反社会的勢力対応 関連コラム

王将社長射殺事件~真相解明は緒に就いたばかりだ

2022.11.08

首席研究員 芳賀 恒人

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銃を向けられる様子

1.王将社長射殺事件~真相解明は緒に就いたばかりだ

「餃子の王将」を展開する王将フードサービスの社長だった大東隆行さん(当時72歳)が2013年に京都市内で射殺された事件で、京都府警は、別の事件で服役中の特定危険指定暴力団工藤会系組員、田中受刑者を殺人と銃刀法違反の容疑で逮捕しています。事件発生からもうすぐ9年というこのタイミングで急展開を見せた本件については、これまでの地道な捜査の積み重ねの結果といえる反面、今後、状況証拠だけで有罪まで持っていけるかといった高いハードルが待ち構えています(もちろん、捜査当局も現時点ですべての手の内を明かしているはずもなく、新たな証拠等が出てくる可能性もあります)。当たり前ですが、警察・検察には今後の戦略・戦術が問われることになる局面にあります。さらには、実行犯とされる工藤会系組員や工藤会の組織的関与の有無、工藤会と同社、あるいは、同社と不適切な取引関係があったとされる会社や黒幕とされる人物との接点など、十分解明されていない点も多く、事態は予断を許さない状況が続くものと推察されます。本件や逮捕に至った経緯、不適切な取引に関する状況、暴力団との接点などについて、さまざまな報道がなされる中、事件の真相解明は緒に就いたばかりです。「事実は小説よりも奇なり」、「事実は1つだが、真実は人の数だけある」とは危機管理を行ううえで重要な心構えです。2016年に公表された第三者委員会報告書は、反社会的勢力との関係は確認されなかったとした一方、「経緯や経済合理性は明らかではない」260憶円もの取引(うち176憶円が未回収)の不透明さが問題視されました。現時点においては、報告書が示唆する不適切取引の当事者を黒幕とする流れにありますが、当事者の主張や別の側面からの情報はそれを否定するものとなっています。両者は自らの立場から見える(見せたい)「真実」を「事実」であるが如く語っているに過ぎず、「事実」は意外な姿を見せることもあることを念頭に置く必要があります。今後、「事実」に辿りつく道のりを私たちは見守ることになります。今回の逮捕は真相解明に向けた序章に過ぎません。

以下、筆者にてこれまでの報道から代表的なものをいくつか取り上げ、さまざまな「真実」を提示したいと思います。あくまで確定的な「事実」であることを示すものではないことを付言しておきます。

「餃子の王将」社長射殺で組員逮捕へ…たばこの吸い殻で新たな鑑定結果(2022年10月28日付読売新聞)
田中容疑者は、福岡市内で大手ゼネコン社員が乗った車に銃撃したとして、福岡県警に18年6月に逮捕された。銃刀法違反などに問われ、懲役10年とした実刑判決が確定し、福岡刑務所で服役している。…駐車場近くの建物脇の通路からたばこの吸い殻が見つかり、付着物のDNA型が、田中容疑者のものと一致したことがわかっている。府警は、吸い殻を他の人物が別の場所から持ち込んだ可能性を排除するため、たばこの燃焼状況について、専門家に鑑定を依頼。その結果、「湿った路面で消されたもので、その場所は(現場の)通路と推定できる」とする結果が得られた。事件当時、路面は雨が降ってぬれた状態で、府警は、直前に田中容疑者が現場で吸っていた証拠になるとみている。事件現場付近の防犯カメラ映像などから、実行犯はバイクで逃走。このバイクは事件前に盗まれたものだった。物色する際に使ったとみられる車は田中容疑者の知人のものだったこともわかっている。捜査関係者によると、大東さんと田中容疑者の接点は確認されていない。王将フードサービスを巡っては、反社会的勢力との関係を調べるために設置された同社の第三者委員会が16年3月、同社の創業家が1995年頃から特定の企業経営者と総額260億円に上る不適切な取引を繰り返していたことを記者会見で明らかにした。第三者委によると、2000年に社長に就いた大東さんはこうした取引を解消しようとしていたという。社内の対策が取締役会で報告された13年11月の翌月に事件は起きた。
[社長射殺]<上>「プロの凶行」見えぬ動機…銃撃「王将」6年前にも(2022年10月29日付読売新聞)
暗闇の中で正確に射撃し、即座に立ち去る―。その手口から、京都府警は「プロのヒットマンによる犯行」とみて犯人像を絞り込んできた。その中で捜査線上に浮上したのが、北九州市に拠点を置く特定危険指定暴力団・工藤会系組幹部、田中幸雄容疑者(56)だった。…旅行会社や運送会社などを経て、30歳を過ぎて工藤会系組員になった異色の経歴を持つ。現在は工藤会で「上席専務理事」との肩書を持っている。工藤会は、警察関係者の間で「日本で最も凶悪な暴力団」と呼ばれている。その中でも田中容疑者は「武闘派」として知られ、組織のためには自らの犠牲をいとわない「ジギリ(自切り)」ができる人物として組織からの信頼は厚かった。工藤会の捜査に長く携わってきた福岡県警の捜査関係者は「射撃の腕は組織の中で一目置かれていた」と語る。府警が注目するのが、田中容疑者が王将事件の約6年前に起こした銃撃事件だ。…判決では、周到な計画性が認定された。田中容疑者は1か月前から現場を下見し、事件当日はフルフェースのヘルメット姿で、盗品のミニバイクを使って現場に向かった。実行後、ナンバープレートを外してミニバイクを乗り捨てていた。大東さんが射殺された事件でも、逃走手段にバイクが使われ、その後乗り捨てられているのが見つかった。このバイクも盗品で、拳銃も自動式だった。射撃の腕に相当の自信があったのだろうか。大林組への脅し目的だったとみられる福岡の銃撃事件では、「相手にけがさせちゃいかんので、自分がやる」と共謀した組員に話していたことが組員の供述から明らかにされた。裁判では事件への関与を繰り返し否定したが、被告人質問では、海外で射撃を重ねたことを自慢げに述べる場面もあった。…しかし、大東さんと田中容疑者や工藤会側との接点は確認されていない。肝心の動機は判然としていない。田中容疑者は過去の事件で取り調べを受けた際、組織の関与については一貫して供述を拒んでおり、ある捜査幹部は逮捕前から「供述を得ることは難しいだろう」と話していた。
不適切取引 解消に苦悩…王将 創業期から「しがらみ」[社長射殺]<中> (2022年10月30日付読売新聞)
朝雄氏の長男が3代目社長に就任。専務の次男と2人で代表権を担った頃から、王将と企業グループ側との関係がいびつになっていく。▽ハワイの土地(18.2億円)▽京都・祇園のビル(5.3億円)▽貸付金(87.8億円)―。適正な評価額とかけ離れた価格で不動産を購入したり、巨額の資金を貸し付けたりし、第三者委が認定した企業グループ側との不適切取引は2005年までの10年間に総額約260億円。うち約170億円が回収不能になっていた。企業グループ側との取引の多くは取締役会に諮られていなかった。第三者委は一連の取引について「創業家の独断専行」と認定した。不適切取引は大東さんが4代目社長に就任した00年以降も続いた。01年3月期には有利子負債が452億円に膨らみ、02年には金融機関から融資を受けられず、会社の存続が危ぶまれる事態となった。長男と次男が責任を取って取締役を辞任し、企業グループ側との交渉に大東さんが自ら乗り出すことになった。「うみを出すことも辞さない」。03年7月、大東さんは不適切取引を解消する方針を社内で示し、取引で取得した不動産を売却。巨額の債権も放棄する形で、3年後には企業グループ側との取引を解消した。しかし、関係を断ち切ることはできなかった。王将は06年に大証1部に上場。さらに東証1部上場を目指したが、その過程で大株主でもある創業家側との対立を深めた。創業家側との交渉役として頼ったのが、企業グループの経営者だった。こうした経緯を東証に問題視され、申請直前の12年11月、上場を断念した。王将は同月、不適切取引に関する再発防止委員会を設置。13年9月の臨時取締役会で調査報告書の原案が示されたが、わずか30分で回収された。じっくり目を通せない取締役もいたという。大東さんが殺害される1か月前の同年11月に完成した報告書は非公開とされ、大東さんと総務部が1冊ずつ保管していただけだった。ある元取締役はこの年の春頃、大東さんから「決着をつけた」と聞いたという。別の元取締役は「弱音を吐くことはなかったが、一人で苦悩を抱えていたんだろう」と振り返る。京都府警は事件直後から、大東さん個人への恨みではなく、経営を巡るトラブルが背景にあるとみて捜査してきた。不適切取引にも早い段階から注目していた。
「王将」初動捜査つまずき 逃走バイク発見 4か月後…[社長射殺]<下>(2022年10月31日付読売新聞)
王将フードサービスの本社(京都市山科区)から約2キロ離れた京都府警山科署。3階講堂の捜査本部には、壁一面の棚に捜査資料がぎっしり並べられている。発生から9年近くで、府警が投入した捜査員は延べ26万人以上。殺人容疑などで逮捕した特定危険指定暴力団・工藤会系組幹部、田中幸雄容疑者(56)は早くから捜査線上に浮上していたが、着手に踏み切れなかった。「もっと早く動けたはずだった」。ある捜査幹部はそう言って唇をかむ。初動捜査につまずきがあった。2013年12月19日、社長だった大東隆行さん(当時72歳)が射殺された現場周辺の複数の防犯カメラには、実行犯が乗っていたとみられるバイクが走り去る様子が映っていた。府警は、映像を順番にたどる「リレー捜査」で行方を追ったが、途中で見失った。周辺を集中的に捜索し、乗り捨てられたホンダ・スーパーカブを見つけたのは事件発生から4か月たった14年4月。防犯カメラ映像で最後に確認された場所から100メートルほどしか離れていないアパートの駐輪場だった。スーパーカブのハンドルから銃を撃った際に残る硝煙反応が検出されたが、時間が経過していたため、周辺の防犯カメラの映像記録はすでになく、乗り捨てた人物を特定できなかった。捜査幹部は「事件直後にバイクを見つけていれば、実行犯の足取りを追うことができたはずだ」と語る。スーパーカブは事件2か月前に京都府城陽市で盗まれていた。発見場所の駐輪場近くにはミニバイクも乗り捨てられており、同じ日に京都市内で盗まれていたものだった。ミニバイクについては、軽乗用車から降りた男が盗む様子が防犯カメラの映像に残っていた。車のナンバーは福岡県・久留米。事件当時の名義人の周辺を調べる中、その知人として田中容疑者が初めて浮上した。しかし、この頃には軽乗用車は別人名義に変更され、所在不明になっていた。府警が廃車寸前になっていた軽乗用車を九州で見つけたのは16年春。車内を検証したが、容疑者につながる証拠は残っていなかった。…今年4月、18~20年に府警と捜査にあたった京都地検の元刑事部長が、上級庁にあたる大阪高検の刑事部長に異動した。13~15年に福岡地検小倉支部に在籍し、工藤会を壊滅させる「頂上作戦」を指揮した人物だ。高検刑事部長は、重大事件の捜査方針を判断する最高検と現場の地検をつなぐ。王将事件と工藤会を熟知した人物がそのポジションについた。府警と福岡県警も連携を深め、28日、ほぼ7年越しで合同捜査本部の設置を果たした。
背景に200億の「代償」? 事件つなぐキーマンX(2022年10月29日付産経新聞)
直接の接点がなかった田中容疑者と大東さんをつなぐ点と線。それを考えるとき、この企業グループを率いるキーマンの男性Xの存在を避けて通ることはできない。平成5年6月に死去した王将の創業者、加藤朝雄氏の社葬に、友人代表として参列するXの姿があった。福岡県を中心にゴルフ場経営や不動産業を手掛けていたXは、王将の取引先で作る親睦団体「王将友の会」の設立にも尽力。王将が全国に店舗を拡大していく際、トラブルの解決に暗躍していた。Xの兄はある同和団体の「ドン」と呼ばれ、X自身も「政財界や芸能界に顔が広かった」(知人)という。28年3月、王将フードサービスが公表した不適切取引に関する第三者委員会の報告書などによると、同じ福岡県出身の朝雄氏と昭和52年ごろに知り合い、交流を始めた。王将は全国チェーンへと急成長を遂げたが、各方面に影響力を持つXの水面下での動きが支えになったことは否定できない。各地の出店を支援し、平成元年に大阪・ミナミの店舗で起きた失火では、建物の所有者が死亡した問題の解決も仲介したとされる。しかし、王将側が支払った代償は小さくなかった。第三者委の報告書では、王将が元年以降、Xの企業グループとの間で続けた不適切取引の実態を明かす。…府警幹部は「事件と取引が関係ないと考える方が不自然だ」とみる。しかも、Xの知人によれば、Xと暴力団とのつながりを指摘する黒い噂も絶えないという。合同捜査本部は、田中容疑者が所属する工藤会の組織的関与を調べるとともに、一連の不適切取引が動機につながった可能性があるとみて捜査する方針を示している。ただ、事件の背景にXの存在があったかどうかを判断できるほど、「確たる証拠が何かあるわけではない」(捜査関係者)のが現状だ。
王将社長射殺事件の見えぬ接点 不適切取引に注目(2022年11月3日付産経新聞)
殺人容疑で逮捕された特定危険指定暴力団工藤会系組幹部の田中容疑者と、王将フードサービスの社長だった大東さんの接点は見つかっておらず、背後関係は見えてこない。京都府警と福岡県警の合同捜査本部は、王将側が過去に行った不適切取引に注目。事件への「依頼者」や「仲介役」の存在を視野に背景を調べている。不適切取引は、平成27年末に事件への暴力団関与の可能性が報じられたことを受け、王将の設置した第三者委員会が28年3月に報告書で公表。王将側から特定の企業グループに200億円超が流出し、約176億円が未回収になっていることが明らかになった。第三者委は反社会的勢力との関係は確認されなかったとした一方、「経緯や経済合理性は明らかではない」と取引の不透明さを指摘した。報告書によると、創業者の長男と次男が代表権を握った王将と、創業者の友人で福岡県を拠点とする企業グループ経営者との間で、7~17年ごろに不動産購入や金銭の貸し付けが繰り返され、多くで取締役会の承認を得ずに行われたと認定。取引は専務兼経理部長だった次男が主導したとしている。第三者委が参考としたのは、大東さんが社長だった25年11月にまとめられた社内報告書(非公表)。12年に創業家から経営を引き継いだ大東さんは、不適切取引の清算や経営者側との関係解消に取り組んだ。社内報告書では取引の実態や原因を検証していたが、報告書がまとまった約1カ月後に事件が起こった。「事件と不適切取引に関係がないとみる方が不自然」と捜査関係者からも声が上がる中、捜査本部は田中容疑者の逮捕後、企業グループ経営者や創業者の長男ら旧経営陣への任意聴取や家宅捜索を実施。大東さんと容疑者を結ぶ接点の解明を進めている。
餃子の王将事件、重なる企業と暴力団排除の10年史(2022年11月4日付日本経済新聞)
企業トップが凶弾に倒れた惨事は10年余り前から暴力団排除の動きが加速するなかで起きた。組幹部が実行し、組織的な関与も疑われる―。反社会的勢力の影を浮かび上がらせる捜査の推移を緊張感とともに見守る企業は少なくない。各社は改めて警察との連携を強めるが、警備の専門家からは捜査の急展開を契機に、役員の出勤時間やルートの検証など襲撃リスクの洗い出しを求める声が上がる。…手荒な事件が鳴りを潜めるにつれ、企業の危機意識が薄れたのは確かだ。全国暴力追放運動推進センターなどが20年に全国1万社を対象に実施した調査が現状を示している。国は07年、反社会的勢力による被害を防ぐため企業向けの対策指針を公表したが、不当要求の拒絶や警察との連携などについてまとめた指針に沿った取り組みをしていると回答したのは38.7%で、16年(48.7%)より10ポイント下がった。闇社会の形は約9年間で変わった。法規制を逃れるため身分を隠したり、特殊詐欺など新手の収入源を開拓したり。暴力団に所属せず犯罪を繰り返す「半グレ」も勢力を増した。民間ビジネスへの介入リスクも高まるなか、未解決事件の急展開を企業側も重く受け止めた。大手銀行関係者は「反社会的勢力が入り込まないよう、新規融資時の審査を徹底するなど慎重に対応している」と話す。大手製造会社の担当者は「トラブルに備えて警察など外部機関との連携を進めていく」という。…小山内氏は日本企業について「治安の違いはあるが、それでも幹部の襲撃リスクに対する現実感が希薄だ。元首相銃撃事件が発生するなど、要人警護も重要性を増しており、まずは個々の幹部が抱えるリスクを洗い出して評価する必要がある」と指摘する。具体的には(1)幹部自身による襲撃の危険性の認識(2)出退勤を含めたルーティンや移動ルートなど習慣の見直し(3)幹部の予定や生活パターンの徹底した保秘―などが求められるとしている。
王将社長射殺 反社の凶行決して許すな(2022年10月29日付産経新聞)
暴力団が有名企業のトップを標的にした、決して許してはならない反社会的な凶行である。これ以上、悲劇を繰り返させてはならない。…事件後に同社が設置した第三者委員会は、「反社会勢力との関係は確認できなかった」とする調査結果を発表する一方、創業家と特定の企業グループに260億円もの不適切な取引があったと公表した。大東さんは社長として不適切な取引の解消に動いていたが、25年11月に対策をまとめた翌月、凶弾に倒れた。逮捕された男と大東さんの明確な接点は不明だ。ただ、北九州市を拠点とする工藤会は、民間人にも容赦のない銃撃や暴力行為を繰り返してきた。…暴力団を排除し、反社会勢力との関係を断ち切ろうとする民間人を攻撃することは、みかじめ料など資金源を断たれた暴力団による卑劣な犯罪だ。徹底的に摘発されなければならない。暴力と恐怖で支配しようとする反社会的な集団は、私たちの社会にはいらない。二度と悲劇を繰り返させないために、一刻も早く壊滅に追い込むべきだ。
王将社長射殺 断てなかった特定企業グループとの「不適切関係」 解消に腐心も道半ば(2022年10月28日付産経新聞)
事件の背景には、会社のトラブルがあったとみられるが、大東さんは在任中、大株主だった創業家一族と、それに連なる外部の特定企業グループとの関係解消に腐心していた。弁護士らでつくる第三者委員会の報告書によると、不動産取引などの形で王将から企業グループに流れた資金は約260億円。業績拡大に伴い、東証一部上場を目指していた王将では、大東さんが交渉役として清算に努めたが道半ばで凶弾に倒れた。「一刻も早く関係を断ち会社再建に全力を挙げる」「早期解決のためには膿を出すことも辞さない」大東さんは創業家一族が経営の一線から退いた平成15年7月ごろ、こんな方針を掲げて、巨額取引の相手方だった企業グループの実質経営者と債権回収に向けた交渉に乗り出した。報告書によると、王将側は平成元年、土地の買収交渉を巡って経営者側に工作資金1億円を支払ったのをはじめ、京都・祇園のビル購入(5億3千万円)▽ハワイの土地建物購入(18億2900万円)▽グループ側への貸し付け(185億円)など、18年ごろまでに約260億円の取引を行い、176億円余りが未回収となった。王将は取締役会設置会社だが、ほとんどのケースで取締役会の承認を得ていなかった。経営者との接点は昭和52年、創業者の加藤朝雄氏の時代にさかのぼる。当時は新規出店時の許認可に関する口利きや、同社の労働組合との対応で助力を得ていた、とされる。平成5年に朝雄氏が死去した後、代表権が長男、次男に移ると、経営者との関係はさらに深まり、王将側からの資金流出が加速。当時の他の取締役らはこの間のガバナンスについて「偉大な創業者の息子が行うことに異議を述べることなどできなかった」と第三者委のヒアリングに証言、取締役会が形骸化していたことを認めている。ただ不動産取引の形態をとっていても、公正な評価額とはかけ離れていたとみられ、王将は13年3月期で450億円超の有利子負債を抱え、経営危機に陥っている。14年3月期には取得不動産の減損処理などにより巨額の損失を計上。長男、次男はその責任を取り、取締役を辞任した。そこから、すでに社長に就任していた大東さんが、企業グループとの関係清算を一手に担うことになった。ここに至って、大東さんが恐れたのは問題解決が長期化することによる事業への影響だった。このため回収にはこだわらず、逆に巨額の債権を放棄するという”荒療治”を断行。こうした重要な経営判断は大東さんと一部役員のみで決定されており、取締役会を無視してでも、関係解消を優先した。その甲斐あって、不適切取引は18年9月に清算されたが、それでも経営者とのつながりは残った。大株主である創業家一族との“パイプ役”として、完全に没交渉とすることはできなかったのだ。…王将側は事件前の24年、一連の不適切取引についての社内調査を始め、“自浄作用”を働かせようともした。翌25年9月の臨時取締役会では、この調査報告書が提出されたが、わずか30分ほどで回収されてしまったという。報告書は同年11月13日付で完成したが、大東さんと総務部がそれぞれ1冊ずつ保管したのみ。ほとんどの役員とは共有されず、調査結果には蓋がされた格好となった。大東さんの射殺事件が起きたのはこの約1カ月後だ。京都府警は28年1月、殺人容疑で、企業グループ経営者の関係先を家宅捜索しているが、今回逮捕された工藤会系組幹部との接点は明らかになっていない。
社長射殺、組織的関与の影 王将に金銭トラブル 「福岡」捜査のカギ(2022年10月30日付毎日新聞)
捜査は今春以降に大きく動いたとみられる。事件前日に現場周辺で複数のカメラに捉えられた男性の画像を詳細に鑑定。身体的特徴と照合し、いずれも田中容疑者の可能性が高いという鑑定結果が出た。さらに、吸い殻の再鑑定も実施し、田中容疑者が発生時間帯に現場にいた可能性を示す証拠も得られた。関係者によると、府警や京都地検は過去に何度も逮捕を模索し、大阪高検や最高検から「起訴は難しい」とストップをかけられてきた。しかし、地道な捜査が奏功し、今秋に警察庁や検察庁の「ゴーサイン」が出たという。ただ、ある捜査関係者は「スタートラインに立ったに過ぎない。最大の焦点は組織的な関与を明らかにできるかどうかだ」と言う。「動機の捜査にあたり、会社の社長という身分は関連してくると考え、経営実態も含めて調べている」。逮捕記者会見に臨んだ府警の増田茂雄・捜査1課長は、王将の不適切取引との関連捜査も示唆した。福岡県警との合同捜査本部の設置も発表され、会見には県警暴力団犯罪捜査課のトップも並んだ。国内で唯一、特定危険指定暴力団に指定される工藤会の壊滅を目指す福岡県警との連携。府警は「福岡」での捜査が重要なカギを握るとみており、対工藤会の捜査実績や情報量を最大限に生かす方針だ。
つかんだ工藤会の影 福岡県警、壊滅へ本腰(2022年10月31日付毎日新聞)
08年の襲撃事件の確定判決によると、田中容疑者はフルフェースのヘルメットをかぶって自動式拳銃から弾丸4発を撃ち、車のバンパーなどに命中。現場へは盗品のバイクを使用し、実行後はナンバープレートを外して乗り捨てていた。大東さんの射殺には自動式拳銃が使用され、発射されたのは4発。現場への移動は盗品のバイクが使われ、その後に乗り捨てられるなど手口は類似している。田中容疑者が大東さんを殺害する直接的な動機は、現時点で確認されていない。田中容疑者は黙秘を続けており、解明に向けた捜査は難航が予想される。ただ、府警と合同捜査本部を組んだ福岡県警は、田中容疑者が単独で事件を起こした可能性は低いとみる。「鉄の結束」とも評される工藤会の強い組織性と目的があれば手段を選ばない凶悪性を、頂上作戦で何度も実感してきたからだ。県警のある捜査幹部は言う。「容疑者が否認するのを前提に、証拠を十分集めてきた。事件を解決し、その先の工藤会壊滅へとつなげたい」
王将社長射殺 不適切取引相手の企業グループ 関係者を参考人聴取(2022年10月30日付毎日新聞)
「餃子の王将」を全国展開する王将フードサービスの社長だった大東隆行さん(当時72歳)が2013年12月に射殺された事件を巡り、京都府警と福岡県警の合同捜査本部が、同社による不適切取引の相手とされた企業グループを経営していた70代の男性から、参考人として任意で事情を聴いたことが判明した。企業グループには王将側から約200億円が流出したとされ、捜査本部は事件と関係があるか慎重に調べを進める。捜査本部は、男性の関係先の家宅捜索も行った。
不適切取引、創業家との亀裂 影に企業グループ 王将社長射殺事件(2022年11月4日付毎日新聞)
畑が広がるのどかな景色の一角に、草木が無造作に生い茂りフェンスで仕切られた土地があった。王将本社から西に約500キロ。福岡県中部のゆるやかな丘の上にある土地が「餃子の王将」を展開する大企業を揺るがせた不適切取引の舞台の一つとされる。「昔は養鶏場。王将が買っていたなんて初めて聞いた」。近くの畑を管理する女性(78)は取材に驚いた。王将は2000年10月、3億5000万円で購入。そして6年後に5000万円で売却している。相手はいずれも福岡を拠点とする企業グループの関連会社だった。…福岡市中心部の9階建てビル。看板やドアには取引先だった企業グループの関連会社の名前が連なっていた。「昔の名残で残っているだけ」と関係者は語る。このビルも、不適切取引の対象物件とされる。王将に売ったとされる企業の代表取締役に名を連ねた一人は「会社の場所も覚えていないくらい、何もしていない」と、実体のない会社だったことを明かす。…グループを率いていたのは、福岡県出身の70代の男性経営者だ。王将を創業した大東さんの義兄、加藤朝雄氏(故人)と出身地が近く、2人は77年ごろに知り合ったとされる。「気骨のある好青年がいるんや」。ある王将の元役員によると、朝雄氏は周辺に男性をこう紹介していた。新規出店時、地元の行政機関から許可などが得られなかった時などに、この男性に口利きを頼むと、スムーズに進んだという。「1店で200万~300万円ほど払った。10店以上の新規出店に尽力してくれた」朝雄氏が死去し、創業家親族が94年に王将の実権を握った後に、不適切取引は始まった。…次第に明らかになった創業家の「負の遺産」。当初は創業家の親族が男性経営者との交渉に当たっていたが、03年7月ごろから大東さんがこの問題と向き合うようになった。…「みんなは心配せず、自分の仕事の売り上げを気にしろ」別の元幹部は、社内でこう意気込む大東さんの様子を覚えている。「一刻も早く関係を断つ」「うみを出すことを辞 さない」との基本方針が示された。債権の回収にはこだわらず、債権放棄したり、関係不動産を売却したりして、3年後の06年9月には一連の「処理」が終えられた。「全て清算し、関係を断ちました」本格的な関東進出を見据えた東証1部への上場に向け、コンサル業務を依頼した証券会社にはこう記した書類を提出した。「きれいにして上場すんねん」と、大東さんは近くに漏らしていた。痛みを伴ったものの、しがらみは断ち切った―はずだった。だが、この「処理」の過程で会社と大株主である創業家側との亀裂は広がり、その解消に向けて大東さんらは、関係を断ったはずの男性経営者に頼ることになったという。12年11月、創業家の親族が東証に王将と男性との関係を伝え、王将は上場を断念。王将は不適切な取引について社内調査を始めた。1年後の13年11月に報告書がまとまると、大東さんの手元と総務部に1部ずつ保管されたが、社内で共有されたり公表されたりすることはなかった。大東さんの射殺事件はその1カ月後に起きた。かつて事件の捜査にかかわった元捜査員はこう語った。「事件発生当初から不適切取引がらみの、組織的な事件と見る向きは強かった。約9年かけて、容疑者の逮捕までこぎつけた。捜査を尽くし、全容を解明してほしい」

一方、疑惑の渦中にある不適切な取引関係があるとされた男性経営者は、事件の関与について否定しています。以下、そうした視点からの報道をいくつか紹介します。現時点で、真相が解明されていない以上、このような視点で事件を見ることで、違った様相を呈してくることが分かります。

「餃子の王将」社長射殺事件 取引先元代表“全く関与ない”(2022年11月2日 NHK)
9年前、「餃子の王将」を展開する会社の社長が銃撃され、殺害された事件のあと、会社の第三者委員会の報告書で会社と不適切な取り引きを行っていたと指摘された企業グループの元代表がNHKの取材に応じ、「取り引きは会社側から持ちかけられたものだ」と主張したうえで、事件には全く関与していないと話しました。平成25年に、「王将フードサービス」の京都市の本社前で、社長だった大東隆行さん(当時72)が拳銃で撃たれて死亡した事件のあと、会社が設けた第三者委員会の調査報告書は、会社と特定の企業グループとの間で不動産売買などの不適切な取り引きが繰り返され、およそ170億円の損失を出したと指摘しています。これについて、この企業グループを経営していた上杉昌也元代表(78)がNHKの取材に応じ、「取り引きは会社側から持ちかけられたもので、金額が水増しされている」と話しました。そのうえで、大東さんがこうした状況を改善しようとしていたことについて、「大東前社長との交渉はスムーズに行われ、会社の債務を解決しようと理解し合ったうえで対応し、トラブルもなかった」と話しました。この事件で、特定危険指定暴力団・工藤会系の暴力団幹部、田中幸雄容疑者(56)が逮捕されたあと、上杉元代表は、関係先として警察から家宅捜索や任意の事情聴取を受けたことを明らかにしたうえで、容疑者については「面識はなく接点は全くありません」と述べました。そして、「私は事件には全く関与していない」と話しました。一方で、工藤会との関係については「経営していたゴルフ場に関係者がきたことは認識しているので、接点が全くないわけではないが深い関係はなく、工藤会が事件にどのように関わったかはわからない」と述べました。

以下、2つの記事については、某雑誌等の記事の要約(一部抜粋)となります。信ぴょう性については、新聞とは異なりますので、媒体名は伏せますが、新聞が報じている事件像とは大きく異なる見方ができることが分かります。あくまで、参考としてください。

  • 報告書では触れられていないが、その分(筆者注:回収不能となった170憶円)は、実は創業家関係役員の株投資や不動産取引にキックバックのかたちで流用されていた疑惑があるのだ。しかも、報告書は反社会勢力の関与はないとしたが、関与があった可能性がある。本紙で、A氏(上杉昌也氏)から総額約53億円がY氏に送金されていた事実をスッパ抜いている。そのY氏は九州の別の指定暴力団道仁会との関係が指摘されている。「最初は、バブル崩壊で破綻した上杉氏を助けてあげると近づいた。現在は、一緒に組んだN氏が代表の会社に上杉氏のゴルフ場は乗っ取られ係争中です。ですが、そもそもこのNは工藤会と関係があり、その後、トラブルになり、道仁会を頼った人物。上杉氏がY氏の正体を知って対立してからは、上杉氏にその筋と思われる者の尾行がついていたのだから簡単に話せない。それより何より、上杉氏を取り調べに来た京都府警の刑事は、上杉氏=同和=反社=犯人と決めつけていたんだから、そんな者に真相を話す気になれるはずもない。警察は今ごろになり、そのY氏と田中の接点がないのか必死で調べているようです」(関係者)…大手マスコミの報道では、田中容疑者逮捕と並行して、Y氏の関係先にもガサがかけられているとの情報もある。本紙がY氏の関与を疑うのは、約53億円が上杉氏側からY氏がオーナーのS建設工業に流れていたからだけではない。Y氏は、上杉氏以上に、王将側と懇意だった可能性があるからだ。
  • 某誌は2016年3月、上杉昌也氏に直接取材し次のように述べた記事を掲載している。「(未回収金170億円の)内訳を見ると、『王将』の子会社である『K』から、私が185億円を借金し、95億4千万円は返済したものの、89億6千万円の債務が残ったなどとされている。(K社は1995年に設立され、2005年に解散している。) さらに、ゴルフ場のホテルを31億円で『王将』に売却し、のちに8億円足らずで買い戻したとか、雲仙の旅館も20億円で売りつけながら3億円弱で買い戻したりと、まるで不当な取引を行ったかのようです。それらの数字にはまったく身に覚えがありませんが、ただ、取引自体は、私が『王将』から50億円の融資を受けたことが発端になっています。…たまたま、王将創業者の加藤朝雄氏の次男で、『王将』の財務担当の専務だった加藤欣吾さん(代表取締役専務)に、『もう、お手上げですよ』と、電話で愚痴をこぼした。当時、社長は長男の加藤潔さん(海外逃亡)でした。すると、2日後、欣吾さんから『それくらいだったら、うちでなんとかします』と、50億円を用立ててくれたのです。まさしく、地獄に仏とはこのことでした。その50億円で、住管機構との和解が成立すると、福岡の本社ビルを担保に銀行から借金をしたり、持っていた土地を売却したりして、40億円を調達し、『王将』に返済しました。それでも、未だ10億円の債務が残っていましたが、経営が軌道に乗るまでの運転資金として、追加で3億円とか5億円を借り、それを返して、再び借りたりということを繰り返していました。ところが、そのうちに借金を返しても、『王将』が物件を担保から外してくれず、トラブルになりました。そのころ、わざわざ欣吾さん(専務)が、京都から福岡の会社まで来て、私の留守中に『社長の了解は得ているから』と従業員にウソをつき、怪しげな書類にうちの社判をつかせるようなことも何度かあった。そして、最終的に、私の債務額でかなりの食い違いが出てくるのです。2005年の段階で、『王将』は私に対し、90億円以上を貸し付け、そのうち返済額は40数億円に過ぎないと主張してきました。経営悪化の責任を取って、潔さんも欣吾さんもすでに『王将』を去っていた。私は潔さんのあとに社長に就いた大東さんと何度も話し合いの機会を持ちました。私としては40数億円という数字には納得いきませんでしたが、あと5億円を支払えば残りは債権放棄するからということで、『王将』との和解に応じました。『王将』は、東証1部への鞍替えを準備していたため、いつまでも債権を引き摺るわけにはいかないという事情があった。(王将は2013年7月東証1部に大証2部から鞍替え上場)その結果、私が負った債務は約40億円であると、双方で確認し合い、それは文書にも残されているのです」それなのに、なぜ、今になって、約260億円というケタ違いの金額が私に流出したことになっているのか。私には、『王将』の内情が火の車だったことに理由があったと思えてならない。欣吾さんが専務だった当時、『王将』は商工ローン大手の日栄の株を大量購入したり、不動産投資にも積極的に手を出し、大赤字を抱えてしまったことがある。終いには、ロンドン市場で50億円もの外債を発行したものの、デフォルト寸前にまでなっていた。『王将』の経営陣は、損失の穴埋めのために、経理上、それを私に押し付ける格好を取ったのではないでしょうか。私との取引で損失が発生したことにすれば、会社内部で誰からも異論を唱えられないと責任逃れをしたに違いないのです。私が上杉佐一郎の弟だから、アンタッチャブルだという誤った偶像化がされてしまったのかもしれません。第三者委員会による『調査報告書』は、すでに2013年に実施されていた社内調査を叩き台にしていると聞いています。その社内調査は、東証1部上場への準備で、辻褄合わせに行われたに過ぎないものでした。本来、それは、公表されるべきではなかった。ところが、大東さんの事件が起き、私に責任転嫁をしたままの調査結果が明るみに出てしまった。そのせいで、私は白い目で見られることになったのです。

なお、上記某雑誌の記事と同様の内容について、2022年11月4日付朝日新聞の記事「「王将元社長とは友好的」企業グループ元代表、射殺事件関与を否定」で報じられています。

本コラムでは、引き続き、本件についてさまざまな角度から分析を加えていきたいと考えています。

東京・池袋の高層複合施設「サンシャイン60」の58階にあるフレンチレストランで10月16日夜に発生した、不良グループ「チャイニーズドラゴン」のメンバー約100人による乱闘騒ぎは、本コラムでも以前から指摘しているとおり、団体としての法規制外であるとの問題点が浮上しました。警察が「準暴力団」と位置づけてきたのは、東京都内では、中国残留邦人の子や孫らでつくるチャイニーズドラゴンのほか、いずれも暴走族の流れをくむとされる関東連合、打越スペクター、大田連合のOBグループで、暴力団のような明確な組織構造はないが、常習的に暴行事件など不法行為を行っており、暴力団に「準じた」組織というのがその定義です。全国にはほかにも同様の組織があり、その中核には元暴力団構成員のほか、地下格闘技団体の元選手などがいるとされますが、メンバー同士のつながりは流動的なため、「犯罪ごとに離合集散を繰り返し、数を切り取りづらい」として、警察庁はその規模などを明らかにしていません(むしろ、明らかにするだけ把握できていません)。準暴力団の資金源は特殊詐欺やみかじめ料の徴収など、暴力団そのものとよく似通っていますが、六代目山口組などの指定暴力団が暴力団対策法や暴力団排除条例で厳しい規制がかけられているのに対して、準暴力団はその対象外になっています。最近では、暴力団と準暴力団の両方が共謀して事件を起こす例も少なくなく、2021年10月にあった六代目山口組系組幹部らが関わったとされる覚せい剤密輸事件では、受け取り役としてチャイニーズドラゴンの男らが逮捕されています。暴力団対策法や暴排条例などの対策により、1990年代に最大9万人を超えていた暴力団の勢力は昨年末時点で2万4100人に減少、法律や条令の規制を逃れようと潜在化した結果、準暴力団との境界はあいまいになっているのが現状です。そこで警視庁は今春の組織改編で、指定暴力団だけでなく準暴力団もまとめて取り締まる組織として、暴力団対策課を新たに設置。準暴力団への取り締まりを強化している途上です。そして、警察当局はチャイニーズドラゴンについても、暴力団に準ずる危険な団体として、「準暴力団」と位置付けて動向の把握に努めているものの、現状では暴力団対策法の規制の対象外となっているのが実態で、「ヤクザよりやっかいな存在」(警察当局の捜査幹部)との指摘もあります。そもそも、「ヤクザは現在、レストランでの宴会などは反社会的勢力だということで集団での利用はできなくなっている。レストランだけではない、ホテルにも宿泊できず、ゴルフのプレーもできない。車も買えない、賃貸住宅の契約もできない。銀行口座も解約されてしまう。『反社認定』されてから何もかもダメだ」、「暴排条項があるため、そもそもヤクザは宴会を開けないことになっている。ヤクザはこの点をよく理解していて、まず目立つような宴会はやらない」、「ヤクザになると、行儀見習いや、特有のしきたりなど色々と面倒なことがある。ヤクザにはなりたくないけど、ヤクザのような生活をしたいという若い連中は半グレになる」、「ヤクザになると、親分の盃をもらって正式に若い衆の一員として迎えられる。盃で結び付けられるため、組織から出たり入ったりということは『恥』だと思うようで、こうした動きはまずない。彼らなりのモラルと言えそうだ」、「半グレはヤクザとはまったく違い、グループのメンバーの出入りが自由だ。あるグループのメンバーだと把握できても、しばらくすると別のグループと一緒に活動していることも多々ある。つかみどころがない。暴力団は組織性があるが、半グレは暴力団以上にやっかいな存在だ」などといったコメントが示しているとおり、その実態は不透明で、取り締まりも一筋縄ではいかない状況で、そのような「隙」を突かれた事件だったと言えると思います(なお、直近の報道によれば、いれゆる「出所祝い」に呼ばれなかったグループが腹を立てて宴会場に乱入したことが原因となったことが明らかになっています。チャニーズドラゴンは、都内では、上野や赤羽・葛西・王子・府中の5つグループに分かれていることがわかっており、他には埼玉のグループも存在するといいます。宴会場に乱入したおよそ20人が、チャイニーズドラゴンの中でも、上野や埼玉のグループのメンバーらであることが明らかになり、埼玉グループの中では、20代~30代の若いメンバーらで構成される「中華龍」というグル-プの一部が、宴会場に乱入したとみられています)。なお、チャイニーズドラゴンについては、1990年代以降、日本人も加わって組織が拡大したドラゴンは、暴行傷害、覚せい剤密輸、拳銃所持、暴力団襲撃など各地で暴れ回り、全盛期のメンバーは800人を超えていたと言われています(現在は300名程度と推測されています)。暴力団に詳しいライター・鈴木智彦氏によれば、「ドラゴンの特徴は、息をするように人を刺す点。…相手が暴力団でも関係ない。敵が素手だろうと、迷いなく刃物を突き立てます。しかもその暴力は組織立っているわけではない。暴力団のようなタテ社会ではなくヨコの繋がりで成り立っており、統制も取れていません。各地のグループ同士にも上下関係がなく、各々がやりたい放題なので歯止めが利かないのです。また、彼らにはヤクザの任侠道のような建前がない。シノギのタブーもないので金のためなら何でもやる怖さがある。割に合うなら殺しも躊躇がない。くだらないメンツにはこだわらずドライですが、連帯感は強くプライドを踏みにじられたら報復は苛烈で執拗です。…近年はベトナムマフィアなど東南アジア系の反社会勢力と距離を縮めるメンバーもおり、実態の解明が遠のくばかりです。警察が壊滅させることは難しいでしょう」と述べています(某週刊誌より)。そもそも準暴力団への指定は暴力団対策法や都道府県の暴排条例と違い、メンバーへの法的な拘束力を持たず、平然とパーティを開ける一方で、特定抗争指定暴力団となっている六代山口組などは警察が指定した警戒区域内で組員が5人以上集まることすら禁止されています。

準暴力団絡みの事件としては、東京・新宿2丁目のゲイバーで、店主を脅迫したり、店のドアや酒瓶を壊したりしたとして、警視庁新宿署が、暴力行為等処罰に関する法律違反の疑いで、住吉会幸平一家の松嶋容疑者と配下の組員らなど計9人を逮捕した事件もありました。なお、松嶋容疑者は、暴走族「関東連合」の元メンバーで、「松嶋クロス」の名前でアダルトビデオの監督としても活動していました。

山口組の抗争事件も発生しています。岡山市北区内の理髪店で、池田組の池田孝志組長が散髪中、突然店内に3人組とみられる男が乱入し、組長の名前を叫びながら刃物を持って襲撃、池田組長の警護役の組員ら2人と乱闘となり、組員2人が手に軽傷、刃物を持った男は頭部に大けがをした。池田組長は無事だったというものです。池田組長を狙ってきたのは、六代目山口組傘下の五代目山健組組員で、乱闘後、頭から血を流し、動けなくなっているところを駆けつけた警察官に殺人未遂容疑で逮捕されました。しかし、六代目山口組の襲撃はこれにとどまらず、この日の夜、池田組長の自宅のマンション駐車場に止めてあった車に向け、数発が発砲され、約10分後、警察に「自分が撃った」と拳銃を持って出頭したのは、先の事件と同様に六代目山口組傘下の五代目山健組組員で、銃刀法違反の疑いで逮捕されています。結果として、抗争相手にかすり傷ひとつ負わせることができず、逆に最高幹部2人が逮捕されたことで、「山健組」の看板への疑問符がいくつもあがってきそうな状況だといいます。某雑誌の報道によれば、「六代目側に移籍してそれほど時間も経っていない時期ですから、『戦果』をあげたかったのは間違いないでしょう。夜の事件における発砲で本部長が逮捕されていますが、どうせなら昼の襲撃の時点で2人そろって池田組長を襲えばよかったのではないかという指摘が、実は警察の方からもあがっているほどです」、他方、六代目側のヒットマンはいくらでもいて、すでに関係先に潜伏し、「その時」を待っていると噂されています。これまでに少し報じられてはいますが、今回の事件が発生する少し前の10月初旬、六代目山口組の三次団体・水谷一家の本部(三重県四日市市)に六代目の最高幹部が集まり、集会が開かれたことがあり、「緊急という名目で集められた面々に通達されたのは、池田組長に加えて二代目宅見組の入江禎組長、そして神戸山口組の井上邦雄組長をターゲットとして明確に捉えるということ」、つまり、この三人を襲撃対象としてしっかり見定めるいうものだったといいます。入江、井上の両組長の場合はこれまで自宅への襲撃・銃撃にとどまっており、そして今回、池田組長自身に魔の手が伸びた格好となります。以前の本コラムでも紹介しましたが、入江組長は直近まで神戸山口組の副組長を務めてきた人物で、池田組と神戸山口組が連合体となるにあたって主体的な役割を果たしたとされますが、井上組長と行き違いがあり、脱退して一本独鈷となったという経緯がありますが、「それでも入江組長と池田組長とは昵懇の間柄で、一方で池田組と神戸山口組とは対等連合となっており、三つの団体はねじれてはいるのですが、たとえ離脱して独立したとしてもアンチ六代目側という意味では共通している。そういうスタンスを続けるならターゲットとして追い込み続けるという腹積もりなのでしょう」とのことのようです。今回の襲撃失敗はヤクザ界で世紀のミスと言われており、六代目山口組側の指揮をとる高山清司若頭としても看過し難い問題であり、次の襲撃のタイミングが近づいていると見る関係者は少なくないようです。

あらためて山口組の抗争について池田組の動向とともに整理しておくと、2015年8月、六代目山口組から分裂する形で神戸山口組が結成され、以降、山健組、宅見組とならんで池田組は神戸山口組の中核組織として活動していました。しかし、2017年4月に神戸山口組の井上邦雄組長と袂を別つ形で絆會(旧・任侠山口組)が結成されるなど、神戸山口組は構成員を減らしていくことになります。池田組も2020年7月に神戸山口組から脱退し、独立組織として活動することになりました。その後も、神戸山口組から脱退する組織があとを絶たず、「反・六代目山口組」の立場である神戸山口組、絆會、宅見組、池田組がそれぞれ独立組織として活動している状況にありました。それぞれ組員数も少ないことがあり、9月に4者は「反・六代目山口組同盟」として協力していくことになりました。本来なら神戸山口組の井上組長が中心になるべきですが、絆會との間でボディガードの射殺事件の遺恨があるため、上手くいかなかったということで、各組織と関係が良好な池田組長が組織間の調整をしていると言われています。いまや池田組長が分裂抗争のキーマンになっていることになります。対する六代目山口組は7年を迎えた分裂抗争を終結すべく、同盟結成後から池田組への抗争を繰り返しており、今回の事件の直前にも池田組長の親族が相次いで襲撃されています。

10月26日に発生したこの岡山市北区で発生した池田組組長を標的とした一連の襲撃事件を受け、28日、岡山県警は暴力団対策法に基づき、同日から15日間、組事務所の使用を制限する仮命令を出しました。また、同日、岡山地検に六代目山口組系三代目妹尾組幹部の吉永容疑者と、同じく三代目妹尾組幹部の福岡容疑者の身柄が送られています。事件を受け岡山県警は、池田組事務所に組員が多数集まることなどを禁止するとした仮命令を出しました。このほか三代目妹尾組、二代目南進会にも同じ仮命令を出しています。県警ではすでに暴力団同士の抗争状態にあるとみていて仮命令を出すことでさらなる抗争に発展させないことを狙っています。

山口組の分裂騒動・抗争については、福岡県内はかつて「無風」とされてきましたが、2022年8月に初めて抗争が確認されました。その後も抗争とみられる事件が相次ぎ、福岡県警は激化しないよう警戒を強めています。六代目山口組の本部がある神戸市などでは2019年4月以降、拳銃などによる殺人事件や殺人未遂事件が相次ぎ、両組織は2020年1月、特定抗争指定暴力団に指定され、以後(コロナ禍もあり)いったん沈静化したとみられていましたが、2022年5月に神戸山口組系組長宅に車が突っ込み、6月には神戸山口組トップの井上邦雄組長宅に銃弾が撃ち込まれ、再び激化する恐れが出ている中、福岡県内で始まった抗争事件は、その流れにあると見られています。神戸山口組系の関係者によると、「元は身内」ということで、県内では比較的穏やかな関係が続いていた。しかし各地で抗争が起きるなか、「『無風状態』に業を煮やした県外から圧力がかかり、抗争が始まったのではないか」とのことです。2021年には神戸山口組の主要組織、山健組が六代目山口組に復帰、福岡県内には山健組系で神戸山口組に残った組織があり、8月に組事務所に車が衝突し、車を燃やされた組長はその一員だったといいます。捜査幹部は「数少ない格好のターゲットだった」と分析、福岡県内では9月初旬以降、抗争とみられる事件は起きていないものの、福岡県警は報復事件が起きないよう、最大限の警戒をしているといいます。

週刊誌の記事ですが、宅見組の動向を含む神戸山口組の現状についてのレポートを紹介します。

設立時の勢いはどこへ…「神戸山口組」は何を失敗したのか(FRIDAYデジタル 10/23配信)
兵庫や大阪など9府県の公安委員会は今月初め六代目山口組(司忍組長)と神戸山口組(井上邦雄組長)に対し、「特定抗争指定暴力団」の指定をさらに3ヵ月延長した。この措置で六代目山口組は相変わらず神戸市灘区の山口組本部や本家を使用できない。実はこの「特定抗争指定」を当局に続けさせることこそ、敗色濃い神戸山口組にとっては命綱なのだ。元神戸山口組の幹部が解説する。「途中すったもんだしたけど、どちらも神戸山口組から分かれた岡山の池田組、絆會と、神戸の3者がこの9月、緩やかな同盟を結んだ。これの下準備をした神戸山口組の入江禎副組長(宅見組組長)は最後に横やりを入れる井上邦雄組長に癇癪を起こし、神戸を脱退、宅見組一本で行くことにしたけど、ここで神戸山口組を見限ると、六代目山口組を喜ばすだけと思い直し、結局は神戸山口組を同盟に入れることにして4者同盟にした。入江さんとすれば、神戸を見放せば神戸山口組が今以上に孤立し、敗北が早まる。となれば特定抗争指定は解除され、六代目山口組が再び灘区の山口組本部や本家を使える。そうしたら分裂前と同じで、元の木阿弥ではないか。我々は何のために決起したんだ。無駄死にを自分で決めたくないというわけで、神戸を自分らの同盟に入れたんです。今後も何らかの形で支えていくようだ」…井上組長にとって、神戸山口組の旗揚げは六代目山口組で将来をつぶされるはずの自分のための打開策だった。六代目山口組を改革したいとか、若い者のこれからを考えてなどはすべて方便、単に自分が親分になって下から好きなだけカネを吸い取り、栄耀栄華を楽しみたいだけの話だった。だから組長になってほどなく「悪政」を始めた。

暴力団トップの「代表者責任」を問う民事訴訟で損害賠償命令を受けた指定暴力団住吉会前代表(2022年5月死亡)が、生前に原告側からの差し押さえを免れる目的で自身の不動産を隠した疑いで書類送検されています。民事介入暴力に詳しく、自身も同様の訴訟に携わった経験を持つ中村直裕弁護士(第二東京弁護士会)が、2022年10月20日付朝日新聞の記事「暴力団トップを追い込む「組長訴訟」、弁護士が語る意義とは」において、訴訟の意義や事件の背景について述べています。

なお、住吉会前代表については、特殊詐欺事件に関わった傘下の組員の代表者として、賠償責任を問われた裁判の最中に亡くなりました。生前の2021年1月、住吉会系組員が関わったオレオレ詐欺事件の代表者責任を問われた組長訴訟で、被害者に対して他の幹部らとともに計1210万円を賠償するよう東京高裁から命じられています。警視庁は、関前代表がその半年後、千葉県柏市内に所有する土地や建物の差し押さえを避ける目的で親族に無償で贈与したとして、強制執行妨害容疑で2022年9月に書類送検したものです。住吉会をめぐっては他にも、組員が関わった特殊詐欺の被害者とその家族らから組長訴訟を起こされ、2021年6月には52人に計約6億5200万円を支払う和解が東京高裁で成立、組側が全額を被害者側に支払っています。特殊詐欺事件をめぐって組トップの責任を問う訴訟での和解は初めてだとされています。この裁判では、刑事事件で立件されなかった「余罪」の被害者への賠償も認められ、捜査員が作成した「詐欺被害者リスト」と被害者の口座記録を照らし合わせることで被害を裏付けることができたといいます。なお、住吉会と同じ関東を主な拠点とする稲川会も、2021年の3月と9月に前会長に計約2900万円の賠償を命じた東京高裁判決が確定しています。このように、オレオレ詐欺や還付金詐欺といった特殊詐欺事件への暴力団の関与は根深く、「主犯」として摘発された人物のうち暴力団関係者が4割にのぼっています。警察庁のまとめでは、特殊詐欺に関与した疑いで2017~2021年の5年間に摘発された暴力団構成員や準構成員らは、全国で2491人、全体の19.0%を占めていましたた(2021年は暫定値)。特殊詐欺に限らないすべての事件を対象にした場合の5.8%に比べると3倍以上高く、暴力団が資金獲得の手段として深く関わっていることがうかがえます。そして、それを裏付けるように、詐欺を主導していた人物には暴力団関係者が目立ち、同期間に特殊詐欺事件の「主犯」として摘発された281人のうち、44.5%に当たる125人が暴力団構成員や準構成員らでした。

偽ブランド品を販売したとして、福岡県警は、工藤会と道仁会のそれぞれの傘下組織幹部など8人を商標法違反(侵害とみなす行為)の疑いで逮捕しています。北九州地区暴力団犯罪捜査課によると、工藤会と道仁会などは親睦団体を結成していますが、この二つの暴力団が「協働」する事件は珍しいといいます。逮捕されたのは、工藤会系組幹部の冨永容疑者や、道仁会系組幹部の荒山容疑者ら暴力団組員のほか、飲食店経営者や無職など28~67歳の男女で、8容疑者は共謀し、2021年12月、北九州市若松区のアパート内で、偽のルイ・ヴィトンのバックパック1個を2万5千円で知人男性に販売した疑いがもたれています。本物は30万円ほどで、この他にも貴金属や衣服など多数の偽ブランド品を売っていたという情報があるといいます。県警は、道仁会側が搬送、工藤会側が販売場所の確保や販売客の獲得を組織的に担い、それぞれ資金源にしていたとみて調べています。

福岡県大牟田市で2008年9月に九州誠道会(現・浪川会)系組長が射殺された事件で、福岡、熊本、佐賀3県警の合同捜査本部は、事件を主導したなどとして、道仁会のナンバー3で会長補佐の坂本容疑者ら4人を殺人などの容疑で逮捕しています。4人は実行役だった道仁会系組幹部(殺人罪などで無期懲役が確定)と共謀し2008年9月、大牟田市岬の路上で、九州誠道会系の井場組の胸などに拳銃を発砲、3発を命中させ殺害したとしています。なお、道仁会は1992年に指定暴力団となった九州最大規模の暴力団で、九州管区警察局によると2021年時点での勢力は約400人、一方、旧九州誠道会は道仁会の会長人事を巡る対立により、同会から分離独立し、両暴力団は2006年以降、死者14人を伴った47件に上る抗争事件を繰り返し、2012年12月~2014年6月には改正暴力団対策法に基づく「特定抗争指定暴力団」に指定されていましたが、2014年に両団体の会長が抗争終結の意思を福岡県警に伝え、指定が解除されています。

新型コロナウイルス対策で飲食店向けに支払われる国の支援金など計約500万円を詐取したとして、警視庁は、暴力団飯島会幹事長の三輪容疑者のほか、同会幹部ら46~79歳の7人の計8人を詐欺容疑で逮捕しています。6人は容疑を認め、残り2人は「暴力団員ではありません」などと否認しているといいます。暴力団対策課によると、8人は2020年4月~2021年5月、中小企業庁の一時支援金制度や東京都社会福祉協議会の生活資金貸付制度を利用するにあたり、自らが暴力団員ではないと偽ってそれぞれ15万~140万円、計495万円をだまし取った疑いがもたれています。これらの制度は「暴力団員に該当しない」ことが条件として明記されていましたが、8人は自らの身分を隠して利用していたといいます。飯島会は東京都台東区に拠点を置く明治時代から続く組織で、規制の厳しい指定暴力団には該当しないものの、警察当局は「暴力団」と認定しています。構成員は約80人で、夏祭りなどで露店を出す「テキ屋」として主に活動していました。報道によれば、容疑者の一部は「コロナで収入が減って苦しかった」と供述しているといい、同課は、コロナ禍で祭りが減ったことが事件の背景にあるとみています。

福岡県など17都府県のコンビニのATMから18億円超が一斉に引き出された事件で、窃盗などの罪に問われた井上被告の控訴審判決が福岡高裁であり、裁判長は懲役13年とした1審・福岡地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却しています。判決によると、井上被告は出し子への指示役の男らと共謀、2016年5月15日朝、福岡、千葉両県などのコンビニのATMで、南アフリカの銀行の偽造カードを使い、計9590万円を引き出して盗んだとされます。控訴審で弁護側は、「関与していない」などと1審に続いて無罪を主張していましたが、判決は井上被告が関与したとする共犯者の供述の信用性を認め、被告について「犯行に欠かすことができない役割を果たした」と判断しています。

神戸市内にある六代目山口組系の事務所について、住民の委託を受けた兵庫県の外郭団体「暴力団追放兵庫県民センター」(暴追センター)は、10月31日、使用禁止を求める仮処分を神戸地方裁判所に申し立てました。3年前の2019年8月、神戸市中央区熊内町にある六代目山口組の中核組織「弘道会」の事務所の近くでは、暴力団の組員が、対立していた神戸山口組の幹部に拳銃で撃たれ大けがをする事件が起きていています。こうした事件を受け、抗争激化に危機感を募らせた近隣住民およそ40人の委託を受けた暴追センターは、神戸地方裁判所に使用禁止を求める仮処分を申し立てました(同様の仮処分の申し立ては全国で22件目となるとのことです)。事務所は主に弘道会の神戸拠点として使用されていて、所有者には弘道会の組長が登記されているということです。仮処分が認められると、組員の立ち入りなどが禁止されることになります。なお、2022年6月には、この事務所に近い六代目山口組の2次団体「山健組」の事務所について裁判所が使用禁止の仮処分を命じています。

関連して、兵庫県内で進む暴排の取組みが表彰されたという記事「「暴力団 入って失う 自由と未来」抗争相次いだ兵庫で暴力団追放県民大会 組事務所ゼロの尼崎・淡路両市も表彰」(ラジオ関西トピックス)を紹介します。筆者としても、とりわけ全国の自治体ではじめて暴力団事務所ゼロを実現した尼崎市の取組みは素晴らしかったと高く評価したいと思います。

特定抗争指定暴力団「六代目山口組」と「神戸山口組」の対立抗争が続く中、それぞれが拠点を置いていた神戸市で暴力団追放大会が開かれた。今年(2022年)は、暴力団対策法が1992(平 成4)年3月に施行されて30年が経つ。警察庁によると、2021年末時点で、全国の暴力団構成員と準構成員は計2万4100人となり、過去最少を更新した(構成員1万2300人・準構成員1万1900人)。暴力団対策法施行当時の9万1000人に比べると、3分の1以下まで減少している。このうち六代目山口組から分裂した神戸山口組、そこからさらに離脱した絆會がそれぞれ本拠地としている兵庫では、構成員と準構成員は合わせて690人で、前年から80人減となった(暴力団対策法施行当時は約3500人)。…2015(平成27)年8月の六代目山口組分裂以来、これら『2つの山口組』の対立による拳銃発砲や関係先への車両突入などの抗争事件は後を絶たない。2019年には抗争が激化し、それぞれが特定抗争指定暴力団に指定される契機となり、現在は組事務所など関連施設への立ち入りが禁止されている。大会では特に企業の担当者に向け、暴力団のいない安全で平穏な兵庫県の実現を目指し、「暴力団を利用しない、暴力団を恐れない、暴力団に金を出さない、暴力団と交際しない」と訴える「大会宣言」を満場一致で採択した。この日は、2022年度の兵庫県・暴力団追放モデル標語に「暴力団 入って失う 自由と未来」という作品を応募し、最優秀賞に選ばれた兵庫県内企業勤務の女性のほか、暴力団排除に積極的に取り組んだ自治体として、尼崎市と淡路市に公益財団法人・暴力団追放兵庫県民センターから表彰状が贈られた。尼崎市では特定抗争指定暴力団「六代目山口組」の傘下組織が、2022年9月に事務所を閉鎖し、市内の暴力団事務所がゼロになった。この組織は自主的に閉鎖し、複数あった暴力団事務所の排除を完了した自治体では全国初という。淡路市は2022年1月、特定抗争指定暴力団「神戸山口組」の拠点として使われていた直系団体「侠友会」の事務所を買収し、市内の事務所はなくなった。暴力団排除に携わる弁護士によると、自治体での暴力団事務所の全面排除は全国的に珍しく、市民・行政・警察が一体となったモデルケースとなり得るという。

水戸市が建物と土地を取得した六代目山口組傘下の暴力団の元事務所について、市が建物を解体する方針を固めたことが分かったと報じられています(2022年10月19日付茨城新聞)。元事務所では2022年1月、組幹部が射殺される事件が発生、市が事務所の使用禁止を求めて水戸地裁に仮処分を申し立て、市が土地と建物を1720万円で買い取ることで4月に和解が成立しています。解体を検討している理由について、市関係者は「存在することで暴力団の事件を想起させ、市民を不安にさせる」としています。予算計上の時期については未定で、可能な限り早めに動く方針だといいます。元事務所は、敷地面積約145平方メートル、鉄骨3階建ての延べ床面積約197平方メートル。国道50号バイパスに面し、JR水戸駅から南に約3キロの丁字路突き当たりにあり、今後の土地の利活用については未定とのことですが、5月の定例記者会見で高橋靖市長は「売却処分は考えていない。倉庫として活用するか貸し駐車場として活用するか検討する」と考えを示しています。

中堅ゼネコンからの依頼で暴力団対応をしてきたことに乗じて8千万円を脅し取ろうとしたとして、恐喝未遂罪に問われた下請けの建設会社の役員2人の初公判が大阪地裁であり、2人は8千万円は正当な請求だとして、無罪を主張しています。2人は大阪府豊中市の建設会社会長の岩木被告と息子で社長の宏介被告で、検察側は冒頭陳述などで、同社は銭高組から、工事を妨害する暴力団関係者などへの対応をたびたび依頼され、他の暴力団を利用して交渉し金銭を支払うなどの対応をしていたと主張、2人はそれに乗じて2021年9~10月、銭高組の常務らに8千万円を支払わなければ警察や報道機関に公表するなどと要求したとされます。一方、弁護側は、要求額の8千万円は未払いの工事代金と、銭高組側との取引で発生した追徴課税額分だと説明しています。今後の動向が注目されます。

久しぶりに福岡県会の「暴排先生」に関する記事がありましので、紹介します。福岡県暴排条例の制定とともに継続的に取り組んでいるもので、実際に、福岡県における20代の暴力団員は激減しており、まさに暴排先生による「青少年からの暴排」が機能、貢献してきたのではないかと考えられます。そして、今は「半グレ対策」としての重責も担っているとのことです。

博多の不動産管理会社、雇った元受刑者や元暴力団員が辞めずに定着する理由 京産大の学生が調査、元暴や元半グレとともに働いて聞きだした「彼らの本音」(JBpress 10/14配信)
2018、2019年当時、一年間に就労支援の対象となる者(以下、対象者)は、100~120名。就職率は平均して約70%を維持したが、3カ月同じ職場で働く者は十数名に過ぎなかった。ここでいう職場とは、殆どが、法務省の保護観察所に登録している「協力雇用主」と呼ばれる事業所である。したがって、ある程度は、罪をおかした者の背景や特性を理解し、一般の事業所と比べ、雇用に際して「即戦力」を求めない雇用主である。当時、筆者は、就労継続を最低3カ月と考えており、「3カ月表彰制度」を新設した。これは、同じ職場で就労から3カ月経過した者に対して表彰を行い、賞状と副賞を手交するというものだ。表彰は、自己肯定感を高めるなど一定の効果が見られたものの、100名を超える就労支援対象者の中から、該当する者が年間に僅か十数名しか出なかった。…質疑応答で見えてくるのは、非行少年や刑務所経験者の人たちが、生きていく上で何らかの「生きづらさ」を背負っていること、家庭環境に問題があることが推測できる。彼らの回答からは、話を聞いてくれる大人の存在や、社会的居場所の重要性に理解が至る。彼らが挙げた、再犯にはしらない理由を、犯罪学的な理論に照らすと、「社会的絆理論」が馴染みやすい。一般に、犯罪学の理論は「人はなぜ犯罪にはしるのか」という点に焦点を当てる。しかし、この社会的絆理論は、「人はなぜ犯罪にはしらないのか」という点を問題としている。社会的絆理論の提唱者であるトラビス・ハーシによると、社会的絆とは、大きく4つが指摘される。それは、愛着、投資、巻き込み、信念という絆である。…今回紹介した従業員が辞めない協力雇用主の職場は、刑務所出所者が「居場所」と考え、働き続けられる希望の地だった。この秘訣から、あなたの会社における「働き続けられる職場」への気付きが生まれたら嬉しい限りである
「どの会社も使ってくれなかった」元組員が語る社会復帰…暴力団を根絶へ 暴追センターの取り組み【岡山】(FNNプライムオンライン 10/21配信)
(元暴力団員の男性 50歳)「元反社というだけで2.3年間はどの会社も使ってくれず今の会社の社長が声をかけてくれるまではどこも使ってくれない状態だった」この会社の社員は、約1割が元暴力団員。社会復帰への意欲はあるものの就職先が決まらない人たちの受け皿となっています。(男性が働く会社 藤原瑞輔経営企画部長)「生活に困窮することなどが原因で犯罪を犯し、刑務所や暴力団に戻る人も出てくる可能性がある。そこを支援してあげれば、無事社会復帰して自立した生活が送れるのではないか」センターではこのような企業と連携し暴力団を抜けた人の支援を行うなど暴力団勢力の弱体化に向け取り組んでいます。センターは30年前、暴力団員の不当な行為を取り締まる暴力団対策法の施行に合わせて開所しました。厳罰化により、県内の暴力団員の数は減少傾向にあります。一方で、その活動は、年々、不透明さを増しています。

(県暴力追放運動推進センター 小倉誠専務理事) 「最近は違法薬物や特殊詐欺などにも手を染めている。完全に組織には属していないが「半グレ」や「共生者」など暴力団に協力する者も増えている」センターでは、こうした目に見えにくい暴力団の活動に不安を抱える市民の相談への対応や使われなくなった暴力団事務所を買い取り撤去するなどの活動にも力を入れています。…「去年・おととしと拳銃を使った銃撃事件も発生していて、決して暴力団が身近にいないというわけではない。暴力団を利用しない、金を出さない、恐れない、交際しないなど皆さんにも徹底してもらえれば」 センターでは、今後も警察などと連携し暴力団勢力を根絶することで安全安心な社会づくりに取り組むとしています。

最後に、旧統一教会の問題について、簡単に最新の動向等を確認します。

▼消費者庁 第7回 霊感商法等の悪質商法への対策検討会
▼報告書(案)
  • これまでの審議を踏まえ、本検討会による提言は以下のとおりである。
  1. 総論
    1. 旧統一教会については、社会的に看過できない深刻な問題が指摘されているところ、解散命令請求も視野に入れ、宗教法人法(昭和26年法律第126号)第78条の2に基づく報告徴収及び質問の権限を行使する必要がある。
    2. 霊感商法等による消費者被害の救済の実効化を図るため、取消権の対象範囲を拡大するとともに、その行使期間を延長するための法制上の措置を講ずるべきである
    3. 寄附に関する被害の救済を図るため、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(平成18年法律第49号)第17条(寄附の募集に関する禁止行為)の規定を参考にしつつ、寄附の要求等に関する一般的な禁止規範及びその効果を定めるための法制上の措置を講ずるべきである。
    4. 相談対応に関しては、より多くの関連分野の専門家とも連携を図り、特に子どもの立場に立って、児童虐待等からの保護はもちろん、いわゆる宗教二世に対する支援を行う必要がある
    5. 周知啓発・消費者教育に関しては、消費者被害に関する情報を迅速に公表するとともに、消費生活センターの存在の周知を強化し、また高校生を含めた消費者教育の過程で霊感商法等に関する情報を伝えることが重要である。
  2. 旧統一教会への対応等
    • 宗教法人法第81条に基づく解散命令については、団体としての存続は許容されるとはいえ、法人格を剥奪するという重い対応であり、信教の自由を保障する観点から、裁判例にみられる同条の趣旨や要件についての考え方も踏まえ、慎重に判断する必要がある。
    • また、宗教法人法第78条の2に規定する報告及び質問に関する権限は、解散命令の事由等に該当する疑いのある場合に限り、必要があると認められる場合に、宗教法人法の規定に従って行使すべきものとされ、これまで行使した例はない。しかし、これらの対応には問題があり、運用の改善を図る必要があるとの指摘があった。
    • 旧統一教会については、旧統一教会を被告とする民事裁判において、旧統一教会自身の組織的な不法行為に基づき損害賠償を認める裁判例が複数積み重なっており、その他これまでに明らかになっている問題を踏まえると、宗教法人法における「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をした」又は「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をした」宗教法人に該当する疑いがあるので、所轄庁において、解散命令請求も視野に入れ、宗教法人法第78条の2第1項に基づく報告徴収及び質問の権限を行使する必要がある。
  3. 法制度に関する事項
    1. 消費者契約
      • いわゆる霊感等を用いた告知等による勧誘に対する取消権を規定する現行の消費者契約法第4条第3項第6号4については、霊感商法等による消費者被害の実態を踏まえつつ、その要件の緩和を検討すべきである。また、当該取消権については、マインドコントロールから抜け出すためには相当程度の時間を要するとの指摘がなされていることも踏まえ、その行使期間(現行では追認をすることができる時から1年間、消費者契約の締結の時から5年間のいずれか早い方)の延長を検討すべきである。
      • さらに、いわゆるつけ込み型の不当勧誘に対する取消権については、これまでも包括的な救済条項として消費者契約法の取消権の対象とすることが必要であるとの指摘がなされているところ、マインドコントロール下にあって合理的な判断ができない状況が問題となる霊感商法等に対応できるものとして法制化に向けた検討を早急に行うべきである。
    2. いわゆる寄附の位置付け等
      • いわゆる寄附の性質については、贈与・信託的譲渡その他の契約に該当する場合が多いと考えられるものの、金銭等の移転・交付の具体的状況ごとに評価する必要があること、さらに契約かどうかという入口で争いとなることを避けるためにもあえて契約に限定せずに意思表示の取消し、寄附の無効等の対策を考えることが重要である
      • 寄附の要求等に関する規制については、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律第17条(寄附の募集に関する禁止行為)の規定も参考としつつ、正体隠しの伝道等の本人の自由な意思決定の前提を奪うような活動手法やマインドコントロール下にあって合理的な判断ができない状況が問題となる寄附の要求等への対応も念頭に、より幅広く一般的な禁止規範を規定すべきである。当該禁止規範に違反した場合の効果については、意思表示の取消し・無効、寄附の無効等を規定することが考えられるが、本人及び家族による主張の実効性の確保の観点も踏まえつつ、法制化に向けた検討を行うべきである。
    3. その他の指摘事項
      • 上記(1)及び(2)に加え、過度の献金による本人及び家族の生活に必要な資産が失われる危険性を防ぐべく、一定範囲での献金に関する上限規制を考えるべきとの指摘、家族による財産保全又は管理の制度を設けるべきとの指摘があった。また、宗教法人法の解散命令の前段階として、質問権等の実効性を高めるための調査権や改善命令の創設、税優遇措置の剥奪等を可能とするための法整備の検討、会社法(平成17年法律第86号)の解散命令の運用の強化等、特定商取引に関する法律(昭和51年法律第57号)の執行の充実及び同法に霊感商法を対象とした新類型の追加を求める指摘もあった。
  4. 相談対応に関する事項
    • 全国の消費生活センターにおける消費生活相談に加え、政府においても「旧統一教会」問題合同電話相談窓口を設け、悩みを抱えている方々から幅広く相談を受け付けた上で、必要に応じ、日本司法支援センター(法テラス)等の関係機関を紹介している。
    • この点に関し、霊感商法による消費者被害については、消費生活相談の対応の一層の充実を図った上で、公認心理師、精神保健福祉士、精神科医、宗教社会学者、弁護士等の専門家とも連携しつつ、当事者及びその家族の支援を行うより専門的な相談窓口を設けるとともに、関係機関等が適切に連携を図ることも必要と考えられる。特に、児童虐待等からの保護も視野に入れ、子どもの側に立っていわゆる宗教二世に対する支援を行う必要がある。
    • PIO-NET(全国消費生活情報ネットワークシステム)における消費生活相談の情報の保存期間は、現状では10年とされている。この点に関し、特定の団体に関する継続的な消費生活相談がある場合には保存期間が10年では十分ではないとの指摘も踏まえ、国民生活センターにおいて、消費生活相談のデジタル化の検討も踏まえつつ、その保存期間の延長を行う必要がある。
  5. 周知啓発・消費者教育に関する事項
    • 消費者被害の未然防止及び解決の促進を図るためには、被害情報を迅速に公表すること、さらに消費生活センターの存在の周知を強化することが重要である。
    • したがって、個別の注意喚起を行うとともに、幅広い世代への消費者教育を推進すべきである。また、国民生活センターが消費生活相談の情報を消費者向けの注意喚起だけでなく、事業者に対する再発防止等の取組を働きかける方向で活用するための制度的な担保を検討すべきである。
    • また、特定の集団が霊感商法を引き起こしているときに、その実名を具体的に出して説明しなければ、消費者被害の防止に役立たないとの指摘があった。この点に関し、高校生も含めて消費者教育の中でしっかりと伝え、消費者被害をどう避けるか、どう救済されるのか、どこに相談できるのかということを教えることが重要である。
  6. その他
    • 消費者庁においては、本検討会における提言を踏まえた施策を着実に実施すべきである。上記の3から5までに記載した事項のうち、法制上の措置を要する事項については、現行法の改正又は新法の制定による対応が求められる。
    • また、消費者庁の所掌事務の範囲を超える事項については、消費者庁は、それぞれの行政機関における実施を強く働きかけるべきである。
旧統一教会調査、2週間で基準 「民事責任」要件か(2022年10月26日付日本経済新聞)
文化庁の専門家会議は25日、宗教法人法の「質問権」を行使する基準づくりを始めた。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を想定し、「民法上の不法行為」などが要件に入る見通し。11月8日の次回会合で原案を示し、年内にも調査を始める。会計の専門家などの協力も得て、信者からの献金など教団の資金の実態についても調べるとみられる。「大変負担をかけるが(教団への調査の)重大性と緊急性を踏まえ、次回には一定の方向性を共有していただきたい」。文化庁の合田哲雄次長は初会合の冒頭、スピード感を強調した。…背景にあるのが、教団に対して厳格な対応を求める声の広がりだ。宗教学者の有志は24日、「正体を隠した勧誘は信教の自由を侵害し(過度な)献金要請は公共の福祉に反する」と声明を出し、教団に対する速やかな調査を求めた。基準が実質的に教団を想定したものとなれば、1995年の宗教法人法改正で規定が盛り込まれてから初となる調査に対しても宗教界の抵抗感は少ないとみられる。基準の要件としてポイントになるのが「民法上の不法行為」だ。教団を巡って、組織的な不法行為を認めた民事判決は過去に2件。このほかに教団の使用者責任を認めた民事裁判の判決も20件あるとされる。岸田文雄首相は今国会で宗教法人の解散命令を裁判所に請求する要件に「民法の不法行為も入りうる」と新たな見解を示し、「組織性・悪質性・継続性」の3要件を挙げた。この日の初会合後、文化庁の担当者は「民事裁判の結果は基準をつくるうえで参考にすべきという認識は皆さん持たれたと思う」と述べた。首相が示した3要件も基準として妥当との受け止めが多かったという。
「宗教2世」への虐待対応Q&A 「年内めどに作成」と厚労相(2022年11月1日付毎日新聞)
信教を持つ親の元に生まれた「宗教2世」をめぐり、加藤勝信厚生労働相は1日の参院厚生労働委員会で、虐待の相談について児童相談所などで対応する際の留意点をまとめたQ&Aを年内をめどに作成し、通知すると述べた。立憲民主党の打越さく良氏への答弁。宗教2世への虐待をめぐっては、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)などの信者を親に持つ当事者が10月27日に厚労省内で記者会見を開いた。親が子どもに宗教活動を強制することは心理的虐待に当たると訴え、虐待被害を救済するための法整備を求めていた。加藤氏は、「非常に厳しくつらい経験をした(宗教2世の)人がいることは、事務方からも報告を受けている」としたうえで、Q&Aの作成を31日に指示したと説明。「理由のいかんに関わらず、児童虐待は許されない。虐待対応の現場において適切に対応できるように、当事者の意見も踏まえながら検討するよう指示した」と述べた。
宗教団体の調査手法「課題多い」 法改正から四半世紀放置で実効性不明(2022年10月25日付産経新聞)
宗教法人法の「質問権」の検討を文化庁の専門家会議がスタートしたことで、宗教団体に対する前例のない調査への準備が加速する。法律上あいまいな質問権行使の基準は専門家会議で整理されるが、同じく明確になっていない調査手法は文化庁が検討する。信教の自由との関係もあり、調査手法には「課題が多い」(文化庁)のが現状で、実効性が確保できるかは不明だ。…オウム真理教など過去2件の解散命令請求は、いずれも刑事責任の存在が前提。文化庁は質問権行使も刑法違反を要件と考えてきたが、改正から四半世紀で行使の実例はなく、基準作りも放置されてきた。また、「解散命令につながる法令違反が疑われる場合などに、業務に関する報告を教団側に求め、幹部らに質問できる」と規定する一方、調査対象は明示されていない。政府が年内の質問権行使というゴールを示したことで、行使の基準が急ピッチで整理されることになった。調査手法についても法律の明記はないが、こちらは「明確化が難しい」(文化庁)との認識だ。調査は書面と口頭の双方が想定されるが、それ以上の詳細は文化庁がケース・バイ・ケースで検討することになる。調査前には、質問内容や調査手法が宗教法人審議会で議論される。審議会の意見を踏まえて調査が実施されるため、信教の自由に抵触する可能性を指摘された部分は、事前に調査から省かれることになりそうだ。対象となる宗教団体への立ち入りには、宗教団体側の同意を得る必要があり、書類などを押収する権限もないなど、調査には多くの制限がある。
農水省、旧統一教会関連企業に再委託 「的確に執行できる」と釈明(2022年11月2日付毎日新聞)
農林水産省が2018年度に実施した海外での日本産食材の利用促進事業で、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連企業が再委託先になっていたことが1日、分かった。同省は再委託先に関し「(当時)旧統一教会の関連企業であるかどうかは確認していない」と説明した。参院農林水産委員会で共産党の紙智子氏の質問に答えた。農水省によると、事業は日本産食材を積極的に使う海外の飲食店を増やす目的で、東京に本社を置くイベント企画会社に約1500万円で委託した。イベント企画会社は米国での日本産食材の調達業務などを米国企業に再委託したという。紙氏は、この米国企業が旧統一教会の関連先だったと指摘。農水省の幹部は「日本産食材の卸売り、貿易業を行う有力企業で、事業を的確に執行できると判断した」と釈明した。
旧統一教会 継続報道を…読売新聞 報道と紙面を考える 第29回懇談会(2022年10月31日付読売新聞)
桜井氏は、30年以上前から元信者への聞き取りなどを行ってきた経験を基に、「霊感商法の違法性が指摘されてから、旧統一教会は資金調達の戦略を変えた。以前は一般の人に売りつけていたが、信者にしてから物を買わせる方式に変えた。『霊感商法から高額献金へ』という流れがある」と解説。「09年以降も、教会は活動を抑制しておらず、むしろ領収書などを残さない高額献金は裁判での立証が難しくなっている」とした。上田氏は、霊感商法や高額献金に対する規制について、「民事裁判で被害を取り戻した例はあっても、行政上の措置で回復を図るのは難しいのが現状だ」と説明。「信教の自由が憲法で保障されていることから、多くの行政官庁が宗教法人に手をつけるのを嫌がっているように思える」と語った。国松氏も、30年近く前に自身が指揮したオウム真理教による事件について、「やはり信教の自由が重荷となり、捜査着手の判断は難しいものだった」と振り返った。「そうした難しさは、今でも現実問題として存在する」との見方を示した。…国松氏は、「霊感商法は消費者契約法などで規制が進んできたが、高額献金はほとんど無規制の状態で、新たな立法措置が必要だ」と提案。用心棒代の要求など刑法の適用が難しい「グレーゾーン」に中止命令を出す暴力団対策法や、つきまとい行為を規制するストーカー規制法を例に挙げ、「高額献金などで不当性の強いものは具体的に法律に明記し、被害の防止につながる措置を取らなければいけない」と論じた。桜井氏は、「布施や献金は宗教的な行為で、規制の対象とした場合には宗教界から相当な反発が予想される」と指摘しつつ、「グレーゾーンについても国民の権利や資産の守り方を提案しないと、世論は納得しないだろう」と同意した。上田氏は、具体的な立法措置の手法として、「先祖の因縁や病気を理由に不安をあおった献金についても、本人の意思に反して長時間勧誘するなど、一定の要件を満たした場合に取り消しを認めるのが現実的ではないか」と提案した。…桜井氏は、「解散命令は、課税の特権を受けられる宗教法人の法人格を剥奪するものだが、任意の団体として存続でき、信者の活動は維持されるので、信教の自由を侵害することにはならない」と説明した。その上で、「解散命令が出て国民に周知されれば、社会的な信用を失い、勧誘されて入信する人が減少して、現在のような被害はなくなっていくだろう」と期待した。上田氏は、解散命令に踏み切る場合のポイントについて、「公共の福祉を害していないかどうかや、宗教団体の目的を逸脱していないかどうかが基準になるのでは」との見解を示した。
この国はどこへ これだけは言いたい 「知ること」がカルトから身を守る ジャーナリスト・江川紹子さん 64歳(2022年10月14日付毎日新聞)
カルト教育は、江川さん自身が長く実現を望んできたものだった。オウムに入信した当時の若者たちは、何も特別な人たちではない。むしろ善良な人たちがハマり、残忍な犯罪に手を染めるようになった。だからこそ啓発の必要を訴えてきたのだが、社会の関心は時とともに低下していった。加えて江川さんが指摘するのが、オウムが巨悪であったがゆえの「弊害」だ。「カルトの概念がオウムによってねじ曲げられたところがある。カルトは、あんなにもとんでもないことをする団体なんだと」。本来かなり特殊であるはずのオウムが「基準」となったことで、他を警戒する意識がなかなか育たなかったというのだ。だから4年前にオウムの幹部ら13人の死刑が執行されると、「カルト問題自体が終わった雰囲気になってしまった」。…そもそもカルトとは何なのか。江川さんは「特異な価値観を絶対視し、そのために人権侵害や反社会的な行為もいとわない集団」と定義している。ここでポイントなのは、「価値観、つまり教えの中身ではなく、その集団が起こす行為や行動を問題視するということです」。…「解散命令で問われるのは、宗教法人という社会の中での地位が妥当かどうか。信教の自由の問題じゃないんです。旧統一教会がやってきた行為が税金などの優遇措置を受けるのにふさわしいのかどうか、という話なんですよ」…今、社会に目を向けると、経済は縮小し、格差は広がり続けている。感染症の流行とも相まって、不安や孤独を抱きやすい時代でもある。それだけにカルトが入り込む素地はあります、と江川さん。

2.最近のトピックス

(1)令和4年警察白書から

警察庁が、令和4年警察白書を公表しています。例年7~8月に公表していたものですが、7月8日に安倍晋三元首相銃撃事件が発生し、事件を受けた要人警護の検証、見直しを盛り込むなど関連する記述や図表を加えるため延期されていたものです。報道によれば、1973年の発行以来、個別事件への対応で原案を修正し公表を遅らせるのは異例だということです。本コラムでも紹介しましたが、警察庁は事件後、警護に関する「検証・見直しチーム」を設置、都道府県警任せの運用を見直し、新たな「警護要則」を制定して警察庁の関与を強化、警備局に新たな部署を設け、警視庁のSP(警護官)増員など体制を大幅に拡充しています。また、今年の白書では、深刻化するサイバー犯罪やドローンによるテロなど先端技術を悪用した事例を特集、マネー・ローンダリングなどの可能性がある「疑わしい取引」の情報を、人工知能(AI)を活用して分析し、犯罪性が高いと予想される順に整理する取り組みについても解説しています。

▼警察庁 令和4年警察白書
▼概要版
  • 先端技術等の悪用により深刻化する現代社会における脅威と対策
    • 近年の技術革新は、様々な面で国民生活の利便性を向上させている一方、犯罪者やテロリスト等が先端技術等を悪用することにより、サイバー空間における脅威は極めて深刻な情勢となっているほか、新たな手法・形態によるテロ等が発生する懸念も生じさせている。
  1. 深刻化するサイバー空間における脅威と対策
    1. 深刻化するサイバー空間における脅威
      • キャッシュレス決済サービス等が急速に普及しつつある中で、SMS認証の不正な代行を行い、第三者に不正にアカウントを取得させる事案が発生している。
      • また、ランサムウエアと呼ばれる不正プログラムによる被害の深刻化や手口の悪質化が世界的に問題となっており、国内外を問わず、市民生活にまで重大な影響を及ぼしているほか、近年、国家を背景に持つサイバー攻撃集団によるサイバー攻撃が発生している。
    2. サイバー空間における脅威への対処に係る組織基盤の強化
      • サイバー事案への対処能力の強化を図るため、警察法等を改正し、令和4年(2022年)4月、警察庁にサイバー警察局を新設するとともに、関東管区警察局にサイバー特別捜査隊を新設した。
      • サイバー警察局では、官民連携、人材育成等の基盤整備、各国との情報交換、サイバー事案の捜査指導、高度な解析への技術支援等を強力に推進している。
      • また、サイバー特別捜査隊は、重大サイバー事案への対処を担う国の捜査機関として、外国捜査機関等との強固な信頼関係を構築し、サイバー攻撃集団により国境を越えて敢行されるサイバー事案等に対処すべく、国際共同捜査に積極的に参画することとしている。
    3. サイバー空間における犯罪インフラ対策の推進
      • ダークウェブや暗号資産等の技術・サービスが犯罪インフラとして悪用されることを防ぐため、警察では、違法行為に対する取締りを推進するとともに、関係機関・団体等と連携して必要な対策を進めている。
  2. 先端技術等を悪用したテロ等の脅威と対策
    • 警察では、先端技術等を悪用したテロ等に関し、未然防止及び事態対処の両面から、従来の手法と新たな手法とを効果的に組み合わせた対策を推進している。
    • 小型無人機等飛行禁止法等を適切に運用するなど、小型無人機を悪用したテロ等の未然防止に努めているほか、NBCテロの発生を未然に防止するため、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律をはじめとする関係法令に基づき、核物質や特定病原体等を取り扱う事業所等に警察職員が定期的に立入検査を行うなどして、事業者が講じる防護措置や盗難防止措置が適正なものとなるよう指導している。
    • また、インターネット上の違法情報・有害情報対策を強化しており、爆発物の製造方法等に関する有害情報の把握に努めるとともに、把握した場合には、サイト管理者等に対する削除依頼を行っているほか、爆発物を製造している、爆発物を製造する目的で化学物質を所持しているなどと認められる事案については、化学物質の押収等の必要な捜査を行っている。
  • 経済安全保障に関する取組
    1. 技術情報等の流出の脅威
      • 近年、国際情勢の複雑化、AI、量子技術等の革新的技術の出現、宇宙・サイバー・電磁波といった安全保障における新たな領域の誕生等により、安全保障の裾野が経済・技術分野に急速に拡大しつつあるとの認識が広がっていることなどを踏まえ、諸外国において産業基盤強化の支援、機微技術の流出防止、輸出管理強化等の経済安全保障に関連する施策が推進されている。我が国においては、経済構造の自律性の確保、我が国の技術の優位性・不可欠性の獲得及び国際秩序の維持・強化を目標として、政府一体となった取組を進めていくこととしている。この中で、必要な法制度の整備を行うため、経済安全保障推進法が、第208回国会で成立した。
      • 特に、技術情報等の流出防止対策は、経済安全保障上の重要かつ喫緊の課題であり、警察も、この課題に一層積極的に取り組むことが期待されている。
    2. 技術情報等の流出防止に向けた取組
      • 警察では、従前から、安全保障貿易管理の実効性を確保する取組の一環として、大量破壊兵器関連物資等の不正輸出に対する取締りを徹底しているほか、産業スパイ事案やサイバー事案の実態解明・取締りについても強化している。
      • また、捜査等を通じて把握した技術情報等の獲得に向けた外国からの働き掛けの手口やそれに対する有効な対策について、技術情報等を扱う企業や研究機関に情報提供する、いわゆるアウトリーチ活動を強化している。
  • 今後の展望
    • 科学技術が急速に発展し、社会に大きな変革をもたらしている中で、警察は、時代の変化を的確に把握し、新たに生じ、又は変容する脅威に的確に対応できるよう科学技術を最適に利活用していくなど、不断の努力を重ねる必要がある。そのため、今後、次のような課題に重点的に取り組むこととしている。
  1. 警察における科学技術政策の総合的かつ強力な推進
    • 科学技術を警察活動に的確に導入するためには、各種警察活動における技術ニーズを全国的に把握する必要がある。警察庁では、全国的な調査分析を継続的に実施することとしているほか、国内外の企業、学術研究機関、法執行機関等から幅広く、警察活動に導入し得る技術シーズの動向や研究開発状況等に関する情報を継続的に集約するとともに、その結果も踏まえて、都道府県警察の潜在的な技術ニーズを把握し、技術政策の提案、調整等を行うこととしている。また、技術シーズを警察活動に最適なものとして実装していくためには、外部の研究機関等と連携して研究を行うほか、府省横断的な研究開発プログラム、ファンド事業等を効果的かつ戦略的に活用するなど、あらゆる方策を効果的に駆使して開発・導入を進めることが不可欠である。
    • 将来にわたって、国民の安全・安心を守るため、警察には、各種技術の開発・導入を進めることにより、従来の方法では対処が困難又は不可能であった領域にも挑み、高度な警察活動を実現すべく、科学技術政策を総合的かつ強力に推進していくことが求められている。
  2. デジタル社会の安全・安心の確保
    • デジタル化の進展と併せてサイバーセキュリティ確保に向けた取組を同時に推進することが、我が国の極めて重要な課題となっており、そのために警察が中心的な役割を果たすことが求められている。サイバー事案に的確に対処サイバーセキュリティ保有するリソースを最大限に有効活用することが不可欠であり、国内外の多様な主体と手を携え、社会全体でサイバーセキュリティを向上させるための取組を推進する必要がある。
    • 重要な社会経済活動が営まれる公共空間へと変貌を遂げているサイバー空間、さらにはサイバー空間と高度に融合することとなる実空間の安全を確保し、国民が安全・安心に生活できるデジタル社会の実現に貢献するため、警察には、その総力を挙げてサイバー空間における脅威に対処することが求められている。
  • 我が国におけるマネー・ローンダリング対策
    1. マネー・ローンダリング対策の概要
      • マネー・ローンダリングとは、一般に犯罪によって得た収益を、その出所や真の所有者が分からないようにして、捜査機関による収益の発見や検挙を逃れようとする行為である。我が国では、組織的犯罪処罰法及び麻薬特例法において、マネー・ローンダリングが罪として規定されている。警察では、犯罪収益移転防止法の施行を中心に、関係機関・団体等と協力してマネー・ローンダリング対策を推進している。
    2. 警察の取組
      • 警察では、犯罪による収益の移転防止、犯罪組織の弱体化及び壊滅、テロ資金供与の防止等を図ることを目的として、特定事業者の自主的な取組及び国民の理解の促進、犯罪収益に関する情報の分析及び活用、犯罪収益関連犯罪の取締り及び犯罪による収益の剥奪、国際的な連携等を推進している。
▼PDF版
▼組織犯罪対策
  • 暴力団構成員及び準構成員等の推移
    • 暴力団構成員及び準構成員等の過去10年間の推移は、図表4-1のとおりであり、その総数は平成17年(2005年)以降減少し、令和3年(2021年)末には、暴力団対策法が施行された平成4年以降最少となった。この背景としては、近年の暴力団排除活動の進展や暴力団犯罪の取締りに伴う資金獲得活動の困難化等により、暴力団からの構成員の離脱が進んだことなどが考えられる。
    • また、六代目山口組からの分裂組織を含む主要団体等の暴力団構成員及び準構成員等の総数に占める割合は、令和3年末も7割を超えており、寡占状態は継続している。
  • 暴力団の解散・壊滅
    • 令和3年中に解散・壊滅をした暴力団の数は99組織であり、これらに所属していた暴力団構成員の数は328人である。このうち主要団体等の傘下組織の数は76組織(76.8%)であり、これらに所属していた暴力団構成員の数は275人(83.8%)である。
  • 暴力団の指定
    • 令和4年6月1日現在、暴力団対策法の規定に基づき25団体が指定暴力団として指定されている。令和3年中は4団体がそれぞれ指定を受けたほか、池田組が新たに指定を受けた。また、令和4年中は6月までに神戸山口組が3回目の指定を受けた。
  • 検挙状況
    • 暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者(以下「暴力団構成員等」という。)の検挙人員は、近年減少傾向にある。暴力団構成員等の総検挙人員のうち、覚醒剤取締法違反、恐喝、賭博及びノミ行為等(以下「伝統的資金獲得犯罪」という。)の検挙人員が占める割合は3割程度で推移しており、特に覚醒剤取締法違反の割合が大きく、依然として覚醒剤が暴力団の有力な資金源となっているといえる。他方、平成3年以降の検挙人員の罪種別割合をみると、図表4-4のとおりであり、恐喝、賭博及びノミ行為等の割合が減少しているのに対し、詐欺の検挙人員が占める割合が増加傾向にあるなど、暴力団が資金獲得活動を変化させている状況もうかがわれる
  • 対立抗争事件等の発生
    • 暴力団は、組織の継承等をめぐって銃器を用いた対立抗争事件を引き起こしたり、自らの意に沿わない事業者を対象とする、報復・見せしめ目的の襲撃等事件を起こしたりするなど、自己の目的を遂げるためには手段を選ばない凶悪性がみられる。
    • 近年の対立抗争事件、暴力団等によるとみられる事業者襲撃等事件等の発生状況は、図表4-5のとおりである。これらの事件の中には、銃器が使用されたものもあり、市民生活に対する大きな脅威となるものであることから、警察では、重点的な取締りを推進している
  • 資金獲得犯罪
    • 暴力団は、覚醒剤の密売、繁華街における飲食店等からのみかじめ料の徴収、企業や行政機関を対象とした恐喝・強要のほか、強盗、窃盗、各種公的給付制度を悪用した詐欺等、時代の変化に応じて様々な資金獲得犯罪を行っている。特に、近年、暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与し、暴力団が特殊詐欺を有力な資金源の一つとしている実態が認められる。
    • また、暴力団は、実質的にその経営に関与している暴力団関係企業を利用し、又は共生者と結託するなどして、その実態を隠蔽しながら、一般の経済取引を装った貸金業法違反、労働者派遣法違反等の資金獲得犯罪を行っている。
    • 警察では、巧妙化・不透明化をする暴力団の資金獲得活動に関する情報の収集・分析をするとともに、社会経済情勢の変化に応じた暴力団の資金獲得活動の動向にも留意しつつ、暴力団や共生者等に対する取締りを推進している。
  • 地方公共団体における暴力団排除に関する条例の運用
    • 各都道府県は、地方公共団体、住民、事業者等が連携・協力をして暴力団排除に取り組む旨を定め、暴力団排除に関する基本的な施策、青少年に対する暴力団からの悪影響排除のための措置、暴力団の利益になるような行為の禁止等を主な内容とする暴力団排除に関する条例の運用に努めている。
    • 各都道府県では、条例に基づき、暴力団の威力を利用する目的で財産上の利益の供与をしてはならない旨の勧告等を実施している。令和3年中における実施件数は、勧告が45件、中止命令が17件、再発防止命令が3件、検挙が27件となっている。
  • 暴力団員の社会復帰対策の推進
    • 暴力団を壊滅するためには、構成員を一人でも多く暴力団から離脱させ、その社会復帰を促すことが重要である。警察庁では、平成29年に閣議決定された「再犯防止推進計画」等に基づき、関係機関・団体と連携して、暴力団関係者に対する暴力団からの離脱に向けた働き掛けの充実を図るとともに、構成員の離脱・就労、社会復帰等に必要な社会環境及びフォローアップ体制の充実に関する効果的な施策を推進している。
  • 準暴力団等の動向と特徴
    • 暴走族の元構成員等を中心とする集団に属する者が、繁華街・歓楽街等において、集団的又は常習的に暴行、傷害等の事件を起こしている例がみられるほか、特殊詐欺や組織窃盗等の違法な資金獲得活動を活発化させている。こうした集団の中には、暴力団のような明確な組織構造は有しないが、犯罪組織との密接な関係がうかがわれるものも存在しており、警察では、こうした集団を暴力団に準ずる集団として「準暴力団」と位置付けている。
    • 準暴力団等は、犯罪ごとにメンバーが離合集散を繰り返すなど、そのつながりが流動的である点で、明確な組織構造を特徴とする暴力団と異なる。準暴力団等には、暴走族の元構成員や地下格闘技団体の元選手等を中核とするものがみられるほか、暴力団構成員や元暴力団構成員がメンバーとなっている場合もある。
    • 準暴力団等の中には、特殊詐欺や組織窃盗等の違法な資金獲得活動によって蓄えた資金を、更なる違法活動や自らの風俗営業等の事業資金に充てるなど、活発な資金獲得活動を行っていることがうかがわれる集団が数多くみられる。また、資金の一部を暴力団に上納するなど、暴力団と関係を持つ実態も認められるほか、暴力団構成員が準暴力団等と共謀して犯罪を行っている事例もあり、このような準暴力団等の中には、暴力団と準暴力団等との結節点の役割を果たす者が存在するとみられる。
  • 警察の取組
    • 警察では、準暴力団等の動向を踏まえ、繁華街・歓楽街対策、特殊詐欺対策、組織窃盗対策、暴走族対策、少年非行対策等の関係部門間における連携を強化し、準暴力団等に係る事案を把握するなどした場合の情報共有を行い、部門の垣根を越えた実態解明の徹底に加え、あらゆる法令を駆使した取締りの強化に努めている。
  • 疑わしい取引の届出
    • 犯罪収益移転防止法に定める疑わしい取引の届出制度により特定事業者がそれぞれの所管行政庁に届け出た情報は、国家公安委員会が集約して整理・分析を行った後、都道府県警察や検察庁をはじめとする捜査機関等に提供され、各捜査機関等において、マネー・ローンダリング事犯の捜査等に活用されている。
    • 疑わしい取引の届出の年間受理件数は、図表4-21のとおりであり、おおむね増加傾向にある。
  • マネー・ローンダリング事犯の検挙状況
    • マネー・ローンダリング事犯の検挙件数は、図表4-23のとおりであり、令和3年中は632件(前年比32件(5.3%)増加)であった。前提犯罪別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが243件、窃盗に係るものが217件、電子計算機使用詐欺に係るものが42件、ヤミ金融事犯に係るものが25件となっている。
    • 令和3年中におけるマネー・ローンダリング事犯の検挙件数のうち、暴力団構成員等が関与したものは64件と、全体の10.1%を占めている。前提犯罪別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが19件、窃盗に係るものが10件、風営適正化法違反に係るものが8件、ヤミ金融事犯に係るものが6件と、暴力団構成員等が多様な犯罪に関与し、マネー・ローンダリング事犯を行っている実態がうかがわれる。
    • また、令和3年中における来日外国人が関与したマネー・ローンダリング事犯は91件と、全体の14.4%を占めている。前提犯罪別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが37件、窃盗に係るものが28件、入管法違反に係るものが13件と、日本国内に開設された他人名義の口座を利用したり、偽名で盗品等を売却したりするなど、様々な手口を使ってマネー・ローンダリング事犯を行っている実態がうかがわれる
  • 薬物対策 供給の遮断
    • 我が国で乱用されている薬物の大半が海外から流入していることから、警察では、これを水際で阻止するため、税関、海上保安庁等の関係機関との連携を強化するとともに、国際捜査共助等の積極的な実施や国際会議への参加を通じた情報交換等による国際捜査協力を推進している。令和3年中は、国連麻薬委員会(CND)や国連薬物・犯罪事務所(UNODC)が主催する会議等に参加した。
    • また、薬物犯罪組織の壊滅を図るため、通信傍受等の組織犯罪の取締りに有効な捜査手法を積極的に活用し、組織の中枢に迫る捜査を推進している。さらに、薬物犯罪組織に資金面から打撃を与えるため、麻薬特例法の規定に基づき、業として行う密輸・密売等やマネー・ローンダリング事犯の検挙、薬物犯罪収益の没収・追徴等の対策を推進している。
    • このほか、インターネットを利用した薬物密売事犯対策として、サイバーパトロールやインターネット・ホットラインセンター(IHC)からの通報等により薬物密売情報の収集を強化し、密売人の取締りを推進している。
  • 需要の根絶
    • 警察では、薬物乱用者を厳しく取り締まるとともに、広報啓発活動を行い、社会全体から薬物乱用を排除する気運の醸成を図っている。
    • また、薬物事犯で検挙された者やその家族等の希望に応じて、薬物乱用防止のための相談先等を記載した資料を配付するなど、薬物再乱用防止に向けた相談活動の充実を図っている。
(2)AML/CFTを巡る動向

政府は、マネー・ローンダリングの対策などを強化する一連の法案を閣議決定し、今国会に提出しています。昨年のFATF(金融活動作業部会)による第4次対日相互審査では、日本政府に対して対策を強化すべきだと勧告していました。これを受けて政府は、外国為替法など関係する6本の法律の改正するものです。改正案では、マネー・ローンダリングに関連する罪の法定刑を引き上げ、大量破壊兵器の拡散に関わっていると国連が指定した組織や個人に対し、国内で資産凍結ができるようにするほか、(前回の本コラム(暴排トピックス2022年10月号)でも紹介したとおり)暗号資産の交換を行う事業者に対して、利用者の氏名などの情報を確認し事業者間で通知する義務を課すことで、資金の流れを追跡しやすくするといったものがあります。今回、一気に多くの改正に着手したことで、政府としてのAML/CFTへの本気度がうかがえます。関連する事業者としても、規制強化のいかんにかかわらず、AML/CFTに粛々と取り組んでいくことを期待したいところです。

▼内閣官房(FATF勧告関係法整備検討室) 「国際的な不正資金等の移動等に対処するための国際連合安全保障理事会決議第千二百六十七号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法等の一部を改正する法律案」が閣議決定・国会提出されました。
▼国際的な不正資金等の移動等に対処するための国際連合安全保障理事会決議第千二百六十七号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法等の一部を改正する法律案 概要
  • マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策の強化
    1. 背景
      • 依然として厳しいテロ情勢や大量破壊兵器の開発等が継続するなど、国際社会及び我が国の安全への脅威が高まる中、日本は国際社会と連携しつつ、金融制裁措置等を実施。
      • 技術の進展に伴い、暗号資産等が違法な活動に利用されるリスクが増大。国際社会全体で対策の強化が必要
    2. FATFによる対日審査での指摘
      • FATFは、マネロン・テロ資金供与・拡散金融(大量破壊兵器の拡散に寄与する資金の供与)対策のための国際基準の策定・履行の審査を担う多国間の枠組み(1989年のG7アルシュ・サミットでの首脳間合意に基づき設立)。
      • FATF基準の遵守は、200以上の国・地域がコミット。国際社会では、グローバルスタンダードであるFATF基準を各国が遵守することにより、世界全体でのマネロン等対策の実効性の確保を図っている。
      • 第4次対日審査報告書(昨年8月公表)
        • 日本の対策を一層向上させるため、資産凍結措置の強化、暗号資産等への対応の強化、マネロン対策等の強化のための法改正に取り組むべきと勧告。
        • 日本を重点フォローアップ国として、指摘事項の改善状況を3年間毎年報告するよう義務付け。
    3. 速やかな対応の必要性
      • 対応が遅れた場合、例えば以下の問題が生じるおそれ。
        1. 日本との金融取引に対する懸念が強まり、国際金融センターとしての地位が低下する。
          • 前回第3次対日審査(2008年公表)後、FATFは対応の遅れについて、日本を名指しで批判。英国と香港は1つ評価が上の通常フォローアップ国・地域。
        2. マネロン等対策で日本が抜け穴となれば、国際的な対応に支障が生じる。
          • 暗号資産交換業者に関する一部義務については措置済みであるが、暗号資産取引に係るリスクに対応するためには更なる対応が必要。日本は2023年のG7議長国であり、マネロン等対策を国際的に主導すべき立場。
      • 上記勧告を踏まえ対応を強化するため、内閣官房よりFATF勧告対応法案(4省庁6法の一括法案)を臨時国会へ提出。
  • FATF勧告対応法案~(1)マネロン(2)テロ資金供与(3)拡散金融対策に係る国際基準への対応
    1. 資産凍結措置の強化
      1. 拡散金融への対応
        • 安保理決議で指定された大量破壊兵器拡散に関わる者が行う居住者間取引(国内取引)に対する資産凍結ができるようにする。(国際テロリスト財産凍結法)
  • マネロン対策等の強化
    1. マネロン罪の法定刑引上げ
      • 犯罪収益等隠匿罪、薬物犯罪収益等隠匿罪等の法定刑を引き上げる。(組織的犯罪処罰法・麻薬特例法)
    2. 犯罪収益等として没収可能な財産の範囲の改正
      • 犯罪収益等が不動産・動産・金銭債権でないときも、没収を可能とする。(組織的犯罪処罰法)
    3. テロ資金等提供罪の強化
      • 各罰則について、資金提供罪等の対象として、現行の「公衆等脅迫目的の犯罪行為」と同等のものを条約の文言に合わせて追加するとともに、法定刑を引き上げる。(テロ資金提供処罰法)
    4. 法律・会計等専門家の確認義務等に係る規定整備
      • 法律・会計等専門家に係る取引時の確認事項に取引目的、法人の実質的支配者等を追加するとともに、疑わしい取引の届出義務に関する規定を整備する。(犯罪収益移転防止法)
  • 暗号資産等への対応の強化
    • 前通常国会における暗号資産等への対応
      • 第208回通常国会において外為法を改正
      • 居住者・非居住者間の暗号資産取引に対する資産凍結を強化
    • 暗号資産等に係る更なる措置として早期に実施する必要
      1. 暗号資産等に係るトラベルルール
        • 暗号資産交換業者に対し、暗号資産の移転時に送付人・受取人の情報を相手方業者に通知する義務(トラベルルール)を課す。(犯罪収益移転防止法)
      2. 暗号資産交換業者等による資産凍結措置の態勢整備義務
        • 暗号資産交換業者、銀行等に対し、資産凍結措置の適切な実施のための態勢整備義務を課す。(外為法)
      3. ステーブルコイン取引への対応(資産凍結)
        • 新たな資産形態であるステーブルコインに関する居住者・非居住者間の取引に対する資産凍結を強化する。(外為法)
    • FATF勧告対応法案で改正予定の法律
      1. 国際テロリスト財産凍結法:拡散金融への対応(居住者間取引に係る資産凍結)
      2. 外為法:金融機関、暗号資産交換業者等による資産凍結措置の態勢整備義務・ステーブルコイン取引への対応(資産凍結)
      3. 組織的犯罪処罰法:マネロン罪の法定刑引上げ・犯罪収益等として没収可能な財産の範囲の改正
      4. 麻薬特例法:マネロン罪の法定刑引上げ
      5. テロ資金提供処罰法:テロ資金等提供罪の強化
      6. 犯罪収益移転防止法:暗号資産等に係るトラベルルール・法律・会計等専門家の確認義務等に係る規定整

また、関連して、実質的支配者の特定はAML/CFT実務においても重要な取組みの一つですが、本コラムで以前から指摘しているとおり、十分な実効性があるものとなっていない現状があります。今国会においてもその問題が取り上げられており、今後、「法人の実質的支配者情報の一元的、継続的かつ正確な把握を可能とする枠組みに関する制度整備に向けた検討を進める」として、何らかの新たな制度の導入などの検討を進めるとの回答がなされており、今後の動向が注目されるところです。

▼衆議院 第210回国会18不動産を取得した外国法人の実質的支配者情報の収集に関する質問主意書
▼答弁書本文
  • FATFが令和三年八月に公表した対日相互審査の評価において、我が国のマネー・ローンダリング対策等は、全体として成果を上げていると評価された一方で、法人制度が悪用されることの防止等について優先的に取り組む必要がある旨の指摘を受けた。具体的には、例えば、「法人について、正確かつ最新の実質的支配者情報はまだ一様に得られていない。」(仮訳)とされたところである。
  • 政府としては、「マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策の推進に関する基本方針」(令和四年五月十九日マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策政策会議決定)に基づき、令和四年一月に運用が開始された実質的支配者リスト制度の利用促進を図るとともに、法人の実質的支配者情報の一元的、継続的かつ正確な把握を可能とする枠組みに関する制度整備に向けた検討を進めることとしている。
  • 御指摘の「外国法人の実質的支配者の変更による不動産の実質的な所有権移転があった場合」の具体的に意味するところが必ずしも明らかではないが、国際的な議論においては、各国に対して、法人の透明性を向上させ、法人制度が悪用されることを防止する観点から、法人の実質的支配者情報を把握する制度の構築が求められているものと認識しており、政府としては、…「マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策の推進に関する基本方針」に基づき、令和四年一月に運用が開始された実質的支配者リスト制度の利用促進を図るとともに、法人の実質的支配者情報の一元的、継続的かつ正確な把握を可能とする枠組みに関する制度整備に向けた検討を進めることとしている

さて、以前の本コラム(暴排トピックス2022年9月号)でも紹介しましたが、FATFは、国軍がクーデターで権力を掌握したミャンマーのAML/CFTが不十分だとして、各国に対抗措置を求める「ブラックリスト」に同国を載せたと発表しています。同国は、もともと覚せい剤の生産や違法なカジノ運営が横行し、違法資金が流入するリスクが高いとされてきましたが、政情不安でその危険性は一層高まっています。

▼FATF Jurisdiction subject to a FATF call on its members and other jurisdictions to apply enhanced due diligence measures proportionate to the risks arising from the jurisdiction

FATFによると、ミャンマーは2021年9月までに15項目のAML/CFTの実行を約束していましたが、今も11項目が実施されていない状況にあります。ブラックリストへの掲載は北朝鮮とイランに続き3カ国目となり、ミャンマーにはマネー・ローンダリングやテロ資金供与に関する国際捜査への協力や犯罪で得た収益の押収を強化するように求めています(なお、ミャンマーは過去にもFATFのブラックリストに指定されていましたが、民主化指導者のアウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)政権が発足した2016年に除外対象となった経緯があります)。これにより、外国の金融機関はミャンマー側との金融取引に厳格な審査が求められること(さらに追加コストが発生する)から、リスクの高いミャンマーを避けることになります。さらには、外資の引き揚げや外貨の不足などを引き起こすことになり、ただでさえ軍事政権によるクーデターで混迷を極める中、中長期的に経済混乱にさらに拍車がかかることになるのは間違いないところです。FATFは各国に対して、人道支援や正当な送金が妨げられないような対抗措置を求めていますが、現地のミャンマー人銀行員は「経済に多くの影響が生じる。ミャンマーの企業や国民への送金がより難しくなる。外国企業の多くは撤退するかもしれない」と不安を口にしていると報じられています。なお、同国では、中国の規制強化から逃れるために、主に中国マフィアが、薬物や武器の取引、木材の違法伐採、鉱物の違法採取などで手にした不正な金をカジノで賭けるマネー・ローンダリングの手口が拡がっており、マネー・ローンダリングされたお金は新たなカジノ建設などオープンな経済活動に再投資されているといいます。こうした巨額のマネーが一部を除きミャンマー国民のために回されることはなく、結局、苦しむのはいつも国民という構図です

AML/CFTの観点から、国際社会が違法な野生生物取引など「環境犯罪」の監視強化に動き始めています。金融庁の「マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題(2022年3月)において、コラム「野生動植物の違法取引に関連するマネー・ローンダリング」が掲載されており、以下のような記述があります。

  • 昨今、環境に対する世界的な関心が高まっているところ、環境犯罪を助長する資金の流れや洗浄手法等に対する認識向上を目的として、2020 年6月に FATF は「マネー・ローンダリングと違法野生生物取引」(原題「Money Laundering and the Illegal Wildlife Trade」)、2021 年6月には「環境犯罪にかかるマネー・ローンダリング」(原題「Money Laundering from Environmental Crime」)を公表した。
  • 警察庁によれば、我が国では、野生動植物の違法取引に係るマネロンとして検挙された事例は認められていないが、実際に国内で、野生動植物密輸等に関連した摘発事例は発生している。
    • 必要な承認・許可を受けることなく、生きているコツメカワウソをボストンバッグに隠匿して、タイから輸入するなどした事例
    • 必要な許可を受けることなく、象牙等をスーツケース等に隠匿して、ラオスに輸出しようとした事例
    • 必要な登録を受けることなく、象牙の印材をインターネットオークションサイトで広告して、顧客に販売した事例
  • 我が国においても、FATFや国際的な議論を踏まえ、環境犯罪をリスクと認識して対応することが必要であり、国際的に希少な野生動植物やその製品の取引等を前提としている場合等には、マネロンのリスクを意識した対応を行うことが必要である。金融機関として気を付けるべきは、貿易決済に関する送金を取り扱う場合の注意事項と同様に、顧客の職業やビジネスの内容と送金の送付先、裏付けとなる商取引に不自然なものがないか、取引されているモノが野生動物や希少動物、もしくは象牙といったものでないかという確認するなどのリスクの特定・評価を行い、リスクに応じて、必要な場合には、更なる深掘り調査をするということがリスクベースの対応であると言える。

2022年10月6日付ニッキンの記事「環境犯罪に監視の目 規制当局 マネロン対策で」において、日本においても取組みが始まりつつあることが紹介されていますので、以下、引用します。

金融活動作業部会(FATF)が2020年の報告書で各国に対応を要請し、主要7カ国(G7)は21年のサミットで「対処する」と表明した。最前線で疑わしい取引に目を光らせる国内金融機関の役割も重要性を増す。資金の出所を分からなくするマネロンには、必ず前提となる犯罪が存在する。麻薬犯罪が典型例だが、「IWT」と呼ばれる違法な野生生物取引、密漁、違法木材伐採などを含む環境犯罪もその一つに位置付けられる。対策が叫ばれる背景には、犯罪規模の拡大がある。IWTの推計規模は年0.9兆~3兆円。中国やベトナムなどのアジアでは、富の象徴である象牙や伝統薬の原料となるサイの角の需要が増加。麻薬犯罪組織などが裏取引に関与を強めているとの指摘がある。国連総会は17年、IWTをマネロンの前提犯罪として扱うため、各国に法整備などを求める決議を採択。これ以降、国際的な規制の動きが徐々に進展している。FATFは20年の報告書で各国にIWT対策を求め、21年には環境犯罪全般に範囲を広げた報告書も出した。国内では、政府が5月に公表したマネロン対策の基本方針でIWT対策の重要性を指摘した。ただ、世界的に見て「金融業界の取り組みは初期段階」(環境保全団体のWWFジャパン)。日本も例外ではないという。このためWWFジャパンは9月、IWTの国際動向や国内リスクなどをまとめた金融業界向けガイダンスを発行。さらに同月、ACAMS(公認AMLスペシャリスト協会)と連携して無料の金融機関向けオンライン認定講習も開発した。WWFジャパンは「まずはIWTについて理解を深め、対策を検討してほしい」と訴える。

定期的に金融庁と業界団体との意見交換会が行われ、金融庁から定期された主な論点が公表されています。今回は主要行等と全国地方銀行協会・第二地方銀行協会との意見交換会から、AML/CFTの観点について紹介します。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • マネロン対策等に係る広報について
    • 金融機関が継続的顧客管理を適切に実施していくためには、一般利用者の理解と協力が不可欠であることから、金融庁においては、各業界団体との連名チラシの作成や、ラジオCMの配信などの政府広報、オンライン広告の配信等を通じて、積極的に情報発信を行っている。
    • 2022年3月に実施したオンライン広告の配信では、金融庁のウェブサイトへのアクセスが増加するなど効果を確認できたため、9月15日から再度、オンライン広告の実施を予定している。効果的な配信に向けて各協会からの意見も反映したので、是非ご覧いただきたい。
▼全国地方銀行協会/第二地方銀行協会
  • マネロン対策等のシステム共同化について
    • マネロン対策等のシステム共同化に向け、全国銀行協会における共同化タスクフォースにおいて、提供するサービス内容や運営主体の組織形態について、具体的な検討が進められていると承知している。
    • FATF第4次対日相互審査の結果を踏まえれば、預金取扱金融機関全体で、誤検知率の高い「取引モニタリング・システム」の高度化を図る必要があり、また、諸外国と足並みを揃えて行っているロシア制裁等を踏まえれば、「取引フィルタリング」の正確性を高める必要がある。マネロン対策等のシステム共同化は、これに資する取組みであると考えている。
    • さらに、FATFの第5次相互審査を見据えて、継続的にマネロン等管理態勢の高度化を図っていく中、システム共同化に多くの預金取扱金融機関が参加することによって、業界全体で、さらなる効率化と有効性の向上が見込めると考えている。
    • このため、金融庁としても本共同化に対して、高く期待しているところ。各行においても、持続可能な対策を講じるという中長期的な視野に立って、業界団体と共に、マネロン対策等のシステム共同化への参加に関する検討を進めていただきたい。

金融庁のコメントにも「システム共同化に多くの預金取扱金融機関が参加することによって、業界全体で、さらなる効率化と有効性の向上が見込め」とありましたが、クレジットカード業界が、共同で不正なカード利用を検知するシステムの開発へ動き出しているようです。以前の本コラムでも紹介しましたが、FATFの最近のレポートで、「単一の金融機関は、トランザクションの一部しか把握しておらず、多くの場合、大きくて複雑なパズルの小さなピースしか見ていません。犯罪者は、法域内または法域全体で複数の金融機関を利用して、この情報のギャップを悪用し、違法な資金の流れを重ねます」、「より正確で一貫した情報がなければ、個々の金融機関がこれらの活動を検出することはますます困難になります。共同分析を使用したり、データをまとめたり、他の共有イニシアチブを責任ある方法で開発したりすることにより、金融機関はパズルのより明確な全体像を構築し、マネー・ローンダリングとテロ資金供与のリスクをよりよく理解し、評価し、軽減しようとしています」といった指摘があり、もはや「単体」出の取組みには大きな限界があることが明らかとなる中、AML/CFTの観点を含むリスク管理の実効性を高めることに大きく資するものといえ、今後の動向に注目したいところです。本件について、2022年10月27日付日本経済新聞の記事「クレカ不正情報、初の業界共有へ 検知システム共同化」から、抜粋して引用します。

クレジットカード業界が共同で不正なカード利用を検知するシステムの開発へ動き出す。2021年の被害額が過去最悪を更新し、各社の個別対応では被害が拡大する恐れがあるとして、政府が不正利用情報を共有するよう要請していた。JCBが大日本印刷グループと連携し基盤を構築。VISAやMastercardなどに参加を呼びかけ、23年度にも数十社の加盟を想定した新システム稼働を目指す。JCBは大日本印刷グループでシステム開発のインテリジェントウェイブ(IWI)と連携し、共通システム基盤を構築する。業界横断で不正対策のシステムを構築する動きは世界的に見ても珍しいという。…カード業界がシステム開発で共同化へ動くのも珍しい。きっかけは経済産業省が6月に出した報告書。クレカのセキュリティ対策の方向性について、「個社で実施していた不正検知システムを共同化することが有効」と明記。不正検知に関するノウハウやデータの共有を業界に対し事実上要請していた。カード会社はJCBの基盤に参加すると、クラウド上で不正利用履歴や犯罪者の配送先、疑わしい取引の情報を閲覧できるようになる。これまでは各社が個別に不正を検知していたが、そのたびにオペレーターが電話やメールで加盟店などに確認をとったり、配送停止を依頼したりしていた。情報を共有できれば、事前に犯罪者をブラックリスト化し、不正防止のコストを軽減できる。さらに、各社が持つ不正対策のノウハウも共有できる。各社が個別に分析していた不正検知の精度が向上し、見つけるのが難しい犯罪者のなりすまし被害も防ぐことができると期待している

その他、AML/CFTやその周辺動向に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 特殊詐欺で得た利益をマネー・ローンダリングしたとして、警視庁と熊本県警の合同捜査本部は、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)の疑いで、IP電話レンタル会社の実質的経営者と会社員ら男4人を再逮捕しています。報道によれば、詐欺の被害額は総額約19億円とみられ、捜査本部は全容解明を進めるとしています。逮捕容疑は共謀して、2019年11月、静岡県の50代の女性からだまし取った電子マネーを転売するなどして得た計約6360万円を会社員らの管理する金融機関口座へ振り込ませて犯罪収益取得の事実を隠したというものです。このIP電話レンタル会社は、特殊詐欺のグループにIP電話約1100回線を貸していたといい、グループはこの回線を使って詐欺の電話をかけていたもので、実質的代表者らは詐取などで得た約19億円分の電子マネーを仲介サイトで換金、会社員らの口座には2019年5月~2020年2月の間に約18億円が入金されていたということです。IP電話レンタル事業の「犯罪インフラ性」の高さについては、本コラムでも以前から警鐘を鳴らしてたところであり、今後も注意が必要な状況です。
  • 帰国予定のベトナム人から銀行口座の通帳を譲り受けたとして、兵庫県警国際捜査課と葺合署は、犯罪収益移転防止法違反の疑いで、いずれもベトナム国籍の無職の2人の両容疑者を逮捕、送検したと発表しています。報道によれば、逮捕容疑は、共謀して10月9日、代金4万5千円を支払う約束で、ベトナム国籍の男性から本人名義の口座の通帳とキャッシュカードを譲り受けたというものです。同県警は、両容疑者が住むアパートの一室を家宅捜索し、200冊以上の通帳や100枚以上のキャッシュカードを押収、2人は口座を売買する犯罪グループの一員とみられ、自宅に郵送された通帳やキャッシュカードを顧客に運ぶ役割を担っていたといいます。また、グループの指示役はベトナム国内にいて、受け渡しの報酬として1件あたり約2千円が支払われていたといい、ゆうちょ銀行の口座は4万円、三菱UFJ銀行が7万円、三井住友銀行のネットバンキング付きの口座は12~15万円、通常の口座は6万円で買い取っていたとみられると報じられています。近年、技能実習や留学のために来日した外国人が帰国時に本人名義の口座を転売するケースが増加していることは本コラムでも取り上げていますが、これらの口座が特殊詐欺や国際ロマンス詐欺の振込口座として悪用されていると見られます。
  • 不正入手したキャッシュカードを使って現金を引き出したとして、愛知県警などは、いずれも中国籍の会社役員の2人の容疑者を窃盗容疑で逮捕したと発表しています。報道によれば、2人は口座から2021年10月~2022年6月に計約6億円を引き出しており、同県警は背後に大規模な偽造グループがあるとみて捜査しているとのことです。2022年6月、偽造診断書を使って入院給付金をだまし取った疑いで女性が逮捕される事件があり、女性が偽造診断書の代金を振り込んだ口座を調べたところ、実在しない名義人の口座だったといい、さらに千葉県成田市の男性(窃盗容疑で逮捕)がこの口座から現金を引き出し、容疑者らが使っていた法人名義の口座に振り込んでいたことが判明したといいます。また、女性が振り込んだ口座には他にも不特定多数の人からの振り込みがあり、県警は全容解明を急いでいるとのことです。
  • 愛知県と名古屋市は、観光事業者を支援するための事業で計369万1千円が不正に請求され、だまし取られたと発表しています。だましとったのは、同市内でホテルと飲食店を運営する男性で、県や市は、全額が返金されていることなどから、刑事告発や被害届の提出は見送るということです。報道によれば、宿泊施設「ナゴヤ ホステル ザ スリー スマイルズ」と飲食店「幸せを感じるワインと空飛ぶ唐揚げバル バル平」の男性運営責任者は2021年10月~2022年7月、架空の人物101人になりすまして宿泊や飲食店の売り上げがあったように装い、県から計177万1千円相当の電子マネーをだまし取ったほか、同様の手口で市からも192万円をだまし取ったというものです。市に通報があり、男性が調査に不正を認めたため、発覚したといいます。これだけの長期間、101人になりすましてだまし続けたということは、裏返せば、申請された愛知県や名古屋市の審査が甘かったということでもあります。なりすましへの対策は金融機関をはじめすべての事業者にとって、健全な取引を行う上での大前提だと言えますが、なりすましがこれだけ簡単に実行できる今の仕組みは早急な改善されるべきだと言えます。
(3)特殊詐欺を巡る動向

特殊詐欺の被害、とりわけその心理的特徴に関する調査レポートが消費者庁から公表されています。冒頭の概要では、「特殊詐欺とは、被害者に対面することなく信頼させ、不特定多数の者から現金等をだまし取る犯罪の総称である。2021年の被害額は前年より減少しているものの件数は増加しており、特に高齢女性の被害が多いことが特徴である。一方、地域住民からの情報提供や相談は、警察による加害者の検挙可能性を高め、地域社会に共有されることで地域の詐欺被害の防犯力の向上につながる。本調査では、高齢者を中心に特殊詐欺等の消費者被害が発生している実態を踏まえ、徳島県警本部及び徳島県の協力も得て、特殊詐欺等の消費者被害にあいやすい人の心理社会的特徴について分析するとともに、消費者被害の未然防止に向けた、より効果的な情報発信方法を検討することを目的とした。調査対象者は、とくしま生協で宅配を利用している組合員のうち13,252名(平均年齢59.5歳(標準偏差14.9)、女性91.8%)である。まず、特殊詐欺等の消費者被害の経験者の特徴を調べたところ、消費者被害経験のある者の方が被害経験のない者に比べて、年齢が若く、楽観性バイアスが強い(他者に比べて自分が被害にあう確率を低く推定する傾向が強い)傾向がみられた。このことから、特殊詐欺等の消費者被害の背景として、年齢の若さと楽観性バイアスの強さが影響している可能性が示された。また、情報提供・相談のメリットやデメリットの認識と回答者の属性との関連性を検討したところ、情報提供・相談のメリットやデメリットの認識の傾向についてはそれぞれ特徴がみられた。この特徴から、男性、教育歴が短い、独居、外出頻度が少ない方に情報提供・相談のメリットについて広報し、女性、教育歴が長い、同居、外出頻度が多い方には、情報提供・相談をしやすくするような工夫やデメリットの認識を改めるような広報をする必要性を示唆する」と指摘されており、大変興味深いものとなりました。とりわけ、高齢女性が被害にあっている状況だけを見るのではなく、統計上は「男性も女性と同等数の被害を受けている可能性がある」ことが示唆されている点は大きな驚きでした。また、「消費者被害経験者は楽観性バイアスが高い可能性が考えられるが、楽観性バイアスと消費者被害のあいやすさとの関連性については明らかになっていない」との指摘もこれまでの認識を少し改める必要があるものと認識しました。以下、本レポートから抜粋して引用します。

▼消費者庁 特殊詐欺等の消費者被害における心理・行動特性に関する研究
▼プログレッシブ・レポート
  • 「特殊詐欺」とは、被害者に電話をかけるなどして対面することなく信頼させ、指定した預貯金口座への振込みその他の方法により、不特定多数の者から現金等をだまし取る犯罪の総称であり(警察庁、2015)、深刻な社会問題となっている。警察庁(2021)の発表によると、日本全体の2021年の特殊詐欺の認知件数は14,498件(前年比948件増加)、被害額は282.0億円(前年比3.2億円減少)と、被害額は減少しているものの件数は前年から増加している。被害者の年齢別構成比をみると、65歳以上の高齢者を中心に被害が発生しており、特に女性の被害者が多いことが報告されている。なお、警察庁によると、暫定値ではあるが、直近の2022年上半期(1月~6月)の全国の特殊詐欺の認知件数は7,491件(前年比631件増加)、被害額は約148.8億円(前年比18.7億円増加)と件数、被害額ともに増加している。被害者の約87%が高齢者となっており、依然として高齢者が被害にあう傾向が高いことが見受けられる(読売新聞、2022)。
  • 徳島県では、2021年の特殊詐欺被害認知件数は39件(前年比13件増加)、被害額は約1億3,022万円(前年比約3,858万円増加)であり、認知件数、被害額とも前年より増加している(徳島県庁、2022年)。また、高齢者の被害件数は23件と全体の約6割を占め、被害総額は1億609万円と特殊詐欺被害額全体の約8割を占めている。
  • 徳島県内における最近の特殊詐欺被害の事例としては、市職員等を名乗り保険料の払い戻しがあるといった電話をかけ金銭をだまし取る「還付金詐欺」が多い。2022年6月20日から23日の4日間で還付金詐欺が疑われる30件の不審電話があり、「保険料の還付がある」との電話を信じてATMでお金を振込んでしまったという事例が2件発生し、約250万円の被害が発生している(徳島新聞、2022a、2022b)。
  • 特に高齢者においては、生物学的な素因やこれまでの人生経験の積み重ねにより心理・行動特性の個人差が大きい。よって、高齢者に対して十把一絡げに対策を講じるには限界があり、消費者被害のあいやすさに関連する個人の心理・行動特性に対応する消費者被害防止策が必要とされる。そのため、高齢者のような脆弱な消費者や消費者被害経験者の心理・行動特性を明らかにすることは喫緊の課題である。特殊詐欺のあいやすさに関する心理・行動特性については、詐欺脆弱特性尺度が開発されている(Ueno et al.,2021,2022)。詐欺脆弱特性尺度は、既存の詐欺脆弱性に関する質問項目や実際に詐欺被害者に行ったインタビューを基に構成され、認知機能が低下している高齢者でも実施可能な自記式の尺度である(Ueno et al.,2021)。詐欺脆弱特性尺度は、特殊詐欺被害経験のある高齢者の被害前の方が被害経験のない高齢者に比べて、合計得点が高いことから妥当性も確認されており、「自分は詐欺被害にあわない自信がある」、「知らない人が訪ねてきたら、彼らの話を聞かないようにしている(逆転項目)」、「電話がなったら、すぐに受話器を取る」の3項目の得点が高いことが特徴であった(Ueno et al.,2022)。
  • また、消費者被害経験者及び脆弱な消費者の心理・行動特性と関連して、自己は他者に比べてネガティヴな事象が起きにくいという楽観性バイアスが挙げられる。楽観性バイアスは、窃盗などの財産犯の犯罪被害リスクを高めていることが報告されている(島田、2010)。高齢者は若者に比べて楽観性バイアスが強く、自己に対する消費者被害の脆弱性を低く見積もり、被害にあわない自信が高い可能性がある。特殊詐欺被害者においても「自分は被害にあわない」と回答している傾向が高く(Ueno et al.,2022;警察庁、2018)、消費者被害経験者は楽観性バイアスが高い可能性が考えられるが、楽観性バイアスと消費者被害のあいやすさとの関連性については明らかになっていない。一方、詐欺被害のあいやすさには、ある状況において自分が目標を遂行できるかどうかの認識といった自己効力感が影響するといった報告もあるが(江口ら、2016)、一貫した結果が得られていない。困難な状況でも乗り越えることができると思うこと(自己効力感)は日常生活を送る上では重要であるが、楽観性バイアスを強化している可能性もあり、消費者被害のあいやすさと、楽観性バイアスや自己効力感との関連性を検討する必要がある。
  • さらに、消費者被害防止策として個人への被害防止策のみならず地域の被害防止策も必要である。消費者行政当局や警察では、不審な電話や販売に関する地域住民の情報提供・相談に基づいて、広報や防犯活動を行なっている。また、消費生活センターへの相談のうち、契約当事者が 65 歳以上の認知症等の方による契約(判断不十分者契約)に該当するものは、契約者以外からの相談件数が圧倒的に多く、周囲の者の気づきにより相談に至っていることが伺える(消費者庁、2022)。つまり、地域住民からの不審な電話や販売に関する情報提供行動が増えるほど、地域の防犯力を高めることにつながる。高齢夫婦のみ世帯では、情報提供をする効果を高く、コストを低く認知しているほど、詐欺かもしれない不審な電話を受け取ると警察や行政に情報提供しようと思う傾向がみられていた(讃井ら、2020)。つまり、情報提供・相談のメリットを高く、デメリットを低く認識してもらう広報や啓発活動を行うことにより、地域住民からの情報提供・相談が増える可能性がある。よって、消費者被害に関する情報提供・相談のメリットやデメリットに 関連する個人の心理・社会的特性を明らかにする。
  • 消費者庁新未来創造戦略本部国際消費者政策研究センターでは、こうした高齢者を中心に特殊詐欺等の消費者被害が発生している実態を踏まえ、被害を受ける側の心理社会的特徴について調査及び分析を行い、消費者被害の未然防止に向けた、より効果的な情報発信に関する政策研究「特殊詐欺等の消費者被害における心理・行動特性に関する研究」を徳島県警察本部及び徳島県の協力を得て実施している。本稿では、研究の一環として、徳島県内の一般消費者に消費者被害に関するアンケートを実施した結果の一部について報告する。
  • 消費者被害経験者の特徴
    • 年齢が若いほど、消費者被害の経験がある傾向がみられた。特殊詐欺の被害者割合は高齢者が88.2%と圧倒的に高く(警察庁、2021)、年齢が高いほど消費者被害の経験があると予想された。一方、消費者庁(2022)によると消費生活相談の件数は65歳以下が57.4%であり、本調査では、65歳以下も対象に特殊詐欺以外の消費者トラブルを含めたため、年齢が若いほど、消費者被害の経験がある傾向がみられたと考えられる。
    • 消費者被害の経験がある方が、楽観性バイアスが強く、情報提供・相談のメリット及びデメリットを高く認識しており、詐欺脆弱特性は低い傾向がみられた。警察庁(2018)のオレオレ詐欺被害者を対象にした調査においても、被害者の95.2%が自分は詐欺被害にあわないと思っていたと回答しており、本調査の結果は、楽観性バイアスの強さが被害経験に影響している可能性を示唆する。また、消費者被害の経験がある方が、情報提供・相談のメリットを高く認識しているものの、デメリットも高く認識していることが明らかになった。このことから、消費者被害を未然に防ぐため、相談することのデメリット(相談先の連絡先を調べなければならない、相談をすると面倒なことになる、相談してもよいかためらう)を小さくすることと、相談先の一元化や相談内容や相談時の必要事項を周知する必要がある。
    • さらに、詐欺脆弱特性においては、「自分は詐欺にあわない自信がある」のみ、消費者被害の経験がある方が低く回答している傾向が明らかになった。このことは、被害にあったことにより自分は詐欺にあわない自信を被害未経験者よりも低く見積もっていることを示唆する。特殊詐欺被害経験のある高齢者を対象に調査した Ueno et al.(2022)では、被害者の方が被害未経験者に比べて「自分は詐欺にあわない自信がある」は低く、詐欺脆弱特性尺度3項目の合計得点も本調査の結果と同様に低かった。Ueno et al.(2022)では、対象者を特殊詐欺被害を経験した者のうち、警察に被害届を提出した60歳以上に限定している。これらの結果から、詐欺脆弱特性尺度3項目は、特殊詐欺被害経験のある高齢者のみならず、高齢者以外の年齢層も含めた自己報告による消費者被害経験者の心理・行動特性も反映した項目と考えられる。
  • 情報提供・相談の認知に関する特徴
    • 情報提供・相談のメリットは女性が男性よりも高く認識しており、学歴が高いほど高く、同居世帯が独居世帯よりも高く、外出頻度が高い方が高く、被害経験者が未経験者よりも低く認識している傾向がみられた。一方で、情報提供・相談のデメリットは、女性が男性よりも高く、学歴が低いほど高く、同居世帯が独居世帯よりも高く、外出頻度が少ない方が高く、被害経験者が未経験者よりも高く認識している傾向がみられた。被害状況に関する情報提供・相談の認知に世帯構成や外出頻度が関連する背景には、家族を含めた地域とのつながりの程度が多いほどそのメリットを感じられ、地域とのつながりの程度が少ないほどデメリットを感じられる可能性がある。
    • 犯罪は、特定の特徴を持った場所や直近に犯罪が起こった場所において繰り返し発生する性質をもち、ATMを利用した詐欺被害も短期的に近距離圏内で発生する傾向がある(大山ら、2019)。地域住民からの情報提供・相談は、警察による加害者の検挙可能性を高め、地域社会に共有されることで将来の詐欺被害の予防に繋がる(讃井ら、2020)。つまり、特殊詐欺や消費者トラブルの被害に関する情報提供・相談のメリットを高め、情報提供・相談のデメリットを低減させる広報や啓発は、間接的に地域の被害を予防する役割がある。本調査の被害経験者数は性別による違いがみられなかった。特殊詐欺被害(法務省では、いわゆるオレオレ詐欺、架空請求詐欺、還付金等詐欺などを含むいわゆる振り込め詐欺と定義している。)は、認知件数では男性より女性の方が多いものの(警察庁、2021)、暗数調査の被害経験者数は男性と女性に統計的有意差はみられなかった。(法務省、2020)。これらの結果から、男性は被害にあっても行政機関や警察に相談せずに泣き寝入りしている可能性があり、男性、教育歴が短い、独居、外出頻度が少ないに該当する者にメリットについて広報し、情報提供・相談を促す必要性を示唆する。一方で、女性、教育歴が長い、同居、外出頻度が多いに該当する者は、情報提供・相談に対してデメリットを感じており、情報提供・相談のデメリットを小さくするような工夫や広報する必要性を示唆する。さらに、被害経験者は情報提供・相談のメリットを低く、情報提供・相談のデメリットを高く認識していることからも、相談によるメリットやデメリットを改善することで、未然に被害を防ぎ、被害の泣き寝入りを防ぐことが期待できる。
    • 本調査では、情報提供・相談のメリットとデメリットの認知を測定しており、実際の情報提供・相談の行動を測定していない。つまり、メリットを高く認知していることやデメリットを低く認知していることが、情報提供・相談の行動を促進するかについては検討の余地がある。
  • 消費者被害に関する心理・行動的特性
    • 詐欺脆弱特性は、年齢とともに高くなっており、特殊詐欺被害が高齢者に多い状況と一致している。一方で、法務省が行った暗数調査は、インターネットオークションの詐欺被害は60歳以上が59歳以下よりも少ないことを報告している(法務省、2020)。また本調査では、詐欺脆弱特性は男性が女性よりも高くなり、学歴が低い方が高くなり、独居世帯が同居世帯よりも高くなり、外出頻度が少ない方が高くなる傾向がみられた。これらの傾向は、高齢者を対象にした Ueno et al.(2021、2022)と同様の傾向であった。特殊詐欺被害は、認知件数では男性より女性の方が多いものの(警察庁、2021)、暗数調査では男性と女性に統計的有意差はみられておらず(法務省、2020)、男性も女性と同等数の被害を受けている可能性がある。このように、詐欺のあいやすさの観点からは、独居世帯で外出頻度が少ない高齢の男性に焦点を当てた啓発や見守りが必要であると考えられる。
    • 楽観性バイアスは、年齢とともに強くなっており、詐欺脆弱特性と同様の傾向がみられた。また、楽観性バイアスは、学歴が低いほど強くなり、独居世帯が同居世帯よりも強くなり、外出頻度が少ない方が強くなる傾向がみられた。防護動機理論の観点から、楽観性バイアスが高いと、脅威をアピールする情報(例えば、被害の深刻さ)を過小評価し、防護動機(例えば、自分の身を守ろうと思う)が低下し、対処行動(例えば、録音機能付き電話を設置する)が起こりにくいと考えられている(木村、2022)。特殊詐欺や消費者トラブルではないが、楽観性バイアスが高いと、窃盗などの財産犯の被害リスクを高めている報告もある(島田、2010)。これらの結果は、被害予防の啓発内容を検討する必要性を示唆する。つまり、防護動機理論の観点から、被害の深刻さをアピールした際に、楽観性バイアスが低いと脅威を感じて対策を講じるが、楽観性バイアスが高いと対策の必要性を無視されてしまうと考えられる。本調査では、楽観性バイアスが高かった者(指標が1以上)が全体の68.6%であり、大多数は被害の深刻さを過小評価している可能性があり、楽観性バイアスに応じて、啓発内容を変える必要性が示唆される。
    • 楽観性バイアスには、被害の主観的生起確率(被害にあう確率)の側面と被害の主観的対処可能性(被害を未然に防ぐ確率)の側面から測定されることが多い。啓発する対象者の主観的生起確率が低い場合には、例えば、対象者の年齢や居住形態など社会的・地理的属性が類似した身近な被害事例を紹介して、主観的生起確率を高めるなどの方策が有効かもしれない。
    • 自己効力感は男性が女性よりも強く、学歴が高いほど強く、外出頻度が多い方が強い傾向がみられた。本調査では、人格特性的自己効力感尺度(三好、2003)から抜粋した1項目を用いて、主観的な感覚としての自己効力感を測定した。防護動機理論の観点からは、自己効力感が高いと対処評価が向上し、防護動機が高まると示唆されている。しかしながら、自己効力感が高いと被害場面において主観的対処可能性が高い可能性もあることから、楽観性バイアスが高いと考えられる。本調査において、自己効力感は楽観性バイアスと有意な正の相関がみられたことから、自己効力感が主観的対処可能性の側面を含んでいると考えられる。また、自己効力感は詐欺脆弱特性とも有意な正の相関がみられ、自己効力感が高いと詐欺脆弱性が高いことが示唆された。これら結果は、自己効力感が高いと被害場面における主観的対処可能性が高いと考えられ、楽観性バイアスが高くなり、詐欺脆弱性が高いことが示唆された。しかしながら、消費者被害経験の有無と自己効力感に有意な連関はみられず、自己効力感が高いと消費者被害にあうといった直接的な関係性はみられなかった

次に、2022年(令和4年)1~9月の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。

▼警察庁 令和4年9月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和4年1~9月における特殊詐欺全体の認知件数は12,158件(前年同期10,757件、前年同期比+13.0%)、被害総額は246.6憶円(205.2憶円、+20.2%)、検挙件数は4,526件(4,564件、▲0.8%)、検挙人員は1,651人(1,643人、+0.5%)となりました。ここ最近は認知件数や被害総額が大きく増加している点が特筆されますが、とりわけ被害総額が増加に転じて以降も増加し続けている点はここ数年なかったことであり、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっている状況を示すものとして十分注意する必要があります(コロナ禍における緊急事態宣言の発令と解除、人流の増減等の社会的動向との関係性が考えられるところです)。うちオレオレ詐欺の認知件数は2,831件(2,221件、+27.5%)、被害総額は83.6憶円(64.0憶円、+30.6%)、検挙件数は1,225件(995件、+23.1%)、検挙人員は662人(524人、+26.3%)と、認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。2021年までは還付金詐欺が目立っていましたが、そもそも還付金詐欺は自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。直近では新型コロナウイルスを名目にしたものが目立ちます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで2021年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶ちません。なお、最近では、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性が疑われます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。最近では、コロナ禍の影響もあり、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は2,255件(1,873件、+20.4%)、被害総額は31.5憶円(29.0憶円、+8.6%)、検挙件数は1,523件(1,380件、+10.4%)、検挙人員は365人(406人、▲10.1%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに増加という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されていますが、増加傾向にある点は注意が必要だといえます。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出始めています)。また、預貯金詐欺の認知件数は1,652件(1,883件、▲12.3%)、被害総額は19.0憶円(24.4憶円、▲22.1%)、検挙件数は964件(1,571件、▲38.6%)、検挙人員は514人(940人、▲45.3%)となり、こちらは認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(理由はキャッシュカード詐欺盗と同様かと推測されます)。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は1,969件(1,553件、+26.8%)、被害総額は68.2憶円(47.4憶円、+43.9%)、検挙件数は130件(176件、▲26.1%)、検挙人員は94人(87人、+8.0%)、還付金詐欺の認知件数は3,261件(3,016件、+8.1%)、被害総額は37.9憶円(33.9憶円、+11.8%)、検挙件数は629件(405件、+55.3%)、検挙人員は108人(78人、+38.5%)、融資保証金詐欺の認知件数は101件(126件、▲19.8%)、被害総額は1.7憶円(2.1憶円、▲20.0%)、検挙件数は32件(20件、+60.0%)、検挙人員は23人(12人、+91.7%)、金融商品詐欺の認知件数は22件(26件、▲15.4%)、被害総額は1.9憶円(2.3憶円、▲19.1%)、検挙件数は5件(8件、▲37.5%)、検挙人員は11人(17人、35.3%)、ギャンブル詐欺の認知件数は38件(50件、▲24.0%)、被害総額は2.5憶円(1.4憶円、+75.7%)、検挙件数は11件(3件、+266.7%)、検挙人員は8人(3人、+166.7%)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺や架空料金請求詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。

犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は499件(502件、▲0.6%)、検挙人員は308人(597人、▲48.4%)、盗品等譲受け等の検挙件数は11件(1件、+1000.0%)、検挙人員は11件(0件)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,055件(1,660件、+23.8%)、検挙人員は1,645人(1,326人、+24.1%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は67件(125件、▲46.4%)、検挙人員は70人(118人、▲40.7%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は7件(18件、▲61.1%)、検挙人員は4人(13人、▲69.2%)、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は97件(93件、+4.3%)、検挙人員は16人(17人、▲5.9%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、(73.3%)、60歳以上91.9%、70歳以上74.4%、オレオレ詐欺では、男性(19.7%):女性(80.3%)、60歳以上98.6%、70歳以上96.4%、融資保証金詐欺では、男性(81.4%):女性(18.6%)、60歳以上16.3%、70歳以上4.7%、特殊詐欺被害者全体に占める高齢(65歳以上)被害者の割合について、特殊詐欺全体 86.9%(男性:23.8%、女性:76.2%)、オレオレ詐欺 98.1%(19.4%、80.6%)、預貯金詐欺 98.7%(10.2%、89.8%)、架空料金請求詐欺 53.3%(52.4%、47.6%)、還付金詐欺 86.4%(32.5%、67.5%)、融資保証金詐欺 11.6%(90.0%、10.0%)、金融商品詐欺 31.8%(57.1%、42.9%)、ギャンブル詐欺 50.0%(68.4%、31.6%)、交際あっせん詐欺 0.0%、その他の特殊詐欺 31.8%(85.7%、14.3%)、キャッシュカード詐欺盗 98.7%(13.9%、86.1%)などとなっています。

なお、参考までに、2022年の東京都内の特殊詐欺被害認知件数は、9月末までに2366件、このうち、還付金詐欺が693件(29.3%)で最も多く、オレオレ詐欺の630件(26.66%)、キャッシュカード詐欺盗の550件(23.2%)と続いています。一方、特殊詐欺被害の認知件数と被害額は2022年1~9月時点の累計では2021年と比べ減少しています(総認知件数は前年同期比で▲219件、被害額も約47億5200万円で、▲約3億1600万円)が、例年、年末にかけて被害が増加する傾向にあり、警視庁幹部は「防犯と摘発の両面から抑止対策を進める必要がある」としています。実際、9月の詐欺被害認知件数は前年比72件増の341件で、被害額も同約2700万円増の約5億6900万円となっています。

次に、最近の特殊詐欺の事例を取り上げます。まず、「ネットバンキングを悪性した還付金詐欺」について、国民生活センターが注意喚起しています。以前の本コラム(暴排トピックス2022年9月号)の犯罪インフラの項で、「スマホなどからネットバンキングに新たな口座を開設するには、運転免許証や顔写真付きのマイナンバーカードなどの本人確認書類が必要だが、今ある口座をネットバンキングに登録する場合は口座番号や支店番号、暗証番号、氏名を専用のアプリやサイトに入力するだけで手続きできる点が悪用された」事例を取り上げ、自分の知らないところで勝手に口座が開設され、不正使用されるリスクが高く(犯罪インフラを提供することになりかねず)、場合によっては誰がその口座を開設しコントロールしているのかも分かりにくい状況があり、極めて注意が必要だと述べましたが、正にその懸念が還付金詐欺の手口と結びついたものであり、ATMを操作して誤って振り込んでしまうという「能動的」なものではなく、警戒感を解いて暗証番号を含む口座情報を聞き出す「受動的」な手口であり、被害発覚まで気付きにくく被害も大きくなる可能性があり、やはり今後、注意が必要だと言えます。

▼国民生活センター ネットバンキングを悪用した還付金詐欺に注意
  • 内容
    • 市役所職員を名乗る男性から「健康保険料の払い戻しが約3万円ある」と電話があり、払い戻しをしてもらうことにした。その後、払い戻し先の口座がある金融機関を名乗った電話があり、暗証番号を聞かれた。教えたくなかったが「キャッシュカードや通帳がそちらにあるので大丈夫」と言われ、伝えてしまった。不安になり、その金融機関に確認すると、勝手にインターネットバンキングの申し込みがされていた。(60歳代 男性)
  • ひとこと助言
    • 還付金詐欺はこれまでATMで振り込ませる手口が主でしたが、ネットバンキングを悪用した還付金詐欺の相談が寄せられています。役所などの公的機関をかたり「保険料の還付がある」などと電話し、還付金を受け取るためと言って銀行口座の番号や暗証番号などを聞き出し、本人に成り済ましてインターネットバンキングの利用を申し込み、預金を他の口座に不正に送金する手口です。
    • 公的機関や金融機関などが、口座番号や暗証番号などを聞き出すことはありません。絶対に教えず、すぐに電話を切ってください。
    • お金が返ってくるという電話は、詐欺の可能性があります。すぐに最寄りの警察やお住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください(警察相談専用電話「#9110」、消費者ホットライン「188」)。
  • 警察官を装い、高齢女性からキャッシュカードをだまし取ったとして、大阪府警は、無職の20代の男を詐欺容疑で現行犯逮捕しています。スマホ上で、顔写真や警察の紋章などが入った画像を表示した架空の警察手帳を示して、女性を信じ込ませたという大胆な手口です。報道によれば、氏名不詳の男らと共謀、「詐欺の犯人があなたのカードを使っている。警察官が受け取りに行く」などとうその電話で大阪市北区の高齢女性をだまし、自宅を訪れてキャッシュカード2枚を詐取した疑いがあり、男は私服姿でしたが、女性に「警察手帳がなくなってこんな画面になっている」と説明して画像を見せたというものです。。特殊詐欺とみられる電話が相次いだことから同区内で警戒していた捜査員が、女性の自宅から出てきた男に職務質問し、逮捕したということです。
  • 県境をまたいだ特殊詐欺被害が多発していることから、管轄区域の隣り合う埼玉県警新座署と警視庁田無署は、合同で被害防止を呼びかけています。報道によれば、両署管内(埼玉県新座市、東京都西東京市、同・東久留米市)では2022年、9月末までに特殊詐欺被害が97件発生、息子や孫を装った詐欺電話を受けた新座市民が、西東京市の銀行で現金を振り込むといったケースが多いといいます。
  • ビルの警備室に電話をかけて警備員から現金を詐取しようとしたとして、警視庁は、いずれも職業不詳の千葉県市川市の60代の男と住居不詳の40代の男うぃ詐欺未遂容疑で現行犯逮捕しています。報道によれば、男らのグループは「会社役員」を名乗って現金を用立てるよう頼んだとされ、親族をかたることが多いオレオレ詐欺では珍しい手口だといいます。逮捕された男2人は、東京都港区内のビルに入る会社の役員をかたって警備室に電話をかけ、警備員の80代男性に「仕事で必要な書類と現金がなくなった。社長に内緒で200万円用立てしてほしい」とうそをついた詐欺グループの一員として、現金を受け取るなどの役割をしていた疑いが持たれています。警備員の男性は前日、警備室で「携帯電話を忘れた。届いていないか」との電話を受け、男性はこの電話主がビルに入る会社の役員と思い込んで対応しており、その後の電話で現金もなくしたとして用立てを頼まれ、困って家族に相談して詐欺と気付いたということです。男性側から通報を受けた警察が、現金受け渡しの場所として詐欺グループが指定した港区内の路上に現れた60代の男を受け子役として現行犯逮捕、近くで見張り役をしたとして40代の男もその場で逮捕したものです。
  • 静岡県沼津市に住む70代の女性から現金300万円をだまし取ったとして、住吉会系の関係者の男が再逮捕されています。報道によれば、男は2022年1月、すでに逮捕されている男らと共謀し、沼津市に住む70代の女性の自宅に甥を名乗って「鞄をなくしてしまった。お金を準備しないといけない。いくらか準備できないか」などとうその電話をかけ、現金300万円をだまし取った疑いが持たれています。男は10月、同様の手口の犯行で既に逮捕されていて、住吉会系の関係者だということです。また、特殊詐欺グループの「かけ子」をとりまとめ、指示をするリーダーを担っていたとみられています。この詐欺グループは、これまでに10代の男ら5人が既に逮捕されていて、警察は上部組織の関与などを視野に調べを進めています。
  • オレオレ詐欺でうその電話をかける「かけ子」として現金を詐取したとして、警視庁は、神奈川県小田原市の無職の20代の男を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、男は走行中の車内からうその電話をかけていたといい、同庁は「移動型アジト」を拠点とする詐欺グループの一員とみて調べているとのことです。男はグループのメンバーと共謀して2021年8月、神戸市内の60代の男性宅に息子を装って電話をかけ、「会社の大切な書類を誤って発送してしまった。今日中に金を振り込まないと損失が出る」などとうそをいい、現金200万円をだまし取った疑いがもたれています。捜査の過程で、男はほかのかけ子数人とともに同じワンボックスカーに乗り込み、高速道路を移動しながらうその電話をかけていたことが判明、夜はホテルで寝泊まりしていたといいます。警察は、男が加わっていたグループによる被害が2021年8月中に首都圏などで13件計約2500万円分確認されているとしています。一般に特殊詐欺グループはビルやマンションの一室に拠点を置くケースが多く、通常のアジトだと警察に踏み込まれるリスクがあると考え、移動する車を拠点に選んだと見られています。移動する車をアジト代わりに使っていた事例は過去にもありますが、他にも、別荘(空き家)やラブホテル、駐車場なども悪用された事例もあります。
  • 広島県警東広島署は、同県東広島市の女子高校生が中国の公安局の職員などと名乗る人物から電話を受け、938万円をだまし取られる事件が発生しています。電話のやりとりは中国語で、高校生は中国語を話すことができるといいます。報道によれば、高校生の携帯電話に電話があり「東京厚生労働省」の職員という人物から「あなたの電話番号で新しい番号を作り、コロナに関する悪いメッセージを多数送信している。あなたがしたのではないか」と言われ、その後、「広州公安局」職員を名乗る人物からの電話で「犯罪集団を捕まえ、あなたが金の一部を持ち逃げしたと言っている。新しく作る口座にお金を入れ、調査した結果、異常がなければ返す。振り込まなければ逮捕する」などと告げられ、11月1日までに数十回、自身と母親の口座から計938万円を振り込んだものです。1日に母親が出金に気付いて2日に署に相談、発覚しています。
  • 警察官をかたって高齢女性のキャッシュカードから現金160万円を引き出したとして、大阪府警特殊詐欺捜査課は、窃盗の疑いで、コンサルタント会社経営者を逮捕しています。報道によれば、男は特殊詐欺グループの「金庫番」だったとみられ、府警は、東京・上野にある経営する会社の支店など関係先から現金計約4億8千万円を押収、特殊詐欺の被害金とみて金の流れを調べているといいます。府警はこれまでにこのグループの受け子や現金の運び役ら約20人を摘発しており、会社経営者はだまし取った金を管理する立場だったとみられています。逮捕容疑は共謀し、2022年1月、神奈川県の80代の女性に、警察官を装い「犯人があなた名義のキャッシュカードを使って出金しており、調べる必要がある」などと電話をかけ、キャッシュカード4枚を窃取、ATMから160万円を引き出したというものです。
  • 滋賀県警は、神戸市内の男子高校生(17)と、知人で同市内の男子中学生(14)を詐欺未遂容疑で逮捕しています。2人は特殊詐欺でカードなどを受け取る「受け子」とみられ、公園で白いワイシャツと黒い革靴姿に着替え中に警察官に職務質問され、「これから詐欺に行くところだった」と話したといいます。2人は8日正午頃、同県野洲市内の無職女性(82)から、キャッシュカードをだまし取ろうとした疑いがもたれており、「銀行協会職員を名乗る人物から『カードが不正に利用された』という不審な電話があった」との110番が野洲市内などから複数あり、JR野洲駅近くに多数の警察官を配備して警戒中、透明の袋に白いワイシャツと黒い革靴を入れた2人を発見、近くの公園で高校生が着替えを始めたため、職務質問したということです。関連して、この期間を含む10月1日から16日に滋賀県内で特殊詐欺被害が13件と多発していることを受けて、滋賀県警は27日まで今年初となる「特殊詐欺多発注意報」を発令しました。県警によると、キャッシュカードをだまし取る手口が目立つといいます。報道によれば、ある事件では14日が年金支給日で、そのタイミングを狙われた女性は、自ら暗証番号を伝えてキャッシュカードを渡してしまったため、銀行からは規定で補償はできないと言われたといいます。女性は「特殊詐欺が増えていることは知らなかった。腹が立つけど、だまされたのは自分だから人のせいにはしたくない」と話しているほか、電話の直前まで在宅していた30代の長男は「自分がいればと思うと悔しい。特殊詐欺は人ごとだと思っていたが、次の被害者が出ないようにしてほしい」と話し、「高齢者がいる家族は、番号非通知の電話をブロックする設定にしてあげるなど工夫してほしい」と訴えています。
  • 警視庁は、東京都杉並区の無職の30代の男ら4人を電子計算機使用詐欺などで逮捕しています。報道によれば、男らは特殊詐欺のだましの電話をかける「かけ子」だったといい、警視庁は、2022年3月以降、30都道府県の約100人から計約1億円を詐取したとみているといいます。4人は5月、仲間と共謀し、奈良県橿原市の60代の女性宅に市職員を装い「還付金の手続きをして」とうその電話をかけ、約100万円を口座に振り込ませるなどした疑いがもたれており、警視庁が6月、世田谷区の拠点のマンション一室を捜索し、電話する際に声を自動的に変えられる機器や預金通帳などを押収しています。
  • 京都府警伏見署は、京都市伏見区の無職の70代の女性が息子や病院の医師を装う男らに、現金700万円をだまし取られる特殊詐欺被害が発生したと発表しています。報道によれば、女性宅に京都市内にある病院の医師を名乗る男から「息子さんががんになっていることが分かった」などと電話があり、その後、息子を装う別の男が電話を代わり、「急にのどが痛くなって病院に来た」、「会社のキャッシュカードが入った財布を無くした、650万円用意してほしい」などと話し、信じた女性は約3時間後に自宅を訪れた息子の上司の息子を名乗る男に、700万円を手渡したといいます。その後、男らとのやりとりを不審に思った女性が自ら110番し、被害が発覚したものです。
  • 群馬県警前橋東署は、前橋市の無職の80代の女性が現金600万円をだまし取られる詐欺被害に遭ったと発表しています。警察官を名乗る男から女性宅に「捕まえた犯人があなたの家の現金を偽札にすり替えていた。偽札を取りに行く」などと電話があり、約2時間後、女性は自宅を訪れた警察官を装う男に現金を手渡したものです。
  • 高齢女性からキャッシュカードをだまし取りコンビニエンスストアのATMで現金を引き出したとして、兵庫県警特殊詐欺特別捜査隊などは、詐欺と窃盗の疑いで、主婦(別の窃盗罪などで起訴)を再逮捕しています。報道によれば、インターネット上で、高額報酬をうたって募集された特殊詐欺の「闇バイト」に応じたとみられ、同隊が詳しい経緯を調べているといいます。容疑者はギャンブルなどで借金を抱え、6~7月ごろ、ネットで闇バイトの募集を見つけたといい、だまし取った200万円のうち少なくとも約5%にあたる約10万円の報酬を得ていたとみられています。
  • 大阪府警特殊詐欺捜査課は、大阪府内に住む80代の無職の女性が、息子を名乗る男らから現金2580万円をだまし取られたと発表しています。犯人側は「のどに麻酔をして声がおかしい」などと虚偽の説明をして息子だと信じ込ませ、現金を用意させたといいます。報道によれば、息子や医師を名乗る男から「血を吐いて病院に運ばれた」、「倒れたときに財布と携帯を落とした。(経営する)会社の取引で金が必要」などと電話があり、女性は電話口で用意できる金額を伝え、自宅を訪れた息子の先輩を名乗る男に手渡したといいます。女性の息子は実際に会社を経営しており、同課は犯人側が何らかの事情を知った上で女性宅に電話をした可能性があるとみて調べています。2日後に女性が息子に電話をかけたことで被害が発覚したということです。
  • 埼玉県警は、三郷市の70代の女性が「オレオレ詐欺」で計4170万円をだまし取られたと発表しています。独り暮らしで、自宅に電話をかけてきた人物を長男と信じ込んだといいます。報道によれば、女性の家に、長男や遺失物センター職員を名乗る人物から複数回電話があり、長男を装う人物は「書類や携帯、財布が盗まれた。書類に挟まっていた小切手の埋め合わせをしなければならない」と泣きついたため、女性は息子と信じ込み、少なくとも10回に渡り、家を訪ねてきた男らに計4170万円を渡したというものです。現金は金融機関から引き出すなどして用意したといいます。女性は別居の長男と後日、電話で話し、被害に気づいたとのことです。こうした手口では、犯人が発覚を防ぐため、被害者に「こちらから連絡するまで電話をしてこないで」と求めることが多く、同県警は留守番電話サービスを利用して電話に出ず、必要があれば、普段から使っている相手の連絡先に自ら電話をするよう呼びかけています。

次に、特殊詐欺被害を防止した事例を取り上げます。まず、警視庁、千葉県警察、新潟県警察、大阪府警察において、特殊詐欺被疑者の一斉公開捜査を実施しています。警察庁は「出頭を促すとともに、情報を募り、早期の摘発につなげたい」としています。なお、公開は首都圏の警察を対象に2021年初めて実施に踏み切られましたが、今年は全国に対象を拡大、指名手配犯に加え、ATMの防犯カメラなどに写った氏名の分からない被疑者らの写真を精査、不鮮明な画像や未成年の可能性のあるものを除くなどして、13人が公開に踏み切られています。そして、すぐに成果も出ています。大阪府警がHPで公開した「出し子」の一人が翌朝、大阪府警門間署に出頭してきたということです。同容疑者は、90代の女性からだまし取ったキャッシュカードで現金50万円を引き出したとして、窃盗の疑いで逮捕されました。

▼警察庁 特殊詐欺被疑者の一斉公開捜査について
  • 警視庁、千葉県警察、新潟県警察、大阪府警察において、特殊詐欺被疑者の一斉公開捜査を実施しています。
  • 各画像をクリックすると、公開捜査を実施している警察のホームページで、事件の詳細や他の画像などを見ることが出来ます。小さなことでも構いませんので、情報提供をお願いします。また、昨年実施分の特殊詐欺被疑者の画像も公開しています。
  • 情報提供は、公開捜査をしている警察までお願いします。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されており、大変感心させられます。

  • 詐欺の被害に遭いそうだった高齢者に声をかけ、被害を防止したとして、警視庁小平署は、国分寺高校3年生の武田さんに署長感謝状を贈っています。報道によれば、武田さんは「声をかけるのは少し怖かったが、今言わないと後悔すると思い、勇気を出した」と語っています。武田さんは、学校帰りに東京都小平市内のコンビニエンスストアに立ち寄ったものの、目当てのアイスクリームがなく、近くの2軒目のコンビニへ向かったところ、そのコンビニで80代の男性が3万円分の電子マネーを購入しているのを目撃、男性とは、1軒目のコンビニでも居合わせ、その際は、店員に電子マネーの購入を断られていたため心配になり、「何に使われるんですか」と声をかけると、男性は「パソコンの修理に必要だ」と答えたため、詐欺だと直感し、10分ほど話をして、警察への通報を納得してもらったといいます。状況から詐欺だと直感した「リスクセンス「や「知識」があり、心配するだけでなく「声をかける勇気」を持ち合わせていたことに感心させられます。
  • 栃木県警真岡署は、特殊詐欺被害を未然に防ぐとともに容疑者逮捕に協力したとして、ヤマト運輸の営業所に感謝状を贈呈しています。報道によれば、営業所は70代の女性から宅配の依頼を受けて発送したものの、9時前に再び窓口に来た女性から、「だまされて現金を送ってしまった。配達を止めてほしい」と言われたため、当時所長だった男性は、配達先を管轄する神奈川県内の営業所に配送停止を要請し、真岡署に通報しました。「品名」には犯人の指示で「コーヒー、お菓子」と書かれていましたが、中身は約300万円の現金だったといいます。同署は、捜査員を配送先に急行させ、現れた容疑者を逮捕、息子をかたる男の指示で現金を送った女性は、発送後に偶然、実の息子から「真岡高校の名簿が流出し、卒業生を対象に詐欺があるようだ」と電話があり、詐欺に気付いたということです。ヤマト運輸については、島根県浜田市内の高齢女性が特殊詐欺グループにだまされ、現金を送ろうとしたところ、異変に気づいた同社が島根県警に通報し、被害を一部食い止めた事案があったと、浜田署が発表しています。報道によれば、女性は、不動産会社員や弁護士を名乗る複数の人物から電話を受け、ヤマト運輸を通じて10月11日に450万円、13日に520万円をそれぞれ指示された関東の住所地に送ったといいます。13日はさらに指定された口座に10万円を振り込みました。ところが送付後に手持ちの金がなくなることや、弁護士を名乗る男と連絡がとれないことから不安を感じ、13日に同社に送付を中止するよう要望、その後に弁護士を名乗る男と連絡がつき、再び配達を依頼したことで同社が異変に気づき、「特殊詐欺の可能性のある配達の依頼を受けている」と通報して発覚したといいます。配達を依頼した計970万円は無事に女性の元に返ってきたといいますが、口座に振り込んだ10万円は被害に遭ったということです。同署幹部は「意識を持って対応していただき、多くの金額が被害者の元に戻り、非常に感謝している」と話しています。

次にコンビニの事例を取り上げます。

  • 特殊詐欺を防いだとして、鳥取県警郡家署は八頭町の「ローソン」に感謝状を贈っています。報道によれば、同店に7~9月、八頭町の60~80代の男女計3人が来店、「SNSの未納料金の払い方を教えて」と相談されたり、店内の郵便ポストに現金入りの封筒を投函しようとしたりしたため、勤務中の20~30代の女性店員3人がそれぞれ「詐欺ではないか」と声をかけて説得するとともに警察に通報したというものです。贈呈式に代表して出席したオーナーは「従業員のていねいな声かけが被害防止につながった。声をかけるのは勇気がいるかもしれないが、高齢のお客が多いので引き続き警戒していきたい」と話しています。感謝状を手渡した署長も「日頃から細やかな目配りや気配りのある対応をしてくれたことで事件を防げた」と感謝していますが、まさにオーナーや所長のコメントのとおりかと思います。
  • 詐欺被害を防いだとして埼玉県警東入間署は、同県富士見市の会社員女性と、ファミリーマートのアルバイト女性に感謝状を贈っています。会社員女性は、店内で60代の女性がATMを操作しながら「私に140万円支払われるはずなのに、このままだと振り込みだけど大丈夫?」と電話をしているのを見かけ、詐欺ではないかと声を掛けたといい、アルバイト女性も詐欺を疑っていたといいます。60代の女性がATMの操作を始める直前、店舗に2回の無言電話と、「店に鍵を忘れた」との電話があったためです。これは店員の注意をそらすための詐欺の常とう手段で、アルバイト女性は110番し、会社員女性と一緒に女性の携帯電話を代わったところ、相手は男の声で「本人に代わってください」と言ったがしばらくして切れたといいます。2人の連携が功を奏した事例といえます。

金融機関の事例を取り上げます。

  • 三重県警伊賀署は、オレオレ詐欺の被害を防いだとして伊賀市川東の壬生野郵便局の釜井局長に感謝状を贈っています。報道によれば、市内の80代女性宅の電話に、孫を名乗る人物から「200万円がいる。人のために使う。貸してほしい」などとかかり、女性は、壬生野郵便局を訪れ定額貯金200万円の払い戻しを請求、釜井さんに「孫から200万円を貸してくれないかと言われた」などと話したところ、釜井さんは不審に思い、県警が各金融機関に配布している「声掛け支援ボード」を女性に見せ、ボードには「急いでお金を用意しないと息子や孫が困る はい・いいえ」「出金の理由を電話相手から教えられている はい・いいえ」などの質問が記載されていることをふまえ、釜井さんは詐欺の可能性があると判断し、女性の息子と連絡を取って女性の払い戻しを止め、息子が伊賀署に通報したというものです。こうしたツールが有効に機能した好事例だといえます。
  • 外国人をかたってSNSで親しくなった相手から金をだまし取る「国際ロマンス詐欺」の被害を防いだ滋賀県東近江市の湖東農業協同組合愛東支所の女性職員に、県警東近江署から感謝状が贈られています。女性職員は、70代の男性が同支所の窓口で外国人名義の振込票を示して「女性が困っている。お金を振り込みたい」と話したため、「振り込まない方がいい」と説得、上司に報告し、同署に通報するなどして被害を未然に防いだものです。同署で行われた贈呈式で四谷署長は「いったん振り込んだら、男性はその後もだまされ続けただろう。本当にありがとうございました」と感謝、女性職員は「これからもお客様に声をかけるよう心掛け、詐欺の被害を防ぎたい」と話したということです。
  • 投資話に乗って「実家を担保に融資を」と訪れた男性を諭し、詐欺被害を防いだとして兵庫県警美方署は、兵庫県新温泉町の但馬銀行浜坂支店に感謝状を贈っています。報道によれば、町内に実家がある京都市内の60代の男性が支店を訪れ、「実家の家屋と土地を担保に130万円の融資を」と依頼、支店長が目的を尋ねたところ、「投資の利益を引き出すために税金が必要」と話したため、詐欺を疑って署に通報、署員が駆けつけ、詐欺と判明したものです。男性は4月、フェイスブックで「台湾人の女性」を名乗る人物と知り合い、LINEを通じて交流するうち、外国為替証拠金取引(FX取引)の投資話を持ちかけられ、8月以降、計約200万円を送金、「利益は658万円になった。引き出すには税金が必要」と言う相手の言葉を信じたというものです。

最後に、その他の特殊詐欺防止の取組みについて紹介します。

  • 「特殊詐欺」の被害防止を目指して、三重県警と県民共済が募集していた川柳作品の入賞作が決まり、報じられています。7月8日~8月20日に1647作の応募があり、入賞16作が選ばれ、大賞は、三重県いなべ市の伊藤さん(90)の「だんなにも 渡さぬカード なぜ渡す」、県民共済賞は、津市の公務員豊田さん(25)の「電話しよ 声を届ける 子の役目」。さらに、県警賞「留守電は いらぬ悪事の 防波堤」(四日市市、匿名希望)、U―15賞「おばあちゃん しんじないでね その電話」(津市、前田さん9歳)、「ちょっと待て カード預かる それは詐欺」(明和町、松葉さん11歳)、「二刀流 絆と確認 詐欺に勝つ」(伊勢市、田中さん13歳)などです。
  • 千葉市中央区の登戸小学校で、電話を使った特殊詐欺の被害防止を、孫の世代から祖父母ら高齢者にはがきを送ることで訴える「STOP!電話de詐欺 カクニンダーはがき大作戦」の授業が行われたと報じられています。2022年10月26日付産経新聞の記事「「だまされないで」小5が祖父母らに特殊詐欺の注意呼びかけ 千葉」によれば、千葉県内の1~9月の被害件数と金額はいずれも前年同期を上回っており、県警が注意を呼び掛けている中、はがき大作戦は、県と県警が協力して平成27年度に始まり、今年は県内の小学校759校の5年生約5万1500人を対象に実施されています。孫から言われることで気を付けるという「家族の絆」で詐欺被害を防ぐ目的だといいます。登戸小5年1組の38人の児童は、千葉県内で、2022年8月末時点で892件の被害がある現状や、「犯人とは話さない」などといった対策を学んだ後、自身の祖父母らに注意を促すはがきを作成、「犯人は話し上手で警察を名乗ってくるから、うっかりだまされないように気を付けて」などと学んだことを書き込んでいたといいます。なお、千葉県内では、電話を使った特殊詐欺の中でも、「オレオレ詐欺」の件数は約6割増の377件確認され、被害総額は約4億3300万円増の約11億9600万円に上り、息子を騙るという従来の手法だけでなく、地元警察官や大手家電量販店、信用組合といった人を騙るなど、手口が複雑化しているといいます。また、発生したオレオレ詐欺377件のうち、352件は現金を手渡ししているケースで、そのうち195件が自宅に受け子が取りにきて現金を手渡す形で、それ以外は、駅や公園で手渡すことが多いということです。また、還付金詐欺やキャッシュカード詐欺盗の件数もそれぞれ、約3~4割増と膨らんでおり、いずれの場合も、自宅に電話がかかる形で始まっており、被害者は還付金詐欺を除くと、99%以上が65歳以上の高齢者となっており、「手口は知っていたが、まさか自分がだまされるとは」と話す被害者も多いといいます。
  • 巧妙化しさまざまな手口で増え続ける特殊詐欺被害を未然に防ごうと、北関東綜合警備保障(宇都宮市)は「サギ・撃隊」を結成し、今月から活動を始めています。栃木県警が民間委託した全国初の試みだということです。茨城県内の2022年8月末までの特殊詐欺被害件数は111件(前年同期比13件増)、総額は1億8282万円(同430万円増)に上り、のどの手術をしたといったウソをつき、子や孫などを装った電話で金を無心する「オレオレ詐欺」が約半数、偽の警察官や銀行員が「あなたのキャッシュカードが不正に使われている」などと訴え、別のカードにすり替える「キャッシュカード詐欺」が約3割を占めています。サギ・撃隊は同社社員8人で構成され、県警から2日間の研修を受けた後、5日から県内のアポ電話が多発した地域で、広報車による警戒呼びかけや高齢者世帯へ個別訪問、学生に向けた「闇バイト」など特殊詐欺への加担を防止する講話など啓発活動をスタートしています。
  • 被害額が昨年同時期の約2倍に達した長野県内の特殊詐欺被害を「AI」(人工知能)で食い止めようと、県警は、被害防止の協定をNTT東日本や信州大、県と結んでいます。電話回線につないだ専用端末を通じて、AIが特殊詐欺の通話を検知するNTT東日本のサービスを活用、警察に自動通報する仕組みの普及をめざしています。報道によれば、今年の特殊詐欺被害のうち、9割以上が電話を犯行手段に使っていたことから、被害防止対策に専用のアダプターを家庭の電話に取り付けるNTT東日本の「特殊詐欺対策サービス」を活用、このサービスでは、通話の音声が、アダプターからネットを通じてクラウドに転送、保管され、その会話音声をAIが解析して、「詐欺電話かどうか」を自動で判定し、特殊詐欺の疑いがあれば家族に通知するサービスとなっています。AIが詐欺と判定した場合、事前登録した親族らに「○時○分の電話は犯罪の疑いがあります」などと注意喚起のメールが送られることになっています。協定によって、契約者の同意があれば、県警もメールの通知先として加わることになりました。
(4)薬物を巡る動向

前回の本コラム(暴排トピックス2022年10月号)でも取り上げましたが、11月8日の米中間選挙を前に、バイデン米大統領が、大麻(マリファナ)の単純所持に関する過去の犯罪について全て、恩赦をすると発表しています。逮捕率が黒人に偏っているという人種問題を是正する狙いがあるとされますが、マリフアナ合法化を求める若者層の支持を得たい思惑も指摘されているとことです。免罪されるのは1992年から2021年までに連邦法により逮捕、有罪判決を受けた約6500人で、現在マリフアナ所持のみで刑務所に収監された者はいないとしており、逮捕歴の消去が主な恩恵となります。報道によれば、バイデン氏は「大勢が雇用や住宅、教育の機会を否定された可能性がある」とし、白人と黒人でマリフアナの使用率が同程度なのに逮捕率は黒人の方が高い状況を改める考えも示したということです。背景には、1980年代以降の麻薬取り締まり強化により、マリフアナ所持で黒人が集中的に逮捕されたとして、人権団体などが是正を求めてきた経緯があります。全米自由人権協会(ACLU)によると、黒人の同所持の逮捕率は白人の3.64倍にも上るといいます。本コラムでもたびたび指摘していますが、マリフアナは政府麻薬取締局により、ヘロインや合成麻薬LSDとともに危険度が最も高い薬物に区分されており、バイデン氏はその見直し検討も保健福祉省に指示しています。この背景にはマリフアナ合法化の流れがあり、現在40州近くで医療目的の使用が認められ、19州とワシントン特別区は嗜好目的を合法化、中間選で合法化を問う住民投票が5州で行われることになっています。米ピュー・リサーチ・センターの世論調査では18~29歳の70%が合法化を支持、米紙ワシントン・ポストは社説で「(バイデン氏の)政治的思惑を探るのは難しくない」とし、若者の支持を得る狙いを指摘しているところです。ただ、犯罪対策を重視する共和党には「バイデン氏は犯罪の荒波の最中で麻薬犯罪者に全面的免罪を与えた」(コットン上院議員)との批判があり、レーガン政権で教育長官を務めたウィリアム・ベネット氏も米紙ウォールストリート・ジャーナルへの共同寄稿で「悪いときに悪いサインを与えた」と他の犯罪を助長する危険性を指摘しています。本コラムの立場としては、バイデン米大統領の方向性を否定せざるを得ません。前回の本コラム(暴排トピックス2022年10月号)では、以下のとおり指摘しました。

若年層への大麻蔓延の背後にあるのは、「大麻は安全」という誤った認識によるところが大きいと思われます。麻薬単一条約において、「乱用のおそれがあり、悪影響を及ぼす物質」、「特に危険で医療用途がない物質」とされていたところ、2020年に後者が外されたこと(いまだに前者に指定されたままです)や、最近、CBD製品が流通している状況などもそういった誤解を助長している可能性があります。「医療用大麻の解禁は社会的に意義のあることである一方で、「大麻は使用してよい」「大麻は安全である」といった誤った認識がさらに助長されるようなことがないよう、その周知徹底に十分注力していく必要があると考えます。…(米について言えば)確かに、暴力を伴わないのに大麻の単純所持で有罪判決を受け長年収監される黒人の若者が白人に比べて多い実態があり、米司法制度の人種的不均衡が是正される可能性があること、日本と異なり大麻がある程度普及し、限界利用率(5割とする意見があります)に近づくにつれ、これ以上摘発を続けるよりも、(解禁しても治療コスト自体はそれほど上昇することはないため)適切な治療等を維持する方が社会全体のコストとして有用であるとの意見もあること(すなわち、「捜査機関が他の犯罪取り締まりに要員を割ける」、「合法化して課税すれば財源として有望」といった意見も多いこと)、大麻の流通に犯罪組織が関わっていることが多く、合法化することで犯罪組織の資金源に打撃を与えられること、連邦レベルで大麻の分類が緩和されれば主要な米株式取引所で大麻関連企業の上場が認められたり、大手銀行がそうした企業に融資に動きやすくなったり、外国企業による米国での大麻製品販売が解禁されたりする可能性もあることなど、大麻合法化には一定のメリットも考えられます。それでも麻薬単一条約において「乱用のおそれがあり、悪影響を及ぼす物質」と指定され、その危険性・有害性は医学的・科学的に明らかであることをふまえれば、大変危惧される方向転換であり、日本への悪影響が懸念される状況だといえます。

さらに、追い打ちをかけるような動きもあります。ドイツのショルツ政権は、成人の娯楽目的の大麻の流通と消費を規制付きで解禁する法制化計画案を発表しています。2021年の連立政権発足時の連立協定で、4年間の任期中に認可店舗での規制付き流通を法律で認めることを盛り込んでいました。ラウターバッハ保健相が発表した計画案によると、個人消費目的の20~30グラムの大麻取得や保持も合法化、私的に自分で大麻草を栽培するのも一定限度で認め、現行の関連捜査や刑事手続きは終了することになるとのことです。また、解禁に絡んで特別消費税を導入するほか、大麻に関した教育や乱用防止プログラムを導入するとしています。さらに、合法化は大麻の闇市場対策にもなるとしています。ただ、法案を立案するにはEU欧州委員会が事前審査し承認することが必要になるといい、計画の日程的なめどは示されていません。ドイツでは2017年から医療目的に限って大麻が合法化されており、2021年の調査では、大麻合法化が連邦政府の税収増や経費節減、新規雇用につながる可能性を指摘、ただ、今回の計画発表に対しては、薬局業界団体から健康リスクや、薬局で他の医薬品などと娯楽用大麻を同時に扱うことへの困惑や反発が出ているほか、州によっては連邦政府の方針に異論を唱える動きもあるということです。日本への悪影響を避けるという意味では、引き続き、慎重な検討が進められることを期待したいところです。

覚せい剤などの不正薬物密輸を巡って、新型コロナの感染状況が落ち着いてきたことから外国人の入国規制が緩和されたことに伴い、航空機の旅客による持ち込みが今後増加する可能性があるとみて税関当局が警戒を強めているといいます。財務省関税局によると、旅客による密輸の摘発は2019年に389件に上りましが、新型コロナ感染拡大以降は大幅に減少、2020年は70件、2021年は24件に落ち込みました。一方、国際郵便を使った密輸の摘発は、2019年は520件だったところ、2020年は567件、2021年は686件と増加傾向にあります。2022年1月~6月も390件に上り、上半期としては2018年以降、最多を記録しています。外国人の入国規制などが緩和したことに伴い、個人旅行やビザなし渡航の解禁により、旅客による薬物の持ち込み増加が懸念されており、関税局の担当者は「警察などの関係機関と連携し、検査機器も積極的に活用して取り締まりを強化していく」と話しています。

摘発に関連して、2022年10月26日付毎日新聞の記事「「大麻の種子は密輸OK?」 法の隙をつく手口を警視庁が初摘発」が大変興味深いものでした。大麻の自家栽培の事案が増えている背景になっており、「栽培目的で種子を所持した場合、「栽培予備罪」を適用して摘発する」ことが明確になったこと、こうした情報が広く社会に周知されることで、「自宅で隠れて栽培すれば、密輸行為と比べて発覚する危険ははるかに少ない」などとして嘯く者がいなくなることを期待したいところです。以下、抜粋して引用します。

「大麻を密輸すれば逮捕されるが、大麻の種子であればセーフ」―。法の隙をつき、密輸した大麻種子を自宅でひそかに栽培して使用する手口が増加している。こうした事態を重くみた警視庁は、新たな捜査手法で摘発に乗り出した。…男性は国際郵便などで種子を密輸し、自宅アパートで発芽させて栽培していた。「野菜と一緒で大麻にも鮮度がある。自分で育てた方が品質を保てます」。ネット上には栽培方法が多数掲載されており、照明などの栽培キットもネットで簡単に手に入ったという。栽培行為は大麻取締法で禁じられているが、自宅で隠れて栽培すれば、密輸行為と比べて発覚する危険ははるかに少ない。…大麻取締法は大麻の輸入や栽培を禁じており、見つかれば7年以下の懲役が科せられる。所持や譲渡した場合も懲役5年以下の罰則対象となる。しかし、大麻の種子については薬物作用がないため、同法の対象外となっている。同法第1条には「大麻とは、大麻草及びその製品をいう。ただし、(略)大麻草の種子及びその製品を除く」との記載がある。もっとも輸入貿易管理令は発芽可能な大麻種子の輸入を禁じており、種子を国内に持ち込む場合は、熱処理などで発芽不能とし、その証明書の提出を義務づけている。ただ、管理令には罰則規定がないため、違反しても基本的には送り主に返送されたり、没収されたりするだけだ。こうしたことを背景に種子の輸入が広がり、大麻使用者が増加する原因の一つと考えられている。…危機感を抱いた警視庁薬物銃器対策課が対策に乗り出した。大麻乱用を食い止めるカギは種子にあるとにらみ、21年8月に「大麻種子対策プロジェクト」を開始。警察庁などと情報交換や調整を重ねた。目を付けたのが大麻取締法に規定されている「栽培予備罪」だ。栽培目的で種子を所持した場合、同罪が適用されて懲役3年以下の対象となる。警視庁は関係部局との議論を経て、種子の輸入行為そのものが大麻栽培の準備にあたると結論付け、全国で初めて種子の輸入に栽培予備罪を適用し、摘発に乗り出すことを決めた。同課は21年10月以降、種子を海外から輸入したとして、東京都と神奈川県の20~50代の男女21人の自宅などを栽培予備容疑で次々と家宅捜索。今年8月までに21人全員を大麻の栽培や所持、栽培予備容疑で逮捕・書類送検した。自宅などからは栽培キットのほか、成長した大麻草も見つかり、自宅の押し入れやベランダでの栽培が確認された。…警視庁の捜査幹部は「潜在的な大麻所持者の摘発に有効で、画期的な捜査手法だった」と強調する。今後、こうした捜査手法が全国の警察に広がる可能性もある。今回の一連の警視庁の対応について、かつて種子の密輸を繰り返していた冒頭の男性は「『見つかってもどうせ逮捕されない』と高をくくっていたが、状況は変わった。輸入を控える人も増えるのではないか」と話した。

覚せい剤の密売人に約13万本の医療用注射器を売り渡したとして、麻薬特例法違反ほう助などに問われた京都府立医科大学付属北部医療センターの元職員の男の裁判員裁判の公判が、松江地裁でありました。検察側は論告で、臨床工学技士の被告が注射器を安定的に販売し、「国産純正注射器付き」をポイントにしていた密売人の販売を容易にしたと指摘、さらに勤務先の病院に出入りする複数の業者に「医師」だと信じこませて継続的に購入したとし、「医療従事者の立場を悪用し、厳しい処罰は免れない」としています。一方、被告が「密売人を恐れ、事前に業者に注射器を注文した」と述べたことについて、密売人が注射器の在庫を大量に抱えていたことを挙げ、「怖い相手から在庫が大量にあると言われれば、送りつけずに自分で保管するのが自然ではないか」と反論しています。これに対し弁護側は最終弁論で、被告が進んで注射器を販売したとの検察側の主張に対し、「密売は密売人が主導しており、被告は指示を受ける側だった」と主張、被告が販売をやめようと思った際、密売人から「勤務先に通報する」と言われて断り切れなかったとし、「被告は積極的ではなかった」と述べています。さらに個人で大量の注射器を購入したことに違和感がない業者にも「落ち度がある」と訴えています。「業者が途中で販売を止めていれば、ここまで犯罪が拡大しなかった。全ての責任を被告に背負わすのは酷だ」などと話しています。さらに弁護側は、元職員は「特発性拡張型心筋症などの治療で覚せい剤が必要だった」と主張。注射器の販売を始めた経緯に関しても、元職員が医療従事者だということを知った男側の依頼がきっかけだったとし、「やめようと思ったこともあったが、男から脅され、断りきれなかった」と述べています。その後、判決公判において、裁判長は懲役4年6月、罰金200万円(求刑懲役6年、罰金200万円)の判決を言い渡しています。また、注射器販売代金として得た865万円の追徴も命じています。被告は他に医薬品医療機器法違反(無許可販売など)、覚せい剤取締法違反(所持、使用)の罪に問われていましたが、裁判長は判決理由で、密売人の男(麻薬特例法違反(業としての譲渡)などの罪で有罪判決)との関係は「双方が利益を得ることを目的としたビジネスパートナー」と認定、脅されて注射器を販売したという被告の主張を退けています。犯行は臨床工学技士という立場や知識とともに注射器を自ら仕入れるなどの積極的な行動が必要とし、犯罪を手助けするほう助犯の中でも悪質性が高く「刑事責任は正犯に近い」と指弾しています。

薬物の若者への蔓延が問題となる中、薬物を巡る周辺の犯罪も増加しているように感じます。最近では、密売用の大麻を仲間内で吸い、売上金を補填するためひったくりを繰り返したとして、大阪府警少年課が、強盗致傷や窃盗などの疑いで、大阪府内の高校生やアルバイトら16~17歳の少年13人を逮捕しています。報道によれば、「大麻代を返すためだった」と全員容疑を認めているといいます。13人は地元の不良グループで。2022年1月、うち1人が密売用として譲り受けた大麻を仲間内で使用し、代金を穴埋めするため同月下旬から犯行を重ねたと説明しています。グループの一部はすでにひったくりの経験があり、同課は2021年8月~2022年3月に発生した15件(被害総額約111万円相当)への関与を裏付けました。グループに大麻を提供した塗装工の男(19)の自宅からは微量の乾燥大麻が見つかり、府警は男を大麻取締法違反(所持)容疑で書類送検しています。なお、13人の逮捕容疑は2021年8月~2022年3月、大阪府内でミニバイクや電動アシスト自転車に2人乗りしてひったくりを繰り返したというもので、被害者の男性1人が転倒し、軽いけがをしています。

相変わらず暴力団の関与する事件も相次いでいます。埼玉県蕨市のアパートで大麻と覚せい剤、合わせて500グラム以上を販売目的で所持していたとして暴力団組員の33歳の男が逮捕されています。住吉会系組院の容疑者は2022年6月、埼玉県蕨市のアパートの一室で乾燥大麻と覚せい剤、合わせて500グラム以上、312万円相当を販売目的で所持した疑いが持たれています。報道によれば、現場は6月に詐欺容疑で逮捕された別の男の部屋で、家宅捜索で覚せい剤と大麻が見つかり、組員の関与が浮上したということです。アパートからは注射器100本以上も見つかったといいます。また、拳銃5丁や覚せい剤などを所持していたとして、和歌山県警は、銃刀法違反と覚せい剤取締法違反(営利目的所持)などの疑いで、和歌山市の元暴力団組員の70代の男を書類送検しています。拳銃5丁と実弾171発については「抗争に備えて持っていたが、処分に困っていた」と容疑を認めた一方、覚せい剤22.8グラムについては営利目的での所持ではなく「密売はしていない」と供述しているといいます。報道によれば、情報提供をもとに家宅捜索し、男を現行犯逮捕、その後釈放し、任意で捜査していたもので、男は、約20年前に暴力団に所属していたということです。また、2022年10月、宮崎県西都市の夫婦らが逮捕された覚せい剤密売事件で、警察は新たに住吉会系幹部を逮捕したほか、男女合わせて14人を再逮捕しています。幹部は他の容疑者に対し、覚せい剤のようなものを発送し、有償で譲り渡した疑いがもたれているほか容疑者らは、営利目的で覚せい剤およそ85グラムを所持した疑いがもたれています。このほかの12人のうち、2人は覚せい剤を譲り受けた疑い、10人は覚せい剤を使用した疑いがもたれています。幹部以外の14人は、10月、すでに逮捕されていて、今回、覚せい剤取締法違反の疑いで再逮捕されました。さらに、埼玉県警捜査4課と大宮東署の合同捜査班は、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、住吉会傘下組織組長を逮捕しています。逮捕容疑は2022年10月上旬~同19日までの間、いずれかの場所で覚せい剤を使用した疑いがもたれています。報道によれば、さいたま市見沼区で傷害事件が発生、被害者として頭部外傷を負っていた組長に駆け付けた大宮東署員が事情を聴くと、言動に不審な点があったため尿を鑑定に出したところ、陽性反応が出たというものです。組長は調べに「使った覚えはありません」と容疑を否認しているということです。

最近の薬物事犯に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 千葉県警は、大麻を所持し、使用したとして警備部第一機動隊に所属する20代の男性巡査を懲戒免職処分としています。また。千葉地検に麻薬特例法違反(所持)の疑いで書類送検しています。報道によれば、県警に対し、巡査は「以前から大麻に興味があった」と供述し、「警察官として取り返しのつかないことをしてしまい申し訳ない気持ちでいっぱい」と話しているといいます。大麻は20代の知人の男に依頼し、入手、県警は知人の男を同法違反(所持)で書類送検しています。巡査と男の口論を目撃した人が交番へ行き、駆け付けた警察官が職務質問した際、巡査は意識もうろうとして倒れ、病院に緊急搬送され、その後の尿検査で大麻の陽性反応が出たというもので、初めての使用だったといいます。県警は、常習性はなくいとみており、普段の巡査の勤務態度に問題はなく、事前に予見できなかったことから、機動隊内での監督責任は問わないとしています。
  • 島根県警は、自宅に大麻を所持していたとして、警察署勤務の20代の男性巡査長を懲戒免職処分としています。また、大麻取締法違反(所持)容疑で書類送検しています。報道によれば、「落ち込む気持ちになることがあり、解放されるために入手して使った」と話しているということです。2022年5月に巡査長が大麻を購入している疑いがあると外部から情報提供があり、9月、県内の自宅で大麻を若干量所持していたのを確認したというこです。2020年6月からインターネットを通じて大麻を入手し、使用していたといいます。なお、県警内で、巡査長に関係するほかの警察官らの大麻の使用や所持は確認されていないとしています。
  • 神奈川県警金沢署は、横浜市立小学校教諭の20代の女と交際相手の自称建築作業員の20代の男を、大麻取締法違反の疑いで逮捕しています。報道によれば、女は、自宅で乾燥大麻約0.4グラムを所持し、男は、自宅で乾燥大麻約2グラムを1万円で女に譲り渡した疑いがもたれています。女は「仕事のストレスで吸うために持っていた」と容疑を認め、男は「彼女と何回か使ったことはあるが、売ったことはない」と供述しているといいます。女は2021年4月から市立小に勤務しており、市教育委員会は「事実確認を踏まえて厳正に対処する」としています。
  • 自宅で覚醒剤を所持していたとして、大阪府警は、自動車教習所インストラクターの40代の男と妻を覚せい剤取締法違反(共同所持)容疑で現行犯逮捕しています。いずれも容疑を認めているといいます。両容疑者は、自宅マンションの一室でチャック付きポリ袋に入った覚せい剤の結晶を所持した疑いがもたれています。
  • 警視庁町田署は、20代の会社員の男を大麻取締法違反(栽培)容疑で現行犯逮捕しています。報道によれば、男は、集合住宅の自室で、大麻草とみられる植物15本を栽培した疑いがもたれており、「海外で大麻栽培をしたいと考え、その前に日本で育てて吸おうと思った」と容疑を認めています。男は今夏、インターネットで大麻の種子や栽培に使うための機材を購入、室内に張ったテントの中で照明を当てて育てていたということです。
  • 旅客機の搭乗客の荷物として成田空港経由で覚せい剤を密輸しようとしたとして、千葉県警は、自称建設業の40代の男と無職の男を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)などの疑いで逮捕しています。報道によれば、密輸を試みた覚せい剤は約25キロ(末端価格約14億円)で、持ち込み型としては開港以来3番目の摘発量だといいます。逮捕容疑は2021年12月3日、約25キロの覚せい剤を売りさばく目的で米ロサンゼルスから密輸しようとしたものです。同日に運び役の女性(有罪判決確定)が米国から持ち込んだスーツケースの中に覚せい剤が入っているのを、東京税関成田税関支署の職員が発見したのが捜査のきっかけで、密輸グループの中間指示役として、今回の2人が浮上したものです。
  • 覚せい剤を肛門など体内に隠して密輸したとして、千葉地検は、タイ国籍の自称洋服販売業の容疑者を覚醒剤取締法違反(営利目的輸入)などの罪で起訴しています。古典的な手口ですが、前述のとおり、コロナ禍による入国制限もあって、しばらく摘発が途絶えていたところ、10月から水際対策が大幅に緩和されたことから、成田税関は警戒を強めているところです。起訴状などによると、同被告は、覚せい剤246グラム(末端価格1475万円相当)を体内に隠してタイ・バンコク発の旅客機に乗り、翌15日に成田空港に到着して密輸したというものです。成田税関によると、同被告は31人が参加する観光ツアー客として来日、検査場で税関の女性職員が下半身を触ったところ、硬い感触があり、同被告は生理用品と主張し、レントゲン検査の前にトイレに行きたいと言って個室にこもり、覚せい剤入りのビニール袋を便器に落としたのを外で監視していた係員が確認したものです。成田空港ではコロナ禍の前の2019年、タイ人女性による同様の手口の密輸事件が15件ありました。水際対策が10月に大幅に緩和され、入国者数が増加しており、成田税関は「警察と連携し、違法薬物の流入阻止に努めたい」としています。また、覚せい剤入りのカプセルをのみ込んで密輸したとして、警視庁は、スペイン国籍で住所・職業不詳の40代の男を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)容疑などで逮捕しています。胃など体内からカプセル102個が見つかり、警視庁は内容物が覚せい剤計約1キロ(約6000万円)とみて調べているといいます。報道によれば、男は、カプセル(長さ約6センチ、幅約2センチ)に入った覚せい剤約11グラムを体内に隠し、英国から羽田空港に密輸した疑いがもたれています。「中身が覚せい剤とは知らなかった」と否認していますが、行動が不審だったため税関がレントゲン検査を実施し、異物を発見、病院で下剤を飲ませてカプセルを出したといいます。
  • 神戸税関は、韓国籍で会社役員(覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)で起訴)を関税法違反(輸入してはならない貨物の輸入未遂)の疑いで神戸地検に告発しています。神戸税関や県警によると、容疑者は4月、マレーシアから国際宅配貨物で覚せい剤約5キロを密輸しようとしたとされます。容疑者の知人男性が経営する会社宛てに「照明器具」として段ボール82箱がマレーシアから送られ、関西空港の貨物検査で薬物が探知されました。うち1箱のLED照明10個の中に、袋詰めされた覚せい剤が隠されていたもので、男性から事情を聴くなどして、容疑者の関与が浮上したということです。
  • 覚せい剤を使用したなどとして、覚せい剤取締法違反(所持・使用)に問われたアイドルグループ「KAT―TUN」の元メンバーの第2回公判が千葉地裁松戸支部で開かれ、被告人質問で田中被告は「薬物中毒者が薬物をやめることを安易に考えていた」と反省の弁を口にしています。本コラムでも取り上げましたが、田中被告は、名古屋地裁で6月20日に覚せい剤取締法違反などで執行猶予付きの有罪判決を受け、その数日後に覚せい剤に手を出し、再び逮捕されたものです。この点について、「社会復帰を目指していたが、連日の記事に不安やストレスがたまっていた」と述べています。現在は専門病院に入院し治療を受けているといい、検察官や裁判官から取り組みを継続できるか問われると、「もちろんです」と繰り返したということです。また、自宅で覚せい剤を所持したとして、女優の三田佳子さんの次男で元歌手の高橋容疑者が警視庁野方署に覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されています。容疑者は、東京都港区の自宅で覚せい剤約0.01グラムを所持した疑いがもたれています。なお、高橋容疑者は過去にも複数回、同法違反容疑で逮捕されています。さらに、香川県警高松南署は、まんのう町のうどん店「谷川米穀店」店主、谷川容疑者を大麻取締法違反(所持)容疑で逮捕しています。報道によれば、「谷川米穀店」は讃岐うどんブームの火付け役となった有名店で、県内外から多くの客が来店していました。報道によれば、谷川容疑者は、高松市の軽乗用車内で、若干量の大麻草を所持していた疑いがもたれています。軽乗用車を運転し、電柱に衝突。呼気検査を拒否した末、呼気から基準値を超えるアルコールが検出され、道路交通法違反(安全運転義務違反、酒気帯び運転)の疑いでも逮捕されていました。

薬物の再犯防止も極めて重要な課題です。

本コラムでは、継続的に米オピオイド中毒の問題についても取り上げてきました。被害者救済の訴訟が提起され、和解も進んでいる中、オピオイド治療薬がコロナの後遺症に効くのではないかとの記事がありました。2022年10月23日付ロイターの記事「長引くコロナ後遺症、依存症用薬が効果か 米で本格治験」から抜粋して引用します。「米運輸省の物流専門家として働く女性は、2020年春に新型コロナウイルス感染症を患って以来、思考力と集中力の低下や、倦怠感、けいれん、頭痛、身体の痛みといった後遺症に悩まされてきた。2021年6月、彼女の担当医は低用量のナルトレキソンを服用することを勧めた。ナルトレキソンは、アルコールや医療用麻薬鎮痛剤オピオイドへの依存症治療に使われるジェネリック(後発)医薬品だ。2年以上「濃霧の中で」生きてきたようだという彼女は、投薬を受けて「やっと明瞭に物事を考えられるようになった」という。新型コロナ感染から数カ月経っても、身体の痛みや倦怠感、頭の動きの鈍さといった後遺症に悩まされる患者は数百万人いるとされる。こうしたロング・コビッド(Long COVID)とも呼ばれる症状の治療法を探す研究者らは、ナルトレキソンが他の多数の患者にも同様に効果を発揮するかに注目している。同薬は、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)という、ロング・コビッドに似た複雑な感染後症候群の治療で、一定の効果を発揮してきた。ME/CFSの主な症状には、思考力の障害や重度の倦怠感などが挙げられる。…低用量とされる処方量の10倍である50ミリグラムの量では、ナルトレキソンはオピオイドやアルコールへの依存治療に用いられる」

医療用麻薬「オピオイド」乱用問題をめぐり、米薬局大手のCVSヘルスとウォルグリーン・ブーツ・アライアンスは、複数の州や自治体を原告とする集団訴訟で和解案に基本合意したと発表しています。薬物中毒まん延を引き起こしたオピオイド系鎮痛剤の大量流通を巡り、処方薬の管理責任が問われていたもので、両社を合わせた和解金の支払額は約100億ドル(約1兆5000億円)に上ります。合意が成立すれば、薬局各社が多数抱えるオピオイド関連の集団訴訟で、解決に向け大きな進展となります。具体的には、CVSは10年間、ウォルグリーンは15年間かけて原告の州や自治体や先住民族にそれぞれ合計で約50億ドルを支払う一方、両社とも過失は認めないものとし、和解が最終的に成立するには、原告側の合意が必要となります。和解金は、各受け取り自治体を通して中毒者や遺族の支援活動などに使われる見通しです。なお、薬局事業で業界大手の米ウォルマートも31億ドルの和解金支払いに合意したと報じられています(同社はまた、オピオイド急性中毒に対する治療薬ナロキソンの投与キット67万2000回分を、同州の救急隊員など緊急対応者に提供することにも合意。同社はウェストバージニア、ニューメキシコ両州でもオピオイド関連の訴訟で和解しています)。オピオイド系鎮痛剤は従来薬に比べ依存症の危険が少ないとして1990年代に売り出され、使用が急速に拡大しましたが、その後、乱用による中毒がまん延し、深刻な社会問題となりました。薬物過剰摂取による米国の死者は2021年に年間10万人に達し、その大多数をオピオイド系が占めています。オピオイドまん延の責任を巡り、鎮痛剤メーカーや医薬品の流通会社、処方に関わった薬局大手に対して起こされた集団訴訟は3000件を超えています。オピオイド鎮痛剤の発売当初、中毒の危険性を偽って積極的な販促拡大を進めた米パーデュー・ファーマは2019年に破綻、創業一族のサックラー家は60億ドルの和解金支払いに合意しています。2021年には米ジョンソン・エンド・ジョンソンを含む処方薬流通大手各社が250億ドルの和解金支払いに合意するなど、訴訟を巡り巨額の支払いが相次いでいます。

(5)テロリスクを巡る動向

韓国ソウルの繁華街、梨泰院で起きた雑踏事故は大変痛ましいものとなりました。これからサッカーW杯やクリスマス、年末年始のカウントダウンや初詣などのイベントが続き、コロナ禍からの回復という状況と相まって多くの人出が見込まれるところです。人が集まるところでは、今回のような「雑踏雪崩」のリスクだけでなく、ソフトターゲットを狙ったテロについても警戒する必要があります。ただし、元首相銃撃事件も特定の宗教やイデオロギーに基づく主張の表れとしての「テロ」ではなく、いわゆる「暗殺」「殺人事件」であり、日本においては、ソフトターゲットを狙った「テロ」ではなく、「拡大自殺」的なものとして周囲を巻き込む形で実行されることに警戒が必要だといえます。以下、「雑踏雪崩」の要因、リスクと対応、「拡大自殺」の心理学的な考察、2021年に発生した京王線遊撃事件1年に関する報道から、いくつか紹介します。

惨事はなぜ防げなかったのか ソウル雑踏事故、高まる警察批判(2022年11月4日付毎日新聞)
事故が起きたのは29日午後10時15分。3日前の26日に現場を管轄する竜山署や竜山区の関係者が開いた会合では、3年ぶりのハロウィーンになることを踏まえ多くの人出への対応が必要との声が出ていた。にもかかわらず、29日はソウル市中心部の光化門と大統領府のある竜山一帯であった保守系と進歩系の政治集会に約4000人の機動隊員を派遣しながら、梨泰院周辺の警備に割いた警察官は137人。多くが麻薬取り締まりの担当で、機動隊員は20人だけだった。警察庁にはハロウィーンのような主催者のいないお祭りやイベントに対応する指針もなかったという。当日の現場対応も後手に回った。…現場にいた竜山署の警察官が同署交通課に「交通機動隊でいいので早く派遣してほしい」と要請したものの拒否されていた。ソウル警察庁から大規模な機動隊が投入されたのは、事故発生から1時間15分がたった午後11時半だった。警察内部での情報伝達もうまくいかなかった。…警察以外の要因も重なった。現場の坂道の道幅は建築法に基づく図面上は約4メートルだが、もっとも狭い部分は約3・2メートルしかない。坂道に面するホテルが建物を増設し、エアコンの室外機を隠すため鉄製の壁を仮設していたためだ。この道幅が狭くなった部分に死者が集中した。…東京オリンピックでは、専門家の助言を得て、最も混雑が予想される会場と最寄り駅を結ぶ「ラストマイル」の道路構造上のリスクも調べた上、「有名選手が急きょ姿を見せたらどうするか」などの想定もしていたという。「現地警察は『あそこに人が集まる』という想像をしたのか。『雑踏をどうコントロールするか』といった準備をどこまでしていたかも疑問だ」と米村氏は話す。…警備畑が長い日本の現職警察キャリアは、途中で出動したとしても、すでに集まってしまった人たちの動きを完全に統制するのは難しいとの見方を示す。ただ、「立ち入りを規制するなどして群衆がさらに膨らむのを防ぐことは可能。出動しなかった判断は理解できない」と首をかしげる。…「主催者の有無に関係なく、警察はどんな危険が生じるかを考えないといけない」と述べる。…日本大危機管理学部の福田充教授(リスクコミュニケーション)は、ハロウィーン特有の事情について「スポーツ観戦などで集まる人らに比べ、やろうとしていることがばらばらで連帯感なども弱い。警察の統率も取りにくい」と指摘した。その上で、「リスクについて地域と警察・行政が共有できなかったという連携態勢の不備が影響した可能性もある」と述べた。
問われる主催者不在の警備 W杯など警戒、自衛策も重要(2022年11月5日付日本経済新聞)
韓国ソウルの繁華街、梨泰院で起きた雑踏事故は5日、発生から1週間となった。同事故はハロウィーンなど主催者のいないイベントでの安全管理の難しさを浮き彫りにした。サッカーW杯カタール大会の開幕や年末年始を控え、日本国内でもSNSを通じて自然発生的に人々が街中に集まる可能性がある。自治体や警察は事前の備えが求められる。…今後、懸念されるのが今月20日に開幕するW杯だ。前回18年のロシア大会は初戦で強豪コロンビア戦に日本が勝利。渋谷のスクランブル交差点は深夜まで若者で埋め尽くされ、車が通れないなど混乱が見られた。年末年始にはカウントダウンイベントなども想定されるが、こうした人の流れは事前に万全の計画を立てるのは難しい。専門家は警察や自治体による早めの介入の必要性を訴える。群集マネジメントに詳しい東京大の西成活裕教授は「ネットの情報などを基にどれほどの人が集まる可能性があるかを把握し、警察などが早期に対応する方法を検討すべきだ」と訴える。街角に人工知能(AI)カメラを設置し、人流発生を予測するシステムなど技術の活用も求めている。特に人が交差する場合に梨泰院で起きた「群衆雪崩」などのリスクは高まるという。西成教授の研究では場所にもよるが、群集の中で交差が少しでも起きれば危険が高まるといい、人流を一方通行にする規制も欠かせない。東京大大学院の広井悠教授(都市防災)も過密なエリアをつくらないことが重要とした上で「最寄り駅だけでなく少し遠くの駅から誘導するなど人を空間的・時間的に分散させる工夫が必要」と話す。
ソウル雑踏事故、動画拡散で癒えぬ傷 韓国SNS社会の功罪(2022年11月4日付産経新聞)
韓国・ソウルの繁華街、梨泰院で156人が死亡した雑踏事故は、事故前後の生々しい現場の動画がSNSを通じて一気に拡散した。大勢が事故の悲惨さを共有する役目を果たしたものの、動画を見た人々に心の傷も残した。韓国ではネット情報が社会不安を生んだ過去の経緯もあり、尹錫悦政権は誹謗中傷やデマも含めてSNS情報への対応に苦慮している。…韓国メディアによると、事故の動画を見て「ひとごとではない」と不眠や動悸、憂鬱などの症状を訴える人も少なくない。満員電車に乗るのが不安との声もある。…韓首相は10月31日、政府の対策会議で「SNSで被害者に対するヘイト発言や虚偽情報、刺激的な事故場面の共有がみられる」と指摘。こうした投稿の自制を強く要請した。「夜遊びしていた者が悪い」などと被害者を誹謗する書き込みも目立ち、警察は悪質なケースは名誉毀損で立件するなど厳しく臨む方針だ。尹政権がSNSの中傷や虚偽情報に神経をとがらせるのは、李明博政権や朴槿恵政権時代、米国産牛肉の輸入問題や高校生ら約300人が犠牲となった2014年の旅客船セウォル号事故を巡るデマがネットで拡散し、政権の支持率が急落した経緯があるからだ。尹大統領の事故後の支持率は29%に下落。尹政権は、事故の原因究明や被害者支援に加え、SNS対策にも重点的に取り組む姿勢を明確にしている。
関西国際大学【心理学部】拡大自殺と無差別大量殺人
2021年12月にJR大阪駅の北新地近くで発生した心療内科での放火殺人に関連して、拡大自殺という用語がマスコミ報道では日常的に使われていた。拡大自殺とは、精神医学で用いられる用語であるが、無差別大量殺人、自爆テロ、無理心中(恋人、親子、介護関係など)まで広範囲にわたり(片田、2017)、定義が十分には確立されているとはいえない。本来は、他者を同意なく巻き添えにして殺害して、自分も死のうとする行為を拡大自殺と呼ぶはずである。しかしながら、無差別大量殺人の場合、その場で容疑者も自殺することもあれば、自分では死にきれないので、大量に人を殺めることで死刑判決を求めるケースも含まれている。後者は、自殺するにしても、自分ひとりで死ぬのは「あまりにも惨めで、馬鹿馬鹿しい」と考えるタイプである。また、殺害の対象に、普段から恨みを抱いているとは限らず(池田小学校事件)、全く無関係で手当たり次第に殺害することもある(秋葉原事件)。大量に殺すためには、恨みよりも、警戒心のない人が多く集まる場所、殺害が容易な対象を優先して選ぶ(池田小学校事件、川崎のカリタス学院事件、相模原の津久井やまゆり園事件)。そして、被疑者には犯行後の逃走意思が最初からなく、その場で逮捕されるか、自ら出頭する。海外なら警察官に射殺されることもある(この場合には間接自殺と呼ぶ)。

無差別大量殺人の背景には、自己愛性パーソナリティ障害、反社会性パーソナリティ障害があることが多く、長期の欲求不満、経済的困窮の他、家庭問題や人間関係の悩みを抱えている場合もある。従って、孤立感・絶望感に苛まれ、抑うつ状態になっていてもおかしくない。そして、自暴自棄になり、自らを不遇な状況に追い込んだ社会全体を、最後にあっと驚かせ、一泡吹かせてやろうする。そういう意味では、自分自身を最後に際立たせ、輝かせたいという、自己承認欲求も含まれていると推測される

レヴィンとフォックスは無差別大量殺人を起こす6つの要因を挙げている。

  1. 素因(心の要因)
    1. 長期間にわたる欲求不満
      • 「理想(イメージ)の自分」と「現実の自分」との間に大きなギャップがある
      • 仕事に対する欲求不満、社会が自分を評価してくれないことへの不満
      • 自己愛性パーソナリティ障害の場合もある
      • 自分は有能で特別な人間という思い込みがあり、自己への過大意識を有する
      • それにもかかわらず給料が安い、地位が低いと怒り、日常的に欲求不満を抱えている
  2. 他責的傾向
    • 自分の失敗や挫折を他人のせいにして、責任転嫁する
    • 自分自身に能力がないと思うと傷つくので努力不足も認めない(自己防衛)
    • 強い被害者意識(自分は他者のせいで仕事を辞めさせられた、など)があり、理不尽に扱われていると思い込み、自分に不遇な社会への復讐が動機づけられている
    • 片田珠美(2017)は「投影は自分自身の内部にあることを認めたくない資質・衝動・感情・欲望などの内なる”悪”を外部に投げ捨て、他者に転化するメカニズムである」と述べ、「投影が強いほど、自分の失敗や不幸の責任を他者に転嫁する他責的傾向が強くなる」と指摘。
  • 促進要因(事件を後押しする出来事)
    1. 破滅的な喪失
      • 失業・離婚・経済的に追い込まれることなどで「自分は破滅した」と思うと、それがトリガーとなって、爆発的な怒りの行動につながる
    2. 外部のきっかけ
      • 事件の模倣…今回の北新地の事件では京アニの新聞切り抜きが容疑者の室内から発見されている。また、直前に、京王線・小田急線・九州新幹線でといった所謂「密な場所」で火をつける事件がいくつか起きていた。
  • 容易に関する要因(事件を起こし易くする要因)
    1. 社会的・心理的な孤立
      • 家族と離れる、離職して、孤独になる…原因は他責的で自己愛が強いパーソナリティ
    2. 大量破壊のための武器の入手
      • 今回の北新地の事件ではガソリンを容易に購入できたこと
車内の防犯カメラ、鉄道各社の設置率は? 京王線襲撃事件から1年(2022年10月31日付毎日新聞)
京王線の車内で乗客17人が男に刃物で襲われるなどして重軽傷を負った事件から31日で1年となる。事件以降、鉄道各社は安全対策として車内の防犯カメラ増設を急いでいるが、首都圏の主要鉄道10社のうち、全車両設置が完了していない8社の設置率は4~50%(前年比0~20ポイント増)にとどまることが、毎日新聞の取材で判明した。国は設置義務化に向けた検討も進めているが、各社の動きは「特急」とはいかないようだ。… JR東日本の首都圏在来線と東急は2021年時点ですでに設置率が100%だった。その他の今年10月時点の設置率は、東京メトロ50%▽相鉄38%▽京王37%▽京成35%▽小田急26%▽東武17%▽西武13%▽京急4%―と続く。この1年で最も設置が進んだのは、事件があった京王で前年比20ポイント増。そのほか、東京メトロ10ポイント増▽小田急、東武7ポイント増▽相鉄3ポイント増▽京成、西武1ポイント増▽京急増設なし―だった。京王は事件の教訓から、車内を録画する防犯カメラだけでなく、指令所など車外からでもリアルタイムで車内の様子を確認できるカメラを全車両の21%にあたる180両に設置し、今年10月から運用を始めた。…鉄道の安全に詳しい関西大の安部誠治教授(交通政策論)は「防犯カメラは犯罪に対して一定の抑止力はあるが、大勢の人を狙ったテロ事件などの場合には限界がある。鉄道会社の安全対策費は限りがあり、ホームの転落防止など他の対策とバランスを見て進めるべきだ」と指摘する。その上で、「まずは大都市圏で乗客の多い路線や、新造車両に優先的に設置するのが良いのではないか。防犯カメラだけでなく、警備の巡回頻度を高めることも効果的だ」と話した。

偽の国会議員バッジを使って複数の中央省庁に侵入したとして逮捕、起訴された無職の容疑者が、警視庁丸の内庁舎にも侵入した疑いで逮捕されています。厳重な警備が敷かれているはずの中央省庁や警視庁に無断侵入できた背景には、来庁者への配慮とセキュリティとの両立に頭を悩ませている実態があるといいます。2022年10月13日付毎日新聞によれば、入庁ゲートのある警察施設は一部に過ぎず、また、入庁の際、警察手帳や通行証の提示を求められるケースはあるものの、対応は施設によってばらばらといいます。警視庁のある幹部は「スーツ姿で堂々と入ってこられたら関係者と見間違えて入庁させてしまうのも不思議ではない」と話しています。容疑者は、すでに侵入が判明している外務省と、厚生労働省・環境省が入る合同庁舎だけでなく、内閣府と経済産業省、農林水産省にも侵入していた疑いがあることが明らかとなった一方、警察庁と総務省、文部科学省、防衛省では侵入が確認されず、国土交通省と財務省、法務省は回答を控えたが、容疑者は少なくとも1府5省庁に侵入した可能性があるとされます。そして、容疑者が侵入したとみられる1府5省庁のうち、外務省を除く1府4省庁は原則、議員バッジを目視で確認するのみで、名前のチェックや本人確認をすることなく入庁を認めています。外務省は警備上の理由から入庁方法を明らかにしていません。こうした「特例」の背景には、各省庁内で長年続く国会議員に対する「そんたく」があるとも指摘されています。中央官庁への入館がこのようなセキュリティ上の脆弱性を抱えている状態にあることは、機密情報の管理面はもちろん、テロや襲撃の対象となりかねないことに直結するという意味で早急な改善が望まれます

インドネシア・バリ島で2002年に発生し、日本人夫婦を含む200人以上が死亡した爆弾テロから10月12日で20年が経過しました。事件はイスラム系テロ組織、ジェマ・イスラミア(JI)が主導しメンバーが摘発されたが、組織の解体には至っていません。2022年11月のG20首脳会議開催を通じ、東南アジアの大国として存在感を示したいインドネシアですが、テロとの闘いに苦慮している実態があります。事件は2002年10月12日深夜、バリ島の繁華街クタで発生、外国人観光客らでにぎわうナイトクラブ前で大量の爆薬を積んだ車が爆発し、日本人2人のほかオーストラリア人88人を含む計202人が犠牲となりました。JIは事件後の掃討作戦で一時弱体化しましたが、農場を運営するなどして資金を集め、勢力を回復しつつあります。戦闘員をシリアに派遣し、現地のイスラム過激派の下で訓練させていたことも判明、幹部が2021年に政党を設立するなど、一般に浸透する動きも進めています。また、大規模なテロは減る一方、SNSでは暴力を助長するイスラム過激主義の思想がなお蔓延っています。政府は事件を受け、テロ対策体制の強化を続けており、2004年に国家警察の特殊部隊「デンスス88」を設置、2010年に政府の司令塔となる国家テロ対策庁を設立、2019年には国軍にも専門組織をつくっています。特に資金の流れの監視を強め、一連の対策はようやく効果をあげつつあり、2018年にジャワ島東部スラバヤのキリスト教会で50人超が死傷した自爆テロ以降、イスラム過激派によるとみられる大規模な組織的テロは確認されていません。しかし、2002年から20年がたち、世界は情報がSNSを通じて瞬時に広がるようになり、過激主義が拡散するリスクはむしろ高まっているといえます。国家警察によると、2021年のテロ容疑の逮捕件数は370件と、2017年に比べ2倍以上に増え、SNSではイスラム過激主義を訴え武器の製造手法を紹介するなどテロを助長する投稿が後を絶たず、監視当局が削除するいたちごっこが続いているといいます。2021年には25歳の女性が単独でジャカルタの国家警察本部の敷地内に侵入して発砲する事件が発生し、社会に衝撃を与えています。女性はSNSに過激派組織「イスラム国」(IS)を支持する投稿をしており、当局は組織型と同時にローンウルフ型のテロにも目を光らせています。また、ジョコ政権は人材教育の取り組みを強めており、2021年には、大統領自らが主導して穏健なイスラム教の普及をめざす国立インドネシア国際イスラム大学を設立、9月には国家テロ対策庁と宗教省がイスラム教指導者を通じて過激主義を抑制していくことで合意しています。事件から20年が経過したものの、インドネシア国内でJIが関与するテロ事件は着実に増えており、収監されたものの刑期終了で社会に戻ったJIメンバーがいることから、組織のさらなる活発化が懸念されるところです。

アフガニスタンのイスラム主義組織タリバン暫定政権のハッカーニ内相は、岡田隆駐アフガン大使と会談し、日本大使館が首都カブールで再開したことを「2国間の関係強化に向けた効果的な一歩だ」と歓迎しています。ハッカーニ氏は、岡田氏らや大使館の安全確保を約束、岡田氏はアフガン支援継続を表明しています。在アフガン日本大使館は2021年8月、タリバンによる実権掌握を受け一時閉鎖、2022年9月末に業務を再開しています。日本は暫定政権を承認していないものの、大使館再開で人道支援を強化する方針です。アフガンでは、タリバンと旧国軍の戦闘終了で治安が一定程度改善しているものの、9月上旬にはカブールのロシア大使館前で6人が死亡する爆発があり、ISが自爆テロによる犯行声明を出しており、予断を許さない状況が続いています。また、女性の学習等を厳しく制限している同国で、10月、大学の入学試験が行われ、数千人の女子生徒が受験しています。首都カブールの教育センターで9月、大学入試を目指していた生徒53人が犠牲となる自爆テロが起きたばかりですが、イスラム主義組織タリバンの狙撃手が警備に当たる厳戒下での入試となったとのことです。タリバンの部隊が周辺をパトロールし近くの道路がバリケードで封鎖される中、受験生たちは徹底した身体検査を受けたといいます。アフガニスタンを巡っては、薬物ビジネスの動向も悩ましい問題の一つです。この点については、2022年11月1日付日本経済新聞の記事「アフガンで違法薬物価格が高騰 タリバンの禁止令で」に詳しく、以下、抜粋して引用します。

アフガニスタンは世界最大の麻薬輸出国の一つである。同国を支配しているイスラム主義組織タリバンが違法薬物の取引を禁止して以来、同国で薬物価格が急上昇していることが新しいデータからわかった。とはいえ、タリバンが実際に禁止薬物を取り締まっていることを示す証拠は限定的だ。政府や非政府組織(NGO)を対象に人工衛星画像を利用した調査を提供しているアルシスがアフガン全土から収集したデータによると、2022年4月にタリバンがアヘン栽培の禁止令を公布して以来、同国内のアヘン価格は50%超上昇し、覚せい剤のメタンフェタミンも値上がりしているという。薬物の取引が正式に禁止され、価格が高騰する以前は、20年にわたり反政府活動を繰り広げていたタリバン自身も麻薬の密売から利益を得ていた。アフガンはアヘンとヘロインの世界最大の生産国であり、ここ数年は結晶メタンフェタミンも製造している。専門家らは、禁止令はまだ広範囲には施行されていないように見えるものの、今後取り締まりが実行された場合、流通が細るのではないかとの懸念が価格を押し上げていると分析する。アルシスの衛星画像が示すように、当局は多くの麻薬製造施設や市場を閉鎖させることで少なくとも一部のメタンフェタミン取引を取り締まっているように見え、そのことが価格の上昇に火をつけた。…情報筋は、禁止令を徹底できなかった場合、女性の自由を制限するイスラム過激派として悪名高いタリバンは国際社会から一層孤立するとみている。だが国民の多くが農業に従事し、中でもケシが主要な換金作物となっている同国でケシの取引を標的にすれば、国民の深刻な反発を招く可能性がある。タリバンが21年に政権を奪取して以来アフガンは過去最悪の経済崩壊に陥り、失業と貧困が拡大している。…01年に米国が主導した有志連合がアフガンに侵攻した後、アヘン生産は再び活発化した。国際社会がアヘン撲滅作戦のために数十億ドルの支援を提供したにもかかわらず、ケシの栽培面積は3倍近くに拡大した。西側諸国を後ろ盾とする政府が同国を統治していた間はタリバンだけでなく、政府と関係のある軍事的指導者も麻薬取引から利益を得ていた。アフガンは長い間、大麻など他の薬物も生産してきたが、世界の麻薬取り締まり当局は、最近はメタンフェタミンの製造が拡大してきていると警告する。禁止する法律がなく、また原料として使われる植物エフェドラ(マオウ)が現地に自生しており、広い地域で入手できることが背景にある。アフガンが製造にかかわっているとされるメタンフェタミンは、オーストラリアのような遠い地域でも押収されている。マンスフィールド氏は「我々はアフガンがメタンフェタミンの一大生産地となっていることを把握している」と説明する。「アフガンにはメタンフェタミンの原料となる植物があり、販売する店や製造施設があり、そしてメタンフェタミンが押収されている」

その他、テロリスクを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 中国・新疆ウイグル自治区で少数民族のウイグル族らの人権侵害が指摘される問題で、日米英独仏など50カ国は、新疆における人権状況に「深刻な懸念」を表明し、「恣意的に自由を奪われたすべての人の解放」などを求める共同声明を国連総会の第3委員会(人権)で発表しています。同様の声明は2019年から欧米諸国が主導する形で発表しており、今年はカナダが代表して提出しています。ウクライナなど賛同国は2021年より7カ国増えています。声明は、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が「(ウイグル族らの拘束が)人道に対する罪に相当する可能性がある」とした8月末の報告書に言及、OHCHRの報告書は「公平かつ客観的な方法」で人権侵害の懸念を裏付けていると評価し、「深刻かつ組織的な人権侵害は(中国当局が主張するような)テロ対策を理由に正当化することはできない」と指摘しています。また、「中国が(報告書の)結果について議論するのを拒否していることを懸念している」と表明し、ウイグル族らの解放や家族との再会など報告書が出した勧告に従うよう求めています。中国が、「テロ対策」を理由に新疆ウイグル自治区で人権侵害を続けることは、世界から監視の目が注がれている以上、無理筋だと言わざるを得ないと思います。一方、新疆ウイグル自治区の少数民族のウイグル族からみた中国という視点での毎日新聞の2つの記事は興味深いものでした。以下、抜粋して引用します。
中華民族として生かされる ウイグル統治政策のグロテスクさ(2022年10月19日付毎日新聞)
中国共産党からすると、漢族が指導者として新疆を見ておく必要は絶対にあるんですね。ただ、漢族だけで治めるとなると、自分たちで言っている「自治」を否定することになる。だからある程度までは「自治らしく」しておく必要があるのです。民衆をつなぎ留めるためにもウイグル族の登用が必要なのです。セイフディンがなぜ重用されたかというと、ソ連の存在が大きかったからです。彼はソ連共産党員でもあり、ソ連とつながりがありました。中国とソ連は同じ社会主義国家という共通点はありますが、ライバルとして対抗する相手でもありました。連邦制をとり、民族国家がまがりなりにも成立していたソ連の自治よりも、中国の自治の方が優れていると言いたかったというのがあります。…ウイグル族の中国に対するシンパシーはあまりありません。イスラム教徒の人からすると、例えば(漢族が大部分を占める)中国人は豚を食べるので汚いというイメージが最初にきてしまう。自分たちの世界の外にいる人という感じで、理解しがたいのです。古代から中国王朝とある程度の関わりはあったのに、漢字も儒学も普及しませんでした。新疆の人々にとって文明は、イスラム文明にせよ西洋近代文明にせよ、(彼らから見て)西から来るものなのだという発想があります。それを近代において仲介したのがかつてのロシア帝国であり、ソ連だったのです。抑圧的な支配は東から来て、文明は西から来るというイメージがあるようです。…共産党の方にウイグル族の不平不満を潰してきたという自覚がありますから、新疆の民衆がいったい何を考えているのか自信がないのです。自分たちは絶対に正しいと信じて、不満分子を力で抑えつけて、対話をしてこなかったからです。「テロリスト」がいるのかも実際にはよく分からないから、あれだけ必死にあぶり出しをやっていると言えます。…中国語教育を受けさせられ、中華民族としての意識を埋め込まれ、「中国人化」されていく。ウイグル族でありながら、「中国人化」した人間として生きていくことを強いられるのです。…欧米諸国の批判には屈服しないふりをしつつ、これ以上の批判を受けないよう、内部で政策調整をしているのです。ただ、どこまで調整するのかはまだ決めていないように見えます。
なぜウイグル族を抑圧? 専門家が指摘する中国共産党の「内心」(2022年10月19日付毎日新聞)
報告書は「反テロリズム法」や「新疆ウイグル自治区脱過激化条例」など中国の法律や条例を詳細に分析しています。欧米や日本にもテロ対策の法律はあるわけですが、報告書は中国の言う「テロ」や「過激主義」の定義が曖昧で、中国当局が恣意的に法律を運用していると指摘しました。例えば、長いひげをはやしているだけで過激主義だとか、お酒を飲まないだけで過激主義だと言うわけです。こうした指摘は、中国がオフィシャルに主張していることに耳を傾けた上で反駁しており、だからこそ客観的で説得性のあるものになっています。…中国の法律や主張を踏まえた分析になっているからです。バチェレ氏のように割と中国の話をよく聞く人の下だからこそ、このような報告書が生まれたのかもしれません。…問題なのは、共産党政権の認識としては、何も悪いことをしていないということです。政権の視点で言えば、テロの刃が中国の「老百姓」(一般市民)に向けられているのだから、穏やかで安定した人々の生活を守るために取り締まりをやっているのだという考えです。(ウイグル族の抑圧は)外から見れば、明らかにやり過ぎでしょう。ただ、漢族を中心とする大部分の中国人は取り締まりを支持しています。最近はいわゆるテロ事件が起きていないことが政権の成果として宣伝されています。この政権とそれを支持する民衆という関係性が生まれる要因になったのが、先に述べたウルムチ騒乱なのです。
  • イラン南部シラーズにあるイスラム教シーア派のシャー・チェラーグ廟で、銃撃事件が発生し、15人が死亡、ISが犯行声明を出しています。大規模デモに揺れる同国の情勢が一段と緊迫しており、ライシ大統領は犯行に関与した人物を罰すると強調しています。当局は銃撃犯1人を逮捕したと発表、国営イラン通信(IRNA)は「タクフィリ(スンニ派過激派)のテロリスト」による攻撃と報じています。イラン西部では同日、スカーフの着用が不適切として拘束されて死亡したマフサ・アミニさん(22)の死後40日の追悼に集まった市民とイラン治安部隊が衝突、国営メディアによると、バヒディ内相は国内に広がる抗議活動がシラーズの銃撃事件の温床になったとの見方を示しています。ライシ大統領は「この犯罪は見逃せない。治安・法執行当局が攻撃を計画・実行した者に懲罰を与える」と表明、タスニム通信は、銃撃犯は廟の入口で職員に向かって発砲した後、中庭に入り巡礼者らも銃撃したと伝えています。死者には女性や子どもが含まれています。
  • 東アフリカ・ソマリアの首都モガディシオ中心部で、車2台に仕掛けられた爆弾が相次いで爆発し、ハッサン・シェイク・モハムド大統領は、死者が少なくとも100人、負傷者が300人超に上ると発表しています。犯行声明は出されていませんが、国際テロ組織「アル・カーイダ」系のイスラム過激派組織「アル・シャバブ」によるテロ攻撃とみられています。ソマリア国営通信などによると、テロは教育省庁舎前の交差点で発生、子供を含む多数の市民が犠牲になったといいます。2度目の爆発は、1度目の爆発後、救急隊員や現場に居合わせた市民らが負傷者の救助活動を行っている最中に起きたといいます。ハッサン大統領は犠牲者数がさらに増える可能性があることに言及し、「我々はアル・シャバブを壊滅させる」と述べています。ソマリアを拠点とするアル・シャバブは、世界のアル・カーイダ系組織の中で最大かつ最も活動的とされています。ソマリア政府は米軍の協力を受けて掃討作戦を強化しており、10月1日には組織の幹部を米軍の空爆で殺害しています。長く無政府状態が続いたソマリアは2012年に統一政府を樹立させましたが、その後も政情不安が続き、アル・シャバブによる無差別テロが多発しています。今回の現場では2017年にもテロが発生し、500人以上が死亡しています。
  • ギャング組織が主要港を占拠し、殺人や誘拐がまん延するカリブ海のハイチを巡り、国連安保理は、犯罪行為の即時停止を要求し、ギャング組織の指導者に制裁を科す決議を全会一致で採択しています。「ハイチはまひ状態にある」として、グテレス事務総長が対応を求めていたものです。ハイチでは2021年、大統領暗殺や巨大地震が発生し、情勢は悪化の一途をたどっています。グテレス氏が2022年10月、安保理に提出した書簡によれば、ギャングが港や石油ターミナルを掌握、燃料不足が深刻化し、水や電力供給にも支障が出て、コレラが流行し始めているといいます。決議は、元警官でギャング組織のリーダーの男、通称「バーベキュー」を制裁対象に指定、全加盟国は資産凍結や武器の供給禁止などの措置を取るよう求められることになります。制裁委員会も設置されることとなり、ハイチ代表は「助けを求める市民の叫びが聞き入れられた」と歓迎しています。また、このような状況に鑑み、外務省は、現地時間10月23日をもって在ハイチ日本大使館を一時閉鎖したと発表しています。隣国のドミニカ共和国に臨時事務所を設置し、邦人保護などの業務に取り組むとしています。外務省はハイチ全土の危険情報を最高度の「レベル4」(退避勧告)に指定、滞在中の邦人に対して直ちに退避するよう重ねて呼びかけています。
(6)犯罪インフラを巡る動向

匿名掲示板は、以前から犯罪を助長する「犯罪インフラ」の代表格でしたが、最近も米での銃乱射事件を契機に「過激化の温床」として、その犯罪インフラ性が(悪い意味で)注目されています。米通信品位法230条において、プラットフォーマーが投稿内容に関する法的責任を何ら負わないとされているにせよ、その放任主義ぶりはやや常軌を逸している感があります。

知らない道や行ったことのない場所を調べるときなどに使う地図情報サービス「グーグルマップ」の「ストリートビュー」と呼ばれる機能を使えば、その場に行かずとも、さまざまな建物の外観や周辺環境を確認できます。当社としても、反社チェックの一環として「実態確認」の手段のひとつとして推奨しています。ストリートビューは便利な一方で、空き巣や自動車盗などを繰り返す窃盗グループによる犯行前の「下見」やストーカー犯罪などに悪用されるケースもある「犯罪インフラ」でもあり、人々は、ストリートビューが犯罪に悪用されていることを知り、犯人に与える情報を少なくする対策をとる必要があります。ストリートビューで自宅をぼかす加工をしてもらうには、グーグルマップ上で「問題の報告」を選択し、ぼかしたいエリアに枠をつけ、「ぼかしのリクエスト」で「顔」「自宅」「表札」「自分の車またはナンバープレート」などから理由を選び、メールアドレスを入力するなどすれば申請できる仕組みで、早ければその日のうちに対応してもらえるといいます。2022年10月17日付毎日新聞で、ストリートビューが犯罪に悪用されるケースについて立正大の小宮信夫教授(犯罪学)は「ストリートビューは建物や車種などの情報だけでなく周囲の様子も詳細に分かるため、実際に下見に行かなくても家の構造や逃走ルートを把握することができる」と語り、犯人にとっては犯罪をしやすくするツールで、「入りやすく見えにくい家」を事前に調べて犯行に及ぶと指摘、「まずは、入りにくい家にするために忘れずに施錠したり、自分で侵入ルートをシミュレーションして障害物を置いたりしてほしい。その上でストリートビューで見える場所に高価な物を放置しない対策を」と述べています。

インターネット通販大手「アマゾン」のサイトに自社製品の偽造品が出品されているのに放置され、売り上げが減少したなどとして、医療機器の製造・販売業者のトライアンドイーとエクセルプランの2社が2022年9月、アマゾンジャパンに対し計2億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしています。偽造品を扱っていると勘違いされ、深刻な風評被害にも悩まされたという業者ですが、背景にあったのは「相乗り出品」と呼ばれる、アマゾン独特のシステムだとの指摘もあります。アマゾンには、すでに販売されているものと同一の商品を別の業者が出品する場合、販売価格や在庫数などを入力するだけで、すでに販売されている商品と同じページから別業者の商品も販売できる「相乗り出品」という仕組みがあり、「相乗り出品」の場合、ページには販売価格が最も安いものが優先的に表示されるため、アマゾンを通じたエクセルプラン社の売り上げは激減、2020年9月~2021年8月は月平均約2800万円だったところ、同9月は約350万円、10月には約60万円にまで落ち込んだといいます。製造したパルスオキシメーターをすべてエクセルプラン社に卸していたトライアンドイー社も大打撃を受け、2021年9月~2022年8月の損害額は2社合計で5億5千万円超に達したといいます。パルスオキシメーターは医薬品医療機器法で「特定保守管理医療機器」に指定されており、日本国内向けに販売する場合、国内に営業所を置いて販売業の許可を取得する必要がありますが、原告側は「中国業者の偽造品は無許可販売に当たる」としてアマゾン側に通報、早急な対応を求めたといいますが、偽造品の出品情報は削除されず、逆に原告側の正規品2点が「出品価格の誤設定の可能性が検出された」として、出品停止となったといい、原告側はたまらず重ねて対応を求めたものの、アマゾン側は2021年9月、原告側の商品ページごと削除する対応を取りました。原告側は、偽造品と間違われたことによる「悪評レビュー」の削除もアマゾン側に再三要請したものの、現在まで対応はないということです。こうしたアマゾンのずさんな対応が法令違反を助長している状況はまさに「アマゾンの犯罪インフラ化」であり、トライアンドイー社の社長が「アマゾンの販売ルートは抜け道があまりにも多い。日本の中小企業が品質の悪い脱法商品と価格競争せざるを得ず、このままでは国力が低下する」と述べているのは、もっともだと思われます。

偽造した運転免許証などを使って銀行のキャッシュカードを作成したとして、千葉県警は、いずれも住所不定、無職の3人の容疑者を詐欺などの疑いで逮捕しています。報道によれば、詐取したカードは1枚約10万円で特殊詐欺グループなどに販売していたとみられ、容疑者らは特殊詐欺の道具を用意する集団として、「東日本最大の道具屋グループ」と呼ばれていたといいます。逮捕容疑は、浦安市内の民泊で運転免許証や健康保険証を偽造、架空の人物名義の銀行口座を開設し、キャッシュカードを詐取したというもので、容疑者らは県内外の民泊を移動しながら、拠点として利用、野田市の民泊からは、計約1400枚の架空の人物名義の運転免許証や健康保険証が押収されています。正に「道具屋」という「犯罪インフラ」の典型です。

生活困窮者が無料または低額で泊まることができる「無料低額宿泊所」(無低)について、厚生労働省は、自治体への届け出が義務づけられているのに無届けで運営している事業者に対して罰則を設ける検討に入っています。生活保護費を搾取するといった「貧困ビジネス」の温床とも指摘されており、規制強化をはかるとしています。厚労省によると、無低は2022年4月時点で全国に649施設あり、1万8152人が利用、同省の2020年の調査では、利用者のうち生活保護をうける人が約93%を占めているといい、一部では、劣悪な環境に住まわせて保護費を搾取する貧困ビジネスの場となっている問題も指摘されています。厚労省は、届け出義務の実効性を担保するため、事前届け出をしなかった事業者には罰金などの罰則を科す方向で検討、2022年内に結論を出し、法改正をめざす考えだといいます。なお、2022年10月の調査(対象計129自治体)では、「無届けの施設がある」と答えた自治体は15.1%、「無届けの疑いの施設がある」と答えたのは11.33%(複数回答可)あり、半数近くの47%の自治体が、無届けが解消されない理由として、「届け出に強制力がない」ことをあげています。「生活保護」が悪用され、無低において「貧困ビジネス」が行われていることを知りつつ、特段の改善策を講じない状況は、行政が犯罪を助長する構図となっているといえ、早急な対応が望まれます。さらに、「貧困ビジネス」は暴力団の関与が疑われるケースもあり、暴排の観点からも厳格な対応をお願いしたいところです。

本コラムでも以前取り上げた「個人間融資」の問題もいまだ深刻です。ツイッターなどSNSを使って「個人間融資」を求める人を探し、高額な利息を取って現金を貸し付けたとして、福岡県警は、派遣社員の容疑者ら4人を出資法違反(超高金利の受領)容疑で逮捕しています。報道によれば、2012~2021年に全国で約4000人に貸し付け、約10億円の利益を不正に得た疑いがあるといいます。容疑者らはツイッターの検索機能を用い「個人間融資」「個人融資」などと書き込んでいるユーザーを検索、個別にメッセージを送って融資額や利息を決め、利息分を天引きして貸し付けており、返済は指定した口座に振り込ませていたうえ、借受人からは身分証明書や顔写真の画像を送らせ、管理していたといいます。同県警は4容疑者の関係先を捜索し、他人名義の通帳約900人分を押収、顧客ごとに複数の口座を使い分け、インターネットバンキングで融資や返済のやり取りを繰り返していたとみられています。利息で得た利益は最終的に容疑者の一人が管理する口座に集められていたといい、同県警は暴力団が関与した可能性もあるとみて全容解明を進めるとしています。

フィリピン人女性を経営するパブで働かせるため日本人男性との偽装結婚をさせたとして、大阪府警国際捜査課は、電磁的公正証書原本不実記録・同供用容疑で、大阪府泉佐野市のフィリピンパブ「ストーリー」経営者ら3人を逮捕しています。経営者が日本での仕事を探している「妻」役のフィリピン人女性を、別の容疑者が「夫」役の日本人男性を集め、もう1人の容疑者が婚姻届の作成を担っていたとされます。3人は2011年ごろから約20組の偽装結婚を仕組んだとみられており、日本人男性には3年の間、毎月5万円払うなどの条件を提示するなどしていた一方で、来日したフィリピン人女性をほぼ無報酬でパブで働かせていたといいます。さらに、逃走を防ぐためパブがあるビル内の居室で生活させ、外側から施錠したり、監視カメラを設置したりしていたといいます。偽装結婚は正に犯罪インフラの典型であり、人権侵害も多数あり、到底許されるものではありません。

典型的な「犯罪インフラ」の一つに海外に不正送金する「地下銀行」がありますが、その地下銀行を営んだとして、警視庁は、いずれもミャンマー国籍の無職の男と専門学校生の女を銀行法違反(無免許営業)の疑いで逮捕しています。警視庁は、2人が2022年3~9月に少なくとも約5億7300万円の不正送金をしていたとみて調べているといいます。報道によれば、2人は5~7月、銀行業の免許がないのに日本国内に住むミャンマー国籍の男女5人から送金依頼を受け、計23万5560円をミャンマーに不正送金した疑いがもたれており、依頼者から集めた金で購入した中古車をミャンマーに輸出し、現地で転売して現金化していたといい、同課は実質的に送金にあたると判断したものです。2人は無料通信アプリ「Viber」を使ってミャンマーへの送金を希望する人を募集し、現金を指定の口座に振り込ませていたといいます。現地で中古車を転売した後、依頼があった金額分を送金先に届ける一方、差額の転売益を自ら受け取っていたということです。同課は金融機関を使った正規の海外送金より手数料を安くすることで、顧客を集めたとみています。

円安で米アップルの新型「iPhone」の価格が高騰するなか、活性化する中古市場への転売を狙ったとみられる詐欺事件が相次いでいます。紛失時に交換機を入手できる携帯会社の補償サービスを悪用する手口で、愛知県警は外国人グループによる組織的な犯行とみて警戒を強めているとの報道がありました。2021年秋には兵庫県警が、2022年5月には愛知県警がそれぞれベトナム人を詐欺容疑で逮捕、組織的な犯行とみられているものの、全容解明には至っていないといいます。手口は類似しており、特定の大手携帯会社の補償サービスが悪用され、サービスに加入していれば、使用する携帯電話が故障したり紛失したりした場合には新品や新品同様のものを入手できるもので、容疑者側は紛失したと偽って、携帯会社側から新たなiPhoneを不正に入手していたといいます。iPhoneの遺失届が外国人から多数出されているといい、関連を調べています。犯行は役割分担をして進められていた可能性があり、(1)SNSなどでサービスに加入しているiPhoneユーザーを物色、(2)名前や契約に必要なパスワードなどを聞き取ったうえで、ユーザーになりすまし、警察署に架電して虚偽の遺失届を提出、(3)受理番号を取得、(4)携帯会社に番号を伝え、新たなiPhoneを受け取る、というもので、(2)では署への電話は夕方以降で、連絡先が「050」で始まる番号が多いうえ、「電車内でなくした」といった理由を挙げる特徴もあるということです。そもそもこのサービスがこれだけ悪用されるということは脆弱性が突かれているということであり、犯罪を助長している側面も否定できません。、また、外国人による高額品を悪用した犯罪という点で、ナイキのスニーカーもあげられます。警視庁は2022年春、他人のクレジットカード情報を使い、有名スポーツブランド「ナイキ」のスニーカーを購入したとして、中国人の男子留学生を窃盗と組織犯罪処罰法違反容疑で逮捕しています。この留学生は1年弱で約180足のナイキスニーカーを不正購入し、中国に送っていたということです。中国では過熱するスニーカーブームに乗じ、中国の犯罪組織が高額転売している可能性が高いと考えられてます。報道によれば、留学生は中国の通信アプリ「微信(ウィーチャット)」で、荷物を受け取り中国に転送する仕事のバイト募集を見つけて応募、アプリで何者かから転送先などの指示を受け、報酬として1足当たり800円程度を受け取っていたといいます。2020年10月~2021年7月の約10カ月間に約180足(計約500万円)の不正購入と転送を繰り返していたとみられ、警視庁の調べに「カード犯罪の被害品だと分かっていた」と供述していたと報じられています。ナイキジャパンのサイトでは、この留学生が関与したもの以外でも、カードの不正利用が多数確認されているといいます。同社は商品発送を日本国内に限定しているため、原則として日本にいなければ商品を手に入れることができず、コロナ流行前は、訪日中国人らが直接店舗で商品を「爆買い」し、持ち帰って転売するケースが目立ったところ、コロナの感染拡大で出入国が難しくなり、日本で暮らす留学生などを使って仕入れる手口が横行したとみられています。コロナ禍でネット通販が拡大し、カードの不正利用も増加しており、日本クレジット協会によると、2021年の不正利用の被害額は過去最大の330億円に達し、2022年は1~6月で既に206億円(前年同期比33%増)に上っているといいます。損害は保険によって補填されるケースが多いとみられていますが、これだけ不正利用が後を絶たない状況を鑑みれば、カード情報だけでなく、パスワードや生体認証がなければ購入できない仕組みが必要だといえます。また、不正利用を確認しても通報しない企業もあるといい、一層狙われやすくなるだけであり、速やかに通報すべきであることも付言しておきます。

各地で後を絶たない高級車の盗難事件で、不正にエンジンを始動させる新手の手口が広がっているます。本コラムでも最近たびたび取り上げていますが、犯行に使われている機器は手のひら大で、持ち運びも操作も簡単で、最新の防犯装備も無力化し、慣れていれば10分ほどで車を持ち去れるという「CANインベーダー」です「CAN」はエンジンやライトなどを制御する車内ネットワーク「CAN通信」からとられ、「インベーダー」は「侵入者」を意味しています。これを車の配線に接続し、車内ネットワークにアクセスすることで、鍵を開けたり、エンジンをかけたりすることが可能になるといいます。製造元は不明だといい、国内では市販されておらずロシア車で市販されているといい、車を盗むために開発された「犯罪ツール」の可能性が高いと指摘されています。近年の高級車の盗難事件の多くで、CANインベーダーが使われているとみられます。2019年ごろから各地で犯行に使われ始め、今年に入って神奈川、愛知の両県警も、この機器を使って車を盗んだ疑いで容疑者を摘発、福岡市内でも10月15日未明、SUV型の「レクサスLX」(1200万円相当)が盗まれる事件があり、福岡県警はCANインベーダーが使われたとみて捜査しているといいます。千葉県は2022年1~9月の自動車盗の認知件数は491件と前年同期と比べて99件減ったものの、都道府県別で見ると、全国ワースト3位の高水準であり、自動車盗の認知件数で千葉は2017年以降、ワースト3位以内が定位置となっており、2021年はワースト1位に転落しています。千葉県警は盗難防止装置を活用したり、駐車する場所に気を遣ったりするよう呼び掛けていますが、同県警は、県内で自動車盗が多発する理由について、高速道路網が発達するなど交通の便が良い、車を保管・解体するヤードが数多く存在する、車の部品を輸出するための港があるなどと分析、盗品を処分しやすい環境がそろっていることが要因だと考えられています。一方、埼玉県警は、千葉県市原市の自称自営業の男(窃盗未遂罪で起訴)と、同居の交際相手で無職の女を窃盗容疑で逮捕しています。同県に近い埼玉県川口市や越谷市などでは2022年、自動車の盗難が急増しており、埼玉県警は関連を調べているといい、2人は「CANインベーダー」の手口で解錠し、エンジンをかけたとみられています。男の関係先からは、車に接続する特殊な機器を押収しています。埼玉県内では2022年、8月末までに確認された自動車の盗難が457件に上り、前年同期の1.7倍近くに増加、県南東部での被害が目立ち、高級車やスポーツ用多目的車(SUV)が狙われやすいといいます。埼玉県警によれば、車側の配線に触れさせないようにするため、駐車場では車の左側を壁に寄せて止めると良いほか、防犯用の固定具である「ハンドルロック」「タイヤロック」の利用、衝撃や振動を検知する防犯ブザーや車の位置を特定できるGPS端末の装着、駐車場への防犯カメラやセンサーライトの設置なども効果的だということです。

英大衆紙メール・オン・サンデー(電子版)は、英国のリズ・トラス前首相が外相当時、私有携帯電話を何者かにハッキングされ大量の情報を盗まれたと報じています。ロシアのプーチン大統領に近い組織が関与した恐れがあり、ウクライナへの武器輸送などの機密情報が漏えいした可能性が指摘されています。報道によれば、ハッキングは2022年7~9月に行われた与党・保守党の党首選中に発覚、主要な国際パートナーとのやりとりなど、最大1年分のメッセージがダウンロードされていたといいますが、トラス氏は党首選に立候補しており、当時のジョンソン首相らの判断で公表が見送られたとしています。現在、犯人の特定などの分析作業が行われているとみられています。さらに、ブレイバーマン英内相は、公務用ではなく私用の携帯電話で公文書をやりとりしたことが6回あったと認め、このうち1回が露見したといいます。トラス内閣の内相を辞任したものの、新首相となったスナク氏によって再び内相に起用されていましたた。下院の内務委員会に提出した書簡で明らかになっており、やりとりした中に機密文書はないと主張、公務用電話でオンライン会議を行っていた時に、私用電話で文書を調べる必要があったと釈明しています。相次ぐ私有携帯電話に絡む機密情報漏えいや不適切な利用の発覚が、あらためて他山の石となること、一方でこれが氷山の一角でないことを祈るばかりです。

子どもの個人データ保護に関する規制強化が世界で進んでいます。欧米をはじめ中国や韓国も、大人のデータより厳格に扱うよう企業に求めるルールを整え始めていますが、日本では一定の年齢以下の個人情報を特別に扱う議論はあまりなく、海外と差が広がっています。2022年10月24日付日本経済新聞がまとめているところによれば、アイルランド当局は2022年9月、写真共有アプリのインスタグラムを運営する米メタに、4億500万ユーロ(約580億円)の制裁金を命じています。焦点は子どものデータに関する管理の甘さで、18歳未満のユーザーのビジネス用アカウントで、携帯電話番号やメールアドレスが公開されていたことなどが問題視されたとみられています。また、米国は連邦法レベルで個人情報保護法が成立していないなど、欧州に比べデータ保護規制が緩いといわれてきましたが、子どものデータは例外で、13歳未満の個人情報については2000年施行の「児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)」で、本人確認を伴う「検証可能な保護者の同意」の取得などを義務付けています。一方、日本では子どもに特化した個人情報の保護規制の議論やルールがほぼなされておらず、ガイドラインなどで「個人情報の項目や事業の性質に応じて12~15歳以下は保護者の同意を得る必要がある」などとする程度で、同意取得以外に特別な対応をする企業も少ないのが実態です。報道で田中浩之弁護士は、国内外のルール格差に対し、企業が十分対応できるか懸念、「旧来の日本の感覚のまま海外展開した場合、現地の当局に『対応が不十分』などとみなされ、制裁金を命じられることも考えられる」と指摘しています。日本では大きなリスクと認識されていない状態であっても、国際的にはすでに十分な規制がかけられている状態であり、「コンダクトリスク」として適切に対応することが急務の状況だと言えると思います。また、子どもはターゲティング広告やプロファイリングによって「大人以上に深刻な影響を受けかねない」(森亮二弁護士)存在であり、日本ではルール強化に向けた具体的な動きは目立っていませんが、専門家の一部からは「子どものデータの利用状況などの実態調査が必要だ」(駒沢大学の松前恵環講師)などの声も上がっているといいます。日本では法令整備よりも先に、グローバル展開する企業が海外ルールに合わせた取り組みを進める可能性が高く、田中弁護士は「諸外国の議論や企業の取り組みを参考に、国もガイドラインなどで子どもの保護に関する考え方を示すことも求められるだろう」と話しており、正に正鵠射るものといえます。

「コンダクトリスク」という点では、2022年10月28日付ロイターで、国際刑事警察機構(インターポール)のマダン・オベロイ執行ディレクター(技術・イノベーション担当)が、メタバース(巨大仮想現実空間)によって新種のサイバー犯罪が生じるリスクや、さらにはメタバースを利用して、従来からの犯罪も高度化したり大規模になるリスクにインターポールが備えていると語ったと報じており、大変興味深く感じました。オベロイ氏は、インターポールの加盟各国からは既に、こうしたリスクへの対応方法を巡り懸念が寄せられていると説明、フィッシングや詐欺が、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)が絡むことで新たな犯罪に変わり得ると警告したほか、子どもの安全の問題も懸念されるとしています。同氏は仮想現実が実社会での犯罪を容易にする可能性にも言及、「テロ集団が実世界で攻撃したいと思う場合に、攻撃前にこの空間(メタバース)を使って計画やシミュレーションや演習を実施する可能性がある」と語っています。EUの欧州警察機関(ユーロポール)も2022年10月の報告書で、テロ集団が将来、仮想空間をプロパガンダや要員集め、訓練に使う可能性を指摘しています。筆者としては、こうした空間内もハラスメントや痴漢(触感が得られるツールも存在)などの犯罪がすでに発生しているとの認識はありましたが、インターポールやユーロポールの指摘から、もっとリスクを想定するリスクセンスを磨いていく必要があると痛感しています。

サイバー攻撃による被害が急増しています。工場の操業が停止になったり、病院の診察がストップしたりと実害も広がり続けている中、サイバー攻撃による被害を補償してくれる「サイバー保険」に注目が集まっています。ただし、新たなサービスも続々登場する半面、保険金を狙った悪質な手口も登場しているといいます。2022年11月2日付毎日新聞の記事「サイバー攻撃は「保険」で防げ!加入者急増の一方で、悪質手口も」は、「ランサムウエアによる企業攻撃が絶えない米欧では、サイバー保険を使った身代金の支払いが急増。サイバー保険を当て込んで攻撃を仕掛ける犯罪者グループも多く、「サイバー保険が、ランサムウエアによるサイバー攻撃を助長している」と批判が起きた。…損保業界関係者によると、最近、問題視されているのはこんなケースだ。ランサムウエア攻撃を受けた企業がデータの復旧を専門業者に依頼し、この業者が裏で犯罪者グループとつながり、身代金の代わりに多額の復旧費用を請求する手口だ。サイバー保険を狙った新手の手法といえる。「不正な手口は早期に発見し、排除しなければならない。保険が犯罪を助長することを絶対に防ぐ必要がある」(関係者)。サイバー空間であっても、犯罪者と企業、そして損保会社による「知恵比べ」に終わりはない」と指摘しています。日本の損害保険では身代金支払いによる損害自体をカバーする内容とはなっていませんが、フォレンジック事業者等と犯罪組織が結託すれば、上述のような保険金詐欺スキームが成り立ち得ることになり、大変憂慮すべき事態だといえます。なお、身代金の支払いを巡っては、日本でも悩ましい問題が生じています。2021年10月に身代金要求型コンピューターウイルス「ランサムウエア」によるサイバー攻撃を受け、一部診療停止に陥った徳島県つるぎ町立半田病院を巡り、ロシア拠点のハッカー犯罪集団が「データの『身代金』として3万ドル(約330万円)を受け取った」と主張していることが分かったというものです。警察庁などは身代金を払うべきでないとしており、つるぎ町も払わないと表明していましたが、復元を依頼されたIT業者の関係者が交渉した可能性が指摘されています。報道によれば、ハッカー集団「ロックビット3・0」は電子カルテなどのデータを暗号化し、復元と引き換えに半田病院に金銭を要求、取材に対し「取引は成立し、復元プログラムを提供した」と説明したといいます。主張が事実であれば、町の公費がハッカー集団に渡ったことになりますが、兼西町長は「診療再開に向けて対応してきたが、町として『身代金』を支払っていないと認識している」と話しています。半田病院は2021年10月31日に攻撃を受け、データが暗号化されましたが、ハッカー集団「ロックビット3・0」の幹部の主張によれば、3万ドルの支払いがあったのは攻撃から3週間ほど経過した2021年11月21日で、専用の闇サイトを通して病院の代理人と連絡を取り、暗号資産ビットコインによって3万ドルを受け取ったとしています(ロックビット側は当初、6万ドルを要求しましたが、減額を要請され承諾したとされます)。町は東京都内のIT業者に計7千万円を支払い、調査とデータ復旧を依頼、IT業者の関係者は「守秘義務があり、個別の事件にコメントできない」と回答、一方で「ハッカー集団と直接交渉はできないが、復元プログラムが入手できれば復旧に使うことはある」と語っています。各種調査をみても、世界的にも日本でも身代金を支払っているケースは一定割合存在している実態があるのは間違いのないところであり、原則、犯罪者に資金を提供する行為は許されないものですが、(支払っても復元プログラム等を入手できる保証はどこにもなく、身銭を切るしかないうえ)自らの事業継続や顧客への悪影響等を勘案した、苦渋の決断であったことも容易に推測できるところです。なお、ランサムウエア攻撃に対しトレンドマイクロは、感染を前提にした備えも必要だとし「バックアップの3・2・1ルールが有効だ」と指摘しています。三つ以上のバックアップ用のコピーを作成。例えばハードディスクドライブ(HDD)とUSBメモリーのように、二つの異なる種類の記録媒体に保存する、二つのうち一つをオフィスと異なる場所に置くようにすれば、全てのバックアップが感染する危険を最小限にできるというもので、あわせて感染時に素早い対策を取れるよう、役割分担や連絡体制を整えることも重要だとしています。

病院に対するランサムウエア攻撃は後を絶たず、直近でも、大阪市住吉区の「大阪急性期・総合医療センター」で、電子カルテシステムに障害が発生し、入院患者の緊急以外の手術や外来診療を停止する事態となりました。復旧の見通しは立っておらず、この影響で、患者600~1000人の診療ができなくなりました。同センターの電子カルテには、患者の氏名や年齢、治療・投薬履歴などのデータが記録されており、災害や故障でデータが失われないようバックアップを取っているとのことですが、閲覧するには攻撃を受けたシステムへの接続が必要で、安全性が確認できるまでは閲覧できない状態が続いている状態にあります。前述の徳島県のつるぎ町立半田病院では患者約8万5000人分の電子カルテが閲覧できなくなり、全診療科が診察を再開するまで約2カ月かかっていますので、今回の影響も心配されるところです。厚生労働省も対応に乗り出しています。2022年3月には医療機関の情報セキュリティに関する指針を改定し、ランサムウエアを想定した具体策を示しています。一定規模以上の病院や地域で重要な機能を果たす医療機関に対し、電子カルテなどのバックアップ用データを病院のネットワークから切り離して保管することなどを求めています。被害が頻発する背景には近年、電子カルテなど医療現場のデジタル化が急速に進む一方で、予算不足が原因で管理体制の構築が追いついていないことがあるとされます。以前の本コラムでも紹介したましたが、医療分野のサイバー対策に取り組む一般社団法人「医療ISAC」が2022年3月に公表した調査(1144病院が回答)では、51%の病院でサイバー対策の年間予算額が500万円未満で、45%が「十分でない」と回答、院内のシステム担当者は、ほぼ常勤で平均3人弱という状況で、同法人は「セキュリティ企業などからの人材派遣がほぼなく、外部の専門家の目が行き届きにくい環境になっている」と指摘しています。病院を標的にしたランサムウエアによる攻撃は海外でも起きており、厚生労働省によると、オーストラリアの病院では2021年3月、システムを一時全停止する事態が発生し、緊急度が低い手術を延期、米国でも2021年5月に感染し、14万人超の患者らの個人情報が漏洩した可能性が浮上しています。脅威が高まるなか、海外では業界が協力して組織を立ち上げ、情報共有を進めているといい、米国では病院や医療機器メーカーなどでつくる「H-ISAC」が最新の手口に加え、会員病院が被害を受けた場合にシステム会社と連携し、原因分析をしているといいます。日本でも米国にならった情報共有組織の立ち上げ準備が進んでおり、厚生労働省が主導して2022年度内に検討チームを設置する方針としています。救急対応を担う医療機関は対策が急務であり、システム会社やセキュリティ企業から防御策の知見を得るなど、外部専門家の力を積極的に使っていくべきと考えます。

一方、文部科学省が管轄の国立の政策研究大学院大でシステム障害が続いています。永岡文科相は、「各国立大に定期的な通知でサイバーセキュリティ対策の強化を促している。今回の事案も踏まえ、関係機関とも連携しながら再発防止に向けて適切に対応していきたい」と述べていますが、9月初旬以降、大学のインターネット接続が2カ月近く停止、原因は解明されておらず、永岡氏は復旧の見通しを示していません。大学は「一部制約はあるものの業務に必要な環境は維持している」としていますが、関係者は「講義の履修登録もオンラインでできず、対応に苦労している。(システム障害で)業務の負担は確実に増えたのに、大学側の対応はのんびりしすぎている」との声や、学生からも「大学は、学生が混乱しないような対応をしてほしい」と不満の声が上がっているようです。文科省によれば、「定期的な通知」は書面で、3年に1度、全国立大に一斉通知しているもので、直近では2022年に通知し、サイバーセキュリティに関する政府の取り組みを紹介したというものだといい、文科省の危機感のない、適切とは言い難い対応には失望させられます。一方、米財務省当局者は、財務省が10月に親ロシア派のハッカー集団「キルネット」からサイバー攻撃を受けたものの、阻止したと明らかにしています。攻撃による混乱はほぼなく、金融システムを巡るサイバーセキュリティ対策が奏功していることが確認されたという認識を示しています。財務省への攻撃は、大量の通信を送りシステム障害を引き起こす「DDoS」と呼ばれるものでした。また、キルネットは10月に米国内の複数の州や空港のウェブサイトを攻撃し、混乱を引き起こしたと主張、10月11日には米金融大手JPモルガン・チェースのシステムに攻撃を仕掛けたとも主張しているが、JPモルガンは業務への影響はなかったとしています。日本の文科省と米財務省という日米の官公庁におけるサイバー攻撃への備えのレベルの圧倒的な差にも愕然とさせられます。

米ホワイトハウスは、ランサムウエア攻撃への対策を巡り、日本やドイツ、オーストラリア、インド、韓国など30か国以上と共同声明を発表、各国が持つ情報や対策の共有を促進するため、有志による作業部会を設置する方針を示しています(今回の協議には米マイクロソフトなど13社も加わっています)。具体的には、リトアニアに作業部会共同の拠点を設け、ランサムウエアの被害や脅威に関する情報共有を図ること、半年ごとに最新の動向をまとめたリポートを公開し、参加国の企業などに技術的な対策の徹底を求めること、年2回のランサムウエア対策演習を実施し共同で抑止力や強靱性を高める取り組みを進めることなどがあげられています。米国は、重要インフラを標的としたランサムウエア攻撃に、中国やロシアの国家的関与があると指摘、同盟国などと連携して対策の強化を目指しています。

以下、最近のサイバー攻撃に関する報道から、いくつか紹介します。

インフラへのサイバー攻撃リスク 供給網見渡した対策を(2022年11月1日付日本経済新聞)
ロシアによるウクライナ侵攻では、インフラの停止を狙うサイバー攻撃が相次いでいる。日本でも5月に経済安全保障推進法が成立し、インフラの防衛体制強化が進む見込みだ。「大手のインフラ事業者は一定の対策をしていると考えるが、経済安保推進法で示されたサプライチェーン(供給網)のリスクには注意が必要だ。例えば現在のソフトウエアは様々な開発者が関与し、脆弱性も日々見つかる。自社のシステムにどんな脆弱性があるか把握しにくくなっている」、「国は対策として『SBOM』と呼ぶソフトウエアの部品表の活用を検討中だ。ただ、一律に義務化すれば管理コストが増え市場での競争力をそぐ懸念もある。適用分野を慎重に見極める必要があるだろう。まずは製品やシステムの調達基準のセキュリティ要件を明確にすることだ。現状では調達元もどこまで対策すべきか判断しにくい」…「VPN(仮想私設網)で安全性を確保するのが効果的だが、その予算の確保すら難しい場合もある。せめてパスワードの設定と監視システムを常に最新の状態に保ちつつ、ログイン画面から施設名や地名を削除するといった対策にすぐに取り組むべきだ」、「日本の重要施設の遠隔監視システムを模した脆弱なおとりシステムをネットに公開したところ、ダークウェブ(闇サイト群)の情報交換サイトで情報が共有され、偵察行為とみられるアクセスが急増した。施設の制御設定を変更する攻撃やシステムの接続性を継続的に確認する動きが見られた」
「不正にログインされた可能性」とメッセージ…SMSを悪用、スミッシング被害が多発(2022年10月28日付読売新聞
2021年に愛媛県内で受理されたサイバー犯罪に関する被害相談は、2020年から320件増えて1572件となり、過去最多を更新したことが県警のまとめでわかった。特に「スミッシング」と「サポート詐欺」と呼ばれる手口が多いといい、県警は啓発動画を作成するなどして注意を呼び掛けている。スミッシングは、「SMS」と「フィッシング」を合わせた造語で、携帯電話のSMSを悪用した犯罪。郵便局や大手通販サイトなどを名乗り、「不正なログインをされた可能性がある」などとかたるメッセージが届く。記載されているURLをタップすると、実物のサイトに酷似したサイトに誘導される。偽サイトにクレジットカードや口座番号などの個人情報を入力するよう求められ、現金を引き出されるなどの被害も確認されている。高齢者に限らず、若者も被害に遭うことが多い。サポート詐欺は、ウェブサイトの閲覧中、警告音を鳴らしたり、ポップアップ画面を出したりしてコンピューターウイルスに感染したように見せかける手口。偽のサポート窓口に問い合わせをさせ、ウイルス駆除の手伝いを名目に電子マネーなどをだまし取るものだ。…県警サイバー犯罪対策課によると、相談件数の増加に伴い、昨年の摘発件数も2020年から26件増えて120件。スミッシングを含む「迷惑メール等」の相談件数は、21年は352件で20年の262件から90件増加した。今年のサイバー犯罪(9月末時点)は、相談件数が1281件(前年同期比88件増)、摘発件数が112件(同41件増)といずれも昨年を上回る勢いで推移している。
サイバー攻撃 中小企業は危険性認識も資金、人材に課題(2022年10月22日付産経新聞)
サイバー攻撃の手口が巧妙・高度化する中で、中小企業の対策が急務となっている。大企業と比べて資金や人材が不足している中小は、危険性を認識しながらも対策が後手に回りがちなのが実情。攻撃を受ければサプライチェーン(供給網)に深刻な影響が出たり業務の妨げになったりする懸念もあり、各機関が支援に乗り出しているが十分とはいえない。…インターネット社会の進展とともに、サイバー攻撃の被害が急増している。一般社団法人「JPCERT(サート)コーディネーションセンター」(東京)によると、ネットの不正に関する報告件数は平成30年度の1万6398件から右肩上がりで、令和3年度は5万801件だった。企業の間で対策は急務と意識されている。帝国データバンクが5月に近畿2府4県の企業を対象に実施した調査では、事業継続計画(BCP)を策定する意思があるとした企(970社)のうち、想定するリスクとして「情報セキュリティ上のリスク」は37・4%で、自然災害と感染症に次ぐ3番目の高さだった(複数回答)。ただ、大手企業と比べてセキュリティが甘く、標的になりやすいとの指摘もある中小企業では対策が進まない。大阪商工会議所経営情報センターの野田幹稀課長によると、サイバー対策に必要な費用は事業の売上高の0.5~1%とされるが、中小には重い負担となる。…中小がとる対策について、帝国データバンク大阪支社の昌木裕司情報部長は「不審なメールは開かないという基本を守り、最新のセキュリティーソフトを常備することの徹底が重要。サイバー保険を利用することで不測の事態への補償を確保することもできる」と指摘。一方で「一企業でできることには限界があり、国家レベルでの対策を取らなくては、日本経済にとって大きなリスクとなる恐れがある」と警鐘を鳴らしている。
サイバー脅迫「復旧プランなし」6割、デロイト調査(2022年10月18日付日本経済新聞)
デロイトトーマツグループは日本企業のサイバーリスクへの備えに関する調査をまとめた。被害が増えるランサムウエア(身代金要求型ウイルス)攻撃に対し「リカバリ(復旧)プランを整備している」とする企業は34%で、6割超がプランがないと答えた。調査は2022年5~7月、上場企業を中心に476社を対象に実施した。サイバーインシデント(事故)発生時の対策を聞いたところ、「社内のリポート(報告)ラインが整備されている」が63%、「(担当役員や指示系統などの)対応態勢が構築されている」が56%で半数を上回った。だが、「ランサムウエアに備えたバックアップやリカバリプランを整備している」は34%で、「社内の対応チームで対応訓練を実施している」は25%と3割以下の水準にとどまった。「サイバーセキュリティの専門家と契約を締結している」も18%だった。サイバー攻撃を想定した予防策の実施状況でも「社内教育」が73%、「基本方針や規定の策定」は64%だったが、「社内の専門家育成」は28%、「CISO(最高情報セキュリティー責任者)などの任命」は25%と低迷した。
中小企業のサイバー防衛、3割で対策なし 民間調査(2022年10月17日付日本経済新聞
イスラエルのセキュリティ大手、チェック・ポイント・ソフトウェア・テクノロジーズは中小企業のセキュリティ体制に関する調査結果をまとめた。ウイルス対策ソフトなどの端末を保護する仕組みが約3割の企業で未整備だった。同社は「多くの中小企業は基本的なセキュリティ製品を導入していない」としている。世界の1150社の中小企業から回答を得た。ウイルス対策ソフトなど「エンドポイント・プロテクション」と呼ばれる製品群は最も整備が進んだシンガポールでも70%の導入にとどまった。最低のドイツでは62%だった。メールの暗号化などのセキュリティ対策は61~67%、モバイル端末の対策は41~47%とさらに下がった。過去1年間に攻撃を受けた中小に影響を尋ねたところ、システムのダウンや生産性の低下が最多で30%。収益の損失の28%、顧客からの信頼の喪失などの16%が続いた。同社日本法人の高橋弘之サイバー・セキュリティ・エバンジェリストは「近年、日本でも取引条件としてセキュリティ対策の整備を細かく求められるケースが増えている。中小も『自分たちが狙われることはない』と対策を放置することはできなくなっている」と指摘している。
サイバー戦は究極のチーム競技 軍官民の強い連携が課題(2022年10月13日付日本経済新聞
日本経済新聞の独自調査で国内インフラの多数の監視システムが、サイバー攻撃に脆弱な状態となっていることが分かった。サイバー犯罪集団の産業スパイ活動も活発になり出した。世界の分断が進むなか、経済安全保障の重要性が高まっている。…「侵攻開始から数週間たって、地上戦の劣勢が明らかになるとロシアはサイバー攻撃の強度と量を格段に上げた。それでもウクライナの政府システムやインフラは壊れなかった。ウクライナのサイバー防衛力の強さは、おそらくロシアにとって想像をはるかに超えるレベルだったと思う。その結果、伝統的な物理戦と同様にサイバー戦でもロシアは敗走を続けている」、「何年も前から米国はウクライナ政府のサイバー防衛力強化に協力してきた。その中で、ロシアのサイバー攻撃の担い手の所在や正体、技術や戦術について広く深い知識を一緒に蓄えられた。つまり米国にとってもウクライナとのサイバー協力は大きな成果があった。ウクライナ側は、今回の侵攻開始のはるか前に既にロシアの想像をはるかに超える強力な臨戦態勢を整えられた」、「ウクライナ政府はこの地球規模のチームを統合して効果的に動かすことに成功している。サイバー戦が究極のチーム競技であることを如実に示しており、米日を含むあらゆる国にとって参考になる

SNSを発端とした犯罪が後を絶たず、若者が悪意ある者に誘われ、命を落とす事件が続発しています。2017年に神奈川県座間市で自殺願望を書き込むなどした男女9人が殺害された事件を機に国は対策を進めてきましたが、5年が経過した2022年10月に発覚した札幌市の女子大生の死体遺棄事件や女子中学生の自殺を手助けした事件も、被害者と容疑者をつなげたのはSNSです。後者の容疑者は、複数のSNSのアカウントを使い、自殺願望のある他の女性ともやり取りしていたといい、容疑者のスマホを解析したところ、アカウントの中には凍結されたものもあったといいます。また、容疑者がネットで自殺場所や方法を検索し、女子中学生に提案していた疑いがあることも判明、容疑者が女子中学生の自殺に積極的に関与したとみられています。こうした事件が後を絶たず、名も知らぬ相手を頼る若者に支援を届ける難しさが浮かび上がっています。2022年11月2日付産経新聞で、インターネット社会に詳しい神戸大大学院の森井昌克教授(情報通信工学)は「心の弱っている人は『誰かに共感してほしい、相談したい』という気持ちがあるが、自分から動くことができない。そこに犯人側がコンタクトを取ることが多い」と指摘しています。生きづらさを抱えた若者と悪意を持った人物をSNSが結び付けて、その希薄な人間関係が犯罪に直結している状況にあります。こうしたSNSの犯罪インフラ性、ネット社会の「闇」に国も対策を取ってきており、座間事件を受け、国はSNSの運営者などには自殺に誘うような投稿の削除を求め、自殺関連の語句を検索した人には支援窓口の連絡先を表示、行政機関や民間団体もネットパトロールを行うなど、危険を事前に察知し助けを求める人の支援を進めています。座間市の事件を機に、投稿者の相談に乗るのを目的として創設された民間資格「SNSカウンセラー」の認定者が2019年末は約300人だったところ、2022年10月には約1300人となったといいます。そして、厚生労働省が座間事件後に整備したSNSを使った窓口に、若者らが寄せた相談は年々増加し、2021年度は25万9814件と前年度比で19万6786件も増え、この4年間では10倍以上に達しているといいます。相談者のうち年齢が分かる者の7割弱は20代以下で相談内容の上位は「自殺念慮」、「メンタル不調」が占めています。ただ、「全国SNSカウンセリング協議会」によると、自殺願望の相談数は全国で毎年数十万件に上るといい、あるカウンセラーは「応対する人手も、分析に充てる費用も足りていない」と話しています。一方で、自殺願望を訴える人や、そうした人を「悪」に誘いこむ投稿はなくならず、警察庁の委託でネット上の違法・有害情報を監視する「インターネット・ホットラインセンター」によれば、自殺を誘うような投稿の把握件数は、2018年以降は毎年2千件を超え、2022年は2611件(前年比1718件減)に上っているほか、SNSを契機に犯罪に巻き込まれた18歳未満は2021年は1812人にも上っています。また、SNSの犯罪インフラ性としては、こうした側面以外にも数多くあげられますが、最近では、2022年10月18日付毎日新聞の記事「その投稿は大丈夫? 知らないと怖い、SNSのリスク」が分かりやすくまとめられており、参考になりますので、以下、抜粋して引用します(あわせて、前述したグーグルのストリートビューの犯罪インフラ性も指摘されています)。

旅先で見たきれいな景色に感動し、自分で撮った写真をSNSにアップ―。そんな何気ない行動に思わぬリスクがあることを知っていますか?中には投稿がきっかけで自宅や居場所が特定され、つきまといの被害に遭ったケースも。・・「旅行で○○に来ています」「仕事帰り、○○へ立ち寄りました」。こんなコメントを写真と共にツイッターやフェイスブックや、インスタグラムなどにアップしている人がいます。しかし、こうした投稿には注意が必要です。ITジャーナリストで成蹊大学客員教授の高橋暁子さんは「背景が写り込んだ写真」「自宅近くに関する投稿」「駅などの固有名詞」「リアルタイムの投稿」は避けるよう指摘します。背景が写り込んだ写真は、目立った建物などが無い場所でも信号機や街灯など、わずかな特徴から撮影場所を特定される可能性があります。眼鏡に反射した情報から撮影場所が分かることもあるそうです。自宅で撮った写真にも注意が必要です。高橋さんは「家の前や、窓からの景色は完全にアウト」と警告します。窓の形やカーテンの色などから、グーグルマップのストリートビューを使って家を割り出される恐れがあるためです。また、自宅から1~2キロ圏内で撮影した写真は投稿しないようにしましょう。勤め先や学校、行きつけの店、普段利用する路線などの固有名詞の投稿も避けましょう。「雷の音が聞こえる」「虹が見えた」といった天気に関する投稿も、撮影場所が特定される恐れがあります。リアルタイムの投稿も危険性があります。例えば「これから1週間○○へ行きます」と投稿すると、その期間は留守だと分かり、空き巣に入られるリスクが生じます。

AI(人工知能)についても、さまざまな想定を超える利用や技術の進展があり、必ずしも犯罪インフラ性を示唆するものでなくとも、今後の向き合い方を考える必要があります。以下、2つの記事については、その参考になりますので、抜粋して引用します。

安倍氏AI音声を突如公開→削除 「東大AI研」倫理上の問題は(2022年10月24日付毎日新聞)
天国から皆様の素晴らしい活躍と我が国の発展を見られることを楽しみにしております―。銃撃事件で亡くなったはずの安倍晋三元首相が、そう語っているような音声が突如、インターネット上にアップされた。肉声をAI(人工知能)で再現したとするもので、公開は賛否両論が渦巻く国葬の2日前。制作したという「東京大学AI研究会」(東大AI研)と名乗る団体の実体ははっきりしない。…一般社団法人「人工知能学会」の倫理委員会で委員長を務める慶応大の栗原聡教授(群知能)を訪ねると、「過去の発言を切り貼りして音声を作ることもできるので、今回の動画のうち何%がAIで作られたものかは判断できません」とした上で、「今は専門知識が無い学生でもAIソフトで簡単に作れてしまいます。今回の動画も、よくできていますね」と苦笑した。…栗原教授は「故人をAIで再現することの是非を判断する基準は、現状では遺族の承認しかありません」と説明する。安倍元首相のAI音声について、「遺族と『(故人なら)こういうことを言ったのではないか』『今はこう思っているんじゃないか』という話し合いを重ねるべきだった」と指摘。東大AI研の実体が不明な点についても、「政治家の声を再現することはプロパガンダになり得ます。今回のようなAIの使い方は総じてポジティブとは言えません」と警鐘を鳴らす。栗原教授が強調するのは、AIのあり方や生命に対する考え方について議論を深めることの重要性だ。…「大切なことはネットやSNSで情報に接した時に、それがどのような情報なのか、私たちが一瞬でも考えることです。条件反射のようにリツイートしたり、拡散したりすることは避けるべきです。それは、考える葦が、考えないただの葦に退化してしまうということですから」

本コラムでもたびたび取り上げている経済安全保障の問題もさまざまな問題を提起し続けています。直近では、富士フイルムHDが、中国・上海の複合機・プリンター工場を2024年半ばに閉鎖すると発表したことがあげられます。2022年内に工場を中国企業に売却する予定だったものを撤回したもので、本コラムでも紹介したとおり、中国政府は複合機の設計、製造工程を中国内で行うよう定める新たな規制を検討しており、富士フイルムが技術流出への懸念を強めた可能性が考えられるところです。閉鎖するのは、富士フイルムビジネスイノベーション(旧富士ゼロックス)の中国子会社が運営する工場で、富士フイルムは「従業員の早期退職希望者が想定以上の人数に達し、工場の稼働見通しが不透明になった」と説明しています。なお、中国が新たな規制を検討していることは「関係がない」(広報)としています。同社は2022年7月、中国の「億和精密工業」に売却すると発表、売却後は複合機などの組み立てを委託し、自社製品として販売を継続する一方、設計・開発は日本で続ける予定でした。

経済安全保障に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

経済安全保障、4本柱で技術守る 自由な経済と両立難題(2022年10月18日付日本経済新聞)
国民の生命にかかわる重要な物資やインフラを守り、軍事転用されかねない技術の国外流出を防ぐ「経済安全保障」への対応を企業が求められている。5月に経済安全保障推進法が成立し、政府は一部の基本指針を9月30日に閣議決定した。しかし、詳細は今後決まることも多い。推進法の要点を読み解くと、自由な経済活動との両立の難しさも浮かび上がる。デジタル化は安全保障と経済の境目をあいまいにした。人工知能(AI)は他国に流出すれば、兵器に転用される。インターネットは利便性と引き換えに発電所や鉄道などのインフラをサイバー攻撃の危険にさらす。世界経済の変化を受けた推進法は企業への支援と規制が両輪をなす。支援は国民生活に不可欠な「特定重要物資」の供給網強化と、官民協力による先端技術研究の推進で、いずれも8月に施行した。規制は23年11月までに金融など基幹インフラの安全確保策の施行が始まり、24年5月までに特許の非公開制度が始まる。4つの柱のうち支援策の2つが先行する。企業はまず、自社の事業に関係する分野を特定する必要がある。…安全保障を突き詰めれば、企業の自由な経済活動を阻害しかねない。「経済活動と両立を図る観点からは、(規制は)合理的に必要と認められる最小限度で行われることを明確にすべきだ」。新経済連盟は意見書でこう訴えた。
(7)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

SNSなどで誹謗中傷を受けた人が、被害回復に向けて加害者を特定するための新たな手続きを盛り込んだ「改正プロバイダー責任制限法(プロ責法)」が2022年10月から施行されています。費用の軽減や手続きの迅速化を狙ったものであるにもかかわらず、今まで以上に時間がかかるケースもあるとの指摘もあります。

ツイッターで自身を中傷する投稿に「いいね」を押されて名誉感情を侵害されたとして、ジャーナリストの伊藤詩織さんが、自民党の杉田水脈衆院議員に220万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は、賠償責任を否定した1審・東京地裁判決(今年3月)を変更し、杉田議員に55万円の賠償を命じています。1審判決によると、元TBS記者の男性から2015年4月に性暴力を受けたと訴える伊藤さんに対し、「枕営業の失敗」などとする複数の匿名の投稿がされたほか、杉田議員は2018年6~7月、こうした投稿25件に「いいね」を押しています。1審判決は、「いいね」は「称賛する」から「悪くない」まで幅広い感情を含んでおり、対象も投稿の全部なのか一部なのかを区別することはできないと指摘、違法となる余地が生じるのは、感情の程度が特定できたり、加害の意図を持って執拗に繰り返されたりした場合に限られるとし、杉田議員についてはこうしたケースに該当しないと判断されていました。。これに対し、東京高裁は、「いいね」の特徴として、「押すか押さないか二者択一で、対象投稿のどの部分に好意的・肯定的な評価をしているかは明確ではない」と指摘。名誉感情を侵害したかどうかを判断するには、「いいね」を押した人と投稿で取り上げられた人との関係、「いいね」が押されるまでの経緯、投稿のどの部分に好意的・肯定的な評価を示しているのか―を検討する必要があるとの考え方を示しました。その上で、杉田議員が2018年3月のネット番組で「枕営業大失敗」と書かれたイラストを見て伊藤さんを冷やかし、同6月の英国のBBC放送の番組内で「(伊藤さんは)明らかに女としても落ち度がある」などと発言した経緯に着目、判決は「伊藤さんへの批判を繰り返す杉田議員が、伊藤さんを侮辱する投稿に賛意を示すことは、伊藤さんの名誉感情を侵害する」と結論付け、国会議員であり約11万人のフォロワーを擁する杉田議員の影響力について、「一般人とは比較しえない影響力がある」として損害賠償を認定、慰謝料を算定したとしています。2022年10月20日付毎日新聞で、ネットの中傷問題に詳しい神田知宏弁護士は「中傷投稿に『いいね』を押しただけで即座に違法となるわけではないが、高裁の判断を踏まえれば、社会的な立場やトラブルの状況によっては賠償が認められる場合も出てくるだろう」と指摘しています。この判決について伊藤さんは、「『いいね』という指先一つでできてしまうことに対し、表現の自由を巡って、(許容されるのではないかなど)いろいろな意見があったと思います」と前置きしたうえで、「ただ、今回の場合は、それ(杉田氏による「いいね」)が数十件のものだったということ、その(投稿の)中は本当に誹謗中傷の言葉をはらんでいたということ、そして『いいね』をされた方(杉田氏)が何十万人のフォロワーを持っている国会議員であったことは強調させていただきたい」と述べています。また、「『いいね』を巡る裁判は、新しいもので、判決が覆ることはあまり想像していなかった。正直驚いた」、「この数カ月、この数年で誹謗中傷に対する見方がここまで変わったんだなと実感しました」と感想を述べています。さらに、「誰かを傷つけてしまわないか。『いいね』を押す前に考えてほしい」と呼び掛けています。また、代理人の佃克彦弁護士は「加害者と被害者の関係や従前の経緯を事実関係に照らしてきちんと判断してくれた。すばらしい判決だ」と述べました。本コラムでも取り上げましたが、ツイッターを巡る裁判では、他人の投稿を転載する「リツイート」に賠償を認める判決は既に複数出ています。ネット上の中傷問題に詳しい中沢佑一弁護士は「『リツイート』と比べて『いいね』は拡散力が弱く、感情の対象や程度も特定しづらいため、賠償責任が生じるハードルが高い」と指摘、今回の判決について「杉田議員が伊藤さんへの批判的な言動を繰り返し、何度も『いいね』を押したことを重く捉えたのだろう。ツイッターを使う一般人が『いいね』で賠償命令を受けることは考えづらく、杉田議員が国会議員でフォロワーが多数いることなどから、例外的に賠償責任を認めた印象だ」と分析しています。なお、杉田議員側は、高裁判決を不服として最高裁に上告しています。この判決の意味については、2022年10月23日付毎日新聞の記事「なぜ判決は覆ったのか 伊藤詩織さん勝訴にみる「いいね」の意味」において、ネット中傷の問題に詳しい深澤諭史弁護士がコンパクトに解説していますので、以下、抜粋して引用します。

訴状では「不特定多数が見ている場で、原告(伊藤さん)の名誉を侵害する投稿や、擁護する者を袋だたきにするような投稿に『いいね』を押し好感を示したことは、限度を超えた名誉感情侵害行為にあたり、恐怖心さえ抱かせた」と訴えた。まず1審判決では「一般的に、対象への好意的な感情を示すシンボルとして受け止められている」とした上で、「称賛などの強い感情から、悪くないなどの弱い感情まで幅広く含んでいる」と指摘した。「『いいね』自体からは感情の対象や程度を特定することができず、非常に抽象的・多義的な表現行為にとどまる」として「原則違法とはいえない」との見解を示した。一方で、2審判決は、1審の「原則違法ではないけれど、例外はある」というスタンスを取っていない。ただ、「いいね」が多義的だという考え方は一致する。杉田議員が主張していた(読み返すための)「ブックマーク」として使う目的も認めている。では何が違法性の判断を異なるものにしたのか。深澤弁護士はこう説明する。「『いいね』自体の意味を積極的に判断しなかった点では、2審も1審と同じです。異なったのは、ツイッターにとどまらない周辺事情をどう考慮するか。1審がツイッター内部を重視した判断にとどまったのに対し、2審は外部の周辺事情も判断材料として重くとらえています」…深澤弁護士は「過度に萎縮しないでほしい」と呼び掛ける。「今回は、現職の国会議員が、係争中の一方の私人に対し、侮辱的なツイートに『いいね』を繰り返し押したという極めて異例なケースです。一般人が(ある事柄への)批判的なツイートに散発的・単発的に『いいね』を押した程度で違法になることは、ほぼ想定できないでしょう」…「実はそれは当たり前の話です。生身の人間が社会活動の中でツイッターを使っている以上、ツイートは個人と社会双方に影響を与えます。ツイッター空間と社会を分離しないで考えるのが妥当です」ただ、現実のSNS上では、社会的責任を考えない匿名の個人によって、誹謗中傷が暴走している実態がある・・・「別人格としてネット空間を楽しんでもいいですが、他人を攻撃したらその責任を引き受ける必要があります」。その上で、こう話す。「『SNS空間は社会の一部であり、そこでの言動は社会活動と関係する』という当然のことが判決で示された意味もあると思います」

一方で、この裁判を通して、杉田議員の国会議員としてのふるまいに、あらためて疑問や違和感を覚えます。性的少数者らをめぐる差別発言をした杉田水脈氏が、総務政務官として衆院倫理選挙特別委員会で初めて答弁し、立憲民主党の源馬謙太郎氏に過去の発言に対する見解を問われたが、政務官であることを理由に「個人的な見解の表明は控えたい」と繰り返し、正面から答えませんでした(この点については、「反省もなく、答えもできない人が政治倫理を担当する政務官が務まるのか」との指摘もありmそのとおりかと思います)。源馬氏は「ツイッターで、旧統一教会の支持者に支援・協力をいただくのは何の問題もないという風にお書きになっている」と指摘したが、杉田氏は見解を示さず、「社会的に問題のある団体とは一切関係を持たない」と語っています。東京高裁の判断したことについても「今後の対応を検討中だ」と繰り返し、詳細は語りませんでした。さらに、月刊誌で同性カップルを念頭に「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がない」と寄稿したことについては、「そういった方々が生きやすい社会にするための努力で応えたい」と述べ、謝罪や文章の撤回はしませんでした。また、総務省が取り組んでいるSNSの誹謗中傷対策キャンペーン「#NoHeartNoSNS(ハートがなけりゃSNSじゃない!)」について「その質問は通告をいただいていない」と回答、「存じ上げません」と述べています。なお、「#NoHeartNoSNS」の特設サイトでは、誹謗中傷を受けた際の相談窓口などを紹介していますが、総務政務官という立場の国会議員としての立場にある者として、やはり疑問に思わざるを得ません。

その他、国内外における誹謗中傷を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

オウム真理教による1995年の地下鉄サリン事件を巡り、殺人容疑で不起訴処分となった元信者の菊地直子さんが記事で名誉を傷つけられたとして、産経新聞社に約165万円の損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は、名誉毀損を認めて約27万円の支払いを命じた1審・東京地裁判決を取り消し、訴えをいずれも退けています。判決によれば、産経新聞は菊地さんが殺人容疑などで逮捕された翌日の2012年6月4日付大阪夕刊で「幻覚に憑かれた菊地容疑者は教団の広告塔としてマラソン大会に出場し、サリンの製造に加わった」とのコラム記事を掲載しましたが、裁判長は記事について「信者の人生をも狂わせたオウム真理教は罪深いとの意見、論評だ」と指摘、文脈上、サリン製造には客観的に関与したとの内容で「主観的に製造を認識していたことを示すとは言えない」と判断しています。また2012年6月21日付東京朝刊の「(菊地さんの)自宅から『サリン』と書かれたノートが押収されていた」との記事も、記者の捜査員への取材から「真実と信じた相当な理由が認められる」と指摘、二つの記事に違法性はないと結論付けています。

人種差別撤廃を目指す研究者や弁護士で作る「外国人人権法連絡会」などが、法務省を訪れ、在日朝鮮人へのヘイトクライム(憎悪犯罪)を止めるため具体的な対応を取るよう国に求める要請文を提出しています。9月にJR赤羽駅で、「朝鮮人コロス会」という在日朝鮮人への差別落書きが発見された問題があり、これらを受けた対応で、要請文は「ヘイトクライムが現実的に起こりえる危険な状況で、子どもたちは恐怖にさらされている」などとしています。また、法務省のツイッターなどで差別をやめるよう発信することなども口頭で求めています。さらに、要請後の記者会見では、北朝鮮の弾道ミサイル発射があった10月4日、各地の朝鮮学校に嫌がらせの電話がかかったことが報告されています。東京朝鮮中高級学校の生徒が同日、電車内で男性から「お前、朝鮮学校の生徒だろ」と言われて足を踏まれる暴行事件も発生、警視庁に被害届を出したといいます。また、赤羽駅での差別落書きを発見した朝鮮学校の高校3年の生徒が手記を寄せ、「いろんな差別を受けてきたが、殺すという言葉を見たのは初めてだった。誰かが自分の命を狙っているかもしれないと異常なほど周りを警戒し、行き交う人全てが敵に見えた」と当時の恐怖を明かしています。関連して、北朝鮮がミサイル発射を繰り返す中、三重県四日市市の四日市朝鮮初中級学校の男子児童が、登校中に通りすがりの男性から「ミサイル撃つなと言っとけよ」と暴言を吐かれたと、県が明らかにしています。北朝鮮が日本上空を通過する軌道で弾道ミサイルを発射した翌日の10月5日、同校の最寄り駅の近鉄名古屋線阿倉川駅近くで、登校中の男子児童2人と同校の男性教員に、スーツ姿の男性が「ミサイル撃つなと言っとけよ」と暴言を吐いたといい、同校は同月8日まで、管内の四日市北署に児童の登下校の警護を依頼しています。北朝鮮が立て続けにミサイルを発射する中、県内の児童らにいやがらせが向かったことに一見知事は、「ミサイルを撃ったり他国の領土に勝手に入ったりしているのは国であって、日本に住んでいるその国の国籍の人たちに非はない」と強調、5月に成立した県の差別解消条例を根拠に、「県としても啓発活動を通じて差別をなくしていくべきだと考えている」と述べています。三重県の差別解消条例は、ヘイトスピーチやハラスメント行為による差別や人権侵害の解消を目指し、2022年5月に県議会で可決されたもので、条例は、人種などを理由とした差別や中傷を禁止し、県が問題の解決に向けて取り組むことを定めています。なお、内閣府は、特定の国の出身者を著しく見下す内容のものを「ヘイトスピーチ」としており、県人権課は今回の暴言はヘイトスピーチにあたる可能性があるとしています。さらに三重県におけるヘイトスピーチ対策と関連して、三重県議会は、議員の政治倫理条例を改正し、SNS上の差別的な投稿に「いいね」を押すことを禁止するとして、11月末での成立を目指しています。同様の規定は全国でも例がなく、公人としての影響力を重く見た形です。同条例は議員が守らなければならない倫理基準を定めており、改正案には、議員本人による人権侵害行為だけでなく、「侵害行為を行うことの扇動」「第三者の行った侵害行為に対する賛成の意見の表明」もしてはならないと明記されます。違反の疑いがあれば政治倫理審査会を開き、人権侵害や差別にあたるかを検討、政治的・道義的責任があると認められた場合、議長が議会への出席自粛などを勧告するものです。同条例は2006年に制定されましたが、主に刑法などに問われた議員の政治的責任に関する内容で、2021年に小林貴虎県議(自民)が、自身のブログで男性カップルの住所を無断公開して謝罪に追い込まれたものの、その後も中傷する投稿に「いいね」を押していたことが発覚したことをきっかけに、改正議論が始まっていました。

一方、ヘイトスピーチする側の手口も狡猾になっています。今夏の参院選で候補者を応援する運動員が、「暴れるな朝鮮人」といった発言の街頭演説をし、同様の文言のプラカードを掲げて回る陣営があったと報じられています。2022年10月11日付毎日新聞の記事「「暴れるな朝鮮人」は問題なし? 対策の抜け穴突く”選挙ヘイト”」で、ヘイトスピーチ問題に詳しい大阪公立大学の明戸隆浩准教授は、「暴れるな朝鮮人」という表現が「ある民族集団が暴力性を持った危険な人たちだということを前提にしており、『やられる前にやってしまえ』と攻撃をあおる典型的なヘイトスピーチの枠の中にある」と指摘しています。しかし、大阪市の条例でヘイトスピーチと認定されなかった背景として、ヘイトスピーチ解消法や各自治体の条例に「穴」があることも指摘、「国内のヘイトスピーチ対策は、危害の告知▽著しい侮辱▽排除の扇動―の3類型を対象としているが、『ある属性に対する危険性の強調』というヘイトスピーチの類型が抜け落ちており、対策の穴が突かれた形」と見ています。明戸准教授は「対策の穴」を塞ぐことや、法律や条例を補完する「対抗言論」の必要性を説き、条例などは特に深刻なヘイトスピーチを適用の範囲としており、「制度に全てを任せるのは無理があるので、行政の首長や有力政治家が『許されない』と発信することが、総合的なヘイトスピーチ対策として意味を持つ」と指摘しています。

SNSで中傷されて2020年5月に亡くなったプロレスラー、木村花さん(当時22歳)の母響子さんが、インターネット上の誹謗中傷の防止や被害者支援を盛り込んだ条例の制定を佐賀県の山口祥義知事に要望しています。都道府県知事への要望は大阪府に次いで2カ所目となります。要望書は、ネットでの誹謗中傷により支援のない被害者が自死するケースがあるため、相談体制の整備など被害者支援や県民がネットリテラシー向上に努めることなどを盛り込んだ条例の制定を求めています。要望書を手渡した響子さんは「要望は相談窓口の設置や被害者支援、SNS教育。SNSで傷つく人、苦しむ人がいなくなってほしいので、できることは何でも積み重ねていきたい」と訴えています。本コラムでも取り上げている響子さんは2021年3月、NPO法人「Remember HANA」を立ち上げ、学校や家庭でのSNS教育推進を目指して活動しています。2022年1月には吉村洋文・大阪府知事へ条例制定を要望し、大阪府では4月に施行されました。なお、群馬県では2020年12月に同様の条例が制定されています。

ヤフーは、インターネットニュース配信サービス「Yahoo!ニュース」のコメント投稿欄に不適切な内容が投稿されるのを抑止するため、アカウント(会員)情報に携帯電話番号の登録がない場合は、書き込みができないようにするとの運用方針を発表しています。運用は11月中旬から実施するとしています。同社はこれまで継続して誹謗中傷対策を講じており、2019年には、アカウントを新規取得する際に携帯電話番号の登録を必須にしていますが、それ以前に取得したアカウントからは、投稿を続けることができる状態で、2022年1月の発表で、2021年10月に導入した誹謗中傷対策の結果、1日平均3.5件のコメント欄を非表示にしていると説明しています。なお、同社は、本件について、リリース文で以下のような説明をしています。

▼Yahoo!ニュース、コメント投稿において携帯電話番号の設定を必須化
「Yahoo!ニュース」は、ユーザーがニュースに関する多様な意見を共有しあい、新たな視点を得るきっかけを創出することを目的として、2007年からコメント欄を提供しています。「Yahoo!ニュース」では、誹謗中傷などの内容を含む投稿を禁止し、コメントポリシーに違反投稿の具体例をわかりやすく明示するなど不適切なコメント投稿の抑止に取り組んでいるほか、24時間体制の専門チームによる人的なパトロールやAIを駆使して、投稿されてしまった不適切なコメントの削除などの対策にも注力しています。また、不適切なコメント投稿の対策として、2018年6月より、不適切なコメントを繰り返し投稿したアカウントについては、それ以降の投稿ができなくなるよう「投稿停止措置」を行っています。さらに、「投稿停止措置」を受けたユーザーがYahoo!JAPAN ID(以下、ID)を新たに取得して不適切なコメント投稿を繰り返す行為を防ぐため、2020年10月より、過去に「投稿停止措置」を受けた携帯電話番号の所有者がIDを再取得した場合でもコメント投稿を制限するよう、対策を強化しています。Yahoo!JAPANでは、ユーザーの安全性・利便性向上のため、パスワード認証からパスワードレス認証(SMS認証、生体認証)への移行を推進しており、現在はIDの新規取得時に携帯電話番号の設定が必須になっています。その結果、IDのアクティブユーザーの約70%がSMS認証をはじめとするパスワードレス認証に移行しています。一方で、コメントの「投稿停止措置」を受けたユーザーにおいては、携帯電話番号の設定がないIDの割合が5割以上と高水準になっており、その背景として、「投稿停止措置」を受けたユーザーが別のIDを利用して不適切な利用を繰り返すケースが一因となっています。このため、携帯電話番号をもとにした「投稿停止措置」を確実に実施できるよう、今回コメント欄への投稿にあたり携帯電話番号の設定を必須化することを決定しました。コメント投稿における携帯電話番号設定の必須化は11月中旬より開始予定で、本日より事前告知を開始し、設定方法などをご案内しています。なお、現在生体認証をご利用のユーザーも、携帯電話番号を設定済みでSMS認証が有効であればそのままコメント欄をご利用いただけます。「Yahoo!ニュース」は今後も、「Yahoo!ニュース コメント」で投稿される多様な考えや意見によって、ユーザーがニュースに対する興味や多角的な視点を持つきっかけを提供するとともに、健全な言論空間を構築するために努めていきます。

総務省は、これまで主に青少年を対象として、インターネットトラブルの予防法などICT(情報通信技術)の利用に伴うリスクの回避を促すことを主眼に置いたICTリテラシー向上施策を推進していますが、ICTの利用が当たり前になる中、適切にICTを活用するためのリテラシーを身に付けるためには、ICTを活用するなどしながら、主体的かつ双方向的な方法により、オンラインサービスの特性、当該サービス上での振舞に伴う責任、それらを踏まえたサービスの受容、活用、情報発信の仕方を学ぶことが必要だとして、自分たちの意思で自律的にデジタル社会と関わっていく考え方である「デジタル・シティズンシップ」の考え方も踏まえつつ、これからのデジタル社会に求められるリテラシー向上推進方策を検討し、当面取るべき施策の柱を整理するためのロードマップを策定することを目指すことを目的に、「ICT活用のためのリテラシー向上に関する検討会」を設置しました。検討会では、主に、(1)デジタル社会において身に付けるべきリテラシーの在り方に関する事項、(2)今後のデジタル社会におけるリテラシーの向上推進方策に関する事項、(3)デジタル社会におけるリテラシーの向上推進方策の実施状況に関する事項について検討されるとしています。以下、第1回の配布資料から抜粋して引用します。

▼総務省 ICT活用のためのリテラシー向上に関する検討会(第1回)配付資料
▼資料1ー3 本検討会の検討事項等(事務局説明資料)
  • 幅広い世代におけるインターネットやスマホ利用の普及、ソーシャルメディア等の日常的な浸透、GIGAスクール構想による一人一台端末の実現など、ICTの利用が当たり前の時代に。
    • 主なメディアの平均利用時間(平日1日) 全年代及び10代~40代においてネットに費やす時間が最も長い。
    • いち早く世の中のできごとや動きを知るために最も利用するメディア 全年代及び10代~40代で最も利用するメディアはインターネット。
    • 【経年】主なソーシャルメディア系サービス/アプリ等の利用率(全世代) LINE、Twitter、Instagramは一貫して増加。LINEは90%超。
  • 多くのインターネット利用者が情報を収集・閲覧するプラットフォームサービス等のインターネット上で流通する情報には、誹謗中傷や偽・誤情報も含まれるなどの問題も顕在化。一因として、偽情報は、SNS上において正しい情報よりも早く、より広く拡散する特性があること等が指摘されている。
  • インターネット上の偽・誤情報への接触頻度
    • インターネット上のメディアにおいては、50%弱が月に数回以上、約30%が週に1回以上接触。
    • まとめサイトにおいては、約60%が月に数回以上、約40%が週に1回以上接触
  • インターネット上での偽・誤情報の拡散事例
    1. ワクチン不妊「誤情報」拡散29のSNS投稿が5万件転載 日本経済新聞(令和3年8月9日)
      • 新型コロナウイルスワクチンを否定する投稿がSNSで広がっている。日本経済新聞の調べでは、ワクチンが不妊につながるというTwitter上への投稿が1月から7ヶ月間で約11万件あり、その半数の5万件超がわずか29アカウントの投稿が発端だった。
    2. ウクライナ侵攻「ウソ」氾濫 SNSで拡散 読売新聞(令和4年3月19日)
      • 日本でもロシアによるウクライナ侵攻を巡り、ウソや真偽不明の情報が、日本国内のSNSユーザーの間にも広がっている。
    3. AI使い「静岡水害」とデマ画像、5600件以上拡散…投稿者は生成認める 読売新聞(令和4年9月27日)
      • 台風15号に関連し、静岡県内で住宅が水没したとする偽画像がTwitter上で拡散。9月26日未明に投稿され、27日午後6時時点で5,600件のリツイートがなされた。
  • 我が国における偽・誤情報に関する実態調査・分析結果によれば、
    • メディアリテラシーが高いほど偽・誤情報と気づく傾向。
    • メディアリテラシー・情報リテラシーが高いほど偽・誤情報を拡散しにくい傾向。
      1. コロナワクチン関連の偽・誤情報の真偽判断に対する効果
        • メディアリテラシーが1点上昇 ⇒偽・誤情報と気付く確率が12%増
        • 情報リテラシーが1点上昇 ⇒偽・誤情報と気付く確率が1.8%増
        • リテラシーが高いほど偽・誤情報と気づく傾向。特に「メディアリテラシー」はその相関関係が強い。
      2. コロナワクチン関連の偽・誤情報の拡散行動に対する効果
        • メディアリテラシーが1点上昇 ⇒偽・誤情報を拡散する確率が9%減
        • 情報リテラシーが1点上昇 ⇒偽・誤情報を拡散する確率が2%減
        • リテラシーが高いほど偽・誤情報を拡散しにくい傾向。特に「メディアリテラシー」はその相関関係が強い
  • これまでの総務省のICTリテラシー向上に向けた取組は、青少年を中心とした若年層を主な対象として、インターネットを活用する上でのトラブルへの予防法等、ICTの利用に伴う危険回避のための啓発が多く、講座を実施する場合は体育館での一斉講座など、知識偏重型で一方通行の講義形式が中心。ICTの利用が当たり前となる中、適切にICTを活用するためのリテラシーを身に付けるためには、ICTを活用するなどしながら、主体的かつ双方向的な方法により、オンラインサービスの特性、当該サービス上での振舞に伴う責任、それらを踏まえたサービスの受容、活用、情報発信の仕方を学ぶことが不可欠。
  • 子どもたちのインターネットの安全な利用に係る普及啓発を目的に、(一財)マルチメディア振興センター(FMMC)が児童・生徒、保護者・教職員等に対する学校等の現場での無料の「出前講座」を全国で開催。2021年度は、2,559件の講座を実施し、約40万人が受講。(2006年度開始以来、計27,107件実施、のべ約438万人が受講。)
  • インタ一ネット上の危険・脅威への対応能力及びその現状を定量的に評価するため、対応能力を数値化するためのテストを指標(ILAS:Internet Literacy Assessmentindicator for Students)として開発。高校1年生を対象に、ILASによるテストを2012年度より毎年実施。ILASによるテストでは、違法有害情報リスク、不適正利用リスク及びプライバシー・セキュリティリスクの3つの観点で対応能力を評価。
  • 子育てや教育の現場での保護者や教職員の活用に資するため、インターネットに係るトラブル事例の予防法等をまとめた「インターネットトラブル事例集」を2009年度より毎年更新・作成し公表。2022年3月31日に2022年版を公表。
  • 総務省において、偽・誤情報に関する啓発教育教材として「インターネットとの向き合い方~ニセ・誤情報に騙されないために~」とその講師用ガイドラインを開発し、本年6月に公表。
    • 対象者 若年層~成年層の幅広い年齢層を対象として作成。
    • 所要時間 60分程度の講義での実施を想定。
    • 形式 オンラインでも実施が可能な内容としており、編集が容易なパワーポイント形式にて公表することで、講師の裁量により事例等を追加することが可能。
    • 備考 講座を開催する講師向けに、講師用ガイドラインも用意。各スライドで話す内容を詳細に記載し、読み上げることで講座を実施可能。
  • 2021年3月、安心・安全なインターネット利用に関する啓発を目的とした新たなサイト「上手にネットと付き合おう!~安心・安全なインターネット利用ガイド~」を開設。全世代型のICTリテラシーに係る啓発サイトとして、未就学児・未就学児の保護者、青少年、保護者・教職員、シニアに向けたコンテンツを掲載。また、「SNS等の誹謗中傷」や「インターネット上の海賊版対策」といった「旬」のトピックを「特集」として掲載。イラスト等を用いて分かりやすく解説するとともに、パソコンだけでなくスマートフォンにも対応。
  • プログラミングを通じて、あらゆる分野でコンピューターが機能していることや現代社会の基盤となるシステムについて学ぶ機会とすることを目的として、地域で子供たちが住民とモノづくりやデザイン等をテーマに、プログラミング等ICT活用スキルを学び合う中で、世代を超えて知識・経験を共有する機会を提供。地域特性を活かしながら、様々なタイプのモデル実証を実施(平成30年度:23カ所、令和元年度:17カ所)。運営ノウハウや実施方法のモデル化を総務省HPで提供。
  • 新型コロナウイルス感染症により、「人と接触を避ける」オンラインでのサービスの利用拡大が求められている。しかし、高齢者はデジタル活用に不安のある方が多く、また、「電子申請ができること自体を知らない」等の理由によりオンラインによる行政手続き等の利用が進んでいない。このため、民間企業や地方公共団体などと連携し、高齢者等のデジタル活用の不安解消に向けて、全国の携帯ショップ等で、スマートフォンを経由したオンラインによる行政手続き等に関する「講習会」を実施
  • 近年、欧米では、個人が自分たちの意思で自律的にデジタル社会と関わっていくことを目指す「デジタル・シティズンシップ」の考え方に基づく取組が進められており、特に、コロナ禍でのICT利用の増大や偽・誤情報の増加を受けて、普及が進んでいる。
    1. 「デジタル・シティズンシップ」:自分たちの意思で自律的にデジタル社会と関わっていく考え方。
      • 「情報を効果的に見つけ、アクセス、利用、作成し、他のユーザーと共に、積極的、批判的、センシティブかつ倫理的な方法でコンテンツと関わり、自分の権利を意識しながら、安全かつ責任を持ってオンラインやICT環境をナビゲートする能力」(UNESCO)
      • 「デジタル技術の利用を通じて、社会に積極的に関与し、参加する能力」、「デジタル・シティズンシップは、コンテンツ作成や公開、交流、学習、研究、ゲームなどあらゆるタイプのデジタル関連の活動を通じて表現できる。」(欧州評議会)
    2. デジタル・シティズンシップの考え方を踏まえた取組事例
      • 欧州: The Digital Competence Framework for Citizens (欧州委員会による、市民のICT活用に必要な能力を示した文書。)
        1. 情報とデータに関するリテラシー
          • 情報のニーズを明確にし、デジタルデータ、情報、コンテンツを探し出し、取得する。情報源とその内容の妥当性を判断する。デジタルデータ、情報、コンテンツを保存、管理、整理する。
        2. コミュニケーションと協働
          • 文化的な多様性と世代的な多様性を認識した上で、デジタル技術を通じた交流、コミュニケーション、協働を行う。公共及び民間のデジタルサービスや参加型のシティズンシップを通じて社会に参加する。自らのデジタル・アイデンティティと評判を管理する。
        3. デジタルコンテンツの創作
          • デジタルコンテンツの創作と編集を行う。著作権と利用許諾がどう適用されるかを理解した上で、情報やコンテンツを改善し、既存の知識体系に統合する。コンピュータシステムに対して通用する指示の出し方を知る。
        4. 安全
          • デジタル環境において機器、コンテンツ、パーソナルデータ、プライバシーを保護する。身体的な健康と心理的な健康を守るとともに、社会的な幸福と社会的包摂を目的とするデジタル技術を認識する。デジタル技術とその利用が環境に与える影響を認識する。
        5. 課題解決
          • デジタル環境におけるニーズや課題を特定し、概念的な課題や課題に関する状況を解決する。プロセスや製品を革新するためにデジタルツールを用いる。デジタルの進化に常に遅れないようにする。
  • 米国:コモンセンス・エデュケーション(米国の非営利団体「コモンセンス財団」とハーバード大学大学院「Project Zero」との提携により、幼稚園から高校生までの年代別に、以下の6領域のデジタル・シティズンシップを学ぶための多数の講座を無料で提供。)
    1. メディアバランスと幸福
      • 自身のデジタル生活でのメディア利用のバランスを考える
    2. プライバシーとセキュリティ
      • 皆のプライバシーに気をつける
    3. デジタル足跡とアイデンティティ
      • 我々は誰なのか定義する
    4. 対人関係とコミュニケーション
      • 言葉と行動の力を知る
    5. ネットいじめ、オンラインのもめごと、ヘイトスピーチ
      • 親切と勇気
    6. ニュースとメディアリテラシー
      • 批判的思考と創造
  • 検討の視点(案)
    1. 今後のデジタル社会におけるリテラシー向上推進方策検討の進め方
      • 「デジタル・シティズンシップ」の考え方を踏まえつつ、これからのデジタル社会において求められるリテラシーとして、どのリテラシー領域※を議論すべきか。その際、どのような順序で議論すべきか。※例として、欧州委員会の市民のICT活用に必要な能力を示した文書では、以下の5領域を細分化し、21の能力分類を定義。「情報とデータに関するリテラシー」「コミュニケーションと協働」「デジタルコンテンツの創作」「安全」「課題解決」
      • ステークホルダーを明確化し、各ステークホルダーの課題に基づいたリテラシー施策の検討が必要ではないか。
      • リテラシーを習得する対象者は誰か。対象者を考える上でのセグメントにはどのようなものがあるか。
    2. リテラシー向上推進方策の推進に当たり参照可能な指標等の在り方
      • リテラシーに関する指標等について、海外の先行事例を参照する場合、我が国において盛り込むべき要素は何か。
      • また、指標に係る海外事例は広範であることから、検討すべきリテラシー領域を設定する必要があるのではないか。
    3. リテラシーを習得するためのコンテンツの在り方
      • 全世代に必要なコンテンツのひな形の検討が必要ではないか。
      • セグメントに応じた、コンテンツのひな形のアレンジ方法はどのようなものが考えられるか。
    4. リテラシーを習得する場や方法の在り方
      • オンライン上で学ぶ場を設定する必要があるのではないか。そのような環境整備のために現状のリテラシー教育と比べて必要なことは何か。
      • 世代横断の学び合いを実現するためにはどうすればよいのか。
    5. リテラシーを教える側の人材育成
      • どのようなコンテンツや場により、人材育成を行うのか。既存の取組(e-ネットキャラバンなど)は活用できないか。
      • 人材育成のためのコンテンツはどのように作成すべきか。

約半年間にわたる曲折を経て、テスラCEOのイーロン・マスク氏による米ツイッターの買収が完了しました。マスク氏については、言論の自由・表現の自由を重視していることが知られていますが、一方で、ツイッターはすでに情報基盤としての公共的役割を担うプラットフォーマーであり、公共性とのバランスをどうとっていくかが注目されています。この点についての最近の報道から、いくつか抜粋して引用します。

Twitterの公共的役割に十分配慮を(2022年11月4日付日本経済新聞)
政治指導者から庶民まで世界で数億人が情報を受発信する公共性の高い情報基盤の全権を一個人が握った。個人や広告主企業にはその危うさへの懸念が広がっている。運営次第で偽情報や憎しみをあおる書き込みであふれ、人々が安心して使える情報基盤として成り立たなくなる危険がある。マスク氏はツイッターが世界の多くの人と社会にとって重要なインフラである事実を十分認識し、思慮深く運営してほしい。マスク氏は「言論の自由の絶対主義者」を自任し、ツイッターのコンテンツモデレーション(不適切な投稿の監視・削除)の縮小を買収の目的に挙げてきた。トランプ前米大統領のアカウントについて、虚偽情報を流布し、議会襲撃を扇動したとして永久凍結した決定にも異を唱えてきた。だが、民主主義社会が依拠し標榜する言論・表現の自由は、どんな形の言説の流布も放任するということでは決してない。ネット上かどうかを問わず、差別をあおったり、ウソによって他人を誹謗中傷したりする言動は許されない。世論を操作するために偽情報を広く流布するような行為も倫理に反し、守るべき言論に含まれない。フェイスブックなどのソーシャルメディアは近年、まさにそのような有害情報の横行に悩まされてきた。そこで各社が取り組んできたのがコンテンツモデレーションだ。有害か否かの線引きは極めて難しいものの、ツイッターを含む各社は試行錯誤しながら一定の成果を上げてきた。マスク氏はそんな努力を全否定するのではなく、様々な発信の自由と健全性の最適バランスを探る改善を継続すべきだ。買収成立後マスク氏は公民権団体など幅広い利害関係者から成る「監督評議会」を設け、その指針に基づいてモデレーションの方針を定めると発表した。歓迎すべき決定であり、実際の運営でも評議会の判断を生かしてほしい。気になるのは収支改善のために従業員を大幅に削減するとの報道だ。有効なモデレーションには人手がかかる。一方で収益モデルの確立は同社の長年の課題だったのも事実だ。マスク氏には言論空間の公共性と収益性を両立できる経営手腕を期待したい。
米中間選、SNS各社がニセ情報対策に注力…候補なりすましや憎悪・暴力あおる投稿削除(2022年11月5日付読売新聞)
8日に投開票される米中間選挙を前に、SNSを運営するプラットフォーム企業が偽情報対策に力を入れている。偽情報が蔓延して選挙結果を左右することになれば、民主主義の根幹を危うくし、企業の社会的責任も厳しく問われかねないためだ。フェイスブック(FB)やインスタグラムを運営する米メタ、米ツイッター、米グーグル傘下の動画投稿サイト「ユーチューブ」は8~9月、中間選挙に向けて偽情報の拡散を防ぐ取り組みを相次いで発表した。メタは数百人規模の対策チームを設置しており、今年1~3月にはFB上で、憎悪をあおるような選挙関連の投稿約250万件を削除したことを明らかにした。選挙結果の正当性に根拠なく疑問を投げかけるような広告も掲載しない。ツイッターは、上下両院と州知事選の候補者のプロフィルページと全てのツイートについて、正式な候補者と認証したことを示す特別なラベルが表示されるようにした。なりすましを防ぐのが目的だ。候補者に関する偽情報についても厳しく監視する方針を示している。ユーチューブは、中間選挙に関する検索に対し、報道機関による信頼性の高い動画が表示されるようにした。投票所に押しかけて、投票を妨害することを呼びかけるような暴力をあおる動画も削除している。各社が取り組みを強化しているのは、過去の教訓からだ。2016年大統領選では、ロシア人のグループがSNSを通じて偽情報を発信して物議を醸し、社会の分断をあおった。20年大統領選では、バイデン大統領の勝利に対し、「選挙で不正があった」との主張がSNS上で広がり、混乱を深めた。ただ、各社が様々な対策を講じても、全ての偽情報を排除できないのが実情だ。米紙ニューヨークタイムズによると、「ペンシルベニア州では郵便投票を受け付けない」との偽情報がツイッターに投稿され、既に拡散した。ツイッターは、米テスラのイーロン・マスクCEOに買収されたことで、今後の動向が注目されている。マスク氏は「言論の自由」を強く主張し、ツイッターの投稿監視に不満を示している。問題のある投稿への制限を緩めたり、永久停止となっているトランプ前大統領のアカウントを復活させたりする可能性も取り沙汰されている。SNS上の偽情報に詳しい米ミシガン州立大のアンジャナ・スサーラ教授は「SNSは公共性の高い情報インフラ(社会基盤)で、運営するプラットフォーム企業の責任は重い。偽情報対策を継続的に改善する必要がある」と話している。
「言論の自由」盾にするマスク氏 振り回されたツイッターの行方(2022年10月29日付毎日新聞)
世界一の富豪、イーロン・マスク氏がツイッターを振り回す「劇場型買収」がようやく完了した。世界で1日当たり2億人超が利用する影響力の大きい情報発信プラットフォーム。「言論の自由」を盾に投稿規制を否定し、過激な言動で当局からにらまれるマスク氏は、今後ツイッターをどう運営していくのか。…ツイッターは一般市民に加え、各国首脳や政治家、財界人なども利用するプラットフォームとして半ば公的な性格を帯び始めている。虚偽情報やヘイトスピーチを防ぐには運営サイドによる投稿規制が不可欠だが、マスク氏は「言論の自由」を盾に規制反対の立場をとってきた。SNS業界では「マスク氏の買収後、ツイッターが『何でもあり』の無法地帯に変わってしまうのでは」との懸念が出ている。マスク氏は10月27日、買収目的について「さまざまな信念を健全に議論できるデジタル広場が必要だからだ。ツイッターを何でもありの地獄絵図にすることはあり得ない」と、適切な投稿規制を続ける考えをツイートした。「世界で最も尊敬され企業のブランド価値を高める広告プラットフォームを目指す」と売上高の9割を占める広告事業を重視する方針も明記し、SNSとしての健全性を保つ考えをアピールした。ただ、マスク氏は「言論の自由絶対主義者」を自称するなど過激な発言を重ねてきた。ツイッター社員を含め関係者の警戒は根強く、不安払拭は容易ではなさそうだ。欧米当局の動きも波乱要因だ。買収完了後にマスク氏が「鳥(ツイッターのロゴ)は解き放たれた」とツイートすると、EU欧州委員会のブルトン委員が早速「欧州ではルールに従って飛んでもらう」とリツイート。巨大IT企業に違法コンテンツの排除を義務付けるEU規則を順守するようクギを刺した。マスク氏は10月上旬、「ウクライナが勝利する可能性は低い」としてロシアとの停戦を呼びかけるツイートをして世論の猛反発を浴びた。さらに自らが率いる宇宙企業「スペースX」の衛星通信サービス「スターリンク」のウクライナへの無償提供を中止する可能性を示唆して1日で撤回するなど、米当局の神経を逆なでする言動をとっている。マスク氏は重要な財務情報の開示を巡って米証券取引委員会と衝突するなど、以前から当局と対立している。民間企業同士の買収手続きは完了したが、当局から横やりが入る可能性が残っている。…マスク氏は9月時点で総資産2510億ドル(約37兆6500億円)の大富豪であり、買収資金や違約金など問題にならないようにも見える。一連のマスク劇場について大手金融関係者は「富豪の気まぐれに皆が振り回された感がある」と述べた。
マスク氏、Twitter投稿管理に監督組織設置へ 経営着手(2022年10月29日付日本経済新聞)
米ツイッターを買収した米起業家のイーロン・マスク氏は28日、同社のSNSコンテンツモデレーション(不適切な投稿の監視・削除)を監督する評議会を設置すると明らかにした。有力アカウントの停止や復活などの重大な判断にあたって有識者らの意見を取り入れ、客観性を保つ狙いとみられる。27日に買収手続きを完了してツイッターの経営権を握ったマスク氏がまず着手したのが、投稿管理の仕組みの再構築だった。28日、自らのアカウントへの投稿のなかで「ツイッターは広く多様な視点を持つコンテンツモデレーション評議会を結成する」と述べた。メンバー構成等は明らかにしていない。マスク氏はツイッター上のコンテンツモデレーションが行き過ぎであるとの問題意識から同社の買収に乗り出した。買収後は投稿管理を極力なくす方針を示していたが、28日付のツイートでは「評議会が招集されるまでコンテンツに関する重大な決定や、アカウントの復活が行われることはない」と述べた。米ゼネラル・モーターズ(GM)は28日、マスク氏個人の傘下に入ったツイッターの新たな方向性を評価する間、同社のSNSへの広告出稿を一時停止したと明らかにした。ツイッターの広告主の間では野放図な投稿が放置されてSNSが荒れる事態への警戒感が高まっている。他の企業にも同様の動きが広がる可能性がある。

筆者注:その後、この動きは拡がりを見せており、2022年11月4日付読売新聞は、「米紙WSJは3日、米製薬大手ファイザーや独自動車大手アウディなどがツイッター向けの広告を一時停止したと報じた。米テスラのイーロン・マスクCEOによる買収で、問題のある投稿が放置されることを懸念しているという。すでに米自動車大手GMも広告を一時停止したと報じられている。マスク氏は投稿内容の監視方針を見直すとみられており、企業が広告をいったん取りやめる動きが広がる可能性がある」と報じています。

ツイッター買収、米中間選挙巡る誤情報拡散懸念も(2022年10月31日付ロイター)
米企業家イーロン・マスク氏によるツイッターの買収により、中間選挙を11月8日に控えた米国で選挙に関する大量の誤情報が解き放たれるのではないか、との懸念が生じている。マスク氏は、言論の自由の「絶対主義者」を自称し、ツイッター上の言論規制を緩めると宣言している。ツイッターはここ数年、危険な偽情報、もしくは差別的投稿と見なされるコンテンツの制限に力を入れてきた。マスク氏は27日、ツイッターの広告主らに対する文章で「何もかも自由で、無責任に何でも言える地獄のような場所にはなりようがない」と表明。「非常に多様な見解を持つコンテンツモデレーション(投稿監視)評議会」を設置すると発表し、懸念の払拭に努めた。だが、マスク氏はこれまで、ツイッターがトランプ前大統領のような人物のアカウントを恒久的に凍結したことに疑問を呈してきた。…マスク氏は過去に、ツイッターの投稿監視方針も批判していた。同氏が計画する大規模な人員削減により、ツイッターは投稿監視の能力をそがれる恐れもある。マスク氏は27日の買収完了後、「鳥は放たれた」と投稿した。…一部の候補者が選挙結果を受け入れず、不正が行われたと叫ぶような事態になれば、ツイッターが偽情報の増幅に手を貸す恐れがある。共和党側は、多くのソーシャルメディア・プラットフォームが民主党寄りに偏っていると主張してきた。共和党の政治家を含む多くの保守系アカウントは28日、マスク氏の買収を歓迎するツイートを行った。民主党側は、ツイッターが規制しなくなれば、トランプ氏支持者らが極右的見解や選挙不正に関する偽情報をどんどん投稿するようになると懸念している。ツイッターは、何年も前から政治的主張を展開するツールとして主要な役割を果たしてきた。しかし、誤情報や意図的な偽情報の拡散に手を貸し、民主主義の原則を損なうとともに、国外からの選挙介入手段を提供してきたとの批判も同時にある。
ツイッター社3700人解雇…従業員の半数 偽情報監視 影響恐れ(2022年11月6日付読売新聞)
米紙ニューヨークタイムズは4日、ツイッター社の従業員半数が解雇されたと報じた。ツイッターを買収した米テスラのイーロン・マスクCEOによる大規模な人員削減で、問題投稿の監視に影響が出る恐れもある。同紙によると、解雇されたのは従業員約7500人のうち、3700人。投稿監視を強化するため、2017年末の約3300人から2倍以上に増やしていた。マスク氏は4日、「毎日400万ドル(約6億円)以上の損失が出ている。残念ながら選択の余地はない」とツイートし、理解を求めた。電子メールで通知された人もいる模様だ。解雇された元従業員らは4日までにツイッター社を相手取り、未払い賃金を請求する訴訟をカリフォルニア州の裁判所に起こした。事前告知がなく、法律に違反しているとしている。米国は中間選挙の投開票を8日に控えており、偽情報が広がって選挙結果を左右することも懸念される。米大手企業がツイッターへの広告を停止する動きも出てきた。マスク氏はツイートで、「活動家が広告主に圧力をかけたせいで、収益は大幅に悪化した」と不満を示した。
国連、Twitterの誤情報対策後退を懸念 人員削減余波(2022年11月6日付日本経済新聞)
米ツイッターが大規模な人員削減を実施した余波が続いている。国連のトゥルク人権高等弁務官は5日、同社の経営権を握ったイーロン・マスク氏に誤情報の規制などが後退することへの懸念を伝えた。バイデン米大統領も同日までに偽情報が広がることへの不安を表明し、懸念の解消が喫緊の課題になっている。トゥルク氏はマスク氏に宛てた書簡で、ツイッターが社員を半減する際に人権などを担当する部門の社員を全員解雇したとの一部報道を引用し、「幸先のよいスタートではない」と指摘した。そのうえで人権を経営の中心に据え、誤情報の拡散防止や利用者のプライバシー保護の徹底を求めた。

米東部コネティカット州の州裁判所の陪審は10月12日の評決で、2012年に同州のサンディフック小学校で児童ら26人が殺害された事件は「政府のでっち上げだ」との陰謀論を唱えて遺族らを中傷したとして、極右のウェブサイト「インフォウォーズ」の運営会社やサイト創設者のアレックス・ジョーンズ氏に計約9億6500万ドル(約1417億円)の賠償を命じています(2022年8月には南部テキサス州の裁判所の陪審もジョーンズ氏に対し、約4930万ドルの損害賠償を別の遺族に支払うよう命じています)。サイト側は上訴する方針だということです。トランプ前大統領とも親しいジョーンズ氏は銃撃事件の直後から「政府が銃規制強化への支持を得るために筋書きを作り、でっち上げた」、「遺族は役者が演じている」などと主張、遺族側は「数年間にわたって、ジョーンズ氏の主張に同調する人たちから脅迫や嫌がらせを受けてきた」と訴えていたものです。陪審は評決で、名誉毀損や精神的苦痛の賠償を命じています。ジョーンズ氏は、12日は出廷せず、インフォウォーズが配信した動画で「すべて出来レースだ。滑稽だ」などと述べており、遺族の一人は評決後に「インターネット上での行動には結果が伴う」と語っています。ジョーンズ氏は別の訴訟で「事件は100%本当にあった」と認めた上で、自ら支払える賠償金の上限額は「200万ドル程度だ」と主張、一方、経済学者は「ジョーンズ氏やサイト運営会社には最高2億7000万ドルの資産価値がある」と法廷で証言しています。

トルコ国会は、「偽情報」を拡散した者に最大3年の禁錮刑を科す法案を可決、ジャーナリストのほかSNSも規制対象となり、言論の自由の侵害が加速する恐れが懸念されています。法案はエルドアン大統領が提案し、同氏が党首の「公正発展党」(AKP)など与党側が賛成しており、2023年6月に大統領選と国会選が迫るなかでエルドアン氏とAKPは支持率が伸び悩んでおり、批判を封じる狙いも指摘されています。報道によれば、法案は、虚偽の情報をネット上で拡散し、治安への不安を増幅したり公共の秩序を乱したりした者は1~3年の禁錮刑を科すとの内容で、最大野党「共和人民党」(CHP)などは、法案は「虚偽」の定義が明確でなく、司法が反体制派の締め付けに乱用する恐れがあるとして反発しています。また、トルコも加盟する人権監視機関、欧州評議会の委員会は、禁錮刑の規定は「自己検閲が増える」と懸念を表明しています。エルドアン政権は2016年に起きたクーデター未遂の後、報道機関の弾圧を強化、大手を含む多数のメディアが閉鎖に追い込まれ、報道機関の9割は政府の統制下にあるとされます。エルドアン政権はイスラム色の濃い政策を推進して世俗的な国民の反発を招いており、さらには、低金利政策を続けた結果、トルコの通貨リラは急落して深刻なインフレに見舞われており、国内で不満が高まっています。

(8)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

インドが中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)として「eルピー」の導入計画を進めています。報道によれば、2023年にも試験導入が始まる見通しだということです。デジタル決済の世界的な潮流に乗る狙いがあるといいますが、インドは(日本同様)伝統的に現金決済の依存度が高く、普及には課題も多いと見られています。インド準備銀行(中央銀行)は、2023年3月末までにeルピーを「試験的に導入する」と公表する一方、本格導入の時期は示していません。eルピーは銀行口座を保有していなくても携帯電話があれば利用できるとされ、ビットコインのような暗号資産(仮想通貨)とは異なり、中央銀行によって管理する方針のCBDCで、商業銀行の現金などと自由に交換できる」ことになるものです。インドが導入に動くのは、コロナ禍を受け「Paytm」や「グーグルペイ」などのデジタル決済サービスが急速に浸透していることが要因の一つとされ、2021年度のデジタル決済の件数は前年比64%増の約720億件となったといいます。また、eルピーのようなデジタル通貨(CBDC)はこれまでバハマやジャマイカなど11カ国が立ち上げ、中国、韓国、ロシア、サウジアラビアなどでは試験運用を実施しており、インドとしては「この流れに取り残されたくない」といのが本音かもしれません。

英財務省のアンドリュー・グリフィス・金融街シティー担当次官は、英国独自のデジタル通貨(CBDC)の発行を長期にわたり先送りすれば、金融・経済問題に発展するとの見解を示しています。同省とイングランド銀行(中央銀行)はデジタルポンドの検証を共同で行っており、2022年内に意見公募を行う予定としています。報道によれば、同氏は議会で「英国が独自のデジタル通貨を発行することを無期限に先送りした場合、地政学的に非常に大きな懸念が生じる。他の国は発行するだろう」と述べています。民間企業や外国がデジタル通貨を打ち出し、英国がこの領域に参入を見送れば、マクロ経済政策だけでなく個別取引の規制能力という点で「かなり難しい結果につながる可能性がある」と訴えています。インド同様、英国としても「この流れに取り残されたくない」という本音かと思われます。一方、米連邦準備理事会(FRB)のウォラー理事は、米国でのCBDC創設はドルの長期的な地位にとって重要ではないとの認識を示しています。ハーバード・ナショナル・セキュリティー・ジャーナルが開催したイベントで講演し、デジタルドルはドル建て決済よりも重要な利益をもたらさないだろうと指摘、とりわけCBDCの導入にはサイバーセキュリティの脅威など追加のリスクが伴うためだと語っています。報道によれば、同氏は「世界経済や金融システムにおける米国の役割に影響を与えるとは考えていない」と述べ、デジタルドルに関する議論は金融安定性や決済システムの革新、金融包摂に焦点を当てるべきだと提案しています。一方、米NY連銀の市場部門責任者、ミシェル・ニール氏は、CBDC「デジタルドル」について、為替取引の決済時間を短縮するのに有望だと連銀は認識していると述べています。CBDCに関して何らかの差し迫った動きがあるとは述べていませんが、連銀の研究でCBDCが金融システムの主要部分にどのような恩恵をもたらし得るのかが特定できたと説明しています。また、同氏は、外国為替のスポット取引は越境決済において重要で、より長期で複雑な取引の基礎をなしているとした上で、こうした取引の決済には2日程度かかるため「改善の余地がある」と指摘、一方、デジタルドルの研究では平均10秒未満で決済が可能であることが示されたと明らかにしています。さらに、同じくNY連銀のNYイノベーション・センターのディレクターであるゼロウィッツ氏は、ニール氏の発言後にNY連銀が発表した報告書で、第1段階の取り組みによって「重要な決済インフラの近代化におけるブロックチェーン技術の有望な応用が明らかになったほか、米国から見た貨幣と決済の将来に関するさらなる研究開発への戦略的発射台を提供した」との見解を示しています。一方で、報告書では、今回の発見は完全なCBDC導入を示唆するものではなく、「特定の政策結果の進展を意図していない」としています。米国では、「取りこされない」よう取組みを行いつつも、いまだCBDCの導入に対して慎重な意見が多いといえます。

日本においては、クレジットカード大手のJCBが、将来的な中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)の導入を見越し、民間企業としてインフラ面の実証実験を2022年中にも始めるとしています。ご存知のとおり、CBDCは日本銀行のような各国の中央銀行自身が発行を検討するデジタル通貨であり、民間が発行するデジタル通貨以上に安全性や信頼性が厳しく求められることになります。日本でもCBDCの発行となれば、クレジットカードのような民間インフラ整備が必要となるといえます。JCBが実験で重視するのは、通信が途絶えても確実に利用できるかどうかで、まず都内の飲食店の協力を得て、JCB社員らが実験に参加、ブロックチェーン(分散型台帳)技術を使った疑似的なCBDCを用意し、一般的なカードと店舗にあるクレカ向けのタッチ決済システムで問題なく使えるかを確かめるとしています。さらに、災害やシステムトラブルが起きた時の利用も想定し、課題を検証するとしています。同社はリリースで、以下のような説明をしています。

▼JCB、IDEMIA と Soft Space とCBDC 向けの決済ソリューションの実証実験 「JCBDC™」プロジェクトを開始
現在世界各国にてCBDCに関する検討や実装が進みつつあり、日本でも、日本銀行がCBDCの検討および実証実験を行っております。今後「一般利用型CBDC」が導入される際、既存の決済インフラとの融合や、スマートフォンを利用しない層(高齢の方やお子様など)も含めた幅広いユーザーにとってフレンドリーな環境の提供などが課題です。これらの課題を解決することで、利用者およびCBDC取扱店舗の双方にとって利便性の高い決済インフラを提供することが重要になります。そこでJCBは、IDEMIA・Soft Spaceとの協業により、既存のクレジットカードの決済インフラをそのままCBDC向けに開放すること、カード形状のCBDC向けユーザーインターフェースを提供することの2点につき、技術的可能性の検討を進めて参りました。今般技術的な実現の目処が立ったため、3社共同で決済ソリューションの開発および実証実験「JCBDC」プロジェクトを行うこととなりました。※JCBDCはJCBによる造語で、「Japan CBDC」(日本の CBDC)と「JCB Digital Currency」(JCBによるデジタル通貨向けソリューション)を表しております。また、今回開発・実証する決済ソリューションとして、以下の3つの機能からなるソリューションを開発するとしています。

  1. JCBの提供するタッチ決済インフラの活用
    • JCBのタッチ決済(JCBコンタクトレス)をそのまま利用可能となるよう、取扱店舗の決済インフラ、ご利用者のインターフェースを構築いたします。
    • なお、取扱店舗の決済インフラは、Soft Spaceの持つスマートフォンを非接触決済端末として利用する「Tap on Mobile(※)」を利用いたします。※Tap On Mobile とは、加盟店様が市販のAndroid版スマートフォンやタブレットにCARDNETが提供する「Tap On Mobile」アプリケーションをインストールすることで非接触決済が利用可能となるものです。
    • 今回の実証実験ではタッチ決済を活用いたしますが、将来的にはQUICPay™やQUICPay+™などモバイル決済でおなじみのソリューションや、JCBの提供するQRコード・バーコード決済ソリューション Smart Code™(スマートコード)の活用も検討して参ります。
  2. CBDC向けのカード提供
    • スマートフォンをご利用されない方であってもCBDCをお使いいただけるように、カード形状のCBDC向けインターフェースをご提供いたします。
    • カード形状インターフェースは、JCBの提供するタッチ決済機能を有しており、簡単・便利にご利用いただけます。
    • 将来的にはQUICPay、QUICPay+を用いたカード形状のインターフェースや、同じくタッチ決済、QUICPay、QUICPay+、Smart Codeなどを用いたスマートフォン利用によるインターフェースの提供も検討して参ります。
  3. 疑似的なCBDC取扱環境の構築
    • CBDCには、アカウント方式とトークン方式の2種類が存在しますが、今回はブロックチェーン上にバリュー管理機能を構築するトークン方式を採用し、独自に疑似的なCBDC環境を提供いたします。
    • そのうえで、利用者およびCBDC取扱店舗がそれぞれの保有するCBDC残高を確認するための照会インターフェースを提供いたします。

海外の企業もCBDCの導入に向けたインフラづくりに乗り出しており、米ビザはCBDCや暗号資産の一種であるステーブルコインなどの相互交換を可能にする「UPC」構想を公表しています。国内企業ではJCBが大きく先行しており、既存の決済インフラやプラスチックカードを使った実証実験は世界的にも珍しいといいます。デジタル通貨が普及すれば、加盟店のコスト削減にもつながります。経済産業省によると現金決済の維持費は年間2兆8千億円で、紙幣・貨幣の製造費に660億円、ATMの設置や運用に9500億円、店舗で決済する際の人件費などに1兆7千億円かかると推計しています。

暗号資産のビットコインを法定通貨に採用した中米エルサルバドルを支援するカナダ出身の起業家サムソン・モウ氏は日本経済新聞の取材に対し、「ビットコインは非課税の国で通貨として普及するだろう」と述べています(2022年10月21日付日本経済新聞)。また、足元で大幅に下落している価格は長期では安定するとの見方を示しています。同氏はブロックチェーン技術開発を手掛けるカナダのブロックストリームの最高戦略責任者(CSO)としてエルサルバドルのビットコイン計画を支援してきました。2022年3月にブロックストリームを退職し、新興企業JAN3を立ち上げて国家のビットコイン活用の支援に専念しています。一方で「最終的には法定通貨にしなくても、ビットコインの値上がりによる利益に課税しない国では普及する」という見通しも示しました。「金などの資産は本来、国家の裏付けを必要としていない。ビットコインは、将来は金のデジタル版といった存在になり、国家が外貨準備という位置づけで保有するようになるだろう」と述べた。ただ同氏のシナリオ通りにビットコインが恩恵をもたらすかは不透明な状況にあります。本コラムでもたびたび取り上げているとおり、国際通貨基金(IMF)はビットコインを法定通貨にしたエルサルバドルに反発し、同国が13億ドル(約1900億円)の新たな融資を受ける交渉が停滞しています。同国は総債務残高が国内総生産(GDP)の9割に迫り、米格付け会社は信用格付けをデフォルト(債務不履行)の一歩手前まで引き下げています。ビットコインの価格は足元で2万ドルを下回り、直近のピークである2021年11月に比べて7割低い水準で推移、米金融引き締めの影響で価格が下落しているものの、これまでの乱高下の経緯を踏まえて将来に対する楽観的な見方を変えていないビットコイン推進派も多いと見られています。

暗号資産を巡る規制の強化やその検討が、国内外で急速に進んでいます。

G20の金融監督当局でつくる金融安定理事会(FSB)は、暗号資産に関する初の国際ルールを提言しています。銀行と同じ活動に従事する暗号資産会社に銀行と同様の資本の確保を義務付けるなど、9つの提言を加盟国に行っています。FSBの議長を務めるクノット・オランダ中央銀行総裁はG20財務相・中央銀行総裁会議に宛てた書簡で、暗号資産が急落し「冬の時代」を迎えていることについて、構造的な脆弱性が改めて浮き彫りになったと指摘、暗号資産は金融の安定を脅かすほど大規模ではないが、今後見込まれる回復を管理するルールが必要だと主張しています。FSBは、監視の枠組みの導入、暗号資産会社のリスクとデータの管理、経営が悪化した暗号資産会社の円滑な破綻処理計画を提言、暗号資産の規制には国境を越えた一貫性が必要だと主張しています。基本原則として、暗号資産会社、銀行、決済サービス事業者を問わず、同じ活動には同じ規制を適用することを提唱、このため、暗号資産会社が一部の機能を分離する必要が生じる可能性があると指摘しました。また、FSBはステーブルコインの規制指針も見直しており、ドルに連動するよう設計されたステーブルコイン「テラ」が2022年5月に急落したことについて、損失リスクの高さや、安定化メカニズムを欠いたステーブルコインの潜在的な脆弱性が浮き彫りになったと指摘、既存の大半のステーブルコインはFSBの指針を満たしていないとし、ステーブルコインのガバナンスと安定化メカニズムの強化、償還権の明確化・強化に向け指針を修正することを提案しています。また、FSBは、CBDCに関する国際会議を2023年3月までに開催すると発表しています。国際通貨基金(IMF)、世界銀行との共催で、CBDCの普及に向けて新興国・途上国に技術支援も行う方針としています。デジタル技術の発展を背景に中国や米欧でCBDCの導入検討が急速に進んでおり、国際会議の開催を急ぐ必要があるとされました。

▼金融庁 金融安定理事会による暗号資産関連の活動に関する国際的な規制等に係る市中協議文書の公表について
▼プレスリリース
  • 金融安定理事会(FSB)は本日、暗号資産関連の活動に関する国際的な規制の枠組みについての提案を公表した。本枠組みは主として以下の提言から構成される。
    1. 暗号資産関連の活動・市場に対する規制・監督・監視アプローチの一貫性・包括性を促進し、国際的な協調・連携そして情報共有を強化する勧告
    2. 関連する金融安定へのリスクに、より効果的に対処するための、「グローバル・ステーブルコイン」の規制・監督・監視に関するハイレベルな勧告の見直し
  • 提案された勧告は市中協議のために公表された。これらは「同じ活動・同じリスクには同じ規制を適用する」との原則に基づいている。すなわち、暗号資産とその仲介者が伝統的な金融セクターにおける商品とその仲介者と同等の経済的機能を果たしている場合、それらは同等の規制の対象となるべきである。規制はまた、暗号資産が持つ新しい特徴と固有のリスクを考慮に入れ、暗号資産エコシステムと伝統的な金融システム間の相互連関の高まりがもたらし得る潜在的な金融安定リスクに対処しなければならない。
  • ステーブルコインのような、決済手段並びに/あるいは価値貯蔵手段として広く使われ得る暗号資産は、金融安定に重大なリスクをもたらし得るため、高い規制水準が適用されなければならない。提案された「グローバル・ステーブルコイン」の規制・監督・監視に関するハイレベルな勧告の見直しは、利用者の償還権と、頑健な価値安定メカニズムに関する要件を強化している。
  • 2つの勧告は、ステーブルコインとより広い暗号資産エコシステム間の相互連関を反映し、密接に関連している。それぞれ独立した文書として作成されているものの、こうした相互連関に照らして両者が一体となって機能すること、そして両者で同じ課題・リスクの取扱いが一貫していることが企図されている。

本コラムでも紹介しましたが、暗号資産を使った脱税を防ぐため、OECD(経済協力開発機構)は、各国の税務当局が暗号資産の取引情報などを共有する新たな枠組みを作るとしています。各国は暗号資産の交換業者らに対し、取引情報を税務当局に報告することを義務づけ、他国の当局とその情報を交換、情報を共有し、暗号資産を使った課税逃れを把握するものです。OECDは2014年に、国外の金融口座を利用した資産隠しや課税逃れを防ぐため、各国の税務当局が、居住者でない人が自国に持つ口座の残高や利子・配当の受取総額などを自動交換する仕組み(CRS)を提唱しています。2021年11月時点で104か国・地域が年1回、情報を交換しており、暗号資産でも同様の取り組みを進めるものとなります。

「AML/CFTを巡る最近の動向の項でも取り上げましたが、」政府は、マネー・ローンダリングの対策強化を狙った6つの改正法案を国会に提出しています。そのうち、犯罪収益移転防止法では、暗号資産交換業者同士の顧客情報の共有を義務付け、銀行並みの規制で犯罪者による資金移動を追跡しやすくする規制(トラベルルール)が盛り込まれました。日本はFATFから対策が不十分と指摘を受けていますが、FATFもトラベルルールの導入を各国に勧告しているという背景事情があります。今回の改正の狙いは(1)暗号資産への対応強化、(2)マネロン対策の強化、(3)資産凍結措置の強化の3つが柱であり、政府は内閣官房に省庁横断の特別チームを設置し対策を検討してきました。犯罪収益移転防止法を改正し「トラベルルール」の対象に暗号資産を加え、暗号資産の交換業者が顧客から預かった暗号資産を別の業者に送る際、氏名や住所など顧客情報を共有するよう義務づけ、違反した交換業者には行政指導や是正命令を出し、従わない場合は刑事罰の対象とする内容です。暗号資産の一種でドルなどの法定通貨に価値を連動させる「ステーブルコイン」にも適用するとしています(日本ではステーブルコインは十分に浸透している状況にはありませんが、米国など世界では浸透が進み、規制強化が喫緊の課題となっています)。また、外為法の改正案は、そのステーブルコインを2023年5月にも規制対象資産に加えるものとしており、ロシアなどの制裁対象者への移転や制裁対象者から第三者への移転を防ぐ狙いがあります。さらに、資産凍結措置の強化に向けて国際テロリスト財産凍結法も改正するとしています。北朝鮮とイランへの核開発資金を断つため、両国の核開発関係者の日本国内での金融・不動産取引を規制できるようにするものです(海外との取引はすでに外為法で規制しています)。政府は国連安全保障理事会の決議に基づき、両国の核開発関係者を制裁対象に指定していますが、国際テロリスト財産凍結法では対象外でした。また、このほかマネー・ローンダリングに関する犯罪の厳罰化に向けて組織犯罪処罰法などを改正し、法定刑を引き上げるとしています。

シンガポール金融通貨庁(MAS・中央銀行)は、暗号資産取扱業者向けの規制強化案を公表しています。個人投資家のリスクの理解度を適切に把握し、資産を分別管理するよう義務づけるなど、投資家保護に重点を置く内容となっています。前述のとおり、米国や日本など先進国の金融当局も暗号資産への監視を強めており、MAS同様の規制が他国に広がれば、暗号資産市場への逆風が一段と強まることになります。MASはこれまでも一般投資家の仮想通貨取引はリスクが高いと繰り返し警告、2022年1月には、公共の場所やSNSでの暗号資産の広告を禁止する規制を導入済みで、今回の追加規制案では業者の社内体制の整備強化も求め、一般投資家がずさんな資産管理やシステム障害で損失を被らないようにする狙いがあります。具体的にはまず、(1)投資家が暗号資産取引のリスクを十分把握できているか確認するよう求める、(2)価格変動の大きさや流動性が確保できなくなるリスク、詐欺やサイバー攻撃の危険性についての知識を確認するよう促す、(3)顧客がお金を借りて暗号資産を購入したり、無料のトークンなどの報奨につられて取引を始めたりする行為も防ぐ、(4)顧客への信用枠の供与やクレジットカードでの支払い受け付けを禁止することで、個人投資家が自己資金の範囲を超えた損失を抱えないようにするといった内容です。さらに、業者の社内体制の整備に関しては、(1)顧客の資産をそれ以外の資産と分けて管理することを義務づけるほか、(2)個人顧客の暗号資産を貸し出したり、担保に入れたりする行為を禁止する、(3)利益相反の防止や企業統治の強化、顧客の苦情を適切に処理する体制の整備も求める、(4)システム障害が発生した際は1時間以内にMASに報告するなど、金融機関と同等の対応が必要だとも明記しています。なお、MASは法定通貨と連動する暗号資産の一種である「ステーブルコイン」については、適切に規制されれば有望な可能性があるとの立場を取っていますが、流通量が500万シンガポールドル(353万ドル)を超える場合、流通残高の額面の少なくとも100%に相当する現金・現金等価物・短期国債を準備資産として保有することを発行者に義務付けるほか、準備資産はステーブルコインが連動する通貨建てで保有するとしています。

英財務省のアンドリュー・グリフィス金融街シティー担当官は、全ての暗号資産の規制権限を金融行動監視機構(FCA)に付与する法案修正案を議会に提出しています。可決はほぼ確実とみられています。なお、グリフィス氏はスナク新首相によって同職に再任されています。議会で審議中の金融サービス・市場法案は当初、法定通貨に価値を連動させるステーブルコインのみを規制下に置くとしていましたが、規制対象を全ての暗号資産に広げる修正を行っています。

その他、国内外の暗号資産を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米暗号資産交換所コインベースは、シンガポール金融通貨庁(MAS)から同国で決済サービス事業を行う認可を得たと発表しています。これはMASが2021年から暗号資産企業に出している「原則承認」という認可で、コインベースはMASの監督下で個人や機関投資家にデジタルトークンの決済サービスを提供できるようになります。これまでに約180の暗号資産企業が申請し、17社に承認と認可が下りています。コインベースは声明で、同社は現在シンガポールで100人近くの従業員を抱えて事業を拡大しており、認可は「重大な一里塚」になったとしています。
  • 米財務省は、米ワシントン州の暗号資産交換所ビットレックスから計約5360万ドル(約78億円)の支払いを受けることで和解したと発表しています。米国が一部の国などに科している制裁や、マネー・ローンダリング防止の規定に違反したとしています。財務省は、ビットレックスが2014年から2017年にかけてキューバやイランといった米制裁対象からの計約2億6千万ドル相当の取引に利用されたなどと指摘しています。
  • 世界最大の暗号資産交換業者バイナンスは、ブロックチェーン技術や暗号資産が米ツイッターにどれだけ役立ち得るかを研究するチームをつくると発表しています。イーロン・マスク氏がツイッターを440億ドルで買収するに当たり、バイナンスは少数比率ながら5億ドルを出資しており、同社はマスク氏のツイッター運営を助けられる計画や戦略についてアイデアを出し合うとし、ツイッターの多数の偽・迷惑アカウント問題などを解決する手だてを考えるとしています。ツイッターは共同創業者で元CEOのジャック・ドーシー氏の下で既に、ブロックチェーン技術を組み込む方法の研究に着手していますが、同社は2021年11月には社内に暗号資産チームを立ち上げ、同技術などを使うサービスの構築を開始、ツイッターの有料契約者向けには、非代替性トークン(NFT)をアバター画像として使える機能を導入しています。その米コインベース・グローバルが発表した第3・四半期決算は赤字に転落しました。高インフレ、金利上昇、地政学的緊張を背景にリスク資産の需要が低下し、ビットコインなどの取引が減少しました。純損益は5億4460万ドル(希薄化後1株当たり2.43ドル)の赤字で、前年同期は4億610万ドル(同1.62ドル)の黒字でした。取引収入は前年比64%減の3億6590万ドルで、同社は株主に宛てた書簡で「取引が海外にシフトしたことに加え、マクロ経済と暗号資産市場の逆風が強まったことが取引収入に大きな影響を与えた」としています。
  • 暗号資産のマイニング(採掘)関連株が下落しています。米最大手のコア・サイエンティフィック株は10月27日、終値が0.22ドルと前日比78%安と急落、26日に資金不足で年内にも事業継続が困難になる可能性があると発表し、関連銘柄にも売りが広がっています。暗号資産の価格が低迷するなか、競争の激化と電気料金の高騰が収益を圧迫しています。コア社は自社保有の計算機でのマイニングと、他人の計算機を預かってマイニングするサービスを手掛けていますが、同業との競争激化でマイニングが計画通りに進んでいない状況にあります。7月に破綻した暗号資産融資サービスのセルシウス・ネットワークからの支払いも滞り、資金が枯渇しているといいます。株価は2022年1月に特別買収目的会社(SPAC)経由で上場してから98%下落、コアの発表を受け、27日には同業のカナダのハット8マイニングが前日比6%、米ライオット・ブロックチェーンが同3%下落しています。2021年12月末比ではともに7割前後安くなっています。米コインベース・グローバルが7月末比で15%高と回復傾向にあるなか、マイニング関連株の低迷が鮮明となっています。背景には事業者同士の競争の激化があり、暗号資産の価格が急落する前に先行投資した機器の負担も重いことがあげられます

国民生活センターが、暗号資産を使った投資話に注意喚起をしています。

▼国民生活センター 暗号資産を使った投資話に注意!
  • 内容
    • 事例1:SNSで知り合った人から暗号資産の取引を勧められて、指定された口座に現金を振り込んだ。その直後から、連絡がつかなくなってしまった。(当事者:学生 男性)
    • 事例2:稼げるネットワークビジネスがあると友人に紹介され、カフェに説明を聞きに行った。その場で会員登録し30万円を暗号資産に投資した。1週間ごとに数%の利益が受け取れると言われていたのに、その後、友人からも事業者からも連絡が来ない。契約書面も領収書ももらっていない。(当事者:学生 男性)
  • ひとことアドバイス
    • 暗号資産は、インターネットでやりとりされる、通貨のような機能をもつ電子データです。日本円や米ドルのように、国がその価値を保証している「法定通貨」ではありません。そのため、さまざまな要因によって価格が変動することがあり、この価格の変動により損をする可能性があります。取引内容やリスクについて十分理解できなければ取引や契約をしないでください。
    • 一般に暗号資産の入手・換金は、「取引所」や「販売所」と呼ばれる事業者(暗号資産交換業者)を利用して行われます。暗号資産交換業者は、金融庁・財務局への登録が必要です。暗号資産を扱う業者のサイトやアプリで取引を行う場合には、登録業者かどうかを金融庁のウェブサイトで事前に必ず確認してください。
    • 面識のない相手から暗号資産の投資を勧められた際は、まずは詐欺的な投資話を疑いましょう。友人・知人から勧められた場合でも、人間関係と投資を切り分けて冷静に判断してください。
    • 不安なときは、お住まいの自治体の消費生活センター等にご相談ください(消費者ホットライン188)。
  • 「WILL」や「VISION」は2017年ごろから電話やカラオケなどのアプリが入ったUSBメモリーを1セット60万円で販売、USBを同社が預かり別の客に貸すことで毎月2万円、3年間で計72万円のレンタル料を支払うとうたっていましたが、実際には支払いは停滞、消費者庁は2019年と2021年、虚偽の説明で顧客を勧誘したなどとして同社や関連会社に対し、特定商取引法違反(不実告知など)で最大2年間の業務停止を命じています。その後も顧客勧誘は続き、現在はタブレット端末などを販売し、毎月のレンタル料を「ビカシーコイン」と称する暗号資産で支払うと説明しています。ただ、ビカシーコインは一般に流通しておらず、換金できない状態だということです。10月21日までに長崎県の被害弁護団に寄せられた同県内の被害は7件で、被害総額は約1億5600万円にのぼっています。弁護団は、県内に約3000人の被害者がいると見て、2022年11月に被害者向けの説明会を開く予定としており、副団長は「まずは被害を認識してほしい」と話し、相談を呼びかけています。
  • 政府の個人情報保護委員会は、多数の破産者の氏名や住所などをウェブサイトに違法に掲載したとして、運営する事業者に対し、個人情報保護法に基づきサイトを通じた個人データ提供の停止を命令しています。12月中旬までにサイトを閉鎖しない場合、刑事告発を検討するとしてます。同委員会によると、この事業者は財産や人格の差別を助長する恐れがあるにもかかわらず、官報に掲載された2009~21年の破産者の個人データを本人の同意を得ずにサイトの地図上に表示したとしています。掲載は100万件以上とみられ、サイトは情報の削除を希望する人に6万~12万円をビットコインで払うよう要求していました。同委員会によると、サイトを把握した3月以降、400件以上の相談があったものの、被害は確認されていません。また、このサイトは海外にサーバーのあるサービスを使っているため、運営者は特定できていないとのことです。7月に業務停止を勧告し、メールアドレスに連絡したが対応が取られなかったため、命令に踏み切ったものです。破産者情報を掲載したサイトに対する停止命令は4例目となります。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致が進む中、大阪府議会で、ギャンブル依存症対策を推進する条例(大阪府ギャンブル等依存症対策基本条例)が成立しています。自治体独自で条例を制定するのは全国初だといいます。IRにこうした条例の制定はマストではありませんが、ギャンブル依存症対策は重要課題の一つであり、大阪府の姿勢を表すものとして評価できます。なお、この条例は議員提案によるもので、大阪維新の会府議団と自民党府議団がそれぞれ別の条例案を提出していましたが、維新案が賛成多数で可決されたものです。維新は大阪府議会の過半数を占めており、公明、共産などのほか、最終的に自民の賛成も得た形となりました(2022年5月の定例議会で、第3会派の自民党府議団が条例案を提出、オンラインカジノによる依存症の予防・啓発や社会復帰のための回復プログラムの作成など、複数の政策を盛り込んでいましたが、維新側が「他の事業とのバランスの精査や財源の裏付けが必要」などとして反対していました)。本コラムでも紹介したとおり、国は2018年に「ギャンブル等依存症対策基本法」を施行、各都道府県に推進計画を策定する努力義務を課しており、大阪府も策定していましたが、当事者団体から「予算が少なく、連携も不十分」との声が上がっていたもので、本条例では、対策をさらに進めるため知事を本部長とする推進本部を設けるとしています。また、現場の声や専門的な知見を取り入れるため、新設する推進会議の意見を聞かなければならないとも定めています。なお、あわせて、大阪府の基金条例も改正され、財源確保のため専用の基金を新設することも決まっています。依存症対策をめぐっては、5月定例会に

▼大阪府ギャンブル等依存症対策基本条例

前文では、「競馬、競輪、競艇、オートレースといった公営競技やパチンコ等は、府民生活に楽しみをもたらす一方、これらのギャンブル等にのめり込むことにより、ギャンブル等依存症に陥る府民も少なくない。ギャンブル等依存症は、多重債務や失業といった経済的問題、うつ病の発症といった健康問題、それらに伴う家族の問題、学生等における学業の中断といった問題によって日常生活や社会活動に支障を生じさせ、貧困、虐待、自殺、犯罪等の重大な社会的問題を引き起こしている。さらには昨今、海外インターネット経由のオンラインカジノの増加や、公営競技がスマートフォン等によって手軽に利用できることにより、ギャンブル等依存症の問題がより拡大し、深刻化する傾向にある。ギャンブル等依存症は、誰もが陥る可能性のある精神疾患であるということを私たち一人ひとりが認識し、ギャンブル等依存症である者等やその家族等が、安心して相談し、治療を受け、そして、社会に復帰することができるようにしていかなければならない。そのためには、府のギャンブル等依存症対策をさらに進めるとともに、国、府、市町村、医療機関、関係機関、自助グループをはじめとする民間団体等の間における連携をさらに強化する必要がある。こうした理解の下に、ギャンブル等依存症対策を総合的かつ計画的に推進することにより、府民が安心して、健康的に暮らせる社会の実現をめざして、この条例を制定する」と、制定の主旨がうたわれています。最近のギャンブル依存症を巡る動向、課題等が簡潔かつ網羅的取り上げられている点が、この問題に対する大阪府の姿勢を示しており、高く評価できると思います。一方、「むしろ大阪は理解が遅れている」と批判する向きもあります。例えば、依存症対策には自助グループなど民間団体との連携が欠かせず、国の基本法でも「民間団体への支援」が盛り込まれているものの、「ギャンブル依存症問題を考える会」大阪支部の活動にあたって、大阪府に補助金を申請しても上限は1事業につき30万円と、メンバーはボランティアで、私費を投じて活動にあたっている状況だと報じられています。さらには、補助金を受ける要件として「毎年新しい事業を行うように」と求められているといい、関係者は「依存症はまだ社会によく知られていない。じっくりと毎年同じ事業を続け、定着させ、周知させることが必要なのに」と述べています。依存症からの回復は簡単ではなく、時間がかかるという実体験から、「1回の相談」ではなく、継続的な支援体制を作ることが重要だと強調、大阪が「トップランナー」になれるためには「首長の情熱次第です」と強調しています。

大阪府の条例の前文でも言及されていたオンラインカジノの問題については、直近で、警察庁から、啓発用資料が公表されていますので、紹介します。

▼警察庁 オンラインカジノに関する広報啓発用ポスターを掲載しました。
▼日本国内ではオンラインカジノに接続して賭博を行うことは犯罪です
  • オンラインカジノを利用した賭博は犯罪です!
    • オンラインカジノは、海外の事業者が合法的に運営しているものであれば、日本国内で、個人的にこれを利用しても犯罪にならないと考えていませんか?
    • 海外で合法的に運営されているオンラインカジノであっても、日本国内から接続して賭博を行うことは犯罪です。
    • 実際にオンラインカジノを利用した賭客を賭博罪で検挙した事例もあります。
    • 賭博は犯罪です。絶対にやめましょう。
  • オンラインカジノを自宅等で利用した賭博事犯の検挙事例
    • 日本国内の自宅において、自宅に設置されたパーソナルコンピューターを使用して、海外の会社が運営するオンラインカジノサイトにインターネット接続し、同サイトのディーラーを相手方として賭博をした賭客を単純賭博罪で検挙
    • 日本国内の賭客を相手方として、日本国内の賭客の自宅等に設置されたパーソナルコンピューターから、海外に設置されたサーバー上のオンラインカジノサイトにアクセスさせ、金銭を賭けさせていた者を常習賭博、賭客を単純賭博罪で検挙。
  • オンラインカジノに係る賭博事犯の取締り状況
    • オンラインカジノに係る賭博事犯について、ここ3年では、いずれも賭博店において行われたものですが、令和元年中 18件、令和2年中 16件、令和3年中 16件検挙しています。

国内のIRカジノに関する動向は特段ありませんでしたが、海外では、マカオのカジノの苦境について報道がありました。2022年11月4日付日本経済新聞によれば、2022年末に期限が切れる運営免許の入札にマレーシアのゲンティン・グループが参入し、現行6社の枠を7社が競っており、マカオ政府は争奪戦を背景に、各社に非カジノ分野への投資を増やすよう求めているといい、中国の「ゼロコロナ」政策や統制強化に加え投資も重荷となり、低迷が長引くとの見方が出ているようです。中国で唯一賭博が合法なマカオは、政府がカジノ業者に期限つきの免許を与える仕組みで、今回はカジノを運営する全6社が対象で、2023年から10年間の免許6枠を争い、外国人観光客の誘致や投資に関する計画、違法行為の監視・予防策、国家安全などの観点を加味して選定されるといいます。一方、6社のいずれかが免許を失えば、雇用にも影響が及ぶことになり、「現行の6社が免許を維持する」(フィッチ・レーティングス)との見方が多いものの、ゲンティン社が参入したことで既定路線だった免許更新に不透明感が出てきたのは間違いないところで、今後の動向が注目されます。

さて、本コラムでも関心をもって注視してきた、子供のゲーム利用時間の目安を定めた香川県のゲーム依存症対策条例について、幸福追求権を保障する憲法に反するとして、提訴時に高校生だった男性と母親が県に損害賠償を求めた訴訟で、条例を「合憲」として請求を棄却した高松地裁判決が確定しています。報道によれば、敗訴した男性側が期限の10月31日までに控訴せず、8月30日の判決言い渡し日に男性側が出廷しなかったため地裁は自宅などに判決文を郵送、しかしながら男性側と連絡が取れず、期限が決まらない状況が続いていたところ、地裁は10月17日付で送達したとみなす手続きを取り、期限を同31日としていたものです。条例は2020年4月に施行され、ゲームの利用時間の目安を定め、家庭内でルールを設けて子供に順守させるよう保護者に「努力義務」を課しています。8月30日の地裁判決は、条例の規定は「努力目標」に過ぎず、違反しても罰則はなく必要最小限度の制約にとどまると判断していました。なお、そのような香川県ですが、高松市にあるKANEMITSU CAPITAL HOTELが、eスポーツの新たな発信拠点となる。大型スクリーンと高速回線設備を導入し大会を開催、年内をめどに常設の練習施設も設ける計画で、計約1億円を投じると報じられています。全国的なeスポーツ拡大の機運を香川にも波及させ、大会参加者や関係者の宿泊需要にも期待しっつ宿泊と一体で収益拡大をめざすというもので、社長は「そのような状況下でも、香川県からeスポーツを盛り上げたい」として、拠点の設置を決めたということです。

ネット依存やゲーム依存に関する報道が最近増えています。香川県や神戸市が、スマホ断ちのための合宿を開催したといったことや睡眠の重要性を知ることでスマホ依存の改善傾向につながった事例などが報じられてます。直近の報道から、いくつか紹介します。

深刻化する10代のネット依存 3日間「スマホ断ち」の成果(2022年10月8日付産経新聞)
小学生や中学生など子供のスマートフォン所持率が上がるにつれ、スマホやネット依存症に陥る子供が急増し、社会問題となっている。そんな中、神戸市は「スマホとスマートに付き合う」方法を子供たち自身に探ってもらうためのユニークな合宿を9月に六甲山中(同市灘区)で実施した。…合宿最終日には、保護者や神戸市関係者らも参加して成果発表のフォーラムが行われ、子供たちは「ネットの使用時間を少しずつ減らす」、「うまくつきあって高校受験を頑張りたい」などとそれぞれが立てた目標を発表した。さらに、大人への提言も。親に対しては「怒るなら、なぜ悪いのか、理由を説明してほしい」、「依存していたらスマホを没収してほしい」。学校には「今回の合宿のようなネットの勉強を授業でもしてほしい」、行政には「大きい公園や遊べる場所を作って」。アプリやゲームをつくっている企業にも「時間制限をおもしろい形で導入してほしい」と要望した。竹内さんは「スマホを取り上げるのではなく、子供たちが自分自身で目標を立て実行していくのが大事。人と接し、自然の中で遊ぶことの楽しさを知った子供たちはきっと、スマホとうまく付き合う方法を見いだすでしょう」と話した。
ネット依存、低年齢化が深刻 KDDIなど対策(2022年10月20日付日本経済新聞)
スマートフォンやオンラインゲームへの依存状態にある利用者の低年齢化が深刻化している。自身をコントロールする力が弱いことで生活に支障をきたしたり心身の症状が出たりしやすく、治療の難しさや専門医療機関の不足も課題だ。テクノロジーで予防や改善を目指す動きもあり、自治体などを含めた社会全体での対策が急務になっている。…全国に先駆けて2011年に「ネット依存外来」を設置した久里浜医療センターでは、患者の低年齢化が進んでいる。受診者の7割を未成年が占めるなか、最近は小学生の受診が目立つ。近年、ゲームの開始年齢が早いと依存状態になりやすいといったリスク要因が明らかになりつつあり、症状の進行も速い傾向がある。同センターの樋口進名誉院長は「低年齢の子どもは自身に起きている問題を自覚しづらく、治療も難しくなる」と指摘する。そもそもスマホやゲームは脳にとって魅力的に設計されており、「報酬系」と呼ばれる脳の神経回路を刺激して簡単にはやめられなくなる。アルコールや薬物への依存と同様の生理現象だが、ネット・ゲーム依存の治療はより難しい側面がある。…治療の難しさから、早期の発見や予防がより重要になる。事業者が自ら対策に乗りだす例も出てきた。KDDIはスマホ依存の実態解明に向けて、脳神経科学や人工知能(AI)を組み合わせた研究を進めている。傘下のKDDI総合研究所(埼玉県ふじみ野市)の本庄勝グループリーダーは「どういう状況になればスマホ依存といえるのかは有識者の間でも意見が割れる。まずはメカニズムを知ることで対策につなげたい」と話す。研究協力者のスマホから属性や位置情報、操作履歴などを収集し、脳のコンピューター断層撮影装置(CT)画像と併せてAIで解析する。スマホの利用履歴に加え、その時の行動や脳の状態も分析する。例えば移動中にスマホを利用すると脳にどんな影響があるかといった解析ができる。24年にスマホ依存の検知や改善を促すアプリを開発することを目指す。過去にはスマホやアプリ開発を手がけたシリコンバレーの技術者らが、依存性の高さから後悔の念を口にするといったことが相次いだ。依存の低年齢化が進むなか、「のめり込ませる設計」の見直しを求める社会の要請も強まっている。樋口医師は「自主性を求めるだけでは限界がある。社会のデジタル化が避けられない以上、学校や行政による指導に加え、年齢に合わせた規制の検討なども必要ではないか」としている。
夜に眠れない日本 睡眠負債が生産性や利益率押し下げ(2022年10月23日付日本経済新聞)
日本の睡眠不足が国力をむしばんでいる。社員の睡眠時間の多寡で、企業の利益率に2ポイントの差が生じるという研究結果が出た。睡眠時間が米欧中など主要国平均より1時間近く短いことや、睡眠の「質」の低さがパワハラやミスの温床との指摘もある。睡眠不足を個人の問題と捉えず、欧米のように社会全体の課題として解決する必要がある。「月40~50時間ほどの残業や、週に1~2回の飲み会で睡眠時間は6時間台になる」。ある商社の営業職として働く30代男性はこう話す。人手不足のため、見積書作成などの業務は勤務時間外でこなさざるを得ず、睡眠時間を圧迫している。「夜中3時ごろに目が覚めてしまい、眠りが浅くなってしまう」と質の低下も危惧する。各種調査からは、睡眠を軽んじる日本の姿が浮かび上がる。…頭が回らない状態では新たなアイデアも出にくい。「怒りの発生源も睡眠。睡眠不足の上司ほど侮辱的な言葉を使う。自己コントロールができずパワハラの原因にもなる」(小室氏)など、職場の様々な問題を生む温床ともいえる。企業業績に影響があるとの研究結果も出ている。日本経済新聞社などが実施した調査をもとに慶応義塾大学の山本勲教授が分析したところ、社員の睡眠時間が長い上位20%の企業と下位20%の企業で売上高経常利益率に3.7ポイントの差があった。睡眠以外の要素を統計的に除外して算出しても、1.8~2.0ポイントの差が生じた。…働き方改革の結果として労働時間の削減は進んだが、睡眠改革にはどこまで踏み込めるか。日本の労働生産性の低さの弊害は座視できない。政府や企業の本気度が問われている。
③犯罪統計資料

例月同様、令和4年9月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和4年1~9月分)

令和4年(2022年)1~9月の刑法犯総数について、認知件数は434,442件(前年同期420,414件、前年同期比+3.3%)、検挙件数は180,056件(192,011件、▲6.2%)、検挙率は41.4%(45.7%、▲4.3P)と、認知件数・検挙件数ともに2020年~2021年において減少傾向が継続していた流れを受けて減少傾向が継続していたところ、先月に引き続き、認知件数が前年を上回る結果となりました。その理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数が増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は294,483件(282,838件、+4.1%)、検挙件数は107,330件(117,540件、▲8.7%)、検挙率は36.4%(41.6%、▲5.2P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は62,254件(64,940件、▲4.1%)、検挙件数は43,084件(47,201件、▲8.7%)、検挙率は69.2%(72.7%、▲3.5P)と減少しています。コロナで在宅者が増え、窃盗犯が民家に侵入しづらくなり、外出も減ったため突発的な自転車盗も減った可能性が指摘されるなど窃盗犯全体の減少傾向が刑法犯の全体の傾向に大きな影響を与えていますが、3月のまん延防止等重点措置の解除から一転して最近の感染者数の激増といった状況などもあり、今後の状況を注視する必要があると指摘していましたが、やはり増加に転じている点が注目されます。また、凶悪犯の認知件数は3,270件(3,079件、+6.2%)、検挙件数は2,776件(2,878件、▲3.5%)、検挙率は84.9%(93.5%、▲8.6P)、粗暴犯の認知件数は38,727件(36,818件、+5.2%)、検挙件数は31,539件(31,925件、▲1.2%)、検挙率は81.4%(86.7%、▲5.3P)、知能犯の認知件数は28,361件(26,151件、+8.5%)、検挙件数は12,991件(13,299件、▲2.3%)、検挙率は45.8%(50.9%、▲5.1%)、とりわけ詐欺の認知件数は25,937件(23,751件、+9.2%)、検挙件数は11,071件(11,470件、▲3.5%)、検挙率は42.7%(48.3%、▲5.6P)などとなっており、本コラムで指摘してきたとおり、コロナ禍において詐欺が大きく増加しています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加していますが、必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺なども大きく増加傾向にある点が注目されます。刑法犯全体の認知件数が増加傾向を見せ、検挙件数が減少傾向の中、とりわけ知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です(そして、検挙率がやや低下傾向にある点も気がかりです)。

また、特別法犯総数については、検挙件数は48,552件(50,577件、▲4.0%)、検挙人員は39,850人(41,523人、▲4.0%)と2021年同様、検挙件数・検挙人員ともに減少している点が特徴的です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は2,916件(3,584件、▲18.6%)、検挙人員は2,178人(2,585人、▲15.7%)、軽犯罪法違反の検挙件数は5,648件(6,043件、▲6.5%)、検挙人員は5,616人(6,095人、▲7.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は6,931件(6,091件、+13.8%)、検挙人員は5,271人(4,682人、+12.6%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,255件(1,748件、+29.0%)、検挙人員は1,880人(1,429人、+32.4%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は377件(230件、+63.9%)、検挙人員は125人(90人、+38.9%)、不正競争防止法違反の検挙件数は42件(54件、▲22.2%)、検挙人員は53人(48人、+10.4%)、銃刀法違反の検挙件数は3,679件(3,666件、+0.4%)、検挙人員は3,254人(3,139人、+3.7%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、迷惑防止条例違反や不正アクセス禁止法違反が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は719件(593件、+21.2%)、検挙人員は422人(329人、+28.3%)、大麻取締法違反の検挙件数は4,522件(4,755件、▲4.9%)、検挙人員は3,573人(3,722人、▲4.0%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は6,258件(8,024件、▲22.0%)、検挙人員は4,302人(5,395人、▲20.3%)などとなっており、ここ数年大麻事犯の検挙件数が大きく増加傾向を示していたところ、減少に転じている点はよい傾向だといえ、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きく減少傾向にある点とともに特筆されます。一方で、それ以外の麻薬等取締法違反の検挙件数・検挙人員が大きく増えている点に注意が必要です。なお、同法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、、総数403人(428人、▲5.8%)、ベトナム115人(159人、▲27.7%)、中国67人(69人、▲2.9%)、ブラジル30人(23人、+30.4%)、スリランカ30人(8人、+275.0%)、韓国・朝鮮15人(14人、+7.1%)、フィリピン14人(27人、▲48.1%)、パキスタン13人(3人、+333.3%)などとなっています。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、刑法犯全体の検挙件数は7,454件(8,939件、▲16.6%)、検挙人員は4,172人(4,855人、▲14.1%)と検挙件数・検挙人員ともに2021年に引き続き減少傾向にある点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じている点は、緊急事態宣言等やまん延防止等重点措置の解除やオミクロン株の変異型の再度の流行などコロナの蔓延状況の流動化とともに今後の動向に注意する必要があります。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は437件(525件、▲16.8%)、検挙人員は424人(489人、▲13.3%)、傷害の検挙件数は727件(845件、▲14.0%)、検挙人員は805人(1,009人、▲20.2%)、脅迫の検挙件数は263件(276件、▲4.7%)、検挙人員は255人(257人、▲0.8%)、恐喝の検挙件数は251件(289件、▲13.1%)、検挙人員は310人(341人、▲9.1%)、窃盗の検挙件数は3,517件(4,432件、▲20.6%)、検挙人員は556人(721人、▲22.9%)、詐欺の検挙件数は1,219件(1,272件、▲4.2%)、検挙人員は941人(1,005人、▲6.4%)、賭博の検挙件数は41件(46件、▲10.9%)、検挙人員は97人(87人、+11.5%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、3月まで検挙人員が増加傾向を示していたところ減少傾向に転じています(検挙人員は増加しています)。とはいえ、全体的には高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測されることから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は3,979件(5,234件、▲24.0%)、検挙人員は2,686人(3,541人、▲24.1%)、入管法違反の検挙件数は12件(14件、▲14.3%)、検挙人員は19人(14人、+35.7%)、軽犯罪法違反の検挙件数は50件(74件、▲32.4%)、検挙人員は46人(66人、▲30.3%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は67件(81件、▲17.3%)、検挙人員は62人(73人、▲15.1%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は18件(26件、▲30.8%)、検挙人員は36人(64人、▲43.8%)、銃刀法違反の検挙件数は69件(86件、▲19.8%)、検挙人員は43人(66人、▲34.8%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は136件(102件、+33.3%)、検挙人員は52人(28人、+85.7%)、大麻取締法違反の検挙件数は716件(884件、▲19.0%)、検挙人員は409人(559人、▲26.8%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は2,362件(3,340件、▲29.3%)、検挙人員は1,566人(2,189人、▲28.5%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は103件(97件、+6.2%)、検挙人員は59人(65人、▲9.2%)などとなっており、やはり最近増加傾向にあった大麻事犯の検挙件数・検挙人員ともに減少に転じ、その傾向が定着していること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していること、麻薬等取締法違反・麻薬等特例法違反が大きく増えていることなどが特徴的だといえます。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(9)北朝鮮リスクを巡る動向

北朝鮮の挑発が止まるところを知りません。原稿執筆時点(2022年11月6日)の情報では、11月5日に平安北道から朝鮮半島西側の黄海に向けて、短距離弾道ミサイル4発を発射しています。北朝鮮のミサイル発射は巡航ミサイルも含めれば今年に入って31回目となりました。そして、北朝鮮による連日のミサイル発射を受け、米軍の戦略爆撃機B1Bが、朝鮮半島上空に飛来し、米韓両軍の合同訓練「ビジラント・ストーム」に参加、B1Bが朝鮮半島に展開するのは2017年12月以来となり、7回目の核実験の準備を終えた北朝鮮に強い警告のメッセージを送る狙いがあると考えられます。北朝鮮側の挑発はさらに続く可能性は高く、、北朝鮮の弾道ミサイルが北方限界線(NLL)を越えて領海近くに初めて落下したことを受けて韓国も警戒態勢のレベルを引き上げるなど、韓国(米韓)側も北朝鮮の挑発行為に対してある程度対抗する行動を取り始めていることから、今後、双方の偶発的な衝突の可能性や、相次ぐ弾道ミサイル発射などから、万が一、発射に失敗した際に想定外の大規模な被害が生じる可能性も高まっていると思われ、大変危険な状況だといえます。日本にとっても、この1カ月で2回目となるJアラートが発令されるなど、すでにこの緊急事態に巻き込まれている当事者であることをあらためて認識し、「断じて許されない」とのメッセージの発信にとどまらず、緊急事態に即応できる態勢を官民で整えていくことが急務となっています。こうした北朝鮮の行動の狙いや今後の展開等について、各種報道から、いくつか紹介します。

北朝鮮、ミサイル1日で20発超 戦術核演習で威嚇か(2022年11月3日付日本経済新聞)
韓国軍合同参謀本部は2日、北朝鮮が同日朝から夕方までにミサイル計20発あまりを発射したと明らかにした。近距離の軍事目標を核攻撃する戦術核の使用を念頭に置いた訓練の可能性がある。米国や日韓の制止を無視して威嚇を続ける北朝鮮の姿勢は、ウクライナ侵攻におけるロシアとも重なる。…弾道ミサイルがNLL南側の韓国領海近くに着弾するのは朝鮮戦争で南北が分断してから初めて。空襲警報は2016年2月以来、6年ぶりとなった。さらに午前9時12分ごろからは、東部の咸鏡南道から日本海へ、西部の平安南道・黄海南道から黄海へと短距離弾道ミサイルや地対空ミサイル(SAM)など10発あまりを一度に発射した。午後1時27分ごろには日本海に100発あまりの砲弾を射撃し、午後4時30分からは東西にSAMなど6発を撃った。…北朝鮮は9月25日から10月9日にかけて7回、弾道ミサイルを撃った。一連の発射について北朝鮮メディアを通じて「戦術核の運用部隊による訓練」だと表明した。核弾頭の搭載を模擬し「弾頭の安全な運搬を確かめた」などと具体的に宣伝した。これはロシアが核の使用を示唆して欧米への脅しを強めた時期と重なる。北朝鮮はウクライナに侵攻するロシアの立場を支持してきた。7月の段階で親ロ派「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を国家承認し、ウクライナ4州の一方的な併合も支持した。核をちらつかせて米欧を威圧するロシアの戦術を参考にしている可能性がある。北朝鮮は戦術核で敵の飛行場や港湾、軍事指揮施設などを攻撃できる能力を示し、戦争の主導権を握る狙いをにじませている。核で脅すことで核を持たない韓国に力を示し、同時に米国に戦争介入をちゅうちょさせる目的がある。ウクライナに対するロシアの戦い方と似る。…近年の北朝鮮に米や日韓との対話を進めようとする意図は感じられない。金正恩総書記は10月に「敵と対話する内容もなく必要性も感じない」と突き放した。米韓との実戦を意識したミサイル発射を繰り返し、ロシアや中国と足並みをそろえる意思を鮮明にしている。米韓は北朝鮮の思い通りにさせないため、軍事訓練を活発化させている。
緊張続く朝鮮半島 応酬エスカレート 日本が恐れる「飽和攻撃」(2022年11月4日付毎日新聞)
朝鮮半島の情勢は、緊張の緩和に向けた動きが見えないままだ。むしろ北朝鮮と米韓の応酬はエスカレートしている。… 5月に就任した尹氏は、米韓同盟や日米韓の安保協力を重視。北朝鮮との対話を重視した文在寅前政権とは打って変わり、強硬姿勢を示す。その象徴とも言えるのが、米韓両軍による合同演習や訓練の強化だ。6月以降、米韓両空軍はステルス戦闘機F35を投入した訓練を相次いで実施。朝鮮半島有事を想定した8月の米韓合同軍事演習も規模を拡大した。さらに9月と10月には米韓両海軍が米海軍の原子力空母「ロナルド・レーガン」も展開して合同軍事演習や海上機動訓練を行った。北朝鮮はこれに強く反発し、さまざまな時間や場所から、弾道ミサイルを相次いで発射することで揺さぶりをかけてきた。特にあからさまな警戒を示したのは、米韓両軍が約250機を大量投入し、空母からも出撃できる米軍のF35Bも初めて参加した「ビジラント・ストーム」だった。朝鮮労働党の朴正天書記は「徹底的にわが国を狙った侵略的で挑発的な軍事訓練」と批判。2日には、韓国が海上境界線と位置付ける北方限界線(NLL)の南側へ南北分断後で初めて弾道ミサイルを落下させ、米韓を強くけん制した。すかさず韓国軍も2日、NLLの北側に空対地ミサイル3発を撃ち込んで対抗。韓国大統領府の高官は「北朝鮮こそがすべての緊張を高めている当事者だ。挑発の水位を高める大義名分を探している。米韓合同演習は今後も続けていく」と強気の姿勢を崩さない。米韓と北朝鮮が競い合うように互いの力を誇示すればするほど、緊迫の度合いが増す展開が続いている。米韓や日本は、北朝鮮が米本土を射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発と、ICBMに搭載可能な核弾頭の開発を並行して進めていることにも神経をとがらせている。北朝鮮は2017年9月の6回目の核実験の前後にICBMを発射した。今回も米国への威嚇を強めるため、ICBM発射と核実験を短期間のうちに実施するのではないかとの見方が広がっている。・・・日本政府が懸念するのは、北朝鮮が多数のミサイルを同じタイミングで撃ってきたり、複数の種類のミサイルを一斉に発射したりする事態だ。北朝鮮が相手の対処能力を超える規模の攻撃を一度に加える「飽和攻撃」を仕掛けてきた場合、すべてを探知・迎撃するのは困難となる。
新型ICBM「火星17」開発急ぐ北…米本土射程、対米戦力の切り札(2022年11月4日付読売新聞)
北朝鮮は3日、新型の「火星17」とみられる大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射した。米韓の合同軍事演習に反発して武力挑発をエスカレートさせながら、米国本土を核ミサイルの射程に入れることを目標に、ICBMの開発を加速していることが改めて浮き彫りになった。韓国軍関係者によると北朝鮮は3日朝、平壌郊外の順安から高角度(ロフテッド軌道)で火星17とみられるICBMを発射したが、上昇の途中で異変が生じた。火星17は3段式で、上昇しながら燃料タンクやエンジンを切り離していく仕組みで、エンジンを2回分離した後、正常な飛行ができなくなったとみられる。米韓両軍は飛行に「失敗した」と断定した。火星17は、北朝鮮が2020年10月の軍事パレードで初公開した新型のICBMだ。金正恩朝鮮労働党総書記は昨年1月の党大会で「国防力発展5か年計画」を発表した際、米全土を打撃できる射程1万5000キロ・メートルのICBMの能力向上を指示した。ワシントンも射程に収める火星17は、対米戦力の切り札とも言える。しかし、開発は難航しているようだ。北朝鮮は3月16日に順安から火星17とみられるミサイルを発射したが、高度20キロ・メートルで空中爆発した。3月24日に高角度で発射したミサイルは6000キロ・メートルまで上昇したが、今回のICBMは1920キロ・メートルにとどまり、安定性が欠けているとの見方がある。…北朝鮮のICBM級の発射は今年7回目となった。正恩氏が示した課題を達成するため、軍事部門の技術者らが性能改良を急いでいるとみられる。エンジンのほか、難度が極めて高い弾頭の大気圏再突入の技術を高める必要もある。北朝鮮がICBMを通常角度で大気圏に再突入させる技術を実証できていないことが、米軍事専門家が北朝鮮のICBMを本土への脅威と見なしていない一因となっているからだ。韓国軍関係者は、北朝鮮が今後も、高角度での発射実験を重ねて性能向上を図った上で、通常角度で発射する実験を強行するとの見方を示した。北朝鮮には、米韓が警戒を強化する動きに合わせて緊張を高めていく狙いもありそうだ。防衛省幹部は「ミサイルの発射直後は、飛行ルートや着弾地点をピンポイントで示すことが難しく、Jアラートで注意喚起する地域は広めになる」と語る。
米、北ICBMを非難…本土に脅威 深刻(2022年11月4日付読売新聞)
米国のバイデン政権は2日、北朝鮮が発射したミサイルを大陸間弾道ミサイル(ICBM)と断定し、強く非難した。米本土も射程に入るICBMの脅威を深刻に受け止め、ミサイル防衛態勢の近代化を加速させる構えだ。米国家安全保障会議(NSC)は2日の声明で、バイデン大統領が同盟国と緊密に連携しているとした上で「明白な国連安全保障理事会決議違反で、地域の緊張を高め安保状況を不安定にする危険性をはらんでいる」と指摘した。米本土や日韓両国の安全確保に向け、「必要なあらゆる措置を講じる」とも強調した。米国務省も2日の声明で、国際社会と協力してさらなる挑発行為の抑制を図るとし、「持続的かつ実質的な対話に参加するよう求める」と述べた。…バイデン政権にとって北朝鮮政策は、対中国や対ロシアに比べ優先順位は高くない。しかし、首都ワシントンを含む米本土が射程に入るICBMは別で、北朝鮮の開発動向を厳しく監視し、関連する動きには敏感に反応してきた。…米政府は10月27日に発表した防衛戦略の指針「国家防衛戦略(NDS)」でも、北朝鮮のミサイル能力拡大に触れ、「米本土や米軍、日本、韓国に脅威をもたらし、日米・米韓同盟にくさびを打ち込もうとしている」と警戒を示していた。同時に発表したミサイル防衛の中長期の指針「ミサイル防衛見直し(MDR)」と付属文書では、北朝鮮が新型ICBMを含む多様なミサイルにより攻撃手段を複雑化させているとして、地上配備型の迎撃能力の信頼性向上と近代化を掲げた
北ミサイルの暴挙 抑止には反撃力が必要だ(2022年11月4日付産経新聞)
北朝鮮が、弾道ミサイルの発射を異常なペースで繰り返している。日本への実際の攻撃を抑止する上で、反撃能力保有の必要性が一段と明確になった。3日に北朝鮮は弾道ミサイル6発を発射した。いずれも日本海の日本の排他的経済水域(EEZ)の外に落下し、船舶に被害はなかった。うち1発は大陸間弾道ミサイル(ICBM)で飛行に失敗した模様だ。2日には日本海や黄海に向け、20発以上の短距離弾道ミサイル、地対空ミサイルを発射している。うち1発は韓国側が海上の軍事境界線とする北方限界線(NLL)を越え、公海に着弾した。米韓両国は北朝鮮の脅威に備える合同軍事演習を実施中だ。北朝鮮はこれに猛反発しているが、同国の弾道ミサイル発射は国連安全保障理事会決議違反であり、絶対に認められない。北朝鮮は、安保理決議に従って核・ミサイル戦力を放棄すべきである。3日のICBM発射が失敗であれば、北朝鮮はミサイルの性能や軍の練度向上のため再び発射するかもしれない。近く核実験に踏み切るとの観測もある。警戒は怠れない。2日には韓国の一部で空襲警報が発令された。3日には日本政府が全国瞬時警報システム(Jアラート)で宮城、山形、新潟各県に対し、堅牢な建物や地下への避難を呼びかけた。防衛省が日本列島を飛び越える可能性があると判断した物体は、実際には日本海上空で消失し、同省は情報を訂正した。日本と北朝鮮の距離が極めて近いことも考慮に入れなくてはならない。Jアラートは、国民に危険が迫る恐れがあればためらわずに発令すべきで、今回の対応は間違っていない。防衛省は萎縮しないでもらいたい。…ミサイル防衛に努めても、全てを撃墜するのは難しい。暴発を防ぐ外交努力は常に必要だが、北朝鮮には道理が通じない場合が多い。日本を攻撃しようとすれば、自分たちにも多大な被害がもたらされると侵略国に認識させる反撃能力を自衛隊が備え、抑止を図るべき時代になった。
核実験の布石か、北朝鮮が7回のミサイル発射の狙い・手段明かす…17年当時と状況類似(2022年10月12日付読売新聞)
北朝鮮は10日、沈黙を破り、9月25日から7回に及んだ弾道ミサイル、ロケット砲発射の狙いや手段など全容を明かした。軍事的緊張を高めた上で強行された2017年の核実験当時と状況が類似している。韓国では7度目の核実験の「布石」との見方も出ている。9月28日の弾道ミサイル発射は「南朝鮮(韓国)の作戦地域内の各飛行場の無力化」を想定していた。戦術核の模擬弾頭を搭載したという。有事には、韓国中部忠清北道清州の空軍基地などを攻撃し、ステルス戦闘機「F35A」の出撃阻止を狙うものとみられる。…韓国軍を驚かせたとみられるのは、北西部の貯水池に設けた水中 発射場からの9月25日のミサイル発射だ。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)とみられる。韓国軍は移動式発射台から発射されたと見ていた。北朝鮮内陸部の各地にある貯水池で発射地点を水中に隠す手段が明らかになったことで、ミサイル発射を察知して先制打撃を加える「キル・チェーン」の難易度が高まったとの指摘がある。…9月29日と10月1日の弾道ミサイル発射は「上空爆発」などを組み合わせた攻撃の訓練だったという。核爆発の強力な電磁波で地上の電子機器を破壊する「電磁パルス(EMP)」を指すとみられる。北朝鮮が17年に初めて言及したEMP弾の開発状況は不明だった。北朝鮮がミサイル発射について公表するのは5月以降初めてだ。発射翌日にミサイルの種類や飛距離等について公表していた過去とは異なり、発射訓練の「常態化」を印象づけるためとの見方もある。党機関紙「労働新聞」は10日、正恩氏が李雪主夫人と並んで訓練を参観する様子などを大々的に報じた。10日の党創建記念日に合わせ、国威発揚を図る狙いもあったようだ。朝鮮中央通信は10日、発射訓練で「核戦力の現実性と実戦能力が余すところなく発揮された」と評価。正恩氏は、米韓が情勢を緊迫化させれば「我々の更なる反応を誘発する」と強調した。北朝鮮が中・長距離弾道ミサイルの飛距離を伸ばすため、核の小型化に取り組む中「7回目の核実験を予告した」(韓国の専門家)との指摘もある。
北朝鮮を利した自壊説 失われた28年の深層(2022年10月13日付日本経済新聞)
北朝鮮の弾道ミサイル発射が2022年に入ってから22回に達した。巡航ミサイルなどを含むと25回になる。年間発射数で最多を更新し続けている。バイデン米大統領との直接対話や米国の武力行使はないと安心して軍事技術を革新しているように映る。北朝鮮危機が顕在化したのは28年前の1994年だ。2月の細川護煕首相とビル・クリントン米大統領との会談で、クリントン氏が日本側が想定していなかった開戦準備を伝え、協力を要請した。会談後、日米双方は貿易不均衡が主題だったと発表し、クリントン氏の要求を伏せた。日本は数カ月後、米側に「日本は憲法上できない」と回答した。今なら安全保障関連法で日本の存立が危ぶまれる「存立危機事態」と認定すれば、集団的自衛権を行使できる。94年は北朝鮮の核開発凍結を定めた米朝枠組み合意により、米側は空爆を見送った。その後、北朝鮮は合意をほごにして弾道ミサイル発射や核実験をした。そのたびに国連安全保障理事会で制裁の議論が盛り上がり、時間の経過とともに冷める。現在もこの循環にある。なぜクリントン政権は北朝鮮を空爆しなかったのか。米側が踏みとどまった理由は「手を下さなくても北朝鮮は早晩、自壊する」との分析だった。この自壊説がそれ以降の政策に影を落とし、北朝鮮を利した。先例にならうならば北朝鮮政策は軍事と経済両面で制裁を強化するのが有効だ。順法意識がない北朝鮮に国際社会の非難や警告は無力に等しい。いわんや自壊説という楽観論とは決別しなければならない。
ミサイル開発 北戦術核 主導権狙う…防衛大教授 倉田秀也氏(2022年10月29日付読売新聞)
結論から言えば、朝鮮半島で韓国との紛争が起きても米軍に介入をためらわせ、戦争の主導権を握る目的で戦術核ミサイルを実戦配備しようとしている。通常兵力で米韓に劣る現状で主導権は望めない。韓国のミサイル防衛システムを確実に突破する核ミサイルが必要だ。北朝鮮は、そう考えて迎撃が困難な短距離ミサイルの発射を続けているのだろう。…朝鮮半島における戦争の初期段階で、北朝鮮が、在韓米軍の基地、施設、司令部など、比較的小さな標的に低出力の核ミサイルを撃ち込むと脅す。実際に戦術核を使用すれば、米国の報復を招きかねない。しかし、報復を受ければ、大陸間弾道ミサイル(ICBM)などによる第2撃の核で米国、日本、韓国の大都市を攻撃すると脅すことができる。代償として北朝鮮の政治体制は滅ぼされるが、日米韓は、ひき換えに大都市の人口を失うような耐えがたい損害を覚悟しなければならない。だとすれば、米国の報復は「不合理な選択肢」となり、介入を断念せざるをえなくなる―。おおよそ、このような思考だろう。…金総書記の妹、金与正党副部長は4月4日、「戦争の初期に主導権を握り、自らの軍事力を保存するために核が動員される」とする談話を発表した。北朝鮮は、9月8日の最高人民会議(国会)で採択した法令で核の先制使用の条件を五つ具体化した。そのうち「戦争の拡大と長期化を防ぎ、戦争の主導権を掌握するための作戦上、不可避に提起される場合」と定めた部分は、与正氏の談話に通じる部分だ。…正恩氏は、21年1月の第8回党大会で報告した「国防工業を発展させるための戦略的課題」で戦術核の開発を掲げた。北朝鮮はそれと前後して、新型の短距離弾道ミサイル、巡航ミサイル、超大型ロケット砲などの発射を相次いで実施して現在に至る。戦術核ミサイルが我々にとってやっかいなのは、使用のハードルが低いことだ。北朝鮮がICBMを米国に向けて発射するのは、いわば「無理心中」を図る時で、北朝鮮は「使ったらおしまい」と考えているはずだ。しかし、戦術核の場合は逆で、使わないと生き残れないと考えるかもしれない。…北朝鮮が万一、核使用の誘惑にかられたとしても、米軍から応分の報復を受けることが避けられないと考えて思いとどまるよう、警告し続けるとともに日米韓で万全な防衛態勢を整えることが急務だ。
あるべき「抑止の形」議論を 日本大教授・小谷賢(2022年10月23日付産経新聞)
このところ、北朝鮮によるミサイルの発射実験が続いている。米国がウクライナ問題でロシアと対立する中、多少の狼藉では米国の報復を招かないという計算であり、実際、それは的中しているといえる。しかし日本にとって北朝鮮のミサイルは、安全保障上深刻な問題であり、その対応をめぐって今回も各紙ではさまざまな意見が見られた。ただでさえ迎撃困難な弾道ミサイルが、変則軌道で飛ぶなど高性能化する中で、果たして撃ち落とせるのか怪しくなってきている。そうなると相手にミサイルを発射させないよう抑止することが重要になってくるが、抑止についても確実な手段は存在しない。産経は自衛隊に反撃能力、つまり敵基地攻撃能力を持たせて北朝鮮を抑止することを主張しているが、朝日と毎日はそのような能力が専守防衛の方針からそれることを危惧し、反撃能力には懐疑的だ。さらに朝日は「日韓国内では、北朝鮮の挑発を敵基地攻撃容認に安易に結びつけようとする動きがあるが、立ち止まって慎重に考えるべきだ」と韓国の安全保障政策にまでクギを刺している。日経が「(韓国は)北朝鮮抑止のための反撃能力強化も打ち出した」でとどめたのとは対照的だ。「日本も反撃能力を保有することで、北朝鮮による対日ミサイル発射を抑止すべきだ」という意見はそれなりにもっともらしい意見なのだが、問題は実際に攻撃することが可能かどうかである。既に北朝鮮は移動式のミサイル発射台を運用しているため、事前にミサイルの発射地点を割り出すことは相当困難であるし、そこにピンポイントで攻撃できるかも難しい。つまり敵基地攻撃は技術的なハードルが相当高い。そうなると従来の方針の延長で、ミサイル防衛の能力を向上させていくことが当面の目的となる。今回は「ミサイルへの対処能力を向上させることが重要だ」と指摘した読売の意見が妥当なように思える。
金正恩氏の核カードと生存戦略 「トランプ再選」待望か(2022年10月14日付日本経済新聞)
北朝鮮が7回目の核実験に向けて最終的な準備を進めている。韓国の情報機関は、11月8日投開票の米国の中間選挙までに北朝鮮が実験に踏み切る可能性を指摘する。金正恩総書記は独裁体制を守る「宝剣」と位置づける「核カード」を、米国政治にどう絡ませようとしているのだろうか。核実験の観測は今年春にも取り沙汰された。韓国の国家情報院は5月、国会に「実験準備が完了した」と報告した。米韓の当局は豊渓里核実験場にある「3番坑道」の復旧作業が終わったと判断していた。…北朝鮮の分析に携わってきた専門家は、中長期的な金正恩氏の戦略を考えると、核実験を急ぐ理由はないと指摘する。南北交渉を長く担当した韓国の当局者は「金総書記はバイデン大統領には期待していないだろう。トランプ前米大統領の再登板にかけており、中間選挙を見極めるのではないか」と語る。…金正恩氏は4年半前、韓国の文在寅大統領を通じて「非核化の意思」をちらつかせ、トランプ氏を直接交渉の場に引っ張りだした。ところが今年9月の最高人民会議では「我々の核政策を変えるには朝鮮半島の政治、軍事的環境が変わらなければならない。絶対に先に核放棄や非核化はしない」と核への固執をあらわにした。北朝鮮が対話に応じず自らの行程表に沿って核能力の増強を進めるのなら、日米韓は制裁や軍事的な圧力を強めて対応するしかない。日本には安保環境の悪化と緊張の長期化に備えた戦略が求められる。
浜田防衛相単独インタビュー詳報(2022年10月26日付産経新聞)
北朝鮮が極めて速いスピードで弾道ミサイル開発を継続的に進めている。発射兆候の早期把握や迎撃がより困難になっている。ミサイル防衛を強化する不断の努力が重要だ。いわゆる『反撃能力』(敵基地攻撃能力)も含め、あらゆる選択肢を排除せずに検討し、防衛力の抜本的強化に取り組む」「防御する態勢と反撃能力という2本立てでないと説得力がない。議論が重ねられて抑止力につながっていくのではないか」、「反撃能力は抑止という意味が極めて大きい。あくまで憲法の範囲内なので専守防衛の観点から先制攻撃には至らないものを考えていく。攻撃前段階の外交力が大変重要で、そのために米国などとの連携を構築している。『撃たれる前にやること』をしっかりやり、われわれの姿勢を目に見える形で出していくのが重要ではないか」、「政府として従前から国民保護のための避難施設について検討しているが、防衛省としても国民保護のために何ができるか検討していきたい。国民にその必要性を感じてもらうことは重要だ。シェルターは相手(国)に対して『撃ってもむだだ』と伝える抑止の手段とも考えられる。年末に向けて議論する中でぜひ強く言っていきたい」、「国民も今の安全保障環境をどこまで憂慮しているのか、政治家が思い切った議論をするのが重要だ」、「国民の意思をどう体現していくかが新しい自衛隊に求められる。われわれはあくまでも国民の意思を反映して動くので、決して勝手な判断はできないが、果断に判断しなければいけない部分もある」
北朝鮮、日本射程のミサイル用に核兵器の小型化すでに実現=官房長官(2022年10月27日付ロイター)
松野官房長官は、北朝鮮がすでに弾道ミサイルに核兵器を搭載するために必要な小型化を実現しているとの見解を示した。その上でさらなる小型化の実現については、回答を控えるとした。松野官房長官は、北朝鮮が日本を射程に収める弾道ミサイルに「核兵器を搭載して攻撃するために必要な小型化や弾道化などはすでに実現しているとみられる」と述べた。北朝鮮がさらなる核実験を通じ、核兵器の一層の小型化を追究するとの指摘があることは「承知している」と語った。ただ、それ以上の詳細については回答を控えるとした。また、北朝鮮の軍事的な行動に関し「今後、核実験を含めさらなる挑発行動に出る可能性はあると考えられる」としつつ、実際に実験を行う時期などの具体的な回答は控えると語った。

北朝鮮による相次ぐミサイル発射を受け、国連安全保障理事会は、緊急会合を開催しましたが、結束した対応を打ち出せずに終わりました。大半の理事国が北朝鮮への非難や懸念を表明しましたが、中国とロシアは米国が情勢悪化の原因だと主張しています。米国の国連大使は「北朝鮮は意図的に緊張を高めている」と批判、「北朝鮮がウクライナを侵攻するための兵器を売却する可能性があり、米国への緩衝地帯になるからといって、安保理の責任は放棄できない」と、北朝鮮を擁護する中露をけん制しましたた。一方、中国の国連大使は米韓の合同訓練がミサイル発射を誘発しているとした上で「対話を再開する環境を作るため、米国には一方的に対立を強めないよう求める」と反発、ロシアの国連次席大使は「半島情勢悪化の原因は、北朝鮮に一方的な軍縮を強いようとする米国の願望だ」と主張しています。会合後、欧米の理事国や来年から安保理入りする日本やスイスなど計12か国、非常任理事国の全10か国がそれぞれ北朝鮮を非難する共同声明を出しています。

米国務省は、北朝鮮への原油密輸に関与した疑いがあるシンガポール国籍の海運企業幹部、クウェク容疑者に関する情報提供に最高500万ドル(約7億4000万円)の報奨金を出すと発表しています。米政府が北朝鮮関連で特定の個人に関する情報提供に報奨金を設定するのは初めてで、今後も対象を広げていく方針といいます。米司法省によると、クウェク容疑者はシンガポールの海運会社幹部で、2018年2月以降、ペーパーカンパニーを使って原油や輸送船舶を購入し、海上で積み荷を移し替える「瀬取り」などによって、北朝鮮に原油を密輸した疑いがあるとされます。北朝鮮船籍の船との瀬取りは、国連安全保障理事会の決議で禁止されています。また、決済時に米国の銀行経由のドル送金を利用しており、米国の国内法に違反した疑いもあり、連邦捜査局(FBI)に指名手配されています。米国務省はこれまでも、北朝鮮による武器売買、サイバー攻撃、出稼ぎ労働、ぜいたく品の輸入などに関する情報提供に最高500万ドルの報奨金を設定しています。スアレス次官補代理(国際安全保障・不拡散担当)は「外国への武器売却や密輸に加えて、IT技術者の海外派遣や仮想通貨(暗号資産)の強奪も、北朝鮮の大量破壊兵器開発の資金源になっている。北朝鮮の不法な活動にはあらゆる手段を講じて対応する」と述べています。

日本でも北朝鮮関係の制裁を強化しています。

▼外務省 北朝鮮の核その他の大量破壊兵器及び弾道ミサイル関連計画その他の北朝鮮に関連する国際連合安全保障理事会決議により禁止された活動等に関与する者に対する資産凍結等の措置の対象者の追加について
  • 我が国は、令和4年10月4日に北朝鮮が我が国の上空を通過する形で弾道ミサイルを発射したこと等を踏まえ、北朝鮮をめぐる問題の解決を目指す国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するため、主要国が講じた措置の内容に沿い、閣議了解「外国為替及び外国貿易法に基づく北朝鮮の核その他の大量破壊兵器及び弾道ミサイル関連計画その他の北朝鮮に関連する国際連合安全保障理事会決議により禁止された活動等に関与する者に対する資産凍結等の措置について」(令和4年10月18日付)を行い、これに基づき、外国為替及び外国貿易法による次の措置を実施することとした。
  • 措置の内容
    • 外務省告示(令和4年10月18日公布)により資産凍結等の措置の対象者として指定された北朝鮮の核その他の大量破壊兵器及び弾道ミサイル関連計画その他の北朝鮮に関連する国際連合安全保障理事会決議により禁止された活動等に関与する者(5団体)に対し、(1)及び(2)の措置を実施する。
      1. 支払規制
        • 外務省告示により指定された者に対する支払等を許可制とする。
      2. 資本取引規制

警察庁などは、北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」が日本の暗号資産交換業者を狙ってサイバー攻撃を行っていると発表しています。摘発に至っていないのに名指しで公表するのは異例のこととなりますが、「パブリック・アトリビューション」(非難声明)と呼ばれる手法で、政府が行うのは5例目となります。攻撃の抑止につなげる狙いがあるとされます。国外からのサイバー攻撃で、実行犯を摘発できるケースはまれですが、ウイルス解析などの捜査で特定の国の関与が判明することがあります。声明によって攻撃主体や目的、手口などを公表すれば、攻撃の抑止やけん制につながるとされ、政府が最近力を入れているものでもあります。ラザルスは暗号資産交換業者の幹部を装って標的企業の社員にフィッシングメールを送りつけたり、SNSでやりとりしたりして、交換業者の端末をウイルス感染させていたといい、内部システムに侵入され、実際に暗号資産を盗み取られたケースもあったということです(実際に被害を受けた事業者名は公表されていませんが、2018年に「ザイフ」から約70億円相当が流出、2019年に「ビットポイントジャパン」から約30億円が流出、2021年に「リキッドグループ」から約100億円が流出などの被害が明らかになっています)。被害申告を受けた各地の警察が、2022年4月に発足した警察庁サイバー特別捜査隊と連携して解析を行うなどした結果、ラザルスによる攻撃と特定できたということです。ラザルスは北朝鮮の対外工作機関・偵察総局と関係が深く、2017年に世界の銀行などで被害が出たウイルス「ワナクライ」の攻撃などに関わったとされます。2022年4月には米連邦捜査局(FBI)が、約780億円相当の暗号資産が盗まれた事件への関与を公表しています。なお、報道でトレンドマイクロは「ラザルスは元々、各国の銀行を標的にしていたが、最近はより管理の甘い暗号資産に狙いを定めている。手口の周知や対策につながるため、パブリック・アトリビューションを行う意義は大きい」と指摘しています。

▼金融庁 北朝鮮当局の下部組織とされるラザルスと呼称されるサイバー攻撃グループによる暗号資産関連事業者等を標的としたサイバー攻撃について(注意喚起)
  • 北朝鮮当局の下部組織とされる、ラザルスと呼称されるサイバー攻撃グループについては、国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネルが本年10月7日に公表した安全保障理事会決議に基づく対北朝鮮措置に関する中間報告書が、ラザルスと呼称されるものを含む北朝鮮のサイバー攻撃グループが、引き続き暗号資産関連企業及び取引所等を標的にしていると指摘しているところです。また、米国では本年4月18日、連邦捜査局(FBI)、サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁(CISA)及び財務省の連名で、ラザルスと呼称されるサイバー攻撃グループの手口や対応策等の公表を行うなど、これまでに累次の注意喚起が行われている状況にあります。同様の攻撃が我が国の暗号資産交換業者に対してもなされており、数年来、我が国の関係事業者もこのサイバー攻撃グループによるサイバー攻撃の標的となっていることが強く推察される状況にあります。
  • このサイバー攻撃グループは、
    • 標的企業の幹部を装ったフィッシングメールを従業員に送る
    • 虚偽のアカウントを用いたSNSを通じて、取引を装って標的企業の従業員に接近する
      などにより、マルウェアをダウンロードさせ、そのマルウェアを足がかりにして被害者のネットワークへアクセスする、いわゆるソーシャルエンジニアリングを手口として使うことが確認されています。その他様々な手段を利用して標的に関連するコンピュータネットワークを侵害し、暗号資産の不正な窃取に関与してきているとされ、今後もこのような暗号資産の窃取を目的としたサイバー攻撃を継続するものと考えられます。
  • また、最近では分散型取引所による取引など暗号資産の取引も多様化しており、秘密鍵をネットワークから切り離して管理するなど、事業者だけでなく個人のセキュリティ対策の強化も重要となっています。
  • 暗号資産取引に関わる個人・事業者におかれましては、暗号資産を標的とした組織的なサイバー攻撃が実施されていることに関して認識を高く持っていただくとともに、以下に示すリスク低減のための対処例を参考に適切にセキュリティ対策を講じていただくようお願いいたします。あわせて、不審な動き等を検知した際には、速やかに所管省庁、警察、セキュリティ関係機関等に情報提供いただきますよう重ねてお願いいたします。
  • リスク低減のための対処例
    • 前述のサイバー攻撃グループは、多様な手法、手口を駆使しているとされるところ、次のような対策の実施を推奨します。
      1. この種のサイバー攻撃に対する優先度の高い対策
        1. ソーシャルエンジニアリングに関する意識の向上、ユーザー教育の実施
          • ソーシャルエンジニアリングの手法・技術について理解し、常に注意を払う。例えば、電子メールを介したマルウェア感染のリスクを低減するため、電子メールの添付ファイル又はハイパーリンクを不用意に開封又はクリックしない。企業・組織等においては、職員のトレーニングの実施を検討する。
          • 例:SNSのプロフィールに違和感や偽りがないか。
        2. ファイルをダウンロードする際の配信元の確認
          • 外部からファイルをダウンロードする際には、配信元が信頼できるソースであることを常に確認する。特に暗号資産関連のアプリケーションは真正性が確認できる配信元以外からダウンロードしない。
          • 例:配信元のWebサイトは別サイトを模したものや、登録後間もないドメインではないか。社内資料のやり取りに社外のURLを使用していないか。
        3. 秘密鍵のオフライン環境での保管
          • 暗号資産への不正アクセスを防止するため、秘密鍵をインターネットから切り離されたハードウェアウォレット等のデバイス上などで保管する。
      2. この種のサイバー攻撃に対して効果的な対策
        1. 電子メールに関する対策の実装
          • システム管理者等においては、電子メールの添付ファイルやハイパーリンクのスキャンを行う
        2. ドメインとの通信に関する対策の実装
          • レピュテーションの低いドメインや登録後間もないドメインとの通信について確認や制限を行う
        3. アプリケーションセキュリティの強化
          • マルウェア感染のリスクを低減するため、システム管理者等は、アプリケーション許可リストを用いて、許可されていないプログラムの実行を禁止する。また、Office ファイルのマクロ機能については、必要がなければ無効にする。
      3. 多様な手法、手口に備えたその他の一般的な対策
        1. セキュリティパッチ管理の適切な実施
          • ソフトウエアや機器の脆弱性に対して、迅速にセキュリティパッチを適用する。パッチ適用を可能な限り迅速化し、適用漏れをなくすため、脆弱性管理やパッチ管理を行うプログラムの導入を検討する。
        2. 端末の保護(いわゆるエンドポイント・プロテクション等)
          • 端末(PC、タブレット端末、スマートフォン等)のセキュリティ機能の活用や、セキュリティ対策ソフトの導入を行う。
        3. ソフトウエア等の適切な管理・運用、ネットワーク・セグメンテーション
          • ソフトウエア及び機器のリストを管理し、不要と判断するものは排除する。また役割等に基づいてネットワークを分割する。
        4. 本人認証の強化、多要素認証の実装
          • パスワードスプレー攻撃やブルートフォース攻撃によって認証が破られるリスクを低減するために、パスワードは十分に長く複雑なものを設定する。また、複数の機器やサービスで使い回さない。
          • システム管理者等においては、多要素認証を導入し本人認証をより強化する。また、不正アクセスを早期に検知できるようにするために、ログイン試行を監視する。
        5. アカウント等の権限の適切な管理・運用
          • アカウントやサービスの権限はそのアカウント等を必要とする業務担当者にのみ付与する。特権アカウント等の管理・運用には特に留意する。
        6. 侵害の継続的な監視
          • ネットワーク内で不審な活動が行われていないか継続的に監視を行う。たとえば、業務担当者以外がシステムやネットワークの構成に関する資料へアクセスするといった通常の行動から外れた活動や、外部の様々な脅威情報と一致するような不審な活動の監視を行う。
        7. インシデント対応計画、システム復旧計画の作成等
          • インシデント発生時に迅速な対応をとれるように、インシデント対応の手順や関係各所との連絡方法等を記した対応計画を予め作成し、随時見直しや演習を行う。また包括的な事業継続計画の一部としてシステム復旧計画の作成等を行う。
        8. フィッシングサイトへの注意
          • 暗号資産取引所等を装ったフィッシングサイトに注意を払う。企業・組織等において自社を装ったフィッシングサイトを把握した場合は、利用者等への注意喚起を行う。

北朝鮮がハッカーによる日本の金融機関への攻撃を強めています。経済制裁が強まるなか、北朝鮮は密輸に加えサイバー攻撃を有力な資金調達手段としています。こうした状況を踏まえ、金融庁は、業界担当者も交えた演習を実施、過去最多の約160社が参加しセキュリティの向上を目指すべく取組みを行いました。彼らが念頭に置く敵は、北朝鮮情報機関の関連組織とされるハッカー集団「ラザルス」で、米連邦捜査局(FBI)は、同集団が2022年3月に行ったオンラインゲームへのサイバー攻撃に言及、6月下旬にも暗号資産交換所への攻撃で計数億ドル(数百億円)相当の資産が盗まれたとしています。

▼金融庁 「金融業界横断的なサイバーセキュリティ演習(Delta Wall Ⅶ)」について
▼(別添)PDF「金融業界横断的なサイバーセキュリティ演習(Delta Wall Ⅶ)について」
  • 金融分野のサイバーセキュリティを巡る状況
    • 世界各国において、大規模なサイバー攻撃が発生しており、攻撃手法は一層高度化・複雑化
    • 我が国においても、サイバー攻撃による業務妨害、重要情報の窃取、金銭被害等の被害が発生している状況
    • こうしたサイバー攻撃の脅威は、金融システムの安定に影響を及ぼしかねない大きなリスクとなっており、金融業界全体のインシデント対応能力の更なる向上が不可欠
  • これまでの演習の概要
    • 過去6回、演習を実施。
    • 2016年度は77先・延べ約900人、2017年度は101先・延べ約1,400人、2018年度は105先・延べ約1,400人、2019年度は121先・延べ約2,000人、2020年度は114先・延べ約1,700人、2021年度は150先・延べ約2,700人が参加。
    • 参加金融機関の多くが規程類の見直しを実施・予定しているほか、社内及び外部組織との情報連携の強化に関する対応を実施・予定しており、本演習を通じて対応態勢の改善が図られている。
  • 金融業界横断的なサイバーセキュリティ演習(Delta Wall Ⅶ)
    • 2022年10月、金融庁主催による7回目の「金融業界横断的なサイバーセキュリティ演習」(Delta Wall Ⅶ(注))を実施。(注)Delta Wall: サイバーセキュリティ対策のカギとなる「自助」、「共助」、「公助」の3つの視点(Delta)+防御(Wall)
    • 参加率向上の観点から、証券会社や資金移動業者等の参加先数を拡大し、約160先が参加。
    • 昨年度に引き続き、テレワーク環境下でのインシデント対応能力の向上を図るため、参加金融機関は実際のテレワーク環境下で演習に参加
    • 対応できなかった項目の自己分析結果を提出することとし、評価の要因を明確化することで、演習効果を高める。
  • 演習の特徴
    • インシデント発生時における技術的対応を含めた攻撃内容の調査等、初動対応、顧客対応、復旧対応等の業務継続を確認
    • 経営層や多くの関係部署(システム部門、広報、企画部門等)が参加できるよう、自職場参加方式で実施
    • 参加金融機関がPDCAサイクルを回しつつ、対応能力の向上を図れるよう、具体的な改善策や優良事例を示すなど、事後評価に力点
    • 本演習の結果は、参加金融機関以外にも業界全体にフィードバック
  • 演習シナリオの概要
    1. 銀行 (ブラインド方式のため非開示)
    2. 信金・信組・労金 顧客情報の漏えいやWebサイトの異常が発生
    3. 証券・FX・資金移動業者・前払式支払手段発行者 ネットワーク機器の異常を端緒とした業務システム等の停止が発生
    4. 暗号資産交換業者 情報漏えいを端緒とした暗号資産流出が発生

前述のとおり、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルは、北朝鮮によるサイバー攻撃を指摘しています。暗号資産関連事業者が標的になっているとして、経営者からパートタイム従業員まで幅広く対策を講じるよう求めています。10月7日に公表した中間報告書では、北朝鮮によるサイバー空間の活動について言及、2022年に入っても情報資産を不正に取得する行為にくわえて、制裁の影響を回避するために暗号資産の窃取やローンダリングといった行為があとを絶たず、少なくとも数億米ドル規模の暗号資産を窃取されたと指摘しています。具体的には、「ラザルス」の活動に触れ、「Axie Infinity」のサイドチェーンである「Ronin Bridge」における被害のほか、「Harmony」上に構築されている「Horizon Bridge」が侵害を受けた事件についても関与が疑われている点を挙げています。また、ブロックチェーンや暗号資産などが引き続き標的になると分析、「技術的な不備ではなく、攻撃者のソーシャルエンジニアリングによるヒューマンエラーに起因して生じた可能性が高い」と述べ、人的対策の重要性を指摘、国連加盟国に対し、金融機関や関連事業者において経営者からパートタイム従業員、あらゆる個人に対して適切な教育、訓練、情報共有などを実施するよう推奨、取引所において取引時の二要素認証などより高いセキュリティ対策をデフォルトで設定するなど、対策を求めています。また、ロシアやアラブ首長国連邦(UAE)に住む北朝鮮のIT技術者が国籍を偽り、フリーランスの技術者を紹介する米国のサイトに登録してサービスへの報酬を得ていたと指摘、加盟国から情報が提供されたといいます。「外貨獲得が目的」(報告書)とみられ、核・ミサイル開発の資金源となっている可能性があると考えられます。露極東ウラジオストクにある北朝鮮のIT企業が2021年と2022年、ロシア人を使って同サイトに登録、北朝鮮の技術者への報酬をロシア人の銀行口座で受け取っていたものです(報酬額は不明)。北朝鮮のIT技術者が身元を偽って業務を請け負う問題をめぐっては、北朝鮮の弾道ミサイル発射を受けて、2022年5月に米国が安保理に提案した制裁強化決議案に、北朝鮮からの「情報通信技術関連サービス」の調達を禁じる内容が盛り込まれていましたが、中国とロシアの拒否権で廃案になった経緯があります。さらに報告書は、北朝鮮のIT技術者が、電話を使う「フィッシング詐欺」のアプリを開発し、韓国の犯罪グループが購入したとも指摘しています。

外務省は、フランスが2022年10月中旬から11月上旬までの間、国連安全保障理事会決議で禁じられている北朝鮮船の「瀬取り」に対する監視活動を行うと発表しています。活動には仏軍哨戒機が参加し、国連軍地位協定に基づき米軍普天間飛行場を使用するとしています。仏軍哨戒機による北朝鮮船の監視活動は2019年3月以来3度目となります。外務省は、北朝鮮の全ての違法な大量破壊兵器と弾道ミサイルの完全かつ検証可能で不可逆的な廃棄(CVID)を実現する上で、こうした取り組みを「歓迎する」としています。9月下旬以降、英国やカナダが各国軍の艦艇や航空機で北朝鮮船の監視活動を相次いで実施しています。「瀬取り」に関連して、米財務省は、北朝鮮に石油製品を密輸して軍や兵器開発を支援したとして2人と3団体を制裁対象に加えています。米国内の資産を凍結し、米国人との取引を禁止します。ブリンケン米国務長官は、最近の北朝鮮のミサイル発射は「前例のないペースと規模」と指摘し、「米国は北朝鮮の軍や兵器開発を支援する者たちに対し、行動を起こし続ける」と述べています。制裁対象となったシンガポールと台湾出身の男2人と関連する3団体は、北朝鮮向けの石油製品の積み荷を海上で移し替える「瀬取り」を行ったというものです。2017年12月の国連安保理決議は、北朝鮮の石油製品輸入量の上限を年間50万バレルと定めていますが、北朝鮮は「瀬取り」による制裁逃れを続けています。

米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は、ウクライナに侵攻するロシアに対し「北朝鮮が相当数の砲弾を極秘に提供しているという情報がある」と明らかにしています。中東や北アフリカ向けに輸送しているように偽装されているとし「実際にロシアが受け取ったか監視を続けている」と説明しています。カービー氏は、北朝鮮からロシアへの砲弾などの提供について「戦況の流れが変わることはない」と語り、運搬方法や砲弾の数などは明らかにしていません。米紙ニューヨークタイムズは9月上旬、機密指定が解除された米情報機関の資料を基に、ロシアが北朝鮮から大量の砲弾やロケット弾を購入していると報道、カービー氏は当時、ロシアが提供を要請しているとみられる動きがあることを認め「何百万発に上る可能性がある」と述べていました。直近でも、米国の北朝鮮問題研究グループ「38ノース」は、北朝鮮からロシアに列車が越境した場面をとらえた衛星写真の分析結果を発表、「北朝鮮からロシアへの兵器供与に関する報告がある中での越境」と指摘し、軍事関連物資を運搬した可能性があるとの見方を示しています。38ノースの4日の発表によると、越境した列車は両国の国境にかかる橋を渡り、北朝鮮からロシアに入ったとのことです。これに先立ち露側も、北朝鮮のコロナ対策で停止していた鉄道輸送を約2年半ぶりに再開し、3両編成の列車がロシアから北朝鮮に渡ったと発表していました。在北朝鮮のロシア大使館は、北朝鮮からの衣服などの輸入に強い関心を持っていると表明しており、ウクライナ侵略で不足する軍服などを北朝鮮から調達しようとしているとみられています。なお、ロシアの他国からの兵器調達を巡っては、米国はイランが無人航空機(ドローン)の提供を実施していると断定。ミサイルなども提供する動きがあるとみて警戒しています。また、中国との関係について言えば、金正恩朝鮮労働党総書記は、中国の習近平総書記(国家主席)に宛てて、「最も熱烈な祝賀を贈る」などと記した祝電を送ったといいます。正恩氏は「朝中の両党は社会主義を核とする両国の関係発展を力強くけん引している」と述べています。米韓との間で軍事的緊張が高まる中、後ろ盾となる中国との関係強化を図る思惑があると見られています。さらに、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は、中国共産党の習近平総書記(国家主席)の体制が3期目に入ったことを祝い、習氏の業績を称賛する社説を1面に掲載しています。別の面でも中国共産党大会での習氏の報告を長文で詳報し異例の態勢を取りました。社説は、習氏の続投は中国共産党員と中国人民の信頼と期待の表れで、中国が特色ある社会主義建設を完成させる保証になったとして習氏の指導力をたたえたほか、中朝の友好関係を強調し、北朝鮮人民と朝鮮労働党員も習氏の続投を「熱烈に祝っている」としています。

EUの議長国チェコは、EU加盟国を代表して国連総会第3委員会(人権)で、北朝鮮による拷問や恣意的な処刑といった人権侵害を非難する決議案を提出しています。これまでに日本や韓国など45カ国以上が決議案を支持する「共同提案国」に加わっています。同様の決議は2021年まで17年連続で採択されており、韓国が共同提案国になるのは4年ぶりとなります。11月中旬に第3委員会を通過し、12月に総会で採択される見通しとなっています。決議案は「日本と韓国の拉致被害者の即時帰還」を強く要求し、2014年の日朝合意に基づく日本人被害者の安否再調査などが進展していないことに深刻な懸念を表明しています。また、「北朝鮮は国民の生活向上よりも核・ミサイル開発に国力を投じている」と批判、事実上の国境封鎖などの新型コロナウイルス対策で国連機関の外国人職員らが撤収を余儀なくされ、国民の生活がより困窮した恐れがあると指摘し、北朝鮮に職員らを再び受け入れるよう求めています。

最後に、北朝鮮の弾道ミサイル発射に備えたJアラートや避難施設の状況等について、確認します。まず、Jアラートの課題等についての報道から、いくつか紹介します。

Jアラート 「空振り」より「速報性」に課題(2022年11月4日付産経新聞)
国から地方自治体に緊急情報を伝えるJアラートは、発信して1~2秒で自治体に、十数秒から数十秒で住民に伝達できる。「空振りは仕方がない。それより情報伝達に時間がかかったことが問題だ」。こう指摘するのは、国民保護行政に詳しい日本大危機管理学部の福田充教授だ。政府は3日午前7時50分、Jアラートで宮城、山形、新潟各県を対象に建物の中などへの避難を促したが、日本海上空でミサイルの消失が確認され、約50分後、日本上空を通過していなかったと訂正した。福田教授は「目に見えないミサイルは情報が命。空振りを恐れず、情報伝達を優先すべきだ」と話す。…福田教授は、ミサイルは最短約7分で東京に到達する可能性があるとした上で「発射後5分でJアラートを出しても住民が避難できる時間は2分。今回は発射後10分程度かかっている」と指摘。「間に合わなかったという結果は許されるものではなく、弾道の計算が多少粗くなってもスピードを重視すべきだ」と強調する。緊急時に住民が避難行動を取れるのかどうか。情報はまさに”命綱”となる。福田教授は「情報の精度と速さを両立するために、もっと予算をかける必要がある」との見方を示した。
Jアラート、通信監視システム改修へ 不具合続き予算増(2022年10月28日付日本経済新聞)
政府は北朝鮮による相次ぐミサイル発射を受けて全国瞬時警報システム(Jアラート)を改修する。緊急情報を国から自治体に伝える際の衛星通信のトラブルを防ぐため、通信状況を監視するシステムを新しくする。確実な情報伝達につなげる狙いだ。Jアラートは弾道ミサイル発射などの緊急情報を国から自治体に送り、住民に伝えるシステムだ。2004年の国民保護法の施行を受けて07年に運用が始まった。防災用の行政無線で警報を鳴らし、スマートフォンや携帯電話に緊急速報メールを届ける。北朝鮮が4日に発射した中距離弾道ミサイルは日本上空を通過し、政府が5年ぶりにJアラートを出した。ミサイルが通過する可能性が低かった東京都の島嶼部にも発令するトラブルが生じた。この部分についての改修は終えたものの、度重なる北朝鮮のミサイル発射を受け、通信システムの補強が必要になった。28日にまとめる総合経済対策に盛り込み、必要経費は22年度第2次補正予算案で手当てする。…福田充・日大教授(危機管理学)「いまはミサイル発射からJアラート発令まで4~5分ほどかかる。防衛省が軌道などを分析するために必要な時間で、これを短縮するには技術革新が必要となる。必要な予算を投じて技術開発を急ぐべきだ。自治体の対応をみても防災行政無線のトラブルなどが後を絶たない。これは自治体側の意識の低さにも起因する。機器が故障していたり、通信回線が切れていたりと初歩的なミスが多いのが実情だ。危機意識をしっかり持たなければならない。北朝鮮のミサイルが仮に関東に着弾するケースを想定すると発射から最短7分程度と見込まれる。避難に使える時間はおよそ2分だ。わずかな時間でいかに命を守る行動を取れるか。平時からの国民向けの啓発活動や訓練も欠かせない。」

次に避難施設、シェルターや国民保護訓練等の問題について、いくつか紹介します。

国道交差点下の地下横断歩道は「緊急一時避難施設」…利用者は「知らなかった」(2022年11月6日付読売新聞)
北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイルの発射を受け、山形県はミサイル着弾時の爆風などから身を守る緊急一時避難施設を増強する方向で各市町村と調整を進めている。県内に563か所(2021年4月1日現在)ある施設を200か所以上増やす方針で、7日に開かれる県の危機管理調整会議で報告される。ただ、施設の存在が県民に浸透しておらず、周知が課題となっている。緊急一時避難施設は、山形県内全35市町村にあり、コンクリート造りの体育館などが指定されている。このうち、25か所は地下道で、山形市など7市町にある。北朝鮮は今年に入り、ミサイル発射を繰り返し実施。3日には弾道ミサイルを発射し、山形県と宮城、新潟両県に全国瞬時警報システム(Jアラート)が発令された。被害は確認されなかったが、山形県は危機対策本部会議を開くなど対応に追われた。山形県の集計では3日現在、北朝鮮は30回、ミサイルを発射している。
先島諸島にシェルター設置検討 政府、台湾有事など想定(2022年10月13日付日本経済新聞)
政府は沖縄県・先島諸島にミサイル攻撃などから住民の身を守るシェルターの設置を検討する。台湾有事になれば地理的に台湾に近い先島諸島は巻き込まれる懸念がある。2023年度にシェルターに必要な機能や設備などを調べ、設置の可否を判断する。政府はミサイル攻撃の爆風などから身を守るため1~2時間ほど一時的に避難できるコンクリート造りの建物や地下施設を「緊急一時避難施設」として指定を進める。21年4月時点で全国に5万1994カ所あり、そのうち地下施設は1278カ所にとどまる。指定にあたってそれぞれの施設がどれほどの攻撃に耐えられるかといった明確な基準はない。地下施設の地上からの深さはばらばらで、期待できる被害の軽減効果も定かではない。…指定された地下施設の1割超が東京に集中し全国的な広がりに欠く。4日の北朝鮮の弾道ミサイル発射で全国瞬時警報システム(Jアラート)を発令した青森県は8カ所、北海道は16カ所だけしかない。避難する際はトイレや飲食料、医薬品の備蓄のほか、高齢者や乳幼児、障害者への対応も不可欠になる。ミサイルの爆風から守るには分厚い扉の設置といった施設の改修が必要になってくる場合もある。
都心の地下避難先、指定増も訓練めど立たず 民間との調整ネック(2022年10月29日付産経新聞)
ミサイル攻撃に備え、都市部では地下鉄の駅施設を緊急避難先に指定する動きが進んでいる。昨年3月までは皆無だったが、安全保障環境の悪化を受け、今年9月末までに東京で129カ所、大阪で108カ所の駅が指定された。しかし、政治経済の中枢機能が集まる東京都心は、民間との調整がネックとなり、駅に接続する地下街などには指定が及んでおらず、避難訓練のめどは立っていない。
テロから武力侵攻想定へ 「住民不在」で実効性に疑問も、国民保護訓練2022年10月29日付産経新聞)
他国による武力侵攻や大規模テロなどを想定し、住民の避難手順などを確認する国民保護法上の共同訓練を国とともに実施する都道府県が今年度、過去最多の30府県にのぼることが29日、産経新聞の取材で分かった。参加数は昨年度に比べ1・7倍。相次ぐ北朝鮮の弾道ミサイル発射やロシアの脅威など、日本の安全保障環境が厳しさを増したことが影響しているとみられる。訓練は当初、対テロ想定だったが、北朝鮮のミサイル発射やウクライナ侵攻など近年の国際情勢の緊迫化を受け、武力侵攻への備えにかじを切りつつある。ただ、大半の訓練に住民自身は不参加で、訓練の想定も現実味に欠けるなどとして、実効性を疑問視する声が専門家から上がる。…田辺氏は、全国瞬時警報システム(Jアラート)のほか、防災無線を使った住民への警報やヘリポートの活用、バスの待機場所の想定など「生々しい現実的な計画」が必要と指摘する。しかし、3府県の訓練は「混乱が生じる」(府幹部)として住民の避難訓練や警報の発動はせず、市街地戦も「現実的ではない」(内閣官房担当者)ため想定していない。田辺氏は「訓練の目的を明確にし、検証できるシナリオにすることが大切。他府県へ逃げた後に避難所を設置する場所や、高齢者など逃げ遅れやすい人のための防護施設の検討など、今後の施策につなげて初めて意義が出る」と指摘した。
  • 度重なる北朝鮮の弾道ミサイル発射を受けて、愛媛県は県民の生命や財産に重大な被害が及ぶ事態が発生した時の対応を示した「県危機管理計画」を10月に改訂し、新たな項目として「ミサイル発射事象」を組み入れています。ミサイル発射に伴う県内対象の全国瞬時警報システム(Jアラート)の発出で、知事をトップとする「県北朝鮮ミサイル危機対策本部」を自動的に設置、初動を速やかに行い、正確な情報をいち早く説明するとしています。今回の改訂でJアラート発令後、安全確保を最優先に防災関連の部局を中心に落下や被害状況などの情報収集を進めるとしています。伊方原発(伊方町)の稼働や航空機・船舶の運航、医療機関、公共交通機関の被害の状況を確認。知事ら対策本部メンバーが集まり次第速やかに会議を開いて、被害などを情報共有し、対処方針を決定するほか、知事から県民に適切な行動を呼びかけるとしています。
  • 新潟県の離島、粟島で、弾道ミサイルの飛来に備えた住民避難訓練が行われました。北朝鮮がミサイル発射を続けていることを踏まえ、政府が新潟県や地元の粟島浦村とともに主催したもので、発射したとの速報があった際の村役場の初動対応や住民を誘導する手順を確認しています。島は人口約330人で、約90人が避難しました。訓練は「X国」が発射したミサイルが約10分後、島の沖合に落下すると想定、午後3時40分ごろ、サイレンが鳴り響き「ミサイル発射」のアナウンスが流れると、消防団に導かれ住民が避難場所の役場に向かい、役場では、落下してきたとするタイミングで住民らが窓から離れた壁際で体をかがめ、頭を守る姿勢、幼児は抱きかかえられるといった訓練や、村職員は要員の呼び出しや被害確認に当たる手順の訓練が行われました。内閣官房などによれば、国との共同訓練は2022年9月~2023年1月にかけて、北海道や山形県、富山県など同村を含め、9道県の11自治体で実施される予定となっています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例改正の動向(神奈川県)

暴力団が飲食店などから集める「用心棒代」や「みかじめ料」について、支払う店側の罰則を盛り込んだ神奈川県暴力団排除条例が11月1日から施行されています。改正された同条例では、神奈川県内の繁華街15カ所を「暴力団排除特別強化地域」に指定、客とトラブルが起きやすい風俗店や飲食店などの「特定営業者」が暴力団員にみかじめ料などを払うと店側が罰則の対象となります。また、違反した場合、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されることがあるほか、店側による違反の申告を促すため、自首した場合は刑の減刑や免除の規定が盛り込まれています。同様の暴排条例の改正は全国で進んでおり、大都市圏である神奈川県がこのタイミグでの施行というのはやや遅い感じがしますが、店舗にとって暴力団との関係を断る理由になること、暴排条例の内容、改正の内容が周知されることで暴力団の資金源の弱体化につながることを期待したいと思います。

▼神奈川県警察 改正神奈川県暴力団排除条例の趣旨・概要

本サイトでは、改正の趣旨として、「平成23年4月に施行された神奈川県暴力団排除条例では、「暴力団を恐れないこと、暴力団に協力しないこと及び暴力団を利用しないこと」等を基本理念に掲げ、事業者等と暴力団との関係遮断を推進してきた。しかし、繁華街などでは、条例施行後においても、一部の事業者が暴力団に対し用心棒料等の利益供与を行っており、事業者と暴力団との関係遮断が図られていない実態がある。よって、条例の一部を改正し、これら繁華街などの地域を「暴力団排除特別強化地域」と定め、同地域内においては、特定営業者と暴力団員との間で、用心棒料等の利益の授受等を禁止する措置を追加することとした」と述べています。2011年4月に施行された同条例には、みかじめ料などの支払いに関する暴力団や店側について、違反が発覚した場合は神奈川県公安委員会が「勧告」を行い、それでもやめなければ氏名や事業者名を「公表」する措置にとどまっていました。みかじめ料に関する事件では、暴力団組員に対してのみ暴力団対策法に基づく摘発ができますが、中止命令や再発防止命令を発出後、より悪質なケースに限られています。また、刑法の恐喝罪を適用する方法もありますが、逮捕には脅迫行為の裏付けが必要であり、いずれもハードルが高かったところ、他の暴排条例の改正同様、改正では、横浜や関内、川崎の各駅周辺など神奈川県内15地域を「暴力団排除特別強化地域」に指定、飲食店や風俗店が集中する繁華街を抽出して、この地域内での違反に対しては、暴力団と店側の双方に罰則を新設するほか、即座に適用できる「直罰規定」としているのが特徴です。なお、暴力団排除特別強化地域については、具体的には、「暴力団員による用心棒料等の徴収が行われるおそれが高い風俗店、性風俗店等が集合している地域を選定するため、風営法に基づく許可・届出数等を勘案して総合的に選定」と説明されているほか、特定営業者の禁止行為として、「用心棒の役務の提供を受けること」、「用心棒の役務の対償又は営業を営むことを容認する対償として利益供与すること」が、暴力団員の禁止行為としても、「用心棒の役務を提供すること」、「用心棒の役務の対償又は営業を営むことを容認する対償として利益供与を受けること」が規定され、違反した場合の罰則として「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金」が規定されています。さらに、特定営業者が自首した場合については、任意的減免を規定、特定営業者による違反事実の申告を促すため、捜査機関に自首(捜査機関が違反者として特定する前後を問わない)してきた場合は、刑の減軽又は免除することができる規定を盛り込んでいます。

▼神奈川県暴排条例(2022年11月1日施行)

なお、参考までに、神奈川県暴排条例においては、他の暴排条例とは異なる「暴力団経営支配法人」が規制対象となっています。これは、同条例第2条(定義)において、「法人でその役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいい、相談役、顧問その他いかなる名称を有する者であるかを問わず、法人に対し業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者と同等以上の支配力を有するものと認められる者を含む。)のうちに暴力団員等に該当する者があるもの及び暴力団員等が出資、融資、取引その他の関係を通じてその事業活動に支配的な影響力を有する者をいう」と定義されているものです。また、青少年に対する有害行為等を具体的に禁止し、違反した場合には中止命令等を発出できる規定が設けられていることも大きな特徴です。

第17条(禁止行為) 暴力団員は、正当な理由がある場合を除き、自己が活動の拠点とする暴力団事務所に少年を立ち入らせてはならない。

  1. 暴力団員は、少年有害行為(少年が犯罪による被害を受けること又は暴力団員がその活動に少年を利用することを特に防止する必要があるものとして公安委員会規則で定める行為をいう。)を少年に行う目的又は少年に行わせる目的で、少年に対し、次に掲げる行為をしてはならない。
    1. 面会を要求すること。
    2. 電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、又は電子メールの送信等をすること。
    3. つきまとい、待ち伏せし、進路に立ち塞がり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所の付近において見張りをし、又はこれらの場所に押しかけること。
  2. 前項第2号の「電子メールの送信等」とは、次の各号のいずれかに掲げる行為(電話をかけること及びファクシミリ装置を用いて送信することを除く。)をいう。
    1. 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)第2条第1号に規定する電気通信をいう。次号において同じ。)の送信を行うこと。
    2. 前号に掲げるもののほか、特定の個人がその入力する情報を電気通信を利用して第三者に閲覧させることに付随して、その第三者が当該個人に対し情報を伝達することができる機能が提供されるものの当該機能を利用する行為をすること。

第17条の2 暴力団員は、暴力団の活動に利用する目的で少年を同行させてはならない。

  1. 暴力団員は、正当な理由がある場合を除き、少年に金銭、物品その他の財産上の利益を供与してはならない。

第18条(中止命令等) 公安委員会は、第17条第1項又は第2項の規定に違反する行為をした暴力団員に対し、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。

  1. 公安委員会は、第17条第1項又は第2項の規定に違反する行為をした暴力団員が更に反復して他の少年に対しても当該行為をするおそれがあると認めるときは、当該暴力団員に対し、1年を超えない範囲内で期間を定めて、当該行為を防止するために必要な事項を命ずることができる。

第19条(通報その他の措置) 何人も、少年が暴力団員等と交際しており、又は交際するおそれがあると思料するときは、状況に応じて、警察官への通報その他の適切な措置を講ずるよう努めるものとする。

(2)暴力団排除条例改正の動向(宮城県)

宮城県警は、宮城県暴排条例の改正案をまとめています。飲食店などから徴収する「用心棒代」に関し、支払う店側も罰則対象とするのが柱で、パブリックコメントを経て早ければ2023年の2月定例議会に提出、2023年7月1日の施行を目指すとしています。改正案は、仙台市青葉区国分町や一番町のほか、宮城野区榴岡など18地域を「特別強化地域」に指定、域内で暴力団員が用心棒行為をしたり、用心棒代を授受したりすることを禁止、授受行為などがあれば団員だけでなく、店側にも1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されることになります。また、学校や児童福祉施設などの周囲200メートルや都市計画法に定める商業地域などでの暴力団事務所開設や運営、18歳未満の少年の事務所立ち入りを禁止、違反の疑いがある場合は立ち入り調査を行えるようにするほか、業者が違反を申し出た場合は罰則を減免するといった内容となっています。全国的にはすでに具備されている内容が数多く今回の改正に盛り込まれており、これまでの遅れや漏れをカバーするものとして評価したいと思います(ただ、施行が来年7月というのは随分先だなというのが率直な感想です)。

▼宮城県警察 「暴力団排除条例」の一部改正案
  1. 「祭礼等における措置規定」の新設
    • 祭礼等の主催者・運営者に対し、行事運営に暴力団、暴力団員を関与させない措置を講ずる努力をすることを規定⇒【努力義務・罰則なし】
  2. 「暴力団事務所の開設及び運営禁止規定」の新設
    1. 保護対象施設の周囲200メートル以内の区域内での暴力団事務所開設・運営禁止
      • 保護対象施設に学校(大学を除く。)、図書館、博物館、公民館、児童福祉施設、家庭裁判所、保護観察所、少年鑑別所、少年院及び都市公園を規定
      • 違反者には、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金
    2. 都市計画法に規定する区域内の暴力団事務所開設・運営禁止
      • 第1種・第2種低層住居専用地域、第1種・第2種中高層住居専用地域、第1種・第2種住居地域、準住居地域、田園住居地域、近隣商業地域及び商業地域を規定
        ⇒ 違反者には、「中止命令」
      • 中止命令に違反した者には、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金
  3. 「暴力団事務所への青少年立ち入らせ禁止規定」の新設
    1. 暴力団事務所開設及び運営禁止規定、暴力団事務所への青少年立ち入らせ禁止
      ⇒ 違反者には、「中止命令」、「再発防止命令」
    2. 命令に違反した者には、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金
  4. 「暴力団排除特別強化地域における禁止行為規定」の新設
    1. 暴力団排除特別強化地域
      • 仙台市青葉区 国分町一丁目~三丁目、一番町一丁目~四丁目、立町、春日町、大町一丁目・二丁目、中央一丁目~四丁目、花京院一丁目
      • 仙台市宮城野区 榴岡一丁目・二丁目
      • その他公安委員会規則で定める地域
    2. 特定営業者
      • 風俗営業、性風俗関連特殊営業、特定遊興飲食店営業、接客業務受託営業、飲食店営業、風俗案内業、客引き及びスカウト業を営む者
    3. 暴力団排除特別強化地域における禁止行為
      • 特定営業者の禁止行為:用心棒の役務の提供を受ける行為及び用心棒料等の利益を供与する行為
      • 暴力団員の禁止行為:用心棒の役務の提供をする行為及び用心棒料等の利益の供与を受ける行為
  5. 違反した暴力団員及び特定営業者には、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金
    ⇒ 積極的な申告を促すため、特定営業者には、自首減免規定を適用
  • 「立入等の調査規定」の新設
    1. 都市計画法に規定する区域内の暴力団事務所開設・運営禁止規定に違反する行為及び暴力団事務所への青少年立ち入らせ禁止規定に違反する行為が行われた疑いがある場合における調査権限(建物への立入り、物件の検査、暴力団員等への質問)を規定
      ⇒ 立入拒否、質問拒否及び虚偽答弁を禁止
    2. 違反者には、20万円以下の罰金
  • 「公安委員会の事務の委任規定」の新設
    • 都市計画法に規定する区域内の暴力団事務所開設・運営禁止規定及び暴力団事務所への青少年立ち入らせ禁止規定による中止命令について、公安委員会の事務を警察署長に委任することを規定
  • 「罰則・両罰規定」の新設
    1. 暴力団事務所開設及び運営禁止規定、暴力団事務所への青少年立ち入らせ禁止規定、暴力団排除特別強化地域における禁止行為規定並びに立入等の調査規定について、違反者に対する罰則を規定
    2. 法人の代表者、人の代理人等がその法人又は人の業務に関し、違反行為を行った場合には、行為者を罰するほか、法人又は人に対しても罰金刑を規定
(3)暴力団対策法に基づく逮捕事例(大阪府)

暴力団事務所の設置が禁止されている「警戒区域」内で組事務所を新設したとして、大阪府は、六代目山口組系組長を暴力団対策法違反の疑いで逮捕しています。事務所新設を巡って同法を適用したのは、全国初となります。本コラムでたびたび取り上げているとおり、六代目山口組は2020年1月、暴力団対策法に基づき特定抗争指定暴力団に指定され、警戒区域となる大阪市内で組事務所の新設や組員の出入りなどが禁止されている状態にあります。報道によれば、2021年7月、警戒区域内の大阪市生野区のビル一室に組事務所を新設、ビルの外に複数の監視カメラが設置され、室内には監視カメラのモニターのほか山口組の代紋や看板があったといい、組員が出入りしていることが確認されたとして、大阪府警が事務所と認定したものです。なお、同組長の組織は、六代目山口組の直系組織に所属し、大阪市浪速区にあった事務所は立ち入りが禁じられています。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

暴力団対策法第十五条の三(特定抗争指定暴力団等の指定暴力団員等の禁止行為)において、「特定抗争指定暴力団等の指定暴力団員は、警戒区域において、次に掲げる行為をしてはならない。」として、「一 当該特定抗争指定暴力団等の事務所を新たに設置すること」が規定されています。そのうえで、同法第四十六条において、「次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」として、「二 第十五条の三の規定に違反した者」と規定されています。本件は、これらに抵触したものと考えられます。

(4)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(福岡県・福岡市・北九州市)

直近1カ月の間に、福岡県において2社が、また福岡市と北九州市において1社が、「排除措置」が講じられ、公表されています。

▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表
▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置
▼北九州市 福岡県警察からの暴力団との関係を有する事業者の通報について

福岡県における「排除措置」とは、福岡県建設工事競争入札参加資格者名簿に登載されていない業者に対し、一定の期間、県発注工事に参加させない措置で、この期間は、県発注工事の、(1)下請業者となること、(2)随意契約の相手方となること、ができないことになります。今回、「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」(福岡県)として、2社が指定され、排除期間として、それぞれ「令和4年10月26日から 令和6年4月25日まで(18ヵ月間)」、「令和4年11月1日から 令和6年4月30日まで(18ヵ月間)」と示されています。一方、福岡市・北九州市における1社については、「暴力団との関係による」(福岡市)、「該当業者の役員等が、暴力団構成員と「密接な交際を有し、又は社会的に非難されるべき関係を有していると認められるとき」に該当する事実があることを確認した」として公表されています。排除期間については、「令和4年10月24日から令和5年10月23日まで(18ヵ月間)」(福岡市)、「審議中」(北九州市)と示されています。福岡県のみで指定されている1社については久留米市に所在する会社であり、今後、福岡市・北九州市でも指定されるのか注目したいところです。また、排除期間の開始日が自治体によって異なる点も注目されます。これまでも指摘しているとおり、3つの自治体で、公表のあり方、措置内容等がそれぞれ明確となってはいるものの、公表のタイミングや措置内容等が異なっており、大変興味深いといえます。

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