SPNの眼
総合研究部 上席研究員 宮本知久
自動車業界での品質検査等の不祥事の発表が後を絶たない。各社の自動車を購入した顧客や使用者からの信頼の失墜はもとより、各社が行う出荷停止や製造台数調整措置により、自動車部品を供給するメーカーへの影響も非常に大きい。自動車1台分に使われる部品は約3万点に上るといわれ、各部品メーカーがブレーキやドア、ゴム部品などを完成車両メーカーに供給している。完成車両メーカーの不祥事は、多くの企業に負の影響が生じさせている。
さて、各社の不正の原因を見ると、ガバナンス、内部統制、リスク管理の不備に関し、いくつかの共通点がある。今回のSPNの眼ではその共通点のうち、人(従業員)の感覚がもたらす判断と行動について取り上げてみたい。製造現場をはじめ企業で働く社員の心のあり様、「不祥事を生む8つの心理的要因」を示すとともに重点対策を紹介する。
皆さまの会社での経営管理体制の充実、リスク管理強化にお役立ていただきたい。
1.主な自動車メーカーにおける不祥事の原因と再発防止策
近年の自動車メーカーでの不祥事を紹介する。なお本稿の主題である従業員の心理に深く関連する箇所に下線を引いている。
【日産自動車 無資格完成検査】
社名 | 日産自動車株式会社 |
表面化時期 | 2017年9月 |
事例の概要 | 同社での自動車の完成検査にあたっては、自動車製造業者において指定された完成検査員が行わなければならなかったところ、一部の完成検査について、完成検査員に任命されていない者が実施すること等が常態化していた。また同任命されていない者が完成検査員のバッジをつけて検査を行わせる等、発覚逃れを行っていた。 |
主な発生原因 | ① 完成検査員の不足
② 完成検査制度に関する規範意識の薄さ ③ 現場と管理者層の距離 ④ 実効性ある内部監査の不足 |
主な再発防止策 | ① 完成検査ラインの構成・オペレーションの修正
② 完成検査員の任命基準の見直し・教育等制度の改善 ③ 現場と管理者層の距離を縮める施策(定期的な会議等) ④ 監査の改善 |
【日野自動車排ガス燃費不正】
社名 | 日野自動車株式会社 |
表面化時期 | 2022年3月 |
事例の概要 | エンジンの排ガスや燃費に関する不正な認証申請を行っていた。
法規が定める測定点で測定しない、法規で定められた時間の最後までエンジンを回さない、定められた手順で測定したかのように試験データを書き換えるなどの不正が多機種のエンジンで行われていた。 |
主な発生原因 | ① セクショナリズムと人材の固定化
② 建設的議論の欠如 ③ 世の中の変化への対応の遅れ ④ 業務マネジメントの仕組みの軽視 |
主な再発防止策 | ① 不正行為を起こし得ない型式指定申請体制の構築
② 開発部門の業務実施体制の改善 ③ 社内の技術管理体制の再構築 |
【ダイハツ工業 軽自動車の安全性確認試験不正】
社名 | ダイハツ工業株式会社 |
表面化時期 | 2023年4月 |
事例の概要 | 軽自動車の側面衝突試験の認証申請における不正行為。
車両の安全性確認のために実施する側面衝突試験において、認証試作車両の前席ドア内張り部品の内部に不正な加工を行うなど、法規に定められた側面衝突試験の手順や方法に違反があったことである。 |
主な発生原因 | ① 過度なスケジュールによる極度のプレッシャー
② ブラックボックス化した職場環境とチェック体制の不備 ③ コンプライアンス意識の希薄化、認証試験の軽視 ④ 現場と管理職の断絶による機能不全 |
主な再発防止策 | ① 経営幹部の法規・認証業務に関する理解の徹底
② 部署間のセクショナリズムを廃する仕組みの構築 ③ 法規・認証関連業務に十分な人員とリソースの確保・徹底 ④ コンプライアンス、技術者倫理等の教育制度導入 ⑤ 認証申請プロセスにおけるチェック体制構築 ⑥ 法規・認証に対する深度のある監査導入 |
2.不祥事を生む8つの心理的要因
開発、製造、検査に関わる従業員が不祥事を生む、または不正を知っても必要な報告等、コンプライアンス行動に移れない心理的な要因(従業員の感覚・感性)は主に8つある。
【不祥事を生む8つの心理的要因】
その1 | それが違反行為だと知らなかった | 認識不足・無知や過失 |
その2 | なんとなくやっていた | 習慣や先例 |
その3 | 面倒くさいから省いた | 手抜き |
その4 | 保身のために隠ぺいした | 叱られることの恐怖心 |
その5 | 会社のために何とかしなくては | 間違った正義感・誤ったブランド意識 |
その6 | 何としても目標達成しなくては | 倫理からはずれた評価主義 |
その7 | これまで上手くいっていたから | 成功体験への埋没、時代の変化の誤認 |
その8 | あの会社でもやっているので | 業界の常識は世間の非常識 |
これらの感覚・感性が複数の従業員たちの間で“暗黙のルール”として形作られることで、不正が繰り返される。またミドルマネジメント層が同種の感覚を持つことからは、しかるべき監督を怠ったり、現場との対話をないがしろにしたりすることにつながる。これらが複合して風土として形成されれば、不正の発覚、対処はより一層、遅れる事態を生じさせる。前掲の自動車製造者の不祥事の原因にも十分当てはまることである。
3.重点対策
対策の方向は、従業員が前述の心理、感覚を持たないように、また正しい判断が下せるよう、教育や指導、職場環境を整備することにある。規範意識教育や不正防止の研修、エンゲージメントサーベイの実施、監査、従業員ヒアリングなどが有効である。
さて、製造業での不祥事対応、再発防止策策定コンサルティングの実務支援を提供してきた筆者から、重点的に検討したほうがよいと考える対策を3つ紹介する。製造現場で起こりがちな実例も添えて書くので、あわせて参考にしてほしい。
(1)不正と認識せずに行われる行為を踏まえて対策を講じる
まず従業員や監督者が不正、不適切行為を行うにあたって「これは不正だ」と認識を持ったうえで行われるものと、認識されないケースがある。後者について補足すると従業員が「問題を解決するために工夫しよう」という発想のもと、過去に作成した報告書を複写、引用したり、検査環境の温度を調整したりといった例だ。工夫の範囲で許容されればよいが、結果として得られる事象によっては不正になる。業務において、思いついた工夫を案として議論することはあってよいが、リスクを確かめずに自分たちだけの感覚で実行すること、ローカルルールで運用することが問題を生じさせる。
これら両面の不正を予防する対策として、業務部門の監査、管理部門の監査、監査部門の監査の3重の監査を講じる対策が不正のけん制、早期発見に有効である。(サードディフェンスラインによるリスク管理)
(2)適正な業務や点検をインセンティブにする
多くの会社では、品質管理部門が会社のルールどおりに手順を守ること、基準どおりに検査すること、について“できて当たり前”として、直接的なインセンティブ(報酬)が付与されることはあまりないだろう(人事評価や部門評価に導入している会社はある)。不正防止策の一つとして、従業員が適正に業務を実施していることを、賃金や昇進など現実的な報酬と実感できるような制度を導入することを提言したい。
実際のところ、製造業での内情の一つとして「品質管理部門で活躍したい」と思っている人が年々、減っている問題が起きている。報酬で動機づけし「社内資格合格に挑戦し品質検査員になりたい!」と思う人が増えれば、検査等の専門技能の伸長、実効性向上に寄与するだろう。
この他、品質管理業務について2つ以上の部署でけん制しあう仕組みも有効だ。製造等のプロセスに問題がないかの点検を品質管理部が行ったあと、品質保証部が製造された製品の性能確認試験と品質管理部が行った点検が有効かを含めて、検査するなどである。
(3)必要コストの見直しと正しい投資判断を下す
高品質が競争を生む時代、消費者保護が重視される時代である以上、製造業を取り巻く法規も業界団体が作る品質水準も、また自社で作る自主基準も、今より厳しくはなっても甘くはならないだろう。リスク管理を徹底せねばならず、必要なコストはかけるべきである。不祥事を起こせば甚大な損失を被るのだから。
これも実例だが、検査工場の建屋の老朽化等により適正な検査条件で品質検査をできなくなっているのに、経営陣が改築の費用を惜しみ投資判断を避けたことで、工場の検査員による検査成績書の書き換え不正を招いたという例がある。経営陣がこのような投資判断を行った理由は、同検査工場の対象製品はこの企業グループでの主力製品ではなく、売上額、売上構成比ともに低い製品であったことが挙げられる。現場の従業員としては、会社に改善を進言してもなされないことの失望感につながり、8つの心理的要因を想起させてしまったわけだ。
企業として、自社グループが製造するすべての製品の安全性の担保に要する投資と費用を正確に洗い出し、また時代にあわせて見直すこと、そして働く従業員たちの失望につながらないための判断と施策が求められている。
今回ご紹介した不祥事を生む8つの心理的要因と重点対策を、皆さまの会社での経営管理体制の充実、リスク管理強化にお役立ていただきたい。