リスク・フォーカスレポート
皆さん、こんにちは。今月から6回に渡り、事業継続マネジメントシステム(BCMS)の強化、整備の方策について、危機管理の視点を踏まえて、皆さんが考えていくためのヒントとなるような考察をしていきたいと思います。
東日本大震災から、すでに1年半が経とうとしている。まずは、改めて、亡くなられた方に哀悼の意を表しますと共に、被災された方々にお見舞い申し上げたい。
さて、消費税の問題や領土問題のニュースばかりで、政治家の関心ももっぱらその話題ばかりですが、内閣府の中央防災会議に設置された「防災対策推進検討会議首都直下地震対策検討ワーキンググループ」は、平成24年7月19日に「首都直下地震対策について(中間報告)」(以下、「首都直下地震中間報告」)を公表している。
今後、構築すべきBCMSは、当然のことながら、首都直下地震や東海・東南海地震等の国内で起こりうる大規模地震を見据える必要がある。したがって、BCMSの強化に向けての議論をしていくための共通認識形成に向けて、第一回目は、この「首都直下地震中間報告」から、首都直下地震発生に伴うリスクや影響、対策に関する内容をいくつか引用し、BCMSの構築・整備・強化に向けた問題提起を行いたい。
「首都直下地震中間報告」では、冒頭で、
「平成23年3月に発生した東北地方太平洋沖地震は、首都地域における大量の帰宅困難者の発生をはじめ、東北地方における行政の庁舎の被災による業務継続への支障、電力等のライフラインの途絶、燃料を始めとする物資の著しい不足など、様々な災害対策上の課題を顕在化させ、これまで取り組んできた首都直下地震対策に対しても、抜本的な見直しを求めるものとなった。
首都地域には、政治、行政、経済の中枢機能が高度に集積しており、首都直下地震によりこれらの機能に著しい支障が生ずると、我が国全体の国民生活や経済活動が危機に陥るだけでなく、海外への被害の波及も想定される。また、膨大な人口や構造物等が集中することから、首都直下地震による人的・物的被害や経済被害は甚大になるものと想定される。」
と述べている(1ページ、「2.東日本大震災を踏まえた対策の見直しの必要性」から引用。なお、下線部は筆者。)。ここでは、国としての防災対策の抜本的見直しの必要性を論じているが、下線を引いた部分の首都直下地震がもたらす社会・経済への影響については、企業としても十分に認識しておかなければならない。高度に発展した都市構造物や幾重にも張り巡らされた地下鉄や高速道路、乱立する超高層建築、そして多くの企業の本社機能が集中し、多くの労働者と通信インフラが集中する大規模経済圏で、大地震が起きればどうなるか、その被害や状況を想定することも容易ではない。帰宅困難や出社困難、あるいは労働者及び居住人口に比して圧倒的に少ない医療機関の医療従事者・病床数等の点を考えても、わが国の経済・社会活動に及ぼす影響は極めて甚大なものになることは想像に難くない。
全6回シリーズの本「リスクフォーカスレポート」を通じて、BCMSについて、筆者が最も強く訴えたいのは、従来の事業継続マネジメントシステムの延長線上、あるいは同じフレームワーク(ガイドライン)を用いての体制の整備で、本当に十分なのかということである。今回は、以下の諸点について、考察したい。
1.BCMSに求められる本質的要請とは
まず、最初に、そもそも事業継続マネジメントシステムとは本来どのようなものなのか、考えてみたい。
東日本大震災後も、「想定外」と言う言葉がしきりに用いられたが、どれほどの(連鎖的な)被害が出るか全く予測もできないことを考えれば、「想定の枠を広げる」という現在主流となっている対策論にはおのずから限界がある。
それは「想定」を前提とする以上、必ず「想定外」は生じる上、実はこの「想定」論ではリスク抽出のレベルの議論とリスク対策のレベルの議論が、混同されてしまう危険があるからである。「想定外」という言葉は言い訳に過ぎないといわれるのは、リスク抽出のレベルでは「想定」できていたが、リスク対策のレベルで費用その他の点を考慮して、「対策の前提となる想定(シナリオ)から外した」という事態を指している。事態想定と対策想定とに区分すれば、「想定外」と言う場合は、「事態」が想定できていない場合(リスク抽出の問題)と「対策」を想定としていない(リスク対策の問題)場合の両者を含むのである。
現実的に考えれば、コストや時間を考慮せざるをえない(そうでなければ、単なる机上の空論)以上、対策想定の幅を広げろといくら言ったところで、必ず限界がある。想定に囚われることが大きなリスクになりうるという危機管理の経験則からも、「想定論」のみでの議論には立脚しないのが妥当であると考える。
突き詰めて言えば、想定した被害を前提に事業継続計画を策定することは「リスクマネジメント」としては非常に有効であり、このような事業継続リスクマネジメントは可能な限りその範囲を広げて実施しておくべきことは言うまでもない。
しかし、事前の想定シナリオ(事業継続計画)通りに対応・復旧プランを発動出来るなら、それは既にリスクマネジメントが機能していると判断され、「事業の継続を脅かす(ほどの)重大な危機ではない」と言うことができる。
したがって、そもそも事業継続の局面で問題となるのは、事前の想定が外れた時にどうするか、言い換えれば、「事業の継続を脅かす重大な想定外の危機」が発生した場合にどうするかという危機事態の対応要領であり、クライシス対応要領まで仕組み化することが求められているのである。
リスクマネジメントとして、事前の想定の幅を広げて損害を予防し、復旧対応策の引き出しを多くしておくことは極めて重要であり、このような「事業継続リスクマネジメント」も当然にBCMSの一要素として、十分に整備していくべきだが、従来のBCMSの考え方は、「事業継続リスクマネジメント」の対策に終始していることに注意しなければならない。
2.ISO化とBCMS強化の取組みに関して
今年の5月16日に、BCMSに関する第三者認証規格のISO22301が正式に発効された。今後、製造業を中心に、国内の事業者においても、このISOに準拠した事業継続マネジメントシステムを整備し、認証を取得して、グローバル規模でその取組みをアピールして、ビジネスチャンスに繋げていくという動きが活発化するものと思われる。
ISOに基づき、認証を取得する取組み自体は、BCMSの強化と国内での更なる普及に繋がることから、このような動きは大いに歓迎すべきことである。ただ、改めて考えておかなければいけないのは、事業継続の取組みとは、ISO及びその他の規格やガイドラインに適合することなのか、規格に適合しさえすれば事業継続は果たされるのか、ということである。
事業継続とは、正に自組織の危機管理のあり方そのものであって、決して規格や各種提言を模倣・遵守すれば良いというものではないということを、改めて事業継続マネジメントシステムの整備・強化の出発点として、確認していただきたい。
3.BCMSの強化に向けてのパラダイムシフト
また、「首都直下地震中間報告」では、「業務継続に必要な職員の確保」の施策として、「必要な職員に対する徒歩参集可能な範囲内における住居の確保」と「緊急参集体制の構築と部局を越えた職員の融通」をあげている。
この視点は、官・民を問わず、BCMSの実効性担保には不可欠の要素である。そして、「必要な職員に対する徒歩参集可能な範囲内における住居の確保」に関しては、
「特に、首都圏においては、職場の遠方に住居がある職員も多いが、とりわけ地震発生直後から当日中に実施すべき業務に必要な職員は、速やかな徒歩参集が可能な範囲内に居住している必要がある。
そのため、各府省庁において地震発生直後から当日中に実施すべき業務を中心に真に必要な非常時優先業務の絞り込みを行うとともに、交通・通信の途絶に際しても登庁してこれらの業務を行う必要がある職員が速やかな徒歩参集可能な範囲内に確実に居住できる担保として当該範囲内(例えば、地震発生後3時間以内に開始すべき非常時優先業務に必要な要員を対象としては概ね6km圏内)に一定の宿舎を維持するべきである。」
としている(5ページ、「(4)業務継続に必要な資源の確保①業務継続に必要な職員の確保」。なお、下線部は筆者)。
また、「緊急参集体制の構築と部局を越えた職員の融通」に関しては、
「各府省庁は、組織全体として優先度の高い業務を実施するため、所属する部局に関わらず、近傍に所在し参集できる職員を非常時優先業務の実施要員に組み込むなど、部局を越えた要員の融通等を通じて、非常時優先業務の実施に必要な職員を確保する必要がある。特に、上記によって確保された都心近傍の宿舎に入居する職員については、現在の職務にかかわらず、非常時優先業務の実施要員として参集を義務付けるべきである。」
としている(5~6ページ、「(4)業務継続に必要な資源の確保①業務継続に必要な職員の確保」。なお、下線部は筆者)。
各企業で策定されている事業継続計画(BCP)には、このような内容が適切に盛り込まれているであろうか。
多くの企業からBCP策定の相談を受けるが、現状をチェックしてみると重要業務(この報告書では「非常時優先業務」)の絞込みが非常に甘いところが多く、部署毎に重要業務を列記している企業すらある。
事業継続マネジメント(BCM)において考えなければいけないのは、組織として、通常の経営資源が普通に利用できない極めて限られた状況下で、いかにサバイバルを果たせるかである。部署毎に重要業務を列記して、各部署が部分最適で業務継続を図ることは、限られた資源をさらに分散させてしまうことに十分に留意しなければならない。
「組織全体として」何を重要業務とするか、まずは組織として非常事態に対する意識や、活用可能な、しかし限られた経営資源を集中させるための目標を明確に定めた上で、その構成要素としてのそれぞれに必要な業務を分担して実施する、その意味での部署毎に割り振られた重要業務ということであれば理解できる。ところが、組織全体の方針や部署間の業務の連動性や組織目標との関連性が確保できていないままでの「重要業務」の割り振りでは、せっかく参集できた社員の必至の努力も、思うような成果を生まない可能性がある。
実は、この点は、BCMを考える上で、非常に重要な視点を含んでいる。ポイントは、事業継続が問題となる局面では、経営資源や社会インフラ等が通常通り使えず、極めて限られた資源を共同で利用することになる点である。部分最適を目指すことは、資源を「共同で利用する」というのではなく、「奪い合う」ことなってしまう。それでは、事業継続など覚束ない。事業の継続を脅かしかねない最大の危機(敵)を眼の前にして、資源を奪い合うような部分最適思考により内(味方)にも敵を作るのか、それとも組織全体の存続のために部門最適を捨てて全体(全社)最適の思考により足元を固めるか、どちらが賢明な判断かは一目瞭然であろう。
東日本大震災後の首都圏の店舗における品薄や買占め騒動の背景には、実は、このような部分最適の思考により各社が社会全体の利益よりも、各社の利益(事業継続)を優先したこともその一因があると考えられることを補足しておきたい。個別企業ごとの社内側の「経営資源の共同利用」と、サプライチェーン内の企業群や競合企業も含めた複数の企業、さらには企業以外の組織や団体、個人まで含めた「社会資本の共同利用」とを分けて考えると同時に、その両者の連携を視野に入れる必要がある。”一企業存続して、社会継続せず”では、何のためのBCMSか、ということになってしまう。
各企業で策定されている事業継続計画(BCP)には、このような内容が適切に盛り込まれているであろうか。
多くの企業からBCP策定の相談を受けるが、現状をチェックしてみると重要業務(この報告書では「非常時優先業務」)の絞込みが非常に甘いところが多く、部署毎に重要業務を列記している企業すらある。
事業継続マネジメント(BCM)において考えなければいけないのは、組織として、通常の経営資源が普通に利用できない極めて限られた状況下で、いかにサバイバルを果たせるかである。部署毎に重要業務を列記して、各部署が部分最適で業務継続を図ることは、限られた資源をさらに分散させてしまうことに十分に留意しなければならない。
「組織全体として」何を重要業務とするか、まずは組織として非常事態に対する意識や、活用可能な、しかし限られた経営資源を集中させるための目標を明確に定めた上で、その構成要素としてのそれぞれに必要な業務を分担して実施する、その意味での部署毎に割り振られた重要業務ということであれば理解できる。ところが、組織全体の方針や部署間の業務の連動性や組織目標との関連性が確保できていないままでの「重要業務」の割り振りでは、せっかく参集できた社員の必至の努力も、思うような成果を生まない可能性がある。
実は、この点は、BCMを考える上で、非常に重要な視点を含んでいる。ポイントは、事業継続が問題となる局面では、経営資源や社会インフラ等が通常通り使えず、極めて限られた資源を共同で利用することになる点である。部分最適を目指すことは、資源を「共同で利用する」というのではなく、「奪い合う」ことなってしまう。それでは、事業継続など覚束ない。事業の継続を脅かしかねない最大の危機(敵)を眼の前にして、資源を奪い合うような部分最適思考により内(味方)にも敵を作るのか、それとも組織全体の存続のために部門最適を捨てて全体(全社)最適の思考により足元を固めるか、どちらが賢明な判断かは一目瞭然であろう。
東日本大震災後の首都圏の店舗における品薄や買占め騒動の背景には、実は、このような部分最適の思考により各社が社会全体の利益よりも、各社の利益(事業継続)を優先したこともその一因があると考えられることを補足しておきたい。個別企業ごとの社内側の「経営資源の共同利用」と、サプライチェーン内の企業群や競合企業も含めた複数の企業、さらには企業以外の組織や団体、個人まで含めた「社会資本の共同利用」とを分けて考えると同時に、その両者の連携を視野に入れる必要がある。”一企業存続して、社会継続せず”では、何のためのBCMSか、ということになってしまう。
4.組織の「全体最適」を志向したBCMS構築のために
組織全体として、実施すべき重要業務を絞り込み(選択)、そこに部門や役割を超えた活用可能な経営資源の「集中投入」が事業継続可能性を高めるのである。
このような考え方で重要業務及びそれを実現するためのミッションを定め、そのミッションを実行可能なスタッフにて分担実施する形のBCMSを構築していれば、「部署を超えた職員の連携」は当然の要請であり、当然の帰結となる。
平時は、各部門においてそれぞれの役割を果たしていると思うが、それぞれの部署のスタッフである以前に、その組織(会社)のスタッフである。組織なくして部署も存在しえない以上、事業継続を脅かす重大な事態に陥ったときは、まずもって、部署の役割に囚われることなく、組織全体としての重要業務に当たるように意識と意志を統一しておくことが重要である。
なお、重要業務の絞込みついては、BIAが内包する問題性(限界)についても考察する必要があるが、それは別の機会で取り上げることとしたい。
本連載の今後の予定
今回は、内閣府の報告書を元に、事業継続マネジメントシステムの構築・整備について、従来からの考え方とその限界について言及しつつ、危機管理の視点から発想の転換の必要性について取り上げた。
次回は、BIA及びその前提をなすリスクアセスメントに関して、現行の考え方に潜む問題点を指摘しつつ、事業継続マネジメントシステム強化に向けた方策について検証する。
そして、3回目は、目標復旧時間(RTO)や事業継続のための方策(リスク対策)としてよく用いられる代替戦略について、現行の考え方に潜む問題点を指摘しつつ、BCMS強化に向けた方策について検証する。
4回目については、今回論じたBCMSの本質論を踏まえたクライシス対応要領をビルドインしたBCMSを整備する方策について検証した上で、5回目は、他社や業界との連携・共助の視点を導入することが事業継続の可能性を高めることを検証する。
最終回については、全体のまとめとして、一部社会政策的内容も盛り込みながら、危機管理の視点からのBCMSの考え方の全体像を提示する形で、各企業が自社のBCMSを強化するための何らかの有益な示唆、問題提起を提示していければと考えている。
BCMSの強化には、自社の組織や業務特性を踏まえて、如何に継続可能性を高めるかを徹底的に社内で考えることが極めて重要であります。
この連載での筆者の論考に対する賛否を考えてみる過程で、事業継続に関する様々な要素・要因を再考することにもなると思いますので、是非、自社のBCMSを検証・強化するためのよい機会として、本連載をご活用いただければ、幸いです。