リスク・フォーカスレポート
皆様こんにちは。首都直下型地震や南海トラフに沿う地震等の発生確率や被害想定の見直しが日々行われています。震災等の緊急事態発生時においても、事業を継続する、あるいは、事業を早期に再開させるために、役立つ事業継続計画(BCP:Business Continuity Planning)の策定に取り組む職場が、東日本大震災後に増えてきています。
事業継続計画の主なメリットとしては、①緊急事態発生時の被害を軽減する、②平常時の経営戦略策定に役立つ、③社会的な信用が高まる等が挙げられます。
しかし、事業継続計画をただ策定しただけでは、職場が震災等の緊急事態に見舞われた際に、本当に事業が継続できるかどうかはわかりません。なぜならば、事業継続計画に関わる教育や訓練、定期的な更新といった日常の管理活動がしっかり行われていなければ、震災が発生した際に計画通りに事を運ぶことができない可能性が高いからです。
阪神淡路大震災時には、大手製鉄所が被災し、大きな世界シェアを有していた自動車部品の生産ができなくなり、自動車産業に数万台という生産台数の減少を招いてしまい、海外の企業にも深刻な影響を生じさせる結果となってしまったため、急きょ代替え生産を同業他社へ依頼し、対応にあたったという苦い経験をした企業があります。
さらに、東日本大震災発生当時、被災地の企業の事業が停止した影響がサプライチェーンを介して、日本国内はもちろん、海外の企業等にも及んでいた状況が見受けられました。
今後、首都直下型地震や南海トラフに沿う地震の発生が懸念されている日本にとって、東日本大震災発生当時と同様、あるいはそれ以上の問題が発生する可能性があるとの懸念を諸外国が持ち、そのリスク回避・代替策を真剣に検討し始めたら、日本国内での事業展開や日本からの物資の調達を敬遠することにもなりかねません。
したがって、東日本大震災での教訓を活かし、事業継続計画の策定・運用等における緊急事態時の備えを、一日も早く改善し、示していくことが望ましいと言えます。そこで、本レポートの最終回では、震災時における「事業継続」について取り上げ、考察を行っていきたいと思います。
1. 事業継続計画と防災計画への取り組みの現状と課題
予期せぬ災害への対策としての事業継続計画(BCP:Business Continuity Planning)の有用性は、以前から認識されてきたが、東日本大震災を契機に、策定の取り組みを始めようとする企業・職場が増えてきているように感じる。東日本大震災では、地震による揺れと津波によってサプライチェーンが広範囲に寸断され、震災による直接的な被害を受けていない地域はもちろん、海外にまで深刻な被害が波及した。
東日本大震災直後の2011年11月に内閣府が全国1634社に対して実施した「企業の事業継続の取組に関する実態調査-過去からの推移と東日本大震災の事業継続への影響-」によると、重要事業が停止した企業は、34.9%となっている。ちなみに、当社も震災直後の2011年5月にこれと同様の調査を実施し、6月にレポートを公表している。重要事業が停止した理由としては、「停電」が54.8%、「交通機関や道路の寸断」が37.8%、「電話やインターネットの不通」が29.9%、「従業員の出社不可」が28.0%、「機器・設備等の破損」が26.6%、「取引先(納入先)が被災」が25.6%、「断水」が25.4%となっている。
▼株式会社エス・ピー・ネットワーク:企業における震災リスク・BCPの取組み編(東日本大震災を踏まえて)
今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震が発生した場合には、東日本大震災を上回る被害が想定されているため、東日本大震災で得られた教訓を活かして、震災時であっても事業を継続できる、あるいは震災直後から可及的速やかに事業活動を再開できる体制を構築していかなければならない。
そこで、内閣府が2014年に行った「企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」の中に記載されている「BCP策定状況」を見てみると、いわゆる大企業については、東日本大震災後の2011年11月には45.8%と、震災発生前より策定している企業がかなり増加しており、2013年度には事業継続計画を策定済みの大企業はさらに増え、53.6%と半数を超えている。
しかし、中堅企業の結果を見てみると、大企業の結果と同様に東日本大震災後に事業継続計画策定率の伸びが見られたが、2013年度でも策定済みの企業は25%程度であり、策定中の企業を含めても半数にも満たない結果となっている。
さらに、「策定予定は無い」、「BCPとは何か知らなかった」という回答が2011年より増加傾向にあり、その要因として、「法令で規定がされていない」、「親会社・グループ会社からの要請がない」、「人材不足等の個別事情」等が挙げられ、事業継続計画の必要性に関する認識に差が見られ始めており、今後円滑に普及を行っていくには、さらなる工夫が必要な状況にあると言える。
また、同報告書内に記載されている「防災に関する計画」の策定状況の項目を見てみると、大企業では75.0%が防災計画を策定済み(2011年度:55.2%)、中堅企業では48.8%(2011年度:35.7%)となっており、事業継続計画よりも防災計画の策定を進めている企業の方が多い結果となっている。
そもそも、事業継続計画がどのようなものであるかを理解するには、「防災計画」と比較して考えてみるのがよいのかもしれない。消防計画に代表される防災計画は、災害の予防と初動対応(初期消火、避難誘導、救護、安否確認等)を規定したものである。
火災のように災害の規模が限定的ですぐに収束する場合は、これでも対処できるが、震災のような大規模災害では、電気・ガス・水道、公共交通機関やサプライチェーン等が寸断し、修理・修復の手配もままならない状態、つまり復旧のめどが立たない状態が続く為、初期の対応だけでは限界がある。
事業継続計画はこのような時でも、利害関係者に迷惑がかからないように最低限の業務やサービスを提供し続けるとともに、スムーズに復旧が進むような実行手順と必要な資源の調達・確保を規定した計画であり、防災計画(初動対応)の後を引き継ぐ工程までを含めたものが事業継続計画と見なされる。また、従来の防災計画では、自衛消防組織が中心となって対応にあたるが、事業継続計画では、これを「災害対策本部組織」に発展させてより機能的に活動するという特長もある。
次に、事業継計画は誰にとって、どのように役立つのかを考えた場合、まず、それが策定されていなければ、災害が収束しない以上、事業停止による様々な切迫した問題や課題が一気に押し寄せ、山積していき当該企業に多大な損害をもたらすだけでなく、顧客に迷惑をかけ、ひいては社会全体に甚大な被害が発生する可能性が高くなる。
しかし、適切に作成された事業継続計画があれば、計画に沿って合理的に対応できるため、場当たり的に対処するよりも、職員の労働負荷や復旧・再開に向けて費やす時間を軽減でき、余分な支出を抑えることができ、円滑な復旧に繋げることが可能になってくる。
また、事業継続計画は事業者としての社会的責任や使命を明確にした計画であるため、事業停止による利害関係者への不利益や損害などの影響を軽減できるというメリットもある。特にインフラ・ライフライン事業者やサプライチェーンに参加している製造事業者等は、事業継続計画を策定していなかった場合、震災時において業務に支障をきたし、連鎖倒産を招き、最悪の場合、社会経済活動全体をストップさせてしまう可能性さえある。
したがって、上記したサプライチェーンを介した事業活動の中断による社会や経済の悪化・衰退等を想定した場合、これを担う中堅企業や中小企業の事業継続力の向上は、日本の経済や社会全体の持続的発展にとって重要な課題であり、状況の早期改善が望まれるところである。
しかし、中小企業の事業継続計画を考える際には、企業規模や経営資源の調達力において、圧倒的に有利な立場にある大企業と同じことを行おうとするのは現実的とは言えない。例えば、同じ生産工程や物流施設を、離れた複数の地域に点在設置・分散することなどは、中小企業には現実的に困難であり、おのずと中小企業の実態に合わせた対策を検討しなければならない。
一般的に、中小企業は組織そのものが小さい反面、経営者がリーダーシップを発揮しやすく、また、社員との意思疎通も図りやすい。さらに大企業と比べ他の事業者(中小企業同士)との協力関係を築きやすいといった特徴がある。一方、中小企業は大企業に比べ、総じて経営基盤が弱い。それは、経営資源(人、モノ、金、情報)の制約だけでなく、仕入れ先や販売先等取引関係の面で、特定の取引先への依存度が高く(資本系列や下請け構造など)、それらから大きな影響を受けやすいこと等も挙げられる。
中小企業が事業継続計画の策定に取り組む際の障害となっているスキル・ノウハウ・人材などの内部資源の不足を補うためには、企業外部の資源を積極的に活用することが有効である。
例えば、専門団体等が提供しているガイドラインの有効活用等が挙げられる。中小企業庁はホームページ上で「中小企業BCP策定運用指針」や、様々な事業継続計画の策定支援ツールを公開し、中小企業の事業継続計画策定への取り組みを支援している。
同指針では、初心者向けの「入門コース」から上級者向けのコースまで用意されており、自社のレベルに合わせた事業継続計画の策定の取り組みに応用することができる。
人材やノウハウ、資金面等で制約の多い中小企業が事業継続計画の策定にあたり、まず留意しなければならないのは、「初めから完璧を求めない」ということである。震災等の自然災害(天災)を始め、新型感染症の流行やテロ等の人為的災害(人災)まで、全ての経営リスクを網羅した事業継続計画を策定することは、人手やコストの面等からも合理的とは言えない。簡便な事業継続計画ガイドライン等を利用し、最初はシンプルなものを策定するところから始めることが望ましい。
さらに、事業継続計画は策定して終わりではなく、それを基にした訓練を定期的に行うとともに、見直しを繰り返し、社内への浸透を行っていかなければならない。訓練を繰り返すことにより、たとえ事業継続計画内で想定していた以上の事柄が発生しても、咄嗟に対処できる対応力が養われていく。事業継続計画はシンプルに始めて、それぞれの企業の実情や影響力にあったものへと成長させていくことが重要である。
2. 事業継続を踏まえた電源設備
事業継続をバックアップしていくためには、電源設備は必要不可欠な機能であり、切り離して考えることはできない。前項で言及した「企業の事業継続の取組に関する実態調査-過去からの推移と東日本大震災の事業継続への影響-」からも見て取れるように、重要な事業が停止した理由として、停電等の「電源設備」に関わる項目が多かったことが明らかとなっている。
現代社会は、様々なものが電力に依存する傾向にあり、今後も社会の発展に伴い、今以上に電力への需要と依存が高まっていくことが想定される。
従って、大規模な震災発生時に、事業活動を維持・継続していくためには「電源設備」を継続使用できる信頼性の高いシステムを構築しておくことが重要となってくる。
これに対し、大規模な震災発生時に「電力供給はどうなるのか」といった一般的な不安感は、地震の規模や季節、曜日、時間帯、気象条件等の諸要因によって若干異なってくることが想定される。しかし、巨大災害、特に首都直下型地震や南海トラフに沿う地震等が発生した場合は、要因に関係なく長時間・広範囲な停電は避けられない。
一般的に停電の原因と考えられるのは、発電所、送配電線、変電所等の設備が自然災害等により損傷する場合をはじめ、設備の内部的な要因、または飛来物、クレーン接触等による外的要因等様々である。特に、日本では地震、台風、落雷、豪雨等の自然災害の発生が原因となることが多い。
大規模震災発生時に、停電が長引くと、生活に支障を来すばかりでなく、明かりを失うことによる不安や社会的混乱が大きくなり、避難や救急救命、復旧活動にも遅滞や障害などの影響を及ぼすことになる。また、電気は、社会インフラの中でも最も基盤的なインフラの一つであるため、広範囲、長時間の停電が発生すると社会システムに機能障害をもたらす恐れがある。
一昨年の中央防災会議(首都直下型地震対策専門調査会)で示されたように、特に都市部は、急激な開発に伴う過剰な人口集中と滞留、政治・経済・情報・交通ネットワークの集中、住民の高齢化、地域コミュニティーの衰退等により、災害に対する耐性が著しく低下し、脆弱性が高まっているとの指摘がされている。また、重要社会インフラが、高度かつ複雑に絡み合っていることにより、災害時には被害が連鎖・増幅し、社会全体に深刻な打撃を与えることが懸念されている。
このような点を踏まえ、震災等の自然災害に対して、被災しにくい設備、また、できるだけ停電しにくい設備体制の構築が急務となっている。
特に、近年の高度化されたネットワーク社会においては、情報通信システムや電力供給設備等を中心とした、「電力設備」に大きく依存しており、私達が日々の業務を行っていく上で、最早、電力は必要不可欠なものである。
電力設備が、なんらかの要因により、万が一停止するような不測の事態が発生すると、事業基盤が揺らぐといっても過言ではなく、事業の停止による利益の損失や顧客からの信用喪失など、その影響は計り知れない。
震災時には、電力会社の被災による送電停止と職場の電気設備が被災することにより、停電、火災、断水等が発生する可能性が高い。消防法や建築基準法では、被害を最小限に食い止めることを目的として、停電した場合においても、避難設備、排煙設備、非常照明設備等のいわゆる「防災設備」が有効に作動するように、非常電源(自家発電設備、蓄電池設備)の設置を義務づけている。
職場の事業活動を維持・継続させていくには、消防法や建築基準法内では明確に定められていないが、上記した防災設備用の非常電源の設置に加え、各職場の重要業務を担う電源設備への電源供給が行える、非常電源設備の追加設置が不可欠である。
「阪神大震災における自家用発電設備調査報告書」によると、1月17日、5時46分地震発生時260万戸の停電が発生し、2時間後:約38%、26時間後:約15%、72時間後:約4%が停電状態であったと報告されている(応急送電完了は発災から6日後)。
防災用自家発電設備については、91%が自動始動したが、9%が一部の機器・配管の損傷により、始動不能または、途中停止し、防災電源としての機能を果たしていない状況であった。また、停電時間が予想以上に長かったため、始動しても半数以上が燃料を使い果たして停止、あるいは、燃料補給不足で停止したと報告されている。
上記してきたことを事業継続計画の概念を踏まえて考察してみると、まず、停電することを前提に必要不可欠な業務(止めることができない業務)の維持・継続について平常時から確認し、優先順位の検討をしておくことが重要である。
当然、取引先や顧客からの要望、対象となる業務の負荷、それがどのような事業継続性につながるのか等の評価を行いながら進めるのが望ましい。さらに、職場で有している業務毎に重要性が異なってくることが考えられるため、大企業、中小企業を問わず、同一建物内であれば、部署ごとに優先業務を決めておく、また、他部署への応援業務(サポート)体制もとれるような組織作りも必要となってくることを忘れてはならない。
事業継続計画という点から、電源設備に関する計画フローをさらに詳しく検討してみると、まず、第一に「事象別リスクの想定」が挙げられる。例えば、地震、火災、津波、落雷等の災害を想定し、電源設備に生じうるリスクの抽出を行う。第二に、事象別に抽出を行ったリスクに対して、どのような対策が必要なのか整理・検討を行う。第三に整理された対策を実行するには、どのような設備が必要となるのかの検討を進める(併せて消防法や建築基準法等の法規や基準について合致するものであるかの検討も同時並行させることが望ましい)。第四に、当該設備の設置が、実効性及びコストの面から、導入可能かどうかの検討を進める。第五に、当該設備の利用が現実的に可能かどうか(使用マニュアル、訓練等)、及び当該設備利用に伴う業務オペレーションへの影響について検証する。
例えば、発電機の設置については、消防法、建築基準法など法的に一定基準以上の施設・設備が義務づけられており、このことにも配慮して対策をする必要がある。防災用に必要な発電機と事業継続用に必要な発電機を別々に設けるか、それとも兼用するのかの2つのパターンが想定できる。いずれのパターンを選ぶかは、負荷の分布やメリット・デメリットを比較した上で選択することとなってくるが、電圧、周波数、位相が一致した電源でなければならない。
さらに、太陽光発電設備や新エネルギーも電源の補助設備としての利用がある程度期待でき、導入・普及も進んでいるが、使用時に自然環境等の条件が確実に保証されるとは限らないことを忘れてはならない。また、この第三段階では、設備でカバーしきれない部分は、どのように「人」で対応可能であるか否かの検討も進めるのが望ましい。第四に、前段階まででまとめ上げてきた計画を総合的に評価し(可能であれば外部から専門家を招き協議の場を設ける)、不足があるのであれば、その都度、前段階までの一連の計画の見直しを行い、最終的な計画を策定していく流れが望ましいことは言うまでもない。
3. 事業継続体制の構築とさらなる強化に向けた取り組み
大規模な震災がいつ発生するかを完全に予知することはほぼ不可能であると言われており、地震大国である日本においては、大震災がいつ発生しても不思議ではない。今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震を想定した場合、自社ビルがどの程度の揺れに襲われ、そして耐えられるのかを想定し、事業継続計画を策定していく必要が出てくる。
例えば、独立行政法人防災科学研究所が提供している「地震ハザードステーション」を利用して自社ビル所在地の確率論的震度予測を参考にする方法が挙げられる。
手順としては、当該Webページにアクセスし、調べたいビルの所在地を設定すると、「○○年間で震度○○の揺れに見舞われる確率」図が表示される。ちなみに、弊社のインテグラルタワー(杉並区荻窪)が30年以内に震度6強以上の揺れに見舞われる確率は、26%以上となっている。
たしかに、自社ビルがどの程度の耐震性を有しているか等によって、同じ震度であっても発生する被害状況は異なってくる。しかし、震災時における事業継続計画を策定していく上で、自社ビルが何年以内にどの程度の揺れに見舞われるかを把握しておくことは重要であり、震災時における事業継続計画を策定していく上での目安の一つとなると考えられる。
さらに、事業継続計画の策定を行っていく上では、担当者や担当部署のみが集まり、企画・作成を進めていけばよいというわけではない。いざという時に組織が一丸となって行動するためには、経営トップや管理職層を交え、コンセンサスを取りながら進めていく方が望ましい。
特に、震災時における事業継続計画を策定していく上では、下記の点が重要な論点となってこよう。
なお、建物の耐震は建築基準法でも定められ、各企業でも相応の確認・対策を行っているが、東日本大震災では新たに長周期震動による高層ビルの揺れが問題となった。揺れにより事務所の設置物の落下や配管等のずれによる漏水、ガス漏れ等のリスクも想定しておく必要がある。
1) 自身が何を行えばよいかを早期かつ的確に判断できるようにしておく!
震災時においては、初動対応や復旧・復興の各工程において、参加できる社員数や作業時間が限られた状況下で必要な手順を実施しなければならない可能性が高い。その為、社員が素早く判断できない、具体的な工程が欠けている、若しくは、現場での実務内容との乖離が大きい事業継続計画では役に立たない可能性がある。そこで、具体的に留意しなければならない点としては、
◆特定の社員や部署別の体系とする
社員が即座に実施すべき手順が把握できないような体系となっている事業継続計画では、各種対応を行っていく上で、遅延が生じる可能性がある。最悪の場合、間違った対応が実施されてしまうことにもつながりかねない。このようなことを防いでいくためにも、社員が速やかに必要な個所を参照できるように、事業継続計画を部署別、拠点別あるいは特定の社員別の体系で策定していく方が望ましい。部署や社員ごとに事業継続計画の体系を分けることで、迅速かつ円滑な参照が可能となり、各種対応の手順を確実に実行に移すことができるようになってくると思われる。
◆基準と役割分担を明確にする
社員が迅速かつ的確に与えられた役割を果たせるような事業継続計画としていく為には、定義や記載が曖昧になりがちな「各種判断基準」や「役割分担」を具体化・明確化しておかなければならない。少なくとも、①事業継続計画の発動および解除、②自社ビルからの退避、③自社ビルの被災後の継続使用可否等の判断基準は明確にしておかなければならない。役割分担の明確化に関しては、初動対応手順等各工程において、「誰が何をすべきか」を定義し、役割分担を明確化していかなければならない。
例えば、平常時から災害発生時の各人の行動指針・各人の役割等を明記した、災害対応アクションカードの配布を行い、日頃から訓練を行っておくことも有効である。
◆各種規定類との整合性をとる
現在の社内規定類を精査し、事業継続計画との矛盾等の不整合性を解消していく方が望ましい。例えば、避難等の意思決定を行う者が、消防計画等で定められている自衛消防隊長であるのか、それとも事業継続計画で定められている対策本部長であるのかが整理されていないようでは、社員の判断を阻害し誤った対応を招きかねない。しかし、現実的には、事業継続計画が発動された場合、事業継続計画にさだめる基準や手続きが社内規定に優先する等の権限移譲規定を置くことになると思われるため、平常時の組織体系に基づく意思決定権者が、その場にいないといった最悪の状況も想定しておかなければならない。
2) 全ての社員に事業継続計画の落とし込みを行い習熟度の向上を!
震災時の初動対応手順や復旧・復興手順が詳細に定義され、事業継続計画が策定されていること自体が組織に浸透していない、或いは、認知されていないといった状況では、まさに「机上の空論」であると言わざるを得ない。せっかく事業継続計画が作成されていたとしても、社員一人一人に浸透・認知されておらず、かつ習熟されていない状態では、前記で述べたように、各種対応の際に遅延や混乱が生じ、最悪の場合、社員の生命に危険が及んでしまうことも想定できる。
多くの場合、比較的実施難易度の低い初動対応訓練や同報メールシステム等を用いた安否確認訓練、特定の場所のみを対象とした避難訓練を年1~2回実施している職場が多いようである。しかし、事業継続計画を自社社員に対して浸透させ、習熟度の向上を目指していく上では、机上レビュー(策定した事業継続計画の妥当性や矛盾点の確認)や総合演習(策定した事業継続計画に沿って、参加者が行動し対策本部等の立ち上げを行い、机上での計画と実際の対応時の乖離状況を確認・評価する。)等様々な手法を組み合わせた訓練(問題解決トレーニングを日頃からできる組織の風土を形成しておく、社員教育、マネジメントをしていくこと)等を実施していくことが必要である。
しかし、事業継続計画に関わる訓練は多岐に渡り、訓練方法によっては平常時の業務への負荷が生じうるため、全ての訓練を毎年実施することは現実的ではない。したがって、複数年に渡る長期計画を作成した上で訓練を実施し、結果の落とし込みを行う必要がある。なお、訓練計画の策定、訓練の実施、訓練結果の落とし込み等の各過程においては、経営トップはもちろん役員等も含めて実施していかなければならない。
3) 事業継続に不可欠な業務委託先との連携を!
最近では、業務の一部または大部分を外部に委託(アウトソーシング)する企業が増えてきている。震災時においては、自社のみではなく業務委託先も含めて対応体制が整備されていなければ、事業の継続・維持は困難なものとなってくる。そこで、業務委託先と各種契約をかわす際に、事業継続に関する対応体制等の取り決めを交わしておくことも重要である。
例えば、震災等の緊急事態発生時における業務委託先の連絡責任者を明確にする必要が出てくる。委託先で担当者の異動が生じた場合等も想定し、定期的に連絡簿等を委託先から提供してもらうのが望ましい。そもそも相手方の事業継続計画の内容及び、当該事業継続計画における自社業務の位置づけを確認しておくこと(自社業務が先方企業の優先業務になっていなければ、事業継続計画発動時は自社の業務が継続できない可能性が高い)が不可欠である。特にサプライチェーンを形成するような企業の場合は、経営者同士がお互いの企業の連携の重要性とそのアクションについて合意しておくことが重要になる。また、委託先との共同訓練も考えられる。
次に、震災時に委託先に求める責務(必ず実施してもらいたい業務や確実に提供可能な業務)についても具体的に取り決めを交わしておく必要が出てくる。しかし、震災時には社員が負傷したり、公共交通機関が停止したりするなど、業務委託先においても多数の被害が出ている可能性があり、全ての責務を必ずしも全うできるとは限らない。
さらに、発生する費用負担についても想定しておかなければならない。特に、人件費に関しては、震災時という状況を踏まえ、平常時より割増しで請求される可能性も考えられる。いずれにせよ、業務委託先からの請求については、委託元と委託先が合議した上で支払う形式としていく方が望ましい。
また、第一項と第二項においても繰り返し述べてきたが、事業継続計画は、震災等の緊急事態が発生した際にのみ使用することを目的として策定するものではない。平常時においても管理・活用していかなければ、いざという時に機能はしない。震災発生時にのみ、ロッカーや引き出しの奥で埃をかぶっている事業継続計画をひっぱり出してきて、対応を行うようでは意味がない。
なぜならば、震災のような緊急事態発生時に、事業を継続・維持していく上で貢献してくれるのは、「事業継続計画」という名の分厚い紙束ではなく、事業継続計画に即した行動を的確に行える自社の社員に他ならないからである。
東日本大震災では、事業継続計画を円滑に発動し、震災による被害を最小限に食い止め、事業継続を果たした企業があった一方で、震災発生以前から事業継続計画を策定してあったにもかかわらず、実際には事業継続計画が円滑に発動せず、被害を広げてしまった企業もあったと言われている。また、東日本大震災は、阪神淡路大震災や新潟中越地震のような比較的狭い範囲での極地地震とは異なり、「超広域震災」であったということも忘れてはならない。
事業継続計画は東日本大震災においてその有用性が改めて確認されたが、その機能を十分に発揮させるためには、策定後の平常時の運用、特に訓練や見直し等実効性を保つための継続的取り組みが重要であることが明らかとなったと言える。東日本大震災を経験して得た貴重な教訓を、今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震時の事業継続計画に活かしていかなければならない。
最後に「震災時における防災・減災」と題し全5回に渡り連載してきたが、本リスクフォーカスレポートが、今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震等の震災への備え、また、日々の防災・減災に関わる対策・見直し等に有意義な情報の一助として、有効に活用していただければ幸いである。