総合研究部 上級研究員 森越 敦
本年6月1日に施行された改正公益通報者保護法において、今回から「改正」されたものではないが、実は「隠れテーマ的」に大きな話題となっていることがある。それが、内部公益通報体制における「取引先」の扱いだ。実はあまり良く知られていないのであるが、改正前においても、通報者とその通報先を定義する以下のような定めがあった。
第二条「事業者が他の事業者との請負契約その他の契約に基づいて事業を行う場合において、当該労働者が当該事業に従事するときにおける当該他の事業者」
やや分かりにくい表現なので、少しわかりやすくすると…
「A社が、取引先Bとの請負契約その他の契約に基づいて事業をするなかで、A社従業員が取引先Bの違法行為を発見した場合、通報先は取引先Bである」となっているのだ。
※ちなみに改正法では「事業者が他の事業者との請負契約その他の契約に基づいて事業を行い、又は行っていた場合において、当該事業に従事し、又は当該通報の日前一年以内に従事していた労働者若しくは労働者であった者又は派遣労働者若しくは派遣労働者であった者 当該他の事業者」となっており、従前の通報者に退職後1年以内の者が追加されている。
従来における取引先の扱い
そもそも、内部公益通報のシステムは、①通報を受付ける ②違法行為が実際に行われているか否か、関係者や被通報者等に対する調査・ヒアリングを行う ③違法性が認められた場合は違法行為の停止命令や行為者(被通報者)の処分を行う ④不利益取り扱いがあった場合はその損害回復を行う ⑤再発防止のためのルールの改訂や組織人員の整備などの是正措置を行う ⑥フォローアップを行う…までが一般的なパッケージである。つまり、これらを実行できる権能を持つ企業が通報の受付先とならないと意味がない。あたりまえといえばあたりまえの話だ。もし、上記の例で、A社従業員が取引先Bの違法行為をA社の窓口に通報したとしても、A社は他社Bに対してはほぼ何もできないだろう。
しかし、2022年6月改正法施行の前段階において、内部通報の利用者に「取引先の従業員」を含めていた企業は多くは無かった。また、今回の改正法で新たに取引先従業員が加わったと勘違いをしている内部通報担当者も少なくない。従来の公益通報者保護法は特に企業に対して何らかの義務を課すものではなく、あくまでも「保護される公益通報者」という観点から規定され、これを受けて企業が自主的にこれに沿ったルール策定を行うことを期待したものであったとされる。このような前提の下で、企業は自分たちの従業員や、派遣社員として職場で一緒に働いている人たちについては、自社の内部通報システムにおける通報者として位置付けていたが、取引先従業員という「外の人たち」は除外してしまっていたのだ。なお、この外し方には2つのパターンが見られる。ひとつは意図的に除外したケース。通報可能な人を取引先の従業員にまで広げてしまうと窓口の利用可能人数が膨大になってしまい、おのずと通報件数も増加し、窓口担当者の日々の仕事が回らなくなる危険性が考えられる。また、窓口機能を外部委託している場合は、件数が増えると委託料が高額になってしまう可能性があるからだ。もうひとつが、「そもそも取引先の従業員が対象になるなんて全く思いもしていなかった」…という場合。「え、条文に書いてあるのに?」と思うかもしれないが、内部通報の担当者も正直そんなにじっくりと条文は読んでいないものだ。
しかし、そんな中でも改正前から取引先の従業員を含めていた業界がある。そのひとつが製造業だ(ただし、従業員が数千名以上の大企業が主だが)。一般的に大きな工場などでは、下請企業も発注企業の工場敷地内に事務所を構え、発注企業の従業員と協働しながら仕事を進めて行くことも多い。このような状況下では、下請企業の従業員であっても、実態はほぼ自社の従業員に近い存在であり、彼らを通報者に含めることはある意味すごく自然なことだったのかもしれない。
このような経緯があったあと、改正公益通報者保護法では企業に内部公益通報体制を整備することが「義務付け」られた。意図的なのか無意識なのか、通報者の枠から外されていた[取引先の従業員]が、いきなり内部通報の枠組み内に「飛び込んで」きたのである。「取引先まで広げると収拾がつかない」「いきなり対象が増えてしまうが、人員も予算も期内は増やせない」「取引先も入れるなんて、取締役に上手く説明ができない」など、企業からはSOSに近い声がいくつも当社にも届いていた。
取引先企業の範囲
では、一体“取引先企業”とはどこまでの範囲を指すのであろうか。例えばネット通販会社から備品を購入しても、それは売買という取引をしている以上、“取引先企業”と言えるのであろう。すると通販企業の従業員も通報者となるのだろうか? だとすると通報者の範囲が際限なく広がってしまう気がする…。じっくり考えてみよう。
まず、条文には「請負契約その他の契約」とある。つまり取引先で請負契約を交わしているところは当然該当する。請負契約とは「当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約する(民法632条)」もの。例えば、「〇〇を作るという契約を交わし、〇〇が完成、納品したら報酬を支払う」というような契約形態。システム構築やソフトウエアの開発、ホームページやパンフレットの制作、建設工事や物品の製造、運送業務などはその典型例だ。次に“その他の契約”には一体どんな契約形態が含まれるのだろうか。おそらく、請負に近い“委任・準委任契約”あたりは入ってくるかもしれない。委任(準委任)契約とは「当事者の一方が法律行為(法律行為以外も)をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾すること(民法643条/656条)」となっている。これも簡単に言うと「●●をするという契約を交わし、●●をしたことに対して報酬を支払う」という契約。前述の請負契約と少し似ているが、請負契約は成果物に対しての報酬だが、委任(準委任)は●●した過程に対しての報酬であること、成果物の完成が義務ではないことが違っている。具体例としては顧問契約、コンサルティング契約や、ヘルプデスクの運営契約、介護サービス契約などがある。なお、請負契約や委任(準委任)契約の性質を有するものに「業務委託契約」と言われるものがある。BtoBの場面では最も多く交わされる契約形態のひとつだろう。
次にその他の契約を考えるまえに、本来の内部公益通報の主旨に戻ってみよう。内部通報の通報先は、通報対象となった違法行為を調査、処分、是正できるところでないと意味がない。つまり、契約の種類で考えるのではなく、自社の違法行為に気付くことができる取引先なのか否か?で取引先の範囲を決めるのが良いのではないだろうか。例えば、コピーやプリンター、FAXなどの機能を持つ複合機のリース&保守契約。その保守や修理に担当者が定期的・不定期に依頼企業を訪問するが、その際に何かしらの不正行為を目にするかもしれない。つまり、このような取引先は通報者になり得そうだ。では、最初の方の例として挙げた通販企業の従業員はどうなのだろう。WEB上でのシステムを介した取引でも、少しでも接点がある以上、不正行為に気付く可能性が0とも言い切れない…。まあ、これは考えても答えが出てこないと思い、消費者庁に問合わせてみた。
結論から言うと「継続的な契約であるか否か」で判断してくださいとのこと。通販企業など物品の売買契約は、1回で契約自体は終了するので継続的とは言えず、法の想定する取引先ではないとのことである。ポイントとしては「継続的な取引を行う中で、取引先の不正が見えてくることがある」からと説明されていた。まあ、単発でも無きにしも非ずだと思うが…。消費者庁見解まとめると
- 請負の契約先
- 継続的な取引形態の契約先
は、公益通報者保護法に定める「取引先」であり、その従業員からの通報は受付けるということになるのだ。
取引先への教育・周知
さらに面倒なのが、取引先も通報者になるとして、そこにどのように周知・教育するかだ。しかも改正法では退職後1年以内の者も対象となる。他社の既に退職した従業員へのアクセスなど、実質不可能だろう。これに関しても消費者庁に聞いてみた。すると「確かに取引先の従業員や1年内の退職者に直接、周知・教育するのは難しいので、この場合は例えば取引先の渉外担当に通報窓口の案内書面を作成して渡し、その内容を取引先企業経由で従業員・退職者に周知してもらえればよい」とのことであった。なお、この場合、取引先は従業員全員に伝える必要はなく、発注会社の不正を知り得る、当該契約に携わる一部の者だけで良い。という事は、取引先が何百社あっても通報可能となる人数はさほど多くはならないだろう。つまり先に述べたような企業の懸念「取引先まで広げると収拾がつかない」「いきなり対象が増えてしまうが、人員も予算も期内は増やせない」…は、それほど大事(おおごと)ではないと考える(とは言え、増えるのは間違いないが)。
その他取引先への働きかけ
指針の解説において、取引先従業員からの通報を処理するプロセスにおいては、以下の事柄にも注意を払うこととされている。
- 関係会社・取引先からの通報を受け付けている場合において、公益通報者が当該関係会社・取引先の労働者等又は役員である場合には、通報に係る秘密保持に十分配慮しつつ、可能な範囲で、当該関係会社・取引先に対して、例えば、以下のような措置等を講ずることが望ましい。
- 公益通報者へのフォローアップや保護を要請する等、当該関係会社・取引先において公益通報者が解雇その他不利益な取扱いを受けないよう、必要な措置を講ずること
- 当該関係会社・取引先において、是正措置等が十分に機能しているかを確認すること
下請社員が発注元の親会社の不正を通報して、かなりの大問題となってしまった場合などは、「迷惑をかけてすみません」のような感覚で、下請け会社内で通報者を処分してしまうことも考えられなくもない。このようなことが起きないように、しっかりと取引先に対して通報者に対する不利益行為の防止措置を求めるいわば“内政干渉”をも辞さないというかなり踏み込んだ指針である。
また、あってはならないことだが、発注元が下請けからの通報を「面倒」「営業妨害」と捉え、契約を打ち切ってしまうことも考えられなくない。通報者に対して解雇などの不利益行為が禁止されているのと同様に、取引先に対してもこのような行動を起こすことは厳に慎むべきである。
いかがだろう、まだ説明しきれていない部分もあろうかと思うが、懸念事項であった取引先の扱いについて少し整理いただけたのではないだろうか。もし、自社の内部通報システムにおいて取引先の扱いが未定であれば、本レポートを参考に構築を検討いただけると幸いだ。