リスク・フォーカスレポート
皆様こんにちは。阪神淡路大震災が発生した1995年は、インターネットはまだ私達の身近なものではなく、当時は、テレビやラジオ等が、情報収集や情報発信を行う主要なツールでした。しかし、現在はスマートフォンやソーシャルメディア(以下「SNS」)の爆発的な発展や普及、その利用が日常化し、一昔前と比較しても、情報収集や情報発信が容易になっています。
東日本大震災では、停電や電話回線が輻輳(ふくそう)若しくは途絶する中、Twitterを始めとしたインターネットを介してのSNS上でのやり取りが、情報収集や情報発信手段として、力を発揮しました。しかし、その一方で、SNS上には、不安を煽るようなデマや嘘が散見されたことも事実であり、SNSでの正確で的確な情報収集の難しさを、痛感させられた方々も多いのではないでしょうか。
特に、現代では、情報化社会の進展やIT技術の進歩が著しく、今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震の際に、いかにそれらを、防災・減災に対して有効に活用していけるかが、重要となってきます。そこで、本レポートの第2回目では、震災時における「情報リテラシー」及びIT機器利用のリスクについて取り上げ、考察を行っていきたいと思います。
1.東日本大震災にみるSNSの利用動向
東日本大震災では、被害状況や避難情報等の情報収集を行うにあたって、テレビ、ラジオ、新聞といった既存のマスメディアに加えて、TwitterやFacebook、mixi等SNSが、既存のマスメディアから発信された情報を補完する上で重要な役割を果たし、震災時に活用できる有効なツールの一つとして、その存在感を示していた。また、震災発生当日からインターネットの特性を生かした災害支援のプラットフォームも多く立ち上がっており、災害発生時の公助の仕組みとして、今後もより一層の活用が期待されるであろう。
例えば、首都圏では震災当日から夜にかけて交通機関がマヒし、職場によっては、事業所内に留まることを求められたり、徒歩によってなんとか帰宅しようと試みる方々が多数見受けられた。そういった方々にとって、「交通機関運行状況」、「避難場所」、「公衆トイレ」、「コンビニ等の店舗情報」は必要な情報であったと考えられる。
また、震災当日に、急きょ開設された避難所や臨時の運行情報等に関しても、既存のマスメディアから得られる情報のみでは、速報性に欠ける点があり、これらの情報を補完する上でも、首都圏を中心として、SNSを活用していた方々が多くいたことは事実である。Google社が早期に「自動車・通行実績情報マップ」や「パーソナルファインダー」等の情報共有サイトを立ち上げたことも注目を浴びた。
そもそも、阪神淡路大震災が発生した20年前と、東日本大震災が発生した当時の状況を「情報インフラ」の面から比較した場合、インターネットを介した情報収集・情報発信ツールの普及が格段に進んでいる。
例えば、内閣府が行っている、主要耐久消費財等(家電・自動車等)の時系列調査によると、パソコンの普及率は、1990年代前半までは、概ね10%程度であったが、Windows95を搭載したパソコンが発売されたのをきっかけに、1990年代後半からは、普及率が上昇しはじめ、2001年3月までには、50%を超えている。その後も普及率は上昇し続け、2011年3月末頃には、76%に達している。
さらに、総務省から発表されている、通信利用動向報告書内に記載されているインターネット普及率を見てみると、2000年頃から急激に普及し始めており、東日本大震災発生前の2011年1月に行われた調査では、普及率は、93.8%と報告されている。
上記した調査結果からもみてとれるように、阪神淡路大震災が発生した1995年から、インターネットとそれを介した情報収集や、情報発信ツールが急速に普及してきており、情報通信白書(平成23年版)によると、阪神・淡路大震災では、地元の大学や企業をはじめ、多数の大学・研究機関や企業がインターネットを通じて、被災地の画像、安否情報、地震に関する学術情報等を世界に発信した。
神戸市はインターネットを利用して、焼失地域の地図、避難所一覧、静止画像による被災地の状況等の情報を発信した。また、パソコン通信のニフティサーブが、震災当日の午後1時に開設した「地震情報メニューは、翌日午後6時までに、総アクセス件数約101万件、総アクセス時間数270万分に達したという。それから約15年後に起きた東日本大震災は、インターネットやパソコン等のモバイル端末が大幅に普及した後に、私達が経験した最初の大震災であったことが位置づけられる。
さらに、MMD研究所の調査によると、東日本大震災の際に情報収集に役立ったSNSとして、Twitterが63.9%、Facebookが34.7%、mixiが24.7%との結果が報告されている。
また、総務省が平成23年に取りまとめた情報通信白書においても、「東日本大震災においては、被害が広域的かつ甚大であったこともあり、マスメディアでは限界があり、きめ細かな情報を送ることが可能なSNS等の新たなメディアが用いられていた」と言及している。
さらに、マスメディア自身も被害を受けており、多かれ少なかれ、取材・報道活動に何らかの支障が生じていたこともある。
▼ MMD研究所:東日本大震災において、Twitter利用者の約6割が「情報収集に役立った」と回答
特にTwitterに関しては、首相官邸(@Kantei_Saigai)や総務省消防庁(@FDMA_JAPAN)といった政府機関も情報発信手段として積極的に活用しており、東日本大震災を機に、情報収集や情報発信ツールとしての認知度が一気に高まった印象がある。
さらに、東日本大震災以降、政府は「国、地方公共団体における民間SNSを活用した情報発信についての指針」において、震災対応のように時々刻々と変化する状況下で情報を迅速に国民に発信していくためには、Webサイトへの情報掲載とともに、SNSも積極的に併用していくことも推奨されている。
▼ 内閣官房:「国、地方公共団体等公共機関における民間SNSを活用した情報発信についての指針」
このことより、平常時における、SNS利用の在り方の見直しや、ガイドライン等の策定を行うことはもちろんであるが、今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震を視野に入れ、震災時における事業継続計画(Business continuity planning、以下「BCP」)や防災マニュアルに対して、SNSの活用方法に関する項目を追加し、震災時には、職員の安否確認や被害情報・避難情報の一斉配信、事態の収束等に利用できるように整備するとともに、それらがきちんと機能するかどうか、定期・不定期に訓練等を行っていくことも重要ではないだろうか。
例えば、震災時におけるSNSの活用例としては、下記のものが予測できる。
- 安否確認や救助要請への活用
- ライフライン情報、食糧等の配給情報
- 自治体や報道機関からの情報入手経路としての活用
- 被災者やボランティア同士の結束を強め、様々な活動や行動を行う上でのインフラとしての機能
- 個々人からの独自の情報発信はもちろん、スマートフォン等のカメラ機能と組み合わせることにより、移動式の見守り・防犯カメラとしての活用
しかしながら、上記したような効果が期待できると思われる反面、SNSは大量の情報が一定レベルの検証を経ずに容易に流通することから、流言や虚偽の拡散、本当に必要とされている情報の埋没(検索の困難)、不必要な情報の残存(既に解決済みの問題が蒸し返される)、といった問題が想定できる。
このようなことから、震災時におけるSNSの活用に関しては、肯定的な意見と否定的な意見があると思われるが、東日本大震災の際には、ご記憶の方もいるかもしれないが、当時、広島県の中学生が放映中のNHKニュースを勝手に(NHKに無断で)USTREAM上で放映し、視聴者の一人がこれをNHKにTwitterで知らせ、USTREAMの無断放送をNHK自身にツイートするように要求。通常であれば違法行為にあたる非常識な要求であったにもかかわらず、NHKの関係者も「個人の資格でこれを是と判断」し、依頼に応じて停電でテレビがご覧になれない方も多くいらっしゃいます。津波情報を出来るだけ拡散してください」とその中学生の無断中継アドレスと共にツイートした。
そのような許可を与えても良いのかとの質問に対しても、「私の独断なので、あとで責任は取ります」と回答し、再び、「人命にかかわることですから、少しでも情報が届く手段があるのでしたら、活用していただきたく存じます。(ただ、これは私の独断ですので、あとで責任は取るつもりです。)」とつぶやいた件もあり、既存マスメディアとSNSが見事に融合されたケースもあった(以上、「橋本靖明・大濱明弘、危機対処時におけるソーシャルメディアの役割‐東日本大震災を例として‐、防衛研究所紀要第16巻第2号(2014年2月)p108」より抜粋・引用)。
たしかに、SNSの強みの一つは、情報を素早く広範囲に拡散することができる点である。しかし、SNSによる情報発信は、伝達する情報が正しい場合には大きなメリットではあるが、誤った情報の場合には大勢の人を混乱に陥れる危険性がある。この点については、情報通信白書(総務省)においても、「浮かび上がる課題」として指摘されている(総務省・情報通信白書平成23年度版、第一部 東日本大震災における情報通信の状況「第4節 情報通信が果たした役割と課題」(P21))。
実際に東日本大震災の発災直後から、不安や恐怖等から生まれたとみられる流言や虚偽等が拡散する事態が生じていたことも事実である。例えば、前回のリスクフォーカスレポート「震災時における火災」で取り上げた、千葉県のコンビナートの爆発後には「黒い雨が降るから気を付けて。」といった、不安を煽るような情報がSNSを介して流れた。
また、福島第一原子力発電所の事故を受け、放射性ヨウ素による健康被害を防ぐために有効な内服薬「安定ヨウ素剤」の代わりに、ヨウ素を含むうがい薬やヨードチンキを飲んだり、ワカメやとろろ昆布を食べたりすることを進めるチェーンメール等も出回った。
首都圏では、こういった流言や虚偽の情報によって、不安を募らせた住民が、インスタント食品や冷凍食品、米類等の生活用品を買い占めに走るといった、通常ではありえない現象が発生していたことも事実である。こういった震災時の流言や虚偽の情報に関しては、次項でさらに詳しく取り上げることとする。
特に情報は、単に提供・共有できればよいというわけではなく、受け取った相手が正しく理解できなければ、その効果は発揮しないものである。そのため、防災・減災を考える上では、過去の経験等によって得られた教訓を、どのように活用していくかが重要となってくる。
2.SNSを活用した被災情報の伝達・流言や虚偽の防止
前項でも述べたように、SNSはテレビ、ラジオ、新聞等の既存マスメディアとは異なり、今まさに起きていることを、利用者が直接投稿することができるため、素早く情報発信することができ、具体的な活動等を喚起することができるツールと言える。そのため、東日本大震災では、被害状況や避難情報等の情報収集や情報発信の過程において、SNSが一定の役割を果たしていたことは、紛れもない事実である。
しかし、その一方で情報通信白書に記載されているように、甚大な被害を受けた被災地においては、停電(バッテリー切れ等を含む)や通信機器の破損等により、SNSを十分に活用できなかった地域が多かったことも事実であり、SNSを円滑に使いこなすことが可能であった人々が、限定されていたことも指摘しておかなければならない。
少なくとも東日本大震災以前の国内においては、SNSはその利用者が、今感じていることや日々の日記等を投稿するものであり、仲間内での意思疎通や情報交換の手段ではあっても、ニュースや緊急情報等を伝達するツールとしては、特に重要視されていなかった。
東日本大震災を契機として、SNSに対する利用者の認識は、「娯楽的なもの」から、「緊急時にも役立つもの」へと変化してきている。このため、得られた教訓をフィードバックし、活用方法の見直しを進めていかなければならない。総務省の報告によると、Twitter等を含むSNSは、2006年頃からその利用者が増加してきていることが報告されており、今後もその利用者の増加が見込まれる。
▼ 総務省:ICTインフラの進展が国民のライフスタイルや社会環境等に及ぼした影響と相互関係に関する調査研究
しかし、震災時に一定の役割を果たし、情報収集や情報発信に役立つツールとして、注目を集めたSNSではあるが、流言や虚偽等の不確かな情報も瞬時に拡散してしまい、かえって被災者を不安に陥れたり、社会的混乱を招いてしまったといった潜在的危険性が現実化したことも事実である。そこで、本稿では、震災時におけるSNS利用の今後の可能性と、その在り方についてさらに考察してみたい。
1) 震災時におけるSNSを利用した相互支援体制の可能性
上記した防衛研究所橋本らの研究発表を含め、SNSは震災特において停電や通信機器の被災等の課題は挙げられるが、特に安否確認への活用が期待されている。
例えば、株式会社ウェザーニューズ社が行った調査によると、「発災後、離れている家族や友人と初めて連絡が取れたのは、いつで、どのような通信手段を用いたか」という質問項目に対して、最も早く連絡がついた通信手段は、Twitter等のSNSであり、既存の電子メールや災害伝言板等を用いた場合には、家族や友人に連絡がつくまでに、軒並み3時間以上かかったとの結果が報告されている。
▼ ウェザーニューズ:「全国 8 万8 千人の津波・地震発生時の行動・意識を分析「東日本大震災」調査結果」
このことを踏まえ考えてみると、SNSは震災時の安否確認には、有効なツールであると判断される。メール等や電話などは、連絡を必要とする人に対して、逐一情報を発信して、安否を伝えていかなければいけないが、SNSの場合は、SNS上にコメント等を投稿することが、自身の安全を伝える効果を持つことから、安否確認ツールとしては非常に有用であると言える。
しかし、震災時において、SNSを安否確認ツールとして使うとすれば、家族や知人の安否を確認しようとして、若しくは、要救助状態となった自分自身の存在を広く知らせるため、氏名、住所、年齢等の個人を特定できるような情報(以下「個人情報」)を、積極的に文字や音声、画像等で公開してしまうことになるであろう。
それは、たしかに、震災等の緊急時には有用な情報となるが、特にインターネットの利用においては不特定の第三者や見知らぬ他人が、その先にいることを忘れてはならない。このような個人情報は、緊急時以外は、不用意に公開してはならないものであるが、緊急時に必要と迫られたものであっても、一旦発信されてしまうと、何時までも残ってしまう可能性があること、犯罪その他で他人に悪用される危険と背中合わせであることを忘れてはならない。
さらに、「デジタルタトゥー」という言葉が使われ始めて久しいが、特に最近では、TOPSY等の過去に投稿を行ったものを検索・収集することに特化した検索サイトや、まとめサイト等が増えてきているため、そういったサイトの危険性も合わせて考えていかなければならない。
企業等においても、BCP等で、安否確認の手段として社員一人ひとりにTwitterのアカウントを取得させ、災害時等の安否確認や情報連絡をTwitterを利用して行うことを定めている企業も少なくないが、たとえ震災のようなやむを得ない緊急時であっても、SNSを介しての個人情報や業務関連情報のやり取りについては、上記でも述べたようにその後の展開にまで十分な注意が必要である。すなわち、それを情報連絡に使うということは、事業継続上の問題やボトルネックを、実質的に広く社会に対して非公式な形で公開してしまうことになりかねないリスクもあるし、さらには、それが余計な噂やデマを拡散させるこにともなりかねない、ということである。
東日本大震災では、SNS上に様々な被災情報や避難情報等が書き込まれ、第三者に対して広く公開され、既存のマスメディアでは伝えることが難しい末端の情報も公開されていた。
例えば、行政が用意した公的な避難所ではない、地方商店街やボランティア等が用意した小規模な私的避難所は、行政側が張り巡らせた情報網から漏れてしまい、効果的に周知することが難しかったことが推測される。こうしたマスメディアが伝えきれない詳細な生情報を伝達させる上では、SNSは有効に働いたのではないかと考えられる。
被災地では、一般に食料品や飲料水、医薬品等多数の救援物資が必要とされるものの、被災地の置かれた状況は一律ではなく、支援ニーズも多様である。また、時間が経過するにつれ、ニーズが刻一刻と変化し、必要な物資が届かない一方で、不必要な物資が大量に届き、処理に困るといった支援のミスマッチが起きたことも事実である(但し、被災地の新聞社は、「生活情報、取材記事、現地ルポなど、各地に密着した災害・生活関連情報を、新聞媒体以外のソーシャルメディア等を通じて配信した」(情報通信白書平成23年版 P16))。
このミスマッチを防ぐには、住民の心情・感情にも配慮したきめ細かな情報の取得、提供および共有が重要であると考えられる。この点について、SNSが効果を発揮した例としては、「復興市場(fukkoichiba.com)」などの活用により、被災者ニーズと救援物資をマッチングさせたことが挙げられる。
▼ 総務省:大規模災害時におけるインターネットの有効活用事例解説集
上記のように、SNS等の運営側もその利用者が、情報の真偽を判断できるよう手助けを行う、また、今後発生しうる首都直下型地震や、南海トラフに沿う地震を視野に入れ、利用者に対して、必要な情報が確実に届くようなシステム等の体制構築に関する検討も、進めていくべきではないだろうか。
また、上記した停電(バッテリー切れ)や基地局の被災対策として、被害の程度にもよるが、電源供給車の現地派遣とモバイルバッテリーの組み合わせ(特に最近では、リチウムイオン電池の技術進歩が著しく、より充電効率がよく蓄電容量も増加してきている)、移動式の基地局(リュック型、車載型、気球型)を効果的に組み合わせていくことで、ある程度解消が可能であると考える。
▼ 荒木則幸、今中秀郎:IUT-TFG-DR&NRR(災害対応)活動報告
さらに、BCPの一環として、あるいは災害支援(CSR)の一環として、企業が何らかの情報プラットホームを開設・活用する際にも、被災の状況や情報の大小(マスメディアが伝える情報の特性)を加味した工夫や有用性が重要になってくると考えられる。一方で、SNSの利点ばかりに囚われずに、被災地の現状も踏まえた情報伝達の在り方を模索・構築できる柔軟性も必要になることは言うまでもない。
2) SNSを介した流言と震災時を想定した情報リテラシー教育の重要性
SNSは東日本大震災において、情報収集や情報発信において有用性を示したが、その一方で、流言や虚偽等の情報も広範囲にかつ瞬時に拡散させてしまい、かえって混乱を招いてしまう可能性ならびに弱点が、明らかになったことも事実である。
SNSが、震災時においても、より多くの人々が活用できるツールとして、さらに進歩発展を遂げていくためには、利用者側がその「利便性」と同時に「危険性」も十分に認識した上で、裏付けのない不確かな情報に関しては、むやみに拡散しないように心がけるといった、情報モラル(発信側)と情報リテラシー(受信側)の向上が求められるのではないだろうか。
言い換えれば、企業としては、状況によっては突如、SNSを通じた流言やデマへの対応を余儀なくされることも念頭におかなければならない。その意味で、BCPの項目として、危機管理(事業継続)広報のあり方、方針等に関する視点も不可欠であり、情報の途絶により、変な流言やデマが必要以上に拡散しないよう、相応頻度での情報開示やデマの打消しの為のクライシスコミュニケーションが必要になることは言うまでもない。
さらに言えば、広報部門は通常、本社にのみ置かれるケースが多いが、本社所在地で大震災が起こり、本社機能が停止しても、他地方拠点が広報機能も担い、災害時の適宜情報開示を行う体制を構築しておかなければ、流言やデマにより、企業のイメージ等を悪化させ、事業継続をより深刻な事態に陥りかねさせないことを忘れてはならない。
1923年に発生した関東大震災での流言や虚偽情報に見られるように、これまでのわが国での震災時において、広まった流言蜚語や虚偽情報の多くは、被災地を中心とした、限定的な範囲のみに広がっていた印象が強い。
しかし、常にインターネットを通じて必要な情報に接することができ、テレビ・新聞でも多くの情報が伝えられている情報過多の現代であるにもかかわらず、大震災により被害範囲が甚大であったなかで、被害の全貌に関する情報は不足していたため、人々が不安な心理状況に陥り、何か信じられるもの、何か頼りになる情報を欲しがる心理状態の中で、断片的な情報や特定個人の解釈や思い込みによる情報が発信され、何か情報を求める中でその情報に飛びつき、未確認情報が次々に流布・拡散される構図が東日本大震災時の社会心理であったと考えられる。下記に東日本大震災で見られたデマや虚偽の一例を示す(▼荻上チキ:検証東日本大震災の流言・デマ、光文社新書)。
◆有害物質の雨が降る?
【拡散希望】千葉在住の友人より。週明け雨の予報です。千葉周辺の皆さんご準備を!製油所の爆発により、有害物質が雲などに付着し、雨などといっしょに降るので外出の際は傘かカッパなどを持ち歩き、身体が雨に接触しないようにして下さい!
◆ニセのSOS!
地震が起きた時、社内サーバールームにいたのだが、ラックが倒壊した。腹部を潰され、血が流れている。痛い、誰か助けてくれ。ドアが変形し、確定した情報が流れるまでは誰も動いてはならない旨が館内放送で流れている。それでは遅すぎる。腕しか動かない、呼吸ができない。助けを呼ぶことができない。
◆根拠の無い外国人犯罪情報!
【拡散希望!!】報道されていませんが、石巻では外国人窃盗団が横行しているようです!!携帯もまともにつながらないので助けも呼べないようです。女性は絶対に一人で行動しないでください。
◆みんなで献血をするべき?
【拡散希望】被災地から離れている地域の、お暇な方、よろしければ献血行ってください。おそらく沢山の献血ルームが閉鎖されて、これから輸血用血液や製剤がたりなくなります。明日すぐにでもできるボランティアです。よろしくお願いします。
◆放射性物質にはうがい薬が効く?
【拡散希望】普段、ヨード(ヨウ素)の含んだ昆布、海苔、ワカメなどを余り食べない方は是非、今のうちに積極的に摂取するようにして下さい。あってはいけないけど・・・万が一少しでも放射能を浴びるような事があった時、体内に蓄積されにくくなります。
さらに、例として挙げた流言や虚偽以外に、SNSを介して実在する公的機関や団体を仮装し、サイバー詐欺を行おうとする手口等も見られた。なお、震災時における全般的な防犯の部分に関しては、次回掲載予定の「震災と防犯」で述べたい。
▼ マカフィー株式会社「東日本大震災に便乗するサイバー詐欺にご注意ください」
このような事象が生じやすいところに、SNSのもつ弱点が見て取れる。既存のテレビや新聞等のマスメディアにおいては、記者や編集者等の多くのスタッフが、一つの情報発信に関与する過程において、情報の真偽や内容が精査・検証されるが、個人が発信するSNSにおいては、このようなプロセスはほぼ皆無である。仮にそれが、自分で見聞きした情報であったとしても、極めて断片的な情報であるが、情報が不足している大震災等の状況下においては、その断片的な情報がその状況を説明する貴重な情報として、情報価値が著しく高まりやすいことから、それがデマとして拡散していく構図がある。
したがって、震災状況下においては、SNSによる貴重な情報を取集しつつも、適宜、「情報のまとめ・検証」を行うことが不可欠である。断片的な情報の集積に振り回され、大局を見誤ることのないように、行政機関や他のメディアを介して、その真偽を確認・検証し、安易に盲信・発信しない慎重さが求められる。
言い換えれば、信頼している人物からの情報であったとしても、必ず自分自身で情報源の確認を行うことが重要であり、善意のつもりでしたことが、逆に迷惑をかけてしまったり、大規模な混乱を起こさせることにも繋がりかねないことに留意し、少なくとも、誰(どういう機関)が、何を、どのような根拠に基づいて、言っているのかを冷静に考え、同様の情報を既存メディアやネットメディアが報じ、また、各種公的機関が発表しているのかどうかも確認する必要がある。
上記したことを踏まえ、思われることとして、最近特に、新卒者に対する社内OJTや管理職研修の一環として、SNSに関するテーマを取り入れ、セミナーや研修を行っている職場が増えてきている印象を持つ。しかし、これらの研修は、平常時におけるレピュテーションリスク等を取り上げたものが大部分ではないだろうか。このことから、今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震を視野に入れた場合、震災時におけるSNSの使用方法を含めた情報リテラシー研修等も、積極的に行っていくべきであると考える。
3.震災時を想定したSNSを介した情報収集・発信の在り方
今まで述べてきたように、東日本大震災以降も、SNS利用者の数は増加傾向にあり、今後発生しうるとされる震災時においても、各種対応を行う際に、有効なツールとして働くものであるとの認識は広まりつつあると言える。
このことは、日本のみに限ったことではなく、SNSは「海外」でもその有効性が認識され始めている。例えば、2012年に発生したハリケーン・サンディの際にSNSは、被災者、報道機関、消防機関等にとって、有効なツールとして、その役割を果たしていたと報告されている。
▼ 田中孝宜:ハリケーン「サンディ」の災害情報~米国における防災情報提供の新潮流~
これを受け、総務省消防庁は、SNSから119番通報が行える体制整備の検討を始めている。しかし、悪戯や成り済ましをどのように防ぐか、そして、全国レベルで収集を行った膨大なデータを、いかにして各都道府県に振り分けるか等の非常時におけるビッグデータの利用が課題として提起できる。
▼ 総務省消防庁:大規模災害時におけるソーシャル・ネットワーキング・サービスによる緊急通報の活用可能性に関する検討会報告書(案)
SNSは、テレビ、ラジオ、新聞といった既存のマスメディアが、情報収集・情報発信を行うよりも早く、あるいはマスメディアが発信できない細かな情報を、記者や報道官でもない私達一般人が収集・発信できる新たなツールである。これが、災害対応においても有用かつ有効であることは疑いがない。しかし、SNSは震災時のみを想定して開発されたツールではないため、震災時に情報伝達ツールとして、限界を把握することも重要である。
そして、第2項で例として挙げたように「専門家」でない「一般人」の個人的主観に基づいた生情報であるがゆえに、情報伝達の過程において、流言や虚偽が生じてしまう可能性は否定できない。
ここで再び大災害時のような、緊急時における各種メディアの役割を考えてみる。
既存のマスメディアは、速報ベースでも、事態の発生と被害状況を後追いするしかないため、現地からの中継といっても、まだ危険が伴う以上、遠くからのリポートやヘリによる上空からの撮影といった手段しか取れないタイミングがある。やや落ち着いてきたときには、建物の倒壊状況や津波による浸水状況、さらに被害程度に関する報道になり、その前後には、政府発表(官邸からの中継)や県庁・市役所からの中継、避難所からの中継やインタビューといった段になり、SNSによる美談やデマがあったことも紹介されたりする
。
一方、SNSの真偽の最初のポイントは、上記した事例からも分かるように、「・・・が危ないらしい」、「・・・が起こっている」、「・・・が良いらしい」というように悪意のあるものは、より以上の不安を煽るパターンで、善意と見ても良いようなものも、実は何の科学的根拠もないものに分けられる。
さらに、より迅速な救援・救助を求めるものや、復旧や避難生活に本当に必要なものは何か、といったきめ細かい情報はSNSの独断場であろう(なお、関連して、国土交通省は、SNSの情報をリアルタイムに分析し、土砂災害の予兆や発生の検知に役立てようとする取組みを始めている)。マスメディアは、追ってそれらをフォローする役割を担っている。これらの身近な情報にまでデマが紛れ込むということになると、現場をより混乱させ、救援活動等を遅らせてしまう、単なる悪質というレベルを越えた犯罪的行為ともいえる。
このような特質や傾向を踏まえ、私たちは今後、平常時の「情報リテラシー」を身に着けることはもちろん、東日本大震災のような大規模な震災時を想定した有事の「情報リテラシー」や、SNSの使用に関する安全教育・意識改革の方法に関する危機管理対策も行っていくことが重要である。
東日本大震災では、SNSに注目が集まったが、Twitterにせよ、Facebookにせよ、今から10年前には存在していなかったツールである。このことを考えると、次に起こりうる震災時には、どのようなSNSが登場しているか、まったく定かではない。
いずれにしろ、SNSを介した情報取集や情報発信の在り方は、今後、重要な課題となってくることは間違いない。震災時において、私達は、SNSや既存メディアを介して、自分自身に対して届く様々な情報を正しく認識し、適切な判断を行い、自らの「生命」を守る必要がある。
特に、震災時や緊急時には、自分自身の認知・判断・行動に十分に時間をさくことができない。だからこそ、第1回目のリスクフォーカスレポート「震災時における火災編」で提起したように、定期的に行われている防災訓練への積極的な参加が重要となってくる。また、既存の防災訓練は、避難指示と共に決められた場所に、単に避難するだけのものが多いといった印象を受けるが、「自ら感じて行動する能力(柔軟な思考力・判断力・行動力)」を養うためにも、各職場で行われている防災訓練に、個々の意思決定に関する訓練項目を取り入れていくことも望ましい。
今現在、SNSを活用した防災訓練を取り入れた職場は、まだあまり多くないように思う。東日本大震災でその有用性が見いだされ、今後もIT技術の進歩・発展と共にSNSは幅広い年齢層に普及し、日常的なツールとして認知されていくことが想定されるため、積極的に防災訓練でも活用していくべきであると考える。
今後発生しうる首都直下型地震や、南海トラフに沿う地震を視野に入れ、SNSを有効活用していくためには、各職場単位でハード面の整備と、ソフト面の整備(震災時におけるSNSの活用を含めた情報リテラシー研修の促進、SNSの活用を取り入れた防災訓練の実施etc)を効果的に行っていかなければならない。また、平常時から時間をかけ地道に取り組んでいくことこそが、流言を防止し震災時にSNSを有効活用していくための第一歩であると考える。