リスク・フォーカスレポート
第1回では、小売り店舗で発生しているロスの発生状況について確認しつつ、ロスの原因となる万引きや内部不正、またそれを誘発する各要因について概観した上で、ロス対策として監査がいかに有効かを説明しました。
第2回である今回からは、実際に当社による外部監査を行った店舗の事例を紹介しながら、店舗の実態把握の流れと必要な対応方法についてのポイントを考察していきます。
1. A社事案の概要(そもそもの経緯)
A社では、店舗の売り上げを計上する際に、必ずロスが発生するのだが、その中には「原因が不明なロス」があり、店舗の利益が思うように上がらずに悩んでいた。
同社は、同業他社で万引き対策として保安警備員を導入していることを知り、自社の不明ロスの原因も万引きによるものではないかと考え、当社へ保安警備員の導入について問い合わせがあった。
上記のように、A社では、生じている不明ロスの原因は万引きだと認識していたため、何よりもまずは万引き対策を進めようとしていた。しかしながら、本レポートの第1回でも説明したように、店舗で発生するロスには、様々な要因があるため、効果的なロス対策を実施するには、まず店舗内にある問題を把握し、原因を解明した上で対応策を決めることが望まれる。そこで当社は、実態把握調査の重要性について説明するべく、A社を訪問することになった。
2. 店舗調査による検討事項の把握
当社がA社を訪問し、店舗の担当者に確認したところ、不明ロスの原因は万引きだと考えておられたが、ロスの原因を調査しているわけではないとのことであった。
そのため、まずは当社から不明ロスに関する詳細ヒアリングを行うとともに、実際に店舗の状況を確認させていただいた。以下がその結果概要である。
ロスの原因について詳細を確認したところ、担当者は「不明ロス」と「廃棄(値引き)ロス」のロス率を含めた「ロス」額のみを把握されていた状態であった。また、万引きによる被害が大きいとする根拠は何かを確認したところ、店舗スタッフは誰も答えられない状況であった。さらに、本社の担当者も、店舗のことは店舗責任者に一任しており、「保安警備員の導入も店舗からそのような訴えがあったから」とのことであった。
上記ヒアリングの結果、店舗内の管理体制が十分に機能していないこと、また本社サイドの店舗に対する管理・監督意識が薄いところに、ロスへと繋がる原因が隠れているように感じられた。そこで、当社はA社に対して、店舗の現状をしっかりと把握し、その結果を分析して対策の優先順位を検討してみないことには、「保安警備員を導入しても費用と時間の無駄になる」ことをお伝えした。また、「第三者による監査の実施が、ロスの削減に繋がる可能性がある」旨を説明した上で、その点を踏まえた店舗監査を実施させていただくこととなった。
3. 店舗の監査結果
店舗監査を実施するにあたっては、まず不明ロスが多く売り上げや利益率が悪いパイロット店舗を20店舗抽出し、対象とした。監査内容としては、「防犯状況」、「店舗内外の目視確認」、「商品取り扱い確認」、「帳票類の確認」、「オペレーション状況」、「従業員関連」といった項目を軸とし、従業員が休憩等で業務から外れた際に利用している、事務所や休憩室等も対象とした。
その結果、特に問題が見られたロスの原因を大別すると、(1)商品管理、(2)防犯体制、(3)店舗で使用されている備品、(4)返金処理の4種類に分類することができた。以下に、監査により抽出された問題点と、当社が指摘した事項および提案した改善方法について解説したい。
1.監査により抽出された問題点
(1)商品管理状況
- 店舗の倉庫、保管庫等の至るところに、商品なのかどうか不明なものや長時間使用されていない備品などが放置されたままになっており、適切な商品管理や処理が行われていなかった。
- 季節モノの商品についても保管する場所が確保しきれておらず、もともと売り場だった場所を商品保管場所として使用していた。しかし、適切な管理状況とは言い難く、既に商品として販売できる状態ではないものが放置されていた。
- 一部の店舗においては、外売場の近くにお客さま用の駐車場があるため、お客さまが従業員に気付かれずに、外売場の商品をそのまま車に積み込んで退店できる状況にあった。
- 飲食物の中に、数点の賞味期限切れ商品が含まれていた。
(2)防犯体制
<防犯カメラ>
- 防犯カメラは設置されているが、「とりあえず店舗内に向けているだけ」という状況で、あまり意味があるとは思えない箇所を映している状態にあった。また、「防犯カメラ録画中」のPOPが掲示されておらず、どこに防犯カメラがあるのか分かりにくい状態であった(防犯カメラは存在自体、不正行為の抑止効果がある)。
<売場の死角となる場所>
- 小さな商品を陳列する棚の場所は、通路が狭い上、周辺の商品棚(什器)は高さがあることから、下段にある小さな商品などは人目に付き難く、容易に窃盗できる状況にあった。
- 家具売場は、通路が狭く人の通行も少ないことから、手元を隠すことが容易な場所となっていた。
- その他、盗難の多い場所として、駐車場に近い外売場を含め、従業員の目の届かない通路、売場が各店舗において多数確認された。
<万引き被害の多い商品>
- 調理器具や美容器具など、盗難が多い家電製品について、見本品が置いてある棚の下に、在庫商品がそのまま置かれており、防犯タグも付けられていなかった。
- 携帯充電器や高額のカー用品も、結束バンド等による商品棚(什器)との結束、防犯タグの装着など、防犯処理が施されていない状態であった。
<盗難発生の可能性に関する対応>
- 店舗内で、空箱(中身だけ抜き取られた商品の箱)が発見されたり、高額商品が紛失したりするなどのロス状況が発覚した際、従業員から店長への報告はあるが、確認や原因追究がされていない状況であった。
(3)店舗で使用されている備品
- 例えば、建物の修繕を行ったと思われるドライバーやペンチといった備品の工具類が駐車場やバックヤードなどに置かれているなど、使用されているのか、使用されていないのかわからない備品が店舗内の至るところに放置されていた。
- 備品の取扱いに関しては、取り決められたルールが存在していたが、従業員はルールに従っておらず、またルールを知らない従業員もいた。
(4)返金処理(返金、レジマイナス、一括取消し処理)
- 返金処理(返金、レジマイナス、一括取消し処理)のルールとして、返金処理は従業員2名の従業員番号を登録し、従業員2名が返金対応終了まで必ず立ち会い、返金処理を行う取り決めであった。しかしながら、防犯カメラの映像を確認したところ、実際には従業員番号を登録した後、1名の従業員はレジから離れ、返金処理に立ち会っていない場面が見られた。
2.SPNによる考察
上記のように、監査の結果、万引きに直接関係する事柄だけでなく、ロスに繋がる多様な問題点が確認された。そこで、今回確認された個々の問題に対して、以下に当社から提案した改善策について、その必要性も含めて解説したい。
(1)店舗における商品管理
まず、店舗における商品管理の状況に関して、店舗内の至るところに商品かどうか判断が難しいものが置かれていた。この様な状態の商品保管状況は、在庫の不明ロスとなってしまうリスクが十分にあり、また、商品の保管状況を見たお客さまの購買意欲を減じてしまう可能性も考えられる。そこで、商品に起因する不明ロスを発生させず、廃棄品を明確にするためにも、まずは商品として販売できるものなのかを明確にする必要があることから、商品の保管場所を、保管なのか陳列なのか、また販売する商品に関しても、廃棄なのか返品なのか等を明確に区別し、整理された陳列への改善を提案した。
なお、飲食物で賞味期限切れの商品に関しては、場合によってはお客さまの健康被害を誘発し、クレームや賠償問題に繋がる可能性もあるため、賞味期限切れのチェックは常に行った方が良い旨を提案した。
(2)防犯体制
防犯体制に関しては、まず防犯カメラの設置について、設置はしているものの、あまり効力を発揮していない状況であったことから、まず適切な防犯カメラの録画を行うため、向きや角度を変えて、レジなどの窃盗や不正が発生しやすい場所を集中的に撮影するよう提案。また、防犯カメラの設置は、録画している、していないにも関わらず、設置自体のアピールこそが、盗難への抑止効果があると考えられることから、全ての防犯カメラに「防犯カメラ録画中」のPOPを提示することを提案させていただいた。
万引き対策については、まず店舗の出入り口に防犯ゲートの設置がなく、また高額な商品であっても防犯タグによる万引き対策は実施されていなかったため、在庫商品に防犯タグを取り付けるだけでも、窃盗犯に対して十分な抑止効果があることを伝えた。
また、盗難が発生しやすい死角となる場所や、高額商品の売場への対策としては、従業員による定期的な巡回も効果的であるため、接客サービスを兼ねて、お客さまへの挨拶、買い物カゴを渡す、売場案内をする、商品説明をするといった「声掛け」を実施していくことで、不審者による万引きを軽減する効果が期待できると伝えた。
その他、度々従業員から盗難の可能性について声が上がっていたが、対策を検討している訳ではなかった点については、店舗で盗難が発生した際の対応方法について、その手順や対応フローなどを策定すること、まずはルールもしくは業務フローを策定することが早急に求められる旨を提言させていただいた。
(3)店舗で使用されている備品
備品が店舗内の至るところに放置されていた点については、店舗内の環境が良くないと、盗犯による万引きや、従業員による内部不正に繋がる可能性があるとお伝えし、対応策として、「店舗備品」などのステッカーやテプラテープ等を掲示・貼付し、一目で誰が見ても備品と判断できる状態にしておくようアドバイスを行った。
また、備品の管理にはルールがあるが、従業員は従っていない、あるいは、そもそも知らない状態でもあることから、研修等の教育や周知の実施をお勧めした。
(4)返金処理(返金、レジマイナス、一括取消し処理)
2名体制の返金処理ルールはあるが守られていない点については、社内ルールでは、従業員2名が対応終了まで必ず立会い、返金金額の確認を行うこととされていたため、これは金額に不備がないかのダブルチェック不正の防止といった意味もあることから必ず実行するべきと説明。また、本社サイドはルールと現場に乖離がないかを把握し、従業員に対して、改めて返金処理ルールの重要性に関する教育や研修の実施等を行い、周知徹底を図る必要がある旨伝えた。
4. 調査結果による対応方法の策定(改善ポイント)
ここまで、店舗内の問題点について個別の改善方法とあわせ解説してきた。しかし、問題をきちんと改善していくためには、個々の問題に取り組むだけでなく、問題の根底にも意識を向ける必要がある。そこで、当社からは、本社と全店舗で共通して必要な改善方法について、以下のとおり提案した。
- まず本社(経営層)においては、監査等により店舗の取り組み状況やロス等の実態を確認し、既存のルールの改善や、必要なルールの策定が必要である。また現場の取り組みを全て店舗任せにせず、ルールが形骸化しないよう本社サイドによる確認も徹底する認識を持つ必要もあり、店舗の状況を確認した際には、「確認結果」を全店舗に周知し、全店舗で結果を共有することが肝要である。
- さらに各店舗においては、全体で取り決められている基本ルールを確実に履行しつ つ、現在の状況から、改善するべきとされた指摘事項を少しずつでも確実に改善していくよう徹底することが求められる。
- また、もちろんこうした改善方法を進めるのが重要だが、本社と店舗で意思の疎通が図れないままでは、店舗による改善の取り組みの効果も不明なままであるし、結果もわからないことから、本社で検討すべき運用体制の改善についても、現場の状況に合わせて検討するのが難しくなってしまう。そのため、改善に向けた取り組みを実施するには、店舗側と会社(経営)側が一体となって推進することで、その実効性と効果があるといえる。
5. 対応後の改善・結果
A社では、当社が提案した改善方法をもとに改善策を検討し、以下のような改善策を実行していった。
まず、店舗のロス軽減に向けて、従業員の持ち物検査、返金処理、賞味期限切れ品(サンプル品含む)取扱い、備品管理などについて、基本ルールの策定を行った。この策定したルールをもとに、不明ロスの金額が大きい数十店舗に対する監査業務を実施していき、各店舗に対して、基本ルールとは異なる実態(ローカルルール)を把握した上で、問題部分について個別の改善策を講じていくこととなった。
改善策を実施した結果、A社では、改善策を実行した後の半期の棚卸し結果について、前の半期より約3億円もの不明ロスが削減されていたことが分かった。このように、ロス対策を実行したことでロスの削減効果が現れた要因としては、主に監査によるリスク抽出の効果が高かったことと、また本社側(経営層)の意識変化が大きいと考えられる。また、監査を進めていく上で、特に効果を上げた理由として考えられるのは、第三者による客観的な視点から、アルバイトやパート従業員等、多くの従業員に対する面談を行いながら監査をしたことが考えられる。第三者の調査により、内々に隠されてしまうような店舗独自のローカルルールを含めた真の実態を確認するとともに、店舗側で把握していなかった(見えなかった)リスクを抽出することができたといえる。
本社側(経営層)の意識についても、監査結果について報告書を作成し、目に見える結果で具体的に提示したことにより、ロスへの意識が変わり、会社全体で一体となりロス対策に取り組む姿勢を持ち始めた変化があった。そのため、会社側(経営層)がロスの対策に意欲的になったことから、監査の結果を各店舗に周知することとなった。すると、各店舗の責任者は自店の不備箇所を自ら改善することに意識を向けるようになり、自発的に適切な改善方法に取り組む姿勢に繋がったと考えられる。
この様に、ロスに向けた対策を行うためには、まず店舗の問題を明確にした後、その具体的な原因やそれに応じた改善方法を、各店舗また従業員へ周知することが大切である。事象を具体的に周知されることで、各店舗では店舗環境についての問題意識が高まるきっかけになり得るし、また適切な改善方法の実施により目に見える改善効果が期待できることで、各店舗や従業員もロスの対策への姿勢が高まることに繋がると考えられる。
6. A社事例の全体考察とまとめ
本事例の場合、店舗における大きな問題点としては、店内の至るところに備品や廃棄商品等が放置されていたことなど、商品の管理体制の悪さが全般的に目立った点が特徴的である。こうした商品の管理方法に不備により、帳簿上での在庫数と実在庫の数にズレが生じたため、ロスが発生していたものと推測できる。また、整理・整頓に程遠い店舗環境は、商品が無くなったとしても従業員ですら気付かず、ロスへの意識の低下を招き、さらには万引き等の不正も誘発していた可能性があると考えられる。
そこで当社から提案した改善方法は、具体的な個々の問題に対応するよりも前に、まず基本ルールを取り決めてから、各店舗で必要な改善策を進めていくことを軸にしたものであった。その結果、ロスの効果的な削減が目に見える数字として劇的に現れたが、もし当初から万引き対策だけに注目しただけでは、ここまでの効果は得られなかったであろう。この事例の場合、保安警備員の導入は一時的な効果は見られるであろうが、店舗にある根本的な問題に目が届き、それが改善されない限り、ただ万引き対策だけを施しても、限定的な効果に止まっていたであろうと思われる。
例えば本事例のように、商品管理ができていない店舗状況の場合、在庫管理の不備を改善する必要があった。また可能性として、商品の管理ができていないということは、「作業を行う従業員教育ができているのか」、「そもそも商品管理に係る運用ルールがあるのか」といった具合に、主要な問題点から派生する様々なリスク抽出を行うことで、あらゆる視点による問題の明確化が求められる。
その上で、必要な対策を考える必要が出てくるが、抽出されたリスクについては、問題の種類や根深さ、既に顕在化しているか、または潜在化しているか等、店舗の状況によって様々である。そのため、対策の方向性については、緊急性の高い問題から実施したり、すぐに始められる対策から実施したりなど、監査者(外部の専門家等)による監査結果と会社側の意向を打ち合わせた上で、進めるのが望ましい。
また、こうした現場のロス実態を浮き彫りにする監査方法は、商品管理の不備を指摘するだけでなく、ロスの原因が、万引き、内部不正、運用上の問題、クレームの多さ等、広範囲にわたる場合であっても有効であると思われる。