暴排トピックス
取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
昨年は、「暴排トピックス」をご愛読頂きまして、誠にありがとうございました。
本年も、「暴力団排除」をメインテーマに、組織犯罪を巡る国内外の動向等について、旬の話題をお届けしてまいりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
1. 2016年の反社リスク管理の方向性
昨年は、日本最大の指定暴力団六代目山口組の分裂騒動(山口組および暴力団の「終焉の始まり」ではないかと考えています)や、「世界最大の犯罪組織であるヤクザの中でも最も凶暴な団体」(米財務省)とも指摘された指定暴力団工藤会が、福岡県警を中心とした「頂上作戦」によって実質的に壊滅状態に追い込まれるなど、暴力団対策の今後を占う上でも重要な動きがあった1年でした。
一方、事業者における暴力団排除・反社会的勢力排除の取組み(以下「反社リスク対応」もしくは「反社リスク管理」という)も、暴力団排除条例(以下「暴排条例」という)施行から4年が経過し、反社チェック実務の浸透だけでなく、具体的な関係解消(排除)に多くの企業が取り組むなど、反社リスク対応実務が定着しつつあることが実感できる状況となりました。
今回は、このような昨年からの動向や、最新の組織犯罪対策の国際的な潮流などもふまえながら、今後の反社リスク管理の方向性について、5つのキーワードに絞り込んで考察してみたいと思います。
1) 厳格化
先にあげた山口組の分裂騒動や工藤会壊滅作戦以外にも、野球賭博問題、大学教授やスポーツ団体幹部等と反社会的勢力との密接交際の疑いなど世間を賑わせるような事案が相変わらず発覚していますが、反社リスクに向けられる社会の目は「厳格化」の一途を辿っています。
また、本コラムでたびたび指摘している「反社会的勢力の変質」(暴力団等の少子高齢化の進行と組織のスリム化、資金獲得の手段自体の外注化、共生者など反社会的勢力の範囲の拡大など)に伴う、存在のさらなる不透明化・潜在化、手口の巧妙化・洗練化に対応していくためにも、事業者はこれまで以上に反社リスク対応を「厳格化」していく必要があることは言うまでもありません。
さらに、この「厳格化」の流れという意味では、グローバルな取組み課題であるAML(アンチ・マネー・ローンダリング)においても、「CDD(Customer Due Diligence)」から「EDD(Enhanced Due Diligence)」へと取り組みを深化させる方向にあります。すなわち、これまでの「本人確認手続き」に加えて、「個々の顧客に着目してそのリスクの高低やリスク特性を確認し判断すること」(CDD)とされていた「顧客管理」について、CDDの結果、「ハイリスク」であると判断した顧客や取引を、さらに踏み込んだ情報収集を行ったうえで適切にリスク評価およびリスク判断していくべきとする「厳格な顧客管理」措置(EDD)が求められるようになっています。
このDue Diligenceの一部を成す「反社チェック」についても、これまで、当該対象者=「点」の健全性を確認してきたものが、反社会的勢力の不透明化や範囲の拡大とともに、「点」から「線」でつながる関係者の拡がりの状況(相関関係)や背後に潜む「真の受益者」の特定といった、当該対象者を取り巻く関係者を「面」で捉えながら、その相関関係によって「点」の本来の属性を導き出す(あぶり出す)ことが求められる状況になっています(言い換えれば、そのような視点を持たなければ「点」本来の属性を見極められず、反社チェックの実効性が確保できない状況になっています)。そして、その方向性は、正に「CDDからEDDへ」の流れと軌を一にしており、「社会の要請の厳格化」だけでなく、「顧客管理措置そのものの厳格化」への対応が、今後の反社リスク管理にとって重要なポイントとなります。
2) 真の受益者の特定
反社リスク対策(とりわけ反社チェック)を単独に行うよりも、AML/CFT(テロ資金供与対策)や与信管理と密接にリンクさせながら実施することが、顧客管理の効率化だけでなくそれぞれの精度向上のためにも重要な視点となります。特に、AML/CFTにおいては、前述の「CDDからEDDへ」の流れに呼応する「KYC(Know Your Customer 顧客をよく知ること)」からKYCC(Know Your Customer’s Customer 顧客の関係者までよく知ること)」へと本人確認手続きの取組みレベルをワンランク上に引き上げる(深化させる)ことが要請されていますが、反社チェックも同様に、「点」から「面」へ、「真の受益者」の特定といった視点が必須となっていることは先に述べた通りです。
そのAML/CFTにおけるKYCCやEDDの精度を高めるポイントとなるのが、基本でもある「本人確認」です。とりわけ、金融取引や不動産取引等の本人確認実務においては、なりすましや偽名・借名、ネーム・ローンダリング(以下「なりすまし等」)への対応が喫緊の課題となっており、犯罪収益移転防止法(犯収法)の施行や相次ぐ改正において、本人確認の精度向上や「法人の実質的支配者の特定(自然人まで)」などが段階的に要請されてきています。
この巧妙化するなりすまし等への対応とは、すなわち潜在化する「真の受益者」を特定することでもあります。相手が自らの存在を不透明化・潜在化させるためにその手口を巧妙化・高度化させている以上、事業者としても、隠れよう(隠そう)とする「真の受益者」を見つけ出すために、これまで以上に取組みの深度が求められています。
表面的・形式的な本人確認には限界がありますし、今やその「精度」そのものが問われ始めています(後述する「預金口座の中間管理の難しさ」も参照ください)。例えば、預金口座管理において、新規口座開設時(入口)に口座名義人だけを機械的にデータベース・スクリーニングするだけでは、真の受益者を特定するには至らず、多くの反社会的勢力がすり抜けてしまっているのが実態です。だからこそ、「適切な事後検証」(中間管理)のプロセスを強化しなければなりませんが、中間管理でも、入口と同一の対象者を確認するだけ、データベース・スクリーニングを実施するだけ、さらに、それを繰り返すだけだとすれば、高い実効性は期待できません。中間管理においては、当該口座の入出金の状況(振込先や受入先の確認、金額や頻度等)など可能な限り手を尽くした実態確認を通じて、対象者の関係者を広く把握し、確認範囲の拡大や深度を深めていくことが「真の受益者」の特定につながり、本来の反社チェックのあり方に近付くことになります。
これまでの反社チェックや犯収法対応レベルで特段問題視されてこなかったとしても、反社リスクや特殊詐欺リスクの高まり(およびその社会的害悪の拡大)や社会的な制裁の大きさ(規制内容の厳格化・運用の厳格化・厳罰化の流れ、あるいは、ネット上のブラック企業認定などの勝手格付けの横行やレピュテーション・リスクの深刻化)を鑑みれば、もはや、そのような表面的・形式的な実務レベルが容認されないところまで「社会の要請」レベルが高まっているとの自覚を持つ必要があります。
3) リスクベース・アプローチ
2012年3月のFATF(金融活動作業部会)改訂勧告のうち、「勧告1 リスクの評価とリスクベース・アプローチの適用」では、リスクベース・アプローチについて、以下のように言及しています。
各国は、自国における資金洗浄及びテロ資金供与のリスクを特定、評価及び把握すべきであり、当該リスクを評価するための取組を調整する関係当局又はメカニズムを指定することを含み、当該リスクの効果的な軽減を確保するために行動し、資源を割り当てるべきである。各国は、当該評価に基づき、資金洗浄及びテロ資金供与を防止し又は低減するための措置が、特定されたリスクに整合的なものとなることを確保するため、リスク・ベース・アプローチ(RBA)を導入すべきである。この方法は、資金洗浄及びテロ資金供与対策の体制やFATF勧告全体にわたるリスクに応じた措置の実施における資源の効率的な配分にあたっての本質的基礎とならなければならない。各国は、リスクが高いと判断する場合、自国の資金洗浄・テロ資金供与対策の体制が当該リスクに十分に対処することを確保しなければならない。各国は、リスクが低いと判断する場合、一定の条件の下で、いくつかのFATF勧告の適用に当たって、簡素化された措置を認めることを決定してもよい。
各国は、金融機関及び特定非金融業者及び職業専門家(DNFBPs)に対し、資金洗浄及びテロ資金供与のリスクを特定、評価及び低減するための効果的な行動をとることを求めるべきである。
企業がリスク管理に投入できるリソースは限られています。また、リソースの配分はあくまで自社のリスク判断事項です。
したがって、自社のリスク評価によって反社リスクが高い=「ハイリスク」であると判断した先や取引類型(エリアや取引金額、業種など各社によって異なるものが考えられます)に対して、リソースを重点的に配分(投入)しよう(逆に、そうでない部分についてはより簡素化した取組みレベルで行う)とする「リスクベース・アプローチ」が実務的かつ有効であり、かつ、既にリスク管理手法のグローバルスタンダードになっています。
「一律の反社チェック・ルールを設けてすべてを一生懸命やろうとするあまり、本当に重要なことにまで手が回らない(懸念が認められるのに深度が求められる調査が適切に実施されない)」という本末転倒なリスク管理(反社チェック)の結果、「きちんとやったが大きな問題は何も見つからなかった。したがって、当社には反社会的勢力との関係は一切ない(だから、今後もないだろう)」という誤ったリスク認識を持つに至ってしまっている企業が多いことは極めて残念です。「見つからない=リスクがない」のではなく、「リスク(あるいは端緒情報)を見つけられない」「アプローチ手法に問題があるのではないか」という「危機感」を持つことが、実効性あるリスク管理の出発点となるのです。
なお、「リスクベース・アプローチ」においては、その前提である「主体的なリスク判断」のもつ危険性について考慮する必要があります。
つまり、「ハイリスク」先の選定やそれに対するリスク対策のレベル感はあくまで企業が自ら評価・判断することになりますが、それが独りよがりのものであってはならないということです。同業他社の取組みレベルを参考にする、取組みの進んでいる金融機関の取組みレベルからの引き算、すなわち「当社はそこまで実施しなくてよい」とする合理的な理由付けを試みる、反社会的勢力との関係発覚によって自社のレピュテーションがどれだけ毀損されるか想定する、といった様々な指標から自らに向けられる「社会の要請」レベルをきっちりと見極めたうえで、客観的かつ合理的なリスク評価・リスク判断を行うべきです。
また、自社内の同じ取引形態であっても、エリアや相手企業の状況(知名度など)によって反社リスクが異なる(例えば、地方と大都市圏の店舗で反社リスクは異なる)等のリスクの非一貫性も考慮するなど、現場の実態を正確に把握しておくことが重要となります。
4) 自立的・自律的なリスク判断
一般的な日本の企業の意識や取組みが「横並びの傾向が強い」とはよく言われることですが、実はリスク管理においては、「リスクは、その企業の置かれている状況によって異なる」という、考えてみれば当たり前の認識を持つことがまずは重要であり、最近の社会経済の動向からその「違い」が顕著になっている(個々の事情が大きく異なってきている)こともふまえれば、他社の取組みはあくまで参考に過ぎず、そのまま自社に持ち込んでも有効とは限らないのであって、「自立的・自律的なリスク管理」がこれまで以上に求められていると認識する必要があります。
自社のリスク管理にどのように取組むべきかは、「社外の目」や「社会経済の動向」を強く意識しながら徹底的に実態やリスクを洗い出すこと(それによって「社会の要請と実態の乖離を認識すること」が、「現状把握」「実態把握」の本当の意味です)から始まります。そして、そのリスク分析・リスク評価に基づき実行されるリスク対策は、当然のことながら、オリジナルのものとなるはずです。それこそが、他社と横並びでない「自立的」なリスク管理、自社が独自に改善や低減に向けて取組むという意味で「自律的」なリスク管理であると言えます。
そのうえで、「どこまでやるべきか」については、前述した「リスクベース・アプローチ」の視点もふまえながら自ら主体的に判断する事項であり、その取組みの妥当性は「社会の要請」レベルから導かれることになります。
5) 中間管理(適切な事後検証、モニタリング)
反社会的勢力の不透明化の実態や手口の巧妙化等により、新規取引開始時(入口)の審査、見極めには限界があります。したがって、反社リスク管理においては、「既存取引先の中に既に反社会的勢力は存在する」ことを前提として、既存取引先のチェックを能動的に行っていく必要があります。したがって、今後の反社リスク管理の方向性として、入口の反社チェックを適切に実施することは当然のこととして、「中間管理」を「どこまで」「どのように」実施していくのか、自らが置かれた状況をふまえ、自立的・自律的にそのレベル感を判断しながら取組むことが求められています。
中間管理においては、入口における審査とは異なり、日常業務における端緒情報が収集できることや、時の経過とともに変化した部分、把握できていなかった実態(例えば、入居者や代表者の変更等)を重点的に確認するなど、より実効性の高い審査を行うことも可能となります。
さらには、反社会的勢力は「見つけやすい」ところにはほとんどいないとの認識も必要です。たとえ、最低限の取組みレベルであっても、日常業務における端緒情報について常にアンテナを高くしておく(社内でその重要性が認識されている状態にする)などして、漫然と(受け身的な姿勢から)「見つけられない」とするのではなく、能動的に「見つけにいく」姿勢を持ち続けることが重要です。能動的な姿勢で誠実に取り組むことによって、たとえ認知できなかったとしても、有事の際に説明責任を果たすためには極めて重要なポイントとなるのです。
6) 不動産事業者に求められる反社リスク管理のポイント
さて、ここまで2016年の(今後の)反社リスク管理の方向性について考察してきましたが、それらをふまえながら、具体的な事例として、不動産事業者における今後の取組みポイントについて考えてみたいと思います。
不動産事業者は、マネー・ローンダリング・リスクや反社リスクが極めて高い業種であることなどから、金融機関と同じく犯収法上の特定事業者となっていますが、ともに反社リスク対応に早い段階から取り組んでいる点が共通しています。ただ、不動産事業者にあっては、極めて高いレベルで取組みを行っている事業者がいる一方で、反社会的勢力の活動を助長するような問題ある事業者も未だに多く見られるなど、その取組みレベルに大きな差があることが大きな課題だと言えます。
その不動産事業者における反社リスクを考える上では、まず、「不動産取引」(売買・賃貸・仲介等全ての類型を含みます)が、暴力団等の活動拠点を提供しかねないリスクを有しており、その取引金額も高額となるケースが多いことなどと合わせ、「活動助長性が高い」取引類型(ハイリスク取引)であるとの認識が必要です。
賃貸や売買からの暴排の進展や暴排条例によって暴力団事務所の新設が困難な状況となっている一方で、裁判所による「競売」が暴力団事務所を提供してきた実態や、一部の問題ある事業者や役職員などが、反社会的勢力や特殊詐欺グループ等に積極的に活動拠点や住居を提供していたという事案も発生するなど、まだまだ脆弱な部分があると言えます。
例えば、警視庁が昨年6月に摘発した特殊詐欺グループでは、現役の不動産会社社員や元不動産業者などで作るネットワークが、特殊詐欺のアジトを提供していたとされており、特殊詐欺だけでなく、暴力団関係者の自宅などの確保にも手を染めていたと報道されています。さらに、詐欺の拠点として使いやすい物件(角部屋やワンフロアなど)を探し、賃借名義人の偽装手続きなどを通じて、数か月ごとに移転する詐欺グループのアジト確保に協力していたとされています。
先の反社リスク管理の方向性でも指摘したように、なりすまし等による不適切な取引排除のための「本人確認手続き」の徹底や「真の受益者」の特定への注力、役職員による不正排除の観点から「厳格な契約手続き」や「社内暴排」を徹底することが求められていますが、正にこの事例からもその重要性がお分かりいただけると思います。
また、不動産取引は未だに反社会的勢力の主要な収益源となっており、当社に相談のあった最近の事例だけでも、例えば、以下のようなものがあります。
- 大規模用地取得時のトラブル(隣接地を暴力団が取得して高値での買取りを要求する、バブル期から塩漬けにされてきた暴力団が実質的に所有するゴルフ場などが対象となっている、など)
- 新エネルギー分野(太陽光発電、地熱発電、風力発電など)における反社会的勢力につながる人脈の介入
- フロント企業がテナントとして入居していたことが判明したため、転売不成立
- 高級マンション共用部分(入居者専用プールなど)を暴力団関係者が日常的に利用していることで物件価値が棄損
- 売買後の転売先が暴力団関係者であることが明らかなスキームを持ちかけてきた など
なお、不動産取引においても、例えば、「対面取引からネット取引へ」の流れや不動産事業者の関与を薄くして個人間の中古マンション取引を支援するネット上のサービスの登場など、新しい取引形態が出現していますが、その利便性の裏に潜むリスクへの対応も当然ながら求められることになります。今後、ネット上で取引が完結するような方向となれば、なりすまし等や真の受益者を隠匿することが容易になることが予想され、その脆弱性を突かれて暴力団事務所や暴力団員の住居の購入等に悪用されるリスクは高まるはずです。本人確認の精度をいかにして高めるか、売主・仲介者としての「注意義務」はどこまで求められるのか(本人確認や反社チェックの適切なあり方)など、解決すべき課題はまだまだ多いと言えます。
このように、不動産取引は依然として「ハイリスク」取引であって、相応の厳格な顧客管理措置(厳格な反社チェックの実施)が求められています。反社チェックにおける具体的な対象者の範囲としては、賃借人や保証人だけでなく、入居者や所有者、テナントやその契約企業・実際の利用者等などまで確実に拡げていくべきであり、本人確認の精度向上、真の受益者の特定(法人の実質的支配者の特定)という観点からは、書面上の確認だけでなく、利用状況や関係者の出入り、資金の流れといった「実態確認」の徹底が今後求められていくことになると思われます。
例えば、賃貸契約については、反社会的勢力が契約当事者となる、あるいは契約時に申告する(書面上の)入居者や同居人が反社会的勢力であるといった、分かりやすいケースはほとんどありません。その意味では、現行の契約締結時点(入口)における本人確認手続きは、なりすまし等への対策としては、実質的にあまり有効に機能しているとは言い難い状況です。今後、なりすまし等への対応、暴排の実効性を高めていくためには、契約時に把握できた関係者と契約後、実際に居住等している者等が異なるという事実を見つけ出すなど、「真の受益者」たる「本来の契約当事者」を実態確認等を通じて確認する、といった「適切な事後検証(中間管理)」プロセスの充実が今後求められることになります。
さらに、実態を確認した結果、暴力団事務所としての利用があれば「用法違反」として、申告していない人間が居住しているのであれば告知義務違反や通知義務違反等として、契約を解除していくことになります。すでに契約(規約や約款等を含む)に当該規定が盛り込まれているはずであり、今後は、これまで以上に規定の運用を「厳格化」することも強く求められることになるでしょう。
また、現時点の排除実務においては、警察からの情報提供によって実態が明らかになり、事後的に退去させる事例が多いものと思われますが、一方で、事業者には、それ以前に近隣住民からの目撃情報やクレームなどが寄せられたり、社員の巡回などでその端緒を既に掴んでいる場合も少なくないはずです。今後は、入居者からの通報・相談窓口の設置やその案内、定期的な巡回・監視、警察との密接な連携など、端緒情報を能動的に把握しようとする取り組みや実態確認のプロセスの中で得られた情報をもとに、主体的に調査、排除していく「自立的・自律的な対応」が求められるようになると思われます。
2. 最近のトピックス
1) 六代目山口組の分裂
昨年の夏以降、山口組の分裂騒動が大きな関心を集めていますが、当初の見立て通り、現在に至るまで、局所的な小競り合いは起こっているものの大規模な抗争に発展することなく、激しい切り崩し合戦が水面下で続いている状況にあります。
そのような中、六代目山口組、神戸山口組の双方で、新年の行事「事始め式」が催され、それぞれ新年の基本方針が発表されています。
山口組の過去の基本方針としては、100周年を迎えた2015年は「自戒奉世」(自らを戒め世間に奉仕する)を掲げ、原点回帰の姿勢や社会に対する基本姿勢を対外的にアピールして批判を回避する狙いなどがあったのではないかと推測されます。また、2014年は「窮すれば通ず」(行き詰まって困窮したとき、かえって活路が見つかる)を掲げ、官民あげての暴排機運の高まりによって追い込まれているとの危機感を共有し、一致団結して難局に立ち向かう姿勢を示したものと思われます。
今回、2016年の基本方針として、六代目山口組の事始め式で示されたのは、「有意拓道」(意志あるところに道が開ける)であり、分裂騒動に揺れる中でも前に進んでいくという姿勢を明確に示し、揺るがない姿勢や懐の深さを対外的にアピールする狙いがあるのではないかと考えられます。一方の神戸山口組は、「継往開来」(先人の事業を受け継ぎ、発展させ、未来を切り開く)を掲げ、自分たちこそが山口組を引き継ぐ者であると正当性を対外的にアピールする狙いがストレートにうかがえます。
2) テロリスク
パリ同時多発テロでは不特定多数が集まる劇場やレストランといった監視対象外のいわゆる「ソフトターゲット」が狙われました。こうなると、テロの警戒対象は無限に広がることになり、警察だけでは全ての施設を守ることは難しくなります。したがって、テロリスクは、もはや民間事業者にとっても、自らの社員や顧客を守るべく主体的に対応すべきリスク管理事項であるとの意識が必要となってきます。
具体的には、重要インフラ施設はもちろんのこと、レンタカーやホテル(今後は「民泊」も視野に入れていく必要がありそうです)、鉄道や幹線道路とその沿線、集客力の高いエリアにあるオフィスビルやレストラン、イベント会場など、テロリストに利用されそうな施設等に関係する民間事業者(大手だけでなく中小企業に至るまで)などを中心に、入場者の持ち物検査の実施や入退場の管理の実施・厳格化、警備員の配置や防犯カメラや入退場ゲートの設置などの警備態勢全般の強化、企業における採用者やビル等への入居企業に対するバックグラウンド・チェックの実施(内通者対策)など、事業者にとっては過剰な要請と思えても、招かれる結果の重大性(特に、自社の取組みの脆弱性を突かれて、多くの犠牲者を出す事態を招いてしまう等)を考えれば、企業の社会的責任(CSR)の観点からみても、優先して取り組むべき課題のひとつであることは明らかだと言えます。
最近の具体的な取組み事例として、カリフォルニア州のディズニーランドと南部フロリダ州のディズニーワールドにおいて、セキュリティ対策として14歳以上の入園者がキャラクターに扮するコスプレやマスクの着用、おもちゃの銃の持ち込みを禁じると発表したほか、東京ディズニーランドと東京ディズニーシーでも入園者の持ち物などの警備を強化しているといったことがあげられます(夢の国における現実的かつ先進的な対応に意外さを覚えますが、むしろ、ディズニーランドだからこそテロ対策を最重要課題として取り組んでいるとも言えます)。
また、各国は、ISなどの国際組織によるテロ行為だけでなく、テロ組織の過激な主張などに一方的に感化され、社会に潜在したまま過激化し、はっきりした予兆がないまま単独でテロ行為に及ぶ「ローンウルフ(一匹おおかみ型)」対策に頭を悩ませています。
それに対して、例えばニューヨーク市は、市警による対テロ目的の情報収集活動を、民間人の弁護士が監視する新制度を導入すると発表しています。民間に深く潜り込んで静かに計画を進行させているテロリストの端緒の把握に民間人の目を活かす取組みとして注目されます。
この点に関連して、宗教や人種をめぐる激しい対立がない日本においては、テロリストとしての端緒・行動原理が表面化しにくいことから対策の難しさが指摘されています。官民の緊密な連携のもと、民間事業者がそれぞれの置かれた状況や立場に応じて相応のリスク対策を講じることも重要ですが、市民生活の中に溶け込んでいるテロリスト(やその予備軍)の察知もまた喫緊の課題であり、「テロを許さない」とする国民的合意のもと、国民一人ひとりの目を通じた監視を機能させることも、テロを未然に防止するためには必要不可欠なことだと言えます。
3) 爆破予告に対する事業者の対応
ソフトターゲットを狙ったテロの発生が危惧される中、「爆破予告」等の悪質ないたずらが後を絶ちません。インターネット上の違法・有害情報の通報窓口「インターネット・ホットラインセンター」が2014年の1年間に警察に通報した「殺害予告・爆破予告など」は、前年比342件増の2,328件で、2010年の614件から約4倍に増えています。
ソフトターゲットを狙ったテロへの対応については、前述のように警察だけでは限界があることから、民間事業者も主体的に対応を検討する必要に迫られていますが、とりわけ、「爆破予告」に対する対応のあり方は、重要な検討課題のひとつだと言えます。
この「爆破予告」に関する国内の事例としては、最近報道されただけでも、(1)新千歳空港で出発前の関西空港行きLCC機内で、乗客の男性が「爆弾を持っている」と話したため出発が遅れた騒ぎ(男性のいたずらが原因)や、(2)警視庁HPの意見を書き込む欄に「東京の某スポーツクラブのどこかに爆弾を仕掛けた」などと投稿されて、同スポーツクラブの全施設が臨時休館となった事件、(3)横浜で11月に開かれたゲーム音楽イベント会場を爆破するとインターネット掲示板に書き込み、主催者のゲーム関連会社に警備を強化させて業務を妨害したとして、威力業務妨害容疑でアルバイト男性が書類送検された事件、(4)名古屋市のスポーツ施設に「爆弾を仕掛けた」と電話があり、200人ほどの利用者を全員避難させた上で臨時休館とした事件、などがありました。
また、先月、ローンウルフ型/ホームグロウン型のテロ(銃乱射テロ事件)が発生したばかりの米国においても、カリフォルニア州ロサンゼルスとニューヨークの学校に対し、爆発物を仕掛けたとする脅迫メールが寄せられ、連邦捜査局(FBI)が捜査に乗り出したといった事件がありました。なお、この事件においては、ロサンゼルス当局は、同市と近郊の学区内のすべての公立学校を閉鎖し、約1000校の計64万人を自宅待機としましたが、ニューヨーク市警は、当該脅迫メールは信頼に値しないと判断して休校措置をとりませんでした。同一の脅迫行為に対して、極めて対照的な対応がとられたという意味で、危機管理上、大変興味深い事例です。
実は、この米国の事例同様、日本の全国の自治体でも爆破予告が相次いでおり(ほとんどが愉快犯)、予告を受けて庁舎内の市民らを避難させた自治体がある一方で、パニックが起きるリスクを考慮し、あえて予告内容を周知せず点検作業を優先させた所もあるなど、統一的なマニュアル等がないこともあって、その対応に頭を悩ませている実態があります。
「爆破予告」への対応としては、原則的には、万難を排して市民らを施設から避難させるなどして安全を確保することを最優先に考えるべきですが、愉快犯はそのような状況をみて行動をさらにエスカレートさせていく可能性があることや、パニックから避難誘導に失敗して被害を拡大したり損害が生じかねないのも事実であり、ケースバイケースで冷静に判断・対応していくしかありません(その意味では、前述のニューヨーク市警の「信頼に値しない」との判断は、状況の見極めとあわせ、極めて冷静かつ高度なものだったと言えます)。
いずれにせよ、自治体だけでなく、不特定多数が集まる施設運営管理者などの事業者においても、避難のためのマニュアルの策定と実際の訓練を適宜行いつつ、シミュレーションを数多くこなすことで、判断の合理性や迅速性、柔軟性を積み重ねていくことが、本番で冷静かつ適切な判断を行うためには必要なことだと言えます。さらに、愉快犯を含めそのような脅迫行為を絶対に許さず、警察等と連携して業務妨害等で事件化するといった「強い姿勢」を対外的に示していくことは、抑止の観点からも極めて重要です。
4) 忘れられる権利を巡る動向(テロ対策と表現の自由・プライバシー侵害の緊張関係)
EU(欧州連合)が、新しい「データ保護指令」を2018年から発効させ、EU域内の個人データの保護ルールを大幅な強化に乗り出すと発表しています。個人データを扱う企業が情報を域外に持ち出すことを厳しく規制し、違反企業には最高で世界全体の売上高の4%、最高2,000万ユーロ(約26億円)という多額の制裁金を課すなどのほか、本コラムとの関係で言えば、利用者が子供時代に提供したデータを含め、ネット上の個人情報について、即座に消去を要求できる「忘れられる権利」を新たな個人の権利として認めることが明記されました。1995年に出された前回の「データ保護指令」への対応として、日本で個人情報保護法が制定された経緯もあり、今回の新指令への対応も、日本の事業者に大きな影響が及ぶものと推測されます(なお、この新指令の詳細については、後日、あらためて取り上げたいと思います)。
さて、パリの同時多発テロや米銃乱射テロ事件が、ソーシャルメディアのあり方に一石を投じています。昨年の仏シャルリー・エブド誌襲撃事件後もテロ対策と表現の自由・プライバシー侵害との緊張関係に関する問題が提起されましたが、テロを称賛するような過激な書き込みにどう対処するか(例えば、IT事業者の判断で削除するのか否か、事後的に削除するのか拡散される前に削除するのか等)について、積極的に削除や通報を求める声が高まる一方で、インターネット上の自由な投稿を「自己検閲」することになりかねないという懸念もあります。なお、この問題について、欧米で以下のような最近の報道がありますのでご紹介しておきます。
- 仏の裁判所は、パリ同時多発テロをたたえる投稿や穏健派とされるイスラム教指導者への殺害予告をツイッター上で繰り返していたとして、18歳の男子高校生に対して、懲役3年の判決を言い渡しています。
- ネットの中立性を堅持してきたIT企業においても、「憎悪や嫌がらせの言葉を抽出できるような機能を作り、ISのようなテロリストの動画が広まる前に削除し、対テロのメッセージを広めるべき」(グーグル親会社会長)といった踏み込んだ意見も出始めています。
- 同じIT企業でもアップルは、ISなどのテロリストがスマホのアプリなどを利用し暗号通信でテロ計画をやりとりしている実態に対して、当局が令状で暗号解読を要請しても、利用者しか解読は不可能だとして協力を拒否しているようです。
現時点では、テロ対策の観点から規制を強化したい当局側と中立性を堅持したいIT企業の間には、テロ対策と表現の自由や知る権利、プライバシー侵害の緊張関係の狭間でまだまだ深い溝がありますが、今後、乗り越えていかなければならない課題であり、どこかで一致点が見出されることを期待したいと思います。
5) その他のトピックス
仮想通貨の規制
金融庁の金融審議会が仮想通貨の規制についての規制案をとりまとめ公表しています。
◆金融庁 金融審議会「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ」報告の公表について
本件については、前回の本コラム(暴排トピックス2015年12月号)でも審議状況を取り上げていますが、概ねその方向性と同じ内容となっています。
仮想通貨の規制を巡っては、昨年6月にFATFが、「各国は、仮想通貨と法定通貨を交換する交換所(exchanger)に対し、登録・免許制を課すとともに、顧客の本人確認や疑わしい取引の届出、記録保存の義務等のマネロン・テロ資金供与規制を課すべきである」等とするガイダンスを公表するなど、国際的に喫緊の検討課題となっているところ、本報告書でもその対応として、「仮想通貨について、マネロン・テロ資金供与規制及び利用者保護の観点からの規制を導入するにあたっては、仮想通貨と法定通貨の売買等を行う交換所について登録制を導入し、規制の対象とすべき」との提言がなされています。具体的には、仮想通貨と法定通貨の売買等を行う交換所を犯収法上の「特定事業者」に追加し、同法に規定される以下の義務を課すこととされています。
- 本人確認義務(口座開設時等)
- 本人確認記録及び取引記録の作成・保存
- 疑わしい取引の当局への届出
- 体制整備(社内規則の整備、研修の実施、統括管理者の選任等)
前回も指摘した通り、仮想通貨がその匿名性の高さや利便性の高さなどから、今後、日本においても組織犯罪やマネー・ローンダリング等に悪用されることが予想されること(実際に日本でも、仮想通貨の購入を巡って高齢者がトラブルに巻き込まれる詐欺事例が増えているとの報道がありました)、預金口座からの暴排が進む中、暴力団等が預金口座の代替手段や犯罪収益の隠匿の手段として利用する可能性等も考えられることから、一般事業者にも広くそのリスク対策を促すような取り組みも必要だと思われます。
米財務省による金融制裁
米財務省は、元指定暴力団山口組系後藤組の後藤忠正元組長を金融制裁の対象に指定しました。本規制により、米国内の資産が凍結され、金融取引が禁じられることになります。なお、日本の暴力団では、過去、山口組・住吉会・稲川会・工藤会・弘道会のそれぞれ団体と幹部が同様に指定されています。今回の指定について、米財務省では、2008年に引退した後も「ヤクザと深い結び付きがあり、ヤクザが世界中で行っている犯罪行為を支援している」と認定したと報道されています。
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餃子の王将事件
昨年12月、2年前の王将フードサービス社長が射殺された事件について急展開があり、現場近くで見つかった遺留品のたばこの吸い殻に付着したDNAが、九州の暴力団関係者のものと一致したということです。これまで、捜査本部は、同社の役員や社員ら延べ861人、取引業者など延べ507社から事情を聴取するなど徹底した捜査を続けており、実態が解明されるのも近いのではないかと思われます。
一方で、この事態を受け、同社では、自社が暴力団など反社会勢力と関係があるかどうかを調査する第三者委員会を、1月5日付で設置しています。
▼株式会社 王将フードサービス 当社におけるコーポレート・ガバナンスの評価・検証のための第三者委員会の設置について(IR情報ページ)
本リリースによれば、「当社においては、東京証券取引所第一部の上場会社の中でも最も進んだコーポレート・ガバナンス体制を整備している会社の一つであると自負しております」とし、その開示姿勢についても「第三者委員会の評価・検証の結果についての報告書については、その全文を当社のホームページにおいて開示する予定です」と調査開始前から宣言するなど、真摯な姿勢がうかがわれます。また、「当社が反社会的勢力と関係があるかどうかを確認することを目的とし」ているとのことですが、過去から現時点に至る実態を弁護士等による第三者委員会が、限られた期間でどれだけ把握できるかは難しいところもあると思われます。
ただ、第三者委員会によって関係がなかったことが認定されれば「ホワイトブランド」という客観的なお墨付きが得られることになります。一方で、万が一、関係が発覚したとしても、関係の解消に向けて真摯に取り組む姿勢を示すことで、警察の協力が全面的に得られるでしょうし、あわせて市場や社会から一定の評価を得ることもできるのではないかと思われます。その意味では、今後の「健全性の表明のあり方」「ホワイト化」という暴排実務のひとつの形を示すものとして注目されます。
また、あわせて、過去から現在における健全性の確認だけでなく、その後の継続的な取組みによって「将来の健全性」をいかに担保していくかも極めて重要であり、今後公表される報告書においては、同社の今後の取組みについても、(多くの事業者にとってのひとつの指標になるものとして)開示されることを期待したいと思います。
預金口座の中間管理の難しさ
指定暴力団山口組系組員が本人名義で開設した貯金口座について、ゆうちょ銀行が暴排条項を導入後5年以上気付かずに見過ごしていたと報じられています。当該口座は三重県警が犯罪収益移転防止法違反容疑で捜査中に解約されたとのことですので、同県警からの捜査関係事項照会等を契機として確認した結果としての対応だった可能性もあります。
金融機関においては、2013年のみずほ問題、2014年の金融庁の監督指針の改定を受けて、「適切な事後検証」として既存口座を定期・不定期に確認する取組みが定着していますが、このような事例を見る限り、まだまだチェックの精度や態勢(例えば、現場任せ、現場からの報告に依存していなかったか、など)に問題が残っている可能性がありますが、一方で、何らかの端緒を得て迅速かつ適切に対応すること自体は問題ないものと評価することも可能です。さらに、本事例の詳細は分かりませんが、仮に過去に犯罪歴のない組員だった場合、警察データベースとの接続がなされていない以上、民間事業者が暴力団員だと見抜くことは実務的・現実的にも難しかったのではないかとも思われます。
いずれにせよ、このような形で、中間管理の「精度」を問題視されるリスク(さらに、「見抜けなかった」事実が報道されるリスク)があること、社会の要請レベルがそこまで高まっていることをあらためて認識し、日々、精度や態勢等の質的向上に取り組んでいくことが求められます。
工藤会と福岡県における離脱者を巡る動向
福岡県警の頂上作戦の中でも画期的だった上納金を巡る脱税事件で、福岡国税局が、特定危険指定暴力団工藤会トップの野村被告の個人口座から、重加算税を含む約8億円を差し押さえています。また、あわせて北九州市が地方税の未納分として1億数千万円を追徴課税しています。
暴力団の弱体化には、資金源対策や犯罪収益の回収が極めて重要となりますが、脱税の立件による税金の徴収は、暴力団対策法によって指定暴力団の組織トップの損害賠償責任が拡大され(使用者責任)、多くの訴訟が起こされ巨額の和解金の支払いを余儀なくされていることなどとあわせ、暴力団の弱体化には有効な方法だと言えます。さらに、今後は、これらの手法に加え、犯罪収益の凍結・没収等、それに伴う犯罪被害者に対する被害金の返還(分配)などによって、彼らの手元に犯罪収益(資金)が残ることがないよう、当局においては、法規制の強化と運用の厳格化に徹底的に取り組んでいただきたいと思います。
さて、その工藤会をはじめ5つの指定暴力団が本拠を構える福岡県において、昨年1月から11月までに指定暴力団を離脱した組員が127人に上ったとの報道がありました。過去最多だった2014年の65人の倍近くであり、それまでの年平均27人と比べれば約5倍ということで、工藤会はもちろん、他の組においても離脱者の増加が顕著となっていることが明らかとなりました。また、工藤会の組員の平均年齢は昨年11月末時点で46.9歳と、10年前の41.6歳から高齢化が急速に進み、20代の組員も3%に過ぎないなど、少子高齢化の実態が数字の面でも裏付けられています。さらに、組織への不満や生活苦、家族の存在を理由に辞める組員が増えているということであり、社会全体で暴排が進みもはや暴力団は「不況産業」「衰退産業」であること、加えて社会的に不利益を被る場面も増えるなど、彼ら自身が、実感として組織に属していることにメリットを感じていないことを端的に示しています。なお、離脱した組員は、主に土木・建築関係や販売、運送、人材派遣等に就労しているようですが、これまでも指摘しているように、離脱者支援については、今後も最優先で社会全体で取り組むべき課題です。
6) 犯罪インフラを巡る動向
健康保険証(悪用リスク)
昨年末、病院を受診する際に提示する健康保険証の番号や加入者の氏名、生年月日などの個人情報約10万3,000人分が流出、医療機関から受診者の個人情報が漏れて名簿業者に持ち込まれた可能性があるとの報道がありました。企業や公的機関が発行する健康保険証は「身分証明書」としても広く使われており、不正に入手された場合、オレオレ詐欺など犯罪に悪用される懸念があります。
海外では「顔写真のない書面」は本人確認手続きとして有効とされていないものの、日本ではいまだに健康保険証や公共料金の領収証などが本人確認書類(やその補助資料)として通用している現状があります。
本コラムでも以前ご紹介した通り、昨年、FATFの6月会合において、日本に対してマネー・ローンダリング対策等の不備等に迅速に対応するよう促す声明が公表されたことも踏まえて、「マネー・ローンダリング対策等に関する懇談会報告書」が2014年7月に公表されましたが、そこでも、「写真なし証明書については自然人の本人確認書類として引き続き利用を認めることが必要であるが、FATFの指摘に対応するため、写真なし証明書を利用する場合には補完的な確認措置を求めることとすることが必要であると考える」といった言及にとどまっています。また、昨年11月に成立した改正犯収法においても、この部分は反映されていません。
マイナンバー法の施行により、写真付きのマイナンバーカードの発行が可能となった現在、自分が自分本人であることを客観的に証明することのできない「証明弱者」の問題は解消される方向に向かうことが予想されることから、本人確認書類を「顔写真付き」のものに限定して、本人確認手続きを厳格化することによって、詐欺等への悪用を防ぐ取組みや「真の受益者」の特定の精度向上に向けた取組みが本格化することを期待したいと思います。
サーバー
2014年に中国向け「中継サーバー」を通じたサイバー攻撃にNTTの光回線が悪用されていたという事例がありました。当時の本コラム(暴排トピックス2014年12月号)においても、サーバーの犯罪インフラ化を危惧して、以下のような指摘をしています。
日本の通信回線事業者においても、回線利用契約において犯罪利用などの禁止条項がなく、悪質業者でも接続環境が維持される状況にあること、少なくとも犯罪インフラとして犯罪組織の活動を助長するような悪質な利用者を排除することが社会的に要請されている状況を鑑みれば、インフラ事業者においても、事業の健全性が企業の社会的責任(CSR)の中に位置付けられている以上、何らかの自主規制、事前チェックやモニタリングの仕組み等の導入といった取組みも求められる。
本件については、警察庁がNTT東日本・西日本の両社に対策を要請していましたが、昨年12月、両社は、警察からの情報提供などで回線を通じた不正接続などが判明した場合、会社の判断で契約を解除できるとする条項を新たに設けました。具体的には、他人になりすました通販サイトへの不正接続や、ネットバンキングの不正送金などを想定しており、これによって、サーバーの犯罪インフラ化の抑止や被害の軽減につながるものと期待したいと思います。
レンタル携帯電話等
最近の報道によれば、警視庁が昨年1~11月に特殊詐欺などに使われた電話を調べたところ、8割以上がレンタル携帯電話・IP電話だったことが判明したほか、回線の半数以上が最終契約者に貸し出されるまでに3業者以上を経由しており、6業者を経由するケースもあったということです。また、レンタル業者に残された最終契約者の貸し出し記録を分析すると、98%以上で偽造や他人の運転免許証が本人確認に使われていたことも判明しています。さらに、利用者に貸し出していた事業者の9割以上の経営者が詐欺やヤミ金、薬物密売などの犯罪で過去に摘発された経歴が確認されるなど、レンタル電話業者が詐欺グループと結託している実態(レンタル携帯電話等の犯罪インフラ化)が明らかとなっています。
なお、関連して、直近でも、携帯電話の通話を可能にする「SIMカード」を本人確認せずに貸したとして、レンタル携帯電話業の男が携帯電話不正利用防止法違反の疑いで逮捕されています。男が貸した少なくとも数十回線が振り込め詐欺に悪用されており、約1400回線分の契約書類について現在も捜査が続いているということです。
一方、このレンタル携帯電話について、携帯電話会社のNTTドコモとソフトバンクが、不正レンタル業者への回線提供を即時停止する運用を始めています。レンタル携帯電話の本人確認手続きの甘さから、特殊詐欺等に悪用されている実態は上記でも明らかですが、これまでは詐欺に悪用されたと判明しても利用者の契約が停止されるだけで、携帯電話会社はレンタル業者への回線提供を継続していたのが実態で、このため回線が新たな詐欺グループに貸し出されることが続いていました。回線提供運用の厳格化によって、特殊詐欺の犯罪ツールとしてのレンタル携帯電話の悪用や特殊詐欺被害が減少することを期待したいところです。
貧困ビジネス(公的制度の悪用)
報道によれば、昨年6月以降、向精神薬を密売していたとして、兵庫県警が、麻薬取締法違反容疑などで男女計6人を逮捕しています。この逮捕者には医療費が無料になる元生活保護受給者や、一部公費負担となる母子家庭も含まれ、公的制度が「貧困ビジネス」に悪用されていた実態が浮き彫りになっています。ただ、その背景には、過剰に薬を出す医療機関の存在があり、前回ご紹介した診療報酬制度の悪用スキームと同様に、制度運用上の甘さが犯罪に悪用されているとも言えます。
なお、生活保護費の不正受給などを含む「貧困ビジネス」に関連した公的制度の犯罪インフラ化のリスクについては、本コラム等でも過去、以下のように指摘しています。
- 虚偽の「暴力団」の脱会届などを提出して生活保護を不正受給して逮捕される暴力団組員の事案などが発生している・・・生活保護の受給からの暴力団の排除については、実際の実務における水際対策は各自治体まかせ、窓口、担当者まかせであり、自治体側の統廃合等も含めたマンパワーの不足による実態確認の甘さ(認定時やその後の継続的なチェックの甘さ)も相俟って、暴力団構成員やその関係者の把握もなかなか進まず、このような不正を食い止める有効な手立てがないのが現状である。(暴排トピックス番外編 2013年2月)
- 大阪市西成区のあいりん地区で、昨年1年間に覚醒剤や大麻の売買で摘発された購入者らのうち、少なくとも37%にあたる155人が生活保護受給者・・・生活保護費が薬物の購入に充てられている実態が浮き彫りになっています。(暴排トピックス2013年3月号)
クレジットカード決済端末
繁華街で客引きらが案内した飲食店で不当に高額な料金を請求される「ぼったくり」被害が多発していますが、そのような悪質な店でもクレジットカードが使える実態があります。そのからくりとして、決済端末のまた貸しや、それを手助けする専門家がいることなどがあげられます。そして、それらの実態を知りながら、有効な対策を講じていないクレジットカード会社の加盟店管理の甘さも背景要因として指摘できます。昨年、経済産業省は、加盟店管理を強化する割賦販売法の改正に着手しましたが、特殊詐欺被害やサイバー攻撃等による被害が高止まりしていることから、より一層の迅速な対応が求められます。なお、加盟店管理の脆弱性と犯罪インフラ化については、以前も本コラム(暴排トピックス2013年10月号)で以下の通り指摘しています。
クレジットカード会社は出会い系サイト等との加盟店契約を締結しないルールになっていますが、現実にはカードが利用可能です。この背景には、「海外の決済代行会社」が、緩い加盟店管理のもと、それらと加盟店契約を締結、カードの利用を認めている現実があり、さらにクレジットカード会社がそれを黙認している状況があり、それらの脆弱性を「犯罪インフラ」として反社会的勢力が利用している現実があります。・・・ますます多様化する決済手段にクレジットカードは密接に関係しており、暴力団の直接・間接の関与による「犯罪インフラ化」への対応が喫緊の課題であると言えるのです。
公益法人
昨年、和歌山県議ら8人が大阪地検特捜部に脱税事件で逮捕されるという事案がありましたが、報道によれば、10億円超の巨額遺産を手にした相続人のグループは、税制上の優遇措置が保障された社会福祉法人を悪用しようとしたとされています。
近年はこうした公益性の高い法人が水面下で売買され、脱税やマネー・ローンダリングなどに悪用されるケースが目立っています。以前の本コラム(暴排トピックス2013年2月号)でも、大阪府の346(当時)の公益法人が「休眠状態」にあり、大阪府の外部監査人が、「法人格の売買など悪用の恐れがある」として早期の実態把握を求めているとの報道を紹介しました。また、それ以外にも、反社会的勢力がNPO法人などを隠れ蓑に犯罪を敢行している実態や、暴力団が宗教法人を脱税のために買収していた事例もあります。
このように、公益性の高い法人が犯罪インフラ化しないよう管轄官庁による監視を強化していく必要があるとともに、事業者としても、安易に信用して実態を確認しないまま関係を持ってしまうことのリスクも認識いただきたいと思います。
空き家
特殊詐欺の現金の送付先としてアパートやマンションの空き部屋が悪用されている実態については以前も紹介しましたが、埼玉県警が、空き家の犯罪インフラ化を防ぐため、不動産業者と協力して埼玉県内の空き部屋に「配送厳禁 特殊詐欺対策中」と記されたオリジナルシール3万枚を張り付けているとの報道がありました。宅配業者などに空き部屋だと知らせ、詐欺犯に現金などを受け取らせないようにする狙いがあるということです。
危険ドラッグへの対応において、リアル店舗ゼロを実現したのは官民の連携の成果でしたが、このような取組みによって、特殊詐欺における空き家の悪用がゼロとなること、同様の取り組みが全国に拡がり、(脇の甘いエリアがあればそこが集中的に狙われることもあり)各地で特殊詐欺を敢行しにくい環境作りがなされることを期待したいと思います。
露店
暴排条例の勧告事例のうち、過去、実名公表までに至ったものとして、兵庫県の露店商の組合の事例がありました(その後解散)が、そのような事情もあって、全国の神社等における露店からの暴排が着実に進んでいます。その一方で、報道(産経ニュース2015年12月26日付)によれば、「外国人は暴力団との関係を疑われにくいので格好の隠れみのになっている。一部は確実に暴力団の影響下にある」との暴力団関係者のコメントが紹介されており、近年、中東料理のケバブや韓国料理のチャプチェといった外国人が運営する外国料理の露店が増加している背景に暴力団の関与があるとのことです。
3.最近の暴排条例による勧告事例・暴対法に基づく中止命令ほか
1) 愛知県の逮捕事例
用心棒代を受け取っているインターネットカジノ店のトラブルに暴力団の威力を示して介入したとして、愛知県警は、愛知県暴排条例違反の疑いで、指定暴力団山口組弘道会系組幹部と元インターネットカジノ店経営者を再逮捕しています。両者は用心棒代の授受をしたとして、同条例違反容疑で逮捕されていましたが、トラブルへの介入など用心棒としての役務提供を禁じた暴排条例での立件は全国初ということです。
2) 福岡県ほかの公表事例
昨年12月に、「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」として、福岡県公安員会が認定した2社について、福岡県などで公表措置が採られています。