反社会的勢力対応 関連コラム

特殊詐欺を巡る最新の動向(令和元年における認知・検挙状況等)

2020.03.10

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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【もくじ】―――――――――――――――――――――――――

1.特殊詐欺を巡る最新の動向(令和元年における認知・検挙状況等)

2.最近のトピックス

(1)暴排を巡る動向

(2)AML/CFTを巡る動向

(3)薬物を巡る動向

(4)テロリスクを巡る動向

(5)犯罪インフラを巡る動向

(6)その他のトピックス

①暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

②IRカジノ/依存症を巡る動向

③犯罪統計資料

(7)北朝鮮リスクを巡る動向

3.暴排条例等の状況

(1) 暴排条例に基づく勧告事例(大阪府)

(2) 暴排条例に基づく勧告事例(神奈川県)

(3) 暴排条例に基づく勧告事例(東京都)

(4) 暴排条例に基づく逮捕事例(静岡県)

(5) 暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(大阪府)

1.特殊詐欺を巡る最新の動向(令和元年における認知・検挙状況等)

警察庁から、昨年1年間の特殊詐欺を巡る動向についてとりまとめた「令和元年12月の特殊詐欺認知・検挙状況等について」および「特殊詐欺認知・検挙状況等(令和元年)について」が公表されましたので、以下、まとめて紹介します。

▼警察庁 令和元年12月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

昨年1年間(令和元年(平成31年)1月~令和元年12月)の特殊詐欺全体の認知件数は16,836件(前年同期17,844件、前年同期比▲5.6%)、被害総額は301.5億円(382.9億円、▲21.3%)となり、認知件数・被害総額ともに減少傾向が継続する結果となりました。なお、検挙件数は6,773件となり、前年同期(5,550件)から+22.0%と昨年を大きく上回るペースで摘発が進んでいます(参考までに検挙人員は2,911人と昨年同期(2,837人)から+2.6%となり、検挙件数ほどではないものの増加する結果となりましたが、全体の件数が大きく減少していることをふまえれば、摘発の精度が高まっていると評価できると思います)。また、昨年6月から新たに統計として加わった「特殊詐欺(詐欺・恐喝)」と「キャッシュカード詐欺盗(特殊詐欺(窃盗))」の2つのカテゴリーについても確認します。あらためて、「特殊詐欺(詐欺・恐喝)」とは、「オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺、還付金等詐欺、金融商品等取引名目の特殊詐欺、ギャンブル必勝法情報提供名目の特殊詐欺、異性との交際あっせん名目の特殊詐欺及びその他の特殊詐欺を総称したものをいう」ということですので、従来の「振り込め詐欺」となりますが、「キャッシュカード詐欺盗(特殊詐欺(窃盗))」とは、「オレオレ詐欺等の手口で被害者に接触し、被害者の隙を見てキャッシュカード等を窃取する窃盗をいう」とされ、最近の本手口の急増が反映された形となります(なお、「キャッシュカード詐欺盗」との呼称は今年初めて登場しています)。その特殊詐欺(詐欺・恐喝)については、認知件数は13,063件(16,496件、▲20.8%)、被害総額は249.4億円(363.9億円、▲31.5%)と、特殊詐欺全体の傾向に同じく、認知件数・被害総額ともに大きく減少する傾向が続いています(なお、検挙件数は5,201件(5,159件、+0.8%)、検挙人数は2,455人(2,686人、▲8.6%)となっており、特殊詐欺全体の増加傾向より低い水準にとどまっています)。また、キャッシュカード詐欺盗(特殊詐欺(窃盗))の認知件数は3,773件(1,348件、+179.9%)、被害総額は52.1億円(18.9億円、+175.7%)、検挙件数は1,572件(391件、+302.0%)、検挙人員は456人(151人、+202.0%)と、正に本カテゴリーが独立した理由を数字が示す形となっています。

類型別の被害状況をみると、まずオレオレ詐欺の認知件数は6,697件(9,145件、▲26.8%)、被害総額は68.5億円(129.1億円、▲46.9%)と、認知件数・被害総額ともに大幅な減少傾向が続いています(2月以降、増加傾向から一転して減少傾向に転じ、ともに大幅な減少傾向が続いています。なお、検挙件数は3,275件(3,401件、▲3.7%)、検挙人員は1,699人(1,904人、▲10.8%)となっています)。また、架空請求詐欺の認知件数は3,546件(4,844件、▲26.8%)、被害総額は86.9億円(127.2億円、▲31.7%)、検挙件数は1,386件(1,271件、+9.0%)、検挙人員は630人(626人、+0.6%)、融資保証金詐欺の認知件数347件(421件、▲17.6%)、被害総額は5.3億円(6.2億円)、検挙件数は90件(167件、▲46.1%)、検挙人員は27人(30人、▲10.0%)、還付金等詐欺の認知件数は2,383件(1,904件、+25.2%)、被害総額は30.1億円(22.5億円、+33.8%)、検挙件数は376件(187件、+101.1%)、検挙人員は37人(49人、▲24.5%)となっており、特に還付金等詐欺については、認知件数・被害総額ともにいったん減少傾向が続いていたところ、今年に入って一転して大幅に増加しており、今後の動向に引き続き注意する必要があります。

なお、それ以外の傾向としては、特殊詐欺全体の被害者の年齢別構成について、60歳以上88.3%・70歳以上75.9%、性別構成については、男性25.1%・女性74.9%となっています。参考までに、オレオレ詐欺では、60歳以上98.4%・70歳以上94.5%、男性13.8%・女性86.2%、融資保証金詐欺では、60歳以上38.6%・70歳以上15.1%、男性77.8%・女性22.2%、還付金等詐欺では、60歳以上90.8%・70歳以上54.4%、男性34.0%・女性66.0%などとなっており、類型別に傾向が異なっている点に注意が必要であり、以前の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)で紹介した警察庁「今後の特殊詐欺対策の推進について」と題した内部通達で示されている、「各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が重要であることがわかります。なお、犯罪インフラの検挙状況としては、口座詐欺の検挙件数は927件(1,277件、▲27.4%)、検挙人員は555人(709人、▲21.7%)、盗品譲受けの検挙件数は11件(4件、+175.0%)、検挙人員は8人(3人、+166.7%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,390件(2,496件、▲4.2%)、検挙人員は1,968人(2,056人、▲4.3%)、携帯電話端末詐欺の検挙件数は285件(305件、▲6.6%)、検挙人員は208人(239人、▲13.0%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は51件(40件、+27.5%)、検挙人員は36人(39人、▲7.7%)などとなっています。

▼警察庁 特殊詐欺認知・検挙状況等(令和元年)について

まず、令和元年の特殊詐欺の認知件数が16,836件(▲1,008件、▲5.6%)、被害額は301.5億円(▲81.4億円、▲21.3%)となり、前年に引き続き認知件数、被害額ともに減少しているものの、依然として高い水準の被害が発生していることから、本報告書は、依然として深刻な情勢にあると指摘しています。さらに、被害は大都市圏に集中しており、認知件数全体の22.7%が東京(3,816件)で、神奈川(2,793件)、埼玉(1,459件)、千葉(1,409件)、大阪(1,807件)を加えた5都府県で、認知件数全体に占める割合は67.0%にも上っています。さらに、1日当たりの被害額が、約8,260万円で、前年の約1億490万円から大きく減少していること、既遂1件当たりの被害額も、187.9万円(▲38.0万円、▲16.8%)となったことも、昨年の大きな特徴的だといえます。

類型別の分析として、まずオレオレ詐欺ついては、認知件数6,697件(▲2,448件、▲26.8%)、被害額111.6億円(▲77.3億円、▲40.9%)と大幅に減少しているものの、特殊詐欺全体の認知件数に占める割合は39.8%と高い水準にあること、他方で、キャッシュカード詐欺盗は、認知件数3,773件(+2,425件、+179.9%)、被害額52.1億円(+33.2億円、+175.4%)と大幅に増加していることが極めて特徴的で、特殊詐欺全体の認知件数に占める割合も22.4%を占めています。オレオレ詐欺とキャッシュカード詐欺盗を合わせると、認知件数は10,470件(▲23件、▲0.2%)、被害額は163.8億円(▲44.1億円、▲21.2%)で、特殊詐欺全体の認知件数に占める割合は62.2%にも上ることから、依然として、特殊詐欺対策の中でもとりわけ「オレオレ詐欺」対策が重要であることを示唆する数字だといえます。架空請求詐欺は、認知件数3,546件(▲1,298件、▲26.8%)、被害額97.6億円(▲40.8億円、▲29.5%)と減少、特殊詐欺全体の認知件数に占める割合は21.1%となったほか、減少傾向にあった還付金等詐欺は、認知件数2,383件(+479件、+25.2%)、被害額30.1億円(+7.6億円、+33.7%)と都市部を中心に増加に転じ、特殊詐欺全体の認知件数に占める割合は14.2%となっています。

また、平成27年以降増加していたキャッシュカード手交型は、認知件数5,322件(▲502件、▲8.6%)、被害額56.0億円(▲16.0億円、▲22.2%)と減少した一方で、キャッシュカード窃取型(キャッシュカード詐欺盗により、キャッシュカードを窃取するもの)は、認知件数3,773件(+2,425件、+179.9%)、被害額52.1億円(+33.2億円、+175.4%)と大幅に増加している点が特徴的です。そして、キャッシュカード手交型とキャッシュカード窃取型を合わせると、特殊詐欺全体の認知件数に占める割合は54.0%にも上り、特殊詐欺対策の中でもとりわけ「キャッシュカード」対策が重要であることを示唆する数字といえます。一方、高水準で推移していた現金手交型は、認知件数2,446件(▲1,921件、▲44.0%)、被害額85.8億円(▲72.2億円、▲45.7%)と大幅に減少、さらに、平成30年に大幅に減少した振込型は、認知件数3,124件(+156件、+5.3%)、50.0億円(+4.5億円、+10.0%)と増加に転じており注意が必要です。電子マネー型は、認知件数1,491件(▲217件、▲12.7%)、被害額11.8億円(+0.9億円、+8.7%)と認知件数は減少したものの被害額は増加しており、被害の高額化には注意が必要な状況だといえます。

高齢者(65歳以上)被害の認知件数は14,043件(▲91件、▲0.6%)で、特殊詐欺全体の認知件数に占める割合(高齢者率)は83.4%(+4.2P)、65歳以上の高齢女性の被害認知件数は全体の65.0%、オレオレ詐欺では84.3%を占めており、特に80歳前後に被害が多発している点が特徴的であり、特殊詐欺対策の中でもとりわけ「高齢女性被害者」対策が重要であることを示唆する数字といえます。また、平成31年4月から令和元年12月末までの9か月間に都道府県警察からの報告により警察庁が把握した予兆電話(アポ電)の件数は91,798件にも上り、特に東京が25,558件と最も多いこと、それに神奈川、埼玉、千葉、大阪を加えた5都府県で、全国の予兆電話件数に占める割合が60.9%にも上ること、東京都内等では、事前に被害者方に電話をかけ、資産状況を聞き出した上で強盗を敢行するケースも発生していることなどが昨年の特徴として挙げられています。

さらに、興味深い指摘として、オレオレ詐欺で被疑者が詐称した身分等について、特別調査を実施(平成29年までさかのぼって実施)したところ、平成29年は被害者の子や孫などの親族を詐称したケースが半数以上を占めていたところ、令和元年は警察官や銀行協会職員等の親族以外を詐称したケースが64.9%に増加していることが判明したということです。より公的な信頼性の高い者になりすますことによって、犯罪の成功率を高めようとする犯罪者側の工夫の結果だと指摘できる一方で、実際にだまされる方が多いからこそそのような手口が増えているとも指摘できると思います。このあたりの「なりすまし」対策も、今後の特殊詐欺対策において重要なポイントとなるものと考えられます。

犯行拠点については、賃貸マンション、賃貸オフィス、ホテルに加え、車両等にまで広がっているほか、海外拠点の存在が表面化するなど多様化が進行していること、預貯金口座、携帯電話、電話転送サービス、電子マネー等の各種ツールを巧妙に犯罪に利用していること、暴力団構成員等の検挙人員は527人(▲128人)で、特殊詐欺全体の検挙人員に占める割合は18.1%に上ること、特殊詐欺全体の受け子、出し子及びそれらの見張り役の検挙人員に占める暴力団構成員等の割合は12.8%、主犯の検挙人員に占める暴力団構成員等の割合は44.8%となっているなど、暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与していることが鮮明になったことなども特徴的です。さらに、少年の検挙人員は633人(▲179人)で、特殊詐欺全体の検挙人員に占める割合は21.7%にも上ること、さらには少年の検挙人員の74.9%が受け子であること、特殊詐欺全体の受け子の検挙人員に占める割合は26.2%にも上ることなどから、特殊詐欺対策の中でもとりわけ「少年対策」「受け子対策」が重要であることは言うまでもありません。また、外国人の検挙人員は136人(+14人)で、特殊詐欺全体の検挙人員に占める割合は4.7%になっている点は、今後、注意が必要な状況といえると思います(実際、受け子の担い手が少年から外国人に移行しつつあるといえます)。

さて、特殊詐欺対策の取組状況についても、以下のとおりポイントがまとめられています。

  • (本コラムでも紹介しましたが)令和元年6月25日に開催された犯罪対策閣僚会議において、特殊詐欺等から高齢者を守るための総合対策として「オレオレ詐欺等対策プラン」が決定されたことを踏まえ、関係行政機関・事業者等とも連携しつつ、特殊詐欺等の撲滅に向けた諸対策を強力に推進した
  • 金融機関等と連携した声掛けにより、10,761件、6億円の被害を防止(阻止率(阻止件数を認知件数(既遂)と阻止件数の和で除した割合)40.1%)。高齢者の高額払戻しに際しての警察への通報につき、金融機関との連携を強化
  • 還付金等詐欺対策として、金融機関と連携し、一定年数以上にわたってATMでの振込実績のない高齢者のATM振込限度額をゼロ円(又は極めて少額)とし、窓口に誘導して声掛け等を行う取組を推進(47都道府県・402金融機関)。全国規模の金融機関等においても取組を実施
  • キャッシュカード手交型とキャッシュカード窃取型への対策として、警察官や銀行職員等を名乗りキャッシュカードを預かる又はすり替える手口の広報、キャンペーン等による被害防止活動を推進。また、被害拡大防止のため、金融機関と連携し、高齢者のATM引出限度額を少額とし、さらに、預貯金口座のモニタリングを強化する取組を推進
  • 電子マネー型や収納代行利用型への対策として、コンビニエンスストア、電子マネー発行会社、収納代行会社等と連携し、電子マネー購入希望者や収納代行利用者への声掛け、チラシ等の啓発物品の配布、端末機の画面での注意喚起などの被害防止対策を推進
  • 宅配事業者と連携し、過去に犯行に使用された被害金送付先のリストを活用した不審な宅配便の発見や警察への通報といった取組や、荷受け時の声掛け・確認等による注意喚起を強化
  • 特殊詐欺等の捜査過程で押収した高齢者の名簿を活用し、注意喚起を実施(21都府県でコールセンターによる注意喚起を実施。高齢者に加え、予兆電話多発地域の金融機関等にも注意喚起を実施)
  • 犯人からの電話に出ないために、高齢者宅の固定電話を常に留守番電話に設定することなどの働き掛けを実施
  • 自治体等と連携して、自動通話録音機の普及活動を推進(令和元年12月末現在、46都道府県で約17万台分を確保)。全国防犯協会連合会と連携し、迷惑電話防止機能を有する機器の推奨を行う事業を実施
  • 警察が主要な通信事業者に対し、犯行に利用された固定電話番号の利用停止及び新たな固定電話番号の提供拒否を要請する取組を開始。令和元年12月末までに、887件の電話番号が利用停止され、新たな固定電話番号の提供拒否の要請を6件行った
  • 犯行に利用された携帯電話(MVNO(仮想移動体通信事業者)が提供する携帯電話を含む)について、役務提供拒否に係る情報提供を推進(6,858件の情報提供を実施)
  • 犯行に利用された電話番号に対して、繰り返し架電して警告メッセージを流し、電話を事実上使用できなくする「警告電話事業」を実施(令和元年度は、12月末現在で対象となった3,981番号のうち、3,394番号(3%)について効果が認められた。)(本事業では、20日間連 続して架電し、警告メッセージを流すこととしており、この20日間に再度犯行に使用されなければ事業効果ありとしている)
  • 特殊詐欺に利用された固定電話番号を提供した電話転送サービス事業者に対する報告徴収を7件、総務省に対し意見陳述を8件実施。なお、国家公安委員会が行った意見陳述を受け、令和元年中、総務大臣が電話転送サービス事業者に対して是正命令1件を発した
  • 特殊詐欺全体では、検挙件数は6,773件(+1,223件、+22.0%)、検挙人員は2,911人(+74人、+2.6%)で、いずれも過去最高
  • 各部門において多角的・戦略的な取締りを推進し、暴力団、準暴力団等、特殊詐欺の背後に存在する犯罪者グループを検挙
  • 中枢被疑者58人を検挙し、組織の壊滅を推進
  • 悪質な犯行ツール提供事業者への取締りを強化し、電話転送サービス事業者による詐欺幇助事件、電子マネー買取事業者による組織犯罪処罰法違反事件等を検挙
  • 預貯金口座や携帯電話の不正な売買等、特殊詐欺を助長する犯罪の検挙を推進し、3,664件(▲458件)、2,775人(▲271人)を検挙
  • 架け子を一網打尽にする犯行拠点の摘発を推進し、43箇所を摘発(▲18箇所)
  • だまされた振り作戦や職務質問による現場検挙等を推進し、受け子や出し子、それらの見張役2,031人を検挙(+124人、+5%)
  • 引き続き、「オレオレ詐欺等対策プラン」を踏まえ、関係行政機関・事業者等とも連携しつつ、特殊詐欺等の撲滅に向け、被害防止対策、犯行ツール対策、効果的な取締り等を強力に推進
  • 特殊詐欺の被害実態を正確に把握し、より効果的な対策を講じていくため、令和2年1月以降、オレオレ詐欺のうちキャッシュカード、クレジットカード、預貯金通帳等をだまし取る(脅し取る)手口を新たに「預貯金詐欺」に分類し、統計処理することとした

さて、上記のレポート等でもまだ指摘されていませんが、最近の事例から読み取れる特殊詐欺を巡る「変化」について、いくつか指摘しておきたいと思います。

まず、還付金詐欺の標的が、従来の70代から60代に移りつつあるとの傾向を埼玉県警がまとめています(2020年2月26日付産経新聞)。上記のレポート等でも紹介されているとおり、最近の特殊詐欺対策の一環として、70代以上の人が被害に遭う詐欺事件が続発したことからATMからの振込限度額の制限など金融機関や警察が警戒を強めた結果、詐欺グループが制限の対象外の年代へとターゲットを変えているとみられるというものです。報道によれば、還付金詐欺の認知件数のうち60代が被害者となったケースの割合は、近年、目立って増えているといい、平成29年にはわずか32.5%だったところ、平成30年に63.6%へと急増し、昨年も62.8%を占めているということです。一方で、平成29年は58.4%だった70代の被害が、昨年は21.9%まで減少しています。今後は、一定の資産を有するという点では70代以上ともいえる60代に対する対策が急務だといえます。また、「受け子」については、やはり上記のレポート等でも指摘されているとおり、少年など若年層がバイト感覚で関与してしまうケースが問題となっていますが、これについても、少年から外国人へとシフトしている状況がうかがえます(啓発活動等の成果もあり、少年の摘発が減少している一方で、外国人の摘発が急増している実態が各種データから読み取れます)。さらに、高齢者を騙して「受け子」に仕立てあげるという悪質・卑劣極まりない手口まで登場しています。報道(2020年2月19日付時事通信)によれば、「家が競売に掛けられるので現金を用意して」、「弁護士を紹介する」というメールが突然、携帯電話に届き、記載の番号に電話をかけると、弁護士を名乗る男から「無料診断するから資料を駅まで取りに行って」と指示されたため、女性が駅に行くと、被害男性から通報を受けて待ち構えていた捜査員に逮捕されたというものです。このように、「受け子」対策にも多様な視点が求められる状況になっている点も「変化」の一つです。

また、上記レポート等でも取り上げられていますが、暴力団が特殊詐欺に関与するケースは確実に増えており、特に「主導的な立場で深く関与」しているケース多く、直近でも以下のような事例がありました。

  • 還付金名目や孫を装うなどの特殊詐欺に関与した(受け子への指示役)として、警視庁組織犯罪対策4課などは、詐欺や窃盗の容疑で、住吉会系組員ら男9人を逮捕しています。容疑者9人のうち3人は、住吉会2次団体の「幸平一家」の傘下組員(幸平一家傘下の2つの組織にそれぞれ所属)で、幸平一家が資金源として組織ぐるみで特殊詐欺に関与していた可能性もあるとみられています。なお、幸平一家と特殊詐欺との関係でいえば、幸平一家傘下の「堺組」が、元関東連合OB関係者を数十名単位で抱えていることでも有名であり、特殊詐欺に積極的に関与していると言われています。
  • 知人男性から現金1,500万円を脅し取ったとして、大阪府警西成署が恐喝容疑で、酒梅組のトップで総裁の吉村三男容疑者(72)と、神戸山口組系組長を逮捕しています。逮捕容疑は共謀し、昨年4~5月、大阪府内の飲食店で知人の50代男性に借金を返済するよう迫り、1,500万円を脅し取ったというものです。
  • 対立する特定抗争指定暴力団の六代目山口組系組員と神戸山口組系組員が所属する特殊詐欺グループにより、昨年4~6月に埼玉、千葉両県で計約1,400万円の被害が発生した事件で、大阪府警捜査2課は、詐欺容疑などでグループナンバーを指名手配したと発表し、顔写真を公開しています。六代目山口組の容疑者はグループのリーダー、神戸山口組の容疑者はグループ内で「かけ子」のリーダーをそれぞれ務めており、もう一人の容疑者は報酬配分などを担当していたとみられています。以前の本コラム(暴排トピックス2018年6月号)でも指摘したとおり、「貧困暴力団」として生活に困った暴力団員やシノギのために組の枠を超えて連携するような動きが目立ち始めています。これらの動きは、組による統制が効かない状況、すなわち暴力団や指定暴力団(ピラミッド型の統制が取れていることが指定の要件のひとつ)の枠組みを根本から揺るがす大きな地殻変動を示唆するものであり、いわゆる「貧困暴力団」のあり方が今後の暴力団対策、暴排のあり方に大きく影響を及ぼすのではないかと考えられます。具体的には、当局や事業者は、もはや暴力団という組織との戦いから、組織の意向とは関係なく動く個々の組員やそのつながり、共生者や半グレ、離脱者との連携などとの戦いへ移行しつつあるのではないか、暴力団組織は外圧(暴力団対策法や暴排条例、事業者や市民の暴排意識の高まり)よりむしろ内部から崩壊するのではないか、その前後において、組織から個あるいはその周辺へと取り締まりの重点を移さざるを得なくなるのでないか、暴力団という組織犯罪対策から、犯行グループ単位での犯罪取り締まり、離脱者支援・再犯防止対策の方が重要性を増していくのではないか、といったことが考えられる状況です。さらに、「貧困暴力団」の問題から関連付られる、暴力団組織の内部統制の緩みと崩壊へのカウントダウン、半グレや共生者の問題、離脱者支援・再犯防止の問題などの最近の状況をふまえれば、暴力団という枠を超えることはもちろん、反社会的勢力を限定的かつ統一的捉えるような取り組みでは、もはや反社リスク対策として限界がきていることを厳しく認識する必要があると思います。

さて、最近猛威を振るっている新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、詐欺が横行していることも社会的に大きな問題です。この点については、実際に新型コロナウイルスの感染拡大に関連した相談が全国の消費生活センター等に寄せられているとして、国民生活センターが注意喚起を行っています。

▼国民生活センター 新型コロナウイルスに便乗した悪質商法にご注意!(速報)

具体的な相談事例としては、「マスクを無料送付するというメッセージがスマートフォンに届いたものとして、「新型コロナウイルスによる肺炎が広がっている問題で、マスクを無料送付する。確認をお願いします」と記載され、URLが付いたSMSがスマートフォンに届いた。怪しいのではないか(受付年月:2020年2月 契約当事者:50歳代 女性)」といったものや、「新型コロナウイルス流行拡大の影響で金の相場が上がるとして、金を買う権利を申し込むように言われものとして、突然自宅を訪問してきた業者から、「新型コロナウイルスの影響で中国の経済がガタガタになっている。金の相場が上がることは間違いない。今申し込めば、高騰する前の金額で金を買う枠が当たるかもしれないから、すぐに申し込んだ方が良い」と勧誘された。業者の話は事実か(受付年月:2020年2月 契約当事者:80歳代 男性)」といったものが紹介されています。それに対し、国民生活センターでは、以下のような消費者へのアドバイスを公表しています。

  • 心当たりのない送信元から怪しいメールやSMSが届いても、反応しないようにする
  • マスクの入手が困難な状況に便乗し、「マスクを無料で送付する」などと消費者の関心を惹き、メッセージ内のURLをクリックさせる手口と思われる相談が寄せられている。URLにアクセスすると、フィッシングサイトに誘導され、スマートフォンに不正なアプリがインストールされたり、個人情報を取得されたりする可能性がある
  • 心当たりのない不審な送信元からメール等が届いた場合、メールに記載されたURLには絶対にアクセスしないようにする。また、実在する事業者名等が記載されていた場合でも、メール内の番号に電話したり、URLをクリックしたりせず、不安に思ったら、事業者のホームページや問い合わせ窓口に確認を。ホームページ上に注意喚起情報が掲載されていることもある
  • 新型コロナウイルスに便乗した悪質な勧誘を行う業者には耳を貸さないようにする
  • 新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動への影響を口実にして、「金の相場が上がることは 間違いない」等、怪しい投資を勧誘されたという相談が寄せられている。話に少しでも怪しいと思うところがあったら、その場できっぱりと断り、絶対にお金を支払ったり、契約したりしないようにする
  • 不審に思った場合や、トラブルにあった場合は、最寄りの消費生活センター等に相談を
  • 今後、新たな手口の勧誘が行われる可能性があります。少しでもおかしいと感じたら早めに相談を
  • 消費者ホットライン:「188(いやや!)」番:最寄りの市町村や都道府県の消費生活センター等をご案内する全国共通の3桁の電話番号
  • なお、訪日観光客消費者ホットライン/Consumer Hotline for Touristsにも、「訪日ツアーで立ち寄った免税店でガイドから『肺をきれいにする効果がある』等と勧められ、健康食品を大量に買ったが返品したい」等の相談が寄せられている

上記以外の新型コロナウイルス関連の詐欺的事例としては、島根県消費者センターが、新型コロナウイルスの感染拡大に便乗し、注文していないマスクを送りつけようとする悪質商法に関する相談が寄せられ、今後拡大する恐れがあるとして注意を呼び掛けているというものもあります。この事例では、50歳代男性から、「マスクを販売します。50枚入り3箱12,000円の商品を代引きで送りますので受け取ってください」というメールが、知らない相手から届いたと2月末に相談があったといいます。男性が相手に「注文していない」などと返信していたことから、万が一、マスクが届いた場合は受け取り拒否するようにアドバイスしたといいます。このほかにも、全国的に厚生労働省などを装い、「費用の肩代わりをするので検査を受けるように」と個人情報を聞きだそうとするなどの事例があるということです。また他にも、「コロナウイルスが水道管に付着している。菌を除去するには、お金がかかる」といった不審電話が群馬県高崎市内で4件相次いだといいます(全く同様の手口が大阪府門真市でも確認されています)。本事例では、50~80代の高齢者宅に水道業者を名乗る男から電話があり、コロナウイルスの除去に8万~20万円を支払うよう指示されたといいます(あるいは、水道関係会社の社員を名乗る男から「下水道にコロナウイルスが付いているので洗浄した方がよい。後程担当者から連絡させる」と電話があり、10分後に担当者を名乗る男から電話があり「除去するのに約10万円かかります」と金の支払いを要求されたというものもあります)。

その他、特殊詐欺事例についての報道から、いくつか紹介します。

  • 埼玉県警東入間署は、同県富士見市の女性(79)からキャッシュカードをだまし取ろうとしたとして、詐欺未遂の疑いで、県立高校3年の男子生徒(18)を逮捕しています。女性方に警察官を名乗って「キャッシュカードが悪用されているので交換する必要がある」、「これから金融庁の者が預かりに行く」と電話をかけ、キャッシュカードをだまし取ろうとしたというものです。約1時間後、女性方付近にいたスーツ姿の生徒に署員が職務質問し、発覚したということです。また、少年が関与した事例としては、警察官になりすますため、警察手帳を偽造したとして、愛知県警が、名古屋市の自称高校生の少年(17)を公記号偽造容疑で逮捕したというものがありました。報道によれば、「警察官のふりをしてだますために作った」と容疑を認めており、他の者と共謀し、愛知県豊田市内の店舗にあるマルチコピー機を使って警察手帳の画像データを印刷し、偽造した疑いがあるとういうことです。さらに、マルチコピー機を使った手口としては、やはりコンビニのマルチコピー機を使って、警察を表す記号「日章」をまねた記号を使い警察の身分証のようなものを偽造したとして、滋賀県警長浜署は、岐阜県大垣市の無職の男(20)を公記号偽造容疑で逮捕しています。コンビニのマルチコピー機を使って警察手帳の偽造を試みるケースが増えていることは、背後に組織性を感じさせるものである一方、上記のレポート等でも指摘されているとおり、警察や金融庁職員等の公的身分のものに「なりすまし」て犯行に及ぶ事例が最近増えていることと符合します。
  • 特殊詐欺事件で逮捕され、起訴後の保釈中に別の特殊詐欺事件に関わったとして、大阪府警捜査2課は、詐欺容疑などで、兵庫県川西市の自称建設業(27)を逮捕しています。容疑者は高齢者らにうその電話をかける「かけ子」で、保釈中の事件の公判で実刑を免れるため被害弁済に充てようとしたとみて調べているということです。なお、(本件がそうかは別として)参考までに、詐欺という犯罪類型については、「常習性」が高いとされており、警察庁の過去の調査でも「何回刑罰を受けても犯罪を繰り返して服役するような犯罪常習者、特に、多数前科者又は頻回受刑者の犯す犯罪は、罪名では圧倒的に窃盗と詐欺が多い」との指摘もあります。
  • 大阪府警捜査2課は、大阪府内に住む80代の女性2人が架空のトラブル解決費用として現金を要求され、合計で約6,000万円をだましとられる特殊詐欺被害にあったと発表しています(なお、これ以前にも同様の手口で、現金計9,600万円が詐取される事案も大阪府内で発生しています)。報道(2020年3月3日付産経新聞)によれば、こうした架空請求による特殊詐欺被害は3月2日時点で36件、約2億1,400万円に上り、昨年同期比で25件、約4,300万円増加しており、「名義貸しは犯罪」という電話に注意を呼びかけています。なお、具体的な手口としては、「自治体職員を名乗る男から「介護施設に入る権利が当たった。不要なら他の人に譲る」と女性に電話があり、譲渡を承諾すると、女性に別の男から電話があり、「名義貸しは犯罪。ばれたので新聞社への口止め料が必要」などと次々に現金を要求された」といったものがあります。
  • 滋賀県警大津署は、大津市内の会社員の男性(56)が電話でアダルトサイトの解約金を求められ、計129回にわたり総額375万円分の電子マネーをだまし取られたと発表しています。電子マネーで解約金を支払うよう求める電話に、約半月にわたり応じていたといいます。これだけ被害事例や特殊詐欺に対する注意喚起が広報されている中、129回も要求に応じてしまっていることは大変残念で、このように追い込まれたて正常な判断が難しくなっている方にいかにリーチできるかも重要な課題となっているといえます。

また、特殊詐欺被害を未然に防止できた事例についての報道もありましたので、紹介します。

  • 横浜市の80代女性から通帳をだまし取ろうとしたとして、神奈川県警は、詐欺未遂容疑で同県綾瀬市の無職少年(17)を再逮捕しています。報道によれば、少年は郵便局員を名乗りスーツ姿で女性宅に来たものの、女性が「制服を着ていないのはおかしい」と思い、証拠として写真を撮影したところ、少年は立ち去り、機転を利かして撃退した形となったというものです。その後、同県警は写真などから少年を割り出し、逮捕に至ったということです。なお、この少年は別の女性からキャッシュカードをだまし取ったとして詐欺容疑で1月29日に逮捕されていたといいます。
  • 電子マネーを購入させる特殊詐欺被害を防いだとして、埼玉県警上尾署は、セブンイレブン上尾原市バイパス店オーナーに感謝状を贈っています。同氏は、女性店員から「客が電子マネー30万円分を買おうとしている」と電話を受け、電話越しに詐欺の可能性を伝えたものの、60代の男性客は「自分で使うだけ」とかたくなで、5分以上説得しても譲らなかったといいます。やむを得ず電子マネーを販売したものの、どうにか被害を防ごうと、店員に男性の車のナンバーを記録するよう指示、上尾署に通報し、事情を伝えたところ、詐欺被害の防止につながったということです。この店では1年ほど前にも、高額の電子マネーを買おうとした客を止めて同様の被害を防いだことがあったといい、店長と店員の意識の高さ、被害防止に向けた強い意志を感じさせる事例だといえます。このように、コンビニ従業員らが特殊詐欺を未然に防止する例が多いことは本コラムでもこれまで紹介してきたとおりですが、当事者のリスクセンスの高さはいうまでもないものの、コンビニにおいて特殊詐欺に関する教育がしっかりなされていることを感じられること(平素からの教育研修の重要性)、店舗内のコミュニケーション(情報共有)が重要であること、躊躇することなく通報できる警察との良好な関係が重要であることなどに加え、「顧客とのコミュニケーションも良好であること」がその背景にあるといえます。
  • こちらもコンビニの事例ですが、店内で機転を利かして利用客に声をかけ、架空請求詐欺を防いだとして、上野原署は上野原市のファミリーマート上野原新田店の店長と店に感謝状を贈っています。報道によれば、同店長は、店内の端末を携帯電話で通話しながら操作する60代男性に気づき、「おかしい。誰かに指示されているのではないか」と不自然に思い、詳しく事情を聴くと、男性には心当たりがないことがわかり、店長は詐欺だと確信、警察に通報したことで被害の未然防止につながったということです。同氏は別の店舗で電子マネーの詐欺被害を防いだ話を聞いたことがあり、普段から詐欺防止の声かけを店員らに指導していたといいます。上記事例同様、コンビニにおける好事例として評価したいと思います。

上記レポートでも指摘されているとおり、特殊詐欺の犯行拠点が海外にも拡がっている実態があります。特殊詐欺と海外の関係性についての報道から、いくつか紹介します。

  • 以前の本コラムでも紹介したマレーシア人らの詐欺組織が、偽造クレジットカードを使って日本国内で大量の商品を不正購入したとされる詐欺事件を受け、大阪府警は、マレーシアに捜査員を派遣しています。この組織が同国のリゾート地・ペナン島を拠点に、詐取した商品を売りさばいていた疑いがあるとして、同府警は現地の警察当局に捜査協力を要請、今後、現地当局が実態解明に向けた捜査を引き継ぐとみられていますが、海外の捜査機関が詐欺拠点の捜査に乗り出すのは異例だといいます。報道によれば、この組織は大阪市東成区と東京都新宿区のマンション一室にカードの偽造工場を構え、来日したマレーシア人らが偽造カードで化粧品や高級ブランド品などを大量購入、マレーシアに商品を持ち帰り、売りさばいていたとみられるということです。
  • フィリピン国家捜査局と入管当局は、フィリピン・ルソン島にあるラグナ州で、日本人の男8人(21~31歳)を不法滞在の疑いで拘束したと発表しています。報道によれば、摘発現場では多くの電話が発見され、フィリピン当局は、日本の高齢者らを狙った特殊詐欺グループの拠点だった可能性があるとみて調べているということです。アジトには、電話やマニュアルとみられる書類などがあり、国家捜査局はこの組織が3年以上にわたり、詐欺を行っていたとみており、当局の独自捜査でアジトが浮上したといいます。
  • 上記の事例以外でも、フィリピン・マニラ首都圏のマカティ市で日本の特殊詐欺グループの拠点が摘発された事件で、現地で拘束された日本人36人のうち20~59歳の男9人が、日本に移送され、警視庁が窃盗容疑で逮捕しています。残りのメンバーも今後、順次移送される見通しだということです。フィリピンを拠点とする特殊詐欺では大阪府警や宮城県警も「受け子」らを逮捕しており、今後、現地当局との連携による犯罪組織の摘発に本腰を入れる必要がありそうです。

2.最近のトピックス

(1)暴排を巡る動向

「赤福餅」で知られる三重県伊勢市の老舗和菓子メーカー「赤福」グループの持ち株会社、浜田総業は、同社や赤福の会長を務めていた浜田益嗣氏(82)が、今年1月16日付で両社を含む関連会社計6社の役職を全て辞任したと発表しています。報道によれば、同氏が、交友関係にあった指定暴力団幹部の要請を受け、グループの酒造会社に同暴力団の代紋を表示した焼酎を製造、販売するよう指示していたことの責任を取ったということです。昨年12月に、伊勢市内の男が代紋入りの空のボトルを浜田総業に持ち込み、同社から現金を脅し取ろうとする恐喝未遂事件が発生したことを受けて、同社は第三者委員会を設置し、過去の取引実態の調査を実施、社内の聞き取り調査に対し、同氏は「顧客や取引先に心配や迷惑をかけた」との趣旨の話をしているということです(なお、浜田氏は2007年に消費期限の偽装問題で赤福会長を引責辞任したものの、2017年に会長に復帰していたということです)。

▼伊勢萬 弊社グループ企業に対する一部報道について

当該リリースによれば、伊勢萬において製造販売していた酒類製品のうち、反社会的勢力を示唆する意匠等が施されたものを含め、平成12年から24年の間に、のべ8,180本販売されており(報道によれば、暴力団幹部には通常の1,800円で販売し、このうち3,466本が「代紋入り」で、製造後は同じ六代目山口組内でも末端の組織に所属する人物らに送られ、中元・歳暮などの品として配られていたとみられ、売り上げは約1,500万円に上ったと見られています)、「かかる取引については、弊社グループのコンプライアンス方針に抵触すると判断し、平成24 年をもって取引を停止した」といいます(なお、報道によれば、1990年代初めに浜田氏が宴席で知り合った反社会的勢力の関係者から受注し、社内で問題視する声が上がっても、浜田氏の指示で製造が続けられたといい、浜田氏は取引相手が反社会的勢力だと認識していたとみられるということです)。なお、本件を踏まえた再発防止策については、以下が示されています(創業家に対してモノが言えない雰囲気であったことが推測できるもので、「風通しのよい組織」にしようとする狙いはよくわかりますが、反社会的勢力との関係が発覚したケースであるにもかかわらず、反社チェック等の顧客管理の厳格化等に一切言及がないのは、再発防止策としては不十分ではないかと指摘しておきたいと思います)。

  • 取締役就任時の「誓約書」において、暴力団排除条例の外に、暴対法の規定をも追記し、反社会的勢力と交際をしないこと、接触をしない旨の誓約条項も併せて追加する
  • 内部通報制度の機能の検証を徹底し、実効性及び通報者の身分保障を担保すべく 改善をし、かつ、同制度をグループ各社においても例外なく採用する
  • 濱田総業及び濱田総業グループ各社のこれまでの企業風土を改善し、自由かつ活発な意見交換ないしコミュニケーションを図る等風通しのよい企業風土とする方向での改善を図ることとし、また、将来の課題として、有識者のアドバイスを常に受けられるような体制づくりなどの経営改革、濱田総業グループにとっての最適なガバナンスについて、創業家、役員及び従業員が一体となって検討をする

また、社外の専門家から助言を 得て再発防止策を講じ、実施していること、以降現在に至るまで、弊社グループにおいて反社会的勢力との取引ならびに役職員との関係を示唆する事実は確認されていないことも公表されています(ただし、どのような方法で確認したのかの詳細が不明であり、調査の深度が十分であったか疑問は残ります)。その後、同社から「反社会的勢力排除に関する基本方針」が公表されていますので、あわせて紹介します。

濱田総業 反社会的勢力排除に関する基本方針について

前文
株式会社濱田総業グループは、今般発覚した株式会社濱田総業の幹部取締役が過去において、反社会的勢力と関係があったことを深く顧み、今後二度と同じ過ちを犯さないよう、全てのグループ各社が再発防止策を講じ、未来永劫これを遵守することを誓い、反社会的勢力との決別をここに宣言する。
株式会社濱田総業グループは、企業の社会的責任として、反社会的勢力排除に関する基本方針を次の通り定めます。

【基本方針】
1.濱田総業グループ組織全体、及びグループ各社で問題解決に努めます。
2.利害関係者を含め反社会的勢力との一切の関係遮断、排除に努めます。
3.不当要求に対しては、いかなる場合においても応じません。

本件については、暴力団の活動を助長するものとして、暴力団関係者に対する利益供与に該当することから、三重県暴排条例に抵触することは明らかですが、反社会的勢力との関係に対して社会の目がこれだけ厳しくなっているにもかかわらず、最近に至るまでそれが社内で問題視されてこなかったことが大きな課題です。おそらくは、創業家に対する忖度や遠慮があり、社内で声をあげられるような社風ではなかったこと(加えて、トップの暴走を食い止めるべきガバナンスも機能していなかったこと)が最大の原因となるものと推測されます。消費期限の偽装問題であれだけ世間の批判を浴びながらも、社員のコンプライアンス意識やガバナンスが、社会の求めるレベルに達していなかったことは真摯に反省すべきだといえます。また、それに加え、再発防止策の内容についても現時点の反社会的勢力排除の実務レベルから見ればまだまだ不十分であり、その意味でも、いまだ社会の目をどれだけ意識できているのか甚だ疑問だと言わざるを得ません。

さて、反社会的勢力排除に向けた企業の取組みという点で、昨年の吉本興業の闇営業問題をふまえたその後の状況について、いくつか紹介します。まず、昨年末に同社の経営アドバイザリー委員会が「中間とりまとめ」を公表しましたが、以前の本コラム(暴排トピックス2020年1月号)で、以下のとおり指摘させていただきました。

同社の「属性調査体制」に対して同委員会は、「現状の属性調査体制は、わが国の主要企業のそれと比して同等かそれを上回るレベルである。吉本が反社会的勢力の排除に向けた強い覚悟・決意のもとで高レベルの属性調査体制を構築し運用してきている事実については、社会一般にしっかりと周知されるべきである。現に、この属性調査の結果、反社会的勢力との関連性が認められる又はその蓋然性が認められる相手先との取引を未然に防止することができたケースもあり、一定の効果を上げている。一方で属性調査の一般的課題として、反社会的勢力といっても暴力団からいわゆる半グレまで裾野が広がってきており、専門業者の力を借りたとしても、反社会的勢力がどうかの調査には限界があり、また直接的な取引相手先ではなく、間接的に関与する第三者が反社会的勢力である点があげられる。これらの点については、直接の取引先との契約書中に「反社排除表明保証条項」を盛り込むことを徹底することにより、取引相手先と一体となって反社会的勢力が関与する余地を生じさせない体制とすることが有効である。吉本としてはこの方針を採用し、徹底するということであり、その対応方針は了とする」といった報告がなされています。本件については、過去の本コラム(暴排トピックス2019年7月号8月号)で述べたとおり、「やるべきことはやっていたと思う。しかし、芸能界を取り巻く反社リスクが高かった」、「同社が「最大限の努力としてここまでやっていた」と説明責任を果たそうとしていることは理解できるものの、実際のところ、「反社リスクはもっと大きかった」という現実があり、結果的に社会の要請や社会の目線の厳しさを見誤ったこと、リスク評価の甘さが招いた結果である」と筆者は認識しています。つまり、反社リスクはその企業を取り巻く状況や当該企業の立ち位置によって異なるものであり、自らがそのリスクを厳しく評価し、それに見合った十分なリスク対策を講じるべきものであり、社会一般のレベル感と比較することについては違和感を覚えます。

この経営アドバイザリー委員会の座長を務めた川上氏が、2020年2月17日付産経新聞にて解説している報道がありました。以下に抜粋・引用して紹介します。

反社勢力は、政府自体が「定義が難しい」としているように、半グレや詐欺集団など多岐にわたる。会社もタレントも、「怪しい臭い」に敏感になることが求められる。委員会の中では、マネジャーをはじめとする現場がそういった感覚を研ぎ澄ませたり、従来あるホットラインを充実・強化したり、メンタルケアを手厚くすることなども議論された。・・・第3の優先課題は、直営業にしても反社勢力との決別にしても、「設けたルールを守ろうとする意識を醸成していく」ことだ。その意味では、従前からコンプライアンス研修を行っていたが、コンプライアンスの順守が企業を守り、ひいては自分自身のタレントとしてのパフォーマンスを発揮できる基礎になることを一人一人が理解し、納得しなければならない。

さすがに正鵠を射た意見であり、説得力がありますが、先に述べた筆者の見解から見れば、「それでも同社が置かれている立場からすれば、もっと高いレベルでの取り組みが必要ではないか」というのが正直な意見です。

なお、本問題を受けて、NHKは、4月以降に放送する番組のレギュラー出演者に対し、薬物所持など違法性が疑われる行為や反社会的勢力などとの関わりがないことを、契約書とは別の書面で確認する方針を明らかにしています。昨年、大河ドラマなどの出演者が違法薬物所持事件などで相次いで降板したことを受けたもので、報道によれば、総局長が「「NHKは公共放送として、反社会的な行為を容認することはできない。出演者についてはこれまでも、所属事務所を通じて事前に確認作業を行ってきたが、より確実に行っていく」と述べており、当然のことながら、NHKが率先して実践していく姿勢を示したことは評価できるものと思います。

さて、本コラムでは、暴力団対策法上の組長の「使用者責任」について、重大な関心をもってとりあげてきていますが、直近では2つの大きな動きがありました。まず一つ目は、平成29年6月、千葉県松戸市の一般女性が住むアパートに、稲川会系の三次団体の組員が拳銃で誤射した事件で、被害に遭った女性が精神的苦痛を受けたとして、稲川会の辛炳圭(通称・清田次郎)総裁ら2人に対し、1,300万円の損害賠償を求め、千葉地裁に提訴したというものです。報道によれば、原告の女性の弁護団は清田総裁らが暴力団対策法上の使用者責任を負うと主張しており、暴力団の内部抗争に一般人が巻き込まれた事件で、暴力団対策法に基づいてトップの責任を問う訴訟は全国初となるということです。

二つ目は、稲川会系組員らによる特殊詐欺事件の被害者が、稲川会の清田次郎(本名・辛炳圭)前会長に賠償を求めた訴訟の控訴審判決が東京高裁であり、裁判長は一審東京地裁と同様、暴力団対策法に基づく「使用者責任」を認定し、前会長に計約1,633万円の賠償を命じたというものです(賠償金額も増額されています)。事案の概要としては、2014年、原告4人が、息子を装う稲川会系組員らの詐欺グループからの電話で「知り合いの女性を妊娠させた。示談金が必要」などと言われ、それぞれ250万~400万円をだまし取られたといったものです。報道によれば、被害者に組員と名乗らずに行った特殊詐欺が「組員が暴力団の『威力』を示して資金を得る行為」に該当するかが主な争点だったところ、裁判長は「資金獲得に暴力団の威力を利用していれば、被害者に威力を示す必要はない」と述べた上で、「組員は犯行グループに対して威力を用い、詐欺に加担させた」と指摘しています。特殊詐欺事案における暴力団対策法上の使用者責任については、現在、下級審の段階で判断が分かれています。以前の本コラム(暴排トピックス2019年12月号など)で取り上げていますが、本件は初の高裁レベルでの判断であり、妥当な内容であると考えられますが、それ以外の直近の3件の判決では、原告側勝訴が1件、敗訴が2件といった状況であり、今後の東京高裁の判断が注目されます。なお、以下に簡単に地裁の判断について確認しておきます。

  • 措定暴力団住吉会系の組員らによる特殊詐欺の被害に遭った茨城県の女性3人が暴力団対策法上の使用者責任規定に基づき、住吉会の関会長と福田前会長に計約700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、水戸地裁は、3人のうち2人に対する605万円の賠償を会長らに命じています。報道によれば、組員が住吉会の威力を利用して「受け子」を集め、詐欺グループを構成したと認定、会長らが特殊詐欺について、暴力団対策法上の使用者責任を負うとの判断を示したものです。特殊詐欺で暴力団トップに暴力団対策法上の使用者責任を適用したのは全国で初めてとなります。本コラムでもたびたび紹介しているとおり、2008年施行の改正暴力団対策法では、「暴力団の威力」を利用して他人に危害を加えたり財産を奪ったりした場合、末端の組員が行った場合でも組幹部の責任を問えると規定しています。判決は、組員が被害者に直接威力を使わなくても、共犯者集めなど犯罪実行までの過程で威力を利用していれば使用者責任が生じると指摘、今回の事件では、受け子探しを指示された男は、組員が住吉会系の暴力団員であることを認識して恐怖心を抱いており、組員もそのことを知っていたと認定し、「威力の利用」にあたると判断、会長らは「損害を賠償する責任を負う」とされました。一方で、受け子役の男については、だまし取った現金を回収する男の腕に入れ墨があることを見ていたものの、暴力団員が関与しているという認識があったとは確認できず、「威力の利用には当たらない」と判断されています。
  • それに対し、住吉会系組員らによる特殊詐欺の被害者が、組員と住吉会最高幹部ら8人に1,950万円の損害賠償を求めた別の訴訟の判決で、東京地裁は、実行犯の組員に1,100万円の賠償を命じています。一方、幹部ら7人への請求は棄却、「詐欺に暴力団の影響力が使われたとは認められない」と判断しています。報道によれば、判決では、「組員が共犯者をどのように手配し、管理・統制していたか明らかではない」などとして幹部らの責任を否定したほか、「組員が住吉会の資金獲得のため詐欺を行った証拠はない」として、従業員らの不法行為の責任を雇用主らが負うとする民法の「使用者責任」の成立も否定しています。組員の男は詐欺グループの中心人物に受け子を紹介しているものの、その人物と住吉会側との関係も明らかでないこと、詐取された金が住吉会側の収益となった証拠もないことなどから、「組員の男が住吉会の事業として詐欺行為をしたとは認められない」と結論づけています。報道の中で、原告代理人弁護士が、暴力団対策法、民法いずれの「使用者責任」も否定した判決を受けて、「想定外の判決。暴力団内部の収益の移動を被害者が立証するのは難しい。その困難な立証を強いるものだ」と批判していますが、筆者としても、その立証のハードルの高さから使用者責任を認められないとするのは暴力団と特殊詐欺グループの関係性の実態をふまえれば違和感を覚えます。2件とも控訴審でさらに議論が深化していくことを期待したいと思います。
  • 稲川会系組員らによる特殊詐欺事件の被害に遭った70代の女性が、稲川会の辛炳圭(通称 清田次郎)元会長に2,150万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は、「詐欺は稲川会の威力を利用した資金獲得行為とは認められない」などとして、暴力団対策法と民法の両面で使用者責任を認めず、請求を棄却しています。組員が詐欺に使う携帯電話などをどう準備したかは明らかでなく、稲川会が協力したと認められる証拠もないと指摘、共犯者に暴力団組員であることを示した証拠もないとして、稲川会の威力を利用したとはいえないと判断しています。さらには、詐取金が稲川会の収益になった証拠もないとして、民法上の使用者責任も否定しています。

特定抗争指定暴力団への指定以降、(新型コロナウイルスの感染拡大という「国難」もあってか)六代目山口組と神戸山口組、絆會(旧任侠山口組)の動静についての報道が極端に少なくなっています。そのような中、神戸山口組の伝統ある二次団体の本部事務所が売りに出されていると以前から業界内で噂になっていたところ、1月下旬にある企業に売却されていたことがわかったといいます。さらに2月に入ってから、この組織で最高幹部の重職を務めていた人物が、組員数名と共に六代目山口組二次団体に移籍していたことも分かったということです。神戸山口組の求心力の低下を物語るものといえそうですが、両者の膠着状態がいつまで続くのか、神戸山口組がこのまま瓦解して六代目山口組が飲み込んでしまうのか、法規制を乗り越えて両者の間で抗争が勃発していくのか、現時点ではまだ何とも言えない状況が続いています。

工藤会については、本部事務所の解体作業が終了し、所有権が福岡県暴力追放運動推進センターに移転、福岡県内の民間企業に転売され、最終的に今年中には、跡地は北九州市でホームレス支援などに取り組むNPO法人「抱樸」が購入し、生活保護受給者の受け入れを核とした福祉施設の建設(令和4年開業予定)を目指すことになります。売却益の1億円から解体費用などを差し引いた約4,000万円は、組員らが関与したとされる事件の被害者への賠償に充てられることになっています。なお、2020年2月13日の毎日新聞にて、当該NPO法人理事長がインタビューに応じており、生活困窮者の支援とともに障害者や高齢者の居場所づくりなどもする全世代型の地域共生拠点として再生させるとしたうえで、「赤の他人が家族のように互いに支える『希望のまち』をつくらない限り、困窮や孤立はなくならない。『誰も断らない』を体現した場所にする」と強調しています。

また、工藤会による4つの一般人襲撃事件の審理が続いていますが、4事件中唯一の殺人事件で、最初に審理された元漁協組合長射殺事件(1998年)の証人尋問が終結しています。野村被告に対する組員らの忠誠心の強さが明白になる一方、被告による直接的な殺害指示を示す証言はなく、今夏以降と見込まれる判決が注目されるところです。なお、2019年10月に始まった公判の対象は、他に、元福岡県警警部銃撃(2012年)、看護師刺傷(2013年)、歯科医師刺傷(2014年)の各事件で、工藤会ナンバー2の田上不美夫被告も一緒に起訴されています。現在は、元警部銃撃事件の公判が行われており、元警部が狙われていると感じていたことや襲撃を匂わす発言を田上被告から直接聞いたとする元警察官の証言、元警部銃撃事件に関わったとして有罪判決を受けた当時の組員の「事件に関する指示を田中組幹部から受けた」とする証言などが出ています。なお、歯科医師刺傷事件については、野村悟被告ら4人を相手に損害賠償約8,400万円を求めた民事訴訟で、福岡高裁で実行役とされる1人を除き和解が成立しています(ただし、被告側から和解金を受け取ることが決まったものの金額や支払い方法は明らかになっていません)。なお、これらとは別に、工藤会の上納金を巡り、約3億2,000万円を脱税したとして所得税法違反罪に問われ無罪を主張していた野村悟被告が、懲役3年、罰金8,000万円とした福岡高裁判決を不服として上告しています。また、その野村被告の所有する土地がインターネットで売りに出されていることがわかったといいます。売却金は、工藤会が起こしたとされる事件の被害者への賠償金に充てられるようです。報道によれば、土地は野村被告が所有する北九州市小倉北区内の宅地2カ所で、計約1,100平方メートル、工藤会が関与したとされる事件の被害者の申し立てを受け、いずれも福岡地裁が仮差し押さえ命令を出しています。売り出したのは工藤会側とみられるということです。

その他、暴力団に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 富山市桜木町のインターネットカジノ賭博事件で、カジノ店からみかじめ料を受け取っていたとして、富山県警は、六代目山口組傘下組織の幹部を組織犯罪処罰法違反の疑いで逮捕しています。容疑者は昨年12月、常習賭博の罪で起訴されているカジノ店の店長から、賭博で得た収益と知りながら、店の売上げ10万円をみかじめ料として受け取った疑いがもたれているというものです。
  • 静岡県警は、西伊豆町の住宅で拳銃を保管させたとして、銃刀法違反(共同所持)などの疑いで、極東会系組長逮捕しています。逮捕容疑は昨年2月、西伊豆町の住宅で拳銃12丁と実弾89発を保管した疑いで、抗争に備えるための「武器庫」だったとみられています。
  • 東京・赤坂の路上で昨年1月、古物商の男性が約8,300万円を奪われた事件があり、警視庁は、神戸山口組系組員を強盗致傷の疑いで逮捕しています。事件直後、強奪金を運んでいた男が別の男らに襲われて金を横取りされており、警視庁はこれまでに事件の実行役や横取り役ら19人を逮捕しています。同組員は関与の発覚を逃れようと、横取りすることも含めて全体を計画した主犯格の1人とみられています。
  • 特殊詐欺の被害金と知りながら受け取ったとして、大阪など11道府県の合同捜査本部は、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)容疑で、六代目山口組系傘下組織の関係者とみられる無職の容疑者を逮捕しています。捜査本部はこれまでに、フィリピンを拠点とした特殊詐欺グループを70人以上摘発し、一部の容疑者の入金記録から関与が浮上、捜査本部は特殊詐欺の被害金が暴力団の資金源になっていたとみているといいます。
  • 信販会社に対して自身が暴力団員であることを隠して嘘をついてカネをだまし取ったとして、神奈川県警暴力団対策課は、詐欺の疑いで、稲川会系組員を逮捕しています。報道によれば、「私は暴力団の組員ではありません」などと容疑を否認しているということです。逮捕容疑は平成31年2月、横浜市港北区内の自動車販売店で、自身が暴力団員であることを隠したうえ、実際は仕事をしていないのに実在する会社の社員であると契約書に虚偽の記載をして、大阪府浪速区内の信販会社にローンを申し込み、自動車購入代金など約600万円をだまし取ったというものです。
  • 今年1月、東京都足立区一ツ家にある六代目山口組傘下組織の事務所にトラックが突っ込んだ事件で、警視庁組織犯罪対策4課は、トラックを損壊させた器物損壊容疑で、松葉会系組員を追送検しています。埼玉県のレンタカー会社から借りたトラックを事務所の壁に衝突させ、トラックのバンパーを損壊させたとされます(なお、事務所の壁を損壊させたとして、建造物損壊容疑ですでに逮捕されていたものです)。組対4課は組事務所の所在地をめぐるトラブルとみており、六代目山口組と神戸山口組の対立抗争とは無関係とみています。
  • 大阪・キタの繁華街で客を昏睡状態にさせて現金を奪ったとして、大阪府警曽根崎署は、昏睡強盗の疑いで、風俗店経営(28)と無職(27)の両容疑者を逮捕しています。2人はキタを拠点に活動する半グレ集団「ヤオウ」の幹部とみられるということです。同署はこれまでに昏睡強盗容疑などで「ヤオウ」のメンバーら計8人を逮捕、8人はいずれも実行役で、容疑者ら2人は指示役だったとみられています。

最後に、警視庁が「オウム真理教の危険性」と題するページを同庁サイト公表していますので、紹介します。

▼警視庁 オウム真理教の危険性

まず、「オウム真理教とは」として、「オウム真理教(以下「教団」といいます)は、麻原彰晃こと松本智津夫が教祖・創始者として設立した宗教団体で、かつて、同人の指示のもと、宗教法人を隠れ蓑にしながら武装化を図り、松本サリン事件、地下鉄サリン事件等数々の凶悪事件を引き起こしました」、「平成30年7月、一連の凶悪事件の首謀者であった松本をはじめとする13人に死刑が執行されましたが、その後も教団の本質に変化はなく、松本への絶対的帰依を強調する「Aleph」をはじめとする主流派と松本の影響力がないかのように装う「ひかりの輪」を名のる上祐派が現在も活動しています」と紹介されています。さらに、「教団による凶悪事件」として、以下が掲載されています。

  • 平成元年:信者リンチ殺人事件、弁護士一家殺害事件
  • 平成6年:元信者リンチ殺人事件、サリン使用弁護士殺人未遂事件、松本サリン事件、信者リンチ殺人事件、VX使用殺人未遂事件、VX使用殺人事件
  • 平成7年:VX使用殺人未遂事件、公証役場事務長逮捕・監禁致死事件、地下鉄サリン事件

また、「教団の勧誘活動」として、その具体的な手口等が取り上げられています。それによれば、教団は、毎年100人程度に上る多数の新規信徒を獲得していること、特に「Aleph」は、組織拡大に向け、教団に関する知識の少ない青年層(30歳代以下)を主な対象とする勧誘活動を積極的に行っており、あらゆる機会を設けて一般人と接点を持ち、教団名を秘匿したヨーガ教室などに誘って人間関係を深めた後に、教団に入会させていることが指摘され、主流派「Aleph(アレフ)」による勧誘活動の例として、以下のような手口を紹介しています。

  • 導入:家族や知人への働きかけ、路上や書店における声掛け、SNSでの呼び掛け等により、教団による一連の事件を知らない青年層を中心に接近する
  • 人間関係の構築:連絡先を交換してカフェでのお茶会等に誘い、教団名を伏せた仏教の勉強会やヨーガ教室に参加させ人間関係の構築を図る。サクラの信者1、2人が勉強会やヨーガ教室に参加して悩みを聞くなどし、一般参加者であるように装って被勧誘者の抵抗感を取り除く
  • 入信:教団名を徹底して伏せた上、一連の事件は国家ぐるみの陰謀と説明するなどして、教団に対するイメージを変化させていき、抵抗感がなくなったことを確認した段階で初めて教団名を告知して入信させる

そのうえで、「オウム真理教対策の推進」として、警察では、凶悪事件を再び起こさせないため、教団の実態解明に努めるとともに、厳正な取り締まりを推進しているほか、住民の平穏な生活を守るため、地域住民や関係する地方公共団体からの要望を踏まえながら、教団施設周辺におけるパトロール等の警戒活動を行っていること、また、地下鉄サリン事件から時が経つに連れて、教団に対する国民の関心が薄れ、一連の凶悪事件に対する記憶が風化することなどにより、教団の本質が正しく理解されないことが懸念されることから、教団の現状等について、各種機会を通じて資料による広報啓発活動を行っていることなどを紹介しています。

(2)AML/CFTを巡る動向

警察庁が「犯罪収益移転防止に関する年次報告書(令和元年)」(以下「本報告書」)を公表していますので、令和元年における特徴的な部分を中心に、簡単に紹介します。

▼警察庁 犯罪収益移転防止に関する年次報告書(令和元年)

まず本報告書では、犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯罪収益移転防止法または犯収法)はマネー・ローンダリング等を巡る国内外の情勢変化等に応じ数次にわたり改正され、その機能が強化されてきたこと、このことに加え、同法に規定された金融機関等の特定事業者が、不正な資金移動に対する監視態勢の強化等に継続して取り組んだ結果、令和元年中に特定事業者から所管行政庁に届け出られた疑わしい取引の件数 は44万件を超え、過去最多となったこと、また、捜査機関等に対する疑わしい取引の届出に関する情報の提供件数は毎年増加しており、疑わしい取引に関する情報を端緒として検挙に至った事件も6年連続で1,000件を超える状況となっていることなどが(令和元年におけるトピックス・成果として)指摘されています。さらに、「マネー・ローンダリング対策等を効果的に推進するためには、捜査機関による取締りはもとより、官民一体となった対策や国際的な連携による活動を積極的に継続して推進していくことが必要であり、そのためには、特定事業者やその顧客等となる国民の理解と協力が必要不可欠である」とも指摘しています。なお、最近の法令改正として、令和元年における改定状況について、以下のとおり、まとめています。

  • 資金決済法等の一部改正に伴う犯罪収益移転防止法の改正
  • 国際的な議論の場で仮想通貨(virtual currency)について「暗号資産(crypto asset)」という呼称が使われるようになっていること等を踏まえて、資金決済法に規定する「仮想通貨」の用語が「暗号資産」に改められることに合わせ、犯罪収益移転防止法についても「仮想通貨交換業者」を「暗号資産交換業者」に改めるなど所要の改正を行うこととされた
  • また、資金決済法等の改正により、取引時確認の実施、確認記録の作成・保存等の犯罪収益移転防止法上の各種義務が課せられる特定事業者に、暗号資産の交換等を伴わず、他人のために行う暗号資産の管理を業として行う暗号資産交換業者・暗号資産等を原資産とするデリバティブ取引を行う金融商品取引業者・集団投資スキームにおける金銭の払込み等について、暗号資産を決済手段とする金融商品取引業者等を追加することとされた
  • 特定複合観光施設区域整備法の制定に伴う犯罪収益移転防止法の改正等
  • カジノ事業者には一部の金融業務が認められること、カジノでは多額の現金での取引が行われること等の特徴を踏まえ、FATF 勧告において、顧客が一定の基準額以上の金融取引に従事する場合には顧客管理措置をとること等が求められている
  • 平成30年4月、犯罪収益移転防止法の一部改正により、カジノ事業者について、取引時確認の実施、確認記録の作成・保存、疑わしい取引の届出等の各種義務が課される特定事業者に追加することなどを含む「特定複合観光施設区域整備法案」が第196回国会に提出され、同法案は、同年7月20日に可決、成立し、同月27日に公布された(公布の日から3年以内に施行)
  • また、犯罪収益移転防止法施行令の一部改正により、取引時確認等の義務が課される特定取引として、カジノ口座の開設を内容とする契約の締結等を追加することなどを含む「特定複合観光施設区域整備法施行令」が、平成31年3月29日に公布された
  • FinTechに対応した効率的な本人確認の方法等を内容とする犯罪収益移転防止法施行規則の改正
  • 平成29年及び30年に閣議決定された「未来投資戦略」に基づいて、FinTech に対応し、オンラインで完結する本人確認方法を新設するなど本人確認方法等に関する所要の見直しを行うため、犯罪収益移転防止法施行規則の改正を行い、平成30年11月30日に公布・施行された
  • FinTech に対応したオンラインで完結する確認方法の新設、なりすましによる不正の抜け穴とならないよう現行の確認方法を変更、簡素な顧客管理を行うことが許容される取引に一部の取引を追加したもの

また、疑わしい取引の届出制度について、「平成4年の麻薬特例法の施行により創設されたが、当初は届出の対象が薬物犯罪に関するものに限られていたことなどから、届出受理件数は同年から10年までは毎年20件未満であった」ところ、その後、「平成11年の組織的犯罪処罰法制定により届出の対象が薬物犯罪から重大犯罪に拡大され、同法が施行された平成12年以降、届出受理件数は年々増加し、現在も引き続き増加傾向を維持している」こと、「令和元年中の届出受理件数440,492件と、前年より23,027件(5.5%)増加した」ことが報告されています。なお、令和元年中に抹消された疑わしい取引に関する情報は52,849件で、令和元年12月末における同情報の保管件数は4,759,089件となっているといいます。さらに、令和元年中の疑わしい取引の届出受理件数を届出事業者の業態別に見ると、銀行等が344,523件で届出件数全体の78.2%と最も多く、次いでクレジットカード事業者(24,691件、5.6%)、信用金庫・信用協同組合(19,487件、4.4%)の順となっているといいます。参考までに、5年前の平成27年については、疑わしい取引の届出件数の全体が399,508件であったのに対し、銀行等は351,009件と87.8%を占めていましたので、ここ数年で、銀行等以外の特定事業者における届け出件数の増加が顕著となっており、(とりわけ仮想通貨交換事業者は5年前には統計上存在していなかったところ、令和元年は5,996件と全体の1.4%を占めるようになっているなど)AML/CFTの取組みの裾野が確実に拡がっていることを示すものと捉えることができると思われます。また、捜査機関等に対する疑わしい取引の届出に関する情報の提供件数は毎年増加しており、令和元年中は467,762件と、前年より7,017件(1.5%)増加し、過去最多となったこと、令和元年中に都道府県警察の捜査等において活用された疑わしい取引に関する情報数は307,786件に上ったこと、令和元年中に疑わしい取引に関する情報を端緒として検挙した事件(端緒事件)の数は1,123事件、既に着手している事件捜査の過程において、疑わしい取引に関する情報を活用するなどして検挙した事件(活用事件)の数は1,102事件となっていることなど、疑わしい取引の届出が犯罪の摘発に大きく寄与している状況がよくわかる結果となっています。なお、罪種別の端緒事件数及び活用事件数を類型別について、以下のとおりまとめられており、疑わしい取引の届出と具体的な事件との関連性を知るうえで参考になります(特に、詐欺関連事犯の摘発に大きく貢献している点は大変興味深いものだといえます)。

  • 詐欺関連事犯(詐欺、犯罪収益移転防止法違反等)の端緒事件数は計933事件で端緒事件数全体の1%、活用事件数は計493事件で活用事件数全体の44.7%を占めていずれも最も多く、預貯金通帳等の詐欺又は譲受・譲渡、生活保護費等の不正受給、コンサートチケット販売、恋愛感情や親近感を抱かせ、現金を送金させるいわゆる国際ロマンス詐欺等の事件を検挙している
  • 不法滞在関連事犯(入管法違反)の端緒事件数は計53事件、活用事件数は計36事件であり、在留期間が経過した来日外国人の不法残留、就労資格がない来日外国人の就業、偽造在留カードの所持等の事件を検挙している
  • 薬物事犯(覚せい剤取締法違反、麻薬特例法違反等)の端緒事件数は計39事件、活用事件数は計175事件であり、覚せい剤等の違法薬物の所持・譲受・譲渡や組織的に行われた違法薬物の売買等の事件を検挙している
  • 組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿・収受)の端緒事件数は計34事件、活用事件数は計37事件であり、詐欺、恐喝等により得た犯罪収益等の隠匿・収受の事件を検挙している
  • 偽造関連事犯(偽造有印公文書行使、電磁的公正証書原本不実記録・同供用等)の端緒事件数は計15事件、活用事件数は計19事件であり、偽造した自動車運転免許証を使用 した口座開設、融資を受けるための公正証書の偽造等の事件を検挙している
  • ヤミ金融事犯(貸金業法違反、出資法違反)の端緒事件数は計13事件、活用事件数は計10事件であり、貸金業の無登録営業、高金利貸付の事件を検挙している
  • 賭博事犯(常習賭博、賭博開帳場図利)の活用事件数は計9事件であり、店舗型ゲーム機における常習賭博、暴力団組員による野球賭博等の事件を検挙している
  • 風俗関連事犯(風営適正化法違反)の端緒事件数は計4事件、活用事件数は計16事件であり、店舗型性風俗店の禁止場所営業等の事件を検挙している
  • その他の刑法犯(窃盗犯、粗暴犯、凶悪犯等)の端緒事件数は計12事件、活用事件数は計244事件であり、他人のキャッシュカードを使用してATMから現金を不正に出金した窃盗、暴力団幹部による殺人等の事件を検挙している
  • その他の特別法犯(商標法違反、銀行法違反等)の端緒事件数は計20事件、活用事件数は計63事件であり、商標を使用する者の許可を受けずに模造した商品を販売する目的で所持していた商標法違反、免許を受けずに不正に海外に送金を行った銀行法違反等の事件を検挙している

また、令和元年中における組織的犯罪処罰法に係るマネー・ローンダリング事犯の検挙事件数は、犯罪収益等隠匿事件378事件、犯罪収益等収受事件150事件の合計528事件と、前年より24事件(4.8%)増加したこと、組織的犯罪処罰法に係るマネー・ローンダリング事犯を前提犯罪別に見ると、窃盗が206事件と最も多く、詐欺が167事件、電子計算機使用詐欺が30事件、ヤミ金融事犯が28事件等となっていることが指摘されています。窃盗や詐欺の件数が多くなっている点は、暴力団等による犯罪において窃盗や詐欺事犯が増加している点とも共通しており、窃盗や詐欺とマネー・ローンダリング、暴力団等の3者の密接な関連性を示すものとしても注目されます。なお、以下、具体的なマネー・ローンダリングと前提犯罪、具体的な手口の関係がよくイメージできる内容となっているため、紹介します。

  • 令和元年中の犯罪収益等隠匿事件は、他人名義の口座への振込入金の手口を用いるものが多くを占めており、他人名義の口座がマネー・ローンダリングの主要な犯罪インフラとなっていること、手口としてはほかに、盗品等をコインロッカーに隠匿する手口、偽名使用により盗品等を売却するといったものがみられ、様々な方法によって捜査機関等からの追及を回避しようとしている状況がうかがわれるとしています。実際の事例としては、「会社員の男らは、懸賞当選の権利を取得する費用の名目で、日本郵便の代金引換サービスを利用して被害者に嘘の書類を送り付け同書類の受領と引換えにだまし取った現金を日本郵便の職員らを介して他人名義の口座に振込入金させていたことから、組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿罪)で検挙した」といったものが紹介されています。
  • 令和元年中の犯罪収益等収受事件は、売春事犯、賭博事犯等で得た犯罪収益等を直接又は口座を介して収受する手口、窃盗等の被害品を買い取るなどして収受する手口等がみられ、犯罪者が入手した犯罪収益等が、様々な方法で別の者の手に渡っている状況がうかがわれるとされています。
  • 令和元年中に組織的犯罪処罰法に係るマネー・ローンダリング事犯で検挙されたもののうち、暴力団構成員等が関与したものは、犯罪収益等隠匿事件32事件及び犯罪収益等収受事件19事件の合計51事件で、全体の7%を占めていることが指摘されています。さらに、暴力団構成員等が関与したマネー・ローンダリング事犯を前提犯罪別に見ると、詐欺が16事件、ヤミ金融事犯が10事件、賭博事犯が7事件、窃盗及び恐喝がそれぞれ6事件等であり、暴力団構成員等が多様な犯罪に関与し、マネー・ローンダリング事犯を敢行している実態がうかがわれると指摘しています。うち、暴力団構成員等が関与した犯罪収益等隠匿事件については、詐欺が11事件、ヤミ金融事犯が9事件、恐喝が5事件、窃盗が4事件等であること、手口としては、詐欺等で犯罪収益を得る際に他人名義の口座を利用したり、窃盗等の犯罪収益を偽名で売却するものなどが紹介されています。また、暴力団構成員等が関与した犯罪収益等収受事件については、賭博事犯が7事件、詐欺が5事件、窃盗が2事件等であること、手口としては、賭博事犯の犯罪収益をみかじめ料の名目で収受しているものなどが紹介されています。
  • 令和元年中に組織的犯罪処罰法に係るマネー・ローンダリング事犯で検挙されたもののうち、来日外国人が関与したものは、犯罪収益等隠匿事件49事件及び犯罪収益等収受事件22事件の合計71事件で、全体の4%を占めていることも指摘されています。来日外国人が関与したマネー・ローンダリング事犯を前提犯罪別に見ると、詐欺が28 事件、窃盗が14事件、入管法違反が13事件、電子計算機使用詐欺が11事件等であること、手口としては、日本国内に開設された他人名義の口座を利用したり、偽名で盗品等を売却するなど、様々な手口を使ってマネー・ローンダリング事犯を行っている実態がうかがわれることが紹介されています。なお、具体的な事例について、「ミャンマー人グループによる銀行法違反事件に係る犯罪収益等隠匿」事例として、「無許可で銀行業(地下銀行)を営んでいたミャンマー人の男らは、日本国内からミ ャンマーへの送金を希望する依頼人に対し、男らが管理する他人名義の口座に送金受 任額を振込入金させていたことから、組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿罪)で検挙した」といったものが紹介されています。
  • 海外で行われた詐欺の犯罪収益を正当な資金のようにみせかけ、真の資金の出所や所有者、資金の実態を隠匿しようとするマネー・ローンダリング行為が行われているとして、「日本人による国際的なビジネスメール詐欺事件に係る犯罪収益等隠匿」事例として、「本人運転手の男は、商取引に係る偽りのメールを信じたアメリカの企業から日本の国内銀行に開設された男が管理する法人口座に送金された詐欺の被害金について、正当な事業収益であったかのように装って、同口座から現金の払戻しを受けたことから、組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿罪)で検挙した」事例が紹介されています。
  • 令和元年中の麻薬特例法が定めるマネー・ローンダリング事犯の検挙事件数は9事件であり、覚せい剤等を密売し、購入客からの代金を他人名義の口座に入金していた薬物犯罪収益等隠匿事件のように、薬物事犯で得た資金が、マネー・ローンダリングされている実態がうかがわれると指摘しています。

さらに、「犯罪による収益の没収・ 追徴」について取り上げられており、「犯罪による収益の没収・追徴は、裁判所の判決により言い渡されるが、没収・追徴の判決が言い渡される前に、犯罪による収益の隠匿や費消等が行われることのないよう、警察は、組織的犯罪処罰法及び麻薬特例法に定める起訴前の没収保全措置を積極的に活用して没収の実効性を確保している」ことが紹介されています。具体的に、令和元年中の組織的犯罪処罰法に係る起訴前の没収保全命令の発出件数(警察官たる司法警察員請求分)は169件と、前年より37件(18.0%)減少したものの、前提犯罪別に見ると、賭博事犯が30件、窃盗及び無許可風俗営業事犯がそれぞれ25件、不法就労助長事犯が21件、詐欺が19件、売春事犯が12件等といった状況だということです。具体的な事例でいえば、金銭債権を没収の対象としている組織的犯罪処罰法の利点を活かし、預金債権や給料の未払債権を没収保全した事例がみられること、また、組織的犯罪処罰法の一部改正により、犯罪組成物件や犯罪供用物件の没収保全が可能となったことから、金密輸入事件の犯罪組成物件に当たる金塊や賭博事犯の供用物件に当たる準備金を没収保全した事例もあったということです。さらに、令和元年中の麻薬特例法に係る起訴前の没収保全命令の発出件数(警察官たる司法警察員請求分)は8件、 発出された起訴前の没収保全命令としては、大麻を密売することにより得た収益に対する起訴前の没収保全命令等があるとしています。

また、「犯罪収益移転防止法には、特定事業者(弁護士を除く。)の所管行政庁による監督上の措置の実効性を担保するための罰則及び預貯金通帳等の不正譲渡等に対する罰則が規定されている」ところ、警察では、これらの行為の取締りを強化しているとして、多くのマネー・ローンダリ ング事犯において、他人名義の預貯金通帳が悪用されているが、令和元年中における預貯金通帳等の不正譲渡等の検挙件数は2,577件と、前年より2件増加したことも取り上げられています。

また、以前の本コラム(暴排トピックス2020年1月号)でも取り上げた、令和元年12月に公表された危険度調査書について、「特定事業者が取り扱う各種「商品・サービス」を評価の対象として、それぞれのマネー・ローンダリング及びテロ資金供与に悪用させる危険性を記載した上で、取引形態、国・地域、顧客の属性の観点別に、危険性に関わる要因について、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与に悪用させる固有の危険性、疑わしい取引の届出状況、悪用された事例、危険度を低減させるために取られている措置等を分析して多角的・総合的に危険度の評価を行っている。また、近時の情勢等を踏まえ、最近の関連動向等を追記するなどしている」と紹介したうえで、今回新たに追加された事項として、「疑わしい取引の届出について、事業者のより一層の理解と取組の更なる推進を図ることを目的として、疑わしい取引の届出を端緒として検挙した事例を追記する」、「在留外国人が大幅に増加する中、外国送金や地下銀行等の国境を越えて行われるマネー・ローンダリング及びテロ資金供与のリスクを追記する」、「仮想通貨関連事犯や近年取扱額が増加している資金移動サービスに関連する事犯等を追記する」、「2020年東京オリンピック・パラリンピック大会を控え、アジア地域等のテロリスト等5団体に対して資産凍結等の措置を講じたこと」等が挙げられています。

さらに、特殊詐欺における犯罪インフラとして規制が強化された電話転送サービス事業者についても、国家公安委員会・警察庁による報告徴収・意見陳述等として、「令和元年中、電話転送サービス事業者を対象として7件の報告徴収を行った」こと、「報告徴収により判明した具体的な違反内容として、偽造されたものと判別できる本人確認書類の提示等を受けて取引時確認を行っていた、顧客の取引目的や職業等の確認を怠った、確認記録の一部を保存していないこと等が認められた」こと、また、「これまで行った報告徴収等の結果に基づき、同年中、特定事業者の犯罪収益移転防止法違反を是正するために必要な措置をとるべきとする旨の意見陳述を、電話転送サービス事業者の所管行政庁である総務大臣に対して8件行った」ことが紹介されています。電話転送サービス事業者の問題については、本コラムでも関心を持って取り上げてきており、これらの実際の事例についてもすでに紹介したとおりです。それに加え、国家公安委員会・警察庁がこれまで行った意見陳述を受け、「令和元年、総務大臣が電話転送サービス事業者に対して初めて是正命令を発した」こと、「国家公安委員会・警察庁では、電話転送サービス事業者が特定事業者に追加された平成25年から令和元年末までに、27の電話転送サービス事業者に対して報告徴収等を行い、そのうち21の電話転送サービス事業者に関して総務大臣へ意見陳述を行っている」こと、また、「当該報告徴収等を行った電話転送サービス事業者のうち、令和元年末までに9の事業者 が総務大臣への事業の廃止届出や法人の解散を行っている」ことが紹介されており、本コラムの問題意識同様、電話転送サービス事業者に対する監視の目が厳しいことがわかります。

また、「令和元年2月、6月及び10月に開催された FATF 全体会合において、イラン・イスラム共和国及び北朝鮮に係る声明が採択され、これらの国・地域から生ずるマネー・ローンダリング及びテロ資金供与のリスクから国際金融システムを保護するための措置を適用するよう要請された。これを受け、警察庁は、関係省庁を通じて、特定事業者に対し、これらの国・地域について取引時確認や疑わしい取引の届出等の徹底を図るよう要請した。上記1、2の要請により、各業界団体等によっては、各特定事業者に対するデータベースの提供がなされるなど、マネー・ローンダリング対策等に有効に活用されている」といったことも紹介されており、参考になります。

さて、金融庁から「業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点」が公表されており、昨秋実施されたFATFの第4次対日相互審査について言及がありましたので、紹介します。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼共通事項

金融庁のコメントは、「FATF オンサイト審査が 10 月 28 日から11 月 15 日の日程で行われた。オンサイト審査にご協力いただいた先におかれては対応に感謝する」とした一方で、「これまでもお伝えしているとおり、マネロン・テロ資金供与対策は、日常業務における取引時等の基本動作の徹底が重要であるとともに、継続的な顧客管理措置など中長期的な視点での態勢整備が求められる項目については、経営陣自らがその進捗状況を確認し、継続的に見直しを図る必要がある」と指摘しています(継続的な顧客管理のあり方について、何らかの課題が指摘されたことを示唆するものかもしれません)。また、「10月21日に「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の現状と課題」(いわゆるマネロンレポート)を公表した(主要行においては、10 月の意見交換会で言及済み)。本レポートは、これまでのモニタリングで得られた傾向や事例を還元することにより、金融機関等における更なる実効的な態勢整備の一助としていただくとともに、金融機関の利用者にもマネロンに関するご理解をいただけるものになればと考えている」とも述べています。

また、今国会において「金融商品の販売等に関する法律等」の改正について閣議決定がなされていますので、以下、簡単に紹介します。

▼金融庁 金融サービスの利用者の利便の向上及び保護を図るための金融商品の販売等に関する法律等の一部を改正する法律案の概要

情報通信技術の進展とニーズの多様化への対応として、「オンラインでのサービスの提供が可能となる中、多種多様な金融サービスのワンストップ提供に対するニーズへの対応」と「キャッシュレス時代に対応した、 利便性が高く安心・安全な決済サービスに対するニーズへの対応」という大きく2つの改正が行われることになります。

まず、前者(金融サービス仲介法制)については、「金融サービス仲介業の創設」が掲げられ、以下の改正となります。

  • 1つの登録を受けることにより、銀行・証券・保険すべての 分野のサービスの仲介を行うことができる金融サービス仲介業を創設。さらに、一定の要件を満たせば、電子決済等代行業の登録手続も省略可能とする
  • 主な規制
    • 特定の金融機関への所属は求めない
    • 利用者財産の受入れは禁止
    • 仲介にあたって高度な説明を要しないと考えられる金融サービスに限り取扱可能
    • 利用者に対する損害賠償資力の確保のため、保証金の供託等を義務付け
    • 利用者情報の取扱いに関する措置や利用者への説明義務、禁止行為などは、仲介する金融サービスの特性に応じて過不足なく規定
    • このほか、監督規定や、認定金融サービス仲介業協会及び裁判外紛争解決制度に関する規定を整備

さらに、後者(決済法制)については、「資金移動業の規制の見直し」と「利用者保護のための措置」が柱となります。

  • 資金移動業の規制の見直し
  • 高額送金を取扱可能な類型を創設
    • 海外送金のニーズなどを踏まえ、100万円超の高額送金を取扱可能な新しい類型(認可制)を創設
    • 事業者破綻時に利用者に与え得る影響を踏まえ、利用者資金の受入れを最小限度とするため、具体的な送金指図を伴わない資金の受入れを禁止
    • 事業者は、送金先や送金日時が決まっている資金のみ、利用者 から受入れ可能
  • 少額送金を取り扱う類型の規制を合理化
    • 送金コストのさらなる削減の観点から、利用者の資金について、供託等に代えて、分別した預金で管理することを 認める(外部監査を義務付け)
  • 現行の枠組みは維持(上記とあわせて、資金移動業は3類型に)
  • 利用者保護のための措置
  • いわゆる収納代行のうち、「割り勘アプリ」のように実質的に個人間送金を行う行為が、資金移動業の規制対象であることを明確化

最近、電子マネーを詐取する特殊詐欺が多発していることは本コラムでも取り上げているとおりですが、実は、このような事案においては、買い取り業者のサイトを通じて現金化することが多いとされているところ、インターネット上には一般人と詐欺グループ両方を相手にする業者や、詐欺グループしかアクセスできない専門業者などが乱立している実態があるといいます(2020年2月12日付時事通信)。明らかにマネー・ローンダリングの温床として「犯罪インフラ化」している状況にもかかわらず、規制への動きは鈍く、警察庁と金融庁が責任を押し付け合う格好になっているとされます。有識者が「法律の空白ができており難しい問題だが、何もしないと特殊詐欺に利用される状況が続く。対策を打つ時期が来ている」と指摘していますが、正にそのとおりであり、特殊詐欺の被害が高止まりする中、その犯罪を助長する「犯罪インフラ化」が明らかである以上、早期の規制厳格化に着手することを期待したいと思います。また、規制の強化という点では、「給料の前払い」などのうたい文句で広がる「給料ファクタリング」という金融取引について、金融庁が、貸金に当たるとの初めての見解を発表しており注目されます。報道(2020年3月6日付産経新聞)によれば、「給料ファクタリング」じゃSNSやインターネット掲示板を中心に広がり、業者側は「前借り感覚の気軽な資金調達方法」とアピール、一方で法規制がないことを背景に、多額の手数料を要求されるトラブルも目立っているといい、専門家は「実質的なヤミ金だが、周囲に被害を相談できない人も多い」という実態が指摘されています。これまで業者側は、取引は債権の売買であって貸金にあたらないとして、貸金業法の上限金利を超える法外な「手数料」を取っていましたが、今後、貸金業法上の規制下に置かれることとなり、被害の低減につながるものと期待したいと思います。

その他、国内外におけるAML/CFTを巡る動向に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 英金融当局がドイツ銀行に対し、マネー・ローンダリング対応やコンプライアンスが不十分であると指摘したと英フィナンシャルタイムズが報じています。EU離脱後の英国市場へのアクセスが禁じられる可能性があるといい、イングランド銀行(英中銀)が四半期ごとではなく毎月、進捗状況を報告するよう求めていると報道されています。ドイツ銀は当局とのやりとりに関してコメントを避けているものの、金融犯罪撲滅に向け、2015年以降に人員を3倍に増やしたと回答しています。ドイツ銀行を巡るAML/CFTの不備については本コラムでもたびたび取り上げてきていますが、すでに米や独など各地で、マネー・ローンダリング対応の不備などをめぐり当局の調査対象となっており、今回の件も含め、今後の動向を注視したいと思います。
  • FATFは3年以上にわたり、イランに対しテロ資金供与防止に関する条約制定を要請、制定しなければブラックリスト入り猶予を解除し、報復措置を課すと警告していたところ、今般、「イランはFATFの基準に沿ってパレルモ条約およびテロ資金供与防止条約を制定しなかったため、報復措置の停止を完全に解除する」と指摘、いわゆるブラックリストに含める措置を講じ、加盟39カ国・地域に対し、有効な報復措置を適用するよう求めています。これにより、イランとの取引に対する監視強化やイラン国内で事業を展開する金融会社への外部監査の厳格化、イランと取引している海外企業に対する圧力などにつながるとみられています。
  • 政府は、2020年度中にマネー・ローンダリング対策で行う取引監視や本人確認情報の蓄積を共同化する実証実験を始める方向だということです(2020年2月7日付ニッキン)。各金融機関に求められる対応水準が高まるなか、対策の精度に差が生じる恐れがあり、AI(人工知能)を使って底上げすることで、海外の動向や現状の実務を踏まえて課題を洗い出し、オペレーションの手順も策定したい考えだということです。具体的には、取引が禁止される経済制裁対象者や反社会的勢力などを照合するフィルタリングや異常な取引を検知する監視システムで、金融機関から取引データを取得し、保存する共同データベースを作るといった構想のようですが、顧客からの情報共有にかかる同意の取得の困難性やデータベースとの同一性の精査などの課題も多く、今後も慎重な検討が求められているようです。
  • AML/CFTとは直接関係がありませんが、社会的関心の高まりや顧客管理の厳格化の取り組みの一環で、銀行が人身売買に使われる口座対策を強化しているとの報道がありました(2020年2月7日付ニッキン)。実際に犯人検挙につながる成功事例も出てきており、ミネソタ州ミネアポリスのUSバンコープは、2018年のスーパーボウル開催時に、事前に要注意リストを作成し、同地域の支店、他の銀行と共有、地元警察によると、その情報は94人の検挙に貢献したといいます。ABA(米国銀行協会)は、「銀行は人身売買の非常に重要な防衛線」と特に支店の役割を重要視しているということで、大変興味深い取り組みだと感じます。
(3)薬物を巡る動向

財務省は、令和元年(平成31年1月~令和元年12月まで)に全国の税関が空港や港湾等において、不正薬物の密輸入その他の関税法違反事件を取り締まった実績をまとめています。

▼令和元年の全国の税関における関税法違反事件の取締り状況
▼令和元年の全国の税関における関税法違反事件の取締り状況(詳細)

不正薬物事犯については、不正薬物全体の摘発件数は1,046件(前年比20%増)、押収量は約3,318キロ(前年比約2.2倍)となり、史上初めて3トンを超えました。国内への不正薬物の流入は引き続き拡大傾向にあり、極めて深刻な状況となっています。覚せい剤については、摘発件数は425件(前年比約2.5倍)であり、過去最高を記録したこと、押収量は約2,570キロ(前年比約2.2倍)であり、「史上初めて2.5トンを超える」とともに“4年連続の1トン超え”を記録したこと、押収した覚せい剤は、薬物乱用者の通常使用量で約8,566万回分、末端価格にして約1,542億円に相当すること、大口事犯として、過去最高となる約1トン、過去3位となる約587キロ(いずれも洋上取引で静岡県伊豆町の海岸、熊本県天草市の港)を摘発したことなどが指摘されています。また、大麻については、大麻草の摘発件数・押収量ともに減少した一方で、大麻樹脂等(大麻リキッド等の大麻製品を含む)は、摘発件数・押収量ともに増加したことが指摘されています。また、コカインについては、摘発件数は52件(前年比10%減)と僅かに減少したものの、押収量は約638キロ(前年比約4.2倍)と大幅に増加したこと、大口事犯として、過去最高となる約400キロ(神戸港で海上貨物に隠匿)、過去2位となる約178キロ(三河港で外国貿易船の船底にある海水取入口に隠匿)を摘発したことが指摘されています。なお、関連して、金地金の密輸入事犯については、通年で見ると、摘発件数は61件(前年比94%減)、押収量は約319キロ(前年比84%減)と、摘発件数・押収量ともに大幅に減少したものの、令和元年10月の消費税率引き上げ後は、摘発件数に増加傾向が見られたとしています。さらに、知的財産侵害事犯等については、時計等の商標権を侵害する物品の密輸入事犯14件を告発、サル、カワウソ等の密輸入事犯や北朝鮮へ向けた家具等の密輸出事犯等を告発したことが挙げられています。麻薬については、MDMAの押収量が91%増の約61,000錠となりました。

各地の税関の状況では、例えば成田税関は、覚せい剤の摘発が144件、押収量393キロと、ともに過去最多となっています。とりわけ昨年2月には、カナダからの旅客のスーツケース2個から覚せい剤29.94キロを押収、空港や港で旅客の手荷物から一度に押収した量としては過去最多でした。また、隠匿の手口も巧妙化しており、車椅子の座席部分やガスオーブン、額縁に隠したり、キャンディーやミックスナッツに偽装したりする手口も見られたようです。報道によれば、税関関係者が「世界的に密輸組織が活発に動いている。国内に一定の常習者がおり、摘発されて量が足りなくなると、密輸しようとする」とコメントしていましたが、正にそのような状況が散見された1年だったといえます。また、門司税関では、昨年の覚せい剤の摘発件数が13件、押収量が604キロといずれも比較ができる1985年以降で過去最多を記録したということです。特に押収量は113キロだった前年を5倍以上も上回っています。本コラムでもたびたび紹介しているとおり、押収量を押し上げたのは、昨年12月に熊本県天草市で係留中の漁船から摘発された587キロ分であり、報道で関係者が、「国際情報を端緒に各機関が合同で約半年間、内偵捜査を続けた。広域合同捜査の好事例」とコメントしています。各地の税関は最新の薬物探知機器を導入し、水際対策に力を入れているほか、警察や海上保安庁と協力し、密輸の取り締まりも強化しています。とりわけ覚せい剤については、本コラムでも指摘したとおり、大規模摘発が相次いだことから、洋上の瀬取りから同じ航空機や観光ツアーに申し込みを分散して持ち込むなど、全体的に小口に分けて国際郵便に紛れ込ませたり、旅客など運搬人を使って密輸を繰り返す「ショットガン方式」に移行しており、警戒を強化した結果、これらを芋づる式に摘発した事例もあるということです。また、以前はホテルに覚せい剤を郵送する手口が多かったところ、最近は民泊に送り、宿泊客を装い受け取るケースも増えているようです。さらに、摘発件数のうち、タイやマレーシアなどアジアからが204件と全体の48%を占めており、覚せい剤の末端価格が高い日本は「密輸組織の大きなマーケット」になっていることがうかがわれます。

その他、最近の密輸の状況を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 今年2月、合成麻薬MDMA1万錠(約3・9キロ、末端価格約4,000万円)をスーツケースの中に隠し入れ、オランダから香港経由で福岡空港に持ち込んで密輸した容疑で、マレーシア国籍の女が逮捕されています。空港のX線検査などでスーツケースの中に大量のMDMAを粘着テープで貼り付け、その上を覆い隠して二重底構造にして隠していたのが見つかったということです。福岡空港では昨年12月にもMDMA約1万錠の密輸事件が摘発されています。
  • 昨年7月、タクシー運転手の男に覚せい剤1,711グラムを隠し入れたスーツケースをシンガポールの空港から運ばせ、羽田空港に輸入したとして、男3人が逮捕されています。容疑者の1人はSNSで「短期高収入。何ら違法ではなくグレーゾーンなだけ。期間は1週間程度。報酬は50万円以上」と書き込んでおり、運び役を募集していたとみられるほか、もう1人の容疑者は渡航費用の提供役、別のもう1人の容疑者は渡航時の監視役とみられています。
  • 合成麻薬LSDを染み込ませた切手状の紙片2万枚を製本化し、書籍に見せかけて密輸したとして、大阪府警と大阪税関は、ギリシャ国籍の車両塗装業の男を麻薬取締法違反(営利目的輸入)の疑いで逮捕しています。報道によれば、今年2月、LSDを染み込ませた紙片約368グラムをリュックサックに隠し、オランダのスキポール空港から関西国際空港に密輸したというもので、紙片は約5ミリ四方、500枚ずつとじられ、表紙も付けて40ページ分の洋書を装っていたといいます。全国的にも珍しい手口で、押収量も国内で過去2番目の多さということです。
  • 別の女らと共謀のうえ、営利目的で合成麻薬MDMAを輸入したとして、神奈川県警薬物銃器対策課は、麻薬取締法違反(営利目的共同輸入)の疑いで、無職の女性(24)=覚せい剤取締法違反の罪で起訴=を再逮捕しています。オランダから届いた国際郵便物2個を横浜税関川崎外郵出張所の職員が検査し、中身が書類だと記載された荷物の中からMDMAを発見、中身を入れ替えて追跡捜査し、容疑者宅に荷物が届けられたところを確認したため、麻薬特例法違反容疑で現行犯逮捕し、尿検査で覚醒剤反応が検出されたということです。
  • 今年1月、コカイン計約5キロを詰めたブラシのような形をしたやすり93本をスーツケースに入れ、オランダの空港から関西国際空港に輸入したとして、台湾人の女性が逮捕されています。容疑者は「違法なものを持ち込んだとわかっていた」と容疑を認めています。報道によれば、容疑者は、コロンビアからオランダの空港を経由して関空に到着しており、コロンビアを訪れた目的などを不審に思った税関職員が声をかけ、発覚したというものです。容疑者は「アメリカ人の男を名乗る人物とメールなどで連絡を取った上で、コロンビアで手土産としてやすりを受け取った」と供述しているといいます。本コラムでたびたび指摘しているとおり、税関職員の鋭い観察力とリスクセンスが摘発につながった事例といえます。
  • カンボジア警察当局は、覚せい剤を密輸しようとしたとして、日本人(72)を逮捕したと発表しています。日本人の容疑者は、首都プノンペンの空港で覚醒剤7キロが入ったスーツケースを所持しており、入国管理当局に拘束されました。報道によれば、「ガーナ人に雇われ、プノンペンのホテルで薬物を受け取った。ソウル経由で青森に運ぶつもりだった」と供述しているといいます。
  • 客室乗務員(CA)として搭乗した航空機で覚せい剤を密輸したとして、大阪税関と大阪府警は、ベトナム国籍の容疑者を覚せい剤取締法違反(輸入)の疑いで逮捕しています。報道によれば、関西国際空港でパイロットやCAから覚醒剤が見つかるのは初めてということです。税関では、ベトナムは違法薬物の密輸が多いため、CAらにも所持品検査を実施しているところ、容疑者の制服のズボンのポケットから覚せい剤が入った二つのポリ袋のほか、吸引に使う瓶とストローも見つかったということです。
  • 自動車内で覚醒剤約6キロを所持していたとして、覚せい剤取締法違反(営利目的所持)罪に問われた被告の判決公判が大阪地裁で開かれ、裁判長は「覚せい剤を被告以外が車内に置いた可能性があり、合理的疑いが残る」として無罪判決を言い渡しています。報道によれば、被告は、路上で金塊を換金した男性らに催涙スプレーを吹きかけ現金約7,000万円を奪おうとしたとする強盗致傷罪にも問われましたが、大阪地裁は昨年2月、「合理的な疑いが残る」として無罪判決を言い渡しています。
  • 小松空港に到着した飛行機で覚せい剤約8キロ(末端価格約1億1,000万円)を密輸したとして石川県警小松署などは、石川県野々市市の無職の女性を覚せい剤取締法違反(営利目的所持)の疑いで緊急逮捕しています。同空港で摘発された覚醒せいの量としては国際線が就航した1979年以降最多ということです。報道によれば、容疑者は小松から上海に渡航、短期滞在で同行者がいないにもかかわらず、大型のキャリーケースを2個持っていたのを金沢税関支署小松空港出張所の職員が不審に思い、X線検査を行って判明したということです。この事例も、税関職員の鋭い観察力とリスクセンスが摘発につながった事例といえます。

次に、国内の薬物を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 自宅で大麻を所持したなどとして、京都府警北署は、大麻取締法違反の疑いで、京都市左京区の高校1年の男子生徒(16)を現行犯逮捕しています。報道によれば、「興味本位で吸った。中学時代から複数回、大麻を使っていた」と容疑を認めているといいます。生徒は、高校近くの公園で同級生と大麻を吸引、体調不良になった同級生が救急搬送され、消防から連絡を受けた署員が生徒の自宅を捜索したところ、大麻3グラムが見つかったということです。
  • 警視庁小松川署は大麻取締法違反(所持)の疑いで、東京都立篠崎高の事務職員(23)を再逮捕しています。今年2月、自宅マンションで乾燥大麻約6グラムを所持した疑いがもたれており、自宅の捜索で大麻が見つかっていたものです。
  • 佐賀県警唐津署は、佐賀県唐津市にある勤務先の船員教育の学校で乾燥大麻を所持したとして、大麻取締法違反(所持)の疑いで、教員を逮捕しています。今年3月、唐津市内の学校で乾燥大麻174グラムを所持した疑いがもたれており、同校の職員から「校内に大麻を所持している教員がいる」との通報を受け、同署が捜査したということです。
  • 違法薬物を所持・使用したとして、愛知県警は、同県内に住む21~66歳の男女24人を覚せい剤取締法違反などの疑いで逮捕しています。報道によれば、「もしもし電話」と呼ばれる違法薬物の密売グループが使う携帯電話番号を特定し、3日間で一斉に取り締まったということです。もしもし電話は、違法薬物の売人が「もしもし」など最低限の言葉しか言わないことから、密売グループの携帯電話の通称とされ、もしもし電話1台に数百人の顧客が登録されており、2,000万~3,000万円の高額で転売されることもあるといいます
  • 平成29年8月に「瀬取り」と思われる船籍不詳の船から大量の覚せい剤を漁船に積み替えるなどして、茨城県ひたちなか市に陸揚げして輸入したとして逮捕、起訴された被告について、水戸地裁は無罪を言い渡しています。判決理由で、裁判長は、「費用の心配はしなくてよいと誘われ、観光するために来日した」との被告の供述は「不自然不合理であり信用することはできない」と指摘した一方で、一緒に行動した共犯とされる人物が覚せい剤の受け取りなどの役割を伝えられていた以上被告人も同様のはずだと断定する検察側主張は「無理がある」と退けています。この事件では、主犯格とみられる暴力団組長ら約20人が逮捕されています。
  • ラグビー・トップリーグの日野は、ニュージーランド出身の部員が違法薬物使用容疑で逮捕され、チームは無期限で活動を自粛すると発表しています。報道によれば、同社は「重大な法令違反により逮捕されたことに対し、深くおわび申し上げます。部員の服務規律の順守、コンプライアンスに関する意識を徹底してまいります」とのコメントを出しています。トップリーグはチームや当該部員への処分を今後決めるとしていますが、昨年6月にはトヨタ自動車に所属する2選手がコカインを所持したとして愛知県警に逮捕され、日本ラグビー協会は再発防止を目的とした新組織を設置していたところであり、昨年のラグビーW杯の活躍で注目が集まる中、相次ぐ薬物問題に対して根本的な対策が急務だといえます。
  • 著名人による薬物事犯が後を絶ちません。覚せい剤や危険ドラッグを所持したとして、警視庁に覚せい剤取締法違反(所持)などの容疑で逮捕されたシンガー・ソングライター槇原敬之容疑者について、東京地検は、同法違反などで東京地裁に起訴しています(なお、本件については、逮捕された当時、尿から覚せい剤と危険ドラッグを含むすべての違法薬物の成分は検出されず、「2年前の所持」という異例の内容となりました)。また、合成麻薬の「MDMA」や「LSD」を所持したとして、麻薬取締法違反(所持)に問われた女優の沢尻エリカ被告について、懲役1年6月、執行猶予3年の有罪とした東京地裁判決が確定しています(検察側、被告側双方が期限までに控訴しなかったものです)。さらに、覚せい剤取締法違反(所持・使用)と大麻取締法違反に問われた元タレント田代まさし(本名・政)被告に対し、仙台地裁は、懲役2年6月、うち6月を保護観察付き執行猶予2年(求刑・懲役3年6月)とする判決を言い渡しています。裁判官は、「再犯を防ぐためには保護観察のもとで薬物再乱用防止プログラムを受けることが必要」などと述べています。また、徳島県警は、「CHIDA」の名義でDJとして国内外で活動している音楽プロデューサーを麻薬取締法違反(譲渡)容疑で逮捕しています。昨年2月、知人の男性と共謀し、東京都内のクラブで徳島市の40代会社員男性に合成麻薬MDMA数十錠を譲り渡した疑いがあるというものです。一連の報道の中である専門家は、「特にアーティストは『覚せい剤を使用した方が高いパフォーマンスを発揮できる』との理由で、手を出す人が多いのではないか」と指摘、「薬物治療に完治はない。自らが『病気』という自覚を持ち続け、生涯にわたって気を抜かず治療を続けなくてはならない」と強調していましたが、正にその点が著名人の薬物リスクの高さと薬物の依存性の高さ・恐ろしさを表していると思います。
  • イタリアの捜査当局は、中部リボルノ港に停泊した船から約3トンのコカインを押収したということです。報道によれば、末端価格で約4億ユーロ(約482億円)に上るといい、同国で史上2番目の押収量だということです。当局がフランスで荷受けをしようとした男3人を拘束、コロンビアから到着した船を情報に基づき捜索したところ、多数のリュックサックに入ったコカインを発見したものです。
(4)テロリスクを巡る動向

新型コロナウイルスが猛威を振るう中、注目度は今一つですが、2月29日に米政府とタリバンが和平合意文書に署名したことは、アフガン戦争終結への歴史的転換点となりうる重要な出来事だといえます。報道によれば、合意の具体的な内容としては、米国はまず、135日以内にアフガン駐留米軍を現状の約13,000人から8,600人に削減し、多国籍軍も含めて5か所の基地から撤退すること、合意が順守されれば、14か月以内に完全撤退させること、タリバンは3月10日からアフガン政府と今後の統治方法などの協議を始めること、アル・カーイダなどテロ組織がアフガンを拠点に米国の安全を脅かすのを容認しないことも約束したといったものです。一方で、アフガン治安部隊への攻撃の停止は合意に明記されていないうえ、合意に示された政府の管理下にあるタリバン捕虜約5,000人と、タリバン側にいる政府軍捕虜約1,000人の解放をアフガン政府が難色を示しており、タリバンによるアフガン政府側への攻撃が停止されるかどうかは極めて怪しくなっています(実際のところ、タリバンによる攻撃は行われており、その報復として、米軍によるタリバンへの攻撃も行われている現実があります。この捕虜を巡る問題に進展がなければ、和平合意そのものの破棄すらありえます)。まだまだ不透明な情勢ではありますが、この和平合意にしたがって、米軍の撤退がすすむことは、もう一つの大きな問題を生む可能性を秘めています。アフガンで米軍がプレゼンスを低下させることは、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の復活にもつながりかねないという点です。そもそもシリアやイラクにおいて、ISが実効支配地域を拡大できたのは、本コラムでもたびたび指摘してきたとおり、政府の機能不全や内戦、宗派・部族対立による混乱といった「人心・国土の荒廃」がテロの温床となっていたためです。今回、「力の空白」が生じ混乱を招くようなことがあれば、ISは各地のローンウルフやホームグロウン・テロリスト、世界中の信奉者やIS元戦闘員、外国人戦闘員などに思想的に呼び掛けていくことが容易に想定されるところです(思想に共鳴したテロが各地で続けば、人々の間に疑心暗鬼が芽生え、それがさらなるテロを生むという悪循環となり、そこにISが実効支配を強めていくという構図の再来が考えられます)。今できることは、テロ発生のメカニズムのネガティブ・スパイラルを絶つこと、「力の空白」をどう埋めていくかを真剣に検討することであり、これからが正に正念場となるといえます。

アフガンの混乱に乗じて勢力を伸ばす危険性を秘めているISについては、最後の拠点陥落から1年が経過しました。ISの戦闘員は2014年以降の全盛期に何千もの人々に拷問・処刑を行ってきましたが、その生き残りにどう対処するかが、対IS戦闘に参加した各国にとって、今、極めて難しい問題となっています。たとえば、本コラムでも指摘してきたとおり、欧州諸国の多くは、世論の反発を恐れて、ISに参加した自国民を帰還させることを躊躇しています。クルド人武装勢力のもとで、シリアで捕虜になっているIS戦闘員約1万人のうち、5分の1は欧州出身者であり、欧米など各国は、帰還戦闘員によるテロを警戒して受け入れに難色を示しており、その対応もさまざまです。ドイツやデンマーク、英国は一部の戦闘員や家族の市民権を抹消している状況ですが、ドイツはドイツ人送還者の身柄を受け入れています。仏も2014年にトルコと交わした合意に基づき受け入れていますが、シリア北部に60人前後のフランス人IS戦闘員がいるとみられるところ、シリアで戦闘員となった者の受け入れは頑なに拒否しています。一方、受け入れざるを得なくなった各国でも、過激派組織に関わった疑いがある送還者の不正行為をどう認定し、拘束しない場合にはどう監視するか、さらには同じような送還者は今後も増える可能性があることなど、受け入れる各国は重い課題を突きつけられています。

さて、ドイツ西部ヘッセン州ハーナウで先月、2軒のバーが相次いで銃撃され9人が死亡する事件が発生しています。本件については、極右思想に絡むテロと見られており、容疑者の男の自宅からは、人種差別による犯行動機を示した手紙が見つかり、特定の民族について、「殺害すべきだ」などの内容が記されていたと報じられており、独内相も、「人種差別に基づくテロ攻撃」だったと述べています。反移民勢力が台頭する中、近年最悪の極右テロが発生したことで、国中に衝撃が広がっており、独内相は模倣犯を警戒し、モスクや駅舎、空港などで、テロ警戒を強化すると発表しています。極右犯罪が相次いでいる背景には、移民流入を受けた排外主義の広がりがあります。ドイツにはシリア内戦を受けて2015年以後、100万人以上の難民・移民が流入しています。ナチスやヒトラー礼賛は訴追対象となっていますが、インターネット上ではメルケル首相の寛容な移民政策を攻撃し、極右犯罪をたたえる投稿が法をすり抜けて相次いでいるといいます。なお、ナチスやヒトラーが当時支持を得た背景には、第一世界大戦で疲弊した経済情勢下において、ドイツ人の雇用の障害となりうるユダヤ人等の排斥が(メッセージとして極めて分かりやすく)広く当時の国民に受け入れられたからですが、現在の情勢もそれと似た空気感があるように(そしてそれがじわじわと拡がりを見せているように)感じられます。ナチスの蛮行をいまだに深く反省し続けているドイツですら、排外主義の動きが止められない点には、極めて深い憂慮を覚えざるを得ません。

また、アフリカにおけるイスラム過激主義の浸透も深刻な状況となっているようです。アフリカ連合(AU)平和安全保障理事会のチェルギ理事(アルジェリア出身)は、イスラム過激派が勢力拡大中のサハラ砂漠一帯に3,000人規模の軍を派遣する方針を表明しています(2020年2月28日付時事通信)。2012年にマリ北部で顕在化した武装集団の活動領域は南のブルキナファソやニジェールに広がっており、国連によると、昨年の3カ国での死者は4,000人に上るということです。国際移住機関(IOM)によると、アフリカから域外に出て生活する人数は2019年に1,900万人(1990年からの累計)と、2015年比で約200万人増えたということです(2020年2月27日付日本経済新聞)。移民の理由のひとつとして居住地域の治安悪化が挙げられており、アフリカ東部のソマリアでは2019年12月に90人以上が死亡するテロが起きたほか、同西部のサヘルと呼ばれる地域でもテロが散発するなどしており、家などの財産を失い、安全な地域を目指す人々が増えているということです。テロは「人心と国土の荒廃」がその温床となりますが、テロの頻発が「人心と国土の荒廃」をもたらし、「国滅びて山河あり」という状況にもなりかねません。

その他、テロリスクを巡る動向に関する報道がありましたので、いくつか紹介します。

  • 東京海上日動火災保険は、テロや暴動による工場設備などの被害を補償する新たな保険商品の取り扱いを3月にも始めることを明らかにしています。報道によれば、東京五輪の開幕まで半年を切る中、国内で万一発生した場合に備え、従来の火災保険ではカバーされない補償内容とし、国内外で事業展開するグローバル企業の需要に対応、海外拠点を補償対象とすることも可能で、工場・店舗といった物理的な破壊を補償する一方で、サイバーテロは対象外となるといったもののようです。従来は、いわゆるテロやクーデターについては、一度起こると広い範囲に損害が発生し、保険でカバーするのは保険会社に甚大な負担が生じるため、免責事項となっていました。なお、参考までに、海外旅行傷害保険においては、同社のサイトによれば、「海外旅行保険では、戦争、外国の武力行使、革命、政権奪取、内乱、武装反乱その他これらに類似する事変は「戦争危険」に該当し、これらを原因とする損害については、保険金のお支払い対象とはなりません。ただし、テロ行為(政治的、社会的、宗教的もしくは思想的な主義もしくは主張を有する団体もしくは個人またはこれと連帯するものがその主義または主張に関して行う暴力的行動をいいます。)を原因とする損害については、海外旅行保険の全契約に「テロを補償する特約(戦争危険等免責に関する一部修正特約)」が自動的にセット(割増保険料は不要)されていますので、保険金お支払いの対象となります」とされています。
  • 無人航空機等に係る安全の確保を図るため、所有者情報等の登録制度の創設及び空港における危険の防止対策の強化等を内容とする「無人航空機等の飛行による危害の発生を防止するための航空法及び重要施設の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律の一部を改正する法律案」が閣議決定されています。
▼国土交通省 「無人航空機等の飛行による危害の発生を防止するための航空法及び重要施設の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律の一部を改正する法律案」を閣議決定~無人航空機等に係る安全の確保を図ります

本改正の背景としては、「近年、無人航空機の利活用が急速に進展する一方で、無人航空機の事故や必要な安全性の審査を経ずに無許可で無人航空機を飛行させる事案が頻発している等、飛行の安全が十分に確保できていない状況が生じていることが課題となっている」こと、「また、空港周辺における無人航空機の飛行とみられる事案により滑走路が閉鎖され、滞留者の発生、定期便の欠航等により航空の利用者や経済活動に多大な影響が及ぶ事態が発生している」こと、「このような状況を踏まえ、事故等の原因究明や安全確保上必要な措置の確実な実施を図る上での基盤となる無人航空機の所有者情報等の把握等の仕組みの整備や空港における危険の防止対策の強化、空港の機能確保を強化することが必要となっている」ことが挙げられています。そのうえで、法律案の概要としては以下のとおりです。

  • 無人航空機の登録制度の創設(航空法の一部改正)
  • 国土交通大臣への無人航空機の所有者情報や機体情報等の登録制度の創設
  • 登録及び登録記号の表示等の措置を講じない無人航空機の飛行禁止
  • 人、物件等の安全が著しく損なわれるおそれのある無人航空機の登録拒否 等
  • 主要空港における小型無人機等の飛行禁止と違反に対する命令・措置(重要施設の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律の一部改正)
  • 国土交通大臣が指定する空港周辺の上空での空港の管理者の同意を得ない小型無人機等の飛行の禁止
  • 違反して飛行する小型無人機等に対する警察官等による退去等の命令・措置(やむを得ない限度での飛行の妨害等)に加え、空港管理者による一定の範囲での命令・措置の実施
  • 空港における機能確保の強化(航空法の一部改正)
  • 空港等の設置者が施設を管理するための基準として、無人航空機の飛行や自然災害が発生した際の措置の追加
(5)犯罪インフラを巡る動向

本コラムでは、SNSの犯罪インフラ性を指摘するケースが多くなっていますが、最近でも、新型コロナウイルスの感染拡大により需要が殺到しているマスクやトイレットペーパーが、フリマアプリやネットオークションなどで高額出品される事態が目立っています(フリマやネットオークションが不正転売等を助長する「犯罪インフラ化」の懸念が指摘できます)。店頭で買い占めて高額で転売し、利益を稼ごうとするケースも多く、運営会社は不適切な出品を禁止したり、削除したりして対応に追われているのが現状です。たとえば、メルカリは、2月中旬から一定価格を超えたマスクの取引を禁止する取り組みを始めているほか、出品禁止とする金額の上限を引き下げるなどして、現在は高額での出品は激減したといいます。3月に入ってからは、品薄となっているティッシュペーパーやトイレットペーパーなどの高額出品も禁止しています。同社のサービスの「犯罪インフラ化」を懸命に阻止している状況がうかがえます。これに少し遅れてヤフオクなどンターネットオークション企業においても、安倍首相が、マスクの転売を禁じる方針を示したことを受けて、今後、マスクのサイトへの出品を禁止することとしています。ヤフーは3月中旬以降のオークション形式での出品を禁止すると発表していますが前倒しされる可能性もあるようですが、明らかにネット上での高額転売を目的とした買い占めが品薄の原因になっている構図があるのに対し、(またメルカリとの比較においても)対応が後手に回っている印象があり、自社サービスの「犯罪インフラ化」阻止に向けた真摯かつスピーディな対応を期待したいところです。米アマゾン・ドット・コムも、自社のネット通販サイト上で新型コロナウイルスの感染拡大に便乗したマスクなどの値上げの排除に動いており、「価格設定に関する規約違反」を理由として出品を阻止したり削除したりした件数は3月3日までに数万件に達したということです(2020年3月4日付日本経済新聞)。不当とみなした出品者に対しては販売の権利を一時停止すると警告しており、ネット上での転売を目的とする買い占めなどを抑制する狙いがあります(その意味では、同社も自社サービスの「犯罪インフラ化」阻止に向けて積極的に取り組んでいると評価できると思います)。

また、SNSの犯罪インフラ化の視点からは、アイドル活動をする女性がSNSに投稿した写真から住所が特定され、わいせつな行為をされてけがをしたという事件がありました(本件で強制わいせつ致傷罪などに問われた被告(27)に対し、東京地裁は懲役2年6月(求刑懲役5年)の判決を言い渡しています)。SNSの「犯罪インフラ性」の恐ろしさについては、報道(2020年2月18日付産経新聞)に詳しく、「被告は女性のファンで、ツイッターに投稿された女性の写真の瞳に映った景色などから、女性のマンションを割り出していた。検察側の冒頭陳述や証拠説明によると、被告は女性の目撃情報から利用する鉄道路線を推測。女性が駅のホームで「自撮り」した投稿画像の瞳から、地上駅であることや駅舎屋根の形、線路の本数などを確認し、背後の看板などと併せてグーグルの「ストリートビュー」で女性の最寄り駅を見つけたという。被告はこの駅で女性を待ち伏せして後をつけ、自宅マンションを特定。女性の配信した動画の背景から階数を確認した上、動画を生配信中にこの階の全ての部屋のチャイムを押していった。女性がチャイムに反応したことから部屋番号まで割り出した」というものです。

なお、SNSの「犯罪インフラ性」を高めている要因のひとつがスマホ等で撮影した写真の解像度が極めて高くなっていることや生体認証の普及なども挙げられます。数メートルの距離での手のひらの写真から指紋を採取することが可能で、何気なくSNSに投稿した写真が「指紋盗撮」され、成りすましや不正ログインに使われる可能性(指紋認証はすでにPCやスマホ、マンションのドアロック等に採用されていますから、それらを他人がなりすまして突破される可能性)さえ考えられる状況です。

関連して、SNSを駆使したプロファイリングの例としては、炎上ネタの投稿者探しの場面でも発揮されるケースも多く、例えば、ホテルのアルバイト店員が著名人の来店・宿泊をTwitterに投稿して炎上した事案では、過去にも著名人の情報を暴露していたことから、守秘義務違反ではないかと批判を浴び、個人情報が特定される事態となりました。その特定に至るプロセスが正にSNSやネットの「犯罪インフラ性」を端的に示しており、具体的には、Twitterの(1)プロフィール欄から大学名が特定され、(2)アカウント名より苗字が類推(例:ymd⇒山田)され、(3)過去の投稿画像から勤務先がWホテルであると確認され、(4)過去の投稿内容から、勤務先がWホテルの22階にある高級鉄板焼店であると類推されたほか、(5)苗字を基にmixiアカウントが発見され、(6)参加コミュニティから予備校、大学、入学年度が特定され、Google検索から(7)大学、学部、所属の部活が特定され、(8)部の試合記録で名前が確定、(9)勤務地が恵比寿であることが確認されたというプロセスを辿ったといいます。特に若者はSNSが生活の一部となっており、撮影した写真をすぐにアップしていますが、それによって過去の投稿や知人の投稿画像から行動範囲や個人の特定が容易な状況を「自ら作り出している」(SNSの「犯罪インフラ性」を自ら引き出している)ことになります。SNSのもつ「犯罪インフラ性」に十分な理解と注意を払い、利用者が自らの行動を変えていくことでしか、その「犯罪インフラ性」から逃れることができない状況になってしまっていると認識すべきだと思われます。

さらに、SNSの「犯罪インフラ性」の別の側面としては、海外の事例でいえば、ドイツ政府が、FBやTwitterなどのSNSに、憎悪表現(ヘイトスピーチ)など違法コンテンツの投稿を警察に通報することを義務づける法案を承認(ただし、同法案には、インターネット検閲への道を開きかねないとする批判の声も上がっているといいます)したというものや、タイ政府が、先月起きたタイ軍兵士による銃乱射事件を受け、犯罪発生時の容疑者のアカウント凍結やメディアの報道規制などのSNSの利用制限の検討に入ったこと(事件では兵士の男が犯行の様子をFBの生中継機能で配信し、国内外に大きな衝撃を与えました)などが挙げられます。

また、不正を許す脆弱性が「犯罪インフラ化」している事例も増えています。直近では、昨年の消費税増税に伴うキャッシュレス決済のポイント還元制度で、店の従業員自身のクレジットカードやスマホによる決済でポイントを獲得しようとするなど、不正の疑いがあるケースが6,000件近く見つかったことが分かったと報じられています。政府は不正が判明した決済に関してはポイントを還元しない方針で、店員による不正に関しては、その店の制度への登録を取り消すことなどで対処するということです。報道によれば、明らかになった不正の大半は、店の関係者が関与したものといい、顧客が現金で支払ったにも関わらず、店長や従業員が店に入金せずに自身のクレジットカードなどのキャッシュレス決済で支払い、還元された5%(大手チェーンは2%)分のポイントを私的に獲得しようとした案件などが多かったということです。本件は、正に、制度そのものに不正を可能にする脆弱性があったと指摘でき、こうした新たな制度の立ち上げ時においては、不正防止の観点が不十分であることも多く、いろいろ考えさせられます。

また、不正アクセスを許したという点では、最近、LINEが、約4,000人の利用者が不正ログインの被害を受けたと発表した事例がありました。アカウントの乗っ取りを目的としたフィッシング詐欺などに使われる不正サイトへの誘導などが確認されたといい、すでに不正ログインを防止する技術的な対策を実施し、被害者にパスワード変更を促したということです。乗っ取りの被害状況は調査中とのことですが、これも、発覚後講じた「技術的な対策」があるということは、言い換えれば、事前に脆弱性が把握でき、対策を講じていれば防げた可能性があるということでもあり、「利便性の裏に潜むリスク」をサービス提供の前にいかにつぶしていけるかが重要だといえます。

また、全国の漁港などで放置された船が住民や漁師らの悩みの種になっているとの報道がありました(2020年3月1日付日本経済新聞)。漁の妨げとなり、災害時には流失して2次被害を呼ぶ恐れもあるほか、放置船が覚せい剤の密輸に使われたり、不正に転売されたりする犯罪も発覚しているといい、本コラムでも詳しく取り上げた、福岡県警などが昨年12月に覚せい剤約600キロを押収した事件では、宮崎県内で放置されていた船が運搬に利用されたということです。正に放置船が「犯罪インフラ化」している実態があり、さらに、報道によれば、国は、2022年度の「放置船ゼロ」を掲げているものの、自治体の撤去作業は進んでいない実態もあるといいます。「放置船が犯罪に使われると、乗船者を特定するのが難しい」と捜査関係者が述べているように、「放置船」の「犯罪インフラ化」を放置することは、新たな犯罪を生むことに直結することから、自治体には優先順位を上げて取り組んでもらいたいものです。また、放置船の不正転売に関連して、中古漁船4隻を無許可で売買したとして警視庁などは、北海道根室市の自営業の男を古物営業法違反(無許可営業)の疑いで釧路地検に書類送検しています。報道によれば、男は20年ほど前から100隻以上を扱ったと供述しているといい、同庁公安部は、漁船が売却先を通じて第三国に渡った可能性もあるとみて詳しい経緯を調べているということです。本件も何らかの犯罪等に悪用されたのではないかとの懸念が強くあり、早急な対策が求められるといえます。

さて、特殊詐欺などの犯罪に悪用されることも多い名簿(個人情報)ですが、いわゆる「名簿屋」を取り巻く規制が、個人情報保護法の改正により厳格化される見通しです。個人情報保護法では現在、本人が削除などを求めてこなければ同意しているとみなす「オプトアウト」という仕組みが取られており、個人が名簿屋に自分の情報を問い合わせることは難しく、名簿が盛んに売買されてきた経緯があります。今回の改正案では、名簿屋が同業者から入手した個人情報については、本人の同意なく第三者に売り渡すことを禁じており、名簿に載るすべての人から転売の同意を取ることは難しく、転売が大幅に制限されることにつながることが期待されます。さらに、違反があった場合には立ち入り検査や勧告、命令の対象になる。従わなければ罰金も科すことができることから、悪用に一定の歯止めがかかることも期待されます。また、名簿屋が第三者に提供する際は記録を義務付け、本人から照会があった場合は開示請求に応じなければならないことも定め、本人が知らないところで転売が繰り返されないようにする措置も講じられます。しかしながら、現状に比べれば自らの情報が知らない間に拡散することを防ぐことができ、どこで使われているか追跡しやすくなるとはいえ、特殊詐欺における名簿という視点(3種の神器の一つと言われています)からいえば、そもそも犯罪に悪用するためのものであり、悪意があれば、法の規制にかかわらずやり取りがされてしまうことを防ぐことも難しいうえ、詐欺は「騙された人がまた騙される確率は、一般の5倍にも上る」ことから、「騙された人の名簿」がすでに広く流通しており、個人情報保護の規制の厳格化が特殊詐欺の抑止や減少にどれだけ結びつくかは楽観視できないものと思われます。

それ以外にも、犯罪インフラを巡る報道がありましたので、いくつか紹介します。

  • 出入国在留管理庁と厚生労働省は、外国人技能実習生の受け入れ会社に対し適切な指導、監督を行わなかったとして、技能実習適正化法に基づき、愛媛県新居浜市の監理団体「えひめEX協同組合」と長野県辰野町の同「ココロユニオン協同組合」の許可を取り消しています。監理団体の「犯罪インフラ化」については、本コラムでもその危険性を早い段階から指摘してきただけに、実際にそのような実態が散見されるのは極めて残念です。
  • 未承認薬の輸入を代行する業者の摘発が相次いでいます。違法業者の多くが効能を過大に宣伝し、転売益を得ようとするもので、ネット通販の広がりを背景に正規を含めた未承認薬の個人輸入は増加傾向にあり、そこが「犯罪インフラ化」につながっているようです。報道によれば、海外では薬の偽造、密造が増えているとされ、健康被害の懸念も高まっている中、国は輸入手続きに虚偽があった場合の罰則を新設し、不正輸入の取り締まり強化を進めていますが、健康や生死に直結するケースもあることから、より厳格かつスピーディな対応を期待したいと思います。
  • 国際非政府組織「タックス・ジャスティス・ネットワーク(TJN)」が公表したランキングによると、世界の富裕層による資産隠しやマネー・ローンダリングを最も支援している国・地域として、英領ケイマン諸島がトップとなったということです(2020年2月19日付ロイター)。2位は米国、3位にはスイスが入っています。TJNはケイマン諸島について、英本土が法律や高官指名に影響を及ぼす英国の衛星国の一部だとしたほか、金融上の秘密主義の強さを指摘しています。米国については、他国に改革を迫る半面、国内の不正な資金フローの摘発には十分に取り組んでいないなどと批判、スイスに関しては、外国当局との金融情報共有を盛り込んだ銀行機密改革は、主に豊かな国に適用されており、貧困国は対象外になっていると指摘しています。単なるタックスヘイブンの「犯罪インフラ化」とは異なる切り口での評価であり、極めて興味深い指摘だといえます。
(6)その他のトピックス
①暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

金融庁から、証券監督者国際機構(IOSCO)が公表した暗号資産(仮想通貨)取引についての報告書に関するリリースが紹介されています。なお、金融庁サイトによれば、証券監督者国際機構(International Organization of Securities Commissions :IOSCO)は、世界各国・地域の証券監督当局や証券取引所等から構成されている国際的な機関であり、(1)投資家を保護し、公正かつ効率的で透明性の高い市場を維持し、システミックリスクに対処することを目的として、国際的に認識され、一貫した規制・監督・執行に関する基準の適切な遵守を確保し促進するために、協力すること、(2)不公正行為に対する法執行や、市場・市場仲介者への監督に関する強化された情報交換・協力を通じて、投資家保護を強化し、証券市場の公正性に対する投資家の信頼を高めること、(3)市場の発展への支援、市場インフラストラクチャーの強化、適切な規制の実施のために、国際的に、また地域内で、各々の経験に関する情報を交換すること、の3つを目的としており、IOSCOでは、証券監督に関する原則・指針等の国際的なルールの策定等が行われており、金融庁および証券取引等監視委員会は、日本の証券当局として、こうしたIOSCOの活動に積極的に貢献しているとされています。

▼金融庁 IOSCOによる報告書「暗号資産取引プラットフォームに関する論点、リスク及び規制に係る考慮事項」の公表について
▼IOSCO メディアリリース(仮訳)

リリースの内容としては、まず、IOSCOが、暗号資産取引プラットフォーム(Crypto-asset Trading Platform(CTP))に関する論点とリスクを説明し、これらの論点に対処する規制当局を支援するための重要な考慮事項を記載した最終報告書を公表したこと、暗号資産の発展は、世界中の規制当局にとって重要な関心分野であり、IOSCO 作業プログラムにおいて 2020 年のIOSCO代表理事会における継続的優先課題とされたこと、公表された「暗号資産取引プラットフォームに関する論点、リスク及び規制に係る考慮事項」と題する報告書では、CTP に関してIOSCOが特定した論点を説明した上で、規制枠組みの中で CTP の評価を行う規制当局の支援を目的とする重要な考慮事項を示しており、重要な考慮事項は、以下の事項に関連することが示されています。

  • CTP へのアクセス
  • 顧客資産の保護(カストディアレンジを含む)
  • 利益相反の特定と管理
  • CTP 業務の透明性
  • 市場の公正性(CTP の取引ルール並びに当該ルールのモニタリング及びエンフォースメントを含む)
  • 価格発見メカニズム
  • テクノロジー(弾力性及びサイバーセキュリティを含む)

さらに、CTP の規制に関する論点の多くは、伝統的な証券取引所と共通ではあるが、CTP のビジネスモデルによっては、問題が増幅される可能性があること、規制当局が、暗号資産が証券に該当し、当該当局の所掌内にあると判断した場合、証券規制の基本原則や目的を適用すべきであること、したがって、本報告書は、特定された論点とリスクを検討する規制当局にとって、 IOSCO 原則とメソドロジーが有用な指針であるとしています。そのうえで、IOSCO は、本報告書で特定された論点、リスク及び重要な考慮事項が、今後も重要かつ適切であることを確保するために、暗号資産市場の発展を注視し続けること、IOSCOは、本報 告書に係る市中協議文書を、2019 年 6 月の G20 大阪サミットに提出、G20 は、「金融安定理事会(FSB)と他の基準設定主体による進行中の作業を歓迎するとともに、追加的な多国間での、必要に応じた対応にかかる助言を求める」との最終コミュニケを公表したこと、IOSCO は本報告書を作成するために、IOSCO メンバー法域が適用又は検討しているCTPの規制アプローチに関するサーベイを行い、これに基づき市中協議文書を公表、本報告書は、市中協議文書に対するコメントを考慮したものであり、サーベイ結果の要約が含まれているとしています。

また、報道(2020年2月12日付ロイター)によれば、ブロックチェーンセキュリティ大手のサイファートレースの調査結果として、2019年の暗号資産関連の犯罪による損失が前年比約160%急増の45億2,000万ドル(約4,900億円)に達したということです。ハッカー攻撃や盗難による損失が66%減少する一方、インサイダーによる詐欺や不正流用などによる損失は5倍以上増えたといい、同社CEOは「悪質な内部者による詐欺行為やユーザーに対する出資金詐欺の著しい増加を確認した」と述べています。この点は、本コラムでも以前紹介したとおり、相次いだ暗号資産の不正流出事件を受け、金融庁や自主規制団体の仮想通貨交換業協会は、ネットに接続された「ホットウォレット」内で管理する顧客の仮想通貨を制限し、秘密鍵を厳格に管理するよう求めた結果、コールドウォレットで管理する暗号資産が相対的に増え、内部者による不正引き出しのリスクがクローズアップされることとなったことと符合します(なお、昨年、金融庁が業者を調査したところ、一部の業者で担当者を定期的に交代させるなどのルールが作られていなかったことが判明、内部者による不正や通常業務に伴う障害を未然に防ぐため、金融庁は問題があった業者に改善を求めています)。暗号資産を取り巻くリスクとしては、ホットウォレットに対する外部からの攻撃に着目されがちですが、実は、コールドウォレットに関する内部不正リスクの高さ・被害の大きさにも十分な注意が必要だということです。

さて、北朝鮮の外貨獲得活動の一環としての暗号資産の窃取の問題が指摘されていますが、直近では、米財務省が、北朝鮮政府が運営するハッカー集団「ラザルス」による2018年の暗号資産窃取でマネー・ローンダリングに関わったとして、中国人2人を制裁対象に指定しています。これにより、米国内の資産が凍結され、米国人との取引が禁止されることになりますが、報道によれば、ムニューシン財務長官は「北朝鮮は金融機関から資産を盗むためにサイバー攻撃を続けている」と非難、「米国は北朝鮮のサイバー犯罪の支援者に責任を取らせることで国際金融システムを守り続ける」と強調しています。

日本でも暗号資産を巡る事件が発生しています。IT関連会社「VIPSTAR」から暗号資産をだまし取ったとして元社員が逮捕された事件で、警視庁サイバー犯罪対策課は、元社員(25)=電子計算機使用詐欺罪などで起訴=を背任容疑で再逮捕しましたが、暗号資産を巡る同容疑での立件は全国初ということです。報道によれば、同社社員だった2018年6~7月、同社が発行する暗号資産「VIPSTARCOIN」の宣伝に協力した人への報酬を支払うために会社から受け取った計約470万円分のコインのうち、約350万円分を自分の口座に移したというものです。なお、直接現金化できないため、暗号資産交換所でビットコインに替え、約300万円分を現金で引き出したとされます。また、本コラムでも「犯罪インフラ」としてたびたび取り上げている、通常検索ではたどり着けない匿名性の高いネット空間「ダークウェブ」に関連して、ダークウェブ上で暗号資産のアカウント情報を売却するとの書き込みをしたとして、京都府警は、犯罪収益移転防止法違反の疑いで、会社員を逮捕していますが、こちらも、暗号資産の広告規制違反に関する摘発としては、全国で初めてとなるということです。報道によれば、京都府警を含む13府県警は2018年11月以降、ダークウェブに対する集中取り締まりを全国で初めて実施しており、クレジットカードのデータを売買するサイトの運営者や購入者を割賦販売法違反容疑で逮捕したほか、他人名義の銀行口座や携帯電話を売買したなどとして計20人を摘発しています。「ダークウェブ関連の犯罪を摘発したことで、その後に起こる犯罪を未然に防ぐことができたと思う」と府警の担当者が述べていますが、正に「犯罪インフラ」を摘発することの重要性やその意義を的確に表したものといえます。

さらに、閲覧者のPC端末を無断で使って暗号資産を採掘(マイニング)するプログラムを設置したとして、不正指令電磁的記録保管罪に問われたウェブデザイナーの男性被告(32)の弁護側が、一審の無罪判決を破棄して罰金10万円の逆転有罪とした東京高裁判決を不服とし、最高裁に上告しています。東京高裁判決では、プログラム「Coinhive(コインハイブ)」について、PCの機能が提供されていることを知る機会や実行を拒絶する機会が保障されていないと指摘、プログラムがウイルスに該当するとの判断を示しており、注目されていました。不正指令電磁的記録保管罪は「他人のパソコンに意図に反する動作をさせる不正な記録」をウイルスと定義しているところ、公判の争点は、(1)閲覧者のパソコンは意図に反した動きをしたか(反意図性)、(2)不正な指令があったか(不正性)の2点であり、1審は反意図性を認めつつ、不正性はなかったとして無罪としたのに対し、東京高裁は、「コインハイブ」は、サイトの閲覧に必要なものではなく、閲覧者はマイニングが実行されていることを知ることも、拒絶することもできないと指摘し、反意図性を認めたうえ、さらに、閲覧者は利益が得られるわけではないのに、知らないうちにパソコンの機能を提供させられていると指摘、「プログラムに対する信頼保護の観点から、社会的に許容すべき点は見当たらない」として不正性も認定したものです。筆者としては、1審の判決に違和感を覚えていたところであり、今回の高裁判決は妥当なものではないかと考えていますが、最高裁がどのような判断を下すのか、注目したいと思います。なお、マイニングの動向については、世界最大の暗号資産運用責任者であるグレースケール・インベストメンツ創業者、バリー・シルバート氏は、ビットコインのマイニング(採掘)の動きが、これまで集中していた中国から北米に移りつつあるようだと述べています。報道(2020年2月12日付ロイター)によれば、「最近、恐らくこの3カ月から半年にかけて、中国から特に米国とカナダへのシフトが増えている」とし、中国の採掘業者の採掘力は昨年、世界全体の約3分の2を占めたと推計されるとしています。

さて、本コラムでは、ここ最近、米FB(フェイスブック)の構想する米ドルなどの法定通貨に裏打ちされたデジタル通貨「リブラ」を巡る議論、そこから拡がる国際的な「ステーブルコイン」の議論について取り上げています。リブラに対する大きな懸念は、(サイバー攻撃による窃取リスク、マネー・ローンダリングやテロ資金供与等への悪用リスク、プライバシー侵害リスク等に加え)国家主権の中核である通貨発行権を脅かしかねないという点にほぼ収斂されます。一方、その間隙を突くように、中国は「デジタル人民元」発行の準備を加速させているほか、欧州中央銀行(ECB)やウルグアイ、スウェーデンなども検討や実証実験を開始しています。そこに、米中両国の対決構図(基軸通貨を巡る覇権争い)も絡み、デジタル通貨の行方に注目が集まっている状況が続いています。そもそも、20億人のユーザーを抱えるFBのリブラが定着すれば、明らかに国際資金の流れは大きく変わり、金融経済規模の小さい国であれば「リブラ化」する可能性は否定できません。正に「通貨発行権」という経済政策の根幹に対するチャレンジ(殴り込み)に政府・中央銀行はどう対峙するのかが問われている状況にあります。一方、技術革新によって「民間銀行」がこれまで提供してきたさまざまなサービスを、細分化し低コストで提供する流れは加速しており、日本を含めすでに多くの送金業者や決済提供業者が存在し多様なサービスを提供し始めていますが、「少額な国際資金送金」に対してもリブラはチャレンジ(殴り込み)をしかけることになります(日本における「少額な国際資金送金」の規制緩和については、すでに前述したとおりです)。また、リブラなどの民間のデジタル通貨と中央銀行発行のデジタル通貨が競合するようなことになれば、「民間銀行」を衰退に追い込むことにもなりかねません。さらに、デジタル通貨によって個人や企業の取引情報がすべて、発行主体の知るところとなれば「監視経済」「監視社会」化が進むこともリアルに想像できるところです。リブラの「破壊力」は、国(政府)・中央銀行・金融、そして国民にとって、あるいは「お金」そのものにとって、その存在意義を再定義させる必要があるほどの大きさだといえ、今後の議論に注目していきたいと思います。以下、前回に引き続き、世界各国や規制当局等のリブラに対する姿勢について、簡単に集約していますので、あわせて参考にしていただきたいと思います。

  • FBは昨年6月にリブラ構想を発表しましたが、各国の規制当局から懸念の声が相次いでいることを受けて、リブラ構想の見直しに着手したとの報道がありました(2020年3月4日付ロイター)。それによれば、デジタルウォレット(電子財布)の立ち上げに当たり、リブラのほかに、ドルやユーロなど法定通貨のデジタル版も発行する計画といい、FB担当者は、法定通貨のデジタル版に取り組んでいることを確認するとともに、リブラの発行も引き続き計画していると述べています。この点については、現時点で他に報道がないことから、今後の状況について注視していきたいと思います。
  • 日銀は、分散型台帳(ブロックチェーン)技術をデジタル通貨など金融取引で活用する際の論点を整理した報告書を公表しています。
▼日本銀行 Project Stella:日本銀行・欧州中央銀行による分散型台帳技術に関する共同調査報告書(第4フェーズ) 仮訳

報告書によれば、個別の取引内容をつぶさに把握・追跡できる利点と匿名性をどう両立させるかは「避けて通れない問題」と指摘、匿名性を確保しつつ、事後的に取引内容を確認するために「必要情報の取得の確実性」、「取得情報の信頼性」、「取引確認プロセスの効率性」の3つの観点が重要だとしています。現金と異なり、誰が、いつ、どのような取引をしたか追跡可能なため、脱税やマネー・ローンダリングなどの違法な取引をあぶり出せる半面、通常の取引の匿名性をいかに保つかという課題を抱えており、報告書では、金融インフラとして使うためには事後的に、信頼できる情報を確実かつ効率的に取得できるしくみが不可欠だと指摘しています。

  • 国際決済銀行(BIS)は日米欧や中国など世界の66カ国・地域の中央銀行を対象にした中銀デジタル通貨(CBDC)に関する調査結果をまとめています。報道(2020年2月17日付日本経済新聞)によれば、約8割が「現在、何らかの作業に取り組んでいる(近く開始を含む)」と回答しているほか、全体の1割が3年以内、2割が6年以内に発行する可能性が高いといい、BISでは、新興国は国内決済の効率性、決済の安全性、貧困層なども含む誰もが金融サービスを利用できる金融包摂の3点を「非常に重要」として、先進国より新興国が発行に前向きだと分析しています。
  • スウェーデン国立銀行(中央銀行)は、中央銀行テジタル通貨(CBDC)「eクローナ」の実証実験を開始したことを明らかにしています。世界初のCBDC発行に向けて一歩近づいたことになりますが、同中銀は発表文で「プロジェクトの目的は、eクローナが国民にどのように活用されるのかを調べることだ」と説明、実証実験は、コンサルティング会社アクセンチュアと連携して行うということです。同中銀は、eクローナを実際に発行するのかどうか、最終的な決定はまだ下していないとしており、実験は2021年2月まで実施するということです。
  • 中央銀行が発行するデジタル通貨の研究を推進するため、財務省と金融庁、日銀が3者会合を開催しています。ITと融合した急速な金融技術の変革を踏まえ、日本の金融当局間でもデジタル通貨をめぐり連携を強化することを示したものです。本コラムでも紹介したとおり、日銀や欧州中央銀行を含む6中銀などは今年1月、デジタル通貨の共同研究を行うと発表しています。ノウハウを共有し研究を効率化するのが狙いで、普及すれば海外との送金や決済の低コスト化に道を開く一方、本コラムでもたびたび指摘してきているとおり、AML/CFTの視点からは「抜け穴」となる可能性は否定できません。
  • 中央銀行デジタル通貨(CBDC)に対する日銀の姿勢は、「現時点で発行計画はない」ものの、「社会的ニーズが急速に高まる場合に備えて研究は続けていく」といういわば両にらみのものだといえます。日銀副総裁は「新聞では『発行計画なし』ということばかり出るが、的確に対応できるよう備えていく」と述べているほか、麻生財務相も、サウジアラビアの首都リヤドでのG20財務相・中央銀行総裁会議において、新興国を念頭に、国境をまたぐデジタル通貨が発行されれば信用力に乏しい国で独自の金融政策が効きにくくなるなどの懸念に配慮すべきだとして、国際社会での普及に備えた課題を整理すべきだとの認識を表明、さらに、デジタル人民元の発行を検討している中国を念頭に「金融安定化や国際通貨システム上の課題にも十分備えるべきだ」と述べており、日本としてはそのようなスタンスであることが分かります。
  • 一方、米は中央銀行デジタル通貨(CBDC)については、一定の距離間を取っている印象があります。ただし、直近では、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、米上院銀行委員会で「CBDCについて、最前線で分析していくことが我々の責務だ」と主張、日銀や欧州中央銀行(ECB)などがCBDCの共同研究に乗り出しており、パウエル氏は「FRBもほかの中銀と協業していく」と述べている点が注目されます。とはいえ、FRBはドルの現金流通量が増えていることから、早期のデジタル通貨の発行には否定的であり、サイバー攻撃でデジタルドルが強奪されれば、金融危機にも発展しかねないといった問題を挙げています。ただし、よく指摘されているとおり、中国が「デジタル人民元」を検討するなど基軸通貨ドルを脅かす動きもあり、同議長も「仮に中国のデジタル通貨が広く受け入れられれば何が起きるのか、我々も分析していく必要がある」と強調しています。米のスタンスも、日本同様、「現時点で発行計画はない」ものの、「社会的ニーズが急速に高まる場合に備えて研究は続けていく」という方向にあるようです。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

カジノを含む統合型リゾート(IR)事業を巡る汚職事件IRに対する風当たりは厳しいものがあるうえ、新型コロナウイルスへの対応なども重なり、現在でもIR基本方針の決定が見送られている状況にありますが、国内外から多くの集客が見込まれるIRは東京五輪後の景気を下支えし、地方創生の起爆剤として期待が高いことから、政府は予定通り2020年代半ばのIR開業を断行する構えを崩していないとされます。また、汚職事件を受けて、IR事業者と自治体側の接触制限を求める声が厳しさを増しており、IRの誘致を予定・検討している7自治体のうち6つがすでに、IR事業者との接触制限ルールを独自に設けています(横浜市、名古屋市、大阪府・市、和歌山県、長崎県)。しかしながら、いずれも制限の対象を担当部署の職員に限定しているほか、知事や市長ら首長も対象外となっており、IRを取り巻く社会の目の厳しさをふまえれば、首長を含むすべての職員を対象にすべきではないかと考えられます。今後、政府としても、自治体職員を含めた公務員と事業者の接触制限をルール化する方針とされていますが、是非、国民の理解を得るためにも厳格なルールの策定を期待したいところです。

さて、そのような中、自治体がIR基本方針の決定を待たずして、様々に動き始めています。

まず、大阪府・大阪市については、公募が締め切られ、MGMとオリックスのグループ1者のみが応募する結果となりました。今後、同府市の選定委員会による提案書類の審査を経て6月ごろに正式決定することになりますが、大阪湾の人工島・夢洲を開業予定地とする事業者は事実上、同グループに絞られることになりました。同グループは、パナソニックやJR西日本など約20社から出資を募る構想も進めており、関西企業との連携を重視するとみられていますが、競合相手がいれば、事業者側が府市にとって有利な条件やサービスを上乗せすることも考えられるところ、ライバルがいないことから、府市にとって今後の交渉は難しいものとなりそうです(当然のことながら、府市は、今後の審査を厳格に行い、安易な交渉をすることなく、場合によっては再公募も辞さない姿勢を示しています)。

また、最終3か所の誘致先のうちの有力候補にひとつである横浜市については、林市長がIRの横浜港山下ふ頭への誘致を表明してから半年を迎え、2020年代後半の開業を目指して着々と作業を進めており、林氏の発言も「観光立国を目指す日本の成長戦略の一翼を担いたい」と勢いを増しています。しかし、一方で、市民の間では誘致反対や林氏の解職を求める動きが広がりつつあり、来年夏に迫る次期市長選にも影響しそうな情勢となっています。さらに、和歌山県は、「和歌山マリーナシティ」への誘致をめざしており、国際会議や展示会などのMICE施設は観光分野のイベントを中心に誘致する実施方針案を固めています。IR来訪者に紀伊半島などの周遊を促す「観光街道」の整備も進めており、多様な自然や観光資源を生かした地方色を前面に打ち出して国による区域認定を狙っています。なお、マカオのカジノ運営大手、銀河娯楽集団(ギャラクシー・エンターテインメント)は日本のIRへの参入に改めて意欲を示し、報道(2020年2月27日付日本経済新聞)によれば、「慎重に検討して大阪の事業者公募には参加しなかったが、日本での事業を強く希望している」とし「大阪以外の都市を念入りに検討している」と述べており、今後の動向が注目されるところです。

一方で、北海道留寿都村は、IRの誘致活動の凍結を決めたといいます。今回の汚職事件の舞台となったことでイメージが悪化し、誘致継続は困難と判断した模様です。村は2014年(平成26年)に誘致意思を表明、村内でホテルやスキー場を運営する「加森観光」が中国企業「500ドットコム」とIR事業を計画してきましたが、今回の事件では代表取締役会長の加森公人被告(76)も贈賄罪で在宅起訴されたことから、誘致を断念することとなりました。

新型コロナウイルスの問題は、海外のカジノ事業者にも大きな影響を与えており、とくに歳入の80%以上をカジノの税収に依存しているとされるマカオでさえ、2月上旬から15日間、すべての営業を禁止していました。現時点では順次営業を再開しているようですが、ただでさえ中国を中心とする富裕層の顧客からのカジノ収入が減少に転じる中、経営への影響が懸念されるところです。

IR/カジノ事業の有害対策の柱のひとつである「依存症対策」については、2020年2月19日付日本経済新聞に興味深い記事が掲載されていました。依存症対策においては、本人が適切な治療を受けることが重要ですが、そもそも治療に向かわせることの難しさが指摘されています。そこで、家族など周囲の理解や支援を得て、本人を治療に向かわせるためのプログラム「CRAFT(クラフト)」を医療機関を中心に活用する動きが広がっているというものです。記事では、「CRAFTは「コミュニティ強化と家族訓練」を意味する「Community Reinforcement And Family Training」の略称で、米国で開発され、アルコールや薬物依存のためにつくられたプログラムだったが、ギャンブル依存症やゲーム障害のほか、ひきこもり問題にも活用できる」、「CRAFTでは家族が依存症の患者への向き合い方を学ぶことが特徴で、病状の改善から患者が治療を受けることに結びつきやすい」と紹介されており、依存症患者とのコミュニケーションのポイントとして、「必要なのは肯定する話法で、指摘や叱責、説教は必要ない。なぜなら人はコントロールできないからだ」と指摘されており、大変興味深いものです。また、CRAFTのコミュニケーションにおける8つのポイントとして、(1)「私」を主語にする(相手の悪いところを指摘するのではなく、自分が何を望んでいるかを口にする)、(2)肯定的な言い方(否定的な言い方は相手をいやな気持にさせる)、(3)簡潔に言う(何を言いたいかを明確にし、一度にまくし立てるのではなく、1つのことを言う)、(4)具体的な行動に言及(あいまいな言い方や抽象的なものでなく具体的行動に目を向ける)、(5)感情に名前を付ける(相手に対する自分の感情に「心配」「悲しみ」など名前をつけて気持ちを整理する)、(6)責任を一部受け入れる(責任が相手にあるとしても、自分も責任を分かち合う言葉を入れる)、(7)思いやりのある発言をする(相手の立場に立ち、相手側から考えた一言を添える)、(8)支援を申し出る(相手を責めるのでなく、一緒に問題を解決したい姿勢を示す)が挙げられており、これらは、通常の職場の健全なコミュニケーションの実現にとっても大変参考になるものと思われます。

さらに、参考までに、最近問題となっている「ゲーム依存症」に関する実態調査に近い調査結果が消費者庁のサイトで公表されていましたので、その概要について、以下紹介します。

▼消費者庁 「オンラインゲームを楽しむ際には、家庭内であらかじめルールを設定しましょう。」を更新しました。
▼ネット・ゲーム使用と生活習慣についてのアンケート結果(概要)

まず、過去 12ヶ月間に、85.0%(男性 92.6%、女性 77.4%)がゲームをしていたこと、ゲームをする機器(複数選択可)は、男女とも「スマートフォン」(80.7%)が最も多く、次いで「据え置き型ゲーム」(48.3%)が多いこと、ゲームをする場所(複数選択可)は、男女とも「自宅」(97.6%)が最も多く、次いで 「移動中」(32.5%)が多いことがわかりました。さらに、主にオンラインでゲームをすると答えた割合は 48.1%と約半数にのぼっており、「通常は誰とゲームをしていますか」(複数選択可)という質問に対しては、「一人で」 が89.1%と圧倒的に多く、次いで「現実の友人」(38.5%)、「家族」(18.7%)、「ネット上の友人」(11.9%)、「ネット上の見知らぬ人」(11.7%)と続くようです。さらに、平日における1日当たりのゲーム時間は、男性では、「1時間未満」が 26.0%、「1時間以上2時間未満」が 30.4%、「2時間以上3時間未満」が 18.9%、「3時間以上」が 24.6%(うち「6時間以上」は 3.7%)、女性では、「1時間未満」が 57.1%、 「1時間以上2時間未満」が 23.1%、「2時間以上3時間未満」が 9.3%、「3時間以上」 が 10.4%(うち「6時間以上」は 1.6%)となっており、概して男性のほうが長くなる傾向にあること、また、休日における1日当たりのゲーム時間は、男女とも平日に比べて長くなっていることなどが取り上げられています。

そして、「ゲーム依存症」を考えるうえで興味深いものとして、過去 12ヶ月間に、「ゲームを止めなければいけない時に、しばしばゲームを止められませんでしたか。」という質問に「はい」と答えた割合は、ゲーム使用時間が「60 分未満」 では 21.9%、「1時間以上2時間未満」では 28.5%、「2時間以上3時間未満」では 32.7%、 「3時間以上4時間未満」では 34.7%、「4時間以上5時間未満」では 43.3%、「5時間以上6時間未満」では 37.4%、「6時間以上」では 45.5%であり、ゲーム時間が長くなるにしたがって多くなる傾向が見られたこと(ある程度想定された結論ですが、時間制限が依存症に陥らないために必要な要素のひとつであることがわかります)、「ゲームのために、スポーツ、趣味、友達や親せきと会うなどといった大切な活動に対する興味が著しく下がったと思いますか。」という質問に「はい」と答えた割合は、 「60 分未満」では 2.9%、「1時間以上2時間未満」では 6.9%、「2時間以上3時間未満」では 11.1%、「3時間以上4時間未満」では 10.0%、「4時間以上5時間未満」では 22.4%、 「5時間以上6時間未満」では 20.3%、「6時間以上」では 28.9%であること、さらに、「ゲームのために、学業に悪影響がでたり、仕事を危うくしたり失ったりしても、ゲームを続けましたか。」という質問に「はい」と答えた割合は、 「60 分未満」では 1.7%、 「1時間以上2時間未満」では 5.8%、「2時間以上3時間未満」では 10.0%、「3時間 以上4時間未満」では 12.4%、「4時間以上5時間未満」では 19.4%、「5時間以上6時間未満」では 22.0%、「6時間以上」では 24.8%であること、また、「ゲームが腰痛、目の痛み、頭痛、関節や筋肉痛などといった体の問題を引き起こしていても、ゲームを続けましたか。」という質問に「はい」と答えた割合は、 「60 分未満」 では 4.3%、「1時間以上2時間未満」では 7.4%、「2時間以上3時間未満」では 15.2%、 「3時間以上4時間未満」では 20.3%、「4時間以上5時間未満」では 24.6%、「5時間以上6時間未満」では 25.2%、「6時間以上」では 40.5%であること、そして、「ゲームにより、睡眠障害(朝起きられない、眠れないなど)や憂うつ、不安などといった心の問題が起きていても、ゲームを続けましたか。」という質問に「はい」と答えた割合 は、 「60 分未満」では 2.4%、「1時間以上2時間未満」では 5.8%、「2時間以上3時間未満」では 9.7%、「3時間以上4時間未満」では 16.6%、「4時間以上5時間未満」では 19.4%、「5時間以上6時間未満」では 17.9%、「6時間以上」では 37.2%であることなど、これらについても同様に、ゲーム時間が長くなるにしたがって多くなる傾向が見られています。

さらに、過去12ヶ月間にゲームのために起きたこと(複数選択可)については、「学業成績の低下や仕事のパフォーマンスの低下」があったと答えた割合は、ゲーム使用時間が「60 分未満」では 5.0%、「1時間以上2時間未満」では 11.9%、「2時間以上3時間未満」では 20.4%、「3時間以上4時間未満」では 20.3%、「4時間以上5時間未満」では 22.4%、 「5時間以上6時間未満」では 23.6%、「6時間以上」では 29.8%であり、ゲーム時間が長くなるにしたがって多くなる傾向が見られたこと、同様に、「昼夜逆転またはその傾向(過去 12 ヶ月で 30 日以上)」があったと答えた割合は、 「60 分未満」では 2.3%、「1時間以上2時間未満」では 5.0%、「2時間以上3時間未満」では 11.0%、「3時間以上4時間未満」では 16.1%、「4時間以上5時間未満」 では 19.4%、「5時間以上6時間未満」では 29.3%、「6時間以上」では 50.4%であることなど、ゲームの時間と「依存症」の関係の間に強い相関関係があることを推測される結果となっています。

③犯罪統計資料

警察庁から最新の「犯罪統計資料(平成31年1月~令和元年12月分【確定値】)が公表されていますので、以下に紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(平成31年1月~令和元年12月分【確定値】)

平成31年1月~令和元年12月の刑法犯の認知件数の総数は748,559件(前年同期817,338件、前年同期比▲8.4%)、検挙件数の総数は294,206件(309,409件、▲4.9%)、検挙率は39.3%(37.9%、+1.4P)となり、この1年も平成30年の犯罪統計の傾向が継続しました。犯罪類型別では、刑法犯全体の7割以上を占める窃盗犯の認知件数は532,565件(582,141件、▲8.5%)、検挙件数は180,897件(190,544件、▲5.1%)、検挙率は34.0%(32.7%、+1.3P)と刑法犯全体をやや上回る減少傾向を示しており、このことが全体の減少傾向を牽引する形となっています(ただし、検挙率がここのところ上昇傾向にあるのはよいことだと思われます)。うち万引きの認知検数は93,812件(99,692件、▲5.9%)、検挙件数は65,814件(71,330件、▲7.7%)、検挙率は70.2%(71.6%、▲1.4P)となっており、認知件数が刑法犯・窃盗犯を上回る減少傾向を示していることや検挙率が他の類型よりは高い(つまり、万引きは「つかまる」ものだということ)ものの、ここ最近、検挙率が低下傾向が続いている点は気になるところです。また、知能犯の認知件数は36,031件(42,594件、▲15.4%)、検挙件数は19,096件(19,691件、▲3.0%)、検挙率は53.0%(46.2%、+6.8P)、うち詐欺の認知件数は32,207件(38,513件、▲16.4%)、検挙件数は15,902件(16,486件、▲3.5%)、検挙率は49.4%(42.8%、+6.6P)ととりわけ検挙率が大きく高まっている点が注目されます。今後も、認知件数の減少と検挙件数の増加の傾向を一層高め、高い検挙率によって詐欺の実行を抑止するような構図になることを期待したいと思います。

また、平成31年1月~令和元年12月の特別法犯については、検挙件数は73,034件(74,031件、▲1.3%)、検挙人員は61,814人(62,894人、▲1.7%)となっており、最近は検挙件数が前年同期比でプラスとマイナスが交互する状況であり、特別法犯の検挙状況は横ばいの状況が続いています。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は6,241件(5,114件、+22.0%)、検挙人員は4,735人(4,024人、+17.7%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,577件(2,577件、±0)、検挙人員は2,144人(2,192人、▲2.2%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は816件(564件、+44.7%)、検挙人員は145人(121人、+19.8%)、不正競争防止法違反の検挙件数は68件(44件、+54.4%)、検挙人員は63人(56人、+12.5%)などとなっており、とくに入管法違反と不正アクセス禁止法違反、不正競争防止法違反の急増ぶりが注目されます(体感的にもこれらの事案が増加していることを実感していますので、一層の注意が必要な状況です)。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は915件(850件、+7.6%)、検挙人員は435人(401人、+8.5%)、大麻取締法違反の検挙件数は5,306件(4,605件、+15.2%)、検挙人員は4,221人(3,488人、+21.0%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は11,648件(13,850件、▲15.9%)、検挙人員は8,283人(9,652人、▲14.2%)などとなっており、大麻事犯の検挙が平成30年の傾向を大きく上回って増加し続けている一方で、覚せい剤事犯の検挙が逆に大きく減少し続けている傾向がみられます(参考までに、平成30年における覚せい剤取締法違反については、検挙件数は13,850件(14,065件、▲1.5%)、検挙件数は9,652人(9,900人、▲2.5%)でした)。

なお、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯の検挙人員総数は482人(523人、▲7.8%)、中国98人(120人、▲18.3%)、ベトナム77人(71人、+8.5%)、ブラジル47人(51人、▲7.8%)、韓国・朝鮮32人(34人、▲5.9%)、フィリピン32人(24人、+33.3%)、スリランカ19人(16人、+18.8%)、アメリカ18人(9人、+100.0%)などとなっており、こちらも平成30年の傾向と大きく変わっていません。

暴力団犯罪(刑法犯)総数については、検挙件数は18,640件(16,681件、▲0.2%)、検挙人員は8,445人(9,825人、▲14.0%)となっており、暴力団員数の減少傾向からみれば、刑法犯の検挙件数の減少幅が小さく(つまり、刑法犯に手を染めている暴力団員の割合が増える傾向にあるとも推測され)、引き続き注視していく必要があると思われます。うち暴行の検挙件数は894件(1,055件、▲15.3%)、検挙人員は866人(993人、▲12.8%)、傷害の検挙件数は1,527件(1,758件、▲15.3%)、検挙人員は1,823人(2,042人、▲10.7%)、脅迫の検挙件数は414件(512件、▲19.1%)、検挙人員は393人(550人、▲28.5%)、恐喝の検挙件数は491件(592件、▲17.1%)、検挙人員は636人(772人、▲17.6%)窃盗の検挙件数は10,748件(10,194件、+5.4%)、検挙人員は1,434人(1,627人、▲11.9%)、詐欺の検挙件数は2,327件(2,270件、+2.5%)、検挙人員は1,448人(1,749人、▲17.2%)などとなっており、暴行や傷害、脅迫、恐喝事犯の減少と窃盗と詐欺の増加の傾向が顕著となっています。この点については、「令和元年上半期における組織犯罪の情勢」において、「近年、暴力団は資金を獲得する手段の一つとして、暴力団の威力を必ずしも必要としない詐欺、特に組織的に行われる特殊詐欺を敢行している実態がうかがえる」と指摘されているとおりです。また、窃盗犯の検挙件数の増加が特徴的なことから、「貧困暴力団」が増えていることを推測させることから、こちらも今後の動向に注視する必要があると思われます。また、暴力団犯罪(特別法犯)総数については、検挙件数は8,121件(9,653件、▲15.9%)、検挙人員は5,836人(7,056人、▲17.3%)となっており、特別法犯全体の減少傾向を大きく上回る減少傾向となっている点が特徴的だといえます。うち暴力団排除条例の検挙件数23件(14件、+64.3%)、検挙人員は45人(53人、▲15.1%)、銃刀法違反の検挙件数は164件(184件、▲10.9%)、検挙人員は137人(140人、▲2.1%)であり、暴力団の関与が大きな薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は182件(168件、+8.3%)、検挙人員は56人(49人、+14.3%)、大麻取締法違反の検挙件数は1,129件(1,151件、▲1.9%)、検挙人員は762人(744人、+2.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は5,274件(6,662件、▲20.8%)、検挙人員は3,593人(4,569人、▲21.4%)などとなっており、とりわけ覚せい剤から大麻にシフトしている状況がより鮮明になっている点やコカインやMDMA等と思われる麻薬等取締法違反が検挙件数・検挙人員ともに伸びている点が注目されるところです(なお、平成30年においては、大麻取締法違反については、検挙件数は1,151件(1,086件、+6.0%)、検挙人員は744人(738人、+0.8%)、覚せい剤取締法違反については、検挙件数は6,662件(6,844件、▲2.7%)、検挙人員は4,569人(4,693人、▲2.6%)でした。また、暴力団員の減少傾向に反してコカイン等への関与が増している状況も危惧されるところです)。

(7)北朝鮮リスクを巡る動向

北朝鮮は3月2日、約3カ月ぶりに短距離弾道ミサイルとみられる飛翔体の発射に踏み切りました。河野防衛相は、北朝鮮が今回発射した飛翔体2発について、固体燃料推進方式の短距離弾道ミサイルで、併せて多連装ロケットも発射された可能性があるとの分析結果を発表しています。なお、日本の領域や排他的経済水域(EEZ)への弾道ミサイルの飛来は確認されておらず、日本周辺を航行する航空機や船舶への被害も確認されていないものの、安倍首相は、「昨今の北朝鮮による弾道ミサイルなどの度重なる発射は、わが国を含む国際社会全体にとっての深刻な課題だ。国民の生命、財産を守り抜くため、引き続き情報の収集、分析、警戒監視に全力を挙げていく」と語ったほか、外務省は、北京の大使館ルートを通じて北朝鮮に抗議を行っています。今回のミサイルは昨年11月に北朝鮮が発射したミサイルと同系統のもので、高度は迎撃が難しい100キロ未満で、飛距離は約240キロだった模様です(なお、後日判明した訓練の場所等からすでに実戦配備されている可能性も指摘されています)。さらに、3月9日にも少なくとも3発の飛翔体を発射(米政府当局者は4発との分析)、新型の弾道ミサイルとみられる「超大型ロケット砲」などの実践訓練を繰り返している可能性が高まっています。本コラムでも紹介していたとおり、金正恩朝鮮労働党委員長は昨年末の党中央委員会総会で、「世界は遠からず、新たな戦略兵器を目撃することになる」と述べていましたが、私たちは、このような形で目にすることになったようです。なお、最近、北朝鮮の金正恩体制で異例の解任劇が発生、金政権の「権力の要」である朝鮮労働党組織指導部の責任者の解任が2月末、党機関紙「労働新聞」で発表されており(あえて解任が公表された前例はありません)、政権内部で大きな動きが起きていることを示唆している可能性もあります。一連の動向からは、何らかの形で国内を引き締める狙いがあること、さらに、停滞する非核化協議を巡って米韓を揺さぶる狙いが見えるほか、「新型コロナウイルスの感染拡大に備え、「国家非常防疫体系」への転換を宣言して統制を強めているが、経済や社会へのひずみも大きいとみられ、体制や軍の引き締めに苦慮する様子が浮かぶ。後ろ盾の中国が新型肺炎への対処に忙殺され、トランプ米大統領が大統領選に傾注する中、金氏の合同軍事訓練視察や飛翔体発射には、軍事力増強姿勢と存在感を国際社会に改めて誇示する狙いがうかがえる。貿易の大半を依存する中国との国境も実質封鎖しており、経済的損失や国内の動揺は小さくないとみられる」とする2020年3月2日付産経新聞の分析は、筆者個人としても正にそのとおりかと思います。また、このような動きに対して、国連安全保障理事会は、この問題を協議する非公開の会合を開催、報道によれば、英仏独とベルギー、エストニアの欧州5か国は会合後、「北朝鮮は核・ミサイル開発を継続している」と非難する共同声明を発表しています。声明は、北朝鮮が昨年5月以降、弾道ミサイル発射を14回も続けているとして、「挑発的な行為で、国連安保理決議に明らかに違反している」と批判、挑発行為をやめ、米国との協議に誠実に取り組み、非核化に向けた具体的な措置を講じるよう求めています。また、「安保理が決議の完全実施を確保し、制裁が適切に維持されることが重要だ」とも強調しています。対北朝鮮制裁の緩和を求める中露にクギを刺した形となりますが、残念ながら、安保理は、北朝鮮の断続的な弾道ミサイル発射に対し、米朝協議の実現を注視するとの姿勢で、声明などの取りまとめが行われておらず、このため、欧州各国がほぼ同じ内容の声明を発表する状況が続いており、正に「形ばかりの非難」で実効性が全く伴っていないもどかしさがあります

前述したとおり、金政権は新型コロナウイルスの感染拡大への対応に苦慮している状況がうかがえるところ、米国務省は、「北朝鮮の無防備さを深く憂慮している」との声明を出し、米国や国際機関による支援を速やかに承認する用意があると表明しています。医療体制が不十分な北朝鮮で感染が拡大するのを防ぐとともに、米朝間の非核化協議再開に向けた対話の糸口を探る狙いもあるとみられています。また、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会は、新型コロナウイルス対策のための物資を北朝鮮に搬入するため、対北朝鮮制裁の適用除外を求めた申請を承認しています。申請は、国際医療援助団体「国境なき医師団(MSF)」と国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)が提出していたもので、ゴーグルや聴診器、体温計などの搬入が認められたといいます。なお、北朝鮮メディアは、新型コロナウイルスの流行を防ぐために、今年1月以降に入国した平壌駐在の外交官や国際機関スタッフら外国人380人以上を隔離している(隔離機関を30日間に延長している)こと、国内で約7,000 人が「医学的な監視対象」となっていると伝えており、聯合ニュースは、事実上の自宅隔離措置とみられると報じています。北朝鮮当局は国内で感染者は確認されていないとしているが、国際社会では疑問の声も当然ながらあるところです。

ロイターが入手した国連安保理の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルがまとめた年次報告書(今後、正式に公表される予定)によると、北朝鮮は2019年も国連の制裁に違反し、核・弾道ミサイル開発プログラムを強化したと指摘されているようです。また石油製品を密輸入したほか、中国の荷船の協力を得るなどして、2019年1~8月に370万トン、約3億7,000万ドル(約400億円)相当の石炭を違法に輸出したといいます。さらに、このうち推定280万トンの石炭は、「瀬取り」の手法で、北朝鮮籍の船舶から中国の「はしけ船」に移されたことが判明、はしけ船は杭州湾の3つの港や長江沿いの複数の施設に石炭を運搬したとみられるといいます。また、安保理決議では土石類の輸出も禁止しているところ、北朝鮮は少なくとも1,000万トン、推定2,200万ドル(約24億円)相当の砂を中国の港に輸出したとも指摘されているようです。さらに、北朝鮮は石油精製品についても、瀬取りで年間上限量の50万バレルを超えて不正に輸入しているとも言われています。また、報告書は、「2019年に北朝鮮は核・弾道ミサイルプログラムを停止せず強化し続け、安保理決議に違反した」と指摘、「多岐にわたる現地調達力にもかかわらず、一部の部品・技術について違法な外部調達を利用している」と批判、世界中の金融機関に対してサイバー攻撃による暗号資産の取得も続けている点も挙げ、「攻撃手段は複雑さを増し、追跡するのが難しくなっている」と警鐘を鳴らしているということです。なお、このような報告書の内容について、中国の国連代表部は、「中国に対する根拠のない告発だ」などと反発する声明を発表しています。

関連して、米セキュリティー企業「レコーデッド・フューチャー」は、北朝鮮のインターネット利用に関する報告書を発表し、トランプ政権が対北朝鮮制裁を強化した2017年以降、アクセス量が「300%増加した」ことを明らかにしています。その背景要因としては、ネットを利用した暗号資産の「マイニング(採掘)」やサイバー攻撃などが経済制裁を回避し収益を得る手段になっていることなどが考えられるということです。北朝鮮は過去数年間、金融機関にサイバー攻撃を仕掛け、約20億ドル(約2,200億円)を奪ったとされますが、同報告書によれば、こうした非合法活動に加え、暗号資産「モネロ」を使ったマイニングなど合法活動でも利益を得ているといい、2019年5月以降、モネロのマイニング量が10倍に増えたことが確認されたといいます。

その他、北朝鮮を巡る動向に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 防衛省が、北朝鮮の弾道ミサイルを電波で妨害できる装備の導入に着手すると報じられています(2020年2月11日付産経新聞)。北朝鮮が弾道ミサイルを発射する際、地上基地で航跡や機器の状態を捕捉できるようミサイルから情報を伝えるテレメトリーと呼ばれる電波が発せられますが、ミサイルと基地の間を行き交う電波に強い電波を照射し、混信などを起こさせ送受信を遮断したり誤った信号を送らせたりすれば、位置が確認できなくなるといいます。軌道を外れて中国に着弾することが最悪の事態で、その危険性を認識できなくすることで発射を抑止する効果が考えられるということです。
  • 米司法省は、北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」が盗んだ1億ドル相当の暗号資産のマネー・ローンダリングに関与していたとして、中国人2人を起訴しています。関連して提起された民事訴訟に関する報道によると、司法省は、北朝鮮ハッカーが2018年に暗号通貨取引所から盗み出したとされる約2億5,000万ドル(約270億円)のうち一部を押収したといいます。こうした資金は洗浄されて追跡不能になり、最終的には北朝鮮のインフラ建設やサイバー攻撃の実行に使われているといいます。ムニューシン財務長官は声明で、「北朝鮮は金融機関から資産を盗むためにサイバー攻撃を続けている」と非難、「米国は北朝鮮のサイバー犯罪の支援者に責任を取らせることで国際金融システムを守り続ける」と強調しています。
  • 米司法省は、北朝鮮で不正な取引に関与したなどとして、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)や関連会社をRICO法(集団暴力・腐敗組織法)違反や企業機密窃盗の罪で追起訴したと発表しています。報道によると、ファーウェイや関連会社は遅くとも2008年以降、北朝鮮で電気通信事業などを展開、金融機関に「北朝鮮では何らビジネスをしていない」と虚偽の申告をして不当に利益を得たとされています。また、2000年以降、米国内の6社を含む複数の企業からインターネットのルーターや通信技術などのソースコードやユーザーマニュアルといった知的財産を盗んだとされています。
  • 複数の韓国メディアは、2016年に亡命した北朝鮮の元駐英公使のスマホが昨年、北朝鮮とつながりがあるとみられる組織からハッキング被害を受けていたと報じています。報道によれば、組織側は同氏のスマホに保存されていた電話番号や通話記録などを窃取したほか、同氏以外にも国会議員補佐官やジャーナリスト、別の脱北者や弁護士のスマホやパソコンも狙われたといいます。
  • 韓国政府が北朝鮮に対し、韓国人が個人で訪朝する「個別観光」を受け入れるよう民間団体を通じて打診していることがわかったということです。韓国からの北朝鮮旅行は国連制裁決議に触れるため実施できていないところ、文政権は4月の総選挙を控え、南北関係改善をアピールしたい考えとみられています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴排条例に基づく勧告事例(大阪府)

大阪府内の中古車販売会社の40代の男性経営者が、知り合いの六代目山口組系組長に自分名義の中古車を販売した後も名義を変更しないまま使用させたとして、大阪府公安委員会は大阪府暴排条例に基づき、経営者と組長を指導したと報じられています。報道によれば、40代の組長は昨年4月ごろ、経営者名義のワンボックス車を80万円で購入し、名義を変えないまま約8カ月間使用したといい、組長は「自分の名義にすると警察や対立組織から目をつけられる」と説明、車は組事務所への移動などに使うほか「抗争があれば使うつもりだった」と話しているということです。

▼大阪府暴排条例

本件については、事業者については、同条例第14条(利益の供与の禁止)第3項「事業者は、前二項に定めるもののほか、その事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与をしてはならない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない」が、暴力団員については、同条例第16条(暴力団員等が利益の供与を受けることの禁止)第2項「暴力団員等は、事業者から当該事業者が第十四条第三項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者が同項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない」に抵触するものと判断されたものと推測されます。そのうえで、同条例第22条(勧告等)第4項「公安委員会は、第十四条第三項又は第十六条第二項の規定の違反があった場合において、当該違反が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該違反をした者に対し、必要な指導をすることができる」に基づき、「指導」がなされたものとなると考えられます。

なお、本件は、いわゆる「名義貸し」の事例となりますが、例えば東京都暴排条例においては、第25条(他人の名義利用の禁止等) の第1項で「暴力団員は、自らが暴力団員である事実を隠蔽する目的で、他人の名義を利用 してはならない」、第2項で「何人も、暴力団員が前項の規定に違反することとなることの情を知って、暴力団員に対し、自己の名義を利用させてはならない」との規定が別途設けられており、大阪府暴排条例との違いがあります。さらに、東京都暴排条例においては、違反した場合の罰則については、第27条(勧告)で「公安委員会は、第24条又は第25条の規定に違反する行為があると認める場合には、当該行為を行った者に対し、第24条又は第25条の規定に違反する行為が行われることを防止するために必要な措置をとるよう勧告をすることができる」とされており、「指導」ではなく「勧告」となっている点も違いとなります。

▼東京都暴排条例
(2)暴排条例に基づく勧告事例(神奈川県)

暴力団幹部にみかじめ料名目で現金を渡したとして、神奈川県公安委員会は、神奈川県暴排条例に基づき、神奈川県内の食品卸売会社で代表取締役を務める男(76)に対し、利益供与をしないよう勧告しています。報道によれば、この男性はトラブルなどの際に暴力団の力を借りる目的で、稲川会系組幹部に対し、平成30年1月から令和元年11月までの間、みかじめ料の名目で毎月現金1万円、合計23万円を渡したということです。

▼神奈川県暴排条例

本件については、同条例第23条(利益供与等の禁止)第1項の「事業者は、その事業に関し、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対し、次に掲げる行為をしてはならない」の「 (1) 暴力団の威力を利用する目的で、金銭、物品その他の財産上の利益を供与すること」に抵触したものと考えられます。そのうえで、同条例第28条(勧告)の「公安委員会は、第23条第1項若しくは第2項、第24条第1項、第25条 第2項、第26条第2項又は第26条の2第1項若しくは第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」に基づき、勧告がなされたものと考えられます。

なお、神奈川県暴排条例については、「利益供与の禁止」の規定ぶりが他の暴排条例とやや異なっていますので、詳しく紹介します。まず、第23条(利益供与等の禁止)第1項については、「事業者は、その事業に関し、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対し、次に掲げる行為をしてはならない」として、(1)暴力団の威力を利用する目的で、金銭、物品その他の財産上の利益を供与すること、(2)暴力団の威力を利用したことに関し、金銭、物品その他の財産上の利益を供与することが規定されており、この点は他の暴排条例と同じです。なお、「暴力団経営支配法人等」とは、同県の暴排条例独自のものであり、「法人でその役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいい、相談役、顧問その他いかなる名称を有する者であるかを問わず、法人に対し業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者と同等以上の支配力を有するものと認められる者を含む。)のうちに暴力団員等に該当する者があるもの及び暴力団員等が出資、融資、取引その他の関係を通じてその事業活動に支配的な影響力を有する者をいう」と第2条で定義されています。いわゆる「暴力団関係企業」や「共生者」といった者を、暴排条例の制定(平成23年4月)当時から排除対象として明確にうたい、具体的に定義している点は先進的であり、今なおここまで踏み込んでいる暴排条例も珍しく(他では、「暴力団員等又は暴力団員等が指定した者」といった表記が一般的。他には、東京都暴排条例の「規制対象者」として、「暴力団の威力を示すことを常習とする者であって、当該暴力団の暴力団員がその代表者であり若しくはその運営を支配する法人その他の団体の役員若しくは使用人その他の従業者若しくは幹部その他の構成員又は当該暴力団の暴力団員の使用人その他の従業者」といった定義があります)、大変すばらしいことだといえます。

さて、第23条(利益供与等の禁止)第2項には、「事業者は、その事業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、 他の暴排条例ではあまり見られないのですが、以下のように禁止行為が具体的に列挙されています。

  • 暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴 力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対して出資し、又は融資すること
  • 暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等から出資又は融資を受けること
  • 暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴 力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に、その事業の全部又は一部を委託し、又は請け負わせること
  • 暴力団事務所の用に供されることが明らかな建築物の建築を請け負うこと
  • 正当な理由なく現に暴力団事務所の用に供されている建築物(現に暴力団事務所の用に供されている部分に限る。)の増築、改築又は修繕を請け負うこと
  • 儀式その他の暴力団の威力を示すための行事の用に供され、又は供されるおそれがあることを知りながら当該行事を行う場所を提供すること
  • 前各号に掲げるもののほか、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対して金銭、物品その他の財産上の利益を供与すること。

さらに、第3項で、「何人も、前2項の規定に違反する事実があると思料するときは、その旨を公安委員会に通報するよう努めなければならない」 との規定も置かれており、こちらも他の暴排条例には見られない通報義務(努力義務)が明記されている点も注目されます。

それ以外の細かいところでは、例えば、第22条(契約の締結における事業者の責務)第2項において、「事業者は、その事業に関して書面による契約を締結するときは、その契約書に、当該契約の履行が暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することが判明したときは当該契約を解除することができる旨を定めるよう努めるものとする。ただし、当該契約の履行が暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがないことが明らかなときは、この限りでない」との規定があります。現状の実務において、ほぼすべての契約等に暴排条項が導入されていることを鑑みれば、ただし書き部分は、あえて明記する必要性を感じないところではあります(制定当時の状況を反映しているものと推察されますが、実際のところ、このような規定は他の暴排条例では見当たらず、現状もふまえれば削除してもよいのではないかとも思われます)。

(3)暴排条例に基づく逮捕事例(東京都)

警視庁組織犯罪対策3課は、暴力団員にみかじめ料を支払ったとして飲食店運営会社役員を、みかじめ料を受け取ったとして稲川会系組幹部の両容疑者を東京都暴排条例違反容疑で逮捕しています。本コラムでもたびたび紹介しているとおり、東京都暴排条例については、2019年10月の改正で、暴力団排除特別強化地域(都内の繁華街29か所が指定されています)内におけるみかじめ料の授受について、直罰規定が導入されましたが、支払った側の逮捕者は今回が初めてとなります。報道によれば、本件では約10年前から毎月みかじめ料を支払い、総額1,000万円以上に上っていたといい、さらには、この組幹部をかばって証拠の提出を拒んだといい、関係が深いとみて逮捕に踏み切ったとされます(かなり悪質な事案であると指摘できると思います)。

▼東京都暴排条例

本件は、飲食店側については、同条例第25条の3(特定営業者の禁止行為)第2項の「特定営業者は、暴力団排除特別強化地域における特定営業の営業に関し、暴力団員に対し、用心棒の役務の提供を受けることの対償として、又は当該営業を営むことを暴力団員が容認することの対償として利益供与をしてはならない」の規定に抵触し、組幹部については、同条例第25条の4(暴力団員の禁止行為)第2項の「暴力団員は、暴力団排除特別強化地域における特定営業の営業に関し、特定営業者から、用心棒の役務の提供をすることの対償として、又は当該営業を営むことを容認することの対償として利益供与を受けてはならない」の規定に抵触したものと考えられます。そのうえで、同条例第27条(勧告)の「公安委員会は、第24条又は第25条の規定に違反する行為があると認める場合には、当該行為を行った者に対し、第24条又は第25条の規定に違反する行為が行われることを防止するために必要な措置をとるよう勧告をすることができる」に基づき勧告がなされたものと考えられます。

(4)暴排条例に基づく逮捕事例(静岡県)

静岡県警は、六代目山口組良知二代目政竜会の組員にみかじめ料を支払ったとして飲食店経営者を、みかじめ料を受け取ったとして同組員を逮捕しています。静岡県暴排条例は2019年8月の改正で、暴力団排除特別強化地域内におけるみかじめ料や用心棒代の授受について、直罰規定が導入されましたが、今回、改正後初の摘発となります。報道によれば、静岡市葵区で飲食店経営者はキャバクラのみかじめ料として現金25万円を暴力団組員に支払った疑いがもたれているといいます。

▼静岡県暴排条例

本件については、飲食店経営者は、同条例第 18 条の3(特定営業者の禁止行為)第2項の「特定営業者は、特定営業の営業に関し、暴力団員又はその指定した者に対し、用心棒の役務の提供を受けることの対償として、又はその営業を営むことが容認されることの対償として利益の供与をしてはならない」の規定に、暴力団委員は、同条例第 18 条の4(暴力団員の禁止行為)第2項の「暴力団員は、特定営業の営業に関し、特定営業者から、用心棒の役務を提供する対償として、又はその営業を営むことを容認する対償として利益の供与を受け、又はその指定した者に利益の供与を受けさせてはならない」の規定に、それぞれ抵触したものと考えられます。そのうえで、同条例第 28 条(罰則)の、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50 万円以下の罰金に処する。(1)第 13 条第1項の規定に違反した者、(2)相手方が暴力団員又はその指定した者であることの情を知って、第18条の3の規定に違反した者、(3)第18条の4の規定に違反した者」に基づき、逮捕されたものと考えられます。

(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(大阪府)

大阪府警捜査4課は、大阪市内でガールズバーなどの用心棒を引き受けたとして、大阪府公安委員会が暴力団対策法に基づき、六代目山口組系の50代の組長に対し、再発防止命令を出したと発表しています。報道によれば、2012年(平成24年)ごろ、ガールズバーや飲食店を経営する30代男性が組長に、1店舗あたり1カ月5万円で用心棒を依頼、2016年(平成28年)ごろからは複数店舗で1カ月計30万円となり、2019年(令和元年9月)ごろまでに用心棒代として計1,000万円以上を支払ったとみられるといいます。また、大阪府公安委員会は、男性にも大阪府暴力団排除条例に基づき、利益供与をしないよう勧告しています。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)
▼大阪府暴排条例

暴力団員に対する再発防止命令については、暴力団対策法第十二条の二の「公安委員会は、指定暴力団員がその所属する指定暴力団等に係る次の各号に掲げる業務に関し暴力的要求行為をした場合において、当該業務に従事する指定暴力団員が当該業務に関し更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、それぞれ当該各号に定める指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が当該業務に関し行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」の「一 指定暴力団等の業務であって、収益を目的とするもの 当該指定暴力団等の代表者等」に基づくものと考えられます。

また、飲食店経営者については、大阪府暴排条例第14条(利益の供与の禁止)の「事業者は、その事業に関し、暴力団の威力を利用する目的で、又は暴力団の威力を利用したことに関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、金品その他の財産上の利益又は役務の供与(以下「利益の供与」という。)をしてはならない」に抵触したものと考えられます。そのうえで、同条例第22条(勧告等)第3項の「公安委員会は、第十四条第一項若しくは第二項又は第十六条第一項の規定の違反があった場合において、当該違反が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該違反をした者に対し、必要な勧告をすることができる」に基づき、勧告を行ったものと考えられます。

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