反社会的勢力対応 関連コラム

企業実務における「匿名・流動型犯罪グループ」への対応~本気度が試される

2023.11.07

首席研究員 芳賀 恒人

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糸でつながる人物たち

1.企業実務における「匿名・流動型犯罪グループ」への対応~本気度が試される

以前の本コラム(暴排トピックス2023年9月号)で警察庁「令和5年警察白書」の内容を紹介しました。そこでは、2023年に入り、警察が新たにカテゴライズした「匿名・流動型犯罪グループ」について、その捉え方の参考となる記述も見られました。

  1. 匿名・流動型犯罪グループの動向と特徴
    • 暴走族の元構成員等を中心とする集団に属する者が、繁華街・歓楽街等において、集団的又は常習的に暴行、傷害等の事件を起こしている例がみられるところ、こうした集団の中には、暴力団のような明確な組織構造は有しないが、暴力団等の犯罪組織との密接な関係がうかがわれるものも存在しており、警察では、こうした集団を暴力団に準ずる集団として「準暴力団」と位置付け、取締りの強化等に努めてきた。
    • こうした中、近年、準暴力団として位置付けられる集団以外に、SNSや求人サイト等を利用して実行犯を募集する手口により特殊詐欺等を広域的に敢行するなどの集団もみられ、治安対策上の脅威となっている。これらの集団は、SNSを通じるなどした緩やかな結び付きで離合集散を繰り返すなど、そのつながりが流動的であり、また、匿名性の高い通信手段等を活用しながら役割を細分化したり、特殊詐欺や強盗等の違法な資金獲得活動によって蓄えた資金を基に、更なる違法活動や風俗営業等の事業活動に進出したりするなど、その活動実態を匿名化・秘匿化する状況がみられる。こうした情勢を踏まえ、警察では、準暴力団を含むこうした集団を「匿名・流動型犯罪グループ」と位置付け、実態解明を進めている。
    • また、匿名・流動型犯罪グループの中には、資金の一部を暴力団に上納するなど、暴力団と関係を持つ実態も認められるほか、暴力団構成員が匿名・流動型犯罪グループと共謀して犯罪を行っている事例もあり、このような集団の中には、暴力団と匿名・流動型犯罪グループとの結節点の役割を果たす者が存在するとみられる。
  2. 警察の取組
    • 警察では、匿名・流動型犯罪グループの動向を踏まえ、繁華街・歓楽街対策、特殊詐欺対策、侵入強盗対策、暴走族対策、少年非行対策等の関係部門間における連携を強化し、匿名・流動型犯罪グループに係る事案を把握するなどした場合の情報共有を行い、部門の垣根を越えた実態解明の徹底に加え、あらゆる法令を駆使した取締りの強化に努めている。
    • 「CASE」として紹介されている事例は以下のとおり
      • 令和4年5月に発生した特殊詐欺グループ内でのトラブルを発端とした監禁事件の捜査を端緒として、同グループのリーダーの男(25)がSNSを利用するなどして実行犯を募集した上、高齢者のキャッシュカードを別のカードにすり替えて窃取するなどの手口で特殊詐欺事件を広域的に敢行していた実態を解明し、令和5年5月までに、同男ら37人を窃盗罪等で逮捕した(大阪、滋賀及び奈良)。
      • 図表4-10 匿名・流動型犯罪グループの特暴力団構成員の男(22)は、自らがリーダーとなっている集団のメンバーらと共に、令和4年5月、知人の男性を車両後部座席に乗車させ、同男性の顔面等を殴るなどの暴行を加えて負傷させるとともに、同男性の両手首等を結束バンド等で緊縛し、同男性の目等を粘着テープで塞ぎ、同車からの脱出を不能にした。さらに、これらの暴行等により反抗を抑圧されている同男性から腕時計等を強取した。同年8月までに、同男ら5人を逮捕監禁罪等で逮捕した(警視庁、福岡)。
      • 特殊詐欺等の事件を起こしていた集団のメンバーの男(24)らは、令和3年9月、知人女性とトラブルになった男性に制裁を加えようと考え、出会い系サイトを利用して同男性をおびき出し、熊本県内の駐車場において、車両に乗車中の同男性に対し、木刀等を手に持って同車両を取り囲んだ上、「お前昨日何かしよったやろが」などと言い、運転席窓ガラス等を殴打するなどし、さらに、運転席ドアを開けて木刀を車内に突き入れるなどの暴行を加えて脅迫した。令和4年8月、同男ら7人を暴力行為等処罰に関する法律違反で逮捕した(熊本)。
      • 暴力団と密接に関係し、その資金源となっている状況がうかがわれる集団のメンバーであり、飲食店の個人事業主である男(40)は、令和3年1月から同年11月にかけて、国の雇用調整助成金制度の特例措置及び緊急雇用安定助成金制度を利用して同助成金の名目で現金をだまし取ろうと考え、虚偽の雇用調整助成金支給申請書等を厚生労働省福岡労働局に提出して同助成金の支給を申請し、現金合計約2,554万円をだまし取った。令和4年6月、同男を詐欺罪で逮捕した(福岡)。
      • 電磁的公正証書原本不実記録(偽装結婚等)等の事件を起こしていた集団のメンバーの男(36)らは、住宅ローン融資の名目で金融機関から現金をだまし取ろうと企て、令和3年4月から同年6月にかけて、勤務先や年収等について虚偽の内容を記載した住宅ローンの借入申込書を提出するなどして金融機関に融資を承認させ、総額2,498万円をだまし取った。令和4年8月までに、同男ら3人を詐欺罪で逮捕した(岐阜)。
      • 表向きにはラップグループとして活動している集団を特殊詐欺事件の捜査過程で把握したことを端緒として、同集団に対する実態解明を進めた結果、同集団がSNSを利用して大麻の密売をしていることが明らかになった。令和4年9月までに、同集団のリーダーの男(26)ら13人を詐欺罪、大麻取締法違反(営利目的譲渡等)等で検挙し、同集団を壊滅させた(群馬、沖縄)。

こうした状況をふまえ、以前の本コラム(暴排トピックス2023年7月号)では、「匿名・流動型犯罪グループをどう位置付けるかですが、そこに内包されることになる「準暴力団」については既に整理したとおりである一方、「緩やかな結びつきで離合集散を繰り返す犯罪グループ」あるいは「現在準暴力団として把握されていないものを含め、治安対策上問題のある犯罪グループ」と表現している点をふまえれば、「暴力団と何らかの関係がうかがわれ」という点は必ずしも必須の要件ではないと考えることができそうです。また、筆者が注目したいのは「治安対策上問題のある」という表現です。公表された通達では個別具体的なところまでは定義されていませんが、こうした存在は事業者にとっても「関係を持つべきでない「相手」であることは明確であり、事業者が「個別に見極めて、排除していくべきもの」に他なりません。つまり、事業者として手を尽くしてさまざまな情報を収集し(今後、匿名・流動型犯罪グループの事件がどのような形で警察発表がなされ、具体的に報道されるかはわかりませんが、可能な限り情報を収集し、分析するスタンスはますます重要になります)、暴力団の関係の有無も注視しつつ、主に「治安対策上問題となりそうな相手」であれば関係をもたないと捉えていくべきということになります。このような考え方は何も反社リスク対策に特有のものではなく、社会経済情勢をふまえれば、「繁華街の中の暴力団関係企業が所有するビルに入居している店舗のため、取引可否の判断は慎重にすべきだ」、「人権侵害に加担する(放置する)ような企業との取引をすべきではない」、「クラスター弾を製造しているメーカーに巨額の融資をしている金融機関との取引は慎重に考えるべきだ」、「電話転送サービス事業者として、特殊詐欺グループと密接な関係があるとの信ぴょう性の高い情報があるため、取引すべきではない」、「北朝鮮系の企業と密接な取引をしている事実があるため、取引は避けた方がよい」、「日本ではコンプライアンス上疑義のあるオンラインカジノを運営していることから、取引はすべきではない」なとの取引可否判断(リスク評価)と同様のものと考えてよいものと思われます。つまり、今回、新たに「匿名・流動型グループ」が反社会的勢力のカテゴリーの一つとして追加されたとはいえ、実務としては大きく変わるものではなく、社会経済情勢をふまえて、また、自らが置かれている立場をふまえて、「関係をもってよいのか」をコンプライアンス・リスク管理の観点から正しく判断し、対応していくことに他ならないとの捉え方でよいものと考えます」と整理しました。

直近で発生した事件に、国内最大の風俗スカウト集団幹部らが逮捕されたものがありました。具体的には、「国内最大規模のスカウトグループ「ナチュラル」に所属していた男性を監禁したなどとして、警視庁暴力団対策課は、監禁と強制わいせつ致傷容疑で、同グループ幹部の沢田容疑者(32)ら男性14人を逮捕したと発表した。暴力団対策課によると、ナチュラルは東京・歌舞伎町(新宿区)を中心に、東北から九州地方にまたがり全国の繁華街で活動。路上で女性に声をかけ、風俗店にあっせんし、給料の一部を受け取るなどして収益を得ているとみられる。14人の逮捕容疑は今年2月17日、過去にナチュラルに所属した男性(30)がグループ内の規約に違反したとして、新宿区歌舞伎町2のマンションに監禁。殴る蹴るの暴行を加えたうえ、わいせつな行為をしたとしている。監禁は約1週間続き、男性は全治半年のけがをしたという。暴力団対策課は、いずれの容疑者の認否も明らかにしていない。ナチュラルは2020年6月、スカウト行為を巡って暴力団組員と乱闘事件を起こし、双方から逮捕者が出ていた。当時、グループの規模は1000人程度だったとされ、その後も拡大を続けているとみられる。グループには、毎日の出勤報告を求めたり、警察に逮捕されてもグループについて口外しないことを約束させたりするなど、複数の規約があるという。暴力団対策課は、グループの収益が反社会的勢力に流れているとみて、実態解明を進めている」と報じられているものです。報道には一切「匿名・流動型犯罪グループ」と明記されていませんが、警察白書の捉え方に照らしてみれば、「繁華街・歓楽街等において、集団的又は常習的に暴行、傷害等の事件を起こしている例がみられるところ、こうした集団の中には、暴力団のような明確な組織構造は有しないが、暴力団等の犯罪組織との密接な関係がうかがわれるものも存在しており」、「風俗営業等の事業に進出」、「資金の一部を暴力団に上納するなど、暴力団と関係を持つ実態も認められる」といったところ、何よりも「暴力団対策課」が担当していることから、「ナチュラル」についても「匿名・流動型犯罪グループ」と見なせるのではないかと考えられます。一方、「ナチュラル」を反社会的勢力と見なして関係を遮断すると判断するのはまったく問題ないにせよ、「暴力団排除条項」が活用できるかという点では、かなり慎重に検討する必要があります(というか、この情報だけでは判断できません)。あくまでも反社会的勢力であると「自社認定」しているにすぎず、対外的に、あるいは法的に対応しようとすれば、コンプライアンス等の観点から解除事由に該当する事実があるかどうかを精査することから始める必要があります。このあたりの実務がまだ確定しておらず、暴排条項を適用できないからといって、「関係を持つべきでない」相手との関係をいたずらに継続すべきではなく、知恵と覚悟、コンプライアンス・リスク管理にどれだけ真剣に向き合うのか、企業の本気度が試される局面だといえます。

また、直近では、ベトナム人の独自グループ「ボドイ・ジャパン」に関する報道もありました(2023年11月2日付産経新聞)。具体的には、「警視庁に今年摘発された来日外国人に占める割合が、中国人を上回るペースで増えていることが判明したベトナム人。その背景には《ボドイ・ジャパン》と呼ばれる独自のグループの存在があるとされる。ボドイは「兵士」を意味するベトナム語で、捜査関係者によると、多くは、在留資格を失った元技能実習生とみられ、フェイスブック上などには、仕事や住居の斡旋、預金通帳や偽造身分証の売買などのやり取りがされている。出入国在留管理庁によると、令和4年末時点のベトナム人在留者は全国で約49万人で、10年前のほぼ10倍。このうち実習生は全実習生の半数となる約18万人を占める。ただ、不法残留者も増加。今年1月1日時点のベトナム人不法残留者は前年比6560人増の1万3708人。4年に失踪したベトナム人実習生は6016人で平成25年比で7倍に上った。多くの実習生が失踪するのは、別の企業に移る「転籍」が認められていないことも背景にあるとされ、捜査幹部は「茨城や群馬などから逃亡した実習生が東京に来ている可能性がある」と指摘する。こうした実習生らがボドイ・ジャパンなどとする独自のグループを形成。グループのSNSには違法行為を示唆する投稿も常態化しており、これらのグループの存在が摘発を押し上げている要因の一つになっているとされる。…東京都内では、明確な組織化は確認されていないが、豊島区池袋や巣鴨周辺ではベトナム人向けの飲食店などが増えており、令和3年1月には常習的に薬物パーティーが行われていたとみられる巣鴨のカラオケバーが摘発されるなどしている」と報じられています。このグループが「匿名・流動型犯罪グループ」であるとするのは難しいと思われますが、一方で、違法行為をベースとした活動を行っていることから、「関係を持つべきでない相手」と捉えることが妥当と考えられます

もう1つ、X(旧ツイッター)で特殊詐欺の実行役を募集したとして、宮城県警は、中井容疑者を職業安定法(有害業務への労働者募集)違反の疑いで逮捕しています。SNS上で闇バイトを募集した人物を同法違反容疑で逮捕するのは、全国初とみられるといいます。組織犯罪対策課によると、中井容疑者は、Xに「受け子募集」「金額で10万~30万円報酬」「1件終わるごとに手渡しで報酬渡してます」などと投稿、不特定多数の利用者を、特殊詐欺で被害者から現金やキャッシュカードを受け取る実行役に勧誘した疑いがもたれています。このアカウントからは、これまで同様の投稿が100件以上確認されたといい、中井容疑者が特殊詐欺グループの一員とみて、勧誘を受けて実際に「受け子」をした人物がいるかどうか調べているといいます(つまり、「匿名・流動型犯罪グループ」の一員とみなすことが可能だということになります)。なお、同法は「公衆道徳上有害な業務に就かせる目的」での労働者の募集などを禁じており、違反者には、懲役1~10年、または、罰金20万~300万円の罰則を設けています。

直近で取り上げられた具体的な事例をもとに、「匿名・流動型犯罪グループ」の捉え方を考えてみましたが、どうしても報道ベースで明確に示されない以上、企業としては、こうした事件を丹念に読み解いて、準暴力団に該当するのか、「匿名・流動型犯罪グループ」に該当するのか、反社会的勢力とみなしていのか、コンプライアンスの観点から「関係を持つべきでない相手」とみなすのか、など検討していくことが重要となります。

NHKによれば、闇バイトなどで集めた実行役を現場に向かわせ、現金などの資産を狙う犯罪は、従来の特殊詐欺だけでなく、強盗にも広がっていて、手口の凶悪化が進んでおり、闇バイトなどを実行役とした「匿名・流動型犯罪グループ」と呼ばれる集団が関わった強盗などの事件が、9月までの2年間に全国で70件起きていたことが分かったと報じられています。これらの事件であわせて154人が検挙されていますが、その多くが闇バイトで集められた末端のメンバーだということです。警察庁は、闇バイトの上部では、暴力団員やいわゆる半グレなども加わって役割ごとに緩やかに結びつき、犯罪を指示しているとみて、実態解明を進めるとともに、闇バイトに関連したインターネットやSNS上の書き込みのパトロールを強化するなど、新たな形態の犯罪グループへの対策を進めています。多くの「闇バイト」が逮捕されてもなお、犯罪に加わる若者らがあとを絶たない状況を受けて、警察が強化している対策の1つが「サイバーパトロール」です。例えば、福島県警では、本部のサイバー犯罪対策課と、福島県内22すべての警察署に専用の端末を配置して、インターネットやSNS上に闇バイトへの勧誘など、犯罪につながるおそれがある書き込みがないか、確認しているといいます。こうした対策が強化される中、最近は検索でヒットする書き込みが減り、「高額バイト」や「日払い」などのキーワード、さらに、具体的な仕事の内容は示さず、「1日5万円以上」などと条件だけを記した書き込みが増えているということです。また、産経新聞では、「匿名・流動型犯罪グループ」を「トクリュウ」と略して報じていますが、この「トクリュウ」を「治安上の脅威」と捉え、露木康浩長官自らが「首謀者や指示役検挙のため全国警察が一体となって捜査する必要がある」と大号令を発し、特殊詐欺から連続窃盗、強盗殺人にまでエスカレートした組織犯罪の徹底壊滅を目指していると報じています。SNSで高額報酬をうたい、特殊詐欺などの実行役を募る闇バイトの存在は10年以上前から知られていましたが、警察が2023年に入り一掃へと大きくかじを切ったのは、東京都狛江市の民家で1月に90歳の女性が殺害された「強盗殺人事件」がきっかけであり、連続広域強盗の疑いが浮上する中で初めて犠牲者が出て一気に社会問題化しました(その流れでルフィグループ等の摘発につながっていきます)。新方針に基づき特殊詐欺や窃盗、強盗、殺人などの実行役の募集情報を有害情報に加えた警察庁は10月1日、闇バイトに関するサイトの運営や実行役を集めるグループを「犯罪組織」の一種とみなし、組織壊滅につながる有力情報に対する情報料を上限100万円に設定。これまで犯罪捜査に有用な通報情報には一律上限を10万円としていた制度を変更、暴力団や半グレと呼ばれた旧準暴力団の枠組みでは捉え切れない犯行グループを「匿名・流動型犯罪グループ」と命名し、情報収集に乗り出していた上に、闇バイト一掃の必要性が高まったことが決定を後押ししたとされます。(特殊詐欺の項でも取り上げますが)日本とフィリピンの間には犯罪人引き渡し条約がなく、フィリピン側に強制送還を要請するしかすべがなかったことから、警察庁は「手をこまねいていたわけではない」と強調、一方で「強制送還は殺人事件が起きたら急に実現した。大統領来日というタイミングが突然の送還実施を後押ししたことは間違いないが、それまでは詐欺被害を軽視して形式的に要請していただけだったのではないか」(法曹関係者)と懐疑的に見る向きがあることも事実で、警察幹部は「誤解があるなら払拭しなければなるまい」と話しているといいます。とりわけ「ルフィ」などと名乗るリーダー格は、フィリピンの収容所からネット上の「闇バイト」に応募した実行犯に遠隔で指示するなど、SNSを駆使した犯行は犯罪捜査のありようを変革させるものだといえます。警察庁はこうした従来の犯罪組織とは異なり、SNSなどを通じて緩く結びつき、離合集散を繰り返しながら犯罪行為に及ぶ集団を「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」と位置づけ、実態解明と取り締まりを強化する方針を示しました。あわせて組織や団体に属さず単独でテロ行為に及ぶ「ローンオフェンダー」も国内外を問わず、新たな脅威となっています。かつて治安の大きな脅威となっていたのは、組織として犯罪行為を行う集団でした。しかし、暴力団は暴力団対策法などによる暴排機運の高まりや、警察当局の取り締まり強化により、勢力を大きく衰退させ、極左暴力集団も高齢化などで力を失っている中、組織から新たな犯行形態に変わりゆく背景には、従来組織の弱体化に加え、ネットやスマートフォンの普及があると考えられます。生活利便性を飛躍的に向上させた一方で、犯罪も見えにくくして「犯罪インフラ化」が顕著に進行しています。メッセージのやり取りが一定時間で自動的に消えるアプリは、匿名性の高さが詐欺事件やテロ組織に悪用され、犯罪の温床になっているほか、爆弾や銃を自作するための情報もネット上にあふれており、事前の兆候のつかみにくさや、指揮命令系統の不明確さなど、組織犯罪よりはるかに対処が困難となっています。捜査当局と、こうした匿名化・流動化する犯罪者との攻防には今後も注視していく必要があります

その他、暴力団等反社会的勢力を巡る最近の動向から、いくつか紹介します。

  • 2013年に起きた「餃子の王将」社長射殺事件で、京都府警と福岡県警の合同捜査本部が実行役とされる暴力団幹部の男を逮捕してから10月28日で1年が経過しました。組織的犯行との見立てで捜査が続くが指示役の特定に至らず、男の公判開始のめども立っていないうえ、動機も語られず、闇に包まれた真相の解明を願う遺族はもどかしさを募らせていると報じられています。男は工藤会傘下組織組幹部の田中被告で、2013年12月19日朝、京都市山科区の王将フードサービス本社前で社長だった大東隆行さん(当時72)の腹や胸を拳銃で撃ち失血死させたとして殺人と銃刀法違反の罪で起訴されていますが、起訴状には「氏名不詳者らと共謀」と記載されています。田中被告は逮捕後、黙秘を続けており、捜査本部と京都地検は、王将との「不適切取引」を第三者委員会から指摘された企業グループ元代表や、王将創業者の長男や次男を任意で聴取しましたが、有力な情報は得られないままです。捜査本部は縮小しつつも専従の捜査員は残しており、幹部は「背景の解明、共犯者の特定まで捜査を続ける」と話しています。王将フードサービスは「早期の全容解明、事件解決を願っている。裁判や捜査については全面的に協力する」とコメントしています。
  • 六代目山口組の上位団体をはじめとする静岡県外の暴力団組織が、静岡県内への勢力拡大を狙う動きを活発化させていると報じられています(2023年10月26日付静岡新聞)。静岡県警は組同士の新たな抗争の火種にならないよう警戒や情報収集の徹底を進め、摘発を強化しており、熱海署が着手した恐喝事件では、和歌山県内に本部を置く六代目山口組2次団体の幹部を摘発し、本部事務所などの家宅捜索に踏み切っています。熱海署などに恐喝容疑で逮捕された無職の男は、六代目山口組の組織内でも力を持つ有力2次団体の幹部の1人とされます。熱海市内で2023年6月上旬、内装業者の紹介料名目として県東部の40代男性から現金10万円をだまし取った疑いが持たれ、県警は男が県内の人脈や何らかの縁故などを頼りに新たな資金源を獲得しようとしたとみています。静岡県内では2023年に入り、勢力拡大などが背景にある可能性が高い事件の摘発が相次いでおり、7月に浜松市中区の禁止区域で暴力団事務所を開設、運営したとして浜松中央署などに静岡県暴力団排除条例違反の疑いで逮捕された六代目山口組系の組長は、大阪府内を拠点にする有力2次団体に籍を置いていますが、組長は活動拠点を今も静岡県内にとどめているとみられ、別の事件で恐喝未遂の疑いで逮捕、起訴されるなどしています。伊豆市内の別荘で大量の大麻を栽培していたとして逮捕、起訴された六代目山口組系組幹部の所属も、長野県内に拠点を置く上位団体で、静岡県内を新たな足場に資金源を獲得していた可能性もあり、静岡県警が全容解明に向けた捜査を続けています。
  • 暴力団事務所を絶対に作らせないと、暴力団排除条例(暴排条例)による暴力団排除を目指す兵庫県尼崎市は、暴力団対策について尋ねる市民意向調査を実施しています。市民の意見を取りまとめ、条例改正案に反映させる狙いがあります。尼崎市内には、六代目山口組が分裂した2015年時点で計8カ所の組事務所や関連施設があり、分裂以降、尼崎市内では暴力団組長が射殺されるなど3件の発砲事件が起き、住民と市などが暴力団排除の取り組みを進めてきました。尼崎市は2022年9月、組事務所などはすべてなくなったと発表しましたが、兵庫県公安委員会は現在も尼崎市全域を「警戒区域」に指定している状況にあります。報道によれば、尼崎市は、市全域で事務所開設を禁じることを柱とした改正案を2024年2月の市議会に提案する考えだといいます。従来の規制は、学校や社会教育施設のほか、都市計画法に定める住居地域や商業地域で暴力団事務所を運営することを禁じていますが、工業地域については制限がなく、臨海部に工場が多数立地する尼崎市は「準工業地域」「工業地域」「工業専用地域」が市域の3分の1を占め、規制の「抜け穴」が多いとされます。臨海地域には市立魚つり公園や県立尼崎スポーツの森など、ファミリー層に人気の施設が点在しており、松本真市長も「ここに(規制の)網をかけることが重要」と指摘しています。条例改正では、工業地域などを含む市全域で事務所の運営を規制することを目指しており、さらには使用差し止め訴訟を起こしやすくすることなども検討しているといい、尼崎市は、市民の意向調査を10月に実施、11月に条例改正の素案を作成、パブリックコメントを経て2024年2月の市議会に上程する見込みとしています。松本市長は「これまでは住民が事務所の使用差し止めを勝ち取ってきたが、そもそも暴力団事務所を作れなくするもので挑戦的な条例だ」と強調しています。尼崎市における暴排の取り組みは他の模範となるものでしたので、引き続き徹底的に取り組まれることを期待したいと思います
  • 暴力団組員であることを隠して航空会社の会員になり、ポイントにあたる「マイル」を不正に入手したとして、警視庁は浪川会傘下組織の幹部を電子計算機使用詐欺の疑いで逮捕しています。報道によれば、「ポイントはためたが、規約で暴力団員が入会できないとは知らなかった」と容疑を一部否認しているといいます。多摩中央署によれば、航空会社のマイルをめぐり、暴力団組員が同容疑で立件されるのは異例ということです。容疑者は、国内の航空会社の会員規約に暴力団の利用を拒否する規約があるにもかかわらず、暴力団組員であることを隠して同社のマイレージ会員になり、2023年5月、航空機を利用して計1958円相当のマイルを詐取した疑いがあり、2021年以降、約15万円相当のマイルをためていたといいます。浪川会の活動で航空機を使って各地を移動し、この際にマイルをためたとみられています。
  • 薬物依存症からの更生を支援している高知東生氏は「埼玉の発砲事件。86歳の犯人は元暴力団員ではないかと報じられているけれど、俺は元暴力団員の自助グループが必要だと思っているんだよな。元暴力団員が堅気になろうと思ったって、5年間も銀行口座が作れなければ、部屋すら借りられないだろう。再起の道のりは相当困難なはずだ。社会からも煙たがられ関わりを持ってくれる人も少ない」と記した。高知氏は2016年に覚せい剤取締法違反事件で、懲役2年執行猶予4年の判決を受けましたが、「俺だって未だに駐車場すら借りることが難しい状況。周囲の手助けがなければ社会に恨みを募らせていただろう。その上元暴力団員であれば助けを求めることも苦手だろうし、社会と折り合う術も知らないかもしれない。社会復帰した者同士の支え合いが一番だと思うんだよな」などと私見をつづっています。本コラムでも暴力団離脱者支援の重要性について繰り返し述べているところですが、薬物依存症対策や再犯防止といった観点と共通する「社会的包摂」の視点が何よりも重要だと考えます。「総論OK、各論は慎重」といった状況にあるのは間違いありませんが、社会全体に少しずつでも理解が浸透し、企業のリスク管理の観点からもバランスが取れる状態になることを期待したいと思います
  • 最後に週刊誌の記事(2023年10月15日配信NEWSポストセブン「ヤクザは絶滅危惧種か 現役組長が口にした「俺もやめたい。やめたら生活保護」)ですが、今の暴力団員のリアルが感じられる内容ですので、以下、抜粋して紹介します。
「日本のヤクザは絶滅危惧種なのか」、日本の暴力団事情について海外の人達に話をすると、時々このような質問が返ってくる。「日本からヤクザがいなくなれば、そこに海外のマフィアや別の犯罪グループが入り込むのではないか」と彼らは危ぶむ。警察の頂上作戦や取締強化により、暴力団はその勢力を縮小しつつある半面、半グレや外国人の犯罪グループなどによる事件が絶えないことも理由である。警視庁のある幹部もヤクザは「風前の灯で消えるのは時間の問題」と話す。「暴力団は肩身の狭い思いをしている。半面、組など組織を持たないネットつながりの集団が幅を利かせている」という。他の警察幹部は「ネット社会になり、世界各地の距離が縮まったことで、犯罪グループが多様化し、ヤクザも今までと同じでは生き残れない。たとえヤクザが幅を利かせていても、他の組織は入り込む」…「他の組織や犯罪集団が入ってこようが、俺たちの生き方には関係ない。ヤクザはもともと強くなければ、稼ぐ力がなければ淘汰される生き物だ。社会からあぶれた者、はみ出した者を受け入れ、まとめて統制してきた。行き場のなくなった輩の居場所になり、無法者を組のルールで抑えてきた。だから自分たちのことは必要悪だと思ってきた。それが通じなくなったのなら、時代の流れに逆らうことはできない」と、関東を拠点に活動する暴力団組織の組長はいう。…「派手にやれば、すぐに警察に目を付けられる。今のヤクザは目立たず地味に生きるしかない。カッコをつけて生きるのがヤクザだが、それができなくなった今、絶滅するのも仕方がない」…「本音ではもうやめたいというヤクザは多い。やめたい人間が多いのだから絶滅に向かうのも当然の成行き。自分ももういい歳だし、早く引退したいよ

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

2023年10月、対日相互審査フォローアップ報告書(第2回)がFATFにおいて採択され、10月23日にFATFより公表されました。

▼FATF Japan’s progress in strengthening measures to tackle money laundering and terrorist financing

同報告書においては、勧告5(テロ資金供与の犯罪化)、勧告6(テロリストの資産凍結)、勧告24(法人の実質的支配者)、勧告28(DNFBPsに対する監督)の4つの勧告について、PC(一部適合)からLC(概ね適合)に格上げされたほか、勧告8(NPO)について、NC(不適合)からPC(一部適合)に格上げされました。概ねここまでの取り組みが評価されている結果となり、引き続き、第5次相互審査に向けてレベルアップを図っていくことが求められています。

金融庁と主要行等との間の定期的な意見交換会の状況について、直近のものを抜粋して紹介します(AML/CFTと特殊詐欺に関する部分です)。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • マネロン等リスク管理態勢の整備について
    • マネロン等リスク管理態勢の整備については、2024年3月末の態勢整備期限に向けて、取組を進めていただいていると承知している。
    • 期限まで残り半年となる中、マネロンガイドラインに記載の「対応が求められる事項」の全項目について適切に対応いただくよう改めてお願いする。
    • また、これまでに整備された管理態勢については、継続的な検証等により、その実効性や効率性を高めていくことが重要であり、FATF第5次審査も見据えつつ、各行の取組を進めていただきたい。
  • 特殊詐欺事案対策の検討状況について
    • 特殊詐欺事案に対しては、3月の犯罪対策閣僚会議で決定した「緊急対策プラン」に基づき、現在、警察庁をはじめとする関係省庁と業界団体において、具体策の策定に向け検討を行っている。※「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」
    • 緊急対策プランには、預貯金口座の不正利用防止対策の強化など、金融機関の実務に大きな影響がある項目も含まれており、金融庁としては、具体策の検討に当たって、犯罪抑止効果と顧客利便とのバランスを確保することが重要であるものと認識している。
    • 今後も、関係する業界団体と意見交換を行い、具体策の策定に向け、丁寧な調整を行っていきたいと考えている。

米財務省は、匿名性が高い暗号資産(仮想通貨)取引をマネー・ローンダリング(マネロン、資金洗浄)の懸念があると認定し、金融機関などに報告を義務付けると発表しています。北朝鮮やイスラエルへの攻撃を続けるイスラム組織ハマスの資金源を断つ狙いがあり、アデエモ財務副長官は声明で「ハマスや武装組織イスラム聖戦などテロ集団による暗号資産取引システムの不正利用と積極的に闘う」と説明しています。規制の対象とするのは(本コラムでも以前から紹介している)「ミキシング」(暗号資産の取引のデータにおける入力や出力に、他の無関係なアドレスを記入し本来のアドレスと混在させることによって、第三者による取引の追跡やアドレスの名寄せをより困難にする手法)という技術を使った取引で、取引をした人物などが分かりにくくなるとされます。米財務省は、取引の透明性欠如が「国家安全保障上のリスクだ」と強調、米国内でミキシングを使った取引や、使ったことが疑われる取引があった場合に、金融機関に報告を義務付けています。また、米財務省は、サウジアラビア、カタール、クウェート、オマーン、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)の中東6カ国と、サウジの首都リヤドでテロ資金対策に関する緊急会合を開いています。7カ国は2017年にテロ資金ネットワークに対抗することで合意しており、米国はこの枠組みを使ってイスラエルと戦闘するイスラム組織ハマスへの資金流入を阻止したい考えです。会合では、「地域の脅威」「パレスチナ自治区ガザ地区の市民への人道支援」「全加盟国間の協力強化の方法」などについて話し合われたといいます。さらに、米財務省は2023年10月、イスラエルへの大規模攻撃を受け、ハマスによる秘密資産運用などに関与したとして9人と1団体に制裁を科しています。

その他、AML/CFT等を巡る最近の動向から、いくつか紹介します。

  • デジタル庁は2024年度からマイナンバーカードを使った本人認証機能を民間企業も利用できるようにするといいます。スマホでの銀行口座開設などへの活用を想定しています。マイナカードはパソコンの読み取り機やスマートフォンにかざし、4桁の暗証番号を入力することで本人確認する機能があり、現在は確定申告など政府が提供するサービスにしか使えませんが、デジタル庁はこの機能に活用している本人認証アプリを企業のアプリにも組み込めるようにするもので、利用したい企業からの申請を受け付け、使途や安全性などを審査したうえで提供するものです。インターネット上で銀行口座開設などの手続きをする際、現在は運転免許証のような本人確認書類を撮影してアップロードする作業が必要になりますが、マイナカードの本人認証機能があれば、こうした手間を省くことができます。マイナカードは地方自治体の職員が本人を確認した上で手渡すようマイナンバー法が規定、1人につき1枚しかカードを作れず、外部から不正に情報を取り出そうとするとICチップが使えなくなるなど、偽造も困難で安全性が高いとされています。インターネットバンキングや金融アプリではアカウントの乗っ取りなどを阻止しやすくなると期待されていますが、既に本人認証サービスを手掛ける民間企業と競合する可能性があることから、政府側は丁寧な説明が求められることになります。
  • 譲渡目的で銀行をだまして新規口座を開設したとして、大阪府警は、航空自衛隊千歳基地の空士長(22)を詐欺の疑いで逮捕しています。この口座は大阪府吹田市内であった振り込め詐欺事件の送金先として使用されたといいます。報道によれば、第三者に譲渡する目的なのに自身が使用すると装い、銀行のインターネットサイト経由で新規口座を開設し、だまし取ったというものです。容疑者は「ギャンブルにのめり込み、ヤミ金に借金を相談したら、銀行で口座をつくってキャッシュカードを送るよう言われた」などと供述しているといい、同署は容疑者のカードを悪用したグループについて調べているということです。
  • 特殊詐欺でだましとった金で、総合格闘技イベントのチケットを購入しマネロンをしたとして、福岡県に住む元格闘家ら男2人が組織的犯罪処罰法違反の疑いで逮捕されています。報道によれば、容疑者らは2022年9月、東京の高齢者からだましとった金を使い、総合格闘技イベントのチケット5枚、150万円を偽名で購入した疑いが持たれています。容疑者は特殊詐欺グループの一員で、グループの現金回収役が偽名を使って、格闘技イベントの運営会社に150万円を支払ったということです。これまでに警察は、容疑者が所属する特殊詐欺グループの約50人を逮捕しており、グループによる被害額は5億円以上に上るとみられています。
  • JCBは近く通信販売などEC(電子商取引)サイトでの決済時にパスワードを入力せず本人確認ができる仕組みを導入するといいます。クレジットカード業界の不正利用は増加傾向にあり、番号盗用による被害が9割を占めています。パスワードの入力機会を減らし、不正利用のリスクを抑える狙いがあるということです。JCBの利用者は事前にスマホのアプリで認証方法を設定すれば無料で使え、例えば、通信販売で日用品を買う場合、決済時に自動で本人認証の画面に遷移、利用日時と金額を確認して認証ボタンを押せば決済が完了、パスワードを忘れる心配や盗用被害をなくせるといいます。
  • 神奈川県警とJAグループ神奈川は、犯罪収益の移転防止対策に関する協定を結んでいます。県警は金融機関を有するJAグループと連携することで、不正な金融口座を使う特殊詐欺や、マネロンなどの犯罪の抑止を目指すとしています。報道によれば、全国の警察で金融機関と同種の協定を結ぶのは初めてだといいます。被害者に指定した口座に振り込ませる特殊詐欺や、複数の口座を使うなど不正に得た収益の出所を隠すマネロンでは、他人名義の口座を悪用する手口が多く、SNS上では口座が数万円で売買されることもあります。2022年に神奈川県内で特殊詐欺に使われた不正口座は約800件確認され、そのうち約4割は外国人が国内で開設したもので、滞在期間が終わり帰国する際、不要になった金融口座を売るケースもあったといいます。協定には、JAの管理口座からの不審な資金移動に対する情報提供や捜査協力、流動性が高い外国人口座の管理の徹底などが盛り込まれているといいます。

(2)特殊詐欺を巡る動向

特殊詐欺事件で今年摘発された容疑者1079人のうち、SNSの「闇バイト」に応募していた容疑者が半数近い506人に上ったことが警察庁の初の調査でわかったと報じられています(2023年10月13日付読売新聞)。これまでの傾向から10代は知人らの紹介も多いことは分かっていましたが、50代以上は求人サイト経由が目立つといい、世代による違いもあることが分かったということです。正に、特殊詐欺の類型により被害者像が異なる状況と同じであり、その対策には、よりきめ細かい対応が求められるということを示唆するものだといえます。報道によれば、警察庁は特殊詐欺で2023年1~7月に逮捕・書類送検された現金受け取り役や引き出し役などの実行役について、供述やスマホの解析などから、関与のきっかけを調べたところ、全体では、SNSからの応募が最多の47%(506人)を占め、知人らの紹介は28%(297人)、求人サイトは5%(53人)などとなっていたといいます。さらに世代別では、10代は知人らの紹介が57%と多く、20~30代はSNSが最多となった一方、50代以上は求人サイトが26%(17人)に上り、全世代で最も割合が高かったといいます。サイト別では、「インディード」(19人)、「ジモティー」(18人)などのサイトが用いられ、「日雇いの配送」などと正規の求人を装うケースが多かったということです。こうした求人サイトが悪用されていることが明らかとなった以上、犯罪インフラ化を阻止すべく、「場の健全性」をしっかり確保すること(出稿者や掲載内容等のチェックの厳格化など)をお願いしたいと思います。本コラムでも取り上げたとおり、警察庁は2023年9月から、ネット上の違法・有害情報の削除をサイト管理者などに要請する委託事業の対象に、すべての闇バイト募集の投稿を追加し、求人サイトについても、広告内容を適切に確認するよう業界に働きかけていくとしていますので、官民挙げた実効性ある取組みを期待したいところです。

最近の特殊詐欺の手口で衝撃的だったのが「認知症の高齢者」をターゲットにしたもので、そもそも「間接的な殺人」とも言われる特殊詐欺の中でも、極めて悪質で怒りを禁じ得ません。2023年10月31日付産経新聞によれば、大阪府警が摘発した特殊詐欺グループ指示役の男はメンバーの「かけ子」らに「判断能力が衰えた高齢者を狙え」とハッパをかけていたといいます。男の自宅からは特殊詐欺の被害金とみられる1億円余りが押収され、大阪府警がメンバーのスマホを解析したところ、金銭ほしさのゲーム感覚で詐欺行為に手を染める卑劣な姿が浮かび上がっています。具体的に記事では、「メンバーはSNS上で「闇バイト」などで集められ、少なくとも50人規模の特殊詐欺グループを率いていたとみられる。このグループは海外を拠点とせず、ホテルや自宅などにそれぞれ分かれて詐欺電話をかける「テレワーク型」の活動スタイルをとっていた。府警は立花容疑者とともに、詐欺の電話をかける「かけ子」や、現金の「回収役」とみられる6人も逮捕。押収したスマホを調べると、グループが機密性の高い無料通信アプリ「シグナル」をやり取りに利用していたことが判明した。そこには詐欺行為を「仕事」と称し、耳を疑うような文言が飛び交っていた。《認知症の高齢者は宝物。宝物を探せ。だまそうと頑張らなくていい》《この仕事はいかに相手を信じ込ませるかではなく、いかにぼけたばばあを探すゲームだ》《数秒でぼけているか判断しろ》捜査関係者によると、立花容疑者は「まともなやつをだますのは時間がかかる」とターゲットを絞り、ゲーム感覚で手当たり次第に電話をかけるよう伝えていたという」と報じられています。また、ルフィグループが典型ですが、海外を拠点にするケースも増加しています。以前の本コラムでも指摘していますが、容疑者が海外に潜伏していた場合、日本の警察は「犯罪人引き渡し条約」のある米国と韓国以外の国については、外交ルートでの身柄引き渡し請求や外務省を通じた旅券返納命令などで国外退去を促すことができるものの、身柄を確保するまでは時間がかかる上にハードルも高く、永住権を取得しやすい国に逃亡し、国籍を取得してしまうケースもあるといい、そうなると旅券返納命令は意味をなさず、摘発は極めて難しくなります。国境のないサイバー空間における犯罪対策同様、国外逃亡のケースについても、海外の捜査機関との連携が不可欠だといえます。

新たな手口として、福岡県警中央署は、福岡市の一人暮らしの80代の男性が、報道機関の社員を名乗る男から290万円をだまし取られる被害があったと発表したというものがありました。報道によれば、男性宅の固定電話に、報道機関の社員を名乗る男から「コロナ後の生活についてアンケートをとっている。困ったことはないか」と質問され、男性が日常の困りごとを話すと、電話が毎日のようにかかってくるようになったといい、やがて電話口の男から「報道機関の顧問弁護士が福岡で動いてくれる」「費用はかからないが、お金があると証明して」などと言われ、男性は「290万円しか用意できない」と伝え、別の報道機関を名乗る男が確認のため訪問、男性は封筒を渡すと封印のため粘着テープが必要と言われ、室内に取りに行ったところ、その前後、男が現金入り封筒と別の封筒をすり替えているのが目に入ったため、詐欺と気付いて声をかけたが、男は逃走したということです。キャッシュカード詐欺等の手口の応用で、金融機関や金融庁、警察庁の代わりに「報道機関」を名乗って信用させるなど、注意が必要だといえます。

また、最近増えている新たな手口としては、還付金詐欺の応用である「期間限定をかたるマイナポイント詐欺」というものもあります。ここ数年、還付金詐欺が増えている背景には、コロナ禍での政府による対策の影響があり、さまざまな還付金や給付金を打ち出してきたことがあると考えられます。「名前は聞いたことがあるが、内容や手続きがよくわからない」といった還付金は、特殊詐欺グループの格好の材料となっているといいます(さらに、1件あたりの被害金額は大きくないものの、年代にかかわらずターゲットにできて成功確率が高いことから、犯罪組織としては旨味があるということです)。マイナンバーカード取得者に付与される「マイナポイント」がもらえるかのようなメールを送り、個人情報を不正に入手する手口で、国民生活センターが注意を促しています。具体的な事例としては、近畿地方に住む70代男性は既にポイントをもらっていたものの、さらにもらえると思い込み、メールに記載されたURLにアクセス、名前や住所、電話番号を入力した後にクレジットカード情報を求められたというものです。このように、偽サイトにアクセスすると必要な情報をすべて入力することになり、マイナンバーカードの情報からクレジットカードの情報まで、さまざまな個人情報が盗まれてしまう可能性が高い(さらには、本人が入力するので、精度が高い)、極めて悪質な手口だといえます。

暴力団が関与する特殊詐欺野摘発事例が増えています。以下、最近の報道からいくつか紹介します。

  • 孫を装うなどして「会社の同僚を妊娠させ慰謝料を請求されている」「弁護士のおいに行かせるから金を渡して」などと電話し、埼玉県の女性から150万円をだまし取ったとして、北海道警など5道県警の合同捜査本部は詐欺の疑いで六代目山口組傘下組織の組員ら10~20代の男女6人を逮捕しています。報道によれば、組員が首謀し、他5人は受け子や現金の回収役などとみられ、各地で計数千万円以上をだまし取った可能性があるということです。
  • 高齢男性宅に嘘の電話をかけて現金を詐取したとして、警視庁暴力団対策課などは詐欺容疑で、住吉会傘下組織の組員ら18~65歳の男計8人を再逮捕しています。報道によれば、東京都八王子市に住む70代男性宅に、おいを装い「電車にかばんを置き忘れた。カードの利用を止めたため支払いができなくなった」などと嘘の電話を複数回にわたってかけ、用意させた現金150万円をだまし取ったというもので、8人は詐欺グループとして活動し、大阪市内のビジネスホテルを拠点として電話をかけていたといい、容疑者らのグループによる被害は都内のほか千葉、神奈川、埼玉の3県で37件、計約1億2200万円に上るとみられています。
  • 弁護士などを名乗るうその電話で奈良県内に住む70代の女性から現金800万円をだまし取るなどしたとして稲川会傘下組織の組員ら3人が詐欺などの疑いで逮捕されています。報道によれば、女性から現金をだまし取る際、組員がSNSなどでほかの2人に指示を出していて、やりとりには秘匿性の高い通信アプリが使われていたといい、女性はこのほかに8500万円あまりを同様の手口でだまし取られているとのことです。
  • 還付金詐欺の出し子とみられる住吉会傘下組織の組員が逮捕されています。報道によれば、2023年8月、仲間とともに石川県の50代の女性に金融機関の職員をかたって電話をかけ、現金およそ100万円を振り込ませ、埼玉・川口市のコンビニのATMで引き出した疑いが持たれています。女性は前日にも還付金詐欺の被害にあっていましたが、被害に気づく前に「昨日と同じコンビニで手続きをしてもらいます」などと電話で指示され、現金を振り込んでしまったといいます。
  • 医療費の還付金名目で高齢者から98万円をだまし取ったとして、福岡県警は、工藤会傘下組織幹部ら4容疑者を電子計算機使用詐欺と窃盗の疑いで逮捕しています。報道によれば、2022年11月、共謀して、市役所の職員をかたって「医療費の還付金がある」と福岡市内の60代の女性に電話し、ATMを操作させて98万円を振り込ませた疑いがもたれています。福岡県警は工藤会の資金源になっているとみて捜査していますが、ほかにも、2022年10月~2023年1月に12都道府県の約20人が2000万円以上をだまし取られた被害にも関与していたとみられるといいます。

その他、特殊詐欺に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 大阪府警曽根崎署は、詐欺容疑で、住所不定の無職の容疑を逮捕、送検していますが、容疑者は同署に自首し、「2年前からカンボジアで特殊詐欺のかけ子をしていた」などと説明したといいます。報道によれば、息子をかたり、「会社の法人カードをなくし、お金が必要」などと嘘(うそ)の電話をして、2022年10月、東京都の80代女性から300万円、2023年5月には東京都の90代男性から約9800万円をだまし取ったといいます。容疑者は約2年前、知人の紹介でカンボジアへ行き、特殊詐欺グループの「かけ子」をしており、9月に帰国、大阪府内のビジネスホテルを約2週間転々とした後、「家族に合わせる顔がない」と同署に自首、「特殊詐欺で得たお金」として約1200万円を所持していたということです。
  • 茨城県警は、取手市の60代の男性会社員男性が、パソコン画面に警告メッセージなどを送りつけて修理費をだまし取る「サポート詐欺」の被害に遭い、約1日で計26回にわたり計355万円分の電子マネーを購入し、だまし取られたと発表しています。報道によれば、男性が自宅でインターネットを利用していると、パソコンに「ウイルスに感染」とのメッセージと電話番号が表示され、電話をかけると、片言の日本語を話す男から「修理のため電子マネーで支払う必要がある」などと言われ、購入後も「コードが違うので倍額分を買ってくるように」などと指示され、取手市や守谷市のコンビニ店6店舗を回って計26回にわたって計355万円分を購入したということです。本コラムでは、水際で被害を食い止めるコンビニの事例を毎回取りあげてきているだけに、6店舗で8回の電子マネーをコンビニで購入した際に、どの店舗でも高額の購入となったはずなのに被害を防ぐことができなかったことが残念です。また、こうしたパソコンがウイルスに感染したと装って復旧費名目で金銭などを要求する「サポート詐欺」が猛威を奮っています。警察庁は2023年初めて集計を取り、全国で上半期に確認された被害は1214件と、架空請求詐欺全体(2549件)のほぼ半数に上っています。支払い方法はコンビニなどで電子マネーカードを購入させる手法が多用されています。そもそもサポート詐欺では、ウイルス感染させるのではなく、ネット広告を自動表示させるポップアップ機能などを悪用して警告文を表示し、復旧費用名目で金などをだまし取る手口です。・さらに、犯人が要求する支払い方法の大半を占めるのが電子マネーで、報道によれば、福岡県内では2023年1~9月に発生したサポート詐欺の94%(86件)にも上っているといいます。警察庁の統計で、電子マネーを要求する特殊詐欺被害は増加傾向で、2023年上半期は1702件と、すでに2022年1年間の1416件を上回っています。サポート詐欺と電子マネーの詐取がセットで横行する背景について、福岡県警幹部が「サポート詐欺は被害者側からの電話を待つだけで効率がいい。電子マネーは容易に購入でき、犯人側が被害者と会う必要もなく、『受け子』も不要でリスクが少ない」と述べているとおりであり、犯罪組織が今後も力を入れてくる可能性は極めて高いといえます。
  • 秋田県警秋田臨港署は、秋田市の60代女性が現金約1億3600万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。報道によれば、記録が残る2019年以降、1件あたりでは過去最高の被害額だといいます。女性は、投資に関する広告をクリックしてSNS上のグループに入り、「お金を入れておくだけでもうかる」などと言われ、女性は要求に従い、指定された口座に複数回、投資名目や利益を払い出す手数料名目で現金を振り込んだといいます。また、秋田中央署は、秋田市の60代女性が現金約3900万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。こちらの女性も、スマホの広告をクリックしたところ、見知らぬ相手から「金の相場が変動している。指導のもとで取引すれば利益を得られる」などのメッセージが届き、相手の指定銀行口座に送金したということです。さらに、秋田県警秋田中央署は、秋田市の50代女性が投資名目で計約1億2000万円をだまし取られたと発表しています。こちらの女性も、SNS上の「もうかる投資」や「投資セミナーを受けて稼ごう」との広告にアクセスし、投資費用名目などで口座に振り込み、詐取されたものです。
  • 茨城県警は、水戸市の70代の女性がニセ電話詐欺(特殊詐欺)で計120回にわたって現金計1120万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、女性の携帯に、通信会社のサポートセンターを名乗る男から「有料サイトの料金が未納で、10万円の支払い義務がある」などと電話があり、女性が指定された口座に10万円を振り込むと、その後もセキュリティー協会を名乗る男らから「あなたの携帯電話から出たウイルスで身代金を要求された人がいる」「ウイルスが原因で旅行代理店の損害が600万円以上になった」などと電話があり、信じた女性は約1か月間で総額1120万円を振り込んだというものです。女性が定期預金を解約しようと茨城県内の金融機関を訪れた際、対応した職員が不審に思い、水戸署に通報、詐欺だと分かったといいます。被害拡大を防止できたといはいえ、そもそも約1カ月の間に1120万円を何回に分けて(通常は取引のない相手先に)振り込んでいるという「ふるまい」について、金融機関としてもっと早い段階で異常を検知できなかったのか、悔やまれるところです。
  • 京都府警北署は、京都市北区の08代の女性が警察官を名乗る男らに現金1600万円などをだまし取られたと発表しています。報道によれば、女性宅に警察官を名乗る男らから「あなたは暴力団に口座の名義貸しをしている」などと電話があり、女性が指示通り新しい口座を開設し預金を移すと、男らはさらにこの口座のキャッシュカードを女性宅のポストに入れたり、現金を引き出した上で玄関先に置いたりするよう指示、女性が現金1600万円が入った紙袋を玄関先に置いたところ、何者かによって持ち去られたということです。「暴力団」を持ち出されて冷静さを失い、おそらく普段ならやらない「ふるまい」をしてしまう、特殊詐欺という犯罪の怖さをうかがわせる事例です。
  • 栃木県警は、栃木県益子町の70代の男性が現金計5964万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。報道によれば、通信事業者や警察官を名乗る男らから「携帯電話がウイルスに感染し、第三者に被害が出た」などと電話で言われ、計94回にわたり栃木、茨城両県内のATMから振り込んだというものです。2023年3月末、携帯電話にショートメッセージが届き、男性が返信すると電話があり「サイト登録料が未納だ」と言われ、現金振り込み後、連絡が取れなくなり、だまされたと気付き、被害届を出したものです。タンス預金から小口の振込みを100回近く行っても、なかなかその端緒を得ることは難しいと思われます。一方、通常より金融機関からの引き出しの頻度や額が大きいといった「ふるまい」(ヒストリカルプロファイリング)で検知できる可能性がありますが、いずれにせよ被害を防止できなかったことは残念です。
  • 「支援金50億円を受け取れる」などと嘘のメールを送るなどして、電子マネーを詐取したとして、警視庁捜査2課は詐欺容疑で、東京都港区の会社役員ら男5人を逮捕しています。報道によれば、容疑者らの詐欺グループは少なくとも3000人以上から1億2000万円以上をだまし取っていたとみられています。逮捕容疑は共謀の上、2023年6月、鹿児島県霧島市の50代女性に「(支援金)50億円を受け取るためには手数料として1000円が必要」などと嘘のメールを送り、1000円分の電子マネーのIDを送らせて詐取したほか、広島市の50代女性からも10月に同様の手口で3000円分の電子マネーを詐取したといいます。容疑者らは被害者にメールなどを送り、当選金や支援金を受け取る手数料名目で電子マネーをだまし取っており、少額の請求から徐々に金額を引き上げていたとみられ、最大で計約2200万円の被害も確認されているといいます。
  • 高齢女性からキャッシュカードをだまし取り現金を引き出したとして、愛知県警中署は、航空自衛隊浜松基地所属の空士長(21)を詐欺と窃盗の容疑で逮捕しています。報道によれば、容疑者は「借金の返済に追われ、SNSで闇バイトに応募した」と供述し、容疑を認めているといいます。別の人物と共謀し、名古屋市中区に住む90代の女性の自宅に電話をかけて「年金手続きの関係で受給口座のキャッシュカードが必要」などとうそを言い、役所の職員を装った容疑者が女性を訪ねてキャッシュカード1枚をだまし取り、ATMで現金計100万円を引き出したというものです。
  • 男性からキャッシュカードをだまし取ったとして、警視庁城東署は詐欺の疑いで、俳優の池田純矢容疑者を逮捕しています。特殊詐欺の受け子とみられています。報道によれば、何者かと共謀して、東京都江東区の男性に電話をかけ、警察官を装って自宅を訪問し、キャッシュカードをだまし取った疑いがもたれています。

例月どおり、2023年(令和5年)1~9月の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認します。

▼警察庁 令和5年9月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和5年1~9月における特殊詐欺全体の認知件数は14,024件(前年同期12,206件、前年同期比+12.9%)、被害総額は302.1憶円(252.1憶円、+19.8%)、検挙件数は5,057件(4,537件、+11.5%)、検挙人員は1,684人(1,641人、+2.6%)となりました。ここ最近、認知件数や被害総額が大きく増加している点が特筆されますが、この傾向が継続していることから、あらためて特殊詐欺が猛威をふるっていると十分注意する必要があります。うちオレオレ詐欺の認知件数は3,006件(2,839件、+5.9%)、被害総額は90.9憶円(84.5憶円、+7.5%)、検挙件数は1,549件(1,225件、+26.4%)、検挙人員は685人(656人、+4.4%)となり、相変わらず認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。2021年までは還付金詐欺が目立っていましたが、オレオレ詐欺へと回帰している状況も確認できます(とはいえ、還付金詐欺自体も高止まりしたままです)。そもそも還付金詐欺は、自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで2021年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶たない現状があり、それが被害の高止まりの背景となっています。とはいえ、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性も考えられるところです(繰り返しますが、還付金詐欺自体事態、大変高止まりした状況にあります)。最近では、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくいことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は1,722件(2,278件、▲24.4%)、被害総額は21.6憶円(34.0憶円、▲36.5%)、検挙件数は1,370件(1,544件、▲11.3%)、検挙人員は337人(371人、▲9.2%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに減少という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されています。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出ています。さらには、前述したとおり、キャッシュカードではなく「現金」入りの封筒で同様のすり替えを行う手口も出ています)。また、預貯金詐欺の認知件数は2,079件(1,654件、+25.7%)、被害総額は26.1憶円(19.8憶円、+31.8%)、検挙件数は1,170件(965件、+21.2%)、検挙人員は380人(373人、+1.9%)となりました。ここ最近は、認知件数・被害総額ともに大きく減少していましたが、一転して大きく増加し、その傾向が続いている点が注目されます(検挙人員は7月でいったん減少しましたが、8月以降、再度増加に転じています)。その他、前述した架空料金請求詐欺の認知件数は3,755件(1,996件、+88.1%)、被害総額は100.3憶円(69.4憶円、+44.6%)、検挙件数は217件(129件、+68.2%)、検挙人員は90人(94人、▲4.3%)と、認知件数・被害額・検挙件数の急激な増加が目立ちます(前述したとおり、「サポート詐欺」と「電子マネー」の組み合わせは、犯罪者にとってリスクの低い犯行形態と考えられていることが背景にあるともいえます。一方、検挙人員の減少は気になります)。還付金詐欺の認知件数は3,010件(3,262件、▲7.7%)、被害総額は35.3憶円(37.9憶円、▲6.9%)、検挙件数は697件(626件、+11.3%)、検挙人員は130人(103人、+26.2%)、融資保証金詐欺の認知件数は134件(104件、+28.9%)、被害総額は1.9憶円(1.8憶円、+10.0%)、検挙件数は19件(32件、▲40.6%)、検挙人員は14人(23人、▲39.1%)、金融商品詐欺の認知件数は184件(21件、+776.2%)、被害総額は23.1憶円(1.8憶円、+116.8%)、検挙件数は16件(5件、+220.0%)、検挙人員は22人(11人、+100.0%)、ギャンブル詐欺の認知件数は16件(39件、▲59.0%)、被害総額は0.5憶円(2.6憶円、▲82.3%)、検挙件数は0件(11件)、検挙人員は0人(8件)などとなっており、オレオレ詐欺の急増とともに、「非対面」で完結する架空料金請求詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している一方、前月から、還付金詐欺の認知件数と被害総額が減少に転じた点が気になるところです。

組織犯罪処罰法違反については、検挙件数は228件(84件、+171.4%)、検挙人員は83人(14人、+492.9%)となっています。また、犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は505件(509件、▲0.8%)、検挙人員は282人(285人、▲1.1%)、盗品等譲受け等の検挙件数は2件(0件)、検挙人員は1人(0人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,007件(2,075件、▲3.3%)、検挙人員は1,575人(1,673人、▲5.9%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は95件(69件、+37.7%)、検挙人員は92人(72人、+27.8%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は13件(7件、+85.7%)、検挙人員は11人(4人、+175.0%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、60歳以上87.8%、70歳以上68.2%、男性31.1%:女性68.9%、オレオレ詐欺では60歳以上96.7%、70歳以上94.4%、男性19.8%:女性80.2%、預貯金詐欺では60歳以上99.5%、70歳以上97.1%、男性8.3%:女性91.7%、架空料金請求詐欺では60歳以上68.8%、70歳以上41.5%、男性58.9%:女性41.1%、融資保証金詐欺のでは60歳以上15.4%、70歳以上4.1%、男性74.8%:女性25.2%、特殊詐欺 79.9%(男性27.6%、女性72.4%)、オレオレ詐欺 95.9%(19.6%、80.4%)、預貯金詐欺 98.9%(8.4%、91.6%)、架空料金請求詐欺 56.4%(62.2%、37.8%)、還付金詐欺 77.2%(33.5%、66.5%)、融資保証金詐欺 6.5%(75.0%、25.0%)、金融商品詐欺 32.6%(50.0%、50.0%)、ギャンブル詐欺 25.0%(75.0%、25.0%)、交際あっせん詐欺 12.5%(100.0%、0.0%)、その他の特殊詐欺 29.8%(48.4%、51.6%)、キャッシュカード詐欺盗 99.1%(12.3%、87.7%)などとなっています。犯罪類型によって、被害者像が大きく異なることをあらためて認識し、被害者像に応じたきめ細かい対策を行う必要性を感じさせます。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。直近でも、高齢者らの特殊詐欺被害を一般の人が未然に防ぐ事例が増加しており、たとえば、銀行の利用者やコンビニの客などが代表的です。埼玉県警によると、こうしたケースは2023年1~8月で104件にのぼり、すでに2022年1年間(103件)を超えたといいます。県警は、街頭での啓発活動や金融機関でのポスター掲示などが一定の効果を上げているとみています。また、被害を未然に防げた「水際防止」は2022年に全体で2215件となり、1888件だった2021年を上回って過去最多を更新しています。2023年も1~8月で1444件と最多に近いペースとなっています。大多数は家族やコンビニ店員、金融機関職員が詐欺と気づいて声をかけたものですが、居合わせた一般の人による声がけや警察への通報は2022年同期(64件)の1.6倍に増えているといいます。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。以下、一般人の被害防止の事例について、いくつか紹介します。

  • 一人暮らしの80代の女性は特殊詐欺犯からの電話をすぐに見抜き、それでも警察に情報を提供するために7分間粘って会話を続けたといいます。報道によれば、有名百貨店の従業員を名乗る男の口調は「やけに丁寧」で、電話のディスプレーに表示されていたのは見知らぬ番号、「相手は親切を装って、だまそうとしている」と特殊詐欺犯と確信したといいます。カードが不正利用されたか調べるため、「全国銀行協会」から改めて電話すると伝えられた。女性が「こちらから電話してみます」と協会の電話番号を聞き出そうとしたところ、通話は切られたといい、女性はすぐに府警に通報したとのことです。録音機能付きの防犯装置を固定電話に付けていたため、音声も府警に提供したといいます。特殊詐欺犯から電話がかかってきたのは初めてだったといいますが、地元の高齢者団体の会長を務めていて警察とのやり取りが多く、深刻な被害状況を以前から聞いており、行事案内などのため、自作のちらしをつくって近隣住民に毎月配っているが、そこに特殊詐欺への注意を書いてきたという経緯があったとのことです。誰もがこのようなリスクセンスを発揮して、冷静な行動ができるとは限りませんが、「こうして見抜くことができる」手本ができたことは大変素晴らしいことだと思います。
  • エステティシャンの寒河江さんは、渋谷区広尾にあるATMを操作する80代女性を見かけ、スマホで誰かと会話をしながら慌てた様子だったため、「大丈夫ですか」と声を掛けると、女性は「今日中に振り込まないと大変なことになる」と取り乱していたといいます。女性は部屋着姿で、持っているのはスマホとキャッシュカードだけで、「大丈夫な振り込みですか」「どこに振り込みますか」と立て続けに質問、女性は、電話会社をかたる人物から有料アプリの使用料99000円が未納だと言われたと説明、電話口からは振り込みをせかす若い男の不機嫌な声がしたうえ、振込先は個人名が指定されていたことから「ピンときました」といい、振り込みをやめさせ、通報したものです。なお、警視庁によると、都内の特殊詐欺の認知件数は2023年1月~9月末で2062件、2022年同期比で304件減少したものの、被害額は約57億7000万円で前年同期比で約10億2000万円増加しているといいます。
  • 北九州市小倉北区の会社役員の三島さんは、日課の犬の散歩をしながら、牛乳を買いに近所のコンビニへ向かったところ、携帯電話で話しながら店に入っていく80代男性がおり、「こんな夜中に何をしているんだろう」と違和感を覚えたといいます。男性は電子マネーカードが並ぶコーナーへ行き、三島さんが遠目から様子をうかがっていると、男性は数枚を取ってレジに向かったため、詐欺かもしれないとピンときたものの「でも違ったら申し訳ないな」などと思っているうちに、男性はレジで店員にカードを渡したため、三島さんは「そのカードをどうするんですか」と声をかけたところ、「パソコンがウイルスに感染したので、買うように言われたんです」と返答されたため、こういった手口をニュースで知っていたことから、三島さんは詐欺だと確信。その場で小倉北署に通報したものです。報道で三島さんは「自分から知らない人に声をかけるタイプではないんですけど……」と話していますが、こうした「お節介」が極めて重要で、あわせてリスクセンスや知識、声をかける勇気を持っていることの重要性も感じさせます。

次にコンビニの事例を紹介します。前述したとおり、還付金詐欺が急増する中、コンビニの果たす役割は大変大きくなっており、こうした成功事例を共有しながら、未然防止に努めていただきたいと思います。なお、今回は複数回、被害を防止した方の事例やベテラン店員だけでなく、20代の若手店員が被害を防止した事例が多くなっています

  • 特殊詐欺被害を未然に防いだとして警察から4度、感謝状を贈られているコンビニ店長の新見さんは、「それ、詐欺ですから」と声を上げ、警察を呼ぶことを伝えると男性は戸惑った表情を見せたものの、「振り込んでしまったら、お金は戻ってきませんよ」「(通話状態の)スマホは切って。かかってきても出ないで」などと署員が駆けつけるまでの約10分間、同様の詐欺事件が相次いでいることも説明し、購入を断念させたといいます。経験に裏打ちされた自身をもった対応が被害の水際防止に直結していることがうかがえます。
  • 島根県警松江署は、特殊詐欺被害を防いだとして、松江市の「ファミリーマート松江学園南店」の店長で、人気お笑いコンビ「かまいたち」の山内健司さんの弟、山内剛さんに感謝状を贈っています。剛さんが同様の感謝状を受け取るのは、今回で5回目だといい、記録が残る2018年以降、島根県内で最も多いということです。報道によれば、剛さんは、50代女性から店内にあるコピー機の操作方法を聞かれた際、「懸賞金を受け取るために5000円を払いたい」と言われたため、「警察に確認してから買ってもらってもいいですか」と伝え、詐欺被害を防いだということです。剛さんは「自分が話題になることで特殊詐欺に関心を持ってもらい、被害を防げたらうれしい」と話しています。
  • 電子マネーを使った特殊詐欺の被害を未然に防止したとして、和歌山県警和歌山西署は、和歌山市新堀東の「ローソン和歌山新堀東二丁目店」の店員、寺田さんに同署で感謝状を贈っています。報道によれば、80代男性が同店を訪れ「グーグルプレイカードがどれかわからない」とレジにいた寺田さんに尋ねてきたため、不審に思った寺田さんが「何にお使いですか」と聞くと、男性は「コンピューターがウイルスに感染したのをなおすため」と話したことから特殊詐欺と判断し、男性に4万円分のカード購入を思いとどまらせ、110番して被害を未然に防いだものです。寺田さんは、2023年4月にも同店で特殊詐欺被害を未然に防いだとして6月に同署から感謝状が贈られています。
  • 奈良県大淀町新野のローソン大淀新野店の店員の皿井さんは、普段から高額な電子マネーの購入者には「何に使われますか?」と、声をかけるようにしているものの、詐欺ではない可能性もあるので、いつも緊張するものの、それでも地道に声かけしているといいます。ある日、高齢男性が「20万円分のグーグルプレイカードを購入したい」と聞いてきたため、金額の大きさに、すぐに詐欺を疑い、いつも通り声をかけたところ。男性は落ち着いた様子で「パソコンにウイルスの画面が出て、これが必要だと言われた」と返答したため、被害の典型例だと知っていた皿井さんは、詐欺を確信、「ちょっと警察に相談してみます」と男性に断ってから警察に連絡し、被害を防止したものです。
  • 特殊詐欺被害を未然に防いだとして、京都府綾部市渕垣町の「ローソン綾部渕垣店」の店員、鴛海さんに、綾部署の山口署長から感謝状が贈られています。同様の被害防止で鴛海さんは2回目、同店は府警組織犯罪対策統括室長から3回目の感謝状贈呈だといいます。報道によれば、時短営業で閉店直後の同店を60代女性が訪れ、電子マネー3万円分を買おうとしたといい、パソコンのゲームでセキュリティーソフトが必要との表示に従って指定番号に電話、男性から片言の日本語で電子マネー購入を指示されたということから、鴛海さんは詐欺と判断し、電子マネーを購入しないよう女性を説得、同署に通報したものです。
  • 特殊詐欺容疑者の検挙に貢献したとして、埼玉県警朝霞署は同県和光市本町にある「ローソン・スリーエフ和光市駅前店」の店長代理、佐藤さんに感謝状を贈っています。報道によれば、店内のATMを操作する2人組の少年に気付き、長時間ATMを操作し、利用明細を写真に取る行動を不審に思い、近くの交番に通報、駆けつけた警官が職務質問したところ、少年らは他人名義のキャッシュカードを複数枚所持していたといいます。その後、少年らは還付金詐欺の「出し子」をしていたとして電子計算機使用詐欺などの容疑で逮捕されたとのことです。

最後に金融機関の事例を紹介します。

  • 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、三重県警いなべ署は、いなべ市の員弁郵便局の窓口担当係、西村さんに感謝状を贈っています。報道によれば、西村さんは、ATMコーナーで、携帯電話をかけながら操作をしていた70代女性を見つけ、竹中局長に報告、竹中局長が女性に声を掛け、被害を未然に防ぐとともに警察に通報したものです。西村さんは「防犯カメラで、女性が電話しながらATMを操作しているのに気づき、特殊詐欺ではないかと考えた」といい、竹中局長は「ATMの画面を見たら送金になっていたので、すぐに取り消しボタンを押した。女性は、操作に気を取られ、送金とは思っていなかったようだ」と話していますが、こうした緊密な連携プレーが被害を水際で防止するために重要だといえます。
  • 特殊詐欺の被害を防いだとして、栃木県警今市署は、JAかみつが日光中央支店貯金課の男性課長、女性職員に感謝状を贈っています。報道によれば、80代の女性が携帯電話で話をしながら同支店の窓口を訪れ、貯金全額の振り込みを依頼、女性職員が理由を聞くと、「携帯電話の未納料金の請求が来た」などと説明されたため、詐欺を疑い、男性課長を通じて同署に通報したものです。

警察庁は、特殊詐欺事件の容疑者13人の画像を同庁ホームページの特設サイトで公開しています。13人は、埼玉、千葉、神奈川、大阪、奈良、山口、福岡の7府県警が行方を追っている容疑者で、うち12人は現金受け取り役などの末端メンバーですが、大阪府警が公開手配している小池容疑者は、2022年8月に大阪市で現金50万円が詐取されるなどした事件の指示役とされます。2021年から行っている容疑者画像の一斉公開で、指示役を対象に含めたのは初めてだといいます。13人のうち、小池容疑者を含む4人は既に指名手配されており、残る9人は氏名などが特定されていないということで、警察庁は「画像に心当たりがあれば、迷わずに通報してほしい」と呼びかけています。

▼警察庁 特殊詐欺被疑者の一斉公開捜査について
埼玉県警察、千葉県警察、神奈川県警察、大阪府警察、奈良県警察、山口県警察、福岡県警察において、特殊詐欺被疑者の一斉公開捜査を実施しています。各画像をクリックすると、公開捜査を実施している警察のホームページで、事件の詳細や他の画像などを見ることが出来ます。小さなことでも構いませんので、情報提供をお願いします。また、昨年実施分の特殊詐欺被疑者の画像も公開しています。情報提供は、公開捜査をしている警察までお願いします。

その他、特殊詐欺の未然防止に向けた取り組みについて紹介します。

  • 全国で甚大な被害が生じている特殊詐欺について首都圏の関係先を集中捜査するため、2024年4月に警視庁など4都県警に発足する専門部隊が計約400人体制となることが、警察庁への取材で分かったと報じられています(2023年10月15日付読売新聞)。同様の部隊が愛知、大阪、福岡の3府県警に設置されることも新たに決定、7都府県警の計約500人体制で、特殊詐欺グループの壊滅を目指すというこです。報道によれば、部隊は全国で起きた特殊詐欺に対して捜査嘱託を受け、都道府県警の枠を超えて専門的に捜査する初の組織で、2024年春の発足が決まっていたものです。戦後、捜査は事件が起きた地域の警察本部が一次的に権限を持つ「発生地主義」を原則としていますが、運用方針を転換し、部隊は初動から容疑者の摘発まで捜査の中核を担うとしています。
  • 特殊詐欺の被害防止を推進しようと、明治安田生命大阪本部は、大阪市中央区の同社大阪本部で府警府民安全対策課の担当者を招いて防犯講話を開いています。全国地域安全運動に合わせて企画されたものですが、同社は2022年3月に府警生活安全部と「安心・安全なまちづくりに関する協定」を締結、共同制作した特殊詐欺防止啓発チラシの配布など、府民の安心・安全を守る取り組みに協力しているといいます。講話では2023年1~8月に府内で特殊詐欺が1861件発生し、過去最多だった2022年を大きく上回るペースであることが報告されたほか、還付金詐欺やキャッシュカードを狙った詐欺、パソコンや携帯電話での架空料金請求詐欺の手口と対策が紹介されたといいます。日常的に高齢者との接点も多い生命保険会社の営業担当者への意識付けは特殊詐欺被害防止につながる可能性が高いものと思われ、同様の取り組みが全国に拡がることを期待したいと思います。

日本の特殊詐欺グループが海外拠点を増やしている一方、ミャンマーを拠点とし、インターネットや電話などを使って中国人を標的にする詐欺グループの犯罪が増え、大々的な取り締まりが続いていると報じられています(2023年10月27日付朝日新聞)報道によれば、うその投資話やロマンス詐欺など、中国では近年、海外に拠点を持つ犯罪グループによる詐欺被害が目立っており、中国国内の摘発を逃れるため、東南アジアなどに活動拠点を移した中国人詐欺グループによる犯行が多いとみられています。また、高額な報酬が得られるとだまされ、ミャンマーに渡った中国人も少なくないとされます。ミャンマー側の国境地帯にはかねて中国系詐欺グループの拠点が置かれ、摘発が相次いでおり、直近では、中国公安省はミャンマー当局と連携し、4600人以上の容疑者を中国に移送したといいます。ミャンマーの独立系メディアによると、ワ自治管区の武装組織、ワ州連合軍(UWSA)は2023年9月、1200人を超える中国籍の容疑者を拘束し、国境ゲートを通じて中国に引き渡し、その後も、コーカン自治地域で不法滞在の中国人ら377人が逮捕されたほか、10月にも同地域の実業家ら11人が雲南省で中国当局に逮捕されています。いずれもサイバー攻撃、オンンライン詐欺や賭博、オンラインポルノ等に関わった疑いが持たれているといいます。なお、UWSAは3万の兵力を持つと言われる、ミャンマー最大の少数民族武装勢力で、シンクタンク「米国平和研究所」は、UWSAが中国政府から武器の提供を受けており、両者の関係は緊密だと指摘しています。癒着も疑われており、壊滅は容易ではないのが現状で、報道で関係者は「政変以降、経済が悪化して物価高騰が市民生活を圧迫している。特に若者は危険を気にしていられないほど仕事を必要としている」と指摘、今後も被害者は増えると警戒しています。

(3)薬物を巡る動向

本コラムでもその対応に苦言を呈してきた日本大学(日大)は、アメリカンフットボール(アメフト)部の薬物事件を巡り、日大側の対応を検証していた第三者委員会(委員長 綿引万里子・元名古屋高裁長官)の調査報告書を公表しています。一連の大学の対応について、「得られた情報を都合よく解釈し、自己を正当化する不適切な基本姿勢」があったと指摘、日大幹部らが目先の責任追及を避けることにこだわり、「大麻が拡散しているリスクに目をつぶった」と批判しています。筆者としても同様の意見であり、大麻蔓延をもたらした構造的要因(濃密な人間関係など)に切り込まず、小手先の対応をしていたことで、おそらくは多くの大麻使用者を出してしまっていた(放置した)ことは学問の府である大学の取るべき対応ではなかったと厳しく指摘しておきたいと思います。第三者委員会は文部科学省の指導を受け設置され、綿引氏ら弁護士3人が2023年8月下旬から関係者へのヒアリングをもとに調査し、日大が10月30日に報告書を同省に提出しました。報告書は「自己を正当化する」という基本姿勢で問題に対応したことにより不適切な行為が重ねられたと批判、大学幹部らが目先の対応に終始し、「最終的な信頼の回復」が危機管理の最大の目標であることを理解していないと批判しています。部員の大麻使用を疑う情報は2022年10月29日に保護者から寄せられたものの、名前の挙がった部員が使用を否定したことで、指導陣は「事実は認められない」と結論づけ、同11月27日には部員1人が自身や先輩7人の大麻使用を申告したものの、指導陣は、部OBの警察関係者の助言を根拠に厳重注意にとどめたといいます。本来、この時点で徹底的に事実関係や真因を突きつめ、真摯な反省のもとに再発防止策を講じていくべきであったのに対し、報道機関に説明を求められても「大麻を吸った事実はない」などと回答、事態が明るみに出た2023年8月2日には、林理事長が報道各社の取材に「違法な薬物が見つかったとか、そういうことは一切ない」とコメントしたほか、同8日の記者会見では、競技スポーツ担当副学長の沢田康広氏が複数の部員が関与した可能性について「把握していない」と発言、結果的に「虚偽の」回答を重ねてきた(つまり、隠蔽しようとしたと見なされても仕方のない対応をしてきた)ことになります。報告書ではこうしたメディア対応について、追及を受けることを避けるため、大学幹部らが「時には虚偽と評価される報道対応をし、リスクにも目をつぶってきた」と非難、また、「大麻使用が寮内で一定の広がりを持っている可能性があるならば、これに対して採るべき組織的な対策や措置について何ら考慮されていない」との指摘をしています。さらに、第三者委員会は危機管理の甘さも指摘、2023年6月には寮内に「大麻部屋」があることを疑う情報提供が警察からあり、沢田氏が7月6日に荷物検査などで後に大麻と分かる植物片を発見したのに、警察への連絡まで12日を要し、沢田氏は、記者会見で学生に自首を説得する「教育的配慮」のためなどと説明していましたが、第三者委員会は、植物片の保管は大学トップ層による証拠の隠蔽や大麻所持罪の疑惑を持たれかねない行動だと指摘、「世の中の常識からは乖離した独自の判断基準」と批判し「法人の信用を失墜させた最大の原因」と指弾しています。筆者としても、この12日間の行動はまったく理解ができず、「隠蔽」のみならず、「大麻所持」の状態であったことに考えが至らないわけがなく、もっと深い理由があったのかと考えていましたが、結局、正に「世の中の常識」を超えたあり得ない対応だった(学内の常識は世間の非常識)ということで、大変驚いているところです。さらに、部員の逮捕を機にアメフト部に科した無期限活動停止処分を5日間で解除した判断についても言及、解除を決めた8月10日の幹部会議の時点で、複数部員の関与が疑われる情報を得ていたにもかかわらず、それらを沢田氏が説明せず、「結果的に出席者の判断を誤らせた」と結論づけたということに至っては、全く理解の範疇を超えており、愚の骨頂としか表現できません。こうした大学の対応の稚拙さが、大麻の蔓延を助長したとさえ評価できる状況だと厳しく指摘しておきたいと思います。なお、この点について報告書では、「寮内の規律の乱れから学生が犯罪行為等不適切な行為に巻き込まれ、心身の健康が害されるおそれがあっても十分な対応をしないという教育的配慮に欠けた姿勢にもつながった」と指摘しています。

若者の大麻の蔓延は深刻さを増していますが、大学スポーツ、とりわけ激しい身体接触を伴うコンタクト・スポーツである、アメフト、ラグビー、ボクシング、サッカーなどの事例が多いように思われます。こうした部分で蔓延する理由について、朝日大学の元ラグビー部員が裁判で明かした実態が大変興味深いものでした(なお、判決は懲役1年執行猶予3年(求刑懲役1年)で、「大麻を買い求めて知人らと吸うなどしていた中、比較的多い量の大麻草を買い求めようとしており、刑事責任は軽視できない」「依存性は顕著で、譲り受けようとしていた大麻は多量で悪質だ」と指摘、一方で、被告が薬物離脱に向けて取り組み、反省していることなどを考慮して執行猶予付きの判決としたと報じられています)。「ポジション争いでストレス」。大麻を購入しようとしたとして、大麻取締法違反の罪に問われた朝日大の元ラグビー部員の被告の初公判では、暮らしていた部の寮を宛先に指定していたことや、大麻を使った理由などが明らかにされ、検察側の冒頭陳述などによると、被告は2023年1月ごろ、友人に勧められて大麻を使い始め、その後、ツイッターを通じて知人から購入し、継続して使用、頻度が週1度から週4度になるなど、歯止めが利かなくなったといいます(被告に大麻草を譲り渡そうとした疑いで、20代のフリーターの男が大麻取締法違反(営利目的譲渡未遂)容疑で逮捕されています。両者は「地元のつながり」で知り合いだったといいます)。部のメンバーと河川敷や路地で大麻を吸ったといい。7月11日、乾燥大麻約30グラムを12万円で購入しようと、知人にレターパック2通を寮へ発送させたところ、レターパックをみた監督が、品名の「和菓子」を被告が食べないことや「要冷蔵」ではないこと、軽さに不信感を抱き、7月14日に被告に問いただしたところ、中身が大麻だと認めたということです。報道によれば、スポーツ推薦入学者の被告が取り調べの中で、「ラグビー部のポジション争いにストレスを感じていた。部活をやり遂げないといけないというプレッシャーや、ストレス解消のはけ口として大麻を使っていた」と供述していたことを検察側が指摘したといいます。推測となりますが、日々の激しいコンタクトで身体的にも相当程度追い込まれていることと相まって、推薦入学やポジション争いという重圧が激しいストレスにつながったと考えられるところです。だとすれば、大学としては、このような大麻に手を出しやすい環境・構造的要因であることを深く理解し、日々の行動管理やメンタルケア、面談、相互監視態勢の強化、あるいは定期不定期の薬物検査の実施などによって、構造的要因の解消に本気で取り組むべき時期に来ていると考えます

なお、この朝日大学のラグビー部員が大麻取締法違反の疑いで逮捕された事件を受け、日本ラグビー協会は新たに「大学コンプライアンス対策チーム」を設置しています。学生への注意喚起や再発防止を継続的に続けるための仕組みを模索するとしており、一歩前進と言えるかもしれません。また、対策チームは事件発生後の8月末から約1カ月かけて、全国256大学に所属する約1万人のラグビー部員を対象としたアンケートを実施(それまで各チームの監督らへの研修は実施していたものの、全選手は初めて)、約3000人から回答があったといいます(彼らが事実を伝えやすいよう回答者は匿名)。報道によれば、「他チームで薬物使用している話を見聞きしたことがある」という質問に「はい」と答えた人は「一定数いた」といい、自由記述の中には薬物に限らず、20歳未満への飲酒の強要やいじめなどに関する訴えもあり、「思った以上に現場の課題を示すコメントは多かった」とのことです。こうした実態を把握した以上、対策チームとしては速やかに何らかの(一段厳しい)アクションを講じていくことが求められているといえます(ここで十分な対策を講じないと、あるいは厳しいメッセージを発信しないと、「何も変わらない」としてこうした実態すら炙り出せなくなりますし、大麻の蔓延はさらに深刻になることが危惧されます)。一方、日大アメフト部の違法薬物事件を受け、日大ラグビー部は全部員やスタッフら100人以上を対象に薬物検査を実施したといい、大麻やコカインなど禁止薬物使用の有無を調べるキットを使って、9月後半までに抜き打ちで検査し、全員が陰性だったといいます。さらにシーズン開幕前には部員全員が法令を順守するという誓約書を書き、大学に提出、大学がリーグ戦出場を許可したとしています。本来は、社会から疑いの眼を向けられている以上、最低限、こうした対応はすべきであり、対岸の火事ではなく他山の石として、日大やコンタクト・スポーツに限らず、他の大学組織、さらには、企業としてもスポンサードするなど関係があるプロチームや実業団などにおいても、あらためて何らかの対応を検討していく必要があるといえます。

大学スポーツ界における薬物の報道から、その他、いくつか紹介します。

  • 日大アメフト部員の違法薬物事件で、東京地検は、同部員で同大4年の男を麻薬特例法違反(規制薬物としての譲り受け)で東京簡裁に略式起訴しています。地検によると、男は2023年2~4月頃、都内で密売人から大麻と認識した上で薬物を購入したとされます。同部員は「大麻を複数回買った」と容疑を認めています。この件については、押収したスマホの解析結果などから、すでに麻薬取締法違反罪で起訴された3年生部員が密売人を紹介したとみられています。密売人はX(ツイッター)に大麻の隠語とされる「野菜」などと記載し購入者を募っており、同被告は、匿名性の高い通信アプリ「テレグラム」を使って密売人とやりとりをしていたといいます。
  • 朝日大ラグビー部員が大麻譲り受けに関与した事件を巡り、新たに2人の元部員が大学側の聞き取り調査に対し、大麻使用を認めていたことが分かったといい、同大は2人を停学3カ月の処分としています。岐阜県警が2023年7~8月、大麻取締法違反容疑で部員3人らを逮捕したのを受け、大学は調査委員会を設置、9月に部員に聞き取り調査をしていたもので、5人は既にラグビー部を退部、逮捕された3人は退学処分となっています。
  • 違法薬物に関わり4人の部員が逮捕された東農大ボクシング部の監督が2023年9月上旬に解任されています。部の無期限活動停止中に、大学に無断で部員の試合のセコンドを務めたことが判明、監督は薬物問題を受けて辞任届を提出していましたが、大学はセコンドについたこともふまえ、解任が妥当と判断したということです(部員個人の活動は認められていますが、監督の指導は禁じられていたといいます)。同大のガバナンスも問われ、広報担当者は「(セコンドについたことは)知らなかったでは済まされない案件だと思う。日本連盟には報告した」と話しています。なお、4人の部員はすでに退学しているといいます。

大麻に手を出した若者の状況について、2023年10月19日付朝日新聞の記事「合法な国もあるし…気軽に吸い始め 大麻に溺れた少年が失ったもの」では、かなりの本音がうかがえるものでした。奈良県少年課の聞き取りの内容で、例えば、「中学生のとき、周囲の友人や先輩が大麻を使用しているのを見て、自らも吸い始めた。Bさんは「興味本位。合法な国もあるし。良いんじゃない?」。そんな軽い気持ちだった」、「大麻を吸い始めた頃は、気分が悪くなったり、吐き出してしまったりした。それが、吸うごとにだんだんと「わくわくする感覚」や「体が浮いているような感覚」に。薬物にのめり込み、「覚醒剤以外の薬物全てに手を出した」(Aさん)。Bさんはやがて、大麻を買うために自らも売人になった。特殊詐欺の実行役を集めるリクルーターの仕事にも手を出した。すべて薬物を買うため。「狂っておかしくなった」Aさんも「お金とドラッグが頭の中心になり、支配されていた」と振り返った」、「友人や家族に止められることもあったが、「(自分を)止められなかった」」などと述べたほか、失ったものについて、「2人は「信頼です」と即答した。「親にも、職場の上司にも、幼なじみにも。みんなはじめは止めてくれていたが、やがて何も言われないようになった」とFさん。親しい友人との連絡も途絶えていったという。「全てをなくしたと思います」」といった実態が正直に語られています。奈良県警が聞き取った内容は、若者が大麻などの薬物に手を染めないよう啓発するため、チラシに掲載して県内の中学高校全校に配布する予定だといい、こうした取り組みが1人でも多くの若者を薬物問題から遠ざけることにつながってほしいものだと思います。なお、本コラムでも以前取り上げましたが、大麻取締法違反(単純所持)で摘発された911人に警察庁が聞き取りをした2022年の調査によれば、初めて大麻を使用したのが20歳未満だった人は全体数の半数を超える52.1%(475人)、30歳未満に幅を広げると85.1%に上ります。2017年の同様の調査では、20歳未満は36.4%で、ここ数年で急速に増えている状況にあります。さらに、日大アメフト部の事件では、密売人がより依存性の高い薬物を渡していた疑いも浮上しており(実はよくある手口だとされます)、正に「ゲートウェー・ドラッグ」」と呼ばれる大麻をきっかけに、若者が深刻な薬物依存に陥る危険性が危惧されます。本コラムで繰り返し指摘しているとおり、「気軽な気持ちで、周囲から誘われて、断り切れずに手を出す構図」があり、それが強化されている状況にある以上、今、しっかりとした対策を講じることが重要だと考えます。

こうした中、より丁寧な広報活動が求められることになりますが、大麻草由来の成分を使った医薬品の解禁や大麻の使用罪を創設、不正利用の罰則も強化する改正法案が閣議決定され、今臨時国会に提出される見込みです(公布から1年以内の施行を目指しています)。本コラムでは厚生労働省の検討会の議論の内容を詳細に取り上げてきましたが、依存性のある大麻成分を「麻薬」と位置づけて麻薬取締法の対象とし、不正な使用・所持への罰則を「7年以下の懲役」とするものです。大麻取締法は大麻所持には5年以下の懲役という罰則がありますが、使用罪はありませんでした。近年、大麻草由来で依存性のない成分「カンナビジオール(CBD)」を使った抗てんかん薬が欧米で承認されるなど医薬品としての価値が高まっていたことから、医薬用大麻の解禁につながったものです。また、麻薬取締法は、医療分野で痛み止めに使われる「麻薬」の適切な使い方を定め、不正な所持や使用(施用)に対し、7年以下の懲役としていますが、今回の法改正では、大麻やその有害成分で依存性のある「テトラヒドロカンナビノール(THC)」を麻薬と位置づけ、同法の対象とする一方、大麻取締法で禁止していた大麻草由来の薬の使用を解禁することになります。同法を「大麻草の栽培の規制に関する法律」と改称し、大麻草の栽培に特化した法律とするほか、大麻草の栽培者免許は、医薬品の原料のためか、それ以外の目的によって2種類設ける、ただ、大麻草由来の成分CBDを使い「ストレス解消」「リラックス」などを目的とする製品が売られているところ、それらは規制の対象外となります。一部の製品では、有害成分THCを含むとの報告があり、厚生労働省はCBD製品に微量に残るTHCの残留限度値を設け、監視を徹底する方向としています。

さらに、社会の理解を混乱させる可能性があるのが、米ニューヨーク州における大麻の取引が合法化です(以前の本コラム(暴排トピックス2023年9月号で、ドイツのショルツ政権が嗜好目的での大麻の所持・栽培を認める方針を決めたことも取り上げました)。21歳以上の成人の嗜好目的での使用が解禁され、生産・加工・販売が認可制となりました。すでに違法ショップの急増や交通事故、健康を害する懸念も高まり、社会生活に様々な波紋を広げていると報じられています。2023年10月11日付日本経済新聞によれば、合法化の最大の目的は、人種差別の撤廃とされ、これまで少量の大麻所持で逮捕されるのは黒人やヒスパニック(中南米系)などのマイノリティーが大半で、「大麻の使用比率は白人と変わらないのに、マイノリティーばかりが逮捕される。その逮捕歴で公共住宅に入居できず、職につけないという社会問題の解決のため合法化を決めた」とニューヨーク州大麻管理局の政策ディレクターが説明しています。州政府は大麻取引業者の認可を、大麻関連で逮捕歴があるマイノリティーやその人たちを支援する団体に優先的に与えています。さらに、中小企業の育成と州の税収増も合法化の狙いとされます。ただ一方で、問題も目立っており、大麻合法化反対の活動をする非営利団体SAMの州・地方問題ディレクターは「違法販売店の急増が大きな問題」と指摘しています。また、健康を害する懸念もあり、大麻はヘロインなどの薬物やアルコールよりも安全という議論もあるが「技術の進歩で有効成分の比率が高い加工品も出回り、従来の大麻とは異なる商品が売られている」(南カリフォルニア大学のロザリー・ペキュラ教授)、「青少年や妊婦など、まだ科学的に解明されていない身体への弊害が懸念される」といった指摘もあります。なお、日本経済新聞は、「現在、全米23州で嗜好目的の大麻が合法化されている。一方、連邦政府では大麻は医療・嗜好の両方でいまだ違法だ。銀行の多くは州の合法販売店にも融資やクレジットカード決済を認めていない。ただ、米連邦政府も合法化に向けて進みつつある。米上院の銀行・住宅・都市問題委員会は9月下旬、銀行が大麻取引業者へのサービス提供を承認する法案を策定し、上下両院の承認待ちとなった。法案が通過すれば、年間売上高が300億ドル(約4兆4500億円)に上る大麻市場で銀行取引が合法化される」と報じており、こうした動きが、日本における大麻の蔓延につながる可能性は否定できないところです。ただし、本コラムで繰り返し述べているとおり、日本における薬物の生涯利用率は欧米に比べて極端に低く、合法化の前提となる社会情勢が大きく異なり、今は、合法化の議論さえすべきタイミングではありません。こうした事情も、あわせて社会に広く広報していただきたいと思います。

合法化の流れにあっても、大麻の健康に与える悪影響がなくなるわけではありません。直近でも、若い頃から大麻を乱用すると、認知機能の低下や精神疾患を発症するリスクが高まる可能性があると、米ジョンズ・ホプキンス大の神谷篤教授と長谷川祐人研究員らのチームが明らかにしています。マウスを使った実験で、大麻に含まれる有害成分が、脳内で神経細胞の成熟に関わる免疫細胞「ミクログリア」の減少と、機能の変化を引き起こすことを示しています。大麻に含まれるTHCの量は年々増加しており、米国立薬物乱用研究所のデータによると、その濃度は1995年以降、約4倍に増えているといいます。報道で神谷教授は「海外で嗜好品として大麻が合法化されつつある中、『大麻は安全で無害』という考えが広まっており、若者による大麻使用が増加している。医療用大麻が医薬品として有効である一方で、THCが思春期における脳神経発達や認知機能に悪影響を与えることが今回の研究で示された。若い世代における大麻乱用を防ぐことは、メンタルヘルスの観点から重要だ」と指摘していますが、正にその通りだと思います。

薬物を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • メキシコから覚せい剤を密輸したなどとして、富山県警は、ウクライナやロシア国籍の22~55歳の男4人を、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)容疑などで逮捕しています。報道によれば、覚せい剤約113キロ(末端価格約70億3600万円相当)を押収したといい、大阪税関管内では2023年最多の押収量だといいます。4人は、営利目的でメキシコから成田空港を経由して航空機で覚せい剤を密輸入するなどした疑いがもたれています。9月7日に大阪税関から県警に通報があり、同16日、容疑者の会社に荷物が届いたところを、麻薬特例法違反(規制薬物としての所持)容疑で、当時会社にいた4人を現行犯逮捕しています。荷物は「金属製研磨盤」名目で輸入されましたが、結晶状の覚せい剤がプラスチックケース118個に小分けされて入っていたということです。また、カシューナッツの容器に入った乾燥剤を装い麻薬のケタミンを密輸したとして、福岡県警は、麻薬取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、いずれもベトナム国籍の2人の容疑者を逮捕しています。報道によれば、2人は共謀し、ケタミン粉末約695グラム(約1400万円相当)を隠した容器を詰めた段ボール1箱をベトナムから密輸したとしています。さらに、液体に溶かした覚せい剤を布製バッグに染み込ませて密輸しようとしたとして、東京税関は、米国籍で無職の女を関税法違反(禁制品輸入未遂)容疑で東京地検に告発しています。報道によれば、女は仲間と共謀し、中米グアテマラから航空貨物で覚せい剤約1キロ(末端価格約6400万円)を染み込ませた布製バッグ20個を密輸しようとした疑いがもたれています。成田空港の税関検査で発覚、覚せい剤は鑑定中のものを合わせると、計約2キロに上るとみられ、荷物は東京都渋谷区の民泊が宛先となっており、東京税関は女が受け取り役だったとみています(民泊の犯罪インフラ化の事例ともいえます)。
  • 千葉県八千代市内に借りた民家で大量の大麻草を栽培したとして、千葉県警は、八千代市の自称建築業の男と、船橋市の無職の男を大麻取締法違反(営利目的共同栽培)の疑いで逮捕しています。報道によれば、室内から714株の大麻草も押収したといいます。一戸建てなどでの大量栽培は増えているといい、県警は雨戸が閉められたままの部屋などを見つけたら情報提供するよう呼びかけています。この民家を巡っては7月下旬、「生活感のない人の出入りがある」と県警に情報提供があり、県警が捜査を進めたところ、雨戸やカーテンで一日中、窓が閉めきられていた一方で、室外機が常に動いているなど、大麻草栽培が疑われる状況が確認できたといいます。民家を捜索したところ、室内から乾燥大麻が見つかったことから、2人を同法違反の疑いで逮捕したものです。本コラムでも以前取り上げましたが、近年は、住宅街の一戸建てやマンションの一室といった身近な場所が大麻草の「栽培工場」として悪用されるケースが増えています。身近な場所で栽培されるのは、覚せい剤のような化学合成品と異なり、高度な設備や専門知識が必要ないため(栽培キットも入手できる状況にあります)であるほか、近所づきあいが希薄になって発覚しにくくなっていることも増加の要因と考えられます。栽培には光量の調整が必要なため、雨戸が閉められたままになっていたり、窓に遮光カーテンが引かれていたりするほか、目張りされていることもある一方で、大量の電気を必要とすることから、電気メーターが速く回っていたり、常にエアコンの室外機が回っていたりするといった特徴(兆候)があります。また、福岡県警博多署は、久留米市津福本町のアルバイトを大麻取締法違反(所持、栽培)の疑いで逮捕しています。報道によれば、容疑者は2月上旬ごろから、当時住んでいた福岡市博多区のアパート一室で大麻草25株を栽培し、大麻成分を含む乾燥植物片約115グラムなどを所持した疑いがもたれています。建設会社で働く容疑者の無断欠勤を心配し、上司の男性と両親が自宅を訪ねたところ、本人は不在だったものの、リビングの机や棚にプラスチックの食品保存容器や、大麻草とみられる葉が並べられており、栽培中の植木鉢も五つ以上あったため、上司の110番通報で駆けつけた警察官が確認、その後、植物の鑑定や調べを進めていたものです。
  • SNSで大麻の販売を示唆する投稿を行い薬物犯罪をあおったとして、京都府警西京署は、麻薬特例法違反の疑いで、自称警備員を逮捕しています。「投稿をしたことは間違いないが、大麻を販売したことはありません」などと供述しているといいます。報道によれば、何者かと共謀し、2回にわたり、SNSで「バリバリいいの入ってるので気軽に連絡ください #京都手押し」などと、大麻の販売を示唆する投稿を行ったとしています。西京署員がサイバーパトロール中に投稿を見つけたといい、投稿の中には匿名性の高い通信アプリ「テレグラム」のアカウントへの言及もあり、容疑者がテレグラムを通じて大麻の販売を試みていたとみられています。また、覚せい剤の密売を繰り返したとして京都府警は、覚せい剤取締法違反(営利目的譲渡)などの疑いで無職の被告=同罪で起訴済み=を逮捕しています。報道によれば、覚せい剤を所持した疑いで逮捕された女の捜査の過程で、容疑者による密売が浮上したもので、少なくとも約3年前から覚せい剤を販売しており、2023年1月から6月までに、毎月200万円以上の収入を得ていたとみられています。
  • 陸上自衛隊第2師団(北海道旭川市)は、大麻を使用したとして、第3即応機動連隊に所属する男性3等陸曹を懲戒免職にしています。報道によれば、男性は2022年12月下旬から2023年5月上旬までの間、名寄市内の下宿先で大麻を所持し、複数回使用したということです。さらに、陸上自衛隊第5旅団(北海道帯広市)は、覚せい剤を所持した容疑で2023年8月に東京都内で現行犯逮捕されたとして、第27普通科連隊の20代男性陸士長を懲戒免職処分にしています。報道によれば、陸士長は釧路駐屯地で勤めていたものの、7月19日以降、行方不明となり8月2日に都内で逮捕されたといいます。また、大阪府警は、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、府警岸和田署生活安全課の巡査部長を逮捕しています。報道によれば、容疑者は2020年4月から同署生活安全課で勤務、同年10月から精神疾患で分限休職となったものの、2023年7月5日以降は診断書が提出されず、欠勤扱いになっていたといい、7月26日、前日に騒音トラブルがあったため、容疑者の自宅を訪れた父親が息子が暴れていると110番通報、管轄の大阪府警曽根崎署が保護したところ、興奮が収まらず医師の診断を踏まえ、緊急措置入院となり、尿検査で覚せい剤成分が検出されたというものです。なお、大阪府警は容疑者宅からは注射器13本、覚せい剤0.03グラムが入ったポリ袋を押収、所持容疑でも捜査し、入手先などを調べているといいます。
  • 九州厚生局麻薬取締部は、福岡教育大学教授を覚せい剤取締法違反(使用)容疑で緊急逮捕しています。報道によれば、福岡県内やその周辺で覚せい剤を使ったとされます。「覚せい剤を所持している」との情報に基づき、容疑者の自宅を家宅捜索し、任意で尿検査を実施したところ、陽性反応が出たといい。覚せい剤は見つからなかったものの、吸引に使ったとみられるストローなどを押収したということです。容疑者の専門は書道で、同大の飯田学長は「教員養成大学でこのような事案が起こったことに大きな衝撃を受け、深刻に受け止めている。深くおわびする。捜査に協力し、厳正に対処していく」とのコメントを出しています。
  • 名古屋地検岡崎支部は、東京都内の集合住宅で大麻を所持したとして、大麻取締法違反(所持)の罪で、「CHEHON」名義で活動する人気レゲエ歌手の米田こと李容疑者を起訴しています。報道によれば、2023年9月11日、東京都品川区の集合住宅で大麻を含む植物片計約6.6グラムと、大麻を含む液体約1.045グラムを所持したというものです。また、コカインを使用したとして警視庁は、ヒップホップミュージシャンの風間容疑者を麻薬取締法違反(使用)の疑いで逮捕しています。報道によれば、容疑者は、別の薬物関連事件で2023年9月に逮捕され、尿検査でコカインの陽性反応が出たというものです。風間容疑者は「百足」の名前で活動する人気ラッパーで、テレビ番組やライブなどで活動しているといいます。
  • 2022年、佐久市の暴力団組員の男がほかの男と共謀して、東信地方で男女17人に覚せい剤を売りさばいていたといい、長野県警は、これまでに合わせて19人を検挙しています。麻薬特例法違反の罪に問われているのは暴力団幹部で、覚せい剤取締法違反の罪に問われていたのは、無職の受刑者で、報道によれば、共謀して2022年10月中旬から11月6日にかけて、上田市や佐久市、小県郡内の飲食店やコンビニなどの駐車場で30代から50代の会社員などの男女17人に対し、覚せい剤を有償で譲り渡したとされます。取引回数は合わせて70回以上に上り、覚せい剤25グラムをおよそ170万円で取引したといいます。暴力団幹部は覚せい剤取締法違反で逮捕・起訴されていましたが、譲り渡した回数が多いことなどを理由に警察は2023年3月により量刑の重い麻薬特例法違反で追送検しています。
  • また、販売目的で覚せい剤を譲り受けたなどとして、工藤会傘下組織の組員らが覚せい剤取締法違反の疑い追送検されています。報道によれば、2人は2023年7月、覚せい剤100グラムあまりを85万円で譲り受け、被告の自宅に配達させた疑いがもたれています。被告らは2023年7月に覚せい剤を販売目的で譲り受けたなどの疑いで、すでに逮捕・起訴されていますが、一連の捜査で警察が押収した覚せい剤は合わせて450グラムあまりで、末端価格で2800万円相当に上るということです。警察は被告らが譲り受けた覚せい剤を密売し、工藤会の資金源に充てていた可能性もあるとみて、覚せい剤の入手ルートなどについて調べています。

(4)テロリスクを巡る動向

イスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの衝突以降、世界各地でテロやヘイトクライム(憎悪犯罪)が頻発しています。イスラエルの報復も凄まじいものがあり、反イスラエルの動きが活発化する中、イスラエル軍はガザを包囲する状況となっています(2023年11月5日時点)。この後、ガザ侵攻が始まれば、暴力や社会不安が一気に拡大する恐れがあると各国当局は警戒を強めており、中東情勢の緊迫が世界の社会不安の火種となっています。本コラムで繰り返し述べているとおり、テロは、国土の荒廃・人心の荒廃によって発生するものです。世界を大きく分断し、激しい憎悪を拡散させかねない現状は、テロリスクを急激に押し上げているといえます

欧州にはおよそ130万人のユダヤ教徒が暮らすとされ、移民の流入によりイスラム教徒の人口も推計2580万人と急速に拡大している状況にあり、ハマスとイスラエルの衝突に伴って宗教対立や過激派、テロ組織の活動が活発化すれば、治安悪化と社会の分断に直結することになり、さらには移民規制の強化につながる可能性もあります。中東情勢の緊迫が過激派によるテロ実行の格好のきっかけになるとの懸念は米国でも強く、米連邦捜査局(FBI)のレイ長官は「米国内でテロ攻撃が発生する危険性が別次元にまで増大している」、「米国内でのテロの脅威がイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が台頭した2014年以来の水準まで高まっている」、「ハマスのほか、ハマスを支援する勢力の行動で、イスラム国による『カリフ制国家』の立ち上げ以降、見られていなかったような触発が起こる可能性がある」との見解を示しています。同氏はイスラエルとガザを実効支配するハマスの衝突をきっかけに「複数の外国テロ組織が米国と西側諸国に対する攻撃を呼び掛けた」と指摘、ハマスの攻撃がほかの過激派組織や個人によるテロ行為を誘引するとの懸念を示しています(国際テロ組織アルカーイダが米国を攻撃するよう呼びかけを強めていると指摘したほか、ISも信奉者らに対し、欧米のユダヤ系の住民らを狙うよう促しているとも明らかにしています)。さらに同氏は国外のテロ組織による攻撃だけでなく、ユダヤ系住民やイスラム教徒などを狙った国内の暴力行為への警戒が必要だと訴えています。実際、米国ではハマスの攻撃を受け、ユダヤ教徒、イスラム教徒、アラブ系アメリカ人に対する脅威が高まっているなど、ヘイトクライムも相次いでおり、2023年10月14日には中西部イリノイ州で、71歳の男がパレスチナ系の6歳の男児を殺害した疑いで逮捕されました。米司法省はイスラム教徒を狙った憎悪犯罪として捜査しています。また、南部テキサス州ヒューストンでは、ユダヤ人殺害をインターネット上で表明し、爆弾の製造方法を研究していた容疑者が拘束される事例もあったとして注意を呼びかけています。レイ氏は衝突が長引けば、イランが後ろ盾となっている組織による「米国の国益や重要インフラを狙ったサイバー攻撃も増えるだろう」と述べています。また、マヨルカス国土安全保障長官は「ユダヤ人学生のほか、ユダヤ人社会や組織に対する憎悪で、米国および世界における反ユダヤ主義が一段と高まっている」と警告、ガーランド司法長官は「暗号通貨を含むハマスへの資金の流れを調査しているイスラエルの捜査当局を支援するよう司法省に指示したと明らかにしています。なお、世界各地で起きている憎悪事件としては、(1)米ロサンゼルスでは「ユダヤ人を殺せ」と叫ぶ男が一般家庭に押し入り、英ロンドンの公園では女の子が「臭いユダヤ人」だから滑り台から離れろと言われた、(2)中国では、ユダヤ人を寄生虫や吸血鬼、ヘビになぞらえた投稿がソーシャルメディアで拡散し、何千もの「いいね」を集めている、(3)ユダヤ人の大規模コミュニティーがあるロンドン郊外ゴールダーズ・グリーンにあるシナゴーグ(ユダヤ教会堂)を訪れていた男性は「第二次世界大戦以降でユダヤ人であることが最も恐ろしい時期だ。以前にも問題はあったが、私の生涯でこれほどひどいことはなかった」と話した、(4)警察や市民団体が集計データを公表している米英仏独や南アフリカなどの国々ではユダヤ系市民を標的にした暴言やインターネット上の中傷、身体的暴力、ユダヤ教関連施設への落書きなどの事件が10月7日以降、前年比の数倍に激増している、といった動きが確認されています。世界各地のユダヤ人コミュニティーでも緊張は高まっており、南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスでは、有名ユダヤ人学校の生徒が、判別されやすいとの理由で制服を着用しないよう指導を受け、他の学校はキャンプや校外活動を中止したといったケースや、米ニューヨーク州のコーネル大学では、「ユダヤ人生活センター」が爆破予告を含むネット上の脅迫メッセージを受け取ったため、周辺の警備が強化されたといったケースも確認されています。

ベルギーのブリュッセルで、ISに影響を受けたと自称する男が発砲し、スウェーデン人2人が死亡、男はその後警察に射殺される事件が発生、この男は滞在許可が失効しても国外退去に応じておらず、EUには加盟国内を自由に移動できる「シェンゲン協定」があり、EUの不法移民らの管理が十分でないとの議論が再燃しています。こうした事件などを受け、EUはイスラム教の過激派や不法移民によるテロへの警戒を強め、フォンデアライエン欧州委員長は、安全保障上問題があると判断した人物を出身国に強制送還する取り組みを強化すると表明、国境管理も厳しくするとしています。イスラエルとガザを実効支配するハマスの衝突以降、中東情勢の緊迫で欧州でも社会不安が広がっています。すでに加盟国が独自の対応を取り始めており、フランス政府はイスラム過激派の男による高校教師殺害事件を受け、テロ攻撃に対する警戒態勢を最高レベルに引き上げ、過激派と判断した不法滞在者の国外追放手続きを急ぐ方針を決めたほか、亡命認定を受けているなど滞在資格のある外国人についても、当局が危険人物と判断した場合は滞在許可を取り消すとしています。また、ドイツは隣国ポーランドやチェコ、スイスとの国境で密入国の取り締まりを強め、不法移民の流入を防ぐため、不審な車両を見つけた場合には警察が車両を停止させるなどの強制措置をとるとしています。ドイツは同国内でのハマスの活動禁止を発表した一方、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の反省を踏まえてユダヤ人排斥につながる動きを厳しく取り締まってきた経緯がある中、ガザ地区を実効支配するハマスによるイスラエル攻撃を支持する動きが確認されるなど、(ここ数年増えつつある)反ユダヤ主義の再燃を警戒する声が強まっています。さらにイタリア政府は、欧州でのテロ攻撃の脅威が高まっているとしてスロベニアとの国境管理を再開すると発表しています。フォンデアライエン委員長はこうした現状を踏まえ、安全保障上の脅威とみなされる外国人の迅速な国外追放を可能にするよう対応する考えを強調しています。テロ対策上は以前から問題が指摘されていたシェンゲン協定については、国境やパスポート検査をなくし、移動の自由をうたうなど、EUが推進する域内統合政策の象徴でもありますが、テロなどの脅威が高まるなか、欧州委や加盟国はテロや犯罪の防止との難しいバランスを迫られており、アフリカや中東など移民の出身国との協調も重要となっています。

英情報局保安部(MI5)のマッカラム長官は、BBC放送などの取材に「英国内でもテロ行為が発生するリスクが高まっている。過激な思想を持つ多数の人たちを監視している」と明らかにし、テロの脅威を「実体があり、発生しうるレベルにある」と警鐘を鳴らしています。また、テロを起こしかねない過激思想の持ち主について「他国の出来事に触発されやすい。単独で行動することが多く、予測不可能な方法で突然暴力に向かう」とも述べています。こうした中、ハマスを英国の公共放送BBCが「テロリスト」と呼ばないことに対し、政府や与野党から批判の声が上がっています。それに対しBBCは「パレスチナのイスラム武装勢力」などと呼び、「片方の側には立たない」と反論し、政治的圧力を拒否しています。報道によれば、BBCは「誰かをテロリストと呼ぶのは、片方の側に立つことであり、状況を公平・中立に報じないことになる」、「わめき散らさず、視聴者に事実を提示すること」がBBCの仕事だと述べています。BBCの編集ガイドラインでは、テロリストとの表現がむしろ「理解を妨げる」場合もあるとし、「何が起きたかを描写し、視聴者に行為の結果を伝えるべきだ」として、爆破役(bomber)、襲撃者(attacker)など具体的な加害行為が分かる言葉を使うよう定めているといいます。ただ、ハマスについては、当の英国のほか米国やEUも「テロ組織」に指定している実態があります。こうした議論について、著名ジャーナリストでBBCの国際報道の責任者を務めるジョン・シンプソン氏は、「テロリズムは含みのある言葉で、人びとが道徳的に良しとしない組織について使う。誰が善人で、誰が悪人かを伝えるのはBBCの仕事ではない」として、自社の判断を擁護しています。確かにテロは何らかの政治的・宗教的なメッセージを伴うものであり、テロ組織などと呼称することは、「排除すべき悪」といった価値観を押し付けるものになる可能性があるのはその通りであり、なかなか難しい問題提起と言えそうです。

パキスタン政府は、不法移民の拘束と強制送還を開始しています。隣国アフガニスタン(アフガン)から流入するテロリストへの対策に苦心しており、強硬手段に打って出た形です。国内には400万人のアフガン人がいますが、当局はこのうち推計170万人が不法滞在だとしています。アフガンを支配するイスラム主義組織タリバンの迫害を恐れて逃れた難民も多く、人権団体は人々の安全を脅かすとみて懸念を表明しています。当局は不法移民に対して2023年10月末までに国外退去しなければ強制送還すると予告しており、すでに約14万人が自主的に退去していますが、地元メディアによれば、期限が過ぎた11月1日には一斉摘発が開始され、各地で警察が不法滞在者を捜索、身柄を拘束して収容所に連行、順次、母国に送還するとされます(同日だけで7300人以上のアフガン人が強制送還されたといいます)。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、「深刻な人権侵害に直面している女性たちを特に危険にさらす」と批判しています。また、国連も、摘発対象にタリバンによる弾圧を恐れて国外退避した人権活動家や元国軍兵も含まれると指摘、送還されれば「拘束や拷問など人権侵害の重大なリスクにさらされる」と訴えています。一方、タリバンは、戦争によって多くのアフガン人が難民生活を強いられているとした上で「政治的な懸念から出国したアフガン人については(送還後の)平穏な生活を保証する」としています。1979~89年のソ連のアフガン侵攻以降、パキスタンには大量のアフガン難民が流入し、長年暮らしてきた人々も多いものの、タリバンを支持するイスラム武装勢力によるテロがパキスタン国内で相次いでいることなどから、アフガン人への視線が厳しくなっていることが背景にあります。

ここにきてISの活動が表立ってきています。本コラムで以前名付けた「リアルIS」は、2010年代半ば、イラクとシリアにまたがる広大な領域は一時、疑似的な神政国家を名乗るテロリストの手によって建国された「実態」がありました。一方、SNSに残虐な動画を拡散するなどして活動を宣伝する「思想的IS」は、「リアルIS」が崩壊した後でも、「思想面」は「ネット空間」において存在し続け、世界中にその影響を及ぼし続けています。自分たちの信仰やイデオロギーと相いれない存在を「不信仰者」「背教者」と断じて殺害さえ正当化し、恐怖をまき散らすその存在は、イスラム諸国を含め世界中でISのやり口を深く嫌悪してきました。2023年10月30日付産経新聞の記事「恐怖拡散の系譜 「炎上」と融合したIS広報戦略 「1%」を引きつける残虐映像」において、英ケント大上級講師、サイモン・コッティ(犯罪学)らが2016~17年に行った調査結果が紹介されており、斬首映像などを含むISのオンライン・プロパガンダ(政治宣伝)を視聴した米欧などの若者約3000人の約93%がISに否定的な反応を示した一方、肯定的な反応をみせたのは1%程度にすぎない結果となりました。ただし、たとえ1%でも暴力に引きつけられるとすれば、テロ組織のリクルート戦術としては大きな成功となります。ある国連機関の対テロ専門家は、「残虐な映像で見る者の倫理観や常識を揺さぶり、さらに刺激を欲させるのがISの狙いだ」と語っています。これは、動画投稿サイトに非常識な言動を垂れ流し、非難を含む世間の注目を集めることで高収入につなげようとする「炎上ユーチューバー」に通じる構図だともいえます。また、組織的かつ大量の情報発信で共鳴者の獲得を目指すISの広報戦略を可能にしたのが、インターネット技術の急速な発展と普及で、インターネットやSNSの「犯罪インフラ化」の典型だったといえます。報道で、「中東研究者の保坂修司は著書『ジハード主義』(岩波書店)の中でこの報告書を分析し「欧米でのリクルートには『バカでもわかるイスラム』的な入門書が利用されるなど、兵士の大半がきちんとしたイスラムの知識や理解なしにシリアやイラクに移住し、戦っているといっていいだろう」と指摘している。このことは、ISに加わったテロリストの宗教的使命感は多くは後付けのもので、もともと不満や鬱屈を抱えていたことをうかがわせる。ISは彼らの潜在的破壊衝動に「ジハード」という意味と「殉教者」「英雄」という称号を付与することを約束し、テロに誘引したのだ。保坂は「ゴロツキが義賊へとたちまちのうちに昇格する」(前掲書)と表現している。ISは衰退したが、そのイデオロギーはネット上に生き続ける。仮想空間で未来の戦闘員のリクルートがきょうも行われているのだ」と指摘されていましたが、正にそのとおりであり、今、世界を覆う分断は、「ジハード」の意味するところさえ知らない、「不満や鬱屈を抱えている」人間に届いてしまうのであり、こうした社会情勢がテロリストを生み、テロ組織を活性化してしまっているといえます。

その他、最近の報道から、テロリスクに関するものをいくつか紹介します。

  • アトランタ、シドニー両五輪の柔道男子金メダリストでフランスの元スポーツ相のダビド・ドイエ氏が2024年のパリ五輪開会式がセーヌ川で行われることについて、「前日にテロリスクの警戒信号が赤になった際の代替案が必要」と発言しています。前述したとおり、仏国内で北部の高校で教師がイスラム過激派に刺殺される事件が発生、その後もルーブル美術館やベルサイユ宮殿のほか各地の空港や学校などで爆弾テロ予告が相次いでおり、テロリスクが高まっています。開会式が競技場外で行われれば夏季五輪史上初となりますが、当日はセーヌ川沿いに約10万人、通り沿いに約50万人の観客が訪れることが想定されており、代替案はなかなか厳しいものがありそうです(組織委員会は現状、代替案の検討を表明していません)。
  • ドイツ警察は、親イスラエルのデモ活動を襲撃するテロを計画した疑いで、西部デュイスブルクに住む男を逮捕しています。男はISのメンバーとして過去に有罪判決を受けたことがあるといいます。報道によれば、男はトラックでデモ会場を襲う可能性があったとされますが、どの程度具体的な計画を進めていたかは不明で、外国の諜報機関からの情報提供が端緒になったということです。
  • アフガニスタン西部を襲ったマグニチュード6.3の地震から3週間が経過します。多数の家屋が倒壊した被災地では住民の救出や捜索活動がほぼ終了していますが、被災者の生活再建は遠い状況です。国連児童基金(ユニセフ)は、犠牲者の90%超が女性や子供とした上で、国民は地震以前から紛争や政情不安、貧困などにさらされてきたと指摘、「そうした困難が重なり合い、子供たちに対する前例のない人道危機を生み出している」として、国際社会に支援を求めています。一方、タリバンは国内外の人道組織に対し、タリバンとの調整なしに支援活動を行わないよう求めており、被災地の住民は、タリバンによる支援物資の横領を心配しているといいます。また、女性ボランティアの被災地入りが拒否されたり、女性の遺体を男性のように丁重に扱わなかったりしたケースも報じられているといい、極端なイスラム法解釈に基づきタリバンが進める女性への抑圧策が、今回の復興・復旧の足かせになりかねないとの懸念も出ています。

(5)犯罪インフラを巡る動向

新型コロナウイルスによる出入国制限が和らぐなか、金の密輸が再び増え始めていると報じられています(2023年10月30日付日本経済新聞)。申告せずに持ち込んだ金を国内で売却して消費税分の利ざやを狙う手口については、本コラムでも以前から取り上げていますが、全国の税関の摘発は2023年上半期に126件(押収量114キロ)で、2022年同期の6件から21倍に急増(新型コロナウイルスによる入国制限もあり2021年と2022年の摘発は年10件未満)しており、最近の金の価格高騰により「うまみ」が増しているという見方もあり、税関当局は警戒を強めているといいます。その手口も、スーツケースのキャスターに隠す、炊飯器内の配線に紛れ込ませるなど多様化しているといいます。ここ10年でみると金の密輸は2017年に急増し、税関による摘発は全国で約1300件、押収量は約6200キロに上りました。2014年に消費税が5%から8%に引き上げられ、密輸で得られる「利ざや」も増えたことがきっかけの一つとみられており、財務省は当時、国際空港でのゲート型金属探知機や各税関の特別調査チームの設置といった対策を強化、厳罰化もはかり、2018年4月施行の改正関税法では密輸の罰金を従来の上限500万円から1千万円または金価格の5倍の高い方へと引き上げられました。消費税は2019年に10%へ引き上げられ、2022年以降にはコロナの入国制限も緩和されたことで、税関や警察関係者は密輸グループが日本への渡航を画策する懸念を強めているところにあります。金密輸による被害は税収が失われるだけに止まらず、密輸による収益が国内外の犯罪組織に流入したり、マネロンに使われたりする恐れもあり(そういった意味で、金密輸の「犯罪インフラ化」といえる状況にあり)、経済産業省は貴金属などの取扱業者に対し、200万円を超える現金取引やマネロンが疑われる取引について本人確認や取引内容の記録、同省への届け出を義務付けています。

ローン未返済の乗用車約200台が所有権を持つ愛知県内の信販会社に無断で解体され、大半が海外へ輸出されていたことがわかったと報じられています(2023年10月10日付読売新聞)。愛知県警などは、外国人グループも絡む組織的な不法行為の可能性が高いとみて詐欺容疑などで捜査に乗り出しているといいます。法幢によれば、岐阜県内の自動車解体業者の施設で2021年春以降、信販会社のローンが未返済の乗用車約200台が解体され、その多くがマレーシアやタイなどアジア各国へ輸出されたといい、輸出には所有者の委任状が必要であるところ、解体して各パーツを「廃棄物」として輸出すれば不要になる点が悪用されたと考えられます。車は主に高級車で、輸出先で再び組み立てられ、車として販売されたとみられています。愛知県警は、ローンが残っていることを承知で車を安く買い取った上で解体業者に持ち込むブローカーがいるとみていますが、ブローカーへの詐欺容疑や、車を売った人物への詐欺や横領容疑の適用などを念頭に捜査しているものの、「転売を重ねて解体業者に持ち込まれる車が多く、容疑者や犯罪行為の特定が難しい」のが実情のようです。なお、解体された約200台に加えて、この信販会社へのローン返済が滞っている車が全国で150台ほどあるといい、複数の悪質な行為が介在している可能性から、被害の拡大が強く懸念される状況です。自動車が絡むものとしては、千葉県警が2023年9月末までに認知した自動車盗の件数が、全国ワーストになっていることも挙げられます。本コラムでも以前から取り上げていますが、窃盗グループの内部では近年、特殊詐欺グループなどのように、実行役や解体場所への運び役など役割が細分化され、犯行の手口もリレーアタックやCanインベーダーなどハイテク化しています。千葉県内で1~9月に認知した自動車盗は557件で、前年同期比で66件増え、市町村別では、千葉市が108台で最も多くなっています。千葉県警は、自動車解体施設の「ヤード」がある場所から近く、高速道路や国道などの主要道が整備されているためだとみています(さまざまな犯罪インフラが揃ってしまっている状況といえます)。被害にあうのは高級車が目立ち、海外で人気が高く、中古車市場でも価格が高騰している車種で、高値で売れるバッテリーなどの部品が装着されているハイブリッドカーも、盗難に遭いやすいといいます。また、暴力団と外国人が組んで、東葛地方で盗みを繰り返したケースも確認されています。なお、盗まれた車が翌日には解体され、数日以内に港から輸出される例もあるといい、報道で県警は「犯行態様のハイテク化、スピード化が進んでいる」と危機感を募らせています。

在留カードを偽造したとして、警視庁国際犯罪対策課は、入管難民法違反(在留カード偽造)の疑いで、中国籍で無職の男とその妻を再逮捕しています。報道によれば、同課が押収したパソコンを確認したところ、2023年2月以降、在留カードや運転免許証など延べ約1万人分の偽造依頼を受け、少なくとも約300万円の報酬を得ていたとみられるとしています。再逮捕容疑は、共謀し、自宅でパソコンなどを使って在留カード19枚を偽造したというもので、19枚はスリランカやインドネシア国籍などからの依頼だったといいます。容疑者が中国のサイト上に「簡単な仕事」などと書かれた募集に応募、中国にいる指示役から送られてくるデータをもとに、プリンターなどを使って製造していたといい、妻が金銭管理をしていたとみられています。

ベトナム人男性の住民票が悪用されて軽乗用車の名義が不正に変更された事件に絡み、別のベトナム人の男女2人の名義でも計51台分の不正な届け出があることが分かったと報じられています。いずれも2人の帰国後に手続きが取られていたといい、愛知県警が把握した同様の不正な届け出は計80台分となっています。この事件ではこの30代男性の帰国後に29台分の不正な名義変更がなされたことが判明しており、このうちの1台分の手続きに関与したとして県警は、ベトナム国籍の容疑者を電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで逮捕しています。いずれの届け出でも男女2人の住民票などのコピーが添付されていたといい、申請時に公的な証明書の原本が必要ではないことがこれらの不正を狙われた背景にあったとみられています。なお、51台の中には、警察官に職務質問をされそうになった運転手が乗り捨てたまま逃走するなど悪用が疑われるものがあり、不正に名義変更された軽乗用車が、正当な手段で車を入手できない人や別の犯罪に使われる可能性があるとみられています。

サイバー攻撃は、自らが「被害者」であると同時に、他者への攻撃への「踏み台」とされる可能性もあり、「加害者」にもなりうるという側面があります。そして、基本的な対策を疎かにするなどの実態が明らかになっており、その脇の甘さが犯罪組織に狙われ、資金源とされてしまうことになり(いわば「犯罪インフラ化」の状態)、それによってさらなる犯罪が再生産されてしまうという側面もあります。その脅威を正確に把握することが、実効性ある対策を講じるための第一歩となります。以下、情報漏えいを含むサイバー関連の犯罪インフラに関する動向を見ていきます。

NTT西日本の子会社「NTTビジネスソリューションズ」(大阪市)の元派遣社員が約900万件の顧客情報を不正流出させていた問題は、西日本を中心に多くの自治体や企業に影響が広がりました。個人情報の不正流出が絶えない背景には、不正な情報入手と転売を繰り返す「名簿屋」などの存在があります。以前の本コラムでも、特殊詐欺において、「名簿屋」の存在が犯罪を助長している点を指摘しましたが、「名簿屋」の存在が犯罪を駆り立てている側面もあります。2018年の個人情報保護委員会の実態調査は、名簿業者の中に、不正に情報を入手して転売を繰り返す無届けの「ブローカー」が多数存在する可能性が指摘されています。不正流出した情報は、悪質業者の勧誘で消費者被害を生むだけでなく、特殊詐欺や「闇バイト」による強盗事件でも使われる危険性があるなど「犯罪インフラ」の代名詞(特殊詐欺における三種の神器)ともなっています。専門家は、EU同様にオプトイン方式を原則とする必要性を指摘、本人の事前同意を得た情報だけが流通すれば、名簿の売買をなりわいにする業者が減り、売却目的の不正流出が減ることから、持ち出す動機が生じない環境にすることが重要としており、そのとおりだと思います。

「恒心教」と称する人たちが拠点とする匿名の掲示板に、アパレルや文具店、人材派遣会社や結婚相談所、進学塾や自動車販売会社、公共団体などさまざまな企業や組織から流出したとみられる個人情報が大量に掲載されており、企業や組織側への取材で少なくとも計113万件が確認されたと報じられています(2023年10月30日付朝日新聞)。報道によれば、情報は企業のサイトがハッキングされるなどして流出したとみられていますが、「恒心教」の掲示板に掲載された個人情報の削除は、掲示板運営者が不明のため難しいのが実情だといいます。なお、「恒心教」関連の掲示板には個人情報のほか、企業や組織のサーバーをハッキングし、サイバー攻撃の踏み台にする手口に関する情報も多数投稿されています。具体的には、流出したアドレスに脅迫メールが送りつけられたり、氏名や住所などが会員登録に悪用されたりといった被害が出ています。なお、専門家は、サーバーの欠陥を放置したことがハッキング被害につながったと指摘しています。正に、「被害者でありながら加害者となりうる構図」であり、対策の甘さ、脆弱性の放置、不作為等によって、加害者となりうることを示しているといえます。

2023年10月28日付日本経済新聞によれば、ネットワーク機器の米シスコシステムズの調査ではIT担当者の85%がシステムのシンプルさを重視しているといい、特にサイバーセキュリティー分野では、何十種類ものツールを使いこなし、昼夜の別なく攻撃のアラートにさらされる担当者の疲弊が大きな課題となっているといいます。同社幹部は様々なIT資産を統合して監視する防衛手法の重要性を訴え、「最初にインターネット通信の仕組みが出来上がった時、それはただ接続だけを目的にしたものだった。そこからメールやウェブサイトなど様々な機能が付加されていくのに合わせ、対応する防衛手法も考案されてきた。いわばパッチワークのようにつぎはぎの状況だ」「人工知能(AI)など新たな機能が次々に生まれるためその傾向は加速している。対応するセキュリティーツールをどんどん増やしたところで安全にはならない。むしろ全体像を見渡すのが難しくなるだけだ」「シンプルなセキュリティーとは、これらのツールからのデータを1つの操作盤に統合することだ。データを取りまとめて攻撃の兆候をいち早くつかみ、迅速に対処のための決定を下す」などと述べていますが、セキュリティー強化のあり方を考えるうえで、大変示唆に富む内容だといえます。

新たな手口として注意が必要なものとして、「宿泊を楽しみにしていますが、娘は特定の食べ物にアレルギーがあります。以下のURLよりダウンロードしてご確認お願いします」といったメールをホテルの予約窓口に送り、URLからマルウェアをダウンロードさせ、宿泊予約者のクレジットカード情報などを詐取するサイバー攻撃が増えているいったものが挙げられます。報道によれば、コロナ禍が落ち着いてきた2023年夏ごろから、観光業を狙ったサーバー攻撃が増えており、攻撃者は、標的型メール攻撃によりホテル従業員の端末をマルウェアに感染させ、宿泊予約サイトの認証情報を取得、ホテル従業員になりすまし、宿泊履歴などを基に予約者にメッセージを送信し、フィッシングサイトに誘導してクレジットカード情報を不正に入手する手口です。攻撃者はいきなりマルウェアを送るのではなく、ホテルの従業員とメールでやりとりした後に、「宿泊者のアレルギー情報を確認してほしい」など、ホテル従業員のホスピタリティを逆手に取るような文面でURLを送りつけるなど、極めて巧妙かつ悪質だといえます。報道でホテル側の対策としてラックは、WindowsやOffice製品、Webブラウザなどの各ソフトウェアを常に最新の状態にすること、資産管理ソフトウェアやMDM(Mobile Device Management)などを導入し、社内のIT資産の状態を把握すること、ウイルス対策ソフトを導入し、パターンファイルを常に最新の状態に更新することなどを推奨しています。技術的な対策はもちろんですが、「人」の脆弱な部分につけ込むのが犯罪者です。本事例もホスピタリティを逆手にとるなど、犯罪者側の手口がますます巧妙になっていること、被害者であると同時に大事な顧客の情報を漏えいさせてしまう「加害者」にもなりうることを、多くの事業者は他山の石として学んでいく必要があります。

ランサムウエア攻撃に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • セキュリティー会社のトレンドマイクロなどが過去3年間に身代金要求型のコンピューターウイルス「ランサムウエア」攻撃を受けた企業の被害状況を調査したところ、業務復旧に約2週間かかるという実態が分かったということです。業務停止期間は国内拠点で平均13日、海外拠点で平均15.1日、サイバー攻撃全体では国内拠点で平均4.5日、海外拠点で平均7日となっていることと比較して、ランサムウエア攻撃による被害の深刻さが際立つ形となりました。また、全体の13.1%がランサム攻撃により一部の業務を停止した経験があり、サイバー攻撃で失った売り上げや復旧のためのコストなどの被害額は平均1億2528万円であるところ、一度でもランサムウエア攻撃を受けた企業の場合は平均1億7689万円に上っています。なお、今回の調査は個別企業の被害額から算出しており、業務停止によるサプライチェーン(供給網)への影響を加えれば、被害はさらに大きくなることになります。報道で同社は被害を最小限に抑えるには未然に防止だけでなく、「復旧力を高めるための対策が必要」と指摘、「避難訓練のように、サイバー攻撃を想定した訓練を定期的に実施するといった備えが非常に重要」、「サイバーインシデント(事故につながりかねない事態)が発生した場合の事業継続計画(BCP)を作るなど復旧対策の強化が急務」、「攻撃による事業への影響を最低限に抑えるにはどのシステムを優先して復旧させるかという判断も重要になる。外部の教育プログラムも活用しつつ、自社のシステムにも詳しい専門人材を育成する必要がある」としています。サイバー攻撃の巧妙化で、未然防止が困難となっていることを踏まえれば、早期発見と被害拡大の防止に重点を移す発想も重要となっています。
  • バイデン米政権は、サイバー攻撃への共同対処策を話し合う国際会議を開き、米欧日など約50カ国・地域の代表がランサムウエア)攻撃を受けても身代金を払わないと合意し、民間企業にも同調を促しています。サイバー集団にメリットがないことを示し、攻撃を抑止する狙いがあります。また、ランサムウエア攻撃では、これまで世界でエネルギーインフラや食品工場、病院などが攻撃を受け、市民生活に影響が及びましたが、民間企業が標的になる例が多いことも踏まえたものです。「身代金の支払いはランサムウエア攻撃を助長し、(ロック解除に向けた)最速の手段になるとは限らない」、「政府が支払いを拒否しても、民間企業が身代金を払えば攻撃は減らない」などと指摘しています。
  • ランサムウエアを使うハッカー集団「ラグナロッカー」の一員とみられるチェコ在住の男性が、世界各国の重要インフラへのサイバー攻撃に関与したなどとして、フランス国家憲兵隊に逮捕されています。欧州刑事警察機構(ユーロポール)や日本の警察庁が発表していますが、ラグナロッカーは2020年にゲーム大手「カプコン」が被害に遭ったサイバー攻撃に関与したとされ、警察庁サイバー特別捜査隊などが日本国内の捜査で得た情報を提供していたものです。ラグナロッカーは同名のランサムウエアを使って二重恐喝をするグループとして知られ、2019年12月から各国の重要インフラなどを攻撃しているとされます(企業などの暴露被害は2020年5月から2023年10月までの間に計90件に上り、被害を受けた企業や機関の所在地は22カ国に及び、米国が34件、ドイツとフランスが6件ずつで続き、日本も2件あります。また、海外では重要インフラへの攻撃が目立っていました)。また、実際の攻撃者にウイルスを提供して対価を得る「ランサムウエア・アズ・ア・サービス(RaaS)」を展開する集団としても知られています。今回逮捕されたチェコ在住の男性はこのグループが使うランサムウエアの開発者とみられ、日本や米国、イタリアなど11カ国の捜査機関などが連携し、盗んだデータを公開するラグナロッカーの主要サイトも閉鎖させています。カプコンへの攻撃を巡っては、米国の法執行機関を攻撃したなどとして2023年5月に米連邦捜査局(FBI)に訴追されたロシア人男性が関与したとされ、FBIにも日本警察が捜査情報を提供していました。被害企業のサーバーを分析し、海外の当局と情報を共有するなどしていた警察庁の取り組みについても、日米欧の共同捜査・連携を強化する方針を打ち出してから、早速こういった形で成果が出たことにまずは敬意を表したいと思います。

イスラエルとイスラム組織ハマスの衝突を受けて、政治的主張のためにハッキングを行う「ハクティビスト」集団がイスラエルの標的をインターネット上で攻撃しています。2023年10月11日付ロイターによれば、調査会社レコーデッド・フューチャーは「既存の(ハクティビスト)グループと新しいグループが主張する被害が1日に数十件出ている」と指摘、ハマスを支持するハッカー集団「アノンゴースト」はイスラエルの緊急警報アプリを混乱させたと主張しています。さらに、データを大量に送りつけてサーバーをダウンさせる「DDoS攻撃」の被害を受けたイスラエルのウェブサイトは100以上に達したとされます。エルサレム・ポストも攻撃により過去数日間、サイト閲覧がしばらくできなくなったと説明し、「これは報道の自由に対するあからさまな攻撃だ」と非難しています。ロシアがウクライナに侵攻した際にもウクライナを支持するハッカーがロシアのウェブサイトやオンラインサービスを攻撃したと主張しています。影響は日本でも見られています。パキスタンのハッカー集団を名乗るグループが、X(旧ツイッター)に「われわれは日本への攻撃を開始した」と書き込み、経団連など日本の主要企業や団体を狙ったサイバー攻撃を仕掛けたと表明しています。自民党やNTTPCコミュニケーションズのウェブサイトも攻撃したとい、その理由について、「日本がイスラエル製のシステムを使っているため」などと説明しています。この点について、松野官房長官は、「現時点では政府機関の被害は確認されていない」と述べ、その上で「今後ともサイバー空間の状況把握に努め、政府として適切なサイバーセキュリティー対策を促進していく考えだ」などと強調しています。

コロラドやテネシーなど米42州・地域の司法長官は、米メタの運営している画像共有アプリのインスタグラムなどが若者に悪影響を与えているとして、同社を提訴しています。米国ではメタ元社員の内部告発などを機に同社のサービスが若者のメンタルヘルスを害しているといった批判が高まっており、33州の司法長官がカリフォルニア州北部地区連邦地裁で訴えを起こしたほか、残りの州・地域も各地の連邦地裁や州裁判所で提訴しています。同社の運営するインスタやSNSのフェイスブックが児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)などに抵触していると主張し、是正措置や金銭的な救済を求めています。報道によれば、訴訟を主導したコロラド州のフィル・ワイザー司法長官は、「メタによる不正確で不公平な手法により青少年が深く傷ついてきた。私たちは同社のサービスが若い世代に与えた陰湿な影響に対処する必要がある」と述べています。、また、カリフォルニア州オークランドの連邦裁判所に提出された訴状は「若者によるメタのソーシャルメディアプラットフォームの利用がうつ病や不安、不眠症、教育や日常生活への支障、その他多くのマイナスの結果と関連していることを調査が示している」と指摘、メタがリスクについて繰り返し人々を欺き、故意に子どもやティーンに中毒性の高いソーシャルメディアの利用を促したとし、「利益が動機だ」と主張しています。メタは規約により13歳未満の児童によるサービスの利用を禁止していますが、管理体制が甘いといった指摘を受けてきており、2021年には当時のフェイスブックが13歳未満を対象としたインスタの新サービスの開発を進めていることが分かり、専門家などの間で懸念が高まって休止に追い込まれた経緯があります。2021年秋には元社員のフランシス・ホーゲン氏の内部告発を機に、同社が若者への悪影響を認識しつつ、利益を優先して十分な対策を講じなかったといった疑惑が浮上、ホーゲン氏や同社幹部は米議会の公聴会で証言しています。米国では党派間の対立により巨大テクノロジー企業に対する規制が足踏みを続けていますが、児童保護は合意しやすい数少ない領域になっていることが背景の1つにあるようです。一方、EU諸国などが加盟する欧州データ保護当局は、SNSのフェイスブックとインスタグラムを運営する米IT大手メタに対し、ウェブ上の閲覧情報などに基づいて表示する「行動ターゲティング広告」を欧州経済地域(EEA)で禁止すると発表しています。EEAはEU27加盟国にノルウェーなどを加えた30カ国で、今回の決定は約2億5000万人の利用者に影響するとみられ、メタには打撃となる可能性があります。メタを巡ってはノルウェー当局が2023年8月から行動ターゲティング広告の停止を命じていますが、これをEEA全域に拡大するものとなります。メタの欧州拠点があるアイルランドの当局に対し、2週間以内に同社の行動ターゲティング広告を禁ずるよう指示しています。EUは2018年に一般データ保護規則(GDPR)を導入し個人情報保護を厳格化、メタは、欧州のフェイスブックやインスタグラムの利用者向けに、広告を表示しない有料サービスを11月に始めると発表、欧州の規制に対応するための措置だと説明していました。

AI(人工知能)の進化は目覚ましいものがありますが、その規制のあり方を巡って、EUや英、米、日本、国連などさまざまな主体が主導権争いを行っています。バイデン米政権はAIを現代の最有力技術と位置づけ、プライバシー侵害やアルゴリズムによる差別を防ぐリスク管理を最優先課題に掲げています。大統領令は軍事、経済、公衆衛生への影響が懸念されるAI技術の開発で、安全試験の結果などを政府に提供することを義務づけており、米企業が制度設計に参画した点も興味深いところです。EUは理事会と欧州委員会、欧州議会の3機関が対話型AI「チャットGPT」などの生成AIを含む包括的なAI規制案の細部をめぐり交渉を進めています。規制案をめぐっては、EU欧州議会が6月に賛成多数で採択、法案成立には加盟27カ国の承認なども必要で、2026年ごろにも実施される見込みとなっています。一方、中国は8月に「生成AIサービス管理暫定規則」を施行、生成AIの提供者や利用者に「社会主義核心価値観」の堅持を求めるなど、共産党政権の安定維持に重点を置く統制型の規制が特徴となっています。国際的なルール作りをリードすることも狙っているとされ、習近平国家主席が10月に発表した「グローバルAI管理イニシアチブ」では、「イデオロギーによる線引き」などにより「他国のAIの発展を妨害すること」に反対すると明記しています。中国企業への投資規制を進める米欧に対抗する狙いがあるとみられています。日本などその他も含め、直近の動きがその違いを鮮明にしており、以下、簡単に確認しておきたいと思います。

  • 世界28カ国がAIの安全性を議論する英政府主催の国際会議「AI安全サミット」が閉幕しました。米団体が集計する偽情報など重大な悪用事例は2023年1~10月に同期間で過去最多の90件(前年同期比+36%)にのぼったといい、選挙での世論誘導など民主主義の根幹に関わる事案も発生しており、対策が急務といえます。例えば、親ロシア派政党が勝った9月末のスロバキア総選挙では、票の不正操作について話すライバル政党議員のディープフェイク音声が投票日前に拡散し、選挙結果に影響したとの見方もあり、親ロ派の新首相はウクライナへの軍事支援の停止を表明しています。8月の米ハワイ・マウイ島の山火事では、「気象兵器」で人為的に起こしたとの偽情報が広がり、米メディアは中国の関与を伝え、偽情報に信ぴょう性を持たせるために生成AIで作成したとみられる画像を使っていたといわれています。AI安全サミットでは、現実に起きているこうした悪用に加え、制御不能やサイバー攻撃、生物化学兵器などに使われるリスクに焦点をあてています。英国と米国は最先端AIのリスク判定などを担う「AI安全研究所」をそれぞれ設けると表明しているほか、日本が議長国を務めるG7は2023年10月末、開発者向けの行動規範と国際的な指針をまとめており、AI安全サミットに対面で参加した小森総務政務官は「G7以外の国や企業など多くの関係者と議論して(行動規範と指針を)さらに磨いていきたい。今回のサミットはいい機会になる」と述べています
  • 英政府主催の「AI安全サミット」に参加した米企業家のイーロン・マスク氏は、AIは「人類にとって最大の脅威の一つだ」との認識を示しています。また、AIの開発企業を監督し、懸念があれば警告する「第三者的な審判」の設置を提案しています。AIが高度化する中、マスク氏は「私たちは初めて、人間よりもはるかに賢いものが存在する状況の中にいる」と指摘、「コントロールできるかどうかはわからない」としつつも「人類にとって有益な方向を目指すことはできる」と述べたほか、「このサミットで、主要なAI企業が何をしているか監視し、懸念があれば警告できる独立した審判、少なくとも物事を見抜く枠組みの設置を目指している」と述べています。
  • 英国を始め、米国やEUなどがAIの国際ルール策定で主導権を握る動きを見せる中、日本政府はG7の議長国としてG7による国際的なAIルール作りの枠組み「広島AIプロセス」を主導し、存在感を発揮してきました。一方で国内向けのAI開発や利用のガイドラインなどのルール策定はこれからで、欧米に比べて出遅れ感も否めません。日本政府はAIの開発者向けルール「広島プロセス国際指針」や開発者への具体的な行動計画を示した「行動規範」についてG7各国首脳で合意したと発表しています。2023年末までにAI利用者向けの国際ルールづくりも進めるとしています。G7の中でも、生成AIの代表企業のオープンAIが拠点を置く米国と、世界初の包括的なAI規制法の制定を進めるEUとでは、AIの個人情報や知的財産保護の取り扱いについては考え方の違いがあったものの、開発者向けのルールを先行して策定することについては一致したといいます。今後、日本国内向けには、G7のルールを踏まえて総務省や経済産業省の既存のAIガイドラインの統合作業が本格化することになります。一方でNTTなど日本企業の開発したAIは、オープンAIなど米国企業の開発したAIに性能面では劣っているのが現状で、日本政府には、金融や医療など各種産業に特化した利用しやすさなど特色あるAIの開発促進に向けた政策支援も重要となります。
  • 米国のバイデン政権は、大統領令と今後制定が見込まれる議会の法規制を組み合わせ、AIの利用拡大に伴うリスクの抑制を進めるとしています。EUなどでルール作りが進むなか、米国は国内で法的拘束力を持つ規制を初めて導入することで、国際ルール作りでも存在感を示したい考えで、技術的に先行するAIの開発から利用まで世界をリードしたいとの思惑があります。大統領令には、「AIがもたらす機会をつかむにはまず社会や経済、国家安全保障に対するリスクを管理する必要がある」と主張するバイデン大統領の意向が色濃く反映され、人間が作り出したような文章や画像などを作成できる生成AIの普及が急速に進み、利便性に注目が集まる一方、偽情報の拡散や著作権侵害など様々な問題点が指摘されており、米政府はこれまで企業の自主性を尊重してきたものの、AIの包括的規制に向けて動き出したのは、こうしたリスクに対する米世論の不安が高まっているためです。また、米政権は医療や気候変動問題などの解決につながるAIの可能性を認識しており、大統領令は技術革新との両立を意識したものとなっています。米議会も、AIを規制する法整備に向けて取り組んでおり、政府と議会が規制で足並みをそろえるのは、約1年後に迫る大統領選を見据えた動きともいえます。AIで捏造された候補者の画像や映像が出回れば選挙がゆがめられかねず、大統領選への対応も含めた危機意識が政府・議会を突き動かしているといえます。
  • AIのルール作りで先行するのはEUだとされ、世界初の包括的なAI規制法案を協議し、2023年内の大筋合意を目指しています。英国主催のサミットがAIを巡る安全保障上のリスクなどに焦点を当てるのに対し、EUの新たな規制は人権侵害や民主主義への悪影響を防ぐことに主眼を置いています。近年のAI能力は目覚ましく向上していますが、「何が正しいのか」などという判断は、システム設計者らの価値観が反映されることになります。学習したデータに差別や偏見があれば、それを助長してしまう恐れがあります。欧州などの各国では就職支援や福祉手当の受給といった公的サービスで、AIが移民系住民や低所得者らを差別的に分類していた疑いが報告されています。また、誤ったデータを学習すれば、偽情報の拡散にもつながることになります。AIが物事を判断する過程は通常、外から見えないため、気づかないうちに言論空間がゆがめられる危険性もあります。EUのAI規制法案は、AIの利用をリスクに応じて4段階に分け、最も厳しい「許容できないリスク」とみなせば利用を禁止するとしています。さらに6月に欧州議会が可決した修正案では、対話型AI「チャットGPT」など、生成AIに対する規制も加えられ、企業側に対し、生成AIを使ったコンテンツであることを明示したり、学習に使った著作物のデータを開示したりすることを義務付ける内容となっています。また、生成AIを含め、大量のデータで訓練され、さまざまな用途で使うことができるAIを「基盤モデル」と定義、企業側に「健康や安全、基本的権利、民主主義などに対する合理的に予見できるリスク」を特定し、対策を取るよう求めることも盛りこまれています。EUには他の国や地域に先駆けて規制を作ることで、デジタルテクノロジーの世界市場で優位に立とうとする狙いがあり、すでにデータ保護や違法コンテンツ対策などのデジタル規制で世界をリードしています。
  • プラットフォーム事業者や検索エンジンに提出を求めていた「透明性リポート」の一部を公開しています。ネット社会で飛び交う偽情報や違法コンテンツに対する、巨大IT企業の対応策の一端が垣間見えるものとなっています。例えば、公開されたティックトックのリポートによると、9月の一カ月間で、規約などに反するコンテンツの削除は400万件、最も多かったのが、成人向けの内容で206万件、偽情報など誤解を招きかねない内容として削除されたのは、わずか2136件だったといいます。EU域内での違法コンテンツは3万5165件で、詐欺などの経済犯罪に関わるものが6767件と最も多く、ヘイトスピーチは3119件、テロ関連は825件で、ティックトックは、外部のファクトチェックの専門家などと協力して、AIの学習データを作成、自動システムを使って、投稿前の段階で規約や法律に違反するコンテンツの検出に力を入れているといいます。一方で、視聴回数が一定以上の人気コンテンツなどは影響力が大きいため、人間が監視、EU域内では6125人の職員が、監視と削除の対応に当たっているといいます。ネット通販のアマゾンは、偽造品や「やらせレビュー」などを検知するために、毎日80億件以上の商品の紹介ページを監視、2023年上半期にEU域内で削除された商品やコンテンツは2億7400万件に上るといいます。広告についても、1日当たり数百万件を自動で確認、商品を検索したことで別のサイトに移っても商品紹介の広告が表示される「リターゲティング広告」について、「銃」などの特定の言葉を検索した人には、広告が表示されないよう自動で制御しているということです。
  • スナク英首相が世界初の「AI安全サミット」を主催したのは、EUやG7が生成AIの運用や規制に向けた共通の規範づくりで先行する中、世界のAI大国の一角を占める英国もAI活用をめぐる国際的な議論で主導権を確保したいとの思惑があるとされます。英国には現在、300社以上のAI関連企業が存在しており、官民を挙げてのAI研究への資金投資や、大学などでの研究者の育成も活発に行われ、「英国は米国、中国に続く第3のAI大国」(英政府高官)と見なされています。英国は2020年のブレグジット(EUからの離脱)以降、当初の期待に反して経済の停滞傾向が目立っており、AI関連分野で存在感を示すことで雇用および投資の拡大の起爆剤としたい考えもあります。サミットなどを通じた英国の取り組みで特徴的なのは、例えばEUが人権侵害といったAI乱用のリスクを低減させるため、罰則も含めた規制強化を前面に打ち出しているのに対し、英国はAIの活用に向けた基準づくりに軸足を置き、差別化を図っている点にあります。
  • AIが自律的判断で敵を殺害する「自律型致死兵器システム(LAWS)」に関する国際的なルール作りに向けた決議が、国連総会で軍縮問題を扱う第1委員会で賛成多数で採択されています。LAWSに関する決議採択は初めてで、2023年12月の国連総会本会議でも採択の見込みとなっています。LAWSについて規制する条約はない上、ロシアが侵略するウクライナの戦場がAI兵器の「実験場」となって飛躍的に技術が進展している実態があり、国際的なルール作りが急務となっていました。決議はオーストリアが提案、採決では、日米などG7を含む164か国が賛成、反対はインドやロシアなど5か国、棄権が中国やイスラエルなど8か国でした。決議はAI兵器の使用について、国際人道法の適用の必要性、軍拡競争などの懸念も盛り込んでおり、LAWSの規制に関する各国の見解を報告書にまとめ、2024年9月に始まる国連総会に提出することも明記しています。

その他、AIに関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • SNSの調査ツールを手掛けるイスラエルのサイアブラは、AIによって作成された画像やテキストを検知する機能を開発しています。20億件以上のデータによる機械学習で検知用のAIを成長させたといい、機能は一部無料でも公開するとしています。生成AIによる精巧な偽画像などが拡散している問題に対応するとしています。2023年5月には米国防総省付近で爆発が起きたとする偽情報がSNSで拡散、生成AIでつくられたとみられる精巧な画像が添付されており、この騒動で米国の主要企業の時価総額の合計が一時5000億ドル(約75兆円)も変動しました。「偽情報により仮想敵国が経済戦争を起こすことすら可能になっている」状況だと警鐘を鳴らしています。さらに生成AIによる偽情報がネット空間に増え続ければ生成AIが学習するデータも汚染されることとなり、「生成AIの回答に『ハルシネーション』(幻覚、もっともらしい誤った答え)が増え、受け取った悪意のないユーザーも偽情報の拡散に意図せず関わってしまう。今後、加速度的に状況が悪化していく恐れがある」と懸念を示しています。イスラエルとイスラム組織ハマスの衝突を巡ってもSNS上の偽情報の調査に取り組んでおり、衝突発生直後のハマス支持の投稿について、主なアカウント16万件のうち25%にあたる4万件が不正アカウントだったとしています。
  • 米国では全土で州や連邦の当局が、採用におけるAIの利用を規制してアルゴリズムによる偏見を防ぐにはどうすればいいか、という課題に本腰を入れて取り組み始めており、最近の調査によると米大企業の約85%、フォーチュン500社企業では99%が、採用候補者のふるい分けやランク付けに何らかの自動化ツールやAIを使っているといいます。こうした仕組みには、応募者の提出書類を自動的にチェックする履歴書スクリーナーや、オンラインテストに基づいて応募者の適性を評価するアセスメントツール、ビデオ面接を分析できる顔認識や感情認識ツールの使用が含まれます。AIは人間の知性を模倣するためにアルゴリズムやデータ、計算モデルを使用することになりますが、そこにバイアスが内在するリスクがあります。AIは「学習データ」に依存しており、利用するデータに偏りがあればAIプログラムでもそれが再現される可能性があり、データには、過去のバイアスが存在している場合が多い実態があります。一方、AIの利用を支持する人々からは、バイアスのリスクを認めつつも、コントロール可能だとの主張もあります。
  • 日本新聞協会は、対話型AIのチャットGPTに代表される生成AIについて「基本的な考え方」をまとめています。報道機関が取材活動に多くの労力をかけた記事や写真が、AIの学習用に対価を払うことなく無断使用されていると指摘、政府に対し、技術の急速な進化に合わせ、著作権法改正など権利保護の仕組みを強化するよう訴えています。また、2018年に改正された現行の著作権法はAIの学習用であれば、インターネットなどに公開された記事や写真、画像などを、著作権を持つ報道機関に無断で収集し、学習することを原則として認めていますが、「考え方」ではなし崩し的に記事の無断使用が進むことに懸念を表明、AIによる記事などの無断かつ無秩序な使用が進めば、報道機関の経営に打撃を与え、国民の「知る権利」を阻害しかねないと主張しています。したがって、早急に著作権法を改正し、AIの学習を報道機関が拒否したり、利用に許諾を求めて適切な対価を得たりできる仕組みの整備を求めています。

(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、匿名によるインターネット上の誹謗中傷に対し、発信者を特定する開示請求手続きが大幅に簡略化されて2023年10月で1年になり、裁判所への申し立てが急増している状況です。新制度は特定までの時間を短縮し、速やかな被害救済が期待される一方、対応する事業者側の負担は重くなっている点が課題に挙げられています。裁判所の開示決定に事業者が対応できず、制裁金を科されるケースもあるといいます。2023年10月26日付読売新聞によれば、最高裁の統計で、新制度の申立数は、全国の地裁で2023年8月末までに計2764件となり、。SNS事業者などの所在地で請求するため、このうち約95%(2644件)が東京地裁に集中、同地裁の専門部では、新制度がなかった2021年の申立数は894件で、新制度は既に3倍近くになっている実態があります。また、新制度を利用する弁護士らからは、開示までの期間が短縮されたと一定評価する声が上がっており、特にプロバイダーの対応が素早くなり、旧制度の訴訟であれば少なくとも3か月かかっていたところ、新制度では早ければ1か月以内に開示されるといいます。一方、SNS事業者やプロバイダーの負担は増しており、1件の請求で投稿は複数に及ぶケースが多く、求められる発信者の数が数十人を超えることもあるためです。さらに、裁判所の開示決定に迅速に対応できない業者も出ており、新制度導入後、特にSNS大手のX(旧ツイッター)の遅れが目立つということです。こうした中、従来の手続きに回帰する動きも見られ、新制度では事業者が開示に応じない場合、その後の手続きにより時間がかかる一方で、従来の手続きでは、制裁金によって開示を促す「間接強制」の手続きに直ちに移行できるためだといいます。裁判所から間接強制が認められれば、制裁金の発生前にX社が開示するケースが多いといいます。しかし、X社の対応が遅く、実際に制裁金が科される例も出ているといいます。報道で開示制度に詳しい田中一哉弁護士(東京弁護士会)は「X社の対応は被害者の早期救済という制度の趣旨に反する。制裁金が実際に発生するという状況も異常事態だ」と指摘、その上で、「新制度で事業者側の負担が増しているのも事実だ。そもそも悪質な投稿をさせないようにSNS事業者が削除対策に力を入れたり、利用者の個人情報の登録を厳格化したりするなど、改善策の検討も必要ではないか」としていますが、本質的にはそうした方向が望ましいといえます。

総務省の「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ」で、インターネット上の違法・有害情報に関する流通実態アンケート調査結果が公表されていましたので、以下、抜粋して引用します。

▼総務省 誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ(第10回)配布資料
▼資料1-1 インターネット上の違法・有害情報に関する流通実態アンケート調査【誹謗中傷等】((株)三菱総合研究所)
  • 過去1年間の利用(閲覧)経験は、YouTube、Twitter(現:X)、Amazon、Instagram、楽天、Googleマップなどが多い。【複数回答】過去1年間の利用(書き込み)経験は、Twitter(現:X)、Instagram、YouTube、Facebookなどが多い。【複数回答】Twitter(現:X)、Instagram、YouTube、LINE(OpenChat)、TikTokといったサービスは利用(閲覧)頻度が高い傾向にある。
  • 「利用規約に目を通さずに利用している」、「知らなかった」という人が4割弱(37.9%)を占める。
  • 「他人を傷つけるような投稿(誹謗中傷)」について、65.0%が目撃している。投稿を目撃したサービスは、Twitter(現:X)が最も多く、YouTube、Yahoo!コメント(ニュース)がこれに続く。【複数回答】サービス利用者(閲覧者)の多さと誹謗中傷の投稿の目撃経験には関連がみられる
  • 過去1年間にSNS等を利用した人の2割弱(18.3%)が「他人を傷つけるような投稿(誹謗中傷)」の被害に遭っている。「誹謗中傷」の被害経験を年代別にみると、20代(23.9%)と30代(22.3%)で多く、10代(19.3%)と40代(19.2%)がこれに次いでいる。50代(14.6%)、60代以上(10.6%)は相対的に少なかった。
  • 誹謗中傷の投稿をされたことがあるサービスは、Twitter(現:X)が最も多く、以下、Facebook、Instagram、2ちゃんねる、YouTubeがこれに続く。【複数回答】
  • 被害を受けた際に想定する対処方法として、「自らブロックやミュート、コメント非表示などを行う」が最も多く45.4%であった。次いで、「SNS等の運営事業者が用意する窓口に自ら削除等の申請を行う」が多く、34.8%だった。【複数回答】被害を受けた際の実際の対処方法としては、「自らブロックやミュート、コメント非表示などを行う」が最も多く、50.0%であった。想定する対処方法と実際の対象方法との乖離は少なかった。【複数回答】対処方法の選択理由としては、「迅速に対処が可能だと思ったから」が最も多く、43.2%であった。【複数回答】
  • ミュートやブロックなどの安心・安全機能について、「機能を利用したかったが、利用方法が分からなかった」、「機能があることを知らなかった」という人が35.3%いる。他方、被害経験のある人では、53.9%が「機能を理解した上で利用している」と回答している。
  • プロバイダー責任制限法の改正について、「制度改正の内容について知っている」+「改正自体は知っているが内容は知らない」という人は、43.8%であった。年代別にみると、20代(50.6%)と30代(51.0%)で多かった。
  • 年代別に、プロバイダー責任制限法の改正についての認知度(制度改正の内容について知っている+改正自体は知っているが内容は知らない)とSNSの利用(閲覧)経験を比較したところ、15~19歳を除くと、認知度と利用率には相関があるとみられた。
  • 相談窓口について、「利用したかったが、分からなかった」・「知らなかった」という人が半数強(56.2%)だった。また、「知っており、利用したことがある」人は9.1%であった。年代別にみると、相談窓口の利用経験がある人は、10代(15.6%)で最も多かった。
  • 年代別に、相談窓口の認知度と「他人を傷つけるような投稿(誹謗中傷)」の被害経験を比較したところ、認知度の高さと被害経験には相関があるとみられた。
  • 被害経験の有無ごとに相談窓口の利用経験をみたところ、すべての年代において、被害経験のある方が相談窓口の利用率が高かった。
  • 具体的な相談窓口についての認知度について尋ねたところ、「みんなの人権110番」が相対的に高かった。(相談窓口の存在を知っている人では、6割程度が知っている。)年代別にみると、いずれの年代においても「みんなの人権110番」の認知度が最も高かった。また、10~30代では「誹謗中傷ホットライン」が、40代以上では「地方自治体の各種相談窓口」が、それぞれ2番目に高かった。
  • 違反申告や報告について、「わからなかった」・「知らなかった」という人が3割弱(29.1%)であった。違反申告・報告方法、連絡先の見つけやすさについて、「難しかった」・「やや難しかった」という人が33.6%であった。申告フォームについて、「申告理由に近い選択肢もなかったので、適当に選んだ」・「フォームに選択肢が設けられておらず、自由記入だった」・「適切な選択肢がないので選べなかった(その結果、申請自体できなかった)」という人は25.6%であった。
  • 申請フォームの文章記入欄について、「文字数制限等があり、主張を十分に記入できなかった」・「文章記入欄がなかった」という人は59.7%であった。申請フォームに証拠(不適切な投稿のスクリーンショットなど)を添付することについて、「添付することができたがやりづらかった」・「添付することができなかった」という人は35.4%であった。
  • 違反申告や報告をした後に、一部又は全部のサービスで受領連絡を受け取ったことがない人は、46.0%であった。違反申告や報告をした場合に、サービス提供事業者により対応(投稿の削除、アカウント削除等)されたことがある人は、34.1%であった
  • 一度だけ申告・報告をしたことがある人では、違反申告・報告への対応までの日数が「24時間以内」だったとの回答が17.1%、「1週間以内」だったとの回答が80.8%、「2週間以内」だったとの回答が88.6%であった。複数回の申告・報告をしたことがある人では、対応までの最短日数が「24時間以内」だったとの回答が48.4%、「1週間以内」だったとの回答が90.1%、「2週間以内」だったとの回答が94.4%であった。また、最長日数については、「24時間以内」だったとの回答が26.9%、「1週間以内」だったとの回答が73.2%、「2週間以内」だったとの回答が83.9%であった。
  • 一度だけ申告・報告をしたことがある人では、対応までの日数を「早い」・「やや早い」と感じた人は72.8%であった。複数回の申告・報告をしたことがある人では、対応までの最短日数を「早い」・「やや早い」と感じた人は83.8%、最長日数を「早い」・「やや早い」と感じた人は66.3%であった。
  • 一度だけ申告・報告をしたことがある人では、対応までの日数を「早い」・「やや早い」と感じた人は72.8%であった。複数回の申告・報告をしたことがある人では、対応までの最短日数を「早い」・「やや早い」と感じた人は83.8%、最長日数を「早い」・「やや早い」と感じた人は66.3%であった。
  • 深刻な誹謗中傷等を含む権利侵害(名誉毀損、プライバシー侵害、著作権侵害等)の被害に遭った場合に、事業者による対応(投稿の削除、アカウントの削除等)が行われるまでの期間として、1週間より長い期間では許容できないとする人が8割強(83.1%)であった。また、2週間より長い期間では許容できないとする人は9割(90.0%)であった。
  • 許容できる期間(ある期間内に対応されればよい)の回答と比較すると、実際にその期間内に対応された比率の方が少なく、また期間が短いほどその差が大きい傾向がみられた。※複数回申告時の最短日数の場合は逆に多い。
  • サービス事業者の体制整備について、「人数(サービスの規模に応じた人数)及び能力を有しているべきであると思う」と考える人は57.2%であった。
  • サービスを利用するなかで、サービス提供事業者から投稿の削除等の対応をされたことがある人は4割程度(41.2%)であった。【複数回答】
  • サービスを利用するなかで、サービス提供事業者から投稿の削除等の対応をされたサービスは、「Twitter(現:X)(44.3%)」が最も多く、次いで「Instagram(16.9%)」や「Facebook(14.6%)」、「YouTube(13.9%)」が多い。【複数回答】
  • 多くのサービスにおいて、約1割~3割の回答者が、対応をされた際にサービス提供事業者から通知や理由の説明がなかったと回答した。
  • 多くのサービスにおいて、約4割~6割の回答者が、意見表明の機会があったと回答した。その後の対応についての満足度は、サービスによってバラつきがあった
  • 対応に関する通知や意見表明機会についての案内は、日本語で行われるケースが多く、半数以上(サービスにより異なるが、7~9割強)は日本語が用いられている。また、日本語以外の言語ではほとんどが英語で行われている。
  • サービス事業者からの対応時における通知や理由の説明について、7割強(71.8%)の回答者は通知と説明を求めている。また、「通知は必要であるし、理由についても、担当者と会話し、納得がいくまで説明してほしい」と考える人は27.2%であった。全体の8割以上(83.8%)の回答者は、少なくとも通知が必要であると考えている。

誹謗中傷に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 本コラムでも以前から取り上げていますが、自民党の杉田水脈衆院議員が自身のブログなどに、在日コリアン女性らに差別的な投稿をした件について、大阪法務局から「人権侵犯」の認定を受けていたことが分かりました。杉田氏はアイヌ民族に対する同様の差別投稿でも札幌法務局から「人権侵犯」の認定を受けています。大阪府在住の在日コリアンの女性3人が2023年2月に大阪法務局に人権侵犯被害を申し立て、同法務局から結果について説明を受けたもので、3人はNGOのメンバーとして、2016年2月にスイス・ジュネーブであった国連女性差別撤廃委員会に参加、同じ場に出席した杉田氏はブログやフェイスブックで「チマ・チョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場。完全に品格に問題があります」「ハッキリ言って小汚い」などと投稿し、チマ・チョゴリ姿の3人の写真も掲載、同法務局の説明によると、ブログやフェイスブック、書籍などの表現など8件について調査、このうちブログの記述など5件を「人権侵犯性がある」としたものです。杉田氏はこれまでLGBTQなど性的少数者や性暴力被害者への差別的な発言がたびたび問題とされてきており、今回の在日コリアンらに対する投稿については2022年の国会で野党議員から追及を受けて問題となり、当時務めていた総務政務官を辞任した経緯があります。この後、杉田氏は、「私はアイヌや在日の方々に対する差別はあってはならないと思っている。LGBTや女性に対する差別も(あってはならないのは)当然だ」「私は差別をしていない」と自らが語る動画をユーチューブに投稿、さらに「逆差別、エセ、そしてそれに伴う利権、差別を利用して日本をおとしめる人たちがいる。(そうした)差別がなくなっては困る人たちと戦ってきた。私は差別をしていない。その点をご理解いただけると大変うれしい。これからも日本のためにしっかりと、ぶれずに政治活動がんばって参ります」とも語っています。一方、こうした投稿について識者は「差別を扇動する発言だ」、「利権や特権など存在しない。にもかかわらず、『マイノリティーが差別を主張することで不当な利益を得ている』と訴え、マジョリティーの不満をあおる。現代における差別扇動の典型的な表現だ」、「差別を告発したり糾弾したりする人たちは、日本の価値を下げているのだと訴えることで、ナショナリズムをあおり、自身の主張を正当化しようとしている」、「明らかな差別発言をして問題性が認定されても、公然と開き直り、政権与党内で看過されている。差別発言を容認する風潮につながることが懸念される」などと指摘しています。
  • 2023年10月上旬に秋田県美郷町でクマ3頭が駆除されたことについて、秋田県に暴言や執拗な要求の繰り返しなど「カスタマーハラスメント(カスハラ)」とみられる抗議電話が寄せられていたといいます。行政サービスの低下や職員の精神面の悪化を招く可能性があり、専門家は職員を守るために毅然とした対応をとるべきだと指摘しています。秋田県の佐竹知事は、カスハラに当たる電話について、「これに付き合っていると仕事ができません。業務妨害です。その方々は話も分からないです」と述べ、すぐに電話を切るべきだとの認識を示しています。自治体職員への暴言や執拗なクレームは全国的に問題となっており、2020年に自治労が全国の自治体や病院の職員らを対象に行った調査で、回答した約1万4000人の半数近くが過去3年間にカスハラを受けたとし、被害を受けた職員に「出勤が憂鬱になった」(57%)、「眠れなくなった」(21%)など精神面への悪影響がみられます。対応策として専門家は、カスハラ行為に厳しく対応すると住民にあらかじめ伝えておいたり、「あと10分だけお聞きします」など対応可能な時間を告げた後に電話を切ったりすることが有効とし、「毅然と対応することが望ましい。たまたま電話を受けた職員をみんなで守るという、組織のあり方も重要だ」と指摘しています。
  • ジャニーズ事務所(当時)のジャニー喜多川元社長(2019年死去)による性加害問題を巡り、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の発起人が、インターネットを通じて誹謗中傷を受けたとして、大阪府警に被害届を提出し、受理されたと明らかにしています。報道によれば、実名で性被害を告白した2023年5月ごろから、SNSや当事者の会のホームページを通じ、「売名行為」や「うそつき」などの中傷メッセージが約100件届いており、危害を加える内容のものもあり、刑事告訴も視野に入れているといいます。「性被害の証言をするだけでもつらいのに、中傷を受け二重苦になっている」と述べています。
  • 2020年に亡くなったタレントの志村けんさんに新型コロナウイルスを感染させたとする事実無根の投稿をネット上に流され、名誉を傷つけられたとして、大阪・北新地の高級クラブで働く女性が複数の投稿者に損害賠償を求め、大阪地裁に提訴しています。被告は27日の第1回口頭弁論時点で投稿者十数人で、話し合いによる解決などを求めています。報道によれば、女性は、故志村さんについて、ネット掲示板で「東京・銀座で志村さんのパーティーが開かれ、参加したママが感染させた」などという内容が書き込まれたもので、「当時感染していた事実もなく志村さんと面識もない」と主張しています。女性によれば、投稿内容はSNS上で広まり、誹謗中傷や脅迫のメッセージが多数送られ、投稿者を特定し示談に応じなかった人を提訴したとしています。
  • アスリートをSNS上の脅迫や中傷から守ろうとする動きがスポーツ界で広がっています。ラグビーW杯フランス大会は、問題のある投稿をAIで監視し、法執行機関への通知も辞さない対応をしています。SNSによる攻撃は個人で対応しきれない規模となり、国際競技団体は組織的な対応に乗り出しています。「ばか野郎」「ゴミすぎる」などと選手やスタッフの尊厳を傷つけるような投稿は国際統括団体ワールドラグビー(WR)が実施している監視の対象になる可能性があります。WRは今大会、データ分析会社と提携し、AIを活用しながら、画像や絵文字を含む投稿の監視にあたってきたといい、30以上の言語に対応し、選手や審判らに対する中傷やヘイトスピーチと判断した場合はサイト運営者に報告、SNSの指針に応じてアカウント削除などの対応を要請、特に悪質な事例は法執行機関に届け出て、発信した人物の身元の特定にも動き、情報は参加国・地域のラグビー協会と共有し、国内および国際試合から追放する考えも示しています。一方、アスリート自らがSNSの中傷被害を訴えることも目立ち始めています。東京五輪では日本のメダリストが相次いで被害を訴え、被害は競技を問わず広がりつつあり、主催者側も対策に動き始めています。報道でアスリートに対する中傷について、国際大学の山口真一准教授(ネットメディア論)は「『有名人だから手荒に批判してよい』といった誤解や、投稿者が理想とするプレーや采配を押しつける身勝手な『正義感』が見受けられる」と分析、国や地域別の対抗戦は人種や国籍に絡む攻撃的な投稿が増えるリスクもあるといい「主催者やチームなどが組織として選手らを守る対策をとることが重要になる」と指摘していますが、正にその通りだと思います。
  • 2022年初め、ヤフーニュース上で、NEWSポストセブン(小学館)、週刊女性PRIME(主婦と生活社)、東スポWEB(東京スポーツ新聞社)の3媒体のすべてのエンタメ記事から、「ヤフコメ」と呼ばれるコメント欄がなくなりました。当時、週刊誌などでは秋篠宮家の長女眞子さんと小室圭さんの結婚をめぐるバッシング報道が過熱、ヤフコメの投稿は批判的な内容が相次ぎ、過激さを増していたため、対応が必要と考えたヤフーは、誹謗中傷など違反とみなされる投稿が一定数に達した記事のコメント欄を丸ごと非表示にする機能を導入、さらに、ヤフーの担当者から、複数の出版社あてに「皇室記事の提供は控えてほしい」と要請があったといいます。さらに、ヤフーはメディア各社に「過剰に扇動的な記事にならないように」と注意を促すメールも送付、正確性を欠き、誤解を招く表現が使われた記事が悪質なコメント投稿を誘引していると指摘したといいます。報道でメディア問題に詳しい宍戸常寿・東大大学院教授(憲法)は「社会が求める誹謗中傷への対策に応じるなかで、コメント欄の閉鎖は一つの方法としてはあり得る」と、ヤフーの対応に一定の理解を示す一方、特定のメディアを対象とする場合は、理由を社会に説明する責任があるとも指摘、「判断の背景を『ブラックボックス化』していては、公正な判断だったのか評価できない。報道倫理として問題がある」としていますが、正にその通りだと思います。

偽情報を巡る最近の報道からいくつか紹介します。やはり、イスラエルとハマスの軍事衝突を巡るものが多くなっています。

  • 2023年10月27日付朝日新聞の記事「ガザやウクライナで拡散する偽情報 「分断を許さない戦い」こそ重要」は大変示唆に富む内容でした。「認知領域の戦い」は人の思考に働きかけて、思い通りの言動を引き出す戦いとも言われ、孫子の時代から存在していますが、インターネットをはじめとするデジタル技術の進展により、大量の情報を速く、広く拡散できるようになり、認知戦や情報戦の手法が格段に進歩し、各国や非国家主体に広く利用されるようになったことをふまえ、「戦争の本質は変わらないものの、その形態は大きく変わるとも言われています」、「現代は「ポスト・トゥルース」の時代になったと言えます。世論形成には、客観的な事実よりも感情的な訴えや個人の意見の方が影響力を発揮するのです」、「過去の検索履歴などからユーザーが見たいと思うものを判断するアルゴリズムから、インターネット上で泡に包まれたように、自分の見たい情報しか見なくなる「フィルターバブル」現象や、同じ考えを見聞し続けることで、自分の意見が増幅・強化される「エコーチェンバー」現象が起きます。同じ考えや思想の人々がインターネット上で強力に結びついた結果、異なる意見を一切排除した閉鎖的で過激なコミュニティーを形成する「サイバーカスケード」状態が進むと、社会の分断が加速する危険な状態が生まれます」、「まず、国民全体のメディアリテラシーを高めることが重要です。ネットでは、利用者は自分の好きなニュースばかり目にしがちです。紙媒体を読み比べてファクトチェックをし、すぐに正しい情報を発信することが求められます」、「相手の「認知戦に関するキルチェーン(攻撃の構造)」を分析した上で、私たちがとるべき対応策を、より包括的に組み立てていくことを検討すべきです」、「ロシアが米国に仕掛けている認知領域の戦いは、米国社会の分断を目的にしています。日本社会は米国ほど分断が深刻にはなっていませんが、今のうちから、認知領域の戦いへの備えの強化が必要だと思われます」などといった指摘は、大変興味深いものです。
  • EUがSNSの監視を強化しています。(テロリスクの項でも取り上げましたが)ハマスによるイスラエル攻撃後、偽情報や違法コンテンツが急激に拡散、中東情勢を受けたテロやヘイトクライムが欧州で頻発する中、EUは蔓延する偽情報などが世論をゆがめ、治安の脅威につながるとみて運営企業に対応強化を迫っています。EU欧州委員会は、フェイスブックやインスタグラムを運営する米IT大手メタと中国系動画投稿アプリ「TikTok」の運営会社に対する調査を開始しています。偽情報やテロ扇動、ヘイトスピーチといった違法コンテンツの排除を義務付ける「デジタルサービス法(DSA)」に基づく調査で、違反企業には世界売上高の最大6%の罰金を科すものです。それ以前にも、X(旧ツイッター)にも同様の調査を始めており、ブルトン欧州委員は「(偽情報などの)差し迫ったリスクから市民を守る」と強調しています。事実、米ブルームバーグ通信によると、ハマスが攻撃を開始して数時間後、Xでは空爆の様子や破壊された建物とされる画像などが大量に投稿されましたが、多くは古い画像を最新の画像であるかのように見せる偽情報でした。非営利団体「デジタルヘイト対策センター(CCDH)」のCEOはブルームバーグに「偽情報がもたらすリスクは紛争に関する不正確な印象を与えるだけでなく嘘が憎しみを助長し、さらなる暴力が発生することだ」と危機感を示しています。欧州ではハマスによる攻撃以降、イスラム過激派とみられる犯人によるテロやヘイトクライムが起こり、EUは偽情報などが治安をより悪化させる事態を警戒しています。フォンデアライエン欧州委員長は「ハマスのテロ攻撃は、憎悪とテロを助長する非道な違法コンテンツのオンライン攻撃をも引き起こした。主要なプラットフォーマーは、このようなリスクを軽減する新たな義務を負う」と述べ、あらためて大手プラットフォーマーなどに対して、EUのDSAに基づいて義務を履行させるよう、加盟国に勧告しています。特に、EUはXに厳しい目を向けています。米起業家イーロン・マスク氏がXの買収後、アカウントが本人であることを示す認証マークを有料サービス利用者にも付与することにしたため、なりすましの投稿が急増、ガザ周辺の戦闘について偽情報が拡散した要因になったとみられているためです。
  • 米Xのリンダ・ヤッカリーノCEOは、イスラエルとイスラム組織ハマスの衝突を巡る偽情報対策についてEUへの回答を公表しています。テロ組織などのアカウントや投稿を削除するほか、混乱を生む投稿が共有されにくいよう対応していると強調しています。Xを巡ってはハマスが大規模攻撃を始めて以降、誤った情報が拡散した例が多く報告されており、EUのブルトン欧州委員(域内市場担当)が同社のイーロン・マスク会長宛ての書簡を公表し、偽情報への迅速な対処を求めていたものです。ヤッカリーノ氏はブルトン氏への返答のなかで、攻撃開始後に「何万ものコンテンツに削除や(投稿の信頼度を示す)ラベル付けをする措置をとった」と述べ、「Xにはテロ組織や暴力的な過激派集団の居場所はない」と訴え、今後も対策を進めると説明しています。また、EUをはじめとした当局への協力姿勢も強調しています。さらに、X上の投稿などについて当局からEU域内で80件以上の削除要請を受け、期限内に対応したといいます。また、偽情報など混乱を招く投稿の拡散を防ぐ取り組みを進めているとも主張、具体的には他のユーザーが匿名で問題の指摘や情報の補足をする「コミュニティノート」の機能強化を挙げ、指摘の付いた画像や動画が別の投稿で再利用された場合に、自動で注意書きを表示するようにしているといいます。
  • 自分の声がAIによってひそかに複製され、ベテラン声優の大切な資産と、表現者としての選択権、自分の声に対する権利を奪う事態が起きています。報道によれば、人工合成メディアの検出を専門とする企業ディープメディアでは、2023年は推定50万本の「ディープフェイク」動画・音声がソーシャルメディア上で共有されることになると見ています。音声のクローンを作成するには、かつてはサーバーやAI学習のコストとして1万ドルを要したものの、最近ではほんの数ドルで同様の機能を提供するスタートアップが複数あるとされます。なお、南アフリカ個人情報保護法では、個人データを同意なしに収集、加工、保存することが禁じられており、「声」もその対象になっています。同国において「声」は社会階層や年齢などを示唆する可能性があり、個人に関する機微な情報として分類することができ、したがって「立法府がこれを認識し、そうした根拠で声を保護する可能性が考えられるといいます。なお、ディープフェイクボイスを悪用したかどうかは不明ですが、イタリアのメローニ首相がアフリカ人政治家をかたった偽電話に13分間にわたって応じた音声が、動画投稿サイトで公開されています。メローニ氏はロシアのウクライナ侵略について「各方面にかなり疲労がある」と発言、伊首相府は「だまされて遺憾だ」との声明を発表しています。電話を仕掛けたのは、ロシア人コメディアン2人だということです。
  • 日本でも、生成AIの悪用事例が出ています。まず、生成AIを利用して作られた岸田首相の偽動画がSNS上で232万回以上再生されるなど拡散している事態になっています。首相にそっくりな声で卑わいな発言をさせたもので、日本テレビのニュース番組のロゴなども表示されています。首相のオンライン記者会見を報じる番組を悪用して作られたとみられており、報道で大阪府の20代の男性が生成AIなどを使って偽動画を制作し投稿したことを認め、「面白くて作った」と話しています。報道によれば、この男性は2022年から、岸田首相のほか、安倍元首相などの偽動画を制作・投稿し始めたといい、その理由について、「総理大臣は、誰でも知っている象徴的な存在だから、注目を集めやすい」、「混乱させる意図はなく、『笑ってほしい』という目的で作った。風刺のようなもの」と述べています。2023年11月3日付読売新聞で、生成AIを使った偽動画に詳しい東京工業大の笹原和俊准教授(計算社会科学)は、今回のケースについて、「ニュース番組を装ってSNSに投稿したことでより多くの人の注目を集めて拡散されてしまった。偽動画の内容によっては、社会を混乱させる恐れがある」と指摘、その上で、「動画は、文字で書かれたものよりも五感に訴えるため、より直接的にネガティブなイメージを植え付けてしまう。印象操作という点で悪質だ」と批判。「生成AIの急速な発展に受け手のリテラシー教育が追いついていないのが現状で、まずは拡散の舞台であるプラットフォーム側への対策が必要だ」と述べていますが、正にその通りだと思います。また、日本テレビのニュース番組を加工したとみられる偽の投資広告の動画が、SNS上で広がっています。実在する女性アナウンサーが投資を呼びかける内容で、ニュース番組を見ているように声なども再現されており、同社は注意を呼びかけています。報道によれば、2023年10月に同社報道局のサイバー取材班が、SNS上で明らかに偽物である動画を発見、実際に同社のニュース番組「news every.」で8月に放送された「自転車のヘルメット着用努力義務」などについてのニュースを加工したものだったといいます。こちらも偽情報で実体経済に悪影響を及ぼす可能性もゼロではなく、前述同様、リテラシー教育やプラットフォーマーの対策強化といった対応が急務だといえます。
  • 2023年10月23日付毎日新聞の記事「「質より関心」アテンションエコノミーでいいの? 専門家に聞く」も大変示唆に富む内容でした。「さまざまな内容の記事が編集作業を通じてパッケージされた新聞と違い、インターネットでは記事がばら売りされている。しかもそこでは、読者のアテンション(関心)を強く引くことを狙った「アテンションエコノミー」の世界が広がる。刺激的な内容で目を引き、閲覧数を稼ぐ記事が利益を上げる構造で、多様で公共的であるべき言論空間がゆがめられつつある」とし、「「適正」の意味が、閲覧数に見合った対価となれば、とにかくアテンションを得ればよいという風潮は何も変わらないどころか、悪化さえする。取材の努力や情報の信頼性・安全性を評価に入れる算定基準を設け、広告ビジネスとも連動させる必要がある。好みや政治的傾向に合わせて情報を出し分けることで生じる受け手の情報の「偏食」を是正し、多様な話題に触れて「情報的健康」を取り戻してもらう取り組みも欠かせない」、「民主主義社会の基盤となる正確な情報を共有するためには、メディアが持続可能であることが必要だ。この考え方は国際的な共通認識になっており、公正取引委員会の調査報告書はその流れに沿ったものだ。背景には、アテンションエコノミーによってプラットフォームのビジネスが動かされ、それによるフェイクニュースの氾濫が民主主義を脅かすことになるという懸念がある。報告書では、競争監視部門である公取委が、プラットフォームとの交渉の材料となる具体的データまでメディア側に示している」、「メディアはプラットフォームとしっかり交渉すべきだが、協力を続けるべき点もある。プラットフォームはメディア環境の変化に即して情報を伝えるノウハウを築いてきた。緊張関係を保ちながら、そのノウハウを活用する姿勢も大事だ。ただ中長期的には、業界独自のプラットフォームを持ち、過度の依存から脱却するという選択肢もありうる」といった指摘は考えさせられます。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

欧州中央銀行(ECB)は理事会で、独自の中央銀行デジタル通貨(CBDC)「デジタルユーロ」の導入に向けて2023年11月から2年間の「準備段階」に入ると決めています。本コラムでその動向を細かく確認してきましたが、CBDCは中国などの新興国が先行していたところ(ナイジェリアなど約10各国が既にCBDCを導入済み、中国はデジタル人民元の大規模な実証実験で、給与の支払いや買い物への活用を始めており、インドは2023年度中にデジタル通貨を導入する方向、ブラジルも導入に向けて準備しています)、先進国でも発行に向けた準備が本格化することになります(なお、米連邦準備理事会(FRB)やイングランド銀行、カナダ銀行などはいずれもCBDCについて慎重姿勢を維持、日本銀行(日銀)はデジタル円を発行するともしないとも決めていません。それでもキャッシュレス化で現金を取り巻く環境が急速に変わっているため、調査や実験は続けています)。デジタル決済の分野では、米国のビザやマスターカードがクレジットカード市場を支配し、米アップルなどの巨大IT企業も存在感を高めています。また、中国は消費者を対象にデジタル人民元を実証実験しています。ECBがデジタルユーロ導入に向けて準備を進めることを決めた背景には、巨大ITや中国に決済インフラを握られかねないとの危機感があります。ECBは公表文で、この準備段階が「デジタルユーロ発行のあり得べき将来の決定への道を開く」としてしています。EUによる法整備が必要なため、発行は2028年ごろとの見方が有力です。CBDCは紙幣や硬貨といった現金のデジタル版で、民間のデジタル通貨と異なり、事業者の倒産などで価値が損なわれることはありません(さらには、暗号資産のような投資対象にもならないとされます)。また、一部の加盟店だけでなく、ユーロ圏で幅広く使えるようにするとしています。ECBは基本的な制度設計などの調査を終え、今後の2年間で実証実験を進めるほか、デジタルユーロに関するルールを取りまとめ、システムを構築するための事業者を決定する流れとなります。ECBのラガルド総裁は「我々には未来のための通貨の準備が必要だ」とコメントしています。現金も廃止せずCBDCと併存させるとし、デジタルユーロの普及を2段階で想定、まず個人間送金やオンライン支払いなどで先行し、実店舗では時間をかけて対応する見通しで、スマホに搭載するアプリやカードを通して、インターネットに接続しなくても現金と同様に支払いなどに使えるようにするほか、デジタルユーロへの大量の預金流出で銀行経営が不安定になる事態を防ぐため、保有額には上限を設ける案が有力で、例えば1人あたり3000ユーロ(約47万円)程度の制限をかける可能性が考えられています。

スイス国立銀行(中央銀行)は、CBDCを使った金融機関向けの試験プロジェクトを2023年12月に開始し、2024年6月まで実施すると発表しています。プロジェクトには銀行大手のUBSのほか、チューリヒ州立銀行、ボー州立銀行、バーゼル州立銀行、コメルツ銀行、ヒポチカーバンク・レンズバーグが参加し、スイスフランの実際のホールセール型CBDCを利用するとしています。中央銀行のジョルダン総裁は声明で「今回の試験プロジェクトにより、実際のホールセール型CBDCを使った生産的で規制された分散型台帳技術(DLT)プラットフォームでトークン化した資産を使い、安全かつ効率的に取引を決済することが初めて可能になる」と述べています。

各国中央銀行がCBDCの発行に真剣に取り組み始めたのは、2019年にフェイスブック(現メタ)が独自のデジタル通貨「リブラ」計画を発表したことがきっかけでした。民間のデジタル通貨が広く流通すれば、国が通貨へのコントロールを失ってしまう、特に新興国では不安定な自国通貨よりもリブラを使う人が急増しかねないといった危機感が各国当局に広がりました。そして、日常の決済の主役が現金からデジタルへと移るにつれて、決済手段を握る米国企業の支配力がますます高まっていく可能性があり、加盟店はより高い手数料を要求される可能性があるなど、決済手数料として巨額の富とデータがどんどん米国に吸い取られていくという事態になりかねないという問題がありました。CBDCという代替手段があれば、当局も民間の店舗なども決済事業者に対して強気の態度に出ることができます。手数料を上がりにくくするなど、寡占化の弊害が抑えられることも考えられます。ECBは準備段階移行を発表する際に「欧州の戦略的自律」という言葉を使いました。自前の決済インフラを作ることで、米国の好き勝手にはさせないという強い意志が読み取れます。一方、中国やナイジェリアのようなCBDCで先行している国々では、利用が思うように伸びず、民間の決済手段との協業などが課題として浮上しています(2021年に「eナイラ」を発行したナイジェリアではビットコインの利用に押され、「ダウンロードされたeナイラアプリの98.5%が使われていない」とされ、バハマは2022年時点で発行通貨に対する「サンドダラー」の割合が1%未満と明らかにしています。CBDCは民間金融機関の決済サービスを阻害しない設計にするという原則があることが背景にあり、民間のように販促キャンペーンなどを通じて特典を付与しないため、利用者がCBDCを保有するインセンティブが働きにくい点が課題です)。手数料なしで誰にでも送金できることはある程度、魅力的ですが、難しいのは、CBDCの魅力を高めすぎてしまうと、預金から移し替える動きが強まり金融システムを不安定にしてしまう可能性があることです。

日銀は2023年秋から金融機関のシステムへの接続を想定した本格的な実証実験に着手しています。日々の決済のあり方が大きく変わる可能性があり、国民を巻き込んだ議論が欠かせないところです。前述したとおり、デジタル円は「現時点で発行する計画はない」というのが政府・日銀のスタンスですが、水面下では大手金融機関のほか、ソフトバンク、ソニー、NTTドコモといった民間企業を交え、制度設計などを巡る具体的な議論が始まっています。具体的には、日銀が法定通貨として発行し、個人は預金や現金などを対価に入手でき、スマホやICカードなどを通じ、インターネットの接続の有無にかかわらず利用できるものが想定されています。民間企業が発行する電子マネーやクレジットカードと異なり、決済時に店舗側に手数料が発生せず、加盟店に限定されずに利用でき、決済代金が銀行口座に反映されるタイムラグも生じないといった利点があると考えられます。ECB同様、保有・取引制限も設けられる可能性が高いと考えられます(制限がないと銀行から大量に預金が流出し、金融システムが不安定化するリスクがあります)ブロックチェーンの仕組みは「取引処理に時間がかかり、利便性が損なわれかねない」ことから、デジタル円の導入時はブロックチェーンの一部技術を活用しつつ、日銀を中心とした新たなシステムを構築する可能性が高いとみられています。財務省が2023年10月に開いた「CBDCに関する有識者会議」でも全銀ネットのシステム障害を踏まえ、デジタル円も万全の安全対策を求める声が上がりましたが、「システム障害を完全にゼロにするのは難しい。リスクを冒してまでデジタル円を導入する必要があるかも議論になる」(金融庁幹部)との意見もあるところです。また、日銀はデジタル円の根幹のシステムを構築し、利用者との接点は民間企業にも担ってもらう仕組みを想定していますが、制度設計次第では各企業の過去の積み上げが無に帰しかねず、民間サービスが普及しているのにCBDCが必要なのかという疑問の声は根強いところです。民業圧迫やプライバシー侵害といった懸念を取り除き、誰でもどこでも使えるデジタル通貨の利点を丁寧に示していくことが、次のステージに進むためには必要となります。

米国は独自のCBDC「デジタルドル」の発行について現状、導入の是非を明らかにしていませんが、2022年2月のボストン連銀とマサチューセッツ工科大学(MIT)による白書の公表の翌月にはバイデン大統領がCBDCの検討を加速する大統領令に署名し、CBDCの導入に向けた機運は一気に高まっています。米国では、伝統的に国家の過度な介入への警戒感が強く、CBDCが導入されれば、日々のお金の流れを当局が把握することになり、監視社会となりかねないとの懸念があります。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は「CBDCはプライバシーや個人情報を守るものでなければならない」と配慮を約束しています。CBDCの方が民間のデジタル通貨よりもプライバシー侵害のリスクは小さいとの指摘も多いところ、2023年9月下旬には共和党のエマー院内幹事がまとめた反CBDC法案が米下院の委員会を通過するなど、反対派の勢いも止まらない状況で、小さい政府を志向し、できるだけ民間の力を生かそうとする共和党と、銀行口座を持てない人々にもデジタル決済手段を供給しようと考える民主党という政治対立のはざまで、デジタルドルの針路が揺さぶられている状況にあります。一方、CBDC開発で先行する中国が技術や規格で主導権を握れば、米国の通貨覇権が揺らぎかねず、決済の主役がデジタルに切り替わるとき、誰もがどこでも使える決済手段を用意する必要もあるのも事実です。日本の場合同様、導入には市民の不安を打ち消す努力も必要となります。プライバシーは米国に限らず、CBDC導入を議論する際の重要なテーマで、プライバシー保護とマネロン防止をどう両立させるかは丁寧な説明が欠かせないところです。

中国では2022年末時点で、17省26地域でデジタル人民元の大規模な実証実験が進んでいますが、デジタル人民元が使える場所はまだ限られています。デジタル人民元は利子が付かず、投資に使えないことも不便だとされ、デジタル人民元の流通量は2022年12月末時点で136億元(約2600億円)と人民元全体の0.1%にとどまっています。中国当局は状況を打開しようと、2022年12月にアリペイ、2023年3月にウィーチャットペイをデジタル人民元に連携させ、デジタル人民元を中国の二大決済プラットフォーム上で使えるようにして、利便性を一気に高めようとしています。中国国家外為管理局の陸磊副局長は、CBDCの「プログラム可能な機能」が金融政策手段の有効性を高めるのに役立つ可能性があると述べています。中国はCBDCの開発を進めていますが、導入はまだ初期段階にあるといえます。現在、CBDCは大半がM0(現金)通貨と位置付けられており、上海証券報によれば、陸副局長は、中央銀行はプログラム可能な機能を基にCBDCを一部預貯金を含む「M2通貨」にする可能性があると語っています。CBDCのプログラム可能な機能とは変更可能な設定のことで、例えばお金に有効期限を設けたり、特定用途に限定したりすることができるものです。陸氏は、中央銀行がCBDCのレートを調整する機能を模索する可能性があり、そうなればマクロ経済の管理にも利用できるだろうと述べています。また、CBDCに基づくクロスボーダー決済について、取引を安全、便利、包括的にすることができるとしています。

国際決済銀行(BIS)が毎年実施しているアンケート調査によれば、世界の86(先進国28、新興国58)中銀のうち、CBDCに関して調査研究、概念実証などに取り組む中央銀行は全体の9割を超えています。新興国を中心とする各国中銀を追い立てるのが、民間発行のステーブルコインの拡大で、日本では2023年6月にステーブルコインを定義づけた改正資金決済法が施行され、2024年にはEU各国もステーブルコイン法を順次施行する見通しです。信頼度の高い先進国のステーブルコインが自国の市場に入り込み、自国の金融機関の決済の収益機会を奪うことを懸念する声も強まっています。

三菱UFJ信託銀行は暗号資産業者向けに、円や米ドルなど法定通貨に連動するように設計されたデジタル通貨(ステーブルコイン)で国際決済が可能な仕組みをつくるとしています。暗号資産ウォレット開発を手がけるGincoと組み、2024年にも暗号資産業者向けのデジタル通貨を発行、安価で迅速な決済を可能にするとしています。暗号資産交換会社で世界大手の米カンバーランドグローバル、国内同業のビットバンク、メルコインの計3社が利用に向けて発行の検討に加わり、今後国内外で他の暗号資産交換業者の参加を呼びかけることにしています。デジタル通貨を使えば海外の業者と直接取引でき、ほぼリアルタイムで決済が可能となり、送金手数料も引き下げられることになります。デジタル通貨は、三菱UFJ信託銀が2023年10月に分社化したProgmatの開発するインフラ上で発行するとしていますが、プログマには3メガバンクグループなどが出資しています。同インフラでは三菱UFJ銀行や、海外でステーブルコインの発行を進めるバイナンスHDもデジタル通貨の発行を検討しているところです。

その他、暗号資産に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 暗号資産ビットコインの価格が上昇基調を強めています。金融市場全体ではリスク回避の動きが広がっているなか、暗号資産市場ではむしろリスクを取る動きが強まっています。背景には、ビットコイン現物の上場投資信託(ETF)があり、ETFが上場し、取引されるようになれば、現物への需要は当然強くなりますので、ETFの承認を見込んだ思惑買いが入っているとされます(ビットコイン現物のETFを巡っては、米グレイスケール・インベストメンツが申請の非承認を不服としSECを提訴しており、2023年10月23日にSECの敗訴が確定、米裁判所はSECの判断は恣意的として見直しを命じています。さらに、SECはビットコインの現物ETFについて、申請された8~10本を審査していることを明らかにしています)。また、ビットコインの「半減期」も要因の一つとされます。リスク要因として、2014年に大量の暗号資産の流出事件を起こした交換所マウントゴックスについて、現在の予定では2024年に弁済期限を迎えます。大量のビットコインが債権者の手元に戻ることで、換金売りの圧力が強まることが想定されています。「マウントゴックスの弁済はビットコイン相場の最大のリスク要因」との見方が広がっています。中東情勢の緊迫化については、「ビットコインは国家の枠組みにとらわれず、地政学リスクの影響を受けにくい資産として需給が引き締まる構図になっている」との見方が出ています。
  • 暗号資産の一種であるステーブルコインを発行するテザーは、イスラエルとウクライナでの「テロと戦争」に関連しているとして、32の暗号資産ウォレットのアドレスを凍結したと明らかにしています。対象ウォレットの資産は計87万3118ドル相当ということです(イスラエルの警察はSNSでイスラム組織ハマスへの寄付を募るために使われていた暗号資産アカウントを凍結したとしていますが、テザーがアドレスを凍結した時期は不明です)。同社は「暗号資産を資金源としたテロや戦争に対抗」するため、イスラエルのテロ資金対策当局と協力していると説明しています(が、アドレスの所有者や活動内容などの詳細、ウクライナ関連とイスラエル関連のアドレスの割合も不明です)。ウクライナではロシアの軍事侵攻以降、暗号資産が広く使われ、ウクライナ政府は寄付を募って1億ドル超を調達しています。一方、調査会社チェイナリシスは2022年、親ロシア派がウクライナ東部で資金調達に暗号資産を利用していると指摘しています。
  • 米ニューヨーク・マンハッタンの連邦地裁の陪審は、暗号資産交換業大手FTXトレーディングの創業者サム・バンクマン・フリード被告に対し、顧客や出資者に対する詐欺など7つの起訴容疑すべてで有罪を認定しています。量刑は2024年の3月に言い渡される見通しで、終身刑となる可能性があります。バンクマン・フリード被告には、自身が保有する投資会社アラメダ・リサーチの損失補填のためにFTXの顧客資産を流用した疑いや、FTXの出資者を欺いて資金調達をした疑い、資金洗浄の疑いなどがかかっていました。FTXは資金繰りに詰まり、2022年11月に経営破綻しましたが、利用者は世界で約100万人規模とみられ、過去最大級の経済事件となりました。10月3日に始まった公判では被告の元側近らが証言台に立ち、各種の不正を主導したのは被告であると証言、自身も証言台に立った被告は故意性を否定するも、検察から事件の詳しい経緯を問われると「よく覚えていない」と曖昧な回答を繰り返す場面も見られたようです。7つの訴因すべてで有罪が認められたことで、懲役は少なくとも数十年に及び、100年を超す可能性もあります。報道によれば、捜査・起訴を主導したニューヨーク州南部地区連邦地検のダミアン・ウィリアムズは判決後、「暗号資産業界は新しいかもしれないが、この類いの詐欺は昔からあるものだ」と指摘、新しい技術で事件の構図が複雑になろうとも不正摘発を続けると強調しています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

本コラムでたびたび取り上げてきましたが、大阪府市が進める、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致計画の実現について、不透明感が拭えません。実現すれば日本初になるとみられる大阪IRですが、ご存知のとおり、2023年9月末に府市と事業者が締結した実施協定には事業環境が依然整っていないとして、2026年9月まで契約を解除できる権利が事業者側にも付与されています。3年にも及ぶ解除権の設定は、建設予定地となる夢洲の開発環境の厳しさを表しており、同じ夢洲で進む2025年大阪・関西万博の準備の混乱も、困難な状況を強く示唆しているといえます。2023年9月に公表された府市と事業者の実施協定案に記載された「最終的な事業実施判断を行うことができる状況にない」との文言がその厳しさを的確に言い表しています。契約解除の条件となる項目も多岐にわたっており、資金調達、土地開発、観光需要の回復状況などの条件がそろわなければ、事業者側は2026年9月までの間、協定を解除することができることになっています。夢洲で開催予定の大阪・関西万博の準備をめぐる混乱が続いていることから、大阪IRでも同様の混乱が起こるのではないかとの懸念が拭えない状況にあります。背景にある、資材価格の高騰や、万博の会場工事のボトルネックとなっている夢洲に向かう輸送経路の少なさなどの問題は、万博閉幕後も解消されるめどは立っていないことが挙げられます。さらに実施協定において、大阪IRは2023年秋にも液状化対策工事を始め、2024年夏には準備工事も開始するという内容がありますが、万博は工事が遅れ、2025年4月の開幕に向けて現場が著しい混乱に見舞われる事態が懸念されており、そこに大阪IRの工事が重なることになり、大阪IRの実現の見通しは、いまだ不透明だといえます。さらに、国からも注文がついている地域の理解を得ることについても状況は改善されていません。カジノに反対する府民らが反対集会を開き、ギャンブル依存症などカジノの問題点について改めて指摘、反対運動を続けていく方針を確認しています。国が2023年4月にIRの整備計画を認定した際に付された「七つの条件」に地域住民との「双方向の対話の場」の設置が含まれていることを踏まえ、吉村洋文知事や横山英幸・大阪市長をはじめ、国や府市の担当者らに集会への参加を求め、「公聴会」として開催したい考えだったといいますが、出席が得られなかったといい、報道によれば、出席者の一人は「一方的な説明会だけ開いても意味がない。『双方向の対話』とは賛成する側の意見、反対する側の意見を聞くことではないか。このままでは市民・府民は納得できない」と訴えています。また、大阪府・市でつくる大阪港湾局は、大阪IR用地の不動産鑑定に関する情報公開請求を受けた後、担当職員が対象メールを廃棄し「不存在」と回答していた問題で、新たにメール7通の存在を確認したと発表しています。これまでに198通が見つかっていたが、追加調査で判明、市は、担当職員ら4人を懲戒処分としています。報道によれば、2022年9~11月、IR用地の不動産鑑定に関するメールなどの情報公開請求があり、担当職員はこの間、対象メールの大半を局内の外付けハードディスクに保存した上で、請求後の11月にネットワークサーバーから削除、請求時に残っている公文書は公開対象となりますが、職員はメールの保存期間(1年未満)が過ぎていると判断して「不存在」と回答、上司も十分確認せずに市議会で「メールは残っていない」と答弁していたものです。

前回の本コラム(暴排トピックス2023年10月号)でも取り上げましたが、インターネットを通じてスロットやバカラなどの賭博をするオンラインカジノの決済を代行したとして、警視庁など警察当局は常習賭博幇助の容疑で、決済代行サービスを運営していた2人を逮捕、5人を書類送検し、客21人も単純賭博容疑で書類送検しています。繰り返しとなりますが、日本では公営ギャンブル以外の賭博は刑法で禁じられており、海外のオンラインカジノでも日本からアクセスして賭ければ違法となります。一方、胴元であるカジノ運営元が、賭博を合法としている国や地域に拠点を置く場合、日本の法律は及ばず、運営元から日本警察が客の情報を得るのは困難で、捜査は難しいとされます。この摘発が画期的なところは、決済代行業者を「賭博させる側」ではなく、「賭博する側」の客の幇助犯と捉えた点にあります。日本の捜査が及ばないオンラインカジノ運営元との共犯性の立証に煩わされない「突破ルート」を見いだした意義があり、同種捜査の先例となることを期待したいと思います。世界のオンカジ業者の目が日本に向いたのは6~7年前とされ、中国が規制を強めたことが背景にあるようです。英語圏の誘客が一巡し、規制が緩く消費力の高い日本が狙われ、日本語サイトが次々立ち上がり、接続が容易になったことに加え、コロナ禍がその状況に拍車をかけることになりました。在宅時間が増え、日本国内のスマホからのアクセスは急増、手元のスマホで24時間遊べ、依存症に陥るのも極めて早いのが特徴です。カジノ専門研究機関である国際カジノ研究所の調査では、この3年間、オンラインカジノを「合法」「グレー」と誤認する人は常に半数を超えており、状況の改善が急務だったところ、岸田首相が「違法」と明言したことで今後の動向が注目されます。IRを巡る法律が施行され、リアルのカジノには規制がかけられた一方で、オンラインカジノについては規制が十分ではありません。報道で国際カジノ研究所の木曽所長は「外貨獲得へ、日本などからの賭け受け付けを政策的に推進する国もある。日本はオンカジの狩り場にされている。政府が断固とした対策を講じなければ解決しない」と指摘していますが、正にその通りだと思います。オンラインカジノについては、違法性の認識が薄く、ネットには「海外サイトなら適法」「グレー」などのデマが溢れ、野放し状態にあり、若者への大麻の蔓延の状況に似ているともいえます。その結果、オンラインカジノの利用者や大麻の常習者を増やし、依存症を増加させている構図にあります。警察をはじめ政府はこのことを認識し、しつこく発信を続けていくべきだといえます。

直近で、アルコール依存症に関する世論調査の結果(概略版)が公表されています。例えば、アルコール依存症のイメージについて、「本人の意志が弱いだけであり、性格的な問題である」との回答が3分の1に及んでいるなど、十分な理解が国民の間で得られていない状況が確認できます。

▼内閣府 「アルコール依存症に対する意識に関する世論調査」概略版
  • アルコール依存症またはアルコール依存症者について、あなたは、どのようなイメージを持っていますか。(○はいくつでも)(上位4項目)
    • 誰でもなりうる病気である 54.2%
    • 酒に酔って暴言を吐き、暴力を振るう 51.7%
    • 昼間から仕事にも行かず、酒を飲んでいる 46.7%
    • 本人の意志が弱いだけであり、性格的な問題である 34.7%
  • 飲酒とアルコール依存症との関係について、あなたが知っていることは何ですか。(○はいくつでも)(上位6項目)
    • アルコール依存症は飲酒をコントロールすることができない精神疾患である 76.5%
    • 一度アルコール依存症になると非常に治りにくい 62.2%
    • 飲酒をしていれば、誰もがアルコール依存症になる可能性がある 44.9%
    • アルコール依存症はゆっくり進行していくため、飲酒をしていても、依存が作られている途中では自分では気付かない 36.8%
    • お酒に強くなくてもアルコール依存症になることがある 33.5%
    • 断酒を続けることにより、アルコール依存症から回復する 29.8%
  • あなたやあなたの家族にアルコール依存症が疑われる場合に、相談できる場所として知っているのはどのような所ですか。(○はいくつでも)(上位3項目)
    • 病院や診療所などの医療機関 77.1%
    • 精神保健福祉センターや保健所などの公的機関 29.3%
    • 断酒会などの依存症の当事者やその家族の組織などの自助グループ 20.7%
    • 特にない 15.5%
  • お住まいの地域で、相談できる場所として具体的に知っている場所にはどのような所がありますか。(○はいくつでも)(上位2項目)
    • 病院や診療所などの医療機関 64.6%
    • 精神保健福祉センターや保健所などの公的機関 24.0%
    • 知っている場所はない 27.7%
  • あなたやあなたの家族にアルコール依存症が疑われる場合、相談窓口を知っていれば、相談しますか。(○は1つ)
    • する 87.3%
    • しない 11.7%
  • 相談しない理由は何ですか。(○はいくつでも)(上位2項目)
    • 相談する必要を感じないから 30.2%
    • どのような対応をしてもらえるか不安だから 29.6%
    • その他 21.8%
    • 特にない 11.2%

2023年10月10日付の毎日新聞の記事「痴漢、盗撮などの依存症「仕事熱心な男性が危ない」専門家が警鐘」は、大変興味深いものでした。報道で依存症の治療に20年以上携わってきた精神保健福祉士の斉藤氏が「真面目で仕事熱心、特に大卒の既婚男性が危ない」と警鐘を鳴らし、「依存症は男らしさ、女らしさの病」だと指摘しています。例えば、「休日出勤や残業によって無理に会社の期待に応えようとする人たちが、仕事の付き合いの延長で、もしくは仕事のつらさをまひさせるために『お酒の沼』にはまっていくのが典型例」であり、「長年の臨床経験から、男尊女卑の社会構造が依存症に関係しているとの確信を持った」という点は大変興味深いものといえます。いわく、「夫婦は本来対等であるべきなのに、競争に勝つことが全てだと思う男性は家庭内でも上下関係をつくりたがり、妻を支配下に置こうとするんです」、「性犯罪加害者の治療に関わっていくと、痴漢や盗撮にはまる男性たちにもワーカホリックの傾向や「勝ち」にこだわる性質があると感じる」、「ある痴漢常習者は「今週も仕事を頑張ったから、痴漢をやっても許される」といった、ゆがんだ認識で電車内の女性に痴漢行為を繰り返していた。また、盗撮の常習者は学生時代に同級生のスカート内を盗撮して男子に英雄視された経験があり、その時満たされた承認欲求がその後も彼を盗撮に駆り立てたという。一方の女性はというと、30歳以上では、万引きをする理由の中で最も多いのが「節約」らしい。ある40代の女性は、夫から支出を抑えるよう厳しく言われ、スーパーで常習的に万引きするようになった。また、別の女性は家事、育児、介護に従事する中でストレスや対人関係に耐えかね、アルコール依存症に陥った」といった事例が挙げられています。したがって、「男性は常に誰が上か下かを意識し合いますが、フラットな場にいる心地よさをまず知るべきです。具体的には、仕事を離れた趣味の世界を持ったり、自分を大きく見せることをやめたりすることが、依存症社会を変える一歩となる」と指摘しており、考えさせられます。

③犯罪統計資料

例月同様、令和5年1~9月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和5年1~9月分)

令和5年(2023年)1~9月の刑法犯総数について、認知件数は517,441件(前年同期434,225件、前年同期比+19.2%)、検挙件数は190,176件(179,956件、+5.7%)、検挙率は36.8%(41.4%、▲4.6P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。最近は、検挙件数が前年を下回る傾向にあったものの、ここにきて増加に転じています。その理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は356,146件(294,382件、+21.0%)、検挙件数は110,553件(107,285件、+3.0%)、検挙率は31.0%(36.4%、▲5.4P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は68,725件(62,240件、+10.4%)、検挙件数は45,396件(43,075件、+5.4%)、検挙率は66.1%(69.2%、▲3.1P)と、最近減少していた認知件数が増加に転じています。また凶悪犯の認知件数は4,103件(3,268件、+25.6%)、検挙件数は3,311件(2,777件、+19.2%)、検挙率は80.7%(85.0%、▲4.3P)、粗暴犯の認知件数は43,779件(38,724件、+13.1%)、検挙件数は34,709件(31,538件、+10.1%)、検挙率は79.3%(81.4%、▲2.1P)、知能犯の認知件数は35,772件(28,320件、+26.4%)、検挙件数は13,706件(12,978件、+5.6%)、検挙率は38.3%(45.8%、▲7.5P))、とりわけ詐欺の認知件数は32,926件(25,917件、+27.0%)、検挙件数は11,703件(11,066件、+5.8%)、検挙率は35.5%(42.7%、▲7.2P)などとなっています。なお、ほとんどの犯罪類型で認知件数・検挙件数が増加する一方、検挙率の低下が認められている点が懸念されます。また、(特殊詐欺の項でも取り上げている通り)コロナ禍において大きく増加した詐欺は、アフターコロナの現時点においても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺なども大きく増加傾向にあります。

また、特別法犯総数については、検挙件数は50,483件(48,493件、+4.1%)、検挙人員は41,249人(39,753人、+3.8%)と2022年は検挙件数・検挙人員ともに減少傾向が続いていたところ、2023年に入って以降、ともに増加に転じ、その傾向が続いている点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は4,276件(2,915件、+65.4%)、検挙人員は2,991人(2,168人、+38.0%)、軽犯罪法違反の検挙件数は5,562件(5,646件、▲1.5%)、検挙人員は5,494人(5,602人、▲1.9%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は7,600件(6,925件、+9.7%)、検挙人員は5,794人(5,258人、+10.2%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は902件(739件、+22.1%)、検挙人員は738人(587人、+25.7%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,368件(2,254件、+5.1%)、検挙人員は1,874人(1,878人、▲0.2%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は342件(377件、▲9.3%)、検挙人員は103人(125人、▲17.6%)、不正競争防止法違反の検挙件数は40件(42件、▲4.8%)、検挙人員は48人(53人、▲9.4%)、銃刀法違反の検挙件数は3,588件(3,676件、▲2.4%)、検挙人員は3,015人(3,248人、▲7.2%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、入管法違反、軽犯罪法違反、迷惑防止条例違反やストーカー規制法違等が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は922件(716件、+28.8%)、検挙人員は552人(423人、+30.5%)、大麻取締法違反の検挙件数は5,268件(4,517件、+16.6%)、検挙人員は4,316人(3,566人、+21.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は5,563件(6,253件、▲11.0%)、検挙人員は3,881人(4,292人、▲9.6%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、2023年7月にはじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超え、その傾向が続いている点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続しており、その原因については少し気掛かりです(覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところです)。なお、麻薬等取締法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について、総数467人(404人、+15.6%)、ベトナム148人(115人、+28.7%)、中国57人(67人、▲14.9%)、ブラジル29人(30人、▲3.3%)、スリランカ24人(30人、▲20.0%)、韓国・朝鮮21人(15人、+40.0%)、フィリピン20人(14人、+42.9%)、インド13人(9人、+44.4%)などとなっています。別の項でも取り上げたとおり、ベトナム人の犯罪が中国人を大きく上回っている点が最近の特徴です。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数は6,461件(7,792件、▲17.1%)、検挙人数は4,129人(4,349人、▲5.1%)と、刑法犯と異なる傾向にありますが、最近、検挙件数・検挙人員ともに継続して増加傾向にあったところ、2023年6月から再び減少に転じた点が注目されます。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じていたことなど、アフターコロナにおける今後の動向に注意する必要があります。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は414件(457件、▲9.4%)、検挙人員は382人(442人、▲13.6%)、傷害の検挙件数は700件(767件、▲8.7%)、検挙人員は795人(837人、▲5.0%)、脅迫の検挙件数は234件(275件、▲2.4%)、検挙人員は217人(263人、▲17.5%)、恐喝の検挙件数は249件(255件、▲2.4%)、検挙人員は320人(314人、+1.9%)、窃盗の検挙件数は2,803件(3,657件、▲23.4%)、検挙人員は568人(593人、▲4.2%)、詐欺の検挙件数は1,128件(1,293件、▲12.8%)、検挙人員は923人(981人、▲5.9%)、賭博の検挙件数は18件(40件、▲55.0%)、検挙人員は67人(102人、▲34.3%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、増加傾向に転じて以降、高止まりしていましたが、2023年7月から減少に転じ、その傾向が続いている点が特筆されます。とはいえ、依然として高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測される(ただし、詐欺は暴力団の世界では御法度となっているはずです)ことから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は3,375件(4,115件、▲18.0%)、検挙人員は2,336人(2,783人、▲16.1%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります(さらに減少幅も大きい点が特筆されます)。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は16件(15件、+6.7%)、検挙人員は13人(21人、▲38.1%)、軽犯罪法違反の検挙件数は49件(53件、▲7.5%)、検挙人員は39人(49人、▲20.4%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は48件(73件、▲34.2%)、検挙人員は47人(64人、▲26.6%)、暴力団不当行為防止法違反の検挙件数は6件(3件、+100.0%)、検挙人員は4人(3人、+33.3%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は14件(17件、▲17.6%)、検挙人員は29人(36人、▲17.6%)、19.4%)、銃刀法違反の検挙件数は67件(74件、▲9.5%)、検挙人員は46人(45人、+2.2%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は148件(137件、+8.0%)、検挙人員は69人(54人、+27.8%)、大麻取締法違反の検挙件数は701件(738件、▲5.0%)、検挙人員は463人(425人、+8.9%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,917件(2,431件、▲21.1%)、検挙人員は1,289人(1,614人、▲20.1%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は78件(105件、▲25.7%)、検挙人員は37人(59人、▲37.3%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯について、2023年に入って増減の動きが激しくなっていること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していることなどが特徴的だといえます(覚せい剤については、前述のとおりです)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

国連安全保障理事会は、北朝鮮制裁委員会の下で制裁違反を調べる専門家パネルがまとめた中間報告書を公表しています。北朝鮮ハッカーが2022年に盗んだ暗号資産は過去最高の推定約17億ドル(約2550億円)に上った(さらに、6割超に当たる推定11億ドルはネットワークをハッキングして窃取した)と指摘、報告書は暗号資産の調査会社「チェイナリシス」のデータを引用、北朝鮮ハッカーによる被害額は2021年の4億ドル余りから、2022年には約17億ドルに急増したとし、同社は「ほとんどの専門家は窃取した資金を核兵器開発に充てたとみている」と説明しています。また、北朝鮮の弾道ミサイル開発では、2023年4月の固体燃料エンジン搭載型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星18」の発射実験で戦略兵器の能力が高まり、「転換期を迎えた可能性がある」と警戒感を示しています。専門家パネルは米国が提供した2022年11月の鉄道の衛星画像を基に、ロシアが北朝鮮から弾薬などを調達したとの情報も調べたと報告、ロシア側は鉄道の画像について「広範な証拠とは言えない」と述べ、北朝鮮との輸出入では安保理決議を順守しており「違反はなかった」と回答したというものの、専門家パネルは他の証拠を得られず「鉄道が弾薬の運搬に使われたかどうか確認できなかった」と結論付けています。なお、武器取引ではスロバキア国籍の関係者が2022年末~2023年初めに仲介、北朝鮮がロシアに対し、20種類以上の兵器と弾薬を提供する代わりに、北朝鮮がロシアから民間航空機や日用品などを輸入したと指摘しています。また、取引を巡って、露民間軍事会社「ワグネル」が関与したとの米国の指摘も盛り込んでいます(これについて、ロシアは「根拠のない主張だ」と反論、スロバキアからは返答なしとのことです)。また、海上で燃料を密輸する「瀬取り」などで使う違法な船舶を北朝鮮が新たに14隻取得し、「制裁回避の手段が多様化している」と指摘しています。

2023年9月、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記がロシア極東を訪問、プーチン大統領と会談するなどし、ロシア側と連帯を示す動きを見せました。ロシアのペスコフ大統領府報道官は、双方の軍事協力を含め、露朝間で調印された協定は無かったと述べていますが、何らかの合意が無かったとは考え難く、密約の類は存在したと考えるのが妥当かと思われます。そもそも、プーチンとの会談先がボストーチヌイ宇宙基地であった点が意味ありげで、北朝鮮は、2023年5月と8月の二度にわたり軍事偵察衛星の打ち上げに失敗しています。人工衛星の発射技術や、人工衛星そのものに関する技術の提供が、ロシアから北朝鮮に行なわれることが決まった可能性は考えられます。他にも、ロシアから北朝鮮への食糧支援、エネルギー支援、軍事技術支援が決定した可能性も考えられ、とりわけ、原子力・核技術分野での技術支援に合意していた場合、日本の安全保障にとり重大な脅威となりうる可能性が高いといえます。一方、北朝鮮側はロシアに砲弾と労働力を提供することにしたと考えるのが妥当と思われます。北朝鮮からの砲弾類がウクライナにいるロシア軍にもたらされれば、指摘される砲弾不足は一定程度解消されることになるうえ、ウクライナ国内の報道によれば、プーチン氏は金総書記に対し、ウクライナ東部のロシア占領地域に北朝鮮労働者の派遣を要請したとの見方も存在、安価な北朝鮮の労働力はロシアにとり好都合であり、この可能性も高いのではないかと考えます。

北朝鮮は2023年10月に打ち上げるとしていた「軍事偵察衛星」を期日までには発射しませんでした。韓国紙・東亜日報は、米韓当局の情報として、エンジンの燃焼試験が最近まで行われていたとし、5月と8月の発射に失敗した際の技術的問題が解消していない可能性があると伝えています。韓国統一省の報道官は、北朝鮮で発射に関連した動向は確認されていないと説明しています。北朝鮮はこれまで、「人工衛星」発射の際には日本や関係機関に事前通告するなどしていますが、10月には通告がなく、発射を見送る判断をしたと考えられます。前述したとおり、協力関係を深めるロシアから宇宙開発技術の提供を受けた上で、再発射に臨む可能性が高まっているといえます。一方、こうした見方に懐疑的な意見もあり、ロシア経済は順調で石油市場の高騰で外貨も不足しておらず、ロシアはいつでも現金で弾薬の費用を支払えるとしています。また、ロシアにとって唯一魅力的なのは北朝鮮の労働力で、過去、最大7万人の北朝鮮労働者がロシアで雇用され、水産業や木材業、建設業などに従事しました。ロシア経済は深刻な労働力不足に苦しんでおり、北朝鮮労働者は組合を作らないし、安価な賃金で一生懸命働くという点で魅力的に映ると考えられるとしています。一方、韓国の情報機関、国家情報院(国情院)は、北朝鮮が予告している3回目の軍事偵察衛星の打ち上げについて「(準備は)詰めの段階にある」と国会に報告しています。国情院は、北朝鮮がロシアから技術的な助言を受けたとして、「成功の確率は高まっている」と指摘しています。ロケットのエンジンや発射装置の点検を最近行ったものとみられています。また、国情院は韓国を狙ったサイバー攻撃のうち、8割が中国と北朝鮮によるものだと明らかにしています。ITや金融など民間を対象にしたものが急増している状況にあります。

米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は、北朝鮮が9月から10月にかけてロシアに武器を供給しており、見返りにロシアが北朝鮮に軍事支援を開始した可能性もあるとの分析を示しています。2022年2月のロシアによるウクライナ侵略開始以降、北朝鮮によるロシアへの大規模な軍事支援が確認されたのは初めてで、バイデン米政権は国連安全保障理事会決議違反と非難、新たな制裁も検討するとしています。侵略長期化で弾薬不足に悩むロシアと、核・ミサイル開発で先端技術を求める北朝鮮の軍事関係の強化は、中露の接近とともに米国と同盟諸国の新たな難題となっています。米当局が衛星画像などを分析し、コンテナ1000個分以上の弾薬や軍装備品がすでに運ばれたことを確認、一方、米当局は、北朝鮮がロシアに戦闘機、地対空ミサイル、装甲車、弾道ミサイルの生産設備、先端技術の提供を求めていると分析、ロシアの船舶が北朝鮮国内に積み荷を降ろしたことも確認しており、ロシアによる軍事物資の輸送が始まった可能性もあるとしています。北朝鮮は2022年以降、民間軍事会社ワグネルに砲弾を提供しています。上川陽子外相は、米国のブリンケン国務長官、韓国の朴振外相と連名で、北朝鮮からロシアへの軍事装備品と弾薬の提供を「強く非難する」とした日米韓外相声明を発表しています。提供がロシアのウクライナ侵攻に伴う人権侵害を「著しく増大させることになる」と指摘、「ロシアの試みを明るみに出すため、引き続き国際社会とともに取り組む」と訴えています。声明では、北朝鮮がロシアへの支援の見返りとして「自らの軍事能力を向上させるための軍事支援を追求している」とも分析、北朝鮮からロシアへの武器移転や、弾道ミサイルなどに関連する北朝鮮への技術移転は、複数の国連安全保障理事会決議に違反すると指摘し、こうした技術移転が「朝鮮半島及び世界中の平和と安定を脅かす」と主張、その上で、露朝両国が安保理決議を守るよう求めています。なお、こうした動きに対し、ロシア大統領府のペスコフ報道官は26日、北朝鮮とあらゆる分野で緊密な関係を構築していくと表明しています。さらに、朝鮮の崔善姫外相は、「朝露の親善・協力関係を著しく歪曲した文書だ」と反発する談話を発表しています。崔氏は談話で、国際法の原則に基づけば「いかなる国家も他国の内外問題に干渉する権利はない」とし、「朝露関係への無根拠な非難は、国際法の侵害だ」と主張、さらに、朝露関係を「平等と主権尊重に基づく互恵的な親善・協力関係だ」と強調、「誰が何と言おうと2国間関係を全面的に拡大し、発展させることで、安定的で未来志向的な新時代の朝露関係を構築しようとするのが、我々の確固たる意志であり、立場だ」と訴えています。

韓国軍関係者は、北朝鮮がウクライナ侵略を続けるロシアに、短距離弾道ミサイルや対空ミサイルなどを供与した可能性があると明らかにしています。9月の露朝首脳会談に基づき、軍事協力が活発化していることが考えられます。韓国軍によると、これまでに約2000個のコンテナが北朝鮮北部の羅津港から露極東に運ばれたといい、露朝の兵器で互換性がある152ミリ砲弾であれば100万発以上、122ミリ砲弾であれば20万発以上に相当するといい、短距離弾道ミサイル、携帯式の対戦車や対空ミサイル、迫撃砲、機関銃も供与された可能性があるといいます。露朝を往復する船舶は、8~9月は1週間に1隻ほどだったところ、最近は数日ごとに3~4隻が確認されているといい、韓国軍関係者は、北朝鮮が得られる見返りとして、核関連技術の移転や、人工衛星開発の支援、ウクライナ侵略で確保した米欧製兵器の提供、食糧や原油の支援が考えられると指摘しています。さらに、「今後、北朝鮮への軍事技術の移転や合同訓練実施に向けた議論が行われるのではないか」と述べています。韓国の情報機関・国家情報院が行った国会報告によると、北朝鮮は軍需工場を最大限に稼働し、弾薬の生産能力を増強しており、ロシアから戦闘機や旅客機の供与を受けるため、整備技術を学ぶ対象者を選定しているということです。関連して、英国防省も、北朝鮮の弾薬がロシア西部に到着したのはほぼ確実だとする分析を発表しています。「規模とペースを維持すれば、北朝鮮はイランやベラルーシと並んで最も重要な武器供給国の一つになる」と指摘しています。分析では、これらの弾薬供与が露軍のウクライナ侵略を支えているとし、露高官の最近の訪朝における「主要議題の一つであった可能性が高い」としています。

北朝鮮はスペイン、香港、アフリカなど12の大使館を閉鎖すると報じられています。韓国統一省は、国際的な制裁の影響で財政難に陥っているとの見方を示しています。報道によれば、北朝鮮は159カ国と正式な外交関係を結び、53の在外公館を持っています。北朝鮮国営朝鮮中央通信(KCNA)は2023年10月30日、アフリカのアンゴラとウガンダの駐在大使が、両国首脳陣にお別れのあいさつをしたと伝えています。両国の現地メディアは、北朝鮮大使館が閉鎖されたと報じています。これらの背景にあるのは、国際的な制裁、国際社会での孤立、経済状況の悪化などがあると考えられます。大使館の閉鎖は「北朝鮮にとり過去数十年で最大の外交政策の刷新の一つ」になる可能性があり、北朝鮮の外交業務や同国での人道活動、不正な収入を得る能力にも影響を与えるとも見られています。韓国統一省はこうした最近の動きについて「国際社会の対北朝鮮制裁の強化によって公館を通じた外貨稼ぎに支障を来し、公館の維持が難しくなっている」と推測しています。北朝鮮の一部の外交官は外交上の特権を利用し、たばこの密輸などの不法行為で外貨を稼いで大使館を運営したという証言があるほか、アフリカなどの発展途上国では医療人材の派遣や武器の輸出、銅像の制作などで資金を稼いだ事例が確認されています。国連は2016~17年の安全保障理事会決議により、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮に制裁を科しており、これを機に北朝鮮の労働者や企業を追放した国もあり、韓国統一省は「伝統的な友好国と最小限の外交関係を維持するのも困難な北朝鮮の厳しい経済事情を示している」と強調しています。一方、これまではアジアやアフリカの非同盟国家の支持が国際舞台で必要としてところ、今は中国とロシアの二大国とさえ手を握れば、生存できると考えているという見方もあります

韓国の情報機関・国家情報院(国情院)は、国会情報委員会に対し、北朝鮮の金総書記が、イスラエルと戦闘を続けるイスラム主義組織ハマス側を「包括的に支援する方策」を講じるよう、指示したとの見方を示しています。また、国情院は、北朝鮮がハマス側にロケット砲弾を輸出した前例があることから、「武装集団に武器を売る可能性がある」と分析しています。これに先立ち、韓国軍合同参謀本部は、北朝鮮がイスラエルに大規模攻撃を加えたイスラム組織ハマスと武器取引や戦術訓練などで直接、間接的に連携しているとの見方を示しています。「韓国に対する奇襲攻撃にハマスの方法を活用する可能性がある」と強調、具体的な証拠は明示せず、軍の分析結果としています。韓国軍は、ハマスが使ったロケット弾発射機や現地で発見された砲弾は北朝鮮製だと指摘、戦術面では、ハマスによる未明の大規模なロケット弾攻撃や無人機による通信・監視設備の破壊などを挙げ、「北朝鮮が訓練を支援した可能性もある」としています。一方、北朝鮮は、イスラム組織ハマスがイスラエルに対する攻撃で北朝鮮製兵器を使用したとの報道を否定し、こうした報道を通じて米国は中東紛争に対する自国の責任を第三国に転嫁しようとしていると批判しています。「米国の誤った覇権主義的政策によって引き起こされた中東危機の責任を第三国に転嫁し、国際批判をかわす試みにほかならない」としています。

北朝鮮が2022年、ドイツのメルセデス・ベンツ社の最高級車を儀典用として購入し、国内に最近搬入したとの情報を韓国政府が把握しています。国連安全保障理事会決議に違反する事案として、搬入経路など情報収集を進めているといいます。北朝鮮が最近搬入したのはベンツの最高級車、マイバッハシリーズで、金正恩朝鮮労働党総書記の専用車とみられています。これまでに確認された正恩氏の儀典用車両はベンツのマイバッハ62や防弾仕様のS600プルマン・ガードなど、数千万円あるいは1億円超相当とされる超高級車でしだが、購入から10~15年がたち、老朽化していたものです。韓国統一省は、金一家の高級品購入額は年数千万~数億円に上るとの分析を発表、金一家が公開活動で高級ブランドの衣類や時計、バッグなどをメディアに露出していることについて、統一省は「一般住民の視線を意識せず誇示」していると非難、軍事分野で特別な成果を上げた幹部たちに高級車を与えたり、重要行事でスイス製時計を支給したりする「贈り物政治」の一環として高級品が消費されているとの見方を示しています。2006年10月の北朝鮮の核実験実施などを受け、国連安保理決議はぜいたく品の北朝鮮への供給を禁止しています。北朝鮮は、新型コロナウイルス禍で一時、国境封鎖していましたが、2022年に中朝貿易を再開しており、再び密輸を活発化させているとみられています。韓国統一省はぜいたく品の調達について、中国やロシア、欧州駐在の北朝鮮外交官や商社関係者らが担っていると指摘、到着地を偽りさまざまなルートを経由して運搬し、中国や北朝鮮の境界付近に集めて陸・空・海路で密輸していると分析しています。

こうした最近の北朝鮮を巡る動向について、2023年10月25日付の朝日新聞の記事「ジレンマ抱える金正恩氏 北朝鮮分析40年超の識者が見た「謎の国」」による分析は興味深いものでした。例えば、「「安心」の最大の材料は、穀物生産が順調なことです。北朝鮮の報道機関は10月12日、全国の稲の刈り入れが例年より1週間以上早く完了し、その作況も概して良好と報じました。大麦、小麦、トウモロコシなどの作況も良好と報じられています。北朝鮮では今年の初めに、経済分野で12の重要目標を設定したのですが、「穀物生産」をその筆頭に位置づけ、国を挙げて増産に向けた取り組みを進めてきました。その先頭で旗を振ってきた金正恩氏にとって、こうした知らせは何よりの朗報だと思います」、「多数の餓死者が出ている」との説もありますが、少しオーバーすぎるのではないかとみています。金正恩氏の農業重視政策は、2021年末に開かれた朝鮮労働党中央委員会総会で、長期的、大局的な課題として提唱されました。今年の取り組みもその延長線上で、灌漑施設の整備を最重点にあげるなどしていて、緊急対応的な色合いは薄いです。確かに韓国の国情院は8月、国会で「1~7月に発生した餓死は約240件、直近5年間の平均(約110件)の2倍以上に増えた」との報告をしたようです。仮にこれが事実だとしても、1990年代中盤、多くの餓死者を出した北朝鮮にあっては、基本的な政策や社会全般に影響するほどの問題ではないと思われます」、「まさに訪ロの成果が金正恩の「安心」のもうひとつの理由です。今回の訪ロは、国内外に向けた宣伝効果があったと金正恩氏は感じているのではないかと思います。対外面では米国などがロ朝の関係緊密化の動きに強い警戒や反発を示しています。北朝鮮はこれを、米国が「弱点」をさらしたものとみなし、外交的なテコとして活用する構えをみせています。また国内では、そうした国際的な反響をとらえ、「世界政治の地形において根本的な変化」を起こしたなどと宣伝し、金正恩氏の権威を高揚させる材料としています」。「金正恩氏自身が主導して、軍事力の整備や住宅建設といった目に見える政策を優先するなど、資源の配分が偏っていることがあげられると思います。限定的な国産資源だけで経済を完結させるという狙い自体が、科学的、技術的に無理、あるいはかなり困難なものなのかもしれません。生産現場は、当面の計画の遂行だけできゅうきゅうとしているのが実情です」、「金正恩氏が固執する核開発路線が本当に妥当なのか、それが制裁を招き、国の発展の足かせとなっているのではないか、といった疑念や懐疑を完全に払拭できていないと思われます。そうした状況下では、ともするとミサイル発射など軍事力整備の動きが、金正恩氏の権威高揚ではなく、むしろ逆に弱体化することにつながりかねません。一方で、金正恩氏が経済活性化の鍵とみなす大衆の勤労意欲を引き出すためには、国威発揚に裏付けられた愛国心や忠誠を訴えるしかない。まさに痛しかゆしの状態で、ジレンマに陥っているように思われます」といったもので、金総書記の置かれた立場を考えるうえで、大変参考になります。

その他、最近の北朝鮮を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 中国税関総署が発表した統計によると2023年9月の中国の対北朝鮮輸出は前月比15.9%増の1億8870万ドルと、8月の4.1%増から伸びが加速する結果となりました。主な輸出品はかつらの材料になる毛髪・ウール加工品のほか、クリーム、小麦粉、大豆油、グラニュー糖、米などで、1~9月の中国の対北朝鮮輸出は前年同期比179.8%増の14億ドル、中国国営中央テレビは9月25日、北朝鮮が外国人の入国を許可したと報道、入国後2日間隔離すると伝えています。ただ中国外務省の報道官は9月26日、北朝鮮の国境再開について外交ルートを通じた通知は来ていないと述べています。
  • 中国外務省報道官は、国内に「いわゆる脱北者」はいないと述べています。脱北者を北朝鮮に送還したという一部報道に関する質問に答えたもので、汪文斌報道官は、経済的な理由で中国に不法に入国した北朝鮮の人々については、常に法律に従って対処してきたと説明、「中国は常に責任ある態度を維持し、国内法と国際法、人道主義の原則に従って適切に対処してきた」と述べています。韓国の聯合ニュースはその前日、中国が約600人の脱北者を北朝鮮に送還したと伝えています。韓国政府はこれまで繰り返し、強制送還をしないよう中国に求めています。
  • 米司法省は、北朝鮮のIT技術者が企業への詐欺行為と制裁回避、兵器開発への外貨稼ぎに使用した疑いがあるとして、17のウェブサイトドメインを差し押さえたと発表しています。司法省によると、差し押さえはミズーリ州の裁判所命令に基づき行われました。米国は、北朝鮮が中国やロシアを中心とした世界中にフリーランスのIT技術者を送り込み、米国や企業をだまして大量破壊兵器や弾道ミサイル計画の資金を調達しようとしているとみています。同省は声明で、北朝鮮が「悪意のあるIT技術者を世界市場にあふれさせ、間接的に弾道ミサイル計画のための資金を得ようとしている」と雇用主に警告しています。米国と韓国は2023年5月、身分を偽って求人に応募した北朝鮮のIT技術者数千人を制裁対象にしたと発表しています。米政府によると、技術者らは北朝鮮政府の兵器計画のため資金を提供したということです。米国務省はこれまで、北朝鮮のIT技術者を雇用すれば知的財産が窃取される恐れがあると警告しています。

最後に北朝鮮の弾道ミサイル発射リスクに対する日本の対応についても触れておきます。政府は、北朝鮮が2023年8月24日に発射した新型衛星運搬ロケットを巡り、上空を通過したとのJアラート(全国瞬時警報システム)が発令された沖縄県の住民を対象とした意識・行動調査の結果を公表、発射を知った後に「実際に避難した」との回答は15.6%、「不必要と考え、避難しなかった」は48.1%という結果となりました。報道によれば、内閣官房の担当者は「SNSなどを活用して、避難の在り方に関して周知に取り組む」としています。避難しなかった理由を複数回答で選んでもらったところ「避難しても意味がないと思った」が35.0%で最も多く、「どこに避難すればよいかわからなかった」28.0%、「どうしたらよいかわからなかった」20.1%と続きました。SNSによる周知ももちろん重要ですが、それ以前に、もっと身近なところに避難できる場所が存在すること、存在することを周知することが重要となるはずです。現状、北朝鮮の弾道ミサイル発射へのリスク対応は相当問題が大きいといえます。一方、東京都や練馬区などが合同で弾道ミサイルの飛来を想定した住民避難訓練を2023年11月6日に実施すると発表しています。爆風などからの直接の被害を軽減する「緊急一時避難施設」を活用、住民に屋内や屋外での状況に応じた避難行動を実際に経験してもらい、危機管理意識の向上をめざすとしています。都や国などが共同でミサイルの飛来を想定した住民の避難訓練を都内で実施するのは2018年の文京区以来2回目で、小池百合子都知事は「北朝鮮が度々ミサイルを発射している。万が一に備えて正しい行動をとれるように訓練する」と説明しています。都内で緊急一時避難施設を活用した訓練は初めてだといいます。訓練は都と練馬区、内閣官房、総務省消防庁が合同で同6日午前10時15分ごろから約10分間実施、ミサイルが発射されJアラートが発出されたと想定、緊急一時避難施設である都営地下鉄練馬駅への避難などを促すこととしています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(沖縄県)

本コラムでもここのところ連続して取り上げていますが、沖縄県内の風俗店や飲食店の一部が、用心棒代やみかじめ料の名目で暴力団に資金提供していたとされる問題で、沖縄県警特別合同捜査本部は、旭琉会二代目功揚一家構成員を、用心棒代などの名目で現金4万円を受け取ったとして、沖縄県暴排条例違反容疑で逮捕しています。

▼沖縄県暴力団排除条例

同条例第19条(特定営業者の禁止行為)第2項で「特定営業者は、特別強化地域における特定営業に関し、暴力団員からその営業所における用心棒の役務(営業を営む者の営業に係る業務を円滑に行うことができるようにするため顧客、従業者その他の関係者との紛争の解決又は鎮圧を行う役務をいう。次項及び次条第2号において同じ。)の提供を受けてはならない」、第3項で「特定営業者は、特別強化地域における特定営業に関し、用心棒の役務の提供を受ける対償又は特定営業を営むことを容認させる対償として、暴力団員に対して、利益の供与をしてはならない」と規定されています。さらに、暴力団員に対しても、第20条(暴力団員の禁止行為)において、「暴力団員は、特別強化地域における特定営業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(1)客に接する業務に従事すること。(2)特定営業者のために用心棒の役務を提供すること。(3)特定営業者から前条第3項に規定する利益の供与を受けること。」が規定されています。そのうえで、第25条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(2)相手方が暴力団員であることの情を知って、第19条の規定に違反した者(3)第20条の規定に違反した者」が規定されています。

(2)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(富山県)

以前の本コラム(暴排トピックス2023年8月号)で取り上げましたが、富山市の公園近くに暴力団の事務所を開設し、運営したとして六代目山口組傘下組織の代表ら男6人が富山県暴力団排除条例違反の疑いで逮捕されましたが、富山地方検察庁は不起訴処分としています。報道によれば、6人は2022年12月ごろ、富山市内の公園近くに暴力団事務所を開設し、2023年6月25日まで運営した疑いがもたれていたものです。同条例では、学校や公園などから200メール以内に暴力団事務所の開設を禁止しています。なお、同条例の禁止区域で暴力団事務所を開設し、運営した疑いで逮捕されたのは、2021年1月の条例改正後初めてでした。

▼富山県暴力団排除条例

同条例の第13条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。)の周囲200メートルの区域内においては、これを開設し、又は運営してはならない」として、「(7)都市公園法(昭和31年法律第79号)第2条第1項に規定する都市公園」が規定されています。さらに、第24条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(1)第13条第1項の規定に違反して暴力団事務所を開設し、又は運営した者」が規定されています。

(3)暴力団排除条例に基づく勧告事例(京都府)

暴力団組員を賃貸マンションに居住させたとして、京都府公安委員会は、京都府暴排条例に基づき、京都市伏見区の不動産会社と七代目会津小鉄会組員の男3人に、利益供与を禁止するよう勧告しています。報道によれば、不動産会社は、暴力団排除条項(暴排条項)を設けない契約書を使い、3人が暴力団関係者と知りながら賃貸契約を結び、同区のマンション3室を住居として提供していたといいます。経営者は「トラブルに巻き込まれることがあれば頼っていた」と説明しるといいます。暴排条項を設けない契約の締結という、最近ではほとんど見かけない、相当悪質なものといえます。

▼京都府暴力団排除条例

同条例第16条(利益供与の禁止)において、「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等(暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者を含む。第22条第1項及び第2項並びに第23条第1項において同じ。)に対し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる金品その他の財産上の利益(以下「金品等」という。)の供与を行ってはならない」と規定されています。さらに、第23条(勧告)において、「公安委員会は、第15条又は第16条の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者又はその相手方となる暴力団員等に対し、必要な勧告をすることができる」と規定されています。暴力団員に対する勧告について、他の暴排条例と異なり、勧告の項でこうした形で規定されているのは珍しいものと思われます。

(4)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(福岡県)

久しぶりとなりますが、福岡県において、1社について「排除措置」が講じられ、公表されています。

▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表

福岡県における「排除措置」とは、福岡県建設工事競争入札参加資格者名簿に登載されていない業者に対し、一定の期間、県発注工事に参加させない措置で、この期間は、県発注工事の、(1)下請業者となること、(2)随意契約の相手方となること、ができないことになります。今回、「役員等が、暴力的組織の構成員となっている」として公表されています。排除期間は、令和5年10月26日から令和8年10月25日(36ヵ月)」となっています。

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