リスク・フォーカスレポート

事業継続マネジメントシステム編 第五回(2012.12)

2012.12.19
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 皆さん、こんにちは。先月に引き続き、事業継続マネジメントシステム(BCMS)の強化、整備の方策について、危機管理の視点を踏まえて、皆さんが考えていくためのヒントとなるような考察をしていきたいと思います。

 前回は、BCMSの実務慣行に関するトップマネジメントによる対策本部論に潜む問題点を指摘した上で、BCMS構築の本質的要請、そして、危機管理の観点を加味したBCMSモデルの概要について考察した。

 ここまでの4回を通じて、ガイドラインや書物にしたがって、形としての事業継続マネジメントシステムを作り上げていく際の注意点や、普段あまり意識(記述)されることの無い事業継続マネジメントシステム(BCMS)モデルの考え方が抱える問題点等をある程度ご理解いただけたのではないかと思う。

 今回は、BCMSの本質的要請を踏まえながら、現行のBCMSを強化していくための方策や実効性を担保するための発想について、前回提示したフレームワークを活用し、東日本大震災での実例も引きながら、各内容について考察していきたい。

1.BCMSの本質的要請と危機管理の観点を加味したフレームワーク

 前回の繰り返しになるが、BCMSが求められる本質的な状況は、3つに集約される。

 一つ目は、「通常の業務オペレーションどおりに業務が実施できないこと」、二つ目は、「業務に使用している設備、インフラ、資産等の一部が利活用できずに、利用できる資産が限定されること」、三つ目は、「可能な限り早期に通常のオペレーションに回復させないと、顧客に迷惑がかかり、社としての経営基盤を揺るがす事態が発生すること」である。

 事業継続リスクマネジメントとして策定されたBCPのシナリオ通りに進むのであれば、シナリオにしたがって対応できる以上、事業停止の危機にさらされているとはいえないし、通常の業務フローにしたがって対応できるなら、BCPによって細かく対応シナリオが決められていなくても事業の継続は可能である(稼働率や生産量、納入量は平時よりも落ちたとしても、通常業務の実施は可能であり、事業の継続に支障はない)事に鑑みれば、BCPにあるインシデント対応計画等のシナリオ以外の想定外事象が起きたときにどのように行動するのか、また通常の業務プロセスにしたがって対処できないときにどのように行動するのか等の、対応指針を盛り込んで定着させておくことが、事業継続マネジメントシステムの要諦であるといえる。

 要するに、事業継続マネジメントは、「通常の経営資源や業務プロセスに従った処理ができずに、事業の継続を脅かす事態が発した場合の即応態勢」と言うことができるのであり、BCPは本質的に、想定外事象や有事対応の具体的指針、想定シナリオ外の事象が発生した場合の行動原則等が含まれていなければならないのである。

 したがって、BCMSには、災害等で発生する各種の状況への対応、すなわちクライシスマネジメントに関する内容を組み込む必要がある。一方で、危機管理は予防としてリスクマネジメント及び対応としてのクライシスメントの両者を融合し一体的に整備・運用していくことであるから、事業継続マネジメントシステムを考える上でも、当然に事業継続リスクマネジメント、すなわち、従来のBCP策定プロセスにおいて重要視されている代替戦略や防災対策、多重化・冗長化対策は、重要である。そこで、危機管理の観点から、機能する事業継続マネジメントシステムを整理してみると次の図のようになる(※図、筆者作成)

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2.実効性の高いBCMSを目指して

 それでは、上記フレームワークに基づき、BCMSの実効性向上に向けた方策について考察してみよう。

1.従来のリスクマネジメントとしてのBCPに関しては、特に避難訓練と安否確認について取り上げたい。

 まず、避難・安全確保の関係については、東日本大震災後の昨年4月から5月に掛けて実施した当社会員向けのBCPアンケート(以下、「SPNレポート~BCP編))では、震災発生時の行動基準・判断基準について85%の企業が特に何の対策も行っていないこと、定期的に避難訓練を実施している企業は15%弱、避難経路を特に周知していない企業が約3分の2(64%)に上るなどの結果を見ても、意外なほど、企業での対策の盲点になっている。仮に避難訓練を行っていても特定のスタッフのみの参加に留まっていたり、白昼なれた建物で電気も付けて特段の障害も無い形での避難訓練に留まっているケースも少なくないものと思われる。実際には什器が動いたり倒れたり、停電で視認性が悪かったり、電子ロックが空かなかったりという事態が発生しうる以上、そのような想定での訓練も不可欠である上、社屋にいる場合だけではなく、車の中(地震を感じにくい)、電車の中、地下や高層ビルにいる場合、エレベーター内にいる場合など、事業活動や生活の様々な状況を想定しての避難シミュレーションが必要なのであり、様々なケースでの避難訓練を実際に行うのは難しいまでも、様々な状況でどのように逃げるのかを想定する機会やシミュレーションを行う機会や教材を整備するのも、BCPとして非常に重要であるといえる。

 なお、避難訓練や什器の固定は、従来、「防災対策」として事業継続と切り離されて対策が行われきたが、事業継続が企業としての事業活動を継続するという意味に解するならば、その事業活動の担い手である社員の安全確保はBCMSの前提をなすものと言えることから、防災対策は防災対策、事業継続は事業継続と切り離さずに、企業としての人的資産、人的インフラに対するリスクマネジメントとして、BCPの中に明確に位置づけていく必要がある。代替設備やデータバックアップ等の物理的なインフラへの対策に関しては十分な検討がされていても、人的インフラへの対策が不十分では、BCMSの実効性は確保できないことを改めて確認していただきたい。

 次に、安否確認についてであるが、安否確認については、一般的には緊急連絡網整備による運用ないしは、他社の安否確認システムを導入するという対応に留まるケースが多いのではないだろうか。全社の緊急連絡網の整備による対策は、電話がなかなか通じないという現実がありながら電話番号しか記載されていない、また実際のテストランニングなされておらず、従業員が実際の要領等を心得ていない、機能しない等の問題がある。東日本大震災においては、Twitter等のSNSの有効性が声高に言われたが、これとて絶対に大丈夫という保証はどこにもない。

 安否確認については安否確認システム+α、Twitter等のSNS+αと必ず2つ以上の方法を用意するとともに、情報連絡のルールを決めておくことが重要である。緊急連絡網での連絡のために、ただでさえ少ない稼動人員が多く割かれたり、安否確認システムの管理者が不在で必要なデータの確認・抽出ができなかったり、そもそも安否確認システム自体が利用できなかったり(東日本大震災において実際に発生した)という事態があっても落ち着いて、所定のルールに則り粛々と対応すること、そして最悪の場合、一時的に情報手段が断たれることも有りうることを共通認識として共有しておくことも重要である。

 情報連絡の方法としては、Twitter等のSNS利用形態が一つの参考になる。緊急連絡網にしたがい少ない人数で多くのスタッフに連絡をしようとする場合、あるいはなかなか連絡がつかない状況で何度も連絡しようとする場合、その負担は大きくなり、事業継続に向けた重要業務の実施に割けるスタッフに業務が割り当てられ、かえって重要業務の実施が停滞しかねない懸念がある。そこで、安否確認も含めて、各社員等からの情報発信は、各自発信の原則、そして定時連絡のルールを定めて運用しつつ、その情報を一元化・可視化して、共有できる仕組みを構築することが効果的である。

2.BCMを機能させる為の危機管理①~事業継続戦略=発想の転換

 事業継続マネジメントとは、裏を返せば、事業を停止させないために、いかにできることを続けるかということであり、「現実」を見据えて、「いかに実行するか」「どうしたら実行できるか」を検討することに集約される。したがって、事業継続戦略や事業戦略方針の策定に際しても、この視点を徹底することが望ましい。

 「現実ベース」で生き残るためにどうするか突き詰めた場合、なすべきことは、重要業務として特定されるコア業務を継続することよりも、「多くの従業員」が、確実に「できること」に絞った方が、実行可能性は高まるものと考えられる。

 危機管理の観点から、機能する事業継続マネジメントシステムを構築するための出発点は、「継続する業務」と「継続するための方法論」に関して、抜本的な発想の転換をすることである。

【継続すべき「事業の選定」に関する発想の転換】

(東日本大震災おける実例)

      • 大手ハウスメーカーでは、グループ内のデータベースをフルに活用し、住宅のオーナーをお見舞いと手伝いと安全性確認、修復必要箇所の把握の為に訪問
      • 大手飲料メーカーも、自社の仙台工場が被災していながら、3月14日に震災対応の基本方針として、「1.人命尊重・安全最優先、2.地域・社会、3.事業の維持・継続」という順序で掲げ、工場を避難場所として地域住民に開放し、備蓄物資や他地域から送られてきた物資を住民に配布・提供
      • 大手ファーストフードチェーン企業のCEOも、震災対応の基本方針として、各店舗に「P(パーソン)→S(ソーシャル)→B(ビジネス)」の順番で行うように指示しており、自社のコア事業の再開よりは、社会貢献、被災地支援を優先した

(事業選定に関する発想の転換)

 継続すべき重要業務については、「できることを皆で確実にやる」ことで、継続可能性を高めていく必要がある。施設が壊れようが、通信手段が書かれようが、社員一人ひとりが細々とでも継続していけること、しかもできるだけ多くのスタッフでやれば、継続できる可能性は格段に高まるから、現実にできることを重要業務と定めることが有意義である。例えば、自社が製造業者だからと言って自社製品を製造することが重要業務と考えるのではなく、工場を避難所として提供したり、他社製品を自社製品の代わりに提供したりすることで、地元住民の期待に応える対応をすることを重要業務と定めることで、稼動可能なスタッフから順次実行していくことができ、会社としての社会貢献活動を通じて、企業としての社会的存在感を地域住民にアピールできる。

【「継続するための方法論」に関する発想の転換】

(東日本大震災における実例)

      • 大手運送会社は、東京電力の計画停電により、ある拠点では「荷物の仕分け作業ができない」状況になった際、荷物の仕分けができないと配送業務が停滞してしまうため、作業できない拠点の荷物を近隣拠点に割り振り、さらにガソリン不足により車通勤に支障がでていたスタッフも、現場の判断で通勤先を最寄の拠点に変更できるようにし、さらに余剰人員で対応業務と事業復旧の役割を分担することで、通常通り配送を継続している。<ahref=”https://www.sp-network.co.jp/candr03005p.html#04″>4

(「マネジメント」に関わる発想の転換)

 二つ目の発想の転換は、事業継続に向けたアクションを行う場合、すなわち対応の局面における発想の転換である。想定外事象も含めたクライシス対応こそ事業継続マネジメントシステムの本質的要請であると考えた場合には、非常に重要な視点となる。簡単に言うと、「実施可能な対応を細く長く続けながら、事業基盤の回復・安定と復旧に向けた対応を徐々に行っていくこと」に徹することができるかということであり、あれこれ手を広げて、被災した拠点を早期に一気に回復させようとするよりも、継続させる拠点を選んで確実な事業の継続を図りながら(選択と集中)、徐々に継続できる拠点を増やしていくという確実かつ地道なプロセスを重視していくものである。

 例えば、10店舗が被災した場合、10店舗を早期に回復・復旧させようと経営資源を投入と、企業体力がない場合は、途中で物資が途切れたり、被災に伴う疲労やストレスで、店舗の運営・開店状態維持が厳しくなることは想像に難くない。危機管理の実務対策として考えた場合、このケースであれば、基幹店舗を3店舗定め、当面はその3店舗の復旧・回復に傾注し、残りの7店舗は、倉庫として活用することで、近距離での物資調達やお釣等の資金のやりくり、さらに同じオペレーションの業務であることに注目すれば、倉庫代わりに使用している7店舗分の稼動可能な一部(もちろん全部が投入できれば尚よし)のスタッフを、開店している3店舗に投入したり、店舗間の商品運搬の役割や閉鎖店舗の復旧支援を行わせることで、開店している3店舗のスタッフにも適度な休みを与えつつ、社会機能や物流が回復するまでの間の人的資源や物資、金銭の供給可能性を高めることができる。

 次回以降は、引き続き東日本大震災の実例等を引きながら、フレームワークの残り二つの内容について考察していきたい。

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