リスク・フォーカスレポート
「内部通報制度に対する企業の取り組み状況について」(2013.7)
1.大企業等における内部通報制度の導入・運用状況(報告書P.37~)
■導入の経緯等
- 消費者の信頼を大きく損なう不祥事が通報を契機として発覚し、その結果売上げが激減した。このままでは会社が倒産するという危機的な状況にまで追い込まれ、従業員も不安でいっぱいだったが、信頼回復のためには、この機に全ての不祥事を出し切る必要があるとの外部有識者の意見を踏まえ、コンプライアンス経営を徹底するべく内部通報制度を導入した。
⇒リスクホットライン®の事例でも、会社の知名度と外部にリークされるタイミング等によっては大きな問題になる可能性のある事象を、通報により早期に対処できたことで、リスク回避に繋がったケースは少なからずある。)
- 会社法上、内部統制システムの整備が求められており、内部通報制度もそのシステムの一環として位置付け導入している。
⇒会社法の、362条5項【取締役会の内部統制構築についての義務】や、法務省令100条4項【内部統制の内容】の「コンプライアンスを担保する体制」のコアとなる制度として認識してされている。
■運用状況(P.38~)
- イントラネットで、ヘルプライン(内部通報制度)の概要や通報方法のマニュアルを社員全員が見られるようにしている。(※複数企業からコメント)
⇒その他の周知用ツールとして、ポスターの掲示や携帯用カードがある。携帯用カードについては、蛇腹の折りたたみ式にして、社是や倫理綱領等と併せて内部通報窓口の利用案内を載せているケースもあり、この方法はなかなか良いと思う。
- 安心感を与えるため、ヘルプライン担当者の顔写真を社内に周知している。
⇒対応者が全面に出てしまうと、好き嫌い等で通報の妨げになるケースもあるため、当社としては、どの部署が対応するのか、誰が対応するのか等については、積極的に表に出さないことを推奨している。
- 内部通報制度に関するeラーニングはとても分かりやすかった。公益通報者保護法についても、かなり噛み砕いた内容で、絵を使うなど工夫されており分かりやすかった。(※労働者コメント)
⇒制度や法律の理解促進には効果的だと思うが、窓口の活性化や適切な通報の促進を図るのであれば、事例等を用いて具体的な利用イメージを伝えるといった取り組みも必要と考える。
- PCを立ち上げたら、コンプライアンス関連のQ&Aとともにホットライン窓口を案内する画面が表示されるようにしている。
⇒日々強制的に目に触れるようにするのは有効だと思うが、難点としては、常に同じ内容だと、慣れにより意識されなくなってしまうことである。通報者保護に配慮しつつ、定期的に事例(他社事例でも良いので)を掲載するとより効果的と考える。
■運用上の課題<人員・ノウハウ不足等による負担>(P.42~)
- 上司や同僚とのトラブルを、法令違反として通報してくるケースも多い。そのような通報者は調査結果に納得しないことが多く、通報窓口や人事部門が時間・労力をとられ負担になっている。
- 答えづらく、結論を出しづらい相談等もあり負担となっている。例えば、社内の恋愛に関するものなどがそれで、通報者は不道徳なことが許せないというが、それをヘルプライン(内部通報制度)として、どこまで、どのように対処していくかは難しい問題である。
- 通報を受けて会社側が講じた措置と、通報者の意図や思いとの間に齟齬が生じることも少なくないが、その点について理解を求め納得してもらうことに非常に時間がかかる。
- 真実と噂がごちゃ混ぜになっているような通報・相談も少なくないので、見極めが難しい。
⇒上記コメントは実際にかなりの数の通報に対応した経験のある方々のコメントと思われ、とても共感できる。当社のホットライン契約社の中でも、同様の負担や悩みを抱えている企業はあるが、我慢強く、丁寧かつ真摯に対応することで、職場環境ひいては社風が良い方向に変わってきているケースはある。
- 通報の処理に当たっては、通報者の主張を鵜呑みにしないように十分留意している。安易に調査等を行うと被通報者の側に二次被害が生じることもあり得る。そこで、通報や相談が寄せられた場合には、実際に通報・相談者と会って面談を行い、通報内容や通報者の趣旨を精査確認するようにしている。それにより、真の問題や背景事情を踏まえた的を射た対応につながると実感している。
⇒実際に制度が良い形で機能している企業のコメントと思う。
- 内部通報制度に関する社内への周知活動の中で最も重視しているのはトップの本気度を伝えるということ。制度の維持運用には金銭的・人的コストがかかるが、不正を早期に発見し自浄作用を働かせるという制度の趣旨・目的を、機会があるごとに会社トップや部署・支社の長が自らの言葉で従業員に周知徹底することが重要。
⇒まさにその通りであると思う。前回のレポートでも触れたが、経営層に、内部通報制度および個々の通報案件を『重要なもの』として捉え、通報の内容や傾向等の状況を積極的に把握する意識がなければ、この制度が本当の意味で機能するツールとして社内に根付くことはない。
2.中小企業等における内部通報制度の導入・運用状況(報告書P.44~)
■内部通報制度を導入していない中小企業等の状況<メリット、必要性を感じない>(P.45~)
- 制度を導入することのメリットを感じないことが未導入の理由。大企業であれば、労働者を守るための制度を設けているということが一つのブランド価値になると考えるが、当社のような中小企業では、制度を設けていることをアピールして、それで良い人材が来るわけでもなく、具体的なメリットが考えられない。
⇒確かに、制度の導入が直接良い人材の確保に繋がらないかも知れないが、最近の社会風潮からすると、このような意識は、良い人材を採用できた場合でも、直ぐに流出させてしまう要因にもなり兼ねないと危惧する。
- 不正行為を未然にあるいは大問題にならないようにするというメリットが抽象的には考えられるが、大企業と異なり、社員、会社の不正行為には目が行き届いているという自負があり、必要性を感じない。
⇒中小企業の場合は特に、内部通報制度を活かすか殺すかは経営陣の意識一つである。「不正行為には目が行き届いているという自負があり…」というコメントについては、本当にそうであるケースと経営者の思い込みのケースがあるので、本当に後者でないかの確認が必要。
■内部通報制度を導入していない中小企業等の状況<必要性は認めるが支障がある>(P.46)
- 当社は小さいので、「そんなこと(内部通報制度の整備・運用など)やってられるか」という空気もある。浸透させなくてはならないが、お金を生まないことなので難しい面がある。
⇒リスクが顕在化し、クライシスに発展した場合にかかる費用は相当な額になる。不要なロス(出費)を回避するためのツールという意識を持って前向きに取り組んでいただければと思う。
3.通報窓口の実態
■受付けている通報者の範囲<退職者、取締役からの通報への対応>(P.49~)
◇「退職者」への通報に対応していない企業のコメントとしては以下の内容がある。
- 退職者からの通報については人事情報の管理もままならず、本人確認等を含めて、対応することが非常に困難である。
- 通報制度を規定した社内規則や就業規則といったものが、あくまで在籍する従業員に対するものであり、退職者等の社外の者には適用されないため。
⇒確かに一理あるが、退職者から貴重な情報が得られるケースもあるため、「回答や対応はできない場合がある」と予めお断りして話を聞かせてもらう手法がベストだと考える。当社のリスクホットライン®の運用においても、退職者が「対象外」とされている場合でも断ることはせず、話を聞いて、その内容を企業側に報告している。
■取引先の不正を知った場合の対応(P.50)
◇大手企業の労働者のコメントは以下のようなものである。
- 取引先の不正に関する通報は、日常茶飯事のようにある。もちろん取引先は取引停止になる。当社では、不正を知りながら通報しないことのほうが問題視される。もし取引先の不正が報道などされた場合、当該取引先の担当者は「なぜ通報しなかったのか?」と責められるだろう。
- 取引先代理店の違法行為が明らかになったことがあった。新聞沙汰にもなり、取引先は代理店契約中止となった。代理店は我が社の看板を掲げているので、我が社のイメージダウンになるから、悪いものは切っていくのは止むを得ない。
◇一方の中小企業の労働者のコメントは以下のようなものである。
- 取引先の法令違反を思わせるものも多々あるが、それを先方に告げると取引停止をほのめかされ泣き寝入りする結果になる。きれいごとでは全く済まない。
- 取引先の不正は頻繁に起こっている。一度、社内で相談したことがあるが、我慢しろといわれた。社員の代わりはいくらでもいるが、取引先の代わりはいないとまでいわれた。
⇒大企業と中小企業、立場の強弱でコメントが明確に分かれている点が興味深い。ちなみに、近年、大企業においては自社のWEBサイトで取引先からの通報を受付けているケースが多くなってきている。なお、上記大企業のコメントでは、自分達が通報する側として述べられているが、自分達が通報の対象になる可能性についてはどう考えるか知りたいところである。
■匿名通報の調査・是正の難しさ(P.51~)
- 匿名通報で客観的な証拠が示されない場合は通報対象事実の確認が困難である。
⇒通報者が匿名であっても、不正の内容や状況、問題とされる人物の氏名や所属がわかっていれば、事実確認調査はできるケースは多いと言える。
- 通報者が誰であるかが絶対に分からないようにして欲しいという通報が多い。事案によっては、それでは意味のある調査はできないと返答せざるを得ないこともある。
- 匿名を希望する通報については慎重に調査を進めていくが、その過程で、実名が明らかになってしまうことがある。そういう可能性があることについてはあらかじめ説明し理解を得るよう努めている。
⇒「匿名でも通報者が特定される可能性がある旨をあらかじめ通報者に伝える」というステップは非常に重要であり、これを伝えた上で、本人の要望を確認しながら対応方法を固めていくのがトラブルの少ない対処法である。ただし、通報者が「社内通達での注意喚起」などの一般的な対応を希望し、根本的な解決、具体的な改善に繋がらないケースもしばしばある。
■受付けている通報内容の範囲(P.52~)
- 愚痴などを含むどのような内容であってもまずはしっかりと話を聞くこととしている。親身に話を聞いてくれなかったという噂が社内で広まり、社員の信頼を失うと、本来の目的であるコンプライアンスに係る有益な情報も入ってこなくなるため。
- 本当の意味での公益通報者保護法の対象になるような通報はほとんどなく、噂の類なども少なくないが、それを切り捨てると他の情報も入ってこなくなるため、どんなものであっても丁寧に対応するよう心掛けている。
⇒「会社として対処する必要があるのか」という内容の通報にも丁寧に対応し、制度が機能していれば、重要な通報も上がって来やすくなると考える。
上記に抜粋したコメント以外にも、まだまだ取り上げたいものは多数ありますが、今回はここまでとさせていただきます。また、当該報告書の前半に掲載されているアンケート調査の結果も興味深い傾向が読み取れると思いますので、是非一度、皆さまにも報告書の全文に目を通していただければと思います。
最終回である次回は、引き続き、当該報告書の内容を検証しながら、企業の内部通報制度(窓口)のあり方についてのポイントを整理し、ご紹介させていただく予定です。