抗争終結が迫る中、静かに進行する地殻変動に注目せよ
2022.07.12取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人
1.抗争終結が迫る中、静かに進行する地殻変動に注目せよ
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
(2)特殊詐欺を巡る動向
(3)薬物を巡る動向
(4)テロリスクを巡る動向
(5)犯罪インフラを巡る動向
(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向
(7)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(暗号資産)を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
・犯罪統計資料
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例に基づく勧告事例(石川県)
(2)岡山市暴力団威力利用等禁止条例に基づく逮捕事例(岡山県)
(3)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(愛知県)
(4)暴力団対策法に基づく逮捕事例(愛知県)
(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(群馬県)
(6)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(福島県)
(7)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(賞揚等禁止の仮命令)(熊本県)
(8)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(福岡県)
1.抗争終結が迫る中、静かに進行する地殻変動に注目せよ
本コラムでも取り上げているとおり、今年に入り、六代目山口組と神戸山口組の抗争とみられる事件が頻発しています。全国最大の暴力団の分裂から8月で丸7年となるのを前に、「主導権を握った山口組による脅しが最終段階に入った」との見方もあります。直近でも、神戸山口組の井上組長や絆會の織田代表の自宅への襲撃事件が相次ぎました。とりわけ井上組長の自宅が直接狙われたということは、「いつでもやれる」という六代目山口組側のメッセージとも受け取って良いように思われます。特定抗争指定暴力団に指定されたことで、組の活動が著しく制限されていることから、抗争終結によって指定が解除されると考え、六代目山口組側が(返しをほとんどしてこない神戸山口組側やそもそも六代目山口組から離脱したことからケジメをつけさせたい絆會に)揺さぶりをかけているとの可能性が考えられるところです。それに加え、六代目山口組の司忍組長(80)や高山若頭(74)はともに高齢であり、抗争も長期化している中、早く抗争を終結させて七代目に引き継ぎたい狙いがあるのではないかと筆者は推測しています。また、報道によれば、組員が出入りする居宅や事務所への襲撃について、相手を脅すだけでなく、住民の不安をあおり、地域に居づらくさせて拠点を奪う狙いもあるのではないかと指摘されており、最近の暴力団事務所の撤去が全国的に進む状況をふまえれば一定の合理性があると思われます。なお、車での犯行(「車特攻」と呼ばれているようです)については、相手を揺さぶりになるうえ、建造物損壊程度だから軽い刑罰で済むとの狡猾な考えもあるのではないかとの指摘もあり、筆者としてもそうだろうと思っているところです。
さて、7月に入り、直近でも両団体による抗争とみられる事件が発生しています。報道によれば、警視庁暴力団対策課は、東京都江戸川区の路上で六代目山口組の関係者と見られる40代男性が左脚を刃物で切りつけられ、全治2週間程度のけがをしたと明らかにしています住民から「路上で男性2人がもみ合っている」と110番があり、警察官が駆けつけると、神戸山口組の関係者とみられる30代男性がいたが、「俺は関係ない」と言って現場から立ち去ったといい、負傷した男性も「やった人間は逃げた」と話しているということです。現場近くには神戸山口組幹部の立ち寄り先があるといい、警視庁は傷害事件として捜査するとともに、六代目山口組と神戸山口組との抗争事件の可能性があるとみて警戒を強めているといいます。また、関連して、神戸市北区の神戸山口組の井上邦雄組長宅に銃弾が撃ち込まれた事件で、兵庫県警は、組長宅の門扉を壊したとして岐阜市の無職の林容疑者を建造物損壊容疑で再逮捕しています。林容疑者は5日午後2時20分頃、井上組長の自宅に向けて拳銃で銃弾を数発発射、金属製の門扉を壊した疑いがもたれています。林容疑者は発砲後、拳銃1丁を持って近くの交番に出頭しています。この林容疑者については、六代目山口組系組員とみられ、県警は10日に六代目山口組弘道会の本部事務所を捜索、拳銃の入手先などを調べています(なお、2022年6月14日付テレビ大阪の報道「元組長に緊急取材!山口組分裂抗争、再燃か?襲撃事件で新証言も」によれば、「ワンボックスカーで井上組長宅の門の前に行って、その上に乗って飛びついて、その門を越えようとしたらしい。それで落ちて拳銃を6発撃って」これまで六代目山口組側の実行犯・林雄司容疑者が複数の銃弾を撃ち込んだとみられていましたが、竹垣氏が入手した情報では、ワンボックスカーの上で塀を乗り越えるような素ぶりがあったといいます。「六代目山口組側の強い意志。早く抗争を終結させないと。それにはやはり井上邦雄組長の本丸を攻めないとならない」、「井上組長のために抗争事件、体張っていこうという人間が今の神戸山口組にはいないと思う」…「覚せい剤・マリファナとか密売が増えてきて、しのぎがない分、薬物に関わっているところが多い。それがものすごく気になるところ。摘発される量は半端ない」…「非常に目に見えない存在。知らず知らずに暴力団の経済活動に巻き込まれている。(暴力団を隠して)トラブルシューター的なコンサル的な、うまくやってあげますよとかお金回収してあげますよ、というところに安易に乗っかっていかない。なぜ、その人ができるのかというところを考えていくべき」などと報じられています)。また、絆会代表の自宅に軽乗用車で突っ込み門扉を壊したとして、兵庫県警は、無職の樺山容疑者を建造物損壊容疑で逮捕しています。織田代表方に運転する軽乗用車を後退して衝突させ、門扉を壊したとされます。県警によると、軽乗用車はエンジンがかかったままの状態で放置されており、在宅していた織田代表らにけがはなかったということです。樺山容疑者は兵庫県警長田署に出頭、六代目山口組系組織の組員とみられています。さらに、6月6日未明には佐賀市でも神戸山口組系の暴力団事務所に車で突っ込みシャッターが破壊される事件があり、六代目山口組系の組委員が逮捕されています。
また、関連して、2022年6月11日付産経新聞の記事「山口組が「半グレ」吸収 泥沼化する分裂抗争の先兵に」は、半グレと暴力団の関係性について踏み込んだ興味深い内容でした。以下、抜粋して引用します。
さて、これらの事件の背景については、新聞報道ではなく週刊誌等の情報がある程度手がかりとなることもあります。以下、最近の週刊誌等の報じた内容から、いくつか紹介します(なお、週刊誌等の情報ですので、情報の信ぴょう性については十分慎重に考えていただく必要があることを申し添えておきます)。
6代目山口組側からの圧力と神戸山口組の井上組長との軋轢で、進むも退くも展望ナシの神戸山口組の寺岡修若頭(2022年7月5日付デイリー新潮)
今度は絆會会長宅に車が…暴力団トップへの襲撃が全国で続くワケ、背後に高山若頭の存在(2022年6月8日付日刊ゲンダイ)
若狭勝氏 各地で頻発の暴力団事件に私見「必ずしも警察に情報入ってきていない」(2022年6月8日付東スポWeb)
六代目山口組・司忍組長が若頭らを引き連れて新横浜駅に現れた理由(2022年7月6日付FRIDAYデジタル)
山口組の分裂抗争がついに終結へ【前編】白昼の住宅街に響いた銃声の意味(2022年6月21日付NEWSポストセブン)
山口組の分裂抗争がついに終結へ【後編】情報戦の舞台はSNSやYouTubeに(2022年6月21日付NEWSポストセブン)
6代目山口組への復帰話が取り沙汰される絆會トップ「織田代表」の姿勢が評価されている3つの理由とは?(2022年6月14日付デイリー新潮)
「相手を撃ち殺せば無期懲役だが、車を使えば量刑はさほど重くない」最終局面を迎える7年目の山口組対立抗争事件続発の裏にある“高齢化問題”(2022年6月23日付文春オンライン)
「結局はカネと人事の問題だった」 7年目を迎えた山口組対立抗争 なぜ日本最大のヤクザ組織は分裂したのか? 対立の裏にあった「名古屋支配」と「上納金」(2022年6月23日付文春オンライン)
「史上最悪の暴力団抗争」80年代「山一抗争」はいかにして収束したのか 山口組対立抗争の終結に足りない“ある要素”とは?(2022年6月23日付文春オンライン)
6代目山口組から神戸山口組と絆會トップへの更なる襲撃は?絆會トップが元サヤ復帰に二の足を踏むワケ(2022年6月22日付デイリー新潮)
的屋のドン、巨大暴力団の元会長…裏社会の大物が次々逝去していた(2022年6月10日付週刊現代)
次に、暴力団等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 六代目山口組傘下団体山健組の事務所や周辺施設(建物6棟と駐車場など2か所の土地)について、神戸地裁は、使用を差し止める仮処分を決定しています。組員の立ち入りや会合の開催、看板の掲示などが禁止されることになります。決定は20日付で、暴力団追放兵庫県民センターが発表しています。報道によれば、花隈町の事務所周辺では2019年、六代目山口組の分裂抗争に絡んで組員2人が射殺される事件が発生、近隣住民約40人の要請を受け、同センターが暴力団対策法に基づく代理訴訟を起こし、山健組組長と神戸山口組の組長に対する仮処分を申し立てていたものです。(本コラムでも取り上げたとおり)神戸山口組に対しては、山健組の一部の組員が神戸山口組に残留しているとみられることから、5月に使用差し止めの仮処分が決まりましたが、山健組側が申し立てに反論する答弁書を提出したため、決定に時間を要したということです。事務所は2020年以降、暴力団対策法上の「特定抗争指定」に基づき使用が禁止されていますが、今回の決定で仮に抗争が終結しても、いずれの組員も立ち入れなくなりました。なお、兵庫県内にある六代目山口組系の暴力団事務所に使用禁止の仮処分命令が出されるのは、今回が初めてだということです。報道によれば、長くその存在におびえてきた住民は「『花隈といえば山健』というイメージを払拭できる」と期待の声を上げつつ、「決定は一区切り。一気に撤去を目指したい」と述べています。
- 茨城県ひたちなか市は、暴力団幹部ら2人が死亡する発砲事件が発生した市内にある極東会系暴力団の事務所について、裁判所に使用禁止を求める仮処分を申し立てました。ひたちなか市北神敷台にある極東会系暴力団の事務所では6月7日、暴力団幹部ら2人が死亡する発砲事件が起きました。この事件を受けてひたちなか市は同27日、近隣住民などの安全を守るためとして水戸地方裁判所にこの事務所の使用禁止を求める仮処分を申し立てたものです。ひたちなか市の大谷明市長は「市民の安全を確保するため県警や県弁護士会と協議し、暴力団事務所の使用禁止を求める仮処分を申し立てることにした。引き続き、市民の不安を払拭するため最善を尽くしていく」とコメントしています。
- 今年1月、銃撃事件が起きた水戸市の暴力団事務所を市が買い取ることで和解し、暴力団の立ち退きが実現したことを受け、警察はこの和解交渉に尽力したとして茨城県弁護士会の弁護士を表彰しています。水戸市元吉田町の六代目山口組系暴力団の事務所の2階で、この暴力団の40歳の幹部が頭などを拳銃で撃たれて死亡し、警察は現在も犯人の行方を追っています。事件を受けて水戸市はこの暴力団事務所について、使用を禁止する仮処分を水戸地方裁判所に申し立て、市と暴力団側の協議のすえ、事務所の土地と建物を市が買い取ることで和解が成立し、暴力団側は5月に事務所から立ち退いています。県警察本部は、茨城県弁護士会民事介入暴力対策委員会がこの和解交渉に尽力したとして、委員長の小沼典彦弁護士に対して飯利雄彦本部長から表彰状を手渡したものです。委員会では、小沼弁護士を中心に仮処分の申し立てを迅速に行ったほか、市と暴力団側の協議がスムーズに進むよう仲介を担ったということです。報道によれば、小沼弁護士は「失敗は許されないと思って取り組んでいました。賞を受けて、うれしいというよりは、ほっとしています」と話しています。
- 米子市にある六代目山口組系大同会の事務所とその敷地について、鳥取地裁米子支部が、使用を差し止める仮処分命令を出しています。6月30日に決定され、構成員の立ち入りや紋章や看板の設置など暴力団事務所や連絡所としての使用を禁じ、所有者にも、使用させないよう命じています。認定を受けた団体が住民に代わって暴力団事務所の使用差し止めなどを請求できる制度を利用して、事務所周辺の住民が島根県暴力追放県民センターに委託、今年3月に仮処分を申し立てていたものです(島根県では初めてとなります)。六代目山口組と神戸山口組は2020年に特定抗争指定暴力団に指定されているため、すでにこの事務所への立ち入りなどが厳しく制限されていますが、今回の決定により、仮に指定が解除されたあとでも事務所の使用が禁止されることになります。
- 前回の本コラム(暴排トピックス2022年6月号)で取り上げた兵庫県尼崎市と県警尼崎南署から違法な風俗営業を中止するよう警告され、一斉閉店した尼崎市神田南通の歓楽街・旧かんなみ新地について、市は環境改善とまちの再生のため、土地建物の取得へ向け実態調査に着手しています。ただ、共有スペースもある長屋で権利関係が複雑な上、権利者も代替わりしており、中には所在をつかめない権利者もいるほか、市側の一方的なやり方に憤る権利者もいるなど、その前途は多難の模様です。なお、2022年6月13日付デイリー新潮の記事「銃痕あり「ヤクザ幹部」が住んでいた家はお買い得か 全国初の「マル暴物件」競売に応募者ゼロの理由」において、関連情報がありますので、以下、抜粋して引用します。
- 佐賀県警は、佐賀県内の暴力団情勢について発表しています。2021年末時点で、暴力団対策法上、特定抗争指定を含む四つの指定暴力団傘下の計17組織、構成員計約270人を把握していることを明らかにしています。県警によると、県内の暴力団の構成員は10年前に比べて約60人減少、30年前から約100人減少し、全国的に減少傾向にあります。検挙数は、2021年が計110人で覚せい剤や違法薬物事案での検挙が多く、ほかには傷害や恐喝などがあるといいます。近年は70~100人前後を検挙しており、刑事部長は組事務所に看板を掲げなくなり、暴力団員の姿が見えにくくなっている一面があると述べ、県警と自治体、企業などが連携して「社会対暴力団」の構図で臨む必要性を強調、「暴力団が存在しない社会にしたい」と話しています。前述したとおり、佐賀県内では6月6日、六代目山口組系組員が佐賀市本庄町袋にある神戸山口組系の組事務所のシャッターに車で突っ込んだ事件がありました。県警は両組織が7年前に分裂して対立状態となったことに起因しているとみて、関係する事務所などの周辺にある学校や通学路の警戒を続けているということです。
- 兵庫県公安委員会は、六代目山口組と神戸山口組の特定抗争指定暴力団への指定を、3カ月間延長すると明らかにしています。7月5日の官報に公示し、期間は10月6日まで、指定延長は10回目となります。今年に入って暴力団の抗争とみられる事件が頻発しており、6月5日には神戸市北区の神戸山口組組長宅で複数の弾痕が見つかる事件が発生、翌6日は神戸山口組から離脱した絆會代表宅に軽自動車が突っ込むなど、情勢は緊迫感を増しており、報道によれば、兵庫県警暴力団対策課は「警戒活動を強化し、市民が巻き込まれないよう努めていく」としています。関連して、兵庫県公安委員会は、暴力団対策法に基づき、六代目山口組を指定暴力団に再指定し、官報で公示しています。1992年の同法施行以降、指定は11回目で、効力は23日から3年間となります。兵庫県警によると、2022年3月1日時点の勢力は44都道府県(1都1道2府40県)にわたり、組員約4,000人で、2019年の前回指定前は43都道府県で約4,300人でした。
- 国家公安委員会は、暴力団対策法に基づき会津小鉄会(京都市)、共政会(広島市)、合田一家(山口県下関市)、小桜一家(鹿児島市)について、指定暴力団に再指定する要件を満たしていると確認、京都、広島、山口、鹿児島各府県の公安委員会の手続きを経て、近く官報で公示されることになります。警察庁によると、いずれも指定は11回目で、2022年4月時点の構成員は会津小鉄会約50人、共政会約120人、合田一家約40人、小桜一家約50人となっています。
- 特定危険指定暴力団工藤会が起こしたとされる市民襲撃など6事件に関わったとして、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)などの罪に問われた同会ナンバー3で理事長の菊地敬吾被告の論告求刑公判が福岡地裁であり、検察側は「生涯にわたって償いの日々を送らせるべきだ」と無期懲役を求刑しています。報道によれば、菊地被告は、2012年に暴力団排除の標章を掲示した飲食店のビルが放火されたり経営者らが襲撃されたりした3事件に加え、福岡県警元警部銃撃(2012年)・看護師刺傷(2013年)・歯科医師刺傷(2014年)の計6事件で起訴されています。2020年12月に始まった公判ではいずれも関与を否定し、無罪を訴えています。検察側は論告で、標章を巡る3事件は菊地被告が「首謀者」で、残る3事件は同会トップの野村悟被告=福岡地裁で死刑判決を受け控訴中=らの意を受け、いずれも配下の組員らを指示して「不可欠な役割を担った」と指摘、一般市民を襲撃した点を非難し「刑事責任は極めて重大。(30年以下の)有期懲役では軽きに失する」と述べています。10月に弁護側の反論があり、結審する見込みとなります。
- 被害総額1億円超の特殊詐欺事件で現金を受け取る「受け子」グループを統括していたとして、警視庁は、六代目山口組系組幹部を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、容疑者は、さいたま市の80代女性が2017年7月に息子を装った男から電話で「会社のお金が入っているかばんをなくした。会社を首になるかもしれない」とうそを言われ、現金200万円をだまし取られた詐欺事件に関与した疑いがもたれています。女性はその日のうちに市内の駅に呼び出され、息子の会社の関係者を名乗る男に現金を渡していたといいます。同課はこれまでに、被害女性から現金を受け取った男ら受け子のほか、見張り役、受け子からの現金回収役などの複数の容疑者を逮捕、同課は、容疑者がこれらの容疑者を含む受け子グループを統括し、被害者に電話をかける「かけ子」グループ側との連絡調整も担っていたとみています。なお、容疑者のグループが関わったとみられる特殊詐欺事件の被害は2017年7月~2019年1月の約1年半で、1都8県の66件計1億1,000万円に上るとみられるとのことです。
- 京都府などに住む80代女性ら6人が、特定抗争指定暴力団神戸山口組系の組員による特殊詐欺の被害に遭ったとして、神戸山口組の井上邦雄組長ら3人に損害賠償計約646万円を求めた訴訟は、京都地裁で和解が成立、組側が6人に解決金計約318万円を支払っています。原告代理人の和田敦史弁護士によると和解日に支払いを受けたといい、報道によれば、和田氏は「実損分を上回る金額だった」と説明しています。和解内容には、経済的損失や精神的苦痛を与えたことへの謝罪や、原告への接触禁止も盛り込まれています。訴えによると、6人は2019年9~12月、家電量販店の店員や警察を名乗る電話を受け、組員らにキャッシュカードを渡し、現金をだまし取られたというもので、一連の事件では組員ら数人が詐欺罪などで有罪判決を受けています。
- 泣き寝入りする被害者をなくすために、静岡県警察本部が県弁護士会に対し、暴力団の関与が疑われる特殊詐欺事件について、弁護士会と連携し迅速に「民事訴訟」を起こしていくことを要望しています。幹部や代表者だけでなく「受け子」などの実行犯に対しても損害賠償を求めることで、金銭的に被害者を救済する狙いがあるということです。報道によれば、県警は「泣き寝入りする被害者を減らすだけでなく、犯罪に手を染める若者を減らしたい」と話しています。
- 六代目山口組の中核組織弘道会と関係が深いとみられる男の海外資産の国内への不正送金事件で、愛知県警は、風俗店グループ「ブルー」の実質的経営者、佐藤容疑者ら男3人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益の仮装)と詐欺の疑いで再逮捕しています。報道によれば、不正送金の総額は再逮捕分も含め約6億円にのぼるといいます。警察当局が、実態把握が難しい海外資産に絡み暴力団側を摘発するのは異例だと思われます。問題となった資金は、佐藤容疑者がオーストラリアに保有していたリゾートマンションの売却金などとみられ、現地の法律事務所が管理していたといいます。佐藤容疑者は「名古屋の風俗王」と呼ばれ、警察当局は売り上げの一部が弘道会の資金源になっているとみて「反社会的勢力」と認定しており、そのため、国内の複数の金融機関で口座開設や国際送金を断られていたということです。本コラムでいつも取り上げているとおり、暴力団の資金源を根絶するために警察当局は金融機関などとの連携を強めており、とりわけ、犯罪収益を海外などで浄化して新たに活動資金とするマネー・ローンダリングには目を光らせています。日本は、マネロンの取り締まりや金融機関の顧客管理に不備があると、国際組織「金融活動作業部会(FATF)」から繰り返し指摘されており、佐藤容疑者らも、複数の人間を介在させることで海外資金を国内に移せる現行制度の「穴」を狙ったとみられています。報道によれば、捜査幹部は「国外に限らず、国内でも第三者に口座を作らせたり土地を買わせたりして、監視の目をかいくぐって資産を管理している可能性は高い。今後も取り締まりを強化していく」と話しています。
- 熊本県天草市の海上で2019年、係留中の漁船内から約590キロ(末端価格約354億円相当)の覚せい剤が見つかった事件で、福岡県警などが、密輸の指示役の元暴力団組員について、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入未遂)容疑で逮捕状を取っているとのことです。指示役とみられるのは、六代目山口組系の元組員の高田容疑者で、中国に潜伏しているとみられ、外務省が6月20日付で高田容疑者の旅券を失効させ、同30日付の官報で通知したということです。不法滞在容疑で身柄が現地で確保されれば、強制退去となります。熊本県警などは国際刑事警察機構(ICPO)を通じて中国側に情報を求め、警察庁に国際手配をするよう要請しています。事件には台湾人の密輸グループや六代目山口組系以外の工藤会系や住吉会系など複数の暴力団関係者など約20人が関与していたということです。有罪が確定した共犯者らの裁判記録などによると、高田容疑者らは2019年12月、東シナ海上で船から船に覚せい剤を積み替える「瀬取り」をし、天草市の漁港で陸揚げして密輸しようとした疑いがもたれています。なお、共犯者の一人は公判で「密輸の仕事がある」、「報酬は3日間で80万円」などと組員らから勧誘されたと証言、高田容疑者からの指示は、末端の実行役まで数人を経由して伝達され、やりとりは密輸の実行まで約4カ月にわたり頻繁に繰り返されていたといいます。連絡手段は個人情報の登録が必要ない無料通信アプリ「スカイフォン」や、メッセージの復元が難しいSNS「Signal」など匿名性の高いツールが使われていたといいます。また、異なる暴力団の組員が犯罪グループを構成することは近年増えつつあり、報道によれば、ある捜査幹部は、飲食店から「みかじめ料」を取るなど組の威力を利用した昔ながらの「シノギ(非合法的な資金獲得活動)」が難しくなり、「組織をまたぎ、個人的なつながりをたどって離合集散型の犯罪グループを作るなど、あらゆる手を使って資金を得ようとしている状況がある」と指摘しています。そのこともあり、動きが見えづらくなり、追跡捜査も困難を極めるということです。
- 埼玉県狭山市の集合住宅の一室で大麻を持っていたとして、埼玉県警は住吉会系の幹部ら男3人を大麻取締法違反(営利目的所持)の疑いで逮捕しています。報道によれば、この部屋で乾燥大麻約465キロ(末端価格約27億9,000万円)を押収、埼玉県警によれば、2021年1年間に、全国の警察が押収した乾燥大麻計約329キロを上回る量といい、組織的に密売していた可能性があるとみて、入手経路や転売先などを調べているということです。3人は5月31日に共謀し、同市青柳の集合住宅の一室で、営利目的で乾燥大麻約323グラムを所持した疑いがもたれていますが、別の事件でこの部屋を家宅捜索した際、室内からは袋17個と、ポリ製真空パック390個で計約465キロの乾燥大麻が発見されたものです。埼玉県警幹部は、「ここ数年では全国でトップの押収量。埼玉県内でも過去に例がない」と話しています。また、マンションの一室に密売用の覚せい剤を保管していたとして、大阪府警は、六代目山口組系組員を覚せい剤取締法違反(営利目的所持)の疑いで現行犯逮捕しています。大阪府警は、部屋は密売倉庫とみているといい、覚せい剤のほか、未使用の注射器251本と電子ばかり1台を押収したといいます。薬物対策課によれば、容疑者は4月下旬、大阪市東住吉区の賃貸マンションの一室に、覚せい剤約60グラム(末端価格356万円、2,000回の使用量に相当)を営利目的で所持した疑いがもたれています。また、この部屋からは小さなポリ袋や現金約56万円も見つかっており、この部屋で覚せい剤を管理していたとみて入手先などを調べているということです。さらに、住吉会幸平一家中村組の組員が、5月19日に都内の自宅で乾燥大麻約110gを営利目的などで所持したとして、麻取締法違反の疑いで逮捕されています。容疑者は覚せい剤を他人に譲り渡した疑いで5月に逮捕され、その後自宅からビニール袋115個に小分けされた乾燥大麻が見つかったということです。大麻110gの末端価格は約66万円で、警察は暴力団の資金源になっていたとみて調べています。また、覚せい剤1.9キロ余りをマレーシアからの貨物の中にコーヒー豆などと一緒に隠して密輸したとして、大阪の六代目山口組系一会の組員ら2人が覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕されています。報道によれば、2人は、5月、覚せい剤1.9キロ余り、末端の密売価格でおよそ1億1,700万円相当をマレーシアからの貨物の中にコーヒー豆などと一緒に隠して密輸したとして覚せい剤取締法違反の疑いが持たれています。覚せい剤は関西空港で税関職員が発見し、中身を入れ替えて追跡捜査したところ、2人が密輸に関わった疑いがあることがわかったということです。また、覚せい剤を営利目的で所持したとして、大阪府警曽根崎署は、覚せい剤取締法違反の疑いで、六代目山口組2次団体章友会幹部ら4人を逮捕しています。報道によれば、逮捕容疑は3月、大阪市阿倍野区の容疑者の自宅で、覚せい剤約66グラムを営利目的で所持したというものです。同署によると、別の事件の捜査で容疑者の自宅を家宅捜索し、ポリ袋入りの覚醒剤を発見したということです。
- 医療費の還付金をかたって現金約100万円を詐取したとして、警視庁捜査2課は、電子計算機使用詐欺と窃盗の疑いで、川崎市麻生区の暴力団十代目飯島会系組織組員を逮捕しています。容疑者は詐欺の被害金を引き出す「出し子」だったとみられ、ほかにも還付金詐欺約30件で計約3,500万円の引き出しに関与したとみて捜査しているということです。逮捕容疑は5月、何者かと共謀して埼玉県越谷市の70代男性宅に市役所職員をかたり、「累積医療費の還付金がある」と電話をかけ、ATMから振り込ませた現金約100万円を引き出したなどというものです。容疑者は出し子と発覚しないよう、原付きバイクで都内各地を回り、全て別の場所のATMで金を引き出していたといいます。
- 米アップルの「AirTag」が愛知県警の捜査車両に取り付けられていたことが判明しています。
- 愛知県警は、六代目山口組直系組織平井一家総裁の薄葉暢洋容疑者と、同幹部の原幸夫容疑者を証拠隠滅の疑いで逮捕しています(後に不起訴となっています)。薄葉容疑者は「若頭補佐」と呼ばれる六代目山口組執行部メンバーの一人です。報道によれば、2人は共謀し、5月17日頃~20日、同市内の組事務所に掲げていた組員2人の名札を外して、刑事事件の証拠品を隠した疑いがもたれています。この組員2人について県警は、暴力団員であることを隠して持続化給付金を不正受給したとして逮捕、別件でこの5日前に事務所を家宅捜索した際には2人の名札が掲示されていたが、不正受給事件での20日の捜索時には外されていたというものです。県警は、薄葉容疑者らは、2人が暴力団員であることを隠すために名札を外し、不正受給事件の捜査を組織的に妨害したとみているということです。名札は木製で名前が書かれており、豊橋市内の組事務の応接室に幹部クラスの十数人分が掲げられているとのことです。
その他、反社会的勢力の動向等について、最近の報道から、いくつか紹介します。
- 埼玉県は、新型コロナウイルス患者の医療機関などへの搬送を委託していた平和観光(さいたま市のCS・SDGsパートナーズとSDGs企業認証制度に認証されたタクシー会社)について、契約を解除すると発表しています。県感染症対策課によると、同社の役員らに暴力団または暴力団員と関係ある者がいたため、契約書に抵触したというもので、同課の担当者は「患者の搬送を委託していたのは1社だけだった。次の委託先を探しているが、当面の間は保健所職員らが中心となって患者の搬送を行う」と説明しています。さいたま市も2020年5月から特命随意契約で、患者搬送を同社1社に委託していましたが、7月1日付で市と契約できる名簿登録から外し、別の業者が請け負っているといいます。県警捜査4課によると、同社の50代男性役員は少なくとも2017年以降、指定暴力団との関係があったとみられ、捜査の過程で把握して6月下旬、県、さいたま市、川口市に通報したということです。
- 暴力団との関係を隠して群馬県にある会社の株式を購入し、不正に株主になったとして、今年3月、警視庁に詐欺の疑いで逮捕された61歳の韓国籍の男性ら4人について、東京地検は先週、全員を不起訴処分としています。東京地検は不起訴の理由を明らかにしていません。
- 稲川会系組員2人によるヤミ金融事件の被害に遭ったとして、関東地方に住む40代男性ら10人が、同会トップの辛炳圭(通称・清田次郎)元会長ら4人に約1,300万円の損害賠償を求め訴えを静岡地裁に起こしています。原告らは辛元会長に使用者責任があると主張しており、静岡県警によると、ヤミ金の被害者が暴力団を提訴するのは全国初だということです。ヤミ金の利息が暴力団の資金源になっている例は多いとされ、提訴によって資金源を断つ狙いがあります。訴状などによると、稲川会系組員2人は2013~2020年、無登録で貸金業を営み、原告らに複数回にわたり現金計50万~150万円を貸し付けた上、法定金利を超える利息を受領したとしています。2人は2020年に貸金業法違反(無登録営業)容疑などで静岡県警に逮捕された後、同罪などで起訴され、いずれも有罪判決を受けています(1人は現在も服役中)。
- 国の新型コロナウイルス対策の持続化給付金をだまし取ったとして、警視庁公安部は詐欺の疑いで、右翼団体「志國塾」塾長と住吉会系組長ら男7人を再逮捕しています。再逮捕容疑は共謀して、2020年6月、塾長らがコロナ禍で収入が減少した個人事業主や法人を経営しているなどと装って、持続化給付金計300万円をだまし取ったというものです。塾長は、2022年6月にも、同様の方法で持続化給付金計400万円をだまし取ったとして、詐欺の疑いで公安部に逮捕されていました。公安部は給付金が、志國塾や住吉会系暴力団の活動資金になった可能性があるとみています。
- 大阪市住吉区の路上で男性3人が警棒やスタンガンで襲撃された事件で、大阪府警捜査1課は、殺人未遂容疑で、職業不詳、平山容疑者とアルバイトの10代の男を逮捕しています。報道によれば、グループは不良集団「半グレ」とみられ、府警は他に数人が関与しているとみて捜査しているといいます。平山容疑者はグループのリーダー格だといい、共謀し、6月5日夜、同市住吉区杉本の路上で、建設作業員の男性ら3人にスタンガンを押し当てたり、警棒で顔面を殴ったりして、けがをさせたというものです。被害男性は事件2日前、知人にバイクの修理を依頼。バイクの扱いをめぐってグループとトラブルに発展したといいます。
総会屋の活動は以前に比べてかなり低調なものとなりました。
福岡県に対する「ふるさと納税」制度で、暴力団対策名目の寄付が低調だと報じられています(2022年6月16日付読売新聞)。以下、抜粋して引用します。
暴力団離脱の難しさについて、実体験をもとに説得力のあるコラム「元ヤクザの司法書士が怒りと悔しさに震えた理由…過剰な暴力団排除の異常な裏側」(2022年7月8日付Business Journal)も大変興味深い内容でしたので、以下、抜粋して引用します。
さらに本コラムではお馴染みの廣末登氏のインタビュー記事を紹介します。
炎上気味、就職困難でもアウトロー支援を続ける”ヤクザ博士”の波乱万丈すぎる過去「幼い頃、街角が家族だった」「専門学校が半グレに乗っ取られた」(2022年6月26日付文春オンライン)
「カタギの方がよっぽど怖い」日本で唯一のヤクザ博士が語る”ヤクザとの付き合い方”《極端すぎる日本のヤクザ政策への提言》(2022年6月26日付文春オンライン)
2.最近のトピックス
(1)AML/CFTを巡る動向
いまだ混沌として終わりを見通せないウクライナ情勢ですが、欧米と露(ロシア)との間で「経済制裁」の応酬・拡大・強化が続いています。制裁の効果については、現時点では限定的に見えますが、中長期的には双方に大きなダメージを与えることとなり、、「我慢比べ」の状況が続くことは確実です(露国内での不満の蓄積や政情不安、欧米における「支援疲れ」などを招くことになります)。企業の実務においては、経済制裁対象との取引を回避することが求められることになりますが、AML/CFTの実務の一部として行われます。今後の制裁の強化においては、二次制裁(第三国にも自国の制裁を順守させること)の導入がすでに検討されており、人権DD同様、企業は、取引先のKYC(Know Your Customer)にとどまらず、KYCC(Know Your Customer’s Customer)の視点から実施することが求められることになり、実務においては相当な負担となることが予想されます。その制裁について、どのくらいの効果があるのか、制裁の抜け道としてどのようなことが行われているのか、最近の報道から確認してみたいと思います。2022年6月21日付毎日新聞の記事「行かないのに…なぜ? 露入国禁止リストのウラ側 人選形式的、効果薄く」では、国際政治経済学者で東京大公共政策大学院教授の鈴木一人氏が「私はロシアに1ルーブルの資産もなく、そもそもロシアに行く理由がない。何も困らないので、制裁されてる感ゼロですね」と述べ、露の制裁の内容が極めて杜撰なものであることが示されており、大変興味深いものです。以下、抜粋して引用します。
また、2022年6月30日付毎日新聞の記事「「制裁に効果はあるの?」ロシア人留学生への取材を通じて感じた疑問」では、以下のような市民の視点、国民性の観点から制裁の効果について紹介されており、大変考えさせられます。
次に、最近の報道から、制裁の抜け道に関するものを、いくつか紹介します。
米政府は6月28日、ロシアの防衛関連企業を含む100以上の団体・個人に制裁を科し、ロシア産の金の輸入を禁止すると発表しています。G7首脳会議の合意を踏まえた措置で、ウクライナ侵攻を巡りロシアへの圧力を強化するもので、財務省が露の防衛企業をはじめとする70団体と29人を制裁対象に指定しています。イエレン財務長官は声明で、ロシアのウクライナ侵攻は「すでに士気の低下、サプライチェーンの寸断、兵たんの失敗」に見舞われているとし、ロシア防衛産業を標的にすることでさらに打撃を与えると表明しています。財務省によると、露国営の航空宇宙・防衛コングロマリットであるロステックやロステックが過半数出資するユナイテッド・エアクラフト(UAC)、露の戦略爆撃機や輸送機を製造するツポレフなどが含まれ、ロステックは幅広い業種に800以上の傘下企業があり、同社が直接あるいは間接的に50%以上の権益を持つ全ての企業が制裁対象に含まれたほか、露がウクライナで使用する戦闘機「スホーイSU30」の多くを製造する航空機メーカー、イルクートも制裁対象に含まれています。また、ロシア最大のトラックメーカーであるカマズも制裁対象に指定、同社製の車両がウクライナ戦争でミサイルやロシア軍兵士の輸送に使われているとしています。一方、ロシア産の金に関する制裁は悩ましい問題があるようです。金はそれ自体に価値があり、発行体による信用リスクが低い「安全資産」とされてきたため、政治要因による取引制限は、中央銀行や投資家の金購買意欲をそぎ、金の信認低下にも発展しかねません。ロシア産金の禁輸はG7サミットで合意し、米国や英国、日本、カナダが表明、露が金売却で外貨を得る「抜け道」を防ぐ意味がありますが、すでにスイス税関が6月下旬に発表した5月の通関統計では、スイスがロシア産金をウクライナ侵攻以降で初めて輸入していたことが明らかになっています。つまり、抜け道となりかねない問題のひとつは、制裁に踏み込まない中国、インドなどがロシア産の金を買い支える可能性がある点です。実は金消費大国1位の中国と2位のインドが親ロシア国という需要構図になっており、そもそも実効性に疑問があるものです。実際、原油などのエネルギー分野ではロシア産を中国やインドが国際相場の指標価格より割安に買っている例があります。また、今回の経済制裁がロシア中央銀行にまで及んだことで、2,298トンの金売却の道が塞がれてしまい、公的金準備は「宝の持ち腐れ」になったところ、抜け道として中国がその一部を買い受ける可能性が浮上しています。中国は民間だけでなく中国人民銀行も外貨準備として無国籍通貨の金保有を増やしてきた経緯があり、ロシアからの直接金購入の対価は人民元で支払われることになれば、国際決済通貨としての人民元の通貨圏を拡大することは、中国の通貨戦略にも適うということになります。さらに、「インドだが、親ロ国とはいえ米国との関係にも配慮する立場にある。あからさまにロシア産金を大量輸入することは控えるのではないか。ただし、武器をロシアから輸入してきた経緯もあり、ウクライナ情勢次第では限定的ながらロシア産金を買い受ける可能性があろう。さらに中東も文化的に金選好度が高く、政治的思惑も絡みロシア産金を輸入する事例が生じても不思議はない。対イラン経済制裁の事例では、金塊がドバイ経由でイランに流入して、制裁の抜け穴となった。なお、金地金は精製業者(リファイナリー)で溶解されれば生産国の国籍は消える。そこでスイス国内などの金リファイナリーは既にロシア産金の取り扱いを停止する旨、連名で発表している。それでも、5月のスイス通関統計にはロシアからの輸入として3.1トンが明示されている。2月までの12カ月も平均2トン輸入の数字が出ており、「姿みせぬ買い手」として業界内では話題となっている」(2022年6月29日付日本経済新聞)。また、金は換金性に富み、希少性や美しさなどからこれまで高い価値評価を受けてきたほか、法定通貨と違って発行体が存在せず「無国籍通貨」としての顔も持っているところ、G7の合意によって、制裁のような政治要因で換金不能になる「前例」ができたことで、親ロシア国家などが金の流動性に不安を感じ「安全資産」として保有する意義に疑念を抱けば、金の購入意欲が薄れ、市場の買い手は構造的に減少する可能性があり、その影響は金を保有する欧米などの中銀や機関投資家、個人にも及ぶことになります。
インドのセメント最大手ウルトラテック・セメントがロシアから石炭を輸入し、人民元で決済していることがロイターが入手したインドの税関書類で明らかになったと報じられています(2022年6月29日付ロイター)。報道によれば、ウルトラテックはロシアの石炭大手SUEKからの157,000トンを、極東のワニノ港から出荷、5日付の請求書では代金が1億7,265万2,900元(2,581万ドル)となっているといいます(SUEKのドバイ部門が取引を手配したと明らかにしたといいます)。他の企業も元建てでロシア産の石炭を発注したといい、元による決済が増えれば、西側諸国による対ロシア制裁の効果が弱まる可能性があります。さらに、前述したとおり、元の国際化を目指す中国の取り組みに追い風にもなります。報道によれば、シンガポールの為替トレーダーは「この動きは重要だ。この25年間、インド企業が国際貿易の決済に元を用いたという話は聞いたことがない。ドルを回避している」と話しています。また、インドの銀行関係者によると、人民元を使ったインドの貿易決済では、金融機関は中国や香港の支店、あるいは提携している中国の銀行にドルを送り、人民元と交換して貿易決済を行う可能性があるほか、インド財務省の元幹部は「ルピー、人民元、ルーブルのルートが有利と分かれば、企業は切り替えようとする。こうした取引は今後も行われる可能性が高い」との見方を示しています。このような形での抜け道も機能している点に注意が必要です。
経済制裁の大きな柱でもある国際送金・決済システムのSWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシアの主要な金融機関の排除においても、抜け道が存在します。報道によれば、ロシア中央銀行のナビウリナ総裁は、SWIFTの国内代替手段(ロシア中央銀行が開発した独自のメッセージングシステム「SPFS」)に12カ国・70行の海外金融機関が加盟したと表明していますが、二次制裁のリスクがあるため、加盟行の名前は明らかにされていません。なお、SPFSは国際的な接続性を欠いているほか、SWIFTが毎日24時間稼働しているのに対し、SPFSは平日の営業時間内しか稼働していないほか、PFSは送受信可能なメッセージのサイズに制限があり、複雑な取引に対応できない恐れがあるとされます。とはいえ、「抜け道がある」という点で注意が必要です。
抜け道ではありませんが、米財務省は、米国の制裁対象となっているロシア新興財閥オリガルヒのスレイマン・ケリモフ氏の資産を隠しているとして、東部デラウェア州に拠点がある信託会社の保有財産10億ドル(約1,360億円)超相当を凍結したと発表しています。ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領を支えるオリガルヒへの制裁の一環で、親族や米国内外の会社を絡めた不透明な資産運用が発覚したとしていうことです。イエレン米財務長官は「ロシアの戦争に資金を提供し、その恩恵を受ける人々に対する制裁を積極的に実行していく」と述べています。
ステーブルコインなどデジタル通貨に対する、AML/CFTの観点を含む規制のあり方について、金融庁「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」において議論が進んでいます。直近では、海外の規制動向についてまとめられていましたので、以下、紹介します。
▼金融庁 「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」(第5回)議事次第
▼資料1 事務局説明資料
- 米国連邦法・NY州法におけるステーブルコインに関連する現行規制の概観
- 連邦法
- いわゆるステーブルコインのみを対象とする固有の規制はないが、ステーブルコインを送付等する場合、連邦銀行機密法(BSA)のMoney Transmitterとして、AML/CFT規制に服する。
- 現状、ステーブルコインに関して、複数の連邦規制当局からの監督を受ける可能性がある(連邦証券諸法、商品取引法等がステーブルコインに適用されるかについては、議論がある。)。
- ニューヨーク(NY)州法
- いわゆるステーブルコインのみを対象とする固有の規制はないが、ステーブルコインの発行・移転等を含む暗号資産事業活動を行う場合、NY州暗号資産規制(23 NYCRR Part 200)に基づきBitLicenseを取得しなければならない。
- ※NY州銀行法上の銀行・信託会社であって、当局の承認を得た者は、BitLicenseの取得は不要(NY州暗号資産規制には従う必要)。
- ※法定通貨を送金する場合には、NY州のMoney Transmitterライセンスが必要であり、Bitライセンシーが顧客の暗号資産(NY州法上はステーブルコインを含む)を償還するためには、BitLicenseに加えてNY州法上のMoney Transmitterのライセンスを取得するのが一般的とされている
- 連邦法
- 米国NY州において、いわゆるステーブルコインに関するビジネスを行う場合、
- 連邦銀行機密法(BSA)に基づく基本的なAML/CFT規制
- スキームの実態等に応じて送金・銀行規制、暗号資産規制、証券規制、商品先物規制等の中で該当する規制が重畳適用されることになる。
- NY州における主なステーブルコイン規制の内容
- ほとんどのステーブルコインは、NY州暗号資産規制上の「暗号資産」に該当すると考えられており、NY州においてステーブルコインに関する事業活動を行うためには、NY州暗号資産規制(23NYCRR Part200)に基づき、BitLicenseを取得する必要がある。
- Bitライセンシーがステーブルコインの法定通貨への償還を行う場合は、一般的に送金業務に該当し、BitLicenseに加え、連邦法・NY州銀行法に基づくMoney Transmitter免許を取得する必要があるとされている
- 米国預金保険制度とステーブルコインの関係
- ステーブルコインと米国預金保険制度に関して、調査報告書によれば、
- ステーブルコイン発行銀行等(FDIC(連邦預金保険公社)の被保険銀行等)が破綻した場合、ステーブルコインが預金債権に該当し、一定の要件を満たす限り、保有者は預金保険により一定額(各名義口座あたり25万米ドル)が補償されると考えられる。
- 限定目的信託会社であるステーブルコイン発行者が、受託財産を資産保全先銀行等(被保険銀行等)において分別管理した場合には、発行者の破綻から当該資産が隔離されると考えられる。また、当該資産保全先銀行等の破綻時は、パススルー要件を満たしていれば、当該被保険銀行等における預金保険の補償範囲で償還を受けることが可能と考えられる。
- いずれの場合も、預金保険制度による補償(償還)を受けるためには、被保険銀行等においてステーブルコインの所有者を認識し得る状態に置かれていることが求められる。
- UST(Terra USD)の価格下落
- 5月上旬、米ドルに連動するいわゆるアルゴリズム型のステーブルコインであるUSTの価格が急落。
- これを受けて、ステーブルコインや暗号資産全体に対する市場の警戒感が高まった。
- USTでは、価格が変動するLUNAという暗号資産を用意し、常に1USTを1ドル分のLUNAと交換できるようにしてアービトラージのインセンティブを設けることで、価格を安定させるとしていた
- イエレン米財務長官は以下のような発言を行っている。
- 5月10日、上院銀行住宅都市委員会で、「テラUSDとして知られるステーブルコインから資金が流出し価値が下落した」と指摘。「これは急速に成長する商品であり、金融安定性へのリスクが存在するため適切な枠組みが必要なことを示していると考える」と発言した。
- ステーブルコインの規制枠組みの法案を年内に通過させることが「極めて適切だ」と述べた。
- さらに、現在の規制の枠組みは、新種の決済商品としてのステーブルコインのリスクに対し「一貫性のある」包括的な基準を提供していないとの見解をあらためて示した。
- 同月12日、下院金融委員会でステーブルコインについて、テラ急落はドルに連動するように設計された暗号資産の危険性を示していると指摘。「現在の規模では金融安定への真の脅威とは見なさないが、非常に急速に成長しており、われわれが何世紀にもわたって経験した銀行取り付け関連のリスクと同様の危険性を呈している」と述べた。
- 対ロシア制裁について(ウクライナ関連)-G7/FATF
- G7首脳声明(2022年3月11日)
- 第四に、我々は、我々の制限的措置の有効性を維持し、回避を取り締まり、抜け穴を塞ぐことにコミットする。具体的には、回避を防止するために計画されている他の措置に加え、我々は、ロシア政府及びエリート層、代理勢力、オリガルヒが、国際的な制裁の影響を回避あるいは相殺するための手段としてデジタル資産を活用することができないことを確保し、これにより世界の金融システムに対する彼らのアクセスを更に制限する。我々の現在の制裁は、既に暗号資産を対象としていると一般に理解されている。我々は、あらゆる不正な活動をよりよく検知及び阻止するための措置をとることにコミットし、また各国の国内手続と整合的な形で、デジタル資産を用いて自身の富を拡大及び移転するロシアの不法行為者にコストを課す。
- G7首脳会合(ベルギー・ブリュッセル 2022年3月24日)
- 制裁について、岸田総理大臣は、3月12日(日本時間)に発出したG7首脳声明を踏まえ、我が国としても、抜け穴を埋めながら、G7と緊密に連携してロシアへの外交的・経済的圧力を一層強める旨述べました。具体的には、(1)今後、貿易に関する「最恵国待遇」の撤回に向けた法令整備を迅速に進めること、(2)輸出禁止対象に81の軍事関連団体を追加すること、(3)多くのオリガルヒやその家族等を制裁対象に追加すること、(4)贅沢品の輸出禁止措置を速やかに導入すること、(5)デジタル資産を用いたロシアの制裁回避に対応するため、金融面での制裁の実効性を更に強化すべく、このための法令整備も迅速に進めることを表明しました。
- ウクライナ情勢に関する FATF 声明のポイント
- FATFは、ロシアのウクライナ侵攻が、マネー・ローンダリング、テロ資金供与および拡散金融に関するリスク環境、金融システム、経済、および、安全保障に与える影響について、重大な懸念を表明。
- FATFは、現在、FATFにおけるロシアの役割をレビューしており、必要な追加的措置についても検討することに言及。
- 金融機関や金融システムを標的とした悪意のあるサイバー活動がマネロン等管理体制に与えるリスクに言及。人道支援の観点からNPO活動の重要性を強調。
- 各国に対し、暗号資産を含め、新たに特定したマネー・ローンダリング、テロ資金供与および拡散金融に関するリスクの評価・軽減に関する民間セクターへの助言提供や民間セクターとの情報共有の促進等を要請。また、制裁回避から生じる新たなリスクの可能性に対して各国が警戒すべき旨、指摘。
- G7首脳声明(2022年3月11日)
- 米国財務省OFACによる暗号資産ウォレットアドレスの制裁指定
- 米OFACでは、制裁対象者リストを公表する際、氏名(別称)、生年月日、住所、出生地等を判明した範囲で公表しているとみられる。
- 制裁指定理由が暗号資産に関わり、かつウォレットアドレスが特定された場合には、ウォレットアドレスも合わせ、公表している。
- 2018年には2名のイラン人のアドレス、2019年には中国人ハッカーのアドレス、2020年3月には北朝鮮ハッカーの20のアドレス、同年4月には米大統領選へ不正関与しようと試みた16の団体とその利用したアドレスが制裁指定されている。プレスリリースでは、州連邦地検、米司法省犯罪部、米麻薬取締局(DEA)等との連携によるもの、と言及されており、捜査過程で特定されたウォレットアドレスを指定・公表したとみられる。
- ミキシングサービスとAML/CFT
- ミキシングとは、第三者から資産移動経路(送金元と送金先のつながり)を秘匿する場合に用いる仕組みであり、ビットコインやイーサリアム等で利用可能である。具体的には、複数の送金元からのコインをプールした上で、それを再分配する。ミキシングサービスについては、送金元と送金先の紐付けは極めて困難(アドレスは無限に生成できるため)。
- 米国財務省外国資産管理室(OFAC)は、2022年5月、ミキシングサービスの提供者に対して制裁措置を初めて発令。
- デジタル資産に関する米国の主要な政策目標
- 利用者・投資家・企業の保護
- デジタル資産の独自で多様な特徴は、適切な保護が行われない場合、利用者、投資家、企業に重大な財務リスクをもたらす可能性。
- 利用者、投資家、企業を保護し、またプライバシーを維持し、人権侵害の一因となり得る違法な監視から保護するために、セーフガードを確保し、デジタル資産の責任ある開発を促進する必要。
- 米国及び世界の金融安定の保護、システミックリスクの軽減
- デジタル資産取引プラットフォーム等は、急速に規模と複雑性を増すも、適切な規制や監督の対象になっていないか遵守していない可能性。
- デジタル資産の発行者、取引所、取引プラットフォーム、金融安定性に対するリスクを増大させる可能性のある仲介者は、“同じビジネス、同じリスクには同じルールを適用する”という一般原則に沿って、必要に応じて、既存の市場インフラや金融機関を統制する規制監督基準に服し、それを遵守すべき。
- デジタル資産がもたらす新しい独自の用途や機能は、更なる経済・金融リスクを生み出す可能性があることから、リスクへ適切に対処する規制アプローチの進化が必要。
- 不正金融と国家安全保障上のリスクの軽減
- デジタル資産は、マネロン、サイバー犯罪、テロなどを含む、重大な不正金融リスクをもたらす他、金融制裁等を回避するツールとしても利用される可能性。さらに、一部の法域におけるFATF基準の未実施等は、米国及び世界の金融システムに対して重大な不正金融リスクをもたらす可能性。
- 分散型金融エコシステム、P2P決済、不透明なブロックチェーンの増大も、将来的に、さらなる市場リスクと国家安全保障上のリスクをもたらす可能性。
- 現在及び将来のデジタル資産システムに対して、不法行為に対抗し、国家安全保障手段の有効性を維持強化する透明性、プライバシー及びセキュリティの水準を高めるために、適切な管理と説明責任を確保する必要。
- 国際金融システム、技術・経済競争力における米国のリーダーシップの強化
- デジタル資産、国際金融システムにおける新たな決済・資本フローを支える技術についての責任ある開発と設計の先頭に立ち続けること。特に、民主主義的価値、法の支配、プライバシー、利用者・投資家・企業の保護、デジタルプラットフォーム、レガシーシステム、国際決済システムとの相互運用性等を促進する基準の設定が重要。グローバルな金融システムにおける米国のリーダーシップは、米国の金融力を維持し、米国の経済的利益を促進する。
- 安全で安価な金融サービスへのアクセス促進
- 国内外の資金移動をより安く速く安全にし、金融商品・サービスへの費用対効果の高いアクセス促進等を通して、金融サービスへの公平なアクセスを拡大する責任あるイノベーションを促進する必要。
- 金融イノベーションの恩恵が全ての米国人に等しく享受され、金融イノベーションによるあらゆる格差の影響を緩和する必要。
- デジタル資産の責任ある開発と利用を促進する技術進歩の支援
- プライバシーとセキュリティをアーキテクチャに含め、不正利用を防ぐ機能を有し、暗号資産のマイニングから生じ得る気候への悪影響と環境汚染を低減するよう、デジタル資産技術とデジタル決済エコシステムが、責任ある方法で、開発、設計、実装される必要。
- 利用者・投資家・企業の保護
▼資料2 討議いただきたい事項
- AML/CFTや利用者保護等の観点から電子決済手段(注)に求められる規律
- (注)いわゆるステーブルコインは幅広いものを含みうる概念であるが、本日討議いただく電子決済手段は、法定通貨の価値と連動した価格(例:1コイン=1円)で発行され、発行価格と同額で償還を約するもの(及びこれに準ずるもの)であって、不特定の者と間で売買・交換等ができるもの。
- 金融規制監督においては、技術中立という観点に配意することが重要である。こうした観点から、既存の金融サービスにおいて利用されているパーミッション型の分散台帳だけでなく、パーミッションレス型の分散台帳において流通する電子決済手段についても、中間論点整理で示された(1)~(3)の要件をどのように満たすか検討する必要がある。
- <デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会「中間論点整理」より抜粋>
- 送金分野において求められる諸要件
- 社会経済で広く使われる可能性のある送金・決済手段に求められる水準としては、システムの安全性・強靱性等に加え、一般に
- 権利移転(手続、タイミング)に係る明確なルールがあること
- AML/CFTの観点からの要請に確実に応えられること
- 発行者や仲介者等の破綻時や、技術的な不具合や問題が生じた場合等において、取引の巻戻しや損失の補償等、利用者の権利が適切に保護されることが必要と考えられる。
- これらの要件のうち、特に(2)AML/CFTの観点からの要請については、システム仕様等、技術的に対応することが重要である。そのための水準を満たす方法については、現時点においては、例えば、システム仕様等で、
- 本人確認されていない利用者への移転を防止すること
- 本人確認されていない利用者に移転した残高については凍結処理を行うこと
といった事項を求めることを検討することが考えられる。
- こうしたシステム仕様については、実効性を確保・確認するため、仲介者(又は必要に応じて発行者)に対する業規制(体制整備義務)として、必要な水準を満たすために必要な要件を満たすシステムの採用及びその疎明を求めることが考えられる。
- 足元の国際情勢等を踏まえ、ステーブルコインや暗号資産一般に、国際機関や各国において、P2P取引によるAML/CFTや金融制裁回避のリスクへの懸念や、こうしたリスクへの対応の必要性が指摘されている。
- こうした中で、例えば、G7では、ロシアに対する経済制裁等に関する共同声明を発出し、暗号資産が制裁の対象であることを確認した。また、アメリカの財務省OFACは、制裁対象者リストを公表する際、氏名や生年月日に加えて、暗号資産のウォレットアドレスも公表している模様。加えて、本年3月、ホワイトハウスは、暗号資産を用いた違法取引への利用防止を含む措置の検討等を含む大統領令を公表している。
- 【論点1】電子決済手段の発行者及び電子決済手段等取引業者の体制整備の内容として、上記(1)~(3)の規律を求めることが考えられるが、こうした規律は、足元の国際的な情勢等を踏まえて、十分と考えられるか。
- 社会経済で広く使われる可能性のある送金・決済手段に求められる水準としては、システムの安全性・強靱性等に加え、一般に
- 送金分野において求められる諸要件
- 具体的な方策
- 【論点2】技術的・法律的に、上記(1)~(3)の規律を実現する方法として、具体的にどのようなものが考えられるか。例えば、以下のような仕組みについてどう考えるか。また、こうした仕組み以外に、上記(1)~(3)の規律を実現する方法があるか。
- (1)の体制整備については、法律上の権利移転に係るルールが明確であることに加え、分散台帳上の記録との不整合が生じないよう、適切な運用が図られることが必要と考えられる(注1)。これらの点について、例えば、セキュリティトークンの分野において、信託受益権原簿や社債原簿を用いること等による対抗要件具備が行われている(注2)ことに加え、信託受益権原簿等と分散台帳の記録を紐付けることにより、両者の間の不整合が生じないよう工夫がなされている。
- CPMI-IOSCO「金融市場インフラのための原則」(2012年4月)の原則8(決済のファイナリティ)に係る重要な考慮要素として、システミックに重要な資金決済システムは、規則・手続で、決済がいつの時点でファイナルとなるのか、決済未了の支払・振替指図・その他の債務を参加者がいつの時点以降に取り消すことができなくなるのか等を明確にすべきとされている。
- (注2)対抗要件を具備する方法として、例えば産業競争力強化法による第三者対抗要件特例の利用も考えられるか。
- (2)(3)に係る体制整備については、いわゆるパーミッションレス型の分散台帳であっても、本人確認されていない利用者間でのP2P取引の防止(注3)や技術的な不具合や問題が生じた場合の対応等を含め、発行者等の判断により、アプリケーションレイヤーにおいてスマートコントラクト等で実装することが可能と考えられる。
- 実際に、海外におけるセキュリティトークンの分野においては、こうした本人確認や管理者権限の付与等の措置をパーミッションレス型の分散台帳で実現している例がある。
- (注3)なお、(2)の体制整備に関連して、仮に本人確認されていない利用者間でのP2P取引を許容すると、ミキシングサービス等の利用によって、移転経路が不明確になるリスクが増すと考えられるが、こうした点についてどう考えるか。
- (1)の体制整備については、法律上の権利移転に係るルールが明確であることに加え、分散台帳上の記録との不整合が生じないよう、適切な運用が図られることが必要と考えられる(注1)。これらの点について、例えば、セキュリティトークンの分野において、信託受益権原簿や社債原簿を用いること等による対抗要件具備が行われている(注2)ことに加え、信託受益権原簿等と分散台帳の記録を紐付けることにより、両者の間の不整合が生じないよう工夫がなされている。
- 【論点2】技術的・法律的に、上記(1)~(3)の規律を実現する方法として、具体的にどのようなものが考えられるか。例えば、以下のような仕組みについてどう考えるか。また、こうした仕組み以外に、上記(1)~(3)の規律を実現する方法があるか。
非対面取引の増加に伴い、AML/CFT上の本人確認手続きを「eKYC」で実施する実務が定着しています。その精度も日々向上しているところですが、犯罪者側の手口の巧妙化も進んでおり、顔認識の技術向上とそれを欺くディープフェイクの精度向上のいたちごっこが続いています。そのような問題に加え、2022年6月19日付日本経済新聞の記事「暗証番号いま聞かれてもスマホ本人確認「eKYC」に壁」では、eKYCの持つ脆弱性に関する指摘がなされています。以下、抜粋して引用しますが、盲目的に新しい技術に飛びつくのではなく、技術そのもののリスク、運用上のリスクなどその本質的な問題を突き詰めたうえで導入すべきこと、記事でも指摘されているとおり、共通ID構想の実現が重要だといえます。
その他、AML/CFTを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 前回の本コラム(暴排トピックス2022年6月号)で速報したとおり、古川法相は6月27日の法制審議会(法相の諮問機関)で、犯罪収益として得た暗号資産の没収を可能にするため、組織的犯罪処罰法の改正を諮問しています。現行法では暗号資産の位置付けが曖昧なため、犯罪組織が不正に取得した資金を暗号資産に転換した場合、没収できない恐れがあるところ、法改正により、マネー・ローンダリング対策を強化するのが狙いです。暴力団などによる組織犯罪やマネー・ローンダリングを取り締まる同法は、犯罪収益が(1)土地・建物などの「不動産」、(2)現金や貴金属といった「動産」、(3)預金などの「金銭債権」、である場合は没収できると規定していますが、暗号資産は「円」や「ドル」といった通貨のように国や中央銀行の後ろ盾がなく、発行主体も明確ではないことから、不動産や動産だけでなく、金銭債権にも当たらないという解釈が一般的となっています。暗号資産の持ち主が「取引所」と呼ばれる交換業者に預けている場合、金銭債権とみなされることもあり得ますがが、その線引きは、はっきりしていない状況にあります。このため、サイバー攻撃で流出したり、犯罪で得た資金を交換したりした暗号資産を見つけても、犯人側の手元に残る事態が生じかねず、検察当局からは「確実に没収できるよう、必要な立法措置を講じるべきだ」との指摘が出ていました。
- 金子総務相は、消防団で横行する銀行口座の不正管理について、「団員個人へ直接支給された報酬を消防団や分団に収めるよう求めることは(同省が自治体に通知する消防団報酬に関する)基準の趣旨を逸脱する不適切な取り扱いである」との見解を示し、「市町村に対してそのような事実を把握したときには、早急に是正するよう求めている」と述べています。各自治体から団員個人に振り込まれる報酬などを巡っては、団員に銀行口座を新規に開設させ、その口座の通帳やキャッシュカードを団幹部が回収する事案が相次いで発覚しています。銀行口座を本人以外が管理するのは不正行為で、金子総務相は「懇親会の負担など消防団の運営は団員の総意に基づいて行われるべきもので、まずは団員全体で議論してほしい。それを前提としつつ、今後も報酬の団員個人への直接支給の徹底を図っていく」と述べています。この点、鈴木財務・金融担当相は「預金通帳などが譲渡されることはマネー・ローンダリングに利用される恐れがある。犯罪収益移転防止法では他人になりすまして預金取引を目的に預金通帳やキャッシュカードを譲り受ける行為や、相手に移行する目的があることを知りながら預金通帳などを譲り渡す行為を犯罪として規制している」と指摘したうえで、「国民が預金口座を開設するにあたり、法令を順守する必要がある」と述べています。
- 日産自動車の元会長カルロス・ゴーン被告が仏自動車大手ルノー会長時代に同社資金を流用したとされる疑惑をめぐり、仏捜査当局が関係者を聴取するため来日しています。報道によれば、来日したのはフランスで捜査を担う検察官や予審判事ら3人で、ゴーン被告はルノー会長時代、中東オマーンの販売代理店「SBA」とともに、汚職やマネー・ローンダリングにかかわった疑いがもたれているということです。ゴーン元会長がかかわった不正な金銭授受の総額について、捜査当局は少なくとも総額1,500万ユーロ(約21億円)に上るとみているといいます。仏捜査当局は2021年5月、こうした疑惑をめぐり、ゴーン元会長の滞在先のレバノンで任意聴取、2022年4月には、国際逮捕状を出しています。
- スイス連邦刑事裁判所は、クレディ・スイスと同社の元従業員1人に対してマネー・ローンダリング防止義務違反による有罪判決を下しています。スイスの大手銀行が初めて刑事訴訟の被告になったことで注目を集めていましたが、裁判所はクレディ・スイスが業務体制の問題などでベルギーの麻薬組織のマネー・ローンダリングを阻止できなかったとの判断を示した形となります。報道によれば、クレディ・スイスは200万スイスフラン(210万ドル)の罰金支払いと、当該麻薬組織が口座を設けて保有していた1,200万フラン余りの資産没収などを命じられています。また、元従業員には20カ月の禁錮とマネー・ローンダリング防止違反の罰金支払いが言い渡されています。裁判所は、クレディ・スイスには現場の取引先対応やマネー・ローンダリング防止ルール実行を適切に管理するという面で不備があったと指摘、こうした欠陥が原因で麻薬組織の資金引き出しを許したことが、有罪判決の理由だと説明しています。一方クレディ・スイスと元従業員はいずれも違法行為はしていないと主張し、判決を不服として控訴する意向を示しています。
- NZ準備銀行(中央銀行)は、およそ5万件の取引について当局への報告を怠り、マネー・ローンダリング防止法およびテロ対策法に違反したとして、ナショナル・オーストラリア銀行(NAB)のNZ部門に対して正式に警告を行っています。報道によれば、NAB傘下のバンク・オブ・ニュージーランド(BNZ)は2018年11月から2020年4月の間に、約5万件の現金取引について正確な場所を報告しなかったというものです。ただ、この問題は「技術的なコーディングエラー」であり、BNZは速やかに問題を是正したといいます。NZの同法では、国際電信送金などの取引を警察の金融情報部門に報告することが義務付けられており、BNZは、2020年8月に問題を認識した後、中銀に誤りを報告し、すぐに修正に着手したと説明しています。
- インド政府の金融犯罪対策機関である執行局(ED)は、中国のBBKエレクトロニクス(広東歩歩高電子工業)傘下のスマートフォンメーカー、ビーボの複数の事務所と関連団体を捜索しています。報道によれば、捜索はマネー・ローンダリング疑惑を巡る調査の一環ということです。ビーボの広報担当者は「当局に協力し、必要とされるすべての情報を提供する」との声明を発表しています。EDは数カ月前に、中国のスマートフォンメーカー小米科技(シャオミ)に対して、ロイヤルティー支払い名目で違法な送金を行った疑いがあるとして調査を開始ししていますが、シャオミは不正を否定しています。
- 偽造した運転免許証などを使って金融機関からキャッシュカードをだまし取ったとして、千葉県警は、住所・職業不詳の男ら3人を偽造有印公文書行使や詐欺などの疑いで逮捕しています。報道によれば、3人は仲間と共謀して5月17日~6月3日、架空の人物の運転免許証や健康保険証を使ってスマートフォンで銀行口座の開設を申し込み、金融機関からキャッシュカードをだまし取った疑いがもたれています。3人は浦安市内の民泊施設を拠点としていたといい、別事件の捜査で、この施設から偽造された運転免許証や健康保険証計約520枚が見つかり、容疑が浮上、警察は、3人が不正に入手した銀行口座を特殊詐欺グループなどに売っていたとみています。
(2)特殊詐欺を巡る動向
全国の警察が今年1~5月に認知した特殊詐欺の被害総額は121億7,000万円に上り、前年同期間に比べ14億1,000万円(+13.1%)と増えていることが、警察庁のまとめでわかりました。認知件数も1割増のペースで推移しており、被害者の9割弱が65歳以上の高齢者となっています。特殊詐欺にはさまざまな手口があるが、今年確認できた被害額としては、サイトの未納料金があるとうそをつく架空料金請求詐欺(前年比+8億7,000万円)、息子など親族をかたるオレオレ詐欺(+7億5,000万円)の増加が著しく、このほか、医療費や保険料などの還付があるとだましてATMに導く還付金詐欺(3億1,000万円)、カードが不正利用されているとして偽のカードとすり替えるキャッシュカード詐欺盗(+1億2,000万円)も増えています。警察庁はこれらの類型の中でも、キャッシュカードをだまし取る詐欺について、「非常に被害が増加している」と注意喚起しており、電話口で「口座が悪用されている」「キャッシュカードを確認しに行く」などと言われた場合は詐欺を疑うよう呼びかけています。2021年の1年間に確認できた特殊詐欺は14,498件で、被害額は282億円、1日当たり約7,730万円の被害が発生していたことになります。なお、今年は5月までの段階で1日当たり8,000万円を超える被害が生じており、注意が必要な状況です。
▼警察庁 令和4年5月の特殊詐欺認知・検挙状況等について
令和4年1~5月における特殊詐欺全体の認知件数は6,060件(前年同期5,536件、前年同期比+9.5%)、被害総額は121.7憶円(107.6憶円、+13.1%)、検挙件数は2,292件(2,467件、▲7.1%)、検挙人員791人(850人、▲6.9%)となりました。これまで減少傾向にあった認知件数や被害総額が大きく増加に転じている点が特筆されますが、とりわけ被害総額が増加に転じ、継続している点はここ数年の間でも珍しく、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっている状況を示すものとして、十分注意する必要があります(詳しくは分析していませんが、コロナ禍における緊急事態宣言の発令と解除、人流の増減等の社会的動向との関係性が考えられるところです)。うちオレオレ詐欺の認知件数は1,338件(1,117件、+19.8%)、被害総額は38.8憶円(31.3憶円、+24.0%)、検挙件数は591件(1,013件、▲41.7%)、検挙人員は308人(240人、+28.3%)と、認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。昨年までは還付金詐欺が目立っていましたが、そもそも還付金詐欺は自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。直近では新型コロナウイルスを名目にしたものが目立ちます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで昨年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶ちません。なお、最近では、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性が疑われます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。最近では、コロナ禍の影響もあり、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。
また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は1,120件(962件、+16.4%)、被害総額は15.8憶円(14.5憶円、+8.4%)、検挙件数は805件(734件、+9.7%)、検挙人員は184人(207人、▲11.1%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに増加という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されていますが、増加傾向にある点は注意が必要だといえます。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出始めています)。また、預貯金詐欺の認知件数は894件(1,212件、▲26.2%)、被害総額は10.0憶円(17.0憶円、▲41.2%)、検挙件数は518件(931件、▲44.4%)、検挙人員は189人(300人、▲37.0%)となり、こちらは認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(理由はキャッシュカード詐欺盗と同様かと推測されます)。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は1,002件(792件、+26.5%)、被害総額は35.2憶円(26.5憶円、+32.8%)、検挙件数は64件(105件、▲39.0%)、検挙人員は36人(50人、▲28.0%)、還付金詐欺の認知件数は1,622件(1,321件、+22.8%)、被害総額は18.3憶円(15.2憶円、+20.4%)、検挙件数は292件(177件、+63.8%)、検挙人員は50人(38人、+31.6%)、融資保証金詐欺の認知件数は41件(79件、▲48.1%)、被害総額は0.9憶円(1.3憶円、▲34.6%)、検挙件数は11件(10件、+10.0%)、検挙人員は6人(5人、+20.0%)、金融商品詐欺の認知件数は11件(14件、▲21.4%)、被害総額は0.9憶円(0.6憶円、+55.5%)、検挙件数は2件(3件、▲33.3%)、検挙人員は6人(7人、▲14.3%)、ギャンブル詐欺の認知件数は19件(32件、▲40.1%)、被害総額は1.7憶円(1.0憶円、+71.1%)、検挙件数は7件(1件、+600.0%)、検挙人員は4人(1人、+300.0%)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺や架空料金請求詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。
犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は270件(269件、+0.3%)、検挙人員は148人(160人、▲7.5%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,212件(852件、+42.3%)、検挙人員は966人(671人、+44.0%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は35件(72件、▲51.4%)、検挙人員は38人(58人、▲34.5%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は6件(11件、▲45.5%)、検挙人員は3人(10人、▲70.0%)、組織犯罪処罰法違反の検挙件数51件(56件、▲8.9%)、検挙人員は10人(13人、▲23.1%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成の特殊詐欺全体について、60歳以上91.5%、70歳以上73.3%、男性(25.7%):女性(74.3%)、オレオレ詐欺について、60歳以上98.1%、70歳以上95.9%、男性(19.7%):女性(80.3%)、架空料金請求詐欺について、60歳以上61.9%、70歳以上36.9%、男性(53.1%):女性(46.9%)、特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合について、特殊詐欺 87.6%(男性22.7%、女性77.3%)、オレオレ詐欺 97.6%(19.2%、80.8%)、預貯金詐欺 98.3%(10.6%、89.4%)、架空料金請求詐欺 50.5%(54.3%、45.7%)、還付金詐欺 91.5%(28.6%、71.4%)、融資保証金詐欺 2.9%(100.0%、0.0%)、金融商品詐欺 27.3%(66.7%、33.3%)、ギャンブル詐欺 57.9%(63.6%、36.4%)、交際あっせん詐欺 0.0%、その他の特殊詐欺 50.0%(100.0%、0.0%)、キャッシュカード詐欺盗 98.8%(13.2%、86.8%)などとなっています。
本コラムでも関心をもって取り上げてきた新型コロナウイルス対策の持続化給付金の制度運用のずさんさがあらためて浮き彫りになっています。制度に精通する国税局職員が逮捕されたほか、家族ぐるみで9億円超をだまし取ったとされる事件が発覚しています。危機下でスピードを重視し、審査が甘くなっていたのが主因で、事業者の収入などを正確に把握するデジタル化を先送りしてきたツケも回っている状況です。例えば、審査に必要な書類が少なく、オンラインで手続きできる迅速さを強みにしていたところ、審査の緩さを逆手に取った不正が横行、6月2日時点で中小企業庁は不正受給として1,228件を認定し、受給総額は12億円を超えています。手口の多くは、前年の確定申告書の提出を忘れていたと偽り、ウソの申告書を作成して提出するというもので、申請者の名前を書き換えるなどの虚偽の申請が繰り返され、被害額が拡大したと思われます。政府は不正を認定した事業者に給付金の返還を求めており、応じない場合は申請者の氏名や住所を公表した上、事案によっては刑事告発するとしています。一方で自主返還された場合には刑事告発を見送る方針で、5月26日現在で15,427件、計約166億円の返還を受け付けています。なお、返還を申し出た26,664件のうち、約3割の7,203件はまだ1円も返還されていないことが判明しています(給付金を使い切って手元に金がない人のほか、受給額の3~4割を手数料として「指南役」に支払い、その分が返せなくなっている人もいると考えられます)。不正続出を受け、2021年9月からは偽造の有無を確認するシステムを導入し、審査を厳格化したところ、人間の目では確認不可能な微細な部分の特徴で偽造を見抜く高度な技術の導入で不正を防ぐことができるようになりましたが、それ以前に申請された全体の約8割は事実上、審査なしで受理されています。つまり、電子申請で給付金申請を受け付けたことが被害の拡大につながったといえるようです。電子申請は、名前や電話番号の一部を変えるなどして、不正受給を繰り返すことが容易なうえ、何通申請しようとも郵便による申請のようにコストがかかることはないため、1人が何百というアカウントを取得するという懸念があったところ、行政側はそのリスクに気付かなかったようです。他にも、不正受給への対応力を弱めた要因になったとみられるのが、給付事業について事務の委託先が不透明だった問題です。給付事業は一般社団法人から電通に再委託された後、最大で9次下請けまで再委託が繰り返されたといいます。委託した経産省が申請受け付け作業の現場実態を把握できていなかったほか、現場からも問題点を共有しようという動きはほぼなかったといい、報道によれば、経済官庁幹部は「委託状況の確認作業に追われ、不正の原因究明が遅れた。委託先と連携を密に取ることができていれば、不正は防げたと思う」と自省しているといいます。日本だけでなく例えばドイツでは、コロナ禍で当初、迅速で幅広い事業者支援が注目されたものの、一方で、偽の給付金サイトを通じて個人情報が抜き取られ、そのデータをもとに巨額の給付金が不正に引き出されるなどの問題が発生しています。持続化給付金の不正受給は、行政のデジタル化の遅れという日本の構造問題を映し出しているともいえます。現状、日本の行政当局は企業の売上高などを正確に把握できておらず、個人の所得についても同様です。緊急事態でも個人や事業者の申請を前提とし、手続きが不要な「プッシュ型」の支援には限界があり、企業の納税情報や個人の所得などを正確かつタイムリーに把握できなければ給付金の不正を防ぐのは難しいといえます。やはり、今後の危機に備えて(マイナンバーと銀行口座の紐づけなど)税務を含めた行政のデジタル化を進めていくことが欠かせないのではないかと考えます。
さらに、全国で摘発が相次いでいる新型コロナウイルス対策の「持続化給付金」の詐欺事件で、5月末までの約2年間に逮捕・書類送検された容疑者の約7割に当たる約2,500人は20代以下の若者だったことが、警察庁による初の集計でわかったといいます。SNSで「簡単に金がもらえる」などと誘われたケースが多く、警察幹部は「安易に不正を行う若者が目立つ」としています。前述のとおり、迅速な支援のため添付書類を減らすなど手続きを簡素化したところ、不正受給が多発しました。警察庁によると、全国の警察が摘発した持続化給付金の詐欺事件は5月末時点で、3,315件(件額約32億円)で、摘発された容疑者は3,770人、年齢別に集計すると、20代が最多の62%(約2,300人)で、10代(6% 約200人)と合わせて約7割に上っています。30代は14%(約500人)で、40代は8%、50代と60代以上は各5%だったということです。専門家は「若者には、SNSなどで同質の人とのつながりを深め、集団のルールに縛られてしまう傾向がある」と分析、「集団の過ちに気づき、社会のルールから逸脱しないようにするためには、様々な人と交流して価値観を広げることが重要だ」と指摘していますが、正にそのとおりだと思います。また、新型コロナウイルス対策で支給された国の持続化給付金を巡り、組織化されたグループによる巨額被害が相次いで発覚しています。マルチ商法のように連鎖的に若者を集め、SNSを通じて申請方法を指南するなどの手口も判明しています。若者らが不正の認識なく加担するケースも少なくないとみられています。巨額詐欺事案では、若者らは暗号資産投資を名目に「他の人を紹介すれば報酬が得られる」などと誘われており、勧誘にはSNSが使われ、誘われ加わった名義人が勧誘役となるケースもあるほか、マルチ商法のように連鎖的に集まり、不正に加担していった形だといえます。不正受給された給付金はグループに送金され、結果的に名義人には一円も入っていなかったといい、報酬目当てで加わっていたとみられています。若者らは「違法ではない」という勧誘役や指南役の言葉を信じていたとみられ「違法性の認識も低かった」ということです。専門家は「若年層は犯行を正当化できたときに犯罪に手を染める傾向がある。今回は正当化してしまう要素がそろっていた」、「自分たちだってコロナで困っている。このくらいはやったっていいはずだと犯罪を正当化する心理が働いた」、「知識があれば犯罪とわかるようなことでも、自分の考えが固まっていない若者には自然と受け入れられた可能性がある」と指摘している点もまたそのとおりだと思います。また、「今回の被害者は国であり、加害者として被害者の存在を実感しづらい構図も犯罪に手を染めるハードルを下げた可能性もある」との指摘は、はっとさせられました。このように組織化されたグループが名義人を大規模に集め、不正受給を繰り返して被害が巨額に膨らむ構図は(本コラムではよく目にするもので)他の事件でも判明しています。
さて、詐欺は、社会情勢や社会の関心事をネタとする傾向があります。最近では、ウクライナ情勢がネタとされるケースが増えているといい、国民生活センターは注意喚起を行っています。
▼国民生活センター ウクライナ情勢を悪用した手口にご注意!(No.3)-送金依頼や書籍の強引な販売トラブル等-
ウクライナ情勢を悪用した詐欺トラブルが引き続き生じていますので、注意してください。
- 相談事例
- SNSでウクライナにいる日本人から暗号資産を送金してほしいと言われた
- SNSを通じて、ウクライナで医者をしているという日本人の男性と知り合った。相手から「ウクライナの危険な場所に行かないといけないので、日本に荷物と一緒に現金を送りたいが、受取人がいない。受取人になってほしいが、荷物を送る際に保険として200万円が必要だ」と言われた。暗号資産で送金してほしいと言われたが、どうしたらよいか。(2022年4月受付 50歳代 女性)
- 自分の卒業した大学の関係者を名乗り「ウクライナに募金を送る」と訪問してきた
- 自分の卒業した大学の関係者を名乗る女性が「ウクライナに募金を送る」と言って自宅に訪問してきた。不審に思い後日、母校に問い合わせると、「そのような募金は行っていない」と言われた。情報提供する。(2022年4月受付 70歳代 女性)
- ウクライナの手助けのためにと電話で書籍の購入を勧められ、断ったら代引きで送ると言われた
- 男性から電話があり、優しい口調で「ウクライナの戦争大変ですよね。それについてどう思われますか。手助けのために書籍を2冊買ってほしい」と言われた。しかし、2冊合わせて約7,000円と高額だったので断ったところ、急に口調が荒くなり暴言を吐かれた。その後も断り続けたら、「代引きで商品を送る」と言って電話を切られた。送り付けられたらどうしたらよいか。(2022年4月受付 70歳代 男性)
- SNSでウクライナにいる日本人から暗号資産を送金してほしいと言われた
- 消費者へのアドバイス
- 上記のような手口のほかにも、今後、ウクライナ情勢に関連した様々なパターンのトラブルが生じる可能性がありますので、十分に注意してください。
- 少しでもおかしいと思ったら、お住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください。
関連して、注文した覚えのない荷物を送りつけられ、代金の支払いを求められる「ネガティブ・オプション」(送りつけ商法)に関する相談が、新型コロナウイルス禍となって直後の2020年度に平年の2倍以上に上ったことが、国民生活センターのまとめでわかりました。2021年度以降も高い水準にあり、センターは引き続き注意を呼びかけています。ネガティブ・オプションは、勝手に商品を送りつけ、断られなければ買ったものと見なして一方的に代金を請求する商法で、代金引換(代引き)で送りつけて誤って支払わせるといった手口も多いとされます。センターによると、ネガティブ・オプションに関わる相談件数は近年、3,000件程度で推移してきたところ、コロナ禍となって初めて迎えた2020年度は6,693件で、例年の2倍以上に増えていたものです。「巣ごもり」で在宅の機会が増え、確実に荷物を受け取れるようになったことも影響しているとみられます。
最近の新たな手口や多い手口、珍しい手口当について、以下のとおり紹介します。
- 石川県警小松署は、小松市内の50代女性が現金630万円をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。報道によれば、女性の携帯電話に、「お客様サポートセンター」を名乗って電話連絡を求めるショートメールが届いたため女性が電話したところ、男から「有料サイトの未払い金があるので振り込んでほしい。全額返金される」などと言われたことから、女性が指示に従って指定された口座に30万円を振り込む手続きをすると、その後「あなたのせいでウイルス感染した人がいるので示談金が必要になる」などと複数回電話があり、計14回現金をだまし取られたものです。最初に振込先に指定された口座が凍結されており、偶然、現金が戻ってきたため、女性は振り込みを続けていたとみられるということです。
- 息子などのふりをする「オレオレ詐欺」の被害が茨城県内で急増しており、最近は、数年前にみられた病院の医師を装って「息子さんが緊急搬送された」と不安をあおる電話を先にかける手口が再び頻発しており、県警が注意を呼びかけているといいます。同県における今年に入ってのオレオレ詐欺の被害件数は5月末時点で、19件(被害額約4,300万円)で前年同期比で2件増えており、特に5月は9件と被害が集中しており、6月も3日だけで水戸市や常総市などに住む50~80代の男女4人がそれぞれ被害にあい、計1,320万円をだまし取られています。さらに、5月には、水戸市の80代の女性宅に「息子さんに喉頭がんの疑いがある」と医師を名乗る男から電話があり、その後に息子を装う男から「喉の病気だから声が違う」と電話があり、息子と信じた女性はその後、男らの指示に従って1,000万円を詐取されたものです。他にも「吐血して緊急搬送された」、「喉頭乳頭腫で声が変わっているかも」など、医師のふりをして先にニセ電話をかけ、信じ込ませる手口が多発しているといいます。この傾向は茨城県に限ったことではありません。「のどの治療で息子さんの声はガラガラになっている」といった電話に続き、息子役がトラブルに巻き込まれたと助けを求めてくるため、被害者は声の違いを疑うよりも心配が勝り、要求に応じてしまうというものです。あるいは、「息子さんが吐血した。麻酔で声が変わっている」とは盛岡市の80代女性に医師を装った男から電話がかかってきた手口で、その後、息子や会社の同僚をかたる男らから「病院で財布をなくした」、「車の購入に900万円が必要」と電話があり、女性は現金約600万円をだまし取られたということです。岩手県警によると、同じ手口の詐欺の相談は4月以降に急増しており、6月18日に被害に遭いかけた別の80代女性は、息子役の男に「数千万円が必要」と言われ、あまりの金額に詐欺だと気づいて電話を切ったものの、「ニセ医者から電話を受けた時は息子が心配になり、『声が変わった』という話を信じてしまった」といいます。さらに、山形県小国町でも高齢女性が200万円の被害にあっています。このような状況に対し、岐阜県警は実際に起きた事件の電話音声をユーチューブの公式チャンネルで公開、ニセ医師が「息子さんは危険な病気」、「血縁者に咽頭がんになった人はいるか?」と不安をあおり、高齢女性を巧妙に信じ込ませていく流れを聞くことができます。
- FX(外国為替証拠金)などへの投資金名目で現金をだまし取る手口が巧妙化しているようです。警視庁が摘発した詐欺グループは、実際にFX取引で利用される投資家向けアプリで偽の運用成績を示して信じ込ませていたといいます。こうした被害は、アプリなどを使い慣れた若年層や働き盛りの世代で目立つといいます。報道によれば、このグループは架空のFX取引に投資させる手口で2021年6~8月に全国で20~80代の約50人から少なくとも1億5,000万円を集めたとみられています。被害者を信用させるために悪用していたのが、実際にFX取引での利用が多い専用アプリで、アプリに対応した証券会社の口座を連携させると、相場や運用状況の確認、自動売買の設定などができるもので、勧誘役は被害者にインド洋の島国、セーシェルに本社を置く証券会社に口座を開設させ、FXアプリをインストールするよう促していたようです。この証券会社に実態はなく、アプリに同社を登録すると、架空の運用実績が表示される仕組みになっていたようです。利益が出ていると思い込み、追加で入金してしまう被害者も相次いでいるといい、入金された資金の行方は分かっていないとのことです。捜査幹部は「手口は巧妙で悪質。ITに精通した組織が関わった可能性もある」と指摘しています。以前は資産を持つ高齢者を狙い、固定電話にかけて勧誘する手口が目立っていましたが。SNSやアプリなどが普及し悪用された結果、それらの利用が多い世代が被害にあいやすくなっている状況だといえます。FXや暗号資産取引の事業者は国の登録を受ける必要があり、金融庁は「勧められた証券会社や取引所が無登録であれば注意をと呼びかけています。
- 山梨県警は、SNSやマッチングアプリを通じて、FXへの投資を持ち掛けられ、1億5,400万円と、約2,300万円をだまし取られる2件の高額詐欺被害が山梨県内で発生したと公表しています。相手に恋愛感情を抱かせる「国際ロマンス詐欺」とFX投資詐欺を融合させた「国際ロマンスFX投資詐欺」ともいえる新たな手口で、人口80万人の山梨県で2件確認できたということは、同様の案件が全国的に数百件起きていてもおかしくない計算であり、警戒が必要だといえます。報道によれば、いくつか共通する手口があり、一つ目はグループと被害者のやり取りがSNSや無料通信アプリだけで、直接の電話でのやり取りなどは一切なかったことです。外国人や海外育ちの日本人であるとして、翻訳アプリを使っており、被害者はおかしな日本語でも違和感を覚えなかったといいます(なお、ある事例では、SNSのメッセージのやりとりは、起床から就寝までの間、多い日で1日数百回、5カ月間で約35,000回に及んでいたといいます)。二つ目は、取引開始直後は利益が出て実際に返金したり、取引システムには多額のもうけが表示された点です。富士河口湖町の男性のケースでは、1億5,000万円超の投資に対し、アプリ上では資産が10億円以上に膨らんでいたといいますが、そのアプリが正規のものか、そうでないのかはわかっていないとのことです。三つ目は、被害者が振り込む際の指定口座について、振込先の口座の名義は毎回異なっており、いずれも個人の名義で、国内メガバンクやネットバンクの口座であることから、指示されるままに振り込んでしまったといいます。
- 本コラムではたびたび指摘していますが、マッチングアプリやSNSのやりとりで恋愛感情を抱かせ、生活費や投資名目で金銭をだまし取る「国際ロマンス詐欺」の被害が急増しています。2021年度の相談件数は新型コロナウイルス禍前の40倍に上っており、オンライン上での出会いを求める人が増えるなか、専門家は顔を合わせたことのない相手との金銭のやりとりに注意を呼びかけています。被害は全国的に広がっているとみられ、国民生活センターによると、こうしたロマンス詐欺に関する相談件数は2019年度の5件から2020年度は84件、2021年度は192件とコロナ禍前と比べて約40倍に増えています。暗号資産を使った投資などに勧誘するものも多いといい、相談が急増する背景について、同センターは「コロナ禍での外出自粛やテレワークの浸透で人と会う機会が減り、マッチングアプリやSNSでの出会いを求める人が性別を問わず増えたことがある」と指摘しています。海外でも被害は拡大しているといい、米連邦取引委員会(FTC)のまとめによると、2021年の米国でのロマンス詐欺の被害額は約5億4,700万ドル(日本円で約740億円)と2019年の2.7倍に上っています。オーストラリアでも2019年の約2倍となる約5,600万豪ドル(同約50億円)の被害が報告されているといいます。
- 「おばあちゃんの家にさくらんぼを送った。さらに別の場所にもさくらんぼを送ったけど、会社の重要書類を一緒に送ってしまった。金が必要なので、夕方に取りに行く」旬の果物をプレゼントするという「甘い言葉」を使った新しい手口のオレオレ詐欺が神奈川県内で発生しています。報道によれば、この件は未遂に終わったといいますが、お中元のシーズンを控えていることもあり、県警は「旬の果物を出すことによって会話に現実味が出る。季節ものには注意しなければならない」と呼びかけています。なお、本件では、女性が電話口で応対していたところ、偶然女性宅でガスの検針作業をしていた作業員の男性が、会話の内容を聞いていたところ、「それ詐欺じゃないですか」と男性は女性に助言し電話を切らせたうえ、自ら110番通報したといいます。2022年1月から5月末の神奈川県内の特殊詐欺被害額は13億800万円で、2021年同期比で4億9,600万円も増加しています。被害の増加を受け、鶴見署では特殊詐欺抑止対策班を作り、高齢者の自宅や金融機関の見回りを強化しているといいます。
- 奈良県警は、同県大和郡山市の80代女性が、警察官を名乗る男に現金約3,200万円などをだまし取られる被害にあったと発表しています。「偽札が出回っており鑑定する」と持ちかけ、女性が自宅に保管していた現金を持ち帰ったというものです。報道によれば、女性宅に警察官を名乗る男の声で「口座から不正に現金が引き出されており、キャッシュカードの交換が必要」と電話があり、女性宅を訪れる警察官にカードを渡すよう指示があり、その後、女性宅に来た男2人組が「偽札が出回っている。現金があれば、本物かどうか確認するために署へ持ち帰って鑑定する」などと言い、家にある現金を集めるよう要求、女性は保管していた約3,200万円と、用意していたカード3枚を手渡したといいます。2人組が女性宅を訪れた際、電話をかけてきた男との通話も続いていたとのことです。電話で「(訪れた2人組は)警察官なので安心して指示に従って」と言われたため、招き入れたといいます。女性は1人暮らしで家族に相談して発覚したとのことです。
- 大阪府内の70代男性には5月下旬~6月12日、ファイナンス会社員を名乗る男らから「個人情報がハッキングされている。とりあえず100万円を払ってほしい。5%の手数料がかかるが95万円は返ってくる」、「あなたの個人情報が使われサイバー攻撃をしていることになっている。サイバー保険に入った方がいい」などと繰り返し電話があり、計4,250万円を振り込んだということです。
- 「大金を譲る」とうその話をして手数料名目の電子マネーを高齢男性からだまし取ったとして、警視庁は、無職の男ら男8人を詐欺容疑で再逮捕し、埼玉県所沢市の男を同容疑で逮捕しています。報道によれば、9人は今年3~5月、東京都品川区の70代男性の携帯電話に「18億円を譲渡する」とうそのメッセージを送り、手数料名目で9回、計46,000円分の電子マネーを詐取した疑いがもたれています。男性は出会い系サイトに誘導され、サイトの利用料金を支払うシステムで、電子マネーの利用番号を入力させられていたといいます。警視庁は、9人が4つの出会い系サイトを運営し、同様の手口で今年1~5月に計約2億円をだまし取ったとみているといいます。
- インターネットバンキングに不正接続して他人の預金を勝手に送金した上、現金を引き出したとして、警視庁は、中国籍で職業不詳の男を電子計算機使用詐欺容疑などで逮捕しています。報道によれば、2020年5月以降、同様の手口で約220回・計約3,400万円を不正に出金したとみて調べているとのことです。男は仲間と共謀して2020年6月、愛知県の30代男性のネットバンキングに不正接続し、預金79,000円をベトナム人名義の口座に送金、西東京市のコンビニ店のATMで同額を引き出した疑いがもたれています。男はATMでの現金引き出し役で、「不正送金された金とは知らなかった」と容疑を一部否認しています。被害男性は当日、スマートフォンに届いたフィッシングメールで口座情報を盗まれ、わずか6分後に不正送金されていたといいます。
- 架空請求詐欺でだまし取った電子マネーを転売したとして、警視庁は、埼玉県川口市、職業不詳の男(組織犯罪処罰法違反で起訴)ら男2人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等仮装)容疑で再逮捕したと発表しています。報道によれば、2人は2021年12月、東京都北区の60代女性から「有料サイトの未払い金がある」とうその電話をしてだまし取った80万円分の電子マネーを、犯罪収益であることを隠して電子マネー売買の仲介サイト「アマテン」に4回に分けて出品し、計約70万円で売却した疑いがもたれています。警視庁は、2人が2021年9月~2022年2月、同様の手口で計約1億5,000万円を得ていたとみているといいます。
- 競馬予想の「情報料」名目で現金をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は、無職の容疑者ら2人を詐欺容疑で再逮捕しています。報道によれば、容疑者らの詐欺グループは、一度だました被害者が「お金がない」と訴えると、「貿易の仕事を紹介する」などと虚偽の説明をして、「出し子」として詐取金を引き出させていたとみられています。再逮捕容疑は2022年5月中旬、競馬予想会社などを名乗って愛知県の70代男性に電話し、「情報料を払えば高額配当の3割をもらえる」などとうそを言って、現金約5万円をだまし取ったというものです。容疑者らは5~6月に同様の手口の詐欺容疑などで2回逮捕されていました。
- 大阪府警特殊詐欺捜査課は24日、府内に住む70代の女性が名義貸しトラブルの解決費用などの名目で、現金8,000万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、女性は今年3月、証券会社関係者を名乗る男から「外貨800万円分を購入する権利が当たった」という電話を受け、購入を断った上で他人に名義を譲ることを承諾、しかし、別の電話で金融機関を名乗る男から「名義貸しは犯罪のため、自分で外貨を購入する必要がある」と嘘の説明を受け、振り込みや郵送で計800万円を支払ったものです。さらに4~5月には、投資家を名乗る男から女性宅に「出資金を2~3倍にして返すから500万円を支払ってほしい」などと電話があり、女性はレターパックで東京都豊島区の住所に12回に分けて計7,200万円を送付したということです。女性は投資家を名乗る男と大阪府内で会う約束だったが、連絡が取れなくなったため娘に相談し、被害が発覚したということです。
- 徳島県警は県内の40代女性が3、4月に未納料金の支払いを名目に計1,268万円をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。報道によれば、3月下旬に女性の携帯電話に実在する通信料金回収企業「NTTファイナンス」をかたり、利用料金が未払いになっていることを知らせるSMSが届いたため、女性が連絡先に電話したところ、男から「本日中に料金を払わないと、(有料サイト運営者が)訴えると言っている」と伝えられたといいます。団体の職員をかたる男からも電話があり、「携帯電話がウイルスに感染し、個人情報が流れているかも」、「お金は後日返金される」と言われ、女性はATMで指定された口座に10万円を振り込んだということです。その後も警視庁の警察官を名乗る男らから「サイバー保険の保険料が必要」などと複数回、電話があり、女性は4月下旬までに計20回振り込んだといいます。
- 日本以外でも、「生活費の危機」に乗じた詐欺が英国で頻発しているとの報道がありました(2022年6月28日付日本経済新聞)。報道によれば、英公式統計の分析で、電気・ガス料金を節約したいという消費者の思いにつけ込む手口の急増が明らかになっています。英国で警察当局が設けている詐欺・サイバー犯罪専用の通報先「アクション・フロード」のデータを消費者団体「Which?」が調べたところ、国内の主要なエネルギー会社の名をかたる詐欺が2022年1~3月期に前年同期比10%増加、とりわけ1月の増加率は27%に上ったといいます。「Which?」は、通報されない詐欺未遂も多く、光熱費の負担が増す中で、実際の被害はもっと大きい可能性があるとの見方を示しています。消費者を標的としたフィッシング詐欺は、銀行口座番号などの個人情報を不正に取得する犯罪で、盗まれた情報がより巧妙な詐欺に利用される可能性もあり、英金融業界団体「UKファイナンス」によると、最新統計となる2020年は、データ侵害やフィッシング詐欺によって引き起こされた銀行の損失が7億8,400万ポンド(約1,300億円)に上っているといいます。
- 大阪府警は、20代の男性警察官2人が「還付金詐欺」を見抜けず、大阪市内の70代女性が約95万円をだまし取られたと明らかにしています。警察官は、ATMを操作しながら電話する女性に代わり、詐欺グループとみられる相手とやりとりしたにもかかわず、詐欺と気付けなかったということです。大阪府警は「指導を徹底したい」としています。報道によれば、大阪市内にある警察署の地域課の巡査長と巡査は、金融機関のATMを操作する女性を発見、巡査長が女性の電話を代わったが、相手は「ATMの操作で不明な点があったみたいで、コールセンターで説明している」と答え、女性も「ATMの使い方を聞いているだけ」と説明したため、警察官2人はその場を離れたということです。
各地の特殊詐欺による被害状況等についての報道から、いくつか紹介します。
- 高齢者を中心に深刻な被害が続く特殊詐欺について、年間の数字が確認できる2003年から2021年までの被害総額が5,743億円に上るといいます。これは、佐賀県の令和4年度一般会計当初予算や地方銀行の預金量を上回る額で、「オレオレ詐欺」など電話で被害者から現金をだまし取る悪質な犯罪によって、国民の財産が組織犯罪グループの巨大な資金源になっている実態があらためて浮き彫りになっています。警察庁によると、被害額の類型別では息子や孫を装い金銭を詐取するオレオレ詐欺が2,522億円と最も多く、架空の未払い料金を口実にする「架空請求詐欺」が1,419億円、虚偽の未公開株などを名目にする「金融商品詐欺」が677億円で、この3類型だけで全体の8割となるとのことです。個人の最大被害は、大阪府の会社経営の80代女性が2016年、名義貸しを巡るトラブル解決名目などで20数回にわたってだまし取られた5億6,900万円だといいます。
- 今年に入り、秋田県内で特殊詐欺の被害が急増しているとのことです。5月までに確認された被害件数は前年同期と比べて倍増し、被害額も7倍以上に膨れあがっている状況だといいます。手口が多様化し、被害が幅広い年代に広がっているのも特徴で、県警は注意を呼びかけています。報道によれば、今年1~5月の特殊詐欺被害は22件(前年同期比13件増)で、被害額は4,829万円に上り、前年同期の677万円と比べ、7倍以上になっているといいます。形態別の被害額をみると、未納料金などの名目で支払わせる「架空請求詐欺」が4,106万円(+3,548万円)と大幅に増加、還付金の払い戻しなどをかたる「還付金詐欺」も449万円(+349万円)に上ったほか、自宅を訪問して偽のカードとすり替える「キャッシュカード詐欺盗」も増えているといいます。県警組織犯罪対策課によると、架空請求詐欺では、電話でATMに誘導して金を振り込ませるだけでなく、電子マネーを購入させるなど手口が多様化、高齢者だけでなく、若者にも被害が拡大しているといいます。若年層では、アダルトサイトの閲覧費用の支払いを求められる事例が目立っており、被害者は見たかどうかはっきりしなくても、詐欺グループから「払わなければ裁判になるかもしれない」などと言われると、後ろめたさから金を払ってしまうケースがあるということです。
- 東京都内で還付金詐欺の被害が急増しています。都内の被害は5月の1カ月間に94件(計約1億4,300万円)あり、前月の48件(計約7,680万円)の約2倍になっています。被害者の多くは高齢者で、警視庁は「ATMでは電話をしない、させないを心がけてほしい。電話している人を見かけたら110番してもらいたい」と注意喚起しています。
- 神奈川県内で特殊詐欺の被害拡大に歯止めがかからない中、県警は若者の役割に着目していると報じられています。報道によれば、高齢者の被害とは無関係にも見える若者の重要性について、「高齢者が、子や孫から注意喚起されれば、犯人から電話が来ても『これは詐欺だ』と思い直す可能性が高まる」ということがあるようです。また、若者を含めたボランティアとの連携により、防犯の輪を県民に広げていこうとしています。一方、ボランティアとの取り組みには、課題もあるといい、神奈川県警が認知する県内の防犯ボランティア団体は2021年末時点で3,353団体(職域・事業者団体を除く)で、そのうち平均年齢が60歳以上の団体が約75%を占めており、こうした団体も高齢化が進んでいるのが実情だといいます。県警幹部は「警察だけではなく、若者を含めた県民総ぐるみで特殊詐欺を防がなければならない」としており、より多くの若者に防犯活動に参加してもらうため、さらなる取り組みが必要となっています。
本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されており、大変感心させられます。まずは一般人の事例を紹介します。
- 特殊詐欺被害を未然に防いだとして、大阪府警此花署は、大阪情報コンピューター専門学校1年の男子学生(18)と大阪経済法科大1年の女子学生(19)に感謝状を贈っています。2人は、大阪市此花区のコンビニで、80代の女性が約20分間にわたり、携帯電話で口座の残高や暗証番号について話しながらATMを操作しているのに気づき、声をかけたといいます。「操作方法が分からない」と話す女性に事情を聞くと、銀行員を名乗る人物から「還付金があるので近くのATMへ」と誘導されていたことが分かり、警察に通報したものです。
- オレオレ詐欺を2回看破―。東京都品川区の80代女性が、息子をかたる電話を詐欺だと見抜いて警察に通報し、現金を受け取りに来た男の逮捕に協力しています。この女性は2021年7月にもオレオレ詐欺に気づき、別の容疑者の逮捕に貢献していたといいます。警視庁品川署によると、女性は、息子をかたる人物から「会社の金が入ったバッグを電車に置き忘れた」などと電話を受け、「お金はいくらくらい出せる?」などと尋ねてきたことを不審に思い、署に通報したものです。通報を受けた署員が自宅近くの路上で待ち伏せしていたところ、男が現れ、女性から偽物のお札を入れた紙袋を受け取ろうとしたため、詐欺未遂容疑で現行犯逮捕したものです。女性は2021年7月にもオレオレ詐欺の電話を受け、警察に通報、同署が現金を受け取りに来た少年を詐欺未遂容疑で逮捕していました。
- 静岡県警静岡南署は、自称会社員の男を詐欺容疑で緊急逮捕していますが、被害者の女性を乗せたタクシー運転手の通報が功を奏した形となりました。男は仲間と共謀し、無職の80代の女性に「投資で6,000万円のもうけがあった」、「税金を払わないといけない」などと孫をかたって電話をかけ、弁護士の息子を装って女性宅を訪れ、現金100万円をだまし取った疑いがもたれています。女性は現金を下ろすためにタクシーに乗車、「孫が東京からお金を受け取りに新幹線で来る」などと車内で話したのを不審に感じた運転手が、女性を自宅に送り届けた後、県警に通報したものです。
- 埼玉県警浦和署は特殊詐欺被害を未然に防いだとして、さいたま市の男性に感謝状を贈っています。男性は、郵便局のATMで、前に並んでいた70代女性が携帯電話を手に操作に手間取っているのに気がついたといいます。特殊詐欺の手口を県警の啓発イベントなどで知っていた男性が異変を感じて声をかけたところ、女性は「誰にも言ってはいけないと言われた」などと返答、詐欺を疑った男性は郵便局員に警察に通報してもらい、女性に振り込みを思いとどまらせたということです。男性は「携帯電話で指示を受けながら画面を見ている様子でピンときた。声をかけたことでこんなふうに表彰してもらえて感激だ」と笑顔で話すと、署長も「今後も地域住民と協力して特殊詐欺を抑止していきたい」と語ったといいます。
- 店の防犯カメラで監視を続け、特殊詐欺事件の「出し子」とみられる男の逮捕に貢献したとして、京都府警西京署は、京都市下京区のパチンコ店「京都駅前ラッキー」の女性店員に感謝状を贈っています。70代女性が、自宅を訪れた男にキャッシュカード7枚をだまし取られる事案が発生、「出し子」とみられる別の男がコンビニで女性の口座から約110万円を引き出したことが分かり、行方を追っていたところ、捜査員は、男が出入りする可能性があるとして、同店に協力を要請、女性店員は、店内でパチンコをしている男の姿を防犯カメラの画面越しに追い続け、捜査員に逐一報告、男は窃盗容疑で逮捕されたということです。感謝状を受けとった女性店員は「2年前に還付金詐欺にあった祖父が、ショックで体調が悪くなったことを思い出し、容疑者を捕まえたいと思った」と振り返ったといいます。
- パソコンやスマートフォンに「ウイルスに感染した」と虚偽の警告を表示し、対策費名目などで金銭をだまし取る「サポート詐欺」の被害を未然に防いだとして、兵庫県警東灘署は、家電量販店「エディオン御影店」の店員に署長感謝状を贈っています。近所の70代女性が同店を訪問、サービスカウンターにいた百合田さんに、高額の電子マネーの購入方法を問い合わせた。メモを持っていたことなどを不審に思った店員が購入理由を確認したところ、女性はパソコンのウイルス除去のために必要と電話で指示されたと説明、店員はパソコンに詳しく、ウイルス除去のためとかたって架空請求される事例を知っており、警察に通報、被害を防ぐことができ、「自分に声をかけてくれてよかった」と話しています。
- 高齢者をニセ電話詐欺から守ったとして、佐賀県警唐津署は、会社員の大霜さんと感謝状を贈っています。寺戸署長はいずれも「勇気を持って声をかけたことで、被害防止につながった」とたたえています。大霜さんは、佐賀銀行相知出張所でATMを操作中、隣のATMから60代女性が携帯電話で会話する声が聞こえたといいます。窓口から離れたATMコーナーには2人しかおらず、女性が振り込みの指示を受けていると判断して「大丈夫ですか」と声をかけ、携帯を受け取って会話を代わろうとしたところ、電話を切られたといいます。女性は一人暮らしで、近くの自宅で市役所職員を名乗る電話を受け「介護保険料の払い戻し手続きは今日まで。ATMまで行ったら電話してください」と指示されていたとのことです。窓口を通じて通報を受けた署員が女性に詐欺と説明し納得してもらった。
- 埼玉県川越市内でタクシー運転手の男性が、乗車した80代の女性を特殊詐欺の被害から救いました。女性は20キロ以上離れた蓮田駅に「荷物」を運ぼうとしていたが、埼玉第一交通の運転手の男性は車内での会話で違和感を覚え、詐欺と気づいたといいます。1万円近い乗車賃を稼げると喜んだものの、「最初は川越へ荷物を届けるよう孫に頼まれた」と聞いて心配になり、「何を持って行くの?」と尋ねたところ、女性は「内緒」、「もしかしてお金?」とたたみかけると、小さくうなずいたため、男性は詐欺だと確信し、女性を川越署まで乗せていったものです。女性は現金100万円を届けようとしていたということです。
- 技術スタッフの工藤さんは室内に戻り、電話が終わった男性に「お知り合いですか」と声を掛けたところ「区役所から医療費の還付金があると言われた」と男性。「詐欺の可能性がありますよ」と伝えたが「大丈夫だから」と素っ気なかったものの、初対面のお客さんにこれ以上は強く言えなかったといいます。再び電話が鳴ったところ、男性は今度はキャッシュカードを手に、銀行名や近くのATMの場所、自分の携帯電話の番号を伝えていたため、「やっぱりおかしいです」と訴えても男性は気にせず、急いで家を出て行ったといいます。「ほぼほぼ詐欺だと思ったが、100%の確信は持てなかった」2人は、男性の妻に区役所に確認してもらうと、「そんな電話はしていない」との答えだったことから、工藤さんは家を飛び出し、妻に教えられたATMコーナーでは、男性が携帯電話で話しながら操作している真っ最中で、工藤さんは慌てて男性をATMから離し、強引に電話を切ったといいます。工藤さんはATMに備え付け電話で事情を説明、ぼうぜんとする男性を説得してもらい、110番して被害を防いだといいます。大阪府警住之江署から感謝状を贈られた2人は「仕事で個人宅へ訪問することが多く、防犯面でも役に立てれば」と意気込んだといいます。生活安全課長は「銀行の窓口が閉まり、ATMコーナーが無人になる夕方を狙う電話も多い。一般の方が勇気をもって被害を食い止めてくれるのは本当にありがたい」と話しています。
- 電話しながらATMを操作する高齢男性に声をかけ、特殊詐欺の被害を防いだとして、大阪府警平野署は、契約社員、宮崎さんに感謝状を贈っています。みずほ銀行平野支店のATMコーナーで、携帯電話をスピーカーモードにして話しながらATMを操作する70代男性がおり、利用客の一人だった宮崎さんは、スピーカー越しに聞こえた「給付金」という言葉に反応、男性に聞くと、「厚労省から電話があった。午後4時までに手続きをしないと年金の追加給付が受け取れない」と慌てた様子で、携帯に表示された番号をインターネットで検索すると「詐欺の電話番号」と紹介されていたといいます。いったん切れた男性の携帯が再び鳴ったため、「男性だと断れなさそう」と感じた宮崎さんは「私が出ます」と男性に伝え、「娘です」と対応したといいます。
- ATMの前で、携帯電話で話す高齢女性に声をかけ、特殊詐欺被害を防いだとして、警視庁成城署は、会社員の榊原さんに感謝状を贈っています。榊原さんは土曜日、訪れた世田谷区内の銀行で、困惑した様子で携帯電話で話しながらATMを操作する70代女性に気づき、声をかけたところ、女性から電話を代わって「銀行員」と名乗り、「こちらから折り返すので番号を教えて」と言うと、相手の男性が怒鳴り始めたので電話を切ったといいます。成城署によると、女性の自宅には、区役所職員をかたる男性から「医療費が戻る」などと還付金詐欺の手口の電話がかかっていたといいます。榊原さんは「ATMの前で携帯電話を使わないでと呼びかけるポスターを見たことがあり、これは詐欺だと思った。今後も困っている人がいたらすぐに声を掛けたい」と話しています。早川署長は「勇気ある行動で詐欺を見破ってくれ、大変心強い」とたたえています。
次に金融機関の事例を紹介します。
- SNSを通して外国人女性を名乗り、お金を振り込ませる詐欺を防いだとして、伊賀署は、百五銀行上野支店と同行員の笠井さん、伊藤さんに感謝状を贈っています。市内の60代男性が来店し、お金を振り込もうとしたため、笠井さんが振り込み目的などを尋ねると、男性は「SNSで知り合った外国人女性の資産を受け取るための手数料」などと話したため、笠井さんと上司の伊藤さんは「つじつまが合わず、詐欺事件だ」と確信。本人の了解を得て110番通報するなどの適切な対応をして被害を防いだというものです。署に対し、男性は、フェイスブックを通して自称英国在住の女性を名乗る人物と知り合ったと説明、女性は病気を患い、資産約13億円を男性に送るとし、男性はその受け取りにFBI(米連邦捜査局)などによる護送の運送料が必要だという話に疑いを持てず、手数料として50万円の送金を求められていたもので、相手と会ったり話したりしたことはなかったといいます。笠井さんは、来店客の詐欺被害を防いで感謝状を受け取ったのは2度目だといい、「お客さまの被害を防げて安堵しています」と話した。伊藤さんは「不審な振り込みなどに声をかける体制はできている。その場ではいやがられても、詐欺被害につながる振り込みはわかり、後で信頼につながる」と話しています。
- 電話詐欺を未然に防いだとして、山梨県警南甲府署は山梨県民信用組合青沼支店の女性職員と支店長に感謝状を贈っています。女性職員は、同支店を訪れた80代女性から「ATMで100万円を下ろしたいが下ろせない」と相談を受けたため理由を尋ねると、「お金を盗まれて困っていると甥から電話があった」と話したため、詐欺を疑って支店長などに報告、その後、支店が警察に通報したものです。女性職員は「お客様の大切なお金を守ることができてよかった。今後も、不審に思った際は丁寧に声をかけていきたい」と話しています。
- 1,000万円の詐欺被害を防いだとして、茨城県警境署は、JA岩井・岩井南支店に感謝状を贈っています。70代の女性客が1,000万円の定期預金の解約に来たため、窓口の女性職員が内部規定に従って使途を聞くと、女性は「言えない」の一点張りだったといいます。別の支店で会議中だった支店長が連絡を受け、電話で話すと、女性は「息子が会社のお金をなくした」と説明、「詐欺ではないか」と諭したが、女性は「詐欺でもいいから解約してほしい」と食い下がっていましたが、やり取りを近くで聞いていた別の女性職員が機転を利かせ、JAのデータを調べて女性の家族に電話、家族が女性を説得したということです。
- 「お客様は被害者ですよ」。窓口で粘ること1時間。外貨両替業の担当者による根気強い対応が、特殊詐欺の被害を防いだといいます。福岡市のJR博多駅筑紫口の外貨両替業トラベレックスジャパンの窓口に、50代男性が来店、商品代金として「海外に送金をしたい」ということでした。送金先はスペイン。額は日本円で約27万円。窓口で対応した矢野さんと男性とのやりとりはかみ合わず、送金相手を聞いても、「友だちに送る」としか答えないものの、商品代金を送ることに必死な様子が伝わってきたため、「誰かに言わされているような感じ」と不審に思った矢野さんは、男性を落ち着かせようとしました。「この送金サービスは商品代金を送金するためには利用できません」と伝えると、男性は相手からのメールを見せ、懇願、それが決定打となり、メールの英文は現在形と過去形を間違え、文法は誤りが多く、日本語は機械的に翻訳したようなぎこちない文章だったことから矢野さんは「詐欺だ」と確信したといいます。客が事件に巻き込まれる事態を想定し、窓口で可能な限り情報を聞き出すのが社の方針だといいます。矢野さんは、根気強く質問を繰り返した。だが、男性は何の商品の代金か一切話そうとせず、1時間がたったころ、ようやく相手との具体的なやり取りが分かってきたことから、矢野さんは思い切って「お客様は被害者ですよ!」と言ったところ、その言葉に、男性は警察への通報に同意、被害を免れたということです。刑事管理官は「1時間もかけて説得してくださった点に、プロ意識を感じる」と述べています。
次にコンビニの事例を紹介します。
- パソコンなどがウイルスに感染したと誤認させて復旧名目で電子マネーをだまし取る「サポート詐欺」を未然に防いだとして、警視庁は、ローソンに感謝状を贈っています。山本仁副総監は「被害の未然防止には地域に根ざすみなさまの力が不可欠だ」と謝意を述べています。サポート詐欺ではまず、インターネットを閲覧中にウイルスに感染したとする警告画面が出現。画面には「サポートセンター」の電話番号が記されており、電話すると「復旧するのにお金が必要」と言われ、コンビニで電子マネーを買うよう指示されます。電子マネーの利用番号を先方に伝えるとその番号は換金される、という流れになっています。同庁は、被害者がコンビニで電子マネーを買おうとするタイミングで詐欺に気づいてもらおうと、2月から注意喚起の店内放送を流すよう、ローソンに依頼、すると、5月末までに客の様子を不審に思った店員の声がけなどで37件の被害を防ぐことができたということです。
- 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、愛知県警豊田署は、セブン―イレブン店長の菅沼さん、豊田市美里5丁目店の曽山さんに感謝状を贈っています。市木町店に「グーグルのカードを8万円分ほしい」という80代の男性が訪れ、高額だったため、美里5丁目店から応援派遣されていた曽山さんが「何に使いますか」と尋ねたところ、息子に渡すと話す男性に「カードごとか、シリアル番号を伝えるのか」などと確認、店内に引き留めたまま110番通報したというものです。。電話の相手は、警察官が駆けつけた後でも通話を切らない大胆さだったといいます。菅沼さんによると、普段から詐欺が疑われる場合は、重ねて確認したり警察に電話をしたりするように努めているということです。
- 秋田県警横手署は、特殊詐欺被害を未然に防いだとして、横手市内のファミリーマートと女性店員に感謝状を贈っています。高齢の男性客がスマートフォンで電話をしながら入店し、女性店員に「電子マネーを売っているか」と尋ねたため、女性店員が男性客に用途を聞くと、「アダルトサイトの利用」と答えたことから、詐欺だと確信、電話相手は若い男の声で10万円分の電子マネーを売るよう求めてきたが、電話をかわった女性店員は「売れません」と告げて電話を切ったといいます。
- 特殊詐欺被害を未然に防止したとして、大阪府警泉佐野署は、ローソンりんくう南店」の店員(19)に感謝状を贈っています。来店した60代男性が数十万円分のプリペイドカードと1万円札の束を持ってレジに来たところ、男性は「午後6時までに払わないといけない」と慌てた様子で、詐欺を疑った店員は「数分でいいので警察に相談してほしい」と何度も説得、男性に通報を促して詐欺被害の未然防止につながったというものです。
- 「ウイルスに感染した」などとウソの警告をパソコン画面に表示させ、復旧名目で金銭をだまし取る「サポート詐欺」を未然に防いだとして、大阪府警八尾署は、ファミリーマート「八尾木北二丁目店」のアルバイト店員で大学生の石本さん(18)に感謝状を贈っています。同店で70代の女性がプリペイドカード10万円分を購入しようとしたため、当時高校3年生だった石本さんが接客し、購入額が高額で不自然だったため、用途を聞くと「パソコンにウイルスが入ったため」と説明したので詐欺を疑い、店長に電話をして相談、「調べる必要がある」との助言を受けて110番し、サポート詐欺を未然に防いだということです。
- ファミリーマート唐津菜畑店では、経営する岩本さんの母親と妻が、25,000円分の電子マネーを求めた70代女性から使用目的を「3億円の当選金を受け取るため」と聞き出し、唐津署員を呼んで購入を思いとどまらせたといいます。唐津署によると、「船に乗っている夫」が当選金支払い名目に購入を指示するメールを受信し、代わって購入するよう女性に依頼していたといいます。購入していれば、手続きなどを口実に使われる危険性が高かったとしています。
- セブンイレブン下京区役所前店で、副店長の竹子さんは、「おかしいと思うので警察に問い合わせください」。本来であれば、客にこんな対応はご法度のところ、あえて販売を断ったといいます。その後、男性は店外で電話をかけ始め、再び声をかけた竹内さんに「別のコンビニに行くように指示された」と明かしました。「もはや詐欺以外にない」。自身の判断で竹内さんは警察に通報したといいます。実は、この下京区役所前店で特殊詐欺被害を未然に防いだのは、4年前に続いて今回が2回目で、竹内さんは当時も、別の店員が詐欺を見破った際に現場に一緒にいた経験があったといいます。さらに同店では日頃からオーナーが従業員への防犯教育に取り組んでいるといいます。「4、5万円のカード購入は疑って」「間違いのときもあるかもしれないが、お客さんに声をかけていこう」。オーナーは従業員に対して繰り返し声をかけているほか、地区内で犯罪が発生した場合も注意喚起を行っているといいます。今回の竹内さんの行動にも、「お客さま第一」の気持ちと、日頃から培われた高い防犯意識があったといいます。京都府警下京署は竹内さんらに対し、森野署長が「最後の砦になってもらった」と感謝状を贈っています。竹内さんは「オーナーに言われていたので意識していた。大事なお金が犯罪に使われなくてよかった」と振り返り、オーナーは「世の中の事件をひとつでも回避できうれしい」と語り、今後も被害防止に意欲を見せています。
特殊詐欺防止の取り組みについて、最近の報道から、いくつか紹介します。
- 上下黒色のスーツに眼鏡、金融機関の偽の職員証、透明の下敷き、はさみ―。宮城県警若林署で、特殊詐欺の「受け子」とみられる容疑者の押収品が報道陣に公開されました。県警が前日に窃盗容疑で再逮捕したのは、住所不定、解体工の男で、金融機関職員を名乗って被害者宅を訪問し、キャッシュカードが入った封筒と、カードのサイズに切り取った下敷きを入れた封筒をすり替えて盗んだ疑いがもたれています。県警は「金融機関職員や百貨店の店員がカードを回収に来ることはない。不審な電話がかかってきたら、すぐに110番を」と呼びかけています。
- 多発する特殊詐欺の被害を防ごうと、奈良県警生活安全企画課は、犯人の電話音声を動画投稿サイト「ユーチューブ」の公式チャンネルで公開しています。犯人の巧みな語り口を紹介し、「『私は大丈夫』との油断が被害に遭うリスクを高めます」と警戒を呼び掛けています。「1カ月ほど前、ご自身でクレジットカードを作られた覚えはありませんか」。4月、県内の高齢女性宅に百貨店店員を名乗る男性から電話が掛かってきたところ、「覚えていない」と答えた女性に、男性は「他人が個人情報を不正に利用してカードを作った可能性が高い」と不安をあおり、そして、クレジットカードを止めるため、警察に銀行のキャッシュカードを確認してもらう必要があると女性を誘導、男性は「自宅で他に在宅の方はいらっしゃいますか」と尋ね、女性が「私と主人がいます」と答えると、電話は一方的に切られたといいます。同課は「犯人は、電話の相手が他の人に相談できないよう、自宅に1人でいる高齢者を狙っていた可能性がある」と指摘しています。仮に女性が自分しかいないと答えると、男性が「カードを確認する必要がある」と偽り、仲間に金融機関職員や警察官をかたって女性宅に行かせ、キャッシュカードをだまし取る手口が想定されるといいます。今年奈良県内で認知した特殊詐欺の被害額は5月末までに約1億4,950万円となり、前年同期より約220万円減ったが、認知件数は75件で、26件増えています。
- 人工知能(AI)を活用し、特殊詐欺を防ぐ取り組みが広がっています。高齢者宅にかかった電話の会話を自動解析して通報したり、犯人の指示でATMを操作する人に警告を発したりするもので、長年続く被害に歯止めをかけようと、自治体や警察も普及を後押ししています。実際に、おいを装う男から「カバンをなくしたので現金を貸して」と電話があり、計5回の通話の音声は、電話機に取り付けた機器を通じてインターネットのクラウドサーバーに自動転送され、これを解析したのは、過去の事件の「だまし文句」を学習したAI、会話の内容から詐欺の恐れがあると判断し、女性が緊急連絡先に指定していた区の担当部署に警告メールを送信、区職員が女性に連絡すると、「これから、おいに80万円を渡す」と答えたといい、区から通報を受けた警視庁荏原署は、現金を受け取りに現れた埼玉県草加市の少年を詐欺未遂容疑で現行犯逮捕したということです。検知器を使った「特殊詐欺対策サービス」は2020年11月、NTTグループが全国で提供を始めています。また、佐賀銀行は2019年7月以降、システム開発「オプティム」と連携し、ATM付近に設置したAIカメラで、携帯電話をかける客を見分ける実証実験を行っているといいます。医療費や税金が戻る手続きと偽り、電話でATMの操作法を指示しながら現金を振り込ませる還付金詐欺を防ぐ狙いだといいます。
- 6月19日の父の日を前に、麻布署は、港区内で高齢者やその家族らに向け、特殊詐欺被害への注意を呼びかけました。同署は「両親や祖父母など身近な人と会うこの機会に、詐欺の手口について情報共有をして、対策を話し合ってほしい」としています。署によると、今年は5月末までに都内で1,125件の特殊詐欺被害を認知、管内では12件計約6,300万円の被害があり、うち11件が70~80代の高齢者だったといいます。区役所職員を装い「医療費の還付が受けられる」とだまして銀行の無人ATMなどを操作させる「還付金詐欺」が8件を占めているといいます。
- 「高収入・裏バイト募集中」「あなたに還付金があります」。一見怪しげな件名のメールが、大阪府警曽根崎署が防犯情報を流す「安まちメール」で届くといいます。特殊詐欺被害の認知件数が昨年のペースを上回る状況のため、ほぼ毎日送る防犯メールの件名に、犯行で使われる文言を入れることを考えたといいます。曽根崎署の狙いは「ついクリックしてしまうメール」で、犯行の手口は本文で紹介しているといいます。
- 警視庁は、東京都品川区のJR大井町駅で、「保険料が戻ってくる」などとうそを言って現金をだまし取る「還付金詐欺」への注意を呼び掛けています。6月15日は年金支給日で、同庁の防犯広報大使を務める人気アニメ「サザエさん」の着ぐるみや、大井署員ら約30人が参加、還付金詐欺ではATMを操作させることから、「ATM周辺での携帯電話の通話はやめましょう」と書かれたチラシ300枚などを配りました。警視庁によると、2021年の都内の特殊詐欺被害は3,319件(被害総額約66億円)で、そのうち約4分の1の891件(同約12億4,000万円)が還付金詐欺でした。今年5月の都内の還付金詐欺は前月比で約2倍の94件に上り、特殊詐欺の手口別で最も多かったといいます。
(3)薬物を巡る動向
国連薬物犯罪事務所(UNODC)は、2020年に、世界の15~64歳の人々のうち推計2億8,400万人が薬物を12カ月以内に使用していたとする2022年版「世界薬物報告」を発表しています。最も使われている薬物は大麻で、2020年は推計2億900万人が使用したといいます。報告書は、新型コロナウイルス感染拡大に伴うロックダウンが量の面でも頻度の面でも大麻の使用増加の一因となったと分析、一部の国で見られる大麻の合法化は、公衆衛生に幅広い影響を与えているとみられると指摘しています。一方、2020年のコカイン製造は1,982トンで、2020年は推計2,150万人が使用、北米と欧州が二大市場だが、過去20年でアフリカやアジアでの需要も増えているといいます。また、ロシアのウクライナ侵攻により、違法な薬物の生産が急増する可能性があるとの見通しも示しています。ウクライナで閉鎖された(覚せい剤の一種)アンフェタミンの工場の数は2019年に17棟だったのが、20年には79棟と急増し、世界最多となりましたが、UNODCは、ウクライナの戦争が続く中、同国の合成薬物の製造能力は拡大する可能性があるとしています。紛争地域では「取り締まって工場を停止させる警察もいない」ためだといい、紛争地域は合成薬物を製造する上で「(引きつける)磁石」として機能することが、中東や東南アジアの例から推測できるとしています。報告書は「消費者の多い市場の近くに紛争地域が存在する場合、この影響は色濃くなる可能性がある」と指摘しています。
▼UNODC World Drug Report 2022 highlights trends on cannabis post-legalization, environmental impacts of illicit drugs, and drug use among women and youth
本報告書のリリースでは、「国連薬物犯罪事務所(UNODC)の世界薬物報告書2022によると、世界の一部での大麻合法化は、毎日の使用と関連する健康への影響を加速させたようです。本日発表されたこの報告書は、コカイン製造における記録的な増加、合成薬物の新市場への拡大、特に女性に対する薬物治療の利用可能性の継続的なギャップについても詳述しています。報告書によると、2020年には世界中で約2億8,400万人が薬物を使用しており、過去10年間で26%増加しています。若者はより多くの薬物を使用しており、今日の多くの国で使用レベルは前の世代よりも高くなっています。アフリカとラテンアメリカでは、35歳未満の人々が薬物使用障害の治療を受けている人々の大多数を占めています。世界的には、世界中で1,120万人が薬物を注射していると推定しています。この数の約半分はC型肝炎に罹患し、140万人がHIVに感染し、120万人が両方に罹患していました。これらの調査結果を受けて、UNODCのガダ・ワリー事務局長は、「世界的な緊急事態が脆弱性を深めているにもかかわらず、多くの違法薬物の製造と押収の数字は過去最高に達しています。同時に、問題の大きさとそれに関連する害に関する誤解は、人々のケアと治療を奪い、若者を有害な行動に追いやっています。私たちは、エビデンスに基づいたケアを必要とするすべての人に提供することを含め、世界の薬物問題のあらゆる側面に対処するために必要な資源と注意を捧げる必要があり、違法薬物が紛争や環境悪化などの他の緊急の課題とどのように関連しているかについての知識ベースを改善する必要があります。報告書はさらに、国際社会、政府、市民社会、すべての利害関係者が、薬物使用の予防と治療の強化や違法薬物供給への対処など、人々を保護するために緊急の行動をとるよう促すことの重要性を強調しています。」そして、報告書のポイントは以下のとおりです。
- 大麻合法化の初期の適応症と効果
- 北米における大麻の合法化は、毎日の大麻使用、特に強力な大麻製品、特に若年成人の間で増加しているようです。精神疾患、自殺、入院を持つ人々の関連する増加も報告されています。合法化はまた、税収を増加させ、一般的に大麻所持の逮捕率を低下させました。
- 医薬品生産と密売の継続的な成長
- コカイン製造は2020年に過去最高を記録し、2019年から11%増加して1,982トンとなりました。コカインの発作も、Covid-19のパンデミックにもかかわらず、2020年に記録的な1,424トンに増加しました。2021年に世界中で押収されたコカインの90%近くは、コンテナや海路で取引されていました。押収データによると、コカインの密売は北米とヨーロッパの主要市場以外の地域にも拡大しており、アフリカやアジアへの密輸が増加しています。
- メタンフェタミンの密売は地理的に拡大し続けており、2016~2010年には117カ国がメタンフェタミンの押収を報告していますが、2006~2010年には84件でした。一方、押収されたメタンフェタミンの量は、2010年から2020年の間に5倍に増加しました。
- 世界のアヘン生産量は、2020年から2021年の間に7%増加して7,930トンとなりましたが、これは主にアフガニスタンでの生産増加によるものです。しかし、アヘンケシ栽培の世界面積は、同期間に16%減少して246,800ヘクタールとなっています。
- 地域別の主な医薬品動向
- アフリカや中南米の多くの国では、薬物使用障害の治療に携わる人々の最も大きな割合は、主に大麻使用障害のために存在します。東ヨーロッパおよび南東ヨーロッパおよび中央アジアでは、人々はオピオイド使用障害の治療に最も頻繁に従事しています。
- 米国とカナダでは、主にフェンタニルの非医学的使用の流行によって引き起こされた過剰摂取による死亡は、記録を破り続けています。米国の暫定的な推定では、2020年の92,000人近くから2021年には107,000人以上の薬物過剰摂取による死亡が指摘されています。
- メタンフェタミンの2大市場では、発作が増加しており、北米では前年比7%増加し、東南アジアでは前年比30%増加し、両地域で過去最高を記録しました。南西アジアから報告されたメタンフェタミン発作についても過去最高が報告され、2019年から2020年には50%増加しました。
- 医療消費のための医薬品オピオイドの利用可能性には大きな不平等が残っています。2020年には、北米では、西アフリカと中央アフリカよりも、100万人の住民あたり7,500回多くの対照鎮痛剤の投与がありました。
- 合成薬物生産の磁石としての紛争地帯
- 今年の報告書はまた、違法薬物経済が紛争の状況や法の支配が弱い状況で繁栄し、紛争を長引かせたり煽ったりする可能性があることも強調しています。
- 中東と東南アジアからの情報は、紛争状況がどこでも生産できる合成医薬品の製造の磁石として機能することを示唆しています。この影響は、紛争地域が大きな消費者市場に近い場合に大きくなる可能性があります。
- 歴史的に、紛争当事者は紛争資金を調達し、収入を生み出すために薬物を使用してきました。2022年の世界麻薬報告書はまた、バルカン半島や最近ではウクライナで起こったように、紛争が麻薬密売ルートを混乱させ、シフトさせる可能性があることも明らかにしています。
- 紛争が継続した場合、ウクライナでアンフェタミンを製造する能力が高まる可能性
- ウクライナで報告された秘密の研究所の数は大幅に増加し、2019年に解体された17の研究所から2020年には79に急増しました。これらの研究所のうち67がアンフェタミンを生産しており、2019年の5つから増加し、2020年にどの国でも報告された解体された研究所の最大数です。
- 医薬品市場の環境への影響
- ・2022年の世界薬物報告書によると、違法薬物市場は、地域、コミュニティ、または個人レベルの環境に影響を与える可能性があります。主な調査結果には、屋内大麻の二酸化炭素排出量が屋外大麻の平均の16~100倍であり、1キログラムのコカインのフットプリントがカカオ豆の30倍であることが含まれます。
- その他の環境への影響には、違法なコカ栽培に伴う大規模な森林伐採、最終製品の5~30倍の量の合成薬物製造中に発生する廃棄物、土壌、水、空気、生物、動物、食物連鎖に直接影響を与える可能性のある廃棄物の投棄などがあります。
- 薬物使用と治療における継続的なジェンダー治療格差と格差
- 女性は世界的に薬物使用者の少数派にとどまっていますが、薬物消費率を高め、男性よりも急速に薬物使用障害に進行する傾向があります。現在、女性はアンフェタミン使用者の推定45~49%を占めており、医薬品覚醒剤、医薬品オピオイド、鎮静剤、精神安定剤の非医療ユーザーもいます。
- 治療格差は、世界中の女性にとって依然として大きい。女性はアンフェタミン使用者のほぼ2人に1人を占めていますが、アンフェタミン使用障害の治療では5人に1人しか構成していません。
- また、世界薬物報告書2022は、コカの栽培、少量の薬物の輸送、消費者への販売、刑務所への密輸など、世界のコカイン経済において女性が果たす幅広い役割にも焦点を当てています。
警察や海上保安庁、厚生労働省麻薬取締部などによる2021年の大麻事件の摘発者数が5,783人(前年比+9・94%)に上り、過去最多を更新しています。増加は8年連続で、30歳未満が約7割を占め、若年層の乱用拡大が顕著な状況となっています。また、薬物別の押収量は、覚せい剤が998.7キロ(前年比+21・14%)、乾燥大麻が377.2キロ(+26・1%)といずれも増えた一方、コカインは15.1キロ(▲98.1%)、MDMAなどの合成麻薬は80,623錠(▲24.1%減)となりました。薬物事件全体の摘発者数は、前年から1.1%減の14,408人で、覚せい剤は6年連続の減少となる7,970人、うち再犯者が7割近くを占め、大麻では20歳未満が初めて1,000人に上っています。薬物密輸の摘発件数は前年と同数の286件、摘発者数は367人で、37人増えています。そのような中、厚生労働省は、第2回厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会大麻規制検討小委員会を開き、現行の大麻取締法に設けられていない「使用罪」を新設する場合の具体的な規制方法などを議論しています。有害な成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)のみを規制対象とし、ほかの成分は医薬品などにも使えるようにする方向で検討、今夏をめどに大麻取締法の改正案の骨子をまとめる予定です。現行の大麻取締法は、大麻の栽培や所持、大麻を原料とする医薬品の製造を禁じていますが、規制は部位で区別しており、花穂や葉、未成熟の茎、根などが対象になっています。一方、大麻の主な成分をみると、規制対象の部位でも、有害性が低く、医薬品などに活用できうる成分が含まれています。主成分のうち、THCは幻覚など精神への作用があって有害ですが、カンナビジオール(CBD)は害は少ないとされます。このため、委員会では有害な成分であるTHCだけを規制する方向で検討していますが、CBDだけを使ったとする海外製の食品やサプリメントへのTHCの混入や、CBDが体内での化学反応や、加熱処理でTHCに変化するおそれが指摘されています。意図せずに使ってしまうことを考慮し、規制する場合の方法や濃度などは慎重に考える必要があり、委員会で示された研究論文では、ブタやヒトがCBDだけを口から摂取した場合、体内で変化したTHCは検出されなかった一方で、CBDに加熱処理をした場合、THCへの変化がみられたといいます。このため、委員からは「加工が簡単であれば、THCの原料になってしまわないか。CBDが規制対象外でよいのか」などの意見も出たということです。米国などでは難治性のてんかん治療に大麻成分を使った薬が認められており、本コラムでも取り上げたとおり、厚労省は2021年6月、国内でも同様の利用を認めるべきだとする報告書を作成しています。以下、同委員会の資料からいくつか紹介します。
▼厚生労働省 第2回厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会大麻規制検討小委員会 資料
▼資料1 大麻事犯の現状について
- 大麻密輸事件の摘発状況
- 令和3年の大麻密輸事件の摘発件数は199件(前年比2%減)と減少した一方、押収量は約153㎏(同22%増)と増加した。
- 大麻草の押収量は約22kg(同56%減)と減少したが、大麻樹脂等(大麻樹脂のほか、大麻リキッド・大麻菓子等の大麻製品を含む。)の押収量は約132㎏(同72%増)と増加した。
- 仕出地別の摘発件数では、アメリカが67.3%、カナダが3.5%と北米で約7割を占める。
- 大麻密輸事件の特徴
- 乾燥大麻が減少し、大麻リキッド(液体大麻)の密輸が増加している。
- 大麻リキッド(液体大麻)の隠匿方法が巧妙化している。
- 送付先を空室宛にしたり、事情の知らない第三者を受取人とするなど密輸手口が悪質。
- ショットガン方式で密輸し、ある程度摘発されても密輸組織側のダメージが少ない。
- 輸入された薬物を受領できない場合でも密輸組織側が薬物受領をあきらめるのが早い。
- コントロールド・デリバリー捜査(CD捜査)を活用するも、事犯解明が困難な事件が多い。
- 大麻濃縮物押収量等の増加
- 大麻濃縮物とは、大麻の有害成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)を高濃度で含む大麻ワックスや大麻リキッド等の総称。
- 米国司法省麻薬取締局(DEA)では、大麻濃縮物という概念はなく、大麻抽出物として、大麻草由来の1種又は複数種のカンナビノイドを含有する抽出物、但し大麻草から分離した樹脂(生成済みか否かを問わない)を除くと定義されている。
- 大麻樹脂に係る送致件数・人員は横ばい状態であり、押収量は年によって上下している。一方、液体大麻に係る検挙人員・件数及び押収量が明らかに急増している。
- 電子タバコで使用する
- 大麻濃縮物の主要な押収形態はカートリッジ入りのリキッドである。これは電子タバコを使って使用する。
- 電子タバコにはバッテリーが内蔵されており、リキッドを加熱してTHCを気化させて吸引する。
- 電子タバコ用のリキッドは「e-リキッド」とも呼ばれており、大麻濃縮物をプロピレングリコール等と混合して作られる。
- 巧妙化する薬物密売の流れ
- SNSに薬物密売広告(概要)を掲載して購入客を募る
- 購入希望者について秘匿性の高いインスタントメッセンジャーへ誘導して商談(薬物種、量、金額等)
- 秘匿性の高い外国の暗号資産取引業者などを指示して、客に薬物代金決済を行わせる
- 発送者の特定が困難な配送手段で薬物を客の指定住所へ発送
- 密売広告例
- 大麻の密売(手渡し)
- MDMA、乾燥大麻、大麻リキッドの密売(郵送)
- 様々な品種の乾燥大麻の密売→すべて秘匿性の高いインスタントメッセンジャーに誘導している。
- 栽培事犯増加要因の分析
- インターネットの普及→栽培方法・種子・栽培器具等の情報→栽培の容易化
- 輸送連絡網の発達→SNS等で注文→全国各地へ配送→栽培事犯の広域化
- 秘密裏に栽培可能→自己完結型栽培→犯罪の潜在化→栽培事犯の増加
- 大麻の所持に関する証拠が不足している場合に、大麻取締法に使用罪の規定がないため、大麻の使用に関する証拠が充分であったとしても、当該者を所持罪でも使用罪でも検挙することができない
- パターン1
- 不審者等に対する職務質問を実施したところ、車内から大麻の使用器具等を発見したが、大麻は発見されなかった。
- 被疑者が大麻の使用を自認しており、任意採尿した尿から高濃度のTHCの代謝物が検出された。
- 大麻の所持に関する証拠が不足しており、大麻使用の証拠が充分であるものの、検挙に至らない。
- パターン2
- 被疑者A及びBが居住する部屋から大麻及び吸煙器具を発見した。
- AとBの尿から高濃度のTHCの代謝物が検出された。
- AとBは、所持していた大麻について、お互いに「相手のもので自分のものではない。」と主張する一方、両名とも「大麻を吸ったことがある。」と大麻の使用を自認した。
- 捜査の結果、大麻の共同所持罪は成立しなかった。
- 大麻の共同所持に関する証拠が不足しており、AとBに大麻使用の証拠が充分であるものの、検挙に至らない。
- パターン1
▼資料3 大麻由来製品の使用とTHCによる使用の立証について
- 薬物事犯での薬物使用の立証は、過去の判例等に基づき、被疑者の尿を採取し、鑑定することにより行っている。このため、大麻使用事犯においても、大麻使用後の尿中の大麻成分の挙動を把握しておくことが重要である。
- 大麻の尿中排泄の様態
- THCは体内に摂取された後、代謝され、THC代謝物(THC-COOH-glu)として尿中に排泄されることが知られており、使用の立証には、THC代謝物のTHC-COOHを定量する。一般的にTHC摂取後1週間程度、検査可能な量が尿中に排泄されるが、常習者においては、3ヶ月を超えて検出される例があることが知られている。
- 受動喫煙と能動喫煙の識別
- これまでの知見から、喫煙者に比べて一般に受動喫煙では、尿中に現れるTHC代謝物の濃度は低く、測定時の濃度により、喫煙者と受動喫煙の区別は可能である。
- CBDオイル等の食品からのTTHCの摂取可能性
- CBDの経口摂取により、生体内では胃液や肝臓の代謝により、THCには変換されないとされる。純粋なCBD製品の摂取では、尿中にTHC代謝物が検出されることは否定的な結果が得られているため、CBD製品の摂取でTHC代謝物が検出されるのは、THCが製品に混入する場合と考えられる。
- 経口又は吸引で、THCがmg/日単位で摂取されると尿中には確実にTHC代謝物が検出される。
- 一定期間連用しても確実に検出されないTHCの摂取量は、さらに低濃度の水準となる。
- 経口摂取製品のTHC残留基準
- EUでは、THCの摂取許容量として、THCの急性参照用量(acute reference dose,ARfD)1μg/kg 体重を基準にして食品等のTHC残留基準を定めており、その安全性評価を参考にした製品のTHC残留基準を設定すべきではないか。※「ヒトがある物質を24時間またはそれより短い時間経口摂取した場合に健康に悪影響を示さないと推定される一日当たりの摂取量」
- 有害性のないCBDが、使用時にTHCに変換されることはないか
- CBDは、有害な精神作用を有しない大麻草由来物質として知られている。
- CBDのみ摂取(経口、ベイプ吸煙)では、生体内代謝があっても、尿からTHCを明らかに使用したといえる水準の濃度では検出されていない。
- CBDに対して、酸及び熱を加えると製造設備がなくてもTHCへの変換が可能と示唆された。
- 一方、電子タバコのベポライザー加熱・吸煙条件では、CBDからTHCが生成する可能性は否定されており、また、人での吸煙試験では血液中でも検出できる程度にはTHC変換されず、尿中でTHCの摂取を確認するには至らないことが示されている。
- CBDのみの摂取では、THCに変換されることはないといえるのではないか。
- 一方、CBDに意図的に酸及び熱を加えると、一部がTHCに変換されること※も知られており、これに対して必要な対応をすべきではないか。※現行法でも無免許でTHC(麻薬)を製造する行為は麻薬製造罪違反となる。
- THCに変換されるカンナビノイドに関する調査・研究を進めるべき。
- 制度制定時に留意すべきこと
- 尿検体の取扱い
- 尿検査は、大麻使用を立証する検査として利用可能であるが、現場でのスクリーニング法とGC/MS等の一定の感度をもった精密な検証試験など、実施可能な試験方法を導入するべきではないか。
- 尿検査の実務においては、大麻の喫煙と受動喫煙によるTHCの摂取を尿中のTHC代謝物濃度で区別することができるのではないか。
- 製品のTHC残留基準
- 米国での大麻草中のTHC残留基準0.3%は、人にTHCが作用を及ぼす濃度よりも高いため、保健衛生上の観点から、食品や嗜好品に対して定める残留限度値は、人に対する無影響量を根拠とするべきではないか。
- 欧州での無影響量の設定を参考に、製品中のTHC残留限度値の水準を考えるべきではないか。
- その際に、CBDなどの食品や嗜好品の吸煙などに不可避的に混入しうる微量のTHCの尿検査への影響も考慮するとともに、食品や嗜好品が使用罪の立証の根拠となる尿検査に影響を与えないような食品や嗜好品のTHC残留限度値を設定すべきではないか。
- 製品中のTHC残留限度値は公表することとし、事業者の責任で基準適合性を自己担保するための試験方法も統一的に示す仕組みにする必要があるのではないか。(行政等による検査や鑑定で違法性が確認されれば、回収とするなど。)
- THC生成への対応
- CBDは酸及び熱により、THCに一部が変化するという知見が得られている。CBDからTHCを得ること*に対して必要な対応をすべきではないか。*現行法でも無免許でTHC(麻薬)を製造する行為は麻薬製造罪違反となる。
- 乾燥大麻からTHCの濃縮で得られるBHO(大麻濃縮物の1つ)も含めた大麻の所持に対しては適切に取締まる必要があるのではないか。
- カンナビノイドには未解明の物質も多く、摂取に伴い、THCを生成する可能性がある物質についての調査・研究を進めるべきではないか。
- 尿検体の取扱い
▼資料6 大麻取締法等の改正に向けた論点について2
- 医療ニーズへの対応
- 大麻から製造された医薬品について、G7諸国における医薬品の承認状況、麻薬単一条約との整合性を図りつつ、その製造、施用等を可能とすることで、医療ニーズに適切に対応していく必要があるのではないか。
- 薬物乱用への対応
- 医療ニーズに応える一方、大麻使用罪を創設するなど、不適切な大麻利用・乱用に対し、他の麻薬等と同様に対応していく必要があるのではないか。
- 一方、薬物中毒者、措置入院を見直し、無用なスティグマ等の解消とともに、再乱用防止や薬物依存者の社会復帰等への支援を推進していく必要があるのではないか。
- また、規制すべきは有害な精神作用を示すTHCであることから、従来の部位規制に代わり、成分に着目した規制を導入する必要があるのではないか。
- 大麻の適切な利用の促進
- 成分規制の導入等により、神事を始め、伝統的な利用に加え、規制対象ではない成分であるCBDを利用した製品等、新たな産業利用を進め、健全な市場形成を図っていく基盤を構築していく必要があるのではないか。
- その際、こうした製品群について、THC含有量に係る濃度基準の設定を検討していく必要があるのではないか。
- 適切な栽培及び管理の徹底
- 現在の栽培を巡る厳しい環境、国内で栽培される大麻草のTHC含有量の実態等を踏まえ、上記1~3を念頭に、適切な栽培・流通管理方法を見直していく必要があるのではないか。
- 特に、現行法においては、低THC含有量の品種と高THC含有量の品種に関する規制が同一となっている点を見直す必要はないか。
- 大麻の適切な利用の推進 現状・課題
- 「エピデオレックス」のような医薬品以外にも、大麻草の規制部位以外から抽出されたとされるCBD等成分を含む製品が、海外から輸入され、食品やサプリメントの形態で国内で販売されている状況。
- 大麻の規制が、THCを中心とした成分規制となる場合、花穂や葉から抽出したCBD等の成分が利用可能となるが、CBD等の製品中に残留する不純物のTHCの取扱い(製品中の残留限度値の設定など)を検討しなければならない。現状でも、国内で販売されているCBD製品から、THCが微量に検出され、市場で回収されている事例があり、安全な製品の流通・確保が課題となっている。
- 大麻に使用罪がない現状で、大麻を使用しても、その所持が確認できない場合に立件できない状況が生じている。また、使用罪に関して、大麻使用の立証は、被疑者の尿中のTHC代謝物を検査することによることから、受動喫煙や製品から混入するおそれのあるTHCの尿中への代謝物としての排泄についても知見を深める必要がある。
- CBDをはじめ、大麻草から、バイオプラスチックや建材などの製品が生産される海外の実例もあり、伝統的な繊維製品以外にも、国内で大麻草から生産される新たな用途や需要が増大する可能性がある。その際の大麻草の流通や製品製造時の流出防止や安全性確保も課題となる。
- 大麻の適切な利用の推進 基本的な考え方・方向性
- 大麻の部位規制から、大麻成分に基づく成分規制に変更することに際して、大麻由来製品の製品中のTHCの残留基準値は公表することとし、事業者の責任で基準適合性を自己担保するための試験方法も統一的に示す仕組みとしてはどうか。
- 製品中のTHC残留限度値は、THCが毒性を発現する量よりも一層の安全性を見込んだ量、尿検査による大麻使用の立証に混乱を与えない量を勘案して適切に設定すべきではないか。また、THCに変換される物質に対する研究を深め、大麻使用の取締の実効性を確保できるよう、適切に規制すべきではないか。
- 大麻栽培免許規制において、繊維、種子の採取といった利用目的以外にも、新たな需要に対応した産業目的にも利用を広げてはどうか。
- 低THCの大麻草品種を扱い、THCを含まない製品を製造し、流通する場合でも、栽培で得られた花穂・葉等の取扱いや製品の製造過程について、大量の花穂や葉のダイバージョンが起こらないよう、栽培地から製造業者まで適切な物の流通管理(免許・許可)や当局による把握を行う必要があるのではないか。
- 適切な栽培及び管理の徹底について 現状・課題
- 大麻栽培者数等の現状
- 大麻栽培者については、昭和29年の37,313名、栽培面積については、昭和27年の4,916haをピークに減少を続け、令和2年現在では30名、7haにまで激減。
- また、大麻草から採取される繊維等については、令和2年では繊維が約2,194kg、種子は約400kg、おがらは約11,780kgとなっており、国内需要を満たすには遠く至らず、多くは中国等からの輸入に頼っている状況となっている。
- 大麻にかかる栽培管理の現状
- 大麻取締法においては、大麻栽培に当たっては大麻栽培者に限定しており、都道府県知事が免許を付与することとされている。大麻栽培者は「繊維若しくは種子を採取する目的」で栽培する者となっており、栽培目的が限定的になっている。
- 栽培管理に関しては、法令上、栽培者に係る欠格事由を定めているほかは、特段の規定はなく、THC含有量に関する特段の基準はなく、また、含有量に応じた栽培管理の対応を求めていない。
- 国内において栽培されている大麻草の現状
- 国内において栽培されている大麻草のTHC含有量については、総THC平均値で花穂1.071%、葉0.645%(総THC最大平均値では1.553%、1.036%、最小平均値では0.611%、0.293%)となっている。一方で、「とちぎしろ」に代表される、THC含有量が極めて少量の品種を栽培しているケースも多い。
- 海外における大麻草栽培の現状
- アメリカ
- アメリカにおいては、2018年に農業法において「乾燥重量でTHC濃度0.3%以下の大麻草、種子、抽出物等」をHempと定義(0.3%超をMarijuanaとして定義)、Hempに関しては、国内での生産を合法化。栽培者にはライセンスを必要とするほか、嗜好用途・医療用途のMarijuana栽培は不可としている。
- 栽培品種は公認の種子認証機関による品種認証を受け、公的基準に従って生産された品種のhemps種子を使用することを推奨(義務付けではない)、生産物の収穫前にTHC含有量に関する検査を義務付け(農場検査方式)、制限値を超える濃度が検出された場合は原則、処分を求めるほか、過失を繰り返すと免許剥奪の対象となる。
- 欧州
- EUとしては、農業生産に対する助成対象の基準を定めており、THC濃度0.2%以下と設定し、Hemp栽培で許容されるTHC濃度等については各国において設定。ドイツ、フランスでは0.2%、オーストリア、チェコでは0.3%に設定。
- イギリスにおいては、THC含有量が少ない産業用Hempの栽培を認めており、濃度基準は0.2%を超えないことと設定。栽培者はライセンスを必要とするほか、栽培用途に関しては、非管理部位(種子、繊維/成熟した茎)を用いた産業用の大麻繊維の生産、又は油を搾るための種子入手の目的に限定、CBDオイルの生産も含まれている。
- 加えて、医薬品用途で使用される大麻草の栽培も認めており、ライセンスの申請に当たっては、栽培場所、事業内容・目的、供給者や供給される製品の詳細、事業所のセキュリティの詳細(監視カメラ、フェンス、セキュリティ違反への対応等)、記録保存等の届出を求めている。書類審査・現地視察のほか、定期的な監査を行うこととしている。
- カナダ
- カナダの種子管理については、登録された品種の栽培に関しては、アメリカのような収穫前のサンプル検査を必要としない取扱いとなっている。
- アメリカ
- 大麻栽培者数等の現状
- 適切な栽培及び管理の徹底について 基本的な考え方・方向性
- 主な論点について
- 大麻草の栽培管理の現状等を踏まえ、今後、検討すべき主な論点は以下の通り。
- 栽培の目的・用途について
- 現行法の繊維もしくは種子を採取する目的に加え、新たな産業利用やCBD製品に係る原材料の生産を念頭においた目的を追加すべきか。
- また、現行法では認めていない「医薬品原料用途」の栽培についてどう考えるか。
- THC含有量に応じた栽培管理のあり方について
- 現行用途及び新たな産業目的やCBD原材料などの用途の大麻草については、THC含有量が多い必要性はないと考えられる点に鑑みると、海外の事例も踏まえつつ、THC含有量に関する基準を設定すべきかどうか。その際、THC含有量が多い品種に係る取扱いについてどう考えるべきか。
- 栽培管理に関する基準の明確化について
- 現行法では、栽培管理については、欠格事由以外、免許付与に係る基準を特段設けておらず、事務を担う都道府県にとっても判断材料に乏しい状況となっており、上記のTHC含有量に関する基準の検討とともに、栽培管理のあり方についても、現状等を踏まえつつ、一程度明確化していく必要がないか。
- その際、用途に応じた対応について、上記①の検討とともに検討していく必要があるのではないか。
- THC含有量が少ない品種に関する栽培管理のあり方及びその担保を行う仕組みについて
- 上記(3)と相まって、栽培管理のあり方について明確にしていく際、THC含有量が少ない品種に関しては、乱用防止を前提にしつつ、免許期間等を含め、より栽培しやすい環境を整備していく必要がないか。
- 一方、医療用途を含め、THC含有量が多い品種の栽培に関しては、厳格な管理を求める必要がないか。
- THC含有量に応じた栽培管理を行う場合、特にTHC含有量が低い品種に関して、その継続的な担保が必要になるのではないか。担保に当たっては、国内外の事例を踏まえると、種子に関する管理を徹底する方式と収穫前の検査を徹底する方式が考えられるが、これらの管理について、どう考えるか。
- その際、品種登録等については、制度的・専門的な観点から、更なる知見を集積した上で、論点を整理する必要があるのではないか。(次回以降)
- 栃木県やカナダの例:種苗事業者や農業試験場等の検査・研究機関等が、登録品種又はこれに準じた品種の種子(THC制限値を下回るもの)を増殖して大麻栽培者(農家)に配布し、同種子を利用して栽培する(その場合、収穫前のTHC検査は不要)。農家による種子の増殖、分譲は不可。
- アメリカの例:自家採取の種子を栽培に利用、収穫前にサンプリング検査を実施、THCの制限値以下である旨を確認し、確認済みの生産物のみが流通する。農家による自家採取と分譲は可能。
- 栽培の目的・用途について
- 大麻草の栽培管理の現状等を踏まえ、今後、検討すべき主な論点は以下の通り。
- 主な論点について
若者が安易に手を染めるケースが多い大麻の国内流通ルートに、近年変化が生じています。本コラムは、毎月、大麻栽培等の摘発事例を収集、紹介していますが、明らかに大麻栽培による摘発事例が増えており、密輸から国内栽培へとトレンドが移りつつあると感じています。さらに、組織を介在させるのではなく、個人発の取引も目立っています。統計的にも、摘発数は10年で3倍超に急増、覚せい剤などより依存性の強い薬物への「ゲートウエードラッグ」とされる大麻の蔓延に、捜査当局は神経をとがらせている状況にあります。例えば、京都府警組織犯罪対策3課は民家から約400株の大麻草を押収する事件がありましたが、2階建ての住宅内には、栽培に適した環境にするため二酸化炭素濃度や温度を調整する空調設備も設けられていたといいます。かつてはオランダなど海外からの密輸が主だった大麻草ですが、栽培に使う水耕栽培キットといった園芸用品が手軽に購入できるようになったことや、インターネットに栽培方法を記したサイトが多数存在していることから手をつけやすくなり、国内での栽培は増加傾向にあります。2012年の大麻栽培の摘発件数が111件だったのに対し、2021年は244件と実に2.2倍に達しており、現在は、密輸が主流だった往時のように暴力団を介するのではなく、個人が海外サイトからネット通販で種子を購入し、栽培に至るケースが多くなっています。実際、2021年に全国で大麻草の栽培で摘発した230人のうち、非暴力団員は182人と8割を占めています。大麻の末端価格は1グラム6,000円と覚せい剤の10分の1ほどとされますが、国内栽培は密輸より摘発リスクが低く安定供給しやすいことから、暴力団が個人栽培者を取り込むようなケースも出始め、再び組織犯罪化する兆候も出ており、極めて注意が必要な状況です。
本コラムで以前から取り上げているとおり、薬物事犯の再犯防止において、厳罰化から治療へという流れとなってきました。海外で先行する取り組みのうち、米国のドラックコート(薬物法廷)について具体的に紹介する記事「回復/修復に向かう表現 少年法改正の前に大人がすべきこと/下 苦しみをケア 成長手助け」(2022年6月21日付毎日新聞)がありましたので、以下、抜粋して引用します。
薬物問題として、新たに認識されつつあるのが、風邪薬などの市販薬を過剰摂取する「オーバードーズ(OD)」と呼ばれる乱用行為です。ODは若い世代で深刻化しており、10代の乱用薬物の6割を市販薬が占め、違法薬物を上回る状況です。実際、ODで意識を失った女性を放置したとして、警視庁池袋署は、医師ら男3人を保護責任者遺棄容疑で逮捕しています(女性はその後、死亡しています)。3人は2021年6月朝、都内のホテル一室で、職業不詳の女性(当時38歳)が市販のせき止め薬を大量に服用して昏睡状態になったのに、救急搬送などの措置を取らず放置した疑いがもたれています。ODの最近の動向や問題の所在については、2022年7月3日付日本経済新聞の記事「市販薬の過剰摂取、若者で深刻 「規制より相談体制を」」に詳しいので、以下、抜粋して引用します。
国内の薬物を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- マレーシアから密輸した覚せい剤約2キロ(末端価格約1億1,600万円相当)を所持していたとして、大阪府警薬物対策課は、覚せい剤取締法違反(営利目的共同所持)の疑いで、住居不定のイベント企画業の男を逮捕、大阪税関堺税関支署は、関税法違反の罪で容疑者を大阪地検に告発しています。報道によれば、容疑者は何者かと共謀、マレーシアから関西国際空港に、犬用のエサ保管容器に隠して密輸した覚せい剤約2キロを所持したというものです。覚せい剤は国際宅配貨物として輸入されましたが、税関の検査で発覚、ホテルを転々としていた容疑者が通関業者に連絡し、荷物を受け取りに訪れたところを同容疑で現行犯逮捕されたということです。
- 覚せい剤を所持した疑いで千葉県警に逮捕されたアイドルグル―プ元メンバーが、6月29日、柏市のJR柏駅付近で覚せい剤を所持した疑いで現行犯逮捕されています(柏駅周辺をパトカーで巡回していた警察官が、目をそらすなど不審な様子の容疑者を発見。職務質問したが、容疑者が応じなかったため、令状を取って所持品を検査したところ、ズボン内側の腰の辺りから覚せい剤が入った約4センチ四方の袋が見つかったといいます)。容疑者は、その直前の6月20日には、覚せい剤取締法違反(使用、所持)などの罪で名古屋地裁から懲役1年8月、執行猶予3年の判決を受けたばかりでした(2月24日頃、名古屋市中区のホテルで、覚せい剤を使用したほか、指定薬物を含む危険ドラッグ「RUSH」の液体を所持するなどしたもので、名古屋地裁は「仕事に集中したいという動機で使用しており、依存性の高さがうかがわれる」と述べた一方、罪を認めて反省していることなどから、執行猶予が相当と判断したとされます。なお、7月4日付で控訴しています)。さらに、容疑者の尿からは、覚せい剤の成分が検出され、覚せい剤使用容疑でも捜査しています。容疑者は、逮捕時に乾燥植物片や、薬物(大麻リキッド)とみられる液体を所持していたことも判明、県警は大麻成分などを含む違法薬物の可能性もあるとみて鑑定しています。
- コカインや大麻を所持したとして、麻薬取締法違反と大麻取締法違反に問われた映像制作業の被告に対し、東京地裁は、懲役2年6月、執行猶予4年(求刑・懲役2年6月)の判決を言い渡しています。報道によれば、裁判官は「違法薬物に対する強い親和性があり、非難を免れない」と述べたということです。被告は動画投稿サイト上で、「ねこくん!」を名乗ってゲーム実況を配信するユーチューバーで、判決によると、今年3月、新宿区内のビルでコカイン約1.2グラムを所持、2020年12月にも当時住んでいた東京都中野区のアパートで大麻約0.9グラムを所持するなどしたものです。
- 大麻を所持したとして、警視庁城東署がフジテレビ編成制作局社員の30代の男を大麻取締法違反(所持)容疑で逮捕しています。報道によれば、男は、東京都江東区で乾燥大麻80グラムを所持した疑いがもたれており、調べに対し、容疑を認めているといいます。フジテレビは「社員が逮捕されたことは誠に遺憾。司法の判断を待って厳正に対処する」としています。
- 宮城県警と東北厚生局麻薬取締部は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、会社役員と会社員の長男を逮捕しています。報道によれば、共謀し、仙台市宮城野区のマンションの部屋で、乾燥大麻約37グラムを所持したといい、部屋では大麻を栽培していた形跡があるということです。
- 「貧困支援のため、荷物を送るので転送して」といった言葉で第三者に協力させる手口で、覚せい剤を密輸したとして愛知県警は、ナイジェリア人の男を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで逮捕しています。報道によれば、男は4月上旬、複数人と共謀してカナダから覚せい剤約498グラム(末端価格約2,938万円)を日本に密輸した疑いがもたれています。覚せい剤はLEDライトが入った航空便の荷物に隠されており、宛先は名古屋市内に住む60代の日本人男性だったといいますが、SNSで知り合ったイギリス在住の女性を名乗る人物から「貧しい人のための支援活動をしている。荷物を送るので転送する手伝いをしてほしい」と持ちかけられたと説明、愛知県警は男性は「善意の第三者」とみているということです。荷物はその後、別の日本人男性を経由して同容疑者側に渡ったといいます。愛知県警は「国際的な犯罪グループは日本人の善意につけ込んでくる。安易に引き受けると密輸に加担する恐れがあるので注意を」と呼びかけています。
- 覚せい剤を密売人に提供したとして、愛知県警は無職の男女2人を覚せい剤取締法違反(営利目的譲渡)の疑いで逮捕しています。報道によれば、密売人の男は、次の取引で使える「サービス券」などを提供し、顧客のつなぎ留めをしていたといいます。2人は2月8日、覚せい剤約10グラムを密売人の男に19万円で提供した疑いがもたれています。容疑者から覚せい剤を仕入れた密売人は、ツイッターで客を募った上で、秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」でやり取り、密売の際には、注射前に腕に塗るアルコールや注射痕を隠すための絆創膏などをプレゼント、これとは別に次の取引で使えるサービス券も贈呈、「覚せい剤0・5グラム」(約3万円相当)や「注射器」のプレゼントなど複数の種類があったということです。男は2021年4月からの約10カ月間で、少なくとも50人の客に875万円分の覚せい剤を販売したとされ、容疑者らには約600万円を振り込んでいたといいます。県警は、3人が密売グループの一員とみており、暴力団の資金源になっている可能性も視野に捜査しているということです。
次に海外の薬物に関する最近の報道から、いくつか紹介します。
- 2022年7月2日付時事通信によれば、タイで規制緩和が進む大麻の関連市場が活況を呈しているということです。バンコク郊外ではアジア初となる大麻産業専用の工業団地を整備、アジアにおける大麻製品の開発拠点を目指しており、一方で、国民の間に急速に浸透する大麻に、警戒感が強まっている状況のようです。不動産開発大手JCKインターナショナルは25億バーツ(約95億円)を投資し、バンコク郊外で16万平方メートルの大麻産業向け工業団地を開発中で、栽培から成分抽出、商品開発まで行える施設を整えるといいます。JCKは欧米の大麻関連企業と事業協力で合意、2023年第1四半期の収益を20億バーツ以上と見込んでいるようです。なお、大麻由来成分「カンナビジオール(CBD)」の化粧品や健康食品への利用に関心を持つ日本企業10社以上からも照会があったといいます。報道によれば、2024年には世界の大麻関連市場は1,030億ドル(約14兆円)規模に拡大し、タイでは6億6,100万ドル(約890億円)に達すると予想されています。JCKのアピチャイ会長は「大麻を重要な換金作物にしたい」と意気込んでいるといいます。2019年に医療用大麻の使用を解禁したタイ政府はその後も規制を緩め、農業や観光業の活性化につなげようと生産を奨励、街では大麻成分入りの飲食物を提供するカフェが話題を呼んでいますが、世論調査では、知識不足や若者の乱用の危険性などから、7割が大麻合法化を懸念すると回答しています。また、同じくタイ政府は、医療などへの利用を目的とした大麻の家庭栽培を解禁しています(娯楽での吸引は引き続き違法となります)。大麻の栽培がしやすい環境を整えて関連市場の拡大につなげる狙いがある一方、やはり乱用への懸念もくすぶっています。タイ政府が規制する麻薬リストから大麻を除外、向精神作用のあるTHCの含有量が0.2%以下の品種が対象で、栽培の許可は不要になるとのことです。大麻栽培の解禁に伴い、違法な栽培や所持などに関わった3,000人以上の受刑者を釈放することも決めています。なお、今年5月にはタイ全土の世帯に対し、大麻100万本を無償配布する計画も表明しています。一方、タイ政府は、バンコク近郊のサムットプラカン県で覚せい剤などの違法薬物を焼却処分しています。タイで一度に処分する量としては過去最多の40.7トンを2日間で焼却するということです。なお、本コラムでもたびたび紹介しているとおり、大麻は娯楽・医療目的ともに使用が認められているのはウルグアイとカナダのみですが、米国でもニューヨークなどの18州や首都ワシントンなどで合法化の動きが広がっています。個人で少量を使用しても刑事罰を科さない「非犯罪化」の立場をとるか、医療目的のみの使用を認めている国は、イタリア、スペイン、オランダなどとなっています。
- 本コラムでもその動向を追っている米の医療用麻薬「オピオイド」中毒の問題ですが、直近では、米オクラホマ州のオコナー司法長官が、州内の医療用麻薬オピオイド禍に加担したとして医薬品卸売り・流通大手3社を訴えていた問題で、マッケンソンやアメリソースバーゲン、カーディナル・ヘルスの3社が計2億5,000万ドルを支払うことで和解したと発表しています。3社と米製薬大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)は2021年、全米の州・自治体に対して総額260億ドルの和解案を提示、オクラホマ州はこの提案に応じていませんが、オコナー長官は、2021年の和解案に参加していた場合よりも多額の和解金を受け取るとしています。報道によれば、アメリソースの広報担当者は、訴訟が何年も長引くのが避けられ、オピオイド乱用で苦しむ地域社会への支援が加速する一方、同社が治療目的でオピオイドを必要とする患者や医療従事者に病院や地元の薬局を通じて適切に届けられるようになると述べています。J&Jに対するオクラホマ州の訴訟では、一審がJ&Jに4億6,500万ドルの支払いを命じていますが、高裁が2021年11月に命令無効の判断をしています。一方、米ウェストバージニア州の連邦地裁は、州の一部地域でのオピオイド中毒のまん延について、医薬品卸売り・流通大手のマッケソン、アメリソースバーゲン、カーディナル・ヘルスの賠償責任を認めない判断を下しています。同州のハンティントン市とキャベル郡は25億ドルの損害賠償を請求していましたが、地裁判事は、3社がオピオイド過剰供給をもたらしたのでなく、医師の処方によって薬局への供給量が増えたと指摘しています。3社は2006~14年の期間にハンティントンとキャンベルの薬局にオピオイド入り鎮痛剤5,130万個を卸していますが、規制薬物を合法的な処方箋に従って流通させることに問題はないとしています。
- 米海軍は、中東の海域で違法武器や麻薬などの違法貨物の押収につながる情報を提供した個人に対して、初めて報奨金を出すと発表しています。米中央海軍司令部(NAVCENT)はバーレーンに本部を置き、スエズ運河やホルムズ海峡など戦略的水路を管轄していますが、報道によれば、NAVCENTは、テロ対策への支援、武器や薬物などの違法貨物押収につながる情報提供などに対し、最高10万ドルの報酬を支払う可能性がある」と説明、「報酬には金銭以外の選択肢もあり、船舶や車両、食料、設備など形で支給することもできる」としています。なお、報奨プログラムの対象として特定の国には言及していません。
- ロシア入国時に大麻オイルを所持していたとして露当局に拘束され、違法薬物密輸の罪で起訴された米女子プロバスケットボールのブリトニー・グライナー選手の公判がモスクワの裁判所で開かれ、報道によれば、グライナー選手は罪を認めたが、「法を破るつもりはなかった」と述べたといいます。グライナー選手は今年2月、空港でロシア入国手続き中に薬物所持を指摘され、拘束されましたが、米側は不当拘束だと主張しています。弁護士は、グライナー選手が公判で「急いでロシアに向かう飛行機に乗る準備をしていたため、不注意から罪を犯してしまった」と釈明していますが、有罪になれば、グライナー選手は、最長10年の禁錮刑を受ける可能性があるとされます。一方、本件は、米ロ対立の取引材料に使われる可能性もあるようです。米バイデン政権は本件を「最優先事項」と位置付けていますが、「囚人交換」を示唆するロシア側に足元を見られる可能性もあり、厳しい状況となっています。2022年7月7日付ロイターは、「米ロ両政府は4月、国内の収監者をそれぞれ釈放した経緯がある。ただ、グライナー選手の拘束を「不当」と主張する米側が、紛争地で武器を密売し「死の商人」とも呼ばれたボウト被告との交換に応じるのは容易でない。さらにロシアは、スパイ罪で収監中のポール・ウィラン元米海兵隊員ら、他の米国人も拘束しており、スター選手の特別扱いは米国内で批判を招きかねない」と報じています。
- スペイン内務省は、欧州とアフリカを隔てるジブラルタル海峡で麻薬密輸に用いられていた水中ドローンが、警察に押収されたと発表しています。同国で密輸目的のドローンが見つかったのは初めてといいます。報道によれば、押収されたのは水中ドローン3台と大型の飛行ドローン6台で、南部の港町カディス近郊の倉庫で見つかっています。水中ドローンは、マリフアナなどの薬物200キロを積載可能で、30キロの距離を運べるように設計されていたといいます。捜査当局幹部は「ドローンはGPSで遠隔操作されていた」と語っています。14カ月に及んだ捜査で、警察は150キロ、総額15万7,000ユーロ(約2,200万円)相当の違法薬物を押収、カディスと海峡の対岸モロッコ北部にあるスペインの飛び地セウタで、計8人を逮捕しています。なお、本コラムでも紹介しましたが、スペイン警察は、2021年、最大2,000キログラムの薬物を密輸するために設計された半潜水型の船舶を押収しています。さらに、2019年11月には全長22メートルで3,000キログラムのコカインを輸送していた南米コロンビアで建造されたとみられる潜水艦がガリシア州沿岸で摘発されています。
- トヨタ自動車の元常務役員で2015年に辞任したジュリー・ハンプ氏が、北米トヨタの「シニアメディアアドバイザー」として6月20日付で復帰しています。広報戦略などを担うということです。同は2015年4月にトヨタ初の女性役員に起用されましたが、同年6月、麻薬取締法違反(輸入)容疑で警視庁に逮捕され、辞任していました。報道によれば、同氏は麻薬成分を含む錠剤を輸入しましたが、容疑を否認、「腰やひざの痛みを緩和するために必要だった」などと話し、東京地検は不起訴処分(起訴猶予)としています。なお、同氏は、米自動車大手ゼネラル・モーターズや、ペプシコーラで知られるペプシコで副社長を務め、2012年に北米トヨタに移籍、トヨタ本体の常務役員に抜擢され、広報を担当していました。国際的に広く展開しているトヨタだからこその人材活用で、その懐の深さを感じさせます。
(4)テロリスクを巡る動向
安倍晋三元首相が街頭演説中に銃撃され、死亡したニュースは日本国内にとどまらず世界中に大きな衝撃を与えました。国際社会でも存在感を示した安倍氏を悼む声が広がると同時に、日本ではまれな銃暴力の標的とされたことに「言論の自由への攻撃」などとの批判が上がっています(ただし、本事件は、原稿執筆時点の情報では、政治信条・宗教的な思想信条といったものではなく、あくまで容疑者の個人的な思い(宗教に絡む複雑な感情や思い込みもあったようです)が動機につながっている可能性が高く、「言論の自由への攻撃」とか「民主主義への攻撃」は行為に対する社会の反応であり、そもそも本人の目的ではないと考えられます)。銃撃事件は発生直後から世界各地のメディアが速報しており、とりわけ、日本で政治的暴力に銃が使用されたことへの驚きは大きく、フランス国営テレビは、事件には「日本中がショックを受けている。日本で銃撃事件が起きるのはまれだ」と報じたほか、米主要メディアも、銃乱射事件が多発する米国とは異なり、日本での異例ぶりを強調しています。さらに、英BBC放送(電子版)は、「日本では銃による暴力は非常に少なく、銃を所有することは極めて困難」とし、「著名な人物が銃撃されたことは、安全な国であることを自負している日本にとって、非常にショッキング」と伝えています。
そもそも本件が「テロ」であるかといえば、やや異なります。テロについて、2017年3月の国会答弁において、「「テロリズム」とは、一般には、特定の主義主張に基づき、国家等にその受入れ等を強要し、又は社会に恐怖等を与える目的で行われる人の殺傷行為等をいうと承知している」と述べられています。また、日立システムズのWebサイト上の「コラム」において、「私たちは、特定の宗教やイデオロギーに心酔した残忍な人間だという、なんとなくのイメージを持っています。しかし、彼らの多くは決して無知蒙昧な狂信者ではなく、高度な軍事訓練(銃、爆発物の取り扱い方、戦闘訓練)を受け、実戦の知識、技術、経験を持った戦闘員であるということを知っておかなければなりません。テロ組織は国家の正規軍と全面衝突するには、勢力範囲が限定的で規模も小さいため、歯が立ちません。そのため、テロという「最小限の犠牲で最大の効果」を得ることができる「小規模な軍事行動」を戦術として採用しているのです。テロは、大勢の無実の人々を巻き添えに恐怖を拡散し、敵対勢力(敵対国)に心理的打撃と企業活動の停滞などの経済的打撃を与えることによって、闘争を有利に導き、組織の主張を認めさせたり、理想の社会を実現したりする目的で実行されると言われています」と説明されています。本件はテロではないものの、後述するとおり、テロ対策を考えるうえでの重要な社会的背景や問題点を提示しており、詳しく分析しておく必要があるといえます。
まずは、個人的な事情ではなく、社会的な背景について考える必要があります。以下のような報道からは、本件に類似した「無差別攻撃」あるいは「テロ」が発生する土壌がすでに日本にある、つまり、いつ「無差別攻撃」や「テロ」が日本で起きてもおかしくないことを感じさせます。
「「ナショナリズムの旗振った安倍氏を、元自衛官がなぜ」 青木理さん」(2022年7月8日付毎日新聞)
安倍元首相、銃撃され死亡 「安全な国」は砂上の楼閣(2022年7月8日付日本経済新聞)
犯罪背景に「乱暴な社会」 社会心理学者が警鐘―安倍元首相銃撃(2022年7月9日付時事通信)
安倍氏が銃撃で死亡、この衝撃は日本を永遠に変えるか(2022年7月8日付BBC NEWS)
察知困難なローンウルフ型か 銃も自分で作製 対策には限界も(2022年7月8日付毎日新聞)
本件における警備態勢にかかる問題点も専門家らが指摘しています。「演説の映像を見た限り、制服警察官が少なく、不審者が近寄れるスペースが広く空いていたように見える。通常なら考えにくい」、「後方にスペースがあれば、警戒する警察官を多く配置して不審者の接近を阻止するのが不可欠だ。「隙間をつくらないのが警備の基本なのに」と警察幹部は今回の対応に首をかしげる。…警察庁の担当者は一般論として「後ろから何かあることを念頭に置いた警備態勢を常に取っている」と説明。その上で「かなり広いところでは、背中側だからといって全部(車の)通行を止めるかというとそうではない」と釈明した」、「急きょ演説場所が変更になれば、地元警察は深夜まで警備計画を練り直し、担当警察官は要人の動線や不審人物が入り込む可能性がある路地などを急いで頭に入れるという。実際、安倍元首相の演説は前日の7日夕に決まり、奈良県警などが急きょ警備態勢を協議した」(以上、2022年7月8日付毎日新聞)、「「日本の要人警護は刃物や鈍器での攻撃を前提に訓練が重ねられている印象が強い。欧米などでは銃撃に備えて不審物チェックや手元の動きへの警戒などを徹底的に訓練されている」と説明。「銃規制の強い日本では銃撃への警戒が十分でないのではないか」とみる。要人警護に詳しい危機管理会社の幹部によると、米国では大統領ら政府要人の警護では銃器や爆発物を想定し、狙撃部隊を展開することもある。「不審者への対応能力は日本と桁違いだ」と話す。元警視総監の米村敏朗氏は8日のBSフジ番組で、警護の死角を生まないための事前の指示が徹底していなかった可能性を挙げ、「警察的に言えば大失態」と語った」(日本経済新聞)、「選挙中は、警護対象者が街中で不特定多数の有権者に近づくことになるため、非常に危険度が増す。今回は選挙カーの上ではなく、下で演説していたので、警護はさらに難しかったと思われる。元首相のような人物が選挙カーの上に立って演説する場合、屋根に設ける囲いの裏に防弾シートを貼ることが多く、発砲音が聞こえた後にしゃがんで身を守れたかもしれない。また、発砲後、SPは即座に反応しないといけないが、容疑者を取り押さえるのが遅かったように見える。後方の警戒が十分だったか疑問が残り、警護の経験も少なかったのかもしれない。アメリカでは大統領が多くの人の前に出るときは防弾ガラスで囲むなどの対策を取る。アメリカとは事情が異なるが、日本でも要人は選挙期間中だけでも、防弾チョッキなどを着けて行動してほしい」、「「日本での襲撃の想定は刃物や鈍器によるもの。訓練はしているが、そもそも要人が銃器で襲われることは想定できていなかったのでは」(小山内氏)。銃社会の米国では屋外で要人が演説を行う場合、交通封鎖をしたり、周辺の建物の窓を閉じたりするなどを徹底する。また近距離で有権者と接する場合は、事前に対象者の手荷物検査を行うのが一般的だが、日本でこうした対応は難しい。警備態勢に落ち度があった可能性もある」(産経新聞)といった指摘がなされています。これらは、政治家や演説に集まった群衆(ソフトターゲット)を狙った「テロ」対策を考えるうえでも、参考になるものです。
さらに、本コラムでも以前から指摘してきた一般人による銃の製造(ネットからの設計図の入手、3Dプリンターの活用など)や薬局での爆薬の原材料の購入ができてしまう問題も顕在化しました。地下鉄サリン事件は、化学兵器を使った世界で初めての無差別テロでしたが、本件は、手製の銃で要人を狙った事件として、世界に大きなインパクトを与えることになりそうです。そのあたりについても、以下のような解説記事がありますので、以下、抜粋して引用します。
手製の銃、管理に死角 ネットで部品購入容易に(2022年7月9日付日本経済新聞)
安倍氏を襲った手製の銃 数千円で製造可 問われる規制のいま(2022年7月9日付毎日新聞)
公安調査庁は、2022年版「国際テロリズム要覧」を公表しています。2001年の米同時多発テロから、アフガニスタンでイスラム主義組織タリバンが権力を再び掌握するまでの20年間を「対テロ戦争」として特集、今後、アルカイダの復活などによりアフガンが「再びテロの温床となる危険性を孕んでいる」と警鐘を鳴らしています。また、2001年以降、米国が主導したテロとの戦いについて「西側諸国の本土におけるテロの脅威を抑制するなど一定の成果を出した」と評価する一方、アルカイダやイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)などのイスラム過激派組織は「環境の変化に適応して存続し、テロの脅威が根絶されるまでには至っていない」と指摘しています。以下、そのダイジェスト版から、ポイントを紹介します。
▼公安調査庁 国際テロリズム要覧2022
▼ダイジェスト版
- 概況
- 2021年は、米国同時多発テロ事件が発生してから20年目の節目となる年であった。同テロ事件以降、世界各地でテロ対策が強化された結果、「アルカイダ」や「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)は、最高指導者ら幹部や戦闘員が多数死亡するなど大きな打撃を受けた。しかし、両組織は消滅を免れ、2021年中も活動を継続した。
- 世界各地のテロ情勢を見ると、アフガニスタンでは、8月、「アルカイダ」等と関係を有するとされる「タリバン」が実権を掌握したことにより、同国が再びテロの温床となる可能性が指摘された。また、同国で活動するISIL関連組織「ホラサン州」は、「タリバン」やシーア派民間人を標的とした攻撃やテロを繰り返し実行するなど、不安定な治安情勢が継続した。
- アフリカ地域では、ISIL関連組織や「アルカイダ」関連組織が各地で活発な活動を継続した。特に、ISIL関連組織「中央アフリカ州」は、モザンビークやコンゴ民主共和国に加え、ウガンダでもテロを実行するなど、活動地を拡大させる動きを見せた。
- 東南アジア地域では、インドネシア及びフィリピンにおいて、ISIL関連組織が、治安当局による取締りを受けながらも、テロを実行した。
- 欧州では、引き続き、イスラム過激主義に感化されたとみられる者による「一匹狼」型テロが発生した。
- 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)の動向
- ISILは、一定の勢力を維持しながら、テロ及び宣伝活動を継続した。ISILは、2019年3月にシリア及びイラクにおける支配地を喪失し、同年10月に最高指導者が交代した後も、両国に約1万人の戦闘員を擁し、約2,500万~5,000万ドルの資金を保持していると指摘されている。また、同組織は、両国において治安当局の活動が及びにくい山間部、砂漠地帯等に潜伏しつつ、治安部隊、同部隊に協力する住民等に対するテロを継続した。特にイラクでは、1月に首都バグダッドで、3年ぶりにシーア派住民を標的とした自爆テロを実行後、4月、6月、7月にも相次いでテロを実行したほか、主にイラク北部及び東部で多数の送電塔を爆破し、市民生活に大きな影響を与えた。宣伝活動においては、声明等の発出頻度の低下、使用する媒体の種類の減少が見られたが、2021年6月、広報担当アブ・ハムザ(当時)は、活発な活動が見られる「中央アフリカ州」及び「西アフリカ州」を称賛したほか、2020年に続き、全ての関連組織に対して収監されている同組織戦闘員の解放を呼び掛けた。また、アラビア語週刊誌で、関連組織を含むISILの戦果を定期的に配信し、自組織の影響力及びネットワークが維持されていることを誇示した。
- ISIL関連組織の中では、特にモザンビーク等で活動する「中央アフリカ州」、ナイジェリアで活動する「西アフリカ州」及びアフガニスタン等で活動する「ホラサン州」の活動が注目された。「中央アフリカ州」は、3月、モザンビーク北部・パルマ市を襲撃し、一時的に同市の一部を占拠したほか、「西アフリカ州」は、5月、敵対する「ボコ・ハラム」の指導者を自爆に追い込み、同組織から多数の戦闘員を吸収したことで、勢力を拡大したとされる。また、「ホラサン州」は、8月、「タリバン」によるアフガニスタン掌握を受けて国外退避を求める市民らが殺到する空港付近で自爆テロを実行するなどした。
- 欧米諸国における国際テロ関連動向
- 欧米諸国では、引き続き、イスラム過激主義に感化されたとみられる者による「一匹狼」型テロや摘発事案が発生した。
- フランスでは、4月、首都パリ近郊ランブイエの警察署で、イスラム過激主義の影響を受けていたとみられる男が職員を刃物で殺害した。英国では、10月、南東部・エセックス州リーオンシーで、ISILとの関連を自認していたとされる男が、下院議員を刃物で殺害した。
- ISIL関連の摘発事案も相次いで発生し、ドイツでは、9月、ISILと関連を有するとされるシリア人の男が、南部・ハーゲンにおいてシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)の襲撃を計画したとして逮捕されたほか、10月には、西部・ボンにおいてISILに感化され、テロを計画していたとされる若者5人が家宅捜査を受けた。また、デンマーク及びドイツでは、2月、ISILの影響を受けたとみられる者を含む14人が、爆発物や火器を製造するための材料等を入手したなどとして逮捕されたほか、イタリアでは、12月、北東部ベネチア近郊において、ISILのメンバーとされるチュニジア人の男が逮捕され、スペインでは、10月、ISILを支持するとされる男が率いるテロ細胞のメンバー少なくとも4人が、カタルーニャ州バルセロナ及び首都マドリードにおいて、攻撃に用いる自動小銃の購入を企図したなどとして逮捕された。
- ISILに参加した外国人戦闘員(FTF)の帰還をめぐっては、デンマークで、4月、シリアから帰還したFTFを含む6人が、テロ資金の移送に関与したなどとして逮捕されたほか、ギリシャでは、7月、シリアからの帰還後にモロッコでテロを計画していたとされるモロッコ出身のFTFが逮捕された。
- 対テロ戦争の20年~米国同時多発テロ事件から「タリバン」復権に至るまでの 国際テロ情勢と今後の注目動向~
- 2001~2011年(米国同時多発テロ事件~オサマ・ビン・ラディンの死亡)の国際テロ情勢
- 2001年から2011年までの10年間は、おおむね「アルカイダ」に関連するテロが主たる脅威であった期間。同組織は、米国を第一攻撃対象とする「グローバル・ジハード」を自ら実践。同組織と関係を有する各地のイスラム過激組織も、大量殺りく型のテロを実行。さらに、「グローバル・ジハード」思想は世界各地でテロを誘発
- 欧米では、過激思想に感化された自国育ちのテロリスト(「ホームグロウン・テロリスト」)によるテロの脅威が浮上。各国のテロ対策の強化等により欧米でテロを実行することが困難になった「アルカイダ」は、欧米在住の支持者らに対し、自国でのテロの実行を呼び掛け
- 2011~2021年(ISILの台頭及び勢力減退~「タリバン」の復権)の国際テロ情勢
- 2011年から2021年までの10年間は、おおむねISILに関連するテロが主たる脅威であった期間。同組織は、「アラブの春」によるシリア情勢の不安定化に乗じて台頭し、シリアとイラクにまたがる領域に「カリフ国家」を一時、「建国」。「アルカイダ」に代わり「グローバル・ジハード」を主導し、欧州等でもテロを実行
- 2021年、アフガニスタンで反政府武装活動を継続していた「タリバン」が、同国における実権を20年ぶりに掌握。同組織の復権は、同組織と緊密な関係にある「アルカイダ」にとって復活の好機になると指摘されるなど、今後、同国を発生源とするテロの脅威が増大するおそれが示唆
- 当面の注目動向
- 「タリバン」による実権掌握を復活の好機とする「アルカイダ」の動向及び対外テロを志向している可能性が否定できないISIL関連組織「ホラサン州」の動向
- シリア及びイラクにおけるISILの復活に向けた動向
- ISILや「アルカイダ」の関連組織、特に、西側諸国でのテロ実行の意図を持つ「アル・シャバーブ」、「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)等の動向
- 外国人戦闘員(FTF)の動向、特に、アフガニスタンへの流入を示す動きやシリア及びイラクで拘留されているFTFの動向
- 西側諸国在住の「ホームグロウン・テロリスト」らによる「一匹狼」型テロの動向
- 結論
- ISILや「アルカイダ」は、過去20年間、米国等による大規模な軍事作戦等を受けながらも組織を存続。また、世界各地には、依然として政情が不安定で統治がぜい弱な地域が存在し、イスラム過激組織が活動する空間を提供。これらの点は、国際テロの脅威が今後も存在し続け、長期的視点に立って、そうした脅威を最小限に抑え込む対策を継続していく必要があることを示唆
- 2001~2011年(米国同時多発テロ事件~オサマ・ビン・ラディンの死亡)の国際テロ情勢
- 当面の注目動向
- アルカアイダ
- 既に述べたとおり、「タリバン」の実権掌握は、対テロ戦争により弱体化していた「アルカイダ」にとって、復活の好機になり得ると見られている注28。このため、「アルカイダ」の動向には特段の注意を要すると言える。
- 「アルカイダ」の動向に関する注目点としては、(1)「タリバン」による「暫定内閣」が各国から政府承認を得る上でリスクの一つとなっている「アルカイダ」をどう扱うか、(2)「タリバン」の実権掌握が「アルカイダ」の対外テロ実行能力の回復につながるか、(3)「アルカイダ」が後継者問題を克服するかが挙げられる。
- (1)については、「タリバン」には20年かけて取り戻した支配権を再び危険にさらしてまで西側諸国等に対するテロを支援する動機はないという指摘がある一方で、「タリバン」が実際に「アルカイダ」の活動を完全に管理することは困難との指摘もあり、現時点では不透明な状況にある。「タリバン」が「アルカイダ」の活動をどこまで許容するのか、管理できるのかが注目される。
- (2)については、「アルカイダ」は、米国主導の対テロ戦争によりテロ実行能力を大きく低下させており、西側諸国等に対して直接テロを実行する可能性は低いと長く見られてきた。しかし、これまでアフガニスタンで服役し、又は同国内外で潜伏していた「アルカイダ」メンバーの復帰が続いたり、新たな要員、特に外国人戦闘員(FTF)が一定数加入したりすることがあれば、「アルカイダ」の対外テロ実行能力の回復につながり得る。
- (3)については、「アルカイダ」は、これまでに主要幹部の多くが殺害又は拘束されていることに加え、最高指導者のザワヒリが70歳と高齢で持病があり、2020年には死亡説が流れるなどしていることもあり、後継者問題がしばしば指摘されている。ザワヒリの後継者としては、オサマ・ビン・ラディン前最高指導者の警護責任者を務めたエジプト人のサイフ・アル・アデル、「アルカイダ」の公式メディア「アル・サハブ」の責任者でザワヒリの義理の息子とされるモロッコ人のアブド・アル・ラフマン・アル・マグレビ、アフガニスタンにおける「アルカイダ」ナンバー2とされるサウジアラビア人のアワブ・ビン・ハサン・アル・ハサニ等の幹部の名が専門家等により指摘されている。後継者問題への対応によっては、同組織の運営や求心力に影響が及ぶ可能性がある。
- ISIL関連組織「ホラサン州」
- 「ホラサン州」は、2018年以降、当時の駐留外国軍、アフガニスタン軍等による掃討作戦強化の結果、勢力を後退させており、敵対関係にある「タリバン」を脅かすほどの存在にはならないと見られているものの、2021年にテロ件数を増加させるなど、活動を活発化させている。また、同組織は、今後、米軍からの軍事的圧力が低下すると見られる中、自組織を強硬派と位置付け「タリバン」との差別化を図り、「タリバン」に不満を抱いて離脱した者の受皿になるなどして、勢力を回復させる可能性が指摘されている。さらに、近い将来、西側諸国とその同盟国を攻撃するための能力を得るとの指摘もあり、その動向には注意を要する。同組織の動向に関する注目点としては、(1)同組織が「タリバン」からの圧力に抗して勢力を維持・拡大できるか、(2)同組織が対外テロを志向し、そのための能力も獲得するかが挙げられる。
- (1)については、「ホラサン州」による首都カブール等でのテロ、「多信教徒」とみなすシーア派教徒へのテロ、「タリバン」に対するネガティブキャンペーン等が同組織の勢力の維持・拡大につながるかが注目される。なお、これまでのところ(2022年1月現在)、多数のFTFがアフガニスタンに流入している動きは見られないものの、仮にそうした動きが出てくれば、「ホラサン州」の勢力の維持・拡大につながるかも注目される。
- (2)については、「ホラサン州」は設立以来、主にアフガニスタン国内で活動しているものの、過去に欧州で摘発されたテロ計画に同組織が関与していたとの指摘、同組織がその後も対外テロを志向しているとの指摘等に鑑みると、同組織が現在も対外テロを志向している可能性は否定できない。このため、同組織がアフガニスタンの不安定な情勢に乗じて、国内外から要員をリクルートするなどして、かつてISILが行ったように、対外テロ、特に西側諸国でテロを実行するための能力を獲得するかが注目される。
- アルカアイダ
- 外国人戦闘員(FTF)
- FTFは、紛争地に渡航し、活動することで、現地の情勢を更に悪化させ得る存在であるほか、紛争地で実戦経験や人的ネットワークを得た後、出身国に帰国したり、第三国に移動したりすれば、テロの脅威を紛争地の外に拡散させ得る存在でもある。FTFのこうした危険性は、ISILの台頭の一因にFTFの存在があったとされることや、同組織が、2015~2017年にかけて、フランス、ベルギー及びトルコに送り込んだFTFが現地でテロを実行したこと等からも明らかである。このため、FTFは、「長期的、世界的な大きな脅威」となっている。
- FTFの動向に関する注目点としては、(1)アフガニスタンにおける情勢の変化を捉えて世界各地からFTFが同国に流入する可能性、(2)シリアやイラクで拘留されているFTFが収容施設から逃亡したり解放されたりすることでISILの活動を活性化させる可能性が挙げられる。
- (1)については、「タリバン」が実権を掌握した際、FTFが同国に流入する可能性が指摘されたものの、これまでのところ(2022年1月現在)、多数のFTFが流入している状況は見られない。しかし、アフガニスタン情勢は、当面流動的な状況が継続するとみられ、今後、FTFが流入する可能性も否定できない。仮に一定数のFTFがアフガニスタンに流入すれば、同国で活動する「アルカイダ」や「ホラサン州」に合流してこれらの組織が活動を活発化させるおそれがある。
- (2)については、シリア及びイラクでは数千人ともされるFTFが施設に拘留されているとされ、FTFの家族等を含め、急造の施設に収容能力を超える戦闘員等が収容されている。また、彼らの出身国政府は、治安上のリスク増大のほか、訴追や収監に必要な証拠の収集が困難であること等を理由として、身柄の引取りに消極的な姿勢を維持している。こうした中、シリアでは、2020年10月、ISIL戦闘員やその家族の収容施設を管理するシリア民主軍(SDF)が、恩赦として被収容者600人以上を解放し、また、2022年1月、ISIL戦闘員が収容所を襲撃し、収容されていたISIL戦闘員の一部が脱走する事案が発生するなどしており、こうした動向がISILの活動を活発化させることが懸念される。
- 「ホームグロウン・テロリスト」らによる「一匹狼」型テロ
- ISILや「アルカイダ」が対外作戦能力を低減させている現在、これらの組織が欧米等西側諸国で直接テロを実行する可能性は低下しているとされる。一方、これらのテロ組織と直接の関係を有さない「ホームグロウン・テロリスト」らによる「一匹狼」型テロは、依然として欧州で継続的に発生しており、主要な脅威の一つとみられている。「一匹狼」型テロリストによる事件の多くは、組織的なテロと比較すると死傷者数は少ないが、中にはイベント会場や繁華街への車両での突入等、テロの実行場所や手法によって多数の死傷者を出した例もあり、注意が必要である。特に、新型コロナウイルス感染症対策を目的に実施されている移動、渡航、集会等の制限が緩和又は解除され、人流が回復した際には、これまで大きな被害を生じさせ得る標的が欠如していたためにテロの実行を見合わせていた者が犯行に及ぶ可能性があるため、警戒を要する。
- テロ組織等による暗号資産の利用
- 暗号資産は、即時性、匿名性等に特徴
- ビットコインに代表される暗号資産は、国際取引に時間を要さないなどの即時性、利用者の特定につながる情報が秘匿されるなどの匿名性のほか、価格変動による利ざやが期待されるなどの投機性に特徴がある。暗号資産は、世界各地で利用者が増加しており、その種類も1万を超えるとされる。
- テロ組織や同組織関係者による資金調達活動等への利用が懸念
- 暗号資産は、その匿名性等から、「アルカイダ」、「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)等に関連した利用が拡大していると国連安保理が指摘しており、テロ組織や同組織関係者による資金調達活動への利用が懸念されている。実際、両組織のみならず、シリアを拠点に活動する「タハリール・アル・シャーム機構」(HTS)等も、戦闘員への「寄附」等を名目に、資金調達活動に暗号資産を利用している状況がうかがえる。また、資金調達後には、テロ目的での武器の購入等を行っているものと推察される。
- より匿名性の高い暗号資産の使用を呼び掛ける動きも
- 2020年、米国において「アルカイダ」等との関連を有する暗号資産の口座の摘発が発表されたほか、英国でも、シリアで活動するISILへの支援等のため、5万ポンド以上に相当するビットコインをシリアへ送金したとされる男が逮捕されるなどした。こうした中で、テロ組織等においては、ビットコインでの取引は追跡されるとの認識から、匿名性がより高く、送金情報が第三者に漏れにくい別の暗号資産の使用を呼び掛ける動きも見られる。
- テロ組織等による暗号資産の利用には引き続き要注意
- 暗号資産は、交換業者が取引に関与しない場合には、送金先や送金元の特定が困難とされる。また、米国等では摘発事例が見られるものの、暗号資産の取引を完全に把握するのは技術的に困難な面もあるとされ、技術の進歩と共に暗号資産の利用拡大が続くとみられる中、テロ組織等による暗号資産の利用には引き続き注意を要する。
- 暗号資産は、即時性、匿名性等に特徴
- サイバー空間をめぐるテロの脅威
- イスラム過激組織、同組織関係者等によるサイバー攻撃をめぐる動向
- 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)、「アルカイダ」等のイスラム過激組織は、サイバー攻撃を専門とする組織内部門の存否について明らかにしておらず、2021年末時点においても、これらのイスラム過激組織による組織的かつ大規模なサイバー攻撃事案は確認されていない。しかしながら、ISIL等は主として、サイバー空間を自組織の思想の拡散、リクルート活動、テロの計画や準備に関する連絡等の目的で利用している状況がうかがわれる。また、ISIL等との関連が疑われる個人又はグループによるサイバー攻撃事案については、従前から各国で発生している。
- イスラム過激組織との関連が疑われる個人等による主なサイバー攻撃事案
- ISILについては、組織としてサイバー攻撃の実行を呼び掛ける声明や機関誌は特段把握されていない(2022年1月末時点)。一方、「アルカイダ」は、機関誌「ワン・ウンマ」英語版第2号(2020年6月)において、サイバー空間での「ジハード」を「E-Jihad」と位置付けた上で、金融機関、航空システム等の重要インフラに対するサイバー攻撃を呼び掛けるとともに、「米国を始めとする西側諸国におけるネットワークのセキュリティ対策は9.11(2001年の米国同時多発テロ事件)前と何ら変わっていない」などと主張し、西側諸国で同テロ事件以上の経済的影響を及ぼし得るサイバー攻撃の実行を呼び掛けている。
- また、これらのイスラム過激組織以外にも、同組織との関連が疑われる個人又はグループがサイバー攻撃等を呼び掛けている。ISILとの関連では、「オンラインへの侵入は物理的なジハードの実行と同様に重要である」、「一度のハッキングで敵に何十億ドルもの損失を生じさせ得る」などの主張が、「アルカイダ」との関連では、西側諸国の基幹システム等に対するハッキングに加え、ハッカーを養成することの重要性等が訴えられている。
- このように、イスラム過激組織、同組織関係者等が西側諸国へのサイバー攻撃の実行を希求しているところ、引き続きサイバー空間におけるテロ関連動向に注目していく必要がある。
- イスラム過激組織、同組織関係者等によるサイバー攻撃をめぐる動向
- 欧州出身の外国人戦闘員(FTF)及びその家族をめぐる現状
- 2012年以降、シリア又はイラクに渡航した欧州出身の外国人戦闘員(FTF)及びその家族約5,000人のうち、2,000人以上が帰国、約3分の1が死亡、その他が紛争地域で拘束され、又は行方不明とされる。また、「シリア民主軍」(SDF)によって拘束され、シリア北東部の施設注1に収容されている欧州出身のFTF及びその家族は、約1,000人(うち600人以上が子供)と推計されている。
- 欧州に帰国したFTFをめぐる問題
- 欧州各国の治安当局は、帰国したFTF特有の脅威として、豊富な戦闘経験、高度な戦闘技術及び国際的な人的ネットワークの存在を指摘しており、欧州に帰国したFTFによるテロや、収監された刑務所内で他の受刑者を過激化する可能性が懸念されている。欧州の多くの国では、2014年にベルギーで、2015年にフランスで発生したテロを契機として、2015年以降、帰国したFTFに対する体系的な捜査が行われている。2020年7月時点で、テロ関連犯罪による受刑者(イスラム過激主義者)は、欧州10か国で約1,300人とされ、このうちFTFであった者の多くはテロ組織への参加等の軽微な罪で有罪判決を受け、ベルギーやフランスでは平均約6年半、ドイツでは平均約4年半の懲役刑に服しているといわれる。このため、2025年頃までには多数のFTFの釈放が見込まれ、これに伴うテロの脅威の増大が懸念される。また、帰国したFTFは、カリスマ性を有する英雄的存在として他者を感化し、過激化させる可能性が指摘されており、帰国後、収監されたFTFが他の受刑者に与える影響を注視する必要がある。
- シリア北東部で収容中の欧州出身のFTFに係る脅威
- 2019年10月、米軍のシリア北東部からの一部撤収を受け、トルコ軍が同地で軍事作戦を開始した。SDFが同軍への対処を余儀なくされた結果、SDFによる収容施設の監視が緩んだほか、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う収容者と監視員との接触の減少により、同施設内部で過激主義がまん延しやすくなったと言われる。これにより、同施設内部では、元戦闘員が脱走し、イスラム過激組織に復帰したり、当局の監視を逃れて自国へ帰国したりするなどのリスクもあるとされる。
- こうした中、多数の欧州人を含む「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)元戦闘員約5,000人を拘束していたとされるハサカ所在の収容所が、2022年1月、ISIL戦闘員200人以上によって襲撃され、拘束されていた元戦闘員約400人が消息不明となったとされる。また、約60か国(うち欧米は約20か国)出身の外国人女性及び子供約1万人を収容しているアル・ホールキャンプでは、ISIL支持者による収容者殺害事案も発生しているとされる。
- シリア北西部に滞在する欧州出身のFTFに係る脅威
- 欧州出身のFTFの一部は、シリア北西部において複数のイスラム過激組織に分散しており、ISILは、これらのFTFに対し、現在所属する組織からの離脱及びISILへの参加を呼び掛けているとされ、FTFがこうした呼び掛けに応じる可能性が懸念される。また、現時点で、シリア北西部から第三国へのFTFの移動は限定的とされるが、今後、例えばアフガニスタンにおいてISIL関連組織や「アルカイダ」の勢力が拡大した場合、紛争地域に滞在する欧州出身のFTFが同国に移動してこれらの組織に参加したり、その高度な戦闘技術と人的ネットワークを生かしたりして、ISIL関連組織「ホラサン州」を始めとするイスラム過激組織の欧米を標的としたテロに関与する可能性も懸念される。
- 欧州に帰国したFTFをめぐる問題
- 2012年以降、シリア又はイラクに渡航した欧州出身の外国人戦闘員(FTF)及びその家族約5,000人のうち、2,000人以上が帰国、約3分の1が死亡、その他が紛争地域で拘束され、又は行方不明とされる。また、「シリア民主軍」(SDF)によって拘束され、シリア北東部の施設注1に収容されている欧州出身のFTF及びその家族は、約1,000人(うち600人以上が子供)と推計されている。
- 欧米において継続する極右テロの脅威
- 欧米諸国では、近年、白人至上主義やネオナチ思想を有したり、外国人排斥等を主張したりする極右過激主義者によるテロの脅威の高まりが指摘されている。コロナ禍が継続した2021年においても、引き続き同脅威が顕著であるとされ、イルヴァ・ヨハンソン欧州委員会委員は、2021年6月、「特に極右テロに関して、インターネット上での過激化の脅威が増加した」と述べるなど、コロナ禍におけるインターネット上での極右過激主義思想の拡大に対する懸念を表明した。
- 最近の欧米における極右過激主義に関連したテロとしては、2021年6月、カナダのオンタリオ州西部ロンドンで、イスラム教徒一家に対する襲撃事件が発生した。また、英国やドイツでは、極右過激主義者の摘発が相次いだ。このほか、同年1月に発生した米国連邦議会議事堂襲撃事件についても、逮捕者の一部が極右組織との関わりを有していたとされる。
- こうした極右過激主義者によるテロの脅威を受け、近年、欧米各国では、極右組織をテロ組織に指定するなど、極右組織によるテロへの対策が進められているが、一方で、インターネット上での交流等を通じた極右過激主義思想の若者への拡散や、軍及び法執行機関内部への浸透が懸念されている
- インターネット上での若者への極右過激主義思想の拡散
- 欧州における若者への極右過激主義思想の拡散について、欧州法執行協力機構(ユーロポール)は、2021年6月、極右テロに係る最大の脅威とされる「自己過激化した若者」が、インターネット上のプラットフォーム等で極右思想を共有しつつ、緩やかに連携している旨指摘したほか、英国保安局(MI5)のケン・マッカラム長官は、7月、同国における極右過激主義に関連したテロの脅威につき、若者の関与が顕著であると指摘した。また、イタリアのルチアナ・ラムジュ内相は、6月、極右過激主義者らはインターネット上で若者を標的としていると述べるなど、インターネット上での若者への極右過激主義思想の拡散が懸念されている。
- とりわけ、英国では、2020年8月、若者を中心としてインターネット上で設立された極右組織「ブリティッシュ・ハンド」を率いていた少年を始めとするメンバーの摘発が相次いだほか、ネオナチ組織と指摘される「アトムヴァッフェン・ディビジョン」(AWD)の関連組織「フォイヤークリーク・ディビジョン」(FKD)の英国支部を率いていた少年が、13歳の頃から極右思想に傾倒し、爆発物製造マニュアルのダウンロード等を行っていたことが判明するなど、極右過激主義に関連した若者の摘発事案が相次いだ。
- 新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う社会経済情勢の悪化によって生じる不安や不満に対してぜい弱で、極右過激主義思想に係る知識が不十分な若者が、インターネット上での交流等を通じて極右過激主義思想に引き付けられ、同思想の拡散の土壌を形成することが懸念される。
- 軍及び法執行機関への極右過激主義思想の浸透
- 欧州諸国では、近年、軍及び法執行機関における極右思想の浸透を示唆する事案が複数発生している。例えば、ドイツにおいては、極右過激主義との関連で、軍人の逮捕事案が続発しており、2021年6月には、ヘッセン州警察や機動隊等に属する計49人の現役警察官が、チャットグループで極右主義的な内容を共有していたとして捜査を受けた結果、フランクフルト警察特殊部隊(SEK)の解体が決定した。さらに、2021年9月には、極右過激主義への関与が疑われるドイツ国防省職員に対する捜査が行われた。また、英国においても、近年、軍人及び法執行機関の職員に係る極右関連事案が発覚している。軍及び法執行機関の職員は、武器や爆発物へのアクセスを有し、訓練経験があり、摘発を防ぐ手法を身に付けていることから、これらの機関内部における過激思想の浸透には注意を要するとされる。
- 米国連邦議会議事堂襲撃事件への極右過激主義思想の関与
- 2021年1月6日、米国首都ワシントンD.C.の連邦議会議事堂で、バイデン次期大統領(当時)の当選を確定する上下院合同会議の手続中、暴徒化したトランプ大統領支持者らが同議事堂を襲撃し、一時占拠した。米連邦捜査局(FBI)は、3月、同襲撃事件を「国内テロ」の一形態であると発表した。同襲撃事件に係る容疑で起訴された者は、約700人とされ、そのうち少なくとも86人が極右組織と指摘される「プラウド・ボーイズ」、「スリーパーセンターズ」等と関わりがあったとされる。
- 同襲撃事件等を受け、米国家安全保障会議(NSC)は6月、同国として初めて国内テロ対策に関する国家戦略を発表した。同戦略は、「国内テロ」の主な要因として、民族的、人種的又は宗教的な憎悪等を動機とする暴力的な白人至上主義、暴力的な反政府主義を指摘している。
- 同襲撃事件を受け、カナダ政府が「プラウド・ボーイズ」及び「スリーパーセンターズ」をテロ組織に指定した後、「プラウド・ボーイズ」のカナダ支部が財政難等を理由として解散したほか、米当局による同襲撃事件実行犯の逮捕等により複数の極右組織の勢力が弱体化したとの指摘があるものの、離脱したメンバーが極右過激主義思想を保持したまま分派組織等を形成する動きが指摘されるなど、極右組織によるテロの脅威が継続している。
- インターネット上での若者への極右過激主義思想の拡散
ウクライナ非常事態庁は7月1日、南部オデッサ州へのミサイル攻撃による死者が、少なくとも21人に達したと発表しています。また、同2日には南部ミコライウ州でもミサイルによる攻撃があり、ロシア軍が南部の都市で攻勢を強めています。オデッサでは1日未明、集合住宅などにロシア軍のミサイルが着弾、子供を含む21人が死亡し、約40人が負傷しています。ウクライナのゼレンスキー大統領は同日「ロシアの意図的なテロ」と非難していますが、ロシア側は民間人を攻撃しないと主張しています。英国防省によると、ロシア軍では精度の高い近代的兵器が減少しているため、空中発射型の対艦ミサイルを地上の攻撃に使っており、地上の目標を正確に攻撃できず、市街地で巻き添え被害の可能性が高まっているといい、民間人の犠牲が増える恐れがあります。
130人が死亡した2015年のパリ同時テロをめぐって仏裁判所は、実行犯のうち唯一生き残ったとされ、テロ殺人罪などに問われたモロッコ系フランス人、サラ・アブデスラム被告に終身刑を言い渡しています。テロは2015年11月13日夜に発生、3グループに分かれた実行犯はパリの飲食店やバタクラン劇場、郊外サンドニのフランス競技場近くで銃乱射や自爆により人々を殺傷、実行犯10人のうち9人は死亡し、ISが犯行を認める声明を出しています。事件は区切りを迎えましたが、前述の国際テロリズム要覧でも指摘されたとおり、欧州では今もイスラム過激派によるテロ事件の脅威が続いています。今回の裁判では、仮釈放を原則認めない条件が付き、死刑のないフランスでは最も重い刑となりました。報道によれば、被告が身につけていた自爆装置付きベルトは爆発していない状態で見つかりましたが、動作不良を起こしただけでテロを実行する意思はあったと判断しています。なお、被告は公判で「あやまちを犯したのは確かだが、私は人殺しではない」と語っていました。また、実行犯に協力したとされるほかの被告19人も全員が終身刑や禁錮刑などとなり、うち18人については起訴された罪全てで有罪判決を受けています(19人のうち6人は出廷しておらず、すでにシリアやイラクで死亡したなどとみられています)。本裁判では、2021年9月が初公判で、オランド前大統領も出廷するなど、仏史上もっとも長い公判となりました。事件をきっかけに欧州全体で国内のテロ対策が強化されたほか、域外のテロ組織も欧州に脅威をもたらすとの認識が強まりました。フランスは事件以来、アフリカでの政情不安定化に神経をとがらせており、放置すれば同様のテロ事件の再来を招くと考えているといいます。対策は一定の効果を上げ、欧州では複数の実行犯が絡む大規模なテロは押さえ込めており、仏当局は2015年以来、約60件のテロ事件を未然に食い止めたとしています。パリ同時テロの実行犯とつながりのあったISが勢力を弱めたことも背景にありますが、単独犯による事件は続き、欧州市民の間には治安が悪化しているとの感覚が広がっており、テロ事件がいっこうになくならないことで、イスラム教系移民の排斥を唱える極右勢力の伸長にもつながっていると指摘されています。
ナイジェリアの首都アブジャにある刑務所が5日、武装勢力に襲撃され、囚人879人が脱走しました。報道によれば、内務省幹部は、イスラム過激派「ボコ・ハラム」の犯行だと指摘、脱走者の約半数はすでに捕まったか自ら戻ったものの、443人が逃走を続けているといいます。襲撃犯は強力な爆弾攻撃によって刑務所の壁に穴を開けて内部に侵入したといい、この攻撃によって警備員1人が死亡、3人が負傷しています(服役者も4人が死亡し、16人が負傷しています)。当時、刑務所にはボコ・ハラムのメンバー64人を含む囚人約1,000人が収容されていたといいます。ナイジェリアでは刑務所襲撃による囚人の脱走が相次いでおり、2021年だけで2,500人以上が逃走、2017年以降でみると、少なくとも4,300人以上が脱走したということです。なお、この事件について、ISが犯行を認めています。前述の国際テロリズム要覧でも同様の事件が多発している実態があり、本件も同じ流れを汲むものと考えられます。同国は北部で武装した反政府勢力や過激派の活動が目立っていますが、首都の刑務所襲撃で治安の悪化が他の地域にも拡大しつつあるとの懸念が高まっています。また、IS関係でが、シリアで米軍が主導する有志連合は、シリアで実施した作戦で、ISの幹部1人を拘束したと発表しています。報道によれば、拘束されたのは経験豊富な爆弾製造者で、シリアで同組織の最高指導者の1人になった人物とみられています。作戦中に民間人や航空機への被害はなかったということです。トルコが支援するシリア反政府勢力「シリア国民軍(SNA)」の報道官は、連合軍はトルコとの国境の南側に位置するアルフマイラ村でヘリコプターによる攻撃を行ったと語り、米国製のチヌークやブラック・ホークが使用されたとし、SNAが支配する地域で米国のヘリコプターの着陸作戦が実施されるのは初めてだと述べています。
イスラム主義組織タリバンが制圧したアフガニスタンで、反タリバン武装勢力の抵抗が再び活発になっているようです。主力はアフガン北部パンジシール州を拠点とする民族抵抗戦線(NRF)で、2001年に崩壊した旧タリバン政権に対抗していた司令官の息子アフマド・マスード氏が指導、民兵にアフガン政府軍のメンバーの一部が合流した組織で、タリバンは警戒を強めています。報道によれば、NRFは5月、タリバンへの攻撃を再開すると表明、タリバン側は「戦闘は存在しない」と全面否定していますが、パンジシール州の複数の住民によると、タリバンの検問所を標的にした攻撃が相次ぎ、数十人が死傷し、多数の民間人が拘束されているといいます国連安全保障理事会の最近の報告書によれば、理事国の一つは、タリバンがNRFを、IS系勢力のISホラサン州を上回る大きな脅威になり得るとみなしていると分析しています。さて、そのアフガニスタンでは、東部の山岳地帯で大きな地震が発生しました。約1100人が死亡したとされますが、隣国を中心に救援物資が届き、タリバン暫定政権や国連が被災地への輸送を急いでいますが、長年の戦闘で道路が損壊しており難航、搬送中に亡くなったけが人もおり、暫定政権は国際社会にインフラ再建のための支援を求めています。さらに、タリバン暫定政権の外務省報道官は、タリバンに科された制裁やアフガン中央銀行の在外資産凍結を解除するよう国際社会に訴えています。「命を守るための資金を得る権利が優先されるべきだ」と述べ、被災者支援に必要だとしています。本コラムでも以前紹介したとおり、米国などはタリバンへの資金流入を防ぐため資産を凍結し、女性の行動制限や女子教育の全面再開の遅れを「人権侵害」だと批判しています。報道によれば、この報道官は、米連邦最高裁が人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めない判断を示したことに触れ「人権のルールは世界共通だろうか」と牽制しています。アフガンは経済危機に見舞われ、人口の半数近くが深刻な食料難に陥るとの予測もあります。なお、日本としては、林芳正外相が、アフガニスタン南東部の地震を受けた人道支援として、300万ドル規模の緊急無償資金協力を実施すると発表しています。国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)を通じて保健・医療分野で人道支援を行うとしています(なお、政府はすでにIFRCの要請を受けて毛布などの緊急支援物資を提供しています)。また、ブリンケン米国務長官は、緊急支援として約5,500万ドルを拠出すると発表しています。これにより、タリバンが実権を掌握した2021年からの累計人道支援は7億7,400万ドル超となるといいます。ブリンケン長官は今回の支援について、調理器具や水を入れる容器、毛布や衣類、そのほか水を通じた感染症流行防止のための衛生用品などの供給に充てると説明しています。また、直近では、タリバン暫定政権がイスラム聖職者や部族長ら全国の指導者を集めた大会議が開催され、国家運営に関する決議を取りまとめ閉幕しています。暫定政権に対し、イスラム法の範囲内で教育や女性の人権に特に留意するよう要請しましたが、会議には女性が招かれず、3月に延期された日本の中学・高校に当たる中等教育の女子通学の全面再開を要請せず、女性に対する抑圧的な政策が当面続くことになりそうです。欧米などは女子通学延期をタリバンによる女性抑圧の象徴として厳しく非難、即時再開を求めていますが、無視された形といえます。
本コラムでも(北朝鮮リスクのところで)たびたび取り上げてきましたが、ミサイル攻撃を受けたときに避難できる場所として、地下鉄の駅舎などの大規模な地下施設を指定する自治体が相次いでいるといいます。2022年に入って神戸市や大阪市、東京都などが指定し、6月1日時点で全国に436カ所と2021年12月末の3.5倍に増えたということです。北朝鮮の核開発や相次ぐ弾道ミサイル発射などで日本の安全保障環境が厳しくなっており、さらには、ウクライナの市民が同国の堅牢な地下施設・シェルターに避難している状況が報じられていることもあり、自治体は危機感を強めて検討を急ぎ始めたことが背景にあります。国民保護法は都道府県や政令指定都市に対し、武力攻撃を想定した避難施設を指定するよう定めています。コンクリート造のような頑丈な建物などが対象になりますが、内閣官房によると、2021年4月時点で学校や福祉施設など94,125カ所ありますが、ミサイル攻撃による爆風の被害軽減が期待できる地下施設は1,278カ所と全体の1%強にとどまっています。さらに建物の地階部分や地下通路が中心で、多くの避難者を収容できる地下鉄の駅舎や地下街といった大規模な地下施設は少ないのが現状です。ロシアによるウクライナ侵攻ではミサイル攻撃から逃れるため、地下鉄の駅構内に避難する住民もいたことも報じられており、東京都の小池知事は「ロシアによるウクライナ侵攻では首都キーウ(キエフ)にミサイル攻撃があり、首都防衛の重要性があらためて明らかになった」と述べています。一方、地上から約5メートルと浅い駅舎も指定されている点は課題だといえます。ウクライナでは地下100メートルを超える駅舎もあることを考えれば、ミサイル攻撃の規模によっては、地下施設でも高い安全性を担保できない可能性があります。テロ対策などに詳しい防衛大学校の宮坂教授は「避難施設を指定するだけでなく、有事の際に自治体と施設で情報を共有する仕組みが重要」(2022年7月2日付日本経済新聞)と指摘しています。北朝鮮が発射している米全土を射程に入れる可能性があるICBMは北海道西方約150キロに落下したものもありました。北朝鮮の挑発がさらにエスカレートし、日本の領域への脅威が増せば自衛隊が迎撃するシナリオが現実味を帯びることになります。安全保障関連法により、集団的自衛権を行使して米本土に向かうミサイルを日本が迎撃することも法的には可能となりますが、それらの想定を十分に練っておく必要に迫られており、地下に逃げた住民らの安全や衛生環境の確保など、実際に避難できる体制づくりが急務だといえます。
最後に、テロリスクに関する国内外の最近の報道から、いくつか紹介します。
- 福井県で県議会議長も務めた斉藤県議が、県議会土木警察常任委員会で日本に避難しているウクライナ人に関する質問をした際、「テロ組織と関係のある人が避難民として入国している可能性もある」という趣旨の発言をしたとして物議を醸しています。報道によれば、閉会後の取材では「避難民の中にテロ組織の関係者が紛れ込んでいる可能性に注意するべきだと伝えただけだ」と釈明、斉藤氏は「ウクライナのアゾフ連隊はテロ組織と関係がある」とした上で「組織と関係のある人が)国内に入っている可能性もある。身元調査をしていないのか」と質問、福井県警の警備部長は「県と情報共有を進めていく」と回答したといいます。その後、斉藤県議が所属する最大会派の自民党は、仲倉会長が斉藤県議を口頭で厳重注意、今後、発言の一部を議事録から削除する方針を決めています。なお、斉藤氏を巡っては、新型コロナウイルスワクチンに関し「殺人兵器ともいわれている」などと主張する文書を支援者らに配布していたことも2021年3月に判明、「ワクチンの危険性を伝え、個人が接種の是非を判断する材料にしてほしかった」などと釈明した経緯があります。アゾフ連隊がテロ組織と関係があるという誤った(不確かな)情報に基づく発言であるのは間違いありませんが、欧州では、越境難民の問題が深刻化しており、その中にテロリスト等が紛れ込んでいる可能性が否定できない状況にあります。同様のリスクは、本件でもゼロとはいえず、問題提起や注意喚起として受け止めるべきだと感じます。
- ノルウェーの首都オスロのゲイバー周辺で銃乱射事件があり、2人が死亡し、14人が負傷しています。報道によれば、警察当局は事件直後、容疑者とみられるイラン系ノルウェー人の男を逮捕し、性的少数者を標的にした可能性のあるテロ事件として捜査しているといいます。本件は単独での犯行とみられていますが、男がバッグを持って現れ、発砲を始めたといいます。6月は世界各地で性的少数者の権利向上に向けた活動が行われる「プライド月間」で、オスロではパレードが行われる予定でしたが、パレードは事件を受け、中止されています。
- イスラエルのラピド外相は、同国の外相として16年ぶりにトルコを訪れ、首都アンカラでチャブシオール外相と会談しています。ラピド氏は、トルコ国内での「イスラエル市民を標的としたイランによるテロ攻撃」を協力して阻止できたとして、トルコ政府への謝意を示したといいます。一方、チャブシオール氏は、イスラエル市民に対する脅威について「両国の関係機関が継続的に情報交換している」と指摘、イランについては直接言及しませんでしたが、トルコ国内で「テロ攻撃を許すことはあり得ない」と強調しています。
- 2008年11月にインド西部ムンバイで起こった同時テロで、首謀者とされるイスラム過激派「ラシュカレトイバ」幹部、サジド・ミール容疑者の身柄をパキスタン当局が拘束しています。米連邦捜査局(FBI)高官を含む複数の関係者が明かしています。この事件では高級ホテルも襲われ、出張していた日本人1人を含む約170人が死亡しています。米国人も亡くなっていることから、米政府が今後、身柄の引き渡しを求める可能性があります。2022年6月24日付日本経済新聞によれば、「パキスタンの元政府高官も「パキスタン側は米国やインドに、ミール容疑者が死亡したか行方不明だと説明していたが、居場所を確認したと認めた」と話した。背景にはマネー・ローンダリングを監視する国際組織「金融活動作業部会(FATF)」が作成する「グレーリスト」からの除外を目指すパキスタン政府の考えがある。対策が不十分な国のリストで、国際金融市場で高い信用を得られない。4月に崩壊したカーン政権で経済閣僚を務めたハマド・アズハル氏はパキスタン側がミール容疑者らについて「(FATFが)満足できる」措置を実行したと主張した」ということです。
(5)犯罪インフラを巡る動向
IP電話回線の犯罪インフラ化については、本コラムでもたびたび指摘しているところですが、直近でも、還付金詐欺に使うIP電話回線を調達、提供したとして、大阪府警特殊詐欺捜査課が、電子計算機使用詐欺容疑で、電話回線提供会社「ISR合同会社」の元代表社員を逮捕しています。報道によれば、容疑者は「関係ない」などと否認しているということですが、大阪府警は、容疑者が詐欺に関わっており、同社の保有する数百のIP電話回線の多くが詐欺事件で使用されたとみて調べているということです。同社は大手通信会社の提供するIP電話回線を、他社を通じて購入し「06」や「03」などの番号を割り振って詐欺グループに提供、グループはその回線で発信元を官公庁などに偽装し、被害者に電話をかけていたといいます。
以前から問題になっていたクレジットカードのショッピング枠を悪用した「現金化商法」の手口で、違法に金を貸し付けたとして、警視庁は、ネット関連会社「トラストオブファイブ」の社長ら男7人を出資法違反(超高金利)容疑などで逮捕しています。報道によれば、警視庁は同社が2018年3月~21年12月、同様の手口で全国の約5,900人に計約23億5,000万円を貸し付け、計約9億5,000万円の利息を違法に得たとみて調べているといいます。逮捕容疑は、2020年3月~21年2月、都内の30代男性ら男女5人に約254万円を貸し付け、法定金利の26~80倍となる計約126万円の利息を受け取ったというものです。トラスト社は「最短3分で現金を受け取れる」「クレジットカードで商品を購入するだけ」「安心くん」のHPでは「入金は最短10分」「最高換金率98%」などとうたい、複数の「現金化サイト」を運営しており、客はクレジットカードでパソコンやゲーム機、カーナビなどの商品を購入し、それらの商品を購入価格より安い値段でトラスト社側に販売したとして同社側から現金を受け取っていましたが、実際には商品が売買された事実はなかったといいます。客にはカード会社に対する支払いが残る一方、トラスト社側にはカード会社を通じて商品の売買代金が入り、客に渡した現金との差額が利益になっていたもので、警視庁は、この利益が利息に当たり、違法な貸し付けになると判断しています。正にクレジットカードが犯罪インフラ化した事例といえます。
現金化商法がクレジットカードの仕組みを悪用したものといえますが、ここ数年、ファクタリングの仕組みを悪性した「給料ファクタリング」も社会問題化しています。この給料ファクタリング業者に対して集団的消費者被害回復請求が行われ、その概要が内閣府のワーキンググループにて報告されていましたので、以下、紹介します。
▼内閣府 第37回 消費者法分野におけるルール形成の在り方等検討ワーキンググループ
▼【資料2】 給料ファクタリング事業者に対する集団的消費者被害回復請求事例報告(適格消費者団体・特定適格消費者団体特定非営利活動法人さいたま消費者被害をなくす会提出資料)
- 給料ファクタリング業者に対して訴訟を提起するに至った経緯
- 端緒
- 2020年1月ころ、給料ファクタリングという名目で出資法の年20パーセントを大幅に超える割合の手数料(1ヶ月未満先の買取で手数料20パーセント・年利換算300パーセント以上)でお金を貸し付けている事業者の相談が増えている現状を把握した。相談の多い事業者として株式会社ZERUTA(新宿区・サービス名七福神)などの名前があがった。
- 事業者の事業の概要
- 給料ファクタリング業者が行っているのは、違法な高金利金融であるが、出資法や貸金業法の脱法を意図したものである。具体的には、給料のうち一定額を給料ファクタリング業者に譲渡する賃金譲渡契約書を締結する。その際、手数料を控除し、たとえば給料のうち、5万円を4万円で買い取る契約をする。そして、この譲渡した分の5万円の給与債権について、給料ファクタリング業者は、顧客に対して無償で債権回収を委託する。消費者が、回収した金員を期日までにファクタリング業者に振り込むことを条件に、ファクタリング業者は、勤務先に対して債権譲渡通知を送付しないという契約内容である。これは、4万円の金員に1万円の利息を付けて返済するのと同じことになる(この場合、実質金利は年利300%以上であり、出資法で事業者に刑事罰が処される年20%を大幅に上回る)。
- 法的な問題点
- 五稜会事件判決(最判H20.6.10)
- 出資法違反の違法な高金利の貸し付けについては、いわゆる五稜会事件判決(最高裁平成20年6月10日判決)が存し、業者に給付した金額は不法原因給付にあたり、返還義務がない。業者に返還した金額は全額損害として賠償請求できる。上記の例では、受領した4万円を控除することなく事業者に支払った5万円が損害となる。
- 家具リース、車金融に関する刑事裁判例等の存在(大阪地判H13.9.27など)法形式にとらわれず、出資法違反等を認定している。
- 労働基準法の直接払いの規定があり、そもそも債権譲渡として構成することはできない。この点に関しては2020年3月に金融庁も同様の見解を公表した。
- 多数性・共通性の要件
- 集団的消費者被害救済制度では、多数性と共通性の要件をみたすことが、共通義務確認訴訟の要件とされる。この点も検討された。
- 新聞などでも報道され始めており、規模はともかく多数性の要件はみたすものと考えられた。また、貸し付け条件は、HP上、手数料10パーセントからとされており、相談把握している20%でない事例があるとしても、いずれも出資法違反の金利相当額を優に超えており、共通性の要件もみたすと考えられた。
- 本件を扱う意義
- 消費者は、こういった事業者からの借り入れを勤務先に知られたくないという方が多く、多数の消費者が泣き寝入りを強いられている。また、この事案を個人で行った場合、わかって契約しているのだからというような見方をされたり、当該個人が生活上の問題を抱えたりしていることなどから、訴訟提起した場合でも和解等を強いられ、判決で当該商法の違法性を確認する事態まで至らない。そうすると、給料ファクタリング事業者の違法性が消費者に周知されないまま被害が継続していくおそれがあるのではないかと考えられた。そこで、共通義務確認訴訟を提起し、給料ファクタリング事業者が、不当利得返還義務を負うことが確認できると、同一の商法の撲滅につながるという社会的意義もあるのではないかと考えられた。
- 本件を扱う場合の問題点
- 実際の被害回復の困難性
- 事業者が訴訟中に事業を停止したうえで、事実上の逃走を図るという問題が常にある。この点で、実際の被害回復につながるのかどうか、二段階目の手続きの実効性に疑問がある。共通義務確認の判決後、二段階目の手続きは義務なので当会に赤字が生じる危険性が十分に考えられる事案であった。
- 社会的意義も重視
- しかし、当会としても、特定適格消費者団体の認定を受けている以上、なるべく早い段階でこの制度を利用した訴訟を経験する必要と責任を意識してきたこともあり、給料ファクタリング商法の撲滅という社会的意義を重視し、2020年1月に取り扱うことを検討委員会で決定し、2月に訴状案を確定し、その際、国民生活センターの立担保援助制度を利用することも決めた(正式には3月理事会で承認手続き)。
- 実際の被害回復の困難性
- 端緒
- 保全手続き
- 被保全債権の特定について
- 被保全債権については、通常の民事訴訟では、かなり厳格な特定が必要とされるが、共通義務確認訴訟を本案とする仮差押手続きにおいては、債権者数とその平均損害額を想定して、その総額で特定することになる。今回は、国民生活センターから開示を受けたパイオネット相談情報において、自ら又は知人が契約していることを内容としている件数(14件)をもとに、消費生活センターに相談する人は全体の5パーセントを超えることはないこととの想定のもと債権者(対象消費者)の数を280名と想定した。損害額については、当会で把握している相談例の一回の買取額が5万円であったことから5万円と想定し、1,400万円を被保全債権額の総額として特定した。
- この金額をあまり大きくすると、担保金の額が増えてしまうため、その意味でも若干控えめに想定する必要もあった。
- 国民生活センターによる立担保援助制度の利用
- 当会において、訴訟及び保全手続きについて、正式に理事会で承認されたのは、2020年3月24日であるが、保全手続きを早期に行う観点から、国民生活センターへは3月中旬ころから事前に相談させていただいていた。
- その結果、援助申込を翌25日に行い、援助のための審査会は翌26日に開催してもらうことができた。審査会を経て同日中に援助決定の連絡をもらう形になり、翌27日にさいたま地裁に仮差押の申し立てをすることができた。なお、その後の立替保証委託契約による立担保に至るまで国民生活センターの援助は極めて迅速で、協力的であった。
- 仮差押決定と保全の成否
- 3月27日に保全の申立をしたものの、仮差押決定は1か月以上経過した4月28日になりようやく発令された。担当裁判官の転勤や新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の影響などで裁判所からの補正やその対応などについて、かなりの時間を経過することになった。この間に、一定の財産が散逸した可能性が疑われる事情もあり、この点については、極めて残念に思っている。なお、担保金の額は、仮差押債権の30%の額である420万円であった。
- 結果として、保全できた金額は200万円程度にとどまっている。
- 被保全債権の特定について
- 訴訟提起
- 訴訟提起に至るまでの事情の変化
- 金融庁が見解を公表
- 金融庁が2020年3月はじめに、給料ファクタリング事業については、貸金業に該当するとの見解を公表した。これにより、給料ファクタリング事業者が無登録で貸金業を営業していることになり、事業が違法であることが行政府の見解として明確にされた。
- 判決の報道
- 3月下旬、東京地裁において、給料ファクタリング事業者に対する損害賠償請求が認容されたとの新聞報道がなされた。
- 個別の被害者を申立人、原告とする被害救済弁護団による保全及び訴訟提起
- (株)ZERUTAの営業停止と給料ファクタリング業者の廃業
- 同種事業者も多くが営業を取りやめ、ホームページ上の広告も(違法を前提とする事業者を除けば)、ほとんどなくなった。
- 本件訴訟が目指した給料ファクタリング事業の違法性の確認については、訴訟提起に至る経過までに概ね達成されたといえる状況となった。
- 金融庁が見解を公表
- 本案訴訟の提起と判決
- 2020年6月8日に訴訟を提起した。送達の確認などに期日を要したが、2021年2月26日、当会の請求を全部認容する判決がなされ、3月18日に確定した。
- なお、この間、警視庁が被告代表者ほか、被告関係者を逮捕し、その後、法人であるZERUTAとともに代表者外1名を出資法違反等の罪で起訴し、有罪判決が出されている。
- 簡易確定手続きの申し立てから配当まで
- 裁判所との事前協議等を経たのち、2021年4月12日に簡易確定手続きの申し立てを行い、5月18日に開始決定を得た。手続き参加の募集を経て23名から授権し、届け出債権としては、20,457,139円(遅延損害金、申立団体に支払う費用相当の損害賠償請求権含む)を届け、全額が確定した。回収額は1,937,320円(本執行による払戻し金)。これを按分配当して手続きは修了した。
- 訴訟提起に至るまでの事情の変化
通信事業者間で支払われる接続料金の仕組みを悪用し、NTTドコモから約1億円をだまし取ったとして、愛知県警などは、「ソフィアデジタル」社長ら通信事業会社の役員や社員14人を組織犯罪処罰法違反(組織的詐欺)容疑で逮捕しています。県警は2018年12月~21年6月の約2年半の間に十数億円をだまし取った疑いがあるとみて調べているといいます。報道によれば、容疑者らは、通信事業者間で電話をかけた側から受けた側に通話時間に応じて「アクセスチャージ」という接続料金が支払われる仕組みを悪用、ドコモのかけ放題プランを大量に契約した上で自動で電話をかける「ゲートウェー」と呼ばれる特殊な装置を使用し、自社の回線に自動発信を繰り返していたとみられています(約2年半で計約1,450万時間分の電話をしたといいます)。逮捕容疑は2021年3月1日~31日、かけ放題プランに加入した84回線からアルテリア社の回線に電話をかけ続け、接続料金名目で約9,770万円をだまし取ったというものです。本コラムでも以前取り上げましたが、愛知県警は2021年6月にアクセスチャージの仕組みを悪用した別の通信事業会社の経営者らを逮捕しています。その
ネット上で品物が売買できる「フリーマーケット(フリマ)アプリ」に盗品が出品される事例が後を絶たず、フリマアプリの犯罪インフラ化が懸念されます。アプリの運営会社は、利用規約で盗品の出品を禁じているものの、対策が追いついていないのが実情で、コロナ禍で利用者が増える中、被害者からは踏み込んだ対応を求める声が上がっているといいます。2022年6月8日付読売新聞で具体例や対策の実態等が報じられており、以下、抜粋して引用します。
本コラムでもたびたび取り上げていますが、「CANインベーダー」と呼ばれる新手の手口で自動車を盗んだなどとして、愛知県警は、職業不詳の容疑者ら男10人を窃盗や盗品等保管の疑いで逮捕しています。メーカー側は窃盗対策として最新の車種にはコンピューターシステムで施錠を制御している例が多いところ、「CANインベーダー」と呼ばれる手口は、特殊な装置でシステムにアクセスして解錠するもので、愛知県内では数年前からこの手口とみられる被害が確認されているといいます。報道によれば、愛知県警は10人が2021年1月~20年4月に県内を中心に窃盗を重ねて被害は48台(未遂を含む)に及ぶとみているということです。また、同様に、神奈川県警捜査3課が「CANインベーダー」を使って高級車を盗んだとして、40~50代の男2人を窃盗容疑で逮捕しています。報道によれば、神奈川県内外で数十台の窃盗に関与したとみられており、神奈川県警が摘発するのは初めてだということです。周辺の防犯カメラの映像などから捜査を進め、男らを特定、関係先からは使っていたとみられる「CANインベーダー」が見つかり、ともに容疑を認めているといいます。「CANインベーダー」の犯罪インフラ化は、自動車窃盗の新たな手口として全国的に被害が広がり、県内では2020年冬以降相次いでいました。
本コラムでもたびたび取り上げていますが、ネット上で、広告だと明らかにしないまま口コミなどを装って宣伝する「ステルスマーケティング(ステマ)」が広がり、問題視されています。現行法では法規制の対象外でしたが、消費者庁は実態の把握や、景品表示法の適用拡大などを含めた検討に入っています。規制は企業側の反発も招きかねないため、ネット広告の影響力が大きくなるなか、次々に生まれる新たな広告手法に、消費者保護とのバランスが求められるところです。以下、2022年7月4日付日本経済新聞の記事「ネット広告のステマ規制へ 消費者庁がルール見直し検討」から、抜粋して引用します。
同じく広告を巡る犯罪インフラ化の問題としては、アフィリエイターと呼ばれる個人や法人がネット広告を作って成功報酬を得る「アフィリエイト広告」があります。「アフィリエイト広告」で消費者を誤認させる不当表示が目立つとして、消費者庁は事業者向けの指針を作り、公表しています。第三者の体験談や感想と見分けがつかない例もあることから、「広告」である旨を明示するよう推奨、外部に広告製作を委ねる場合の広告主の責任や役割を明記しています。アフィリエイト広告は、ブログやSNSなどで広告を作成し、その広告を通じた商品・サービスの売り上げなどに応じて広告主から成功報酬を受け取る仕組みで、自らの体験であるかのように装った記事風の広告や身体的なコンプレックスをあおる過剰な表現など、虚偽・誇大な広告が問題視されています。また、不当表示があったとしても、広告主は「アフィリエイターが勝手に記載したもので、把握していない」などと責任を回避しようとする例も目立っており、問題が顕在化していました。
前回の本コラム(暴排トピックス2022年6月号)でもその行方を注視するとしていた食べログのアルゴリズムを巡る訴訟の判決が出ています。本件では、韓流村は2019年5月、食べログのアルゴリズム変更により、運営する焼き肉店「KollaBo」の21店舗中19店舗で評価点が最大で0.45点、平均で0.17点下落、食べログ経由の月間の平均来客数は変更前より6,000人以上落ち込み、月間売り上げも約2,500万円減ったとして、チェーン店の評価が一律で下がるよう食べログ側がアルゴリズムを変更したことは、独禁法が禁じる「差別的取り扱い」や「優越的地位の乱用」に当たると主張していました。一方、これに対し、カカクコムはアルゴリズムの変更によりチェーン店を飲食店市場から締め出すほどの効果はないとし、「差別的取り扱い」には当たらないと反論、「優越的地位の乱用」についても、取引上の力関係について自社が韓流村より優位にあるとはいえないなどとしていました。これに対し東京地裁は、今回のアルゴリズム変更について、食べログ側があらかじめ公表していた評点の意義や評価方法などに照らし、原告にとって計算できない不利益を与えるなどと判示し、独占禁止法違反(優越的地位の乱用)にあたると認めました。また、原告は約6億3,900万円の賠償を求めていましたが、東京地裁は3,840万円の賠償を命じる一方、原告があわせて求めた変更後のアルゴリズムの使用差し止めについては退けています。大量のデータを処理するために複雑化するアルゴリズムは、なぜその結論に至ったのか人間が説明できない「ブラックボックス」ともいわれ、責任の所在も分かりにくくなっていますが、アルゴリズムそのものの評価ではなく、アルゴリズムを一方的に変更する運用のあり方が独占禁止法違反にあたると認めた国内初の判決となり、大きな注目を浴びています。本件を巡ってはさまざまな報道がなされており、どれも大変興味深いものでしたので、以下、いくつか紹介します。
アルゴリズムに法の目 食べログ判決、独禁弁護士が解説(2022年6月25日付日本経済新聞)
「食べログ」判決 透明性が信頼につながる(2022年6月23日付産経新聞)
食べログ計算法は「ブラックボックス」、突然下がり客足急減も…飲食店「公正さ重視して」(2022年6月17日付読売新聞)
チェーン店不利に「食べログ」アルゴリズム変更、評価落ち減収…優越的地位の乱用で賠償命令(2022年6月16日付読売新聞)
「市場をコントロール」おごった食べログ 業者の不信、より強く(2022年6月16日付毎日新聞)
食べログ評価、透明化を 独占禁止法違反認定 飲食店「決め方がブラックボックス」(2022年6月17日付毎日新聞)
食べログ訴訟 評価の「ブラックボックス」、司法が一石(2022年6月17日付日本経済新聞)
架空のクレジットカード番号で3万回超にわたって寄付の申請を繰り返したとして、警視庁は、専門学校生の男を偽計業務妨害容疑で逮捕しています。警視庁は、男がクレジットカード情報を自動生成するプログラムを使って申請を繰り返し、実在する情報を見つけて別の目的で使い回そうとしていたとみています。報道によれば、男は2021年8月20~23日、NHK厚生文化事業団がHPで受け付ける高齢者や障害者支援の寄付フォームで、架空の「齊藤圭人」名義を使い、クレジットカード決済で1,000円を寄付するとの申請を34,541回行い、事業団の業務を妨害した疑いがもたれています。申請に使われたカード情報はすべて実在せず、実際に寄付は成立しなかったということです。サイバー犯罪対策課は、男が自主製作したプログラムを使い、クレジットカードの番号、有効期限、セキュリティーコードを自動生成していたとみています。大量の申請の確認作業などにより、寄付フォームは約2カ月半運用停止になったうえ、実在しないカード番号での申請でもカードの決済代行業者への手数料が1件あたり15円かかるといい、事業団に約57万円の負担が生じたといいます。事業団からの被害相談を受けて捜査を始めた同課が申請に使われたIPアドレスをたどると、男が住むマンション自室の近隣3室のWiFiが使われた形跡があり、いずれも男のPCからアクセスされていたことが判明、男がこれらのWiFiのパスワードを、解析ツールを使って把握し、寄付申請の発信元を偽装しようとしたとみているということです。クレジットカードの仕組みやWiFiを悪用、架空名義人やパスワード解析ツールなどを駆使した手口であり、多くの犯罪インフラを組み合わせたものといえます。また、認証の仕組みを欺くという点で似たような手口として、SMS認証と呼ばれる本人確認手続きを不正に代行したとして、警視庁は、神戸市の無職の男を私電磁的記録不正作出・同供用容疑で逮捕しています。報道によれば、2021年7~9月に140回の代行を行い、計約14万円を得たとみられています。逮捕容疑は、2021年9月、埼玉県の40代の女から依頼を受け、東京都美術館で開かれるゴッホ展のチケット販売サイトの利用登録に伴うSMS認証を6回代行した疑いです。女は人気のチケットを獲得するため男に認証代行を依頼し、他人の電話番号で6アカウントを作成し、購入を申し込んでおり、警視庁は女についても同容疑で書類送検しています。
クレジットカード情報を扱うのに必要なセキュリティ対策をとっていなかったとして、経済産業省は、決済代行業のメタップスペイメントに割賦販売法に基づく業務改善命令を出しています。同社は2022年1月にサイバー攻撃の被害が発覚し、約46万件のカード情報が流出した可能性があるとされます。こうした「被害業者」への行政処分は異例だといえます。ネット通販の普及などでクレジットカードの不正利用被害は増加傾向にあります(日本クレジット協会によると、2021年の被害額は約330億円にのぼるといいます。さらに今年、ロシアがウクライナ侵攻を始めた2月以降は、日本企業のサイバー被害が相次いでいます)。業界に対策強化を促すねらいがあると考えられます。同省によれば、同社のセキュリティ対策がカード情報を扱う事業者が基本的に求められる国際基準を満たしておらず、被害の要因になったこと、担当役員が、システム診断ツールで「脆弱性が高い」との結果が複数出たにもかかわらず、民間の監査機関への報告書を改ざんし、問題がないように見せかけて経営陣に報告するなど、対策を適切に講じていれば不正アクセスを防げた可能性があると指摘したほか、対応も悪質だとしています。
自治体の情報セキュリティ態勢の不備が情報漏えいをもたらした事例が、最近数多く発生しています。兵庫県尼崎市の全市民の個人情報が入ったUSBメモリーが一時紛失した問題は社会的に大きな関心を集めました。USBを持ったまま泥酔するという個人的な問題もさることながら、そもそもの情報管理態勢の杜撰さには呆れるばかりです。問題発覚後、市には苦情や問い合わせが33,000件以上寄せられているといいますが、市民の怒りも当然かと思います。また、情報システム会社「BIPROGY」(旧日本ユニシス)が市の住民情報を管理するシステムを開発し、30年以上関連業務を受託しており、特定業者によるIT業務の囲い込みは「ベンダー・ロックイン」と呼ばれ、発注側のチェックの甘さにつながると指摘されていたところ、正にその懸念が現実のものとなった形です。また、個人情報を持ち出したのは、市のコールセンターで住民の問い合わせ対応に使うためで、市は、持ち出し自体は許可していたものの、日時や方法、持ち出す情報の中身を確認せず、BIPROGY社が業務を再委託や再々委託していたことも把握していなかったとされます。なお、市は約5年前から同社への業務集中を解消するため、他社への切り替えを進めていましたが、住民情報などを扱う基盤システムに関する業務は「他社では困難」として、同社が担い続けているといいます(正にベンダー・ロックイン状態です)。また、USBを紛失した再々委託先の社員は約20年にわたって市のシステムに携わっていた一方で、市の担当者は数年ごとに異動するため、社員から仕事を教わることもあったといいます。さらに、社員は住民情報を管理するシステムのIDやパスワードも付与され、データを取り出せる立場だったといいます(にもかかわらず、BIPROGY社の社員ではないことさえ把握できていなかったという点が大きな問題です。なお、BIPROGY社はこの社員を自社の社員だとして市に届け出ており、市も同社の社員だと認識していたとされます)。それ以外にも、紛失したUSBに個人情報を移して持ち出す際も、市の担当者は立ち会っていなかったこと、BIPROGY社は誓約書で、市の許可なくデータを複製しないと明記、移し終えたデータは消去すると定めていましたが、それが守られていなかったこと、そもそも男性が持ち出しに許可が必要なことを知らなかった(!)こと、男性は市との会議で「データを更新する」と説明したものの、「USBメモリーを使う」とは説明していなかったこと、市はデータの運搬方法を確認していなかったことなど、多くの杜撰な管理実態が明らかになっており、これだけの脆弱性があれば、起こるべくして起きたものと評価できると思います。20年以上たっても、自治体が委託先を監督するという基本中の基本ができておらず、法令があっても守られなければ意味がないことを認識させられます。また、USBメモリーの紛失はなかなかなくならず、人の努力には限界があり、ミスを回避する運用・技術上の工夫が必要であることを痛感させられます。なお、報道によれば、大阪市も業務の一部を外部委託し、全市民の個人情報を業者に提供しているものの、データの移行作業などは市の職員が担当し、移行後は業者のネットワークシステムを使って外部からアクセスできるため、業者が市役所に足を運ぶ必要がなく、リスク管理のため、USBメモリーを使ったデータ移行はしていないとして、「尼崎市のようにデータをUSBメモリーで外部に持ち出すことは考えられない」といいます。
自治体における事例としては、勤務先の町役場のサーバーコンピューターに不正接続し、自身の年次有給休暇の記録を削除するなどしたとして、福岡県警が、同県小竹町職員の女を不正アクセス禁止法違反と公電磁的記録不正作出・同供用の疑いで逮捕したというものもありました。報道によれば、女は2020年5月~2021年4月、他の職員のIDとパスワードを使って町役場のサーバーに計637回にわたって不正接続、2021年11月17日と2022年3月31日、削除権限がないにもかかわらず、サーバー内に記録されていた自身の年次有給休暇3日分の記録を削除した疑いがもたれているということです。県警は、翌年に繰り越す年次有給休暇の日数を増やしたり、他の職員のメールの内容をのぞき見したりするために、不正接続を繰り返したとみているといいます。町はIDに職員番号、パスワード(初期設定)に職員の誕生日を使用しており、職員にパスワードの変更を勧めていたものの、容疑者は変更していなかった職員のパスワードを使用していたとされます。このような状況に加え、不正アクセスを許した脆弱性、データの削除・書き換えまでできる権限設定の脆弱性、そもそも1年にわたった不正行為を把握できなかったモニタリングの脆弱性などが指摘できると思います。
昨今、サイバー攻撃が激増しています。攻撃する側の手口の巧妙化・高度化が顕著であり、金銭的要求など悪質化も進んでいるのに対し。攻撃される側(企業や団体)の情報セキュリティ態勢が脆弱なままと、圧倒的に攻撃する側が有利な状況にあります(そもそも外部からの攻撃リスクにおいては、情報の非対称性などから攻撃する側が優位にあります)。最近のそうした攻撃の手口や対策の脆弱性に関する実態や、ランサムウエア攻撃への対応の実態などの報道が相次いでいます。いずれも参考になるものばかりですので、以下、紹介します。
供給網にサイバー攻撃、企業の4割が経験 人材不足も(2022年6月30日付日本経済新聞)
旧式サイバー防御、穴だらけ「安全」すぐ時代遅れに(2022年6月26日付日本経済新聞)
トヨタ工場の停止、ハッカー集団「ロビンフッド」関与…未確認ウイルスのため即復旧を断念(2022年6月14日付読売新聞)
日本襲うランサムウエア 「言葉の壁」崩れ危機感低く(2022年6月24日付日本経済新聞)
「身代金の支払い代行はできますか」「実はやってます」…万策尽き要求額支払う(2022年6月15日付読売新聞)
ランサムウエア被害急増、平均1億円超 米社調べ(2022年6月13日付日本経済新聞)
ランサム攻撃、身代金支払企業の8割が再被害 米社調査(2022年6月13日付日本経済新聞)
医療界がサイバー攻撃対策で新組織 厚労省と協力、年内にも(2022年6月26日付産経新聞)
サイバー防護、重要インフラ企業の責任指摘 新行動計画(2022年6月17日付日本経済新聞)
海外拠点 格好の標的…低い保安意識 対策業者任せ(2022年6月18日付読売新聞)
「防げぬ」サイバー攻撃2.7倍 修正ソフトない欠点突く(2022年6月22日付日本経済新聞)
その他、サイバーセキュリティやSNS、AI倫理等を巡る国内外の報道から、いくつか紹介します。
- 中国発の動画投稿アプリ「TikTok」の周CEOは、米上院議員あての書簡で、一部の中国の従業員による米国の利用者データへのアクセスが可能だと明らかにしています。中国政府へのデータの提供は「求められてもしない」と否定したうえで、米国の利用者のデータ保護を強化していると強調しています。報道によれば、米ネットメディア「バズフィード」は6月、TikTokの中国の親会社バイトダンスの従業員が、米国の利用者の機微情報に何度もアクセスしていたと報じています。この報道を受け、上院議員ら9人がティックトック側に質問状を送っていたものです。周氏は議員あての書簡で、中国の従業員による米国の利用者データへのアクセスを認めつつ、強固なセキュリティ対策やデータの重要度による社内の承認を経ておこなっていると主張、世界でサービスを展開するため、中国の従業員が、公開された動画やコメントなど一部の米国の利用者データに引き続きアクセスできると説明しています(バズフィードの報道については「不正確な主張を含んでいる」と反論しています)。中国政府に米国の利用者データを提供したことがあるかとの問いには、「そのようなデータを求められたことはない。米国の利用者データを中国政府に提供したことはなく、求められてもしない」と明確に否定しています。周氏は、米国の利用者データを保護するため、「テキサス計画」という取り組みを進めていると指摘、米国の利用者データはすべて米オラクルの施設で管理し、自社のデータセンターで持つデータは削除する方針を改めて示しています。関連して、米連邦通信委員会(FCC)のカー委員が米IT大手アップルとグーグルに対して、自社のアプリストアから中国系動画投稿アプリ「TikTok」を削除するよう要請しています。報道によれば、削除に応じない場合は理由を7月8日までに説明するよう求めているといい、両社の経営トップ宛てに要請書を送付し、公開されました。中国が自国IT企業への規制を強める中、米国ではテTikTokなどを通じた個人情報の中国当局への流出が懸念されているところ、同委員は「TikTokは北京で機密データを大量に取得している」などと指摘、厳しい中国対策が必要だとの見解を示しています。TikTokを巡っては、トランプ前政権が米国事業を売却するよう圧力をかけていたところ。バイデン政権は棚上げしたものの、TikTok側は6月、米国のデータの管理を米ソフトウエア大手オラクルに移すと発表しています。
- 中国のサイバースペース規制当局である国家インターネット情報弁公室(CAC)は、インターネット上の投稿・コメントサービスに対する規制強化案を示しています。各プラットフォームに対し、ソーシャルメディアの公開アカウント保有者とユーザーの行動を一段と積極的に監視するよう求めています。ロイターの報道によれば、各プラットフォームは「違法または悪いコンテンツ」を広める公開アカウントの保有者に対し、警告を発したり投稿を削除したりするなどの措置を取ることを検討するとともに、そうした事案を規制当局に適時報告すべきとしたほか、コメントを残すユーザーに対しても、同様の扱いをする必要があるとしています。中国で公開アカウントとは、一般向けにコンテンツを公表し広めるためのソーシャルメディアアカウントを指し、個人でも企業でも開設することができます。
- 米の州レベルでは、子どもの安全から政治的偏向に至るさまざまな問題に関して、ソーシャルメディアの規制を目的とした取り組みが次々に行われていますが、一方で、政治家や活動家の間では、巨大IT企業、いわゆる「ビッグテック」の力を制限するための連邦レベルでの取り組みは頓挫しているという指摘もあるようです。データに対する権利や言論の自由の問題から、ユーザーの精神衛生に与える影響、ネットを介したヘイトスピーチやデマの拡散の懸念に至るまで、ソーシャルメディアの影響力を巡る議論は盛んになっており、さまざまな法案が提出されているものの、実際に法律として成立したものはないのが現状です。米政府はどの程度言論やビジネスを規制すべきなのか―白熱する議論に各州も参加しつつ、独自の行動を次々に起こして対応しています。最も激しい議論になっているテーマの1つが、言論の自由で、結果的に火種となったのは、ツイッターとフェイスブックによるドナルド・トランプ前大統領のアカウント停止措置だったようです。また、連邦最高裁判所は5月、ソーシャルメディア企業がユーザーの「視点」を理由にアカウントを停止・検閲することを禁じる趣旨のテキサス州法に対し、施行の一時差し止めを決定、下級裁判所も、フロリダ州における類似の法律の規定を停止させています。今は規制の方向性は混とんとしていますが、今後の米の動向に注視していく必要があります。
- 一方、EUは米巨大IT企業に対する監視を強めており、3月に「デジタル市場法(DMA)」、4月に「デジタルサービス法(DSA)」と新法案の制定で相次ぎ合意しています。企業の競争促進や消費者保護の観点から枠組みづくりを急ぐ一方、IT企業側は巨額の制裁金を科される可能性があり、EUや各国当局との綱引きが激しくなっています。本コラムでも以前取り上げましたが、DMAは、独占禁止法にあたる競争法の観点から、市場の寡占を防ぐもので、時価総額750億ユーロ(約10兆円)以上もしくはEU内の売上高が年75億ユーロ以上で、月間利用者4,500万人以上の企業を「ゲートキーパー」と位置づけ、特に厳しい規制対象とするものですが、事実上、GAFAなど米IT大手に対象を絞った法律です。一方のDSAは、消費者保護の観点から、SNSや電子商取引(EC)サイトを対象に、ヘイトスピーチや児童ポルノ、海賊版の販売といった違法コンテンツや商品について、削除を含む対応を義務付けるものです。広告分野では、宗教や出自、性的嗜好をもとにしたターゲティング広告も禁止するといいます。ウェブサイトの表記やデザインによって、消費者を不利な決定に誘導する「ダークパターン」を禁じ、サービスの解約も加入と同様の簡単な操作でできるよう求めています。なお、違反した場合は世界の売上高の最大6%の罰金を科される可能性があるといいます。日本でもIT大手を対象にしたデジタルプラットフォーム取引透明化法の運用が2021年に始まり、公正取引委員会はアップル、グーグルのスマホの基本ソフト(OS)を巡る取引の実態調査を進めるとしています。直近では、利用者の情報を外部提供する際に通知や公表を義務付ける改正電気通信事業法も国会で成立しています。
- EUの行政を担う欧州委員会は16日、米グーグルやメタら33のIT大手企業などが、偽情報の流通防止へ対策を強めることで合意したと発表しています。人工知能(AI)を用いて作られる「ディープフェイク」や偽アカウントも規制対象とし、情報の真偽を調べる「ファクトチェック」がEU内の全言語で出来るようにするもので、ティックトック、ツイッター、マイクロソフト、ファクトチェックや広告関連の団体などが参画する「偽情報に対する行動規範」の内容を強化しています。コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻を背景に、政治的意図や詐取を目的とした偽情報がネット上を流通しないようにするとし、具体的には、偽情報の発信者に広告収入が入らないようにしたり、巨大プラットフォーム事業者がもつデータに研究者らが容易にアクセスできるようにしたりすることで、偽情報の拡散防止につなげ、企業には一連の対策への取り組みが求められることになります。違法コンテンツ排除などを進めるEUの「デジタルサービス法(DSA)」とも連動し、規範の逸脱が続く場合には巨額の制裁金が科される可能性があるといいます。EUは、コロナ禍での偽情報やロシアのウクライナへの軍事侵攻での情報戦に神経をとがらせており、ブルトン欧州委((域内市場担当)は「偽情報はデジタル空間への侵略で、暮らしへの影響が大きい」と指摘し、プラットフォーム事業者に規範の順守を求めています。
- ヤフーやLINEを傘下に持つZHDは人工知能(AI)の活用に関する基本方針を策定しています。AIは労働力不足の解消や社会の利便性の向上に貢献する半面、差別的な評価や人権を侵害する可能性についても指摘されているところ、AIによるイノベーションを目指しつつ、基本方針をもとに負の側面を抑止する狙いがあります。ZHDでは、2021年6月に「AI倫理に関する有識者会議」を設置し、5回の会議を経て「AI倫理基本方針」を策定したということです。同方針は以下のとおりです。
▼Zホールディングスグループ AI倫理基本方針
(前文)
Zホールディングスグループは、日本・アジアから世界をリードするAIテックカンパニーとして、AIの活用によってすべての人々に新たな価値と無限の可能性を与え、人類が未来に向けてより良い社会を実現する世界を目指します。一方でAIが人々や社会に負のインパクトを与え得ることを認識しています。私たちは、ユーザーのプライバシーを尊重しながらAIを安全に活用し、経済問題、教育問題、環境問題などの社会課題を解決する持続可能な社会と、新たな価値やつながりから生まれる情報の多様性を活用することによって、一人ひとりが多様な幸せを得られる社会の実現に貢献します。
私たちは、社会や経済に対しての責任を意識し、国際的な人権規範およびZホールディングスグループ行動規範、人権に関する基本方針に従い、多様性の尊重のもと、不当な差別を許容せず、生命の安全や表現・言論の自由を尊重します。その上で、人々が等しくAIによる恩恵を受け、AIの活用により社会に新たな価値と進化を提供し、より良い未来を創造していくことに責任を持ちます。私たちは、お客様や社会に対して、ここに基本方針を宣言します。
- 情報の多様性から生まれるより良い未来の創造と人類への貢献
- Zホールディングスグループは、社会が多様な価値観、多様な考え方で構成されていることを理解しています。AIは人類に新たな多様性をもたらし、異なる価値観や考え方、情報の交差と尊重を促し、社会のイノベーションを加速させると考えます。私たちはAIを健全な社会の発展とより良い未来の創造、そして人類への貢献のために活用します。
- 平和で持続可能な社会の実現
- Zホールディングスグループは、国際的な人権規範およびZホールディングスグループ行動規範、人権に関する基本方針に従い、AIの恩恵を受ける権利がすべての人々に平等にあることを認識し、社会課題が解決できる持続可能な社会の実現や、世界平和のためにAIを活用します。私たちは、AIによって社会の生産性を高め、社会経済の活性化に貢献します。また、AIの活用により人々の学習と成長のスピードを高めるとともに、Zホールディングス環境基本方針にのっとり未来世代に向けた地球環境保全への取り組みを実践します。
- ガバナンスコントロール
- Zホールディングスは、AI倫理基本方針がZホールディングスグループとして実効的な取り組 みとなるよう、ガバナンスコントロールに責任を持ちます。万が一、社会やユーザーに不利益を与えるなどの事象が発生した場合には、その事実を速やかに開示するとともに、発生原因の解明に努め、適切な安全管理措置と広範な再発防止策を講じます。
- 公平性と公正性の追求
- Zホールディングスグループは、AIの開発や利用に際して、ユーザーのプライバシーを尊重し多様性を重視しながら、特定の属性や個人に不当な差別が起こらないよう公平性の確保に努めます。また、AIを利用した結果に不適切なバイアスがかからないよう、データ、アルゴリズム、アウトプットなどに対して適切に検証しAIの公正性を追求します。
- 透明性と説明可能性の追求
- Zホールディングスグループは、AIによる判断根拠について透明性が求められていることを認識し、説明可能性を追求します。AIに対する懸念を最小化するべく、社会から理解と納得を得るコミュニケーションの実現に努めます。
- 安全性とセキュリティの確保
- Zホールディングスグループは、AIを活用する上で、安全性とセキュリティの確保を前提とし、AIの利用用途に応じたリスクの評価と、リスクに応じた対策をZホールディングスサイバーセキュリティ基本方針にのっとり実施します。
- プライバシーの保護
- Z ホールディングスグループは、AIが取り扱うユーザーデータについて、高い次元のプライバシー保護が必要であると考えます。AIの開発や利用に際して、プライバシーの侵害を起こさないよう十分留意し、Zホールディングスデータプロテクション基本方針(※5)を遵守し、ユーザーの信頼を構築していきます。
- AI人材の育成
- Zホールディングスグループは、さらなるAIの発展のために、多様な職種においてAI人材の育成に取り組み、学術・学際領域で議論をリードし産学官の枠を超え新たな価値創出をできる人材を輩出し、AIによる社会発展に貢献します。
本基本方針は、AI技術や社会の考え方が時代とともに変化することを念頭に置き、適切な内容に見直していきます。
- AI倫理に関連して、本コラムでもたびたび取り上げていますが、無人機の究極の姿に人間がまったくかかわらない自律型致死兵器システム(LAWS)の問題も喫緊の課題だといえます。専守防衛を掲げる日本はAIの制御がきかなくなる事態を懸念し、自らは開発せず、国際ルールの整備を主張するものの、ウクライナを巡る世界の分断が停滞を招く恐れがあります。3月の特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)、政府専門家会合(GGE)では、各国が銃や核兵器に次ぐ「第3の革命」ともいわれるLAWSの規制を検討しましたが、新しく作るルールがすぐに破られると確信したら、そこに意味があるのかという、合意形成への難しさに直面したといいます。LAWSはAIを活用して人の判断を介さずに標的の探索から攻撃までを実行できる「完全自律型」の兵器を指し、2014年以降に各国は規制の協議を続けていますが、米国やロシア、中国といった軍事大国はLAWSなど無人兵器の開発に積極的な立場をとっています。GGEは2019年、LAWSに国際人道法を適用して「兵器使用の責任は人間にある」といった指針を示したものの、米中ロの影響で法的拘束力のある規制は見送りとなった経緯があります。規制が定まらなくてもLAWSに近づく技術革新は進んでおり、2020年のリビア内戦ですでにLAWSが実戦で使われた疑いがもたれています。ウクライナはAIの性能を向上させる格好の舞台となり、差は広がるばかりの状況で、専門家らは「無人機が誤って民間人を攻撃したらどうするか。制御する能力とともに、倫理や法律などの面でどう整理するかが明確とは言えない」と述べています。「安全保障環境の急速な変化の前に立ちすくんでいるままでは日本の針路は見えてこない」との厳しい見方も出ています。
- 別人になりすましたインターネット上の偽動画が、国内外で問題になっています。人工知能(AI)の「深層学習(ディープラーニング)」という手法で作られることが多く、「ディープフェイク」と呼ばれますが、その一方、それを見破ることが期待されるのもAIです。ますます精緻になる偽動画をいかに「偽物」と判定するか、技術の攻防が繰り広げられる中、東京大の研究チームが開発した新技術が注目されているといいます。2022年7月6日付毎日新聞の記事「ディープフェイク見破れ 東大開発で脚光 「合成の跡」の見つけ方」から、以下、抜粋して引用します。
- 個人によって異なる身体的特徴を使って本人を確認する生体認証は、盗まれる可能性があるパスワードや暗証番号の入力に比べて安全かつ簡便な方法として普及が進んでいます。直近で、東京大とパナソニックインダストリーなどの研究チームは、偽造やなりすましが難しく、安全性が高い仕組みの開発に成功したということです。「人間が口から体外にはき出す呼気」を活用するものだといいます。これまで身体のさまざまな部分の特徴の情報に基づいて認証する技術が次々に開発されてきたところ、いずれも「物理情報」を使っている点が共通しています。例えば、指紋や掌紋、顔、目(虹彩や網膜)、指静脈、声紋などで、これらの生体情報のデータを事前に登録しておき、認証時に照合する仕組みでしだが、事故などでケガをして、形が変わってしまえば認証することができなくなる、指紋は年を取ると摩耗してしまうといった問題がありました。一方、体から出るガスに含まれる分子の種類や割合を読み取れば、こうした問題を克服できると考えられており、ガスはいったん認証に使うと飛んでいってしまうので、他人が長期になりすませないという利点もあるといいます。
(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向
安倍晋三元首相が白昼、群衆の前で銃で撃たれて亡くなるという凶行にインターネット上でも衝撃が広がりました。事件現場で撮影したと思われる映像や写真付き投稿がSNSで大量に拡散、事件直後「安倍」を含むツイッター投稿数は約300倍となり、死亡が伝わった後再び増加に転じました。デマとみられる投稿もあり、「社会の分断をあおる」危険性が指摘されています。残念ながら、ネット上には不正確な情報も多数流れ、「出血量が少ないので自作自演」といった投稿がツイッター上で拡散されたほか、研究者や弁護士がつくる人権団体「外国人人権法連絡会」は午後2時ごろ「犯人が朝鮮人・中国人であるとの差別デマ/ヘイトスピーチが出回っており、非難声明を出す」との投稿などが見られたほか、ツイッターでは事件発生後、「銃撃した男の背後には在日、中露北韓など外国勢力がいて、犯人に指図していたはず」、「安倍さん撃った犯人は中露に雇われたやつ・帰化人・在日」などの投稿が飛び交いました。それに対し、ヘイトスピーチに詳しい弁護士は「国は差別や暴力をあおるヘイトデマは許さないというメッセージを出すべきだ」、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんはツイッターで「犯人の出自、属性に関する臆測が飛び交っている事態に危機感を抱きます。書き込んだり、拡散したりする前に、『再考』を。それが、暴力の連鎖を止める一歩です」と投稿、差別問題に詳しい師岡康子弁護士(東京弁護士会)は「相模原殺傷事件の時にも犯人が在日だというデマが流れた。一度投稿されるとデマはなかなか消えない。今回の事件でも、『朝鮮人に仕返ししよう』などという書き込みがされており、偏見に基づくデマが広まると、『事件への報復』としてヘイトクライム(差別的動機に基づく犯罪)が起こる危険性は十分にある」と指摘します(いずれも、2022年7月8日付毎日新聞)。また、2022年7月8日付日本経済新聞で、法政大学の藤代裕之教授は「スマホとSNSの普及で、事件現場から生々しい映像が即座に拡散することは避けられない」と指摘したほか、「人は不安になるほど伝えたい思いが先行し『いいね』や拡散をしやすい。内容も年々過激化しており、社会の分断を助長しかねない」と警鐘をならしています。また、東京工業大の西田亮介准教授はSNSについて、「多角的な情報が得られるメリットもあるが、真偽不明の情報が瞬時に広がるリスクもある」と指摘したほか、「犯罪を(過剰に盛り上げる)『劇場型』にしてしまう負の側面もある」と述べています。こうした状況に対し、法務省は、SNS上に不正確な情報を広めないよう注意喚起しました。同省は事件の起きた7月8日午後、ツイッターやLINEなどで「真偽の分からない情報や、いたずらに不安をあおる情報に惑わされることなく、冷静にSNSを利用しましょう」と投稿、同省担当者は「真偽不明の個人情報が出回ると、無関係な人への人権侵害につながる」と狙いを説明しています。また、ヤフーも事件に関する一部記事のコメント欄を表示できないようにし、「誹謗中傷などの違反コメントが社内の基準を超えたため」と理由を説明しています。
総務省の有識者会議「プラットフォームサービスに関する研究会」は、インターネット上の誹謗中傷や偽情報といった違法・有害情報への対策に関する報告書案を公表しています。検索やSNSのプラットフォーム事業者に対し、有害情報に対応する情報開示を求める枠組みが必要だとする意見を盛り込んでいます。有識者会議はこれまで、有害情報の投稿や削除の対応について、事業者を対象に調査を行っており、報告書案では、事業者の情報開示について、グーグル、メタ、ツイッターの3社は対応部署に関する情報などを開示せず、「透明性・アカウンタビリティ(説明責任)の確保が十分とはいえない」と指摘、違法有害な投稿を削除する体制の確保や、なぜ削除したのかといった透明性の確保に向けて、総務省に対し、事業者に有害情報の対応に関する情報開示を促すため、法的な枠組みも含む具体的な検討を行うよう求めています。一方で、「行政は、表現の自由や検閲の禁止といった規定に十分留意する必要がある」とも指摘、事業者に有害情報の削除義務を課したり、削除しなかった場合に罰則を設けたりするといった法的な対応を取ることは、極めて慎重な検討が必要との考えも示しています。今後の法的枠組みの導入にあたっては、会議の有識者から「各国共同で投稿の削除基準などのルールを作る必要があるのではないか。また、例えばツイッターでアカウントが凍結されたときに、その理由を開示させるようにすべきだ」といった意見が出されています。報道によれば、総務省が運営する「違法・有害情報相談センター」が受け付けた誹謗中傷などの相談件数は、2021年度に約6,300件となり、10年間で4倍に増えています。事業者別では、米ツイッターが約800件で最も多く、検索や動画投稿サイト「ユーチューブ」を運営する米グーグルや、「フェイスブック」を手がける米メタが続いています。また、偽情報については、基本的にPF事業者の自主的な取り組みや、対応状況に関する報告を求め、総務省が継続的にモニタリングを実施するべきだとしたほか、偽情報は誹謗中傷以上に線引きが難しいため、削除義務などは、いっそう慎重な検討が必要と指摘しています。(犯罪インフラの項でも取り上げましたが)EUでは、今年4月に合意したデジタルサービス法で、児童ポルノや差別的な投稿について、利用者からの通報があれば速やかに削除するなど、PF(プラットフォーム)事業者の責任を明記、米国でも、利用者の投稿の内容について、ネット企業が責任を負わないと定める「通信品位法230条」の改正を求める動きがあります。一方、フランスでは、2020年に可決されたヘイトスピーチ対策のための「ヘイトコンテンツ対策法」が、投稿などの過剰削除につながる可能性があるとして、多くの条項が違憲とされ、施行前に修正されており、各国での議論でも、表現の自由とのバランスをいかに取るかが、課題となっています。
▼総務省 プラットフォームサービスに関する研究会(第38回)配付資料
▼資料1 プラットフォームサービスに関する研究会 第二次とりまとめ(案)
- 昨今、特定の個人に対して多くの誹謗中傷の書き込みが行われるいわゆる「炎上」事案や、震災や新型コロナウイルス感染症などの社会不安に起因する誹謗中傷が行われるなど、特にSNS上での誹謗中傷等の深刻化が問題となっていることを踏まえ、本研究会において、2020年7月にプラットフォーム事業者から誹謗中傷への対策状況についてヒアリングを行い、2020年8月に「緊急提言」を公表した。その後、「緊急提言」を受けて、総務省において2020年9月に「政策パッケージ」を策定・公表し、産学官民による連携のもとで、取組を進めてきた。
- また、インターネット上の誹謗中傷への対策について、プラットフォーム事業者の取組が十分か、また、その透明性・アカウンタビリティが十分果たされているかを検証するために、2021年に本研究会において、日本国内でサービスを展開するプラットフォーム事業者に対してモニタリングを実施した。その結果を踏まえ、2021年9月に「中間とりまとめ」を公表し、個別の投稿の削除を義務づけることには極めて慎重であるべきとする一方、我が国における透明性・アカウンタビリティ確保が実質的に図られない場合には、透明性・アカウンタビリティの確保方策に関する行動規範の策定及び遵守の求めや法的枠組みの導入等の行政からの一定の関与について、具体的に検討を行うことが必要ととりまとめた。
- インターネット上の誹謗中傷対策を進めていく前提として、我が国におけるインターネット上の誹謗中傷の実態を適切に把握することが必要である。
- 総務省が運営を委託している違法・有害情報相談センターで受け付けている相談件数は高止まり傾向にあり、令和3年度の相談件数は、受付を開始した平成22年度の相談件数の約5倍に増加している。令和3年度の相談件数は例年より増加し、6,000件を上回った。令和3年度において相談件数が多い事業者/サービス上位5者は、Twitter、Google、Meta、5ちゃんねる、LINEであった。
- 法務省が相談等を通じて調査救済手続を開始したインターネット上の人権侵害情報に関する人権侵犯事件は、引き続き高水準で推移している。
- 法務省は、インターネット上の人権侵害情報について、法務省の人権擁護機関による削除要請件数と削除対応率のサイト別の数値を2022年に初めて公表した。2019年1月~2021年10月の期間内に、人権侵犯事件として処理されたのは5,136件であり、そのうち、法務局において、当該情報の違法性を判断した上で、実際に削除要請を実施した件数の合計は1,173件、削除対応率は69.74%。さらに、投稿の類型別(私事性的画像情報、プライバシー侵害、名誉毀損、識別情報の摘示)の削除要請件数及び削除対応率についても公表した。一般社団法人セーファーインターネット協会(以下「SIA」という。)が運営する誹謗中傷ホットラインについては、2021年1月1日から12月31日までの受領件数が2,859件(1,516名)であった。また、サイトの属性別には、SNSが最多の28%であり、次いで、匿名掲示板が19%、地域掲示板が7%であった。
- また、三菱総合研究所が総務省の委託を受けて実施したSNS等ユーザーを対象としたアンケート調査結果では、「他人を傷つけるような投稿(誹謗中傷)」について、約半数(50.1%)が目撃しており、投稿を目撃したサービスとしては、Twitter(52.6%)が最も多く、匿名掲示板(39.7%)、Yahoo!コメント(32.0%)3、YouTube(28.2%)がこれに続いている。また、過去1年間にSNS等を利用した人の1割弱(8.9%)が「他人を傷つけるような投稿(誹謗中傷)」の被害に遭っており、年代別にみると20代で最も多く(16.4%)、10代及び30代がともに1割強でこれに次ぐ。40代以上は相対的に少なかった。
- 有識者の分析結果によると、2020年4月のネット炎上件数は前年同月比で3.4倍であり、2020年1年間の炎上件数は1,415件となっている。
- インターネットのような能動的な言論空間では、極端な意見を持つ人の方が多く発信する傾向がみられる。過去1年以内に炎上に参加した人は、約0.5%であり、1件当たりで推計すると0.0015%(7万人に1人)となっている。書き込む人も、ほとんどの人は炎上1件に1~3回しか書き込まないが、中には50回以上書き込む人もいるなど、ごく少数のさらにごく一部がネット世論を作る傾向がみられるとの指摘がある。また、炎上参加者の肩書き分布に特別な傾向は見られない。書き込む動機は「正義感」(どの炎上でも60~70%程度)となっている。社会的正義ではなく、各々が持っている価値観での正義感で人を裁いており、多くの人は「誹謗中傷を書いている」と気付いていないという分析結果が挙げられた。
- 法務省は、インターネット上の人権侵害情報について、法務省の人権擁護機関による削除要請件数と削除対応率のサイト別の数値を2022年に初めて公表した。2019年1月~2021年10月の期間内に、人権侵犯事件として処理されたのが5,136件。そのうち、法務局において、当該情報の違法性を判断した上で、実際に削除要請を実施した件数の合計は1,173件、削除対応率は69.74%。さらに、投稿の類型別(私事性的画像情報、プライバシー侵害、名誉毀損、識別情報の摘示)の削除要請件数及び削除対応率についても公表を行った。
- また、法務省人権擁護局は、公益社団法人商事法務研究会が主催し、2021年4月から開催されている「インターネット上の誹謗中傷をめぐる法的問題に関する有識者検討会」に参加し、削除要請に関する違法性の判断基準や判断方法等の議論に積極的に関与している。議論の結果は、2022年5月に公表された。なお、同有識者検討会には、総務省もオブザーバとして参加している。
- 民間における取組としては、SIAは、2020年6月より、「誹謗中傷ホットライン」の運用を開始した。インターネット上で誹謗中傷に晒されている被害者9からの連絡を受け、コンテンツ提供事業者に、各社の利用規約に基づく削除等の対応を促す通知を行っている。
- 2021年の受領件数は2,859件であり、そのうち、ガイドラインに基づき削除通知対象となる「特定誹謗中傷情報」に該当するものが796件(27.8%)、非該当が2,063件(72.2%)10であった。293件で対象となる1,414URLに対して削除等の対応を促す通知を行い、一週間後に削除確認されたものが1,046URL(削除率74%)であった。
- 誹謗中傷等違法・有害情報への対応に関しては、国際的な対話が深められることも重要である。この点、総務省では、誹謗中傷を始めとしたインターネット上の違法・有害情報対策に関する国際的な制度枠組みや対応状況を注視し、対応方針について国際的な調和(ハーモナイゼーション)を図るための取組を実施している。
侮辱罪を厳罰化する改正刑法が7月7日に施行されました。改正前の法定刑は「拘留(30日未満)か科料(1万円未満)」のみで、刑法の罪の中で最も軽かったところ、改正法は同罪の法定刑に「1年以下の懲役もしくは禁錮」と「30万円以下の罰金」を加えています。これに伴って、公訴時効も現在の1年から3年に延び、悪質な事案を刑事事件化できる期間が長くなりました。構成要件は従来と変わらず「公然と人をおとしめる行為」に適用され、一般的に不特定または多数の人が認識できる状態で、「バカ」「死ね」などと他人に対する軽蔑の表示をする行為が処罰対象とされます。SNSなどを通じた人権侵害事案は近年、深刻化しており、プライバシー侵害や名誉毀損などにあたるとして、法務省が2021年にSNS事業者らに削除要請するなどした「処理件数」は1,588件に上り、10年前の2倍以上となりましたが、投稿者の特定や訴訟に時間がかかることから、泣き寝入りする被害者も少なくないとみられます。今回の改正は、深刻化するネット上の誹謗中傷対策が目的で、法務・検察幹部は「結果の重大性によって判断は異なるが、ネット上での投稿であれば『公然性』が高く、より悪質だと判断される可能性があるだろう」とみているようです。専門家らも「公訴時効の延長により投稿者の特定などの捜査時間が確保され、ネット上の中傷を侮辱罪として摘発する実効性が増す」と評価していますが、一方で、行き過ぎた取り締まりは、憲法が保障する「表現の自由」を損なう恐れがあることから、改正法は付則に施行3年後に運用状況を検証する規定が盛り込まれています。なお、全国の警察が2021年に侮辱容疑で立件したインターネット上の中傷事件は38件に過ぎず、今回の法改正で、一つの障壁になってきた公訴時効が1年から3年に延び、従来より立件できる可能性が高まると期待する声が上がる方で、捜査に不可欠な匿名投稿者情報を有するSNS事業者などが情報開示に消極的という実情があるため、事業者が変わらない限り、法改正の影響は限定的だとの見方もあり、今後の捜査でも事業者の対応が鍵を握ることになりそうです。また、専修大の岡田好史教授(刑法)は厳罰化の効果について、当面は期待できると指摘するものの、「人々の意識に上がらなくなれば、刑罰の威嚇効果は薄れ、抑止力が薄れる可能性がある」と指摘、今後は「規範意識を高めるためには教育が重要だ。現実社会同様にネット上でも誹謗中傷は不法行為になると理解してほしい。また、被害者が気軽に相談できる場所の拡充も必要だ」と述べています。
一方でSNS上の誹謗中傷問題が深刻化する中、課題も多く、例えばプロバイダに投稿者の情報開示を求める訴訟が近年急増し、被害者には訴訟費用などで負担となっていることがあります。木村花さんの母響子さんは、「本当にお金がかかる。若者は泣き寝入りしてしまう。被害を受けたら救済できるようバックアップしてほしい」と、改正刑法が成立した6月の記者会見で訴訟費用の負担について問題提起しています。侮辱罪や名誉毀損罪は親告罪であり、会見に同席した清水洋平弁護士は「警察に受理してもらえるよう発信者情報開示請求を被害者が行って特定する必要がある」と説明しています。また、投稿者情報の開示請求の大半を扱う東京地裁民事9部によると、提訴件数は2017年に403件だったのが、2018年に480件、2019年が592件と増加、2020年は780件、2021年は894件と右肩上がりの状況が続いているといいます。実際、ネット上の住所に当たるIPアドレスの開示請求をサイト管理者に行い、プロバイダにもアクセス記録の保存請求をするなど手続きは煩雑で、訴訟費用は1件当たり約50万~70万円に上る一方、それでも投稿者を必ずしも特定できるわけではないという現状があります。今年10月には投稿者情報の開示手続きを簡略化する改正プロバイダ責任制限法が施行されますが、SNS中傷問題に詳しい佐藤大和弁護士は「開示に非協力的なプロバイダもある」とし、侮辱罪の厳罰化を機に「警察の運用も大切で、迅速に対応してくれるよう警察署の窓口を充実してほしい」と訴えています。さらに、響子さんは「改正法が言葉狩りや言論封じに悪用されてはならない」としつつ「表現の自由は何を言っても許されることではなく、他者の人権に配慮しながら行使されるべきだ。中傷は、表現の自由の中に組み込まれるものではない。SNSは人の心を映す鏡。一人一人のモラルが問われている」、「ネット上の中傷で簡単に人の心は壊れる」と訴えています。また、響子さんは2019年の池袋暴走事故で妻子を亡くし、自身もネット上で中傷された経験がある松永さんらと中傷被害をなくすための活動を始めており、悪質な書き込みを速やかに削除する仕組みづくりや被害者支援の必要性についても強調しています。松永さんも「中傷の大半は『意見のつもりだった』という人が多い。中傷と正当な批判の境目が曖昧で混乱が生まれている」と指摘し「表現の自由を守るためにも(両者を区別する)ガイドラインの作成が急務だ」と述べています。また、誹謗中傷を受けて損害賠償請求訴訟を起こし、勝訴した経験のある女性も「ある日突然、自分が被害者や加害者になる可能性があることを認識していない人が多い。SNSは車や包丁と同じで、使い方次第で危険なものにもなる可能性がある。正しい使い方を学び、利用してほしい」と述べていて、正にそのとおりだと感じます。
松永さんのコメントに関連して、インターネット上の誹謗中傷対策を巡っては、罰則の強化という「抑止」だけでなく、書き込まれたメッセージを速やかに削除するなどの「事後処理」も重要になります。関係機関は海外のSNS事業者に削除を促す取り組みを強化しています。削除要請の手続きを簡素化する改正プロバイダ責任制限法も10月に施行される予定です。被害者からの相談を受けて事業者に悪質投稿の削除を要請している法務省によると、2019年1月~2021年10月に行った削除要請に対する各事業者の対応率は69.74%である一方、海外事業者であるツイッターの対応率は33.72%、のユーチューブは24.42%にとどまっています。海外事業者は投稿者への権利侵害の懸念などから削除の際に法的根拠を細かく求めてくる場合が多く、「国内よりも対応が控えめになりがち」という事情があるようです。こうした状況を受けて、法務省や有識者らでつくる研究会は今年5月、誹謗中傷の違法性を判断する際の法的根拠を解説した報告書を公表しています。
▼「公益社団法人商事法務研究会 「インターネット上の誹謗中傷をめぐる法的問題に関する有識者検討会 取りまとめ」
報告書は冒頭で、「もとよりプロバイダ等においては、インターネット上の表現行為による人権侵害を防ぐべく、アーキテクチャを駆使した対応等、様々な工夫が行われているが、近年問題となった様々な事象や上記の各種相談件数等にも現れているとおり、インターネット上の表現行為による人権侵害が現に生じ続けていることも事実であり、表現の自由やインターネットの有用性を最大限尊重しつつも、救済されるべき者が適切に救済されるよう、問題とされる情報の削除についても、実効的な対応が期待されるところである。また、プロバイダ等に対し、任意の措置ではありながらも、違法性を判断した上で削除を要請してきた法務省の人権擁護機関に対しても、更なる理論の整理・深化や透明性の確保が求められてきたところでもある。この点、法務省の人権擁護機関においては、これまでも判例等を踏まえた違法性の判断等を慎重に行ってきたところと考えられるが、インターネット上の表現行為をめぐる人権侵害に関しては、その特殊性故に、その違法性の判断等についての更なる検討が必要と考えられた問題も少なくない。また、そのような理論的根拠を整理・深化させるとともに、透明性を高めることは、法務省の人権擁護機関等からの削除要請を受けるプロバイダ等においても、削除の当否等を判断するに当たり、非常に有益なものとなると考えられる。…今後、法務省の人権擁護機関やプロバイダ等がインターネット上の誹謗中傷の投稿等の削除に関する業務を行う上では、本取りまとめに沿い、あるいはこれを参考にして取組を進めることで、表現の自由やインターネットの有用性を尊重しつつ、救済されるべき者が適切に救済される運用が更に実効的に行われることを期待したい」と述べられています。座長を務めた東京大学大学院の宍戸常寿教授(憲法学)は「海外事業者に日本での削除要請の法的根拠を理解してもらうことで、要請に対応してもらいやすくなる」と意義を説明しています。一方、ネット上で誹謗中傷を受けた被害者が損害賠償などを請求しようとする場合、投稿者を特定しなくてはならず、現状ではネットの接続事業者(プロバイダ)とSNS事業者の双方に投稿者に関する情報を請求する必要があったところ、今年10月、「改正プロバイダ責任制限法」が施行されることとなり、一度の申し立てで裁判所が投稿者の情報を開示するよう事業者に命令を出せるようになるなど手続きが簡素化され、被害者の負担軽減が期待されるところです。
▼法務省 侮辱罪の法定刑の引上げ Q&A
- 改正の概要・趣旨
- Q1 今回の侮辱罪の法定刑の引上げはどのようなものですか。
- A1 これまで、侮辱罪(刑法231条)の法定刑は、「拘留又は科料」とされてきました。今回の改正で、「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に引き上げられました。改正法は、令和4年7月7日から施行され、その後に行われた行為に適用されることになります(施行の前に行われた行為は、改正される前の法定刑が適用されます。)。
- Q2 侮辱罪とは、どのような罪ですか。
- A2 侮辱罪は、事実を摘示せずに、「公然と人を侮辱した」ことが要件になっています。具体的には、事実を摘示せずに、不特定又は多数の人が認識できる状態で、他人に対する軽蔑の表示を行うと、侮辱罪の要件に当たることになります。
- Q3 「拘留又は科料」とは、具体的にどのような刑罰ですか。
- A3 「拘留」は、1日以上30日未満、刑事施設に拘置する刑です(刑法16条)。「科料」は、1,000円以上1万円未満の金銭を支払う刑です(刑法17条)。これまでの侮辱罪の法定刑は、刑法の罪の中で最も軽いものでした。
- Q4 なぜ、侮辱罪の法定刑が引き上げられたのですか。
- A4 近時、インターネット上で人の名誉を傷つける行為が特に社会問題化していることをきっかけに、非難が高まり、抑止すべきとの国民の意識が高まっています。人の名誉を傷つける行為を処罰する罪としては、侮辱罪(処罰の対象となる行為について、Q2参照)のほかに、名誉毀損罪(刑法230条)があり、この罪は、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した」ことが要件となっています。いずれも、人の社会的名誉を保護するものとされていますが、両罪の間には、事実の摘示を伴うか否かという点で差異があり、人の名誉を傷つける程度が異なると考えられることから、法定刑に差が設けられています。名誉毀損罪の法定刑は「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」とされる一方、侮辱罪の法定刑は「拘留又は科料」とされてきたのです。しかし、近年における侮辱罪の実情などに鑑みると、事実の摘示を伴うか否かによって、これほど大きな法定刑の差を設けておくことはもはや相当ではありません。そこで、侮辱罪について、厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価を示し、これを抑止するとともに、悪質な侮辱行為に厳正に対処するため、名誉毀損罪に準じた法定刑に引き上げることとされたものです。
- Q5 今回の改正によって、侮辱罪の法定刑の上限が懲役1年とされたのはなぜですか。罰金を追加すれば十分ではないのですか。
- A5 今回の改正の趣旨は、Q4のとおり、「拘留又は科料」とされてきた侮辱罪の法定刑を名誉毀損罪に準じたものに引き上げることです。Q4のとおり、近年における侮辱罪の実情などに鑑みると、侮辱罪について、厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価を示し、これを抑止するとともに、悪質な侮辱行為に厳正に対処するためには、法定刑に罰金を追加するだけでは不十分であると考えられます。こうしたことから、今回の法改正では、侮辱罪の法定刑の上限が懲役1年とされたものです。
- Q6 侮辱罪の法定刑の引上げ後も「拘留又は科料」を残すこととされたのはなぜですか。
- A6 今回の改正の趣旨はQ4のとおりですが、侮辱罪の法定刑が引き上げられた後も、悪質性の低い事案も想定されますので、個別具体的な事案に応じた適切な処罰ができるよう、軽い刑である拘留・科料も残すこととされたものです。
- 侮辱罪の処罰範囲について
- Q7 今回の改正によって、侮辱罪の処罰範囲は変わるのですか。
- A7 今回の改正は、侮辱罪の法定刑を引き上げるのみであり、侮辱罪が成立する範囲は全く変わりません。これまで侮辱罪で処罰できなかった行為を処罰できるようになるものではありません。
- Q8 どのような場合に侮辱罪が成立するのかがあいまいではないですか。
- A8 個別具体的な事案における犯罪の成否については、法と証拠に基づき、最終的には裁判所において判断されることとなりますが、侮辱罪にいう「侮辱」にどのような行為が当たるかについては、裁判例の積み重ねにより明確になっていると考えています(例えば、令和2年中に侮辱罪のみにより第一審判決・略式命令のあった事例については、こちらから御参照いただけます。)。
- 表現の自由との関係について
- Q9 政治家を公然と批判した場合なども、侮辱罪による処罰の対象となる可能性があるのですか。
- A9 刑法35条には、「法令又は正当な業務による行為は、罰しない。」と定められています。侮辱罪の要件に当たったとしても、公正な論評といった正当な表現行為については、刑法35条の正当行為として処罰されません。このことは、今回の改正後も変わりません。
- Q10 侮辱罪の法定刑の引上げにより、憲法が保障する表現の自由を侵害することになりませんか。
- A10 表現の自由は、憲法で保障された極めて重要な権利であり、これを不当に制限することがあってはならないのは当然のことです。今回の改正は、次のとおり、表現の自由を不当に侵害するものではありません。
- 今回の改正は、侮辱罪の法定刑を引き上げるのみであり、侮辱罪が成立する範囲は全く変わりません(Q7参照)。
- 法定刑として拘留・科料を残すこととしており、悪質性の低いものを含めて侮辱行為を一律に重く処罰する趣旨でもありません(Q6参照)。
- 公正な論評といった正当な表現行為については、仮に相手の社会的評価を低下させる内容であっても、刑法35条の正当行為に該当するため、処罰はされず、このことは、今回の改正により何ら変わりません(Q9参照)。
- 侮辱罪の法定刑の引上げについて議論が行われた法制審議会においても、警察・検察の委員から、「これまでも、捜査・訴追について、表現の自由に配慮しつつ対応してきたところであり、この点については、今般の法定刑の引上げにより変わることはない」との考え方が示されたところです。
- 法定刑の引上げに伴う法律上の取扱いの変更について
- Q11 侮辱罪の法定刑の引上げに伴い、法律上の取扱いにどのような変更が生じるのですか。
- A11 侮辱罪の法定刑の引上げに伴って、例えば、次のような違いが生じます。
- 教唆犯及び幇助犯(※1)について、これまでは、処罰することができませんでしたが(刑法64条)、法定刑の引上げに伴い、その制限がなくなります。
- 公訴時効期間(※2)について、これまでは1年でしたが、法定刑の引上げに伴い、3年となります(刑事訴訟法250条2項6号・7号)。
- 逮捕状による逮捕について、これまでは、被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由なく出頭の求めに応じない場合に限り逮捕することができましたが(刑事訴訟法199条1項ただし書)、法定刑の引上げに伴い、その制限がなくなります。
- 現行犯逮捕について、これまでは、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り現行犯逮捕をすることができましたが(刑事訴訟法217条)、法定刑の引上げに伴い、その制限がなくなります。
- (※1)教唆とは、他人をそそのかして犯罪実行の決意を生じさせ、その決意に基づいて犯罪を実行させることをいい、幇助とは、実行行為以外の行為で正犯の実行行為を容易にさせることをいいます。
- (※2)公訴時効とは、犯罪行為が終わった時点から起算して一定の期間が経過すると、その後の起訴が許されなくなる制度のことです。
- 侮辱罪による逮捕について
- Q12 侮辱罪の法定刑の引上げにより、逮捕について不適切な運用がなされる可能性があるのではないですか。
- A12 侮辱罪による逮捕に関して、今回の改正により、被疑者が定まった住居を有しないことなどの制限がなくなることとなりますが(Q11参照)、それ以外の要件に変わりはありません。まず、逮捕状による逮捕は、正当行為などの違法性を阻却する事由がないことを含めて被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合において、逮捕の必要性があるときに、あらかじめ裁判官が逮捕の理由及び必要性を判断した上で発する逮捕状によらなければなりません。そして、現行犯逮捕については、逮捕時に、正当行為などの違法性を阻却する事由がないことを含めて犯罪であることが明白で、かつ、犯人も明白である場合にしか行うことができません。仮に「侮辱」に該当するとしても、表現行為という性質上、違法性を阻却する事由の存否に関して、憲法で保障される表現の自由との関係が問題となるため、現行犯逮捕時に、逮捕時の状況だけで正当行為でないことが明白とまでいえる場合は、実際上は想定されません。したがって、侮辱罪の法定刑の引上げにより、正当な言論活動をした者が逮捕されるといった不適切な運用につながるものではありません。
- Q13 侮辱罪の法定刑の引上げにより、一般の私人による現行犯逮捕が増えて混乱が生じることになりませんか。
- A13 現行犯逮捕は、誰でも行うことができますが(刑事訴訟法213条)、侮辱罪の法定刑の引上げ後も、正当行為などの違法性を阻却する事由がないことを含めて犯罪であることが明白で、かつ、犯人も明白である場合にしか行うことができません(Q12参照)。そして、私人により現行犯逮捕が行われた場合には、その後、逮捕された者の引渡しを受けた警察官らが、逮捕の理由及び必要性について必ず判断することとなります。さらに、現行犯逮捕の要件を満たさないにもかかわらず、現行犯逮捕が行われた場合には、その現行犯逮捕を行った者は、民事上・刑事上の責任を問われる可能性もあります。したがって、今回の改正が、私人の現行犯逮捕に伴う混乱につながることはありません。
本コラムでも取り上げましたが、海外IT大手が日本で法人登記をしていない問題で法務省は、会社法違反と認定した7社への罰則の手続きに入ったと発表しています。罰金を払わせるかどうか東京地裁が判断するということです。社名や国籍は明らかにされていませんが、米ツイッターや米グーグルなどは協議に応じて登記を検討しているもようで、対象に入らなかったといいます。会社法は日本で継続的に事業を営む外国企業に本社登記を義務づけているところ、長く徹底せずにきた一方で、実際には海外発のデジタルサービスが国内でも広く普及している実態があります。政府は電気通信事業法の届け出をしている海外IT大手48社に登記義務があると判断し、3月に一斉に登記を要請したものです。法務省は6月、未対応が続いた42社に再要請、6月13日を期限として罰則を適用するとも通告したところ、7月1日までに登記を完了したり申請を終えたりしたのは8社に増え、2社は電気通信事業の廃止を総務省に届け出ています。他の31社は登記の意思を示しているといい、ツイッター、マイクロソフト、グーグルなどが登記を検討しているもようだといいます。法務省は7月22日までの登記を求めています。未登記だと、インターネット上での誹謗中傷などの被害者が裁判を起こす際に海外に訴状を送る手間がかかりますが、登記があれば日本の代表者宛てに訴状を送れば済み、利用者の負担は軽くなることから、専門家らから海外IT各社に登記を徹底させるべきとの意見が出ていたものです。
国内外の誹謗中傷等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 310万人が登録するYouTuberのリュウジさんには「気持ちが悪い」「マジでいなくなってほしい」「死ね」「詐欺師」といった言葉がSNS上で投げつけられてきたといいます。料理研究家としてSNSでレシピを発信しており、「言われる側は身元が明らかなのに、誹謗中傷をしている人は身元を明かさないし、何の責任もない。フェアじゃない」、「僕は戦争は反対ですが、ロシアの文化に対して憎悪が行くのは違うと思います」と反論、コメントに対しても一つ一つ反論したといいます。「料理にプライドがある。そこで言わないと、心が死ぬから言うんです」、「『仕方ない』という世の中の風潮は間違っている。逆に誹謗中傷を増長させてしまう。これだけ問題になっていることを無視って、臭い物にフタをしているだけ。みんなで取り組むべき事案だけど、被害者しか取り組めないんですよね」と訴えています。
- 悪口はなぜ悪いのか。この問いに対して「人を傷つけるから」と答えるだけでは不十分だ、と南山大准教授の和泉悠さんは述べています。2022年6月11日付毎日新聞の記事「「あんたバカぁ?」悪口とは何か言葉のダークサイドを解剖する」から、以下、抜粋して引用します。
- 山口県阿武町が新型コロナウイルス対策の臨時特別給付金4,630万円を誤って1世帯に振り込んだ問題を巡っては、今年4月に採用されたばかりの町職員の男性についてミスをした張本人という事実と異なる書き込みがインターネット上で続き、名前や顔写真までさらされる事態になりました。報道によれば、男性の家族は「いろいろなことが書かれているが、早く中傷が消えてほしい」と訴えています。「ネット上に書かれる中傷を見つけてから、ずっと頭から離れず冷静ではいられなくなった。『新人のミス』『フロッピー』などという言葉が独り歩きし、『(容疑者と)グル』と言われたことが一番ショックだった」と男性の父親が述べています。
- 山梨県道志村のキャンプ場で2019年に行方不明になった当時小学1年の小倉美咲さんの母とも子さん(39)をインターネット上で中傷したとして、名誉毀損罪に問われた70代の無職の男の控訴審判決で、東京高裁は、懲役1年6月、執行猶予4年とした1審・千葉地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却しています。報道によれば、男は2020年、自身のブログに「美咲ちゃん事件 募金詐欺」などと投稿し、とも子さんの名誉を傷つけたというもので、弁護側は「情報の信頼性が低く、社会的評価が低下する程度も小さい」として量刑が重すぎると主張しましたが、高裁は「ネット上の情報は容易に拡散され、社会的評価を低下させる危険性は高い」として退けています。
- 法律事務所のブログで木村草太・東京都立大教授(憲法学)を侮辱したとして、日本弁護士連合会(日弁連)が、埼玉弁護士会に所属する男性弁護士を戒告の懲戒処分にしています。埼玉弁護士会は表現の自由の観点から「懲戒しない」と判断しましたが、日弁連が覆したものです。懲戒書によると、弁護士は2017年4月、自身が代表を務める事務所のブログに、学校PTAについて木村さんが「強制加入団体ではない」と発言しているとして批判する記事を載せています。PTAには「民主主義における重要な役割」があるなどと主張した上で、記事の最後で「木村草太の草太は、なんとお読みするのでしょう」と言及、「PTAをクサすから、クサタ、でしょうか」、「頭がクサっているから、クサタに違いない」と記しています。木村さんから懲戒請求を受けた埼玉弁護士会は2021年、「人格の象徴である氏名への攻撃で稚拙な侮辱行為」と認めつつ、大学教授である木村さんは「多種多様の意見や批判が寄せられる社会的地位にある。(記事で)社会的評価が低下するとは考えにくい」として請求を退けたといいます。しかし、木村さんの異議申し立てを受けた日弁連は、「論評の域を明らかに逸脱し、意見とは無関係に名前を取り上げて意図的に侮辱した」と判断し、一転して戒告処分としたものです。
- フリージャーナリスト安田純平さんが月刊誌「WiLL」の記事で名誉を傷つけられたとして、発行元ワックに330万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は、名誉毀損を認めた上で、同社に33万円の賠償を命じた一審東京地裁判決を取り消し、慰謝料など110万円の支払いを命じています。判決によると、WiLLは2019年1月号で、シリアで武装勢力に拘束された安田さんについて「人質ビジネスでは?と邪推してしまいます」などとする記事を掲載したというものです。
- 文芸春秋が運営する「文春オンライン」の記事で名誉を傷つけられたとして、女子プロレスラーのジャガー横田さんの夫が同社側に1,100万円の損害賠償などを求めた訴訟で、東京地裁は、「記事は真実でない」として名誉毀損の成立を認め、同社側に110万円の賠償を命じる判決を言い渡しています。問題となったのは、2019年12月31日に配信された記事。医師である夫が、勤務していたクリニックで緊急時の呼び出しを拒否したり、東京都内の外国人クラブでセクハラ行為をしたりしたなどと報じたものですが、判決は、夫にはクリニック側との契約上、緊急時の対応義務がなかったと認定、記事に「セクハラ行為の証拠」として掲載された写真の女性は、取材記者がクラブの従業員ではないと認めたことなどから、記事の内容は真実ではなく、真実だと信じる理由もないと判断しています。
- お笑いタレントのほんこんさんによるツイッターの投稿で名誉を傷つけられたとして、作家の室井佑月さんが550万円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は、名誉毀損の成立を認め、ほんこんさんに11万円の賠償を命じる判決を言い渡しています。問題となったのは、ほんこんさんによる2020年5月の投稿で、「室井佑月らがデマで中傷投稿 日の丸マスク製造中止に」としたネットサイトの記事を共有したものです。判決は、室井さんが意図的に虚偽の情報を流し、製造を中止させたという印象を与えるが、そうした事実はなかったなどと判断しています。
- オーストラリアの元政治家が、動画サイトのユーチューブが自身を中傷する動画を公開し続けたのは名誉毀損にあたるとして運営元のグーグルを訴えた裁判で、豪連邦裁判所は、同社に71万5,000豪ドル(約6,700万円)の損害賠償を命じる判決を出しています。報道によれば、すでに投稿主とは2021年に、投稿主が謝罪したうえで動画の問題部分を編集することで裁判上の和解をしているといいます。判決は、証拠もないのに元政治家が汚職をしたと非難するなどの動画の内容は、名誉毀損にあたると認定、一連の中傷の結果、同氏が心的外傷を受け、2021年に政界を引退することになったと認めています。さらにグーグルは、削除要請などを通じて動画の内容を知ったにもかかわらず、収益を上げるために公開を続けたと認定、迷惑行為にあたる投稿の拡散を後押ししたとして、加害への責任があると結論づけています。なお、本件についてロイターは、過去にもグーグルが名誉毀損に関して責任を認定されたことはあるものの、大半は検索結果に対するリンクの表示だったと指摘、「政治家を中傷するユーチューブ上でのコンテンツ発信にグーグルが積極的に関与したとみなされる最初の事例の一つだ」と報じています。
- ニューヨーク州バファローのスーパーマーケットで銃を乱射し、黒人10人を殺害したとして、同州西部の連邦検察は、白人のペイトン・ジェンドロン被告(18)をヘイトクライム(憎悪犯罪)で起訴しています。有罪になれば、死刑判決もありうるとのことです。報道によれば、被告は5月14日、黒人を狙い、13人を銃で撃ったとされ、一帯は黒人が圧倒的に多いエリアで、死傷者のうち11人が黒人だったといいます。被告の動機について、発表では「黒人が白人に取って代わり、白人を排除しようとしていることを防ぐこと、他者が同様の攻撃をするよう鼓舞すること」と説明されています。被告は事件直前、180ページに及ぶ「犯行声明」をネット上に投稿したとされ、声明は匿名掲示板「4chan」で、「白人が人種として死につつある」、「黒人が不当に白人を殺している」といった虚偽の主張を、「真実」として学んだと訴えていました。検察はこうした記述を考慮し、人種差別に基づく犯行だと判断したとみられるほか、被告は犯行の様子を動画で中継しており、犯行後はその動画がネットで出回りました。こうしたヘイトクライムは海外だけでなく日本でも実際に起きている問題です。
誹謗中傷や偽情報への対応、とりわけ周知や教育のあり方については、総務省も注力しているところです。以下、最近の検討会議の資料や注意喚起資料等を紹介します。
▼総務省 青少年の安心・安全なインターネット利用環境整備に関するタスクフォース(第18回)
▼資料18-5 事務局資料
- 過去に誹謗中傷の経験者は何らかの対応をとっているケースが多いものの、約28%のSNSユーザーは特に対応を取ることなく終わってしまっている事がわかる。28%のユーザーに対するアプローチが今後の誹謗中傷問題深刻化を未然に防ぐ策となっていく。
- メッセージが理解できなかった5.2%以外の動画閲覧者の約95%が内容を理解することができている。アニメーションやセリフ、動画構成によって内容理解の促進に繋がり、ほぼすべてのユーザーに内容を理解していただくことができた。
- 動画の内容の理解は80%を超えており、印象に残っているユーザーも70%超えと誹謗中傷問題に対する理解促進、記憶の定着という動画としての機能を果たすことができている。
- 前向きな内容のアンケート内容の中で「参考になる」選択が半数を占めておりコンテンツとして有意義であったといえる。SNSでの誹謗中傷に対しての対応策を明確に、端的に述べていることで大きな集中を要さずに理解を促すことのできるコンテンツを制作できたことがアンケートの結果につながっている。
- メッセージが理解できなかった4.4%以外の95%以上のユーザーには動画の内容が届いており、動画クリエイティブ、訴求コンテンツの両軸として効果的な配信ができたといえる。
- 既出のアンケート結果と同様に内容理解の数字は非常に高くなっている。動画コンテンツがユーザー属性に対して効果的であったといえる。
- 既出の質問同様に、動画のイメージは好感触なものが多くなっている。半数以上が参考になると回答している上で「記憶に残る」や「親しみがある」といった馴染みやすく定着しやすい、かつ理解を促すことができるといった鷹の爪起用の目的を達成している。
- 「メッセージが理解できなかった」と「その他」の5.5%以外では約95%の回答で誹謗中傷問題に対しての行動をすべての項目に対して半数以上の理解を得ることができている。
- 誹謗中傷に対する各対応策がそれぞれ半数以上の認知を得ることができている。理解度95%ということから、冒頭の誹謗中傷に対し「特に対応はとっていない」28%のユーザーにリーチできていることが見えているため広告配信を実施することで誹謗中傷被害の対策を確実に認知拡大できている。
- 今回の商材と鷹の爪とのマッチ度合いに関して、70%の回答でポジティブな意見を得られており、起用としては好成果であったと考えられる。ネガティブな意見は10%程度となっており、約90%の人が鷹の爪による説明に違和感を覚えていないため、動画の内容の認知度を高めることができた要因の一つであると考えられる。
- 誹謗中傷対策への前向きな行動が50%を超えているものが多くなっており、広告配信並びに動画閲覧によって効果的な内容理解を深められているといえる。統計上、自身で誹謗中傷への検索を行いたいというユーザーは少なくなっているため、誹謗中傷対策の認知拡大においては今回のように広告やSNSアカウントからの発信によって意図しないタイミングでの視聴を促し、リーチしていくことが重要となっている。
▼総務省 偽・誤情報に関する啓発教育教材「インターネットとの向き合い方~ニセ・誤情報に騙されないために~」等の公表
- 総務省では、メディア情報リテラシー向上の総合的な推進に資する目的で、メディア情報リテラシー向上施策の現状と課題等に関する調査を実施するとともに、偽・誤情報に関する啓発教育教材等を開発しました。
- 今般、本調査の結果を取りまとめた報告書及び開発した偽・誤情報に関する啓発教育教材とその講師用ガイドラインを公表します。
- 経緯・内容
- 偽・誤情報(害を与える意図で作られた虚偽の情報及び意図性のない誤った情報)の流通の問題の顕在化をはじめとする、インターネット上で流通する違法有害情報の問題については、こうした情報を発信する側に対する対応のみでは十分ではなく、受信するユーザーの側のメディア情報リテラシー(メディアリテラシーと情報リテラシーを統合した概念であり、ニュースリテラシーやデジタルリテラシーといった他の様々な関連するリテラシーの概念を包含する)の向上を促すことが必須とされています。
- こうした課題に対処するため、総務省では、関連する海外の政策動向等を調査した上で、関連する知見を有する有識者の参画を得て、我が国における偽・誤情報対策を中心としたメディア情報リテラシー向上施策の課題と解決策や、メディア情報リテラシー向上施策のあるべき方向性について検討を行いました。また、有識者による議論も踏まえ、偽・誤情報に関する啓発教育教材とその効果検証手法を開発し、これらを用いた講座をモデル的に実施しました。
▼別紙1 メディア情報リテラシー向上施策の現状と課題等に関する調査結果報告
- OECDが発行する「PISA in Focus 2021/113(May)」では、「Are 15-year-olds prepared to deal with fake news and misinformation?」をテーマに、OCED諸国において生徒が偏った情報を見抜く方法を学校で学ぶ機会があること(横軸)と、事実と意見を区別することに関する評価の正答率(縦軸)に強い関連があることが示されている。
- 日本は、偏った情報を見抜く方法を学校で学ぶ機会はOECD平均より高い。事実と意見を区別することに関する評価の正答率はOECD平均程度であった。
- 有識者からは、偽情報を取り巻く情報環境、教育現場の状況、目的・学習目標について、対象層、教材、実施方法等、多岐にわたる意見を得ることができた。
- このうち偽情報を取り巻く環境の現状と課題として、「情報生態系全体が汚染されており、ミスインフォメーション、ディスインフォメーション、マルインフォメーションが混然一体となり、大量に流れていること。」、「学校の先生も困っているが「何をやればよいかわからない」状況にあること」、「米国では図書館でリテラシー講座を開催したり、学校で図書館と連携してリテラシー教育を実施していること」、「受講を考えていない人に、いかに受講してもらうかが課題であること」等が指摘された。
- また教材に関連するものとして、「日本の情報の生態系を理解する必要があること」、「自らの情報摂取の偏り状態をまず知ること」等の意見を得た。
- 東京大学の鳥海不二夫教授から「自分が情報的な意味で健康状態にあるかを把握できるようにすることが重要である」との発言があった。このことについて、鳥海教授が作成した「エコーチェンバー可視化システムβ版」が参考となる。本ツールで分析をおこなうと、自身がTwitterでどこのコミュニティに属しており、どのくらい偏りがあるかを知ることができる。「あなたはこういう状況です」ということを伝え、利用者がどうするべきか自己判断できるようにすることを目的として開発された。
- 構成員、ゲストスピーカーから、教育現場の状況、対象層、方向性、啓発教育教材、教材内で扱う事例、教育手法、効果測定手法、展開方策等の点から多くの示唆を得ることができた。例えば、教材の方向性では「受講者が知っているレベルに到達し、社会機運を広めることがゴールとなること」や、「到達目標をきちんと定めることが大切であること」や、「自分も間違える可能性があることを理解する重要さ」について議論がなされた。また、「受講して自信を持ち、大丈夫と思われてしまうことが危ない」と、留意すべき点がある旨意見が出された。啓発教育教材では「騙される・騙されないという二分法ではなく、グレーゾーンの情報がたくさんあること」を伝えることになった。
- 有識者からは、「意識の高い人は情報を探して受講するだろう。そうではない人にいかに受講してもらうようにするかは課題。目につく場所への講座情報の提示が必要ではないか」との意見が出された。英国「Online Media Literacy Strategy」では従来のメディアリテラシーの取組にあまり関心がなく、従来チャネルを通じてリーチが難しい対象者へリーチすることが難しいことを課題視しており、対策の必要性について認識を有する。仏国「Information Manipulation: A Challenge for Our Democracies」においては、テレビを含む様々なメディアを活用することに言及している。具体的には、YouTubeの動画の前に啓発メッセージを流したり、SnapchatやInstagramなどのデジタルプラットフォームからプライベートメッセージとして送信したりすることを例示していた。
- (全体)「過去に自分が誤った情報を発信していたかもしれないと感じた」を除いて、全て「やや当てはまる」以上の人が90%を超えており、講座によって大きく意識が変化したことが分かる。発信に関して相対的に少ないのは、そもそもソーシャルメディアで発信していない人も少なくないことが影響していると考えられる。「今後注意できそうだと感じた」「判別能力を伸ばしたいと感じた」は特に多かった。(グループ別)学生と成人に大きな違いはない。強いて挙げると、相対的に、学生は過去のこと(誤った情報を信じていたかもしれない・発信していたかもしれない)の項目で「当てはまる」がやや少なく、今後のこと(注意できそうだ・能力を伸ばしたい)は「当てはまる」が多かった。
- 成熟したICT利活用が行われる社会の実現に向けた取組への展望
- 偽・誤情報対策等の「ICT利活用の負の側面」に着目したメディア情報リテラシー教育の必要性は論じるまでもない。近年欧米では、ICTの利活用を前提としてメリットとデメリットを評価しつつ、ICTを最大限活用しようとする「デジタル・シティズンシップ」の考え方に基づく取組が進められている。
- デジタル・シティズンシップとは、ユネスコでは次のように定義している。「情報を効果的に見つけ、アクセスし、利用、創造する能力であり、他の利用者ととともに積極的、批判的、センシティブかつ倫理的な方法でコンテンツに取り組む方法であり、そして自分の権利を意識しつつ、オンラインおよびICT環境に安全かつ責任を持って航行する能力である。」
- デジタル・シティズンシップは欧米において2010年頃から普及してきた。昨今の新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う家庭学習においてICTの利用機会が増えたことや、オンライン上で偽・誤情報が増加したことを受けて、改めて注目が集まっている。
- なお、本調査において開発した啓発教育教材で扱ったメディア情報リテラシーは、デジタル・シティズンシップを構成する要素の一つに位置づけられている。
- 我が国でも、この考え方を踏まえて、情報を効率的に収集・作成するため情報端末等の様々なデジタルツールを自らの判断で使いこなして、学び、創造し、社会に参加できるようになる必要があるであろう。
- マルチステイクホルダーの参加による取組
- 先行事例をみると、学術研究機関や、NPO、民間事業者(プラットフォーマー)等の各主体がリテラシー向上のための講座を作成して実施者になっているケースが見られた。今後我が国においても、様々なステークホルダーが集まり、共同でメディア情報リテラシーの意義や重要性を情報発信して雰囲気を醸成しつつ、取組を展開することが望ましいであろう。
- 産学官民による多様な視点により講座が企画・検討されることでバランスの取れた内容となる。また、教育機関においてリテラシー講座の実施を検討する際にも、事業者単独で作られた講座よりも、多様な主体による講座の方が関わりやすい(例:導入したり、参加したりする)と思われる。
- なお、様々な主体が集まり協働を進めるため、事前に、取組の目的や推進に当たっての考え方(例:事業者主体での推進を政府が支援する)等を示すことが重要である。こうすることで、各主体は取組目的や自らの役割について検討・理解した上で参加できるようになる。
- また、取組を継続的に展開していくうえで担い手やコスト負担をどのようにするのかも議論が必要である。先行事例をみると、政府などの公共部門が国民への教育としてコスト負担する場合や、プラットフォーマーが自主的にコストを負担し取組を支える場合があった。
- 幅広い世代等を対象としたメディア情報リテラシー向上施策の充実
- 偽・誤情報の対策にはリテラシーの向上のための教育が重要であり、本調査においては、生活の中でインターネットを活用する高校生以上の若年層から成人世代までを対象とした啓発教育教材の開発を行った。
- 偽・誤情報やネット詐欺等は、若年層・成人世代のみが騙されるものではなく、例えば、高齢層も騙されるものであるため、幅広い世代を対象とした施策の充実が不可欠である。
- ICT分野の新技術・サービス等が次々と出現して利活用が進むと、それに伴い社会・経済・生活も変化する。新たなICTに関する知識やスキルを習得し続けることによって変化に適用しやすくなると言われている。義務教育や基礎教育の修了後にも学ぶことができるリカレント教育の必要性が指摘されており、各世代等が必要に応じてメディア情報リテラシーを学び直すことができる環境を整備することが重要であろう。
- 対象者別に接しやすい実施環境・方法の提供
- 居住する地域にかかわらず、全国で全世代がインターネットを利用するようになっている現状を踏まえれば、メディア情報リテラシー向上施策は、プラットフォーマーなどの民間事業者等によるリーチが届きやすく、かつ、取組に積極的な学校等が所在している都市圏のみでの取組だけでは不十分であり、公的なサイトを通じたオンラインによる講座の提供等により、町村部も含め全国でメディア情報リテラシー向上施策にアクセスできるようにすべきであろう。
- 先行事例をみると、メディア情報リテラシーを、オンラインを通じて自主学習できるようにしていたり、教材情報が一元化されているケース等が確認できた。
- 一方で、オンライン実施のみに限定するのではなく、オンラインへのアクセスが難しい人々にとってもなじみやすい場所や方法で講座が提供されるべきであろう。
- 例えば、大人や高齢者等に接点のある図書館や地域公共施設(公民館、福祉施設等)や民間事業者の店舗等、身近でアクセスしやすい既存施設を実施会場とした、対面型の講座の開催もありうるであろう。
- そのためには、まずは次年度以降、こうした既存施設を用いて、メディア情報リテラシーの向上に資する施策の実証等の取組を進めていくべきではないか。
- また、できるだけ多くの受講希望者がメディア情報リテラシーを学ぶことを目標とした場合、金銭的負担が難しい人や、機器を操作することが難しい人でも学べるような環境・方法を用意することで受講数拡大に寄与する可能性がある。
- 対象者にあった実施環境・方法について十分な検討を行うべきである。
- SNS等の運営事業者からの講座企画者にむけたデータ提供
- 今後もSNS等の新たなサービスが市場に提供され、利用されることが考えられる。これらの変遷を踏まえた講座内容にすることも重要である。
- 講座内容の検討にあたっては、対象とするSNS等の利用のされ方等、データに基づく実態把握が基本となる。そのため、SNSを運営する事業者から講座企画者に対し、実態を理解するのに役立つデータが提供されることが望ましいであろう。
その他、海外の偽情報を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 米紙ワシントン・ポストは、米テスラのイーロン・マスクCEOによる米SNS大手ツイッター社の買収について、「深刻な危機に陥っている」と報じています。マスク氏側が偽アカウントの量を「検証できない」と結論づけ、買収に関する議論を中断しているということです。マスク氏側はこれまで、ツイッター社が偽アカウントに関する情報提供を拒否しているなどとして、買収打ち切りを示唆したこともあります。なお、報道によると、買収合意ではマスク氏が取引を破棄した場合、10億ドル(約1,360億円)を支払う契約になっているということです。また、マスク氏が、スパムユーザーの多さを問題視し、より多くの情報提供を求めていたところ、米ツイッター幹部は、同社が毎日100万件以上のスパム(迷惑)アカウントを削除していることを明らかにしています。マスク氏が、スパムおよびボットアカウントが5%未満であるという証拠を示さない限り買収中止も辞さない姿勢を示したことを受け、幹部が説明を行ったものです。報道によれば、ツイッター側は、スパムアカウントは広告が配信されるユーザーの5%を大きく下回っており、この数字は2013年以来、同社の公開資料で示している通りだとあらためて説明したほか、人間の係員が数千に及ぶアカウントを無作為に手作業で調べ、公開データと非公開データを組み合わせてスパムおよびボットアカウントの割合を計算し報告していると述べています。また、こうした計算には個人情報が必要なため、外部で行うことはできないとの認識を示し、マスク氏に提供するデータの種類についてはコメントを控えています。
- EUの執行機関・欧州委員会は、ネット上の偽情報対策を強化する新たな行動規範をまとめ、米グーグルやメタなど30を超える企業・団体が署名したと発表しています。コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻で偽情報の影響力が懸念されており、対策を急ぐ狙いがあります。従来の行動規範は2018年につくられたもので、偽情報の研究者がグーグルなどの巨大IT企業が持つデータを入手しにくいといった課題があったといいます。EUは、巨大IT企業に違法な情報への対応を義務づける「デジタルサービス法(DSA)」の施行を目指しており、新しい行動規範と合わせて実効性を強めようとしています。具体的には、研究者へのデータ提供に加え、偽情報の発信者に広告収入が入らないようにしたり、企業に偽アカウントや人工知能(AI)を使った「ディープフェイク」の監視を求めたりするほか、政治広告は誰が出したのか、わかりやすくするよう求める、フェイクニュースには広告を表示しないよう求め、偽情報の発信元が広告収入を得られないようにする、などで、違反した巨大企業は世界売上高の最大6%の制裁金が科される可能性があるということです。
- 英政府は、ロシアなど外国勢力による偽情報に積極的に対処することをSNS運営企業に義務付ける新たな法案を明らかにしています。選挙や裁判に影響を与える目的で、外国のために開設されたメタ傘下フェイスブックやツイッターなどの偽アカウントに対処するものです。この法案は、政府が現在成立を目指している「国家安全保障法案」と「オンライン安全法案」を関連づける修正案によって、議会の今会期中に可決される可能性が高いということです。報道によれば、情報通信庁が実施規則を策定し、企業の法律順守を支援するとし、違反があれば罰金を科す権限も持つといいます。ドリーズ・デジタル相は、ウクライナ侵攻によってロシアがいかにSNSを使って自国の行動に関するうそを拡散しているかが示されたと指摘、「外国やその手先が、ネットを利用して制限なくオンラインで敵対行為を行うことは容認できない」とし、国家の支援を受けた偽情報をSNS運営企業が特定し根絶できるよう規制を強化すると述べています。
- 米ツイッターは5日、インド政府からのコンテンツ削除命令を不服とし、命令の一部を取り消すように求めてインド南部カルナタカ州の裁判所に訴えを起こしています。インド当局はこの1年にわたってツイッターに対し、シーク教徒の分離独立国家を支持するアカウント、農民の抗議行動に関して誤情報を広めたとされる投稿、新型コロナウイルスのパンデミックに対する政府の対応を批判するツイートなどのコンテンツへの対処を求めてきています。報道によれば、インドの情報技術省は6月末、一部の命令に従わない場合は刑事手続きを取るとツイッターに警告、ツイッターは、コンテンツ運営会社として利用できる免責措置を失わないよう、命令に従っています。ツイッターは訴状で一部の削除命令がインドのITに関する法律の手続き上の要件を満たしていないと主張(ただ、どの命令の見直しを求めたか明らかにしていません)、また一部の命令はコンテンツ作成者に通知を与えていなかったとも主張しています。
誹謗中傷や偽情報の拡散の背景等について、興味深い記事がいくつかありましたので、紹介します。
マーケティングでジェンダー炎上防ぐには 識者に聞く(2022年6月26日付日本経済新聞)
最後に「忘れられる権利」について、注目される判決が出ていますので、取り上げたいと思います。逮捕歴に関するツイッター投稿の削除が認められるかどうかが争われた訴訟で、最高裁第2小法廷は、原告の男性の請求を認め、米ツイッター社に投稿の削除を命じました。削除を認めなかった二審・東京高裁判決を破棄し、ツイッター社側の逆転敗訴が確定しています。逮捕歴に関するツイッターの投稿の削除を巡る最高裁判決は初めてとなります。今回、第2小法廷は新たな基準を示さずに今回のケースを総合的に判断し、削除の結論を導いたといえます。司法の場では今後も、個別の事情を踏まえて判断を積み重ねていくと考えられます。訴訟は建造物侵入容疑で2012年に逮捕され、罰金の略式命令を受けた男性が起こしたもので、罰金納付後、逮捕に関する氏名入りの投稿がツイッター上で閲覧できる状態が続くのはプライバシー侵害に当たるとして削除を求めていました。第2小法廷は、逮捕から時間が経過して刑の言い渡しが効力を失ったことを挙げ、事件は公共の利害との関わりが小さくなったと指摘、男性が公的な立場にないことなども考慮し、「公表されない利益は、投稿が閲覧され続ける理由に優越すると認めるのが相当」と結論づけています。裁判官4人の全員一致による結論となります。なお、今回の訴訟とは別に、最高裁は2017年のグーグルの検索結果削除を巡る決定で、ネット上で大きな役割を担うグーグルなどを「情報流通基盤」と認定、プライバシー保護が情報公表の利益より「明らかに優越する場合」に削除できるとし、その際の判断基準を示しています。第2小法廷はこの基準などに沿って削除すべきかどうかを判断しましたが、ツイッターが情報流通基盤であるか否かは言及せずに個別事情の検討に終始した内容となっています(人々がものを調べるのに使う検索エンジンとツイッターは違うと見ているということであり、検索エンジンの検索結果以外でも削除のハードルが上がり過ぎていることに、最高裁内部でも問題意識があったのか、現状に釘を刺す意図がうかがえます)。なお、2017年の最高裁の決定は、削除を認めるかどうかを判断する際に考慮する要素として、「公表されることによる被害の程度」「その人の社会的な地位や影響力」など、6つの要素を挙げていますが、今回はここから「記事などで事実を記載する必要性」という要素がなくなり、考慮する要素が5つになっています。これはツイッターのリツイート機能や、「いいね」の機能を意識したのではないかと考えられます。プライバシー侵害をしてもリツイートや「いいね」であれば「記載した」ことにはならないので削除を免れてしまうという事態を避けるため、「記載」の要素を削ったと推測されます。このような点からも、今回の判決がツイッターというものの特性をよく見て判断していることが分かります。「SNS投稿の削除などに詳しい山岡裕明弁護士は「事業者がどのような基準で削除要請に対応するかはなお曖昧さが残っている。今後も判例を積み重ね、明確な救済基準を確立させていく必要がある」と話した」(2022年6月24日付日本経済新聞)、、「あるベテラン裁判官は「今回の判決は『事例判断』で、今後も削除を認めるかどうかは、逮捕からの時間の経過や投稿内容の公共性の有無などを慎重に検討することになる」と分析する。鈴木秀美・慶応大教授(憲法、メディア法)は「削除の可否を判断する上で、投稿者の『表現の自由』や利用者の『知る権利』の保護も考慮する必要がある」と指摘。「安易に削除を認めるのではなく、裁判所やネット事業者は事例ごとに公共性を丁寧に判断する姿勢が求められる」と話した。」(2022年6月24日付読売新聞)、「ネット上の表現の自由に詳しい九州大の成原慧准教授(情報法)は「判決は、ツイッターをグーグルのような『ネット上の情報流通の基盤』とは区別した。最高裁は、検索エンジンには特別に慎重な判断をしたとも言える」と指摘。「今回は個別の投稿についての事例判断という面もあるが、SNSの投稿について削除が認められやすくなるだろう」と話した。」(2022年6月24日付産経新聞)といった専門家のコメントが報じられており、いずれも参考になります。なお、判決の要旨は次のとおりです。
【検討】二審判決は優越することが明らかな場合に限られるとするが、ツイッター社が利用者に提供しているサービス内容やツイッターの利用実態などを考慮しても、そのように解することはできない。男性の逮捕は、軽微とはいえない犯罪事実に関するものとして、ツイートがされた時点では公共の利害に関する事実があったといえる。しかし、逮捕から二審の口頭弁論終結時まで約8年が経過し、男性が受けた刑の言い渡しは効力を失っており、ツイートに転載された報道記事も既に削除されていることなどからすれば、逮捕の事実は公共の利害との関わりが小さくなってきている。また、各ツイートは、報道記事の一部を転載して事実を示し、ツイッター利用者に速報することを目的としてされたものとうかがわれ、長期間にわたって閲覧され続けることを想定したものとは認めがたい。さらに、男性の氏名を検索すると本件ツイートが表示され、逮捕の事実を知らない人に伝達される可能性が小さいとは言えない。加えて、男性は公的立場にある者ではない。
【結論】以上の諸事情に照らすと、逮捕を公表されない法的利益は、ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越すると認めるのが相当だ。男性はツイッター社に対し、削除を求めることができる。
関連して、直近でも、インターネット掲示板「2ちゃんねる」に過去の逮捕歴に関する記事を投稿された男性が、プライバシー権が侵害されているとして運営会社に記事の削除を求めた訴訟の判決で、東京地裁は、「執行猶予期間が経過し刑の効力は失われた」、「男性が公的な立場にはなかった」などの点を挙げ、事故について「公共の利害との関わりは小さくなっている」と指摘、男性の知人らに投稿を見られる可能性を考慮し、プライバシー権の保護などが投稿が残る利益よりも優越すると結論付け、削除を命じています。男性は2017年、自動車を運転中に死亡事故を起こして逮捕され、その後に執行猶予付きの有罪判決を受け、逮捕を実名で記載した記事が、2ちゃんねるに投稿されたものです。上記の最高裁の考え方にあてはめれば、ツイッターに近い位置づけで判断されたものと推測されます。
(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(暗号資産)を巡る動向
AML/CFTの項でも取り上げましたが、古川法相は6月27日の法制審議会(法相の諮問機関)で、犯罪収益として得た暗号資産の没収を可能にするため、組織的犯罪処罰法の改正を諮問しています。現行法では暗号資産の位置付けが曖昧なため、犯罪組織が不正に取得した資金を暗号資産に転換した場合、没収できない恐れがあるところ、法改正により、マネー・ローンダリング対策を強化するのが狙いです。暴力団などによる組織犯罪やマネー・ローンダリングを取り締まる同法は、犯罪収益が(1)土地・建物などの「不動産」、(2)現金や貴金属といった「動産」、(3)預金などの「金銭債権」、である場合は没収できると規定していますが、暗号資産は「円」や「ドル」といった通貨のように国や中央銀行の後ろ盾がなく、発行主体も明確ではないことから、不動産や動産だけでなく、金銭債権にも当たらないという解釈が一般的となっています。暗号資産の持ち主が「取引所」と呼ばれる交換業者に預けている場合、金銭債権とみなされることもあり得ますがが、その線引きは、はっきりしていない状況にあります。このため、サイバー攻撃で流出したり、犯罪で得た資金を交換したりした暗号資産を見つけても、犯人側の手元に残る事態が生じかねず、検察当局からは「確実に没収できるよう、必要な立法措置を講じるべきだ」との指摘が出ていました。また、金融庁は信託銀行が暗号資産を管理できるように規制緩和をするということです。株式や債券といった伝統資産と同様に、暗号資産を信託財産として預かることが可能になります。暗号資産は値動きが不安定で、取引には高いリスクが伴うところ、信託銀行に資産管理業務を認めることで投資家保護を強化し、適切な市場形成を促す狙いがあるといいます。金融庁は意見募集を経て、早ければ秋にも内閣府令を改正する見込みです。信用や資本力のある信託銀行が暗号資産を分別管理することで売買に際しての安全性が高まることになります。また、交換事業者にとっても信託銀行の資産管理の仕組みを使うことで、利用を促進する効果が見込めることになりまそうです。さらに、政府は岸田首相が掲げる「新しい資本主義」の実行計画に、「Web3.0」と呼ばれる次世代のインターネットの環境整備を盛り込みました。新しいビジネスを生む分野として注目される一方、暗号資産を巡る税制などが壁になって起業家が海外に流出しているのが現状です。Web3.0はグーグルなどの米IT大手が覇権を握る今のインターネットを「2.0」と位置づけ、それに代わる次世代のネットを表す概念で、ブロックチェーン(分散型台帳)技術を基盤とし、特定の管理者に頼らずに取引の信頼性を担保できるもので、ビットコインなどの暗号資産やデジタルアートの希少性を証明する「NFT」といった技術が知られています。現状ではこの分野で、国内で起業するハードルは高く、日本人でもシンガポールやドバイで起業することが多いとされます。ブロックチェーンの関連事業で資金調達などをする場合、企業は独自に「トークン」という暗号資産を発行しますが、日本の税制では自社保有分について期末の時価評価で課税される可能性があり、起業直後で現金収入がない中、トークンの含み益に課税されるのは致命的だといいます。ただ、税制の見直しがすんなり進むかは不透明な状況のようです。暗号資産は犯罪収益などのマネー・ローンダリングに使われる恐れが指摘されるほか、ハッキングによる大規模な盗難事件が相次ぐなどネガティブな印象も根強いためだとされます。報道によれば、財務省幹部は「今の税制を変えるなら、それなりの規制も受け入れてもらわないといけない。いいとこ取りはあり得ない」と慎重な姿勢を示しています。
EUでは、暗号資産の包括規制案で大筋合意しています。事業者にEU域内で認可を得ることを義務付けるほか、消費者保護の徹底を求める内容です。EUによると、国際的に暗号資産の規制は進んでおらず、EUのルールが世界の標準になる可能性があります。立法機関の欧州議会と、加盟国からなる理事会が合意、正式な手続きを経て、2023年にも成立する見通しだということです。具体的には、事業者はEU域内に拠点を設ける必要があり、加盟国の規制当局に届け出て許可を得れば、EU内で事業ができるほか、暗号資産のマイニング(採掘)などで電力を大量に使っている状況を踏まえ、事業者に気候変動への影響を開示するよう義務付ける、米ドルなどに価値を連動させる暗号資産「ステーブルコイン」の保有者には、無料で資金を返還請求できる権利を認める、発行体は一定の流動性を確保することが義務付けられる、といったもので、消費者保護を徹底させる狙いがあります。また、欧州銀行監督機構(EBA)が監督する、さらに別の法案において、事業者に資産の出所が制裁の対象になっていないことなどの確認を求め、マネー・ローンダリング対策を徹底するという内容となっています。暗号資産を巡っては規制の強化を求める声が高まっています。後述するとおり、ビットコインなどの価格が大幅に下げるなか、価値の安定をうたった一部のステーブルコインが急落、融資に携わっていた業者が顧客資金の解約を止めたり、清算に追い込まれたりするなど余波が広がっており、EUの規制案は米国などでの議論に影響を与える可能性があります。
米連邦取引委員会(FTC)は7月3日に公表した報告書で、2021年以降46,000人以上が暗号資産関連の詐欺に遭い、10億ドル以上を失ったと明らかにしています。暗号資産の詐欺被害を報告した半数近くが、ソーシャルメディア上の広告や投稿がきっかけになったといいます。暗号資産のビットコインの価格は2021年11月、過去最高の69,000ドルを記録、報告書は、ソーシャルメディアと暗号資産が詐欺の手口とした使われやすい組み合わせだと指摘、暗号資産詐欺による被害額中、5億7,500万ドルが「偽りの投資機会」に関するものだったと説明しています。また、個人の被害額の平均は2,600ドルで、詐欺被害に遭った時支払いに使用した暗号資産は、ビットコイン、テザー、イーサの順で多かったといいます。
犯罪絡みでいえば、暗号資産の技術を使い金融機関を介さずに金融サービスを提供する分散型金融(DeFi)へのサイバー攻撃が相次いでいる状況です。2021年は被害額が前年比14倍の約3,000億円に急増し、2022年は1~3月だけで約1,7000億円と2021年の2倍以上のペースで被害が増えているといいます。ブロックチェーン分析会社の米チェイナリシスによると、DeFiのサービスから盗まれた暗号資産は今年1~3月、12億8,995万ドルに上り、わずか3カ月で2020年通年の被害額((1億6,169万ドル)の7.9倍、2021年通年(23億1,457万ドル)の56%の水準となっています。猛威を振るった2021年のランサムウエアの被害額も現時点で把握されているのは約7億1,200万ドルで、DeFiの被害が大きく上回る状況です。DeFiはイーサリアムなどの暗号資産のブロックチェーン上で自立稼働するプログラムで、融資や別種の暗号資産との交換などの取引が中央管理者を介在せず当事者だけで実現するものです。報道によれば、チェイナリシス社は「DeFiへの攻撃が成功すると、サービス上で流通する暗号資産をまるごと抜き取られる可能性がある」と被害が拡大する理由を指摘しています。通常の暗号資産と違い特定の運営体が存在しないケースもあり、DeFiにどう法の網をかけるか、規制当局で議論が進められています。FATFは2021年10月、DeFiに一定の影響力を示す特定の人物や組織が存在すれば、暗号資産交換業者向けの登録制度などの対象になり得るとの指針を示しており、日本の金融庁も技術水準などを定め監督を強めていく方針とされます。
世界銀行は、新興国でデジタル決済を使う人の割合が2021年時点で成人全体の57%になったとの報告をまとめています。人との接触を避ける新型コロナウイルス禍も影響し、2014年の35%から大幅に増えています。簡単に始められるモバイルマネーの普及により、低所得層でも金融サービスを受けられる機会が増えており、インドではコロナ禍を受けて初めてデジタル決済で商業取引をした成人が8,000万人以上に上ったほか、中国でも加盟店でデジタル決済を使う人がコロナ禍で1億人以上増え、全体で82%に達したといいます。銀行口座かモバイルマネーのアカウントを持つ人の数は2021年に全世界の成人の76%を占め、10年前の51%から大幅に拡大している状況です。2017年ごろまでは中国とインドが増加をけん引しましたが、それ以降はサハラ以南のアフリカ諸国など幅広い地域でもモバイルマネーが広がっています。世銀は銀行などの口座を持たない「アンバンクト」と呼ばれる層が世界に14億人いるとしていますが、送金や融資などの金融サービスを誰でも受けられる「金融包摂」は貧困層の生活破綻などを防ぐ効果があるとされます。世銀はモバイルマネーの普及により、性別や所得、教育水準による格差の縮小に向けて「進展がみられる」と評価しています。
次にデジタル通貨の実証実験や導入状況について、国内外の報道から、いくつか紹介します。
- 野村HDの奥田グループCEOは、暗号資産などデジタル資産の取引サービスの拡充に意欲を示しています。報道によれば、野村HDは年内にも新会社を設立し、主に海外の機関投資家に対し、暗号資産や、政府通貨と価値が連動するよう設計されたデジタル通貨「ステーブルコイン」といったデジタル資産の売買の仲介や、運用商品の販売を行う予定だということです。奥田氏は「デジタル資産の分野で重要なプレーヤーとなっていきたい」と強調、当面は機関投資家向けに事業を始めるということです。海外機関投資家では、デジタル資産を運用資産に組み入れる動きが広がっており、成長が見込めるといい、個人投資家向けについては、投資家保護などの環境が整ってから考えたいとしています。
- デジタル人民元が買い物だけでなく、金融取引にも用途を広げているとのことです。報道によれば、中国建設銀行は、デジタル人民元で理財商品を購入できるサービスを開始しています。証券時報によれば、デジタル人民元による初の自動車保険の購入が行われたということです。また、新華日報によれば、中国農業銀行の蘇州支店は、新型コロナウイルスの流行で打撃を受けたコンクリートメーカーにデジタル人民元で150万元(22万ドル)の融資を行っています。まだ試験ベースではあるものの、中国社会科学院のシニアエコノミスト、張明氏は学習時報で「将来、デジタル人民元は治療、教育、ファイナンスなど応用範囲が広がる可能性がある」と指摘しています。中国人民銀行(中央銀行)によれば、デジタル人民元を利用した取引の総額は昨年末時点で876億元だったということです。
- 東南アジアのフィリピンとベトナムがデジタル通貨を発行する検討に入ったということです。両国の中央銀行が6月にもカンボジアのデジタル通貨開発に携わった日本のソラミツなどと発行に向けた調査を始めると報じられています。スマートフォン決済アプリ「支付宝(アリペイ)」など中国系の決済サービスが国内に浸透するなかで、自国通貨の使い勝手を高めると同時に経済安全保障にも対応するとしています。フィリピンの中央銀行は2020年にCBDCの専門委員会を立ち上げ、2021年から金融システムへの影響などを探ってきましたが、この段階を一歩進め、カンボジアのデジタル通貨「バコン」の導入実績があるソラミツなどとCBDC導入に向けた可能性を探るということです。東南アジア地域ではドルが公式、非公式の主軸通貨として使われている国が多い一方、中国経済の規模が拡大するに伴い、各国の対中貿易額や借款が膨らみ、自国通貨の対人民元レートの安定は政策の重要項目となっています。各国には「中国のCBDCであるデジタル人民元が国外流通を始める前にCBDCを準備したい」との思惑があるとされます。米JPモルガン・チェースとコンサルティング会社オリバー・ワイマンの調査リポートは各国が発行したCBDCネットワークができあがれば、世界の企業による国境を越える決済のコストを年1,000億ドル(約13兆円強)削減できると試算しています。CBDCは企業や個人への恩恵は大きい一方、国は経済安全保障や金融政策への影響などに目配りしながら導入の検討を進めることになります。
- イスラエル中央銀行も、香港金融管理局(HKMA)や国際決済銀行(BIS)イノベーション・ハブと共同で、リテール型CBDCの実証実験を行うと発表しています。リテール型CBDCは、一般の人々が利用するもので、イスラエル中央銀行によれば、この通貨の保有や取引に関して仲介機関のエクスポージャーは発生せず、リスクや費用を減らすことにつながるといいます。サイバーセキュリティ対策も万全で、第3・四半期中に実験を開始して年末までに分析結果を公表するとしています。イスラエル中央銀行は2017年終盤にCBDC発行を検討すると表明し、それ以降研究調査と実際の発行に向けた準備を進めており、狙いは決済システムの効率性向上だといいます。報道によれば、イスラエル中央銀行のアビル副総裁は「効率的な決済システムを提供して決済市場の競争力を高めることは、イスラエルのCBDC(デジタル・シェケル)発行の可能性を探る上で、われわれが認識している重要な動機の1つだ」と説明しています。
次に、暗号資産やステーブルコイン等の最近の危機的状況、今後の展望等について報道されたものから、いくつか紹介します。
- 暗号資産の一種であるステーブルコイン大手のテザーは、ポンドに連動するステーブルコインを7月に導入すると発表しています。ステーブルコインは従来の通貨や金などのコモディティー(商品)に対して安定した価値を保つように設計された暗号資産で、ビットコインなどに見られるボラティリティーを回避する狙いがあります。また、テザーのドル連動ステーブルコインは、時価総額が約680億ドルと3番目に大きいものです。本コラムでも取り上げましたが、5月には複雑なアルゴリズムを使用したステーブルコインのテラUSDが暴落し、テザーのドル連動型もドルとの1対1でのペッグ(固定)を維持できず、仕組みの安定性を巡る懸念が浮上しました。英国は暗号資産やブロックチェーン技術を活用し、決済の利便性を向上させる計画で、法定通貨の裏付けがあるステーブルコインの一部に規制を課す法律の制定を目指しています。テザーのパオロ・アルドイノ最高技術責任者(CTO)は「英国はブロックチェーンの革新と金融市場への暗号資産の幅広い導入に向けた次の前線だと確信している」と述べ、英規制当局と協力する方針を示しています。
- 2022年6月23日付日本経済新聞は、暗号資産やDeFiの基盤技術、ブロックチェーンが逆境に立たされているとしながらも、その行く末に希望を失っていない実態だと指摘しています。時価総額で2.5兆円を誇ったテラUSD(現テラクラシックUSD)が5月に急落しドルとの価値の連動が崩れたことで、暗号資産全体に売りが広がっている状況です。それでもブロックチェーンはIT革命を超える衝撃を金融市場に与えるとの期待は根強く残っているようです。以前の本コラムでも指摘しましたが、テラを守るルナの価値は「テラの価値向上への期待」に依存するという「堂々巡り」のような構造になっています。しかし、暗号資産全体が売られ、ルナが下がり「価値維持機能」が崩壊してテラも大幅に値下がりする結果となりました。さらには、高利回りをうたった資金集めにも無理があったといえます。そもそも「中央銀行から独立」、「非中央集権」を免罪符に、投資家が高いリスクに目を背けてきた暗号資産はテラだけではなく、6月に入っても分散型USD(USDD)など、テラと似たような構造のステーブルコインの価格が1ドル未満に下落する騒ぎが起きています。また、20%以上の高利回りをうたい資金集めをする暗号資産はまだ乱立しているにもかかわらず、「FRBがインフレ対応で後手に回り、急ピッチな金融引き締めを続ける失策が暗号資産の混乱を招いた」と批判し、闘志を燃やす投資家も根強くいるとしています。
- 「暗号資産の冬の時代」とも称されるようになってきたここ最近の暗号資産における危機の連鎖の状況については、2022年7月7日付日本経済新聞の記事「仮想通貨、相次ぐ破綻・取引停止 高まる危機の連鎖」がよくまとまっていますので、以下、抜粋して引用します。暗号資産がデジタルの世界だけでなく、リアルの経済に大きな負の影響を及ぼしかねない危機的状況にあることがよくわかります。
- 米財務省は、デジタル資産のリスクと利点に対応するための国際的関与と省庁間の取り組みに関する枠組みをバイデン大統領に提出しています。報道によれば、枠組みでは、デジタル資産とCBDC技術の開発促進も政権に求めているといいます。財務省はウェブサイトに掲載した声明で、米国はデジタル決済の仕組みとCBDC開発の基準について海外のパートナーとの協力を続ける必要があると指摘、「規制や監督、コンプライアンスが国・地域間で異なれば裁定取引の機会を生み出し、金融の安定と消費者、投資家、企業、市場の保護に対するリスクを高める」としています。またG7、G20、国際通貨基金(IMF)を含むさまざまな組織と引き続き協力していく方針を示しています。
- 米連邦準備理事会(FRB)のブレイナード副議長は、急落が続く暗号資産について「今こそ規制を確立し、金融システムへの波及を十分に抑制すべきだ」と述べています。投資家の保護やマネー・ローンダリングの防止など、国内外の当局間で規制強化に向けた協力体制が必要だと指摘しています。米欧の中央銀行による利上げなどを背景に、ビットコインの価値は4~6月に約6割下落、こうした動きが「脆弱性を露呈した」と厳しく批判しました。特にドルとの連動を維持できなくなった暗号資産「テラ」などのステーブルコインについて「歴史に残る古典的な暴落を思い起こさせる」と表現、暗号資産は「まだシステミックリスクをもたらすほど大規模ではなく、伝統的な金融システムと相互接続されているようにもみえない」、「暗号資産のエコシステムが非常に大きくなり、より広い金融システムの安定性にリスクをもたらすような事態が発生する前に、暗号金融システムの健全な規制の基盤を確立することが重要だ」として影響が大きくなる前に規制の枠組みをつくりたい考えを示しています。民間の暗号資産で価格急落のリスクが顕在化したため「CBDCを持つことは将来の金融安定にとって有利に働くかもしれない」とも指摘、米政府が研究を進める「デジタルドル」の発行について前向きな姿勢を示しています。
- 世界各国の中央銀行が参加する国際決済銀行(BIS)は、デジタル通貨に関する報告書を公表しています。価格変動が激しい暗号資産は「構造的な欠陥があるため通貨システムの基盤には不向きだ」と警鐘を鳴らしています。そして、暗号資産の仲介会社への規制が不十分なまま投機が過熱すればリスクを伴い、金融システムの安定を損なうと警戒しています。報道によれば、BISが警戒するのは、多くの暗号資産が価値の根拠を欠いたまま投機的に取引されている点であり、報告書では、暗号資産の売買は「規制されていない仲介業者に依存することが多いためリスクがある」と指摘しています。政府や中銀が管理しない非中央集権的な制度思想を持ちながらも、仲介業者に決済のリスクが集中しているとの見方を示したことになります。実際、足元の相場急落は暗号資産の運用会社の経営不振が一因になっています。報告書は、暗号資産市場の最近の混乱について、以前から警告されていた分散型デジタルマネーの危険性が現実になっていることを示す動きだと指摘しています(BIS総支配人は、税金を財源とする準備金を活用できる、政府を後ろ盾とした権限がなければ、いかなる形のマネーも最終的に信頼性に欠けるとした上で「これまでに指摘されてきた弱点が、ほぼ全て現実のものになった」と述べています。また、不良債権問題が世界的な金融危機に発展した際のような金融システム全体の危機は予想していないものの、損失は大規模になるとし、暗号資産業界の透明性の低さが不確実性を高めるとの見方を示しています)。さらに、サイバー攻撃による暗号資産の流出も後を絶たず、一部はロシアへの経済制裁の抜け穴になる恐れも出ています。国際通貨基金(IMF)も暗号資産が資本移動の抜け穴になるリスクを指摘しており、包括的な規制やルールが未整備なままの市場の急変に国際機関は警戒を強めている状況です。一方、CBDCは、利用者のプライバシー保護に配慮しながら、誰もが金融サービスを受けられる「金融包摂」の強化につながると期待を示しています。CBDCを巡っては、米連邦準備理事会(FRB)が「デジタルドル」の実現を見据えて初の報告書を公表したほか、欧州中央銀行(ECB)も準備を本格化させています。日銀も4月からCBDCの実証実験を第2段階に移行しており、決済の利便性向上や保有額の上限設定といった通貨に必要な機能の検証を進めている状況にあります。
- イングランド銀行(英中央銀行)のベイリー総裁は、裏付け資産のない暗号資産の最近の値動きはこれらの資産クラスの根本的な問題を浮き彫りにしていると述べています。ベイリー総裁は「ここ数週間の経験や国内外での取り組みから、裏付け資産のない暗号資産の世界といわゆるステーブルコインの双方に問題があることが一段と浮き彫りになった」と語っています。そもそも以前から暗号資産に懐疑的な見方を示しているベイリー総裁ですが、6月には、米大手融資サービスのセルシウス・ネットワークの出金停止を受けて暗号資産のビットコインが急落したことについて、大半の暗号資産は本質的な価値がないことを投資家に思い起こさせる出来事だと指摘していました。セルシウスが出金や送金などを一時停止したことを受け、世界の暗号資産の時価総額は、2021年1月以降で初めて1兆ドルを割り込み、ビットコインの価格は12%下落しました。同氏は「これらの資産に投資する場合は、資金を全て失うことを覚悟すべきだ」と述べ、「価値があると考えるから購入を望むのかもしれないが、本質的な価値はない」と強調しています。、今朝も暗号資産市場で大きな混乱があったと指摘した。ベイリー氏は以前から暗号資産に懐疑的な見方を示している。
- スイス連邦金融市場監督機構(FINMA)のトップであるウルバン・アンゲルン氏は、暗号資産取引が1920年代後半の米国株式市場にますます似てきたと指摘し、投資家保護のため規制当局にさらなる措置を取るよう呼びかけています。報道によれば、「デジタル資産取引の多くは1928年の米株市場のようで、あらゆる種類の不正行為、価格操作が頻繁に行われているように思える」と指摘、「大量のデータの取り扱いを容易にし、不正な市場の取引から消費者を保護する技術の可能性についても考えよう」と述べています。ビットコインは(発言のあった直前の)6月18日に2020年12月以来の2万ドル割れとなり、インフレ高進と金利上昇により株式などの高リスク資産からの逃避を促す圧力にさらされ、今年に入ってから約60%急落しました。
- 米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は、暗号資産貸し出しのプラットフォーム業者や関連商品が約束する高いリターンについて、投資家は「話がうますぎて本当とは思えない」と警戒すべきだと訴えています。ゲンスラー氏は、プラットフォーム業者が銀行であるかのように振る舞っている事例が最近、あらためて顕在化したと指摘、しかし、そうした業者は7%や4.5%のリターンをうたっているとし、「現在の市場環境で一体誰がそんな高リターンを提供できるというのか」と批判したものです。こうした業者がほとんど必要な開示をしていないことも指摘しています。同氏はこれまでも、典型的な暗号資産のプラットフォームは「証券類」の定義が合う可能性があり、証券として取引され規制されるべきだとの私的見解を繰り返しています。
その他、国内外の暗号資産等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 暗号資産のマイニング(採掘)を目的に化石燃料を電源とする発電所を使用することを2年間停止する法案が、米ニューヨーク州議会で可決されています。ただ、ホークル知事は、署名するか未定だと明らかにしています。暗号資産の採掘は大量の電力を必要とすることは知られていますが、法案は2050年までに温室効果ガス排出を85%削減する取り組みの一環で、4月に州下院を通過し、上院でも先週可決されています。報道によれば、ホークル知事は「環境保護と、経済活動があまり活発でない地域での雇用機会保護のバランスを取る必要がある」と述べ、署名すべきかなお検討中としています。法案は、炭素系燃料を使用し仮想通貨採掘に電力を提供する発電設備に対する大気許可の発行や更新を一時停止する内容です。
- アフガニスタンでイスラム主義組織タリバンが政権を掌握した2021年8月、それまで手作りの工芸品を販売していたオンライン商取引の「アシール」はすぐさま、アフガン国民用の緊急支援物資を買うための寄付を暗号資産で受け付ける活動に軸足を移しました。伝統的な銀行システムにアクセスできない人々を、暗号資産を使って支えるこうした慈善事業は世界各地に広がっているといいます。なお、最近の暗号資産相場の暴落も、この流れに水を差してはいないとのことです。アシールの技術責任者は、タリバンに対する国際的な制裁によって「われわれは現金決裁ができない」と語り、アシールは暗号資産と併せて法定通貨でも寄付を受け付け、それを暗号資産に換えて食料や応急処置用品を買っているとのことです。アフガン東部で6月に起きた地震でも、被災者向けの寄付集めに乗り出しています。この地震では約1,100人が亡くなっていますが、アシールは相場変動の影響を抑えるため、暗号資産の中でも主要法定通貨に連動するステーブルコインを使っているといいます(とはいえ、現状では、そのステーブルコインの価格も大幅下落しています)。暗号資産は、代表的なビットコインが年初から約60%するなど軒並み急落していますが、制裁その他の混乱で伝統的な金融システムが使えない場所では魅力を保っているということです。
- 米暗号会社ハーモニーは、自社の主要製品から約1億ドル相当のデジタルコインが盗まれたと発表しています。ハーモニーは分散型金融(DeFi)や非代替性トークン(NFT)向けのブロックチェーン開発を手掛けており、異なるブロックチェーン間の暗号移転ツールである自社の「ホライゾン」ブリッジがサイバー窃盗に遭ったと説明しています。ブロックチェーンブリッジを狙ったハッカー攻撃は増加しており、英分析会社Ellipticによると、今年にはこれまでに10億ドル以上がブリッジから盗まれているといいます。ハーモニーは「国家当局や犯罪科学専門家と協力して犯罪者の特定と資金回収に努めている」とツイートしていますが、これ以上の詳細は明らかにされていません。
- 愛知、愛媛両県警は、女性から約2億2,500万円相当の暗号資産のビットコインをだまし取ったなどとして、電子計算機使用詐欺などの疑いで、自営業の容疑者と無職の容疑者ら男女9人を逮捕しています。報道によれば、容疑者ら3人の逮捕容疑は2021年2月19日、インターネット接続端末を使い、春日井市の60代の女性のビットコインを、自身らが管理するアドレスに不正に送信して詐取したというものです。容疑者ら2人が開設した暗号資産口座や銀行口座を、残る4人が有償で譲り受けた疑いが持たれています。容疑者と女性は投資セミナーで知り合ったといい、女性はスマートフォンのアプリでビットコインを管理していたが、県警は、容疑者がそのアプリを操作するために必要なパスワードを何らかの方法で入手し、不正にアプリを操作したとみています。
- 暗号資産関連事業への出資をめぐり、神奈川県警の複数の警察官が無登録で同僚らを勧誘した疑いがあるとして、神奈川県警が金融商品取引法違反(無登録営業)容疑で警察官の自宅などを家宅捜索し、スマートフォンなどを押収しています。神奈川県警は勧誘の規模や動機などの実態解明を進め、7月に同容疑で書類送検する方針だということです。国に登録せずに事業への出資を勧誘した疑いが持たれているのは、20代の複数の警察官で、同期採用の同僚らに、暗号資産関連事業「マイニングエクスプレス」への出資を呼びかけていたとみられ、実際に応じた同僚もいたとされます。なお、マイニングエクスプレスを巡っては、出資するための資金を得るとうたい、新型コロナウイルス対策の国の「持続化給付金」を不正受給していたとして、警視庁が東京国税局の職員ら詐欺グループ10人を逮捕しています。ただ、出資を勧誘した疑いがある神奈川県警の警察官は、この詐欺グループとは無関係とみられています。暗号資産取引の脱税を指南したとして、東京地検特捜部は、所得税法違反の疑いで、アラブ首長国連邦のドバイに本店を置く「KPT General Trading LLC(KPT社)」の役員ら2人を再逮捕、新たに3人を逮捕しています。報道によれば、KPT社は暗号資産取引で利益を上げた個人らを対象にセミナーなどを開催、依頼者の暗号資産を所得税がかからないドバイのKPT社に移し、換金するといった方法で課税を回避できると説明し、顧客を集めていたものです。
②IRカジノ/依存症を巡る動向
カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致を巡り、IR実施法に基づく区域整備計画を国に申請している3つの地域ともに、反対運動も活発化しています。大阪府・市についても、参院選大阪選挙区(改選数4)で一部の候補者が、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致の是非を争点に掲げて争っています。ただし、新型コロナウイルス禍で観光業界が低迷する中、年間1兆円超とされる経済効果への期待感は大きい一方、行政手続きが国の審査に移行していることもあり、予定地の人工島・夢洲の整備費やギャンブル依存症対策といった課題をめぐる論戦は低調です。例えば、国土交通省によれば、新型コロナウイルスが感染拡大した2020年に関西国際空港から入国した訪日外国人(インバウンド)は、前年比88%減の約101万1,000人、2021年は約4万1,000人に落ち込んでいます。さらに、大阪府内の宿泊客数も2020年は延べ約1,971万人と前年の約4割程度にとどまったうえ、2021年も1,785万人余りと低調です。一方、2029年秋以降のIR開業を目指す大阪府市は、整備計画で国内外の年間来訪者数を約2,000万人と想定、近畿圏への経済波及効果は年間約1兆1,400億円、雇用創出効果は同約93,000人を見込んでいます。見込みとおりであれば、「経済成長の起爆剤」となるところ、コロナ禍からの立ち直りの兆し(直近では雲行きがやや怪しくなってきましたが)があるとはいえ、見込みとおりとなるのか、その実現可能性はいまだ不透明です(インバウンド頼みの経済波及効果であり、場合によっては「採算が取れない」事態も十分想定されるところです)。また、大阪府・市の大きな課題(問題)としては、土壌汚染や液状化層の存在が判明した夢洲の整備費が挙げられます。所有者の大阪市は約790億円を負担する方針とされますが、35年間の借地契約で市が得る賃料の総額計875億円の大半が消える計算となります。整備費負担を上回る税収効果があるとこれまで主張してきた賛成派に対し、反対派は多額の公費投入によって将来世代の負担が増すとしています。このように、経済波及効果の予測を巡る検証が十分に議論され尽くしていない現状は、やや不安が残ります。
一方、反対運動等も動きがあります。まず、運営事業者が市に提出した審査書類や、府が国に送付した区域整備計画の補足説明用の文書などを府市が開示しなかったのは違法だとして、東京都の男性が、それぞれの非公開決定の取り消しを求め大阪地裁に提訴しています。報道によれば、男性は大阪市に対し、運営事業者の米カジノ大手MGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスの共同事業体から提出があった審査書類や、市と事業者の協議文書の公開を請求、市は「事業者の知見やノウハウを公にすることで法人の権利や正当な利益を害する恐れがある」などとして非公開決定、さらに4月の大阪府に対する開示請求についても、府は同様の理由で一部の資料を開示しない対応をとっていますが、今後の展開が注目されます。また、以前の本コラムでも取り上げたIR誘致の是非を問う住民投票の実施を求めて市民団体が集めて選挙管理委員会に提出した署名約21万筆のうち、有効数が法定の約14万6,000筆(府内の有権者数の50分の1)を超えたといいます。市民団体は7月中にも、住民投票条例の制定を知事へ直接請求する方針だといいます。報道によれば、市民団体「カジノの是非は府民が決める住民投票をもとめる会」事務局によると、署名が有効か審査していた府内72市区町村の選管のうち、すでに53選管から結果の回答があり、計約15万6,000筆が有効だと確認されたということです。以前の本コラムでも横浜市の動向を紹介した際に説明したとおり、地方自治法に基づき、知事は請求を受ければ、20日以内に府議会を招集し、意見を付けた上で、住民投票条例案を提出しなければならず、住民投票を実施するかは大阪府議会に諮られ、審議されることになります。市民団体側は、大阪維新の会が「大阪都構想」の住民投票で繰り返した表現を引き合いに出し、「これだけの署名が集まったのだから、『究極の民主主義』を実践に移し、住民投票をすべきだ」と訴える一方、大阪府議会ではIR誘致に賛成する大阪維新の会が過半数を占め、同会代表の吉村洋文知事は「今の時点で住民投票をする必要はない」との認識を示しています。また、直近では、自民党市議やNPO法人理事ら12人が、誘致計画に反対する団体「NO!大阪IR・カジノ」を設立しています。同団体は地元企業や他の団体からも賛同を集め、8月にも国に認定しないよう要望するということです。前述したとおり、計画の経済効果には疑問があること、住民の合意形成も不十分だと主張しています。報道によれば、呼びかけ人となっている大阪市議は「計画には問題がある。大阪の成長をIRに託すべきではない」と訴えています。
長崎県が佐世保市への誘致を目指すIRを巡り、毎日新聞の公文書開示請求に対し、県は事業予定者と交わした基本協定書などの不開示を決定したと報じられています(2022年6月29日付毎日新聞)。IR誘致を推進してきた大阪府・市や、和歌山県は基本協定書を自治体のHPなどで公開しており、「長崎県の情報公開に消極的な姿勢が際立っている」と指摘しています。本コラムでもその経緯については紹介していますが、長崎県議会は4月に区域整備計画案を可決し、県は国に区域認定を申請しましたが、長崎県は初期投資に必要な約4,383億円を出資・融資する企業や金融機関の詳細を明らかにせず、「実態が不透明だ」との批判が上がっているところです。県議会で区域整備計画案に反対した県議は「行政が関与する事業なのだから、全ての情報をオープンにするのが基本。(事業期間の)35年間、この姿勢を続けるのか」と指摘、IRに反対する市民団体メンバーの弁護士は「事業のリスクなど行政にとって不都合な情報も開示した上で、県民と一緒に考えるべきだ」と語っています。
その他、海外ノカジノ・IRを巡る最近の動向について、簡単に紹介します。
- マカオの行政長官は政府のウェブサイトで、バーや映画館、ヘアサロン、屋外の公園閉鎖を含む新型コロナウイルス感染拡大抑制策を延長すると発表、カジノは営業継続を認められるが、劇場、フィットネス施設、娯楽施設は営業停止が義務、飲食店は持ち帰り営業のみ許可されることになりました。さらに直近の報道(2022年7月8日付ロイター)によれば、マカオ当局は、カジノのホテル2カ所を新型コロナウイルス感染症の医療施設に加えています。SJMホールディングス系のグランド・リスボア・パレスと、メルコ・リゾーツ系のグランド・ハイアットがそれぞれ、一部客室の提供を発表、2社で計約800室分の提供になるということです(マカオでは既にサンズ・チャイナ系のシェラトンとロンドナーリゾートが隔離用施設に使われています)。なお、マカオの7月7日の新規感染者は128人、6月中旬以来の感染総数は1,215人ですが、現在15,000人以上が隔離されているといいます。マカオの人口は約60万人で、公共病院は1つしかなく、コロナ禍前から医療態勢は不十分だったといいます。
- オーストラリア賭博規制当局は、一連の不祥事などで苦境に陥っているカジノ運営大手クラウン・リゾーツがシドニーとメルボルンに保有するカジノについて、米プライベートエクイティ(PE)大手ブラックストーンによる運営を許可しています。ブラックストーンによる63億ドル規模のクラウン買収計画で重要な手続きが進んだ形となります(なお、クラウンが3カ所目のカジノを運営するパースの規制当局は、ブラックストーンに関する判断をまだ下していません)。クラウン株主は買収を支持しているものの、連邦裁判所の承認を得る必要があり、連邦裁はパースの規制当局がブラックストーンに許可を与えるまで審理期日を設定しない方針だということです。
次に依存症を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
大阪府議会は、IR誘致を巡り、ギャンブル依存症対策への府の責務の明確化や依存症者の家族らへの支援拡充などを盛り込んだ条例案について、賛成少数で否決しています。自民党府議団と自民保守の会が同条例案を議会に提出、「IRに対する府民の最大の懸念点を払拭したい。スピード感を持って取り組む必要がある」、「(具体策を定めない)理念条例だけでは全国のトップランナーにはなれない」と条例提案の意義を強調した一方、大阪維新の会は「依存症対策の目的そのものは否定しないが、個別事業の財源の裏付けがないなど多くの懸念事項がある」と反対、今後、大阪維新の会からあらためて条例案を提案するとしています。さらに公明党も「依存症はアルコールや薬物もある。その中でなぜギャンブル依存症だけ条例化するのか整理できていない」と反対したということです。一方、大阪市議会は、遊技のパチンコやパチスロなどをギャンブルと位置付け、依存症対策への支援を政府に求める意見書を全会一致で可決しています。最大会派の大阪維新の会と公明党が共同提案したもので、意見書では、パチンコやパチスロなどは依存症患者が多く、依存症対策の底上げが必要だと指摘、カジノ事業との整合性からも国の適正な指導・管理のもとに運営されるよう法整備を求めたほか、依存症対策の推進についても支援を要請しています。大阪市の松井一郎市長は「ギャンブルと位置付け、真正面から依存症の方のケアに取り組むということだ」と述べています。同市長はこれまでもギャンブルとしてカジノが厳格に規制される一方、パチンコが遊技のため、実態とは異なり依存症対策などに開きがあるとしていました。
ストーカーによる被害が高止まりしています。2021年に寄せられたストーカー被害の相談は全国で約19,700件にも上り、過去最多だった2017年の約23,000件からは減少しているものの、悲惨な事件もなくなっていません。そもそもストーカーは、ある意味、相手と限りなく繋がりを求めたり、束縛したり、支配しようとする、歪んだ人間関係であって、「人間関係への依存」と考えることもできるかと思います。規制法による厳罰化ではストーカーを防ぐことは難しく、最近では、ストーカーの再発防止の一環として、加害者に対する治療・カウンセリングが注目されています。2022年6月30日付毎日新聞によれば、京都府警は「加害者」の支援に力を入れており、ストーカー行為をしてしまった人がカウンセリングを受ける費用を公費で負担するほか、加害者が電話で相談できる窓口も創設しているといい、当初は「なぜ加害者に税金を使うのか」、「公金は被害者支援に当てるべきではないか」という批判も受けたといいます。報道において、「少年鑑別所で非行少年の更生に携わった経験もある川畑教授は、ストーカー加害者の立ち直りで重要なのは「執着心を取り除くこと」だと話す。川畑教授は「自己肯定感の低さがストーカー行為につながる」と指摘する。例えば、友人や趣味など恋愛以外の希望がある人は、相手に振られてもそれを受け入れやすい。しかし自己肯定感の低い人は、振られると相手に執着心を抱き、ストーカー行為に及んでしまうことがあるという。特に幼い頃、親に虐待された経験がある人は見捨てられることに敏感な傾向があり、加害してしまうことにも影響があるとみている。「加害者の多くは、自分の行為がストーカーに当たると思っていない。警察から注意を受けると驚いて一時的に納得するが、それでは執着心は残ったままで、根本の解決にならない」。警察や周囲の人が早期に気づき、重大な事態に陥る前にケアする必要があると話す」と紹介されています。報道において、京都府警は「被害者支援と加害者支援は両輪。どちらも欠くことはできない」とし、「被害者を守るためには加害者の執着心を何とかしなければいけない」と加害者支援の重要性を説明しています。
前回の本コラム(暴排トピックス2022年6月号)で取り上げた山口県阿武町の誤送金問題においては、オンラインカジノに関わるさまざまな問題が明るみに出ました。例えば、公営ギャンブルよりアクセスしやすく、ネットが身近な若い男性を中心に急増いること、その背景には、日本の法の下にない海外企業(その多くが地中海の島国マルタやカリブ海のオランダ自治領キュラソーなど、ギャンブルを合法としている国でライセンスを取得しているといいます)が野放し状態でネット上のサイトを運営している状況があること、ギャンブル依存症問題につながる可能性があること、入出金記録が残らないため不正なマネー・ローンダリングに利用される恐れがあること、などです。ギャンブル依存症との関係でオンラインカジノとスポーツ賭博について報じた以下の3つの記事大変が興味深く、抜粋して引用します。
2022年6月9日付読売新聞の記事「検証 スポーツ賭博 際限ない刺激、依存招く」
2022年6月15日付の記事「ネットカジノ横行、「違法でない」と誤解が拡散…「TVゲーム感覚」で借金1000万円」
2022年6月22日付日本経済新聞の記事「スポーツベッティング 功罪の議論いまこそ」
③犯罪統計資料
令和4年4月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。以前の本コラム(暴排トピックス2022年2月号)で紹介した令和3年の確定値の傾向が概ね継続しつつも、微妙な変化の兆しも見られます。
▼警察庁 犯罪統計資料(令和4年1~5月分)
令和4年(2022年)1~5月の刑法犯総数について、認知件数は222,829件(前年同期227,121件、前年同期比▲1.9%)、検挙件数は96,506件(104,961件、▲8.1%)、検挙率は43.3%(46.2%、▲2.9P)と、認知件数・検挙件数ともに2020年~2021年において減少傾向が継続していた流れを受けて減少傾向が継続しています。なお、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数は150,021件(152,803件、▲1.8%)、検挙件数は58,060件(64,805件、▲10.4%)、検挙率は38.7%(42.4%、▲3.7P)、うち万引きの認知件数は35,243件(37,213件、▲5.3%)、検挙件数は23,930件(26,177件、▲8.6%)、検挙率は67.9%(70.3%、▲2.4P)となりました。また、粗暴犯の検挙件数は20,286件(19,967件、+1.6%)、検挙件数は16,649件(17,221件、▲3.3%)、検挙率は82.1%(86.2%、▲4.1P)となりました。コロナで在宅者が増え、窃盗犯が民家に侵入しづらくなり、外出も減ったため突発的な自転車盗も減った可能性が指摘されるなど窃盗犯全体の減少傾向が刑法犯の全体の傾向に大きな影響を与えていますが、3月のまん延防止等重点措置の解除などもあり、今後の状況を注視する必要がありそうです。また、知能犯の認知件数は14,668件(13,877件、+5.7%)、検挙件数は7,094件(7,129件、▲0.5%)、検挙率は48.4%(51.4%、▲3.0P)、うち詐欺の認知件数は13,311件(12,626件、+5.4%)、検挙件数は5,917件(6,084件、▲2.7%)、検挙率は44.5%(48.2%、▲3.7P)などとなっており、本コラムでも指摘しているとおり、コロナ禍において詐欺が大きく増加しています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年2月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が大きく増加傾向にあることが影響しているものと考えられます。刑法犯全体の認知件数が増加傾向を見せ、検挙件数が減少傾向の中、とりわけ知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です(そして、検挙率がやや低下傾向にある点も気がかりです)。
また、特別法犯総数については検挙件数は25,713件(27,000件、▲4.8%)、検挙人員は21,141人(22,314人、▲5.3%)と2021年同様、検挙件数・検挙人員ともに減少している点が特徴的です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は1,616件(2,129件、▲24.1%)、検挙人員は1,216人(1,554人、▲21.8%)、軽犯罪法違反の検挙件数は2,942件(3,151件、▲6.6%)、検挙人員は2,928人(3,131人、▲6.5%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は3,465件(3,087件、+12.2%)、検挙人員は2,653人(2,441人、+8.7%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,306件(919件、+42.1%)、検挙人員は1,077人(739人、+45.7%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は184件(94件、+95.7%)、検挙人員は75人(41人、+82.9%)、不正競争防止法違反の検挙件数は25件(35件、▲28.6%)、検挙人員は26人(31人、▲16.1%)、銃刀法違反の検挙件数は1,924件(1,943件、▲1.0%)、検挙人員は1,666人(1,698人、▲0.7%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、迷惑防止条例違反や犯罪収益移転防止法違反、不正アクセス禁止法違反が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は399件(313件、+27.5%)、検挙人員は236人(186人、+26.9%)、大麻取締法違反の検挙件数は2,297件(2,447件、▲6.1%)、検挙人員は1,803人(1,933人、▲6.7%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は3,374件(4,239件、▲20.4%)、検挙人員は2,300人(2,857人、▲19.5%)などとなっており、最近継続して大麻事犯の検挙件数が大きく増加傾向を示していたところ、減少に転じている点はよい傾向であり、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きく減少傾向にある点とともに特筆されます。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、総数200人(229人、▲12.7%)、ベトナム59人(71人、▲16.9%)、中国32人(36人、▲11.1%)、スリランカ22人(3人、+633.3%)、ブラジル13人(16人、▲18.8%)、韓国・朝鮮10人(9人、+11.1%)、フィリピン7人(12人、▲41.7%)、パキスタン6人(2人、+200.0%)、インド6人(7人、▲14.3%)などとなっています。
一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、刑法犯全体の検挙件数は3,363件(4,736件、▲29.0%)、検挙人員は2,110人(2,579人、▲18.2%)と検挙件数・検挙人員ともに2021年に引き続き減少傾向にある点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じている点は、緊急事態宣言等のコロナ禍などの要素もあることも考えられ、いずれにせよまん延防止等重点措置の解除やオミクロン株の変異型の再度の流行の兆候など状況の流動化とともに今後の動向に注意する必要がありそうです。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は230件(292件、▲21.2%)、検挙人員は222人(272人、▲18.4%)、傷害の検挙件数は368件(453件、▲18.8%)、検挙人員は390人(541人、▲27.9%)、脅迫の検挙件数は135件(132件、+2.3%)、検挙人員は137人(126人、+8.7%)、恐喝の検挙件数は123件(147件、▲16.3%)、検挙人員は162人(175人、▲7.4%)、窃盗の検挙件数は1,444件(2,350件、▲38.6%)、検挙人員は287人(393人、▲27.0%)、詐欺の検挙件数は548件(663件、▲17.3%)、検挙人員は460人(508人、▲9.4%)、賭博の検挙件数は10件(16件、▲37.5%)、検挙人員は50件(47件、+6.4%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、3月まで検挙人員が増加傾向を示していたところ減少傾向に転じています。とはいえ、全体的には高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測されることから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は2,085件(2,760件、▲24.5%)、検挙人員は1,410人(1,880人、▲25.0%)とこちらも2020年~2021年同様、減少傾向が続いていることが分かります。犯罪類型別では、暴力団員不当行為防止法違反の検挙件数は1件(5件、▲80.0%)、検挙人員は2人(18人、▲88.9%)、暴力団排除刑法犯の検挙件数29件(34件、▲14.7%)、検挙人員25人(30人、▲16.7%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は14件(13件、+7.7%)、検挙人員は28人(42人、▲33.3%)、銃刀法違反の検挙件数は33件(41件、▲19.5%)、検挙人員は19人(32人、▲40.6%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は71件(53件、+34.0%)、検挙人員は27人(14人、+92.9%)、大麻取締法違反の検挙件数は355件(456件、▲22.1%)、検挙人員は209人(278人、▲24.8%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,215件(1,798件、▲32.4%)、検挙人員は785人(1,163人、▲32.5%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は72件(56件、+28.6%)、検挙人員は45人(39人、+15.4%)などとなっており、やはり最近増加傾向にあった大麻事犯の検挙件数・検挙人員ともに減少に転じ、その傾向が定着していること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していること、麻薬等取締法違反・麻薬等特例法違反が大きく増えていることなどが特徴的だといえます。
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
前回の本コラム(暴排トピックス2022年6月号)執筆直後に、またもや北朝鮮が弾道ミサイルを発射しています。巡航ミサイルの発射を含め、今年に入って17回目、28発となりました(その後、1カ月間は発射はありません)。さらに今回は判明しただけで6発を連射しており、異様というほかない状況です。日本や世界の安全保障にとって極めて深刻な事態だといえます。航空機や船舶への被害は確認されていないにせよ、危険極まりなく、日本への脅威は確実に高まっていると認識する必要があります。国際社会は一致して、北朝鮮の暴挙をやめさせなければならないところ、肝心の国連安全保障理事会(国連安保理)では、米が5月に提出した北朝鮮制裁強化の決議案が中ロの拒否権発動により否決されるなど、十分な制裁を発動できず、口先だけの警告を繰り返すしかない状況です(とりわけ、中国は、これまでの国連制裁の抜け穴となっています)。北朝鮮が、かつてない頻度で新たな形の発射を繰り返しているのは、飽和攻撃や複数の地点から発射し、ほぼ同時に弾着させる能力向上を図る狙いがあると考えられます。完全に国際社会を軽視する姿勢を見せる北朝鮮に対し、日本は米韓両国のほか、国際社会とも連携を強化し、経済と軍事の両面で圧力を強めていくことが重要だと考えます。一方、韓国の尹錫悦・新政権は前政権と対照的に北朝鮮への厳しい姿勢を示しています(北朝鮮の6連発に対し、米韓共同で8連発と即応力を示しているのは分かりやすい形です)。早速、北朝鮮の核・ミサイル能力が高度化していることへの危機意識の表れから、北朝鮮への先制打撃など韓国軍の「3軸体系」を統括する戦略司令部の創設を決めています。尹大統領は全軍主要指揮官会議で、陸海空軍の幹部らを前に「北朝鮮が挑発する場合、我が軍は迅速かつ断固として懲らしめなければならない」と述べ、軍の引き締めを図っています。尹氏は就任直後の5月、バイデン米大統領との直接会談で、米国が核戦力を含む軍事力で韓国を守る「拡大抑止」を拡充するとの確約を取り付けています。「3軸体系」について協議したこの日の会議は、尹政権が韓国独自の防衛力強化に本腰を入れたことを意味しています。北朝鮮の高度化する攻撃態勢に対し、韓国の弱点として指摘されてきたのは迎撃能力で、北朝鮮から飛来したミサイルを地対空誘導弾「PAC3」や、韓国型パトリオットミサイル「天弓」で迎撃しようとしていますが、北朝鮮は2019年頃から、韓国を狙う最新鋭の短距離ミサイルの開発を本格化しており、変則軌道で飛ぶイスカンデル型「KN23」など、迎撃が極めて難しい最新鋭ミサイルを相次ぎ試験発射しています。それに対抗すべく「韓国型ミサイル防衛」を構築するにあたっては、韓国に配備された米軍の最新鋭ミサイル防衛システム「最終段階高高度地域防衛(THAAD=サード)」との連携も課題になるとみられています。この北朝鮮のミサイル技術の急速な進化については、日本の松野官房長官が、ミサイル技術は急速に進化しており迎撃能力を高める努力が重要だと述べ、防衛力強化に向けた取り組みを引き続き進めていくとの見解を示しています。岸防衛相は、北朝鮮の弾道ミサイル発射を受けて会見し、「(同時に多数発射する)飽和攻撃などに必要な連続発射能力の向上といった狙いがある可能性がある」と語っっています。松野長官は、飽和攻撃には、海上自衛隊のイージス艦による上層での迎撃と航空自衛隊の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)による下層での迎撃を組み合わせて対応することにしていると説明、その上で、北朝鮮を念頭に、ミサイル技術は急速なスピードで進化しており「迎撃能力を高める不断の努力が重要だ」と述べたものです。
北朝鮮が2022年に撃った弾道ミサイルは過去最多の28発となり、技術の高度化の状況を見せている点に関連して、低空を変速軌道で飛行する新型などは従来の迎撃システムによる対応が難しく対応に迫られているといえます。日本を攻撃する国への「反撃能力」を保有し、抑止力を高める手段の是非が参院選の争点のひとつとなっています。北朝鮮は、既に述べたとおり、短時間に複数拠点から計8発を撃つ異例の行動に出ましたが、これまで1日あたりで最も多かった7発の記録を更新する形となりました。相手の対処能力を量で上回る「飽和攻撃」の練度を上げる狙いとみられていますが、北朝鮮が3月24日に発射した大陸間弾道ミサイル(ICBM)は通常の角度なら米国全土が射程に入るほか、1月には北朝鮮が「極超音速型」と主張するミサイル発射もあるなど、ミサイル防衛で海上のイージス艦と地上の地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)の二段構えで撃ち落とす体制をとってきた日本は、放物線軌道で飛来する弾道ミサイルを主に想定していたところ、レーダーで探知しにくい低空や変則軌道で飛ぶミサイルになると迎撃の難易度は高まるほか、大量に撃ち込む飽和攻撃も迎撃の精度が落ちる要因となりうることから、従来の迎撃能力を拡充するだけでなく、日本を攻撃すれば反撃されると思わせる能力を身につけるべきだといった意見が説得力を持ってきています。「総合政策集」には反撃の対象について「相手国のミサイル基地に限定されるものではなく相手国の指揮統制機能なども含む」と掲げており、発射を指示する司令部なども含めれば抑止力が増すとみています。また、反撃能力はどうあるべきかの論点のひとつが「専守防衛」との関係となります。専守防衛は憲法9条に基づく防衛の基本方針で、防衛力を自衛のための必要最小限度に限っていますが、「攻撃の兆候が明白な場合は事前の反撃も許容されるのか」、「反撃の対象に政府の中枢機能などを含めるのか」など検討すべき課題は多いといえます。実際の反撃には自衛隊の態勢の整備も欠かせない観点であり、東日本大震災の際は、統合幕僚長が首相官邸への報告などに時間を割かれ部隊運用に目が行き届かなかった反省があり、自衛隊の指揮と政府との調整を統幕長が兼務するままでは、反撃を巡り米軍との擦り合わせが滞る可能性が指摘されています。
一連の弾道ミサイル発射について、北朝鮮の金星国連大使は、対北朝鮮制裁をめぐる国連総会会合で、「自衛権の行使は主権国家の正当かつ合法的な権利であり、誰も否定できない」と主張し、弾道ミサイル発射や、準備を進めている核実験を正当化しています。この会合は、中国とロシアが5月、安全保障理事会で北朝鮮への制裁を強化する決議案に拒否権を行使したことに伴うもので、金氏は米国が提案したこの決議案に「国連憲章の精神と国際法に反する違法行為」「北朝鮮の主権と、生存、発展する権利を奪おうとする米国の不法な敵対行為の産物」と反論しています。北朝鮮は安保理決議違反である弾道ミサイルの発射をくり返しており、米政府は、同じく安保理決議違反に当たる核実験の準備も終えたとの見方を示すしています。これに対し、金氏は「国防力の強化は安全保障上の危機に備えることが目的だ」と主張、安保理に対し、北朝鮮の自衛権行使が国際の平和と安全の脅威になる理由を説明するよう求めました。さらに、米国が核兵器を使用し、核実験をくり返したなどと指摘し、「北朝鮮を直接脅かす米国の兵器実験、合同軍事演習はなぜ安保理で議論されないのか」と不満をぶつけています。
韓国国防省傘下の研究機関が北朝鮮の1月以降のミサイル発射費用を最大870億円と推計しています。半年足らずで北朝鮮の国内総生産(GDP)の2%程度を投入した計算となります。兵器開発に資金を集中投下する実態が浮かび上がります(韓国国防研究院によると、北朝鮮の2022年のミサイル発射費は新型コロナウイルスのワクチン調達に換算すると2,000万~3,250万回分にあたり、北朝鮮の住民全員に1回の接種が可能だということです。また、コメで換算すれば51万~84万トンとなり、年間の食糧不足分の59~98%を補える量になるとしています。国民の生命を脅かしてまで兵器開発に資金を集中投下する異常な状況がよくわかります)。最近の発射の多発は、米本土全体を射程に収め、複数の弾頭を搭載する新型ICBM「火星17」の開発を進めており、こうした新型弾の技術を検証しているとの見方があります。短距離に比べ材料費がかさむ大型のミサイルを活発に試射すれば、それだけ発射コストがかさむことになります。国連安保理は北朝鮮が初めて核実験を実施した2006年以降、北朝鮮に対し段階的に経済制裁を強化しており、2017年以降は石油精製品の輸出制限などを続けています。核・ミサイル開発の資金源を断つ目的がありますが、こうした制裁の下でも北朝鮮はミサイルを連射している状況にあります。最近は7回目の核実験に踏み切るとの観測も出ています。本コラムでもたびたび取り上げていますが、国連の専門家パネルはサイバー攻撃による暗号資産の奪取が核・ミサイル開発の資金源になっていると指摘しています。
その制裁逃れの実態については、2022年6月30日付日本経済新聞の記事「北朝鮮の石炭、中国に密輸か ミサイル開発の資金源に」で、同紙の調査で北朝鮮が国際取引を禁止されている石炭を中国に密輸している疑いが強まったことが判明しています。以下、抜粋して引用します。
暗号資産の項でも取り上げましたが、米暗号資産会社ハーモニーの主要サービスがサイバー攻撃に遭い、1億ドルもの暗号資産が盗まれた事件で、北朝鮮のハッカー集団が関与した可能性が高いことがデジタル調査会社3社の調査で分かりました。暗号資産は、ハーモニーが提供する異なるブロックチェーン(分散型台帳)間の暗号資産移転サービスから盗まれたといい、調査会社によると、その後のハッカー集団の行動が北朝鮮の関与を示唆しているといいます。ハーモニーの調査に協力しているブロックチェーン分析のチェーンアナリシスは、攻撃の手法のほか、暗号資産の出所を不明にするサービス「ミキサー」への支払い方法が過去の北朝鮮絡みのサイバー攻撃に類似しているとツイッターで分析しています。別の調査会社エリプティックは北朝鮮系のハッカー集団「ラザルス」が関与した可能性があるとしています。チェーンアナリシスによると、北朝鮮の関与が確認できれば今年に入って北朝鮮の明確な関与があったサイバー攻撃は8件目となり、盗まれた資金は10億ドルと、年初からサイバー攻撃で盗まれた資金全体の60%を占めるといいます。関連して、米連邦捜査局(FBI)などは、北朝鮮のハッカーが2021年5月以降、医療機関を狙って身代金要求型ウイルス「ランサムウエア」を使ったサイバー攻撃を仕掛けていると警告を出しています。被害件数など詳細は明らかにしていませんが「長期間にわたり医療サービス停止に追い込まれたケースもある」と指摘しています。北朝鮮ハッカーが使っているのは「マウイ・ランサムウエア」と呼ばれるウイルスで、医療機関の電子カルテなどのデータが暗号化されたといい、復元する代わりに身代金を要求したとみられています。報道によれば、FBIなどは「北朝鮮のハッカーたちは、医療機関が人の命と健康に関わる業務を行っているため、身代金の支払いに応じると考えている」と分析、今後も攻撃対象として医療機関を狙い続ける可能性が高いとして、ソフトウエアを最新版に更新するなど対策を取るよう呼びかけています。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は、今年1月時点の核弾頭総数が世界で12,705個に上るとの推計を発表、前年同時期より微減したものの、ロシアによる核の威嚇を踏まえ「核兵器が使用されるリスクは冷戦時代以降、最も高まったとみられる」と指摘しています。北朝鮮については実際に保有する核弾頭数が最大20個と推計、「北朝鮮の軍用核開発は引き続き国家安全保障戦略の中心を成している」として、初めて世界の総数に加えています。北朝鮮の弾頭数ではこれまで、製造可能な数の推定にとどまっていましたが、今回は組み立て済みの弾頭の推計を公表したということです。核分裂性物質の在庫は2021年に増えたとみられ、45~55個の弾頭をつくるのに十分な量だと推測、「中距離弾道ミサイル用の少量の核弾頭を保有している可能性がある」との見方も示しています。なお、ロシアの弾頭は5,997個、米国は5,428個で、2国で世界の約9割に及びます。関連して、非政府組織(NGO)核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)は、核兵器を保有する9カ国の核兵器関連支出に関する報告書を発表し、北朝鮮の昨年の支出が6億4,200万ドルに上ったと推計しています。北朝鮮の関連支出や核保有規模に関して確認が取れたデータはありませんが、2006年以降に少なくとも6回の核実験を行っており、現在は2017年以来初となる核実験の準備を進めていると考えられています。ICANの推計は、北朝鮮が引き続き国民総所得(GNI)の約3分の1を軍事費に振り向け、軍事費の約6%を核兵器に費やしているという前提を置いています。なお、北朝鮮の支出は核兵器を保有する9カ国の中で最も少なく、下から2番目のパキスタンの半分しかありません。そもそも北朝鮮は様々な種類の弾道ミサイルを開発するのか、その理由として考えられるのは「運搬手段」としてだといいます。ミサイルに載せて運びたいものは核兵器であり、実際、開発の意思は、核兵器の方が弾道ミサイルに先んじています。そして、今の北朝鮮のミサイル技術は、旧ソ連の科学者の協力だけでは説明がつかず、ロシアか中国、あるいは両国の軍事産業が関与している可能性が高いとの見方が示されています。なお、米国の科学・国際安全保障研究所(ISIS)の所長によれば、北朝鮮は2017年の時点で、プルトニウム型原爆7個、ウラン型原爆38個を保有していた可能性が高く、さらに、ミサイルに搭載できる小型化の技術開発を続けており、近く2017年以来の核実験に踏み切る可能性も出ているところです。北朝鮮の核を積んだミサイルの脅威は日韓だけではなく、米国にとっても徐々に現実のものとなりつつあります。
中国の税関当局が6月17日に発表した5月の貿易統計によると、中国と北朝鮮の貿易総額は2,031万ドル(約27.3億円)で、4月の1億234万ドル(137.6億円)から急減しています。中朝間の鉄道貨物輸送が4月下旬から一時中断していることが響いたものです。中国から北朝鮮への輸出額が前月比85%減の1,451万ドルだったことが全体に影響、北朝鮮からの輸入額は579万ドルで4月から微増する結果となっています。なお、鉄道貨物輸送の一時中断後も海路による貿易は続いているということです。そのような状況もあり、北朝鮮が中国に対し、4月下旬ごろに停止された両国間の貨物列車の定期的な運行を、再開するよう要望しているといいます。北朝鮮では新型コロナウイルスの感染が広がったとみられますが、防疫対策として列車の往来を止めるよりも、深刻な食料や医療物資の不足の解消を優先するとの判断があるといいます。北朝鮮は国境の封鎖以来、長く中国からの新型コロナの流入を警戒していましたが、北朝鮮の内情を知る複数の関係者によると、いま北朝鮮で広がっているとみられるオミクロン株は、重症化の可能性が比較的低いとの認識が定着しており、北朝鮮は「新型コロナよりも、食料や物資不足のほうが、より人民生活にとって深刻だ」と判断、中国に貨物列車の再開を呼びかけているものです。一方、中国側の国境地帯では現在、北朝鮮側からの感染拡大が強く警戒されており、中国は運行再開の時期を慎重に決めたい意向とみられます。オミクロン株の感染者の存在を公表してから間もなく2カ月となるなか、北朝鮮は状況の「安定」を強調していますが、平壌では感染が収束に向かっているものの、一部の農村部では深刻な状況が続いているといいます。感染の拡大は春の農業の開始時期と重なったこともあり、慢性的な食料不足のなか、各地で封鎖を解いて農作業の人手を確保したことで、感染が広がった模様です。田植えが終わった地域では、住民の外出や移動を再び制限する動きが出ているともいわれています。
北朝鮮は6月8~10日にかけて朝鮮労働党の中央委員会総会を開き、金正恩総書記が「自衛権は国権を守るために一歩も譲れない我が党の闘争原則」と強調しています。核ミサイル開発を正当化する主張で、今年に入り活発化させる弾道ミサイルの発射を続け、7回目の核実験にも近く踏み切る可能性が高いとみられています。総会では人事も行われ、崔善姫第1外務次官が外相に選ばれ、北朝鮮で女性が外相に就任するのは初めてとなります。また。金総書記の最側近である趙甬元書記が党組織指導部長に就いたことも確認されています。金総書記は朝鮮半島情勢について「緊張局面を突き進んでいる」との認識を示し、「国防力強化のための目標達成を繰り上げて急ぐことが求められる」と述べ、そのうえで、国防力強化のために国防研究部門が推進しなければならない「戦闘的課題」を提示したということです。核ミサイル開発や米韓などへの直接の言及はなかった模様です。さらに、北朝鮮国営の朝鮮中央通信(KCNA)は6月24日、朝鮮労働党の会議で前線部隊の行動計画増強が決定され、金正恩総書記が敵対勢力を圧倒するため自衛能力を強化するよう命じたと伝えています。金総書記は党中央軍事委員会拡大会議を23日まで3日間開き、北朝鮮が約5年ぶりに核実験を行うのではないかとの観測が高まる中、同会議に注目が集まっていました。報道によれば、会議では「戦争抑止力を一段と強化するため軍事的保証を提供するという重要な問題を検討、承認」したとされます。北朝鮮は、今回の会議で行動計画の修正に言及し「重要な軍事行動計画」に基づいて、前線部隊の作戦任務を強化することを決定したとしています。今回の会議を通じ、韓国への攻撃を念頭に置き、戦術核を搭載した短距離弾道ミサイルを前線部隊に実際に配備する可能性を示したとみられます。また、金総書記は会議で現在の情勢を「朝鮮人民軍の絶対的な力と軍事技術的強勢を維持し、絶えず向上させることを求めている」と分析、「どんな敵にも圧勝する強力な自衛力を万全に築くべきだ」と強調し、核・ミサイル開発の継続を示唆しています。その翌日、北朝鮮は朝鮮戦争(1950~53年)勃発から72年を迎えた6月25日には、米韓による「侵略の動き」を非難しています。北朝鮮が5年ぶりの核実験を準備している可能性があると懸念される中、韓国の尹錫悦大統領とバイデン米大統領は5月、北朝鮮の抑止に必要であれば米国の兵器配備を強化することで合意したことをふまえ、報道によれば、複数の労働者組織が集会を開き、朝鮮戦争を勃発させたとして米国を非難、「米帝国主義者に復讐を誓った」といいます(北朝鮮は6月25日を「米帝反対闘争の日」としており、2017年までこの日に合わせ集会を開いてきましたが、米国や韓国との対話にかじを切った2018年からは控えてきました。今年再開することによって対決局面に入ったことを強調しているといえます)。また北朝鮮は、米国が韓国と日本と共に「侵略の動き」を取ったと非難、韓国に米国の「戦略的資産」を配備しようとする米国の動きは再び戦争を挑発することが狙いだとし、「米国のこのような横柄な振る舞いは朝鮮人民の怒りと復讐心をあおる」と主張しています。また、北朝鮮の国営朝鮮中央通信(KCNA)は6月28日、金正恩総書記が27日に朝鮮労働党書記局拡大会議を主宰したと伝え、「党指導機関の活動体制を全てのレベルで改善・再調整する」問題が討議されたと報じています。金正恩氏は数週間、党の会議を相次ぎ開催、新型コロナウイルス感染拡大に続いて「腸内感染症」が流行しているほか、例年より早い雨期の始まりで、すでに慢性的な食料不足に苦しんでいる北朝鮮の作物生産について懸念が強まっているところであり、KCNAは「全国各地の農村は雨期の間、水田を豪雨から守ることに力を注いでいる」と伝えています。また、「党と国家が実施した緊急疫病対策の妥当性と科学的正確性を大衆に知らせる」ための「思想活動」を国として行ってきたとしています。その後、7月に入り、北朝鮮外務省の報道官は、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に合わせて6月29日に実施された日米韓首脳会談を引用しながら、「朝鮮半島と国際的な安全保障環境が急激に悪化していることに能動的に対処するための、国家防衛力強化の切迫性が増している」と述べています。核・ミサイル開発を加速させることを正当化する狙いがあると考えられています。そのうえで「米国と追従勢力の敵対行為がもたらすあらゆる脅威に対処して、国権と国益、領域をしっかりと守る。朝鮮半島と地域の平和と安全を保障するため、自らの責任ある使命を果たしていく」と表明しています。今回のNATO首脳会議については「米国が、欧州の『軍事化』とアジア太平洋地域の『NATO化』を実現することで、ロシアと中国を同時に抑止、包囲しようとしている」と強調、「米、日、南朝鮮(韓国)の三角軍事同盟をその実現に向けた重要な手段としていることがより明白になった」と批判しています。また、ロシアによるウクライナ侵攻について「前代未聞の政治的・経済的圧力から国の安全と人民の生命を守るための不可避の選択だった」と支持する国際政治学者の論評も掲載し、ロシアへの圧力を強める米国や西側諸国をけん制しています。
北朝鮮で新型コロナウイルスとは別の感染症の流行地に、医薬品や食料が続々と送り込まれているといいます。1週間ほど前に金正恩総書記が真っ先に自宅の常備薬を送った後、朝鮮労働党幹部らが支援を競うような状況となっているようです。朝鮮中央通信が黄海南道海州市での「急性腸内性感染症」の発生を伝えたのは16日、翌17日には、金総書記から送られた薬を受け取った海州の住民が「愛の不死薬」に涙を流したと伝えられ、それからは、倣うような動きが党や国の幹部、家族や党員・職員らへと広がっているとされます。北朝鮮では井戸の水の質が悪くなる中、住民は5月から進められた新型コロナウイルス対策の行動制限で山にわき水をくみに行くこともままならず、「いつもは使わない井戸の水を飲んだり、手近にある不衛生な水を飲んだりするしかなく、病気が広がった可能性がある」との指摘もあります。伝染病の具体的な名前などは報じられていませんが、韓国では腸チフスやコレラなどの可能性を指摘する声があります。黄海南道ではここ数年、洪水や台風の被害が相次いで住民が疲弊しているといい、大々的な支援と「愛」という言葉を含む報道の背景には不満を和らげる狙いがあるとの見方も出ています。
北朝鮮国営の朝鮮中央通信は7月1日、国家非常防疫司令部が新型コロナウイルスの流入経路に関する調査結果を発表したと報じています。司令部は韓国との軍事境界線に近い地域で「見慣れない物」に触れた2人が最初に感染し、その後、全国各地に拡散したと指摘、韓国との境界付近に風船によって飛来する品物への警戒を指示しています。北朝鮮は以前から、韓国の脱北者団体が金正恩総書記を批判するビラを風船に付けて飛ばす行為を批判、2020年6月には、ビラ散布を理由に南北共同連絡事務所を爆破しています。北朝鮮が今後、ビラ散布によって国内に感染が広がり住民の命を危険にさらしたと主張して、韓国への非難を強める可能性も考えられるところです。国家非常防疫司令部の発表によると、4月初めに南東部の江原道金剛郡伊布里の兵営と小山で見慣れない物と接触した軍人(18)と幼稚園児(5)に症状が見られ、抗体検査でも陽性と判定されたといい、この2人が触れたものが具体的に何かは明示されていません。北朝鮮の主張に対し、韓国統一省の副報道官は、脱北者団体が最近ビラを散布したのは4月下旬以降であることや、物体の表面に残存したウイルスからは感染しないとする専門家の見解を紹介、その上で、ビラを通じた感染の可能性はないと反論しています。北朝鮮は5月12日に国内での新型コロナ感染を初めて認めており、6月30日午後6時時点の累計発熱者は474万4,430人あまりで、うち約99.8%に該当する473万6,220人あまりが回復したとしています(この数字の信ぴょう性は低いとの指摘も多いところです)。また、北朝鮮は、米国が新型コロナウイルスの感染拡大を利用し、政治的な目的を持って人道支援を申し出ているとの見方を示しています。北朝鮮の外務省は、米国の申し出は北朝鮮に向けた米国の敵対的な政策に対する国際的な批判を和らげる策略の一つと指摘、最近の軍事演習や制裁強化が行われる中での米国による人道支援の申し出は偽善的だと批判しています。また、米国は国内の新型コロナ対応で失敗しており、「愚かな」申し出を取り下げ、自国の状況に気を配るべきとしています。米国と韓国は4月下旬以降で初めて新型コロナ感染が発生した北朝鮮に対し、コロナワクチンや医薬品などの人道支援を申し出ましたが、北朝鮮政府からは何の回答も得られなかった経緯があります。
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例に基づく勧告事例(石川県)
暴力団幹部がアパートに入居する際の敷金礼金を免除したり家賃を割り引いたりする便宜を図っていたとして、石川県公安委員会は、石川県内の不動産業者に対し利益供与をやめるよう石川県暴排条例に基づく勧告を行っています。報道によれば、勧告を受けたのは、石川県内の不動産会社の70代の経営者と六代目山口組の傘下組織の幹部で、経営者は2021年11月、顔見知りの暴力団幹部とアパート入居の契約を結んだ際、敷金と礼金あわせて12万円の支払いを免除したほか、4か月分の家賃と共益費を割り引いたということです。警察の聴取に対し不動産業者は「コロナ禍でしのぎが減っていたようだし、上納金の支払いも苦しそうだったので助けてあげたかった。暴力団が入居すれば、近隣トラブルが少なくなるとも考えた」などと話しているといい、暴力団幹部も「値引きしてくれてありがたかった」などと話しています。なお、2011年8月に同条例が施行されて以降、勧告が行われたのは今回が8例目だということです。
▼石川県暴排条例
石川県暴排条例では、第10条(利益の供与の禁止)で、「事業者は、その行う事業の円滑な実施を図るため、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない」とし、「一 暴力団の威力を利用する目的で、金品その他の財産上の利益の供与(以下単に「利益の供与」という。)をすること。」が規定されており、「暴力団が入居すれば、近隣トラブルが少なくなるとも考えた」とのことですので、威力を利用する目的にあたるものと考えられます。なお、純粋に「助けてあげたかった」ということであれば、第3項「事業者は、前二項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、情を知って、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与をしてはならない。ただし、法令上の義務又は情を知らないでした契約に係る債務の履行としてする場合その他正当な理由がある場合は、この限りでない。」に抵触するものと考えられます。一方、暴力団幹部については、第13条(利益の受供与の禁止)の、「暴力団員等は、情を知って、事業者から当該事業者が第十条第一項若しくは第二項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者がこれらの規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない。」、さらには、「暴力団員等は、情を知って、事業者から当該事業者が第十条第三項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者が同項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない。」に抵触したものと思われます。そのうえで、第19条「公安委員会は、第十条第一項若しくは第二項、第十二条の二、第十三条第一項、第十三条の二第一項、第十三条の三、第十六条第二項又は第十七条第二項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる。」に基づき勧告が為されたものと考えられます(第10条第3項に該当する場合は、勧告の対象とならないようです。したがって、本事例は、経営者は第10条第1項に対する違反と判断されたものと推測されます)。
(2)岡山市暴力団威力利用等禁止条例に基づく逮捕事例(岡山県)
岡山中央署は、キャバクラ経営者らから「みかじめ料」を受け取ったとして、岡山市暴力団威力利用等禁止条例違反の疑いで、池田組幹部と、自称自営業の男の両容疑者を逮捕しています。報道によれば、2人は共謀し、2018年3月20日から2022年5月20日までの間、同市内のキャバクラの男性経営者、同所のスナックの女性経営者に、風俗店の無料案内所の広告料名目としてみかじめ料計約448万円を支払わせた疑いがもたれているということです。(本コラムでも以前も紹介したことがありますが)同条例は、同中央町など市内中心部の繁華街を暴力団排除強化地域に指定し、利益供与を禁じています。
▼岡山市暴力団威力利用等禁止条例
同条例第5条(財産上の利益供与の禁止)において、「特定接客業者は、暴力団排除強化地域における特定接客業の営業に関し、暴力団員に対し、顧客その他の者との紛争が発生した場合に用心棒の役務の提供を受けることの対償として金品その他の財産上の利益を供与し、又はその営業を営むことを容認することの対償として金品その他の財産上の利益を供与してはならない。」と規定されており、自営業者はこの規定に抵触したものと考えられます。また、暴力団幹部については、第6条(財産上の利益供与を受けることの禁止)において「暴力団員は、暴力団排除強化地域における特定接客業の営業に関し、特定接客業者から、顧客その他の者との紛争が発生した場合に用心棒の役務を提供することの対償として金品その他の財産上の利益の供与を受け、又はその営業を営むことを容認することの対償として金品その他の財産上の利益の供与を受けてはならない。」との規定に抵触したものと考えられます。そのうえで、第9条(罰則)における「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」のうち、「(3) 相手方が暴力団員であることの情を知って第5条の規定に違反して、金品その他の財産上の利益を供与した特定接客業者」、「(4) 第6条の規定に違反して、暴力団排除強化地域における特定接客業の営業に関し、金品その他の財産上の利益の供与を受けた暴力団員」にそれぞれ該当したものと思われます。
(3)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(愛知県)
愛知県警は、名古屋市内のセクシーキャバクラからみかじめ料として現金20万円を受け取ったとして愛知県暴排条例違反の疑いで六代目山口組弘道会系幹部ら2人を逮捕しています。
▼愛知県暴排条例
同条例の第23条(特別区域における暴力団員の禁止行為)において、第2項「暴力団員は、特別区域における特定接客業の事業に関し、特定接客業者から、顧客その他の者との紛争が発生した場合に用心棒の役務の提供をすることの対償として又は、その事業を行うことを暴力団員が容認することの対償として、利益の供与を受けてはならない」と規定されており、この条項に抵触したものと考えられます。また、第29条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「三 第二十三条第一項又は第二項の規定に違反した者」が規定されています。
(4)暴力団対策法に基づく逮捕事例(愛知県)
警察署の留置場で男性を暴力団にスカウトしたとして、六代目山口組「瀬戸一家」傘下の組長が逮捕されています。報道によれば、組長は2022年3月、愛知県警安城署の留置場で、同じ時期に勾留されていた20代の男性に対し、「出たら面倒見たるわ。俺が親になったるわ」などと脅し、自分の組に加入させようとした疑いが持たれているということです。また、自身が釈放された後も、男性に対して留置場に差し入れをしたり、男性の裁判を傍聴して姿を見せたりしていたということです。
▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)
暴力団対策法第16条(加入の強要等の禁止)第2項では、「前項に規定するもののほか、指定暴力団員は、人を威迫して、その者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない。」と規定されています。さらに、同第18条(加入の強要等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が第十六条の規定に違反する行為をしており、その相手方が困惑していると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項(当該行為が同条第三項の規定に違反する行為であるときは、当該行為に係る密接関係者が指定暴力団等に加入させられ、又は指定暴力団等から脱退することを妨害されることを防止するために必要な事項を含む。)を命ずることができる。」と規定されています。本件は逮捕に至っていますので、第47条(罰則)における「六 第十八条の規定による命令に違反した者」に該当したものと思われます。
(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(群馬県)
群馬県公安委員会は、暴力団対策法に基づき、住吉会系の組員に対し、名目を問わず、他人に金品などの利益を要求しないよう再発防止命令を出しています(期間は1年間)。報道によれば、組員は2021年7月、伊勢崎市在住の男性に、同年9月には玉村町に住む別の男性に、所属する暴力団の威力を示して金品など財産上の利益の贈与を要求したとされ、今後も類似の行為を繰り返す恐れがあると判断されたものです。
暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない。」として、「二 人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること。」が規定されており、さらに、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる。」と規定されています。
(6)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(福島県)
2021年10月、福島県いわき市内で正月飾りの購入を要求したとして福島県公安委員会は、いわき市の住吉会系暴力団員に対してみかじめ料の要求を禁止する中止命令を出しています。報道によれば、組員は、いわき市内の経営者複数人に対して正月飾りの購入を要求したものです。なお、みかじめ料の要求を巡っては、いわき市の40代の男性暴力団員にも同様の命令が出されているといいます。
前項のとおり、暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)では「暴力的要求行為」の禁止が規定されており、本件は、「四 縄張(正当な権原がないにもかかわらず自己の権益の対象範囲として設定していると認められる区域をいう。以下同じ。)内で営業を営む者に対し、名目のいかんを問わず、その営業を営むことを容認する対償として金品等の供与を要求すること。」に抵触したものと思われます、そのうえで、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)の「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」として、中止命令が発出されたものと思われます。
(7)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(賞揚等禁止の仮命令)(熊本県)
熊本県警は、対立する暴力団幹部を射殺した殺人罪で実刑判決が確定した道仁会系の組員に対し、暴力団対策法に基づき、組から慰労金などを受け取ってはならないとする「賞揚等禁止」の仮命令を出しています(その後、組員らから意見聴取し、正式な命令を出すか判断するといいます)。報道によれば、射殺事件は2007年6月に熊本市で発生、組員は2022年6月9日に仮釈放されています。なお、同じ命令は、2018年に同会幹部など複数人に、2020年には別の同会系組員にも出ています。
暴力団対策法第4節「暴力行為の賞揚等の規制」・第30条の5において、「公安委員会は、指定暴力団員が次の各号のいずれかに該当する暴力行為を敢行し、刑に処せられた場合において、当該指定暴力団員の所属する指定暴力団等の他の指定暴力団員が、当該暴力行為の敢行を賞揚し、又は慰労する目的で、当該指定暴力団員に対し金品等の供与をするおそれがあると認めるときは、当該他の指定暴力団員又は当該指定暴力団員に対し、期間を定めて、当該金品等の供与をしてはならず、又はこれを受けてはならない旨を命ずることができる。ただし、当該命令の期間の終期は、当該刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から五年を経過する日を超えてはならない」と規定されており、「一 当該指定暴力団等と他の指定暴力団等との間に対立が生じ、これにより当該他の指定暴力団等の事務所又は指定暴力団員若しくはその居宅に対する凶器を使用した暴力行為が発生した場合における当該暴力行為」が該当するものと考えられます。
(8)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(福岡県)
直近1カ月の間に、福岡県、福岡市、北九州市において、2社について「排除措置」が講じられ、公表されています。
▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表
▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置
▼北九州市 福岡県警察からの暴力団との関係を有する事業者の通報について
福岡県における「排除措置」とは、福岡県建設工事競争入札参加資格者名簿に登載されていない業者に対し、一定の期間、県発注工事に参加させない措置で、この期間は、県発注工事の、(1)下請業者となること、(2)随意契約の相手方となること、ができないことになります。1社については、「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」(福岡県)、「暴力団との関係による」(福岡市)、「該当業者の役員等が、暴力団構成員と「密接な交際を有し、又は社会的に非難されるべき関係を有していると認められるとき」に該当する事実があることを確認した」(北九州市)」として、暴力団員が直接経営に関与していたことから、3自治体ともに「18カ月」の排除期間となっており、「令和4年6月29日から令和5年12月28日まで(18ヵ月間)」(福岡県)、「令和4年6月20日から令和5年12月19日まで」(福岡市)、「令和4年6月27日から18月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」(北九州市)と示されています(排除期間の開始日が自治体によって異なる点も注目されます)。また、もう1社についても、排除理由や排除期間(18カ月)は同じですが、その具体的な期間については、「令和4年6月29日から令和5年12月28日まで(18ヵ月間)」(福尾家健)、「令和4年6月23日から令和5年6月22日まで」(福岡市)、「令和4年7月1日から18月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」(北九州市)となっています。これまでも指摘しているとおり、3つの自治体で、公表のあり方、措置内容等がそれぞれ明確となってはいるものの、公表のタイミングや措置内容等が異なっており、大変興味深いといえます。