SPNの眼
総合研究部 主幹研究員 杉田 実
1.はじめに
消費者庁は、公益通報者保護法に基づく指針などを通じて以前から、内部通報制度の実効性を高めるためには、制度を定期的に評価・点検し、その結果を踏まえ、通報対応の在り方や適切性について再検討することが必要と謳っている。これを踏まえ当社では、内部通報制度の整備・運用状況をチェックする「簡易診断サービス」を2021年から展開している。本項では、その診断サービスの実施結果を紹介しつつ、そこから見えてきた各社の課題や取り組み事例等を通じて、内部通報制度の実効性向上のヒントを提供できればと思う。
2.達成率1位は「窓口の周知」、ワースト1位は「担当者の育成」
まず、この簡易診断サービス(以下「当診断」という)がどのようなものかを簡単に紹介させていただく。当診断は、「企業姿勢」「規程面」「運用態勢」を中心とした10の大項目と39の主設問で構成されており、各企業のご担当者へのインタビュー結果と事前にご提出いただいた関連書類の精査結果を総合的に判定するスタイルで実施している。サンプル数はまだ少ないものの、1時間を超えるインタビューからは各社の取り組み状況や課題がかなり見えてきている。これまでに実施した27社の各項目の平均値は下図のとおりである。
当診断の平均値の中で最も達成度が高いのは、「Ⅴ.窓口の周知」(達成率89.4%)である。社内のイントラネットでの周知や名刺大カードの全従業員への配布、定期的なコンプライアンス研修での周知等はほとんどの企業が実施している。視覚的に伝わりやすいように工夫したポスターやハンドブックなどを制作している企業も多く、「周知」の取り組みはハードルが低めと言えそうだ。
一方、達成度が最も低いのが「Ⅵ.窓口担当者の就労環境」(達成率23.5%)だった。この項目をもう少し掘り下げて見てみると、サブクエスチョン(補助質問)の中で特に達成度が低いのが、「担当者への教育・研修を計画立てて実施しているか?」(達成率20%)の項目であった。
内部通報担当者への教育・研修については、消費者庁の公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説にも、下記の通り記載がある(下線は筆者)。
従事者に対する教育については、例えば、定期的な実施や実施状況の管理を行う等して、通常の労働者等及び役員と比較して、特に実効的に行うことが求められる。法第12条の守秘義務の内容のほか、例えば、通報の受付、調査、是正に必要な措置等の各局面における実践的なスキルについても教育すること等が考えられる。
担当者に対して実務的な内容の研修を定期的に行うことが求められているということだが、着任時に研修を実施したのみでそれ以降研修を実施していないケースや、研修は実施せずにOJT的に実務に携わりながら経験を積んでいくケースも多く、会社として内部通報担当者を育成するスキームが確立できている企業はまだまだ少ないようだ。そもそも内部通報対応は業務の性質上、属人化しやすく、対応の平準化が難しい業務ではあるが、内部通報制度をいい形で機能させるためには、担当者の対応スキルを一定以上のレベルに保っておく必要がある。そのためにも、担当者のスキルアップに有効な教育・研修を継続的に実施していくことがとても重要になってくる。次項では有効な研修について考察する。
3.担当者向けの研修の実施例
研修スキームがある程度整っている企業の担当者からは、効果が高いのは、グループワークを含む集合型の研修だとしたうえで、担当者を一同に集める機会はそう頻繁に設けられないため、動画研修をあわせて活用しているとする例も聞かれた。内部通報制度の意義や通報対応の基本については、各担当者がそれぞれ都合のよいタイミングで動画を視聴することで身につけ、実務的な対応や最新の情勢等については集合型研修でディスカッションを交えて理解を深めるという企業もあった。さらに、ある企業では、不定期に開催する事例検討会で難しい案件の検証をしているという例もあり、これはかなり効果的と感じた。ただ、そのような企業でも事例のマンネリ化は課題として挙げられた。研修で取り上げる事例のマンネリ化への対処法としては、報道されている他社の事例を活用するのが一案であるが、「研修」というスタイルを取らずとも、普段から近時の他社事例をヒントに、自社で同様のことが起きた場合はどうするか担当者同士でディスカッションすることを習慣づけるのも非常に有効である。
他方、社内クレーマー的な方から威圧的な通報が繰り返され、ご担当者の精神的な負担に繋がっているといった報告も少なくないうえ、内部通報担当者には厳格な守秘義務が求められていて気軽に誰かに相談することもできず、知らず知らずのうちにストレスを溜めているというケースは多い。そのような状況を打破る施策の一つとしても、同じような立場の方々と意見交換ができる集合型の研修は有効と言える。
なお、当社では2022年から担当者(公益通報対応業務従事者)向けのe-ラーニング教材(基礎編・応用編)を提供している。こちらも根強い人気はあるが、近年、ニーズが高まっているのが、ケーススタディをふんだんに盛り込んだ研修である。年間2000件以上寄せられる通報の中から担当者のスキルアップに繋がると思われる案件を選別して加工し、ケースとして活用しているため、ストーリー性とリアルティを兼ね備えている点を評価していただいている。また、事例がだいぶ蓄積されてきているため、各社のその時々の状況に合ったケースを選んでいただける点も評価していただいている。
研修形態としては、個々人で考えて発表していただくスタイルであればリモートでもハイブリッドでも問題なく実施できる。担当者同士の交流を図るという意味では、対面形式でグループワークの時間を長めに設けることがおすすめだ。また、対面での研修の場合は、ヒアリング調査のロールプレイ演習なども人気が高い。ヒアリング担当者役と行為者役、観察者役に分かれて模擬ヒアリング実施し、その後にお互いの対応について感想や意見を交換し合うスタイルの演習は盛り上がることは必至だ。
グループ会社の担当者も一堂に会した研修を実施する企業も増えており、「横のつながりができたので良かった」とする感想も多く聞かれる。また、最近では、担当者向け研修に経営トップや監査役が参加するケースも増えており、組織レベルで内部通報制度の重要性を再認識していただく良い機会になっている。なお、そういう企業では、機会あるごとにトップが内部通報制度の重要性について社内にメッセージを発信しており、このような流れは内部通報制度の実効性の向上に間違いなく繋がっている。
4.対応マニュアルの整備
前段で、内部通報対応は業務の性質上属人化しやすく、対応の平準化が難しい旨に触れたが、ここでは対応の平準化をするために研修と合わせて対応マニュアルを整備することもおすすめしたい。
2024年7月に当社が実施した内部通報制度の運営状況に関するアンケート調査では、回答いただいたうちの約半数(49.7%)の企業が内部通報に関するマニュアルが「ない」と回答している。マニュアルがなくても、対応に慣れている担当者がいれば問題なく対応を進めることができるかもしれないが、そのようなベテランの担当者がいなくなった途端に調査のクオリティが下がってしまうケースは少なくない。そういう時にも「使えるマニュアル」があれば、一定のクオリティを維持することができる。
マニュアルの内容としては、不正やハラスメント等のケースごとに、通報の受付、調査、是正のそれぞれの場面ごとに必要な対応や留意点をまとめ、特筆すべき事例等があれば、それらも合わせて取りまとめておくとよい。そして、一旦整備したら終わりではなく、運用していく中で改善点や追記すべきことがあれば適宜改訂し、活用していくことが重要だ。また、対応マニュアルを整備した際や改訂した際には、マニュアル内容の落とし込み研修を実施することをおすすめしている。実務的な知識やテクニックが詰まったマニュアルが整備できていれば、そのまま研修教材としても活用することができる。経験の浅い担当者には知識の習得になり、ベテランの担当者には復習の機会にもなる。自社で一からマニュアルを作成するのは難しい場合には、当社でもマニュアル作成をサポートすることができるため、ぜひお声がけいただければと思う。
5.おわりに
本稿では、内部通報制度の簡易診断において達成度が低い傾向にある「担当者への教育・研修」について着目し、研修方法等について述べてきた。各社の状況により、抱えている課題や必要な対策はさまざまであるが、本稿をお読みいただいた皆様には、この機会に改めて、自社の内部通報制度の運用状況を確認してみてほしい。そして、当社は本項で触れた研修の実施やマニュアルの整備に関するサポートができるだけでなく、その他にも内部通報の対応方法に迷った際や、内部通報制度の運用についてお悩みの際にも、相談先としてご活用いただくことができるため、ぜひご相談いただければと思う。より実効的な内部通報制度の運営を通じて、各社のコンプライアンス経営の一助となることを目指したい。
以上