反社会的勢力対応 関連コラム

暴力団排除と不合理な差別、暴力団離脱者支援を巡る緊張関係

2023.06.13

首席研究員 芳賀 恒人

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1.暴力団排除と不合理な差別、暴力団離脱者支援を巡る緊張関係

2023年6月5日付毎日新聞の記事「「口座開設拒否は差別」 離脱5年以上の元組員、銀行を提訴」によれば、暴力団を離脱して5年以上たっているのに口座開設を拒否されたのは不当な差別だとして、茨城県内に住む元組員の男性がみずほ銀行に対して10万円の損害賠償を求め水戸簡裁に提訴したということです。口座開設を拒否されたことを理由に、元組員が金融機関を相手取り訴訟を起こしたケースは全国で初めてではないかと見られています。なお、訴訟は、暴力団排除や離脱者の更生に取り組む茨城県弁護士会民事介入暴力対策委員会が支援しています。報道によれば、原告の50代男性は2017年5月1日に県警の支援で指定暴力団を離脱し、現在は建設関連の会社で働いているといい、2023年4月12日、みずほ銀行水戸支店で、給与の振り込みを受けるための普通預金口座の開設を申し込んだものの拒否されたといいます。銀行側からは「総合的判断」と説明されたということです。当然のことながら、全国の金融機関は組員らのデータベースを整備し、取引からの排除に向けて取り組んでいます。みずほ銀行は離脱から「5年を経過しない者」なども「反社会的勢力」とみなし取引しないと規定しており、男性側は、口座を開設できなかったのは「かつて暴力団に所属していたことを理由とするのは明らか」と主張、経歴は「自らの意思によって克服することのできない属性」で、口座開設拒否は「就労の機会を奪い、社会復帰を阻害する不合理な差別」と訴えています。さらに、男性はみずほ銀行以外にも複数の地方銀行に口座開設を断られ、子どもの給食費などは妻の口座から引き落としているといい、報道の中で男性の代理人で茨城民暴委副委員長の篠崎和則弁護士は、「金融機関の口座は日常生活で欠かせない。口座が開けない理由を雇用主に尋ねられ『暴力団組員だった』と言わざるを得ない状況を変えられないと、組を離脱する人たちがいなくなってしまう」と指摘しています。

暴力団からの離脱と社会復帰を促す活動は各地で進められていますが、そうした過去を完全に消すのは容易ではないのが実態です。一方、報道において、ある地方銀行の支店幹部は「暴力団をやめたからといって更生したとは限らない」と警戒感を隠さないと報じられていますが、筆者も多くの金融機関から同様の懸念を聞くことが多く、真に更生したかを金融機関自身で判断する(リスクをテイクする)のは極めてハードルが高いのではないかと感じています。さらに言えば、その時点では離脱できていたとしても、その後のリスクまで金融機関がテイクすべきなのかと言えば、現時点ではそこまで積極的にリスクをテイクするような環境にないと感じます。また、報道で、地銀支店幹部が「表向きは離脱していても、不良集団の「半グレ」のメンバーになっている可能性もある。怪しい人は現場の判断で全て断る」と言い切り、5年というのも「一つの基準に過ぎない」と話したと報じられていますが、この点も多くの金融機関の厳格な姿勢として、各行の自立的・自律的なリスク管理事項である以上、安易に責められるべきものでもないと考えます。一方、報道にもあるとおり、ある警察幹部が「『この人はシロですか』と聞かれても、警察は『絶対大丈夫です』とは言えない。事業者には誰と取引するか決める自由がある」と、その難しさについてと報じられている点も、実務上はそのとおりであり、警察が「シロ」との情報を提供しない以上、そのリスクをどうテイクするかは金融機関の判断に拠る(自立的・自律的なリスク管理事項)のであって、第三者やましてや当人が強制する類のものでもないはずです。また、報道では、提訴した男性の就職先は協賛企業ではないとして、金融機関への働きかけなどをしてきた日本弁護士連合会民事介入暴力対策委員会の山田康成副委員長の「口座開設に応じるのは、金融機関にとってハードルが上がらないように反社会的勢力が入り込まない協賛企業に就労した人から始め、徐々に広げていくのが良いとの方針で進めていた」、「協賛企業以外で働く元組員にも真面目にやっている人はいる。訴訟は一つの問題提起と言える。暴力団情勢は変化しており、『半グレ』の見極めなど、金融機関側も新たな対応が求められる」とのコメントも取り上げています。この問題の本質は協賛企業への就職かどうかではなく、(受け入れ先企業の理解があることは離脱者支援にとって望ましいにせよ)当人自身の離脱の意志が本物かどうか、信頼に足る人物かどうか、正に「目利き」が問われるべきです。協賛企業であれば離脱が成功する確率が極めて高いということが事実なのであれば、金融機関にとっての判断基準の一つとなり得るところ、現時点でそのような事実はなく、だからこそ自立的・自律的なリスク管理事項として判断していかざるを得ないのです。さらに、「金融機関側も新たな対応が求められる」という点についても、それは社会全体の機運の高まり(暴力団離脱者支援の社会的な受容度・寛容度の高まり)があってのことであり、金融機関がその先鞭をつけるとの役割を担うことが求められているにせよ、例えば離脱が失敗に終わった場合(最悪、開設した口座が暴力団や犯罪組織の活動に悪用される結果となってしまった場合)であっても、当局や社会がそうした要請に応じて取り組んだ金融機関を受容・許容してくれるかが重要な要素となると考えられます。暴力団排除と不合理な差別、暴力団離脱者支援のバランスは確かに大きな分岐点にあるのは間違いありません。その意味では、「訴訟は一つの問題提起と言える」とのコメントについては、筆者も完全に同意するところです。願わくば、こうした緊張関係を乗り越えた先に、「社会的包摂」がすべてを包含する社会であってほしい、そう考えます。

暴力団関係者であることを理由にETCパーソナルカード(パソカ)を使わせないのは違法だとして、愛知県の暴力団幹部が高速道路6社と国を相手取り、会員資格の取り消しが無効であることの確認と損害賠償を求める訴訟を名古屋地裁に起こしています。現役の組幹部がETCなどの利用を求めて高速6社と争うのは異例のことといえます。報道によれば、原告側はパソカの利用停止で「高速利用が相当程度妨げられ、今後不可能になる見通しだ」と指摘、公共性の高いインフラから暴力団関係者を排除するのは不合理な差別で、公序良俗に反すると主張しています。さらに、6社の規約改正などを容認した責任が国にもあるとし、精神的苦痛などの損害賠償として143万円を6社と払うよう求めています。パソカをめぐっては2022年9月、愛知県警が暴力団員9人を詐欺容疑で逮捕していますが、いずれも不起訴処分となっています。暴力団関係者へのカード交付が利用規約で明確に禁止されておらず、組員と明かして利用を申し込む者もいたといいます。6社は2023年3月から利用規約を変更し、暴力団関係者の利用申し込みを拒絶できるように、申込時には、暴力団関係者でないことの確認も始めたといいます。本件も、口座開設の問題同様、不合理な差別で、公助良俗に反するかが争われることになります。筆者としては、この問題を考えるに際して、2015年(平成27年)3月27日の最高裁判所第2小法廷による、西宮市営住宅条例のいわゆる暴排条項について、憲法14条1項及び22条1項に違反しない、との判決を下したものが参考になるのではないかと考えます(あくまで個人的な意見です)。当該判決について一部抜粋すると、「…地方公共団体が住宅を供給する場合において、当該住宅に入居させ又は入居を継続させる者をどのようなものとするのかについては、その性質上、地方公共団体に一定の裁量があるというべきである。そして、暴力団員は、…集団的又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体の構成員と定義されているところ、このような暴力団員が市営住宅に入居し続ける場合には、当該市営住宅の他の入居者等の生活の平穏が害されるおそれを否定することはでききない。他方において、暴力団員は、自らの意思により暴力団を脱退し、そうすることで暴力団員でなくなることが可能であり、また、暴力団員が市営住宅の明渡しをせざるを得ないとしても、それは当該市営住宅には居住することができなくなるというにすぎず、当該市営住宅以外における居住についてまで制限を受けるわけではない。以上の諸点を考慮すると、本件規定は暴力団員について合理的な理由のない差別をするものということはできない。したがって、本件規定は、憲法14条1項に違反しない」と判示しているものです。もちろん、市営住宅とパソカを同一視できるものではありませんが、パソカの利用を制限することが事業者の裁量の範囲なのか、暴力団側が制限される程度が受忍できる範囲なのかなどが争点になると考えられます(これもあくまで筆者個人の意見です)。いずれにせよ、本件についても今後の動向を注視していきたいと思います。

直近での暴力団組織の動向について、いくつか紹介します。

  • 兵庫県公安委員会は、六代目山口組と池田組に対する特定抗争指定暴力団の指定を3カ月延長しています。期間は6月8日~9月7日で、6月6日に官報で公示されています。両組織についての指定延長は、2回目となります。池田組組長が岡山市で襲撃された事件などを受け、2022年12月8日に特定抗争指定暴力団に指定され。神戸市全域が組員の活動を厳しく制限する「警戒区域」に定められており、傘下組織の事務所使用や、おおむね5人以上の組員の集合などが禁止されています。指定延長の理由について、兵庫県警暴力団対策課は「対立抗争が終結したとは認められないため」としています。岡山県公安委員会もまた、両団体に対する「特定抗争指定暴力団」指定の期限を延長しています。岡山市内では、2022年10月に理髪店で池田組の組長が刃物で襲われたり、組関係の車に発砲されたりする事件が相次ぎ、いずれも六代目山口組系妹尾組の関与が認められ、2つの組の対立抗争は未だに続いているとみられています
  • 沖縄県内の指定暴力団旭琉会の幹部が台湾に本拠地を置く団体代表に就任したことが判明しています。団体は「華松山(かしょうざん)」と呼ばれ、「任侠団体」だとされます。旭琉会の傘下団体が台湾の団体と親交を深めていたことは以前の本コラムでも取り上げましたが、団体のトップに就任するのは初めてとなります。台湾、中国を巡る非公然団体との連携は新たな局面に入ったといえます。報道によれば、団体の上部組織は華僑系のネットワークとも連動していて、実態が表面化することがない結社「洪門」だとされます。「洪門」は「青幇」と並ぶ世界規模の二大団体とさ、華松山は洪門と関係し友好団体に当たるということです。2023年2月中旬には華松山の代表就任に伴う継承式があり、沖縄県警は警戒態勢をとりました。また5月に入って旭琉会幹部は台湾を訪問し、洪門のメンバーも参加した就任披露式も開いているといいます。指定暴力団の幹部が海外に足がかりとなる拠点を設けたことに対し、県警関係者は「上部団体を含め傘下団体には台湾マフィアの関与も確認されている。引き続き動向を注視していく」と警戒を強めています。県内での継承式には「洪門」の関係者も列席していたことを県警も把握、団体の性格や目的の把握に努めているといいます。洪門は中国で設立された結社とされ、その流れをくむ華松山は中国の思想家、墨子の教えを継ぐ団体として台湾にも拠点を置いているということです。
  • 静岡県東部を拠点とする暴力団「桜井総家」が、静岡県警に解散届を提出しています。静岡県内で暴力団が解散届を提出するのは、約60年ぶりといいます。県報道によれば、桜井総家は1921年に前身の組織が結成され、一時は約500人を超える組員を抱えたが、現在は数人になっているといいます。2023年3月、県東部の祭りで暴力団であることを隠して露店の出店権利をだまし取ったとして、50代の男性総長が詐欺容疑で逮捕され、不起訴となっていますが、その男性総長が富士署を訪れ、楠ヶ谷良巳署長に「最近の社会情勢などを考えた結果、私の代で解散する。関係者にも復活させない」と宣言し、解散届を手渡したといいます。楠ヶ谷署長は「良識ある社会人として、健全な社会生活を送ってほしい」と応じたといいます。なお、県警捜査4課の板山課長は「解散は、暴力団排除に大きな意味を持つ。今後も関係団体と連携し、排除に努める」と語っています。
  • 一時は大阪ミナミで勢力を拡大させたものの、神戸山口組から離脱した宅見組の本部事務所の解体作業が始まり、解体後の土地は民間企業が活用することとなりました。組事務所を巡っては、大阪地裁が2021年、近隣住民らの平穏な生活が脅かされるとして使用差し止めの仮処分を決定、2023年4月、大阪市内の民間企業が約3億3000万円で土地と建物を買い取っていたものです。宅見組は六代目山口組から分裂した神戸山口組の傘下となり、入江禎組長は神戸山口組副組長を務めていましたが、神戸山口組を離脱し、2023年4月、暴力団対策法に基づく特定抗争指定暴力団から外れています。
  • 2022年8月、車が突っ込む事件があった福津市にある神戸山口組傘下組織の暴力団事務所が撤去されました。福津市の申し立てに基づいて撤去が実現したもので、自治体の申し立てによる暴力団事務所の撤去は県内で初めてだということです。2022年の事件では、神戸山口組と対立抗争を繰り返す六代目山口組傘下組織の暴力団員2人が、建造物損壊などの罪で実刑判決を受けています。2022年12月、福津市の申し立てに基づいて福岡地方裁判所から事務所の使用を禁じる仮処分が出ていて、警察が所有権が暴力団組織とは無関係の個人に移ったことを確認したということです。暴力団事務所の使用禁止などを求める申し立てはこれまで地域の住民らが訴訟を起こすなどして行われていましたが、自治体の申し立てによって事務所の撤去が実現したのは、県内では初めてだということです。報道によれば、県警察本部の組織犯罪対策課は「住民が訴訟などを起こすのは心理面や費用面の負担も大きいので、今回、行政によって短期間で暴力団事務所の撤去に至ったことは、地域住民の安全と安心を確保するうえで非常に大きな成果だ」と話しています。
  • 尼崎市は2023年4月、暴力団の排除に向けた有識者会議「尼崎市暴力団排除活動推進会議」を設置しました。5月に第1回の会議を開き、市暴力団排除条例を見直し、新たな暴力団の拠点を作らせないよう、より実効性のある取り組みを進めていくとしています。推進会議は弁護士や警察関係者、市民団体で構成し、年5回ほど開催するとしています。市暴排条例をめぐっては、厳罰化などを求める要望が市民団体から市へ寄せられており、あり方が課題となっていたものです。市では2019年11月、神戸山口組の幹部が射殺される事件が発生、2020年11月には2件の発砲事件が相次いで起きました。現場の一つ、同市南武庫之荘5丁目の暴力団幹部の自宅建物は、2021年4月に市が買い取りましたが、自治体が組員宅を買い取るのは全国初で、暴力団排除に向けた取り組みを進めています。さらに、市は2022年9月、2015年時点で8カ所あった組事務所や関連施設がすべてなくなったと発表しています。

その他、最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 東京都町田市の発砲事件で、警視庁暴力団対策課は、拳銃を所持したとする銃刀法違反(所持)容疑で、神奈川県警伊勢原署に出頭した職業不詳の容疑者を現行犯逮捕しています。この事件では、六代目山口組系2次団体・極粋会の幹部が撃たれて死亡しています。報道によれば、両者は金銭トラブルを抱えていたとみられるとされます。
  • 許可を得ずに大阪市内のバーで従業員に客を接待させたとして、大阪府警は、経営者の容疑者ら4人を風営法違反の疑いで逮捕しています。報道によれば、容疑者らは準暴力団に指定されている半グレ集団「ヤオウ」のメンバーとみられ、府警は店舗の売り上げが活動資金になっていたとみて実態解明を進めるとしています。2022年12月~23年5月、大阪市北区のバー「HONEY TRAP」など3店で、大阪府公安委員会の許可を得ずに従業員に客の接待をさせ、酒を提供したなどとしています。府警はこの3店を含む4店を家宅捜索し、売上金約1440万円を押収、4店は、従業員の男女が客を接待する「ミックスバー」で、4容疑者はこれらの店舗の経営者や責任者で、ヤオウの一員の可能性があるとされます。ヤオウは2019年11月に準暴力団に指定され、これまでも大阪市北区の梅田や堂山町でガールズバーやキャバクラを経営し、ぼったくり被害の相談が相次いだことから、メンバーの逮捕や店舗の摘発を進めた経緯があるとされます。
  • 東証プライム上場の「三栄建築設計」の子会社が発注した建物解体工事を巡り、仲介業者を脅したとして、警視庁は、住吉会傘下組織の組長を暴力行為等処罰法違反容疑で逮捕しています。報道によれば、男は2020年12月に自宅で、三栄建築設計の子会社が発注した北区と豊島区のアパート解体工事2件を仲介した業者の男性担当者に対し、「工事を早く終わらせないと庭に穴を掘って埋めるぞ」などと言って脅迫した疑いはもたれています。解体工事は2件とも大田区の工事会社が施工しており、警視庁が経緯を調べています。三栄建築設計は取材に「反社会勢力との関わりがあったとの認識はない」としています。

以下、週刊誌情報を中心に最近の動向を紹介します。あくまで参考としていただければと思います。

《町田”銃撃”暴力団員死亡》事件が”抗争の火種”へと発展するのを防いだ”ヤクザLINE”とは…「血だまりに倒れた男の、はだけた胸には入れ墨が」(2023年5月29日付文春オンライン)

「町田で起きた発砲事件の様子を映した動画だとみられています。おそらく現場に居合わせた誰かがスマートフォンで撮影し、TwitterなどのSNSに投稿したのが拡散されたものでしょう。事件が多くの人が行き交う駅ビルの構内で発生したこともあり、現場の様子を映した写真や動画が複数出回る事態にもなっていました」(全国紙社会部記者)…背景に、TwitterやInstagramなどのSNSの進展があるのは想像に難くない。実際、冒頭の動画や、同時に出回った別のアングルで現場の様子を映した動画が、現在もTwitterで確認できる。一方で、暴力団関係者ら「反社会的勢力」と目される面々やその周辺者の間で築かれた独特のネットワークが、情報の大量拡散の一端を担ったという側面もあるようだ。…「ヤクザLINE」の”情報源”は多岐にわたる。TwitterなどのSNSに投稿された出所不明の情報をソースにすることもあるため、情報の真贋の見極めが難しいという側面もある。一方で、暴力団とその周辺者、いわゆる「身内」の間での情報共有を目的とする点から、警察内部でも知られていない内部情報が出回ることもある。…「名古屋を本拠とする弘道会を中心とした『六代目体制』に不満を抱えた勢力が『神戸山口組』として組織を割って始まった抗争では、神戸側が六代目側に不利となるような情報を積極的に拡散する情報戦が展開されました。その拡散のために使われたのが、『ヤクザLINE』。抗争が長期化し、『六代目山口組』と『神戸山口組』、さらには『絆會』など神戸山口組から分派した組織とが互いに牽制しあう現在のような状況になってからは、ヤクザ社会全体での情報共有にも使われるようになったのです」(前出のジャーナリスト)

絆會「織田絆誠代表」自宅前の警備が厳重になった意外な理由(2023年5月22日付デイリー新潮)

抗争中の暴力団トップの自宅前に警察の警備車両が付き、24時間体制で警戒をすることは珍しくない。絆會・織田絆誠代表の自宅前にもパトカーが張り付いてきたのだが、それが最近になって「より厳重」になったという。その理由を探っていくと意外な事件との接点が浮かび上がってきた。最近になって、兵庫県神戸市に本拠地を置く絆會の織田代表の自宅前で警戒するパトカーが1台から2台に増えたという。タイミング的には5月19日から21日の日程で開かれたG7広島サミットに絡んでのことかという見方もあったが、実際はそうではなさそうだという。「余嶋学・湊興業組長が射殺された事件に絡んでいるようです」と語るのは、事情を知る元山口組系義竜会会長の竹垣悟氏(現・NPO法人「五仁會」主宰)。

「絆會の若い衆が余嶋組長を殺害したのではないかとの噂が流れています。そのため不測の事態に備え、警戒を強める意味合いから、自宅前の警備が厳重になっているようです。あくまでも噂であり、真偽のほどはわかりませんが、警察は防犯カメラの映像をつないで犯人が特定できているのではとの見方もあるようですね」(同)…「サミット開催中に、しかも神戸という広島から近い場所でそういったことが起こるのはできるだけ排除しておきたいので、捜査当局としても”サミット終了待ち”しているのかもしれないですね」

銀座「ロレックス」仮面強盗事件に暴力団幹部「なんでも上のヤツらが儲かるようにできている」(2023年5月14日付NEWSポストセブン)

「とてつもないアホだと思ったね」、この事件についてある暴力団幹部に感想を聞いたところ、彼はこう返事した。「だが、犯人が未成年と聞いて、ああそうかと納得したよ。最初から使い捨て。捕まることが前提だ。まだ未成年だから、悪くても少年院にぶち込まれるだけとでも言われたんだろう」…「指示役がいるとか組織が絡んでいるという報道があると、暴力団が関与していると思われるが、こういった事件を起こすのは半グレの方が多い」という。…「今回の犯行は、後ろに指示役がいるだろう。強盗しても売りさばくルートが必要だ。あんなガキにそのルートはない」と幹部はいう。「高級時計にはシリアルナンバーがついているから、質屋に持ち込んだところで店側は引き取らない。すでに業界には、盗まれた商品の型番とシリアルナンバーが回っている。シリアルナンバーは偽造できない。1本2本なら、知人に売って小遣い稼ぎはできる。だが数十本となれば、盗品だと知っていて買い取ってくれるルートが必要だ」(幹部)。強盗犯が外国人の場合、盗品を自国へ持ち出して売りさばくこともある。闇から闇へ売りさばかれてしまえば、品物を取り返すのは難しい。だが中には自らオークションサイトに出品して売るような犯人もいる。…「まさか韓国のオークションサイトまでチェックしているとは考えていなかったようだ」(元刑事)盗品を売りさばこうとする時に、逮捕される犯人は多いという。元刑事も今回の事件について「売りさばくルートがなければ、あんな大胆な盗みはやらない」と話す。「なんでも上のヤツらが儲かるようにできている。捨て駒の犯人たちはあれでいくら金がもらえたのか。まともにもらえなかったかもな」と暴力団幹部の声に哀れみが滲んだ。

「アプリ 反社 約款で検索」「このアプリは“ゆるい”」暴力団が配布した「スマホアプリ利用注意喚起」の全容(2023年5月25日付NEWSポストセブン)

暴力団組織において、スマホアプリの利用について組員に注意を促す資料が配られているという。週刊ポストは複数の組織が作成した資料を入手。そこからは暴力団の警戒の高さと苦況が窺えた。…ある有名暴力団の傘下組織が組員に向けて作った資料には〈暴力団 反社 約款のあるアプリ〉というタイトルがつけられている。そこには○○ペイなどの電子決済サービス、クーポン券が配布されるドラッグストアや外食チェーン、ファストファッション、フリマサイトから天気・ニュース配信などアプリ計17種の名が記載されていた。その下には〈備考〉として〈お金を使ったり、値引きやポイントを貰う使用したり、電子マネー交換その用なアプリは約款がある可能性があります〉(原文ママ)と、この17種のアプリ以外にも“漏れ”がある可能性も高いとして、アプリの使用に注意を促している。一方、次のページには、約款に暴排条項が記載されていなかったり、あったとしても〈ゆるい〉と判断を下している6つのアプリもあげられている。こちらにはディスカウントストアやコンビニのポイントアプリ、クレジットカード、動画配信サービスなどの名前があげられている。…「警察がETCの次に狙い撃ちしてくるとみているのが、こうしたスマホアプリの利用。先日もマイナンバーのポイント還元欲しさに電子決済サービスに登録したことで六代目山口組の組員が捕まるなど、誰がいつ捕まってもおかしくない状況にある。とはいえ、シノギのためにもスマホを持たないなんてことはできない。そのため、暴力団全体で警戒しようということで、こうした紙が配られているんだろう」暴力団のなかには表だった抗議をする組員も現れている。5月17日、六代目山口組系の50代幹部が、ETCパーソナルカード(クレジットカードを持っていない人でもETCが使えるサービス)の会員資格を取り消されたことについて、「公共性の高いインフラから暴力団関係者を排除するのは不合理な差別で、公序良俗に反する」と主張し提訴したことが報じられた。

暴力団幹部「ベンツなんてもう乗らない。トヨタの200万円だよ」ヤクザの高級車離れで”メンツよりもコスパ”の時代へ(2023年6月5日付NEWSポストセブン)

神奈川県を拠点としている暴力団員で、組織の相談役・A氏(60代)が、”時代の変遷”を振り返る。「俺も昔は1500万円ぐらいするベンツSクラスの最上位グレードなんかに乗っていたけれど、最近はそんな高級車なんて全然乗らなくなりましたね。俺が今乗っている車はトヨタのカローラフィールダーで、新車で200万円ほど。高い車は目立つし、燃費も悪い。今の時代、普段からそんな高級車を乗り回すヤクザなんていませんよ」(A氏)運転も自分がしているという。「運転も、昔は俺くらいの地位になると、若い衆に運転手をさせていました。今はそんなことはしていない。人員不足ですね」暴力団構成員は減少傾向で、かつ高齢化も顕著だ。その中で「若い衆」は貴重な存在だという。雑務を含め他にやるべきことを優先させると、車の運転をさせるためだけに人員を割くことは難しくなっている。…組長クラスともなると、昔は単なる高級車ではなく、内装にもこだわった特注車を複数台所有していたという。しかし今は、アルファードのようなミニバンを運転手付きで利用することが多い。乗りやすく広い車内が人気で、”ムダに豪華”な車よりも、利便性追求の時代なのだ。唯一変わらない価値観があるとしたら、色。伝統的な暴力団らしさ、強面のイメージを演出できるうえ、葬儀などの義理事に乗っていける実用的なカラーとして、今も黒色が好まれているようだ。…「暴力団は銀行口座を持てず、暴力団との商取引はいかなる理由があっても暴排条例違反になってしまう。こうした現状で正業を営むのは困難で、フロント企業はヤクザの関与を表に出せず、隠します。暴力団員当人も建前上は無職なので、税金などは支払っていない。無収入で高級車を購入し、高額の維持費を払っていると辻褄が合わないので、200万円程度の国産車に乗るよう指示を出している組織もあります。なにより暴力団に対する締め付けが厳しくなって、昔のようには稼げなくなっている。見栄を張りたくても、末端組員たちはその金がないんです」(同)

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

前回の本コラム(暴排トピックス2023年5月号)で取り上げましたが、他人のスマホの番号を乗っ取り、ネットバンキングで資金を引き出す「SIMスワップ」と呼ばれる犯罪が深刻さを増しています。フィッシング詐欺による個人情報の流出、道具屋による「偽造免許証」の悪用、遠隔地での手続きや年齢と顔写真の不整合などさえもスル―する本人確認の不十分さなど、携帯ショップにおけるSIMカード再発行手続きの甘さ、生体認証を利用しないセキュリティの甘さなどの多くの脆弱性が突かれていることが背景にあります。さらには、「闇バイト」による犯行も散見されるなど、複数の犯罪インフラを駆使した極めて悪質な犯罪で、対策が急務だといえます。なお、SIMスワップ詐欺は数年前から世界で被害が拡大しており、ネットセキュリティ会社「チェック・ポイント・ソフトウェア・テクノロジーズ」によれば、2016年ごろから世界で報告されるようになり、特にセキュリティ面が不十分なアフリカや東南アジアを中心に多発したといいます。米国でも2022年の1年間で2026件、約7200万ドル(約97億7000万円)の被害が報告されており、米連邦捜査局(FBI)が注意を呼びかけています。日本では2022年ごろから増加傾向にあるといい、2021年に携帯電話端末を自社回線のみの通信に限る「SIMロック」が原則禁止となり、SIMカードをどの携帯端末でも使えるようになったのが背景にあるとみられています。こうした問題の解決には、本人確認手続きの厳格化がポイントとなりそうですが、本人確認手続きはすべての取引の基本となるものですが、現状はAML/CFTで特定事業者に厳格な運用が求められているに過ぎません。脆弱性が突かれ、社会的に害悪が拡がっている以上、利便性を制限してでも本人確認手続きの厳格化を急ぐ必要があるのではないかと考えます。こうした中、マイナンバーカード(マイナカード)を巡る様々な問題が噴出する一方で、この本人確認にマイナカードを活用し、AML/CFTに限らず、一般の取引においても広く浸透する可能性も見えてきました。先ごろ公表されたマイナンバーカードの利便性を高めるための実行計画(「デジタル社会の実現に向けた重点計画」の改定案)では、銀行口座の開設や携帯電話の契約をオンラインでする際の本人確認をマイナカードに集約し、運転免許証などの手法は「廃止する」と明記されています。本計画の中で、「本人確認」が登場する内容を抽出すると、以下のようなものが記載されていましたので、以下、当該部分を引用します。

▼総務省 デジタル社会の実現に向けた重点計画
  • 様々な民間ビジネスにおける利用の推進
    • マイナンバーカードが持つ本人確認機能の民間ビジネスにおける利用の普及を図る。既に実施されている口座やアカウント等のオンライン開設などでの利用を広げていくとともに、地域通貨と連動した地域の消費や地域ポイント、エンタメ分野におけるチケット上の本人確認と連動させたサービス、コンビニセルフレジでの酒・たばこ販売時の年齢確認サービスなど、各分野における新たなユースケース創出のための実証実験や基盤となるシステムの廉価な提供の促進に取り組む。さらに、給付事業との組合せによる自治体施策の効果的な推進や地域経済の活性化など、自治体マイナポイントの効果的な活用を推進する。
  • eIDの相互活用・信頼の枠組み
    • 各国の Digital Identity Wallet3等の取組を踏まえて、eID(electronic id)の領域で公的個人認証による本人確認等を活用するほか、データのやり取りにおいてデータや相手方を検証できる仕組みなど、新たな信頼の枠組みを付加する構想である「Trusted Web5」を推進する。
  • 簡易な国際間送金
    • 簡易な国際間の即時送金について、本人確認手段や必要となるデータ標準など、国際的な相互運用性等について検討し、具体的な結論を得る
  • マイナンバーカードの普及及び利用の推進
    • マイナンバーカードは、対面・非対面問わず確実・安全な本人確認・本人認証ができる「デジタル社会のパスポート」である。2024年(令和6年)秋の健康保険証廃止を見据え、マイナンバーカードへの理解を促進し、希望する全ての国民が取得できるよう、円滑にカードを取得していただくための申請環境及び交付体制の整備を更に促進する。また、その利活用の推進に向け、「オンライン市役所サービス」の徹底と、生活の様々な局面で利用される「市民カード化」を推進する。また、マイナポータルの継続的改善・利用シーン拡大等を通じ、その利便性向上を図るとともに、マイナンバーカードが持つ本人確認機能の民間ビジネスにおける利用の普及に取り組む。
  • 様々な民間ビジネスにおける利用の推進
    • マイナンバーカードが持つ本人確認機能の民間ビジネスにおける利用の普及を図るため、2023年(令和5年)1月から行っている電子証明書失効情報の提供に係る手数料の当面無料化に続き、2023年(令和5年)5月から公的個人認証サービスにおける本人同意に基づく最新の住所情報等の提供、スマートフォン用電子証明書搭載サービスを開始した。また、地域通貨と連動した地域の消費や社会的活動を活性化させるための地域ポイントや、エンタメ分野におけるチケット上の本人確認と連動させたサービス、コンビニセルフレジでの酒・たばこ販売時の年齢確認サービスなど、各分野における新たなユースケース創出のための実証実験や基盤となるシステムの廉価な提供の促進に取り組む。
    • 犯罪による収益の移転防止に関する法律、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律(携帯電話不正利用防止法)に基づく非対面の本人確認手法は、マイナンバーカードの公的個人認証に原則として一本化し、運転免許証等を送信する方法や、顔写真のない本人確認書類等は廃止する。対面でも公的個人認証による本人確認を進めるなどし、本人確認書類のコピーは取らないこととする。
  • 事業者向け行政サービスの質の向上に向けた取組
    • デジタル社会では、高度情報通信ネットワークを通じて流通する情報の発信者の真正性や、情報そのものの真正性、完全性等を保証するための機能が提供されることが必要であるため、前述のマイナンバーカードの普及に加え、電子署名、電子委任状、商業登記電子証明書、法人共通認証基盤(GビズID)の普及に関する取組を更に強力に推進するとともに、確実な本人認証を実現するための技術動向を注視していく。また、「行政手続におけるオンラインによる本人確認の手法に関するガイドライン」に基づき、行政手続の特性に応じた本人確認手法の適正化を図る。
  • eKYC等を用いた民間取引等における本人確認手法の普及促進
    • デジタル空間での安全・安心な民間の取引等において必要となる本人確認について、公的個人認証サービス(JPKI)の利用を促進する。その上で、安全性や信頼性等に配慮しつつ、具体的な課題と方向性を整理し、簡便な手法の一つであるeKYC等を用いた本人確認手法の普及を進める

マイナカードの用途を広げ、さまざまな場面で厳格な本人確認が実現することを期待する一方、相次ぐミスやトラブルへの懸念払拭が急務となります。また、マイナカードを使う場面が政府機関外や民間で広がれば障害などの問題が起きたときのリスクも高まることになります。実行計画はトラブルの原因が複数の省庁や事業者にまたがることを踏まえ「デジタル庁が中心となり信頼確保に向け効果的な情報共有や対策の調整をする」ことを提唱していますが、正にそのとおりです。

前述のとおり、マイナカードを巡る問題が喧しいですが、その根本的な原因としていくつか指摘されています。国からの給付金を受け取る口座をマイナンバーとひも付ける制度で、本人以外の家族名義の口座が約13万件登録されている問題では、銀行口座で使われるカナ氏名とマイナンバーで使われる漢字氏名が照合できないシステムになっていたことが背景として指摘されています。マイナポータルにマイナカードでログインし、自分の金融機関名と支店名、口座種別、口座番号および口座名義はカタカナで入力、金融機関が持つ情報と照合する外部サービスと通信し、間違いがないかを確認する仕組みもあるにもかかわらず、マイナンバーと紐づく住民票が漢字表記であることから、カナとの照合ができないために、別人の口座が登録できるだけでなく、それをチェックする機能がないという不備があったということです。「あえて家族の口座を登録した」利用者がいたにもかかわらず、それを防げなかったといいます。さらに、利用者への周知も不足しており、2020年の特別定額給付金は世帯主の口座を届け出て一括で受け取る仕組みであったところ、マイナンバーの口座ひも付けは「1人1口座」が原則で、子供が銀行口座を持っていない場合、代わりに親の口座を登録することはできないと説明しているものの、乳幼児の口座開設など対応が必要なことまでは明記していなかったといいます。制度では、本人名義の口座かどうか厳密に確認したうえで「確実な給付」をめざしているため、放置すれば自治体などからの給付が滞る恐れがありますが、政府が「家族登録」を防ぐ仕組みを導入するまでには時間がかかるものと推測されます。一方、今国会で成立した改正マイナンバー法などとともに、戸籍法も改正されており、戸籍、住民票の漢字氏名に読み仮名が振られるようになるため、銀行口座のカナ名義と突合が可能になりますが、施行日は「公布から2年以内」とされ、それまでは抜本的なシステム改修ができない可能性があります。また、別人とのひもづけの問題としては、マイナ保険証でも発生しています。こちらも構造的な問題があり、2023年6月2日付産経新聞の記事「マイナ保険証の別人ひも付け…厚労省「事務的なミス」主張 渡「辺」と渡「邉」で不一致、システム連携進まずによれば、「健康保険組合などが加入者の情報を登録する際、加入者側からマイナカードの書面コピーなどの提出があれば間違いは起こりにくい。提出がない場合、「地方公共団体情報システム機構」(J-LIS)に照会をかけ、同機構が運営する住民基本台帳のデータと突合して探すことになるが、ここにミスの温床がある。内閣官房でマイナンバー法の立法担当官を務めた水町雅子弁護士によると、各保険者の入力システムは、住基データと文字コードなどが異なっていることがある。例えば、「吉」という字で「口」の上に「土」を置く異体字が登録されている場合、照会をかけても合致しない。「渡辺」と「渡邉」なども同様だ。このため保険者側は、生年月日やカナ氏名、性別など、漢字などが含まれない情報で照会。いったん複数人が検出されることがあり、選択を誤った可能性がある。これが今回の誤登録の主要因とみられる」と指摘されています。反社チェックの実務においても直面する問題と同根ですが、システム面の脆弱性だけでなく、データの保持の仕方、同姓同名者を間違いなく一致させるロジック(極力、人力を排除)といったより大きな視点からの再構築が求められているといえます。

本コラムでたびたび紹介してきたとおり、暗号資産(仮想通貨)業界がAML/CFTの新ルールを導入しました。暗号資産を送る側と受け取る側の交換業者双方に顧客情報の共有を義務づけ、資金の流れの入り口と出口をおさえる狙いがあります。本ルールの導入で国境をまたぐ業者間の送付は減ることが予想され、業者を介さない暗号資産のやり取りが対象外になるなど抜け穴も多く、実効性という点ではいまだ不十分だといえます。新たなルールでは、従来、顧客からの依頼があれば暗号資産を別の交換業者に送ってきたところ、これからは暗号資産を送る前に、本人確認済みの顧客や受取人の氏名、顧客識別番号、ブロックチェーン(分散型台帳)のアドレスなどの情報を専用のシステム経由で受け取る側の交換業者に通知しなければならなくなりました。また、利用者にも影響が出ることとなります。2023年6月5日付日本経済新聞の記事「仮想通貨マネロン対策、新ルール始動 対象は業者間のみ」によれば、大手暗号資産交換業者ビットバンクの口座保有者は9日から米コインベース・グローバルなど海外20カ国・地域の多くの業者のほか、国内同業のビットフライヤーやコインチェックの口座に暗号資産を送れなくなるといいます。トラベルルールに対応するためにはシステムの導入が必要であるところ、国内では3~4の仕様があるうえにシステム間の相互互換が確立されていないため、異なるシステムを導入する交換業者間では仮想通貨のやり取りができなくなるといいます。また、暗号資産は麻薬の違法取引など国際金融犯罪に使われやすい傾向が顕著で、ブロックチェーン分析会社の米チェイナリシスによれば、2022年の暗号資産による資金洗浄は前年比68%増の238億ドル(約3兆1千億円)にも上ります。犯罪者が暗号資産を利用することを防ぎ、不正利用があれば追跡できるようにするのが新ルールの目的であり、暗号資産の送付後に、犯罪の可能性があると判明すれば、捜査当局へ提供する情報の一つになります。一方、例えば、暗号資産が自らの所有であることを証明する「秘密鍵」と呼ばれる暗号コードを、交換業者でなく自ら管理している個人に送る場合、トラベルルールは適用されず、交換業者が管理するウォレット(電子財布)から個人ウォレットに暗号資産を移す取引や業者を介さない個人間の取引もルールの網の外となっており、G7は暗号資産の個人ウォレット間取引を規制対象にするようFATFに要請する方針ですが、すべてのウォレット開発を防ぐのは不可能との指摘もあります。さらに、トラベルルールの適用対象の国や地域も米国やカナダ、シンガポール、香港、バハマなど20カ国・地域にとどまり、日本が外為法で送金を禁じるロシアや北朝鮮は対象外で、国によっては規制されない。EUや英国の参加も遅れているうえに、バイナンスなど特定の国の規制・監督に属さない暗号資産交換業者も規制対象外となっています。「実効性を高めるには疑わしいウォレットのアドレスや取引手法を国際的に共有するなど追加の対策が必要になる。抜け穴の多さは、銀行のような管理者なしに取引可能な暗号資産を規制する難しさを改めて浮き彫りにしている」との指摘は正に暗号資産に対する規制の現状を言い表すものといえます。

さて、金融庁では、令和4年資金決済法等改正及びFATF勧告対応法に係る犯罪収益移転防止法関連の政令・施行規則案等について、パブコメを経て、改正の内容が確定しています。その内容をあらためて確認するとともに、事務ガイドラインにおける具体的な変更点等についても抽出してみました。

▼金融庁 犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令の一部を改正する政令案等に関するパブリックコメントの結果等について
  • 改正の概要
    1. 令和4年資金決済法等改正に係る犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令の一部改正
      1. 高額電子移転可能型前払式支払手段発行者、電子決済手段等取引業者等が犯罪収益移転防止法上の特定事業者に追加されたことに伴い、これらの特定事業者の業務のうち、取引記録等の作成・保存義務等の対象となる業務(特定業務)及び取引時確認義務等の対象となる取引(特定取引)の要件を定める。
      2. 電子決済手段の移転に係る通知義務(トラベルルール)の対象から除外する国又は地域の要件を定める。
      3. その他、所要の規定の整備を行う。
    2. FATF勧告対応法に係る犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令の一部改正
      1. 暗号資産の移転に係る通知義務(トラベルルール)の対象から除外する国又は地域の要件を定める。
      2. その他、所要の規定の整備を行う。
    3. 令和4年資金決済法等改正及びFATF勧告対応法等に係る犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の一部改正
      1. 高額電子移転可能型前払式支払手段発行者、電子決済手段等取引業者等が犯罪収益移転防止法上の特定事業者に追加されたことに伴い、これらの特定事業者による取引時確認の方法や電子決済手段の換算基準を定める等の規定の整備を行う。
      2. 外国為替取引に係る通知義務に基づく通知事項に、支払の相手方に係る事項を追加したことに伴う規定の整備を行う。
      3. 電子決済手段及び暗号資産の移転に係る通知義務(トラベルルール)に基づく通知事項を定める。
      4. 電子決済手段等取引業者及び暗号資産交換業者がアンホステッド・ウォレット等と取引を行う際の取引時確認等を的確に行うために講ずるべき措置について定める。
      5. 電子決済手段等取引業者及び暗号資産交換業者が移転に係る提携契約を締結する際の確認義務に基づく契約相手のマネロン対策状況の確認方法・基準について定める。
      6. その他、FATF第4次対日相互審査報告書を踏まえた所要の規定の整備等を行う。
    4. 犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令第十七条の二及び第十七条の三の規定に基づき国又は地域を指定する件の制定
      • 上記1(2)及び2(1)について、犯罪収益移転防止法第10条の3及び第10条の5の規定に相当する外国の法令の規定による通知の義務が定められていない国又は地域を指定する。
    5. 事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係)の一部改正等
      1. 高額電子移転可能型前払式支払手段発行者、電子決済手段等取引業者が犯罪収益移転防止法上の特定事業者に追加されたことに伴い、これらの特定事業者による取引時確認等の措置を含む所要の規定の整備等を行う。
      2. トラベルルール、アンホステッド・ウォレット等との取引のリスクに応じた態勢整備義務等に関する所要の規定の整備等を行う。
    6. 「犯罪収益移転防止法に関する留意事項について」の一部改訂
      • 金融庁所管の金融機関等が、取引時確認において「取引を行う目的」を確認する際の参考とすべき「類型」に「信託の受託者としての取引」を追加する。
▼別紙7 事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係5前払式支払手段発行者関係)の一部改正(新旧対照表)

Ⅱ-5 高額電子移転可能型前払式支払手段の発行の業務に係る監督上の評価項目

  • 高額電子移転可能型前払式支払手段の発行の業務を行う者(以下「高額電子移転可能型前払式支払手段発行者」という。)に係る監督に当たっては、Ⅰ、Ⅱの項目毎の着眼点に記載されている対応が適切になされていることに加え、以下で示す留意点を踏まえて監督するものとする。

Ⅱ-5-1 取引時確認等の措置

  • 犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「犯収法」という。)に基づく取引時確認、取引記録等の保存、疑わしい取引の届出等の措置(犯収法第11条に定める取引時確認等の措置をいう。以下「取引時確認等の措置」という。)に関する内部管理態勢を構築することは、組織犯罪による金融サービスの濫用を防止し、我が国金融市場に対する信頼を確保するためにも重要な意義を有している。高額電子移転可能型前払式支払手段発行者の監督に当たっては、リスクベース・アプローチを含む「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(以下「マネロン・テロ資金供与対策ガイドライン」という。)に基づき、当該高額電子移転可能型前払式支払手段発行者の規模・特性等を踏まえた各種態勢整備状況を確認するとともに、例えば、以下の点に留意するものとする。
    • (注)リスクベース・アプローチとは、自己のマネー・ローンダリング及びテロ資金供与リスクを特定・評価し、これを実効的に低減するため、当該リスクに見合った対策を講ずることをいう。

Ⅱ-5-1-1 主な着眼点

  • 高額電子移転可能型前払式支払手段の発行の業務に関して、取引時確認等の措置及びマネロン・テロ資金供与対策ガイドライン記載の措置を的確に実施し、テロ資金供与やマネー・ローンダリング、高額電子移転可能型前払式支払手段の不正利用といった組織犯罪等に利用されることを防止するため、以下のような態勢が整備されているか。
    1. 取引時確認等の措置及びマネロン・テロ資金供与対策ガイドライン記載の措置を的確に行うための一元的な管理態勢が整備され、機能しているか。特に、一元的な管理態勢の整備に当たっては、以下の措置を講じているか。
      • (注)取引時確認等の措置の的確な実施に当たっては、「犯罪収益移転防止法に関する留意事項について」(平成24年10月金融庁)を参考にすること。
        1. 管理職レベルのテロ資金供与及びマネー・ローンダリング対策のコンプライアンス担当者など、犯収法第11条第3号の規定による統括管理者として、適切な者を選任・配置すること。
        2. テロ資金供与やマネー・ローンダリング等に利用されるリスクについて調査・分析し、その結果を勘案した措置を講じるために、以下のような対応を行うこと。
          1. 犯収法第3条第3項に基づき国家公安委員会が作成・公表する犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案し、取引・商品特性や取引形態、取引に関係する国・地域、顧客属性等の観点から、自らが行う取引がテロ資金供与やマネー・ローンダリング等に利用されるリスクについて適切に調査・分析した上で、その結果を記載した書面等(以下「特定事業者作成書面等」という。)を作成し、定期的に見直しを行うこと。特に、海外加盟店や外国人顧客を有する場合においては、国・地域ごとのリスクを十分に評価しているか、外国人顧客の在留期限に応じたリスク評価を実施しているか、代理店を介した発行や移転のリスクを評価しているか、非対面取引のリスクを評価・検討しているかなどについて、留意すること。
          2. 特定事業者作成書面等の内容を勘案し、顧客受入れ方針を策定するとともに、顧客管理や取引記録等の保存に関する具体的な手法を策定すること。また、策定した方針・手法については、定期的又はテロ資金供与及びマネー・ローンダリング対策に重大な影響を及ぼし得る新たな事象を把握した際に見直しを行うこと。
          3. 犯収法第4条第2項前段に定める厳格な顧客管理を行う必要性が特に高いと認められる取引若しくは犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則(以下「犯収法施行規則」という。)第5条に定める顧客管理を行う上で特別の注意を要する取引又はこれら以外の取引で犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案してテロ資金供与やマネー・ローンダリング等の危険性の程度が高いと認められる取引(以下「高リスク取引」という。)を行う際には、統括管理者が承認を行い、また、情報の収集・分析を行った結果を記載した書面等を作成し、確認記録又は取引記録等と共に保存すること。確認記録及び取引記録等の正確性や適切性について適時に検証すること。
          4. 特定事業者作成書面等に基づく顧客リスク評価に応じた頻度による顧客情報の調査等、継続的顧客管理の方針を策定し、確実に当該方針を実行すること。また、顧客リスク評価に影響を与える事象が発生した際に、顧客リスク評価を見直すこと。
        3. 特定事業者作成書面等も踏まえつつ、リスクに応じた適切な取引時確認の方法を採用すること。また、テロ資金供与やマネー・ローンダリング、高額電子移転可能型前払式支払手段の不正利用といった組織犯罪等の手法や態様の高度化・巧妙化を含めた環境変化や自社又は他の事業者における事件の発生状況を踏まえ、定期的かつ適時にリスクを認識・評価し、公的個人認証の導入を含め、取引時確認の向上を図ること。
        4. 取引時確認時等において、犯収法上の取引時確認義務の履行に加えて、我が国を含め関係各国による制裁リスト等を照合するなど、受け入れる顧客のスクリーニングを適切に行っているか。また、各種リスト更新時には再スクリーニングを実施すること。
        5. 適切な従業員採用方針や利用者受入方針を策定すること。
        6. 必要な監査を実施すること。
        7. 取引時確認等の措置を含む利用者管理方法について、マニュアル等の作成・従業員に対する周知を行うとともに、従業員がその適切な運用が可能となるように、適切かつ継続的な研修を行うこと。
        8. 取引時確認や疑わしい取引の検出を含め、従業員が発見した組織的犯罪による金融サービスの濫用に関連する事案についての適切な報告態勢(方針・方法・情報管理体制等)を整備すること。
        9. 代理店管理において、各代理店はリスクに応じた継続的顧客管理措置等の実践が必要であり、それを高額電子移転可能型前払式支払手段発行者が検証・評価する態勢を整備すること。また、高額電子移転可能型前払式支払手段発行者は各代理店のリスク評価を行い、そのリスクに応じて管理態勢のモニタリングを行うこと。
    2. 法人顧客との取引における実質的支配者の確認において、信頼に足る証跡を求めて行うことや、外国PEPs(注)該当性の確認、個人番号や基礎年金番号の取扱いを含む本人確認書類の適正な取扱いなど、取引時確認を適正に実施するための態勢が整備されているか。
      • (注)犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令(以下「犯収法施行令」という。)第12条第3項各号及び犯収法施行規則第15条各号に掲げる外国の元首及び外国政府等において重要な地位を占める者等をいう。
      • とりわけ、犯収法第4条第2項前段及び犯収法施行令第12条各項に定める、下記イ.~二.のような厳格な顧客管理を行う必要性が特に高いと認められる取引を行う場合には、顧客の本人特定事項を、通常と同様の方法に加え、追加で本人確認書類又は補完書類の提示を受ける等、通常の取引よりも厳格な方法で確認するなど、適正に(再)取引時確認を行う態勢が整備されているか。また、資産及び収入の状況の確認が義務づけられている場合について、適正に確認を行う態勢が整備されているか。
        1. 取引の相手方が関連取引時確認に係る顧客等又は代表者等になりすましている疑いがある場合における当該取引
        2. 関連取引時確認が行われた際に当該関連取引時確認に係る事項を偽っていた疑いがある顧客等との取引
        3. 犯収法施行令第12条第2項に定める、犯罪による収益の移転防止に関する制度の整備が十分に行われていないと認められる国又は地域に居住し又は所在する顧客等との特定取引等
        4. 外国PEPsに該当する顧客等との特定取引
    3. 疑わしい取引の届出を行うに当たって、利用者の属性、取引時の状況その他高額電子移転可能型前払式支払手段発行者の保有している当該取引に係る具体的な情報を総合的に勘案した上で、犯収法第8条第2項及び犯収法施行規則第26条、第27条に基づく適切な検討・判断が行われる態勢が整備されているか。当該態勢整備に当たっては、特に以下の点に十分留意しているか。
      1. 高額電子移転可能型前払式支払手段発行者の行っている業務内容・業容に応じて、システム、マニュアル等により、疑わしい利用者や取引等を検出・監視・分析する態勢を構築すること。
      2. 取引モニタリングにおいて、各顧客のリスク評価も踏まえ、適切に敷居値が設定されているか。また、ビジネスモデルを踏まえ、疑わしい取引を検知するためのシナリオが適切に設定されているか。届出をした疑わしい取引事例や届出に至らなかった事例を分析し、届出に至る調査が適切か、定期的にシナリオ、敷居値の見直し作業を適切に行っているか。
      3. 犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案の上、国籍(例:FATFが公表するマネー・ローンダリング対策に非協力的な国・地域)、外国PEPs該当性、利用者が行っている事業等の利用者属性や、国外取引と国内取引との別、利用者属性に照らした取引金額・回数等の取引態様その他の事情を十分考慮すること。また、既存顧客との継続取引や高リスク取引等の取引区分に応じて、適切に確認・判断を行うこと。
    4. 前払式支払手段記録口座(法第3条第9項に規定する前払式支払手段記録口座をいう。)の開設を行うことを内容とする契約(以下「口座開設契約等」という。)の締結に当たって、必要に応じ、取引時確認の実施や利用目的等の確認を行うなど、テロ資金供与やマネー・ローンダリング、高額電子移転可能型前払式支払手段の不正利用といった組織犯罪等による被害防止のあり方について検討を行い、必要な措置を講じているか。
    5. テロ資金供与やマネー・ローンダリング、高額電子移転可能型前払式支払手段の不正利用といった組織犯罪等に関する裁判所からの調査嘱託や弁護士法に基づく照会等に対して、個々の具体的事案毎に、前払式支払手段発行者に課せられた守秘義務も勘案しながら、これらの制度の趣旨に沿って、適切な判断を行う態勢が整備されているか。
    6. 海外営業拠点(支店、現地法人等)のテロ資金供与及びマネー・ローンダリング対策を的確に実施するための態勢が整備されているか。
      1. 海外営業拠点においても、適用される現地の法令等が認める限度において、国内におけるのと同水準で、テロ資金供与及びマネー・ローンダリング対策を適切に行っているか。
        • (注)特に、FATF勧告を適用していない又は適用が不十分である国・地域に所在する海外営業拠点においても、国内におけるのと同水準の態勢の整備が求められることに留意する必要がある。
      2. 現地のテロ資金供与及びマネー・ローンダリング対策のために求められる義務の基準が、国内よりも高い基準である場合、海外営業拠点は現地のより高い基準に即した対応を行っているか。
      3. 適用される現地の法令等で禁止されているため、海外営業拠点が国内におけるのと同水準の適切なテロ資金供与及びマネー・ローンダリング対策を講じることができない場合には、以下のような事項を速やかに金融庁又は本店所在地を管轄する財務局に情報提供しているか。
        • 当該国・地域
        • テロ資金供与及びマネー・ローンダリング対策を講じることができない具体的な理由
        • テロ資金供与及びマネー・ローンダリングに利用されることを防止するための代替措置を取っている場合には、その内容

Ⅱ-5-1-2 監督手法・対応

  • 検査の指摘事項に対するフォローアップや、不祥事件届出等の日常の監督事務を通じて把握された取引時確認等の措置又はマネロン・テロ資金供与対策ガイドライン記載の措置に関する課題等については、上記の着眼点に基づき、原因及び改善策等について深度あるヒアリングを実施し、必要に応じて法第24条に基づき報告書を徴収することにより、前払式支払手段発行者における自主的な業務改善状況を把握することとする。
  • さらに、高額電子移転可能型前払式支払手段の利用者の利益の保護の観点を含む前払式支払手段の発行の業務の健全かつ適切な運営の確保の観点から重大な問題があると認められるときには、前払式支払手段発行者に対して、法第25条に基づく業務改善命令を発出することとする。また、重大、悪質な法令違反行為が認められるときには、法第27条に基づく業務停止命令等の発出を検討するものとする(行政処分を行う際に留意する事項はⅢ-3による。)。
    • (注)取引時確認の取扱いについては、別途、犯収法に基づき、必要な措置をとることができることに留意する。

Ⅱ-5-2 未使用残高の上限額

  • 移転、記録及び使用が可能な未使用残高について、特に高額な利用が可能な高額電子移転可能型前払式支払手段に関しては、テロ資金供与及びマネー・ローンダリング対策の重要性が相対的に高まることから、上限額に応じたより堅牢なテロ資金供与及びマネー・ローンダリングリスク管理態勢の構築・維持が求められる。

Ⅱ-5-2-1 主な着眼点

  • 高額電子移転可能型前払式支払手段発行者として、マネロン・テロ資金供与対策ガイドライン及びⅡ-5-1の事項を適正かつ確実に実施しているか。また、移転、記録及び使用が可能な未使用残高の上限額に応じたより堅牢なテロ資金供与及びマネー・ローンダリングリスク管理態勢を整備するため、高額電子移転可能型前払式支払手段発行者の規模・特性等に応じて以下のような措置を講じているか。
    • (注)テロ資金供与及びマネー・ローンダリング対策に当たっては、リスクベース・アプローチによるリスク管理態勢を整備する必要があることに留意する必要がある。
      1. 移転、記録及び使用が可能な未使用残高の上限額に応じたリスク評価を実施し、当該リスク評価を踏まえたリスク管理態勢を整備しているか。また、リスク評価を見直しているか。
      2. テロ資金供与及びマネー・ローンダリング対策に関し、専門性・適合性等を有する職員を必要な役割に応じ確保・育成しながら、適切かつ継続的な研修等を行うことにより、組織全体として、専門性・適合性等を維持・向上させる態勢を整備しているか。

Ⅱ-5-2-2 監督手法・対応

  • 検査の指摘事項に対するフォローアップや、不祥事件届出等の日常の監督事務を通じて把握された移転、記録及び使用が可能な未使用残高の上限額に関する課題等については、上記の着眼点に基づき、原因及び改善策等について、深度あるヒアリングを実施し、必要に応じて法第24条に基づき報告書を徴収することにより、前払式支払手段発行者における自主的な業務改善状況を把握することとする。
  • さらに、高額電子移転可能型前払式支払手段の利用者の利益の保護の観点を含む前払式支払手段の発行の業務の健全かつ適切な運営の確保の観点から重大な問題があると認められるときには、前払式支払手段発行者に対して、法第25条に基づく業務改善命令を発出することとする。また、重大、悪質な法令違反行為が認められるときには、法第27条に基づく業務停止命令等の発出を検討するものとする(行政処分を行う際に留意する事項はⅢ-3による。)。
▼別紙8 事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係16暗号資産交換業者関係)の一部改正(新旧対照表)
  • 特定事業者作成書面等に基づく顧客リスク評価に応じた頻度による顧客情報の調査等、継続的顧客管理の方針を策定し、確実に当該方針を実行すること。また、顧客リスク評価は、定期的な見直しに加えて、同評価に影響を与える事象が発生した際に、顧客リスク評価を随時見直すこと。
  • 特定事業者作成書面等も踏まえつつ、リスクに応じた適切な取引時確認の方法を採用すること。また、テロ資金供与やマネー・ローンダリング、金融サービスの不正利用といった組織犯罪等の手法や態様の高度化・巧妙化を含めた環境変化や自社又は他の事業者における事件の発生状況を踏まえ、定期的かつ適時にリスクを認識・評価し、公的個人認証の導入を含め、取引時確認の向上を図ること。
  • 取引時確認時等において、犯収法上の取引時確認義務の履行に加えて、我が国を含め関係各国による制裁リスト等を照合するなど、受け入れる顧客のスクリーニングを適切に行うこと。また、各種リスト更新時には再スクリーニングを実施すること。
  • 暗号資産の交換等や暗号資産の移転(法第2条第15項に規定する暗号資産の交換等に伴うものを除く。以下同じ。)を他の暗号資産交換業者及び国外の事業者(以下「取引業者等」という。)との間で行う場合、取引業者等との間で暗号資産の移転について委託又は受託する旨の契約を締結する場合、取引業者等に対して自社における口座開設を許諾する場合又は自社が開発したシステムを取引業者等が使用することを許諾する場合その他の提携を行う場合には、犯収法第10条の4及び第11条、犯収法施行規則第31条の5及び第32条並びにマネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに基づき、以下の態勢が整備されているか。
    • (注)これらに係る契約(外国所在暗号資産交換業者と締結する場合に限る。)は、犯収法第10条の4の「外国所在暗号資産交換業者との間で、暗号資産の移転を継続的に又は反復して行うことを内容とする契約」に該当することがある点に留意すること。
  • 取引業者等が営業実態のない架空の事業体(いわゆるシェルカンパニー、フロントカンパニー等)でないこと、及び取引業者等がその保有する口座を架空の事業体に利用させないことについて確認すること。また、確認の結果、取引業者等が架空の事業体であった場合又は取引業者等がその保有する口座を架空の事業体に利用されることを許容していた場合、当該取引業者等との契約の締結・継続を遮断すること。
  • 顧客から依頼を受けて暗号資産の移転を行うに際し、他の暗号資産交換業者又は外国暗号資産交換業者(法第2条第17項に規定する外国暗号資産交換業者をいい、犯収法施行令で定める国又は地域に所在するものを除く。以下併せて「他の暗号資産交換業者等」という。)に対し暗号資産の移転に係る通知を行う場合(いわゆるトラベルルール)において、犯収法第10条の5及び第11条、犯収法施行規則第31条の7及び第32条並びにマネロン・テロ資金供与対策ガイドラインに基づき、以下に掲げる点に留意して、暗号資産の移転に係る通知等が行われているか。
    1. 暗号資産の移転に関する事務規定において、犯収法第10条の5が求めている、顧客及び受取顧客に係る本人特定事項その他の事項(以下「法定通知事項」という。)を正確に通知するための事務手順を規定すること。
    2. 他の暗号資産交換業者等が暗号資産の移転に係るリスクを適切に認識できるよう、暗号資産交換業者は法定通知事項を正確に通知する態勢を整備すること。
    3. 暗号資産の移転に係る通知義務の履行においては、コンプライアンス、システム、コールセンター等の関係部門間を調整し、通知義務に関する犯収法の規定を遵守する態勢を整備すること。
    4. 顧客から暗号資産の移転の依頼を受ける暗号資産交換業者の部門は、通知事項を適切に把握し、また、暗号資産の移転に係る事務を行う部門は、上記イに掲げる事務手順を踏まえて顧客から暗号資産の移転の依頼を受ける部門が把握した法定通知事項を正確に通知すること。
    5. 暗号資産交換業者が、法定通知事項の通知を他の暗号資産交換業者等に委託して暗号資産の移転を行う場合においては、顧客との間で暗号資産の移転を行う暗号資産交換業者が通知義務を負っているとの認識の下、受託者との間において、通知義務を確実に履行するための取決め等を締結し、当該取決め等に基づき、受託者による通知の実施状況を適切に確認すること。
    6. 他の暗号資産交換業者等が取次ぐ顧客からの暗号資産の移転を暗号資産交換業者が受託して行う場合において、当該暗号資産交換業者が通知義務を負っているとの認識の下、通知義務の履行のために必要な情報を確実に取得するための取決め等を締結し、当該取決め等に基づき、当該他の暗号資産交換業者等による法定通知事項の把握状況を定期的にモニタリングすること。
    7. 通知事項に係る記録を犯収法の定めるところに従って適切に保存していること。
    8. 暗号資産交換業者の経営陣は、暗号資産の移転に係る通知義務の履行状況を正確に把握すること。
    9. 暗号資産交換業者は、暗号資産の移転に係る通知義務に関する犯収法を遵守するための事務手続や組織体制の有効性を適時適切に検証し、必要に応じて見直しを行うこと。
    10. 暗号資産の移転に係る通知義務に関する犯収法の遵守状況に関し、必要に応じ、取締役会等は報告を受け、取締役会等は、当該報告に基づき、暗号資産の移転に係る通知義務に関する犯収法を遵守するための態勢整備等につき適切な意思決定を行うこと。
  • 暗号資産交換業者が行う暗号資産の移転に係る取引が、他の暗号資産交換業者等が管理していないウォレット等の犯収法第10条の5に規定する通知義務の対象外のウォレット(以下「アンホステッド・ウォレット等」という。)との取引等であり、トラベルルールに基づく通知を伴わない場合(犯収法施行規則第24条第9号ハ又はニに掲げる場合に該当するとき)には、その匿名性や移転の制限がないことから、テロ資金供与やマネー・ローンダリング等に利用されるリスクが一般的に高いと考えられる。そのため、アンホステッド・ウォレット等との取引を行う場合には、その取引の頻度、取り扱う暗号資産の性質などを踏まえて、テロ資金供与やマネー・ローンダリング等に利用されるリスクを特定・評価し、当該リスクに応じた適切な態勢を整備することが求められ、特に以下の措置を講じているか。
    • (注)アンホステッド・ウォレット等には、利用者が自ら管理するウォレットであるいわゆるアンホステッド・ウォレットのほか、無登録業者の管理するウォレット、我が国の通知義務に相当する義務が課されていない国又は地域に所在する外国暗号資産交換業者の管理するウォレットその他の通知義務の対象とならないウォレットを含む(トラベルルールに基づく通知が必要であるにも関わらず、通知を伴わない場合についても同様)。
      1. 犯収法第7条第1項及び第11条並びに犯収法施行規則第24条及び第32条に基づき、犯収法施行規則第31条の7第1項に定める事項に相当する事項を収集し、記録しているか(アンホステッド・ウォレット等から暗号資産を受け取る場合には、暗号資産交換業者が知り得た事項に限る)。
      2. 犯収法第11条及び犯収法施行規則第32条に基づき、アンホステッド・ウォレット等との取引を行う場合には、当該アンホステッド・ウォレット等の属性について、調査・分析を行い、そのリスクを評価しているか。
      3. (3)(2)に加え、特に送金・決済手段として広く利用・取引される可能性がある暗号資産については、当該性質を踏まえたリスクを特定・評価し、当該リスクに応じた適切な態勢整備が必要であり、例えば、以下の態勢を整備しているか。
    • 経営陣は、アンホステッド・ウォレット等との取引について、テロ資金供与やマネー・ローンダリング等に利用されるリスクを低減し、定期的にその有効性を検証する態勢を整備するとともに、法令等遵守・リスク管理事項として、当該リスクの低減を明確に位置づけているか。
    • アンホステッド・ウォレット等との取引を監視・分析するにあたって、ブロックチェーンを検証等することによりリスクを把握しているか。
    • アンホステッド・ウォレット等との取引を行う利用者や自らの調査を通じて、アンホステッド・ウォレット等に関する情報を適切に取得することとしているか。具体的には、アンホステッド・ウォレット等に暗号資産を移転する場合、移転先のアンホステッド・ウォレット等の情報を利用者等から取得し、疑わしい取引と判断した場合には、利用者に暗号資産を移転させない対応が可能な態勢を整備しているか。また、アンホステッド・ウォレット等から暗号資産を受け取る場合、アンホステッド・ウォレット等の情報を利用者等から取得し、疑わしい取引と判断した場合には、受領した暗号資産を利用者に利用させない対応が可能な態勢を整備しているか。

警視庁が全国の警察で初めてAML/CFTに特化した犯罪収益対策課を設置して1年が経過していますが、2023年5月17日付毎日新聞の記事「犯罪収益の没収「一番の急所」 マネロン対策特化に手応え 警視庁」で、田村課長が直近の状況について述べています。以下、抜粋して引用します。

警視庁全体にマネロン対策の重要性が浸透してきたと思います。刑事や生活安全、交通といった各部の垣根を越えて取り締まりを強化した結果、2022年の警視庁のマネロン摘発件数は221件(前年比39件増)で過去最多となりました。…犯罪収益を早期に保全、没収できれば、被害回復給付金支給制度で被害者に返金することができます。犯罪組織は資金を押さえられることが一番の急所で、次なる犯罪を防ぐことにもつながります。金の流れを追い、指示役など犯罪組織の上位者を検挙することもできました。22年12月には組織犯罪処罰法が改正され、現金や不動産だけではなく、暗号資産も没収できるようになりました。…第三者名義の銀行口座「借名口座」と特殊詐欺は切っても切り離せません。被害者がだまされて現金を振り込まされる口座の多くは借名口座です。借名口座に被害金を振り込ませる行為そのものが、犯罪収益を隠す隠匿罪に当たると解釈し、立件しています。…ビットコインなど暗号資産への対応です。海外の交換所へ送金されてしまった暗号資産の没収は急務です。また、手数料を取って犯罪収益を暗号資産に交換させる業者の存在も分かっており、取り締まりが必要です。事件の検挙だけでなく、被害を防ぐ対策にも力を入れていきたいです。

2023年4月に業界団体との意見交換会において金融庁から提起された主な論点が公表されています。今回は主要行等との会合から、AML/CFTに関する部分を中心に紹介します。直近の指摘事項が一部公表されており、参考になります。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • 外国企業の口座開設対応について
    • 政府においては、イノベーションの創出や海外経済の活力の取り込みを通じ、日本経済全体の成長力を強化する等の観点から、対日直接投資の促進に取り組んでおり、2021年には「対日直接投資促進戦略」を策定した。その後、同戦略に掲げられた事項や、対日直接投資を推進するために重点的に進めるべき事項を検討するため、対日直接投資推進会議のワーキンググループにて議論が進められ、2022年12月に「中間整理(取組の方向性)」が取りまとめられた。
    • その中で、ビジネス環境の整備のため、外国人・外国企業の口座開設の円滑化等に取り組むことが盛り込まれ、金融庁において、JETRO、全国銀行協会と連携の上、2023年3月にJETROのウェブサイト(日本語版、英語版両方)へ法人口座開設に必要な一般的な書類等を掲載した。
    • 各金融機関においては、引き続き、外国人個人の銀行口座開設対応を含め、丁寧な顧客対応に万全を期していただきたい。
  • 国連安保理決議の着実な履行について(北朝鮮関連)
    • 2023年4月5日、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルが、2022年7月から2023年1月にかけての国連加盟国による北朝鮮制裁の履行状況等の調査結果と国連加盟国への勧告を含む最終報告書を公表。
    • 同報告書では、
      • 北朝鮮が暗号資産関連企業及び取引所等へのサイバー攻撃を継続し暗号資産を窃取していること
      • 北朝鮮による石油精製品の不正輸入および石炭の不正輸出が継続していること

      等の事案概要や、必ずしも制裁対象ではないが、こうした事案に関与している疑義がある会社名や個人名、船舶の名前について記載。

    • 同報告書を踏まえ、各金融機関においては、サイバーセキュリティ対策を徹底していただくとともに、安保理決議の実効性を確保していく観点から、報告書に記載のある企業や個人、船舶については、
      • 融資や付保などの取引が存在するかどうかに関する確認、
      • 取引がある場合には、同報告書で指摘されている事案に係る当該企業・個人等への調査・ヒアリング、

      などをしっかりと行った上で、適切に対応いただきたい。

  • マネロン対策等のシステム共同化について
    • 令和4年度補正予算で措置された「AIを活用したマネー・ローンダリング対策高度化推進事業」について、2023年3月、全国銀行協会の子会社のマネー・ローンダリング対策共同機構を含む2社を補助事業者として決定した。本事業を通じ、金融業界全体のマネロン対策等の高度化が図られるよう、金融庁としても積極的に支援していきたい。
    • 全国銀行協会においても、補助金が有効に活用され、サービス提供の開始に向けた準備が円滑に進むよう、引き続き共同機構を支援していただきたい。
    • 各行においては、中長期的な視野に立って、自行のマネロン管理態勢をどう高度化していくのか、その中で共同システムをどう活用できるのか、引き続き検討を進めていただきたい。
  • 「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」について
    • 2023年1月に発生した狛江市強盗殺人事件を含め、SNS上で実行犯を募集する強盗事件が広域で多発し、また、特殊詐欺被害も急増している。こうした情勢を踏まえ、3月17日、標記の緊急対策プランが策定された。
    • 金融庁関連の施策としては、
      1. 預貯金口座の不正利用防止対策の強化として、
        • 不審な出金等がある口座について取引時確認を徹底・強化すること、
        • 店頭窓口で取引する際に、詐欺被害が疑われる顧客への注意喚起を徹底・強化すること、
        • 制度改正を含め、非対面の本人確認において公的個人認証の積極的な活用を推進すること、
      2. 帰国する在留外国人から譲渡された口座を犯罪者グループ等が悪用することのないよう、
        • 在留期限に基づいた口座管理を強化すること、
        • 在留期限情報の共有態勢を検討すること

        が盛り込まれている。

    • 今後、関係する業界団体とも意見交換を行いながら、関係省庁と具体策を検討していきたい。

AML/CFTを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 愛知県内の女性がだまし取られた特殊詐欺の被害金約1760万円が、暗号資産に替えられて口座を転々とし、その後、再び現金に戻されていたことが判明しています。報道によれば、警察庁サイバー特別捜査隊が取引記録を解明したといい、愛知県警が、口座を管理していた男2人を詐欺容疑で逮捕しています。口座に送られた暗号資産は計約6億円分に上り、マネー・ローンダリングを図った疑いがもたれています。2人は仲間と共謀して2022年2~4月頃、実在するインターネットセキュリティー団体の職員や警察官を装って愛知県知多市の70代の会社員女性に電話、「あなたの携帯電話が遠隔操作されてサイバー攻撃に使われ、多くの被害者が出た。弁済義務があるが、保険に入れば補償を受けられる」などとうそを言い、架空の保険料名目で39回にわたって計約1760万円を振り込ませて詐取した疑いがもたれています。被害金の振込先は30数口座に上り、SNSの「闇バイト」に応じた人物が開設した口座で、その後、全額が暗号資産に替えられ、警察庁サイバー特捜隊が捜査に加わって暗号資産の取引記録を追跡したところ、複数の口座に分散させられて転々とした後、被害金の一部に当たる約130万円分が、両容疑者が管理する法人名義の暗号資産口座に送られており、その後、暗号資産から現金に再び戻されていたことも確認され、この暗号資産口座には計約6億円分の暗号資産が送られていましたが、全て同様に現金化されていたということです(愛知県内で2022年1月~2023年4月に認知された架空請求詐欺275件(被害額約10億1000万円)のうち102件(同約3億5000万円)は今回と同様の手口だったことからこの容疑者らのグループが関与した可能性があるとされます)。特殊詐欺事件では近年、被害金を暗号資産に替えて隠す手口が各地で確認されています。警察庁が2022年4月に創設したサイバー特捜隊は、ネット上で公開されている暗号資産の取引履歴を追跡する捜査手法を昨年秋に導入し、今回、両容疑者の口座に被害金が流れたことを突き止めましたが、同隊の追跡で特殊詐欺の容疑者を摘発したのは全国初といいます。
  • 全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の資金の海外流出を防ぐため、教団に対する解散命令が請求された段階で資産保全ができるよう法整備を求める声明を発表しています。報道によれば、教団は日本で信者らから集めた献金を韓国の本部へ年数百億円送金してきたといい、2022年から停止していた送金を近く再開する可能性があるといいます。被害対策弁護団は教団に集団交渉を申し入れた際、約20億円の損害賠償を請求、今後も請求の追加が見込まれています。声明では「現行法では解散命令が請求されると、裁判所の命令が確定するまでの間に、教団が資産を隠したり韓国などに送金したりする事態を避けられず、被害者が賠償を受けられなくなる危険性が高い」などと指摘、解散命令が請求された段階で教団財産を保全できるようにする特別措置法の今国会での成立を政府や各政党に求めています。全国弁連の紀藤正樹弁護士は、同様に解散命令の規定がある会社法には請求時に会社の財産を保全する条項があることを引き合いに出して「宗教法人法には財産保全の定めがなく法的に不十分だ」と述べています。
  • 日本中央競馬会(JRA)の馬券購入サイトを悪用し、不正送金したとして、警視庁サイバー犯罪対策課は、不正アクセス禁止法違反と電子計算機使用詐欺の疑いで、住居不定、無職、相沢容疑者を逮捕しています。報道によれば、調べに対し「アカウントを提供したが、送金はしていない」と容疑を否認、犯罪の実行役を募る「闇バイト」に応募した疑いがあり、指示役がいたとみられています。このスキームは、指示役が、偽サイトに誘導しIDやパスワードを盗み取る「フィッシング」と呼ばれる手口で他人の銀行口座情報を入手し、容疑者の馬券購入サイトのアカウントに不正チャージ、そのアカウントから、容疑者の銀行口座に移すというものです。JRAの馬券購入サイトは、金を自分のアカウントにチャージでき、金自体はJRAの口座に入金されます。通常、銀行の個人口座が不正送金に利用されると銀行が口座を凍結しますが、JRAの口座は影響が大きいため容易に凍結できないといいます。犯行グループが凍結を逃れ犯行を続けるため、JRAのサイトを悪用したとみられています。
  • 楽天モバイルの携帯電話基地局整備事業をめぐる巨額詐欺事件で、同社からだまし取った金をマネー・ローンダリングしたとして、警視庁は、同社元部長の佐藤容疑者を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)の疑いで逮捕、マネー・ローンダリングした金を受け取ったとして妻も同法違反容疑で逮捕しています。容疑者は詐取した約98億円のうち約20億円について、日本ロジなど複数の会社を介し、妻が代表取締役のペーパーカンパニーなどに隠した疑いがもたれています。妻はこのペーパーカンパニーから役員報酬として7000万円近くを受け取った疑いがあり、詐取金は高級車や不動産、ブランド品の購入などに充てていたとみられています。警視庁は、容疑者らが2019年10月~2021年12月に楽天モバイルに約300億円を不当に支払わせ、このうち水増し分にあたる100億円近くが実質的な損害とみており、日本ロジに渡った後の詐取金の流れを立証することが、事件の全体像の解明に不可欠と判断したとみられます。
  • 米司法省は、東京を拠点とする暗号資産取引所「マウント・ゴックス」をハッキングし、そこで得たビットコイン(BTC)のマネー・ローンダリングを共謀した罪で、ロシア人の男2人を起訴しています。報道によれば、両被告は、マウント・ゴックスのサーバーに不正アクセスし、2011年9月から少なくとも2014年5月までに、少なくとも64万7千BTCを盗んだとされます。当時、マウント・ゴックスは世界最大級の取引量をもつ暗号資産取引所で、顧客から預かった計約470億円相当のBTCがハッキングで消失し、2014年に経営破綻しました。盗んだBTCは、両容疑者らが管理する別の取引所のアドレスを通じて洗浄されたとみられています。両容疑者は2012~2013年、広告契約を装い、海外の銀行口座に仲介業者から660万ドル(約9億2千万円)以上を送金させていたといい、また、1人は2011~2017年、別の暗号資産取引所を運営し、ハッカーやランサムウエアの実行犯ら世界中のサイバー犯罪者に、収益の送金やマネー・ローンダリングの場を提供、100万人以上のユーザーにサービスを提供し、数十億ドル(数千億円)相当の取引を処理したといいます。マウント・ゴックスの資金流出事件をめぐっては、日本国内では元CEOのマルク・カルプレス氏が、取引システムのデータを改ざんして口座残高を水増ししたとする私電磁的記録不正作出・同供用の罪で有罪となり、業務上横領罪では無罪となっています。
(2)特殊詐欺を巡る動向

2022年の特殊詐欺の認知・検挙状況に関する確定値が警察庁から公表されています。あらためて指摘するまでもなく、認知件数・被害総額ともに前年を大きく上回る結果となっています。とりわけ、オレオレ詐欺や架空請求詐欺が大幅に増加しており、高齢者の被害者も高止まり傾向、少年の犯罪への関与の層かが続いているうえ、中枢被疑者の検挙やアジトの摘発は減少するなど、まだまだ課題の多い状況といえます。一方で、電話転送サービス事業者の摘発など犯行ツール対策や関係事業者との連携強化など進展が見られており、今後のさらなる深化を期待したいところです。

▼警察庁 令和4年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(確定値版)
  • 認知状況全般
    • 令和4年の特殊詐欺の認知件数(以下「総認知件数」という。)は17,570件(+3,072件、+21.2%)、被害額は370.8億円(+88.8億円、+31.5%)と、前年に比べて総認知件数及び被害額はともに増加。被害額は8年ぶりに増加に転じた
    • 被害は大都市圏に集中しており、東京の認知件数は3,218件(-101件)、神奈川2,090件(+629件)、大阪2,064件(+526件)、千葉1,457件(+354件)、埼玉1,387件(+305件)、兵庫1,074件(+215件)及び愛知980件(+106件)で、総認知件数に占めるこれら7都府県の合計認知件数の割合は69.8%(▲0.8ポイント)。
    • 1日当たりの被害額は約10,159万円(+約2,433万円)。
    • 既遂1件当たりの被害額は218.6万円(+16.6万円、+8.2%)。
  • 主な手口別の認知状況
    • オレオレ詐欺、預貯金詐欺及びキャッシュカード詐欺盗(以下3類型を合わせて「オレオレ型特殊詐欺」と総称する。)の認知件数は9,724件(+1,606件、+19.8%)、被害額は205.1億円(+44.4億円、+27.6%)で、総認知件数に占める割合は55.3%(▲0.6ポイント)。
    • オレオレ詐欺は、認知件数4,287件(+1,202件、+39.0%)、被害額129.3億円(+38.7億円、+42.7%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は24.4%(+3.1ポイント)。
    • 預貯金詐欺は、認知件数2,363件(▲68件、-2.8%)、被害額28.9億円(▲1.7億円、▲5.5%)と、いずれも減少し、総認知件数に占める割合は13.4%(-3.4ポイント)。
    • キャッシュカード詐欺盗は、認知件数3,074件(+472件、+18.1%)、被害額46.9億円(+7.4億円、+18.7%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は17.5%(-0.5ポイント)。
    • 架空料金請求詐欺は、認知件数2,922件(+805件、+38.0%)、被害額101.8億円(+33.7億円、+49.5%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は16.6%(+2.0ポイント)。
    • 還付金詐欺は、認知件数4,679件(+675件、+16.9%)、被害額53.7億円(+8.5億円、+18.8%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は26.6%(-1.0ポイント)。
  • 主な被害金交付形態別の認知状況
    • 現金手交型の認知件数は3,981件(+1,188件、+42.5%)、被害額は130.0億円(+35.6億円、+37.7%)と、いずれも増加。
    • キャッシュカード手交型の認知件数は2,671件(-27件、▲1.0%)、被害額は39.8億円(+0.0億円、+0.0%)と、認知件数は減少、被害額は微増。キャッシュカード窃取型の認知件数は3,074件(+472件、+18.1%)、被害額は46.9億円(+7.4億円、+18.7%)と、いずれも増加。
    • 両交付形態を合わせた認知件数の総認知件数に占める割合は32.7%。
    • 被害者と直接対面して犯行に及ぶ現金手交型、キャッシュカード手交型及びキャッシュカード窃取型を合わせた認知件数の総認知件数に占める割合は55.4%(▲-0.4ポイント)。
    • 振込型の認知件数は6,058件(+963件、+18.9%)、被害額は105.3億円(+26.2億円、+33.1%)と、いずれも増加し、総認知件数に占める割合は34.5%(▲0.7ポイン)。
    • 現金送付型の認知件数は319件(+130件、+68.8%)、被害額は38.6億円(+18.1億円、+88.6%)と、いずれも増加。
    • 電子マネー型の認知件数は1,416件(+320件、+29.2%)、被害額は9.9億円(+1.5億円、+17.2%)と、いずれも増加。
  • 高齢者被害の認知状況
    • 高齢者(65歳以上)被害の認知件数は15,114件(+2,390件、+18.8%)で、法人被害を除いた総認知件数に占める割合は86.6%(▲1.6ポイント)。
    • 65歳以上の高齢女性の被害認知件数は11,559件で、法人被害を除いた総認知件数に占める割合は66.2%(▲2.4ポイント)。
  • 欺罔手段に用いられたツール
    • 被害者を欺罔する手段として犯行の最初に用いられたツールは、電話が86.3%、電子メールが8.1%、はがき・封書等は0.08%と、電話による欺罔が9割近くを占めている
    • 主な手口別では、オレオレ型特殊詐欺及び還付金詐欺は、約99%が電話。架空料金請求詐欺は、電子メールが約47%、電話が約24%。
  • 予兆電話
    • 警察が把握した、特殊詐欺の被疑者が電話の相手方に対し、住所や氏名、資産、利用金融機関等を探るなど特殊詐欺が疑われる電話(予兆電話)の件数は120,444件(+19,929件、+19.8%)で、月平均は10,037件(+1,661件、+19.8%)と増加。
    • 都道府県別では、東京が35,192件と最も多く、次いで埼玉12,177件、千葉11,128件、大阪10,230件、神奈川8,526件、愛知7,233件、兵庫3,700件の順となっており、予兆電話の総件数に占めるこれら7都府県の合計件数の割合は73.2%。
    • 令和4年の特殊詐欺の検挙件数は6,640件(+40件、+0.6%)、検挙人員(以下「総検挙人員」という。)は2,458人(+84人、+3.5%)と増加。
    • 手口別では、オレオレ詐欺の検挙件数は1,771件(+311件、+21.3%)、検挙人員は967人(+185人、+23.7%)と、いずれも増加。還付金詐欺の検挙件数は1,061件(+314件、+42.0%)、検挙人員は186人(+75人、+67.6%)といずれも増加。
    • 検挙人員のうち、中枢被疑者※は41人(▲2人)で、総検挙人員の1.7%。※ 犯行グループの中枢にいる主犯被疑者(グループリーダー及び首謀者等)をいう。
    • 被害者方付近に現れた受け子や出し子、それらの見張り役は1,917人(+45人、+2.4%)で、総検挙人員の78.0%
    • このほか、預貯金口座や携帯電話の不正な売買等の特殊詐欺を助長する犯罪を、3,778件(+385件)、2,789人(+259人)検挙
  • 暴力団構成員等の検挙状況
    • 暴力団構成員等※の検挙人員は434人(+111人、+34.4%)で、総検挙人員に占める割合は17.7%。※暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者の総称。
    • 暴力団構成員等の検挙人員のうち、中枢被疑者は17人(±0人、±0.0%)であり、出し子・受け子等の指示役は12人(▲9人、▲42.9%)、リクルーターは79人(+17人、+27.4%)であるなど、依然として暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与している実態がうかがわれる。
    • このほか、現金回収・運搬役としては39人(+6人、+18.2%)、道具調達役としては11人(+3人、+37.5%)を検挙。
  • 少年の検挙状況 資料13、14
    • 少年の検挙人員は473人(+40人)で、総検挙人員に占める割合は19.2%。少年の検挙人員の73.8%が受け子(349人)で、受け子の総検挙人員(1,619人)に占める割合は21.6%と、受け子の5人に1人が少年
  • 外国人の検挙状況 資料13、14
    • 外国人の検挙人員は145人(+28人)で、総検挙人員に占める割合は5.9%。外国人の検挙人員の57.9%が受け子で、20.0%が出し子。
    • 国籍別では、中国76人(52.4%)、ベトナム21人(14.5%)、フィリピン15人(10.3%)、韓国15人(10.3%)、ブラジル6人(4.1%)、北朝鮮3人(2.1%)。
  • 架け場等の摘発状況
    • 東京都をはじめ大都市圏に設けられた架け場等(犯行グループが欺罔電話をかけたり、出し子・受け子らグループのメンバーに指示を出したりする場所等)20箇所を摘発(▲3箇所)
  • 主な検挙事件
    • 令和4年6月までに、移動する車両の中からオレオレ詐欺の欺罔の電話を架けていた特殊詐欺グループを特定、犯行中の車両を急襲して架け子2名を詐欺罪で逮捕するとともに、その後の捜査で共犯被疑者3名を同じく詐欺罪で逮捕した(埼玉)。
    • 令和4年6月までに、警察官をかたって被害者からキャッシュカードを詐取したり隙を見て盗んだりする預貯金詐欺及びキャッシュカード詐欺盗の電話を、それぞれの自宅等から架けていた架け子被疑者や、これら被疑者の面接や犯行の報酬の振り込みを担っていた被疑者等16名を詐欺罪で逮捕した(警視庁)。
    • 令和4年8月までに、預貯金詐欺の受け子被疑者を順次割り出し逮捕するとともに、架け場等を摘発するなどの突き上げ捜査を徹底し、特殊詐欺グループの中枢被疑者を含む16名を詐欺罪で逮捕した(岡山、福井)。
    • 令和4年10月までに、架空料金請求詐欺で被害者からだまし取った電子マネーの利用権を電子マネーの売買等を仲介するサイトを通じて販売させ、販売代金を振込入金させた事業者の代表等4名を、組織的犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)で逮捕した(警視庁、熊本)。
    • 令和4年10月までに、オレオレ詐欺で逮捕した受け子への捜査から被疑者を順次割り出し逮捕するなどの突き上げ捜査を徹底し、受け子の管理役である道仁会傘下組織組員等9名を詐欺罪で逮捕した(熊本、群馬、新潟、北海道、長野)。
  • あらゆる法令を駆使した犯罪者グループ等の取締り
    • 特殊詐欺には、暴力団・準暴力団はもちろん、より外縁の不明確な集団も含めた犯罪者グループ等が関与しており、これらに実質的な打撃を与え、弱体化、壊滅させる必要がある。
    • そのため、警察では、あらゆる法令を駆使して、こうした犯罪者グループ等の主要幹部の検挙を図る取締りを強化している。
    • 令和4年8月までに、神戸山口組傘下組織の幹部を特殊詐欺で逮捕するとともに、同組織の総長らを風営適正化法違反、暴力団排除条例違反等により逮捕した(警視庁)
  • 関係事業者と連携した対策の推進
    • 金融機関等と連携した声掛けの取組を推進した結果、金融機関職員等の声掛けにより、18,730件(+3,724件)、約80.1億円(+22.7億円)の被害を阻止(阻止率(※)52.6%)。金融機関の窓口において高齢者が高額の払戻しを認知した際には警察に通報するよう促すなど、金融機関との連携を強化。※阻止件数を認知件数(既遂)と阻止件数の和で除した割合
    • 還付金詐欺への対策として、金融機関に対し、例えば、一定年数以上ATMでの振り込みのない高齢者口座にかかるATM振込限度額をゼロ円(又は少額)とし、窓口に誘導して声掛け等を行うようにするなどの働き掛けを推進(令和4年12月末現在、47都道府県、409金融機関)。
    • また、金融機関と連携しつつ、還付金詐欺の手口に注目した「ストップ!ATMでの携帯電話」運動を全国で実施。
    • キャッシュカード手交型とキャッシュカード窃取型への対策として、警察官や金融機関職員等を名のりキャッシュカードを預かる又はすり替えるなど具体的な手口の積極的な広報を推進。また、金融機関に預貯金口座のモニタリングの強化や、高齢者口座のATM引出限度額を少額とするよう働き掛ける取組を推進(令和4年12月末現在、41都道府県、248金融機関)。
    • 電子マネー型への対策として、コンビニエンスストア、電子マネー発行会社等と連携し、高額の電子マネーを購入しようとする客への声掛け、購入した電子マネーのカード等を入れる封筒への注意を促す文言の記載、発行や申込みを行う端末機の画面での注意喚起等を推進。
    • 現金送付型への対策として、宅配事業者に対し、過去に犯行に使用された被害金送付先のリストを提供し、これを活用した不審な宅配の発見や警察への通報等を要請する取組のほか、コンビニエンスストアに対し、高齢者からの宅配便の荷受け時の声掛け・確認等の推進を要請。
    • SNSを利用した受け子等の募集の有害情報への対策として、特殊詐欺に加担しないよう呼び掛ける注意喚起の投稿や、受け子等を募集していると認められる投稿に対して、返信機能(リプライ)を活用した警告等を実施(令和4年12月末現在、16都道府県)。
  • 犯行ツール対策
    • 主要な電気通信事業者に対し、犯行に利用された固定電話番号等の利用停止及び新たな固定電話番号の提供拒否を要請する取組を推進。令和4年中は固定電話番号3,401件、050IP電話番号2,107件が利用停止され、新たな固定電話番号等の提供拒否要請を3件実施。
    • 犯行に利用された固定電話番号を提供した電話転送サービス事業者に対する犯罪収益移転防止法に基づく報告徴収を4件、総務省に対する意見陳述を4件実施
  • この意見陳述を受けて、令和4年中、総務大臣から電話転送サービス事業者に対して是正命令を3件発出。
    • 犯行に利用された携帯電話(仮想移動体通信事業者(MVNO※)が提供する携帯電話を含む。)について、携帯電話事業者に対して役務提供拒否に係る情報提供を推進(6,083件の情報提供を実施)。※Mobile Virtual Network Operatorの略。自ら無線局を開設・運用せずに移動通信サービスを提供する電気通信事業者。
    • 犯行に利用された電話番号に対して、繰り返し電話して警告メッセージを流すことで、その番号の電話を事実上使用できなくする「警告電話事業」を推進
  • 悪質な電話転送サービス事業者の取締り
    • 特殊詐欺事件の背後には、特殊詐欺の犯行に利用されることを認識しながら、その実行犯に対して電話転送サービスを提供する悪質な事業者の存在が依然として認められている。
    • こうした事業者は、複数の事業者に再販売を繰り返して、最終的に犯行グループに提供することで、自らは犯行に関与していないよう偽装するなど、非常に巧妙な手口で犯行に加担している。
    • 警察では、令和4年12月までに、犯行グループに対して多数の電話の転送サービスを提供していた電話転送サービス事業の経営者ら13名を詐欺幇助で逮捕(岐阜・警視庁)するなど、悪質な電話転送サービス事業者の取締りを進めている。

上記のとおり、犯行ツール対策は特殊詐欺被害を防止するうえで大変重要な取り組みとなります。2023年6月5日付読売新聞の記事「「道具屋」電話詐欺の裏で暗躍、売るのは「不可欠なものばかり」…「東日本最大級」を摘発」によれば、千葉県内で相次ぐ電話de詐欺事件で、「道具屋」が暗躍していると報じられています。大変参考になりますので、以下、抜粋して引用します。

道具屋は、偽造身分証を使って金融機関の口座や携帯電話のSIMカードを不正に入手し、詐欺集団などに売りさばく犯罪グループだ。「東日本最大級」の道具屋が摘発され、闇に包まれた活動の一端が浮かび上がってきた。「道具屋が売っているのは、電話de詐欺に不可欠なものばかり」。捜査関係者はそう憤る。「道具屋がいる限り詐欺はなくならない。絶対に許せない存在だ」と語気を強める。偽造した運転免許証などを使って、金融機関からキャッシュカードをだまし取ったとして、千葉県警は昨年6月から今年4月にかけて、男女9人を偽造有印公文書行使や詐欺などの疑いで逮捕した。9人は「東日本最大級」とされる道具屋のメンバーだ。千葉県内の複数の民泊施設では、室内から約1000枚の運転免許証と約920枚の健康保険証も見つかった。県警は、ほとんどが偽造だとみており、押収済みだ。民泊施設は、この道具屋の拠点として使われていた。県警の調べでは、この道具屋は偽造した身分証を使って口座やSIMカードを不正に取得し、電話de詐欺などの犯罪組織に売っていた。価格は1口座あたり10万円、SIMカードは1枚あたり2万円ほど。少なくとも口座は500口、SIMカードは1300枚売り、数千万円以上を荒稼ぎしていたとみられる。一般的に、口座は詐欺被害者からの振込先として悪用され、SIMカードは、だましの電話をかける「かけ子」の携帯電話などに悪用される。実際に、この道具屋が売った口座のうち、少なくとも170口座が詐欺事件で悪用された口座と一致していた。振り込みが確認された被害額は約13億円にのぼる。…捜査関係者によると、この道具屋は、都市銀行など複数の金融機関から口座を不正に取得していた。捜査員は「オンラインサービスにおける本人確認の隙を悪用された」と指摘する。SIMカードも、通信事業者によってはオンラインでの身分確認で購入できる。県警は、この道具屋が偽造した身分証を用いて、オンラインでSIMカードを手に入れていたとみている。…立正大学の小宮信夫教授(犯罪学)は「民間の事業者単体では、顔写真や名前だけの照合にとどまるため、完全な対策は難しい」と指摘。打開策として、運転免許証やマイナンバーカードに割り振られた固有番号の活用を挙げる。「番号は行政が管理している。DXの技術を積極的に活用し、行政と民間事業者が本人確認で連携するシステムを構築するべきだ」と提唱する。

上記報道において、道具屋による運転免許証やSIMカードの偽造、「民泊」が拠点として悪用されている実態が分かります。さらに、特殊詐欺の実行において、「闇バイト」による供給も大きな問題といえます。例えば、愛知県警が2022年1月~2023年4月に特殊詐欺容疑で逮捕した226人のうち、約6割が「闇バイト」を通じて事件に関与した疑いが強いことが判明したと報じられています。若者らが闇バイトに応募するのを止めようと、警察のほか学生ボランティアもSNSなどの投稿に目を光らせているといいます。「闇バイト 全国で募集」「手厚いサポートで安全に働けます」などの投稿、絵文字を使い、「安全」とうたうものも目立つといい、報道で男子学生(19)は「若者を意識した軟らかい文面が多い。隠語も使わず堂々と募集しているのには驚く」と話しています。愛知県警もSNSなどを監視し、受け子などの勧誘とみられる投稿主には、「犯罪の実行犯を募集する不適切な書き込みの恐れがある」と警告を発出、2022年の警告件数は1259件に上り、大半がその後にアカウントが凍結、削除されたといいます。なお、特殊詐欺グループの末端とされる受け子やかけ子は、摘発のリスクが高く、指示役らが「使い捨て」にしている実態がありますが、警視庁は、2022年1年間に特殊詐欺の実行役として摘発した少年153人の実態調査を公表、約3割が交流サイトSNSの「闇バイト」に応募していることなどを明らかにしています。調査結果によると、犯行への加担の経緯については最多が「友人の紹介」で39.9%、「先輩の紹介」も20.3%で、人間関係からの誘いこみが約6割を占めていたといいます。SNSは28.8%で、その勧誘では「1週間で50万円稼げるバイトあります」と高収入をうたう文言も確認されたといいます。受け子などについての認識は、88.2%が「詐欺と認識がある」と回答、「警察に捕まる危険はあるが、1回だけなら大丈夫」などと安易に考えていた少年もいたとのことです。一方、グループから抜けられないように指示役から脅迫を受けていたとする少年も21.6%おり、「どこで生まれ、家族が誰かまで知ってんだぞ」などと脅されていたといいます。さらに、警視庁は、「闇バイト」について、同庁への関連相談の件数が2023年1~5月、2022年同期比で3倍に増えていたと明らかにしています。SNS上の募集について、投稿者への警告などを続けるほか、制作した啓発動画を神奈川や広島など6県警に配布するなど、他県警とも連携して対策を強化するとしています。なお、相談内容は「求人サイトでアンケートを受け取る仕事を見つけて応募し、免許証の画像を送信したが、架空の会社だった」といったものや、「自宅ポストに投函された探偵会社の事務の仕事に応募したら特定のアプリで連絡を要求された。研修名目で『書類の受け渡し』を指示され、不安になった」などがあったといいます。関連して、直近では、東京・歌舞伎町のぼったくりバーで働く「闇バイト」を募集したとして、警視庁は、バー経営の男と同店員の男を職業安定法違反(有害業務の募集)容疑で逮捕しています。闇バイトの募集に同容疑を適用するのは全国初とみられます。職業安定法は、有害業務に就かせる目的での労働者募集を禁止しており、警視庁はぼったくり行為が「有害業務」に当たり、その実行役の募集が同法に違反すると判断したといいます。また、店員2人は面接時に運転免許証を撮影されており、うち1人は「やめたかったが、何度も電話がかかってきた。実家の住所を知られているので怖かった」と話しているといいます。警視庁は経営の男らがSNSでも「日払い可能」「軽い店内作業」などと称して店員を募っていたとみています。

この「闇バイト」の問題を含む海外に拠点を構える特殊詐欺グループの問題については、本コラムでもたびたび取り上げていますが、こうした詐欺グループは10人を超える組織が目立ち、被害額も大きい点が特徴です。前回の本コラム(暴排トピックス2023年5月号)で取り上げましたが、警視庁は、カンボジアを拠点としていたグループの19人を同国から移送し、逮捕していますが、拠点のリゾートホテルからは約3万人分の名簿が見つかり、グループによる被害総額は約9億4千万円に上るとみられています。日本と比べ通信手段などの規制が緩く、物価が安いためメンバーを呼び寄せるコストも低いことが要因と考えられています。さらに、実行役はSNSを通じ高額報酬をうたう「闇バイト」などで集められるケースが多く、詐欺グループの活動に歯止めをかけるためには、若者らの闇バイト参加などをどう食い止めていくかが重要になるといえます。警察当局は対策を急いでおり、1つは通信手段の規制で、闇バイトの投稿ではスマートフォンに入れて使う「データSIM」が悪用された事例があり、現在は契約時などの本人確認義務がないことから、警察庁はデータSIMを含め、特殊詐欺で悪用されている通信ツールの本人確認を強化する法整備を検討しています。もう1つは闇バイトの抑止で、警視庁は闇バイトを募る投稿を見つけた場合「不適切な書き込みのおそれがあります」などのリプライで警告を送るといった対策を進めていますが、政府は人工知能(AI)を活用し、投稿を効率的に検知する取り組みも検討しているといいます。闇バイトで実行役を集める特殊詐欺は一部で強盗に手口を凶悪化する動きもみられ、治安の新たな脅威となる恐れがあり、摘発を通じた犯罪グループの実態解明と闇バイトの抑止を両輪で進めていく必要があります

海外を拠点とする特殊詐欺グループのうち、フィリピンを拠点とする特殊詐欺グループ(いわゆるルフィグループ)が国内で60億円以上の被害を出したとされる事件で、詐欺グループが日本国内にも拠点をつくり、2カ月弱で少なくとも東京都内8カ所を転々と移動していたことが判明、さらに、この8カ所はいずれも民泊だったといいま。短期間で複数の拠点を立ち上げており、かなり組織化されたグループであったことがうかがえます。一連の事件ではグループ幹部やうその電話をかける「かけ子」など70人以上が逮捕され、押収資料の分析や供述などから事件の経緯が判明しています。報道によれば、国内の拠点はグループ内で「日本バコ」と呼ばれ、日本の警察当局の摘発を逃れるため、フィリピンに拠点を作ったとみられていますが、拠点の一つの廃ホテルが2019年11月、フィリピン当局に摘発され、さらに2020年3月ごろには、新型コロナの感染拡大で日本から「かけ子」らがフィリピンに渡航しにくくなったことから、日本国内の拠点を新設する話がグループ内で浮上したといいます。拠点は頻繁に変わり、その背後には、拠点を用意する「ハコ屋」の存在もあるとされます。運転免許所などの偽造や個人情報の収集に基づく「名簿」などそれぞれに専門の「道具屋」が存在し、犯行の準備を短期間で整えられ、拠点の移動や人の入れ替えも容易になっている現実があります。さらに、非対面で連絡を取り合うなど捜査逃れの工夫をしている上、業務を細分化することで「事情を知らなかった」と関与の立証を難しくしている実態もあります。

前述したとおり、カンボジアを拠点とした特殊詐欺事件で、グループの拠点とされるホテルから約3万人分の個人情報が記載された名簿が押収されています。企業の顧客名簿などが、不正な売買を手がける業者などを通じて「闇名簿」として流通して犯罪組織に渡り、特殊詐欺に悪用されているとみられています。報道で闇名簿に詳しい犯罪ジャーナリストの多田文明氏は「通信販売や訪問販売の顧客は『人の話を聞いてくれる人』なので、つけ込む余地があるとみられているのだろう」と指摘しています。闇名簿とは、流通に本人の同意がない場合や、本人からの要請を受けて第三者への提供を停止する方法を国の個人情報保護委員会に届け出ていない業者が取り扱うもので、同氏によると、闇名簿は少なくとも約10年前からインターネットで流通、流出元として、金銭的に困った会社員らが勤務先の名簿を業者などに売っているケースがあり、「一度被害に遭った人は再び被害に遭いやすい。『カモリスト』として何度も流通している」と指摘しています(このあたりは、本コラムで以前から指摘しているとおりです)。だが「闇名簿屋」の摘発は思うように進んでおらず、闇名簿屋の実態はなかなかつかめていないのが実態のようです。

これらの犯行ツール(犯罪インフラ)に加え、秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」が使われることが多いのですが、最近では、銀座での高級腕時計強盗事件のように、「シグナル」で頻繁に連絡を取り合っていたことが判明しています。「シグナル」は「テレグラム」と同様、メッセージを自動消去できる機能があり、暴力団等でも以前から利用されている実態がありますが、本事件でも実行犯らが「シグナル」を使って証拠を隠そうとした可能性があるとみられています。

各地で報じられている特殊詐欺の被害状況についての報道から、いくつか紹介します。

  • 警視庁が2023年1~4月までに認知した特殊詐欺事件について、親族らをかたり現金をだまし取る「オレオレ詐欺」が件数と被害額のいずれも最多となっているといいます。オレオレ詐欺では1件当たりの被害額が高額になる傾向があり、警視庁は詐欺グループが自宅にある「タンス預金」を狙って犯行に及んでいるとみて注意を呼び掛けています。警視庁犯罪抑止対策本部によれば、特殊詐欺の認知件数は計953件で前年同期比108件増、被害総額は約21億6200万円で前年同期に比べ約4億6200万円増えています。類型別では、オレオレ詐欺が263件(27.6%)で最多、次いで預貯金詐欺226件(23.7%)▽還付金詐欺161件(16.9%)などが続きました。被害額でもオレオレ詐欺は約9億円で全体の約4割を占めています。2022年のオレオレ詐欺による1件当たりの平均被害額は約346万円と他の詐欺に比べて高額になる傾向があり、オレオレ詐欺の被害額のうち、約6割がタンス預金だったといいます。オレオレ詐欺では現金を受け取る「受け子」が被害者宅を訪問する必要があるなど、実行役は摘発されるリスクは高いところ、実行役は犯行グループにとって「使い捨ての道具」で、SNSの「闇バイト」などで集められているとみられています。
  • 犯人が電話などで巧みに被害者を信じ込ませ、現金やキャッシュカードをだまし取る「特殊詐欺」について、千葉県でも2022年の被害額は34億385万円と前年比7億9719万(30・6%)増とン2年連続で増加しています。認知件数も前年比354件(32.%)増の1457件で、被害は広がり続けています。2023年1~3月の摘発件数は49件、摘発人数は30人となっており、前年同時期をやや下回っていますが、摘発人数を詳しくみると、役割では受け子と出し子が9割を占め、年齢は10代が30%、20代が43%を占めており、「簡単に稼ぎたい」という動機で加担し、犯罪であることを知っても抜けられないという場合が多い状況にあるとされます。一方、受け子や出し子、かけ子を摘発しても、本丸である指示役らにたどり着かない限り、被害の抑止につながらず、千葉県警は、詐欺の電話に気づかないふりをして犯人を摘発する「だまされたふり作戦」を進める一方、家族間で連絡を取り合って被害に遭わないようにするなどの注意を呼びかけています。
  • 奈良県内で2023年5月、高齢者を狙って多額の現金をだまし取る特殊詐欺事件が3件相次ぎ、被害総額は計約7300万円に上っています。年間の被害件数や金額は過去最悪を上回る勢いで増加しているといい、詐欺グループの手口や被害を防ぐ方法を知らせたりして注意を呼び掛けています。直近では橿原市の80代女性が2035万円をだまし取られる被害に遭いましたが、被害額が1000万円を超える高額特殊詐欺が発覚するのは、5月に入って3件目となりました。宅配便の発送伝票の品名には(特殊詐欺グループの指示とみられ)「健康サプリ」と書いていたほか。送り先のマンションの一室は空き室、また、別件では詐欺グループが荷物を直接受け取らず、玄関口など指定した場所に置いてもらう「置き配」を利用するなどし、発覚を免れようとしたケースもありました。また、老人ホームの入所権の名義貸しを持ちかける手口が県内で増加傾向にあるほか、1人暮らしの高齢者がだまされるケースが目立つといいます。県内の特殊詐欺被害で認知件数が最も多かったのは2008年の235件、被害額は2016年の約5億4000万円が最多であるところ、2023年は5月下旬時点で100件に迫り、被害額は2億8000万円を超えているといいます。このままのペースだと件数・金額とも過去最悪を更新する恐れがあり、県警は危機感を強めています。被害に遭った149人の9割が、現金などを渡すまでに誰にも相談していなかったことから、県警は周囲の人たちが被害の兆候に気づいてあげることも大切だと訴えています。1人暮らしや、日中に家族がいない高齢者のために、不審な電話の着信を拒め、通話録音も可能な「防犯電話」の購入も勧めており、前回の本コラム(暴排トピックス2023年5月号)でも紹介したとおり、NTT西日本は5月1日から、70歳以上の高齢者やその同居者を対象に、電話機に相手の番号を表示する「ナンバー・ディスプレイ」や、非通知の電話を受け付けない「ナンバー・リクエスト」の月額利用料を無償にするサービスを始めています。

例月どおり、2023年(令和5年)1~4月の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。

▼警察庁 令和5年4月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和5年1~4月における特殊詐欺全体の認知件数は6,204件(前年同期4,733件、前年同期比+31.1%)、被害総額は123.2憶円(100.2憶円、+23.0%)、検挙件数は2,094件(1,822件、+14.9%)、検挙人員は680人(619人、+9.9%)となりました。ここ最近、認知件数や被害総額が大きく増加している点が特筆されますが、この傾向がいまだ継続していることから、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっている状況を示すものとして十分注意する必要があります。うちオレオレ詐欺の認知件数は1,391件(1,055件、+31.8%)、被害総額は38.0憶円(31.7憶円、+20.2%)、検挙件数は654件(473件、+38.3%)、検挙人員は290人(232人、+25.0%)となり、相変わらず認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。2021年までは還付金詐欺が目立っていましたが、オレオレ詐欺へと回帰している状況も確認できます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。そもそも還付金詐欺は、自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで2021年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶たない現状があり、それが被害の高止まりの背景となっています。とはいえ、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性も考えられるところです(繰り返しますが、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。最近では、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は808件(885件、▲8.7%)、被害総額は10.5憶円(13.6憶円、▲22.8%)、検挙件数は560件(643件、▲12.9%)、検挙人員は136人(148人、▲8.1%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに減少という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されています。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出ています)。また、預貯金詐欺の認知件数は832件(710件、+17.2%)、被害総額は10.6憶円(8.5憶円、+25.7%)、検挙件数は418件(421件、▲0.7%)、検挙人員は133人(158人、▲15.8%)となりました。ここ最近は、認知件数・被害総額ともに大きく減少していましたが、一転して大きく増加し、その傾向が続いている点が注目されます。その他、架空料金請求詐欺の認知件数は1,550件(804件、+92.8%)、被害総額は40.1憶円(29.6憶円、+35.6%)、検挙件数は71件(42件、+69.0%)、検挙人員は31人(30人、+3.3%)、還付金詐欺の認知件数は1,460件(1,219件、+19.8%)、被害総額は16.6憶円(13.6憶円、+22.1%)、検挙件数は370件(231件、+60.2%)、検挙人員は63人(37人、70.3%)、融資保証金詐欺の認知件数は73件(34件、114.7%)、被害総額は1.0憶円(0.9憶円、14.5%)、検挙件数は5件(6件、▲16.7%)、検挙人員は6人(3人、+100.0%)、金融商品詐欺の認知件数は52件(7件、+642.9%)、被害総額は5.5憶円(0.8憶円、+574.4%)、検挙件数は8件(0件)、検挙人員は12人(6人、+100.0%)、ギャンブル詐欺の認知件数は7件(16件、▲56.3%)、被害総額は0.2憶円(1.6憶円、▲84.3%)、検挙件数は0件(6件)、検挙人員は0人(4人)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、「非対面」で完結する還付金詐欺や架空料金請求詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。

犯罪インフラ関係では、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は79件(27件、+192.6%)、検挙人員は33人(6人、+450.0%)、口座開設詐欺の検挙件数は237件(244件、▲2.9%)、検挙人員は135人(128人、+5.5%)、盗品等譲受け等の検挙件数は2件(0件)、検挙人員は1人(0人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は896件(1,021件、▲12.2%)、検挙人員は695人(809人、▲14.1%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は36件(33件、+9.1%)、検挙人員は37人(32人、+15.6%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は5件(5件、±0%)、検挙人員は4人(2人、+100.0%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では男性(31.8%):女性(68.2%)、60歳以上89.9%、70歳以上70.8%、オレオレ詐欺では男性(18.3%):女性(81.7%)、60歳以上98.7%、70歳以上96.2%、架空料金請求詐欺では、男性(62.4%):女性(37.6%)、60歳以上72.5%、70歳以上44.0%、融資保証金詐欺では男性(77.3%):女性(22.7%)、60歳以上15.2%、70歳以上3.0%、)特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合について、特殊詐欺全体 82.7%(男性28.6%、女性71.4%)、オレオレ詐欺 98.0%(18.3%、81.7%)、預貯金詐欺 99.5%(9.9%、90.1%)、架空料金請求詐欺 58.7%(65.6%、34.4%)、還付金詐欺 81.4%(35.7%、64.3%)、融資保証金詐欺 4.5%(66.7%、33.3%)、金融商品詐欺 30.8%(37.5%、62.5%)、ギャンブル詐欺 14.3%(100.0%、0.0%)、キャッシュカード詐欺盗 99.5%(12.2%、87.8%)などとなっています。

最近の新たな詐欺的手口として注意が必要なものとして、(厳密にいえば特殊詐欺とは言えないかもしれませんが)遠隔操作アプリを悪用して借金をさせる副業や投資の勧誘が目立ってきていると国民生活センターが注意喚起しているものが挙げられます。被害は20代が多く、人に言われるがまま目的や内容のわからないアプリを安易にインストールしないことが大切だといえます。2022年10月に消費生活センターに相談した20代の女性は、スマホで副業を検索し、ランキングで上位にあった事業者のSNSに登録、千円のガイドブックを買って読んだがよく分からず、業者と電話で話したところ、遠隔操作アプリで画面共有をしながらFXの自動売買ツールの勧誘を受けたところ、約40万円に割り引くと言われて、画面共有したまま誘導され、貸金業者のアプリで50万円の借金を申し込んだというものです。こうしたトラブルの典型的な手口は、副業や投資などで高額収入を得るためのノウハウと称する「情報商材」を消費者に購入させた後、高額なサポート契約を勧誘、「お金がない」と断ると、遠隔操作アプリを悪用し借金をさせるパターンです。被害にあった消費者は、相手から「説明のために必要」などと言われて遠隔操作アプリをインストールさせられているため、そのアプリが何であるか知らず、スマホが遠隔操作されるリスクを認識していないと国民生活センターは指摘しています。事業者は遠隔操作アプリを使って消費者のスマホの画面を見ながら金の借り方について細かく指示を出すため、消費者は冷静になって考え直す時間が持てないまま、借金に誘導されるといいます。遠隔操作アプリを悪用する事例は2年ほど前から目立つようになってきているといい、情報商材に関連してクレジット契約や借金を強要するトラブルの相談は2022年度で全国の消費生活センターに1000件寄せられ、うち少なくとも100件が遠隔操作アプリ悪用の手口だといいます。もし、こうしたトラブルで貸金業者サイトに登録してしまった場合は、IDやパスワードを変更するなど悪用されないための対策を取るほか、消費者ホットライン(電話番号188)に相談するよう同センターは呼びかけています。万一、作業中に不審な動きがあって遠隔操作をすぐに切断したい場合は、機内モードにしたり、ルーターの電源を落としたりして、ネットワークを切断するよう勧めています。

▼国民生活センター 20歳代が狙われている!?遠隔操作アプリを悪用して借金をさせる副業や投資の勧誘に注意
  • 副業や投資に関する情報商材のトラブルに関する相談が依然として寄せられています。特に20歳代の若者の場合、支払いのために借金をさせられるケースが多くみられますが、最近の相談事例をみると、副業や投資に関する情報商材を購入後、高額なサポート契約を勧誘され、「お金がない」と断った消費者に対して遠隔操作アプリを悪用して借金をさせる手口が目立っています。
  • そこで、消費者トラブル防止のために相談事例を紹介し、消費者への注意喚起を行います。
  • 遠隔操作アプリとは
    • 自分のスマートフォンやパソコンに遠隔地の第三者が接続して、両者が画面を共有しながら遠隔操作を行うアプリのことを指します。例として、パソコンメーカーや通信事業者がユーザーサポートを行う場面などで利用されます。遠隔操作される端末によっては、遠隔操作はできず、画面共有のみにとどまる場合があります。本トラブルでは、消費者の端末が事業者に画面共有された状態で事業者から指示され借金をさせられるケースが多くみられます。
  • 相談事例
    1. 副業の高額サポート契約を勧誘され、お金がないと断ると、遠隔操作アプリを通して借金の仕方を指南された
      • 動画投稿サイトで広告を見て、副業サイトにアクセスし、無料通話アプリで友達登録した。「情報商材の購入が必要」というので、約2,000円の情報商材を購入すると、後日、事業者から電話があり「詳細を説明するので予約をするように」と案内された。約束した日に事業者から電話で「アフィリエイトや動画配信サービスの仲介ビジネスでもうかる方法を教える。手っ取り早くもうかる約200万円のサポートプランがあなたに合っている」と勧められた。「お金がない」と断ると、「貸金業者で借金する方法を教えるのでスマートフォンに遠隔操作アプリを入れるように」と案内され指示に従った。電話で事業者から言われるままスマートフォンの操作を行い、勤務先について嘘の申告をするように指示され、2社の貸金業者から50万円ずつ合計100万円を借金し、指定された個人名義の口座に振り込んだ。「残金は別の貸金業者で借金するように」と言われたが、借金の返済が苦しいので返金してほしい。(2022年12月受付 20歳代 女性)
    2. その他、以下のような相談も寄せられています
      • 遠隔操作アプリで画面共有をしながらFXの自動売買ツールのプランの勧誘を受け、そのまま借金の申請も誘導された。
      • 副業のサポートプランを勧誘され、遠隔操作アプリを用いて複数の貸金業者に借金するよう指示された。
  • 消費者へのアドバイス
    1. 「簡単に稼げる」「もうかる」ことを強調する広告をうのみにしないようにしましょう 「借金」してまで契約しないようにしましょう
      • 相談事例を見ると、「稼ぐためのサポートをする」などと言われて、広告にはなかった高額なサポート契約を勧誘されるケースが目立ちます。その際に、「簡単に稼げる」「もうかる」「借金してもすぐに元が取れる」などと言われることがありますが、簡単に稼げるようなうまい話はありません。また、借金をすぐ返せる保証は一切ないほか、事業者に解約や返金を求めても突然連絡が取れなくなり、トラブルの解決が困難になる恐れもあります。勧誘トークをうのみにせず、冷静によく考えましょう。
    2. 遠隔操作アプリは安易にインストールしないようにしましょう
      • 事業者から「副業や投資の説明のために必要」「借金する方法を教える」などと言われ、遠隔操作アプリをインストールするよう指示されますが、遠隔操作によって自分が望まない操作をされる恐れがありますので、遠隔操作アプリを安易にインストールするのは避けましょう。
    3. 遠隔操作等で貸金業者サイトに登録してしまったら、IDやパスワードを変更するなど悪用されないための対策をとりましょう
      • 遠隔操作アプリを利用した状態で貸金業者サイトに登録した場合、IDやパスワードが事業者にも知られてしまっている恐れがありますので、すぐにパスワードを変更しましょう。また、事業者によってIDやパスワードを勝手に変更されてしまう恐れもありますので、その場合は、事業者ではなく、すぐに登録した貸金業者に連絡を取り事情を伝え、悪用されないようにしましょう。
      • なお、知られてしまった個人情報を悪用される恐れもありますので、信用情報機関の本人申告制度の利用も検討しましょう。また、自分宛てに身に覚えのない請求が来ていないか、適宜確認するようにしましょう。
    4. 不安に思った場合やトラブルに遭った場合は、消費生活センター等に相談しましょう
      • 不安に思った場合やトラブルに遭った場合には、一人で悩まず、すぐに最寄りの消費生活センター等に相談しましょう。
  • ※消費者ホットライン「188(いやや!)」番
    • 最寄りの市町村や都道府県の消費生活センター等をご案内する全国共通の3桁の電話番号です。

また、注意が必要なものとしては、「ツイッター」や「インスタグラム」などのSNSから偽の通販サイトに誘導し、現金をだまし取る被害が急増していることが挙げられます。誘導に使われるのは、Web利用者の閲覧履歴から興味や嗜好を推測して表示される「ターゲティング広告」です。主な手口としては、Webの利用者を「ターゲティング広告」から、偽の通販サイトに誘い込み、支払いをさせ、品物を送らずに、連絡を絶つというものです。近年、消費生活センターなどにこうした相談が右肩上がりで増えているといいます。偽の通販サイトに並ぶ商品は、高級ブランドのバッグやキャンプ用品、家具のほか、洋服や食器などの日用品まで様々で、相手が業者を名乗り、サイトも精巧に作られているため利用者は詐欺を疑わないといいます。まず、価格が異常に安かったり、説明文の字体や日本語の表現がおかしかったりする商品に警戒すべき点となります。次に大切なのは業者の選定で、住所を記載していなかったり、連絡先を問い合わせフォームやフリーメールに限ったりする場合に注意が必要で、支払い方法が「先払いのみ」など、相手に有利なものに限られる取引も避けるのが無難だといえます。

増加する架空請求詐欺の手口を知ってもらおうと、奈良県警生活安全企画課は、県内の40代男性の携帯電話にかかってきた特殊詐欺未遂犯との通話音声入りの動画(約4分)を県警の公式ユーチューブチャンネルで公開しています。手口を知ることで、1件でも詐欺被害が減ってほしいというのが狙いです。公開されている動画では、「お客様の有料情報サイト『スノー』の利用料金が未納となっている。民事裁判の手続きが進んでおり、早急な対応が必要」と説明、男性が「どうすればいいのか」と尋ねると、オペレーターは「料金を払えば裁判の停止が可能」といい、違約金や遅延損害金など約30万円を請求、男性が一旦電話を切ろうとして電話番号を尋ねると、通話が一方的に切られるというもので、不審に思った男性はその後県警に相談し、詐欺が発覚、被害防止に役立てるために通話音声を提供したといいます。2023年1~4月の奈良県内の特殊詐欺認知件数は77件(前年同期比18件増)で、被害総額は約1億9770万円(同約6580万円増)、このうち、金融機関などを名乗り架空料金を請求する詐欺の手口は最も多い33件、被害総額は約8960万円に上っています。

▼奈良県警 「NTTファイナンスを装った特殊詐欺犯人の音声」

※YouTubeが開きます。音量等ご注意ください。

マンションの空き部屋に現金を宅配便で送らせ、高齢女性から700万円ほどをだまし取ったとして、極東会傘下組織幹部の男らが逮捕されています。報道によれば、2022年9月、70代の女性に「保険料を宅配便で郵送する必要がある」などと嘘の電話を掛け、現金690万円をだまし取った疑いが持たれています。物件の内見のために使用するシステムに容疑者がアクセスして空き部屋の情報を取得し、金の発送先として指定していたということです。容疑者らによる被害は2021年11月からの1年ほどでおよそ140件、被害総額は11億円に上るとみられています。容疑者の逮捕はこれで5回目となります。また、暴力団の関与した特殊詐欺としては、「健康保険の還付金がある」などとウソを言い現金をだまし取ったとして、住吉会傘下組織幹部の男が電子計算機使用詐欺と窃盗の疑いで逮捕されています。現金の回収役を統括していたとみられ、関東などを中心に100件ほど、総額およそ1億2500万円の還付金詐欺詐欺に関与した可能性があるということです。報道によれば、容疑者は2022年9月、仲間と共謀して横浜市や都内などに住む60代から70代の女性4人に電話をかけ、区役所の職員をかたって「健康保険の還付金がある」などとウソを言い、女性らにATMを操作させ現金あわせて568万円ほどをだまし取った疑いがもたれています。この事件をめぐっては、県内に住む30代の男がすでに同じ容疑で逮捕されていて、幹部の男は複数いる現金の回収役を統括していたとみられています。

特殊詐欺の受け子として関東や関西など7都府県で現金計約1600万円をだまし取ったとして、詐欺罪に問われた無職の84歳の被告に、前橋地裁高崎支部は、懲役3年6月の判決(求刑懲役5年)を言い渡しています。裁判官は判決理由で「被害額は多額で、同様の行為を繰り返しており、規範意識が欠けていた」と指摘、「(詐欺グループの中では)従属的な立場にあったとみられるものの、現金受け取り役として重要な役割を果たした」、「競馬などのギャンブルはせず、年金で堅実に生きていかなければならないと思っている。心底から申し訳なく思っているなどと述べていることなどを考慮した」と述べています。判決によると、被告は2022年3~6月、東京都青梅市や大阪府枚方市などで計11回にわたり「上司の弟」や「銀行支店長の弟」などになりすまして、80~90代の高齢者から現金計1600万円以上をだまし取ったということです。競馬で多額の借金を抱え、SNSで「闇バイト」を知り、「借金の返済になれば」と加わったといい、5月8日に同支部での被告人質問で、「集金をしてくれればいいと言われ、それならばやってみようと思った。最初に被害者から60万円ものお金を受け取り、詐欺ではないかと思った。だが、『お客さんが納得してくれている』などと説明された」と述べています。

その他、特殊詐欺被害を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 高齢女性から現金をだまし取ったとして、警視庁浅草署は詐欺の疑いで会社社長を逮捕しています。調べに対し「生活するお金がなく、やった」と容疑を認めています。逮捕容疑は、共謀の上、2023年4月、台東区の80代の女性から、区内の路上で現金100万円をだまし取ったというもので、女性方には息子を名乗る男らから「会社のキャッシュカードが入った財布をなくした。立て替えるお金を用意してほしい」などとの電話があり、容疑者は息子の上司の運転手を装っていたものです。容疑者は携帯電話販売店のコンサルティング会社を経営していたが、コロナ禍で経営が悪化。副業紹介のLINEグループで斡旋を受け、3月下旬から1都2県で数十件程度「受け子」などの詐欺行為をしたと余罪をほのめかしているといい、詐欺グループに住所などを知られており、容疑者は「裏切ったら詐欺グループが来ると思った」などと話しているといいます。
  • 犯罪に加担したことの代償の大きさがよくわかる事例も報じられています。アイドルの追っかけを機に困窮した20代の女子大学生の被告は「闇バイト」に手を染め、詐欺罪に問われた被告は、オレオレ詐欺にだまされた高齢者から現金を受け取る「受け子」を2022年末に始め、1回につき3万~7万円の収入を得ていましたが、逮捕・起訴されてしまいました。その代償は大きく、逮捕・起訴され、各メディアは被告を実名で報じたこでから、就職が決まっていたが内定を辞退、大学は被告の懲戒処分を検討しているうえ、両親は被害者との示談のため、700万円を弁償したというこです。横浜地裁は、被告に懲役3年執行猶予5年(求刑懲役3年6カ月)の判決を言い渡していますが、裁判官は「安易に考えていても、実は怖い世界がある。自分のすることが世の中の役に立つのか考えて選択してください」と説諭しています。
  • 奈良県警生活安全企画課は、同県桜井市内に住む80代の男性が2023年1月から3月にかけて約1800万円をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。2023年に入って県内で被害額1千万円超の特殊詐欺の認知はこれで6件となり、県警は注意を呼び掛けています。「日本個人データ保護協会」を名乗る男から連日のように電話で「賠償金を請求された時の保険金」などの名目で要求があり、男性は従い、振り込みは37回におよび、被害は総額1839万6千円にのぼったといいます。不審に思った男性が日本個人データ保護協会に連絡したところ詐欺と分かり、県警に相談したといいます。
  • 山梨県警は、甲府市の60代女性が、宇宙飛行士を名乗る男に、小惑星で採取した鉱石の輸送費名目で約2000万円をだまし取られる詐欺被害にあったと発表しています。女性は2022年10月、インスタグラムで宇宙飛行士を名乗る男と知り合い、「あなたと人生を生きていきたい」などとメッセージを受けるようになり、その後もLINEなどでやり取りを続け、男は「小惑星から採取した鉱石を届けたい」と、鉱石の輸送費用を要求、女性は2022年10月~2023年1月、計19回にわたって指定された複数の口座に計約2010万円を振り込んだといいます。女性は次々と現金を要求されたことを不審に思い、知人に相談して被害に気づいたものです。
  • 千葉県睦沢町内の民家敷地に侵入したとして、同県警茂原署は、住居不詳、自称ゲーム店経営の20代の男を住居侵入容疑で現行犯逮捕しています。詐欺の疑いのある電話が近所の女性宅にかかっており、署員が「受け子」を警戒していたといい、男は当時、民家の外壁に設置されたコンセントでモバイルバッテリーを充電していたということです。
  • 警視庁は、大田区、職業不詳の20代の男を詐欺容疑で逮捕しています。2022年10月、孫を装って三重県の80代の女性に「仕事の契約書類を間違った場所に送ってしまった。今すぐ金が必要」と電話をかけ、仲間を女性宅に向かわせて現金200万円をだまし取った疑いがもたれています。警視庁は、男らの詐欺グループが2021年の夏以降、摘発を逃れるために高速道路を車で移動しながら電話をかけ続け、16都道県の約50人から計約9400万円を詐取したとみているといいます。
  • 千葉県警は、いずれも住所不定のいずれも20代の容疑者2人を詐欺容疑で逮捕しています。両容疑者は電話de詐欺でだましの電話をかける「かけ子」とみられ、県警は滞在先のホテルから、名前や住所が記された名簿2万4600件分や書籍を押収、書籍には、他人の心理を操ることに関する記述があるといいます。報道によれば、ホテルの宿泊者から、「詐欺の電話をかけているような声がする」と110番があり発覚したもので、県警は室内から10台以上のスマートフォンも押収しています

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されており、大変感心させられます。

  • 栃木県警は、特殊詐欺の被害未然防止に貢献したとして、2022年に結成された「サギ・撃隊」に感謝状を贈っています。報道によれば、「サギ・撃隊」は、県警が民間委託し、2022年に北関東綜合警備保障(宇都宮市)の社員8人で結成されたもので、2022年10月から活動を始め、これまでに4343軒を訪問して特殊詐欺の未然防止活動を行ってきたといいます。2023年4月、真岡市で70代の女性が詐欺の電話を取った際、事前に隊員から「特殊詐欺事件で警察が押収した名簿に載っている」と注意されていたことを思い出し、だまされずに済んだケースがあったといいます。
  • 愛知県豊橋市の80代女性の自宅に電話がかかってきたことに対し、女性は電話口で特殊詐欺だと見抜き、警察の「だまされたふり作戦」に協力、受け子とみられる男の逮捕につなげています。感謝状を受け取った女性は、日ごろからの家族との会話が大事だと話しています。報道によれば、女性は最初から「おかしい」と感じていたが、詐欺だと確信したフレーズがあるといい、電話の男が口にした職業で、孫の職種とは明らかに違ったといいます。男からの電話がいったん切れたタイミングで孫に電話、やはり別人によるうそと発覚、孫からの通報を受けた警察は、女性に捜査への協力を依頼、「だまされたふり作戦」では、女性が現金の受け渡し場所として近所の公園を指定、警察が用意した偽の紙袋を持って向かったところ、「孫の上司」の関係者だという男が現れたため、警察は、詐欺未遂の疑いで男をその場で逮捕したものです。男は、埼玉県在住の23歳で、SNSで高額バイトの投稿を見つけて応募したといいます。女性は「テレビなどで特殊詐欺の被害について知っていた。日ごろから家族と話していたのですぐ孫に連絡できた」と話しています。警察庁の調査によれば、ほとんどの方は事例を知っているのですが、この女性のように冷静に対応できる方もいれば、冷静さを保てず被害にあわれる方もいるのが現実です。少なくともあらためて本人と連絡をとることで被害防止につながることが多いと推測されるところ、少なくとも日頃から家族とコミュニケーションが取れていることが重要ということを認識させられます。
  • インターネット閲覧中の画面に出た偽のセキュリティ警告を信じ込みお金を支払おうとした高齢者を説得して詐欺を防いだ高校生に、警察署から感謝状が贈られています。「これは詐欺だ」と確信した高校生は、店内にいた別の店員である母親に伝え、母親も詐欺を確信し、すぐに店長に伝え、110番通報したものです。男性は「ばあさんに怒られる」などと困惑し、スピーカーからは「いったん店から出てください」との声が聞こえてきたため、3人は警察官が到着するまで男性を店に引き留め、説得を続け、駆けつけた警察官から説明を受けた男性は、ようやく納得したということです。この店は2021年にも、同様の詐欺未遂事件に遭遇しており、この時、店員として客に対応し詐欺を防いだのは、高校生の兄だったといい、やはり店内にいた母親に同じように伝え、警察への迅速な連絡につながったといいます。
  • 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、千葉県警松戸署は、関東第一高校2年生(17)に感謝状を贈っています。報道によれば、松戸市内の金融機関でATMを操作していたところ、携帯電話で通話をしながら入店する70代女性の姿を目にし、「市役所」といった言葉が聞こえたため、不審に思って「詐欺ではありませんか」と女性に声をかけ、通話相手と直接、話したといいます。市役所職員を名乗る男だったといい、電話番号が「050」で始まるIP電話だったため、還付金詐欺を疑い、110番したといいます。感謝状を手渡した同署の署長は「勇気を持って(女性に)声をかけたのは大したもの。今後も犯罪だと思ったら力を尽くしてほしい」とたたえ、高校生も「弱者をいじめることは許せない」と話したということです。
  • 自宅前の路上に長時間立っていた男を不審に思い、警察に通報すると特殊詐欺の「受け子」だったという事例もあり、会社経営者が、県警から感謝状を贈られています。買い物から自宅に戻ると、路上に若い男が立っおり、服、スニーカー、リュック、マスクなど全て黒一色が印象的で、男はしきりにスマートフォンを操作していたため、少し気になったものの「誰かと待ち合わせかな」と考え、自宅で仕事を始めたところ、2時間前に見た黒ずくめの男がまだいたことから、小学1年の娘の下校時間が迫っていたこともあり、「子どもを狙った犯罪者であれば大変だ」と心配になり、すぐに110番通報したものです。この男は、千葉県在住の20代の男で、所沢市の独居の80代の女性から、特殊詐欺の手口で50万円を受け取ろうとした疑いがあるといい、別の人物と共謀し、女性の長男を装って「かばんをなくした」「200万円くらい用意できないか」と電話し、金融機関で預金を引き出させていたといいます。長男が普段使うスマホに連絡するのを防ぐため、「スマホもなくした。公衆電話を使っている」といったウソもついたといいます。
  • 特殊詐欺の手口で87歳の女性から現金を詐取したとして、埼玉県警は、東京都江戸川区在住の警備員の20代の男を詐欺容疑で現行犯逮捕しています。男は女性から封筒に入った100万円を受け取った直後に逮捕されましたが、スピード逮捕に貢献したのは、女性と同居する長男夫婦の「連係プレー」だったといいます。事件の前、自宅で女性が何度も電話をする姿を長男の妻は怪しみ、特殊詐欺かも知れないとひそかに追跡することにし、同時に、外出中だった長男に電話をし、女性の様子を随時「実況中継」しながら、様子を見守ったところ、女性は自宅近くの路上で、待ち合わせていたとみられる男と接触、現金が入った封筒を男に手渡したといいます。妻がその様子を確認した直後、電話を受けて駆けつけた長男が、男を取り押さえたというものです。警察は、家族が関心を持つことで詐欺からお年寄りを守れると訴えています。県警は今後も、子どもや孫世代に、お年寄りと詐欺の話をしたり、別居であれば定期的に連絡を取ったりするよう求めるといいます(この事例のように、追跡したり、取り押さえることにはリスクもあり、早めに警察に相談することも重要かと思われます)。

次に、金融機関の事例を紹介します。

  • 高齢者を狙った特殊詐欺を大阪東生野郵便局の局員2人が防いだとして、大阪府警生野署は、郵便局に感謝状を贈っています。2023年5月中旬、常連客の80代女性が「孫の結婚資金として300万円を引き出したい」と郵便局を訪れ、窓口担当者は、これまでにない高額な引き出しだったため、上司に相談、署へ通報したものです。署員が話を聞くと、女性は郵便局を訪れる前、孫をかたる人物から電話がかかってきたといい、署が女性の家族に電話をすると、うその電話だったことが判明したものです。大阪府内の2023年の特殊詐欺の認知件数は、5月末現在で約1200件、約14億円の被害が確認され、前年同期を上回るペースとなっています。局員は、「おかしいと思ったら、家族に電話するようお客さんに頼むなど、一歩踏み込んで対応することが大事だと感じた」と話していますが、金融機関がお客さまの大切な資産を守るために、正に「もう1歩踏み込んだ対応」が求められているといえます。
  • 特殊詐欺の被害を水際で防いだとして、埼玉県警本庄署は、本庄市の郵便局と銀行の職員に感謝状を贈っています。同市でお年寄りなどへ不審電話が相次いでいた2023年4月下旬、危機感を持って勤務し、顧客の異変に気づいたことが奏功したといいます。本庄小島郵便局では、局長がATMを操作しながら携帯電話で話をする高齢男性に気付き、ATMでお年寄りが電話していたことから、すぐに「お困りですか」と声をかけたところ、男性は70代で、「郵便局から、電話で税金の払い戻しの手続きをするよう言われた」とATMは送金確定ボタンを押す寸前の状態だったといいます。局長は男性に電話を切らせ、部下に110番通報を頼んだものです。銀行の事例では、資産運用を任されている60代の男性から「インターネットバンキングのパスワードがわからない」と電話があり、事情を聴くと、市役所や銀行の職員を名乗る人物から「保険料を返したい」「ネットバンキングなら手続きできる」と電話がかかってきたといい、上司と男性宅を訪ねたところ、男性はすでに電話の相手に口座番号や暗証番号を伝えていたため、男性の了解を得て、預金を別口座に移し、ネットバンキングを解約、ほっとしていた翌朝、男性は職場に現れ、「やはり返金手続きを頼みたい」と言っい、再び不審な電話を受け、話を信じたようだったため、上司を通じて本庄署に通報し、男性への説明を警察官に委ねたものです。
  • 詐欺被害を未然に食い止めたとして、千葉県警市川署は、いずれも小松川信用金庫市川南支店職員2人に感謝状を贈っています。2人は、「身内に不幸があったので200万円を下ろしたい」と預金の引き出しを求めてきた70代の女性客に応接、さらに話を聞いたところ、女性客が息子をかたる男から「仕事の契約金をなくした」との電話を受けていたことを知り、詐欺を疑い、すぐに女性客の息子に電話を入れ、女性客がだまされていたことが分かったといいます。

次にコンビニの事例を紹介します。

  • プリペイドカード式の電子マネーを巡る手口が多くなっています。(1)大阪府警淀川署は2023年5月、高齢者を狙った特殊詐欺を防いだとして、管轄する大阪市淀川区内にあるコンビニの店員ら3人に、それぞれ感謝状を贈っています。感謝状を受け取ったのは、セブンイレブン大阪西中島6丁目店、ファミリーマート神崎川駅東店、ローソン宮原一丁目店の店員ら3人で、プリペイドカード式の電子マネーを購入させる詐欺を見破ったものです。店員は「孫のためにカードを買う高齢者の方もいるが、今回は明らかに様子がおかしかった」と振り返り、女性は来店前、パソコンの画面に「ウイルスに感染」などと表示されており、修復名目で現金などを要求する「サポート詐欺」とみられていますほかの店舗でも店員らが高齢者のカード購入理由が不自然だったので思いとどまらせています。淀川区内でみると、コンビニ店員の説得で被害を防いだケースが2023年4月末現在で少なくとも7件あり、前年1年間(3件)の2倍となっています。署は今年に入り区内の全てのコンビニ117店に啓発ビラを配布し、巡回もしているといい、生活安全課は「水際の対応で被害を食い止めてくれている。今後も連携に力を入れたい」と述べています。また、(2)高齢者の特殊詐欺被害を未然に防止したとして和歌山県警岩出署は、同県岩出市のセブンイレブン岩出吉田店の副店長に感謝状を贈っています。70代男性が同店を訪れ「自宅のパソコンを修理するのに電子マネー5万5千円分が必要といわれたので、購入しに来た」など告げたことから、特殊詐欺を疑い、男性に特殊詐欺の可能性が高いことなどを説明して警察に通報、被害を未然に防いだものです。(3)特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、武南署は、セブン-イレブン川口安行慈林店のオーナーら3人と、「セブン-イレブン川口坂下2丁目店」の店長ら3人に感謝状を贈呈しています。川口安行慈林店では、電子マネーカード15万円分の購入を求めた60代男性が「パソコンがウイルスに感染、(カードを買わないと)パソコンが使えなくなる」と話したことから従業員が特殊詐欺を疑い、警察に通報するなどしたといいます。川口坂下2丁目店でも同様の事案が発生していたものです。(4)特殊詐欺を未然に防いだとして、鳥取県警鳥取署は、ローソン国府宮ノ下店の店長に署長感謝状を贈っています。70代の男性が来店し、「電子マネーカードを4万円分購入したい」と店長に相談、用途を聞くと「ウイルスに感染したパソコンの修理費用」と答え、メールで指示を受けていたことなどから、不審に思い、男性に購入を思いとどまらせて110番したものです。店長は2006年まで神奈川県警の警察官で、その経験を生かし、これまで勤務したコンビニですでに5件以上、特殊詐欺被害を寸前で防いでおり、同署などからは「特殊詐欺被害防止マイスター」に認定されています。(5)特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、埼玉県警小川署は、ファミリーマート野原五明店の店長に感謝状を贈呈しています。電子マネーカード5万円分の購入を求めた70代男性が「パソコンがウイルスにかかり、直すために電子マネーカード5万円分が必要と言われた」と話したことから特殊詐欺を疑い、警察に通報するなどしたものです。(6)神奈川県警伊勢原署は、特殊詐欺の被害を防いだとして、伊勢原市のファミリーマート伊勢原高森三丁目店の女性店員に感謝状を贈っています。30万円分の電子マネーカードを購入しようとした80代の男性に対し「どうしたのですか」と声をかけると、詐欺に気づいて被害を防いだものです。男性は常連客で、いつもと表情が違っていたのも気になったといいます。贈呈式で、女性店員は「身近なところで詐欺が起きていることに改めて気づいた。被害防止のため、今後も周りに目を向けていきたい」と話し、署長は「丁寧な応対が被害を防いだ。我々も見習いたい」と述べています。(7)電子マネーを使った特殊詐欺被害を未然に防止したとして、和歌山県警和歌山西署は、和歌山市新堀東のローソン和歌山新堀東二丁目店」の店員に感謝状を贈っています。50代男性が同店を訪れ「SNSで知った会社に支払わなければならない」と告げ、2万円分の電子マネーを購入しようとしたため、不審に思った寺田さんは、山路さんと田中さんが男性を引きとめている間に、その会社をインターネット検索して詐欺の疑いがあると判断し、警察に通報したものです。寺田さんは「詐欺の被害を未然に防ぐことができてよかった。(不審に思ったら)少額でもお客さまに声をかけるようにしたい」と話しています。(8)高齢者に電子マネーを買わせる特殊詐欺を未然に防いだとして福島県警いわき東署は、ミニストップいわき泉町5丁目店の浜本店長とアルバイト店員に感謝状を贈っています。説得に耳を貸さず電子マネー30万円分を購入した90代の男性と会話を続け、パトカーが到着するまで引き留めた機転のお陰だったといいます。「30万円分ほしい」といい、携帯電話で何か話していたのに加え、「金額の入力方法も知らないのに多額すぎる」と怪しく感じたといいます。SNSのニュースなどで、電子マネーを買わせる詐欺があることも知っており、「何に使うんですか」「こういう詐欺もあるんですよと話したものの、男性は「大丈夫だ」の一点張りで、異変を知らされた店長は警察へ通報、店員は「できるだけ男性を引き留めることにし、ゆっくり入力機器の操作方法を説明しながら、「このへんにお住まいなんですか」などと会話をつなぐも手続き終了して退店、そこにパトカーが到着、間一髪間に合ったということです。
  • コンビニエンスストア内で特殊詐欺を未然に防いだとして、愛知県警稲沢署は、稲沢市の「ローソン稲沢治郎丸店」のパート従業員に感謝状を贈っています。店内放送で注意を促す特殊詐欺の手口と似ていると感じて、客に声をかけたもので、女性の説明に、「もしかして特殊詐欺じゃない?」と疑い、「購入をやめて、おまわりさんに相談しませんか」と女性を落ち着かせたといいます。感謝状を受け取った従業員は「キョロキョロしている人には優しく声かけをしたい」と述べた一方で、同じような状況で高齢の男性客にプリペイドカードを販売したことがあり、用途をたずねても、「個人の都合なので」と言われ、押し切られたことがあったといいます。同じ日、再び来店した男性が「電話の相手にカードが使えないと言われた」と話したため警察に連絡、特殊詐欺と分かったといい、店頭での声かけの難しさを感じているといいます。

最後にその他の特殊詐欺被害防止に向けた取り組み事例を紹介します。「園児や高校生の関与」「音声」が今回のキーワードとなっています。

  • 特殊詐欺被害の防止対策として、大阪府豊中市と府警豊中、豊中南両署は、市内にある金融機関の無人ATMコーナーに、人感センサーに反応して注意を呼びかける発声器を取りつけました。三菱UFJ銀行豊中支店豊中庄内駅前ATMコーナーに設置された発声器は、人の出入りを感知すると、「ATMでお金が入ってくるって言われてない?」「それは詐欺やで」などと地元の高校生が録音した自動音声が流流れ、注意を呼びかけるもので、豊中南署管内にある7カ所の無人ATMコーナーに設置されたほか、市内計約30カ所に同様の発声器が置かれているといいます。2023年4月末現在、市内の特殊詐欺事件は66件発生、前年同期比で39件も増加しており、豊中南署は「危機的な状況」と警戒感を強めています。市と両署は、特殊詐欺の被害から市民の財産を守るため、月1回のペースで情報交換や会合を重ねており、豊中南署は「金融機関の支店には行員らがいるが、無人ATMコーナーでも効果的な対策を講じる必要性を感じていた。市と連携して被害を減らすように呼びかけたい」と話しています。
  • 「おじいちゃん、おばあちゃん、ATMでお金は戻りません」など、大阪市東淀川区の東淀川郵便局は、高齢者らが特殊詐欺の被害に遭わないよう、録音した園児の声を流し啓発しているといいます。大阪府内では2022年に特殊詐欺の被害額が計約31億円に上り、過去最悪の状況で、「還付金がある」などと詐欺の電話をかけ、相手を金融機関のATMに向かわせるのが手口の一つとなっており、高齢者が被害に遭うケースも多い野が実態です。半信半疑のままATMに着いたとしても「孫のような声を聞いたら、耳を傾けて冷静になってくれるのでは」と東淀川署は、地元の下新庄保育所に協力を求めたものです。
  • 「高齢者宅に、大切なお金をだまし取る詐欺の電話が多数かかっています」と大阪府立阿倍野高校放送部の女子生徒3人が作った特殊詐欺の被害防止を呼びかける音声を、同区内を巡回するパトカーが5月末から流しているといいます。被害防止に貢献したとして、大阪府警は、3人に感謝状を贈っています。阿倍野署が幅広い世代に被害防止への関心を持ってもらおうと、同校に依頼したもので、音声はオレオレ詐欺や還付金詐欺など7種類、署は管内で役所職員や警察官になりすました不審電話があった場合、巡回中に音声を流しており、部長の吉村さんは「年配の方だけでなく、音声を聞いた人が家族で詐欺被害について考えてもらうきっかけになれば」と話しています。
  • 還付金詐欺など特殊詐欺の被害を防ごうと、大阪府茨木市役所で、地元の高校生5人が「ATMで還付金は戻りません」などと書かれた眼鏡拭きなどを来庁者に配りました。大阪府警茨木署によると、特殊詐欺の被害件数は2023年4月末までで府内で約1000件、被害額は約12億円に上り、茨木市内でも被害が急増しており、5月末時点で54件と2022年1年分(51件)を上回る危機的な状況となっています。また、被害額は約5200万円で、うち約3千万円分が公的機関の職員らを名乗り、言葉巧みにATMに行くよう指示する還付金詐欺によるものだといいます。新型コロナウイルス禍が落ち着き、高齢者がATMを利用する機会が増えたことが一因とみられています。
  • 京都府木津川市の木津署で、特殊詐欺防止のための「住職による檀家安全パトロール」研修会がありました。同署管内にある海住山寺、蟹満寺、浄瑠璃寺、笠置寺の住職4人も参加、現在の特殊詐欺の詳しい手口や発生状況について説明を受けたといいます。今後住職らは、檀家回りの際に特殊詐欺被害防止に関する注意啓発を行うこととしています。
(3)薬物を巡る動向

本コラムでもその動向を注視していきましたが、タイで大麻の家庭栽培が解禁されてから1年が経過しました。2023年5月の下院総選挙では、大麻に反対する野党勢力が躍進し、再規制の現実味が増している状況にあります。政権交代が実現すれば、一般家庭だけでなく大麻関連製品の製造や販売を担う企業にも影響が及ぶ可能性が指摘されています。一方の大麻支持派も「伝統的に医療用として使われている大麻を覚せい剤と一緒にすべきではない」と訴えています。タイ政府は2022年6月に大麻を規制薬物のリストから除外し、家庭栽培や医療目的での使用を解禁しました。(いまだに誤解されている方も多いようですが)娯楽目的での吸引は引き続き禁止されていますが、法整備が追いついておらず、その害悪が急速に拡がっています。報道によれば、大麻中毒者の数は解禁前の2022年1~5月に月平均72人だったのに対し、2023年1~5月は平均382人と約5倍に増えたといいます。同国では大麻はかねて国論を二分するテーマとして扱われてきており、タイ国立開発行政研究院(NIDA)が2022年6月に公表した世論調査では、回答者の4割超が大麻政策に反対し、賛成の5割超と拮抗しました(が、解禁されました)。大麻の解禁は立法手続きよりも簡略な省令改正で実現したため、再規制のハードルは低く、野党連合に参加するタクシン元首相派の「タイ貢献党」も娯楽利用の取り締まりを強化すべきだと主張しており、政権交代が実現すれば大麻の再規制が迅速に実行に移される可能性が高いといえます。本コラムでたびたび指摘しているとおり、世界では大麻を巡る対応は割れており、米欧は緩和傾向にある一方、タイの周辺国では厳しい罰則を設ける国も多く、(前回の本コラムで取り上げましたが)シンガポールでは2023年4月、マレーシアから大麻約1キログラムの密輸を共謀した罪で男性の死刑が執行されています。観光大国のタイの大麻解禁で観光客が安易に大麻を手にする懸念も高まっており、在タイ日本大使館などは日本国外で大麻を所持しても、日本の大麻取締法の国外犯規定で処罰される可能性があるとして注意を呼びかけています。なお、以前の本コラム(2022年7月号)では、「2024年には世界の大麻関連市場は1,030億ドル(約14兆円)規模に拡大し、タイでは6億6,100万ドル(約890億円)に達すると予想されています。…2019年に医療用大麻の使用を解禁したタイ政府はその後も規制を緩め、農業や観光業の活性化につなげようと生産を奨励、街では大麻成分入りの飲食物を提供するカフェが話題を呼んでいますが、世論調査では、知識不足や若者の乱用の危険性などから、7割が大麻合法化を懸念すると回答しています。また、同じくタイ政府は、医療などへの利用を目的とした大麻の家庭栽培を解禁しています(娯楽での吸引は引き続き違法となります)。大麻の栽培がしやすい環境を整えて関連市場の拡大につなげる狙いがある一方、やはり乱用への懸念もくすぶっています。…、大麻は娯楽・医療目的ともに使用が認められているのはウルグアイとカナダのみですが、米国でもニューヨークなどの18州や首都ワシントンなどで合法化の動きが広がっています。個人で少量を使用しても刑事罰を科さない「非犯罪化」の立場をとるか、医療目的のみの使用を認めている国は、イタリア、スペイン、オランダなどとなっています。」と紹介しています。今後、再規制になったとしても、一気に蔓延した大麻中毒者にどう対応していくのか、蔓延をどのように封じ込める(抑え込む)のか、前述したとおり、「厳罰化」を推し進めてハードランディングするのか、「非犯罪化」としてソフトランディングしていくのか、今後の動向に注視していきたいと思います。

本コラムでもたびたび指摘しているとおり、大麻の若年層への蔓延が深刻となっています。その有害性や実態等について取り上げた報道を2つ紹介します。いずれも参考になるものであり、以下、抜粋して引用しますが、とりわけ2つ目の記事において、薬物依存症の本質を、「見えない病」「忘れる病」「治りたくない病」「治らない病」、そして最終的に「依存できぬ病」「孤立の病」と喝破している点は考えさせられます。

脳が萎縮します 「危険性低い」は誤解 若者に広がる大麻 神奈川(2023年5月27日付毎日新聞)

2022年に神奈川県警が薬物事件で検挙(逮捕・書類送検)した916人のうち、大麻の所持や譲渡などの占める割合が51・4%と2年連続で過去最高を更新した。このうち30歳未満が全体の72・6%を占め、若年層への広がりが懸念されている。全国的に同様の傾向があり、県警は供給源の取り締まり強化のほか、教育現場での薬物乱用防止教室に力を入れている。県警薬物銃器対策課によると、大麻事件で検挙した年代別の割合は、20歳未満20・2%(95人)▽20代52・4%(247人)▽30代14・9%(70人)―など。20歳未満のうち、高校生が23人、中学生も1人いた。また初犯は386人と全体の81・9%を占め、大麻が薬物犯罪の入り口になっているという。県警によると、乾燥大麻の末端価格は1グラム5000円。SNSを通じて入手しやすく、注射器を使わずタバコのように吸える「手軽さ」も若年層の広がりにつながっているとみる。「眠気が取れて勉強できるよ」「ダイエットに最高」―。県警少年育成課では小中高校などを回る薬物乱用防止教室で、友達や先輩からの誘いの「断り方」と題して「自分はしたくないとはっきり断る」「話を別の話題に変える」「その場を離れる」というテクニックを実演している。23年は4月までに前年同期比1・5倍の133回の教室を開催。夏休みのアルバイトとして中身を知らずに大麻の「運び屋」をしていたケースも県外では報告されているという。旧友や新しい友達との接触が増える夏休みを前に、少年育成課は昨年を上回るペースで教育現場での啓発に力を入れていく。大麻は依存性があり、脳に萎縮がみられる。県警の直江利克本部長は「大麻は危険性が低いという誤解がある。若者へのまん延を喫緊の課題として密輸対策など取り締まりと啓発に力を入れていく」としている。

「覚せい剤依存症患者が一番好き」闘う精神科医、松本俊彦さん 人のつながりが病を治す(2023年5月22日付産経新聞)

一見病人ではない。だから「見えない病」と呼ばれる。苦しい記憶はすぐに薄れ、患者は今のままでいようとする。ゆえに「忘れる病」「治りたくない病」。ただ完治を願っても有効な薬はなく、「治らない病」でもある。薬物依存症。この厄介な、だが人間的な病の臨床にキャリアをささげる医師がいる。世の偏見を排し、患者とともに闘う中でその本質にたどり着いた。いわく依存症とは「依存できぬ病」である-。…日本人の薬物使用生涯経験率(一度でも違法薬物を使った経験のある人の割合)は2・3%、覚せい剤に限るとわずか0・5%だ(厚生労働省の平成29年度調査)。欧米各国と比して格段に低く、それだけ一般予防の政策が奏功しているとも言い得る。反面、大多数の国民が薬物に関わらない社会は、その枠からそれた数%を「快楽を貪った人間の末路」と見なし、罰すること以外の視座をほとんど持ち合わせない。松本さんは「日本の薬物対策は取り締まりと管理ばかり。使う人間に対する対策がなされていない」と嘆く。…なぜ一部の人間だけが依存症になるのか。わが国の依存症患者の5割以上には別の精神障害の合併が認められるという。また「10代のうちから薬物を使う子供の多くは、消えたいとか、死にたいとか思っているんですよ」。近親者からの身体的・性的虐待、壮絶ないじめ被害の経験…。薬物と同時にリストカットに走るケースも少なくない。松本さんはここから、自殺予防や自傷行為の研究にも乗り出すようになる。…学んだのは、当事者が強く自殺を決意した場合は支援に限界があるという厳しい現実。だが同時に、最後まで死にゆくことを迷っているという事実だった。…「アディクション(依存症)とそこからのリカバリー(回復)は反対のようで実は連続線上のもの。生きのびる手段の一つとして薬物があるのではないか」…そうだとすれば、依存症治療のあるべき姿は、薬物に代わる安全で健康的な何かで、患者を支えることにあるはずだ。…薬物依存症とは、クスリという「物」に依存する病だ。それは「人」に依存できなかったことの裏返しでもある。依存症は「孤立の病」。薬物に代わる安全で健康的な何かとは「人とのつながり」に他ならない。…したり顔の報道が薬物依存を再生産しているという指摘は、重い。

アラブ首長国連邦(UAE)から覚せい剤を密輸したなどとして、警視庁は、横浜市中区、許容疑者らいずれも中国籍で35~51歳の男女4人を覚せい剤取締法違反(営利目的密輸)容疑などで逮捕しています。国内で過去2番目に多い約700キロ(末端価格約434億円相当)を押収し、成分の確認を進めるとともに、国際的な密輸組織が関与したとみて捜査しています。今回押収された計約700キロの覚せい剤は、2022年1年間に全国で押収された総量を超える規模(2022年に全国で摘発された密輸事件での押収量の約2.5倍)で、税関検査で発覚したケースでは過去最多となります(国内では2019年、静岡県南伊豆町の海岸で覚せい剤約1トンが見つかり、過去最多の押収量とされます)。また、税関での発覚について、捜査関係者は「大量の板はドバイからの荷物にしては不自然だった」と指摘、加えて「ドバイは密輸の送り元として『要注意国』だと警戒していた」といい、入念な検査が実施され、覚せい剤が発見されたものです。報道によれば、2023年3月上旬、UAEのドバイから中国・寧波を経由し、東京港に厚さ3センチほどの加工用プラスチック板が数千枚積まれているコンテナ7台が貨物船で到着、そのうち175枚の板の隙間に白い粉末が入った袋が見つかり、板1枚あたり4袋が隠されていた(計約700キロもの覚せい剤が隠されていた)ことを捜査当局が把握、ひそかに荷物の行方を追ったところ、密輸に中国人グループが関与している疑いが浮上、グループは覚せい剤を、埼玉県川口市の倉庫や、千葉県野田市の敷地内に保管させていたといいます。4月になり、グループがさらに荷物を移動させたため。警視庁の捜査員らは、その場にいた中国人2人を麻薬特例法違反容疑で現行犯逮捕、ほかの3人も同法容疑で逮捕したものです(その後、この5人のうち3人を覚せい剤取締法違反(営利目的の密輸)容疑で再逮捕。6月6日、新たに2人を麻薬特例法違反容疑で逮捕しています)。なお、財務省の統計によると、航空機や船で密輸入された覚せい剤の年間押収量は、2019年の約2587キロをピークに減少傾向となり、2022年の押収量は計約567キロ、コロナ禍の入国制限などが影響したとみられますが、今後、入国制限の緩和とともに密輸がさらに増えること、旅行者を装って薬物を携帯して密輸する手口(ショットガン方式)も増える可能性が懸念されるところです

上記以外にも覚せい剤の密輸の摘発が報じられています。木製パレットの内部に覚せい剤を隠して密輸したとして、大阪府警などは、覚せい剤取締法違反(営利目的共同輸入)の容疑で、台湾籍と中国籍の男2人それぞれを逮捕しています。同様の手口の密輸が相次ぎ、大阪府警は2023年1月以降に計約104キロ(末端価格約64億5332万円)を押収、2人が密売組織のメンバーとみて関連を捜査しているといいます。報道によれば、貨物とともに梱包されたパレットは、いずれも米国から関西国際空港に輸入され、空洞部に詰められていた小分けの覚せい剤を大阪税関関西空港税関支署の職員が発見、荷物の届け先などから2人が浮上したといいます。なお、2人の逮捕容疑は3月下旬、米国から覚せい剤合計約18キロ(末端価格約11億749万円)を密輸したとしてものです。

薬物の流通に関与することが多い暴力団の摘発事例も目立ちます。最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 香港から覚せい剤約1.9キロ(末端価格約1億2000万円)を営利目的で密輸したとして、警視庁薬物銃器対策課は、覚せい剤取締法違反の疑いで、稲川会傘下組織組員ら男3人を逮捕しています。同課は、中国人犯罪組織とのつながりがあったとみているといいます。逮捕容疑は共謀して2022年11月、航空貨物の工具箱の中に隠した覚せい剤を、千葉県船橋市のアパート宛てに発送し、成田空港に到着させて輸入したというもので、東京税関の検査で輸入が発覚しています。
  • 沖縄県内で密売するための覚せい剤を東京から発送させ、譲り受けたとして、沖縄県警が覚せい剤取締法違反(営利目的譲り受けなど)の疑いで、旭琉会関係者の男4人を逮捕しています。4人は年間数千万円を売り上げていたとみられるとのことです。報道によれば、逮捕されたのは那覇市の無職の被告ら4人で、2021年5月、東京都内の店から覚せい剤約200グラムを200万円で沖縄県八重瀬町にある別の男宅に宅配便で発送させ、譲り受けたとしています。沖縄県内の違法薬物の取引に旭琉会が関与しているとみられ、覚せい剤のほぼ全てを県外から仕入れていると県警はみており、被告らは定期的に覚せい剤を入手し、県内で密売していた可能性があるとされます。
  • 伊豆市内の別荘で大量の大麻を営利目的で栽培していたとして、静岡県警大仁署と静岡県警の薬物銃器国際捜査課、組織犯罪対策課、捜査4課は、大麻取締法違反(営利目的所持・栽培)の疑いで六代目山口組傘下組織幹部ら5人を逮捕しています。報道によれば、別荘などから押収した大麻草や乾燥大麻は計6キロに上り、末端価格約3000万円、幹部らの活動拠点は長野県内とされ、静岡県警は密売ルートの特定を急ぐとともに、暴力団組織の指示系統などの突き上げ捜査を続けるとしています。容疑者らは何者かと共謀して2023年4月、伊豆市の別荘で、営利目的で大麻草66本(約1.3キロ)を栽培し、乾燥大麻約3.4キロを所持した疑いがもたれています。また、無職の男と会社役員の男は2023年3月、伊豆市の飲食店駐車場で乾燥大麻約1.2キロを所持した疑いも持たれています。回収役などを務めていた両容疑者を、同駐車場付近で大仁署員が職務質問し、栽培拠点の摘発につなげたといいます。人目につきにくい別荘をアジトに、遅くとも冬ごろから室内で栽培を続けていた可能性が高いとされ、雨戸を閉め切り、エアコンは常時稼働している状態で、サーキュレーターやLED太陽光器具も備えていたといいます。栽培環境の維持管理は会社役員の男が担っていたとみられます。大麻栽培に暴力団幹部が直接携わるアジト摘発は極めて珍しいといいます。なお、参考までに、埼玉県件のHPに大麻栽培に関する情報が掲載されており、リアルな指摘は大変参考になります。
▼埼玉県警察 大麻(乱用が急増中!)
  • 大麻は、覚醒剤のような化学合成品とは異なり、高度な設備や専門知識がなくても生産することが可能なことから、私たちの身近な場所が、大麻栽培プラントとして利用され、違法薬物の供給源となっている可能性があります。県警で摘発した大麻栽培プラントは、県北の比較的民家の少ない集落において、複数の外国人が栽培を行っていたほか、暴力団関係者が、住宅街に所在する一戸建て民家、マンション・アパートの一室で栽培をしていた事例などがあります。最近では、組織性が認められない、個人的な使用目的の大麻栽培も増加しています。
  • こんな場所は要注意1(大麻特有の匂い)
    • 大麻草は、大麻特有の強い臭気(独特の青臭い匂い)を持っています。大麻栽培プラントでは、大麻草の強い臭気のほか、犯人が収穫した乾燥大麻(独特の甘い匂い)を吸煙している場合があります。玄関の隙間や家屋の換気口から、大麻特有の青臭い・甘い匂いがする場合は要注意です。
  • こんな場所は要注意2(目張り)
    • 大麻栽培プラントでは、居室内に大量の電灯を設置し、光量を調節しながら大麻草の育成を促進させています。この光量の調節のためには、外の光をシャットアウトして暗闇を作る必要があります。このため、雨戸や遮光カーテン等を閉め、さらに目張りをするなど、外の光の差込みや匂いの漏れなどを防いでいることがあります
  • こんな場所は要注意3(電気・水道の使用)
    • 大麻栽培では、大量の電灯を使用して大麻草の育成を早めたり、エアコンを使用して室温を調節するため、大量の電気を使用することから、大麻栽培プラントでは、人が生活している様子がないのに「電気メーターが常に早く回っている」「常にエアコンの室外機が回っている」などの特徴があります。
    • 犯人の中には、配電盤や電気メーターを細工し、電気の使用状況や料金をごまかそうとする者もおり、電気メーターの細工により機械が故障し、火災が発生しそうになったケースもあり大変危険です。
    • また、アパートやマンションの室内で水耕栽培により大麻草を育てる場合、大量の水を機械で循環させることから、機械の故障により水漏れが発生し、大麻栽培プラントであることが発覚したケースもあります。
  • こんな場所は要注意4(人の出入り)
    • 大麻栽培プラントでは、大麻草の育成に必要な作業のため、「連日深夜等に人が短時間立ち寄る」ほか、栽培に必要な「大量の土、肥料、電気設備、植木鉢、ダクトなどを運び込む」といった特徴があります。そのほかにも、「収穫した大麻を、ダンボールやゴミ袋に詰め込み、人に見つからないように持ち出す」といった特徴があります。
  • 大麻栽培に関する情報をお寄せください
    • 大麻栽培プラントでは、犯人とその仲間が出入りし、室内で大麻を吸煙します。薬理作用の影響で興奮状態に陥り、周りの人々に対して暴力などの危害を与えかねません。また、その場所において、薬物密売にかかるトラブルの発生や、電気メーターからの出火、水漏れなど、思わぬ事件や事故を引き起こす危険性があります。大麻栽培の可能性がある、あやしい家や部屋がありましたら、是非警察まで情報をお寄せください。

その他、薬物に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • SNSを使って乾燥大麻やコカインを密売したとして、近畿厚生局麻薬取締部神戸分室は、兵庫県内の17~20歳の高校生や専門学校生ら男女6人を大麻取締法違反(営利目的所持)などの疑いで逮捕しています。6人はそれぞれ地元の友人などで、うち神戸市の無職の少年(19)には15人ほどの固定客がいて、乾燥大麻を1グラムあたり4千円前後で密売、それを神戸市の男子高校生(18)らが買って自分で使っていたほか、1グラムあたり5千円前後で友人などに売っていたとみられています。6人は顧客を募るため、大麻の手渡しを意味するハッシュタグ「神戸手押し」などの隠語をツイッターでつぶやいたり、インスタグラムのストーリーズ機能に大麻を吸う様子を掲載したりしていたといいます。別の大麻事件の捜査中、加古川市の男子高校生(17)が浮上し、この男子高校生を含む6人の関与が明らかになったとしています。
  • 国際郵便を受け取る荷受け役の「闇バイト」をSNSで募り、違法薬物を密輸しようとしたとして、横浜税関と神奈川県警薬物銃器対策課などは、無職の20代の容疑者=麻薬取締法違反容疑で逮捕=を関税法違反(密輸未遂)容疑で横浜地検に告発しています。2019年以降、約50件の密輸未遂事件に関与した疑いがあるといいます。告発容疑は2021年11月上旬、東京都内の荷受け役を宛先にし、ドイツから合成麻薬LSDを含む紙2枚約18グラム(末端価格500万円相当)を国際郵便で密輸しようとしたというものです。容疑者は「荷物を受け取るだけでお金を稼げます」などとSNSに投稿して闇バイトを募集し、全国から応募があり、応募者の中には未成年者もいたといいます。報酬は1件につき数千円から数万円で、秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」で荷受け役に転送先などの指示を出していたとみられています。容疑者は税関などの調べに対し、「荷物の中に違法な薬物があるので、受け取りに自分の住所は使わなかった」などと供述しているといいます。
  • 営利目的で大麻約300キロ(末端価格約18億円相当)や、MDMAの粉末約1002グラム(同約1千万円相当)を密輸したとして、愛知県警などの合同捜査本部は、麻薬特例法違反(業としての麻薬輸入)の疑いで、住所不定の無職の20代の容疑者=麻薬取締法違反罪で起訴=を追送検しています。追送検容疑は2021年6月~2022年1月ごろ、5回にわたり、オランダなどから大麻やMDMAを国際郵便で密輸したというもので、合同捜査本部はこれまでに容疑者を9回逮捕、密輸グループの指示役とみられています。また、油分に混ぜた覚せい剤計約5キロ(末端価格3億円相当)をオイル缶に隠して密輸したとして、長崎県警は、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、20代の契約社員ら男3人を逮捕しています。逮捕容疑は2023年3月、他の者と共謀し、覚せい剤の混入した液体計約13.6キロをオイル缶に隠し、段ボール箱に入れてアラブ首長国連邦(UAE)から関西空港に密輸したというもので、段ボール箱の中身は「モーターオイル」と申告され、配達先は容疑者の自宅となっていました。(前述のとおり)UAEからの国際貨物の検査を厳しくしており、税関職員の検査で発覚したものです。さらに、約30センチのスニーカーに覚せい剤約1キロをそれぞれ隠して輸入したとして、大阪府警は20代の容疑者らいずれもマレーシア国籍の男女3人を覚せい剤取締法違反(営利目的共同輸入)の疑いで逮捕しています。3人は2023年5月、それぞれ履いていたスニーカーの中に覚せい剤約1キロ(末端価格約6千万円相当)を隠し、マレーシアから飛行機で輸入した疑いがもたれています。3人は面識があるといい、関西空港に到着後、入国検査を受けたところ、身長は152~179センチで、いずれも約30センチのスニーカーを履いていたことから、税関職員が不審に思って調べたといいます。スニーカーはいずれも市販のものとみられ、中敷きの下のクッション部分がくりぬかれており、左右に約500グラムずつ、覚せい剤が隠されていたといいます。報道によれば、税関の担当者は「薬物を靴の中に隠すのはよくある手口だが、これほど靴の大きさがアンバランスなやり方は珍しい」としています。
  • 陸上自衛隊姫路駐屯地は、神戸市内で2022年6月に大麻を使用したとして、第3特科隊の20代の男性陸士を懲戒免職処分にしています。報道によれば、陸士は大麻を使用、同月に上司の3等陸曹が陸士の所持する電子たばこ用の液体の中身を不審に思い確認したところ、大麻の成分が含まれていることを認めたといいます。陸士は「日頃のストレスを発散するために使った」と話しています。また、自宅で大麻を所持したとして、佐賀県警佐賀北署は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、福岡県柳川市消防本部の20代の消防士長を現行犯逮捕しています。報道によれば、自宅のリビングでたばこ状に巻いた大麻が見つかり、使用目的で所持したとみられています。容疑者が大麻を所持しているとの情報があり、佐賀北署が自宅を家宅捜索したものです。
  • 自宅内で乾燥大麻を所持したとして、警視庁薬物銃器対策課は、大麻取締法違反容疑(営利目的所持)で、無職の20代の男を逮捕しています。報道によれば、容疑者はSNSを使って、客を集め、大麻の密売も行っており、「かなりこだわってやっています」などとうたい、「ツイッター」で客を集め、秘匿性の高い「テレグラム」で売買のやり取りをしていたといい、2022年3~11月、計約1197万円を売り上げていたようです。これまでに、容疑者から大麻を購入した客ら男女25人を摘発、うち、21人は20代の若者だということです。逮捕容疑は2022年11月、営利目的で、自宅内で、乾燥大麻計約228グラム(末端価格約114万円)を所持していたとしています。
  • また、合成麻薬MDMAを輸入したとして麻薬取締法違反などに問われた映画プロデューサー=米国籍=は、東京地裁で開かれた初公判で「うつ病の治療のため米国で処方されたものを輸入した」と起訴内容を認めています(同被告はファッションモデル、道端ジェシカさんの夫)。報道によれば、被告は2023年3月にハワイから来日するのに先立ち、MDMAのカプセル15錠が入った荷物を滞在予定の東京都内のホテルに郵送、被告は被告人質問で「2020年ごろから米国のセラピストに処方されていた」と説明、道端さんからは日本に持ち込まないよう言われていたとしつつ「服用が必要な時に備えて持ち込んだ。深く反省している」と話しているといいます。また、警視庁渋谷署がプロスケートボード選手の20代の容疑者を大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕しています。逮捕容疑は2022年11月、自宅で大麻を所持したというもので、容疑者は10代の頃から国内外の大会で優勝するなど好成績を残し、2019年には東京オリンピックに向けた強化選手に選出されていました。
  • 海外から違法薬物を輸入しようとしたとして覚せい剤取締法違反などの罪に問われた男性の判決公判が、神戸地裁で開かれ、裁判長は「荷物に違法薬物が入っていると認識していたかは疑いが残り、故意とは認められない」として無罪を言い渡しています(求刑は懲役12年、罰金500万円)。報道によれば、男性は2021~2022年、外国人を名乗る人物から4千万ドルの基金を提供する代わりに荷物を受け取る話をメールなどで持ちかけられ、経営する会社の資金繰りが苦しいことから自宅や友人宅に届くことを了承したといい、荷物に入っていた違法薬物は関西空港などの税関検査で発見されました。判決理由で裁判長は、基金の話は疑わしい内容だが、男性は資金提供を半ば信じていた側面があるとし、「荷物の中身が違法薬物と認識していたと断定するにはさらに強い決め手が必要だが、立証されていない」と指摘しています。さらに、荷物に隠して海外から覚せい剤約2キロを密輸したとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)や関税法違反(禁制品輸入)の罪に問われた50代男性の裁判員裁判の判決公判が大阪地裁で開かれ、裁判長は、「(荷物の中が)違法薬物と認識していたとするには合理的疑いが残る」として、無罪を言い渡しています(求刑は懲役11年、罰金300万円)。報道によれば、男性は2022年5月、SNSを通じて海外から発送される荷物を受け取る仕事を引き受け、同6月に関西国際空港に到着した荷物を受け取ったもので、中身が違法薬物と認識していたかが争点となりました。判決理由で裁判長は、荷物の中身は「犬のエサ入れ」と具体的な説明を受けていたことから、「違法薬物が隠されている可能性にまで想像が及んでいなかったとみる余地がある」と指摘、荷物受け取り時に自身のマイナンバーカードを提示したことも違法性の認識を疑わせる事情と判断したものです。
  • 出会い系サイトやマッチングアプリがきっかけで違法薬物に手を染めたり、性暴力被害に遭ったりするケースが後を絶ちません。2023年5月27日付産経新聞の記事「「キメ友探しています」…元小学教諭も堕ちた出会い系やマッチングアプリの闇」によれば、「キメ友探しています」など。近年では「キメ友」の隠語で覚せい剤など違法薬物を使う仲間を募るケースもみられています。本コラムでも警鐘を鳴らしている睡眠導入剤のような「デートレイプドラッグ(DRD)」と呼ばれる薬物による犯罪も多発、抵抗できない状態で性的暴行を加える卑劣な犯行で、不審な薬や食べ物を受け取らないことが重要です。捜査当局は、こうしたサイトやアプリを監視する体制を強化しているといいます。なお、警視庁は、相談者が薬物を使われたかどうかをその場で簡易鑑定できるキットを全国で初めて開発、大きな前進ではあるものの、「全ての薬物に対応しているわけではなく、鑑定結果で陰性が出てもDRDが盛られていないとは言い切れない。まずは自衛する意識を持つことが大切」(専門家)との指摘されています。
  • 京都府内で、麻薬の原料となるケシの発見が急増し、直近4年間で約5倍となったといいます。見つけた人が自ら抜くと「違法」と問われる恐れもあるため、京都府の職員らが除去を行っています。報道によれば、ケシの仲間は園芸種として人気がありますが、薄紫や赤の花を咲かせる「セティゲルム種」や、赤やピンク、紫といった花を咲かせる「ソムニフェルム種」などはあへん法により無許可での栽培が禁止されており、2種とも、オレンジ色の花を咲かせる一般的な「ナガミヒナゲシ」より草丈が高く、空き地や道端などに雑草として自生していることが多いといいます。通報などを受けて府内で除去されたケシの本数は2019年に2748本でしたが、2022年は1万3467本にのぼったといいます。特定の地域で多いわけではなく、府内各地で発見が相次いでいるといい、理由がはっきりとは判明していないようですが、工事で土が掘られた時に土の中にあった種子が刺激されて発芽した可能性があると考えられています。5、6月は国が定める「不正大麻・けし撲滅運動」の期間に当たり、京都府は専任の職員1人を置き、警察や保健所と協力して除去に奔走していると報じられています。また、北海道開発局でも、訓子府町の河川敷で野生大麻の除去作業を実施したと報じられています。明治期に国策として栽培が奨励されていた北海道では栽培が規制された後も自生する大麻が絶えず、6~9月を撲滅運動期間と定め、各地で抜き取り作業が行われ、焼却処分されているといいます。丈夫な繊維が取れる大麻は軍需物資として広範囲に栽培され、残った種子が各地で自生、記録上、道内で最も抜き取り本数が多かったのは1973年の878万本で、2018年度から2021年度にかけては毎年43万~60万本抜き取られており、全国の8割を占めていたといいます。

本コラムでたびたび取り上げている米のオピオイド中毒の問題に関して、米財務省は、致死性の高い合成ドラッグ「フェンタニル」の密売をめぐり、商標を偽造するための機器の販売に関与したとして、中国とメキシコに拠点を置く17の企業・個人に経済制裁をかけると発表しています。米国では薬物の過剰摂取が社会問題になっており、国内流入の阻止のため供給網への対策を強化する狙いがあります。報道によれば、制裁対象は、違法な合成ドラッグを米国に密輸するために商標を偽造するプレス機や金型といった機器の販売に関与していたといいます。財務省は2023年4月にも、フェンタニルの密売に関与した企業や個人に対する制裁を発表、中国企業2社と中国・グアテマラの関係者5人を対象に加えています。フェンタニルはメキシコの麻薬組織が中国企業から原材料を調達し、米国に密輸しているケースが多いとされ、米国では薬物の過剰摂取で年間に約10万人が死亡しており、フェンタニルなど麻薬鎮痛剤「オピオイド」が主な原因になっています。フェンタニルはヘロインよりも最大50倍、モルヒネよりも100倍強力とされており、米疾病対策センター(CDC)の報告書によれば、米国ではフェンタニルを含む薬物の過剰摂取による死者が2016年から2021年にかけ3倍超に増加したといいます。また、米麻薬取締局(DEA)は2022年、合計で約4億1000万人分の致死量に相当するフェンタニルを押収しています。ブリンケン国務長官は制裁対象者らが合法的な薬にそっくりの錠剤を密造していたと指摘、「共通の脅威に対処するため、意欲ある国々と一緒に取り組む」と強調しています。

(4)テロリスクを巡る動向

警察庁は、岸田文雄首相の選挙応援会場に爆発物が投げ込まれた事件の検証報告書を公表しています。改めて鮮明になったのは警察と主催者の連携不足であり、背景には集票を優先する政党側の非協力的な姿勢があったといえます。2022年の痛恨事だったはずの安部元首相銃撃事件の反省は、警察、主催者の双方に欠けていたといえます。報告書によれば、事前の打ち合わせで和歌山県警は聴衆エリアに受付と金属探知機の設置を要請したものの、主催者側は聴衆が漁協関係者に限られ、顔で確認する、広く参加を呼びかけないと説明してこれを拒否しています。首相の演説場所から聴衆の最前列まで10メートル以上の距離を確保するとの要請も、主催者側が難色を示し、約5メートルとし、実際には自民党のウェブサイトなどで街頭演説を広く告知しており、容疑者の会場入り、首相への接近を防ぐことはできませんでした。県警の事前の要請をことごとく断った主催者側と、これを諾々と受け入れ、結果として爆発物の投擲を許した警察の双方に大きな責任があるといえます。政界には「政治家である以上、命を懸けている。何かあっても致し方ないという気持ちで臨んでいる。有権者から距離を取るのは本末転倒だ」とする声もあったところ、そこに決定的に欠けているのは、聴衆の安全であり、犠牲になるのが政治家一人であるとはかぎらない点を強く認識する必要があります。

▼警察庁 令和5年4月15日に和歌山市内において実施された内閣総理大臣警護に係る警護上の課題と更なる警護の強化のための取組について
  • 警護対象者及び聴衆の更なる安全確保に向けた取組
    • 本件警護の現場では、投擲物が総理に届くような位置まで被疑者が接近した上で、爆発物を投擲し、結果として、本件現場にいた民間人1名が負傷する事態を阻止することができなかった。
    • 本事案を防ぐためには、投擲物が総理に届くような位置まで被疑者を接近させてはならず、爆発物を隠匿して携行していた被疑者を聴衆エリアに入れないようにするための実効的な措置が講じられている必要があった
    • 本件警護の現場において実効的な措置が講じられるためには、合同実査時の打合せの段階で、主催者側実査参加者に対して、少なくとも、漁協関係者等であるかどうかの識別方法、実施体制、識別する者の配置場所、漁協関係者等でない者を発見した場合における通報手順等を特段の問題意識をもって確認し、聴衆エリア出入口付近において実効的な識別が行われるよう綿密な協議を行う必要があった。また、識別が確実に行われたとしても、危険物が聴衆エリアに持ち込まれる可能性を完全に排除することはできないのであるから、そうした事態に備えるため、主催者等において、聴衆エリアに入ろうとする者については、手荷物への一律の開披検査が行われるとともに、危険物を身に付けている可能性も考慮に入れて金属探知検査が行われる必要があった
    • 本件警護のように、とりわけ、選挙運動のための街頭演説その他の警護対象者が参加する講演、演説等については、多数の聴衆が集まる場所において実施されるなど、一般的に、警護上の危険及び聴衆の安全を確保する必要性が高まるところ、危険物を所持している者又は警護対象者に危害を加えようと企図する者(以下「危害企図者等」という )による警護対象者への接近を許した場合には、警護対象者の生命及び身体に重大な危害を及ぼしかねず、その周囲に所在する警護対象者以外の者の安全をも害する事態につながりかねない。
    • この点、本件警護において爆発物が総理の直近にまで投げ込まれたことを踏まえると、今後、警護対象者が参加する講演、演説等については、屋内又は屋外を問わず、銃器 爆発物等が攻撃の手段として使用されることを想定した上でこれまで以上に、警護対象者と聴衆との距離が十分かつ確実に確保され、出入管理、手荷物検査等をはじめとする安全確保措置がより実効的に講じられる必要がある。
    • 一方で、これらの安全確保措置は、基本的に、主催者等により講じられるべきものであり、警察としては、危険物が持ち込まれた場合には、警護対象者のみならず、聴衆の安全が害される可能性があることについて、主催者等に対して、これまで以上に丁寧に説明した上で、安全確保措置を講ずるよう個別具体的に働き掛ける必要がある
    • そして、警護について責任を負う警察として、主催者等が講ずる安全確保措置の実施状況を確認し、必要に応じて、その具体的実施方法等について指導、助言等を行うとともに、主催者等の理解と協力の下、自ら必要な措置を執ることが必要である。
    • このような考えの下、主催者等に対する個別具体の働き掛けが適切に実施されるとともに、主催者等が講ずる安全確保措置及び当該安全確保措置を踏まえた警察による措置が相まって警護計画に適切に盛り込まれ、警護の現場において、警察が、主催者等と緊密に協力して警護を実施できるようにする観点から、以下のとおり、全国における対応を見直すこととする。
  1. 主催者等と緊密に協力した警護の実施
    警察としては、警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所、聴衆の範囲及び危険度に応じて、主催者等に対して、警護対象者及び聴衆の安全に配慮する必要があることについて説明を尽くした上で、警護対象者の身辺の安全を十分に確保することができる適切な場所を選定するよう働き掛ける必要があるほか、危害企図者等による警護対象者への接近を防止するため、実効的な安全確保措置を講ずるよう働き掛ける必要がある。

    1. 主催者等への要請項目の明確化
      • これまでも、警察から主催者等に対して、手荷物検査等その他の警護の現場における安全確保措置の実施を要請することとしているところ、警護の現場における安全確保措置の実効性を高めるため 警護対象者が参加する講演 演説等の実施場所、聴衆の範囲及び危険度に応じて要請事項の内容を明確にし、その内容を主催者等に分かりやすく伝達することとする。
      • また、今後は、原則として要請事項を文書又はメールにより伝達することとするとともに、主催者等への要請経緯及びその後の調整経緯を記録化することとする。
    2. 適切な場所の選定等
      • 警護対象者の身辺の安全を確保するためには、警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所として適切な場所が選定され、当該場所に応じた実効的な安全確保措置が講じられることにより、危害企図者等による警護対象者への接近を防止することが必要不可欠である。
      • また、主催者と管理者が異なる場合には、管理者の管理権に基づく囲繞措置、出入管理、手荷物検査等をはじめとする安全確保措置が講じられるようにする必要がある。
      • よって、次のとおり、警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所、聴衆の範囲及び危険度に応じて、実効的な安全確保措置を講ずるよう働き掛けることとし、あわせて、警察としては、主催者等が講ずる安全確保措置の実施状況を確認し、必要に応じて、その具体的実施方法等について指導、助言等を行うとともに、警護対象者の身辺の安全確保のため、主催者等の理解と協力の下、必要な措置を執ることとする。
        1. 基本方針
          • 一般的に、駅前ロータリー等の屋外において警護対象者が参加する講演、演説等が実施される場合には、聴衆、通行人等の不特定多数の者が自由に往来することができるため、主催者等による出入管理、手荷物検査等の実効的な実施が事実上不可能又は困難である場合が少なくない。
          • 警護対象者が参加する講演 演説等の実施に際して 主催者等による出入管理、手荷物検査等が一律に行われることとなるよう、講演ホール等の屋内会場を優先的に選定するよう働き掛けることとする
        2. 実施場所に応じた方策
            1. 屋外における講演、演説等
              • a 警察による働き掛け
                • (a) 聴衆との距離の確保
                  • 屋外において警護対象者が参加する講演 演説等が実施される場合には、一般的に危害企図者等が警護対象者に接近することが比較的容易であり、警護上の危険が高まることから、銃器、爆発物等が攻撃の手段として使用されることを想定した上で、警護対象者と聴衆との距離をこれまで以上に十分に確保するよう働き掛けることとする。
                  • また、警護対象者と聴衆との距離の確保に当たっては、鉄パイプ柵その他の資機材(以下「鉄パイプ柵等」という)を用いて、危害企図者等による警護対象者への接近を防止するための確実な措置を講ずるよう働き掛けることとする。
                • (b) 警護上の危険を想定できる場所の選定
                  • 警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所については、
                    • 警察庁及び都道府県警察が現場を事前に確認し、警護上想定される危険について十分に考慮することができている場所
                    • 警護対象者の背面に壁が存在するなど、全方位への警戒を要しない場所
                    • 過去の警護の実施を通じて警護対象者の身辺の安全確保に特段の支障がないと認められる場所

                    等から選定するよう働き掛けることとする。

                • (c) 動線の分離
                  • 手荷物検査等が実施されない屋外における講演、演説等については、危害企図者等が聴衆の中に紛れているおそれがあることから、警護対象者の動線を聴衆から確実に分離するよう働き掛けることとする。また、講演、演説等の前後にいわゆるグータッチ等を実施することは避けることが望ましい旨を説明することとする。
                • (d) 警備員の配置
                  • 危害企図者等による警護対象者への接近を防止し、出入管理、手荷物検査等が実施される場合にこれらが確実に実施される体制を確保するため、警備員その他必要な人員を配置するよう働き掛けることとする。
                • (e)防護用の資機材の設置
                  • 銃器等による攻撃に備えるため、警察が保有する防護用の資機材を警護対象者が参加する講演・演説場所の周囲に設置するよう働き掛けることとする。
                • (f) 出入管理、手荷物検査等の実施
                  • 屋外であっても 聴衆が所在する場所を囲繞することができる場合には、
                    • 警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所に危害企図者等が侵入することを防止するため、出入管理を行うこと
                    • 危害企図者等による警護対象者への接近を防止するため、出入管理の実施と共に、手荷物検査等を一律で行うこと

                    を働き掛けることとするほか、手荷物検査等に応じない者等を参加させない措置を確実に講ずるよう働き掛けることとする。また、聴衆が所在する場所を囲繞する場合には、容易に乗り越えることができない鉄パイプ柵等を用いて、非常時における聴衆の避難の在り方も考慮に入れた適切な態様で行うよう働き掛けることとする。

                • (g) 識別(特定の者が参加する場合)
                  • 警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所に危害企図者等が侵入することを防止するため、参加予定者が特定の者に限られる屋外における講演、演説等の実施に当たっては、出入管理を行うとともに、受付を設置して氏名や参加証の確認を行うなど、確実な方法により当該講演、演説等の参加予定者であることを確認するよう働き掛けることとする
              • b 警察の対応
                • (a) 安全確保措置の実施状況の確認
                  • 危害企図者等による警護対象者への接近を防止するため、警護の現場において、警護対象者と聴衆との距離が十分に確保されているかどうかを確認することとする。
                  • また、出入管理、手荷物検査等、識別等が実施される場合には、これらが確実に実施されているかどうかについても確認することとする。あわせて、これらの実施状況を踏まえ、警察として必要な指導、助言等を行うこととする。
                • (b) 聴衆が所在する場所における警戒の強化
                  • 危害企図者等による警護対象者への接近を防止するためには、警護対象者の直近における警戒に加え、警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所及びその周辺においても、主催者等の理解と協力の下、警護員を効果的に配置することが必要である。そこで、警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所及びその周辺において、制服警察官を含む警護員の配置の強化等を図ることとする。
                  • また、危害企図者等による警護対象者への接近を防止するためには、警察として、危害企図者等の可能性があると認められる者に対する職務質問及び所持品検査を実施することが必要である。そこで、警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所及びその周辺において、卓越した職務質問技能をもって被疑者検挙に高い実績を挙げている警察官を不審者の発見に当たる警護員として配置し、職務質問及び所持品検査を効果的に実施することとする。
                  • さらに、不審行動等の有無にかかわらず、警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所及びその周辺において、リュックサック、ショルダーバッグ等を携行している者に対しても、その者が危害企図者等であるかどうかを見極めるため、声掛け等を行うことが必要となる。そこで、主催者等の理解と協力の下、警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所及びその周辺において、携帯型金属探知機の活用を図りつつ、声掛け等を行うこととする
                • (c) 警察犬の活用
                  • 警察では、警護対象者が警護の現場に到着する前の危険物、不審物等の検索、警戒、被疑者の制圧等のため、警察犬(外部機関に対して出動を嘱託しているものを含む。以下同じ )を運用していることから、これを警護の現場における違法行為等の未然防止に当たって一層活用する必要がある。
                  • この点、警護対象者が参加する講演、演説等に不特定多数の聴衆の参加が見込まれる場合等においては、警護対象者が警護の現場に到着する前後を問わず、危険物、不審物等の検索、警戒等のため、警察犬の活用を図ることとする
            2. 屋内における講演、演説等
              • a 警察による働き掛け
                • (a) 出入管理の実施
                  • 警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所に危害企図者等が侵入することを防止するため、出入管理を行うよう働き掛けることとする。
                • (b) 手荷物検査等の実施
                  • 危害企図者等による警護対象者への接近を防止するため、出入管理の実施と共に、手荷物検査等を一律で行うよう働き掛けることとするほか、手荷物検査等に応じない者等を参加させない措置を確実に講ずるよう働き掛けることとする。
                • (c) 警備員の配置
                  • 出入管理、手荷物検査等が確実に実施される体制を確保するとともに、危害企図者等による警護対象者への接近を防止するため、警備員その他必要な人員を配置するよう働き掛けることとする。
                • (d) 聴衆との距離の確保その他の措置
                  • 危害企図者等による警護対象者への接近を防止するため、ポール・パーティション等を用いて、警護対象者と聴衆との距離を確保するよう働き掛けることとする。
                  • また、屋外において警護対象者が参加する講演、演説等が実施される場合と同様に、動線の分離、防護用の資機材の設置等に関しても働き掛けることとする。
                • (e) 識別(特定の者が参加する場合)
                  • 警護対象者が参加する講演、演説等の実施場所に危害企図者等が侵入することを防止するため、参加予定者が特定の者に限られる屋内における講演、演説等の実施に当たっては、出入管理を行うとともに、受付を設置して氏名や参加証の確認を行うなど、確実な方法により当該講演、演説等の参加予定者であることを確認するよう働き掛けることとする。
              • b 警察の対応
                • (a) 安全確保措置の実施状況の確認
                  • 危害企図者等による警護対象者への接近を防止するため、警護の現場において、出入管理、手荷物検査等、識別等が確実に実施されているかどうかについて確認するとともに、これらの実施状況を踏まえ、警察として必要な指導、助言等を行うこととする。
                • (b) 聴衆が所在する場所における警戒の強化等
                  • 屋外において警護対象者が参加する講演、演説等が実施される場合と同様に、主催者等の理解と協力の下、聴衆が所在する場所及びその周辺における警戒の強化を図るとともに、当該講演、演説等の実施場所に応じて、警察犬の活用等を図ることとする。
      • 講演、演説等の事前告知等に伴う対応の強化
        • ウェブサイト等において、警護対象者が参加する講演、演説等の予定が公表された場合には、危害企図者等が当該講演、演説等に関する情報を入手して、これらに参加する可能性があることから、次の対策を講ずることとする。
          1. 手荷物検査等の実施に関する国民への情報発信の強化に向けた働き掛け主催者等による手荷物検査等が行われる場合には、・警察から当該主催者等に対して、ウェブサイト等において、
            • 手荷物検査等を行うこと
            • 手荷物を減らすことが円滑な講演、演説等の実施につながること

            等を併せて事前告知するよう働き掛けることとする。

          2. 情報収集の強化
            • 現在、ウェブサイト等を通じて、危害企図者等であっても警護対象者が参加する講演 演説等に関する情報を容易に入手できる環境となっていることを踏まえ、ウェブサイト等の確認、警護対象者及びその関係者との連絡等を通じて、警護対象者が参加する講演、演説等の日程その他の情報の収集を強化することとする。
    3. 聴衆の安全確保
      1. 聴衆の安全確保に関する働き掛け
        • 警護対象者が参加する講演、演説等に際して違法行為、災害その他緊急事態への対処が必要となる事象が発生した場合に聴衆の安全を確保するため、警察から主催者等に対して、
          • 避難誘導に関する責任者の明確化
          • 避難経路の設定
          • 避難誘導に従事する人員の配置
          • 避難誘導のための資機材の準備
          • 等の事前準備を行うよう働き掛けるとともに、聴衆に対して、事前に避難経路等を説明するよう働き掛けることとする。
        • また、ウェブサイト等において、警護対象者が参加する講演、演説等の予定が公表された場合には、より多数の聴衆の参加が想定され、その安全を確保する必要が高まることについて、主催者等に対する注意喚起を行うこととする。
      2. 警察としての対応の強化
        • 警護対象者が参加する講演、演説等については、多数の聴衆が集まることが想定されるところ、これらの講演、演説等に際して違法行為等が発生した場合には、警護対象者の身辺の安全を確保するとともに、個人の生命、身体等の保護を責務とする警察として、聴衆の安全も同時に確保しなければならないことから、次の対策を講ずることとする。
          1. 警護員への聴衆の安全確保に関する任務の付与
            • 今後 警護の現場において 警護対象者の身辺の安全を確保しつつ あわせて、聴衆の安全を確保することができるよう、警護の現場の状況に応じて、配置される制服警察官その他の警護員に聴衆の安全確保に関する任務を付与することを明確化することとする。
          2. 避難誘導訓練等の実施
            • 聴衆の安全確保に関する任務を付与された警護員が、警護対象者が参加する講演、演説等に参加する聴衆の混乱を防ぎつつ、安全に避難させることができるようにするため、警護員の教養訓練に係る計画に避難誘導に関する項目を新たに追加するほか、聴衆の避難誘導に責任を有する主催者等との間で、聴衆の避難誘導を想定した図上訓練その他の実践的訓練を実施することとする。
          3. 装備資機材の配備
            • 聴衆の避難誘導に当たっては、現場及びその付近の地形、交通量、聴衆の規模等に応じて、警察として、道路における危険を防止するため緊急の必要があるとして、当該道路につき、一時、歩行者、車両等の通行を禁止し、又は制限することが必要となる場合があることから、その実施に必要となる規制用ロープ、手信号に用いる停止灯等の装備資機材を警護の現場に配備することとする。
            • また、警護対象者が参加する講演、演説等に際して多数の聴衆の参加が見込まれる場合には、警護員による避難誘導その他の聴衆の安全確保を効果的に行うことができるよう、拡声器等の装備資機材を警護の現場に配備することとする

    要人の安全対策に詳しい福田充・日本大危機管理学部教授は、「演説会が告知された後も関係者以外が来ないという前提を変えないなど、警察の対応は甘すぎた。政治家側も、重大事件が続いた以上、少なくとも現職の首相については屋内での演説にするなど、より踏み込んだ対策を講じるべきだ」と指摘しています。一方、「屋内会場を優先」するよう主催者側に働きかけるとした報告書の内容には、異論も出ています。屋内集会に足を運ぶのは自らの支持者が多く、無党派層への浸透にはつながりにくいためで、自民の中堅議員は、「街頭演説をやめたら、広く有権者に声を届ける手段がなくなる」と強調、街頭演説は、有権者が様々な訴えに触れることが可能で、民主主義にとっても重要な場だとしていますが、それによって万が一の際に危険に晒されるのが正にその有権者であるとの認識に変えていく必要があるということだと思います

    また、本事件からあらためて考えるデモクラシーのあり方、ローンオフェンダー対策のあり方についての極めて参考となる報道も多かったため、以下、いくつか紹介します。ローンオフェンダーすべてが社会的に孤立しているわけでもないし、事前に何らかのメッセージを発信するわけでもなく、特定の偏った考え方に閉じこもるわけでもありません。事前の対策は難しいのは事実ですが、少なくとも、何らかの痕跡を見つけ出し、実行を阻止しようとすること、孤立している者を「社会的包摂」によって取り込んでいく努力をすること、こうした積み重ねが大事なのだと感じます。

    テロではありませんが、長野県中野市で起きた猟銃発砲・立てこもり事件では、警察官2人を含む4人が殺害されました。この事件もまたローンオフェンダーの犯行とみることもできなくはありませんが、ここでは銃管理のあり方、地域警察官の対処のあり方について、少し考えてみたいと思います。犯行に使われた銃が所持を許可されたものか不明ですが「、日本での銃所持には、住所地の公安委員会への申請が必要で、審査も厳格であり、世界一厳しいともされますが、それでも銃犯罪は後を絶ちません。警察庁によると、2021年現在、許可を受けている猟銃は15万3962丁、2007年に長崎県佐世保市のスポーツクラブで2人が死亡した乱射事件を受け、申請時に医師の診断書添付を義務付けるなど、銃刀法が改正され、さらに規制が強化されています。許可を受けるには、銃の取り扱い講座や試験、射撃場での実訓練があり、取得には数カ月かかることが多く、近所の人への聞き込みなどを基にした審査も厳しく、毎年、警察による審査もあります。報道によれば、容疑者は、広域の猟友会には所属していたものの、有害鳥獣駆除を担う市町村単位の猟友会には所属しておらず、駆除をする立場にはなく、「害獣を撃つわけでもなく、使う目的が限定されていない感じがした」と関係者が述べています。また、本来、銃の使い方や狩猟に対する考え方は、地元の先輩との交流のなかで学ぶべきものとも考えらえているところ、「猟友会内でも人間関係を作れない人が、銃を扱うのは危ない」との指摘もあります。そうした事情とは別に、一般的にも、短期間の怒りや精神疾患の発症で犯行に及ぶこともあり、診断書や警察の審査の段階で所持の可否を見抜くことは現実的には難しく、そうであれば、個人が銃を管理する現状を変えるべきとの指摘もあります。2023年6月5日付毎日新聞の記事「「第三者による猟銃管理を」 犯罪学・小宮教授の提言 長野4人殺害」では、個人ではなく、第三者が猟銃を管理することを提唱しています。記事では、「例えば、狩猟や有害駆除が目的ならば猟友会の保管場所に、クレー射撃などの競技が目的ならば射撃場に預ける。または警察が保管場所を確保するなどして、猟銃を個人から引き離して管理すれば、目的外の使用を制限でき、今回のような事件は起こらなかったはずです。また、個人から凶器を引き離すことで、凶器を手にするまでに高ぶった気持ちを抑えられるかもしれない。自宅のロッカーで保管するより、盗まれるリスクも低くなります。…日本社会ではいまだに、猟銃による犯罪が「特別なケース」だという意識があります。現状の規制では、またいつか同様の事件が起きる。猟銃による犯罪のリスクをどう減らせるのか、社会全体で考える必要があるでしょう。今回のような事件はどこでも起こりえます。「のどかな田舎で」「おとなしい人が」という思い込みは捨てて、犯罪のリスクをどう減らしていけるのか、どうすれば容疑者に犯行を諦めさせることができたのか。警察と自治体、市民が一丸となって考えなければ、被害者も報われないでしょう」と指摘していますが、今回の容疑者の状況もふまえれば、正に正鵠を射るものと考えます。なお、銃器に詳しい評論家の津田哲也氏も報道で、「過去に起きた猟銃使用事件の例を見ると、家庭内や近隣トラブルから発展している。長野県中野市であった今回の事件も手元に銃がなければ警察官への銃撃は防ぐことができた」と強調、その上で「人の目で欠格者を判断するのは難しい」とし、鳥獣駆除など以外は銃砲店への委託保管の義務化を提案しています。また、地域警察官の対処のあり方については、今回の事件は「男が女性を刺した」という通報が第一報であり、中野署は刃物使用事案と判断、現場に駆けつけ、殺害された警察官2人は防弾チョッキを身に着けていなかったとされます。また目撃者らによると、2人は現場到着直後にパトカーの窓ガラス越しに銃撃されたとみられ、防護は困難だったとみられます。警視庁では、地域警察官が乗る全パトカーに防弾チョッキや防刃用ジャンパー、盾などを常備し、「不審者が銃のような物を持っている」といった通報がある場合、現場に向かう警察官に防弾チョッキの着用などを促しているものの、報道である警察幹部は「銃使用の情報がない時でも常に重い防弾チョッキを着て出動することや、パトカーの窓を全て防弾ガラスにするのは現実的ではない。これまでもやっていることだが、銃使用の可能性がある時は装備をしっかり持っていくことしか対策はないかもしれない」と話しているとおり、そう簡単なものでもないと言えそうです。この点について、報道で公共政策調査会研究センター長の板橋功氏は「銃器犯罪が頻繁にある米国などと違い、日本では銃器が使われる犯罪は少なく、警察官全員が動きの制限される防弾チョッキを付けるのは現実的ではない」と指摘、銃社会の米国でも、逮捕などの強制措置を取る際は防弾ベストを着用しなければならないが、他のケースでは、刑事の判断に任されているといいます。そのうえで「現場到着時に人物が特定されていれば銃の所持許可の有無はわかるが、今回の事案では把握は非常に難しい」と指摘しています。なお、福岡県警小倉北署は、管轄する北九州市小倉北区で拳銃の発砲事件が発生したとの想定で、緊急配備を行い、容疑者を逮捕する訓練を実施しています。奈良市で安倍元首相が殺害された事件や、今回の長野県で4人が殺害された事件で銃が使われており、「重大事件にも毅然として対応し、容疑者を素早く確保したい」としています。訓練では、勝山公園で発砲があったと想定、車で逃げた容疑者を追うため緊急配備が発令され、署員が管内9カ所の交差点に配置され、車の特徴やナンバーなどから北九州モノレール旦過駅付近で発見、刃物で威嚇する犯人役が取り押さえられました。(北九州市ということで工藤会による銃犯罪のリスクも身近に捉えられることも含め)実際の事件を教訓に、緊張感をもって訓練に取り組むことが練度を高めることにつながると考えられ、よい取組みだと思いました。また、これとは別にテロ想定訓練ということでは、宇都宮市と栃木県芳賀町の約15キロを結ぶ次世代型路面電車(LRT)の8月開業に備え、県警や消防などの関係機関が、同市の乗り換え施設に停車したLRT内でテロ対策訓練を実施しています。車内で液状の化学剤がまかれた想定で、警察官や関係者ら約100人が参加し、訓練では、乗客が体調不良を訴え、気付いた運転士がNBC(核、生物、化学)テロの可能性があると通報、防護服を着た消防隊員が乗客を救護したり、車内の液体を処理したりし、その後、ガスマスク姿の機動隊員が除染作業を行っています

    海外におけるテロを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

    • イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)掃討を進める有志国連合は、サウジアラビアの首都リヤドで閣僚級会合を開き、共同声明を発表しています。シリアとイラクでISから解放した地域の復興に向け、約6億ドル(約833億円)の資金を募る目標を表明しました。既に計3億ドル以上の拠出が決まったとしています。ブリンケン米国務長官がサウジのファイサル外相と会合を共催、終了後の共同会見で「現地の人々を絶望させている治安や経済、人道状況の悪化がISに悪用されないようにする」と訴えています。共同声明は、シリアとイラクが「依然として最優先事項であり続けている」と指摘、米軍主導の掃討作戦によるIS支配からの解放地域では人道支援や治安対策、社会の安定化のための支援に注力する方針を示したほか、アフリカやアフガニスタン、中央アジアなどでIS系勢力の活動が続いているとの懸念から、過激思想のプロパガンダの阻止やテロ資金源の遮断などに取り組むとしています。また、ブリンケン氏は会合で、西アフリカやアフガンでIS系勢力によるテロが続く現状を憂慮、各地の勢力への活動資金供給を担ってきたIS幹部2人に対し、新たに米独自の制裁を科したと明らかにしています。ISは世界各地に散在しながら、テロ活動を継続しており、いまだその脅威は沈静化していません。
    • アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンの最高指導者アクンザダ師が、カタールのムハンマド首相と極秘で会談したと報じられています。本コラムでも継続的に注視しているアフガン情勢ですが、タリバンはアフガン女性の人権を侵害していると国際社会から批判されており、会談は孤立回避が狙いとみられています。タリバンが2021年8月に実権を掌握して以降、アクンザダ師が外国首脳と会談したのは初めてとみられ、同師が公の場に出ることはほとんどなく、メディアの前に姿を見せたこともありません。だからこそ、今後の動静をさらに注視していく必要がありそうです。
    • スウェーデンの首都ストックホルムで、「テロ組織への参加」を犯罪と見なす新法が施行されたことに抗議するデモが行われてます。同法はスウェーデンが目指している北大西洋条約機構(NATO)加盟に反対するトルコに翻意を促すために導入されたもので、新法では、過激派組織を支援するなどした個人に最大禁錮8年、テロ組織の指導者には終身刑が科されることになります。デモでは、トルコで非合法化され「テロ組織」と見なされているクルド労働者党(PKK)に近い組織が主催、「NATOにノーを。スウェーデンにおけるエルドアン(トルコ大統領)法にノーを」を旗印に、数百人が参加したと報じられています。PKKはスウェーデンでもテロ組織と見なされていますが、支持者らは公の場での抗議行動を認められており、トルコはスウェーデンがクルド人組織を保護していると批判しています。デモ隊関係者は、新法は「(トルコに)NATO加盟を認めさせるため、逮捕や裁判で犠牲者を出す法律だ」と強く反発しています。関連して、スウェーデンのポール・ヨンソン国防相が来日、日本記者クラブで記者会見し、NATOへの加盟について、2023年7月にリトアニアで開かれるNATO首脳会議までに決まることを期待すると述べたほか、「スウェーデンの軍事資産が加わればNATOは強化される」と訴えています。ロシアのウクライナ侵攻を受けて自国の安全保障環境への危機感を強めたスウェーデンは2022年5月、フィンランドと同時にNATOに加盟申請していますが、全加盟国の承認が必要であるところ、フィンランドは4月に加盟を果たしたものの、スウェーデンについてはトルコとハンガリーが承認を保留している状況にあります。トルコは、エルドアン政権と対立する「クルド労働者党」(PKK)の「テロリスト」をスウェーデンがかくまっていると批判しており、ヨンソン氏は、「テロ対策」を求めるトルコの意向を受け、法制度を整えたと述べました。トルコが求める「テロリスト」の送還に関しては「トルコが要求していた人を何人か送還したが、あくまで法に基づく決定だ」と述べています。
    • オーストラリア政府は、ナチスのシンボルの展示・販売を禁止することを定めるテロ対策法改正案を、議会に来週提出すると発表しています。最高で禁錮1年の刑罰を科す方針で、年内の成立を目指すとしています。豪国内でナチスを支持する過激派の活動が増えていることを踏まえ、規制に乗り出したもので、改正案では、ハーケンクロイツと呼ばれるかぎ十字のマークなど、ナチスやヒトラー政権を象徴するものを記した旗、衣服などの展示・販売を犯罪と位置付けるほか、オンライン上での行為も処罰対象となります。また、歴史研究や教育、報道などの目的での使用は例外的に認められますが、ナチス関連の資料を有償で譲り渡すことは禁止されます。さらに、ナチスとは無関係の宗教団体が使用するまんじも対象外です。豪州では2023年に入り、ナチスのマークを掲げた過激派が一部州議会に押しかけるなどのトラブルが発生、ユダヤ系市民らから規制を求める声が上がっていました。ドレイファス法相は声明で「ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を賛美する場所が豪州にあってはならない」と強調しています。
    (5)犯罪インフラを巡る動向

    コロナ禍の補助金や給付金等が(迅速さを追求するあまり)審査が甘くなり、悪質な事業者にだまし取られる事例が相次いでいます。直近でも、大阪府は、2021~22年度の新型コロナウイルス無料検査事業で、水増しなど不正な補助金の申請があったとして、計42億7800万円を不交付にしたと発表しています。全370事業者から申請額が大きい15事業者を抽出して立ち入り調査した結果、7事業者で不正が確認されたといいます。今後、調査対象を全事業者に広げた上で、8月中にも結果を公表する方針で、悪質なケースがあれば刑事告訴も検討するとしています。報道によれば、調査は府民や従業員から不正の疑いがあるとの情報提供を受けて2022年11月から実施、15事業者のうち、申請件数に疑義が認められた10事業者に修正を求め、修正後の申請分についても、検査の受検者リストから無作為抽出した人に受検の有無を尋ねる方法で再調査、不正が認定された7事業者では、抗原検査とPCR検査を両方受けたことになっているのに、「一方しか受けていない」「検査そのものを受けていない」などの回答が寄せられたといいます。府は補助金について、四半期ごとに1件でも無受検の回答が確認されれば、その期の申請全額を不正とみなし、7事業者の修正後の申請額70億2500万円中、42億7800万円を不交付としました。このうち、既に事業者に支払った11億3000万円を返還請求しています。無料検査事業を巡っては、東京都も、5都府県の11事業者で2022年度に補助金の不正申請があったと発表、検査件数の水増しや架空申請などが確認されています。不正申請の総額は計約183億円に上り、都は実際に検査していた分も含めて交付を取り消し、交付済みの約17億円について返還命令を出しています。

    本コラムでもたびたび取り上げていますが、デジタル広告市場の急速な拡大に伴い、企業を脅かす存在となっている水増し詐欺「アドフラウド」については、自動プログラム「ボット」による不正クリックで広告費が無駄になったり、反社会勢力が運営するサイトに自社の広告が配信されてブランド毀損につながったりするなど、その影響は計り知れないものがあります。2017年ごろから問題になった「漫画村」事件ではアドフラウドが活用され、広告主にとっては成果につながらないにもかかわらず、サイトの運営者に不正に水増しした広告費が入っていたと言われています。一方、今後導入されるクッキー規制の広がりは、アドフラウドの不正を手掛ける人々にとって、有利な状況を生み出しているとの指摘もあります。クッキー規制によってターゲティング精度が下がることから、成果が伴いにくくなり、ブロード配信(配信対象者を極力区切らずデジタル広告を配信する手法)での広告配信が重要になってくることになります。ただし、配信するターゲットを絞らずに対象を広げると発生してくるのが「アドフラウド」の問題です。ターゲットを絞らずに広告配信を行うと、不正注文や不正請求などを繰り返す悪意のあるボットを誤ってユーザーと判定して広告が露出されてしまうからです。ウェブ広告の運用は広告クリエーティブが命で、仮説と配信結果に基づいて適切に優先度判断やチューニングすることが重要と考えられています。しかし、不正クリックにより数値が実態と異なるものになってしまえば適切な対応は難しく、それは純粋なアドフラウドによる被害額以上の損失となり得ます。知らぬ間にノイズを受けることは、不確実性の高い広告運用において大きな問題になるのです。

    米グーグルのネット検索サービスで、広告閲覧数を増やすために別のサイトを有償で借りるケースが相次いでいます。医療機関などのサイトが優先表示される仕組みに目を付け、サイトの一部を借りてアフィリエイト(成果報酬型)広告を出す手法が横行しており、違法性は現時点で無いとされているものの、検索サービスへの信頼に影響する恐れも指摘されています。ある事例では、広告ブログの運営企業が医療機関からサイトの一部を借り受け、対価として広告収入の一部を還元していると考えられています。ネット検索サービスでサイトを見つかりやすくする「SEO(検索エンジン最適化)」の専門家によれば、こうしたサイト内の一部を貸し出す事例は2021年以降、国内で相次ぎ報告されており、発端とされるのはその5年前にディー・エヌ・エー(DeNA)が運営していた医療情報サイト「WELQ(ウェルク)」で不適切な内容の記事や著作権法違反の恐れが発覚した事案だと言われています。グーグルはウェルクの問題発覚後、ネット検索サービスの利用者に正確な情報が届くことを狙って医療機関などのサイトを検索結果の上位に表示する取り組みを進めました。医療機関ならばサプリなどの効果を過剰に宣伝することなく、科学的な根拠のある情報発信をするという想定が背景にあったところ、こうした措置が本来の意図とは異なる目的で利用され、医療機関のサイトの一部を貸し借りする取引が広がったといいます。ネット検索サービスではコンテンツの質の高さに応じて検索結果の表示順位が決まるのが本来の姿ですが、運用の抜け穴を突くようなSEO対策によって、グーグルが欺かれているようにも見えます。報道でネット広告の仲介事業者などでつくる日本アフィリエイト協議会の笠井北斗代表理事は「貸しサイトは広告と認識されずに閲覧される恐れがある」、「消費者トラブルにつながりかねない」と危機感を強めており、会員企業にはサイト貸しに関与しないよう呼びかけているといいます。

    5月末に閉園した神戸市立須磨海浜水族園の公式サイトになりすました偽サイトが、開設されていることがわかったと報じられています。3年前に手放された旧公式サイトのドメイン(インターネット上の住所)が悪用され、海外のカジノサイトに誘導される仕組みになっており、市が注意を呼びかけています。市によると、偽サイトで悪用されているのは、2020年3月まで公式サイトで使用されていた旧ドメインで、2022年4月、園の指定管理者が交代し、公式サイトの刷新に伴って、新たな管理者が現ドメインを取得、その際、以前の管理者が旧ドメインを手放していたものです。園の旧ドメインは2020年9月頃に第三者に取得され、その後、偽サイトが開設されたとみられています。偽サイトでは、イルカの写真など旧サイトの情報を掲載する一方、「オンラインカジノでも海の動物に出会うことが出来ます」などと海外のカジノサイトの関連サイトを紹介、クリックすると誘導される仕組みになっており、ネット検索でも上位に表示される状態だといいます。市は2022年秋以降、市民からの問い合わせで把握し、園の公式サイトに注意を呼びかけるメッセージを掲載しています。自治体などが使用していた旧ドメインが悪用されるケースは過去にも相次いでおり、2019年には大阪市が実施したイベントのサイトの旧ドメインがアダルトサイトに使われる問題がありました。報道で神戸大の森井昌克教授(情報通信工学)は「偽サイトの開設を直接取り締まる法律はなく、閉鎖を求めることは困難だ。市は、偽サイトの運営者を特定し、サイトの閉鎖やドメインの放棄を要請するしかない。こうした悪用を防ぐため、自治体などは費用がかかっても旧ドメインを一定期間維持するべきだ」と指摘しています。

    消費者を誘導し、欺き、強要し、又は操って、多くの場合消費者の最善の利益とはならない選択を行わせる「ダークパターン」の問題が顕在化していますが、今年の消費者月間にあわせて行っている「詐欺月間」のテーマとなっています。消費者庁の説明を紹介します。

    ▼消費者庁 ICPEN詐欺防止月間(2023年)
    • はじめに
      • 毎年、消費者月間に合わせて行っている「詐欺防止月間(Fraud Prevention Month)」の今年のテーマは、「ダークパターン(dark patterns)」です。
      • OECDの報告書では、ダークパターンは、通常オンライン・ユーザー・インターフェースに見られ、消費者を誘導し、欺き、強要し、又は操って、多くの場合消費者の最善の利益とはならない選択を行わせるもので、消費者に多大な被害を生じさせる可能性があるという懸念が高まりつつあるとされています。
      • 消費者庁は、国境を越えた不正な取引行為を防止するための取組を促進する国際ネットワークであるICPEN(※)に参画しています。その取組の一つである「詐欺防止月間(Fraud Prevention Month)」では、加盟国それぞれがテーマに沿った注意喚起などを実施しています。消費者の皆様におかれましては、このキャンペーンを、詐欺被害の未然防止に役立ててください。
        ※ICPEN(アイスペン:International Consumer Protection and Enforcement Network(消費者保護及び執行のための国際ネットワーク))は、国境を越えた不正な取引行為を防止するため1992年に発足したネットワークで、約70か国の消費者保護関係機関が参加。
    • ダークパターンとは
      • ダークパターンは、一般的に、消費者が気付かない間に不利な判断・意思決定をしてしまうよう誘導する仕組みのウェブデザインなどを指すとされています。
      • ダークパターンの行為類型は多岐にわたると考えられるところ、例えば、「残り○分」などと、あたかもその後の短期間のみに適用されるお得な取引条件であるかのように表示しているが、実際には当該期間経過後も同じ条件が適用されるもの、サブスクリプションの登録後、解約方法を一般消費者に対して不明瞭とすることで購入者の契約の解除権の行使を困難とするものなどは、ダークパターンに該当すると指摘されています。
      • OECDの報告書では、ダークパターンは概して、消費者に望ましい範囲を超えて金銭を支出させ、個人情報を開示させ、又は注意時間を費やさせることを目的とするとされています。ダークパターンの明確な定義はなかったところ、OECDにおいて以下のとおり実用的な定義が提案されています。
        • ※ダークパターンとは、消費者の自主性、意思決定又は選択を覆す又は損なうデジタル選択アーキテクチャの要素を、特にオンライン・ユーザー・インターフェースにおいて、利用するビジネス・プラクティスのことである。これらは、しばしば消費者を欺き、強制し、又は操作し、様々な方法で直接的又は間接的に消費者被害を引き起こす可能性があるが、多くの場合、そうした被害を計測することは困難又は不可能であろう。
    • ダークパターンの分類
      • OECDの報告書では、多くのダークパターンは、消費者の認知バイアス、行動バイアス、ヒューリスティックス(経験則等)を悪用することにより消費者に影響を与え、一般的に以下の区分に分類されるとされています。
        1. 【強制】 特定の機能にアクセスするために、消費者にユーザー登録や個人情報の開示を強要するなどの強制的な行為。
        2. 【インターフェース干渉】 デフォルトで事業者に有利な選択肢を事前に選択する、視覚的に目立たせるなど。
        3. 【執拗な繰り返し(ナギング)】 通知や位置情報の取得など、事業者に都合の良い設定に変えるように何度も要求する。
        4. 【妨害】 解約や、プライバシーに配慮した設定に戻すことなどへの妨害行為。
        5. 【こっそり(スニーキング)】 取引の最終段階で金額を追加する、試用期間後に自動的に定期購入に移行するなど。
        6. 【社会的証明】 虚偽の推奨表現、過去の購買実績を最近の実績のように通知するなど。
        7. 【緊急性】 カウントダウンタイマー、在庫僅少の表示など。

    以前の本コラムでも取り上げましたが、合鍵をネット注文できるサービスを悪用し、不法侵入する事件が全国で相次いでおり、その問題についてあらためて認識いただきたいと思います。北海道内では2023年5月、男が元交際相手の女性宅に合鍵で侵入し、殺害する事件が起きました。鍵に刻印された「鍵番号」さえわかれば、簡単にネット注文できてしまうためです。鍵番号とは、鍵の上部に刻印された10桁ほどの数字やアルファベットの組み合わせで、メーカーによって異なるものですが、鍵穴の種類や刻みのパターンを表していて、「鍵の設計図」とも呼ばれています。錠取扱業者でつくる「日本ロックセキュリティ協同組合」によると、合鍵を作るには、かつては実物を業者に持ち込み、ギザギザなどがない「ブランクキー」を削り出すのが主流だったところ、その後、鍵の形が複雑化するにつれ、業者がメーカーに鍵番号を伝えて発注するようになったことで、ネット上で発注を代行する業者が現れ、家にいながら合鍵を作れる手軽さや、割安さからニーズが高まったとされます。近年は大手鍵メーカーも直接ネットで注文を受け付けているほど普及しています。本来は、鍵番号はクレジットカード番号と同じぐらい、人目につくと悪用されるおそれがあるものであり、身近な危険であるにもかかわらず意外と知られていないのが現実です。日本ロックセキュリティ協同組合は加盟業者に対し、不審な依頼の場合は免許証の提示の徹底を求めていますが、法的義務はありません。そもそも本人確認自体が困難で、身分証の提示があっても、記載された住所で使われている鍵と同じものかを確認できる仕組みがないうえ、鍵の実物がなくても、遠方にある実家の鍵など、合鍵作製を引き受けるべきケースも少なくないためです。前述した事件では、容疑者の男は被害女性のクレジットカード番号を盗み見て、ネットゲームの課金など計約20万円分を使ったことも判明しています。本コラムでさまざまな犯罪インフラを取り上げていますが、重要なものであるのに極めて杜撰なセキュリティレベルのままでいるものが何と多いことかと思わされます。実が身の回りにたくさんあると認識する必要があります。

    不正に車の登録手続きをしたとして、埼玉県警は、住所不定、職業不詳の男とブラジル国籍で群馬県伊勢崎市、職業不詳の男を電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで逮捕しています。このブラジル人名義の車が約150台確認されており、一部は外国人グループによる窃盗事件などに使われていたといい、県警は2人に不正を指示した人物がいるとみて解明を進めることとしています。報道によれば、2人は2022年2月、共謀してブラジル人の男が車の所有者や使用者だと偽った移転登録申請書を関東運輸局群馬運輸支局に提出して自動車登録を申請し、虚偽の記録をさせた疑いがもたれています。実際の使用者はベトナム人だったとみられています。以前の本コラムでも取り上げましたが、自動車保管場所法の規定で、車の登録台数や交通量が少ない地域では、居住者は警察署で取得する車庫証明書がなくても、住民票などで車を登録できる規定があります。ブラジル人の男の住民登録はこの該当地域にあり、県警は制度を繰り返し悪用していたとみて調べています。

    偽造した運転免許証を使って架空の人物になりすまし、宅配物をだまし取ったとして、福岡県警西署は、大阪市浪速区、無職の被告=詐欺未遂罪などで起訴=を詐欺容疑で再逮捕しています。報道によれば、空き家を自宅と偽り配達させたといい、こうした手口を詐欺容疑で検挙したのは県内初といいます。逮捕容疑は氏名不詳者と共謀し、架空の人物名義で申請したキャッシュカードの受け取りを計画、配達先に指定した福岡市城南区のアパート空室で、偽造した運転免許証を配達員に示し、宅配されたカードを詐取したとしています。専用サイトで空き家を探したとみられるといいますが、宅配業者から「不審な受け取りがある」と情報提供があり、署員が張り込んでいたものです。

    他人のインターネットバンキングを遠隔操作して金をだまし取ったとして、愛知県警は、ベトナム国籍の無職の容疑者を電子計算機使用詐欺などの疑いで逮捕しています。サイバー犯罪対策課によると、容疑者は他の人物と共謀して2022年9月、東京都の60代男性のネットバンキングを不正に操作し、500万円を別の口座に送金した疑いがもたれています。報道によれば、容疑者らは、男性のパソコンに「ウイルスに感染した」といった偽の警告と連絡先を表、電話してきた男性に指示して遠隔操作のソフトをインストールさせ、男性が席を外した間にパソコンを遠隔操作し、別の口座に500万円を送金したというものです。金は複数の口座を経て暗号資産に換えられ、容疑者が管理する口座に入金されていたといいます。県警によると、ネットバンキングを遠隔操作して不正送金させる手口で指示役が逮捕されたのは、全国で初めてということです。遠隔操作の恐ろしさもそうですが、暗号資産への交換なども交えながら犯罪収益を移転させる手口など、相当、組織的に洗練されたものを感じさせる犯罪です。

    経済安全保障への対応は喫緊の課題といえますが、その本質的なリスクについて、鋭く、かつ分かりやすく指摘している2023年5月31日付日本経済新聞の記事「経済安全保障 半導体・蓄電池「見るのも嫌なリスク」」を紹介します。以下、抜粋して引用します。「リスクがないわけではなく、不可視のリスクがある。グローバルにネットワークがつながる世界では、見かけ上のモノの流れを追うだけではリスクをとらえきれない。大切なのは「モノの中身」に肉薄するほか、「取引先は好ましいかどうか」と、つながり自体の健全性にも目を向ける姿勢だ」との指摘は、半導体に限らず、すべてのリスク管理に必要な姿勢といえます。

    ほかの国に頼らないサプライチェーン(供給網)を目指す経済安全保障の世界で何が起きているのか。最前線では、産業の「大動脈」を守る見慣れた光景とは違い、隅々に行き渡る「毛細血管」での新たな攻防が始まっていた。細かすぎて目に見えない脅威に向き合えるかどうかが国の命運を決める。…「国内で半導体を手に入れたら、それで安心というわけではない」。そう考える一人が、米テキサス大学ダラス校のアリア・ノスラティニア博士だ。同博士らは、表向きの供給網とは別次元のネットワークで奮闘している。活動の舞台は、半導体に刻んだ極微な電子回路だ。サプライチェーンと呼ぶにはあまりに小さすぎるが、回路のどこかに潜みかねない脅威とも向き合う必要があるのが現代の経済安全保障だ。22年秋には「悪意を持つ誰かが回路を改変していないか目を光らせる技術を開発する」(同大)と公表した。不正な機能を除去したり、誤動作や情報漏洩を起こさないようにしたりもする。…半導体を巡る安全保障は、半導体というモノの調達の巧拙が焦点だ。回路の弱点をも気にかける対応は、安全保障の網が物量だけでなく品質にまでかかりつつある現実を物語る。背景には、米中のせめぎ合いが激しくなり、疑心暗鬼が増幅している影響があるのだろう。さらに、単なる取り越し苦労と片づけてきた脅威が科学技術の進展で真実味を帯び、本気で向き合う必要が出てきた点も見逃せない。同博士は、米国の半導体回路を脅かす「悪意」を「トロイの木馬」と言い表す。…「バックドア(裏口)」ともいう。正規に調達した半導体に悪意が宿り、盗聴や盗撮をする恐れがある―。…髪の毛よりもはるかに細いペン先で描く回路上の出来事は「空想であり、余計な心配」と目を背けるのはたやすい。目に見える脅威に対峙するのが安全保障だと自分に言い聞かせるのも簡単だ。そこに落とし穴がある。リスクがないわけではなく、不可視のリスクがある。グローバルにネットワークがつながる世界では、見かけ上のモノの流れを追うだけではリスクをとらえきれない。大切なのは「モノの中身」に肉薄するほか、「取引先は好ましいかどうか」と、つながり自体の健全性にも目を向ける姿勢だ。…20年時点でテスラに直接か間接かにかかわらず原材料を供給する企業は約3万6000社。18万通りを超える膨大な取引関係に懸念は隠れていた。EVの心臓部であるリチウムイオン電池の供給網をたどっていくと、ノルウェーに本社を置く電極などを作る企業が目に入った。直接の親会社に当たるのはルクセンブルクの企業だったが、その会社の株式を保有する企業やさらにその親会社の企業を追うと中国系企業が続々と顔を出し、最後はノルウェー社の経営権を中国政府が支配できる可能性に行き着いた。…22年5月に日本でも経済安全保障推進法が成立した。やむなく巻き込まれる不可視のリスクを巡る攻防は、可視化できる技術開発競争の様相を呈している。国の科学技術力がものをいうが、それよりも大きなリスクとなり得るのは見えないものを無いことにしたくなる心理だ。小さかったり遠すぎたりして見えないものを単なる幻影だと決めつけてしまう国は、いずれ取り残されていく。

    さらに、経済安全保障に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

    中国軍とつながり深い「国防7校」から日本留学、東工大などに39人…技術流出の恐れも(2023年6月2日付読売新聞)

    中国軍の兵器開発とつながりが深いとされる中国の大学「国防7校」のうち、6校から計39人が2020年度の時点で日本の大学に留学していたことがわかった。政府が2日に閣議決定した答弁書で明らかにした。軍事転用可能な機微技術の海外流出を巡っては、昨年5月に対策が強化されたが、留学生への規制は難しいままとなっている。答弁書によると、文部科学省の調査(20年度実績)で、徳島大、東北大、千葉大、高知大、新潟大、名古屋大、会津大、東京工業大、京都情報大学院大、福岡工業大の計10大学が留学生を受け入れていた。中国政府は、民間の最先端技術を軍事力強化につなげる「軍民融合」を進めており、国防7校はその中核とされる。このうち、今回、留学生の派遣元だった北京航空航天大や北京理工大などは大量破壊兵器開発への関与が懸念されるとして、経済産業省が外国団体を列挙した「外国ユーザーリスト」に掲載されている。外国為替及び外国貿易法では、大量破壊兵器開発につながる技術を日本国内の外国人に渡す行為を「みなし輸出」として規制し、経済産業相の許可制としている。入国後6か月以上過ぎた外国人は対象外だったが、経産省通達で昨年5月から、外国政府などの強い影響を受けているとみなせば、許可制の対象とした。ただ、留学生の場合は、外国政府から奨学金を受け取り、「実質的な支配下にある」と認められる場合などに限定されている。留学生が帰国後、技術が流出し、研究成果が軍事利用される恐れもあるが、答弁書は、留学生の研究内容について「網羅的に把握していない」と回答した。

    機密情報取り扱いに資格制度 政府、経済安全保障で(2023年6月6日付日本経済新聞)

    政府は機密情報を取り扱う政府職員や民間人を認定する制度を導入する。特定情報にアクセス可能な人を審査する「セキュリティークリアランス(適格性評価)」と呼ぶ仕組みだ。米欧に並ぶ経済安全保障上の基準を取り入れ、先端技術を手掛ける企業の国際競争力を維持する。…保全の対象とすべき情報の種類については「真に守るべき政府が保有する情報に限定する」と記した。ロシアなどへの経済制裁やサイバー脅威、政府レベルの国際共同開発につながる重要技術に関する情報などを想定する。情報は重要度に応じて2~3段階に分ける。人工知能(AI)や宇宙・サイバーなどの分野は軍事と非軍事の境目が曖昧だ。特定秘密保護法が特定秘密に指定する分野は防衛、外交、スパイ活動防止、テロ防止に限られた。機密情報を取り扱う資格制度がないため、企業活動に制約がかかる恐れがあった。

    アイルランドのデータ保護規制当局は、SNSのフェイスブックを運営する米メタに対し、12億ユーロ(約1790億円)の制裁金を科すと発表しています。利用者の個人情報の取り扱いがEUの一般データ保護規則(GDPR)に違反すると判断したもので、GDPR違反の制裁金では過去最高額になるということです。報道によれば、メタ社がフェイスブックのサービスに関連し、EUの利用者の個人情報を米国に大量に転送した際、GDPR違反があったとしています。2020年8月から調査を進め、欧州データ保護会議(EDPB)と協議して最終的に決めたといいます。EDPBは「メタ社の違反行為は組織的、反復的で非常に深刻だ。フェイスブックは欧州に数百万人のユーザーを抱え、個人情報の転送量は膨大なものになる」と指摘、これに対し、メタ社は「不当かつ不必要な罰金を含む決定であり、裁判所を通じて命令停止を求める」としています。EUは近年、米巨大IT企業に対する規制や監視を強めており、2021年には、米アマゾンに対し、GDPR違反で7億4600万ユーロの制裁金を科しています。

    米西部モンタナ州のジアンフォルテ知事は、中国系動画投稿アプリ「TikTok」のダウンロードを全面的に禁止する法案に署名しています。一般利用者も含めた全面禁止の法律が成立するのは全米で初めてとなります。2024年1月からの施行を予定していますが、TikTok側は反発しており、法廷闘争に発展する可能性があります。新たな州法は、TikTok運営企業の州内での活動を禁じるほか、アプリストアの運営企業がTikTokアプリをダウンロードできる状態にすることも禁止する内容で、違反した場合は1日1万ドル(約138万円)の罰金を科すものです。一般利用者は罰則の対象になっておらず、すでにアプリをダウンロードした人の利用が禁じられるかどうかは不明です。これに対し、「TikTok」の運営会社は、当該法律が違憲だとして差し止めを求めて州を提訴しています。司法判断によっては、今後の規制を巡る議論に影響を与える可能性があります。報道によれば、モンタナ州の法律は、表現の自由を定めた米国憲法に違反するとしており、利用者のデータが中国政府に流出しているとの州政府の懸念も、「根拠がない」と批判しています。

    「TikTok」などのSNS上で、車を盗む手口を解説した動画が出回り、米国で社会問題となっています。盗まれた車による死亡事故も多発し、車の所有者は集団訴訟を提起、自動車メーカーは、約2億ドル(約280億円)の和解金を支払うことで合意しています。動画は2021年ごろから拡散し、韓国車の現代自動車と傘下の起亜自動車の一部車種を鍵なしで動かす方法を説明、視聴者に対して、同じ手口で車を盗み、その様子を撮影して投稿するよう呼び掛けるものだといいます。SNSの運営会社は動画の削除に努めていると主張していますが、専門家は「モグラたたきのようだ」と拡散を止める難しさを指摘しています。また、SNSの犯罪インフラ性については、米保健福祉省(HHS)のマーシー医務総監が、勧告書でSNSには若者のメンタルヘルスに悪影響を及ぼす「重大なリスク」があると警鐘を鳴らし、さらなる研究と規制の検討を呼び掛けています。SNSの未成年への影響を踏まえ、米国全体で規制論が一層強くなる可能性も指摘されています。SNSの利用は共通の趣味や価値観を持つ人と交流できるなどポジティブな側面もある半面、SNSを1日平均3時間以上使う若者はうつ病のリスクが倍増するとマーシー氏は警告しています。マーシー氏は米国の公衆衛生政策を統括する立場にあり、勧告書で「10~19歳の若者は脳が発達段階にある」と指摘、10~19歳の若者はリスクの高い行為を取る傾向にあるほか、うつ病をはじめとした心の病にもかかりやすいと説明、勧告書は「アイデンティティーや価値観が形成される思春期初期は、脳の発達が社会的圧力や仲間の意見、仲間との比較に特に影響を受けやすい」として、SNSの頻繁な利用が若者の感情や衝動に影響する可能性があると指摘しています。そのうえで、マーシー氏は若者向けのSNSコンテンツに規制をかける必要性を訴え、暴力行為、薬物の使用、自殺に関連した内容を規制し、年齢に応じたコンテンツを提供するための法整備が必要だと勧告しています。米国では若者のメンタルヘルスが深刻な問題となっており、米疾病対策センター(CDC)が2023年2月に発表した調査によると、2021年には3割の米女子高生が「真剣に自殺を検討した」と回答、SNSの多用はボディーイメージ(身体像)や自尊心の悪化につながるという研究結果もあるといいます

    サイバー攻撃を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

    多要素認証を突破する攻撃が急増 昨夏から100倍以上に(2023年6月2日付日本経済新聞)

    セキュリティ大手の米プルーフポイントはログイン時に複数の認証を使う多要素認証を突破して不正にログインするサイバー攻撃が急増しているとする調査結果を発表した。2022年8月の月1万件から9月以降に急増し、23年5月は月170万件を超えた。多要素認証への攻撃を請け負うサービスが闇サイト上に登場したことが背景にある。米グーグルや米マイクロソフトなどのクラウドサービスが攻撃対象になっている。攻撃者はメールなどで被害者を偽サイトに誘導する。偽サイトは本物のサイトとの通信を仲介する役割を果たし、被害者が多要素認証を使ってログインしようとすると、同時に攻撃者がログインできてしまう。「アドバーサリー・イン・ザ・ミドル(AiTM)」と呼ばれる手口だ。攻撃はダークウェブ(闇サイト群)上にAiTMを請け負うサービスが登場した昨秋に急増した。プルーフポイントは22年9月に6万件の攻撃を観測。11月には208万件まで増加した。その後も数十万~百万件以上の水準で推移している。乗っ取ったアカウントはメールを通じた詐欺などに悪用される。アカウント乗っ取りの30%がAiTMを用いているという。AiTMの請け負いサービスは10日~1カ月間の契約期間で数万円で利用できるという。

    サイバー被害、検知から公表まで11日間 PwCコンサル(2023年5月16日付日本経済新聞)

    PwCコンサルティングは日本企業がサイバー攻撃を受けた際の対応状況に関する調査をまとめた。日本企業が国内外で被害に遭った約200件の事例についてデータを収集・分析したところ、攻撃の検知から公表までに要した日数の中央値は11日間だった。欧米では攻撃発生から数日以内の公表を義務化する動きもあり、日本企業は迅速な対応を求められている。2021年10月から22年9月の間に日本企業が公表した194件の国内外のサイバー被害についてデータを収集し分析した。被害を検知してから対外的に公表するまでの日数の中央値は上場企業が5.5日間だったのに対し、非上場企業は14.5日間と開きがあった。同社の上杉謙二ディレクターは「規模の小さい企業は備えが手薄で被害情報の収集に手間取るケースが多い」と指摘する。犯罪者はITシステムの監視が手薄な週末に企業を狙うケースが多い。調査では多くの企業が被害発生を早期に検知できていない可能性も浮上した。例えば非上場企業の場合、サイバー攻撃を「日曜日」に検知した事例は全体の7%にとどまる一方、「月曜日」に認識した割合は20%に跳ね上がった。上杉氏は「被害が起きても月曜日まで気づけていないのではないか」と推測する。

    河川カメラ、サイバーに隙 不正接続受け300台一時停止(2023年6月9日付日本経済新聞)

    国土交通省が近畿地方などの河川に設置した水位監視カメラ300台余りが1月にあった不正アクセスの影響で運用を停止し、梅雨入りした今も多くが復旧していない。パスワードが初期設定のままだったことが原因とみられる。公共インフラの管理の甘さが浮き彫りとなり、対策の徹底が求められる。「カメラの通信量が異常に増えている」。1月中旬、カメラのネット回線を契約している事業者から同省近畿地方整備局に連絡があった。調査したところ同整備局が管理する約200台で通信量が急増し、中には平時の100倍となっていたカメラもあった。通信記録の解析で確認されたのは、海外サーバー経由とみられる不正アクセスの痕跡だ。目的は不明だが、横浜国立大の吉岡克成教授(サイバーセキュリティー)は「機器を乗っ取り、別のサイバー攻撃への『踏み台』とする狙いがあった可能性がある」と指摘する。不正アクセスがあったカメラは太陽電池で駆動しデータを送る仕組みで、民間企業が開発した。豪雨時に市民が避難するかどうかを決める判断材料の一つとなるように、カメラ画像は同省のサイト「川の防災情報」で配信している。…不正アクセスを受けた原因として浮上したのはパスワードの設定ミスだ。パスワードは第三者が容易に推測できる初期設定の文字列のままだった。開発元の企業が運用前に安全性の高いパスワードへ変更する取り決めだったが実施されず、整備局側もチェックしていなかった。目立った被害や影響は確認されていないが、梅雨や台風による雨が多い時期と重なれば増水の情報提供に支障が出た恐れもある。…公共的なシステムのセキュリティの隙はかねて指摘されていた。…サイバーセキュリティに詳しい立命館大の上原哲太郎教授は「行政機関が管理する機器がサイバー攻撃に悪用されたとすれば重大な事態で、運用が止まれば影響も大きい。機器の調達時にそれぞれ異なるパスワードを付与するなど安全性を担保する取り組みを徹底する必要がある」と訴える。

    なりすましメール防止、大手企業の6割導入 大学は9.4%(2023年5月23日付日本経済新聞)

    「なりすましメール」から受信者を守るDMARCと呼ばれる仕組みを導入する大手企業の増加が続いている。民間調査によると日経平均株価を構成する大手企業225社のうちDMARCを導入している割合は140社(62.2%)に達した。調査はメールセキュリティを手がけるTwoFiveが2023年1~5月に実施した。日経平均株価を構成する225社が運用しているインターネット上の住所に当たるドメイン5261件を調べたところ、少なくとも1つのドメインでDMARCを導入している企業の割合は22年5月に比べて12.4ポイント増加した。一方で国公立や私立、短大の1114大学が運用するドメイン4060件についてDMARCの導入率を調べたところ、わずか9.4%だった。大手企業と比べてなりすましメール対策が進んでいない実態がある。DMARCは送信者情報を詐称したメールを防ぐため、メールの送信者側と受信者側が連携して対抗する技術だ。商用のメールサーバーソフトの多くはすでにDMARCの機能を備えている。…ただ、大手企業140社が運用するDMARC導入済みの971ドメインのうち、なりすましメールを迷惑メールフォルダーに入れるなどの強制力のある設定を指示しているのは全体の31.7%(22年5月は33.5%)にとどまり、現状ではなりすましメールも受信箱に入る設定をしている割合が多い。DMARCを導入済みの大学などのドメインも、86.6%が認証に失敗したメールも受信箱に入る設定になっているという。

    供給網へのサイバー攻撃の備え 山岡裕明弁護士に聞く(2023年5月21日付日本経済新聞)

    「サイバー攻撃の中でも企業の脅威になっているのがランサムウエア(身代金要求型ウイルス)だ。警察庁によると、企業などからの報告数は2022年1~6月期に114件と、調査を始めた20年7~12月期の5倍となった。近年、取引先やサプライチェーンへの攻撃を経由して被害が広がるケースが目立つ」、「大企業は自社のセキュリティ対策が十分でも、取引先やサプライチェーン上にいる中小企業の対策は十分ではない場合も多い。…サプライチェーン上の弱点を突いたサイバー攻撃の脅威が意識されるようになってきている」、「セキュリティ対策の強化でサイバー攻撃を100%防ぐことは難しい。万が一、被害にあってしまった場合に備えてその後の対応などについて事前に契約書で取り決めておく必要がある。問題の発生後、企業間で賠償責任や損害の負担などを巡るトラブルに発展すれば、サイバー攻撃自体への対応が遅れてしまい思わぬ2次被害に発展してしまう可能性もあるためだ」、「サイバー攻撃のリスクに対応した契約書はこれまであまり考えられてこなかった。自社の契約がどうなっているか見直す必要があるだろう」、「自社が攻撃を受けた場合に備えた対策として、支払う賠償額に上限をつけることも有効だ。ランサムウエアで事業継続が中断されると賠償額が高額となるケースもあるからだ。特に海外企業との取引の場合、こうしたコストが高額化する可能性も高く、交渉も難航することが予想される。海外企業との取引こそ、こうした条項を盛り込むことが重要だ」、「ソフトの導入などセキュリティ対策を強化することは取引先にとって大きなコスト負担になる場合が多い。たとえば取引先にセキュリティ対策を要請したにもかかわらず、上昇したコストを考慮せず取引価格を一方的に決定することは問題になりうる」、「既に一定の対策を講じているにもかかわらず、指定のセキュリティ対策ソフトの購入を強制するのも問題だ。独禁法・下請法上の論点については、22年に公正取引委員会が経済産業省と連名でガイドラインを示した」

    サイバー攻撃、金融システム全体の安定脅かす可能性=カナダ中銀(2023年5月19日付ロイター)

    カナダ銀行(中央銀行)は、金融システムの一部に対する大規模なサイバー攻撃が他の部分に急速に広がり、システム全体の安定を脅かす可能性があるとの懸念を示しています。国内金融システムに関する年次報告で、昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻開始以来、サイバー攻撃の可能性が主要な脅威になっていると指摘。「金融システムの一部でサイバー攻撃が成功すると、他の部分に急速に広がり、全体的な金融安定性を脅かす可能性がある」とした。深刻な事態に陥れば、サービスの提供に支障をきたし、被害を受けた機関に大きな損害を与え、金融システムに対する国民の信頼を損なう可能性があるとの認識を示した。重要な、あるいは広く利用されているサードパーティーのサービスプロバイダーに対するランサムウエア攻撃が依然として懸念されると指摘した。脅威の規模を考えると、金融システムの参加者は厳密な対応と復旧計画を持つ必要があるとした。

    企業にサイバー防衛義務の規制案 EU検討、高額制裁も(2023年5月27日付日本経済新聞)

    EUでインターネット関連製品のセキュリティ対策を義務付ける新法「サイバー・レジリエンス・アクト(CRA)」の議論が進んでいる。個人情報保護法制の一般データ保護規則(GDPR)と同じく、EU市場に参入する幅広い業種の企業を対象とし、違反には巨額の制裁金を科す内容だ。一部の専門家は、企業に対して早めの準備を呼びかけている。CRAは同様の規制が既に存在する自動車、医療、航空分野や国家安全保障に関わる製品などを除き、ほぼ全てのネットにつながるデジタル製品が対象だ。特に、開発段階から販売後の5年間まで製品の脆弱性対応を義務付ける点で企業の負担が重いとみられる。デザイン段階からのセキュリティの考慮、外部研究者が発見した脆弱性の報告窓口の設置、ソフトウエアの部品表(SBOM)の整備、脆弱性発見後に24時間以内の当局への報告などが求められている。こうした基準に適合した製品はEUの販売認証「CEマーク」をつけて販売できる。違反者には最高で1500万ユーロ(約22億円)か世界の年間売上高の2.5%のいずれか高い方の制裁金が命じられる可能性がある。…デジタル法制に詳しい石川智也弁護士は「日本企業への影響の大きさはGDPRを上回る」と指摘する。

    政府の個人情報保護委員会は、生成型の人工知能(AI)「ChatGPT」を開発した米新興のオープンAIを行政指導したと発表しています。病歴など重要な個人情報の取得の仕方に懸念があると判断し、6月1日付で同社に注意喚起しています。同委員会が生成型のAIサービスを巡り行政指導するのは初めてとなります。個人情報保護法は人種や信条、病歴や犯罪歴などを特に重要な「要配慮個人情報」としており、収集する段階から本人の同意が必要となりますが、同委員会はオープンAIにAIの学習でこうした要配慮個人情報を収集しないよう要求しています。さらに、やむを得ず取得をした場合は即時に削除したり、個人が識別できないような形に加工したりする仕組みを設けるよう求めています。生成AIが要配慮個人情報を収集してしまうと、プライバシーの侵害だけでなくAIによる差別や偏見を引き起こすおそれがあり、G7やオープンAI自身もAIのリスクとして例示しています

    ▼個人情報保護委員会 生成 AI サービスの利用に関する注意喚起等について
    • 当委員会は、令和5年6月1日付けで、OpenAI,L.L.C.及びOpenAI OpCo,LLCに対し、個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号。以下「法」という。)第147条の規定に基づき、下記概要のとおり、注意喚起を行った。
    • なお、本注意喚起は、当委員会が現時点で明確に認識した懸念事項を踏まえたものであり、今後新たな懸念事項を認識した場合には、必要に応じて、追加的な対応を行う可能性がある。
      1. 要配慮個人情報の取得
        • あらかじめ本人の同意を得ないで、ChatGPTの利用者(以下「利用者」という。)及び利用者以外の者を本人とする要配慮個人情報を取得しないこと(法第20条第2項各号に該当する場合を除く。)。
        • 特に、以下の事項を遵守すること。
          1. 機械学習のために情報を収集することに関して、以下の4点を実施すること。
            1. 収集する情報に要配慮個人情報が含まれないよう必要な取組を行うこと。
            2. 情報の収集後できる限り即時に、収集した情報に含まれ得る要配慮個人情報をできる限り減少させるための措置を講ずること。
            3. 上記(1)及び(2)の措置を講じてもなお収集した情報に要配慮個人情報が含まれていることが発覚した場合には、できる限り即時に、かつ、学習用データセットに加工する前に、当該要配慮個人情報を削除する又は特定の個人を識別できないようにするための措置を講ずること。
            4. 本人又は個人情報保護委員会等が、特定のサイト又は第三者から要配慮個人情報を収集しないよう要請又は指示した場合には、拒否する正当な理由がない限り、当該要請又は指示に従うこと。
          2. 利用者が機械学習に利用されないことを選択してプロンプトに入力した要配慮個人情報について、正当な理由がない限り、取り扱わないこと。
      2. 利用目的の通知等
        • 利用者及び利用者以外の者を本人とする個人情報の利用目的について、日本語を用いて、利用者及び利用者以外の個人の双方に対して通知し又は公表すること。

    「新しい資本主義」の実行計画改訂案で政府は、対話型人工知能(AI)「ChatGPT」に代表される生成AIの進化と利用の急速な広がりを踏まえ、「AIの利用促進や開発力強化を図る」と強調しています。一方で、偽情報の拡散などAIが社会にもたらすリスクへの対応を進めることも明記、利用促進と課題解決の両立を目指す方針としています。AIのリスクについて政府は「個人情報の不適切な利用、セキュリティに関する不安、偽情報による混乱、著作権侵害のおそれ」などがあるとした上で、国際的な議論や技術の進化も踏まえて2023年中にも対応方針をまとめる考えを示しています。政府はAIの「負の側面」への対応を優先する構えである一方、利用促進や開発力強化といったAIのプラス面についても強調しています。G7広島サミットはChatGPTなど生成AIの技術への規制について議論し、2023年内に生成AIを巡る見解をまとめるとしました。利便性が高く急速に普及する分野でG7主導のルール形成を狙っています。G7は首脳宣言で「急速な技術革新が社会と経済を強化してきた一方で、新しいデジタル技術の国際的なガバナンスが必ずしも追いついていない」との認識を示しました。米国やEUに比べると日本は生成AIなどの開発、規制の具体策の検討で後れを取っています。EUはAIの具体的な用途と規制の体系を定めた「AI法案」を欧州議会で議論、2023年内にも法案の成立を見込んでおり、新法で厳格にAIを規制すべきだとの立場をとっています。マイクロソフトやグーグルのような巨大テクノロジー企業のある米国は過度な規制には慎重な姿勢をとっており、既存の法律の活用や、技術開発を担う民間企業が定める指針などでの対応を模索しています。各国の事情を踏まえた生成AIへの規制に関連する意見を擦り合わせ、G7の見解をとりまとめる場となるのがAI技術の担当閣僚の枠組み「広島AIプロセス」で、サミットで立ち上げを決めたものです。日本経済新聞社の4月の世論調査では、チャットGPTなどAIを「政府がルールや規制を設けるべきだ」との回答は67%で「設ける必要はない」は21%であり、野放図な開発には警戒する声が強いといえます。生成AIがもたらす生産性の向上は計り知れず、過度な規制をかけると使い勝手が悪くなりかねない一方、望ましい規制は欧州型か米国型か、広島AIプロセスを通じて日本が国際的な調整役を担い、安全なAIの利活用に向け最適解を探る必要があります

    米ニューヨークの連邦裁判所で審理中の民事訴訟で、弁護士が対話型人工知能(AI)「ChatGPT」を使って作成した準備書面に、実在しない6件の判例が含まれていたといいます。弁護士は「ChatGPTが虚偽内容を示す可能性に気づいていなかった」とし、「信頼性が完全に検証されるまで二度と頼らない」と述べています。弁護士は、2019年にニューヨーク行き航空機内で配膳カートがひざに当たって負傷したとして南米の航空会社を訴える男性の代理人で、裁判所へ提出した書面で引用した「航空会社が被告となった訴訟の判例」が実在していなかったものです。弁護士は実務歴30年のベテランで、ChatGPTを法的調査に利用したのは「初めて」といい、裁判所や航空会社を欺く意図はなかったとし、「非常に後悔している」と述べています。裁判所は「前代未聞」と指摘、弁護士の処分の可否などを検討するための審理を開く予定としています。

    ChatGPTなどの生成AIやAIについて論じた報道が多くなっています。以下、筆者が参考になるとおもった記事をいくつか紹介します。

    生成AIは「おいしい毒リンゴ」、健全な情報空間の侵害リスクに警鐘…専門家が提言(2023年5月30日付読売新聞)

    東京大の鳥海不二夫教授(計算社会科学)と、慶応大の山本龍彦教授(憲法学)らは29日、情報空間に対する共同提言「健全な言論プラットフォームに向けてver2・0―情報的健康を、実装へ」を発表した。昨年1月に公表した第1版に、生成AI(人工知能)がもたらす問題などを加筆した。新たな提言では、生成AIについて「インターネット上のいかなるデータが使用されたか不明のまま、生成された文章が拡散される危険がある」と強調。その回答はもっともらしく見えるため、「『おいしい毒林檎(りんご)』として情報的な『健康』を侵害しうる」とした。通信・広告事業者が果たすべき役割や、教育・リテラシーのあり方にも言及した。…食の安全や偏食といった問題は、高度経済成長期という飽食の時代を迎えて顕在化した。現代のデジタル技術の発展も情報の「飽食」をもたらし、情報の安全性や「偏食」の問題を表出させている。閲覧数を稼ぐコンテンツに単純に多くの広告がついてしまう広告システムが、フェイクニュースを拡散させる要因になっている。今回はその課題も取り上げ、広告を検証する仕組み「アドベリフィケーション」の重要性に言及した。情報を「誰が、いつ、何を目的に」提供したかを明示する必要性について触れた項目では、具体的な方策として、発信元を証明する新技術「オリジネーター・プロファイル(OP)」を紹介した。また、情報的に「不健康」になった場合の具体的害悪も説明している。…「生成AIがリテラシーに与える影響も考慮していくべきだ。民主主義の実現には、人々が情報を吟味し、意見の異なる他者とも対話を積み重ねていくことが大事だ。つまり、「じっくり、よく考える」ことが要求される。しかし、生成AIの利用によって、人間の脳が進化したり、賢くなったりすることはない。むしろ安易な利用は、人間が本来持っている思考力を阻害する恐れがある。情報的健康を実現するためにも、生成AIの持つ潜在的な問題について真剣な議論が必要だ。」、「悪意ある者が、生成AIにフェイクニュースを大量に作らせて拡散させ、「情報津波」を起こして特定の目的のために世論を操作する危険がある。言論空間の健全化を目指すには、今後の生成AIの動向について注視する必要がある。」、「情報的健康の歪みは、社会に負のインパクトをもたらすリスクがある。選挙や感染症対策、災害対策などへの悪影響に加え、最も直接的な脅威として挙げられるのは、暴力扇動のリスクだ。情報戦のリスクも突き付けられる。それらは国境を越えて広がり、日本もそのインパクトの渦中にある。その影響は、家庭の中にまで入り込んでいる。」

    “ダークウェブ”を学習した大規模言語モデル「DarkBERT」 韓国の研究者らが開発(2023年5月29日付産経新聞)

    ダークウェブは、Googleなどの一般的なWeb検索エンジンにはインデックスされず、通常のWebブラウザではアクセスできないインターネットの一部である。ダークウェブにアクセスするためには、Tor(The Onion Router)などの特別なソフトウエアが必要で、匿名性の高い利点から違法な取引、例えばドラッグの売買や個人情報の売買などが行われている。モデルを訓練するために、研究者たちはTorネットワークの匿名化ファイアウォールを介してダークウェブをクロールし、生データをフィルタリング(重複排除、カテゴリーバランス、データ前処理などの技術を適用)してダークウェブのデータセットを作成した。学習したモデルは、ダークウェブコンテンツを分析し、そこから有用な情報を抽出することができる。セキュリティ研究者や法執行機関にとって、不正な行為をより監視できるツールとして役立つことを研究チームは期待している。…1つ目は、ランサムウエアのリークサイトの検出が挙げられる。ダークウェブで発生するサイバー犯罪の1つに、ランサムウェアグループによって流出した組織の個人情報や機密データの販売、公開がある。これは被害者を公開し、非協力的な被害者の機密データ(財務情報や個人資産、個人識別情報など)を公開すると脅すリークサイトの形で発生する。このようなウェブサイトを自動的に特定することは有益である。2つ目は、注目のスレッドの検出が挙げられる。ダークウェブのフォーラムは、不正な情報の交換に使われることが多い。セキュリティ専門家は、最新の情報を得るために、注目すべきスレッドを監視し、タイムリーな対策を行う。…3つ目は、脅威キーワードの予測が挙げられる。「fill-mask」という機能を利用して、ダークウェブにおける脅威やドラッグ販売などに関連するキーワードを検出する。fill-maskは、文中の空欄箇所に最も適切な単語を予測する機能だ。

    メンタルヘルスアプリ、監督ないAIは有害(2023年6月6日付日本経済新聞)

    生成AI(人工知能)はオンラインの問い合わせに説得力のある回答をする能力で利用者を感嘆させる。この生まれたばかりの技術は、精神疾患の克服を助ける人間のセラピストを支援したり取って代わったりすることができるだろうか。米国の成人の約5人に1人がメンタルヘルスの問題に苦しみ、ざっと20人に1人が深刻な精神疾患を抱えている。しかし、メンタルヘルスの専門家不足や長い待機リスト、高い費用によって多くの人々が必要な治療を受けられないでいる。…メンタルヘルスの専門家が警告しているように、監督されない生成AIの「セルフメディケーション」は非常に危険かもしれない。例えば「妄想は現実だ」、「自尊心が低いのはもっともだ」などと利用者に納得させてしまう可能性がある。…既存のメンタルヘルスアプリが多くの利用者の助けになっているかどうかも明らかではない。監督なしの生成AIは害を及ぼす可能性がある。場当たり的な実験で精神の安定を危険にさらすべきではない。投資家にも相応の注意義務がある。責任ある医師が監督し、ヘルスケアの手段として規制当局の承認を求めているアプリに投資を限定すべきだ。「害を与えない」という医学の原則が適用される。

    対話型AIは「バベルの塔」? 技術革新とルール作りをセットで 佐藤一郎・国立情報学研究所教授(2023年5月24日付毎日新聞)

    その技術の先にあるのは、人知の及ばなかった理想郷か、それともバベルの塔なのか。全世界で議論が沸騰する「チャットGPT」など対話型AI(人工知能)の行き先。この道のスペシャリスト、佐藤一郎・国立情報学研究所教授(56)を訪ねると、沈着に返された。「その結論が出るより前に、巨大IT企業が生んだ今のネット環境が死滅するかもしれませんね」…「グーグルやメタなどプラットフォーマーが神経をとがらせているのは、ビジネスモデルの変化です。対話型AIが進化すれば、自分がほしい情報を、手軽に、高い精度で入手できるようになるので、わざわざウェブサイトを見なくなる。検索エンジンの利用者が減ることを懸念しているのです」…「ネットがタダなのは、収入を広告に頼っているからですよね。ですが、ウェブサイトが見られなくなると、企業は広告を出さなくなる。収入が大幅に減るんです」…「SNSやブログの運営会社が事業を続けられなくなり、つぶれる可能性が出てくる。それは市民の情報発信の機会が失われたり、過去のブログが読めなくなったり、インフラとしてのインターネットの機能が衰退することにつながります」…「ただ、今の対話型AIだけになっていいのか。今は単語と単語を正しくなるように予測してつなげているだけで、判断するデータが少ない時に『分かりません』と回答しているに過ぎません。つまり『無知の知』があるわけではない。その意味で、ただの知ったかぶり。平気でウソもつくことになります」…チャットGPTに限らず、今や多くのIT企業が対話型AIの開発にしのぎを削っている。そこで浮上するのが、広告や、広告を装わない「ステルスマーケティング」(ステマ)など、利益優先の情報が、私たちの知らないうちに回答に含まれることだ。…「例えば他社の対話型AIが、オムレツのレシピを答える時にどうなるか。スポンサー企業が販売する調味料を使うように導くことは十分にあり得ます。回答がフェアかどうかを外部からチェックするのは、ほぼ不可能です」…「今は対話型AIが人間の仕事を奪うという話で持ちきりですが、その前に生まれるのは経済格差です。この新技術をうまく使える人は所得が増え、恩恵を受けます。つまり、短期的には一部に富が集中する。競争社会の中で時代に取り残された人は収入が減るので、富裕層と貧困層に二極化するでしょう」…「技術の革新と安全なルール作りは、セットであるべきです」…「対話型AIが社会に変化をもたらすのは不可避です。そこには当然、良い点がたくさんあります。ただ、この道の専門家は、懸念材料をあまり言いたがらない。だから私も問題点を洗い出しています。せっかくの技術がバベルの塔になってしまえば元も子もないですから

    人間が生成AIに依存したら 責任はどこへ? 哲学者が懸念する未来(2023年6月4日付毎日新聞)

    あるテクノロジーに人間の生活が完全に依存させられてしまう状態をどう評価すべきなのか。私はそれを考えたくて、テクノロジーの哲学研究を始めました。きっかけは11年の東日本大震災です。当時、千葉に住んでいたのですが、原発事故の影響を肌で感じました。原発の根本的な問題は、安全性のリスクだけでなく、原発をやめようとしてもやめられなくなる、そうした社会システムを作ってしまうところにあると考えます。生成AIの話に戻れば、まだそういうレベルで社会に浸透していません。…人間の意思や主体性が強く問われていた分野で生成AIが活用される時、私たちが前提とする社会のあり方そのものが形を変えてしまう可能性が大いにあります。それが私の一番懸念する問題です。…政治や司法といった、人間の責任が強く求められている分野でAIの使用が考えられ始めているのは興味深いことです。人間の代わりにAIに意思決定をさせたいという欲望が、少なくともこの国には強くあるように感じました。…裁く側も裁かれる側も責任が問われなくなっていく。あたかも害虫が駆除されるかのように、人間が裁かれていくわけです。ただ、それ自体の何が問題かを倫理学的に答えるのは難しいことです。それでも考えなければならないのは、司法や政治をAIが代替するようになれば、人間を「自由な意思の主体」とみなせるかということです。ある種の人間観の変化と結びつきうるのです。…スマート化するというのは、問題の解決に向けて何かを合理的に、最適化していくことです。その過程で、人間はそれ以外の可能性を考えられなくなり、「何が正しいか」を考える良心が停止してしまいます。つまり、「私はもうそれをする以外にない」のです。さらに言えば、私がこのようにシステムに最適化しているのは私の責任ではないと考えるようになるのです。それこそ、私がスマートさの中に潜んでいると考える倫理的な「悪」の問題です。…最終的にはAIは人間が従うべき一つの自然のようなものをつくり、我々はそこに調和するだけの存在になっていく、そんな未来もありうるでしょう。それこそ、人々の意思決定がAIに隷属していくような世界です。…私たちの社会は誰かが責任をもって意思決定し、その人が結末について責任を負うべきだと考えられていますが、そうした前提がAIによって掘り崩されるかもしれません。人間の責任を前提にした社会に生き続けたいと私たちが望むならば、これからどのような社会に向かうべきかを一人一人が考えること、いわば私たち自身が思考する可能性を手放してはいけないと思います。

    生成AIブームと米大統領選、ディープフェイクにどう対処(2023年6月1日付ロイター)

    クリントン氏とバイデン氏そっくりの「ディープフェイク」動画は、ネット上の画像を基に訓練された人工知能(AI)が作成したもので、ソーシャルメディア上に何千件も転がり、二極化された米国政治の中で、事実とフィクションの境をぼやけさせている。こうした合成メディアは数年前から存在していた。しかしロイターがAIやオンライン偽情報、政治活動などの専門家約20人に行ったインタビューによると、「ミッドジャーニー」など新しい生成AIツールが続々登場したことで本物そっくりのディープフェイクが安価に作成できるようになり、この1年で利用に拍車がかかっている。「有権者が本物と偽物を見分けるのは非常に難しくなるだろう。トランプ氏支持者、あるいはバイデン氏支持者がこの技術を使って相手を悪者に仕立て上げることは想像に難くない」と、ブルッキングス研究所のテクノロジー・イノベーション・センター上級研究員、ダレル・ウェストは語る。「選挙の直前に何かが投下され、だれも対処する時間がない、といった事態も考えられる」という。…生成AIによって世界がどう変わるか、大量の偽情報を拡散する生成AIの威力から人々を守るにはどうするべきか、確かなことはだれにも分からないと、取材に答えた人々は語った。対話型AIのチャットGPTによって業界を一変させたオープンAI自体、この問題と格闘している。サム・アルトマンCEOは今月議会で、選挙を巡る情報の真偽は「懸念すべき重大な分野」だと位置付け、生成AIセクターに対する迅速な規制を要請した。…業界が生成AIの悪用防止に努める一方、政界自体が生成AIを選挙戦に活用しようとする動きもある。

    AI開発者から相次ぐ警告「核戦争並みリスク」「気候変動よりも脅威」…急拡大に市場は期待2023年6月1日付読売新聞)

    「チャットGPT」に代表される生成AI(人工知能)を巡り、開発者らが相次ぎ危険性を唱えている。生成AIが作り出す文章や画像を把握できず、社会に混乱をきたしても歯止めがかけられないからだ。一方で、株式市場ではAIへの期待感から関連企業の株価が急騰している。「AIによって絶滅するリスクの軽減は、パンデミックや核戦争など、他の社会規模のリスクと並んで世界の優先事項であるべきだ」米非営利団体「センター・フォー・AI・セーフティー」が5月30日、AIの急速な進展に危機感を示す声明を発表した。チャットGPTを開発した米オープンAIのサム・アルトマンCEOら300人以上が賛同した。アルトマン氏は5月の米議会証言でも、政府による規制介入の重要性を訴えた。生成AIは、個人情報の流出や著作権侵害、偽情報の拡散などにつながる可能性がある。別の米非営利団体「フューチャー・オブ・ライフ・インスティチュート」も今年3月、少なくとも半年間、先端AIの研究開発を停止するよう求める声明を発表した。チャットGPTに対抗する対話型AIの開発方針を示した米テスラのイーロン・マスクCEOもこの動きに賛同した。危機感の背景にはAIの急速な進展がある。…生成AIが作り出す情報は、AIがインターネット上の情報を集めて作り出しているため、開発者ですら真偽や根拠を見極めきれない。急速な広がりに規制対応が追いつかず、社会に混乱を招く恐れもある。AI研究の第一人者、ジェフリー・ヒントン氏は5月、ロイター通信のインタビューで、AIは「気候変動よりも緊急の脅威を人類にもたらす可能性がある」と語った。

    (6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

    大手SNSなどのプラットフォーマーはこれまで、利用者の投稿の内容への責任を負うことなく、成長してきましたが、「公共空間」としての役割が増し、偽情報・誤情報・誹謗中傷などの問題が広がるなか、インターネットの性質を大きく変えうる議論が続いています。そのような中、SNSへの投稿の管理責任を巡ってテロ事件の遺族らが米IT大手グーグルとツイッターをそれぞれ訴えた訴訟について、米通信品位法230条を巡る米連邦最高裁がどのような判断をするのか、本コラムでも以前から注目していましたが、米最高裁は、SNS運営企業の管理責任を認めず、投稿内容に関するSNS運営企業の免責を認めた現行制度の見直しについても判断を見送っています。訴訟は、2015年と2017年にフランスとトルコで発生したイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロ事件を巡り、事件の遺族らがSNS大手を相手取って起こしたもので、グーグル傘下のユーチューブやツイッターに投稿された動画などが適切に管理されなかったことがテロの一因になった(SNSが、ISが過激なプロパガンダ広告を拡散して資金や人員を集める支援をした)とし、愛国者法(反テロ法)に違反するとして訴えていたものです。米最高裁は、ツイッターに関する訴訟で「SNS運営企業がテロを助長したと立証するには不十分だ」として遺族らの訴えを退け、グーグルに関する訴訟では、ツイッターへの判決を基に改めて判断するよう下級審へ差し戻しを命じています。投稿内容に関するSNS運営企業の免責を認めた「通信品位法230条」の見直しの必要性については判断を示しませんでした。本訴訟は地裁、控訴裁ともに、ネット事業者がプラットフォーム上の投稿の責任を負わなくていいとする「通信品位法230条」を理由に原告の訴えを退けていました。米最高裁は2023年2月、同法230条に関連して大手IT企業を訴えた訴訟が最高裁で審理されるのは初めてとされ、大きな注目を浴びていたものです。同法230条は、ネット事業者が利用者の投稿に対する責任を免除すると同時に、有害投稿の削除や修正する権利も認めています。インターネット黎明期の1996年、ネット事業者の訴訟リスクを減らし、IT産業の成長を促す狙いでつくられたもので、同法は、メタやグーグルなどの大手SNSの「盾」となり、急激な成長を支えてきました。一方で、偽情報などの拡散や若者のメンタルヘルスへの悪影響などが社会問題化するなか、見直しを求める声が強まっているのも事実です。2月の最高裁の審理では、プラットフォーマーの中核といえる、「おすすめ」の投稿を決める人工知能(AI)のアルゴリズムが争点となり、原告側は、「おすすめ」を表示するアルゴリズムは、免責の対象にはならないと主張、一方、グーグル側は「検索は毎日30億回行なわれている。毎回訴訟されていたら、ネットは発展しない」と反論しています。大手SNSに対して投稿内容により大きな責任を求める動きは、欧州が先行しており、EUが2022年に合意した「デジタルサービス法(DSA)」は、差別や偽情報などの有害投稿の削除を義務づけ、巨大IT企業の責任を明確にするよう求めています。一方、日本では2022年夏、総務省の有識者会議が、プラットフォーマーが偽情報の問題について適切に実態把握・公表していないと指摘、事業者の対策を促すため、対策の透明性確保や説明責任が果たされるべきだとし、法的枠組みの導入など行政の関与を具体的に検討することも必要だとの考え方をまとめました。ただ、議論は具体的な被害につながりやすい誹謗中傷対策が先行しており、表現の自由との兼ね合いが大きい偽情報対策は、慎重に議論を進める構えです。今回の米最高裁の判断によって、こうした動向に極めて大きな影響が及ぶわけではありませんが、今まさに議論が必要であることを多くの人に意識させたという意味は大きいと思われます。

    総務省は、SNS上の誹謗中傷対策として、プラットフォーム(PF)事業者に削除指針の策定と公表を求める方針を示しています。SNSや検索サイトなどを運営するPF事業者が誹謗中傷などの違法・有害情報が広がる空間を提供し、広告収入を得ている点を指摘、表現の自由に配慮したうえで、PF事業者には「迅速かつ適切に削除を行うなどの責務を課すべき」と明記、大手事業者を中心に、社会問題になっている悪質な投稿の削除を自主的に促す狙いがあるとされます。事業者に求めるのは、投稿を削除する際の「削除指針」の策定や公表▽削除申請の窓口や手続きの整備▽削除件数といった運用状況の公表などで、海外に本社を置く事業者が多いことから、削除指針は日本語でわかりやすい表現を用いることも求めています。また、対策は海外事業者にも国内事業者と同様に適用するととしたほか、制の対象とする事業者の線引きは今後、検討するとしています。こうしたルールを作る背景には、事業者の自主的な取り組みだけでは、SNSなどでの被害に十分に対応できていない現状があります。総務省の違法・有害情報相談センターの2022年度の相談件数は5745件で、高止まりが続いています。事業者・サービス別ではツイッターが15.3%、グーグルが9.6%、インスタグラムなどを運営するメタ4.1%と続いています。事業者はこれまでも自社の利用規約などに基づき投稿の削除をしてきましたが、基準はあいまいであるほか、日本向けに対応する人員などの体制も整っていないとされます。一方、判例上は認められている削除請求権の明文化は「慎重に検討を行う必要がある」とするにとどめています。総務省は、この権利を法的に明文化すれば、利用者に権利があることが広く知られ、救済される人が増える効果もあるとしていますが、安易な削除につながれば、憲法が保障する「表現の自由」を侵害する恐れがあるとの意見も出ていたものです。今後も丁寧に検討を進める必要があるとして、当初取りまとめ予定だった2023年夏以降も議論を続ける見込みだといいます。

    ▼総務省 「プラットフォームサービスに関する研究会 誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ 今後の検討の方向性(案)」についての意見募集
    ▼プラットフォームサービスに関する研究会 誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ 今後の検討の方向性(案)
    • 本WGの検討の背景
      • 誹謗中傷をはじめとするインターネット上の違法・有害情報の流通は引き続き社会問題であり、その対策は急務である。総務省の違法・有害情報相談センターに寄せられる相談件数は、令和4年度も5,745件1となっており、依然として高止まりしていることから、違法・有害情報の流通は引き続き深刻な状況であると考えられる。
      • これまで、その対策として、総務省では、「インターネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージ」に基づき、プロバイダ責任制限法の改正による発信者情報開示請求に係る裁判手続の迅速化(令和4年10月施行)や、ICTリテラシー教育の充実、相談対応の充実等に取り組んできた。また、法務省においては、刑法改正による侮辱罪の法定刑の引き上げ(令和4年7月施行)等の取組を行ってきた。その後、発信者情報開示の裁判の受付件数や侮辱罪の検挙件数が増加しており、これらの取組は、加害者に対する損害賠償請求や罰則の適用等を通じて、誹謗中傷等の被害の救済や抑制に貢献していると考えられる。
      • しかし、被害者からは、投稿の削除に関する相談が多く、相談件数全体の約3分の2を占めている状況であり、被害者による投稿の削除を迅速に行いたいという希望への対応の検討が必要である。
      • 投稿の削除のためには、(1)プラットフォーム事業者等を相手方とする裁判手続(典型的には仮処分)による削除と、(2)プラットフォーム事業者が定める利用規約等に基づく裁判外での削除の2つの手段が存在する。しかしながら、(1)裁判手続による削除は、被害者にとって金銭的、時間的に利用のハードルが高く、利用数が少ない状況となっている。一方、(2)事業者の利用規約等に基づく裁判外での削除は、金銭的、時間的なコストも低く、一般的に利用されている。
      • このため、誹謗中傷等の情報の流通による被害の発生の低減や早期回復を可能とするためには、事業者による判断が可能な情報であれば、裁判上の法的な手続と比較して簡易・迅速な対応が期待できるという観点からも、プラットフォーム事業者の利用規約に基づく自主的な削除が迅速かつ適切に行われるようにすることが必要である。
      • 一方で、プラットフォーム事業者の利用規約に基づく削除については、利用規約の内容が日本の法令や被害実態を十分には考慮していない、削除の申請窓口が分かりにくいといった課題があり、必ずしも十分には機能していない場合があると考えられる。
      • 本WGにおいては、このようなプラットフォーム事業者の利用規約に基づく迅速かつ適切な自主的な削除を実現するため、事業者の責務、削除等の基準の策定・公表等の違法情報の流通低減のための枠組み、自主的な削除を促す観点から送信防止措置請求権の明文化等について検討した。
    • プラットフォーム事業者の誹謗中傷等を含む情報の流通の低減に係る責務
      • 不特定の者が情報を発信しこれを不特定の者が閲覧できるサービス(以下、本「今後の検討の方向性」においては、このようなサービスを指して「プラットフォーム」といい、このようなサービスを提供する者を「プラットフォーム事業者」という。)については、情報交換や意見交換の交流の場として有効であるものの、誰もが容易に発信し、拡散できるため、違法・有害情報の流通が起きやすく、それによる被害及び悪影響は即時かつ際限なく拡大し、甚大になりやすい。また、誹謗中傷等を含む情報の削除等に関する責務が法的に明確に位置づけられていないため、プラットフォーム事業者の中には削除対応等の取組が不十分である者もあるとの指摘もある。
      • このようなプラットフォームを提供する事業者については、誹謗中傷等を含む情報が現に流通している場を構築し広く一般にサービスを提供していること、投稿の削除等を大量・迅速に実施できる立場にあること、利用者からの投稿を広く募り、それを閲覧しようとする利用者に広告を閲覧させることなどによって収入を得ていることなどから、個別の情報の流通及びその違法性を知ったときやその違法性を知るに足る相当の理由があるときは、表現の自由を過度に制限することがないよう十分に配慮した上で、プラットフォーム事業者は迅速かつ適切に削除を行うなどの責務を課すべきと考えられる
      • この責務の対象とする事業者の範囲については、全てのプラットフォーム事業者とすること、違法・有害情報が流通した場合の被害の大きさ(拡散の速度や到達する範囲、被害回復の困難さ等)、事業者の経済的活動(特に新興サービスや中小サービスに生じる経済的負担の問題)や表現の自由に与える影響、削除等の社会への影響等を踏まえ、一部の者に限定することなど、さらに検討することが適当である。
      • なお、その際、内外無差別の観点から、海外事業者に対して国内事業者と等しく責務が課されるようにすることが適当である。
      • また、この責務の対象となる情報の範囲については、誹謗中傷等の権利侵害情報とするか、個別の行政法規(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律、職業安定法等)に抵触する違法情報も対象に含めるかなど、さらに検討することが適当である
    • 削除指針
      • プラットフォーム事業者は、自ら利用規約及びポリシーを定めて削除等を実施している。
      • しかしながら、プラットフォーム事業者の利用規約等に基づく削除等に関する本研究会におけるヒアリング結果や被害者等からの指摘によれば、削除等の基準が必ずしも明らかではない事業者も存在すると考えられる。特に、海外事業者については、ポリシーがグローバルに適用される前提で作成されていることもあり、削除等の基準等が日本の法令や被害実態に則していない、日本における削除等の基準等が不透明であるとの指摘がある
      • このため、利用者にとっての透明性、実効性の観点から、削除等の基準について、海外事業者、国内事業者を問わず、1.の責務を踏まえた「削除指針」を策定し、公表させることとするべきである。その際、海外事業者については、例えば、グローバルなポリシーとは別に、日本の法令や被害実態に則した「削除指針」を策定、公表させることを含めて、「削除指針」の形式や内容については、引き続き検討することが必要である。
      • 「削除指針」の策定、公表に当たっては、日本語で、利用者にとって、明確かつ分かりやすい表現が用いられるようにするとともに、日本語の投稿に適切に対応できるものとすることが適当である
    • 措置申請窓口の明示
      • プラットフォーム事業者は、現在、被害者等が削除等の申請等を行うための窓口やフォームを設置し、申請等を受け付けている。
      • しかしながら、これらの窓口については、被害者等から、所在がわかりにくいとの指摘や、日本語での申請が困難、十分な理由の説明ができないなどの指摘がある。
      • このため、プラットフォーム事業者に、削除申請の窓口や手続の整備を求めるべきである。その際、被害者等が削除等の申請等を行うにあたって、日本語で受け付けられるようにすること(申請等の理由を十分に説明できるようにすることを含む。)や、申請等の窓口の所在を明確かつ分かりやすく示すこと等を義務づけることについて検討することが必要である。
    • 申請に対する対応状況の透明化
      • プラットフォーム事業者は、削除等の実施に係る申請等を受けた場合に、必ずしも、申請等を受け付けたか、その申請等に応じたかといったことを当該申請等を行った者(以下「申請者」という。)に対して通知していない。
      • このため、申請者は、プラットフォーム事業者における認識の有無が分からず、また、申請等に対する対応状況や削除等が実施されなかった場合に、申請方法が悪かったのか、証拠が不十分だったのか等を申請者において把握することが困難であり、異議申立等が困難との指摘がある。
      • このようなことから、プラットフォーム事業者が当該申請等の受付に関する通知に対して返答を行うことやその全ての判断について理由を説明させること等が考えられるが、申請件数が膨大となり得ることも前提にさらに検討することが適当である。その際には、例えば、一定の要件を満たす申請があった場合に限って、申請者に対してかかる事項を通知する等の方策が実現可能かについても検討することが適当である。
    • 標準処理期間
      • 現在、プラットフォーム事業者の中で申請に対する標準処理期間を定めているものは確認されていないが、標準処理期間を定めることによって、迅速に審査し、対応を判断することが期待される
      • しかしながら、プラットフォーム事業者が措置を実施に要する期間をあらかじめ示すことについては、事業者が自ら定めた期間を遵守することだけにとらわれ、的確な判断をしなくなること等といった問題が生じるとの指摘がある。
      • このため、標準処理期間を定めさせることについて、メリットやデメリットを十分に踏まえて慎重に検討することが適当である。
    • 運用状況の公表
      • プラットフォーム事業者においては、削除等の取組について、各社が独自に透明性レポートを公表しているほか、本研究会における発表を行っている。
      • しかしながら、プラットフォーム事業者の削除等の取組状況については、昨年本研究会において実施したヒアリング結果や被害者等からの指摘によれば、その運用状況は必ずしも明らかではないと考えられる。
      • このため、諸外国の取組も踏まえつつ、事業者の取組や削除指針に基づく削除等の状況を含む運用状況の公表について検討することが適当である。
    • 運用結果に対する評価
      • プラットフォーム事業者各社は、削除等の取組状況とその評価と改善について、独自に透明性レポートを公表しているほか、本研究会においても発表を行っている。
      • しかしながら、プラットフォーム事業者の利用規約等に基づく削除等に関する本研究会におけるヒアリング結果からは、必ずしも全ての事項が明らかにされてはおらず、その評価と改善については、そもそもその運用状況に関する公表事項が限定的であるため、外部の評価が困難であるとの課題がある。
      • このため、運用結果に対する自己評価について、柔軟性と裁量を一定程度保ったうえで、義務づけの可否や、義務づける場合の自己評価の客観性や実効性を高める方法等について、検討することが適当である。
      • 検討に当たっては、外部からの検証可能性を確保することが必要であるものの、評価の結果に関する情報を前述の運用状況と併せて公表することで利用者や被害者の利益を害さないようにすることが適当である。
    • 取組状況の共有
      • 本研究会では、これまで、個別のプラットフォーム事業者や個別のサービスのみならず、日本の利用者に関連する違法・有害情報の全体の流通状況を俯瞰するとともに、プラットフォーム事業者をはじめとする各ステークホルダーにおける取組状況の共有を行ってきた。
      • こうした違法・有害情報の全体の流通状況やプラットフォーム事業者をはじめとする各ステークホルダーにおける取組状況については、継続的かつ専門的に把握することが重要であり、そのための場の在り方を含め、具体的な方策について検討することが適当である
    • 個別の違法・有害情報に関する罰則付の削除義務
      • 違法・有害情報の流通の低減のために、プラットフォーム事業者に対して、大量に流通する全ての情報について、包括的・一般的に監視をさせ、個別の違法・有害情報について削除等の措置を講じなかったことを理由に、罰則等を適用することを前提とする削除義務を設けることも考えられる。
      • しかしながら、このような個別の情報に関する罰則付の削除義務を課すことは、この義務を背景として、罰則を適用されることを回避しようとするプラットフォーム事業者によって、実際には違法情報ではない疑わしい情報が全て削除されるなど、投稿の過度な削除等が行われるおそれがあることや、行政がプラットフォーム事業者に対して検閲に近い行為を強いることとなり、利用者の表現の自由に対する制約をもたらすおそれがあること等から、慎重であるべきと考えられる。
    • 違法情報の流通の網羅的な監視
      • プラットフォーム事業者に対し、違法情報の流通に関する網羅的な監視を法的に義務づけることは、違法情報の流通の低減を図るうえで有効とも考えられる。
      • しかしながら、行政がプラットフォーム事業者に対して検閲に近い行為を強いることとなり、また、事業者によっては、実際には違法情報ではない疑わしい情報も全て削除するなど、投稿の過度な削除等が行われ、利用者の表現の自由に対する実質的な制約をもたらすおそれがあるため、慎重であるべきと考えられる。
      • なお、プラットフォーム事業者が、自主的に監視をすることは、妨げられないと考えられる。
    • 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントの監視
      • インターネット上の権利侵害は、スポット的な投稿によってなされるケースも多い一方で、そのような投稿を繰り返し行う者によってなされているケースも多く、違法情報の流通の低減のために有効との指摘がある。
      • しかしながら、プラットフォーム事業者に対し、特定のアカウントを監視するよう法的に義務付けることは、「違法情報の流通の網羅的な監視」と同様の懸念があるため、慎重であるべきと考えられる。
      • なお、プラットフォーム事業者が、自主的に監視をすることは、妨げられないと考えられる。
    • 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントの停止・凍結等
      • 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントへの対応として、アカウントの停止・凍結等を行うことを法的に義務づけることも考えられるが、このような義務付けは、ひとたびアカウントの停止・凍結等が行われると将来にわたって表現の機会が奪われる表現の事前抑制の性質を有しているため、慎重であるべきと考えられる。
      • なお、プラットフォーム事業者が、利用規約等に基づいて、自主的にアカウントの停止・凍結等をすることは、妨げられないと考えられる。
    • 権利侵害情報に係る送信防止措置請求権の明文化
      • 人格権を侵害する投稿の削除を求める権利は、判例法理によって認められているため、一定の要件の下で、権利侵害情報の送信防止措置を請求する権利を明文化することも考えられるが、被害者が送信防止措置を求めることが可能であると広く認知される等のメリットがある一方、権利の濫用や過度な削除が行われるおそれ等のデメリットも考慮して慎重に検討を行う必要がある
    • 権利侵害性の有無の判断を伴わない削除(いわゆるノーティスアンドテイクダウン)
      • プラットフォーム事業者において権利侵害性の有無の判断が困難であることを理由に、外形的な判断基準を満たしている場合、例えば、プラットフォーム事業者において、被害を受けたとする者から申請があった場合には、原則として一旦削除する、いわゆるノーティスアンドテイクダウンを導入することが考えられる
      • しかしながら、既に、プロバイダ責任制限法3条2項2号の規定により発信者から7日以内に返答がないという外形的な基準で、権利侵害性の有無の判断にかかわらず、責任を負うことなく送信防止措置を実施できることや、内容にかかわらない自動的な削除が表現の自由に与える影響等を踏まえれば、ノーティスアンドテイクダウンの導入については、慎重であるべきと考えられる。
    • プラットフォーム事業者を支援する第三者機関
      • プラットフォーム事業者の判断を支援するため、公平中立な立場からの削除要請を行う機関やプラットフォーム事業者が違法性の判断に迷った場合にその判断を支援するような第三者機関を法的に整備することが考えられる。
      • これらの機関が法的拘束力や強制力を持つ要請を行うとした場合、これらの機関は慎重な判断を行うことが想定されることや、その判断については最終的に裁判上争うことが保障されていることを踏まえれば、必ずしも、裁判手続(仮処分命令申立事件)と比べて迅速になるとも言いがたいこと等から、上述のような第三者機関を法的に整備することについては、慎重であるべきと考えられる。
    • 裁判外紛争解決手続(ADR)
      • 裁判外紛争解決手続(ADR)については、憲法上保障される裁判を受ける権利との関係や、裁判所以外の判断には従わない事業者も存在することも踏まえれば、実効性や有効性が乏しいこと等から、ADRを法的に整備することについては、慎重であるべきと考えられる。
      • なお、プラットフォーム事業者が、自主的にADR機関を創設し利用することは、妨げられないと考えられる。
    • 相談対応の充実
      • インターネット上の違法・有害情報に関する相談対応の充実を図ることは、突然被害に遭った被害者を支援する上で、極めて重要である。特に、相談のたらい回しを防ぎ、速やかに迅速な相談を図る観点からは、違法・有害情報相談機関連絡会(各種相談機関ないし削除要請機関が参加している連絡会)等において、引き続き、関連する相談機関間の連携を深め、相談機関間の相互理解による適切な案内を可能にすることや知名度の向上を図ることが適当である。
    • DMによる被害への対応
      • プラットフォームサービスに付随するDM機能においても、誹謗中傷等の権利侵害をはじめとして多くの問題が発生しており、DMなどの一対一の通信についても発信者情報開示請求を可能とすべきとの意見があった。
      • しかしながら、現行の発信者情報開示制度は、情報が拡散され被害が際限なく拡大するおそれがあることに着目して不特定の者に受信されることを目的とする通信を対象とする規定となっているものであり、根本的な見直しを必要とする事情等があるか否かについて、生じる被害の法的性質も考慮しながら、引き続き状況の把握に努めることが適当である。
    • 特に青少年にまつわる違法・有害情報の問題
      • 違法・有害情報が未成年者に与える影響を踏まえて、未成年者のデジタルサービス利用の実態(未成年者におけるプラットフォームサービスの利用実態、青少年保護のための削除等の実施状況や機能、サービス上の工夫等)を把握したうえで、必要な政策を検討すべきとの指摘があった。この点については、諸外国における取組のほか、我が国における関連する機関や団体等における検討状況について、引き続き把握及びその対策の検討に努めることが適当である。
    • その他炎上事案への対応
      • 個々の投稿に違法性はないものの全体として人格権を侵害している投稿群の事案(いわゆる「炎上事案」)に対応するニーズも存在する。
      • このような投稿は被害に甚大な影響を与えており、こうした事案への対処は、慎重に検討することが必要である

    インターネット上の情報発信元を明らかにして、ネット空間の安全性を高めることを目指すデジタル技術「オリジネーター・プロファイル(OP)」の共同開発を進めるOP技術研究組合は、新たに日本経済新聞など新聞7社が加入したと発表しています。全国紙がすべて参加したことになり、これで計27法人となりました。OP技術は、ネット上の記事、広告などの情報の一つ一つにデジタル化した識別子を付与し、情報の発信者を明らかにする仕組みで、フェイクニュースなどを広める悪質サイトを識別しやすくなり、ネット空間の健全化につなげる狙いがあります。組合には、実証実験を推進する慶応大サイバー文明研究センターのほか、IT大手のヤフー、通信大手のNTT、テレビ局なども参加、今後は趣旨に賛同する企業に組合参加を呼びかけ、OP技術の普及と技術規格の国際標準化を目指すとしています。

    最近の誹謗中傷を巡る報道から、いくつか紹介します。

    • コメディアンの志村けんさんにコロナをうつしたと、ネットで<感染源>とのデマを流された女性が、名誉を毀損されたとして、投稿した男女26人に計約3300万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴しています。「デタラメな内容で人を傷つければ責任を問われると知ってほしい」と訴えています。報道によれば、藤崎氏はコロナに感染しておらず、志村さんと会ったことすらなかったものの、「クラブ藤崎のママ 無自覚でコロナばらまいてる」とのデマがネットの掲示板やSNSで一気に拡散してしまいました。報道によれば、藤崎氏のインスタグラムのアカウントには、「人殺し」「お前を許さない」などと罵倒するメッセージが殺到、多いときには1日数百件に上ったといい、藤崎氏はインスタグラムで「志村さんとは面識がない」と説明したものの、敵意むき出しの書き込みは収まらず、「襲われるかもしれない」と一時期は外出も控え、警察にも相談、「精神的に追い詰められ、おかしくなりそうだった」としています。藤崎氏は2020年5月以降、デマを書き込んだ投稿者の氏名や住所を知るため、開示を求めて裁判手続きなどを進め、最初にデマを発信した人が誰かははっきりしないままではあるものの、拡散させる行為にも責任があるとして、開示された約40人のうち、示談に応じなかった26人について、今回提訴したものです。なお、IT企業でつくる一般社団法人「セーファーインターネット協会」は誹謗中傷の相談を受け付け、2022年1年間に861件の削除をサイトやSNSの運営者に要請、67%にあたる573件が削除されています。発信者情報の開示や損害賠償請求には証拠の保全が不可欠で、協会は投稿のスクリーンショットや投稿日時、URLを記録するように勧めています。
    • 在日コリアンらでつくる在日本大韓民国民団(民団)の徳島県地方本部に銃撃をほのめかしたとして、脅迫の罪に問われた徳島市の被告の40代の男の判決が徳島地裁であり、検察側が、「いわゆるヘイトクライム(憎悪犯罪)である」と異例の指摘をしたことに対する裁判所の判断が注目されたものの、判決で直接の言及はありませんでした。米国ではヘイトクライムに対して、通常の犯罪よりも厳しい罰則を適用できますが、日本にはヘイト行為を直接規制する法律はなく、2016年にヘイトスピーチ対策法が施行されたものの、国や自治体に差別解消へ向けた取り組みを求める「理念法」の位置づけです。徳島地裁の公判で、検察側は被告の犯行を「ヘイトクライムだ」と指摘しましたが、判決で「ヘイトクライム」という言葉は使われなかったものの、専門家は「その趣旨は的確に表現されており、近年の同種事件と比べても踏み込んだ判決だ。差別を背景とした犯行は許されない、と世間に訴えようとする裁判官の姿勢がうかがえる」と評価しています。
    • トランスジェンダーを公表し、性的少数者の人権問題などに取り組む仲岡しゅん弁護士(大阪弁護士会)が、「メッタ刺しにする」など殺害予告を受けた問題で、同会の三木秀夫会長は、会長声明を発表し、「断じて許すことはできない」と非難しています。三木会長は声明で「弁護士に対する脅迫で、業務を妨害する行為として見過ごせない」としたうえで、「トランスジェンダー当事者の存在を否定するヘイトクライムにほかならない」と批判、さらに「全ての当事者が個人の尊厳を持って差別されずに生きられる社会の実現に向けて、今後とも力を尽くす」と述べています。仲岡弁護士のもとには、殺害予告とともに、「男のクセに女のフリをしている」「男だから怖くないかもしれないけど(笑)」などの差別表現も含まれていたといいます。会見では「LGBTQに対するヘイトクライムだ。ヘイトは社会の中に『こういう人を攻撃対象にして良い』という雰囲気が醸成されることで起こる。単なる冗談と受け止めず、しっかり捜査してほしい」と訴えています。
    • 高知県土佐市の市立施設内にあるカフェの運営をめぐり、移住者であるカフェの運営者側と施設の指定管理者が対立し、トラブルがSNS上で拡散された影響で、市役所のほか、県内の他自治体や観光協会などにも苦情が殺到したとして、板原啓文市長は、市議会で「市の施設でこのような事態が発生したことは、市にも責任の一端がある」と陳謝しています。今後、市と指定管理者、カフェ運営者の3者で協議する場を設けて解決を図っていくといいます。カフェの運営を巡って地元NPO法人とトラブルとなり、「退去を迫られた」と「告発」する内容で、閲覧回数は1億3000万回以上に上り、リツイートも20万回以上と、過去にSNSで炎上したと呼ばれたケースの中でも、目立った数字となっています、カフェが入居していた施設を所有する市に抗議が殺到、爆破予告も届いて小中学校が授業を取りやめる事態に発展、市役所には「移住者をいじめるな」や「死ね」「殺すぞ」といった脅迫めいた電話が殺到しました。板原市長は市議会で、「(殺すぞといった)脅迫行為や平穏な日常生活を脅かすような発信に強く憤りを抱いている」と述べたほか、「カフェのSNS発信は、弱い立場から世間に訴えようとしたのだろう。気持ちは分かるので、訴訟にするのではなく、話し合いで解決を図りたい」と話しています。本件について、ネットの中傷問題に詳しい国際大GLOCOMの山口真一准教授は、報道で、「高知の件は『地元の有力者が弱い移住者をいじめた』というわかりやすい構図に反応し、個人の正義感から拡散しているのだろう」と分析する。その上で、投稿内容が事実でも、私人の評判を著しくおとしめると名誉毀損罪に問われる可能性があるとし、「SNSへの投稿にはリスクがあり、予測がつかない事態を引き起こすこともある。本来は、SNSに投稿される前に、話し合いなどで解決されるべきだ。閲覧する側も事実関係が整理されるまで推移を見守ることが大切で、過剰に抗議することは控えるべきだ。もし炎上が起きた際は、当事者や関係者は軽視せず、正確な情報を発信する必要がある」と指摘しています。
    • 松井一郎・前大阪市長(日本維新の会前代表)がツイッターの投稿内容で名誉を傷つけられたとして、タレントの水道橋博士氏に対し、550万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は、水道橋氏に110万円の支払いを命じています。報道によれば、水道橋氏は2022年2月、自身のツイッターで、第三者が作成した松井氏に関するユーチューブ動画を紹介、動画のサムネイル表示には「維新の闇」「経歴ヤバすぎ」などと記載されており、水道橋さんは「下調べが凄い。知らなかったことが多い」と投稿したものです。松井氏側は「事実ではないのに過去に犯罪行為をしたかのような内容を投稿し、極めて悪質だ」と主張、一方、水道橋さん側は「政治家に対する批判は、真偽不明の『疑惑』を含めて幅広く認められるべきだ」などとして請求棄却を求めていたものです。裁判長は「下調べが凄い」などのコメントについて、サムネイルに取り上げられた犯罪を松井氏が過去にしたかのように認識させ、松井氏の社会的評価を低下させたと判断、「真偽不明な疑惑があることを示した投稿に過ぎない」とする水道橋博士氏側の反論を退けています。松井氏は「SNS上でデマを拡散して誹謗中傷することは絶対に許せない。今後このような事案がなくなることを強く望む」、水道橋博士氏は「主張が認められず残念」として控訴する意向を示しています。
    • 名古屋市の河村たかし市長は、名古屋城のバリアフリーに関する2023年6月3日の市民討論会で、一部市民から車いす利用者に対する差別表現を含む不適切発言があったとして「市民に不快な思いをさせ申し訳ない」と陳謝しています。討論会では、車いすの男性が天守最上階までのエレベーター(EV)設置を求める発言をしたところ、EV設置に反対する男性が身体障害者に対する差別表現を使い、「生まれながらにして不平等もあって平等もある。どのように生まれても、それは平等」と持論を展開、「EVは誰がメンテナンスするのか。金がもったいない」と述べたといいます。別の男性は「平等とわがままを一緒にするなという話。どこまでずうずうしいんだ。我慢せいよ」と発言、聴衆男性が「あんたが我慢しろ」と言い返す発言もあり、言い合いになり、市当局も「えっと、そうですね…」と言葉を挟もうとしたが、言い合いが続いてしまったものです。討論会は市の主催で、マイノリティーの市民に差別的発言がなされた場合、市民の権利を守るために、市職員が直ちに制止し、発言を非難する必要があり、特に、トップである市長は、強い非難のメッセージを発するべきだといえます。近年は日本社会でも障害を治療の対象とみなす「医学モデル」から、社会を変革して障害の壁を取り除くべきだとする「社会モデル」へ転換しており、「我慢せえよ」という発言は、社会モデルに根ざした名古屋市の障害者差別の解消をめざす条例の根本精神にも反するものといえます。参加者からの発言には、かなり悪質なヘイトスピーチもありましたが、「我慢」発言もヘイトスピーチと言ってもいいと考えられます。また行政は差別的な発言が起きた時、なぜ、どう悪いか、明確にわかりやすく説明することが必要になりますが、その点においても、市側は、不適切と認めたものの、なぜ当該発言が問題なのかまで説明されておらず、不十分だといえます。
    • フェミニズム研究などに関わる大学教授ら4人がインターネット上で中傷を受けたとして、自民党の杉田水脈衆院議員を相手取った損害賠償訴訟の控訴審判決が大阪高裁であり、原告側が一部勝訴しています。判決後、原告の牟田和恵・大阪大名誉教授が会見し、「国会議員であり、ツイッターのフォロワーが10万人以上もいる影響力ある人が一方的にでたらめの誹謗中傷をすることはやってはならない、と確認されたことは非常に意義がある」、「研究費の不正使(というネット上での中傷)に関しては、きちんと名誉毀損であると認めていただいたことは良かった」と延べ、杉田議員には「国会議員という立場にありながら、不法な行為をしたことを真摯に受け止めてほしい」と求めています。一方、判決では訴えが認められなかった部分も多く、「慰安婦問題に関しては意見論評であると判断された」と言及、「杉田議員の言うことは、公益目的で政治家として言っているから問題ないとされた。研究者の立場については尊重されず、彼女の議員としての立場を重視している点は非常に残念」と述べています。牟田氏らは、性の平等に向けた国内の女性運動や従軍慰安婦問題の共同研究に取り組み、2014~17年度に科研費1755万円が支給されたました。杉田氏は2018年4月、ジャーナリストの櫻井よしこ氏のインターネット番組に出演時、牟田氏が期間終了後に科研費を使用したとして「ずさんな経理」と述べ、裁判長はこの発言について「証拠はなく、真実とは認められない」と指摘、科研費の管理は研究者個人ではなく大学が行うもので、牟田氏の名誉を傷つける違法な発言だと認定しました。一方、杉田氏が2018年3~6月、ツイッターで「国益に反する研究」「反日活動」と書き込んだことなどについては、「研究への意見・論評の域を脱しておらず、社会的評価を下げるとはいえない」として違法性を認めませんでしたなお、本件については、2023年6月5日付毎日新聞の記事「「フェミニストは侵略者」 ジェンダー研究者をたたく人の心理とは」において、長年ネット文化を分析する批評家の藤田直哉氏が、「民主主義においての意見や論評を守ることは大事であり、フェアに扱おうとしているようにも見えますが、インターネットの現状とあまり合っていない印象を受けました。。判決は慰安婦や女性の人権問題などについて立場や価値観の違いがあり、それを踏まえた上で読者は杉田議員の表現に触れているものだと想定しています。しかし、ネット上では(用者が)値の相対性や事実を十分認識できているでしょうか。スピードが速く膨大な情報があふれるネットの中では、よりダイレクトに扇動されてしまいます。判決の名誉毀損の捉え方は、現状に追いついていないと感じます」、「「ポスト・トゥルース」と言われますが、人々は事実よりも感情で動きやすくなっています。理性的に熟考、熟議するのがとても苦手になり、ネットに流通している物語や意見に感情で流されやすい状況になっているのです。そのため根拠のないデマや扇動が起きます」、「今回の件は、フェミニズムの研究者だから攻撃を受けたという面が大きいです。ネット上では、フェミニストは攻撃や嘲笑の対象になりやすいのです。サブカルチャー的なネットの価値観の中でフェミニストは「まじめで水を差してくる」存在。抑圧者と映り、敵として名指しされる空気ができています。だからこれだけの攻撃にさらされる。これは差別の問題です」と指摘していましたが、大変示唆に富む内容だと思います。
    • 北海道旭川市で2021年、いじめを受けていた中学2年広瀬さん=当時(14)=が凍死した問題を巡り、ツイッターで加害者と扱われ名誉を傷つけられたとして、旭川市在住だった男性(18)と父親が投稿者に計440万円の損害賠償を求めた訴訟で、旭川地裁は、投稿者に計330万円の賠償を命じています。被告側は出廷や反論をしませんでした。裁判官は問題の内容や原告が投稿当時に未成年だったことから「精神的苦痛は相当なもの」と指摘しています。判決によると、相模原市の投稿者は2021年4月、男性が加害者だとするうその情報を、男性の実名や顔写真、父親が運営する店の写真とともに投稿したもので、男性は新潟県長岡市の別の投稿者にも計220万円の損害賠償を求めて旭川地裁で係争中です。いじめ問題は、旭川市が設置した再調査委員会がいじめと自殺の因果関係の有無などを調べています。

    いじめとSNSの関係については、2023年6月1日付読売新聞の記事「長男のSNSに「ころすぞ」、母親の写真も拡散…「個人のスマホ」理由に学校対応せず」が大変参考になります。いじめに限らず、誹謗中傷の深刻化や拡散のメカニズムについても有益な示唆があります。以下、抜粋して引用します。

    パソコンやスマホを使った小中高校などでのいじめは近年、急増している。文部科学省によると、2021年度は2万1900件に上り、統計を取り始めた06年度の約4.5倍に上った。兵庫県立大の竹内和雄教授(生徒指導論)は、増加の背景に、コロナ禍で学校での対面や会話が減ったことに加え、ネット空間で同じような考えの人たちの意見が反響し合う「エコーチェンバー(反響室)」もあるとみる。竹内教授は「子どもたちは大人に比べて交友関係が狭い。閉ざされたSNS上でやり取りするうちに自分たちの考えが正しいと思い込み、いじめがエスカレートしやすい」と分析。「新しいアプリが次々に登場し、低年齢化が進んで手口も巧妙化しており大人が気づきにくくなっている」と話す。…SNSでは、いじめが深刻化しやすいとされる。社会心理学者の綿村英一郎・大阪大准教授によると、「SNSいじめ」の大きな特徴は、いじめる側が罪悪感を感じにくい点だという。SNSに限らず、いじめは「被害者への共感や同情」、「深刻度の認識」があれば起きにくいことが、心理学の実験で実証されている。ところが、SNSでは相手が苦しむ様子を目の前で見ないことが多い。「投稿者」「拡散者」など役割が多岐にわたり、一人ひとりの加担の度合いが小さくなりがちだ。相手の何げない発言をネガティブに捉えて敵対視する「敵意帰属バイアス」にも陥りがちという。いじめる側の投稿の内容を深く考えず、習慣的に「いいね」ボタンを押す人もいる。その結果、いじめる側は自身の行為が周囲から「承認」されたと錯覚し、行為がエスカレートする。同じメンバーでいじめが繰り返されれば、同調圧力が高まり、行為をやめるような指摘をしづらくなる。

    • テニスの全仏オープンの主催者は、SNSに書き込まれる誹謗中傷から選手を保護するサービスを期間中や大会前後に提供すると発表しています。専用のQRコードを読み取って自らのSNSアカウントをシステムに接続すると、人工知能(AI)が投稿されたコメントを速やかに分析して目に触れることを防ぐというものです。インターネット上での中傷は社会問題化しており、大会主催者は「このような対策を行う世界初のスポーツイベントになる」としています。極めて興味深い取り組みであり、一般社会においても活用すべきかもしれません(もちろん、誹謗中傷をなくす根本的な解決にはなりませんが、その被害を軽減する方法の1つであると考えます)

    次に、偽情報(フェイクニュース)・誤情報について取り上げます。まず、2023年6月3日付日本経済新聞の記事「フェイクニュースに弱い日本 確認法「知る」2割どまり」を紹介します。民主主義の根幹となる「正確な情報」を揺るがすフェイクニュースに対して、日本の対応が十分でないことによる危機感を認識させられる内容です。以下、抜粋して引用します。

    民主主義を支える正確な情報。その基盤を脅かすフェイクニュース(偽ニュース)に日本の備えが乏しい。日本経済新聞などの調査で、情報の真偽を確認する「ファクトチェック」の手段を知る人の割合はアジア主要国で最下位に沈んだ。監視機関も海外に比べて少ない。人工知能(AI)の普及で、ネット上には本物と見分けのつかない画像もあふれる。対策の強化が急がれる。…先進国も他人事ではない。米国では5月、国防総省で爆発が起きたというデマが飛び交い、株価が急落した。22年秋の静岡県の豪雨の際は街が水没する偽画像が出回った。備えは十分か。日本経済新聞はシンガポールの南洋理工大学と23年3月にかけてアジア10カ国・地域の約7000人を調査した。偽ニュースに接した経験がある割合は最も低い日本で75%に達し、国・地域による差はあまりない。違いが大きいのは真偽を検証するファクトチェックサイトの利用法などを知っている割合だ。日本は19%で首位ベトナム(81%)の4分の1以下。9位の韓国(34%)にも遠く及ばない最下位だった。米デューク大学によると、日本にファクトチェック関連サイトは日本ファクトチェックセンターなど5つのみ。米国(78サイト)など主要国より大幅に少ない。半面、日本は新聞など伝統的メディアが存在感を保つ。社会科学者らによる17~22年の「世界価値観調査」で従来メディアを信頼すると答えた割合は69%。マレーシア(38%)やタイ(50%)を上回る。アジアの市民がメディアに懐疑的なのは政府や党が情報を統制しているとの見方があるためだ。ベトナムは政府が「フェイクニュース」を判断・公表する。国民は玉石混交の情報に身構えている。多言語国家のフィリピンやシンガポールは中国語や英語の偽情報が流入する。…日本ファクトチェックセンターの古田大輔編集長は「生成AIの進歩で拡散ペースが加速する」と指摘する。リアルな画像・動画を簡単に作れ、真偽の見極めが難しくなる。偽ニュースは選挙での世論工作など安全保障の脅威にもなる。米国は国土安全保障省傘下の専門機関が監視する体制を整えた。日本も外務省が23年度にAIで偽情報を分析するシステムを立ち上げる。犯罪を誘う闇サイトや差別をあおるメッセージもあふれるデジタル時代。信頼できる情報をより分ける手段やインフラが整わないままでは社会の底が抜けかねない。

    米IT大手グーグル傘下の動画投稿サイト「ユーチューブ」は、2020年の米大統領選で不正があったなどと虚偽の主張をする動画の削除を停止すると発表しています。2024年の米大統領選に向け、「政治的言論を抑制する恐れがあるため」と説明しています。すでに削除を停止しています。グーグルは2020年12月、過去の大統領選で不正があったなどと虚偽の主張をする動画を削除すると表明し、これまでに数万件を削除しました。あらゆる選挙の投票時間や場所についての誤った情報など、選挙を妨害する可能性がある動画は引き続き削除するといいます。ユーチューブは「物議を醸す内容であっても、政治的意見をオープンに議論することは民主主義社会において不可欠だ」としています。なお、2024年の米大統領選に向けた偽情報対策は、数か月以内に公表するということです。

    性の多様性に配慮した公共施設や行政手続きの整備を進める埼玉県が、誰もが使えるトイレの増設を打ち出したところ、「女性トイレを減らす」と誤って情報が拡散する事態が起きました。SNSなどで広がる内容を、大野知事自らが2度にわたり記者会見で否定する事態となりました。デマが広がれば当事者を孤立させかねず、県の迅速な対応は他自治体への教訓にもなるといえます。2023年5月30日付日本経済新聞の記事「女性トイレを減らす? 誤情報に揺れた埼玉県」では、誤情報の発信が事実誤認に基づくものか意図的なデマの拡散か、意図的な場合はそれが自分と異なる者に対する嫌悪から来るものか、それとも宗教的な背景に基づくものかといった分類は難しいとしつつ、埼玉大学のダイバーシティ推進センター長を務める田代美江子教授は「早い段階で誤情報を否定する県の初動対応は的確だった」と評価、「学校教育などを通じ、これまでの男らしさ、女らしさを絶対とせず、一人ひとりの違いを尊重する考え方を育む」ことが欠かせないと指摘、同じ男性、女性といっても、それぞれに多様な生き方があると自覚することが大切であって、そのことで「性や生き方の多様性を認めることが、自分にとっても生きやすい社会の構築につながると気づく」と述べています。子どもだけでなく大人、学校だけでなく企業にも必要な視点だといえます。

    総務省の有識者会議における偽情報・誤情報に関する議論の状況を確認します。

    ▼総務省 プラットフォームサービスに関する研究会(第45回)配布資料
    ▼資料1 諸外国における偽・誤情報対策の動向について(みずほリサーチ&テクノロジーズ)
    • 本資料は、総務省「令和4年度 偽・誤情報等の情報流通環境の実態把握及び啓発施策の在り方等に関する調査研究の請負」を再構成し、米国、欧州、オーストラリアの政府機関等における偽・誤情報への対抗事例を紹介します。

    【米国】

    1. 偽誤情報流通に対してオンラインプラットフォームの責任を高めるため通信品位法230条の改正を伴う検討はバイデン政権や議会において行われている。
      • 2022年9月、ホワイトハウスは「競争及び、技術プラットフォームの説明責任の強化」を公表。上下院議会において230条改正を伴う法案が提出された(2023年2~3月には4件提出)。
    2. 2021年には米国中間選挙が実施された。州レベルで選挙の完全性を担保するために専門組織整備や情報発信などの取組が行われた。
    3. 偽誤情報に対抗するための州法等の検討が行われている。COVID-19、ディープフェイクを禁止する例がある

    【欧州】

    1. 最初の行動規範の課題を踏まえ、2022年6月に「2022年版 偽情報に関する行動規範」が公表された。その後、2023年1月に34署名者は、自身の活動をまとめた初のパフォーマンスレポートを提出した。Google、Meta、TikTok、Microsoftは、初めてEU加盟国レベルでのデータを提供した。同時にこれらを集めた「透明性センター」が開設された。
    2. 2022年11月に「デジタルサービス法(DSA)」が施行された。DSAと行動規範の関連をみると、VLOPとVLOSEに対して「偽情報に関する行動規範」への署名と遵守に関する記載が確認できた。※VLOP:超大規模オンラインプラットフォーム。 VLOSE:超大規模オンライン検索エンジン

    【オーストラリア】

    1. 2022年5月末に8署名者は2回目となる「2021年版透明性レポート」を公表した。オーストラリアにおける誤情報の削除量にも言及したものもあった。
    2. 2022年12月にDIGI(デジタル産業団体)は更新版「偽・誤情報に関するオーストラリアの行動規範(ACPDM)」を公表した。小規模プラットフォームの参加、偽情報を拡散しないようアルゴリズムやデジタル広告への対応等が追加された。
    3. 2023年1月に政府は「New disinformation laws」制定を公表。また、オーストラリア通信メディア庁(ACMA)に、オンラインの偽・誤情報と闘うためにデジタルプラットフォームに対する新たな権限を付与することを公表した
    ▼資料2 諸外国におけるファクトチェックの取組状況(みずほリサーチ&テクノロジーズ)
    • 本資料は、総務省「令和4年度 偽・誤情報等の情報流通環境の実態把握及び啓発施策の在り方等に関する調査研究の請負」を再構成し、多様な主体によるファクトチェック活動が盛んで、多くの人にファクトチェック結果を届けるための工夫をしている事例として韓国を紹介します。また、ファクトチェック機関の国際的な連携について紹介を行います。

    【韓国】

    1. 日本と比べファクトチェックの活動が盛んである。テレビ局、新聞社、オンラインメディア等がファクトチェックを行っている。テレビのニュース番組の中でファクトチェックコーナーや、ファクトチェック専門番組が存在する。
    2. 一方で、資金難から活動を停止するファクトチェック機関も存在する。過去調査対象とした市民参加型の「ファクトチェックネット」は政府からの資金減により2023年に解散した。

    【国際連携】

    1. ウクライナ情勢に関連して、世界各国のファクトチェック機関が連携しファクトチェックを行う。IFCNの「#UkraineFacts」は120団体が参加する。
    2. 欧州評議会加盟国内の偽情報と闘うためにファクトチェックやOSINT活動を行う機関の連携プロジェクトが立ち上がっている(European FactChecking Standards Network(EFCSN))。EFCSNはファクトチェック活動の指針となる規範を作成しており、これに準拠することが確認されればメンバーとなる。
    ▼資料4 国内における偽情報に関する意識調査(みずほリサーチ&テクノロジーズ)
    • 偽情報~おすすめ・レコメンデーションまで 日本のみ
      • 「知っている」の上位3位までをみると、「誤情報」(92.8%)、「偽情報」(91.2%)、「ディープフェイク」(61.4%)であった。
      • 逆に低くなった下位3位(知らないが高くなった用語)についてみると、「アテンション・エコノミー」(16.4%)、「エコーチェンバー」(18.0%)、「フィルターバブル」(21.7%)であった。
    • 情報の真偽を見分ける自信【インターネットやメディアで流れる情報全般】 日本(性別年代別比較)
      • 「女性」は「自信がない」(42.4%)が高い。「男性」は、「自信がある」(36.6%)が高い
      • なお、2022年2月調査と同じ傾向を示した。
      • 年代別には「自信がない」が高くなった年代の方が多くなった(30代~60代)
    • 情報の真偽を見分ける自信【インターネットやメディアで流れる情報全般~気候変動に関する情報】 日本のみ
      • 「インターネットやメディアで流れる情報全般」においては、「自信がない」が(34.8%)となり、「自信がある」(28.5%)より高い。
      • 「新型コロナウイルスやそのワクチンに関する情報」の場合は、「自信がある」(32.0%)、「自信がない」(30.5%)と差が小さくなった。
      • 「ウクライナ情勢に関する情報」については「自信がない」が(41.5%)と「インターネットやメディアで流れる情報全般」よりも高くなった。
    • メディアごとの偽・誤情報を見かける頻度【インターネット上のメディア(SNSやブログなど)】 国際比較
      • 「週1回以上」に着目すると、インターネット上のメディア(SNSやブログなど)は、日本は約4割台であり、その他の対象国(約5~6割台)と比べて低くなった。
      • なお、2022年2月調査では日本は約3割台、その他の対象国(約4~5割台)であった。日本では見かける割合が高くなった。
    • 偽・誤情報に接することの多い情報源国際比較
      • 日本における上位3つをみると「ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)」(41.4%)、「ニュース系アプリ・サイト」(28.4%)、「動画投稿・共有サービス」(25.3%)が高くなった。
      • 今年度調査及び、2022年2月調査とも、多くの国において偽・誤情報だと思う情報を見かけたメディアとして「ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)」が挙げられた。しかし、この2期間の回答割合を比較すると低下していることもわかる。
      • なお、2022年2月調査と比較すると、2位と3位のメディアが「テレビ」、「ポータルサイトやソーシャルメディアによるニュース配信」から、「ニュース系アプリ・サイト」、「動画投稿・共有サービス」へと変わった。
    • 偽情報・誤情報対策に取り組むべき主体 国際比較
      • 諸外国についてみる。日本を含め、フランス、韓国では「政府機関」が最も高くなった。アメリカとイギリスは「SNSを提供する事業者」となった
      • 日本における上位5つまでをみると「政府機関」(49.8%)、「ニュース系アプリ・サイトを提供する事業者」(38.7%)、「マスメディア(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)、ジャーナリスト」(37.3%)、「SNSを提供する事業者」(35.9%)、「検索サービスを提供する事業者」(30.8%)であった。なお、2022年2月調査では「報道機関、放送局、ジャーナリスト」(48.2%)、「政府機関」(42.2%)、「個人(信用性の低い情報を拡散しないなど、自分自身のリテラシー向上)」(42.8%)、「ソーシャルメディアサービスを提供している事業者」(34.1%)、「インターネット検索サービス事業者」(25.6%)が高くなった。「ニュース系アプリ・サイトを提供する事業者」が2番目となった。
    • 新型コロナウイルスやそのワクチンに関して特に信用できる情報源やメディア・サービス 国際比較
      • 新型コロナウイルスやそのワクチンに関する情報に関して信頼できる情報源をあげてもらった。
      • 日本における上位3つをみると、「自国の政府機関による情報発信」(41.0%)、「世界保健機関(WHO)や専門機関、病院による情報発信」(27.7%)、「公共放送局による情報発信※国営放送含む」(23.7%)であった。
      • アメリカ、イギリス、フランス、韓国において「世界保健機関(WHO)や専門機関、病院による情報発信」が最も高くなった。なお、2022年2月調査では、イギリス、フランス、韓国では「自国の政府機関のウェブサイトや情報配信」が最も高くなった。アメリカでは「世界保健機関(WHO)や専門機関のウェブサイトや情報発信」が、ドイツでは「公共放送局(テレビ・ラジオ・ウェブサイトなど)」が最も高くなった。日本を除き対象国において信頼できる情報源として「世界保健機関(WHO)や専門機関、病院による情報発信」が最も高くなった。
    • 新型コロナウイルスやそのワクチンに関して特に信用できる情報源やメディア・サービス 日本(性別年代別比較)
      • 「女性」、「男性」とも、「自国の政府機関のウェブサイトや情報配信」となった(41.0%,40.9%)。
      • 年代別にみると、すべての年代において「自国の政府機関のウェブサイトや情報配信)」、なお、40代では「該当するものはない」(29.0%)が2番目に高くなった。
    • 新型コロナウイルスやそのワクチン、ウクライナ情勢、気候変動に関して得た情報【直近1ヶ月程度】 国際比較
      • 全対象国において「上記について見たり聞いたりしたことはない」が最も高くなった。なお、日本は5割であるが、他国は2~3割となっており、日本の割合が高い。
      • 各国で2番目となった情報についてみる。アメリカでは「新型コロナウイルスのワクチンを接種した人が変異株に感染すると重症化しやすい」、イギリスと韓国では「新型コロナウイルスはただの風邪である」、フランスでは「電気自動車のバッテリーは再利用やリサイクルができないため、環境を汚染する」であった。
      • 日本で2番目に高くなった「新型コロナウイルスはただの風邪である」は、2022年2月は20.1%、2023年3月は24.4%と2期で変化がなかった。
    • 新型コロナウイルスやそのワクチン、ウクライナ情勢、気候変動に関する誤情報を見たときの印象・行動 日本のみ
      • 日本において、「正しい情報だと思った」の回答が高くなった上位3つをみると「天然ガス生産によって生成されるメタンガスは、石油やガスの燃焼に伴うCO2よりも気候への影響が大きい」(n=143、45.5%)、「電気自動車のバッテリーは再利用やリサイクルができないため、環境を汚染する」(n=163、42.9%)、「気候変動が存在したとしても、人間の活動のせいではない」(n=137、32.8%)であった。
      • 「正しい情報だと思った」の上位の3つは、気候変動に関連する情報であった。日本でこれらの情報を目にした人は数%台にとどまっていたが、もし目にする機会が多くなると影響が出る可能性がある。
    • 上記のうち「天然ガス生産によって生成されるメタンガスは、石油やガスの燃焼に伴うCO2よりも気候への影響が大きい」 日本(性別年
    • 代別比較)
      • 男性が女性よりも「正しい情報だと思った」割合が高くなった(9.0ポイント差)。
      • 年代でみると、高くなった順に「20代」(60.0%)、「30代」(54.5%)、「10代」(46.4%)、「60代」(40.7%)、「40代」(35.3%)、「50代」(26.3%)であった。最も高い「20代」と最も低い「50代」との差は33.7ポイントとなった。
    • 情報共有・拡散の理由 国際比較
      • 2期で比較すると、日本において「情報の真偽に関わらず、その情報が興味深かったから」(34.6%)が1番目となった。なお、2022年2月調査では4番目(26.3%)と順位が上がった。
      • 諸外国をみると、アメリカでは「その情報が正しいものだと信じ、他の人にとって役に立つ情報だと思ったから」、イギリスと韓国では「その情報の真偽がわからなかったが、他の人にとって役に立つ情報だと思ったから」、フランスでは「その情報の真偽がわからなかったが、その情報が間違っている・誤解を招く情報である可能性があることを他の人に注意喚起をしようと思ったから」となった。
    • 「信じなかった」理由 国際比較
      • 日本における上位3つは、「常識に照らして正しい情報ではないと思った」(76.2%)、「自国の政府機関による情報で知っていた」(15.2%)、「国連や世界保健機関(WHO)などの国際機関、専門機関による情報で知っていた」(12.4%)であった。
      • 諸外国をみると、アメリカ、イギリス、フランス、韓国では「常識に照らして正しい情報ではないと思った」が最も高かった。2022年2月調査と同様の結果となった。さらに、2番目に高くなった項目をみると、アメリカと韓国では「ファクトチェック結果を見て知っていた」、イギリスでは「国連や世界保健機関(WHO)などの国際機関、専門機関による情報で知っていた」(28.9%)、フランスでは「自国の政府機関による情報で知っていた」(17.3%)であった。
    • 情報の真偽を確かめた経験の有無 国際比較
      • 日本における上位3つは、「半々くらい」(31.1%)が最も高い。2期で比較すると「半々くらい」調べたとの回答割合が高くなった。
      • 情報の真偽を「調べる」のは、調査対象国のうち欧米は約3~5割台、アジアでは約2割台となった。
    • 情報の真偽を確かめた方法 国際比較
      • 日本における上位3つは、「情報の発信者が信頼できる組織や人物なのかを確認した」(40.6%)、「1次ソース(情報が引用・抜粋されている場合や伝聞の場合に、その情報が最初に投稿された際(オリジナルの情報)はどのように書かれているか)を調べた」(26.1%)、「自国の政府機関(首相官邸/大統領府、関係省庁、地方政府など)による情報を確認した」(24.8%)となった。
      • 日本を含め、アメリカ、イギリス、フランス、韓国では「情報の発信者が信頼できる組織や人物なのかを確認した」が最も高かった。
    • インターネット空間を流れる情報についての意見や考え方 国際比較
      • 「思う」(強くそう思う+ある程度そう思う)に着目する。
      • 日本における上位3つは、「インターネット上で自身が受け取る情報のうち、何が正しいのか、何が間違っているのかを判断するのは難しい」(70.1%)、「政府は、インターネット上の情報の真偽を見分けられるようにするために、メディア情報リテラシーを向上させる機会を提供するべき」(62.4%)、「偽情報・誤情報対策としてファクトチェックがもっと積極的に行われることが必要だ」(61.8%)であった。
      • 対象国に共通した意見として、「政府は、インターネット上の情報の真偽を見分けられるようにするために、メディア情報リテラシーを向上させる機会を提供するべき」において、「思う」の割合が上位3位までに入った。
    • 偽・誤情報対策講座等への参加 国際比較
      • 諸外国をみると、日本を含め、イギリス、フランス、韓国では「偽情報・誤情報対策を学べるテレビ番組の視聴」が最も高かった。
      • アメリカでは「ファクトチェックの体験学習(講座等で受講するもの)」(38.2%)が最も高かった。
    • 偽・誤情報対策講座等への参加 日本(性別年代別比較)
      • 10~30代は「学校・職場での授業や研修の実施」が最も高くなった(47.6%、37.7%、35.3%)。40~60代は「偽情報・誤情報対策を学べるテレビ番組の視聴」(36.5%、38.6%、49.1%)であった。「学校・職場での授業や研修の実施」が年齢が上がるにつれて回答割合が低下した。「偽情報・誤情報対策を学べるテレビ番組の視聴」は年齢が上がるに従い、回答割合も上がった。
      • 3番目に高くなった「リテラシー能力診断テスト(ネット上で簡易に実施可能なもの)」は性別・年代によらず選択され、2~3割台であった。
    • SNSアカウントの真偽判定を行ったポイント 日本(アカウントの真偽判断別)
      • SNSをもした架空のアカウント(画像)を表示し、アカウントが本物か、偽物と思うか回答してもらった。
      • 「いいえ」と答えた人は「プロフィールの記載詳細」(57.5%)、「フォロワー数」(44.3%)、「外部リンク(gh.Ed8sj442B.vw)」(44.0%)となった。
      • 「プロフィールの詳細」は「いいえ」の人が最も高くなったが、「はい」と答えた人では6番目(9項目中)となった
    ▼資料5 プラットフォーム事業者による偽情報等の対応状況のモニタリング結果について(総務省)
    • ヒアリング結果に関する全体的な傾向
      • 多様なステークホルダーによる協力関係の構築や、特定のトピックに関する偽情報や誤解を招く情報の流布に関するポリシーの設定、ファクトチェック推進、ICTリテラシー向上に関しては、日本ファクトチェックセンターの創設を通じた協力関係の構築や一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構(SMAJ)での行動規範策定の議論が進んでいることなど、まだ十分とは言い切れないものの我が国においても取組が進められつつある。
      • Twitterを除くすべての事業者において、我が国における偽情報への対応及び透明性・アカウンタビリティ確保の取組の進捗は、前回ヒアリングと比較して、一部で進展が見られるもののほぼ同等であり、未だ限定的。特に、Twitterからは、口頭での発表が行われたものの、ヒアリングシート及び説明資料の提出がなく、透明性・アカウンタビリティ確保の取組について後退があった。
      • 第41回会合(2023年2月10日)に提供を依頼した自社における偽情報対策の取組事例に関する資料及び第43回会合(2023年4月13日)に提供を依頼した資料(ヒアリングシート及び説明資料)について、事務局から会合後に提出依頼を累次行ったが、現時点(2023年5月25日)までに、これらの資料について、提供がなかった。
      • 以下「すべての事業者」と記載する場合には、ヒアリングシートの提出があった、ヤフー、Google、LINE、Metaを指す(Twitterは含まない)。なお、Twitterによる取組については、第43回会合における発表の際に口頭で提供された情報を一部事務局において確認のうえ掲載している。
    • 「我が国における実態の把握」関係(2.関係)
      • すべての事業者において、前回ヒアリングに引き続いて、我が国における偽情報の流通状況に関する実態把握とその結果の分析・公開が十分に行われているわけではない。

    中国当局は、サイバー暴力の処罰に関する指針案について意見を公募すると発表しています。インターネット上の誹謗中傷や女性・子供を標的にした攻撃などに対する懸念が強まっていることが背景にあり、指針案では、サイバー暴力は通常の暴力と異なり、見知らぬ相手を攻撃対象にすることが多く、被害者は自分の権利を守るために「極めて大きな」負担を強いられると指摘、結果的に社会的死、精神異常、自殺などにつながるとしているます。指針案は公安省、最高人民検察院、最高人民法院が共同で作成、2023年6月25日まで意見を公募するとしています。ネット上での噂・誹謗中傷・個人情報の拡散といった行為を対象としており、加害者は刑事罰を受ける可能性がありますが、未成年者や障害者に対するサイバー暴力や、他人の尊厳を侵害する性的な話題の捏造、ディープフェイク技術の使用といった行為を防ぐために具体的にどのような罰則を導入するか詳細は記載されていません。

    (7)その他のトピックス
    ①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

    米ドルや円など法定通貨を裏付け資産とするステーブルコインを電子決済手段と定義した改正資金決済法が2023年6月1日に施行され、地方銀行などが年内にも発行する見通しです。モノの取引と決済を同時に済ませられるようになり、年間1000兆円規模の企業間決済の効率化につながる可能性が指摘されています。ステーブルコインは円やドルなどの法定通貨や国際商品などを裏付け資産にすることで価格が大きく変動しないように設計された電子決済手段で、世界にはテザーやUSDコインなどのステーブルコインがあり、国際送金や、暗号資産を購入するための待機資金の置き場として使われています。もともと暗号資産の一種とされますが、日本では暗号資産とは切り離して法律を整備、2022年6月に世界に先駆けてステーブルコインを規制する改正資金決済法が成立、金融庁は2022年12月から十分な資産保全を条件に、海外発行のステーブルコインの取り扱いを認める内閣府令などの改正手続きを実施、2023年6月1日の改正法の施行に合わせて制度改正に踏み切りました。改正法ではステーブルコインの発行者を銀行、信託会社、資金移動業者の3主体に限定し、流通を担う事業者には登録を義務づけたほか、海外で発行されたステーブルコインは国内で取引を担う流通業者に資産保全を義務付けることで利用者保護を徹底することとしています(モバイル専業銀行であるみんなの銀行、東京きらぼしフィナンシャルグループ、三菱UFJ信託銀行などがステーブルコインの発行を検討しています)。日本を含めて世界の中央銀行がデジタル通貨(CBDC)の発行を検討していますが、先進国で発行されるまでには3~4年かかるとみられ、経済がデジタル化するなか、決済や送金を瞬時に低コストで済ませたいとの声に応えるのが民間発のステーブルコインになります。なお、ステーブルコインと民間企業が発行する電子マネーとの違いについては、消費者がPayPayなどで支払いをした場合、受け取った店舗はこの資金をすぐに仕入れなどに使うことはできず、月末などに資金を精算する必要がありますが、ステーブルコインは受け取った後にすぐに使える点が大きく異なります。もう一つの違いは互換性で、PayPayに入金したお金をSuicaに振り替えることはできませんが、先端技術のブロックチェーン(分散型台帳)を基盤とするステーブルコインは技術的に交換しやすいといわれています。欧州議会は2023年4月、暗号資産市場規制法案(MiCA)を賛成多数で可決したほか、米国ではイエレン財務長官がステーブルコイン規制を「早急に法制化すべきだ」と主張、ステーブルコインを暗号資産から切り離して市場を整備する動きが加速しています。

    欧州中央銀行(ECB)のパネッタ専務理事はCBDC「デジタルユーロ」について、3~4年以内に開始する可能性があるとの見解を示しています。紙幣は需要がある限り利用できると述べています。デジタルユーロを他のCBDCと相互に運用できるよう、ECBは米、英、スイス、カナダ、日本、スウェーデンの中銀と緊密に連携しており、パネッタ氏は「われわれは進捗状況を比較する初期の段階にある」とし、さらに作業する必要があると述べています。「相互運用性は望ましいが、機密保持に関する各国の規則が異なればより困難なものになる」と指摘しています。

    とりわけ米において暗号資産への締め付けが強まっています。米証券取引委員会(SEC)は暗号資産交換業最大手のバイナンス、米コインベース・グローバルを相次いで提訴しました。摘発が相次ぐ背景には、いずれの業者も投資家保護の仕組みが不十分とみていることが挙げられます例えば、SECが有価証券と見なす複数のトークン(電子証票)について、バイナンスとコインベースが未登録のまま交換所で売買仲介したと主張しています。また、バイナンスについてはチャンポン・ジャオCEOが保有する別会社の口座に顧客資産を移すなど、資産を混同した疑いもあるとみています。SECはバイナンスの米国法人が運営する交換所の資産を一時的に凍結するよう、ワシントンの連邦地方裁判所に要請しています。2022年11月に経営破綻した同業のFTXトレーディングは顧客資産を流用し関連会社の損失を補填しており、米国投資家の資金はまだ返還されていないこともあり、SECは混乱の再発を防ぐため、異例ともいえる資産の凍結を探っている状況といえます。一方、バイナンスの米国法人「バイナンス・ドット・US」は、ドル建て資金の顧客による預け入れを停止したと発表しました。資金の引き出し停止は、提携する銀行がサービスを停止することに伴う措置だといい、「あらゆる顧客資産に1対1で対応する準備金を保持している」と強調、暗号資産同士の取引をする交換所の業務は継続するとしています。このようにSECは現行の証券法制の解釈で摘発を繰り返しています。SECを率いるゲンスラー委員長は暗号資産の「不要論」にまで言及するなど強硬で、直近も、業者の多くは「打算」を働かせた上でルールを軽視していると主張、「何十社もの暗号資産企業と議論してきて、業界の事業モデルが証券法違反を前提にしていることがわかった」、大半の暗号資産は有価証券であり、SECに登録すべきで、ほとんどの暗号資産交換所は証券法を守る必要があるとの見解を改めて表明しています。こうしたSECの姿勢には批判もあり、コインベースのブライアン・アームストロングCEOは「残念ながら、SECは安全で信頼できる業界をつくる明快なルールブックを作成する代わりに執行による規制というアプローチを取っている」とイベントで述べ、ツイッターに「SECは『執行による規制』のやり方をとり、米国に有害だ」と書き込んでいます。さらに2021年4月に同社がナスダックに上場する前からSECとビジネスの運営方法について対話を重ね「我々が上場企業になるのを許可した」とも語っています。顧客が保有する暗号資産を預け入れて報酬を受け取る「ステーキング」などの事業を後から問題視するのはおかしいという主張です。米国では暗号資産は投資契約を伴う「有価証券」なのか、あるいは金属や穀物のような「商品」なのか、という法的な位置づけすら決まっていません。あくまで証券法制の解釈での摘発は反発を生んでおり、今後は法整備が進むかが焦点になります

    日本は資金決済法で暗号資産交換業者に顧客資金の分別管理を義務づけているほか、欧州議会は2023年4月に暗号資産市場規制法案(MiCA)を可決しています。米国では州レベルで一定の規制はあるものの、連邦政府としては包括的な規制はなく、事業者にとってはSECが法的根拠を欠く裁量権を行使しているように映り、米国事業の不確実性が高まっている状況です。暗号資産ビジネスの不透明さが晴れるには米議会が規制法案を成立させる必要がありますが、与野党間の意見は隔たりが大きいのが現状で、法廷闘争を通じ、暗号資産の法的位置づけとSECの摘発の妥当性について司法の判断をあおぐというルートもありますが、法整備も司法判断の確定も数年単位で時間がかかると考えられます。SECは投資家保護を優先し暗号資産業界への締め付けを今後も強める可能性が高いとみられています。経営上のリスクを長期間抱えた状態では顧客や投資家が離れてしまう懸念もあります。相場急落を経て回復途上にあった暗号資産ビジネスは、再び生き残りを懸けた戦いを強いられています。

    米司法省は、暗号資産プラットフォームでの違法行為の取り締まりに向け暗号資産取引所への監視を強化しています。司法省の暗号資産執行チーム(NCET)の責任者エウン・ヤング・チョイ氏が英紙FTに語ったところによれば、司法省は、犯罪に自ら関与したり、マネー・ローンダリングといった犯罪を許している暗号資産企業に注目しており、司法省は2023年3月、暗号資産プラットフォーム「チップミキサー」の運営に関連したマネロン・ID窃取でベトナム人を起訴しています。チョイ氏は、暗号資産企業に対する斬新な取り締まりによって監視を強化し、これまでマネロン規制や個人情報保護規則を回避できていた企業や、確実なコンプライアンスやリスク軽減措置に投資していなかった人に「抑止メッセージ」を送ることを目指していると述べています。具体的な企業名は挙げず、訴追の可能性を検討する際、企業の規模は酌量事項にならないとしています。分散型金融に関連する犯罪、特にユーザーが異なるデジタルトークンを交換できる「チェーンブリッジ」や、そのような攻撃に脆弱なコードを持つ新興プロジェクトにも焦点を当てることになるとも述べています。

    証券監督者国際機構(IOSCO)は、暗号資産とデジタル市場を規制する初の国際ルールを提案しています。暗号資産業界では2022年、交換業者のFTXが破綻し、消費者保護を巡る懸念が強まりました。国ごとにルールが異なるため、国際ルールを求める声が出ていたもので、今回提案されたルールは、利益相反、市場操作、国境を越えた規制協力、暗号資産の保管、オペレーショナルリスク、個人顧客の扱いといった問題を取り上げています。従来の市場で確立された利益相反を防ぐ措置を応用しています。IOSCOは年内の最終決定を目指すと表明、世界の加盟機関が規制の穴を埋めるため、速やかに利用することを想定しています。IOSCOには、米証券取引委員会(SEC)、日本の金融庁、英金融行動監視機構(FCA)、ドイツ連邦金融監督庁(BaFin)などが加盟しています。暗号資産を巡っては、前述したとおり、EUの財務相理事会が2023年5月、市場規制法案(MiCA)を最終承認しています。暗号資産規制で包括的なルールが整備されたのは世界初で、英米などにも同様の措置を講じるよう圧力がかかっています。そもそも暗号資産は国境を容易にまたがる性質があり、利便性も悪用リスクも顕在化しており、これ以上、法域により規制が異なる状況を放置することは、極めて問題があったといえ、今後、どのような規制が国際的に講じられていくのか、注目していきたいと思います。以下、金融庁のサイトでIOSCOの「暗号資産・デジタル資産に関する勧告案」を確認することができます。現時点で仮訳が出ているのはプレスリリースのみとなります。

    ▼金融庁 証券監督者国際機構(IOSCO)による市中協議文書「暗号資産・デジタル資産に関する勧告案」の公表について
    ▼IOSCO メディアリリース(仮訳)
    • IOSCOはグローバルな暗号資産規制について基準を策定
      • 証券市場のグローバルな基準設定主体である証券監督者国際機構(IOSCO)は、本日、暗号資産規制に関して、世界中の法域に向けた詳細な勧告案の市中協議文書を公表した。
      • 暗号資産規制に係る国際基準を改善することを目的とした主要なイニシアティブの一環として、IOSCOは、顧客がどのように保護されるべきか、および暗号資産取引が公開市場で適用される基準をどのように満たすべきかを定めた。
      • IOSCO代表理事会のJean-Paul Servais議長は、「5月13日のG7財務大臣・中央銀行コミュニケで改めて認識されたように、暗号資産取引の特徴とも言える規制上の不確実性に終止符を打つ時が来た。本日の市中協議文書は、IOSCO 代表理事会の全会一致の支持を得ており、規制上のリスク分析、情報共有及び組織能力の構築に集中的に取り組んできた期間の成果である。これは、投資家保護および市場の公正性といった極めて明確かつ直接的なリスクに対処する上での転換点となるであろう。
      • IOSCOは、世界の証券市場の95%以上を規制する130の当局から構成されており、効果的で国際的に整合性のある勧告を行う上で最適な立場にある。IOSCO代表理事会による強力な支持は、規制のアービトラージリスクを制限するための、すべてのIOSCOメンバーによる勧告の適時実施を確保するものだ。グローバルな枠組みを通じてこれらの市場を監督しつつ、加盟当局間の協力を強化することは、投資家をより良く保護し、不法行為者を確実に抑止することに貢献する」と述べた。
      • 勧告を作成するために設置されたIOSCOの代表理事会直下の会議体である、フィンテックタスクフォースのLIM Tuang Lee議長は、「IOSCOの市中協議文書における勧告案は、本質的にクロスボーダーな性質を持つ暗号資産市場に対する規制上・監督上の期待とガードレールを設定するものである。暗号資産関連業者は、許容されるべきでない利益相反に対処する必要があり、また、顧客資金・資産が慎重かつ説明責任ある形で扱われるべきという顧客の権利について、より真剣に考慮する必要がある。暗号資産市場において投資家保護と市場の公正性が維持されることを確実にするため、規制当局は国境を越えて、さまざまな法域と協力し、暗号資産市場における投資家保護と市場の公正性の維持を確実にする時が来ている」と述べた。
      • IOSCOは、本勧告案に関する市中協議を開始しており、年末までに最終化することを目指している。その後各法域が、現在の規制枠組みを点検し、基準を遵守していることを確保し、ギャップがあれば速やかに是正することを期待する。

    その他、海外における暗号資産を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

    • 英議会の財務特別委員会は、暗号資産について、犯罪に使われる恐れがあり、消費者にとって非常にリスクが大きいことから、ギャンブルとして規制すべきだとする報告書を公表しています。報告書は、暗号資産全体の3分の2を占めるビットコインとイーサは、通貨や資産による裏付けがないため価格変動が非常に大きく、投資すれば全額を失う可能性があると指摘、こうした暗号資産を対象とする個人投資家の取引や投資の規制は、当局がお墨付きを与えたという誤解を消費者に与える恐れがあるため、金融サービスではなくギャンブルとして規制すべきだと訴えています。英国で暗号資産は現在、資金洗浄防止法の適用しか受けておらず、政府は初めての規制を計画しているところであり、英金融行動監視機構(FCA)は消費者に対して、暗号資産に投資すれば資金を全て失う可能性があると繰り返し警告しています。極論のようにも思えますが、本質的にはそれに近い部分もあり、結局、当局の「お墨付き」をどのレベルまで行うかがポイントとなりそうです
    • 香港で香港証券先物委員会(SFC)が、暗号資産サービス事業者のライセンス制度が始動しています。これを受け個人投資家の取引が下半期(7~12月)にも解禁される見通しとなりました。相次ぐ不祥事などで世界的に業界への規制が強まるなか、香港は逆に環境整備を進めることで取引ハブを築く狙いがあります。これまで香港では、暗号資産の売買は2018年から機関投資家らプロのみに規制されていましたが、個人の合法的な取引に道を開くことになります。ライセンス取得には交換業者で500万香港ドル(約8900万円)以上の資本金、マネー・ローンダリング対策、実務経験を持つ役員の起用などが要件になります。一方、SFCは免許申請をしない業者は「速やかに香港から撤退準備をしなければならない」としています。
    • 暗号資産業界で、マイニング(採掘)の計算に使うシステムの処理能力を人工知能(AI)向けに切り替える動きが目立っているといいます。暗号資産事業の採算が悪化しているためだということですが、株式市場では「AI関連」として投資家の関心が集まり、関連銘柄の株価が上昇しているようです。米マイニング中堅のアプライド・デジタルは2023年5月、マイニングの処理能力をAI向けに転用すると発表、ウェス・カミンズCEOは「マイニングよりAIの方が利益が出る」と述べています。市場はこの決断を好感、足元の株価は上昇、2023年に入りカナダのハット8マイニングなど複数の企業が同様の取り組みを公表しています。背景にはビットコイン市場の長引く低迷があり、競争激化も相まって収益性も低下するなか、生き残りには将来性が豊かな領域にシフトせざるをえない状況です。もっとも、マイニングに使う半導体をそのまま使っても、AIは効率よく動かせないといい、半導体の入れ替えなどが不可欠になるということです。
    • 北朝鮮がハッキングで日本の暗号資産事業者を標的にしていることが、日本経済新聞と英エリプティック社の共同分析で判明しています。本件については、2023年5月16日付日本経済新聞の記事「北朝鮮ハッキング、知人装う偽メールで侵入 日本に照準」に詳しく、以下、抜粋して引用します。

    2017年以降の被害額は約980億円で、世界全体の3割を占めていた。知人などを装ってメールを送り付ける手口で、市場拡大に期待する事業者の心理的な隙を突こうとしている。新しい分散型金融の仕組みも狙われており、政府による対策の後押しが欠かせない。…北朝鮮系のハッカー集団「ラザルスグループ」の典型的な手口とされるのが、こうした「なりすましメール」だ。心理的な隙につけ込んで情報を漏らすように仕向ける手法で「ソーシャルエンジニアリング」とも呼ばれる。もし社員が添付のリンクを開いていれば、そこを侵入口にして暗号資産が窃取されていた恐れがある。…日本を標的としている理由は大きく2つ考えられる。まず地政学的リスクだ。北朝鮮のハッカーはITインフラが乏しい同国内ではなく、自然に溶け込みやすいアジア各国に分散して活動しているとされている。…次に暗号資産市場の拡大だ。日本では2016年5月に成立した改正資金決済法で法規制が定まったことで取引が急増。日本暗号資産取引業協会(JVCEA)によると、2022年の現物取引高は約12兆円に上った。だが、市場の成長にセキュリティ面の整備が追いついていなかった。ビジネスチャンスを狙った事業者が相次いで新規参入。徐々に規制は強化されたものの、過去には暗号資産の管理に問題があると金融庁に指摘された事業者も少なくなく、安全性の穴を狙われたといえる。…最近狙われているのが、ブロックチェーン(分散型台帳)上のプログラムで取引する分散型金融(DeFi)だ。北朝鮮に関する日経新聞とエリプティックの共同分析でも、業態別で暗号資産交換会社(14億ドル)に次ぐ6億4千万ドルの被害があった。2022年3月にベトナムのDeFiサービス「ローニンネットワーク」が被害に遭い、FBIはラザルスグループによる攻撃と特定したと声明を出した。DeFiは市場規模が急拡大する半面、セキュリティが脆弱な事業者が多いとされ、かつての暗号資産と重なる。小宮山氏は「取引の本人確認規制を各国で整えたり、事業者のセキュリティ対策を国として支援したりする仕組みを検討すべきだ」と話している。

    最後に国内における暗号資産を巡るトラブル事例等について、最近の報道から、いくつか紹介します。

    • 急拡大する暗号資産取引を巡り、検察、国税当局が脱税への監視を強めています。東京地検特捜部が摘発した所得税法違反事件では、海外貿易会社幹部らが「節税セミナー」を開催し、顧客に脱税を指南していたとされます。報道によれば、「アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで決済すれば納税回避できる」と、2017年冬、東京都内のビルで開かれた「節税セミナー」には、暗号資産を保有する男女約30人が集まったといいます。講師を務めたのはドバイに本店を置く貿易会社「KPT General Trading LLC」の代理店業務をしていた被告(所得税法違反などで起訴)で、「節税」の構図を熱心に説いていたといいます。しかしながら、特捜部や東京国税局などの調べで、顧客の暗号資産は日本国内で換金されていたことが判明、被告は2022年6月~2023年3月、取引で生じた所得をKPTに帰属するように装い、顧客の申告から除外する手口で計約5億円を脱税したなどとして4度起訴されています。被告は暗号資産とKPT株を交換するとの虚偽の契約を顧客と結び、手に入れた暗号資産を現金化、そのうち約8%の手数料を差し引き、貸付金名目で顧客に送金していたといいます。国税庁が2017年に公表した見解によると、暗号資産取引で得た利益は「雑所得」で、年20万円超の場合は確定申告が必要です。
    • 暗号資産を巡るマルチ商法(連鎖販売取引)に不正に勧誘したとして、大阪府警は、東京都内の男を特定商取引法違反(不実の告知、書面不交付)の疑いで逮捕しています。報道によれば、新たに勧誘すれば紹介料が入る仕組みで、府警は、男のグループが暗号資産への投資名目で少なくとも7億円を集めたとみているといいます。男らは2022年6~9月、暗号資産への投資に勧誘する目的で大学生ら男女数人と個別に面会、「クーリングオフ(無条件解約)はできない」と虚偽の説明をしたほか、契約書を交付せずに契約を結んだ疑いがもたれており、投資費用として1人当たり数十万~百数十万円を受け取ったといいます。2022年から、「投資した金が返ってこない」との相談が相次ぎ、府警は2023年3月、グループの活動拠点だった大阪市内のマンションなどを捜索していたものです。
    • 金融庁は、経営破綻した暗号資産交換業大手FTXトレーディングの日本法人FTXジャパンに対し、金融商品取引法に基づく資産の国内保有命令を3カ月延長しています(期間は6月10日から9月9日まで)。業務改善命令も継続し、資産の国外流出を防ぎ、利用者保護に万全を期すとしています。FTXジャパンは2023年2月、顧客から預かる日本円などの法定通貨と暗号資産の返還を始め、資産の管理状況も定期的に周知するなど対応を進めているところです。
    ▼関東財務局 FTX Japan株式会社に対する行政処分について
    1. FTX Japan株式会社(本社:東京都千代田区、法人番号:7010401115356、以下「当社」という。)に対して令和5年3月9日付で発出した資産の国内保有命令の期限が令和5年6月9日に到来するものの、当社は、親会社であるFTX Trading LimitedによるFTXグループ会社に係る米国連邦破産法第11章手続の対象に含まれている状況であり、当社の資産が国外の関連会社等に流出し、投資者の利益が害されるといった事態を招かぬよう、引き続き、万全を期する必要がある。
      • 当社のこうした状況は、金融商品取引法(昭和23年法律第25号。以下「法」という。)第56条の3に定める「公益又は投資者保護のため必要かつ適当であると認める場合」に該当するものと認められる。
    2. 以上のことから、本日、当社に対し、法第56条の3の規定に基づき、下記のとおり行政処分を行った。なお、令和4年11月10日付で命じた法第51条の規定に基づく業務改善命令は継続している。
      • 資産の国内保有命令
        • 令和5年6月10日から令和5年9月9日まで、各日において、当社の貸借対照表の負債の部に計上されるべき負債の額(保証債務の額を含む)から非居住者に対する債務の額を控除した額に相当する資産を国内において保有すること(公益又は投資者保護の観点から問題がないものとして、当局が認めた場合を除く)。
    ②IRカジノ/依存症を巡る動向

    前回の本コラム(暴排トピックス2023年5月号)で取り上げたとおり、大阪府と大阪市がまとめたカジノを含む統合型リゾート(IR)の整備計画が政府に認定されたことを受け、大阪府と大阪市は、ギャンブル依存症を治療する医療機関の情報提供などを担う「大阪依存症センター」(仮称)の設置に向けた検討会議の第1回会合を開催しています。IRが開業する見通しとなり、2024年夏ごろまでに相談の受付時間など具体的な運営方針を決めたいとしています。IRについては、住民の中にギャンブル依存症を懸念する声が依然根強く残っており、報道によれば、会合に参加した久里浜医療センターの松下幸生院長は「夜間や休日にも対応するなど、相談のハードルを少しでも下げる必要がある」と指摘しています。一方、ギャンブル依存症の当事者や家族らでつくる団体は、依存症対策を考えるシンポジウムを大阪市内で開き、府議会全会派の議員も参加して議論、若年層を中心に依存症の予防と啓発強化に取り組む考えを示しています。報道によれば、主催団体の一つで公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」田中紀子代表は、インターネットを通じて金銭を賭けるオンラインカジノに熱中する人が増え、多額の借金を抱えるなどの相談が急増していると説明、大阪のIRでカジノを経験したことをきっかけにオンラインカジノを始める可能性があると指摘し、「IRがゲートウェイになる」として依存症対策の必要性を訴えています。なお、政府の審査では、「早期発見・早期介入のための取り組みの記載があまり見られず、今後の具体化が必要」と指摘されています。また、オンラインカジノについては、コロナ禍で世界的にオンラインカジノ市場が急成長しており、2021年時点の723億ドル(約9.5兆円)が6年後には2倍近くになるとの予測もある中、売り上げの8割を店舗型のカジノが占める大阪IRが期待通りの収益を上げられるかは不透明な状況との指摘もあります。

    海外におけるIR/カジノを巡る動向も確認しておきます。

    • ブラックストーンが買収した豪カジノ運営のクラウンリゾーツは、マネー・ローンダリング防止法違反による罰金4億5000万豪ドル(2億9400万ドル)の支払いに合意しています。富豪の創業者ジェームズ・パッカー氏が2022年売却に同意するまで支配していた同社は、広範なガバナンスの問題に対する申し立てを受け、同社が事業展開するすべての州で調査、また金融犯罪を監視する当局による調査を受け、支払いに同意したものです。2023年5月30日付ロイターの報道によれば、連邦裁判所の承認が必要なこの罰金は、オーストラリアの企業としては史上3番目の規模で、2020年以降の公聴会で組織犯罪への関連や従業員の安全軽視で非難されて以降、クラウンの罰金総額は6億8000万豪ドルに達しています。豪金融取引報告・分析センター(ASTRAC)トップのニコール・ローズ氏は声明で、「クラウンの違反は、明らかにリスクの高い様々な業務、行動、顧客関係が長年にわたってチェックされていなかったことを意味する」と述べています。クラウンは、中国人ギャンブラーを呼び寄せる外国人旅行代理店(ジャンケット)との取引を停止、ガバナンスの再構築を当局に示すため、経営陣の大半を2021年以降入れ替え、ブラックストーンは2022年、クラウンを89億豪ドルで非公開化しています。2023年7月に予定されている審理で連邦裁判所が罰金に同意した場合、その規模は過去に同じく罰則を受けたウエストパック銀行やコモンウェルス銀行に次ぐものとなります。本コラムでも紹介しているとおり、豪規制当局はここ数年、違反やコンプライアンス違反を理由に多くの企業にペナルティを課しており、中でも「ビッグ4」の銀行が多くの罰金を科されている状況にあります。
    • 5月のマカオのカジノ収入は前年比366%増の156億パタカ(19億3000万ドル)となりました。新型コロナウイルスの感染拡大初期だった2020年1月以来の高水準で、5月初旬の労働節の連休に約50万人の観光客が訪れたことが収入を押し上げたとされます。中国は2023年1月に厳しいコロナ規制を解除、本土からマカオに多くの観光客が押し寄せている状況です。

    依存症の関係では、以前、本コラムでも継続的に取り上げた香川県のゲーム条例について、瀬戸内海放送の記者が、当時の状況を記録した書籍が出版されています。ゲームなどの依存症対策として利用時間の目安を定めたこの条例については、高校生だった男性らが権利を必要以上に制限され、憲法で保障された自己決定権やプライバシー権を侵害していると訴えた裁判もあり、高松地方裁判所は条例の目的は合理性があり、憲法に違反しないと判断し、訴えを退けています。裁判長は「過度なゲームの利用は社会生活上の問題を引き起こす可能性が指摘されている。青少年は特に影響を受けやすく、予防すべき社会的要請が認められる」と述べ、条例の目的は合理性があると判断しました。そのうえで「条例が何らかの権利を制限すると考える余地があるとしても、努力目標で、罰則もなく必要最小限度の制約だ」として憲法に違反しないと結論づけました。

    ストーカーもまた、依存症の一種(ストーキング依存症)のレベルまで深刻化することもありますが、被害者の防衛策の強化とともに、「加害者」の治療(厳罰化ではなく無害化)も浸透しています。

    ③犯罪統計資料

    例月同様、令和5年1~4月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

    ▼警察庁 犯罪統計資料(令和5年1~4月分)

    令和5年(2023年)1~4月の刑法犯総数について、認知件数は209,011件(前年同期169,816件、前年同期比+23.1%)、検挙件数は80,861件(76,835件、+5.8%)、検挙率は38・7%(45.0%、▲6.3P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。最近は、検挙件数は前年を下回る傾向にあったものの、ここにきて増加に転じています。その理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は142,534件(113,990件、+25.0%)、検挙件数は47,387件(45,847件、+3.4%)、検挙率は33.2%(40.2%、▲7.0P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は30,229件(27,639件、+9.4%)、検挙件数は19,788件(19,145件、+3.4%)、検挙率は65.5%(69.3%、▲3.8P)と、最近減少していたところ、認知件数が増加に転じています。また凶悪犯の認知件数は1,597件(1,315件、+21.4%)、検挙件数は1,342件(1,112件、+20.7%)、検挙率は84.0%(84.6%、▲0.6P)、粗暴犯の認知件数は18,334件(15,480件、+18・4%)、検挙件数は14,813件(13,058件、+13.4%)、検挙率は80.8%(84.4%、▲3.6P)、、知能犯の認知件数は15,056件(11,690件、+28.8%)、検挙件数は5,945件(5,893件、+0.9%)、検挙率は39.5%(50.4%、▲10.9P)、とりわけ詐欺の認知件数は13,879件(10,598件、+31.0%)、検挙件数は5,092件(4,900件、+3.9%)、検挙率は36.7%(46.2%、▲9.5P)などとなっており、本コラムで指摘してきたとおり、コロナ禍において詐欺が大きく増加、アフターコロナの現時点においても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺なども大きく増加傾向にある点が注目されます。刑法犯全体の認知件数、とりわけ知能犯、詐欺については増加傾向にあり、引き続き注意が必要な状況です(そして、検挙率がやや低下傾向にある点も気がかりです)。

    また、特別法犯総数については、検挙件数は21,391件(20,274件、+5.5%)、検挙人数は17,647人(16,661人、+5.9%)と2022年同様、検挙件数・検挙人員ともに減少傾向が続いていたところ、今年に入って以降、ともに増加に転じた点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は1,764件(1,297件、+36.0%)、検挙人数は1,266人(967人、+30.9%)、軽犯罪法違反の検挙件数は2,441件(2,163件、+12.9%)、検挙人数は2,434人(2,156人、+12.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は3,288件(2,791件、+17.8%)、検挙人数は2,536人(2,143人、+18.3%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は381件(300件、+27.0%)、検挙人数は324人(241人、+34.4%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は141件(139件、+1.4%)、検挙人数は42人(63人、▲33.3%)、不正競争防止法違反の検挙件数は15件(18件、▲16.7%)、検挙人数は19人(23人、▲17.4%)、銃刀法違反の検挙件数は1,640件(1,472件、+11.4%)、検挙人数は1,373人(1,282人、+7.1%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、入管法違反、軽犯罪法違反、迷惑防止条例違反やストーカー規制法違反、不正アクセス禁止法違反等が増加している点が注目されます。また、薬物関係では麻薬等取締法違反の検挙件数は340件(309件、+10.0%)、検挙人数は214人(179人、+19.6%)、大麻取締法違反の検挙件数は2,083件(1,807件、+15.3%)、検挙人数は1,678人(1,419人、+18.3%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は2,113件(2,590件、▲18.4%)、検挙人数は1,454人(1,748人、▲16.8%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がこのところ減少傾向が続いていたところ、今年に入って以降、増加している点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が継続しており、特筆されます(覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。したがって、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところです)。なお、麻薬等取締法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

    また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について総数175人(149人、+17.4%)、ベトナム56人(50人、+12.0%)、中国27人(22人、+22.7%)、フィリピン8人(5人、+60.0%)、ブラジル8人(9人、▲11.1%)、スリランカ8人(15人、▲46.7%)、アメリカ6人(1人、+500.0%)などとなっています。

    一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数は2,887件(2,951件、▲2.2%)、検挙人員は1,717人(1,798人、▲4.5%)と、刑法犯と名異なり、検挙件数・検挙人員ともに継続して減少傾向にある点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じており、アフターコロナにおける今後の動向に注意する必要があります。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は180件(201件、▲10.4%)、検挙人員は160人(205人、▲22.0%)、傷害の検挙件数は281件(297件、▲5.4%)、検挙人員は334人(327人、+2.1%)、脅迫の検挙件数は93件(116件、▲19.8%)、検挙人員は84人(122人、▲31.1%)、恐喝の検挙件数は107件(96件、+11.5%)、検挙人員は113人(134人、▲15.7%)。窃盗犯の検挙件数は1,327件(1,323件、+0.3%)、検挙人員は212人(245人、▲13.5%)、詐欺の検挙件数は544件(486件、+11.9%)、検挙人員は459人(398人、+15.3%)、賭博の検挙件数は8件(9件、▲11.1%)、検挙人員は36人(48人、▲25.0%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、減少傾向から増加傾向に転じ高止まりしている点が特筆され、全体的には高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測されることから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は1,329件(1,757件、▲24.4%)、検挙人員は878人(1,190人、▲26.2%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は4件(2件、+100.0%)、検挙人員は2人(7人、▲71.4%)、軽犯罪法違反の検挙件数は23件(29件、▲20.7%)、検挙人員は17人(25人、▲32.0%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は10件(10件、±0%)、検挙人員は21人(24人、▲12.5%)、銃刀法違反の検挙件数は21件(30件、▲30.0%)、検挙人員は13人(19人、▲31.6%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は46件(58件、▲20.7%)、検挙人員は22人(21人、+4.8%)、大麻取締法違反の検挙件数は306件(295件、+3.7%)、検挙人員は192人(181人、+6.1%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は701件(1,007件、▲30.4%)、検挙人員は438人(642人、▲31.8%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は39件(66件、▲40.9%)、検挙人員は16人(46人、▲65.2%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯について、前月、検挙件数が減少に転じたものの再度増加に転じるなど、今年に入って増減の動きが激しくなっていること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していることなどが特徴的だといえます(覚せい剤については、前述のとおりです)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

    (8)北朝鮮リスクを巡る動向

    北朝鮮は2023年5月31日朝、日米韓などの自制要求を無視して「軍事偵察衛星」を打ち上げました。失敗に終わったものの、偵察衛星の運用は金正恩朝鮮労働党総書記が示した絶対的な命令で、軍事情報の収集能力強化やミサイルの性能向上につなげる狙いがあり、再び打ち上げを強行するのは必至の情勢です。北朝鮮国営の朝鮮中央通信は、「軍事偵察衛星の発射時に事故発生」との表題で打ち上げ失敗を報じました。衛星を搭載した事実上の長距離弾道ミサイルのエンジンに異常が発生したとし、発表時間は発射から約2時間半後と比較的早く、発射後の状況把握能力を示そうとしたとみられています。北朝鮮の宇宙空間での撮影や地上へのデータ送信などの高度な技術を保有しているかについては懐疑的な見方が強いものの、複数の衛星を打ち上げる方針を示唆しており、長期間をかけて偵察能力を高めようとしています。背景には、北朝鮮は米本土に到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)の保有を目指しており、衛星打ち上げを通じ、ミサイルの性能向上につなげる思惑もあると考えられます。衛星を打ち上げるロケットとICBMの構造は、共通している部分が多く、3段式ロケットの分離や衛星の宇宙軌道への投入などは、ICBMにも応用できるとされます。打ち上げ失敗を伝えた朝鮮中央通信は、今回打ち上げた「衛星運搬ロケット」は新型だと説明しており、飛距離の向上を図った可能性が指摘されています。一方、早期の再打ち上げは開発コストがさらに膨らむことを意味し、巨額の資金で兵器開発を進める一方、新型コロナウイルス対策名目での国境封鎖を今も継続する北朝鮮では、住民の生活苦が続いています。また、今回は打ち上げた衛星やロケットの一部が韓国軍に回収されたことも大きな痛手で、機材の分析から技術の進展具合や素材の輸入先などがわかる可能性も指摘されています。ただし、失敗に備えてあらかじめもう1基用意されている可能性が高く、今後、失敗を取り返すため急速に発射準備を進めるとみられる一方、再び失敗することはできず、慎重にならざるを得ないともいえます。対する日韓両政府は、再び強行する可能性もあるとみて警戒を続けており、予告期間が終了するまで、日本の領域への落下物に備え、自衛隊に対する破壊措置命令を維持し、情報収集や警戒・監視に全力を挙げる方針を示しています。米政府系放送局ボイス・オブ・アメリカ(VOA)は、衛星写真を基に北朝鮮北西部・東倉里の「西海衛星発射場」で、ロケットを垂直に立てる設備の移動が見られたと報じています(同様の動きは5月31日の打ち上げ前にも確認されており、2回目の打ち上げを行う兆候との見方もあります)。また、米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は、発射のたびに軍事技術の改良につながると懸念を示し、「主要な懸念は失敗しようが成功しようが、発射のたびに金正恩総書記とその科学者・技術者が学習・改善し、地域の脅威となる軍事能力を開発し続けることだ」と語っています。さらに、改めて対話も呼びかけ、同氏は「米国は朝鮮半島の非核化を話し合うため前提条件なしに北朝鮮と対話する意思があると一貫して表明してきた」、「様々な方法で北朝鮮に伝えてきた。今日まで北朝鮮は受け入れていない」と述べています。

    「軍事偵察衛星」発射後、日米韓3カ国防衛相会談が開催され、北朝鮮のミサイル警戒情報を3カ国がリアルタイムで共有するシステムの初期運用を数カ月以内に開始することで合意しています。年内の本格稼働を目指すとしており。浜田防衛相氏は、「北朝鮮により発射されたミサイルの脅威を探知し、評価する各国の能力を向上させるためのものであり、早期に実現できるようしっかりと取り組んでいく」と述べていますた。新たなシステムは現在、自衛隊と在日米軍、韓国軍と在韓米軍がそれぞれ別々に運用しているレーダーなどの「指揮統制システム」を、米国経由で接続、日本としは、発射地点に近い韓国のレーダー情報を即時に得ることで、全国瞬時警報システム(Jアラート)の発令の迅速化や、万が一に迎撃する場合の精度向上などにつなげる狙いがあるとされます。また、韓国は、変則的に滑空飛行して防衛網突破を狙う北朝鮮の新型兵器を迎撃するシステムの独自開発に乗り出すと報じられており、成功すれば世界初ということです。防衛事業庁は、長距離地対空ミサイル「LSAM2」の開発を来年本格化させることを決め、LSAMの改良型で、迎撃範囲を約3倍に拡大する高高度対応のミサイルと、変則軌道で滑空する兵器に対応するミサイルの確保を目標としています。一方、北朝鮮は、ミサイルの攻防戦で「ゲームチェンジャー」と言われる極超音速滑空兵器の開発も進めており、2021~2022年に「極超音速ミサイル」と称して発射実験を複数回行っています。まだ開発初期段階とみられるが、李国防相は2022年8月、「現在、韓国が保有する能力では迎撃は難しい」と話し、危機感をあらわにしていました。

    北朝鮮の軍事偵察衛星の打ち上げを受け、国連安全保障理事会は日本や米国、英国など7カ国の要請で緊急会合を開催しました。各国から北朝鮮を非難する発言が相次いだものの、今回も一致した対応を取れませんでした。中国やロシアが依然として北朝鮮への非難に反対の立場を示しているためです。報道によれば、米国のロバート・ウッド代理大使は「北朝鮮の衛星打ち上げを、最も強い言葉で非難する。今後さらに違法な兵器や弾道ミサイルの開発計画が進む可能性があるため、安保理は打ち上げの失敗を無視することはできない」と指摘、マルタの代表は「ICBMの発射に対し、安保理が対応できていないことは遺憾だ。北朝鮮による違法行為が当たり前になり、世界中の核拡散の危機に対し我々が無力であると受け入れていることを意味するだろう」と述べています。。一方、北朝鮮は、グテーレス事務総長が声明で打ち上げを批判したことに対し、「国連加盟国としての主権的権利を侵害する、極めて不公正で不均衡で内政干渉的な行為として断固糾弾、排撃する」と反発、「我々は軍事偵察衛星打ち上げを含む主権的権利を引き続き堂々と行使していく」と主張しています。北朝鮮による「軍事偵察衛星」の打ち上げを受け、国連の安全保障理事会が緊急会合を開いたことに対し、また、北朝鮮の金与正朝鮮労働党副部長は「主権侵害だ」、「米国と追従勢力の軍事的脅威への対応措置」、「衛星打ち上げを含む主権国家の権利を引き続き行使する」と述べ、再度の打ち上げを行うと強調しています。さらに、国際海事機関(IMO)が衛星打ち上げを批判する決議を採択したことを批判し、「(打ち上げの)事前通告はこれ以上必要ない」と主張する評論家の論評を報じています。

    さて、北朝鮮の朝鮮中央通信は、岸田首相が日朝首脳会談実現のために高官協議を行いたいと述べたことに絡み「日本が新たな決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら、朝日両国が会えない理由はない」とするパク・サンギル外務次官の談話を伝えています。北朝鮮が公式に日朝協議に前向きの姿勢を見せたのは2016年1月の核実験などを理由に日本が独自制裁強化を決め、北朝鮮が当時約束していた拉致問題の再調査を中止して以来とみられます。とはいえ、こうした態度変化は日米韓連携を乱すワナなのか、見極める必要があります。2023年2月には拉致被害者の「家族会」が被害者や家族の時間的制約を背景に、全ての拉致被害者の即時一括帰国を条件に日本政府による北朝鮮への人道支援に「反対しない」方針を打ち出しており、岸田首相としてもなんとか局面を打開したいと考えており、北朝鮮が談話を出してきたのはこの2日後となります。韓国で尹錫悦大統領が誕生し日韓、日米韓の安全保障連携が強まる中、北朝鮮が分断工作を仕掛けてきた可能性は否定できません。直近、日米韓の連携強化が確認されたこどで、こうした動きに北朝鮮が態度を硬化させてくる可能性も考えられるところです。

    韓国政府は2日、北朝鮮のハッカー組織「キムスキー」を独自制裁の対象に指定したと発表しています。キムスキーは韓国などにサイバー攻撃を繰り返し、軍事兵器や人工衛星の先端技術を盗んできたとされ、北朝鮮による「軍事偵察衛星」の打ち上げにも関与したとみられています。キムスキーは北朝鮮の偵察総局傘下の組織で、軍事やエネルギー、インフラ分野を対象に企業や国際機関の機密情報を狙っており、暗号資産の奪取も手掛け、違法に得た資金や情報を北朝鮮に提供しているとされます。韓国政府は制裁と同時に「韓国政府が独自に識別したキムスキーの暗号資産のウォレットアドレスも(制裁対象の)識別情報に一緒に登録した」と明らかにしています。北朝鮮のサイバー攻撃は主に身代金要求型ウイルスのランサムウエアと、暗号資産交換所から盗み出すハッキングの2種類があり、韓国政府は北朝鮮が偵察衛星を打ち上げた場合に「応分の代価」を払わせると警告しており、今回の制裁措置はその一環とみられます。さらに、米国務省と連邦捜査局(FBI)、韓国外務省などは、キムスキーが各国の研究者らを標的に違法なサイバー攻撃を続けているとして、注意を呼びかける共同勧告を出しています。成り済ましの手法などで外交に関する情報や非公開の文書、通信記録を収集していると指摘しています。報道によれば、キムスキーは実在のジャーナリストらを装ったメールアドレスを作成し、シンクタンクなどに所属する標的の人物に接近、」インタビューの依頼や調査の実施を装い、やりとりを重ねる中で情報を引き出していたといいます。国務省などはサイバーセキュリティの強化や不用意にファイルを開かないなどの対策を要請、被害に遭ったとみられる人々に対して情報提供を呼びかけています。また、韓国外務省は、北朝鮮の核・ミサイル開発の資金源となる外貨稼ぎのため、違法なサイバー活動に関与したとして、同国のIT関連企業など3団体と技術者ら7個人を制裁対象に指定したほか、米政府も制裁対象を発表します。3団体は、北朝鮮の国防省傘下でロシアや中国、ラオスにIT技術者を派遣している企業や、朝鮮労働党軍需工業部傘下の企業、IT・サイバー分野の教育機関、7個人はその責任者などで、ラオスの北朝鮮レストランを運営する人物も協力者として制裁対象に指定しています。IT労働者の訓練をしたり、暗号資産などを盗むサイバー攻撃に関与したりしたと指摘、「外貨稼ぎを直接遂行する組織や人材だけでなく、養成機関や協力者まで包括的に制裁することで、活動全般を制約する効果が期待できる」としています。なお、北朝鮮のサイバー攻撃等の状況については、2023年6月2日付日本経済新聞の記事「北朝鮮、サイバー攻撃で外貨収入5割を確保 米政府高官」に詳しく報じられていますので、以下、抜粋して引用します。

    北朝鮮が外貨収入の5割をサイバー攻撃で獲得していると米政府が分析していることが分かった。米国や韓国は民間企業と連携してサイバー対策を急ぎ、北朝鮮の核・ミサイル開発の阻止を狙う。…バイデン米政権は北朝鮮の核・ミサイル開発の資金源を封じる構えだ。…「北朝鮮の体制にとって重大な収入源だ」と言及した。サイバー攻撃による窃取が2018年以降に急増し、それからの5年間でミサイル発射も急増したと指摘。ミサイル開発の主要な財源になっているとの見方に触れた。北朝鮮は新型コロナウイルスの感染拡大で海外との貿易取引を大幅に減らした。外貨収入の減少を補うためサイバー攻撃に依存を強めた公算が大きい。従来は中国に石炭などを密輸して外貨を稼ぐケースが目立った。韓国政府は北朝鮮が22年、サイバー攻撃による暗号資産の奪取で7億ドル以上、IT人材の海外活動で数億ドル以上を稼いだと推計する。暗号資産奪取は最大17億ドルとする民間推計もある。韓国政府によると、北朝鮮はサイバー人材を駆使してミサイル開発資金を調達している。1万人規模のサイバー攻撃部隊を使い、仮想通貨の取引所から直接窃取したり企業が保有するデータをのっとり身代金を要求したりといった手法で金銭を盗む。さらに海外に派遣されたIT人材が国籍を偽って仕事を受注し外貨を稼いでいるとされる。数千人をアジアやアフリカなどの各国に送り込み、数人で生活しながらフリーランスのIT技術者としてオンラインで仕事を請け負う。北米や欧州、アジアの先進国のモバイルアプリ開発業者などが狙われるという。…同高官は「北朝鮮の手口に関して注意を喚起し、民間企業にその危険性をもっと意識してもらえるようにしたい」と語り、企業と協力を深める方針を示した。

    韓国の情報機関・国家情報院は、2023年5月上旬に北朝鮮から逃れた脱北者について、同国の厳しい新型コロナウイルス規制が脱出を決断した理由だったと発表しています。報道によれば、10人近くの北朝鮮人グループは5月6日夜に船で黄海の北方限界線を越えたといい、国家情報院は「脱北者らは『韓国のテレビを以前見て、韓国社会に憧れていた』と証言している。その後はコロナで社会統制が厳しくなり、彼らは北朝鮮の体制に嫌気がさした」と明らかにしています。コロナ流行時に北朝鮮が国境管理を厳しくしたため、韓国への脱北者数はここ数年激減しており、韓国統一省によると、コロナ流行前の2019年には1047人だったのに対し、2022年はわずか67人だったといいます。関連して、北朝鮮国民にとって長い間、北部国境は外界の情報を得たり、貿易取引をしたり、あるいは亡命したりする上で最も利用されてきた地域だったところ、2020年に世界中で新型コロナウイルスのパンデミックが発生すると、金正恩朝鮮労働党総書記が率いる指導部は中国およびロシアとの国境を封鎖する大規模な取り組みを開始し、密航者や亡命者が出入りするルートを閉鎖、それ以来、北朝鮮政府は国境地帯に何百キロにもわたる新たなフェンスや壁、警備所を建設したことが人工衛星画像で確認され、外国からの情報や物資、人の流入をより厳しく統制することができるようになりました。これまで北朝鮮政府や国営メディアは、この国境封鎖の取り組みについてほとんど言及していませんが、政府当局者は新型コロナウイルスや他の「外国の物質」を寄せ付けないため、セキュリティを強化したと指摘しています。金総書記は2022年行った新型コロナウイルスへの勝利宣言の際に「国境と前線、沿岸、海と空における全体的な多重の遮断壁」の「完全性を確保」するよう担当者に指示しています。

    一方、直近では、北朝鮮が国連安全保障理事会の制裁をかいくぐり、貿易の拡大に動き出しています。中国との貿易総額は2023年1~4月に新型コロナウイルス禍前の9割に回復しています。なお、北朝鮮にとって中国との輸出入額は国全体の9割強を占めています。国連安保理は2017年、北朝鮮に対する制裁を強化し、稼ぎ頭だった石炭や鉄、海産物、繊維製品などの輸出を禁止しましたが、カツラや時計などの軽工業品は現在も制裁対象外のままです。繰り返しとなりますが、北朝鮮は2020年1月、中国でのコロナ拡大を受けて、外国との人の往来を禁止する国境封鎖を開始、2020年10月以降はトラックや船、鉄道による輸送がほぼ止まり、貿易額も激減しました。その後、船による輸送を再開し、2022年9月には丹東と新義州間で貨物列車の運行も開始され、鉄道の運行本数も2023年は2022年より増えるなど、事実上の制裁破りも行われているようです。中国は2022年12月以降に全国でコロナの感染者が急増した後、いったんは感染状況が落ち着きましたが、足元ではじわりと増えており、専門家は「北朝鮮は医療体制が脆弱なため、中国からのコロナ流入を危惧している。中国の感染状況をにらみながら、国境開放の時期を慎重に探るだろう」と指摘しています。

    その他、北朝鮮を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

    • 北朝鮮専門サイト「NKプロ」は、北朝鮮北西部の空軍基地の滑走路に軍事用無人機(ドローン)とみられる物体が置かれていたことが、2023年6月3日撮影の衛星写真で分かったと報じています。報道によれば、長さ20メートル程度の細い翼を持ち、米軍の無人偵察機MQ9に形状が似ているといい、実験が行われた可能性も指摘されています。北朝鮮はこれまでもドローンを韓国上空に侵入させており、2021年1月の党大会では金総書記が、軍事偵察衛星とともに「500キロ先まで精密に偵察できる無人偵察機」を開発すると表明しており、研究を重ねているものと考えられます。
    • WHO総会は、執行理事会(34カ国)のうち3年の任期切れを迎えた10カ国に代わるメンバーに、ウクライナなどを選出しています。地域ごとに推薦された候補国が総会で承認されるのが通例であるところ、ウクライナが理事国となることにロシアが猛反発し、投票に持ち込まれる異例の事態となりました。総会でロシアは、WHOが政治化しているなどと批判、今回、北朝鮮も理事国に選ばれており、米国が「深刻な懸念」を表明し、北朝鮮や中国が反論するなどしています
    • オーストラリアに拠点を置く人権団体「ウォークフリー」は、強制労働や強制結婚などの「現代の奴隷」状態に置かれている人が、北朝鮮で最も多いと発表しています。公表された世界の奴隷に関する2023年版の報告書の中で、2021年に「現代の奴隷」状態にある人は約5000万人に上り、前回統計を取った2016年から約1000万人増加、5000万人のうち、約2800万人が強制労働に従事し、約2200万人が強制的な結婚生活を送っているといいます。最も規模の大きい北朝鮮では1000人中約105人が「現代の奴隷」状態で、次いでエリトリア(1000人中約90人)とモーリタニア(同約32人)が多かったといいます。団体は「武力紛争の増加と複雑化、広がる自然環境の悪化」に加え、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大なども影響したと強調しています。
    • 鳥取県内の海岸に、北朝鮮のものとみられる無人の木造船や木片が相次いで漂着しています。近年は年間0~2件で推移していたところ、2022年は5件確認され、2023年はすでに7件と急増、北朝鮮の専門家は、新型コロナウイルスの影響で控えていた漁船の出漁が、規制の緩和で増えたためではないかとみています。本コラムでも以前取り上げたとおり、木造船を含む北朝鮮の漁船は日本海の好漁場「大和堆で多く確認されていますが、日本の排他的経済水域(EEZ)内にあり、水深が深くてイカやカニがとれることで知られています。専門家は「さらなるお金を稼ごうと沿岸漁業用の木造船で、危険を冒して大和堆に出てきて難破するケースがある」と指摘しています。イカやカニは秋や冬にとれる一方、日本海はよく荒れ、難破後に北西からの季節風にのせられて日本海側に漂着するのではないかと考えられています。全国では木造船・木片の漂着は、2018年には225件を記録しましたが、コロナ禍の2020年は77件、2021年は18件にとどまっていましたが、2022年は49件に増え、2023年は5月12日までに17件ありました。水産庁によると、大和堆周辺での北朝鮮の漁船の違法操業に対する退去警告件数は2018年が5201件、2019年が4007件ありましたが、コロナ禍の2020年は1件、2021年は0件に激減、一方、2022年は19件と増加に転じました。専門家は「医療資源の少ない北朝鮮はコロナ下で徹底した感染対策を取り、出漁をさせていなかったが、2022年春から緩和したことが関係しているのではないか」と指摘しています。

    軍事偵察衛星発射の際、日本ではJアラートが発令されました。飛翔体は日本の領域には落下せず、Jアラートは30分程度で解除されましたが、Jアラートの発令を受け、沖縄都市モノレール(ゆいレール)は一時、運行を停止し、通勤・通学客ら1265人に影響が出ました。なお、今回、ミサイルが発射されたもようだと沖縄県に避難を呼びかけたのは防衛省発表の打ち上げ時間から2分後でした。本コラムでもたびたび取り上げているとおり、Jアラートは発信の遅さで批判を浴びてきました。2022年10月に北朝鮮がミサイルを発射した際は、青森県上空を通過したのとほぼ同時刻の発令でした。その後、対象地域を絞り込まずに発令の迅速性を重視する仕組みに変えるなどの改良を進めています。一方で、いくら避難を促しても身を守る避難施設の整備が進まなければ国民保護は実効性を欠くことになります。2022年4月時点でミサイル攻撃への安全性が高いとされる地下の「緊急一時避難施設」は沖縄県に6カ所しかなく、台湾に近い先島諸島は石垣市の1カ所にとどっています。

    3.暴排条例等の状況

    (1)暴力団排除条例の改正動向(宮城県)

    宮城県暴排条例が2023年7月1日付で改正されます。改正の内容は、「祭礼等における措置規定」の新設、「暴力団事務所の開設及び運営禁止規定」及び「暴力団事務所への青少年立ち入らせ禁止規定」の新設、「暴力団排除特別強化地域における禁止行為規定」の新設、「立入等の調査規定」の新設、「公安委員会の事務の委任規定」の新設、「罰則・両罰規定」の新設となります。改正の趣旨として、「本条例は、県民生活の安全と平穏を確保するとともに、県における経済活動の健全な発展に寄与することを目的として、平成23年4月1日に施行され、官民一体となった暴力団排除活動を推進した結果、暴力団の資金源剥奪や構成員の拡大阻止に一定の効果が認められました。しかしながら、六代目山口組と神戸山口組の抗争が継続的に発生するなど、本条例制定時から暴力団情勢が変化しており、県外暴力団組織が罰則規定のない当県に進出し、活動拠点として、暴力団事務所を開設することが予想されるほか、県内の主要な歓楽街や繁華街では、いまだに事業者が暴力団と交際し、その関係の遮断が図られていない実態も認められます。そこで、現在の暴力団を取り巻く社会情勢の変化に応じた規制の強化が必要であると判断し、条例を改正して対応することとします」と明記されており、全国で相次いで改正されている内容について、よく研究されたうえで一通り網羅したものとなっています。

    ▼宮城県警察 暴力団排除条例」の一部改正案の概要
    1. 「祭礼等における措置規定」の新設
      • 祭礼、花火大会、興行等の主催者又は運営者に対し、行事運営に暴力団又は暴力団員を関与させないなど、必要な措置を講ずるように努めることを明記し、祭礼等における措置を定めるものです。
    2. 「暴力団事務所の開設及び運営禁止規定」及び「暴力団事務所への青少年立ち入らせ禁止規定」の新設
      • 暴力団事務所の存在自体が、そこに出入りする暴力団員の雰囲気と相まって、青少年健全育成に悪影響を及ぼすものであるほか、暴力団組織が暴走族や不良行為少年を組織に獲得することを目的に、勧誘活動を繰り返している実態が認められることから、青少年の健全育成に資する環境を整備するため、暴力団事務所の開設及び運営の禁止並びに暴力団事務所に青少年を立ち入らせる行為を禁止するものです。
        1. 「暴力団事務所の開設及び運営禁止規定」の新設
          1. 保護対象施設の周囲200メートルの区域内での暴力団事務所開設及び運営禁止
            • 保護対象施設に学校、図書館、博物館、公民館、児童福祉施設、家庭裁判所、保護観察所、少年鑑別所、少年院及び都市公園を規定し、周囲200メートルの区域内での暴力団事務所開設及び運営を禁止するとともに、違反者には、罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)を科すものです。
          2. 都市計画法に規定する区域内での暴力団事務所開設及び運営禁止
            • 都市計画法(昭和43年法律第100号)に規定する第1種低層住居専用地域、第2種低層住居専用地域、第1種中高層住居専用地域、第2種中高層住居専用地域、第1種住居地域、第2種住居地域、準住居地域、田園住居地域、近隣商業地域及び商業地域での暴力団事務所開設及び運営を禁止するとともに、違反者に対する中止命令を可能にし、命令に違反した者には、罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)を科すものです。
        2. 「暴力団事務所への青少年立ち入らせ禁止規定」の新設
          • 暴力団員が活動拠点としている暴力団事務所に青少年を立ち入らせる行為を禁止するとともに、違反者に対する中止命令及び再発防止命令を可能にし、命令に違反した者には、罰則(6月以下の懲役又は50万円以下の罰金)を科すものです。
    3. 「暴力団排除特別強化地域における禁止行為規定」の新設
      • 暴力団の主たる活動地域である下記「表1(省略)」記載の区分及び区域を暴力団排除特別強化地域とし、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(昭和23年法律第122号。以下「風適法」という。)に規定する風俗営業等の下記「表2(省略)」記載載の営業(特定営業)を営む者を特定営業者として、暴力団排除特別強化地域における特定営業者と暴力団員との下記「表3」記載の行為を禁止するとともに、違反した暴力団員及び特定営業者には、罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)を科すものです。
      • なお、積極的な申告を促すため、特定営業者には、自首減免規定を適用するものです。
        • ※風俗案内業 風俗案内を行うための施設を設けて、風俗案内を行う営業
        • ※客引き 道路その他公共の場所において、不特定の者に対し、次に掲げる行為のいずれかを行う営業
          • 風俗営業等に関し、客引きをすること。
          • 風俗営業等に関し、人に呼び掛け、又はビラその他文書図画を配布し、提示して客を誘引すること。
        • ※スカウト 道路その他公共の場所において、不特定の者に対し、次に掲げる行為のいずれかを行う営業
          • 風俗営業等の役務に従事するよう勧誘すること。
          • 写真又は映像の被写体となる役務であって、対価を伴うものに従事するよう勧誘すること。
      • 表3 禁止行為
        • 暴力団員
          • 用心棒の役務を提供すること
          • 用心棒料等の利益の供与を受けること
        • 特定営業者
          • 用心棒の役務の提供を受けること
          • 用心棒料等の利益を供与すること
    4. 「立入等の調査規定」の新設
      • 都市計画法に規定する区域内での暴力団事務所開設及び運営禁止規定並びに暴力団事務所への青少年立ち入らせ禁止規定に違反する行為が行われた疑いがある場合における調査権限(建物への立入り、物件の検査、暴力団員への質問等)を規定するものです。
      • また、立入拒否、質問拒否又は虚偽答弁をした者には、罰則(20万円以下の罰金)を科すものです。
    5. 「公安委員会の事務の委任規定」の新設
      • 都市計画法に規定する区域内での暴力団事務所開設及び運営禁止規定並びに暴力団事務所への青少年立ち入らせ禁止規定による中止命令について、機動的かつ迅速に命令を行うため、公安委員会の事務を警察署長に委任するものです。
    6. 「罰則・両罰規定」の新設
      • 暴力団事務所開設及び運営禁止規定、暴力団事務所への青少年立ち入らせ禁止規定、暴力団排除特別強化地域における禁止行為規定並びに立入等の調査規定について、その実効性を期すため、違反者に対する罰則を科すものです。
      • 暴力団排除特別強化地域における禁止行為規定に違反した特定営業者に対しては、積極的な申告を促すため、自首減免規定を適用するものです。
      • また、法人の代表者、人の代理人等がその法人又は人の業務に関し、違反行為を行った場合、行為者を罰するほか、法人又は人にも罰金刑を科す両罰規定とするものです。
    (2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(埼玉県)

    転売されると認識しながら、暴力団組長に大量の「熊手」を卸したとして、埼玉県公安委員会は、関東地方の製造業者に対し、埼玉県暴排条例に基づく勧告を出しています。一連の行為は暴力団への利益供与にあたり、卸すのをやめない場合、業者名を公表することになります。さらに、公安委員会は、住吉会系傘下組織側にも仕入れをやめるよう勧告しています。報道によれば、業者が2022年に大量の熊手を卸し、組長に約240万円の転売益を得させたと確認、業者は組長が転売して利益を得ることを承知しており、公安委員会は「組長が業者側から利益供与を得た」と認定し、勧告に至ったものです。両者は半世紀近く、こうした取引を続け、組側は年に数百万円の利益を得ていたとみられています。なお、熊手は最終的に県内の神社で市民に売られたほか、組側が飲食店に「みかじめ料」として売った疑いもあるということです。本件のように、いまだにみかじめ料がなくならないのは、「怖い」「古くからの付き合い」といった理由で、警察への通報をためらう飲食店などが後を絶ちません。すでに社会的に暴力団排除は大きな流れとなっていることをもっと認識、浸透させる工夫が求められます。

    ▼埼玉県暴排条例

    同条例第19条(利益の供与等の禁止)において、「事業者は、その事業に関し、暴力団員又は暴力団員が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。」として、「(3)前2号に掲げるもののほか、情を知って、暴力団の資金獲得のための活動を行う場所の提供その他の暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与であって、公安委員会規則で定めるものをすること」が規定されています。さらに、暴力団側も、第22条(暴力団員による利益受供与の禁止)において、「暴力団員は、事業者が第19条第1項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又はその指定した者に対し、当該利益の供与をさせてはならない」と規定されています。そして、第28条(勧告)において、「公安委員会は、第19条第1項、第22条第1項、第23条第2項、第24条第2項、第25条第2項又は第26条の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除活動の推進に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、当該行為をした者に対し、公安委員会規則で定めるところにより、必要な勧告をすることができる」と規定されています。

    (3)暴力団排除条例に基づく勧告事例(神奈川県)

    神奈川県公安委員会は、神奈川県暴排条例に基づき、自動車販売業の男性に、暴力団員への利益を供与しないよう、稲川会系の幹部に利益供与を受けないよう、それぞれ勧告しています。

    ▼神奈川県暴排条例

    同条例第24条(利益受供与等の禁止)において、「暴力団員等又は暴力団経営支配法人等は、情を知って、前条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方となり、又は当該暴力団員等が指定したものを同条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方とさせてはならない。」とされています。そのうえで、第28条(勧告)において、「公安委員会は、第23条第1項若しくは第2項、第24条第1項、第25条第2項、第26条第2項又は第26条の2第1項若しくは第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる。」と規定しています。

    (4)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(神奈川県)

    神奈川県公安委員会は、2022年12月、神奈川県内に住む当時19歳の少年ら2人に暴力団への加入を強要したとして、六代目山口組系傘下組織幹部の男に再発防止命令を出しています。報道によれば、当時19歳の少年と当時18歳の少年の2人にそれぞれ自身が所属する暴力団への加入を強要したとして、2023年3月に中止命令を受けていましたが、短期間に違反行為を繰り返していて今後も加入強要行為を繰り返す恐れがあると認めたため、再発防止命令を出したということです。男は暴力団と関係のある不良少年グループを通じて少年らと知り合ったとみられ、2023年1月に少年からの相談を受け違反行為が判明したものです。なお、神奈川県内での再発防止命令の発出は2021年以来とのこと(意外な感じがします)であり、1年間ほかの少年に対し暴力団への加入強要行為を禁止し、違反した場合は罰則として3年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処せられることになります。

    ▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

    暴力団対策法第16条(加入の強要等の禁止)第2項において、「前項に規定するもののほか、指定暴力団員は、人を威迫して、その者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はその者が指定暴力団等から脱退することを妨害してはならない」と規定されています。その上で第18条(加入の強要等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が第十六条の規定に違反する行為をしており、その相手方が困惑していると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項(当該行為が同条第三項の規定に違反する行為であるときは、当該行為に係る密接関係者が指定暴力団等に加入させられ、又は指定暴力団等から脱退することを妨害されることを防止するために必要な事項を含む。)を命ずることができる」とされています。さらに、第18条第2項において、「公安委員会は、指定暴力団員が第十六条の規定に違反する行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して同条の規定に違反する行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、同条第一項若しくは第二項の規定に違反する行為の相手方若しくは同条第三項の規定に違反する行為に係る密接関係者を指定暴力団等に加入することを強要し、若しくは勧誘し、又はこれらの者が当該指定暴力団等から脱退することを妨害することを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

    (5)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(静岡県)

    富士署と静岡県警捜査4課は、暴力団対策法に基づき六代目山口組系傘下組織幹部と組員の男に中止命令を出しています。報道によれば、2人は、静岡県東部在住の40代男性に暴力団への加入を強要したとされます。

    (6)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(沖縄県)

    沖縄県警沖縄署は、暴力団である威力を示し、沖縄市内で複数の飲食店を経営する知人男性に用心棒代(みかじめ料)を要求したとして、指定暴力団旭琉會二代目功揚一家の組員に対し、暴力団対策法に基づく中止命令を出しています。報道によれば、組員は2023年4月、知人男性に「お前の店はどこが面倒見ているのか。月2万円でいいぞ」などとみかじめ料を要求したといいます。

    暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない。」として、「二 人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること。」が禁止されています。そのうえで、(暴力的要求行為等に対する措置)で、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる。」とされています。

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