反社会的勢力対応 関連コラム

金融庁「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の現状と課題」

2019.11.12

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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【もくじ】―――――――――――――――――――――――――

1.金融庁「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の現状と課題」

2.最近のトピックス

(1)暴排を巡る動向

(2)特殊詐欺を巡る動向

(3)暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

(4)テロリスクを巡る動向

(5)犯罪インフラを巡る動向

(6)その他

・薬物を巡る動向

・犯罪統計資料

・忘れられる権利の動向ほか

(7)北朝鮮リスクを巡る動向

3.暴排条例等の状況

(1)東京都暴排条例の改正(10月1日)後の動向

(2)暴排条例に基づく起訴事例(神奈川県)

(3)暴力団対策法に基づく仮命令(損害賠償請求妨害防止)発出事例(福井県)

(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(福井県)

1.金融庁 「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の現状と課題」

 FATF(金融活動作業部会)の第4次対日相互審査が10月28日から始まっています。まず第1週目は金融庁や警察庁などの関係当局に対して審査が行われ、先週は民間事業者の審査が行われています。そして、最終週となる今週は、追加面談や講評が行われる予定です。今回の審査においては、口座開設や海外送金に関し、本人確認や送金目的の確認を強化しているか等が重点的に検証されることになりますが、前回(2008年)の審査と異なるのは、民間金融機関の対策が問われ、審査団が銀行などから直接聴取している点です。また、今回、銀行への審査で焦点とされているものの一つが、顧客の属性や取引状況などからリスクを判断したうえで(リスクベース・アプローチ)、状況変化に応じて継続管理する態勢(継続的な顧客管理)の整備状況だといわれており、FATFが重視する分野であり、かつ日本が海外に比べて対応が遅れているとされている部分です。また、それ以外にも、法人における「実質的支配者」の確認が実効性をもって実施されているのか(例えば、安易に代表者としていないか、どうやって確認しているかなど)等もポイントとなっているものと思われます。なお、すでに第4次審査が終了している国は25カ国ありますが、5年に1度の報告で済む「通常フォローアップ国」は英国やイタリアなど7カ国のみという厳しさで、不合格が一定数に達すると「重点フォローアップ国」、さらに多くなれば「監視対象国」に指定されることになります。とりわけ、「監視対象国」となれば、海外金融機関が日本の金融機関とのコルレス契約に難色を示す(海外送金実務等に重大な影響が生じる)おそれや海外当局が自国の銀行に日本進出を許可しないといった甚大な悪影響が及ぶことになります(ちなみに、日本は、前回の2008年の審査では、49項目中25項目で「要改善」の評価を受けたうえに、2014年には必要な法整備が遅れているとして、名指しで異例の声明が出されていますので、今回は正に正念場といえます)。また、今回の審査では、銀行だけでなく、匿名性の高い取引が不正利用につながる可能性が懸念されている暗号資産(仮想通貨)交換業者も調査対象となっている点も注目されます。

 さて、FATFの審査の直前のタイミングで、金融庁から「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の現状と課題」と題するレポートが公表されました。以下、その内容について概観し、今後の課題について確認をしておきたいと思います。

▼金融庁 「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の現状と課題」(2019年9月)の公表について
▼別紙「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の現状と課題」(2019年9月)

 まず、レポートでは、現状の認識として、「マネー・ローンダリングを行う者は様々想定されるが、国家公安委員会公表の犯罪収益移転危険度調査書(2018年12月)において、わが国では、主として、「暴力団」、「来日外国人」、「特殊詐欺の犯行グループ等」が挙げられている」としています。まず、暴力団については、「経済的利得を獲得するために、反復して犯罪を行い、金融犯罪の多くに関与しながら巧妙にマネー・ローンダリングを行っており、わが国において、特に大きな脅威として存在している。具体的には、暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者は、詐欺、窃盗、ヤミ金融事犯、賭博事犯及び売春事犯等の多様な犯罪に関与し、マネー・ローンダリング事犯を敢行している実態がうかがわれる」と指摘しています。また、犯罪に関与する来日外国人については、「組織的な犯罪を行う中で、様々な手口を使ってマネー・ローンダリング事犯を敢行している実態がうかがわれ、例えば、中国人の犯罪グループによるインターネットバンキング不正アクセスに係る不正送金事犯等の事例が確認されている。なお、2015年から2017年までの過去3年間において、いわゆる組織的犯罪処罰法に基づく来日外国人が関与したマネー・ローンダリング事犯の国籍別の検挙件数では、中国、ベトナム、ナイジェリアが多くなっている」と指摘しています。さらに、特殊詐欺の犯行グループについては、「近年、被害者に電話をかけるなどして対面することなく信頼させ、不特定多数の者から現金等をだまし取る特殊詐欺が多発しており、2018年中の実質的な被害総額は約364億円となっている。特殊詐欺の犯行グループは、組織的に詐欺を敢行するとともに、詐取金の振込先として架空・他人名義の口座を利用するなどして、マネー・ローンダリングを行っている。また、自己名義の口座や偽造した身分証明書を悪用するなどして開設した架空・他人名義の口座を遊興費や生活費欲しさから安易に譲り渡す者等が存在することにより、マネー・ローンダリングがより一層容易となっている」と述べています。いずれも本コラムでこれまで指摘してきた実態を端的に表しているものと思います。

 また、テロ資金供与については、「FATFは、勧告8において、非営利団体がテロリスト等に悪用されないように求めた上で、テロ組織が合法的な団体を装う形態、合法的な団体をテロ資金供与のパイプとして利用する形態及び合法目的の資金をテロ組織に横流しするために利用する形態を、悪用の形態として挙げている」と指摘しています。

 さらに、最近の状況については、「マネロン・テロ資金供与対策への国際的な関心の高まりも見られる中、近年では、グローバルに展開している金融機関等がマネロン・テロ資金供与対策の不備に起因して、当局から行政処分を課される事案等が相次ぎ、デンマークの大手行においては、過去数年間にわたり、同行の海外拠点を通じてマネー・ローンダリングが行われていたことが報じられ、CEOの辞任にも至っている。わが国の複数のメガバンクにおいても、マネー・ローンダリング防止に関する内部管理態勢等の改善について、米国当局との間で合意したことが公表されている」と指摘しています。これらについても、本コラムにおいてこれまで取り上げてきたとおりです。

 また、「経済・金融サービスのグローバル化、IT技術の高度化やデジタライゼーションが進み、犯罪収益が短時間に国境を越えて移転することに加え、犯罪手法にも巧妙化が見られるなど、マネロン・テロ資金供与に関する状況は複雑に変化し続けている」ことをふまえ、「近年、資金移動業者等が、これまで主に預金取扱金融機関により提供されてきた為替・決済サービスの分野に進出している。資金移動業者等が十分な管理態勢を整備していない場合、マネロン・テロ資金供与に利用されるリスクが高まることとなる。また、出入国管理及び難民認定法の改正により外国人材の受入れが拡大することから、外国人材による郷里送金の件数や金額の増加が見込まれ、その際に、資金移動業者等が提供する海外送金サービスが利用されることも想定される」こと、「サイバー犯罪の検挙件数は増加傾向にあり、2018年に9040件と過去最多を記録するなど、インターネットを経由する金融サービスにおける脅威の増加も認められる」こと、「仮想通貨については、わが国における2018年の仮想通貨交換業者等への不正アクセス等による不正送信事案が169件認知され、同年1月及び9月には国内の仮想通貨交換業者から多額の仮想通貨が不正に送信されたと見られる事案も発生している」ことなどの最近の動きにも言及しています。

 これらのリスクの変化等に対応する必要から、「一部の業界団体や金融機関等において、マネロン・テロ資金供与対策に関するシステムや事務プロセスの共同化、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入や機械学習機能の活用による疑わしい取引の届出業務の効率化・有効性向上に向けた検討が進められている」一方、「コストが増加している」ことにも触れています。

 さらに、業態共通で見られる全体的な傾向としては、「昨年2月のガイドライン公表以降、多くの金融機関等において、態勢高度化に向けた取組みに着手し、営業現場も含め検証態勢等の整備に進捗が見られる。また、包括的かつ具体的なリスクの特定・評価の実施や、そのリスクに応じた継続的な顧客管理に関する検討とともに、顧客管理や取引モニタリング・フィルタリングに係るITシステム等の活用に向けた検討も進められている」一方で、「継続的な顧客管理については、メガバンクや一部の大規模な金融機関等を除き、顧客受入方針の策定・顧客リスク評価・顧客情報の更新が検討中・未着手である先も見られるなど、態勢整備の途上といえる」との指摘があり、肌感覚的にも正にその通りだと感じていますが、このような取り組みの遅れについて、今回のFATFの審査でどのように評価されるのか気になるところです。さらに課題として、「代理店等が取引時確認や顧客管理業務の一部を実施している金融機関等も見られる。このような場合にも、委託元の金融機関等が顧客管理に関する責任を負うことを踏まえた対応が必要であるところ、顧客管理に必要な情報を適時・適切に確認すること等を通じた委託元としての関与や、代理店等による顧客管理業務、記録保存等の業務の管理が不十分な先も見られる」こと、「一部の金融機関においては、リスクの検証に当たって、自らが取り扱う全ての商品・サービスを網羅していないなど、リスクベース・アプローチの前提である包括的なリスクの特定・評価が十分でない事例も見られる」ことなどが指摘されており、このような取り組みのレベル感では、リスクの大きさに対して「不十分」とされても仕方ありません。

 預金取扱金融機関の取り組みについては、「例えば、預金取引がない者(一見客)の現金による内国為替取引、口座名義人と送金依頼人が異なる場合の内国為替取引(異名義送金)、投融資業務における投融資先等について、包括的かつ具体的にリスクを特定・評価していない金融機関が認められる」といった指摘や、「一部の金融機関の取組みに遅れが見られ、例えば、次のような課題が認められる」として、以下が列挙されています。いずれの指摘も重要な不備といえ、本当にこの程度の取り組みレベルなのであれば、FAFTの指摘を待たずとも、取り組み遅れの深刻さや実効性の低さを物語っているといえます。

  • 不自然な態様により口座開設が申し込まれた場合について、その合理性の検証プロセスを制定していない
  • 過去に疑わしい取引の届出を行った顧客の情報が自行内に共有されていない。そのため、その後複数回にわたって、リスクに応じた取引時確認が行われないまま、当該顧客が同様の疑わしい取引を実行している
  • 外国為替取引における被仕向送金について、送金受取人や仕向銀行に送金目的や金額の確認を行っていない。また、その合理性等を検討しないまま、受取人口座に入金している
  • 商品・サービス、取引形態、国・地域、顧客属性等のリスク評価の結果を総合して、全ての顧客についてリスク評価を行っていない。また、そのリスク評価に応じた顧客情報の調査頻度や手法を定めていないなど、継続的な顧客管理に関する具体的な計画を策定していない
  • わが国に一定期間居住する外国人(留学生や技能実習生等)による口座開設について、在留期間の管理手続を定めていないため、口座開設時に在留期間を確認せず、帰国時にも口座解約手続を促していないなど、帰国時の口座売買等のリスクに応じた低減措置を実施していない
  • 取引モニタリング・フィルタリングについては、自らの業務規模・特性や取引形態等に応じて直面するリスクを踏まえ、ITシステムの導入の検討や既存システムのカスタマイズ等を行う必要があるところ、システムを導入している事業者においては、以下のような点に課題がある
    • 取引モニタリングシステムが検知した取引を十分に検証しないまま、疑わしい取引の届出を行っている。取引モニタリングシステムのシナリオや敷居値等の抽出基準が自らのリスク評価に見合ったものとなっているかを定期的に検証していない
    • 取引フィルタリングシステムのあいまい検索機能の設定が自らのリスク評価に見合ったものとなっているかを定期的に検証していない
    • 取引モニタリング・フィルタリングシステムに用いられるデータの網羅性・正確性を定期的に検証していない

 また、反社会的勢力に該当する既存顧客に関する事例についても言及があります(一部、金融庁が業務改善命令を発出した事例等も盛り込まれています)。こちらについても、反社会的勢力の実態や反社リスクを適切に把握できていないことに起因して、不十分な取り組みレベルとなっており、極めて残念です。特に、「すでに反社認定をしていながらモニタリングの精度が低い」という部分は極めて憂慮されるべきことであり、そもそも関係解消に向けての努力がなされていないのではないか、モニタリングの意味を十分に認識できていないのではないかとさえ感じます。

  • 既に取引のある反社会的勢力(以下「反社」)に該当する顧客のモニタリングを十分に行っていないことから、口座に入金があった直後に、その資金を原資とした海外送金が行われていたり、インターネットバンキングサービスの契約が締結され、同サービスにより多数の者への国内送金が継続的に行われている
  • 取引モニタリングシステムにより、反社に該当する既存顧客の口座からその配偶者の口座への多額の資金移動や当該配偶者の口座から多額の現金が引き出されていることを把握していたにもかかわらず、家族間の資金移動であったことや、資金移動の理由が他の金融機関への預け替えであったことのみをもって問題ないと判断し、疑わしい取引の届出の要否を検討していない
  • 反社リストを更新した際に遅滞なく既存口座との照合を行っていなかったことから、カードローンが利用されるなど、反社との新規取引を禁止する自行の規定どおりの運用となっていない

 経営管理態勢については、「経営陣が管理部門に対して限定的な指示を行うにとどまり、態勢整備の観点において、適切な経営資源を把握し、組織体制を見直すなど、全社的な対応に至っていない事例が認められる」といった課題が指摘されています。さらに、「経営陣の関与が不十分と見られる金融機関の中には、営業部門、管理部門及び内部監査部門の機能(「三つの防衛線(three lines of defense)」)が適切に発揮されていない事例も認められる」、そのうえで、「そもそも三つの防衛線に分かれていない事例のほか、形式的には三つの防衛線に分かれていたとしても、それらの独立性が認められない事例が認められる」との指摘までなされています。加えて、「第2線が第1線におけるリスクベースでの管理態勢の有効性を十分に検証していない事例も認められた」、「第3線である内部監査部門において、リスクベースの観点から、マネロン・テロ資金供与対策の有効性の監査を実施していなかったり、マネロン・テロ資金供与対策に関する知見がそもそも不十分であるなど、独立した立場からの検証が十分でない事例も認められた」との指摘もあります。いわゆる「3線管理」においては、それぞれが独立性を保ち、相互に牽制機能を有することではじめて、コンプライアンス・リスク管理態勢が全体として機能するものであるといえ、本レポートで指摘されている事項は、今後の重要な課題だといえます。

 なお、3メガバンクについては、さらに、以下のような課題も提示されています。リスクが低いと判断した部分のモニタリング態勢のあり方や、海外送金等における委託元(地銀等)のAML/CFT態勢のモニタリングおよび個別取引のモニタリング強化などが指摘されており、自行だけでなくサプライチェーン全体の取り組みレベルの高度化まで求められている、かなり要求水準としては高いといえると思います。

  • 非営業性個人の生活口座等、リスクが低いと評価した顧客における顧客情報の確認・リスク評価の見直しについては、その口座数も多いことから、実行可能性も踏まえ、その手法や頻度を検討するとともに、顧客のリスク評価に影響する変化を適切に把握する態勢を整備する必要がある
  • 外為送金取引における委託元の地域金融機関等において、管理態勢の向上を図ることは当然であるが、3メガバンクにおいても、外為事務受託に係るリスクを認識した上で、委託元である地域金融機関等におけるマネロン・テロ資金供与リスク管理態勢等について、モニタリングするとともに、委託を受けた個々の取引についてもシステム等によるモニタリングを強化することが求められる
  • 委託元である地域金融機関等における検証については、「海外送金等を委託する場合であっても、委託元である地域金融機関等が当該送金等を自らのマネロン・テロ資金供与対策におけるリスクベース・アプローチの枠組みの下で、リスクの特定・評価・低減措置を着実に実行することが求められる(ガイドラインⅡ-2(4)【対応が求められる事項】⑥)。したがって、自行顧客からの外為仕向送金の取引受付時及び外為被仕向送金の入金時には、そのリスクに応じた低減措置を講ずる必要がある。しかし、例えば、以下のように委託元である地域金融機関等において、送金取引における低減措置が必ずしも十分でない事例が見られる
  • 外為仕向送金に当たって、その内容や理由の確認を十分に行わないまま、取引の当事者である法人の口座でなく、その法人代表者個人の口座への送金を許容した事例
  • 外為被仕向送金について、その送金目的(生活費)と比較して明らかに高額な送金であったにもかかわらず、その内容や理由の確認を十分に行わないまま、送金受取人口座へ入金した事例

 暗号資産(仮想通貨)交換業者については、「ビットコイン等に代表される多くの仮想通貨は、その取引履歴がブロックチェーン上で公開され、取引の追跡が可能であるという特徴がある一方で、利用者の匿名性が高いこと、取引の追跡を困難にさせる技術が日々開発されていること等から、仮想通貨交換業者(以下「交換業者」)は、真の利用者を特定することが困難になってきている」こと、「仮想通貨は世界で1,500種類以上が流通しているとも言われ、その中には移転記録が公開されず取引の追跡が困難なものや、移転記録の維持・更新に脆弱性を有するものも存在する」こと、「交換業者と利用者間の取引は、その大半が非対面で行われている。具体的には、利用者は交換業者に口座開設した上で、預け入れる資金を銀行等から振り込み、当該資金を用いて交換取引を行い、仮想通貨の売却益を得た場合には銀行口座に送金する。こうした特性も、真の利用者を特定することを困難にし、なりすまし等のリスクを発生させる要因となっている」といった暗号資産の本質にかかわる指摘がなされています。そのうえで、「多くの交換業者において、リスクが適切に評価できていない事例が見られた」という点などは、現状では本質的なリスクへの対応ができておらず、残された課題が大きいことを示唆しています。

 また、資金移動業者については、「規模や特性は様々であり、その規模や特性により直面するリスクも異なっている。資金移動業者においては、為替取引に共通するリスクのみならず、各事業者の規模・特性に応じたリスクを特定・評価の上、必要な低減措置の実施が求められる」こと、「代理店を介して取引を行っているにもかかわらず、代理店が適切に業務を実施しているかを確認していない事業者が見られ、例えば、代理店の管理態勢をリスクに応じた頻度でモニタリングし、その結果に応じて、研修を実施するなど、適切な代理店管理を実施することが課題」であること、「資金移動業者については、継続的な顧客管理の観点から、顧客リスク格付を実施している事業者がある一方、来日外国人の在留期限の管理が十分でない事業者も多く見られ、顧客情報を取得の上、顧客のリスク評価及びその評価に応じた低減措置を実施することが課題」とされています。冒頭でも触れられていたとおり、今後、海外送金等について資金移動業者の利用が大きく増えていくことをふまえれば、その対策の深化は急務だといえます。

 その他の指摘事項・課題等については、以下に箇条書きでポイントを紹介しておきます。

  • 保険会社においては、「リスクの網羅的な特定のためには、保険料として収受した金銭その他の資産について、有価証券への投資や金銭の貸付等による運用まで含める必要がある。その際には、例えば、かかる投融資先やその関係当事者が制裁対象や反社でないことを継続的に確認する検証態勢の構築が必要である。また、かかる運用を外部に委託している場合には、委託先のマネロン・テロ資金供与対策に係る管理態勢が適切に整備されているかという観点を踏まえてリスクを検証することが必要である」との指摘があります。
  • 金融商品取引業者等については、「金融商品等が複雑な構造を有する場合には、原資の出所が不透明となり、資金の追跡が困難となり、犯罪による収益を移転し、合法的な活動により得られた資産に統合され得る。また、インターネットブローカーの参入により広く普及した金融商品の非対面取引は、確固たる経営方針と堅牢な管理態勢が整備されない場合には、架空の人物や他人になりすました者と取引を行うおそれがあるため、十分に留意することが必要」であること、取引フィルタリグ・モニタリングについては、「特にインターネット取引においては、なりすまし口座等への対応として、IPアドレス等の検証対応が求められる。この点については、海外IPアドレスからのアクセスについて十分な検証を行わず、不自然なアクセスを行っている顧客を看過している事例が見受けられるなど、態勢の向上に課題がある」との指摘があります。
  • 金融庁の取り組みとしては、「各金融機関等の固有リスク、統制状況、残存リスク等を踏まえ、金融機関等に対するモニタリングをリスクベースで実施し、各金融機関等の管理態勢等を以下のようなテーマで検証した。モニタリングで把握した各金融機関等の対応状況については、マネロン・テロ資金供与対策が不十分な事例や態勢整備を進める上で有用と考えられる事例を還元した」ことなどが取り上げられています。
  • 犯罪収益移転危険度調査書等を勘案しながら、自らの個別具体的な特性を考慮した上で、直面するリスクを包括的・具体的に特定・評価しているか(リスク評価書の検証)
  • 緊急チェックシートを踏まえて、適切に送金取引を検証しているか
  • ガイドラインと現状のギャップを正確に認識した上で、態勢整備を適切に進めているか
  • 国際社会における継続的な課題であるテロ資金供与対策の重要性を改めて示す趣旨で、「テロリストへの資金供与に自らが提供する商品・サービスが利用され得るとの認識の下、実効的な管理態勢を構築すべきことを追記している。なお、前述(第1章1)のFATF勧告8も踏まえ、非営利団体との取引に係るリスクに言及しているが、全ての非営利団体が本質的にリスクが高いものではないことを前提として、画一的な対応ではなく、その活動の性質を十分に踏まえた対応を検討することが重要である。また、大量破壊兵器の拡散に対する資金供与の防止のための対応も含め、国内外の法規制等も踏まえた態勢の構築が必要であることを改めて確認している」と指摘しています。
  • 疑わしい取引にかかる参考事例については2019年4月、犯罪収益移転危険度調査書やFATFにおける議論等を踏まえて、以下のような参考事例を追加する改訂を実施しています(本件については、前回の本コラム(暴排トピックス2019年10月号)で取り上げていますので、あわせて参照願います)。
  • テロ資金供与や仮想通貨交換業等のリスクに係る事例
  • インターネット環境におけるIPアドレス等による検知方法に着目した事例
  • 外国PEPs、拡散金融、人身取引等に係る事例

 さて、金融機関においては、AML/CFT態勢の強化、海外送金における監視強化等のために、新たな取り組みが続々と導入されています。具体的には、大手行や地方銀行においては、海外送金時の目的確認など顧客への質問を充実させる、人員を増やす、定期的に居住地などの情報を求め、応じられない場合は預金口座の利用を制限できるよう規定を改正、窓口対応において大手行が現金の持ち込みによる海外送金を禁止、三井住友銀行では、AI(人工知能)で不正のリスク度合いを調べ、見極めの難しい案件の確認は熟練行員に自動で割り振りする仕組みを構築、といったものがあげられます。また、第二地銀においては、口座開設時などの本人確認をオンラインで完結させる仕組みである「e-KYC」導入機運が高まっているようです。「e-KYC」は、昨年11月の改正犯罪収益移転防止法施行により認められたもので、(郵送による本人確認手続きを省略できることから)銀行のコスト削減や顧客利便性向上につながると目されています。また、金融庁は、地方銀行が使える共同システムを開発する検討を始めたという報道もありました(令和元年10月31日付日本経済新聞)。それによると、顧客のリスク評価や制裁対象者との照合といった業務にAIを使って精度を高めようとするもので、設計などの初期費用は国が負担する方向だといい、手薄になりがちな地銀の対策を底上げして抜け穴を防ぐことを目指す狙いがあります。一方で、海外との関わりで見れば、約11,000の金融機関が加盟する国際銀行間通信協会(SWIFT)が、海外送金を30分以内に終える新システムを加盟社の約9割が2020年中に導入する見通しを明らかにしています。金融とITを融合させた「フィンテック」を用いた新興の送金業者が存在感を増しており、国際的に銀行業界は対応を急いでいる状況です。さらにEUでは、AML/CFTを取り締まる中央機関の新設を検討しているということです。デンマークのダンスケ銀行など世間の目を引く事件が相次ぎ、銀行を通じた不正資金の流入を食い止める対策の不備が表面化していることを受けてのものとなります。

 経済・金融サービスのグローバル化、IT技術の高度化やデジタライゼーションが進み、犯罪収益が短時間に国境を越えて移転することに加え、犯罪手法にも巧妙化が顕著です。このような情勢を背景に、日本国内だけでなく、国際的にもAML/CFTの厳格化の流れは本格化しており、とりわけ日本の特定事業者においては、(金融庁のレポートで示された取り組みの遅れをキャッチアップし)その流れに乗り遅れることのないように取り組んでいただくことを期待したいと思います。

2. 最近のトピックス

(1)暴力団情勢

 指定暴力団六代目山口組ナンバー2の高山清司若頭(72)が11月18日、恐喝罪での服役を終え、府中刑務所(東京都府中市)を出所しました。平成26年6月に収監された後、山口組が三つに分裂、抗争とみられる発砲事件が多発するなど緊張が高まる中での出所となりました。高山若頭については、服役前の強権的支配体制が分裂の要因といわれており、出所後は分裂をどう収拾するのか注目されています。実際に、高山若頭は服役中から「山口組を一つにする」と語っていたとされ、井上組長や元舎弟頭の入江禎氏など(永久追放を意味する)「絶縁処分」となった指定暴力団神戸山口組の最高幹部らには引退を迫り、若手組員は組織に戻すことを想定しているともいわれています。しかしながら、高山若頭不在の5年で暴力団を取り巻く環境は大きく変わっており、高山若頭と現六代目山口組の幹部との間には「温度差」もあり、「路線の対立」が顕在化して、一部報道では、すでに高山若頭が組織内で「孤立」し、七代目就任も危うい状況であるとさえ指摘されています。いずれにせよ、「外での3つの山口組の分裂、内での内部分裂」という内憂外患の状況をどう打開していくのか、その手腕に注目していきたいと思います。とはいえ、現状では、皇室の一連の行事、来年は東京五輪・パラリンピックの開催があり、抗争を自粛しなければならない時期であることに加え、暴力的な抗争等に打って出れば実行犯の組員ばかりか組長も逮捕される組織犯罪処罰法の適用により、高山若頭や篠田組長も捕まる可能性があること、特定抗争指定暴力団に指定されれば活動を著しく制限されることになること、抗争で組員や民間人に被害が生じ、民事上の使用者責任を問われることになれば億単位の損害賠償責任が発生しかねないことなど、3つの山口組のいずれもが派手に行動を起こすことのできない理由もあるといえます。

 それを迎え撃つ警察当局もまた、「山口組」を掲げる3団体の封じ込めに向けて正念場を迎えています。警察はすでに主要組事務所の使用を制限しましたが、今以上に対立抗争が激化した場合には、取り締まりの「切り札」とされ、さらに厳しい制限をかける「特定抗争指定暴力団」への指定を検討するとみられています。なお、特定抗争指定暴力団とは、指定暴力団のうち、抗争状態にあり市民生活に危害を加える可能性がある組織に対して、都道府県公安委員会が指定するもので、組員が5人以上集まったり、対立組織の事務所に近づいただけで逮捕されるなど、当局の取り締まりがより厳しくできることになります。したがって、特定抗争指定暴力団に指定されれば、事務所で定例会合も開けなくなり、組の活動を大きく制約できることから、一気に3つの山口組の統合、あるいは弱体化に向けて大きく事態が動くことも予想されます。また、前回の本コラム(暴排トピックス2019年10月号)でも取り上げましたが、六代目山口組と神戸山口組の分裂抗争は、兵庫や大阪など全国4府県警が両組織の拠点計20カ所を事実上の閉鎖へ追い込む事態に発展しています。この暴力団対策法に基づく事務所の使用制限の仮命令については、今のところ、暴力団対策法に基づき公安委員会が召集した意見聴取の場に両団体とも姿を見せなることはなく、11月中に本命令に切り替わる見通しです(さらに、本命令は3ヶ月ごとに更新できることになっています)。今後、本命令が長期化することも予想され、いまだ抗争終結の見通しも立っておらず、警察側はより規制の強い特定抗争指定暴力団の指定も視野に準備を進める中、今後、組側の資金調達や勢力維持が厳しさを増すのは必至で、警察は長期にわたる拠点閉鎖で包囲網を敷くことで両団体および3つの山口組、ひいては暴力団の弱体化に向け追い込む構えをみせています。

 一方で、組事務所の使用制限については、活動実態が把握しにくくなる懸念もあります。組事務所で堂々と開かれてきた定例会は、警察にとって、暴力団対策法に基づき、規制対象の「指定暴力団」に認定するための情報を収集する場であったところ、ただでさえ暴力団の潜在化が相当進んでいる状況の中、事務所使用制限や特定抗争指定暴力団への指定がその傾向をさらに助長し、拠点や構成員などを隠して活動する欧米のような「マフィア化」が進むことは必死の情勢ともいえます(実際に、組長と盃を交わさずグレーにしておくことや、盃を交わしても公にしない「裏盃」が横行している状況です)。「反社会的勢力」の意味する範囲が、半グレ等の周辺者を経て、一般人との境目すら判然としなくなるところまで「グレーゾーン」を拡大させている現状があり、一方で、暴力団自体の潜在化が決定的に進めば、警察が取り締まれる者は、「力のない、時代に乗り遅れた暴力団」のみとなっていき、本当に力のある者は地下や別の形でその力を発揮していくことが予想されるところです(つまり、暴力団の「マフィア化」や新たな「反社会的勢力」の台頭、あわせて「本当の悪=真の受益者」の摘発がより一層困難になっていくということを意味しています)。暴力団が公然と存在する状態を前提とした現行の暴力団対策法のあり方は時代に合わなくなっている(限界を迎えている)ことを厳しく認識し、新たな法律や捜査手法の議論が急務となっているといえます。

 なお、暴力団事務所の使用制限の動きは、何も六代目山口組と神戸山口組の抗争によるものだけではなく、官民あげて大きなうねりとなっています。たとえば、指定暴力団任侠山口組傘下の「古川組」の事務所について、公益財団法人「暴力団追放兵庫県民センター」が、使用を禁止する仮処分を神戸地裁に申し立てています。任侠山口組本部事務所は昨年9月に使用禁止の仮処分決定が出たものの、同センターは、古川組の事務所でも「定例会」が開かれ住民生活が脅かされていると判断、住民からの委託で同センターが使用差し止めを求める「代理訴訟制度」を活用したもので、兵庫県内での適用は4件目となります。なお、同センターによる「代理訴訟制度」の活用事例の中には、淡路市にあった神戸山口組の元本部事務所も神戸地裁の仮処分で使用できなくなったという重要な実績もあります。また、福岡県久留米市のマンション一室を事務所として利用している指定暴力団道仁会系の組長を相手取り、福岡県暴力追放運動推進センターが「代理訴訟制度」を活用して、使用禁止を求めて福岡地裁久留米支部に提訴しています。報道によれば、同支部は今年2月、近隣住民の委託を受けた同センターの仮処分申し立てを認め、使用禁止を決定しましたが、その後、事務所近くの監視カメラは撤去されたものの、室内に荷物が残っており、事務所としての機能が完全に失われたわけではないとして提訴に踏み切ったということです。

 特定危険指定暴力団工藤会による一連の一般人襲撃事件に関する野村総裁と田上会長の公判が福岡地裁で始まりました(公判は危害が及ぶ恐れを理由に裁判員裁判の対象から除外され、審理は週2回のペースで来年7月まで続き、証人は90人を超える見通しといいます)。いずれの事件でも両被告による命令内容や動機は明らかになっていません。すでに実行役の組員らの公判は進んでおり、3人の有罪が確定していますが、組員らは一貫して「工藤会が組織的に襲撃しようとしたことはない」、「野村被告らの指示が明らかに認められる証拠はない」などと主張、判決も「(両被告と)直接のやりとりはない」としています。両被告は「知らないところで襲撃が行われた。指示するわけがない」などと話し無罪を主張していますが、検察側は、元漁業組合長の事件以外の3件について先に行われた組員の裁判で、野村総裁の指揮命令下で行われたと認定され、刑が確定していることや、元組員らの証言などの証拠を積み重ね、「上位者の指示は絶対」という工藤会の「鉄の掟」、厳格な組織性を踏まえ、事件への幹部の関与を立証する構えを見せています。

 始まった公判では、検察側は、野村被告らが報復目的や被害者への個人的な恨みから、配下の組員に襲撃を指示したと主張、「漁協から上納金などの利益を得る目的で交際を図ろうとして拒絶され、野村被告が組員に殺害を指示した」や「間に4~5人入れて、絶対分からんようにする」などと報復する意図を周囲に話したこと、4事件では、実行役の組員やその家族に工藤会から報酬などが支払われていたことも明らかにしています。一方の工藤会側は、「工藤会壊滅が目的で起訴した」と警察や検察の捜査を批判、「組員との共謀はなく、関与もしていない」との主張を続けています。また、報道によれば、証人尋問に出廷した(報道各社の取材を受ける「スポークスマン」役を務めていた)工藤会幹部が、野村被告は「隠居」だとして、会の意思決定に関わっていなかったと述べたほか、総裁を「隠居」、会長を「象徴」と表現し、野村、田上両被告は会の運営を配下の幹部でつくる「執行部」に任せ、「相談も口を出すこともなかった」と述べています。さらに、野村被告が指示を出す場面を「見たことがない」とも証言しています(なお、同組長は、交代で野村被告の身の回りの世話をしており、ほぼ毎日、野村被告の自宅を訪れていたということです)。一方、検察側証人として出廷した傘下の元組員2人は、みかじめ料の配分は組織内のルールで決められていること、野村被告を頂点とした厳格な上下関係や襲撃事件で服役した実行犯への「功労金」とみられる仕送りの実態について証言しています(検察側の意図としては、このように強固な組織性の中で組が運営されていたことを立証する狙いがあるものと推察されます)。

 なお、工藤会関連の動向としては、野村被告の上納金を巡る控訴審でも動きがありました。一審・福岡地裁判決では、野村被告は2010~14年、工藤会の「金庫番」とされる山中被告と共謀、建設業者らから集めた上納金のうち、約8億1.000万円を個人の所得にしながら別人の口座に隠し、約3億2,000万円を脱税したと認定されています。弁護側は無罪を主張しましたが、福岡地裁は昨年7月、野村被告に懲役3年、罰金8,000万円、山中被告に懲役2年6カ月を言い渡しました。これに対して両被告は判決を不服として控訴、「証拠の判断や推論に事実誤認がある」とする控訴趣意書を提出、初公判では弁護側は無罪を主張し、検察側は控訴棄却を求め、即日結審しています(判決は来年2月4日)。また、2008年1月、大林組従業員らを銃撃した事件について、福岡地裁は、工藤会系組幹部に懲役10年の判決を言い渡しています。被告は実行役として、工藤会系の元組員らと共謀して、大林組の社用車に拳銃で弾丸4発を発射し、フロントバンパーなどを壊したと認定しています。裁判長は、着衣や使った原付きバイクの特徴などから被告が実行役として犯行に関与したと認定、直接の動機は不明としながらも、自分たちの利益のために同社を威迫する意図がうかがわれ、「反社会的な犯行として厳しい非難に値する」と指弾しています。なお、この事件をめぐっては、共謀関係にあった工藤会系の元組員が懲役5年、元準構成員が懲役3年執行猶予5年の判決を受け、確定しています。さらに、工藤会を巡る動向としては、本部事務所の解体工事がまもなく始まることになったことも注目されます。野村総裁と田上会長が、契約書類に署名したことが明らかとなり、これで「北九州方式」による事務所撤去の仕組みが動きだすこととなります。

 次に、企業や市民による暴排の取り組みについても最近の動向について確認しておきます。

 まず、沖縄県内の気4つの金融機関(琉球銀行、沖縄銀行、海邦銀行、コザ信用金庫)が、沖縄県警本部で反社会的勢力を排除するための取り組みを強化すると共同で宣言しています(なお、意外なことに、地域の金融機関が一斉に同様の宣言をするのは全国でも初めてだということです)。加えて、それらの活動を助長することとなるAML/CFTの取り組みの徹底、疑わしい取引の遮断などが盛り込まれました。なお、沖縄県内の金融機関では、10月から不正利用される疑いがあると判断した預金口座について取引の停止や解約ができるよう預金口座規定を改定、暴力団員等の預金口座の解約を積極的に進める姿勢も示しています。沖縄県内の暴力団等反社会的勢力を巡る動向は独特の部分もあるのは否定できませんが、メガバンク等の取り組みレベルからみれば、もう一段のギアアップをしてほしいところ、まずは大きな第一歩を踏み出したという点で高く評価したいと思います。なお、その沖縄県石垣市の中心部の美崎町歓楽街で不動産や飲食業などを営む三つのビルの計41店舗が、「半グレ」など反社会的組織からの不当な支払い要求を拒否する「みかじめ料等縁切り隊」を発足したとも報じられています(令和元年10月27日付沖縄タイムス)。報道によれば、「払いません!みかじめ料」と書かれた専用ステッカーを扉に貼って断固拒否の意思を示すとともに、暴力団追放県民会議や沖縄県警、沖縄弁護士会などの支援組織と連帯し、安心安全な美崎町を目指すとしています。

 沖縄県では、警察の取り締まり強化で首都圏を追われた半グレが沖縄本島や石垣島に進出している実態があり、暴力団とのトラブルや繁華街での違法行為に県民、島民が怯えている状況があるとされます。前回の本コラム(暴排トピックス2019年10月号)でも紹介しましたが、そもそも沖縄の半グレは、地元の暴力団や県外の暴力団組織とつながりを持って、ヤミ金や特殊詐欺などで資金を得ているとみられていたところ、関東や大阪の半グレが乗り込んできで、ヤミ金や特殊詐欺はもちろん、飲食店や観光業、建築業にも手を伸ばすなど、組織の実態がつかめない現状、治安の悪化などがあるとのことです。また、石垣島では、観光客の急増に伴って半グレが悪質な客引き行為の常態化や料金トラブルの頻発など風俗環境悪化を引き起こしているとも報じられています。なお、東日本大震災の復興事業に介入していた反社会的勢力が、辺野古の基地建設事業に軸足を移す動きがあることを当社としては確認しています。沖縄における暴排、半グレへの対応などについては、今後、厳格な取組みが求められる流れとなっている点に注意が必要です。

 また、事業者による直近の暴排の取り組みとしては、神奈川県警が、自宅マンションを自らの名義で賃貸契約するよう不動産会社に要求したとして、強要未遂容疑で、韓国籍で指定暴力団稲川会系組長を逮捕した事例があります。マンションの名義人だった容疑者の知人女性が昨年8月に死亡、その後、女性の娘が契約したものの容疑者とは同居しておらず、更新時期が迫っていたところ、約1年分の家賃を滞納していたことから、不動産会社は契約打ち切りを事前に通知、賃貸契約書の暴排条項を理由に、容疑者名義の契約も拒否していたものです。暴排の実務においては、まずは暴排条項の適用を考えるとともに、一般のケースであれば当然すべきことはするという点も重要となります。「契約条件に違反するから契約更新しない」というのは当然の対応であり、暴排条項を活用できるのであればなおさら毅然として対応することでよいということになります。本件の事業者の対応はその意味で大変参考になるものといえます。また、暴力団員であることを隠して金沢市内のホテルに宿泊した神戸山口組傘下の組の会長とその知人が逮捕されるという事例もありました。報道によれば、容疑者らは今年8月、暴力団員であることを隠して金沢市内のホテルに宿泊した疑いがもたれており、警察が、容疑者らが金沢を訪れている情報を入手し、聞き込みの結果、逮捕につながったということです。ホテルの宿泊約款には通常暴排条項が盛り込まれていますが、手続き時点で判明して宿泊をお断りするという実務はなかなか難しいのではないかと思われます。本件は、警察が能動的に動いたことから「事後的」に暴排条項に違反することを知りながら宿泊したという詐欺容疑が適用されたものです。ホテルやカジノのような施設・イベント会場等から暴力団員等の入場・利用・宿泊等の行為をどのようにして禁止・排除していくか、事業者としてはまだまだ知恵を絞る余地はありそうです。また、和歌山県御坊市で開催された秋祭り「御坊祭」で、神戸山口組の中核組織である山健組トップで地元出身の中田組長が寄贈し、名前が入ったのぼり旗が掲げられたことが議論を呼んでいます。報道によれば、和歌山県警は「個人としてなら、組長や祭り関係者に注意をするのも難しい」と及び腰だということですが、全国で暴力団排除の機運が高まる中、警察は厳しい姿勢で対応すべきではないかといった指摘もあります。全国の暴排条例では「祭礼等からの暴排」を条例に盛り込んでいるところもありますが、それでもこのような形態を即NGとできるような立て付けにはなっていません。しかしながら、「名前を広く掲げる」行為が暴力団の活動を助長しないと言い切ることは難しく、暴排条例の趣旨や社会的要請等をふまえれば、本来は拒否すべきではなかったかと考えます。

 また、特殊詐欺と暴力団の密接な関係が明るみに出ています。特殊詐欺グループの「受け子」を手配したなどとして、警視庁は、六代目山口組弘道会系組員ら8人を詐欺容疑などで逮捕しています。報道によれば、容疑者8人のうち7人は弘道会内の有力組織の傘下組員で、警視庁は組織ぐるみで特殊詐欺事件に関わっているとみて調べているということです。本件では、弘道会だけではなく、その上部組織にあたる六代目山口組に詐取金が流れた可能性も視野に、六代目山口組総本部まで家宅捜索の対象になっています。また、これとは別に、不正に銀行口座を開設した疑いで逮捕された六代目山口組系幹部ら4人が、埼玉県内の60代の女性に市役所の職員などを装って「還付金がある」などと嘘の電話を掛け、銀行口座に約130万円を振り込ませたとして再逮捕されています。報道によれば、この4人は銀行口座を不正に開設した疑いですでに逮捕されており、その口座は特殊詐欺の実行役に渡され、これまでに1,600万円以上が振り込まれていたといいます。特殊詐欺を暴力団が組織的に行っていることが伺われる典型的な事例とでもいえそうです。

 本コラムでもたびたび取り上げている六代目山口組総本部で毎年行われているハロウィーンでのお菓子配りについては、今年は実施されませんでした。神戸山口組との抗争認定を受け、総本部の使用が制限されていることが影響したものと考えられます。一方、前回の本コラム(暴排トピックス2019年10月号)でも紹介した通り、神戸市教育委員会と兵庫県警は、両団体の抗争激化をふまえ、灘区内の小中学校17校の保護者に対し、児童や生徒を組事務所に近づかせないよう指導を求める文書を配布しました。文書による注意喚起は初めてで、一連の抗争事件を挙げて「暴力団情勢は極めて危険な状況にあるが、本年も(菓子類の配布が)行われる可能性がある」と明記、事務所に近づくと抗争事件に巻き込まれる恐れがあると指摘し、「菓子類は犯罪で取得したお金が資金源である可能性もある。暴力団を容認することにつながる」と注意を呼び掛けました。今年は、抗争激化を受けた緊急措置的な要素が強いように見えますが、本コラムで従来から主張してきたとおり、今後は、暴排意識を、継続的に、正しく醸成していく取り組みを期待したいと思います。

 その他、暴力団等を巡る動向から、いくつか紹介します。

  • 暴力団組長の収監を免れさせるため検察庁に病状を偽った回答書を提出したとして虚偽診断書作成・同行使の罪に問われた医師の控訴審判決公判で、大阪高裁は無罪判決を言い渡しています。1審判決では、組長の検査時期を明示せず、回答書に結果を記載したのは不適切とする一方、過去の検査結果を参考に回答書を作成した点などを踏まえ、「虚偽と判断するには合理的な疑いが残る」と判断、高裁も判決理由で「説明不十分な記載をしたにとどまる」と述べ、1審判決を支持しています。本件については、以前の本コラム(暴排トピックス2017年3月号)で、以下のように指摘しています。やはり、「専門性」の高さという高いハードルが「虚偽診断」の立証を困難にしている状況も否定できないのではないかと思われます。

 「専門家リスクのもたらす「構造上の問題」については、まず、「専門性」を巡る問題が指摘できます。専門家がプロとして判断したものを尊重することが司法手続きの前提であること(職業倫理に反して虚偽の診断をすることを見越した制度設計などそもそも困難)、臓器移植患者のその後の健康状態を判断することは非常に難しく、専門家でも収監の判断が分かれる可能性もあること(報道の中には、専門家の話として、「医師が100人いれば100通りの判断がある。前例がなく、診察した医師の判断が間違っていると外部からは言えない」、「医療行為の裁量の広さから立証は困難」といったものもありました)など、専門性の高さゆえに「虚偽診断」の立証のハードルがかなり高いという現実があります(専門家であれば、このような立証のハードルの高さを見越して、診断書を偽造する行為自体、致命的なリスクはないと判断してもおかしくはありません)。

  • 水産庁は、ウナギ稚魚の密漁について罰則を強化する方針を明らかにしています。現在10万円にしている罰金の最高額を3,000万円と300倍に引き上げることや懲役を現在の最長6ヶ月から最長3年に引き上げるといったもので、年内に省令を改正し、2023年に適用するということです。シラスウナギは歴史的な不漁が続いており、今漁期の取引価格は1キロ当たり219万円と高価な割に密漁に対する罰金が少ないことから、不透明な取引が後を絶たず、漁業関係者らが罰則強化を求めていたものです。このような取り組みを通じて、暴力団の資金源ともなっている密漁による乱獲や不透明な流通に対して、罰則強化により稚魚の資源保護や暴力団排除が両立することを期待したいと思います。
  • ナマコ漁が盛んな青森県の陸奥湾で、青森県漁業協同組合連合会が導入したAIを使った監視システムが24時間、密漁船の監視にあたっているとのことです。高級食材として中国、香港などで人気が高いナマコは「黒いダイヤ」とも呼ばれ密漁が横行し、暴力団の資金源ともなっています。監視システムは、漁船ではない船の特徴をAIに学習させた上で、湾沿いに設置したカメラが海上を撮影、AIが画像を分析し、不審船だと判断すればその海域の漁協の担当者に連絡が入る仕組みだといいます。これにより、取り締りの厳格化、ひいては暴力団の資金源の枯渇化に寄与することを期待したいと思います。
(2)特殊詐欺を巡る動向

 まずは、例月同様、直近の特殊詐欺の認知・検挙状況等について警察庁の公表資料から確認します。

▼警察庁 令和元年9月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 平成31年1月~令和元年9月の特殊詐欺全体の認知件数は12,382件(前年同期12,806件、前年同期比▲3.3%)、被害総額は222.5億円(273.4億円、▲18.6%)となり、認知件数・被害総額ともに減少傾向が継続しています。なお、検挙件数は4,409件となり、前年同期(3,877件)から+13.7%と昨年を大きく上回るペースで摘発が進んでいることがわかります(検挙人員は1,956人と昨年同期(1,952人)から+0.2%とほぼ横ばいとなりましたが、全体の件数が大きく減少している中、摘発の精度が高まっていると評価できると思います)。また、6月から新たに統計として加わった「特殊詐欺(詐欺・恐喝)」と「特殊詐欺(窃盗)」の2つのカテゴリーについても確認します。あらためて、「特殊詐欺(詐欺・恐喝)」とは、「オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺、還付金等詐欺、金融商品等取引名目の特殊詐欺、ギャンブル必勝法情報提供名目の特殊詐欺、異性との交際あっせん名目の特殊詐欺及びその他の特殊詐欺を総称したものをいう」ということですので、従来の「振り込め詐欺」となりますが、「特殊詐欺(窃盗)」とは、「オレオレ詐欺等の手口で被害者に接触し、被害者の隙を見てキャッシュカード等を窃取する窃盗をいう」とされ、最近の本手口の急増が反映された形となります。その特殊詐欺(詐欺・恐喝)については、認知件数は9,930件(11,965件、▲17.0%)、被害総額は188.1億円(262.2億円、▲28.2%)と、特殊詐欺全体の傾向に同じく、認知件数・被害総額ともに大きく減少する傾向が続いています(なお、、検挙件数は3,505件(3,616件、▲3.1%)、検挙人員は1,694人(1,867人、▲9.3%)とやはり同様の傾向となっています)。また、特殊詐欺(窃盗)の認知件数は2,452件(841件、+191.6%)、被害総額は34.4億円(11.2億円、+200.7%)、検挙件数は904件(261件、+246.4%)、検挙人員は262人(85人、+208.2%)と、正に本カテゴリーが独立した理由を数字が示す形となっています。

 類型別の被害状況をみると、まずオレオレ詐欺の認知件数は5,114件(6,602件、▲22.5%)、被害総額は51.0億円(95.9億円、▲53.2%)と、認知件数・被害総額ともに大幅な減少傾向が続いています(2月以降、増加傾向から一転して減少傾向に転じ、ともに大幅な減少傾向が続いています。なお、検挙件数は2,284件(2,379件、▲4.0%)、検挙人員は1,169人(1,351人、▲13.5%)となっています)。また、架空請求詐欺の認知件数は2,651件(3,572件、▲25.8%)、被害総額は65.7億円(78.8億円、▲25.2%)、検挙件数は922件(849件、+8.6%)、検挙人員は451人(408人、+10.5%)、融資保証金詐欺の認知件数は223件(314件、▲29.0%)、被害総額は3.4億円(4.6億円、▲26.1%)、検挙件数は65件(123件、▲47.2%)、検挙人員は15人(27人、▲34.8%)、還付金等詐欺の認知件数は1,880件(1,337件、+40.6%)、被害総額は24.1億円(16.3億円、+47.9%)、検挙件数は192件(154件、+24.7%)、検挙人員は18人(27人、▲33.3%)となっており、特に還付金等詐欺については、認知件数・被害総額ともに減少傾向となっていたところから、一転して大幅に増加しており、今後の動向に引き続き注意する必要があります。

 なお、それ以外の傾向としては、特殊詐欺全体の被害者の年齢別構成について、60歳以上87.8%・70歳以上74.8%、性別構成については、男性25.0%・女性75.0%となっています。参考までに、オレオレ詐欺では、60歳以上98.2%・70歳以上94.0%、男性13.8%・女性86.2%、融資保証金詐欺では、60歳以上36.5%・70歳以上11.5%、男性77.5%・女性22.5%などとなっており、類型別に傾向が異なっている点に注意が必要であり、以前の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)で紹介した警察庁「今後の特殊詐欺対策の推進について」と題した内部通達で示されている、「各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が重要であることがわかります。なお、犯罪インフラの検挙状況としては、口座詐欺の検挙件数は669件(919件、▲27.2%)、検挙人員は396人(505人、▲21.6%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,710件(1,779件、▲3.9%)、検挙人員は1,414人(1,446人、▲2.2%)、携帯電話端末詐欺の検挙件数は204件(208件、▲1.9%)、検挙人員は150人(173人、▲13.3%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は42件(30件、+40.0%)、検挙人員は31人(31人、±0.0%)などとなっています。

 次に、特殊詐欺対策の取り組み事例をいくつか紹介したいと思います。

 まず、石川県でオレオレ詐欺が激減しているとの報道がありました(令和元年10月25日付ニッキン)。それによると、今年9月までの発生件数は3件と前年同期の7分の1、特殊詐欺全体でも件数は▲39%、被害額は▲58%となっており、その理由の1つが金融機関窓口の対応にあるというものです。その取り組みについて引用すると、「石川県警は累計2回以上、振り込め詐欺を未然に防いだ店舗を詐欺被害防止優良店に認定。全50カ店中21カ店を占める北国銀によると、「大きな額を下ろす顧客に話を聞く地道な積み重ね」が秘訣らしい。詮索を嫌う顧客が多く、怒り出す人もいるが「それでも苦情覚悟で続けている」(安宅建樹頭取)。だが敵もさるもの。窓口を避け、「警察官や銀行協会職員を装って高齢者から直接カードを預かり、暗証番号を聞き出す手口が増えている」(石川県警)」と報じられており、いわゆる「顧客本位の業務運営」が功を奏しているといえると思います(似たような言葉に「顧客満足」がありますが、その視点だと客が「詮索を嫌い、怒り出す」ような対応を避ける対応を目指すことになります。真の「顧客本位」とは、「対話」を通して、客が特殊詐欺被害にあわないよう最善の努力をすることに他ならないのです)。

 また、特殊詐欺グループなどが高齢者から資産状況などを聞き出す「アポ電(アポイントメント電話)」が急増していることを受け、シャープが警視庁や大阪府警と協力し、対策機能を高めた新たな固定電話機を開発しています(他社も、高齢者の需要が高い固定電話について、防犯機能を訴求するなど「社会問題の解決」に取り組んでいるといいます)。報道(令和元年11月5日付読売新聞)によれば、「電話が鳴るとつい出てしまい、被害に遭う高齢者が多い」という警察の助言を基に、番号を登録していない相手からの電話は着信音が鳴る前に「この通話は防犯のため録音されます」と警告することで、不審な電話に出る機会を減らすといったもののようです(さらには、「相手が切らない場合は短時間の着信音が鳴った後、受話器を取らなくても相手に名乗るように促すメッセージが自動的に流れる」、「相手の声も本体から聞こえるため、電話に出る判断材料になる」、「会話途中でも、ボタンを押せば通話を切り、相手の電話番号を自動で着信拒否登録する」といった機能もあるといいます)。この点については、以前の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)で紹介していますが、特殊詐欺被害者には「自分はだまされるはずがない」との思い込みによって「確証バイアス」(思い込み等によって、都合のよい情報だけ集め、都合の悪い情報は遮断するような傾向)がかかっていることが多いといえます。そして、急に身に覚えのない請求や身内の窮地といった情報が入り、「焦りを覚えると、平素なら普通にできていることができなくなる」という点も知っておくべきことです。それによって、「犯行の手口を知っていても考えが及ばなくなり、犯人がいう方法以外の対処策を見つけられない状況」に追い込まれ、「確証バイアス」によって、さらに拍車がかかるというネガティブ・スパイラルに嵌ることになります。このようなネガティブ・スパイラルを断つ方法として最近注目されているのが、「留守電に録音し、スピーカーで聞くこと」だといいます。渦中に直接耳に情報を届けるのではなく、自分のペースでスピーカーを通して録音を聞くことで冷静な判断が可能になるといい、それに加え、録音設定にしておくことで、犯人側からみれば証拠が残り、録音を嫌う傾向にあることから、そもそものアプローチを遮断することにも有効だといえます。やはり、特殊詐欺被害を防ぐためには、防犯対策を多重化することでリスクを低減するとともに、人はだまされるものだと自覚し、過信に陥らないようにすることが出発点だといえます。

 以下、最近の特殊詐欺に関する報道から、いくつか紹介します。主に、社会的身分の高い公務員が犯行に加担しているケースが多く見受けられること、犯行の手口が多様化していることなどが確認できると思います。

  • 神奈川県警は、キャッシュカードの保全措置をすると偽って高齢者からカード2枚を盗んだとして、県警第1交通機動隊巡査を窃盗の疑いで逮捕しています。容疑者は2013年から県警で勤務、非番の日に特殊詐欺事件の「受け子」の役割を果たしていたとみられています。報道によれば、男性のカードを使って少なくとも50万円を引き出していた疑いもあるとのことです。特殊詐欺においては、指示はすべて電話で受け、被害者から取った金を渡す際も相手と顔を合わせないほど役割分担が明確になっており、首領との関係が断ち切れる「受け子」が逮捕されるリスクは極めて高い犯罪といえますが、警察官としてそのような事情をよく知っているはずなのに、このような事態が発生してしまうことは極めて残念です。
  • 神奈川県警は、詐欺未遂の疑いで東京消防庁の消防副士長を逮捕しています。指示役の飲食店員らと共謀、市役所や金融機関の職員を装って相模原市の70代女性宅に電話をかけ、カードをだまし取ろうとしたということですが、女性がカードを持っておらず、未遂に終わっています。
  • 埼玉県警は、詐欺未遂の疑いで会社員を逮捕していますが、容疑者はサッカー女子のなでしこリーグのINAC神戸、千葉に所属したことがある元選手だったということです。「受け子」として、警察官を名乗り、70代の無職男性方に「あなたのキャッシュカードが偽造されている。新しいカードにする必要がある。これからキャッシュカードを取りに行く」などと電話し、男性からカードをだまし取ろうとした疑いがもたれています。
  • 大阪地検は、特殊詐欺事件で逮捕、起訴された男にタワーマンション一室の賃貸契約のための名義を貸したとして、容疑で書類送検された広告代理店「電通」の男性社員を起訴猶予処分としたと報じられています。都内の不動産管理会社に自身を入居者とする虚偽の入居申込書などをファクスして物件の引き渡しを受けたといい、このマンションには特殊詐欺グループの男が入居し、この男性社員は数万円の報酬を得ていたということです。関連して、警察庁「平成29年の組織犯罪情勢」では、「不動産会社の役員が、同社に管理業務を委任されていた物件の賃貸借契約の締結に関し、建物賃貸借契約書から暴力団排除条項を削除した上、物件所有者に賃借人が暴力団組員である事実などを告げずに契約を締結させた詐欺等で、同役員らを検挙し、その後、同社が法の規定に違反し賃貸借契約を締結したことが明らかになったことから、県が同社に業務停止処分を命じた事例」が紹介されています。個人でも法人でも、犯罪を助長するような(悪意ある)「異分子」はどこにでもいることを認識させられます。
  • 還付金詐欺で高齢男性からキャッシュカードをだまし取ったとして、警視庁組織犯罪対策特別捜査隊は詐欺容疑で、21~33歳の男4人を逮捕していますが、この事件では、20代の女子大生がSNSを通じて知り合った男に裸の写真を撮られて脅迫され、カードを受け取る「受け子」を担当していたといいます。この女子大生は男の指示で引き出した現金50万円を男に渡し、男がそのまま持ち逃げ、4人は女子大生と男をそれぞれ車などに監禁していたといい、女子大生が解放後に群馬県警に出頭して一連の事件が発覚したということです。「受け子」となる者は、「高額のバイト料につられて」というケースは多いといえます(本コラムでもたびたび指摘していますが、SNSなどで高額報酬をうたい、違法行為に加担させる「闇バイト」に応募する少年らが後を絶たない現実があります。とりわけ「受け子」に応募する少年が多く、摘発されたり、脅されてやめられなくなったりするケースも多いようです。闇バイトに応募した少年が「半グレ」に監禁される事件も発生しており、軽い気持ちのバイトが深刻な結果をもたらすリスクであることを、もっと社会的に認知させることが急務だといえます)。しかしながら、中には本件のように「弱みにつけこまれて」やむなく犯行に及ぶケースもあり、犯行に及ぶ前に相談等できる場所がなかったのか、特殊詐欺対策の裾野の広さ、犯行を未然に防止することの難しさを痛感させられます。
  • 架空請求詐欺で横浜の50代の女性が、3,350万円をだまし取られる被害が発生しています。女性宅に「民事訴訟最終通達書」などと記載されたはがきが届き、女性が記載されていた連絡先に電話すると、訴訟通知センター職員を名乗る男から「あなたに対する債権を持つ会社が、訴訟を起こそうとしている」などと嘘を言われたといい、その後、弁護士を名乗る男らが次々と加わり、「訴訟を止めるには弁済供託金が必要。お金は9割が返ってくる」などと言われ、女性は計8回、指示された住所に現金を送付してしまったというものです。訴訟をほのめかすはがきを使った架空請求詐欺は、最近でこそ減少傾向を見せていますが、これだけ手口が周知されているにもかかわらず、いまだに被害が後を絶たないのは大変残念です(前項の事件同様、特殊詐欺被害防止に向けた周知活動の難しさが示唆されています)。
  • 封筒を使った特殊詐欺の被害が、香川県内で今年に入って急増しているとの報道がありました(令和元年11月7日付朝日新聞)。被害者宅を訪れてキャッシュカードを封筒に入れさせ、別の封筒にすり替えてカードをだまし取る手口で、気づかないうちに多額の現金を引き出されるおそれがあるというものです。報道によれば、その被害は、昨年は3件で約250万円だったところ、今年は9月末までに10件で約2,970万円に上るといいます。
  • 埼玉県に住む女性が2,500万円だまし取られる被害が発生しています。女性宅に警察官を名乗る男から「あなたの通帳が犯罪に利用された。自宅に保管している現金が偽札の可能性があるので札番号を確認する」などとの電話があったといい、信じ込んだ女性が自宅で警察官を装った男に2,500万円を手渡したというものです。その後、女性は不審に思い「自宅に来たものに現金を渡したが…」と110番通報し、詐欺被害が発覚したといいます。「偽札」を切り口とした手口は多いわけではありませんが、3年前には、栃木県で、生活情報課職員を名乗る男女が電話で「詐欺の被害に遭うかもしれないリストに載っている」などと現金の保管状況などを確認。宇都宮中央署員を名乗る男から「現金の中に偽札があるかもしれない。警察官を向ける」と電話があり、訪れた男に現金1,500万円を手渡してしまったという事例があります。
  • 高齢者からだましとったキャッシュカードで現金を引き出したとして、大阪府警は、中国籍の男2人を窃盗の疑いで逮捕しています。報道によれば、所持していたスマホには、指示役とのやりとりとみられる内容が中国語で残されていたほか、カードを詐取する際の文言が日本語で記されていたといいます。前回の本コラム(暴排トピックス2019年10月号
    でも指摘したとおり、中国を拠点とする特殊詐欺グループの存在が際立ってきており、本件もそういった背後関係があるものと考えられます。なお、容疑者のスマホには、「警察が多すぎる」、「安全な場所で電話を待て」などと、指示役と中国語でやりとりしたメッセージや、「ぜんこくぎんこ協会のたなかです」、「カードかいしゅうにきました」などとする日本語のメモが残されていたということです。
  • トレンドマイクロが、米国など海外の顧客情報が外部に流出したと発表しています。技術サポートを担当していた元従業員が最大12万人分の顧客情報を盗み出して第三者に売却したというもので、同社製品のサポート担当者になりすました人物が、個人向け製品の顧客に詐欺電話をかけていることが判明しました。情報セキュリティの専門企業による顧客情報の漏洩自体、致命的な失態となりますが、従業員による漏洩である点、詐欺電話が掛りはじめてから漏洩事実が発覚した点など、情報セキュリティ上の課題、その対応の困難さをあらためて感じさせます。
(3)暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

 米フェイスブック(FB)が計画を主導する暗号資産「リブラ」の運営組織「リブラ協会」は、スイスのジュネーブで設立総会を開きました。当初は28の企業・団体が参加予定だったところ、ビザやマスターカードなど決済事業者を中心に7社が離脱したものの、最終的に21の企業・団体が設立メンバーとして設立趣意書に署名しています。今後は、批判的な各国当局の理解が得られるかが巻き返しの鍵を握ることになります。協会は声明で、「より良い支払いネットワークを築く使命を追求することを切望している」、「メンバーは世界中の規制当局と重要な作業を続ける」といったメッセージを発しています。

 一方、G20財務相・中央銀行総裁会議が開催され、会合では、リブラについて「金融政策や規制上の深刻なリスクを生む」と指摘し、厳格な規制が必要との認識で一致、成果文書では、「こうしたプロジェクトが開始される前に、特に資金洗浄、違法資金、消費者と投資家の保護などに関連したリスクについて検証を行い、適切に対応する必要がある」とした一方で、国家が発行する通貨に代わる「通貨主権にかかわる問題」が生じかねない側面にも踏み込んで言及されています。つまり、リブラの前に立ちはだかっているのは、犯罪などへの悪用リスクへの対応だけでなく、「自国通貨の信用が損なわれ、駆逐されることに対する各国の懸念」であることが明らかとなったといえます。そのあたりについては、前回に引き続き、世界各国や規制当局等のリブラに対する厳しい視線について、以下に簡単に集約していますので、あわせて参考にしていただきたいと思います。

  • 欧州中央銀行(ECB)のクーレ専務理事は、「ステーブルコイン(法定通貨を裏付けとしたデジタル通貨)が存在してはならないと現時点では判断されていない」と述べています。その上で、「欧州では欧州委員会もECBもステーブルコインを全面的に禁止する意向は持っていない。ただ、ステーブルコインは最も厳しい規制を順守し、広範な公的な政策目標に合致するものである必要がある」としています。
  • フランス銀行(中央銀行)のボー第1副総裁は、リブラなど暗号資産が使われ始める前に、それらがもたらすリスクに対処しなくてはならないとの認識を示しています。「これらが使われ始めるならば、競争、政策、金融の安定や金融政策の面で新たな問題を引き起こすだろう」と予想、「利用開始前に、このことが理解され、リスクへの取り組みがなされることがとても重要だ」と強調しています。
  • 米連邦準備制度理事会(FRB)のブレイナード理事は、リブラを含む「ステーブルコイン」の幅広い波及は、中銀の金融政策を「複雑化する」可能性があると述べています。また、金融安定リスクを脅かす恐れもあるとした上で、「FBのリブラが議会や当局から厳格な監督にさらされることは驚きではない」とし、「リブラをはじめ、世界的な利用が想定されるいかなるステーブルコイン計画を巡っては、導入前に一連の核となる法的および規制上の課題への対処が必要」と強調しています。さらに、消費者もステーブルコインが法定通貨と大きく異なる公算が大きいことに注意を払うべきと述べています。
  • 豪規制当局がこれまでのFBの説明では懸念が解消されていないとして、詳細な開示を強制する可能性があるとして、8つの豪規制当局が情報開示を求める正式な権限を行使することに合意したと報じられています。
  • FATFは、ステーブルコインは規制対象の仲介業者を必要としない暗号資産や「P2P取引」を一挙に普及させ、犯罪に利用されるのを防ぐためのさまざまな努力を損なう可能性があると指摘、ステーブルコインとその背後にある企業は、暗号資産と伝統的な金融資産に関する国際基準の枠組みに入ることになると強調しています。FATFのトップ劉向民氏は「ステーブルコインが一般化すれば、マネー・ローンダリングとテロ資金に関する新たなリスクにつながる恐れがある。ステーブルコインに絡むそうしたリスクに適切に対処する道を確保するのがわれわれの責務だ」と語っています。
  • 国際送金サービス大手、米ウエスタンユニオンのエルセクCEOは、リブラについて、「暗号資産をめぐる規制環境は非常に厳しい」と述べ、実現は難しいとの見解を示しています。「暗号資産が(国際送金の)決済やリスク、法令順守といった問題をいかに解決するか明確ではない」とした上で「こうした問題に取り組む必要があるが、それがコストになる」としています。
  • 米ツイッターのドーシーCEOは、リブラ計画への参加について「絶対ない」と全否定しています。ドーシー氏はリブラが「一企業の意向から生まれたもので、私自身や我が社の信条にそぐわない」と不参加の理由を説明、さらに、FBのザッカーバーグCEOがリブラについて「グローバルな決済システムの構築が目標」としていることに関連し、「目標達成のためには暗号資産である必要がない」と、構想自体を一蹴しています。
  • リブラ計画に反対を表明している米民主党が、来年の米大統領選を控え「FBがリブラ計画を進める前にこれまでの多数の不備や失策解決に注力することが皆のためになる」と指摘したほか、政治的な偽情報の拡散や個人情報を巡る問題などに対し共和、民主両党の議員から批判が続出しています。下院議員(民主党)は、「FBの内部モデルは長期にわたり「迅速に動いて、破壊する」だったが、われわれは国際的な金融システムを破壊したくない」と発言するなど、これまでのスキャンダルを踏まえると、FBが24億人のユーザーに対し金融サービスを提供することに信頼感は持てないとの見解が示されています。
  • EUは、「リブラ」などの暗号資産への対応方針案を公表しました。規制や監督上の問題が十分に解決されるまでは、EU域内での事業開始を認めない方針を明確にしています。また、欧州中央銀行(ECB)による公的なデジタル通貨の発行について、実現に向けた議論を来年、進展させたい考えも示しています。方針案では、リブラなどが既存の金融や通貨の秩序に支障をきたしてはならないと指摘、規制方針を決めるのに十分な情報が公表されておらず、急いで提供するよう事業者に求めています。

 一方、FBのザッカーバーグCEOは、米議会で証言し、「米当局から認可を得られるまで全世界で発行に関与しないことを明言したい」と述べ、2020年前半を目指すとした発行計画の遅延を容認する方針を示しました。「リブラは送金を容易にすることが目的であり、法定通貨との競合や金融政策に影響を及ぼすことは意図していない」とも強調、同時に「国境を越えてやりとりできるリブラによって、これまで銀行のサービスを受けらなかった新興国の人々にも手軽で低コストの決済手段を提供できる」とリブラを導入する価値は十分にあるとし、「導入される必要があると確信している」と述べています。また、リブラの事業化をめぐり、「対処が必要となる重要なリスクがある」と認め、金融システムの安定やテロ対策などの懸念に対して十分な対策を講じた上で発行する意向を表明しています。その一方で、「中国が数カ月内に同様の事業に乗り出すべく迅速に動いている」、「これらの問題を議論している間も、残りの世界は待ってくれはしない」、「リブラに対する懸念が存在することを理解している。しかし企業によるこうした挑戦が阻止されれば、米国にとっても世界にとっても良い結果にはつながらない」、「米国が技術革新しなければ我々の金融分野での指導力は保証されない」などと、米政府に国際的な競争に乗り遅れないよう対応すべきだと迫った点も注目されます。なお、FB幹部は、リブラについて、当初案の合成通貨ではなく、ドルやユーロなど各国・地域ごとの法定通貨に連動する複数の通貨とする可能性も示しています。「合成通貨の代わりに、ドルのステーブルコイン、ユーロのステーブルコイン、ポンドのステーブルコイン等々、一連のステーブルコインを導入することも考えられる」としています。

 さらに、その一方で、中国政府系シンクタンクである中国国際経済交流センター理事長は、中国人民銀行(中央銀行)が「世界で初めてデジタル通貨を発行する中央銀行になる可能性がある」と述べています。デジタル通貨には、暗号資産の基盤技術「ブロックチェーン」を活用、中央銀行は「すでに5~6年の研究を重ね、技術は成熟している」と話すなど自信をのぞかせています。国際金融の仕組みも今後、本格的なデジタル化の時代を迎えるところ、中国がデジタル通貨で先行すれば、「現行の国際金融の仕組みは米国が世界的に覇権を行使する道具となっている」と言及するなど、「デジタル人民元」を軸に国家間の覇権争いに移りそうな様相を呈しはじめています(日本銀行も円のデジタル化に備え研究を進めており、国際的にも、リブラを呼び水として中央銀行のデジタル通貨に関する議論が活発化しているのは間違いありません)。

 ただ、今すべきは、新たな規制の抜け穴を作らないよう実効性のある国際ルールを構築することだと考えます。新たな技術を金融の質的向上につなげるためにも欠かせぬ作業であり、マネロンやテロ資金に悪用される恐れのほか、国家の通貨主権を揺るがし、金融システムを混乱させかねないとの指摘はその通りだとしても、同時に各国が留意すべきは、技術革新のもつ大きなインパクトにいかに向き合うかということ、規制を優先するあまり国際競争に乗り遅れることはあってはならないということです。リブラのような存在が際立つのは各国政府や中央銀行がデジタル化の波に乗り遅れている証左でもあり、リブラでなければ代わりに「デジタル人民元」が台頭する、技術革新とはそういうことであり、通貨の役割を保ちつつ、いかに新たな技術を安定的に取り込んでいくかが問われているということです。

 さて、ビットコインの最近の値動きを巡って、さまざまな論点が浮かび上がっています。たとえば、暗号資産の取引を禁じる中国で、習国家主席が「ブロックチェーン標準化の研究に力を入れ、国際的な発言権とルール制定権を高めなければならない」と語ったことを受けて、15時間で4割も価格が急騰する事態となりました(中国は2017年に国内でビットコインなど暗号資産の取引を禁じているものの、ブロックチェーンについては積極的に活用する方針で、社会インフラへの活用などが進められており、「デジタル人民元」もその流れの中での成果となると思われます)。そうかと思えば、米グーグルが次世代の超高速計算機と期待される量子コンピューターの性能について、スーパーコンピューターより速く計算できることを証明したと発表し、衝撃が広がり、ビットコインの価格が急落、5ヶ月ぶりの安値圏まで落ち込むという事態となりました。暗号技術によりシステム障害やデータ改竄が起こりにくいのがビットコインの特長であるところ、グーグルの発表で暗号資産の基盤技術の安全性が疑問視されることとなりました。そして、これらの急激な値動きの背景として、価格自体が、ある特定の市場参加者によって操作されていた可能性が高いとの指摘が出ています。報道(令和元年11月6日付日本経済新聞)によれば、米の大学教授らの分析の結果、ビットコインの価格が下落している局面で、特定の市場参加者が暗号資産「テザー」(1ドル=1テザーの固定レートをうたうドル連動型の暗号資産のひとつ)を使ってビットコインを大量に購入し、その後ビットコインの価格が上昇するパターンが確認されたということです。そのうえで、高騰した1年間の上昇のうち約半分はテザーを使った価格操作によるものだった可能性が高いと指摘しています。発行元のテザー社は、テザーは需要に応じて発行され、発行量と同等の米ドルを準備金として保管しているとしているとするものの、論文はテザーが需要と関係なく発行され、ビットコインの価格を押し上げるために使われている可能性が高いとも指摘しています。さらに、すでに米司法省やニューヨーク州の司法長官など複数の当局が準備金の管理や価格操作などの疑いで捜査にあたっているとも報じられています。もし事実であれば、類例のない規模での価格操作が行われ、巨額のお金が動いたことを示唆することになり、大スキャンダルとなりそうです。

 その他、国内外における暗号資産を巡る動向について、最近の報道からいくつか紹介します。

  • 報道(令和元年10月27日付ロイター)によれば、投資家との間で返金トラブルが起きている、暗号資産事業の「ジュピタープロジェクト」関連会社について、複数の元社員が「集めたお金は投資せず別の返済に使っていた」とする陳述書を投資家側の代理人弁護士に提出したことが分かったということです。元社員は集金総額が約30億円に上るとも証言しているともいいます。本件については、6都道県の投資家11人がこの関連会社などに計約1億円の支払いを求め、東京地裁に提訴しています。
  • 金融庁は、長期で安定して資産を形成する手段という投信の位置づけを明確にし、2019年中にも暗号資産を投資対象とする投資信託の組成と販売を禁止するルールをつくるなど暗号資産の規制を強化する方向です。日本ではまだ暗号資産を投資対象とする投信は売られていませんが、商品化される前に規制をかけることで、値動きが荒い暗号資産に過度な資金が流入しないようにする狙いがありそうです。
  • 政府は、政治資金規正法が原則禁じている政治家個人への企業や個人からの寄付(献金)を巡り、暗号資産は規制対象に当たらないとする答弁書を決定しています。同法が禁止する「金銭等」は「金銭および有価証券とされており、暗号資産は該当しない」と回答しています。
  • 中国が暗号資産のマイニング(採掘)を禁止しないことが明らかになっています。報道によれば、中国国家発展改革委員会(NDRC)が4月、当局が推進、制限、もしくは禁止を望む産業リストの改訂版(草案)に関する意見公募を実施、その改訂版のリストには、当局が禁止を望んでいる450超の活動に、ビットコインを含む仮想通貨のマイニングが追加されていたといいます。ところが、NDRCが最近発表した最終版のリストにはビットコインのマイニングに関する記述がなかったということです。中国はそもそも暗号資産の取引を禁止していることとの整合性がとれず、理由も不明のままです。
(4)テロリスクを巡る動向

 イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の最高指導者アブバクル・バグダディ容疑者が米軍の急襲作戦で死亡しました。最盛期にはイラクやシリア国内で4万~8万人とされた戦闘員は大半が既に死亡・逃亡し、巨大組織としての「復活」は事実上不可能であり、ISとの戦いは実質的に「リアルIS」から「思想的IS」に移行しているところ、最高指導者の「殉死」は、表面的には組織としてのISの影響力の低下は否めないものの、「思想的IS」の一斉蜂起(報復テロ)を促す起爆剤ともなりかねないと考える必要があります(実際に、ISの新指導者に「アブイブラヒム・ハシミ・クライシ」氏が指名されましたが、「新指導者は米国に苦痛と惨劇をもたらす」と報復を示唆しています)。そもそもISの関連組織はいまだ北アフリカやアフガニスタンなどに存在し、元戦闘員は欧州などに潜伏しているとされます。つまり、「IS後」の国際的なテロの脅威は、むしろ拡散している危険性があり、報復テロに対し、世界は警戒を強めねばならない状況だといえます。本コラムでもたびたび指摘してきた通り、テロ組織としてのISの最大の特徴は、ネットを利用して、戦闘的なジハード(聖戦)を通じて究極的には「世界をイスラム化する」とのイデオロギー、言い換えれば暴力的過激主義を世界中にばらまいた点にあります。サウジアラビア王室をはじめとする現在のアラブ諸国の権威主義体制を「本来のイスラムから離れた堕落だ」と批判したISの主張はインターネットを通じ世界に発信され、それに感化されたアラブ諸国や欧州などの若者らが3万人以上、戦闘員としてシリアやイラクに渡ったのが現実です。ただ、そもそもISの掃討だけでシリアが安定するわけではありません。IS以外にも複数の軍事組織が活動しており、その時々の利害関係に応じ、合従連衡を繰り返しているのであり、中東では経済格差や権威主義的な政治体制への不満など、過激派の思想が浸透しやすい素地があると指摘されています。武力だけでこうした過激派組織を根絶するのは難しく、結局、ISが瓦解したとしても、ISに代わってほかの過激派組織が台頭することになるだけだともいえます。繰り返しとなりますが、ISの過激思想はネット上で生き続けているとみるべきです(それが「思想的IS」たる所以であり、多くの国の安全をいまだに脅かす存在であり続けています)。経済格差に不満を抱き、将来に希望が持てず、社会に疎外感を抱く若者らが世界各地にはたくさん存在します。そうでなくとも、そもそもイラクとシリアには言語や宗教が異なる集団が混住し、中東では民族同士の不信感が消えず、混乱が続いています。戦火や貧困、「人心と国土の荒廃」という「テロの温床」を断たない限り、彼らがそういった暴力的過激主義的な思想に感化してしまう危険性はむしろ高まっており、各国で対策を講じることが急務だといえます。本コラムで繰り返し強調していますが、社会経済的な側面からのアプローチによってテロを封じ込める、社会経済的な精神面・経済面での充足感が人々の「疑心暗鬼」や「憎悪」、「亀裂」「分断」を和らげ、テロ発生の「芽」を摘んでいくといった取り組みがあわせて行われない限り、テロを根絶することは難しいといえます。そして、この部分こそ、日本が国際社会におけるテロ対策において活躍できる領域として今後、力を入れていくべきものです。

 一方、ISは、米軍のイラク撤退とシリア内戦で生じた「力の空白」をついて支配地を拡大させたという点も厳しく認識する必要があります。「IS後」について、世界各国はすでに、ISの戦闘員らが構築を目指す国際規模のテロネットワークをどう封じ込めるかという課題に直面しているといえます。アジアやアフリカではISに忠誠を誓う組織がいくつも存在していますが、国連は今年、ISが数百億円規模の資金を基にこうした組織との連携強化を進めているとの報告書を出しており、ISの脅威はむしろ世界中に拡散したともいえる状況です(例えばISは、世界のイスラム教徒人口の約3割が集中する南アジアでも影響力拡大を目指しており、アフガニスタンで活動するほか、最近では4月に260人以上が犠牲になったスリランカの同時爆破テロの犯行を主張、5月にはインドとパキスタンでの支部設立も相次いで宣言しています。カシミール地方など政情不安による過激化が指摘される地域もあり、バグダディ容疑者の死亡が確認されたとしてもISの影響力拡大への懸念は残るといわれています)。一方、トランプ米大統領は、バグダディ容疑者の死亡発表と合わせ、シリア北東部の油田地帯を「ISから守る」ため、小規模な米軍部隊の駐留を継続させるとの考えを示しています(それに先行して発表したシリア北部からの撤収に対し、IS掃討で米軍と共闘してきたシリアのクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍」(SDF)を見捨てるべきではないとの批判が米国内で高まったのを受けてのものとみられます)。シリアをめぐっては、SDF排除のために軍事侵攻したトルコと、シリアへの影響力を強めるロシアが北部国境地帯を合同でパトロールすることなどで合意するなど、米国撤退後を前提とした動きが進んでいますが、ここにきてバグダディ容疑者を死亡に追い詰める成果をあげた米が、対ISの名目でシリア政策を転換させれば、トルコやロシアとの間で新たな摩擦が生じる可能性も否定できません。そうなれば、「人心と国土の荒廃」があらためてもたらされることとなり、それは「テロの温床」となってしまいます。いずれにせよ、このエリアのパワーバランスの状況はまだまだ注視していく必要があります。

 さて、このような中、米国務省は、世界のテロの動向に関する2018年版の報告書を発表しています。

▼U.S.DEPARTMENT of STATE Country Reports on Terrorism 2018

 本レポートでは、ISはシリアやイラクの支配地域をほぼ全て失ったものの、中東やアジア、アフリカでテロを実行し、その世界的な存在感は「系列団体やネットワークを備えて世界的に展開している」ことから高まっていると警告しています。また、2018年はテロに関する戦術や技術の活用が高まったほか、ISなどの組織から帰国した戦士が新たな脅威になったとしています(さらには、シリアやイラクに足を踏み入れたことがない自国育ちのテロリストも攻撃を実行することもあったと指摘しています)。なお、イランについては、「世界最悪のテロ支援国家」と批判しています。報告書はイランについて、米国がテロ組織に指定しているヒズボラやハマスなどの支援に毎年10億ドル(約1,080億円)を支出していると非難、こうした組織は「(イランの)代理を務め、世界に有害な影響力を拡大している」としています。テロ支援国家のリストには、イランのほか北朝鮮、シリア、スーダンを引き続き掲載したほか、北朝鮮に関しては「国際的テロ行為を繰り返し支援した」と指摘しています。

 さて、「IS後」を巡っては、IS戦闘員の処遇について国際的に大きな問題となりそうです。報道(令和元年11月9日付日本経済新聞)によれば、トルコは、拘束している欧州出身のIS戦闘員らを出身国に送還し始めました。しかしながら、欧州の多くの国は自国出身のIS戦闘員らの国籍を剥奪しており、実際に送還できるかは不透明な面があります。トルコ側が拘束している外国出身のIS戦闘員らは約1,200人に上るとされており、オランダや英国出身者などが含まれていることから、その処遇を巡って、トルコと欧州の間で押しつけ合いになる可能性が高まっているといえます。欧州各国は治安の悪化を懸念し、自国出身の戦闘員らを引きとって裁判にかけることに消極的で、トルコはかねてより「我々はISのホテルではない」などとして欧州を批判していました(令和元年11月10日付朝日新聞によれば、昨年の欧州議会の報告書では、2011~2016年、EU加盟国から5,000~5,500人がテロ活動に参加するため、イラクとシリアに渡ったとし、「戦闘員の帰国の回避や国外追放、国籍剥奪への加盟国の希望は、考慮すべき重要な事項」と指摘されているといいます。一方、ベルギーやデンマークなど、国籍の剥奪には有罪判決が条件とされている国もあるということです)。クルド勢力は約10,000人のIS戦闘員らを収容所で拘束しているとされ、引き取り手のいないIS関係者を管理する役割を担う形になっていましたが、この構図が崩れることで、IS戦闘員の処遇が大きな争点となりつつあります。そして、その対応が中途半端となり、IS戦闘員自体が欧州各地に「拡散」することとなれば、正に欧州におけるテロの多発、治安の悪化といった状況に陥ることも十分に考えられるところです(実際に、過去IS戦闘員が欧州でテロに関わり、大きな犠牲が出ています。130人が死亡した2015年11月のパリ同時多発テロ事件や、約370人が死傷したベルギー・ブリュッセルでの2016年3月の連続テロ事件では、実行犯の多くが、ISが支配する地域に渡航歴があったことが分かっています)。

 そして、正にその危惧は一部現実のものとなっています。トルコ軍によるシリア北部のクルド人勢力攻撃が始まった9日以降、IS戦闘員らが活動を活発化、ISを拘束してきたクルド人組織「SDF」がトルコとの戦闘に駆り出され監視が手薄な状況になっていることを受けて、ISによるとみられる爆弾テロも発生、(バグダディ容疑者殺害前ですが)シリア北部アインイーサの施設で暴動が起き、700人以上のIS支持者が逃走したとも報じられています(この施設にはISと関係のある外国人女性や子供らが収容されていたということです)。

 なお、関連して、ベルギーのブリュッセル第一審裁判所が、ベルギー政府に対し、ISに加わり、シリアにいる23歳のベルギー人女性と2人の子供を75日以内に引き取るよう命じています。ベルギー政府はこれまで、IS戦闘員らはシリアやイラクで裁かれるべきであるとの立場を取ってきましたが、今回の命令を拒めば罰金を科される可能性があるといいます。報道によれば、女性は2015年、ISに加わった父の後を追ってシリアに向かったとされますが、2018年2月からシリア北部のクルド人支配下の難民キャンプにおり、帰国を希望しているといいいますIS戦闘員の処遇とともに、その家族への処遇についても各国は対応を迫られていることを示唆するもので、この点も今後の大きな課題といえます。

 また、「IS後」を巡る各国の動きについてもいくつか紹介しておきます。

  • トルコは、バグダディ容疑者の妻と姉をすでに拘束していることを明らかにしています。報道によれば、ISの組織運営の実態や、これまであまり知られていなかった詳細な内部事情を把握している可能性もあるとみて尋問を行っているといいます。なお、イランが同容疑者の側近の妻を数ヶ月前にイラクで拘束、その供述により潜伏先に関する重要な情報を入手したとされ、米国に情報提供がなされたようです。
  • トルコのエルドアン大統領はバグダディ容疑者殺害を受けて、「ISの主犯格の殺害はテロとの戦いの転換点になる。トルコは対テロの取り組みへの支援をこれまで同様に続けていく」とツイッターに投稿しています。なお、トルコ軍がシリア北部でクルド人勢力に対する攻撃を開始してから1カ月が経過しましたが、10月に米国とトルコ、ロシアとトルコが結んだ合意に基づいて戦闘は停止されているものの、エルドアン大統領はクルド人勢力に対する強硬な姿勢を崩していません。合意に基づき、クルド人勢力は国境沿いの幅32キロの「安全地帯」外に撤退、トルコ軍とロシア軍はこの撤退を確認するための合同パトロールを開始しています。
  • 英国のジョンソン首相も、ツイッターに「私たちのテロとの戦いにとってバグダディ死亡は重要な契機だが、ISという悪魔との戦闘はまだ終わっていない。残忍で野蛮なISの行為に終止符を打つため、同盟国とともにいそしむつもりだ」に投稿しています。
  • フランスのパルリ国防相は、ツイッターで、仏軍用機がイラク北部でISの隠れ家やトンネルを爆撃したと明らかにしています。フランスは、IS掃討を進める米軍主導の有志連合に参加していますが、同氏は、米軍シリア撤収を念頭に「中東地域では撤収が続いているが、フランスの立場は不変であり、テロと戦う決意は変わらない」と強調しています。
  • アフリカ西部マリで兵士ら50人以上が死亡した襲撃事件で、ISは、インターネット上で犯行声明を出しています。事実であれば、ハシミ氏が新指導者を名乗ってから初めてのテロとなります。声明では、「(イスラム教の預言者の後継者を意味する)『カリフ』の兵士が70人を殺害した。現地での戦いは続いている」と主張しているとのことです。ISはバグダディ容疑者の殺害を受けて各国の共鳴者に報復テロを呼びかけています。

 さて、令和元年11月10日に行われた即位の礼に伴う警備のあり方については、テロ対策の観点からもその内容を確認しておきたいと思います。

★★要確認★★
警察庁 即位の礼に伴う警備
https://www.keishicho.metro.tokyo.jp/about_mpd/keiyaku_horei_kohyo/oshirase/keibi/keibi.html

  • 沿道にはパレードをご覧になるためのブースを設営します。警察官の案内に従ってお進み下さい。また、案内の途中で危険物等の持ち込みがないか持ち物検査を行います。
  • 持ち物検査ご協力のお願い
  • パレードをご覧になる皆さまの安全と円滑な行事進行のため、持ち物検査にご協力下さい。また、検査場所では物の預かりはいたしません。危険物等の持ち物が判明した場合は、法令に触れる場合を除き、ご自身での処置をお願いすることになりますので、ご注意ください。
  • 持ち込みをお断りしている物
  • 動物(身体障害者補助犬を除く)
  • 旗ざお(大きなもの)
  • 横幕
  • ドローン及びラジコン等
  • 刃物
  • 火気類等の危険物
  • ビン、缶、スプレー
  • チラシ等
  • トランジスタメガホン
  • 大きな荷物
  • その他行事の進行を妨害するおそれのある物
  • 他の奉祝者に危害や迷惑等を及ぼすおそれのある物

 警視庁では、当日は応援部隊を含め最大時約26,000人態勢で警備に当たるなど万全の態勢で臨み、大きな問題なくパレードは終了しました。なお、事前の警戒としては、爆薬のにおいを検知できる警備犬も投入され、植え込みやマンホール、自販機などに爆発物が隠されていないかも確認したといいます。その他、事前の各種報道等から、概ね以下のような警備態勢・運営態勢が敷かれたようです。

  • 沿道のほぼ全域に鉄柵やパイロンなどで囲われた観覧用ブースを設置、ブースの入り口に検査所を設置(沿道の29地点40か所)し、パレードを見に来た人のかばんなど手荷物を確認するほかボディーチェックを実施
  • 事前の場所取りなどはできず、沿道から外れると再び検査を受ける必要がある。沿道には簡易トイレを設置
  • 混雑すると検査所を閉鎖するため、沿道に立ち入ることができない
  • 沿道にある地下鉄の駅出入り口は、午前7時ごろから一部を一方通行にするなど利用を制限
  • パレードコースに出入り口が面した建物では、警察官が持ち物を検査
  • 警視庁は警備のため、重要施設周辺に短機関銃を携行した緊急時初動対応部隊(ERT)を増強配置、車両検問や無人航空機(ドローン)対策などを強化
  • 公式ツイターで混雑状況を発信
  • 食べ物は持ち込めるが、投げられるようなものは検査所で止められた。持ち込みが禁止されたものとして、自撮り棒や三脚といった撮影機材などで、キャリーケースも認められず
  • 周辺駅ではコインロッカーが利用不可になり、検査場に荷物預かり所などは設けない
  • コース沿いの観覧用ブースの前には数メートル間隔で警察官が並んで警戒

 なお、テロ対策という点では、実は、11月下旬にローマ法王フランシスコが来日する予定であることも重要です。法王は11月25日に東京ドームでミサを執り行う予定ですが、すでに東京ドームの運営会社と警視庁はテロに警戒強化する協定を結んでいます。いうまでもなく、東京ドームは不特定多数の人が集まる「ソフトターゲット」になりやすいため、来年の東京五輪・パラリンピックも見据えて危機意識を高く持って取り組んでもらいたいと思います。なお、そもそも、重要インフラやソフトターゲット以外にも、薬品の販売時や宿泊・ネットカフェの利用時、賃貸契約やレンタカーの契約締結時などにおける本人確認の徹底、ネット掲示板やSNSの監視によるテロ等の予告・準備の端緒の把握、自社の従業員の中に過激思想に染まった人間がいないか(いるか)をどう見抜くかなど、テロを未然に防止するために事業者ができること、すべきことはまだまだ多いといえます。国際的なテロリスクの高まり、日本におけるテロリスクの高まりの中、特定の事業者だけでなく、国民・事業者ともにテロに対する危機意識を高く持ち、事前からの備えや警備体制の強化への理解等が広く醸成されることを期待したいと思います。

 以下、それ以外の国内外のテロを巡る最近の動向について、紹介します。

  • 大阪(伊丹)空港の全日空の保安検査場で10月、乗客の手荷物の中のカッターナイフを係員が見落としていたことが発覚しています。同空港では9月に係員が乗客の刃物を見逃すミスがあり、国土交通省が国内の全航空会社と空港管理者に検査の手順を再確認するよう指示したばかりであり、大規模なイベントや注目イベントが続き、テロリスクが高まっている中、危機感をもって取り組んでもらいたいと思います。
  • オリエンタルランドは、「夢と魔法の国」東京ディズニーランドと東京ディズニーシーの入園時に実施する手荷物検査で、金属探知ゲートとX線検査機を導入しました。当面は一部の入園者が対象になるようですが、これまでは担当者が入園者の手荷物を触り、目視で危険物の有無を調べていたといいます。国際的なテロリスクの高まり等をふまえれば、ソフトターゲットの代表的な施設であることから警備体制の強化を喫緊の課題と捉えたという意味では、大変な英断だと評価したいと思います。なお、海外のディズニーパークの保安検査では、すでに米国が金属探知ゲートを、フランスが金属探知ゲートとX線探査機を導入して運用しているといい、国際的な流れから見れば遅い方だともいえます。ただ、報道等を見る限り、「安心できるからいい」など好意的な受け止め方をされており、結果的にも非常によい取り組みではないかと思います。
  • 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、いわゆる従軍慰安婦を象徴する少女像の展示に反対する脅迫文を送ったとして威力業務妨害罪に問われた男の初公判で、被告に懲役1年6月の求刑がなされています。本件は、コンビニ店からファクスで芸術祭主会場の愛知芸術文化センターに「大至急撤去しろや!!」「さもなくば、ガソリン携行缶持って館へおじゃますんで~」などと記した文書を送り、芸術祭実行委員会の職員らの正常な業務を妨害したというものです。一時の感情や気軽な気持ちでテロを語って脅迫する者が後を絶たない中、しっかりと法に則った処罰がなされることを期待したいと思います。
  • 山口県は、ツイッターに県庁へのテロ予告を書き込み、県職員の業務を妨害したとして、静岡県富士宮市の女性(54)に約50万円の損害賠償を求める請求書を送付したと発表しています。この女性は8月、自身のツイッターに「明日は山口県庁にテロを起こす予定」などと書き込み、威力業務妨害容疑で逮捕、起訴され、山口簡裁から罰金20万円の略式命令を受け、納付しています。県は女性の書き込みを受けて、県庁内の警戒活動を強化するなどし、職員の時間外勤務手当が発生したといい、納入がない場合は提訴も検討するとしています。実際にテロの予告があれば、関係者に対する影響は甚大なものとなります。このように毅然とした対応を関係者が行うことが、今後同様の(安易な)テロ予告を許さないという風潮を醸成することにつながるといえ、大変よいアクションだと思います。
  • 北海道大学は、脅迫メールを受けて、予定していたイチョウ並木をライトアップするイベント「金葉祭」を中止するとホームページで発表しています。相談を受けた道警札幌北署は威力業務妨害を視野に捜査しています。同大によると、金葉祭の出演者や学生、来場者に対して危害を加える旨の脅迫メールがあったといい、同大は学生や関係者の安全確保を最優先として中止することを決めたということです。このような脅迫メールに対する主催者の判断は極めて難しく、「いたずら」の可能性が高いと判断して、十分な警備体制を敷きつつイベントは実施するケースもあれば、同大のように事前に安全確保を最優先に中止を決定するケースもあり、その時々の状況で総合的に判断されるもので、正解はありません。ただし、メールを送った人物に対しては厳しく、毅然とした対応をとっていくべきであることは言うまでもありません。
  • 大規模イベントにおいては、サイバーテロへの備えも重要なテーマとなります。今月、政府は、電力や交通など14分野の重要インフラ事業者などを対象にサイバー攻撃に対処する演習を実施しています。2020年東京五輪・パラリンピックでは、大会に加えて重要インフラへの攻撃に懸念が強まっており、全国から約5,000人が参加する国内最大規模のサイバー演習となったということです。2020年7月24日の五輪開会式の前後にサイバー攻撃や災害により通信障害など複数の被害が発生した想定で、参加者らは復旧手順などを確認したといいます。実際に前回のロンドン五輪の開会式の際には、開会式会場の電力システムを攻撃するという情報があり、演習通りに対処して被害なく乗り切ったとされ、事前の備えが極めて重要だといえます。
  • 前回の本コラム(暴排トピックス2019年10月号
    でも指摘しましたが、パリ警視庁で4人が刺殺された事件で、犯人の職員はイスラム過激派だったことから、仏国内に衝撃が広がっています。極右からは「無秩序な移民政策のせいで、イスラム原理主義が広がっている」と批判を浴び、移民政策とテロを結びつけての批判の声も高まっているといいます。2015年以降、仏では、風刺週刊紙の銃撃テロに続き、130人が死亡する同時多発テロが発生し、これまでに230人以上がイスラム過激派テロで死亡しています。仏では2015年に過激派対策を重要課題と位置付け、情報当局は過激化が疑われる1万人以上を監視対象としてきましたが、今回の事件は、防止策の難しさを浮き彫りにするとともに、警察内部の「危険分子」をどう摘発するかが大きな課題であることを認識させられました。報道によれば、容疑者は、2015年にパリで風刺週刊紙が標的になったイスラム過激派テロを「よくやった」とたたえ、複数の同僚が上司に異変を伝えていたものの、職場で問題を起こしたことはなかったため、監視などの措置は取られなかったということです(なお、容疑者はISの動画をUSBメモリーに保存し、数十人の警察職員と連絡を取っていたという報道もあります)。後付けの指摘とはなりますが、「危険分子」のあぶりだしが課題と認識されていたのであれば、なぜこのような明確な「端緒」を放置してしまったのかを追及することなくして懸念の解消は難しいといえます。監視対象が多すぎて手が回らないことが原因なのか、警察内部(特に異変を訴えられた上司より上の層)の危機意識の問題なのか、たいした問題ではないとミスジャッジしたことが問題なのか(誰がジャッジしたのか、本来はどう判断すべきだったのか)といった形で徹底的に問題点をあぶりだして再発防止に努めるべきだといえます。
  • 英内相は、英国のテロ警戒レベルを五段階中、上から2番目の「重大」から「高い」へと一段引き下げたと発表しています。内相は声明で「テロリズムが国家の安全に対する最も直接的、かつ差し迫った脅威の一つであることに変わりはない」と警戒の維持を呼び掛けています。英では、2017年5月の英中部マンチェスターで22人が死亡した自爆テロ受け、警戒レベルを一時的に最高度の「危機的」に引き上げましたたが、同年9月から「重大」を維持していたものです。なお、「高い」に低下したのは2014年以来ということです。
(5)犯罪インフラを巡る動向

 国の企業主導型保育事業をめぐる助成金詐欺事件に絡み、内閣府は、事件に関与したとされる福岡市の経営コンサルタント会社「WINカンパニー」の関係者と内閣府幹部・職員との接触の有無などについて内部調査を進めていることを明らかにしています。なお、「企業主導型保育事業」を巡っては、会計検査院の報告において「不当事項」として指摘されています。

▼会計検査院 不当事項(内閣府)
▼企業主導型保育事業における企業主導型保育施設の整備費の精算が過大など

 本報告内容によれば、「株式会社Top Counselings(会社)は、富山県富山市内に所在する建物の改修等工事を実施し、当該建物の一部において企業主導型保育施設を開設することとして、協会(国が委託した公益財団法人児童育成協会)に助成金の申請を行っていた。そして、会社は、平成29年3月に請負業者と請負契約を締結して、平成28、29両年度に助成対象となる保育室等の整備を工事費計8,650万円で実施したとして請負業者に対して同額支払うとともに、当該改修等工事に係る事務費を合算するなどして、協会から助成金計6,523万円の交付を受けていたとされます。しかし、会社が協会に提出した事業完了報告書は虚偽の内容のものであり、上記の工事費8,650万円は金額が水増しされたものであって、実際に会社が請負業者に支払っていた工事費は6,355万円であった。さらに、この6,355万円は建物全体の改修等に要した工事費であり、企業主導型保育施設とは関係のない部分の改修等に要した1,553万円が含まれていた。したがって、実際の工事費に基づくなどして適正な助成対象となる経費の実支出額を算出すると計4,927万円となり、これに係る助成金交付額は3,695万円となることから、前記の助成金交付額6,523万円との差額2,827万円が過大に清算されるなどしていて、不当と認められる」と指摘されています。

 本件に加え、WINカンパニーの件などもあわせ、結局、協会の審査の脆弱性が突かれる形で不正行為が蔓延している状況が放置されていたということになります。報道(令和元年11月9日付日本経済新聞)での指摘が正鵠を射るものと思われますので、以下、抜粋・引用します。

 企業主導型保育所は認可施設並みの助成が受けられるため各地で乱立し、定員割れや突然の休園、助成金の不正受給などのトラブルが相次ぐ。検査院の抽出調査では約4割の同保育所で、入所している児童数が定員の5割に満たないことも発覚している。

 背景には事業が急速に拡大したため審査体制が追いついていないことがある。人手不足から審査は書面中心になり、事業者側のずさんな計画が見逃されたという。

 検査院は事業を所管する内閣府に改善を要求。内閣府は事業者に財務の健全性を証明する書類の提出を求めたり、審査体制を見直して委託先を公募したりしている。

 なお、今回の会計検査院の報告においては、同様の構図(検査機能の脆弱性)の事案も農林水産省への指摘でありましたので、あわせて紹介しておきます。審査・検査側の体制の脆弱性が悪用され助成金等詐取の不正は「犯罪インフラ」のひとつの典型事例となっており、そのあり方の見直しが急務だといえます。

▼会計検査院 不当事項(農林水産省)
▼低コスト耐候性ハウスの強度が交付金等の交付対象基準等を満たしていない状態になっているのに、事業が適正に完了したとして交付金等の額を確定

 報告内容によれば、「6事業主体は、本件交付金事業等の実施に当たり、設計事務所等との間で、低コスト耐候性ハウスの設計、施工管理(工事の監理を含む。)等の業務を行わせる施主代行委任契約を締結しており、設計事務所等は、これに基づき、低コスト耐候性ハウスについて、50m/S以上の風速に耐えることができる強度となるように胴縁および母屋の間隔を設計していた。その後、6事業主体は、設計事務所等によるしゅん功検査を経て、生産技術高度化施設の整備が完了したとして、請負業者から工事関係書類の提出を受けるとともに、低コスト耐候性ハウスの引渡しを受けた。そして、長崎、諫早、雲仙、南塩原各市は、更にしゅん功検査を実施、長崎県等は実績報告書等を確認するなどして、低コスト耐候性ハウスが実績報告書および工事関係書類のとおりに整備され本件交付金事業等が適正に完了していることを確認したとして、交付金等の額の確定を行っていた。しかし、現地の施工状況を確認したところ、胴縁および母屋が設計よりも広い間隔で設置されるなどしており、設計と施工が異なっていた。そこで、実際に施工された胴縁および母屋の間隔に基づいて、風速50m/S時に胴縁および母屋に発生する応力度を再計算したところ、それぞれの部材の許容力度を上回ることから、本件低コスト耐候性ハウスは、いずれも50m/S以上の風速に耐えることができないものとなっていた。したがって、本件交付金事業等(交付対象事業費計3億658億円)は、低コスト耐候性ハウスの強度が交付金等の交付対象基準等を満たしていない状態になっているのに、事業が適正に完了したとして額の確定が行われており、これに係る交付金等1億5,308万円が不当と認められる」と指摘されています。

 さらに関連して、国の助成金を詐取した直近の事例として、非正規労働者の支援を目的とした国の「キャリアアップ助成金」制度を悪用し、500万円をだまし取ったとして、大阪府警は、経営コンサルタント会社元顧問ら男3人を詐欺の疑いで再逮捕したというものがあります。容疑者らが架空の会社や従業員の名義を使って虚偽申請したとみられています。報道によれば、架空の会社で、非正規の従業員らが実習を受けたように装った虚偽の申請書を大阪労働局に提出するなどし、助成金500万円を詐取したというものですが、これ以外にも、大阪市内の整骨院に話を持ちかけ、整骨院の名義で同制度の助成金約290万円を詐取したとして詐欺容疑で逮捕されています。さらに、本事件に関連して、また別の架空の会社名義で助成金を不正に受給した疑いもあり、被害額は数千万円に上る可能性があるとされています。このように、国等の審査・管理体制の脆弱性が「犯罪インフラ化」している状況は深刻さを増しているといえます。

 また、会社の信用を悪用した事例(信用の犯罪インフラ化とでもいうべき事例)も多発しています。

 全国で広く防犯ビジネスを展開する警備最大手セコムの現役社員が、兵庫県尼崎市の顧客宅で、不審者の侵入を知らせる警報機が誤作動を起こした留守中の民家に駆けつけ、室内を物色、高級腕時計など125万円相当の金品を盗んだとして逮捕されています。警備会社は顧客の生命や財産を守るために建物の合鍵を保管するほか、暗証番号などの秘密情報を知る場合も多く、今回のように、顧客が預けた合鍵を悪用するといった事件が多発すれば、警備業への信頼が根本から揺らぎかねません。当然のことながら、現場の警備員に対する倫理教育を改めて徹底する必要があるといえます。また、NHK名古屋放送局が、受信料の契約・集金業務を委託した会社社長の男が窃盗容疑で愛知県警に逮捕され、同社との契約を解除した事例も発生しました。本件では、女性宅を訪問し、キャッシュカード1枚を盗んだものですが、その犯行にはNHKの契約者情報が悪用されました。また、NTTドコモ子会社の社員が、社内のイントラネットを通じ、他の従業員のポイント情報を不正に入手したとして不正アクセス禁止法違反容疑などで警視庁に逮捕されています。報道によれば、男は、ドコモショップの男性店員のIDとパスワードを無断で使用し、NTTドコモが契約する福利厚生サイトに不正接続し、男性に付与されたポイントを使ってネット通販大手「アマゾン」のギフトコード(計15,000円相当)を詐取した疑いがもたれており、ドコモショップ店員135人分のIDなどで不正入手したギフトコードを都内の買い取り業者に売却し、約600万円を得たとみてられています。男はドコモショップ店員の従業員番号が閲覧できる立場で、初期設定のままIDとパスワードを従業員番号にしていた人を狙ったといいます。さらに、多くの企業がそうであるように、同社のイントラネットのIDは、社内の人間ならば容易に把握できる従業員番号を用いた設定だったとされ、外部から隔離され安全性が高いとされるイントラネットゆえの油断をつかれた形です。つまり、「社内イントラネットであるがゆえのセキュリティ上の脆弱性」と「社内イントラネットであるがゆえの類推されやすいID/PW設定」および「それを変更しない従業員の情報セキュリティに対する意識の低さ」がすべて「犯罪インフラ」となってしまった事例(社内だから大丈夫、信用できるという点が悪用された事例)だといえます。

 本コラムでもテロリスクの文脈でたびたび取り上げてきた、高性能爆薬を製造したなどとして4月に火薬類取締法違反容疑で警視庁に書類送検された東京都内の高校2年の男子生徒について、最近でも広がりがありました。まず、この男子生徒が無許可で放射性物質「アメリシウム」を所持していた疑いがあることが報じられています。「アメリシウム」は、プルトニウムから生成される人工放射性元素で、煙感知器などに使われ、体内に取り込むと被曝する恐れがあるといいます。さらに、この高校生はインターネットのオークションサイトで放射性物質「ウラン」の売買に関与した疑いもあり、警視庁が原子炉等規制法違反容疑で捜査を進めていた中で、高校生の自宅の家宅捜索でアメリシウムが見つかったといいます。また、アメリシウムを巡っては愛知県警が、許可なく所持したとして放射線障害防止法違反容疑などで名古屋市の会社員を逮捕しており、この容疑者が爆薬製造事件などで有罪判決を受けた元大学生(ほかにも覚せい剤や銃の製造も行っていました)の男とSNSで交流があり、男子生徒も元大学生とSNSでやりとりしていたことが判明しています。つまり、この一連の事件においては、「SNS」「ネットオークション」「インターネット」等が悪用されたものといえ、これらの「犯罪インフラ」の側面がクローズアップされた形となります。インターネットで高性能爆薬や銃、覚せい剤の製造方法が調べられ、必要な薬品や通常ありえないような「ウラン」等に至るまで「ネットオークション」で入手でき、必要な知識等をSNSで共有・情報交換するといったことが実際に行われていたということであり、そこに「思想的背景」がうかがえなかった点が唯一の救いだといえます(ただし、テロリストがその気になれば「誰でもできる」ことを証明してしまったともいえます)

 本コラムでも関心をもって紹介している富裕層による租税回避地への資産隠しや、海外の取引法人を利用した税逃れ行為について、そのような行為が後を絶たない中、政府・与党が、海外に保有する財産が5,000万円を超える富裕層が海外に持つ資産について、税逃れ対策を強化する方針を固めています。対象となる個人や企業は1万を超えるとみられており、いよいよ対応が厳格化されることになります。現行制度では、海外に5,000万円超の資産がある個人は、毎年末の海外資産の残高を示した「国外財産調書」を税務署に提出することが義務付けられていますが、金融口座の残高が増えていたとしても、不動産や株式の売却などによる収入があったためか、課税の対象ではない自身の別口座からの入金などがあったためかの区別はつかず、課税逃れの摘発につなげることは困難だった実態がありました。新たに導入が検討されている仕組みでは、富裕層に金融口座の取引履歴を保存するよう要請、税務当局が海外収入について申告漏れの疑いを見つけた場合、履歴の提出を求め、富裕層が提出した履歴から申告漏れが発覚した場合は、加算税を軽減する仕組みを税制改正でつくり、富裕層の自主的な履歴の保存を促すものとなります。富裕層の国際課税逃れ対策を巡っては、世界各国の金融口座情報が自動的に交換される「CRS(共通報告基準)」の国内運用が昨年から始まっており、国外財産調書などを突き合わせ、税逃れの解明を目指す取り組みもスタートしています(その成果も出はじめています)。さらに、新たな制度が導入されれば、課税逃れ対策の厳格化がより進むことになると期待されます。

 法人における課税逃れの問題もいまだ深刻です。国税庁は、今年6月までの1年間の税務調査で判明した法人の申告漏れ所得総額が、前年同期比+38.2%となる1兆3,813億円で、法人税の追徴税額は1,943億円だったと発表しています。うち海外取引に関する申告漏れはなんと+89.9%増の6,968億円に上り、全体の半数を超えています(統計を取り始めた2005年度以降で2番目に高く、5年連続の増加とのことです)。さらに、申告漏れを指摘されたのは、調査対象99,000社のうち74,000社で、うち21,000社が悪質な仮装・隠蔽を伴う所得隠しを指摘されています。なお、紹介されている事例としては、関東信越国税局管内で、「機械部品製造会社と関連会社計3社が、製造過程で排出された廃液から抽出したレアメタルを資産に計上していなかったなどとして、関東信越国税局が法人税11億7,000万円の申告漏れを指摘、重加算税を含む3億4,700万円を追徴した」といったものがありました。また、法人の国際課税逃れ対策としては、経済協力開発機構(OECD)が多国籍企業による税逃れ防止策をまとめているところです。租税回避地にグループ会社を置いて利益を移転するケースでは、各国・地域共通の法人税率の最低水準を設定、租税回避地で実際に払っている法人税を差し引いて課税するというものです。また、税逃れが複数の国・地域に及ぶ場合には、それらの地域の法人税の平均を元に課税する案などが議論されているといいます。しかしながら、法人税率の最低水準を決めること自体、各国の主権に関わるため容易ではなく、こうした面も含め協議は難航が予想されます。

 その他、最近の報道から、犯罪インフラに関するものをいくつか紹介します。

  • 生活保護を受ける困窮者らに居場所を提供する無料定額宿泊所については、本コラムでは「犯罪インフラ化」を危惧しているところですが、厚生労働省が、入居者の生活支援に積極的に取り組む施設を「優良認定」する制度を来年度から始めるということです。自治体の福祉事務所が金銭や健康面の管理を委ね、委託費を払うというものです。優良認定制度を設けることで悪質な貧困ビジネスを排除できる環境が整備されることを期待したいと思います。
  • 国内最大級のポータルサイト「ヤフージャパン」の会員向けキャンペーンを悪用し、Tポイントを不正に取得したとして、埼玉県警は、札幌市の無職の男とその母親を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕しています。2人は総額約9,300万円相当のTポイントを不正取得していたとみられています。報道によれば、男は大量のIDを短時間で作成することができるプログラムを作り、逮捕容疑となった95個のIDはおよそ2時間で取得したとみられるということです。
  • 電気通信事業を営むなどと偽り、インターネット技術を用いるIP電話番号の購入契約をしたとして、警視庁は、会社役員と会社員を詐欺容疑で逮捕しています。容疑者らが電話番号を転売する都内の「電話再販業者」に対し、容疑者が電気通信事業を営んでいると嘘を言った上で、IP電話の番号を不正に購入した疑いがもたれており、そのIP電話の番号は約2,500個にも上るといいます。そして、今年2~8月でこれらの番号が使われた詐欺被害は約2,700件、被害額は約23億円に上っていることから、警視庁は、容疑者が詐欺グループに番号を転売していたとみて、販売ルートの解明を進めているといいます。正に「犯罪インフラ」の典型的な事例だといえます。
  • 財務省は、今年6月までの1年間(2018事務年度)で、関税などの悪質な脱税者の責任を追及する犯則調査で告発などの処分件数が536件だったと発表しています。
▼平成30事務年度における関税等脱税事件に係る犯則調査の結果

 このうち404件は金地金の密輸事件で、脱税額は約9億6,000万円と、過去最高だった前年度(2017事務年度、約15億円)に次ぐ2番目の多さとなりました。なお、金地金の主な処分事例として、「自動車サスペンション内へ金地金合計829kg(脱税額約3億円)を隠匿した消費税等脱税事件及び航空機旅客による金地金合計66kg(脱税額約2,400万円)の消費税等脱税事件」があったと紹介しています。10月に消費増税が実施されたことから、消費増税後のほうが密輸業者による金の売却益が多くなるため、今後、件数が増えることも予想され、金の「犯罪インフラ」化に警戒が必要です。

  • 兵庫県警は、技能実習生として入国したベトナム人の不法就労を仲介したなどとして、ベトナム国籍の男を出入国管理法違反(不法就労あっせんなど)で逮捕しています。報道によれば、容疑者がベトナム人124人を不法にあっせんし、仲介料として約170万円を受け取ったとされ、知人の男2人が就労のあっせんや偽造の在留カード提供をSNSで呼び掛け、手数料として8万~16万円を徴収、容疑者は男らから、あっせんした1人につき2万円の報酬を得たというものです。なお、不法就労した124人のうち、兵庫県警が不法滞在などの疑いで16人を逮捕、48人の身柄を大阪出入国在留管理局に引き渡しており、順次、強制送還される見込みだということです。
  • 整骨院の柔道整復師が保険会社から自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)の保険金をだまし取った疑いで逮捕される事件が、北海道内で相次いだとの報道がありました(令和元年10月21日付朝日新聞)。治療の内容や回数を偽装し、水増し請求する手口で、背景には、整骨院の一存で治療の証明書を作れる制度と、規制緩和によって柔道整復師が増えたことによる過当競争があると指摘されています。実際のところ、保険会社の事故時の査定においては、以前から、通常の病院での治療に対して柔道整復師による治療が長期化していることは認識しており、その妥当性については厳格に判断される実務となっています。
  • 公的な身分証明書となる住民票やマイナンバーカードに結婚前の旧姓を併記できる制度が、全国の市区町村で始まっています。戸籍書類がなくても旧姓を証明しやすくし、結婚後も旧姓を使って活動する人の仕事や生活を後押しするのが狙いだといいます。一方で、旧姓を契約時などに使えるかなどの判断は、各行政機関や民間業者に委ねられているともいいます。なお、本コラムの立場からいえば、本人確認において、旧姓併記であれば、確認の精度を高めることにつながるものと期待したいと思います。
(6)その他のトピックス

 ①薬物を巡る動向

 以前の本コラム(暴排トピックス2019年9月号
で紹介しましたが、静岡県伊豆町沖での「瀬取り」現場から1トン超の覚せい剤を押収した大規模密輸事件の摘発の影響で、国内の覚せい剤供給が逼迫し、密輸の手口が「瀬取り」から「ショットガン方式」へ移行していること、また、その「運び屋」を手配するために、SNS等で高額のアルバイト報酬で若者や金に困った人間を引き寄せるといった手口が横行しているといった実態があります。そのような状況を裏付けるかのように、直近でも「ショットガン方式」での大型の摘発事例が相次いでいます。まず、覚せい剤約18キロ(末端価格約10億7,600万円)を密輸したとして、大阪府警は、カナダ国籍の音楽家を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで逮捕しています。報道によれば、関西国際空港に手荷物で密輸された覚せい剤の量では、1994年の開港以来最多といい、スーツケースに隠し、カナダのバンクーバー国際空港から関空に密輸されたということです。手口としては、覚せい剤を小分けして透明なフィルムに包まれ、外側から見えないようにカーボン紙も巻かれていたといいます。また、営利目的で覚せい剤約58キロ(末端価格36億円相当)を輸入したとして、神奈川県警薬物銃器対策課は、覚せい剤取締法違反(営利目的共同輸入)の疑いで、イラン国籍の男を逮捕しています。イランの空港から塗料の名目で覚せい剤を航空貨物に隠匿し、成田空港に到着させたもので、神奈川県内では今年最大の押収量だということです。手口としては、液体の入ったボトル1,152本を段ボール192箱に入れて航空貨物で日本に輸入、うち、ボトル36本に有機溶剤に溶かした覚せい剤約58キロを隠していたようです。東京税関成田税関支署が覚せい剤を発見、泳がせ捜査で容疑者が浮上して逮捕に至ったとのことで、容疑者が借りていたマンションの室内からも覚せい剤反応が出たといいます。また、覚せい剤約5キロ(末端価格約3億円相当)をスーツケースとリュックサックに隠し、航空機でアラブ首長国連邦(UAE)のドバイから関西国際空港に密輸したとして、韓国籍の女が逮捕されています。報道によれば、菓子や化粧品などの箱の中に銀紙で包んだ覚せい剤を隠していたということです。さらに、福岡県警は、覚せい剤約5キロ(末端価格約3億円相当)の密輸に関係したとして、指定暴力団太州会系組幹部ら4人を麻薬特例法違反(規制薬物としての所持)容疑で現行犯逮捕しています。同組幹部と組員ら4人は自動車関連会社に配送された荷物を薬物と認識して受け取ったとされ、県警は販売目的で密輸したとみて、組幹部ら数人を覚醒剤取締法違反(営利目的輸入)容疑で再逮捕するといいます。なお、本件においては、イランから関西国際空港に到着した貨物便に覚せい剤約6キロが隠されているのを税関が発見、捜査当局が中身を別物にすり替え、「泳がせ捜査」を実施して受取人の4人を特定したとされます。

 さらに、過去最多の押収量となるコカインの密輸事件も摘発されています。神戸市の神戸港で10月、神戸税関などがコンテナからコカイン約400キロ(末端価格80億円相当)を発見し、押収したものです(8月に愛知県豊橋市の三河港で船舶から見つかった約177キロを上回り、国内最多の押収量となります)。コカインは、密輸組織の関与のもと、海外から船で運び込まれ、運搬経路の途中で取り出し損ねたものが神戸港にたどり着いた可能性もあるといわれています。コカインは外国人の使用者が多かったものの、近年は国内でも広まりつつあり、芸能人のコカインによる逮捕事件が報道され注目され、財務省の「平成30年の全国の税関における関税法違反事件の取締り状況」の中でも、「コカインの押収量が約152kg(前年比約15.5倍)、MDMAの押収量が約9kg(前年比約80.4倍)など急増(コカインの押収量は過去最高)している点が極めて特徴的であり、急激に蔓延している状況がうかがわれ、注意が必要な状況だといえます。なお、コカインは依存性が高く、大量に摂取すると死亡する危険もあるといい、厚生労働省の統計によると、コカインに関する事件の摘発者はここ数年で増加傾向にあり、昨年は217人で過去最高を記録しています。

 その他、最近の薬物に関する摘発事例としては、以下のようなものが報道されています。相変わらず有名人や公務員、若者などが摘発される事例が多くなっており、社会への蔓延ぶりには大きな危機感を覚えます。また、以下のような事例をよくみると、やはり、薬物事犯の摘発においては、警察や税関の「リスクセンス」が求められること、関係者への展開、巡回やサイバーパトロールなど地道な取り組みが摘発につながっていることがわかります。

  • 元タレントの田代まさし容疑者が覚せい剤所持の疑いで現行犯逮捕されています(容疑は宮城県の宿泊施設と自宅での覚せい剤所持の疑いですが、一部否定しているといいます)。当人は薬物依存症と戦っており、その実体験をテレビで語ったり、薬物依存者の支援にあたる団体に参加したりしていましたが、結果的に依存症から抜け出すことができておらず、その難しさをあらためて示すものとなりました。
  • 厚生労働省関東信越厚生局麻薬取締部(麻取)は、スノーボード・ハーフパイプの元五輪代表の国母和宏容疑者を大麻取締法違反容疑で逮捕しています。同容疑者が密輸入した疑いが持たれているのは大麻製品約57グラム(100回以上の吸引が可能な量)と多量であり、営利目的輸入容疑が適用されています(本人は、密輸は認めているものの、営利目的は否定しています)。国際スピード郵便で成田空港に輸入された際に東京税関が発見、麻薬取締部が今年10月に容疑者の30代の知人の男を大麻取締法違反容疑で逮捕し、捜査の過程で容疑者の関与が浮上したのことです。大麻製品は3つに分割され、紙やビニールで何重にも包まれており、輸入時の発覚を逃れるため、郵便物の中に隠しやすいように小分けにしていたとみられます。
  • 大阪府警は、自宅で大麻0.1グラムを所持したとして大麻取締法違反(所持)容疑で、NHKの子ども向け番組で「歌のお兄さん」を務めた清掃作業員を逮捕しています。また、府警はその後、覚せい剤を使用したとして覚せい剤取締法違反(使用)容疑で再逮捕しています。
  • 大阪府警は、大麻を所持したとして、大阪府西大阪治水事務所職員を大麻取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕しています。報道によれば、車上狙いを警戒していた警察官が、車内にいた容疑者と知人の50代の男を発見、職務質問したところ容疑者のポーチの中から、たばこの箱に入った大麻が見つかったということです(知人の男についても同法違反で現行犯逮捕されています)。
  • 神奈川県警は、知り合いの男から大麻を購入したとして、大麻取締法違反の疑いで、会社員2人を逮捕しています(本件においては、会社名は報道されていませんが、薬物事犯においては報道される可能性はあると認識する必要があります)。大学生の男から大麻約7グラムを約26,000円で購入したといいます。県警は5月に覚せい剤取締法違反と大麻取締法違反の疑いで大学生の男を逮捕、関連先を捜査していたところ、両容疑者が浮上したということです。今年は、経済産業省と文部科学省のキャリア官僚が薬物事犯で逮捕されるという事件が相次ぎましたが、事業者としても「まさかうちの社員が」「まさか職場で」ではなく、薬物事犯に社員が関与してしまうことは、「当社でも起こりうる」問題であって、レピュテーションを毀損するリスクのひとつとして、「常識の問題だから」と社員任せにしないこととあわせ、「自分事」として捉え、何らかのアクションを起こすべき時にきているといえます。
  • 京都府警は、ツイッターに大麻の取引を持ちかける投稿をしたとして、立命館大2年生と私立大1年の男子学生を麻薬特例法違反(あおり、唆し)容疑で逮捕しています(本件のように、立命館大学のみ組織名が公表されるケースもあり、やはり組織の犯罪でなくても組織名が報道されるリスクはあると認識する必要があります)。報道によれば、2人は、それぞれ自身のツイッターに大麻を示す隠語の「野菜」という言葉や、葉っぱの絵文字とともに「気になったらDM(ダイレクトメッセージ)ください」などと書き込んだというもので、大阪府警がサイバーパトロール中に投稿を見つけたということです。
  • 京都府警は、伏見稲荷大社の駐車場で大麻草を所持したとして、京都精華大大学院生と同大学3、4年の男女5人(20~22歳)の計6人を大麻取締法違反(共同所持)容疑で現行犯逮捕しています。報道によれば、パトロール中の署員が、駐車場に多数のバイクが止めてあるのを不審に思い、戻ってきた6人に職務質問したところ、うち1人の所持品から大麻草を発見したということです。
  • 福岡県警は、福岡市内のコンビニ駐車場で乾燥大麻1本を所持したとして、大麻取締法違反(共同所持)の疑いで、福岡市の男子高校生ら計4人を現行犯逮捕しています。駐車場に停車中の車にパトカーが近づいたところ、車内にいた男子高校生が物を隠すしぐさをしたため、警察官が職務質問し、紙で巻いた乾燥大麻を発見したということです。
  • 警視庁は、覚せい剤を買うため江東区亀戸の薬局に侵入し、現金5万円が入った手提げ金庫を盗んだ疑いで無職の男を逮捕しています。窃盗容疑で指名手配していた男を発見し、身柄を確保したところ、自宅から覚せい剤数グラムが見つかり、覚せい剤取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕したものです。薬物事犯を徹底的に摘発する必要があるのは、薬物依存症の問題だけでなく、このように「新たな犯罪を生む(犯罪の再生産)」可能性があるからです。薬物欲しさに窃盗を働く、薬物欲しさに売人となるなど、「負の連鎖」が生まれることは絶対に避けないといけません。
  • 日本ラグビー協会は、コカインなどを所持したとして麻薬取締法違反の罪で9月に執行猶予付きの有罪判決を受けたトップリーグ、トヨタ自動車の元選手2人に、無期の競技会への出場停止処分を科したと発表しています。同協会は規律委員会を開き、処分を決定、トヨタ自動車に対しては、一連の不祥事を受けてすぐに全体練習を中止するなど対応したことを考慮し、処分は行わないこととしています。事業者においては、薬物事犯に社員が関与してしまうリスクを自覚するともに、本件のように事業者も「自分事」として主体性をもって適切に対応することが求められていると認識する必要があります。
  • アイドルグループ元メンバーと元女優の大麻取締法違反事件の捜査を巡り、関東信越厚生局麻薬取締部(麻取)が2人の自宅の捜索時に撮影した動画をテレビ制作会社に提供していたといいます。厚生労働省は関係者の処分を検討するとし、過去にも同様のことがあったとして詳しい調査を始めています。報道によれば、被告側の弁護人は「重大なプライバシー侵害」と批判、麻取幹部2人について国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで東京地検に告発したということです。薬物事犯においては、GPS捜査や採尿など捜査のあり方が厳しく問われるケースも多い中、このようなことがないようにしていただきたいものです。
  • 裁判所が刑事事件の被告の保釈を広く認める傾向を強める中、保釈中の被告による再犯が増えているとの報道がありました(令和元年11月7日付産経新聞)。報道によれば、昨年は過去最多の258人で、10年余りで3倍に急増しているといい、とりわけ覚せい剤取締法違反が10倍近くと、目立って伸びているといいます。「再犯の恐れ」は保釈を判断する要件に入っていないものの、再犯リスクの高い被告には慎重な判断を求める声が大きくなってきています(もちろん、「再犯の恐れ」がないことを要件に入れると、保釈の運用が硬直化し、人質司法といわれた時代に逆戻りする可能性も指摘されています)。覚せい剤など薬物事犯はそもそも再犯可能性が高く、警察庁の「平成30年における組織犯罪情勢」によれば、覚せい剤事犯の再犯者率は、平成19年以降12年連続で増加しており、平成30年は66.1%となっています(逆に、大麻事犯の初犯率は76.6%とゲートウェイ・ドラックであることを示す数字となっています)

 次に、海外における薬物関連の動向についてもいくつか紹介します。

  • 本コラムでもその動向を追っているオピオイド中毒訴訟(米国で鎮痛剤に含まれる医療用麻薬「オピオイド」中毒がまん延し社会問題化、訴訟が多発している)を巡り、その和解に向けて、医薬品メーカーと卸売り計5社が、現金計220億ドルの支払いと280億ドル相当の医薬品と医療サービスの提供を申し出ていると報じられています(令和元年10月17日付ロイター)。米疾病管理予防センター(CDCP)によると、全米で1999年から2017年までにオピオイド中毒で約40万人が死亡したとされ、州や地方自治体、病院などが起こした医薬品業界の責任を問う訴訟の数は約2,600件にも上っています。そのような中、全国の訴訟が起こされているオピオイド中毒訴訟の先例になると注目されていたオハイオ州のクヤホガ郡とサミット郡を対象とした訴訟は、直前に、医薬関連大手4社が総額2億6,000万ドルの和解に達しています。米医薬品卸大手3社(アメリソースバーゲン、カーディナル・ヘルス、マッケソン)は計2億1,500万ドルを直ちに支払うとし、後発薬大手のテバ・ファーマスーティカル・インダストリーズ社は現金2,000万ドルを支払うほか、18カ月にわたって2,500万ドル相当のオピオイド中毒治療薬「サボキソン」を提供するというものです。ただし、一連の訴訟はまだまだ先行きが不透明であり、本コラムでは今後の動向についても注視していきたいと思います。
  • ミャンマー南部エヤワディ地域沖で、漁師たちが海上に漂う麻袋の中から大量の覚せい剤を見つけたといいます。報道(令和元年10月21日付時事通信)によれば、中国茶を偽装した小分けのポリ袋に入っており、合計で約700キロあり、末端価格は推計2,000万ドル(約22億円)と推計されています。漁師たちは、アンダマン海に浮かぶ23の麻袋を発見したものの、地元でよく使われる消臭用のミョウバンだと思い燃やしたところ、数人が気絶しそうになったとして、通報を受けた警察が翌日、砂浜でさらに二つの麻袋を見つけ、覚せい剤であることがわかったということです。
  • メキシコ北部の米国境沿いの州で米国籍の末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)信者の女性や子ども9人が殺害される事件が発生、メキシコの治安相は同地域で麻薬組織の対立が頻発していることから、女性や子どもらが誤って殺害された可能性があるという見方を示しています。これに対し、米トランプ大統領は、メキシコに麻薬カルテルの撲滅「戦争」を遂行するよう求めています。報道によれば、同氏はツイッターで「麻薬カルテルは巨大化して大きな力をつけているため、撲滅するには軍隊が必要だ。今こそメキシコは米国の力を借りて麻薬カルテルに戦争を仕掛け、この世から一掃すべきだ」と述べたということです。
  • 麻薬犯罪撲滅を掲げるフィリピンのドゥテルテ大統領の指示のもと、フィリピンでは密売などに関わったとされる5,500人以上が警官に殺害されているほか、無実の人や貧困層が殺害される例も多いと指摘されています。そのような中、今回その対策の責任者を任されたのは、「麻薬戦争は失敗。調整が必要だ」と語るなどその手法を批判してきたロブレド氏が就任しています。大統領の挑発を受けての就任ですが、麻薬組織との戦いにおいてどのような手腕が発揮されるのか期待したいと思います。

 ②犯罪統計資料

 平成31年1月~令和元年9月の刑法犯の認知件数の総数は561,302件(前年同期608,024件、前年同期比▲7.7%)、検挙件数の総数は210,724件(221,851件、▲5.0%)、検挙率は37.5%(36.5%、+1.0P)となり、平成30年の犯罪統計の傾向が継続している状況です。犯罪類型別では、刑法犯全体の7割以上を占める窃盗犯の認知件数は398,758件(433,637件、▲8.0%)、検挙件数は129,331件(136,525件、▲5.3%)、検挙率は32.4%(31.5%、+0.9P)と刑法犯全体をやや上回る減少傾向を示しており、このことが全体の減少傾向を牽引する形となっています。うち万引きの認知検数は70,720件(74,539件、▲5.1%)、検挙件数は48,229件(52,634件、▲8.4%)、検挙率は68.2%(70.6%、▲2.4P)となっており、検挙率が他の類型よりは高い(つまり、万引きは「つかまる」ものだということ)ものの、ここ最近低下傾向にある点は気になるところです。また、知能犯の認知件数は27,008件(31,157件、▲13.3%)、検挙件数13,494件(14,050件、▲4.0%)、検挙率は50.0%(45.1%、+4.9P)、うち詐欺の認知件数は24,262件(31,157件、▲13.9%)、検挙件数は11,285件(11,721件、▲3.7%)、検挙率46.5%(41.6%、+4.9P)ととりわけ検挙率が大きく高まっている点が注目されます。今後も、認知件数の減少と検挙件数の増加の傾向を一層高め、高い検挙率によって詐欺の実行を抑止するような構図になることを期待したいと思います。

 また、平成31年1月~令和元年9月の特別法犯については、検挙件数の総数は52,262件(52,092件、+0.3%)、検挙人員は44,309人(44,473人、▲0.4%)となっており、検挙件数が前年同期比でマイナスからプラスに転じるなどプラスとマイナスが交互しており、特別法犯の検挙状況は横ばいの状況であるともいえます。犯罪類型別では、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,838件(1,830件、+0.4%)、検挙人員は1,515人(1,537人、▲1.4%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は561件(242件、+131.8%)、検挙人員は111人(80人、+38.8%)、入管法違反の検挙件数は4,414件(3,534件、+24.9%)、不正競争防止法違反の検挙件数は54件(28件、+92.9%)、検挙人員は50人(29人、+72.4%)などとなっており、とくに入管法違反と不正アクセス禁止法違反の急増ぶりが注目されます(体感的にもこれらの事案が増加していることを実感していますので、一層の注意が必要な状況です)。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は675件(626件、+7.8%)、検挙人員は318人(292人、+8.9%)、大麻取締法違反の検挙件数は3,801件(3,227件、+17.8%)、検挙人員は2,962人(2,471人、+22.5%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は8,100件(9,722件、▲16.7%)、検挙人員は5,791人(6,703人、▲13.6%)などとなっており、大麻事犯の検挙が平成30年の傾向を大きく上回って増加し続けている一方で、覚せい剤事犯の検挙が逆に大きく減少し続けている傾向がみられます(参考までに、平成30年における覚せい剤取締法違反については、検挙件数は13,850件(14,065件、▲1.5%)、検挙件数は9,652人(9,900人、▲2.5%)でした)。

 なお、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯の検挙人員総数は329人(384人、▲14.3%)、中国68人(87人)、ベトナム52人(46人)、ブラジル30人(40人)、フィリピン21人(16人)、韓国・朝鮮19人(27人)、アメリカ14人(8人)、スリランカ12人(12人)などとなっており、こちらも平成30年の傾向と大きく変わっていません。

 暴力団犯罪(刑法犯)総数については、検挙件数は13,634件(13,784件、▲1.1%)、検挙人員は5,889人(6,787人、▲13.2%)となっており、暴力団員数の減少傾向からみれば、刑法犯の検挙件数の減少幅が小さく(つまり、刑法犯に手を染めている暴力団員の割合が増える傾向にあるとも推測され)、引き続き注視していく必要があると思われます。うち窃盗の検挙件数は8,054件(7,478件、+7.7%)、検挙人員は989人(1,122人、▲11.9%)、詐欺の検挙件数は1,603件(1,676件、▲4.4%)、検挙人員は989(1,179人、▲16.1%)などであり、「令和元年上半期における組織犯罪の情勢」において、「近年、暴力団は資金を獲得する手段の一つとして、暴力団の威力を必ずしも必要としない詐欺、特に組織的に行われる特殊詐欺を敢行している実態がうかがえる」と指摘されているとおり、最近では窃盗犯の検挙件数の増加が特徴的であり、「貧困暴力団」が増えていることを推測させることから、こちらも今後の動向に注視する必要があると思われます。また、暴力団犯罪(特別法犯)総数については、検挙件数は5,629件(6,955件、▲19.1%)、検挙人員は4,013人(5,039人、▲20.4%)、うち暴力団排除条例の検挙件数21件(12件、+75.0%)、検挙人員は34人(51人、▲33.3%)であり、暴力団の関与が大きな薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は148件(126件、+17.5%)、検挙人員は42人(39人、+7.7%)、大麻取締法違反の検挙件数は799件(807件、▲1.0%)、検挙人員は533人(524人、+1.7%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は3,673件(4,781件、▲23.2%)、検挙人員は2,510人(3,244人、▲22.6%)などとなっており、とりわけ覚せい剤から大麻にシフトしている状況がより鮮明になっている点、大麻取締法違反の検挙人員が暴力団員数の減少にもかかわらず増加に転じた点とコカイン等と思われる麻薬等取締法違反が検挙件数・検挙人員ともに伸びている点が注目されるところです(平成30年においては、大麻取締法違反について、検挙件数は1,151件(1,086件、+6.0%)、検挙人員は744人(738人、+0.8%)、覚せい剤取締法違反について、検挙件数は6,662件(6,844件、▲2.7%)、検挙人員は4,569人(4,693人、▲2.6%)でした。また、暴力団員の減少傾向に反してコカイン等への関与が増している状況も危惧されるところです)。

(7)北朝鮮リスクを巡る動向

 北朝鮮は、10月31日、今年5月以降で12回目、10月2日に新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射して以来となるミサイルを2発発射しました。防衛省によると、落下地点は日本の排他的経済水域(EEZ)の外とみられています。今回のミサイルについては、北朝鮮国営の朝鮮中央通信(KCNA)は、超大型多連装ロケットの発射実験に再び成功したと報じ、金正恩朝鮮労働党委員長は実験成功に「満足の意」を示し、開発に携わった科学者に祝意を伝えたと報じています。さらに、KCNAは、多連装ロケット発射装置の「連射システム」によって、標的とする敵国を奇襲攻撃で「完全に破壊」できることが確認されたとも報じています。日本政府は今回の飛翔体を短距離弾道ミサイルと判断しており、米側の関心を引き付ける狙いや、西側から内陸部を飛び越える形で発射しており、実戦配備をにらんで技術的な信頼性を検証する意図(あるいは飛行精度を誇示する目的など)がうかがえますが、ミサイル技術の高度化については警戒が必要だといえます。このタイミングでの相次ぐミサイル発射の背景には、北朝鮮側の「焦り」があると考えられます。令和元年11月8日付産経新聞の報道は、「米国は、航空機を主体とする米韓合同軍事演習の実施を表明し、自国や同盟国の安全保障は北朝鮮の意向に左右されない姿勢を示した。トランプ米政権を脅したりすかしたりしてきたが、思い通りの譲歩を引き出せていない」、「北朝鮮は、米側が求める「完全で不可逆的な非核化」の向こうを張って体制の保証や制裁解除が先決だと迫っている」、「金正恩朝鮮労働党委員長が米側に再考を促す期限とした年末が刻一刻と近づき、焦りの色を濃くしている」、「北朝鮮は最高指導者が設定した期限に縛られ、米側の譲歩を何とか得ようとミサイル発射などの挑発の度合いを一層高める可能性がある」と指摘していますが、そのとおりかと思われます。したがって、これから年末に向けて、ミサイル発射等の可能性はさらに高まることが予想されます。

 なお、関連して、最近では、(前述した)米国務省が公表した2018年のテロ報告書で、「北朝鮮政府は繰り返し国際的なテロ活動に支援を提供した」と指摘し、同国を引き続きテロ支援国に指定したことについて、米国の「敵対的な政策」の一例で、米国との非核化協議の進展を妨げていると非難しています。さらには、インドの原子力発電所がサイバー攻撃を受け、情報を抜き取る狙いでつくられたマルウエア(悪意のあるプログラム)が、原発のパソコンで検出されたと国営企業のインド原子力発電公社が認めています。本件に北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」が関与していると見られており、事実であれば、北朝鮮は相変わらずサイバーテロを各国に仕掛けながら資金獲得を行っている「テロ支援国家」という位置づけになろうかと思います。

 さて、このような状況をふまえ、北朝鮮に対する国際的な制裁の包囲網を緩めるわけにはいかない状況であるにもかかわらず、その「制裁逃れ」の抜け穴の存在がいくつも指摘されています。まず、北朝鮮産の石炭密輸に関与したとして、韓国政府が入港禁止の措置を取った複数の船舶が日本の港に出入りしたことが明らかになり、政府もそのことを把握していたことを認めています(本件は暴排トピックス2019年8月号でも紹介しています)。日本が率先して国際社会に制裁の履行を求めるべきところ、この問題を放置していたことは極めて憂慮すべきことだとえいえます。令和元年10月28日付産経新聞の社説は、以下のように指摘しており、正にその通りだといえます。

 韓国は18年8月以降、ロシア産と偽って北朝鮮産石炭を持ち込んだ疑いのある関係者を摘発し、使われた船舶の入港禁止の措置を取った。共同通信の集計では、その後26回、決議採択後からでは100回を超す日本寄港があった。政府は、立ち入り検査を実施し、石炭の運搬や国内法違反はなかったと説明するが、北朝鮮の息がかかっていることが明らかな船舶の寄港を認めること自体がどうかしている。石炭に限らず、制裁逃れの迂回輸出に日本の港が利用されている恐れがある。・・・北朝鮮が犯罪ネットワークを世界各地に張り巡らせていることに留意せねばならない。密輸は複数の国を経由するなど、巧妙に実行される。安保理決議により、北朝鮮は石炭のほか、鉄鉱石や海産物、さらには、繊維製品など主要産品の多くが禁輸となった。にもかかわらず、北朝鮮は外貨を消費する核・弾道ミサイル開発を継続している。密輸のネットワークが機能しているとみるほかないだろう。・・・制裁決議の厳格履行を国際社会は守らねばならない。それを日本が主導するためにも、自国の穴を急ぎ塞ぐべきである。

 関連して、これと同じような構図で、国連安保理決議で禁止された北朝鮮の石炭輸出に英船舶が使用されていたことが、英有力シンクタンク王立防衛安全保障研究所(RUSI)などの調査で判明したと報じられています(令和元年11月6日付時事通信)。北朝鮮の制裁逃れに英国の企業が利用されていた懸念があり、日本同様、早急に塞ぐべき「抜け穴」だといえます。報道では、「北朝鮮の密輸組織が英国法人を利用する理由は、国際的な信用が高く金融機関や当局から「疑惑を持たれにくい」上、国際金融サービスを利用したり、米金融機関にアクセスしたりしやすいなどのメリットがあるため」と指摘されていますが、正にそのような利便性の裏に潜む「犯罪インフラ」性が悪用されたといえると思います。

 このように日英が北朝鮮の制裁逃れに対して脆弱性を露呈したのに対し、米司法省は、北朝鮮から石炭を海外へ違法に搬出し、重機械を同国に運び込むのに使われていた北朝鮮船籍の貨物船「ワイズオネスト」(1万7,061トン)を差し押さえたと発表しています。報道(令和元年10月22日付産経新聞)によれば、同船は北朝鮮最大のばら積み貨物船で、石炭の密輸出と重機械の搬入に使われ、米国の独自制裁や国連安全保障理事会の北朝鮮制裁決議に違反、同船は朝鮮人民軍系の企業が運用していたとされます。また、海上人命安全条約では、一定のトン数以上の船舶には自動船舶識別装置(AIS)の搭載が義務づけられているところ、同船は17年8月から同装置を作動させていなかったほか、船籍を他国に偽装するなどの工作を行っていたということです。あらためて、日米英の北朝鮮の貨物船に関する事例を見る限り、「密輸のネットワークが機能している」状況にあり、「自国の穴を急ぎ塞ぐべき」だと強調しておきたいと思います。

 さて、米シンクタンク高等国防研究センター(C4ADS)の7月の報告書で、北朝鮮へのドイツ製高級車不正輸出疑惑をめぐり、一部区間の海上輸送関与の可能性が指摘された「美濃物流」と関連会社「瑞祥」について、美濃物流の依頼を受け事実関係を調べた弁護士チームは、両社が北朝鮮への密輸とは知らずに輸送に関わり、真の荷主の意向を受けた人物に「利用されただけ」と結論付ける報告書をまとめています。なお、調査は、国連安保理北朝鮮制裁委員会の古川勝久・元専門家パネル委員も美農物流代表の徐氏からの依頼を機に独自で調査し、弁護士と同じ結論に至ったということです(令和元年10月21日付時事通信)。

 それによれば、貨物の不正輸出の「黒幕」は、徐氏に接触した中国・大連の女性と、女性に指示を出していた中朝国境付近などで複数の会社を持つ中国人、さらにロシアでのベンツの荷受人とみられるロシア人の3人で、「徐氏は見事に国際詐欺にはめられたようなもの」(古川氏)というのが実際のところのようです。また、徐氏のインタビューでは、「私は車両積み替え業務の経験がほとんどなく、最初は断ったが、先方からは「積み替えだけの単純作業」との説明で、問題なしと判断して請け負った。まさか北朝鮮関連とは夢にも思わなかった」、「違和感はあまりなかった。中国には(取引が)大ざっぱな中小業者が多い。彼女もその一人と思った。ただ、大連から大阪へ貨物が出発した後、彼女が送ってきた輸送関連書類で、知らないイタリアの会社からベンツ2台を関連会社の瑞祥が受け取ることになっていた。荷送り人の変更を求めたが、彼女からは「もう貨物が大連を出たので、書類を訂正できない」と言われた。取引を停止して訴訟リスクを負うほどの問題ではなく不問に付したのが後にあだとなった」と述べています。

 なお、以前、国連安保理北朝鮮制裁委員会の専門家パネル報告書が、暗号資産「NEM」580億円が流出した日本のコインチェック事件について、いったんは北朝鮮の関与を指摘したものの、後の報告書でそれを削除されるということがありました。公の報告書で指摘されれば、それを根拠とした様々な制裁等も課されることになるなど実害も発生することになります。本件においても徐氏が、「日米金融機関から資金洗浄容疑をかけられるなど、経営面で大きな影響を受けたが、社員一同で必死に会社を立て直してきた。海外にいる真犯人こそ制裁を科してほしい」と話していますが、影響が大きい報告書においては、内容の正確性については十分すぎるほどのレベルを求めたいところです。

3.暴排条例等の状況

(1)東京都暴排条例の改正(10月1日)後の動向

 10月に改正されたばかりの東京都暴排条例を理由にみかじめ料の支払いを拒んだ風俗店経営者に対して、「警察に言わなければいいだけ」などと現金を脅し取ったとして、警視庁組織犯罪対策4課は、恐喝の疑いで住吉会系組幹部を逮捕しています。報道によれば、経営者の男性は3年ほど前から金を支払っていたということですが、新たな改正暴排条例によって指定された繁華街(暴力団排除特別強化地域内)においてみかじめ料を払った側も罰せられるなど規制が強化されたことを受けて支払いを拒否、警視庁が作成した同条例について説明したチラシを示し、支払いを断っていたといいます。また、これとは別に東京・新宿で飲食店の店長にみかじめ料を要求したとして、住吉会系暴力団幹部が逮捕されています。報道によれば、東京都新宿区の路上で客引きをしていた飲食店の店長に、「この辺は俺たちのシマだ。まず払うもの払え」などと言ってみかじめ料を脅し取った疑いで、店長が110番通報したため、駆け付けた警察官に現行犯逮捕されたということです。

 2つの事例は、ともに暴排条例に基づくものではありませんが、みかじめ料の支払いを毅然と拒否している点で共通しており、とりわけ前者においては、その背景に、東京都暴排条例の改正によるみかじめ料に関する規制強化があり、その好事例ともいえるものです。同様の暴排条例の改正が全国に広がっていますが、このようなよい影響がもたらされることをふまえ、すべての都道府県レベルでの改正の実現を期待したいところです。

▼東京都暴力団排除条例

 なお、以前の本コラム(暴排トピックス2019年6月号
でご紹介しましたが、来年の東京五輪・パラリンピックの開催に備え、東京都暴排条例が改正されました。あらためて今回の改正の具体的な内容を確認すると、(1)都内の主な繁華街を「暴力団排除特別強化地域」と指定し、同地域における「特定営業者」及び「客引き等を行う者」が暴力団員に対し用心棒料、みかじめ料の利益を供与する行為や、暴力団員がこれら利益の供与を受けること等を禁止する、(2)暴力団排除特別強化地域(風俗店、飲食店が集中し、暴力団が活発に活動していると認められる地域)を指定、(3)特定営業者及び客引き等を行う者の禁止行為として、「暴力団員又は暴力団員が指定した者から用心棒の役務の提供を受けること」、「暴力団員又は暴力団員が指定した者に用心棒の役務を受けることの対償として利益を供与すること(いわゆる「用心棒料」)又は営業を営むことを容認する対償として利益を供与すること(いわゆる「みかじめ料」)」を明記、(4)「暴力団員の禁止行為」として、「特定営業者又は客引き等を行う者に用心棒の役務を提供すること」、「特定営業者又は客引き等から用心棒の役務の提供をすることの対償として利益の供与を受けること又は営業を営むことを容認する対償として利益の供与を受けること」、(5)罰則として、「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金(特定営業者、客引き等を行う者は自首減免規定あり)」がそれぞれ定められています。とりわけ、これまで、「罰則」を適用するためには「勧告」「公表」などの手続きを経る必要があり、みかじめ料の支払いが発覚しても、手続きの途中段階で店側が暴力団との関係を絶つなどし、これまで双方に罰則が適用されたケースはなかったところ、今回の改正で、罰則を「即座に」適用できる規定を設け、摘発要件のハードルを下げることで初期段階から暴力団への利益供与の「芽」を摘もうとしている点が特徴です。さらに、特定営業者自体に「罰則」が適用されることが新たに設けられたこと、および、店が支払いを申告すれば罰則を減免する規定(リニエンシー)の導入も含まれており、店側が暴力団等との関係を断つインセンティブを高める工夫もなされていたところ、前述のような毅然とした対応が可能になったという点で高く評価できると思います。

 なお、参考までに、今回の改正のきっかけとなったのは、昨年8月の東京地裁の判決だといわれています。報道(平成31年2月15日付産経新聞など)によれば、平成29年6月、警視庁組織犯罪対策4課が、東京・銀座で複数の飲食店関係者らからみかじめ料を徴収したとして、恐喝容疑で六代目山口組系組長らを逮捕、組長ら2人を恐喝と恐喝未遂の罪で起訴したものの、その後の公判で、みかじめ料を支払ったクラブ店長らが「断ろうと思えば断れた」「恐怖心を感じたことはなかった」と証言、「支払った側に『脅し取られた』という意識が希薄だった点が判決の決め手となり、東京地裁で恐喝罪について無罪が言い渡されたというもので、対応の限界が露呈したことで、強い危機感を抱いた当局の強い意思によって今回の改正につながったといいます。また、東京五輪で収入増が見込まれる飲食店から暴力団等の反社会勢力への資金流入を防ぐ意味でも、早期の店の規制強化は不可欠です。一方で、福岡県暴排条例による標章制度導入の際に多発した(工藤会による)一般人襲撃事件を持ち出すまでもなく、暴力団の主要な資金源にかかる規制強化であり、今回の改正が暴排のさらなる進展、暴力団の資金源の枯渇化に真に資するものとなるためには、店側が安心して暴排に取り組めるような、具体的な安全確保策もまた重要なポイントとなる(前述の事例では、店側が毅然とした対応を貫いたことがポイントとなりますが、当局の厳格かつ速やかな対応が安心感を醸成し、毅然とした対応がとりやすい状況を作ることになります)ことは付け加えておきたいと思います。

(2)暴排条例に基づく勧告事例(神奈川県)

 前回の本コラム(暴排トピックス2019年10月号)でも神奈川県の勧告事例を2つ取り上げました(みこし会がご祝儀名目で現金を手交した事例かつスナックを経営する女性が飲食と場所を提供した事例、暴力団事務所のリフォーム工事を請け負った事例)が、あらたに、稲川会系組幹部に誕生日会の会場を提供したなどとして、神奈川県公安委員会が神奈川県暴排条例に基づき、県内の飲食業の男性に利益供与をしないよう、また組幹部の男に利益供与を受けないよう、それぞれ勧告したと発表しています(暴排条例による勧告は今年に入って8件目だということです)。報道によれば、店には関係者約50人が集まり、1人当たり食費15,000円の会には35人が参加したといい、神奈川県警が事前に会が開かれるとの情報を得て、当日、周辺で警戒に当たったところ、「本日は貸し切り」の看板が掛かった店内に、関係者とみられる人物らが入っていくのを確認したということです。警察への市民からの情報提供がきっかけとなった点にも注目されるところで、暴排の社会的な機運の高まりを受けて、「市民の目」が厳しさを増していることの表れとすれば、大変好ましい状況だといえます。

▼神奈川県暴力団排除条例

 なお、本件については、神奈川県暴排条例第23条(利益供与の禁止)第2項(7)「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対して金銭、物品その他の財産上の利益を供与すること」に抵触したものと考えられます。

(3)暴力団対策法に基づく仮命令(損害賠償請求妨害防止)発出事例(福井県)

 みかじめ料の支払いを拒んだことで暴行を受け店の営業を妨害されたとして、福井県内で飲食店を経営する男性が、神戸山口組系正木組の朴組長と神戸山口組の井上邦雄組長を相手に、約2,450万円の損害賠償(使用者責任)を求める訴えを福井地裁に起こしたと報じられています(令和元年10月17日付中日新聞)。福井県警は、暴対法に基づき朴組長に対し、損害賠償請求の妨害を防止するための仮命令を出したほか、兵庫県警も、井上組長に対し、同じく損害賠償請求妨害防止の仮命令を出しています。これにより、組長や組員が男性やその家族に面会を要求することや、電話をかけたり周辺をうろつくことが禁止されることになります(なお、兵庫県内での発令は2例目、福井県内では初)。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴力団対策法)

 本事例は、暴力団対策法第30条の2(損害賠償請求等の禁止)において、「指定暴力団員は、次に掲げる請求を、当該請求をし、又はしようとする者(以下この条において「請求者」という。)を威迫し、請求者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他の請求者と社会生活において密接な関係を有する者として国家公安委員会規則で定める者(第三十条の四及び第三十条の五第一項第三号から第五号までにおいて「配偶者等」という。)につきまとい、その他請求者に不安を覚えさせるような方法で、妨害してはならない」と規定されており、うち「一 当該指定暴力団員その他の当該指定暴力団員の所属する指定暴力団等の指定暴力団員がした不法行為により被害を受けた者が当該不法行為をした指定暴力団員その他の当該被害の回復について責任を負うべき当該指定暴力団等の指定暴力団員に対してする損害賠償請求その他の当該被害を回復するための請求」に該当するものといえます。そのうえで、同法第30条の3(損害賠償請求等の妨害に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が前条の規定に違反する行為をしている場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と中止命令発出の根拠が示されています。

(4)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(福井県)

 福井県警は、福井県在住の男性に組員として再び活動するよう求めたとして、暴力団対策法に基づき、六代目山口組系の組幹部に中止命令を発出しています。報道(令和元年10月24日付 SANSPO.COM)によれば、組幹部は、福井市内の飲食店で、元組員の40代男性に「戻るか戻らんのか、どうするんじゃ」「やる気あるのか」と脅し、組員として再び活動するよう要求したということです。応じなかった男性から相談を受け、福井署は、組幹部を含む男3人を強要未遂容疑などで逮捕したといいます。

 なお、暴力団対策法では、第16条(加入の強要等の禁止)第2項において、「・・・指定暴力団員は、人を威迫して、その者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない」と定められています。さらに第18条(加入の強要等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が第十六条の規定に違反する行為をしており、その相手方が困惑していると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項(当該行為が同条第三項の規定に違反する行為であるときは、当該行為に係る密接関係者が指定暴力団等に加入させられ、又は指定暴力団等から脱退することを妨害されることを防止するために必要な事項を含む。)を命ずることができる」とその根拠が示されています。

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