SPNの眼
総合研究部 専門研究員 大越 聡
今年8月中旬、政府が初めて南海トラフ地震発生の注意を呼びかける「南海トラフ地震臨時情報」(巨大地震注意)を発表した。南海トラフ臨時情報については過去にも本稿で何度か取り上げているのでまずはそちらを参考にしていただきたい。
▼「巨大地震警戒」の臨時情報とは?~「地震は予知できない」を前提とした国の対策を知ろう~
▼南海トラフ地震「巨大地震警戒」と「巨大地震注意」の臨時情報。企業はどのように対応する
▼【緊急レポート】南海トラフ臨時情報発表。BCP担当者が今すぐすべき3つのポイント~正しく恐れ、正しく備える~
前回発表されたのは「巨大地震注意」の臨時情報だった。この情報への対応は「普段の生活を継続しつつ、地震への警戒を一段階上げる」ことだった。具体的には備蓄の確認や避難所への経路を再確認することなど、これまでの防災の備えについて再度確認し、地震が発生したときには確実に、着実にそれに対応することが求められるものだった。
では「巨大地震警戒」の臨時情報が発表された場合、企業は何をしなければいけないのだろうか。最も大きな違いは「すでに大きな地震が発生していること」「対象地域では避難活動を始める必要があること」が挙げられるだろう。本稿では巨大地震警戒が発表されたときの企業がすべき対応について検討していきたい。
「巨大地震警戒」が発表される条件
その前に、「巨大地震警戒」がどのようなものか簡単におさらいしたい。現在は南海トラフ地震が発生した場合、その地震が南海トラフの「半割れ」なのか、「一部割れ」なのかを政府の評価委員会が検討し、その状況に応じて警戒情報を発表する。先般の8月の宮崎県沖の地震は南海トラフの一部が割れた「一部割れケース」と判断されたため、「巨大地震注意」の臨時情報が発表された。
「巨大地震警戒」は南海トラフが「半割れ」したと判断された場合に発表される。半割れとは、具体的には以下のようなパターンだ。
(出典:「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン」/内閣府防災)
上記の地図の例では、ピンク色の部分の南海トラフの東側、具体的には静岡から愛知、三重、岐阜、和歌山の地域で大きな地震が発生した場合を示している。その場合、西側のオレンジ色の地域である和歌山から四国、九州にかけて連動して巨大地震が発生する可能性が発生する可能性が高まったと判断され、巨大地震警戒の臨時情報が発表されることになる。もちろん逆のパターンも十分に考えられるだろう。
この考え方は、過去の南海トラフ地震の発生状況等を参考にして作られたものだ。実際に直近の過去3回の南海トラフ地震を見てみると、以下のようになる。
1854年 安政地震 (東側の東海地震が発生した32時間後に西側の南海地震が発生)
1944年 昭和東南海地震(東側)が発生した2年後に昭和南海地震(西側)が発生
宝永地震では一度に東側・西側で地震が発生しているが、その後の2回では東側で地震が発生した後に西側で地震が発生している状況が分かる。ここから言えることは、東側が割れたケースでは、西側も割れる可能性が非常に高まるということだ。今回の注意報のように「何事もなかった」では収まらないと考えてよいだろう。では、具体的に企業にはどのようなことが発生するのだろうか。
すでに大きな被害が発生しているなかでの警戒
(出典:「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン」/内閣府防災)
上記も政府発表のガイドラインから引用しているものだが、重要なことはまず「被災地域の人命救助などの応急対策活動」を最優先することだ。それも、津波による被害で影響する地域は東日本大震災と同様、非常に広範囲にわたる。静岡、愛知、三重などの中部圏はメーカーやプラントが多数存在する地域だ。また、東名高速や東海道新幹線などの列島を横断する重要な幹線道路も損害を受けるだろう。サプライチェーン等に大きな影響がでることは間違いない。
1つだけ救いがあるとすれば、それは東京については震度5強程度と想定されており、これは東日本大震災の東京の震度と同程度と考えられることから、「東京は被害がほとんどない」と考えて戦略を作ることができることだ。もちろん停電や帰宅困難者が多数発生することなどは考えられるが、素早い復旧が可能だ。東海圏の企業は東京と2本社体制を構築している企業が多いことから、東京が対策本部となって現地に指示を与えることが可能になる。東京の対策本部としては、まず「被災地の人命確保と応急復旧」に全力を尽くすことが必要だ。ただし、東日本大震災と同様に広域に渡って被災しているため、当面の間、現地に応援活動に行くことは困難になる。東日本大震災の状況から考えても、少なくとも発災1週間~2週間においては、被災地は自力のみでの復旧作業が強いられることになるだろう。
これに対応するには、やはり普段から南海トラフ地震に備えたBCPを強化しておくしかない。それも自社だけの被害ではなく、近隣県までも含めた広域災害を想定したBCPが望まれる。すなわち、従業員向けの食糧などはもとより燃料や電源、非常用通信手段など、最低限必要なインフラについては復旧に頼らずにある程度は自前でカバーできるようにしておくことが重要だ。また、工場などの設備については修理業者との連携も必要になるが、修理業者自体が被災してしまうことも十分に考えられる。想定を広げるとともに、普段から業者とも連携して災害に備えた連絡会議や訓練を開催するなどのリスクコミュニケーションをとっておくことが望ましいだろう。
被災してしまった地域では、当然だが様々な困難な局面が発生する。それをサポートするのは、東京に設置する対策本部に他ならない。混乱した現地対策本部に対してどのようなことができるのか。例えば広域における災害情報の収集などは現地よりも遠隔地の方が客観的に行うことができるだろう。逆に、「情報の空白地帯」と呼ばれる情報が全く集まってこない地域に対しても注意が必要だ。通常のBCPにおいても、被災地の現地対策本部と対策本部の連携は大きな鍵となる。今回の臨時情報を機に、改めて見直しておきたいポイントの1つだ。
これから地震が発生する可能性のある地域における対応
被災地をサポートするのと同時に、対策本部がすべきもうひとつの重要事項が、「今後被災するかもしれない地域へのサポート」だ。巨大地震注意と巨大地震警戒のもう1つの大きな違いは、対象となる地域では実際に事前避難が必要になることだ。
(出典:「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン」/内閣府防災)
事前避難対象地域には、健常者も含めて地域のすべての住民等の避難を要する地域である「住民事前避難対象地域」と要配慮者のみ避難を要する地域である「高齢者等事前避難対象地域」に分類され、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)発表時には、住民事前避難対象地域には避難指示、高齢者等事前避難対象地域には高齢者等避難が市町村から発表されることとなっている。
これらの地域に暮らす従業員に対しては適切に避難を促すことが重要なのは言うまでもないが、例えば両親が「高齢者等事前避難対象地域」に暮らす場合は、ご両親への対応を優先してもらうように促すことも考えられるだろう。できればこれらのことも、予めBCPの中で検討しておくことが望ましいと言える。
これから被災するであろう地域でもう1つ重要なのが、取引先や修理業者、サプライチェーン等のビジネスパートナーへの連絡体制だ。対象地域に多くの店舗を抱える企業では、一時的な臨時休業や活動制限なども選択肢に入るだろう。対策本部では被災地の支援のみならず、これらの対象地域への適切な指示も重要な役割になることが予想される。避難と同様に、これらのことも今から想定し、BCPに反映することが望ましい。
東京の「統括対策本部」を中心に「東側対策本部」「西側対策本部」を作れ
前述したように、「巨大地震警戒」の臨時情報が発表された場合には被災地への対応と、これから災害が発生するであろう対象地域の両方に対して、適切な指示が東京に設置された対策本部には必要となる可能性が高い。ここからは個人的な提案となるが、対象地域に対しても「対策本部」を設置することが必要となってくるのではないかと思料する。従業員への事前避難や取引先へのコミュニケーションを図ると同時に、災害が再度発生すればそのままもう1つの「現地対策本部」に移行することが考えられるからだ。仮に先に発生した対策本部を「東側対策本部」、これから災害が発生する対象地域を「西側対策本部」と名付けると、「巨大地震警戒」が発生した場合は東京に設置する「統括対策本部」と「東側対策本部」「西側対策本部」の3本部体制を取り、対策本部は両方の現地対策本部にも権限を委譲しつつ、全体指揮を執ることが考えられる。
以上、「巨大地震警戒」情報が発表された場合の企業の対策の根幹ともいえる対策本部の在り方を検討してみた。同情報が発表されたときに、企業としてやるべき課題はこれまでに我々が経験したことのないような膨大な量にのぼるだろう。とはいえ、今から事前に検討できる課題も多いことに間違いはない。今からでも遅くはない。着実に、確実にBCPをブラッシュアップしていくことが重要だ。本稿を読んでいただき、巨大地震警戒が発表された場合の企業の対応の議論の1つとして取り上げていただければ幸甚だ。
(了)