SPNの眼
総合研究部 主任研究員 星 智樹
※本稿は全2回の連載記事です。
1.はじめに
当社では、2019年、2021年に引き続き、「カスタマーハラスメント(カスハラ)実態調査」を行いました。2022年2月には、厚生労働省より「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が公表されたこともあり、「カスハラ」への認知度は高まる一方です。
当社では、創業以来25年以上にわたり、カスハラ行為に該当する、不当要求や悪質クレーマーなどの対応支援を行っています。そもそもカスハラとは、「顧客(カスタマー)」と、「嫌がらせ(ハラスメント)」を組み合わせた用語で、2010年代前半頃から不当要求や悪質なクレーマーなどに対して、「カスタマーハラスメント」の名称で呼ばれるようになりました。しかし、カスハラ行為は近年始まった問題ではなく、昔からカスハラ被害は報告されています。今回の「SPNの眼」では、ハードクレームや不当要求などの実践経験で培ったノウハウを基に事案対応時の心得や対応時における応酬話法など、トラブルをどのような方法で解決に導くのかを色々なパターンを交えながら、前編と後編に分けてご紹介いたします。(後編は10月号で公開)この実践で役立つトーク術を学ぶことでトラブル発生時の苦手意識を克服し早期解決に導くためにご活用ください。
- ▼厚生労働省 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル
- ▼当社【カスタマーハラスメント実態調査(2023年)】 直近1年間でカスハラを受けたことがある担当者は64.5%
- 企業におけるカスタマーハラスメント対策として、こちらのコラムをご参考にしてください。
▼カスタマーハラスメント対策の勘所を概観する ~厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」活用時の留意点 - カスタマーハラスメント対策として、こちらのコラムもあわせてご参考にしてください。
▼組織防衛としてのクレーム・カスハラ対応意識の醸成
2.顧客対応前に押さえておきたいポイント
ここでは、対応上手になるための基本的なことも含め、「事前に押さえておきたいポイント」について解説いたします。例えば、トラブルなどの初期対応では顧客の主張が、「正当か不当」か「善意か悪意」の判断ができないため、先ずは顧客の主張を十分聞取ることから始めます。そして、事実確認を行った後に分析や因果関係などできる限りの調査を行うことで顧客の主張が「正当か不当」か「善意か悪意」なのかを判断します。そして最終的にはその結果に基づき総合的に判断し対応の方向性を見極めることができます。対応を上手に進めることに越したことはありません。対応前には、相手方の情報収集は勿論のこと戦略や計画をたて対応方針などについても事前準備をしっかり行ったうえで対応に臨むことが肝心です。
(1)対応の苦手な方の特長
対応の苦手な方の多くは対応経験が少ないと考えられます。経験が物を言うことに間違いありません。対応を上手に進められないのは、自分の発言に自信を持って話せていないため、相手から様々な質問に対して適切なアドバイスができないことから動揺し不安に陥ってしまうためです。そうなってしまうと、いつの間にか表情や態度に現れ、相手に見透かされてしまいます。そうならないためにも事前準備をしっかり行い何を聞かれてもそれ相応の対応ができるよう準備を怠らないことが必要不可欠となります。
(2)対応上手な方の真似をする
「実は対応が苦手だ。不得意だ」、そう思っている方は対応上手な人を見つけてお手本として真似をすることをお勧めします。「上手な方は生まれ持った才能」、と言うわけではありません。これまでたくさんの実践経験と場数を踏んで苦労を重ねた結果、今に至っているのです。一日でも早く対応上手になりたいのなら、上手な方の真似をすることが一番の近道です。さらに、対応上手な方は相手の気持ちをしっかり汲み取ることができ、その場の空気や状況を読み相手が今なにを考えているのかを意識し、常に考えながらわかりやすい形で話を進めています。
(3)家族構成や性格・表情などを分析する
事前に顧客がどんな人か分かっている場合の事前準備が重要です。顧客の年齢や性別、家族構成、職業や勤務形態、ペットの有無など、できるだけ多くの情報収集を行い顧客の性格を分析しておきます。そうすることによって顧客から「こういう質問やこういう要求をしてくるだろうな」、とおおよその想定ができます。また、顧客の様子を窺うには、顔色・表情・姿勢・身振り・声のトーン・言葉のスピートなどを観察します。例えば、顧客がこちらの提案に興味を示しているときは、それに対する質問をしたりするため積極的に話しかけてきます。また、姿勢も変化することがあり、少し前のめりになった姿勢で聞き入ったりすることもあります。一方で、無表情であまり変化が見られずこちらの話を聴くに徹している状況では、その提案に興味を示していないサインかもしれません。
(4)第一印象がよくなるよう服装や振る舞いをチェックする
トラブルやクレーム対応では、第一印象で大半が決まると言っても過言ではありません。初対面での対応は、第一印象を良くすることが大切です。なぜなら、顧客はこちらに警戒心をもって臨んできます。そのため対応の際は、誰でも理解できるようわかりやい言葉で話すことを心掛けます。また、礼儀作法や話し合う姿勢、服装などにも十分配慮することが肝心です。
(5)怒りが収まるまでの我慢も大事
顧客は、ある商品苦情を訴え激昂しています。顧客の怒りに恐怖を感じ一方的に捲し立てられているような状況が続けば気持ちは萎縮してしまい、「この場から早く逃れたい」「早く解放されたい」「早く解決したい」「はやく対応しないと更に怒らせてしまう」、という気持ちに駆られてしまうでしょう。そのため、早期解決を望む心理が働き顧客の要求を受け入れる安易な解決策をとれば、「顧客の思う壺」です。一方で、「早く解決したい」「早く終わらせたい」「早く済ませたい」、と思えば思うほどその気持ちが態度や声に乗って顧客に伝わり焦っていることを感づかれてしまい、顧客を更に激昂させる危険性があります。このような状況では、こちらは顧客の訴えをじっくり聴くことに徹する姿勢を貫くことから始め、その発言に共感したり、相槌をうったり、「クッション言葉」を使ったりして対処することをお勧めします。このような姿勢で対応することで顧客は、「自分の訴えをしっかり聴いてくれている」「自分の訴えを理解してもらった」、と徐々に落ち着くまで我慢し耐え続けることが肝心となります。
顧客が激昂している真最中にやってはいけないことは、顧客が話している途中に割って入ったり、話を遮ったりして意見や言い訳、反論などをすることであり、「絶対にNG」です。この状況では、顧客の話が一旦落ちつくまでは、聞くに徹する姿勢を貫くことが早期解決に導く一番の近道です。覚えておきましょう。
(6)ついやりがちな失敗例
あなたは、顧客に当社の業務内容やサービス内容を説明するため面談することになりました。あなたは、顧客の面談時間が限られているにも拘らず、できるだけ多くのサービス内容を説明したいが故に機関銃のように話し続けています。限られた時間のなかで、より多くの商品説明をしたい気持ちは十分理解できますが、顧客は当社の何に興味を持たれてこの面談に至ったのかを理解しているつもりでも、ついやりがちで良くない事例のひとつです。
この「PREP(プレップ)法」とは、「結論(Point)ポイント、理由(Reason)リーズン、具体例(Example)エグザンプル、結論(Point)ポイント」の順番で話を進めることで、最初と最後に要点を説明するため顧客に説得力を感じさせるメリットが期待できます。制限時間の限られるケースでは事前準備をしっかり行います。先ずは、顧客の関心がある商品から説明を開始し、残りの時間に他の商品説明を行いましょう。そして、時間の最後にもう一度、顧客が関心を示している商品説明を行うことで、顧客に良い印象を残すことが期待できます。覚えておきましょう。
(7)電話対応時のポイント
顧客と対面で対応する場合と電話で対応する場合があります。人によって得意不得意はありますが、対面で対応することを好む方もいれば、電話での対応を好む方もいます。ここでは、電話対応時の心得について紹介いたします。電話対応では、こちらが伝えたい説明や意図を文字や絵、図などを使って顧客の理解を補うことができないためよりわかりやすい説明が必要となります。また、相手方の顔も表情も仕草も見えないため対面よりも、より慎重で且つ丁寧な対応を心掛けます。言葉使いにも十分配慮することを意識します。顧客に何かをお願いしたり何かを断わったりするときなどは、言葉をやわらかく伝えることができるため、前置きとして「クッション言葉」を使って対応することをお勧めします。
(8)クッション言葉の例
- お詫びするとき
- (ア)ご不安をおかけしてしまい
- (イ)お手をわずらわせてしまい
- (ウ)ご不便をおかけいたしますが
- (エ)せっかく●●していただきながら
- (オ)大変お恥ずかしながら
- ご提案するとき
- (ア)差し支えなければ
- (イ)もしご都合がよろしければ
- (ウ)誠に恐れ入りますが
- 申し上げにくいとき
- (ア)申し上げにくいことでございますが
- (イ)誠に申し訳ありませんが
- (ウ)ご要望に添えず誠に恐縮でございますが
- (エ)お役にたてず心苦しい限りではございますが
筆者はクッション言葉を使う二つの理由があります。ひとつは、顧客の要求に対してネガティブな発言をする際、へりくだって話すことで自身の気持ちに余裕が生まれるためです。もうひとつは、顧客の要求に対してネガティブな発言をする際、顧客の要望や要求をストレートに断ると、言葉がきつい印象や顧客に不快感を与えてしまう恐れがあるためです。そのような思いから前置きとして「ご要望に添えず誠に恐縮でございますが」などのクッション言葉を添えることで自身の気持ちが楽になり、それ以後の対応が進めやすく感じるためです。是非、一度試してください。
(9)関係者がいる場合は根回も大事
例えば、事案によっては複数の関係者と対応方針を調整して顧客対応に臨まなければならない場合もあります。小売店であればメーカーとの調整が必要であり、建設会社であれば不動産オーナーやマンション管理会社との調整が必要な場合もあります。こちらがよかれと思って顧客に回答したことが、かえって関係者の意に添わず解決を遠ざけるケースもあります。また、余計に紛糾させてしまうことも起こり得ます。顧客対応にあっては、関係会社があるときは対応の方向性を予め協議のうえ決定しておくことが肝心です。顧客からのクレームは突然、発せられるものも多く、回答について関係者と協議する時間がないことも多いため、各関係者との間で基本的な対応方針を事前に決定しておくことをお勧めします。
3.よく聞くセリフと応酬話法
- 「今すぐ上司と代われ」「責任者を出せ」「責任者を呼んで来い」と言われたら
- 本件の対応は私が責任をもって行います。
- 私が本件の最終責任者でございます。
- 私からの回答が会社の見解とご理解いただいて構いません。
- 「今すぐ回答しろ」「すぐに答えをだせ」と言われたら
- 事実確認が出来ない状況ではお答えできません。
- 事実確認が済みますまで、しばらくのお時間をいただけませんでしょうか。
- 即時の回答となりますと、お客様にとって不利益な回答となってしまいます。
- 「謝罪文を書け」「一筆書け」と言われたら
- 書面での回答は失礼にあたりますので、直接謝罪させていただくことが当社の誠意だと考えております。
- 紙一枚でお詫びすることは、かえって失礼にあたると考えております。
- モンスター系クレーマーへの対応
- 「理解いたします」「努力させていただきます」と回答します。
- 相手方の意見は受け入れるが不当要求は拒絶します。
- 貴重なご意見として承ります。
- 何を言われても態度と言葉だけを示し、その場を絶え凌ぎます。
- 共感したり相槌をうったり、クッション言葉を交え聞いているふりをします。
- 「誠意を見せろ」「誠意を示せ」と言われたら
- 直接謝罪させていただくことが、当社として最大の誠意と考えおります。
- このお電話で謝罪させていただくことが、当社としての誠意だと考えおります。
- 「今から店いくから待っとけ」
- 「何時に来られますか」、と来店時間をあえて確認します。
- 「何時までにお越しください」、とあえて時間を区切ります。
- 「●●と申しますので、●●宛にお越しください」、とあえて待っているという意思を示します。
などの言葉で切り返したり、相手方の要求を交わしたりする応酬話法の一例です。
4.クレーマーのタイプと類型
ここでは、普段と同じ対応では、中々埒が明かないタイプの事例と主なクレーマーの類型について紹介いたします。このタイプと対応することになれば、早期解決は諦め長期戦を覚悟して臨むしかありません。
(1)対応が極めて難しいタイプ
威圧的な態度で自分の要求に応じるまで承諾しないタイプで、解決条件をつり上げ対応を少しでも有利に進めようとする顧客は非常に厄介です。対応しても話がまとまらず埒が明かない場合は、一旦顧客の話を聞くに徹し持ち帰るしかありません。後日、改めて対応を開始し顧客が妥協するところを探ります。このタイプとは安易に要求を飲むことは避け、長期戦覚悟のうえ臨みます。顧客が痺れを切らし譲歩してくるまで静観することをお勧めします。
(2)優柔不断で意思決定できないタイプ
こちらからの条件提示を自分一人の判断で意思決定することができないため、何度も持ち帰って検討するタイプです。このタイプは、非常に神経質で解決に応じることで「解決解後に新たな問題が発生しても二度と請求できない」、と考えるため合意形成に至るまでに期間がかかることがあります。このような場合は、相手方が理解するまで何度でも繰り返し丁寧な説明を行い信頼関係の構築ができるまで粘り強く対応を継続するしかありません。
(3)反社系クレーマータイプ
いちゃもん、因縁、言いがかり、難癖などの反社系クレーマーは対応が大変上手で人脈も豊富です。「目は口ほどにものを言う」、との言葉があてはまります。事実、鋭い眼光をしていますので相手方の目を見れば大体想像がつきます。しかしこのタイプは電話での対応を嫌う傾向があり、面談しても口数は少なくあまり言葉を発したりせず、「しっかり汗かいてくれ」「きちんとした返事を持ってこいよ」、と目で語りかけてくる感じです。このようなタイプは複数人で対応することは勿論のこと、より丁寧な対応を心がけながら、粛々と進めます。相手方の要望に添えることのみ対応し、曖昧な表現は避け無理なことは無理とキッパリお断りする意思表示が肝心です。
- (ア)身勝手な要求を主張するタイプ
- (イ)説教を繰り返すタイプ
- (ウ)机を叩きながら終始激昂しまともに会話ができないタイプ
- (エ)話を全く聞かず自身の主張だけを述べ会話のキャッチボールができないタイプ
- (オ)屁理屈を繰り返すタイプ
- (カ)弱みに付け込み不当な要求をするタイプ
- (キ)常習的にクレームを繰り返すタイプ
- (ク)反社的クレーマータイプ
- (ケ)支離滅裂な話を繰り返すタイプ
- (コ)電子メールを使って苦情を訴えるタイプ
今回のSPNの眼では、「顧客対応の前に押さえておきたいポイント」などについて解説しました。
次号(10月号)後編では、人の行動心理に基づく対応テクニック、「実践で役立つトーク術と解決に導くためのポイント」「悪質クレーマーと犯罪の種類」について解説いたします。