令和3年の犯罪情勢を最新の統計資料から読み解く
2022.02.15取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
1.令和3年の犯罪情勢を最新資料から読み解く
2.最近のトピックス
(1)最近の暴力団情勢
(2)AML/CFTを巡る動向
(3)特殊詐欺を巡る動向
(4)薬物を巡る動向
(5)テロリスクを巡る動向
(6)犯罪インフラを巡る動向
(7)誹謗中傷対策を巡る動向
(8)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
・犯罪統計資料
(9)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例に基づく勧告事例(滋賀県)
1.令和3年の犯罪情勢を最新の統計資料から読み解く
警察庁から、「令和3年の犯罪情勢について【暫定値】」、「令和3年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について」、「令和3年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について(速報版)」が相次いで公表されています。本コラムでは、毎月、特殊詐欺の状況や犯罪統計資料の確認、(犯罪インフラという観点から)サイバー空間を巡る脅威の動向について、定点観測を続けていますが、あらためて、2021年(令和3年)の状況を概観してみたいと思います。
全体的には、刑法犯全体の認知件数は戦後最小となった(ピーク時の2002年の5分の1以下)一方で、いわゆる「体感治安」は、最近の「拡大自殺」とも「思想なきテロ」とも言われる無差別殺傷事件の多発も影響してか、悪化している点が注目されます。防犯カメラの普及や市民の防犯意識の向上、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛などが影響して数字上の治安は維持されているように思われますが、「公共の場の安全性」が脅かされている事実は否定できず、より的確で効率的な治安対策が求められているといえます。あるいは、サイバー空間を巡る脅威については、「デジタル化の進展等に伴い、サイバー空間の公共空間化が加速する中、ランサムウエアによる被害が拡大し、市民生活に大きな影響を及ぼす事案も確認されているほか、不正アクセスによる情報流出や、サイバー攻撃事案への国家レベルの関与も明らかとなるなど、サイバー空間における脅威は極めて深刻な情勢が続いている」と警察庁は指摘しています。実際に、警察庁が攻撃の予兆や実態を把握するために設置しているセンサーに1日当たり7,335件の不審なアクセスがあり、前年より12.7%増えたほか、不正アクセスなどサイバー犯罪の摘発は24.3%増の12,275件で過去最多となりました。一方、ネット空間においては、SNSなどを介して知り合った人と直接会うのを安全と思うか調査したところ、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と答えた人は全体で11.3%だったのに対し、35歳未満では20.7%となるなど、体感治安の乱れとでも言うべき若年層を中心とした危機感の低さも顕著となっています。
また、このような中、特殊詐欺は、「還付金詐欺」を中心に認知件数は4年ぶりの増加という結果となりました。被害額は7年連続で減少しましたが、「還付金詐欺」の被害額は2020年から20億2,000万円増えて45憶1,000万円となりました。サイバー犯罪や特殊詐欺(とりわけ還付金詐欺)の増加が目立ちますが、共通するのは「非対面型」の犯行という点であり、対策に応じて絶えず犯行手口が変化するものも多く、また、痕跡が残りにくい形での犯行を容易に反復することが可能となっていることから、被害が拡大する危険性も高くなっており、摘発する側のデジタル化や犯行形態の変化などへの対応の遅れも指摘されるところであり、速やかかつ適切な対応が急がれます。また、被害者の88%が65歳以上の高齢者であること、還付金詐欺においては他の手口と比べ7都府県以外に被害が拡散傾向にあることなどにも注意が必要です。前回の本コラム(暴排トピックス2022年1月号)
でも指摘したとおり、(令和3年版犯罪白書によれば)摘発された者を年齢層でみると、指示役は7割近くが30歳以上だった一方で、かけ子や犯行準備役、受け子・出し子は30歳未満が過半数を占めるなど、組織の末端に年少者が取り込まれている現状、犯罪組織で末端にすぎない役割でも、裁判所が厳罰を科している傾向が見て取れるなど、「かけ子」や「出し子」などの実行犯においては、厳しい監視の中での作業や、高リスクの割に報酬が見合わない実態があります。そういった点では、特殊詐欺対策は「高齢者対策」「若年層対策」が重要であり、それとあわせ、さまざまな犯行ツール(犯罪インフラ)の規制が追い付いていないことから、「犯罪インフラ対策」の観点も重要となります。なお、特殊詐欺全体の摘発件数は前年比▲11.7%となる6,552件で、7年ぶりに減少、摘発した2,365人のうち、首謀者やグループリーダーは45人(前年比▲15人)で、うち暴力団関係者は19人(▲8人)となりました。警察庁は、特殊詐欺が暴力団の資金源となっているとして、組織の中枢への摘発を強化するため2021年4月に特殊詐欺の担当を捜査2課から組織犯罪対策部門の暴力団対策課に移管しましたが、2021年12月末現在で、全国の警察でも17府県で組織犯罪対策部門が担当するようになったほか、2県でも捜査2課に組織犯罪対策部門の機能を持たせて対応しているといいます。
また、コロナ禍という点では、虐待の疑いがあるとして児童相談所(児相)に通告された子どもは108,050人となり、17年連続で過去最多を更新しています。ただし、前年比1%の微増という数字については、コロナ禍で被害が潜在化している恐れも考えられるところです。なお、児相への通告数は統計を取り始めた2004年に962人だったところ、その後、身体的な暴力を伴わない「心理的虐待」が認知されたことなどから通告数が増加、2011年に1万人を超え、以降も毎年2~4割のペースで増えていましたが、コロナ禍の2020年は増加幅が前年比8.9%に縮小し、2021年はさらに1%増にとどまりました。報道によれば、学校の休校明けに深刻な被害が判明するケースがあるなど「虐待の覚知が遅れている」との懸念を示す自治体が増えているといい、「教員らが子どもと直接話す機会が減ったり、家庭訪問が見送られたりして、異変に気づく機会が減っている」と専門家らは指摘しています。
▼警察庁 令和3年の犯罪情勢について【暫定値】
- 刑法犯認知件数
- 我が国の犯罪情勢を測る指標のうち、刑法犯認知件数の総数については、平成15年以降一貫して減少しており、令和3年は568,148件と前年に引き続き戦後最少を更新した。前年比では7.5%減少しているが、新型コロナウイルス感染症の流行が始まった令和2年と比べると、減少幅は小さくなっている(令和2年は、前年比で17.9%の減少であった。)。
- 認知件数減少の内訳を見ると、官民一体となった総合的な犯罪対策の推進や防犯機器の普及その他の様々な社会情勢の変化を背景に、平成15年以降、総数に占める割合の大きい街頭犯罪及び侵入犯罪が一貫して減少してきている(刑法犯認知件数が戦後最多となった平成14年からの減少率は88.8%となっており、認知件数減少に対する寄与率(データ全体の変化を100とした場合に、構成要素となるデータの変化の割合を示す指標)は77.9%であった。)。また、罪種で見ると、総数に占める割合の大きい窃盗犯及び器物損壊等については、平成15年以降一貫して減少している(平成14年からの減少率は83.0%となっており、認知件数減少に対する寄与率は93.4%であった。)。
- 他方で、重要犯罪の認知件数について見ると、令和3年は8,823件と前年比でほぼ横ばいで推移している。平成29年と比較すると19.0%減少しているが、このうち略取誘拐については、令和3年の認知件数は389件で、前年比で15.4%増加しているところである。
- 刑法犯検挙率は46.6%と令和2年から1.1ポイント上昇した。罪種別検挙率で見たとき、重要犯罪の検挙率は93.4%であり、また窃盗のうち重要窃盗犯については73.0%となっている。
- 街頭犯罪・侵入犯罪の認知件数については、刑法犯認知件数が戦後最多となった平成14年からの減少率が88.8%となっている(それら以外の認知件数の平成14年からの減少率は59.4%となっている。)。令和3年の街頭犯罪の認知件数は17万6,308件で、令和2年(19万9,268件)から11.5%減少した。また、侵入犯罪の認知件数は4万7,325件で、令和2年(5万5,515件)から14.8%減少した。
- 令和3年における月別の街頭犯罪の認知件数を見ると、1月から3月で特に、前年同期比の減少幅が大きくなっている。
- 窃盗犯及び器物損壊等の認知件数については、刑法犯認知件数が戦後最多となった平成14年からの減少率が83.0%となっている。(それら以外の認知件数の平成14年からの減少率は53.8%となっている。)令和3年における窃盗犯認知件数は38万1,785件で、令和2年(41万7,291件)から8.5%減少した。また、器物損壊等の認知件数は5万6,929件で、令和2年(6万4,089件)から11.2%減少した。
- 令和3年1月8日から3月21日までの間、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態措置が実施されたところ、令和3年1月から3月の街頭犯罪の認知件数は、緊急事態措置が実施されていなかった前年同期と比べて28.6%減少した(令和2年1月から3月は前年同期比で8.1%の減少であった。)。犯罪発生件数の増減には、様々な要因が考えられるものの、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う感染防止のための外出自粛も、この間の街頭犯罪の減少の一因となっているものと考えられる。
- 特殊詐欺
- 特殊詐欺については、令和元年6月の犯罪対策閣僚会議において決定された「オレオレ詐欺等対策プラン」に基づき各種対策を推進しているところであり、平成30年以降、認知件数・被害総額ともに減少してきたところ、令和3年中の被害額は前年比で2.5%減少したものの、認知件数は14,461件と、4年ぶりに増加に転じ、深刻な情勢が続いている。手口別の内訳では、還付 金詐欺の認知件数は、前年比で121.8%増加し、オレオレ詐欺は、前年比で35.4%増加している一方、預貯金詐欺(親族、警察官、銀行協会職員等を装い、「あなたの口座が犯罪に利用されており、キャッシュカードの交換手続が必要である」などの名目で、キャッシュカード、クレジットカード、預貯金通帳等をだまし取る(脅し取る)ものをいう。)は前年比で41.3%減少しているなど、犯行手口の傾向が変化しているところである。
- 令和3年11月に警察庁が実施したアンケート調査(全国の15歳以上の男女5000人を対象に、年代別・性別・都道府県別の回答者数の割合が平成27年国勢調査の結果に準じたものとなるようインターネットを通じて実施したもの。)によれば、過去1年間に特殊詐欺の被害に遭うおそれのある経験をしたと回答した人の割合は16.7%(833人)であり、このうち過去1年間に特殊詐欺の被害に遭ったと回答した人の割合は18.5%(154人)であった。
- サイバー空間における脅威
- 刑法犯認知件数以外の指標について見ると、サイバー犯罪の検挙件数が増加を続けており、高い水準で推移している。また、警察庁が検知したサイバー空間における探索行為等とみられるアクセスの件数は7335.0件/日・IPアドレスと増加傾向にあり、IoT機器の普及により攻撃対象が増加していること、新たな不正プログラムが出現し続けていることなどが背景にあるものとみられる。
- 令和元年に大きく増加したインターネットバンキングに係る不正送金事犯については、犯行手口を分析し、金融機関等に対して、認証手続きやモニタリングの強化等を要請するとともに、金融機関等と連携し、利用者に対する注意喚起を実施したところ、発生件数及び被害額については、2年連続で減少した。
- このほか、SNSに起因する事犯の被害児童数は、令和3年も高い水準で推移するなど、サイバー空間を通じて他人と知り合うことなどを契機として犯罪被害に遭う事例もみられる。
- これらの指標をもって事案の発生状況を正確に把握することは難しいものの、近年、サイバー空間が重要な社会経済活動を営む重要かつ公共性の高い場へと変貌を遂げつつある中、国内外で様々なサイバー犯罪、サイバー攻撃が発生していることも踏まえると、サイバー空間における脅威は極めて深刻な情勢が続いている。
- サイバー犯罪の検挙件数は、平成24年から増加傾向にあり、令和3年は12,275件と、前年比で24.3%、平成29年からの過去5年で36.2%増加している。
- サイバー空間における探索行為等とみられるアクセスについては、メールの送受信やウェブサイト閲覧等一般に広く利用されているポート(1023以下のポート)に対するものに比べ、IoT機器等に利用されているポート(1024以上のポート)に対するものの増加が顕著であり、令和3年における1つのセンサーに対する1日当たりの不審なアクセスの件数は、平成29年比で7.1倍の5844.9(件/日・IPアドレス)となっている。
- 令和元年に大きく増加したインターネットバンキングに係る不正送金事犯については、2年連続で減少した。
- 上記アンケート調査において、過去1年間にサイバー犯罪の被害に遭うおそれのある経験をしたと回答した人の割合は26.4%(1,318人)であり、過去1年間にサイバー犯罪の被害に遭ったと回答した人の割合は9.5%(476人)であった。また、SNS等のインターネットを経由して知り合った面識のない人と直接会うことは安全だと思うかとの質問に対して、「そう思う」又は「どちらかといえばそう思う」と回答した人の割合は11.3%(564人)であった。さらに、過去1年間において、SNS等のインターネットを経由して知り合った面識のない人と直接会ったことがあると回答した人の割合は13.0%(650人)であるところ、このうち過去1年間に直接会った人との間で犯罪の被害に遭いそうになった又は実際に犯罪の被害に遭ったと回答した人の割合は17.1%(111人)であった(また、過去1年間に、実際に犯罪の被害にあったと回答した人の割合は14.5%(94人)であった。)。
- ストーカー、DV、児童虐待
- ストーカーについては、相談等件数が前年比で減少したものの、検挙件数は増加し、また、DVについては、検挙件数が前年比で減少したものの、相談等件数は増加しており、いずれの指標も引き続き高い水準で推移している。また、児童虐待については、通告児童数、検挙件数共に増加傾向にある。
- これらの指標をもって事案の発生状況を正確に把握することは難しいものの、ストーカー、DV及び児童虐待の情勢について引き続き注視すべきものといえる。
- SNSに起因する事犯の被害児童数は、令和3年は1,811人と、依然として高い水準にある。
- ストーカー事案の相談等件数は、前年比で2.3%減少したものの、引き続き高い水準にある。
- ストーカー規制法違反の検挙件数は、令和3年は936件と、前年比で5.0%減少したが、刑法犯・他の特別法犯については、令和3年は1,581件となり、前年比で4.2%増加しており、引き続き高い水準にある。
- 配偶者からの暴力事案等の相談等件数は、平成22年以降一貫して増加し、令和3年は83,035件となり、前年比で0.5%、平成29年と比較して14.6%増加している。
- 配偶者からの暴力事案等の検挙件数は、その大半を占める刑法犯・他の特別法犯による検挙件数が、令和3年は8,633件となり、前年比で0.8%減となったものの、引き続き高い水準にある。
- 児童虐待の通告児童数は、平成22年以降一貫して増加し、令和3年は108,050人と前年比で1.0%の増加となった。平成29年と比較して65.1%増加している。
- 児童虐待の検挙件数は増加傾向にあり、令和3年は2,170件と前年比で1.7%の増加となった。平成29年と比較して90.7%増加している。
- 上記アンケート調査において、過去1年間につきまといやストーカーの被害に遭ったと回答した人の割合は4.1%(205人)、DVの被害に遭ったと回答した人の割合は1.7%(83人)であった。
- 総括
- 以上のとおり、近年、新型コロナウイルス感染症の感染拡大も含め、その時々における様々な社会情勢を背景として、総数に占める割合の大きい罪種・手口を中心に刑法犯認知件数の総数 が継続的に減少しているところであるが、一部罪種については増加傾向にあるほか、認知件数の推移からは必ずしも捉えられない情勢があることや新型コロナウイルスの感染拡大に伴う社会の態様の変化の影響等も踏まえると、犯罪情勢は、依然として厳しい状況にある。
- 上記アンケート調査において、サイバー犯罪による被害をはじめとして犯罪被害に遭う不安感を抱いている人の割合は依然として大きく、例えば、サイバー犯罪の被害に遭う危険性について「不安を感じる」又は「ある程度不安を感じる」と回答した人の割合は79.4%(3,970人)に上っている。また、最近の治安の状況について、「よくなっていると思う」又は「どちらかといえばよくなったと思う」と回答した人の割合は20.8%(1,041人)にとどまるのに対し、「悪くなったと思う」又は「どちらかといえば悪くなったと思う」と回答した人の割合は64.1%(3,205人)に上っている(「悪くなったと思う」又は「どちらかといえば悪くなったと思う」と回答した人が「思い浮かべていた」犯罪の上位4項目は、「無差別殺傷事件」(79.1%・2,536人)、「オレオレ詐欺などの詐欺」(69.0%・2,211人)、「児童虐待」(61. 1%・1,959人)、「サイバー犯罪」(57.1%・1,831人)であった。)
- 今後の取組
- 近年被害が高水準で推移している特殊詐欺やサイバー犯罪のように、被害者と対面することなく犯行に及ぶ匿名性の高い非対面型犯罪については、対策に応じて絶えず犯行手口が変化するものも多く、また、痕跡が残りにくい形での犯行を容易に反復することが可能となっていることから、被害が拡大する危険性も高くなっている。
- 加えて、情報通信技術の進展やインフラの整備が生活の利便性を向上させるなどの恩恵を与える一方、時として犯罪者に悪用され、犯罪インフラとして機能している状況も見受けられる。今後実空間とサイバー空間の融合がさらに進む中、サイバー犯罪が発生したときの被害や影響等が拡大する可能性がある。
- また、ストーカーやDV、児童虐待のように家族等私的な関係の中で発生することが多い犯罪に対しては、その性質上犯行が潜在化しやすい傾向にあることを踏まえて対策に当たる必要がある。
- このほか、新型コロナウイルス感染症の感染防止のための「新しい生活様式」の定着等の社会情勢の変化は、今後も引き続き犯罪情勢に何らかの影響を及ぼすものと考えられる。
- 警察としては、このような犯罪傾向や社会情勢も踏まえ、発生した事案に対して的確な捜査を推進することはもとより、被害の発生や犯行手口等に関する情報を関係機関、事業者等と共有し、緊密な連携を図るとともに、犯罪ツール対策等に取り組んでいくほか、被害が潜在している可能性があることも念頭に置きつつ、国民に対する迅速な注意喚起をはじめとする効果的な広報啓発、早期の相談対応等によって、被害に至る前段階での防止を図るなど、きめ細かな対策を進めていく必要がある。
- また、絶えず変化する現代社会において今後とも効果的かつ効率的な犯罪対策を講ずるために、組織の在り方について見直しを行うほか、様々な指標を用いた社会情勢の変化の的確な把握や犯罪情勢の分析の高度化に引き続き取り組むとともに、そうした分析に基づき、対象者を意識した実効性のある対策の立案・推進を図っていくことが求められている。
- 例えば、上記アンケート調査では、過去1か月におけるインターネットなどを通じて行うテレワークや学校のオンライン授業の実施状況を聞いたところ、月に1回くらい以上実施した者が23.8%(1,189人)となっている
▼警察庁 令和3年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について
- 情勢全般
- 令和3年の特殊詐欺の認知件数(以下「総認知件数」という。)は14,461件(+911件、+6.7%)、被害額は278.1億円(▲7.1億円、▲2.5%)と、前年に比べて総認知件数が増加したものの、被害額は減少。被害額は過去最高となった平成26年(565.5億円)から半減。しかしながら、依然として高齢者を中心に被害が高い水準で発生しており、深刻な情勢。
- 被害は大都市圏に集中しており、東京の認知件数は3,319件(+423件)、大阪1,539件(+432件)、神奈川1,461件(▲312件)、千葉1,103件(▲114件)、埼玉1,082件(+56件)、愛知862件(+293件)及び兵庫846件(▲181件)で、総認知件数に占めるこれら7都府県の合計認知件数の割合は70.6%(▲0.4ポイント)
- 1日当たりの被害額は約7,620万円(▲約170万円)。
- 既遂1件当たりの被害額は199.8万円(▲20.3万円、▲9.2%)。
- 主な手口別の認知状況
- オレオレ詐欺、預貯金詐欺及びキャッシュカード詐欺盗(以下3類型を合わせて「オレオレ型特殊詐欺」と総称する。)の認知件数は8,091件(▲1,166件、▲12.6%)、被害額は156.7億円(▲12.0億円、▲7.1%)で、総認知件数に占める割合は56.0%(▲12.3ポイント)。
- オレオレ詐欺は、認知件数3,077件(+805件、+35.4%)、被害額89.8億円(+21.8億円、+32.1%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は21.3%(+4.5ポイント)。
- 預貯金詐欺は、認知件数2,427件(▲1,708件、▲41.3%)、被害額29.0億円(▲29.2億円、▲50.1%)と、いずれも減少し、総認知件数に占める割合は16.8%(▲13.7ポイント)。
- また、キャッシュカード詐欺盗は、認知件数2,587件(▲263件、▲9.2%)、被害額37.9億円(▲4.7億円、▲11.1%)と、いずれも減少し、総認知件数に占める割合は17.9%(▲3.1ポイント)。
- 架空料金請求詐欺は、認知件数2,092件(+82件、+4.1%)、被害額67.9億円(▲11.8億円、▲14.8%)と、認知件数が増加したものの、被害額は減少し、総認知件数に占める割合は14.5%(▲0.3ポイント)。
- 還付金詐欺は、認知件数4,001件(+2,197件、+121.8%)、被害額45.1億円(+20.2億円、+81.2%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は27.7%(+14.4ポイント)。他の手口と比べ7都府県以外に被害が拡散傾向。
- オレオレ型特殊詐欺に、架空料金請求詐欺及び還付金詐欺を合わせた認知件数は14,184件、被害額は269.8億円で、総認知件数に占める割合は98.1%(+1.6ポイント)、被害額に占める割合は97.0%(+1.1ポイント)。
- オレオレ詐欺、預貯金詐欺及びキャッシュカード詐欺盗(以下3類型を合わせて「オレオレ型特殊詐欺」と総称する。)の認知件数は8,091件(▲1,166件、▲12.6%)、被害額は156.7億円(▲12.0億円、▲7.1%)で、総認知件数に占める割合は56.0%(▲12.3ポイント)。
- 主な被害金交付形態別の認知状況
- キャッシュカード手交型の認知件数は2,677件(▲1,640件、▲38.0%)、被害額は37.7億円(▲26.0億円、▲40.8%)、キャッシュカード窃取型の認知件数は2,587件(▲263件、▲9.2%)、被害額は37.9億円(▲4.7億円、▲11.1%)と、いずれも減少。両交付形態を合わせた認知件数の総認知件数に占める割合は36.4%。
- 現金手交型の認知件数は2,800件(+731件、+35.3%)、被害額は93.5億円(+15.9億円、+20.5%)と、いずれも増加。キャッシュカード手交型、キャッシュカード窃取型及び現金手交型は、被害者と直接対面して犯行を敢行するものであり、これら3交付形態を合わせた認知件数の総認知件数に占める割合は55.8%(▲12.4ポイント)。
- 振込型の認知件数は5,096件(+2,298件、+82.1%)、被害額は80.3億円(+30.0億円、+59.6%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は35.2%(+14.6ポイント)。
- 現金送付型の認知件数は181件(▲172件、▲48.7%)、被害額は19.7億円(▲20.8億円、▲51.5%)と、いずれも減少。
- 電子マネー型の認知件数は1,074件(▲59件、▲5.2%)、被害額は8.4億円(▲1.5億円、▲15.3%)と、いずれも減少。
- 高齢者の被害状況
- 高齢者(65歳以上)被害の認知件数は12,708件(+1,121件、+9.7%)で、法人被害を除いた総認知件数に占める割合(高齢者率)は88.2%(+2.5ポイント)。
- 65歳以上の高齢女性の被害認知件数は9,900件で、法人被害を除いた総認知件数に占める割合は68.7%(+2.7ポイント)。
- 欺罔手段
- 被害者への欺罔手段として犯行の最初に用いられたツールは、電話が88.9%、電子メールが7.0%、はがき・封書等は4.1%と、電話による欺罔が大半を占めている。主な手口別では、オレオレ型特殊詐欺及び還付金詐欺は、約99%が電話。その一方で、架空料金請求詐欺は電子メールが約46%、電話が約33%。
- 予兆電話
- 特殊詐欺の被疑者による、電話の相手方に対して住所・氏名等の個人情報及び現金の保有状況等の犯行に資する情報を探る電話(以下「予兆電話」という。)の件数は100,655件で、月平均は8,388件(+182件、+2.2%)と増加。東京が34,661件と最も多く、次いで大阪9,144件、埼玉8,960件、千葉7,377件、神奈川6,864件、愛知5,124件、兵庫2,985件の順となっており、全国の予兆電話件数に占めるこれら7都府県の割合は74.6%。
- 新型コロナウイルス感染症に関連した特殊詐欺(警察庁集計)
- 令和3年中の新型コロナウイルス感染症に関連した特殊詐欺の認知件数は44件、被害額は約1.1億円と、総認知件数に占める割合は約0.3%。また、検挙件数は4件、検挙人員は7人。
- 検挙事例:令和3年1月、80代男性が、息子を名のる男から「会社を辞めた人が取引先から1,000万円を借りたが、コロナでうまくいかず行方不明になった。保証人の自分が返さないといけなくなった。」等の電話を受け、息子の代理を名乗る男に現金300万円をだまし取られた特殊詐欺事件で、被疑者(受け子)を同年8月に逮捕した。(京都)
- 特殊詐欺の検挙状況
- 令和3年の特殊詐欺の検挙件数は6,552件(▲872件、▲11.7%)、検挙人員(以下「総検挙人員」という。)は2,365人(▲256人、▲9.8%)と、いずれも減少。
- 手口別では、大幅に被害が増加した還付金詐欺の検挙件数は748件(+298件、+66.2%)、検挙人員は110人(+52人、+89.7%)と、大幅に増加。
- 中枢被疑者(犯行グループの中枢にいる主犯被疑者(グループリーダー及び首謀者等)をいう。)を45人(▲15人、▲25.0%)検挙。
- 被害者方付近に現れた受け子や出し子、それらの見張役を職務質問等により1,859人検挙(▲125人、▲6.3%)。
- 預貯金口座や携帯電話の不正な売買等の特殊詐欺を助長する犯罪を、3,429件(▲127件)、2,520人(▲190人)検挙。
- 東京都をはじめ、大都市圏に設けられた犯行拠点(欺罔電話発信地等)23箇所を摘発(▲7箇所)。
- 暴力団構成員等の検挙人員
- 暴力団構成員等(暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者の総称。)の検挙人員は295人(▲107人、▲26.6%)で、総検挙人員に占める割合は12.5%。
- 中枢被疑者の検挙人員(45人、▲15人)に占める暴力団構成員等の検挙人員(割合)は19人(42.2%)であり、出し子・受け子等の指示役の検挙人員に占める暴力団構成員等の検挙人員(割合)は20人(50.0%)、リクルーターの検挙人員に占める暴力団構成員等の検挙人員(割合)は50人(32.1%)であるなど、暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与している実態がうかがわれるところ。このほか、現金回収・運搬役の検挙人員に占める暴力団構成員等の人員・割合は29人(23.4%)、道具調達役の検挙人員に占める暴力団構成員等の検挙人員・割合は8人(24.2%)。
- 少年の検挙人員
- 少年の検挙人員は431人(▲60人)で、総検挙人員に占める割合は18.2%。少年の検挙人員の77.0%が受け子で、検挙された受け子に占める割合は20.5%と、5人に1人が少年。
- 外国人の検挙人員
- 外国人の検挙人員は120人(▲16人)で、総検挙人員に占める割合は5.1%。外国人の検挙人員の62.5%が受け子で、出し子は20人(▲1人)となっている。
- 主な外国人被疑者の国籍別人員(割合)は、中国72人(60.0%)、韓国14人(11.7%)、ペルー9人(7.5%)、ベトナム8人(6.7%)、ブラジル5人(4.2%)。
- 主要事件の検挙
- 令和3年6月までに、家電販売店店員等をかたる特殊詐欺事件に関し、主犯である指定暴力団神戸山口組系幹部組員ら10数人を詐欺罪等で逮捕した。また、同事件を契機として、同年8月までに同組織の別の幹部の男を含む合計4人を京都府暴力団排除条例違反(用心棒代受供与)等で逮捕した。(京都)
- 令和3年7月までに、携帯電話会社の定額プランを悪用し、特定の電話番号に機械的多数発信を繰り返し、多額の通話料の支払いを不正に免れたとして、特殊詐欺グループに犯行電話が供給されていた電話転送事業者の経営者ら5人を組織的詐欺罪で逮捕した。(愛知、山口、千葉)
- 令和3年8月までに、架空料金請求詐欺事件に関し、特殊詐欺の犯行に使用されると知りながら、IP電話回線利用サービスを提供した電話転送事業者3社の経営者ら6人を詐欺幇助で逮捕した。(広島)
- 令和3年11月までに、電話転送事業者らが特殊詐欺グループらと結託して、特殊詐欺でだまし取った電子マネーを買い取り業者に買い取らせ、その代金数10万円について、別の電話転送事業者の個人口座に振込入金させていたことから、電話転送事業者2社の経営者ら6人を組織犯罪処罰法(犯罪収益等隠匿)で逮捕した。(福岡、秋田、岡山、青森)
- 令和3年12月までに、ギャンブル詐欺事件に関し、特殊詐欺の犯行に使用されると知りながら、IP電話回線利用サービスを提供した電話転送事業者の経営者1人を詐欺幇助で逮捕した。(宮城)
- 関係事業者と連携した被害の未然防止対策を推進
- 金融機関等と連携した声掛けにより、15,006件(+4,103件)、約57.4億円(+6.3億円)の被害を防止(阻止率(阻止件数を認知件数(既遂)と阻止件数の和で除した割合)51.9%)。高齢者の高額払戻しに際しての警察への通報につき、金融機関との連携を強化。
- 還付金詐欺対策として、金融機関と連携し、一定年数以上にわたってATMでの振込実績のない高齢者のATM振込限度額をゼロ円(又は極めて少額)令和3年12月3日に開催した 広報啓発イベント令和3年11月に発表した広報啓発用ポスター 特殊詐欺の手口と対策を紹介する広報啓発用チラシとし、窓口に誘導して声掛け等を行う取組を推進(令和3年12月末現在、47都道府県、401金融機関)。全国規模の金融機関等においても取組を実施。
- キャッシュカード手交型とキャッシュカード窃取型への対策として、警察官や金融機関職員等を名のりキャッシュカードを預かる又はすり替える手口の広報による被害防止活動を推進。また、被害拡大防止のため、金融機関と連携し、預貯金口座のモニタリングを強化する取組のほか、高齢者のATM引出限度額を少額とする取組を推進(令和3年12月末現在、40都道府県、204金融機関)。全国規模の金融機関においても取組を実施。
- 電子マネー型への対策として、コンビニエンスストア、電子マネー発行会社等と連携し、電子マネー購入希望者への声掛け、チラシ等の啓発物品の配布、端末機の画面での注意喚起などの被害防止対策を推進。
- 宅配事業者と連携し、過去に犯行に使用された被害金送付先のリストを活用した不審な宅配便の発見や警察への通報等の取組のほか、荷受け時の声掛け・確認等による注意喚起を推進。
- SNS上における受け子等募集の有害情報への対策として、Twitter利用者に対し特殊詐欺に加担しないよう呼び掛ける注意喚起の投稿(ツイート)や、実際に受け子等を募集していると認められるツイートに対して、返信機能(リプライ)を活用した警告等を実施(令和3年12月末現在、15都道府県)。
- 「ATMでの携帯電話の通話は、しない、させない」取組:令和3年中、特殊詐欺の手口のうち被害が最も多かった還付金詐欺は、被害者がATM設置場所において携帯電話を使って犯人と会話することで被害が発生することから、「ATMでの携帯電話の通話は、しない、させない」ことを社会の常識として定着させるため、街頭キャンペーンやATM周辺でのポスター貼付を行っている。
- 防犯指導の推進
- 特殊詐欺等の捜査過程で押収した名簿を活用し、名簿登載者に対する注意喚起を実施。
- 犯人からの電話に出ないために、高齢者宅の固定電話を常に留守番電話に設定することなどの働き掛けを実施。
- 自治体等と連携して、自動通話録音機の普及活動を推進(令和3年12月末現在、全国で約26万台分を確保)。全国防犯協会連合会と連携し、迷惑電話防止機能を有する機器の推奨を行う事業を実施。
- 犯行ツール対策の推進
- 主要な通信事業者に対し、犯行に利用された固定電話番号の利用停止及び新たな固定電話番号の提供拒否を要請する取組を推進。令和3年中は4,116件の電話番号が利用停止され、新たな固定電話番号の提供拒否要請を3件実施。
- 犯行に利用された固定電話番号を提供した電話転送サービス事業者に対する報告徴収を10件、総務省に対する意見陳述を10件実施。なお、国家公安委員会が行った意見陳述を受け、令和3年中、総務大臣が電話転送サービス事業者に対して是正命令4件を発出。
- 犯行に利用された携帯電話(MVNO(Mobile Virtual Network Operatorの略。自ら無線局を開設・運用せずに移動通信サービスを提供する電気通信事業者。)(仮想移動体通信事業者)が提供する携帯電話を含む)について、役務提供拒否に係る情報提供を推進(6,935件の情報提供を実施)。
- 犯行に利用された電話番号に対して、繰り返し架電して警告メッセージを流し、電話を事実上使用できなくする「警告電話事業」を継続実施。
- 特殊詐欺に利用された050IP電話番号に係る利用停止等の対策について:近年、特殊詐欺の犯行に050IP電話番号が利用されるケースが多く見られることから、特殊詐欺の犯行に利用された固定電話番号を警察の要請に基づいて電気通信事業者が利用停止等する枠組みの対象に、050IP電話番号を追加し、令和3年11月26日から運用を開始。令和3年12月末までに、3件の050IP電話番号が利用停止され、新たな050IP電話番号の提供拒否の要請を4件行った。
- 今後の取組
- 引き続き、「オレオレ詐欺等対策プラン」に基づき、関係行政機関・事業者等と連携しつつ、特殊詐欺等の撲滅に向け、被害防止対策、犯行ツール対策、効果的な取締り等を強力に推進。
- 暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与し、有力な資金源としている実態も認められることから、引き続き、暴力団、準暴力団等の犯罪者グループの壊滅に向けた多角的・戦略的な取締りを推進
▼警察庁 令和3年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について(速報版)
- 情勢概況
- デジタル化の進展等に伴い、サイバー空間の公共空間化が加速する中、ランサムウエアによる被害が拡大し、市民生活に大きな影響を及ぼす事案も確認されているほか、不正アクセスによる情報流出や、サイバー攻撃事案への国家レベルの関与も明らかとなるなど、サイバー空間における脅威は極めて深刻な情勢が続いている。
- サイバー空間の脅威情勢
- ランサムウエアによる被害が拡大。国内の医療機関が標的となり、市民生活にまで重大な影響を及ぼす事案も確認。
- G7各国の法執行機関等が参加する「ランサムウエアに関するG7高級実務者会合」が開催されるなど、世界各国において、ランサムウエア被害の防止に向けた諸対策が喫緊の課題。
- 警察庁が国内で検知したサイバー空間における探索行為等とみられるアクセスの件数は引き続き増加。大半が海外からのものであり、海外からの脅威が引き続き高まっている。
- 国内の政府機関等が外部からの不正アクセスを受け、職員の個人情報等が窃取された可能性のある事案が相次いで確認されたほか、サイバー攻撃事案の実態解明を推進する中で、国家レベルの関与が明らかとなった事例も確認。
- 警察における取組
- サイバー事案への対処能力を強化し、諸外国と連携した脅威への対処を推進するなどの観点から、令和4年度に警察庁にサイバー警察局を設置すること等を盛り込んだ警察法改正案を国会に提出。
- サイバー攻撃事案に関する各種捜査により、中国人民解放軍が我が国に対する各種情報収集を実行している可能性が高いことが判明。
- サイバー攻撃集団「APT40」に関し、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)と連携した事業者等に対する注意喚起等を実施。
- 東京オリンピック・パラリンピック競技大会について、官民が一体となったサイバー攻撃対策を実施。結果として、大会の運営に影響を及ぼすようなサイバー攻撃の発生はなかった。
- 概況(速報値)
- サイバー空間には、子供から高齢者まで幅広い世代が参画するようになっている一方で、新しいサービスや技術を悪用した犯罪が続々と発生し、その手口は悪質・巧妙化の一途をたどっている。国内では、キャッシュレス決済の普及等を背景として、令和3年中のサイバー犯罪の検挙件数が12,275件(暫定値)と過去最多を記録しているほか、ランサムウエアによる被害が拡大するとともに、不正アクセスによる情報流出や、国家を背景に持つサイバー攻撃集団によるサイバー攻撃が明らかになるなど、サイバー空間をめぐる脅威は、極めて深刻な情勢が続いている。
- 令和3年中に警察庁に報告された国内のランサムウエアによる被害件数は146件と、前年以降、右肩上がりで増加を続けており、その被害は、企業・団体等の規模やその業種等を問わず、広範に及んでいる。また、テレワーク等による外部から内部ネットワークへの接続が急増し、セキュリティ対策の一環としてVPN機器を導入する企業等が増加しているが、そのVPN機器のぜい弱性等から組織内部のネットワークに侵入し、ランサムウエアに感染させる手口が被害の多くを占めている。さらに、感染したシステム等の復旧までに2か月以上要した事例や、調査・復旧に5,000万円以上の費用を要した事例等の甚大な被害も確認されているほか、国内の医療機関において、電子カルテ等のシステムがランサムウエアに感染し、新規の診療受付や救急患者の受入れが一時停止する事態となるなど、重要インフラ事業者が標的となり、市民生活にまで重大な影響を及ぼす事案も確認されている。5月に発生した米国の石油パイプライン事業者を標的とした攻撃など、ランサムウエア攻撃は、世界各国において市民生活に重大な影響を及ぼしており、その対策には、緊密な国際連携が求められている。12月には、G7各国の法執行機関等が参加する「ランサムウエアに関するG7高級実務者会合」も開催されるなど、世界各国において、ランサムウエア被害の防止に向けた諸対策が喫緊の課題となっている。
- サイバー攻撃により情報が窃取される事案も引き続き多発している。国内においても政府機関や研究機関等が外部からの不正アクセスを受け、職員の個人情報等が窃取された可能性のある事案が相次いで確認されたほか、サイバー攻撃事案の実態解明を推進する中で、国家レベルの関与が明らかとなった事例もあった。4月には、宇宙航空研究開発機構(JAXA)をはじめとする国内企業等へのサイバー攻撃を実行した集団の背景に、中国人民解放軍第61419部隊が関与している可能性が高いと結論付けるに至った。12月には、中国人民解放軍関係者と思われる人物からの指示を受け、日本製法人版ウイルス対策ソフトの年間使用権を不正に取得しようとした者を特定し、本件捜査により、中国人民解放軍が我が国に対する各種の情報収集を実行している可能性が高いことが判明した。このほか、7月には、英国・米国等がサイバー攻撃集団「APT40」について中国を非難する声明を発表し、我が国も、APT40は中国政府を背景に持つものである可能性が高いとの評価に基づく外務報道官談話を発表した。警察では、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)と連携して、関係機関と連携した情報収集や対策等を進めていく旨を発表し、事業者等に対する注意喚起を実施するとともに、攻撃の対象となっていた企業に対して個別の情報提供を実施した。
- さらに、警察庁が国内で検知したサイバー空間における探索行為等とみられるアクセス件数も増加の一途をたどっている。その内訳を分析したところ、アクセス件数の大半が海外からのものであることから、海外からのサイバー攻撃等に係る脅威が引き続き高まっていることが示唆されている。加えて、12月に公表された「Apache Log4j」のぜい弱性については、その公表直後から当該ぜい弱性を標的としたアクセスが急増した状況も確認されている。
- このほか、7月から9月にかけて開催された2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会においては、官民が一体となった共同対処訓練や大会関係事業者等に対する注意喚起といったサイバー攻撃対策を実施するとともに、大会期間中の対応にも万全を期した。結果として、聖火リレーや開会式の動画配信を装った偽サイトとみられるウェブサイトの出現や、SNS上における大会関係機関を標的としたサイバー攻撃の呼び掛け等が確認されたものの、大会の運営に影響を及ぼすようなサイバー攻撃の発生はなかった。
- インターネットバンキングに係る不正送金事犯については、その多くが、前年から継続している金融機関や宅配業者を装ったSMSや電子メールを用いてフィッシングサイトへ誘導する手口によるものと考えられる。
- また、令和3年に警察庁が実施した治安に関するアンケートにおいて、サイバー犯罪の被害に遭う危険性について「不安を感じる」又は「ある程度不安を感じる」との回答が79.4%に上るなど、国民が抱く不安感も高まっている。
- このように、引き続きサイバー空間における脅威が極めて深刻である中、サイバー事案への対処能力を強化し、諸外国と連携した脅威への対処を推進するなどの観点から、令和4年度に警察庁にサイバー警察局を設置すること等を盛り込んだ警察法の一部を改正する法律案を国会に提出した。
- 警察では、引き続き警察庁と都道府県警察とが一体となった捜査・対策等に取り組むとともに、国際的な連携・共同捜査や官民連携をさらに推進し、サイバー空間に実空間と変わらぬ安全安心を確保すべく努めていく。
2.最近のトピックス
(1)最近の暴力団情勢
福岡県、福岡市、北九州市など全国の自治体では、「指名停止措置」または「排除措置」が講じられた旨、社名公表される制度があります(とりわけ、この福岡の3つの自治体が最も頻繁に公表を行っています)。本コラムでもたびたび取り上げましたが、この制度に基づき社名公表された企業が2週間後には倒産するという事態が発生、2021年11月、この暴力団組長と密接な交際をしていたと認定した福岡県警の調査や、公共工事から排除した県や福岡市の決定は違法だとして、大分県に本社を置いていた管工事会社「九設」の社長だった男性が、決定の取り消しや110万円の損害賠償を求めて福岡地裁に提訴しています。1月12日に福岡地裁で行われた第1回口頭弁論において、男性は「暴力団関係者とは知らなかった」と訴え、一方の福岡県と福岡市は男性側の請求却下などを求め、全面的に争う姿勢を示しています。報道によれば、男性は「異業種交流会にいた人物を暴力団関係者と認識していなかった」と主張、調査を受けた際に「県警の脅しとも取れる説得で『暴力団員と知っていた』と虚偽の自白をしてしまった」と訴えています。県側は調査や措置は適正だったと主張する方針であり、今後の裁判の動向が注目されます。ここで問題となる「密接交際」ですが、そもそも県警も「刑事事件並みの捜査」をしないとわからないのですから、一般人に「暴力団関係者と付き合うな」というのは実は簡単な話でもないといえます。「「山口組組員」だった異色の司法書士・甲村柳市氏に聞く「密接交際問題」一般市民に暴力団排除を課す暴排条例…他人事じゃない「密接交際」問題の裏側」(2022年1月21日付 Business Journal)から、抜粋して引用すると、「けっこう難しい話なんです。…私は裏社会に身を置いてきたので、ある程度の見分けはつくと自負していますが、これは長年の勘とセンスによるもので、一朝一夕に見極められるものではないんですよ」と述べています。「暴力団関係者かどうか」(シロかクロか)というよりも、社会人として、そもそも適切な交際関係を保つよう(関係をもってよいか、信頼に足る相手か)日頃から意識を高め、広くアンテナを張ってておくことがまずは重要なことだと思われます。なお、同氏は、暴力団離脱の問題についても触れており、「統計的に「暴力団」の人数が減っていくのもわかります。しかし、「暴力団」を去った者たちはどこへ行くのでしょうか。ヤクザを辞めたところで、食うためには半グレなど他の反社会的勢力と合流するしかないですよね。…最終的には自分の人生ですから、もう一度、元来のヤクザの原点である「任侠道」を歩むことを考えてはどうでしょうか。生活できないのであれば、組織を抜けて新しい組織を作るのもいいかもしれません。大組織の金看板を守るために自分の人生を捨てるのは、もったいないですよ。まずは、善人を泣かさないシノギを回していくことですね。弱きを助けて強きをくじく任侠道のために「暴力団」の指定が足枷になるなら、脱退を真剣に考えるときです。ほとんどの暴排条例では、脱退から5年間は「みなし暴力団員」としてカタギとは認めないと規定していますし、何年経ったところで「元暴力団員」の過去は一生ついて回ります。辞めてもしばらくは何も変わらないかもしれませんが、半グレと共謀してお年寄りを泣かせるよりも、ずっと生きがいがあると思いますよ。」と延べています。
さて、その福岡県の最近の暴力団情勢について、福岡県警は、2021年末の福岡県内の暴力団勢力は前年比190人減の1,340人(暴力団構成員約800人、準構成員約550人)で、8年連続過去最少を更新したと発表しています。ピーク時の3,750人(2007年末)から6割以上減少し、構成員の高齢化も進んでおり、報道によれば、県警は「取り締まりなどに加え、暴排機運の定着が進んでいる」としています。暴力団構成員と準構成員らを合わせた人数で、県内最大は工藤会の370人ですが、前年比60人減となり、ピーク時の1,210人(2008年末)から3分の1以下になりました。工藤会は2021年8月、トップで総裁の野村悟被告が死刑判決を受け、控訴中で、県警は判決が勢力数に与えた影響を「判断できない」としています。数字的にも暴力団員等の減少が顕著となっている一方で、暴力団離脱者支援の取組みの強化も喫緊の課題となっています。そのような中、北九州市は、暴力団を離脱した元組員の社会復帰を後押ししようと、2022年度から就労支援に乗り出すこととし、就労に必要な資格取得の費用などを補助するなど、2022年度一般会計当初予算案に関連費用1,000万円を計上しています。市町村レベルで元組員の就労支援に取り組むのは珍しいと思われます。報道によれば、就労支援に向けた相談窓口を市役所内の安全・安心相談センターに設け、協力先の事業者で働くことなどを条件に、運転免許など必要な資格を取得する費用の一部(上限30万円)や、抜けた組織からの報復を恐れて市外や県外での就労を希望する場合の引っ越し費用の一部(上限20万円)を事業者に対し補助することが検討されています。元組員の就労支援については、これまでも福岡県警や福岡県暴力追放運動推進センターも取り組んできていますが、2021年、北九州市を拠点にする工藤会のトップに福岡地裁が死刑判決を言い渡し、本部事務所も撤去されたことで、離脱を望む組員が増えることも想定されており、市も連携して支援に加わることで、暴力団の弱体化を進める狙いがあるということです。今回の北九州市の取り組みに、福岡県警組織犯罪対策課は「社会復帰には受け皿が不可欠。自治体として離脱者を受け入れるメッセージを示すことで、離脱を迷う組員への後押しになる」と期待しています。また、北橋市長は「資格を取得し、仕事をしっかりやってもらうことが元の道に戻らないために重要。市民には厳しくも優しい目で見守っていただけたら」と説明しています。本コラムでも暴力団離脱者支援について取り上げてきましたが、市長の指摘するとおり、しっかり就業できることが離脱の定着につながることを実感しています。広域連携により関係のある自治体に限らず、真に更生しようとする離脱者を支援できる環境づくりが進むことを期待したいと思います。もちろん、暴力団離脱者支援の取組みは、自治体だけでは完結しません。そして、協賛企業だけでもなく、金融機関や一般の事業者においてもそれぞれできることから始めていくことが求められています。暴力団離脱者が「どれだけに真に更生しようとしているか」、「組との関係は完全に絶たれているのか」といった点を完全にクリアすることが難しい(自治体や警察等もそれらに明確なお墨付きを与えることが難しい)中で、事業者としてどれだけの対応ができるか、そしてそれが社会にどれだけ許容されうるのか、極めて難しい問題で、手探りとはなりますが、確実に前に進めていくことが重要だと思われます。
また、2022年1月22日付毎日新聞の記事「暴力団事務所、ひっそり化 マンションに入居、会合はファミレス」は、最近の暴力団の実態を良く表しており、大変参考になりましたので、以下、抜粋して引用します。最終的には、暴力団は専用の事務所を構えることなく、SNS等で連絡を取り合い、時々場所を変えながら会合を開くなどの形になっていくことも想定され、そうなるに従い、暴力団の活動実態を警察が把握するのはますます難しくなるのではないかと危惧されます(むしろ、暴力団にとっては、活動しやすい状況になる可能性もあります)。
さて、北九州市で2012年、飲食店経営の女性が工藤会系の組員に切りつけられた事件で、女性が工藤会の総裁でトップの野村悟被告ら最高幹部3人に約8,000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が福岡地裁であり、裁判長は野村被告らに約6,155万円の支払いを命じています。この事件では、理事長でナンバー3の菊地敬吾被告が実行役らに襲撃を指示したとして、組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)の罪で起訴され、公判中で、野村被告と会長でナンバー2の田上不美夫被告は刑事責任を問われていませんが、訴訟の原告の弁護士によると、今回の判決は、暴力団の威力を利用した資金獲得行為については代表者も賠償責任を負うと定めた暴力団対策法に基づき野村、田上両被告の責任を認定、菊地被告も実行役らとの民法上の共同不法行為が成立するとし、3人が連帯して賠償金を支払うよう命じています。女性の飲食店は暴力団員の立ち入りを禁止する標章を掲示しており、「工藤会が飲食店からのみかじめ料収入を確保するために威力を誇示した」と認定されたものです。工藤会が市民を襲撃したとされる一連の事件に関する損害賠償請求訴訟は、2012年の福岡県警元警部銃撃事件で野村被告らの賠償責任を認める判決が確定、2014年の歯科医師刺傷事件は和解金の支払いで和解が成立しています。
神戸市に本部がある神戸山口組を、引き続き法律で活動を規制する対象とするため、兵庫県公安委員会が意見を聴く会を設けましたが、暴力団側は出席せず、指定暴力団として改めて指定される見通しとなっています。暴力団対策法では、暴力団の活動を規制するには、都道府県の公安委員会が暴力団側の意見を聴いた上で指定する必要があり、1回の指定期間は3年で、7年前の2015年に六代目山口組から分裂して、神戸市中央区に本部を置く神戸山口組は2022年4月に指定の期限を迎えることから、兵庫県公安委員会は更新の必要があるとして、県警察本部で意見を聴く会を設けたものです。また、兵庫県公安委員会は、特定抗争指定暴力団に指定されている六代目山口組と神戸山口組の活動を厳しく規制する「警戒区域」から淡路市を外す決定を行い、2月4日の官報で公示されました。兵庫県警によると、神戸山口組の拠点として使われていた直系団体「侠友会」の淡路市内の事務所を(本コラムでも紹介したとおり)市が買い取り、2022年1月に引き渡しが完了したことなどを考慮したものですが、兵庫県内では引き続き神戸、尼崎、姫路、南あわじの4市が警戒区域となっています。
さて、両団体の抗争も表向きには沈静化しているように見えていましたが、1月17日、水戸市内の六代目山口組系の暴力団事務所付近で、「パンという銃声のような音を聞いた」と通行人の男性から110番があり、警察官が駆けつけたところ、同組系幹部が事務所の室内で頭から血を流して倒れており、搬送先の病院で死亡が確認されるという事件がありました。報道によれば、2021年末、当該幹部が所属する団体と、絆会の傘下団体との間で暴力事件が起きていたといい、県警は抗争事件の可能性も視野に関連を慎重に調べています。事件を受けて、水戸市教育委員会は、現場付近の市立小中8校に対し、保護者が付き添っての下校を求める県警の要請を伝達、各校で保護者が児童生徒を迎えに来たということです。また、本事件を受けて、水戸市は、事務所の使用を禁止する仮処分を水戸地方裁判所に申し立てました。裁判所が申し立てを認めれば、事務所として使用できなくなります。水戸市によれば、事務所の半径2キロ以内には小中学校があわせて8校あり、市は児童や生徒、それに保護者や地域住民などに危険が生じかねないとしています。水戸市の高橋市長は「今後も児童生徒の安全を確保するとともに、市民の皆様の不安を払拭するため尽力してまいります」とコメントしています。
福岡県暴力追放運動推進センターが近隣住民の委託を受け、道仁会の2次団体組長に組事務所の使用禁止を求めた訴訟は、福岡高裁で和解が成立しています。組長側が事務所を売却して退去したため、暴追センターが請求を取り下げたものです。報道によれば、暴追センターは「近隣住民が勇気を出して撤去を申し出て、望ましい解決になった」としています。事務所はマンションの一室で、センターが住民の委託を受ける代理訴訟制度に基づいて提訴、福岡地裁久留米支部は2021年2月、マンションの住民らが「平穏な生活を営む権利が侵害されている」などとして、制度を活用した訴訟としては全国で初めて、使用禁止を認める判決を出しました。組長側は控訴したものの、同時に事務所売却も模索、登記簿によると2021年12月21日付で民間の個人に売却され、暴追センターも「暴力団と関係ない人物に譲渡された」と確認したといいます。弁護団も「判決で実現できるのは使用禁止までで、暴力団側が所有権を手放す形式は和解でないと実現できない。その意味で望ましい解決になった」と評価したほか、久留米市の大久保市長は「暴力団壊滅の確かな一歩」と歓迎し、県警は「住民の安全確保につながった。今後もセンターと連携して暴排を進めたい」とのコメントを出しています。ただし、(以前から本コラムで指摘していますが)実務的には、暴力団と関係ない人物に譲渡されたとはいえ、当該取引は「利益供与」に当たらないのかが気になるところです。
暴力団の関与した最近の事件から、いくつか紹介します。
- 英国在住の女性を装って「財産を贈与します」とメールを送り、現金をだまし取ったなどとして、指定暴力団の組員3人が警視庁に逮捕されています。国際的な詐欺メッセージを送る手口は欧米などで1980年代に流行、その後、国内でも確認されるようになっていますが、暴力団員の関与が明らかになるのは珍しいということです(筆者としてもいわゆる国際ロマンス詐欺への暴力団の関与は初めて目にしました)。しかも、逮捕されたのは、住吉会系組員と六代目山口組系組幹部ら3人で、異なる指定暴力団の組員が一緒に活動をしていたとみられる点も極めて興味深いといえます。某週刊誌で捜査関係者が、「今回逮捕された組員3人が、どこでどう結びついたか、本人たちが容疑を否認しているため分かりませんが、暴力団員がロマンス詐欺で逮捕されたのは初めて。それぞれ役割分担をしていて、組を横断してまで犯行に及んだということは、相当、シノギに困っているのではないか」と指摘しているのも全く同意です。「神戸山口組と対立抗争を続ける六代目山口組が特定抗争指定暴力団に指定されてから、すでに2年が経過。組員らはいまだに集まることすらできない。コロナ禍で夜の街のシノギも減り、暴力をなりわいとする暴力団員といえども「商売敵」と力を合わせ、「身分」を偽らなければ食っていけない時代になった」と同誌が分析していますが、おそらくそのとおりなのだろうと推測されます。本コラムでも以前から指摘しているとおり、「貧困暴力団」として組の枠を超えて連携する実態は、「暴力団の強固な組織性」を否定するものであり、実は、暴力団対策法上の限界、暴力団の定義そのものに関わる重要な意味を持つものでもあります。コロナ禍の影響を受けて、暴力団がどう変質していくのか、大変注目されるところです。なお、参考までに、国際的なメッセージを送り付ける詐欺の手口はナイジェリアから広まったとされ、同国の詐欺罪を規定した刑法の条文にちなみ、「419事件」と呼ばれ、遺産相続や宝くじ当せんを装ったり、LINEやツイッターを通じ国際結婚を持ち掛けたりすることもあり、近年はトルコやドバイから「高額資金を譲渡する」とした事例もあり、外務省や国民生活センターが注意喚起しています。そして、この事件だけではなく、警視庁は、住吉会系組員と六代目山口組系組幹部、別の六代目山口組系組員の3容疑者を窃盗容疑などで逮捕しています。報道によれば、3人は、八王子市の60代の男性が架空請求詐欺に遭い、住吉会系組員の口座に送金した338,000円を、渋谷区のコンビニ店のATMで引き出すなどした疑いがもたれています。本件も異なる暴力団の組員が同じ事件に関与し、さらに特殊詐欺グループとして摘発されるのは珍しいといえます。警視庁は、3人がこのほか、同様の手口で都内などの男女3人から計約430万円をだまし取ったとみているということです。
- 新型コロナウイルスの影響で収入が減った世帯に無利子で生活費を貸し付ける「特例貸付制度」を巡り、厚生労働省が2021年12月、申込書で申請者に「暴力団員ではない」と確約させる文言を、太字で目立たせる書式に改めています。きっかけは、暴力団幹部が立場を隠して貸付金をだまし取ったとされる詐欺事件の判決で、「確約文言が目立たず、暴力団員でも貸し付けが認められると思い込んだ可能性は否定できない」と指摘されたことだといいます。報道によれば、金沢地裁は2021年10月の判決で、申込書の文言について「文字が小さく、下線もなく、目立たない」と指摘、立場を隠してだまし取る意図は認定できない上、貸付金の返済を始めたことなども考慮して、無罪を言い渡したものです。判決に対し、金沢地検は控訴せず、当時の石川県の申込書を検証した上で、無罪判決を覆すのは困難と判断したとみられています。なお、特例貸付制度を巡る不正が疑われる申請は1月19日時点で全国で76件あり、6割が暴力団関係者だということであり、暴力団に目を付けられていた制度だったといえます。一般の事業者においても、約款や表明確約、裏面条項等にかなり小さい文字で特段の強調もなく、暴排条項が記載されているケースも少なくありませんが、本判決をあらためて参照することも必要かもしれません。なお、不正受給関係では、新型コロナの雇用調整助成金などをだまし取った疑いで暴力団幹部の男ら2人が逮捕される事件もありました。詐欺の疑いで逮捕されたのは六代目山口組系暴力団幹部と飲食店経営者で、2人は、2020年6月から2021年7月にかけて新型コロナの雇用調整助成金の制度を悪用、嘘の申請を行い、容疑者が経営する飲食店の従業員とアルバイトの休業手当の助成金合わせておよそ430万円をだまし取った疑いが持たれています。警察は暴力団幹部が店の実質的な経営者とみていて余罪についても追及する方針だということです。また、コロナ禍で収入が減った世帯向けの「総合支援資金」を東京都からだまし取ったなどとして、警視庁は極東会傘下の幹部組員を詐欺容疑で逮捕しています。総合支援資金は保証人が不要で、無利子で貸し付けを受けられるもので、2021年5~7月、組員であることを隠したうえで、解体業の収入がコロナ禍で激減したとする虚偽の書類を都社会福祉協議会に提出し、総合支援資金計45万円をだまし取ったというものです。警視庁は、容疑者が福島県からも同様の支援金65万円を詐取した疑いもあるとみて調べています。ほかにも、暴力団員であることを隠し、新型コロナウイルス関連の融資金3,000万円をだまし取った男が、兵庫県警に詐欺容疑で逮捕されています。逮捕されたのは、六代目山口組系組員で、自らが代表取締役である建設会社の運転資金名目で、大阪府の中小企業支援制度「新型コロナウイルス感染症対応資金」の融資を受けたもので、この制度をめぐって暴力団員がこの制度を悪用した事件での摘発は全国初とみられるということです。また、新型コロナウイルス対策で営業時間の短縮に応じた事業者に支給される大阪府の協力金を不正に受給しようとしたとして、大阪府警捜査4課は、詐欺未遂容疑で六代目山口組系傘下組織の幹部と妻を逮捕しています。容疑者は妻が経営する居酒屋で勤務、協力金は暴力団員や関係者が経営に関わる事業者は受給できないことになっています。共謀して暴力団員が関わっていないと虚偽の申請を行い、営業時間を短縮したとして協力金60万円をだまし取ろうとしたところ、大阪府の照会で、容疑者が暴力団員と発覚、2人は別の時期も協力金の申請を行っていたといい、同課は余罪を調べています。
- 光回線の契約をめぐり、通信会社から仲介手数料を詐取したとして、福岡、沖縄両県警は、長崎市のインターネット関連会社の代表取締役ら男6人を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、両県警は、容疑者の会社が得た収益の一部が工藤会に流れた疑いがあるとみているということです。福岡県警組織犯罪対策課によると、ほかに逮捕されたのは、福岡市内にある別のネット関連会社のともに代表取締役らで、民泊施設や従業員施設に回線を引きたい法人があると架空の話を伝え、申込者情報には無関係な個人宅などを住所として記載しており、同課が工藤会の資金源を捜査する中で、6人が浮上したといいます。今回被害にあった会社に対して同様に、2019年3月だけでおよそ200件の虚偽申請をし、約300万円の手数料を詐取した疑いもあるといい、6人がほかにも九州地区を中心に、複数の通信会社に対して同様の詐欺を行っていた疑いもあり、被害額は数千万円にのぼるとみています。
- 新型コロナウイルス治療薬の開発事業に絡むインサイダー取引の疑いで、建設会社役員ら3人が逮捕されています。対象となった情報は株価の急騰を呼んだが、一部は虚偽だったとしてその後訂正され、事業は頓挫、当事者間で民事訴訟も始まっていますが、新薬開発の実態そのものへの疑惑が強まっています。テラ社の治療薬開発事業を巡っては、2020年6月中旬に一部週刊誌が事業の信憑性に疑いがあると報じ、翌7月に東京証券取引所が「業務提携の経過に関する不明確な情報が生じている」と投資家に注意喚起、テラ社は2021年12月、2021年7月に辞任したセネ社の元役員らを相手取り、虚偽の報告などで損害が生じたとして1億円の賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしています。メキシコでの臨床試験の存在が確認できないなどとし「当初から明確な故意を持って、詐欺行為を行っていた」と主張、セネ社元役員側は争う姿勢を示しています。(なお、本件は、暴力団の関与については一切明らかとなっていませんので、誤解なきよう強調しておきますが、このような架空の事業を使った風説の流布の手口は、反市場勢力等が過去、さかんに行っていた手口によく似ているのも事実です)。反市場勢力の動向も最近では活発化している中、今後、どのような事実が表面化するのか注意深く見守っていきたいと思います。
- メキシコから密輸された覚せい剤を営利目的で所持したなどとして、警視庁組織犯罪対策5課などは麻薬特例法違反や覚せい剤取締法違反の疑いで、稲川会系組幹部や住吉会系組幹部ら男女計7人を逮捕しています(取引の額がかなり大きいことや覚せい剤の密輸取引ということもありますが、ここでも組の枠を超えた連携がなされている点が注目されます)。押収した覚せい剤の量は計約169キロで、末端価格は約100億円に上るといいます。報道によれば、覚せい剤はゴム製品や歯車など船舶関連資材の中に隠していたといい、密輸にはメキシコ最大規模の麻薬カルテル「ハリスコ新世代カルテル(CJNG)」が関わっていたとみられ、米国の麻薬取締局からの情報提供があり、同課などで捜査していたといいます。また、警視庁は2020年秋にもメキシコから密輸された覚せい剤約36キロを押収し、暴力団の関与などを捜査していたということです。薬物関係では、福岡県警が強盗致傷容疑で逮捕した道仁会系組員ら3人が2021年3~4月、福岡、熊本、宮崎の3県で、密売人を襲撃して大麻を奪う事件を10件近く繰り返していた疑いがあることが分かったといいます。組員らは奪った大麻を転売し、少なくとも数十万円を得ていたということです。報道によれば、「密売人は警察へ被害届を出そうとしないことに目を付けた」などと狙った理由を供述しているといい、ツイッターで、大麻を表す「ヤサイ」「クサ」などの隠語を使って密売を持ちかける投稿を検索し、手渡しで売買する密売人を選んで狙っていたとみられています。本コラムでたびたび取り上げてきましたが、大麻事件を巡っては、摘発者のうち暴力団関係者が占める割合が低下する一方で、暴力団組員ではない若者らが売り手になるケースが目立っています。警察庁によると、2020年に警察に摘発された人数は5,034人と4年連続で過去最多を更新していますが、暴力団関係者が占める割合は減少しており、2011年の37.3%から14.9%にまで減っています。また、4億円以上の覚せい剤が密輸された事件で、指示役とみられる男が逮捕されています。麻薬特例法違反の疑いで逮捕されたのは、六代目山口組関係者で、2021年11月に覚せい剤およそ7キロ(末端価格およそ4億1,800万円相当)をテーブルの天板2枚に隠されていると知りながら受け取った疑いが持たれています。この事件では、2021年12月に受け取り役のチャイニーズドラゴンのメンバーら2人が逮捕されていて、組関係者はこのグループの指示役とみられています。さらに、甲府市で覚せい剤とみられるものを50代の女性に売り渡したとして、警察は暴力団の幹部を逮捕しています。警察は、関連する覚せい剤の密売事件や組織の捜査を去年から進め、これまでに26人を逮捕しています。逮捕されたのは稲川会の2次団体で、甲府市に拠点を置く「佐野組」の幹部で、すでに逮捕・起訴された暴力団関係者と共謀して、2021年4月、甲府市で覚せい剤とみられるものおよそ0.2グラムを、50代の女性に1万円で売り渡したとして、麻薬特例法違反の疑いが持たれています。警察は、2021年からこの2次団体の幹部らによる覚せい剤の密売事件の捜査を進め、これまでに組織的な密売に関わったとして、暴力団関係者らのほか購入した客など合わせて26人を逮捕、警察が覚せい剤取締法違反などで検挙した事件は51件、押収した覚せい剤は末端の密売価格で530万円となるおよそ89グラムに上るということです。一方、名古屋・中署などは、大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで、六代目山口組弘道会傘下組織幹部を現行犯逮捕しています。名古屋市内のマンションの一室で大麻草1株を栽培したというものですが、マンションは大麻の栽培拠点になっており、リビングなどから大麻草とみられる植物300株と栽培用具計400点が見つかったといいます。暴力団幹部が自ら大麻を栽培していた例は珍しいといい、大麻の売り上げが暴力団の収入源になっていたとみられます。さらに、神奈川県警と関東信越厚生局麻薬取締部は、大麻取締法違反(営利目的栽培)容疑で、住吉会系の組幹部を逮捕しています。県警は1月、容疑者をリーダー格としたグループが拠点とする住宅などを捜索し、大麻草375本(末端価格約1億3,500万円相当)を押収、売り上げが暴力団の資金源になっていたとみて捜査を進めていまする。なお、県警は同月の捜索で、大麻を所持したとして同法違反(営利目的所持)容疑で容疑者らを現行犯逮捕していました。
警視庁は、組織犯罪対策部を4月1日付で再編すると発表しています。犯罪で得た資金の出所を分からなくするために国内外の口座間で送金などを繰り返すマネー・ローンダリング対策に特化した「犯罪収益対策課」を全国の警察で初めて設置します。警視庁は組対部が発足した2003年4月、組対総務課内に資金洗浄の対策室を設置しており、約110人体制に増員して対策課に格上げしますまた、。電子決済システムなどを悪用した犯罪の増加にも対応するほか、暴力団の実態把握と捜査で役割を分担していた3課と4課を「暴力団対策課」に、外国人の不法滞在などを取り締まる1課と殺人や強盗などの凶悪事件を担当する2課は「国際犯罪対策課」にそれぞれ統合することとしています。5課は「薬物銃器対策課」に改称、警視庁は「業務を抜本的に見直して統合・合理化を図り、体制を強化することにした」としています。報道では、4課OBらが、「脈々と続いてきた『伝統の4課』にプライドを持っている」、「かつてはヤクザも一目置いていた。若い組員は『4課』と聞いてもピンとこないので仕方ないが寂しい」、「ブランド力は時代とともに変化する。新組織で実績を残し、恐れられればいい」などとコメントしているのが印象的です。
(2)AML/CFTを巡る動向
本コラムでも以前取り上げましたが、法務省と金融庁、金融機関は1月31日から非上場を含む株式会社約350万社に、大株主に関する情報を法務局に提出するよう促す取組み(実質的支配者リスト制度)が始まっています。
▼法務省 実質的支配者リスト制度の創設(令和4年1月31日運用開始)
法務省の説明によれば、実質的支配者リスト(実質的支配者情報一覧)とは、「実質的支配者について、その要件である議決権の保有に関する情報を記載した書面をいいます」とされ、「本制度は、株式会社(特例有限会社を含む。)からの申出により、商業登記所の登記官が、当該株式会社が作成した実質的支配者リストについて、所定の添付書面により内容を確認し、その保管及び登記官の認証文付きの写しの交付を行うものです。なお、本制度は無料で御利用いただけます。また、郵送による申出も可能です」とされています。実務的には、マネー・ローンダリングにかかわった不審な企業や人物が大株主になっていないか点検するものであり、日本は2021年夏、国際組織「金融活動作業部会(FATF)」からAML/CFTについて実質不合格の判定を受けたことから、その対策を強化し、国際社会の懸念払拭をめざす意図があります。銀行の口座開設や融資の手続きの際、審査書類として提出を求めることを想定しており、株主や個人の属性などが把握しやすくなり、マネー・ローンダリングやテロ資金供与リスクがあるとされれば手続きを拒否することも想定されているほか、反社会的勢力など幅広い融資へのチェックに活用できる可能性もあります。一方、実効性には課題もあります。提出は任意で罰則があるわけではないこと、変更の際の届出も義務化されているわけではないこと、書面上の確認審査であることなど、犯罪者か見れば「抜け穴」だらけだといえます。もちろん、金融機関が提出を義務化する可能性もあり、将来的には法制化も含め、実効性を高める改善は考えられるところですが、最大の問題は、「実質的支配者とは何か」という本質から外れた実務が定着する可能性があることだと考えます。法人を実質的に支配するという状態において、株式保有率はあくまで一つの指標に過ぎないこと、反社会的勢力はその威力を背景として「人」を支配するものであり、議決権保有割合の高い「シロ」の自然人を支配するケースはいくらでもあるのが現実です。「議決権保有割合上の実質的支配者を実質的に支配する者」の存在にまで注意を払うのが、本来の顧客管理だと言え、このような本質を見誤ると、表面的な確認で良しとする風潮となり、本制度自体の形骸化、さらには本制度自体の犯罪インフラ化のリスクを孕むことは十分に理解しておくべきだといえます。
また、法制審議会の部会は、マネー・ローンダリングの厳罰化に向け、組織犯罪処罰法の関連規定の法定刑を引き上げる法改正要綱案をまとめ、2月14日の法制審総会後、法相に答申される見通しとなっています。本件もまた、FATFの第4次対日相互審査調査報告書で指摘されたことを受けての措置となります。報告書は、金融機関の監督強化のほか、捜査や訴追を強化するため、マネー・ローンダリングを罰する法律の法定刑の引き上げも求めています(具体的には、「マネー・ローンダリング罪に適用される法定刑は、日本で最も頻繁に犯罪収益を生み出している前提犯罪に適用される法定刑よりも低い水準にある」と指摘されています)。諮問では、「5年以下の懲役か300万円以下の罰金、またはその両方」となっている犯罪収益等隠匿罪の法定刑を、「10年以下の懲役か500万円以下の罰金、またはその両方」とし、犯罪収益等収受罪は「3年以下の懲役など」から「7年以下の懲役など」に引き上げるほか、事業経営支配罪も「5年以下の懲役など」から、「10年以下の懲役など」へと重くすることになります。2020年の犯罪収益等隠匿罪の摘発件数は413件、犯罪収益等収受罪も182件が摘発されていますが、犯罪収益を生み出す刑法の詐欺罪(10年以下の懲役)や窃盗罪(10年以下の懲役など)に比べて法定刑が軽く、摘発しても執行猶予付きの判決となる場合もあることがFATFから問題視されていました。一方で、今国会においては、暗号資産(仮想通貨)取引業者への監視強化などを盛る法案や、正当な理由がなく口座を売買した際などに適用される警察庁の犯罪収益移転防止法や財務省の外為法など関連法をまとめて改正する想定だったところ、衆参両院の内閣委員会での審議が他の重要法案が山積みとなっていることから、政府提出法案の予定リストからマネロン対策の法案が外されました。FATFは当面、日本に対して改善状況の報告を毎年求めることとしており、法改正の遅れは審査に影響する可能性があります。現状の「実質不合格」の判定が続くと、国際的な犯罪やテロの抜け穴として悪用されると懸念され、日本の金融機関の海外活動に支障が出る恐れが否定できないところです。
さて、AML/CFTの取組みの深化としては、後述する資金決済WG報告書にもある「共同システム」構想が挙げられます。そもそもFATFの審査結果を受けて、政府が公表した行動計画に政策の一つに、取引スクリーニングや取引モニタリングの「共同システム」を2024年春までに実用化することが盛り込まれていますが、実は、共同システムについての検討はすでに骨太の方針や成長戦略フォローアップにも明記されており、2020年には、新エネルギー・産業総合開発機構(NEDO)があずさ監査法人に委託する形で調査報告をとりまとめ、これを受ける形で2021年7月に全銀協が事務局となって「AML/CFT業務共同化に関するタスクフォース」を立ち上げ、実用化に向けた検討に入っているところです。2021年12月に公表された金融庁の資金決済WG報告書では、「共同システム」について、「銀行等によるAML/CFTについては、顧客管理と取引フィルタリング・取引モニタリングを組み合わせることで実効性を高めることが重要である。具体的には、各銀行等において、AML/CFTの基盤となる預金口座等に係る継続的な顧客管理を適切に行うこととあわせて、リスクベースアプローチの考え方の下、一般にリスクが高いとされる為替取引に関する「取引フィルタリング」「取引モニタリング」について、システムを用いた高度化・効率化を図っていく必要がある。これらの業務の中核的な部分を共同化して実施する主体(以下「共同機関」)の具体的業務内容としては、FATF 審査の結果や共同化による実効性・業務効率向上の観点を踏まえ、銀行等の委託を受けて、為替取引に関して、ア(取引フィルタリング業務)、イ(取引モニタリング業務)の業務を対象とすることが考えられる。なお、通常は、アの業務は、銀行等における制裁対象者との取引の未然防止の観点から、イの業務は、銀行等が行った取引について犯収法に定める疑わしい取引の届出の要否を判断する観点から、それぞれ行われることになるものと考えられる。」とその方向性を示しました。共同システムにより、FATFに指摘された課題を解決するものとして大いに期待したいところではあります。一方、課題も多いといえます。例えば、メガバンクをはじめ金融機関ではすでに独自のマネロン対策のシステムを構築しており、本共同システムとの併用は大きな負担となります。そして、そもそもFATFの問題意識は「システムの導入の有無ではなく、システムを使いこなせていない」点にあるといえます。正常な取引を異常取引と判定する誤検知(フォールス・ポジティブ)は必ずしも悪ではなく、むしろ阻止すべき取引を見逃す検知漏れ(フォールス・ネガティブ)こそ大きな問題となるため、あえて「広めに網を掛ける」のが一般的であるところ、それでも設定したシナリオの精度の低さ(ルールベースへの偏重・単純なシナリオ設定など)や、犯罪手口の変化への対応の遅れが根本的な問題だといえ、単にシステムを導入すればよいのではなく、常に最新の事例をふまえ、かつプロファイリング系のシナリオの導入といった「取組みの高度化」こそ重要だといえます。また、共同システムは、反社チェック機能は備えておらず、NRA(犯罪収益移転危険度調査書)において危険度の高い主体とされた「暴力団」や「反社会的勢力」が関与する取引の排除に向けた高度化は事業者に委ねられた形であり、(網羅性や時系列的な厚みの点で貧弱な反社リストの問題とあわせ)実効性という点で甚だ心許ない状況だといえます。こうした状況に対し、金融庁関係者は、「ベンダーから購入したパッケージシステムを、当初のセッティングのまま変更せずに使い続けるのはダメ」、「人が検知シナリオの見直しといったチューニングを行わなければシステムの精度は向上しない」、「顧客情報などのデータは重要。最新鋭のシステムでも、入力するデータの質が悪ければ出力される情報も不正確となる」と警鐘を鳴らしており、正に正鵠を射るものといえます。犯罪対策とテクノロジーの関係で言えば、攻撃者(犯罪者)と防御者(国・企業等)の両面に等しくその恩恵がもたらされることに留意する必要があります。さらにこのことは、攻撃と防御は常に「終わりのない戦い」であることも意味しています。AML/CFTは一過性の取組みではありません。常に高度化に向けて走り続ける「覚悟」、そして犯罪者との知恵比べに勝ち続ける「本気度」が求められているといえ、人とシステムの融合こそ、AML/CFTの実効性確保の肝だといえます。
こうした「共同システム」構想とは別に、事業者が自主的に工夫を凝らした事例も多数存在します。例えば、直近では、西日本シティ銀行や京都銀行といった一部の地方銀行が、AML/CFT強化のための新システムを2月から共同で導入しています。顧客情報の更新作業を自動化して口座の監視機能を高めるもので、NTTデータの基幹システムを共同利用する広域連携「地銀共同センター」の参加行が導入の対象になります。報道によれば、低金利で収益環境が厳しい地銀にとって単独でのシステム開発は重荷となっており、参加行は昨年からシステム共通化の範囲を広げていたところで、地銀共同センターは西日本シティ、京都のほか、青森、秋田、岩手、千葉興業、福井、池田泉州、鳥取、山陰合同、四国、大分、愛知の13銀行で構成され、必要に応じて資金洗浄対策の新システムを利用できるようにするということです。今回、第1弾として西日本シティと京都が2月にスタートし、2022年度に大分銀や池田泉州、愛知が導入する予定で、13行以外の参加も呼びかけるとし、費用は、共同導入により約2割削減できるとみられています。また、事務コストの軽減も目指しており、不正な取引がないかを監視するため、定期的な口座保有者の登録情報の確認が欠かせないところ、これまでは郵送や来店などによる書面で回答してもらい、その情報をもとに行員が改めてDBに入力する必要があり、手間がかかっていましたが、新システムでは回答データを自動で更新できるほか、過去の取引履歴をもとにリスク評価も可能だということです。
さて、本コラムでもその検討状況を確認してきた金融庁の資金決済WGは2021年12月に報告書を公表しています。以下、その骨格のみあらためて確認し、今後の動向を注視していきたいと思います。
▼金融庁 第49回金融審議会総会・第37回金融分科会合同会合議事次第
▼資料3-1 説明資料(資金決済ワーキング・グループ報告)
- 共同機関設立の背景と適正な業務運営の確保
- 金融のデジタル化の進展やマネロンの手口の巧妙化等を踏まえ、国際的にもFATFにおいて、より高い水準での対応が求められており、銀行等におけるマネロン等対策の実効性向上が喫緊の課題となっている(2021年8月FATF)
- こうした状況を踏まえ、銀行業界では、マネロン等対策の高度化に向けた取組みを実施(全銀協 2018年度~AML/CFT態勢高度化研究会設置)
- 足元、全銀協において、中小規模の銀行等における単独対応が困難との声も踏まえ、マネロン等対策業務の共同化による高度化・効率化(共同機関の設立)に向け、具体的な検討が加速(2020年度 実証実験実施 2021年度 タスクフォース設置)
- 共同機関が多数の銀行等から委託を受け、その業務の規模が大きくなる場合、以下の点を踏まえ、共同機関に対する業規制を導入(当局による直接の検査・監督等を及ぼすことで、その業務運営の質を確保)
- 銀行等による共同機関に対する管理・監督に係る責任の所在が不明瞭となり、その実効性が上がらないおそれ
- 共同機関の業務は、マネロン等対策業務の中核的な部分を行うものであり、共同機関の業務が適切に行われなければ、日本の金融システムに与える影響が大きいものとなりうる
- 共同機関の適正な業務運営の確保【詳細】
- 対象業務
- 銀行等(預金取扱等金融機関・資金移動業者)からの委託を受けて、為替取引に関して、以下の業務を行うこと
- 顧客等が制裁対象者に該当するか否かを照合し、その結果を銀行等に通知する業務(取引フィルタリング業務)
- 取引に疑わしい点があるかどうかを分析し、その結果を銀行等に通知する業務(取引モニタリング業務)
- 銀行等(預金取扱等金融機関・資金移動業者)からの委託を受けて、為替取引に関して、以下の業務を行うこと
- 参入要件
- 一定の財産的基礎
- 共同機関の業務に対する適切なガバナンス体制の確保や資金調達の容易性等の観点から株式会社形態が基本 (注)取締役会及び監査役会、監査等委員会又は指名委員会等を置くもの
- 業務を的確に遂行できる体制の確保(業務の実施方法等)など
- 兼業規制
- 個人情報の適正な取扱い等との関係で、一定の制限が必要
- 取引フィルタリング・取引モニタリングに関連するものが基本
- 個人情報の適正な取扱い
- 多くの個人情報を取り扱うとの業務特性に鑑み、銀行等と同様の個人情報保護法の上乗せ規制(一定の体制整備義務等)(注)各銀行等から共同機関に提供される個人情報は、分別管理し、他の銀行等と共有しないことを想定。また、共同化によるメリットの一つである分析の実効性向上を図る観点から、これに資するノウハウを特定の個人との対応関係が排斥された形(個人情報ではない形)で共有することを想定。
- 検査・監督
- 業務の適正な運営を確保する観点から当局による検査・監督を実施
- 対象業務
- 電子的支払手段に関する規律のあり方
- 2019年6月のフェイスブックによるリブラ構想等の動きを契機とし、国際的に、グローバル・ステーブルコインに係る規制監督上の対応等に関する議論が行われ、2020年10月には、FSBの勧告において”同じビジネス、同じリスクには同じルールを適用する(same business, same risk, same rules)”という原則に合意。
- 米国や欧州でも、こうした原則を前提に検討が進められている。
- いわゆる法定通貨建てのステーブルコインの分類
- デジタルマネー類似型 法定通貨の価値と連動した価格(例1コイン=1円)で発行され、発行価格と同額で償還を約するもの(及びこれに準ずるもの):デジタルマネー(送金・決済の手段)として規律
- 暗号資産型 左記以外(アルゴリズムで価値の安定を試みるもの等):暗号資産や金融商品として規律
- 前払式支払手段に関するAML/CFTの観点からの規律
- マネロン上のリスクが特に高い「高額のチャージや移転が可能なもの」(「高額電子移転可能型」)の発行者に対し、資金決済法において業務実施計画の届出を求めるとともに、犯収法に基づく本人確認等の規律の適用を検討する。
- 同一の機能・リスクに対しては同一のルールという考え方に基づき、機能が類似する資金移動業者・クレジットカード事業者に関する現行制度や利用実態等を踏まえ、高額の考え方は、以下の通りとすることが考えられる。
- 1回当たり譲渡額等が一定額(例10万円超)、1か月当たり譲渡額等の累計額が一定額(例30万円超)
また、金融庁が業界団体との意見交換会において提起した主な論点について、2021年12月と2022年1月に開催された主要行等との内容から、AML/CFTに関する部分を抜粋して引用します。とりわけ、簡素な顧客管理(SDD)や継続的顧客管理の実務に問題を抱えており、今後、金融庁として何らかの考え方が示される可能性に言及されている点が興味深いといえます。
▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等(2021年12月)
- 継続的な顧客管理について
- 継続的顧客管理については、マネロンガイドラインでも対応すべき事項の1つとして、各金融機関に2024年3月末までに態勢整備をお願いしている。
- 3月に金融庁が公表した「マネロンガイドライン関するよくある質問(FAQ)」において、リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)という考え方を示しているが、その内容について、さまざまな意見が寄せられていることから、現在、リスクベースでの継続的な顧客管理措置における低リスク先の扱いに関して、更なる検討を行っている。
- マネロン広報について
- また、金融庁としても、政府広報含め、各業界団体と連携して、国民の皆様に、マネロン・テロ資金供与対策に係る確認手続きについて広くご理解・ご協力を求める広報活動等を行っているところであるが、引き続き、様々なチャネルを通じて、取り組んでまいりたい。
- 特に、広報については、各金融機関より、マネロン・テロ資金供与対策に係る確認手続きの必要性及び金融機関への協力について、より広く国民へ周知してほしいとの声があることから、今後の広報活動等について強化してまいりたい。
▼主要行等(2022年1月)
マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策について
- マネロンガイドラインの対応すべき事項について、2024年3月末に向けて態勢整備を進められていると承知。金融庁としては、引き続き、預金取扱金融機関を中心に、財務局と協働して、マネロン等対策に係る検査を実施していく。
- 最近、金融機関を装い、マネロン等対策の名目で、利用者情報を不正に入手しようとするフィッシングメールが確認されている。現在、継続的顧客管理のため、顧客の情報や取引の目的等を電子メールやウェブ上で確認する取組みを進めている金融機関も多いと思われるが、このようなフィッシング手口と継続的顧客管理の取組みが混同され、忌避されることのないよう十分配慮いただきたい。顧客に対し、金融機関を名乗る不審な宛先からのメールやSMSに注意すること、継続的顧客管理の一環で取引口座の暗証番号やパスワード等をオンライン上で入力させることはない等のフィッシングへの注意喚起も併せて、取り組んでいただきたい。
- このような事態も踏まえ、金融庁では政府広報を含め、各業界団体と連携して、マネロン等対策に係る確認手続きについて国民の皆様への周知に一層努めていく予定。引き続き、マネロン等対策に係る周知・広報活動に努めてまいりたいと考えており、金融庁と連携して取り組める活動があれば、積極的に提案いただければ幸い。
- なお、マネロン等対策について預金取扱金融機関から、さまざまな質問・意見をいただいている。特に、継続的顧客管理における対応については多くの声をいただいており、それを踏まえ、より分かり易い考え方を示せるよう整理を進めている。協会等を通じ、可能な限り早く考え方を示す予定。
- 今後もマネロン等対策に係る情報発信を積極的に行い、各金融機関のマネロン等管理態勢の高度化を後押ししていく。
その他、AML/CFTを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- ブロックチェーン分析企業チェイナリシスは、暗号資産(仮想通貨)のマネー・ローンダリングが2021年は86億ドルと、2020年比で30%増加したと発表しています。2017年以降の累計は330億ドル超と推計し、大半が中央集権型取引所(CEX)で行われるようになったとしています。2021年は合法・非合法の暗号資産取引が急拡大したため、マネー・ローンダリングの大幅な増加は意外ではないと指摘、2021年に洗浄された資金の17%は金融機関を経由しない「DeFi(ディーファイ、分散型金融)」アプリによるものだったということです。同社は、暗号資産によるマネー・ローンダリングはダークネット市場の取引やランサムウエア攻撃など、暗号資産で得られた資金のみを推計、麻薬取引などの「オフライン犯罪」によって得られた資金がどれだけ暗号資産に交換されて洗浄されたかを推測するのはより困難と指摘しつつも、そうした行為が行われているのは把握しているということです。
- 米司法省は、45億ドル(約5,200億円)相当の暗号資産のマネー・ローンダリングの疑いで、ニューヨーク州の夫婦2人を逮捕したと発表しています。あわせて、不正入手した36億ドル超に相当する暗号資産を押収したということです。報道によれば、金融資産の押収額としては過去最大であり、モナコ副長官は声明で「暗号資産が犯罪者にとって安全ではないことを示すものだ」と述べています。ハッカーが暗号資産交換所のビットフィネックスへの不正アクセスで手に入れたビットコイン119,754BTCの洗浄で共謀した疑いがあり、取引は2,000回以上に及び、いったん夫の取引口座に移され、このうち25,000BTCは外部に送金されたといい、当局は残っていた資産を口座ごと差し押さえたというものです。夫婦は、身分を偽って口座を開設、プログラミングを駆使し、自動で、短期間で大量の不正取引を行っていたといいます。
- 米財務省は、美術品取引を通じた不正な資金移動に関する報告書を公表しています。高額美術品市場で「マネー・ローンダリングリスクに関する証拠がいくつかある」と問題視、競売商や画商らもマネー・ローンダリングを防止する規制の対象に含めることを検討するよう関係当局に勧告しています。報道によれば、高額美術品は匿名性の高い取引ができるほか、価値が不透明で持ち運びも容易なことから不正な資金の移動、隠匿に使われるケースが発覚しており、米国の制裁対象だったロシアの新興財閥が2014年、ペーパーカンパニーを使って大手競売商などから巨額の美術品を購入した事例があります。
- FATFは2020年4月、世界中の不正資金の集積地と見られてきたアラブ首長国連邦(UAE)は金や高級不動産の取引など資金洗浄に利用されやすい業種の法令順守を向上させるため、国際機関とより緊密に協力する必要があると指摘しました。2022年1月17日付日本経済新聞によれば、中東の主要金融ハブであるUAEは、FATFの監視強化対象リスト国に入らないよう努めており、ある高官は同国が犯罪資金の流入を取り締まる能力を大幅に高めたと述べているにもかかわらず、欧米の当局者はUAEが前向きに取り組んでいることは認めたものの、FATFの監視強化対象の「グレーリスト」入りは避けられないと見ています。このリストにはパナマ、シリア、イエメンやジンバブエなど23カ国が載っています(ちなみに「ブラックリスト」入りはイランと北朝鮮のみ)。米国は急成長するUAE経済を「違法麻薬の積み替え地点、薬物の売り上げの通過地点」と見なしており、ドバイでは税金がかからないため、活況を呈する高級不動産や金・貴金属市場が資金を一時的に保管する理想的な場所となっているとしています。報道の中で、元FATF事務局長は、「UAEは大きく複雑な法域であり、多額の違法資金を結びつける地点だ。しかしこの問題に対応するため高いレベルで政治が関与していることをFATFに示している」と指摘、同国がグレーリスト入りを免れるかについては「まだ課題が残っており対応が必要だということは確かだ」としています。そのUAEは、直近で、2023年6月から法人税を導入すると発表しています。税制面の利点から多数の外国企業が集まり、タックスヘイブン(租税回避地)だとする国際社会の批判をかわすとともに、原油収入依存からの脱却も図ることを意図しているといいます。報道によれば、課税対象は大・中規模の企業で、37万5,000ディルハム(約1,170万円)を超える収益に9%を課税するというもので、個人投資や不動産収入は引き続き、非課税だということです。貿易特区の税制優遇措置も当面、維持するとし、9%は依然として低い水準とはいえ、財務省は声明で「有害な税の慣行を排除し、税の透明性に関する国際基準を満たすことになる」と強調しています。
- スイス金融大手クレディ・スイスがブルガリアの犯罪組織によるコカイン密輸に絡みマネー・ローンダリングを容認した罪で起訴された事件で、スイスの裁判所は初公判を開いています。同国では大手金融機関を巡る初の刑事裁判で、大きな注目を集めており、検察当局は、クレディ・スイスと同社の元顧客担当幹部の1人がマネー・ローンダリングを防ぐために必要な措置を取らなかったと主張しています。報道によれば、違法薬物の密輸に関連し、イタリアとブルガリアで2017年と2018年に有罪判決を受けているブルガリアの元レスラー、エベリン・バネフ氏とその関係者との取引が問題となっており、元顧客担当幹部はクレディ・スイスに2004年に加わった際、バネフ氏と関係がある少なくとも1人のブルガリア人を顧客として紹介、この顧客が同社の貸金庫に多額の現金を預けたといいます(顧客は2005年にブルガリアの首都ソフィアで撃たれて死亡しています)。検察側は、多額の不正資金をマネー・ローンダリング当局の警戒を呼ばない程度の少額に分割して洗浄を行う「スマーフィング」を行ったとみており、貸金庫に預けた現金は後に口座に移されたとして、元顧客担当幹部は1億4,600万フラン相当の取引を顧客のために実施し、マネー・ローンダリングをほう助した疑いが持たれています。本件については、本コラムとしてもその動向を注視していきたいと思います。
- 中国人民銀行(中央銀行)などは、3月から個人預金の管理を強めるとしています。2022年2月11日付日本経済新聞によれば、現金の預け入れや引き出しが1回あたり5万元(約90万円)を超す際には、お金の出どころや使い道を登録するよう市中銀行に義務付けるというものです。不正所得のマネー・ローンダリングを防ぐ狙いがあるとされます。外貨も対象で、海外への違法な持ち出しを取り締まる狙いもあるといいます。人民銀、中国銀行保険監督管理委員会、中国証券監督管理委員会がこのほど新法規を公表、外貨は1万ドル(約115万円)相当を超す預け入れや引き出しが対象で、これまでは身元確認の徹底だけを求めていたところ、新たに給与や株式配当などお金の出どころ、使い道も把握し登録するよう義務付けています。具体的な確認方法は明らかにしていませんが、引き出したお金の取引記録など証拠書類の提出を求められる可能性があります。新法規は管理強化の狙いを「マネー・ローンダリングやテロ資金への流用を防ぐため」と説明、なかでも、脱税など不正所得のマネー・ローンダリングを厳しく取り締まる意向がにじんでいます。なお、人民銀は2020年、河北省、浙江省、広東省深セン市で試験的に現金取引の監視強化を始めており、個人名義の預金口座は河北省で10万元、浙江省で30万元、深セン市で20万元を超す現金取引は、人民銀への報告を義務づけています。中国人民銀行は開催中の北京冬季五輪の会場も含めて、デジタル人民元の実証実験に取り組んでおり、デジタル人民元は現金に比べて匿名性が制限され、法整備を含めて発行準備を進める方針であり、預金を通じた現金取引の監視とともに、お金の流れ全体をガラス張りにする思惑がありそうです。関連して、2022年1月27日付ロイターによれば、中国当局は、金融機関のマネー・ローンダリング防止能力を強化するための規則(改正版)を公表、金融機関の顧客調査、身元情報や取引データを保管する方法を定めており、中国人民銀行は中国を世界のAML/CFT基準に近付けるものだと説明しているといいます。この新規則は、銀行、保険会社、証券会社など、従来の規則で対象となっていた金融機関に加え、ノンバンクの決済会社やウェルスマネジメント会社にも適用され、3月1日に発効するということです。
(3)特殊詐欺を巡る動向
前回の本コラム(暴排トピックス2022年1月号)で、令和3年版犯罪白書について取り上げました。とりわけ、その中で、以下の指摘について考えることが、特殊詐欺被害を抑止・防止していくために重要であると考えさせられました。
- 報酬額100万円以上の者の構成比は、「主犯・指示役」では42.9%、「架け子」では34.7%であり、「受け子・出し子」では2.4%にとどまった。他方、約束のみ(報酬を受け取る約束をしていたものの、実際には受け取っていないことをいう。)の者の構成比は、「受け子・出し子」では56.1%、「犯行準備役」では41.7%であった
- 特殊詐欺に及んだ動機・理由としては、総数及びいずれの役割類型についても、「金ほしさ」及び「友人等からの勧誘」の割合が突出して高かった。総数及び「受け子・出し子」は、「金ほしさ」の割合が最も高く(総数では66.1%、「受け子・出し子」では78.4%)、「架け子」は、「友人等からの勧誘」の割合が最も高く(67.3%)、「主犯・指示役」及び「犯行準備役」は、「金ほしさ」及び「友人等からの勧誘」の割合が同率で最も高かった(「主犯・指示役」では53.3%、「犯行準備役」では57.1%)。また、「友人等からの勧誘」は、「受け子・出し子」では23.9%であり、総数及び他の役割類型よりも低かった。「金ほしさ」及び「友人等からの勧誘」を除くと、「主犯・指示役」では「所属組織の方針」の割合(13.3%)が他の役割類型よりも高く、「受け子・出し子」では「軽く考えていた」(10.2%)、「だまされた・脅された」(8.0%)、「生活困窮」の割合(6.8%)が他の役割類型よりも高かった。
- 特に、「受け子・出し子」に続いて多かった「架け子」については、「受け子・出し子」よりも、実際に報酬を得た者の構成比が高い上、高額の報酬を得ている者の構成比も高い。しかしながら、「架け子」の8割強が全部実刑となり、その刑期も「受け子・出し子」よりも総じて長いものであることを考えれば、「割に合う」ものではないという点では同じである。「架け子」については、経済的な動機・理由や背景事情に加え、「不良交友」を背景事情とする者、「友人等からの勧誘」を動機・理由とする者の割合が高かった。「架け子」も約6割が30歳未満の若年者であり、3割強が保護処分歴を有していることを考えれば、不良交友関係を有する者に対しては、保護処分の段階で、その解消に向けた指導や、勤労意欲や能力を高めるための就労支援等を行い、あるいは、円滑に就職できるような職業訓練を実施するといった方策が、特殊詐欺を実行する犯罪組織への参加を予防することにもつながるものと思われる。
- だましの電話を受けた被害者が金品をだまし取られるに至らないようにするためには、同居していない家族・親族とのコミュニケーションを深めておくなど、相談しやすい環境が確保されるのが望ましい。もっとも、家族構成等からそれが困難な被害者も多くいると思われるため、そのような場合でも被害を食い止められるように、金融機関、コンビニエンスストア等の幅広い事業者の取組も重要である。今回の特別調査(確定記録調査)でも、特殊詐欺事件(未遂事件)の12.0%では、最初に詐欺に気付いたのは金融機関職員であり、実際に、金融機関等が詐欺被害防止に貢献している実態がうかがわれた。加えて、今回の特別調査(確定記録調査)では、犯人グループから被害者への最初の連絡方法は、9割弱が固定電話であった。固定電話を介した特殊詐欺を予防するためには、電話機の呼出音が鳴る前に犯人に対し犯罪被害防止のために通話内容が自動で録音される旨の警告アナウンスを流し、犯人からの電話を自動で録音する機器が有効であり、実際に、一部の地方公共団体がその普及促進に貢献していることは、注目に値する
- 被害者に弁償を行い、宥恕を得ようと努力する態度を示すことは、社会にも受け入れられ、周囲の者から社会復帰のための協力を得られやすくするものと考えられる。矯正や更生保護の処遇において、被害者への具体的・現実的な弁償計画を立て、弁償の着実な実行に向けた努力を行うよう適切な指導監督や援護を行うことは、再犯防止の点でも効果があると考えられる。また、特殊詐欺事犯者の背景事情に「不良交友」がある者が相当の割合含まれていることを考えると、不良な交友関係からの離脱について指導していくことが有効であると思われる。令和3年1月から、更生保護において、「特殊詐欺類型」の保護観察対象者に対し、最新の知見に基づき、効果的な処遇が行われているところ、特殊詐欺グループとの関係に焦点を当て、同グループへの関与や離脱意思の程度に応じた指導・支援等を行っていることは注目に値する
実際、SNSの「高額報酬」「即日即金」といった宣伝文句に誘われ、特殊詐欺グループに加担する若者が増えており、コロナ禍の生活困窮も背景にあるとみられるものの、上記のとおり、逮捕のリスクが高く捨て駒にすぎません。報道によれば、SNSで「闇バイト」をうたう仕事に応募すると、カラオケボックスなどで「面接」が行われ、運転免許証など身分証の提示を求められることが多く、女性の応募者の場合、裸の写真を撮影されることもあるといい、そうなってしまってから犯行を思いとどまることは難しく、いざ犯行を行えば逮捕リスクが高いこと、特殊詐欺グループの上層部には暴力団などの反社会的勢力が存在しており、一度、加担すると弱みを握られて抜け出すことが難しいことなどを、もっと広く周知して、そもそもそのような甘い誘いには乗らないよう、早い時点で食い止められる方法を模索していく必要があります。
コロナ禍では、国等が支給した各種助成金や貸付制度等の悪用も問題となっています。例えば、後藤厚労相は、雇用調整助成金の不正受給事案を2021年末時点で261件確認し、総受給額は約32億円に上ったと明らかにしています(なお、2022年1月21日時点で、総支給額は5兆2,563億円に達しています)。そのうち43件、約11億円が返されておらず、同相は「制度を守りつつ、しっかり回収していきたい」と述べています。新型コロナウイルス対策として助成率などを大幅に拡充し、迅速な支給につなげるため申請手続きを簡素化したため、不正受給が相次ぎ、会計検査院が改善を求めています。なお、その雇用調整助成金の不正受給について、自ら不正を労働局に申告し、自主返還する企業が相次いでいます。大手旅行代理店などの不正受給発覚や、国会議員事務所の受給が社会問題となったことが要因とみられ、報道によれば、2021年11月ごろから「雇調金を返します。ごめんなさい」という企業からの連絡が増え、調べてみると全て不正受給だったといった労働局のコメントもありました。なお、2022年1月27日付毎日新聞によれば、自主返還した詳細な件数は不明であるところ、毎日新聞が宮城や埼玉、東京など各地の労働局に取材したところ、数百万円から数千万円を「不正受給した」と返還するケースが増えているといいます。また、「元従業員などから多くの内部告発が寄せられている」とも報じられています。不正受給額が多く悪質性が高ければ、企業名や代表者などを公表し、刑事告訴に踏み切る場合もあります。また、不正受給が明らかになれば、受け取った雇調金に加え、2割の違約金を上乗せして返還する必要があること、さらには労働関係の助成金を5年間申請できないことになります。自主返還しても不正と認定されれば同様の扱いとなるものの、事情を勘案して企業名は公表しない可能性があります。
最近の特殊詐欺以外の詐欺や不正受給事例について、いくつか紹介します。
- 茨城県北茨城市は、新型コロナウイルスで影響を受けた個人事業者らに支給される持続化給付金を不正に受け取っていたとして、20代の男性職員を懲戒免職処分としています。「公務員が制度を悪用して給付金を詐取したことは極めて重大だ」と判断したといいます。職員は2020年6月、自分名義で給付金を申請して100万円を不正受給していたもので、2021年11月、市側に不正受給を伝え、全額を返還、警察からも事情を聴かれているということです。
- 食品卸売会社を装い、食材を注文してだまし取ったとして、警視庁が80代の無職の男ら4人を詐欺容疑で逮捕しています。(本コラムでもたびたび注意喚起していますが)代金を支払わずに行方をくらます「取り込み詐欺」の手口で、警視庁は男らが2021年7月までの約5か月間に、16都道府県の約20社から計約8,000万円相当の商品を詐取した疑いがあるとみているということです。報道によれば4人は、食品卸売会社「七里物産」社員を名乗り、北海道の海産物販売会社など2社に「取引先のスーパーが商品を気に入ったので買いたい」などとうそを言い、カニやイクラ、ローストビーフなど計約1,300万円相当を注文、横浜市の倉庫に納品させ、代金を支払わなかった疑いがもたれており、取引先との商談はコロナ禍などを理由に電話やメールで行い、詐取した商品は買い取り業者に売却して現金化していたといいます。コロナ禍の外食需要の縮小で余った高級食材を狙ったとみられますが、七里物産は2021年7月、約7,000万円の負債を抱えて事業を停止、債権者向けに債務整理手続きを開始すると通知したが、実際には手続きを始めていなかったということです。
- 本コラムでも以前取り上げましたが、人工知能(AI)を用いた暗号資産事業「OZプロジェクト」=破綻=への投資名目で現金をだまし取られたとして、11都道県の計20人が運営側に計約4,000万円の損害賠償を求めて東京地裁に集団提訴しています。資金繰りが破綻状態に陥って新規顧客に目標値通りの配当を支払える見込みがなかったのに「4カ月後に出資額の2.5倍相当のビットコインなどが配当される」などとうそをついて勧誘したとされ、原告側は具体的な出資先や運用方法などの投資判断に必要な情報が明かされず、リスクの説明もなかったと主張しています。事件を捜査した愛知県警は約15,000人から計65億円超を集めたとみているといいます。
- 他人の端末で暗号資産をマイニング(採掘)した事件で、最高裁は、無罪の判決を言い渡しています。不正指令電磁的記録保管の罪に当たるプログラムの定義について、影響や利用の方法を踏まえて適用範囲を厳格に判断する必要があり、新たな技術が不正か否かを見極めるため、サイバー捜査の精度の向上が不可欠となります。判決では他人の端末を使ったマイニング行為をすべて認めたわけではなく、不正プログラムにあたるかどうかは動作の影響や利用方法などを踏まえ「社会的に許容しうる範囲内か」を厳格に考慮すべきだとの立場を示しています。ウェブ開発は国内外で技術革新が著しい分野の一つで、日々新しいプログラムが開発されており、判決に基づき、捜査当局は今後のサイバー捜査で、プログラムが不正かどうかの慎重な見極めが求められることになります。警察は都道府県警単位では知見やノウハウに大きな差異があるのが実態で、サイバー局が違法性を技術面、法律面の双方で精緻に判断する司令塔となることが求められるほか、新技術を悪用するサイバー犯罪は後を絶たず、捜査では民間事業者や技術者との連携も不可欠で、サイバー捜査の精度を高め、信頼性を確保する取り組みがより一層求められることになります。
- 独自に開発したとする暗号資産との交換という名目で有名暗号資産をだまし取ったなどとして、詐欺などの罪に問われたインターネット関連会社代表取締役の初公判が、大阪地裁であり、被告は起訴内容について「認否を保留する」と話した。被告は男女数人と共謀、2019年7月~20年9月下旬ごろ、東京などに住む男性らに「将来値上がりする」と虚偽を言って独自に開発したとする暗号資産を渡し、交換として有名暗号資産計約42ビットコイン、計約140万リップルをだまし取ったなどとされています。有名な暗号資産は、データ破壊や改ざんがされないように「ブロックチェーン」という技術で記録や管理がされているが、その技術の有無などセキュリティ情報を十分開示していない暗号資産も多いといい、「暗号資産の中にはそもそも不正に使う目的で開発されているものもある。一部の成功例を強調されてだまされるケースがほとんどだ」と専門家らは指摘しています。
- 「ウイルスに感染した」と偽の警告をパソコンに表示させ、セキュリティ対策名目で金をだまし取る「サポート詐欺」は、2016年ごろから被害が増え始めましたが、警視庁サイバー犯罪対策課はフィリピンに拠点を置く詐欺グループの3人を逮捕、サポート詐欺をめぐる摘発は全国初ということです。国民生活センターによると、サポート詐欺の相談は2016年度に約5,200件寄せられ、突如、前年の約5倍に急増、2017年度以降も高齢者を中心に3,000~6,000件と高止まりが続いている状況だといいます。サポート詐欺の手口は巧妙で、うその警告は無作為に広告を自動表示する機能を悪用したとみられており、不特定多数を標的にしていたといいます。警告画面は「閉じる」のマークが見えにくく、ボタンを押しても警告が消えないように設定されているということです。3人は広告機能を悪用し「コンピューターへのアクセスが無効になります」、「5分以内にご連絡ください」などの偽警告を表示、「サポートエンジニアがお電話で削除方法を教えます」として、フィリピンにあるコールセンターに誘導し、遠隔操作で警告を解除してサポート契約名目で約3万~4万円を料金を請求、2018年10月から2019年7月までに全国400人以上から2,000万円以上を詐取していたとみられるということです。国民生活センターによると、2021年ごろからは、不正が発覚しにくいようにプリペイドカード式の電子マネーを購入させ、サポート契約を結ばせ金を支払わせる手口も目立ち始めており、「表示された番号には電話せず、ブラウザー自体を閉じ、パソコンを再起動させてほしい」と注意を呼び掛けています。
- 競馬情報提供会社の社員を名乗り、手数料を払えば当たり馬券の配当をあげる」とうそをつき、現金をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は、詐欺容疑で職業不詳の男2人を逮捕しています。パチンコや宝くじの必勝法を教えるなどといった手口は「ギャンブル詐欺」と呼ばれ、警察当局は注意を呼び掛けています。世田谷区内のマンション一室で活動、押収した携帯電話17台には、標的にしていたとみられる約140人分の電話番号が残されていたほか、パソコン4台も見つかっています。なお、「怪しい会社ではない」と信じ込ませるため、消費者団体を装って男性に接触するなどしていたということです。ギャンブル詐欺は2021年には全国で174件発生し、被害総額は約4億3,700万円に上っています。
- マッチングアプリで知り合った女性から1億1,500万円を詐取したなどとして、京都府警伏見署は、会社役員の男を有印私文書偽造・同行使と詐欺の容疑で逮捕しています。男は、アプリで知り合った女性に対し、外国為替証拠金取引(FX取引)で高収入を得ているかのように装い、運用を任せてほしいと持ちかけ、下京区のホテルで、偽名で署名するなど書類を偽造して現金の借用を申し込み、自身の口座に計1億1,500万円を振り込ませて詐取した疑いがもたれています。男は偽名を名乗って既婚であることを隠し、「結婚したい」とうそのメッセージを送っていたといい、FX取引の配当がないことなどを不審に思った女性が署に相談して発覚したものです。
次に、特殊詐欺の手口等に着目した最近の事例を、いくつか紹介します。
- 医療費の還付金名目で高齢男性から現金をだまし取ったとして、大阪府警と神奈川県警の合同捜査本部は、電子計算機使用詐欺容疑で職業不詳の容疑者ら19~40歳の男5人を逮捕しています。「かけ子」グループとみられ、5人は乗用車で神奈川県内を走行しながら、電話をかけていたといい、発信者情報などをたどりにくくする狙いがあったとみられています。捜査本部は車内などから犯行に使用されたとみられる携帯電話を押収、暴力団が関与した可能性もあるとみて捜査を進めているということです。
- 高齢男性からキャッシュカードをだまし取ったなどとして、神奈川県警相模原南署は、詐欺などの疑いで、住所不詳の自称団体職員を逮捕しています。氏名不詳者らと共謀のうえ、相模原市南区に住む80代の男性方に区役所職員を装い、「医療費の払い戻しがある」などと嘘の電話をかけた上、男性方を訪れてキャッシュカード4枚を詐取、同日、盗んだカードを使って同区内のコンビニエンスストアなどのATMで現金計150万円を引き出したというものです。
- 警視庁麻布署は、息子を装うオレオレ詐欺で、東京都港区の80代女性が金塊4個(計約3,000万円相当)と現金60万円をだまし取られたと発表しています。オレオレ詐欺で金塊が詐取されるのは珍しく、同署が詐欺事件として調べています。長男を名乗る男から女性宅に「カバンをなくしたので金を貸してほしい」とうその電話があり、約1時間半後、長男の職場関係者を装った男が女性宅に現れ、女性が自宅に保管していた金塊と現金を持ち去ったということです。
- 警視庁竹の塚署は、千葉県習志野市のラーメン店店長を詐欺と窃盗容疑で逮捕しています。店長は仲間と共謀して、東京都足立区の70代男性宅に警察官を装ってうその電話をかけたうえ、男性からキャッシュカード3枚をだまし取り、現金計250万円を引き出した疑いがもたれています。報道によれば、報酬は引き出し額の約5%で、「コロナ禍で給料が下がり、闇バイトに応募した」と認めているということです。
- 2021年に青森県警が認知した還付金詐欺の被害件数が30件に上り、2019年、2020年の各1件から急増したといいます。県警は、コロナ禍で犯人が対面を避けて、電話で現金を振り込ませる手口に変化しているとみて、注意を呼びかけています(還付金詐欺については、主要7都県以外の地域で増加傾向にあることは既に述べたとおりです)。2021年に認知した還付金詐欺を含む「特殊詐欺被害」は45件(被害総額約7,584万円)で、うち還付金詐欺が6割強の30件(同約3,077万円)だったということです。また、2020年は、受け子が被害者宅を訪れるなど対面で行われる預貯金詐欺やキャッシュカード詐欺盗が14件あったものの、県内で感染が拡大した2021年はゼロ件に減少したといい、県内で感染が深刻化したことによって、手口が接触型から非接触型に移行しているとみられています。なお、報道によれば、こうした手口では、犯人が「お振り込みボタン」を「こちらから振り込むという意味」と説明したり、振込金額を「お客様番号」と伝えたりして、巧みに誘導することが多いといいます。一方で、振り込む前の声がけなどによって被害を食い止めた2021年の未然防止件数は72件となり、前年と比べて47件も増えています。県警は、特殊詐欺の被害を防いだ金融機関やコンビニなどを認定する制度を2021年度から始めており、県警は「社会全体で被害を防げるよう協力を呼びかけていきたい」と話しています。
- 千葉県警館山署は、館山市の50代女性がNTTドコモをかたる男らに現金約1,130万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、女性の携帯電話に「ご利用料金の支払い確認が取れておりません。本日中にご連絡ください」とショートメールメッセージが届いたため、女性が送信者の番号に折り返しの電話をかけたところ、ドコモのサポートセンターをかたる男につながり、「複数のサイトの料金を払わないと訴訟になる」と告げられ、やり取りの中で日本個人データ保護協会などの職員をかたる男らも登場し、女性は2021年12月下旬までに複数回、計約1,130万円を振り込んだというものです。女性が最後に振り込みをした際、「年始以降に返金される」と言われたが、返金がなく、連絡が取れなくなったため、署に相談し、被害が発覚したといいます。また、広島県警は、「NTTファイナンス」などをかたり架空の料金を請求する手口の特殊詐欺で、福山市内の50代の男性医師が約1億3,800万円の被害に遭ったと発表しています。特殊詐欺の1人の被害額としては県内で過去最大となります。報道によれば、発端は2021年10月12日、医師の携帯電話に届いた「NTTファイナンス。未納料金が発生している」とのショートメールだったということです。さらに、山口県警長門署は、長門市の60歳代女性がうそ電話詐欺の被害に遭い、計約4,100万円をだまし取られたと発表しています。女性の携帯電話に「NTTファイナンス」を名乗って料金未払いの催促メールが届き、連絡を取ると、「日本個人データ保護協会」をかたる男から指示され、50万円を指定口座に振り込み、同様の手口で今年1月15日までに裁判費用などを要求され、計85回にわたり、振り込みを続けたということです。
- 千葉県内で、電話を用いた特殊詐欺で1,000万円以上をだまし取られる高額被害が増えているといいます。2021年の認知件数は114件減の1,103件だった一方、被害総額は1億9,300万円増の26億700万円で、このうち、高額被害は前年の25件から2倍近い46件に増え、被害額は3億1,200万円増の10億1,300万円に膨らんだということです。報道によれば、被害の形態別では、キャッシュカードを渡したり、すり替えられたりする類型の件数が最も多く、高額被害では、架空の料金を請求する手口で被害額が最も多く、中には7,500万円をだまし取られたケースもあったということです。県警は、自宅の固定電話を留守番電話設定にしたり、「迷惑電話チェッカー」という機器などを設置したりするという対策を呼び掛けているものの、浸透していないのが現状で、県警が実施した被害者へのアンケートによると、留守番電話設定をしていた人は20%で、迷惑電話防止機器を設置していた人は6%に留まっているといいます。県警本部長は、特殊詐欺の手口が周知されていないことについて、「衝撃を受けている」とし、「検挙と抑止の両面で対応しなければならない。県警として全力を挙げて取り組む」と述べています。
- 滋賀県警大津北署は、大津市内の一人暮らしの70代の無職女性が警察官をかたって自宅を訪れた男に、キャッシュカードと現金約1,400万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、カードと現金を立て続けにだまし取られる手口は珍しいといい、警察官を名乗る男の声で「口座から現金が引き出されている」、「刑事が封筒を持っていくので、キャッシュカードと暗証番号のメモを入れてください」、「電話を切らないで」などと電話があり、女性は電話をつないだまま、自宅を訪れた男が差し出した封筒にキャッシュカード3枚と暗証番号のメモを入れ、別の封筒にすり替えられて盗まれたということです。なお、本件については、大津北署が、詐欺などの疑いで男を逮捕、手口が巧妙化し、検挙に時間を要する特殊詐欺事件でありながら、2週間あまりでのスピード解決となり、その決め手は、初動捜査段階からの迅速な防犯カメラの映像解析だったといいます。報道によれば、大津北署は被害届を受理すると、すぐさま捜査に着手、犯行前の足取りである「前足」と犯行後の足取り「後足」を追うため、防犯カメラの映像をつなげ、犯人の移動方向をたどる「リレー方式」と呼ばれる捜査を開始しています。県警は今年に入り、防犯カメラの映像を解析する「捜査支援分析室」の体制を強化、刑事部などの各捜査員を兼務させ、防犯カメラの映像解析の技術を身につけた捜査員を増員したところであり、今回の捜査でも、大津北署のほか捜査支援分析室の捜査員が加わり、数多くの防犯カメラの解析にあたったといいます。その結果、容疑者は電車などの公共交通機関を乗り継ぎ、各地のホテルに宿泊するなど全国を転々としていたことが判明、大分市内のホテルにいるところを突き止め、逮捕に至ったということです(翌日以降の犯行に備え、事前にホテルに宿泊していたとみられています)。そして、ホテルの部屋からは、今後の主犯に迫る捜査の貴重な証拠が見つかり、「キャッシュカードの暗証番号を記載する欄を設けた偽の被害届」「変装用の帽子やサングラス」「身分証明書を入れるケース」など「犯行道具」一式を押収できたといいます。
- 特殊詐欺の「受け子」をしたとして、警視庁中野署は、神戸市の市立高校3年の男子生徒を窃盗容疑で逮捕しています。男子生徒は、銀行協会職員を装って東京都中野区の70代の無職女性宅を訪れ、封筒に入れさせたキャッシュカード5枚を封筒ごとすり替えて盗んだ疑いがもたれており、男子生徒はその後、近くのコンビニ店で特殊詐欺の「出し子」役の無職少年(窃盗容疑で逮捕)と合流、女性宅で盗んだカードで、少年がATMから計100万円を引き出し、2人で現金を指示役に届ける計画だったところ、少年が男子生徒に催涙スプレーをかけられて財布を奪われたため交番に駆け込んだ際、100万円の所持金について警察官に問い詰められて事件が発覚したというものです。
本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。
まずは、金融機関の事例です。
- 会ったこともない外国人の女性にお金を振り込むのはおかしいと不審に思った行員の出村さんが、担当の課長に相談、警察に通報したところ、その後の警察の調べで外国人異性とのSNSでのやりとりの末、お金をだまし取られるという「国際ロマンス詐欺」の可能性があることが判明したという事例がありました。金沢東署は、特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、出村さんと橋本支店長に感謝状を贈っています。報道によれば、同支店では、ちょうど1カ月ほど前、同署と日本防災通信協会の協力の下、特殊詐欺を水際で防ぐ訓練を開いていたが、その時も、設定は国際ロマンス詐欺だったため、出村さんは「常々、防犯訓練をしてもらったおかげで高齢者への詐欺を防げた。今後も支店全員で防止に努めたい」と話しています。
- 大分東署は、ATMを操作する高齢男性に声をかけて詐欺被害を未然に防いだとして、大分銀行森支店の行員に感謝状を贈っています。同行員が詐欺被害を防ぐのは今回で4回目ということです。支店で男性がメモを見ながらATMで送金しようとしているのに気づき、「送金先はこの人で間違いないですか。何のお金ですか」と声をかけたところ、男性は「荷物の送料で、40万円振り込む」と答えたものの、あまりに高額で送金をやめるよう説得、男性が「言いづらいが、海外の女性兵士に頼まれた」などと説明したため、恋愛感情を抱かせて金銭を要求する「国際ロマンス詐欺」を疑い110番したものです。県警は2013年から金融機関などで詐欺被害を1年に2回以上防いだ人を「声かけ名人」に認定していますが、同行員は、県内に9人いる声かけ名人の1人で、2014年に2回、2021年6月も顧客の詐欺被害を防いでいます。
- 特殊詐欺被害を防いだとして、島根県警松江署は、北陽警備保障の男性、山陰合同銀行古志原支店の女性行員2人、同銀行くにびき出張所の女性行員に感謝状を贈っています。女性らは、松江市内で、携帯電話で通話しながらATMを操作する60代女性らに声をかけるなどし、計4件の特殊詐欺被害を防いだということです。
- ニセ電話詐欺被害を未然に防いだとして、佐賀県警察鳥栖署はJAさが支所の支所長に感謝状を贈っています。携帯電話で話しながら来店した60代の女性の様子を不審に思い、店外のATMを使っていた際に声をかけたところ、「役場の人から還付金があるという電話がかかってきた」などと話したことから、詐欺を疑って支所の職員を通じて警察に通報したもので、女性はすでにATMにキャッシュカードを入れ、送金する間際だったということです。
次にコンビニの事例を取り上げます。
- 家族になりすます「オレオレ詐欺」の被害を防いだとして愛知県警豊田署は、愛知県みよし市三好町のセブンイレブン三好町店のオーナーら2人に感謝状を贈呈しています。息子になりすました電話の指示に従い、電子マネーを購入しようとした高齢女性をオーナーらが警察と連携して説得、被害を未然に防いだものです。高齢女性が一人で来店し、「電子マネー40万円分を購入したい」と申し出たため、高額を不審に思ったため「何に使われますか」と尋ねたところ、「息子に頼まれた」と答えたため詐欺を疑ったといいます。詐欺の可能性があることを伝えた上、購入しないよう説得し、110番通報したものです。同署管内で発生したオレオレ詐欺などの特殊詐欺は2021年には40件で、被害総額は約6,700万円に上っており、特に高額な電子マネーを購入するよう指示する手口が2021年末から増加傾向にあるといいます。
- 架空請求詐欺の被害を未然に防いだとして、松阪署は、ファミリーマート松阪黒田町店の店長と従業員に署長感謝状を贈っています。20代の男性が来店、店内にある機器を操作し、発券した5万円分の電子マネーのレシートを計8枚レジに持って来たため、1枚分の会計を済ませたところで額の高さを不審に思い、「全部で40万円になりますけど大丈夫ですか」と男性に声をかけたといいます。男性は「やっぱりおかしいですよね」と言い、後ろで見ていた店長が男性から支払い目的や状況を聞き出し、詐欺と確信、すでに支払った5万円分の返金作業をして、男性に松阪署に行くよう促したものです。特殊詐欺被害は圧倒的に高齢者が多いため、20代男性の場合、疑わない可能性もありますが、やはり40万円という高額に違和感を覚えるということは当たり前の感覚として大事にすべきだと痛感させられます。三重県内では昨年、110件の特殊詐欺が発生し、被害総額は1億9,250万円にのぼるといいます。
- 特殊詐欺被害を防いだとして、香川県警丸亀署と丸亀・善通寺・多度津地区防犯協会は、セブン―イレブン丸亀郡家町店」の女性店員に感謝状を贈っています。夜中に来店した60代男性が5万円分のプリペイドカードを買おうとしたのを不審に思い、購入を止め、警察に相談したもので、男性は、自宅でパソコンを操作していた際、「ウイルスに感染した」と表示され、画面に記載されていた電話番号に問い合わせたところプリペイドカードを購入するよう指示されたといいます。
- 山口県警長府署は、うそ電話詐欺の被害防止に貢献したとして、下関市のセブン―イレブン店員2人に感謝状を贈っています。夜に来店した70代男性に接客、男性は「ウイルスに感染したパソコンの復旧に要る」と言って、2万円分の電子マネーカードを買おうとし、携帯電話で指示を受ける男性の様子から詐欺を疑った男性店員が電話を代わると、相手は片言の日本語でつじつまが合わないことを話したため、2人で男性を説得し、警察に通報したものです。電話を代わるというお節介が功を奏した事例といえます。
- 神奈川県警高津署は、それぞれアルバイト店員として積極的に声を掛けて特殊詐欺を防いだとして、川崎市高津区内のセブン―イレブンの高校3年の男子生徒と女性に対し、感謝状を贈っています。男子生徒は、パソコンのウイルス除去代金を要求された60代男性が3万円分の電子マネーカードを購入しようとしたため詐欺を疑い、店長らと協力して防止、女性は、60代男性がネットのサイト利用代金を請求されて5万円分の電子マネーカードを買おうとしたため詐欺を疑い、店のオーナーらと連携して思いとどまらせたというものです。
- 茨城県警竜ケ崎署は、ニセ電話詐欺被害を10日間で2度防いだとして、龍ケ崎市北方町のミニストップ竜ケ崎北方店の店員2人に感謝状を贈っています。60代の男性が30万円分の電子マネーを購入しようとしたことを不審に思い、使い道をたずねた上で同署に通報、1人は別の日にも、落ち着かない様子で来店した70代男性に声をかけ、その内容を通報したものです。同署の調べで、いずれもニセ電話の指示で来店したと判明しています。
- ニセ電話詐欺被害を防いだとして、福岡県警南署は、福岡市南区のファミリーマート福岡平和店店長に感謝状を贈っています。同市南区の70代男性の携帯に、ネット料金が未納だとメッセージが届いたため、書かれている電話番号に連絡すると、出てきた男から「5万円のギフトカードを購入して」と指示されたといい、その後、男性は同店に来店、ギフトカードの場所を尋ね、店員の案内を受けて、レジにカードを持ってきたところ、不審に思った店長が支払額を尋ねると、292,000円に上り、誰から頼まれたのかもわからない様子だったので、詐欺だと思い、男性が支払いをする前に110番通報、男性が詐欺の被害に遭うのを食い止めたというものです。
- 特殊詐欺被害を防いだとして、宮城県警岩沼署は、同県岩沼市のセブンイレブン岩沼桜4丁目店の店長とアルバイト店員で高校3年生に感謝状を贈っています。60代の男性が1万円分の電子マネーを購入しようと来店、男性の様子がおかしかったため声を掛けると、「振り込みに使いたい」と説明したといい、男性のスマートフォンに残されていた不審なメッセージを確認して警察に通報し、被害を未然に防いだというものです。店長は従業員に、特殊詐欺が相次いでいるので注意するよう呼びかけていたといい、高校3年生の店員も「困っている客がいたら、これからも声を掛けたい」と話しています。
その他、特殊詐欺被害防止のための、さまざまな取組みが報道されていますので、いくつか紹介します。
- 東京都品川区の高齢女性から現金をだまし取ろうとしたとして、警視庁荏原署は、埼玉県草加市の中学3年の少年を詐欺未遂容疑で現行犯逮捕しています。少年は現金などを回収する「受け子」で、「指示役に誘われた」と容疑を認めているといいます。報道によれば、被害女性宅の電話機には、人工知能(AI)を使って通話内容を解析する機器が設置されており、特殊詐欺の疑いがあるとして機器からメールで通知があった品川区役所の担当者が通報し、「だまされたフリ作戦」で現金の受け渡し場所として指定された公園近くで張り込んでいた同署員が少年を取り押さえたということです。なお、被害を防いだのは「特殊詐欺対策アダプタ」と呼ばれる機器で、女性は品川区が今年度に始めた補助事業を使って設置していたもので、今回は機器によってうその電話に気付いた区職員が署に通報したものですが、品川区によると、事業を通して被害を防いだのは今回が初めだといい、署は自治体の補助制度を活用し、こうした機器を活用するよう呼びかけています。このような機器によって直接逮捕に結びついた事例を紹介することがあまり多くなく、大変よい事例だと思われます。被害防止に有効であることは間違いがなく、多くの高齢者世帯に設置され、正しく使用されるよう、もっと広く周知してもらいたいものだと痛感させられます。
- 電話詐欺の被害を未然に防ごうと山梨県警が、電話をかけてきた相手に「会話を録音する」と警告して犯人を撃退する自動通話録音機の貸し出しを始めて半年が経過、利用者からは「迷惑電話が一切なくなり、安心感があった」などと効果を実感する声が寄せられており、県警は今後も普及を図るとしています。報道によれば、県警は2021年、電話詐欺の対策として「犯人と話す機会をなくすこと」に重点を置き、85台の自動通話録音機を購入して、2021年6月以降、65~95歳の74人の自宅に設置、録音機を接続した固定電話に着信があると、自動で「振り込め詐欺などの犯罪被害防止のため、会話内容が自動録音されます」という音声が流れるもので、詐欺グループのメンバーは録音されることを避けようと電話を切るため、被害を未然に防げる仕組みとなっています。前項同様、このような取組みが被害の防止につながることを多くの方に知ってほしいと思います。
- 特殊詐欺の類型の一つでATMから現金を振り込ませる「還付金詐欺」の被害を防ぐため、警察庁と金融庁は、全国銀行協会などに対し、ATM付近での携帯電話での通話自粛を利用者へ求めるよう通知しています。金融機関と連携し、犯人グループの連絡手段を絶つ狙いがあり、通知では各金融機関がそれぞれ、利用者に通話の自粛を呼びかけるよう依頼する内容となっています。行員の声かけやポスターの掲示を想定、ATM付近で携帯電話の電波を感知すると通話を遮断する装置の導入の検討なども求めています。金融機関と連携する同様の取り組みは警視庁が先行して都内の信金と2021年4月に始め、大手銀行やコンビニエンスストアなどへ広がっており、2021年11月の都内の還付金詐欺の認知件数は60件で、対策前の同年3月(114件)と比べ5割近く減っています。ただし、その結果もあってか、主要7都道県外の地域での被害が増える結果ともなっており、全国的に同様の取組みが普及することを期待したいところです。
- 大阪府警が今春、特殊詐欺の捜査に専従する「特殊詐欺捜査課(仮称)」を新設する方針であることが分かったといいます。警察庁によると、特殊詐欺捜査に特化した課は全国の警察に現在設置されていませんが、暴力団などの組織が関与した特殊詐欺の被害は後をたたず、大阪府警は専門知識や捜査経験の豊富な捜査員を集め、対策を強化する考えだということです。これまで大阪府警では、知能犯を捜査する捜査2課内に「特殊詐欺対策室」を設置し、約70人態勢で特殊詐欺の捜査にあたってきたところ、新設の課は約100人態勢に拡充し、従来の対策室のメンバーに加え、暴力団など組織犯罪に関して捜査経験のある捜査員らを投入する方向で検討しているといいます。報道によれば、大阪府警幹部は「特殊詐欺でだまし取られた金銭は、暴力団など犯罪組織の資金源となっている実態がある。特殊詐欺は組織犯罪という視点を捜査に取り入れ、対策を強化したい」と話しています。正に、特殊詐欺対策と暴力団対策を融合させることで、両面からの摘発の効率化が期待されるところです。
(4)薬物を巡る動向
大麻の若年層を中心に蔓延している深刻な状況については、本コラムでもたびたび指摘してきたところですが、2022年2月2日付産経新聞において、和歌山県の状況をベースとした論考「若年層への大麻汚染 国の未来を蝕む犯罪」が掲載されていました。現状の課題含め、大変参考になる内容であり、少し長くなりますが、以下、抜粋して引用します。
また、警察庁が大麻乱用防止のためのメッセージ動画を公開しています。「ダンス編」「スケボー編」「テニス編」と3本ありますので、ぜひ拡散してほしいところです。
▼警察庁 大麻乱用防止のためのメッセージ動画の公開について
▼大麻乱用防止のためのメッセージ動画【ダンス編】
▼大麻乱用防止のためのメッセージ動画【スケボー編】
▼大麻乱用防止のためのメッセージ動画【テニス編】
また、若者を中心に近年、増加が続く大麻の乱用に歯止めをかけようと、福岡県と福岡県警が啓発動画3本を制作し、専用サイトで公開中です。県警が摘発した少年の6割近くが知人らに勧められて手を染めていたことから、誘惑の「断り方」を指南するもので、若年層に関心を持ってもらうため、ゲームの実写版のような仕上がりにしているのが特徴です。福岡県警は「周囲からの誘いに応じ、安易な気持ちで使用するケースが後を絶たない。こうした傾向が若年層の大麻汚染の背景になっている」と分析、「薬物には常習性があり、いったん手を出すと人生を棒に振ることになる」と強調。、「誘惑に負けず、勇気を持ってきっぱりと断ってほしい」と呼びかけています。
▼福岡県警 ダメドラワールド(福岡初薬物乱用防止VR動画の紹介)
「ダメドラワールド」は、違法薬物乱用防止を目的に制作されたVR(バーチャルリアリティ)による動画サイトです。薬物乱用防止啓発として違法薬物の代表である「大麻」、「危険ドラッグ」、「覚せい剤」を、それぞれの特徴に沿ったストーリーで展開し、最悪の結果に至るまでの過程を1人称の視点でリアルに体験できます」(同サイトの紹介文より)
さて、コロナ禍で厳しい入国制限が行われている日本ですが、それでも海外と行き来できる日本人や在日外国人が一定数存在しており、彼らを高額報酬で雇うケースが増えているようです。直近では、航空旅客機でブラジルからコカインを密輸したとして、東京税関は在日ブラジル人の20代の男2人を関税法違反と麻薬取締法違反の疑いで摘発しています。告発を受けた東京地検が2人を起訴したといい、東京税関は、2人がブラジルの犯罪組織から「運び屋」として雇われた可能性があるとみており、コロナ禍で外国人の入国制限が続く中、日本人や在日外国人が犯罪組織から誘われる機会が増えるとみて、注意を呼びかけています。違法薬物の密輸で最も多い手口が、運び屋が航空旅客機を利用して持ち込むもので、2019年の摘発は全国で243件、密輸全体の57%を占めてしましたが、コロナ禍で外国人の入国制限が敷かれたことで、2021年は全体の約1割まで減り、国際郵便と商業貨物を使う手口が8割超に上りました。しかしながら、本来、密輸グループは薬物が手元から離れる貨物や郵便を摘発のリスクが高まるとして嫌っており、高額報酬で「運び屋」を雇う手口が注目されているというものです。実際、こうした人が仕出し国と日本を往復して摘発されるケースが増えており、税関幹部は「密輸組織は間違いなく運び役の人材確保に窮しており、今後も日本人の若者や在日外国人の学生が狙われる」と指摘しています。本稿執筆時点、2月末に期限を迎える外国人の新規入国を原則停止とする新型コロナの水際対策について、政府は延長せず、大幅に緩和する方向で検討していると報じられており、外国人から極めて評判の悪かった「水際対策」の緩和は良いことである一方で、薬物の「運び屋」が増えることにもつながるという点では悩ましいものでもあります。
薬物犯罪は、その依存性から、いったん深みにはまれば抜け出すのが困難であることはこれまでも指摘してきたとおりです。実際、覚せい剤取締法違反事件は7割が再犯者によるもので、中毒者による殺人や立てこもりなど凶悪事件につながるリスクも軽視できないところです。さらに、「一発アウト」の社会的制裁の苛烈さは初犯の抑止には役立っても、再犯を防ぐ上では弊害が大きいのが現実です。一方、日本以上に蔓延が深刻な海外では日本とは異なるアプローチで依存と対峙しています。「薬物使用者をあえて罰しない」選択肢で、治療や社会復帰に向けた支援を充実させた方が、再犯リスクは下がるという発想、SDGsからの発想に基づいており、「誘惑を乗り越えたり、逆に我慢できずに失敗したりといった経験を重ねることは、回復のために非常に重要だ」と専門家が述べています。本コラムでも以前取り上げた薬物犯罪で収監された人々への治療に対する考え方について、あらためて厚生労働省「大麻等の薬物対策のあり方研究会」の資料から紹介しておきたいと思います。
- 麻薬及び向精神薬取締法による麻薬中毒者への医療の提供等(麻薬中毒者制度)
- 麻薬中毒(※)の状態にある者(麻薬中毒者)への医療の提供等の措置として、麻薬及び向精神薬取締法では、(1)医師の麻薬中毒者の届出等、(2)措置入院及び(3)フォローアップが規定されている。
- 麻薬中毒(※)とは麻薬、大麻又はあへんの慢性中毒(麻向法第2条第24号)を指し、麻薬に対する精神的身体的欲求を生じ、これらを自ら抑制することが困難な状態、即ち麻薬に対する精神的身体的依存の状態をいい、必ずしも自覚的または他覚的な禁断症状が認められることを要するものではない。(昭和41年6月1日付け薬発第344号「麻薬中毒の概念について」)
- 医師の麻薬中毒者の届出
医師は、診察の結果受診者が麻薬中毒者であると診断したときは、その者の氏名等を都道府県知事に届ける義務がある。 - 措置入院
都道府県知事は、精神保健指定医の診察の結果、麻薬中毒者であり、かつ、症状、性行及び環境に照らして入院させなければ麻薬、大麻又はあへんの施用を繰り返すおそれが著しいと認めたときは、麻薬中毒者医療施設に入院させて必要な医療を行うことができる。 - フォローアップ
麻薬中毒者相談員等による麻薬中毒者及びその疑いのある者(特に、麻薬中毒者医療施設を退院した者)に対する相談業務を実施- 平成11年の精神保健福祉法の改正に伴い、精神障害者の定義が改められ、薬物依存症も対象とされたことに伴い、麻薬中毒者については、麻薬及び向精神薬取締法及び精神保健福祉法の2つの法律で重複して措置 ⇒ 平成20年以降、麻薬及び向精神薬取締法に基づく麻薬中毒者の措置入院は発生していない。
- 医師の麻薬中毒者の届出
- 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に基づく入院形態
- 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律では、「精神障害者」を、以下のとおり定義。統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者
- 任意入院
入院を必要とする精神障害者で、入院について、本人の同意がある者
精神保健指定医の診察は不要
措置入院/緊急措置入院- 入院させなければ自傷他害のおそれのある精神障害者
- 精神保健指定医2名以上の診断の結果が一致した場合に都道府県知事が措置緊急措置入院は、急速な入院の必要性があることが条件で、指定医の診察は1名で足りるが、入院期間は72時間以内に制限
- 医療保護入院
入院を必要とする精神障害者で、任意入院を行う状態にない者
精神保健指定医(又は特定医師)の診察が必要/家族等のうちいずれかの者の同意が必要(特定医師による診察の場合は12時間まで) - 応急入院
入院を必要とする精神障害者で、任意入院を行う状態になく、急速を要し、家族等の同意が得られない者
精神保健指定医(又は特定医師)の診察が必要/入院期間は72時間以内に制限(特定医師による診察の場合は12時間まで)
- 任意入院
- 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律では、「精神障害者」を、以下のとおり定義。統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者
- 刑の一部の執行猶予制度について
- 平成25年6月、刑の一部の執行猶予制度の導入等を内容とする「刑法等の一部を改正する法律」及び「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」が成立し、平成28年6月1日に施行された。
- 裁判所が、3年以下の懲役・禁錮を言い渡す場合に、その刑の一部について、1~5年間、執行を猶予することができるとする制度
- 対象
初入者等裁判所の裁量により、執行猶予の期間中、保護観察に付することができる。
薬物使用等の罪を犯した者(初入者等を除く)執行猶予の期間中、必ず保護観察に付される。
- 薬物犯罪で収監された人々への治療に対する考え方
- 従来より、世界的に刑務所に収容される囚人の人数の増加に伴い、刑務所が過密状態となることにより、囚人の基本的な人権が守られない事態が発生していることから、刑務所の過密状態の解消及び囚人の基本的な人権を守ることを目的として、刑務所への収容に代わる案が提案されてきた。特に、代替策を検討すべき集団として、薬物の使用者が挙げられており、これらの集団に対する代替策として、1)非犯罪化、2)ドラッグコートが提案されてきた。*Handbook of basic principles and promising practices on Alternatives to Imprisonment(United Nations,2007)
- 平成28(2016)年に開催された第3回国連麻薬特別総会において、「世界的な薬物問題に効果的に対処するための共同コミットメント」が採択され、(1)薬物使用障害の治療や感染症予防・治療を含む需要の削減、(2)医療・科学上の目的のための規制物質の利用・アクセスの確保、(3)効果的な法執行、マネー・ローンダリング対策等を通じた供給削減、(4)薬物と人権、青少年、女性及びコミュニティ、(5)新精神作用物質等の新たな問題、(6)国際協力の強化、(7)代替開発等の7項目について、施策上の勧告がなされており、(4)の中には以下の事項も含まれている。
- 収監された人々に対する薬物使用障害の治療へのアクセスの強化
- 刑務所の過密状態と暴力の解消を目的とした措置の実施等
- これは、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の基本理念である「誰一人取り残さない(leave no one behind)」が背景にあるためである。
- 米国におけるドラッグコート
- ドラッグコートとは
薬物専門裁判所であり、問題解決型裁判所※の一つ。犯罪行為を裁くのではなく、その行為の原因となる「根本原因」を治療・除去することによる真の問題解決を目的とする。
※根本原因の治療・除去による真の問題解決を目的とした裁判所の総称 - 背景
1980年代にコカイン乱用者が著しく増加し、過剰拘禁状態となったことから、1989年にフロリダ州デイド郡マイアミ市において、過剰拘禁状態を解消するための手段として初めて取り入れられた。 - 仕組み
刑務所に収容される代わりに、裁判所の監視の下で社会生活を続け、定期的に出廷し、薬物検査を受け、治療プログラムに参加することで、薬物を使わない生活を身につける。
ドラッグコートに参加するには、薬物犯罪を犯したと認めることが必須。
プログラムは通常1から2年間。
出廷しない、薬物検査陽性などの遵守事項に違反した場合、短期間の拘禁(通常2日から2週間程度)などの処罰を受ける。
プログラムを終了した場合は、逮捕歴、有罪判決が取り消される。
- ドラッグコートとは
市販のせき止めや風邪薬、処方された睡眠導入剤などを過剰摂取(オーバードーズ)し、依存してしまう若者が増えていると報じられています(2022年1月21日付産経新聞)。不安やいらだちが解消される錯覚に陥るというものの、内臓へのダメージは大きく、過剰摂取とみられる薬物中毒で高校生が死亡する事件も起きています。一方、「購入は1人1箱」とする国の規制も抜け道が多く、歯止めにはなっていないのが現状です。若者たちが過剰摂取に走る背景として、「睡眠導入剤を服用すると、言いたいことが言えた」、「過剰摂取により感情や理性のコントロールが外れる。ストレスもなくなり、自由を手に入れたような気分になる」といったことが挙げられています。違法薬物ではないにしても、大量に服用すれば心身への弊害は大きく、専門家は「体は異物が入れば尿や便として排出しようとするが、内臓には大きな負担がかかる。肝臓や腎臓に障害を及ぼす可能性がある」といいます。さらに、薬には依存性があり、中枢神経に影響を与えることもあるといいます。厚生労働省は、2014年、市販薬などに含まれる成分のうち、依存しやすい6種類を「乱用のおそれがある医薬品の成分」に指定、薬局などが販売する際は原則1人1箱(1本)とし、状況に応じて氏名や年齢、購入理由の確認を義務付けましたが、規制の効果には疑問符が付くといい、同省が毎年実施している覆面調査によると、ルールを守っていた店は73・3%(2020年度)にとどまっています。「ダメ。ゼッタイ。」と薬物乱用防止を呼びかける標語は有名である一方、専門家は薬物の負の側面を強調しすぎすることで、逆に相談や治療の機会を遠ざけてしまうとし、「市販薬を含む依存者を犯罪者のようにみるのではなく、何か困りごとを抱えている人と位置付け、支援の対象にしていくことが必要だ」と訴えています。市販薬のオーバードーズの問題は、自殺未遂等の報道で目にする機会はありますが、日常的なリスクについても、もっと関心をもたれるべきであるとともに、専門家の指摘のとおり(違法薬物対策もまた同様に)負の側面を強調し過ぎて、依存症の相談のハードルを上げてしまい、依存症の治療にたどり着けない悲劇だけでは起こしてはならないと痛感させられました。
その他、薬物犯罪を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 大阪府が運営する新型コロナウイルスワクチンの大規模接種会場の現場責任者に内定していた医師が2022年1月下旬、覚せい剤を所持した疑いで大阪府警に逮捕されています。接種予約の受け付けが始まった直後にニュースが報じられたため、大阪府は受け付けを急遽停止し、後任医師を決定するなどの対応に追われました。
- 自宅で大麻草を栽培したなどとして、神奈川県警相模原署は、大麻取締法違反(共同栽培、共同所持)の疑いで、いずれもフィリピン国籍の容疑者と同居する無職の容疑者を現行犯逮捕しています。共謀のうえ、自宅の一室で大麻草2本を栽培したうえ、乾燥させた大麻草の葉を相当量所持していたというもので、報道によれば、容疑者は「自分で吸ったり、友人に吸わせたりするために栽培していた」と供述していますが、発見された乾燥させた葉の量から、自宅には今回押収した以上の大麻草があったとみられ、同署は営利目的での栽培も視野に捜査を進めています。
- 覚せい剤を隠し持っていたとして、大阪府警曽根崎署は、医師ら2人を覚せい剤取締法違反(共同所持)の疑いで現行犯逮捕したと発表しています。医師は大阪や名古屋などにある美容クリニックの医師で、曽根崎署は2人の認否を明らかにしていないが、覚せい剤とみられる結晶が入った三つの袋などを押収、今後、使用容疑でも調べるとしています。他に逮捕されたのは、風俗店経営者で、2人は、名古屋市のホテルで覚せい剤を所持した疑いが持たれており、医師は風俗店の客としてホテルを利用していたということです。
- 自宅で覚せい剤を使用、所持したとして覚せい剤取締法違反の罪に問われた岐阜市の男性被告(50)に、岐阜地裁は無罪判決を言い渡しています(求刑は懲役4年)。報道によれば、警察が家宅捜索や強制採尿の令状を請求した際の捜査報告書に虚偽記載があり、捜査手続きが違法だったとし、押収物などの「証拠能力を認めることはできない」と判断したものです。裁判官は判決理由で、駆け付けた警察官とは別の人物が書いた捜査報告書に「ベランダから飛び降りようとした」などと事実と異なる記載があったと指摘、注射器の場所も警察官証言と違うとして、虚偽記載は「円滑に令状発付を得ようとしてなされたもので、令状主義の精神を没却する重大な違法がある」と非難しています。
- オーストラリア政府は、麻薬や武器などを探知する犬6頭が訓練を終え、日本に出発することになったと発表しています。報道によれば、「豪政府の進んだ水際対策を世界に披露する機会だ」と強調、「ソリス」「キッシュ」などと名付けられた探知犬6頭は、日本の税関で任務に就く予定だといいます。豪州では、国境警備隊が毎年約160頭のラブラドールレトリバーの子犬を育てて訓練しており、訓練を終えた犬は、国内では連邦警察や国防軍の活動などに従事、海外では日本をはじめニュージーランドやインドネシアなどで活躍しているということです。
- 南米ブラジルの第2の都市リオデジャネイロ(リオ)で、地元警察が警官約1,300人を動員し、「ファベーラ」と呼ばれるスラム街2カ所を制圧したといいます。報道によれば、犯罪組織などの壊滅を目指した大規模な掃討作戦の一環で、リオ州のカストロ知事は、総額5億レアル(約104億円)を投じて地域の治安回復と発展を目指す方針を表明しました。警官隊は麻薬組織が拠点とするジャカレジーニョ地区と、民兵組織が影響力を持つムゼマ地区を急襲、警官らは装甲車で地区内を移動し、上空にはヘリコプターも配備され、逃亡中の銀行強盗容疑者を含む30人以上を拘束したといいます。リオでは2008年から警察当局が平和維持警察部隊(UPP)を設立し、取り締まりを続けていますが、麻薬取引に関与していない住民が警察に拷問された後に殺害される事件が起きるなど、警察の武力行使に批判も出ています。なお、銃撃事件の発生場所などの情報を提供するアプリ「フォーゴ・クルザード」の年次報告書によれば、リオの都市部では2021年、4,653件の銃撃事件が発生し、2,098人が撃たれて死傷、平均すると、1日当たり13件の銃撃事件が起きているということです。
(5)テロリスクを巡る動向
警察庁「令和3年の犯罪情勢について」でも明らかとなったとおり、犯罪統計資料上は、治安は改善されているはずですが、いわゆる「体感治安」は悪化しているのが今の日本です。直近でも、走行中の鉄道内での放火事件や大阪のビル放火事件など、「拡大自殺」とも「思想なきテロ」とも言われる無差別殺傷事件の発生が目立っています。背景には、社会への不満や他責の念、孤独・孤立といった状況があると考えられていますが、それを個人的な要因に矮小化すべきではなく、そのような社会への無差別攻撃者の存在をふまえた対策(監視体制の強化や利便性の犠牲など、決して性善説だけでは解決しえない課題を社会的コスト(社会的リスク・痛み)として社会が受け容れるべき部分)、一方で、孤立や社会的排除を生む社会的背景の改善に向けて「社会的包摂」という両面から、私たちにもできることはあると考えるべきだと思います。私たちにできることは何かについては、2022年1月24日付産経新聞の記事「拡大自殺の連鎖 コロナ禍、予備軍は隣にいる 大阪社会部長・牧野克也」が大変よくまとまっており、参考になりましたので、以下、一部抜粋して引用します。
性善説に拠らない対策の強化と社会的包摂のバランス(極論として言い換えれば、公益性とプライバシー保護のバランス)をどう取っていくかについては、とりわけ市民の生命にもかかわる事業を営む事業者にとって悩ましい課題となっています。例えば、京王電鉄は、昨年10月の乗客刺傷事件を受け、保有する全873両の車内と全69駅のホームに、映像をリアルタイムで伝送できる防犯カメラを設置すると発表しています。指令所などで状況を把握し、乗客の安全性を高める狙いで、2023年度末までの完了を目指すとしています(なお、約2割の車両に既設の防犯カメラは、リアルタイムの伝送機能がないため交換するとしています)。また、乗客に非常通報装置やドアコック、ホームドアの非常ボタンなどの設置場所や使い方を周知し、防犯への協力を求めること、非常時の対処方針としては、複数の非常通報装置が押された場合、内容が不明でも最寄り駅に緊急停車し、車両ドアとホームドアの位置がずれても両方を開けて乗客を避難させることなどを打ち出しています。一方、JR東日本は、夜間に勤務する駅員や乗務員らに常時装着する「ウエアラブルカメラ」を4月から配備する方向で検討していることが分かりました。報道によれば、乗客などとのトラブルで暴力や犯罪被害に遭うリスクを減らすのが狙いで、国土交通省によると暴力対策目的での導入は鉄道業界では初めてだといい、社員の安全確保と利用客のプライバシー保護を両立させられるよう、運用面の詳細を詰めるとしています。今回、駅員や乗務員らに広げる背景には、電車内や駅構内での利用客による迷惑行為が深刻化している現状があり、今後、運用面では、常時撮影や遠隔操作による監視の是非、動画の保存期間などが論点となるほか、導入する駅や地域のほか、装着するカメラの形状、装着していることを客に知らせるかどうかといった詳細は今後検討することになります。JR東日本は2021年、重大犯罪で服役した出所者らを顔認証機能付きカメラで検知する防犯対策を首都圏の一部の駅に導入しましたものの、人権上の観点から批判が相次ぎ撤回に追い込まれた経緯があり、ウエアラブルカメラも運用次第ではプライバシーの問題が生じる恐れがあり、労働組合と慎重に協議するとしています。こうした取り組みの公益性とプライバシー保護とのバランスの取り方については、事業者と社会との間の丁寧なリスクコミュニケーションが問われることになります。今後、事業者がどのように社会とコンタクトを取りながら、対策を強化していけるか、注視していきたいと思います。
さて、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)については、アフガン情勢の混迷とともに、その勢力の伸長に注意が必要な状況にありますが、IS最高指導者のバグダディ容疑者に続き、後を継いだアブイブラヒム・ハシミ・クラシ容疑者も米軍の急襲作戦で死亡したと報じられました。バイデン政権は容疑者の潜伏先に関する情報を数カ月前に入手、民間人の巻き添え被害を避けるため、空爆ではなく、リスクの高い急襲作戦を選択したといいます。バイデン大統領は「我が軍によって、おぞましいテロリストはこの世を去った。我々は世界中のどこであろうとテロリストたちを追い詰める」と演説しましたが、アフガニスタンから駐留米軍が撤収する直前の2021年8月、首都カブールの国際空港付近で自爆テロが起き、米兵13人を含む約185人が死亡、米軍は報復措置として無人機による攻撃を行いましたが、バイデン大統領は「これが最後ではない」とし、さらなる報復を示唆していました。IS指導者の自爆死は確かに、イスラム主義組織タリバンの復権を許し、アフガンで国際テロ組織の勢いが増すなどとして、テロ対策をめぐり批判を受けてきたバイデン政権にとって大きな成果となります。ISはシリアやイラクで活動を依然続けており、米軍は現地の治安部隊とともに掃討作戦を実施、勢力は小さくなったとはいえ、いまも米欧を敵視して復活の機会を探っているのがISだからです(「ISに甚大な打撃を与えた」という米国防総省の報道官のコメントがありましたが、むしろ、米国防長官のオースティン氏の「ISとの戦いは続く」、「指導者がいなくなっても、ISのねじ曲がった思想や、人々を殺害し、恐怖に陥れようとする意思は米国の安全保障や多くの人々の生命を脅かし続ける」とのコメントの方が正しい認識だと思われます)。しかしながら、ISのテロ活動に対する大きな影響はほぼないと厳しい見方が大勢を占めています。筆者としても、そもそもISの指揮系統は分散されていること、何より、ISは「思想」によってテロリストを支配していること、世界各地のホームグロウンテロリスト等の自立・自律的な行動がISの活動の主流であり(細かく作戦の指示を行わず、忠誠心に働きかける形)、その死は逆に世界中のテロリストを鼓舞する可能性があることなどから、ISの弱体化にはつながらないと考えます。むしろ、ISはアフリカなどで勢力を拡大しつつあるなど、国土と人心の荒廃がさらなるテロを生み出す悪循環を断ち切るのは容易ではないことをあらためて痛感させられます。なお、そのISについては、それに先立ち、シリア北東部で構成員らが収容された刑務所を襲撃、仲間を脱獄させるために大規模な攻撃を仕掛け、拠点を失い衰退しながらも潜伏を続けるISの脅威を改めて知らしめる挙に出ています。報道によれば、「襲撃は200人以上のテロリストが参加し、半年前から準備されていた」といい、内戦が続くシリア北東部一帯を実効支配し、刑務所を管理する少数民族クルド人主体の武装組織「シリア民主軍」(SDF)は声明を出し、用意周到な動きであったことを示しています。また、国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、襲撃の影響で、最大45,000人の周辺住民が非難を強いられたほか、国連児童基金(ユニセフ)は約850人の子どもたちが刑務所内にいたとして、即時の解放を要求、SDFは、ISが子どもたちを「人間の盾」にしていると訴えています。なお、最終的にSDFは鎮圧に1週間以上を要し、双方の死者は200人を超えたということです。襲撃を受けた刑務所は約3,500人を収容していたとされ、外国人構成員も多く、2019年にISがシリアで最後の拠点を失った際、多くがこれらの刑務所に収容され、ISの家族らはこの地域のキャンプに押し込められていたといいます。逃走すればISが勢いを取り戻し、地域情勢の不安定化につながりかねないと懸念されていたともいい、「過激思想の拡散を恐れて構成員の出身国が引き取りを拒否するなか、これが「時限爆弾」となり、今回の襲撃につながったとも言える」(2022年1月25日付朝日新聞)との指摘が正鵠を射るものと考えます。
さらに、ISに関連して、米国務省は、アフガニスタンを拠点とするIS系武装勢力の指導者サナウラ・ガファリ容疑者の身元や居場所特定につながる情報提供に、最高1,000万ドル(約11億5,000万円)の懸賞金を出すと発表しています。報道によれば、ガファリ容疑者は2020年6月、アフガンのIS系武装勢力「イスラム国ホラサン州」(IS―K)指導者に就任、2021年11月に米大統領令に基づく特別指定国際テロリストに加えられています。国務省はまた、2021年8月のアフガン駐留米軍撤収時に首都カブール空港で起きた爆弾テロ事件に関与したテロリストの拘束につながる情報にも、同額の懸賞金を出すと発表しています。前述のとおり、同事件では米兵13人を含む少なくとも185人が死亡、150人以上が負傷しています。なお、今回活用する懸賞金制度は1984年に創設されたもので、これまで世界で100人以上に計2億ドル以上を支払ってきたということです。
さらに、アフガン情勢に関連して、国連のグテレス事務総長は、イスラム主義組織タリバンが支配するアフガニスタンに関する報告書を公表しています。報告書は、人道支援を求める人々が今年は昨年より増加し、国民の約6割に達する恐れがあると指摘、IS系武装勢力の活発化も警告しています。また、報告書によると、2021年8月中旬にタリバンが政権を奪取したことに伴う混乱に干ばつや新型コロナウイルスの流行が重なり、人道支援が必要な人は2021年末時点で国民の4割を超え、1,800万人以上に膨らみ、今年は6割近い2,400万人以上が支援を求める「厳しい状況が続く」見通しだとしています。一方、アフガニスタンのメディアは、南部カンダハルの病院関係者の話として、この病院で今年に入り、子供少なくとも75人が栄養失調で死亡したと報じています。アフガンでは、タリバン暫定政権への制裁などで経済が混乱、0度前後の気温下で人々が十分な食料を得られず、国際機関などが支援を急いでいますが、この病院関係者は、今年に入り子供約1,900人が栄養失調で搬送されてきたと証言しています。なお、世界食糧計画(WFP)は昨年、アフガン人の95%が十分な食料を得られていないと警告しています。また、2022年1月31日付日本経済新聞によれば、アフガンで、麻薬栽培といった公式統計に表れない「闇経済」への依存に拍車がかかっているといいます。農家はケシ栽培を継続し、旧アフガン政府の失職者らは金の違法採掘を始めたと報じられています。タリバンの暫定政権発足後、国際援助も低迷しており、市民生活の窮状はさらに深まる可能性が高いとしています。報道によれば、アフガンは金やレアアース(希土類)などの天然資源の埋蔵量が豊富で、その資産価値は最大で3兆ドルにのぼるという試算があり、米国平和研究所は「アフガンの資源採掘は、違法もしくは規制が整備されていないものだ」と指摘、「タリバンは違法採掘が麻薬に次ぐ2番目に大きな資金源になっている」との見方を示し、過去に年間2~3億ドルの収益を得ていた可能性があると指摘しています。さらに、タリバンが最大の資金源としてきた麻薬の栽培も横行しているようです。ケシの栽培について、国際社会は以前から取り締まりを求めており、タリバンは2021年8月に麻薬取引と決別する考えを強調していましたが、ケシ栽培は例年と同じように黙認されているといいます。アフガンで闇経済への依存が強まる背景には、タリバンの政権運営が十分に機能していないことが挙げられます。暫定政権の発足から4カ月半が過ぎでも、国家財政の約5割を占めてきた国際援助の大半は止まったままで、主力産業のカーペット輸出などの貿易も決済資金の不足から停滞、アフガンでは失業者が急増し、市民は物価上昇や食糧不足に苦しんでいる現状があり、貧困や食糧危機がさらに深刻化する懸念があります。
経済的に困窮するアフガン情勢の直接的な要因の一つが、国際社会による援助がほとんど止まったままで、米などによる経済制裁で大量の資金が凍結されていることにあります。米政府は、米国内で凍結しているアフガニスタン中央銀行の資産約70億ドル(約8,000億円)のうち約35億ドルをアフガニスタンの人道支援に活用する方針を発表しています(今後数カ月のうちに資金を管理するための第三者の信託機関を設立するとしていますが、機関の構成や資金の使用方法などの詳細は検討中ということです)。残る約35億ドルは、米同時テロの犠牲者の親族を含むテロの被害者らが起こしている賠償請求の対象として米国内に保管するということです。凍結資産活用のための手続きとして、バイデン大統領は、米国の金融機関にある資産をニューヨーク連邦準備銀行の口座に集める大統領令に署名、米政府高官は「資産は(イスラム主義組織)タリバン暫定政権に直接恩恵を与えないようにし、アフガン国民のために使われる」と強調しています。報道によれば、アフガン中銀の国外資産はカブール陥落時で合計約90億ドルあり、米国のほかドイツ、アラブ首長国連邦(UAE)、スイスなどに保管されているということです。
その他、アフガン情勢、タリバンの動向等についての報道から、いくつか紹介します。
- タリバン暫定政権は、2021年8月の政権奪取後に実施した身元調査の結果、「不正行為」を理由にタリバン戦闘員約2,840人を解雇したことを明らかにしています。報道によれば、1996~2001年の旧政権時代よりも柔和な姿勢をアピールするタリバンは、組織内の規則に抵触する戦闘員がいないかを調査した結果、「汚職や麻薬に関与したほか、市民のプライベートな生活に立ち入った」メンバーがいたことが判明、中にはタリバンと敵対関係にあるIS系武装勢力と関係を持つ者もいたということです。
- アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンのハッカニ高等教育相代行は、2021年8月の実権掌握以来閉鎖していた公立大学を2月に再開すると表明しています。女子学生の復帰が可能かどうかの詳細には触れていませんが、温暖な地域の大学は2月2日から、寒冷な地域は同2月26日から再開すると述べています。タリバン高官らは先に、女子学生は別のクラスで授業を受けることが可能と示唆するも実際に再開されるかは不透明なままです。これまでに、全土の大半で男子にのみ高校を再開、一部私大は再開していますが、多くは女子学生が教室に復帰できていません。タリバンは海外からの支援拡大と海外資産凍結の解除を求めているものの、西側諸国は条件に女性教育を含めています。
- ノルウェーの首都オスロで開かれたアフガニスタン情勢を巡る会合を受け、参加した欧米各国とEUは、タリバン暫定政権に対し「恣意的な拘束やメディア弾圧、超法規的殺人などの人権侵害を防止するための、より多くの努力」を求める共同声明を発表しています。暫定政権下では、タリバンへの抗議デモに参加した女性活動家の拘束や報道規制の強化、元政権関係者に対する司法手続きなしの処刑などが指摘されており、声明は、アフガンでは「女性活動家の拘束のほか、女性の教育や雇用、男性の伴わない旅行の禁止」も含め、人権侵害が急増していると批判、アフガンの安定と平和のために、人権尊重と包括的な政権樹立の重要性を強調しています。中等教育の女子通学についてタリバンが、3月の全面再開を目指すとの目標を表明したことを歓迎したが「確実に実現するには、予算や実務上の準備が必要だ」と指摘しています。
その他、テロリスクに関する報道から、いくつか紹介します。
- オルセン米司法次官補(国家安全保障担当)は、司法省内に国内テロ対策に特化した部門を新設すると明らかにしています。白人至上主義者や反政府活動家の脅威増大に対応するもので、上院司法委員会の公聴会で、社会的あるいは政治的目的を果たすために暴力的な犯罪行為を働く国内過激派からの脅威が増していると説明、人種的な憎悪や、反政府・反体制の思想が動機付けとなるケースが脅威増大につながっているとしています。司法省は2021年1月6日のトランプ前大統領の支持者による議会議事堂襲撃事件に関連して725人以上をこれまでに訴追していますが、被告の一部は「プラウドボーイズ」や「オースキーパーズ」といった極右団体に所属しているか関係があるとしているほか、連邦捜査局(FBI)の幹部が2021年11月に議会で、国内の暴力的な過激主義に関連する約2,700件の調査が進行していると明らかにしています。
- 米のバイデン大統領は、イエメンの親イラン武装組織フーシ派がアラブ首長国連邦(UAE)を無人機(ドローン)やミサイルで攻撃したことを受け、フーシ派を国際テロ組織として再度指定することを検討していると述べています。UAEの首都アブダビでは、燃料トラック3台が爆発し3人が死亡したほか、アブダビ空港近くで火災が発生し、フーシ派が犯行を主張、バイデン氏は、約1年前に国際テロ組織指定を解除されたフーシ派について再指定することを支持するかとの質問に対して「検討中だ」と答えています。フーシ派と国際的に認められたイエメンの政府およびUAEも加わるサウジアラビア主導による連合軍との対立を終わらせることは「非常に難しい」との認識も示しています。
- ミャンマー国軍は、出勤や外出をやめ国軍への抗議の意思を示す「沈黙のスト」は国の安定を脅かすとし、参加した場合は反テロ法違反に問うと警告しています。国軍が全権を握ったクーデターから2月1日で1年になるのに合わせ、民主派がストを呼び掛けており、強硬に取り締まる方針を示しています。
- ロシア金融監視庁は、収監中の反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏を「テロリスト・過激派」のリストに加えています。金融監視庁はマネー・ローンダリングやテロ組織の資金調達などを監視する機関で、ナワリヌイ氏のほか、複数の陣営関係者がリスト入りしたということです。プーチン政権はナワリヌイ陣営を徹底的に締め付けており、2021年6月にはナワリヌイ氏の団体が「過激派組織」に認定されています。
- 東アフリカ・ケニアで近日中にテロの起きるリスクが高まっているとして、欧州の複数国が、在留する自国民に警戒を呼び掛けています。フランス大使館が首都ナイロビでショッピングモールなどへの出入りを「控えるように助言する」としたほか、日本大使館も、フランスやオランダの情報を引用する形で、在留邦人に注意喚起しています。ケニアでは、隣国ソマリアを拠点とするイスラム過激派組織アルシャバブによるテロがたびたび起きており、2013年にはナイロビのショッピングモールが襲撃され67人が死亡、2015年には東部ガリッサの大学が襲われ148人が犠牲となったほか、2019年にもナイロビの高級ホテルへの襲撃で21人が死亡しています。
- 130人が犠牲となった2015年11月のパリ同時多発テロをめぐる公判で、テロ殺人罪などに問われた実行犯グループ唯一の生存者、サラ・アブデスラム被告の尋問が行われ、被告は「誰も殺していない」と主張しています。冒頭には、「最初に言っておきたい。アラーの他に神はない」と裁判長に挑戦的に答えたほか、自身の職業を尋ねられた被告は「ISの戦闘員となるため、全ての職業を捨てた」と主張したといいます。さて、パリ同時多発テロに関する裁判は2021年9月から始まっていますが、その裁判の意義について、フランスの社会学者のコメントが考えさせられるものでした。
(6)犯罪インフラを巡る動向
IP電話が特殊詐欺に悪用されていることは本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、特殊詐欺グループに電話回線を提供したとして、警視庁捜査2課は会社役員と知人の職業不詳の男の両容疑者を電子計算機使用詐欺ほう助容疑で逮捕しています。容疑者は大手通信事業者と大量の回線契約を結ぶ「電話再販会社」の代表取締役で、もう1人の容疑者からの指示を受けて約130回線を提供したとみられています。これらの回線が2020年11月~21年6月に起きた157件の還付金詐欺事件などで使われ、計約1億2,000万円が詐取されたとみられています。逮捕容疑は2021年4月上旬ごろ、区役所職員を装った人物が「指示に従えば医療費の還付が受けられる」とうその内容を伝えて東京都新宿区の60代女性から約400万円をだまし取った事件に使用されたIP電話回線を提供したというものです。
犯罪インフラの問題を考えるとき、犯罪者と犯罪者を犯行ルーツが「つなぐ」構図になるのですが、実は、そのような悪い者同士のつながり=「ブラックコミュニティ」の存在がサプリチェーンの分析から浮かび上がるというユニークな指摘がありました。2022年1月18日付毎日新聞の記事「企業サプライチェーンのAI解析で見えた「ブラックコミュニティ」」は、大変参考になりましたので、以下、抜粋して引用します。
漫画を舞台として、著作権侵害を助長するさまざまなサービスが排除されつつあります。小学館が発行する漫画のセリフや画像をインターネット上に無断で公開したとして、福岡県警は、東京都渋谷区のウェブサイト制作会社の代表取締役の男と法人としての同社を著作権法違反(公衆送信権の侵害)の疑いで福岡地検に書類送検しています。セリフや画像データを自身のウェブサイトに投稿、不特定多数の人が閲覧できるようにし、原作者の著作権を侵害した疑いがもたれており、画像データは「スクリーンショット」と呼ばれる機能でタブレット端末に保存し、セリフは男が文字に起こしていたといいます。「漫画村」などの海賊版サイトやそれを紹介する「リーチサイト」など、ウェブ上での著作権侵害行為に対し、被害企業は近年、警察と連携して撲滅に取り組んでおり、摘発に関わった法律家は「みんなやっているから大丈夫だろうと、他人の著作物で金もうけすることは許されない。作品の生みの苦しみを考えてほしい」と訴えています。広告収益を目当てにした著作権侵害行為は、近年さまざまな形で深刻化しており、出版各社の対策団体「ABJ」によると、漫画の海賊版サイトによる2021年の推計被害額は、前年のおよそ5倍に当たる約1兆円に急増、映画を無断編集して結末を明かす「ファスト映画」の投稿も社会問題化し、業界団体は少なくとも960億円を超える被害があったと試算しています。こうした侵害行為に対し、著作権者側は発信者情報の開示請求訴訟や刑事告訴、損害賠償請求といった法的措置に踏み切り、対抗姿勢を強めており、国内大手の海賊版サイト「漫画村」、「漫画BANK」などが閉鎖され、リーチサイトの摘発例も相次いでいます。2021年は、ファスト映画の投稿者が宮城県警に初摘発されたことで、同様の動画は大半がユーチューブから削除されました。また、漫画や動画の海賊版サイトへ誘導する「リーチサイト」を巡り、警視庁がサイト運営者を書類送検しています。2020年の改正法施行で設立行為自体が違法となり摘発が増えた一方、規制から逃れようとする手口の巧妙化が進んでいます。多くの運営者が海外を拠点とし、追跡捜査も難しくなっていますが、出版社が中継サーバーを相手取った訴訟を起こすなど、民事訴訟を通じた抑止策が模索されています(東京地裁が2021年12月、運営側の資金源に打撃を与える判決を言い渡しています。巨額の賠償を運営者個人に支払わせることは現実的ではなく、海賊版サイト対策に取り組む弁護士らが収入構造に着目、海賊版サイトには多くのインターネット広告が掲載されており、「有料会員制にしないことで、多くの読者をサイトに誘導し、広告収入を増やしているのではないか」として、広告掲載を仲介する広告代理店の賠償責任を認めさせれば、サイトの資金源を断てるとしたもので、裁判所もそれを支持したものです。さらに、出版社側は、海賊版サイトが月間3億回にも上る大量のアクセスに対応し、膨大なデータを遅延なく配信するには、米国IT企業クラウドフレアのサービスが不可欠と判断、メールアドレスの登録など匿名でも契約できることが身元の特定を嫌う海賊版サイトにとって好都合になっている点も問題視、出版4社は2020年4月以降、米国著作権法に基づき、クラウドフレアに海賊版の配信をやめるよう通知してきたが、配信が続いているといいます。海賊版サイトやリーチサイトに限らず、こうしたインターネット広告会社やプラットドーム会社が著作権法違反という犯罪を助長する「犯罪インフラ」として訴訟の対象とされるようになっているということです)。著作権に詳しい弁護士は、被害を減らすには「企業や関係者が連携し、運営者が広告収益を得られなくしたり、配信インフラを使えなくしたりする環境を整備することが重要だ」と指摘しています。
他人のクレジットカード情報でサプリメントを購入したとして、警視庁サイバー犯罪対策課は、私電磁的記録不正作出・同供用と窃盗の疑いで、東京都港区虎ノ門の会社役員を逮捕しています。「荷受け代行」と呼ばれるアルバイトにサプリなどの商品を受け取らせ、通販サイトで転売して約3億円を売り上げたとみられています。容疑者は同様の事件で公判中のグループなどに商品の購入を依頼、グループが不正に入手した他人のカード情報で購入し、荷受けするバイトに受け取らせ、回収していたとみられており、商品の販売価格の半額ほどをグループに支払い、金額を上乗せして転売したということです。警視庁は男が仲間と共に2018年11月以降、同様の手口で約3億円を得たとみています。他人のクレジットカード情報の不正利用やSNSを使ったバイトの募集、転売のための通販サイトの悪用など、さまざまな犯罪インフラを駆使した犯罪だといえます。また、他人のインターネットバンキングに不正にアクセスして金をだまし取ったなどとして、愛知県警などは、ブラジル国籍の大学生を、不正アクセス禁止法違反と電子計算機使用詐欺の疑いで逮捕しています。沖縄県の50代男性のネットバンキングの口座に不正にアクセスし、計680万円を別の口座に送金するなどした疑いがあり、スマートフォンで情報を管理する「メモアプリ」の運営会社を装い、IDやパスワードなどのアカウント情報を盗み出す「フィッシング」の手口を使っていたといいます。報道によれば、まず、利用者らに登録状況の確認を求めるSMSを送信、添付されたURLから本物と酷似した偽サイトに誘導して、IDなどを入力させていたといい、その後、ネットバンキングから預金を別の口座に移し、ビットコインなどの暗号資産を購入していたとみられます(マネー・ローンダリング)。容疑者は約1億4,000万円分の暗号資産を保有しており、暗号資産の取引口座を準備するなど共犯者が海外にいるとみられています。メモアプリのフィッシングを利用した不正送金事件の立件は、全国で初めてで、県警は「SMSが届いても添付されたURLは安易にクリックせず、正規のサイトなどで確認してほしい」と話しています。また、2021年のクレジットカード番号盗用の被害額が過去最高額に達する見通しとなっています。番号盗用の原因はカード情報などの流出で、目立ったのは、複数の企業が利用する電子商取引(EC)サイト構築システムが不正アクセスされて、一度に大量の個人情報などが流出した被害です。コロナ禍で非対面のECサイトに注力した企業が狙われた格好となっており、経済産業省は、ECサイトを運営するカード加盟店などがセキュリティ対策の必要性を理解できていないとして問題視しているといいます。また、委託先のシステム開発会社が法令や最新のセキュリティ基準を満たしているか、確認の徹底を求める対策に乗り出すということです。関連して、他人名義のクレジットカード情報を使って、NTTドコモのスマートフォン決済サービス「d払い」で家電を購入したなどとして、愛知県警は、古物商梅本容疑者ら3人を詐欺などの疑いで逮捕しています。梅本、古屋両容疑者は2021年1月と2月、不正に入手した他人のカード情報をひもづけた「d払い」を使用し、県内の家電量販店でノートパソコンなど計約190万円分をだまし取った疑いがあり、さらに梅本容疑者は2021年9月、ネットショッピングに必要な他人名義のIDとパスワードを古屋容疑者に提供し、2人はそれを保管するなどした疑いがもたれています。購入した家電は転売されており、決済額が高額でカード利用が制限されると、冨田容疑者が水道局職員などをかたってカード名義人に電話をかけ、制限解除に必要な個人情報を入手、利用制限があるときはバッグやスニーカーなど比較的安価な商品をネットで購入し転売していたとみられています。コロナ禍でネットショッピングを利用する人が急増したため、通販会社をかたるフィッシングメールが増えており、迷惑メールフィルターの強化などセキュリティ機能の活用をあらためて勧めたいと思います。その上で、まずは不審なメールのURLはクリックしないこと、個人情報を入力する画面になったら一度立ち止まり、事業者に確認することを徹底する必要があります。
パパ活をめぐっては性犯罪の温床との指摘があります。警視庁が2020年1月に強盗強制性交容疑で逮捕した40代男はツイッターでパパ活相手を募集、「食事しませんか」などと返信してきた少女らを誘い出し、睡眠薬を飲ませて乱暴を繰り返していたといいます。警察もネット上の監視を強化しており、福岡県警は2018年、「ママ活」の相手を募っていた高2の男子生徒と、警察官が身分を隠して連絡を取り合い、待ち合わせ場所で補導しています。こうしたパパ活など援助交際関連のツイッターの投稿は月約2万~約4万件に上るといい、「相手を物色する大人と少女らの投稿が半々くらい。現実世界でのトラブルのリスクが常に付きまとう」と警告しています。また、気軽に手を出した若者が、大人の高い期待や要求に応えられずトラブルに陥るケースも多いとみられており、「コロナ禍で収入を得る手段が減っているのかもしれないが、他にできることはないかを考え、自分の身を自分で守ってほしい」と警鐘を鳴らしています。関連して、マッチングアプリに虚偽情報を登録した会員アカウントを大量に作って販売したとして、北海道警せたな署は、自称自動車販売業の容疑者を、私電磁的記録不正作出・同供用の疑いで逮捕しています。マッチングアプリのアカウントを販売する目的で10回にわたり虚偽の会員情報を登録したというもので、複数の携帯端末やSIMカードを所持して虚偽アカウントを作成したとみられるということです。容疑者が虚偽情報を入力したアカウントを1件あたり2,000~2,500円で3年間にわたり販売し、これまでに計約8,000万円を稼いだとみている。身分を明かさず登録したい人に虚偽アカウントを大量に販売していたとみられています。なお、性犯罪に関連して、2022年1月26日付産経新聞で紹介されている元受刑者の出所後10年間を追跡した調査によれば、殺人罪で服役し、また殺人の罪を犯す者は1%に満たないといい、最も重大な犯罪とはいえ、ほとんど一回完結型であるのに対し、「魂の殺人」と呼ばれる性犯罪の同種再犯率は15.6%にも上るといいます。被害者の身体のみならず心の奥底まで深く傷つけ、ときに自殺という形で間接的に死に追い込む性犯罪については、その卑劣な衝動を抑えために必要なのは内面にアプローチする「治療」であるはずなのに、日本では議論さえ進んでいない状況にあります。以下当該記事から、性犯罪防止に向けて「治療」のあり方を考えさせられる内容について、抜粋して引用します。
また、別の専門家は、「禁止命令に一定の効果はあるが、自分がどうなっても相手に危害を加えようと考える人を止めるのは難しい」と指摘、海外では危険性が高いケースで裁判所が認めた場合に限り、ストーカー側をGPSで監視することもあるとして「命令の効力を高めるためどんな手を打てるか、議論を始めるべきだ」と述べています。加害者の人権救済の視点とともに、著しく不足している被害者や被害者予備軍の人権救済の視点をもっと再犯防止策に反映させる必要性を感じます。
フリマアプリ「メルカリ」や通販サイト「アマゾン」「楽天市場」などにおける出品者が、「個人」なのか「業者」なのかを区分する基準を、消費者庁が新たに設けるとしています。「個人」は買い主を保護する責任がないことから、個人を装った悪質な業者によるトラブルが絶えなかったところ、同庁は新たな基準を示すことで、サイトの運営者にも消費者を保護するよう求めるというものです。消費者庁によると、業者とみられる出品者が、「個人」として登録し偽ブランド品を販売するなどの問題が起きており、個人の場合は住所や電話番号といった連絡先を表示する義務はなく、出品者と連絡がつかないケースも多く、これまではサイト運営事業者が個別に対策を講じてきたところ、どんな行為が「業者」にあたるのか基準を示してほしいという声が上がっていました。具体的には、「新品や未使用品を大量に出品している」、「メーカーや型番が全く同じ商品を複数出品している」、「ブランド品や健康食品、チケットなど特定の商品を大量に出品している」などの場合は業者にあたる可能性があるとし、個人が引っ越しや遺品整理などに伴って大量の商品を出品したケースなどは対象にならないとしています。
プライバシー保護規制の強化が逆風となり米メタ(旧FB)の2021年10~12月期の業績が悪化する一方、米アルファベットなどは堅調で、個人情報を無制限に近い形で利用できる時代が終わり、安全や安心と効率を両立できる企業が勝ち残る段階に入ったといえそうです。きっかけは米アップルが2021年4月、同社のスマートフォンなどでプライバシー保護機能を強化したことにあります。利用者が承認しない限り、原則として外部企業がアプリの利用状況を捕捉できないようにしたことから、アップル製品の利用者のうち外部企業による情報の捕捉に同意した人の割合は2021年12月時点で24%にとどまり、メタは主力SNS「フェイスブック」などでこの機能に依存してきたため、ターゲティング(追跡型)広告の配信や効果測定の精度が低下、他社に広告が流れ、2022年に100億ドルの減収要因になると説明するほど追い込まれています。2021年2月4日付日本経済新聞は、「ネット利用者の多くがしつこい広告に嫌悪感を抱くものの、「多くの企業にとって広告は不可欠であり、ネットの無料コンテンツを守るためにも重要だ」(グーグル幹部)。各社は透明性を高めて利用者によるコントロールを可能にする一方、企業が効率的に広告を配信する仕組みを築くことに軸足を移し始めた。米ツイッターは利用者に関心がある話題を選んでもらい、コンテンツや広告の表示に活用する取り組みを強化している。利用者の理解を得ながら、広告に活用できる情報の蓄積を厚くする狙いだ。AIを活用してウェブサイトの内容を分析し、広告配信に活用する技術の開発も進んでいる。「広告配信に使える情報が減っているのは明白だ」。メタのザッカーバーグCEOは2日の決算説明会で強調した。社会のプライバシー意識が高まり個人情報を際限なく使える時代が終わりを迎えるなか、「省データ」を実現しながら企業や消費者の利便性を維持できる技術を開発できるかが各社の命運を握っている」と指摘していますが、正にGAFAなど大手プラットフォーマーといえども淘汰の時代に突入したといえ、ある意味、傍若無人な振る舞いになすすべない状態からの転換に、感慨深いものがあります。
EUでは、米グーグルやメタなどの巨大ITプラットフォーマーらに、違法コンテンツの排除や広告の適正な表示を義務づける法案を、欧州議会が可決しています。暮らしの隅々に行き渡る巨大企業のサービスは、個人情報の保護や言論など民主主義のありようにも響くとみて制御に乗り出すことにしたもので、可決された「デジタルサービス法(DSA)案」はプラットフォーマーに対し、児童ポルノや差別、デマ、ヘイトスピーチなどを含んだ違法コンテンツの排除や差し止めを厳しく義務づけ、広告表示のルールも厳しくする内容で、ターゲット広告のために利用者のデータや閲覧履歴などが使われるのを簡単に拒める仕組みの提供や、子どもをターゲット広告の対象にしないことなどを規定、利用者に意図しないサービス契約や物品購入を巧みに促すサイトの設計も禁止するといった(日米でも踏み込めていない)かなり厳しい内容となっています。そして、前述したとおり、すでにビジネスモデルの大転換を迫られている米メタは、EUの規制次第では欧州でのサービス継続が難しくなるとの見方を示しています。EUの最高裁判所にあたる欧州司法裁判所は2020年7月、米・EUが2016年に締結した「プライバシー・シールド」と呼ばれる個人情報移転のルールを無効とする判断を下しており、米国へのデータ移管ができなくなれば事業継続は難しく、フェイスブックやインスタグラムなどSNSが使えなくなると訴えています。メタは、個人情報をEU域外に移管するための「標準契約条項(SCC)」に基づいてデータを移管しているところ、アイルランドのデータ保護委員会(DPC)は2020年8月、SCCについても一般データ保護規則(GDPR)に沿わないなどと判断し、データ移管を禁止する仮命令を出しています。メタによると最終的な判断は早ければ22年前半に示される見通しだといい、DSA法案とあわせ、欧州での個人情報を活用したビジネスがどんどん難しい状況となっています(ヤフーの欧州事業撤退の判断も、このような流れの中に位置づけられます)。巨大プラットフォーマーらには、収益拡大と社会の要請とを調和させる見識と手腕が一段と厳しく問われているといえます。
ターゲティング広告の弊害に関連して、企業側が対価を支払って投稿を依頼しているにもかかわらず、一般の口コミかのように装う「ステルスマーケティング」について、若者らに人気の動画共有アプリ「TikTok」の運営会社側が、SNS上で不適切な宣伝を繰り返していたことが明らかになりました。ステマを巡っては過去にも問題になってきましたが、明確な法的規制がないのが現状です(景品表示法では商品やサービスの品質や価格などについて、実際より著しく良いと誤認させることを禁じていますが、報酬を得ていることを隠して良い評判を書く行為そのものを規制する法律はありません)。米国では、不公正な競争を規制する米連邦取引委員(FTC)法で消費者をだますような発信全般を「欺まん的行為」として禁止しており、報酬を渡していれば宣伝であることを明示させる必要があり、過去には、デパートがSNSで多数のフォロワーを抱える50人に報酬を支払い、ドレスの着用写真を投稿するよう依頼していたとして、中止命令を受けています。日本でも規制を求める声が出ており、日本弁護士連合会は2017年、「ステルスマーケティングは消費者の自主的で合理的な選択を阻害する」として、法整備を求める意見書を消費者庁に提出しています。
本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、インターネットのサイト形式で商品を紹介する「アフィリエイト広告」について、消費者庁の有識者検討会は、規制の整備に向けた報告書案をまとめています。同庁が策定する指針に、外部業者が制作した広告についても広告主が責任を負うと明記するよう求め、商品の効果を誇大にうたう悪質な広告の横行を防ぐ狙いがあります。アフィリエイターが商品の効果を過剰にうたう一方、広告主はアフィリエイターが勝手にサイトを制作したとして責任を取らないケースが問題になっていたところ、報告書案では、広告主にもアフィリエイト広告の内容について責任があり、管理する必要があると明記しています。また、アフィリエイターとの契約時に事実に反する内容を表示しないよう決めたり、投稿前後に内容を確認したりすべきだとしたほか、広告でないと誤認する消費者も後を絶たないことから、報告書案はアフィリエイターがブログなどで商品を宣伝する際、広告である旨を明示する必要があるとしました。さらに、アフィリエイト広告に関する消費者からの苦情や相談を受け付ける窓口の設置も広告主に求めています。
▼消費者庁 第6回 アフィリエイト広告等に関する検討会
▼アフィリエイト広告等に関する検討会 報告書(案)(事務局資料)
- アフィリエイト広告の特徴としては、アフィリエイターにより、広告主が思いつかないような新しいアイデアや消費者目線での広告が行われ、効率的な広告配信や需要喚起への効果も期待されると同時に初期費用が少なくて済むことから、広告に多額の初期投資をできない中小事業者やスタートアップ事業者等も利用することができ、これらの事業者の多様な商品等が消費者に普及するきっかけにもなり得る。
- 一方、アフィリエイト広告においては、一般的に広告主ではないアフィリエイターが表示物を作成・掲載するため、広告主による表示物の管理が行き届きにくいという特性や、アフィリエイターが成果報酬を求めて虚偽誇大広告を行うインセンティブが働きやすいという特性があるとされており、また、消費者にとっては、アフィリエイト広告であるか否かが外見上判別できない場合もあるため、不当な表示が行われるおそれが懸念される。令和3年3月には、アフィリエイトプログラムを用いた不当表示に対し、景品表示法に基づく措置命令も行ったところであり、引き続き、アフィリエイトプログラムを用いた広告表示に対する景品表示法による厳正な執行が求められている状況にある
- そもそも広告とは広告主が行うものであり、アフィリエイト広告についても、広告主が自らの判断でアフィリエイトプログラムを利用して自らが供給する商品・サービスの宣伝を行うことを選択しているところ、ASPやアフィリエイターはあくまでその広告主の指示の下で、アフィリエイト広告を提供する際の機能を果たしているに過ぎず、広告主がアフィリエイト広告の基本的な表示内容を決定しているといった実態が認められる。このような実態から、アフィリエイト広告の表示内容については、ASPやアフィリエイターにも一定の責任はあると考えられるものの、まずは「表示内容の決定に関与した事業者」とされる広告主が責任を負うべき主体であると考えられる。前記Ⅱのとおり、不当表示のおそれのあるアフィリエイト広告について、広告内容はあくまでアフィリエイターが作成したものであり、広告主の責任ではないとして一切責任をとろうとしない広告主が見られる。アフィリエイト広告の表示内容についてはまずは広告主が責任を負うべき主体であるということについて、広告主と問題を指摘する側の両方に共通認識が形成されていなければ、表示上の問題の是正につなげる糸口すら見出し難いと考えられる。
- そのため、アフィリエイト広告であっても、広告主による広告である以上、アフィリエイト広告の表示内容についてはまずは広告主が責任を負うべき主体であるということを、広告主等の事業者側及び国民生活センターや日本広告審査機構等の問題表示を指摘する側の双方に加え、消費者にも広く周知徹底していくことが必要である。こうした効果的な周知徹底のためにも、アフィリエイト広告を用いた不当表示に対して、景品表示法に基づき、厳正な対処を行うことが重要である。
- また、業界団体に所属しない販売業者・ASP・アフィリエイターが一体となって虚偽誇大なアフィリエイト広告を繰り返すケースが少なくない。アフィリエイト広告の表示内容については、まずは広告主が責任を負うべき主体である。一方、アフィリエイト広告は、広告主・ASP・アフィリエイターの3者のエコシステムによって成立しており、このようなシステムにおいて、ASPとアフィリエイターは、広告主とは異なり、商品・サービスを供給する主体ではないものの、一般的には、広告主がアフィリエイト広告を掲載しようとする場合に、広告主が行うプロモーション活動の遂行の補助を受託し、アフィリエイト広告の提供における一部であるが、重要な機能を果たしているものである。
- したがって、問題となるアフィリエイト広告を是正するためには、ASPやアフィリエイターに対しても、景品表示法上の広告主と同様の責任主体として位置付けるべきとの考え方もあり得る。特に、広告主が指示をした広告内容を超えて、アフィリエイターが勝手に広告内容に手を加える場合も考えられるところ、そのような場合にまで広告主が全ての責任を負うとすることは妥当ではないと考えられるため、アフィリエイターに対する直接規制もあり得るのではないかという考えもある。
- しかし、アフィリエイト広告そのものが問題のある広告手法ではないところ、ASPやアフィリエイターに対しても、広告主と同様の規制対象とすることは、多くの誠実な事業者に対する萎縮効果を招き、問題となるアフィリエイト広告の排除という目的を超えて、アフィリエイト広告市場全体の縮小を招く可能性もある。特にアフィリエイト広告は、アフィリエイターが創意工夫をして消費者目線で体験談等を記載しており、また、事業者にとっては少ない費用で広告ができるメリットがあるなど、消費者や事業者にとっても重要な広告宣伝手段であることなどを踏まえると、消費者利益の増大につながる面も有するアフィリエイト広告の市場自体の縮小につながりかねない規制強化については慎重に考える必要がある。
- 景品表示法は、表示規制の一般法であることから、現在の表示主体・供給主体について対象を拡大することは、広く様々な業態についても規制対象になり得ることを意味し、アフィリエイト広告の対応だけには収まらないという問題もあり、慎重に検討する必要がある。
- 事業者が広告主と連携共同して通信販売を行い、一体となって事業活動を行っていると認められる場合は、こうした事業者(ASPやアフィリエイターなど)についても景品表示法上の供給主体と認めて景品表示法を適用することが必要である。表示上の問題があるアフィリエイト広告を生み出す悪質な広告主の背景には、当該広告主の出資会社や、表示上の問題があるアフィリエイト広告の出稿の仕方等を指示するコンサルタント会社や広告代理店、広告制作会社等の存在があり、当該広告主はこれらの者からその事業活動の実質的な方針について指示を受けているという状況がある。広告主と出資会社やコンサルタント会社が連携共同して通信販売を行い、一体となって事業活動を行っていると認められる場合にも、こうした出資会社やコンサルタント会社についても景品表示法上の供給主体と認められる場合には景品表示法を適用する必要がある。
- さらに、これらの会社において問題となる広告について実質的な指示役を担っていた個人に対して広告業務禁止命令を行うことも視野に入れ、これらの会社に対する特定商取引法の適用を行うことが必要である。景品表示法は、主にその広告主を規制対象とする一方、特定商取引法は、個人を規制対象とすることもできるため、問題のある表示の実態を踏まえた上で、両法律による適切かつ有効な法執行が必要である。
- 景品表示法による執行の強化に加えて、不当なアフィリエイト広告の多くが健康食品と化粧品に集中していることを踏まえるならば、不当な表示を繰り返すASPやアフィリエイターに対する措置を視野に入れ、「何人も」と規制対象を限定していない健康増進法第65条14や医薬品医療機器法第66条を柔軟に活用して虚偽・誇大表示の執行を強化すべきであると考えられる。
- アフィリエイト広告の中でも、消費者がどれくらい購入したか、どれくらいクリックしたかの消費者行動の結果に応じて、アフィリエイターが受け取る報酬が変動するような広告形態については、より過激な文言で消費者の購入意欲を煽るインセンティブがあり、不当表示が生じやすいと考えられる。そのため、本検討会においては報酬の形態として成果報酬である商品・サービス購入型やクリック型と呼ばれるアフィリエイト広告に特に焦点を当てて、広告主が管理上の措置を講ずることが必要である旨、議論がなされてきたところ、この範囲を対象とし、考え方を明示することが必要である。一方で、景品表示法は、表示規制の一般法であり、インプレッション課金型や固定報酬型の報酬形態のアフィリエイト広告であっても、事業者が行う表示である以上、現時点においても管理上の措置の対象であり、また、仮に不当表示があれば、景品表示法の規制対象となることに十分留意が必要である
- 広告主は、自らのアフィリエイト広告の表示について、不当な表示が行われないような広告内容となるよう、アフィリエイターとの間の契約においてその旨明確に取決めを行うとともに、アフィリエイト広告の出稿前や出稿後に表示内容の確認を行うなどの管理上の措置を講ずることが考えられる。また、表示内容の確認であれば、例えば、特に販売実績が良好なアフィリエイターの広告について重点的な確認を行うなど、広告主の個別事情に応じて確認の対象や頻度等を適宜判断するなど、広告主の個別の事情に鑑みて、確認方法を検討すべきである。
- 前記で確認した表示等に関する情報を、表示等の対象となる商品又はサービスが一般消費者に供給され得ると合理的に考えられる期間、事後的に確認するために、例えば、資料の保管等必要な措置を採ることが重要である(指針第四の6)
- アフィリエイト広告については、業種によっては、広告主の管理意識が乏しいという実態がある一方、事業者は、表示等に関する事項を適正に管理するため、表示等を管理する担当者又は担当部門をあらかじめ定めることが重要である(指針第四の5)。
- 表示等管理担当者となる者が、例えば、景品表示法に関する一定の知識の習得に努めていることは重要である(指針第四の5(3))
- 特定の商品又はサービスの表示において、景品表示法違反又はそのおそれがある事案が発生した場合、事実関係の迅速かつ正確な確認、迅速かつ適正な一般消費者の誤認の排除や再発防止に向けた措置を行うことが重要である
- アフィリエイト広告については、表示を誤認して商品・サービスを購入する消費者が存在するという実態があることから、不当な表示等を明らかにするためにも、広告主は消費者からの苦情の受入れ・対応体制の構築が必要である。
- 消費者は、商品・サービスの表示について、それが広告主以外の純粋な第三者による感想等ではなく、広告主による広告であると理解できる場合には、それを鵜呑みにするのではなく慎重にその内容を吟味しているものといえることから、表示が広告主の広告である旨を消費者が理解できるようにすることは、消費者の自主的かつ合理的な選択に資するものといえ、同時に不当表示を未然に防止するという指針の趣旨に沿うものといえる。
- アフィリエイト広告においては、それが広告であることが何らかの方法で明記されている場合には、消費者は、それが広告主以外の純粋な第三者による感想等であると誤認することなく、より自らの嗜好に合った商品・役務の選択が可能となるといえる。そのため、広告主がアフィリエイト広告による宣伝活動を行う場合には、当該アフィリエイト広告において、消費者が広告主との関係性を理解できるよう、広告である旨を認識できるような文言や形(表現、文字の大きさ、色、掲載場所等)で、当該広告主の広告である旨を明記するといった措置を講ずべきである。併せて、消費者庁は、どのような文言や形であれば、消費者が広告である旨を明確に認識できるかについて、具体的な事例を示す必要がある。消費者庁は、現在の業界団体の慣行等も踏まえつつ、示すべき具体的な事例について検討する必要がある。例えば、広告主の取組内容として、消費者に広告である旨明示することについては、「広告」という文言だけではなく、様々な文言が考えられるはずである。そもそも、重要なことは、消費者が広告であるという趣旨を理解することであり、現在、業界団体として取り組んでいる自主的な取組とも両立するものであると考えられることから、その実態も踏まえて検討することが必要である。
- 一方で、広告主の指示や表示内容のレギュレーションを超えて、アフィリエイター自身の判断によって、広告である旨の表示が削除等される場合も考えられる。このため、広告主は、自らの商品・サービスの宣伝活動を行うアフィリエイターがそのような行為をしないよう、例えば、ASP等を介したアフィリエイターとの間の契約において、アフィリエイト広告において広告である旨を表示する義務を規定するとともに、これに従わない場合は、債務不履行として提携を解除する、報酬の支払い停止を行う、既に支払った報酬を返還させるなどといった内容を規定し、また、これらの契約内容の履行がなされていることを確保するなど、自らの広告内容の適正化を図るとともに、不当表示の未然防止に向けた措置を講じる必要がある。
- 広告主が正当な理由なく管理上の措置を講じていない場合には、消費者庁は勧告を行うことができ、広告主がその勧告に従わない場合は、その旨を公表できる措置を採ることが法定されている(景品表示法第28条第1項及び第2項)が、考え方の具体化を行った後には当該指針が実効的なものとなるように消費者庁が積極的に運用することが必要である
- 消費者を誤認させるようなステルスマーケティング(広告であるにもかかわらず、広告である旨明示しない行為)については、アフィリエイト広告と同様に商品・サービスの広告主である販売事業者が当該表示の主体として景品表示法の規制対象となり得るものの、実際には広告主による広告であるにも関わらず、そもそも、その旨が明瞭に表示されていない場合、一般消費者が、当該広告を純粋な第三者による広告であると誤認するおそれがあり、広告主による広告である旨を明瞭に表示させることが一般消費者の自主的かつ合理的な選択の確保のためには必要であると考えられる。そこで、消費者庁は、ステルスマーケティングの実態を把握するとともに、その実態を踏まえ、消費者の誤認を排除する方策を検討すべきである。
さて、本コラムでは、経済安全保障についても高い関心をもって取り上げています。直近では、政府が今国会に提出する経済安全保障推進法案の原案が判明しています。基幹インフラの安全性確保、特許非公開化、先端技術開発、半導体などのサプライチェーン(供給網)強化の4本柱で構成され、虚偽の届け出や情報漏えいに対する罰則を最大で懲役2年以下とし、重要技術の守秘義務も規定する内容となっており、公布後2年間で3段階に分けて施行するとしています。報道によれば、法案はまず「経済活動に関して国民の安全を害する行為を未然に防止する重大性が増大している」と指摘、「安全保障の確保に関する経済施策を効果的に推進する」ことが目的だと明記しています。インフラの安全性確保は情報通信や金融、放送、鉄道、クレジットカードなど14分野を対象とし、事業者が導入する管理システムの概要や仕入れ先を事前に届け出させて、サイバー攻撃によるシステムダウンや情報流出のリスクを審査、必要に応じて設備の変更を勧告、命令するとしています。特許に関しては、核や兵器開発につながる技術情報を非公開にするほか、先端技術では、政府や民間の研究者で官民協議会をつくり、人工知能(AI)などの分野に資金支援するとしています。さらに、供給網強化では半導体や希少鉱物を特定重要物資に指定し、供給計画を認定した事業者を財政支援、取引先に関する報告も求めるとしています。罰則は、インフラ事業者が虚偽の届け出をしたり、特許出願者が非公開に指定された技術を漏らしたりした場合、最も重い2年以下の懲役か100万円以下の罰金とするほか、官民協議会で扱う重要情報には守秘義務を求め、違反した場合は1年以下の懲役か50万円以下の罰金とするとしています。さらに、政府が半導体など重要物資のサプライチェーン(供給網)強化のために行う新たな金融支援策としては、物資の安定確保に向けた日本政策金融公庫による融資資金の供給が柱で、安定調達が困難だと判断した場合には、政府備蓄も可能とするとしています。新たな金融支援策は、半導体や医薬品、レアアース(希土類)をはじめ、政府が推進法に基づき認定する「特定重要物資」の関連メーカーなどが対象で、これら企業と取引する官民金融機関に日本公庫が貸付資金を供給し、供給網強化のための融資を支えるものとし、東日本大震災やコロナ禍での支援と同様の枠組みで、融資を実行する金融機関はメガバンクや有力地方銀行、日本政策投資銀行、商工中金などが想定されています。重要物資を手掛ける企業のうち、中小事業者には借り入れに対する公的保証が受けやすくなる特例措置も講じるほか、供給網強化をサポートする公的機関などを「安定供給確保支援法人」に指定し、融資を行う金融機関への利子補給や事業者への助成を促すとしています。なお、法案とは別に、経済安全保障の観点から見逃せない取組みとして、政府が、行政データをオンラインで共有するため整備を進めている「政府クラウド」で、国家機密にあたるデータに限り日本企業のサービスを採用する方針を固めたというものもあります。報道によれば、機密情報の海外流出を防ぐとともに、米巨大IT企業に先行された日本企業の技術開発を後押しするもので、2022年度に企業を選定し、23年度の運用開始を目指すとしています。3段階の機密性区分のうち、防衛装備や外交交渉の資料を含む最高レベルの「機密性3」や、漏えいすると国民の権利を侵害する恐れがある「機密性2」の一部などが対象になる見通しで、政府は、NTTデータや富士通、NECのほか、新興企業の参画も念頭に置き、3月末までに必要とする要件や基準を定め、4月にも公募を始める運びです。専用回線などを通じて特定の団体などに利用者を限った「プライベートクラウド」の採用を想定、初期費用や管理コストは割高だが、情報流出のリスクが低く、トラブル対応を迅速にできるのが特徴だといいます。
以下、経済安全保障法制の骨子について、有識者会議の資料から確認しておきたいとと思います。
▼内閣官房 経済安全保障法制に関する有識者会議
▼経済安全保障法制に関する提言骨子(サプライチェーンの強靭化)
- 政策対応の基本的な考え方
- 新しい制度の必要性
- グローバリゼーションの進展を背景としたサプライチェーンの多様化により、世界各国で重要な物資の他国依存やそれに伴う供給途絶リスクが高まってきた中、コロナ禍においてこうしたリスクが顕在化し、重要な物資の供給途絶が、国民の生命、国民生活や経済活動を脅かす事態に発展した事例も見られる。
- 主要国においてもサプライチェーン強靭化に向けた取組を進めていることを踏まえ、我が国においても、重要な物資の安定供給を確保するための取組を官民の適切な役割分担の下で進める制度を整備する必要がある。
- 官民の役割分担
- 重要な物資の安定供給確保の取組は持続的なものである必要があるため、民間事業者による創意工夫を活かした事業活動をインセンティブ等で後押しすることが重要である。その上で、民間事業者では対応が難しい場合には、政府が前面に立って安定供給確保の取組を進めるべきである。
- 経済活動の自由・国際ルールとの関係
- 民間事業者はグローバルな経済活動の中でサプライチェーンを構築していることから、政府の措置は民間事業者の自由な経済活動を阻害しないように実施されなければならず、併せて WTO 協定等の国際ルールとの整合性に十分に留意しながら実施するべきである。また、他国による不公正な貿易慣行が認められる場合には、我が国として国際ルールに則り適切に対処するべきである。
- 新しい制度の必要性
- 新しい立法措置の基本的な枠組み
- 制度の対象
- 物資の重要性
- サプライチェーンを構築・維持するに際し、民間事業者にとって効率性の確保は前提であり、本制度の設計に当たっては、これと両立する形で重要な物資の安定供給確保を図っていく必要がある。
- そのため、対象となる物資は、供給が途絶すると代替が効かず甚大な影響が生じ得る物資に絞込むべきであり、国民の生存に不可欠な物資や広く国民生活・経済活動が依拠している物資を措置の対象とするべきである。
- 供給途絶リスクの考え方
- 支援措置を講じるにあたっては、重要な物資に加えて、その生産に必要な原材料や生産装置等も含めて、特定の国への依存の程度を考慮するべきである。その際、市場や技術の動向次第では、将来的に他国に依存する可能性も念頭におくことが必要である。
- 物資の重要性
- 措置を講じる際の考え方
- 多様な取組に対する支援
- 物資の産業構造や企業活動などの特性に応じて、安定供給確保に有効な取組は異なることから、多様な取組(生産基盤の整備のみならず、供給源の多様化、備蓄、生産技術の開発・改良、途絶リスクのある物資を代替するための製品開発等)に対する支援を講じることができる枠組みとするべきである。
- 中長期的な支援
- 民間事業者にとってサプライチェーンの再構築は複数年度にわたることも想定されることから、政府として施策の方向性を示した上で、特性に応じ、民間事業者が中長期にわたる財政支援を受けられる枠組みが必要である。
- 多様な取組に対する支援
- 制度の枠組み
- 政府による指針の策定
- 物資ごとに安定供給確保のために必要な措置の内容は異なるが、本制度に基づく措置が統一的な考え方の下で適切に実施される必要があるため、重要な物資の安定供給確保に向けた政府としての指針を策定して公表するべきである。
- 政府による対象物資の指定
- 対象となる物資の指定については、政府の指針に基づいて行われるべきであるが、その際、重要な物資の供給不足が急速かつ広範に生じる可能性があることに鑑み、柔軟に追加・解除ができるように機動性を確保した枠組みとすることが重要である。
- 物資所管大臣による取組方針の策定
- 具体的な取組内容については、政府による指針を踏まえ、当該物資の特性について知見を有する物資所管大臣(物資の生産等を所管する大臣)が、物資ごとに取組方針を策定するべきである。
- 民間事業者による取組に対する支援
- 民間事業者の自発性を尊重しつつ、効果的な取組を重点的に支援する必要があるため、民間事業者が安定供給確保に向けた計画を作成した上で、当該計画が取組方針に適合するかを物資所管大臣が判断する枠組みとするべきである。
- 民間事業者が作成した計画に対する支援措置については、財政支援や金融支援など民間事業者のニーズに合わせた多様な支援が受けられる枠組みにすることが必要である。
- 物資所管大臣による措置
- 民間事業者の事業活動による対応では安定供給確保が十分に図られない場合には、政府として、国際連携、物資の備蓄、使用節減の呼びかけをはじめとした安定供給確保のための取組を講じることが必要である。
- 重要な物資の安定供給の確保に向けた調査の実施
- サプライチェーンの状況等を的確に把握するため、実効的な調査を実施するための政府の調査権限と事業者の応答を確保できる法的枠組みを整備することが必要である。また、調査によって他国による不公正な貿易慣行及び国内産業の被害の可能性が認められれば、適切に対応できる枠組みを整備することが必要である。
- その際、政府が把握した情報については、徹底した情報管理が必要であり、政府の情報管理者が漏えいした場合の罰則規定等を措置するべきである
- 政府による指針の策定
- 制度の対象
▼経済安全保障法制に関する提言骨子(基幹インフラの安全性・信頼性の確保)
- 政策対応の基本的な考え方
- 新しい制度の必要性
- DXの進展に伴い、基幹インフラを含むあらゆる領域がサイバー攻撃の対象となっている中、一度システムを導入した後にリスクを排除することは困難であり、被害を防止するためには、設備の導入等の際に事前にリスクを排除することが必要である。
- 基幹インフラサービスの安定的な提供を確保していくためには、重要な設備の導入やその維持管理等に係る委託の現状やリスクを、政府が把握・調査し、問題があれば当該設備の導入等が行われる前に必要な措置を講じることができる制度を整備することが必要である。
- 経済活動の自由との関係
- 事業者の経済活動を過度に制約しないためにも、規制によって達成しようとする「国家及び国民の安全」と、事業者の経済活動の自由とのバランスが取れた制度とすることが必要である。
- 国際ルールとの関係
- 我が国のインフラ事業者が利用する設備が、我が国の外部からの妨害に利用されるおそれに対応するに当たって、その設備を提供する事業者や、その維持管理等の委託を受ける事業者の国籍のみをもって差別的な取扱いをすることは適切ではない。
- 新たな制度を整備するに当たっては、内外無差別の原則を前提とし、国際法との整合性に留意するべきである。
- 新しい制度の必要性
- 新しい立法措置の基本的な枠組み
- 制度の対象
- 基本的な考え方
- 事業者の経済活動が過度に制限されることがないよう、目的に即した必要最小限の規制となる制度設計とするべきである。
- 事業者への事前規制となることから、規制対象となる事業、事業者、設備のそれぞれについて、「国家及び国民の安全」に与える影響に鑑み真に必要なものに限定するべきである。一方で、技術の進展や産業構造等の変化を踏まえ対象を見直すことも検討する必要がある。
- 対象とする事業
- インフラサービスの安定的な提供が脅かされた場合に、①国民の生存に支障を来たす事業(代替性が無い)又は②国民生活若しくは経済活動に広範囲又は大規模な混乱等が生じ得る事業を対象とするべきである。具体的な分野としてエネルギー、水道、情報通信、金融、運輸、郵便が想定される。
- 対象とする事業者
- 事業の実態に即し、公平性や予見可能性を確保しつつ対象を指定するため、基幹インフラ事業の区分に応じ、明確な基準を定めた上で事業者指定を行うことが必要である。
- 事業ごとの基準は、基幹インフラ事業を行う者の事業規模(利用者の数、当該事業の国内市場におけるシェア等)や基幹インフラ事業を行う者の代替可能性(地理的事情、事業の内容の特殊性等)を考慮することが考えられる。
- 中小事業者については国民生活又は経済活動への影響が限定的である一方、規制への対応が相対的に大きな負担となると考えられることから、対象とすることは慎重に検討するべきである。
- 対象とする設備
- 基幹インフラ事業者は、インフラサービスの提供のために多種多様な設備を使用しているが、基幹インフラサービスの安定的な提供の確保と事前審査に係る事業者の負担軽減とのバランスの観点から、規制対象設備を限定するべきである。
- 具体的には、基幹インフラ事業の中心的なシステムを構成しており、その機能が停止又は低下した場合には、基幹インフラサービスの安定的な提供に大きな影響がある重要設備などに限定することが考えられる。
- 基幹インフラサービスの安定的な提供に大きな影響を及ぼす重要設備の中には、サービスの安定的な提供に直結するような情報を扱うシステムも対象に含まれるものと考えられる。
- 業務委託の取扱い
- 設備を利用した外部からの妨害行為は、設備そのものに不正なプログラム等を組み込む方法のみならず、当該設備の維持管理等の委託を受けた事業者を通じて行われるケースも想定される。制度の対象としては、重要設備の導入そのものに加えて、当該設備の維持管理等の委託も含めるべきである。
- その他留意点
- 重要設備については、他の事業者が提供するクラウド上に仮想システムを構築して利用する場合も、設備の導入として対象とするべきである。
- 基本的な考え方
- 事前審査スキーム
- 審査に必要な情報
- 基幹インフラ事業者における設備の導入やその維持管理等に係る委託のリスクに的確に対処するためには、政府がその内容を事前に把握することが必要である。
- その上で重要設備が、我が国の外部から行われる基幹インフラサービスの安定的な提供を妨害する行為の用に供されるおそれが大きいかどうかを判断するためには、設備の機能や委託の内容等に係る基本的な情報に加えて、例えば、設備の供給事業者や委託先の事業者に 関する情報、更に、設備のサプライチェーンや再委託先に関する情報も必要となると考えられる。
- 情報を把握するための仕組み(届出)
- 前述の情報について、政府が把握するために、基幹インフラ事業者から事前に設備の導入や維持管理等の委託についての計画の届出が行われることが必要である。
- ただし、届出の内容や方法については、事業者の負担にも配慮したものとするべきである。
- 審査
- 対象設備の導入又は維持管理等の委託が、基幹インフラサービスの安定的な提供に対する外部からの妨害に利用されるおそれが大きいと認められる場合には、その妨害を防止する必要がある。
- 基幹インフラに対する我が国外部からの妨害の態様や、基幹インフラ事業の形態、設備等の種類や構成は多様であることに鑑みれば、あらかじめ網羅的に細部まで問題のある設備等の類型を明らかにしておくことには一定の限界があることも事実であるが、国が審査を行う際の基準はできる限り明確に定めておくべきである。
- インフラ事業者やベンダー等の経済活動が委縮しないよう、制度の運用に当たっては、事業者に対する丁寧な制度内容の説明を行い、更に、政府が規制対象事業者からの相談を事前に受け付ける枠組みを設けるべきである。
- 勧告・命令
- 審査の結果、設備が妨害行為の手段として利用されるおそれが大きいと認める場合、基幹インフラ事業者に対し、導入等の計画を変更・中止する等の措置をとることを勧告するべきである。
- 勧告に従わない場合には、必要な措置を取ることを命令することを可能とすることで実効性を確保することが必要である。
- 国際情勢の急激な変化や外交上の懸案の発生等の事態に起因して、それまで予測し得なかった妨害のおそれが高まるような場合など、事後的に勧告等を行う必要は生じ得るが、事業者への影響が大きい事後的な措置の発動は極めて限定的な場面に限られるべきと考えられる。
- 審査期間
- 届出後、事業所管省庁が審査を行うために必要な期間は、事業者は設備の導入や維持管理等の委託を開始できないこととすべきであるが、事業者負担に鑑み、審査期間を長期のものとするのは避けることが望ましい。
- 一方、審査に必要な情報の追加的な取得等、審査のために必要がある場合には、一定の間は期間を延長できる枠組みとするべきである。
- 審査に必要な情報
- 報告徴収・立入検査
- 勧告・命令の検討等を行う際、対象設備の状態等や届出のあった事項の真偽を確認する必要が生ずる場面もあり得ることから、政府から基幹インフラ事業者に対して報告徴収権限及び検査権限を措置するべきである。
- ただし、こうした権限を発動するのは、新たな制度の目的を達成するために必要な範囲に限ることが必要である。
- 施行時期・遡及適用
- システムの導入の検討はある程度の期間をかけて行うものであり、規制の施行により事業者の調達等に急な変更が生じる等の混乱を避けるため、施行までの期間を十分に設けることが必要である。また、経過措置の要否も検討するべきである。
- 遡及適用は規制の実行可能性や事業者負担に鑑み慎重に判断するべきである
- 制度の対象
▼経済安全保障法制に関する提言骨子(官民技術協力)
- 政策対応の基本的な考え方
- 先端的な重要技術の研究開発とその成果の適切な活用は、中長期的に我が国が国際社会において確固たる地位を確保し続ける上で不可欠な要素であり、諸外国と伍する形で研究開発を進めるための制度を整備することが必要である。
- このため、研究開発基本指針の策定や経済安全保障重要技術育成プログラムなどによる資金支援等に加え、関係省庁等が伴走支援を行えるよう有用な情報を安心して相互に情報共有・意見交換できる枠組みが必要である。
- また、政府の意思決定に寄与する調査分析機能等を確保することが必要であり、当該機能を担うシンクタンクを法的に位置付け、高度な人材の確保・育成等の長期的視点からの継続的な実施を可能とするべきである。
- 新しい立法措置の基本的な枠組み
- 先端的な重要技術に係る研究開発基本指針の策定・資金支援
- 政府による指針の策定と支援
- 政府は、先端的な重要技術の研究開発を促進し、その成果の適切な活用を図るため、研究者等への必要な情報の提供、資金の確保、人材の養成及び資質の向上などの支援策に係る基本指針を策定し、同指針に基づき所要の措置を講ずるように努めるべきである。
- 上記研究開発については強力で柔軟な支援を継続的に担保することが必要であり、特に経済安全保障重要技術育成プログラム(令和3年度補正予算により措置された基金)を先端的な重要技術の研究開発の促進及びその成果の適切な活用を目的とするものとして法律上に位置付け、その執行に際しては、後述の協議会を活用し、政府などによる積極的な伴走支援を行うべきである。
- 支援対象となる先端的な重要技術
- 宇宙・海洋・量子・AI・バイオ等の分野における先端的な重要技術の研究開発と成果の活用は、中長期的に我が国が国際社会において確固たる地位を確保し続ける上で不可欠な要素である。
- 一方、こうした先端的な重要技術は、万が一、技術そのものや当該技術の研究開発に用い られる中核的情報が外部に流出した場合、外部により不当に利用されたり、外部依存により当該技術を用いた物資やサービスを安定的に利用できなくなったりすることにより、国家及び国民の安全を損なう事態を生じさせる場合があることから、本制度の枠組みを用いて重点的に守り育てることが必要である。
- 重点的に支援すべき具体的な技術の絞込みに際しては、専門家の知見やシンクタンク機能も活用しつつ、我が国の技術的強み、諸外国の研究開発状況、社会実装に関するニーズ情報等を考慮することが必要である。
- 政府による指針の策定と支援
- 協議会設置による官民伴走支援
- 産学官による伴走支援の必要性
- 先端的な重要技術の研究開発にあたっては、研究開発に有用な情報の提供(具体的な社会実装イメージ、政府が実施してきた研究の成果、サンプリングデータ、サイバーセキュリティのインシデント・脆弱性情報、非公開とされた契約情報、政府機関の態勢に係る情報等)のほか、必要な規制緩和の検討、国際標準化の支援など、潜在的な社会実装の担い手として想定される関係省庁や民間企業による、省庁や産学官の枠を超えた伴走支援が有効である。
- このため、こうした関係者による緊密な協力を支えるための協議の枠組みを法的に設けることとし、当該協議体において、社会実装のイメージや研究開発の進め方を共有するとともに、何が機微なのかやオープンクローズを、参加者が納得して決めることが望ましい。
- 協議会の設置
- 具体的には、伴走支援が必要であると認められる先端的な重要技術の研究開発等を所管する省庁は、当該研究開発等により行われる先端的な重要技術の研究開発の促進及びその成果の適切な活用を図るため、研究者を含む関係者の同意を得て、幅広い関係省庁を巻き込みつつ、協議会を組織できるようにするべきである。
- ただし、経済安全保障重要技術育成プログラムの研究開発プロジェクトについては、プログラムの趣旨を踏まえ協議会を必置とするべきである。
- 協議会の具体的な機能
- 協議会においては、研究開発に有用な情報の収集等に関する事項、研究開発の効果的な促進方策に関する事項、研究開発の内容及び成果の取扱いに関する事項、研究開発に関する情報の適正な管理に関する事項などについて、参加者により協議することとし、参加者は、その協議結果に基づき、必要な取組を行うこととするべきである。
- また、社会実装に際しては、これらを担うニーズ省庁や民間部門が積極的に牽引するべきである。
- さらに、協議会は、必要に応じて、後述の調査研究機関(シンクタンク)や参加者に対して、資料の提供等を求めることができるようにするべきである。
- 協議会における情報管理の取組
- 協議会は、潜在的な社会実装の担い手として想定される関係省庁や民間企業による、省庁や産学官の枠を超えた伴走支援を目的とするものであり、参加者間で機微な情報も含む 有用な情報の交換や協議を円滑に行うことができ、同時に、研究者やスタートアップが参画しやすい間口を備えた制度とすべきである。
- 具体的には、機微な情報を含む有用な情報の交換や協議が安心して円滑に行われるよう、情報の適正な管理方法について協議が行われるようにするとともに、その場で交換される情報について、国家公務員に求められるものと同等の守秘義務を参加者に求めるべきである。
- 海外においても、例えば、米国では宇宙分野等の技術について、政府機関からの職員の派遣、情報の提供、施設の供与等を通じてスタートアップ企業を育て、技術移転を促進しているが、政府機関が提供する機密性が求められる情報については、施設の管理、漏えい時のペナルティなど、厳格な管理措置が施されている。
- 管理を要すべき情報の対象・範囲・期間や研究成果の取扱いについては、社会実装の方向性・技術流出防止・多様な知の交流等によるイノベーションの促進・研究参画へのインセンティブ付与等の観点を十分に考慮し、個々の研究テーマ等の状況を踏まえ、協議会において全ての参加者が納得する形で決定するべき。なお、情報の適切な管理と研究成果の公開は相反するものではなく、制約的要素は必要最小限度としつつ、研究成果は公開を基本とするべきである。
- 産学官による伴走支援の必要性
- 調査研究機関(シンクタンク)
- 調査研究業務の委託
- 政府は、守り・育成すべき先端的な重要技術の具体的な絞込みなど、先端的な重要技術の研究開発の促進及びその適切な活用を図るために必要な調査及び研究を行うべきであり、こうした調査及び研究の全部または一部を、一定の調査研究能力があると認められる者に委託できるようにするべきである。
- 調査研究機関に求められる能力
- 上記の委託に際して求められる調査研究能力としては、国内外の情勢や研究開発動向等の調査・分析等を行う能力、情報集約・連携のハブとなる能力に加えて、人材の確保・育成等を実施する能力が求められる。
- また、こうした委託においては、社会実装に関して政府が保有するニーズ情報等の取込みをはじめ、政府との緊密な情報連携が求められることから、それを可能とする一方で、政府の保有する情報には機密性の求められる情報が含まれ得ることから、守秘義務を求めるべきである。
- さらに、知見の蓄積や人材の確保・育成を図るためにも、法的な位置付けを担保しつつ、中長期的な視点から継続性にも配意することが必要である
- 調査研究業務の委託
- 先端的な重要技術に係る研究開発基本指針の策定・資金支援
▼経済安全保障法制に関する提言骨子(特許出願の非公開化)
- 政策対応の基本的な考え方
- 新しい制度の必要性
- 特許出願のうち、我が国の安全保障上極めて機微な発明であって公にするべきではないものについて、そうした状況が解消するまでの間、出願公開の手続を留保するとともに、機微な発明の流出を防ぐための措置を講ずる制度を整備する必要がある。
- 非公開の決定をした発明については、諸外国の制度のように、出願人等に情報保全を求め、発明の実施制限等を行う枠組みが必要である。
- さらに、このような制度を設ける以上、非公開の審査対象となる発明について我が国への第一国出願義務を定めることが必要である。
- 対象発明を選定する際の視点
- 非公開の対象となる発明の選定に当たっては、公になれば我が国の安全保障が著しく損なわれるおそれがある発明に限定することに加え、経済活動やイノベーションに及ぼす影響を十分考慮するべきである。
- 新しい制度の必要性
- 新しい立法措置の基本的な枠組み
- 非公開の対象となる発明
- 審査対象となる技術分野
- 審査対象となる技術分野は、先端技術が日進月歩で変わるものであることに鑑み、変化に応じて機動的に定められる枠組みとするべきである。
- 具体的な対象発明のイメージ
- 非公開の対象となる発明については、核兵器の開発につながる技術及び武器のみに用いられるシングルユース技術のうち我が国の安全保障上極めて機微な発明を基本として選定するべきである。これらの技術は、機微性が比較的明確であることに加え、開発者自身が機微性を認識し、情報管理を徹底しているのが通常であり、かつ、一般市場に製品が広く出回るような性質のものでもないと考えられる。
- 他方、デュアルユース技術については、これらの技術を広く対象とした場合、我が国の産業界の経済活動や当該技術の研究開発を阻害し、かえって我が国の経済力や技術的優位性を損ないかねないおそれがある。このため、国費による委託事業の成果である技術や、防衛等の用途で開発された技術、あるいは出願人自身が了解している場合などを念頭に、支障が少ないケースに限定するべきである。
- 制度開始当初は審査対象となる技術分野を限定したスモールスタートとし、その後の運用状況等を見極めながら、審査対象となる技術分野の在り方を検討することが適当である。
- 審査対象となる技術分野
- 発明の選定プロセス
- 二段階審査制
- 全出願について逐一本格的な審査を行うことは、経済活動等への影響に鑑みれば現実的でなく効率的でもないことから、特許庁において技術分野等により件数を絞り込んだ上で、専門的な審査部門が本審査を行う二段階審査制とするべきである。
- 審査体制
- 第一次審査
- 特許庁による第一次審査は、非公開の審査対象となる技術分野に該当するか否かといった 点を中心に、定型的な審査を、パリ条約による優先権を用いた外国出願の準備が開始できるように、短期間で行うことが考えられる。
- 第二次審査
- 新たな制度の所管部署を設置し、防衛省や特許庁その他関係省庁が協力する形で審査を行う枠組みを構築することが考えられる。
- 審査に当たっては、最先端技術の評価など、政府機関の知見だけでは不十分な場合も想定されるため、必要に応じて外部の専門家の助力を得ることができる枠組みとする必要がある。その際、当該専門家には公務員と同様の守秘義務を課すべきである。
- 審査体制の整備
- 二段階審査の仕組みを機能させるためには、人員やシステムの整備が不可欠であり、そのための費用が通常の特許の手数料に転嫁されないよう、しっかりと手当する必要がある。
- 第一次審査
- 保全指定前の意思確認
- 保全の対象として指定する前に出願人に意思確認を行い、出願手続からの離脱の機会を設ける枠組みを採り入れることも検討するべきである。
- 予見可能性の確保
- 出願人にとっては、自己の出願が保全の対象とされることへの予見可能性が確保されることが重要である。
- 他方で、政府の判断基準を細かく示すことは、それ自体が安全保障に悪影響を及ぼしかねないことに留意するべきである。
- このため、審査対象となる技術分野を明示した上で、個別の審査の過程で出願人とコミュニケーションを取りながら審査を進め、出願手続からの離脱の機会を設けるなど、予見可能性を確保するべきである。
- 二段階審査制
- 対象発明の選定後の手続と情報保全措置
- 情報保全の期間
- 保全期間の上限を設けることは適切でないが、例えば1年ごとにレビューし、必要がなくなれば直ちに保全措置を終了させる枠組みとするべきである。
- 漏えい防止のための措置
- 保全指定の対象となった発明については、出願人等による発明の実施を制限する必要がある。
- ただし、発明の実施については、一律の禁止ではなく、製品から発明内容を解析されてしまうなど情報拡散のおそれのある実施のみ禁止し、それ以外の場合は実施が許可される枠組みとするべきである。
- 保全措置がとられている間は、外国出願は、二国間協定等がある場合を除き、禁止するべきである。
- 発明内容の他者への開示は原則禁止とするものの、業務上の正当な理由がある場合には開示が許可される枠組みとするべきである。
- 保全指定が行われた後は、出願人に対し、特許出願の取下げ等による出願手続からの離 脱を認めることは適当でない。
- 情報の適正管理措置
- 保全指定の対象となった発明の情報は、出願人において営業秘密として厳格に管理するなど、適正な管理措置を講じる枠組みとするべきである。
- 実効性の確保
- 情報保全措置の実効性を確保するため、違反行為については罰則を定めるべきである。
- 情報保全の期間
- 外国出願の制限
- 第一国出願義務の在り方
- 安全保障上極めて機微な発明の流出を防止する制度を設けながら外国出願を自由としたのでは意味がないことから、非公開の審査対象となる発明については我が国への第一国出願義務を定める必要がある。
- その範囲は、経済活動等への影響も考慮し、十分に限定された範囲とすることが適当である。
- 第一国出願義務に実効性を持たせるため、違反行為については罰則を定めるべきである。
- パリ条約による優先権(12 か月)が失われないよう、外国出願の禁止は、我が国での特許出願後最大 10 か月で解除されるべきである。
- 第一国出願義務に関する事前相談制度
- 初めから外国に出願したい者のために、第一国出願義務の対象に当たるかどうかを事前に国に相談できる枠組みを設けるべきである。
- 第一国出願義務の在り方
- 補償の在り方
- 国として出願人等に実施制限等の制約を課す以上、その代償として損失補償をする枠組みを設けるべきである
- 非公開の対象となる発明
次に、サイバー攻撃や個人情報保護の観点から、最近の動向をいくつか紹介します。
ノルウェー通信大手テレノールは、ミャンマー事業を売却すれば、同国で1,800万人に上る契約者の個人データを国軍が入手できるようになり、これらの人々の身が危険にさらされるという警告を受け取ったといいます。ミャンマーにいる同社の顧客の1人がノルウェーの個人情報保護当局に対し、ノルウェーの法律で保障される権利の侵害を防ぐため、テレノールからレバノンの投資会社M1グループへの事業売却について調査するよう申し立てたものです。報道によれば、原告は潜伏中の活動家で、名前は訴状でも伏せられていますが、この活動家はFT(フィナンシャルタイムズ)紙に対し、「国軍がデータを手に入れてしまったら、私の家族や友人、同僚がたやすく標的にされる」と話し、「このデータが共有されると誰も安全ではなくなる」と続けたといいます。テレノールにとって今回の措置は、紛争当事国から手を引く難しさをあらためて浮き彫りにする出来事となった。21年にミャンマーでクーデターが起きた後、テレノールは同国事業での投資回収がこれ以上見込めないと判断し、国軍から盗聴器の設置を求められたのを受けて事業の売却に乗り出した。だが同社は、国軍と、人権保護への影響を懸念する活動家の間で板挟みになり、売却手続きをなかなか完了できずにいる状況にあります。個人情報の移転が、生命の危険を及ぼしかねない重要性を持つものとして、認識を新たにさせられる事例だといえます。
ハッキングに幅広く悪用されてきたマルウエア「ZLoader」による攻撃に、マイクロソフトが2013年に修正したはずのWindowsの欠陥が悪用されている問題が明らかになりました。ところが、この問題に対処する修正プログラムの適用がオプションだったこともあり、いまも修正されていないコンピューターがハッカー集団の攻撃対象になり続けているといいます。報道によれば、広く悪用されるマルウエア「ZLoader」は、ありとあらゆるハッキング事件に顔を出しており、銀行口座のパスワードのような機密データを狙うハッキングから、ランサムウエア攻撃まで多種多様だと指摘されています。ソフトウェアの脆弱性が何年も残る状況は、前例がないことではないものの、そうした欠陥が長らく生き残ってきたことを考えれば、発見されたときは通常は多くのデバイスの中に潜んでいるものであり、特定の脆弱性に対する修正プログラムが提供されている場合でも、一部の機器、特にIoTデバイスにはパッチが適用されていないことも珍しくないのが現実です。こうした状況も踏まえると、今回の攻撃は身を守ることが難しくなる可能性が考えられるところです。脆弱性の修正プログラムがあまりにも知られておらず、適用する必要があることすら知らない人がほとんどというのが現実です。実際のところ、企業がホームページ運営などに使うサーバーや基幹パソコンを調べたところ、サイバー攻撃の恐れのある古いソフトが世界の機器の5割で放置されていることが分かったと報じられています(2022年1月22日付日本経済新聞)。日本は米マイクロソフトの基本ソフト「ウィンドウズ」搭載機器の3割で脆弱性が見つかったといい、サイバー攻撃で情報が漏洩すると企業は2022年4月施行の改正個人情報保護法で報告を求められることになりますが、海外で罰金を科される恐れもあり対策が急務だといえます。報道によれば、12項目の脆弱性のうち1項目以上でソフトを最新状態に更新せず放置しているサーバー・パソコンは、世界で1,268万台と調査対象の5割を占めたほか、所在国別にみると、米国が351万台と首位、日本は約88万台とドイツ(93万台)に次いで3位だったものの、各国の機器総数に対する脆弱性の見つかった比率をみると、日本は45%と米国(43%)やドイツ(42%)を上回っており、危機が迫っていることを感じさせる衝撃の結果だといえます。最近の動向を見る限り、サイバー攻撃を受けて情報が漏洩した際の経営リスクは大きくなる一方で、米マリオット・インターナショナルや英ブリティッシュ・エアウェイズなどは欧州の一般データ保護規則(GDPR)で100億円を超える制裁金(後に減額)を科されたほか、ヤフーが欧州事業からの撤退を発表したことも衝撃をもって受け止められています。その日本でも4月施行の改正個人情報保護法で報告義務が課され、企業も取引先の情報管理を重視するようになっており、漏洩すれば取引を打ち切られる恐れが現実のものとなっています。
2021年に不正アクセスなどのサイバー攻撃により、個人情報が漏えいした可能性のある企業が、少なくとも66社に上ることが東京商工リサーチの調査でわかったといいます。2020年は45社で、2019年までは多い年でも30社前後だったところ、調査を始めた2012年以降で最多となったといい、コロナ禍に伴うテレワークの浸透などを背景に急増している可能性が指摘されています。報道によれば、漏えいした恐れのある個人情報は計約454万件に上り、ウェブサイトへのログインIDやパスワードのほか、クレジットカード情報、顔写真の流出が疑われる事例もあったといいます。増加の一因がテレワークで、安全対策の不十分な自宅のパソコンから社内システムに接続して被害につながるケースが目立ち、2021年12月、最大約22万件の個人情報流出の可能性を公表した医薬品開発支援会社リニカルの場合も、テレワークが原因の可能性があるとされ、「不正アクセス防止策を進めてきたが、テレワークによって対策のできていない侵入経路が生まれた」と説明しています。また、実在する企業などを装ってメールを送り、誘導した偽サイトに個人情報を入力させて盗む「フィッシング詐欺」の報告件数が昨年1年間で、過去最多の526,504件に上ったことが、「フィッシング対策協議会」の調べで判明しています。こちらも、コロナ禍の巣ごもり需要で通販サイト利用者が増えたことに加え、攻撃側が「進化」したため急増したとみられるといいます。昨年1年間の月別では、1~11月は3万~5万件台だったところ、12月は、月別の過去最多となる63,159件と急増したということです。さらに、昨年の報告件数のうち、38.5%が通販大手アマゾンになりすましたものであり、メルカリやクレジットカード会社、生命保険会社などをかたってメールを送り、偽サイトに誘導する手口も確認されるなど、アマゾンやメルカリをかたる手口が広がっているのは、コロナ禍の巣ごもり需要が要因とみられています。さらに、冒頭でも紹介しましたが、身代金要求型のコンピューターウイルス「ランサムウエア」の被害相談が2021年に33都道府県警で146件に上り、統計を取り始めた2020年は4~12月に23件だったところ、被害が急増しており、一方で攻撃を受けても警察に相談せず、表面化しない事例も多いとされることも考慮すれば、対策が急務な状況です。ランサムウエアは、システムに侵入してデータを使用不能にし、復旧などの見返りに「身代金」を要求するウイルスで、2021年は(本コラムでも取り上げましたが)国内の病院で電子カルテのシステムが感染するなどの被害が相次ぎ、救急患者の受け入れを一時中止に追い込まれたケースも出たほか、2021年の被害は大企業が49件、中小企業が79件、医療法人などの団体が18件、業種別では、製造業が最多の55件、卸売・小売業が21件、サービス業が20件などとなっています(医療・福祉は7件)。要求された「身代金」の9割はビットコインなどの暗号資産で、「盗んだデータを公開する」と脅す二重恐喝のケースも多く、被害者への脅迫文は確認できた全てが英語だったといいます。また、社内ネットワークへの接続などで利用される「VPN(仮想プライベートネットワーク)」機器からの侵入が54%で最多、パソコンを遠隔から操作する「リモートデスクトップ」(20%)が次に多い結果となりました。
国内だけでなくサイバー攻撃の被害は海外でも深刻化しており、中国やロシアなどのサイバー攻撃に対抗するため、日本と米国、オーストラリア、インドの「クアッド」がサイバーセキュリティ分野での連携を急いでいると報じられています。背景には、日米や台湾の政府機関や防衛関連企業などを狙った組織的なサイバー攻撃が相次いでいることがあり、攻撃集団には外国政府が絡むケースが目立ち、安全保障上の脅威が高まっていることが挙げられます。報道によれば、2022年1月上旬、日本企業の海外拠点のネットワークがマルウエア(悪意あるソフト)によるサイバー攻撃を受け、国内のデータセンターに保管する重要情報を狙った攻撃とみられていますが、実行グループは「Earth Tengshe」と呼ばれるハッカー集団で、2019年ごろから防衛やエネルギー関連企業などを標的としたサイバー攻撃を繰り返しているグループとされています。前述したとおり、経済安全保障法案においては、厳格な機密情報漏えい対策が関連事業者に義務付けられることになりました。さらに、政府は通信や電力、鉄道など重要インフラ事業者のサイバーセキュリティ対策に関し、経営陣の責任を明確化する方向で検討が進んでいるともいいます。情報漏えいなどによる損害の発生で会社法上の賠償責任を問われる可能性があると示し、事業者の防護体制強化を促す狙いがあるとされます(当然といえば当然のことです)。今春に5年ぶりとなる抜本改定を予定する「重要インフラ行動計画」に盛り込まれ、重要インフラを狙う攻撃の増加と高度化を踏まえ、対応を強化するほか、行動計画では経済安全保障の重視も打ち出す方針で、重要インフラ行動計画は、官民連携で防護を進めるための指針を定めるとしています。一方、経済安全保障法案では安全保障に関する情報への接触を限定する「セキュリティー・クリアランス(適格性評価)」は盛り込まれませんでした。情報を扱う人は民間人でも家族や交友関係などを徹底的に調査されることになりますが、「人権侵害につながりかねない」との意見もあるためだということです。このあたりが、日本の限界であり、人権への配慮によって厳格さが削がれる場面は、リスク管理・危機管理の点で多くみられ、「安全」や「安心」が、容赦のない「犯罪者」や「敵」との戦いにおいてどうすれば担保されるのか、国民に対して丁寧に説明していくことが必要かもしれません。
一方、企業を狙うサイバー攻撃などの脅威をAI(人工知能)で防ぐソフトウェアが増えているといいます。事前に想定される脅威を防ぐ従来型の防御と違い、手口の急速な進化に対応できるのが特徴で、未知の脅威を事前に検知したり、感染リスクのある従業員のパソコン操作を常時監視したりするもので、大企業は海外新興の技術も積極採用し、システムの安全性を高めるのに貢献しているといいます。既存のウイルス対策ソフトでは、既に発見されている億単位のマルウエアのデータをソフト開発会社が収集し、そのデータに近いファイルを見つけたら防ぐ「パターンマッチング(照合)」と呼ばれる手法が使われていますが、これまでの形式と全く異なる新種のマルウエアやシステムの弱点を突いた侵入には弱く、限界が指摘されていたところです。一方、AI防衛は社内の通信状況やマルウエアなどの膨大な記録を「教師データ」などとして機械学習させ、通常の動作か否かをシステム側で高精度に判別させるもので、全ての通信やファイルを信頼せずに性悪説でチェックする「ゼロトラスト」の考え方により、これまでにない種類のマルウエアや接続に対して防御することが可能となるものとされます。例えば、三菱自動車が導入したサイファーマ社のシステムは匿名性の高い闇サイト群「ダークウェブ」上でのハッカーの活動や投稿内容を追跡し、弱点や手口の情報を収集しAIで分析するというもので、攻撃の予測やシステムの自動アップデートを行い、事前に防御するといいます。本コラムでも、以前からいわゆる「予測的防御」「積極的防御」がこれからの主流となるとお伝えしていましたが、正に、その流れがきていることを感じさせます。サイバー攻撃への対応の一環としては、深刻化するサイバー攻撃に対処するため、政府は、警察庁に「サイバー警察局」と「サイバー特別捜査隊」を新設することを盛り込んだ警察法改正案を閣議決定した点も注目されます。いずれも4月1日に発足する見通しで、サイバー警察局は、ウイルス解析などを担う情報通信局を改組して設立するもので、警備局のサイバーテロ対策部門なども統合し、警察組織の対策のとりまとめや、都道府県警に対する捜査指導などを行っていくとされます。サイバー特別捜査隊は約200人体制で、捜索や逮捕などの捜査権限を持ち、地方機関として位置付けるものの、全国の「重大サイバー事案」に対応するとしています。具体的には、(1)国や地方公共団体、電力やガス、金融機関などの「重要インフラ」への攻撃(2)対処に高度な技術が必要なウイルス(3)海外のサイバー攻撃集団―を捜査対象にすると想定されています。全国一律のサイバー捜査の底上げ、国際捜査機関等とのスムーズな連携等による最新かつ国境を超えた犯罪への適切・迅速な対応もつながるものと期待したいと思います。
海外では、ロシアによる軍事侵攻の懸念が高まるウクライナに向けたサイバー攻撃が急増しているといいます。SNS上の不審な投稿など情報工作も含めた検知数は2022年1月に倍増し、ウクライナ政府サイトも停止するなどしており、ロシア関与が疑われています。また、「サイバー・パルチザン」と呼ばれるハッカー集団が、ベラルーシの鉄道会社の運営を妨げるため、データベースやサーバーなどの一部を暗号化、既にオンラインのチケット販売ができなくなるなどの影響が出ており、鉄道会社がシステムの復旧に取り組む事態も発生しています。さらに、カナダでは、同国外務省のシステムがサイバー攻撃を受け、インターネットを通じた一部業務が停止する事態にもなっています。カナダ政府は、ロシアの軍事的圧力が高まるウクライナを経済的に支援するため、最大1億2,000万カナダドル(約108億円)の融資を公表したところであり、地元紙は「ウクライナを巡る緊張が高まる中でのサイバー攻撃」と報じ、「ロシアが背後にいる」とする元軍幹部の分析を伝えています。報道によれば、カナダにはウクライナ系住民が多く、政府は対露批判を強めているといいます。また、欧州中央銀行(ECB)は域内の銀行に対し、ロシアを後ろ盾とするサイバー攻撃に備えるよう促しています。ECBはこれまで、コロナ禍で急増した通常の詐欺に焦点を当てていたところ、ウクライナ情勢の緊迫化を受け、ロシアから仕掛けられるサイバー攻撃に重点を移し、防御体制について銀行に問い合わせているといいます。銀行側はサイバー攻撃の演習を実施し、防御能力を点検しているといいます。米国でもニューヨーク州金融サービス局が2022年1月下旬、ロシアのウクライナ侵攻で米国の制裁が発動された場合、報復としてサイバー攻撃が仕掛けられる可能性があると金融機関に警告しています。このように米欧も自国への波及に身構えており、ウクライナを巡る緊張は、軍事力にサイバー攻撃や偽情報流布を組み合わせた「ハイブリッド戦」に拡大する恐れが指摘されています。また、工作は巧妙化している可能性があり、各国SNS大手は工作に加担する偽アカウントを検出し削除していますが、米メタが2020年初めに削除したロシアの軍事情報機関によるアカウントは、ごく少数のフォロワーしかいないSNSやブログの偽アカウントで、身元をごまかして架空の報道関係者を装い、ウクライナなど近隣諸国の政策立案者などと接触したといいます。日本も対岸の火事ではなく、「セキュリティ対策の強化に加え、攻撃元をハッキングする『積極的な防衛体制(アクティブ・ディフェンス)』など複合的な備えを検討すべきだ」と専門家らは指摘しています。
日本国内での電気通信事業者法の改正議論において、利用者情報の保護の強化を狙ったものの、事業者側の猛反対で当初の議論が「骨抜き」になるという事態となっています。法改正の焦点となったのが、利用者情報の外部への送信で、インターネットでウェブを閲覧したり検索したりする際、利用者の知らないうちにその履歴や位置情報などが外部の広告会社などに送信されており、情報の活用例として、利用者の好みや関心に合わせて広告を提供するのが「ターゲティング広告」が挙げられます。米グーグルやメタなどに代表される「プラットフォーマー」と呼ばれるIT大手は、大量の情報を収集して利用者の好みや政治的思想までも推定し、広告やサービス提供などで巨額の富を生み出している構図にあります。その一方で、FBの利用情報が2016年の米大統領選の世論誘導に使われていたとされる問題が発覚するなど、情報の悪用をいかに防ぎ、利用者を保護するかが世界的な課題になっており、世界的には、ネット上で個人の識別につながる端末情報の保護強化は利用者の安心安全につながり、むしろ健全なデジタル社会を後押しするとの考えが強まっています。一方、日本では2015年の個人情報保護法改正の際にもクッキー規制が検討されたが、経済界の反対で見送られた経緯があり、今回も法改正案が骨抜きになったことで、日本だけ規制が甘い「ガラパゴス」状態が続くことになり、世界の常識との乖離が今後どう影響するのか、大変気になるところです。
2022年1月30日付産経新聞の記事「個人情報が”匿名化”されても、決してプライバシーは守られない」は、ビジネスの観点から考えさせられるものでした。以下、抜粋して引用します。
最後に、AI(人工知能)やドローン兵器等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
企業が従業員のメールやパソコンの操作記録をAIなどで分析し、不正を予防する動きが広がっています。デジタル・フォレンジックというデータ分析技術で、在宅勤務で上司の目が届きにくくなったことも普及を後押ししていますが、一方で「行きすぎた監視」と批判される恐れもあり、運用ルールの丁寧な説明などが求められることになります。コロナ禍の在宅勤務でセキュリティが弱い自宅から会社のサーバーにアクセスする従業員も増え、不正やサイバー攻撃の被害の危険が高まったことから、予兆検知の普及も後押しされています。「行き過ぎた監視」については、過去の複数の裁判例があり、企業が不正行為の疑いのある従業員のメールを本人に無断で読むことは、会社の正当な業務の範囲内とし「問題なし」と認めていますが、これらの判例の大半は、まだ高度なデータ分析技術が発達していなかった20年近く前のものであり、取得できるデータが質、量ともに増えると、プライバシーの侵害リスクも増すことなり、オフィスの管理権が企業にあるからといって、常に企業が社員を監視することが正当化されるわけではないと考えられるようになってきています。したがって、情報の不正利用や調査が必要になる場合を想定し、あらかじめルールや同意書面を整理しておく必要があり、業務用のパソコンやスマホを普段からフォレンジックにかけることについて、入社時に同意を取ることや、私用のパソコンなどを業務で使う場合も、同様の同意手続きが有効となると考えられます。
人間の関与なしに、攻撃対象の選定から攻撃の判断までをする兵器は「自律型致死兵器システム(LAWS)」と呼ばれますが、2021年3月に公表された国連専門家パネルの報告書は、殺傷能力をもつトルコ製の自律型兵器が2020年にリビアで使用された疑いを指摘しています。ここで使用されたのは、トルコの企業が開発した無人の自爆型ドローン「カルグ2」で、軍事組織がある地域まで飛行し、AI機能を使って追尾していた形跡があったと報告されています。最終的にAIが自ら攻撃の判断を下したとは言及されていませんし、現時点で、完全自律型のAI兵器が実際に戦場で使用されたケースもまだ確認されていません。遠隔から「自動」で攻撃する兵器ですが、「自律」ではなく、あくまで最終的な攻撃は人間の意思に委ねられていますが、戦術の効率性を考え、今後は攻撃指令に至るまで全てを機械にゆだねる考えが各国に出てくる可能性は否定できないところです(AIの犯罪インフラ化の究極の形といえます)。顔認識機能やその他の先進性能と相まって、今後、人間が制御しない、あるいは出来なくなる自律した兵器が戦場に登場する可能性は高くなっているといえます。また、かつてのように、技術開発が軍事の側からもたらされる時代でもなくなり、特にAIは、グーグルのような民間企業がしのぎを削る分野であって、機械学習や画像認識、情報分析など、AIは日常生活に多大な恩恵をもたらすことから、民間の技術開発の勢いを弱めるような規制には各国が反対しています。生殺与奪の判断をAIが行う、AIの精度向上が知的作業の放棄につながる(人間を楽にする方に追いやり、考える作業をやめさせかねない)、といったAIではなく、これからはAIの発展を人類の進化に結びつける発想が欠かせないのではないでしょうか。
防衛省は来年度から、敵の軍用無人機(ドローン)を無力化できる「高出力マイクロ波」(HPM)兵器の研究開発に本格的に乗り出すとしています。報道によれば、現代戦で戦局を左右する電磁波領域に対応した装備や技術を導入し、防衛力を高める狙いがあるとのことです。マイクロ波は電子レンジで食品を加熱する時などに使われる電波で、これを応用して強力なマイクロ波をビーム状に照射することで、ドローン内部の電子制御システムなどを故障させるものです。中国やロシアが開発に力を入れるドローンは小型化が進み、高性能化しており、飛来の予測が難しく、低空飛行の場合はレーダーなどで捉えにくいため、発見が遅れがちで、多数で襲撃する「飽和攻撃」も想定されることから、瞬時に同時対処する能力が必要になるところ、HPMの導入はドローンなどへの迎撃能力が格段に強化され、戦力バランスを一変させる「ゲームチェンジャー」になると注目されているといいます。さらに、対ドローンのHPMが実用化できれば、北朝鮮によるミサイルの迎撃などに用途が広がる可能性も指摘されており、将来的には、イージス艦搭載の迎撃ミサイル「SM3」と、地対空誘導弾「PAC3」という現行の二段構えのミサイル防衛網を補完することも期待され、防衛省幹部は「HPM技術の確立は急務だ」と話しています。
(7)誹謗中傷対策を巡る動向
本コラムでもその動向を注視していますが、SNSを使って相手を誹謗中傷する匿名の投稿をめぐり、被害を訴えて声を上げる動きが、日本で強まっています。そのような中、米ツイッターは、透明性に関する最新の報告書を発表、2021年1~6月に世界各国から寄せられたツイートの法的な削除請求は43,387件で、このうち日本が最多の4割強を占めたということです。最近、被害回復を求めて発信者情報の開示を求めるケースが相次いでおり、そうした動きを反映した形となりました。日本の政府機関や個人を代理する弁護士などからの削除請求は前回調査より11%増え、18,518件に上り、報道によれば、愛知県警から要請を受けた動物愛護に関するコンテンツの削除依頼のほか、麻薬や薬物規制、わいせつ、金融犯罪に関連するものが多かったといいます。2番目に多かったのはロシアで、トルコ、インド、韓国が続いています。また、政府機関以外の民事や刑事裁判の関係者らによるアカウントの情報開示請求は、世界全体で460件、日本が最多の241件あり、ブラジル、米国が続いています。なお、「政府機関以外からの情報開示請求」が何を指すかは国や地域によって異なりますが、日本の場合、匿名の誹謗中傷を書き込まれたと感じた一般の「被害者」が、損害賠償を求めるために発信者情報の開示を求めるケースなどが含まれるとされます。
また、透明性レポートとしては、ヤフージャパンも、同社のニュース配信サービス「ヤフーニュース」のコメント欄(ヤフコメ))の投稿を自動で非表示にする機能について、導入後の状況を公表しています。非表示にした記事は1日あたり平均3.5件だったといいます。ヤフーは2021年10月、ヤフコメの誹謗中傷や差別的な投稿をAIが検知して自動的に非表示にする機能を導入、導入から12月18日までの2カ月で、コメント欄が非表示となった記事は216件あり、1日あたり平均3.5件となったとしています。1日あたりの配信記事数の平均(7,511件)の0.05%程度であり、媒体別では、一般紙・通信社47件、週刊誌42件、テレビ41件、ネットメディア37件、スポーツ紙・夕刊紙31件、海外メディア18件などでした。具体的にどの記事を非表示にしたかは公表されていませんが、2021年10月に起きた韓国漁船転覆事故の記事や、同月の秋篠宮家の長女、眞子さんと小室圭さんの結婚記者会見の記事などが非表示になっています。また、非表示になったコメントを同社が検証したところ、媒体の種類や記事の内容を問わず、さまざまな記事が対象になっていることが判明したといいます。
また、新型コロナウイルスの感染者らをインターネット上で誹謗中傷する投稿を監視している福井県が、AIを活用したシステムで県関連の投稿数を調べたところ、2021年1月に急増していることがわかったと報じられています。2021年10月以降、感染が落ち着きを見せると件数も減少した一方、変異株「オミクロン株」の広がりで、県内でも1日あたりの感染者が過去最多の213人を確認した1月は23件で、2021年12月の4件から急増、感染者が出た事業所の従業員や特定の飲食店に対する誹謗中傷、脅迫が目立つということです。県は投稿を5年間保管し、被害者が訴訟を起こす際などの証拠として活用してもらうとしています。約2年前の感染拡大の「第1波」で「誹謗中傷を受けた」との感染者らの声を受け、県は2020年11月から、自治体で初めてAIを活用した投稿の監視を始めており、専門業者に委託し、SNSやネット掲示板、動画投稿サイトなどを対象に、地名や施設名など県関連の言葉や表現を2020年3月まで遡って自動的に抽出、AIが中傷や差別に相当するかを選別、業者も確認した上で画像として保存し、県に報告するという仕組みです。分析の結果、感染拡大の初期は、死ぬかもしれないとの恐怖心からの投稿が多かったところ、第6波では感染者急増による不安や、長引く自粛などでたまった不満から感染者らを中傷する傾向がみられるということです。また、誹謗中傷に対する自治体の取組みとしては、群馬県が全国に先駆けて制定した「インターネット上の誹謗中傷等の被害者支援等に関する条例」について、2020年12月22日の施行から1年が経過しています。悪質投稿に苦しむ被害者支援に加え、加害者を生まないよう社会全体でリテラシー(情報判断力)向上を図るとした規定が最大の特徴で、ネットリンチ(私的制裁)など言論空間の歪みが社会問題化する中、同種条例の制定に動く自治体も出てきています。本コラムでも以前取り上げましたが、条例は誹謗中傷を「著しい心理的、身体的もしくは経済的負担を強いる情報の発信」と定義し、相談窓口整備を規定、さらに意図せず加害者となる危険性を孕むとして、ネットを適切に使いこなすリテラシー向上を盛り込む内容となっています。また被害者救済だけでなく、誹謗中傷そのものが生じないよう社会全体で取り組むという理想が掲げられてもいます。こうした「群馬モデル」を参考に大阪府大東市は同種条例を施行、群馬県内では渋川市も市独自の条例の新年度施行を目指しているほか、法務省も侮辱罪の厳罰化に動き始めるなど、政府、自治体が一体となった息の長い取り組みが今後も欠かせない状況だといえます。なお、関連して、群馬県の山本一太知事殺害を予告する文章が県ホームページの投稿フォームから送信された事件があり、山本知事は、県が全国に先駆けて制定した同条例を活用し、「リテラシー向上を呼び掛けていきたい」と語っています。また、ネット上の誹謗中傷については「警察が捜査すれば(発信者を)特定でき、(逮捕という)取り返しのつかない結果をもたらす。厳に控えてほしい」と改めて訴えています。なお、本事件について、群馬県警は、「山本知事を殺します」とローマ字で書いた文章を県HPに送信したとして、自称会社員の男を脅迫容疑などで逮捕しています。
耳目を集める事件やトラブルを巡り、無関係の企業や個人がSNS上で「加害者」と名指しされ、攻撃される被害が相次いでいます。ネット上に不確かな情報があふれ、誰でも匿名で他人への怒りを吐き出せる時代で、ゆがんだ正義感が暴走を生んでいるその指摘があります。問題の背景にあるのは、本コラムでも以前取り上げた「特定班」などと名乗り、ネット検索で手軽に得られる断片的な情報を手がかりに、犯人捜しのような行動に走る人が増えている実態です。SNSで公開される個人の情報が爆発的に増え、グーグルの衛星写真や画像検索機能などが充実していること、写真の解像度が飛躍的に向上していることなども、こうした行動がエスカレートする要因になっているとみられ、専門家の調査では、個人や企業などに批判が殺到する「炎上」にかかわった人のうち、6割以上が理由を「許せなかった」などと回答したといい、2022年1月26日付読売新聞で、専門家が「不適切な行為をした人らの情報を暴いたつもりになり、バッシングして『歪んだ正義感』を満足させる傾向がある。怒りの感情で何かを書いたり、拡散したりしそうになったら、一呼吸置いて『確かな根拠はあるか』と冷静になる必要がある」と指摘しています。また、「『正しい』と思っていたとしても、誤情報で人を傷つけたり、業務に支障を及ぼしたりすれば罪に問われかねない。匿名でもネットの発信にはリスクが伴うと自覚すべきだ」との指摘は、正に正鵠を射るものといえます。この歪んだ正義感については、実際の裁判事例からも感じ取ることができます。報道で専門家は「ネット上で暴れている人たちは、一見すると私たちのまわりにいてもおかしくない普通の人。だが、実際に投稿された内容を見ると、かなり特殊な考えの持ち主だとわかる。自分の主張を本気で信じ、違う主張を持つ人は『正さなければならない対象』だと思っている。そういう人たちが社会にいることをネットの世界はあぶり出した」と指摘しています。
北京冬季五輪・パラリンピックが開催中ですが、やはり誹謗中傷について考えさせられる事例や報道もあります。また、動画SNS「TikTok」の中国国内版にあたる「抖音(トウイン)」は、北京冬季五輪に関し、規則違反と判断した6,780件の投稿やコメントを削除し、違反の程度に応じて331のアカウントを閉鎖や投稿禁止の処分にしたと発表しています。報道によれば、投稿やコメントに選手を誹謗中傷したり、誤った情報を発信したりする内容があったといいます。抖音は「結果がどうであれ、選手は尊重されるべきだ。試合に勝ち負けはあるが、愛情に勝ち負けはない」と呼びかけています。中国では、中国代表としてフィギュアスケート団体戦に出場し、転倒して最下位となった選手(19)への批判がSNSで過熱、米国出身の朱選手に対する「中国語が話せない」といった中傷に対し、国営新華社通信などが「デマだ」と火消しをはかる事態になっています。一方、米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)は、2021年夏の東京五輪での教訓から、2022年北京冬季五輪では選手のメンタルヘルスに関して積極的なアプローチを取っていると報じられています。これまでスポーツ界でメンタルヘルスの話題はタブーとされてきたところ、女子体操の米国スター選手シモーン・バイルスが東京五輪でメンタルヘルスを理由に途中棄権したことなどにより、その重要性が注目されるようになっています。報道によれば、USOPCは昨年、北京大会前のアスリートの状態を把握するために、不安やうつに関するメンタルヘルスのスクリーニングを実施、選手らは、世界最大の舞台で競うことのストレス以外に、孤立感、そして新型コロナウイルス検査で陽性反応が出れば五輪の夢が打ち砕かれるかもしれないという不安と戦っているといい、米国チームは全体的なアプローチの一環として、選手への定期的なチェックを行うことに加え、ストレスを緩和するためにチームビルディング活動、映画、ゲームなども用意しているといいます。このような取組みがスポーツ界全体、あるいは社会全体に拡がっていくことを期待したいと思います。
2022年1月29日付日本経済新聞で、このようなインターネット上の中傷コメントなどに関し、法的に削除対象にできる基準などを検討している有識者検討会の中間とりまとめ案を紹介しています。報道によれば、ツイッターのリツイートなどネット上で問題視されている行為について「権利侵害の可能性がある」などとする見解を示し、例えば、ツイッターでのリツイート機能などを使って問題のある発言を拡散した場合も、「権利侵害になる可能性がある」としています。また、共感を表す「いいね」機能については、サイトによっては拡散機能があることから「権利侵害かどうか今後検討する必要がある」としたほか、「○○はバカだ」などひとつひとつは違法とまではいえない内容でも、大量に投稿すれば「場合によっては法的に削除対象となる」などと指摘しています。ネット中傷を巡っては、書き込み内容などの違法性の線引きが曖昧で、サイトを運営する企業が削除などの対応を取りづらい問題が指摘されており、どんな書き込みが名誉毀損にあたるかなどを具体的に定めた法律はなく判例も少なく、原則として判断はサイト運営企業に委ねられている現状があります。安易に削除すれば、投稿者側から「表現の自由を侵害している」などと抗議される恐れも考えられます。法務省が2018年1月から2020年10月までに「人権侵犯事件」としてサイト運営企業に削除を要請した件数は1,203件で、そのうち一部または全てを削除したのは全体の68%にとどまったということです。
さて、本コラムでもその動向を注視している、プロバイダー責任制限法(プロ責法)改正ですが、2022年秋までに施行されれば、裁判手続きは一本化され、かかる日数も短縮となる見通しです。しかしながら、それでもSNS運営企業とプロバイダーの両方に開示を求めなければならない構図は変わらず、一定の時間はかかることになります。
最後に、陰謀論、ディープフェイク、偽情報等に関する最近の報道から、いくつか紹介します。
英世論調査大手ユーガブは、「新型コロナウイルスは実在しない」など12の陰謀論について、本当だと思うかどうか24カ国で尋ねた結果を公表しています。報道によれば、日本は本当だと答えた人の割合が各国の中で2番目に低かったものの、「本当か嘘か分からない」というあいまいな回答も45%に上り、ユーガブは必ずしも陰謀論に否定的とは言い切れないと分析しています。調査は2021年8~9月にアジアやアフリカ、欧州、北米などで計約26,000人を対象に行われ、本当だと答えた人の割合が最も高かったのはインドで36%だった一方、日本は11%、最も低かったのはデンマークの10%だったといいます。また、新型コロナ関連では「ワクチンの有害な影響は故意に隠されている」との説について、日本でも21%が本当だと回答、「ウイルスは実在しない」との説で、日本は4%が本当だとしています。また、陰謀論については、2022年1月23日付毎日新聞の記事「陰謀論信じる直観主義VS根拠求める合理主義 分極化する米国政治」も参考になりましたので、以下、抜粋して引用します。
中国国家インターネット情報弁公室(CAC)は、顔や声などのデータを修正するコンテンツプロバイダーに対する規制草案を公表しています。報道によれば、「ディープフェイク」に対する取り締まり強化の一環で、CACのウェブサイトに掲載された文書によると、アルゴリズムを使ってテキスト、音声、画像、動画を生成・修正する技術などの規制を強化することを目的とし、深層学習やバーチャルリアリティを利用してオンラインコンテンツを改変するプラットフォームや企業は「社会道徳や倫理を尊重し、正しい政治的方向性を順守すること」が求められるとしています。また、草案は「ディープフェイク」によるなりすましから個人を守る狙いがあり、顔や声などの生体情報を編集する際は対象となる人に通知し同意を得る必要があること、またディープフェイクが偽情報の拡散に使われないよう、ユーザーからの苦情処理システムを整備するよう求めています。さらに、アプリストアは必要に応じて、ディープフェイク技術提供者のアプリを停止したり禁止したりすることが義務づけられることになります。CACはディープフェイク技術が違法行為にも利用されており、国民の重大な利益を損なうだけでなく、国家の安全や社会の安定を危うくしていると指摘しています。
緊迫するウクライナ情勢をめぐり、ロシアがウクライナへの侵攻を正当化する世論の醸成を狙ったディスインフォメーション(偽情報)工作をソーシャルメディアで展開しています。このように偽情報対策は対露政策における焦眉の急となっています。ロシアの偽情報工作は、米大統領選に干渉して米社会の分断をあおったり、最近では新型コロナウイルス危機に乗じてワクチン接種への不信をかき立てたりするなど、あらゆる局面を捉えて巧妙なわなを張り巡らせてくるのが特徴で、しかも厄介なことに、ロシアのプーチン体制と中国の共産党独裁体制、さらには反米強硬派のイランといった国が欧米諸国などに情報戦を仕掛けるにあたり、互いの手口を研究し合い、同様の主張を同時に拡散させる、いわば「偽情報の悪の枢軸」を形成している実態が浮上してきたとの指摘があります。2022年1月26日付産経新聞によれば、「中国共産党の偽情報工作は従来、チベットや香港、台湾といった中国の「核心的利益」に関する自らの立場を正当化する活動に焦点を絞ってきた、また、新型コロナ関連の偽情報工作も、当初は中国のウイルス対応の妥当性を諸外国に印象付けることに力点が置かれていた。それが最近は、ロシアによる工作と同様に、欧米諸国の人々が自国のワクチン政策やウイルス対策に疑念を抱かせるような偽情報を流し、社会の緊張を激化させ、民主主義体制への不信を植え付けることを狙った積極的な工作にシフトしていることが分かった」、「新型コロナ関連にとどまらず、偽情報を撃退することはすなわち、中露などの権威主義国家から自由で民主的なシステムを守る戦いでもある。そして、私たち民主社会に生きる者たちは、各人がその「最前線」に立っているのだという意識を頭の片隅に置いておく必要がある」と指摘しており、あらためて偽情報の悪用の恐ろしさを痛感させられます。
偽情報を用いた国際的な工作にとどまらず、マスコミのスタンスと相まって、社会を分断する構図にも注意が必要だといえます。2022年1月22日付毎日新聞の記事「「視聴者の強い主張を気にし…」米メディア、SNS登場で壊れた距離」は、そのあたりを端的に指摘しており参考になりましたので、以下、抜粋して引用します。
(8)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向
日銀の黒田東彦総裁は、日本で中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行できるかどうか、2026年くらいには判断できているとの見解を示しています。中谷委員は、欧州中央銀行(ECB)の「デジタルユーロ」は最短で2026年にも発行される可能性があると指摘、日本でも少なくとも2026年くらいには能否の判断はできているという理解でいいかと質問したのに対し、黒田総裁は「個人的にはそう思っている」と述べたものです。また、発行に向けては、政府・民間事業者と議論を尽くすとともに、国民の十分な理解が得ることが不可欠だと指摘、さらにCBDCの国際標準に関する議論の動向も注視していく必要があるとも述べています。そして、これらを見極めたうえで「何年後とは言えないが、ある時点で決断する必要がある」としています。財務省はCBDCの導入に向け、7月にも体制を強化するということです。法改正などを想定し、日銀や金融庁と緊密に連携していくとし、政府も詳細な制度設計について検討を進めることになります。具体的には、貨幣発行などを所管する理財局国庫課で専従の職員は現在2人おり、今後2人増員するということです。CBDCを法定通貨と定めるには財務省が所管する通貨法の改正などが必要になりますが、仲介機関の選定や手数料、限度額、個人情報の扱いなど議論は多岐にわたり、金融庁とともに制度設計を検討することになります。議論を主導する日銀は2021年4月から実証実験を始めており、2022年4月からは第2段階として現金との交換や決済システムとの連携など周辺機能について確かめ、CBDCを発行できるかどうか検討することとしています。
一方、米FB(メタ)が参画する暗号資産「ディエム(旧リブラ)」の運営組織は、関連資産を米銀行系のシルバーゲート・キャピタルに売却すると発表、CBDCを巡る議論の震源地となったメタが主導したデジタル通貨の発行を断念することになりました。2022年2月1日付日本経済新聞にこれまでの経緯が詳しく報じられていますが、メタは当初、銀行口座を持たない人たちにも金融サービスを提供する「金融包摂」を目標として掲げ、さらに法定通貨を裏付けとする「ステーブルコイン」とすることで、ビットコインなど暗号資産の欠点とされてきた価格変動の大きさを抑えることを狙い、FBのザッカーバーグCEOは、「通貨ではなくグローバルな決済システムを作るのが目的だ」と繰り返し述べたものの、通貨秩序への挑戦ととらえた各国政府・中央銀行が包囲網を形成、当局の警戒が解けることはありませんでした。計画の発表直後、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は「利点もあるがリスクもある」と懸念を表明し、各国の金融当局や政治家、学識経験者も問題を指摘しました。金融システム安定性を損なうとの懸念に加え、マネー・ローンダリング対策が不備との指摘、FBが2016年の米大統領選で大量の個人情報の不適切利用問題を起こしたことなどを理由に、プライバシー保護を心配する声も上がりました。FBはその後、裏付けを複数の通貨とするバスケット方式を辞め、単独通貨ごとの裏付けに変更するなどの計画修正をおこない、名称もリブラからディエムに改めたものの、当初計画に加わっていた米ビザやペイパルHDなど有力企業が離脱していき、規制当局の態度も軟化することはありませんでした。
リブラは実現こそしませんでしたが、世界の金融システムに、CBDC導入という大きな影響を与えることになりました。国際決済銀行(BIS)のリポートによれば、世界65カ国・地域のうち6割がデジタル通貨の実験段階に進んでおり、2020年にはカンボジアとバハマ、2021年にはナイジェリアがCBDCを発行、中国はデジタル人民元を試験発行しており、2022年にも本格発行を視野に入れています。CBDCをめぐる動きが活発な背景について、2022年1月21日付朝日新聞の記事「デジタル通貨 加熱する国家間競争 専門家がみる各国の思惑」に詳しく報じられていました。
さて、CBDCを巡る最近の動向としては、FRBが、CBDCに関する初の報告書を公表したことが大きなトピックとなります。FRBが「デジタルドル」を発行した場合のメリットとデメリットについて論点整理したものですが、FRBがデジタルドル発行を推進する立場をにじませたのがポイントとなります。報告書は全40ページ程度で、FRBがデジタルドルを発行した場合、安全で便利な金融サービスを提供できる可能性がある一方、金融システムの安定性やプライバシー保護、金融犯罪の防止などの課題があるという内容で、すでに先進国の主要中銀と国際決済銀行(BIS)の共同研究グループなど多くの機関がCBDCの報告書をまとめており、FRBの論点整理自体に目新しさはありません。ただし、注目すべきは、報告書がデジタルドル発行に前向きであることがうかがえる点です(このあたりは積極的な姿勢を抑え、慎重さも打ち出しています)。前述のとおり、米国では基軸通貨ドルを中心とする現行の金融システムの維持を重視する立場から、デジタルドルへの慎重論が根強く、FRB内でも推進論と慎重論が二分していただけに、今回の報告書は驚かされたというのが筆者の正直な感想でもあります。ただし、世論、設計、法整備を含め、デジタルドルは発行の初期段階にも達しておらず、今回の報告書は、FRBがデジタルドル発行に積極的な姿勢を示すことで「米国がCBDCの国際ルール作りを主導する」という世界に向けたメッセージの意味合いが強いものと推察されます。なお、報告書は、「FRBは、行政府や議会から明確な支援がなければCBDCの発行はしない」とも強調しており、世界の投資家が米国に資金を動かし、ドル覇権を支える信頼の基盤だが、トップダウンで導入を進める中国に後れをとる理由にもなっている点について、2022年1月26日付ロイターで報じられているとおり、「FRBは報告書で、デジタルドルは金融システムを変革し、世界の決済スピードを速め、消費者の金融システムへのアクセスを向上させると指摘した。一方で、デジタルドルの設計に不備があれば銀行に悪影響を及ぼし、金融システムを不安定化させ、プライバシーの問題を生じさせかねないともくぎを刺している。…議員や規制当局、ホワイトハウスが議論している間に、民間セクターが先に商品開発を進め、デジタルドル導入の意義が弱まるかもしれない、とキャピタル・アルファ・パートナーズのマネジングディレクター、イアン・カッツ氏はリポートで指摘。「数年先にようやく導入されたとしても、その時点でFRBのCBDCは現在ほど世界を変える力を持っていないだろう」とした。」という点も考えさせられるところです。また、民間デジタル通貨の普及や中国の発行計画が進むなか、米国が法定通貨ドルのデジタル化に出遅れれば世界の基軸通貨としての地位が揺らぎかねないとの焦りがにじむと評した論調も見られます(2022年1月21日付日本経済新聞)。CBDCの利便性が高ければ銀行預金から資金がシフトする可能性があり、預金を融資などの原資とする銀行にとっては資金調達コストの上昇につながり、金融仲介機能の低下を招きかねないほか、利用者のプライバシー保護や、マネー・ローンダリングなど犯罪への利用防止、サイバー攻撃への対処など越えるべき壁はいくつもある中、それでもFRBが検討を進めるのは「通貨」をめぐる国内外の環境が急速に変化しているためだというものです。顕著なのが、法定通貨などを裏付けに発行することで値動きを安定させた暗号資産ステーブルコインの市場膨張で、コインマーケットキャップによれば、市場規模は1年前比約5倍の1,600億ドル強になっています。同紙は、「FRBの報告書では、各国政府がデジタル通貨の開発・検討を進めるなか「これらのCBDCがドルよりも魅力的であれば、世界的にドルの使用が減少する可能性がある」と指摘した。米国もCBDCを発行することで「ドルの国際的な役割を維持するのに役立つかもしれない」としている。FRB内では執行部メンバーのなかでも温度差があり、これまで慎重に検討する姿勢を貫いてきた。ただ、推進派のブレイナード理事がバイデン大統領から副議長昇格の指名を受け、現在は米上院の承認待ちになっている。ブレイナード氏が軸となり、CBDCの検討に加速感が出てくるかが焦点になる。報告書では4カ月後の5月20日まで一般から意見を募るとしたが、ほかの具体的なスケジュール感は示さなかった。国民世論の盛り上がりを含め、実現には見極めるべき点もなお多い」と指摘しています。
国際通貨基金(IMF)のゲオルギエバ専務理事は、各国が検討するCBDCについて、万能モデルは存在しないとの見方を示しています。IMFの推計では100カ国近くが現在CBDCの導入を検討しており、IMFは、デジタル通貨を既に導入しているか、もしくは試験段階にある、中国、スウェーデン、バハマなど6カ国についての研究結果を公表しています。報道によれば、ゲオルギエバ氏はこの研究結果に関するスピーチで、初期段階の経験から得られる主なことは、多くの教訓があるということだと説明し、まず、CBDCの万能モデルはないということだと指摘、また、金融の安定とプライバシーへの配慮がCBDCの設計で最も重要であり、CBDCの設計とそれに関する政策の間でバランスを取る必要があるとの認識を示しています。「CBDCはまだ初期段階にあり、どこまで、どれくらいのスピードで発展していくのか分からない」と述べ、CBDCが慎重に設計されれば、人々は銀行が提供するようなサービスにアクセスしやすくなり、お金の移動にかかるコストを下げることができるとの見方を示しています。
CBDCでは世界に先行する中国ですが、大きな注目を集めたデジタル人民元のスマートフォン用ウォレットアプリ配信が始まってから間もなく1カ月が経ちます。ダウンロードが急速に広がる一方で、実際の決済利用は伸び悩んでいるといった報道も見られます。中国人民銀行(中央銀行)は北京冬季五輪を前に、「e─CNY」とも呼ばれるデジタル人民元の実証実験を加速させましたが、利用は実証実験が行われている10の主要都市に限定されており、多くの人が2大決済サービスであるアント・グループの「アリペイ」と騰訊控股(テンセントHD)の「微信支付(ウィーチャットペイ)」をなお好んで使っているのが現実のようです。e─CNYは中銀が発行する法定のデジタル通貨で、実証実験は上海や深センのほか、冬季五輪の会場など10の主要都市で行われています。その北京冬季五輪・パラリンピックの取材拠点となる「メインメディアセンター(MMC)」内にはレストランや喫茶店、土産物店などが点在しており、主な支払い手段は大会スポンサーの米VISAカードだが、「e-CNY」も使われています。中国政府は北京冬季五輪を「デジタル人民元のショーケース」と位置づけており、中国の銀行口座やスマホを持たない外国人にも使ってもらい、将来の外国人観光客の利用に役立てる考えをもっています。消費者からすれば、これまでのカード払いやスマホ決済と大きな差を感じにくいのとは対照的に、人民銀の利点は大きく、国内の決済情報を瞬時に把握でき、きめ細かい金融政策の調整に役立てられるほか、海外への違法な資金の持ち出しやマネー・ローンダリングの防止にもつながるとみられています。中国では、2021年末まで個人による専用のデジタル財布の開設は2億6,100万件に上り、取引額は約875億元(約1兆5,700億円)に達しています。今後は実証実験とともに、デジタル人民元を法定通貨に加える中国人民銀行法の改正作業にも取り組み、正式発行への準備を進める方針とされます。
インドのシタラマン財務相は、2022年度中に、インド準備銀行(中央銀行)がデジタル通貨を発行すると表明しています。議会での演説で「インド準備銀行がデジタルルピーを発行する」と述べ、具体的な方法は明らかにされていませんが、ブロックチェーン(分散型台帳)の技術を使うとしています。インドではコロナ禍もあって決済のデジタル化が広がってきており、シタラマン財務相は「経済のデジタル化を進め、効率的でコスト安の通貨管理ができる」としています。モディ首相も、「中央銀行によって管理されるデジタル通貨は我々のデジタル経済を強化し、デジタル決済のグローバル化にも寄与するだろう」と述べています。インド政府や中央銀行は、民間企業が発行する暗号資産について、金融の不安定化を招くとして慎重な姿勢であり、シタラマン財務相は演説で、暗号資産の取引の利益に対して30%の税金を課す方針も示しており、国が管理するデジタル通貨の利用を促すねらいもあるとみられています。なお、デジタル資産は国内で最も税率が高い課税所得帯となり、デジタル資産の売却で生じた損失は他の所得と合算することはできないといいます。報道によれば、インドで暗号資産に投資している人は1,500万~2,000万人存在しているといい、暗号資産の保有額は総額4,000億ルピー(53億7,000万ドル)前後とみられています。インド中銀は民間の暗号資産について、金融の安定を損なう恐れがあるとして「深刻な懸念」を示しており、その結果、複数の銀行が暗号資産関連企業との取引を停止しています。シタラマン財務相は「CBDCの導入は、デジタル経済を大きく押し上げる要因となる。デジタル通貨は、通貨管理システムの効率化とコスト削減にもつながる」と述べています。
英上院委員会は、リテール型デジタルポンドについて、金融の安定が損なわれ、与信コストが上昇し、プライバシーが侵害される恐れがあるとの報告書をまとめています。一方、ホールセール型のデジタルポンドについては、さらに検証が必要だとの認識を示しています。イングランド銀行(英中央銀行、BOE)と英財務省は2021年11月、CBDCの導入を進めるかどうかについて2022年に正式な検討を行うと発表、国内での立ち上げは最も早くても2026年以降になるとしています。上院委員会は、デジタルポンドが家計や企業の日々の決済に利用されれば、商業銀行からデジタルウォレットに資金が移動し、ストレス時に金融の安定性が損なわれる恐れがあると指摘、銀行の重要な資金調達源が減り、借り入れコストが上昇する可能性があるとしたほか、中央銀行が資金の流れを監視できるため、プライバシーの侵害にもつながりかねないとも指摘しています。
スイス国立銀行(SNB、中央銀行)は、ホールセール型CBDCの実証実験を大手金融機関と実施し、成功を収めたと発表しています。実験に参加したのは、UBS、クレディ・スイス、ゴールドマン・サックス、シティグループ、ヒポティカーバンク・レンツブルクで、10万~500万スイスフラン(約11万ドル~547万ドル)規模の複数の決済を即時に実行し、カウンタパーティーリスクを削減できたといいます。リテール型CBDCは家計や企業の日々の取引に利用されるものですが、ホールセール型は、中央銀行と中央銀行に口座を持つ金融機関が多額の資金を移動する際に用いられるもので、証券決済の効率化につながる可能性も指摘されています。今回の実験に参加した機関は今後、実験結果を検証し、次のステップを決めるとしています。
ニュージーランド(NZ)準備銀行(中央銀行)のオア総裁は、CBDCについて、一般の意見を考慮した上で、概念実証に向けた設計作業を開始していることを明らかにしています。講演で、この作業には多くの段階が含まれ、複数年かかるとし、NZにとってどのような形態のCBDCが適切かについてはまだ決定していないと述べ、「現在、CBDC実現化に向けた技術はあるが、うまく設計する必要がある」と指摘しています。
次に、暗号資産を中心とした動向について確認します。まず、本コラムでもたびたび取り上げてきた中米エルサルバドルにおける暗号資産ビットコインの法定通貨化について、国際通貨基金(IMF)は、エルサルバドルに対し、ビットコインを法定通貨にした2021年9月の決定を見直すように求めたと発表しています。IMFはエルサルバドルが2022年中に発行する予定のビットコインと連動した国債についても懸念を示しています。さらに、2021年1月26日付日本経済新聞によれば、「エルサルバドルのブケレ大統領は2021年11月に戦略都市「ビットコインシティー」を建設する計画を表明した。2022年中に10億ドル(約1,140億円)分の10年債を発行し、半分を建設に投じる方針だ。残りの半分はビットコインに投資し、値上がりによる利益を得たい考えだ。IMFはこの計画に対してもリスクが高いと懸念を示している。IMFはこれまでもエルサルバドルがビットコインを法定通貨にする政策に対して懸念を表明してきた。IMFは2022年の実質経済成長率が3.2%にとどまると予測している。エルサルバドルで現在の政策が続くと、債務残高が国内総生産(GDP)比で96%に達する可能性があるという。ビットコインの価格は24日に一時3万4,000ドルを下回り、2021年11月中旬の半分程度の水準まで落ち込んだ。エルサルバドル政府は法定通貨にしてからビットコインを購入しており、ブケレ氏は価格が下がった1月下旬にも新たに追加購入したことを明らかにしている」と指摘しています。現時点では、リスクの方が前面に出る形ですが、同国は強気の姿勢を貫いています。さらに、報道によれば、南太平洋のトンガの政治家は2021年1月上旬にツイッターでビットコインを法定通貨にする計画を示したほか、パナマでも政治家が2021年9月に暗号資産の利用を推奨する法案を明らかにするなどしており、エルサルバドルのブケレ大統領は2021年1月上旬、ツイッターへの投稿で「2022年には2カ国がビットコインを法定通貨に採用するだろう」と述べています。
その他、暗号資産を巡る海外の報道から、いくつか紹介します。
- ロシア中央銀行は1月、露国内での暗号資産の流通や発行、採掘の禁止を提言する報告書を公表しています。国民を価格変動に伴う損失や詐欺の被害から守るためだとして提言を法案化し近く議会に提出する方針としていますが、国内からは反発も出ているようです。暗号資産規制は世界的な潮流とはいえ、ロシアの場合、規制には反プーチン勢力の資金源を断つという”裏の狙い”があるとも指摘されています。報道によれば、露中銀は、「暗号資産-傾向・リスク・対策」と題した報告書を公表、報告書はまず、世界の暗号資産市場が拡大しており、2021年12月時点での時価総額は2兆~3兆ドル(約230兆~340兆円)だと説明、ロシア人による暗号資産取引額は年間50億ドルに上るほか、ロシアは「採掘」でも主要国の一つで、米国、カザフスタンに次ぐ世界3位の「採掘大国」だとしています。
- インドのモディ首相は、暗号資産がもたらす課題に対処するため、世界共通の取り組みが必要との認識を示しています。世界経済フォーラム(WEF)主催のオンライン会議「ダボス・アジェンダ」で、関連技術の課題に対処するには一国の判断では不十分だとし、「われわれは同じような考え方を持つ必要がある」と述べています。インドは暗号資産関連の規制を検討しており、これまでに大半の暗号資産を禁止する計画を示しています。インド中央銀行も、金融の安定性に影響を与えかねないとしてデジタル通貨について「深刻な懸念」を表明しています。
- タイ銀行(中央銀行)のルーン・マリカマス総裁補は、資本金の3%という現在の制限を超えて銀行がフィンテックに投資することを認める方針を示しましたが、デジタル資産を除くとしています。また、今年前半に暗号資産に関する規則の公表も見込んでいると表明、このような銀行の導入で金融システムの競争激化が予想されるとしつつ、既存の銀行も申請することが可能としています。中銀はこのほど、リスクを考慮してデジタル資産の決済利用を規制すると表明しています。
- シンガポール金融管理局(MAS)は、暗号資産の取引サービス業者に対し個人投資家向けの広告を制限するよう求める指針を発表しています。政府は以前から、暗号資産の取引は極めてリスクが高く、個人投資家向けではないとの見解を繰り返し表明しており、今回のガイドラインによると、業者は公の場やソーシャルメディアのインフルエンサーなどを通じて個人投資家向けの暗号資産取引サービスのマーケティングや広告を行ってはならないとされ、自社のサイト、モバイルアプリ、ソーシャルメディアの公式アカウントのみでマーケティングや広告が認められるとしています。MASは「ブロックチェーン技術の発展と付加価値の高い革新的な仮想通貨の利用を強く奨励するが、暗号資産の取引は極めてリスクが高く、一般向けではない」と表明しています。
- 異なる暗号資産の相互技術を開発するワームホールは、3億2,000万ドル強に相当する暗号資産が、ハッカーによって分散型金融(DeFi)プラットフォームから盗まれたと明らかにしています。暗号資産の窃盗としては過去4番目の規模となります。ワームホールは、ラップドイーサ(wETH)と呼ばれるトークン約12万個が盗まれたとツイート、別のツイートでシステムの脆弱性は修正したものの、ネットワークを復旧させるための作業を継続中と説明しています。
- コインベースやサークル、アンカレッジ・デジタル、フォビグローバルなどの暗号資産関連の主要企業が、価格操作の取り締まり強化を目指した業界連合を結成しています。急成長するデジタル通貨業界に対して信頼感を持ってもらおうとする取り組みとなります。名称は「クリプト・マーケット・インテグリティー・コアリション」(CMIC)で、リスク監視ソフトウェア企業のソリダス・ラブズが結成を呼び掛けたといいます。デジタル通貨企業に対し、暗号資産分野で行われる恐れがある不正行為や、業界が投資家を保護する必要性を認める「市場インテグリティー」の誓約に署名するように求めています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向
カジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致を巡る動向が、国への区域整備計画の提出を前に本格化しており、それとともに誘致反対派の動向も活発化し、駆け引きが繰り広げられています。
和歌山県では、区域整備計画案を審議した県議会の特別委員会が開催され、事業者の資金調達見通しなどについて、県側の説明に対し、委員側から不安視する声が相次ぎ、議論は約7時間にわたり紛糾したと報じられています。本コラムでも以前紹介したとおり、特別委員会では2021年11月も、資金調達見通しなどに疑問が相次ぎ、県が当初予定していたパブリックコメントや県民への公聴会を延期した経緯があります。報道によれば、県側がIR事業者に選んでいるカナダのクレアベスト・グループの事業体制や、初期投資約4,700億円の資金調達見通しなどについて説明されました。4,700億円のうち7割(約3,250憶円)をスイスの金融大手クレディ・スイスを主幹事とする銀行団から借り入れ、3割(約1,450億円)を企業からの出資で集めること、出資者については、クレアベストと米カジノ大手シーザーズ・エンターテインメントが中核株主としてそれぞれ55%、5%出資すると説明、残る40%は少数株主として約10社からの出資を見込んでいるとしたが、企業名を明らかにしたのは西松建設のみとなりました(出資企業が集まらない可能性もあるところ、その場合はクレアベスト側が不足分を出す方向で検討しているということです)。これに対し委員側からは、同じくIR誘致を目指している大阪府・大阪市の例も挙げながら、「(事業体制で)全ての企業名が出せないのはなぜか」、「(資金調達で)出資の確約書は得ているのか」などの厳しい意見や質問が相次ぎ、県側も「企業名を明らかにする了承を得ていない」、「確約書に準ずる書類を確保している」と説明するにとどまり、委員側からは「夢まぼろしにならないようにしてほしい」、「大阪が100点とすれば、県の案は欠点だ」などの厳しい意見が続出したといいます。ただし、最終的には、IR施設の名称を「IR和歌山(仮称)」、開業時期は2027年秋ごろで経済波及効果は建設時約7,100億円、運営時は年間約3,100億円を見込む内容について、条件付きながらパブリックコメントと公聴会の実施が認められました。また、これに先立ち、和歌山市議会は、市民団体が直接請求していたIRの是非を問う住民投票条例案を反対多数で否決しています(IRの是非を問う住民投票条例案は、可決されれば全国初となるものでした)。条例案は、市民団体「カジノ誘致の是非を問う和歌山市民の会」が、必要な有権者の50分の1以上の3倍以上にあたる2万39筆の署名を集め、尾花正啓市長に直接請求されたものの、住民投票の実施には約8,500万円の経費がかかり、尾花市長は「(会から)条例制定の直接請求がなされたことはIR誘致の賛否を問わず、市民の関心のあらわれ」とする一方、「住民投票を実施すれば、多額の経費を要することなどを総合的に判断した結果、実施する意義は見いだし難い」と反対意見を付けて市議会に提案していたものです。
大阪府と大阪市のIR誘致を巡って、大阪市議会は、計画の賛否を問う住民投票を実施するための条例案を反対多数で否決しています。自民党大阪市議団などが提出したが、最大会派でIR推進派の大阪維新の会や公明党大阪市議団が反対したものです。自民市議団はIR候補地の人工島・夢洲で明らかになった土壌対策費約790億円を市が負担する方針を問題視、会派として計画への賛否を示さず、住民投票の結果を受けて判断する意向を示していたものです。報道によれば、採決に先立って行われた討論では、自民市議団の市議が「住民投票を行い、住民のIRへの理解度や関心を高めるべきだ」と主張したといいます。否決を受け、自民市議団は議会審議で追及するとともに会派内で議論を尽くし、賛否の態度を決めるといいます。大阪府・市はIRの区域整備計画を2月議会に議案として出し、可決されれば4月にも国に提出する構えです。なお、住民投票の条例案は否決されたものの、IR整備計画案の審議は市と府の両議会で3月まで続くことになります。2月10日までに、九つの市民団体が、共同で集めた71,028筆(ネット署名を含む)のIR反対署名を市と府に提出しています。なお、争点の一つに急浮上していますが、大阪市議会での否決に先立ち、大阪湾の人工島・夢洲で開かれる2025年大阪・関西万博の跡地を利用するために必要な土壌対策費が約788億円に上ることが判明しています。夢洲では、IR予定地の土壌対策費約790億円を市が負担する方針を決めており、万博跡地も含めれば約1,578億円に膨らむ可能性が指摘されています。報道によれば、港湾局は今回、IR予定地(49万平方メートル)の南側に隣接する万博跡地(100万平方メートル)の対策費について、IR予定地の液状化や土壌汚染などの対策費を参考に、約788億円と見積もり、試算にあたっては、IR予定地ほど高層の建築物が建設されることは考えにくいとして、液状化対策費の単価を半額程度に減らすなど調整したといいます。市は万博閉幕後、跡地をIRと一体で「国際観光拠点」として整備する方針ですが、具体的な事業内容は決まっていません。なお、大阪府・市は2029年秋~冬のIR開業を目指しているところ、土壌対策の進展次第では1~3年遅れる可能性があるといいます。49万平方メートルの用地を、市がIR事業者に年間約25億円で貸し出すことになりますが、約790億円の負担について(単純計算では回収に30年以上を要することになりますが)、松井市長は「IRによる経済効果や(用地の)賃料などを合わせれば、十分採算ベースにのる」と説明していますが、そもそものIR事業費に対する大阪市の見積もりの甘さは否定できないところです。
また、大阪府・市のIRの区域整備計画案について、住民から意見を聞く公聴会が開催されています。公聴会とは別に実施している説明会も合わせ、主な論点となったのは収益・経済波及効果、ギャンブル依存症対策、説明のあり方となりました。報道によれば、大阪府・市は「コロナの影響で非常に厳しいと十分承知している。だがワクチン接種が進み、感染が一定程度収まれば観光も中長期的には回復するとみている」と強調、カジノ収益の一部の納付金と入場料から年1,060億円が大阪府・市に入るとの見通しについては、「事業者が自らの知見で積算した」とし、具体的な説明はなされませんした。また、大阪府・市は厳しい入場管理と利用制限を実施するほか、ギャンブル依存症の人や家族からの相談や医学的支援などを担う「大阪依存症センター(仮称)」を新設すると説明、「依存症対策のトップランナーを目指す」と強調しています。しかし、カジノ開業でギャンブル依存症患者はどの程度増えるのか問われると、「算出するのは困難」との答えを繰り返し、「依存症患者が増えることは認めるのか」との質問には、「見解を申し上げる立場にない」としたうえで、「国を挙げて対策することで依存症の割合が(カジノの)オープン後に減ったとのデータもある」とかわすにとどめて、苦しい説明となったようです。
IR誘致を積極的に進めている長崎県などは、IR設置運営事業予定者であるカジノ・オーストリア・インターナショナル・ジャパン(CAIJ)が、総事業費3,500億円の資金計画を2月末までに発表することを明らかにしています。長崎IR事業への参加企業名と合わせ、県民向けの公聴会で公表する予定となります(大阪府・市、和歌山県よりやや遅れたスケジュールで進行しているようです)。報道によれば、長崎市で開いたフォーラムで、CAIJの林社長は「大手ゼネコン、広告会社、IR関係、警備関係すべて日本の一流企業にコミットしていただく」と述べ、「個別名は2月の公聴会で公表する」と話しているほか、事業運営のために設立する特別目的会社(SPC)の出資企業について林氏は「沖縄、山口を含めた九州全域でコンソーシアムをつくりたい」と語っています。
その他、カジノIRに関する最近の報道からいくつか紹介します。
- 海外のバカラ賭博で約1億5,000万円を使い込んだとして、業務上横領の疑いで刑事告発されたジャンケット業者(富裕層など上客をカジノに案内する業者)「ナインアンドピクチャーズ」の前社長について、大阪地検特捜部が容疑不十分で不起訴処分にしたことが明らかとなりました(処分は2021年12月20日付)。本件は、本コラムでも以前取り上げましたが、ジャンケット業者は、海外のカジノに客を送って報酬を得る仲介業者で、前社長は2014~16年、資金提供者から借り受けるなどしてマカオのカジノに預けていた約1億5,000万円(1,000万香港ドル)のほぼ全額を着服したとして、同社持ち株会社の現経営陣と資金提供者らが2021年5月に告発していたものです。
- マカオ立法会(議会)はカジノ産業の運営に関する法案を公表しています。本土の富裕層を案内する「ジャンケット」の役割を明確にすることなどを目的とし、前述したとおり、中国政府は富裕層をはじめ個人の資金の流れを把握しようと統制を強化し始めていますが、カジノに絡んだ違法な資金の動きの取り締まりに乗り出しており、マカオ政府も規制を強化しています。報道によれば、マカオ政府は、2022年6月に失効するカジノ運営免許について、認可業者の数は現行の6社で維持した上で、有効期間を半分の10年に短縮すると発表、法案では、カジノ業者はジャンケット顧客用の部屋を持てなくなるほか、ジャンケット業者との収益の山分けは禁止となるといいます。また、マカオ政府は認定ジャンケット業者には引き続き免許を交付するものの、顧客を案内できるのは認定カジノ1カ所に限るとし、これによりジャンケットの影響力は低下すると予想されます。当局がカジノを直接監督するという規定案は、カジノ側の意見により盛り込まれなかったものの、規制当局が3年ごとに「総合的な契約上のコンプライアンス」の審査を実施することとなりました。
- マカオのカジノリゾートを所有・運営する澳門励駿(マカオ・レジェンド)は、逮捕された陳CEOが辞任したと発表、これを受けて株価は19%急落し、最安値を更新しています。前述したとおり、当局はあらゆるギャンブルが違法である中国本土からの不正な資金流出の取り締まりを強化、(本コラムでも取り上げたとおり)2021年11月には業界の大物である太陽城(サンシティ)のアルビン・チャウ氏が逮捕されています。報道によれば、マカオ・レジェンドは香港取引所に提出した文書の中で、陳CEOは「(同社に与える)混乱を避けるため」および株主の利益のために辞任したと説明、日常業務への悪影響はないとしています。マカオ警察は、違法賭博の容疑で他に2人を逮捕したと発表、警察は2021年11月以降、陳氏とチャウ氏を含む15人を違法賭博とマネー・ローンダリングの容疑で逮捕しています。陳氏はマカオ・レジェンド株の約3分の1を保有しているほか、サンシティに次ぐマカオ第2位のジャンケット業者である徳晋集団の主席でもあります。今回の逮捕は2021年11月のサンシティ事件と関連があり、同社と徳晋の2グループが協力して「不正な犯罪行為」を行っていたとしています。
③犯罪統計資料
令和3年1~12月の犯罪統計資料【確定値】(警察庁)について紹介します。
▼警察庁 犯罪統計資料【確定値】(令和3年1~12月分)
令和3年(2021年)1~12月の刑法犯総数について、認知件数は568,104件(前年同期614,231件、前年同期比▲7.5%)、検挙件数は264,485件(279,185件、▲5.3%)、検挙率46.6%(4.5%、+1.1P)と、認知件数・検挙件数ともに2020年に引き続き減少傾向が継続しました。なお、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数は381,769件(417,291件、▲8.5%)、検挙件数は161,016件(170,687件、▲5.7%)、検挙率は42.2%(40.9%、+1.3P)、うち万引きの認認知件数は86,237件(87,280件、▲1.2%)、検挙件数は63,493件(62,609件、+1.4%)、検挙率は73.6%(71.7%、+1.9P)となりました。コロナで在宅者が増え、窃盗犯が民家に侵入しづらくなり、外出しないので突発的な自転車盗も減った可能性が指摘されるなど窃盗犯全体の減少傾向が刑法犯の全体の傾向に大きな影響を与えた結果といえますが、一方で、万引きについてはそれほど極端な減少傾向となっておらず、コロナ禍においても引き続き注意が必要な状況です。また、知能犯の認知件数は36,663件(34,065件、+7.6%)、検挙件数は19,154件(18,153件、+5.5%)、検挙率は52.2%(53.3%、▲1.1P)、うち詐欺の認知件数は33,353件(30,468件、+9.5%)、検挙件数は16,527件(15,270件、+8.2%)、検挙率は49.6%(50.1%、▲0.5P)などとなっており、コロナ禍において詐欺が大きく増加したといえます。とりわけ前述したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が大きく増加傾向にあります。刑法犯全体の認知件数・検挙件数が減少傾向の中、万引きと知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です。
また、特別法犯総数については検挙件数は検挙件数は71,005件(72,913件、▲2.6%)、検挙人員は58,156人(61,345人、▲5.2%)と2020年同様、検挙件数・検挙人員ともに微減となった点が特徴的です(なお、検挙件数については直近までわずかながら増加傾向を示していましたが、最終的には減少に転じています)。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は4,831件(6,846件、▲29.4%)、検挙人員は3,528人(5,005人、▲29.5%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は8,765件(7,694件、+13.9%)、検挙人員は6,702人(6,291人、+6.5%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,535件(2,634件、▲3.8%)、検挙人員は2,072人(2,133人、▲2.9%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は429件(609件、▲29.6%)、検挙人員は139人(141人、▲1.4%)、不正競争防止法違反の検挙件数は75件(58件、+29.3%)、検挙人員は77人(69人、+11.6%)、銃刀法違反の検挙件数は5,252件(5,458件、▲3.8%)、検挙人員は4,521人(4,819人、▲6.2%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、迷惑防止条例違反や不正競争防止法違反が増加傾向にある点が気になります。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は938件(1,053件、▲10.9%)、検挙人員は526人(546人、▲3.7%)、大麻取締法違反の検挙件数は6,733件(5,865件、+14.8%)、検挙人員は5,339人(4,904人、+8.9%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は11,299件(11,825件、▲4.4%)、検挙人員は7,631人(8,245人、▲7.4%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数が2020年に比べて大きく増加傾向を示しており、引き続き深刻な状況となっています。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、総数616人(553人、+11.4%)、ベトナム223人(115人、+93.9%)、中国96人(89人、+7.9%)、ブラジル42人(55人、▲23.6%)、フィリピン33人(25人、+32.0%)、インド19人(17人、+11.8%)、スリランカ18人(14人、+28.6%)、韓国・朝鮮17人(27人、▲37.0%)などとなっています。
一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数総数は12,236件(13,257件、▲7.7%)、検挙人員総数は6,875人(7,533人、▲8.7%)と最近まで増加していたところ、一転して検挙件数・検挙人員ともに減少に転じている点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じたのは、緊急事態宣言等のコロナ禍の状況や東京五輪期間中の自粛(一般的に国民的行事の際には、暴力団は活動を自粛する傾向にあります)などの要素もあることも考えられ、いずれにせよ緊急事態宣言解除やオミクロン株の大流行など状況の流動化とともに今後の動向に注意する必要がありそうです。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は709件(851件、▲16.7%)、検挙人員は676人(829人、▲18.5%)、傷害の検挙件数は1,119件(1,366件、▲18.1%)、検挙人員は1,353人(1,629人、▲16.9%)、脅迫の検挙件数は366件(448件、▲16.3%)、検挙人員は356人(415人、▲14.2%)、恐喝の検挙件数は391件(434件、▲9.9%)、検挙人員は456人(575人、▲20.7%)、窃盗の検挙件数は6,012件(6,712件、▲10.4%)、検挙人員は1,008人(1,157人、▲12.9%)、詐欺の検挙件数は1,933件(1,545件、+25.1%)、検挙人員は1,555人(1,249人、+24.5%)、賭博の検挙件数は62件(62件、±0%)、検挙人員は149人(225人、▲33.8%)などとなっています。とりわけ、全体の傾向と同様、詐欺については、大きく増加傾向を示しており、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測される点は注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、検挙件数総数は7,189件(7,793件、▲7.8%)、検挙人員は4,860人(5,656人、▲14.1%)とこちらも2020年同様、減少傾向が続いていることが分かります。犯罪類型別では、暴力団排除条例違反の検挙件数は39件(52件、▲25.0%)、検挙人員は92人(121人、▲24.0%)、銃刀法違反の検挙件数は121件(173件、▲30.1%)、検挙人員は90人(133人、▲32.3%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は158件(177件、▲10.7%)、検挙人員は51人(58人、▲12.1%)、大麻取締法違反の検挙件数は1,205人(1,099人+9.6%)、検挙人員は764人(732人、+4.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は4,512件(5,088件、▲11.3%)、検挙人員は2,985人(3,510人、▲15.0%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は158件(122件、+29.5%)、検挙人員は92人(87人、+5.7%)などとなっており、全体の傾向同様、大麻事犯の検挙件数が大きく増加していること、一方で覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していることなどが特徴的だといえます。
(9)北朝鮮リスクを巡る動向
北朝鮮は2022年1月に、短距離弾道ミサイルや中距離弾道ミサイルなどを7回11発、発射しました。1カ月間の発射回数では、金正恩総書記が2011年末に実質的に権力を継承してから10年が経ちますが最多となりました。これほどまでに発射を重ねる意図は何なのか、2022年2月3日付朝日新聞の記事「なぜ相次ぎミサイル発射?北朝鮮の「ハリネズミ」の論理とは」の解説が、筆者としては最もしっくりきました。
北朝鮮ミサイル対応、有識者に聞く(2022年2月1日付日本経済新聞)
北ミサイル発射 尋常でない頻度に警戒を(2022年1月31日付産経新聞)
一方、2022年2月1日付ロイターでは、「新型コロナウイルスのパンデミックや、ウクライナ情勢の緊迫化に米政府がかかりきりになっていることが、先進ミサイル技術の試験や核兵器開発を進める好機をもたらしており、禁止されている兵器開発を国際社会に渋々でも認めさせるのが狙い」とするアナリストの分析を紹介しています。「現在、世界が他の問題に気を取られていることが、北朝鮮に恩恵となっている」と指摘しています。バイデン米政権は、北朝鮮と前提条件なしで協議する用意があるとしていますが、北朝鮮はそうした米国のメッセージをはねつけており、米政権は膠着状態を打開できていません。「北朝鮮は『甘やかされた子ども』ではなく、一連のミサイル発射はプロパガンダ戦略ではない」とし、「兵器プログラムは現実の問題で、かれらは広く考えられているよりはるかに速く開発を進めている」とし、北朝鮮は引き続き経済に重点を置きつつ、防衛開発計画を進め、兵器実験を「常態化」して重大事にするのを避け、メディアのトーンを調節したいと考えているようだとしています。また、2022年2月11日付日本経済新聞では、識者が「北朝鮮が再びミサイル連射をしているのをみて「米国を交渉に引き出そうとしている」と十年一日のごとくみるのも、「いつか北朝鮮は非核化してほしい」とみる願望バイアスの産物だ。北朝鮮には核保有国の地位を放棄する意思はもはやない。核とミサイルの軍備を盤石にすることで中ロの東アジア戦略に奉仕し、そうすることで自らの体制の生き残りを中ロに認めてもらうことを今の北朝鮮は企図している」と指摘しています。これらの指摘をふまえると、北朝鮮外務省が、北朝鮮は「米国本土を射程圏内に置き、ミサイル発射試験まで行っている」唯一の国家だと主張し、米国への核攻撃能力の保有を誇示する記事をウェブサイトに掲載した背景も理解できます。緊張を高め、金正恩朝鮮労働党総書記の核・ミサイル開発方針の正当性をアピールする狙いとみられます。一方、北朝鮮が運営するウェブサイト「ネナラ(わが国)」は、2021年から「新たな宇宙開発5カ年計画」が始まっていると表明、北朝鮮では国家宇宙開発局が2016~20年を「国家宇宙開発5カ年計画」の期間に設定し、「人工衛星打ち上げ」として事実上の長距離弾道ミサイルの発射を繰り返したことがあります。北朝鮮外務省の記事は、朝鮮人民軍創建74年の記念日とする8日付で、1月に「極超音速ミサイル」や中距離弾道ミサイル「火星12」の発射を続けたことを挙げ「わが国の戦争抑止力を大きく高めるための歴史的な聖業で、目を見張る成果を上げた」と意義を強調、国家の尊厳を守るとの金正恩氏の意思を示す意味があるとして、同氏の方針をたたえています。水素爆弾と大陸間弾道ミサイル(ICBM)、極超音速ミサイルを保有する国は数カ国もないと指摘し、核保有国だとの立場を改めて強調しています。これに対し、米国務省は、米国は北朝鮮にいかなる敵対的意図も持っていないとの従来の立場を改めて示し、対話再開を呼び掛けています。報道によれば、国務省報道官は、北朝鮮は国際的な平和や安全保障、世界的な核不拡散の取り組みに対する脅威と強調、「米国は(北朝鮮を)抑止し、北朝鮮の挑発や武力使用に対して防御し、その最も危険な武器プログラムの到達を制限し、米国民と軍、同盟国の安全を維持する」方針としています。また、韓国の文大統領も、北朝鮮が核実験や長距離ミサイル実験を再開すれば、朝鮮半島は「即座に」危機に陥ると述べ、そうした事態を回避する措置が必要だと強調しています。報道によれば、「北朝鮮による一連のミサイル発射が長距離ミサイル実験の一時停止(モラトリアム)撤回に至れば、朝鮮半島は5年前の危機状態に即座に戻る」と述べています。
さて、その北朝鮮の多様なミサイル発射によって、技術力の高さなど目を見晴らされましたが、一方、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会の下で制裁違反の有無を調べる専門家パネルが年次報告書で、北朝鮮が極超音速ミサイルの技術をサイバー攻撃で得ていたとみられると指摘していたことが分かったと報じられています。米拠点の北朝鮮専門サイト「NKニュース」が伝えたもので、同サイトは報告書を基に、北朝鮮が2021年9月に発射した極超音速ミサイル「火星8」の技術的ノウハウは「北朝鮮のハッカーが盗んだか獲得した」ものとみられると指摘、報告書は、この情報を提供した加盟国を明らかにしていないものの、弾道・誘導ミサイルの実験は「目覚ましい加速」を見せており、極超音速誘導弾頭などの新たな技術も実験。核・ミサイル開発の技術やノウハウはサイバー攻撃などの方法で海外から獲得しようとし続けているといいます。火星8は内陸部慈江道から発射され、韓国メディアによると飛距離は200キロ未満、速度はマッハ3前後でしたが、2022年1月にも極超音速ミサイルとする弾道ミサイルを発射しています。なお、北朝鮮によるサイバー攻撃を巡っては、専門家パネルが年次報告書で、2020年から21年半ばにかけて暗号資産取引所へのサイバー攻撃を通じ計5,000万ドル(約58億円)分以上を盗み出したと指摘していると報じられてもいます。また、米政府系放送局のアメリカの声(VOA)は、北朝鮮が1月に繰り返したミサイル発射に要した費用が最大6,500万ドル(約75億円)に上るとする専門家の見方を伝えています。北朝鮮は1月、7回にわたって中距離や短距離の弾道ミサイルなど計11発を発射しましたが、VOAが引用した米ランド研究所の分析によると、北朝鮮が短距離ミサイルを1回撃つのにかかる費用は300万~500万ドルだといい、1月30日に発射した中距離弾道ミサイル(IRBM)「火星12」は1,000万~1,500万ドルになると見積もり、11発のミサイルの内訳は、「極超音速型」や巡航ミサイルを含めて短距離が10発、中距離が1発で、単純計算すると計4,000万~6,500万ドルに達するとされました。北朝鮮は金総書記が2018年に中断を表明した大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を再開する可能性を示唆していますが、同様の推算によると、ICBMの発射には1発あたり2,000万~3,000万ドルを要するといい、VOAは北朝鮮が1月にミサイルに充てた6,500万ドルは、米農務省の基準でコメを15万トン購入できる額に相当すると指摘、北朝鮮の住民が1日に消費する穀物量は約1万トンだとされ、およそ半月分にあたるといいます。
このような状況の中、米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は、報告書で中朝国境に近い北朝鮮北部慈江道の檜中里にある新たなミサイル基地の衛星写真を公開、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を持つ部隊が配置される可能性があり、それが短期間で実現困難な場合には、1月30日に発射された中距離弾道ミサイル「火星12」を当面配備するだろうとの見方を示しています。報告書は、ICBMの配備がまだされていない理由について、基地が完工していない可能性や、作戦投入可能なICBMが未完成である可能性などに言及、北朝鮮は1月に2018年に凍結した核実験やICBM発射の再開を示唆しており、日米韓当局が警戒を強めているところです。「火星12」は通常の軌道で発射されれば、射程が約5000キロで米領グアムに届くとされます。
なお、朝鮮人民軍創建74年の記念日とする2月8日には予想されていた軍事パレードは開催されませんでしたが、米国拠点の北朝鮮分析サイト「38ノース」は、北朝鮮の首都、平壌郊外の美林飛行場付近に数百人規模の人や多数の車両が集まったことが、5日撮影の衛星写真で確認されたと明らかにしています。軍事パレードの練習とみられ、韓国軍関係者も1月20日に同様の情報を明らかにしていました。北朝鮮は2月16日に故金正日総書記の生誕80年の記念日を迎え、パレードを行う可能性があるとの分析も出ています。なお、近隣にはバス240台以上が停車していましたが、弾道ミサイルなど目立った軍事装備品は確認されなかったということです。
さて、このような北朝鮮の「暴挙」に対し、国際社会は一枚岩になれず、国連の安全保障理事会は沈黙したままで、「何のための国連・国連安保理なのか」の声も日増しに高まっています。国連安保理は、北朝鮮による中距離弾道ミサイル(IRBM)を1月30日に発射したことを受け、非公開の緊急会合を開いたものの、米国は北朝鮮によるミサイル発射を非難し、対話を呼びかける声明案を理事国に配布したといえ、中ロの反対により採択される可能性はほぼない状況が続いています(米国のトーマスグリーンフィールド国連大使は、「北朝鮮には国民の暮らしを守る決意を示すよう呼び掛ける。人権を尊重し、違法な大量破壊兵器・弾道ミサイル開発プログラムへの資金使用を停止するほか、ぜい弱な北朝鮮国民のニーズを優先することで決意が示せる」と述べた一方、ロシアと中国は、対北制裁が北朝鮮の人道的状況の悪化を招いてると主張し、議論は平行線を辿っています)。会合後には米国、英国、フランスなどを含む8理事国と安保理外の日本が北朝鮮のミサイル発射を「最も強い言葉で非難する」声明を発表、北朝鮮のミサイル発射は安保理決議違反であるものの、中国とロシアの反対などで安保理全体として非難する声明は出せていない現状が浮き彫りになっています。米英仏日などは安保理による沈黙は「北朝鮮が国際社会の要求を無視するようさらに励ましてしまい、決議違反を正常化させてしまう」と警告、「米国などが呼びかけている前提条件なしの対話に前向きに応じるよう求める」とも要求しています。
さて、国連安全保障理事会で対北朝鮮制裁の履行状況を調べる専門家パネルがまとめた最終報告書案で、北朝鮮によるサイバー攻撃が巧妙化している実態が明らかになっています。2020年から21年半ばにかけ、暗号資産取引所へのサイバー攻撃を通じ計5,000万ドル(約58億円)分以上を盗み出したと指摘(2021年の年次報告書では、北朝鮮が2019~20年にサイバー攻撃で暗号資産計3億ドル余りを盗んだと指摘)しているほか、防衛・経済に関わるデータ収集を進めており、攻撃の対象が拡大、不法に得た資金で核・ミサイル開発を継続している実態が浮き彫りになっています。なお、北朝鮮の人々の暮らしぶりについては「悪化し続けている」とし、新型コロナウイルス対策で当局が実施している厳格な移動制限が原因の可能性があるとの見解を示した一方で、国連安保理制裁が国民の困窮を招いているとの見方については、情報が不足しているとして評価を避けています。さらに、北朝鮮が核・ミサイル開発計画を推進し、「核分裂性物質の生産能力の開発を続けている」とも明記、「計画に必要な物資や技術、ノウハウは海外からサイバー攻撃や共同研究を通じて入手しようとしている」とも指摘しています。報告書案によると、北朝鮮のサイバー攻撃は、(1)資金調達を目的にした暗号資産交換所などへの攻撃、(2)情報収集を目的とした政府機関や企業への攻撃、(3)制裁や監視を強める国・機関のけん制など、目的や対象が多岐にわたっているとされます。北朝鮮はサイバー攻撃を「国家戦略」と位置づけ、複数の専門教育機関でハッカーを養成しており、高級将校を教育する金日成軍事総合大学では年間1,000人のサイバー兵を育成しているとされます。北朝鮮は今年、1月だけですでに7回、ミサイルを発射していますが、前述したとおり、1回あたり数億円単位の費用がかかるとされるミサイルの連発を可能にしているのが、暗号資産の奪取とマネー・ローンダリングです。以下、2022年2月8日付日本経済新聞からその具体的な手口について、抜粋して引用します。
ある加盟国によると、北朝鮮は2020年~21年半ばにサイバー攻撃を通じ計5000万ドル(約58億円)以上の仮想通貨を北米や欧州、アジアを拠点とする少なくとも3つの交換所から盗み出した。民間のサイバーセキュリティ会社の調査では、北朝鮮のハッカー集団は21年、交換所や投資会社への7回のサイバー攻撃で最大規模の合計4億ドル相当の仮想通貨を盗んだとされる。狙われたのはインターネットに常時接続している「ホットウォレット」。フィッシングやマルウェア(悪意のあるプログラム)などを利用し、ホットウォレットから仮想通貨を北朝鮮が管理する口座に動かしたという。奪った仮想通貨はその後、マネーロンダリング(資金洗浄)を通じて現金に変換する。ハッキングで盗んだ仮想通貨を他の仮想通貨に替える「チェーンホッピング」などの手法で追跡を困難にしている。北朝鮮の偵察総局傘下のハッカー集団の一つ「キムスキー」は、防衛分野などの情報を集める目的で研究機関や企業にハッキングを繰り返している。21年5月には、韓国の原子力研究院のネットワークがキムスキーとみられるIPアドレスからの侵入を許した。報告書案は、同集団が技術データを盗み出す目的で、防衛装備大手の韓国航空宇宙産業(KAI)のVPN(仮想私設網)機器のハッキングを試みた可能性も指摘した。
関係者を装うなど巧妙な手口も特徴だ。ある加盟国は、21年に北朝鮮によるサイバー攻撃を350回も受けた政府機関があったと伝えた。ほとんどの場合は北朝鮮が特定の組織や人物を狙い、偽の電子メールを送る「スピアフィッシング」と呼ばれる手法が使われた。キムスキー関連のハッカーが韓国、米国、ロシアの人物になりすまして、メールを利用したサイバー攻撃を実施している実態も明らかになった。民間のサイバーセキュリティ団体が21年3月に発表した報告書を引用し、北朝鮮のハッカー集団「ラザルスグループ」が様々な手法を使って日本の組織を狙ったとも指摘した。サイバー攻撃の対象は政府機関や防衛企業にとどまらない。21年4月には、南アフリカの物流会社に仕掛けられたサイバー攻撃で、北朝鮮に関連するマルウエアが確認された。物流企業の持つデータを盗み取ることで商品の流れを把握し、制裁逃れの抜け道として利用する狙いがあるとみられる。
北朝鮮は専門家パネルに対するサイバー攻撃も継続した。パネル専門家を装った偽のメールアドレスで他のパネル専門家にハッキングを試みたという。パネルはこれらのサイバー攻撃が「北朝鮮の制裁逃れの戦略を支援するための情報収集を目的としている」と指摘する。今回の報告書案では、キムスキーが偽のウェブサイトに誘導して個人情報を入力させる「フィッシング」を通じて、国際原子力機関(IAEA)を狙った攻撃を実施したこともわかった。具体的な時期や目的などは公表されていないが、核戦力の増強を急ぐ北朝鮮にとって、核・ミサイル開発の監視に目を光らせるIAEAはやっかいな存在だ。今回のサイバー攻撃には目線をそらすかく乱の意図も透けて見える。
その他、最近の北朝鮮を巡る報道から、いくつか紹介します。
新型コロナウイルス対策で1年半以上中断していた陸路による中国と北朝鮮間の貨物輸送が1月17日朝、正式に再開しています。中国外務省の趙立堅副報道局長が同日の定例記者会見で「中朝の鉄道貨物輸送は一時停止していたが、双方による協議を経て既に再開した」と述べています。前日に国境の川、鴨緑江を越えて空の貨物列車が北朝鮮側から中国側へ入り、17日朝に。小麦粉や食用油、医薬品、建築資材など国家レベルで必要性が高いと判断した物品に限られる積み荷を載せ北朝鮮側へ戻ったといいます。報道によれば、搬入された物資は、飛行場を改修した「衛生隔離場」で消毒のうえ、一定期間置いた後に平壌などに運び込まれるといい、北朝鮮当局は、貨物輸送に不可欠な人員を除き、人的移動の受け入れについては自国民を含めて当面、認めないとみられるため、陸路貿易の再開が、中朝間の経済活動の活発化にどの程度つながるかは現時点では見通せない状況です。なお、中朝の陸路貿易再開については、双方は昨年末までに1月中の再開で合意していたところではありますが、北朝鮮側の意向が大きいとされます。金政権はミサイル実験を続けるが、長期化する経済制裁で住民の生活は困窮しているとも指摘され、中国は北京冬季五輪を控え、新型コロナの流行が収まらない緊迫した状況が続く中、物資不足で北朝鮮社会が不安定化することを避けるため、陸路貿易の再開に本腰を入れようとしている可能性が指摘されています。なお、中国税関総署は、中国と北朝鮮の2021年の貿易総額が約3億1,804万ドル(約364億9,000万円)だったと発表、北朝鮮が新型コロナウイルス対策で国境を閉鎖する前の2019年の11%の規模にまで減り、金総書記の体制が発足した翌年の2012年以降で最低を更新しています(なお、2020年比では41%減となります)。北朝鮮は新型コロナウイルス流入防止策として2020年1月末に国境を封鎖し、同年末までに中朝貿易の7割を占めるとされてきた中国・丹東と北朝鮮・新義州間の陸路輸送が完全に停止、その後は船便で中国との貿易を続けていました。
韓国の情報機関、国家情報院が国会の情報委員会に対し、米国が北朝鮮側に新型コロナウイルスのワクチン6,000万回分を提供する意向があると伝えていたと報告しています。米朝の水面下での協議を第三国である韓国の情報機関が明らかにするのは異例で、報道によれば、背景には、ワクチン提供という人道支援を呼び水に、米朝の対話を再開させたい韓国側の思惑があるとみられています。北朝鮮が米国との対立姿勢を強めるなか、米国からのワクチン提供を受け入れるかは不透明な状況です(北朝鮮の金国連大使に接触し、大使は、提供されるワクチンが「米ファイザー製か、米モデルナ製か」と関心を示し、「平壌に報告する」と述べたが、回答はまだないということです)。なお、北朝鮮は2021年、WHOなどが主導するワクチン共同調達の枠組み「COVAXファシリティ」から中国製ワクチンなどを割り当てられたが、受け取りを拒否しています。
北朝鮮で1月中旬と下旬、インターネット通信網で大規模な通信障害が発生したといい、原因は分かっていませんが、ロイター通信によると、通信網が一時的に完全な接続不能になったということです。北朝鮮の各サイトを監視するサイバーセキュリティ専門家が確認したところでは、標的のサーバーに一斉に大量のデータを送りつけて機能を停止させる「DDoS攻撃」を受けた可能性が指摘されています。なお、北朝鮮の工作機関の傘下組織が外国に対し、広くサイバー攻撃を行っていることは知られていますが、北朝鮮国内では、当局が一般住民によるネット接続を厳しく制限しており、ネットにアクセスできる権限を持つ人は人口約2,500万人のうち1%程度とみられています。北朝鮮は接続障害に関して公式な立場を示しておらず、北朝鮮へのサイバー攻撃を表明した団体も確認されていません。
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例に基づく勧告事例(滋賀県)
暴力団組員に用心棒代として現金を渡したとして、滋賀県公安委員会は、滋賀県内のラウンジ経営の男性と六代目山口組傘下組員の男に、滋賀県暴排条例に基づく勧告(利益供与の禁止)を出しています。報道によれば、男性は2021年4月下旬~7月下旬、暴力団の威力を利用する目的で、用心棒代として男に現金計40万円を支払ったということです。
▼滋賀県暴排条例
滋賀県暴排条例第14条(事業者からの利益の供与の禁止)第1項において、「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等または暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。」として、「(1) 暴力団の威力を利用する目的で、金品その他の財産上の利益の供与(以下「利益の供与」という。)をすること。」と定められています。男性(事業者)は、「暴力団の威力を利用する目的で用心棒代を支払っていた」ということですので、本規定に抵触したものと推測されます。一方、暴力団員についても、第16条(暴力団員等が利益の供与を受けること等の禁止)第1項において、「暴力団員等は、情を知って、事業者から当該事業者が第14条第1項もしくは第2項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、または事業者に当該事業者がこれらの規定に違反することとなる当該暴力団員等の指定した者に対する利益の供与をさせてはならない。」と定められており、本規定に抵触したものと推測されます。そのうえで、第20条(説明および資料の提出の要求)において、「公安委員会は、第14条第1項もしくは第2項、第16条第1項、第17条第1項、第18条第1項または前条第1項の規定に違反する行為をした疑いがあると認められる者その他の関係者に対し、公安委員会規則で定めるところにより、その違反の事実を明らかにするため必要な限度において、説明または資料の提出を求めることができる。」とされ、第21条(勧告)において、「公安委員会は、前条に規定する規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、または及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し必要な勧告をすることができる。」と規定されており、今回の勧告に至ったものと推測されます。なお、第22条(公表)において、「公安委員会は、第20条の規定により説明もしくは資料の提出を求められた者が、正当な理由なく当該説明もしくは資料の提出を拒み、もしくは虚偽の説明もしくは資料の提出をしたとき、または前条の規定による勧告を受けた者が正当な理由なく当該勧告に従わなかったときは、公安委員会規則で定めるところにより、その旨を公表することができる。」とされているのは他の自治体と同様です。