SPNの眼

災害時の福祉避難所と介護サービス事業者BCPを考える

2024.01.10
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総合研究部 研究員 笹嶋 哲太

郊外に建設された老人ホーム、上に広がる青い空

はじめに、この度の令和6年能登半島地震にかかる災害等により、お亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみを申しあげますとともに、被害に遭われた全ての方々に心からお見舞いを申しあげます。

みなさんは「福祉避難所」という避難所があるのをご存じだろうか。自治体が特別支援学校や介護サービス施設などを指定し、その施設の職員など介護福祉の専門職らによって運営する避難所の事で、現在整備が進められている。また介護サービス事業者については2024年4月を目途に事業継続計画(BCP)策定の義務化が定められ、災害時に介護サービス事業者が地域で担う役割は高齢者の増加とともに重要さを増している。

今回の義務化を契機として、介護サービス事業者の方はもう一度自身のBCPを振り返り、災害が発生した際に本当に事業が継続できるか確認してはどうだろうか。その時はぜひ福祉避難所としての事前準備が出来ているか、手順を定めているか等の確認もしてもらいたい。そうすることで、災害発生時に事業継続を図るとともに、地域の高齢者等の避難所対応に介護福祉の専門職が参画することで地域全体の防災力を高めることにもつながっていくのだ。

本稿では、福祉避難所についての紹介と、2024年4月から義務化される介護サービス事業者のBCP策定において、事業者が福祉避難所運営に関する項目を充実させておく重要性について述べていきたい。

1.はじめに~福祉避難所について

福祉避難所は、一般の避難所とは別に高齢者や障害者、乳幼児などその他特別な配慮が求められる人(要配慮者)を対象としている避難所である。スロープ、手すりなどのバリアフリーやパニックになった際のスペースの確保、福祉関係の職員が避難所に常駐しているなど、要配慮者が一時的に必要なケアを受けられるよう整備がされている施設が選ばれることが多い。

元々1995年に発生した阪神・淡路大震災の取り組みを総括した「災害救助研究会」によって「福祉避難所の指定」について初めて言及が行われ、その必要性は認識されていたものの、取り組みは進まず2007年に発生した能登半島地震で初めて福祉避難所が設置された。

2007年の能登半島地震で有効性を確認した国は、それを踏まえ2008年に「福祉避難所設置・運営に関するガイドライン」を作成し定着をはかろうとした。2018年には東日本大震災の教訓を踏まえ改定し「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」を作成したが、災害時での定着は進まず、横浜市が2019年に市民1万人を対象に行った避難場所に関するアンケートでは、福祉避難所について「意味も場所も知らない」と回答した市民が約6割と認知度が上がらない状況が続いている。(※1)

内閣府(防災担当)によると、2019年10月時点で全国に指定避難所は78,243カ所あり、そのうち福祉避難所は8,683箇所。そして自治体との協定等によりグループホームや介護福祉施設などを災害時の福祉避難所として確保しているものを含めると全国で22,078箇所の福祉避難所が存在している。

※1:▼【減災新聞】〈知る・深める〉認知度低い福祉避難所 横浜市調査「意味知らず」6割(神奈川新聞・2019/02/03)

2.福祉避難所の対象者

前述のとおり、福祉避難所の避難対象者は災害対策基本法の中で「要配慮者」と定義づけられている。「要配慮者」に該当するのは「高齢者、障害者の他、妊産婦、乳幼児、医療的ケア(※2)を必要とする者、病弱者等避難所での生活に支障をきたすため、避難所生活において何らかの特別な配慮を必要とする者」となっている。その他18歳未満の障害児や医療的ケア児も要配慮者の対象となっていて、そのため福祉避難所の対象には「要配慮者」の家族なども含まれる。また、福祉避難所は在宅の要配慮者を対象としているため、すでに高齢者施設などに入所している場合は、入所中の施設で対応するので対象外となっている。

〈要配慮者〉

  • 高齢者(一人暮らし、高齢者のみの世帯等)
  • 障害者、障害児(身体障害、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、知的障害、精神障害等)
  • 乳幼児、妊産婦
  • 傷病者
  • 難病患者
  • 医療的ケアを必要とする人、医療的ケア児
  • 外国人
  • 上記の家族

※2:医療的ケア:人工呼吸器や酸素供給装置、胃ろう等を使用し、たんの吸引や経管栄養などが日常的に必要な場合を指す

3.福祉避難所の立ち上げについて

しかしこれまで福祉避難所は、一般の避難所のように災害の発生と同時に立ち上がるというよりは必要に応じて立ち上げる「二次避難所」として捉えられてきた。

これは、前述の「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」にある『市町村は、災害が発生し又は発生のおそれがある場合で、一般の避難所に避難してきた者で福祉避難所の対象となる者がおり、福祉避難所の開設が必要と判断する場合は、福祉避難所の施設管理者に開設を要請する。』という文章のためである。(福祉避難所の指定を受けた施設が自主的に解説することが禁止されているわけではない)

この文章の解釈により福祉避難所に移動するには

  1. 要配慮者は一度最寄りの避難所に避難する
  2. 避難所の中で福祉避難所の対象となる要配慮者と認められる
  3. 市区町村が移動を希望する要配慮者数を取りまとめて福祉避難所を要請・開設
  4. 福祉避難所に要配慮者が移動する

という段階を踏むことが多い。しかしこの手続きは福祉避難所という制度の周知度の低さと、災害という混乱の中でしばしば機能しないことが多い。

4.過去に起こった福祉避難所のトピックス

過去の災害時における福祉避難所についてのニュースをいくつか事例を紹介したい。整備が進んだのはここ数年で、災害のたびに手探りで各被災地が福祉避難所を運営している事がわかる。過去の災害では、開設予定だった福祉施設が被災し避難所が開設できなかったり「避難所」の存在を知った一般避難者が福祉避難所に殺到した事で混乱したりする事例もあり、混乱を避けるために積極的に福祉避難所を公表しない自治体もあるなどバラつきが存在した。

2021年5月に災害対策基本法と「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」が改正され「事前に受入れ対象者を決めてから市区町村が福祉避難所に指定された施設を公表する」と変更されたため、今後は全国で統一して自治体から福祉避難所が公表されていく事が想定される。

事例1:▼発達障害者つらい避難所 物音、不規則な生活にパニック 行き場失い車中泊(西日本新聞・2016/4/30)
2016年の熊本地震で被災し、障害を持った息子が一般の避難所に慣れることができず親子で車中泊をしていたという事例。福祉避難所については存在を知っていたものの初めての場所を嫌がるため移動は考えなかった。

事例2:▼「福祉避難所」確保進まず 九州、対象者数未把握の県も(西日本新聞・2021/4/11)
熊本地震で被災した益城町にある特別養護老人ホームに関する事例。福祉避難所として開設した同施設へ、高齢者以外に近隣の一般住民も避難のため集まった。当時町に16か所あった指定避難所は被災で施設が損壊し6か所しか初動で開設できず、ピーク時には施設入所者を上回る避難者の対応を行った。避難住民の受け入れは長期化し解消するのに約1か月を要した。

事例3:▼【減災新聞】手探り続く福祉避難所 想定外の「直接」「越境」も(神奈川新聞・2018/12/23)
2018年に発生した西日本豪雨で、高齢者が小中学校などの指定避難所に行かずにグループホームや高齢者施設に直接避難してきた事例。中には自治体と福祉避難所の協定を結んでいなかったが地域のためと自主的に受け入れた高齢者施設もあったため「福祉避難所」として追認されたケースもあった。

事例4:▼台風19号 福祉避難所、周知足りず 開設55市町村、半数非公表 健常者対応「困難」 行き場失う障害者ら(毎日新聞・2019/12/28/)
2019年に発生し東日本を中心に猛威を振るった台風19号(令和元年台風第19号)で、福祉避難所を開設したものの一般住民が福祉避難所に来ることを懸念し、開設について広報しなかった自治体が、災害時に福祉避難所を設置した自治体の半数以上だったという事例。

5.2021年「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」改定

2020年に入り、内閣府は「令和元年台風第19号等を踏まえた高齢者等の避難に関するサブワーキンググループ」を設置し、高齢者や障害者など要配慮者の避難について検討を開始。その中で福祉避難所についても検討が行われ、それを踏まえ2021年5月に災害対策基本法の改正と「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」改定が行われた。これらの改正によって以下の点で変更が行われることとなった。しかしながらまだ改定には日が浅いため下記のような変更が全国に浸透するにはまだ時間がかかると思われる。

(1)要配慮者の福祉避難所への直接避難の促進

新たなガイドラインでは、これまで曖昧になっていた福祉避難所への直接避難について明確化された。福祉避難所で受け入れる要配慮者について、地区防災計画や要配慮者の個別避難計画などを作成する際に、市区町村が事前に受け入れる要配慮者を特定しておくことで受け入れ人数を調整し、直接避難を可能にするよう各自治体に対し求められることとなった。

(2)福祉避難所対象者の指定と公示

これまでの福祉避難所では、事前の調整がなかったため、例えば災害時に福祉避難所となった障害者施設に別の専門的なケアを必要とする高齢者等が避難する事で、現地の職員に負担がかかる事態が想定され、施設が自治体からの指定をためらうケースも存在した。

今回のガイドライン改定ではそうしたケースを踏まえ、事前に施設ごとの受入れ対象者を市区町村が決め、一般避難所と福祉避難所を分けて公示することで、一般の被災者が殺到するなどの混乱を防ぐよう周知を行っていく。今後は、高齢者は介護老人保健施設、障害児やその家族は特別支援学校、などと受け入れ施設と対象者を特定し、自治体側で事前に定めて個別避難計画で調整をすることで一般避難所を経由することなく直接避難が出来ると考えられている。

こうした改正により段階的に

  1. 事前に市区町村で要配慮者を把握し、各指定福祉避難所で受け入れる対象者を調整する。
  2. 市区町村が指定福祉避難所ごとの受入れ対象者を公示する。
  3. 指定された介護サービス事業者などの福祉避難所は受け入れ人数や配慮に対して備蓄や準備を事前に行う。
  4. 災害発生時、要配慮者とその家族は開設された福祉避難所に直接避難する

という流れにしていくために現在各市区町村で整備が進められている。

6.介護サービス事業者BCP策定時のポイント

これまで福祉避難所に関する流れを中心に述べてきたが、その指定がされる介護サービス事業者は居宅サービス事業や介護保険施設などそれぞれ類型が分かれる。福祉避難所開設に関する準備以外に介護サービス事業者がBCPを策定する際に注意する点をいくつか紹介したい。

通所介護、ショートステイなどの在宅型であれば、特に車での送迎時に注意が必要となる。利用者の自宅途中に山沿いの道があれば土砂災害の危険があり、自宅が川沿いにあれば増水、氾濫などで大雨の際に危険が伴う。事前に利用者の送迎ルート上に危険個所がないか、地域のハザードマップで確認をして地図に落とし込み、職員間で共有を行うなど、移動中の二次災害を防ぐ手立てを盛り込んでおくことが重要となる。また車の中の防災用品を整備しておく必要もある。車内では施設に到着するまでは、送迎に向かうわずかな人数で対応しなければならない。例えばトイレに行きたくなった利用者に車に備え付けてあった簡易トイレを用意したが、利用者は実際にそれを利用できるのか。災害の前からこうした疑問を持って検討をしておく必要がある。また、福祉避難所への直接避難が明文化されたことで、家族等が要介護者を避難させる場合も、同様の配慮が必要になることが注意しなければならない。そして雇用している事業者側としては、自宅での介護等を行っている従業員がいる場合には、通常の地域の避難所だけではなく福祉避難所も利用できることを当該従業員や、施設内に周知しておくことも大切になる。同時に事業者側は、災害時に従業員が一般の避難所ではなく、福祉避難所に避難している可能性があることも認識しておかなければならない。

介護老人保健施設など施設型の事業者であれば、まず備蓄を準備することが重要になる。福祉避難所の指定を受けていれば、加えて受け入れ人数分の食料や毛布などを利用者分とは別に備蓄しておく必要がある。台風等の接近に伴う大雨で河川の水位が上昇する場合など、ある程度事前に災害が来ることがわかる場合は、タイムライン(防災行動計画)(※3)の作成が有効となる。タイムラインは数日前からさかのぼり「いつ」「誰が」「何をするか」に着目してその行動を事前に時系列で策定しておくもので、事業所や職員がとる防災行動を定めておくことで職員と利用者の命を守るためにもぜひ策定を検討してもらいたい。

その他、今回のBCP義務化を契機として、昨今の激甚化する災害において、エリアBCPにおける社会福祉法人の位置づけについて、改めてどのような協力関係としていくか考え直す機会ではないだろうか。

※3 ▼タイムライン(国土交通省)

7.福祉避難所になっていなければ準備しなくて良いわけではない

冒頭でも書いたが、全ての介護サービス事業者は今年2024年4月までにBCP(事業継続計画)の策定が義務化される。

災害が頻発する昨今、今までお伝えしたことを参考とするなら「義務化されるのでテンプレートで形だけでもBCPを作っておけばそれで良い」とならないのはご理解いただけたのではないだろうか。

「福祉避難所」として事前に指定されていなくても、被災状況の変化により自分の介護福祉施設が突然「福祉避難所」となることは想定しておかなければならない。また、災害時に要支援者のみならず一般の地域住民や場合によっては職員の家族が「避難所」として避難してくる事態も想定しておく必要がある。災害時に職員、利用者の安全が確保されていたとしても、避難してくる要配慮者のケアを行う事をBCPで想定していなかったとなれば運営に支障が出て事業継続がおぼつかなくなる。災害という非日常では、混乱する中でイレギュラーに対応するためには最低限な、あるいは形式的な対策では限界が出てきてしまうのだ。そうした結果の予見可能性を誤ると安全配慮義務違反を問われる事態にもなりかねないのではないだろうか。

8.おわりに

筆者は以前、児童福祉の職業で働いていた事がある。ある日の夜、震度5強の地震が発生した。被害はなかったのだが、翌日施設を利用している小学生の送迎に向かうと親御さんから、その子は余震の不安から発生した夜はひどく怯えて不安定になっていたという言伝をいただいた。もし事業所を利用していた際に同じ事態が起きたらどうするか、という事で急遽その事業所の職員で話し合い、利用する児童向けに防災教室と避難訓練を行った。

東日本大震災からは2024年で13年がたち、小中学生で震度6強を体験した世代はいなくなりつつある。児童福祉施設に関しては、義務化される介護サービス事業者と違い、2024年4月以降BCPの策定は努力義務となっている。しかし今後段階的に義務化されることは十分想定できるため、努力義務といえどこういった機会に考えていってもらいたい。

備えていても備えていなくても、災害は関係なく発生する。災害が発生した際、訓練、研修などが整備されていない状況だと、現場の職員は利用者の事を第一に考えるがその他を迅速に行動できるかは難しい。避難するのか、利用者の自宅に送迎をするべきなのか。いかに行動すべきか、それぞれの事業所で決められ周知しておく必要がある。災害が激甚化しつつある今後は、より実践的なBCPを準備し、現場の職員で共有しておくことが介護サービス事業者には求められており、その事前の備えこそが企業や従業員、利用者や地域を守る事にもつながる。

終わりに、もしも介護サービス事業者で地域の実情に沿った実践的なBCPを策定したい、作りたいが社内リソースが足りない、あるいは内部ですでに作成し取りまとめたものの、その実効性に不備はないかとお困り、お悩みの方がいればまずは当社まで遠慮なくご相談ください。

出典

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