リスク・フォーカスレポート
緊急事態対応に関するリスクフォーカスレポート全3回の連載も、今回が最後になります。
今回は、これまで300件以上の大小の緊急事態対応を支援してきた当社の実績を踏まえて、その内容や実務要領を整理した実務要領に関して、その概要を説明していきたいと思います。
緊急事態対応に関する実務要領と言うと、危機管理広報等のテーマで、主にクライシスコミュニケーション、その中でも特に危機管理広報について、取り上げられるケースが多いといえます。しかしながら、緊急事態対応は、マスコミ対応に限らず、発生した事案を把握・分析しながら、関係するステークホルダーと各ステークホルダーに与える影響を明確化して、迅速かつ適切な対応(情報開示を含む)を行うことに他なりません。具体的には、被害者対応や一般消費者対応、マスコミ対応、監督官庁対応、取引先対応、株主対応等、全方位的・総合的な対応を指します。
したがって、危機管理広報のノウハウのみに特化した緊急事態対応論は、確かにそれが重要なテーマの一つであることは間違いないのですが、木を見て森を見ずの内容になりかねないことに注意しなければなりません。
後に述べるように、日本国内の企業の危機対応の実例をみると、「危機管理」をしなければいけない状況下で、その対応が、「木机感利(「木を見て森を見ず」、「机上の空論」、「感情論」、「利益偏重」)」になってしまっている傾向があります。企業において、危機管理を担うスタッフの皆様には、この点を絶えず念頭におきながら、適切な危機管理の実施に向けて、尽力していただくことを、当社としては強く願う次第です。
1.緊急事態対応において陥りがちな落とし穴
さて、ここまで、いくつかの事例を見てきました。これまで取り上げた事例以外でも、世の中で企業不祥事や危機事態が発生するたびに、各社の危機対応や緊急事態対応が焦点になりますが、各社の危機管理の在り方が問われる緊急事態対応に関して、実際どういうところで、つまずいてしまうのでしょうか。
この点については、大きく4つの要因があると考えられます。
(1)事態のリスク評価に関して
まず、一つ目が「事態のリスク評価」に関する問題です。これは、世間に対する認識の甘さや社会的責任の希薄さなどが原因で、事態のリスク評価にバイアスがかかってしまうこと、すなわち、「事態を矮小化」したり、「過小評価」したりして、企業の論理で「大したことはない」とか、「ばれなきゃいいだろう」という企業論理(自社都合)の解釈に基づき、事態に関する評価・影響度分析にバイアスがかかり、危機対応を誤ってしまう傾向にあるということです。
また、自社の立場を過信したり、問題を見て見ぬふりして放置し、あるいは自己保身に走って、「なんとかなる」、「ほかでもやってるから」と半ば開き直った不誠実な態度で、危機対応がなされてしまうこと、言い換えれば、事態の評価・対応方針の決定に際して、自社都合、自社視点、自己都合等の「言い訳」が入ってくるというケースです。
「会社の常識、世間の非常識」などと言われる例を見ても、このような自社都合・自社視点での判断・対応に陥ってしまうケースが多いことは、理解いただけるのではないでしょうか。
(2)危機管理意識に関して
二つ目は「危機管理意識」に関する問題で、危機管理についての認識・知識、スキル等が、特に「実践」という視点からは非常に不足しているのはないかということです。
緊急事態対応は、絶対的な情報不足の中で、あるいは不確実な状況の中で判断をしなければいけないケースが少なくありませんが、こういうケースでは判断ミスや失敗を恐れるあまり、「慎重に」という意識が強く出てしまい、より多くの情報を集めたい、集めてから慎重に判断したいという心理に陥ってしまいます。こうなると、必要な判断・決定を躊躇している間に、状況は益々悪化してしまったり、あるいは、「原因や状況を調査してから」ということで最低限の開示すら遅らせてしまったりするケースも見受けられます。
また、多くの事例において、危機管理の軽視、スキルの不足についても指摘出来ます。先に紹介した事例にもあったように、記者会見で冷静さを失って反感を買うような言動をしたり、ホールディングスの広報部門が絡んでいながら、十分な会見の対応ができていなかったりと、危機管理の軽視やスキル不足は、状況を更に悪化させることになります。
(3)危機管理への誤解について
三つ目は、二つ目の「危機管理意識」の問題とも関連しますが、「危機管理」というものへの誤解があるのではないかということです。具体的には、リスクマネジメントとクライシスマネジメントの相互作用性に対する理解の不足を挙げることができます。クライシスマネジメントを円滑に行うためには、リスクマネジメントが欠かせず、日ごろ行うリスクマネジメントも、クライシスマネジメントを意識して対策・実施しておくことが重要なのです。
例えば、床に着いた小さな火も、消火器や水がなければ消せませんが、消火器なり水なりをいつでも消火に使える形で準備しておくことがリスクマネジメントに他なりません。まして、一刻を争うような状況では、いざ事案が発生してから準備しているようでは、最も重要な初期消火には間に合わないし、被害が拡大してしまうという状況にも陥るのです。
先に挙げた例でも、いざ農薬検査をしようにも、どこの機関に出すべきなのかを方針決定後に探し出し、検査開始までの時間的ロスを生んでいました。このような調査は、日頃から絶対行っておかなければいけない事項のひとつであり、それこそ有事を想定したリスクマネジメントなのです。あるいはマラチオンの毒性評価に関する書類作成についても、実際、幹部社員も一緒になって作業を行ってしまった結果、結局チェック機能が働いてなかったことが中間報告書で指摘されていましたが、このあたりも、日ごろから種々のニュース等に接する都度、各企業のリリース内容を確認し、文書例や開示内容をサンプルとしてストックしておけば、作成そのものよりも内容の精査に十分に時間をかけることができるのです。
砂上の楼閣では、足元は覚束きません。足元を固めるためのリスクマネジメントをしっかりと行わなければ、危機事態に際してはむなしく崩れ去ってしまうことを危機管理に携わるスタッフは忘れてはなりません。
(4)リスク(事態)対応に関して
そして、四つ目が、「リスクの対応」の問題です。要は、いざという場面での状況判断、対応ミスしてしまう場合や、その場しのぎの対応、パフォーマンス的な対応をしてしまうことなどが、代表的な例といえます。
あるいはメディアを軽視しているというか、マスコミの怖さを知らないというか、その場をなんとか「俺のパフォーマンスで乗り切ってやる」というような過信をしている幹部も中には見受けられますが、そういう意識でいると、いざという場面では足元をすくわれることになるのです。
2.緊急事態対応の要諦
企業の存立・事業継続基盤は、企業そのものや事業活動に対する社会からの「信頼」に他なりません。「社会からの信頼」なくして企業は存続しえないのです。そして、企業に対する社会の信頼は、各種の事業活動に関する適切な「情報開示と活動」により形成されます。
したがって、緊急事態対応においても、各種の事業活動に関する適切な「情報開示と活動」を行うことが求められます。そして、それを適切に行うためには、「危機事態の早期発見と事態の適正評価」、「被害の極小化(2次被害防止)」、「社内や関係者の連携・連動による信頼回復行動」の3つの要素が重要になるのです。
より、具体的に言えば、緊急事態対応の要諦は、①「消費者視点」で、②「関係者(社会)」に対して、③「適切かつ迅速」な、④情報提供(謝罪・説明)・諸対応を行うこと、であるといえます。
①まず、「消費者視点」に立った判断を行うことです。
事例編でも再三指摘してきた通り、いざという局面で「消費者視点」ではなく、「自社視点」で判断・対応に当たってしまっている会社は、意外なほど多いものです。
したがって、
- 自社の都合や基準ではなく、「消費者(利用者)」だったら、どのような不安を感じるか
- 消費者が感じる不安感を的確に推測し、そこで求められる対処項目や課題は何か
- 不安の低減・払拭に向けた各種の判断・対応を行うために必要なアクションは何か
- 不安の低減・払拭に向けてどのような情報を発信するか
等を検討していく必要があります。
②次は、広く関係者(社会)」に対して対応を行うことです。
一つの不祥事や危機事態が発生すれば、多くの関係者に影響を及ぼすことになりますが、利害関係は異なる以上、関係者ごとに対応すべき内容は異なってきます。
したがって、
- 登場するステークホルダーは誰か。全て洗い出しているか
- 各ステークホルダーに対して対処すべき内容は何か
- 優先順位や相手方への影響、関係者同士の利害調整はどうするか
等を検討していく必要があります。
③そして、それらを、「適切かつ迅速」に行う必要があるのです。
この点についても事例の中で指摘をしてきたように、緊急事態対応については、慎重さを求めるあまり、あるいは危機管理意識の希薄さから、種々の対応が後手に回ったり、各種の調査・対応の実施までに必要以上の時間を要してしまったりするケースが少なくありません。迅速な対応ができないことは、多くの場合、「適切な対応」とは言えないわけですから、何よりも迅速な初動判断・対応を行うことが重要となるのです。
したがって、
- 事案の適切なリスク評価と対応の優先順位の判断
- 対応に伴う影響や組織体制はどうするか。いつまでに何をするか(事態収束までのシナリオ)
- 対応準備、対応方針、対応要領は適切か(役割・基準・方針、スキル、情報共有等)
等を検討・検証していく必要があります。
④最後は、情報提供(謝罪・説明)・諸対応を行うことです。
情報開示に消極的な企業も見受けられますが、例えば被害者への説明や謝罪も、ここでいう「必要な情報提供」に含まれますので、緊急事態対応や危機管理には、適切なタイミング(ほとんどの場合は迅速に)多方面への必要な情報提供とそれに基づく諸対応は欠かせないと言えるのです。むしろ、緊急事態対応や危機管理対策の根幹をなす、不可欠の要素なのです。信頼回復に繋がるような情報提供と対応が出来るかどうかが、緊急事態対応の焦点なのです。
したがって、
- 説明・開示すべき事項・内容及びタイミングは明確かつ適切か
- 利用者視点やステークホルダーに配慮した内容・表現になっているか
- 情報発信の手段と発信後の対応体制は適切・万全か
等を検討することになります。
3.JIS規格にみる緊急事態対応要領
ところで、危機管理に関するJIS規格として、JIS Q 22320「社会セキュリティ~緊急事態管理:危機対応に関する要求事項」(国際規格ISO22320の日本版)があります。
その規格の中で、「4.2 指揮・統制システム」が危機対応要領に当たりますので、関連部分を「4.2.5 指揮・統制プロセス」から抜粋・要約・引用すると以下の通りとなります。
①組織は、継続的な「指揮・統制プロセス」を構築しなければならない。
②指揮・統制プロセスには次の活動を含まなければならない。
これを整理すると、以下の3つのプロセスから成り立っていることが分かります。
すなわち、まず、発生した事態を把握して、関連する情報を集め、それらを基に当該状況を分析・評価する「事態把握・評価フェーズ」、次に、当該状況分析・評価を基にした対応計画を策定し、実施に向けた各種の意思決定を行う「戦略策定フェーズ」、そして、決定した危機対応策を実施し検証する「実施フェーズ」で構成されているのです。
日本の企業の危機管理を見ていると、状況に応じた対応よりも危機管理の計画や予め策定してある事業継続計画(Business Continuity Plan;BCP)、マニュアル等をそのまま実行に移すという場合も散見されますが、ここでは、「発生事態とリスクに応じた対応計画を立てて、実行に移す」という逆の発想が書かれていることに注意しなければなりません。
この点は、緊急事態対応に関して極めて重要な示唆を含んでいます。危機管理の実務を踏まえて考えると、ここに書かれている、「発生事態とリスクに応じた対応計画を立てて、実行に移す」というプロセス・発想が、危機管理ないし緊急事態対応におけるマネジメントの要諦の一つとも言えるのです。決して、「状況に合いそうな、事前に策定された計画を探して適用する」ということではないのです。
4.緊急事態対応の実務の流れと各プロセスにおける検討・対処事項
それでは、危機管理実務の観点から、緊急事態対応の流れと、各プロセスにおける検討・対処事項を整理していきましょう。
緊急事態対応において考慮すべき要素としては、「危機事態の早期発見と事態の適正評価」、「被害の極小化(2次被害防止)」、「社内や関係者の連携・連動による信頼回復行動」の3つであることは既に述べた通りですが、この緊急事態対応に求められる3つの要素とJIS Q 22320「社会セキュリティ~緊急事態管理:危機対応に関する要求事項」等を踏まえて、これまで当社が行ってきた緊急事態対応を再度検証・精査してみると、3つのプロセス、5つのフェーズに整理することができます。
①最初は、「初動対応」プロセスです。
初動対応プロセスでは、状況が十分に分からない中にありながら、時間との戦いでもあるという制約があります。したがって、迅速な対応を旨としながらも社内での連携や複眼的視野・視点での事案等の検証、確実な作業の実施が必要となるのです。
初動対応プロセスは、「事態の把握、状況分析」のフェーズと「リスク評価」のフェーズの2つに分けられます。
事態の把握、状況分析」フェーズでは、初期対応を行いつつ、事態及び関連情報の把握と類似の案件発生時の社会動向の調査、自社の事業等を取り巻く事業環境の分析、関係者や影響範囲などの見極めを行います。
そして、それらを踏まえて、「リスク評価」フェーズでは、二次被害発生の可能性や事態の深刻化可能性の検証、社会に及ぼす影響や派生的に生じうる事象の予測の他、自社の事業に与えるインパクト分析等を行った上で、ステークホルダー毎のアクションプランを策定し、対処すべき課題を整理していくのです。
②次は、「クライシス対応」プロセスです。
クライシス対応プロセスでは、何よりも顧客視点(消費者視点)での誠実な対応をいかに貫けるかがポイントとなります。企業の社会的責任を履行すべく顧客視点での誠実な姿勢での対応と可能な限りの情報発信を行うことが重要なのです。
クライシス対応プロセスは、「対応方針策定(計画)・リスク対策」フェーズと「クライシス対応」フェーズの2つに分けられます。
「対応方針策定(計画)・リスク対策」フェーズでは、「事態の把握、状況分析」のフェーズと「リスク評価」のフェーズの内容を踏まえて危機対応方針を策定すると共に、Xデーを設定して準備期限を社内に示して各種の準備を進めていきます。特に、錯そうする情報を集約・整理して一元化し、ポジションペーパーとして適宜作成し、それを基に各種リリースや想定問答集を作成します。
そして、Xデー以降、種々の対応を実際に行う「クライシス対応フェーズ」に移行することになります。クライシス対応フェーズでは、被害者へのお詫びや各種の情報開示、関係先への報告等を行うと共に、必要に応じて、コールセンターの設置や調査委員会の設置などの対応を並行して行います。
③最後は、「信頼回復対応」プロセスです。
ここでは真摯な自浄努力をアピールすることが重要となります。すなわち、自律性のある企業であることを示すべく、事態を発生させた真因の検証(徹底的な反省)と愚直なまでの改善、そして取組み状況の公表を継続的に行うことが不可欠なのです。
「信頼回復対応」プロセスは、再発防止策を策定し、その実行状況をモニタリングして、実際に再発防止に取り組んでいることを公表していくこと、第三者委員会を免罪符にしないこと等に留意しながら進めていきます。
このように3つのプロセス、5つのフェーズに従って、実際の緊急事態対応を進めていくことになりますが、各フェーズにおける主な検討・対処事項を見てもわかるように、緊急事態対応を行う上では相応の体制整備と準備が必要になります。
また実際の危機対応のノウハウも相当程度、日ごろから習得・研鑽しておかなければなりません。主な検討・対処事項を見ても、緊急事態対応は、決して、マスコミ対応のみを意味しないことが分かると思います。緊急事態対応というとメディア対応との印象をお持ちの方もいるかもしれませんし、巷の書籍なども、「クライシスコミュニケーション=危機管理広報=マスコミ対応」といった内容のものも散見されますが、マスコミ対応に限らず、やらなければいけないことは非常に多いことにあらためて注意が必要です。
緊急事態対応においては、確かにクライシスコミュニケーションが重要になり、その核をなすのが、危機管理広報、すなわち、ステークホルダー各位・各方面への情報開示と対応です。危機管理広報は、文字通り「広報」であり、様々なステークホルダーに対して、それぞれ適切な内容での情報開示と対応が求められるのです。マスコミはステークホルダーの一人でしかありません。メディアを通じて、視聴者や消費者、国民が様々な情報を知ることになりますので、極めて重要なステークホルダーであることは間違いありませんが、マスコミ対応だけに囚われてしまうと、危機対応を誤るケースがあることを忘れてはなりません。
実際に、当社で企業の緊急事態対応を支援していても、記者会見等で話す内容やホームページ等に開示する内容が、事前に顧客対応部門や各取引先への対応を担当する営業部門、あるいは(関連する)社員に知らされないケースが少なくありません。記者会見やプレスリリースを行えば、言うまでもなく、すぐに、消費者や取引先から問い合わせや叱責がそれらの部門・担当者に寄せられることなります。その際に、事前に情報が伝えられず、回答や説明文、トークスクリプト等をそれぞれ担当部門・担当者が準備できていないとすれば、問い合わせに適切に対処できず、更なる不信感を招くことになるのです。
一部の経営幹部と広報部門のみが情報を握り、情報管制が敷かれて、実際の危機対応に当たる実務要員が、「何も分からない」、「知らされていない」、「聞いていない」ということにならないように、危機管理担当者は、よくよく留意しておかなければなりません。
なお、当社では、本年末に緊急事態対応に関する危機管理実務要領をまとめた書籍を刊行する予定です。詳細については後日改めて案内させていただきますが、当社がこれまで手掛けてきた各種の緊急事態対応を踏まえて、危機管理広報に限られない緊急事態対応の危機管理ノウハウについて、皆様に提供させていただくこととしました。
書籍では、ここから先の種々の具体的な留意事項や危機対応ノウハウもふんだんに盛り込んで解説していきます。実際に皆様が緊急事態対応を行う際のバイブルにしていただければ幸いです。