反社会的勢力対応 関連コラム

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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1.暴力団対策法30年(2)~令和3年における組織犯罪の情勢

警察庁から「令和3年における組織犯罪の情勢」(確定値版)が公表されています。本コラムでタイムリーに動向を確認していることもあり、最新の暴力団情勢以外、特段目新しい点はありませんが、あらためて、暴力団等反社会的勢力の動向や暴力団対策の全体像を把握するうえで、体系的に整理されており、分かりやすくなっています。主なところでは、暴力団構成員等は2004年に87,000人いたところ、翌年から毎年減少しており、2021年の暴力団構成員は12,300人、暴力団と関係が深い準構成員は11,900人となっています。また、主な組織別では六代目山口組が最大で8,500人、住吉会4,000人、稲川会3,100人、六代目山口組と対立抗争が続く神戸山口組からは離脱する構成員らが相次ぎ、1,000人となっています。

▼令和3年における組織犯罪の情勢

本レポートの冒頭で、主な暴力団情勢について、「六代目山口組と神戸山口組の対立抗争の激化を受け、令和2年1月、暴力団員による不当な行為の止等に関する法律(以下「暴力団対策法」という。)に基づき、特に警戒を要する区域(以下「警戒区域」という。)等を定めて両団体が「特定抗争指定暴力団等」に指定された後も、両団体の対立抗争は継続している。こうした中、両団体の特定抗争指定の期限を延長するとともに、警戒区域を見直し、情勢に応じた措置を講じている」こと、また、「令和2年2月に任侠山口組から名称を変更した絆會も、依然として両団体と対立状態にある。今後も引き続き、市民生活の安全確保に向け、必要な警戒や取締りの徹底に加え、暴力団対策法の効果的な活用等により事件の続発防止を図るとともに、この機会に各団体の弱体化及び壊滅に向けた取組を推進していくこととしている」こと、さらに、「工藤會については、平成24年12月に「特定危険指定暴力団等」に指定し、以降1年ごとに指定の期限を延長しているところ、令和3年12月には9回目の延長を行った。これまで工藤會に対する集中的な取締り等を推進してきた結果、主要幹部を長期にわたり社会隔離するとともに、その拠点である事務所も相次いで閉鎖されるなどした。そうした中、令和3年8月には、福岡地方裁判所において、工藤會総裁に対する死刑等の判決が出されるなど、工藤會の組織基盤等に相当の打撃を与えている。今後も、未解決事件の捜査をはじめとした取締りや資金源対策を強力に進めるとともに、工藤會による違法行為の被害者等が提起する損害賠償請求訴訟等に対する必要な支援や離脱者の社会復帰対策を更に推進していくこととしている」ことなどが報告されています。以下、主要な状況について、抜粋して引用します。

  • 暴力団構成員及び準構成員等(以下、この項において「暴力団構成員等」という。)の数は、平成17年以降減少し、令和3年末現在で24,100人となっている。このうち、暴力団構成員の数は12,300人、準構成員等の数は11,900人となっている。また、主要団体等(六代目山口組、神戸山口組、絆會及び池田組並びに住吉会及び稲川会。以下同じ。)の暴力団構成員等の数は17,200人(全暴力団構成員等の71.4%)、うち暴力団構成員の数は9,100人(全暴力団構成員の74.0%)となっている。
  • 総会屋及び会社ゴロ等(会社ゴロ及び新聞ゴロをいう。以下同じ。)の数は、令和3年末現在、965人と近年減少傾向にある。
  • 社会運動等標ぼうゴロ(社会運動標ぼうゴロ及び政治活動標ぼうゴロをいう。以下同じ。)の数は、令和3年末現在、4,730人と近年減少傾向にある。
  • 近年、暴力団構成員等(暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者をいう。以下同じ。)の検挙人員は減少傾向にあり、令和3年においては、11,735人である。主な罪種別では、傷害が1,353人、窃盗が1,008人、恐喝が456人、覚せい剤取締法違反(麻薬特例法違反は含まない。以下同じ。)が2,985人で、前年に比べそれぞれ276人、149人、119人、525人減少している一方、詐欺が1,555人で、前年に比べ306人増加している
  • 暴力団構成員等の検挙人員のうち、構成員は2,238人、準構成員その他の周辺者は9,497人で前年に比べいずれも減少している。また、暴力団構成員等の検挙件数についても近年減少傾向にあり、令和3年においては、19,425件である。主な罪種別では、傷害が1,119件、窃盗が6,012件、恐喝が391件、覚せい剤取締法違反が4,512件で、前年に比べそれぞれ247件、700件、43件、576件減少している一方、詐欺が1,933件で、前年に比べ388件増加している。
  • 近年、暴力団構成員等の検挙人員のうち、六代目山口組、神戸山口組、絆會、住吉会及び稲川会の暴力団構成員等が占める割合は約8割で推移しており、令和3年においても、9,354人で79.7%を占めている。このうち、六代目山口組の暴力団構成員等の検挙人員は、4,496人と暴力団構成員等の検挙人員の約4割を占めている。
  • 六代目山口組は平成27年8月末の分裂後も引き続き最大の暴力団であり、その弱体化を図るため、六代目山口組を事実上支配している弘道会及びその傘下組織に対する集中した取締りを行っている。令和3年においては、六代目山口組直系組長等7人、弘道会直系組長等12人、弘道会直系組織幹部(弘道会直系組長等を除く。)31人を検挙している。
  • 六代目山口組・神戸山口組の対立抗争等
    • 対立抗争の激化を受け、令和元年10月、兵庫県警察、岐阜県警察、愛知県警察及び大阪府警察が、対立抗争に関係する暴力団事務所の使用制限の仮の命令を発出し、その後、同年11月、これら4府県の公安委員会が、事務所使用制限命令を発出した。同命令により、これら事務所を多数の指定暴力団員の集合の用、対立抗争のための謀議、指揮命令又は連絡の用等に供することが禁止されることとなった。
    • その後も、自動小銃を使用した殺人事件が発生するなど、六代目山口組と神戸山口組に関連する凶器を使用した殺傷事件が続発した状況を受け、令和元年12月、岐阜県、愛知県、三重県、京都府、大阪府及び兵庫県の公安委員会が、3か月の期間及び警戒区域を定めて両団体を「特定抗争指定暴力団等」として指定することを決定し、令和2年1月、その効力が発生した。さらに、両団体に関連する殺傷事件が発生するなどしたことを受け、令和3年末現在、9府県の公安委員会により、17市町を警戒区域とする指定が行われている。同指定により、警戒区域内での事務所の新設、対立組織の組員に対するつきまとい、対立組織の組員の居宅及び事務所付近のうろつき、多数での集合、両団体の事務所への立入り等の行為が禁止されることとなった。
  • 令和3年においては、対立抗争に起因するとみられる事件は3件発生している。これらはいずれも六代目山口組と神戸山口組との対立抗争に関するものであり、火炎瓶や銃器を使用した事件が住宅街で発生するなど、地域社会に対する大きな脅威となっている。
  • 覚せい剤取締法違反、恐喝、賭博といった伝統的資金獲得犯罪は、依然として、暴力団等の有力な資金源になっていることがうかがえる。これらのうち、暴力団構成員等の伝統的資金獲得犯罪の検挙人員に占める覚せい剤取締法違反の割合は近年、約8割で推移しており、令和3年中においても同様である。また、暴力団構成員等の検挙状況を主要罪種別にみると、暴力団構成員等の総検挙人員に占める詐欺の検挙人員は、覚せい剤取締法違反に次いで多く、詐欺による資金獲得活動が定着化している状況がうかがえる。特に、近年、暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与し、有力な資金源の一つとしている実態が認められる。その他、金融業、建設業、労働者派遣事業、風俗営業等に関連する資金獲得犯罪が行われており、依然として多種多様な資金獲得活動を行っていることがうかがえる。
  • 令和3年における暴力団構成員等に係る組織的犯罪処罰法のマネー・ローンダリング関係の規定の適用状況については、犯罪収益等隠匿について規定した同法第10条違反事件数が32件であり、犯罪収益等収受について規定した同法第11条違反事件数が28件である。また、同法第23条に規定する起訴前の没収保全命令の適用事件数は22件である。
  • 準暴力団とは、暴力団のような明確な組織構造は有しないものの、これに属する者が集団的又は常習的に暴力的不法行為等を行っている、暴力団に準ずる集団である。近年、準暴力団やこれに準ずる集団(以下「準暴力団等」という。)に属する者が、繁華街・歓楽街等において、集団的又は常習的に暴行、傷害等の事件を起こしているとともに、違法な資金獲得活動を活発化させている実態がみられるほか、暴力団との関係を深め、犯罪行為の態様を悪質・巧妙化している状況がうかがえる。
  • 警察では、準暴力団等の動向を踏まえ、繁華街・歓楽街対策、特殊詐欺対策、組織窃盗対策、暴走族対策、少年非行対策等の関係部門間における連携を強化し、準暴力団等に係る事案を把握等した場合の情報共有を行い、部門の垣根を越えた実態解明の徹底に加え、あらゆる法令を駆使した取締りの強化に努めている。
  • 近年、中止命令の発出件数は減少傾向にあり、令和2年においては増加に転じたものの、令和3年においては、866件と前年に比べ268件減少している。形態別では、資金獲得活動である暴力的要求行為(暴力団対策法第9条)に対するものが597件と全体の68.9%を、加入強要・脱退妨害(同法第16条)に対するものが100件と全体の11.5%を、それぞれ占めている。暴力的要求行為(同法第9条)に対する中止命令597件を条項別にみると、不当贈与要求(同条第2号)に対するものが266件、みかじめ料要求(同条第4号)に対するものが45件、用心棒料等要求(同条第5号)に対するものが213件となっている。また、加入強要・脱退妨害(同法第16条)に対する中止命令の発出件数を条項別にみると、少年に対する加入強要・脱退妨害(同条第1項)が6件、威迫による加入強要・脱退妨害(同条第2項)が88件、密接交際者に対する加入強要・脱退妨害(同条第3項)が6件となっている。団体別では、住吉会に対するものが225件と最も多く、全体の26.0%を占め、次いで六代目山口組159件、稲川会135件、神戸山口組40件の順となっている
  • 平成23年10月までに全ての都道府県において暴力団排除条例(以下「条例」という。)が施行されており、各都道府県は、条例の効果的な運用を行っている。なお、市町村における条例については、令和3年末までに46都道府県内の全市町村で制定されている。
  • 各都道府県においては、条例に基づいた勧告等を実施している。令和3年における実施件数は、勧告45件、中止命令17件、再発防止命令3件、検挙27件となっている。
    • 利益供与事業者等に対する勧告(令和3年6月、大分)
      • 無店舗型性風俗特殊営業店の経営者は、令和3年1月から同年4月にかけて、暴力団の威力を利用する目的で、六代目山口組傘下組織会長に現金合計4万円を供与した。同年6月、同経営者及び同会長に対し、勧告を実施した。
    • 暴力団排除特別区域における禁止行為(令和3年10月、愛知)
      • 六代目山口組傘下組織幹部らは、平成30年9月頃から令和3年4月頃にかけて、条例により定められた暴力団排除特別区域において、飲食店営業を営む者から、用心棒の役務の提供をすることの対償として、現金合計43万円の供与を受けた。同年10月までに、同幹部及び同飲食店営業を営む者ら5人を同条例違反(特別区域における暴力団員の禁止行為、特別区域における特定接客業者の禁止行為)で検挙した。
  • 警察においては、都道府県暴力追放運動推進センター(以下「都道府県センター」という。)、弁護士会民事介入暴力対策委員会(以下「民暴委員会」という。)等と連携し、暴力団員等が行う違法・不当な行為の被害者等が提起する損害賠償請求等に対して必要な支援を行っている。
  • 警察においては、都道府県センター、民暴委員会等と連携し、住民運動に基づく暴力団事務所の明渡請求訴訟等について、必要な支援を行っている。
  • 暴力団排除条例の施行と暴力団の活動実態等の多様化・不透明化に伴い、事業者等からの暴力団情報の提供要請が拡大しており、このような情勢の変化に的確に対応し、社会における暴力団排除を一層推進するため、平成23年12月及び平成25年12月に暴力団情報の部外への提供の在り方を見直した。具体的には、これまでの「暴力団犯罪による被害防止等」や「暴力団の組織の維持又は拡大への打撃」という提供要件に、「条例上の義務履行の支援」という要件を追加したほか、共生者等についても情報提供の対象とするなど、実態を踏まえた運用を行っている。
  • 都道府県センターでは、暴力団が関係する多種多様な事案についての相談を受理し、暴力団による被害の防止・回復等に向けた指導・助言を行っている。令和3年中の暴力団関係相談の受理件数は46,058件であり、このうち警察で19,287件、都道府県センターで26,771件を受理した
  • 都道府県センターでは、都道府県公安委員会からの委託を受け、各事業所の不当要求防止責任者に対し、暴力団等からの不当要求による被害を防止するために必要な対応要領等の講習を実施している。令和2年度中に実施された不当要求防止責任者講習の開催回数は1,307回、同講習の受講人数は延べ44,463人であった。
  • 都道府県センターは、平成26年7月までに全て適格都道府県センターとして国家公安委員会の認定を受けており、指定暴力団等の事務所の使用により生活の平穏等が違法に害されていることを理由として当該事務所の使用及びこれに付随する行為の差止めを請求しようとする付近住民等から委託を受け、当該委託をした者のために自己の名をもって、当該事務所の使用及びこれに付随する行為の差止めの請求を行っている。
  • 令和3年中、警察及び都道府県センターが援助の措置等を行うことにより暴力団から離脱することができた暴力団員の数については、約430人となっている。

さて、暴力団対策法(暴対法)が1992年に施行されてから、3月1日で丸30年を迎えました。あらゆる暴力団対策の根拠法といわれるこの法律によって、従来の法令で取り締まれなかった、企業や民間人への不当要求行為に歯止めがかけられるようになり、組員数は減少し、組織は弱体化しました(なお、兵庫県警に必死の作業で山口組がはじめて指定暴力団に指定されたのは、1992年6月1日で、当時の山口組は全国42都道府県に23,000人を擁する大組織でした)。一方で、近年は「半グレ」と呼ばれる反社会的勢力が台頭してきており、新たな課題も浮かび上がっています。半グレは明確な組織を持たずに集団での暴行や特殊詐欺、みかじめ料の徴収などに手を染めるとされ、久留米大の廣末登氏は「暴力団の指示を受けた半グレが『闇バイト』のような形で特殊詐欺の受け子を募集し、一般人を巻き込むケースもある」と指摘しています。報道によれば、ある捜査員は「半グレは法律上の定義がない。トップの名前は把握していても、組織としての活動実態はつかみづらいのが実情だ」と話しています。暴力団対策法はこの30年間に大きな役割を果たしてきましたが、最近の暴力団そのものの変質や周辺者(反社会的勢力)の拡大や存在の多様化・不透明化、手口の巧妙化・多様化が急激に進む中、「制度疲労」的な綻びを見せ始めています。組織性がないこと以外はほぼほぼ暴力団に近い活動実態をみせる「半グレ」に暴力団対策法が適用できない(その取扱いがいまだ確立されていない)状況や六代目山口組の分裂騒動の際に露呈した指定暴力団分裂時の取扱いの問題、「貧困暴力団」と化した暴力団の「強固な内部統制」の緩み(指定暴力団の指定要件への非該当の状況が今後予想される)、以前の本コラム(暴排トピックス2022年2月号)で指摘した暴力団事務所のバーチャル化に対する対応、そもそも地域性を勘案して「条例」レベルにとどめた全国各地の暴力団排除条例との関係の整理、暴力団離脱者の取扱い(その判断を事業者に委ねたままでは、「元暴アウトロー」を大量に生み出すだけで何も改善しない)、ますます潜在化する暴力団とそのあり様が変化している反社会的勢力について「どこまで規制をかけるべきか」が中途半端な状態で事業者にその対応を全面的に委ねられてしまっている問題、そして、最も本質的な問題である「暴力団を合法組織と認めてよいのか」といった積年の課題への対応など、今、改正を検討しておくべき理由が数多くあります。暴排条例10年とあわせ、まずはこれからの10年をどのように規制のあり方を見直していくのか、岐路に立っているといえます。

以下、前回に引き続き、暴力団対策法施行30年の節目に報じられた記事をいくつか紹介します。

手提げ金庫で売上金を管理する者はいなくなるか? 「暴力団離脱者」の口座開設支援に乗り出す警察庁の勝算とカベ(2022年3月7日付デイリー新潮)*上記廣末氏の論考です。
2月1日、警察庁は、金融庁や各県警に対して、「暴力団離脱者の口座開設支援について」と題した文書を送り、金融機関への周知と協力を要請した。…今回の口座開設支援は、従来の方針からの大きく軌道修正を図ったもので、筆者は警察庁の英断として高く評価したいと考えている。…「2017年12月に閣議決定された再犯防止推進計画に基づき、関係機関・団体と連携して、暴力団員の社会復帰対策を推進しているところ、暴力団から離脱した者、いわゆる『暴力団離脱者』が、就労先から給与を受け取るための給与を受け取るための預貯金口座開設を申し込んだ場合において、過去に暴力団員であったことを理由として排除されることがないよう、都道府県暴力追放運動推進センターと連携して、暴力団離脱者の預貯金口座の開設に向けた支援を行う」 なお、この周知文書では、口座開設に係る反社会的勢力排除に向けた取組みは、口座の利用が個人の日常生活に必要な範囲内である等、反社会的勢力を不当に利するものではないと合理的に判断される場合にまで、一律に排除を求める趣旨のものではないとしている。口座開設の要件としては、(1)暴力団から離脱していること、(2)警察又は都道府県暴力追放運動推進センター(以下、暴追センター)の支援により協賛企業に就労していること。(3)離脱者及び協賛企業が警察等の行う取組に同意していること、(4)支援が妥当ではない事情がないことを挙げる。…そもそも、銀行口座開設を拒否される元暴力団員は、その業界で名前が知られている、あるいは、過去に逮捕されて警察から暴力団員である(あった)と認識されていた者である。彼らは、警察庁データベースへのオンライン照会システム等に登録されていたから口座が作れなかったが、そこに名前が載らない者は、暴排条項の網を逃れて口座開設ができていた事例(末端組員や通名を用いていた者)もあり、不公平感が否めなかった。…真に離脱者の社会復帰を促し、再び犯罪社会の住民としないためには、今後、官民が知恵を絞り、暴力団排除の在り方につき議論を醸成する余地がある。今回の「暴力団離脱者の預貯金口座の開設に向けた支援」が、そのためのマイルストーンとなることを願ってやまない。
「口座が作れない」暴力団離脱者の社会復帰を阻んできた鉄門、警察庁が開放へ 「元暴5年ルール」についに風穴(2022年3月31日付JBPres)*上記廣末氏の論考です。
これまで、元暴力団員は銀行に口座を開設することが極めて困難だった。そのためカタギの仕事に就くことが難しく、社会復帰を阻む大きな壁になっていた。今回の警察庁の要請はその壁を乗り越える大きな一歩になるはずだ。なお、周知文書では、〈口座開設に係る反社会的勢力の排除に向けた取組みは、口座の利用が個人の日常生活に必要な範囲内である等、反社会的勢力を不当に利するものではないと合理的に判断される場合にまで、一律に排除を求める趣旨のものではありません〉としている。…この度の口座開設要請は、再犯防止推進計画に基づき、暴力団員の社会復帰対策を推進の一環としてなされており、当局の最終目的である組織からの離脱を加速させ、暴力団勢力を弱体化させると考えられる。…「協賛企業」が全国47都道府県で増えていかないと、暴力団離脱者が就労したくても就労できないという葛藤を生むことになる。各都道府県で福岡県と同レベルの受け皿作りをしていかなければならないだろう。今回の「暴力団離脱者の預貯金口座の開設に向けた支援」は、暴力団離脱者のセカンドチャンスを認める、あるいは社会的包摂という点において、大きな前進である。引き続き、実効的かつ公平な離脱者支援のために、官民が知恵を絞り、暴力団排除、離脱者の社会復帰支援の在り方につき、議論が醸成されることを願ってやまない。
「令和の半グレはひとつじゃない」草創期半グレ、兼業半グレ、闇バイト青少年…そして“危険度MAX”の元暴アウトローまで《アングラ世界のリアル》(2022年3月25日付文春オンライン) *上記廣末氏の論考です。
2011年、全国的に暴力団排除条例(以下、暴排条例)が施行されて以来、暴力団は衰退の一途を辿っている。その一方で活発になっているのが、準暴力団(当局が準暴力団と位置付けているグルー プ)や半グレによる犯罪だ。身動きが取れなくなった暴力団に代わり、半グレの活動領域が急速に拡がっているのだ。しかし現時点では半グレの定義はいまだ存在せず、その実態は不透明だ。エンタメ作品などでは暴力団と半グレが対抗しているような様子が描かれることもあるが、実際にはその力関係にも大きな誤解があるのだという。…「暴力団の活動が鈍るにつれ、半グレの活動は活性化していきました。脅威が増していった2013年、警察は半グレが集団で常習的に暴力的不法行為に関与しているとして、怒羅権や関東連合などのグループを準暴力団と位置づけ、実態解明に乗り出しました。以降、半グレの裾野は広がり、暴走族OBによるグループだけではなく、様々な背景の人たちを吸収していきました」「闇バイトに応募してきた学生や会社員などの青少年、多重債務者、正業を営みつつ仲間で犯罪に従事する者、地下格闘技の選手でありながら犯罪に手を出す者、偽装離脱や社会復帰に失敗した元暴アウトローなど……。怒羅権のような組織だった準暴力団以外にも、常習的に犯罪行為を行うグループが増えていきました。彼らは匿名で活動するため、その実態は掴めない。しかし私の見るところ、近年では半グレの低年齢化が進んでおり、加入のハードルも低くなっています。…廣末氏は「青少年非行の延長線上にある半グレ集団と、職業的半グレとは、同一視できない」と続ける。…少年院や成人刑務所に収容経験がある者は、職業的犯罪者として10代の半グレを道具に利用して犯罪を行っている。さらに注意すべきは、職業的犯罪者である半グレは、地元の暴力団の犯罪を請負っていることです。つまり、犯罪の『元請け―孫請け』の構図が形成されている。…「世の中が一度でも犯罪に手を染めた者への厳罰化へ傾き、社会的に排除する方向へ行きすぎていることで更生の可能性を奪っていることが問題なのです。私が就労支援をしてきた、特殊詐欺等に加担したような元半グレ青少年は、社会的援助や支援サービスの提供や、就労状況を見守るなどの丁寧なケアをすることで、少なくとも5名が更生し、就労に至っています。
暴対法施行30年/社会情勢の変化に即応必要(2022年3月28日付河北新報)
暴対法の立法目的はあくまで脱法組織の壊滅である。資金源を断ち、組織が立ち行かなくなるよう摘発を押し進めるのと同時に重要なポイントがある。社会からの追放に向け、市民が協力しやすい環境づくりと暴力団を受け入れない機運の醸成が欠かせない。…捜査と民事の双方から締め付けを強めても巧妙に付け入る隙を狙うのが暴力団だ。昨年11月までに沖縄県警などが摘発したネットバンキング事件は指定暴力団系組幹部らが主導した。偽サイトに誘導し、IDやパスワードを盗み取るフィッシングの手口を悪用していた。資金源がネットに広がり、より実態が見えにくくなっている。「半グレ」と呼ばれ、暴力団と近い不良グループの動向も警戒しなければならない。特殊詐欺など組員の手先として犯罪に関与したケースもあり、警察は「準暴力団」と位置付けているが、暴対法と暴排条例は適用されない。市民生活が脅かされることに変わりはない。現行の暴対法と条例で十分かどうか。社会情勢の変化に即応した対応が必要ではないか。
ヤクザは17年連続減少で2万4100人に 見えてきたカタギ組の収支決算(2022年4月1日付デイリー新潮)
2021年末の時点で、暴力団の「構成員(組員)」や「準構成員」の数は24,100人。17年連続での減少となり、過去最少となった。「暴力団員のピークは1963年で、約18万人という統計が残っています。年によって増減はありましたが基本的には右肩下がりで、約87,000人だった2004年から17年連続で減り続け、遂に24,100人となったわけです。警察庁は『暴力団排除の取り組みが浸透しているため』と分析しています」「2021年、福岡地裁が工藤会トップの野村悟被告に死刑判決を下したのが象徴でしょう。社会全体の締めつけが厳しく、現役の組長も組員も、まさに青息吐息という状態です」「1つは本当のカタギになるパターンです。会社を興すケースが目立ち、業種は建築、土木、解体、産廃関連が主流です。もう1つは地下に潜って非合法のビジネスに特化するパターンです。覚せい剤などの違法薬物を密輸・密売したり、オレオレ詐欺などの特殊詐欺を行ったりして、いわば”一攫千金”を狙うわけです」(同・藤原氏)こうした動きは5年前くらいから顕著で、藤原氏は「カタギ組の収支決算」に触れる機会が増えてきたという。「刑務所に服役すると、土木・建築業に必要な資格を習得できます。長期刑の組員に資格を取るよう指示し、出所すると組長が出資して土木や建築の会社を作らせるのです。表向きは組を辞めたことにしておき、組長が人脈を使って仕事を紹介。利益の一部を上納させるというやり口です」「暴力団に入りたいという若者がいたら、組が迎え入れるのではなく、そうした会社で雇用させるのです。暴対法の対象外となりますし、給与も会社から出させれば、組の”人件費圧縮”にもつながります
元敏腕マル暴 櫻井裕一さん「暴力団員は表向き減っているが、どんどん地下に潜っている」(2022年4月4日付日刊ゲンダイ)
1992年3月の暴力団対策法(暴対法)施行から30年が経過した。この間、全国の暴力団構成員(準構成員含む)は30年前の91,000人から24,100人と3分の1以下にまで減少している。だが、「表向きは減っていますが、それは正式に認定した組員しか数えていないからです。今はどんどん地下に潜っている。犯罪がある限り暴力団はなくならない」と語るのは2018年に警視庁を退官するまでの40年余り、暴力団捜査の最前線に立ち続けた敏腕「マル暴刑事」だ。…表向きは減っていますが、それは正式に認定した組員しか数えていないからです。今はどんどん地下に潜っています。暴対法以前は暴力を背景に組織として動いてシノギにしていましたが、今は組織名が使えない以上、暴力団員になるメリットがない。繁華街を歩いてて肩がぶつかったからって、オイこの野郎なんてヤツはいませんからね。景色が変わりました。だから個人個人で動いている。事務所への出入りもないし、名簿にも載っていないから認定されていないだけで、ヤクザの手足となっている輩はたくさんいます。いわばマフィア化です。…覚せい剤などの薬物は相変わらずですが、ヤクザの存在が表に出ないだけでオレオレ詐欺やビットコイン詐欺、ネット詐欺など直接的な暴力ではなく、人をだまして金を儲ける行為に犯罪が変わっています。でもその背後には必ず暴力団がいます。昔は泥棒と覚せい剤はご法度で、老人をだますなんて任侠道に反するという考えもありましたが貧すれば鈍す。背に腹は代えられないのでしょう。…カタギ(一般人)が犯罪行為をして大金を得たという情報を嗅ぎつけた暴力団が、そのカタギを恐喝して上前をはねるケースもあります。警察には駆け込めませんから、食いつかれて取り込まれてしまうんです。…これまでマル暴一筋でやってきて、捕まえて刑務所に送って終わりじゃなく、罪を償って組織を離れたら、ほったらかしじゃなく、世間がもっとバックアップしないと。捕まえたからもう知らないよ、では無責任ですからね。そうしないとまた組織に復帰したり、犯罪を犯して刑務所に戻ってしまう。暴力団は永遠になくなりません。
《暴対法施行から30年》「突然口座が解約され、数千万円の現金は書留で送られてきた」「携帯電話も契約できない」 進む”暴力団排除”の流れ 日本のヤクザはどこへ向かうのか(2022年3月20日付文春オンライン)
長年にわたり住吉会は山口組に次ぐ国内で2番目の組織で、稲川会は3番目だ。住吉会は暴排条例施行前の2010年には約5,900人、稲川会も約4,500人に上っていた。しかし、警察当局が集計した2021年の年末時点での最新データによると、暴排条例を経て住吉会は約2,500人、稲川会は約1,900人まで減っていたことが判明。それぞれ半減以下となった。多くの暴力団幹部は、暴排条例施行以降の「社会からの排除活動」が組員の減少に大きく影響したと述べている。首都圏で活動している指定暴力団幹部はこう振り返る。「例えばある日、銀行から電話があり『口座を解約します』と突然一方的に通告された。その後は(銀行の)弁護士が対応することとなり、話し合いがあったが、結局のところ口座を閉められた。数千万円の残高は現金書留で送られてきた」…「暴対法で規制することは、暴力団の活動を制限する効果があった。さらに暴排条例の施行の影響は大きく、これで勢力がかなり減少した。ただ、以前から指摘されている、あえて組員を組織から外しておく『偽装破門』などで地下潜行がさらに本格化する危惧はある」暴力団に加入すると、特有の慣習やしきたりが多いことから、近年は「半グレ」と呼ばれる不良グループが増加傾向にある。警察当局は半グレについて全国で70~80のグループがオレオレ詐欺などの特殊詐欺などを資金源に活動しているとして、準暴力団として位置づけて捜査を強化している。警察と暴力団の攻防は今後も続く。
暴力団対策法施行30年 構成員ら3分の1に「六代目山口組」、分裂後の引き抜き工作激化(2022年3月31日付ラジオ関西トピックス)
警察庁によると、2021年末時点で、全国の暴力団構成員と準構成員は計24,100人となり、過去最少を更新した(構成員12,300人・準構成員11,900人)。今年(2022年)は暴力団対策法が施行されて30年となるが、当時の91,000人に比べると、3分の1以下まで減少している。構成員と準構成員の数の最多は六代目山口組で8,500人で全体の約35%。次いで住吉会が4,000人、稲川会が3,100人の順。六代目山口組から分裂した神戸山口組は1,000人、さらにそこから離脱した分裂した絆會は230人だった。六代目山口組と神戸山口組、絆會はそれぞれ兵庫県を本拠地としている。兵庫県警によると、県内の構成員と準構成員は合わせて690人で、前年から80人減となった(暴力団対策法が施行された1992年以降最少)。兵庫、大阪では2015年8月の山口組分裂以降、神戸山口組が最大勢力だったが、今回初めて六代目山口組が逆転した。六代目山口組の兵庫県内での構成員と準構成員らは160人増の計310人で、県内最多。捜査関係者によると、2021年秋に、対立する神戸山口組の中核団体・山健組を取り込んだほか、傘下組織の組員の引き抜き工作が進んだことなどが影響しているという。神戸山口組は前年から半数に減った240人。絆會は40人減の50人にとどまる。
暴対法30年 水面下の活動に警戒緩めるな(2022年4月9日付読売新聞)
反社会的な行為によって、市民の平穏な生活が脅かされてはならない。暴力団への警戒を緩めることなく、弱体化を図っていく必要がある。暴力団対策法が1992年3月に施行されてから30年が過ぎた。暴力団を法律で初めて反社会的団体と位置づけ、組員らが飲食店に用心棒代やみかじめ料を要求するなどの刑法では摘発が難しい行為を規制できるようになった。その後、法改正を重ね、組織的な資金集めの責任を組長らに負わせる制度や、企業や市民への襲撃を繰り返す暴力団を特に危険な団体だと指定して摘発を強化する仕組みなども導入された。施行当時、全国に9万人いた組員らは昨年末、24,000人にまで減少し、5,000を超える組織が解散した。暴対法の効果は大きかったと言えるだろう。暴力団を排除する意識が民間に浸透した影響も大きい。組員らは企業などから銀行口座やクレジットカード、不動産賃貸の契約を拒絶され、暴力団や組員の活動は大きく制約されるようになった。…近年、暴対法が適用されない反社会的グループの犯罪が目立っているのは気がかりだ。組員の指示を受けて特殊詐欺に関わる若者らもいる。暴力団の関与を隠し、水面下で巧妙に活動を続けている側面もあるのではないか。インターネットを使って暗号資産に投資するなど、暴力団の資金獲得手段も多様になっている。時代や社会の変化に応じて、対策を見直していくことが重要だ。

以前の本コラムで取り上げた暴排条例に基づく勧告を受けたそば店に関する報道がありました(2022年4月2日付産経新聞)。今年2月に大阪府公安委員会から同条例に基づき指導を受けたそば店の30代の男性店主は「脅されたわけではない」、「新型コロナウイルスの影響で売り上げが減る中、月に1度、間違いなく入る収入はありがたかった」と述べています。報道によれば、男たちが店に通い始めて半年ほどたった2021年6月、大阪府警が暴力団関係の事件を捜査する過程で男たちが六代目山口組系4次団体の組員らであることが判明、組員同士の結束を強める定例会を開くため、同店を利用していたということです。組員らが同店を選んだのは、暴力団対策法で指定されている府内の警戒区域(大阪市、豊中市)から外れていたためだといいます。店主は「脅されていたわけでも迷惑をかけられたわけでもない。世間のやくざのイメージとは違った」としながらも、予約が入った際は他の客と鉢合わせないよう、店を貸し切りにするなど便宜を図っていたといい、この行為が、暴力団への利益供与を禁じる同条例に抵触するとして、大阪府公安委員会は2~3月、店主と組長にそれぞれ指導を行っています。報道野仲で、大阪府警幹部は「抗争が続く中、暴力団対策法や暴排条例の効果はある」とする一方、「こうした締め付けによって活動の実態が見えづらくなっているのも事実。昔ながらのシノギ(資金獲得活動)はいまだに残っており、不正の端緒をつかんで府民の安心と安全に寄与したい」と述べています。

福岡県警の支援で指定暴力団を離脱した組長や組幹部が、2021年までの5年間で200人を超えたということです。取り締まりの強化によって資金源が減り、組の運営が立ち行かなくなるなどしたためで、離脱者全体の47%に上るといいます。組長の離脱がそのまま組の解散につながったケースもあり、県警は2016年2月、組織犯罪対策課内に3人が専従する「社会復帰対策係」を設置するなど、組員の離脱と就労支援に力を入れており、取り調べの際には必ず離脱を促したり、離脱を申し出にくい組員に代わり、組幹部に脱退を認めるよう交渉したりしているとのことです。警察庁の統計では、警察などが支援して離脱した全国の暴力団組員は、2016~20年は約510~640人で推移しています(直近の2021年は約430人と前年から大きく落ち込んだ点が気になります)。県警によると、県警が2017~21年に離脱につなげた計480人のうち組長、組幹部は224人を占めており、2020年は離脱した83人のうち組長、組幹部が52人、2021年は65人中33人と2年連続で半数を超えています。組長らは「シノギ(資金獲得活動)がうまくいかず収入が減った」「上納金が払えない」などと離脱の理由を話しているといいます。また、離脱後の就労支援には課題もあり、受け入れ先となる「協賛企業」が昨年末時点で392社に増えて過去最多となったものの、業種は建設業や運輸業が大半を占め、業種に偏りがあるのが現状です。県警は、高齢となって体力が衰えた組員らの働き口確保のため、協賛企業を増やし、業種の幅を広げることを目指しているといいます。また、5年ルールの対象外になっても元暴力団の肩書は一生外れず、銀行口座が開設できない状況が続くことも今後の課題だといえます。また、愛知県も暴力団離脱者支援に積極的に取り組んでいます。報道によれば、暴力団からの離脱を支援するため、警察と刑務所が連携するということです。暴力団の壊滅を目指す愛知県警と収容者の更生を担う名古屋刑務所が締結した申合せで、暴力団から離脱したいと考える収容者への迅速な対応を目的に情報共有の手続きなどを明確化、これにより、服役中の離脱希望者が刑務所内で警察官と面接したり、警察と連携している企業の採用面接を受けたりすることが容易になるということです。名古屋刑務所の収容者の約34%、430人ほどが暴力団員で、愛知県警は、離脱支援によって離脱者を増やして暴力団に打撃を与えるほか、就業支援をすることで、再犯防止にもつなげたいとしています

前回の本コラム(暴排トピックス2022年3月号)でも取り上げましたが、暴力団のシノギ(資金獲得活動)の代表格である「みかじめ料」の被害に苦しんできた東京都内の飲食店経営者らが、暴力団対策法に基づきトップの代表者責任を問う損害賠償請求訴訟を東京地裁に起こしています。同様の手法は特殊詐欺事件で確立していますが、みかじめ料の取り立てで適用するのは都内で初めてとなります。報道によれば、弁護団は、「被害者が直に接する特殊詐欺の『受け子』は暴力団員ではないことが多いが、みかじめ料は暴力団員が直接、要求する。顔を知られている恐怖感から裁判に踏み切れない場合が多いのではないか」、「表面化しにくい、みかじめ料被害の抑止効果になる」と述べています。2019年に改正された東京都暴排条例では、みかじめ料を支払った飲食店などの経営者に刑事罰が科されることになっていますが、繁華街の多い都内では、関係を断てずにいる事業者は数多くいるとみられており、「今回の訴訟の原告も恐怖心を訴えていたが、勝訴することで、救済の流れを波及させたい」としています。筆者としてもこの裁判の行方を注視していきたいと思います。

その他、最近の暴力団等に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 兵庫県尼崎市は、神戸山口組の傘下組織「古川組」の事務所について、民間不動産業者との売買契約が成立したと発表しています。売買契約の成立は3月25日付、同建物の近くで暴力団幹部2人が、拳銃で撃たれる発砲事件が2020年11月に発生し、住民たちの委託を受けた県の外郭団体は2021年11月、裁判所に建物の使用禁止の仮処分を申し立て、翌12月、裁判所が使用禁止を命じていたもので、近く建物の解体工事が始まる見通しだということです。報道によれば、今年4月上旬までに所有権移転手続きを行った上で、4月中旬以降、解体工事に着手するといい、尼崎市内で暴力団事務所などが民間や行政に渡るのは、別の組幹部宅を含め4例目となります。尼崎市は「暴力団追放の機運が高まっている。これを絶やさないよう、警察や司法、地域と連携した取り組みを継続していきたい」としています。
  • 対立抗争を続ける「特定抗争指定暴力団」の六代目山口組と神戸山口組について、兵庫や大阪など9府県の公安委員会は4月7日からさらに3か月間、指定を延長することとしています。今回の延長で兵庫県内での指定期間は2年6か月となり、警察は警戒を続けることにしています。六代目山口組と、分裂して対立抗争を続ける神戸山口組の取締りを強化するため、兵庫や大阪などの公安委員会は2020年1月、2つの組織を「特定抗争指定暴力団」に指定、しかし、事件が後を絶たないことから、兵庫や大阪など全国9つの府県で指定がさらに3か月間、延長されることとなりました。効力はことし7月6日までとなります。全国で六代目山口組の構成員は、2021年末の時点でおよそ4,000人と、2020年末に比べておよそ200人増えた一方、中核組織とされた山健組が離脱した神戸山口組は、2021年末の時点でおよそ510人と、およそ700人減っています。山健組が六代目山口組に復帰するなど、依然として抗争が激化するおそれがあるとして、警察は取締りや警戒を続けることにしています。
  • 鹿児島県内の暴力団構成員などの人数が、10年前のおよそ3分の1に減ったことが分かりました。報道によれば、県内の暴力団の構成員と準構成員の人数は、2021年末時点でおよそ180人と、4年連続横ばいとなり、10年前と比べるとおよそ3分の1に減ったといいます。組織別では鹿児島市に本部を置く四代目小桜一家が80人、神戸市に本部を置く六代目山口組が60人、神戸山口組が10人などとなっています。県警はこの5年間で就労支援をするなどして10人以上の脱退者を支援してきたといいます。コロナの影響で飲食店などから集めるいわゆる「みかじめ料」が減るなど資金難で組織離れが進んでいると分析する一方、密接に関係のある企業や個人から違法に得た金などが暴力団に流れているケースがあるとして、県警は引き続き取締りを強化する方針だといいます。
  • 3年前、兵庫県尼崎市で山口組系の元暴力団員が、対立する神戸山口組の幹部を自動小銃で殺害した事件で、最高裁判所は殺人などの罪に問われた被告の上告を退ける決定をし、無期懲役の判決が確定することになりました。六代目山口組系の元暴力団員、安東久徳、旧姓・朝比奈久徳被告は、2019年11月、尼崎市の繁華街の路上で、対立する神戸山口組の幹部を自動小銃で殺害したとして殺人や銃刀法違反などの罪に問われました。1審の神戸地方裁判所は「市街地の一角で人や車が行き交う時間に行われた犯行で一般市民にも被害が及びかねず極めて危険性が高い。暴力団への忠誠心から人命を軽視し、組織的な犯行ではないとしても悪質だ」と指摘して無期懲役の判決を言い渡し、2審の大阪高等裁判所も同じ判断をしました。被告は上告していましたが、最高裁判所第3小法廷の裁判判長は退ける決定をし、無期懲役の判決が確定しました。この裁判の1審は裁判員裁判の対象でしたが、暴力団の対立抗争が続く中、危害が加えられるおそれがあるとして関西2府4県では初めて裁判員が審理に参加しない形で行われています。
  • 2020年5月、岡山市の指定暴力団、池田組の男性幹部らを銃撃したとして、殺人未遂などの罪に問われている男の裁判で、岡山地方裁判所は、被告六代目山口組傘下で、鳥取県米子市の大同会の幹部だった男に懲役16年の実刑判決を言い渡しています。報道によれば、被告は2020年5月、当時、神戸山口組の傘下だった岡山市の指定暴力団、池田組の幹部に拳銃を発砲し、3発のうち1発を腹部に命中させ、重傷を負わせたほか、逃亡する際に、追いかけてきた別の組員にも拳銃1発を発砲したとして、殺人未遂などの罪に問われているものです。判決公判で、岡山地裁の裁判長は、「対立抗争の一環をなす暴力団特有の論理に基づく悪質な犯行。白昼堂々と拳銃が発砲されたことにより、地域住民に大きな影響を与えたものと認められ、このことも軽視できない」などと指摘しています。
  • 神戸市中央区の六代目山口組直系「山健組」事務所と近隣の暴力団施設について、「暴力団追放兵庫県民センター」(暴追センター)は、地元住民約40人の代理として、暴力団事務所としての使用差し止めを求める仮処分を神戸地裁に申し立てています。申し立ての対象は、本部事務所や通称「山健会館」といった関連の6施設などです。山健組は山口組5代目組長の出身母体で、かつては山口組内で大きな影響力を誇っていました。2015年の分裂の際、六代目山口組を離脱し、神戸山口組の中核組織となったものの、2021年、六代目山口組に再合流しています。こうした経緯から同センターは、山健組と神戸山口組の両組織に使用差し止めを求めており、同様の仮処分の申し立ては全国で20件目となるといいます。報道によれば、同センターの代理人、垣添誠雄弁護士は「山健組は半世紀にわたって、この地域を暴力的に支配してきた。このたび立ち上がった住民の方々の勇気と決意をたたえたい」と話しています。
  • 工藤会傘下の主要組織「田中組」本部事務所について、福岡県警は、撤去を確認したと発表しています。土地の所有権が北九州市の民間企業に変更されたということです。報道によれば、跡地は駐車場として活用される見通しといいます。田中組は工藤会トップで総裁の野村悟被告の出身母体で、商業登記簿や発表によれば、同市小倉北区の本部事務所は3階建てで、2021年10月~2022年2月に解体工事が行われています。建物については閉鎖登記手続きが2021年12月に完了し、2022年3月4日の売買で土地の所有権が工藤会と無関係の民間企業に移りました。同区の繁華街にあった田中組の紺屋町事務所についても、県警は2022年1月、撤去を確認しています。跡地は野村被告の親族が所有しているものの、工藤会側は組の関係施設として利用しないことを県警に誓約しているといいます。
  • 2021年、富士宮市の北山地区から撤退した六代目山口組の二次団体「良知二代目政竜会」をめぐり、住民側の原告団は組員らが同じ地域に二度と来ないよう約束を取り付け、暴力団側と和解に至ったことがわかりました。和解に至ったのは、住民に代わって原告となった暴追センターと2021年まで富士宮市に事務所を構えていた良知二代目政竜会で、報道によれば、富士宮市の北山地区では、県警と地域が一体となって暴力団排除活動を展開し、静岡地裁は事務所の使用を禁止する仮処分の執行や違反した場合の制裁金の支払いを求める間接強制を認めていましたが、今回の和解によって原告側が間接強制を解く代わりに、暴力団側は二度と北山地区に事務所を構えないことやもし約束を破れば1,000万円規模の違約金を払うことなどに合意したということです。県警などが確認したところ、事務所だった建物では防犯カメラや電話機が取り外されたほか、組員の出入りもなくなったということで、北山地区への本格的な移転の動きから約2年で暴力団の完全排除に至ったといいます。
  • 福岡県公安委員会は、工藤会トップで総裁の野村悟被告の自宅内事務所(北九州市小倉北区)に対する使用制限命令を3か月間延長することを決めています。報道によれば、暴力団対策法に基づく措置で、期間は6月24日までとなります。
  • 沖縄の指定暴力団旭琉会(永山克博代表)は役員人事を改め新体制となり、全国の関係団体などに通知したことが分かりました。永山代表を中心に次期会長選任への組織固めを進める意向とみられています。同会は2019年7月、富永清前会長が死亡し、2年半余り会長不在となっていて、跡目争いなど抗争への発展が懸念されています。新体制となった同会の理事長には三代目富永一家の糸数真総長が就任、本部長に二代目沖島一家の知念秀視総長、幹事長に三代目功揚一家の狩俣重三総長が就任しており、約1年~2年で糸数理事長が組織トップの会長職に就くとみられています。
  • 米ニューヨーク州の連邦検察当局は、武器や麻薬の不法な国際取引を行おうとした疑いで、日本国籍の男ら4人を逮捕したと発表しています。男らは、地対空ミサイルなど武器の購入を企て、その代金の支払いにあてるため、大量のヘロインや覚せい剤を米国に持ち込もうとしたといいます。報道によれば、逮捕されたのは、日本国籍で「日本の犯罪組織ヤクザの幹部」のエビサワ・タケシ容疑者と、タイ国籍の男3人で、2019年以降、東京やタイ、米国などで接触した米麻薬取締局(DEA)の覆面捜査員らに、「ミャンマーの反政府組織に送る武器を購入したい。支払いの一部は麻薬などの提供で行う」などと取引を持ちかけたほか、2021年11月、麻薬の売買資金として10万ドル(約1,240万円)を米国から日本に送金したといい、マネー・ローンダリングを行った疑いもあるとのことです。4人は今月4~5日、滞在中だった米ニューヨーク市内で逮捕されました。
  • 暴力団と関係があることを隠して株を購入し、企業を乗っ取ったとして、警視庁組織犯罪対策4課などは詐欺の疑いで、住吉会幸平一家傘下組織組長ら男女4人を逮捕しています。報道によれば、この企業には約1億円の使途不明金があり、暴力団に流出したとみられるといいます。逮捕容疑は2020年10月、暴力団とのつながりがあることを隠し、群馬県桐生市にある浄化槽の維持管理会社の株を約70%分購入して、だまし取ったというものです。同社の代表取締役だった男性が株を売りに出しており、それを容疑者らが聞きつけて、取引を持ち掛けたとみられ、株式購入の際の契約書には、暴力団排除条項があったといいます。約2億7,000万円で約70%分の株を取得して経営権を握ったところ、2020年末頃に約1億円の使途不明金が口座から流出していたことが確認されたということです。
  • 経営破綻した福島電力の元社長の男が業務上横領の疑いで逮捕され、会社の使途不明金は3億円以上あり、警視庁は金が暴力団に流れた可能性があるとみて調べているということです。報道によれば、福島電力が破産手続きを開始する4カ月前に社長に就任した容疑者は直後に会社の銀行口座から弁護士費用を振り込んでいたといい、自称・顧問の男は暴力団関係者とみられ、融資金詐欺事件の裁判では執行猶予付きの有罪判決となりましたが、その後、出国したため旅券法違反の疑いで国際手配されています。容疑者の社長就任後、福島電力では3億5,000万円の使途不明金が確認されおり、警視庁は使途不明金が暴力団に流れていた可能性があるとみて捜査しているとのことです。
  • 以前の本コラムでも取り上げたとおり、オウム真理教の後継団体主流派「Aleph」をめぐっては、収益事業の資産について法律で義務付けられた報告をしておらず、公安調査庁は再発防止処分の再請求も視野に立ち入り検査などによる実態把握を進めています。アレフは2020年2月以降、団体規制法に基づく3カ月ごとの報告書に、収益事業の資産などを記載しなくなり、2021年5月からは報告書を提出せず、公安庁は同10月、活動を制限する再発防止処分を公安審査委員会に請求しました。その後、報告書は提出されたものの、今年2月の報告書でも収益事業資産は依然記載されておらず、公安庁は立ち入り検査や報告書の精査などを通じて実態を調べています。報告が不十分な状態が続けば、再発防止処分の再請求を検討する方針だといいます。公安庁によると、アレフは新型コロナ禍の中、SNSを利用した非対面の手法で、団体名を隠した勧誘活動を展開しているほか、オウム真理教の松本智津夫元代表への絶対的帰依を植え付けるイベントを開催、在家信者が自宅から視聴できるようにオンライン中継も行っています。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

金融庁から、「マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題(2022年3月)」と題するレポートが公表されています。今回はじめてとなりますが、その趣旨として、「本書では、マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策(以下、「マネロン等対策」という。)について、我が国の金融機関等を取り巻くリスクの変化や、2022年3月末時点の金融庁所管事業者の対応状況、金融活動作業部会(FATF:Financial Action Task Force)の第4次対日相互審査の結果及び金融庁の取組等を取りまとめ、公表するものである」と説明されています。全体的には、「FATF第4次対日相互審査報告書」、「犯罪収益移転危険度調査書(NRA)」、「犯罪収益移転防止に関する年次報告書(令和3年)」の内容をとりあげつつ、最近の動向・トピックの紹介、直近の事業者の取り組みの具体的な事例として、「取組に遅れが認められる事例」と「取組が進んでいる事例」が紹介されている点が特徴的で、大変実務的に参考となる内容となっています。今回は、以下のとおり、「取組に遅れが認められる事例」を中心に紹介しますが、ぜひ、全編を確認いただきたいと思います。

▼金融庁 マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題(2022年3月)
  • テロ資金供与については、FATF勧告8「非営利団体(NPO)」において、管理態勢の脆弱な暴力団は、経済的利得を獲得するために反復継続して犯罪を敢行しながら巧妙にマネロンを行っており、我が国において、特に大きな脅威として存在している。具体的には、暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者は、詐欺、ヤミ金融事犯、賭博事犯、窃盗等の多様な犯罪に関与し、マネロン事犯を敢行している実態がうかがわれる。
  • 近年我が国では、被害者に電話をかけるなどして対面することなく信頼させ、指定した預貯金口座への振込みその他の方法により、不特定多数の者から現金等をだまし取る特殊詐欺(現金等を脅し取る恐喝及び隙を見てキャッシュカード等を窃取する窃盗(キャッシュカード詐欺盗)を含む。)が多発しており、2020年中の実質的な被害総額は約285億円となっている。特殊詐欺の犯行グループは、組織的に詐欺を敢行するとともに、詐取金の振込先として売買等によって入手した架空・他人名義の口座を利用するなどして、マネロンを敢行している。
  • また、外国人が関与する犯罪には、来日外国人等で構成される犯罪グループがメンバーの出身国に存在する別の犯罪グループの指示を受けて犯罪を敢行するなどの特徴がある。外国人が関与する犯罪は、その人的ネットワークや犯行態様等が一国内のみで完結せず、国境を越えて役割が分担されることがあり、巧妙化・潜在化する傾向を有する。来日外国人による組織的なマネロン事犯として、中国人グループによるインターネットバンキングに係る不正送金事犯、ベトナム人グループによる万引き事犯、ナイジェリア人グループによる国際的な詐欺事犯等に関連したマネロン事犯等が確認されている。なお、2018年から2020年までの過去3年間において、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下、「組織的犯罪処罰法」という。)に係る来日外国人が関与したマネロン事犯の国籍別の検挙件数では、中国及びベトナムが多く、特に中国が全体の半数近くを占めている。
  • 非営利団体が、合法的な団体を装う形態、合法的な団体をテロ資金供与のパイプとして利用する形態、合法目的の資金をテロ組織に横流しするために利用する形態によりテロリスト等に悪用されないよう、各国は、法令等が十分か見直すべきであるとしている。また、拡散金融についても、FATF勧告7「大量破壊兵器の拡散金融」において、各国は、大量破壊兵器の拡散及びこれに対する資金供与の防止・抑止・撲滅に関する国連安保理決議を遵守するため、対象を特定した金融制裁措置を実施しなければならないとしており、加盟国に対して、国際連合憲章第7章に基づく国連安保理により指定されたあらゆる個人又は団体が保有する資金その他資産を遅滞なく凍結するとともに、いかなる資金その他資産も、直接又は間接に、これらの指定された個人又は団体によって、若しくはこれらの個人又は団体の利益のために利用されることのないよう求めている。
  • 2021年4月時点で、暗号資産について法規制を導入(あるいは法規制で禁止と明示)しているのは58の国・地域に留まるとされている。海外の事業者の中には、日本の居住者に対して、無登録で暗号資産の販売等のビジネスを行う者も見受けられ、当庁として警告書を発出してきている。
  • このほか、暗号資産については、実際には、特に高額の暗号資産の現金化に際しては金融機関の関与が欠かせない実態はあるものの、一般的には既存の法定通貨による取引のように金融機関による仲介や規制なしに取引が完了し得ることから、テロリストやテロ支援者等が、暗号資産を経済制裁の回避手段として悪用している可能性がある。また、これについては、その実態規模の把握が困難であるとされている。この点、海外では、ツイッターで暗号資産ウォレットアドレスを周知することで、氏名を特定しないままISIL(Islamic State of Iraq and the Levant)への暗号資産による資金提供を求める方法や、シリアへの渡航を企図するISIL支持者へ渡航資金を援助する方法を提供した事例も確認されている。
  • また、国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネルの報告書では、北朝鮮による暗号資産交換所への攻撃が継続していると指摘されている。また、2020年4月の米国連邦政府関係省庁合同の北朝鮮によるサイバー攻撃に関する報告書においても、北朝鮮が、企業・金融機関・中央銀行・暗号資産交換所へのサイバー攻撃により不法にドル資産等を取得していることを注意喚起している。
  • 2020年10月のG7財務大臣・中央銀行総裁会議総裁の声明、2021年5月のG7コーンウォールサミット首脳声明でも、データ復旧等に身代金を要求するランサムウエアの感染被害や、その脅威が増していることが指摘されている。国内外において、大きな感染被害が相次いで報告されるなか、この支払を暗号資産で求める事例も発生している。なお国外の事例では、大規模な組織犯罪の活動資金としてランサム攻撃を行ったとみられる事案が確認されている。
  • このような、ランサムウエア、詐欺、恐喝により被害者から暗号資産を入手しようとする行為は、FATFによる調査で新たな犯罪類型として指摘されている。その他の犯罪者の暗号資産の利用事例としては、規制の課された品目(銃器・児童搾取・人身売買を含む)の違法取引や、脱税、経済制裁回避のために、暗号資産を支払手段として直接利用することや、暗号資産を犯罪収益の送金・回収・レイヤリングといったマネロンの手段の一つとして利用することが指摘されている
  • 暗号資産に係るマネロン等リスクの傾向
    • 2021年7月にFATFが公表した「暗号資産・暗号資産交換業者に関するFATF基準についての2回目の12ヵ月レビュー報告書」(原題:「SECOND 12-MONTH REVIEW OF THE REVISED FATF STANDARDS ON VIRTUAL ASSETS AND VIRTUAL ASSET SERVICE PROVIDERS」)において、暗号資産に関するマネロン等リスクの継続的な傾向として「FATF基準不遵守又は不十分な法域が数多く存在することによる、これら法域への逃避(Regulatory Arbitrage:規制裁定)」、「規制を遵守しない又は遵守が脆弱な暗号資産交換業者の悪用」及び「匿名性を高めるツールや手法の悪用」を挙げている。
    • 各国でのFATF基準実施状況として、サーベイ(2021年4月時点)に回答した128法域のうち、58法域が何らかの必要な立法措置を講じたと報告(うち、6法域は暗号資産交換業者の業務を禁止)したものの、検査・監督や行政処分まで実施している法域は、それぞれ29法域、18法域にとどまり、一部の暗号資産交換業者が、こうした規制・監督体制が脆弱な法域に進出し、更には、不正行為者が、これらの暗号資産交換業者の脆弱なマネロン等対策の態勢を悪用していると指摘している。
    • また、匿名性を高めるツール及び悪用手法として、
      • タンブラー・ミキサー(取引を、複数の他者による取引と混合し一つに集約した後、各々の移転先に再分配することにより、移転元とのつながりを不明瞭にする技術)の利用
      • AECs(Anonymity Enhanced Coins)やプライバシーコイン(匿名技術をブロックチェーン基盤に組み込んだ暗号資産)の使用
      • プライバシーウォレット(暗号資産交換業者のような仲介者を持たず、個人が秘密鍵の管理も行い、個人のみで取引が完了できるウォレット)の使用
      • チェーンホッピング(暗号資産を別の暗号資産に換えること。ブロックチェーンはその種別ごとに異なるため、一暗号資産の取引として履歴を追えなくなる)
      • ダスティング(匿名化を意図し、少量の暗号資産をランダムにウォレットへ移転させ、暗号資産の所有者を隠そうとする行為。これを攻撃や、こうした分散の特定に用いようとする「ダスティング攻撃」もある)
      • 分散型アプリケーションや分散型取引所の利用

      などを挙げ、2020年頃からは、複数の取引を1つにまとめて匿名性を高めるCoinJoinと呼ばれる手法(コインをプーリングすることで、送金元アドレスと送金先アドレスの関係を第三者から隠蔽する手法)が大幅に増加したと指摘している。

    • なお、暗号資産取引が、規制回避目的で、仲介業者を利用せず、個人間で行われる取引(P2P取引)にどの程度の規模で移行していくかは留意する必要がある。本FATFの報告書では、ブロックチェーン分析会社7社からのデータを利用して、P2P取引に関する初の定量的な市場データを示したものの、調査を実施したブロックチェーン分析会社7社の結果にバラツキがあるなど、技術的制約も含めてP2P取引の実態把握には課題が残るが、(1)P2P取引は相応の規模(ビットコインでは、調査を行った7社のうち5社が、取引額の約50%又はそれ以上がP2P取引と報告)、(2)不正な取引の割合は、暗号資産交換業者経由の取引よりもP2P取引の方が高い、といった傾向が見られるものの、FATF基準最終化(2019年)以降、P2P取引のシェアに顕著な増加は見られず、現時点で、業者規制を通じたアプローチの変更は必要ないと結論付けている。また、暗号資産については、現時点では、商品・サービスへの支払手段として普及が限定されており、暗号資産での支払い等には暗号資産交換業者を経由して法定通貨に換金される必要があるため、まずは、各法域において、暗号資産交換業者へのFATF基準規制の早期実施が、P2Pリスクへの対応においても最も効果的な対応であるとしている。
    • もっとも、グローバル・ステーブルコインやその他の暗号資産が、今後、広範に普及した場合には、暗号資産と法定通貨との換金ポイントでリスクを低減するという現行アプローチが十分に機能しなくなることから、今後も、注意深くモニタリングする必要があるとしている。
    • 金融庁においては、従来から上記のような事案に係る疑わしい取引の参考事例を示し、暗号資産交換業者において把握した件数の報告も受けてきているところ。暗号資産交換業者等においては、引き続きこうした事案の検知を確保するためのモニタリング等の措置を講じることが重要である。
  • 資金移動業者のビジネスモデルは様々であり、例えば、個人や中小・個人事業主のインターネットを使った商品・サービス取引用のモバイル送金・決済サービスを提供する事業者、来日外国人の母国向け海外送金サービスを提供する事業者、海外留学・出張等の際に加盟店でのショッピングやATMからの現地通貨の引き出しができるカードを発行する事業者、事業者からの委託を受けて商品返品やイベント等の中止等に伴い、多数の利用者に対し返金・払戻しを担当する事業者等が存在している。
  • また、事業者の規模や取引形態も様々であり、直面するリスクも異なっている。資金移動業者も預金取扱金融機関と同様に、内外の為替取引に係るマネロン等リスクに対応する必要がある。すなわち、国内の資金移動に加え、法制度や取引システムの異なる外国へ犯罪収益が移転され、その追跡を困難にさせるといった為替取引に共通するリスクに直面している。資金移動業者によっては、代理店における不適切な本人確認により、マネロン等リスクが生じうる可能性もある。
  • また、海外送金サービスを提供する事業者が、国内拠点と海外拠点との間で複数の小口送金取引を取りまとめて決済を行う場合(いわゆる、バルク送金取引)、資金移動業者に口座を提供している銀行から見れば、小口送金の実態は国境を跨ぐ資金決済でありながら、バルク送金の中に含まれる個々の送金人や受取人に関する情報が不透明となるリスクがある。資金移動業者と口座を提供する銀行との間で、お互いのマネロン等対策の実施状況を確認し合う等、マネロンに利用されたり、制裁対象者等が含まれたりすることのないよう、リスクに応じた対応を講じることが重要となる。
  • さらに、収納代行業者の中には、マネロン等リスクの高い、国境を跨ぐ資金決済を行う場合がある。例えば国外取引の資金決済を海外の収納代行業者等と連携して、国際的な資金決済ネットワークであるSWIFTを利用して資金決済を行っている内外の銀行に口座を開設し、国内為替との組み合わせで、経済効果としては外為送金と同様の機能を国内顧客に提供している事業者もある。そのような事業者に口座を提供している銀行は、リスクに応じた対応として、自らの顧客である収納代行業者の取り扱う資金の流れについてリスクの特定・評価を行い、リスクに応じた、収納代行業者への顧客管理措置を通じて、海外送金に関するマネロン等のリスクの低減措置を講じることが重要である。
  • 非対面でモバイル送金・決済サービスを提供する事業者は、マネロン等を企図する者が、何らかの方法によって不正入手したID・パスワードを利用し、正規のアカウント所有者になりすまして資金の移転や引き出しを行うリスクに直面している。
  • 資金移動業者に認められている取引時確認の方法の一つとして銀行依拠による取引時確認がある。これは、一定の特定取引のうち、預貯金口座における口座振替の方法により決済されるものについて、当該口座を開設した事業者が預貯金契約の締結を行う際に、顧客等又は代表者等について取引時確認を行い、その記録を保存していることを資金移動業者が確認する方法であり、資金移動業者において、顧客が保有する銀行の預貯金口座と当該資金移動業者における口座を連携するとともに、取引時確認を完了させる方法として用いられている。
  • こうした中、2020年、悪意のある第三者が、何らかの方法により不正に入手した預金者の口座情報等を基に、当該預金者の名義で資金移動業者のアカウントを開設し、銀行口座と連携した上で、銀行口座から資金移動業者のアカウントへ資金をチャージすることで不正な出金を行った事案が複数発生した
  • 当事案は、資金移動業者において口座振替契約(チャージ契約)の締結に際して、銀行口座のキャッシュカードの暗証番号のみで取引時の確認及び認証を行っていた点に脆弱性があったものと認められる。
  • ガイドラインでは、資金移動業の利用者について、公的個人認証その他の方法により実効的な取引時確認を行い、本人確認書類等により確認した当該利用者の情報と連携先が保有する情報を照合することにより、当該利用者と預貯金者との同一性を確認するなど、適切かつ有効な不正防止策を講じること、また、連携先の銀行等において実効的な要素を組み合わせた多要素認証等の認証方式が導入されていることを確認していること等を求めている。
  • 金融機関等が、当該e-KYC業務の委託先に対して、適切な研修や指導を実施しなかった場合やe-KYCの本人確認手続の一部を受託した事業者が適切な確認作業を実施していない場合、委託先におけるe-KYC業務が適切に実施されず、適切な取引時確認がなされない可能性があることから、金融機関等は、委託先における確認手続が法令等に基づき適切に実施されることを確保するためのモニタリング等の措置を講じることが重要である。
  • 近年、我が国においては、特殊詐欺が多発している。特殊詐欺の犯行グループは、首謀者を中心に、だまし役・詐取金引出役・犯行ツール調達役等の役割を分担した上で、預貯金口座、携帯電話、電話転送サービス等の各種ツールを巧妙に悪用し、組織的に詐欺を敢行するとともに、詐取金の振込先として架空・他人名義の口座を利用するなどし、マネロンを敢行している。また、自己名義の口座や偽造した本人確認書類を悪用するなどして開設した架空・他人名義の口座を遊興費や生活費欲しさから安易に譲り渡す者等がおり、マネロンの敢行をより一層容易にしている。
  • また、特殊詐欺ではないものの、いわゆる副業ビジネスと呼ばれる事案も確認されている。例えば、インターネット上に副業のあっせんを行うホームページを開設し、当該副業のあっせんを申し込んできた者から、必要費用等の名目で金銭を支払わせる事例も見られる
  • 金融機関等においても、昨今の世界情勢やテロ資金供与の危険度が高い国・地域、取引等について、日ごろから情報蓄積及び分析を行うとともに、NPOが口座を開設している場合には、海外送金を行っているか、支援している地域や団体も踏まえ、リスクの特定・評価を行い、テロ資金供与リスクに対して、継続的かつ予防的なリスク対応を行うことが重要である。
  • なお、テロ資金供与に関連する我が国の措置として、公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律(以下、「テロ資金提供処罰法」という。)の施行に加え、タリバン・ISIL及びアルカーイダの関係者等に対して、国連安保理決議に基づき、資産凍結等の措置を実施しており、資産凍結措置は、外国為替及び外国貿易法(以下、「外為法」という。)、国際テロリスト財産凍結法30に基づき実施されている。
  • 野生動植物の違法取引に関連するマネー・ローンダリング
    • 昨今、環境に対する世界的な関心が高まっているところ、環境犯罪を助長する資金の流れや洗浄手法等に対する認識向上を目的として、2020年6月にFATFは「マネー・ローンダリングと違法野生生物取引」(原題「Money Laundering and the Illegal Wildlife Trade」)、2021年6月には「環境犯罪にかかるマネー・ローンダリング」(原題「Money Laundering from Environmental Crime」)を公表した。
    • 警察庁によれば、我が国では、野生動植物の違法取引に係るマネロンとして検挙された事例は認められていないが、実際に国内で、野生動植物密輸等に関連した摘発事例は発生している。
      • 必要な承認・許可を受けることなく、生きているコツメカワウソをボストンバッグに隠匿して、タイから輸入するなどした事例
      • 必要な許可を受けることなく、象牙等をスーツケース等に隠匿して、ラオスに輸出しようとした事例
      • 必要な登録を受けることなく、象牙の印材をインターネットオークションサイトで広告して、顧客に販売した事例
    • 我が国においても、FATFや国際的な議論を踏まえ、環境犯罪をリスクと認識して対応することが必要であり、国際的に希少な野生動植物やその製品の取引等を前提としている場合等には、マネロンのリスクを意識した対応を行うことが必要である。金融機関として気を付けるべきは、貿易決済に関する送金を取り扱う場合の注意事項と同様に、顧客の職業やビジネスの内容と送金の送付先、裏付けとなる商取引に不自然なものがないか、取引されているモノが野生動物や希少動物、もしくは象牙といったものでないかという確認するなどのリスクの特定・評価を行い、リスクに応じて、必要な場合には、更なる深掘り調査をするということがリスクベースの対応であると言える。
  • マネロン及びテロ資金供与のほかにも、拡散金融(核兵器をはじめとした大量破壊兵器等の製造・取得・輸送などに係る活動への資金提供)に係るリスクに対しても十分に対策をとることが必要である。拡散金融については、テロリストと同様に国連安保理決議等により指定される大量破壊兵器に関連する活動に関与する者に対する資産凍結等措置をはじめとする経済制裁措置を実施している。同措置遵守に関し、国連安保理決議により設立された制裁委員会に指定される経済制裁対象者に係る外務省告示等が発出された場合に、直ちに該当する当該経済制裁対象者との取引がないことを確認し、取引がある場合には資産凍結等の措置を講ずる必要がある。テロ資金供与対策と同様に、拡散金融に係る経済制裁対象者についても、金融機関等は、公表後遅滞なく自らの制裁リストを更新して、より厳格な顧客管理を行うなど、対応を確実に実施することが必要である
  • ロシア軍のウクライナへの侵略に対する懸念はG7諸国等にとどまらず、2022年3月1日から4日に行われたFATF総会の最終日、「ウクライナ情勢に関するFATF声明(原題:FATF Public Statement on the Situation in Ukraine)」が採択・公表された。声明のポイントは、以下のとおりである。
    • FATFは、ロシアのウクライナ侵攻が、マネー・ローンダリング、テロ資金供与および拡散金融に関するリスク環境、金融システム、経済、および、安全保障に与える影響について、重大な懸念を表明。
    • FATFは、現在、FATFにおけるロシアの役割をレビューしており、必要な追加的措置についても検討することに言及。
    • 金融機関や金融システムを標的とした悪意のあるサイバー活動がマネロン等管理体制に与えるリスクに言及。人道支援の観点からNPO活動の重要性を強調。
    • 各国に対し、暗号資産を含め、新たに特定したマネー・ローンダリング、テロ資金供与および拡散金融に関するリスクの評価・軽減に関する民間セクターへの助言提供や民間セクターとの情報共有の促進等を要請。また、制裁回避から生じる新たなリスクの可能性に対して各国が警戒すべき旨、指摘。
  • 我が国では、資産凍結等の金融制裁は、外為法の支払規制や資本取引規制等により実施している。また、外為法では金融機関は顧客の海外送金等が当該規制に該当しないことを確認した後でなければ、当該海外送金等を行ってはならないこととなっている。今般の、ロシアによるウクライナ侵略をめぐる現下の国際情勢に鑑み、閣議了解に基づき、外為法に基づく当該種々の経済制裁による諸般の義務の遵守を要請している。自ら又は他の金融機関等を通じて海外送金等を行う場合に、これら外為法をはじめとする海外送金等に係る国内外の法規制等に則り、関係国等の制裁リストとの照合等の必要な措置を講ずることは、もとより当然である。マネロン等対策と同様、金融機関は日ごろから制裁への対応を確実にして、制裁が発動された際には早急に必要な措置を取れるよう備えておく必要がある。
  • なお、外為法における支払規制では、暗号資産も含めたあらゆる制裁対象者への支払いが規制対象となっている。今般のウクライナをめぐる資金凍結等の制裁措置の実施に当たって、暗号資産交換業の適正かつ確実な遂行を確保する観点から、2022年3月14日、金融庁及び財務省は、暗号資産交換業者に対し、顧客が指定する受取人のアドレスが資産凍結等の措置の対象者のアドレスであると判断した場合には、顧客に外為法の支払許可義務が課されていることを踏まえ、暗号資産の移転を行わないことなどについて要請を行った。
  • リスクの特定・評価【取組に遅れが認められる事例】
    • 業界団体から提供を受けたリスク評価書のひな形に基づき、犯罪収益移転危険度調査書記載の事案を列挙するにとどまり、自らが提出した疑わしい取引の届出の傾向と分析、警察から凍結要請を受けた口座の分析、金融犯罪の被害状況等の自らの規模・特性を踏まえたリスクの特定には至っていない。
    • 犯罪収益移転危険度調査書の自らの金融機関に関する記載のみを参照し、顧客のリスクに関する記載を考慮していない。
    • 非対面取引形式による商品・サービスを提供しているにもかかわらず、これらの商品・サービスに対するリスクの特定・評価を行っておらず、全ての商品・サービス等のリスクを包括的に評価していない。
    • 自らが提供する一部の商品・サービスについて、リスクが存在することを認識しつつも、当該リスクが顕在化することはないと判断し、リスクの特定・評価、及び、リスクに応じた対応方針を検討していない。
    • 自らの顧客が対象となった金融犯罪の傾向、疑わしい取引の届出等の分析に基づく、自らの個別具体的な特性を考慮したリスク評価を実施していない。
    • 直接・間接の取引可能性のある「国・地域」を包括的に洗い出す、あるいは日本と国交のある国及び北朝鮮(196か国)を洗い出していない。
    • 従来からのリスク評価書を更新するにとどまり、誰が、どのようなデータ・資料を用いて、どのようにリスクの特定・評価を行うかなどの手順を文書化した規程を作成していない。
  • 継続的な顧客管理【取組に遅れが認められる事例】
    • 顧客のリスクに応じた調査頻度や具体的な調査方法等の継続的な顧客管理を実施するに当たって、計画を策定していない。
    • 継続的顧客管理の実施計画上、取組開始時期が後ろ倒しとなっており、2024年3月末までに完了する計画となっていない。
    • 疑わしい取引の届出を提出した先については、高リスク先として管理しているものの、その他の顧客については顧客ごとのリスク評価を実施しておらず、リスクに応じた管理を実行するに至っていない。
    • 既存先の情報更新に関して、アンケートの郵送・回収のみで対応しようとし、回収率が低水準である中で、その他の情報更新の方法について検討できていない。
    • 顧客リスクに応じた頻度でリスク評価の見直しを行うとの手続としているものの、顧客リスクに影響を与える事象が発生した場合の検知方法、リスク評価の見直し手続について規程化・文書化していない。
  • 取引モニタリング・フィルタリング【取組に遅れが認められる事例】
    • 取引モニタリングシステムのシナリオや検知ルールを当初設定のまま使用しており、シナリオの見直しやリスクに応じた敷居値の設定が行われていない。
    • 職員の気づきにより、疑わしい取引を発見したものの、担当部署に報告する手続を制定しておらず、疑わしい取引の届出の判断は、拠点の裁量に任されている。
    • 自らの営業地域における犯罪傾向や疑わしい取引の届出実績等に係る分析を行っていない。
    • 自らの営業地域における犯罪傾向や疑わしい取引の届出実績等に係る分析を行っているものの、分析結果をモニタリングシステム検知基準の見直しや疑わしい取引の判断に係るばらつきの解消といった検知態勢の改善に十分に繋げられていない。
    • 口座を開設している法人について、代表者や実質的支配者が個人口座を開設していない場合、その代表者や実質的支配者が取引フィルタリングの対象となっていない。
    • システム上の不具合により、取引フィルタリングシステムを通さずに職員による目検のみでリスト照合を行ったものの、一部、検証未済の取引を実行してしまった。
    • システム上の不具合が発生した場合に代替システムを用意していたものの、予行演習を行っておらず、代替システムを稼働できなかった。
    • 制裁者リストが更新された際に、既存口座との夜間バッチ処理による差分チェックを行っているものの、新たな指定から24時間以内での検証が行われていない。
    • 制裁対象国名のリスト照合のみで、主要港湾都市名やオフショアセンターの住所に該当するかを検証対象としていない。
    • 制裁対象者名や地名では、慣行や非英語名称からのアルファベット変換により複数のスペリングがあるにもかかわらず、取引フィルタリングシステムにおいて、複数候補を検知できるよう、あいまい検索機能が適切に設定されていない。
    • 取引フィルタリングシステムのあいまい検索機能について、システムベンダーに設定レベルの確認を行っておらず、ベンダー任せになっている。
  • 疑わしい取引の届出【取組に遅れが認められる事例】
    • 疑わしい取引の届出の判断に際して、考慮する要素や判断基準が規程等により定められておらず、届出の要否を十分に検討しないまま、届出不要と判断している。
    • 届出を行った疑わしい取引について、届出の種類別の件数を集計しているものの、届出の内容や傾向等の分析、及び、顧客や商品・サービス等のリスクの特定・評価への活用が行われていない。
    • 職員の気づきによる疑わしい取引の届出を軽視し、疑わしい取引の届出参考事例の職員向けの研修を実施していない。職員の気づきによる検知を拠点の判断で届出不要とし、記録も残していない。
    • 疑わしい取引の検知から判断、判断から提出までの時間測定や期日管理が行われておらず、提出に時間がかかっている。また、疑わしい取引と判断したものを即時に提出せず、月に一回まとめて提出している。
  • 経営陣の関与・理解【経営陣の主導的な関与がなされていない事例】
    • 経営陣は、担当部署からマネロン等対策に関する取組状況の報告を受けるにとどまり、ギャップ分析結果に基づき、ギャップを埋めるための行動計画の策定を指示していないなど、マネロン等リスク管理態勢の整備に向けた主導的な関与は十分なものとなっていない。
    • 経営陣は、マネロン等対策が経営の重要課題の一つであるとの認識が不足しており、また、四半期毎にマネロン等対策の行動計画の進捗状況が報告されているものの、計画どおり実施できなかった施策について、担当部署に対し、その要因分析を指示しておらず、進捗管理が十分に行われていない。
    • 経営陣は、関係法令やガイドラインのみならず、自らの事務手続について熟知していない者をマネロン等対策担当部署の役席に任命する、又は十分な人員数を配置しないなど、経営として最も対応が期待される人的資源配分を適切に行っていない。
  • リスクの特定・評価【取組に遅れが認められる事例】
    • 一部の暗号資産交換業者において、新たな商品・サービス提供開始の都度リスク評価書を見直すとしているものの、実態としては年1回の更新に留まっており、最新のリスク認識や低減策、残存リスクについて経営への報告やリスク評価書への反映の遅れが見られた。
  • リスクの低減【取組に遅れが認められる事例】
    • リスクベースの継続的顧客管理措置の取組について、顧客情報の更新のための検討はなされるものの、実施に遅れが見られる暗号資産交換業者も限定的ながら存在する。
    • 一部の暗号資産交換業者においては法人顧客の実質的支配者の確認や事業実態に関する深度ある調査態勢の構築には、顧客属性に対するノウハウの蓄積も含め、いまだ向上の余地がある
  • ITシステムの活用及びデータ管理(データ・ガバナンス)【改善が求められる事例】
    • 取引モニタリングシステムのシナリオにおいて、顧客属性と紐付けた高額暗号資産検知シナリオが欠落していたため、顧客属性に対して高額な暗号資産入出金取引を検知できていない。
    • 取引モニタリングシステムのシナリオ自体は適切に検討されていたものの、仕様どおりシステムに実装されず、またシステム稼働時に検証されなかった。この結果、検知すべき取引が検知出来ていないことを看過していた。
    • 親族間や利害関係者間といった顧客間の関係性に着眼した調査が必要となる認識がなかったことから、これを可能とする検索機能は実装されなかった。この結果、検知すべきグループとしての不審な取引が、適時に把握できていなかった。
  • 経営管理態勢【取組に遅れが認められる事例】
    • 第3線である内部監査部門に、暗号資産のマネロン等対策に関する監査を実施するための専門性・能力を備えた監査要員を確保していない。
    • 第2線であるリスク管理部門においても、口座開設、暗号資産取引に係る各種規制の理解、暗号資産のリスク特性を踏まえた専門性や能力を有する要員が確保されていない。
  • リスクの特定・評価【取組に遅れが認められる事例】
    • 上記記載の資金移動業者の決済サービスを利用した不正出金事案のように、連携先の一部銀行側の認証方式が暗証番号のみ(1要素認証)で行っていたことについて、ヒアリングを通じて把握するのみで、連携先の認証方式を踏まえたリスクの検証を行っていない。
    • 下記記載のとおり、資金移動業者における取引時確認の不備及び取引時確認記録の事後検証の未実施により、顧客情報の正確性を欠いていることから、顧客属性等のリスクを包括的かつ具体的に検証することができる状態になっていない
    • 疑わしい取引の届出の分析等を実施しておらず、具体的かつ客観的な根拠に基づくリスク評価を実施していない。
  • リスクの低減【取組に遅れが認められる事例】
    • 上記のとおり、取引時確認により確認を行った「本人特定事項(氏名・住居・生年月日)」・「職業」・「取引目的」の記録に、通常あり得ない職業「回答しない」との記載、絵文字や記号が含まれる記載がされている。
    • 取引時確認業務を外部に委託している場合に、委託先に対する研修や指導を十分に実施していない、又は委託先が業務を適正かつ確実に遂行しているかを検証し、必要に応じ改善させていない。
  • 経営管理態勢【取組に遅れが認められる事例】
    • 経営陣が、スピードを重視したビジネスモデルのもと営業を推進しマネロン等リスク管理について、ビジネスモデルに見合った適切な資源配分を行わないなど、同管理態勢の整備を劣後させている。
  • 2019年10月の未来投資会議において、AIによるビックデータ分析の進展などにより、画一的な方法によらない規制制度を構築できる可能性が広がっていることから、モビリティ、金融、建築の3分野での将来の規制像の在り方の検討が指示された。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)において、研究委託事業の公募が行われ、金融分野では「マネー・ローンダリング対策に係るシステム開発及び調査」として、調査分野は全国銀行協会とあずさ監査法人(KPMG)が、研究開発分野は日本電気株式会社(NEC)が実施主体となり、3社によるAIを活用したマネロン等対策に係るシステム開発に係る実証実験が2020年4月より行われた。
  • この実証実験の背景としては、マネロン等に関係する取引モニタリングや制裁対象取引の検知(取引フィルタリング)といったシステム検知業務の導入、運用コスト負担が大きいことがある。現在、各金融機関が個別にシステムを導入し運用しているが、金融機関毎の対応能力には差異がある上、多くの金融機関が採用している簡便なシステムや人手を要する対応では、効率性や正確性、誤検知の処理負担などの面で相当の負担がある。また、IT技術の進歩や経済・金融サービスのグローバル化等が進み、マネロン等対策に対する国際的な要求水準が高まっている。それらを背景として、当実証実験ではAI等の技術を活用した高度なシステムを共同化することによって、効率的かつ実効的なマネロン等対策を実現できないか検証するとともに、共同体の運用に必要な規制の精緻化について検証することを目的とするものである。
  • 実証実験では、(1)取引フィルタリングシステムや(2)取引モニタリングシステムに関してAIを活用した実験用のミニシステムを開発・構築し、金融機関の協力を得て、実際の取引データを活用して検知・判断がどの程度正確に行われるかについての検証が行われ、2021年3月に報告書が作成された(NEDOによる公表は2021年7月)。実証実験の主な結果は以下のとおりであった。
    • 複数の金融機関の取引データより生成したAIモデルを用いて、各金融機関の取引データに適用してフィルタリング・モニタリングを行ったところ、判別精度が高く、有効性を確認できた。・本実証実験の中で開発したAIモデルが、取引モニタリング業務と取引フィルタリング業務のアラートの一次判定を行い、AIの出力結果のスコアに応じて人間の二次判定における確認深度に濃淡をつけること等によって、業務効率化が可能であることが確認できた

また、2021年3月に公表された 「マネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに関するよくあるご質問(FAQ)」の改訂版も公表されています。以前から公表するとされていた「継続的顧客管理」のうちの「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」をはじめ、より具体的な内容となっており、こちらもぜひ参考にしていただきたいと思います。

▼金融庁 「マネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに関するよくあるご質問(FAQ)」の改訂版公表について
▼新旧対照表
  • 【Q1】「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」とは、具体的にどのような措置をいうのでしょうか。
    • 【A】本ガイドラインにおける「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」とは、顧客リスク評価の結果、「低リスク」と判断された顧客のうち、一定の条件を満たした顧客について、DM等を送付して顧客情報を更新するなどの積極的な対応を留保し、取引モニタリング等によって、マネロン・テロ資金供与リスクが低く維持されていることを確認する顧客管理措置のことをいいます。
  • 【Q3】「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」を行う対象を整理するに当たっての留意点を教えて下さい。
    • 【A】「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」を行う対象は、一般的に、なりすましや不正利用等のリスクが低いことが考えられる顧客や口座を想定しています。
    • その上で、以下の点に留意することが必要と考えており、当庁としては、以下の(1)から(6)及び(注1)から(注3)に即している限り、SDDの対象とすることが可能と考えます。
      1. 法人及び営業性個人の口座は対象外であること(注1)
      2. 全ての顧客に対して、具体的・客観的な根拠に基づき、商品・サービス、取引形態、国・地域、顧客属性等に対するマネロン・テロ資金供与リスクの評価結果を総合して顧客リスク評価を実施し、低リスク先顧客の中からSDD対象顧客を選定すること
      3. 定期・随時に有効性が検証されている取引モニタリングを活用して、SDD対象口座の動きが把握され、不正取引等が的確に検知されていること
      4. SDD対象顧客については、本人確認済みであること(注2)
      5. SDD対象顧客は、直近1年間において、捜査機関等からの外部照会、疑わしい取引の届出及び口座凍結依頼を受けた実績がないこと
      6. SDD対象顧客についても、取引時確認等を実施し、顧客情報が更新された場合には、顧客リスク評価を見直した上で、必要な顧客管理措置を講ずること(注3)
    • (注1)法人や営業性個人は、取引関係者や親子会社等、関与する者が相当に多いことが一般的であり、法人や営業性個人の行う取引に犯罪収益やテロリストに対する支援金等が含まれる可能性が相応にあるものと考えられるため、SDD対象とすることは相当ではないと考えます。
    • (注2)(4)の「本人確認済み」とは、基本的には、2016年10月の改正犯収法施行以降に同法に基づく取引時確認を実施したことを意味しています。また、1990年10月1日以降に取引を開始した顧客についても、当時の規制等に沿った手続が確認されれば、「本人確認済み」と整理することは可能であると考えます。一方で、1990年10月1日より前に取引を開始した顧客については、公的又は他の信頼できる証明書類等に基づき、氏名、住所及び生年月日を確認した証跡が存在しない限り、「本人確認済み」と整理することはできないものと考えます。
    • (注3)(6)については、SDD対象顧客に対して顧客リスク評価の見直しを実施した場合に、再度SDD先と整理することを妨げるものではありません。
  • 【Q4】具体的には、どのような顧客について、「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」とする余地があるのでしょうか。
    • 【A】当庁としては、【Q3】の【A】記載の(1)から(6)の留意点及び(注1)から(注3)に即している限り、SDD対象とすることが可能であると考えます。
    • 多くの場合は、経常的に同様の取引を行う口座であって保有している顧客情報と当該取引が整合するもの(給与振込口座、住宅ローンの返済口座、公共料金等の振替口座その他営業に供していない口座)等については、【Q3】記載の(1)から(6)の留意点及び(注1)から(注3)に即していると考えられますが、いずれにしても、個々の顧客について【Q】記載の(1)から(6)の留意点及び(注1)から(注3)に即しているか検証した上で、SDD対象の顧客を判断することが必要になるものと考えます。
  • 【Q5】「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」を実施することとした場合、どのような管理を実施することになるのでしょうか。
    • 【A】本ガイドラインにおける「リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)」とは、顧客リスク評価の結果、「低リスク」と判断された顧客のうち、一定の条件を満たした顧客について、DM等を送付して顧客情報を更新するなどの積極的な対応を留保し、取引モニタリング等によって、マネロン・テロ資金供与リスクが低く維持されていることを確認する顧客管理措置のことをいいます。
    • SDD対象とした顧客であっても、特定取引等に当たって顧客との接点があった場合、不芳情報を入手した場合、今までの取引履歴に照らして不自然な取引が行われた場合等には、必要に応じて積極的な対応による顧客情報の更新を実施し、顧客リスク評価の見直しを行うことが必要になるものと考えます。
    • 特に、公的書類等の証跡が不足しているSDD対象顧客が来店した場合等、本来更新すべき情報を最新化する機会があれば、当該機会を活用し、必要な情報更新を実施する態勢を構築することが必要であるものと考えます。
  • 【Q6】上場企業等や、国・地方公共団体等については、SDDの対象にはなり得ないのでしょうか。これらの顧客をSDD対象としない場合、どのように顧客管理することが考えられますか。
    • 【A】上場企業等や国・地方公共団体等は基本的にはSDD対象とはなりません。
    • 上場企業等、法律上の根拠に基づく信頼性のある情報が定期的に公表されている場合(有価証券報告書等)には、当該情報を基に顧客リスク評価を実施し、当該リスク評価に応じたリスク低減措置を実施することも考えられます。
    • また、国・地方公共団体及びその関連団体(法律上の根拠に基づき設立・資金の運用が実施されている団体等)については、定期的な情報更新までは不要と考えますが、犯収法第11条柱書に則った対応をする必要はあるものと考えます。
  • 【Q2】継続的な顧客管理を実施する際の「調査」する情報について、具体的な内容を教えてください。例えば、本人特定事項や取引目的、職業、事業内容等の再確認がこれに該当するとの理解でよいでしょうか。
    • 【A】まず、「調査」の目的は、調査結果を踏まえて顧客リスク評価を見直すことにより、実効的なリスク低減措置を講ずることにあります。そのため、個別の顧客について、保有している全ての情報を一律に更新することは、必ずしも必要ではなく、同顧客について、リスク管理上必要な情報を調査することが必要となります。
    • 調査すべき情報としては、ご指摘の例のほか、顧客のリスクに応じて、例えば、顧客及びその実質的支配者の資産・収入の状況、資金源等が含まれ得るものと考えます。また、申告されている属性から判断した資産・収入に比べて、入出金金額が不自然に高額な場合には、疑わしい取引の届出の対象として検証する仕組みの構築が求められます。
    • いずれにせよ、いかなる項目を調査対象とするかについては、対象となる顧客の顧客リスク評価や取引の特性等に応じて、個別具体的に判断することになりますが、顧客リスク評価に必要な情報を収集するために必要な調査を実施することが求められています。
    • なお、継続的顧客管理における顧客情報の更新については、顧客に対してより一層丁寧な説明を行うことが必要になるものと考えます。
  • 【Q3】継続的な顧客管理を実施する際の「調査」について、どのような手法が考えられますか。
    • 【A】「調査」の目的は、調査結果を踏まえて顧客リスク評価を見直すことにより、実効的なリスク低減措置を講ずることにあります。
    • 例えば、郵送物を送付し、顧客から回答を得る方法が一般的ではありますが、そのほか、支店等における対面での対応や、アプリを利用する方法等、リスクに応じた対応が考えられます
    • いずれにせよ、金融機関等において、リスクに応じて、調査の目的を達成できる手段を検討・実施することが必要となります。
  • 【Q4】「調査の対象」については、どのように考えればよいのでしょうか。
    • 【A】基本的には、全ての顧客が継続的顧客管理の対象となり、「調査の対象」となるものと考えます。
    • 但し、1年以上不稼働の口座等長期不稼働口座や、取引開始後に取引不可先と整理された顧客等については、そのほかの顧客とは異なる管理が必要となるものの、定期的な情報更新は不要となるものと考えます。

金融庁と業界段階との意見交換会における主な論点においても、AML/CFTに言及がありますので、以下、確認します。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策について
    1. 継続的な顧客管理について
      • マネロン等対策における継続的顧客管理については、ガイドラインでも対応すべき事項の一つとして、各金融機関に2024年3月末までの態勢整備をお願いしている。
      • マネロン等対策において、既存顧客の実態把握とリスク評価の見直しのために、アンケートの送付等を対応いただいているが、回収率が低いにも関わらず、印刷・郵送コストが負担となっているとの声が上がっている
      • その内容について、さまざまな意見が寄せられていることや、金融機関の継続的顧客管理に係る負担軽減に繋げる観点から、リスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)に係るFAQの記述の改定を検討している。具体的には、FAQにおいて、低リスク先であり定期的な情報更新をする必要がないと考えられる対象顧客について、その考え方を拡大するといった内容を盛り込むことを考えている。
      • 改定案は、1月31日に各業界団体を通じて発出しており、2月28日まで改定案に係るコメントや質問を受け付けるため、意見や質問等があればいただきたい。
      • 金融庁マネロン室のアウトリーチ等を通じて、アンケート送付以外の顧客の実態把握の方法等に係る事例紹介も積極的に行ってまいりたい。
    2. マネロン広報について
      • マネロン等対策に係る国民の皆様への周知・広報は引き続き重要と考えており、3月以降、様々な媒体で継続的顧客管理に係る政府広報の実施を予定しているほか、金融庁独自のインターネット広告の掲載等を企画している。
      • 官民が連携してしっかりと対応していく必要があることから、今後も、マネロン等対策への取組みに協力いただきたい。
    3. 実質的支配者リストの開始について
      • 1月31日から、全国84か所の商業登記所において、株式会社からの申出により、その実質的支配者(BO)に関する情報を記載した書面の写しを交付する、実質的支配者リスト制度が開始された。
      • この制度の開始によって、「我が国の法人の実質的支配者情報の透明性の向上」や、「銀行などの特定事業者による実質的支配者情報の確認の一層の円滑化」が期待されており、積極的な利用を検討いただきたい。
      • 実質的支配者の確認については、マネロンガイドラインの中で、信頼に足る証跡を求めることをお願いしている。当制度の利用も含めて、各社において適切に実質的支配者の確認が行える態勢を整備していただきたい。

携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律に違反したとして、2つの事業者が是正命令を受けています。いずれも、本人確認が不十分であったものです。

▼総務省 アイ・ティー・エックス株式会社による 携帯電話不正利用防止法違反に係る是正命令等

総務省は、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律(平成17年法律第31号。以下「法」といいます。)に違反したアイ・ティー・エックス株式会社(代表取締役社長野尻幸宏、法人番号1020001108657、本社 神奈川県横浜市)に対し、法第15条第2項の規定により、違反の是正を命じました。また、アイ・ティー・エックス株式会社に対する監督義務を負う株式会社NTTドコモ(代表取締役社長井伊基之、法人番号1010001067912、本社 東京都千代田区)に対し、媒介業者等に対する監督を徹底するよう指導しました。

  • 事案の概要及び措置の内容
    • 法は、携帯電話が振り込め詐欺等の犯罪に不正に利用されることを防止するため、携帯電話の新規契約等の際に、契約者等の本人確認を行うことを義務付けています。
    • アイ・ティー・エックス株式会社は、令和3年2月、4回線の携帯音声通信役務に係る回線契約の締結に際し、契約者の本人確認を法に規定する方法で行わず、法第6条第3項において読み替えて準用する法第3条第1項の規定に違反したものと認められます。
    • このため、総務省は、本日、法第15条第2項の規定により、同社に対して違反の是正を命じました。
    • また、総務省は、同日、アイ・ティー・エックス株式会社に対する監督義務を負う株式会社NTTドコモに対して、同社の代理店において法令違反が発生したことに鑑み、媒介業者等に対する監督を徹底するよう指導しました。
    • 総務省は、引き続き、法の厳正な執行に努めてまいります。
▼総務省 株式会社ティーガイアリテールサービスによる 携帯電話不正利用防止法違反に係る是正命令等

総務省は、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律(平成17年法律第31号。以下「法」といいます。)に違反した株式会社ティーガイアリテールサービス(代表取締役社長 千﨑 久惠、法人番号2010401084069、本社 東京都渋谷区)に対し、法第15条第2項の規定により、違反の是正を命じました。また、株式会社ティーガイアリテールサービスに対する監督義務を負う株式会社NTTドコモ(代表取締役社長 井伊 基之、法人番号1010001067912、本社 東京都千代田区)及び株式会社ティーガイア(代表取締役社長 金治 伸隆、法人番号5011001061661、本社 東京都渋谷区)に対し、媒介業者等に対する監督を徹底するよう指導しました。

  • 事案の概要及び措置の内容
    • 法は、携帯電話が振り込め詐欺等の犯罪に不正に利用されることを防止するため、携帯電話の新規契約等の際に、契約者等の本人確認を行うことを義務付けています。
    • 株式会社ティーガイアリテールサービスは、令和3年1月10日及び同年1月21日、4回線(個人名義)の携帯音声通信役務に係る回線契約の締結に際し、契約者の本人確認を法に規定する方法で行わず、法第6条第3項において読み替えて準用する法第3条第1項の規定に違反したものと認められます。
    • このため、総務省は、本日、法第15条第2項の規定により、同社に対して違反の是正を命じました。
    • また、総務省は、同日、株式会社ティーガイアリテールサービスに対する監督義務を負う株式会社NTTドコモ及び株式会社ティーガイアに対して、同社の代理店において法令違反が発生したことに鑑み、媒介業者等に対する監督を徹底するよう指導しました。
    • 総務省は、引き続き、法の厳正な執行に努めてまいります。

さらに、犯罪収益移転防止法に定める取引時確認や確認記録の作成・保存ができていないとして、郵便物受取サービス業者が行政処分を受けています。

▼経済産業省 犯罪による収益の移転防止に関する法律違反の特定事業者(郵便物受取サービス業者)に対する行政処分を実施しました

経済産業省は、郵便物受取サービス業(私設私書箱業)を営むセブンセンス株式会社(法人番号:4011101056513)に対し、犯罪による収益の移転防止に関する法律第18条の規定に基づき、取引時確認義務及び確認記録の作成・保存義務等に係る違反行為を是正するために必要な措置をとるべきこと等を命じました。

※犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「犯罪収益移転防止法」という。)では、特定事業者に対し、一定の取引について顧客等の取引時確認等を行うとともに、その記録を保存する等の義務を課しており、郵便物受取サービス業者(私設私書箱業者)は、同法の特定事業者として規定されています。

  1. 事業者の概要
    • セブンセンス株式会社
    • 東京都新宿区新宿五丁目11番24号 新宿HKビル
  2. 事案の経緯
    • セブンセンス株式会社が犯罪収益移転防止法に定める義務に違反していることが認められたとして、国家公安委員会から経済産業大臣に対して同法に基づく意見陳述が行われました。これを踏まえ、経済産業省において同社に対して立入検査を行った結果、犯罪収益移転防止法違反が認められたため、同社への処分を行うこととしました。
  3. 違反行為の内容
    • 国家公安委員会による意見陳述及び経済産業省による立入検査の結果、同社には、犯罪収益移転防止法に定める義務について以下の違反行為が認められました。
      1. 取引時確認
        • 同社は、顧客との間で締結した郵便物受取サービスに係る契約について、犯罪収益移転防止法第4条第1項に基づく本人特定事項や取引目的、顧客の職業等の確認を行っていない。
      2. 確認記録の作成及び保存
        • 同社は、犯罪収益移転防止法第6条第1項に基づく確認記録の作成及び保存を行っていない。
  4. 命令の内容
    • 3.の違反行為を是正するため、令和4年3月28日付けで同社に対し、犯罪収益移転防止法第18条の規定に基づき、以下の措置を講じるべきこと等を命じました。
      1. 取引時確認義務の遵守の徹底並びに適正な本人確認書類で顧客の本人特定事項を確認していない等の取引時確認義務違反について再発防止策の策定
      2. 取引時確認記録の作成及び保存義務の遵守の徹底並びに取引を行う目的、職業、実質的支配者、顧客が自己の氏名と異なる名義を用いる理由が記録されていない等の取引時確認記録作成義務違反について再発防止策の策定
      3. 犯罪収益移転防止法に係る事務を適正に進めるための社内規程の整備を図るなど、貴社の関係法令に対する理解及び遵守の徹底。郵便物受取サービス業に関わる従業員の雇用が生じた場合の社内教育の実施
      4. 上記(1)から(3)までの措置は、令和4年4月27日までに実施

ロシアのウクライナ侵攻を巡り、同国への国際支援を働きかけている非政府組織(NGO)のダリア・カレニューク事務局長は、「最も弱い人々が標的になっている」と述べ、民間人の被害拡大に危機感を示したうえで、対ロシア圧力を強めるため、マネー・ローンダリングの阻止へ対策を講じるよう、具体的にはFATFのブラックリストにロシアを加えるべきだと主張しています。当然ながら、同リストに加われば、北朝鮮やイランと同様に国際金融ネットワークからのロシアの排除がさらに進むと考えられ、今後の対ロシアへの経済制裁強化に向けた一つの方策となるかもしれません。

ロシアの新興財閥(オリガルヒ)に対する制裁の状況も確認しておきます。バイデン米政権は、ウクライナの首都キーウ近郊ブチャなどで多数の民間人の犠牲が判明したことを受け、ロシアに対する追加の経済制裁を発表しています。ロシア最大手銀行のズベルバンクにも包括的な制裁を科すこととし、ロシアからの石炭の禁輸に踏み切る欧州連合(EU)などと足並みをそろえ、「同盟国とともに主要国に対する史上最も厳しい制裁を強化した」(米政府高官)最大級の圧力をかけることになりました。報道によれば、対象は政府関係者やその家族、金融機関、国有企業などで、個人制裁としてプーチン大統領の2人の娘や、ラブロフ外相の妻子らも含まれるといいます。米国人や米企業によるロシアへの新規投資も全面的に禁止され、ロシア最大手の政府系銀行ズベルバンクと最大の民間銀行アルファバンクについては、資産を凍結し、米国企業との取引はいかなる通貨でも禁止するとしています。米国は独自制裁としてズベルバンクにドル決済を禁じたり、幹部に制裁を科したりしてきましたが、より厳しい制裁に踏み込む形となりました(なお、ズベルバンクはロシアの銀行部門の資産の3分の1を保有するといいます)。今回の制裁により、すでに600以上の多国籍企業がロシアからの撤退を表明している動きをさらに加速する可能性があります。一方、米司法省は、プーチン政権に近いとされるオリガルヒのコンスタンチン・マロフェーエフ氏(47)を米国の対ロシア制裁に違反した罪で起訴したと発表しています。報道によれば、ロシアのウクライナ侵攻以降、米当局がオリガルヒを起訴したのは初めてで、マロフェーエフ氏につながる数百万ドル(数億円)も米国の金融機関から押収したということです。マロフェーエフ氏は、ロシアがクリミア半島を併合した2014年に米政府の制裁対象となっており、米国人従業員を使って、ブルガリアのテレビ局を手に入れようと、不正に1,000万ドル(約12億円)を移転したというものです(なお、同氏は逃走中で、ロシアにいるとみられています)。また、米連邦捜査局(FBI)などは、「オリガルヒ」のビクトル・ベクセリベルク氏が所有する大型船を押収しています。報道によれば、船は地中海に浮かぶスペインのリゾート地・マヨルカ島の港に停泊していたもので、全長約78メートルで、約1億2,000万ドル(約147億円)の価値があるといいます。ベクセリベルク氏は、アルミニウム産業などを扱うレノバグループの会長で、ロシアのプーチン大統領に近いとされ、米国が制裁対象に指定しています。なお、今回、米国の協力要請を受けたスペイン当局も捜査に加わったということです。

なお、「オルガリヒ」に対する経済制裁の持つ意味について、2022年4月4日付日本経済新聞の記事「米の怒り、「有毒マネー」排除に」が参考になりますので、以下、抜粋して引用します。

EUや英国と異なり、米国はアブラモビッチ氏を現時点で経済制裁の対象にしていない。同氏の資産を扱っていても法的な問題はない。それでもワシントンを巻き込む騒動に発展しているのは、「身元を開示しない」巨額マネーが米市場に組み込まれている実態が改めて浮き彫りになったためだ。オリガルヒの資金の流入量は不明だ。法律や会計の専門家が関与し、租税回避地のダミー会社に名義上の代表を置けば資金の出し手は見えにくい。お金に色はなく、受け手の運用会社は守りを固めざるを得ない。制裁対象者の資金は「有毒(Toxic)マネー」などと呼ばれ、包囲網は狭まる。上院財政委員会のロン・ワイデン委員長(民主)は、ファンドやVCが銀行のような厳しい本人確認を義務付けられていないことを問題視。抜け穴をふさぐルールが必要だと主張する。…米国は対ロシア制裁の内容を西側諸国と綿密に練ってきた。ロシアや中国の対応によっては米国の怒りが増し、費用対効果の合理的な計算をしなくなる可能性がある。武器としての金融は破壊力を強め、法令順守の枠組みは複雑になった。日本企業、とりわけ金融機関は米国の覚悟を見誤ってはならない。

前述のとおり、FATはそもそも拡散金融について、FATF勧告7「大量破壊兵器の拡散金融」において、「各国は、大量破壊兵器の拡散及びこれに対する資金供与の防止・抑止・撲滅に関する国連安保理決議を遵守するため、対象を特定した金融制裁措置を実施しなければならないとしており、加盟国に対して、国際連合憲章第7章に基づく国連安保理により指定されたあらゆる個人又は団体が保有する資金その他資産を遅滞なく凍結するとともに、いかなる資金その他資産も、直接又は間接に、これらの指定された個人又は団体によって、若しくはこれらの個人又は団体の利益のために利用されることのないよう求めている」ところ、直近のFATF声明においても「各国に対し、暗号資産を含め、新たに特定したマネー・ローンダリング、テロ資金供与および拡散金融に関するリスクの評価・軽減に関する民間セクターへの助言提供や民間セクターとの情報共有の促進等を要請。また、制裁回避から生じる新たなリスクの可能性に対して各国が警戒すべき旨、指摘」しているところです。そのような中、原材料をロシアから仕入れたり、主力取引先がロシアをサプライチェーンに組み込んだりするなど、対ロシア貿易の動向が経営に影響を及ぼす恐れのある日本企業が4,653社にのぼることが、帝国データバンクの調査で分かったということです(2022年4月6日付日本経済新聞)。ロシアと直接取引がある企業とその2次取引先の合計(約15,000社)の3割にあたり、欧米がロシアに対し追加の経済制裁発動を示唆している中、水産物や木材といった原材料の調達などに支障が広がり、経営に打撃を受ける企業が増える可能性が考えられ、対応が急務となっています。同調査によれば、ロシア企業と直接、輸出入取引のある企業は338社、この企業群の取引先(14,949社)を含め、ロシアとサプライチェーン上「密接な関係にある」とした会社は286社(1.9%)、「おおむね関係がある」とした会社は4367社(28.6%)に達しています。拡散金融リスクについて、サプライチェーンにおけるリスクが急激に拡大しており、ここで対応を見誤れば、事業継続を危うくしかねない大きさを秘めている点に、事業者が早く気づいてほしいところです。なお、考までに、日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく経済制裁については、以下のとおりです。

▼経済産業省 ウクライナ情勢に関する外国為替及び外国貿易法に基づく措置を実施します(輸出貿易管理令の一部を改正)

ウクライナをめぐる現下の国際情勢に鑑み、国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するため、今般、主要国が講ずることとした措置の内容等を踏まえ、ロシアへの奢侈品輸出禁止措置を実施するために令和4年3月29日(火曜日)に閣議決定された輸出貿易管理令の一部を改正する政令を公布・施行します。

  1. 概要
    • ウクライナを巡る国際情勢に鑑み、この問題の解決を目指す国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するため、令和4年3月25日に、外国為替及び外国貿易法(昭和24年法律第228号。以下、外為法という。)によるロシア向けの奢侈品輸出禁止措置を導入することが閣議了解されました。これらを踏まえ、本日、輸出貿易管理令(昭和24年政令第378号)の一部を改正する政令が閣議決定され、当該措置を4月5日より実施します。
    • これに併せて本日付で関連する省令等を改正することにより、規制対象となる具体的な貨物等を定め運用面の整備を行います。また、外国為替令第8条第1項の規定に基づく財務省告示の改正により、紙幣等の輸出禁止措置を導入します(輸出貿易管理令の一部改正と同日付施行・適用)。
  2. 改正された政令の概要
    • 対象となる奢侈品(輸出貿易管理令に基づく輸出禁止)
      • 酒類
      • たばこ製品
      • 香水類、化粧品
      • 革製品
      • 毛皮
      • 衣類、履物
      • 帽子
      • 絨毯
      • 宝飾品
      • 陶磁製品
      • ガラス製品
      • ダイビング用機器
      • 乗用車、バイク
      • ノートパソコン
      • 時計(貴金属を使用したもの)
      • グランドピアノ
      • 美術品、骨とう品
    • 対象となる奢侈品(財務省告示に基づく輸出禁止)
      • 紙幣、金貨、金の地金
  3. 今後の予定
    • 令和4年3月29日(火曜日) 公布
    • 令和4年4月5日(火曜日) 施行・適用

その他、国内外におけるAML/CFTを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 警視庁は、組織犯罪対策部を再編し、マネー・ローンダリングなどの捜査に特化した「犯罪収益対策課」を全国で初めて設置したほか、国際犯罪や暴力団の捜査部門を統合しています。報道によれば、発足式で、大石吉彦警視総監は幹部ら約60人に「変容する犯罪組織の実態を捉え、首都の治安を脅かす組織を壊滅するとの執念を持ってまい進してほしい」と訓示したということです。組対部の再編は2003年の発足以来初めてとなり、犯罪収益対策課は巧妙化するマネロンや電子決済を悪用した犯罪の取り締まりを強化するとしています。同課の課長は「全国の警察や金融機関と連携して対策をリードする。国際的な資金移動に着目し、犯罪収益の剥奪も徹底したい」と話しています。
  • ウクライナのゼレンスキー大統領が、オリガルヒがスイスで保有している資産や銀行口座を凍結するよう訴えていたところ、スイス政府は、ウクライナに侵攻したロシアへの制裁として、約75億スイスフラン(約1兆円)に相当するロシア関連資産を凍結したと明らかにしています。報道によれば、スイスの銀行にあるロシア人の銀行口座が凍結され、対象人数は「900人未満」とのことです。永世中立国であるスイスは金融業が盛んで、伝統的に守秘義務を理由に多くの開示要請に非協力的だったことで知られており、そのような背景から紛争に巻き込まれる恐れが少ないとして、ロシアの富裕層が資産を移していたとされます。そのような中、スイス政府が、ロシアが今年2月にウクライナに侵攻して以来、永世中立国としてのスイスも欧州連合(EU)に同調し、ロシア金融制裁への異例の参加に踏み切ったもので、オルガリヒに対し大きな打撃を与えるものと期待されます。なお、スイス銀行業界団体の推計では、スイスの銀行が抱えるロシア人関連口座の残高は1,500億~2,000億スイス・フラン(19兆1,800億円~25兆5,800億円)に達するといい、スイス銀行家協会(SBA)の推計でも、スイスの銀行に眠るロシア顧客の簿外資産は総額1,500億~2.0000億スイスフラン(2,130億ドル)に上るとされます。スイス政府の判断もさることながら、SBAが今回このような資産の規模を明らかにしたのもまれな行動であり、今回の数字は、制裁に実効性を持たせる作業がどれだけの規模になるかも明らかにした形となりました(なお、報道によれば、SBAは、今回の推計について、スイスの銀行に預けられた外国資産の全体に比べればパーセント比率はわずか1桁台前半にすぎないとみられると強調したというから驚きです)。
  • FATFは、アラブ首長国連邦(UAE)を「グレーリスト」に掲載し、中東随一の金融・貿易ハブに打撃を与えています。FATFが公表した報告書で、UAEを「監視強化の対象」となる国々に追加すると発表、石油資源に恵まれたUAEはこれで、シリアやアルバニア、パナマ、南スーダンを含むその他22カ国のリストに加わることになりました。2022年3月8日付日本経済新聞では、FATFは国内制度の改善で「顕著な向上」を遂げたと認めたものの、グレーリスト入りは、中東で事業を営む国際的な銀行と多国籍企業にとって一番の進出先であることを長年誇りにしてきたUAEの評判を損なうことになると指摘しています。「UAE、特にドバイはかねて、多額の現金の移動が対内・対外的に容易で、不動産取引などの業種において監視の目が緩いとの風評がある。…FATFは、UAEは行動計画の一環として、分析機能と高リスクの資金洗浄の脅威を追及する能力を強化するために金融情報部門に追加のリソースを提供し、異なるタイプの資金洗浄の効果的な捜査と訴追の持続的増加を示し、機先を制して制裁回避の動きを特定し闘わなければならないと求めた」としています。
  • 2022年3月14日付産経新聞は、米紙WSJが、中国IT大手騰訊控股(テンセント)が運営する電子決済アプリ「微信(ウィーチャット)ペイ」に対し、中国当局が巨額の罰金を科す可能性があると報じたと取り上げています。マネー・ローンダリングに関する中国の規則に違反したためということです。報道を受け、香港株式市場でテンセント株が急落、罰金額は数億元(数十億円)に上る可能性があり、WSJによると、ウィーチャットペイが規則を軽視し、賭博など非合法手段で得た資金の取引とローンダリングを可能にしていたというもので、金融当局が発見したということです。習近平指導部は大きな影響力を持つ中国IT大手への統制を強化しており、2021年には電子商取引(EC)最大手アリババグループに対し、独占禁止法に違反したとして過去最高の182億元の罰金を科しています。
  • 中国で不動産開発業を営む富豪のフィリップ・ドン・ファン・リー氏は、オーストラリアのシドニーの繁華街ダーリングハーバー地区にあるカジノ大手スター・エンターテインメント・グループの十数年来のVIP客でしたが、豪州と中国の規制当局がマネー・ローンダリングとカジノで富裕層を相手に賭博行為を仲介したり資金を貸し付けたりする「ジャンケット」の摘発に乗り出したことで、スター社のカジノに対する大々的な調査の証人として召喚されました。豪州での調査により、ギャンブル客によって中国のクレジットカード最大手、中国銀聯(ユニオンペイ)で約9億豪ドル(約830億円)が処理されていたことが明らかになりましたが、ギャンブルでのこの決済網の利用は、豪州の資金洗浄・テロ資金供与防止法と中国の資本流出規制に対する違反となったものです。一連の捜査を受けて、スター社のマット・ベキアーCEOが辞表を提出しています。
  • カジノ関連では、西オーストラリア州政府が、豪カジノ運営大手クラウン・リゾーツによるカジノ営業免許保持は不適切との判断を示しています。クラウン社が効果的なマネー・ローンダリング対策を講じなかったことを問題視したものです。ただし、免許取り消しには踏み切らず、政府監督下で2年間運営するよう勧告しています。報道によれば、同社のカジノ免許保持を不適切とするのは3州目で、ビクトリア州も同社のカジノを2年間、監督下に置くとしており、ニューサウスウェールズ(NSW)州ではシドニーのカジノ免許が停止されたままとなっています。クラウン社は、西オーストラリア州政府と協力し、建設的に取り組むと述べています。なお、米プライベートエクイティ(PE)大手ブラックストーンが今年2月に提示した63憶ドルの買収提案を支持していますが、買収の障害にはならない見通しだということです。

本コラムにおいて、以前から関心をもって取り上げてきた「忘れられる権利」に関する新たな動きがありました。報道によれば、ツイッター上に過去の逮捕歴の投稿が表示され続けるのはプライバシー侵害だとして、東北地方の男性が米ツイッター社に投稿の削除を求めた訴訟で、最高裁第2小法廷は、双方の意見を聞く弁論を5月27日に開くと決めたということです。削除を命じた1審東京地裁判決を取り消し、男性側の逆転敗訴となった2審東京高裁判決が見直される可能性があります。男性は2012年、建造物侵入容疑で逮捕され罰金刑を受けましたが、実名報道された記事を引用したツイートが複数投稿され、就職活動などに支障が出たと訴えているものです。本コラムでも取り上げてきたとおり、インターネット上の犯罪歴の削除をめぐっては最高裁が2017年、検索サイト「グーグル」をめぐり、プライバシー保護が情報公表の価値より「明らかに優越する場合」に限り削除できるとする厳格な基準を示しました。1審判決は、ツイッターはグーグルのようなネット上の情報流通基盤になっていないとして、より緩和した要件で削除を認めたのに対し2審は、ツイッターは情報流通基盤として大きな役割を果たしていると認定した上で「プライバシー保護の法的利益の方が優越することが明らかとはいえない」と結論付けていました。今後の動向について、本コラムでも関心をもって注視していきたいと思います。

(2)特殊詐欺を巡る動向

特殊詐欺グループは、役割分担が細分化され、トップ(首領)まで捜査の手が及ばないような形で犯行を繰り返していることが知られています。そのような中、トップの逮捕にまで至った事例があり、2022年3月29日付読売新聞の記事「全国的な詐欺組織の壊滅に迫る県警、幹部を次々摘発…ついにトップも逮捕」において、詳しく報じられていましたので、以下、抜粋して引用します。

岡山市内で発生した特殊詐欺事件を発端に、岡山県警が全国的な詐欺組織の壊滅へと迫っている。昨年夏頃から幹部を次々と摘発し、先月にはついに組織トップの逮捕に至った。県警は組織のメンバーの大半を逮捕したとみており、「全容解明に向け、今後も捜査を尽くす」としている。…組織末端の受け子や金を引き出す「出し子」などは逮捕されやすく、持っている情報は乏しい。しかし、捜査員は少年の交友関係やSNSのやりとりを徹底的に分析し、リクルーター役や受け子を束ねる元締役の男などを次々と摘発した。捜査が新たな局面を迎えたのが、同年12月。元締役の男の関係先として浮上した東京都内のマンションの一室が、詐欺電話をかける「かけ場」であることを突き止め、「かけ子」の男3人を逮捕した。かけ子は取り調べで組織幹部とのやりとりを供述。この東京の拠点の摘発により、捜査は大きく進展した。21年6~8月には容疑者2人を詐欺容疑などで逮捕。2人は犯行用の携帯電話や銀行口座を準備する別組織との取引や、リーダーとメンバーとの仲介といった組織の主要な役割を担っていたとみられ、県警の担当者は「幹部級を逮捕できたことで、一気に組織の全体像が見えてきた」と話す。そして今年2月、菅原容疑者を詐欺未遂容疑で逮捕した。菅原容疑者の携帯電話から金沢、野々山両容疑者とSNSでやりとりしたメッセージが見つかり、その文面から県警は菅原容疑者が組織のリーダーだったとみている。組織は会社のように担当が細かく分かれ、菅原容疑者と面識があるのは幹部の数人だけだったという。

以前の本コラムでも指摘したとおり、特殊詐欺の実行犯である「受け子」については、摘発されるリスクが高い一方で、報酬が少ない(あるいは報酬をもらえない)という「使い捨て」の実態が明らかになりましたが、軽い気持ちで応募した「受け子」が弱みを握られ、犯行に身を投じざるを得ない状況を作り出されていたことも徐々に分かってきています。2022年3月25日付産経新聞の記事「学生「受け子」に顔写真を要求詐欺組織、弱み握る」において、そのあたりの状況が詳しく報じられており、参考になりますので、以下、抜粋して引用します。

特殊詐欺グループの末端構成員として、被害者に直接接触してキャッシュカードをだまし取る「受け子」に、学生からの応募が目立っている。動機は小遣い稼ぎの軽い気持ちでも、犯罪組織に個人情報を握られて離脱できなくなり、ずるずると加担させられるケースも。春休みを迎え、新たな学生らが入学する新学期を前に、警察当局は警戒を強めている。…昨年11月、府警八幡署が特殊詐欺事件で逮捕した男(30)のスマートフォンには、運転免許証や学生証など身分証明書を手にした100人以上の顔写真が見つかった。男は受け子をツイッターで募集しており、反応があると写真の送信を要求。スマホの顔写真は、各応募者が身分証をカメラに向けながら「自撮り」したもので、学生だけでなく、あどけない表情の中学・高校生の姿も保存されていた。男は府警の捜査に対し、「応募者に直前に逃げられたり、金を持ち逃げされたりしないよう個人情報を送らせて管理していた」と供述。受け子に応募しただけで個人情報を丸裸にされ、弱みを握られて犯罪組織に絡めとられる実態が明らかになった。…府警の担当者は「一瞬で大金を得られることから犯行を繰り返し、逮捕時に複数の余罪が見つかることも珍しくない」と指摘。安易な動機からずるずると深みにはまっていく構図が浮かぶ。令和3年版犯罪白書によると、受け子や、詐取したカードを使って現金を引き出す「出し子」の約55%に1年以上の実刑判決が出ていることも、こうした関係性を裏付ける。SNSの普及により犯罪に手を染めやすくなる中、逮捕後に「捕まってよかった」と供述する受け子らも多いという。…昨年法務省が発表した犯罪白書によると、令和2年の特殊詐欺事件の摘発件数は約7,400件。そのうち20歳未満が約2割、20~29歳が約5割と、若者の摘発が大半を占めている。特殊詐欺グループは、犯行の指示役▽被害者に電話をかける「架け子」▽偽の身分証などを用意する「犯行準備役」▽受け子▽出し子-から構成される。このうち受け子と出し子がグループ全体の人員の半数を占めており、30歳未満が約6割だった。摘発された受け子と出し子の約8割が動機として「金欲しさ」を挙げているが、受け子と出し子の半数は、約束した報酬を渡されていないことも明らかになっている

次に、例月どおり、直近の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。今回は2カ月分のデータのため大きくブレるものもありますので、注意願います。

▼警察庁 令和4年1~2月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和4年1~2月における特殊詐欺全体の認知件数は2,147件(前年同期1,837件、前年同期比+16.8%)、被害総額は44.2憶円(36.7憶円、+20.4%)、検挙件数は778件(939件、▲17.1%)、検挙人数は300人(292人、+2.7%)となりました。これまで減少傾向にあった認知件数や被害総額が大きく増加に転じている点が特筆されますが、とりわけ被害総額が増加に転じた点はここ数年の間でも珍しく、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっている状況を示すものとして、十分注意する必要があります(詳しくは分析していませんが、コロナ禍における緊急事態宣言の発令と解除、人流の増減等の社会的動向との関係性が考えられるところです)。うちオレオレ詐欺の認知件数は443件(368件、+20.4%)、被害総額は13.4憶円(10.3憶円、+30.0%)、検挙件数は206件(170件、+21.1%)、検挙人数は115人(75人、+53.3%)と、認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。これまでは還付金詐欺が目立っていましたが、そもそも還付金詐欺は自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。直近では新型コロナウイルスを名目にしたものが目立ちます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで昨年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶ちません。なお、最近では、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性が疑われます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。最近では、コロナ禍の影響もあり、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は408件(312件、+30.8%)、被害総額は5.5憶円(4.8憶円、+16.1%)、検挙件数は281件(269件、+4.5%)検挙人数は63人(64人、▲1.6%)と、こちらは認知件数は増加、被害総額は減少という結果となりました(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性があります。一方で、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出始めています)。また、預貯金詐欺の認知件数は317件(453件、▲30.0%)、被害総額は3.3憶円(6.5憶円、▲49.4%)、検挙件数は191件(385件、▲50.4%)、検挙人数は83人(109人、▲23.9%)となり、こちらも認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(理由はキャッシュカード詐欺盗と同様かと推測されます)。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は404件(234件、+72.6%)、被害総額は14.2憶円(9.3憶円、+52.7%)、検挙件数は17件(44件、▲61.4%)、検挙人数は16人(21人、▲23.8%)、還付金詐欺の認知件数は542件(414件、+30.9%)、被害総額は5.8憶円(4.6憶円、+26.1%)、検挙件数は79件(64件、+23.4%)、検挙人数は17人(20人、▲15.0%)、融資保証金詐欺の認知件数は13件(33件、▲60.1%)、被害総額は0.2憶円(0.6憶円、▲59.6%)、検挙件数は1件(1件、±0%)、検挙人数は1人(0人)、金融商品詐欺の認認知件数は3件(7件、▲57.1%)、被害総額は0.5憶円(0.5憶円、+2.4%)、検挙件数は0件(2件)、検挙人数は1人(2人、▲50.0%)、ギャンブル詐欺の認知件数は7件(12件、▲41.7%)、被害総額は1.4憶円(0.2憶円、+457.7%)、検挙件数は2件(0件)、検挙人数は0人(0人)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。

犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は138件(90件、+53.3%)、盗品譲受け等の検挙件数「は0件(1件)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は482件(311件、+55.0%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は21件(30件、▲30.0%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は1件(6件、▲83.3%)、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は26件(20件、30.0%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では60歳以上90.0%、70歳以上71.2%、男性25.1%・女性74.9%、オレオレ詐欺では60歳以上97.5%、70歳以上95.0%、男性19.4%・女性80.6%、融資保証金詐欺では60歳以上9.1%、70歳以上0%、男性90.9%・女性9.1%など。殊詐欺被害者全体に占める65歳以上の高齢被害者の割合について、特殊詐欺 86.5%(男性22.2%・女性77.8%)、オレオレ詐欺 96.6%(19.2%・80.8%)、預貯金詐欺 98.4%(1.9%・88.1%)、架空料金請求詐欺 48.8%(58.4%・41.6%)、還付金詐欺 93.8%(24.5%・75.5%)、融資保証金詐欺 0.0%、金融商品詐欺 33.3%(0.0%・100.0%)、ギャンブル詐欺 42.9%(100.0%・0.0%)、交際あっせん詐欺 0.0%、その他の特殊詐欺 33.3%(100.0%・0.0%)、キャッシュカード詐欺盗 98.8%(11.9%・88.1%)などとなっています。

緊迫するウクライナ情勢についての社会的な関心が高いことから、詐欺に悪用される機会も増えており、国民生活センターが注意喚起をしています。

▼国民生活センター ウクライナ情勢を悪用した手口にご注意!-SNSでの義援金詐欺-
  • ウクライナ情勢を悪用した詐欺トラブルが生じていますので、注意してください。
  • 相談事例 SNSでウクライナへの義援金を募集していたので寄付したが、詐欺の可能性があるとわかった。返金してほしい
    • ウクライナでロシアの軍事侵攻が激しさを増してきたため、何か自分にもできないかと思っていたところ、SNSで義援金を募集していたので、クレジットカード決済で1,000円を募金した。ところが数日後、SNSに、募金した義援金サイトは偽物の可能性があると表示された。だまされたと思うので返金を求めたい。(2022年3月受付 30歳代 男性)
  • 消費者へのアドバイス
    • 上記のような手口のほかにも、今後、ウクライナ情勢に関連した様々なパターンのトラブルが生じる可能性がありますので、十分に注意してください。
    • 少しでもおかしいと思ったら、お住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。コンビニや金融機関の声かけが特殊詐欺被害を防いでいる点に着目した記事「店員の声掛けが最後のとりで 特殊詐欺被害1000件以上防ぐ 兵庫」(2022年3月24日付毎日新聞)から、抜粋して引用します。

コンビニや金融機関が特殊詐欺被害の防止に大きく貢献している。2021年に店員や職員らが利用者への声掛けで被害を防いだ事案は1.000件以上で、過去最多となった。被害件数も減っており、兵庫県警は「被害を防ぐ最後のとりでとして欠かせない存在」とする。…丹波署長から感謝状を受け取った荻野さんは「最近は詐欺でコンビニが利用される。店舗での被害は可能な限り止めたい」と話す。日ごろから従業員に不審と感じたら声掛けするように伝えているという。21年の県内の特殊詐欺の認知件数は859件(被害総額は約11億6,000万円)で、20年の1,027件(同16億9,000万円)から約16・4%(同約31・4%)減少した。声掛けなどの水際阻止は21年が1,073件となり、20年の746件から増えて、統計のある11年以降では最多となった。電子マネーをだまし取る手口の増加に伴って県警が具体例をコンビニや金融機関に示し、協力を求めたことが背景にあるとみられる。県警は15日、金融機関とATM利用者の詐欺被害を防ぐ啓発活動を進める共同宣言を出した。県警生活安全企画課は「今後も連携して詐欺被害を減らしたい」としている。
  • 特殊詐欺を未然に防いだとして、香川県警東かがわ署は、百十四銀行白鳥支店引田クイックスクエアと、同スクエアで勤務する60代の女性に感謝状を贈呈しています。69歳の女性は、同スクエアで、携帯電話で通話しながらATMを操作する60代の女性を見つけ、女性の手元のメモに、現金を振り込む時刻や「払い戻し」などの文字があったことから、69歳の女性は還付金詐欺を疑い、女性の耳元で「詐欺ですよ」と伝え、店舗責任者と約30分間説得したというものです。
  • 他人名義のキャッシュカードをだまし取り、ATMから現金を引き出す特殊詐欺事件の容疑者逮捕に協力したとして、千葉県警市川署は、市川市の「デイリーヤマザキ本八幡駅南口店」の経営者と、同店のパート店員2人の計3人に感謝状を贈っています。帽子の上から黒いフードをかぶり、マスクを着けた男が来店し、店内のATMで何度も現金を引き出していたため、不審に思ったパート店員は、約150メートル離れた同署本八幡交番まで走って行って知らせ、その間、店長らは「逃げられないように」と男を見張っていたといい、到着した警察官が職務質問したところ、男が他人名義のキャッシュカードを複数持っていることが分かり、同署が犯罪収益移転防止法違反容疑で逮捕したものです。
  • 高齢者の特殊詐欺被害を防いだとして、京都府警下京署は、ローソンひかり烏丸高辻店と従業員に感謝状を贈呈しています。従業員が被害を食い止めたのは、半年間で2回目となるそうです。下京署長は「高止まりする特殊詐欺被害を止める最後のとりでになってもらった」と感謝し、従業員は「当たり前のことをしただけ」と、今後も被害防止の取り組みに意欲を見せたと報じられています。なお、ローソンでは定期的にトラブルや犯罪被害への対処法をまとめた資料を従業員に配布しているといい、店長は「すぐに行動に移すのは難しい中で頼もしい」、同署も「間違っていても構わない。不審に感じたらすぐに警察に連絡してほしい」としています。事業者による組織的な教育がベースとなっていることを感じさせます。

一方、特殊詐欺の被害にあう方の特徴として、「騙されないと思っていた」というものがあります。そして、意外に自分が騙された手法を知っていた方も多いようです。つまり、そもそも騙されると思っていない方が、十分な関心をもって手口等を知ろうとしていないがゆえに、冷静さを失った場面で騙されてしまう実態が浮き彫りになっているといえます。この点について報じた2つの記事を以下、抜粋して引用します。

「だまされない自信あったのに…」 特殊詐欺被害者9割の本音(2022年3月7日付毎日新聞)
被害に遭わない自信が「あった」「少しあった」―。2021年に起きた特殊詐欺事件の被害者の9割がそう考えていたことが、奈良県警の調査で分かった。また、7割が特殊詐欺への対策は「特に取っていなかった」という。…72人(89%)が特殊詐欺の被害に遭わない自信が「あった」「少しあった」と回答。59人(73%)は被害防止対策を「特に取っていなかった」と答えた。手口は、還付金詐欺(45件)▽キャッシュカード型詐欺(26件)▽架空料金請求詐欺(12件)―が上位を占める。県警の調査では「自分が被害に遭った特殊詐欺の手口を知っていた」と答えた人は39人(48%)だった。…「5年分の介護保険料を払い戻すので、手続きを」。奈良県大和高田市内で起きた事件では、市介護保険課職員を名乗る女性の声で60代女性の自宅に電話があった。5分後に銀行員を装った男性の声でも電話があり、手続きのためATMに誘導された。ATMに着くと、携帯電話に同じ男性の声で電話があり、60代女性は指示のまま計約299万円を振り込んだ。「整理番号」と言われて画面に入力した数字は、実際は振り込み金額だったという。県警生活安全企画課の北久保犯罪抑止対策室長補佐は「自分は絶対にだまされないと思っても1人で判断せず、誰かに相談することも重要」と注意を呼び掛けている。
「詐欺に巻き込まれることは絶対にないと思っていた」…会社経営男性が体験を証言(2022年4月1日付読売新聞)
ニセ電話詐欺の被害が広がっている。長崎県警によると、2021年に県内で確認された被害は97件(前年比59件増)で、被害額は約2億6,889万円(前年比約1億5,664万円増)に上った。…「今から言う番号を入力してください」。丁寧に説明する「タカハシ」の指示に従い、男性は番号を押していった。普段からATMは利用しているが、当時、「早く手続きをしなければ、市役所の人に迷惑をかけてしまう」と焦り、冷静さを欠いていたと振り返る。男性は指示通りに操作していたが、「タカハシ」は手続きができていないと主張。再度、操作を指示し、男性は従った。だが実際は、最初の操作で198万円を振り込み、再操作でさらに198万円を振り込んでいたという。「高額の振り込みを行いませんでしたか?」。金融機関から電話があったのは、その数時間後だった。男性は「ATMは使ったが、振り込んではいないはずだ」と思いながら通帳を記帳。だがそこには、外国人の名前を思わせる名が書かれ、大金を振り込んだことを示す事実が記録されていた。「詐欺だったのか……」。男性は言葉を失った。ニセ電話詐欺の一つの還付金詐欺だった。…会社を経営している男性は、「お金の扱いには慣れているし、周りからしっかりしている人だと言われていた。自分が詐欺に巻き込まれることは絶対にないと思っていた」と肩を落とす。還付金詐欺という言葉を見聞きしたこともあった。だが、自分には関係ないと思い、手口などを詳しく知ろうとは思わなかった。男性は悔やみながら、こう続けた。「相手は個人情報などを示し、うまく信じ込ませてくる。誰もが引っかかる可能性があると思う」

次に、最近の報道から、特殊詐欺の被害事例について紹介します。これだけ官民を挙げて特殊詐欺の未然防止に取り組んでいるにもかかわらず、同じような手口による被害が後を絶たない現状に、忸怩たる思いです。事例だけ見れば、直接本人に電話をかけなおせば嘘だと見破ることができるケースがほとんどですが、切迫した事例の設定に劇場型の手口が相まって、さらには確証バイアスから「自分はだまされていない」との思い込み、ふと立ち止まって確認する隙も与えられないままにだまされてしまうことが分かります。したがって、還付金詐欺やオレオレ詐欺においては、「電話に出ない」「留守番電話設定にする」という基本的な対策が最も効果的ではないかと考えられます。

  • 今年に入って新潟県内の還付金詐欺の被害が急増し、3月末時点の認知件数が14件(暫定値)、被害額が約1,250万円(同)で、いずれも昨年1年間の合計を上回ったといいます。報道によれば、昨年は還付金詐欺の被害が1~3月には認知されず、年間件数は11件、被害額は850万円だったということです。今年1月から増加傾向がみられ、特に3月は認知件数8件、被害額約700万円と激増しており、60歳以上の女性の被害が目立つということです。特殊詐欺の被害は、大都市圏から地方に拡大しており、全国どこでも厳重な注意が必要な状況です。
  • 警察官をかたり、高齢者からだまし取ったキャッシュカードで現金を引き出し盗んだなどとして、大阪府警阿倍野署、詐欺と窃盗の疑いで、京都府立高校の男子生徒(17)を逮捕、送検しています。報道によれば、詐欺グループで金品を受け取る「受け子」やATMで現金を引き出す「出し子」役とみられ、被害総額は2,000万円超に上るということです。何者かと共謀し、大阪府内在住の70~90代の男女9人の自宅を訪れ、警察官を名乗って「キャッシュカードが偽造されている。確認するから渡してほしい」などと説明。キャッシュカードや現金計500万円をだまし取った上、ATMから現金計1,590万円を引き出したというもので、大阪市内の路上にいた生徒を不審に思った署員が職務質問し、事件が発覚、生徒は当時、家出中だったということです。また、同じく未成年の関与した事例として、警視庁竹の塚署が、横浜市の通信制高校2年の男子生徒(17)を詐欺未遂容疑で現行犯逮捕したものもありました。生徒は、仲間と共謀し、東京都足立区の80代の女性宅に息子を装って「現金がすぐ必要だ。上司の息子に渡して」と電話し、現金150万円をだまし取ろうとした疑いがもたれており、「学校の先輩に誘われて数回やった」と認めているということです。女性が現金を引き出すため訪れた郵便局の職員が詐欺と気付き、通報で駆けつけた警察官が女性宅に現金を取りに来た男子生徒を取り押さえたということです。
  • 神奈川県警鎌倉署は、鎌倉市の80代の男性が長男を装った男らに現金3,000万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、長男を名乗る男らから「仕事の契約に3,000万円が必要だ」などと自宅に電話があったため、男性は金融機関で現金を引き出し、自宅で待機、午後、訪ねてきた長男の部下という男に全額手渡したものです。後日、同様の電話があり、男性が出金しようと訪れた金融機関の職員が不審に思い、通報したものです。
  • 秋田県警湯沢署は、湯沢市の60代の男性が計約3,000万円の電子マネー利用権をだまし取られる詐欺被害に遭ったと発表しています。報道によれば、昨年9月中旬に男性の携帯電話に「利用状況について確認事項がある」などとするショートメールが届いたため、男性が記載された連絡先に電話すると「会員費の遅延金が発生しており、電子マネーで支払ってもらいたい」などと男に支払いを要求されたもので、男性は32,000円分の電子マネーを購入し、利用するための番号を伝えたところ、その後も電話で「サイト使用料の未払い金」や「弁護士費用」など異なる名目で支払いを要求されたというものです。男性は今年1月下旬までの間に約600枚の電子マネーを購入し、利用権計約3,000万円をだまし取られました。また、長崎県警壱岐署は、長崎県壱岐市の50代の男性会社員が電子マネー35万円相当と現金約1,470万円をだまし取られる詐欺被害に遭ったと発表しています。発表では、男性は、携帯電話でサイトを閲覧中に表示された番号へ電話をかけたところ、男から「閲覧登録料がかかる」などと言われたため、要求されるままに購入した電子マネーの番号を教えたほか、11回にわたって現金を指定口座に振り込んだということです。さらに、北海道警千歳署は、石狩地方に住む70代の女性がインターネットサイト利用料金などを名目とした架空請求詐欺被害に遭って、2021年11月から22年1月末にかけて約400回にわたり、計約2,200万円分の電子マネーをだまし取られたと発表しています。詐欺の実行役は巧みに女性の不安をあおって金銭を奪っており、2022年4月8日付毎日新聞によれば、「まず、21年11月9日に女性の携帯電話に「お客様の利用状況におきましてご確認事項がございます。本日中にご連絡がなき場合、手続きに移行します」との連絡がショートメッセージ(SMS)で届いたという。その半年ほど前に、女性の元に実在の通信会社を名乗るSMSで「利用料金が高額になっている」との連絡があったことから、女性は関連があると考えて、SMSに記載された電話番号に連絡した。すると、「サポートセンター職員」を名乗る男から「サイトの利用料金が発生した」として、85万円の支払いを求められた。男は女性にコンビニで購入でき、ネットショッピングなどに利用できる電子マネーでの支払いを指示。女性は言われるがまま3万円相当の電子マネーIDが印字されたカードを購入。そのIDを伝え、金を送った。その後も請求は繰り返された。「海外サイト利用料金として360万円」や「損害賠償が請求されたので560万円」と要求が相次ぎ、女性はそのたびに5万円程度の電子マネーを購入。支払いは計約400回に上った。男は「金はいずれ、『保証協会』から返金される」との説明をして安心感を与えた。一方、「あなたはブラックリストに名前が記されている。リストから外さなければ、保証協会から返金されない」と不安感もあおった。約束した返金の期日は4月上旬だったが、返金がなく、男と連絡もつかなくなり、女性は千歳署に届け出た」というものです。
  • 山口県警山陽小野田署は、山口県山陽小野田市の70代の女性が、うそ電話の被害に遭い、計約4,460万円をだまし取られたと発表しています。女性の携帯電話に料金未払いのメールが届き、インターネットバンキングなどを通じて70回にわたって振り込みを続けたということです。
  • 長野県警塩尻署は、同県塩尻市内の70歳代の女性が、現金500万円をだまし取られる特殊詐欺事件があったと発表しています。報道によれば、女性宅に、いとこを名乗る男らから「契約するための大事な書類を間違って送ってしまった」「契約には書類のほかにお金が必要だ」といった電話があり、信じた女性は、自宅近くで、いとこの上司のおいを装う男に現金500万円を手渡したというものです。その後、女性が家族に相談し、被害が判明しています。

その他、国内外の特殊詐欺(詐欺)に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • ネット上で、個人間で中古船の売買が出来るサイトを通じて、購入希望者が船の代金や手付金名目で現金をだまし取られる被害が関東、中部、四国、九州などで相次いでいるといいます。
  • 特殊詐欺被害を防止するためにさまざまな取組みが進められています。まず、警視庁とNTT東日本は人工知能(AI)を活用した特殊詐欺対策で連携すると報じられています。本コラムでも取り上げたとおり、NTT東日本は2020年11月から家庭用の固定電話契約者向けに通話内容をAIで判定して特殊詐欺の疑いを通知するサービスを提供しており、警視庁が最新の手口や文言などの情報を提供するというもので、AIの精度を高めて被害抑止につなげる狙いがあるといいます。「特殊詐欺対策サービス」は固定電話に専用の端末を接続すると、通話内容を1分単位でクラウド上のAIで解析し、特殊詐欺の疑いがある場合は、事前に登録した家族などに電話やメールで知らせるもので、今後、一部の同意を得た契約者については通報が警察署にも届くといい、迅速な犯人検挙にも活用するということです。同サービスで警察と連携するのは初めてで、報道によれば、警視庁の山本仁副総監は「昨年の被害のうち、犯人が最初に被害者に接触する手段の9割以上が固定電話だった。固定電話についての防犯力の向上が重要な対策となる」と話しています。また、同様にAIの活用として、兵庫県尼崎市が東洋大、富士通とともに詐欺を検知する「特殊詐欺推定AIモデル」の開発を目指し、実験を始めたということです。報道によれば、高齢の市民20人が協力、犯罪心理学とAIで、加害者の特質と被害者の心理を分析し、リスクを可視化する国内初の試みだといいます。実験は、市職員が銀行員などにふんして電話音声を作成、シナリオは、還付金詐欺の典型的手口を基に、東洋大社会学部長で同学部社会心理学科の桐生正幸教授らが作成、信用させ、急がせ、矢継ぎ早に行動させるのが特徴だといいます。だまされる時の反応パターンから、特殊詐欺の電話を検知し、リスクの高い電話がかかった場合に警告するシステムの開発を目指すとしています。
  • 特殊詐欺被害防止の取り組みとして、他にも、京都府警などが「だまされやすさ」を診断する質問を記載したフロアマット(A2、A3判)を作製し、ゆうちょ銀行京都店のATMコーナーに設置したというものもありました。マットには▽電話が鳴るとすぐに取る▽知らない人の話に聞き入る▽サギにあわない自信がある―の質問を記載。二つ以上当てはまる場合は、被害に遭いやすい傾向にあるといい、府警と府立医大が実際の特殊詐欺被害者らを調査した結果を基に質問を設定し、待ち時間などに見てもらえるようATM近くの床に並べています。なお。京都銀行など府内6金融機関の店舗でも設置されるということです。また、千葉県内で被害が多発している電話を用いた特殊詐欺「電話de詐欺」の被害を防止するため、山崎製パン千葉工場は、千葉県警とタイアップし、注意喚起メッセージなどを記載したパッケージの新商品2種類の販売を始めています。報道によれば、「ホイップつぶあんぱん」と「ロールケーキ(ミルククリーム&ラズベリージャム)」の2種類で、価格はいずれも135円で、被害に遭いやすい高齢者から子供まで、幅広い世代の目に留まりやすいようにと、パッケージにはパトカーのイラストが描かれています。県警が昨年募集した電話de詐欺被害防止川柳の最優秀作品「そのお金渡すなおろすな振り込むな」も掲載されているといいます。さらに、特殊詐欺の手口として急増している「国際ロマンス詐欺」や「サポート詐欺」の被害について広く知ってもらおうと、山形県警寒河江署が地域の寸劇サークルと手を組み、短編動画を製作しています。動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開するなどして防犯意識向上のために活用すると報じられています。報道によれば、県内の認知件数は、2020年はなかったが、21年は17件(被害総額約1億1,000万円)と被害が目立っているといいます。また、元プロ野球選手の張本勲さんが、警視庁田園調布署の特殊詐欺被害防止イベントにスペシャルゲストとして参加、テレビ番組でおなじみの「喝」や「あっぱれ」で、特殊詐欺への注意を呼び掛けたということです。イベントでは、「医療費が還付される」などとだます「還付金詐欺」の被害が相次いでいることを、同署の署長が紹介、張本さんは「ATMで還付金の手続きができる」「口座が悪用されている」と誘いかける特殊詐欺の手口に「喝」を出し、一方で、「常に留守番電話設定にする」「家族で合言葉を決める」などの対策には「ぜひやってください。あっぱれ」と話していたようです。
  • 米司法省は、新型コロナウイルス対策の一環として実施された公的な緊急貸付金や給付金を巡って、総額80億ドル(約9,300億円)以上が不正受給された疑いがあると公表しています。報道によれば、バイデン大統領は「司法省は悪者たちを厳重に取り締まる努力を加速させ、盗まれた救済金を全力で取り戻す」と強調、司法省によると、中小企業への低利貸付金や給付金、失業保険の特例加算などで不正受給が確認されたといい、これまでに中小企業を対象とした現金支給や低利貸し付けの制度に関連して、1,000件以上の不正受給事件を立件し、被害総額は11億ドル以上に上ったほか、他の低利貸付制度を巡って、当局の調査で1,800以上の個人・団体が総額60億ドル以上を不正受給していたことも判明したといいます。司法省は、新型コロナ対策を巡る不正受給事件を専門にする部門を立ち上げ、捜査や資金回収を強化すると発表しています。日本における持続化給付金に代表される不正受給が世界でも大規模に行われていたということで、大きな怒りを覚えます。そして日本でも、直近では、新型コロナウイルス対策の国の持続化給付金をだまし取ったとして、大阪府警が、兵庫県尼崎市の古物商ら男4人を詐欺容疑で逮捕した事件がありました。報道によれば、容疑者は2015年まで東大阪市立中学校の元教諭だった男とその生徒4人で、4人は、2020年6~7月、20代の男子大学生=同容疑で書類送検=が個人事業主で、コロナで収入が減ったと偽って給付金を申請し、中小企業庁から給付金100万円をだまし取った疑いがあるといい、卒業後に再会して持続化給付金の不正受給を計画し、知り合いの元税理士と共謀、知人の大学生らの個人情報を集め、偽の確定申告書などを作成した上で給付金を申請したとみられています。20年10月に男子大学生が署に出頭したことで事件が発覚したものです。また、同じく持続化給付金計1,100万円をだまし取ったとして詐欺罪に問われた元慶応大生の被告に、松江地裁は、懲役3年(求刑懲役5年)の判決を言い渡しています。報道によれば、公判で起訴内容を認め、刑の執行猶予を求めていました。被告は知人らと共謀し2020年7月、コロナの影響を受けた個人事業主だと装い、事業収入を偽った確定申告書の控えを国に提出し、給付金をだまし取ったものです。
(3)薬物を巡る動向

前述した「令和3年における組織犯罪情勢」において、昨年に引き続き「大麻乱用者の実態」というトピックスが掲載されています。警察庁の独自の調査結果から実態に迫る興味深い内容となっています。例えば、友人などに影響を受けて大麻を使用してしまうケースが目立つほか、大麻の危険性については「全くない」と「あまりない」との回答が計77%に上っており、インターネットや友人・知人などの不確かな情報源から「大麻に害はない」などとする誤った情報が一部で広がっていることが背景にあると考えられます。一方、全国の警察が昨年、大麻事件で摘発した容疑者は過去最多の5,482人に上っており、うち約7割が30歳未満で、SNSを使った密売が目立つ傾向にあります。とりわけ大麻に関連した事件で、警察が昨年1年間に逮捕・書類送検した20歳未満の未成年は994人(前年比12.1%増)で、5年続けて過去最多となっています。逮捕・書類送検した未成年はここ数年で急増しており、2012年は66人だったところ、10年間で約15倍にまで急増したことになります。さらに、昨年は、男子が896人で9割を占めたほか、職業・学校別では「職業あり」が502人で、無職192人、高校生は186人、大学生は50人、中学生も8人いました。本コラムでも取り上げたとおり、大阪府の高校生らが売買目的で大麻を所持していた疑いで逮捕されたり、東京都内の有名私大の学生が別の大学生に有償で譲り渡した疑いで逮捕されたりする事件があり、繰り返しとなりますが、若年層では大麻への抵抗感が薄く、SNSなどを通じて入手しやすいことが背景にあり、正しい情報を広く流布することが極めて重要な局面だといえます。なお、関連して、SNSでの薬物売買の効率的な取り締まりに向け、警察庁は2021年度から、人工知能(AI)を使って、違法情報のおそれが高いSNSの投稿を分類する実証実験に取り組んでおり、将来的には、違法の可能性がある投稿に対し自動で警告メッセージを送ることを目指しているといいます。

▼警察庁 令和3年における組織犯罪の情勢
  • 令和3年10月から同年11月までの間に大麻取締法違反(単純所持)で検挙された者のうち829人について、捜査の過程において明らかとなった大麻使用の経緯、動機、大麻の入手先を知った方法等は次のとおりである。
  • 大麻を初めて使用した年齢
    • 対象者が初めて大麻を使用した年齢は、20歳未満が47.0%、20歳代が36.2%と、30歳未満で83.2%を占める(最低年齢は12歳(5人))
    • 初回使用年齢層の構成比を平成29年と比較すると、20歳未満が36.4%から47.0%に増加しており、若年層の中でも特に20歳未満での乱用拡大が懸念される
  • 大麻を初めて使用した経緯、動機
    • 大麻を初めて使用した経緯は、「誘われて」が最多であり、初めて使用した年齢が低いほど、誘われて使用する割合が高い
    • 使用した動機については、いずれの年齢層でも「好奇心・興味本位」が最多で、特に30歳未満では過半数を占めた。次いで、30歳未満では「その場の雰囲気」が多く、「クラブ・音楽イベント等の高揚感」、「パーティー感覚」と合わせて、身近な環境に影響されて大麻を使用する傾向も顕著である。
    • 他方で、30歳以上では、「ストレス発散・現実逃避」や「多幸感・陶酔効果を求めて」が比較的多数を占めた。
  • 大麻使用時の人数
    • 大麻使用時の人数については、年齢が低いほど、複数人で使用する割合が高く、このことからも30歳未満の乱用者の多くが身近な環境に影響されて大麻を使用する傾向がうかがわれる。
  • 大麻の入手先(譲渡人)を知った方法
    • 検挙事実となった大麻の入手先(譲渡人)を知った方法は、30歳未満で「インターネット経由」が3分の1以上を占め、そのほとんどがSNS等の「コミュニティサイト」を利用していた。
    • 他方、「インターネット以外の方法」では、全ての年齢層で「友人・知人」から大麻を入手しているケースが半数程度に上り、30歳未満では半数を超える
  • 大麻に対する危険(有害)性の認識
    • 大麻に対する危険(有害)性の認識は、「なし(全くない・あまりない。)」が77.0%で、覚せい剤に対する危険(有害)性の認識と比較すると、引き続き、著しく低い。また、大麻に対する危険(有害)性を軽視する情報の入手先についても、引き続き、「友人・知人」や「インターネット」が多く、年齢層が低いほど「友人・知人」の占める割合が大きい
    • 「令和2年における組織犯罪の情勢」に掲載した「大麻乱用者の実態」では、30歳未満の大麻乱用者の多くが身近な環境に影響されやすい傾向がうかがわれたが、令和3年も、初めて大麻を使用した経緯や動機、大麻使用時の状況、大麻の入手先、大麻の危険(有害)性に関する誤った認識の形成等多くの面で、身近な環境に影響されている実態が裏付けられた。また、大麻の入手や大麻の危険(有害)性に関する誤った認識の形成に関しては、SNS等のコミュニティサイトの利用がこれを助長している面もうかがわれた。昨年に引き続き、少年等若年層の周囲の環境を健全化させるための施策が求められるとともに、大麻を容易に入手できないように組織的な栽培・密売を厳正に取り締まり、SNS等における違法・有害情報の排除や大麻の危険(有害)性を正しく認識できるような広報啓発等を推進することが重要である。

インターネットを通して単発・短期の仕事を請け負うギグワークが注目を浴びている中、犯罪に加担してしまうケースがあり、注意が必要な状況です。2022年4月5日付読売新聞は、「都合に合わせて仕事が探せるため、コロナ禍も背景に新しい働き方として市場が拡大するが、仕事選びには慎重な見極めが必要だ」と指摘しています。具体的な事例も紹介されており、「現地でキャリーケースを受け取り、小松空港へと帰国した。税関の手荷物検査で出てきたケースの中身は末端価格1億1,000万円相当の覚せい剤約1.8キロだった。裁判員裁判で「覚せい剤と思っておらず、無罪だ」と訴えたが、金沢地裁は「違法薬物かもしれないと認識しつつ、それでも構わないと運んだ」として、懲役7年、罰金300万円(求刑・懲役11年、罰金400万円)の判決を言い渡し、名古屋高裁金沢支部も支持した。被告は上告し、最高裁の判断を待っている。…立正大(東京都)の小宮信夫教授(犯罪学)は、SNSで募集する「闇バイト」は違法性が幅広く認識され始め、取り締まりも強化されたが、ギグワークはホームページなどから仕事を請け負うため、警戒心が薄れると指摘する。小宮教授は「今後はギグワークが犯罪の温床になりかねない。サラリーマンや主婦などの中高年が犯罪の標的になる可能性があり、仕事を引き受ける前に、発注元の会社の情報を調べるなどの対策が必要だ」と注意を促している」と報じられています。

薬物に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 密売目的で大麻を所持していたとして、九州厚生局麻薬取締部と福岡県警が、元ホストらのグループを大麻取締法違反(営利目的所持)などの疑いで逮捕しています。報道によれば、元ホストの男らは、栽培者に送らせた大麻を自ら使って幻覚成分の度合いなどに応じて「格付け」し、格付けに基づいた値段で買い取って転売していたとみられています。3被告は今年1~2月、名古屋市内や金沢市内で、乾燥大麻や液体大麻を所持したなどとされますが、グループ内の連絡には送受信したメッセージが完全消去されるSNS「ウィッカー」や個人情報の登録が不要な通話アプリ「スカイフォン」を利用し、主にオランダのサーバーが経由されていたといいます。なお、オランダでは大麻は合法化されており、グループがオランダにいる人物を通じて、大麻種子のほか、栽培に使う器具を入手し、インターネットで販売していたとみられています。
  • 乾燥大麻1袋を所持したとして、神奈川県警川崎臨港署は、大麻取締法違反(共同所持)の疑いで、北九州市の高校2年の少年(18)を逮捕しています。報道によれば、配管工の少年(19)と共謀のうえ、昨年12月、川崎市内の駐車場で、停車させた普通自動車の中に、ビニールの小袋に入れた乾燥大麻1袋を隠し持っていたというもので、同署員が少年2人に職務質問した際、今回逮捕された少年が走って逃走、同署が行方を追っていたものです。共犯として同法違反の疑いですでに逮捕されていた横浜の少年とは友人同士だったといいます。正に、「大麻乱用者の実態」をそのまま当てはめたようなケースと感じます。未成年者の事例としては、自宅で大麻を所持したとして、大阪府警少年課と生野署が、大麻取締法違反(所持)容疑で、大阪府内の私立大1年生の男子学生(19)を現行犯逮捕したものもありました。報道によれば、府内の自宅の自室で、乾燥大麻を所持したというもので、男子学生の自宅と関係先からポリ袋に入った乾燥大麻計約70グラムが押収されています。府警は昨年11~12月に同法違反(所持)容疑で18~19歳の少年4人を逮捕していますが、この男子学生は少年らの知人とみられ、大麻の供給源だった可能性があるということです。また、この4人のうちの1人に路上で大麻を売り渡したとして、府警は、同法違反(譲り渡し)容疑で、無職の男=同法違反罪で起訴=を逮捕しています。
  • 陸上自衛隊弘前駐屯地は、大麻を複数回使ったとして、第39普通科連隊の男性隊員4人を懲戒免職にしています。報道によれば、25歳と27歳の3等陸曹と陸士長は2018年5月頃~21年8月頃、駐屯地内や同県藤崎町内で大麻を複数回使ったといいます。3人は顔見知りで、「見つからないと思った」と話しているといいます。防衛省による2021年9月の定期薬物検査で発覚したものです。また、別の陸士長は2021年7~9月頃に弘前市内で複数回使用し、同10月の臨時検査でわかったといいます(3人との交友関係はないようです)。自衛隊はこのように定期・不定期に薬物検査をしており、「見つからないと思った」というのはあまりにも残念です。さらに、宮城県警塩釜署は、乾燥大麻を所持したとして、大麻取締法違反(所持)容疑で、陸上自衛隊多賀城駐屯地の第22即応機動連隊陸士長と第119教育大隊3等陸曹を逮捕しています。報道によれば、利府町内のコンビニエンスストア駐車場で乾燥大麻を所持したというもので、職務質問で発覚、容疑者のリュックサック内と、もう1人の容疑者のトートバッグ内でそれぞれ見つかったということです。報道を収集していると、自衛隊員が薬物関係で摘発される事例が多いように感じます。極めて重要な任務を負っている以上、より一層の自覚を持ってほしいものです。
  • 前回の本コラム(暴排トピックス2022年3月号)でも取り上げましたが、生徒から没収した大麻を隠蔽したとして大阪府警に証拠隠滅と大麻取締法違反(所持)の疑いで書類送検された興国高校の副校長は、隠蔽した理由について「公表されれば学校の評判が下がると思った」と説明したそうです。同校は近年、毎年のようにJリーガーを輩出しているサッカーの強豪校であり、生徒たちの大麻吸引を隠すことで体面を守ろうとしたところ、裏目に出た形となりました。報道によれば、発端は、昨年夏、大阪府警が大麻を密売したとして、18歳の無職少年を逮捕、販売先を調べたところ、同校の複数の生徒たちが大麻を購入していた疑いがあることが分かったといい、府警は同10月上旬に学校を捜索し、学校側に「生徒が大麻を吸引しているところを見聞きしたら届け出るように」と伝えていたようです。その2日後、男子生徒が校内のトイレで吸引しているのを教諭が見つけ、大麻リキッド1本(約0.4グラム)を没収、当時生徒指導部長だった教諭の男の元に届けたものの、この教諭は副校長から「保管するように」と指示を受け、その後、生徒指導部長を外れる際に副校長に大麻リキッドを渡したというものです(なお、元副校長と生徒指導部長だった男性教諭について、大阪地検は、不起訴処分(起訴猶予)にしていますが、元副校長は送検後に退職したといいます)。
  • 名古屋地検は、覚せい剤を使用したなどとして、覚せい剤取締法違反(使用、所持)と医薬品医療機器法違反の罪で、人気アイドルグループの元メンバーを追起訴しています。報道によれば、古屋市中区のホテルで覚せい剤を使用し、同日に覚せい剤の所持容疑で逮捕された際、覚せい剤と指定薬物を含む液体を所持したというものです。地検は、名古屋市内のホテルで覚せい剤約0.16グラムを所持したとして、覚せい剤取締法違反(所持)の罪でも被告を起訴しています。芸能人の事例としては、福岡市内で大麻を所持したとして、大麻取締法違反罪に問われた和太鼓演奏集団「DRUMTAO」の元メンバーの判決公判が福岡地裁で開かれ、裁判官は懲役10月、執行猶予3年(求刑懲役10月)を言い渡したというものもありました。報道によれば、被告は2021年12月、福岡市内の路上に止めた乗用車内で大麻を所持するなどしたとされ、裁判官は「大麻の薬理作用を得るための犯行で動機に酌むべきものはない。常習としてなされており、悪質だ」と述べています。さらに、大阪市内の自宅で大麻を隠し持っていたとして、大麻取締法違反(所持)の疑いで書類送検されたヒップホップグループのボーカルについて、大阪地検は、不起訴処分(起訴猶予)にしています。報道によれば、地検は「諸般の事情を考慮し、今回に限り起訴を猶予した」としています。また、静岡県警は、自宅で大麻を所持したとして、大麻取締法違反(所持)の疑いで、プロゴルファーとその妻でダンスインストラクターを逮捕しています。報道によれば、自宅内で乾燥大麻若干量を所持したというもので、家宅捜索し、乾燥大麻が見つかったということです。なお、容疑者は、昨年1月、日本プロゴルフ協会に入会していたようです。
  • 国内に初めて薬物依存症患者のための回復施設「ダルク」を創設した近藤恒夫さん(80)が亡くなりました。報道によれば、自身も薬物依存を経験、「薬物依存者の敵は薬物ではなく孤独だ」と訴え、当事者同士が社会復帰を支え合う仕組みを築きました。2022年3月27日付産経新聞は、「覚せい剤犯罪の再犯率は6割を超える。再就職などの社会復帰が難しく、再び薬物に手を出してしまう悪循環を、近藤さんは当事者同士が支え合うことで断ち切ろうとした。昭和60年にダルクを設立。最初のうちは警察・司法関係者や地域社会の理解を得られなかったが、「刑罰ではなく治療」の重要性を訴え続けた。近藤さんが岩井さん(後継者)に伝えたのは、依存症という自分の病気を認め、他人の病気も受け入れること。そして苦しい時も、楽しい時も仲間と一緒にいることだ。…ともにダルクの活動を続けて30年。依存症から回復した人もいれば、自ら命を絶った人もいた。依存症の人が次の依存症の人を助ける―。ダルクの活動を近藤さんはこう例えたという。≪命のリレーをするんだよ≫「近藤さんの思いを伝え続け、守り抜いていきたい」。岩井さんは力強く語った」と報じています。

次に海外での薬物や依存症に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • イランの人権問題を担当する国連のラフマン特別報告者は、イランで「2021年に女性10人を含む少なくとも280人の死刑が執行された」と明らかにしています。報道によれば、国連人権理事会に宛てた報告書で言及、2021年の死刑総数のうち80件以上は麻薬に関するもので、2020年の25件から急増したということです。国内少数派の死刑も多く、クルド人50人以上に対して執行されたほか、有罪確定時の年齢は3人が18歳未満だったということです。
  • 中米ホンジュラスの最高裁判所は、2月に麻薬取引に関与した疑いなどで逮捕されたフアン・エルナンデス前大統領について、身柄を米国に引き渡す決定をしています。エルナンデス氏側はこれを不服として、最高裁大法廷に異議を申し立てる方針を示しています。本コラムでも取り上げたとおり、今年1月に大統領を退任したエルナンデス氏を巡っては、汚職疑惑を追及する米国の要請を受けて、2月に最高裁が逮捕状を出し、警察が首都テグシガルパの自宅で逮捕していたものです。2004年から22年にかけて、南米コロンビアやベネズエラから約500トンのコカインを密輸した取引に関与したほか、当局の捜査から麻薬組織を守る見返りに数百万ドルの賄賂を受け取った疑いなどがあるといいます(直近の状況としては、ホンジュラスの最高裁は、エルナンデス氏の米国への身柄引き渡しを決定したと報じられています)。
  • メキシコ中部ミチョアカン州アギリジャで、市役所から帰宅途中の市長が何者かに射殺されたと報じられています。麻薬カルテルの犯行とみられています。アギリジャ市はメキシコ最大の麻薬カルテルの一つである「ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン(CJNG)」の首領オセゲラ容疑者の出身地で、市ではCJNGの影響力が強まっており、2月から軍が出動して治安回復に乗り出していたということです。
  • 新型コロナウイルス禍が始まった2020年に米国でアルコール関連死が急増したことがわかったと報じられています(2022年3月24日付日本経済新聞)。2020年は2019年比26%増の99,017人となったといい、コロナ禍でストレスや不安が高まったほか、治療の継続が困難になった人が増えたためとみられています。さらに、アルコール関連死はすべての年齢層で増加しているといい、特に35~44歳が40%増、25~34歳は37%増と大幅に増えたようです(1999年から2017年までのアルコール関連死は年平均2%増)。そして、2020年の全死者数のうちアルコール関連死は3%を占めているといい、米国立アルコール乱用・依存症研究所の研究者らは、アルコール関連死の増加は「パンデミックの隠れた犠牲を反映している」と指摘しています。さらに、米紙NYTはこの調査結果に関連し、65歳未満の成人ではアルコール関連死(74,408人)が新型コロナによる死者数(74,075人)を上回ったとも報じています。米心理学会によれば、コロナ禍は現在も米国人の主要なストレス要因となっており、今年3月上旬に実施した調査では58%がコロナ禍は日々のストレス要因と回答、「新たな変異型ウイルスの出現でパンデミックがいずれ終わるとの希望はなくなった」との回答は66%だったといいます。
(4)テロリスクを巡る動向

イスラエルの商都テルアビブ近郊で3月29日夜、パレスチナ人(アラブ人)によるテロ事件があり、5人が殺害されました。これで、イスラエルでは過去8日間でアラブ人が3件のテロを起こし、市民ら11人が死亡しました。3月22日には南部ベルシェバで、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)に感化されたとされる男が車や刃物で市民を襲撃し、4人が死亡、3月27日には北部ハデラでアラブ系イスラエル人2人が銃を乱射して2人が死亡し、ISがイスラエル国内の事件としては異例の犯行声明を出したところでした。イスラム教徒の宗教心が高まる断食月(ラマダン)を控える中、緊張が高まっていると報じられています。2021年はラマダンの最中にイスラエルの多数派であるユダヤ人とアラブ人の衝突が頻発し、イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区を支配するイスラム組織ハマスとの戦闘につながりました。イスラエルのベネット首相は、「我が国はアラブ人によるテロの波に直面している」とする声明を出し、テロ警戒を強化する意向を示しています。とりわけ、ラマダン明けにはテロが発生する確率が高いとされ、注意が必要な状況であり、外務省海外安全HPでも注意喚起がなされています。テロへの備えとあわせ、あらためて紹介します。

▼外務省 ラマダン期間中の海外渡航・滞在に関する注意喚起
  • ポイント
    • 4月1日(金)頃から5月3日(火)頃は、イスラム教のラマダン月及びラマダン明けの祭り(イード)に当たります。
    • 大規模行事はテロ等の標的となりやすいことに留意し、外務省海外安全ホームページや報道等により最新情報の入手に努めつつ、安全確保に十分注意を払ってください。情報収集には「たびレジ」もご活用ください。
  • 内容
    1. 4月1日(金)頃から4月30日(土)頃(※)は、イスラム教徒が日の出から日没まで断食を行うラマダン月に当たります。例年、ラマダン終了後には約3日間(今年は5月1日(日)頃から5月3日(火)頃)、イードと呼ばれるラマダン明けの祭りが行われます。ラマダン月の期間は、目視による月齢観測に依拠するため、上記日程は直前に変更されることがあります。
    2. 大規模行事はテロ等の標的となりやすいことから、上記期間中やその前後に海外に渡航・滞在される方は十分注意してください。特に、イラク・レバントのイスラム国(ISIL)等が、過去、ラマダン月の期間にテロを呼び掛ける声明を発出していたことに留意する必要があります。
    3. 以上を踏まえ、以下の安全対策をとるよう心掛けてください。
      1. 外務省海外安全ホームページや報道等を通じて最新の関連情報の入手に努める。
      2. 特に、金曜日に注意する。金曜日はイスラム教徒の集団礼拝日であり、その際、モスク等宗教施設や群衆を狙ったテロや襲撃が行われることがある。本年のラマダン月及びイードについては、4月1日、8日、15日、22日、29日が金曜日に当たる。
      3. 以下の場所がテロの標的となりやすいことを十分認識し、できるだけ近寄らないようにする。
        • 観光施設やその周辺、イベント会場、レストラン、ホテル、ショッピングモール、スーパーマーケット、ナイトクラブ、映画館、公共交通機関等人が多く集まる施設、教会、モスク、シナゴーグ等の宗教関係施設、政府関連施設(特に軍、警察、治安関係施設)等。
      4. やむなく上記(3)の場所を訪れる場合は、あらかじめ非常口等の避難経路を確認しておく、周囲の状況に注意を払う、不審な人物や状況を察知したら速やかにその場を離れる、できるだけ滞在期間を短くするなどの対策に加え、その場の状況に応じた安全確保に十分注意を払う。
      5. 有事の際には、現地当局の指示があればそれに従う。特に、テロに遭遇してしまった場合には、警察官等の指示をよく聞き、冷静に行動するように努める。
      6. その他以下の一般的な留意事項にも留意する。
        • 車両突入型テロに関して
          • ガードレールや街灯などの遮へい物がない歩道などでは危険が増すことを認識する。
          • 普段から歩道を歩く際はできるだけ建物側を歩く。
        • 爆弾、銃器を用いたテロに関して
          • 爆発、銃撃の音を聞いたら、その場に伏せるなど直ちに低い姿勢をとり、頑丈なものの陰に隠れる。
          • 周囲を確認し、可能であれば、銃撃音等から離れるよう、速やかに、低い姿勢を保ちつつ安全なところに退避する。閉鎖空間の場合、出入口に殺到すると将棋倒しなどの二次的な被害に遭うこともあり、注意が必要。
          • 爆発は複数回発生する可能性があるため、爆発後に様子を見に行かない。
        • 刃物を用いたテロに関して
          • 犯人との距離を取る。周囲にある物を使って攻撃から身を守る。
        • イベント会場、空港等の屋内でのテロに関して
          • 不測の事態の発生を念頭に、出入口や非常口、避難の際の経路等についてあらかじめ入念に確認する。
          • 会場への出入りについて、混雑のピークを外し、人混みを避ける。
          • セキュリティが確保されていない会場の外側や出入口付近は危険であり、こうした場所での人混みや行列は避けるようにする。空港等では、人の立入りが容易な受付カウンター付近に不必要に近寄ったり長居したりすることはせず、セキュリティ・ゲートを速やかに通過する。
          • 負傷などの二次被害を防ぐため、周囲がパニック状態になっても冷静さを保つように努める。
    4. 海外渡航の際には、万一に備え、家族、友人、職場等に、日程や渡航先での連絡先を伝えておくようにしてください。3か月以上滞在される方は、現地在外公館が緊急時の連絡先を確認できるよう、必ず在留届を提出してください。3か月未満の旅行や出張などの際には、渡航先の最新の安全情報や、緊急時の現地在外公館からの連絡を受け取ることができるよう、外務省海外旅行登録「たびレジ」に登録してください。
    5. なお、テロ・誘拐対策に関しては、以下も併せて御参照ください。
      1. パンフレット「海外へ進出する日本人・企業のための爆弾テロ対策Q&A
      2. パンフレット「海外旅行のテロ・誘拐対策」
      3. ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル

ウクライナ情勢が緊迫しているために、アフガン情勢についての報道がかなり減っていますが、国連によると、2021年8月にアフガニスタンでイスラム主義組織タリバンが実権を掌握して以降、民間人397人が殺害され、このうち80%以上がタリバンと敵対するIS支部「ホラサン州」(ISIS─K)の攻撃による殺害だと報じられています。2022年3月8日付ロイターによれば、今回公表されたのは、タリバンの実権掌握後初めての大規模な人権報告書で、タリバンの実権掌握により、西側では女性や記者などの人権後退が懸念されています。報告では2021年8月から2022年2月末まで期間を調査、ISIS-Kに関連しているとみられる民間人の死者は50人以上に上り、一部は拷問を受けるなどしていたといいます。バチェレ国連人権高等弁務官は、「多くのアフガニスタン人にとって、人権が深く懸念される事態だ」と述べています。そのアフガンでは、イスラム主義組織タリバン暫定政権が、独自の極端なイスラム法解釈に基づく女性への抑圧を強めている状況にあります。最近も、制服のデザインがイスラム教やアフガンの文化に沿わないことを理由に挙げ、女子中等教育が再開当日に再び禁止されました(タリバンは男女の小学生と男子中高生の通学を認める一方、女子中高生には「安全策が未整備」として事実上の自宅待機を命令していました)。アフガンは2021年8月以降、国際援助が減り、医療崩壊や食料不足が深刻化、失業者の増加や現金不足、物価上昇などが連鎖し、一部ではタリバンに抗議するデモや爆発も起きていほか、タリバンと対立するISIS-Kによる襲撃事件も散発的に発生、女子校も標的にされてきたことから、女子生徒の通学再開が認められたとしても、安全に通学を続けられるかは不透明な状況のようです。さらには、女性のみで飛行機に乗ることを禁じ、公園の利用日も男性と分けるよう命じています。報道によれば、アフガンでは、旧タリバン政権時に極端なイスラム法解釈を強制し「道徳警察」として知られた勧善懲悪省が2021年8月のタリバンによる権力掌握に伴い復活、勧善懲悪省報道官は、規制の事実を否定しているものの、現場には通達が出回っているのが実態です。タリバンは政権掌握後、「イスラム法に反しない範囲」で女性の人権を認めると繰り返し主張、国際社会の視線を意識した発言と受け止められていましたが、政権の国際承認が進まない状況に業を煮やし、規制を強めている可能性が指摘されています。なお、米国務省のポーター副報道官は、暫定政権が中等教育の女子通学の再開を延期したことに抗議し、中東カタールの首都ドーハで予定されていた暫定政権との会合を取りやめたと発表しています。米政府はアフガンへの人道支援などをめぐり、暫定政権と対話を続けていますが、ポーター氏は女子通学の再開延期決定が双方の関係を見直す「転換点」になると警告し、再開させる公約を守るよう促しています。一方、アフガンで英BBC放送のニュース番組の放送が禁じられたとも報じられています(理由は不明)。また、米政府系メディア、ボイス・オブ・アメリカ(VOA)の放送も停止され、暫定政権側は「(内容が)文化、政治的に政府方針と相反する」としています。暫定政権は「イスラム法と国益保護の範囲内で報道の自由を支持する」との方針ですが、アフガンでは暫定政府に批判的な報道関係者の拘束が相次ぎ、自己検閲を強いられているとの指摘もあり、海外メディアの報道制限は、さらに国際的な非難を呼びそうです

ISは、新たな指導者に「アブハッサン・ハシミ」という名前の男が就任したとの声明を出しています。経歴などの詳細は不明で、米軍による暗殺を強く警戒しているとみられます。報道によれば、声明は、インターネット上に音声で発表され、新指導者は、イスラム共同体の「カリフ」(預言者ムハンマドの後継者)にも就いたとして、組織への忠誠と異教徒や西側諸国に対する闘争を呼びかけています。ISの指導者は、2014年の「建国」宣言以来、3人目で、声明では、前指導者アブイブラヒム・ハシミ・クラシ容疑者の死亡を初めて認めています(米国は今年2月、シリア北西部に潜むクラシ容疑者を殺害したと発表しましたが、ISは沈黙したままでした)。本コラムでもたびたび取り上げてきたとおり、ISは現在もシリアやイラクで潜伏し、勢力再興の機会をうかがっているとされます。ISは2014年、当時の最高指導者バグダディ容疑者が「カリフ国家樹立」を宣言、バグダディ容疑者の下で一時、シリアとイラクにまたがる広範な地域を版図とする疑似国家を構築しました。しかし、米国やクルド人勢力などの軍事作戦で衰退し、2019年にシリア東部の最後の拠点を失いました。バグダディ容疑者は同年、シリア北西部で米軍が実施した急襲作戦の際に自爆し死亡しています。関連して、サウジアラビア内務省は、殺人などの罪で死刑判決を受けた81人を処刑したと発表、ISや国際テロ組織アルカーイダ、イエメンの親イラン武装勢力フーシ派への参加者を含むとしています(同国で1日に処刑された人数としては、近年で最多とみられています)。報道によれば、処刑されたのは、治安当局者の殺害や警察署の襲撃を試みるなどしたとして有罪となったサウジ人のほか、イエメン人7人、シリア人1人で、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、サウジでは2020年に27件の死刑執行が確認され、中国やイラン、エジプトなどに続く世界有数の多さだといいます。

ISと敵対してきた傭兵や志願兵、さらには軍事会社の動向がウクライナ情勢であらためて注目されています。ロシアのショイグ国防相はで、「志願兵」としてウクライナ東部に行くことを希望する外国人が16,000人以上いることを明らかにし、彼らがボランティアだとし、「大半が中東からで、ISと戦った兵士も多い」と話しています。一方、ロシアの侵攻を受けたウクライナに、世界各国から外国人の「志願兵」が駆けつけています。ウクライナ政府によると、希望者は2万人を超え、すでに実戦にも派遣しているということです。ロシア軍との兵力差を埋める貴重な存在であるものの、ロシア側も中東から集まった戦闘員を派遣する考えで、戦闘がさらに激しくなる恐れが懸念されています。報道によれば、ウクライナ側の中心となるのは世界各地で平和維持活動などに参加した経験豊かな兵士だといい、すでにキエフなど最前線にも派遣され、成果を上げているといいます。また、英タイムズは、ロシアの軍事会社「ワグネル」の400人が、ゼレンスキー氏暗殺のため、キエフに派遣されたとの報道もありました。ワグネルはプーチン政権に近く、ウクライナ東部やリビア、シリアなど主にロシア政府が紛争への関与を否定する地域で、ロシアの意向に沿う形で活動しているとされます(もっとも、民間人殺害への関与も指摘されています)。また、英国防省は、「ワグネル」の雇い兵がウクライナ東部に展開していると発表、ロシアは作戦の重心を東部に移す方針を表明しており、戦力強化のため正規軍とは別に投入されたとみています(ロシアの雇い兵がウクライナで確認されたのは初めてとみられます)。英国防省は、ロシアが「重大な損害と侵攻の停滞」を受け、アフリカなどで活動するワグネルの雇い兵を投入せざるを得なかった模様だと分析、幹部を含む1,000人以上が投入される見込みとしています。その「ワグネル」については、フランス外務省が、西アフリカのマリで、マリ軍と「ワグネル」の合同作戦により多数の市民が死亡した情報があるとし、重大な懸念を表明しています。ワグネルが活動を本格化させた今年1月以降、人権侵害行為が横行しているとして、マリで平和維持活動を続ける国連主導の調査を求めています。マリ政府は3月下旬に中部で行ったイスラム過激派に対する掃討作戦で戦闘員203人を殺害したと発表しましたが、仏メディアなどは直後から、死者には相当数の民間人が含まれている可能性を報道しています。過激派が主要民族と結びついて土着化し、戦闘員と民間人の区別が困難とも指摘されているところです。クーデターで親仏政権が倒れたマリでは、新たな軍事政権が親ロシアの立場を取り、プーチン政権に近いワグネルが治安対策名目で活動しているとされます。報道によれば、マリ軍関係者に対して拷問など違法な尋問の方法を教えているとの疑惑もあるほか、親ロシア政権を支援するために派遣された中央アフリカでも人権侵害を非難され、ロシア軍が侵攻中のウクライナ東部でも活動していると英国防省が確認しています。

(5)犯罪インフラを巡る動向

2022年4月8日付日本経済新聞の記事「詐欺の技術、SNSで売買 中国から日本を標的か」は、このような犯罪ネットワークが構築されていたこと、そのネットワークの摘発につなげることが困難であることなど、かなり驚かされました。以下、抜粋して引用します。

偽サイトなどで個人情報を盗む「フィッシング詐欺」の深刻化が止まらない。2021年は確認件数が52万件と最多になり、標的となるクレジットカードの不正利用被害も過去最悪を更新した。背景に、日本人の個人情報から詐欺の技術までを手軽な金額で売買している中国語のSNSがある。…ネットバンキングの偽サイトを作る方法、不正の発覚の逃れ方―。テレグラムではこうしたフィッシングに関わるチャットが乱立している。調査するKesagataMe氏(ハンドルネーム)によると、100以上の中国語のチャットグループが確認でき「手軽に情報や盗む技術を入手できるマーケットが形成されている」。通常、チャット内に金額の記載はない。セキュリティ事業を手がけるマクニカの協力を得てチャット管理者のひとりに聞くと、フィッシングに使うSMS(ショートメッセージサービス)を不特定多数に送る技術は「24時間あたり50元(約970円)で提供する」と中国語で回答があった。偽サイトを作るためのソースコード(プログラム)は「1000元(約2万円)」程度とみられる。匿名性の高い闇サイト群「ダークウェブ」などと異なり、誰でも参加できるSNSで、手軽な金額で技術や知識が手に入る。閲覧者が3万人規模のグループもあり、ターゲットの日本人のクレジットカードや銀行口座の情報が飛び交う。…なぜ日本が狙われるのか。捜査関係者は発信元などから中国を拠点とする犯罪グループが関与しているとみる。「日本は地理的に近く、盗んだ情報で不正に買い物をする場合、受け取り役も募集しやすい」という。…中国語のSNSでは、盗んだ情報をもとにネットで不正購入された商品を受け取り、転送する「受け子」の名前や住所もやり取りされている。…「更新頻度が高く、日本国内に受け取り役を準備するブローカーや換金を担う業者がいる可能性が高い」と分析する。…犯罪グループはこうして集めた受け子をリスト化し共有しているとみられる。こうした犯罪は指示役などグループの上位者が特定されることはほとんどない。捜査関係者は「指示役や換金役、受け子など犯罪組織は何層にも折り重なる複雑な構造で、全容解明は至難の業だ」と漏らす。犯罪の分業化が進み、捜査が追いついていない。

3月26日に地方銀行8行とローソン銀行でシステム障害が発生しました。ATMが使えなくなりキャッシュカードが取り込まれるトラブルは2021年2月のみずほ銀行でのシステム障害を想起させるものでしたが、最大の違いは銀行側のミスではない点にあります。2022年4月4日付日本経済新聞でも指摘していますが、正にシステムの共同利用に伴う「もらい事故」のリスクをあらためて浮き彫りにしたといえます。8地銀は日本IBMが開発した共同システム「Chance地銀共同化システム」を利用していました。銀行システムは落ちた電源を入れ直せばすぐ再開できるほど単純ではなく、日本IBMのデータセンターでは過去にも複数回にわたり、同様のトラブルが起きており、地銀にとってみればもらい事故にも映るが、直接、利用者と向き合っているのはあくまで地銀となります。報道で、ある金融庁幹部が「クラウドサービスを含めて共通のプラットフォームを使う流れは不可逆的で、トラブルが起きないことを前提にするのはナンセンス。むしろ起きたときのレジリエンス(復元力)を強くする方が重要だ」と話していますが、正にそうした発想でリスク管理を行うことが求められているといえます。また、金融庁の氷見野良三前長官は「ゼロ許容度や減点主義の発想での懲罰を繰り返すと、デジタルトランスフォーメーション(DX)に不可欠な『トライアル&エラー』の文化の形成にはマイナスになりかねない」と指摘していますが、こちらも十分認識しておくべきものといえます。社会全体の意識改革も必要ということも含めて、あらためて考えさせられます。

犯罪インフラとは異なりますが、情報通信研究機構(NICT)は三菱UFJ銀行など5行と連携し、不正送金を検知できるかなどを確かめる実証実験を実施、各行が不正送金の取引データを学ばせた人工知能(AI)を暗号化して持ち寄り、新たなAIを作ると、単独で不正送金を防ぐAIを開発するよりも検知の精度が上がったということです。各行が採用する現在の不正送金検知システムにAIを組み込んでもらうことで、2023年度の実用化を目指すとしています。2022年4月6日付日本経済新聞によれば、最初に各行が実際に被害のあった過去の不正送金と通常の送金データをAIに学ばせ、不正送金を未然に検知できるようにし、このAIを持ち寄り、各行のデータをすべて反映したAIを作り直したところ、1日に600件の警告を出す場合は82.7%の不正送金を検知、単独でAIを開発した場合の78.7%を上回ったということです。警察庁によると、2021年の振り込め詐欺などの特殊詐欺による全国の被害額は278億円に達しますが、現状の不正送金の検知システムは検知率が5割以下とみられており、精度が課題となっています。また、1回の被害額の平均は約200万円であることから、1日あたりの検知を数件増やすだけでも、被害の軽減に貢献できることになります。さらに、機密情報となる顧客の入出金の取引データを活用できたのは、中身は他行に見られないようにしつつ、間接的に共用する技術をNICTが確立したからだといいます。各行はデータを直接渡すのではなく、それを学んだAIを共有するだけでよく、共有したAIは暗号化したままで復元しないため、AIから取引データを割り出されることもないというメリットを最大限に活かす取り組みが期待されます。

県内の飲食店経営者らが知らない間に裁判を起こされて敗訴し、預金を差し押さえられた事件で、有印私文書偽造・同行使などの罪に問われた名古屋市の被告に対し、大分地裁は、懲役4年6月(求刑・懲役5年)の判決を言い渡しています。報道によれば、被告は県内の飲食店経営者ら2人に対し、大分地裁が出した差し押さえ命令の受領書を知られないように偽造、国の持続化給付金などをだまし取る5件の詐欺事件も起こし、計約685万円を詐取したとされます。裁判長は「私欲のために裁判手続きを悪用し、卑劣」と指摘しています。手続きの悪用が指弾されていますが、裏を返せば、その脆弱性が「犯罪インフラ」化したということでもあります。

これも犯罪インフラではありませんが、「摘発インフラ」の話となります。「大阪名物」と皮肉られるひったくりの発生件数が激減しているといいます。年間1万件を超えていたピーク時の1%未満まで減り、2021年は過去最少を更新しています。犯人の検挙と事件の抑止に威力を発揮しているのが、街のあちこちで見かけるようになった防犯カメラだとする記事が大変興味深いものでした(2022年3月26日付毎日新聞)。ひったくり事件の犯行時間は一瞬のため、被害者の記憶があいまいなことが少なくなく、現場や容疑者の足取りを捉えた防犯カメラ映像を入手できれば、捜査は大きく前進することになります。かつては近隣で目撃者を捜す「地取り捜査」が中心であったところ、カメラの普及で捜査手法は様変わりしたといいます。捜査員はモニター画面で事件前後の状況を何度も再生し、ヘルメット姿の容疑者や手口の特徴を目に焼き付けていき、映像の録画時刻と、実際の時間にずれがないかの確認、正確な発生時間を把握できれば、周辺の防犯カメラ映像の確認時刻も絞られ、映像をたどって容疑者の動きを追う「リレー捜査」につながっていくというものです。大阪府内の全自治体が設置した防犯カメラ総数は36,019台(2020年度時点)で、記録が残る約10年前の3倍に急増、ひったくり件数は年々減少しており、大阪府警は抑止効果が出ているとみています。さらに。ひったくり専門の分析捜査員の配置など、捜査態勢の強化も図っています。一方で、金銭目当ての犯罪がひったくりから特殊詐欺に移っているとの指摘もあり、全国の特殊詐欺の件数は2013年から9年連続で1万件を超え、大阪府内でも高止まりしています。報道の中である府警幹部が「キャッシュレス時代が到来し、かばんの中に現金がない可能性もある。ひったくりで危険を冒さなくなったのではないか」と話していますが、その可能性は高いように思われます。

コロナ禍の巣ごもり需要が偽ブランド品にも向かっており、税関はインターネット通販で海外から入ってくる怪しい荷物を水際で止めるが、マンパワーに限界があるうえ、日本の法律では偽ブランド品を買っても「個人使用目的」であれば違法ではなく、これを隠れみのに小遣い稼ぎをする「転売ヤー」も増えているといいます。正に、ブランドを守る法制の不備が「犯罪インフラ化」しており、不正品が流通していてもそれを自動削除してくれない個人間売買のプラットフォームの犯罪インフラ化などとあいまって「転売ヤー」が幅を利かせるようになっています。報道によれば、並行輸入業者などでつくる日本流通自主管理協会の事務局長は「プロがみれば価格も品質も明らかに偽物。コロナ禍で経済的に困窮して安易な転売に手を染めているのではないか」と懸念しているといいます。さらに、メーカーの知財部でつくる日本知的財産協会の模倣品対策担当者は「正規品ではあり得ない安値で出品されていても、ほとんどの個人間売買アプリやサイトは価格を鑑定基準にした自動削除はしてくれない。こちらから削除依頼をしているが、最近は価格だけでは正規品と判別できないケースも増えている」と注意喚起しています。

特殊詐欺の被害者からだまし取った電子マネーを売買サイトで換金したとして、警視庁捜査2課は、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益仮装)の疑いで、職業不詳の容疑者ら男3人を逮捕しています。2021年6月~2022年1月、電子マネーの売買サイトで換金した金額は2,000万円以上に上ってたといいます。逮捕容疑は氏名不詳者らと共謀して、NTTの担当者をかたり、インターネット利用料の未払い金があるとして神奈川県の60代女性からだまし取った30万円分の電子マネーを売買サイト「amaten」で約25万円に換金したというもので、他に男女4人が、NTTをかたる同様の手法で電子マネー計135万円分を詐取されたと申告しており、関連を調べています。

アプリなどの利用登録に必要な本人確認手続き「SMS認証」を巡り、データ通信のみ可能な「データSIM」を悪用する手口が横行しているといいます。契約時の身元確認が厳密でないのを逆手にSIMを大量取得して複数のアカウントを作成し、特典を不正利用するなどの手口で、本コラムでは以前からその危険性を指摘してきました。1人がいくつもの電話番号を持つことは考えづらいとして、本人認証の主流な方法となってきたもので、SMS機能付きのデータSIMカードを大量に保有して複数の電話番号を持てば悪用が可能な「抜け道」があることから、近年表面化して摘発される事件が後を絶たない状況です。理由として挙げられるのは2005年制定の携帯電話不正利用防止法で、大量に調達された携帯電話によって頻発した特殊詐欺事件を受けてつくられた同法は、携帯購入時に身分証などによる本人確認を義務づけたものの、通話機能のないデータSIMには、同法における「携帯音声通信役務」に当たらないとして確認義務が課されていません。2022年3月31日付日本経済新聞において、総務省担当者は「データ通信限定SIMの登場を当時は想定していなかったのでは」とし、警察幹部は「本人確認が不要であれば単独で大量のSIMを契約しやすいため、悪用されている面がある。法律が変わらない限り要請という手段しか取れない」と述べています。当該記事で専門家は本人確認について「個人情報の厳格な管理など事業者の負担が大きく、行政機関の要請だけでは限界がある」と指摘、「契約時の身分確認を促すための費用補助などの促進策を講じ、それでも応じない場合は将来的に確認を義務づける法改正も視野に入れるべきでは」と述べていますが、厳格な顧客管理に向けて法改正や実務を高度化するしか方法はなく、その解決のために何ができるか(すべきか)を、行政機関、事業者、消費者がそれぞれ考えていく必要があるといえます。

ウクライナに侵攻したロシアに対する経済制裁の抜け穴とされる暗号資産への規制強化で、G7が対応に苦慮しています。代表的な暗号資産である「ビットコイン」にも使用されている技術の「P2P(ピアツーピア)」は匿名性の高さが特徴で、個人間取引には十分な規制がかけられないためです。制裁対象のロシアのオリガルヒが手元資金を暗号資産に換え、制裁不参加の国や地域で資産を購入しているとの情報もあり、制裁の実効性を高める追加策を打ち出せるかが問われています(正に、P2Pの犯罪インフラ化)。「オリガルヒがアラブ首長国連邦(UAE)で暗号資産を使って、不動産を買いあさっている」と、ロシアのウクライナ侵攻に伴いG7などによる経済制裁が強化される中、日米欧の金融当局者の間でオリガルヒの制裁逃れに関する情報が駆けめぐったといいます。航空機を追跡する民間ネットワーク「フライトレーダー24」のデータでも経済制裁が強化された2月末以降、ロシアからUAEに向かう複数のプライベートジェットの存在が確認されているといいます。

スマートフォンの電話番号を利用した本人確認のための手続き「SMS認証」を代行し、フリマアプリなどで使うアカウントを他人に不正に取得させたとして、京都府警は、相模原市の男子高校生(16)を私電磁的記録不正作出・同供用容疑で書類送検しています。アカウントを取得した京都府長岡京市の男ら3人(16~25歳)についても同容疑で書類送検しています。SMS認証は、スマホの電話番号にSMSで届く「認証コード」を入力して本人確認を行うもので、「2段階認証」と呼ばれますが、捜査関係者によると、男子高校生は2021年4月、スマホのゲーム動画配信アプリを通じて不正に入手した他人の電話番号と認証コードを3人に提供し、フリマアプリなどのアカウントを作成させた疑いがもたれており、3人は自身のアカウントが停止されるなどして、新しいアカウントが必要だったといいます。

スマホアプリを使ってネット銀行に不正にアクセスし、ATMから現金を引き出したとして、埼玉県警は、中国籍の無職の容疑者を窃盗(払い出し盗)の疑いで逮捕していますた。容疑者は2021年11月、仲間と共謀し、スマホアプリに千葉県の30代男性のIDとパスワードを入力、埼玉県内のコンビニエンスストア内のATMから、現金50万円を5回に分けて引き出した疑いがあるというものです。50万円は東京都の60代男性の口座から、この男性の口座に不正に移されていたといいます。ATMから現金を引き出すには通常キャッシュカードが必要であるところ、ネット銀行の口座を開き、キャッシュカード機能付きのスマホアプリとひもづければ、スマホのみで現金を引き出せ、県警は、容疑者らが偽サイトに男性らを誘導して、個人情報を入手したとみて調べています。

静岡大学の大木哲史准教授と大学生の佐藤佑哉氏らは顔をカメラに向けて本人確認する顔認証で、暗い条件では黒人の認証精度が白人よりも低下しやすいことを明らかにしています。白人と黒人の精度の差が、暗い条件では最大2.1倍になったということです。顔認証システムは白人以外の人物を誤認識しやすい人種的なバイアスが問題視されたことがありますが、成果は公平でより精度の高いシステム開発に役立てるということです。実際、2018年に米企業の顔認証システムで、黒人の認証精度が白人よりも低いことが明らかになり、顔認証の人工知能(AI)に学ばせるデータに、白人以外のデータが少ないことなどが要因だったため、データに使う顔画像の数を人種ごとに同じにすると、認証精度の差が小さくなるとの報告も出ているものの、ただ学ばせるデータの数を人種ごとに同じにしても、精度は同じにはならず、大木准教授は「顔認証はいろいろな場所で使う。理想的な環境のデータを集めるだけでは不十分だ」と指摘、「様々な環境要因を含めたデータを集め、信頼性の高い顔認証システムを作ることが必要だ」と話しています。

ドローンの武器化・犯罪インフラ化の危険性については、本コラムでも以前から指摘していますが、ウクライナ軍が、各国から供与された最新鋭の対戦車ミサイルと軍用無人機(ドローン)を駆使し、奇襲攻撃でロシア軍を苦しめていると報じられています。特に都市部周辺で効果を発揮しており、露軍が首都キーウ(キエフ)など主要都市攻略に難航する一因とも指摘されています。要因は、兵力で劣るウクライナ軍の巧みな戦術にあり、身を隠す場所が多い都市部周辺で待ち伏せし、ロシア軍戦車部隊の位置を小型の偵察ドローンで把握、米国製「ジャベリン」や英国が供与した「NLAW(エヌロウ)」など対戦車ミサイルを携帯した歩兵が接近して発射、装甲が薄い戦車の上部を自動で狙う性能があり、大きな戦果を上げているほか、都市部から離れて待機する部隊には、トルコ製ドローン「TB2」で攻撃しており、低空を静かに飛行でき、最大24時間の滞空性能があるとされ、アゼルバイジャンやエチオピアの紛争でも高い攻撃能力が確認されているといいます。米政策研究機関「戦争研究所」によると、ロシア軍は奇襲対策として対人地雷を使用しているが、効果は薄いとみられています。

日本国内で開設されたツイッターなどの複数のアカウントが、親ロシアへの世論形成に利用されている疑いがあることが分かったということです。情報セキュリティ会社の調査で判明したもので、アカウント数は少なくとも20に上るといい、ウクライナ侵攻前から長期にわたってアカウントが育成されていたとみられるといいます。デマや陰謀論などの情報戦が世界中で激化するなか、日本国内でも親ロシア勢力の拡大が企てられている可能性があるということです。

ウクライナ侵攻開始後に情報統制のためフェイスブックなど米欧系のSNSが相次ぎ遮断されたロシアで、米欧発ニュースが発信されているロシア発祥の対話アプリ「テレグラム」が急成長を遂げています。創業者はプーチン政権との対立も辞さない姿勢を示しているほか、ロシア政府に不利になるコンテンツもあるものの、ロシア政府自身が情報発信に使っているほか、技術的に遮断が困難なことが背景にあり、利用者は急増しているといいます。テレグラムにはロシア語ニュースや政治、論説など多種多様なチャンネルが開設され、ウクライナのゼレンスキー大統領の米議会演説や露軍が民間人の住居を爆撃した画像、露政府系テレビの社員がニュース番組の生放送中に反戦を訴えた動画なども閲覧でき、独立系ジャーナリスト、イリヤ・バルラモフ氏がロシア語で運営するチャンネルの登録者は2月24日の侵攻開始後5倍増の130万人近くに達しています。露通信規制当局がフェイスブックやツイッターなど他のSNSへの接続を遮断したのを受け、利用者のテレグラムへの乗り換えが進み、数日で100万人超の新規登録者を獲得したチャンネルもあるといいます。テレグラムは、通信内容を暗号化して送るため匿名性が高く、コンテンツに規制をかけない姿勢で知られており、こうした匿名性と自由を重んじる姿勢は、憎悪や暴力を助長したり、テロ組織のやりとりに使われたりする危険性があると指摘されて、「犯罪インフラ」の代表格となっていましたが、いまや「社会インフラ」としての存在感を見せており、「犯罪インフラ」は、そのものの有する性質というより、どう活用するか(されるか)によって、見え方が変わるものだと痛感させられます。同様に、ロシアのウクライナへの軍事侵攻を受け、両国の市民の間でインターネット通信の匿名性を高めるソフトウエアの需要が急増しています。既存の閲覧ソフトやSNS経由では反ロシアの主張を含んだ情報を得られなくなったためで、ネット統制への反発がプライバシー技術の普及を促し、個人データの活用で成長してきたSNSなどの競争環境にも影響を与える可能性がありそうです。米ツイッターは、ロシア政府が同社の通信を遮断したことへの対抗措置として「ダークウェブ」と呼ばれる闇サイト群に自社ページを立ち上げました。ダークウェブの閲覧に用いるソフト「Tor(トーア)」は利用者のネット上の身元を伏せることができ、規制をかいくぐりながらツイッターを使うことができるもので、闇サイトは犯罪に使われることが多いところ、情報統制下で異例の対応をとっています。トーアは米国の非営利団体が運営する無償ソフトで、世界中の複数のサーバーを中継点にすることで利用者のIPアドレスを匿名化するもので、ネット上の監視から市民を守る目的で開発されたものの、近年は闇サイト上で活動する犯罪集団による利用が増えていたところであり、ロシアが西側のメディアやSNSのネット発信を規制した結果、本来の用途に注目が集まる形となりました。なお、国家によるネット統制はロシアにとどまらず、人権団体「アクセスナウ」が2021年6月に発表した調査によると、1~5月に世界で少なくとも50回のネット通信の遮断があったといい、ミャンマー、エチオピアなどが含まれます。また、中国も「グレートファイアウオール」という国全体を包囲する大規模な検閲システムを構築しています。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻で、騰訊控股(テンセント)や新浪微博、北京字節跳動科技(バイトダンス)など中国の民間IT大手がロシア当局による偽情報の拡散に果たしている役割が明らかになってきており、これらの企業の株式を保有する海外投資家にとってはコンプライアンス上の難題になりそうです。各社が運営するインターネット上のSNSは、ロシアのプーチン大統領による侵攻を支持するコンテンツの発信を助長する一方、ウクライナ政府寄りの投稿を削除しています。国際的な投資ファンドの多くが企業としての社会的責任を重視し、侵攻に反対する声を上げていますが、そうした方針と矛盾する可能性があります。一方、ロシアのウクライナ侵攻で激化する戦闘で、ウクライナ国民など反ロシア側の市民がSNSを活用してウクライナ軍を支援していることも明らかとなっています。ロシア軍の戦車や部隊の位置をウクライナ軍に伝えたり、SNS上に暴露したりしてロシア軍の侵攻を妨げる試みで、「SNSレジスタンス」とも呼べる新しいかたちの市民の参戦ですが、大量の情報の処理や偽情報への対応が課題となります。2022年3月14日付日本経済新聞で、米シンクタンク、ランド研究所のウィリアムズ上級国際防衛政策研究員は「市民の投稿は相手部隊の装備の種類や活動場所の特定などに貢献し、軍事資源が限られるウクライナ軍の敏しょう性につながる」と話していますが、一方で敵軍の偽情報にだまされるリスクもあるため「情報組織の中に、投稿の真正性の確認や他の機密情報と組み合わせた分析をするチームが必要になる」とも述べています。

さて、そもそも人工知能(AI)は間違いを起こすことが想定されている技術であり、学習データの偏りなどに起因して、差別など予期せぬ振る舞いをすることがあることは知られています。一方で世界は、AIの倫理的な問題に直面しています。例えば、FBから流出した利用者の膨大な個人情報が、英選挙コンサルティング会社のケンブリッジ・アナリティカによって米大統領選などに使われたとされる問題が起きて以降、プラットフォームの社会的影響力を踏まえ、中立の立場を主張して「言論の自由」を振りかざすSNSプラットフォームに対する規制が厳しくなってきたことや、ロシアによる生物化学兵器の投入が懸念されるところ、AIは既に既存の化学兵器よりも毒性の強い物質を設計、監視リストに載っていない危険物質を使った全く新しい生物化学兵器が生まれるおそれさえある段階にあること、などが挙げられます。そして、後者について、専門家は「悪意を持った強権的指導者が率いるような国が一国でも国際規範を無視するだけで、こうした毒物は作れる。すでにそのような計画が動き出していても驚くには当たらない」と警鐘を鳴らしています。AIが自ら倫理的な行動を選択するわけではないものの、倫理的に正しくあるべきで、残念ながら、実際に間違いを起こすのは人間の方ということになります。だからこそ、AIと倫理の問題においては、社会に対してどの説明するか、法的に問題にないかといった観点がこれまで以上に求められることになります。このあたりの問題点については、2022年3月18日付毎日新聞の記事「この国はどこへ これだけは言いたい 内心にまで侵入、AIへの警告 慶応大教授・山本龍彦さん 45歳」が大変興味深い考察を示していただいています。以下、抜粋して引用します。

前述したケンブリッジ・アナリティカのケースにおいて、このコンサルは、不正入手した有権者の個人情報から、AIを使って政治志向などを分析。ネット情報に影響されやすい有権者に向けて、FB上でフェイクニュースを含む政治広告を配信し、トランプ氏が有利になるように働きかけた、と内部告発されている。山本さんによると、疑惑の核心にあるのがプロファイリングだ。AIを使ったプロファイリングなら、FBの「いいね!」ボタンを通じて利用者が黒人か白人は95%、男性か女性かは93%、支持政党は85%の確率で分かるという。例えば、既婚▽40代▽不在者投票を利用▽子供なし▽最近高級車を購入―などの情報をアルゴリズムで解析して利用者の支持政党を割り出し、どんな働きかけが有効かをはじき出すことができるわけだ。ウェブでの閲覧履歴などを通じて、利用者の趣味▽健康状態▽精神状態▽政治的信条▽仕事の適性▽学力▽収入―などをアルゴリズムで自動的に解析するプロファイリング。今や個人の特徴をパターン化し、将来の行動まで予測できるという。「個人のデータは日々、膨大に、高速に集積・処理されています。アルゴリズムによるプロファイリングの精度は驚くほど増した。本人が意識できない内心のレベルまでAIが精微に解析できるようになっています」…「AI時代には、政治的な自己決定権をどう保障するかが最も重要な課題になる。感情を読み取る技術と連動させてAIを使えば、人の心の深層にも介入できますから、憲法上『侵してはならない』とされる個人の『内心』自体が攻撃対象になりかねません。政党や国家によるプロパガンダや情報戦にAIが使われる危険性も格段に増します」…「リクナビ問題はほんの一例ですが、AIによる選別で、私たちが理由も示されないまま差別されたり排除されたりする事態は、十分に起こりうる。AIは人間の偏見を是正して、公平な評価を促進する目的で使える半面、使い方次第で差別を助長するリスクがあります」…「問題は、私たちが知らないうちに個人のデータが使われ、内心に介入されたり、差別や排除を受けたりされることです。それを避けるために、適切なデータ保護のルールを作ることが急務です」…「利用の仕方によっては、個人の尊重や民主主義を脅かすリスクも大きい。AIの利用が憲法の基本的な価値を脅かすものになっていないか、絶えずチェックしていく必要があります」想像を超えるAIの進化。だが便利さを追求した先に、個人の尊厳が奪われる社会が到来するのなら本末転倒だ。私たちは今、「事実はSFよりも奇なり」の時代に行き着いた。だからこそ、AIの使い方が問われている。

次に、最近のサイバー攻撃の状況について2つのレポートを取り上げます。

▼警察庁 令和3年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について
  • 企業・団体等におけるランサムウエア被害として、令和3年に都道府県警察から警察庁に報告のあった件数は146件(令和3年上半期61件、下半期85件)であり、前年下半期(21件)以降、右肩上がりで増加した。
  • 二重恐喝(ダブルエクストーション)による被害が多くを占める:被害件数(146件)のうち、警察として金銭の要求手口を確認できた被害は97件あり、このうち、二重恐喝の手口によるものは82件で85%を占めている。
  • 暗号資産による金銭の要求が多くを占める:被害件数(146件)のうち、直接的に金銭の要求があった被害は45件あり、このうち、暗号資産による支払いの要求は41件で91%を占めている。
  • 企業・団体等の規模を問わず被害が発生:被害件数(146件)の内訳を被害企業・団体等の規模別*3にみると、大企業は49件、中小企業は79件であり、その規模を問わず、被害が発生している。
  • 復旧に要した期間について質問したところ、108件の有効な回答があり、このうち、1週間以内に復旧したものが32件と最も多かったが、復旧に2か月以上要したものもあった。また、ランサムウエア被害に関連して要した調査・復旧費用の総額について質問したところ、97件の有効な回答があり、このうち、1,000万円以上の費用を要したものが42件で43%を占めている。
  • ランサムウエアの感染経路について質問したところ、76件の有効な回答があり、このうち、VPN機器からの侵入が41件で54%、リモートデスクトップからの侵入が15件で20%を占めており、テレワークにも利用される機器等のぜい弱性や強度の弱い認証情報等を利用して侵入したと考えられるものが大半を占めている。
  • 警察では、ダークウェブ上のサイトを観測しており、令和3年において、ランサムウエアによって流出した情報等を掲載しているリークサイトに、日本国内の事業者等の情報が掲載されたことを確認した。掲載されている情報には、財務情報や関係者、消費者等の情報が含まれ、会社の評判を落とすなどといった記載がある。
  • テレワークを実施していると回答した企業・団体等は全体(716件)の70.5%を占め、このうち、新型コロナウイルス感染症の拡大により、新たにテレワークを開始したと回答した企業・団体等が7割以上を占めている。テレワークの実施等により、業務上、外部から社内ネットワークへの接続を許可している企業・団体の割合は全体(716件)の63.4%を占めており、年々増加している。
  • 令和3年中におけるインターネットバンキングに係る不正送金事犯による被害は、犯行手口等の関係機関との迅速な情報共有等の取組を進めたところ、発生件数584件、被害総額約8億2,000万円と、前年と比べて発生件数、被害額ともに減少した。
  • インターネットバンキングに係る不正送金事犯は、令和元年に、SMS等を用いて金融機関を装ったフィッシングサイトへ誘導する手口が急増し、ID・パスワード、ワンタイムパスワード等が窃取され、金融機関のインターネットバンキングから不正送金される被害等が多発し、同年には、発生件数1,872件、被害額約25億2,100万円に達した。こうした情勢を踏まえ、金融機関では、警察、JC3等と緊密に連携し、モニタリングの強化、利用者への注意喚起などといった諸対策を推進した結果、フィッシングを主な手口とするインターネットバンキングに係る不正送金事犯は、令和3年まで発生件数、被害額ともに減少した。他方、フィッシング対策協議会によれば、令和3年のフィッシング報告件数は526,504件と、一貫して増加傾向にあるほか、JC3の分析結果によれば、令和3年に観測したフィッシングサイトは、銀行を装ったものの割合は少なく、インターネット通信販売サイト等のeコマースや、通信事業者、クレジットカード事業者を装ったものが多くを占めている。
  • 一般社団法人日本クレジット協会によれば、令和3年1月から9月までの間における番号盗用型のクレジットカード不正利用被害額は約223億9,000万円と、既に令和2年中の不正利用被害額を超えている
  • JC3では、クレジットカード不正利用が増加した要因の一つとして、クレジットカード情報を窃取するフィッシングサイトの存在を指摘しており、犯罪者らが、官民連携により対策が強化された金融機関から、eコマースやクレジットカード事業者にフィッシングの標的を移していることがうかがわれる。
  • 令和元年12月に発生した不正送金事犯を端緒として、令和2年6月から令和3年10月までに、口座売買組織の犯行指示役、口座譲渡者等7名を検挙した。被害金融機関に対し、口座開設時の開設目的の確認や犯罪に利用された口座の凍結を依頼するなどの犯行ツール対策を行った。
  • 警察庁では、インターネット上にセンサーを設置し、当該センサーに対して送られてくる通信パケットを収集している。このセンサーは、外部に対して何らサービスを提供していないため、本来であれば外部から通信パケットが送られてくることはないが、攻撃者が攻撃対象を探索する場合等に、不特定多数のIPアドレスに対して無差別に送信される通信パケットを観測することができる。この通信パケットを分析することで、インターネットに接続された各種機器のぜい弱性の探索行為やそれらを悪用した攻撃、不正プログラムに感染したコンピュータの動向等、インターネット上で発生している各種事象を把握することができる。令和3年に本システムにおいて検知したアクセス件数は、1日・1IPアドレス当たり7,335.0件と増加傾向にある。アクセス件数が増加傾向にあるのは、IoT機器の普及により攻撃対象が増加していること、技術の進歩により攻撃手法が高度化していることなどが背景にあるものとみられる。
  • 検知したアクセスの送信元の国・地域に着目すると、過去5年において、海外を送信元とするアクセス件数が全アクセス件数に対して、高い割合を占めている。令和3年においては、国内を送信元とするアクセス件数は1日当たり33.3件で、前年の61.9件から減少する中、海外を送信元とするアクセス件数は7,301.6件で、前年の6,444.6件から大きく増加しており、海外からの脅威への対処がこれまでに引き続き重要となっている。
  • 令和3年のMiraiボットの特徴を有するアクセス件数は1日・1IPアドレス当たり257.3件で、前年(461.7件)よりも減少していることが確認されている。一方で、国内を送信元とするMiraiボットの特徴を有するアクセスに注目すると、令和2年には1日・1IPアドレス当たり2.8件だったアクセス件数が令和3年には3.6件に増加している。国内を送信元とするアクセス件数の総数が前年と比較して減少している中、Miraiボットの特徴を有するアクセスはむしろ増加していることから、ぜい弱性を持つIoT機器等が国内に一定数存在し、Miraiボットに感染した後に他のIoT機器等に二次感染活動を行っている状況が継続していることがうかがえる。
    • 2月上旬から、海外製ルーターのぜい弱性を悪用し、不正プログラムの感染拡大を狙ったとみられる宛先ポート37215/TCPに対するアクセスの増加を観測。
    • 5月下旬から、海外製ビデオレコーダ等において遠隔から任意の操作が可能となるぜい弱性を探索したものとみられる宛先ポート9530/TCPに対するアクセスの増加を観測。
    • 9月下旬から、ネットワーク機器等のぜい弱性を標的としたとみられる宛先ポート23/TCPに対するアクセスの増加を観測。
  • Javaライブラリ「Apache Log4j」はApache Software Foundationがオープンソースで開発しているJava言語用のログ出力ライブラリであり、Java言語で開発された多数のソフトウエアにおいて、サーバーのログの記録や管理に使用されている。12月10日に「Apache Log4j」のぜい弱性が公表されたことを契機とし、同ぜい弱性を標的としたアクセスの急増を観測した。これは、「Apache Log4j」を使用してログの記録を行うソフトウエアに対して、遠隔の第三者が細工した文字列を送信し、その文字列がログに記録されることで、外部から第三者による任意の操作が可能となるぜい弱性を標的とした攻撃が行われたとみられる。
  • 令和3年中における検挙件数は12,209件と、前年と比べて増加した。令和3年中における不正アクセス禁止法違反の検挙件数は429件と、前年と比べて減少した。検挙件数のうち、398件が識別符号窃用型*15で全体の92.8%を占めている。識別符号窃用型の不正アクセス行為に係る手口では、「利用権者のパスワードの設定・管理の甘さにつけ込んで入手」が153件と最も多く、全体の38.4%を占めており、次いで「フィッシングサイトにより入手」が70件で全体の17.6%を占めている。識別符号窃用型の不正アクセス行為に係る被疑者が不正に利用したサービスは、「オンラインゲーム・コミュニティサイト」が144件と最も多く、全体の36.2%を占めており、次いで「インターネットバンキング」が96件で全体の24.1%を占めている。
  • 令和3年中におけるコンピュータ・電磁的記録対象犯罪の検挙件数は729件で、前年と比べて増加した。検挙件数のうち、電子計算機使用詐欺が692件と最も多く、全体の94.9%を占めている
▼経済産業省 不正アクセス行為の発生状況及びアクセス制御機能に関する技術の研究開発の状況を取りまとめました
▼不正アクセス行為の発生状況及びアクセス制御機能に関する技術の研究開発の状況
  • 令和3年における不正アクセス行為の認知件数は1,516件であり、前年(令和2年)と比べ、1,290件(約46.0%)減少した。
  • 令和3年における不正アクセス行為の認知件数について、不正アクセスを受けた特定電子計算機のアクセス管理者注3別に内訳を見ると、「一般企業」が最も多い(1,492件)。
  • 令和3年における不正アクセス行為の認知件数について、認知の端緒別に内訳を見ると、「利用権者からの届出」が最も多く(716件)、次いで「警察活動」(578件)、「アクセス管理者からの届出からの届出」(209件)の順となっている。
  • 令和3年における不正アクセス行為の認知件数について、不正アクセス後に行われた行為別に内訳を見ると、「インターネットバンキングでの不正送金等」が最も多く(693件)、次いで「インターネットショッピングでの不正購入」(349件)、「メールの盗み見等の情報の不正入手」(175件)の順となっている。
  • 令和3年における不正アクセス禁止法違反事件の検挙件数・検挙人員は429件・235人であり、前年(令和2年)と比べ、180件減少し、5人増加した。検挙件数・検挙人員について、違反行為別に内訳を見ると、「不正アクセス行為」が408件・227人といずれも全体の90%以上を占めており、このほか「識別符号取得行為注5」が4件・2人、「識別符号提供(助長)行為注6」が9件・8人、「識別符号保管行為注7」が7件・6人、「識別符号不正要求行為注8」が1件・1人であった。
  • 令和3年における不正アクセス行為の検挙件数について、手口別に内訳を見ると、「識別符号窃用型注10」が398件と全体の90%以上を占めている。
  • 令和3年に検挙した不正アクセス禁止法違反事件に係る被疑者の年齢は、「20~29歳」が最も多く(87人)、次いで「14~19歳」(60人)、「30~39歳」(43人)の順となっている。なお、令和3年に不正アクセス禁止法違反で補導又は検挙された者のうち、最年少の者は12歳注12、最年長の者は69歳であった。
  • 令和3年に検挙した不正アクセス禁止法違反事件について、被疑者と識別符号を窃用された利用権者との関係を見ると、「元交際相手や元従業員等の顔見知りの者によるもの」が最も多く(129人)、次いで「交友関係のない他人によるもの」(95人)、「ネットワーク上の知り合いによるもの」(11人)の順となっている。
  • 令和3年に検挙した不正アクセス禁止法違反の検挙件数について、識別符号窃用型の不正アクセス行為の手口別に内訳を見ると、「利用権者のパスワードの設定・管理の甘さにつけ込んで入手」が最も多く(153件)、次いで「フィッシングサイトにより入手」(70件)の順となっており、前年(令和2年)と比べ、前者は約1.55倍、後者はは約0.41倍となっている。
  • 令和3年に検挙した不正アクセス禁止法違反の検挙件数について、不正アクセス行為の動機別に内訳を見ると、「不正に経済的利益を得るため」が最も多く(151件)、次いで「好奇心を満たすため」(130件)、「嫌がらせや仕返しのため」(59件)の順となっている。
  • 令和3年に検挙した不正アクセス禁止法違反の検挙件数のうち、識別符号窃用型の不正アクセス行為(398件)について、他人の識別符号を用いて不正に利用されたサービス別に内訳を見ると、「オンラインゲーム・コミュニティサイト」が最も多く(144件)、次いで「インターネットバンキング」(96件)の順となっており、前年(令和2年)と比べ、前者は約1.64倍、後者は8倍となっている。
  • 令和3年の主な検挙事例
    1. 会社員の女(21)は、令和2年4月、他人のID・パスワードを使用して電気通信事業者が提供するスマートフォン決済サービスの認証サーバーに不正アクセスし、インターネット通販サイトにおいてスニーカー等を注文して窃取した。令和3年1月、女を不正アクセス禁止法違反(不正アクセス行為)並びに私電磁的記録不正作出罪・同供用罪及び窃盗罪で検挙した。
    2. 無職の男(23)は、令和3年1月、元交際相手のID・パスワードを使用して元交際相手が利用するSNSアカウントに不正アクセスし、元交際相手になりすまして投稿等を行った。同年3月、男を不正アクセス禁止法違反(不正アクセス行為)で検挙した。
    3. 会社員の男(42)は、平成31年2月、不正アクセス行為をする目的で、業務上知り得た顧客の証券口座のID・パスワードを自己の端末に不正に保管し、同証券口座から銀行口座に不正に送金するなどした。令和3年3月、男を不正アクセス禁止法違反(識別符号保管)、電子計算機使用詐欺罪等で検挙した。
    4. 学習支援業の男(37)は、令和2年9月、他人のID・パスワードを使用してインターネット通販サイトに不正アクセスし、パスワード及び登録電話番号を変更した上、電子マネーを不正に振替(チャージ)した。令和3年5月、男を不正アクセス禁止法違反(不正アクセス行為)並びに私電磁的記録不正作出罪・同供用罪及び電子計算機使用詐欺罪で検挙した。
    5. 会社員の男(37)は、令和2年11月、知人女性の個人情報を収集する目的で、同女のID・パスワードを使用してメールアカウントに不正アクセスし、登録情報やメール内容を閲覧した。令和3年6月、男を不正アクセス禁止法違反(不正アクセス行為)で検挙した。
  • 利用権者の講ずべき措置
    1. パスワードの適切な設定・管理
      • 利用権者のパスワードの設定・管理の甘さにつけ込んだ不正アクセス行為が発生していることから、利用権者の氏名、電話番号、生年月日等を用いた推測されやすいパスワードを設定しないほか、複数のウェブサイトやアプリ等で同じID・パスワードの組合せを使用しない(パスワードを使い回さない)よう注意する。また、日頃から自己のパスワードを適切に管理し、不用意にパスワードを他人に教えたり、インターネット上で入力・記録したりすることのないよう注意する。
      • なお、インターネット上に情報を保存するメモアプリ等が不正アクセスされ、保存していたパスワード等の情報が窃取されたと思われるケースも確認されていることから、情報の保存場所についても十分注意する。
    2. フィッシングへの対策
      • eコマース関係企業、通信事業者、金融機関、荷物の配送連絡等を装ったSMS(ショートメッセージサービス)や電子メールを用いて、実在する企業を装ったフィッシングサイトへ誘導し、ID・パスワードを入力させる手口が多数確認されていることから、SMSや電子メールに記載されたリンク先のURLに不用意にアクセスしないよう注意する。
    3. 不正プログラムへの対策
      • 通信事業者を装ったSMSからの誘導により携帯電話端末に不正なアプリをインストールさせ、当該アプリを実行すると表示されるログイン画面にID・パスワードを入力させる手口も確認されていることから、心当たりのある企業からのSMSや電子メールであっても、当該企業から届いたSMSや電子メールであることが確認できるまでは添付ファイルを開かず、本文に記載されたリンク先のURLをクリックしないよう徹底する。また、不特定多数が利用するコンピュータでは、ID・パスワード、クレジットカード情報等の重要な情報を入力しないよう徹底する。さらに、アプリ等のソフトウエアの不用意なインストールを避けるとともに、不正プログラムへの対策(ウイルス対策ソフト等の利用のほか、オペレーティングシステムを含む各種ソフトウエアのアップデート等によるぜい弱性対策等)を適切に講ずる。特に、インターネットバンキング、インターネットショッピング、オンラインゲーム等の利用に際しては、不正プログラムへの対策が適切に講じられていることを確認するとともに、ワンタイムパスワード等の二要素認証や二経路認証を導入するなど、金融機関等が推奨するセキュリティ対策を積極的に利用する。
  • アクセス管理者の講ずべき措置
    1. 運用体制の構築等
      • セキュリティの確保に必要なログの取得等の仕組みを導入するとともに、管理するシステムに係るぜい弱性の管理、不審なログインや行為等の監視及び不正にアクセスされた場合の対処に必要な体制を構築し、適切に運用する。
    2. パスワードの適切な設定
      • 利用権者のパスワードの設定・管理の甘さにつけ込んだ不正アクセス行為が発生していることから、使用しなければならない文字数や種類を可能な限り増やすなど、容易に推測されるパスワードを設定できないようにするほか、複数のウェブサイトやアプリ等で同じID・パスワードの組合せを使用しない(パスワードを使い回さない)よう利用権者に周知するなどの措置を講ずる。
    3. ID・パスワードの適切な管理
      • ID・パスワードを知り得る立場にあった元従業員、委託先業者等の者による不正アクセス行為が発生していることから、利用権者が特定電子計算機を利用する立場でなくなった場合には、アクセス管理者が当該者に割り当てていたIDの削除又はパスワードの変更を速やかに行うなど、ID・パスワードの適切な管理を徹底する。
    4. セキュリティ・ホール攻撃への対策
      • ウェブシステムやVPNサーバーのぜい弱性に対する攻撃等のセキュリティ・ホール攻撃への対策として、定期的にサーバーやアプリケーションのプログラムを点検し、セキュリティ上のぜい弱性を解消する。
    5. フィッシング等への対策
      • フィッシング等により取得したID・パスワードを用いて不正アクセスする手口が多数確認されていることから、ワンタイムパスワード等の二要素認証や二経路認証の積極的な導入等により認証を強化する。また、フィッシング等の情報を日頃から収集し、フィッシングサイトが出回っていること、正規のウェブサイトであるかよく確認した上でアクセスする必要があること等について、利用権者に対して注意喚起を行う

米国のバイデン政権は、ロシアを拠点とする世界最大級の闇サイト「ヒドラ」に制裁を科すと発表しています。ウクライナに侵攻したロシアに対する経済制裁の「抜け穴」を封じる狙いがあります。闇サイトは、特定のソフトウエアによる通信方法でしかアクセスできないインターネット空間を指す。ユーザーの匿名性が保たれ、犯罪にも悪用されている。米財務省は、ヒドラでは暗号資産が取引され、身代金を要求するウイルス「ランサムウエア」によるサイバー攻撃などで利用されていると指摘しています。ドイツ当局と連携してドイツにあるサーバーを閉鎖し、2,500万ドル(約31億円)相当のビットコインを押収したといいます。イエレン財務長官は声明で「犯罪者はダークネットに隠れることはできない」と強調、米政府は闇サイトの違法行為と関わりがあるとして、ロシアを拠点とする暗号資産取引所「ガランテックス」も制裁対象としています。暗号資産取引は、ロシアが経済制裁を避ける手段として利用する懸念が指摘されており、日本政府も監視を強化する方針が打ち出されています。

ロシアが情報統制を強化する中、言論の自由を謳い公平性・中立性を盾に多くの問題解決を先送りしてきたSNS各社は、言論の自由のために公平性・中立性を捨て、自らの存在意義を問う(問われる)状況となっています。メタは「我々のポリシーは、軍事侵攻に対する自己防衛を表現する人々の権利を守ることだ」として暴力容認の姿勢を見せたことでロシアから「過激派組織」に指定されました。ツイッターは「ダークウェブ」内に自社ページを立ち上げ、そのアクセスに必要な匿名化ソフト「Tor」は、そもそも「ネット上の監視から市民を守る」ために開発されたものであるとともに犯罪に悪用されてきた経緯があります。同様に、犯罪組織に悪用されることの多い暗号化メッセージアプリ「テレグラム」や「シグナル」も急速に浸透しつつあります。暗号化技術のもつ犯罪インフラ性と社会インフラ性やSNSの公平性・中立性といった隠された二面性を有事は暴き、私たちの価値観を揺さぶっています。

インターネットサービスの障害を監視するネットブロックスは、スリランカがFBやツイッターなど主要なSNSへのアクセスを規制していると明らかにしています。同国は未曽有の経済危機に直面しており、政府の対応への不満から抗議デモが暴力化、政府が全土に非常事態を宣言し外出禁止令を発動しています。ネットブロックスはツイッターで、「リアルタイムのデータによると、スリランカは全土規模でソーシャルメディアを停止。ツイッター、FB、ワッツアップ、ユーチューブ、インスタグラムなどのプラットフォームへのアクセスを制限している」と投稿しています。非常事態において、SNSが遮断され、情報統制が敷かれるのは、いまや当たり前のことのようになってしまっており、SNSの存在意義があらためて問われるところです。この点について、興味深い論考を2つ紹介します。

総務省「企業任せでいいのか」 戦争左右するSNS、揺らぐ中立性(2022年4月4日付毎日新聞)
SNSのFBなどを運営する米メタが、ウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン大統領らに対する暴力的な表現を一時容認したことが物議を醸した。批判を受けてすでに撤回したが、SNSが国際世論や戦況に及ぼす影響力の大きさを改めて浮き彫りにした騒動といえる。今や国家並みの力を持つとさえ言われる巨大ITに、私たちはどう向き合うべきだろうか。…国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授は「ロシアの侵略が許されないのは当然だが、それでもロシアへのヘイトスピーチが容認される理由にはならない。FBは世界最大のSNSで責任は重い」と語る。情報法に詳しい京都大の曽我部真裕教授も「投稿に対するプラットフォーマーの立ち位置は中立性が重要だ。特定の事象に対してルールを変更することは、中長期的には信頼性の低下につながりかねない」と指摘する。インターネット空間の言論については、かつては表現の自由が強調され、SNSなどを運営するIT大手(プラットフォーマー)はユーザーの投稿内容に法的責任を持たないという考え方が認められていた。しかし、誹謗中傷やフェイクニュースなどのトラブルが深刻化するにつれ、プラットフォーマー側も取り組みを強化。各社とも、人工知能(AI)を導入して問題のある投稿を自動削除しており、メタが1日で削除する投稿やアカウントは数百万件に及ぶ。…世界が戦争におけるSNSの巨大な影響力を目の当たりにする中で、慶応大の山本龍彦教授(憲法学)はこう問題提起する。「プラットフォーマーは中立的であるという考えがあったが、今回のメタの対応を見ればそうとは限らないことが明らかになった。健全な民主主義を確保するにはプラットフォーマーの積極的な役割が不可欠だが、有事における対応を彼らの判断に任せていいのだろうか」…山本氏は「ヘイトスピーチやフェイクニュースによって情報環境が悪化すれば、民主主義は危うさをはらむ。ウクライナ侵攻のように有事になればなおさらだ。日本も人ごととせず、政府全体でプラットフォーマーと向き合い、課題解決を進めるべきだ」と話す。
「ロシアの侵略者に死を」SNS投稿は許される?(2022年3月26日付毎日新聞)
「ロシアの侵略者に死を」。ロシアのウクライナ侵攻では、SNSが情報戦争の舞台になっている。フェイスブックがそんな暴力的発言を一時容認したことが明らかになり、厳しい批判を浴びた。メタ(旧FB)やツイッター、アルファベット傘下のグーグルなど米SNS大手は、ロシア国営メディアの投稿を制限するなどウクライナを支援している。これまでSNS各社は「表現の自由」と「暴力的表現の排除」のバランスに苦心してきたが、戦争という異常事態で、どこまで暴力的な表現が許されるのかという難問を突きつけられている。…ロシア国営メディアの投稿を規制したSNS各社だが、大統領府や外務省などロシア政府の公式アカウントは維持しており、「ウクライナを非ナチ化する」「ウクライナが米国と生物兵器を開発している」などのロシア政府のプロパガンダを規制せずにいる。SNS各社は21年1月の米議会襲撃事件で、議会に乱入した集団を「偉大な愛国者」と表現したトランプ氏のアカウントを凍結した。しかし、今回はウクライナにミサイルを撃ち込み続けているロシア政府のアカウントは凍結しておらず、米議会や専門家などから「二重基準だ。米議会襲撃事件と同レベルの対応が必要だ」との批判も出ている。SNSの投稿規制は平時と戦時で異なる基準が求められるのだろうか。米メディア専門家はこう指摘している。「戦争当事国の主張をIT企業が規制するのは非常に困難だ。戦争の現実として受け入れるしかないのではないか

前述のとおり、米メタが運営するインスタグラムにロシア国民への暴力行為を呼びかける情報が掲載されているとして、ロシアの検察当局は、メタを「過激派組織」と認定し、ロシア国内での活動を禁止するよう裁判所に申し立て、裁判所はこれを決定しています。またロシア連邦捜査委員会も、捜査を開始すると発表しています。検察当局は通信監督当局にインスタグラムへの接続の制限を要請、同じくメタが運営するFBについては、ロシアの通信監督当局が、ロシア国営メディアRTなどへのアクセスを制限したとして、ロシア国内での接続を遮断すると発表しています。メタはロシアのウクライナ侵攻をめぐり、ロシアやウクライナ、ポーランドなどの東欧地域で、ロシア兵への暴力行為を呼びかける投稿を一時的に認める方針だといい、ロシアのプーチン大統領やベラルーシのルカシェンコ大統領の死を求めるような投稿も、一時的に認めているといいます。ロシアではメタの措置への反発が広がり、ロシア下院が検察当局への捜査要請を準備することを決定するなどの動きが出ていました。

(6)誹謗中傷対策を巡る動向

ウクライナ情勢をふまえ、国が関与する偽情報(フェイクニュース)や情報統制を巡る論考がさまざま出ています。いずれも参考になるものであり、以下、抜粋して引用します。

ウクライナ危機 ネットにあふれる偽情報の黒幕は?(2022年3月8日付毎日新聞)
元ロイター通信で、国際ジャーナリストの山田敏弘氏はこう解説する。「まさに情報戦ですよ。情報機関などが、その国が国際社会に訴えたいストーリーを浸透させる手法は『偽旗作戦』と呼びます。ロシア系住民が左脚を切断したとする動画も、『ロシア系住民が迫害されている。だから助けにいく』と侵攻の正当化をねらった偽旗作戦の一環でしょう。ウクライナ側も偽情報で対抗しています。例えばキエフ上空でウクライナ戦闘機がロシア戦闘機を撃墜したとする動画がSNSに投稿されましたが、これは単なるゲームの映像でした。すぐに偽物と分かる稚拙な内容でしたが、情報戦で大事なのは量とスピード。ロシアとウクライナは互いに自らに有利になるよう仕掛け合っている状況です」当然、偽情報やフェイクニュースの中には、一般の人が意図的に製作・投稿しているものもあるが、ロシアの場合、政府主導の情報戦で世論誘導を狙ってきた数々の「実績」があるという。情報戦を直接担うのは、情報機関だけではない。カムフラージュのためロシアの民間企業も国内外で暗躍している。…「SNSによって簡単に偽情報を広めることができ、国際世論への影響も大きい。現代は『フェイクの時代』と言えます」と警告するのは、元陸上自衛隊東部方面総監の渡部悦和氏だ。…「現代の戦争は、陸・海・空・宇宙・サイバー領域だけではなく情報・心理・経済などすべての領域を利用した『全領域戦』です。今後、情報統制によってプーチン氏が言っていることしか報道されなくなれば、冷戦期のソ連の暗黒時代に戻ってしまう恐れもあります」
虐殺を「でっち上げ」と報じるロシア国営テレビ(2022年4月6日付日本経済新聞)
ロシア軍に制圧されたウクライナの町で見つかった何百人もの民間人の遺体の画像が世界中で怒りを呼ぶなか、ロシアで最もよく見られている国営テレビの新番組「アンチフェイク」は「うそと真実を見極める」として違った見解を伝えた。…平時の日中やプライムタイムには娯楽番組を放送しているが、侵攻後は内容の乏しいニュース番組をほぼ1日中流し、戦争に対するロシア側の言い分を伝えている。政府の見解に反する情報は事実上、遮断されている。クレムリン(ロシア大統領府)はロシア軍による戦争犯罪を否定する一方で、侵攻を正当化する主張をますます強めている。国営テレビのコメンテーターらはウクライナが集団的狂気に取りつかれていると語るとともに、ロシアの「解放者」に敵対する者は全て「ナチス」だと断じ、ロシアに敵意を示す国を「浄化」する試みとして正当化している。…アナリストはウクライナを消滅させてエリート層を「粛清」すべきだと主張し、同国を「陰に陽に支持する社会の吹きだまりは戦争の苦難を味わい、歴史的な教訓や償いとして忍従しなければならない」と述べた。今のところ「非ナチ化」という筋立てはクリミア併合後の陶酔感のような世論の支持をあおっていないものの、多くのロシア国民の共感を得ているようだ。独立系メディアの国内活動は停止に追い込まれ、一般市民もソーシャルメディア上で「ロシア軍の名誉を毀損」すれば、新法で最高15年の懲役に処される可能性がある。「多くの人が戦争に反対しても何も言えず、批判的な意見を共有できない。そうしたなかで、誰もがプーチンを支持し戦争に賛成しているという幻想が醸成されている
SNSと衛星画像を駆使するもう一つの戦争 活躍する在野のオシント(2022年3月8日付毎日新聞)
SNSや衛星画像など公開情報の分析から、見えない事実を解き明かす民間の「オシント」(オープンソース・インテリジェンス)専門家たちが、ウクライナ危機での被害の把握や偽情報の特定に大きな役割を果たしている。…「私たちの分析で明らかになった攻撃の無差別性に基づけば、(ハリコフでの攻撃は)戦争犯罪の可能性がある」。アムネスティで映像の分析を担当したオープンソース調査員、ミッチ・パケット氏は言う。クラスター弾は容器に詰めた多数の子爆弾が飛び散る殺傷力の高い兵器で、影響が広範囲に及び、地上に残った不発の子爆弾による長期的な被害も懸念される。2010年に発効したオスロ条約はクラスター弾の製造や使用を禁じるが、ロシアとウクライナは未加盟だ。ケット氏は、SNSや衛星画像など入手可能なデジタルデータから、紛争地などの重大な人権侵害の事例を調べるアムネスティの「クライシス・エビデンス・ラボ」に所属する。…「このような規模の大きな人権侵害をリアルタイムで検証する上で、公開情報は重要な役割を果たす。ウクライナで行われた国際法上の犯罪の証拠を効果的に収集・保存するための緊急行動を国際社会が取ることが極めて重要だ」と強調した。…SNSの普及は戦争の姿をも変え、これまでは偽情報を流す側が有利になるような例が続いた。今回のウクライナ危機はそれがひっくり返った。間違った情報は正しい情報に駆逐されることを証明した。質の悪い偽情報を大量に流すロシアと正しく質の高い情報を流す西側。民主主義国においては、最終的にどちらが情報戦を制するかは明らかだ。
ウクライナ侵攻 大統領偽動画を削除 メタ「ディープフェイク」特定(2022年3月18日付毎日新聞)
米メタ(旧FB)は、ウクライナのゼレンスキー大統領のディープフェイク動画を特定し、削除したと発表した。自軍に武器を置いて降伏するよう促す虚偽の内容だった。同社のセキュリティ政策責任者がツイッターで、動画は「誤解を招くよう加工されたメディア」に関する規定に違反すると説明した。米CNNによると、動画投稿サイト「ユーチューブ」も同様の対応をとった。動画の出所は明らかになっていないが、ウクライナ情勢を巡る激烈な情報戦は続いている。人工知能(AI)を使って本物そっくりの映像や音声を捏造するディープフェイクは、深層学習(ディープラーニング)と偽物(フェイク)を組み合わせた造語。専門的な知識がなくても、スマートフォンのアプリなどで簡単に作成することができる。政治目的での悪用が懸念されていた。…今回のディープフェイク動画を誰が作成したかは明らかになっていない。しかし、ウクライナ軍はロシアが情報戦の一環でゼレンスキー氏のディープフェイク動画を流す可能性をかねて指摘しており、国民に注意を促してきた。虚偽情報が流されたのはSNSだけではない。16日にはウクライナのテレビ局「ウクライナ24」のニュース番組で、ゼレンスキー氏が国民に対して武器を捨てて戦闘をやめるよう促したかのような虚偽のテロップが画面上に表示されたという。同テレビ局は事実を認め、「敵のハッカー」による行為だと非難した。米シンクタンク「アトランティック・カウンシル」の偽情報調査部門によると、メッセージアプリ「テレグラム」の親露派系チャンネルは16日、ゼレンスキー氏が繰り返し降伏を呼びかけるディープフェイク動画をハッカーがウクライナのウェブサイトに投稿したと報じた。これらのフェイク動画やハッキングされたニュース番組の画像は、「ロシア版フェイスブック」とも呼ばれるロシア最大級のSNS「フコンタクテ」で拡散され続けているという。
偽ウクライナ首相と通話 英国防相ビデオ会議 ロシアの関与疑う(2022年3月19日付毎日新聞)
英国のウォレス国防相が17日、ウクライナのシュミハリ首相になりすました人物とビデオ会議システムで通話していたことが明らかになった。異常に気づいたウォレス氏が通話を打ち切った。ウォレス氏がツイッターで概要を明かし、英メディアが一斉に報じた。ウォレス氏はロシアの関与を示唆し、直ちに調査を指示した。…ウォレス氏は北大西洋条約機構(NATO)や、ロシアとウクライナによる停戦協議の状況などについて尋ねられたと報じた。英国が黒海に軍艦を派遣するかどうかとの質問もあったとしている。…ウォレス氏は17日、ツイッターで「偽情報、(真実の)歪曲、汚い手口をロシアがどれほど使おうと、人権侵害と違法な侵攻から目をそらすことはできない」と述べ、ロシアの関与を示唆した。一方、英国のパテル内相も17日、同様の被害を受けたと明らかにした。
ウクライナ侵攻で動画・画像が拡散、虚偽も交じる…流用・改ざん・架空の3パターン(2022年3月12日付読売新聞)
ロシアによるウクライナ侵攻を巡り、現地で撮影されたという動画や画像が、日本でもSNSで拡散されている。生々しい状況が伝わってくる一方で、虚偽も交じっている。過酷な環境に置かれている人々に思いを寄せながらも、誤った内容を他人に広めてしまわないよう注意が必要だ。…ロシア側による情報工作とみられる動画も出回った。「偽旗作戦」と呼ばれ、侵攻の口実作りのために「親露派地域の住民がウクライナに迫害されている」「攻撃されている」という被害をでっち上げていると指摘される。…ウクライナ人に成りすました偽のSNSアカウントが使われるケースもある。…フェイスブックなどを運営するメタは2月27日AIで精巧に作り出された架空の人間の顔写真が、プロフィル欄に使われていたなどとして約40のアカウントを利用停止にしたと発表した。…偽情報を研究する桜美林大の平和博教授(メディア論)によると、手口は三つのパターンに分類できる。過去に撮影された無関係の動画などを使う「流用型」、加工ソフトを使った「改ざん型」、出来事をでっち上げる「架空型」だ。混乱に乗じてSNSで注目を集めようとする人や、主義主張を広めることに利用する人もいる。平教授は「動画や画像は怒りの感情や共感を喚起しやすく、見た人は衝動的に拡散してしまいやすい。その特性を知った上で、目にした時は一呼吸置き、少し手を止めてほしい。発信者の過去の投稿を調べたり、信頼できるメディアや調査機関、専門家の情報を確認したりすることが重要だ」と指摘する
「降伏し和平協定」「住民が武器もらい強盗」…フェイク情報戦争に踊らされるSNS(2022年3月7日付読売新聞)
ロシアとウクライナが国内外の世論を誘導したり、人々を混乱させたりしようと、偽情報も織り交ぜて激しい情報戦を展開している。メディアやサイバー空間を「兵器化」された情報が飛び交っており、事実の見極めは難しくなっている。ロシア国営テレビの海外向けチャンネルRTは、ウクライナ軍から武器を受け取った住民による「強盗が発生している」などと繰り返し報じている。ウクライナの地方自治体のサイトには、 ロシアからとみられるサイバー攻撃が相次ぐ。あるサイトには「ウクライナは降伏しロシアと和平協定を結んだ」とする虚偽情報が掲載された。…ウクライナ保安局は捕虜になったロシア軍兵士とされる映像をSNS上に、相次いで公開している。露軍の士気を下げ、露国内で反戦ムードを高めるのが狙いとみられる。捕虜を見せ物にすることは国際条約に違反するが、ウクライナ側は意に介していないようだ。SNSでは情報の信ぴょう性が確認されないまま世界中を駆け巡る。中東で撮影された写真が加工され、ウクライナの画像として発信されていた事例もあった。米誌タイムはロシアとウクライナの情報戦の過熱ぶりを「偽情報戦争」と表現している。
中国、台湾にフェイク攻勢 ウクライナに乗じる(2022年4月5日付産経新聞)
ロシアによるウクライナ侵攻を受け、台湾で中国の軍事的脅威に対する警戒感が高まっている。そんな中、台湾のインターネットにウクライナ情勢に関するフェイク(偽)ニュースが大量にみられるようになった。その多くは中国発のもので、台湾当局は世論に働きかける「情報戦」「心理戦」の一環とみて、チェック体制を強化している。「フェイクニュースは、(中国)人民解放軍の戦略支援部隊や関連部署に発したものが多いと確認されている」。台湾の情報機関「国家安全局」の陳明通局長は3月28日、立法院(国会に相当)でこう答弁し、「悪影響の拡大を阻止するよう努めている」と続けた。中国発のフェイクニュースで最も影響が大きかったのは、ウクライナに在住する中国人の退避に関するものだった

ウクライナ情勢を巡る偽情報や情報統制の状況について、さらにいくつか紹介します。

  • ロシアのプーチン大統領は、海外で活動する政府機関に関する「虚偽情報」拡散に対し刑事罰を導入する法律に署名しています。在外大使館や大統領直属の治安部隊「国家親衛隊」、緊急事態省などの情報が対象。軍に関する虚偽情報と同様、最長15年の懲役を科せるようになるものです。ロシアはウクライナ侵攻後、刑法を改正し、軍を侮辱したり虚偽情報を拡散したりする行為に刑罰を科すことが可能になっており、当局は、政権の意向に沿わない情報が国内で広がらないよう神経をとがらせています。この新しい法律では、海外の政府機関に関する虚偽情報を単純に拡散させた場合に最長3年、深刻な結果をもたらした際には最長15年の懲役刑が科される可能性があるといいます。
  • ロシア軍によるウクライナ侵攻の直前に、ロシアやベラルーシ政府に関連するとみられるグループによるサイバー空間でのスパイ活動や世論工作、ハッキングといったサイバー攻撃が活発になったことが分かったといいます。米メタ(旧FB)が四半期ごとに公表している「脅威レポート」で指摘し、2要素認証の利用などを利用者に呼びかけています。レポートでは、ウクライナ侵攻に関連するスパイ活動などに言及、ウクライナの通信会社や同国内外の防衛・エネルギー分野、テクノロジー企業などが対象で、活動や工作が「侵攻直前に激化したもようだ」と指摘しています。メタは2月下旬、ベラルーシに関連するとみられるグループなどによる誤情報拡散の動きを検知し、対策の強化を説明するとともに利用者に注意を促しており、改めて2要素認証の利用を推奨したほか、安全性の高いVPN(仮想私設網)を使い、パスワードをサービス間で使い回さないことなどを呼びかけています。また、ウクライナやロシア、米国などのアカウントを凍結しようとして虚偽の通報を繰り返していたロシアの約200のアカウントも削除したほか、ウクライナ侵攻を利用し、広告付きサイトに誘導したり、商品を売りつけようとしたりする数万件の詐欺アカウントやグループを削除したとも説明しています。
  • ロシアによるウクライナ侵攻に対し外部のハッカーが相次ぎ「参戦」を表明しています。ベラルーシの独裁政権に反発するハッカーらがロシアへのサイバー攻撃を表明する一方、ロシア側に立ち欧米への攻撃を掲げるランサム(脅迫)集団も出ています。国の経済力と一体だった兵力の概念をデジタルが変える半面、秩序無きサイバー乱戦を招く恐れも指摘されています。ロシアの侵攻を契機にウクライナ支持に動くハッカーが増えており、国際ハッカー集団「アノニマス」もウクライナ支援とロシアへのサイバー攻撃を表明、ロシア国防省やベラルーシの軍需企業のものとするデータを窃取、公開したと主張しています。こうしたハッカーはハクティビスト(ハッキングする活動家)と呼ばれネット上で連携を深めている状況にあり、ウクライナ政府も「サイバー募兵」に乗り出し、国防省は、ハッカーが集まるネット上のフォーラムで防衛任務の志願者を募集しています。さらに、副首相名義で国営ガス大手ガスプロムや石油大手ルクオイルなどロシア企業への攻撃を通信アプリ「テレグラム」上で要請、これらに呼応してテレグラムに集ったメンバーは30万人を超えると報じられています。一方、サイバー「義勇軍」が形成されるなか、ロシアに協力的なハッカーたちもおり、多くは企業脅迫やデータ窃取で知られるサイバー犯罪集団と考えられています。ただ、経済力や人口に基づく兵力の概念を変えるデジタル傭兵のリスクは乱立による混乱だと指摘されています。2022年3月7日付日本経済新聞において、専門家は「統率役はおらず標的も必ずしも明確ではない」と指摘、コンティでは親ウクライナのメンバーが反発し組織内のチャット内容や脅迫に使う送金先など17万件の重要データを外部に漏らしたほか、情報戦が過熱する恐れも指摘されています。専門家はアノニマスの声明についても「攻撃や被害の成果を過大にアピールしている可能性がある」とし、「応酬がエスカレートし第三国の政府や企業も狙われかねない」としています。「いまや戦場にもなるデジタル世界はリアルの社会ともつながっている。国や企業は想定外への備えが必要になる」と指摘しています。
  • 情報戦においても一定の存在感を示しているのがアノニマスです。アノニマスは、ロシアの侵攻開始前の2月16日には、「ウクライナの緊張が続くようであれば、産業制御システムを人質に取ることができる」と自身の関与を示唆する動画をツイッター上で投稿しており、侵攻直後の25日には「ロシア政府をターゲットにしている。民間企業も影響を受ける可能性が高い」と”宣戦布告”、ロシア政府のウェブサイトを閲覧できなくさせ、ロシアの複数のテレビ局をハッキングしウクライナの愛国歌や侵攻の様子を放送するといった攻撃を実行したと主張しています。2022年3月8日付日本経済新聞において、専門家は「ネットの世界では少数でも膨大なリソースを動かせる。脆弱性を利用すれば組織や国家に大きなダメージを与えることも可能だ」と指摘、一方で「数分接続がしにくかったりはじめから接続ができないサイトを『ダウンさせた』と言うこともあり、彼らの主張に冷静な目を持つことも必要」とも指摘しています。民間を含む攻防が激化するなか、正確な実態把握と対策が求められるところです。今までのアノニマスとどこか異なるような行動に見える背景について、2022年4月2日付朝日新聞の記事「「ロシア作戦」偽情報にアノニマス困惑 元メンバーが初めて語る内幕」において、詳しく報じられています。

偽情報とデジタルプラットフォーマーの役割について、総務省の「プラットフォームサービスに関する研究会」で議論が進んでいます。直近の資料から、内容を紹介します。

▼総務省 プラットフォームサービスに関する研究会(第34回)
▼資料1 フェイクニュースや偽情報等に対する取組のフォローアップについて
  • 偽情報対策に関する今後の取組の方向性(中間とりまとめ)
    1. 自主的スキームの尊重
      • 民間による自主的な取組を基本とした対策を進めていくとともに、総務省はモニタリングと検証評価を継続的に行っていくことが必要
    2. 我が国における実態の把握
      • PF事業者の認識や実態把握と調査結果とのギャップが生じていることから、プラットフォーム事業者は、自らのサービス上で生じている我が国における偽情報の問題について適切に実態把握を行い、研究者が分析を行うために必要な情報の無償で情報提供が行われることが望ましい
    3. 多様なステークホルダーによる協力関係の構築
      • 「Disinformation対策フォーラム」 「Innovation Nippon」等において継続的に議論・研究が行われることが望ましい
    4. プラットフォーム事業者による適切な対応及び透明性・アカウンタビリティの確保
      • プラットフォーム事業者は、リスク分析・評価に基づき偽情報への対応を適切に行い、それらの取組に関する透明性・アカウンタビリティ確保を進めていくことが求められる
      • 総務省は、これらの取組に関するモニタリングと検証評価を継続的に行っていくことが必要。どのような方法や情報により偽情報への適切な対応が図られているかどうかを評価することが可能かについて引き続き検討が必要
    5. 利用者情報を活用した情報配信への対応
      • 広告の種類・対応に応じてリスクや問題の差異を分析したうえで、特に、偽情報を内容とする広告の配信やターゲティング技術の適用については、そのリスクを踏まえ、より注意深い対応と、それに伴う透明性・アカウンタビリティ確保が求められる
    6. ファクトチェックの推進
      • プラットフォーム事業者・ファクトチェッカー・ファクトチェック推進団体・既存メディア等が連携し、取組がさらに進められることが期待される
      • 我が国におけるファクトチェック結果を積み重ねて分析を行うことにより、偽情報の傾向分析やそれを踏まえた対策の検討が行われることが望ましい
    7. 情報発信者側における信頼性確保方策の検討
      • 現代のメディア環境に対応した情報の信頼性の確保の在り方について、既存メディア・ネットメディア・プラットフォーム事業者など関係者の間で検討を深めていくことが望ましい
      • ミドルメディアを中心とした偽情報の生成・拡散・流通メカニズムに関する実態把握と分析も踏まえ、検討を深めていくことが望ましい
    8. ICTリテラシー向上の推進
      • 偽情報の特徴を踏まえながら引き続きICTリテラシー向上施策が効果的となるよう取り組むことが必要
    9. 研究開発の推進
      • ディープフェイク等に対抗にするための研究開発や事業者の対応が進められることが望ましい
    10. 国際的な対話の深化
      • 偽情報に関する政策について国際的な対話の深化を深めていくことが望ましい
  • 偽情報対策に関するプラットフォーム事業者における透明性・アカウンタビリティ確保状況の主な評価項目の比較
    1. 我が国における実態の把握(2.関係)
      • すべての事業者について、我が国における偽情報の実態把握及び結果の分析・公開は未実施
    2. 多様なステークホルダーによる協力関係の構築(3.関係)
      • 「Disinformation対策フォーラム」や「Innovation Nippon」により一定の進捗がみられる
    3. プラットフォーム事業者による適切な対応及び透明性・アカウンタビリティの確保(4.関係)
      • ヤフー(CGMサービス)は偽情報を直接禁止するポリシーが設けられておらず、対応件数等も非公開
      • LINEは、虚偽の情報の流布を包括的に禁止している。対応件数は一部公開
      • Googleはコロナ関連偽情報に関してポリシーがあり、我が国における削除件数等について一部公開
      • Facebook・Twitterは、削除ポリシーの整備や削除結果の公表等がグローバルでは進められているが、我が国における取組状況やその効果については非公開
    4. 利用者情報を活用した情報配信への対応(5.関係)
      • いずれの事業者も、偽情報に関する広告や政治広告について、広告配信先の制限や、広告内容に関する何らかの制限を規定するなど、一定の対応は行われている
      • LINE及びTwitterでは政治広告禁止。Googleでは日本において選挙広告は禁止
      • 政治広告についてのターゲティング技術の適用については明確になっていない
    5. ファクトチェックの推進(6.関係)
      • ヤフーやgoogleなど一部のプラットフォーム事業者において、プラットフォーム上の情報へのファクトチェック結果の紐付けや、資金提供等の取組が開始されている
      • Facebookでは、グローバルな取組は進められているが、我が国において国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)に加盟しているファクトチェッカーがいないため、ファクトチェッカーとの連携は行われていない
      • LINE、Twitterでは、取組は未実施(LINEは台湾では取組を実施)
    6. 情報発信者側における信頼性確保方策の検討(9.関係)
      • 「Disinformation対策フォーラム」において、既存メディアや有識者との情報共有や協議が進展
      • いずれの事業者も、新型コロナウイルス感染症関係の政府(内閣官房や厚労省等)の情報をサービス内で優先表示させる仕組み等を積極的に実施しているが、認知度は低い
      • Googleでは、ジャーナリズムの支援策を実施
    7. ICTリテラシー向上の推進(7.関係)
      • Facebook・Google・LINEでは、我が国において偽情報の問題に対応したリテラシー教育に関する取組を実施
      • Twitterの取組は、偽情報対策に資する内容となっているか不明。ヤフーは今後実施予定
    8. 研究開発の推進(8.関係)
      • Facebook、Google、Twitterではグローバルな取組としてディープフェイク対策のための研究開発が行われている。ヤフー、LINEではディープフェイク対策の研究開発は行われていない
  • 「回答を控えた理由」及び「今後の対応方針」
    1. ヤフー
      • 4.(2)削除等の対応
        • 理由:「偽情報」という切り口から対応件数をカウントしているサービスはないため。
        • 対応方針:対処すべき投稿がどのようなものかを含め、偽情報への対応につき有識者の意見も聞きながら検討を進める。
      • 8.研究開発の推進
        • 理由:現在は行っていないため。
        • 対応方針:今後の事情に応じて、研究の要否も検討していく。
    2. Facebook
      • (誹謗中傷関連回答の再掲)
      • コミュニティ規定施行レポートにおいて、国別の内訳を公表していない理由:
        • 悪意のある利用者が意図的にサービスを悪用する場合、VPNを使って発信元の国を隠すことが多いため、国レベルのデータは信頼性が低くなる
        • 1つのコンテンツが複数の場所で見られる可能性があるため、コンテンツの数や事前対応率を国別に報告することは困難
        • 国レベルのデータではサンプルサイズが小さくなり、データの精度や信頼性が低下する可能性がある
      • データの報告義務を規定すると、企業が直面する様々な技術的制限、利用可能なリソース、法的およびプライバシーに関する考慮事項(各国のデータ保護法を含む)を適切に考慮できない可能性がある。特定のデータセットを追跡し報告するための過度に規定的で義務的な要件は、企業側、そして規制当局の両方にとってコストがかかり負担となる可能性があり、そのプラットフォームの安全性を正確に反映していない可能性もある。その結果、イノベーションと成長が損なわれ、テクノロジーの圧倒的な活用がもたらす利益が制限されることになる
      • 利用者の皆様のためにサービスを向上させ、利用者の皆様の安全性を確保するための投資を継続的に行っていく
    3. Google
      • プラットフォーム事業者による適切な対応及び透明性・アカウンタビリティの確保(4.関係)
      • グーグルでは、コンテンツを「偽情報」として特別に分類をしておらず、Googleのプラットフォーム上での詐欺的または低品質のコンテンツを防止することを目的に、長年にわたり多数のコンテンツポリシーを設けており、例えば、スパム、なりすまし、意図的な情報操作に関するポリシーを定めている。このため、「偽情報」という分類でのデータを有していない
      • 偽情報への対処を目的とした政策立案・実施のため、どのような透明性の確保が有益なのか等について、プラットフォームサービス研究会、有識者等の意見を考慮しつつ、検討を行っていく
    4. Twitter
      • アルゴリズムに関する透明性・アカウンタビリティについて:「責任ある機械学習イニシアティブの開始」というブログ記事を公表
      • (以下、誹謗中傷関連回答の再掲)
        • 日本における一般ユーザーからの誹謗中傷や偽情報に関する申告・削除要請の件数ならびに削除件数については、今後順次公開する予定
        • なお、データの集計頻度や分類方法、公開範囲については社内で検討中
        • 一般ユーザーからの申告や削除要請に対応する部署の規模については、非公開。サービスごとに直面する課題や受け取る申告・要請は異なっており、求められる対応も異なるため、サービス間の担当者の体制や人数を比較するのは文脈上適切でなく、また、偏った比較となる
        • 対応部署の拠点については安全性やセキュリティの観点から非公開

次に、偽情報や誹謗中傷を巡り専門家が考察する、読売新聞の連載「虚実のはざま」から、最近の記事をいくつか紹介します。いずれも専門家ならではの鋭い切り口からの指摘であり、大変示唆に富むものであるため、以下、抜粋して引用します。

情報過剰は新たな脅威(2022年3月16日付読売新聞)
人々に「情報源を確認しよう」と繰り返し呼びかけることは重要だ。しかし、それだけでは解決できない段階に来ている。私たちは「情報過剰」という以前とは根本的に異なる環境に置かれているからだ。発信の中心がマスメディアに限られていた頃とは違い、誰でも発信者になれる今、人々は膨大な情報に囲まれている。特定の分野で影響力を持つ「インフルエンサー」が無数に現れ、選択肢が多様化したのは良いことだが、根拠のない話やデマもあふれるようになった。真実かのように巧妙に装い、人を操ろうとする発信者もいる。しかし、増大する情報量に対し、人間の注意力や認知能力は限られている。SNSに流れる投稿の真偽確認に手間や時間をかけられる人は多くはない。そもそも一般の人には、調べるインセンティブ(動機付け)が働きにくい。人は自分の価値観や願望に合う言説に触れていたい習性があり、いくらでも自分好みのものが得られる環境で、あえて根拠を確かめる気持ちにはなりにくいだろう。まずは情報過剰の特性を理解し、新たな脅威ととらえる必要がある。…喜怒哀楽が含まれた情報は広がりやすいと言われており、特に「怒り」は拡散力が強いとされる
リテラシー教育が急務(2022年4月3日付読売新聞)
不確かな情報に惑わされないようにするのは大人でも難しい。SNS時代に対応した新たなリテラシー(読み解く能力)が求められるが、身につける必要性を認識してもらうのは容易ではない。子どもの頃から、学校で時間をかけて習得することが重要だ。すでに子どもは昔とは比較にならないほど大量の情報に囲まれている。中高生には短時間動画が人気だが、動画は文字以上に感情を刺激する。誤った内容に流されるリスクはより大きい。だが、こうした環境に対応できるような教育はほとんど手つかずで、無防備な状態に置かれている。…「確かな情報源を調べる」「事実と意見を分けて理解する」といった能力は、繰り返し実践しないと身につかない。また、デマが広がる背景には様々な要因がある。誰でも自分の願望に合致する情報を集めてしまう脳の特性、偏りを強化するSNSの「おすすめ」の仕組み、極端な意見が増幅される「エコーチェンバー」に陥る危うさなども総合的に学び、「免疫」を付けておかなければならない。米国などでは、リテラシー教育が義務化されるなど取り組みが進んでいる地域がある。プライバシー保護やネットいじめの問題などを含め、体系的に教えるプログラムもある。文部科学省は、他国の先例も参考に早急に導入を検討してほしい。リテラシー教育を巡っては、以前から重要な能力として「批判的思考」という言葉が研究者らの間で使われてきた。だが、批判という意味が学校現場で誤解される懸念があり、SNS時代は注意が必要だ。本来は「多角的に問い、探究する」という意味だが、海外では「メディアの情報はすべてウソだ」とみなし、逆に陰謀論に傾倒するリスクが指摘されている。意見が違う人を批判したり、論破したりすることに重きが置かれると、誹謗中傷や社会の分断を招く恐れもある。
感想と宣伝、法的な線引きを(2022年4月3日付読売新聞)
ネット上にはモノを売るためのウソもあふれている。本来、消費者を誤認させるような広告は景品表示法の規制対象となる。しかし、最近は販売業者側の宣伝であるにもかかわらず、「個人の感想」かのように装っているものが多い。こうした実態に今の法制度は対応できていない。…報酬を渡し、通販サイトのレビュー欄にウソの評価を書かせたり、SNSで一般の投稿を装ってサービスを紹介させたりする行為が横行している。宣伝であることを隠す「ステルスマーケティング(ステマ)」と呼ばれるが、法的には直接規制されていない。米国では、ステマは消費者に対する「欺まん的行為」として連邦取引委員会(FTC)法で禁止されており、日本でも対応が必要だ。…このまま「感想もどきの宣伝」が歯止めもなく増殖すれば、どうなるだろうか。本来、SNSの口コミには人々の本音が反映され、参考になることが多い。だがステマが横行すると、自発的な感想まで疑いを向けられることになりかねない。「いったい何を信じれば良いのか分からない」という社会は不健全だ。感想と宣伝に法的な線引きのルールが必要だ
対面の議論分断を防ぐ(2022年4月4日付読売新聞)
豊富な知識があれば誤った情報に惑わされないと思いたいが、SNSが普及した社会では必ずしもそうではない。政治に関する問題になると、むしろ知識のある人が陰謀論などの極端な言説の影響を受け、先鋭化するリスクがあると海外では報告されている。私が国内で実施した調査でも、政治的関心が高いネット利用者に同様の傾向がうかがえる。これは保守層にもリベラル層にも当てはまる。SNS上では双方が不確かな話を引用し、相手をののしる状況が一部で見られる。これは「動機づけられた推論」という心理の仕組みが関係している。多くの人は「自分は物事に対し、情報を合理的に取捨選択して判断している」と思っている。だが、実際は無意識のうちに自らの価値観や意見を補強したり、正当化したりするような情報を探し、相反する情報は排除する習性がある。もちろん知識欲や関心が高いのは良いことだが、その分、この心理のメカニズムが強く働きやすい。副作用として知っておかないと、特定の政党や政治家について「裏で操っている」「全てあいつのせいだ」といった根拠のない言説をネット上で目にし、吸い寄せられる可能性がある。…世界の研究機関が協力して実施した意識比較調査によると、日本は「友人と政治の話をする頻度」が47か国中39位と低い。「なんとなく政治的な話題は避けておこう」という意識が強いからだろうが、実際は政治に意見したい人はかなりおり、匿名性の高いSNSがその代替手段になっているのは健全ではない。政治だけでなく、身近な社会問題でもいい。若い頃からリアルで話をする体験を増やしたい。…意見の違う相手との対話の作法を、より多くの人が身につけることが、偽情報や陰謀論による社会の分断を防ぐことにつながる
「情報健康学」の確立必要(2022年4月5日付読売新聞)
栄養が偏った食事を続けていると当然、体には良くない。これは人間が毎日、見聞きしている情報にも当てはまるのではないだろうか。私は、現在のデジタル空間で生じている問題を解決する手がかりとして、「インフォメーション・ヘルス(情報的健康)」という考え方を提唱したい。SNSでは、あふれる情報の中から個人の好みが推測され、合致するものが「おすすめ」として優先表示される。同じ価値観を持つ人ばかりでつながり、極端な意見が増幅される「エコーチェンバー」現象も起きやすい。こうした環境に置かれていると、デマを「正しい」と思い込み、意見の異なる相手を誹謗中傷してしまう恐れもある。情報の「飽食」の時代に、その「偏食」がもたらす弊害と言えるだろう。…政治に関して広く拡散している投稿でも、実は特定の主義主張でつながる一部の人が発信している。そんな傾向があることが、研究でも明らかになっている。しかし、当事者らの見える範囲では同じ意見の人が多く、「大多数が支持している」と錯覚しやすい。こうした問題意識から、今年1月に「デジタル・ダイエット宣言」と題した提言をまとめた。ポイントとして▽食品の栄養成分やカロリーのように、情報の発信者の信頼性などを可視化した「指標」の導入▽利用者が情報の偏りを健康診断のようにチェックできる「情報ドック」の機会の提供▽「おすすめ」を自分で調整できる機能―などを挙げた。
あいまいさに耐える力を(2022年4月6日付読売新聞)
人間社会からデマがなくなることはない。人間は昔から、見聞きした不確かな情報に、自分で説得力があると思う主観的な内容を付け加えて誰かに伝えることを繰り返してきた。…デマ発生の構造は昔から不変だと考えている。変わったのは爆発的に増加した情報量と、加速化した伝達スピードだ。自分では能動的に情報にアクセスしているつもりでも、大量の情報のシャワーを浴びせられている状況に近いのかもしれない。正しい情報にたどり着くのは、これまで以上に難しくなっている。だが、「不確かな情報を排除すべきだ」「正しい情報しか発信してはいけない」という主張は行き過ぎだろう。こうした考えは、歴史的に権力側が「表現の自由」を抑圧する口実として機能してきた側面がある。今回のウクライナ侵攻では、ロシアは戦争批判を「虚偽情報」とみなし、厳しく言論統制をしている。世の中には確定的に言い切れないことのほうが多い。正誤の判断も難しい。今の時代は不確実な状況を受け入れ、どう向き合っていくかを考えたほうがいい。誰でも不安になった時、あやふやな情報に接すると早く答えを得たい。都合の良い話だけに接していたいという感情もある。その焦りに耐え、正誤の判断を先延ばしにする。急いで不用意に発信しないということを心がけてはどうだろうか。…デジタル社会は大量の情報を処理することが求められ、時間をかけることが許容されにくくなっている。だが、何でもすぐ白黒で判断することを追い求めると危うい。今の時代だからこそ求められているのは、あいまいさに耐える力だろう
外国からの世論工作、備え急げ(2022年3月16日付読売新聞)
ロシアによるウクライナ侵攻で、サイバー空間を舞台にした「情報戦」が注目を集めている。国家が偽情報を流し、他国の世論を誘導する「影響力工作」は近年、活発化している。日本も狙われる恐れがあり、人ごとではないと危機感を持つべきだろう。…その国の有権者を装ってSNSに投稿し、人種や移民問題などで世論の分断をあおったり、落選させたい候補者の評判を落とす情報を拡散させたりするケースが目立つ。中国への警戒も必要だ。20年の台湾総統選では「蔡英文総統が学歴を詐称している」という偽情報が拡散し、台湾側は中国が関与したと主張している。昨年、フランス政府傘下の研究所が公表した報告書では、中国の工作対象には日本も含まれ、日本で反米感情をあおろうとしていると指摘されている。…EUの欧州対外活動庁は、外国発の様々な偽情報を監視し、検証結果を素早くウェブサイトで公開している。信じないように警戒を呼びかけるためだ。日本でも、海外勢力が流した情報に国民が惑わされ、気付かないうちに世論が操られてしまう。そうした事態は十分起こりうる。真偽不明の情報があふれると何が本当かわからなくなり、人々が疑心暗鬼に陥る。これも情報を「武器」とした工作の怖さだ。どう対抗するか。他国の工作への監視体制を構築するなど、日本政府は備えを急がなければならない

次にSNSやネット上の誹謗中傷を巡る最近の動向について、いくつかトピックスを紹介します。

2022年4月7日付朝日新聞の記事「米国発のQアノン、日本でも急拡大 垣間見える独自の「カルト性」」も興味深いものです。

ロシアのウクライナ侵攻に国際社会が非難を強める中、SNSなどでロシア人への誹謗中傷や差別的な書き込みが目立っています。日本国内のロシア料理店や物産品店では、無言電話などの嫌がらせも起きています。2022年3月12日付産経新聞では、在日ロシア人は向けられる敵意に胸を痛めつつ、「誰も戦争を望んでいない。ロシア人というだけで中傷しないでほしい」と訴えています。ネットの誹謗中傷問題に詳しい国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授(ネットメディア論)は、ロシアのしていることは到底許されないとしつつも、「『ロシア人』とひとくくりにして誹謗中傷・攻撃する行為は差別で、いついかなるときも許されない」、「国と個人とを切り分けて考えることが重要。自分が同じ立場だったらどう感じるかを想像することから始めないといけない」と呼びかけていますが、正にそのとおりかと思います。さらに、世界人権問題研究センターの坂元茂樹所長(国際人権法)も「ロシア人だとしても、必ずしもプーチン大統領と同じ考えを持っているわけではない」と述べ、誹謗中傷をやめるよう求めています。

本コラムでもたびたび取り上げていますが、化粧品大手ディーエイチシー(DHC)が公式サイトに在日コリアンらへの差別的な内容を載せたのは人権侵害にあたるとして、日本弁護士連合会(日弁連)は、同社と吉田嘉明会長に対し、差別的な言動を繰り返さないよう求める「警告書」を出して、差別的な言動を繰り返さないよう求めています(ただし、法的な拘束力はありません)。日弁連に人権救済を申し立てていたNPO法人「多民族共生人権教育センター」が明らかにしました。問題になったのは、同社が公式サイトで2016年以降に会長メッセージとして載せた文章で、「帰化しているのに日本の悪口ばっかり言っていたり、徒党を組んで在日集団を作ろうとしている輩です」などと記しており、2020年11月にも吉田会長名で、「日本の中枢を担っている人たちの大半が今やコリアン系で占められているのは、日本国にとって非常に危険なことではなかろうか」などとする文章を載せていまいた(その後、文章を削除するなどしています)。警告書では、一連の文章は人格権を保障した憲法13条や法の下の平等を定めた14条にも反すると指摘、「出自を理由に差別され社会から排除されることのない権利、平穏に生活する権利を侵害した」と非難、「蔑称を用いて在日コリアンを著しく侮辱し、悪質性の程度は強い」と指摘、1,500万人以上の通信販売会員を抱える点も踏まえ、「私企業の代表者が私的領域で見解を述べたのではなく、公的領域での表現行為」と判断、一連の内容は在日コリアンへの人権侵害として、差別的言動をサイトなどに載せないよう警告しています。

ジャーナリストの伊藤詩織さんが、自身を中傷するツイッターの投稿に自民党の杉田水脈衆院議員から繰り返し「いいね」ボタンを押されて精神的苦痛を受けたとして、杉田氏に220万円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は、伊藤さんの請求を棄却する判決を言い渡しています。報道によれば、判決は「いいね」を押す行為について、ツイッター社が「ツイートに対する好意的な気持ちを示すために用いる」などと示していることや「いいね」という言葉などから、「一般的に、対象への好意的な感情を示すシンボルとして受け止められている」と指摘、今回の杉田氏の行為は杉田氏の意図や目的にかかわらず、好意的・肯定的な感情を示したものと一般的に受け止められると認定、一方で、「『いいね』は、称賛などの強い感情から悪くないなどの弱い感情まで幅広い感情を含んでいる」と指摘し、「『いいね』それ自体からは感情の対象や程度を特定することができず、非常に抽象的、多義的な表現行為にとどまる」として「原則違法とはいえない」とする見解を示しています。その上で、「いいね」が違法行為となる基準を「感情の対象や程度が特定でき、侮辱行為や加害の意図を持って執拗に繰り返される行為であるといった『特段の事情』がある場合に限られる」と提示、今回の杉田氏の行為について「執拗に繰り返されたとまでは言えず、『いいね』を押したことを伊藤氏に通知するなど直接的な行為に及んだわけでもない」として、違法性を認めませんでした。2022年3月26日付毎日新聞で、ネット上の権利侵害に詳しい中澤佑一弁護士は「判決が指摘する通り、『いいね』を使う目的や意図は多義的です。したがって、『いいね』がある人を不快にする行為であったとしても、それが違法と認定される程度の(『いいね』を押す側の)意図や感情などの主観を立証するのはハードルが高いということが示されたといえます」と述べています。昨年11月の判決では、漫画家の投稿をリツイートして拡散させた行為について伊藤氏の名誉を侵害したと認定し、損害賠償を命じていますが、この点については、「『リツイート』は拡散するという行為であり、原則違法という司法判断が相次いでいます。『いいね』はどれぐらい拡散するか明確ではなく、ただちに『リツイート』と同種のものとみなすことはできません。判決が『いいね』を『抽象的、多義的な表現行為』と判断したのは妥当だと思います」との見解を示しています。伊藤氏は「何が誹謗中傷にあたるのか、削除対象になるのかなどをプラットフォーマーが利用者にシェアしていかなければ現状は変わっていきません。SNSが誰かを傷つける場所になっていることを踏まえて、大きなアクションをとってほしい」と述べています。

インターネット上で仮想のキャラクターを使って動画配信する「バーチャル・ユーチューバー(Vチューバー)」の女性が、別のVチューバーの投稿動画で自分が演じるキャラを中傷され、自身の名誉も傷つけられたとして、プロバイダー(接続業者)に投稿者の氏名などの開示を求めた訴訟で、東京地裁は、開示を命じる判決を言い渡しています。報道によれば、裁判官は「キャラへの投稿でも、キャラを演じる女性の社会的評価を低下させる」と判断しています。判決は、女性がVチューバーとして活動し、中傷されたキャラを演じていることを知る人は不特定多数いると指摘、「知っている人が(投稿を)見れば、女性への中傷だと認識できる」として、投稿によって女性の名誉権が侵害されたと結論づけています。Vチューバーは近年人気が高まり、企業や自治体の広告塔として活用されるキャラもある一方、中傷トラブルも相次いでおり、同地裁で2021年4月に言い渡された同種訴訟の判決では、「キャラの活動は原告の人格を反映している」として、投稿者情報の開示を命じています。なお、原告自らがネット上で反論すれば名誉回復できるとプロバイダー側は主張していましたが、判決は「ネットの名誉毀損は高度な伝播性があり被害が拡大しやすく、反論をしても被害回復は容易ではない」として退けています。なお、Vチューバー―に詳しい弁護士は、「Vチューバーにとってキャラは自分そのもの。しかし、キャラを見ている側は生身の人間が傷つくという想像をしにくく、トラブルが生じやすい面がある」と指摘している点は参考になります。一方、この女性はこのプロバイダー以外に、ユーチューブを運営するグーグルに対しても投稿者情報の開示を求める訴訟を起こしており、被告のグーグルは「バーチャル世界のやりとりで示された事実を視聴者は信用しない」と訴え情報を不開示とする司法判断を求めており、判決は6月に言い渡される予定となっています。

山梨県道志村のキャンプ場で2019年9月、行方不明となった千葉県成田市の小倉美咲さん(9)の母親、とも子さんは、自身を中傷する投稿で傷つけられたとして、投稿者(71)を相手取り550万円の損害賠償を求めて千葉地裁に提訴したことを明らかにしています。投稿者は名誉毀損罪に問われ、2021年12月の1審・千葉地裁判決で有罪判決を受け、控訴しています。関連して、とも子さんが米ツイッター社に発信者情報の開示を求めた訴訟で、東京地裁は、開示を命じています。報道によれば、裁判官は、とも子さんの美咲さんへの「敬愛追慕の情」が侵害されたと判断したとされます。原告側代理人によると、死者への「敬愛追慕の情」の侵害を認めた裁判例はあるものの、長期の行方不明者に認められるのは初ということです。判決は(1)損害賠償請求することが被害者本人の意思に反する事情がない(2)被害者本人が提訴できない事情がある(3)他に救済する適当な方法がない―という3要件を満たした場合は、被害者の生死を問わず、父母らが提訴できる余地があるとの基準を示し、そのうえで美咲さんの行方が長期間分からなくなっていることから3要件を満たしていると判断し、卑わいな表現で美咲さんを侮辱する3件の投稿をしたアカウントの発信者情報を開示するよう命じたものです。とも子さん側は発信者情報が開示されれば投稿者に損害賠償を請求する方針だということです。

神奈川県の東名高速で2017年6月、あおり運転によって一家4人が死傷した事故で当時、容疑者の関係先とするうそがネット上で広まり、深刻な風評被害を受けた石橋建設工業が投稿者5人に計550万円の損害賠償を求めた訴訟で、福岡地裁は、5人に対して計176万円の支払いを命じています。報道によれば、「何も教訓が生かされていないことに腹が立ち、むなしさもあった」と石橋社長は述べ、常磐道の事件でデマを書き込んだ人の中には、デマかもしれないと思いながらも注目を集めるためにあえて投稿した人もいるのではとも思うといいます。そして、「人を追い込むような書き込みが増え、ひどくなっている。『言論の自由』は肯定されるべきだが、制御するすべがない。無法状態になってはいけない」と指摘しています。さらに、法改正による効果に期待するが、一方で「投稿者にたどりつくための情報の保存を通信事業者に義務づけるルールがなく、被害者側が開示請求をしても情報が消去されているケースもある」といい、さらなる対策が必要だと指摘しています。

東京・池袋で2019年4月に起きた車の暴走事故で妻子を亡くした松永拓也さんがSNSで誹謗中傷された事件で、愛知県の20代の男が書き込みに関与した疑いがあることわかり、警視庁は松永さんから被害届を受理して侮辱容疑で捜査、書き込みの経緯を調べているということです。3月11日、松永さんのツイッター投稿に対し「金や反響目当てで、闘ってるようにしか見えませんでした」という返信があり、匿名アカウントからの投稿で、亡くなった妻子の実名を挙げて「そんな父親、喜ぶとでも??」とも記されていたため、松永さんが「警察へ相談に行く」と応じると、投稿はまもなく削除され、その後、同一人物とみられるアカウントから「松永様御一家 本当に申し訳ないです」という投稿があり、アカウントには「誹謗中傷に関わっているものです」との記載があり、両手を合わせた絵文字付きで「松永様本当にごめんなさい。許してください。お願いします」とも書かれていたといいます。警視庁は、「金や反響目当て」という記述などが侮辱行為にあたる可能性があるとみているということです。ネット上での中傷による被害が後を絶たないため、政府は侮辱罪の厳罰化に動いており、3月8日には法定刑の拘留と科料に「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」を加える刑法改正案を閣議決定し、開会中の通常国会で成立する見通しとなっています。なお、本件以外にも松永さんに対する誹謗中傷が寄せられており、その激しさについては、2022年3月13日付毎日新聞に詳しく報じられています。記事は、「またもSNSで誹謗中傷のメッセージが届いた。2019年に起きた池袋暴走事故で妻子を亡くした松永拓也さん(35)は、以前からSNS上の心ないコメントに悩まされてきた。「誹謗中傷のない世の中にしたい」。そんな思いを抱き、松永さんは12日、警察に相談することにした。…一方、中傷コメントも多く送られるようになり、SNSでは「悲劇のヒーロー気取りか」「うざい」などと非難された。「騒ぎすぎだ。殺すぞ」という音声が流れる動画がユーチューブに投稿され、警視庁に相談して周辺の警戒が強化されたこともあった。真菜さんや莉子ちゃんが事故に遭ったのは「前世で悪いことをしたからだ」などという暴言にも心を痛めた。…「投稿者には反省してもらいたいが、(投稿者)個人を責めたいわけではない。被害に遭った人がしっかり声を上げ、次の被害者を生まないようにすることが大事と思った。社会全体でこういう誹謗中傷はいけないという考えが広がり、誹謗中傷がなくなる世の中にしたい」と話している」と報じています。

アスリートへの誹謗中傷やそれに対してアスリートが立ち上がったことも東京五輪や北京五輪を通じて大きな議論となっています。この問題については、2022年3月13日付朝日新聞の記事「選手の中傷なぜ起きる SNSが可視化した独りよがりな「正義感」」で取り上げられています。

インターネット上の誹謗中傷や差別を防ぐための条例が大阪府議会本会議で全会一致により可決されています。被害者支援に加え、中傷を抑止する取り組みを「府の責務」と明記し、加害行為に及ばないための相談体制を整備するとし、4月1日より施行されています。都道府県での条例制定は群馬県に次いで全国2例目となるとのことです。制定目的として「誹謗中傷などの人権侵害を防止し、府民の誰もが加害者にも被害者にもならないようにする」と記載、学校教育や研修会を通じて、インターネットリテラシー(読解力)の向上に取り組むことも盛り込まれました。

▼大阪府インターネット上の誹謗中傷や差別等の人権侵害のない社会づくり条例

条例の前文で、「インターネットによるコミュニケーションによって、人生が豊かになる一方で、その使い方や投稿の表現等によって、人権が侵害され、誹謗中傷等で心が傷つき、最悪の場合、自ら命を絶ってしまう事態を招くこともある。このようなことから、インターネット上の誹謗中傷等をはじめとする人権を侵害する投稿や発信を社会全体の仕組みの中で無くしていくことが重要であり、府民一人ひとりが加害者とならない意識をもち、府民の誰もが被害に遭わないよう、命の尊さや人間の尊厳を認識し、全ての人の人権が尊重される豊かなインターネット社会を創り続けていくことが大切である。こうした認識の下、私たち一人ひとりがインターネット上をはじめ、あらゆる場において、人権を尊重し、たゆまぬ努力をもって、誹謗中傷等の人権侵害のない社会づくりを進めなければならない。よって、ここに、インターネット上の誹謗中傷や差別等の人権侵害を防止するための施策を推進し、インターネットによる被害から全ての府民を保護し、次世代に豊かな社会を継承すべく、この条例を制定する」とその趣旨が述べられています。

ネットにあふれる中傷を抑止するために、政府は刑法の侮辱罪の厳罰化に踏み切りました。「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」を加える改正案をいまの国会で成立させる方針です。ネット上での中傷の例は後を絶たない一方、侮辱罪への罰は30日未満、刑事施設に収容する「拘留」と、1万円未満の「科料」しかなく、明治時代から変わっていませんでした。厳罰化の一方で、「なにが侮辱罪にあたるのか」の判断基準にあいまいさが残ることへの懸念も指摘されているところです。

米メタ・プラットフォームズ(旧FB)は、5月9日のフィリピン総選挙を控えて、400以上のFBのアカウント、ページ、グループを削除したことを明らかにしています。ヘイトスピーチや偽情報を防ぐことが狙いだといいます。同国の大統領候補は3月、偽情報の拡散についてソーシャルメディアの責任を問う必要があるとの認識で一致しています。

米電気自動車大手テスラのイーロン・マスクCEOが、米SNS大手ツイッター社の株式を9.2%取得したことが米証券取引委員会(SEC)資料で判明したと報じられています。7,300万株超のツイッター株を取得、取得額は約29億ドル(約3,500億円)に上るとみられ、筆頭株主になったということです。マスク氏はツイッターで積極的に発信しており、フォロワー数は約8,000万人に上ります。最近はツイッター社の取り組みに疑問を呈し、3月下旬には「ツイッターが言論の自由の原則を守らないことは、民主主義を根本的に損なうことになる」と投稿していました。マスク氏は「ツイッターは言論の自由の原則を厳格に守っていると思うか?」とツイッター上で問いかける投票を行い、「いいえ」が約70%に上っていました。新しいソーシャルメディアの構築を検討することを示唆する投稿もしていたようです。成長鈍化に直面するツイッターは、現状脱却へカリスマ経営者の手腕に期待しているものの、マスク氏は奔放な発言でたびたび物議を醸してきただけに、リスクも孕んでいます。

(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(暗号資産)を巡る動向

日銀の黒田東彦総裁は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行予定はないものの、「決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から、今後のさまざまな環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要」との見解を示しています。報道によれば、黒田総裁は、日銀がCBDCの基本的な機能を確認するため2021年4月に始めた実証実験フェーズ1が予定通り終了し、2022年4月から民間決済・公金システムとの連携や銀行など金融仲介機関間の連携など、CBDCと外部システムとの連携などを中心に追加的な機能を確認するフェーズ2を開始すると説明しています。2022年3月25日付日本銀行の「中央銀行デジタル通貨に関する実証実験(概念実証フェーズ2)の開始について」と題するリリースでは、「日本銀行は、2020年10月に公表した「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」に沿って、2021年4月より、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の基本的な機能や具備すべき特性が技術的に実現可能かどうかを検証するため実証実験(概念実証)を進めています。このうち、CBDCの「基本機能」に関する検証を目的とする「概念実証フェーズ1」は、当初の予定どおり本年3月に終了し、4月から、CBDCに様々な「周辺機能」を付加して、その実現可能性や課題を検証する「概念実証フェーズ2」を開始することとしましたので、お知らせします」とされています。

一方、金融庁が法定通貨に連動するデジタルマネー「ステーブルコイン」の規制を導入するため、資金決済法などの改正案を国会に提出しています。これにより、規制が不明確でステーブルコインが流通していなかった日本でもようやく決済や送金に使えるようになります。ただ既存の厳しい銀行規制に準じるルールを事業者に課すため、代表的な海外のステーブルコインを締め出しかねない懸念があります。このあたりは、2022年3月10日付日本経済新聞の記事「デジタル通貨もガラパゴス化? 法整備で海外勢に障壁も」において、「22年1月の報告書ではステーブルコインを「特定の資産と関連して価値の安定を目的とするデジタルアセットで分散台帳技術(ブロックチェーン)を用いるもの」と定義した。その上でステーブルコインを、法定通貨の価値と連動する「デジタルマネー類似型」と、コンピューターアルゴリズムで価値の安定をはかる「暗号資産型」の2つに分けた。…「仲介者」にはマネー・ローンダリング対策や利用者の本人確認義務を課し、安全性を確保する。ステーブルコイン仲介業という新たなビジネスの誕生により価値の移転がより円滑化する効果が期待されている。…例えば、ステーブルコインで時価総額1位の「テザー(USDT)」は、預かった資金を短期社債などで運用して利益を上げるビジネスで、償還のための十分な準備資産が手元になかったことが明らかになっている。償還のためのドルの準備も米国内で十分でないのに、ドル建ての資産をわざわざ日本国内で保全するとは考えにくい。他の有力ステーブルコインも資産保全や償還の仕方はまちまちだ。「法律論的には日本は海外のステーブルコインを排除していないが、発行者に課せられる要件をクリアすることの困難さを考えると、日本で自由に流通させるのは事実上ほぼ無理」と、デジタルマネーに詳しいアンダーソン・毛利・友常法律事務所の河合健弁護士は予想する。…安全重視に振った日本のステーブルコイン法制は投資家保護の面では確かに世界トップレベルだが、テザーなど国境を超えて転々流通するグローバル・ステーブルコインへのアクセスが事実上絶たれ、利用者からは不満も出てきそうだ。日本のデジタル決済は世界の潮流から外れ、携帯電話などと同じガラパゴス化の道を進む可能性が高い」と指摘しており、筆者も同様の意見です。

このようにCBDCやステーブルコインなどデジタル通貨のあり様は社会的・経済的な状況にも大きく左右され、いまだに確固としたものでもありませんが、米資産運用大手ブラックロックのラリー・フィンクCEOは、ロシアとウクライナの紛争を受けて、国際取引の決済手段としてデジタル通貨の普及が加速する可能性があるとの見方を示しています(2022年3月24日付ロイター)。ウクライナ戦争が従来型の通貨に依存している現状を見直すきっかけになると指摘、顧客からの関心の高まりを背景に、ブラックロックはデジタル通貨やステーブルコインについて研究を行っていると述べています。「グローバルなデジタル決済システムは、適切に設計されれば、マネー・ローンダリングや汚職のリスクを減らしつつ、国際取引の決済を強化できる」と強調(この点は筆者も同感です。ただし、実現にはハードルが高いともいえます)、フィンク氏は2021年5月にデジタル通貨についてボラティリティーの大きさを指摘するなど、やや慎重な姿勢を示していますが、グローバル資本市場へのアクセスは「特権であり、権利ではない」と主張、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、ブラックロックはアクティブインデックスポートフォリオでロシア証券の購入を停止したとし、「これこそが受託者責任だと考える」と述べています。

バイデン米大統領は、CBDCの米ドル版である「デジタルドル」の研究を連邦政府に指示する大統領令に署名しています。暗号資産などの金融デジタル技術で。「民主主義的価値観に沿うCBDC開発を促すため、米国の国際的な主導権を確立する」として、デジタルドル発行の検討も視野に国家戦略の策定に乗り出す方向を打ち出しています。バイデン政権はデジタル資産戦略を策定するにあたって、(1)消費者や投資家の保護(2)金融システムの安定(3)不正防止(4)米国の競争力維持(5)銀行口座を持たない人に金融サービスを届ける「金融包摂」(6)責任あるイノベーション―の6つを優先事項にあげています。また、米財務省などにCBDCのインフラ整備や消費者保護に関する研究を進めるよう命じるほか、ボストン連銀とマサチューセッツ工科大による研究や、日本銀行や欧州中央銀行との共同研究を進めてきた連邦準備制度理事会(FRB)に対しては、取り組みを続けるよう促す内容です。先行する中国に対抗するほか、ロシアなどへの制裁を回避する手段に、暗号資産が用いられるのを封じる狙いもあります。本コラムでもたびたび取り上げてきたとおり、デジタルドルは、紙幣をはじめとする物理的な形がなく、オンライン上のデータでやりとりされ、金融取引を大きく変える可能性があるうえ、安全保障面では基軸通貨ドルの覇権を維持し、金融制裁の回避やマネー・ローンダリングを封じる対応策を打ち出すと考えられます。また、足元では、米ドルなどの取引を制限する対ロシア制裁で、暗号資産が「抜け穴」になる懸念があり、制裁の有効性も強化し対策の検討を急ぐ姿勢も示しています。米政権内ではロシアのウクライナ侵攻を機に、安全保障上、米ドルの基軸通貨としての地位を維持することが重要だとの認識が改めて高まっていますが、ロシアの大手銀行への金融制裁などが力を持つのも、敵対国すら、米ドルやそれを扱う米銀主体の金融システムに頼る現状があるためです。一方で、CBDCの研究開発では中国が先行しており、暗号資産などの革新的技術は制裁逃れに使われたり、既存のドル優位の決済システムを揺るがしたりする恐れも指摘されています。一方、イエレン米財務長官は、暗号資産規制はリスクを管理しながらも、責任ある技術革新を支援すべきだと述べています。暗号資産市場で好評だったバイデン大統領が出した大統領令の内容を踏襲した格好で、イエレン氏はデジタル資産の政策に関する講演で、規制当局は多くの場合に暗号資産のリスクを管理し、デジタル資産取引所などの新しいタイプの仲介機関を適切に監督できる権限を持っていると発言、「規制の枠組みは、特に金融システムや経済を混乱させ得るリスクを管理しながら、責任ある革新を支援するように設計されるべきだ」とし、「銀行や他の伝統的な金融機関がデジタル資産市場により深く関わるようになるのに伴い、規制の枠組みはこれらの新しい活動のリスクを適切に反映する必要がある」との見解を示しています。暗号資産を巡る規制はまだ不完全で、規制当局は取引プラットフォームや、銀行によるデジタル資産保管などの暗号サービスを監督する最善の方法を依然探っている中、イエレン氏は、暗号資産の規制は可能な限り「技術的に中立」であるべきで、基盤となる技術ではなく、家庭や企業に提供されるサービスに関連したリスクに基づいて判断すべきとも言及しています。一方、FRB内には慎重論も当然あり、FRBのウォラー理事は、「私はまだ(CBDCの必要性を)確信していない。確信できないとは言わないが、小売業でのCBDC(の必要性)を感じていない」と語っています。さらに、FRBのパウエル議長は、「現在は規制の枠外にあるデジタル金融活動が、いずれ規制の枠内に入る可能性は高い」とした上で、それは公平な競争や利用者の信頼維持、消費者保護のために必要なことだと述べています。一方、米ニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁は、デジタル通貨に関し、主要通貨や金などとおおむね連動し安定的な価格で推移するように設計された上で、適切に規制されれば有益だとの見方を示しています。で「ステーブルコインは国境を越えた決済に非常に有益な役割を果たす可能性がある。また、この技術はホールセールの決済全般での活用も可能だろう」と指摘、消費者や投資家を保護するために適切な規制が必要とる一方、他の暗号資産に関する質問に対しては「根本的な欠陥がある」としています。

中国人民銀行(中央銀行)は、中銀デジタル通貨の試験運用対象地域を拡大する方針を発表しています。デジタル人民元(eCNY)の研究・開発促進に向け、既存の主要10都市に加え、天津、重慶、広州、福州、厦門および東部・浙江省の6都市に対象を広げるというもので、浙江省の省都、杭州を含むこれら6都市では、今年9月にアジア競技大会が開催される予定です。なお、中国人民銀行は、2月の冬季五輪で会場となった北京と河北省張家口も、試験の対象都市になるとしています。その北京冬季五輪・パラリンピックは、「デジタル人民元」の試験運用の場としても注目を集め、五輪会場での1日当たりの決済利用額は200万元(約3,600万円)超にのぼったようです。報道によれば、中国ではいまスマホ決済が主流で、テンセントのウィーチャットペイ、アリババ集団系のアリペイが市場をほぼ二分しており、「デジタル人民元」が広く浸透するのは難しいとの意見もあるようです。ただし、そこは中国。中国政府は今後、デジタル人民元を普及させるため、強制的な手法をとる可能性も考えられるところです。ただ、その場合も、利用者にとっていかに安心で便利かが、通貨として受け入れられる鍵となると考えられます。

インドで金融サービスのデジタル化が急速に進んでいます。国主導で構築された電子決済システムが基盤となり、民間のキャッシュレス決済や送金サービスが広がっており、システムの他国との相互接続も決まるなど、巨大な人口を背景に決済市場でのインドの存在感が高まっています。2022年3月22日付読売新聞では、「インド決済公社は2016年、「UPI(統合決済インターフェース)」と呼ばれる電子決済システムを稼働させた。銀行とつながっており、企業は自社のシステムをUPIに接続させることで決済サービスを提供できる。政府は生体認証技術を使った国民識別番号の導入や個人の銀行口座の開設を後押しする政策も併せて進め、デジタル決済の基盤を整えた。スマホ決済をはじめ、多くの民間の決済・送金サービスがUPIを使い、2021年にはこのシステムを介した取引は約390億回に達した。国内勢に加え、米グーグルの電子決済サービス「グーグルペイ」など海外企業が、人口13億人超の巨大決済市場でのシェア(占有率)拡大にしのぎを削っている。UPIは、貧困層にも決済や送金といった基本的な金融サービスを提供することが目的だった。低所得者向けの現金給付もスムーズに行えるようになった。不正蓄財や汚職、マネー・ローンダリングを防ぐため、デジタル化でお金の流れの透明性を高める狙いもある。…専門家は「貧困層への金融サービスの提供といった同じ社会問題を抱える新興国などにとってインドの取り組みは参考になる」と指摘する。インドは通貨ルピーのデジタル化も視野に入れる。ニルマラ・シタラマン財務相は2月の新年度予算案の発表で、RBIが22年度をメドに中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)を発行する方針を明らかにした。計画の詳細は明らかになっていないが、シタラマン氏は演説で「(CBDCの導入は)デジタル経済化に大きな弾みをつけるはずだ」と強調した」と報じられています。

タイ銀行(中央銀行)は、商業銀行の子会社によるデジタル資産への投資について、資本の3%を上限に認めるなどの新たな規則導入を計画しているといいます。今年半ばに導入される見込みで、事業の柔軟性を高めると同時に、リスクの変化に応じた監督強化につながるということです。商業銀行の子会社は、デジタル資産取引所など規制されたデジタル資産事業への投資が可能になりますが、銀行の信用に影響を及ぼしかねない新たなリスクを抑制するため、資本の3%を上限とするとのことです。商業銀行が直接、デジタル資産事業を行うことはまだ認めないといい、報道によれば、総裁補は「デジタル資産は依然としてリスクが高い」と述べています。ただ現在、資本の3%を上限に認めている商業銀行によるフィンテック分野への投資については、関連技術の活用を促進するため制限を撤廃するとしています。関連して、タイ証券取引委員会は、デジタル資産を用いた商品やサービスの決済を4月1日から禁止する新規制を発表しています。これらの決済が国内の金融安定や経済全体に影響を及ぼす可能性があるとして、証取委と中央銀行が規制の必要性を協議していたものです。決済サービスを提供するデジタル資産事業会社には、規制発効から30日以内の順守を求めており、中央銀行は決済手段として暗号資産を支持しない考えを繰り返し示しています。

2022年3月23日付日本経済新聞の記事「中南米にデジタル通貨の波、新興国が金融の「実験場」に」は、上記のような状況を含め、CBDCの世界的な流れを中南米を中心に整理した内容となっています。以下、抜粋して引用します。

中南米でCBDCの導入に向けた動きが広がっている。カリブ海のジャマイカが3月中にも導入するほか、メキシコも2024年までの導入をめざす。銀行口座を持たない人たちが多いなど中南米ならではの事情が金融の「実験場」としての役割を後押ししている。ジャマイカ中央銀行のナタリー・ヘインズ副総裁は日本経済新聞の取材に対し「3月中にもCBDCを実用化する」と明らかにした。中銀は21年末までの8カ月間、試験的にCBDCを運用した。2億3000万ジャマイカ・ドル(約1億8,000万円)を導入し、技術的に問題がないことを確認した。順次発行する規模を増やし、年間で5%の通貨をCBDCに置き換えたい考えだ。メキシコ政府は24年までにCBDCを導入する方針を示す。…ブラジル中央銀行は22年内にCBDC「デジタル・レアル」のテスト実施を目指している。国民が実際に使い始めるのは23年以降になる見通しで、本格実施は24年を予定している。…中南米でデジタル通貨の活用が進む背景には、従来の金融サービスの普及の遅れがある。シンクタンクのカリビアン政策研究所によると、ジャマイカでは銀行口座を持たない比率が国民の2割弱にのぼる。メキシコでは成人の過半数が銀行口座を持っていないという調査もある。背景には手数料の高さや銀行への不信感がある。デジタル通貨ならスマホさえあれば金融サービスを使えるようになる。中銀は従来の銀行よりも送金や決済のコストを下げる計画だ。ジャマイカ中銀のヘインズ氏は「貧困層の金融アクセスを高めるのが最大の目的だ」と強調する。…中南米のもう一つの特徴は貧困層が外国に住む家族からの送金に頼っている点だ。…デジタル通貨は将来的に通貨の中心的な役割を果たすと期待されている。ブラジル中銀のカンポス・ネト総裁は「デジタル通貨は単に両替のためだけではなく、現在ある物理的な通貨に徐々に置き換わっていく」と指摘する。中南米の各国はこれまでも積極的にデジタル通貨の活用に取り組んできた。バハマは金融包摂を狙い、20年に世界で初めてCBDCを導入した。外国からの送金コストを下げたいエルサルバドルも21年9月に暗号資産(仮想通貨)ビットコインを法定通貨に採用した。従来の金融サービスの普及の遅れが、かえってフィンテックの活用を後押しした形だ。…米バイデン政権は3月上旬、デジタル資産の技術革新を促す大統領令に署名し、CBDCの検証作業を重要課題に位置づけた。中国や欧州中央銀行(ECB)も準備に乗り出している。中南米の先行事例は、利用者の使い勝手などの点で経済規模が大きい国にとっても参考になりそうだ

エルサルバドルが世界で初めてビットコインを法定通貨に採用してから6カ月以上が経過し、同国政府は支払期日を迎える債務の返済と借り換えのための資金調達を急いでいます。報道によれば、財政赤字はもはや持続不可能な水準だと投資家が懸念する中、同国の国債はこの1年の間にジャンク(投資不適格)級に転落、国際通貨基金(IMF)によると、2022年の財政赤字は国内総生産(GDP)の5%に達する可能性があるとされ、IMFはエルサルバドルにビットコインの法定通貨化を撤回するよう促しているところです。ブケレ大統領は国のビットコイン保有高を少なくとも10億ドルに増やし、ホンジュラスとの国境付近に火山の地熱発電でマイニングの電力をまかなう「ビットコインシティー」を建設する資金に10年債のビットコイン債「ボルケーノボンド(火山債)」を充てようとしていましたが、同国のゼラヤ財務相は、市場環境が改善するまで発行を延期することを決めたと述べました。3月15~20日に10億ドルの発行を予定していたところ、ロシアのウクライナ侵攻や暗号資産のボラティリティーを受けて延期を決定したものです。ビットコインは2021年11月初旬に67,500ドルを超え、最高値を更新したが、今年1月22日には半値近くに下落しています。

政府は、ロシアに対する経済制裁を強化するための関連法案を国会に提出、暗号資産が制裁の抜け穴として悪用されることを防ぐための外為法改正案と、貿易上の優遇措置「最恵国待遇」を撤回するための関税暫定措置法改正案の二つで、欧米と足並みをそろえるため早期の成立を目指しています。外為法の改正では、制裁対象者が暗号資産を第三者の口座などに移すことを規制するもので、暗号資産の交換業者に対しては、暗号資産の送り先が制裁対象者ではないことを確認するよう義務付ける内容となっています。各国がロシアを金融決済網から排除しても、暗号資産を通じて取引を行う可能性があると指摘されていることに対応するものです。それに先だち、金融庁と財務省は3月、国内の暗号資産交換業者に対し、ウクライナ侵攻を巡るロシアとベラルーシの制裁対象者との取引を停止するよう要請しており、米欧と足並みをそろえ、暗号資産取引がロシアへの経済・金融制裁の抜け穴となることを防ぐ狙いがあります。暗号資産の支払先が資産凍結などの対象だと判明した場合や、疑いがある場合に支払いをせず、金融庁、財務省への報告を求めることとし、政府が公表する制裁リストと照合するなどして取引への監視強化も求めています。要請は経済制裁対象への不正な資金移転を事実上禁止する外為法と交換業者を規制対象とする資金決済法の二つを根拠法とし、2020年10月の外為法の解釈運用通達の変更で、規制する制裁対象者への「支払い」の中に暗号資産を含めていました。暗号資産交換業者に外為法の網をかけるとともに必要な体制整備も求めています。もともと金融庁は2021年、暗号資産交換業者にマネー・ローンダリング対策の徹底を求める指針をまとめており、改めて明確にした形となります。さらに、国際銀行間通信協会(SWIFT)が、ロシアの銀行を国際的な決済ネットワークから排除したとはいえ、暗号資産を使った送金が抜け穴になるとの懸念があり、G7は規制を強化する方針を示していたものです。とはいえ、抜け穴のリスクは残ります。ロシアとの暗号資産を巡る取引は件数を含め実態は不透明で、制裁対象者の偽名使用を見抜けるかも課題となります。そもそも個人が、暗号資産交換業者が管理しないウォレット(電子財布)同士で暗号資産をやり取りする場合は事実上、規制をかけられないことになります

ウクライナ情勢と暗号資産の関係について、興味深い記事がいくつかありましたので、以下、抜粋して引用します。

仮想通貨はウクライナの「救世主」か、ロシアの「抜け穴」か(2022年3月11日付毎日新聞)
ロシアによるウクライナ侵攻で現地の金融機能が混乱する中、ビットコインをはじめとする暗号資産がウクライナ支援のための送金手段として利用され始めた。銀行を介さずインターネット上で取引できるメリットを生かした形。一方で仮想通貨はロシアに対する経済制裁の「抜け穴」になりかねないとの懸念も出ている。…ウクライナへの送金はいつも米国の海外送金サービスを利用していたが、ロシアの侵攻後、サービス停止が続いている。日本の銀行に相談したものの、マネー・ローンダリング対策で資金の出所や使途、送金者の収入状況の確認などに1週間ほどかかると言われ、あきらめた。命綱となったのが、仮想通貨だ。…円やドル、ルーブルといった法定通貨と異なり、仮想通貨に関する国際的なルールはあいまいで、監視手法も確立されていない。その状況を逆手にとり、ロシアが経済制裁逃れの手段として仮想通貨を利用するとの見方が市場に広がったことを意味する。その後、ロシアからの大きな資金流入は確認されていないといい、仮想通貨市場の相場は落ち着いている。…仮想通貨はその匿名性の高さから、これまでも資金洗浄をはじめとする犯罪行為に利用されてきた経緯がある。資金洗浄対策を担う国際組織「金融活動作業部会(FATF)」が中心となり2014年から規制強化策を講じてきたが、2021年7月の報告書段階でも「対策は依然、十分というにはほど遠い」状況だ。国よって仮想通貨に対する法整備や本人確認の状況、取引の追跡体制などは「ばらばら」(国際通貨研究所の志波氏)だといい、そもそも米欧日が足並みをそろえるだけでもハードルが高いのが現実だ。…だが、「抜け穴」をふさがないまま放置すれば、制裁の効力を弱める結果を招きかねない。にわかに脚光を浴びる仮想通貨は国際社会に難しい宿題を突きつけている。
ウクライナ危機でデジタル暗号技術の活用進む 仮想通貨での資金調達やフェイクニュース対策(2022年3月14日付産経新聞)
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を契機に暗号資産などのデジタル暗号技術が改めて世界で注目されている。対露金融制裁の「抜け穴」の決済手段となる懸念が指摘される一方、インターネットで迅速に資金調達や国際送金ができる利便性や改竄されにくい特徴から、ウクライナへの支援金集めや報道機関のフェイクニュース対策などに一役買うなど活用の動きが広がっている。…ただ、技術への過信は禁物だ。仮想通貨は送金先も記録されるが、その送金先の情報が正しいものとはかぎらないからだ。ブロックチェーンに詳しい早稲田大大学院の斉藤賢爾教授は「送金先のアドレスが正しいものかどうかの証明が必要だが、透明性は十分とはいえない」と警鐘を鳴らす。デジタル暗号技術はロシアも利用できることにも注意が必要だ。日米欧の金融制裁でロシアの一部銀行が国際決済ネットワーク「国際銀行間通信協会(SWIFT)」から締め出され、暴落したルーブルに代わる国際決済手段などで利用しているとの見方もある。もっとも、斉藤教授は「今の暗号技術が陳腐化して将来破られかねないのに対し、ブロックチェーンはシステムを更新しながら信頼性を維持できる余地がある。(ウクライナで何が起こったのか)長期的な事実検証への利用可能性がある」と、ブロックチェーンの有益性を指摘している。
ウクライナ、暗号資産などで1億ドル調達 変わる手法(2022年3月30日付ロイター)
クラウドファンディングがパワーアップし、戦争の武器に使われるようになった。ウクライナはこれまでに、暗号資産や中央銀行を介して1億ドル(約118億3,700万円)余りを調達。外国からの戦費集めは昔から珍しくないが、新たなひねりが加わった格好だ。ただ、問題は簡便で迅速な資金調達のテクノロジーを利用できるのはウクライナ側だけではない、ということだ。…西側に大規模制裁を科されているロシア側の方が、海外からの資金調達が難しいのは確かだろう。しかし、ロシアによる資金調達の試みを誰にも止められない。プーチン政権は、運が良ければ中国やインドなど友好的な国々から資金を得られるかもしれない。米当局は仮想通貨も制裁対象になると企業に警告しているが、中国人民元などの法定通貨を完全にカバーしているわけではない。2003年、エリトリア政府はエチオピア政府と戦う武装集団を支援するために2,500万ドルを調達したが、この紛争はエリトリアに対する国際的な制裁につながった。20年後の今、ウクライナは技術進歩によってクラウドファンディングをさらに有効に活用している。デジタル金融は戦争の性質を変えつつあるが、諸刃の剣にもなり得る。
ロシア富裕層、UAEに殺到 仮想通貨使い制裁回避(2022年3月14日付ロイター)
ロシアの富裕層などが暗号資産を使い、ウクライナ侵攻で科された制裁を回避して資産を安全な場所に移すため、中東の金融ハブであるアラブ首長国連邦(UAE)に押し寄せている。…仮想通貨でUAEの不動産に投資する顧客がいるほか、仮想通貨を外貨に交換し、どこかに隠したいとUAE企業に相談する例があるという。企業幹部によると、UAEのある仮想通貨関連会社はスイスのブローカーから過去10日間に、数十億ドル相当のビットコインを清算してほしいという問い合わせが大量に寄せられた。1件当たりの金額はすべて20億ドル以上だった。ブローカーの顧客は、スイスが資産を凍結することを心配しているという。この2週間で5、6件の問い合わせを受けており、これほどの数に上ったことは過去になかったという。中にはオーストラリア企業に送るため、125,000ビットコイン(60億ドル相当)のビットコインを売却したいという案件もあった。…UAEは最近、FATFの「グレーリスト」に入れられ、マネー・ローンダリングなど金融犯罪を巡り監視強化の対象となった。UAEは長年にわたりロシアとの関係を深めてきた経緯があり、欧米諸国による制裁措置に同調せず、中銀もなんら指針を発表していない。

米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は、証券取引所や新興取引所における投資家保護の規制を暗号資産交換所にも適用する方法を検討していると明らかにしています。ペンシルベニア大学向けのオンライン講演で「暗号資産市場は非常に密集しており、取引の大半がほんの一握りのプラットフォームで行われている。これらプラットフォームは規制下にある従来型取引所と似た役割を果たしているため、投資家を同様に保護する必要がある」と説明、有価証券に該当するトークン(証票)は全て、他の証券と同じルールに従う必要があると強調しています。SECはまた、米商品先物取引委員会(CFTC)と協力し、仮想通貨を裏付けとするトークンとコモディティー(商品)を裏付けとするトークンのどちらも取引可能なプラットフォームを監視する見通しを示しています。

イングランド銀行(英中央銀行)の金融行政委員会(FPC)は、暗号資産の金融安定への直接的リスクは現段階で限定的だが、急速な成長が続けば将来的にリスクをもたらし得るとし、規制が必要との認識を示しています。暗号資産関連の金融サービスへの規制は「同等性」に基づくべきで、既存の金融サービスと同じ法律が適用されるべきとしています。暗号資産は、ウクライナ侵攻を受けてロシアに科された制裁を回避するために利用される可能性が懸念されており、FPCは「暗号資産が、大規模な制裁を回避する手段を提供する可能性は現段階では低い。ただ、そのような可能性は、暗号資産の革新が金融システムへのより広範な信頼と整合性を維持する効果的な公共政策の枠組みを伴う重要性を浮き彫りにした」と指摘、「そのためには、既存のマクロ・ミクロプルーデンス、行動、市場整合性の各規制当局の役割を拡大し、当局間で緊密に連携することが必要になる」と述べています。英中銀金融行動監視機構(FCA)は、企業に対し、暗号資産のリスクについて消費者に十分に説明するよう指示しています。また、英財務省は、英国を分散型金融(DeFi)の「グローバルハブ(中心地)」にするという(自己矛盾のような)野望を宣言しましたが、イングランド銀行のベイリー総裁は、暗号資産詐欺などの犯罪の新たな「最前線」になっていると主張、暗号資産関連企業は、英国で活動するためにはマネー・ローンダリングのチェックを受ける必要があり、FCAに完全登録を求めた企業の8割以上が申請を取り下げたか、却下されたという状況です。それでも、これらの企業は英国でサービスを提供することが可能であり、英国の消費者保護ばかりか雇用にも悪影響を及ぼしかねないとの指摘もあります。さらに、英国領のジブラルタルで、株式や金融商品を暗号資産で取引できる世界初の統合型取引所を設立する計画が進められているといいます。暗号資産による金融商品の直接取引が可能になることで、この地にキャピタルゲイン課税を避けたい資産家たちが世界中から引き寄せられることになる可能性があります。ジブラルタルは租税回避地であるとみなされてきたところ、ここ数年は世界の暗号資産とブロックチェーンの中心地になることを目指し、ジブラルタルに拠点を置きたい暗号資産関連の企業のための法規制の枠組みを整えています。暗号資産による金融取引を認めることで、膨大な暗号資産を保有しながら収益の手立てにできないでいる人たちの大きな問題を解決できると考えられています(ただし、「ビットコインの保有者がいちばん避けたいのは、ビットコインを売ることです。暗号資産を売れば、莫大なキャピタルゲイン課税を支払わなければなりませんから。暗号資産を使い、暗号資産建ての別の資産を買うなら課税はありません」とのある報道における関係者の指摘も面白いものでした)。

その他、暗号資産を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 暗号資産交換業者バイナンス・ドット・USは、外部投資家からシードファンディングで2億ドル強を調達したと発表、調達前の段階で企業価値は45億ドルに上っています。同社は取引量で世界最大の暗号資産交換業者バイナンスの米提携先であるBAMトレーディングが運営主体で、バイナンス・ドット・USとバイナンスはライセンス契約を結んでいるが、法的には別会社で、バイナンス・ドット・USにとって初となる外部からの資金調達ラウンドには、RREベンチャーズ、ファウンデーション・キャピタルなどが出資しています。
  • 米ゴールドマン・サックスが暗号資産事業を拡大しており、このほど米金融大手で初となるビットコイン関連のデリバティブ(金融派生商品)の相対取引を実施、顧客の機関投資家の間で暗号資産の運用ニーズが一段と高まるなか、対応力を強化して収益機会につなげる狙いがあるとされます。
  • 米電気自動車(EV)大手テスラ、米決済サービス会社のブロック、ブロックチェーン技術開発のブロックストリームがテキサス州での太陽光発電を用いたビットコインの採掘(マイニング)を巡り連携すると報じられています。ビットコイン採掘は、テスラの太陽光発電と蓄電技術を活用し、再生可能エネルギーのみで運営されるということです。ビットコイン採掘に関連する環境問題を理由にテスラは2021年5月、ビットコインでの自動車代金の支払いを停止していました。
  • 米暗号資産交換業者ジェミニが米国や中南米およびアジア太平洋地域の20カ国で約3万人を対象に行った調査で、暗号資産所有者のうち、2021年に初めて購入した人がほぼ半数を占めたことが分かったということです。自国通貨の価値が下落した国々ではとりわけインフレが暗号資産の普及を後押しした格好となり、2021年は普及が大きく広がった年であることが分かったといいます。ブラジルとインドネシアは他国に先行して暗号資産が普及し、所有者は調査対象全体の41%を占め、米国の20%、英国の18%を上回っています。また、2021年時点で暗号資産を所有していた人の79%は、長期投資に潜在的可能性があると見込んだと回答しています。
  • 米ペイパル・ホールディングスの共同創業者で資産家としても知られるピーター・ティール氏が、著名投資家のウォーレン・バフェット氏を「ソシオパシック・グランパ(社会病質なおじいちゃん)」と批判して話題を集めていると報じられています(2022年4月8日付日本経済新聞)。ティール氏は熱烈な暗号資産の支持者で、デジタル通貨は現在の金融システムに代わりうると主張してきました。バフェット氏はビットコインやデジタル通貨について、「事業を理解できる」「割安な価格で購入できる」というバフェット氏の投資条件にそぐわないため、懐疑的な姿勢を貫いていますが、「(バフェット氏も)ヌーホールディングスへの投資のように、新しいものを取り入れつつあるのかもしれない」とみる向きもあります。90歳を超えた今でもバフェット氏の市場への影響は甚大なだけに、ティール氏からの「挑発」にどう応えるのかが注目されているようです。
  • 暗号資産の自主規制団体である日本暗号資産取引業協会(JVCEA)は、一定条件を満たした銘柄は協会の審査無しで取り扱いできる「グリーンリスト」制度を導入すると発表しています。暗号資産交換業者の新たな暗号資産の取り扱いに関する審査を効率化する狙いがあるといいます。グリーンリストの条件とは、(1)3社以上の会員企業が取り扱う(2)1社が取り扱いを始めてから6カ月以上経過(3)協会が付帯条件を設定していない(4)本リストの対象とすることが不適当とする事由が生じていない―の4つで、リストに掲載された銘柄は取り扱いを希望する企業が自社による調査・評価を行えば、協会審査無しで取り扱え、まずはビットコインやイーサリアムなど18銘柄が対象になるとのことです。
  • 暗号資産交換業を傘下に持つビットフライヤーホールディングスを、アジアの投資ファンドが買収する見通しとなりました。創業者の加納裕三氏を除く株主連合と株式の過半の取得で大筋合意し、株式全体の評価額は最大450億円程度となるとされ、今後、暗号資産交換業の再編が加速する可能性が指摘されています。

最後に、暗号資産が犯罪に悪用された事例をいくつか紹介します。

  • 青森県消費生活センターに寄せられた暗号資産の投資話を巡る消費者トラブルで、2021年度の被害額が2021年12月の段階で4,681万円に達し、過去最悪を更新したことが判明しています。報道によれば、同センターは「楽してもうかるという話を安易に信用しないで」と呼びかけています。同センターによると、暗号資産に関する県内のトラブルの被害額は、2019年度までは1,000万円以下だったところ、2020年度は4,583万円と一気に増加、相談件数も、2016年度までは4件以下だったところ、2017年度に20件に跳ね上がって以降、増加傾向にあり、2020年度には過去最多の37件に達したといいます。暗号資産の投資を巡る被害や相談件数が増えている背景について同センターは、2017年ごろから暗号資産そのものの認知が上がったことを指摘しています。インターネット上で投資の成功をうたう広告を見て関心を持つ人が増えたことも影響しているとみられ、架空の事業者が運営する偽の投資サイトで利益が出ているかのように信じ込まされて投資し、被害に遭うケースが多いといいます。
  • 詐欺事件でだまし取られた暗号資産の換金に応じたとして、大阪など8府県警は、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)容疑で、再生エネルギー事業関連会社役員ら2人を逮捕しています。報道によれば、2人は暗号資産を詐取したとして逮捕、起訴された被告=詐欺罪などで公判中=らの知人で、同被告から依頼を受け換金に応じていたとみられています。逮捕容疑は2020年9月と10月、被告らが大阪府内の70代男性らから詐取した暗号資産を現金計約8,300万円と交換し、犯罪収益を隠した疑いがもたれています(なお、逮捕された再生エネルギー事業関連会社役員について、大阪地検は、嫌疑不十分で不起訴としています)。
  • 暗号資産への投資を無登録で勧誘したとして、兵庫県警が金融商品取引法違反容疑(無登録営業)で大阪市西区の元会社役員を逮捕した事件で、県警は、別の投資案件を勧誘したとして同容疑で容疑者を再逮捕しています。新たに同区の照明機器販売会社社長も逮捕しています。報道によれば、2018年2~5月、国に金融商品取引業者としての登録をせずに、和歌山市の無職の60代の女性ら2人に対し、人工知能(AI)を活用して外国為替証拠金取引(FX)を行う投資案件について「毎月10パーセントの配当がある。元本も保証する」などと勧誘し、2人から3回にわたり、計4,400万円を集めていたとみられています。照明機器販売会社社長も、2017年12月~2018年5月、この投資案件について、無登録で元会社役員や大阪府の無職の60代の女性ら3人を勧誘し、3人から6回にわたって計3,300万円を集めていたとみられています。両容疑者は投資ビジネスを通じて知り合い、互いに投資案件を紹介し合っていたといい、いずれも勧誘行為は認めているものの「違法だとは思わなかった」などと容疑を否認しているとのことです。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

和歌山県が和歌山市内の人工島「和歌山マリーナシティ」に誘致を進めているカジノを含む統合型リゾート施設(IR)をめぐり、県議会の議会運営委員会は、県のIR区域整備計画を審議する臨時会を4月14~20日に開催することを決めました。計画の国への申請期限は4月28日で、それまでに県議会の承認が必要で、県にとっては申請に向けた最後の大きなハードルとなります。本コラムでたびたび取り上げてきたとおり、国への申請には、県民から意見を公募するパブリックコメントや住民への説明会、公聴会のほか、立地自治体・和歌山市と県公安委員会の同意、県議会の承認が必要になります。これまでに県は、パブリックコメントを2月9日~3月10日に実施したほか、説明会を和歌山市外で2月28日~3月1日、市内で3月2~6日に、計14回開催、公聴会は3月12日に同県海南市で、翌13日に和歌山市で実施しています。また、集まった意見は計画に反映させています。和歌山市は、市議会が3月30日の臨時会本会議で計画を賛成多数で可決し、同意済みで、県公安委員会も同意済みで、残るは県議会の承認のみとなりました。なお、これまでで最も懸念されてきたのは資金調達の実現性や運営体制などでしたが、県議会のIR対策特別委員会に参加したクレアベストの日本法人「クレアベストニームベンチャーズ」のマリオ・ホー代表が、初期投資額約4,700億円の確保の見通しなどを説明、約3,250億円の借入金については、スイスの金融大手クレディ・スイスを主幹事として資金調達を進めているとし、「すでに米国の投資銀行など複数の企業が出資を表明している」と述べたほか、残る自己資金の約1,450億円については、クレアベストの本社と日本法人、IRのカジノ部分の運営を手掛ける米カジノ大手シーザーズ・エンターテインメントが、全体の60%を出資、残り40%についても確保できる見通しを強調しています(出資する少数株主として西松建設のほか、キャンターフィッツジェラルド、ハンファインベストメント&セキュリティーズなど9社からLOIを得たと説明、40%としている少数株主枠をすでに超えており、配分の見直しも視野に入れているということです。一方、出席した委員からは地元企業が参画するよう努力してほしいと注文がついたようです)。また、公聴会における意見について、2022年3月14日付産経新聞は、「賛成派の男性は「人口が減る中、商売をしている人は生き残りをかけている。日本型のすばらしいIRをつくり、客が来て経済を回し、収入を有効活用する必要がある」と強調。別の賛成派の男性は「若者に働く場所と収入をもたらすIRは必要だ。衰退が垣間見える(現状の)マリーナシティではなく、IRを(整備したマリーナシティを)将来の子供のために残したい」と主張した。一方、反対派の男性は「(IR立地予定地に計画している)国際会議や展示の需要も減少するなど、コロナ禍によって環境は大きく変わっている。現状の変化を踏まえて考え直すべきだ」と発言。別の反対派の女性は、ギャンブル依存症対策に懸念を示し、「依存症患者を生まないためには、カジノをつくらないことしかない」と訴えた。このほか、IRとは異なる観光誘致の取り組みを進めるべきだという意見なども出された」と報じています。

一方の大阪府・大阪市については、IR計画が可決されています。大阪府市が誘致を目指すIRの事業内容をまとめた区域整備計画案が3月29日、市議会で可決され、先に計画を可決した大阪府議会と合わせて地元同意の手続きが完了した(府市両議会の同意が得られた)ことで計画は大きく前進することとなりました。整備計画によると、候補地は大阪湾の人工島・夢洲、早ければ2029年の秋から冬ごろの開業を目指すとし、カジノによる収益を含む年間売り上げを約5,200億円と試算、運営時の近畿圏での経済波及効果は年間約1兆1,400億円を見込み、事業者は米カジノ大手、MGMリゾーツ・インターナショナル日本法人とオリックスを中核株主とする「大阪IR株式会社」で、初期投資額は約1兆800億円となります。ただし、2022年3月29日付産経新聞は、「関西の経済界からは期待の声が上がった。年間の経済効果は1兆円を超すとしているが、新型コロナウイルスの影響は含まれておらず、ウクライナ情勢の余波も懸念される。…帝国データバンク大阪支社の昌木裕司情報部長は「コロナ禍を経て経済環境は大きく変わった。カジノもオンラインでできる時代だし、大阪のIRも対面でなければ得られない価値が求められる。実現できなければ”負の遺産”として将来に残すリスクもある」と話す」と報じており、大変示唆に富む内容と感じています。コロナ禍やインバウンド(訪日外国人客)の動向など読み切れない部分も多く視界良好とはいえないうえ、事業者である米カジノ大手、MGMリゾーツ・インターナショナルなどの企業連合と、府市が今年2月に締結した基本協定では、国内外の観光需要がコロナ以前の水準まで回復しないような場合は、事業者側が協定を解除できるとの条項も盛り込まれているからです。報道によれば、事業者側は「安易な撤退はない」と強調するものの、ワクチン接種が世界的に進んだ現在でも、インバウンドがどこまで回復するかは依然予断を許さない状況であり、さらに、予定地の夢洲では土壌汚染や液状化層の存在が判明し、大阪市は土壌汚染対策費360億円と液状化対策費410億円などを合わせた計約790億円を負担することになりました。地盤沈下のリスクも顕在化する中、対策費は基本的に事業者が持つ方向とはいえ、事業者側は「今後の調査で課題が出てきた場合には対応を見極める必要がある」と含みを持たせている状況です(報道である専門家が「行政としては交渉の際はリスク管理を徹底することが重要だが、IR誘致を優先して事業者の言いなりに動いているように思える。軟弱地盤など夢洲特有のリスクにより、今後も費用が雪だるま式に膨らむことが懸念される」と警鐘を鳴らしていますが、正にそのとおりかと思います。なお、大阪IRの代表取締役であるバウワーズ氏は市議会の参考人招致で、「今も沈下が進んでいるが、長期的な予測に必要な過去の沈下データが不足している」と言及。現在も地盤調査を進めており、「今後も慎重な対応が必要になる」と懸念を示したほか、コロナ禍の収束が見込めない場合も、協定を解除できることを複数の市議が質問したのに対し、「コロナ禍は長期化しているが収束するものと思っている。IRを何とか実現したい思いで取り組んでおり、安易に撤退することは考えられない」と強調しています)。さらに、焦点となる国の審査では事業の国際競争力や施設の魅力、ギャンブル依存症対策などとともに、地域経済への貢献や地元の理解がポイントとなります。大阪IRでは関西2府4県に福井県を加えた近畿圏で年間約1兆1,400億円と試算する地元への経済効果をどう実現するかが課題となります。報道によれば、大阪市議会に参考人招致された米MGMの日本法人「日本MGMリゾーツ」のエド・バワーズ社長は「地元企業を重視した取引業者のプラットフォームをつくりたい」と表明、地元からの調達を進める姿勢を示しています。具体的な形式は未定ではあるものの、地元の企業などが登録すると大阪IRでの食料、家具といった備品、建築資材などの調達をウェブで一覧できるシステムを開業の約3年前をめどに立ち上げることを検討しているといい、企業の掘り起こしや情報発信なども地域の金融機関や商工会議所と連携して進めたい考えだといいます。一方で、反対運動もいまだ継続しています。IR誘致の賛否を問う住民投票の実現を目指し、大阪市の市民団体が署名活動を始めており、住民投票実施に必要な数を上回る20万人分以上を目指して、5月25日まで府内各地で活動するということです(署名活動を実施するのは、弁護士や医師ら155人が呼びかけ人となった市民団体「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」です)。報道によれば、地方自治法の規定で、住民投票条例の制定を知事に請求するには、府内有権者(約732万人)の50分の1に当たる約146,000人分の署名を集める必要がありますが、署名が必要数を上回った場合、知事への請求を経て、住民投票実施の条例案が府議会で審議され、可決されれば実施されることになります。「大阪有利」の声も多い中、地元の理解が進まなければ国としては選びにくいとの意見もあり、改めて誘致によるメリットを丁寧に伝えていく必要があるといえます。

長崎県が佐世保市に誘致を目指すIRに関して、長崎県と事業予定者は、県議を対象にした説明会で約4,383億円の資金調達計画を明らかにしています。また、2027年度の開業を想定していることも示しています。長崎のIRは「カジノ・オーストリア・インターナショナル・ジャパン(CAIJ)」が事業予定者になっており、金融機関からの借入金などで約2,630億円、事業予定者や国内外の企業からの出資で約1,753億円を調達する計画で、IRの事業費は全て事業者側が負担するとしています。自治体は周辺の道路や港湾などの整備を担当、開業5年目に約2,715億円の売上高と約317億円の純利益を見込んでいることも明らかにしています。報道によれば、県の関係者が「資金調達先は高い確度で決まっているが、今はまだ名前を出せない。県議会で議決を採る際には具体的な名前を出せる」と述べており、資金調達に一定のめどがついたことをうかがわせます。また今回、CAIJはIR運営のために特定目的会社(SPC)「KYUSHUリゾーツジャパン」を設立、SPCには協力企業などとして、米ホテル大手ハイアットやオーストリアのホテルザッハー、レッドブル、スワロフスキーなどが参加、国内企業からはJTB、凸版グループ、ドワンゴなどが名乗りを上げているといいます。公聴会やパブリックコメントで寄せられたさまざまな意見をふまえて、県は事業者側と共同でIR区域整備計画を作成し、4月28日までに国へ申請する予定です。

関連して、新たな「ギャンブル等依存症対策推進基本計画」が閣議決定されましたので、以下、その概要を紹介します。

▼首相官邸 新たな「ギャンブル等依存症対策推進基本計画」が閣議決定されました。
▼概要
  • 公営競技における取組
    • 全国的な指針を踏まえた広告・宣伝の抑制
    • インターネット投票におけるアクセス制限の強化
    • 競走場・場外発売所のATMの完全撤去
    • 相談体制の強化
    • 依存症対策の体制整備
  • ぱちんこにおける取組
    • 全国的な指針を踏まえた広告・宣伝の抑制
    • 自己申告・家族申告プログラムの運用改善、利用促進に向けた広報の強化
    • ぱちんこ営業所のATM等の撤去等
    • 相談体制の強化及び機能拡充のための支援
    • 地域連携の強化
  • 予防教育・普及啓発
    • 効果的な普及啓発の検討及び実施
    • 依存症の理解を深めるための普及啓発
    • 消費者向けの総合的な情報提供、青少年等への普及啓発
    • 学校教育における指導の充実、金融経済教育における啓発
    • 職場における普及啓発
  • 依存症対策の基盤整備・様々な支援
    • 各地域の包括的な連携協力体制の構築及び包括的な支援
    • 都道府県ギャンブル等依存症対策推進計画の策定促進
    • 相談拠点等における相談の支援
    • その他の関係相談機関における体制強化 等
    • 全都道府県・政令指定都市における専門医療機関等の早期整備を含む精神科医療の充実
    • 自助グループをはじめとする民間団体への支援
    • 就労支援等や生活困窮者支援などの社会復帰支援
    • 医師の養成をはじめとする人材の確保
  • 調査研究・実態調査
    • 精神保健医療におけるギャンブル等依存症問題の実態把握 等
    • 関係事業者による調査及び実態把握
  • 多重債務問題等への取組
    • 貸付自粛制度の適切な運用確保及び制度の周知
    • 違法に行われるギャンブル等の取締りの強化
③犯罪統計資料

令和4年2月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。2カ月のみのデータのため、件数や比率等が大きくブレているところもありますが、以前の本コラム(暴排トピックス2022年2月号)で紹介した令和3年の確定値の傾向が概ね継続しつつも、微妙な変化の兆しも見られます。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和4年2月)

令和4年(2022年)1~2月の刑法犯総数について、認知件数は、79,626件(前年同期83,314件、前年同期比▲4.4%)、検挙件数は37,213件(40,539件、▲8.2%)、検挙率は46.7%(48.7%、▲2.0P)と、認知件数・検挙件数ともに2020年~2021年については減少傾向が継続していた流れを受けたものといえます(なお、1月については、認知件数のみ前年同期をわずかながら上回っていました)。なお、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数は53,703件(56,406件、▲4.8%)、検挙件数は22,638件(25,197件、▲10.2%)、検挙率は42.2%(44.7%、▲2.5P)、うち万引きの認知件数は13,734件(14,177件、▲3.1%)、検挙件数は9,562件(9,812件、▲2.5%)、検挙率は検挙率は69.6%(69.2%、+0.2P)となりました。コロナで在宅者が増え、窃盗犯が民家に侵入しづらくなり、外出しないので突発的な自転車盗も減った可能性が指摘されるなど窃盗犯全体の減少傾向が刑法犯の全体の傾向に大きな影響を与えた結果といえますが、3月のまん延防止等重点措置の解除などもあり、今後の状況を注視する必要がありそうです。一方で、万引きについてはそれほど極端な減少傾向となっておらず、コロナ禍においても引き続き注意が必要な状況です。また、知能犯の認知件数は5,438件(5,222件、+4.1%)、検挙件数は2,818件(2,784件、+1.2%)、検挙率は51.8%(53.3%、▲1.5P)、うち詐欺の認知件数は4,891件(4,736件、+3.3%)、検挙件数は2,271件(2,355件、▲3.6%)、検挙率は46.4%(49.7%、▲3.3P)などとなっており、コロナ禍において詐欺が大きく増加したといえます。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年2月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が大きく増加傾向にあることが影響しているものと考えられます。刑法犯全体の認知件数が増加傾向を見せ、検挙件数が減少傾向の中、とりわけ万引きと知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です(そして、検挙率がやや低下傾向にある点も気がかりです)。

また、特別法犯総数については検挙件数総数は9,645件(10,041件、▲3.9%)、検挙人為は7,962人(8,251人、▲3.5%)と2021年同様、検挙件数・検挙人員ともに微減となっている点が特徴的です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は503件(732件、▲31.3%)、検挙人員は394人(524人、▲24.8%)、軽犯罪法違反の検挙件数は1,006件(1,129件、▲10.9%)、検挙人員は985人(1,118人、▲11.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は1,375件(1,171件、+17.4%)、検挙人員は1,103人(929人、+18.7%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は507件(331件、+53.2%)、検挙人員は403人(259人、+55.6%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は49件(38件、+28.9%)、検挙人員は28人(12人、+133.3%)、不正競争防止法違反の検挙件数は8件(4件、+100.0%)、検挙人員は8人(6人、+33.3%)、銃刀法違反の検挙件数は715件(738件、▲3.1%)、検挙人員は616人(659人、▲6.5%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、迷惑防止条例違反や犯罪収益移転防止法違反、不正アクセス禁止法違反、不正競争防止法違反が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は137件(111件、+23.4%)、検挙人員は78人(72人、+8.3%)、大麻取締法違反の検挙件数は848件(859件、▲1.3%)、検挙人員は668人(665人、+0.5%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,170件(1,465件、▲20.1%)、検挙人員は773人(983人、▲21.4%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数が大きく増加傾向を示したところ減少した点、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きく減少傾向にある点などが特筆されます。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、総数73人(104人、▲29.8%)、ベトナム24人(37人、▲35.1%)、スリランカ12人(1人、+1100.0%)、中国9人(20人、▲55.0%)、ブラジル3人(4人、▲25.0%)などとなっています。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、刑法犯全体の検挙件数は1,426件(1,632件、▲12.6%)、検挙人員は795人(889人、▲10.6%)と検挙件数・検挙人員ともに2021年に引き続き減少傾向にある点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じたのは、緊急事態宣言等のコロナ禍などの要素もあることも考えられ、いずれにせよまん延防止等重点措置の解除やオミクロン株の変異型の再度の流行の兆候など状況の流動化とともに今後の動向に注意する必要がありそうです。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は79件(111件、▲28.8%)、検挙人員は87人(105人、▲17.1%)、傷害の検挙件数は141件(171件、▲17.5%)、検挙人員は151人(206人、▲26.7%)、脅迫の検挙件数は51件(47件、+8.5%)、検挙人員は54人(48人、+12.5%)、恐喝の検挙件数は48件(55件、▲12.7%)、検挙人員は61人(59人、+3.4%)、窃盗の検挙件数は695件(811件、▲14.3%)、検挙人員は104人(147人、▲29.3%)、詐欺の検挙件数は206件(187件、+10.2%)、検挙人員は171人(145人、+17.9%)、賭博の検挙件数は3件(5件、▲40.0%)、検挙人員は27人(22人、+22.7%)などとなっています。とりわけ、全体の傾向と同様、詐欺については、大きく増加傾向を示しており、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測され、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は735件(889件、▲17.3%)、検挙人員は489人(597人、▲18.1%)とこちらも2020年~2021年同様、減少傾向が続いていることが分かります。犯罪類型別では、暴力団排除条例違反の検挙件数は6件(7件、▲14.3%)、検挙人員は16人(15人、+6.7%)、銃刀法違反の検挙件数は11件(13件、▲15.4%)、検挙人員は5人(11人、▲54.5%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は23件(19件、+21.1%)、検挙人員は5人(4人、+25.0%)、大麻取締法違反の検挙件数は123件(127人、▲3.1%)、検挙人員は86人(71人、+21.1%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は425件(597件、▲28.8%)、検挙人員は264人(389人、▲32.1%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は37件(24件、+54.2%)、検挙人員は23人(17人、+35.3%)などとなっており、全体の傾向とはやや異なるものの、大麻事犯の検挙件数が大きく増加していること、一方で覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していることなどが特徴的だといえます。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルは、対北朝鮮制裁の履行状況に関する年次報告書を公表しています。(毎度のことですが)同国が暗号資産の取引所への攻撃や、石炭などの禁止鉱物の輸出などで得た資金で核・ミサイル開発を続けていることが明らかになっています。報告書は2021年の制裁の履行状況をまとめており、ある加盟国によると、北朝鮮は寧辺の核施設の実験用軽水炉で外部の工事を完成させ、内部の改装を続けているといい、2021年7月には5メガワットの原子炉の稼働の再開が確認され、7月から断続的に冷却水の排出が続き、11月末には水蒸気の排出も衛星映像の分析で確認されたということであり、米韓当局は北朝鮮が近く核実験を実施するとの見方を強めています。また、弾道ミサイル開発をめぐる技術的な進展があったと強調しています。液体燃料ロケットに極超音速滑空体を組み合わせる弾道ミサイル新技術の導入や、短距離弾道ミサイルを潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)として海上でも配備できるよう改造する取り組みも確認されています。なお、北朝鮮が2021年9月に発射した極超音速ミサイルと主張する「火星8」の技術的ノウハウはハッカーにより獲得されたとみられると説明、モスクワ駐在の北朝鮮外交官が2016~20年、耐熱性の高いアラミド繊維など弾道ミサイルの部品調達に関与したとする加盟国の情報にも言及しています。また、サイバー攻撃による暗号資産の違法な取得も続いており、2020年~21年半ばに北朝鮮は北米や欧州、アジア拠点の少なくとも3つの交換所を攻撃し、計5,000万ドル(約61億円)以上の暗号資産を盗み出したほか、北朝鮮が2021年に暗号資産交換所や投資会社への7回のサイバー攻撃で合計4億ドル相当の暗号資産を盗んだとも指摘されています。さらに、北朝鮮の偵察総局傘下のハッカー集団「キムスキー」が国際原子力機関(IAEA)を狙った攻撃を実施し、防衛装備大手の韓国航空宇宙産業(KAI)のハッキングも試みた可能性があると指摘しています。

北朝鮮は3月24日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射し、「レッドライン(越えてはならない一線)」を踏み越えたといえます。ロシアによるウクライナ侵攻で米欧対中露の対立構図が深まる中、金正恩朝総書記が、国際社会が対北圧力で一致できない絶好のタイミングだと踏んだ可能性があります。韓国の文大統領は、「金正恩氏が国際社会への約束を自ら破棄したもので、朝鮮半島や国際社会に深刻な脅威となる」と批判、金正恩総書記が2018年に宣言したICBM発射と核実験凍結の破棄と同時に、文氏の南北融和策の終焉も意味するものとなりました。北朝鮮の国家宇宙開発局の科学者は、国防5カ年計画で偵察衛星を多数打ち上げるとした文書で「宇宙開発は主権国家の合法的な権利だ」と主張、米国を念頭に「帝国主義者らが妨害している」と批判、北朝鮮は今回の発射も「宇宙開発が目的だ」と強弁する可能性があります。さらに、北朝鮮外務省は、北朝鮮のミサイル発射を非難して拉致問題解決を迫る岸田首相を批判する記事も掲載、拉致問題について「もはや存在もしない。完全無欠に解決された」と主張し、日本とも対立する態度を示しています。

このような状況において、北朝鮮のICBM発射を受けた安保理緊急会合で、米国は既存の制裁を更新し、強化する決議案を提出する意向を表明しています。弾道ミサイル発射は明確な安保理決議違反であり、強化は当然の対応だといえ、これまで、安保理として一致した声明を出せなかったことが問題だったといえます。北朝鮮向け石油精製品の輸出を9割削減した直近の2017年12月の決議は、北朝鮮が新たに弾道ミサイルを発射した場合、「石油の輸出をさらに制限する行動を取る」と念を押しており、制裁強化のための新決議策定に取り組まないなら、安保理の存在意義が問われるところでもあります。一方、緊急会合で、中国は、中露が安保理に提出した制裁緩和を求める決議案への支持を求めています。ロシアも、制裁強化は「北朝鮮国民を脅かすことになる」と同調している状況にあります。米朝の非核化交渉が止まったまま、北朝鮮は核・ミサイル戦力を増強させてきており、さらに核実験やミサイル発射を重ねることは到底許されるものではありません。さらに、米国のソン・キム北朝鮮担当特使は、金正恩朝鮮労働党総書記の祖父、金日成主席の誕生110年の節目となる4月15日に合わせ、「北朝鮮が更なる挑発行動に出る事態を懸念している。ミサイルの発射や核実験の実施なども考えられる」と語り、北朝鮮側に自制を求めています。報道によれば、キム氏は「北朝鮮がどのような行動に出ようと、同盟国・友好国と連携し、準備を整えておくことが重要だ」と訴えています。なお、これに関連して、4月18~28日に予定される定例の米韓合同軍事演習について「とても重要な演習であり、両軍は不測の事態に備えて不断の努力を続けている」と述べ、予定通り実施する考えを強調、一方で、北朝鮮に対し、「我々は前提条件なしに会談する準備ができている」と呼びかけています。

さて、北朝鮮が3月24日に発射した弾道ミサイルについては、2017年11月の「火星15」の高度や飛行時間をはるかに上回る新型だったとされましたが、北朝鮮は3月16日に「火星17」の発射実験に失敗しており、体制の動揺を防ぐため、3月24日の実験で旧型の「火星15」を「火星17」の発射に成功したように偽装したとの見解が有力です(金正恩総書記を前面に出して成果を宣伝しており、簡単に見破られるような偽装をしたとは考えられないという指摘もあります。発射失敗から1週間後に成功させるのは困難だろうとの見方には、「北朝鮮は兵器開発の際、常に複数のチームに競わせる。最近の相次ぐ発射もそう理解しなければならない」として、別の開発チームがそれぞれ試射したと考えることもできます。ただし、「火星17」であろうと「火星15」であろうと、北朝鮮がICBMの発射を自制してきた姿勢を転換し、挑発の度合いを高めたことに変わりはなく、日本のEEZ内に落下させたというのは危険極まりない行為であること、米国本土を射程に収めうるICBMの発射は米国の直接的な脅威にもなり、実際、米国は発射直後から強く反発していることは紛れもない事実です)。米朝交渉の過程で2018年以降、北朝鮮が続けてきた発射モラトリアム(一時停止)は破られ、「瀬戸際外交」に再び戻ったことを意味するもので、ウクライナ侵攻が進む中、挑発はどこまでエスカレートするのか予断が許されない状況が続きます。北朝鮮は、今年に入ってからICBM級のミサイルを少なくとも2回発射してきましたが、今回はさらに飛距離を伸ばしての発射に踏み切りました。ロシアのウクライナ侵攻への対応に追われる米国の隙を突いて、挑発行為に出た形であり、北朝鮮が再び挑発モードに入ったのは、非核化交渉の相手となるバイデン米政権が、前提条件なしの対話を呼びかけると言いながら、実際には新たな独自制裁を科すなど圧力を強めていることへの反発があると考えられます。北朝鮮は「強には強で対応する」と予告し、多角化するミサイル技術を内外に見せつけてきており、今回のICBMについても、通常角度で発射されていた場合、飛距離は米国全土をカバーする1万5,000キロ程度に達する可能性が示されています。それはまた、日本にとっても、米国の「核の傘」にほころびを生じさせかねないという懸念を生じさせるものとなります。2022年3月24日付産経新聞によれば、日本は、北朝鮮や中国を念頭に核の威嚇・使用があれば核兵器で報復する意志を示すことで抑止する「核の傘」の提供を同盟国である米国から受けていますが、北朝鮮がICBMで米本土に被害を及ぼす能力を保有すれば、米国は北の脅威に直接対峙するため、日本の防衛は深刻な影響を受ける恐れがあると指摘されています。米国が自国民を犠牲にするリスクを冒してまで同盟国を守らない事態が起きる「デカップリング(切り離し)」の問題が生じることになるからです。少なくとも北朝鮮にデカップリングが実現したと「誤解」させてしまえば、日本に対して通常兵器による威嚇や攻撃を行うハードルが低くなりかねない恐れがあるのです。日本政府としては日米韓の連携を強化することで、北朝鮮に「誤解」させる余地を極小化することを目指し、さらに自前の打撃力を保有することで、北朝鮮による挑発を失敗に終わらせる能力を示す必要があり、岸田内閣が敵基地攻撃能力の保有も含めた防衛力強化を行っているのはこのためだとされます。

政府は、北朝鮮によるICBM発射などを踏まえ、国連安全保障理事会決議が禁じる活動にかかわったロシア国内の企業など4団体9個人を資産凍結対象に追加指定しています。すでに独自の制裁として輸出入の全面禁止や船舶の入港禁止などの措置をとっており、制裁を拡大し北朝鮮の核・ミサイル開発の資金源に打撃を与える狙いがあります。今回の追加指定で、北朝鮮の核・ミサイル開発に関する制裁対象は129団体120個人に増加、4団体はいずれもロシア国内に所在し、個人のうち6人が北朝鮮国籍で3人がロシア国籍だといいます。林外相は、「拉致・核・ミサイルという諸懸案に対し、北朝鮮が問題解決に向け具体的行動をとるよう強く求める」と述べています。

▼外務省 北朝鮮の核その他の大量破壊兵器及び弾道ミサイル関連計画等に関与する者に対する資産凍結等の措置の対象者の追加について

我が国は、令和4年3月24日に北朝鮮が弾道ミサイルを発射したこと等を踏まえ、北朝鮮をめぐる問題の解決を目指す国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するため、主要国が講じた措置の内容に沿い、閣議了解「外国為替及び外国貿易法に基づく北朝鮮の核その他の大量破壊兵器及び弾道ミサイル関連計画その他の北朝鮮に関連する国際連合安全保障理事会決議により禁止された活動等に関与する者に対する資産凍結等の措置について」(令和4年4月1日付)を行い、これに基づき、外国為替及び外国貿易法による次の措置を実施することとした。

  1. 措置の内容
    • 外務省告示「国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するために講ずる資産凍結等の措置の対象となる北朝鮮の核その他の大量破壊兵器及び弾道ミサイル関連計画その他の北朝鮮に関連する国際連合安全保障理事会決議により禁止された活動等に関与する者を指定する件の一部を改正する件」(4月1日公布)により指定される者に対し、外為法に基づく以下の措置を4月1日から実施する。
      1. 支払規制
        • 外務省告示により指定された者に対する支払等を許可制とする。
      2. 資本取引規制
        • 外務省告示により指定された者との間の資本取引(預金契約、信託契約及び金銭の貸付契約)等を許可制とする。
  2. 上記資産凍結等の措置の対象者

米財務省は、北朝鮮によるICBM発射に対する措置として、朝鮮労働党軍需工業部傘下の「ロケット工業部」と国有貿易企業4社の計5団体を制裁対象に指定したと発表しています。米国内の資産を凍結し、米企業・個人との取引を禁止するもので、イエレン財務長官は声明で、発射について、「国連安全保障理事会決議のあからさまな違反だ」と批判しています。また、1日に北朝鮮に対する追加制裁を発動した日本を「称賛する」とし、引き続き連携して対応することを強調しています。報道によれば、ロケット工業部は新型ICBMの研究・開発に直接関与し、国有企業4社はその資金源になっていたとみられています。4社は北朝鮮で合弁企業を設立し、中国企業との大規模事業や労働者の国外派遣、外国での飲食店事業、欧州製大型機器の輸入などを手がけたとされます。米財務省は、3月にも北朝鮮の大量破壊兵器(WMD)と弾道ミサイルの開発を支援したとして、ロシア人2人とロシア企業3社に制裁を科しています。

北朝鮮の朝鮮中央通信は、金正恩総書記がICBM発射実験に携わった技術者らと記念撮影し、「真の防衛力は、強力な攻撃能力だ。誰も止められない恐るべき攻撃力、圧倒的な軍事力を備えてこそ、戦争を防止して国家の安全を担保し、いかなる帝国主義者たちの脅威・恐喝をも抑制できる」「強力な攻撃手段をさらに多く開発し、軍隊に配備する」と述べたと報じています。同通信は、北朝鮮が24日に発射したと主張する新型ICBM「火星17」について、同国の戦力を代表する「核攻撃手段の核心」を完成させたと意義を強調、金総書記が「誰も止めることのできない恐るべき攻撃力、圧倒的な軍事力」の重要性を強調し、「継続して国防建設目標を達成しながら強力な攻撃手段をより多く開発し、わが軍に配備していく」と述べたと伝えています。米国がICBM発射を非難して国連安全保障理事会で制裁強化を目指す意向を示すなど強硬姿勢を見せているのに対抗し、戦略兵器開発を進める意思を強調した形となります。一方、金総書記が父の故金正日総書記の死去を受け2012年4月に党と政府のトップに就任して10年になるのを前に、金正恩氏の写真展が27日に平壌で開幕、4月には故金日成主席の生誕110年記念日もあり、祝賀雰囲気を盛り上げるために再発射や核実験が行われる可能性があると日米韓は警戒しています。

金総書記の妹、金与正党副部長は、韓国の徐旭国防相が北朝鮮への先制攻撃に言及したことに「無分別で度が過ぎた妄言」と反発、「深刻な脅威に直面することになる」と警告しています。与正氏の談話が発表されるのは2021年9月以来約半年ぶりとなります。徐氏は、韓国軍のミサイル部隊の組織改編式で、北朝鮮による「ミサイル発射の兆候が明確な場合」には発射地点や指揮施設を「精密打撃できる能力と態勢を備えている」と発言していたもので、与正氏は北朝鮮が「核保有国」であると強調した上で、徐氏の発言が朝鮮半島の緊張状態をさらに悪化させたと主張、徐氏を「狂ったやつ」「ごみ」などと罵倒し、、「妄言のせいで深刻な脅威に直面しえる」「われわれは、南朝鮮に対する多くのことを再考する。惨事を避けようとするなら自粛すべきだ」とも述べています。さらに、党書記の朴正天前軍総参謀長も談話を発表し、朝鮮半島は停戦状態にすぎないとしたうえで、徐氏の発言は「全面戦争の火種になりかねない」と指摘、「先制攻撃のような危険な軍事的行動を取るなら、わが軍隊は容赦なく、強い軍事力をソウルの主な標的と南朝鮮(韓国)軍を壊滅させるために全てを集中させる」と警告しています。徐氏の「先制攻撃」発言をきっかけとするこうした北朝鮮の反応は、韓国が5月10日に尹錫悦政権が発足する権力の移行期にあたるため、戦争を懸念する不安な心理をあおって韓国の政権や国民を牽制する狙いがあるとみられるほか、尹錫悦新政権は、北朝鮮のミサイルに対抗するため、有事の先制攻撃能力保有を訴えており、徐氏の発言は、新政権の方針転換を先取りしたものとも言えること、米韓当局は北朝鮮が弾道ミサイルの発射や核実験などさらなる軍事行動の準備をしているとみており、北朝鮮が自らの軍事行動について、韓国側の動きに対応したものだとする「名分」をつくろうとしている可能性なども考えられるところです

一方で、国連安全保障理事会(安保理)の機能不全もまた深刻です。そもそも弾道ミサイル発射は、安保理の一連の対北朝鮮決議で禁じられており、2017年に北朝鮮がICBM「火星14」「火星15」を発射した際には、安保理はいずれも全会一致で追加制裁決議を採択しています。一方、今回は、中ロのかたくなさが際立つ状況です。北朝鮮が核実験などの新たな挑発に踏み込んでも、常任理事国である中ロが拒否権を盾に意思決定を阻止すれば、ウクライナ侵攻で高まりつつある安保理のあり方に疑義を呈する声が一段と強まりかねない状況です。トーマスグリーンフィールド米国連大使は会合で、「繰り返される決議違反に何もしないで立ち尽くすわけにはいかない」と強調、「今は制裁を終わらせる時ではなく、強化する時だ」と述べ、安保理が一致して対応する必要性を訴えています。ロシアのウクライナ侵攻後、北朝鮮は国連の場で対ロ接近を図っているようです。北朝鮮の金星・国連大使は、ロシアの侵略を議論した国連緊急特別総会で「ウクライナ危機の根本的な原因は、米国と西側の覇権主義にある」とロシアを擁護、ロシアを非難する総会決議案には2度続けて反対し、ロシアが主導した安保理決議案には共同提案国に加わる異例の対応を取っています。常任理事国のロシアは、安保理決議に拒否権を持っており、安保理で制裁が議論される可能性を見越したロシアへのシグナルとみられています。北朝鮮は、バイデン米政権がウクライナ情勢への対応にくぎ付けとなり、当面は北朝鮮の核・ミサイル問題に取り組む余裕はないと踏んでいる可能性もあり、その間にミサイル性能を向上させ、来たるべき米朝協議に備えて、核・ミサイルカードの交渉力を高めておく狙いも考えられるところです。

以上のような状況をふまえれば、北朝鮮の今後の戦略がおぼろげながら見えてきます。この点については、2022年3月28日付毎日新聞の記事「ウクライナ侵攻の陰で進む北朝鮮の戦略」が筆者の考えに近いものであり、以下、抜粋して引用します。

最近、北朝鮮をめぐる国際環境に大きな変化が起きた。ロシアによるウクライナ侵攻と韓国大統領選での保守系候補の勝利だ。北朝鮮にとってウクライナ情勢の最大の意義は、国際社会の亀裂が深刻化した結果、核・ミサイル開発への国際的包囲網が事実上の機能停止へと進んでいることだ。そのなかで、北朝鮮は、3月2日(現地時間)、国連総会でのロシアのウクライナ侵攻非難決議に反対票を投じ、ロシアに「恩」を売った。今後は、北朝鮮の行動にかかわらず、ロシアが拒否権を持つ国連安全保障理事会で北朝鮮への制裁強化などが採択される可能性は小さくなったとみられる。国際世論を考えても、ロシアによる明白な侵略が行われているなかでは、北朝鮮による核兵器、ミサイルなどの「実験」への脅威の認識は、相対的には鈍くならざるをえない。ウクライナ情勢は、多くの国に自前の国防力の重要性を再認識させた。しかし、「非核化」問題を抱える北朝鮮指導部には、それ以上の影響を及ぼしたとみられる。…今回、北大西洋条約機構(NATO)が軍事介入をためらっているのはロシアが核保有国だからと解釈することも十分可能だ。北朝鮮指導部は、核は放棄するべきではないという確信をさらに深めるだろう。北朝鮮としても、韓国を周旋役とした対米関係の改善は想定しにくくなった。北朝鮮は、トランプ政権との交渉の過程で、既にそうした韓国の役割に見切りを付けていたともみられるが、それにしても、必要と判断した時にはいつでも利用可能であった文政権下とは異なる状況になる。。今後は、制裁に耐えつつ核抑止力の確立を目指すという「正面突破」路線からの「名誉ある撤退」はますます困難になる。…北朝鮮にとって最近の国際情勢の変化は、軍事力の整備を加速する方針<北朝鮮のミサイル連続発射と『経済建設集中路線』の終わり>をさらに後押しすることになる。大枠では「全面的発展」構想に基づいて経済建設とのバランスをとりつつも、これまで以上に大胆かつ躊躇なく軍備の開発を進め、その成果を内外に誇示していくだろう。

北朝鮮の相次ぐ弾道ミサイルの発射に対し、日本の備えも問われる状況ですが、日本が弾道ミサイル攻撃を受けたことを想定し、自治体が指定する全国約5万カ所の緊急一時避難施設のうち、人的被害の抑制に最も有効な「地下施設」の割合が、2021年4月時点で2.4%にとどまることが判明しています(ウクライナにおいても、多くの市民が地下壕に避難していました)。中国の軍事力増強や相次ぐ北朝鮮のミサイル発射など、日本を取り巻く安全保障環境が緊迫の度合いを高めている現実を踏まえ、国は2025年度末までの5年間で地下施設の指定数を増やす方針ですが、施設の場所自体が周知されておらず、有事の際に機能するかどうかは未知数となっています。脅威の高まりを背景に、国民保護法に基づいて都道府県などは、避難先となる51,994カ所(2021年4月時点)を緊急一時避難施設に指定、場所は内閣官房の「国民保護ポータルサイト」で公表しているが、その多くはコンクリート造りの地上構造物で、内閣官房によると、爆風や熱線からの被害抑制に最も有効な地下施設の割合は約2.4%(1,278カ所)にすぎない状況です。また、北朝鮮が発射した米全土を射程に入れる可能性があるICBMは北海道西方約150キロに落下しましたが、北朝鮮の挑発がさらにエスカレートし、日本の領域への脅威が増せば自衛隊が迎撃するシナリオが現実味を帯びることになります。安全保障関連法により、集団的自衛権を行使して米本土に向かうミサイルを日本が迎撃することも法的には可能となりますが、それらの想定を十分に練っておく必要に迫られています。

その他、北朝鮮に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 韓国国防省の報道官は、北朝鮮北東部・豊渓里の核実験場で坑道の一部が復旧されたと明らかにしています。北朝鮮が4月にも核実験に踏み切る可能性があるとの観測が出ています。北朝鮮による2006年10月~17年9月の6回の核実験は全て豊渓里の実験場が使用されてきましたが、北朝鮮は米朝首脳会談を前にした2018年5月、実験場の廃棄を宣言して関連施設を爆破しましたが、その後、復旧作業が進められてきたものです。韓国の報道によれば、四つある主要な坑道のうち「3番坑道」の復旧が進んでいるといい、過去の実験で使用されたことがなく、損傷の度合いが最も小さいとみられています。韓国軍は、早ければ4月中旬以降に、核実験が可能になると判断しているようですが、北朝鮮の事実上の後ろ盾である中国は核実験に反対の立場とみられ、北朝鮮が核実験の可能性をちらつかせ、米国などへの「交渉カード」にする狙いがあるとの見方も十分考えられるところです。
  • 米政府系放送局ボイス・オブ・アメリカ(VOA)は、北朝鮮・平壌の美林飛行場を捉えた人工衛星画像で、軍事パレードの訓練とされる様子が確認されたと報じています。4月15日の故金日成主席生誕110年や、4月25日の「朝鮮人民革命軍」創設90年に向けた準備の可能性があります。大規模な兵の隊列とみられる点状の四角形が確認され、「最大7,800人が動員された」と考えられるということです。さらに、平壌中心部の金日成広場にも数万人が集まり、広場を赤色に染め、人文字で「一心団結」というスローガンや朝鮮労働党のロゴを描き出したといいます。2017年の生誕105年と同程度の大規模な軍事パレードを実施する可能性も考えられます。
  • 金総書記は、北朝鮮が「最悪の困難」に直面する中、自立という党の思想に対する国民の支持を高めるために宣伝活動を強化するよう求めています。社会主義の推進意欲を高め、党の思想宣伝活動における革新を促進する目的で28日に党幹部らの講習会が行われ、金氏が参加者に書簡で指示したといいます。金総書記は、朝鮮労働党は「最悪の困難に直面する中で前進」してきたと述べ、自立という「主体思想」を広める必要性を強調、「大衆の思想的・道徳的な力を引き続き最大の武器と見なし、あらゆる方法でこれを奮い立たせるべきだ」と語っています。
  • 北朝鮮の朝鮮中央通信は、金総書記が首都平壌を流れる普通江のほとりに新たに建設された階段式の住宅街を視察したと報じています。金総書記の「直接的指導」で建てられ、功労者や科学者らに供給されるとしており、最近北朝鮮の各地で建設が進められている住宅街の中でも別格とみられています。金総書記は「党の建築美学思想が具現され、現代性と利便性が立派に融合した新たな住宅建設の手本がつくられた」と評価、故金日成主席の生誕110年記念日となる4月15日の前夜に、選抜された入居者が引っ越せるよう作業を指示したとされます。
  • 韓国統一省の車徳哲・副報道官は、北朝鮮の景勝地・金剛山観光地区にある「海金剛ホテル」の解体作業が進められていると明らかにしています。南北協力事業の一環として韓国企業が協力していたホテルですが、韓国側の同意がないまま一方的に解体されているとして「強い遺憾」を表明しています。車副報道官は、ホテルの解体は「韓国企業の財産権を侵害する措置」だと批判、「直ちに中断して南北間協議を行うよう厳重に求める」と述べています。ホテル以外の施設については、解体の動きを把握していないといいます。金総書記は2019年10月に同地区を視察した際に、観光施設をすべて撤去するように命じており、朝鮮中央通信によると、「見るだけでも気分が悪くなるみすぼらしい施設を残さず撤去し、自然景観に見合った現代的な施設を建設すべきだ」と指示、「国力が弱い時に他人に依存しようとした先任者たちの政策が間違っていた」と語ったといいます。
  • 国連のトマス・オヘア・キンタナ北朝鮮人権状況特別報告者は、北朝鮮に対し、政治犯収容施設で劣悪な環境に置かれた多数の人々を解放するよう呼び掛けると同時に、国際社会に核問題とともにこの問題を取り上げるよう促しています。報道によれば、同氏は、2014年の国連調査で最大12万人が収容施設で拘束されていることが判明したとし、その後も施設に関する報告を受け続けていると述べ、「北朝鮮の体制は政治犯収容施設の存在なしには存続できないという話を聞いている」と指摘、収容者の恩赦があることにも言及し、「指導者に対して特に最も脆弱な人々の解放を続けるよう促す。最終的には施設の解体を求める」と述べています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例の改正動向(愛知県)

愛知県暴排条例が、2022年3月25日付で一部改正されています。東京都などと同様、暴力団排除特別地域内での「みかじめ料」を禁止行為の対象とすること、自首減免措置を導入することが柱となっています。反社リスクの高い愛知県だけに、東京都と同等レベルの条例の内容が必要と考えられていたところ、今回の改正でさらに暴力団排除が進むことが期待したいと思います。

▼愛知県警察 令和4年3月25日愛知県暴力団排除条例の一部を改正する条例が公布されました

令和4年6月1日改正施行となりますが、改正の内容としては、まず暴力団排除特別地域における禁止行為の追加があります。具体的には、「暴力団排除特別地域における禁止行為に「みかじめ料」の供与が追加」されています。これまでは、「特定接客業者」が、暴力団員に「用心棒代」として利益供与を行うことが禁止されていましたが、今回の改正により、「みかじめ料」として利益供与を行うことも禁止されることとなりました。違反すると罰則として、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されることとなります。なお、「みかじめ料」とは、「特定接客業を行うことを暴力団員がように音することの対償であり、あいさつ料、ショバ代、カスリ等、名目は問いません」と定義されています。参考までに、「用心棒代」は「顧客その他の者との紛争が発生した場合に、暴力団員がその紛争の解決や鎮圧を行うことの対償です」と定義されています。改正の内容のもう1つは、「暴力団員への利益供与の実態等を警察に申告(自首)したときには、その刑を減免することができるようになったことです(自首減免については、条例公布日(令和4年3月25日)から適用されます)。特定接客業者が、暴力団員に「用心棒代」や「みかじめ料」として利益供与を行っていたことや、暴力団員を用心棒として利用していたことを自ら進んで申告した場合には、その刑罰を軽くしたり、科さないようにしたりできるもので、条例改正前に行っていた行為についても適用されるということです。

(2)暴力団排除条例の改正動向(鳥取県)

今年3月に鳥取県暴排条例が改正され、「みかじめ料」について、今年8月から要求した暴力団員と、支払った飲食店などに罰則が科されることになります。新たに鳥取市と米子市の繁華街を「暴力団排除特別強化地域」に指定し、この地域の飲食店などに、いわゆる「みかじめ料」や用心棒代を要求した暴力団員と、要求に応じて支払った店には1年以下の懲役、または50万円以下の罰金が科されるものです。さらに、これまでの条例では、学校や図書館などの周囲200メートル以内に暴力団事務所を新設することが禁止されていましたが、条例の改正で新たに県や市町村が管理する314ある公園の周囲200メートル以内でも、事務所の開設が禁止されることになります。なお、暴力団事務所の開設を禁止する区域の拡大は、今年5月からで、みかじめ料などに関する罰則は、今年8月から適用されることになります。

▼鳥取県警察 鳥取県暴排条例の一部改正について

鳥取県暴力団排除条例改正検討中の項目としては以下のとおりです。東京都をはじめ、全国各地でのさまざまな改正の動きを一気に取り入れた内容となります。

  1. 暴力団事務所の開設及び運営を禁止する規制区域の拡大
    1. 周囲200メートルの区域で暴力団事務所の開設及び運営を禁止する保護対象施設に都市公園法に規定する都市公園を追加(第13条)
      • 周囲200メートルの区域で暴力団事務所の開設及び運営を禁止する保護対象施設に、既に規定されている学校、児童福祉施設、図書館、博物館、公民館、家庭裁判所等に加え、都市公園法第2条に規定する都市公園を追加
        ※罰則・・・1年以下の懲役又は50万円以下の罰金
    2. 暴力団事務所の開設及び運営を禁止する地域に都市計画法に規定する商業地域、工業地域等の追加及び違反者に対する中止命令の新設(第14条)
      • 暴力団事務所の開設及び運営を禁止する都市計画法第8条に規定する第1種低層住居専用地域等の地域に、近隣商業地域、商業地域、準工業地域及び工業地域を追加し、違反者に対する中止命令を新設
        ※罰則・・・中止命令に違反した者は1年以下の懲役又は50万円以下の罰金
  2. 「暴力団排除特別強化地域(鳥取市及び米子市の繁華街等の一部)」内における特定営業者と暴力団員との利益の授受の禁止(第21条の2~4)【新設】
    • 鳥取市及び米子市の繁華街等の一部を「暴力団排除特別強化地域」に定め、当該地域内における風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に規定する風俗営業、性風俗関連特殊営業、飲食店営業等や風俗案内所等を営む特定営業者と暴力団員との用心棒料、みかじめ料の授受等の禁止を新設
      ※みかじめ料とは、特定営業者が暴力団員に対して、営業を営むことを容認する対償として支払う金品等

      • 罰則・・・1年以下の懲役又は50万円以下の罰金
    • 積極的な申告を促すため、特定営業者に対しては自首減免規定を適用
  3. 立入検査等を規定(第23条)【新設】
    • 公安委員会は、1(2)に違反する行為をした疑いがあると認めるときは、暴力団員その他の関係者に対し、説明若しくは資料の提出を求め、又は職員に建物に立ち入り、調査させ、若しくは質問させることができることの規定を新設
      ※罰則・・・資料不提出、虚偽説明、立入拒否、妨害、忌避等した者は20万円以下の罰金

なお、すでに実施されたパブリックコメントの結果(電子アンケート121件を含む)についてもあわせて公表されていますので、以下、紹介します。設問項目すべてについて、概ね高い割合で「賛成」となっていることが確認できますが、一部「賛成」の割合が低いものや「分からない」の割合が高いものがあり、もう少し丁寧な説明が必要とされていることを示唆していると思われます。

▼鳥取県暴力団排除条例の一部改正(案)に関するパブリックコメントの実施結果について
  • 周囲200メートルの区域で暴力団事務所の開設及び運営を禁止する保護対象施設の追加について(現行条例では、青少年の健全な育成を図るため、学校、児童福祉施設、図書館、博物館、公民館、家庭裁判所等の保護対象施設の敷地の周囲200メートルの区域における暴力団事務所の開設及び運営が禁止されていますが、その保護対象施設に都市公園法第2条に規定する都市公園(県内314カ所)を追加する予定です。この保護対象施設の追加についてどう思いますか?)
    • 賛成432人(92%)反対4人(0.8%)分からない25人(5.3%)その他10人(2.1%)
  • 暴力団事務所の開設及び運営を禁止する都市計画法に規定する地域の拡大について
    • 賛成435人(92.4%)反対2人(0.4%)分からない27人(5.7%)その他7人(1.5%)
  • 規制地域内における暴力団事務所の開設及び運営をする者に対する中止命令の新設について(規制地域内における暴力団事務所の開設・運営をする者に対する中止命令及びこの命令に従わない者に対する罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)を設ける予定です。このことについてどう思いますか?)
    • 賛成416人(88.3%)反対1人(0.2%)分からない37人(7.9%)その他17人(3.6%)
  • 暴力団排除特別強化地域の新設について(現行の条例では、事業者と暴力団員との利益の授受が禁止されており、違反者には、公安委員会による調査、勧告及び事実の公表の行政措置が定められているものの、罰則はありません。しかしながら、県内の繁華街等では、接待等を伴う営業を行う風俗営業等の特定営業者と暴力団員との利益の授受が行われている実態があることから、暴力団員と特定営業者との関係遮断を図るためにも、特定営業者が密集する鳥取市及び米子市の繁華街等の一部を「暴力団排除特別強化地域」に指定するとともに、この地域内における特定営業者と暴力団員との利益の授受を禁止し、禁止行為に違反した者に対する罰則を設ける予定です。このことについてどう思いますか?)
    • 賛成434人(92.1%)反対2人(0.4%)分からない24人(5.1%)その他11人(2.4%)
  • 暴力団排除特別強化地域の選定について(暴力団の活動状況等を総合的に勘案し、県内では鳥取市及び米子市のうち、鳥取市弥生町周辺地域・米子市朝日町周辺地域・米子市皆生温泉三丁目の一部地域を暴力団排除特別強化地域に選定する予定です。このことについてどう思いますか?)
    • 賛成394人(83.7%)反対2人(0.4%)分からない57人(12.1%)その他18人(3.8%)
  • 暴力団排除特別強化地域における規制対象とする事業者について(規制対象とする特定の営業者は、暴力団の活動状況等を総合的に勘案し、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に規定する風俗営業(キャバクラ、パチンコ店、マージャン店、ゲームセンター等)・性風俗関連特殊営業(ソープランド、ファッションヘルス、ラブホテル、デリバリーヘルス等)・特定遊興飲食店営業(ナイトクラブ、ダンスホール等)・接客業務受託営業(コンパニオン派遣業等)・飲食店営業(居酒屋、レストラン、寿司屋等)※午前6時から午後10時までの時間においてのみ営むものを除く酒類提供飲食店営業、のほか、風俗案内業(風俗案内所)・風俗情報業(風俗情報を掲載した書籍、雑誌等を発行し、又はインターネットを利用して風俗情報を閲覧させる営業)とする予定です。このことについてどう思いますか?)
    • 賛成411人(87.3%)反対3人(0.6%)分からない47人(10.0%)その他10人(2.1%)
  • 特定営業者に対する自首減免規定について(事業者と暴力団員との利益の授受に違反した者については、暴力団員、特定営業者ともに罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)を設ける予定ですが、特定営業者に対しては、積極的な申告を促し、暴力団との関係遮断を図るため、自首により刑の減軽又は免除することができる規定を設ける予定です。このことについてどう思いますか?)
    • 賛成341人(72.4%)反対17人(3.6%)分からない99人(21%)その他14人(3%)
  • 立入検査等の規定について(都市計画法に規定する第1種低層住居専用地域等の地域における暴力団事務所の開設又は運営の疑いがあると認めるときは、違反事実を明らかにするため、警察職員による建物への立ち入り、物件の検査、暴力団員その他の関係者に質問することができることなどの規定を新設し、資料不提出、虚偽説明、立入拒否、妨害、忌避等した者への罰則(20万円以下の罰金)を設ける予定です。このことについてどう思いますか?)
    • 賛成425人(90.2%)反対0人(0%)分からない30人(6.4%)その他16人(3.4%)
  • 鳥取県暴力団排除条例改正後の鳥取県について(鳥取県暴力団排除条例は、「県民の安全で平穏な生活の確保と社会経済活動の健全な発展に寄与すること」を目的としています。今回の鳥取県暴力団排除条例の改正内容によって、県民の安全で平穏な生活の確保と社会経済活動の健全な発展への寄与につながると思いますか?)
    • 思う327件(69.4%)思わない15件(3.2%)分からない111件(23.6%)その他18件(3.8%)
(3)暴力団排除条例に基づく勧告事例(北海道)

暴力団の威力を利用する目的で暴力団に対して利益を与える行為をしたとして、北海道公安委員会は北海道内の2つの業者に利益の供与をやめるよう勧告しています。「北海道暴力団の排除の推進に関する条例」(いわゆる北海道暴排条例)に基づき今年3月2日と3日に勧告を受けたのは、いずれも札幌市内にある運送業者と自動車販売業者です。報道によれば、運送業者は2011年夏ごろから2021年11月ごろまでの間、業者が所有する庭園の出入口の鍵を無償で貸し与え、暴力団員に散歩をはじめ自由に利用させていたということです。また自動車販売業者は、暴力団幹部の息子が乗用車を購入する際、同暴力団傘下の団員から割引の依頼を受け、2021年8月、販売価格を割り引いて販売したというもので、業者は注文を受けた国産の中古車を数十万円割り引きして売っていたということです。いずれの利益の供与行為も北海道警の捜査で判明、利益の供与を受けたのは同じ暴力団で、両業者もトラブル回避などを目的とした、いわゆる「用心棒代」として供与行為をおこなっていたといいます。

▼北海道警察 北海道暴力団の排除の推進に関する条例

同条例の第15条(利益供与の禁止)において、「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(1)暴力団の威力を利用する目的で、財産上の利益の供与をすること」が規定されています。そのうえで、第22条(勧告)では、「北海道公安委員会は、第14条、第15条第1項又は第17条第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、当該行為をした者に対し、必要な措置を講ずべきことを勧告することができる」と規定されており、2件とも、これらが適用されたものと考えられます。

(4)暴力団排除条例に基づく逮捕・裁判事例(愛知県)

名古屋市中区のキャバクラの実質的経営者から用心棒代を受け取ったとして、愛知県暴排条例違反の罪に問われた、六代目山口組の2次団体弘道会傘下組織の高山組組長、篠田被告に名古屋地裁は、求刑通り懲役1年の判決を言い渡しています(同組幹部の六車被告にも求刑通り懲役10月の判決を言い渡しています)。報道によれば、裁判長は判決理由で、六車被告による用心棒代の回収は、篠田被告と実質的経営者との間の合意に基づいていたと指摘、「共謀があったことは容易に認定できる」とした上で、服役中だった篠田被告が首謀者と判断したといいます。本件は、共謀し2020年2~3月、暴排条例が暴力団排除特別区域と定める名古屋市中区錦にあるキャバクラの実質的経営者から、トラブル発生時の用心棒代として計128万円を受け取ったものです。

(5)暴力団対策法に基づく妨害防止命令の発出事例(京都府)

京都府公安委員会は、損害賠償請求訴訟の被告となった神戸山口組系の男性組長ら2人に、原告の不安を招く行為をしてはならないとする暴力団対策法に基づく妨害防止命令を発出しています。報道によれば、同命令の発出は府内で初めてということです。組長ら2人は東京都の会社役員から2億5,000万円をだまし取った疑いで2021年10月に逮捕され、嫌疑不十分の不起訴処分となっていたところ、役員が今年2月、被害金や慰謝料などを求めて京都地裁に訴訟を起こしたため、妨害防止命令を出したということです。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

暴力団対策法では、第4章「加入の強要の規制その他の規制等」第3節「損害賠償請求等の妨害の規制」第30条の4(損害賠償請求等の妨害を防止するための措置)において、「公安委員会は、第三十条の二各号に掲げる請求が行われた場合において、当該請求の相手方である指定暴力団員が当該請求に係る請求者又はその配偶者等の生命、身体又は財産に危害を加える方法で同条の規定に違反する行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、同条の規定に違反する行為を防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定しています。

(6)暴力団対策法に基づく防止命令の発出事例(静岡県)

静岡県公安委員会は、暴力団対策法に基づき稲川会森田一家の若頭に防止命令を発出しています。報道によれば、2018年ごろ、静岡県中部の飲食店従業員の40代男性に対し、用心棒の役務を提供することを約束していたところ、今後、男性との関係を継続して用心棒行為などを行う恐れがあるため、防止命令の発出を決めたものです。暴力団対策法では、第2章「暴力的要求行為の規制等」第1節「暴力的要求行為の規制等」第11条(暴力的要求行為等に対する措置)第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定しています。

(7)暴力団対策法に基づく中止命令の発出事例(兵庫県)

強要の疑いで逮捕されていた兵庫県の暴力団幹部が、「蟹工船に乗って金を稼いでもらうしかない」などと40代の男性に申し向け金品などを出すよう要求していたことが分かり、鳥取警察署は、暴力団対策法に基づき、中止命令を発出しています。報道によれば、六代目山口組系暴力団の幹部は、今年2月から3月にかけて鳥取市内や岡山県内、大阪府内などで40代の男性に「解体業者や人夫が見つからんかったらお前が蟹工船に乗って金を稼いでもらうしかない」などと暴力団の威力を示し金品などを出すよう求める暴力的要求行為をしていたということです。暴力団対策法では、第2章「暴力的要求行為の規制等」第1節「暴力的要求行為の規制等」第11条(暴力的要求行為等に対する措置)第1項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定しています。

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