リスク・フォーカスレポート

事業継続マネジメントシステム編 第二回(2012.9)

2012.09.12
印刷

 皆さん、こんにちは。先月に引き続き、事業継続マネジメントシステム(BCMS)の強化、整備の方策について、危機管理の視点を踏まえて、皆さんが考えていくためのヒントとなるような考察をしていきたいと思います。

 前回は、最近の政府の問題意識が反映された報告書から、事業継続マネジメントシステムの構築の際に留意しておくべきいくつかの点について、取り上げた。今回から具体的に事業継続マネジメントシステム構築の重要なプロセスを取り上げ、事業継続マネジメントシステム強化の方策を検討してみたい。まずは、事業継続マネジメントシステム構築の際の代表的かつ特徴的なプロセスである、ビジネスインパクト分析(BusinessImpactAnalysis;以下、BIA)を取り上げる。

1.事業インパクト分析の内容とプロセス

 内閣府の「事業継続ガイドライン第二版」(以下、内閣府ガイドライン)によると、「影響度評価」は、計画策定に先立って行われるものと体系付けられている。そして、「影響度評価」の項目の中に「停止期間と対応力の見積もり」「重要業務の決定」「目標復旧時間・目標復旧レベルの設定」の3つが組み込まれている。

▼内閣府:[事業継続ガイドライン第二版]

 さらに、「影響度評価」は、「事業を継続するために優先的に継続が必要となる重要業務を見極めるために必要なもの」と明言している。(内閣府ガイドライン、P13-15)。

 そして、具体的な進め方として、

  • 「事業継続の考え方の特徴として、理由を問わず企業が事業を停止した場合に、その停止期間がどの程度企業に影響を与えるのかを評価し、事業としていつまで耐えられるのかの目標復旧時間を設定する」
  • 「主だった製品やサービスの供給停止が発生したと仮定する。そして、その供給停止が企業経営に及ぼす影響を評価する。具体的には、生産量の減少、利益損失、賠償責任金額、信用失墜(顧客離れ)、資金繰りの悪化などの面から評価し、企業がどの程度までの停止期間に耐えられるかの判断を行う。」

 としている。

 そして、この停止の影響及び最大許容時間の見積もりを踏まえて、

  • 「通常、災害により何らかの被害が発生すれば、すべての業務を行うことは困難となるため、重要な業務から優先順位をつけて継続するよう検討することが実践的である。そこで、特定した災害も念頭に置きつつ、企業として、優先的に継続を必要とする重要業務を慎重に選び、決定する必要がある。」
  • 「影響度評価の結果や、取引先や行政との関係、社会的使命等を踏まえ、企業にとってその重要業務の停止が許されると考える目標時間及び目標復旧レベルを設定する。」
  • 「重要業務を目標復旧時間内に目標復旧レベルまで復旧させるためには、求められる様々な経営資源の調達・配備もこの目標復旧時間内に完了させる必要がある。」

 としている。
このように、事業停止の影響度を前提として、「優先して継続すべき重要業務」や「停止許容時間を踏まえた目標復旧時間、レベル」の設定と流れが、事業継続計画の策定に当たって最初に行われるプロセスである。

2.BIAのプロセスにおける留意事項

 この事業停止の影響度評価のプロセスは、事業継続リスクという観点では最悪のシナリオである「事業停止」を前提した分析であり、事業継続を考える上では合理的な考え方のようにも思える。
実務においては、各社が、この事業インパクト分析のプロセスの意味合いや手法について十分に納得して行っているとは言い難いが、このBIAを実施する上では以下の点を十分に考えておく必要がある。

1)分析ベースと現実ベースの視点の違い

①「事業インパクト」を指標とした分析の論理的帰結

 事業停止を前提としてその経営に与える影響度を分析した場合、内閣府ガイドライン等に例示されている「生産量の減少、利益損失、賠償責任金額、信用失墜(顧客離れ)、資金繰りの悪化など」の分析指標を用いた場合、当然に各社の「主要業務」「メイン事業」の損害が最大になることがほとんどである。
そして、停止時の影響度分析が重要業務や復旧目標の選定の指標となることを前提とすれば、影響度が最大である各社の「主要事業」「メイン事業」は停止を許容できる期間は短くなる(収益の大部分をその事業に依存しているからこそ主要事業なのであり、早期に回復しなければ企業としての存続を脅かす)し、「主要事業」「メイン事業」が継続すべき重要業務と選定され、目標復旧時間も短く(1週間以内等)設定されることになるのが通常である。
現状のビジネス環境を前提として影響度を分析した場合、上記のような結論になるのはある意味必然である。分析ベースの検討であればこの結論は説得力を持つし、合理的である。

②事業継続の本質を踏まえた現実ベースの視点導入の必要性

 しかし、ここで考えなければいけないのは、BIAは、事業継続マネジメントシステム(BCMS)の一部として、事業「継続」の為に実施するという点である。あくまでも事業継続マネジメントシステムにおいて考えなければいけないのは、平時のビジネス環境を前提とした停止時の損害ではなく、事業継続計画が発動されるような社会情勢下で、いかに事業を「継続できるか」という「継続(容易)性」の視点である。
事業停止の影響を踏まえて継続すべき重要業務を絞り込んでも、それが実際には継続可能性の高いものでなければ、事業継続は実現できない。言い換えれば、停止影響度のみではなく、継続容易性の要件も検討した上で、重要業務を絞り込まなければ、事業「継続」マネジメントシステムとしては不十分であり、事業継続計画の実効性を担保するためにも現実ベース指標である継続(容易)性要件を加味することが不可欠なのである。

③分析ベースと現実ベースの視点の違い~重要業務の絞込みを例に

 この継続容易性の観点を加味して重要業務の選定を行うとすればどうなるか。停止影響度分析の論理的帰結として導かれた「継続すべき重要業務」としての「主要事業」は、継続容易性は低くなる可能性がある。
平時から、企業は主要事業には多くの設備投資や人材投入、その他経営資源を可能な限り投入し、業務プロセスを細分化して、収益基盤の安定を図っており、これを維持・継続するためには、相応のコストと設備、人材が必要となる。しかしながら、事業継続マネジメントが求められる局面で考えなければいけないのは、前回の論考でも指摘した「活用可能な経営資源が限られている」点である。活用可能な経営資源が限られている中で、多くの経営資源の投入、業務プロセスの細分化が必要な主要事業を本当に維持・継続できるのか、例えば、業務実施に必要な設備や人材をどのように確保するのか、多くの業務プロセスの実施のための情報連絡や意思決定をどのように行うのか等、現実に継続するという観点からは、そこに大きな課題があることに留意しなければならない。
この点については、代替の拠点を確保するというリスクマネジメントによって、事前の対策を行うことで、主要事業の継続可能性を確保する取り組みがなされているのが、現在の実務の主流と言えるが、そこにはまた別の問題が潜んでいる。

2)停止影響度分析を前提とした代替戦略に潜む問題点

 事業停止影響度を前提とした分析では、継続すべき重要業務が主要事業とされるため、平時から多くの経営資源が投入されている主要事業を維持・継続するために、如何に相応の機能・規模を有する代替の設備を確保するかに主眼がおかれる。重要業務として選定された主要事業を維持・継続するための生産設備等を別の地域等に確保し、メイン拠点が被災した場合等は、代替拠点を活用して事業の継続を図るという事業継続戦略が選択されるのである。
そして、相応機能・規模を有する代替拠点を確保しようとすれば、そこにも相応のコストがかかる。とすれば、代替拠点の確保に関するコストを負担できる企業はこのような事業継続マネジメントシステムの構築も可能だが、コストを負担できない企業には代替拠点を活用して事業の継続を図るという事業継続戦略は現実的ではない。

3)BIAが抱える問題の克服と事業継続マネジメントシステム構築の指針

 事業の「継続」を目的とした事業継続マネジメントシステムにおいて、その指標が有事の継続(容易)性ではなく平時の損害をベースとして組み立てられ、本来検討されるべき継続(容易)性がコスト競争力で左右されている、いびつな事業継続マネジメントシステムモデルが標準型として推奨されていることが最大の問題であるが、この事実を前提にして、如何に実効性・継続性を確保する対策を行えるか、企業としての知恵が試されているといえるであろう。前回も指摘したとおり、事業継続とは、正に自組織の危機管理のあり方そのものであって、決して規格や各種提言を模倣・遵守すれば良いというものではないということを、改めて事業継続マネジメントシステムの整備・強化の出発点として、確認していただきたい。

 なお、私は、事業停止によるリスクを見積もるBIAのプロセスと、継続すべき重要業務の絞込みは切り話して考えたい。事業継続マネジメントシステムの本質的要請である事業継続計画が発動されるような社会情勢下にあっては、いかに事業を「継続できるか」という「継続(容易)性」の視点を重視した重要業務を選定すべきだと考えている。重要業務の絞込みの考え方については、前回も触れたが、この点についても、また別の回で考察してみたい。

 BCMSの強化には、自社の組織や業務特性を踏まえて、如何に継続可能性を高めるかを徹底的に社内で考えることが極めて重要であります。
この連載での筆者の論考に対する賛否を考えてみる過程で、事業継続に関する様々な要素・要因を再考することにもなると思いますので、是非、自社のBCMSを検証・強化するためのよい機会として、本連載をご活用いただければ、幸いです。

Back to Top