SPNの眼
前回は、障害者雇用に関し、会社に課された義務についてまとめました。法律や指針の主旨からすれば、「義務」とはいっても、「必ずこうしなければならない」とはっきり決まっていることよりも、障害者と会社が「よく話し合い、状況に応じた対応」を求められているように思います。
そこで今回は、いざ障害者雇用を始めようとなったとき、会社が乗り越えるべき主な課題を、5つほど挙げてみたいと思います。
なお、このレポートを書くにあたり、ある企業グループの特例子会社を取材させていただきました。視覚や聴覚の重度障害者を含む、身体障害者、知的障害者、精神障害者が混在する職場だそうで、試行錯誤を重ねながら、障害者を「人財」として活かすことに取り組んでいらっしゃいます。課題を解決していくヒントとして、非常に参考になる事例を多々お聞かせいただきましたので、同社の取組の一部をあわせてご紹介しましょう。
2.会社が乗り越えるべき課題
(1)職場の理解を得ること
会社として障害者を雇用しなければならないことは理解できても、「自分の部署」に障害者が配属されるとなると、急に態度を変える人は、残念ながら存在します。また、所属長クラスは受入れに積極的でも、現場にうまく話が通っておらず、話が進んでから、思わぬ抵抗に遭うことも考えられます。
また、やはり差別的な発言をする人の存在も無視できません。「障害者はお荷物だ」「障害者のお世話をする暇などない」「障害者に仕事などできるはずがない」など、「思い込み」による差別発言をする人もいるのではないでしょうか。特に役員や役職者の発言は、影響力が大きいため、注意が必要です。
在職中の社員が障害者として認定を受け、今後の担当業務や所属について話し合う会議の場にて、役員が心無い発言をした途端に、積極的な支援を申し出ていた役職者が、手の平を返すように役員に同調した、という現場に、かつて居合わせたという人がいます。結局会議は、障害者となった社員をこき下ろし、早く辞めさせようという方向へ大きく傾きました。会議終了後、一人の役職者がそっと近付き、「実は、うちの子も障害者なんです。頑張って働きに行っていますが、うちの子も職場でこんな風に言われているかもしれないと思うと、心配でなりません」と、弱弱しい声で打ち明けられたそうです。心無い差別発言が、障害者やその家族に、このような思いをさせていることを、知っていただきたいと思います。障害者が、その障害ゆえに、差別を受けるべきでは断じてありません。
障害者雇用の必要性や社会的意義、偏見をなくすための教育は、管理職だけに行うのでは不十分です。また、研修の形式にとらわれる必要はありません。トップからのメッセージの発信や、文書の配付・掲示等、形式はどうであれ、誰もが偏見なく障害者と接することができるように、会社としての明確な姿勢の表明や何らかの教育が必要です。そして、不適切な発言があった時は、即座にそれを注意するような、「当たり前の指導」を継続的に行っていくことが求められます。
(2)適材適所の配置
求人サイトを見ていると、新卒採用でさえ、即戦力を求めているかのような記述を見かけることがあります。自社であえて特別な教育研修を行わなくても、言葉遣いや社会人としての心構え、責任ある行動等の基礎ができあがっているならば、それは企業にとって手間のかからない、扱いやすい社員と言えるでしょう。また、「総合職採用」であれば、本人が職種や勤務地を選べないのが普通であり、「どこで何をさせても問題のない人」ならば、企業にとって自由度が高く、やはり使い勝手の良い人材と言えると思います。もし企業が、手間がかからず、使い勝手が良い人を、短絡的に「優秀だ」と捉えてしまうならば、特別な配慮や教育が必要な場合も多く、行動や従事できる業務に制限がかかりがちな障害者は、「使いづらい人」であり、「優秀ではない人」として、採用の対象からも外されてしまうでしょう。こういったところから、偏見が生まれたのではないでしょうか。
しかし、企業で力を発揮する「優秀な人」は、「どこで何をさせてもOKな人」ばかりではありません。自身の個性や能力を活かし、それをさらに伸ばすことで、「適材適所で優秀となる人」はいます。障害を持つ人も、その可能性は十分にあります。
「適材適所で優秀となる障害者」のイメージを得るには、まずはどのような障害を持つ人が、どういった業務に就いているか、実際の活用例を見ていくことが有効でしょう。高齢・障害・求職者雇用支援機構の「障害者雇用事例リファレンスサービス」で、各社の好事例等の情報がたくさん公開されています。ただ、「好事例」だけでは、好事例に至るまでの道のりはなかなか読み取れませんので、可能な限り、直接的な情報交換の場を持つことも有用でしょう。また、困ったときには、地域障害者職業センター等でも相談を受け付けていますので、積極的に活用されてはいかがでしょうか。
ただし、障害の程度や出方は、個人差があります。同じ障害であっても、誰もが同じではありません。また、障害の状態は、時と共に変化する場合もあります。一度配属したらそれで終わりではなく、継続的なフォローや相談体制が必要です。
取材先の特例子会社では、設立当初は、あちこちの部署から仕事をかき集めてスタートしたそうですが、今では「これもできないか?」と、逆に仕事が集まってくるほどになっているそうです。また、担当業務がうまくいかないときは、本人やチームのメンバーと随時話し合いながら、担当業務を柔軟に変更しているとのことでした。例えば、データ入力がうまくいかなかった人でも、書類発送の業務は正確で効率よくできるということもあり、それぞれが生き生きと能力を発揮できるよう、臨機応変に対応されていました。
(3)仕事の切り出し
障害者を新たに雇用する場合、当然、必要な人件費は増えます。人件費が増えるからには、相応の効果を期待したいものです。全く新しい事業を始め、そこで売上を上げるという例も全くないわけではありませんが、多くの会社では、現実的には難しいのではないでしょうか。ならば、「今ある(潜在的に「ある」も含む)業務」を適正に振り分けることで、効率的な人材活用を目指す方が現実的です。
候補となる業務を切り出すポイントとしては、次の2種類が考えられます。
◆やりたいけれど、できていない業務
やれば業務効率が上がることはわかっていても、時間が取れずにできないままの業務はないでしょうか。例えば、かさばる不要な書類をシュレッダーにかける、書類の分類方法を変更して整理し直す、文書をPDF化して保存する等、社内の各部署を見渡してみれば、ある程度の業務量となるのではないかと思います。
◆残業の多い人の手を煩わせている業務
特に残業の多い部署でインタビューを行い、必ずしも自分でやらなくても良い業務を切り出してもらうことも可能でしょう。特定の部署や人に偏って残業が多く発生する場合、何らかの業務上の不具合が生じていることが考えられます。現在の業務を根本から見直すことで、非効率的な業務や、切り出せる業務が見つかることもあります。
その際にご注意いただきたいのは、その業務を今担当している人への配慮です。たとえ、実際はその人が担当する必要性も、それほど時間をかける必要性もない業務であっても、その人が組織内で自分自身の必要性や存在をアピールするために、業務を手放すことを嫌がる場合があります。十分な説明や、本来担ってほしい役割を示すことなく、単純に業務を「取り上げて」しまうと、その業務を障害者が引き継いだ時に、障害者が業務の妨害や成果に対する中傷を受けることにつながる可能性も、ないとは言えません。現在の担当者と、新しく担当する障害者が、協力し合える関係性を構築するためにも、「気持ち」への配慮が必要です。担当変更すべきであれば、それは毅然とした態度で変更を進めなければなりませんが、引継ぎやフォローに対するねぎらいは、決して欠かしてはなりません。前担当者へは、「障害者を通して、その業務が円滑に進められる体制を構築すること」を、自分のミッションとしてご認識いただき、それが上手くいったならば、正当に評価することで報いるべきです。「報いる」とは金銭や役職だけではありません。「ありがとう」「あなたのおかげだよ」「うまくいったね!」といった、声掛けも含まれます。
(4)募集・採用
ある程度、やってもらいたい業務が集まったら、それを基に求人を始めます。障害者向け求人として、ハローワークへ求人票を出すのが無難なところです。
求人票には、お願いし得る業務内容を記載しますが、切り出せた業務が多岐に渡る場合、それらを全て記入すると、応募者が集まらなくなる場合もあります。応募がなければ、当然採用はできませんし、ライバルとなる、障害者を欲している会社は多々ありますので、応募を促進する工夫が必要です。
優先順位があるならば、まずは優先順位の高い業務のみで求人を出し、様子を見ると良いでしょう。優先度が同程度であり、全ての業務を一人で担当いただく必要がない場合は、「上記の中から、能力・適正に応じて業務を担当していただきます」等の注釈を入れ、全てを列挙しつつ、業務内容は調整できることを示すことで、応募のハードルは下がります。
また、求人票の「求人条件にかかる特記事項」の欄に、施設の状況(エレベーターや建物内の段差、手すりの有無等)を記入し、その他必要な合理的配慮がある場合は、応募者の側から申し出てもらうよう、促すと良いと思います。応募書類に、手帳(障害種別)の種類・等級の記入や、障害者手帳のコピー(障害がわかる部分)の同封を求めることも可能です。
ハローワークの求人は、障害者の各種就労支援機関でも閲覧されているようです。障害者の就労を支援している機関・施設としては、各都道府県の地域障害者職業センターや都道府県知事が指定した社会福祉法人やNPO法人等が運営する障害者就業・生活支援センター、特別支援学校、医療機関に併設されるうつ病等からのリワーク施設等、様々あります。
支援機関を通すことで、障害者の持つ特性の客観的な評価や、就業環境・業務等へのマッチングに対するアドバイスが期待できます。また、面接やお試しでの業務体験等の調整をサポートしてもらえたり、採用後も定着のための支援を受けられたりする場合もあり、企業にとっては非常に心強い存在です。もし近隣にそういった支援機関があるならば、見学や情報共有を受け入れているところもありますので、アプローチしてみてはいかがでしょうか。「馴染みのある会社」になっておくことで、自社に合った障害者がいる時に、応募を促してもらえることもあるようです。
取材先の特例子会社でも、支援機関を積極的に活用されており、最近採用した人は、全て支援機関が付いているとのことでした。また、業務体験も積極的に受け入れていらっしゃいます。
また、業務内容や職場環境等、求人票に記入欄のあることのみならず、自社が社員に求めること、会社の社員に対するスタンスを、採用選考の段階で明確に示しているそうです。同社では、障害者を「一人の社会人」として接することを明言し、「自分でできることは自分でやる」「できないことは伝え、手伝える人が手伝う」ことを求めています。障害者も様々で、家庭環境等によっては、「全て誰かにやってもらう」ことに慣れてしまっている方もいるそうで、それでは他の障害者と共に働くことは難しいとのお考えでした。様々な障害者が集まる場だからこそ、互いにできないことを補い合い、自分たちで行うことが求められるということで、その点ははっきり会社のスタンスを応募者に伝え、本人に判断を仰いでいるようです。
会社のスタンスをはっきり示すことは、障害のある人とない人が共に働く上でも、非常に重要なポイントです。求人条件は、求人票に記入欄のある項目だけではありません。会社として、社員に求める心構えがあるならば、それが物理的に不可能なものでない限り、当然、障害者にも求めて然るべきです。障害者雇用促進法の基本的理念でも、障害者は「職業に従事する者としての自覚を持ち、自ら進んで、その能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するように努めなければならない」(第4条)とされています。「障害者だからこの程度でよい」という考えは、障害者を軽視する考えであり、またそれが職場における不協和音にもつながります。
(5)コミュニケーション上の配慮
いよいよ障害者が入社し、配属が決まって業務が軌道に乗っても、継続的なフォローが必要だということは前述の通りです。業務的には軌道に乗り、職場環境に慣れてきても、人間関係に起因したトラブルが発生することもあります。
特に、一部の障害者はコミュニケーション不足に陥りやすい特性がありますので、配慮が必要です。例えば聴覚障害者は、耳から入ってくる情報がありません。それゆえに「孤立感」を抱きやすいということはあるようです。例えば、本人には直接関係のない業務連絡を口頭で行い、自分以外の全員が頷いたり、何か返答をしたりしていたとします。本人にとっては、口頭でなされた業務連絡が、自分に関係のないものなのか、関係のあるものなのかの判別ができません。すぐに近くの人に「今の連絡は何?」と聞き、その場で安心できる返答をもらえるならばよいものの、すぐに確認できないほど職場が慌しかったり、ぞんざいな返答が繰り返されたりするようであれば、「自分だけが仲間はずれにされている」と思っても不思議ではありません。孤立感から、会社や周囲に対する不信感を募らせ、大きな問題に発展することもあるでしょう。そうなる前に、やはり何らかの配慮が必要です。あらかじめ「気にしなくて大丈夫」「後で説明しますね」等の合図を決めておいたり、メールやホワイトボード等をうまく活用したりすることで、信頼関係を維持することが重要でしょう。
注意すべき点は、本人も周囲も、トラブルの原因を、安易に「障害者であること」と結び付けて考えてしまいがちなことでしょうか。「自分が仲間はずれにされるのは障害者だからだ」「障害者だから、健常者よりも理解力が足りない」など、非合理的な思い込みを抱くことは、真の解決すべき問題を隠してしまいますので、障害者本人にとっても、周囲にとっても良いことではありません。
人間関係に起因したトラブルは、障害の有無に関わらず、日常のコミュニケーション不足により、どこの職場でも普通に発生していることではないでしょうか。職場の人間関係で悩むのは、障害のある人もない人も同じであり、障害者だからといって特別視するようなことではありません。障害があろうとなかろうと、十分なコミュニケーションを取ること、職場の人と信頼関係を築くことが必要であることは、何ら変わりません。
前述の特例子会社でも、人間関係に起因したトラブルは起きていますが、それはやはりコミュニケーションがうまくいっていない時に起きがちなようです。障害ゆえのコミュニケーション不足は、工夫で補う必要があり、日々模索されています。ご苦労はされているようですが、日常的に工夫する習慣が功を奏してか、むしろコミュニケーション能力を高め合う雰囲気さえ感じました。
例えば、同社で働く聴覚障害者は、非常に表情が豊かです。表情と動作だけで、初めての来訪者とも、気持ちよい挨拶を交すことができます。時には傍から見ても「怖い顔」になることもあるそうで、他の障害者はすぐそれに気付くのだそうです。メンタルヘルスの「ラインによるケア」では、「部下のいつもと違う様子に気付けるようになる」ことを求められるかと思いますが、実際どの程度、部下の変化に気付き、声をかけているでしょうか。障害のない人同士でも、決して簡単なことではないはずです。何かトラブルを抱えているときに、「怖い顔」を作り出せるのも能力であり、同僚の「怖い顔」にすぐ気付けることも能力だと捉えれば、むしろ障害のない人の集団よりも、コミュニケーション能力が高い集団であるようにさえ思えました。彼らから学ぶべきことは多いのではないでしょうか。職場に障害者がいることで、各人が丁寧なコミュニケーションを心がけるようになれば、障害のない人にとっても「良い職場」となるはずです。障害者は、職場のコミュニケーションを活性化する起爆剤ともなり得るのです。