リスク・フォーカスレポート

緊急事態対応編(中)(2015.8)

2015.08.26
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 みなさん、こんにちは。

 本コラムでは、当社がこれまで多くの企業の緊急事態対応を支援してきた経験をふまえ、皆様に比較的なじみのある事例を取り上げ解説している(各種事例は、報道ベースの情報等を元に記載している。また当社が関わった案件については、守秘義務に反しないように、事例を一部修正・抽象化している)。

 今回は、前回に引き続き、実際の不祥事事例をもう一つ取り上げて、分析を行った上で、実際の緊急事態対応の考え方や流れを、危機管理の実務の観点から概説していくこととする。

一、事例からみる緊急事態対応のポイントと成否の分水嶺

4.大手食品メーカーにおける農薬混入事案への対応

(1)事案の概要及び同社の対応 

 大手冷凍食品メーカーの商品から高濃度の農薬が検出され、640万個にわたる大型の食品回収事案に発展。年末から年始にかけて会社側が対応したため、マスコミで連日報道された。警察の捜査の結果、子会社の工場の商品の製造工程で働く従業員が、農薬混入を意図的に行った疑いで逮捕された。
 この事案について、調査委員会の中間報告書を基に同社の対応を整理すると、次のようになる。ホールディングス、親会社、子会社、工場が複雑に絡み合う状況であるが、多くの重要な部分があることから、可能な限り、詳細にその状況を見ていきたい。

  1. 2013年11月13日、ホールディングスお客様相談室で異臭苦情受電。ピザに関する異臭苦情はそれまでほとんどなし。当該商品を同15日、親会社品質保証部が受領し子会社の工場へ転送。18日、子会社工場が当該商品を受領。現物の確認を行った。工場長自ら石油臭を確認した。工場は、工場長の具体的指示がなかったため、臭気検査や特別対応をせず、包装資材確認、製造ライン調査を実施した。なお、同様の異臭苦情5件については、本件と関連付けるわけではなく、個別案件として処理した。
  2. 同20日~21日、子会社の品質保証(以下、品証)担当役員が現物を確認したが、少し前に行った工場の改修工事に由来するものと判断し、混入経緯調査を命じる。工場品証は子会社品証に外部機関による臭気分析検査実施を相談するも、子会社品証は、臭気分析は不明確で消費者への報告に適さない為、工場内を調査がする方が適切と伝達した。
  3. 同25日、子会社担当役員と子会社品証が子会社社長に対し、口頭で、異臭苦情が複数発生している旨と個々の苦情の関連性は低い旨を報告した。同28日工場品証は改めて子会社品証に外部機関による調査実施の判断を仰ぐも、子会社品証より過去の経緯を説明され、外部調査を断念した。12月2日、子会社品証が子会社経営陣・各部署長に対して、口頭にて本件報告するも、関係者は健康影響に意識が及ばなかった。なお、経営陣は日報で異臭苦情が増加していることは認識していた。
  4. 工場内で各種調査を行うもなかなか原因が判然としない状況を受け、工場品証は酵母由来の可能性を確認すべく12月4日に外部機関に調査を依頼した。同10日、子会社品証が親会社品証、ホールディングス品証も同席している会議にて本件を報告した。同13日、工場品証が検査結果を受領したところ、エチルベンゼン他の劇物が検出された。これを受けて直ちに子会社役員に商品回収の実施の判断を仰いだが、役員は商品回収を検討せずに、検出物質の安全性確認と更なる工場内調査を指示した。工場品証は、エチルベンゼン他の劇物が農薬に使われているものとの情報を入手したため、工場内で農薬が混入された可能性を否定すべく新たに農薬検査の実施を決定。しかしながら、これまでに農薬検査を実施したことがなかったことから、農薬検査が可能な機関について、種々の条件面を含めて、まずは調査しなければならなかった。なお、劇物が検出された時点で、食品衛生法違反の状態にあった。
  5. 同15日、PBオーナーの指示に従い、初めて外部機関に臭気定量分析を依頼した。同17日、比較的早期の検査が可能な農薬検査機関が見つかったことから、工場品証は、同機関に対して、農薬検査を依頼した。同18日、工場長等の調査により、複数の苦情発生品製造日に工場で勤務していた従業員4名を特定した。同25日、子会社品証は、ホールディングス品証、ホールディングス社長・経営層に対して、苦情が発生している旨及び商品から有機溶媒が検出された旨を報告した。但し、この際、健康への影響が発生している可能性や食品衛生法違反の可能性については言及しなかった。同26日、工場品証は改めておこなった外部機関による臭気分析検査の結果を外部機関から受領した。再度、有機溶媒が検出されたが、子会社の担当役員は、検出された農薬は、「低濃度」と判断し、子会社社長には調査結果を報告しなかった。また、本来ならば行うべき管轄保健所への相談や報告についても実施しなかった。
  6. 12月27日、工場品証が外部機関に依頼していた農薬検査の結果を受領し、直ちに子会社品証に報告。子会社品証は速やかに経営陣に一報することなく、検出農薬(マラチオン)に関する部内調査を実施し、子会社役員に対して、マラチオン2200ppmが検出された旨とマラチオンに関する部内調査の結果を報告した。この報告を受け、子会社役員は、動物の「半数致死量」の基準によると、体重2kgの人がマラチオンを20g~200g食べないと急性毒性量に至らないが、子どもが、1度に1kg、ピザ10枚を食べることはないから、直ちに健康に影響はないと判断した。同日16時10分、子会社担当役員は、一連の内容を社長に報告した。子会社社長は、翌日に商品回収の範囲を特定することを決定し、ホールディングス品証への報告を指示した。18時、ホールディングス品証が同広報IR部、同CSR統括部に報告し、23時に同担当役員に報告した。
  7. 12月28日15時、子会社にて緊急会議開催。親会社及びホールディングス品証・広報IR等が参加したが、この時点で再度依頼した別の商品の農薬検査の遅れから、結果が判明しておらず、回収範囲の特定に至らなかった。しかし、ホールディングス品証は事態深刻化を懸念し、ホールディングスの危機対策本部設置と翌日9時開催を決定した。会議終了後、ホールディングス担当役員から同社長に会議の内容を報告。同社長は深刻な問題と認識し、休日の出社を申し出るも、担当役員からは翌日9時からの会議への出席を打診された為、出社・回収指示等は行わなかった。18時、工場品証が外部の検査機関より農薬検査結果を受領(クリームコロッケから15000ppmのマラチオン検出)。19時、農薬検査の結果を受け、子会社社長が同工場製品全品の回収と12月30日の朝刊への社告掲載及び、本件についての管轄保健所への報告と警察相談を実施することを決定した。
  8. 12月29日9時30分、ホールディングス危機対策会議が開催され、マラチオンの毒性に関して、お子様体重20kgに対して20g(クリームコロッケ60個を1度に食べた量に相当)が急性毒性値との記載がある資料が参加者に配布された。会議では、上記毒性評価の内容から直ちに健康被害は発生しないが、消費者の安全を考慮し、商品の回収が必要と判断され、前日に子会社社長が決定した工場の全品回収を承認すると共に、12月30日の全国紙5紙の朝刊への社告掲載を決定した。また、ホールディングス社長は、一刻も早く消費者に告知すべきと考え、緊急記者会見開催を決定した。10時、工場品証から保健所へ一報すると共に、子会社営業部門はホールディングス社長の記者会見までに店頭から商品を撤去すべく、各取引先への連絡等を実施した。15時10分、工場長が管轄の保健所を訪問し、自主回収報告書提出、受理された。16時、記者会見用の資料原案が完成したが、記者会見開催まで時間がなかったため、関係者は資料の内容等について、最終確認を行うことが出来なかった。16時30分、工場長が所轄警察に本件を相談した。
  9. 12月29日17時、緊急記者会見が開催される。会見において、工場の全商品(90品目、630万パック)の回収を発表した。なお、検出されたマラチオンの毒性評価に関する資料(お子様体重20kgに対して20g(クリームコロッケ60個を1度に食べた量に相当)もこの時配布された。21時、子会社及びホールディングスのWEBサイトに回収告知を掲載した。なお、回収対象商品は、「裏面に当該工場名記載の全商品」とされており、商品名の具体的な記載はなかった。そのため、裏面に工場名の記載のない一部のPB商品が回収対象商品から漏れてしまう事態となった。なお、記者会見で配布された毒性評価に関する記載も回収告知にはなかった。
  10. 12月30日、全国5紙の朝刊に社告が掲載された。内容は、WEBサイトに掲載されたものと同様の記述であったことから、ここでも裏面に工場名の記載のない一部のPB商品が回収対象商品から漏れてしまう事態となった。10時20分、管轄保健所が工場に立入検査を実施した。
  11. 12月30日10時45分、特定事業者より、子会社営業部宛に毒性評価に関して別の基準を使用して評価すべきではないかとの指摘が電子メールにて寄せられたが、営業部は担当役員に確認し、「発表内容はホールディングス及び自社品証にて確認したものであり、間違はいない」と判断したため、同社の自主基準は一般より厳しいことから今回のような指摘に至ったものと考え、子会社社長や、ホールディングス品証に改めて確認・相談することなく、毒性評価基準は変更しない旨を返信した(13時)。そうしたところ、19時30分、子会社品証に対して厚生労働省から呼び出しがあったため、20時30分、子会社品証とホールディングス品証の担当者で厚生労働省を訪問したところ、毒性評価について、別の基準を使って計算するように指導を受ける(特定事業者から子会社営業部にメールで指摘された基準と同様の基準)。この時点で、子会社及びホールディングスは、検出されたマラチオンに関する毒性評価の誤りに気づいた。厚生労働省からの指導を受け、ホールディングス社長が緊急記者会見の開催を決定した。
  12. 12月31日午前1時30分、二回目の緊急記者会見が実施された。この場でホールディングス社長から、マラチオンの毒性評価に用いた基準が違っていた旨を説明し、変更後の基準である急性参照用量の基準によると、20kgの子どもの場合、1度に1/8個のクリームコロッケを食べると、吐き気、腹痛等の症状を起こす可能性がある旨を公表した。また、回収対象商品についても4品目追加し94品目、回収規模についても10万パック追加の640万パックに訂正された。なお、この会見において、マスコミ側の要請により、苦情が寄せられた商品の20件の購入店名リストが配布されたが、この資料配布については事前に各購入店に連絡・報告されていない上、一部の店名表記に誤記があった。12時、WEBサイトに訂正情報(第二回の緊急記者会見で発表した内容)と回収対象商品一覧を掲載した。

(2)事例分析

 それでは、前回同様、上記経緯を元に、実際に同社が行ってきた危機対応を分析しつつ、緊急事態対応のポイントや留意事項について解説していくこととする。

 まず、事態発生に関する「責任」の観点から考察してみよう。

 明らかな異常臭を工場長や担当役員が実際に確認しており、異臭苦情も続発するという異常な兆候があるにも関わらず、「危機事態」と感じないリスクセンスの鈍さが事態を悪化させたということが出来る。
 クレームに急激な変化が出た場合は、それは異常事態のシグナルであると捉えなければならない。日々寄せられるクレームの中から、危機事態のシグナルとなり得る兆候をいかに早く掴み、迅速に警戒モードや緊急事態対応体制に移行できるかどうかが重要となる。そのためには、日ごろからクレーム等のミドルクライシス(クレームが続発しているケースでは、インターネット上の風評にも変化が見られることが多い)に着目し、早期対処及び大事故の至らないミドルクライシス・マネジメントを実施していくことが欠かせない。

 次に、本件については、親会社やホールディングも絡んでいながら、他人事意識で、状況確認や裏取りを積極的に行っていない。ホールディングス制等の複雑な組織形態では、意思決定や報告連絡の過程に多くの関係者や幹部が絡むことになるが、危機対応の責任部署はどこなのか、危機対応に関する判断・決定権限は誰にあるのか、その点を通常の組織形態よりもより鮮明にしておく必要がある。

 ホールディングス形態の企業で危機事態が発生した場合、事業会社の対策本部の上に、ホールディングスの対策本部(意思決定機関)が、現場から遠い「大本営」として存在することがある。事業会社の意向とホールディングスの意向が一致していれば良いが、両者の意向が異なる場合は、その協議・調整に時間がかかり、迅速に対処すべき危機対応が遅れるケースが少なくない。また、子会社、親会社、ホールディングス間での報告・相談に対するフィードバックが、指示なのか、参考意見なのか、関係者間で明確にしておかないと、ホールディングスや親会社は、「決定権は子会社にあるから参考意見として言ったに過ぎない」という一方で、子会社側は「指示と受け取った」ということも、このような事態ではよく起こり得る。
 現に、この事例においても、外部調査機関での調査実施に関して、工場の品質保証部が子会社品質保証部(工場の立場から見ると、同じ子会社なので、本社・本部ということになる)に相談しているが、調査報告書を読むと、このやり取りの中で、両者間に上記の認識の食い違いが生じている。工場は、子会社の見解を指示と受け取っていたが、子会社側は指示をしたという認識は持っていなかった(相談されたので、答えたという認識)。

 もちろん、このような認識の食い違いは、平時においても生じうるが、危機事態に際しては、重大な意思決定の責任を負いたくない関係者の思惑が、日本的なファジーな議論・協議・相談をより強く行わせるバイアスになるのである。この点は、危機対応においても重要なファクターであることから、危機管理に携わる者は、その内容が指示なのかどうか、最終的な意思決定部門はどこなのか、本部決定が大本営等の意向で覆ることがないか等について、常に留意しておかなければならない。

 そして、肝心な毒性等に関する外部機関での調査着手・回収が遅すぎる上、重要な項目において誤解(毒性評価)・欠落(商品名)がある等、危機管理の知識とスキルが欠如していたのではないかと推察しうる。

 このような案件においては、まずは保健所相談を行い、その過程で、検出された物質の確認や毒性評価を行う必要があるが、本件においては、有機溶媒が検出された後も速やかに保健所相談を行っていない。保健所相談を行っていれば、毒性評価をどのような基準で行うかについても、早期の段階で把握でき、それを前提した告知・回収ができたが、保健所に相談することなく子会社品質保証部門が独自に調査を行って、それに基づいた資料が作成され、検出物質のリスクを過小評価したことが種々の意思決定に大きく影響した可能性は否定できない。

 毒性評価の訂正、しかもピザ60枚食べなければ健康被害は出ないという内容からクリームコロッケを1/8食べただけで健康被害が出るほど深刻な事態であったこと、言い換えれば、悪い方向への訂正であったことから、消費者に「嘘をついていたのではないか」という印象を抱かせる結果となった。会社側としては嘘をついたつもりはないと弁明したところで、発表した内容が違っていた以上、そのように捉えられれてしまうのが緊急時における消費者心理であることを理解しておかなければならない。
 このような事態が発生した場合は、消費者は「不安感」や「不満」を抱いていることを理解しておかなければならない。ご自身に置き換えてみればわかるが、不安や不満が強い時は、情報に対して疑り深くなる。もともと疑念の眼を持ってみているのである。そのような状況で、悪い方に情報を訂正されたら、皆さんはどう思うだろうか。より、相手方への不信感が増すのではないだろうか。企業不祥事においては、消費者心理、社会の反応は、このような状況にあることを理解しておかなければならない。

 以上、今回は、冷凍食品に対する毒物混入事案とそれへの対応を整理・分析した。緊急事態対応の流れとそれぞれの留意点を順に解説していくこととしていたが、分析の部分で対応の要点に踏み込んだ。したがって、これまで取り上げた事例分析の中で解説してきた部分も含めて、次回(最終回)では、実際の危機対応を概説しつつ、緊急事態対応の要点や考え方について解説していくこととする。

 なお、当社では、本年末に緊急事態対応に関する危機管理実務要領をまとめた書籍を刊行する予定である。詳細については後日改めて案内させていただくが、当社がこれまで手掛けてきた各種の緊急事態対応を踏まえて、危機管理広報に限られない緊急事態対応の危機管理ノウハウを今後も皆様に提供していきたいと思う。

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