一歩先行く『内部通報制度』考察
総合研究部 上席研究員 森越 敦
はじめに
公益通報者保護法に基づく指針には、「内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関し行われる公益通報対応業務について、事案に関係する者を公益通報対応業務に関与させない措置をとる」という記述がある。つまり、通報対応を行う者は自らが関係する(であろう)事案の調査や是正措置などに関与してはならないということ。いわゆる利益相反の排除である。本シリーズでは、第二回において「利益相反の実践的対応を考える」と題して、利益相反に対応できる体制の構築や業務フローについて考察しているのでこちら(2022.06.14_利益相反の実践的対応を考える)もご参照いただければと思う。
筆者は普段から内部通報部門の担当者と話をする機会が少なからずあるのだが、皆さん利益相反となる事案が自分自身に起こり得るとは思っておらず、身近なこととして考えたことがないという方のほうが多い。そこで今回は、「利益相反状態発生の実情」と題し、内部通報の外部受託会社として年間2,000件を超える通報を受けている当社が、利益相反の疑われる通報事案について分析してみた。実際にどんな内容のものが、どれくらいの割合で発生しているのか?といった実情をお伝えしたいと思う。
利益相反の発生状況
左のグラフは、当社に入った内部通報の中で、利益相反案件として企業に報告した件数と割合であるが、発生率は増加傾向にあることがわかる。増加の詳細な要因はまだ不明だが、2022年の公益通報者保護法の改定により、公益通報対応業務従事者の選定が301名以上の労働者がいる企業に義務付けられたこと、またその守秘義務や刑事罰が定められたことも少なからず影響しているのではないかと考える。これを見ると、最新の数字は0.74%であり、実感値としては「ほぼ発生しないであろう値」と思われるかもしれない。ただし、例えば従業員3000人規模の企業であれば、年間30件ほどの内部通報の件数があるのが一般的である。そこから算出すると、5年に1回程度は利益相反案件が発生することになるので、いざという時のために理解しておくことは必要であろう。
利益相反のカテゴリー別考察
利益相反事案を個別に見てみると、発生の内容や環境により、いくつかのカテゴリーに分けられる。
1.内部通報担当者の違法行為
おそらく利益相反といえば皆さんまずは、内部通報担当者の違法行為についての通報を想起されるのではないだろうか。違法行為系は以下の2つのカテゴリーに分けられる。
①内部通報担当者個人の違法行為
ひとつ目は、「内部通報担当者からセクハラを受けた」「内部通報の所轄部門である内部監査室の人が社内の情報を漏らしているのではないか」といった個人の不適切行為を通報するものである。「事案に関係する者」というより行為者そのものであるため、中立・公正な対応は全く期待できない。確実に実務から遠ざけることが必要であろう。
②内部通報部門の組織的な違法行為
ふたつ目は、「内部通報担当部門の宴会で、未成年に酒を勧めていた」「内部通報の所轄部門である法務部門の数人が雀荘に通い、掛けマージャンをやっているようだ」といった部門の不適切行為を指摘するものである。この場合「まあそこまで目くじら立てずとも…」という声もあがったりするが、今の世の中では厳格に対応することが必要だろう。
2.内部通報対応業務に関する不満
利益相反該当案件として一番多いのは、「内部通報担当部門の、内部通報案件への対応についての不満を訴えるもの」である。このカテゴリーに関しては、更にいくつかのパターンに分かれるため、個別に見ていきたい。
①調査に進まないことへの不満
「内部通報したにもかかわらず『検討中』と言われ続け、かなりの時間が過ぎている」など、案件に対しての調査が開始されない(進まない)といった不満を訴えるものである。この場合、内部通報部門が恣意的に調査を進めないということは考えにくいことから、多くの場合は、進捗をきちんと通報者へ通知していないことが原因と考えられる。公益通報者保護法では通報後20日を過ぎても会社側から調査を行う旨の通知が無い場合、または正当な理由なく調査を行わない場合には、通報者は行政機関へ通報可能(厳密には、保護要件に該当する)とされているため、早めに通報者へ通知することは重要である。
また、もうひとつ考えられるのが、頻回者(リピーター)等の通報を意図的に「取り合わない」、「(無視)スルーする」というケースだ。確かに、何度も何度も似たようなケースを通報してくる通報者はどの会社でも一定の割合で存在する。この場合、だんだん対応するのが面倒となり、最終的には無視に近い状態になってしまうこともあるようだ。しかし、『オオカミ少年の話』ではないが、今回こそは真実の通報である可能性もゼロではない。正論でいえば、新しい内容が申告された場合には事実関係の調査を行う必要はあるのだ。ただし、実際の判断は通報者の状況や、通報内容により異なるため、当社としても、必ず「全件に対して調査を行うべき」とは言いにくいのが実際のところだ。
②調査対応に対する不満
「ヒアリングの際、担当者より威圧的な振舞いを受けた」「いきなり加害者扱いされた」など、担当者が調査の開始段階から、被通報者が悪いと決めつけたことに対する不満も多い。おそらく内部通報担当者は基本的にはフラットな目線で対応していると思うが、被通報者は嫌疑をかけられているという立場から、やや過敏に反応してしまうことも考えられるためより慎重な対応が必要だろう。また、被通報者から「会社がどうやら私のことについて、部下や同僚などにこっそりとヒアリングをしているようだ」「なぜ、こそこそやるのか、心外だ」と言った通報が入ることもある。一般的に被通報者へのヒアリングは証拠隠滅や口裏合わせの可能性も考えて最後に行うのが定石だが、どこかからか情報が漏れてこのような通報に繋がることも考えられる。ヒアリング対象者に対し、守秘義務をしっかりと説明することが必要だろう。
③通報者の特定などに関する不満
匿名の通報者に対して、内容などから通報者を特定して連絡してしまったようなケースも時々ある。確かに、匿名の通報でも「ああ、この通報者は○○部の□△さんだよな」と想像がついてしまうことがあるだろう。ただし、この場合も匿名で通報しているということは会社に自身を特定する情報は伝えたくないという意思表示であり、それを会社側が無視してしまうのは適切ではない。通報者の探索を行うことは、たとえ内部通報部門であっても、生命や財産の危機につながるなどの特段の事情がない限りは許されないのである。
④処分に関する不満
「ハラスメント行為者の懲戒処分が軽すぎる」「過去に不正を行った人が何もなかったように復権している」など、被通報者に対する処分が、通報者の意図より軽かった場合などに不満を訴えてくるケースも少なくない。実際のところ処分が通報者の思ったとおりになるケースはまれであり、通報者がある程度の不満を抱きながら案件が完了してしまうことはしばしばある。ただし、この場合も内部通報部門としてはしっかりと丁寧に説明し、通報者に納得してもらえるように努力することが内部通報制度の信頼には不可欠と言える。
3.人事部門長が窓口担当者に含まれるケース
内部通報の窓口担当者に人事部長や人事担当役員など、人事の部門長が含まれているケースは少なくない。そんな中「給与・手当・報酬」や「人事・査定」に関しての通報が入ってくると、人事部門長はこれらの制度の構築、運用の責任者であるため、少なからず「事案に関係する者」に該当し、利益相反関係になってしまう。「いや、それは少しオーバーじゃないか?」と感じられるかもしれないが、通報者の中には警戒心が強い人や場合によっては穿った見方をする人が多い傾向にあるため「この案件は人事部長も承知(の不正)だ」「何も言わないということは人事部門長も(不正を)追認していると同じだ」というような訴え方をされることも少なくない。そうなると当社のような外部窓口としては、一旦は利益相反状態を回避する方向で動かざるを得ないのだが、調査が進むと、このような案件は、人事部門長の関与などは特に見られず、通報者と被通報者(直属の上司)との間でのみ発生しており、結果として通常の対応ルートに「復帰」するケースがほとんどである。
4.内部通報担当部署所属員からの通報
最後のパターンとしては、内部通報担当部署に所属している担当者からの上司に対する通報である。その上司とは、つまり内部通報制度の社内責任者であるケースが殆どだ。内容としては、「コンプライアンス室長からの叱責やプレッシャーによって精神疾患に罹り休職した」「法務部長が私の机に書類を投げつけた」など、パワハラを訴えるものが多い。社内のコンプライアンスに関する番人でもある内部通報部門でこのような通報が発生してしまうのは正直残念である。ただし、逆に考えれば、ハラスメントはどのような環境においても発生する可能性があるということなのだろう。
以上が、内部通報における利益相反の主な発生パターンであるが、実際に利益相反状態になった場合の対応は、前述の過去のコラム(2022.06.14_利益相反の実践的対応を考える)を参考にして欲しい。
公益通報者保護法の改定により、従事者に対して以前より多くの注目が集まってきている。その分、ちょっとしたことでも「文句を言ってやろう」と思う人が増えていることも考えられる。ただし、その「文句」に怯んでしまうのは良くない。ルールと信念に従った対応をしているにもかかわらず、寄せられてしまう「文句」「批判」は、聞き流すというよりは、「聞くべきは聞く、聞かざるべきは聞かない」くらいの心持が必要なのだろう。
以上