一歩先行く『内部通報制度』考察
総合研究部 上級研究員 森越 敦
今年2023年7月は、日本の気象観測史上最も平均気温が高かったらしい。自分自身がそうなのだが、何だか頭がボーっとして集中力が続かないという人も多いのではないだろうか。ということで、今回のコラムはひとつのテーマをじっくりと掘り下げて深く考えるのではなく、少し軽めに、最近のニュースなどでちょっと気になったネタを内部通報と絡めて語ってみたい。やや下世話なネタも含まれているが、ご容赦いただきたく…。
1.不倫と内部通報
ここ数週間の週刊誌やワイドショーネタのトップを飾っているものと言えば、女優の広末涼子さんとミシュラン1つ星シェフの鳥羽周作氏の不倫ネタだろう。私事だが、数十年前、社会人になって初めて使った携帯通信機器が、広末さんがCMに出ていたNTT Docomoのポケベルだったし、鳥羽シェフがよく登場する料理のレシピ動画サイト「クラシル」も日頃からよく参考にしているので、2人には何かと世話になっていた(いる)と言えなくもない。前置きはさておき、実は内部通報の世界においても「不倫」に関する問題が良く登場するなぁと思ったので今回、当社の通報データベースから、「不倫」をキーワードにいろいろと調べてみた(特定を避けるため、内容は脚色している)。
まず、当社に寄せられた内部通報のデータ過去3年間分(約6,000件)を、「不倫」のキーワードで検索してみたところ、抽出されたのは33件ほど(全体比率0.6%)であった。この件数をどう見るかは難しいが、個人的にはまあまあな数であると感じた。そしてこれらの通報は大きく3つのカテゴリーに分けられる。
(1)不倫と不正・不公平
一つ目は、「不倫と不正」「不倫と不公平」に関するもの。例えば、「上司が不倫をしているようだが、その相手の評価を殊更良くしたり、スピード昇進させたりしている」、「不倫相手のシフトを優遇している」といった類の通報である。不倫相手の評価は、通常の物差しでは測れない何かしらの力が働いてしまうものなのか…、「惚れたほうの弱み」みたいな感じもあるのかもしれない。このような不倫と不正・不公平が絡む通報は不倫に関する通報全体の18%ほど。比率からするとさほど多くはないが、マネジメントや評価に私情を持ち込むのは言語道断であり、事実であれば企業としても厳しく対応しなくてはならないケースと言えるだろう。
(2)不倫による業務への悪影響
二つ目は「不倫による業務への悪影響」が挙げられる。こちらは、「不倫している者同士が示し合わせたように休みを同時期にとるので、他の者のシフトに影響が出ている」とか「必要ないと思われる出張にも必ず同行するため、人員が不足してしまうし、経費の無駄遣いだ」といったように不倫が業務に悪影響を与えてしまっているケースである。不倫しているうえに、業務に支障をきたすとなると、誠実に仕事をしている人たちから見れば、より許されざる行為と映るだろう。不正や違法行為ではなかったとしても、業務パフォーマンスに影響が出ているということになれば、これも企業としてもしっかりと是正措置を講じなければならない。ちなみに、不倫の通報には「休暇」と「出張」のキーワードがセットで出てくることが多い。
(3)不倫への嫌悪感
そして三つ目として、ダントツに多いのが「不倫への嫌悪感」を訴える通報であり、実に全体の半分以上(57.6%)に及んでいる。「上司が部下と不倫をしている、不倫をしている人の下では働きたくない」、「管理職がダブル不倫をしている。この会社のモラルを疑う。会社として対処して欲しい」、「部長が不倫で退職した部下とまだ付き合っているようだ。不快、気持ち悪い」と言った類の通報である。これらの通報案件の特徴は、前述の2つのカテゴリーと違い、目に見えるかたちで業務への支障が発生していないこと。通報者が通報した最大の動機は、「不倫していること自体が許せない」という倫理観・正義感からである。実は企業の内部通報窓口にとっては、この種の通報への対応がやや難しい。確かに、不倫は不法行為ではあるが、これは婚姻中の私人間に限ってのことであるし、本来会社が立ち入る内容ではない。また、これらの通報内容を詳しく見ていくと、「騒ぎになって面白い」「上司を転落させてやりたい」「羨ましいので癪に障る」といった芸能人の不倫ニュースに一喜一憂しているかのような動機も少なくないように思える。ただし、だからと言って内部通報窓口の姿勢として、「個人の不倫は不問」とも言いにくい。「会社は不倫を肯定するのか?」「そんな低モラルな会社だってことを世間に広まっても良いのか?」と言われかねない。そのため、企業としては「不倫自体は私人間のものであり、本来は会社がその調査や是正に関与すべきものではない。ただし、不倫を温床に不正等が行われる可能性が考えられること、また、不倫というモラルハザードが組織・部下のパフォーマンスにネガティブな影響を与える可能性も考えれられるため、不倫に対してもある程度踏み込んで対応する」という姿勢を見せるのがある種の正解なのだろう。
なお、上のグラフで「ほか」に分類されるものの中には「夫(妻)が会社の若い社員と不倫しているようだ、調べて欲しい」といった、窓口を興信所か何かと思っているようなものも少なからず含まれる。
話を広末さんと鳥羽氏に戻すが、不倫発覚後は企業案件の契約が解除されるなど、鳥羽氏の仕事環境が大幅に悪化してきている。個人間の問題だから、世間様には迷惑をかけていないから…で正当化はできず、大きなリスクになってしまっているのだ。このように個人的な不倫も企業にとって大きなリスクになり得るということを肝に銘じておかなければならない。
2.LGBTQ+と内部通報
2023年6月16日、紆余曲折があったが性的少数者への理解を増進し、差別を解消することを目的とした「LGBT理解増進法案(LGBT法案)が国会で可決した。また、7月11日、性同一性障害の経済産業省職員が、女性トイレの利用を不当に制限されたとして国に処遇改善を求めた訴訟の上告審で、最高裁判所第3小法廷は経産省の利用制限を認めない判決を言い渡した。このような社会動向により、世の中のLGBTQ+に対する意識にも、より一層の変化が起きることが予測される。そこで、当社の過去のデータベースからLGBTQ+に関する通報(意識)がどのように変わってきたのかを少し見てみたい(ここでも特定を避けるため、一部内容を脚色している)。
当社内部通報にLGBTQ+の文字が初めて登場したのは、今から4年前の2019年春であった。「同僚のAさんが、日頃から女性に対し性的な発言をしたり、LGBTQ+を否定したりする発言を繰り返しているが非常に不快だ」というものであった。また、ほぼ同時期に「上司がLGBTQ+のスタッフがいる事を、他の部署の人に軽々しく喋っているのを見かけた。問題だと思う」という通報も寄せられた。ほんの7~8年くらい前までは、TVでも性的マイノリティの方を「茶化す」「笑いものにする」ようなトーンのやり取りが多く見られたと思う。ところが4~5年前頃には、大手企業を中心にはっきりと方向性に変化が生じたように感じる。また、「カミングアウトすべきか悩んでいる」とか「同僚にカミングアウトした」といった内容の相談もちらほら見られるようになった。LGBTQ+は隠し通すものではなく、場合によっては(社内の特定の範囲ではあるだろうが)本人が情報共有することを望むといった流れも少しずつ出てきたようだ。また、社内の研修でLGBTQ+も取り扱うべきであるといった提言も、最近では明らかに増えてきている。これらのようにLGBTQ+や性同一性障害などに関する通報も内部通報窓口にちらほら入り始めている。
さて、先ほど触れた経済産業省と似た事例かもしれないが、1点、企業から相談された件を紹介しておきたい。「社員に心が女性、身体が男性な方がいるが、そのトイレをどうするか?」を迷われていた企業があった。その方は、女性トイレも男性トイレも使いにくいとのことだった。誰でも使える多機能トイレのようなものがあれば良いのだが、その会社が入るビルには無かったのである。その会社は賃貸オフィスを3階分(7~9階)借りていたのだが、8階の男性トイレを男女トイレに変えることを提案し、設備などは変えず、表示だけ変えた。ホームセンターで右のような表示板だけ買ってきて元男子トイレの扉に付けただけなので、非常に安価で解決したのである。同じような例でお悩みであれば参考にして欲しい。おそらく、今後もLGBTQ+に関しては様々な悩みや課題が発生するはずである。迷ったときには詳しい専門家に相談してみることはもちろんだが、当社にも一声掛けてもらえると、違う視点からのアドバイスが提供できるかもしれない。
3.ビッグモーター問題
最後に、やはりこの件についてもコメントせずにはいられない。ただし、この問題の核心のひとつである「経営トップが関与する不正行為に内部通報はどこまで有効機能できるか?」というのは非常に難しい命題であり、これはいずれ回を変えてじっくり見ていきたい。ちなみに、当社は今年の3月に内部通報体制の整備状況について企業にアンケートをとったのだが、その項目の一つに面白い結果があったので、まずはそれだけ先に紹介しておく。
アンケートの設問としては「仮に代表取締役に対しての通報があった場合にも内部通報制度が正しく機能できるようなしくみになっていますか?」というもの。結果は右のグラフの通りで、40%超の企業では、「できない・よくわからない」と回答している。これを見ると現実問題として、不正を働くトップ層に対して、内部通報制度が有効に機能しない(しなかった)ケースも少なくないのだろうと思うし、今回のビッグモーターのケースに鑑みると、「はい」と回答した企業の方々も、実際にそのような事案が発生した際に、本当に、間違いなく正しい対応がとれるのか、具体的なケースを想定してシミュレーションをされておくことをお勧めしたい。