回のSPNの眼では、「企業価値向上に向けた施策」と「不祥事リスクの低減」に関する取り組みを中心に、コンプライアンス経営実践のポイントについて、引き続き解説していくこととする。

1.企業価値向上に向けた施策

企業価値向上に向けた取り組みとして、何よりも重要なのは、「自社におけるコンプライアンスとは何か」を明確にすることだ。「コンプライアンス」について、例えば、「法令等遵守」や「社会的要請への適切な対応」と訳すにしても、これは教科書的な定義でしかない。このままでは、コンプライアンスは「概念論」でしかなくなってしまう。「知識」としては知っていても、日々の業務・行動を行う上での指針(行動指針)になっていないから、定着・実践が難しくなる。

コンプライアンス経営を実践していく上では、自社における「コンプライアンス」とは何か、日々の行動・判断の拠り所となる指針・基準を明確にし、それに基づく指導・研修を通じて、企業としての「あるべき姿」「とるべき行動」を明確化・実践していくことが重要なのである。

言い換えれば、企業価値向上に向けたコンプライアンスに関する取り組みとしては、①自社における「コンプライアンス」の明確化、②それに基づく、人材育成。特に経営幹部人材への周知・徹底、③経営幹部・管理職を通じたコンプライアス実践に向けたマネジメント、特に、現場における認識の統一・判断軸の提示、指示・指導の3つが挙げられる。

(1)企業理念・経営理念の重要性

前回の解説でも触れたように、コンプライアンスの肝は、まさに企業理念や経営理念・社是社訓をいかに役員・幹部、従業員に落とし込み、浸透・徹底させるかにある。一般に、企業理念や経営理念には、その企業(経営者)が「重視する価値観」「価値具現化の行動」が書かれており、まさに、自社の存在意義の宣言、自社の考え方の宣言(=自社におけるコンプライアンス)に他ならない。企業理念や経営理念として掲げた一定の価値観に基づく行動をすることで、社会に対して、企業の役割を果たしていくことで、法令・倫理という「社会的な約束ごと」はもちろん、企業が自ら示した価値観(=社会への約束)に基づく具体的な行動をさせることで、コンプライアンスを実現することができる。むしろ、価値観が多様化し、様々な考え方をする人が増える中で、この企業としての約束事をしっかり守り、実践できることが、社会からの「評価」につながり、企業価値(ブランド)の向上に繋がるのである。

(2)企業理念・経営理念に基づく人材育成とそれに基づく日々のマネジメント

企業理念や経営理念に基づき、日々の業務の中で、自社として、「どのような判断をすべきか」、「どのような行動を取るべきか」を役員・幹部が正しく認識・判断し、従業員に伝えていくことで、経営理念を追求・具体化していくことが求められるが、この部分が徹底されていないと、様々なコンプライアンス違反を生起することになりかねない。

例えば、「コンプライアンス違反あるある」として挙げられるのは、製造業不正の根本的要因、いわゆる相反ジレンマ問題だが、製造業の不正で多いのは、「安全な製品を納品すること」と「納期を順守すること」という2つの「コンプライアンス」が社内で相反することだ。

札野順(2015)『新しい時代の技術者倫理』(放送大学教材)を基に解説すると、「安全な製品を納品すること」というコンプライアンスを徹底すべきと考えるならば、①「契約していた基準に満たない製品が発生した」場合、②その製品は、飛行機や高速鉄道等にも使用されているものもあり、③基準に満たない製品は、最終ユーザの安全性に大きな影響を与える可能性がある以上、④ 技術者は、最終ユーザの安全性を脅かすような製品を出荷するべきではない(製造部門の倫理)という判断がなされることなる。これが本来、製造業者としてあるべき(正しい)コンプライアンスの考え方である。

しかしながら、往々にして、営業部門のコンプライアンスが幅を利かせることになる。製品の納入が売り上げに影響する以上、「納期を順守すること」が企業としての必達目標のように主張される。すなわち、①「契約していた基準に満たない製品が発生した」場合であっても、⑤基準に満たない製品を出荷しないと、納期に重大な遅延を招く。⑥納期を遅延させないことが会社の関心事であり、⑦技術者は、自らが属する会社に忠実でなければならない(営業部門の論理)というわけである。

②~④に従えば、技術者は基準に満たない製品を出荷すべきではないと結論づけられる(⑧)が、⑤~⑦に従えば、技術者は基準に満たない製品でも出荷するべきだと結論づけられる(⑨)。⑧と⑨は対立するのが、相反ジレンマ問題である。製品偽装は、⑨が優先されることで発生している。「コンプライアンス」の内容・解釈が部署や立場で異なり、売上が大義名分化して偽装に繋がるのである。

本来は、組織としての正しい判断軸(認識)として、⑧のロジック・判断がなされるようにコンセンサスを図ることが重要であるが、立場によって「コンプライアンス」の内容が異なる以上、ただ「コンプライアンス強化」を言っても機能しないし、現状が改善されることもない。企業として取るべき正しい判断が何なのかを具体化・周知する必要がある。そして、企業としての正しい判断が何なのかを示すことは、経営幹部・役員が、やらないとできないことなのである。

企業理念・経営理念に基づく人材育成とそれに基づく日々のマネジメントとは、

  1. 役員・幹部は、自らも、社会情勢を踏まえて、取るべき行動を検討・修正すること
  2. 情報共有、意見交換を行い、行動や基準を変えるときは積極的に率先垂範で取り組むこと
  3. 「先義後利」の考え方で、企業の社会的使命を果たすこと

に他ならない。

(3)行動指針作成のポイント

上記のような相反ジレンマ問題について、神戸製鋼所は、過去の同社の不祥事を受けて、品質憲章にて、判断基準を明確化した。

「安全・健康」「環境・防災」が第一であることは言うまでもありません。…

企業として、「納期」よりも「安全・品質」を重視することを明確に宣言したのである。相反するジレンマについて「安全・品質」が優先であることが明記されれば、現場での判断もこの基準が優先される。このように、自社として、正しい判断基準は何なのかを具体的に示すこと、特に品質と納期のように、現場において相反しそうな事項について、企業として取るべき判断は、どちらなのかを明確にしていくこと、そしてその正しい判断を浸透・徹底させていくことが、企業価値向上に向けたコンプライアンスに他ならない。

企業不祥事が起こるたびに再発防止策として、「コンプライアンスの強化」が叫ばれるが、同じようなコンプライアンス違反が繰り返されるのは、結局、社内におけるコンプライアンスの多義性を放置し、企業としての正しい判断基準を示さないから、あるいは示そうとしないからである。神戸製鋼所のように、企業としての正しい価値判断を明確化することが必要だ。

国内では、もともと、老舗企業等で、家訓や経営理念が重要視され、繰り返し経営者や幹部・従業員に継承されてきている。老舗企業では「先義後利」(社会・地域に企業として義を果たせば、利益は後からついてくる)や近江商人の「三方よし(「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」)」等の理念に基づき、社会やマルチステークホルダーを意識した経営理念が、実践・継承されている。今流の言葉で言えば、CSR~SDGsも、根本の発想は同じである。また、企業のあるべき姿や社会的使命を明確化する取り組みは、以前から重要な施策として、コンプライアンス体制整備の基本として提唱され、実施・推進されてきた。国内の著名企業の歴代の経営者も、日々のマネジメントの他、講演・書籍等通じて、企業としての哲学・行動指針を繰り返し説き、それを通じた人づくりを実践してきているのもその一例だ。

経営者(後継者)はもちろん、特に管理職に対して、企業としてあるべき考え方・判断軸を周知・浸透させることが重要であることから、脈々と、それが繰り返されてきている。

繰り返しになるが、古くは「クレド」(我々の信条)、最近ではパーパス(企業の目的)などを制定すべきということが、コンプライアンス経営の推進の方法として、提唱され、注目されている(された)が、結局やっていることは、同じこと。言葉を変えて、繰り返し言われているに過ぎない。「言葉」に囚われずに、本質をしっかりと理解することが重要である。

なお、企業理念、行動規範作成のポイントは、次の通りである。

~企業理念、行動規範作成のポイント~

(4)管理職が心掛けるべきこと

現在では、価値多様化が社会における利害関係も多様化をもたらし、法やガイドラインになくても、不適切な行為を行えば、信頼をなくす時代になっている。言い換えれば、商品・サービスより、企業姿勢や社員の行動、企業としての在り方・考え方が重視されている。

また、法令が複雑化し、内容も難化しており、それに伴い、対処必要事項も増加している。このような状況では、管理職のリスク管理能力が重要になる。具体的な業務への影響への対処が不可避であり、そのための意識改革、従業員の理解促進、業務フローへの落とし込みが欠かせない。一方で、現場の意向と法律の要請の乖離、現場の負荷・負担の増加を

どのように調整し、会社としてのあるべき姿に導くか、管理職としての手腕を問われることになる。

したがって、管理職自ら、社是・社訓・経営理念、行動規範等の実践に努めながら、日々の業務を通じて、部下等にも行動規範等に基づく指導を行っていく必要がある。管理職として自ら、コンプライアンスの推進に取り組んでいく上でのポイントは、以下の通りである。

管理職としてのチェックポイント

また、コンプライアンスの実践に向けて、管理職として部下等に対して、行動規範等を落とし込み、会社としての正しい考え方を浸透させていく上でのポイントは以下の通りである。

管理職としてのチェックポイント

なお、コンプラアインス研修もそうだが、日々のコンプライアンスに関する指導についても、

「コンプライアンスを現場で実行・実践できるか」という視点で行うことが重要である。

そして、「コンプライアンスを現場で実行・実践できるか」という視点で考えた場合、日々の業務における「具体化」、すなわち、日々の業務の中で、コンプライアンスとはどういうことなのか、その具体的な意味を理解させているか、現場の実態を踏まえ、何が必要かを明示しているかどうかが肝となる。加えて、「なぜ」そうすべきなのかを説明しているかどうかについても留意しておかなければならない。

「コンプライアンス」は、今や当然の行動原理・判断基準として機能している以上、自社としてのコンプライアンスとは何かを具体的に指導していくと共に、直面した問題の解決や判断のトレーニングを行っていくことも求められる。

(5)その他、企業価値向上に向けたコンプライアンス実践に向けた施策

①コンプライアンス研修に関して

特に役員向けのコンプライアンス研修や、管理職向けコンプライアンス研修では、ハラスメント防止研修に主眼が置かれているケースが多いが、役員・管理職こそ、会社として起こりうる具体的なケースを用いて、グループディスカッション等を通じて、どのように判断するか、優先順位は何かを議論し、共有・統一化しておくことが重要である。

②コンプライアンスハンドブックの作成:ケーススタディの活用

行動規範、コンプライアンスマニュアル的な内容も重要だが、過去の事例や同業他社の事例を使い、ケーススタディを盛り込んで、具体的な判断軸や優先順位を示すことも有意義である。ケーススタディ等を盛り込むことで、具体的な場面での判断力の強化につながる。

③コンプライアンスアンケートの工夫

飲酒、SNS、経理処理、個人情報管理、取引先等との接触・接待等、ケースを想定して、YES、NOで聞くことで、考え方がわかる他、部署別の傾向も把握できることで、リスクの因子が把握しやすい。コンプライアンスアンケートの項目として、意識調査も入れることで、その経年変化を見ることで、意識面で緩んでいるテーマ等を把握することができる。

2.不祥事リスクの低減に向けた施策~アクションをしないと不祥事は起きる

続いては、不祥事リスクの低減についての取り組みに関して解説する。

(1)不祥事発生のメカニズム

そもそも、「不祥事」はどうしてなくならないのであろうか?不祥事発生の要因は、下図の通りである。

不祥事発生のメカニズムリスト

組織は人の集まりである。したがって、「人的要因」による影響を受ける。組織に影響を及ぼす人的要因を特に企業不祥事との関係で整理すると、第一に挙げられるのは、組織は「人」で構成されるということである。人は誰でもミスや間違いを起こすということである。人が起こしたミスや間違いが、事故やトラブルに発展し、不祥事になってしまうケースも少なくない。次に挙げられるのは、「人」が「複数」集まったのが組織であるという点である。複数の人が同じ組織で働くことで、人と人との軋轢が生じうる。複数人が働く組織で、人と人との軋轢が生じれば、コミュニケーションが阻害され、連絡ミスや連携ミスにより、事故・トラブルが生じかねない。そして、三つ目の要因は、更にそこに、上下関係やヒエラルキーが生じることである。上下関係やヒエラルキーが生じることで、派閥ができて、その派閥間での争いが起きたり、社内での出世を目的とした蹴落としあい等、内向きの論理での業務遂行に傾きやすくなる。

そもそも組織は「人の集まり」であるがゆえに、人的要因に絡む不祥事の芽が内在していることを認識しておかなければならない。もともと、人的要因により、円滑な業務遂行が阻害され、不祥事に発生するリスクがあるからこそ、不祥事の防止に向けたアクションを継続的に実施していく必要があるのである。逆にいえば、組織というのは、本質的に不祥事の芽を内在しており、何ら対策を行わなければ(不作為)、次第に人的要因による歪みが生じ、不祥事が発生してしまうことを認識しておかなければならない。

そして、人的要因の他にも、組織の活動は、「社会の信頼」が前提となる。当然、社会の変化に合わせて、取るべき行動も変えていかなければならないし、社会の認識と組織の認識にズレがあれば、到底社会からの信頼など得られるものではない。社会からの信頼をいかに得るか、この文脈は一般的に「コンプライアンス」の問題として認識・議論される。コンプライアンス経営の実践、コンプライアンスの推進の観点からは、本稿のように、「不祥事リスクの低減」の視点を加味しなければいけない所以である。

(2)なぜ不作為が放置され、改善につながらないのか~日本的な組織体質

さて、「組織というのは、本質的に不祥事の芽を内在しており、何ら対策を行わなければ(不作為)、次第に人的要因による歪みが生じ、不祥事が発生してしまうことを認識しておかなければならない。」ことは解説した通りであるが、不作為を増幅・増長しやすい。不祥事発生時に設置される第三者委員会や特別調査委員会等の報告書で指摘される背景事情などを見ると、このような組織特性も不祥事を起こした企業に多く見られる特徴もある

不作為を増幅・増長する組織の特性を整理すると、以下の通りである。

①日本的組織の抱える問題点:「失敗」の敬遠と精神主義的体質

日本的な組織特性について、まず挙げられるのは、人的関係性の強固さが影響し、「失敗」を教訓化するためのリーダーシップや情報の共有がされにくい一方、結果の評価等では成果よりも努力・プロセスが尊重されやすいということである。要は、人的関係に配慮し、「責任追及」を回避する組織運営がなされるということである。

具体的には、

伝統やしきたり重視→
経緯や失敗の検証は…
立場への忖度が働き…
過去の実績…

という特徴を持つ。

このような組織では、従来の組織の論理、人的関係性の打破・改善が難しく、それに価値観や行動様式の変革・改革・改善を求める取り組みは、多くの壁にぶつかることになりかねない。名著「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」(中公文庫)でも同趣旨の内容が記載されているのは、ご存知の通りである。

②心理学的要因:脳の特性・心理的なバイアス

人間は、「正常性バイアス」や「現状維持バイアス」等に代表されるような心理メカニズムが働き、現状を維持したいという特性(保守的)をもっていて、改善等に(強い)抵抗を示す。ダイエット、禁煙等が続かないのと同じ理屈で、楽になることには積極的だが、面倒になることには消極的ということであり、改善等、負荷の増えるものに対しては心理的抵抗を感じやすい。

具体的には、

現状を変更するにしても…
自分達のやり方…
最初は渋々取り組むが…
表向きは改善策に取り組んでいるように身繕い…

という事態も誘発しかねない。

組織は、そこに多くの人が絡むため、個人レベルでも現状の改善が難しいケースが少なくない中、多くの人が絡む組織では、上記のような心理的な要因が組織内の多くの人々に働くことで、その難しさは倍化する。

③負担が著しく増えることへの抵抗感

上記の心理的要因とも関係するが、新たな取り組みを始めることは、労力面でも負荷も大きく、特に組織内での調整・合意形成にかかる負荷が大きい。特に、各現場にも変更を強いる場合は、相当な時間がかかるということである。

具体的には、

忙しい等を理由に…
担当者が兼務の場合は…
合意形成に必要な資料作成や修正…
現場等の抵抗により…

という風潮を生みかねない。

現状を変えることに対しては、組織の体質(統制環境)が大きく左右する。社長等のトップや部門長を巻き込んでいかないと、調整のための負荷が半端なく大きい。

④当事者性の喪失:専門部署設置の弊害

専門部署を立ち上げてしっかりと各種の対策を推進していくことが重要である一方、専門部署の立ち上げが、組織内のメンバーの心理面へ影響を及ぼし、再発防止策や改善の推進の弊害になる場合があるということである。

要は、専門部署の設置は、リスクオーナーシップを後退させかねない点に注意が必要である。

具体的には、「専門」部署設置は諸刃の剣であり、

専門部署を立ち上げたことで…
専門部署だけで行えば良いという風潮が社内に根付き…
専門部署といえども…
職務分掌や社内での権限等が明確ではない場合もあり…

という懸念がある。

部署の立ち上げは有効な手段の一つであるが、それだけでは進まない。各部門も巻き込みながら進めていく工夫が必要となる。

今回は、長くなったので、この続きは、次回に回し、次回SPNの眼(4月号)にて完結としたい。

第三回 おわり

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