SPNの眼
総合研究部 研究員 小田 野々花
■はじめに
■台湾地震時に浮き彫りになった課題
▼徒歩避難の周知不足
▼避難場所の周知不足
▼外国人への案内
▼情報発信
■被災してから「この対策も必要だった」となる前に
▼自拠点のリスク把握の考え方~記憶や感覚だけに頼らない~
▼自拠点のリスク把握のポイント
■終わりに
はじめに
2024年4月3日に台湾で地震が発生し、沖縄県与那国島では震度4の地震を観測し、与那国島や宮古島、石垣島では0.2m~0.3mの津波が観測された。この台湾地震への対応では建物屋上への避難など、適切な対応が迅速にできた場面もあれば、津波襲来のリスクがある中で避難する車で大渋滞が生まれるケースもあった。沖縄県は台風が頻発しており、台風対策は慣れている方も多いが、地震や津波への対応には慣れていない方も多かったのではと考えらえる。
日頃、リスクが高いと認識していない災害への備えがあまりできていないケースは多くの企業に当てはまるのではないだろうか。本コラムでは、台湾地震に対する沖縄県での出来事を振り返りながら、企業の防災やBCP担当者に今後の参考としてもらいたいポイントを解説する。他の地域の災害を他人事だと思わずに、自社の防災への取り組みに取り入れられる部分は取り入れていただきたい。
台湾地震時に浮き彫りになった課題
台湾地震の沖縄県の対応に関する報道の中でよく取り上げられていた中で、筆者が注目したのは「徒歩避難の周知不足」「避難場所の周知不足」「外国人への案内」「情報発信」の4つだ。これらについて、日頃の企業防災の取り組みにも結び付けながらそれぞれ解説する。
徒歩避難の周知不足
台湾地震においては、津波避難をする車の渋滞が発生した。沖縄県警察署へは、交通渋滞に関わる通報が数十件寄せられたそうだ。津波の避難は徒歩が原則だが、この原則が実行できていないためにこのような事態になったと考えられる。
<ポイント>津波の避難は徒歩が原則
津波の避難は徒歩が原則なのは、避難する車で渋滞が起きてしまえば、足の不自由な人や高齢者など、本当に避難に車を利用しなければならない人の避難に支障をきたすからだ。
このような徒歩避難の原則は、日々の生活で自身が情報収集をする(家庭の防災の範疇)のももちろんだが、従業員への防災教育で取り上げるのもよいだろう。従業員教育でも、このような基本的な部分を周知することで、一人でも多くの命を救うことにもつながるだろう。
避難場所の周知不足
台湾地震に伴う津波への対応にあたっては、警察へ渋滞に関する通報が寄せられたほか、市町村や消防等には、「避難場所はどこか」という問い合わせが殺到したそうだ。自宅付近の避難場所を把握しておくことも防災の基本だが、これが住民に徹底されていなかったことにより、市町村や消防等に問い合わせが殺到してしまった。
<ポイント>付近の避難場所や避難所を把握しておくこと
「指定避難場所」とは、災害発生時に一時的に身を寄せておく場所のことで、地震の避難場所であれば学校の校庭や公園が指定されていることが多い。それに対し「指定避難所」とは、災害発生後に一定期間生活する場所のことで、学校や公民館が指定されていることが多い。(参考:「平成30年版 防災白書|第1部 第1章 第2節 2-10 指定緊急避難場所と指定避難所の確保」(内閣府))
企業の防災活動においても、事業所の近隣の避難所や避難場所を把握しておくことが肝要だ。1年に1回の消防訓練において、実際に近隣の避難場所である公園まで歩いてみる訓練を行っている企業もある。一方、本社の付近の避難所や避難場所は把握できているが、小さな支店や、営業所、サテライトオフィスなどの、拠点の近くの避難所や避難場所を把握できていないケースもよくある。その他にも、長年勤務している方は近隣の避難場所を知っているが、アルバイトの方は知らない、また、知ってる人はいるが周知はされていない、というケースもよくある。最寄りの避難場所や避難所について、拠点のハザードマップと併せて店舗のバックヤードや事業所の壁に掲示したり、何らかの形で社員に周知することが必要だ。ポケットハンドブックを配り、ハンドブックに各拠点の最寄りの避難場所を明記しておくことも有効な対策の一つだ。
外国人への案内
こちらについては、うまくいった例もうまくいかなかった例も確認された。ある施設では、外国人への避難の呼びかけがうまく伝わらなかった例が報道されていたが、その一方で、ある自治体では、数か国語で防災音声放送を流した例もあった。その他にも、ある学校の教員が、自発的に外国人への対応や案内を行う好事例もあった。「外国人への案内」は、外国人観光客も多く訪れる沖縄県ならではの切り口でもあるかもしれない。しかし、インバウンドでの外国人旅行者が増えている日本各地の状況を考慮すると、その他の事業者にとっても、外国人への案内は重要な視点である。
<ポイント>外国人をはじめ、自施設の利用者に合った案内ができるような体制を
災害時の外国人への対応は苦労することもあるが、「やさしい日本語」を用いた取り組みも進んでいるため、リーフレットやポスターも活用することができる。
▼外国人のための減災のポイント(やさしい日本語と多言語QRコード対応)(内閣府)
また、社員に外国人がいる場合には、パンフレット等で日頃から防災教育を行うことも効果的だ。
うまくいった取り組みを情報収集したり、既存のツールを活用して、社内の防災教育も取り組むと良いだろう。
情報発信
台湾地震においては、自治体や観光施設、企業などの複数のXアカウントで、警報発令やその他の注意喚起をする投稿が確認された。一方で、避難場所の問い合わせが市や消防へ殺到したり、自治体のホームページにアクセス集中してしまった例もあった。
ある主体が発信している情報が、受け手の求めている情報とマッチしていないケースがある。今回の例でいえば、気象庁の情報発信にならって警報発令に関する情報を多くの組織が発信していたが、その一方で、「避難所はここですよ」や「避難所情報はこちら」などの情報発信が平時はもとより、また災害発生後も充実していれば、もっと災害対応はスムーズであったかもしれない。
<ポイント>災害時にはどの情報を届けるべきかを考える
災害時は非常に多くの情報があふれる。観光施設に限らず一般の企業においても、お客様にはどのような情報発信が必要なのかを平時から考え、準備し、必要な情報を発信していくことが求められる。営業再開の目途や、自店舗が被災していた場合には、「お急ぎの方はこちらの店舗をご利用ください」などの案内や、代替のお問い合わせ先やその他の情報発信をすることが例として挙げられる。この情報発信をするためには、あらかじめ代替の店舗や問い合わせ先を決め、用意をしておくことが必要だ。自社の業務の実態に照らして、「自社のお客様へはどのような情報が必要か」をあらかじめ検討し、準備をしておけば、より効果的な情報発信をすることができる。そのためにも、どのような場面で、どのような情報をどの主体が持っているかをあらためて整理し、情報発信体制を見直しておくことが重要だ。
被災してから「この対策も必要だった」となる前に
台風の頻発する沖縄県にとって、地震や津波への対応には多くの人が戸惑ったかもしれない。企業の取り組みにおいても、例えば風水害の頻発地域においては、風水害への対策が中心となることが多いのではないだろうか。もちろん、数あるリスクの中から優先順位をつけて対応していくことも大切だ。しかし、本来の防災の取り組みにおいては、地震のみや風水害のみという形ではなく、共通項として整備・対策すべきだ。被災してから「この対策も必要だった」とならないためにもまずは自社や自施設のリスクを把握することが求められる。
自拠点のリスク把握の考え方~記憶や感覚だけに頼らない~
リスクの把握を記憶や感覚に頼るのではなく、適切な方法で行う必要がある。「この地域では滅多に地震は発生しないから」と考えるのではなく、冷静に、各所の情報を確認し、自拠点のリスクを確認することが大切だ。
例えば、台風のイメージが強い沖縄だが、地震のリスクが無いわけではない。元々、日本全国どこにいても震度6弱以上の地震が発生する可能性があるとされている。さらに今回のように、他国の地震の影響を受けるケースもある。
沖縄県地域防災計画では、地震及び津波の被害想定では20もの想定地震が設定されており、そのすべてで最大震度6弱以上が予測されている。(参考:「沖縄県地域防災計画 第1編 共通編」(沖縄県)第1章 総則 第4節 災害の想定)震度6弱の地震とは立っていることが困難になり、固定している家具が倒れることもあるくらいの揺れであり(参考:「震度について」(内閣府))、決して地震のリスクが低いわけではない。
地域防災計画やハザードマップを確認して地域の災害リスクを調べることや、拠点のある自治体の防災マップや防災ガイドラインを確認すること、地域防災計画を確認すること、これらを通して「自拠点にどのようなリスクがあるのか」を多角的に確認することが必要だ。
自拠点のリスク把握のポイント
以下に、実際に自拠点の災害リスクを把握するにあたり、どのようなポイントを確認したらよいかを抜粋し記載する。
- その地域ではどのような災害が想定されているか
- 確認場所の例:地域防災計画の「総則」や「災害の想定」など
- 付近に断層はあるか
- 確認場所の例:地域防災計画や地震調査研究推進本部
- 液状化や津波のリスクはあるか
- 確認場所の例:地域防災計画やハザードマップ
- 過去にどのような災害が発生したか
- 確認場所の例:地域防災計画
- 付近に大きな河川があるか
- 洪水浸水ハザードマップではどの程度の浸水が想定されているか
- 確認場所の例:ハザードマップ
- 土砂災害や高潮のリスクはあるか
- 確認場所の例:地域防災計画やハザードマップ
- 地震/風水害の避難所/避難場所はどこか
- 確認場所の例:地域防災計画や地域のハザードマップや防災マップ
- 大規模災害が発生したらライフライン(水ガス電気)は何日間停止するか
- 確認場所の例:地域防災計画
- 大規模災害が発生したら交通(鉄道、道路、空路)は何日間停止するか
- 確認場所の例:地域防災計画
- 自拠点のまわりに大きな道路はあるか(災害時に交通規制となる道路の有無)
- 確認場所の例:都道府県警察のHP「●●県 災害時 交通規制」等で検索
これだけでも、自拠点のリスクを多角的に確認することができるだろう。リスクを確認できれば、「洪水浸水のリスクがあるなら土のうや止水版の備蓄品を備えなければならない」「水道が1週間程度止まるなら、1週間程度の水を備蓄しなければならない」など、備えのポイントが見えてくる。
反対に、適切なリスク把握ができていないと、本当は洪水浸水リスクがあるのに対策が取れていないことになりかねない。そのためにお客様や社員や自施設が被災してしまう可能性もある。もしそうなってしまったら、「企業として、自治体の計画や指針も確認していなかったのか」との批判も受けるかもしれない。この意味でも、適切な情報収集・リスク把握を行うことが大切だ。
防災の基本は、自分で自分の身を守る「自助」だ。自拠点のリスクを把握することなどを通して、災害リスクを自分ごととして認識することが、防災の取り組みの推進の第一歩である。
終わりに
本稿では台湾地震への対応を振り返りながら、企業防災に活用できる基本的なポイントを解説した。避難の原則や避難場所などを平時から周知・教育しておくことは基本的で大切だ。また、災害時にどのような相手にどのような情報を届けるのかを、平時から考えておくことで効率的な情報発信をすることができる。
今年の台湾地震にかかる沖縄県の対応だけでなく、他の地域の災害対応や防災への取り組みを参考とすることは有効だ。津波対応といえば東日本大震災の「釜石の奇跡」が有名だが、東日本大震災の津波が来ても、児童約3000人が津波から逃げることができた。これは、東北地方に伝わる「津波てんでんこ」という言い伝えが、児童一人ひとりに浸透していたこと、そして実践できたことが大きな要因である。他の地域の災害対応の成功事例や失敗事例を知ることで、自社の取り組みの見直しやブラッシュアップにつながる。
日頃意識していないリスクへの対策も適切に行うことも重要だ。「この地域は風水害ばかりだから地震のことはあまり考えていなかった」や、「この地域は浸水しないと思っていたのでそこまで備えていなかった」と考えるのではなく、まず自治体の情報を確認のうえ適切なリスク把握を行ったうえで、必要な備えをすることが大切だ。