反社会的勢力対応 関連コラム

令和元年の犯罪情勢ほかを読み解く

2020.02.10
パトカーのイメージ画像

【もくじ】―――――――――――――――――――――――――

1.令和元年の犯罪情勢ほかを読み解く

2.最近のトピックス

(1)暴排を巡る動向

(2)AML/CFTを巡る動向

(3)特殊詐欺を巡る動向

(4)薬物を巡る動向

(5)テロリスクを巡る動向

(6)犯罪インフラを巡る動向

(7)その他のトピックス

①暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

②IRカジノ/依存症を巡る動向

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

3.暴排条例等の状況

(1) 暴排条例に基づく勧告事例(北海道)

(2) 暴排条例に基づく勧告事例(大阪府)

(3) 暴排条例に基づく勧告事例(神奈川県)

(4) 暴排条例に基づく逮捕事例(東京都)

(5) 暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(神奈川県)

1.令和元年の犯罪情勢ほかを読み解く

警察庁より「令和元年の犯罪情勢【暫定値】」(以下「本レポート」)が公表されていますので、ほかの統計資料等とあわせ、この1年の犯罪情勢を概観したいと思います。

▼警察庁 令和元年の犯罪情勢【暫定値】
(1)刑法犯認知件数等

まず、本レポートでは、我が国の犯罪情勢を測る指標のうち、刑法犯認知件数の総数について、令和元年は748,623件となり、前年に引き続き戦後最少を更新したことが示されています(刑法犯検挙件数の総数は294,254件となり、平成30年から4.9%減少するなど引き続き減少しているものの、検挙率については39.3%と1.4ポイント上昇、刑法犯の検挙率は、平成10年代半ば以降上昇傾向にあります)。そして、認知件数減少の内訳については、「官民一体となった総合的な犯罪対策の推進や防犯機器の普及、その他の様々な社会情勢の変化を背景に、総数に占める割合の大きい街頭犯罪及び侵入犯罪が平成15年以降一貫して減少していること」が指摘されています(なお、刑法犯認知件数が戦後最多となった平成14年からの減少率は82.8%であり、それら以外の認知件数の平成14年からの減少率は52.3%となっているのと比較しても、街頭犯罪及び侵入犯罪の減少幅が著しく大きいことが分かります。参考までに、令和元年の街頭犯罪認知件数は272,972件で、平成30年(308,375件)から11.5%減少、侵入犯罪認知件数は71,152件で、平成30年(76,369件)から6.8%減少しています)。また、罪種別では、総数に占める割合の大きい窃盗犯及び器物損壊等について、平成15年以降一貫して減少していることが全体の減少傾向をもたらしていることが分かります(平成14年からの減少率は76.5%で、それ以外の認知件数の平成14年からの減少率は48.5%であり、これらについても著しく減少していることが分かります。参考までに、令和元年における窃盗犯の認知件数は532,596件で、平成30年(582,141件)から8.5%減少、器物損壊等の認知件数は71,696件で、平成30年(78,371件)から8.5%減少しています)。さらに、令和元年における人口千人当たりの刑法犯の認知件数は5.9件で、戦後最少であった平成30年(6.5件)を更に下回ったということです。数字面においては、このように減少傾向にあることが明らかなのに対して、警察庁が令和元年9月に実施したアンケート結果(全国の15歳以上の男女1万人を対象に、年代別・性別・都道府県別の回答者数の割合が平成27年国勢調査の結果に準じたものとなるようインターネットを通じて実施したもの)によれば、最近の治安の状況について、「よくなっていない」又は「あまりよくなっていない」と回答した人の割合は61.4%(6,138人)であり、「よくなっている」又は「ある程度よくなっている」と回答した人の割合の28.9%(2,887人)よりも大きいという結果となり、「体感治安」に大きな課題があることが分かります

また、ストーカー事案については、前年比では減少したものの、引き続き相談等件数及び検挙件数が高い水準で推移していること、DV及び児童虐待については、DVの相談等件数及び児童虐待の通告児童数が増加傾向にあり、その検挙件数もそれぞれ増加傾向にあることなど、引き続き注意が必要な状況にあることが示されています。このあたりは、上記アンケート調査において、過去1年間につきまといやストーカーの被害に遭ったと回答した人の割合は2.2%(218人)、DVの被害に遭ったと回答した人の割合は1.1%(109人)であったことからも指摘できると思います。なお、形態別の具体的な状況については、以下のとおりです。

  • SNSに起因する事犯の被害児童数は、平成25年以降増加傾向にあり、令和元年は前年比で+7%、過去5年間で26.8%増加し、2,095人となっている
  • ストーカー事案の相談等件数については前年比で0%減少したものの、平成25年以降、2万件を超える高い水準で推移している。さらに、ストーカー規制法違反の検挙件数については、前年比で0.8%減少したものの、過去5年間で27.5%増加している。一方、刑法犯・他の特別法犯の検挙件数については、令和元年は1,492件となり、前年比で6.4%減少したものの、10年前と比べて96.6%増加しているなど、引き続き高い水準にある(なお、上記のアンケート調査から、つきまといやストーカー被害の具体的な経験事例として、「つきまといや、待ち伏せ、進路に立ちふさがる行為」「住居等に押しかけ、または住居等の付近をみだりにうろつく行為」「監視していると思わせるようなことを告げ、またはそのことを知り得る状態にする行為」「義務のない面会や交際などを行うことを要求する行為」「無言電話、連続した電話・ファックス・電子メールの送信」などが報告されています)
  • 配偶者からの暴力事案等の相談等件数は平成21年以降一貫して増加し、令和元年は82,201件となり、前年比で+1%、過去5年間で30.2%増加している。さらに、配偶者からの暴力事案等に関連する検挙件数については、その大半を占める刑法犯・他の特別法犯による検挙件数が、平成21年以降一貫して増加し、令和元年は9,083件となり、前年比で+0.7%、過去5年間で14.8%増加している(なお、上記のアンケート調査から、DV被害の具体的な経験事例として、「配偶者からの身体に対する暴力」「配偶者からの生命などに対する脅迫などの言動」などが報告されています)
  • 児童虐待の検挙件数は増加傾向にあり、令和元年は1,957件となり、前年比で+8%、過去5年間で2.4倍に増加している。児童虐待の通告児童数は平成21年以降一貫して増加し、令和元年は97,842人となり、前年比で+21.9%、過去5年間で2.6倍に増加している

これらの状況をふまえ、本レポートでは、「様々な社会情勢を背景として、近年の犯罪情勢は、総数に占める割合の大きい罪種・手口を中心に刑法犯認知件数の総数が継続的に減少しているものの、必ずしも当該指標では捉えられない情勢もあり、依然として予断を許さない状況にある」と指摘しています。この点についても、上記アンケート調査において、犯罪被害に遭う不安感を抱いている人の割合は依然として大きいことが示されています。具体的には、例えば、サイバー犯罪の被害に遭う危険性について「不安を感じる」又は「ある程度不安を感じる」と回答した人の割合は74.0%にも上るほか、同様に窃盗(盗難)については67.2%などとなっています。

そのうえで、本レポートでは、今後の取組として、「近年増加傾向にある特殊詐欺やサイバー犯罪のように、被害者と対面することなく犯行に及ぶ匿名性の高い非対面型犯罪については、対策に応じて絶えず犯行手口が変化するものも多く、さらに、科学技術の進展により痕跡が残りにくい形での大量反復的な犯行が可能となり、被害が拡大する危険性も高くなっている」こと、また、「ストーカーやDV、児童虐待のように家族等私的な関係の中で発生することが多い犯罪に対しては、その性質上犯行が潜在化しやすい傾向にあることを踏まえて対策に当たる必要がある」と指摘しています。さらに、「警察としては、このような犯罪傾向や社会情勢も踏まえ、発生した事案に対して的確な捜査を推進することはもとより、被害の発生や犯行手口等に関する情報を関係機関、事業者等と共有し、緊密な連携を図るとともに、犯罪ツール対策等に取り組んでいくほか、被害が潜在している可能性があることも念頭に置きつつ、国民に対する迅速な注意喚起をはじめとする効果的な広報啓発、早期の相談対応等によって、犯罪に至る前段階での被害の防止を図るなど、きめ細かな対策を進めていく必要がある」としています。また、変化を続ける現代社会において今後とも効果的かつ効率的な犯罪対策を講ずるため、絶えず変化する犯罪情勢の分析の高度化に引き続き取り組み、そうした分析に基づいた対策の立案・推進を図っていくことが求められている」と結ばれています。この点については、上記アンケート結果でも、「一人暮らし世帯はそれ以外の世帯に比べて特殊詐欺に係る電話等を受けた際に被害に遭う割合が大きい」ことや、「パソコン、スマートフォン等を使う頻度が高い人ほどサイバー犯罪の被害に遭う割合が大きい」ことなどが導かれており、今後の高齢者の独居率の上昇や、高齢世帯を含めたインターネットの利活用の更なる拡大等を見据えた諸対策の推進が求められるとしています。

(2)特殊詐欺

刑法犯認知件数の総数が減少する一方で、本レポートでは、特殊詐欺については、「高い発信力を有する著名な方々と連携した広報啓発の展開をはじめとする諸対策の推進により、前年比では減少したものの、依然として高い水準にある」と指摘されています(令和元年における特殊詐欺の認知件数は16,836件であり、前年からは5.6%減少したものの、統計をとり始めた平成16年以降最少となった平成22年と比べ、約2.4倍に増加しているなど、引き続き高い水準にあるといえます)。また、平成30年以降、キャッシュカード詐欺盗が増加するなど、その犯行手口の多様化・巧妙化もみられること、さらに、令和元年には、高齢者から電話で資産状況を聞き出した上で犯行に及ぶ手口の強盗被害が発生するなど厳しい状況が続いていることなども指摘されています。さらに、上記のアンケート結果から、「過去1年間に特殊詐欺の被害に遭うおそれのある経験をしたと回答した人の割合は10.5%(1,054人)」にも上っており、「過去1年間に特殊詐欺の被害に遭ったと回答した人の割合も0.5%(45人)」であることは驚くべき数字だと感じます(なお、電話等を受けて、実際にお金を払った人は3.7%、キャッシュカードを渡してしまい現金も引き出された人が1.1%、キャッシュカードを渡してしまったが現金は引き出されなかった人は0.8%も存在することもアンケート結果から判明しています)。

関連して、国民生活センターが、「架空請求詐欺」にかかる最近の動向について報告しています。

◆ 国民生活センター 各種相談の件数や傾向
▼ 架空請求

本報告によれば、利用した覚えのない請求が届いたがどうしたらよいか」という架空請求に関する相談が多く寄せられていること、請求手段は、電子メール、SMS、ハガキ等多様で、支払い方法も口座への振込だけではなく、プリペイドカードによる方法や詐欺業者が消費者に「支払番号」を伝えてコンビニのレジでお金を支払わせる方法等様々であることなどが指摘されており、最近の事例として、以下のようなものが紹介されています。

  • 自宅に総合消費料金に関するハガキが届いた。心当たりはなかったが電話をすると個人情報を聞かれた。今後どう対処すべきか
  • SMSに滞納料金があると連絡があり電話をした。有料サイトの料金を支払うように言われたが身に覚えがない。支払うべきか
  • スマートフォンにコンテンツ料の入金確認が取れないとのSMSが届き、電話した。問われるままに個人情報を伝えてしまい心配だ
  • 自宅に民事訴訟最終通達書と書かれているハガキが届いた。何の請求か分からないが、どうしたらよいか
  • 母に大手通販業者から料金が未納だというSMSが届き、電話をかけたところ電子マネーを購入し番号を教えるよう指示され従った。今後の対処方法を知りたい
(3)サイバー空間における脅威

本レポートでは、「サイバー空間における脅威」にも大きくスポットを当てており、サイバー犯罪の検挙件数が高い水準で推移していること、警察庁が検知したサイバー空間における探索行為等とみられるアクセスの件数が増加傾向にあることなどを指摘しています。また、インターネットバンキングに係る不正送金事犯については、平成28年以降、金融機関のセキュリティ対策の強化等により発生件数・被害額ともに減少傾向が続いていたものの、令和元年9月から急増しており、その被害の多くは金融機関を装ったフィッシングによるものとみられていること、SNSに起因する事犯の被害児童数が増加するなど、サイバー空間を通じて他人と知り合うことなどを契機として犯罪被害に遭う事例もみられることなどを指摘しています。そのうえで、「これらの指標をもって事案の発生状況を正確に把握することは難しいものの、近年、国内外で様々なサイバー攻撃が発生していることも踏まえると、サイバー空間における脅威は深刻な情勢が続いている」と総括しています。さらに、上記アンケート結果から、過去1年間にサイバー犯罪の被害に遭うおそれのある経験をしたと回答した人の割合は28.9%(2,888人)であり、過去1年間にサイバー犯罪の被害に遭ったと回答した人の割合は13.7%(1,373人)であったとしていますので、こちらもかなりの割合で被害が発生していることが実感できる数字となっています。なお、具体的な状況については、以下のとおりです。

  • サイバー犯罪の検挙件数は、平成24年から増加傾向にあり、令和元年は9,542件と、前年比で+6%、過去5年間で17.9%増加している
  • サイバー空間における探索行為等とみられるアクセス件数は、平成25年以降一貫して増加し、令和元年は、1つのセンサーに対する1日当たりの不審なアクセスの件数が4,192.0件となり、前年比で3%増加している
  • サイバー空間における探索行為等とみられるアクセスについては、メールの送受信やウェブサイト閲覧等一般に広く利用されているポート(1023以下のポート)に対するものに比べ、IoT機器等に利用されているポート(1024以上のポート)に対するものの増加が顕著であり、令和元年における1つのセンサーに対する1日当たりの不審なアクセスの件数は、過去5年間で約9倍の2,844.8件となっている
  • インターネットバンキングに係る不正送金事犯の被害額は、平成28年から減少傾向にあったものの、令和元年は前年比で約4倍に増加して約20億3,200万円となり、再び増加に転じている

とりわけ、不正送金被害については、昨年9月から急増し、10月の被害は397件、被害額は5億1,900万円、11月はさらに増えて578件、7億8,700万円となり、月間としての件数、被害額とも過去最悪となりました。また、昨年全体の被害件数は1,813件で、過去最多だった2014年の1,876件に迫る水準となりました。このような被害急増の要因のひとつとして、安全性が高いとされる「ワンタイムパスワード」を使った2要素認証を破る手口が編み出されたことがあげられます。ネットバンキングの安全性を支える防壁の一端が崩された形で、金融機関は不正送金を防ぐため、顔や指紋で本人確認する生体認証の普及や、送金できる額を制限するなどの対策を急いでいます。また、直近では、取引先や知人からの返信を装ったメールを開くと感染する新型コンピューターウイルス「エモテット」が猛威を振るっており、感染した組織が約3,200に上るといいます。感染するとパソコンに保存されていたメールアドレスやID、パスワードが盗み取られ、さらに他人にウイルスを送り付けるもので、昨年後半から世界各地で流行しており、菅官房長官も昨年11月、東京五輪・パラリンピックの関係機関に注意喚起していますが、今年1月には新型コロナウイルスの情報提供を返信メールの形で送り付ける悪質な例も確認されているなど、引き続き注意が必要な状況です。

さて、このような状況をふまえ、総務省がサイバーセキュリティ強化に関する「緊急提言」を公表していますので、あわせて紹介したいと思います。

▼ 総務省 「我が国のサイバーセキュリティ強化に向け速やかに取り組むべき事項[緊急提言]」の公表
▼ 我が国のサイバーセキュリティ強化に向け速やかに取り組むべき事項[緊急提言]

まず、IoT機器の脆弱性について指摘があります。国内の重要インフラの遠隔監視システムなどに使われているIoT機器の一部は、以前からパスワードの設定などで管理の甘さが指摘されており、監視カメラなどの情報がネット上に流出している事例もあります。そのような実態をふまえ、「製造業者におけるIoT機器のセキュリティ・バイ・デザインの考え方を十分に浸透させることが重要である。この点で、強制規格としての技術基準の策定や、民間の任意の認証(Certification)制度の立ち上げが既になされており、今後はこれらの対策がとられた機器の市場への展開の促進が重要となる」としています。他方、これらの対策は実効性を発揮するまでに一定程度の時間を有することから、「まずは既に設置されているIoT機器に関する脆弱性等の有無の調査を実施し、必要な対応を速やかに実施する必要がある」と提言しています。この点については、「総務省では、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下「NICT」)がインターネット上のIoT機器に容易に推測されるパスワードを入力することなどにより、サイバー攻撃に悪用されるおそれのあるものを調査し、インターネットサービスプロバイダ(以下「ISP」)を通じて当該IoT機器の利用者への注意喚起を行うプロジェクト「NOTICE」と、既にマルウェアに感染しているIoT機器をNICTの「NICTER」プロジェクトで得られた情報を基に特定し、ISPを通じて利用者へ注意喚起を行う取組の2つの取組を実施」しており、「2019年(令和元年)末時点で41のISPが参加しているが、より多くのISPの協力を得て取組を拡大する必要がある」こと、注意喚起は各ISPにおいて電子メールや郵送等により実施しているところ、「複数回注意喚起を受けても対応の見られない利用者もいることから、より効果的な注意喚起手法について検討を行う必要がある」ことなどを提案しています。一方で、「IoT機器については、近年、公知、未知のネットワーク探索システムの活動が活発化し、IoT機器の所在やセキュリティの状態が全世界的に把握されつつある」こと、「探索システムの悪用について詳細は不明であるが、探索システムの検索結果等が不要なアクセスを誘発するケースが存在していることが確認されている」と指摘しています。さらに、広域スキャン等によるIoT機器の調査結果によると、国内の重要施設の遠隔監視等を行うシステムに使用されるIoT機器について、利用事業者名や重要な機器の制御等を行うものであることが当該機器の管理画面のトップページに表示されているものが一定数存在することが確認されており、ハニーポットにおける観測結果によれば、このようなシステム・機器は、攻撃者からの積極的な攻撃を受けやすい状態にある」ことも指摘しています。このような背景と課題を踏まえ、脆弱な状態にあるIoT機器を検知し、当該機器の利用者に対策をとってもらうため、具体的には次のような取組が必要である」と提言しています。

  • NOTICEによる注意喚起及びNICTER情報による注意喚起の取組については、注意喚起に協力いただけるISPの増加を図るとともに、各ISPにおいて架電や往訪も含めた有効な注意喚起手法について共有を行い、脆弱な状態にあるIoT機器への対策を進めていくことが必要である
  • また、国内の重要施設に設置されているIoT機器については、利用事業者名や用途がインターネット上から容易に判別できるなどにより攻撃を受けやすい状態に置かれていないかどうか速やかに調査を行い、問題のある機器の所有者・運用者等に対して注意喚起や対策の実施を促していく必要がある

さらに、「2020年東京大会の開催に向け、社会全体としてサイバーセキュリティ対応力を強化することは急務であり、実際のインシデント発生時に対応を行う情報システム担当者等に対する人材育成の取組は特に重要である」としたうえで、この観点から「地方公共団体向け実践的サイバー防御演習(CYDER)」による人材育成を引き続き実施するとともに、依然として半数近くが未受講である地方公共団体の受講促進の取組を早急に実施する必要がある」と提言しています。具体的には、「都道府県ごとにCYDER未受講の地方公共団体を対象とした受講計画を作成した上で、当該地方公共団体を念頭においた集中的な受講機会を2020年度第1四半期に設けることが望ましい」こと、その際には、「地方公共団体に加えて、人材育成に課題を抱える地域の関係者においても可能な限り対象を広げていくことが求められる」こと、「地理的な原因により未受講である地方公共団体について、開催場所変更による対応だけでは限界があることから、オンラインでの受講を可能とする演習実施環境の整備が有効である」ことなどを示しています。

また、「サイバーセキュリティに関する情報共有体制の強化」についても取り上げており、「サイバー攻撃については、原因究明に一定の期間を要する場合もあるが、個人情報などの流出が疑われる時点で、影響を受ける主体との関係なども踏まえつつ、速やかに情報の公表を検討することが望ましい」こと、「類似の被害の拡大を防ぐ観点から、インシデントに関する情報の共有を速やかに行うことが求められる」こと、その上で、「サイバーセキュリティに関する情報共有体制については、2020年東京大会の円滑な実施において極めて重要であり、大会後においても同様である。この点で、官民の情報共有体制については、「サイバーセキュリティ協議会」、「重要インフラの情報セキュリティ対策に係る第4次行動計画」、「サイバーセキュリティ対処調整センター」などの枠組みが既に存在している。NISC等と連携したこれらの枠組みの着実な実施を念頭に置きつつも、我が国の様々な産業のサイバー攻撃への対応力を強化するため、関係機関と協力しつつ、通信業界において先行的に始まったISACの知見やノウハウの展開を通じて他の重要インフラ分野等でのISACの立ち上げを促進するとともに、国際間を含むISAC間の連携を促進する必要がある」などとしています。

さらに、「公衆無線LANのセキュリティ対策」については、「公衆無線LANサービスの利用に当たっては、訪日外国人の利用も念頭に置きつつ、提供者・利用者双方におけるセキュリティ対策を進めていく必要がある」こと、「セキュリティを強化したWPA3-Personal、WPA3-Enterprise、Enhanced Open等の新しい規格が策定されていることを踏まえ、公衆無線LANのセキュリティ対策の状況や利用者が講じるべきセキュリティ対策について、提供者が提供サービスの状況について利用者に適切に伝えるようにするとともに、利用者がそのような情報を適切に判断できるよう、リテラシー強化のための周知啓発を強化することが必要である。例えば、通信経路が暗号化されていない状況でID・パスワードを入力しないといった具体的な利用方法を伝えていくことや、TLS(https)やVPNの利用といった無線LANより上位のレイヤーにおけるセキュリティ対策についても周知啓発を進めていくことが必要である」こと、こうした内容を踏まえ、「年度内を目途にガイドラインを改定し、2020東京大会に向けて多くの利用が見込まれるホテル・観光関係機関や病院、学校の情報化が実施されることから教育機関等には特に周知を実施していくことが必要である」としています。

最後に、「制度的枠組みの改善」として、「サイバーセキュリティ対策や事故報告についての法令への位置づけ、分野ごとの所管省庁や業界団体によるガイドラインや基準の策定を通じてサイバーセキュリティ対策を実効的に進めていく取組について、あらゆる機会を通じて周知し、対応の強化を呼びかけていくことが必要である」こと、「放送分野において、放送設備のサイバーセキュリティ確保に関する省令改正を速やかに実施することが必要である」こと、「地方公共団体分野について、各地方公共団体における「地方公共団体における情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」に基づく情報セキュリティ対策及び緊急時連絡体制の確保等の徹底を図ることが必要である。また、昨今の地方公共団体における重大インシデントを踏まえ、同ガイドラインに反映することも念頭に対応策の検討等を行い、地方公共団体へ通知することが必要である」ことなどを示しています。

さて、直近では、三菱電機、NEC、神戸製鋼所、パスコという日本を代表する防衛関連企業へのサイバー攻撃が明るみに出て、サイバー空間が「安全保障上の重大な脅威」となっていることも注意が必要です。これらの企業においては、一部個人情報の漏洩は確認されたものの、「最重要の防衛機密などはネットワークから遮断した場所に保存している」などとして、機密性の高い情報の漏洩はないと否定しています(ただし、いずれの企業も公表が大きく遅れ、隠ぺいも疑われる状況だったこともあり、額面通りに受け取ってよいものかどうかは微妙ではないかと考えます)。あらためて、「サイバー戦争」とも称される国際環境から日本が取り残されつつある厳しい現実を露呈した形となりました。報道によれば、三菱電機の事案では、中国系ハッカー集団「Tick」に加え、別の中国系ハッカー集団「BlackTech」の関与が社内調査で指摘されているようです。BlackTechは主に台湾や日本の製造業を標的にし、組織内の機密情報を盗み出すのが目的とされる比較的新しいハッカー集団で、情報が少なく実態は不明な点が多いといいます。なお、一連の事案のもつ意味等については、2020年1月20日付時事通信の記事「高まる攻撃リスク 防衛・インフラ企業、対応急務―三菱電機サイバー攻撃」が簡潔にまとまっており、以下、引用して紹介します。

(略)情報流出で電力や交通機関がまひすれば、国全体が大混乱に陥りかねない。東京五輪・パラリンピックを控える日本は攻撃の標的となるリスクが高まっており、防衛やインフラ関連企業は対応の強化が急務となる。三菱電機への攻撃は、ウイルス対策システムの脆弱性を防ぐ更新ソフトが配布される前に侵入し、何段階もの防御網をすり抜けた高度な手口だった。(略)情報セキュリティ大手トレンドマイクロは、最近のサイバー攻撃の傾向として「標的を絞り、時間をかけて調べてセキュリティの穴を突いてくる」と指摘する。世界的に防衛関連の機密情報を標的とした中国系ハッカー集団が暗躍しているとされ、日本企業の間でも「攻撃の脅威に日々さらされており、考え得る各種対策を講じている」(三菱重工業)という。特に大規模なスポーツ大会はハッカーにとって世界中の注目を集める格好の機会。2012年のロンドン五輪では電力供給システムを狙ったサイバー攻撃が行われた。公安調査庁は「(サイバー攻撃が)東京大会の妨害に用いられた場合、大会運営にとどまらず、国民生活に深刻な影響が出る」とみている

このような事態を受けて、防衛省は2020年度からサイバー攻撃による防衛機密の流出防止策を強化するとしています。報道(2020年2月2日付日本経済新聞)によれば、省内や自衛隊のサーバーが攻撃を受けた場合、自動で動作を止めて他のサーバーが情報を復元する技術を試行することや、次世代通信規格「5G」の導入に合わせて通信機器への不正部品の埋め込みを検知する技術の開発、サイバー攻撃の増加を受けて契約企業にも対策を呼びかけるといった内容のようです。さらに、政府も、サイバーセキュリティの向上に向けて、民間企業との情報共有体制を強化する方向です。欧米は企業で情報漏洩が起きた場合、自動的に政府に情報を提供する義務を課しているところ、日本は未導入であり、政府は3月末まで調査チームを海外に派遣したうえで、具体的な強化策の検討に入るということです。現在、新型コロナウイルスが猛威を振るっていますが、ウイルス対策の基本は正確な情報の共有による蔓延の防止にあり、それはサイバー空間でも同じであり、早急な対応を求めたいと思います。

さて、日本銀行が金融機関のサイバーセキュリティ対策の実態についてアンケート調査を実施した結果を公表しています。そのポイントを以下に箇条書きで紹介します。

▼ 日本銀行 サイバーセキュリティの確保に向けた金融機関の取り組みと課題― アンケート(2019年9月)調査結果 ―
▼ 全文
  • 2017年頃と比較して脅威はより高まっていると回答した先がなお7割強に上るなど、脅威認識が前回以降も強まる傾向にあることが窺われた。また、この間の自社へのサイバー攻撃事案の発生状況をみると、業務・経営に何らかの影響のある事案が発生した先(1割強<前回と同程度>)と、業務・経営への影響はなかったものの攻撃を受けた先(約3割)を合わせた約4割の金融機関が、実際にサイバー攻撃を受けたと回答した。詳細をみると、規模の大きな先ほど攻撃を受けた経験があるとの回答割合が高い傾向にあるが、信用金庫などの地域金融機関であっても少なくない先が攻撃を受けていることが確認された
  • 7割強の先では、経営トップの関与のもと、経営方針としてサイバーセキュリティの確保を掲げ、実現に向けた計画を策定していると回答した。さらに、自社のサイバーセキュリティを統括する責任者についてみると、役員(ITを所掌する役員、サイバーセキュリティを専門に担う役員<CISO11など>)との回答が8割強まで増加した。また、サイバーインシデントに対応するための専門組織を常設している先は6割弱と、前回(約2割)対比大幅に増加した
  • セキュリティに関する監視対象では、マルウエア検知・感染や、感染につながり得る不審なファイルが付されたメール受信状況は9割前後、外部記憶媒体の接続や外部サイトの閲覧状況についても6割以上の先が監視している。また、社外との通信状況については7割前後が監視している
  • サイバーセキュリティに係る企画要員の確保状況をみると、十分に確保できていないとする先が6割弱に達しており、前回に引き続き、人材の不足感が強いことが確認された。なお、企画要員を十分に確保できていない先が想定している主な人材確保策としては、業務委託を想定する先が7割弱を占めた
  • 自社の国内外拠点、IT関係の子会社・グループ会社、重要な情報資産・業務を扱う委託先については、自社のセキュリティポリシーを満たしていることを確認している先が大部分を占めた。一方、オープンAPI接続先企業については、1割強の先ではサイバーセキュリティの管理状況を把握しておらず、改善の余地があることが明らかとなった
  • HPについては、通信の監視と攻撃発生時の通信遮断の仕組みを導入している先が8割台半ばで最多となり、バックアップシステムを整備(7割強)、負荷分散サービスを導入(7割弱)がそれに続いた。前回対比、HPに負荷分散サービスを導入する先が大幅に増加するなど(前回:2割弱→今回:7割弱)、対策が進展している。また、IBについては、通信の監視と攻撃発生時の通信遮断の仕組みを導入(9割弱)、負荷分散サービスを導入(8割強)、バックアップシステムを整備(8割弱)の順となった
  • しばしば被害が報じられている「システムの破壊・改ざん(ランサムウェアやHP改ざん等の被害)」、「システムの機能停止(DoS攻撃やランサムウェア等の被害)」、「情報漏えい(マルウエアを通じた情報窃取等の被害)」については、8割以上の先がコンティンジェンシープランを整備している。一方、同プランに基づいた訓練の実施については、システムの破壊・改ざんおよび情報漏えいで4割強、機能停止で5割強にとどまっている
  • パブリッククラウドに関するサイバーセキュリティ管理体制をみると十分には進んでいない。パブリッククラウドはインターネット空間上にあるがゆえに、設定ミス等を狙ったサイバー攻撃の標的となり易いため、経営上重要なシステムを構築する場合や重要な情報資産を扱う場合には追加的な管理体制が必要といえる。アンケート結果をみると、クラウド利用のためのセキュリティ上の規程等を整備している先は3割台半ば、利用しているクラウドの一覧表を作成している先は3割強、クラウドに保持・処理するデータの種類・機密性の一覧表を作成している先は2割強にとどまっている。また、各クラウドベンダーと自社との責任分界点の把握、サイバーリスク評価の実施状況の確認、自社のセキュリティ要件が遵守されていることの定期的な確認についての実施割合も5割に満たなかった。

その他、サイバーセキュリティに関する最近の報道から紹介します。

  • 東京五輪・パラリンピック開催期間中の交通混雑緩和のため、多くの企業でテレワークが検討されるのを受け、警視庁は、テレワーク用端末を介してマルウエア(悪意あるソフトウエア)がまん延するサイバー攻撃を想定し、官民共同訓練を行っています。報道によれば、訓練は、(1)社内システムの脆弱性から社員端末が不正通信用マルウエアに感染し、社内セキュリティで攻撃を阻止、(2)テレワークで感染端末を社外に持ち出したため不正通信が始まり、情報窃取用マルウエアにも感染、(3)端末を社内に戻したことで感染が拡大し、情報窃取の被害が発生した―との想定で行われたということです。
  • 日本や米国など約40カ国がサイバー攻撃に使われる可能性がある軍事目的のソフトウエアを輸出規制の対象とすることで合意したということです。従来の規制は兵器に使われる装置が中心だったところ、軍事や通信インフラへの大規模なサイバー攻撃でも物理兵器並みの重大な被害をもたらすと判断されたものです。有志国が連携して年内にもソフトの国外流出対策に本格的に乗り出すとのことですが、もはや国の安全は陸海空の軍事力だけでは維持できず、いかにサイバー防衛力を整備するかがポイントとなっていることを示すものといえます。
(3)犯罪統計資料

警察庁から最新の「犯罪統計資料(平成31年1月~令和元年12月分)」が公表されていますので、以下に紹介します。

▼ 警察庁 犯罪統計資料(平成31年1月~令和元年12月分)

平成31年1月~令和元年12月の刑法犯の認知件数の総数は748,623件(前年同期817,338件、前年同期比▲8.4%)、検挙件数の総数は294,254件(309,409件、▲4.9%)、検挙率は39.3%(37.9%、+1.4P)となり、この1年も平成30年の犯罪統計の傾向が継続しました。犯罪類型別では、刑法犯全体の7割以上を占める窃盗犯の認知件数は532,596件(582,141件、▲8.5%)、検挙件数は180,921件(190,544件、▲5.1%)、検挙率は34.0%(32.7%、+1.3P)と刑法犯全体をやや上回る減少傾向を示しており、このことが全体の減少傾向を牽引する形となっています(ただし、検挙率がここのところ上昇傾向にあるのはよいことだと思われます)。うち万引きの認知検数は93,815件(99,692件、▲5.9%)、検挙件数は65,819件(71,330件、▲7.7%)、検挙率は70.2%(71.6%、▲1.4P)となっており、認知件数が刑法犯・窃盗犯を上回る減少傾向を示していることや検挙率が他の類型よりは高い(つまり、万引きは「つかまる」ものだということ)ものの、ここ最近、検挙率が低下傾向が続いている点は気になるところです。また、知能犯の認知件数は36,039件(42,594件、▲15.4%)、検挙件数は19,100件(19,691件、▲3.0%)、検挙率は53.0%(46.2%、+6.8P)、うち詐欺の認知件数は32,212件(38,513件、▲16.4%)、検挙件数は15,905件(16,486件、▲3.5%)、検挙率は49.4%(42.8%、+6.6P)ととりわけ検挙率が大きく高まっている点が注目されます。今後も、認知件数の減少と検挙件数の増加の傾向を一層高め、高い検挙率によって詐欺の実行を抑止するような構図になることを期待したいと思います。

また、平成31年1月~令和元年12月の特別法犯については、検挙件数は73,058件(74,031件、▲1.3%)、検挙人員は61,839人(62,894人、▲1.7%)となっており、最近は検挙件数が前年同期比でプラスとマイナスが交互する状況であり、特別法犯の検挙状況は横ばいの状況が続いています。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は6,243件(5,114件、+22.1%)、検挙人員は4,741人(4,024人、+17.8%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,577件(2,577件、±0)、検挙人員は2,145人(2,192人、▲2.1%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は817件(564件、+44.9%)、検挙人員は145人(121人、++19.8%)、不正競争防止法違反の検挙件数は68件(44件、+54.5%)、検挙人員は64人(56人、+14.3%)などとなっており、とくに入管法違反と不正アクセス禁止法違反、不正競争防止法違反の急増ぶりが注目されます(体感的にもこれらの事案が増加していることを実感していますので、一層の注意が必要な状況です)。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は916件(850件、+7.8%)、検挙人員は436人(401人、+8.7%)、大麻取締法違反の検挙件数は5,307件(4,605件、+15.2%)、検挙人員は4,223人(3,488人、+21.1%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は11,649件(13,850件、▲15.9%)、検挙人員は8,286人(9,652人、▲14.2%)などとなっており、大麻事犯の検挙が平成30年の傾向を大きく上回って増加し続けている一方で、覚せい剤事犯の検挙が逆に大きく減少し続けている傾向がみられます(参考までに、平成30年における覚せい剤取締法違反については、検挙件数は13,850件(14,065件、▲1.5%)、検挙件数は9,652人(9,900人、▲2.5%)でした)。

なお、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯の検挙人員総数は482件(523件、▲7.8%)、中国98人(120人、▲18.3%)、ベトナム76人(71人、+7.0%)、ブラジル47人(51人、▲7.8%)、韓国・朝鮮32人(34人、▲5.9%)、フィリピン32人(24人、+33.3%)、スリランカ19人(16人、+18.8%)、アメリカ18人(9人、+100.0%)などとなっており、こちらも平成30年の傾向と大きく変わっていません。

暴力団犯罪(刑法犯)総数については、検挙件数は18,562件(18,681件、▲0.6%)、検挙人員は8,442人(9,825人、▲14.1%)となっており、暴力団員数の減少傾向からみれば、刑法犯の検挙件数の減少幅が小さく(つまり、刑法犯に手を染めている暴力団員の割合が増える傾向にあるとも推測され)、引き続き注視していく必要があると思われます。うち暴行の検挙件数は893件(1,055件、▲15.4%)、検挙人員は868人(993人、▲12.6%)、傷害の検挙件数は1,523件(1,758件、▲13.4%)、検挙人員は1,823人(2,042人、▲10.7%)、脅迫の検挙件数は413件(512件、▲19.3%)、検挙人員は391人(550人、▲28.9%)、恐喝の検挙件数は491件(592件、▲17.1%)、検挙人員は636人(772人、▲17.6%)窃盗の検挙件数は10,677件(10,194件、+4.7%)、検挙人員は1,432人(1,627人、▲12.0%)、詐欺の検挙件数は2,325件(2,270件、+2.4%)、検挙人員は1,448人(1,749人、▲17.2%)などとなっており、暴行や傷害、脅迫、恐喝事犯の減少と窃盗と詐欺の増加の傾向が顕著となっています。この点については、「令和元年上半期における組織犯罪の情勢」において、「近年、暴力団は資金を獲得する手段の一つとして、暴力団の威力を必ずしも必要としない詐欺、特に組織的に行われる特殊詐欺を敢行している実態がうかがえる」と指摘されているとおりです。また、窃盗犯の検挙件数の増加が特徴的なことから、「貧困暴力団」が増えていることを推測させることから、こちらも今後の動向に注視する必要があると思われます。また、暴力団犯罪(特別法犯)総数については、検挙件数は8,109件(9,653件、▲16.0%)、検挙人員は5,824人(7,056人、▲17.5%)となっており、特別法犯全体の減少傾向を大きく上回る減少傾向となっている点が特徴的だといえます。うち暴力団排除条例の検挙件数24件(14件、+71.4%)、検挙人員は46人(53人、▲13.2%)、銃刀法違反の検挙件数は164件(184件、▲10.9%)、検挙人員は137人(140人、▲2.1%)であり、暴力団の関与が大きな薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は183件(168件、+8.9%)、検挙人員は57人(49人、+16.3%)、大麻取締法違反の検挙件数は1,128件(1,151件、▲2.0%)、検挙人員は759人(744人、+2.0%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は5,265件(6,662件、▲21.0%)、検挙人員は3,585人(4,569人、▲21.5%)などとなっており、とりわけ覚せい剤から大麻にシフトしている状況がより鮮明になっている点やコカインやMDMA等と思われる麻薬等取締法違反が検挙件数・検挙人員ともに伸びている点が注目されるところです(なお、平成30年においては、大麻取締法違反については、検挙件数は1,151件(1,086件、+6.0%)、検挙人員は744人(738人、+0.8%)、覚せい剤取締法違反については、検挙件数は6,662件(6,844件、▲2.7%)、検挙人員は4,569人(4,693人、▲2.6%)でした。また、暴力団員の減少傾向に反してコカイン等への関与が増している状況も危惧されるところです)。

2.最近のトピックス

(1)暴排を巡る動向

特定抗争指定暴力団山口組と特定抗争指定暴力団神戸山口組の対立抗争とみられる事件が相次いでいるとして、兵庫、大阪、京都、愛知、岐阜、三重の6府県の公安委員会は1月7日、暴力団対策法に基づく「特定抗争指定暴力団」に両組織を指定しました。効力は3カ月で、抗争終結まで何度でも延長できることになります。6府県の公安委員会は活動を制限する「警戒区域」を定め、傘下事務所や幹部の居宅がある神戸市、兵庫県尼崎市、同県姫路市、同県淡路市、大阪市、大阪府豊中市、京都市、岐阜市、名古屋市、三重県桑名市が対象となっています(なお、警戒区域内には、六代目山口組総本部や主要組織「弘道会」、神戸山口組本部や中核組織「山健組」など計約130の組事務所や拠点があります)。そもそも六代目山口組は、平成30年末時点で傘下組織は43都道府県、神戸山口組は32都道府県に広がる広域指定暴力団であり、拠点を警戒区域外に移す動きもあり、警察当局は今後、警戒区域の追加指定も検討するとみられています。特定抗争指定暴力団への指定により取り締まりが強化されることで、減少の一途をたどる暴力団組員の数がさらに減る可能性がある一方で、規制の網にかからない「半グレ」が勢力を伸ばす恐れもあり、警察当局は動向を注視しています。「半グレ」については、本コラムでも取り上げてきているとおり、警察当局は刑法や特別法を駆使して取り締まりを強化しているものの、離合集散を繰り返す組織実態を十分につかめていないのが現状で、一部の半グレから暴力団への金の流れも判明しており、警察当局も、背後には確実に暴力団がいると分析しています。今回の特定抗争指定暴力団への指定により、組員の繁華街での活動が難しくなり、繁華街などでの組員の外出の封じ込めが期待できる一方、半グレの動きが活発化することも予想され、警察当局はさらに警戒を強めています(その意味では、キタやミナミなどの繁華街を抱える大阪市には両組織の組事務所が複数あり、重要なシノギの拠点であるところ、警戒区域に指定されたため、シノギにも大きな影響が出ることが予想され、その点からも暴力団の弱体化につながることが期待されています)。

さて、特定抗争指定暴力団への指定は前回2012年の時は、九州誠道会と道仁会が対象となりましたが、両組織は指定を機に抗争を鎮静化させ、九州誠道会が解散することで指定も解除されました。したがって、実は指定期間における組員の逮捕者は出ておらず、どのような行為や活動で逮捕されるのかという点では、前例がない制度となっています。たとえば、「5人集まったら即逮捕」と言われているものの、5人という明確な逮捕基準はないのが実情です。とはいえ、当局も状況に鑑みて厳しい姿勢で臨むのは間違いなく(実際に5人未満でも同行を求めた事例もあるようです)、「警戒区域」のあり方、見直しを適宜行いながら、実効性をもって運用されることを期待したいと思います。なお、週刊誌情報ではありますが、警察は、六代目山口組の4,400人と、神戸山口組の1,700人のほぼ全員の顔写真の画像データをすでに入手済みだということです。警察は、組事務所や拠点周辺に捜査員や機動隊員を配置するなどして監視を強化していますが、顔写真だけですぐに、どの傘下組織のどういう役職のどの人物と特定できる体制になっており、実際の防犯カメラの画像を分析し、顔写真と照合して、たとえば「5人以上集まっている」として即座に逮捕することなども可能だといいます(さらに未設置の主要拠点には防犯カメラを増設していくようです)。

ところが、そのような厳戒監視体制が敷かれる中、2月2日午後1時30分頃、「警戒区域」内の三重県桑名市長島町福吉にある六代目山口組ナンバー2の高山清司若頭宅で、男が正面出入り口に向けて拳銃数発を発射するという事件が発生しました。男は警戒中の警察官に取り押さえられ、銃刀法違反(所持)容疑で現行犯逮捕されました。男は70代の六代目山口組系の元暴力団員とみられ、「高山幹部に恨みがあった」という趣旨の供述をしているようです。警察としても「警察区域」内で警戒を強化していた状況下で犯行を許したことになり、今後、さらに厳格な対応をしていくことが予想されます。

さて、六代目山口組と神戸山口組の特定抗争指定暴力団への指定を巡る騒動の影で、「もう一つの山口組」である任侠山口組が、組名称から山口組を外し「絆會(きずなかい)」に変更しました。「3つの山口組」の勢力関係の変化が名称変更の背景にあるとみられます。実際に同団体が公表した「御通知」と題する文書では、「この度、任侠山口組と致しましては、昨今、世間様をお騒がせしております抗争事件の情勢を鑑みまして、これ以上、一般市民皆さまへの巻き添え等、日常生活への不安を煽る訳にはいかず、少しでも解消すべく、新たなる道を歩む決断を致しました」「この数年間、世間様には、山口組三つ巴による分裂抗争等とお騒がせするという、不本意な現状に甘んじて参りましたが、我ら任侠山口組と致しましては、結成当初より、真の任侠道を取り戻すべく、脱反社を最終目標に掲げ、その為にも先ずは山口組の再統合と大改革を目指して参りました」「しかしながら、この数ヵ月間の情勢を鑑み、現状では極めて困難であると判断致し、親分はじめ組員一同協議の結果、代紋及び組織名を[絆會]と改め、新たなる出発をする事と致しました」といったことが記されています。確かに、(ほとんど死に体に近い神戸山口組はともかく)現在の六代目山口組の高山路線は、旧来の六代目山口組一強路線を再現・強化すべくひた走っており、社会情勢への変化への対応(今後の暴力団のあり方を模索するといった方向)とは一線を画しているほか、そもそも「脱反社」を掲げて独立した任侠山口組からすれば、その理念が叶わない(路線が明らかに相容れない)ことが明らかとなった以上、「山口組」の看板を外すことも合理的な帰結だったとも考えられます(なお、山口組の名称を外した背景には「高山の圧力」があったとする説もあります)。

続いて、特定危険指定暴力団工藤会を巡る動向を確認します。

まず、工藤会の本部事務所撤去について、大きな進展がありました。北九州市を中心に山口県下関市などでも活動し生活困窮者の自立支援や路上生活者の支援を進めているNPO法人「抱樸」が、その跡地を購入することで基本合意したと発表しています。工藤会本部事務所の撤去は「北九州方式」と呼ばれるスキームで、昨年(2019年)11月、工藤会側が公益財団法人福岡県暴力追放運動推進センターに1億円で売却するとの契約を両者で締結、工藤会側は2020年2月末までに更地にしてセンターに引き渡し、センターは1億円で福岡県内の企業に転売する予定となっています。そして、この企業幹部と「抱樸」関係者が面会し、「抱樸」が購入することで合意したということです。報道によれば、今年(2020年)中に土地を買い、その後建物を建設し、生活困窮者の支援などのための福祉拠点として2022年にも運営を始めるということです。「暴力団の街」という印象を持たれていることを懸念する北九州市はイメージアップにつながると歓迎し、「暴対運動の成果としてふさわしい。市としても応援していく」とのコメントを出しています。なお、「抱樸」は、買収の資金調達のための寄付を募るといいます。さらに、新たな拠点では子供食堂の運営、高齢者の居場所づくりにも取り組むとし、市民の意見を募って施設の機能などを決めたい考えで、今年4月に設ける検討会議(議長=稲月正・北九州市立大教授)には村木厚子元厚生労働事務次官も顧問として参加予定で、2020年度中に運営主体となる社会福祉法人を立ち上げるということです。

また、4つの一般人襲撃事件で殺人罪などに問われた工藤会トップの総裁野村悟(73)とナンバー2の会長田上不美夫(63)の両被告の公判が福岡地裁で続いており、組織的な関与を示唆するような証言が出てきています。さらに、暴力団組員の立ち入りを禁じる標章を掲げた飲食店経営者の襲撃や看護師刺傷など4事件に関与したとして、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)などの罪に問われた工藤会系組幹部に対し、福岡地裁は、懲役26年(求刑・懲役30年)を言い渡しています。報道によれば、2013年1月に福岡市博多区で起きた看護師刺傷事件について、判決は野村悟被告の指揮命令を認定、被告は看護師を尾行し帰宅経路や自宅を突き止めるなどしたとし、「犯行遂行の重要な役割を担った」と指摘、「標章制度など暴力団追放運動に対抗し、(被告が所属する)田中組の威力を誇示する意図から敢行されたと推察される」と非難しています。さらに、一般人襲撃事件とは別に進んでいる野村悟被告の脱税事件については、福岡高裁が控訴を棄却しています。1審判決によると、野村被告は、「金庫番」とされる工藤会幹部の山中被告と共謀し、2010~14年に建設業者などから集めた上納金から得た約8億1,000万円の個人所得を、他人名義の口座で管理して隠し、所得税約3億2,000万円の支払いを免れたと認定しました。また、1審で懲役2年6月(同・懲役3年6月)の実刑となった山中被告の控訴も棄却しています。被告側は控訴審で、「所得は工藤会の運営費に充てており、野村被告個人に帰属しない」と無罪を主張していましたが、建設業者から集めた上納金について、山中被告が工藤会の運営費を除いて野村被告ら最高幹部に一定の比率で分配するなど「明確な目的や法則をもって継続的に管理していた」と指摘したほか、現金を振り分けている姿を見たとする同会関係者の証言も信用できるとし、上納金の一部については「実質的に野村被告に帰属すると認められる」と課税対象となる野村被告の「個人所得」と認定しています。資金の把握が難しい暴力団マネーに再びメスが入った形で、福岡県警などが目指す工藤会壊滅への追い風になる判決だと評価したいと思います。

福岡県警は、2019年末の県内の暴力団勢力が構成員970人、準構成員720人の計1,690人で、6年連続過去最少を更新したと発表しています。統計を取り始めた1992年以降、構成員が1,000人を切るのは初めてとなります。福岡県警は、工藤会の壊滅作戦や暴力団排除機運の高まりが要因とみて「引き続き対策を推進する」としています。報道によれば、暴力団構成員等は、ピーク時の2007年末(3,750人)の半数以下になっています。また、福岡県警が支援して暴力団から離脱したのは104人(同▲3人)で、理由は「将来のため」35%、「家族のため」34%と続いているといいます。さらに、離脱者の就職に協力する協賛企業は356社と前年から42社増え、就職した離脱者は17人(同▲2人)となりましたが、協賛企業の多くは建設業と運輸業に集中しており、多様な就労先の確保が課題となるなど、離脱者支援についてはまだまだ力強さが不足している感があります。

▼ 福岡県警 福岡県内の暴力団分布図(令和元年12月末現在)
▼ 福岡県警察 福岡県の暴力団員数について(令和元年12月末現在)

5つの指定暴力団の本部事務所がある福岡県内の情勢については、組織数が約140組織(前年同期比▲10組織)、暴力団構成員が970人(前年比▲130人、▲11.8%)、準構成員等は720人(▲70人、▲8.9%)、合計1,690人(▲200人、▲10.6%)と12年連続で減少する結果となりました。平成30年末の状況と比べると、暴力団構成員総数は前年比▲7.4%(さらに、平成29年末では前年比▲6.7%、平成28年末では前年比▲5.1%)でしたので、減少割合が年々拡大していることが分かります。さらに、暴力団構成員の減少割合については▲10.6%、準構成員等は▲1.3%でしたので、とりわけ暴力団準構成員の減少幅の方がより大きかったことが分かります。なお、全国的には準構成員等の方が多くなっている中、福岡県内については、構成員がいまだに圧倒的に多いという特徴が引き続きみられます。また、組織別でいえば、工藤会については、暴力団構成員260人(県外を含め280、▲50人)、準構成員等250人(同300人、▲20人)、計510人(同580人、▲70人、▲10.8%)と福岡県全体より減少幅が大きくなった点が注目されます(平成30年末では、福岡県全体より小さかったのですが、今回、工藤会の減少が目立ちます)。頂上作戦により同会トップ以下幹部が逮捕され組織の統制が効かず離脱者も増加していると考えられています(確かにピーク時の1,210人からみれば半数以下となりました)が、いまだ福岡県では最大勢力であり、注意が必要な状況であることに変わりはないとえます。その他の組織では、指定暴力団道仁会の暴力団員数は800人(▲40人)、指定暴力団太州会は140人(±0人)、指定暴力団三代目福博会は200人(▲20人)、指定暴力団浪川会は300人(▲40人)などとなったほか、六代目山口組が240人(▲50人)、神戸山口組が70人(▲10人)などとなっており、いずれも減少してはいるものの、(全国的な傾向と比較しても)ある程度組織を維持している状況がうかがえます。

その他の暴力団を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 東京都台東区西浅草にある指定暴力団松葉会本部事務所で「火が出ている」と110番があり、警視庁組織犯罪対策4課は火炎瓶のようなものが投げ込まれたとみて捜査を始めています。これに先立ち、東京都足立区にある六代目山口組傘下の事務所にトラックが突っ込み、運転していた松葉会系組員が逮捕される事件があったことから、六代目山口組側が報復に及んだ可能性も指摘されています。この事務所をめぐっては、静岡県内の六代目山口組2次団体が本部を移転する動きがあり、周辺を縄張りと主張する松葉会系組織が反発していたことが背景にあります。
  • 2019年9月、静岡市駿河区にある指定暴力団稲川会森田一家の組事務所に銃弾2発が撃ち込まれた事件で、警察は山梨県に住む男を逮捕しています。銃刀法違反と建造物損壊の疑いで逮捕されたのは山梨県甲府市に住む自称ガソリンスタンド店員の男で、山梨県内に拠点を置く稲川会系の暴力団関係者とみられています。警察は背景に稲川会系の暴力団同士の内部抗争があったとみて調べています。
  • 福岡県警は、福岡市博多区のマンションにあった道仁会系の組事務所が撤去されたと発表しています。この部屋は20数年前から組事務所として使われていたということですが、2019年のはじめごろ、住民の1人から暴力団員についての苦情が警察に入ったことから、警察が住民の集会に参加し意見集約などに助言したほか、暴力団に対しても撤去を働きかけたといいます。これを受けて事務所の責任者は部屋の売却を決め、警察が2019年12月末に事務所の撤去を確認したものです。報道によれば、福岡県警は事例を積み上げることで、県民と行政が一体となって暴力団排除の機運を高めたいとしています。
  • 福岡県警飯塚署は、同県飯塚市内のマンションに入っていた太州会の事務所が昨年12月に撤去されたと発表しています。マンション管理組合側が昨年10月、太州会の関連法人などを相手に賃貸契約の解除や引き渡しなどを求めて福岡地裁飯塚支部に提訴し、12月9日付で調停が成立していたもので、前述の道仁会の事務所撤去への支援同様、福岡県警が提訴に向けた管理組合の総会に同席したほか、住民説明会にアドバイザーとして出席するなど住民側を支援していたものです。
  • 大阪府警は、特殊詐欺グループのリーダーとして、詐欺容疑などで六代目山口組系組員を逮捕しています。また、府警はこれまでに、このグループのメンバーで神戸山口組系組員を同容疑で逮捕しています。つまり、両組織間では抗争事件が相次いでいるものの、下部組員が上納金の支払いのため、資金獲得活動(シノギ)で協力せざるを得ない状況に置かれているとみられています。本件に関与した六代目山口組系組員は埼玉、千葉両県で計約1,400万円の被害が発生した特殊詐欺グループのリーダーで、神戸山口組系組員が率いる詐欺電話の「かけ子」グループの拠点となるマンスリーマンションなどを提供していたとみられています。この構図は正に「貧困暴力団」の行く末として危惧していたものです。それはつまり、指定暴力団の指定の要件の一つである「組織性(ピラミッド型の統制)」に問題が生じつつあることを示しており、暴力団の定義を再検討する必要性すら感じさせるものでもあります(なお、この「組織性」をもっと緩めれば、「半グレ」のアメーバ状の緩い組織のあり方に近づくことになります)。
  • 暴力団の特殊詐欺への関与事例に関する報道も目立ちます。たとえば、高齢者などからおよそ6,000万円をだまし取っていたとみられる指定暴力団住吉会系の特殊詐欺グループのメンバー7人が警視庁に逮捕されています。高齢女性に警察官を装ってうその電話をかけ、キャッシュカードと通帳をだまし取って現金を引き出すといった手口です。この7人のグループは住吉会系組員らで構成されているものの、住吉会系の異なる組織に所属する暴力団員だということです。また、工藤会系の特殊詐欺グループも摘発されています。あるいは、高収入を得られるノウハウとうたって「情報商材」をネット上で販売する男性からマレーシアで1,000万円を脅し取ったとして、警視庁が、神戸山口組系組幹部ら男3人を恐喝容疑で逮捕した事例もありました。報道によれば、警視庁は、海外での犯罪について自国民を処罰する刑法の国外犯規定を適用、現場の男性宅に設置された防犯カメラの映像などから3人が関与したと判断したということです。
  • 神戸山口組系組事務所で、シャッターに貼られていた、特定抗争指定暴力団に指定されていることなどを示す標章1枚を破ったとして、大阪府警捜査4課が、暴力団対策法違反容疑で、朝鮮籍の建設作業員を逮捕しています(ただし、容疑者自身は、組関係者ではないとみられています)。六代目山口組、神戸山口組が1月7日に特定抗争指定暴力団に指定されてから、同法による摘発は初めてとなります。

最後に、半グレの動向に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 「半グレ」の取り締まりを強化するため、大阪府警が今春、暴力団捜査を担当する捜査4課に、半グレ対策の専従班を設置することが分かったということです。報道によれば、捜査4課は暴力団と半グレ捜査を並行して担ってきましたが、担当班を明確に分けることで業務の効率化を図る狙いがあるといいます。2019年に大阪府警が摘発した半グレメンバーは約310人で2018年の5倍となっており、府内の有力な半グレ「拳月グループ」や「アビス」のリーダーを相次いで逮捕しています。半グレの摘発では大阪府警が数多くの実績を有していますが、専従班の設置により、半グレの摘発手法の高度化・洗練化を進め、全国の半グレ捜査の底上げに寄与してもらいたいと思います。
  • クラブにいた男性に暴力をふるい、意識不明の重体にさせたとして、京都府警は、傷害と暴力行為等処罰法違反の疑いで、半グレグループのリーダーら男女8人を逮捕しています。報道によれば、クラブで女性客に声をかけたところ、女性の知人男性らに制止されて激高し、「どこの事務所に面倒見てもらってんのか」などと脅迫、店前の路上で男性の頭や顔を殴るなどし、急性硬膜下血腫や脳挫傷などのけがをさせ、一時意識不明の重体にさせたといいます。容疑者は大阪の半グレグループ「モロッコ」に所属しており、8人は遊び仲間とみられるということです。
  • 大阪・ミナミのガールズバー2店舗で18歳未満の少女を働かせたとして、大阪府警少年課などは、風営法違反(年少者雇用)容疑などで、住居不定で風俗店経営の容疑者を逮捕しています。報道によれば、容疑者は半グレ「拳月グループ」の傘下グループのリーダー格とみられています。なお、容疑者は「以前は経営していたが、逮捕容疑の時期は経営していない」と否認しており、半グレについては「知らない」と供述しているということです。
  • 対立組織の女性を脅したなどとして大阪府警捜査4課は、強要容疑で半グレ「拳月グループ」のリーダーと同グループの幹部を逮捕しています。府警は昨年、同グループの幹部ら男4人を逮捕しています。府警は今回逮捕した2人が被告らに指示したとみています。報道によれば、容疑者らは仲間と共謀して大阪市中央区の路上で10代少女を十数人で取り囲み、胸ぐらをつかんで「早く電話しろ」「山に連れて行って埋めるぞ」と脅迫し、対立する半グレのメンバーに電話させた疑いがもたれています。
(2)AML/CFTを巡る動向

個人情報保護委員会の「個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直し 制度改正大綱」がパブリックコメントに付されています。本大綱では、個人データに関する個人の権利の在り方、事業者の守るべき責務の在り方などについて、個人情報保護制度の改正の方向性が示されています。

▼ 個人情報保護委員会 個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直し 制度改正大綱

このうち、大綱では、「事業者の負担も考慮しつつ保有個人データに関する本人の関与を強化する観点から、個人の権利利益の侵害がある場合を念頭に、保有個人データの利用停止・消去の請求、第三者提供の停止の請求に係る要件を緩和し、個人の権利の範囲を広げることとする。ただし、事業者の負担軽減等の観点から、利用停止・消去又は第三者提供の停止を行うことが困難な場合であって、本人の権利利益を保護するため必要なこれに代わる措置を取る場合は、請求に応じないことを例外的に許容することとする」との記載があります。したがって、改正法の施行後は、利用者から個人データの利用の停止・消去・第三者への提供の停止についての請求があった場合には原則としてこれに応じなければならない(請求に応じないことは例外措置)こととなるものと考えられます。つまり、利用を停止する権利や第三者提供を停止する権利の導入によって、事業者は、個人の求めに応じてデータの利用等を取りやめる必要が出てきます。自分のデータがどのように利用されているのかを知りたいという個人のニーズが喚起される可能性もあり、事業者は、保有個人データの開示や停止に向けて、どのようなデータを何のために保有しているのかを再度整理する必要に迫られる可能性があります。そのうえで、このような改正により利用停止権が過度に適用されることになれば、個人情報の利用を前提とする業務も多いAML/CFTの実務において、業務上大きな支障が生じる可能性があることを指摘しておきたいと思います。つまり、AML/CFTなどで用いる個人情報も利用停止が可能になれば、確認業務が徹底できなくなるおそれが否定できないということであり、法制化に向けてはそのような観点からも慎重な対応をすべきと考えます(与信審査で使う個人信用情報も同様の懸念を抱えることになります)。

次に、銀行以外の特定事業者における最近のAML/CFTを巡る動向について、いくつか紹介します。

たとえば、資金移動業者について、金融庁が、金融機関以外にも100万円を超える送金を解禁することになりました。現在開会中の通常国会に資金決済法改正案を提出し、フィンテック企業などの参入を想定し、送金を行う資金移動業に新たな類型を創設するというものです。高額送金はマネー・ローンダリングに利用されるリスクが高まるため、AML/CFT態勢はもちろんのこと、システム障害などに備えるリスク管理態勢やセキュリティ対策など、現行の資金移動業者より厳格な対応が求められることになります。報道(2020年1月17日付ニッキン)によれば、日本資金決済業協会の調査で、海外送金利用者のうち100万円超の送金を希望する割合は6割を超えると報じられています。現状、金融機関の送金手数料が高いことが背景にありますが、銀行界からも厳格な対策を義務付けるよう要望がなされています。このような動きは、フィンテックの浸透によって、国際送金分野で銀行の寡占状態が崩れようとしている現状をさらに推し進めることになりそうです。報道によれば、スマホやブロックチェーン(分散台帳技術)を使った高速で手数料が安い送金が伸びをけん引し、市場規模は7,000億ドル(約76兆円)を突破、スマホやネットを使う送金は近く銀行などの店舗を経由する送金を追い抜く可能性が出てきています。とりわけ、外国で働く労働者や移民が増え、母国に送金するニーズが高まっていることが背景にあるといいます。それに対し、直近ではみずほ銀行が、個人の店頭での海外送金手数料を4月1日から3,000円引き上げると発表しています。みずほ銀の海外支店向けは現状の5,000円(非課税)から8,000円、他行宛ては5,500円から8,500円となるほか、国内向けの自行、他行宛ての外貨建て送金も同様に引き上げるといいます。AML/CFTで店頭での本人確認などのコストが上昇していることに対応するためということですが、高額な手数料をさらに値上げすることで、さらに資金移動業者の利用を加速する流れを作っているともいえます。

また、貸金業界でもAML/CFTの取組みが本格化しつつあります。貸金業者の場合、強盗や詐欺で得た収益をローンの返済に充てるなどすることで、マネー・ローンダリングに利用されるほか、自動契約受付機や現金自動設備、ネット取引を利用して借入と返済を繰り返すことで、追跡を困難にすることができることになります。前回の本コラム(暴排トピックス2020年1月号)で紹介した「令和元年犯罪収益移転危険度調査書」によれば、貸金業者について、「取組の程度は、事業者ごとに格差が見受けられており、リスクに応じた実効的な低減措置が行われていない事業者はマネー・ローンダリング等に悪用される危険度が高まり、ひいては、業態全体の危険度にも影響を及ぼすことにもなり得る。さらに、疑わしい取引の届出の状況や事例等を踏まえると、取引時の状況や顧客の属性等に関して、「架空名義又は借名で締結したとの疑いが生じた貸付契約」は、危険度がより一層高まるものと認められる」と指摘されています。また、平成28年から30年までの間の貸金業者等による疑わしい取引の届出件数は25,171件、平成30年は12,396件で平成26年から3.7倍に急激に増加するなど、事業者の取組が本格化していることを示すものといえます。なお、金融庁は、インターネットを利用した取引における特有の不自然さや、テロ資金供与等に着目した参考事例を追加するなどして、「疑わしい取引の参考事例」を改訂し、平成31年4月に公表しています。参考までに、平成28年から30年における「疑わしい取引の参考事例」に例示された類型のうち届出件数が多かったものは、「架空名義口座又は借名口座であるとの疑いが生じた口座を使用した入出金」12,815件(50.9%)、「暴力団員、暴力団関係者等に係る取引」7,190件(28.6%)などとなっています。

また、金融庁は、スマホ決済大手「LINEペイ」に立ち入り検査に入る方針を固めたとの報道がありました。スマホを使ったキャッシュレス決済が拡大する中、顧客保護体制などを点検、システム障害のリスクやマネー・ローンダリング対策も重点的に調べることになります。ヤフーとソフトバンクが出資する「ペイペイ」など他の大手スマホ決済にも年内に順次立ち入り検査を行い、業界全体の監視を強化する方向だということです。

関連して、ずさんな取引時確認・本人確認等を行っていたとして、犯罪収益移転防止法違反に係る是正命令と携帯電話不正利用防止法違反に係る是正命令が出された事案が発生していますので、以下に紹介します。

▼ 総務省 株式会社マルユに対する犯罪収益移転防止法違反に係る是正命令

総務省は、収益の移転防止法に違反した電話転送サービス業を営む株式会社マルユに対し、同法第18条の規定に基づき、取引時確認義務、確認記録の作成義務及び保存義務に係る違反行為を是正するために必要な措置をとるべきことを命じています。同法では特定事業者に対し、一定の取引について顧客等の取引時確認等を行うとともに、その記録を作成する等の義務を課しており、電話転送サービス事業者は、同法の特定事業者として規定されています。具体的な違反内容は、「平成25年4月1日以降に締結した電話転送サービス提供に係る契約について、同法第4条第1項に基づく取引時確認義務違反が認められる」こと、「平成25年4月1日以降に締結した電話転送サービス提供に係る契約について、同法第6条第1項に基づく確認記録の作成義務違反及び法第6条第2項に基づく確認記録の保存義務違反が認められる」というもので、「上述の違反行為を是正するため、マルユに対し、同法第18条の規定に基づき、関係法令に対する理解・遵守の徹底、再発防止策の策定等必要な措置をとるべきことを命じた」ものです。

▼ 総務省 イリオスネット株式会社による携帯電話不正利用防止法違反に係る是正命令等

総務省は、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律に違反したイリオスネット株式会社に対し、同法第15条第2項の規定により、違反の是正を命じています。また、イリオスネット株式会社に対する監督義務を負う株式会社NTTドコモ、イリオスネット株式会社に契約締結等の業務を再委託していた兼松コミュニケーションズ株式会社に対し、媒介業者等に対する監督を徹底するよう指導しています。具体的な事案の概要及び措置の内容としては、同法が、携帯電話の新規契約等の際に、契約者等の本人確認を行うことを義務付けているところ、同社は、平成29年10月から同年11月までの間の計4回線の契約の締結に際し、契約者の本人確認を同法に規定する方法で行わず、同法第6条第3項において読み替えて準用する同法第3条第1項の規定(携帯音声通信事業者は、携帯音声通信役務の提供を受けようとする者との間で、役務提供契約を締結するに際しては、運転免許証の提示を受ける方法その他の総務省令で定める方法により、当該役務提供契約を締結しようとする相手方について、次の各号に掲げる相手方の区分に応じそれぞれ当該各号に定める事項(以下「本人特定事項」という)の確認(以下「本人確認」)を行わなければならない、との規定)に違反したものと認められることから、このため、総務省が、同法第15条第2項の規定に基づき、同社に対して違反の是正を命じたものとなります。さらに、総務省は、株式会社NTTドコモ及び兼松コミュニケーションズ株式会社に対して、同社らの代理店において法令違反が発生したことに鑑み、媒介業者等に対する監督を徹底するよう指導したものです。

(3)特殊詐欺を巡る動向

新型コロナウイルスによる肺炎の広がりに便乗し、「マスクを無料送付する」といった詐欺メールや、実在する保健所を装ったサイバー攻撃が増えています(さらには、今後、実害をもたらすような詐欺事案に発展する可能性も高まっているといえます)。これまでも震災など多くの人々が関心を寄せる話題はサイバー犯罪に悪用されてきた経緯があり、注意が必要な状況です。信頼できる送信元に見える場合でも、公式サイトなどで情報を確認することが対処方法として適切だといえます。

また、国民生活センターが、最近の相談の傾向等について紹介する中で、架空請求に関するものもありました。

▼ 国民生活センター 各種相談の件数や傾向
▼ 架空請求

それによると、「利用した覚えのない請求が届いたがどうしたらよいか」という架空請求に関する相談が国民生活センターに多く寄せられているといい、請求手段は、電子メール、SMS、ハガキ等多様で、支払い方法も口座への振込だけではなく、プリペイドカードによる方法や詐欺業者が消費者に「支払番号」を伝えてコンビニのレジでお金を支払わせる方法等様々だということです。そのような中、最近の事例としては、「自宅に総合消費料金に関するハガキが届いた。心当たりはなかったが電話をすると個人情報を聞かれた。今後どう対処すべきか」、「SMSに滞納料金があると連絡があり電話をした。有料サイトの料金を支払うように言われたが身に覚えがない。支払うべきか」、「スマートフォンにコンテンツ料の入金確認が取れないとのSMSが届き、電話した。問われるままに個人情報を伝えてしまい心配だ」、「自宅に民事訴訟最終通達書と書かれているハガキが届いた。何の請求か分からないが、どうしたらよいか」、「母に大手通販業者から料金が未納だというSMSが届き、電話をかけたところ電子マネーを購入し番号を教えるよう指示され従った。今後の対処方法を知りたい」といったものが紹介されています。

2020年2月4日付毎日新聞によれば、振り込め詐欺などの特殊詐欺について、神奈川県警は、2019年の被害総額(暫定値)は約50億7,200万円で、前年よりも約10億4,400万円減少したものの、認知件数が2,790件に上り、前年に続き過去最悪を更新したと発表しています。とりわけ、被害全体の約3割を占めたのが、警察官などを名乗る男らがキャッシュカードを封筒に入れさせ、隙を見て別の封筒とすり替えるという手口だといいます。本コラムでたびたび紹介しているとおり、詐欺グループはあの手この手でターゲットをだまそうと、常に新しい手口を考えているものですが、近年は、犯人に誘導されて現金を引き出そうとする高齢者に、銀行員らが声を掛けて被害を防ぐ「水際作戦」が効果を出しつつあったことをふまえ、カードごと奪う「すり替え」では、犯人側が自ら現金自動受払機(ATM)で現金を引き出すため、「水際作戦」の効果を減じさせることにつながります。この新たな手口への対策としては、「公的機関や銀行が暗証番号を聞いたり、キャッシュカードを預かったりすることは絶対にない」ということを徹底的に浸透させることが最も重要となります。また、報道によれば、神奈川県警が被害を元から絶つために「通話録音機能」がついた電話機の普及に力を入れているといいます。呼び出し音が鳴る前に「この通話は録音される」というメッセージが流れるもので、犯人側は証拠が残ることなどを恐れ、電話を切る可能性が高く、県警が2018年3月以降、従来の電話機に接続して通話を録音できる機器計1,380台を家庭に無償で貸与したところ、貸与を受けた家庭での特殊詐欺被害はこれまでに確認されていないということ、その効果が証明されており、今後さらに普及することを期待したいと思います。ただし、特殊詐欺被害者には「自分はだまされるはずがない」との思い込みによって「確証バイアス」(思い込み等によって、都合のよい情報だけ集め、都合の悪い情報は遮断するような傾向)がかかっていることが多いことは、本コラムでもたびたび紹介してきましたが、急に身に覚えのない請求や身内の窮地といった情報が入り、「焦りを覚えると、平素なら普通にできていることができなくなる」という点も知っておくべきことだと思います。それによって、「犯行の手口を知っていても考えが及ばなくなり、犯人がいう方法以外の対処策を見つけられない状況」に追い込まれ、「確証バイアス」によって、さらに拍車がかかるというネガティブ・スパイラルに嵌ることになります。このようなネガティブ・スパイラルを断つ方法として最近注目されているのが、前述の「通話録音機能付電話」に加え、「留守電に録音し、スピーカーで聞くこと」だといいます。渦中に直接耳に情報を届けるのではなく、自分のペースでスピーカーを通して録音を聞くことで冷静な判断が可能になるといいます。やはり、「防犯対策を多重化することでリスクを下げられる。人はだまされるものだと自覚し、過信に陥らないようにすることが出発点だ」といえると思います。

少し変わった事例として、架空請求詐欺に遭い損害を被ったとして、イタリアの人気ファッションブランド「ドルチェ&ガッバーナ」の日本法人が元社長を相手取って損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は、約3億700万円を法人に支払うよう元社長に命じる判決を言い渡しています。報道によれば、元社長は代表取締役だった2017年11月、イタリア本社の経理部長を装った英語の電子メールを受信、株の売買に絡んで280万ドルが必要になったとする内容で、読んだ後にメールを消去するよう指示されたといいます。元社長の部下は経理部長本人に直接問い合わせ、「メールを送信した事実はない」との回答を得て、元社長に報告したところ、元社長は「メールの記録を残したくないために部長はうそを言っている」と考え、日本法人の口座から、指定された中国の銀行口座に280万ドルを送金させたというものです。送金後、元社長が経理部長に電話して詐欺だと発覚しました。東京地裁は、元社長が送金前に経理部長に直接確認するなどの情報収集を怠ったと指摘、「部下が勝手に送金した」とする元社長の主張も「客観的な証拠と整合しない」として退けています。本件は、米などで猛威を振るっている「ビジネスメール詐欺」ですが、東京地裁が指摘しているとおり、きちんと内部統制システム上定められたルールに則って、例外や予断なく適切な業務遂行を行っていれば防げた事案かと思われます。

また、特殊詐欺とは様相が異なりますが、消費者を騙すという点では、「ジャパンライフ」(健康器具)や「ケフィア事業振興会」(加工食品)など総額1兆円を超える消費者被害を引き起こしている「預託商法」について、消費者庁は今月から、事業者への行政処分を迅速にできる制度や罰則の強化などを柱にした預託法などの改正に向けた検討を始めることとしています。預託商法とは、物品や権利を消費者に販売したうえで「運用して利益を出す」として事業者が預かる仕組みで、「現物まがい商法」とも呼ばれています。報道によれば、商品がわずかだったり、テレビ電話視聴アプリ入りのUSBメモリー(8個セット)が59万円など、一般的な価値を上回る値段や量で販売されたりする点が特徴で、運用実態がない自転車操業状態でも、事業者が破綻するまで被害が表面化しにくいといった特徴があり、消費者庁の業務停止命令などが遅れて被害が拡大するケースなども指摘されています。なお、消費者トラブルに関連して、最近、インターネット通販で1回だけの「お試し」で商品を購入したはずなのに、実際には高額な定期購入契約をさせられたというトラブルの相談が増加しています。国民生活センターなどによれば、購入した商品は、健康食品やサプリメント、化粧品が多いといい、「お試し」の安さに惑わされず、契約内容をしっかりと確認することが重要となります。

さて、特殊詐欺を巡る報道は日々たくさん目にしますが、以下にいくつか紹介します。騙されないためには「事例を知っておくこと」がベースを形成することになることから、是非参考にしていただきたいと思います。

  • 千葉県松戸市のマンション拠点に特殊詐欺を繰り返していたとみられるグループが、警視庁に摘発されました。詐欺の疑いで逮捕された容疑者(27)ら5人は、千葉県柏市の40代の男性に貸金業者を装い「融資するので保証金を振り込んでください」とうその電話をかけ、現金6万円をだまし取った疑いがもたれています。男性が融資サイトに電話番号などを登録したところ、詐欺の電話がかかってきたといい、松戸市のマンションにあるアジトからは携帯電話やパソコンなど数十台が押収されたといいます。
  • 若者が特殊詐欺に加担して摘発されるケースが相次いでいます。直近でも、福岡県古賀市で、警察官を装って高齢女性宅を訪れ、キャッシュカード2枚を盗んだとして、県警粕屋署が、福岡市の男子高校生(17)を窃盗容疑で緊急逮捕しています。ニセ電話詐欺を企てる仲間内で実際に被害者宅を訪れる「受け子」役だったとみられ、「金を稼ぐために事件を起こした」と容疑を認めているといいます。また、高齢女性からキャッシュカードを盗んで現金を引き出したとして、神奈川県警特殊詐欺対策室は、窃盗の疑いで、「受け子」としていた埼玉県の私立大学1年の男子学生(19)を逮捕しています。女性はカードを渡した後に不審に思って銀行に電話したところ、すでに現金が引き下ろされていたといい、女性が110番通報して事件が発覚したということです。さらに、同級生を脅して特殊詐欺の「受け子」をやらせようとしたとして、警視庁町田署は、東京都在住で定時制高校3年の少年(18)を強要未遂容疑で逮捕しています。報道によれば、少年は昨年末、詐欺に騙された高齢者から現金やキャッシュカードを受け取る「受け子」をやるよう同級生の男子生徒(18)を勧誘、男子生徒が今月3日に電話で断ったところ、「ゴタゴタ言うな。ぶっ殺してやるから来い」などと脅し、無理やり受け子をやらせようとした疑いがもたれています。あるいは、男子高校生から約200万円の現金を脅し取ったとして、警視庁は、東京都の無職少年(17)と、17~18歳の高校生の男女4人の計5人を恐喝容疑などで逮捕するという事件もありました。報道によれば、5人は昨年10月、東京都在住の知人の男子高校生(18)に「お前のせいでオレオレ詐欺の仕事ができず、先輩から400万円請求された。払わないと半殺しにされる」と言い、渋谷区の喫茶店などで現金計225万円を脅し取った疑いがもたれています。なお、男子生徒は会社社長の父親に脅されていることを相談し、父親が現金を用立てたものの、その後、少年らから、さらに300万円を要求されたため、警視庁に相談していたということです。無職少年らから「詐欺」に加担していることを知りつつ、高額な請求を要求されてそれに応じようとする男子高校生にも問題がありますが、そもそも、相談された父親が事情を知ってなお、お金を用立てるということ自体、かなりの違和感を覚えます。なぜもっと早い段階で恐喝との疑いを持てなかったのか、検証が必要かもしれません。
  • 外国人が絡む特殊詐欺の事案も増えています。たとえば、高齢女性からキャッシュカードをだまし取ろうとしたとして、大阪府警捜査2課は、詐欺未遂の疑いで、いずれも中国籍の2人の容疑者を逮捕していますが、2人は昨年12月中旬以降に短期滞在ビザで入国しており、は特殊詐欺に加担する目的で来日した可能性もあるとみられています。報道によれば、容疑者は「全国銀行協会」と書かれたネームホルダーを持っていたほか、スマホの無料通信アプリ「微信」には「銀行協会のしじでカードの回収にまいりました」など、被害者と話す際の文言が書かれたメッセージも見つかったといいます。いわゆる「ヒットアンドアウェー方式」による犯行は追跡が困難となる可能性もあり、注意が必要です。また、セブン&アイ・ホールディングスのスマホ決済サービス「セブンペイ」の不正利用事件で埼玉県警は、中国籍の大学生人を不正アクセス禁止法違反と詐欺の疑いで逮捕しています。被害女性2人のアカウントには中国国内からアクセスされた形跡があったといい、中国にいる何者かがIDなどを不正に入手し、容疑者らに伝えて商品を購入させたとみられています。さらに、本コラムでもたびたび紹介してきたタイ中部パタヤを拠点にした日本人グループによる振り込み詐欺事件について、警視庁捜査2課は、いずれも住所・職業不詳の男2人を組織犯罪処罰法違反(組織的詐欺)容疑で逮捕しています。報道によれば、容疑者の一人がグループのトップで詐欺を計画し、もう一人の容疑者はナンバー2として指示を出していたとみられています。本事件では、2019年3月にタイ警察が日本人の男15人を拘束、5月に日本に移送し、警視庁が詐欺容疑で逮捕、日本国内で電子ギフト券を換金していたグループなどこれまでに計26人が逮捕されています。また、この事件の首謀者は、関係が深い福岡県の指定暴力団のつてで多重債務者らを集め、日本にうその電話をかける役としてタイへ送り込んだほか、ナンバー2を通じてグループに指示を出すなどしていたという実態も明らかとなっています。このような構図からは、被害金の一部が暴力団に流れていた可能性が強く疑われるところです。
  • 暴力団が特殊詐欺に直接関与した事案も増えています。住吉会幸平一家系組幹部らが高齢者から現金をだまし取ったとして逮捕された事件で、警視庁組織犯罪対策4課は、詐欺未遂の疑いで同組員を新たに逮捕しています。報道によれば、平成30年5月、山口県の高齢女性に「外国のお金に関する商品にあなたが名義を貸していることが税務署にばれ、逮捕されるかもしれない」と嘘の電話をかけ、700万円をだまし取ろうとしたなどとしています。
  • 特殊詐欺でだまし取った電子マネーの換金グループに、電子マネー買い取り業者が関与し、身分証などを偽造して正当な売買を装っていたとみられることが分かったといいます。報道(2020年2月7日付時事通信)によれば、容疑者らのグループは架空の名義でウェブメールのIDとパスワードを大量に作成、このメールアドレスを使い、詐取した電子マネーを買い取るよう業者に依頼、依頼には公的な身分証が必要で、グループは運転免許証などを偽造していたといいます。さらに、業者は電子マネーを正規の買い取りサイトに出品し、現金化したというものです。警視庁の家宅捜索の際、業者側は偽造身分証のコピーなどを示し、「詐欺被害に遭った電子マネーとは知らなかった」などと話したということですが、この業者の経営にはグループが関与していたとみられています。なお、電子マネーを詐取する詐欺も後を絶たず、直近でも、警視庁組織犯罪対策総務課などは、詐欺の疑いで5人の男を逮捕しています。報道によれば、東京都の男子大学生にインターネットの有料サイトの未納料金があると嘘のメールを送信、電話をかけてきた大学生に「別の会社からも訴えられており、訴えを下げるためにまず20万円かかる」などとして、コンビニで電子マネーギフト券を購入させ、利用権をだまし取ったというものです。5人はギフト券の換金役だったとみられ、被害総額は2018年9月~2019年1月で1億5,000万円以上に上るとみられています。
  • 特殊詐欺事件の手口はますます巧妙化しており、新たな手口も続々と生まれています。たとえば、ターゲットになった高齢者が誰にも相談できないように「だましの電話」を切らずにしゃべり続ける手口も現れたといいます。また、キャッシュカードをだまし取る形の特殊詐欺事件が多発している地方都市では、幹線道路沿に注意が必要だと言われており、犯人グループのうちカードを取りに行く役割の者が、車や電車ですぐに駆けつけられる場所が選ばれやすいという理由があるようです。また、東京都新宿区の拠点から家電量販店の従業員を装って「キャッシュカードが悪用されている」などと電話をかけ、横浜市の80代女性からカードをだまし取り、現金約125万円をATMで引き出したという手口もあり、同様の手口の被害は昨年5月下旬~8月上旬だけで、全国で約100件、被害金額も計2億円に上るといいます。また、息子や孫を装った電話で「リンゴを送る」と言って現金をだまし取ろうとする特殊詐欺の電話が今年に入ってから千葉県警柏署管内で少なくとも8件あったといいます。「果物を送る」と告げて警戒心を緩ませる手口は昨年秋から同県内で発生しており、県警は注意を呼びかけています。さらに、暗号資産(仮想通貨)の取引を持ち掛け現金を詐取したとして、宮城県警は詐欺の疑いで自称不動産業の男を逮捕しています。報道によれば、埼玉県の高齢女性に投資会社の社員などを装って「あなたの暗号資産を買いたい人がいる。買い取りには一定の口数が必要で、別の暗号資産を買ってもらえれば不足分の代わりになる」と電話でうそを言い、その後、計550万円をだまし取った疑いがもたれており、同様の手口で全国の約30人が計3億円程度の被害に遭い、組織的な背景があるとみられています。あるいは、警視庁の職員証を偽造したとして、埼玉県警上尾署が、自称飲食店従業員の男を有印公文書偽造容疑で逮捕した事案がありました。コンビニでコピー機を使い、「警視庁 職員証」などと印字された書類を印刷して偽造したというものです(なお、実際の警視庁の職員証とは全く様式が異なるものだったといいます)。また、滋賀県では、警察を表す記号「日章」をまねた記号を使い警察手帳のようなものを偽造したとして、県警草津署が、無職の男を公記号偽造容疑で逮捕しています。インターネット上に登録されたデータを、コンビニのマルチコピー機で印刷したということです。
  • 大分県警は、大分市の一人暮らしの高齢女性が、携帯電話に電話をかけてきた男の指示に従って現金を度々人に渡し、計約9,000万円をだまし取られたと発表しています。同県内の特殊詐欺被害としては過去最高額とみられるということです。報道によれば、携帯電話にかけてきた男から「あなたの名前が載った名簿が3社に売られている。消すには保証人が必要」などと言われ、紹介された「保証人」の男に電話をかけたところ、その後、別の男から電話があり、「保証人が警察に捕まった。あなたも捕まるので保釈金が必要だ」などと言われ、昨年12月中旬ごろまでに、計8回ほど大分市の路上で、男に現金を渡したということです。一人暮らしの高齢者が騙されるのを誰も気付かなかったとすれば、やはり、社会全体の見守りについて、人生100年時代を見据えて、もっと真剣に考えていく必要があるものと痛感させられます。
  • 高齢男性から現金800万円をだまし取ろうとしたとして、警視庁町田署は、清掃パート従業員(77)を詐欺未遂容疑で現行犯逮捕したと発表しています。報道によれば、容疑者は「書類を受け取ったと思っていた」と容疑を否認、同署は詐欺グループにだまされて現金を受け取る「受け子」にされた可能性もあるとみて慎重に調べているということです。高齢女性が知らない間に「受け子」に仕立てられたとすれば、極めて狡猾な新たな手口であり、決して許してはならないものだと思います。

最後に、最近の報道等から、特殊詐欺対策の取り組み事例をいくつか紹介したいと思います。

  • 特殊詐欺被害を防いだとして、大阪府警松原署は、コンビニ副店長に感謝状を贈っています。報道によれば、昨年12月、来店した市内の60代女性から携帯電話のメールへの対応で相談され、「高額特別送金」などと不審な内容が記されていたことから、詐欺ではないかと店長に連絡し、被害を防いだというものです。副店長は、「お年寄りとコミュニケーションを取るようにしている。被害を防ぐことができてよかった」とコメントしていますが、コンビニ従業員らが特殊詐欺を未然に防止する例が多いことは本コラムでもこれまで紹介してきたとおりですが、当事者のリスクセンスの高さはいうまでもないものの、コンビニにおいて特殊詐欺に関する教育がしっかりなされていることを感じられること(平素からの教育研修の重要性)、店舗内のコミュニケーション(情報共有)が重要であること、躊躇することなく通報できる警察との良好な関係が重要であることなどに加え、「顧客とのコミュニケーションも良好であること」がその背景にあるものと本事例により痛感させられました。
  • やはりコンビニの事例となりますが、特殊詐欺を未然に防いだとして、福岡県警早良署は店長に感謝状を贈っています。報道によれば、高齢女性の携帯電話に「インターネットのご利用料金が30万円未払いです。今日中に払えば裁判にはしません」というショートメッセージが届き、女性は身に覚えがなかったものの、メッセージが指示する番号に電話をかけたといいます。その後入店し、5万円分のプリペイド式の電子マネー6枚を購入しようとしていたところ、一部始終を見ていた店長がこの女性とのやり取りもふまえ、詐欺だと確信して110番通報したものだということです。こちらの事案も、詐欺被害防止のためのキーワードとして、「リスクセンス」「教育」「情報共有」「勇気(声をかける勇気、コミュニケーション)」が挙げられるものと思われます。
  • 銀行の行員が特殊詐欺を未然に防いだ事例もありました。来店した高齢女性客から「百貨店の店員などを名乗る男から『クレジットカードが不正に使用されている』との電話を受け、口座番号や残高などを教えてしまった」と相談を受け、上司に報告、110番通報など適切な対応で被害を未然に防いだというものです。報道によれば、この担当者は「特殊詐欺は勉強会などで情報共有し、高く意識してきた。被害を未然に防げてよかった」と話していたといい、コンビニの事例同様、金融機関においても、特殊詐欺の未然防止のためには、「リスクセンス」「教育」「情報共有」「勇気(声をかける勇気、コミュニケーション)」がキーワードであることが分かります。
(4)薬物を巡る動向

本コラムでたびたび指摘しているとおり、日本では若年層への大麻の蔓延が深刻化していますが、そのような傾向は世界的もみられており、その一つの形が「大麻解禁」です。直近でも、オーストラリアの首都キャンベラを含む首都特別地域(ACT)で、嗜好用大麻を個人で使用することが解禁されました。豪州では初めてであり、隣国ニュージーランドも9月の総選挙に合わせて、嗜好用大麻合法化の是非を問う国民投票を実施することにあっており、大麻解禁は米国の一部州やカナダなどが先行していたところ、オセアニアにも広がりつつある状況です。報道によれば、ACT政府は大麻解禁について、「常用者に医療制度を通じて必要な支援を行うのが目的」と主張、18歳以上の成人は1人当たり乾燥大麻50グラムの所持や、最大2株(1世帯当たりでは最大4株)の自家栽培が認められる一方で、人前では使用できず、大麻の取引も依然として禁止されるということです。また、米国同様、嗜好用大麻を認めていない連邦法との関連で混乱も予想されるところです。ただし、大麻解禁は嗜好用大麻が安全だからという理由からのものではありません。認識しておくべきことは、(1)医療用と娯楽用は違うこと、(2)大麻は依存性が高いこと、(3)若年層の蔓延は脳の健全な発達を阻害するものであり絶対に阻止すべきであること、(4)合法化の流れは大麻の安全性ではなく医療費等にかかる経済合理性の観点からの動き(大麻の最高使用率は50%と言われており、50%を超えた地域では厳しく取り締まるコストや医療費等との比較考量から、解禁した方が、経済合理性があるということ)です。確かに、合法化によって「犯罪組織への打撃」や「経済的側面」も指摘されるところではありますが、とりわけ日本においては、大麻使用者率は50%をはるかに下回っており、合法化はいたずらに使用率を引き上げるだけ、薬物依存症患者を増加させるだけであり、日本において合理性はありません。国際的な流れだからといって安易に飛びつくことは問題があり、若年層への正確な知識の周知徹底、事業者における従業員教育の試み等の取組みが拡がることを期待したいと思います。

また、こちらも本コラムでたびたび紹介している「米オピオイド中毒問題」ですが、先進国では異例の短縮が続いていた米国人の平均寿命が4年ぶりにプラスに転じたことが話題となっています。米疾病対策センター(CDC)が表した最新データによると、2018年の米国人の平均寿命は78.7歳と、前年比で0.1歳延び、その要因としては、喫煙者の減少などでがんによる死亡が減ったほか、驚くべきことに、「近年急増していた薬物の過剰摂取による中毒死が減少に転じたことも寄与した」とされます。CDCがあわせて発表した薬物中毒死に関する統計によると、2018年の薬物過剰摂取による死亡者数67,367人で、2017年比で4.1%の減少となりました。減少は1999年の調査開始以来初めてだということです。依然として高い水準にあるものの、トランプ大統領が「非常事態宣言」を出すなどしてオピオイド中毒問題への対策が進み、死亡数はピークを越えた可能性が指摘されています。また、最近のトピックの一つでもある「フレーバー付き電子たばこ問題」についても、規制強化の動きが拡がっています。米電子たばこ大手ジュール・ラブズは、フレーバー付き電子たばこのほとんどの製品を対象として、カナダでの販売を停止すると発表しています。10代の間で同社製品の人気が高まり、米国では当局の規制対象となっています。ベーピングと呼ばれる電子たばこ製品については、安全性に対する懸念(電子たばこ関連の現在の肺疾患の急増における中心的要因は、闇市場のTHC(大麻の主要な向精神物質)製品への不純物の混入や汚染であると分かってきました)に加え、喫煙経験の有無を問わず若年層の間で使用が広がっているとして、カナダの保健当局は電子たばこ産業に対する規制強化を検討しているといいます。

海上保安庁は、昨年1年間に密輸事件で押収した覚醒剤が約1,647キロ、末端価格約988億円(使用回数約5,490万回)相当に上り、過去最多になったと発表しています。

▼ 海上保安庁 平成31年/令和元年における密輸及び密航取締り状況について ~1トンを超える覚醒剤密輸入事件を摘発~

本コラムでも紹介したとおり、昨年は、6月に静岡県南伊豆町で約1,000キロ、12月に熊本県天草市で約590キロをそれぞれ押収した大規模事件を摘発しています。また、コカインも8月に愛知県三河港で一件当たりの押収量として過去最大となる約177キロを押収、10月には、さらにこれを大きく上回る約400キロを神戸港で押収しています。その結果、コカインの年間押収量としても約577キロ、末端密売価格約115.4億円(使用回数約1,923万回)相当と過去最大を記録しています。覚せい剤をめぐる2つの大規模事件では、海上で覚醒剤を受け渡す「瀬取り」の手段が使われ、小型船を使って港に持ち込まれたものです。海上保安庁では、瀬取りが行われる可能性があるとみられる海域について、海保は巡視船や航空機で重点的に監視に当たるとしています。

また、全国の税関が昨年1年間に空港や港で押収した覚せい剤の総量が、現在の形式で統計を取り始めた昭和60年以降、初めて2,000キロを超え、過去最多を更新するのが確実となっています。統計資料としては、昨年9月に公表された「令和元年上半期の全国の税関における関税法違反事件の取締り状況」が最新ですが、令和元年上半期(平成31年1月から令和元年6月まで)の覚せい剤事犯の摘発件数は207件(前年同期比約3倍)、押収量は約1,460kg(前年同期比約2.8倍、薬物乱用者の通常使用量で約4,867万回分、末端価格にして約876億円に相当)となっていたところ、昨年12月の熊本県天草市で覚せい剤約590キロが押収された事件が発生しているため、それだけで2,000キロを超えることが明らかとなっています。なお、2,000キロは末端価格にして約1,200億円に相当しますが、とりわけ覚せい剤は暴力団が関与しているケースが圧倒的に多いとされており、覚せい剤密輸が資金源獲得活動に直結していることに鑑みれば、摘発の増加は密輸量の絶対的な増加を示唆しており、極めて憂慮すべき状況だといえます。なお、密輸の増加の背景には、末端価格が高い日本が密輸組織のターゲットにされている事情もあるとの指摘もあります。

覚せい剤の隠匿方法はますます巧妙化しており、それを見抜く税関職員等のリスクセンスの高さとの攻防が激しさを増しています。たとえば、サンダルに覚せい剤を練り込む手口が横行しているとの報道がありました(2020年1月18日付朝日新聞)。素材に覚せい剤を練りこむという巧妙な手口に対し、税関職がリスクセンスを発揮して「違和感」の正体を追求した結果、その手口を見抜いたという好事例だといえます。また、覚せい剤が練り込まれたテーブルの天板を密輸しようとしたとして、警視庁組織犯罪対策5課は、極東会系組員と運送会社役員の両容疑者を麻薬特例法違反容疑で現行犯逮捕しています。覚せい剤をテーブルに練り込む手口は珍しく、空港のX線検査で発見されなかったといいます。鑑定で覚せい剤と判明し、情報を提供された同課が天板を代替品と差し替え、流通先を捜査(泳がせ捜査)したところ、静岡県富士市の倉庫で届けられた品物を解体しようとしていた両容疑者を現行犯逮捕したというものです。本件も家具に覚せい剤を練り込むという驚くべき手口ながら、税関職員が脚と天板を留めるねじ部分から白い粉末が落ちたのを発見し、調べた結果、覚せい剤と判明したといいます。わずかな兆候も見逃さない、日頃からの注意力や集中力の結果であるともいえます。さらに、東京税関成田税関支署と千葉県警は、防寒用ジャケット内にコカインの溶けた液体約1.5キロを隠すという巧妙な手口で、成田空港に密輸したとして、麻薬取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで、スペイン人の男を逮捕したと発表しています。液体はエックス線検査で見えにくく、衣類の中に隠すのは珍しいといいます。ブラジルからドイツ経由で来日した際、ビニールで密閉した液状コカインをジャケット3着の中綿に隠し持っていたといいます。液体の入った袋はシート状で薄く、中綿に沿うように隠されていたということで、荷物検査で衣類が不自然に重く、エックス線にかけたが、中身は分からなかったものの、手触りから疑念を強めた検査官がジャケットに針を刺すと液体が出てきたといいます。本件も「手にしたら不自然に重かった」、「手触りから疑念を強めた」といったところなど、日常からの取り組みの真剣さとともにリスクセンスの高さに感心させられます。また、覚せい剤約1キロ(末端価格約6,400万円相当)をスーツケースに隠して関西国際空港に密輸したとして、大阪府警関西空港署と大阪税関関西空港税関支署は、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで、タイ国籍の自称警備員を逮捕しています。税関職員がスーツケースの底部に不自然な厚みがあることを不審に思い、エックス線検査を実施し発覚したもので、スーツケースは二重底になっており、ポリ袋に入った覚せい剤が隠されていたということです。これらの事例以外にも、最近はさまざまなものに隠して覚せい剤を密輸しようとする事例が増えており、「航空小口急送貨物として発送させた立方体パズルの中に、計約7.6キロの覚せい剤を隠して輸入した事例(逮捕された事例を含め3回で約16キロ・末端価格9億6,000万円相当を密輸)」や、「どくろの形の置物や女性の体を模した石像に覚せい剤約3.8キロ・末端価格約2億3,400万円相当を隠して密輸しようとした事例」なども直近ではありました。

また、最近、大麻栽培の摘発事例が明らかに増えていますが、厚生労働省の麻薬取締部が2016年から19年にかけ、大麻取締法違反(栽培)の疑いで立件した100人超の容疑者のほぼ全員が、大麻の水耕栽培キットや肥料、成長促進用の特殊ライトなどの器具を一般的な園芸用品と称して販売する業者から購入していたことが分かったということです。麻薬取締部は器具の販売が違法栽培を助長している可能性があるとみて、各地の警察と連携しながら取り締まりを強化、栽培器具の販売業者は全国で10前後あるとみられ、麻薬取締部が情報収集を進めているとのことです。正に、栽培器具の販売業者が「犯罪インフラ」化した事例だといえます。なお、直近での大麻栽培の摘発事例としては、以下のようなものがありました。

  • 大阪地検が護送中の車両から逃走した男をかくまったとして、犯人蔵匿などの罪で公判中の被告について、大阪府警が、大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで再逮捕しています。男をかくまっていた木造2階建ての民家から大量の大麻草が見つかり、府警が調べていたもので、この民家で、大麻草231株を営利目的で栽培していたとされます。犯人隠匿の罪等で民家を捜索したところ、プランターに植えられた大麻草や照明器具などが見つかったもので、容疑者が大麻栽培のために民家を借りていたとみており、密売ルートなどを調べているとのことです。
  • 埼玉県警組織犯罪総合対策本部は、大麻草を栽培したとして、大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで、住吉会系組員を逮捕しています。家屋で大麻草31株を営利目的で栽培したということです。埼玉県警は昨年、栽培に関与したとして別の男3人を逮捕しましたが、同じグループの容疑者は逃亡したため、指名手配して行方を追っていたところ、狭山署に出頭してきたといいます。県警は、大麻販売の収益が暴力団の資金源になっていたかを調べるということです。
  • 販売目的で大麻草を栽培したとして、埼玉県警は会社役員を大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで逮捕しています。自宅で幻覚成分を濃縮した「大麻ワックス」を精製中に誤って火災を起こして通報され、発覚したものです。マンション関係者の通報で駆け付けた浦和西署員が室内で乾燥大麻のかけらを発見、「自分で使うために栽培していたもの」と容疑を一部否認しているといいます。
  • 神奈川県警は、自宅で大麻草を栽培したとして、大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで、無職の男を現行犯逮捕しています。自宅マンション内で、大麻草208本(末端価格2,080万円相当)を営利目的で栽培していたといいます。こちらも「栽培していたことは間違いないが、営利目的ではない」と、容疑を一部否認しているといいます。前述した大麻栽培の道具を販売していた店に出入りしていたことから、県警が自宅を家宅捜索して発覚したものだということです。

次に、最近の薬物を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 2018年10月、名古屋市港区の倉庫で覚せい剤約340キロ(末端価格200億円相当)が押収された事件で、覚せい剤取締法違反(営利目的所持)罪に問われた倉庫の借り主で中国籍の被告の控訴審判決が名古屋高裁でありました。報道によれば、弁護側は一貫して、倉庫に違法薬物があるとの認識はなかったとして無罪を主張、一審判決は、取引が正常ではないと認識しつつも「直ちにホイール内に違法薬物が隠されていると認識していたとは言えない」として輸入したタイヤホイールに隠した覚せい剤を認識していなかった可能性を指摘して無罪としましたが、名古屋高裁は、同被告が倉庫の賃料に充てる資金を私的流用したのに密売グループから契約を任されたことなどを挙げ、「違法薬物を予想することは論理則・経験則からしてさほど困難ではない」、「正常な取引ではなく、多額の利益が出る違法薬物と予想するのは難しくなかった」と判断し、逆転有罪判決を言い渡しています。
  • 大麻を液体状に加工した「大麻リキッド」を密輸したなどとして、門司税関福岡空港税関支署と九州厚生局麻薬取締部は、米国籍の元非常勤英語講師を大麻取締法違反(輸入)容疑で逮捕しています。大麻リキッドは米カリフォルニア州では合法製品として流通しており、税関などは米国の知人を介して航空便で密輸したとみて捜査しています。報道によれば、カリフォルニア州ではカートリッジ1個数千円で売られており、電子たばこで加熱、気化させて複数回吸引できるといいます。
  • 高知県警高知署は、いずれも高知市内に住む、高校男子生徒(18)を麻薬取締法違反(営利目的所持)と大麻取締法違反(営利目的譲渡)、会社員少年(18)を麻薬取締法違反(営利目的所持)の各容疑で逮捕しています。2人は共謀し、コカイン1グラムを営利目的で所持し、男子生徒は大麻約5グラムを15,500円で別の少年に譲り渡した疑いがもたれています。報道によれば、同署が大麻所持の疑いで少年4人に事情を聞き、入手経路として男子生徒と会社員少年が浮上、男子生徒を大麻取締法違反(所持)、会社員少年を同法違反(共同所持)の各容疑で現行犯逮捕しており、その捜査中、会社員少年の自宅に宅配便で県外からコカインが届き、小分け用の袋や計量器も見つかったということです。
  • 愛知県警安城署は、同県豊橋市に住む高校3年の男子生徒(17)を大麻取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕しています。報道によれば、男子生徒は、自宅の自室で若干量の大麻を所持した疑いがもたれており、男子生徒が大麻を隠し持っているとの情報があり、捜索で少量の大麻が見つかったということです。「吸うとリラックスできるので、持っていた」と容疑を認めているといいます。
  • 福岡県警中央署は、いずれも県内の私立大学生2人の容疑者を大麻取締法違反(共同所持)の容疑で現行犯逮捕しています。報道によれば、2人が車でパトカーとすれ違う際に車中で顔を背けたため、停車させて職務質問したところ、容疑者の一人が大麻を握り締めていたといいます。2人は同じ大学の友人で、「2人で吸うために持っていた」と容疑を認めているとのことです。
  • 熊本県天草市で覚せい剤約590キロ(末端価格約354億円相当)が押収され、台湾人と日本人計13人が逮捕された事件で、福岡地検は、このうち6人を覚せい剤取締法違反で福岡地裁に起訴し、少年(19)を同法違反の非行事実で福岡家裁に送致しています。一方、同地検は、残る6人のうち、日本人4人を処分保留で釈放しています。
  • 合成麻薬の「MDMA」や「LSD」を自宅で所持したとして、麻薬取締法違反(所持)に問われた女優の沢尻エリカ被告に対し、東京地裁は、懲役1年6月、執行猶予3年(求刑・懲役1年6月)の判決を言い渡しました。報道によれば、沢尻被告は起訴事実を認め、「薬物がつなげた偽りの友情にとらわれ、抜け出せなかった。女優への復帰は考えていない」などと述べていました。
  • スノーボードの五輪代表だった国母被告の大麻取締法(輸入)違反事件の公判で、検察側は冒頭陳述で、国母被告は米国で大麻製品を購入したと指摘、日本国内の共犯の男(有罪確定)に半分譲る条件で、国際郵便で男の自宅に送ろうとしたが、東京税関の検査で発見されたと説明しています。買った相手を検察側は「不詳」とした。捜査で解明できず、国母被告も黙秘しています。
  • 大麻を所持したとして、警視庁原宿署が日本大学3年で同大ラグビー部員を大麻取締法違反容疑で逮捕しています。部員は、渋谷区の路上で同署員の職務質問を受けた際、大麻を持っていた疑いがもたれており、「自分で使うためだった」と容疑を認めているといいます。原宿署は、部員が住む同大ラグビー部の寮を捜索し、大麻の入手経緯などを調べています。事件を受けて、日本大学は部の活動を無期限停止すると発表しましたが、昨年のラグビーW杯で盛り上がった競技のイメージダウンを懸念する声も聞かれます。なお、ラグビー界では、昨年6月にトップリーグのトヨタ自動車の選手2人がコカインを所持したとして逮捕されたばかりであり、日本協会では2018年4月に「インテグリティ(高潔性)相談窓口」を開設し、加盟チームを対象に講習会も行ってきたところ、問題が後を絶たない事態にショックを受けているといいます。
  • 警視庁新宿署は、読売新聞北海道支社千歳通信部記者を覚せい剤取締法違反(使用)容疑で緊急逮捕しています。東京都新宿区歌舞伎町の路上で、挙動不審だった容疑者に署員が職務質問したところ、所持していたバッグから注射器などが見つかり尿検査をしたところ、覚せい剤の陽性反応が出たということです。報道によれば、読売新聞グループ本社広報部は「記者は病気療養のため、昨年12月中旬から休暇を取って首都圏にある実家に帰っていた。捜査の行方をみて、適切に対処する」ということです。本コラムでたびたび指摘しているとおり、薬物問題は個人の犯罪である一方で、社名等が公表されることでレピュテーションリスクに晒されることになります。個人の常識の問題として放置することなく、会社としての周知徹底、端緒情報の把握といった取組みを進めるべき時期にきていると思います。
  • 厚生労働省は、大麻取締法違反(所持)で有罪が確定したアイドルグループ「KAT-TUN」の元メンバーらの自宅を捜索した際に撮影した映像をテレビ番組の制作会社に提供し、捜査の適法性が疑われる事態を招いたとして、同省関東信越厚生局麻薬取締部の男性次長を減給10分の1(1か月)の懲戒処分としています。報道によれば、男性次長は、昨年5月の被告宅などの捜索映像を、番組制作会社の依頼に応じ、「薬物乱用の抑止のため」として提供していたとされます。同省は、捜査への信頼を損ない、国家公務員法が禁じる「信用失墜行為」と判断したことになります。
(5)テロリスクを巡る動向

ロンドンでテロ関連の罪で服役し、最近釈放されたイスラム過激派の男が通行人らを刃物で襲った事件が発生しました(容疑者は、通行人を襲った直後に警察に射殺されました)。犯人とされる容疑者は、2018年にテロ関連の出版物を広めた罪などで有罪判決を受け収監され、最近出所したばかりで、事件当時も警察に尾行されていたといいます。また、目撃者によると、犯人の男は大きな刃物を持っており、爆破装置を胴に巻いていたとの目撃情報もありましたが、警察はその後、爆破装置は偽物だったと明らかにしています。事件を受けて、ジョンソン英首相は、受刑者が服役を終える前に、監視下に置かれることもなく釈放される状況をふまえ、早期釈放が自動的に認められる制度を是正すべき時が来たとして、テロ犯の早期釈放を阻止するために措置を講じると表明しています。また、バー米司法長官は、昨年12月に南部フロリダ州ペンサコーラの海軍航空基地で3人が殺害された発砲事件について、「聖戦主義が動機だったという証拠がある」と述べ、テロ事件と断定したことを発表しています。犯行の約2時間前、ソーシャルメディアに反米感情をあらわにしたメッセージを投稿していたことや、事件のさなかにもトランプ大統領や歴代米大統領の写真に向けて発砲したことも確認されたということです。報道によれば、この事件を受け、米国の軍施設で研修を受けていたサウジの軍研修生21人を国外退去処分にしており、今回の発砲事件とは直接関係はないものの、反米思想や過激主義との結びつきが疑われる人物や児童ポルノ所持者が含まれているといいます。英米のテロへの対応のスタンスは、このようにかなり厳しいものがあり、人権をある程度制限してでも、テロリストやテロリスクの排除を徹底する姿勢が明確に伝わってきます。

さて、米軍とイラク軍は、とともにIS(イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」)の掃討作戦を再開したと発表しています。米軍が主導する有志連合は、米軍がイラン革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」のスレイマニ司令官を殺害したことに対してイランが報復を宣言、米軍が駐留するイラク軍基地に対し、親イランの武装組織がロケット弾攻撃を相次ぎ仕掛けたことから、イラク国内の基地防衛を優先するため、1月初めから掃討作戦に関する活動を中止していました。IS掃討作戦の再開については、イラク軍は声明で「新たな関係が結ばれるまで有志連合に残された時間を有効に使うため、共同作戦を実施することが決まった」と説明しています。米イランの対立が長引けば掃討作戦の停滞が続くとみられ、ISの復活を許しかねない事態が想定されていたところ、早期に再開されたことから、ISの脅威をあらためて抑え込むことができるのではないかと期待したいと思います。その後、米トランプ大統領は、イスラエルとパレスチナとの和平案を発表しました。帰属を争うエルサレムを分断せずにイスラエルの首都とした一方、テロ活動停止などの条件で、パレスチナ側には東エルサレムを含む独立国家の建設を認めたほか、パレスチナ側が将来の独立国家の領土と位置付けるヨルダン川西岸について、ユダヤ人入植地のイスラエルの主権を容認するなど、イスラエル寄りの内容となっており、パレスチナ側の反発を招いています(国連安保理もこの提案を非難しています)。そして、このような事態を受けて、ISは声明を発表、報道によれば、昨年10月に指導者のアブバクル・バグダディ容疑者が米軍の急襲で死亡したことを受け、「欧米は、ISは消滅したと考えているかもしれないが、私たちはなおもここにいる」と強調、その上で、イスラエルの隣国エジプトやシリアのIS戦闘員に対し、ユダヤ人社会や市場などに越境攻撃を行うよう要求、ヨルダン川西岸地区などイスラエル占領地の奪還も求めています。さらに、米政権の中東和平案の実現を阻むとしたほか、「私たちの目はエルサレムを見つめている」とも述べ、攻撃を強化する姿勢を示しています。なお、昨年10月に米軍特殊作戦部隊に殺害されたバグダディ容疑者の後継者について、ISは後継者にアブイブラヒム・ハシミ氏を指名したと発表していましたが、これは偽名で、IS創設メンバーのアミル・サルビ氏だと英紙が報じています。サルビ氏はバグダディ容疑者死亡の数時間後に指導者に指名されたといいます。いずれにせよ、ISはいまだ消滅しておらず、今後も「リアルIS」と「思想的IS」の両面をうまく組み合わせながら、一定の存在感をもってテロ活動を進めていくことが予想され、日本も含め、今後も十分な注意が必要だと言えそうです。

さて、日本国内のテロ対策としては、2020年東京五輪・パラリンピックに向けていよいよ対策が本格化している点が挙げられます。たとえば、以下のような取り組みが相次いで公表、報道されています。

  • 国土交通省は、バスターミナル等不特定多数が集まる公共交通機関の施設におけるテロ対策の推進を図るため、東京駅八重洲南口バスターミナルで先進的警備システムの実証実験を実施すると発表しています。不審人物や不審物を自動で検知できる「先進的警備システム」のバスターミナル等への導入に向けた実証実験を(実験場所に取り付けたカメラを用いて、不審行動者や不審物を検知させるなどの実験を行う)2月14日(金)~2月21日(金)に実施するといいうことです。
  • 2020年東京五輪・パラリンピックに向け、新幹線に新たなテロ対策が導入される見込みです。駅構内で爆発物を探知する犬を使い、開業以来初となる手荷物検査を実施するというものです。当面は五輪開催時期を中心に、東京駅や品川駅などに限定して実施するとのことですが、これまでJR東日本やJR東海は車内に防犯カメラを設置し、巡回や車両に同乗する警備員を増やすなどの対策をとってきたものの、新幹線はテロリストの標的にもなりやすい(かつて欧州でテロ容疑者のアジトから新幹線の写真が押収されたこともあるといいます)ことから、利便性と実効性のバランスを模索してきたところ、爆発物探知犬の導入という乗客の流れを阻害せず、混乱も小さく済む方法が選定されたようです。たしかに限定的な手荷物検査ではありますが、不審物の発見や犯行の抑止に一定程度の効果は期待できると思われ、まずは一歩前進と評価したいと思います。報道(2020年1月26日付日本経済新聞)でも指摘されていましたが、「安全が脅かされる懸念があるときには、多少の利便性を犠牲にしてでも事業者がより強い安全対策をとる。そしてそれを鉄道の利用者、社会が受け入れる。こうした素地が広がり、安全に対する国民の意識が高まるのなら、それもまた五輪のレガシー(遺産)となるはずだ」という点は正に正鵠を射るものだと思います。
  • 2020年1月27日付産経新聞によれば、テロ警戒や災害現場での救助活動、大規模な国際イベントなどで不審者を取り押さえることなどを主な任務とする「警備犬」は警視庁や大阪府警、千葉県警など一部の警察本部でしか導入されていないものの、テロの脅威が高まる中で年々存在感が増しているといいます。人の数千倍といわれる嗅覚や10倍ともされる聴覚、優れた動体視力、そしてハンドラーへの忠実な態度を生かした警備力に期待が寄せられています。昨年運用が始まった大阪府警では、G20大阪サミットやラグビーW杯などで警戒警備に参加したほか、定期的に関西国際空港などに出動しているといいます。2020年東京五輪・パラリンピックでは日本全体でテロ警戒が必要となるため、さらに活躍の機会が増えそうです。
  • 2020年東京五輪・パラリンピックの民間警備で、「ウェアラブルカメラ」が本格的に導入されるといいます。ウェアラブルカメラは、全競技場のほかマラソン、自転車競技(ロードレース)でも沿道の警備員が活用するとされ、警備員が身につけて現場の映像を各会場の警備本部などに送り、情報をリアルタイムで共有する仕組みで、人手が限られるなかで警備を効率化するねらいがあるといいます。五輪での活用は初めてとみられ、報道によれば、撮影された映像は一定期間保存し、重大な事件や事故が起きた場合の検証にも使われるということです。なお、不審者の顔をあらかじめ登録された情報と照合するような使い方は想定していないといいます。
  • 東京都が2020年東京五輪・パラリンピックに向け、都営地下鉄の駅構内に放置された不審物をAIで検知するシステムの導入を計画しているとのことです。報道によれば、駅構内の物陰などの死角それぞれの周辺に、AIと連動する防犯カメラを複数台設置し、様々な角度から撮影された映像からAIが形状や放置された時間などを読み取り、不審物かどうかを判断、検知した場合は自動的に警備室などにアラートで知らせ、駅員や警備員が駆け付けて対処、危険物と判明すれば警察に通報するというものです。テロ対策の一環として、競技会場周辺の駅に設置する見通しで、国内外から多くの人が集まる大会期間中は駅員らの人手が不足することが予想され、AIを活用して安全確保につなげる狙いがあるようです。駅や商業施設など多くの人が集まる「ソフトターゲット」を狙うテロへの対策が重要になる中、「警備の人手は十分とは言い切れない。監視の目が届かない場所や時間帯もあるため、AIを活用して穴を埋める」との都幹部のコメントにAIへの期待が高まります。
  • 今夏開催の2020年東京五輪・パラリンピックで、警視庁が東京都内の全競技会場でドローン(小型無人機)を検知する機器の配備を検討しているといいます。不審なドローンの位置をいち早く把握して確実な捕獲につなげ、会場周辺を標的とするテロや妨害行為を防ぐのが狙いです。検知器は、飛行中のドローンが出す電波を受信するなどして、機体の詳細な位置や高度などを特定できるといい、既に都内での警備に使用されていますが、配備台数を増やし、競技中の全会場で使えるようにする方針ということです。

あわせて、2020年東京五輪・パラリンピックに向けたテロ対策訓練が全国で実施されていますので、それに関する報道から、いくつか紹介します。

  • 五輪の際、実際にイベントが行われる県庁を舞台にテロ対策訓練が行われ、茨城県警や茨城県職員ら約50人が訓練に参加しました。イベント開催中、刃物とマシンガンのようなものを持った男が参加者を襲撃したなど複数の想定で実施し、対峙した警備中の水戸署員が機動隊に応援を要請、待機していた機動隊員が男を制圧するまでの手順を確認しています。
  • 政府や千葉県などは、競技会場となる幕張メッセとその周辺で、大規模なテロを想定した国民保護訓練を実施しています。同県内の訓練では初めてで、多数の負傷者を一度、近隣の救急救命センターに搬送してから症状によって別の病院に振り分ける「搬送調整」を行っています。訓練は、テストイベントを開催中の幕張メッセで国際テロ組織が仕掛けた爆発物が爆発し、100人以上の負傷者が出たという想定で行われました。
  • 五輪開会式まで半年となった1月24日、竹芝桟橋に停泊中の大型客船上でテロを想定した訓練が行われました。船内に潜んでいた犯人が放火して刃物を振り回して暴れるとの想定で、海上保安官や警察官、乗組員ら約100人が乗客の避難誘導や制圧の手順を確認しています。海上保安庁は船舶や港湾関係者との協議会を設置し、テロ対策を強化しています。
  • 国や北海道、札幌市は、マラソンと競歩などが開催される札幌市で、国民保護法に基づくテロ対策の図上訓練を実施しています。関係機関による情報共有など連携強化を図る狙いがあり、今年7月4日に国際的なスポーツイベントを開催中の札幌ドームで大規模な爆発が2度起こり、観客などに多数の死傷者が出たと想定して行われています。国際テロ組織が犯行声明を出した後、市中心部でも爆発物が見つかったとのシナリオで、道と市を含む19の関係機関約220人が参加しました。
  • 東京消防庁が出初め式を行い、消防職員や消防団員ら計約2,100人のほか、台湾・新北市の救助隊員が参加しています。消防総監は、2020年東京五輪・パラリンピックに向け、宿泊施設や繁華街の安全を高めるため立ち入り検査を進めるとし、「誰もが安全で安心して暮らせるよう職員が力を合わせ取り組む」と述べています。式では、テロリストが建物を爆発させ、化学物質をまいた上、トラックで暴走したとの想定でけが人の救助訓練を実施しています。
(6)犯罪インフラを巡る動向

本コラムでたびたび指摘しているとおり、若年層を中心とした「薬物初心者」への大麻の蔓延が深刻な状況となっています。大麻が「ゲートウェイドラッグ」である以上、今後、覚せい剤等他の薬物を利用する者の増加や薬物依存症の問題がますます深刻となることは確実と思われます。一方で、このような状況は、薬物の売買が暴力団等の犯罪組織の資金源としてこれまで以上に盤石なものとなっていく恐れがあることを示しており、「大麻」「若年層」対策は組織犯罪対策上の喫緊の課題であるともいえます。そして、その対策のカギを握るひとつが、「SNS」「インターネット」「ダークウェブ」「暗号資産」等の「犯罪インフラ」対策です。今後、その「犯罪インフラ」対策の実効性が問われることになりますが、「厳格な監視」に基づく警告・摘発の精度や実効性の向上(国境を越えた法的規制をどうクリアしていくかなど)、「匿名取引」の排除(AML/CFTからも重要な視点です)など、言い換えれば、どれだけ「犯罪インフラ」を無効化できるかがポイントとなると思われます。「犯罪インフラ」は、利便性の裏に潜む「負の側面」が犯罪者に悪用される、各種手続きや監視の緩さ(脆弱性)が突かれて犯罪に悪用されるといった形をとります。逆に言えば、犯罪者は常に「まだ誰も気付いていない、対策が講じられていない穴」をいち早く見つけることに腐心しており、「犯罪インフラ」対策は、そのような犯罪者の立場に立って考えてみることが必要不可欠であるともいえます。そして、いち早く悪用事例を知ること、常に情報を収集・分析して対策に反映させていくこともまた必要不可欠です。以下、最近の「犯罪インフラ」の状況について、いくつか紹介していきます。みなさまのサービス等が悪用されないためのヒントとなれば幸いです。

AIに音声や映像を学習させ、本物そっくりの声や動画を合成する新技術が注目されています(昨年末のNHK紅白歌合戦では往年の名歌手、故美空ひばりさんの歌声をAIで再現した「新曲」が披露され、話題となりました)。その技術の素晴らしさの一方で、悪意のある偽動画(ディープフェイク)がインターネット上で拡散するなどその技術が悪用される問題も相次いでいます。海外では、偽の音声でなりすまし電話を受けた企業が現金をだまし取られる詐欺事件も発生しており、当然ながら、日本でも発生する可能性は否定できません。ディープフェイク問題への対応として、たとえば米ツイッターは、AIなどを使って改ざん・捏造した「ディープフェイク」を含む投稿について、3月5日からユーザーに警告する制度を導入すると発表しています。さらに、重大な損害をもたらす可能性がある場合は削除するとしており、(前回は「フェイクニュース」問題が顕在化した)米大統領選に向けて同技術が悪用される懸念の払しょくに努め、誤情報の拡散を防ぐ狙いがあります(このあたりは、「社会の要請への適切な対応」というフェーズに入った「最新のコンプライアンス」、「能動的なコンプライアンス」のあり方を示すものといえます)。関連して、報道(2020年1月21日付ロイター)によれば、AIそのものの悪用懸念が高まる中、米アルファベットのピチャイCEOは、AIに規制が必要なのは言うまでもないが、当局による慎重な対応が求められているとし、「分別ある規制は、想定される悪影響と社会的機会のバランスを取る均衡的アプローチが必要になる。高リスクで高価値の分野では特にそう言える」と指摘しています。また、規制当局は分野ごとに規制を調整すべきだとも主張、一例として医療機器と自動運転車は異なるルールが必要だと説明しています(リスクベース・アプローチに基づくルールのあり方という点で説得力があります)。また、各国政府は規制の整合性を確保し、中核的価値観について意見を一致させるべきだとも主張していますが、これは「ルール」の柔軟性を踏まえたうえで、その上位概念である「プリンシプル」(=中核的価値韓)を共有しようというもので、正に正鵠を射た指摘と思われます。この「ディープフェイク問題」については、フェイクニュースとあわせ日本でもその規制を巡る議論が始まっています。折しも、新型コロナウイルスの感染拡大において、フェイクニュースが出回っていることが問題となっており、対策は急務だといえます。そのような中、総務省の「プラットフォームサービスに関する研究会」が、最近、最終報告書(案)を公表しましたが、フェイクニュースや偽情報への対応のあり方について言及がなされていますので、以下、その部分を中心に簡単に紹介します。

▼ 総務省 プラットフォームサービスに関する研究会(第18回)配布資料
▼ 参考資料 最終報告書(案)の概要

最終報告書(案)の中で、「フェイクニュースや偽情報への対応」については、「表現の自由の重要性等に鑑み、まずは民間部門における自主的な取組を基本とした対策を推進」するとしてうえで、以下のような取り組みを掲げています。

  • フェイクニュースや偽情報の実態調査を実施
  • 関係者で構成するフォーラムを設置し、フェイクニュースや偽情報の実態や関係者の取組の進捗状況を共有しつつ継続検討
  • プラットフォーム事業者による透明性・アカウンタビリティの確保方策の実施に期待。フォーラム等を通じて対応状況をモニタリングしつつ、効果がない場合、行動規範策定の働きかけ等を検討
  • ファクトチェック活性化のための環境整備推進
  • ICTリテラシー向上の推進
  • 機械学習を含むAI技術の研究開発を推進

「フェイクニュースや偽情報への対策の必要性・目的」については、近年、欧米諸国を中心に、フェイクニュースや偽情報が問題になっていることから、我が国においても近い将来、他国と同様の問題が生じ得ることを念頭に、考え方を整理するとともに、対策を検討する必要があるとしています(なお、研究会の認識としては、我が国では、米国や欧州と比較すると、現時点では偽情報に関して大きな問題は生じていないというものであり、過去の代表的な事例としては、災害時、選挙時、キュレーションサイト等の問題が挙げられるとしています)。さらに、SNSなどのプラットフォームに固有の特性が、インターネット上の偽情報の顕在化の一因であること、結果として、プラットフォーム上では、不確かな情報や悪意・誘導的な情報の流通により、ユーザーが安心・信頼してサービスを利用することができなくなる、また、ユーザーの知る権利が阻害されるなど、ユーザーにとっての不利益が生じるおそれがあること、SNSをはじめとするプラットフォームサービスは、経済社会・国民生活の社会基盤となりつつあることから、インターネット上の偽情報の適切な対応が必要であること、表現の自由への萎縮効果への懸念、偽情報の該当性判断の困難性、諸外国における法的規制の運用における懸念等を踏まえ、まずは民間部門における自主的な取組を基本とした対策を進めることが適当であること、政府は、これらの民間による自主的な取組を尊重し、その取組状況を注視していくことが適当であり、特に、プラットフォーム事業者による情報の削除等の対応など、個別のコンテンツの内容判断に関わるものについては、表現の自由の確保などの観点から、政府の介入は極めて慎重であるべきであること、他方、仮に自主的スキームが達成されない場合あるいは効果がない場合には、例えば、偽情報への対応方針の公表、取組状況や対応結果の利用者への説明など、プラットフォーム事業者の自主的な取組に関する透明性やアカウンタビリティの確保をはじめとした、個別のコンテンツの内容判断に関わるもの以外の観点に係る対応については、政府として一定の関与を行うことも考えられることなどを挙げています。全体的に、フェイクニュースやディープフェイクが深刻化していない日本の現状との認識を出発点として、事業者の自主的な取り組みを促す内容にとどまっています(もちろん、限界もあります)ので、今後、その対策の実効性が問われることになります。

さらに、「フェイクニュースや偽情報への対応の在り方」として、以下のような項目が掲げられています。

  • 自主的スキームの尊重(まずは民間部門における自主的な取組を基本とした対策を進めることが適当)
  • 我が国における実態の把握
  • 多様なステークホルダーによる協力関係の構築(国内外の主要プラットフォーム事業者・政府・関係者等で構成するフォーラムを設置し、取組の進捗を共有しつつ継続的な検討を実施)
  • プラットフォーム事業者による適切な対応及び透明性・アカウンタビリティの確保(プラットフォーム事業者の具体的な対応や、透明性・アカウンタビリティ確保方策の実施に期待。政府は、フォーラムの開催等を通じ、プラットフォーム事業者の対応状況を適切に把握)
  • 利用者情報を活用した情報配信への対応(一般的な行動ターゲティングにおける利用者情報の取扱いの問題と、政治広告など大きな問題を引き起こす可能性がある問題との違いを認識した上で、プラットフォーム事業者の具体的な対応や、透明性・アカウンタビリティ確保方策の実施に期待)
  • ファクトチェックの推進(我が国において、持続可能なファクトチェックの事業モデルが存在せず、社会的認知度や理解度が不足しているという課題を踏まえ、ファクトチェック活性化のための環境整備を推進)
  • ICTリテラシー向上の推進(情報メディア環境や偽情報の拡散の仕組みを学ぶICTリテラシー向上施策を推進)
  • 研究開発の推進(大量の情報の監視・削除やファクトチェックに資する疑義情報の選別に当たって、機械学習を含むAI技術の活用が有用かつ必要。機械学習を含むAI技術の研究開発を推進)
  • 情報発信者側における信頼性確保方策の検討(ネットメディアの信頼性確保方策について、新興のネットメディアやプラットフォーム事業者といった関係者間で連携しつつ、今後継続検討)
  • 国際的な対話の深化(インターネット上のルールメイキングに関して国際社会においてコンセンサスを得られるよう議論を進めていくことが適当)

さて、アプリの脆弱性が「犯罪インフラ」化した事例として、国連人権理事会の特別報告者は、米アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏の携帯電話へのハッキングにサウジアラビアのムハンマド皇太子が関与した可能性を指摘する報道声明を発表、「重大な懸念」を表明し、米国や関係する機関による迅速な捜査が必要だとの認識を示したというものがありました。ベゾス氏の携帯電話がハッキングされ、情報が流出したのは皇太子と連絡先を交換した約1カ月後の2018年5月で、ベゾス氏が同月、皇太子から動画ファイルを受け取った数時間以内に携帯電話から大量のデータが流出し始めたとされ、サウジ当局が過去に使用してきたスパイソフトが使用されたとみられるといいます。今般、FB傘下のWhatsAppが提供するメッセージアプリ「ワッツアップ(WhatsApp)」に細工を施したメッセージでローカルファイルを読み取られるおそれがある脆弱性が公表され、その翌日にハッキングに関する国連報告書が公表されたという流れとなります。WhatsAppには利用者とその連絡先の居場所を追跡できる機能があり、いつ、どこで、誰と会合をしているかなどの内部情報が流出するリスクが高いといいます。この事件を受けて、国連では職員がWhatsAppを使用することを禁止したほか、富裕層がプライバシー保護対策を急いでいるといった動きもあるようです。

また、インターネットを「犯罪インフラ」として、他人の名誉を傷つけた事例について、東京都内の不動産会社がプロバイダー(接続業者)のソフトバンクに発信者(投稿者)の情報開示を求めた訴訟の判決で、東京地裁が、氏名・住所などに加え、「SMS」のアドレスとして携帯電話番号の開示を命じています。総務省は、憲法が保障する「通信の秘密」を重視し、「発信者の情報の開示は必要最小限とするべきだ」として電話番号を開示対象外にする見解を示しています。被害者による損害賠償請求訴訟を想定し、手続きに必要な発信者の氏名・住所の開示を命じたケースはこれまでもありますが、電話番号の開示まで命令するのは異例となります。

さらに、前述したとおり、新たな技術がもたらす利便性の裏に潜む悪用リスクが問題となっていますが、インターネットやSNS等の「犯罪インフラ」化の問題と関連して、以前の米アップルと米連邦捜査局(FBI)との間で繰り広げられた「スマホロック解除問題」(プライバシー保護とテロリスクの緊張関係)同様、このところ、IT大手による顧客の情報保護と捜査当局による新技術への懸念の緊張関係が表面化していることもあらためて問題提起しておきたいと思います。直近では、米アップルがストレージサービス「iCloud」を通じiPhoneのバックアップを完全に暗号化する計画を断念したというものがありました。犯罪捜査に妨げになるという米FBIの苦情に配慮した決定だといいます。この問題は、米アップルが約2年前、エンドツーエンドのデータ暗号化サービスを計画しているとFBIに伝えたところ、ハッカー攻撃の阻止が主要目的だったものの、アップルが暗号化されたデータにアクセスするキーを持たないことで捜査当局に証拠の提出ができなくなるため、FBI側から反対の声が上がったものです。最近、トランプ大統領や無ニューシン米財務長官らが相次いで、政府の犯罪取り締まりに協力するよう要請しているのは、このような背景があるようです。

茨城県土浦市の住宅で高齢夫婦を負傷させて現金を奪ったとして、茨城県警は、建設作業員と私立大学生=いずれも窃盗未遂罪で起訴=を強盗致傷などの疑いで逮捕しています。報道によれば、夫婦宅には事件前、キャッシュカードの暗証番号を聞き出す「アポ電」がかかっていたといい、両容疑者は、無料通信アプリ「テレグラム」を介して知り合い、連絡を取り合っていたということです。また、大阪市東淀川区の民家で今年1月、住人の高齢女性(74)が複数の男に襲われ現金約40万円を奪われた事件で、大阪府警捜査1課が強盗致傷などの容疑で、検察作業員の少年(18)に加え、アルバイト(22)と無職少年(19)を新たに逮捕しています。3人は実行犯であるものの、互いに面識はなく、少なくとも18歳と19歳の少年は、「テレグラム」で連絡を取っていたとみられるということです。いずれの事件でもキーとなったのが「テレグレム」ですが、「テレグラム」は高度な暗号化技術で通信内容が保護されており、メッセージが消去されると復元は困難とされ、秘匿性が高いことから、暴力団関係者や特殊詐欺グループなどが、犯行を指示する際の連絡手段などに悪用されるケースが多いといいます。したがって、本事件についても、このような犯罪組織が背後にいる可能性が高いと思われ、正に「犯罪インフラ」の典型だといえます。

メールアドレスと携帯電話番号の登録だけで使えるスマホの決済サービス「Paidy」を悪用した詐欺行為が問題となっています。詐欺行為は個人間で品物を売買するフリマアプリ「メルカリ」を通じて行われており、加害者はフリマアプリの出品者で、手元にない品物を出品し、落札されると通販サイトからPaidy決済で品物を購入、通販サイト側から直接、落札者のもとに送らせていました。落札者は品物が届くとフリマアプリ経由で出品者に代金を支払うことになりますが、出品者がPaidyへの後払いをしないため、品物を受け取った落札者がPaidy側から代金を請求される例が相次いでいるというものです。今回の詐欺事案のように、Paidyやメルカリが「犯罪インフラ」化した背景には、公的書類などによる本人確認が不要で、携帯電話番号とメールアドレスのみで登録できるPaidyの後払いシステムの手続きの脆弱性が突かれたことが指摘できると思います。さらには、個人間で品物を売買するフリマアプリの特性(知り合いでもない相手との一回性の非対面取引という「信頼性が担保されない取引」)もまた悪用されたものといえます。

それ以外にも、犯罪インフラを巡る報道がありましたので、いくつか紹介します。

  • 日本マイクロソフトは1月14日付で、パソコン用基本ソフト(OS)「ウィンドウズ7」の更新などのサポートを終了しました。国内では、ウィンドウズ7搭載のパソコンが約1,390万台残っていると推定されており、サポート終了後も作動はするものの、セキュリティープログラムやシステムの更新がされなくなるため、ウイルス感染やサイバー攻撃による情報漏洩などのリスクが大幅に高まることになります。同社は「ウィンドウズ10」など最新OSへの切り替えを呼びかけています。いまだ大量に残っている「ウィンドウズ7」が「犯罪インフラ」化してしまうことは避けられず、注意が必要です。
  • 外国人が受験する日本語試験の合格証が偽造され、SNSを通じて日本国内で大量に販売されていることが分かりました。報道によれば、日本語試験を巡っては、ベトナムで留学希望者による替え玉受験が相次いでいますが、偽物の合格証を購入するのは、すでに来日している留学生が多いということです。日本での就職などに使われているとみられ、試験団体は対策を検討しているといいます。多くは製造拠点が中国とされ、依頼者が名前や住所、顔写真などを送れば、1週間程度で中国から国際郵便で現物が届くといいます。入国前審査では、日本政府が試験団体に名前を照会して偽物を見破ることも可能ではあるものの、採用の時点では、企業は外見で確認するしかないのが実態です。偽物とはいえ精巧に作られており、本物であるという前提のもと、精巧であれば見抜くのは困難だといえます。企業の採用時のそのような見極めの脆弱性が悪用されている形となります。また、外国人労働者に関連して、在留資格の虚偽申請をした容疑で行政書士らが逮捕されるという事案もありました。逮捕容疑は、「京都市内の旅館で、広報やHPの運営管理業務に従事している」などと虚偽の内容を記載した申請書を提出し、不正に在留資格を更新したというもので、在留資格更新手続きの脆弱性が突かれた形となります。さらに、陸上自衛官の証明書を偽造したとして、警視庁公安部が、中国籍で日本語専門学校留学生(23)を有印公文書偽造容疑で逮捕しています。報道によれば、偽造証明書の作りは精巧で、容疑者はインターネットを通じて買ったと供述していることから、公安部が偽造目的などを調べているといいます。なお、容疑者は、「中国でサバイバルゲームやコスプレ大会に参加するため、ネットで注文して約2,000円で買った」と供述しているとのことです。このような「証明書」がさまざまに偽造されている実態があることを企業や自治体としては認識し、これまで以上にその「真偽」について注意を払っていくことが求められているといえます。
(7)その他のトピックス
①暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

金融庁が、令和元年資金決済法等改正に関して、暗号資産(仮想通貨)にかかる具体的な規制(政令・内閣府令等)について公表しています。

▼ 金融庁 令和元年資金決済法等改正に係る政令・内閣府令案等の公表について

令和元年5月31日に成立した「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(令和元年法律第28号)の施行に伴い、関係政令・内閣府令等の規定の整備を行うもので、主な改正等の内容は以下のとおりとなっています。

  1. 暗号資産交換業に係る制度整備
    1. 暗号資産交換業の登録の申請、取り扱う暗号資産の名称又は業務の内容及び方法の変更に係る事前届出等に関する規定を整備する
    2. 暗号資産交換業者の広告の表示方法、禁止行為、利用者に対する情報の提供その他利用者保護を図るための措置、利用者の金銭
    3. 暗号資産の管理方法等、暗号資産交換業者の業務に関する規定を整備する
    4. 取引時確認が必要となる取引の敷居値の引下げを行う
  2. 暗号資産を用いたデリバティブ取引や資金調達取引に関する規制の整備
    1. 暗号資産を用いたデリバティブ取引や資金調達取引を業として行う場合における金融商品取引業の登録の申請、業務の内容及び方法の変更に係る事前届出等に関する規定を整備する
    2. 金融商品取引業者等の業務管理体制の整備、広告の表示方法、顧客に対する情報の提供、禁止行為、顧客の電子記録移転権利等の管理方法等、暗号資産を用いたデリバティブ取引や資金調達取引を業として行う金融商品取引業者等の業務に関する規定を整備する
    3. 電子記録移転権利等に係る私募の要件、有価証券報告書の提出要件・免除要件、有価証券届出書等の開示内容等に関する規定を整備する
  3. その他
    1. 「暗号資産」に関する用語の整理等のほか、投資信託の投資対象、金融機関の業務範囲等について、所要の規定の整備を行う
    2. 金融商品取引業者の自己資本規制における暗号資産の取扱い等に関する規定を整備する
    3. 暗号資産や電子記録移転権利等に関する監督上の着眼点や法令等の適用に当たり留意すべき事項等について明確化を図る

このうち、筆者が興味深いと感じた点について、少し詳しくみていきたいと思います。

一つ目が「取引時確認が必要となる取引の敷居値の引下げを行う」とされる部分に関するものです。

▼ 金融庁 規制の事前評価書「取引時確認が必要となる仮想通貨交換業者の取引の敷居値の引下げ」

本規制は、犯収法施行令を改正し、「仮想通貨交換業者が顧客との間でⅱの取引(価額が200万円を超える仮想通貨の交換等)を行う際の敷居値を10万円(改正前は200万円)に引き下げるもの」です。規制強化の理由として、本評価書では、「仮想通貨については、容易に越境移転可能な性質から、マネー・ローンダリングに悪用されるリスクが危惧されており、敷居値の引下げを行わなければ、仮想通貨交換業者が一見の顧客との間で200万円までの仮想通貨の交換等を、取引時確認することなしに行うことが許容され続ける状態となるため、不正な目的で仮想通貨を入手・売却しようとする者の取引の未然防止や、取引の事後トレースが困難になる可能性がある」と指摘しています。したがって、「仮想通貨については、容易に越境移転可能な性質から、マネー・ローンダリングに悪用されるリスクが危惧されており、上記ⅱに係る取引の価額が200万円を下回る場合であっても、顧客の取引時確認を適切に実施していくことがマネー・ローンダリング対策上適当と考えられる」としているほか、「令和元年6月に改訂されたFATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)勧告の解釈ノートにおいても、顧客管理が求められる仮想通貨の一見取引について、その敷居値を1,000ドルとすることが求められるとされている」としてその規制の妥当性を述べています。さらに、「上記課題を解決するに当たっては、認定資金決済事業者協会による自主規制規則の策定により、対応を促していくことも考えられる。しかしながら、仮想通貨交換業者への強制力が欠けることから、実効性を確保するためにも法令による規制手段の採用が妥当である」としている点についても、(自主規制の限界を端的に示しているという点で)十分に注意する必要があると感じます。

また、一連の改正の中では、「事務ガイドライン」も改正されることになりますが、その中でもとりわけ「検査・監督事務の進め方」「検査・監督事務の具体的手法」が新設されており、その内容が最近の金融庁のスタンスを端的に示すものとして、また、最新の検査・監査のあり方・方向性を示すものとして、大変興味深いものですので、以下、長くなりますが引用して紹介します。

▼ 金融庁 (別紙15)事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係16仮想通貨交換業者関係)の一部改正(案)

まず、「Ⅲ-1-2 検査・監督事務の進め方」については、金融庁の基本的スタンスとして、「暗号資産交換業者の検査・監督事務の基本は、実態把握や対話等を通じたモニタリング、監督上の措置、フィードバック、情報発信といった各手法を、各暗号資産交換業者の状況や抱えている問題の性質・重大性等に応じ適切に組み合わせることを通じて、各暗号資産交換業者に必要な改善を促していくことにある。これに加えて、日常的なモニタリングを通じて、資金決済に関するサービスの適切な実施の確保及び利用者保護等の観点から暗号資産交換業者を巡るグローバルな経済・市場環境の変化を的確に把握するとともに、各暗号資産交換業者における個別的状況についても、モニタリング・データや随時のヒアリング等の結果を踏まえ、暗号資産交換業者との対話の中で、リスク管理等に関するベストプラクティスの追求や、変化に柔軟に対応できる経営・ガバナンス態勢の整備等の課題の解決に向けた取組みを促していくことが求められる」と述べられています。

次に、「Ⅲ-1-3 検査・監督事務の具体的手法」について紹介します。

  1. オン・オフ一体の継続的かつ重点的なモニタリング
    • 監督当局は、各暗号資産交換業者の特性・課題を把握した上で、課題の性質・優先度に応じて立入検査を含むモニタリング手法を機動的に使い分け、改善状況をフォローアップする継続的なモニタリングを実施する。モニタリング手法の使い分けについては、各暗号資産交換業者の個別具体的状況に加え、各手法における実態把握に係る有効性や監督当局側・暗号資産交換業者側における負担の程度、問題の緊急性等の観点も十分に踏まえるものとする。
    • 基本的には、まず、経営・財務の状況等に係る資料の分析や、暗号資産交換業者内外の関係者からのヒアリングといったモニタリングを実施し、足下の健全性・適切性等に係る課題が見られるかどうか等の分析結果を踏まえて、法第63条の15に基づく立入検査の要否について判断するものとする。
    • なお、モニタリングの具体的な実施に当たっては、Ⅲ-1-2に基づくほか、本事務ガイドラインの着眼点を補足・敷衍し、事業者との対話を円滑に実施するためのツールである「暗号資産交換業者の登録審に係る質問票」のほか、協会の定める自主規制規則の内容を踏まえるものとする。
  2. 具体的手法
    1. 実態把握及び対話の実施に当たっての前提行為
      1. 情報収集・プロファイリング(特性把握)
        • 前述のとおり、金融庁は、各暗号資産交換業者の特性や課題、改善に向けた自主的な取組み状況等その時々における個別具体的状況を把握することを目的としてモニタリングを実施する。この中には、暗号資産交換業者を巡る環境変化が及ぼす経営への影響やこれへの各暗号資産交換業者の対応状況について把握することも含まれる。こうした情報収集やプロファイリングは、日常的なモニタリングの成果の集積であり、特定の形式にとらわれるものではないが、例えば以下のような視点で取組みを行っていく。
          • マクロの視点
            • 経済、金融市場、政治、社会等内外の環境変化が各暗号資産交換業者に与える影響について分析・把握する必要がある。
            • そのため、例えば、庁内の関係部署や財務局、関係省庁等と連携し、一般事業会社を含む国内外の不祥事、国内外の法令・制度の改正や判例の動向、海外当局や国際機関における議論の動向、暗号資産の取引市場の動向、経済・社会環境の変化、暗号資産に用いられる技術の進展等の内外の環境変化に関する情報を収集した上で、同業他社や他業界、類似業務・商品、法制度等に潜む共通の課題を分析・把握することが有用となる。
            • こうした情報収集・分析を通じた、問題事象の横展開・広がりの分析を通じ、暗号資産交換業者全体に内在する課題の把握・特定に努めていく。
          • ミクロの視点
            • 暗号資産交換業者との実効性のある対話等を実現するためには、各暗号資産交換業者固有の実情についての深い知見の蓄積が不可欠である。
            • 特に、その出発点として、暗号資産交換業者が、それぞれの経営環境(顧客特性、競争環境等)の中でどのような姿を目指し、そのために何をしたいのかといった経営理念や当該理念に基づいたビジネスモデル・経営戦略、業務運営及び組織態勢を確認することが必要となる。
            • そのために、例えば次のような、当該暗号資産交換業者やそのステークホルダー(従業員、顧客、株主等)からの情報収集が有用である。
              • 経営・財務の状況等の定型資料のみならず、経営の意思決定に係る会議体の資料や議事録等を分析すること(経営上のリスクの特定・評価についての情報を含む)
              • 決算やリスク管理に係るヒアリングのみならず、各部門の責任者をはじめとする各階層の者からビジネス動向や業務の適切な運営確保の状況等について随時ヒアリングを行うこと
              • 暗号資産交換業者自身のリスク認識や業務のあり方を把握するため、内部監査部門、監査(等)委員・監査役、社外取締役等と意見交換を行うこと
              • 金融サービス利用者相談室に対して寄せられた相談・苦情等の情報など、様々なチャネルを活用して収集した金融サービス利用者の声のほか、メディア報道や外部からの照会等を含めた外部情報を分析すること
      2. 優先課題の洗い出し及びモニタリング方針・計画策定
        • 上記情報収集・特性把握を通じて特定された各暗号資産交換業者の課題や業態等に共通する横断的な課題については、暗号資産交換業者の経営陣と経営上の実質的な重要事項を議論するため、また、限られた行政資源を最大限有効活用するため、社会的要請など時々の重要度・緊急度も十分に踏まえ、優先順位を付ける必要がある。こうして特定された横断的な優先度の高い課題については、事務年度当初に年度単位の方針等で設定・公表する。
        • 次に、各暗号資産交換業者特有の経営状況等を踏まえ、モニタリング方針・計画を策定し、優先課題への具体的な対応方針・計画を定め、適正な人員配置等の体制を構築する必要がある。その際、暗号資産交換業者が実質的な重要事項の改善に経営資源を集中できるよう、重点的な課題の性質に応じて立入検査とそれ以外のモニタリング手法、各暗号資産交換業者のモニタリングと水平的なモニタリング等を使い分ける。
        • なお、立入検査については、一定期間ごとに実施するのではなく、一連のモニタリングプロセスにおける実態把握のための手法の一つと位置付けられる。但し、長期間立入検査が実施されていない場合には、監督当局の予見困難な問題事象が生じている可能性が相対的に高まっているリスク要素の一つとも捉えられる。また、期中に新たな課題が発生・発覚した場合にはモニタリング計画を柔軟に見直すなど、その時々に応じた適切なモニタリングを心掛ける。
    2. 各暗号資産交換業者の詳細な実態把握
      • 実態把握のため、課題の性質又は対応の進捗、各暗号資産交換業者の実態に応じ、各種ヒアリングや任意の資料提出依頼、アンケート、法令上の報告徴求、立入検査などの中から、最も効率的かつ効果的な手法を選択することとする。
      • また、監督当局において、過去に情報を把握していたり、別途把握を行っている場合には、その内容を事前に確認の上、それらを最大限活用するなど暗号資産交換業者の負担軽減に配慮する。
      • 更に、一旦行った分析に基づきモニタリングを実施している場合においても、情報収集や実態把握、対話に基づき新たに課題が判明した場合には、新たな課題の性質に応じて、適切な対応を行っていく。
      • 選択された各手法については、それぞれ例えば次の点に留意して実施する。なお、いずれの手法を実施するにしても、監督当局がどのような課題を認識した上で、どのような議論を志向しているのかを、暗号資産交換業者に対して丁寧に説明していく。
      1. 各種ヒアリング
        • 優先課題について暗号資産交換業者との相互理解を深めるため、課題の性質に応じて経営トップ、各部門の責任者、実務者レベル等との間で重層的にヒアリングを行っていく。
        • なお、ベストプラクティスの追求に向けた取組みについては、暗号資産交換業者が自らの置かれた環境と特性に応じ創意工夫を行うものであることを踏まえ、監督当局が特定の答えを押し付けることのないよう留意する必要がある。また、こうした各種ヒアリングの一環として、暗号資産交換業者の施設内において、特定のテーマに関して一定期間集中的にヒアリングや対話を行う場合がある。
      2. 任意の資料提出依頼
        • 暗号資産交換業者の負担に配慮し、また、依頼趣旨が明確かつ正確に伝わるよう、当該依頼がどのような課題認識に基づくものか、そのためにどういった内容の資料が必要なのかといった点を明らかにし、暗号資産交換業者に対して丁寧に説明し理解を得るよう努める。
        • その際、実施時期の分散、二重の依頼の回避、余裕をもった提出期限の設定といった暗号資産交換業者に課せられる負担の軽減に努めることとする。特に、アンケート等、複数の暗号資産交換業者を対象とする場合は、各暗号資産交換業者の特性・置かれた環境にも十分留意する。
      3. 法第63条の15に基づ報告徴求
        • 必要が認められる場合には法第63条の15に基づき報告を求める。その際、当該報告徴求が監督当局のどのような課題認識に基づくものか、暗号資産交換業者に対して丁寧に説明する。
      4. 法第63条の15に基づく立入検査
        • 足下の健全性・適切性等について詳細な検証が必要と判断された場合等、必要が認められる場合には法第63条の15に基づく立入検査を行う。
        • その際、経営上重要な問題は何で、その根本的な原因は何かを常に念頭に置き、洗い出した優先課題の正確性について、経営陣との議論の中で再確認し、仮説を構築する。更にその仮説の立証のために更なる事実・実態の収集・把握を行い、収集した事実・実態に基づき、経営陣と議論を行うことで、安易な結論ではなく暗号資産交換業者の経営や金融行政上重要な課題について根幹に根差した議論を行うよう心掛ける。
        • なお、立入検査に係る基本的な手続きは、別紙1「立入検査の基本的手続き」を参照。また、検査結果通知書を交付した場合は、その交付日から原則として一週間以内に暗号資産交換業者に対し、指摘事項についての事実確認、発生原因分析、改善・対応策等について、法第63条の16に基づき、1か月以内に報告することを求める。報告を求める事項については、指摘の内容に応じ、個々に適切かつ十分な報告事項を定めるよう、十分検討することとする。
    3. 対話
      • 対話は、経営基盤やコンプライアンス等に係る重大な問題発生の有無や蓋然性、暗号資産交換業者の経営の改善に向けた自主的な取組み状況等その時々における個別具体的状況や、問題の性質に応じて実施される。
      • 対話を実施する際は、監督当局側の思い込み、仮説の押し付けを排し、可能な限り、暗号資産交換業者が安心して自らの立場の主張をできるよう努めつつ、まずは、暗号資産交換業者側の考え方や方針を十分に把握し、その上で事実の提示を伴いつつ行うことを徹底する。
      • 更に、対話に当たっては、それまで、監督当局が各暗号資産交換業者と行ってきたやりとり等を十分に踏まえ、対話の継続性に配慮した運営に努める必要がある。
      • 監督当局による実態把握において、経営基盤やコンプライアンス等に係る重大な問題発生の蓋然性が高まったことが認められた場合においても、まずは、暗号資産交換業者自らが課題・根本原因・改善策の妥当性について検証を行った上で、監督当局と暗号資産交換業者との間で改善策の策定・実行について深度ある対話を行うこととする。但し、既に上記問題が発生している等高度の緊急性が認められる場合においては、監督当局が考える要改善事項の明確な指摘を行った上で各暗号資産交換業者の対応方針を確認する。
      • 上記問題が発生する蓋然性が認められない暗号資産交換業者については、自らの置かれた状況に応じ多様で主体的な創意工夫を発揮することで、ビジネスモデルやリスク管理の高度化への努力を続けることが重要である。そこで、監督当局としては、日頃のモニタリングを通じた特性把握を基に、各暗号資産交換業者の置かれた経営環境や経営課題あるいは、各暗号資産交換業者の戦略、方針について深い理解を持った上で、特定の答えを前提とすることなく、暗号資産交換業者自身に「気付き」を得てもらうことを目的に、暗号資産交換業者との間で、ビジネスモデルやリスク管理、人材育成等について深度ある対話を行っていく(この過程でベストプラクティス等の他の参考事例を必要に応じて共有する)。
    4. 多様な手法の柔軟かつ適切な組合せ
      • 上記のとおり、監督当局が暗号資産交換業者に対する行政対応として用いる手法は様々なものがあるが、有効性や監督当局側・暗号資産交換業者側における負担・費用等の観点から、それぞれメリット・デメリットがある。
      • そこで、監督当局としては、各暗号資産交換業者における課題や経営基盤・コンプライアンス等に係る重大な問題発生の有無等その時々における個別具体的状況に応じて、各手法のメリットを最大限生かす柔軟な組み合わせを実現することで、有効かつ効率的な検査・監督事務の実現を目指す。例えば、既に述べた手法以外にも以下の方法が考えられる。
        • 業界共通の状況や課題、特定分野における事例等をフィードバックすることは、暗号資産交換業者自身による創意工夫の発揮に資するものである。特に、これらの取組みを各暗号資産交換業者の有する課題に即してフィードバックを行うことで、監督当局・暗号資産交換業者間における高度の共通価値を構築した上での深度ある対話が可能となる。その場合においても、各暗号資産交換業者の自主的な経営判断を尊重し、個別取引の判断に監督当局として不適切な介入を行うことのないように配慮する必要がある。
        • 暗号資産交換業者が自主的に開示する経営方針やその改善に向けた取組みといった情報は、暗号資産交換業者と監督当局との間の対話のみならず、顧客等の関係者との対話を深め、暗号資産交換業者による経営改善に向けた取組みに資する可能性がある。
        • 各暗号資産交換業者の課題が利用者保護や顧客利便といった分野である場合は、監督当局・暗号資産交換業者間でのやり取りに終始するのではなく、取引先や利用者といった第三者にアンケートやヒアリングを実施し、その結果を監督当局・暗号資産交換業者間の対話の際にフィードバックすることで、対話の効果を高めることが可能となる。
        • 必要に応じ、金融庁が、暗号資産交換業者以外の関係者と共通価値や目標を共有したり、監督当局としての各種分析や金融行政のスタンスを情報発信していくことで、暗号資産交換業者の経営環境に関係するステークホルダー等に働きかけることが考えられる。
    5. モニタリング結果を踏まえた対応
      • 上記の金融モニタリング結果の還元については、従来の「検査結果通知」の形式に捉われることなく、認識が一致しない点については相違点を確認の上、継続的に議論を続けるなど、優先課題についての重点的な議論に適した進め方を工夫する。例えば、以下のような形で暗号資産交換業者に還元し、継続的な議論や必要に応じて改善対応を求めるなど、適切なフォローアップを行っていく。
      • 通年で実施したオン・オフのモニタリングの成果は、必要に応じ年間を通じた「フィードバックレター」として文書で交付する。
      • 立入検査を実施した際には、原則として、その都度、結果の還元を行う。その方法は、把握した事象や立入検査の内容により様々であるが、例えば、軽微な事象や上記③ロのような対応を行う項目については「講評」や「監督当局所見」のような形で、あるいは、重大な事象については「検査結果通知」のような形で行う。
      • 業界共通の課題については、上記「イ」又は「ロ」のほか、随時情報発信する。

    モニタリングによって認められた問題点・収集した情報を①個別暗号資産交換業者限りのもの、②当該業態共通のもの、③他業態にも共通のもの、④監督当局の他の所掌業務や関係省庁その他業界団体等に影響するものに分類し、次期の年度単位の方針やモニタリング計画に反映するほか、業態横断的な水平的モニタリングの検討、また、モニタリングのみに留まらない問題の広がりを踏まえ、監督当局の他の所掌業務や関係省庁その他業界団体等への働きかけを行っていく。

その他、最近の暗号資産を巡る動向について、いくつか紹介します。

国民生活センターが、最近の相談の傾向等について紹介する中で、暗号資産に関するものもありました。

▼ 国民生活センター 各種相談の件数や傾向
▼ 暗号資産(仮想通貨)

本報告によれば、インターネットを通じて電子的に取引される、暗号資産(仮想通貨)に関するトラブルの相談が寄せられており、最近の事例として、「上場前の仮想通貨を購入すると儲かるというICOに出資したが、いまだに上場しない。金融庁に届け出のない事業者で、いつも担当者が不在である」、「友人から仮想通貨の儲け話に誘われて、お金を振り込んだが、事業者に騙されたようだ」、「仮想通貨取引で差益を得るビジネスに投資をしたが、配当がない。実際は取引をしていないのではないか」、「知人から仮想通貨の儲け話を聞き、紹介された人物に運用費用として50万円を手渡したところ、サポート用のUSBを渡されたが、解約したい」、「知人から投資に詳しい人を紹介され、仮想通貨を代わりに購入してあげると言われたので依頼し、友人に代金を手渡したが、海外の取引所が実在するのか不安だ」といったものが紹介されています。

また、金融庁が、無登録で仮想通貨交換業を行う者について、警告書を発出したことを公表しています。アゼルバイジャン共和国に所在するとされる業者「CBASE FINTECH LAB LLC」について、インターネットを通じて、日本居住者を相手方として、仮想通貨交換業を行っていたもの(インターネット上で仮想通貨取引を行っている「CROSS exchange」を運営しているとされるものの、インターネット上の情報に基づいており、「業者名等」「所在地」等は、現時点のものでない可能性がある)です。

▼ 金融庁 CBASE FINTECH LAB LLCに対する警告書の発出について公表しました

また、本コラムでも以前紹介したマイニングを巡る控訴審について、東京高裁の判決が出ています。他人のパソコンを無断で動かして暗号資産を獲得する「マイニング(採掘)」をさせるプログラムはコンピューターウイルスに当たるかどうかが争われたもので、不正指令電磁的記録保管罪に問われたウェブデザイナーの男を無罪とした1審・横浜地裁判決(2019年3月)を破棄し、罰金10万円の逆転有罪判決を言い渡しています。報道(2020年2月7日付毎日新聞)によれば、不正指令電磁的記録保管罪は「他人のパソコンに意図に反する動作をさせる不正な記録」をウイルスと定義しているところ、公判の争点は、(1)閲覧者のパソコンは意図に反した動きをしたか(反意図性)、(2)不正な指令があったか(不正性)の2点であり、1審は反意図性を認めつつ、不正性はなかったとして無罪としたのに対し東京高裁は、「コインハイブ」(マイニング用のプログラム)は、サイトの閲覧に必要なものではなく、閲覧者はマイニングが実行されていることを知ることも、拒絶することもできないと指摘し、反意図性を認めたうえ、さらに、閲覧者は利益が得られるわけではないのに、知らないうちにパソコンの機能を提供させられていると指摘、「プログラムに対する信頼保護の観点から、社会的に許容すべき点は見当たらない」として不正性も認定したものです。筆者としては、1審の判決に違和感を覚えていたところであり、今回の高裁判決は妥当なものではないかと考えています。

さて、本コラムでは、ここ最近、米FB(フェイスブック)の構想する米ドルなどの法定通貨に裏打ちされたデジタル通貨「リブラ」を巡る議論、そこから拡がる国際的な「ステーブルコイン」の議論について取り上げています。リブラに対する大きな懸念は、(サイバー攻撃による窃取リスク、マネー・ローンダリングやテロ資金供与等への悪用リスク、プライバシー侵害リスク等に加え)国家主権の中核である通貨発行権を脅かしかねないという点にほぼ収斂されます。一方、その間隙を突くように、中国は「デジタル人民元」発行の準備を加速させているほか、欧州中央銀行(ECB)やウルグアイ、スウェーデンなども検討や実証実験を開始しています。そこに、米中両国の対決構図(基軸通貨を巡る覇権争い)も絡み、デジタル通貨の行方に注目が集まっている状況が続いています。そもそも、20億人のユーザーを抱えるFBのリブラが定着すれば、明らかに国際資金の流れは大きく変わり、金融経済規模の小さい国であれば「リブラ化」する可能性は否定できません。正に「通貨発行権」という経済政策の根幹に対するチャレンジ(殴り込み)に政府・中央銀行はどう対峙するのかが問われている状況にあります。一方、技術革新によって「民間銀行」がこれまで提供してきたさまざまなサービスを、細分化し低コストで提供する流れは加速しており、日本を含めすでに多くの送金業者や決済提供業者が存在し多様なサービスを提供し始めていますが、「少額な国際資金送金」に対してもリブラはチャレンジ(殴り込み)をしかけることになります。また、リブラなどの民間のデジタル通貨と中央銀行発行のデジタル通貨が競合するようなことになれば、「民間銀行」を衰退に追い込むことにもなりかねません。また、デジタル通貨によって個人や企業の取引情報がすべて、発行主体の知るところとなれば「監視経済」「監視社会」化が進むこともリアルに想像できるところです。リブラの「破壊力」は、国(政府)・中央銀行・金融、そして国民にとって、あるいは「お金」そのものにとって、その存在意義を再定義させる必要があるほどの大きさだといえ、今後の議論に注目していきたいと思います。以下、前回に引き続き、世界各国や規制当局等のリブラに対する姿勢について、簡単に集約していますので、あわせて参考にしていただきたいと思います。

  • 日銀など6つの中央銀行がデジタル通貨研究を共同で進めることで合意しています。「主要中央銀行によるCBDC(中央銀行デジタル通貨)の活用可能性を評価するためのグループ」を発足させ、日銀やECBのほか、カナダ銀行やイングランド銀行、スウェーデン・リスクバンク、スイス国民銀行が参加するものです。報道によれば、各中央銀行の研究成果や知見などを共有するとされ、具体的にはCBDCの活用のあり方や発行形態、金融仲介機能への影響、CBDCに対する金利の付与の是非などを踏まえ、クロスボーダーの相互運用性を含む経済面、機能面、技術面での設計の選択肢を評価することや、ブロックチェーンなど先端的な技術についての知見も共有することなどを企図しているといいます。すでに各行総裁が参加する初会合を4月中旬に開くことで調整に入っており、最終報告は今秋にもまとめるということです。今回の合意がかなりのスピード感をもって実現した背景には、先行して「デジタル人民元」の実証実験を始める中国がデジタル通貨技術の国際標準化で主導権を握りかねないとの危機感があったのは容易に想像できるところです。
  • 日銀のスタンスとしては、現時点で、現金通貨とは別に「デジタル円」のような通貨の発行を計画しているわけではなく、「必要性が高まったときに、的確に対応できるよう調査研究を進めておく」といった考えだと思われます(麻生財務相も「信用性なども含めていろいろ考えようと、各国の中銀が集まって研究する構図だと思う」としつつ「法定通貨としてデジタル通貨を発行する計画があるわけではない」と述べています)。しかしながら、中国がデジタル人民元の発行準備を進めるなど、中央銀行と通貨のありようが、デジタル技術の急速な進展で様変わりする可能性が指摘されている中、将来の通貨覇権とも関わる重要なテーマであり、その備えに万全を尽くすべきであり、今回の取組みは当然行うべきものであると言えると思います。物理的な紙幣や硬貨の代わりにデジタル通貨が普及すれば、現金の管理に伴う莫大なコストが減る利点がある一方で、民間のデジタル通貨が普及して現金通貨の利用が減れば、金融政策の効果が弱まりかねないほか、マネー・ローンダリングなどに悪用される恐れや個人情報の保護、サイバー攻撃対策など、さまざまな懸念があります。このようなメリット・デメリットをふまえ、国の信用に裏打ちされた中央銀行のデジタル通貨のあり方を真剣に検討すべきタイミングにあることは間違いありません。そのうえで、電子マネーなど民間のさまざまな決済サービスが駆逐される恐れがあるため、小口決済でも広範に利用できるCBDCのインパクトには十分な配慮が必要となること、小口決済では各国ごとに事情が異なり、日本では現金の利用が多く、そもそもデジタル通貨が必要なのかという問題の整理も今後も課題となるものと思われます。なお、日本の政府・与党内では、中国政府が開発を進めるデジタル人民元への警戒感が高まり、「デジタル円」の発行を視野に、党調査会や議員連盟が春にも提言をまとめる動きがあります。その背景にあるのは、やはり「デジタル人民元」を実際に発行すれば、伝統的な金融サービスの恩恵から遠く、中国の影響力が強いアフリカ諸国で急速に広まり、米ドル基軸体制が揺らぐ可能性があるとの危機感です。
  • 今後数年内に独自のデジタル通貨を発行する可能性があるとみている中央銀行の割合が上昇したことが、国際決済銀行(BIS)の調査で明らかになっています。今後6年以内にCBDCを発行する可能性があると答えた中央銀行の割合は、調査対象となった66行の約20%と、1年前の約10%から上昇したほか、中央銀行の10%は今後3年以内に発行する可能性があると回答、デジタル通貨に関連する技術を検証している中央銀行は80%に上り、前年調査の70%から上昇したとのことです。
  • 新興国の中央銀行が相次ぎデジタル通貨の発行に動き出しています。カンボジアでは実用段階に入ったほか、カリブ諸国などでも計画が進んでいるようです。報道(2020年2月4日付日本経済新聞)によれば、新興国は、リブラや先進国のデジタル通貨が導入されれば、自国通貨の存在感が低下し、金融政策が届きにくくなりかねないといった危機感を募らせていることが背景にあるほか、デジタル化によるコスト削減効果が大きいこともあるようです(現金輸送などの管理費用のほか、国民が出稼ぎで得た資金を自国に国際送金する際の手数料も減らせることになります)。
  • 米FBが計画する暗号資産「リブラ」について、同社の事業責任者が、リブラの早期発行に意欲を見せています。当初は今年前半の発行を予定していましたが、金融当局からマネー・ローンダリングなどに悪用されるリスクがあるとの指摘を受け、延期を余儀なくされ、早期の発行は難しいとの見方があるものの、今後1~2年以内の発行に楽観的な見通しを示したということです。その一方で、英通信大手ボーダフォン・グループが、「リブラ」プロジェクトから撤退しました。リブラへの批判は根強く、本コラムでも取り上げてきた他の大手ハイテク企業に次ぐ同社の動き(撤退は同社で8社目)は、米FB主導の構想に新たな打撃を与えるものとなります。
  • 報道(2020年1月23日付に本経済新聞)によれば、国際通貨基金(IMF)のギータ・ゴピナート・チーフエコノミストは、「海外送金のコストを下げるなど、デジタル通貨は決済システムの変革で大きな役割が果たせる」ものの、「CBDCは銀行セクターへの影響など未解決の課題が多い」と指摘しています。CBDCの普及が進めば、家計や企業が中銀に預金口座を直接持つ仕組みが想定され、中央銀行は簡単に金利操作ができるようになる利点もあるものの、民間銀行が預金を受け入れて融資に回す「信用創造」が損なわれ、成長資金を供給する金融システムの激変が避けられないといいます。また、中国や欧州がCBDCで先行すれば、ドル覇権が揺らぐとの指摘もあるものの、「ドル支配は強力で、簡単には準備通貨の転換は進まない」、「貿易や金融に影響する極めて強力なネットワークがドル一極体制をもたらしており、テクノロジーだけで新たな準備通貨に置き換えるのは簡単ではない」と主張しています。
  • スイスのマウラー大統領は、「リブラ」プロジェクトは現行の形では頓挫するとし、承認には修正が必要との見解を示しています。スイス公共放送でのインタビューで、「リブラを裏付ける通貨バスケットを中銀が受け入れないため、リブラプロジェクトは現行の形では頓挫する」と述べています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

カジノを含む統合型リゾート(IR)に関し、国の行政機関として事業者の規制・監督を担う「カジノ管理委員会」が1月7日に発足しています。IR事業をめぐっては、東京地検特捜部が汚職事件を捜査中であり、いきなり逆風の中の船出となりました。カジノ管理委員会はIR整備法に基づき設置され、国家公安委員会や原子力規制委員会などと同様に独立した権限を持つ国家行政組織法上の「三条委員会」の位置づけで、内閣府の外局として置かれ、カジノ運営に必要な免許を事業者に与える権限を持っています。適正な運営が行われているかを確認するため、事業者に報告を求めたり、立ち入り検査したりでき、不正が発覚した場合、免許取り消しを含めた行政処分を行う権限を有しています。さらに、AML/CFTやギャンブル依存症対策も担当しています。今後、事業者を規制・監督するための具体的なルール作りなどを進めることになります。

なお、このように十分な独立性や公正性が求められるカジノ管理委員会ですが、担当する武田行政改革担当相は、衆院予算委員会で、監査法人「PwCあらた」と「あずさ」から計3人について、「これらの法人ないし関連会社がIRに関するコンサルティング業務を手がけている」と、出向元に在籍したまま非常勤で勤務していることを認めています。そのうえで「いずれも外部の独立した立場から企業の監査等を行っており、IR事業者やカジノ事業者ではない」としていますが、特に「PwCあらた」所属の公認会計士は、IR誘致を目指す大阪府と大阪市のIR事業者を選ぶ選定委員会の委員を委嘱されていることもあり、その独立性や公正性について、野党から「特定の自治体、事業者に肩入れしている疑念が生じる。公平、公正が問われる」との批判も出ています。

また、政府は、IRの選定基準に関する基本方針について、決定時期を当初予定していた1月中から先送りする方針を固めています。IRをめぐる汚職事件を受け、世論や国会審議の動向を見極める必要があると判断したとされます。基本方針は誘致自治体がIRの候補地や事業者を選定する際の前提となるものですが、IR誘致を表明している横浜市や大阪府・市、和歌山県、長崎県の各自治体では2月に地元議会が開かれる予定であり、基本方針の決定と公表が大幅にずれ込めば、地元議会の同意を得られず、2020年代半ばのIR開業がずれ込む可能性も指摘されています。そのIRを巡る世論については、毎日新聞の世論調査では、IR事業を予定通り推進する政府の方針については、「予定を見直し、再考すべきだ」が63%で、「予定通り進めてよい」の22%を大きく上回ったほか、朝日新聞社の世論調査でも、IRについて、政府が整備の手続きを「凍結する方がよい」は64%に上り、「このまま進める方がよい」は20%にとどまりました。さらに、日本経済新聞社の世論調査でも、IRの推進について「見直すべきだ」との回答が67%となるなど、IRに絡んだ汚職事件に有権者が厳しい視線を注いでいることが明らかとなっています。国会の論戦でも野党は「安倍内閣の成長戦略は汚れたカジノに頼らざるを得ないのか」、「疑惑にまみれたIR事業の凍結を宣言すべきだ」と指弾しているのに対し、安部首相は現職議員の逮捕は遺憾だとしつつ、「IRはカジノだけではない。家族で楽しめるエンターテインメント施設として観光先進国の実現を後押しする」と意義を強調、IR整備に関し「丁寧に進めていきたい」と述べ、政府方針に変更はないと表明しています。とはいえ、今後も慎重な対応が求められていることは言うまでもありません。なお、東京地検特捜部は、秋元司・衆院議員を収賄罪で東京地裁に追起訴、最初の起訴事実と合わせた賄賂総額は計約760万円相当となりました(被告はいずれの起訴事実も否認しています)。また、本事件を受けて、国交相は、カジノ管理委員会から国だけでなく自治体職員と事業者の接触ルールが必要という声が出ていることもふまえ、IR事業者との接触ルールは、政府関係者だけでなく自治体職員も対象とし、基本方針に盛り込む方針を示しています。

次に自治体の動きについて、確認しておきます。

IR大手の米MGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスの2社連合が大阪府・市が誘致するIRの入札にあたり検討する共同事業体案の概要が判明、パナソニックやJR西日本、関西電力、大阪ガス、京阪ホールディングス、ダイキン工業など約20社から1社あたり数億~100億円規模の出資を募り、20社への打診総額は最大1,400億円前後となる見込みだということです(MGM・オリックス連合は大阪IRに総額1兆円規模を投資すると表明しており、残りの額はMGMとオリックスの出資金や銀行からの融資で賄うものとみられています)。報道によれば、関西企業との連携を大阪府・市にアピールし、事業者選定争いを勝ち抜きたい考えのようです。なお、大阪IRには昨年のコンセプト募集の段階で、MGM・オリックス連合のほかにシンガポールのゲンティン・シンガポールと香港のギャラクシー・エンターテインメントなどが手を挙げていましたが、この2社については、大阪を撤退して横浜に参入するのではないかとの憶測も現実味を帯びてきています。なお、大阪府・市はすでに運営事業者の公募を開始しており、IR事業者は2月14日までに申し込み手続きを行い、4月までに提案書類を出す必要がありますので、動きや駆け引きが本格化しています。

また、横浜市は、2020年度当初予算案で、IRの推進費用に計4億円を計上しています。また、林文子市長が強い意欲を示しているオペラやバレエを中心に上演する新劇場の整備に向け、関連費用計2億円を盛り込む考えのようです。横浜市は今年度内にIRの要件を定める実施方針を策定し、2020年度に事業者の公募・選定を実施、その後、選ばれた事業者とともに区域整備計画案を策定し、市議会の議決を経て国に認定申請する方針で、2020年代後半の開業を目指しているということです。さらに。横浜市は、IR事業者選定で諮問機関設置するとしています。この専門委員会の設置は、国のIR実施方針案に基づくもので、公平・公正な審査体制を打ち出す狙いがあるとされます。委員会の答申に基づき事業者を決め、IR候補地の山下ふ頭周辺の治安対策や経済振興策などをふまえた区域整備計画を策定する運びです。その後、市議会での議決を経て国が期限とする2021年7月末までの申請を目指しています。

長崎県の中村知事は、IR運営事業者の選定にあたり、公平性や透明性を確保するため第三者委員会を設立することを明らかにしています。メンバーなどは不明ですが、地域観光や経済効果、ギャンブル依存症対策に見識を持つ専門家らで構成されるとみられています。長崎県と佐世保市はIRの誘致に名乗りを上げており、「ハウステンボス」の敷地内で開設を目指しています。県と同市が共同で協議会を設置し、2019年度中に実施方針を策定し、2020年後半に事業者を選定する運びとしています。

また、北九州市がIRの誘致を見送っています。北九州市側が手を挙げたわけではなかったものの、海外の事業者らが相次いで同市を訪れ、新幹線の駅に間近なIR構想を提案していました。他都市の構想にない利便性の高さから注目を集めたが、北橋健治市長の2023年2月までの任期中に誘致されることはなくなりました。さらに、千葉市の熊谷俊人市長も、IRについて、誘致を行わないと表明しています。昨年秋に相次いだ台風や大雨の被害への対応などを理由に挙げ、「総合的に判断した」と述べています。これにより、国の意向調査に対し、IRの認定申請を「予定または検討」と答えたのは8地域9自治体ありましたが、このうち申請を見送るのは、北海道、千葉市、北九州市の3自治体となりました。

また、自治体ではありませんが、韓国のIR運営に携わっているセガサミーホールディングスの里見社長は、横浜市のIRイベントで講演し、同市のIR参入を目指す方針を明らかにしています。日本企業ではオリックスが米IR大手のMGMリゾーツ・インターナショナルと提携して大阪府・市のIR参入を目指しているが、運営主体として参入を目指すのは、日本企業では同社が初めてとなります。里見社長は「外資に全部持っていかれるのは恥ずかしい。日本企業としてリーダーシップを取りたい」と述べたということです。

なお、最近の新型コロナウイルスの感染拡大により、マカオ政府は、400億ドル(約4兆4,000億円)規模の産業であるカジノ関連施設の営業停止を決めています。世界最大のカジノ産業を持つマカオでの営業停止は、悪天候に関連した短期間の休業を除けば、史上初めてとなります。この問題の持つ意味あいについては、2020年2月6日付日本経済新聞の記事「」で詳しく解説されていますが、概要について、以下、抜粋して引用します。

国政府が今月になって香港とマカオ渡航のための個人に対するビザ(査証)発給を停止する以前から、収益は大幅に減少していた。ここ数四半期は、香港の抗議デモでカジノの訪問客が減っていた。中国の景気減速も利益の圧迫要因だった。(略)少なくとも2週間営業停止になれば、カジノ運営会社の第1四半期の営業損益は赤字になる公算が大きい。流行が2002~03年のSARSほど長く続いた場合、ビジネスモデルが崩壊してしまうかもしれない。感染拡大を封じ込めたとしても、迅速な回復は無理だろう。人民元の下落と経済の悪化によって、中国の規制当局が資本規制を一段と強化する可能性がある。カジノの訪問客が海外での現金引き出しを制限されると、客足の回復が何カ月も遅れる。流行が長引けば、弱い企業は拡大する一方の損失に対応するのが難しくなる。営業停止が長引くほど、カジノ業界は統合再編の可能性が高まる。

さて、IRにおける重要な課題のひとつがギャンブル依存症対策ですが、厚生労働省が診療報酬改定を行い、ギャンブル依存症の治療で公的医療保険が使えることになりました。同省の中央社会保険医療協議会で、ギャンブル依存症の治療を今年4月から公的医療保険の適用対象とする方針を示したもので、IRの誘致が本格化するのを前に、依存症対策を強化する狙いがあります。本コラムでたびたび紹介しているとおり、ギャンブル依存症は賭け事にのめり込む精神疾患で、政府が平成29年度に行った調査では、過去にパチンコや公営ギャンブルなどで依存症の経験が疑われるのは推計で約320万人にも上ります。これまでは保険外の自由診療で、外来患者数は平成26年度には2,019人だったところ、平成29年度には3,499人に増えています。報道によれば、対象となる治療は、日本医療研究開発機構の研究班が開発した集団治療プログラム(患者が集団で意見交換し、ギャンブルに代わる行動を見つけられるよう支援するもの)に沿ったものとなる見込みで、依存症の男女を対象にした研究では、このプログラムを受けた人のうち、半年後までギャンブルを断ち続けていた人が40%超となるなど、一定の成果が見込まれています。今後、こうした治療法を保険適用する方向で制度の詳細を詰めるということです。政府が昨年4月に定めたギャンブル等依存症対策推進基本計画では、今年度(2019年度)中に依存症治療への保険適用の是非を検討して、来年度(2020年度)から全都道府県と政令指定市に治療拠点を整備するとしていますが、自己責任でやるギャンブルの依存症治療に、公費や保険料などでまかなう公的保険を適用することへの批判も多いのも事実です。また、ギャンブル等依存症対策の関連では、神奈川県が、県内におけるギャンブル等依存症の実態調査を実施すると発表していることも注目されます。2018年に成立した「ギャンブル等依存症対策基本法」では、都道府県に対して依存症対策の指針となる推進計画を策定することを努力義務としています。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

新型コロナウイルスの猛威を巡る動向が連日報道される中、北朝鮮に関する報道がやや少なくなっている点が気になるところです。ただ、防疫体制が脆弱な北朝鮮にとっても、新型コロナウイルスが同国内で一気に感染拡大することを危惧しており、比較的早い段階から近隣諸国との航空便や列車の運行を取りやめ、最近入国した外国人には数週間の強制検疫を実施、海外からの観光客受け入れも中止しており、国の閉鎖に拍車がかかっている状況です。一方で、海外との取引もほとんど絶たれることで、国内経済への大きな打撃は避けられず、経済発展を掲げる金正恩朝鮮労働党委員長にとって痛手は避けられない情勢となっています。北朝鮮ではこれまで新型コロナウイルスの感染は確認されていませんが、これは、同国が頼っている中国など経済的つながりが断絶され、あるいは極端に制限されていることも意味しています。このあたりの影響については、2020年2月4日付ロイターの記事「北朝鮮、ウイルス警戒の国境封鎖で経済に深刻な打撃も」に詳しく、以下に一部引用して紹介します。

(略)脱北者でソウル在住のカン・ミジン氏は「北朝鮮の市場経済だけでなく、国の経済全体に大きな影響が及ぶだろう。北朝鮮は国産を推奨しているが、菓子であれ衣服であれ原料は中国から輸入している」と述べた。ウラジオストクの極東連邦大学のアルチョム・ルキン教授は、北朝鮮の経済的リスクの度合いは、閉鎖の長さにかかっていると指摘。「数か月あるいはそれ以上になれば、相当な悪影響を与えることは確かだ」と述べた。最近の韓国の貿易協会のリポートによると、2001年には17.3%だった北朝鮮の対外貿易に占める中国の割合は、去年91.8%に達した。数千人の中国人観光客も大きな経済効果をもたらしている。米国との非核化交渉が暗礁に乗り上げるなか、今回の新型ウイルス危機で北朝鮮の立場が弱まることも考えられる。ルキン氏は、経済的苦境を埋め合わせるため、北朝鮮が長距離弾道ミサイル発射や核実験など挑発行為に出る可能性を指摘。「コロナウイルス問題がすぐに解決されなければ、北朝鮮の状況は今年一層厳しくなる」と述べた。

上記の記事でも指摘されている「北朝鮮が長距離弾道ミサイル発射や核実験など挑発行為に出る可能性」については、一部、そのような動きともとられる動向が報道されています。まず、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は昨年(2019年)12月末に開いた党中央委員会総会の演説で、世界は遠からず同国の「新型戦略兵器」を目にすると語り、核開発や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験について一方的に公約に縛られる理由はもはやなくなったと宣言しています。この発言は、北朝鮮が米国との首脳外交に配慮して2年余り見送ってきた大規模な核関連実験を再開する姿勢を最大限に強調したものと受け取ることができます。そして今年中に長距離ミサイル発射などの実験を再び行えば、北朝鮮にとっては核開発の面で意義ある技術的な進歩(衛星打ち上げや新型弾道ミサイル搭載潜水艦就役と潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の実践配備、長距離ミサイルの多弾頭化、最大級のミサイル向けの国産の新型移動発射台(TEL)配備、液体燃料に比べて保存や輸送が簡単な固体燃料ロケットモーター(SRM)の進化版の開発など)と貴重な経験値が得られる可能性も考えられるところです。この金正恩北朝鮮労働党委員長の発言をふまえ、今年に入ってからさらに、北朝鮮外交官の朱勇哲氏が、国連軍縮会議の席で、北朝鮮がここ2年間にわたり「米国との信頼関係を築くため」核実験と大陸間弾道ミサイルの発射を停止してきたが、かたや米国は米韓合同演習や対北朝鮮制裁で応じていると発言、その上で「米国は、北朝鮮の発展を阻止し北朝鮮の政治体制を破壊する野心を変えないことが分かった。先方が守らない約束をこちらが一方的に守らないといけない理由はない」と表明、また、米国は「最も残忍で冷酷な制裁」を科していると非難し、「米国がこのような敵対的政策を続けるのであれば、朝鮮半島における非核化は永久に実現しない。米国が一方的な要求を押し付け、制裁に固執するのなら、北朝鮮は新たな道を模索せざるを得ない」と主張するなど、「北朝鮮が長距離弾道ミサイル発射や核実験など挑発行為に出る可能性」が急激に高まっていることを示すものとして注目されます。この発言後、ほどなくして、米CNNが、北朝鮮の平壌郊外・山陰洞のミサイル研究施設で、ミサイル発射に向けた準備が進んでいる可能性があると報じました。研究施設を撮影した最新の衛星写真を解析したところ、施設周辺で普段とは異なる車両の動きが確認されたといい、政府高官の「ミサイルの発射が迫っている兆候は見られない」としつつも「他のミサイル発射の準備段階で見られてきた状況と一致している」との見方を紹介しています。山陰洞は、北朝鮮による大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発が進められていると指摘されています。また、別の報道によれば、米軍関係者も、北朝鮮が「地球上のどの国よりも速いペースで新たなミサイルや兵器を開発している」と発言するなど、ミサイルの開発の進展に危機感を持っていることが分かります。このように、一連の動きからは、「北朝鮮が長距離弾道ミサイル発射や核実験など挑発行為に出る可能性」が現実味を帯びてきており、新型コロナウイルスの猛威から国境を封鎖したことで国内経済への大きな打撃がもたらされることになれば、その動きにさらに拍車がかかることも予想されるところです。

なお、このような北朝鮮の動きに対し、前回の本コラム(暴排トピックス2020年1月号)で紹介した警察庁の「治安の回顧と展望」で指摘されているとおり、「弾道ミサイル関連技術の高度化や能力の向上を図っていると考えられる」との危機感が増しています。たとえば、具体的な対応策として、防衛省は2020年度から、北朝鮮が弾道ミサイルの性能を上げていることに対応するため、新たな迎撃システムの研究に着手することが挙げられます。2020年1月7日付日本経済新聞の記事「変則軌道のミサイル迎撃防衛省が研究へ北朝鮮の性能向上に対応」によれば、北朝鮮の新型ミサイルの特徴の一つである着弾直前に急上昇する変則軌道に対応し、上昇直前に迎撃することを想定、陸上自衛隊の03式中距離地対空誘導弾(中SAM)を複数年かけ迎撃能力が備わるように改良する計画だということです。なお、北朝鮮は昨年、短距離弾道ミサイルを含む飛翔体を計13回発射しましたが、防衛省の分析では少なくとも4種類の新型ミサイルが含まれていたといい、その性能向上への対応が急務となっていることはこれまでも指摘してきたとおりです。

さて、前回の本コラム(暴排トピックス2020年1月号)でも指摘したとおり、国連による一連の制裁決議の中で、北朝鮮出稼ぎ労働者の本国送還が昨年12月22日に期限を迎えたところ、約3万人いたロシアなどで送還が進むものの(直近では、依然として約1,000人がロシア国内に残っているといいます)、全出稼ぎ労働者の半数を占める中国は詳細を明らかにしていないこと(直近では、このような動きは国連制裁決議違反だとして、米財務省は、労働者の違法な海外派遣に関与したとして、中国に本拠を置くBeijing Sukbaksoを含めた2団体を制裁対象に指定しています)、ここに来て中国とロシアが安保理理事国に送還の撤回を主張しており(北朝鮮市民の生活を向上させるための制裁解除と主張しています)、送還がどの程度徹底されているのかは不透明な状況となっています。国連安全保障理事会が送還を求めている北朝鮮の海外出稼ぎ労働者については、米政府は2017年末時点で、中国やロシアを中心に約10万人が派遣されていると推計しており、国連加盟国の報告によれば、これまでに送還されたのは2万数千人にとどまっているようです。そもそも北朝鮮の海外出稼ぎ労働者の問題の本質は、彼らが稼ぎ出した「外貨」が北朝鮮の核・弾道ミサイル開発等につぎ込まれていることにあります。つまり、国連の制裁は、その資金源となる外貨を断つことが主要な目的です。石炭や海産物の輸出を禁じるだけでなく、年間5億ドル(約547億円)超を稼いだと推計されている北朝鮮の出稼ぎ労働も制裁対象となっているのは当然のことだといえます。そして、貴重な外貨は何をおいても、金正恩独裁体制の延命存続、軍備強化に使われるており、ロシアや中国による北朝鮮労働者の放置は、あからさまな体制擁護にほかならず、国際社会は適切な履行に向けて、厳しく申し入れていく必要があるといえます。

その国連制裁決議違反を巡っては、直近では、北朝鮮が今月(2月)に暗号通貨(仮想通貨)に関する会議を開催することを受けて、この会議への出席は、制裁違反になる可能性があるとして、国連の専門家パネルが参加しないよう警告していることが、国連安全保障理事会に提出した機密報告書で明らかになっています。報告省は「制裁逃れやマネー・ローンダリングのための議論が行われるのは明白だ」と指摘、また、安保理決議は、北朝鮮の核・ミサイル開発や制裁回避につながる「金融取引や技術訓練、助言、サービス、支援」を提供しないよう加盟国に求めていると明示されています。なお、北朝鮮は昨年4月、ブロックチェーンと暗号通貨に関する会議を初めて開催し、80以上の団体が参加したとされており、会議に参加した米国人(暗号資産専門家)は米国の対北朝鮮制裁違反で訴追されています(米国では米政府の許可なしに北朝鮮に技術などを提供することが禁止されていますが、同専門家は、米政府からの渡航許可を得ずに訪朝して「平壌ブロックチェーン・暗号資産会議」に出席、暗号資産などの技術に関する説明を行ったほか、マネー・ローンダリングや制裁逃れにこうした技術を使う方法について議論したと報じられています)。本コラムでもたびたび紹介しているとおり、専門家パネルは昨年9月の中間報告書で、北朝鮮が暗号資産取引業者などにサイバー攻撃を仕掛け、これまでに20億ドル(約2,200億円)を得た可能性があると指摘するなど、暗号資産取引が北朝鮮の資金稼ぎの柱になっているのは間違いのないところであり、警戒を強める必要があります。

また、北朝鮮の資金稼ぎの実態のひとつが明らかになったものとして、直近でも、アプリ開発の発注を仲介するインターネットサイトに虚偽の情報を登録したとして、大阪府警と福井県警の合同捜査本部が、私電磁的記録不正作出・同供用容疑で韓国籍のIT会社経営の男を書類送検したとの事案が報じられています。報道(2020年2月7日付産経新聞など)によれば、男が受注した仕事を委託した中国の会社が北朝鮮から技術者を受け入れており、アプリ開発を通じて男が得た報酬が北朝鮮に流れていたとみられています。男の自宅から押収した資料を分析するなどした結果、男は福井県内の複数の関係者とともに、このサイトを通じて企業や個人から動画サイトやゲームのアプリ開発の仕事を受注、アプリ開発自体は中国・北京のIT会社に委託していたといい、「技術者が稼いだ金は北朝鮮大使館に納金されるようになっていた」との関係者の証言もあり、男らは8年間で約1億円を売り上げ、このうち約3,000万円を報酬としてIT会社に送金していたということです。IT事業を通じた北朝鮮の外貨獲得活動が明らかになるのは珍しいと思われます。

また、国連制裁決議違反への対応として、外務省は、北朝鮮船籍のタンカー「CHON MA A SAN号」が東シナ海の公海上で、船籍不明の船舶との間で積み荷を移し替える「瀬取り」を行った疑いがあると発表しています。報道によれば、タンカーは今年1月12日未明に中国・上海の東約240キロ沖で、船舶に横付けしてホースを接続していたことを海上自衛隊の補給艦が確認したということです。北朝鮮船舶による「瀬取り」は国連安全保障理事会決議で禁止されており、外務省は国連に通報していますが、今後も監視体制を緩めることなく、厳格な対応を維持していくことを期待したいと思います。

3.暴排条例等の状況

(1)暴排条例に基づく勧告事例(北海道)

暴力団事務所を保育園の近くに違法に開設したとして六代目山口組系誠友会の構成員ら2人が逮捕・送検されています。報道によれば、2人は、保育園の周囲200メートル以内にある札幌市中央区のマンションに3次団体「森組」の事務所を開設し、北海道暴排除条例に違反した疑いがもたれているといいます。なお、2017年に同条例が改正されて以降、初めての立件となるとのことです。

▼ 北海道警 北海道暴力団の排除の推進に関する条例(北海道暴排条例)

北海道暴排条例では、第19条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「何人も、次に掲げる施設の敷地の周囲200メートルの区域内においては、暴力団事務所を開設し、又は運営してはならない」として、「(5)児童福祉法(昭和22年法律第164号)第7条第1項に規定する児童福祉施設、同法第12条第1項に規定する児童相談所、同法第24条第2項に規定する家庭的保育事業等(同項の居宅訪問型保育事業を除く。)を行う事業所又は同法第59条の2第1項に規定する施設(同項の規定による届出がされたものに限る)」が明記されています。そして、同第26条に「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(1)第19条第1項の規定に違反して暴力団事務所を開設し、又は運営した者」が規定されており、本件はこれに該当することになります。

(2)暴排条例に基づく勧告事例(大阪府)

大阪府警捜査4課は、大阪府内の祭りで露店を出す際に出店料を免除してもらったとして、大阪府公安委員会が大阪府暴排条例に基づき、神戸山口組系幹部と東組直系組長の2人に利益供与を受けないよう勧告しています。さらに、露店などを管理する大阪府内の協同組合の代表者の男性にも、利益供与しないよう勧告しています。報道(2020年2月7日付産経新聞)によれば、平成30年9月に開かれた祭りで、2人はそれぞれ3万~5万円の出店料を支払わず、すきやきや軽食を提供する露店を出店、数十万~数百万円を売り上げたとみられるほか、組合側は暴力団関係者の店と認識しながら出店料を免除したというものです。とりわけ、組合側は、暴力団と「関わりたくなかった。見て見ぬふりをしていた」などと説明、警察に出店者に関する書類を提出する際は、2人の名前は空欄にしたり別の名前を書いたりしていたといいます。これだけ暴排が進む現時点においても、このような事案がある(おそらくまだまだ氷山の一角である)ことは、大変残念です。

▼ 大阪府 大阪府暴力団排除条例
▼ 大阪府 大阪府暴力団排除条例についてのFAQ(よくある質問) Q12

まず、本件における組合側は、大阪府暴排条例第14条(利益の供与の禁止)第2項において、「事業者は、前項に定めるもののほか、その事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる相当の対償のない利益の供与をしてはならない」という規定に抵触したものと考えられます。大阪府のサイトには「大阪府暴力団排除条例についてのFAQ」が掲載されていますが、そのQ12は「条例第14条第2項に、「その事業に関し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる相当の対償のない利益の供与を禁止」していますが、具体的にはどのような行為がこれにあたるのですか」というものであり、その回答として、例えば、次の行為を、無償又は不当な値引き金額で販売、提供した場合が違反に当たると考えられます」として、以下が列挙されています(正に、以下にある露店のケースが本件と同じ事例となります)。

  • 暴力団が使用する車であることを知って、防弾用の車を製造した場合
  • 暴力団の代紋入りバッチや名刺等を作成、販売した場合
  • 暴力団の資金集めの親睦会として、会場を提供した場合
  • 暴力団が経営する露店に関して、出店場所を提供した場合

さらに、暴力団側については、同条例第16条(暴力団員等が利益の供与を受けることの禁止)において、「暴力団員等は、事業者から当該事業者が第十四条第一項若しくは第二項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者がこれらの項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない」との規定に違反するものと考えられます。そのうえで、組合側、暴力団側の双方については、同条例第22条(勧告等)第3項「公安委員会は、第十四条第一項若しくは第二項又は第十六条第一項の規定の違反があった場合において、当該違反が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該違反をした者に対し、必要な勧告をすることができる」が適用されたものと考えられます。

(3)暴排条例に基づく勧告事例(神奈川県)

リース契約で借りている車を有償で暴力団組長に貸したとして、神奈川県暴排条例に基づき、神奈川県内の中古自動車販売会社に利益供与をしないよう、また稲川会系組長に利益供与を受けないよう、それぞれ勧告しています(本件が今年初めての勧告事例となります)。報道によれば、中古自動車販売会社の社長の男性は、平成31年4月19日ごろから令和元年12月25日ごろまでの間、リース契約で借りている高級車を月16万円で男に貸与し、利益を得ていたといい、いずれも勧告を受け入れているということです。なお、男性は平成22年ごろ、知人から客として男を紹介されたといい、情報提供が神奈川県警にあったことが端緒となったようです。

▼ 神奈川県警 神奈川県暴排条例

本件における社長については、同条例第23条(利益供与等の禁止)第2項「事業者は、その事業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」の、「(7)前各号に掲げるもののほか、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対して金銭、物品その他の財産上の利益を供与すること」との規定に抵触するものと考えられます。さらに、暴力団側については、第24条(利益受供与等の禁止)の「暴力団員等又は暴力団経営支配法人等は、情を知って、前条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方となり、又は当該暴力団員等が指定したものを同条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方とさせてはならない」との規定に違反するものと考えられます。そのうえで、第28条(勧告)の「公安委員会は、第23条第1項若しくは第2項、第24条第1項、第25条第2項、第26条第2項又は第26条の2第1項若しくは第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」が適用されたものと思われます。

(4)暴排条例に基づく逮捕事例(東京都)

東京のJR鶯谷駅前にある風俗店からみかじめ料を受け取ったとして、住吉会系幹部の男ら2人が東京都暴力団排除条例違反の疑いで警視庁に逮捕されています。報道によれば、昨年10月、50代の風俗店経営者からみかじめ料として現金5万円を受け取った疑いがあり、4年前からあわせて255万円を受け取ったとみられているといいます。さらに、この経営者は「営業妨害されないよう支払っていた」と説明、警視庁は今後、この経営者も書類送検する方針だということです。また、同じような事案となりますが、東京・新宿区の飲食店などからみかじめ料の名目で現金4万円を受け取ったとして、やはり住吉会系幹部と元交際相手の2人が逮捕されています。報道によれば、昨年10月、新宿区でスナックを経営する50代の男性らからみかじめ料として現金4万円を受け取った疑いが持たれており、スナックには14年間で約170万円を支払わせていたとみられるといいます(こちらの事案については、経営者に対する処分等については不明です)。

▼ 警視庁 東京都暴排条例

2つの事案について、JR鶯谷駅(台東区根岸一丁目)および新宿区は同条例第25条の2に規定する「暴力団排除特別強化地域」に該当し、かつ、暴力団側については、第25条の4(暴力団員の禁止行為)の「暴力団員は、暴力団排除特別強化地域における特定営業の営業に関し、特定営業者から、用心棒の役務(業務を円滑に行うことができるようにするため顧客、従業者その他の関係者との紛争の解決又は鎮圧を行う役務をいう。以下同じ)の提供をすることの対償として、又は当該営業を営むことを容認することの対償として利益供与を受けてはならない」との規定に違反するものと思われます。さらに、事業者側については、第25条の3(特定営業者の禁止行為)第2項「特定営業者は、暴力団排除特別強化地域における特定営業の営業に関し、暴力団員に対し、用心棒の役務の提供を受けることの対償として、又は当該営業を営むことを暴力団員が容認することの対償として利益供与をしてはならない」との規定に違反するものと考えられます。そのうえで、暴力団側は、第33条(罰則)「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」のうち「四第25条の4の規定に違反した者」が適用されたものと考えられます。また、事業者側については、第27条(勧告)の「公安委員会は、第24条又は第25条の規定に違反する行為があると認める場合には、当該行為を行った者に対し、第24条又は第25条の規定に違反する行為が行われることを防止するために必要な措置をとるよう勧告をすることができる」を適用するかどうかの検討となっているものと考えられます(なお、東京都暴排条例においては、第28条(適用除外)の「第24条第3項又は第25条第2項の規定に違反する行為を行った者が、前条の規定により公安委員会が勧告を行う前に、公安委員会に対し、当該行為に係る事実の報告又は資料の提出を行い、かつ、将来にわたってそれぞれ違反する行為の態様に応じて第24条第3項又は第25条第2項の規定に違反する行為を行わない旨の書面を提出した場合には、前条の規定を適用しない」とする、いわゆるリニエンシーが適用される可能性も考えられるところです)。

(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(神奈川県)

用心棒代などを要求したとして、神奈川県公安委員会が稲川会系組幹部2人に対し、暴力団対策法に基づく再発防止命令を出しています。報道によれば、横浜市内の中国エステ経営者に「面倒見てやるからカネよこせ」と用心棒代を要求したとして、令和元年9月、神奈川県警磯子署長から中止命令を受けたにもかかわらず、その後も、横浜市内の別の飲食店経営者に「ここは自分たちのシマ。面倒見させてください」などと告げ、用心棒代を要求したとして、同年11月には神奈川県警伊勢佐木署長からも中止命令を受けていたもので、さらに類似の行為を行う恐れがあるとして、再発防止命令が出されたものです。

▼ 暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

暴力団対策法第11条第2項では、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」として、中止命令を発出してもなおさらに類似の行為を行う恐れがある場合には、再発防止命令が発出できることとなっています。さらに、再発防止命令に反して1年以内に類似の行為を行うと、再発防止命令違反の疑いで逮捕されることになります(第46条「次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」の「一 第十一条の規定による命令に違反した者」に基づき、罰則が科されることになります)。

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