特殊詐欺を巡る最近の動向
2019.03.12取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
【もくじ】―――――――――――――――――――――――――
(1)最近の暴力団情勢
(2)AML/CFTを巡る動向
(3)仮想通貨を巡る動向
(4)テロリスクを巡る動向
(5)犯罪インフラを巡る動向
(6)その他のトピックス
・薬物を巡る動向
・IR/カジノ/ギャンブル依存症を巡る動向
・各種統計資料から~平成30年の犯罪情勢/サイバー空間を巡る脅威の情勢等
(7)北朝鮮リスクを巡る動向
(1)石川県暴排条例による勧告事例
(2)東京都暴排条例による勧告事例
(3)山梨県暴排条例関連情報
(4)福岡県暴排条例に基づく中止命令
(5)指名停止・排除措置公表事例(福岡県)
(6)暴力団対策法に基づく中命令(脱退暴排行為)事例(福岡県)
1. 特殊詐欺を巡る最近の動向
特殊詐欺による被害が高止まりしている中、警察庁が「オレオレ詐欺被害者等調査の概要について」と題したレポートを公表しました。本調査結果は大変興味深い示唆を含むものですが、それによれば、例えば、金融機関等による声掛けにより多くの被害が食い止められている一方で、被害者の3割弱が、だましの電話等を受けてから現金等を交付するまでの間、金融機関等から現金等を渡すのを思いとどまるよう声を掛けられていたものの、結果的に被害を防ぐことができていなかったということが判明しています。一方で、「警察官が来た」、「別の場所(応接室)等に案内された」、「支払いや手続きを一旦止められた」などの対応が、被害の阻止につながっているとも指摘しています。特殊詐欺対策においては確証バイアスの呪縛をどう解くかが大きな課題となりますが、「そもそも犯人からの電話に出ないための対策」、「家族間での小まめな情報共有」、「警察と金融機関等が連携して、より踏み込んだ窓口対応を行う」ことが被害防止に効果的との結果をふまえた対策の実施が急がれます。
今回は、平成30年における特殊詐欺の被害や摘発の状況を総括しつつ、現状の課題、今後の対策等について総括的に検討してみたいと思います。
ますは、昨年1年間の特殊詐欺の認知・検挙状況等について概観してみたいと思います。
▼警察庁 特殊詐欺認知・検挙状況等(平成30年・暫定値)について
特殊詐欺全体の認知件数は平成22年以降、平成29年まで7年連続で増加しましたが、平成30年は16,493件(前年比▲1,719件、▲9.4%)と減少に転じました。また、被害額は356.8億円(前年比▲38.0億円、▲9.6%)と平成26年以降4年連続で減少する結果となりました。しかしながら、認知件数・被害額に高水準で推移しており、依然として深刻な情勢は続いているといえます。都道府県別での状況については、41道府県において認知件数が減少した一方で、東京(3,914件、+404件)、埼玉(1,424件、+191件)、神奈川(2,606件、+183件)など、大都市圏において認知件数が大幅に増加する結果となりました(認知件数が増加した都県は東京、埼玉、神奈川、静岡、大阪)。また、認知件数・被害額ともに減少したことから、既遂1件当たりの被害額は、228.9万円(▲0.1万円、▲0.1%)とほぼ横ばいの水準となっています。
類型別の状況については、平成29年に大幅に増加したオレオレ詐欺は、平成30年も前年比で認知件数が増加(9,134件(前年比+638件、+7.5%))した一方で、被害額は減少(182.8億円(前年比▲25.1億円、▲12.1%))しています。また、平成29年に大幅に増加した架空請求詐欺は、平成30年は前年比で認知件数が減少(4,852件(前年比▲901件、▲15.7%)した一方で、被害額は増加(137.4億円(前年比+9.8億円、+7.7%))しており、オレオレ詐欺と架空請求詐欺の2つの手口で認知件数全体の84.8%を占めています。平成29年に減少に転じた還付金等詐欺は、平成30年も認知件数・被害額共に前年比で大幅に減少(1,910件(前年比▲1,219件、▲39.0%)、22.5億円(前年比▲13.3億円、▲37.2%))しています。金融機関等のATM対策などが功を奏した形ですが、それに伴い、オレオレ詐欺と架空請求詐欺に手口が移行したともいえます。また、手口別では、キャッシュカード手交型は、平成27年から引き続き増加(5,784件(前年比+1,728件、+42.6%)、65.8億円(前年比+4.2億円、+6.9%))しており、直近でも猛威をふるっている状況です。現金手交型は、前年対比で1割程度減少していますが、依然として高水準で推移(4,385件(前年比-▲501件、▲10.3%)、157.4億円(前年比▲21.2億円、▲11.9%))しています。平成29年に増加した電子マネー型は大きく減少(1,712件(前年比▲1,176件、▲40.7%)、10.8億円(前年比▲4.6億円、▲30.0%))傾向にあります。コンビニ等での水際での阻止などに代表されるとおり、その手口が広く知られてきているのではないかと推測されます。また、平成29年下半期から増加した収納代行利用型は、平成30年に入り減少傾向(702件(前年比▲225件、▲24.3%)、5.3億円(▲2.9億円、▲35.2%))となりました。その他、平成30年中には、キャッシュカード手交型のオレオレ詐欺等と同視し得るものとして、被害者の隙を見てキャッシュカードを窃取する手口の事件が多く認められています。典型的な手口としては、警察官、全国銀行協会職員、金融庁職員等を装って被害者に電話をかけ、「キャッシュカードが不正に利用されている」等の名目により、キャッシュカードを準備させた上で、受け子が被害者の隙を見てキャッシュカードを別のカードにすり替えるなどして窃取するものであり、首都圏と大阪を中心に多発している状況があります。この手口の窃盗は、平成30年中、認知件数1,348件、被害額18.9億円となっています。
また、年齢別にみると、特殊詐欺全体での高齢者(65歳以上)の被害の認知件数は、12,867件(前年比▲329件、▲2.5%)で、全体に占める割合(高齢者率)は78.0%(+5.5P)となっており、高齢者の被害防止が引き続き重要な課題となっています。手口別で高齢者率が高いのは、オレオレ詐欺(96.9%)、還付金等詐欺(84.6%)の2つの手口ですが、他方、架空請求詐欺は、幅広い世代で被害が生じており、特に、有料サイトの閲覧や登録等を理由に現金や電子マネーをだまし取る「有料サイト利用料金等名目」の架空請求詐欺は、20代から50代の女性の被害が約4割(40.9%)となっています。
取り締まりの推進状況としては、架け子を一網打尽にする犯行拠点(アジト)の摘発を推進し、61箇所を摘発(前年比▲7箇所)したほか、だまされた振り作戦や職務質問による現場検挙等を推進し、受け子や出し子、それらの見張役1,817人を検挙(前年比+212人、+13.2%)するなどの成果を挙げています。その結果、検挙件数が5,162件(前年比+518件、+11.2%)、検挙人員は2,747人(前年比+299人、+12.2%)を検挙し、件数・人員ともに増加することとなりました。
属性別でみると、暴力団構成員等の検挙人員は630人で、特殊詐欺全体の検挙人員の2割強(22.9%)を占めるなど、暴力団が間接的な関与に限らず直接的に関与している実態が窺えます(その背後には「貧困暴力団」と呼ばれる、食べるにも困る彼らの実態もあるのではないかと推測されます)。また、少年の検挙人員は754人で、特殊詐欺全体の検挙人員の約3割(27.4%)を占め、増加傾向(前年比++274人、+57.1%)にあります。さらに、少年の検挙人員の約8割(76.3%)が受け子で、特殊詐欺全体の受け子の検挙人員の4割弱(36.4%)を占めるといった実態から、軽い気持ちで犯罪に加担してしまう少年特有の行動様式、少年を捨て駒のように利用(悪用)している犯罪組織の実態があり、「少年をいかに特殊詐欺に関与させないか」もまた、特殊詐欺対策における重要な着眼点の一つだと思われます。
特殊詐欺を助長する犯行ツール(犯罪インフラ)対策としては、預貯金口座や携帯電話の不正な売買等、特殊詐欺を助長する犯罪の検挙を推進し、4,103件(前年比▲302件)、3,052人(前年比▲255人)を検挙したほか、犯行に利用された携帯電話(MVNO(仮想移動体通信事業者)が提供する携帯電話を含む)について、役務提供拒否に係る情報提供を推進(10,137件の情報提供を実施)したり、犯行に利用された電話に対して、繰り返し架電して警告メッセージを流し、電話を事実上使用できなくする「警告電話事業」を実施(平成30年度は12月末現在で対象となった5,032番号のうち、3,450番号(68.6%)について効果が認められた)したといいます。
防犯指導の推進としては、特殊詐欺等の捜査過程で押収した高齢者の名簿を活用し、注意喚起を実施(22都府県でコールセンターによる注意喚起を実施。高齢者に加え、予兆電話多発地域の金融機関等にも注意喚起を実施)、犯人からの電話に出ないために、高齢者宅の固定電話を常に留守番電話に設定することなどの働き掛けを実施、自動通話録音機につき、自治体等と連携した無償貸与等の普及活動を推進(平成30年12月末現在、45都道府県で約11万台分を確保)、全国防犯協会連合会と連携し、迷惑電話防止機能を有する機器の推奨を行う事業を実施するといった取り組みが行われたということです。被害の高止まりの状況ではあるものの、こういった地道な取り組みによって、一定程度の被害を抑止・防止できているものと推察され、今後も継続的に実施していく必要性は高いものと考えます。
関係事業者との連携による被害防止対策の推進としては、金融機関等と連携した声掛けにより、認知件数とほぼ同数の被害を阻止しており、阻止率は約5割(47.6%)にも上るという成果を挙げています。さらに、高齢者の高額払戻しに際しての警察への通報につき、金融機関との連携を強化する、還付金等詐欺対策として、金融機関と連携し、一定年数以上にわたってATMでの振込実績のない高齢者のATM振込限度額をゼロ円(又は極めて少額)とし、窓口に誘導して声掛け等を行う取組を推進(47都道府県・400金融機関(地方銀行の88.5%、信用金庫の98.5%)で実施)、全国規模の金融機関等においても取組を実施、キャッシュカード手交型への対策として、警察官や銀行職員等を名乗りキャッシュカードをだまし取る手口の広報、キャンペーン等による被害防止活動の推進、被害拡大防止のため、金融機関と連携し、高齢者のATM引出限度額を少額とし、さらに、預貯金口座のモニタリングを強化する取組を推進する、電子マネー型や収納代行利用型への対策として、コンビニエンスストア、電子マネー発行会社、収納代行会社等と連携し、電子マネー購入希望者や収納代行利用者への声掛け、チラシ等の啓発物品の配布、端末機の画面での注意喚起などの被害防止対策を推進しています。
そして、被害の実態等を把握し、被害防止対策に資することを目的として、平成30年8月から4ヶ月間、親族をかたるオレオレ詐欺について、被害者、事業者の協力により被害に遭わなかった者、家族・親族が見破り被害に遭わなかった者、自ら看破した者(計1,099人)に対して調査を実施したということであり、その結果が冒頭にも紹介した以下のレポート(概要)となります。
▼警察庁 オレオレ詐欺被害者等調査の概要について(広報資料)
特殊詐欺においては「確証バイアス」からいかに逃れられるかがポイントの一つとなりますが、「自分は被害に遭わないと思っていた」と回答した割合は、被害者が78.2%、事業者の協力により被害に遭わなかった者が78.0%、家族・親族が見破り被害に遭わなかった者が71.5%と、自ら看破した者の56.8%よりも高い値を示しており、特に被害者については、「どちらかといえば」を含めると95.2%が自分は被害に遭わないと思っていたことが認められるなど、被害に遭う可能性を過小評価する傾向がうかがわれるという結果となりました(これは確証バイアスの怖さを立証するものでもあり、むしろ「だまされるかも」くらいに思っている方の方が用心深く慎重に対応し、結果としてだまされずに済むといった循環を生んでいるともいえます)。また、被害者、事業者の協力により被害に遭わなかった者、及び家族・親族が見破り被害に遭わなかった者においては、自ら看破した者に比べて、自分が被害に遭わないと思っていた理由として「だまされない自信があったから」、「自分には関係のないことだと思っていたから」と回答した割合が高くなっているということであり、これもまた確証バイアス自体の怖さと、誰か他人の助けなくして確証バイアスから逃れることが難しいことを示す形となっています。また、被害者、事業者の協力により被害に遭わなかった者、及び家族・親族が見破り被害に遭わなかった者については、その約7割が通話中に犯人側からトラブルの内容を聞かされる前にだまされており、電話を受けた時点でだまされてしまう傾向がうかがわれるほか、また、だまされた理由として「声がそっくりだったから」が最も高い割合を占めているといいます。確証バイアスの怖さは、子どもや孫以外の人間であるにもかかわらず「脳内で変換されて」本人であると思い込んでしまうところにあり、そもそも受けた段階で本人と信じてしまう点が真に恐ろしい部分でもあります。さらに、だましの電話を受けた際の心理状況について、被害者、及び事業者の協力により被害に遭わなかった者の大半が「自分がお金を支払えば息子を救えると思った」、「親族が起こしたトラブルを聞いて、驚いた」、「『今日中に』などと時間を区切られたので焦ってしまった」などと回答しており、だましの電話を受けた際に冷静な判断ができなくなっていることがうかがわれる結果となりました。本人と信じ込んでいる状態であることに鑑みれば、話の内容を信じてしまうのも理解できるところではあります。したがって、これらを踏まえると、だましの電話を受けた際に確実に看破できるとは言い切れず、また、いったんだまされてしまうと冷静な判断が十分に期待できないことから、犯人からの電話に出ないための対策として、迷惑電話防止機能を有する機器の活用等が有効と認められると結論付けているのは、正にそのとおりと考えます。とっさの場合や確証バイアスに囚われている人間に何を言ってもその「思い込み」を排除させるのは難しく、犯人側もその心理状態を見越して畳み掛けてくる状況を鑑みれば、そもそも「怪しい電話には出ない」ことが最善の策となるといえます。
さらに、だましの電話等を受けた後、家族・親族が見破り被害に遭わなかった者の76.2%、自ら看破した者の59.6%は誰かに話をしているのに対し、被害者の75.1%、事業者の協力により被害に遭わなかった者の59.9%は誰とも相談していないという結果は大変考えさせられるところです。そもそも客観的に判断のできる身近な存在である家族・親族と連絡・相談することが被害防止のために有効であるのは言うまでもなく、普段からそれがしやすい環境を整えておくことが重要と認められることから、被害者になる可能性の高い高齢者だけでなく、その子供や孫世代も含めて、家族間で小まめに連絡を取り合うことで被害防止を図ってもらうような広報啓発を展開していく必要があるとの結論もまた理論的に極めて正しいといえます。それに加えて、相談を受けた家族が適切に被害を阻止できるようにすることや、犯人がなりすました親族に対し、元々把握していた電話番号に確認の電話をかけることも被害防止のために有効であり、それらを徹底することを中心とした広報啓発についても推進していく必要があるともしています。このように、家族等との日頃からのコミュニケーションや事前の決め事(確認の電話をかける等)などが有効であり、それに加えるならば、時々その決め事などを確認してみるといった「風化させない(慣れてしまわない)」工夫も必要ではないかと思います。
また、金融機関等による声掛けにより多くの被害が食い止められている一方で、被害者の3割弱が、だましの電話等を受けてから現金等を交付するまでの間、金融機関等から現金等を渡すのを思いとどまるよう声を掛けられていたものの、結果的に被害を防ぐことができていなかったことが認められるという実態にも驚かされました。確かに、金融機関において詐欺を疑うよう説得しても頑として認めようとしない高齢者が存在することは知られていますが、3割弱も存在するとなれば、そのための実効性の高い取り組みが必要となるといえます。本調査では、「お金の使い道を聞かれた」、「資料(チェックシート等)を示された」といった対応では、被害の阻止に至らずに既遂となっている状況が少なからず認められる一方で、「親族に連絡を取った」、「警察官が来た」、「別の場所(応接室)等に案内された」、「支払いや手続きを一旦止められた」、「複数の人(上司等)から説明を受けた」といった対応では、被害の阻止につながっている状況が認められるという結果が導かれており、「促す」というよりも「より強い対応」に踏み込まない限り被害を完全に防止することにつながらないことが分かります。そして、本レポートにおいても、「被害者が現金を準備しようとする際に、その約5割は金融機関窓口で現金を払い戻していることに鑑みれば、警察と金融機関等が連携して、より踏み込んだ窓口対応を行うことが被害防止に効果的と認められる」と結論付けていますので、ATMの利用制限と同様、金融機関の対応スタンスを見直すことが重要だといえます。
さて、今年に入って、特殊詐欺の取り締まりの強化についての警察庁の内部通達も出ていますので、(それに先立つ通達も含め)紹介します。
▼警察庁 特殊詐欺に係る犯罪者グループ等の取締りの強化について(平成31年1月16日)
今年1月に発出された本通達は、「総合的な特殊詐欺対策の推進について指示した通達(平成30年9月25日付け警察庁丙捜二第9号ほか)を受け、事件の背後にいるとみられる犯罪者グループ等に対する多角的取締りの実効性を担保するため、警察庁及び都道府県警察の各関係部門間で相互に連携の上、取り締まるべき犯罪者グループ等を見定めて重点的に対策を講じることを指示したもの」で、元となる通達は以下の内容となります。
▼警察庁 総合的な特殊詐欺対策の推進について(平成30年9月25日)
本通達は、「個々の特殊詐欺事件の実行犯検挙や突き上げ捜査に加えて、事件の背後にいるとみられる暴力団、準暴力団、不良外国人、暴走族、非行少年等に対しても、次の点に留意し、情報収集や取締りを行うこと」とするもので、「暴力団、準暴力団等」については、「事件の背後にいるとみられる暴力団、準暴力団等を弱体化することが特殊詐欺の抑止につながると考えられることから、特殊詐欺そのものでの検挙が困難であっても、暴行・傷害、薬物犯罪、金の密輸入、強盗・窃盗等あらゆる法令による検挙に努めること」「また、暴力団、準暴力団等にとって、特殊詐欺は有力な資金源となっている実態がうかがわれ、それを元に新たな犯罪に関与している可能性がある。これを念頭に置いて平素から実態把握を進め、それに基づく戦略的な取締りを行うこと」との指示となっています。また、「不良外国人」については、「不良外国人については、受け子としての検挙が急増しているほか、特殊詐欺に用いられる銀行口座の転売を組織的に行うなどの事例が確認されている。不良外国人が犯行に関与し、あるいは犯行ツールを提供しているといった実態に留意して情報収集を進め、犯行グループに関わる不良外国人についてはあらゆる法令を駆使した取締りを行うこと」との指示、「暴走族」については、「犯行グループの人材供給源とも言える暴走族に対しては、犯行グループとの接点について情報収集するとともに、活動実態の把握と取締りを行うこと」との指示、「非行少年」については、「特殊詐欺で検挙される少年の多くが受け子であり、友人や先輩から誘われ、安易に犯行グループの一員となるという実態が見受けられることから、このように特殊詐欺に関わる非行少年の周辺関係について情報収集を進め、必要な対策を講じること。併せて、特殊詐欺で検挙される少年の再犯者率は、刑法犯少年全体と比べて著しく高い状況にあることから、例えば、少年院等の関係機関との連携を強化するなどして少年が特殊詐欺に関与しないための取組を推進すること」との指示がそれぞれ出されています。特殊詐欺の被害防止を図るための広報啓発活動については、「これまで高齢者を対象に犯行手口を紹介するなどの注意喚起を中心に行ってきた」ところ、「その子供や孫の世代への働きかけを強化して、日常的に家族間で連絡を取り合うといった機運を醸成することも高齢者の被害防止に有効であると考えられる」として、こうした点を考慮して、効果的な広報啓発を実施するよう指示しています。
このように、セグメントごとの特徴をふまえた指示であり、とりわけ、暴力団・準暴力団について「特殊詐欺そのものでの検挙が困難であっても、暴行・傷害、薬物犯罪、金の密輸入、強盗・窃盗等あらゆる法令による検挙に努めること」というのは、暴力団・準暴力団対策および特殊詐欺対策の両面から摘発を強化する強い姿勢の表れだと思います。
その他、特殊詐欺を巡る最近の動向について、報道からいくつか紹介します。
- 群馬県や新潟県など1都4県で現金をだまし取ったとして逮捕された特殊詐欺事件のグループが、詐取金など約3,700万円を海外に持ち出そうとしたとして、山形県警が、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿未遂)の疑いで関係者を追送検しています。同法を適用し海外への現金持ち出しを隠匿行為と認定したのは全国初だということですが、新たな手口を次々と繰り出してくる詐欺への対応である以上、同様の手法やこれまであまり使われていない手法、新たな手法を駆使するなどして特殊詐欺を絶対に許さない姿勢を強く示して欲しいものだと思います。なお、本事件の具体的な手口としては、共謀し現金をキャリーケースに詰め、中部国際空港からタイへ出国し、現金を隠匿しようとしたということです。
- 高齢者からキャッシュカードをだまし取り、預金を引き出した特殊詐欺グループの男子大学生を車に監禁したなどとして、大阪府警が、逮捕監禁などの疑いで、同じ詐欺グループの男5人を逮捕しています。報道によれば、少年はカードの受け取りや預金の引き出し役だったところ、「引き出し額が足りない」などといわれ、仲間割れに発展したということです。特殊詐欺グループは、結束の強い犯罪集団とのイメージもある一方で、最近はバイト感覚でメンバーに引き入れられる学生も多い実態があり、それに伴って、未成年者の摘発も増えています。また、前述した警察の内部通達にもあるように、「特殊詐欺で検挙される少年の再犯者率は、刑法犯少年全体と比べて著しく高い状況にある」点にも注意していく必要があります。
- 80代女性宅に市役所職員を名乗る男から「還付金があるので、どの口座に振り込めばいいか」と電話があり、農協の口座を伝えた直後に、農協職員を名乗る男から「元号が変わるのであなたのキャッシュカードは使えない。職員が取りに行く」と電話があり、訪ねてきた30代くらいのスーツ姿の男にキャッシュカード2枚を渡してしまったということです。このような「元号が変わる」という新たな手口(切り口)での詐欺も拡がり始めており、注意が必要です。また、同じキャッシュカード手交型でも、60歳代の男性宅に、警察官を名乗る男から「口座情報が漏れている。これから金融庁の者がいく」と電話があり、犯人が金融庁職員に扮し、偽造職員証を首から下げて訪問、「キャッシュカードと暗証番号を書いた紙を封筒に入れ、3日間保管してください」と男性に封筒を手渡し、男性が印鑑を取りにいく間に、別のポイントカードが入った封筒にすり替えるという手口も見られました。
- 国民生活センターが、「たとえ桐花紋が入っていても架空請求ハガキは無視してください!」とする注意喚起を行っています。「『地方裁判所管理局』と名乗る機関からハガキが届いた。ハガキには、『特定消費料金未納に関する訴訟最終告知のお知らせ』と書かれ、桐花紋が印刷されていた。事前連絡なくハガキで裁判所から通知が来るのはおかしいと思い家族に相談したところ、架空請求ではないかと言われた。架空請求かどうか確認したい」という相談が消費生活センターに寄せられているということです。それに対し、同センターでは、「地方裁判所」と名乗っているが、裁判所とは一切関係ない。裁判所の名称を不正に使用している。また、桐花紋のような紋章が印刷されているが、公的機関からの請求ではないこと、「書面での通達となりますのでプライバシー保護の為、ご本人様からご連絡いただきますようお願い申し上げます」と記載されており、本人から連絡するように強調している。しかし、正式な裁判手続では、訴状は、「特別送達」と記載された、裁判所の名前入りの封書で郵便職員が直接手渡すことが原則となっており、ハガキで郵便受けに投げ込まれることはないこと、ハガキが届いても絶対に連絡を取らないようにと注意喚起を行っています。
▼ 国民生活センター たとえ桐花紋が入っていても架空請求ハガキは無視してください!
- 東京都江東区で無職の女性(80)が両手足を縛られて死亡していた事件で、強盗犯が事前に「アポ電」(アポイントメント電話)と呼ばれる電話をかけ、現金の有無などを確認していた可能性が浮上しています。アポ電は、息子などを装って「会社の金を使い込んだ」などと助けを求め、「預金はいくら?」「どれくらい準備できる?」などと尋ねるのが特徴で、これまで振り込めなどの特殊詐欺特有の手口とされていましたが、昨年夏以降、東京や大阪で「アポ電強盗」が少なくとも3件発生しています。捜査当局はアポ電が凶悪事件にも転用されているとみて警戒を強めています。この点については、「相手をだませなかったので強盗に切り替えたのか、最初から強盗目的でアポ電をかけていたのかは分からないが、新しい犯罪の流れだ」との暴力団関係者のコメントもありました(平成31年3月1日付毎日新聞)。殺人や強盗といった凶悪犯と詐欺などの知能犯は分類上別ですが、特殊詐欺対策が徹底してきたことで成功率が低くなってきたことから、詐欺グループが凶悪犯罪に転じた可能性もあるのではないかと考えます。なお、報道(平成31年3月1日付産経新聞)によれば、警視庁の調べでは、「アポ電」など資産状況を尋ねる不審電話の届け出は、平成28年15,010件から、平成29年には25,911件に急増しており、平成30年には過去最多の34,658件にも達したということです。今年に入っても増加傾向は続いており、1月には前年同期を159件上回る2,519件に上っています。アポ電に対する対応策として、警視庁犯罪抑止対策本部は「留守番電話にして、非通知や知らない番号からの電話には一切出ないでほしい」と注意を呼び掛けているほか、自動通話録音機を貸し出している自治体の窓口には、住民からの問い合わせが殺到しているということです。また、警視庁は、高齢者を狙ったアポ電があった地域を速報するツイッターを始めています(被害者となりやすい高齢者にツイッターで情報が届くのかといった問題はありそうですが、家族等が知ることで速やかにコミュニケーションをとれば有効な対策となり、そのためのツールと理解すればとてもよい取り組みだといえそうです)。
- 特殊詐欺の被害がワースト上位の神奈川県は、2018年も認知件数と被害総額が過去最多の2,604件・57億円9,800万円に達し、県内信金では撲滅活動に力を注いでいるといいます。ところが、対応を徹底するあまり、「なぜ、自分のお金を自由に引き出せないのか」などの苦情を受け取引解消も増加している状況もあるようです。報道(平成31年3月1日付ニッキン)によれば、「年間150件ほどの苦情の8割は高齢者の出金絡み」(県内信金理事長)という驚きの実情がありながらも、金融機関として「高齢者の預金を守ることは使命」と対応姿勢は緩めず、被害撲滅を目指しているといったものもありました。
- 警察は特殊詐欺グループからとみられる不審電話の届け出があった場合、番号などを基に携帯電話の所有者を捜査、偽造した身分証明書を使って契約したり、転売されたりした電話と確認されれば、携帯電話事業者に情報提供を行います。それを受けて、事業者は携帯電話不正利用防止法に基づいて強制解約し、使えなくするといった取り組みが運用されています。この取り組みに基づき、大阪府警が、特殊詐欺事件に使われた携帯電話を強制的に解約するため、携帯電話事業者に情報提供した件数が昨年1,116件と過去最多となったということです。報道(平成31年2月23日付産経新聞)によれば、詐欺グループは電話番号から捜査の手が及ぶのを警戒し、架空名義などの携帯電話を割高で入手しており、強制解約することで、グループは新たな電話を調達しなければならず、資金面で打撃を与えることができるといいます。
- 振り込め詐欺の対策として、多くの銀行では行員が取引明細や口座情報を調べ、普段と違う場所でATMを利用していたり、短期間に繰り返し現金を引き出したりするケースなど、異常を示唆する取引を手作業で探しているのが現状のところ、AIを使って振り込め詐欺などの不正送金を高精度に検知するための仕組みを情報通信研究機構が開発したということです。複数の金融機関が持つ多くの取引データを利用してAIの性能を向上させる実験を行い、詐欺被害を減少させることを狙っているといい、十分な精度が出れば、「人」の目と併用して、実効性の高い特殊詐欺対策となり得るのではないかと期待したいと思います。
- ソフトバンクは、格安ブランドの「ワイモバイル」で、高齢者向けのスマホに振り込め詐欺の電話を警告する機能を搭載すると発表しています。警察などからの情報提供をもとに危険な電話番号のリストを作成、発着信の際に自動で警告を表示するというものです。電話による詐欺が増えるなか、安心感をアピールして販売増につなげるということですが、民間の事業者でも特殊詐欺対策に貢献できるよい事例でもあると思います。
- 内閣府が「消費者基本計画工程表の第4回改定」を行っており、その中で本コラムでも以前紹介した「架空請求対策パッケージ」の推進が掲げられています。警察庁は、「架空請求等の特殊詐欺の取締りを強化する」、「特殊詐欺を助長する行為について取締りに当たる」、「不正に取得された携帯電話等に係る役務提供拒否のための情報提供等を推進」、消費者庁は、「消費生活センター等からの情報提供により、架空請求に利用された電話番号を把握し、当該番号に対する架電等を実施」、「SNSデータを活用した情報収集を通じ、実在の事業者をかたる架空請求に関し、かたられている側の事業者の取組が把握できた場合に、これらの事業者の取組について、当該事業者の了解を得た上で、消費者庁のウェブサイトにおいて周知」といった取り組みが挙げられています。
2. 最近のトピックス
(1) 最近の暴力団情勢
被害者13,000人、被害額460億円という巨額投資詐欺事件がようやく摘発にこぎつけられました。摘発されたのはテキシアジャパンホールディングス(以下「テキシア社」という)で、同社は投資コンサルタントと称して、「一口100万円出資すると、毎月3%の配当が支払われる」、「一年後には元本を償還するか、契約を継続するかを選べる」などと高配当と元本保証を謳い、しかも出資者を紹介すると報酬が上がる仕組みも取り入れ、高齢者らを中心に多くの会員を募って投資資金を集めてきましたが、当然、配当は滞り、元本の返還もありませんでした。その結果、全国各地で出資金返還訴訟が起こされるなど問題が表面化、昨年から捜査当局も家宅捜索などに動きはじめ、ようやく今年2月に摘発となりました。逮捕されたメンバーの中に元警察官がおり、ある記事(平成31年2月27日付現代ビジネス)によれば、彼は投資詐欺事件を担当する捜査部門に籍を置いていたこともあって、どうすれば摘発されないかがよく分かっており、勧誘担当のリーダーとして「詐欺に問われないような集金方法(同社では現金の手渡しが全社的に行われていたといいます)を指南していた」ことがその原因のひとつだと考えられます(なお、記事によれば、それ以外にも容疑者の中に捜査関係者と通じている者がいたとされ、捜査情報が筒抜けとなっていたとも言われています)。さらに、この事件では、その背後に、指定暴力団六代目山口組の直系団体である三代目弘道会傘下の「野内組」幹部が関与していたことも明るみに出ました(なお、野内組は武闘派で名高く、弘道会内に存在するといわれている「ヒットマン集団」の主要な構成メンバーのひとつとされています)。また、本事件では、集めた資金の約6~7割は配当や紹介料などとして出資者側へ還流していたとみられるものの、残りの金の流れが解明されておらず(警察は、昨年7月以降、同社や容疑者宅など63カ所を捜索し、顧客名簿やパソコンなど1,013点を押収したものの、現金は1,632万円しか確認できなかったといいます)、記事によると、テキシア社から野内組側に10億円単位の資金が流れたとされています。そして、その流れた資金については、弘道会トップの高山清司の出所前後に予想されている「3つの山口組」の再編の動きと関係があるのではないかとも言われています(そのような背景もふまえ、捜査本部は、野内組と弘道会の双方の事務所を捜索しています)。いずれにせよ、元警察官の関与等により捜査が難航し、弘道会にまでいまだ切り込めていない状況のまま、巨額の資金が暴力団側に流れている(流れ続けている?)のは極めて憂慮すべき問題であり、早急な全容解明と野内組・弘道会関係者を含む摘発など、適正な捜査が行われることを期待したいと思います。なお、報道によれば、テキシア社が現在、出資者に「仮想通貨」による返金を提案しているということですが、国内でこの仮想通貨を扱う登録業者はなく、換金ができない可能性が否定できないところです。また、出資者の中には警察の捜査協力の依頼を「私は被害者ではない」と拒む人もいるということですから、今後、さらに被害が拡大する可能性もまた否定できないところです。
以前の本コラム(暴排トピックス2019年1月号)でも紹介ましたが、昨年12月に固定資産税の滞納で差し押さえた特定危険指定暴力団工藤会本部事務所の北九州市への売却に関する動向については、その後、工藤会側が売却の意向を示しており、北九州市が土地の評価額や建物の解体費用の算定の手続きに入っています。なお、この事務所は、工藤会トップの野村被告が代表取締役を務める会社が所有していますが、福岡県公安委員会が暴力団対策法に基づく使用制限命令を出した2014年11月以降、原則として組員らの立ち入りは禁じられている状況です。また、工藤会が関与したとされるスナック女性経営者刺傷事件を巡り、女性側が工藤会トップの野村被告らに損害賠償を求めた訴訟で、福岡地裁が野村被告の預貯金約7,500万円を仮差し押さえする決定を出したということです。これまで本コラムでも紹介したとおり、野村被告は3件の一般人襲撃事件で合計約2億円の損害賠償を請求されていますが、一連の訴訟では、野村被告所有の複数の不動産が仮差し押さえされていたところ、預貯金が対象となるのは初めてとなります。なお、本件についての報道(平成31年2月14日付毎日新聞)の中で、弁護士が、「暴力団相手の訴訟では口座の特定が困難で仮差し押さえは異例だ」とした上で、「不動産の場合は差し押さえても暴力団物件のため競売で買い手が付かないことも考えられ、回収できるかどうか不透明な面が残る。預貯金の方が被害回復の手段としてより安全だ」と話していましたが、正にそのとおりだと考えます。ただ、暴力団関係者の本人名義の口座が解除されていく中、本人の預貯金と認定することや、暴力団側も、預貯金から現金へと資産の保有手段を変えている状況から、被害回復としての預貯金差し押さえが機能するかはケースバイケースといえるかもしれません。
暴力団対策法上の使用者責任の活用については、暴力団の資金源への直接的な打撃になると考えられることから、被害回復に向けた訴訟の提起が極めて有効となるところ、今般、指定暴力団共政会傘下の暴力団員から要求されたみかじめ料支払いを断り、襲撃されたなどとして、広島市の元風俗店経営者ら3人が守屋総裁と傘下の組長ら3人に慰謝料を求めた訴訟の控訴審判決で、広島高裁は、一審と同様に守屋総裁の使用者責任を認めた上で賠償額を減らし、4人に慰謝料など計約1,600万円の支払いを命じています。報道によれば、「みかじめ料を要求されるなどした被害者らが被った精神的苦痛は重大」と指摘する一方、原告によっては直接襲撃されていなかったり身体的な損害が生じていなかったりする場合があり、原告2人の賠償額を110万円ずつ減らしたということです。この暴力団対策法に基づく使用者賠償については、聴覚障害を持つ暴力団組員に現金を脅し取られるなどした聴覚障害者27人が、指定暴力団極東会の元会長らに使用者責任等に基づく損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁が、元会長に暴力団対策法に基づく使用者責任を認め、3人に計約1億9700万円を支払うよう命じたものが有名です。本件は、平成20年の暴力団対策法改正に基づく使用者賠償責任を認めた判決は初めてのものでした(暴排トピックス2016年10月号も参照ください)。本件について、東京地裁は、現金を要求したことは所属組長の指示であり、脅し取った資金の一部は極東会への上納金となっていたとみられると指摘し、暴力団対策法で規定する「威力利用資金獲得行為」だったと認定しています。暴力団対策法第31条の2は、「威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任」として、「指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為(当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。)を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と定めていますが、今回の判決の画期的な点は、「極東会では上位の構成員に対する上納金制度があると推認され、組員は極東会の事業の一環として恐喝や詐欺で資金を獲得した」と指摘したとされる点にあり、それまで民事訴訟で暴力団組織の指揮命令や上納金制度などを立証するハードルはそもそも高かったところ、詐欺的犯罪類型についても暴力団トップの使用者責任を問えることの意味は非常に大きく、特殊詐欺が暴力団の資金源となっている現状をふまえれば、今後、大きな抑止力となりうるものといえます。そして、今回の共政会の事案も「威力利用資金獲得行為」の認定、上納金の認定という枠組みを使ってのものと推測されます。
また、法的な対応という点では、福岡県久留米市東町にある指定暴力団道仁会大平組の事務所について、福岡県暴力追放運動推進センターが、福岡地裁久留米支部から使用差し止めの仮処分の決定が出され、組員の立ち入りや会合が禁止されたと発表したことも重要な成果のひとつだといえます。改正暴力団対策法にも基づき、近隣住民が「代理訴訟制度」を活用、同暴追センターが仮処分を申し立てていたものです。さらに、裁判に要した費用は、組事務所に関する訴訟を支援する福岡県の助成制度が初めて適用されるという点でも画期的な取り組みと評価できると思います。なお、余談となりますが、暴力団が組事務所の使用差し止め請求や立ち退き請求を起こされ、事務所を移転しようにも、現在は全国の暴排条例により実質的に新規に事務所を開設することが難しくなっていますし、不動産競売物件の落札についても、今後、暴排の仕組みが導入されることから入札への参加自体困難となる見込みです。ただ、その一方で、民間の賃貸契約において、まだ暴排の取組みが十分でない事業者の居住用の管理物件に暴力団事務所を構えるケースも確認されています(もちろん、このケースも暴排条例に抵触する可能性が高いと考えられます)。悪質な事業者の摘発や入居者の入口での排除(本人確認や反社チェックの徹底)はもちろん重要ですが、その限界を乗り越えるために、管理物件の管理・監視の強化(通報制度の導入や巡回の頻度を増やすなど)などの中間管理(モニタリング)の取組みの重要性も増しているといえます。
次に、半グレ(準暴力団等)その他の動向について、最近の報道からいくつか紹介します。
- 2016年5月、17都府県のコンビニのATMから18億円超が不正に引き出された事件で、福岡県警は、窃盗などの疑いで準暴力団「関東連合」(解散)の元メンバーを逮捕し、一連の事件をこの容疑者らが首謀した疑いがあるとみて追及しているといいます。本事件では、全国の警察が、これまでに約250人を、現金の引き出し役などとして摘発しています。
- 沖縄県内に半グレ集団が少なくとも3団体いるとみて、沖縄県警が警戒を強めているということです。報道(平成31年3月3日付琉球新報)によれば、沖縄本島中南部や先島地方を拠点に活動し、県警が把握しているだけで総勢約80人いるとされます。地元組織である指定暴力団旭琉会や県外の暴力団組織などとつながりを持ち、闇金や特殊詐欺などで資金を獲得しているとみられており、この3団体の中には違法行為だけでなく、合法的な飲食店事業、観光業、建設業などにも進出しているといい注意が必要な状況です。
- 半グレや元暴力団員といった人間が犯罪の被害者となるケースが相次いでいます。暴力団とのトラブル、社会復帰してもなじめず自殺したり薬物に手を出したりといった背景要因があるようです。また、覚せい剤の売買などで何とか食べているものの、自身が依存症になっているケースも少なくないといいます。これらの状況に共通しているのは、暴力団の「5年卒業基準」に代表されるように、今の社会が、「暴力団員でもない、カタギにもなれない中途半端な人間」を作り出しているのではないかということです。暴力団離脱者支援の取組みが拡がりを見せているとはいえ、まだまだ「行き場のない人間」の受け皿となるような社会とまではなっていないのが現状です。暴排は浸透しても、それが犯罪などの社会不安の解消には思ったほどつながっておらず、むしろ反社会的な人間を生み出しているにすぎないのであれば、「暴排」自体のあり方・枠組み、「社会的包摂」についてもう一度考え直していくべき時期なのかもしれません。さらに、暴力団離脱者支援の問題とあわせて考えるべきは、暴力団や彼らのような者の「子ども」を取り巻く環境への配慮です。その環境は否応なしに劣悪であり、親が子を捨てるケースも一般の家庭よりはるかに多く、「憎悪の再生産」から子どもも反社会的な人間となってしまう可能性も高いように思われます。「社会悪」である暴力団等の徹底的な排除は当然とはいえ、「憎悪の再生産」の連鎖は断ち切る必要があります。彼らの子どもの救済方法もあわせて考えていく必要性を痛感しています。
- 静岡県警は、暴力団離脱者の就労支援などを担う「社会復帰アドバイザー」を配置すると発表しています。報道(平成31年3月5日付静岡新聞)によれば、暴排の社会的な取り組みの加速や取り締まりの強化で資金獲得が難しくなっていることを踏まえ、組員の離脱を促し、組織の弱体化を図る狙いがあり、4月に県警OB1人を非常勤職員として採用し、離脱した組員の採用面接に同行するなど「再出発」を後押しするというものです。また、雇用に協力的な企業への就労支援、離脱希望者への助言を手掛けるほか、各署から集まった離脱の意向を示す組員らの情報を集約し、円滑な離脱と就労に結び付けることや、雇用の受け皿になる事業者の募集活動にも取り組むといいます。静岡県を含む30都府県の県警本部などは暴力団離脱者の社会復帰対策に関する広域連携協定を結び、所属組織から離れた場所で就労先をあっせんする仕組みも構築されています。このような暴力団離脱者支援の実効性の高い取組みが他の自治体にも拡がることを期待したいと思います。
- 兵庫県尼崎市議会は、同市が提案した「市暴力団排除活動支援基金条例」の条例案を全会一致で可決しています。暴力団事務所の使用差し止めを求める代理訴訟の費用などを援助する内容で、県内では宝塚、豊岡、丹波市に続き4例目だということです(前述した福岡県久留米市における、暴追センターによる「代理訴訟制度」を活用した組事務所の使用差し止めの仮処分事案でも、福岡県の助成制度が初めて適用されることとなりましたが、その趣旨とまったく同じといえます)。尼崎市内には、任侠山口組や神戸山口組など、複数の組事務所があり、昨年6月には、暴力団追放兵庫県民センターが尼崎市内の組事務所の使用禁止を求める仮処分を申請し、同9月、神戸地裁が認める決定をするなどの取り組みが進んでいます。
(2) AML/CFTを巡る動向
金融機関を中心に今年秋のFATF(金融活動作業部会)による第4次対日相互審査への対応が本格化しています。そのような中、JAFICから平成30年犯罪収益移転防止法に関する年次報告書が公表されましたので、そのポイントを簡単に紹介します。
▼警察庁 犯罪収益移転防止対策室等(JAFIC) 犯罪収益移転防止に関する年次報告書(平成30年)
この1年間のAML/CFTを巡る動向を概観すると、平成30年3月及び7月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議における声明で、暗号資産(仮想通貨)がマネー・ローンダリング(マネロン)やテロ資金供与等の問題がある旨提起されたことを受け、FATF は、同年10月、FATF 勧告を改訂し、仮想通貨交換業者、仮想通貨管理業者、ICO(Initial Coin Offering:新規仮想通貨公開)関連サービス業者には、AML/CFT規制が課されなければならないことを規定したことが大きな動きの一つといえます。さらに日本においては、昨年7月のFATF 勧告において、カジノにはマネー・ローンダリング及びテロ資金供与に利用される危険性があり、顧客が一定の基準額以上の金融取引に従事する場合には顧客管理措置をとること等が求められていること等を踏まえ、犯罪収益移転防止法(犯収法)の一部改正によりカジノ事業者を特定事業者に追加することなどを含む「特定複合観光施設区域整備法」が成立したことも特筆すべき事項です。また、同年2月、6月及び10月に開催されたFATF 全体会合において、イラン・イスラム共和国及び北朝鮮に係る声明が採択され、これらの国・地域から生ずるマネー・ローンダリング等のリスクから国際金融システムを保護するための措置を適用するよう要請されたことを受け、警察庁は、関係省庁を通じて、特定事業者に対し、これらの国・地域について取引時確認や疑わしい取引の届出等の徹底を図るよう要請しています。さらに、平成29年及び30年に閣議決定された「未来投資戦略」に基づいて、FinTech に対応し、オンラインで完結する本人確認方法を新設するなど本人確認方法等に関する所要の見直しを行うため、犯収法施行規則の改正が行われ、平成30年11月30日に公布・施行されています。さらに、平成30年2月に、金融庁が、金融機関等の実効的な態勢整備を促すために、AML/CFTにかかるリスク管理の基本的な考え方を明らかにした「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」を公表し、同年8月には、同ガイドライン公表以降の金融庁の取組及び金融庁所管の金融機関等の対応状況等を取りまとめた「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の現状と課題」が公表されました(これらについては、本コラムでもタイムリーに紹介してきました)。
次に、AML/CFTを巡る実務にかかる動向について概観すると、まず、国家公安委員会・警察庁による報告徴収・意見陳述等について、平成30年中、電話転送サービス事業者等を対象として13件の報告徴収を行っています。報告徴収により判明した具体的な違反内容としては、明らかに偽造されたものと判別できる本人確認書類の提示等を受けて取引時確認を行っていた、顧客の取引目的や職業等の確認を怠ったこと等が認められています(電話転送サービス事業者等については、特殊詐欺の犯罪インフラとして悪用されるケースが多いことは本コラムでもたびたび指摘しているところであり、暴力団等反社会的勢力、犯罪組織等の活動を助長する実態が多く見られており、厳しく摘発されていくことを期待したいと思います)。「疑わしい取引」については、平成30年中の届出受理件数は417,465件と、前年より17,422件(4.3%)増加しています。届出事業者の業態別に見ると、(例年の傾向と同様)銀行等が346,014件で届出件数全体の82.9%と最も多く、次いでクレジットカード事業者(15,114件、3.6%)、信用金庫・信用協同組合(14,375件、3.4%)の順であり、銀行等の占める割合が昨年の86.6%から低下したことは、逆に他の業態において疑わしい取引の届出がワークし始めたことを示唆しており、実効性の観点から喜ばしい動きだといえます。なお、昨年から大きく増えた特定事業者として、金融商品取引業者(8,436件から13,345件に)、貸金業者(7,512件から12,396件に)、仮想通貨交換業者(669件から7,096件に)、宝石・貴金属等取扱事業者(146件から952件に)などが挙げられます。AML/CFTは特定事業者全体の取組みとして考える必要があり、銀行等以外の事業者の取組みが本格化することが底上げにつながるといえます。また、捜査機関等に対する疑わしい取引の届出に関する情報の提供件数は毎年増加し、平成30年中は460,745件と、前年より14,660件(3.3%)増加し、過去最多となりました。疑わしい取引に関する情報を端緒として都道府県警察が検挙した事件(以下「端緒事件」という)等、平成30年中に都道府県警察の捜査において活用された疑わしい取引に関する情報数は314,296件、都道府県警察が検挙した端緒事件の数は、平成30年中は1,124事件と、前年より27事件(2.5%)増加、端緒事件の罪種としては、犯罪収益移転防止法違反636件、詐欺366件、覚せい剤取締法違反34件、入管法違反26件、組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)12件などとなっています。もう少し具体的にみると、詐欺関連事犯(詐欺、犯罪収益移転防止法違反等)は計1,004事件と全体の89.3%を占めて最も多く、預貯金通帳等の詐欺又は譲受・譲渡、生活保護費等の不正受給、コンサートチケット販売や不動産賃貸権に関する詐欺等の事件を検挙、マネー・ローンダリング事犯(組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿・収受))は計17事件であり、詐欺、ヤミ金融事犯等により得た不法収益等の隠匿・収受の事件を検挙しています。また、平成30年中における組織的犯罪処罰法に係るマネー・ローンダリング事犯の検挙事件数は、法人等経営支配事件1事件、犯罪収益等(注)隠匿事件377事件、犯罪収益等収受事件126事件の合計504事件と、前年より151事件(42.8%)増加しています。組織的犯罪処罰法に係るマネー・ローンダリング事犯を前提犯罪別に見ると、窃盗が191事件と最も多く、詐欺が162事件、ヤミ金融事犯が28事件、電子計算機使用詐欺が26事件等となっており、平成30年中の犯罪収益等隠匿事件としては、他人名義の口座への振込入金の手口を用いるものが多くを占めており、他人名義の口座がマネー・ローンダリングの主要な犯罪インフラとなっていることがうかがえます。さらに、平成30年中の犯罪収益等収受事件は、売春事犯、賭博事犯等で得た犯罪収益等を直接又は口座を介して収受する手口、窃盗等の被害品を買い取るなどして収受する手口等がみられ、犯罪者が入手した犯罪収益等が、様々な方法で別の者の手に渡っている状況がうかがわれます。
また、平成30年中に組織的犯罪処罰法に係るマネー・ローンダリング事犯で検挙されたもののうち、暴力団構成員等(暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者をいう。以下同じ。)が関与したものは、犯罪収益等隠匿事件36事件及び犯罪収益等収受事件26事件の合計62事件で、全体の12.3%を占めており、昨年の13.0%とほぼ横ばいの状況ながら、暴力団とマネー・ローンダリングの相関関係の高さがうかがえる数字となっています。暴力団構成員等が関与したマネー・ローンダリング事犯を前提犯罪別に見ると、詐欺が25事件、窃盗及びヤミ金融事犯がそれぞれ7事件、売春事犯が6事件、賭博事犯が5事件等であり、暴力団構成員等が多様な犯罪に関与し、マネー・ローンダリング事犯を敢行している実態がうかがわれます。
さらに、平成30年中に組織的犯罪処罰法に係るマネー・ローンダリング事犯で検挙されたもののうち、来日外国人が関与したものは、犯罪収益等隠匿事件34事件及び犯罪収益等収受事件14事件の合計48事件で、全体の9.5%を占めています。来日外国人の犯人らは、日本国内に開設された他人名義の口座を利用したり、偽名で盗品等を売却するなど、様々な手口を使ってマネー・ローンダリング事犯を行っている実態がうかがわれるほか、海外で行われた詐欺の犯罪収益を正当な資金のようにみせかけ、真の資金の出所や所有者、資金の実態を隠匿しようとするマネー・ローンダリング行為が行われるなど、グローバルな視点からAML/CFTの底上げを図る必要を感じさせます。
また、平成30年中の麻薬特例法が定めるマネー・ローンダリング事犯の検挙事件数は7事件あり、大麻等を密売し、購入客からの代金を他人名義の口座に入金させていた薬物犯罪収益等隠匿事件のように、薬物事犯で得た資金が、マネー・ローンダリングされている実態がうかがわれます。薬物事犯は、暴力団の関与が濃厚な犯罪類型でもありますが、マネー・ローンダリングとの関係性も深い点をあらためて認識する必要があります。
その他、平成30年中の組織的犯罪処罰法に係る起訴前の没収保全命令の発出件数(警察官たる司法警察員請求分)は206件と、前年より18件(9.6%)増加したこと、平成30年中の麻薬特例法に係る起訴前の没収保全命令の発出件数(警察官たる司法警察員請求分)は17件、発出された起訴前の没収保全命令としては、覚せい剤を密売することにより得た収益に対する起訴前の没収保全命令等があること、多くのマネー・ローンダリング事犯において、他人名義の預貯金通帳が悪用されているが、平成30年中における預貯金通帳等の不正譲渡等の検挙件数は2,575件と、前年より6件減少(率からみればほぼ横ばい)したことなども付記しておきたいと思います。
さて、昨年2月に公表された金融庁「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(以下「ガイドライン」という)については、現在改正に向けてパブコメ募集中(平成31年3月15日まで)です。改正内容について以下確認します。
▼金融庁 「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」の一部改正(案)の公表について
▼別紙
追加される記述として、「基本的な考え方」の項目に、「テロ資金供与対策については、テロの脅威が国境を越えて広がっていることを踏まえ、金融機関等においては、テロリストへの資金供与に自らが提供する商品・サービスが利用され得るという認識の下、実効的な管理態勢を構築しなければならない。例えば、非営利団体との取引に際しては、全ての非営利団体が本質的にリスクが高いものではないことを前提としつつ、その活動の性質や範囲等によってはテロ資金供与に利用されるリスクがあることを踏まえ、国によるリスク評価の結果(犯収法に定める「犯罪収益移転危険度調査書」)やFATF の指摘等を踏まえた対策を検討し、リスク低減措置を講ずることが重要である。このほか、大量破壊兵器の拡散に対する資金供与の防止のための対応も含め、外為法や国際連合安全保障理事会決議第千二百六十七号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法(国際テロリスト財産凍結法)をはじめとする国内外の法規制等も踏まえた態勢の構築が必要である」があり、主にテロ資金供与対策からの補強の観点からの追加となっています(なお、この文脈で「非営利法人」を例としている点が極めて興味深いところです)。
修正されている箇所としては、「リスクの特定」の項目で、「検証に際しては、国によるリスク評価の結果を踏まえる必要があるほか、外国当局や業界団体等が行う分析等についても適切に勘案することで、各業態が共通で参照すべき分析と、各業態それぞれの特徴に応じた業態別の分析の双方を十分に踏まえることが重要である。さらに、こうした分析等は、複数の金融機関等に共通して当てはまる事項を記載したものであることが一般的であり、金融機関等においては、これらを参照するにとどまらず、自らの業務の特性とそれに伴うリスクを包括的かつ具体的に想定して、直面するリスクを特定しておく必要がある」とより自立的・自律的なリスクベース・アプローチを要請していることが明確になっています。さらに、「リスク低減措置の意義」の項目では、「リスク低減措置のうち、特に個々の顧客に着目し、自らが特定・評価したリスクを前提として、個々の顧客の情報や当該顧客が行う取引の内容等を調査し、調査の結果をリスク評価の結果と照らして、講ずべき低減措置を判断・実施する一連の流れを、本ガイドラインにおいては、「顧客管理」(カスタマー・デュー・ディリジェンス:CDD)と呼ぶ。個々の顧客に着目した手法のほかにも、取引状況の分析・異常取引の検知等の個々の取引に着目した手法があり、これらを組み合わせて実施していくことが有効である」と「個々の取引に着目」「個々の取引に着目」との対比・並立をより明確にするものとなっています。
「顧客管理(カスタマー・デュー・ディリジェンス:CDD)」では、「顧客管理の一連の流れは、取引関係の開始時、継続時、終了時の各段階に便宜的に区分することができるが、それぞれの段階において、個々の顧客やその行う取引のリスクの大きさに応じて調査し、講ずべき低減措置を的確に判断・実施する必要がある。金融機関等においては、これらの過程で確認した情報を総合的に考慮し、全ての顧客についてリスク評価を実施するとともに、自らが、マネロン・テロ資金供与リスクが高いと判断した顧客については、いわゆる外国PEPs(Politically Exposed Persons)や特定国等に係る取引を行う顧客も含め、より厳格な顧客管理(Enhanced Due Diligence:EDD)を行うことが求められる一方、リスクが低いと判断した場合には、簡素な顧客管理(Simplified Due Diligence:SDD)を行うなど、円滑な取引の実行に配慮することが求められる」として、全ての顧客をまずは自立的・自律的にリスク評価することの重要性を際立たせています。さらに、「顧客管理」における「対応が求められる事項」として、「商品・サービス、取引形態、国・地域、顧客属性等に対する自らのマネロン・テロ資金供与リスクの評価の結果を総合し、利用する商品・サービスや顧客属性等が共通する顧客類型ごとにリスク評価を行うこと等により、全ての顧客についてリスク評価を行うとともに、講ずべき低減措置を顧客のリスク評価に応じて判断すること」と、「各顧客のリスクが高まったと想定される具体的な事象が発生した場合のほか、定期的に顧客情報の確認を実施するとともに、例えば高リスクと判断した顧客については調査頻度を高める一方、低リスクと判断した顧客については調査頻度を低くするなど、確認の頻度を顧客のリスクに応じて異にすること」、「継続的な顧客管理により確認した顧客情報等を踏まえ、顧客のリスク評価を見直すこと」が追加されています。やはり、「全ての顧客に対してリスク評価を行うこと」「継続的な顧客管理をふまえたリスク評価の見直し」「リスクベース・アプローチに基づく継続的な顧客管理の検討」などを意識的に明確にすることで、実効性ある取組みを促す狙いがあるものと思われます。今後の実務の最大の難関は、「本人確認や法人の実質的支配者を特定し終えた口座をどう管理していくか」という継続的な顧客管理の実効性確保となります(例えば、高リスク取引を行う顧客については半年に1回、それ以外は年に1回の定期チェックを行うといった実務をしっかり回していけるかが重要な課題だといえます)。海外では一般的な管理手法ですが、日本ではこれから本格的に取り組むことになります。ただし、反社チェックの実務においては、「適切な事後検証」(中間管理)として既に馴染み深いものでもあり、AML/CFT/反社を実務的に一元化して(それが「KYCチェック」です)、厳格に管理していくことが求められているといえます。
最後に、「データ管理(データ・ガバナンス)」における「対応が求められる事項」として、「IT システムに用いられる顧客情報、確認記録・取引記録等のデータについては、網羅性・正確性の観点で適切なデータが活用されているかを定期的に検証すること」が追加されています。顧客情報の最新性についての正確性を求める趣旨となりますが、これも継続的な顧客管理のベースとなるものとして重要な指摘となると考えられます。
また、金融庁は、定期的に行っている意見交換会の場で、これまでのモニタリングから得られた預金取扱金融機関(特に地域金融機関)の取組事例について、「リスクベース・アプローチの観点から不十分な事例」と「ベタープラクティス」を取りまとめ、業界団体(全国地方銀行協会/第二地方銀行協会、全国信用組合中央協会)に対し還元しています。さらに、意見交換会においては、「今年は、FATF 対日相互審査を控える重要な年であり、残された時間も少なくなってきた。還元した事例集を参考に、態勢の高度化を加速していただきたい」と要請しています。
▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼共通事項(全国地方銀行協会/第二地方銀行協会/全国信用組合中央協会/日本証券業協会/投資信託協会)
さて、以前の本コラム(暴排トピックス2018年12月号)でも速報しましたが、三菱UFJFGは、傘下の三菱UFJ銀行が米通貨監督庁(OCC)からAML/CFTにかかる内部管理体制が不十分との指摘を受け、改善措置を講じることで同庁と合意したと発表しています。同行は、以前にもニューヨーク州の金融当局から、経済制裁対象国との取引などで調査を受け、巨額の和解金を支払った経緯がありますが、今回は改善措置を求められたものの、北朝鮮など米国の経済制裁対象国との違法取引への関与といった違法性はなく、制裁金の支払いもないということです。報道によれば、対象となったのは、同行のニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴの3支店で、米国の銀行秘密法に基づくAML/CFTにおいて、計画の未整備や不十分な運用が指摘されたもので、疑わしい取引の報告の遅れや不適切な人員配置、いくつかの高リスク地域への監視等が問題視されたほか、システムの高度化等が求められており、同行は既に対策を講じているということです。
また、同行は、今年6月から、店舗窓口での「現金」による海外送金の受け付けを停止するとしています。言うまでもなく「現金」での海外送金はマネー・ローンダリングに使われやすいためで、銀行口座を経由する送金やネットバンキングの利用を促すとしています。なお、メガバンクでは、みずほ銀行も同時期に現金での受け付けをやめる方針で、三井住友銀行も見直しを検討しているとのことです。海外送金は、日本で働く外国人が稼いだお金を母国に送る際などに使われることが多く、「現金」では資金の出所を十分に確認できない恐れが指摘されていました(国家公安員会の「平成30年犯罪収益移転危険調査書」においても、「現金取引」は「危険度の高い取引」に分類されています)。
さて、金融庁は、1度に100万円を超す送金業務を銀行以外の企業にも認め、「銀行」と「100万円までの送金業者」(現在の資金移動業者)の間に新たな業務区分を設け、この区分に入ると認めた企業には送金上限を撤廃する方針を示しました。一定の資本金や、顧客の資金を滞留させないことなどを義務付けるとしています。留学中の子どもへの仕送りや個人事業主による国境をまたぐ電子商取引などで、迅速で割安な高額送金の需要は増えているのに対応するものといえ、銀行の牙城だった企業間送金の分野でも異業種との競争激化が必至となり、金融サービスを巡る勢力図が一変する可能性すら秘めています。しかしながら、海外送金はそもそもメガバンクでさえ相当慎重な実務を行っている実態があり、Fintechの活用で利便性が格段に向上する一方で、AML/CFTのレベル感についてもメガバンク並みの相当高いレベルで確保する必要性も認められます。新たに参入する事業者においては、規制の趣旨やそのリスク管理の重要性を認識し、Regtechを活用しつつも、自らが「抜け穴」とならないような厳格な対応をお願いしたいと思います。
その他、AML/CFT関係では以下のような報道もありました。
- セブン銀行がAML/CFTの「特需」に沸いているという報道がありました(平成31年3月6日付日本経済新聞)。ATM専業銀行として培った不正検知のノウハウを応用し、マネロンやテロ資金供与につながる疑わしい取引の洗い出し業務を地方銀行など10行以上から受託しているといいます。既に「順番待ち」の状況ということであり、今秋のFATFの第4次対日相互審査を控え、AML/CFTビジネスの商機を広げているようです。なお、報道の中に、同行の責任者のコメントとして、『点』ではなく取引の流れの中で変化をみていく」、さらに「使われていなかった口座が急に稼働し始めたり、従来と違う場所で使われたりする現象を「流れ」で捕捉して精度を高めている」との記述がありました。この点は正に本コラムで主張し続けている「反社チェック/KYCチェック」の本質と重なる考え方でもあります。言い換えれば、「KYCからKYCCへ」の視点の重要性、「真の受益者」の特定を意識した実務であり、表面的でない実効性の高い取組みには不可欠な視点といえます。
- EU加盟国は閣僚理事会で、AML/CFTが不十分な国を挙げたブラックリストに、サウジアラビアや米国領を載せる欧州委員会の提案を拒否することを全会一致で決定しています。欧州委員会が2月に提示したリスト案をめぐっては、サウジや米国の強い反発を招いており、理事会も欧州委員会に対してリストの見直しを求めました。
(3) 仮想通貨を巡る動向
警察庁は、昨年1年間のサイバー犯罪統計を公表しています(本統計については後述します)。その中で、仮想通貨が不正アクセスによって盗み取られた被害については、認知件数が169件(前年比20件増)、被害総額が約677億3,820万円相当(前年比約670億7,580万円相当増)となったことが分かりました。昨年はコインチェック社とテックビューロ社の2つの大型流出事件が発生したことからこのような状況となりましたが、その他、興味深い点としては、「仮想通貨「Ethereum(イーサリアム)」のネットワークを標的としているとみられる宛先ポート8545/TCPに対するアクセス等、仮想通貨及び仮想通貨採掘ソフトウェアを標的としたアクセスを年間を通じて観測した」という点が挙げられます。2つの大型流出事件を経てもなお、仮想通貨交換業のもつ脆弱性に対して絶え間ない攻撃に晒されていること(攻撃と防御のそれぞれが高度化している中、攻撃する側が圧倒的に優位に立っていることから、いつかは流出事件の発生につながりかねない危険性があるといえます)、さらには「マイニング(採掘)」を目的とした不正アクセスをも招いているという点で、仮想通貨のもつ構造的な問題が露わになっています。また、「認知した169件のうち108件(63.9%)の利用者は、ID・パスワードを他のインターネット上のサービスと同一にしていた」との指摘についても、ID・パスワードの使い回しが被害を拡大させる要因のひとつであることを示唆しており、(分かってはいるものの)危険な実態が明らかになったといえます。
さて、最近の仮想通貨交換事業者を巡る動向としては、金融庁が、昨年3月に資金決済法に基づく業務改善命令をうけた仮想通貨取引所GMOコインに対する命令を解除したことが注目されます。昨年の仮想通貨の流出事件後、金融庁が下した行政処分の解除は、今年1月のコインチェック社に続き2例目となります。報道によれば、同庁は、月次の報告などを検討し、処分の理由となったシステム管理体制について十分な改善が図られたと判断したということですが、他に業務改善命令を受けた登録事業者においても、当時から比較しても十分な改善策が講じられているように見受けられると事業者もあり、今後、順次業務改善命令が解除されるものと期待しています。一方で、当該取引所を運営するGMOインターネット社は2018年12月期決算で353億円の特別損失を計上しています。仮想通貨のマイニング(採掘)事業の採算が悪化したというのがその理由であり、さらに相場下落を読み切れず、自社で進めてきた装置の開発も遅れ中止に追い込まれるという2つの誤算が重なったようです。事業は縮小して継続するとされていますが、今、仮想通貨交換業やその関連事業が永続的かつ成長性のあるビジネスとなり得るか、(むしろ混沌とした時期を終え、ここから黎明期・成長期を経て成熟化に向かうと捉えることも可能ですが)重大な岐路に立っているともいえます。
さて、本コラムで継続的に紹介してきた「仮想通貨交換業等に関する研究会」の議論については、昨年末に報告書が公表され、いったんの結論が出ています。以下、その第11回(最終回)の議事録から、参考になりそうな論点や意見等について簡単に紹介します。
▼金融庁 「仮想通貨交換業等に関する研究会」(第11回)議事録
- 2018年の1年間を通じて、仮想通貨全体の価値は大きく減じた。とはいっても、2年前と比べて、仮想通貨全体のマーケットキャピタライゼーションでいえば、まだ5、6倍の価値を持っていると思うので、その意味では、全く価値が無に帰してしまったというわけではない。けれども、ビットコインの登場によって国際的な取引がインターネットを用いて容易になったこと、途中に業者を介さなくても、さまざまな送金が可能になったとことは、大きなメリットであると同時に、マネー・ローンダリングやテロリスト・ファイナンシングを考えれば、大きな脅威でもあった。従来の一攫千金のような話から、仮想通貨が本来持つ機能を果たすべきという議論に変わったとしても、なお、そこには規制で対応するべき点が多々残されているように思われる
- 我が国では、マウントゴックス事件があり、コインチェック事件があり、それから、テックビューロの事件がありということで、3回にもわたって流出事件を起こしてきておりまして、これ以上はこういった流出事件を起こさないようにすることが重要。この報告書ではぜひそういう固い決意を読み取れるような報告書にして頂きたい
- 事業者の最低資本金について、財務的に脆弱な業者が参入してくると、業界全体の信頼性にも影響することにもなり、十分な安全対策がとられない。当然コストがかかることであり、そういう脆弱な先では十分な安全対策がとられないで、また流出事件を起こすといったことも考えられる。現状、160社ぐらいの業者が金融庁に登録を求めて殺到していると伺っているが、このこと自体がやはりハードルが低過ぎるということを端的に表しているのではないか。金融庁も160社も審査するのは大変だと思うので、この報告書の中の表現を借りれば、「行政コストの問題」ということで、もう少しハードルを上げた方がよいのではないか
- 証拠金取引の証拠金倍率については、業界の自主規制案である4倍や、あるいは海外の事例にある2倍というのが出発点になるのだと思う。最終的にはヒストリカル・ボラティリティなどを見ながら、内閣府令で決めていくことになるものと思うが、米国の先物取引所では約2倍になっているし、EUの規制でも2倍になっている中で、日本だけが4倍にするという合理的な理由はなかなか見出しがたいのではないか
- 仮想通貨の世界では、事業者が仮想通貨の発行者から「一定量のコインの提供を受ける」などの経済的な便益を受けて、いわゆる「上場させる」というケースがみられている。そうすると、例えば株式の世界で「大した企業ではないけど、金を払うから上場してくれ」というのはかなりまずい事態だと思うが、仮想通貨の世界では実際にそういうことが起きているということ。このため、仮想通貨の発行者との利害関係について、やはり注意喚起が必要
- 例えば仮想通貨交換業について、今回、仮想通貨カストディ業務も仮想通貨交換業になるわけだが、その場合に仮想通貨交換業というのが、一つの固まりとして、同質性の高いものとして捉えられるのかどうかというのは、議論が必要なところであろう
- 今回の報告書(案)に含まれているのは、ホットウォレットにあるものについては、別途、その財務の確保を求めるということで、そのオペレーショナルリスクや、あるいはその業者が行っている事業の規模に応じて、資金的な規制がかかってくるといった形になっている。そうすると、ベンチャー的なものも存在し得るし、あるいは大きな業務を行うものについては、それに応じた重い規制がかかるという対応がされている
- 我々が当初、仮想通貨に期待したことはあって、議論もやはりブロックチェーンによる安価で便利な決済の機能というものを期待して始まったものだった。実際この報告書では、そのような当初期待した役割は何ら否定していないし、何ら問題点があるという報告書にもなっていないということだと思う。そういう意味では、この報告書を、「仮想通貨」と呼んでいいか、「暗号通貨」と呼んでいいかわからないが、そういうものをこれからは否定するような報告書というよりかは、むしろ現状の「暗号通貨」に非常に偏ってしまった大きな問題点は指摘して、それを規制すると同時に、本来持っている、我々が当初期待していたブロックチェーンによる決済の機能というものをむしろ育成していくような方向性の側面も持つということを、私がこの報告書にひとつ期待したい役割
- 仮想通貨とか暗号資産を使ったビジネスのありようというのは、フルに行うような仮想通貨交換業や本格的なICO以外にも、トークンやユーティリティコインと呼ばれるようなものをビジネスの一部に組み込むなど、いろんなビジネスモデルが考えられる。そうすると、比較的リスクが小さいようなものも出てくるかと思うので、私としては、まさにここに書かれているように、リスクの高低等に応じて規制の柔構造化を図れるような法的な枠組みに最終的にはするのがいいのではないか
- 選別の基準のあり方で、問題仮想通貨を的確に排除することが必要。ここは技術的な観点からの検討も必要なので、ぜひ自主規制機関と監督官庁に適切な目配りをお願いしたい
- 監視コストの節約の観点からも、広く情報を開示し、利用者や一般が日常的に監視できる環境をつくって、利用者からの指摘がある場合に、適切に対応を行うというあり方が重視されるべきなのではないか
- 詐欺的な商法への対応には迅速な対応が求められるところ、詐欺的なICOは、多くが無登録で行われるというふうに見られ、登録の有無を確認して、無登録を指摘するということは、迅速な解決を図る上での重要な一つの視点
- もともと利用者保護等の観点から、理由があって規制が入っているわけで、この規制を回避するということは、利用者保護等を回避する姿勢というふうに社会的に見られるのではないか。また、モノやサービスの質や、あるいは製造やサービス提供過程の効率化を競うのではなくて、いわば本来の競争条件から外れることによって、競争上の優位を得ようとするということなのであれば、これは公正な競争条件の確保や、健全な競争の観点からも問題だろうと思われる。アービトラージはかえって、リーガルリスクやリーガルコストを高めるということも起こり得るだろうと思われる
- できるだけアービトラージを誘発しないように、きちんと規制、枠組みをつくっておくということも重要だが、やはり現在、規制がある程度縦割りの中で、技術革新等によって、アービトラージが行われやすい環境があるというのもまた事実だろう。アービトラージと見られる不適切な事態が生じたときには、実質的な解釈、運用に基づく法執行によって、適切にその対応を図っていくということが重要だし、必要に応じて、規制範囲や規制方法について迅速な見直しを行うということも必要かと思う
- 特にこれまで銘柄に関して、どちらかというと、交換所で取り扱う銘柄というのが事後申告になっていたものが、今回、事前にきちっと評価をするということになり、これはきちっと厳格に中身を見ていくためには非常に重要な点だと思うが、一方で、1点懸念しているのは、分裂の問題であり、先般も例えばビットコインキャッシュという仮想通貨、ビットコインキャッシュABCと、ビットコインキャッシュSVに分裂するという事件がおきた。これまで、分裂の際には、大体どちらがメーンになるかというのがはっきりしていて、マイナーのほうの価値というのは、メーンの10分の1ぐらいの価格まで下がっていたので、仮に主たる残ったものだけを取り扱っていても、それほど顧客資産を毀損しないということは起こらなかったが、今回、分裂から1カ月近くたっても、片方が90ドル、片方が80ドルということで、ほぼ値段として拮抗しており、今後分裂の取扱いというのはしっかりと認定自主規制団体のほうで考えないと、最終的に顧客資産というのは保護されにくい状況というのが考えられるように思う
- カストディではないウォレットに対して、本当に何ら規制が必要がないのかという点でいうと、やはり先般のZaif事件の追跡等をやっている中でも、そういったカストディ型ではないウォレットから盗まれたお金が送金指示がされているような実態もあるので、例えばアドレスの照会に対する警察への対応だったり、ログの保存と、必要な場合の提出といった形で、非カストディ型のウォレットに対しても何らかの規制をかけていくということは考えられるように思う
(4) テロリスクを巡る動向
前回の本コラム(暴排トピックス2019年2月号)でも触れましたが、米トランプ大統領は、撤退を決めていたシリアにおけるイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)について、「支配地域を完全に奪還した」と宣言しました。しかしながら、実際のところはそう簡単に終結とはいかないようです。直近の報道(平成31年3月9日付ロイター)によれば、米軍の中東での作戦を統括する中央軍司令官は、シリアのIS掃討に関し、ほぼ制圧したものの、「我々が目撃しているのは、ISの降伏ではなく、安全地帯を保つための計画的な(撤退の)決断だ」として、完全には終結していないとの認識を示しています。また、IS残党は現在、イラク国境の狭い地域に追い詰められているものの、「物理的な支配地域が減じたのは成果だが、ISや過激派勢力との戦いが終わるということからはほど遠い」とし、「支配地域から逃れたIS戦闘員の決意に揺らぎはなく、過激なままだ」、「(ISは)復活に適した時期を待っている」と、軍事的圧力を継続する必要性と長期的な米軍の関与が必要との認識を示しており、トランプ大統領との見解の相違が浮き彫りになっています。
さて、そのシリアにおけるIS掃討作戦では、過去6カ月の間に、シリアからIS戦闘員1,000人以上が隣国イラクの西部にある山間部や砂漠地帯に逃げた可能性が高いといわれています。また、最大で2億ドル(約220億円)の現金も持ち去ったということです。シリア東部では、米軍の支援を受ける少数派クルド人主体の民兵組織「シリア民主軍」(SDF)などが攻勢を強め、大きな流れとしてはISの「完全制圧」に向けて事態が推移してはいるものの、軍事的な勝利を宣言しても、ISの元戦闘員らが近隣国に潜み、テロ活動を続ける脅威は続くと考えられます(いわゆる本コラムでいうところの「リアルIS」から「思想型IS」への変質(転換)です)。ISは、軍事的に劣勢になり始めた後も、さまざまな国で発生した攻撃の犯行声明を出していますが、多くは同組織からの指示によって犯行に及んだわけではなく、その思想に共鳴して単独か少数で攻撃を行う「ローンウルフ(一匹オオカミ)」型の犯行です。組織的支援の下で訓練された工作員が行う攻撃だけでなく、海外の支持者に対して攻撃を計画するよう数年前から呼びかけ、「リアルIS」から「思想型IS」への変質(転換)を図っているといえ、だからこそISには回復力があるともいえるのであり、「中東地域内外で攻撃を促す能力を今なお保持している」と米中央司令部が昨年警告したとおりの状況であり警戒が必要な状況だといえます。一方で、報道によれば、「100%奪還した」としてシリアから撤退することを主張しているトランプ大統領ですが、シリアでISの掃討作戦を展開してきた米軍の撤収に関し、「しばらくの間、約200人の小規模な平和維持部隊がシリアに残留する」とも述べています。昨年末にトランプ大統領が米軍の撤収を表明して以来、圧力をかけ続けなければISが勢力を復活させる恐れがあるとして、米国内だけでなく米軍主導の有志連合に参加する欧州各国などから拙速な撤収に懸念が出ていましたが、本コラムとしてもその懸念は根強く残るものと考えていたところであり、現実的かつ妥当な対応だと考えます。
また、トランプ大統領は、シリアで拘束されたISの戦闘員800人以上について、英国、フランス、ドイツや他の欧州諸国に対し、身柄を引き取って裁判にかけるよう求めています。しかしながら、欧州各国は及び腰の対応に終始しており、例えば英は、「ISの外国人戦闘員も適切な裁判を受けるべきだが、犯罪が起きた場所で裁判を行うべきだ」として、国外移送に難色を示しています(その中で、シリアで拘束されたISのドイツ出身戦闘員をめぐり、公共放送ZDFが、6割がドイツへの引き取りを支持しているとの世論調査結果を発表しましたが、とても興味深い結果だといえます。ただし、ドイツは現在シリアに大使館がなく、戦闘員と直接連絡を取れる手段もないため、引き取りは難しいというのが現実です)。加えて、IS戦闘員の妻となった女性たちが帰国を希望するケースも相次いでいるところ、英政府はテロ組織に参加した100人以上の市民権を剥奪、米は帰国を拒否するなどの厳しい対応を示しています。この問題については、人道的な観点も必要とはいえ、テロ組織に参加した経緯から治安への脅威となる可能性も拭えないところであり、各国は難しい対応を迫られています。
さて、日本におけるテロリスクへの対応についても、今年から来年にかけて、国内で国際的かつ大規模なイベントが相次いで開催されることもあり、その気運が本格化しているように感じます。例えば、これまで鉄道事業者における手荷物検査については、「利便性を著しく損ねる」として実現のハードルが大変高いものと認識されていましたが、技術の進展等もあり、現在、東京メトロ霞が関駅にて「旅客スクリーニングに関する実証実験」が行われるまでの段階となりました(手法としては、手荷物検査ではなく、
特定の改札機を通過する際にボディスキャナによるスクリーニングを行うものです)。
▼国土交通省 霞ケ関駅で危険物の旅客スクリーニングに関する実証実験を行います~今後の鉄道の更なるセキュリティ向上のために~
国土交通省のリリースによれば、今後の鉄道の更なるセキュリティ向上のために、中長期的な視野で様々な方策の実現可能性を検討しているところ、その一環として、旅客流動を大きく妨げない装置を用いた危険物の旅客スクリーニングの実証実験(委託調査)に関する企画提案を募集、今般、企画提案が採択された綜合警備保障株式会社と委託契約を締結し、同社が協力会社とともに鉄道駅における危険物の旅客スクリーニングに関する以下のような実証実験を実施することとなったものです。
- 特定の改札機において、模擬危険物を所持したエキストラをランダムに通過させ、ボディスキャナにより服の下に隠し持った物の有無を検査する
- エキストラは特定の改札機をランダムに通過するため、ボディスキャナによるスクリーニングは、当該改札機を通過する全旅客が対象となる
- 検査への協力は任意であり、他の改札機から検査を受けずに通過することができる。また、手荷物検査は行わない
- なお、一般旅客に対してアンケートへの協力をお願いする場合がある
本実証実験の結果、乗客の利便性と安全確保が高度な次元でバランスがとれ、実用化に向けて事態が進展することを期待したいと思います。なお、鉄道事業者のテロリスク対策としては、JR東日本が、2020年東京五輪・パラリンピックを見据え、防犯カメラを活用した対応強化策を発表したことも注目されます。
▼東日本旅客鉄道(JR東日本) 鉄道セキュリティ向上の取組みについて
同社のリリースによれば、カメラの設置を拡大し、五輪が開幕する2020年7月に、約1,200駅のホームや改札で約22,000台とし、新幹線、在来線の約110の主要駅にある約5,500台についてはネットワーク化され、非常事態発生時には、画像を警察に伝送するシステムを導入するとしています。さらに、車や車両基地、変電所などを含め、新設する専門部署「セキュリティセンター」で24時間態勢の集中監視に当たり、警備員が常駐するということです。また、ソフト対策として、「昨年6月に東海道新幹線車内で発生した殺傷事件等も踏まえ、社員や警備員による列車警乗及び駅等への巡回・立哨警備を強化し、列車内や駅に防護用品・医療器具を配備するとともに、警察や警備会社等と連携した訓練・教育に取り組んでいます」としています。これらの取組みにより、これまで以上に厳格な監視態勢と即応態勢となり、テロや犯罪の未然防止や被害拡大防止等に向けた速やかな対応が期待されます。なお、関連して、西武鉄道も昨年11月、「自律移動型のAI監視カメラ搭載警備ロボット」の実証実験を行っています。実証実験は、「駅構内でのロボットによる巡回警備をとおして、踏破力の確認や不審者/不審物検知の精度などを検証」することを目的としており、テロリスク対策の一環として意欲的な取り組みだと評価できると思います。
また、先日開催された東京マラソンにおいては、大規模イベントの本番であり、かつ東京五輪対策の試金石として、ハード・ソフト両面から様々な最新のテロリスク対策が講じられていました。主な具体的なものとしては、(1)警視庁がコース周辺の数百カ所に鉄柵や大型車両を配備し、ランナーや観客を狙う車両突入テロに備え、(2)周辺では警察官や民間の警備員など2万人以上が雑踏警備や交通整理に当たり、(3)小型カメラを装着した約70人の「ランニングポリス」も一般ランナーに交じって走行、(4)不測の事態に備え、サブマシンガンを携行した銃器対策部隊や、(5)ドローンに対応する部隊も目を光らし、(6)刃物を使った事件に備え新たにさすまた30本を導入(平常時には看板、緊急時にはさすまたとして使えるもの)、(7)監視カメラやAEDなどを搭載した「危機対応バイク」も5カ所に配備、といったものが挙げられます。テロリスク対策の手の内を完全にオープンにすることは避けなければなりませんが、万全の警備体制を「見せる」ことがテロリスクの低減には有効だともいえ、まずはよい実践経験を積むことができたものと評価したいと思います。
さて、テロリスク対策の一環として、最近も各地で訓練が実施されていますので、いくつか紹介します。
- 6月に大阪市で開催されるG20サミットなどに備え、電車内で猛毒のサリンを使ったテロを想定した訓練が、阪急西宮北口駅で行われています。警察官のほか消防や阪急電鉄の職員ら約100人が参加し、乗客の避難や救助の手順などを確認したということです。報道によれば、同駅では緊急時の現場の対応能力の向上を目的に、電車内での不審物処理の訓練を毎年実施しているということです。
- 今年9月に神戸市で開催されるラグビーW杯を前に、行政や自衛隊、兵庫県警などの関係機関が参加した「国民保護共同訓練」が、ノエビアスタジアム神戸などで行われています。危険薬物や爆発物などが発見されるテロ事件が同時多発的に発生したとの想定で行われ、訓練には約70の関係機関から約1,000人が参加。スタジアム内で犯人がサリンを散布し、多数の死傷者が出たとの想定では、防護服を着た消防隊員が観客を救助し、医療機関に搬送するまでの手順を確認、スタジアム最寄りの神戸市営地下鉄御崎公園駅構内で爆発物とみられる不審物が発見されたとの想定では、警察官や消防隊員が近隣住民を避難誘導し、不審物を回収するといった内容だったようです。
- 佐賀県警と陸上自衛隊は、九州電力玄海原発へのテロ攻撃を想定した実動訓練を実施しています。玄海原発を対象にしたテロ対応訓練は初めてだということです。訓練は外国から侵入してきた武装工作員が玄海原発に向かっている状況を想定し、県警機動隊と陸自第4師団の計約110人が参加。武装工作員に立ち向かう自衛隊員らを乗せた大型トラックや、指揮通信車などが公共施設の敷地から原発の近くに向かったほか、敷地への侵入者を防ぐための検問訓練なども非公開で実施されたということです。なお、原発でのテロに対応した合同訓練は、他に北陸電力志賀原発などでも実施されています。
- 野球・ソフトボールの主会場となる横浜スタジアムなどでテロ対策訓練が実施されています。関係機関の連携を確認し、不測の事態への対応力を強化するのが狙いで、スタジアムの観客席や、横浜港を航行中の大型客船内で爆発があったとの想定で、神奈川県警や自衛隊、海上保安庁などから約1,000人が参加。スタジアムでは観客の避難を誘導し、化学剤の有無を測定してから負傷者を搬送、横浜港大さん橋では、海保の巡視船が、爆発後に逃走した不審船を追跡して犯人役の身柄を確保するといった内容だったようです。
(5) 犯罪インフラを巡る動向
報道(平成31年2月14日付産経新聞)によれば、インバウンド(訪日外国人客)による消費が増加する日本国内で、偽造クレジットカードで高級ブランド品などを購入する事件が相次いでいます。偽造カードに関与して摘発された外国人は、平成28年の24人から平成29年は74人に急増しており、国別ではマレーシア国籍が最多で中国、台湾と続きます。特にマレーシア人が多いのは、5年前から短期滞在の入国にビザが不要になったためだと考えられます。偽造クレジットカードによる犯罪が多い背景には、日本が欧州やアジアに比べて偽造対策が遅れている実態があります。日本が外国人犯罪グループに標的にされており、それに伴って摘発される外国人も急増、偽造カードの持ち込みやブランド品購入などの役割を細分化するなど、手口の巧妙化も進んでいるようです。報道によれば、現在、国を挙げてキャッシュレス化を進める中、セキュリティ強化が喫緊の課題となっているところ、IC式クレジットカードに対応した読み取り用端末を導入する際には店側が費用を負担しなければならず、敬遠されがちという事情があります。さらには、「万が一、不正使用されたとしても被害額はカード会社が負担する。現状維持で良いと思う店もあるのではないか」との捜査関係者のコメントが正に本音のところではないかとも推察されます。このような状況をふまえ、経済産業省がクレジットカード取引におけるセキュリティ対策の強化に向けた「実行計画2019」を公表し、官民挙げて取り組みを強化する姿勢を明確にしています。
▼経済産業省 クレジットカード取引におけるセキュリティ対策の強化に向けた「実行計画2019」を取りまとめました
▼概要版
近年、電子商取引(EC)の拡大に伴い、クレジットカードの取扱高は一貫して増加しており、2017年のクレジットカード取扱高は約58兆円で民間最終消費支出の約19%を占めている一方で、昨今、情報漏えい対策が不十分な加盟店等を狙った不正アクセスにより、カード情報の漏えい被害が拡大しており、これに伴い、窃取したカード情報を使って、偽造カードや本人になりすました不正利用による被害が増加(2017年236.4億円と5年間で約3.5倍)しています。不正利用は国境を越えて行われ、換金性の高い商品の購入を通じて、犯罪組織に多額の資金が流出しているとの指摘もあるようです。基本計画では、上述のような状況、番号盗用による不正利用被害額が増加傾向にあることをふまえ、「セキュリティに係る方策は100%の安全性を担保するものではないという認識に立つ⇒リスクに応じた多面的・重層的な対策を講じ、その実効性を不断に検証し、必要な改善を図ることが求められる」こと、「加盟店における対策の導入にあたり、契約関係にあるカード会社(アクワイアラー)やPSP(決済代行会社)は加盟店に対するサポートを行い、加盟店は契約関係にあるカード会社(アクワイアラー)等に対し必要な情報提供を求める」こと、「消費者自身のクレジットカードの不正利用に対する認知・意識の向上を図る⇒消費者に対する情報発信によってセキュリティ対策に係る理解・協力を得る」ことを対策の柱に据えています。そして、対策の大きな方向性については、以下の3つに集約されています(対策の中に、加盟店のカード情報の非保持化(非保持と同等/相当を含む)又はPCI DSS準拠、クレジットカードの100%IC化及び加盟店の決済端末の100%IC対応、パスワードに加えセキュリティコード認証も行うといった取り組みが明記されています)。
- クレジットカード情報保護対策
- 加盟店はカード情報の非保持化(非保持と同等/相当を含む)又はPCI DSS準拠
- カード情報を保持する事業者はPCI DSS準拠
- 新たな脅威への警戒とセキュリティ対策への継続的な取組
- 非対面加盟店における非保持化の推進は、不正アクセスによる外部への情報漏えい被害の極小化に有効
- クレジットカード偽造防止による不正利用対策
- クレジットカードの100%IC化及び加盟店の決済端末の100%IC対応
- 各種端末(CCT、IC-PINパッド、接触R/W等)を接続するためのPOSのインターフェースの標準化、汎用的なPOS搭載ミドルウェアの使用⇒POS改修コストの低減化、対応期間の短縮化が可能
- 今後開発・製造するクレジット機能を有するPOSシステム⇒IC対応可能なシステムを標準化
- 加盟店の負担となる国際ブランドのテストコスト低減化と導入までの期間の短縮化、端末(ハード/ミドルウェア)やサーバー等ごとの国際ブランドテストの効率化
- 非対面取引におけるクレジットカードの不正利用対策
- 近年、ネット取引(EC)におけるなりすまし等による不正利用被害が急増(不正利用被害額(2017年236億円)の約3/4はECにおける不正利用に起因)
- 非対面加盟店(EC、MO・TO等)において、リスクに応じた多面的・重層的な不正利用対策を導入
- 加盟店における不正利用対策の具体的方策
- 消費者に特定のパスワードを入力させることで本人を確認
- 券面の数字を入力し、カードが真正であることを確認
- 過去の取引情報等に基づくリスク評価によって不正取引を判定
- 不正配送先情報の蓄積によって商品等の配送を事前に停止
また、消費者及び事業者等への情報発信も極めて重要であり、以下のような取り組みが推奨されています。
- 改正割賦販売法の附帯決議を踏まえ、消費者が加盟店のクレジットカード取引におけるセキュリティ対策を「見える化」できる方策の推進を図る
- EC加盟店が実行計画で求めるクレジットカードの情報保護対策及び不正利用対策を講じている場合には、自社ECサイトにおいて実行計画に取組んでいることを宣言
- カード会員が複数のインターネットサイトで同一のID・パスワードを使い回している場合、一つのサイトでカード情報が漏えいすれば、他のサイトに不正ログインされ、登録されているカード情報等が不正利用される可能性があるため、カード会社(イシュアー)及び日本クレジット協会は、その使い回し防止等に関する周知活動に取組む
- フィッシングが増加傾向にあるため、カード会社(イシュアー)及び業界団体等は、その手口等に関する周知活動に取組む
- 不正利用被害を防止するためには、カードの利用明細を確認し、不正利用の発生に早期に気付くことが重要であるため、カード会社(イシュアー)及び業界団体等は、その確認の重要性に関する周知活動に取組む
- 加盟店をはじめとするクレジットカード取引関係事業者は最新の手口やセキュリティ技術等に関する情報を常に収集することが求められる
その他、「犯罪インフラ」として注意が必要な状況について、最近の報道から紹介します。
- ソリトンシステムズの調査で、闇サイト(ダークウェブ)上で「Collection#1」と呼ばれていた漏えいアカウント情報(電子メールアドレスとパスワードのセット)のデータベース(個人情報)がインターネット上に大規模に漏洩していたことが分かりました(すぐに削除されています)。流出規模は世界で27億件、日本関連が2,000万件もあり、特に中小企業が主な標的になっています。今後、機密情報の流出や顧客の個人アカウントの乗っ取りなどの被害が懸念されています。これだけ大きな個人情報の塊がダークウェブ上に存在していることの証左であり、ダークウェブのもつ「犯罪インフラ」性があらためて明らかとなった事案ともいえると思います。
- あらゆるモノがネットにつながる「IoT」へのサイバー攻撃に警戒が強まっており、総務省が、国内約2億個の関連機器のセキュリティ対策の調査を開始しています。パスワード設定など対策が不備な機器を洗い出し、所有者に対策を促す狙いがありますが、前述のような大規模な個人情報の流出が新たに判明し、中小企業におけるセキュリティの脆弱ぶりがあらためて浮き彫りになっています。中小企業のセキュリティの脆弱性が今や「犯罪インフラ」と化しており、そこにIoTを絡めれば、「サプライチェーン攻撃」としてそれら中小企業と取引等で関係のある大企業まで含めた大規模サイバー攻撃につながると考えられるところであり、「中小企業」と「IoT」という2つの「犯罪インフラ」対策が急務となっています。
- (後述するように)警察が2018年に確認したサイバー空間の不審なアクセスは、1日平均2752.8件(1IPアドレスあたり)で、前年に比べて45.4%増えました。特に、インターネットに接続できる家電などIoT機器を標的とした攻撃が増えており、サイバー犯罪の摘発も過去最多を更新するなど、サイバー空間での脅威が高まっています。サイバー空間における犯罪の特徴は、犯人が被害者と顔を合わせない「非対面型」であることが挙げられますが、犯罪の増加や巧妙化に警戒が必要な状況であり、正に「サイバー空間」のもつ「非対面性」自体が「犯罪インフラ」であるともいえます。
- 文科省がかつて実施していた大学間連携支援事業のウェブサイトのドメイン(インターネット上の住所)が、ネットオークションに出品されていることが分かりました。文科省は、事業に参加していた国立大学などに対し、公式サイトに掲載していたドメインへのリンクの削除を求めているようですが、リンクが残ったままのドメインを第三者が落札した場合、文科省の事業を装った偽サイトを開設し、個人情報をだまし取る恐れなどがあります。ドメインが情報窃取の「犯罪インフラ」になりうること、ネットオークションが匿名性の高いままで行われれば、犯罪者が落札することで犯罪が助長されるという意味で、ネットオークションの持つ「犯罪インフラ」性に注意が必要な状況です。
- 北海道警は、フリーマーケットアプリ「ショッピーズ」や「メルカリ」のアカウントを不正作成・販売したとして、会社代表と従業員や顧客ら計5人を私電磁的記録不正作出・同供用容疑で逮捕しています。約82,000件のアカウント販売に関わり、約1億4,500万円の売り上げがあったとみて捜査しているということです。なお、この事案では、メルカリのアカウントでは不正取得防止策として顧客の本人認証を行っていたところ、容疑者の会社がその作業を代行していたといいます。前項同様、フリーマーケットの持つ「犯罪インフラ」性とともに、「業者選定の脆弱性」が犯罪を助長したという意味で「犯罪インフラ」化した事例ともいえます。
- 仮想通貨の換金を代行する業者が東京国税局の税務調査を受けて2018年5月期に約2億円の所得隠しを指摘されていたことが分かりました。この業者は個人間で取引された仮想通貨を現金に換金する事業などを手掛け、手数料を得ていたものの一部しか申告していなかったというものです。ただ、以前から、仮想通貨の個人間取引は税逃れの温床になっているとの指摘もあり、その意味では仮想通貨の「犯罪インフラ」性の一つの側面が現れたものといえます。今後、仲介者の調査、個人取引の実態把握や税逃れを行っている個人の特定まで迫れるかが課題となりそうです。
- 特殊詐欺犯にとって欠かせない道具である携帯電話ですが、大阪府警は不正契約の疑いがある携帯電話について、事業者側に強制解約を促す取り組みを進めており、昨年は1,116回線の情報を提供し、大半が格安スマホだったということです。格安スマホの中には、インターネットで契約できるものも多く、その手軽さが悪用されているとみられるといいます。格安スマホの契約手続きの持つ脆弱性が特殊詐欺などの犯罪を助長しているという意味で、「犯罪インフラ」化しているともいえ、より厳格な本人確認等を通じて不正契約を排除していただきたいと思います。
- 特殊詐欺のアジトとして一軒家が使われた事例がありました。ある特殊詐欺事件の合同捜査本部はアジトとなった一軒家を捜索したところ、だまし取ったとみられる現金約4,500万円や電話の相手について書かれたメモなどを押収したということです。報道によれば、この一軒家は、畑や雑木林が点在する地域にあり、壁などには複数の監視カメラが設置されていたといいます。以前は夫婦が別荘として利用していたものが昨年夏頃に男たちが入居するようになり、夜遅くに車や家のドアを閉める音が聞こえることが多く、周辺住民から不審に思われていたとのことです。周囲に気付かれないよう、人気(ひとけ)の少ない場所にある一軒家で、電話詐欺を繰り返していたことから、このような「一軒家」が特殊詐欺のアジトという「犯罪インフラ」化した事例だといえます。
- 偽造在留カードを所持していたとして、愛知県警が、大阪市内に住む中国人の男を出入国管理法違反の疑いで現行犯逮捕しています。報道によれば、この男の自宅からは、偽造前の白無地のカードが大量にみつかり、偽造の工場だった可能性があるといい、同県警は背後に組織的な密売ネットワークがあったとみて全容解明を進めるとのことです。このような偽造在留カードをめぐる事件の摘発が相次いでいますが、押収した偽造カードが精巧で、数が膨大な点が共通しています。「一般の人は本物と思うレベル」で、携帯電話や不動産契約、金融機関の口座開設にも使われていた可能性もあるといい、組織的な密売ネットワークの関与が疑われています。正に、偽造在留カードが実際に犯罪に悪用される「犯罪インフラ」としての側面だけでなく、「犯罪インフラ」を手に入れるための「犯罪インフラ」という側面もあり、それがまた不法滞在者を助長することにつながり、不法滞在者の増加が治安悪化の温床となりかねない状況にあります(不法滞在者を放置する状況自体が「犯罪インフラ」でもあります)。
- 多くの特殊詐欺では発信元をたどりにくい電話転送サービスが使われています。犯罪収益移転防止法(犯収法)は、悪用を防ぐため事業者に対し、サービス提供先の身元や利用目的の確認、契約書類の保管などを義務付けています。しかしながら、報道(平成31年3月1日付時事通信)によれば、全国の警察が特殊詐欺犯に電話転送サービスを提供した事業者について調べたところ、利用目的の確認を怠るなど悪質な法令違反の件数が昨年1年間で44件に上ったといいます。前年は9件で、約5倍に急増しており、報道では「詐欺グループと分かっているのに契約する事業者も多い」との実態も指摘されています。正に電話転送サービスが「犯罪インフラ」化しているといえますが、一方で、現行法ではこうした事業者の立件が難しい現実もあります。
- 運転免許証や大学の卒業証書といった公的な証明書類の偽造を請け負うウェブサイトが横行しているといいます。1件数十万円を請求するサイトもあるが、学生や会社員らが安易に購入するケースは後を絶たないようです。サイトの多くは海外サーバーを経由しているため運営者などの特定は難しく、捜査当局とのイタチごっこが続いています。地面師の事件でもクローズアップされた「道具屋」がウェブサイトを通じて販路を拡大している状況であり、正に「道具屋」という「犯罪インフラ」そのものの偽造ビジネスの拡がりに注意が必要な状況です。
- 民泊の「犯罪インフラ」化については、本コラムでも以前から指摘していますが、ここにきて、様々な犯罪に悪用されている事例が散見されます。例えば、警視庁捜査2課は特殊詐欺の「かけ子」とみられる3人を詐欺未遂容疑で逮捕していますが、報道によれば、東京都内の民泊を転々としながら、詐欺の電話をかけていたということです。拠点とされた民泊は区に届け出をしていたものの、管理者と顔を合わせずに泊まれる仕組みだった点が悪用されており、警察の摘発を逃れるために、定期的に拠点を変えていた点も彼らの巧妙な手口の一端を示しています。そして、このような民泊のあり方自体が民泊の「犯罪インフラ」化を推し進めてしまっています。また、特殊詐欺のアジトとして悪用された事例としては、大阪市内の民泊施設を拠点にうその電話をかけ、高齢者10人から現金計4,500万円をだまし取ったとして、特殊詐欺グループのリーダーが大阪府警に詐欺などの疑いで逮捕されたといったものもあります。報道によれば、本人確認の甘い民泊を転々としながら組織的に詐欺を繰り返していたとみられるということです。さらに、民泊が覚せい剤の密輸に悪用された事例も報道されています。近畿厚生局麻薬取締部が、大阪市内に借りた民泊施設を送り先に、大量の覚せい剤を密輸しようとしたとして、覚せい剤取締法違反容疑で、中国籍で住所不定の運転手を逮捕した事例では、容疑者は観光ビザで来日し民泊を利用、管理の甘い民泊を悪用し、入手後第三者に渡してすぐ出国する計画だったようです。また、民泊施設などを拠点に覚せい剤を密売したとして、大阪府警は、大阪市西成区の無職の男ら5人を麻薬特例法違反などの疑いで逮捕・送検しています。5人は西成区内の民泊やマンションを転々としながら、約1億円を売り上げていたといいます。 このように、民泊の管理の甘さ(監視の緩さ、非対面型の管理)、本人確認の甘さなどが犯罪に悪用され、「犯罪インフラ」化している実態があり、注意が必要です。
(6) その他のトピックス
1.薬物を巡る動向
嗜好用大麻の合法化の流れが止まらない中、大変ショッキングな調査結果が報道されています(平成31年3月1日付産経新聞)。英のオックスフォード大学と、カナダのモントリオールにあるマギル大学の研究者による共同調査によれば、10代で大麻を吸っていると、成人になってうつ病を発症するリスクが吸っていない人より約4割も高く、自殺リスクが3倍以上高いといった研究結果が報告されたというものです。本コラムでもたびたび紹介しているとおり、大麻に含まれる化学物質が、脳の中でも感情や学習、自律神経活動、合理的な思考などをつかさどる領域に大きな影響を与えることが知られており、その重要な領域のうち、大麻の主要成分に反応する部分の密度が青年期にピークを迎えることから、大麻が思春期の脳を変化させる可能性があり、「脳の発達が脆弱な時期にある若い10代の若者を大麻の危険にさらすことは、うつ病のリスクを高める可能性があり、壊滅的な影響を与える可能性がある」、「思春期における大麻の定期的な使用は、学校での成績の低下や精神病、自動車事故を起こす危険性の増加などとも関係がある」と警告しています。また、同じ報道では、若者の大麻使用(吸引)率が、カナダでは15~19歳の20.6%、英では11~15歳の4%、EU全体でも15~34歳の14.1%にも上り、さらに米では、タバコや酒の前に大麻を経験した12~21歳の若者の割合が10年で4.8%から8%と急増(タバコを吸っていた人の割合は21%から9%に激減)しているといいます。日本でも大麻の若者への蔓延が深刻な状況であることが各種統計からも明らかとなっています。大麻は安全ではないし依存性も高いものであり、覚せい剤に比べて脳の広範囲で効くという意味でより怖く、脳の健全な成長を阻害するものです。日本の未来を担う若者が健全に育つために、大麻や覚せい剤など薬物に関する正しい知識が若者の間にきちんと浸透させることが必要であり、日本の未来がかかっているといっても過言ではありません。
さて、財務省が、昨年1年間における全国の税関における関税法違反事件の取り締まり状況を公表しています。薬物関連の摘発状況が含まれていますので、以下、紹介します。
▼財務省 平成30年の全国の税関における関税法違反事件の取締り状況
▼平成30年の全国の税関における関税法違反事件の取締り状況(平成31年2月22日)詳細
平成30年の全国の税関における不正薬物(不正薬物とは、覚せい剤、大麻、あへん、麻薬(ヘロイン、コカイン、MDMA等)、向精神薬及び指定薬物をいう)全体の摘発件数は886件(前年比13%増)、押収量は約1,493kg(前年比8%増)となり、我が国への不正薬物の流入が深刻な状況が続いているといえます。特に覚せい剤は史上初めて「3年連続の1トン超え」となる大量摘発となっており、さらには、大麻、麻薬、指定薬物も顕著な増加傾向を示しており、密輸形態の多様化も含め、全体的に拡大傾向がみられるということです。覚せい剤事犯については、摘発件数は171件(前年比13%増)、押収量は約1,156k(前年比0.3%減)となっています(なお、薬物乱用者の通常使用量で約3,853万回分、末端価格にして約693億6,000万円に相当する規模と紹介されています)。また、航空機旅客としては過去最大の押収量となる事犯を摘発したほか、船舶旅客(クルーズ船)による事犯も摘発、商業貨物による事犯は24件(前年比約2.2倍)、国際郵便物による事犯は52件(前年比約1.4倍)と増加しており、特に商業貨物は押収量も約950kg(前年比約2.4倍)と急増するなど密輸形態が多様化していることが特徴だといえます。大麻事犯については、摘発件数は230件(前年比35%増)となり、平成17年以来の200件超えとなったほか、押収量も約156kg(前年比20%増)と、急増した前年を更に上回る増加ぶりを示すなど急増傾向が拡大しており、4年連続で100件を超える状況となっています。さらに、航空機旅客としては過去最大の押収量となる事犯も摘発されています。ヘロインやコカイン、MDMAなどの麻薬事犯は、摘発件数は229件(前年比約1.4倍)、押収量は約165kg(前年比約2倍)と増加していますが、とりわけ、コカインの押収量が約152kg(前年比約15.5倍)、MDMAの押収量が約9kg(前年比約80.4倍)など急増(コカインの押収量は過去最高)している点が極めて特徴的であり、急激に蔓延している状況がうかがわれます。また、指定薬物事犯(医薬品医療機器等法第2条第15項に基づき厚生労働大臣が指定する薬物)については、摘発件数は218件(前年比約▲21%)、押収量は約16kg(前年比約1.9倍)と、件数はやや減少したものの押収量が急増する結果となりました。
それ以外の薬物を巡る最近の報道からいくつか紹介します。
- 大麻を液状に加工した「大麻リキッド」入りの電子たばこ用カートリッジ計230本を米国から密輸しようとしたとして、横浜税関は、関税法違反(禁制品輸入未遂)の疑いで、合同会社代表社員を横浜地検に告発しています。押収量としては異例の多さであり、ヘッドホンの箱の中にカートリッジを隠していたところ、横浜税関川崎外郵出張所の職員が検査で発見したということです。
- 成田税関支署は、2018年に成田空港で摘発した不正薬物密輸事案は前年と同数の88件だったと発表しています。このうちコカインが8件と、統計がある1999年以降で00年と並んで最多になったといいます。コカイン密輸の手口としては、「液状にして食品の缶詰に入れる」、「コートの内側に縫いこんだタオルにしみこませる」、「体内にのみ込む(大変危険です)」などがあり、2018年に計13キロを押収しています。なお、金の密輸の摘発は225件で前年比4割減、押収量は326キロで同8割減だったということです。
- 大麻がツイッター上で隠語の投稿によって売買されている実態があるようです。報道によれば、例えば、「都内で野菜、手押し可能」「海外直輸入で高品質」といった投稿の場合、「野菜」は大麻の隠語で、「手押し」は対面での取引の意味だといいます。投稿にはハッシュタグが付けられ、誰でも簡単に閲覧ができる状態となっており、大麻密売グループは、他人名義のスマホなどでツイッターのアカウントを作成、受け渡し方法などのやり取りは、送受信したメッセージが完全消去される「Wickr」などの「消えるSNS(エフェメラル系SNS)」を使用し、相手にも消えるSNSのアプリをインストールさせることで、密売のやり取りは完全消去され、決済には匿名性の高い「ビットコイン」などの仮想通貨を使用するといった徹底ぶりです。残念ながら、デジタルフォレンジックでもメッセージを復元することは不可能であり、匿名化が何重にも行われており、それによって摘発の困難さが増しており、最新の科学技術の進展が犯罪に上手く悪用された典型的な事例だといえます。
- 東京都内で覚せい剤を使用したとして兵庫県警は、毎日新聞社常務取締役の妻である会社員を覚せい罪取締法違反(使用)容疑で再逮捕しています。自宅マンションで覚せい剤を所持したとして、同法違反(所持)容疑で現行犯逮捕され、その後の尿検査で陽性反応が出ていたものです。そして、この件を受けて、夫である常務取締役が退任を申し出、会社も受理しています。報道によれば、同社は「今回の事件に関与していないことは確認した。一方、社会的責任を痛感して退任したいという意向が示され、受理した」ということです。薬物事犯は、個人の犯罪でありながら、役職員が逮捕されれば会社名が報道されるという点で「レピュテーションリスク」が大きいことに注意が必要だと本コラムでは指摘してきましたが、本件のように配偶者の犯罪で辞任に追い込まれるほどの社会的インパクトが薬物事犯にはあることを示すものだといえます。
2.IR/カジノ/ギャンブル依存症を巡る動向
統合型リゾート(IR)を巡る動向もいよいよ本格化しつつある中、カジノ施設をつくることによりギャンブル依存症が蔓延するのではないかとの懸念が根強いのも事実です。今般、昨年7月に成立したギャンブル依存症対策基本法に基づく「ギャンブル等依存症対策推進基本計画(案)」がまとまり、現在パブリックコメント募集中となっていますが、まずは依存症対策に先行して取り組むこととなります。この「ギャンブル依存症基本計画(案)」は、競馬、競輪・オートレース、競艇、パチンコの主催者らが取り組むべき施策が広範囲にまとめられており、例えば、公営競技施設内のATMの撤去、依存症患者本人の同意や家族の申告があれば、現在でもギャンブルの主催者側は入場を制限できるところ、警備員らに頼るだけでは実効性に限界があり、顔認証システムの導入を検討するといったかなり具体的かつ実効性を高めるための工夫にまで言及されている点が特徴だといえます。また、ギャンブル等依存症に対する標準的な治療プログラムが確立しておらず、一部の依存症専門医療機関がアルコール依存症や薬物依存症に対する認知行動療法等を応用して対応しているものの、全国的には普及していない現状をふまえ、今後、その調査研究を急ぐことなども盛り込まれています。
▼首相官邸「ギャンブル等依存症対策推進基本計画(案)」に対する意見募集について
▼ギャンブル等依存症対策推進基本計画(案)
▼概要資料
重要と思われるところをピックアップすると、まず、国内の「ギャンブル等依存が疑われる者」の割合が成人の0.8%であるとしたうえで、ギャンブル等依存症対策の基本理念等として、「発症、進行及び再発の各段階に応じた適切な措置と関係者の円滑な日常生活及び社会生活への支援」、「多重債務、貧困、虐待、自殺、犯罪等の関連問題に関する施策との有機的な連携への配慮」、「アルコール、薬物等依存に関する施策との有機的な連携への配慮」が掲げられ、基本的な考え方として、「PDCAサイクルによる計画的な不断の取組の推進」、「多機関の連携・協力による総合的な取組の推進」、「重層的かつ多段階的な取組の推進」の3つが挙げられています。
なお、関係事業者の取組み(基本法第15条関係)として、以下のような項目が並んでいます。
- 広告宣伝の在り方
- 新たに広告宣伝に関する指針を作成、公表。注意喚起標語の大きさや時間を確保(~平成33年度) [公営競技・ぱちんこ]
- 通年、普及啓発活動を実施するとともに、啓発週間に新大学生・新社会人を対象とした啓発を実施(平成31年度~) [公営競技・ぱちんこ]
- アクセス制限・施設内の取組
- 本人申告・家族申告によるアクセス制限等に関し、個人認証システム等の活用に向けた研究を実施(~平成33年度) [競馬・モーターボート]
- インターネット投票の購入限度額システムを前倒し導入(平成32年度)[競馬・モーターボート]
- 自己申告プログラムの周知徹底・本人同意のない家族申告による入店制限の導入(平成31年度) [ぱちんこ]
- 自己申告・家族申告プログラムに関し、顔認証システムの活用に係るモデル事業等の取組を検討(~平成33年度)[ぱちんこ]
- 18歳未満の可能性がある者に対する身分証明書による年齢確認を原則化(平成31年度) [ぱちんこ]
- 施設内・営業所内のATMの撤去(平成31年度~) [公営競技・ぱちんこ]
- 相談・治療につなげる取組
- 自助グループを始めとする民間団体等に対する経済的支援[公営競技:平成33年度までの支援開始を目指す/ぱちんこ:31年度に開始、実績を毎年度公表]
- ギャンブル依存症予防回復支援センターの相談者助成(民間団体の初回利用料・初診料負担)の拡充の検討に着手(平成31年度~) [モーターボート]
- 依存症対策の体制整備
- 依存症対策最高責任者等の新設、ギャンブル等依存症対策実施規程の整備(~平成33年度)[競馬・モーターボート]
- 依存問題対策要綱の整備、対策の実施状況を毎年度公表(平成31年度~) [ぱちんこ]
- 第三者機関による立入検査の実施(平成31年度~) 、「安心パチンコ・パチスロアドバイザー」による対策の強化(~平成33年度)[ぱちんこ]
また、「ギャンブル等依存症の標準的な治療プログラムの確立に向けたエビデンスの構築、治療プログラムの全国的な普及」についての調査研究を進めることについて、まず、「ギャンブル等依存症に対する標準的な治療プログラムが確立しておらず、一部の依存症専門医療機関がアルコール依存症や薬物依存症に対する認知行動療法等を応用して対応しているが、全国的には普及していない。今後は、標準的な治療プログラムを確立し、全国的に普及させていくことが必要である」との現状をふまえ、「厚生労働省は、平成31 年度中に、調査研究に着手し、認知行動療法に基づくワークブックを使用したギャンブル等依存症の標準的な治療プログラムの有効性を検証するとともに、標準的な治療プログラムの普及及び均てん化(医療サービスなどの地域格差などをなくし、全国どこでも等しく高度な医療をうけることができるようにすること)を図る」、「厚生労働省は、調査研究の成果を活用し、平成33年度までを目途に全都道府県・政令指定都市においてギャンブル等依存症の標準的な治療プログラムを提供する専門医療機関等の整備を進めるための取組を行う」としています。また、「個人認証システムの導入や海外競馬の依存症対策に係る調査」については、「競馬場、場外馬券売場における入場制限対象者の特定について、目視による確認作業の支援ツールとして、個人認証システムの導入に向けた調査を平成31 年度から開始する予定」として、「依存症予防や対策に資する新たな課題解決に向け、調査研究を実施していく必要がある。また、海外競馬における依存症対策に関する状況調査を行い、参考となる対策を順次、国内対策に反映させていく必要がある」、「競馬主催者等は、平成33年度までに、個人認証システムの研究、海外競馬のギャンブル等依存症対策の状況調査に着手するとともに、依存症予防や対策に資する新たな課題解決に努める」としています。また、「新たな入場管理方法の調査研究」としては、「本人や家族からの申告に基づく入場制限については、全ての競走場及び場外舟券売場における相談対応方法や入場制限方法の統一を図るため、本人から申告があった際に入場制限を実施するための入場制限対応ガイドラインを策定(平成29年7月)し、その後、医師や弁護士等の専門家の意見を踏まえ随時改訂を経て、具体的な入場制限対応マニュアルのひな形を策定した(平成29年9月)」状況であるものの、「現在は入場制限の対象者が少ないことから警備員の目視により対象者を特定できているが、今後は、対象者を特定する精度を向上する必要がある」「全施協は、対象者を特定する精度を向上させるため、モーターボート競走関係団体と連携して、平成31年度以降、対象者を特定する技術の先進事例を参考としつつ、ICT 技術を活用した入場管理方法についての研究を開始し、3年を目途とした研究を踏まえ、その導入の可能性を検討する」としています。また、「多重債務、貧困、虐待、自殺、犯罪等のギャンブル等依存症問題の実態把握」についても重視しており、平成28年度から平成30年度までの3か年の調査研究で、AMED において、国内のギャンブル等依存症についての疫学調査を行い、「平成29年に実施した全国調査では、全国300 地点の住民基本台帳から無作為に対象者を抽出し、面接調査を実施した。調査対象者数は1万名であり、回答者数は5,365名(回収率53.7%)。ギャンブル等依存に関する調査項目(以下「SOGS」という。)における有効回答数は4,685 名(有効回答率46.9%)であった。平成29年9月に中間とりまとめ結果を公表し、過去1年以内のギャンブル等の経験等について評価を行い、「ギャンブル等依存が疑われる者」の割合を、成人の0.8%(95%信頼区間:0.5~1.1%)と推計(平均年齢は46.5 歳、男女比9.7:1)」としています。
なお、金融庁では、今般、従来から定めている「ギャンブル等依存症に関連すると考えられる多重債務問題に係る相談への対応に際してのマニュアル」を改訂した旨公表しています。
▼金融庁 「ギャンブル等依存症に関連すると考えられる多重債務問題に係る相談への対応に際してのマニュアル」の更新について
▼(別紙)「ギャンブル等依存症に関連すると考えられる多重債務問題に係る相談への対応に際してのマニュアル」
主な更新等については、(1)相談対応の担当者がより使いやすいように、チェックリストとして活用することができる形に再構成、(2)相談対応の担当者の参考となる情報の充実を図る観点から、生活困窮者自立支援制度に関する情報、金融関係業界における貸付自粛制度に関する情報、連携会議に係る事項を始めとする精神保健福祉センターにおける取組に関する情報等を記載、(3)ギャンブル等依存症の併存疾患について記載、(4)ギャンブル等依存症対策基本法の施行後の平成30年11月に公表した青少年向け啓発用資料を添付、(5)「ギャンブル等依存症でお困りの皆様へ」において、ギャンブル等依存症対策基本法の制定及び施行について加筆し、ギャンブル等依存症対策推進本部のウェブサイトのURLを記載といった対応を行っています。
3.各種統計資料から~平成30年の犯罪情勢/サイバー空間を巡る脅威の情勢等
最近の組織犯罪の動向を知るうえで有用な2018年に関する統計資料がいくつか公表されていますので、かいつまんで紹介します。
▼警察庁 平成30年の犯罪情勢【暫定値】
本コラムでも犯罪統計資料の進捗状況については、時折紹介してきましたが、昨年1年間の犯罪情勢が公表されています。それによれば、まず、刑法犯認知件数の総数については、平成30年は817,445件となり、前年に引き続き戦後最少を更新しています(また、人口千人当たりの刑法犯の認知件数でみれば、6.5件と、戦後最少であった平成29年を更に下回っています)。本レポートにおいては、「官民一体となった総合的な犯罪対策や様々な社会情勢の変化を背景に、総数に占める割合の大きい街頭犯罪や侵入犯罪については、平成15年以降一貫して減少している(罪種で見ると、窃盗及び器物損壊等で前年からの減少数の約90%を占めている)一方、特殊詐欺については、前年比では減少したものの、依然として高い水準にあり、その犯行手口も変化しているなど、厳しい状況が続いている」と指摘しています。また、サイバー犯罪の検挙件数が高い水準で推移している中、(後述するように)警察庁が検知したサイバー空間における探索行為等とみられるアクセスの件数が増加傾向にあり、その標的も拡大している状況にあり、近年、国内外で様々なサイバー攻撃や仮想通貨の不正送信事案等が発生していることを踏まえると、サイバー空間における脅威は深刻化している状況であるといえます。また、ストーカー事案については、「前年比では減少したものの、引き続き、相談等件数及び検挙件数が高い水準で推移している。また、DV及び児童虐待についても、DVの相談等件数及び虐待の通告児童数が増加傾向にあり、その検挙件数もそれぞれ増加傾向にある」としています。そして、「近年増加傾向にある特殊詐欺やサイバー犯罪のように、被害者と対面することなく犯行に及ぶ非対面型犯罪には、対策に応じて絶えず犯行手口が変化するものも多く、また、科学技術の進展により大量反復的な犯行が可能となり、被害が拡大する危険性も高くなっている。また、人身安全関連事案のように家族等私的な関係の中で発生することが多い犯罪に対しては、その性質上犯行が潜在化しやすい傾向にあることを踏まえて対策に当たる必要がある」と極めて重要な指摘がなされています。非対面における犯罪、リスクの高度化については本コラムでもたびたび指摘してきているところであり、イノベーションや科学技術の進展は、利便性と危険性(悪用リスク)の双方にとって等しく享受されることをふまえ、リスク管理の高度化の視点をこれまで以上に持つことの重要性を認識すべきだといえます。
もう少し具体的に見てみると、重要犯罪を構成する罪種の認知件数は、略取誘拐・人身売買を除き過去5年間で横ばい又は減少傾向にありますが、「強制性交等については、2年連続して増加」、「刑法犯認知件数の総数に占める割合の大きい街頭犯罪や侵入犯罪については、平成15年以降一貫して減少」(罪種で見ると、窃盗及び器物損壊等で前年からの減少数の約90%を占めている)、「街頭犯罪は平成13年以降一貫して減少し、平成30年は前年比で約49,000件減少し、約30.8万件に」、「侵入犯罪についても平成15年から減少を続け、平成30年は前年比で約12,000件減少し、約7.6万件に」、「認知件数全体の7割以上を占める窃盗は、平成30年も前年比で約11.2%(約73,000件)減少しており、近年の減少傾向が継続」しているといった点が特筆されます。
また、平成30年における特殊詐欺の認知件数は16,493件であり、過去10年間で最多となった平成29年からは約9.4%減少したものの、過去5年間でみれば約23.2%増加しており、引き続き高い水準にあるといえます。
ストーカーの相談等件数については前年比で約6.6%減少したものの、平成25年以降、2万件を超える高い水準で推移、ストーカー規制法違反の検挙件数については、前年比で約6.2%減少したものの、過去5年間で約41.8%増加しています。さらに、配偶者からの暴力事案等の相談等件数は平成21年以降一貫して増加し、平成30年は77,482件となり前年比で約6.9%、過去5年間で約31.2%増加、児童虐待の通告児童数は平成21年以降一貫して増加し、平成30年は80,104人となり前年比で約22.4%、過去5年間で約2.8倍に増加、配偶者からの暴力事案等に関連する検挙件数については、その大半を占める刑法犯・他の特別法犯による検挙件数が平成21年以降一貫して増加し、平成30年は9,019件となり前年比で約8.1%、過去5年間で約31.2%増加、児童虐待の検挙件数は増加傾向にあり、平成30年は1,355件となり前年比で約19.1%、過去5年間で約1.8倍に増加、といった状況です。
次に、前回の本コラム(暴排トピックス2019年2月号)時点では暫定値だった昨年1年間の犯罪統計資料については、確定値として公表されていますので、あらためて紹介します。
▼警察庁 犯罪統計資料(平成30年1月~12月)【確定値】
平成30年1月~12月における刑法犯総数について、認知件数は817,338件(前年同期915,042件、前年同期比▲10.7%)、検挙件数は309,409件(327,081件、▲5.4%)となり、その結果、検挙率は37.9%(35.7%、+2.2P)と上昇しています。主な犯罪類型別の内訳として、凶悪犯については、認知件数は4,900件(4,840件、+1.2%)、検挙件数は4,337件(4,193件、+3.4%)と刑法犯総数と異なりともに増加しており、検挙率は88.5%(86.6%、+1.9P)となっています。また、粗暴犯については、認知件数は59,139件(60,099件、▲1.6%)、検挙件数は49,349件(49,135件、+0.4%)、検挙率は83.4%(81.8%、+1.6P)となりました。一方、刑法犯全体の7割以上を占める窃盗犯については、認知件数は582,141件(655,498件、▲11.2%)、検挙件数は190,544件(204,296件、▲6.7%)とともに大きく減少しており、検挙率は32.7%(31.2%、+1.5P)と上昇しています。また、知能犯については、認知件数は42,594件(47,009件、▲9.4%)、検挙件数は19,691件(20,965件、▲6.1%)、検挙率は46.2%(44.6%、+1.6P)、詐欺については、認知件数は38,513件(42,571件、▲9.5%)、検挙件数は16,486件(17,410件、▲5.3%)、検挙率は42.8%(40.9%、+1.9P)、万引きについて、認知件数は99,692件(108,009件、▲7.7%)、検挙件数は71,330件(75,257件、▲5.2%)、検挙率は71.6%(69.7%、+1.9P)などとなっており、知能犯や詐欺、とりわけ、万引きの検挙率の高さが目を引きます(万引きは捕まることを周知することが抑止につながるといえます)。また、主な街頭犯罪総数について、認知件数は272,388件(316,676件、▲14.0%)、検挙件数は31,643件(38,347件、▲17.5%)、検挙率は11.6%(12.1%、▲0.5%)となっています。
一方、特別法犯総数については、検挙件数は74,031件(72,860件、+1.6%)、検挙人員は62,894人(62,469人、+0.7P)とともに増加しています。主な犯罪類型別の内訳として、犯罪移転防止法違反については、検挙件数は2,577件(2,581件、▲0.2%)、検挙人員は2,192人(2,163人、+1.3P)、麻薬等取締法違反については、検挙件数は850件(816件、+4.2%)、検挙人員は401人(387人、+3.6P)、大麻取締法違反については、検挙件数は4,605件(3,907件、+17.9%)、検挙人員は3,488人(2,957人、+18.0%)、覚せい剤取締法違反については、検挙件数は13,850件(14,065件、▲1.5%)、検挙件数は9,652人(9,900人、▲2.5%)などとなっており、とりわけ大麻事犯の増加が顕著であることが数字からも示されているといえます。なお、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯については、検挙人員総数は523人(518人、+1.0%)、中国120人(121人)、ベトナム71人(89人)、ブラジル51人(42人)、韓国・朝鮮34人(33人)となっており、中国、ベトナムの犯罪の多さが目につきます。
また、暴力団犯罪(刑法犯)については、総数について、検挙件数は18,681件(20,277件、▲7.9%)、検挙人員は9,825人(10,393人、▲5.5%)、暴力団犯罪(刑法犯)のうち窃盗について、検挙件数は10,194件(11,303件、▲0.7%)、検挙人員は1,627人(1,874人、▲13.2%)、暴力団犯罪(刑法犯)のうち詐欺について、検挙件数は2,270件(2,379件、▲4.6%)、検挙人員は1,749人(1,813人、▲3.5%)などとなっており、窃盗より詐欺の検挙人員の減少幅が小さいことから、威力を使った犯罪から特殊詐欺等へとシフトしていることが考えられます。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)の総数について、検挙件数は9,653件(10,188件、▲5.3%)、検挙人員は7,056人(7,344人、▲3.9%)となっていますが、暴力団犯罪(特別法犯)のうち暴力団排除条例違反について、検挙件数は14件(12件、+16.7%)、検挙人員は53人(62人、▲14.5%)、暴力団犯罪(特別法犯)のうち大麻取締法違反について、検挙件数は1,151件(1,086件、+6.0%)、検挙人員は744人(738人、+0.8%)、暴力団犯罪(特別法犯)のうち覚せい剤取締法違反について、検挙件数は6,662件(6,844件、▲2.7%)、検挙人員は4,569人(4,693人、▲2.6%)などとなっており、全体の傾向同様、暴力団が大麻事犯への関与を強めていることが示されているものと思われます。
次に、最近、脅威を増しているサイバー空間を巡る最近の動向について確認します。
▼警察庁 平成30年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について
まず、サイバー攻撃(における探索行為については)警察庁が24時間体制で運用しているリアルタイム検知ネットワークシステムにおいて、インターネットとの接続点に設置しているセンサーにおいて検知したアクセス件数は、1日・1IPアドレス当たり2,752.8件と増加傾向にあり、この増加の主な要因としては、特定の発信元からの広範なポートに対する探索行為が平成30年下半期に急増したことが指摘されています。また、仮想通貨「Ethereum(イーサリアム)」のネットワークを標的としているとみられる宛先ポート8545/TCPに対するアクセス等、仮想通貨及び仮想通貨採掘ソフトウェアを標的としたアクセスを年間を通じて観測されたこと、平成30年9月以降、ウェブサイトの表示に用いられる宛先ポート80/TCPに対するアクセスの急増を観測したこと(このアクセスは、ウェブサイトの閲覧等に必要となる通信の仕組みを悪用し、攻撃対象の機器等の処理能力を超えるアクセスを集中させ、それらのサービス提供を不可能にするDoS攻撃の一種である「SYN/ACKリフレクター攻撃」を狙ったものと考えられるとされます)等の状況が確認されたということです。また、警察では、「情報窃取を企図したとみられるサイバー攻撃に関する情報を、サイバーインテリジェンス情報共有ネットワークにより事業者等と共有しているところ、同ネットワークを通じて把握した標的型メール攻撃の件数は6,740件と近年増加傾向にあること」、「平成29年に引き続き、我が国の行政機関、公共交通機関、博物館等のウェブサイトに閲覧障害が生じる事案が発生した。警察では、国際的ハッカー集団「アノニマス」を名乗る者が、21組織に対してサイバー攻撃を実行したとする犯行声明とみられる投稿を、SNS上に掲載している状況を把握」しているということです。さらに、標的型メールの手口として、「「ばらまき型」攻撃が多数発生し、全体の90%を占め、引き続き高い割合となった」こと、「標的型メールの送信元メールアドレスについては、偽装されていると考えられるものが全体の98%を占めた」こと、「圧縮ファイルで送付されたファイルの形式については、平成28年から高い割合を占めていたスクリプトファイルが確認されず、実行ファイルが高い割合を占めた」こと等も大きな特徴といえます。
一方、サイバー犯罪の検挙件数は増加傾向にあり、平成30年中の検挙件数は9,040件と過去最多となったこと、また、相談件数は126,815件と、過去最多を記録した平成28年から減少傾向にあることが指摘されています。そのうち、平成30年中の不正アクセス禁止法違反の検挙件数は564件と、平成29年と比べ84件減少するも、過去5年では平成29年に次ぐ水準となったこと、検挙件数のうち、502件が識別符号窃用型(アクセス制御されているサーバーに、ネットワークを通じて、他人の識別符号を入力して不正に利用する行為)で最多となっていること、また、検挙人員は173人と昨年より82人減少したこと、識別符号窃用型の不正アクセス行為に係る手口では、利用権者のパスワードの設定・管理の甘さにつけ込んだものが278件と最も多く、約55%を占めていること、不正アクセス禁止法違反で補導又は検挙された者は、11歳から66歳まで幅広い年齢層にわたっていることなどが指摘されています。また、インターネットバンキングに係る不正送金事犯による被害は、発生件数322件、被害額約4億6,100万円で、いずれも減少傾向にあること、その背景には、モニタリングの強化、ワンタイムパスワードの導入等の対策により、平成29年と比較して、地方銀行・信用金庫等の法人口座の被害が大きく減少したこと、不正送金の一次送金先として把握した562口座のうち、名義人の国籍はベトナムが約62.8%を占め、次いで日本が約14.8%、中国が約13.3%であったことなどが特筆すべき点だといえます。
仮想通貨交換業者等への不正アクセス等による不正送信事犯については、認知件数は169件、被害額は約677億3,820万円相当で、平成29年(認知件数149件、被害額6億6,240万円相当)と比較して、認知件数は20件、被害額は約670億7,580万円相当上回る結果となりました。これは、その主な被害として、国内の仮想通貨交換業者(コインチェック)から、昨年1月に約580億円相当、9月にテックビューロが運営する取引所Zaifにおいて、約70億円相当の仮想通貨が不正に送信されたとみられる事案が発生したことがあげられます。なお、「認知した169件のうち108件(63.9%)の利用者は、ID・パスワードを他のインターネット上のサービスと同一にしていた」と指摘されており、ID・パスワードの使い回しが被害を拡大させる要因のひとつであることが示唆されています。また、平成30年中の不正指令電磁的記録に関する罪及びコンピュータ・電磁的記録対象犯罪の検挙件数は349件で、過去5年でみると平成28年から減少傾向にあること、児童買春・児童ポルノ法違反の検挙件数が2,057件と、全体を通じて最も多く、過去5年でみる平成と29年に次ぐ水準となっていること、著作権法違反の検挙件数は691件と、平成29年と比べて大きく増加しており、過去5年でみると平成26年に次ぐ水準となっていることなどが分かります。
なお、最近の動向として、本レポートからも読み取れますが、トレンドマイクロの「騙しの手口の多様化と急増するメールの脅威」というレポートにおいて、「インターネット利用者の様々な行動変化により、特定のシステムやOSの弱点を利用する攻撃手法は、不特定多数を狙う攻撃においては必ずしも効率の良い手段ではなくなっています。サイバー犯罪者は今後も人の弱点を利用する攻撃を活発化させてくることが予想されます」といった指摘がなされている点は大変興味深いと思われます。
▼トレンドマイクロ 騙しの手口の多様化と急増するメールの脅威
本レポートの紹介によれば、フィッシングサイトに誘導された被害者の数は約1.8倍に増加、日本国内でもフィッシングサイトに誘導された被害者の数は過去最大の443万件以上に達し、2017年の約2.5倍に急増したことをふまえ、「フィッシング詐欺をはじめとして、2018年日本では、広く一般の利用者を狙う攻撃で、人間の心理を巧みに騙す手口の継続的な多様化が見られました。国内だけを見ても、有名企業を偽装したSMSによる攻撃の拡大、虚偽のハッキングや録画ビデオの存在で脅迫するセクストーションスパムの登場、Web上の偽警告の活発化など、新旧の騙しの手口を利用した攻撃が確認されています。特に新たに登場したセクストーションスパムの手口は、日本語版の登場から3か月半で1000万円を超えるビットコインを集めたと考えられ、今後も繰り返す可能性が高いものです」と指摘されています。また、「法人を狙う攻撃においては、メール経由の詐欺手口である「ビジネスメール詐欺」が継続して被害が報告されており、特に法人組織内の上層部になりすます「CEO詐欺」の手口で世界的な増加傾向が見えています。日本国内でも、日本語化されたCEO詐欺メールを初確認したことに加え、実際のCEO詐欺手口による被害事例も発覚しており、世界的なCEO詐欺の傾向が国内にも流入する変化が発生していたものと言えます。また、新たに「ギフトカード詐欺」と呼ばれる手口の活発化についてもFBIから注意喚起が出ています」ということであり、同社が指摘するとおり、今、狙われているのは「人」であり、「人」に着目したリスク管理の重要性(犯罪の手口の継続的な学習やリスクセンスの向上、慣れの排除など)が増しているといえます。
その一方で、サイバー攻撃は巧妙化が進み、ウイルス対策ソフトやセキュリティ機器の導入など、攻撃からの防御だけでは守りきれなくなっているのも事実です。それに対して、ウェブサイトや闇サイト(ダークウェブ)を巡回し、犯罪者が攻撃を仕掛ける予兆をつかむ「脅威インテリジェンス」と呼ばれる対策に注目が集まっているようです(平成31年2月19日付日本経済新聞)。当然ながら、一般の企業では脅威の予兆情報を網羅的に集めるのは難しく、情報を集めたとしても、その脅威がどんな問題を引き起こす可能性があり、どんな対策を取ればよいかを分析するには専門知識と時間が必要になるといわれており、日頃からサイバー空間を巡る脅威に関する多角的な情報収集の重要性もまたあらためて認識する必要があるといえます。
最後に、昨年1年間の金の密輸に関する摘発状況について確認します。
▼財務省 平成30年の全国の税関における金地金密輸入事犯の摘発状況
財務省がまとめた、平成30年における全国の税関で摘発された金地金密輸入事犯の実績(金地金には、金塊に加えて一部加工された金製品も含む)によれば、昨年、全国の税関が摘発した金地金密輸入事犯の件数は1,088件(前年比約▲20%)、押収量は2,119kg(前年比約▲65%)であり、摘発件数、押収量ともに減少傾向にあり、手口も小口化傾向にあるということです。摘発した事犯を密輸形態別件数でみると、前年は航空機旅客等による密輸入が全体の9割以上であったのに対して、昨年は、航空機旅客等が約6割にとどまる一方、航空貨物が3.5割を占め、密輸形態が多様化していることがうかがえるということです。また、密輸仕出地別では、香港、韓国、中国の順に摘発件数が多く、上位3か国・地域で全体の約8割を占め、特に、中国からの密輸入が増えている状況(前年比7倍)であること、摘発事例は全国にまたがっており、大規模空港のみならず地方の海港・空港(清水港、宮崎空港等)でも摘発がなされている状況にあります。本コラムでも紹介したとおり、大規模空港での水際チェックが厳格化されるのに伴い、宮崎空港などの地方空港が使われる実態があり、全国的に「穴」をなくしていくことが急務だといえます。加えて、報道(平成31年2月22日付日本経済新聞)によれば、密輸の増加を示すように不自然に膨らんできた金の輸出入量の差も減少しており、2017年は輸出入に210トンの差があったが、2018年は輸出156トン、輸入7トンで差は約150トンとなったということです。ただし本来の輸出力は50トン程度とみられ、まだ100トンほどが出所不明と言わざるを得ない状況であり、摘発は氷山の一角に過ぎないともいえます。なお、財務省は、税関等における水際対策を進めることとあわせ、国内取引の監視も強め、(以前も紹介したとおり)買い取り業者に対し、取引相手の身元を証明する書類を保存するよう義務化することとしており、金を売る側は個人ならパスポート、法人なら登記事項証明書などの写しの提出が求められることになります。これによって、誰が金を売ったか特定できるようになり、密輸業者の排除につながると期待されています(もちろん、厳格な本人確認手続き、ペーパーカンパニーでないことの確認など「実効性」のある取組みでなければ意味がありません)。
また、最近では、福岡高裁が5億6,000万円分の金塊密輸事件において、金塊の没収を認める判決を下していることも参考となります。刑法が没収の要件として犯人側の所有であることを求めているところ、報道によれば、1審・福岡地裁判決(2018年8月)は「入手経過が判然としない」として没収を認めなかったのに対し、福岡高裁は、「密輸組織が役割分担して金塊を調達したと推認される」と認定しました。ただでさえ今年は消費税が10%に増税されることで金の密輸に拍車がかかることが想定されています。早急に大手商社が「犯罪インフラ」となっている構図を解消し、あらゆる手を使って、犯罪組織に巨額の税金が流れている状況が改善されることを期待したいと思います。
(7) 北朝鮮リスクを巡る動向
ご存知のとおり、トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は先月、ベトナムの首都ハノイで2日間の日程で首脳会談を行いましたが、非核化で合意に達せず、文書の署名は見送られました。報道(平成31年2月28日付時事通信)によれば、トランプ大統領は会談後の記者会見で、北朝鮮側が一部の核施設を非核化する見返りに制裁の全面解除を求めたことを明らかにしたうえで、「受け入れられなかった」と説明、金委員長は黒鉛減速炉や再処理施設がある寧辺の核施設などを廃棄する意思を伝える一方で、その見返りとして制裁の全面解除を要求したといいます。しかしながら、米側はウラン濃縮施設や核弾頭などに非核化措置の対象を広げるよう求め、寧辺の施設廃棄だけでは「不十分」としてこれを拒否しています。なお、この寧辺の核施設にある原子炉については、国際原子力機関(IAEA)が、過去3カ月間、停止しているもようだと指摘しています。報道(平成31年3月5日付ロイター)では、当該原子炉は、核兵器用のプルトニウムの大半を供給しているとみられているものの、衛星画像を分析している一部民間アナリストが、「老朽化している原子炉に技術的な問題が起こっている」と指摘していると報じています。北朝鮮としては「技術的な問題を抱えて廃棄のハードルがそれほど高くない原子炉」を取引材料に経済制裁の全面解除を狙ったようですが、(本情報をふまえれば)米が安易に応じなかった点は評価できるのではないかと思われます。そして、安易な合意をすべきでなかったことを裏付けるような、北朝鮮の強かさを示す動きも最近見られています。例えば、米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」が、商業用人工衛星の写真をもとに北朝鮮北西部・東倉里のミサイル発射場(西海衛星発射場)の一部施設の復旧作業が始まっている(その後、「通常の稼働が可能な状態になった」)という分析結果を、米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)も、東倉里のミサイル施設について同様の分析結果を相次いで発表したことが挙げられます。なお、CSISは2月末の米朝首脳会談で北朝鮮の制裁解除の要求が米国に拒否されたことに対し、「(北朝鮮が)決意を示そうとしているかもしれない」と分析していると報じられていますが、その可能性は高いのではないかと思われます。さらに、この動きとは別に、韓国の情報機関、国家情報院が北朝鮮・平壌郊外の山陰洞にある「ミサイル総合研究団地」で物資運送用の車両の活動を捕捉していたとも報じられています。当該エリアは米本土を狙う大陸間弾道ミサイル(ICBM)を製造した拠点として知られ、こちらも北朝鮮の強かさを示すものといえます。さらに、この動きと連動するかのように、平壌郊外の山陰洞にあるミサイル工場の民間衛星写真を分析した結果、北朝鮮が「人工衛星運搬ロケット」の発射を準備している可能性があると専門家が指摘しています(平成31年3月9日付ロイター)。工場や工場に近接する鉄道の積み替え地点で車両の活動が確認されたというもので、北西部東倉里のミサイル発射場で施設復旧の動きが始まった時期と一致していることから、何らかの発射を準備しているのではないかとの懸念が強まっています。本来、これらの動向については、米としては北朝鮮を非難してしかるべき状況といえますが、現時点で、米政権は北朝鮮との対話姿勢は継続する構えで、現時点で非難は避けている状況です(なお、ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)氏は、「トランプ米大統領の立場は明確だが、北朝鮮が非核化に前向きでない場合、これまで科されてきた制裁は緩和されず、米国はさらに制裁を強化することも検討する」と強調、北朝鮮が今後、非核化で譲歩しない場合、米国は制裁緩和に応じず、さらに圧力を強化する立場を示しています)。北朝鮮の強かさを示す動きを見れば経済制裁の全面解除という安易な選択肢は取るべきではないといえますが、いずれにせよ、交渉が完全に断たれたわけではなく、引き続き今後の動向が注目されるところです。
経済制裁の全面解除を目論む北朝鮮ですが、一方で、その驚くべき資金源の実態が明らかとなりました。報道(平成31年3月8日付日本経済新聞)によれば、国連安全保障理事会で対北朝鮮制裁の履行状況を調査する専門家パネルが3月中にも公表する報告書において、北朝鮮当局が主導する外貨獲得のためのサイバー攻撃の実態に初めて踏み込み、制裁強化で北朝鮮の外貨収入が細る中、サイバー攻撃に特化した部隊が政権のために外貨獲得の任務を課されていること、特に追跡が難しく、国家の規制も比較的緩い仮想通貨を狙ったサイバー攻撃について「北朝鮮により多くの制裁回避の手段を与えている」こと、サイバー攻撃に使うハッキングやブロックチェーン(分散型台帳)などの技術も洗練されていること、さらには、2017年1月から2018年9月にかけて日本や韓国などアジアの仮想通貨交換業者に対して少なくとも5回の攻撃を成功させ、推計で5億7,100万ドルの被害が出たことなどが指摘されており、驚くべきことに、報告書に添付された資料では2018年1月の日本の「コインチェック」での仮想通貨の巨額流出も北朝鮮のハッカー集団による攻撃に含まれているということです。また、国連制裁には北朝鮮の資産凍結や金融取引の禁止が盛り込まれているところ、報告書では2018年には北朝鮮のサイバー攻撃によって2,000万ドル以上の不正な送金手続きが行われたとも指摘、「瀬取り」についても、2018年に「規模、量ともに大幅に増加」、2018年1~8月に瀬取りによる密輸は148件にのぼったこと(約58,000バレルの石油関連製品が密輸される大規模な事案も含まれる)なども指摘しています。これらの驚くべき実態から、やはり、北朝鮮リスクは衰えるどころかその脅威は増している状況であり、国際社会がそれを食い止められない実態とあわせ、筆者としては、安易な経済制裁の解除を認めるべきではないとの意を強くしています。
なお、最近の報道でも、米朝首脳会談が開催されたベトナムについて、その会談時期に、ガソリン2,000トンを積んだタンカーが北朝鮮の南浦港付近に到着したというものがありました。正に「制裁逃れ」を助長するような行為であり、国際社会からの批判は免れないところ、ベトナムの国防、公安両省などが調査に着手したようです。一方で、日本の外務省は、北朝鮮による「瀬取り」を阻止するため今月中旬から、フランスが在日米軍嘉手納基地を拠点とした航空機での警戒監視活動に加わると発表、警戒監視を日米が恒常的に行っているところ、フランスが加わるのは初めてだということであり、「制裁逃れ」を許さないという国際社会が連携して強い意思を示し、厳格な監視態勢を敷くという点で評価できるものと思われます。
3. 暴排条例等の状況
(1) 石川県暴排条例による勧告事例
石川県公安委員会は、みかじめ料の利益供与が行われたとして、石川県暴排条例に基づき、金沢市内の飲食店経営者と指定暴力団山口組傘下組織組員に対し、勧告を実施しています。報道によれば、石川県暴排条例が施行された平成23年8月以降、勧告は5例目となるとのことです。
石川県暴排条例については、以前の本コラム(暴排トピックス2019年1月号)でもご紹介したとおり、1月から規制や罰則などを強化した改正暴排条例が施行されています。主な改正点は、暴力団事務所の開設・運営禁止区域を拡大し、都市計画法に規定する「住居系用途地域」、「商業系用途地域」、「工業系用途地域」を規制区域として新設したこと(これにより、暴力団事務所の新設は金沢市のほぼ全域で禁止されることになりました)のほか、繁華街である片町と金沢駅周辺の二地域を「暴力団排除特別強化地域」に指定し、地域内の風俗店や、深夜に酒類を提供する飲食店などが暴力団員にみかじめ料などを払うと1年以下の懲役、50万円以下の罰金対象となります(本事案は、改正施行前の昨年11月にみかじめ料3万円の授受が行われたものであり、直罰規定の適用とはなっていません)。なお、石川県など北陸においても、北陸新幹線の開業に伴い、北陸地方に特殊詐欺に代表される犯罪組織が進出している実態があり、名義貸しやなりすましによる暴力団員の摘発逃れの害悪が拡がっている実態があり、今後も注意が必要な状況です。
(2) 東京都暴排条例による勧告事例
すでに本コラム(暴排トピックス2018年12月号)でも紹介しましたが、中学校の近くに暴力団事務所を開設したとして、警視庁は、「関東連合」元メンバーで指定暴力団住吉会の3次団体「堺組」組員(通称「松嶋クロス」)を新たに東京都暴力団排除条例違反などの疑いで逮捕しています。報道によれば、他の組員らと共謀して昨年11月、中学校から200メートル以内の東京都中野区弥生町3丁目の住宅に合同会社と偽って暴力団事務所を開設したというものです(報道によれば、スポーツジムを偽装したとされますが、賭博を運営するための拠点にしようとしたと見られています)。なお、堺組には準暴力団に指定されている、解散した暴走族グループ「関東連合」の元メンバーが多く所属しており、警視庁はこれまで、同容疑で松嶋容疑者のほかに堺組幹部ら計6人を逮捕しています。なお、松嶋容疑者については、(あくまでもネット上の情報ですが)2016年のATM一斉引き出し事件(17都府県のコンビニで巨額の現金が引き出された事件)の主犯格で逮捕された準暴力団関東連合OBメンバーとされる井上容疑者との接点も確認されていますし、六本木フラワー殺人事件で国際指名手配されているやはり準暴力団関東連合OBメンバーの見立容疑者とも当然深い関係にあります。また、堺組は、幸平一家の中でも一番多くの関東連合OBを抱えていることから、資金力もかなりあると言われており、警視庁が、松嶋容疑者の逮捕により、このあたりを含めた様々な情報を引き出せるか注目されます。
▼警視庁 東京都暴力団排除条例(全文)
東京都暴排条例においては、第22条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)に、「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地(これらの用に供せられるものと決定した土地を含む。)の周囲200メートルの区域内において、これを開設し、又は運営してはならない」との規定があり、中学校は「一 学校教育法(昭和22年法律第26号)第1条に規定する学校(大学を除く。)又は同法第百24条に規定する専修学校(高等課程を置くものに限る。)」に該当します。そして、その違反に対しては、第33条(罰則)に「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」との規定があり、「一 第22条第1項の規定に違反して暴力団事務所を開設し、又は運営した者」に該当するとして今回の逮捕に至ったものと考えられます。
(3) 山梨県暴排条例関連情報
本コラムでもたびたび紹介していますが、山梨県暴排条例が平成28年に改正施行され、甲府市中心街、石和温泉街が「暴力団排除特別強化地域」に設定され、暴力団員の禁止行為が定められるなど取締りが強化されています。その後、2017年2月からは、当該地域において、山梨県警が、犯罪抑止や暴排のため、街頭に防犯メラを設置、運用を開始しています。この街頭防犯カメラシステムは、犯罪の予防と被害の未然防止を図るため、公共空間に防犯カメラ17台を設置し、撮影した画像を管轄する警察署にデータ送信し、これを記録するものです。そして、設置から1年間で計53件の画像が暴力団関係事件や器物損壊などの裏付け捜査に活用されたほか、犯罪抑止としても貢献し、暴行傷害による被害受理件数が大幅に減少、特に、石和温泉街ではゼロという成果が挙がりました。さらに、直近2年経過時点においては、100件の活用実績となり、当初の活用目的である暴力団関連事案はもとより、酒気帯び運転の捜査での活用が多い実態となっているようです。なお、山梨県警は、この街頭防犯カメラシステムについて、昨年6月と8月に暴力団排除特別強化地域で、暴力団排除ローラーを実施した際のアンケート結果をまとめています。
▼山梨県警察 街頭防犯カメラシステムに関するアンケート
本アンケートよれば、街頭防犯カメラの効果が「ある」とした人の割合は6割にも上り、その理由として、「治安が良くなった」、「暴力団の出入りが減った」、「安心する」、「暴力団からの不当要求がなくなった」、「防犯効果がある」といったことが挙げられています。一方で、「効果がない・どちらともいえない」理由については、「防犯カメラ設置前と変わっていない」とするものが5割を占めており、評価がやや分れていることも指摘できます。防犯カメラの証拠能力はともかく、その犯罪抑止効果については(本アンケートからも一部うかがえるとおり)様々な意見があるところ、とりわけ、傷害・暴行、自転車盗難については明らかな相関関係があると言われており、防犯カメラの存在を周知し、犯罪の裏付けや犯罪抑止効果についても積極的に周知することによって、当該エリアの犯罪や暴排につながることが一定程度示されているものと評価できると思われます。改正暴排条例で「暴力団排除特別強化地域」等を設けて規制を強化している自治体が増えているところ、同様の効果が見込めそうであり、このような取り組みが全国に拡がることを期待したいと思います。
(4) 福岡県暴排条例に基づく中止命令
福岡県警博多署は、暴力団の立ち入りを禁止する標章を掲げた飲食店に入ったとして、指定暴力団福博会系組幹部の男に対し、福岡県暴排条例に基づく中止命令を出しています。
▼福岡県 福岡県暴力団排除条例
福岡県暴排条例では、第14条の2第2項において、「特定接客業者であって、暴力団排除特別強化地域に営業所を置くものは、公安委員会規則で定めるところにより、公安委員会に対し、暴力団員が当該営業所に立ち入ることを禁止する旨を告知する公安委員会規則で定める標章(以下この条において単に「標章」という。)を当該営業所に掲示するよう申し出ることができる」とし、第3項で「前項の規定による申出があった場合において、公安委員会は、暴力団員が当該営業所に立ち入ることを禁止することが暴力団排除特別強化地域における暴力団の排除を強化し、県民が安心して来訪することができる環境を整備するために必要であると認めるときは、当該営業所の出入口の見やすい場所に標章を掲示するものとする」、さらに、第4項で「暴力団員は、標章が掲示されている営業所に立ち入ってはならない」と規定し、第5項で「公安委員会は、暴力団員が前項の規定に違反する行為をしたときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」とされており、今回のケースは本条項を適用した中止命令となります。
(5) 指名停止・排除措置公表事例(福岡県)
福岡県、福岡市、北九州市において、同一の法人についての指名停止措置(排除措置)が公表されていますので、紹介します。
▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表
▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置一覧
▼北九州市 暴力団と交際のある事業者の通報について
排除措置の理由としては、「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」(福岡県)、「暴力団との関係による」(福岡市)、「当該業者の役員等が、暴力団と「社会的に非難される関係を有していること」に該当する事実があることを確認した」(北九州市)となっています。また、排除期間については、福岡県が「平成31年2月28日から平成32年8月27日まで(18ヵ月間)」、福岡市が「平成31年2月20日から平成32年2月19日まで」の12か月、北九州市が「平成31年2月22日から18月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」となっており、それぞれ期間が異なっている点が興味深いと言えます。なお、排除期間については、北九州市を例にとると、「暴力団員が実質的に運営している」(36か月)、「従業員として雇用」(24か月)、「役員等が暴力団構成員と社会的に避難されるべき関係を有している」(18か月)などとなっていることが分かります。
(6) 暴力団対策法に基づく中命令(脱退暴排行為)事例(福岡県)
福岡県警嘉麻署は、六代目山口組系組幹部の男と同組員の男に対し、暴力団対策法に基づく中止命令(脱退妨害行為)を出しています。報道によれば、同県飯塚市の飲食店内で六代目山口組から脱退する意思を示していた県内在住の男性に「辞めるという選択肢はお前にはないばい」「組から抜けることはできんばい」などと威圧し、脱退を妨害したということです。
▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴力団対策法)
本件については、暴力団対策法第16条(加入の強要等の禁止)第2項において、「前項に規定するもののほか、指定暴力団員は、人を威迫して、その者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない」、第3項に「指定暴力団員は、人を威迫して、その者の親族又はその者が雇用する者その他のその者と密接な関係を有する者として国家公安委員会規則で定める者(以下この項並びに第18条第1項及び第2項において「密接関係者」という。)に係る組抜け料等(密接関係者の暴力団からの脱退が容認されること又は密接関係者に対する暴力団への加入の強要若しくは勧誘をやめることの代償として支払われる金品等をいう。)を支払うこと又は密接関係者の住所若しくは居所の教示その他密接関係者に係る情報の提供をすることを強要し、又は勧誘することその他密接関係者を指定暴力団等に加入させ、又は密接関係者が指定暴力団等から脱退することを妨害するための行為として国家公安委員会規則で定めるものをしてはならない」などと定めています。さらに、第18条(加入の強要等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が第16条の規定に違反する行為をしており、その相手方が困惑していると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項(当該行為が同条第3項の規定に違反する行為であるときは、当該行為に係る密接関係者が指定暴力団等に加入させられ、又は指定暴力団等から脱退することを妨害されることを防止するために必要な事項を含む。)を命ずることができる」としており、本条項に基づく対応であるものと考えられます。