反社会的勢力対応 関連コラム

首席研究員 芳賀 恒人

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1.トクリュウを可視化せよ~令和6年版警察白書を読み解く

警察庁は、令和6年版の警察白書を公表し、治安上の新たな脅威となっている「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」の摘発人数などの統計を明らかにしています。特殊詐欺に加え、強盗や窃盗、性風俗店のスカウト、オンラインカジノの経営などトクリュウが関係する犯罪が多様化し関係者の危機感も強いものがありますが、トクリュウの資金獲得犯罪がまとめられたのは初めてとなります。白書ではトクリュウが特集され、特徴について従来型の暴力団とは一線を画した新型の犯罪組織、資金獲得が目的、収益を吸い上げる中核部分を匿名化、SNSなどで緩やかに結びついたメンバーが役割を細分化、メンバーを入れ替えながら犯行を繰り返すなどと定義、警察庁は今年度から、暴力団対策と同様、事件がトクリュウによるものかを都道府県警が認定する仕組みを導入、2024年4~6月に全国で1531人を摘発、詐欺や窃盗など主な「資金獲得型」犯罪によるトクリュウの摘発は計824人(内訳は、詐欺452人、窃盗163人、薬物事犯138人、強盗54人など)、これとは別に少なくとも645人(内訳は、銀行口座の売買といった犯罪収益移転防止法違反は518人、組織的犯罪処罰法違反38人や賭博35人、恐喝26人など)があげられています。なお、このうち3割がSNSを通じて事件に関与していたといいます。また、特殊詐欺の実行役などとして2023年に摘発された人のうち、SNS経由で加担した割合が4割を超え最多となり、SNSなどを通じ集散を繰り返す新たな集団「トクリュウ」の勢力拡大が鮮明になっています。実行役2373人のうちSNS経由は991人(41.8%)、求人サイト(3.5%)、ネット掲示板(2.4%)と合わせると5割近くがネット上での勧誘という結果となりました。SNSではX(旧ツイッター)を中心に「即日即金」「高収入」とうたう募集が目立ち、犯罪グループに加わった後はメッセージが自動消去されるアプリでやりとりする集団が多いほか、実行役は首謀者や指示役の素性を知らないケースが大半です。勢力が増す一方、中枢への捜査は壁に直面、2023年に逮捕・書類送検した2455人のうち、首謀者やグループリーダーなど「中枢容疑者」は49人(2.0%)にとどまっています。トクリュウのような犯罪組織の台頭は「ルフィ」を名乗る男らに指示された2022~2023年の広域強盗事件が浮き彫りにしましたが、「闇バイト」が絡む犯罪は収まる兆しがなく、白書はトクリュウについて「市民社会に対する重大な脅威」と強調しています。なお、トクリュウは、2023年後半から被害が増加しているSNS型投資詐欺と恋愛感情を抱かせて金銭をだまし取るロマンス詐欺への関与が疑われると記載されたほか、多額の売掛金(ツケ)を背負った女性客に売春を強要するなどの悪質なホストクラブについても、背後に関与している可能性があると指摘、トクリュウの摘発事例も紹介されており、カンボジアのリゾートホテルを拠点にした特殊詐欺グループを2023年1月に現地当局が拘束し、警視庁などが詐欺容疑で逮捕した事件や、複数の容疑者が「闇バイト」で集められた2023年2月の福島県での強盗事件などがあげられてます。

こうしたトクリュウの跋扈に対し、警察当局は組織性の解明を重視する従来の捜査手法の転換を迫られています。かつては暴力団に対する捜査のように、犯罪組織の末端から幹部へ突き上げていく手法が中心でしたが、組織の関係性が薄いトクリュウでは組織の把握やメンバーの特定が容易でなく、実行役への指示系統から中枢に迫るのは難しいといえます。これに対し、トクリュウ捜査のため刑事や生活安全など部門を横断した専従体制を全国に新設、さらにトクリュウは匿名性の高い通信手段を利用するなど手口が巧妙で、白書では「総力を挙げて取り締まりを推進する」と強調しています。トクリュウへの捜査で重視するのは資金の流れであり、トクリュウは特殊詐欺だけでなく、違法オンラインカジノや悪質なホストクラブといった犯罪への関与も疑われ、「それぞれの収益が行き着く先に中枢に近いメンバーが潜む」と警察幹部はみています。警察幹部は「漠然としていたトクリュウの動向の大枠をつかんだことで、実態解明と取り締まりが本格化した。組織犯罪処罰法で犯罪収益を断っていく」としています。

筆者としては、「市民社会に対する重大な脅威」である匿名・流動型犯罪グループの実態に多面的に切り込んだものとして評価したいと考えています。白書ではとりわけ、「獲得した犯罪収益について巧妙にマネー・ローンダリングを行っている。その手口は、コインロッカーを使用した現金の受け渡し、架空・他人名義の口座を使用した送金、他人の身分証明書等を使用した盗品等の売却、暗号資産・電子マネー等の使用、犯罪グループが関与する会社での取引に仮装した出入金、外国口座の経由等、多岐にわたり、捜査機関等からの追及を回避しようとしている状況がうかがわれる。犯罪収益が最終的に行き着く先は、中核的人物であることから、匿名・流動型犯罪グループから犯罪収益を剥奪し、その還流を防ぐため、犯罪グループの資金の流れを徹底的に追跡、分析している」との指摘が重要だと考えます。実態を知るほど中枢に近づくことが可能であるはずであり、そういった意味では、トクリュウとの官民挙げた戦いは緒に就いたばかりだともいえます。また、トクリュウは常に新しい技術を活用しながら、犯罪の高度化・巧妙化・グローバル化を図りつつ、その本質でもある「匿名性」「流動性」をも高めていくことが考えられます。今回の白書で取り上げられたトクリュウの姿は、来年の白書ではもはや過去のものとなり、新たなまったく別の姿を見せている可能性も高いと考えます。当然、警察の捜査手法も高度化していくことが求められますが、トクリュウの動向をいち早く察知できるのは、警察よりも脅威に晒されている市民や企業だともいえます。SNS型投資詐欺やロマンス詐欺の「数字上の急増」の背景には、こうした犯罪が社会的に認知されるようになってきたためとの指摘もあります(特殊詐欺事件でも、男性の被害が女性より少ないのも「数字上の話」であって、実は、男性高齢者の方が被害の声を上げにくいからではないかとの「統計上の分析結果」もあります)。つまり、犯罪自体は常に目に見えている(表面化している)ものがすべてではありません。トクリュウの犯罪は多岐にわたっており、今後も新たな犯罪の形が現れるはずです。国はそうしたトクリュウの実態をもっと広く周知することで、気づけていない被害に市民や企業が気づき、警察にさえ見えていなかった端緒が組織犯罪として可視化されることを期待したいところです。官民のより一層の連携によってトクリュウやその犯罪を可視化することこそトクリュウ対策の肝となります。

▼警察庁 令和6年版警察白書
▼本文
▼抜粋版
  • 匿名・流動型犯罪グループが関与する事件をみると、中核的人物が、自らに捜査が及ぶことのないようにするため、匿名性の高い通信手段を使用して実行犯への指示をするなど、各種犯罪により得た収益を吸い上げる中核部分は匿名化される一方、犯罪の実行者は、SNSでその都度募集され、検挙されても新たな者が募集されるなど流動化しているという特徴がみられる。
  • 匿名・流動型犯罪グループは、犯罪を敢行するに当たって、SNS等において、「高額バイト」等の表現を用いたり、仕事内容を明らかにせずに著しく高額な報酬の支払を示唆したりするなどして、犯罪の実行犯を募集している実態が認められる。同グループは、このような犯罪の実行犯を募集する情報(犯罪実行者募集情報)への応募者に対して、あらかじめ運転免許証や顔写真等の個人の特定に資する情報を匿名性の高い通信手段を使用して送信させることで、応募者が犯行をちゅうちょしたり、グループからの離脱意思を示したりした場合には、個人情報を把握しているという優位性を利用して脅迫するなどして服従させ、実行犯として繰り返し犯罪に加担させるなどの状況がみられる。また、応募者が犯罪を敢行したとしても約束した報酬が支払われない場合もある
  • 匿名・流動型犯罪グループは、特殊詐欺をはじめ、組織的な強盗や窃盗、違法なスカウト行為、悪質なリフォーム業、薬物密売等の様々な犯罪を敢行し、その収益を有力な資金源としているほか、犯罪によって獲得した資金を風俗営業等の新たな資金獲得活動に充てるなど、その収益を還流させながら、組織の中核部分が利益を得ている構造がみられる
  • 令和6年4月から5月までの間における匿名・流動型犯罪グループによるものとみられる資金獲得犯罪について、主な資金獲得犯罪の検挙人員508人を罪種別にみると、詐欺が289人、強盗が34人、窃盗が103人となっており、匿名・流動型犯罪グループが詐欺を主な資金源としている状況がうかがわれる。
  • また、令和6年4月から5月までの間における同グループによるものとみられる主な資金獲得犯罪の検挙人員のうち、SNSでの犯罪実行者募集情報に応募する形で犯行に関与した者は155人と、全体の30.5%を占めている。
  • 令和5年中の特殊詐欺の検挙人員2,455人のうち、暴力団構成員等の人数は439人(17.9%)と、依然として暴力団が特殊詐欺を主要な資金源の一つとしている実態がうかがわれる一方、近年は、匿名・流動型犯罪グループによるものとみられる特殊詐欺が広域的に行われている状況がみられる。特殊詐欺を敢行する匿名・流動型犯罪グループは、SNS等で高額な報酬を示唆して「受け子」等を募集し、犯行に加担させるなどしている。また、首謀者、指示役、実行役の間の連絡手段には、匿名性が高く、メッセージが自動的に消去される仕組みを備えた通信手段を使用するなど、犯罪の証拠を隠滅しようとする手口が多くみられる。さらに、近年、特殊詐欺を敢行する犯罪グループは、架け場等の拠点を小規模化・多様化して短期間で移転させる傾向を強めているほか、首謀者や指示役のほか、架け子・架け場が海外に所在するなどのケースもみられる
  • 令和5年下半期において、SNSを使用した非対面型の投資詐欺やロマンス詐欺の被害が急増し、同年中の被害額は、特殊詐欺の被害額(約453億円)を上回る約455億円に上るなど、極めて憂慮すべき状況にある。これらの詐欺では、被疑者がSNSやマッチングアプリを通じて被害者と接触した上で、他のSNSに連絡ツールを移行し、やり取りを重ねて被害者を信用させ、預貯金口座への振込みにより被害金をだまし取るといった手口がみられる。同年中の被害状況をみると、被害者の年齢は、男性は50歳代から60歳代、女性は40歳代から50歳代の被害が多く、また、同年におけるSNS型投資・ロマンス詐欺の1件当たりの平均被害額は1,000万円を超えている。SNS型投資・ロマンス詐欺については、被害実態や犯行手口が必ずしも十分に明らかになっていないことから、これを早急に解明する必要がある。
  • こうした情勢を踏まえ、令和6年6月、犯罪対策閣僚会議において、「国民を詐欺から守るための総合対策」が決定され、SNS型投資・ロマンス詐欺のほか、特殊詐欺やフィッシング詐欺を含め、この種の犯罪から国民を守るため、関係省庁・事業者等が連携し、同対策に基づく施策を推進することとされた。SNS型投資・ロマンス詐欺には、匿名・流動型犯罪グループの関与がうかがわれることから、警察では、同グループが資金獲得活動として同種事案を敢行している可能性も視野に、SNS型投資・ロマンス詐欺対策が新たな「警戒の空白」となることのないよう、部門横断的な体制を構築した上で、特殊詐欺対策及び匿名・流動型犯罪グループ対策と一体的に捜査と抑止を含む総合的な対策を強力に推進していくこととしている。
  • 強盗・窃盗等についても、SNSや求人サイト等で「高額バイト」、「即日即金」等の文言を用いて実行犯が募集された上で敢行される実態がうかがわれる。このような匿名・流動型犯罪グループによるものとみられる手口により敢行された強盗・窃盗等事件は、令和3年9月以降、令和6年3月までに22都道府県において78件発生しており、これらの中には、被害者を拘束した上で暴行を加えるなど、その犯行態様が凶悪なものもみられる
  • 近年、外国人グループ等により、組織的に金属盗や自動車盗、万引きが敢行され、盗品が海外へ不正に輸出されるなどの事案が発生しており、治安上の課題となっている。例えば、メンバーが流動的に入れ替わる外国人グループにより太陽光発電施設内の銅線が大量に盗み出され、買取業者に売却されるなど、窃盗等が組織的かつ計画的に行われているほか、こうした事案が不法滞在外国人等の収入源となっている実態もみられる。また、海外に所在する首謀者が、SNSを利用してつながった実行役に対して盗む物品を指示し、指定した場所に大量の盗品を送らせるという手口での犯行も確認されている。警察では、匿名・流動型犯罪グループが組織的窃盗・盗品流通事犯にも関与している可能性を視野に、実態解明を進めているほか、このような組織的窃盗・盗品流通事犯に対し実効的な対策を講じるため、警察庁にワーキンググループを設置し、部門横断的な検討を行っている。
  • 匿名・流動型犯罪グループは、風俗店、性風俗店、賭博店の経営やスカウト行為等に直接的又は間接的に関わるなど、繁華街・歓楽街における活動を有力な資金源としているとみられる。また、インターネットやSNS、匿名性の高い通信手段の利用等によって、その活動実態や資金の流れを潜在化させつつあるほか、警察への対抗措置を強化している。また、近年、いわゆるホストクラブ等で男性従業員が女性客を接待するなどして高額な料金を請求し、その売掛金等名下に女性客に売春をさせたり、性風俗店で稼働させたりするといった事案が問題となっている。こうしたホストクラブ等の中には、風営適正化法に定められた営業の許可を得ることなく営業する店舗や、許可を受けていても、客引き禁止違反、営業時間制限違反、料金表示義務違反等の違法行為を行う店舗も見受けられるとともに、事案の背後で暴力団や匿名・流動型犯罪グループが不当に利益を得ている可能性が懸念される。警察では、こうした犯罪組織の関与も視野に、違法行為を行う悪質なホストクラブ等に対する厳正な取締りを推進している。
  • 高齢者宅を狙って家屋修繕や水回り工事等の住宅設備工事やリフォーム訪問販売を装い、損傷箇所がないにもかかわらず家屋を故意に損傷させ、それを修理することで高額な施工料を要求するなどの悪質なリフォーム業者による犯罪行為が確認されている。こうした悪質行為が組織的に反復継続して敢行され、その収益が匿名・流動型犯罪グループの資金源となっている可能性があることから、警察では、実態解明及び取締りを推進している
  • 近年、海外オンラインカジノサイトへのアクセス数の増加が指摘されており、国内の賭客が自宅や違法な賭博店等のパソコン等からオンラインカジノサイトにアクセスして賭博を行う状況がうかがわれる。こうしたオンラインカジノに係る賭博事犯には、実質的な運営者として、又はその背後で、暴力団や匿名・流動型犯罪グループが関与しているケースもみられることから、警察では、捜査を徹底し、実態解明を進めているほか、賭博運営者等に対する組織的犯罪処罰法の適用による加重処罰や犯罪収益の剥奪に努めている
  • 近年、フィッシングによるものとみられるインターネットバンキングに係る不正送金被害が増加しており、こうした事案の中には、匿名・流動型犯罪グループが関与する事例も確認されている。警察では、捜査を徹底し、実態解明を進めるとともに、関係機関・団体と連携した被害防止対策を推進している
  • 匿名・流動型犯罪グループが大麻等薬物の密売やヤミ金融関連事犯等の資金獲得活動を行っている実態も確認されており、警察では、実態解明及び取締りを徹底することとしている
  • 第一線の声
    • 匿名・流動型犯罪グループに対する取締りにおいては、各部門で強力に突き上げ捜査を行うことを前提として、部門間で情報を集約・共有し、無駄のない効率的な捜査に取り組むことが重要である。
    • 特殊詐欺等の全国的に敢行される犯罪については、各都道府県警察内部での連携等のみでは対処しきれないと感じている。全国警察が一丸となって取り組むことによって、効率的な捜査が実現され、匿名・流動型犯罪グループの壊滅に近づくことができる。
    • 匿名・流動型犯罪グループは、手を替え品を替えその活動を匿名化・潜在化させていることから、だまされたふり作戦、協力者への保護対策といった従来からの手法にとらわれず、警察としても、創意工夫しながら強力な対策を推進していく必要がある。
    • 匿名・流動型犯罪グループは新たな技術を取り入れつつ資金獲得のための犯罪を敢行していることから、こうした動向に的確に対応するため、SNSや携帯電話の解析技術等の向上を図り、携帯電話、預金口座、電子マネー等犯行ツール対策を今後更に強化していく必要がある。
  • 近年、SNS等のインターネット上において犯罪実行者を募集する内容が掲載されている実態がみられる。こうした犯罪実行者募集情報においては、「高額バイト」等の表現が用いられたり、仕事の内容を明らかにすることなく著しく高額な報酬を示唆したりするなど、犯罪の実行犯を募集する投稿であることを直接的な表現で示さないものがみられる。令和5年中に特殊詐欺の「受け子」等として検挙した被疑者のうち41.8%が、「受け子」等になった経緯として「SNSから応募した」旨を供述するなどしている。こうした犯罪実行者募集情報は、青少年等が安易に特殊詐欺をはじめとする犯罪に加担する契機となっている。警察では、関係機関・団体等と連携し、このような犯罪の実行者を生まないための対策を多角的に推進している
  • 求人サイト等においても犯罪実行者募集情報が掲載される実態があったことから、警察では、これを排除するため、求人メディア等の業界団体や事業主への働き掛けについて、都道府県労働局等の取組を支援するなどしている。また、犯罪実行者募集情報等の発信が、職業安定法に規定する「公衆道徳上有害な業務に就かせる目的」での「労働者の募集」等として違法行為に該当することに鑑み、この種の犯罪の取締りを推進している。
  • 匿名・流動型犯罪グループは、不正に譲渡された預貯金口座を金銭の授受に悪用している実態がみられるところ、警察では、預貯金口座の犯罪への悪用を防止するべく、金融機関等に不正な口座開設に係る手口等の情報を提供したり、顧客等への声掛け・注意喚起を徹底・強化するよう要請したりしているほか、犯罪収益移転防止法等に基づく取締りを強化するなど、預貯金口座の不正利用防止対策を推進している。また、近年、帰国する在留外国人から不正に譲渡された預貯金口座が、特殊詐欺をはじめとする匿名・流動型犯罪グループの各種資金獲得活動に利用される実態が認められることから、警察庁では、関係機関・団体と連携し、預貯金口座の不正譲渡の違法性について広報啓発を徹底し、注意喚起を行っている
  • 匿名・流動型犯罪グループが多様な資金獲得活動を敢行するに当たって、電話を悪用している実態がみられる。例えば、特殊詐欺についてみると、令和5年中に特殊詐欺として被害届を受理した事案1万9,038件のうち、犯人側が被害者側に接触する最初の通信手段の77.5%が電話であり、また、用いられる番号種別も固定番号、特定IP電話番号(050IP番号)、携帯番号、国際番号等、様々なものが確認されている。警察では、このように悪用される電話への対策を多角的に推進している。
  • 匿名・流動型犯罪グループの中には、自己への捜査を免れる目的で、不正に取得した携帯電話を悪用する実態が認められる。携帯音声通信事業者に対して偽造した本人確認書類を提示したり、本人確認書類に記載された者になりすましたりして契約するなどの方法で、不正に取得された架空・他人名義の携帯電話が悪用される事例が確認されている。警察では、不正に取得された携帯電話について、携帯電話不正利用防止法に基づく役務提供拒否がなされるよう携帯音声通信事業者に情報提供を行うとともに、悪質なレンタル携帯電話事業者を検挙するなど、犯罪に悪用される携帯電話への対策を推進している。
  • 電話転送の仕組みを悪用して、犯行グループの携帯電話等からかける電話を「03-××-××」などの固定電話からのものであるかのように偽装したり、官公署を装った電話番号への架電を求める文面のはがき等を送り付けてこれを信じて応じてきた相手をだましたりする手口が、匿名・流動型犯罪グループによりとられている。このような状況に鑑み、令和元年9月以降、電気通信事業者においては、悪用された固定電話番号の利用を警察の要請に基づき停止する仕組みを運用しているほか、利用停止の対象となった電話番号の契約者情報を警察において集約し、複数回にわたって利用停止の要請がなされた契約者に対する電話番号の新規提供を一定期間停止するよう電気通信事業者に要請するなどの対策を講じている。警察による利用停止の要請に基づき、令和5年末までに1万2,665件の利用停止が実施されている
  • 近年、特定IP電話番号(050IP電話番号)が、匿名・流動型犯罪グループの多様な資金獲得活動の一つである特殊詐欺等の犯行に悪用される事例が多くみられたことなどに鑑み、令和3年11月、犯行に利用された固定電話番号を電気通信事業者が利用停止等する仕組みの対象に、特定IP電話番号が追加された。警察による利用停止の要請に基づき、令和5年末までに9,482件の特定IP電話番号の利用停止が実施されている
  • 犯罪グループが高齢者を中心とした名簿を入手し、名簿に登載されている者に対して電話をかけるなどして特殊詐欺や強盗・窃盗等の犯行に及んでいる実態が認められるところ、警察では、捜査の過程で入手した名簿の登載者に対し、警察官による戸別訪問や警察が業務委託したコールセンターからの電話連絡を行い、注意喚起や具体的な対策について指導・教示するなどしている。また、警察庁では、名簿の利用実態に関し、個人情報保護委員会事務局と意見交換を行ったほか、個人情報の適正な取扱いが一層確保されるよう関係機関・団体等への働き掛けを実施している。
  • 近年、匿名・流動型犯罪グループの資金獲得活動において、暗号資産が犯罪に悪用されたり、犯罪収益等が暗号資産の形で隠匿されたりするなどの実態がみられる。警察では、こうした様々な犯罪に悪用される暗号資産の移転状況を追跡するとともに、警察庁において、追跡結果を横断的・俯瞰的に分析し、その結果を都道府県警察と共有している。こうした取組により、例えば、インターネットバンキングに係る不正送金事犯と特殊詐欺事案に関して同一被疑者の関与が判明するなど、従来の捜査では必ずしも明らかにならなかった複数事案同士の関連性や、背景にある組織性等が浮き彫りになっているところであり、今後も更なる捜査の進展が期待される。また、暗号資産が犯罪に悪用される場合において、暗号資産交換業者の金融機関口座を送金先とする手口が多発している。こうした状況を踏まえ、令和6年2月、警察では、金融庁と連携し、関係団体等に対し、暗号資産交換業者の金融機関口座に対して行われる送金元口座名義人名と異なる依頼人名で送金された場合に取引を拒否すること、暗号資産交換業者への不正な送金を監視することなどの対策の強化を要請した
  • 匿名・流動型犯罪グループは、特殊詐欺をはじめとした資金獲得活動を敢行するに当たって、コンビニエンスストアで電子マネーを購入するよう被害者に仕向け、これを不正に取得するなどしている実態がみられる。電子マネー等を悪用するこうした手口への対策として、警察と関係事業者が協力し、不正な方法で詐取された電子マネーのモニタリングによる検知及び利用停止を強化するとともに、コンビニエンスストア等での従業員による電子マネー購入希望者への声掛けの強化、店頭販売棚やレジ・端末機画面における訴求力の高い注意喚起、情報発信といった取組を推進している。
  • 警察では、フィッシングによるものとみられるインターネットバンキングに係る不正送金被害が近年増加していることを踏まえ、具体的な被害事例を踏まえたフィッシング対策を講じるよう金融機関に対し要請するとともに、関係機関・団体と連携し、警察庁ウェブサイトにおいてフィッシングの被害防止に関する注意喚起を行っている。また、警察庁では、都道府県警察が把握したフィッシングサイトに係るURL情報を集約し、ウイルス対策ソフト事業者等に提供することにより、ウイルス対策ソフトの機能による警告表示等、フィッシングサイトの閲覧を防止する対策を実施している
  • 近年、SNSや動画配信・投稿サイト等のデジタルサービスの普及により、あらゆる主体が情報の発信者となり、インターネット上で膨大な情報データが流通し、誰もがこれらを入手することが可能となっている。こうした中、ディープフェイクを利用して作成された偽情報が拡散するという事例も発生している。こうして作成された偽情報は、匿名・流動型犯罪グループによるものを含め、詐欺等の犯罪に悪用されるおそれもあることから、警察では、新たな技術を悪用した犯罪の動向を注視している。
  • 警察では、違法風俗店等の取締りにより生じた空きビル・空き店舗等が再び違法風俗店等に利用されることを防止するため、宅地建物取引業者、ビルオーナー、管理会社等に対して、不動産賃貸借契約時における犯罪組織のメンバーや違法風俗店等の排除等の措置を指導するとともに、空きビル・空き店舗等に速やかに適正な用途の入居等が行われるよう、商店街等や自治体による対策を促している。また、飲食業組合等と連携して、繁華街・歓楽街において営業する飲食店等が匿名・流動型犯罪グループをはじめとする犯罪組織からの不当な要求を拒否する活動を支援するとともに、警察として対応を要する行為を認めた場合には、厳正に対処することとしている。さらに、風俗情報誌、風俗情報サイト、来日外国人向けフリーペーパー等について、犯罪組織の関与、在留資格や住居の不正な仲介、斡旋等が行われないよう、関係業界等に対して働き掛けを行っている。
  • 経済的困窮を抱えた女性や若年層につけ込み、性風俗店での勤務やアダルトビデオへの出演を斡旋することなどを目的として、主要な駅や繁華街の路上等において悪質なスカウト行為等がなされる例がある。この種のスカウト行為等が女性や若年層に対する性的搾取や労働搾取につながり、匿名・流動型犯罪グループをはじめとする犯罪組織の不法な利益となる。警察では、こうした悪質なスカウト行為等、特定の地域で常態的に行われる売春目的の勧誘、風俗店等における客からの不当な料金の取立て、客引き等の迷惑行為に対して、風営適正化法、売春防止法等の関係法令を適用し、検挙、行政処分、警告、指導、街頭補導を行うなど、積極的な指導取締りを推進している。
  • 匿名・流動型犯罪グループは、獲得した犯罪収益について巧妙にマネー・ローンダリングを行っている。その手口は、コインロッカーを使用した現金の受け渡し、架空・他人名義の口座を使用した送金、他人の身分証明書等を使用した盗品等の売却、暗号資産・電子マネー等の使用、犯罪グループが関与する会社での取引に仮装した出入金、外国口座の経由等、多岐にわたり、捜査機関等からの追及を回避しようとしている状況がうかがわれる。犯罪収益が最終的に行き着く先は、中核的人物であることから、匿名・流動型犯罪グループから犯罪収益を剥奪し、その還流を防ぐため、犯罪グループの資金の流れを徹底的に追跡、分析している。また、国家公安委員会及び警察庁においては、犯罪収益移転防止法に基づき、疑わしい取引の集約、整理及び分析を行っている。具体的には、過去に届け出られた疑わしい取引に関する情報、警察が蓄積した情報及び公刊情報等を活用し、近年多種多様な方法で資金獲得活動を繰り返す匿名・流動型犯罪グループの実態の解明を行っている。疑わしい取引に関する情報を総合的に分析した結果については、関係する捜査機関等へ提供している。警察庁が分析結果を捜査機関等へ提供した件数は毎年増加しており、令和5年中は過去最多の2万1,730件であった。
  • さらに、警察では、令和4年12月に法定刑が引き上げられた組織的犯罪処罰法(犯罪収益等隠匿・収受)等を積極的に適用するなど、適正な科刑の実現を目指した取締りを推進している。このほか、実態のない法人が詐欺等の犯罪収益の隠匿等に悪用されている実態がある。警察としては、これらの取締りを推進するとともに、関係機関と連携し、こうした行為を防止するための対策を講じることとしている。
  • 暴力団構成員及び準構成員等の過去10年間の推移は、図表4-1のとおりであり、その総数は平成17年(2005年)以降減少し、令和5年(2023年)末には、暴力団対策法が施行された平成4年以降最少となった。この背景としては、全国警察による集中的な取締りや暴力団排除の取組の進展により、暴力団からの構成員の離脱が進んだことなどが考えられる。また、六代目山口組からの分裂組織を含む主要団体等の暴力団構成員及び準構成員等の総数に占める割合は、令和5年末も7割を超えており、寡占状態は継続している。
  • 暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者(以下「暴力団構成員等」という。)の検挙人員は、図表4-3のとおりである。令和5年中は9,610人と、前年と比べ293人(3.0%)減少した。また、平成5年以降の検挙人員の罪種別割合をみると、図表4-4のとおりであり、恐喝、賭博及びノミ行為等の割合が減少傾向にあるのに対し、詐欺の割合が増加傾向にあり、暴力団が資金獲得活動を変化させている状況がうかがわれる
  • 暴力団は、覚せい剤の密売、繁華街における飲食店等からのみかじめ料の徴収、企業や行政機関を対象とした恐喝・強要のほか、強盗、窃盗、各種公的給付制度を悪用した詐欺等、時代の変化に応じて様々な資金獲得犯罪を行っている。特に、近年、暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与し、暴力団が特殊詐欺を有力な資金源の一つとしている実態がうかがわれる。また、暴力団は、実質的にその経営に関与している暴力団関係企業を利用し、又は共生者と結託するなどして、その実態を隠蔽しながら、一般の経済取引を装った違法な貸金業や労働者派遣事業等の資金獲得犯罪を行っている。警察では、巧妙化・不透明化をする暴力団の資金獲得活動に関する情報の収集・分析をするとともに、社会経済情勢の変化に応じた暴力団の資金獲得活動の動向にも留意しつつ、暴力団や共生者等に対する取締りを推進している
  • 暴力団は、組織の継承等をめぐって銃器を用いた対立抗争事件を引き起こしたり、自らの意に沿わない事業者を対象とする報復・見せしめ目的の襲撃等事件を起こしたりするなど、自己の目的を遂げるためには手段を選ばない凶悪性がみられる。近年の対立抗争事件、暴力団等によるとみられる事業者襲撃等事件等の発生状況は、図表4-5のとおりである。これらの事件の中には、銃器が使用されたものもあり、市民生活に対する大きな脅威となるものであることから、警察では、重点的な取締りを推進している

暴力団に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 東京都新宿区のマンションにある住吉会の本部事務所について、東京地裁が使用差し止めを認める仮処分を決定しています。建物の老朽化で港区赤坂の旧本部事務所を引き払った後、東京都公安委員会が2023年11月、新たな本部事務所として認定していましたが、他団体の幹部らが頻繁に訪問するなど組織の拠点となる一方、マンション近くには学校や地下鉄の駅といった公共施設もあり、市民生活への影響が懸念されていた中、近隣住人ら約40人が2024年3月29日、公益財団法人「暴力団追放運動推進都民センター(暴追都民センター)」に委託する代理訴訟制度を使って、使用差し止めを求める仮処分を申請、。東京地裁が6月28日、平穏な生活を営む権利を侵害されたとする住民側の主張を認め、仮処分を決定したものです。決定により、会合の開催や構成員らの立ち入りなど、部屋を組事務所として利用することが禁止されることになります。さらに、暴追都民センターは、仮処分に違反して事務所を利用した場合、住吉会側に1日当たり100万円の制裁金の支払いを求める「間接強制」も、東京地裁に申請しています。住吉会は今後、不服申し立てなどの法的手段で現状維持を探るか、移転するかの選択を迫られていますが、8月中旬までに移転する意向を示しているとされます。ただし、新規の移転先を確保するには高いハードルが設けられており、民間は不動産取引から反社会的勢力を排除、自治体も暴力団排除条例(暴排条例)で学校など公共施設近くで組事務所を開くことを禁止しており、事務所開設の包囲網は狭まっています。移転先の「候補」には、埼玉県日高市の建物や千葉県富里市の事務所など、これまでも会合などを開いてきた東京近県の既存の関連施設が挙がっていますが、報道で警察幹部は「最大の経済圏の東京に本部事務所を構えることには、暴力団にとって象徴的な意味がある。住吉会も簡単には『都落ち』しないだろう」とみているといいます。
  • 絆會のビルなどを担保にした金銭の貸し借りを巡り、虚偽の登記をしたとして、大阪府警は、電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで絆會会長、織田絆誠容疑者と池田組組長、池田孝志容疑者を逮捕しています。2人の逮捕容疑は共謀し、2020年2月、絆會の事務所が入るビルや土地などを担保に、織田容疑者が池田容疑者の親族女性から現金を借りたとする根抵当権を虚偽登記した疑いがもたれています。実際は親族ではなく、池田容疑者が約1億円を貸したとみられています。織田容疑者が抱えていた神戸山口組との金銭トラブルの解決費用に充てたとみて大阪府警が調べています。絆會は神戸山口組から離脱した勢力によって2017年4月に結成され、池田組は絆會と友好関係にありましたが当時は神戸山口組傘下だったため、つながりを隠すために虚偽登記したとみられています。池田組は2020年7月に神戸山口組からの離脱を表明しています。
  • 岡山県公安委員会は、暴力団対策法に基づき、特定抗争指定暴力団に指定されている池田組と六代目山口組の活動を厳しく制限する「警戒区域」に倉敷市を追加指定し官報で公示しています。同市の民家に2024年4月、手りゅう弾が投げ込まれた事件を受けた対応で、指定期限は9月7日までで、追加指定に伴い、同市内にある六代目山口組系の組事務所2カ所の使用が制限されることになります。両組織を対象とした県内の警戒区域はほかに、岡山市が指定されています。区域内では、おおむね5人以上の組員の集合、対立する組員への付きまといなども禁止されます。事件を巡っては、倉敷市玉島上成の民家に手りゅう弾を投げ込み、窓ガラスを割ったとして爆発物取締罰則違反罪などで六代目山口組傘下組織組員が起訴されています。組員は民家を池田組の元幹部方と誤認していたとされ、県公安委は抗争事件と判断しています。
  • 岐阜県警と京都府警は、六代目山口組と絆會が抗争状態にあるとして、両府県の公安委員会が両組織を暴力団対策法に基づく特定抗争指定暴力団に指定すると発表、8月2日の官報で公示されています。両組織は2024年6月、大阪や兵庫など6府県の公安委員会から指定されています。新たに岐阜市と京都市が「警戒区域」に指定されます。両組織をめぐっては、絆會幹部が、水戸市で2022年1月に六代目山口組傘下組織幹部を射殺したとする罪で2024年5月に起訴されているほか、神戸市のラーメン店で2023年4月に六代目山口組傘下組織組長を射殺したとして、絆會幹部ら4人が2024年6月に起訴されています。
  • 佐賀市の繁華街にある道仁会傘下組織の事務所となっている建物について、警察などは、暴力団排除に取り組む公益財団法人が所有権を取得したと明らかにし、暴力団の拠点の排除を進めることにしています。警察は2024年7月、暴力団の幹部ら7人を、従業員の接待を伴う飲食店を無許可で営業したとして、風営法違反の疑いで逮捕しています。警察などは、この建物と土地について、暴力団排除に取り組む公益財団法人「佐賀県暴力追放運動推進センター」が6月付けで取得したと明らかにしています。建物と土地の名義人が暴力団関係者ではない一般の人に移っていたことから取得に踏み切ったもので、今後暴力団側に立ち退きを求め、従わない場合は裁判を起こし、暴力団の拠点の排除を進めることにしています。暴力団の立ち退き後は、建物と土地を自治体などに売却し、公共施設としての利用を進めることにしています。
  • 北九州市で2012年、暴力団員の入店を禁じる「標章」を掲示した飲食店経営の女性が襲撃された事件を巡る民事訴訟で、最高裁第3小法廷は、工藤會トップ野村悟被告=組織犯罪処罰法違反などの罪で無期懲役判決、検察側が上告=ら幹部3人の上告を退ける決定を行い、約6150万円の支払いを命じた一、二審判決が確定しています。判決によると、女性は2012年9月、帰宅時に工藤會傘下組織組員から刃物で顔を切り付けられるなどして重傷を負い、幹部3人に約7900万円の損害賠償を求めて提訴していたものです。

令和6年版警察白書でも詳しく取り上げられていましたが、匿名・流動型犯罪グループ(トクリュ)に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 太陽光ケーブルの盗難被害が2024年1~6月に4161件に上り、通年換算では2023年比で1.5倍のペースで推移しているといいます。ケーブルを切断し持ち去る手口が多く、被害は関東に集中、素材となる銅などの価格高騰が背景にあり、外国人による犯行が目立っています。こうした犯罪にトクリュウが絡んでいるとされます。警察庁は「5月にワーキンググループを設置してトクリュウ対策を行っているが、外国人窃盗団についてはトクリュウ対策の一環として取り組むとともに、急増している事実を重く見て、別途プロジェクトチームを置いて取り締まりを強化するよう7月29日付で全国に指示した」としています。また、太陽光ケーブルに限らず、外国人窃盗事件としては大手衣料品店は特定のファストファッション・ブランドが狙われており、摘発されたのは全員がベトナム人で短期滞在型のヒット・アンド・アウェーの手口で、盗品は自国で流通させているとみられています。一方、ドラッグストアで医薬品や高級コスメ(化粧品)を狙う犯行の中心もベトナム人で、不法滞在者が大半を占めている点で衣料品店窃盗グループとは相違があるといいます。さらに、自動車の盗難事件については、実行犯は日本人が圧倒的に多いものの、盗難車両が持ち込まれるヤード(自動車解体施設)の経営者は外国人が大半で、離合集散を繰り返す多国籍の窃盗団が関与しているとみられています。
  • 福島県警組織犯罪対策課などは、不要な屋根の修理を持ちかけて高額な代金をだまし取ろうとしたとして、埼玉県新座市のリフォーム会社「アップルホーム」代表取締役、田島容疑者を詐欺未遂容疑で逮捕しています。田島容疑者はトクリュウのリーダー格とみられるといいます。仲間と共謀して南相馬市原町区の住民に「中の木が腐っている」「今のうちに修理しておいたほうがいい」などとうその工事契約を持ちかけ、屋根の修理代として約147万円をだましとろうとしたものです。東日本大震災の被災地である相双地区を狙い、住宅の屋根の修理を持ちかける組織的な詐欺を繰り返していたとみられ、福島県警には同様の修理を持ちかけられたという相談が50件ほど寄せられていて、余罪を捜査しています。
  • 住宅で不必要な床下工事を行い費用をだまし取ったなどとして、警視庁暴力団対策課は詐欺未遂容疑で、東京都練馬区の元リフォーム会社代表、島容疑者ら3人を、詐欺容疑で逮捕しています。暴対課によると、5人は「三洋」や「三農」の社名を名乗り、神奈川県や埼玉県を中心にリフォーム業者として活動、一軒家の住人に、床下の補強工事やシロアリ防除などが必要などと不必要な工事を持ちかけ、費用をだまし取っていたものです。消費生活センターに苦情や相談が多数寄せられ被害が発覚、建築士の鑑定により工事は不必要だったことが判明したといいます。暴対課は2021年秋以降、島容疑者らによる被害が計45件あり、被害総額は1500万円以上に上るとみています(筆者注:本件はトクリュウとの報道はありませんが、警視庁暴対課が動いており、リフォーム詐欺絡みの案件でもあり、トクリュウとは断言できないものの、それに近いものと考えます)。
  • 不正なクレジット決済で加熱式たばこを大量に購入したなどとして、大阪府警と鳥取県警は、中国籍の会社役員、張容疑者ら6人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等収受)の疑いで逮捕しています。逮捕されたのは27~44歳の日本人や中国籍の男性グループで、グループは、第三者のクレジットカードの情報が入ったスマートフォンを使い、コンビニなどで加熱式たばこを購入、張容疑者は大阪市内の駐車場で2024年3月、不正に入手したものと知りながら510箱(販売価格計29万5800円)を受け取ったなどとしています。大阪府警によると、堺市内のコンビニで不正決済がされたとの情報提供を受け、2023年9月に捜査を開始、張容疑者が経営する会社の近くなどで、大量の加熱式たばこなどが受け渡しされているのを突き止めたといいます。たばこの購入役らはそれぞれ面識が無く、SNSを通じて集められたトクリュウとみられています。大阪府警は2024年3月までの間に、グループが160人分のカード情報を不正に使い、本体機器を含む加熱式たばこや紙たばこ計約290万円分を購入したとみています。
  • 若い女性に高額な売掛金(ツケ)を負わせ、売春などを強いる悪質なホストクラブの問題で、全国の警察が2023年1月から2024年5月までに、売春強要や詐欺など76の事件で計172人のホストらを摘発したことが明らかとなりました。2023年末から摘発を強め、2023年は86人、2024年は5カ月間で86人となりました。警察庁は、悪質ホストクラブ対策を協議する有識者らの検討会を東京都内で開催、風俗営業法(風営法)の改正も視野に議論を進めるとしています。警察庁によると、摘発したのは15都道府県警で、このうち警視庁が25事件で3割超を占めています。全国には約1千店のホストクラブがあり、東京・歌舞伎町に約300店、大阪・ミナミなどに約200店が集中しているといいます。摘発された172人のうちホストは77人で、女性客に無理やり売春をさせたり、金銭をだまし取ったりした疑いでした。他に無許可で営業していた疑いなどの店長や従業員らホストクラブ関係者が59人、売春場所の提供などの疑いの性風俗店関係者22人、客引き8人、風俗スカウト6人でした。警視庁が2024年7月、ホスト2人とスカウトを逮捕した事件では、スカウトの男が、ホストから「少なくとも30人の女性のあっせんを受けた」と供述、売掛金の支払いをさせるため、ホストが女性客をスカウトに紹介し、ソープランドなど全国の風俗店に送っている構図が浮かび上がっています。悪質ホストクラブを巡っては、トクリュウの資金獲得源になっている可能性があると警察庁はみて取り締まりを強化するとしています。なお、2024年4~6月に摘発されたトクリュウは、風営法違反で17人、客引きといった都道府県の迷惑防止条例違反で16人などでした。
  • 海外事業者が運営するオンラインカジノで客に賭博をさせたとして、千葉県警は、常習賭博の疑いで、東京都千代田区の決済代行会社「S.P.A」代表取締役の小坂容疑者ら30~50代の男計5人を逮捕しています。同社は「エルドアカジノ」の決済を代行、2022年1月以降の約1年半で、自社の口座へ5万人弱から計約640億円を入金させ、決済手数料として計約3億円を得たとみられています。逮捕容疑は氏名不詳の人物らと共謀して2022年6月~2023年5月、同社の口座へ20~50代の男性6人に入金させ、オンラインの賭博ゲームをさせたものです。この客6人は2024年5月までに、賭博容疑で書類送検されています(筆者注:この報道でもトクリュウとの言及はありませんでしたが、警察白書でもオンラインカジノがトクリュウの資金源であるとの指摘があり、参考までに紹介するものです)。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

本コラムでも集中的に取り上げたリバトングループの大規模マネー・ローンダリング(マネロン)事件について、徐々にその組織の実態が明らかになってきました。グループは500社4000超の法人口座を管理下に置き、少なくとも700億円のマネロンに関わっていたとみられていますが、これだけの仕組みをどう構築し、どう管理していたのかは極めて興味深いところです。この点について、2024年8月2日付産経新聞によれば、グループの規模は40~50人程度で、石川容疑者を頂点に、山田、池田の両容疑者で首脳陣を構成、その下で大和、藤井、筑井の3被告=いずれも組織犯罪処罰法違反罪などで起訴=が中心となって、マネロンの業務を担っていたといいます。主な業務は、口座をデータ管理するための仕組みをつくる「システム管理担当」、幹部から指示された通りに口座間で資金を移動させる「送金管理担当」、ペーパー会社の設立や口座開設のサポート、金融機関などからの問い合わせに対応する「法人管理・案件管理担当」の3つだといいます。マネロンを効率化するため、管理している口座に振り込まれた犯罪収益を自動で別の複数の口座に移動させたり、一定の時間や金額に応じて口座残高が送金担当者に通知される仕組みを導入、幹部メンバーの役割分担を設け、システム管理は大和被告、送金管理は藤井被告、法人・案件管理は筑井被告が責任者になっていたとみられています。グループはペーパー会社を設立する末端の協力者を、SNSを通じて募る一方、マネロンの実務を担うメンバーらは、かつての職場の同僚や、同じ地元など接点のある人物を勧誘して、組織基盤を固めていたようです・メンバーはグループを構成する9法人のいずれかに出社し、朝から夕方まで勤務、給料制を導入しており、「人事異動のような担当替えや会議もあり、まるで一般の会社のようだった」と府警幹部は話しています。システム管理については夜勤もあり、メンバーが24時間体制で対応、システムが止まることを想定し、東京と富山で2拠点を構えていたとみられています。2023年1月からはグループの口座には毎月約100億円の入金があり、月に4億円程度を利益として得ていたとみられています。

2024年8月5日付日本経済新聞において、今後の金融犯罪対策の要点が報じられていました。具体的には、「預貯金口座が特殊詐欺に悪用される事例が後を絶たないのを受け、金融庁は近く、全国の金融機関に資金の出入りのモニタリング(監視)の強化を要請する。金融犯罪に対応する専門部署も立ち上げた。マネー・ローンダリング(資金洗浄)などの対策を強め、多様化する犯罪に対峙する。総合政策局内に置いていた「マネーローンダリング・テロ資金供与対策企画室」を7月に「金融犯罪対策室」に改めた。マネロン対策だけでなく各部局に散らばっていた金融犯罪対策に関連する施策の情報を集約し、金融庁として力を入れる姿勢を明確にした。預貯金口座の不正利用対策も同室が中心となって臨む。足元では預貯金を狙った金融犯罪が増加傾向にある。警察庁によると2023年の特殊詐欺の被害額は前年比2割増の約452億円となった」、「特に問題視するのが実態のない法人の口座がマネロンに悪用される事件が多発している実態だ。5月には「リバトングループ」と呼ばれる犯罪組織が、約4000口座を管理下において資金移動に使っていたことが明らかになった。複数の法人名義で100以上の口座が開設されていた金融機関もあったとみられている。全国銀行協会によると、不正利用が発覚して金融機関が利用停止や強制解約した口座数は23年度に11万723件と、03年度の調査開始以来、初めて10万件を超えた。全銀協は「不正利用の増加に加え、検知能力が高まっているのも要因と考えられる」とみている」、「一つの法人が複数の口座を開設する場合には、目的を必ず確認するよう求めている。ただ法人設立登記の事実があり、必要な書類がそろっている場合は拒否するのが難しい。犯罪の抑止には、口座開設後に不審な取引がないかを監視し、検知する仕組みが重要になる」、「金融庁によると、マネロン組織が関わる法人口座開設の手口には共通点があるという。そうした情報を共有し、リスクが高いと考えられる口座はきめ細かくモニタリングする対象にあらかじめ設定することも求める」、「日本は海外と比べて口座開設が容易だとされ、日銀によると国内銀行の預金口座数は8億弱ある。使われていない口座が悪用される例もあり、28年に控える次期審査までに態勢を構築できなければ国際的な信用がさらに傷つきかねない。そのため政府全体でも金融犯罪の抑止力を高めるよう動き出している。今年6月に「国民を詐欺から守るための総合対策」をとりまとめ、非対面の口座開設時の本人確認を原則としてマイナンバーカードに一本化する方針を示した。SNS上のなりすまし広告による詐欺など、金融犯罪の手口が多様化していることが背景にある。対面の場合でも、本人確認はマイナカードのICチップを読み取るよう義務づけた」といった内容です。本コラムで継続的に取り上げてきたとおり、法人の実態確認の精度向上、「真の意味での継続的顧客管理」の精度向上が法人や法人口座を悪用した金融犯罪対策のベースとなるはずであり、システム面と行職員の「目利き力の向上がその成否の鍵を握ることになります。

CPF(拡散金融対策)においてとりわけその動向を注目すべき北朝鮮についても、興味深い報道がありました。2024年7月16日付ロイターは、北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」が使用するデジタルウォレットから15万ドルを超える暗号資産(仮想通貨)がカンボジアの大手決済会社に送られていたことがブロックチェーン(分散型台帳)データで分かったと報じています。同集団が東南アジアでマネロンしてきた仕組みの一端が明らかになったといえます。ロイターの調査によれば、暗号資産を受け取ったのはプノンペンに拠点を置き、通貨両替や決済、送金サービスを提供するHuione Payで、期間は2023年6月から2024年2月、匿名のデジタルウォレットから同社に送られたといいます。ブロックチェーンアナリスト2人によると、このウォレットはラザルスが2023年6、7月に暗号資産企業3社から盗んだ資金を預けるために使用していたといいます。米連邦捜査局(FBI)は2023年8月、ラザルスがエストニアなどを拠点とする暗号資産3社から約1億6000万ドルを盗んだと発表、米政府はラザルスのハッカー攻撃が北朝鮮の兵器開発の資金源になっているとしています今回指摘されたHuione Payの取締役会は、同社がハッキングから「間接的に資金を受け取った」とは知らなかったとし、自社のウォレットとハッキング元との間に複数の取引が介在していたことが理由だと説明、資金を送ったウォレットは自社の管理下になかったと述べていますが、資金を受け取った理由は明らかにしていません。同社取締役の1人は、フン首相のいとこにあたり、同社によると、フン・トー氏の取締役職には日常的な業務監督は含まれないというものの、フン・トー氏もしくはフン一族が暗号資産取引を把握していたという証拠は得られていません。

制裁で輸出が禁じられているロシアに、日本の水上バイクなどが不正輸出され、軍事転用されていた疑いが大阪府警の捜査で明らかになりました。外為法違反(無承認輸出)容疑で逮捕された貿易業者はロシアによるウクライナ侵略が始まってから、売り上げを急激に伸ばしており、大阪府警は、制裁の影響を受けない韓国を経由する形でロシアへの輸出を繰り返していたとみて調べているといいます。なお、ウクライナ侵略後、ロシアへの不正輸出を巡って逮捕者が出たのは初めてとなります。今後、抜け穴と指摘されることが多い第三国経由の「制裁逃れ」の防止につながるか注目されます。ちなみに規制品の輸出には経済産業相の承認が必要で、違反すると5年以下の懲役か罰金、またはその両方が科されるほか、法人への両罰規定もあります。東京商工リサーチによれば、同社は以前から日本の日用雑貨や食品、中古車などをロシアなどに輸出しており、2022年2月に始まったウクライナ侵略の影響で、ロシアに進出する日本企業が事業停止や撤退するなか、同社は輸出業を継続、2022年度の売上高は約23億円と、前年度比で約2.5倍に増えたといい、2023年春には大阪府箕面市で新たに物流センターの稼働を始めたといいます。容疑者は、税関には輸出先がロシアであることを隠して申請していたといいます。政府は、ロシアがウクライナ侵略を開始した直後から、米欧と足並みをそろえる形で輸出禁止措置を発動、船舶のほか、高性能半導体や工作機械など軍事転用が可能な物品の輸出を禁止していますが、大阪府警は、水上バイクなどが軍事転用された可能性もあるとみて調べています。専門家によれば、水上バイクは、隔操縦できるよう改造することで、戦場でも船舶への攻撃に用いられる水上ドローン(無人艇)に転用されているとされ、水上ドローンは、ウクライナ側が戦争に積極活用していることで知られていますが、これまでロシア側が戦争に活用したケースは確認されていないといいます。こうした「抜け穴」を巡っては、2024年7月11日付日本経済新聞によれば、香港を含む中国やモルディブ経由で日本メーカーの半導体が侵攻後のロシアに流入したことが判明しているといいます。また、海外当局も抜け穴を塞ぐ対策を講じており、韓国は日本と同様にロシア制裁に加わり、規制対象品を段階的に拡充、米国は経由地として輸出を仲介するなどした国の対象企業を名指しし制裁を科しています。また、英国では軍用品や転用の懸念がある製品についてオンライン上で申請手続きを義務づけるといった対策を取っています。それでも今回のような「制裁逃れ」の不正輸出を防ぐのは難しいとされ、専門家は「疑わしい事業者や取引の情報を蓄積し、各国と共有して警戒を高めるなど地道な取り組みが必要だ」と指摘していますが、まさにそのとおりだと思います。

前述した令和6年版警察白書から、AML/CFTに関する指摘をいくつか紹介します。とりわけ、「近年、他国で行われた詐欺事件による詐取金の入金先口座として日本国内の銀行口座を利用し、詐取金入金後にこれを日本国内で引き出してマネー・ローンダリングを行うといった事例があるなど、犯罪行為や被害の発生場所等の犯行関連場所についても、日本国内にとどまらず複数の国に及ぶものがある」との指摘は、犯罪がより国際的な拡がりを持つようになっていることを示すものとして興味深いです。

▼警察庁 令和6年版警察白書
  • 令和5年(2023年)中の来日外国人による刑法犯の検挙件数に占める共犯事件の割合は38.7%と、日本人(12.9%)の約3倍に上っている。罪種別にみると、万引きで25.8%と、日本人(3.6%)の約7.1倍に上る。このように、来日外国人による犯罪は、日本人によるものと比べて組織的に行われる傾向がうかがわれる。
  • 来日外国人で構成される犯罪組織についてみると、出身国や地域別に組織化されているものがある一方で、より巧妙かつ効率的に犯罪を行うために様々な国籍の構成員が役割を分担するなど、構成員が多国籍化しているものもある。このほか、面識のない外国人同士がSNSを通じて連絡を取り合いながら犯行に及んだ例もみられる。また、近年、他国で行われた詐欺事件による詐取金の入金先口座として日本国内の銀行口座を利用し、詐取金入金後にこれを日本国内で引き出してマネー・ローンダリングを行うといった事例があるなど、犯罪行為や被害の発生場所等の犯行関連場所についても、日本国内にとどまらず複数の国に及ぶものがある。
  • 来日外国人で構成される犯罪組織が関与する犯罪インフラ事犯には、地下銀行による不正な送金、偽装結婚、偽装認知、不法就労助長、旅券・在留カード等偽造等がある。地下銀行は、不法滞在者等が犯罪収益等を海外に送金するために利用されている。また、偽装結婚、偽装認知及び不法就労助長は、在留資格の不正取得による不法滞在等の犯罪を助長しており、これを仲介して利益を得るブローカーや暴力団が関与するものがみられるほか、近年では、在留資格の不正取得や不法就労を目的とした難民認定制度の悪用が疑われる例も発生している。偽造された旅券・在留カード等は、身分偽装手段として利用されるほか、不法滞在者等に販売されることもある
  • 令和5年中の来日外国人による刑法犯の検挙状況をみると、ベトナム人による窃盗犯等の増加に伴い、検挙件数・検挙人員共に増加した。また、特別法犯の検挙状況を同様にみると、ベトナム人やタイ人による入管法違反等の増加に伴い、検挙件数・検挙人員共に増加した。
  • 検挙件数・人員は、ベトナム及び中国の2か国で検挙件数全体の約6割を占めており、検挙人員全体の約半数を占めている。また、刑法犯検挙件数(罪種別)をみると、侵入窃盗及び万引きについてはベトナムが、詐欺については中国及びベトナムが、それぞれ高い割合を占めている。
  • 犯罪収益移転防止法に定める疑わしい取引の届出制度により特定事業者がそれぞれの所管行政庁に届け出た情報は、国家公安委員会が集約して整理・分析を行った後、都道府県警察や検察庁をはじめとする捜査機関等に提供され、各捜査機関等において、マネー・ローンダリング事犯の捜査等に活用されている。疑わしい取引の届出の年間通知件数は、おおむね増加傾向にある。
  • マネー・ローンダリング事犯の検挙件数は、令和5年中は909件(前年比183件(25.2%)増加)であった。前提犯罪別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが334件、窃盗に係るものが319件、電子計算機使用詐欺に係るものが60件となっている。令和5年中におけるマネー・ローンダリング事犯の検挙件数のうち、暴力団構成員等が関与したものは57件と、全体の6.3%を占めている。前提犯罪別にみると、主要なものとしては電子計算機使用詐欺に係るものが17件、詐欺に係るものが12件、窃盗に係るものが9件と、暴力団構成員等が多様な犯罪に関与し、マネー・ローンダリング事犯を行っている実態がうかがわれる。また、令和5年中における来日外国人が関与したマネー・ローンダリング事犯は96件と、全体の10.6%を占めている。前提犯罪別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが46件、窃盗に係るものが27件、電子計算機使用詐欺に係るものが10件となっている。さらに、日本国内に開設された他人名義の口座を利用したり、不正入手した他人の電子決済コードを利用したりするなど、様々な手口を使ってマネー・ローンダリング事犯を行っている実態がうかがわれる。

金融庁と主要行等との間の定期的な意見交換会の状況について、直近のものを抜粋して紹介します(AML/CFTに関するものが中心ですが、それ以外の領域についても一部含んでいます)。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • 金融・資産運用特区における外国人銀行口座の開設支援ネットワークについて
    • 金融・資産運用特区における取組として、海外からのビジネス進出を志向する外国人に対する金融機関・自治体による銀行口座開設支援ネットワークを構築する。
    • 本取組は、外国人による銀行口座の開設について、言語の壁、審査書類の提出対応等で、開設までに多くの事務手続き負担や時間を要するケースがみられることを踏まえ、運用面において、手続きの迅速化・円滑化を図るもの。
    • 6月5日に、本取組への参加を希望する金融機関の募集・参加要領について周知しているところ、積極的な参加を検討していただきたい
  • 「商品・サービス及び業務のライフサイクル管理に関する基本的な考え方」(案)に対する意見募集の実施について
    • 「商品・サービス及び業務のライフサイクル管理に関する基本的な考え方」(案)に関し、2024 年4月 26 日から5月 31 日にかけて意見募集を行った。
    • 本文書は、金融機関の経営環境が複雑化し、急速に変化する中で、金融機関における商品等の管理態勢を見直し、高度化する必要性が増しているとの観点から「商品等のライフサイクル管理」に関し、金融庁としての基本的な考え方をまとめたもの
    • 主として本邦大手銀行、本邦大手証券会社及び海外 G-SIBs の日本拠点を対象に、より良い実務の構築に向けた金融庁と金融機関との対話の材料として活用することを念頭に置いている。
    • 経営トップに期待することは、新商品等の導入のスピードと、十分なリスクの特定・評価を両立することのできる新商品等管理態勢の経営上の重要性を認識し、態勢の整備を担う役職員等に対して、その重要性を示していくことである。このような姿勢を示すことで、例えば過度に重厚なリスク特定・評価プロセスを整備したために、新商品等の導入の時期を逸するといったことや、形式的な運用に陥るといったことを防いでいただきたい。
    • 本文書は、意見募集の結果を踏まえ、近日中に最終化することを予定している。各大手行においては、本文書も参考に、新商品等管理態勢や商品等の継続的な管理態勢の向上に取り組んでいただきたい。
  • 2023 事務年度のモニタリング結果について
    • 事務年度末にあたり、大手銀行グループに対する通年検査のフィードバック面談を各社の経営陣と行っている。2023 事務年度も、各金融機関の協力により、有意義なモニタリングを実行することができたと考えている。
    • 2023 事務年度のモニタリング結果を踏まえ、何点か申し上げる。
      1. リスクガバナンス
        • 2023 事務年度のモニタリングでは、各社それぞれが抱えるリスク管理上の最重要の課題について対話し、フィードバックを行っている。各社においては、これを踏まえて、引き続きリスク管理やガバナンスの強化に努めていただきたい。
        • 2023 事務年度は、海外不動産融資について、その与信方針・リスク管理状況等についてモニタリングを実施した。一部には課題が見られたが、各行それぞれのビジネスモデルを踏まえたリスク管理態勢の高度化に取り組んでいただきたいと考えている。
        • 次に、近年、複数の破綻企業において、粉飾決算を行っていた事案が表面化した。今回、これらの事案を受けて、一部の銀行に対し、与信管理の状況について改めてモニタリングを実施した。与信先の的確な実態把握や融資実行時の使途・返済原資の確認、期中における変化・兆候管理など、一層の与信管理態勢の強化等に取り組むことが必要と考えている。
        • 加えて、外貨流動性リスクの管理については、従来から日銀との共同調査を通じて、着実な進展を確認しているが、一層のリスク管理の高度化に向けた課題も残っているため、引き続き、取組を進めていただきたいと考えている。
        • また、2023 事務年度マイナス金利が解除され、更なる円金利上昇を想定し得る状況である。適切なリスク管理と預貸運営、丁寧な顧客対応が求められる局面であり、今後も、対応状況について確認する。
      2. 顧客本位の業務運営の確保
        • 2023 事務年度は、顧客本位の業務運営に関する原則を踏まえ、外貨建一時払保険、仕組預金を中心に個別のリスク性金融商品に係るプロダクトガバナンス態勢や販売・管理態勢などのモニタリングを行った。
        • 当該モニタリングで認められた、販売会社等において共通するとも考えられる課題等を、「リスク性金融商品の販売会社等による顧客本位の業務運営に関するモニタリング結果」で記載予定である。(7月5日公表)
        • このほか、2023 事務年度は、「リスク性金融商品販売に係る顧客意識調査結果」も併せて公表する予定である。
        • 経営陣においては、当該モニタリング結果等も参考に、顧客本位の業務運営の確保に向けて、リーダーシップを発揮して取り組んで頂きたい。
      3. サイバーセキュリティ
        • サイバーセキュリティは、金融機関ひいては金融システムに重大な影響を与えかねない問題であり、金融庁は、近年、サイバーセキュリティの検査・モニタリングを実施してきた。
        • サイバーリスクは金融セクターのトップリスクであり、サイバーセキュリティの確保は経営層の責務である。金融庁としては、引き続き、モニタリングを通じ、各社のサイバーセキュリティの実効性を検証していく。
      4. マネロン等対策
        • マネロン等対策については、2024 年3月末を期限としたマネロンガイドラインに基づく態勢整備の進捗状況を中心に確認した。各金融機関においては、今後、マネロン等リスク管理態勢の有効性を検証し、必要な改善を繰り返しながら強化・高度化していく必要がある。経営陣におかれては、2024 年3月末までに整備した管理態勢をスタート地点として捉え、引き続きリーダーシップを発揮して、管理態勢の有効性を高める取組を進めていただきたい。
        • 一部の主要行との間では、整備した態勢の有効性を検証する取組についての対話も既に開始している。
        • 有効性検証の取組については、顧客管理措置や取引モニタリングといった個々のリスク低減措置の実効性の検証はもとより、マネロン等対策に係る方針・手続・計画の包括的な見直しにより、各行が自ら、態勢の高度化を図る動きが見られた。
        • 金融庁としては、当面の間、2024 年3月末時点の「対応結果報告」を踏まえたモニタリングを通じて、各金融機関における態勢整備状況の確認に加え、有効性検証に関して、取組事例の共有や、各金融機関の参考となるような一定の目線・考え方を整理できないか検討を進めていく。
        • また、SNS 型投資詐欺事案において預貯金口座の悪用が増加傾向にある実態を踏まえ、預貯金口座の不正利用対策に関してもモニタリングを実施した。
        • 一部の金融機関では、口座の不正利用が頻発する時間帯や不正利用特有の挙動を分析の上、これらの特徴に応じて、例えば、営業時間外にも、送金取引の自動保留や謝絶、預貯金口座の凍結判断を行うなどの動きが見られた。
        • 足元では、法人口座を含む預貯金口座を不正に利用し詐欺等の被害金の資金洗浄を行ったとする事案が発生しており、各金融機関においては、これまで以上にリスク感度を高く持って対策を検討していただきたい。
      5. 結び
        • フィードバックレター等で各社に伝達している内容については、特に経営陣の主導により、リソースの確保も含めて取組を着実に進めていただきたいと考えており、金融庁としても、その取組をフォローアップしたいと考えている。
  • 投資詐欺等への対策について
    • 昨今、SNS 上で著名人等になりすました投資詐欺やフィッシングによる被害が急増している現状を踏まえ、政府として、これらの犯罪に対処するための総合的な対策が、2024 年6月目途に取りまとめられる。
    • 今後、取りまとめられる総合的な対策の内容も踏まえ、金融庁としては、関係省庁と連携し、犯罪者グループによる法人口座を含む預貯金口座の悪用防止のための不正利用防止対策の推進など、詐欺等の金融犯罪被害の抑止に向けた対応を強化していく。各社におかれては、引き続き協力いただきたい。

全国地方銀行協会(地銀協)は、加盟する地銀62行の共同事業として、引っ越しに伴って必要な住所変更手続きを一括してオンライン上で行えるサービスの提供を2025年2月をめどに始めると発表しています。利用者はスマートフォンとマイナンバーカードを使い、自治体の転出届の提出や62行の口座の住所変更などを行うことができる。2024年10月をめどに、62行が出資する地銀ネットワークサービスとTOPPANエッジで運営会社を設立、利用者は無料でサービスを使え、利用料は地銀などが負担するとしています。地銀にとっては利用者の利便性向上を図れるほか、口座の住所変更の着実な実施につなげる狙いもあるとされます。地銀協は、1年後には電気や都市ガス、水道の契約先の変更手続きもサービスに加える計画だで、62行だけでなく、第二地銀やメガバンクなど他の金融機関との連携も目指すとしています。

携帯電話の契約や銀行口座の開設時に必要な本人確認について、政府はマイナンバーカードに搭載されたICチップ情報の読み取りを原則義務化します。本人を装った犯罪行為を防ぐ狙いがあり、開始時期は未定ではあるものの、SNS上では「カード取得の強制だ」などと批判が噴出、強引な進め方に、専門家も疑問を投げかけています。本コラムでも紹介した、政府が2024年6月にとりまとめた「国民を詐欺から守るための総合対策」の中で、携帯電話の契約や口座開設などで法律に基づく本人確認をする際、(1)オンラインなど非対面では「マイナンバーカードの公的個人認証に原則として一本化し、運転免許証など(の画像)を送信する方法や、顔写真のない本人確認書類などは廃止する」(2)店舗など対面でも「マイナンバーカードなどのICチップ情報の読み取りを義務づける」と明記しました。デジタル庁幹部は、非対面で本人確認に使えるのは「現状ではマイナンバーカードだけになるだろう」と認め、一方、対面では「マイナンバーカードに限らず、運転免許証や在留カードを使う方法もある」と説明しています。こうしたICチップ付きの証明書がなければ、店舗でも本人確認ができなくなる可能性が生じることになります。一方、近年のSNSを悪用した詐欺では、不正に入手した携帯電話や銀行口座が使われており、これらはICチップの読み取りではなく、店員が券面を目視で確認した際に見落とされたケースが多いとされます。(本コラムでも取り上げましたが)2024年4月には大阪や東京の地方議員を標的に、携帯ショップで偽造マイナンバーカードを示して機種変更し、乗っ取ったスマートフォンで高級時計などを不正に購入する事件が起き、店員はマイナンバーカードの券面を目視で確認したといい、合わせて必要な別の本人確認書類のチェックも不十分で、偽造を見抜けなかったものです。口座開設時などにおける本人確認を行う銀行業界は「不正口座の開設を防ぐため、マイナンバーカードによる公的個人認証は非常に有効だ」と期待する声もあります。関連して、河野デジタル相は、マイナンバーカードのICチップをスマートフォンで読み取るアプリを2024年8月にも提供すると発表しています。iPhoneとアンドロイドの両方に対応、カメラを使って氏名や生年月日といった券面情報を確認し、ICチップも読み取れるようにするものです。

一方、マイナンバーカードと口座の紐付けは4%弱にとどまり、マイナンバーと預貯金口座の連携が遅れています。マイナンバーカードの普及率が8割程度に達するなか、3メガバンクで番号と口座のひもづけを終えた数は直近で計365万口座と全体の4%弱にとどまっているといいます。米欧で標準化するひもづけの遅れは行政コストの「ムダ」の温床となりかねず、政府は制度をテコ入れして連携を加速させる考えです。3メガバンクを含む各行では預金口座の開設を受け付けたときにマイナンバーとひもづける意志確認をするようになっています。デジタル庁はもともと口座の確認は法令に基づく税務調査などに限られ「(これらの調査以外で)国が預貯金者の口座情報を確認することはできない」と説明していますが、強制力もなく、届け出の機運は高まっていません。行政の効率化もそうですが、法改正などで用途を広げればマネロン対策にも活用できるため、ひもづけの遅れはマイナンバーの利便性向上の足かせになりかねない一面もあります。国民の不安を払拭すべく、丁寧な説明と周知を行いながら、強力な犯罪インフラの無効化対策の「切り札」ともなるひもづけについて、前に進めていく必要があります。

AML/CFT/CPFの実効性を高めるうえでは、暗号資産への規制のあり方を考える必要があります。そもそも暗号資産には国境がないうえ、現金との交換、暗号資産同士のミキシングなど、マネロンを敢行しやすい特性が揃っていることを認識する必要があります。今般、FATFから、暗号資産に関するレポートが公表されていますが、やはり悪用リスクが高いママとの認識です。

▼金融庁 金融活動作業部会(FATF)による「暗号資産:FATF基準の実施状況についての報告書」の公表について
▼2024年「暗号資産:FATF 基準の実施状況についての報告書」要旨(仮訳)
  • 2019 年、金融活動作業部会(FATF)は、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策(AML/CFT)に関する国際基準の適用対象を、暗号資産(VA)及び暗号資産サービスプロバイダー(VASP)へ拡大した。勧告 15(R.15)の実施を強化するため、FATF は 2023 年 2 月にロードマップを採択し、その一環として、FATF 加盟国及び重要な VASP の活動がある法域の一部を含む法域における R.15 の実施状況一覧を本年 3 月に公表した。FATF と VACG は、R.15 の世界的な遵守を支援するためのアウトリーチと支援の提供を継続し、2025 年に当該一覧表を更新する予定である。
  • 本報告書は、第 5 回目のターゲット報告書として、トラベル・ルールを含む VA及び VASP に関する FATF 基準の実施状況と、この分野におけるエマージングリスク及び市場の動向に関する最新情報を提供するものである。2023 年の調査結果と比較すると、重要な VASP の活動があるいくつかの法域を含め、AML/CFT 規制の導入が進展しているか、またはその過程にある。しかし、関連する FATF 基準の実施が世界的に見れば引き続き不十分であることは、VA 及び VASP が依然として悪用されやすく、基準の相対的な実施が他の金融セクターに比べて遅れていることを意味する。このような背景から、本報告書では、官民両セクターに向けた主な改善点と提言を示す。
  • 主な調査結果
    • 一部の法域では規制の導入が進んでいるが、世界的な導入は依然として相対的に不十分である。2024 年の調査結果では、R.15 の実施に関する多くの要素について、法域間でわずかな改善しか見られていない。しかし、調査結果では、VASP を実際に登録または免許を付与する法域の数など、2023 年以降に進展が見られる特定の分野も特定されている。
    • 2019年に VA及び VASPsに関する基準が採択されて以来、2024年 4月時点で、 130 の FATF 相互審査及びフォローアップ報告書が作成され、FATF ウェブサイトで公表されている(2023 年 4 月以降、R.15 を評価した 32 の MER 及び FUR が追加で公表された)。4 分の 3 の法域(75%、130 法域中 97 法域)は、R.15 を部分的にしか遵守していないか、または遵守していない。この割合は、2023 年4 月の割合(75%、98 法域中 73 法域)と同一である。
    • 法域は、R.15 の基礎的要件の実施に引き続き苦慮している。R.15 の実施に関する 2024 年の調査の回答者 147 法域(2023 年は 151 法域)のうち、29%(147法域中 42 法域)が暗号資産のリスク評価を全く実施しておらず、相互評価とフォローアップ報告の結果、75%(130 法域中 97 法域)の法域が適切なリスク評価を実施していないことが示された。
    • 調査へ回答した法域の 4 分の 1 以上(27%、147 法域中 39 法域)は、VASP セクターを規制するかどうか、またどのように規制するかをまだ決定していない。規制手法を決定した法域のうち、60%(147 法域中 88 法域)は VA 及び VASPs を許可し、14%(147 の法域のうち 20 の法域)は VASPs を部分的または明示的に禁止することを選択したと報告している。なお、2023 年のターゲット報告書の調査結果と同様に、相互審査とフォローアップ報告書は、VASP の効果的な禁止規制は困難であることを示している。部分的または明示的な禁止規制を施行した法域のうち、二つの法域のみが、FATF 要件を概ね遵守していると評価され、残る半数超は部分的または不遵守と評価された。VASP を禁止する政策判断がどの程度、綿密なリスク評価に基づきなされたかは依然として不明であり、禁止措置を講じた法域の 20%はリスク評価を実施していなかったと報告されている。
    • 法域は、トラベル・ルールの実施に関して十分な進展を見せていない。VASPs を明示的に禁止している法域(VASPs を部分的に禁止している法域を含む)を除くと、調査へ回答した法域のほぼ 3 分の 1(30%、94 法域中 29 法域)は、トラベル・ルールを実施する法律を可決していない。VA/VASPs を高リスクと評価し、明示的な禁止アプローチをとっていない法域の 3分の 1(33%;33法域中 11 法域)は、トラベル・ルールを実施する法律をまだ可決していない。トラベル・ルールを実施する法律を可決した法域であっても、監督及び行政対応の実施数は依然として低く、トラベル・ルールの遵守に焦点を当て、VASP に対して検査指摘を発出したり、行政処分またはその他の監督上の措置を講じたりした法域は 3 分の 1 未満(26%、65 法域のうち 17 法域)である。
    • VA は、大量破壊兵器の拡散を支援するためだけでなく、詐欺犯、テロリスト集団、その他の違法な行為者によっても引き続き利用されている。北朝鮮は、被害者から暗号資産を盗み、又はゆすり続けており、不正な収益を洗浄するためにますます高度な方法を用いるようになっている。VA はテロリスト集団、特にアジアの ISIL やシリアのグループによってますます利用されるようになってきており、また、暗号資産を利用しているテロリスト集団は、ステーブルコインを利用したり、匿名性を高める暗号通貨での隠匿を試みることが多い
    • VACG との対話に際し、民間セクターの関係者は、ML、TF 及び PF 目的でのステーブルコインの利用の増加や、分散型金融(DeFi)アレンジメントの継続的なハッキングなどを含む、 市場の進展について報告した。また、スマートコントラクトを活用したリスク低減措置に一定の進展が見られた。いくつかの法域では、ステーブルコイン・サービスプロバイダーに対するトラベル・ルール要件を含む AML/CFT/CPF 規制の導入、DeFi アレンジメントに対する規制・執行措置の実施、ピアツーピア(P2P)取引を含む DeFi 及びアンホステッド・ウォレットのリスク評価の実施など、規制、監督、執行における進展が報告された。
  • 公共セクター及び民間セクターへの提言
    • これら報告の文脈において、法域は遍く、この中でも特に、重要な VASP の活動がある法域は、VA 及び VASPs に関する FATF の要件を完全に実施するために迅速に行動することが極めて肝要である。次に掲げる提言は、本報告書の調査結果に基づいてすべての法域が緊急に講じるべき措置、及び FATF と VACG の次のステップを明らかにするものである。
      1. 公共セクターへの提言
        VASPs に対するリスク評価及び政策アプローチ
        1. 各法域は、もし実施未了であるならば、VA及びVASPsに関連するML及びTFリスクを特定及び評価し、特定された規制・監督上の課題への対策を含むリスク軽減策を講じるべきである。
        2. 各法域は、VAとVASPの使用を許可する、あるいは、VAとVASPの使用を部分的または明示的に禁止するといった、VASPsに対する法域のアプローチを定め、実施すべきである。いずれのアプローチを採用した場合も、広範なVASPを母数としてモニタリングまたは監督し、義務を遵守しないVASPへの処分を含め、違反に対する取り締まりを執行すべきである。
      2. VASP への登録・免許制及び監督
        1. 各法域は、R.15完全履行の確保を含む、VA及びVASPsに関連するML、TF及びPFリスクの軽減措置を直ちに講じるべきである。当該法域が、暗号資産の禁止アプローチをとっていない場合は、VASPsへの登録・免許制導入、VASPsへの監督上の検査実施、及びVASPsに対して必要に応じて執行措置または監督処分を講じることが含まれるべきである。
        2. VASPs への登録・免許制の枠組みを策定する際、法域はオフショアVASP(すなわち、法域内に法人化されていない、または物理的に拠点を置いていないVASP)に伴うリスクを考慮し、適切なリスク軽減措置を登録・免許制度に組み込むことが奨励される。
      3. トラベル・ルールの施行・監督
        1. トラベル・ルール実施の法制/規制をいまだ導入していない法域は、早急に導入すべきである。
        2. トラベル・ルールを導入した法域は、違反行為に対する実効的な監督や行政執行を含め、迅速に運用すべきである。
        3. 各法域は、勧告13及び勧告16に沿った取引相手デュー・ディリジェンスを促進するために、AML/CFTの目的で容易に利用できる方法で、その法域で登録または免許を受けたVASPに関する情報を整備、公表することが強く奨励される。
        4. 各法域は、VASPセクターと連携して広範に用いられるトラベル・ルール・コンプライアンス・ツールを特定し、これらのツールがすべてのFATF要件を満たしていることを確認することを含め、これらツールに関する詳細な知見を深めるべきである。
      4. ステーブルコイン、DeFi、P2P取引を含むアンホステッド・ウォレット、NFTなどのエマージングリスクや、増大するリスクへの対処
        1. ステーブルコインの採用や犯罪者による使用の増加、及びステーブルコインが他の暗号資産同様にP2Pで移転できる機能性を踏まえ、各法域は、市場の動向をモニタリングし、金融犯罪リスクを評価し、適切なリスク軽減措置を講じるべきである。
        2. 各法域は、DeFiの仕組みに関連する不正資金リスクを評価・モニタリングし、VASPの定義に該当する可能性のある主体を特定し、責任主体を捕捉するための規制的枠組みを策定し、適切な監督・執行措置を講じ、事例や残課題はVACGメンバーと共有すべきである。
        3. 各法域は、市場の発展状況をモニタリングするとともに、P2P取引を含むアンホステッド・ウォレット及びNFTに関連するML/TF/PFリスクを評価し、データ収集及びリスク軽減策を含め、その経験を共有すべきである。
      5. 民間セクターへの提言
        1. 暗号資産交換業者及びトラベル・ルール・ツールの提供者は以下の事項を行うべきである:
          • トラベル・ルール・ツールを検証し、プロバイダーは、ツールがFATFの要件を完全に遵守できるようにする。
          • VASP によるトラベル・ルールの効果的な実施を促進し、疑わしい取引やFATF要件に準拠しない取引を検出・防止するためのVASPの制裁スクリーニング及び取引モニタリングを支援するために、トラベル・ルール・ツール間の互換性を向上させる(ツール間の互換性強化を可能にする技術的進歩、互いに互換性のあるツールの連結を可能にする仕組みの開発など)
        2. ML、TF及びPFに関連する持続的かつ重大な脅威に照らして、民間セクター、特にVASPsは、R.15に沿った適切なリスク特定及び軽減措置が実施されていることを確保すべきであり、必要に応じてさらなるリスクベースの措置を採用すべきである。これには、ステーブルコイン、DeFi、NFT、及びP2P取引を含むアンホステッド・ウォレットに関連するリスクの考察と低減策、並びに共通のリスク理解を深めるため、公共セクターの関係者との連携が含まれるべきである。
  • 次のステップ
    • 2023 年2月、FATFは R.15の実施を強化するため、2024年6月までのロードマップを採択した。ロードマップの一部として、FATFは、FATFメンバー法域及び重要なVASPの活動がある法域における R.15の実施状況(例えば、リスク評価の実施、VASPを規制するための法律の制定、監督上の検査の実施等)を示す表を公表した。本表の目的は、FATFネットワークが、資金洗浄・テロ資金供与対策の目的のためにVASPを規制・監督する上でこれらの法域を最善の形で支援できるようにすること、及び重要なVASPの活動がある法域が R.15を適時に完全に実施することを奨励することにある。FATF及びVACGは、FSRB事務局及びグローバル・スタンダードを設定し、あるいは支援と研修を提供する関連国際機関と協力して、R.15の遵守を奨励し支援するために、特にキャパシティが低く、か つ、重要なVASPの活動がある法域に対して、アウトリーチを実施し、支援を提供し続ける。
    • 加えて、FATF及びVACGは、DeFi及びP2P取引を含むアンホステッド・ウォレットに関連するものを含め、R.15の実施に関する知見、経験及び課題を引き続き共有し、FATFのさらなる作業が必要となる可能性のある顕著な進展について、この分野の市場動向を監視する。2024年2月のFATF本会合で決定されたとおり、FATFメンバー及び重要なVASPの活動がある法域による R.15の実施状況は、2025年に更新・公表される予定である。

(2)特殊詐欺を巡る動向

SNSの偽広告などを通じ金銭をだまし取る「SNS型投資詐欺」を巡り、2024年1~6月の被害額が506億3千万円に上ることが警察庁のまとめで分かりました。前年同期比7倍で、1件あたりの平均被害額は1418万円、被害者は50~70代が全体の70.9%を占めています。「オレオレ詐欺」といった特殊詐欺の年間被害額で過去最悪だったのは2014年の565億5千万円であり、SNS型投資詐欺は上半期だけでその規模に迫る勢いになっています(後述するロマンス詐欺とあわせれば、被害額は660憶2千万円にまで膨らみます)。新たな手口の詐欺による脅威の高まりが鮮明になった形です。なお、同期間の特殊詐欺の被害額は227憶8千万円で前年同期比15%増となりました。警察庁は被害件数の増加の背景に、世間の詐欺への認知度が高まって被害の届け出が増えたことがあるとみていますが、そもそも絶対的に被害が大きいといえます。

SNS型投資詐欺は著名人の写真や名前を悪用したなりすまし広告を起点として、参加者が限られるグループチャットに誘い込み虚偽の投資話を持ちかける手口が多く、資産形成を検討する40代以上のビジネスパーソンが標的にされやすいとされます。2024年上半期は計3570件の被害があり、被害額は「500万円以下」が1678件で最も多い一方、1億円を超えるものも54件確認されています。中でも茨城県内の70代女性が計約8億円を詐取された事件も発生しています。被害者を誘う広告で悪用されたSNSやサイトはインスタグラムが31.4%で最も多く、フェイスブック(FB)(19.4%)、投資サイト(14.2%)が続き、詐欺グループがかたった身分は投資家(35.5%)が最多で、「その他著名人」が17.6%となりました。また、恋愛感情を抱かせ投資話などを持ちかける「ロマンス詐欺」は2024年上半期に計1498件確認され、被害額は約153億9千万円で、この手口による1件あたりの平均被害額も1000万円を超え高くなりました。ロマンス詐欺はマッチングアプリ上で接点を持ち、被害者に恋愛感情や信頼感を抱かせた上で金をだまし取るもので、SNS型投資詐欺とは被害者を投資に誘う手法が共通しています。被害抑止のためにはSNS上の偽広告を締め出す必要があり、総務省の有識者会議は2024年7月、広告の事前審査の強化や違法広告の掲載停止の重要性を強調、政府に対してはSNS事業者による削除やアカウント停止を迅速化させる制度整備を求めています。警察庁は都道府県警を横断した取り締まり体制の構築を進め、7都道府県に専従捜査員500人を置く「特殊詐欺連合捜査班(TAIT)」を4月に設置、TAITはSNS型投資・ロマンス詐欺の取り締まりにも当たり、6月末までに14件を摘発していますが、摘発自体は低調な状況が続いています。

▼警察庁 令和6年6月末におけるSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について
  • SNS型投資・ロマンス詐欺の認知件数は5,068件(前年同期+3,811件)、被害額は約660.2憶円(+520.2憶円)
  • SNS型投資詐欺の認知件数は3,570件(+2,969件)、被害額は約506.3憶円(+437.6憶円)
  • ロマンス詐欺の認知件数は1,498件(+842件)、被害額は約153.9憶円(+80.6憶円)
  • SNS型投資・ロマンス詐欺の検挙件数は36件、検挙人員は24人。うちSNS型投資詐欺の検挙件数は25件、検挙人員は14人、ロマンス詐欺の検挙件数は11件、検挙人員は10人
  • SNS型投資詐欺の被害者の性別について、男性52.4%、女性47.6%。被害者の年齢層は男性は60代30.5%、50代23.3%、70代17.9%、女性は50代29.2%、60代25.7%、70代16.9%など。被疑者が詐称した職業は、投資家35.5%、その他著名人17.6%、会社員3.8%、会社役員2.6%、芸術・芸能関係2.4%など。当初接触ツールについて、男性はLINE21.0%、フェイスブック20.8%、インスタグラム18.1%、女性はインスタグラム35.0%、LINE17.9%、フェイスブック12.7¥3%。被害時の連絡ツールはLINE92.4%。被害金の主たる交付形態は振込88.9%、暗号資産8.7%。被害者との当初の接触手段はバナー等広告51.6%、ダイレクトメッセージ21.2%、グループ招待8.6%など
  • ロマンス詐欺の被害者の性別について、男性62.3%、女性37.7%。被害者の年齢層は男性は60代27.9%、50代27.7%、40代20.8%、女性は50代28.0%、40代29.6%、60代18.1% など。被疑者が詐称した職業は、会社員10.5%、投資家10.3%、会社役員6.3%、芸術・芸能関係4.1%、医療関係3.3%、軍関係3.1%など。当初接触ツールについて、男性はマッチングアプリ35.7%、フェイスブック25.0%、インスタグラム15.9%、女性はマッチングアプリ35.8%、インスタグラム33.5%、フェイスブック17.5%。被害時の連絡ツールはLINE92.9%。被害金の主たる交付形態は振込78.4%、暗号資産15.6%。被害者との当初の接触手段はダイレクトメッセージ74.2%、その他のチャット7.7%、オープンチャット3.0%など。金銭等の要求名目は投資71.0%。

被害拡大の一方、二つのグループが摘発されたSNS型投資詐欺事件で、大阪府警は、詐欺や詐欺未遂の疑いで計90人を逮捕しています(その後公開手配していた容疑者5人のうち2人も逮捕され、合計92人となりました)。今後も増える見込みで、府警は大規模詐欺グループの実態解明を進めるとしています。府警は大阪市内にある4か所のビルを約470人態勢で捜索、同日午後7時過ぎまでに1グループの主犯格とみられるいずれも職業不詳、山田、島内両容疑者ら8人を詐欺容疑で逮捕していました。大阪府警はその後も夜通しで関係者の聴取を行い、容疑が固まった男女82人を新たに逮捕したといいます。捜索ではスマートフォン約1800台や詐欺マニュアルを押収、少なくとも約150人から約9億5000万円を不正に集めたとみています(差し押さえたスマホには、詐欺の被害者とみられる人物とのやりとりが残っていたといいます)。捜索容疑は2024年2~3月、投資の講師になりすまし、為替相場の上下などを予想して投資する「バイナリーオプション(BO)」の取引について指導料名目で現金をだまし取ろうと考え、20代女性にSNSでメッセージを送信、虚偽の商材を購入させて現金約90万円を振り込ませるなどしたというものです(なお、悪用されたBOを巡っては近年、若者を中心に無登録業者との取引や高額商材を購入させられるトラブルが相次いでおり、国民生活センターによると、2023年度の被害相談は261件あり、このうち年代別で最も多いのは20代で約4割を占めています。本来、BOは、高度な知識が必要で非常にリスクの高い取引にもかかわらず、業者側は「少額でも可能」「短時間で結果が出る」と手軽さをPR、投資経験のない若者が射幸心をあおられ、虚偽の学習教材が入ったUSBメモリーを高額で購入させられるケースが目立つといいます)。二つのグループは、それぞれ約60人と約20人の規模で、手口が似ていることから関連があるとみられています。「稼げる仕事がある」などと友人、知人を誘い、メンバーを増やしていたといいます。今回の事件では、複数の不審情報や「内部告発」が捜査を始める端緒だったことが明らかになっています。報道によれば、グループの拠点になっていたビルの内部は異様な光景が広がっていたといい、「高級ブランドの服を着た大勢の若者が出入りし、日中はカーテンで閉め切られているビルの一室がある」こんな証言が最初に寄せられたのは約10カ月前の2023年10月ごろで、現場は大阪市中央区本町橋にある10階建てビルの一室で、大阪を代表するオフィス街の一角で、大阪府警本部からわずか約1キロの場所です。また、セカンドバッグを持って出てきた集団が近くのATMで多額の現金を引き出しているほか、室内には多数の電話機が置かれているという情報もあり、この情報を基に割り出した別のビルの一室から捨てられたごみを調べたところ、詐欺マニュアルのような書類が見つかったといいます。別の拠点ビルの部屋では石油製品販売業者の看板がかけられ、偽装工作も確認されています。2024年4月には、投資詐欺グループの関係者とされる人物からも情報が提供され、大阪市内の警察署に現れたこの人物は「知り合いが詐欺をしている」と打ち明け、大阪府警が捜査を進めたところ、一連の事件には二つのグループが関与し、市内4カ所のビルが拠点になっていることが判明、470人態勢で一斉に捜索に踏み切ったものです。各ビルの部屋には長机や椅子が並べられ、机の上には大量のスマホが並べられていたといい、メンバーの多くがSNSで虚偽の投資情報を打ち込んで送る「打ち子」だったとみられ、大阪府警は1人が複数のスマホを操作していたとみているといいます。また、朝日新聞で逮捕後に釈放された20代の男性への取材が報じられており、「容疑者グループは不特定多数にメッセージを送る「インスタ班」と投資を勧める「LINE班」に分かれ、報酬は完全歩合制だった」、「グレーな仕事と思っていたが、詐欺とは思わなかった」、「部屋では1人ずつ机が割り当てられ、2人が向かい合った形で並んでいた。充電器につながった大量のスマホが机の上に置かれていて、1人で50台を受け持つ人もいたという。「スマホに通知が来るのを一日中、ずっと座って見ている仕事だった」、「すでにインスタが設定済みで、女性の名前のアカウントが複数設けられていたという。アカウントにはそれぞれ、高級ブランドのバッグや時計など「金持ちっぽい写真」がすでに数十枚投稿されていた。「アカウントは完成形で渡されたので、自分で投稿とかはしていない」。スマホのメモ帳には相手とのやりとりのテンプレートがあり、それをコピペしてダイレクトメッセージ(DM)を送っていたという」、「「1日に数百人送って、数十人返ってくる、みたいな感じ」最初は「こんにちは」とだけ送った。「すぐに返信したら金持ちなのにヒマ人だと思われるので、2~3時間あけて年齢を聞いたり、仕事を聞いたりと日常会話を6往復くらいする」。それから「投資に興味ありますか」と聞いて、好感触なら「LINEでやりとりしましょう」とLINE班に引き継いだという」、「「別人の名前を使っていたこともあって、グレーな仕事とは思ったけど、逮捕されるとは思っていなかった。もう一切関わりたくない。いい経験ができたと思うしかない」といったもので、リアルな実態が浮かび上がっています。

また、リアルな手口を実感できる記事としては、2024年7月12日付毎日新聞の記事「きっかけはLINE、「暗号資産を売却したい」 信じた男性の末路」もありました。具体的には、「「どうでしたか」4月13日夜、商業施設を出た男性は、スマートフォンのスピーカーから聞こえる「男」の声に問いかけられた。男性は電話の相手から話を持ちかけられた「暗号資産」に関する取引を終えたばかり。無事に代金を支払ったと相手に告げると、電話を切った。この間、5~10分ほど過ぎただろうか。ふと、暗号資産の残額を確認しようとスマートフォンのアプリを起動した。ところが「受け取った」はずの暗号資産が見当たらない。どうなっているのか。先ほどまで会っていた青年や、電話の相手に連絡を取ろうとしたが、再びつながることはなかった」、「予定通り取引できたと信じ、男性は紙袋に入れた現金を青年に手渡した。しかし、受け取ったはずの暗号資産は直後にどこかへ送られ、無くなっていた。今思えば、青年と別れた後、急用で来られなかった「男」から電話がかかってきたのは「暗号資産を送るための時間稼ぎ」では。そんな想像も巡らせたが、後の祭りだった」、「振り返ると、不審な点がいくつもあった。男性が新たに設けたウォレットのパスワードをスマホで撮影された場面がその一つだ。直感で「パスワードを他人に知られてはならない」と思ったが、その後、男性の目の前で撮影した画像を削除する仕草を見せたことから、警戒心を緩めてしまったという。だが実際には、その画像は外部に送信されていたとみられる。何者かがそのパスワードを使い、新たなウォレットを勝手に操作して、暗号資産を送信。最初に取引を持ちかけた人物が、その役割を担っていた可能性も……。男性はそう考えている」というものです。

SNS型投資詐欺を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • SNSを通じて投資を勧めて金をだまし取ったとして、在留中国人らでつくる現金引き出し役「出し子」グループの5人が詐欺容疑で逮捕された事件で、警視庁は、職業不詳で中国籍の李容疑者=覚せい剤取締法違反罪で起訴=を詐欺容疑で新たに逮捕しています。グループの中には会社員をしながら出し子をしていた容疑者もいたといいます。警視庁は、LINEで不自然な日本語が送られてくることなどから、メッセージを送る役「打ち子」が海外にいるとみてSNSの解析などを進めています。警察庁によると、SNS型投資詐欺グループの一斉摘発は全国で初めてだったといいます。
  • 沖縄県警は、県内の自営業の50代男性が、LINEで投資コンサルタントを名乗る人物から投資話を持ちかけられ、約1億9500万円をだまし取られたと明らかにしています。SNS型投資詐欺事件として調べているといいます。男性は2023年11月、投資コンサルタントを自称するアカウントを登録しやりとりを開始、「30%の収益が出る株を予約するか」などと誘われ、その後アシスタントを名乗る別の人物の指示で2024年2月3日~3月16日、指定された口座に計19回送金したものです。
  • 広島県警は、同県廿日市市の40代の会社役員男性が、SNSで知り合った相手から投資を持ちかけられ、約1億1800万円相当の暗号資産をだまし取られたと発表しています。男性は2024年1月にFBで知り合った人物から「必ずもうかる」と投資を促されるなどし、5月までに16回、計約1億1800万円分の暗号資産を購入して指定先に送り、だまし取られたものです。相手は日本人女性とみられる名前を名乗り、英語や日本語でやり取りをしていたといい、男性が投資の利益を引き出そうとしても応じてもらえなかったため、6月に県警に相談、県警は詐欺容疑で捜査しています。
  • 兵庫県警西宮署は、西宮市在住の60代の女性がSNSで知り合った有名投資家の江原淳一郎氏をかたる人物から投資話を持ちかけられ、計1億74万円をだまし取られたと発表しています。2024年3月、女性がインスタグラムで投資に関する広告にアクセスしたところ、江原氏を名乗る人物から投資グループに誘われ、「一定の高額利益を上げている人だけが購入できる投資ファンドの商品がある」などと投資話を持ちかけられ、その後、2024年年5月~6月までの間、計20回にわたり現金計1億74万円をインターネットバンキング経由で振り込み、詐取されたものです。
  • 長崎県警諫早署は、諫早市の40代の女性会社員がSNSを通じて暗号資産や外国為替証拠金取引(FX)への投資話を持ちかけられ、計8890万円をだまし取られたと発表しています。女性は2024年4月中旬、有名実業家の写真を使った広告にアクセスした後、誘導されてLINEのグループに参加、そこで知り合った相手から架空の証券会社やアプリを紹介され、同7月18日までに23回、21口座に振り込んだものです。さらに約2億円の投資話を持ちかけられて不審に思い、被害に気付いたといいます。
  • 秋田県警は、秋田市の70代男性がSNSで知り合った相手から投資を勧められ、計約5100万円をだまし取られたと発表しています。男性は2024年5月上旬ごろ、動画サイトに表示された株に関する広告にアクセスし、LINEのグループに加入、そこで知り合った相手に特定のアプリでの投資を勧められ、同7月25日まで計11回にわたり約5100万円を指定口座に振り込んだものです。
  • 茨城県警土浦署は、将棋の元プロ棋士で株主優待券を活用した生活で知られる桐谷広人さんの名前を悪用した投資詐欺で、土浦市の60代女性が現金約3300万円をだまし取られたと発表しています。女性は2024年4月、桐谷さんと称するLINEアカウントの追加を求める画面がスマートフォンに出たため「友だち」に追加、「1カ月で最大600%の収益を達成できる」などと勧誘され、2024年4月25日~5月30日に指定された口座に15回で計約3300万円を振り込んだものです。利益を引き出せず不審に思った女性が土浦署を訪れ発覚、桐谷さんのアシスタントと名乗るアカウントに誘導された取引所サイトで利益が出ているように表示され、信じたといいます。

ロマンス詐欺を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 2024年7月8日付産経新聞によれば、恋愛感情を抱かせて金銭をだまし取る「ロマンス詐欺」の被害が急増、従来からある結婚詐欺の一種ではあるものの、最近ではSNSで接触し、投資話などを持ちかける手口が横行、警察関係者は、被害急増中の理由を「特殊詐欺よりも効率がいいためだろう」と指摘しています。また、「結婚詐欺の舞台は近年、「リアル空間」のお見合いパーティーよりも、SNSなどを通じた「バーチャル空間」での非対面型の犯行が主流。中でも、アフリカ人らが欧米の軍人や王室関係者を装い、憧れを抱かせる手口から「国際ロマンス詐欺」と通称されるものが問題となってきた。ただ、最近は“脱国際”が進み、警察庁は、これまで除外していた「日本人」として犯行に及んだケースも統計に含めるようになった」といいます。さらに、「ロマンス詐欺は従来、借金名目でカネを無心するものが多かったが、現在は投資をもちかける内容にシフトしている」、「岐阜県警は今年3月、ロマンス詐欺の利益と知りつつ被害者から計300万円の送金を受け、資金洗浄した組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)容疑で男女4人を逮捕。4人の口座には多数の被害者から振り込みがあり、一部を報酬として受け取って残りは暗号資産に換え、複数の詐欺組織に送金していたという。マネロンは、容疑者が逮捕されても被害回復が不可能となる「二次被害」の原因になっている」と指摘しています。
  • 2024年7月19日付朝日新聞によれば、「ロマンス詐欺のうち、8割を超える42件は途中で投資に移行しており、相手を感情的に揺さぶって「洗脳」した後に、投資を促すという手口が一つのパターンになっていると考えられる」、特殊詐欺などに比べて、若い世代に被害が広がっている」と指摘されています。
  • 鳥取県警は、県内の男性が、SNSを通じて親近感や恋愛感情を抱かせて金をだまし取る「SNS型ロマンス詐欺」で約2億円の被害にあったと発表しています。男性は2024年4月、インターネットの掲示板を通じて親しくなった女性とみられる人物から、「暗号資産で稼いでいる。一緒にできたらうれしくなる」と誘われ、暗号資産の取引用口座を開設、投資や、この人物に紹介された金融アナリストを名乗る男への指導料の名目で、6月にかけて13回、計約1億9600万円を振り込み、だまし取られたものです。暗号資産の取引用サイト上では利益が出ているように表示されていたといいます。男性が取引口座から出金しようとしたところ、追加の保証金として約1億4400万円を請求され、不審に思い金融庁に相談し、被害が発覚しました。
  • 青森県警弘前署は、県内の60代女性が、好意を抱かせる「ロマンス詐欺」の手口で現金計約3730万円をだまし取られたと発表しています。女性は2024年4月ごろ、インスタグラムを通じて「台湾人のマギー」を名乗る人物と知り合い、勧められるまま暗号資産を購入し指定アドレスに送信、取引アプリ上は資産が増えており、出金しようとすると「保証金が必要だ」と言われ、さらに暗号資産を送ったところで相手と連絡が取れなくなり、詐欺に気付いたといいます。
  • 青森県警五所川原署は、県内の60代男性が好意や親近感を抱かせる手法による「ロマンス詐欺」の被害にあい、現金計約2860万円をだまし取られたと発表しています。男性はSNSで「愛子」を名乗る人物と2024年4月下旬に知り合い、暗号資産の投資話を持ちかけられ、詐取されたものです。
  • 婚活アプリで知り合った男から「将来の自分たち2人の結婚資金をつくろう」などと投資話を持ちかけられ、横浜市の40代女性が現金約2750万円をだまし取られたと、神奈川県警が発表しています。女性は2024年6月、婚活マッチングアプリで知り合った会社員を名乗る男から、トークアプリで「結婚資金をつくろう」などと持ちかけられ、男から送られてきた投資サイトのURLを開き、暗証番号や自身の個人情報などを登録したといい、投資サイトのサポート役を名乗る人物から指示され、試しに約20万円を振り込むと数万円多く返金され、男も「自分も投資をしてもうけている」と話していたため、「信じ込んだ」ものです。
  • 宮城県警仙台南署は、仙台市太白区の国家公務員の40代男性が、約2400万円相当の暗号資産をだまし取られる被害にあったと発表しています。恋愛感情を抱かせて金銭をだまし取る「ロマンス詐欺」とみています。男性は2024年4月29日にマッチングアプリを通して親しくなった女性を名乗る人物から、SNSで「叔父がウォール街で働いていて暗号資産取引に詳しい。彼氏のあなたと一緒に取引したい」と勧められ、暗号資産の取引アプリをインストールし、取引に必要とされたインターネットサイトに登録、女性や女性の叔父を名乗る人物から指示された通り、日本円を暗号資産に変換し、計8回にわたり約2400万円分送金したものです。

社会問題化して久しい特殊詐欺のうち、古典的な「オレオレ詐欺」が2024年1~6月で2119件発生し、被害総額は105.2億円と前年同時期(58.3億円)から80.4%プラスの大幅増となっています。発生件数自体は+2.2%と伸びておらず、1件当たりの被害額が高額化しており、警察当局は警戒を強めています。オレオレ詐欺は、現金受け取り役の「受け子」や電話をかける「架け子」を闇バイトで募り、トカゲの尻尾切りのように使い捨てにするのが定番で、未成年が軽い気持ちで荷担することも多く、警察幹部は「近年は少年少女の啓発に重点を置いた対策が効果をあげている」とのことですが、最近は、SNSを使ったロマンス詐欺など「非対面式」の詐欺が急増、こうした流れを受けてか、オレオレ詐欺も、受け子が直接受け取る「現金手交型」が影を潜め、昔ながらの「振込型」が2024年に入り増えており、警察庁幹部は「詐欺グループの原点回帰か一過性のものかは現在、分析中」とした上で「原因は謎だが、金銭的被害の拡大に焦点を絞った対策が必要だ」と指摘しています。警視庁OBは「投資など、もうけ話でだます詐欺が確実に増える中、親の愛情に訴える卑劣な犯行も中々、なくならない。オレオレ詐欺や振り込め詐欺は完全に“死語”にしなければならない」と指摘しています。

▼警察庁 令和6年上半期の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和6年1~6月における特殊詐欺全体の認知件数は8,917件(前年同期9,457件、前年同期比▲5.7%)、被害総額は227.8憶円(198.0憶円、+15.1%)、検挙件数は2,623件(3,313件、▲20.8%)、検挙人員は914人(1,058人、▲13.6%)となりました。ここ最近、認知件数や被害総額が大きく増加していましたが、最近は減少傾向に転じていたところ、被害総額が増加した点が特徴です。ただし、相変わらず高止まりしていること、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺の被害が急増していることと併せて考えれば、十分注意する必要があると言えます。うちオレオレ詐欺の認知件数は2,119件(2,074件、+2.2%)、被害総額は105.2憶円(58.3憶円、+80.4%)、検挙人員は658人(1,039人、▲36.7%)、検挙人員は337人(441人、▲23.6%)となり、認知件数、被害総額、検挙件数、検挙人員ともが減少に転じましたが、オレオレ詐欺もまた高止まりしている点に注意が必要です。また、還付金詐欺の認知件数は2.109件(2,091件、+0.9%)、被害総額は31.7憶円(24.0憶円、+32.1%)、検挙件数は360件(504件、▲28.6%)、検挙人員は77人(89人、▲13.5%)と認知件数・被害総額が増加となりました。そもそも還付金詐欺は、自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。一方、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで2021年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いでいます。警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶たない現状があり、それが被害の高止まりの背景となっています。とはいえ、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性も考えられるところです(繰り返しますが、還付金詐欺自体事態、大変高止まりした状況にあります)。最近では、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、外国人の新たな活用など、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくいことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は713件(1,197件、▲40.4%)、被害総額は8.5憶円(16.7憶円、▲49.4%)、検挙件数は657件(903件、▲27.2%)、検挙人員は170人(232人、▲15.8%)と、認知件数・被害総額ともに減少という結果となっています(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性も指摘されています。なお、前述したとおり、外国人の受け子が声を発することなく行うケースも出ています。さらには、前述したとおり、キャッシュカードではなく「現金」入りの封筒で同様のすり替えを行う手口も出ています)。また、預貯金詐欺の認知件数は1,048件(1,256件、▲16.6%)、被害総額は10.2憶円(17.6憶円、▲42.5%)、検挙件数は776件(700件、+10.8%)、検挙人員は207人(222人、▲6.8%)となりました。ここ最近は、認知件数・被害総額ともに大きく減少していましたが、一転して大きく増加し、再度減少に転じた点が注目されます。その他、前述した架空料金請求詐欺の認知件数は2,432件(2,560件、▲5.0%)、被害総額は60.0憶円(69.1憶円、▲13.1%)、検挙件数は154件(138件、+11.6%)、検挙人員は93人(50人、+86.0%)と、認知件数・被害額の減少が目立ちます(検挙件数・検挙人員は増加が顕著です)。融資保証金詐欺の認知件数は159件(96件、+65.6%)、被害総額は1.2憶円(1.4憶円、▲11.4%)、検挙件数は8件(12件、▲33.3%)、検挙人員は5人(8人、▲37.5%)、金融商品詐欺の認知件数は51件(92件、▲44.6%)、被害総額は3.3憶円(9.5憶円、▲65.0%)、検挙件数は2件(13件、▲84.6%)、検挙人員は1人(15人、▲93.3%)、ギャンブル詐欺の認知件数は10件(11件、▲9.1%)、被害総額は0.8憶円(0.4憶円、+114.7%)、検挙件数は0件(0件)、検挙人員は0人(0人)などとなっています。

組織犯罪処罰法違反については、177件(85件、+108.2%)、検挙人員は78人(26人、+200.0%)となっています。また、犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は350件(349件、+0.3%)、検挙人員は179人(199人、▲10.1%)、盗品等譲受け等の検挙件数は0件(2件)、検挙人員は0人(1人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,808件(1,349件、+34.0%)、検挙人員は1,365人(1,349人、+1.2%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は81件(64件、+26.6%)、検挙人員は81人(67人、+20.9%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は13件(9件、+44.4%)、検挙人員は7人(9人、▲22.2%)などとなっています。とりわけ犯罪収益移転防止法違反が大きく増加している点が注目されます。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、男性(37.0%):女性(63.0%)、60歳以上79.7%、70歳以上58.4%、オレオレ詐欺は男性(27.7%):女性(72.3%)、60歳以上82.5%、70歳以上74.8%、預貯金詐欺は男性(12.0%):女性(88.0%)、60歳以上99.2%、70歳以上96.1%、融資保証金詐欺は男性(69.1%):女性(30.9%)、60歳以上5.9%、70歳以上2.0%、特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合は、特殊詐欺全体では70.8%(男性32.2%、女性67.8%)、オレオレ詐欺 79.8%(19.7%、80.3%)、預貯金詐欺 98.2%(12.1%、87.9%)、架空料金請求詐欺 48.6%(65.4%、34.6%)、還付金詐欺 76.9%(36.4%、63.6%)、融資保証金詐欺 49.0%(57.1%、42.9%)、金融商品詐欺 49.0%(76.0%、24.0%)、ギャンブル詐欺 50.0%(80.0%、20.0%)、交際あっせん詐欺 33.3%(100.0%、0.0%)、その他の特殊詐欺 14.6%(52.6%、47.4%)、キャッシュカード詐欺盗 97.9%(22.2%、77.8%)などとなっています。犯罪類型によって、被害者像が大きく異なることをあらためて認識し、被害者像に応じたきめ細かい対策を行う必要性を感じさせます。

最近の特殊詐欺を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • フィリピンを拠点に日本人グループが高齢者らを狙い、架空請求詐欺を繰り返していた事件は、神奈川県警が2024年1月に「かけ子」の男8人を逮捕し、組織の実態解明を進めています。被害は1億円を超え、捜査関係者への取材や公判記録などからは、細かくマニュアル化されたグループの手口や現地での管理された生活などが見えてきています。報道によれば、8人は、フィリピンに複数あったとされる「ハコ」と呼ばれるリゾートビラで共同生活を送っており、「ハコ長」とされる古参メンバーは2019年の初旬に入国、現地当局に入管法違反で拘束される2020年2月まで、日本へ電話をかけ続けていたといい、手口はマニュアル化され、複数のショートメール配信業者に「未払い料金がある」などのメッセージ配信を依頼、電話をかけてきた人を「顧客」と呼び、ターゲットにしていたといいます。顧客対応は3段階に分かれ、最初の「新規」は未払いがあると信じ込ませ、電子マネーをだまし取る、一度成功すると、顧客データは古参メンバーに引き継がれ、かけ子を代えて第2段階の「協会」、第3段階の「セキュリティ」に移るといいます。男らは名乗る団体の名称を使ってそう呼び合い、被害者に電話をかけ、詐欺と気付かれるまで電子マネーをだまし取っていたといいます。そんな男たちもハコでは管理されており、午前8時45分頃、ハコ長の朝礼で「始業」し、午後5時頃に「終業」、目標に達しなければ「残業」もあったといいます。成績によってランク付けされ、ランクに応じて外出や電子機器の使用が認められたといいます。
  • カンボジアを拠点としたグループの特殊詐欺事件で、詐欺罪に問われた大阪市淀川区の無職の男の判決が佐賀地裁であり、裁判長は懲役5年(求刑・懲役6年)を言い渡しています。判決では、男は別の男(詐欺罪で起訴)らと共謀し、2023年4月15日から5月28日頃までの間、佐賀県の被害者ら計4人に対し、SNSでFX(外国為替証拠金)取引を持ちかけて、それぞれ20万~3500万円を振り込ませ、だまし取ったものです。裁判長は「日本語のやりとりの修正など重要部分を担い、日本人を標的とする詐欺行為に不可欠な役割を果たした」などと指摘しています。男は特殊詐欺グループの一員で、2023年5月末頃、カンボジアの現地警察などに拘束され、その後、佐賀県警が男ら日本人3人を逮捕しています。大阪府警は、府内に住む中国籍で会社員の40代女性が、中国の捜査機関をかたるグループから約3億円の現金をだましとられる特殊詐欺被害にあったと発表しています。犯罪に関わっているとうそを言い、日本円や人民元を送金させていたといいます。女性のスマートフォンに2024年6月、中国の通信事業者を名乗る男女から「違法なビジネス情報を流している」と電話があり、通信アプリで中国の警察や検察と連絡を取るよう指示され、女性はアプリや電話で、中国の警察官や検察官をかたる複数の男性に「詐欺グループの主犯格が、あなたから個人情報を入手したと話している」と言われ、女性の資産を調査する費用として指定の銀行口座に現金を送金するよう要求されたため、女性は日本円や人民元で計33回にわたり、総額3億円を振り込んだといいます。女性はやりとりの中で、自分の顔写真が付いた身分証のようなものや、逮捕を示唆する文言が書かれた書類を見せられ、捜査機関と信じていたといいます。書類に「逮捕期限」と書かれた日に身柄を拘束されなかったことから、親族に相談して被害に気付いたということです。詐欺グループは一貫して中国語を使っていたといい、大阪府警は日本に住む中国人を狙った詐欺事件とみて調べています。
  • 千葉県警船橋東署は、船橋市の70代の無職女性が電話de詐欺被害に遭い、現金約1億6000万円をだまし取られたと発表しています。発表によると、女性宅に2024年2月12日~5月22日頃、「総務省の職員」などを装った男らから「あなたの名義で携帯電話を購入した人がいる」、「犯人の一味として疑われている。お金を全て調べなければならない」などと電話があり、女性は定期預金や投資信託などを解約して現金を用意し、指定された都内の複数箇所に宅配便で十数回に分けて送ったものです。
  • 群馬県警伊勢崎署は、伊勢崎市の60代の男性派遣社員が現金など計1億93万7190円分をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。県内の1件当たりの被害額では、過去5年で最大だといいます。2024年3月20日~5月13日、男性宅に警察官などを名乗る男らから「あなたの名前で株が買われている」、「インサイダー取引に該当する。犯行に関与していないことを証明するため、全ての口座を調べる必要がある」などとうその電話やメッセージがあり、男性は計11回、インターネットで現金計8143万7190円を振り込み、暗号資産1950万円分を送ったものです。男性は調査終了後に返金すると言われていましたが、7月31日に電話してもつながらず、被害に気づいたものです。
  • 長野県警は、同県小諸市に住む70代の女性が、法務省職員や警察官を名乗る男から計7920万円をだまし取られたと発表しています。2024年4~5月、女性の自宅に法務省の職員を名乗る男から「あなたから迷惑メールが送信されている」、「あなたの個人情報が漏えいしている」などと電話があり、さらにSNSを通じ、警察官を名乗る男から「口座を新しく開設する。お金を振り込んでください」などと言われ、計7回、金を振り込んだものです。
  • 宮城県警塩釜署は、同県塩釜市の60代男性が、警察官や検事を名乗る男の指示に従い、計約5000万円をだまし取られたと発表しています。2024年6月19日、大阪府警特殊犯罪課を名乗る男から「資金洗浄のリストに載っている」などと電話があり、男性は言われるまま「東京地検中西」などというLINEアカウントを登録、その後検事を名乗る男から「あなたの資金を移す必要がある」などと言われ、7月9~13日、ネットバンキングで6回にわたり指定口座に金を振り込んだものです。
  • 兵庫県警高砂署は、神戸市東灘区に住む20代の男子大学生が約4500万円をだまし取られる特殊詐欺事件が発生したと発表しています。2024年4月23日、大学生の携帯電話に中国の公安職員を名乗る人物から電話で「あなたが中国でマネー・ローンダリングをしている疑いがある。お金を振り込まないと逮捕する」などと虚偽の話をされ、指示に従い、計約4500万円を指定口座に振り込んだものです。家族に話したところ詐欺の可能性を指摘され、警察に相談したといいます。
  • 奈良県警生活安全企画課は、奈良県平群町の80代の男性と同県大和郡山市の60代の男性が2024年6~7月にかけて特殊詐欺の被害に遭い、計3500万円を詐取されたと発表しています。いずれも電話で犯罪に加担した疑いがあるなどと告げられて相手の指示に従った結果、インターネットの銀行口座を経由して金を引き出されていたものです。平群町の男性は、警視庁の警察官を名乗る男に暴力団員の自宅から男性の通帳が見つかったと告げられ、「このままでは逮捕しなければならなくなる」と言われ、指示されるままにパスワードなどの金融機関の口座情報を伝え、2500万円を振り込んだが、ほとんどがなくなっていたといいます。大和郡山市の男性は、郡山署の警察官を名乗る男から犯罪者の通帳に名義貸しをしたのではないかと告げられ、捜査協力のつもりで指示に従い、自身で銀行のインターネット口座を開設し、口座情報を伝えて1000万円を振り込み、全額を奪われたといいます。
  • 愛知県警緑署は、名古屋市緑区の70代女性が、警察官をかたる男らに2000万円相当の金塊を詐取されたと発表しています。2024年7月、被害額が約1600万円の金塊詐取がもう1件あり、県警は一連のオレオレ詐欺事件とみて捜査しているといいます。女性の自宅に警察官を名乗る男から「詐欺グループが口座や電話番号を使って犯罪を行った」という電話があり、その後、SNSのメッセージで「金の流れを調べるため口座の現金を全て金塊に交換して」と求め、金塊を玄関に置くよう指示、金塊が持ち去られたといいます。女性は「SNSで警察手帳や逮捕状のようなものを見せられ信用してしまった」などと話しているといいます。
  • 特殊詐欺グループで現金を受け取る役目の「受け子」として、高齢女性から現金をだまし取ったとして、警視庁暴力団対策課は、詐欺の疑いで住吉会傘下組織中村会幹部を逮捕しています。共謀して2024年5月23、24日にかけて、港区の無職の80代の女性方に息子などを名乗って「取引先との契約書や手形を盗まれた」、「手付金を払わなければならない」と電話し、女性から現金507万円をだまし取ったものです。女性は前日にも数百万円を詐取されたとみられ、同課は共犯者の行方を追っています。
  • 親族を装い高齢女性から現金100万円をだまし取ったとして、警視庁蒲田署は、詐欺の疑いで、稲川会傘下組織組員を逮捕しています。金を受け取る「受け子」の男らを勧誘した疑いがあるといいます。他の人物と共謀し2023年9月、埼玉県越谷市の80代女性に電話をかけ、孫を名乗り「仕事でミスをした」、「お金が必要だ」と伝え現金をだまし取ったものです。
  • パソコンがウイルスに感染したと虚偽の警告を表示させて復旧費用などを請求する「サポート詐欺」の手口で現金をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は電子計算機使用詐欺の疑いで、住居不定、無職の容疑者を逮捕しています。容疑者は「口座屋」と呼ばれ、詐取金が複数の口座を介して集められる口座を管理していたとされ、この口座から、暗号資産を購入するなどして、マネロンしていた疑いもあるといいます。50代の男性が自宅でパソコンを操作していたところ、画面上に突然、情報を盗んで外部に送る「トロイの木馬」と呼ばれるウイルスに感染したことを示すメッセージとともに、国際電話の番号が表示され、男性が電話で連絡を取ると、片言の日本語を話すマイクロソフト社員を名乗る男が対応、男の指示通りにパソコンから自分の口座にアクセスすると、気付かないうちに遠隔操作で他人名義の口座に現金約49万円が送金されていたといいます。現金はその後、容疑者が管理する暗号資産口座に送金され、男は男性に「送金手続きができなかった」などと言い、プリペイドカード式の電子マネー約60万円分も購入させ、だまし取ったものです。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。直近でも、高齢者らの特殊詐欺被害を一般の人が未然に防ぐ事例が増加しており、たとえば、銀行の利用者やコンビニの客などが代表的です。2023年における特殊詐欺の認知・検挙状況等(警察庁)によれば、「金融機関の窓口において高齢者が高額の払戻しを認知した際に警察に通報するよう促したり、コンビニエンスストアにおいて高額又は大量の電子マネー購入希望者等に対する声掛けを働き掛けたりするなど、金融機関やコンビニエンスストア等との連携による特殊詐欺予防対策を強化。この結果、関係事業者において、22,346件(+3,616件、+19.3%)、71.7億円(▲8.5億円、▲10.6%)の被害を阻止(阻止率 54.6%、+2.1ポイント)」につながったとされます。また、もう少し細かい数字で言えば、埼玉県警によると、こうしたケースは2023年1~8月で104件にのぼり、すでに2022年1年間(103件)を超えたといいます。県警は、街頭での啓発活動や金融機関でのポスター掲示などが一定の効果を上げているとみています。また、被害を未然に防げた「水際防止」は2022年に全体で2215件となり、1888件だった2021年を上回って過去最多を更新しています。2023年も1~8月で1444件と最多に近いペースとなっています。大多数は家族やコンビニ店員、金融機関職員が詐欺と気づいて声をかけたものですが、居合わせた一般の人による声がけや警察への通報は2022年同期(64件)の1.6倍に増えているといいます。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。以下、直近の事例を取り上げます。

  • 山口県岩国市のコンビニ店や銀行で働く3人の女性が、それぞれの店を訪れた高齢者客への詐欺被害を未然に防いでいます。積極的に声をかけ、違和感をそのままにせず丁寧に応対したことが奏功したといいます。3人は岩国署から感謝状を贈られています。感謝状贈呈式でコンビニ店員は「被害を止めることができたのは相手がこちらの話を聞いてくれたから。それがうれしい」と振り返り、た。山口銀行岩国南支店で二つの詐欺を防止できたのも、行員が来店者とのやりとりで不審に思ったことがきっかけだったといいます。
  • 来店した高齢者に声をかけ、特殊詐欺の被害を防いだとして、警視庁府中署は、東京都府中市内のコンビニや銀行の従業員計7人に感謝状を贈っています。携帯電話で話しながらATMを操作する高齢者の会話内容を不審に思い、振り込みをやめさせたファミリーマート府中紅葉丘店の店員は「コンビニで働いて17年になるが、こんなことは初めて。今後も気になる人がいれば声をかけたい」と話しています。
  • SNSを通じた投資、ロマンス詐欺の被害を未然に防いだとして、千葉県警館山署は、セブン-イレブン南房総三芳店に感謝状を贈っています。2024年5月13日、同店のパート従業員が、常連客の女性から電子マネーカードの購入方法を尋ねられ、女性はカードの購入をした経験がなく、不審に思ったため店長と理由を尋ねたところ、女性が携帯電話でのメールのやりとりを示し、相手方からカードの購入と番号を教えるよう求められたことを明らかにしたため、詐欺と確信し、110番して被害を食い止めたものです。
  • 高齢者を狙った特殊詐欺事件の容疑者逮捕に貢献したとして、新潟県警見附署は、見附市のタクシー運転手と勤務先の中越交通見附営業所に署長感謝状を贈っています。2024年5月31日、JR見附駅前から若い男をタクシーに乗せ、男が長岡市内の小さな公園を行き先に告げながら、知っている様子もないことなどから不審に思い、男を降ろした後に営業所に報告、所長が見附署に通報したものです。運転手は「お客様に注意を払うことがいい結果につながったのかもしれない。(被害者の)お金も取り戻せて良かった」と話し、所長は「もし間違っていたらと通報を一瞬ちゅうちょした。以前から警察が『情報としてでいい』と呼びかけていたことが心強かった」と話しているといいます。

その他、特殊詐欺対策の取組みなどについて、いくつか紹介します。

  • 千葉県警は、コンビニの各店舗にそれぞれ担当の警察官を割り当てる「アシストポリス」制度の運用を2024年6月かに始めています。決められた担当者が店舗に定期的に立ち寄り、顔の見える関係の構築を目指すとしています。頻発する特殊詐欺被害をはじめとする犯罪を未然に防ぎ、地域の治安向上につなげる狙いがあります。顔の見える関係を築くことで、コンビニ側も気軽に相談しやすくなり、安心感が生まれるといったメリットがあり、主に期待されるのが、後を絶たない特殊詐欺被害の抑止だといいます。
  • 愛知県警は、池上彰さん本人が被害防止を訴える啓発動画を作成しています。愛知県警のSNSや商業施設の大型ビジョンなどで放映するほか、他県警でも使用できるようにするといいます。動画は、県警が池上さんに依頼して実現、52秒間の動画の中で、池上さんは「私は怒っています! 絶対にもうかる投資などないんです」などと強調、SNSだけでやりとりしている相手を信用しないことや、「必ずもうかる」などの言葉には注意するように呼び掛けています。
  • SNSを使った詐欺の被害が拡大するなか、香川県警は県内の銀行や証券会社など9企業・団体とともに、被害防止に向けた共同宣言を発表しています。宣言には、香川銀行や県農協、香川証券などが参加し、県民の資産を守るため相互に連携することを明記しています。宣言の式典で、百十四銀行の大山専務執行役員は「詐欺被害の防止は健全な金融取引や投資環境の整備の観点からも重要」と意義を強調、県警の岡本本部長は「SNS上でアプローチを受けた際に(県民自身が)危険を察知し、立ち止まっていただくことが重要」と話しています。県警は宣言に参加した9団体から協賛金を得て、啓発動画を作り、ニュースキャスターのような女性が手口を紹介したうえで、「詐欺師に投資していませんか?」「詐欺師に恋していませんか?」と尋ねる構成で、インスタグラムやユーチューブの広告、街頭のデジタルサイネージ(電子看板)などで流し、県民に注意を呼びかけています
  • 富山県警富山中央署は、同署を訪れ「受け子の仕事をしたが、指示役から報酬をもらっていない。詐欺被害に遭ったかもしれない」と訴えた男を、富山市の80代女性への詐欺未遂容疑で逮捕しています。「金融庁のムラカミ」を名乗り女性方を訪れ、通帳などをだまし取ろうとしたものの、話し方や態度を不審に思った女性に拒まれ、逃げたといいます。女性から通報を受けて行方を追っていたところ、1人で同署に現れ、被害届を出したいと申し出たものです。
  • 英国家犯罪対策庁(NCA)は詐欺電話をかけて、世界中の何十万人もの人からお金を盗むことを可能にしていたオンラインプラットフォームを閉鎖したと発表しています。このプラットフォームは「ロシアン・コムズ」と呼ばれていますが、ロシア政府との関連は不明だといいます。銀行やクレジットカード会社の社員になりすまして電話をかけ、お金をだまし取ることを可能にしていたと説明しています。2021年から2024年の間に英国の電話番号に130万回の電話をかけ、数千万ポンドをだまし取ったとされ、被害者は英国内だけでおよそ17万人とされます。英当局は2024年3月と4月にロンドン東部のニューアム出身者3人を逮捕、このうちの2人はロシアン・コムズの創設と発展に協力したとみられています。

(3)薬物を巡る動向

警察や海上保安庁、厚生労働省麻薬取締部などによる2023年の大麻事件の摘発者数が6703人(前年比20.9%増)に上り、過去最多だった2021年(5783人)を大幅に上回ったことが、厚生労働省の薬物情勢統計で判明しています。とりわけ30歳未満が約7割を占め、武見厚労相は「若年層の乱用期の渦中にある。脱却に向け対策を一層強化する」と述べています。薬物事件全体の摘発は9.46%増の1万3815人、うち覚せい剤は6073人(3.43%減)と8年連続の減少となった一方、押収量は1601.6キロ(237.0%増)と大幅に増加しています。摘発者数は大麻が初めて覚せい剤を上回りました。他の押収量は乾燥大麻が850.0キロ(157.0%増)、コカインが56.2キロ(31.3%増)、MDMAなどの合成麻薬は16万9743錠(77.5%増)、薬物密輸の摘発件数は472件(35.6%増)、摘発者数は563人(27.1%増)で、いずれも2年連続で前年から増加しています。

▼厚生労働省 「第六次薬物乱用防止五か年戦略」フォローアップについて(令和5年の薬物情勢公表)
▼報道発表資料
  • 令和5年の薬物情勢
    • 薬物事犯の検挙人員(医薬品医療機器等法違反によるものを除く)は13,815人(+1,194人/+9.46%)と前年より増加した。このうち、覚せい剤事犯の検挙人員は6,073人(▲216人/▲3.43%)と8年連続で減少し、5年連続で1万人を下回っている。また、大麻事犯の検挙人員については6,703人(+1,157人/+20.9%)と過去最高値を大幅に更新するとともに、初めて覚せい剤事犯の検挙人員を上回った。
    • 覚せい剤の押収量は1,601.6kg(+1,126.3kg/+237.0%)と前年より大幅に増加した。大麻の押収量のうち、乾燥大麻の押収量は850.0kg(+519.3kg/+157.0%)と前年より増加した。大麻リキッドに代表される大麻濃縮物の押収量は56.5kgであった。
    • 一方、コカインの押収量は56.2kg(+13.4kg/+31.3%)、MDMA等錠剤型合成麻薬の押収量は169,743錠(+74,129錠/+77.5%)と前年より増加した。
    • 薬物密輸入事犯の検挙件数は472件(+124件/+35.6%)、検挙人員は563人(+120人/+27.1%)と2年連続で検挙件数、人員ともに増加した。
    • 30歳未満の検挙人員は、覚せい剤事犯、大麻事犯ともに前年より増加し、大麻事犯全体に占める30歳未満の検挙人員の割合は72.9%(+3.7P)と過去最高を更新した。
    • 覚せい剤事犯の再犯者率は66.0%(▲1.7P)と前年より減少した。
    • 大麻事犯の初犯者率は76.4%であり、初犯者が占める割合が高い。
    • 危険ドラッグ事犯の検挙人員は444人(+132人/+42.3%)と前年より増加した。
  • 目標1 青少年を中心とした広報・啓発を通じた国民全体の規範意識の向上による薬物乱用未然防止
    • 薬物の専門知識を有する各関係機関の職員等が連携し、学校等において薬物乱用防止教室を実施したほか、各種啓発資料の作成・配布を行った。〔文科・警察・財務・法務・厚労〕
    • 大麻の乱用拡大が進む若年層に対し、薬物乱用の危険性・有害性に関する正しい知識を普及するため、大学等や民間企業における薬物乱用防止講習を実施したほか、薬物乱用防止指導員や学校薬剤師等の講師による学校等における薬物乱用防止教室の実施、有職・無職少年を対象とした薬物乱用防止読本の作成・配布、関係省庁のウェブサイトやSNSへの広報啓発資料・動画の掲載といった広報啓発活動を実施した。〔警察・文科・厚労〕
    • 家庭及び社会における広報啓発として、各種運動、薬物乱用防止に関する講演、街頭キャンペーン等、地域住民を対象とした広報啓発活動を実施するとともに、ウェブサイトやリーフレット等の啓発資材に相談窓口を掲載し、広く周知した。〔内閣府・警察・こども・消費者・法務・財務・文科・厚労〕
    • 海外渡航者が安易に大麻に手を出したり、「運び屋」として利用されたりすることのないよう、法規制や有害性を訴えるポスター等の活用を図ったほか、ウェブサイトやSNS等で注意喚起を実施した。〔警察・外務・財務・厚労〕
  • 目標2 薬物乱用者に対する適切な治療と効果的な社会復帰支援による再乱用防止
    • 「依存症対策地域支援事業」の実施により、依存症専門医療機関及び依存症治療拠点機関の選定を推進するとともに、「依存症対策全国拠点機関設置運営事業」により医療従事者の依存症治療に対する専門性の向上と地域における相談・治療等の指導者となる人材の養成を実施した。〔厚労〕
    • 薬物事犯で検挙された者のうち、保護観察処分が付かない執行猶予判決を受けた者等、相談の機会が必要と認められる薬物乱用者に対して、再乱用防止プログラムの実施を強化するとともに、パンフレットを配布して全国の精神保健福祉センターや家族会等を紹介するなど相談窓口の周知を徹底した。〔厚労・警察〕
    • 薬物事犯者の処遇プログラムを担当する職員への研修等の実施により、職員の専門性向上を図るとともに、関係機関が連携し、薬物処遇と社会復帰支援を一体的に実施した。〔法務・厚労〕
    • 家族会を開催する民間支援団体等を支援するとともに、保健所、精神保健福祉センターにおいて民間支援団体と連携して家族教室等を実施した。さらに、再非行に走る可能性の ある少年やその保護者に対し、積極的に指導・助言等の支援活動を行った。〔法務・厚労・警察〕
  • 目標3 国内外の薬物密売組織の壊滅、大麻をはじめとする薬物の乱用者に対する取締りの徹底及び多様化する乱用薬物等に対する迅速な対応による薬物の流通阻止
    • 各種捜査手法の効果的な活用に努め、薬物密売組織の中枢に位置する者に焦点を当てた取締りを推進し、令和5年中、首領・幹部を含む暴力団構成員等2,809人を検挙した。〔警察・法務・財務・厚労・海保〕
    • 令和5年中、麻薬特例法第11条等に基づく薬物犯罪収益等の没収規定を54人に、同法第13条に基づく薬物犯罪収益等の追徴規定を199人にそれぞれ適用し、没収・追徴額の合計は約4億292万円に上った。〔法務〕
    • 危険ドラッグ等取扱業者に対する取締りを推進し、危険ドラッグの把握に努め、29物質を新たに指定薬物に指定した。〔厚労〕
    • 迅速な鑑定体制を構築し、未規制物質や新たな形態の規制薬物の鑑定に対応するため、資機材の整備を行うとともに、薬物分析手法にかかる研究・開発を推進し、会議等を通じ関係省庁間で情報を共有した。〔警察・財務・厚労・海保〕
    • ダークウェブ、暗号資産を利用した密輸・密売事犯に適切に対応するため、関係機関との情報共有体制や、サイバー捜査に特化した部門を強化し、サイバー空間を利用した薬物密売事犯に対し捜査を展開した。〔警察・厚労〕
    • 近年の若年層を中心とした大麻事犯の増加等の国内における薬物情勢、諸外国における大麻から製造された医薬品の医療用途への活用、大麻草由来成分の活用等の国際的な動向を踏まえ大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の改正を行い、大麻を麻薬として位置づけ、施用罪を適用する等の法整備を行った。〔厚労〕
  • 目標4 水際対策の徹底による薬物の密輸入阻止
    • 関係機関間において緊密な連携を取り、捜査・調査手法を共有した結果、統一的な戦略の下に効果的、効率的な取締りが実施され、令和5年中、水際において、約2,406kgの不正薬物の密輸を阻止した。〔警察・財務・厚労・海保〕
    • 麻薬等の原料物質に係る輸出入の動向及び使用実態を把握するため、国連麻薬統制委員会(INCB)と情報交換を行うとともに、関係機関と連携し、麻薬等の原料物質取扱業者等に対し、管理及び流通状況等にかかる合同立入検査等を実施した。〔厚労・経産・海保〕
    • 訪日外国人の規制薬物持込み防止のため、関係省庁のウェブサイト等での情報発信に加え、民間団体等に対して広報協力の働きかけを行うとともに、国際会議や在外関係機関を通じて広報・啓発を実施した。〔財務・警察・厚労・法務・外務・海保〕
  • 目標5 国際社会の一員としての国際連携・協力を通じた薬物乱用防止
    • 国際捜査共助等を活用し、国際捜査協力を推進するとともに、国際的な共同オペレーションを進めた結果、薬物密輸入事案等を摘発した。〔法務・警察・財務・厚労・海保・外務〕
    • 第66会期国連麻薬委員会(CND)会期間・再開会期会合、第67会期CNDハイレベル会合・通常会合、アジア太平洋薬物取締機関長会議(HONLAP)及び国連薬物・犯罪事務所(UNODC)開催のSMART犯罪科学プログラムに関する活動等に参加し、参加各国における薬物の乱用状況、乱用対策等に関する情報を入手するとともに、国際機関や諸外国関係者等と積極的な意見交換を行い、我が国の立場や取組について情報共有を図った。〔警察・外務・財務・厚労・海保〕
  • 当面の主な課題
    • 令和5年の我が国の薬物情勢は、大麻事犯の検挙人員が6,703人となり、過去最多であった令和3年を大幅に更新し、大麻事犯の検挙人員に係る統計が確認できる昭和26年以降、初めて覚せい剤事犯の検挙人員を上回った。特に大麻事犯の検挙人員の7割以上が30歳未満の若年層であり、依然として大麻の乱用拡大に歯止めがかからない状況にあることから、我が国は引き続き「若年者大麻乱用期」の渦中にあると言える。大麻の乱用拡大を阻止すべく、令和5年12月に成立・公布となった改正法の施行も控える中、関係省庁と連携の上、予防啓発や取締りの強化などの対策を徹底していく必要がある
    • また、地域社会の中において、薬物依存症者及びその家族が関係機関の支援を受けられるよう環境整備を推進していくことが求められており、薬物依存症治療を実施する医療機関の整備を図るほか、関係機関が連携して、薬物依存症者への各施策を一体的に実施していくこととする。
    • 危険ドラッグ事犯については増加傾向にある中、令和5年に入りTHC等に類似した化合物を含有する危険ドラッグを摂取したことによる健康被害が相次いで報告されたことを受け、関係機関が連携して調査を行い、危険ドラッグ販売店舗と健康被害情報等の実態を把握した。また、令和5年9月に危険ドラッグ対策会議を開催し、必要な対策の検討を行うとともに、関係機関との情報共有や、取締体制の強化を図った。さらに、危険ドラッグ販売店舗への立入検査、検査命令及び販売等停止命令を実施するなど関係機関と連携した取締りの強化を行うとともに、広域的に規制する必要があると認められた製品については、医薬品医療機器等法に基づき、全国的に販売等を禁止する旨を告示した。引き続き、これらの取締りを徹底していくとともに、包括指定を含めた指定薬物への迅速な指定を行い、乱用断絶に向けた取組を行っていく。
    • また、密輸入事犯の検挙人員は前年より増加し、水際での不正薬物全体の押収量は約2,406kgと、過去2番目に多かった。我が国で乱用されている規制薬物の大半は海外から密輸されたものと考えられており、密輸形態別に見ると、海上貨物及び航空貨物から複数の大口事犯が摘発され押収量が増加しているのみならず、航空旅客からの摘発が著しく増加している。新型コロナウイルス感染症拡大防止による水際措置の終了などにより、入国者数は、新型コロナウイルス感染症拡大前まで戻りつつあることから、今後ますます航空旅客による密輸事犯の増加が懸念される。このため、関係機関が連携して、民間団体・事業者に対する広報協力の働きかけを行うとともに、引き続き、海外渡航者・訪日外国人への規制薬物持込み防止に関する広報・啓発活動を実施する必要がある。
    • さらに、近年、欧米諸国においてフェンタニルなどの合成オピオイド等の乱用が深刻な社会問題となっていることに対して、国を跨いだ新たな枠組みが創設されており、こうした枠組みを通じて、関係諸国と更なる連携を深めていくほか、引き続き国際機関等との情報共有や国際会議等への参加による情報収集を行うなど、より一層国際機関や各国機関との連携を強化していくこととする。

前述のとおり、若者への大麻蔓延の状況は危機的なところまできています。大麻の所持などで2023年に検挙された20歳未満は1246人、2014年は80人と、10年間で15.6倍に増加しています。直近でも信じがたい事件が発生しています。大麻を中学3年だった少年2人に譲り渡したなどとして、大阪府警は、同府和泉市の男子高校生(17)を大麻取締法違反などの容疑で逮捕しています。大阪府警は、大麻を受け取って所持し、密売に関わったとみられる少年2人(15、16歳)も同法違反容疑で逮捕、他に中3だった少年少女4人を同法違反容疑で逮捕、書類送検しています。2023年9月、16歳少年が通っていた中学校の植え込みに大麻28・645グラムと覚せい剤の錠剤5錠が入った箱を隠していたことが端緒となりました。男子高校生は2023年9~10月、自宅や府内の公園で少年2人に乾燥大麻や覚せい剤を譲り渡すなどした疑いがあり、「金がほしくて、中学3年になってから販売や使用を始めた」と供述しているといいます(1グラム3000~4000円で大麻を届け、1回1000円程度の報酬を受け取っていたとされます)。大阪府警は、少年2人がSNSを通じて薬物を密売するなどしていたとみています。逮捕、送検された7人は、和泉市内の中学校2校の卒業生で、2023年9月、16歳少年が当時通っていた中学校内の植え込みで大麻と覚せい剤が見つかったほか、2023年10月には、15歳少年の自室から大麻が発見され、少年2人の供述などから男子高校生の関与が浮上したといいます。

若者の関与した事件としては、コカインを使用したとして、沖縄県警那覇署が、沖縄本島南部に住むとび職の少年(15)を麻薬取締法違反(使用)容疑で逮捕したものがありました。2024年5月、沖縄本島南部にあるアパートの駐車場でコカインを使用したとしています。関係者から「少年の様子がおかしい」との通報があり、任意で尿検査をしたところ、コカインの成分が検出されたもので、少年は調べに対し「興味本位で大麻から始め、コカインも使った。SNSを使い、売人から入手した」と供述しているといい、少年は那覇家裁に送致されています。また、宮城県警仙台中央署は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、仙台市太白区の男子高校生(17)を逮捕しています。報道によれば、2024年6月、同市内の商業施設で少量の乾燥大麻を所持、巡回中の警察官が職務質問し所持品を検査したところ、大麻が見つかったというものです。

本コラムでも取り上げていますが、ドイツが年40億ユーロ(約7000億円)とされる闇市場の壊滅を目指した大麻の所持を合法化してから3カ月が経過しています。嗜好品の解禁を商機とみて大麻ビジネスが動き出す半面、危険運転や精神疾患への懸念から論争が絶えないといいます。2024年7月22日付日本経済新聞によれば、ドイツでは2024年4月、大麻の所持が一部合法化され、18歳以上の成人であれば嗜好品としての大麻の所持と栽培、具体的には成人は25グラムまでの所持で、栽培は3株まで認められました。未成年者は引き続き取り締まりの対象になるものの、それでも歴史的な政策転換を決めました。今の日本では想像できない大麻の合法化ですが、ドイツ政府が狙うのは闇市場の撲滅で、ドイツ大麻協会や独メディアによると、これまで不正資金の流入は年間で40億ユーロ規模に達し、マフィアなど反社会的組織に流れていたとみられています。また、健康被害の危険性が指摘される粗悪な大麻の流通を駆逐することも目指し、あえて合法にしたとされます。ドイツ国内で大麻合法化の賛否は大きく割れており、独公共放送NDRの世論調査によると、合法化に賛成の意見は16~29歳までの若年層で57%と過半に達したものの、30歳以上は55%が反対と対照的で、世代間で価値観に差があります。報道でドイツ医師会の会長は「デメリットがメリットを上回るのは明白だ」と指摘、「大麻の消費が当然のことになり、リスクへの認識が下がりかねない」と警鐘を鳴らしています。闇市場の撲滅につながるかにも懐疑的で、特に懸念されているのが精神疾患の助長とし、「25歳未満の若者に使用を許可すれば、脳の発達が損なわれて認知能力が低下する危険がある」と指摘しています。また、車社会のドイツでは自動車事故の誘発にも不安が高まっています。

2022年6月に大麻を解禁したタイでは、若者の薬物乱用者のリハビリ施設への入所が目立って増えているといいます。表向きは医療用に限って認められている大麻ですが、実際には娯楽目的の使用が横行し、バンコクなどには大麻ショップが雨後の竹の子のようにでき、禁止だったはずの20歳未満への販売や公共の場での吸引も黙認されている状況にあります。報道で20歳の男性は、6年ほど前からインターネットでこっそり大麻を購入していたものの、2年前の解禁後は簡単に入手できるようになり、値段も下がったので、急激に使用量が増えたといいい、勉強のストレスや友達も吸っているからという軽い気持ちで手を出したものの、最近は1回6000バーツ(約2万6000円)分を仕入れて、友達に売りさばくまでになっていたといいます。若者の大麻依存を重く見たタイ保健省は2024年7月5日、大麻を2025年1月から再び麻薬として規制し、医療目的以外の使用を取り締まる方針を打ち出しました。ただ、社会に一度広がった薬物汚染を短期間で収束させるのは困難との見方が強く、以前の本コラムで筆者も指摘しましたが、合法化のプロセス自体が性急すぎたのではないか、一度狂った歯車はそう簡単には元に戻すことは難しいのではないかと考えます。一方、大麻産業は政府の想定を上回るスピードで広がっており、バンコクには1100店以上の大麻ショップがひしめいています。販売者は「ルールは必要だと思うが、ころころ変わる政府方針に小規模農家や個人経営者が振り回されている」と批判しています。推進派は、推進派も参加する委員会を設置したうえで、全面禁止ではなく、規制法を整備することなどを求めており、禁止すれば「悪質業者が地下に潜り管理しにくくなる」と主張しています。

2023年に押収された覚せい剤は前年比3倍の1978キロで、「極めて深刻な状況」(財務省関税局)となっています。1件の摘発で押収量が多い大口事案が目立っています。発送元は件数ベースで、北米38%、アジア26%、中南米11%、中東10%、欧州10%、アフリカ6%と、各地に分散、手口も巧妙化しているといいます。違法薬物の捜査では、水際の検査で覚せい剤を発見しても、見た目や重さが似た岩塩などの偽物にすり替えて密輸の取引を継続させる「クリーン・コントロールド・デリバリー(CCD)」と呼ばれる手法が一般的ですが、密輸グループに怪しまれる可能性もあり、組織解明に向け、本物の覚せい剤を使う「ライブ」という手法も選択されることがあります(以下の神奈川県の事件はまさにそうです)。以下、薬物の密輸に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 覚せい剤約531キロをメキシコから横浜港に密輸したとして、神奈川県警は、自称・飲食店経営の内山容疑者とメキシコ国籍の男やコロンビア国籍の男ら3人を、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで再逮捕しています。末端価格は約350億円で、覚せい剤の押収量では1981年以降、神奈川県内最多で、国内でも6番目に多いといいます。神奈川県警は稲川会やメキシコなど海外の麻薬組織が関与した疑いがあるとみて調べています。報道によれば、横浜税関が積み荷が「パーム油」名目のコンテナを大型エックス線検査装置で調べ、白色結晶の覚せい剤が詰まった袋106個を見つけ、書類に指定された場所にコンテナを移動させ、2024年5月、覚せい剤を取り出しに来たとして、5人を同法違反(営利目的所持)容疑で現行犯逮捕し、調べていたものです。なお、本事件については、2024年7月31日付朝日新聞の記事「覚せい剤350億円分「泳がせ捜査」組織摘発か大失態か、緊迫の舞台裏」に詳しく報じられていますが、例えば、「メキシコ発のパーム油を何に使うのか」と税関職員はこれまでの経験から違和感を覚えたこと、これだけの覚せい剤の背後には、それをさばく大がかりな組織の存在があるはずで、覚せい剤を押収するだけでは再発の芽を残すことになり、密輸組織の実態解明のため、神奈川県警は泳がせ捜査を決定、しかも本物の覚せい剤を使う「ライブ」という手法を選択したこと、グループ側に荷物を奪われてしまえば「大失態」となることから。「コンテナがいつ動くかわからず、高度な緊張が続いたことなどが紹介されています。なお、神奈川県警が、2024年7月、住吉会系組員の男を覚せい剤取締法違反容疑で逮捕した事件では、カナダ発の船便でメープルシロップの容器に入った液状の覚せい剤115キロが横浜港に密輸されていました。
  • 東京税関と千葉県警は、覚せい剤を旅客機で成田空港に密輸したとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)などの疑いでカナダ国籍の20代の男2人を2024年6月に現行犯逮捕しています。押収量は約37.67キロ(末端価格24億8600万円相当)で、旅客機の手荷物から摘発した量としては過去最多といいます。報道によれば、共謀して、カナダからの旅客機で成田に到着した際、手荷物のスーツケース2個に覚せい剤を隠して持ち込んだとしています。税関や千葉県警によると、2人は友人関係で、「(スーツケースは)カナダの空港で預かり、中身は知らなかった。(数千カナダドルの)報酬をもらえる約束で知人から(運搬の仕事を)紹介された」、「スーツケースは私のものではありません」、「スーツケースは預かったもので絵画が入っていると思っていた」などと話しているといいます。
  • 覚せい剤を足の裏に貼り付けて国内に持ち込もうとしたとして、門司税関福岡空港税関支署は、フィリピン国籍で自称ブックライターの女を関税法違反の疑いで福岡地検へ告発しています。報道によれば、女は2024年6月30日、ポリ袋に入れた覚せい剤約4.07グラム(末端価格約27万円相当)を右の素足の裏に粘着テープで貼り付けて靴下で隠し、フィリピンから福岡空港に持ち込もうとした疑いがもたれています。「ストレスを解消するために(覚せい剤を)使っていた」などと容疑を認めているといいます。
  • 覚せい剤約744.83グラム(末端価格4400万円相当)をTシャツに染み込ませて航空貨物1個に隠して密輸したとして、警視庁薬物銃器対策課と東京税関などは、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、いずれもナイジェリア国籍で、職業不詳の2人の容疑者を逮捕しています。報道によれば、容疑者らは、水に溶かした覚せい剤を染み込ませたTシャツ25枚を航空便で密輸したといいます。
  • コカイン約178キロ(末端価格44億5千万円相当)を国内に密輸しようとしたとして、横浜税関は、関税法違反の疑いで、外国籍の男ら8人を横浜地検に告発しています。報道によれば、一事件の押収量として海上保安庁では過去3番目に多いといいます。プレジャーボートでコカインを千葉県館山市の相浜漁港に持ち込んだとしています。また、同日、一部に当たるコカイン約1.2キロを所持したとして、保安本部や神奈川県警、富山県警などの合同捜査本部が麻薬取締法違反(営利目的所持)の疑いで男8人を現行犯逮捕していました。合同捜査本部の検査で残りも全てコカインと判明、税関当局は警察と連携して密輸への警戒を強めています。
  • 住吉会の傘下組織幹部の男が、メキシコからコカインの入ったチョコレートを密輸した麻薬取締法違反の疑いで逮捕されています。男は麻薬密売組織の中心人物とみられています。麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたのは、報道によれば、幹部は2023年1月、メキシコの郵便局からコカインおよそ200グラム、末端価格500万円相当が入ったチョコレートを自宅に送り、密輸した疑いがもたれています。コカインは、市販されているチョコレートの中にビニール袋に入った状態で隠されていたといいます。また警察は、容疑者の知人で、いずれもさいたま市に住む2人の容疑者も麻薬取締法違反の疑いで逮捕しています。2人は2023年9月、タイの郵便局から違法薬物の「ケタミン」を朝日容疑者の関係先に送り、密輸した疑いがもたれています。容疑者は麻薬密売組織の中心人物とみられ、2人はその組織のメンバーだといいます。

その他、薬物に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 営利目的で大麻草を栽培したとして埼玉県警組織犯罪対策1課などは、茨城県の自営業、ディン容疑者らベトナム人の男女6人を大麻取締法違反(営利目的共同栽培)容疑で再逮捕しています。。ディン容疑者らは埼玉など3県内の倉庫や民家で大麻草を栽培していたとみられています。2023年5月に加須市内の倉庫で発生した火災の現場から大麻草が発見され、捜査を進めたところ、ディン容疑者らのグループが浮上、埼玉県警は2024年4月、古河市の倉庫や千葉県野田市の民家などグループの栽培拠点を捜索し、6月までにディン容疑者らを同法違反や入管難民法違反などの容疑で逮捕していたものです。古河市の倉庫はディン容疑者の名義で2022年9月から借りられていたといいます。
  • 自宅で覚せい剤を所持したとして、関東信越厚生局麻薬取締部が覚せい剤取締法違反の疑いで、「Romanticが止まらない」などの作品で知られるバンド「C-C-B」の元メンバーで無職、田口容疑者を逮捕しています。すでに東京地検に同法違反罪で起訴されているといいます。報道によれば、2024年6月18日に東京都足立区の自宅で、覚せい剤約0.585グラム(末端価格3万8千円相当)を所持した疑いで現行犯逮捕しされたといいます。
  • 自宅で大麻を所持したとして、関東信越厚生局麻薬取締部は、大麻取締法違反容疑で、ミュージシャン山田容疑者を現行犯逮捕しています。山田容疑者は「ハヌマーン」というバンドでギタリスト兼ボーカリストとして活動していました。報道によれば、交際中の女=同容疑で現行犯逮捕=と共謀し、山田容疑者の自宅で大麻1袋を所持した疑いがもたれており、同部は自宅から吸煙器具などを押収しています。
  • 九州大学は、覚せい剤を使用したとして、同大大学院総合理工学研究院の男性教員を懲戒解雇にしたと発表しています。報道によれば、男性教員は2024年5月31日、自宅内から覚せい剤が見つかり覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕され、釈放後の同大の事情聴取に、2020年夏ごろからの使用を認めており、6月10日に同容疑(使用)で再逮捕されています。
  • 大麻を所持していたとして、警視庁新宿署は大麻取締法違反(所持)の疑いで東京都葛飾区鎌倉、職業不詳の容疑者を逮捕しています。新宿区歌舞伎町の一角「トー横」に集まる中高生らに大麻を吸引させた疑いもあり、経緯を調べているといいます。調べに対し「大麻は吸ったが、風に飛ばされてきたものや寝ていた布団のところにあったもの。誰のものか分からないものを吸っても問題ない」と容疑を否認しているといいます。
  • 覚せい剤を使用したとして覚せい剤取締法違反罪に問われた静岡市の男性被告の判決で、静岡地裁が静岡県警の捜査を「任意捜査の相当性を欠き、違法だ」と指摘していたといいます。静岡中央署の捜査員が2023年1月、覚せい剤使用の疑いがあった被告を任意同行、令状が必要な強制採尿をすると伝え、痛みが伴うなどと説明し、任意の採尿に応じさせ、尿から覚せい剤成分が検出されたため逮捕したといいます。弁護側は、違法に集めた証拠で排除すべきだと主張m裁判官は、任意に提出せざるを得ない状況だと捜査員が被告を誤信させたとして違法性を認定しましたが、その程度などを踏まえると、証拠能力は認められると判断しています。
  • 三重大学は、産業用大麻の研究開発を進める「神事・産業・医療用大麻研究センター」を開設したと発表しています。麻薬成分が少ない産業用大麻は古来、神社のしめ縄や衣料などに活用されてきました。近年はバイオプラスチックやバイオ燃料の原料として再注目されつつあります。センターは各学部と連携し、新品種の開発や効率的な生産技術の確立を進め、産業用大麻の安定的な生産を支援したい考えだといいます。国の規制強化もあり、2022年時点の大麻の生産者は27人に減っていましたが、海外では産業用大麻が「環境に優しい新素材」として注目され、自動車の車体や建材など様々な分野で活用が進んでいます。三重大の研究センターが扱う産業用大麻は、麻薬成分の含有量が極めて低いもので、2~3年後までに、神事に使われるしめ縄などに適した新品種を開発することを目標に掲げるほか、向精神作用のない有効成分の活用なども研究するとしています。
  • 厚さ1キロの岩盤をも通り抜けることができる素粒子「ミューオン」を使った研究が盛んになっており、強い透過力を生かし、見えない物を見る「透視」の技術により、密輸を摘発したり、ミクロな世界を探究したりと、工学や医学、物理学での応用が期待されているといいます。商業化した米デシジョン・サイエンシズ社によると、90秒の測定で金属コイルの内部に不自然な空洞を発見し、コイルをはぐと中から大麻の束が現れたといい、透過力が数十センチほどのX線では、金属が盾となって見えない密輸方法だったといいます。検知器はバハマやシンガポール、UAEなどで導入が進んでいるといいます。

せき止め薬や鎮痛剤などの一般用医薬品(市販薬)を過去1年間に乱用目的で使った経験がある15~64歳は0.75%で、約65万人と推計されることが20日、厚生労働省研究班の初の全国調査で分かりました。年代別人口に対する割合は10代1.46%、50代1.24%の順で多く、薬の過剰摂取(オーバードーズ)が社会問題となる中、実態を踏まえ、販売制度の見直しと当事者支援を両輪で進める必要性が高まっています。今回、初めて市販薬乱用の質問を設け、気分を上げたり変えたりするために用量を超えて使用した経験があるかを聞いたところ、年代別割合は、最多の10代(15~19歳)が1.46%(約8万5千人)で、50代が1.24%(約30万8千人)、30代が0.69%(約10万1千人)と続いたといいます。研究班は「全体像を初めて捉えることができた。10代を中心に広がっていることを強く示唆する結果だ」としたほか、50代の乱用経験率も高いとし「今後、特徴を分析する必要がある」としています。一方、違法薬物の年間使用経験は大麻が約20万人、覚せい剤は約11万人だったといいます。

海外の薬物に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • バイデン米大統領は、医療用麻薬フェンタニルなどの違法薬物について関係機関に対策強化などを求める覚書に署名しています。フェンタニルはメキシコ国境から大量に流入し米国内で社会問題化しており、過剰摂取による犠牲者の抑止を図る狙いがあります。違法薬物対策は大統領選で争点の一つとなっており、バイデン民主党政権が無策だと批判を強める共和党候補のトランプ前大統領をけん制する狙いもありそうです。フェンタニルは中国で製造された原料をメキシコの犯罪組織が合成し、米国に密輸されています。米政府高官は、中国政府との対話を続けており、原料製造企業の取り締まりを引き続き求めていくと説明しています。
  • 関連して、米司法省は、メキシコ最大級の麻薬組織「シナロア・カルテル」の共同創設者エル・マヨ容疑者と、別の共同創設者の息子グスマン・ロペス容疑者を南部テキサス州で逮捕しています。米国で中毒者が増え社会問題になっている鎮痛薬フェンタニルの密造や取引を主導していた疑いが持たれています。司法省は声明で、サンバダ容疑者とグスマン・ロペス容疑者は、致死性の高い合成ドラッグ「フェンタニルの製造と密売ネットワークを含むカルテルの犯罪活動を指揮した」として米国で複数の罪に問われているとしています。サンバダ容疑者はエル・チャポとともにシナロア・カルテルを設立、麻薬取締局によると、米国ではフェンタニルが18歳から45歳の死亡の主な原因となっています。なお、ロイターによると、同時に逮捕されたサンバダ容疑者とロペス容疑者の仲は険悪で、2人の逮捕がさらなる抗争を生む可能性があるとされます(今回、グスマン・ロペス容疑者は自首することに決めていた一方、サンバタ容疑者はその意志はなく、部下にだまされて同じ飛行機に搭乗したといいます)。なお、ロイターによれば、「若い世代を中心とする多くの麻薬密輸事業者は、メキシコでライバルとの抗争で命を危険にさらし、当局に逮捕されて終身刑を受けるよりも、警察に自首してしばらく刑期を務めてから、稼いだ金をもっと良い目的のために使った方がいいと悟っているという。逮捕につながる情報を提供すれば、証人保護プログラムの対象となることもある。「そうした方が、いつまでも背後を警戒することなしに人生を謳歌(おうか)できるということを彼らは理解しつつある」」と報じており、それが事実であれば、麻薬組織のあり方、治安への影響も大きく変わる可能性があります。

(4)テロリスクを巡る動向

パリ五輪ではテロを阻止する対策が最大の課題となっていますが、仏の高速鉄道TGVの鉄道網への大規模な破壊行為は仏政府が過去最大級とされる警備を敷いた中で起きました。万全とみられていた警備ですが、地方の警備が手薄となりがちな脆弱性が露呈したことで態勢の見直しを迫られる可能性もあります。パリ五輪は国内外から1500万人以上の観光客が見込まれ、パリ郊外の会場でも競技が行われ、郊外とパリの移動も増加する見通しであり、欧州のテロ対策の専門家は「仏政府はパリ一極集中ではなく、フランス全体を網羅する防衛対策を強化する必要がある」との見方を示しています。仏首相は「TGVの路線を停止させる明確な目的を持った、組織的な犯行だ。犯人は、鉄道網のどこを攻撃するのが効果的か熟知している」と指摘したとおり、破壊行為はパリと大西洋側、東部、北部の各方面をそれぞれ結ぶ路線上にある、分岐点の付近などで起き、信号情報を送信するケーブルが切断、放火されており、影響を広範囲に及ぼそうとした意図がうかがえるものでした(なお、AFP通信などによると、仏捜査当局は、仏北部ルーアン近郊の仏国鉄施設内で、切断器具などを所持していた極左系の活動家を逮捕、26日の破壊行為との関連も調べているとのことです)。実はTGV路線では、2023年1月にも、東部の路線で同様の手口の破壊行為があったといいます。筆者は以前から「外部からの攻撃は情報の非対称性から攻撃する側が圧倒的に優位である」と繰り返し述べてきましたが、今回も正に攻撃する側であるテロリスト優位の構図が浮かび上がりました。本稿執筆時点(2024年8月3日)では、その後大きな混乱は見られませんが、パリ五輪・パラリンピック終了まで、大過なきことを願っています。

そもそもパリ五輪は「広く開かれた大会」を掲げ、歴史的建造物が並ぶ市中心部が大会開催エリアとなるのが特徴ですが、住人や観光客ら不特定多数の人が日常的に通行する区域に当たり、警備の難しさが指摘されてきました。特に、エッフェル塔の向かいにあるトロカデロ広場は、観客らが無料でメダリストと交流できる場所で、多くの人の出入りがある警備の重点ポイントとなります。最大の懸念材料は、イスラム過激主義によるテロで、仏内相は「兆候はない」とするものの、パリと郊外で2015年、同時テロで130人が死亡するなど、フランスは標的となってきました。2023年10月にパレスチナ自治区ガザでイスラエルとイスラム主義組織ハマスの戦闘が始まって以降、世論の不安は強まっています。仏政府は今回の五輪で、テロや暴力行為だけでなく、偽情報やサイバー攻撃などによる社会混乱の懸念への対応も迫られています。とくに警戒しているのは、ウクライナへの侵略を続けるロシアによる介入で、仏内相は、五輪に関し、ジャーナリストやボランティアからの約100万件の申請を審査し、4340件を却下したと述べています。約100件は露国家機関職員の疑いがあるロシア人と、同盟国のベラルーシ人などからの申請だったといいます。

五輪とテロ対策について、2024年7月26日付毎日新聞の記事「パリ五輪で厳重なテロ警戒が必要な理由 日大・福田充教授に聞く」が、大変参考になりました。とりわけ、「根本療法」として求められるのは、若者を中心とした孤立化、過激化しがちな人々を社会で包摂することだとする指摘は、筆者のこれまでの主張と全く同一のものであり、共感を覚えます。日本でも孤独・孤立対策がようやく本格化していますが、中長期的な、息の長い取り組みであることが重要だと思います。その他、さまざまな可能性を具体的に指摘していますが、例えば、「五輪はまず統治する側のプロパガンダに使われてきた歴史があります」、「一方で、国家や異なるイデオロギーの政治体制に対抗しようとする側も、自分たちの主義主張を拡散する舞台として、五輪を使ってきました」、「五輪は世界最大級のスポーツイベントで普段以上にその結果などが世界中に速報される仕組みが構築されます。テロを防ぐことも開催国・都市の大きな責任となっています」、「挙げるとすればロシアによるウクライナ侵攻とイスラエルのガザ地区への侵攻でしょう。ガザ侵攻は、23年10月のパレスチナ側からイスラエルへの越境攻撃に端を発していますが、イスラエルはパレスチナ難民が多く暮らすレバノンなどとも武力衝突が続くなど中東で緊張感が高まっています。また、フランスの現地警察当局は、01年の米同時多発テロのようなイスラム原理主義者によるテロを最も警戒しているようです。政情の混乱が続くマリなど、旧宗主国であるフランスに対する反発が根強い国もあります。ほかに過激な環境保護などシングルイシュー(単一の問題点)の訴えなどからテロが引き起こされることもあり得るとみています」、「集団によるテロは各国がテロ対策を目的とした通信傍受を強化した影響で発覚しやすくなり、以前より起きにくくなっています。さらにフランスはパリ五輪に際して出入国の管理も徹底するようになってもいます。ただ、近年では「ローンオフェンダー」(単独の攻撃者)と呼ばれる一匹オオカミ型の人物がテロを起こすケースが続いていて、フランスを含む各国の警察当局も防ぎ切れていません」、「フランス国内は多様な民族の人が集まっていて、移民も多い。そうした人たちが差別や貧困などを背景に孤立し、過激化しやすいと指摘されてきた事情もあります。特定の国際問題に民族的に関連があったり、触発されたりした個人が何かを起こす恐れは拭い去れないでしょう」、「極右とされる政党は欧州各地で力をつけ、フランスでもその度合いが増しています。収入が少なく、移民に仕事を奪われる白人層の支持を主に集めていると報じられたりしています。人道主義、博愛主義など、五輪が掲げるような普遍的な価値に抵抗したい人がいてもおかしくはないでしょう」、「「根本療法」として求められるのは、若者を中心とした孤立化、過激化しがちな人々を社会で包摂することです。例えばフランス国内のモスクでは、イスラム教徒の若者を集め、ともに語り、食事をするといった活動を行っています。孤立を防ぐことで、事前にテロの芽や危険性を摘むのですね。政府も宗教差別に反対するキャンペーン教育を実施しています。いずれもパリ五輪に向けた動きというよりは、長らく実践されてきた取り組みです。現地観戦する方は特に、パリでもテロが起きたことは覚えておくべきでしょう。パリ五輪はフランスの社会が孤独な人々の包摂をどこまで進められたのか、試されるイベントでもあるのかもしれません」といった解説がなされています。

また、2024年7月21日付朝日新聞の記事「「テロ」とは何か 簡単でない定義と安易な言葉づかいに潜むリスク」も大変興味深いものでした。筆者としては、「人々がテロだと感じるのと、事件の本質は必ずしも同じではない」、「テロが起きた後に社会から自由が奪われることがあるとすれば、それは我々自身による過剰な防御によるものだ。自由で民主的な国に暮らす人々は、そのリスクにも自覚的でなければならない」との指摘に大きな示唆を得ました。具体的には、「日本で、世界で、「テロ」と称される事件が起きています。テロリズムとはどんな行為を指し、何を根拠にテロと判断すべきなのでしょうか。テロという言葉には、そう呼ぶことで「善悪」を決めつけてしまう性質もあります。テロ問題に詳しい防衛大学校の宮坂直史教授は「安易に使用することも、使うのをためらうことも、本質を見誤らせる」と指摘します」、「「政治的な動機と目的がある」点は万国共通で、おおむね国際社会の共通認識と言えます。ただ、「テロリスト」と言う時、その考え方は必ずしも一致していません。独裁国家では体制に反対する人にテロリストのレッテルを貼って弾圧するケースがあります。特定の民族を弾圧する場合などにも使われます。このため、ある事件が起きた時に「政府や当局者がそう認定したからテロだ」と安易に判断することは危険です。ケースごとに見極める必要があるでしょう。人々がテロだと感じるのと、事件の本質は必ずしも同じではありません。私は動機や目的が重要だと考えます」、「日本の「国際テロリスト財産凍結法」では、ハマスはテロ組織指定されています。では、彼らの行為はテロなのか。イスラエル襲撃では1200人以上の犠牲者が出ました。この行為は、国際的なテロ関連条約や理解に照らして疑いなく「テロ攻撃」でしょう。政治的な理由があります。ただ、その後のイスラエルの反撃から現在に至る戦争状態の中では、ハマスの行為全てがテロ攻撃とは言えない。戦争状態は、テロかどうかという次元を超えています」、「長い時間軸でとらえて欲しいということです。事件の半年後や1年後、あるいは10年後にようやく背景が見えてくることもあります。その見極めは、一般事件に増してテロでは重要ではないでしょうか」、「単にテロという言葉を使うのを控えることも事態の本質を見誤らせます」、「テロリストが力ずくで民主主義を破壊することはできません。テロが起きた後に社会から自由が奪われることがあるとすれば、それは我々自身による過剰な防御によるものです。自由で民主的な国に暮らす人々は、そのリスクにも自覚的でなければなりません」といったものです。

さらに、2024年7月14日付産経新聞の記事「メディアや記者はテロや事件をどう報じるか」も極めて示唆に富むものでした。具体的には。「事件が起きるとメディアは現場、容疑者、被害者、関係者を広く取材する。とくに、容疑者がなぜ事件を起こしたのか、背景となる生い立ち、思想、動機をより深く掘り下げ、報道する。おととし7月に起きた安倍晋三元首相の銃撃事件では、被告の生い立ちや動機が連日のように報じられ、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)を巡る規制立法につながった。多額の献金や宗教2世の問題は許されるものではなく、法規制は妥当だろう。だが、事件によって社会が動いたというのは事件を起こすことの実効性を示してしまうのではないかとも感じていた」、「それぞれのメディアは首相の発言の影響ではなく、事件直後から個別に判断して名前を極力掲載しなかった。時にはメディア各社が集まって対応を協議したこともあったという。競合他社が事件の報道を巡って集まって協議することは異例だ。そうした対応ができたのも、被害者に配慮しながらも、メディアがテロのプラットフォームになってはならないという考えが背景にあったからだ。白人至上主義者による無差別なヘイトクライムと個人の怨恨に基づくとされる事件を巡る対応を同一視はできないが、かつてない衝撃的な事件を前にしたとき、メディアも従来の取材や報道を続けるのではなく、立ち止まることができたニュージーランドの例が持つ意義は大きい。日本のメディアはそうした対応ができるのだろうか。そして、自分は立ち止まって考えることができるのだろうか。自問自答が続いている」というものです。関連して、同7月8日付産経新聞の記事「メディアはテロに加担していないか、あるジャーナリストの謝罪」においても、ジャーナリストの「報道で重要なのはまず被害者。被害者がどう考えているかを伝える必要がある。2番目は同種犯罪が起きないよう原因を究明すること。そして最後に心掛けるべきは、メディアが犯人やその考えを肯定するようなプラットフォームになってはならないということだ」との言葉を取り上げています。

(テロと言えるかどうかは現時点でも断定できませんが)米共和党のトランプ前大統領が演説中に銃撃された事件は、発砲地点は会場周辺で数少ない高い建物で、事前にリスクが高いと認識されていたにもかかわらず、重点区域からは漏れていたことや、発砲の20~30分前には地元警察が容疑者を不審者としてマークし写真まで撮影し、情報は連絡網で報告されたものの、犯行直前に見失っていたこと、事件前に地元警察が銃を持った男が屋根の上にいると警告したものの、地元警察とシークレットサービスが異なる通信手段を利用していたため、情報が伝わらなかったなど米大統領警護隊(シークレットサービス)のさまざまな「失態」が明らかになっており、「この数十年でもっとも重大な失敗だ」として長官の辞任にまで発展しています。そして、その影響は日本国内にも広がっており、警察庁は、政治家らが街頭演説を行う会場やその周辺の警戒強化と、防弾資機材の活用を徹底するよう全国の警察に指示しています。国内では、2022年7月に安倍晋三・元首相が奈良市で街頭演説中に銃撃されて死亡し、2023年4月には岸田首相が応援に入った和歌山市の演説会場で、爆発物を投げ込まれる事件が起きています。警察当局は両事件を教訓に、演説会場は原則屋内とし、手荷物検査を実施することや、警護対象者と聴衆の間に適切な距離を確保することを政党側に求めてきましたが、「選挙運動に伴う警護は、通常に比べ格段に危険度が増す現実を改めて突き付けられた」、「選挙の自由妨害など選挙を取り巻く情勢の変化にも十分対応する必要がある」、「我が国でも触発されて同種の犯行が起きないとも限らない」(露木警察庁長官)として、今回の指示では、これらの働きかけを粘り強く続けるよう全国の警察に改めて伝えたものです。一方、先端技術の導入も進んでおり、都知事選では、カメラ付きドローンで現場を確認したほか、不審者が銃を取り出すなどの動きを人工知能(AI)で検知するシステムも活用、「AIに学習させながら使っている段階」(警視庁幹部)といいます。安倍氏の事件後、各都道府県警が作成する要人の警護計画は、警察庁が全て事前にチェックする仕組みになり、2024年6月末までに警察庁が審査した警護計画は約6300件で、約75%は警察庁が修正したといいます。次期衆院選や来年の参院選では警護対象となる首相や閣僚、政党幹部が候補者となるため、審査する計画案や警護の現場が同時期に急増することが懸念されています。また、単独でテロ行為に及ぶ「ローンオフェンダー」への対策も急務です。前述のとおり、社会的包摂の観点が極めて重要となることは間違いありません。一方で、自作の銃の拡散への対応もまったなしです。政府は銃器関連情報の拡散に歯止めをかけるため、2024年6月の国会で銃刀法を改正、ネット上などで銃所持をあおるような行為を罰則対象としましたが、匿名性の高い闇サイトを含め、犯罪を誘発する有害情報を取り締まるのは容易ではありません。銃の製造方法が闇サイト「ダークウェブ」などですでに拡散されている可能性もありますが、有害情報は海外のプロバイダーなどを通じて発信されているケースも多く、国内から発信された投稿への抑止力は期待できるものの、海外サイトまでの規制は難しいのが現状です。また、ダークウェブなどでのやり取りは発信元の特定が困難で、闇サイトでは証拠がすぐに消えてしまうケースもあるなど、警察組織の限られた人員では取り締まりにも限界があるのも事実です。そのよう中でも、サイバー捜査や広報啓発に一層力を入れなければならない」といえます。銃や爆発物の製造情報を巡っては近年、ネット上で情報を集めて質問に回答する生成AIに対する懸念も高まっています。生成AIの悪用を各国が単独で規制するのは難しく、運営側の自主規制にとどまっており、違法薬物や児童ポルノと同様に国際的な規制の枠組みが必要だといえます。EUでは2024年5月、世界で初めて包括的にAIを規制する法律が成立し、リスクに応じてAIを分類して利用を禁じたり、監視したりする規定ができましたが、こうした国際的な規制の実効性を高めるためには、巨大IT企業を抱える米国の加盟が欠かせず、各国がテロ対策を共通課題として、国際的な協調関係を築く必要があります。

2025年に開催される大阪・関西万博の警備に向け、警察庁は、各局の幹部らで構成する「警備対策推進室」を設置し、初の会議を開催しています。露木長官は会議冒頭の訓示で、会場内外の警戒警備や各国から訪れる要人の警護の徹底などに向けて準備を尽くすよう指示しています。万博は2025年4月13日から10月13日の半年間、大阪市の夢洲で開催され、期間中、約2800万人の来場者が見込まれています。露木長官は、組織に属さない単独の攻撃者(ローンオフェンダー)らによる違法行為や、サイバー攻撃、テロなどへの対策を徹底するよう指示、2023年広島で開かれたG7サミットなどの警備を通じて得た教訓も踏まえ、情報収集や訓練などの取り組みを進め、各国要人の警護などの事前準備にあたるよう求めました。また、交通対策や雑踏事故防止対策の重要性も指摘、鉄道事業者など関係機関との連携強化や、積極的な情報発信により、国民の理解と協力を得ることも指示しています。

ガソリンの悪用で36人が犠牲となった2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件から5年が経過しました。事件を教訓に、国はガソリン販売の規制を強化、2020年2月、携行缶にガソリンを詰め替えて販売するGSを対象に、購入者の身分証明書や使用目的を確認するよう義務化したほか、販売日や販売量を記録して1年間保管することも求めています。さらにインターネットでの販売業者に対しても、2020年3月、10リットル以上の販売を目安に、GSと同様に購入者記録を作成するよう要請するなど、相次ぎ対策が打ち出されました。しかしながら、いずれの対策も購入者側が虚偽の説明をすれば見抜くのは難しく、ネット販売の場合は店頭販売よりも販路が複雑で、販売元と購入者を仲介するだけの業者もおり、指導対象を正確に把握しづらいのが実情だといいます。一方、建物に建築基準法上の不備などはなく、事件後に制度の見直しはされていません。ただ燃え広がるスピードを遅らせる設備の工夫や、身を守る空間の確保、避難路の用意など緊急時を想定した対策の重要性を改めて認識させる契機となりました。また、青葉被告が家族や社会から孤立を深めた末に凶行に走った心情や過程が本人への質問などを通じ克明に浮かび上がりました。近年は無差別襲撃など、孤立が背景とみられる凶悪事件が相次ぎ治安上の脅威となっており、2024年4月には孤独・孤立対策推進法が施行、孤独や孤立を「社会全体の課題」と位置づけ、自殺者の減少や犯罪の抑止につなげることも狙いの一つとされています。また、事件を受け、事件が起きた京都市を除く全国19政令市の消防局と東京消防庁を対象に産経新聞がアンケートをした結果、8割超がガソリン放火を想定した訓練やマニュアル作成などの対策を進めていることが分かったといいます(2024年7月17日付産経新聞)。具体的には、堺市消防局と北九州市消防局が、京アニ事件と同様の過酷な燃焼状況を想定した訓練を実施。千葉市消防局や静岡市消防局は、現場となった京アニ第1スタジオと構造が類似した建物の立ち入り検査や避難指導などを行っていたほか、仙台市消防局も京アニ事件を念頭に「階段が使用できない場合の避難行動や、退避区間の考え方などを指導」していたといいます。また、京都市消防局は生存者への聞き取りなどに基づき2020年3月、放火被害に遭った際などに命の危険を低減させる方法を列挙したマニュアルを策定(本コラムでも取り上げました)。この動きを受けた20消防の対応を聞いたところ、14消防(70%)が独自の避難マニュアルを作成したり、京都市マニュアルを訓練や指導に生かしたりしていたといいます。

その他、海外のテロ/テロ対策を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米紙NYTは、オースティン国防長官が2001年の米同時テロを計画した主犯格とされるハリド・シェイク・モハメド被告(航空機を乗っ取り、建物に激突させる作戦を考案したとされます)ら3人との司法取引を破棄したと報じています。国防総省は2024年7月31日、3人が有罪を認める代わりに死刑を免れることで合意したと発表していました。同紙によるとオースティン氏は特別軍事法廷を監督する責任者を解任、事件は重要であり「決定に対する責任は私が負うべきだ」としています。2976人が犠牲になったテロでの死刑回避に対し、遺族が反発していたものです。国際テロ組織アルカイダ幹部のモハメド被告ら5人は2002~2003年の拘束後、中央情報局(CIA)の施設で水責めなどの拷問を受け、2006年にキューバのグアンタナモ米海軍基地に移送されました。米政府は米領土ではないとして長期勾留を正当化し、現在も基地内の特別軍事法廷で公判前手続き中ですが、拷問後の自白の証拠能力などを巡り争いがあり、5人のうち1人は拷問が原因とされる精神障害を患い、特別軍事法廷が2023年9月、自身を弁護できる状態にないとして他4人と審理を分離、別の1人はモハメド被告ら3人が合意した司法取引に加わらなかったといいます。
  • 西アフリカのニジェール、マリ、ブルキナファソの3カ国で、それぞれクーデターで権力奪取した軍事政権が連携を強めており、2024年7月6日に「首脳会談」を開き、協力関係をアピール、旧宗主国フランスや米国の駐留軍を追放し、ロシアとの関係を深めています。グローバルサウスで欧米主導の国際秩序が揺らいでいる実態を象徴しています(クーデター自体はテロとは言えませんが、これらの地域では、イスラム過激派を中心に、テロの脅威が高まっています)。ロシア民間軍事会社「ワグネル」が偽情報を拡散させ、反仏感情を拡散したとも指摘されています。ソ連崩壊で国力が落ち、アフリカの親露諸国との関係が衰えたロシアは近年、関係構築を積極的に進めています。なお、サヘル地域ではイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)や国際テロ組織アルカイダ系の組織が勢力を広げており、米仏の撤収で野放しになることが懸念されています。イスラム過激派関連の事件で2023年は1万1000人以上が死亡したとし、「サヘルはいまや世界におけるテロ攻撃の中心地だ」とも評されています
  • ISが衰退した後のイラクで、隣国のイランが存在感を増しています。政界では国内の駐留米軍への撤退論が強まり、米大統領選で米軍駐留に懐疑的なトランプ前大統領が当選すれば、撤退に向けた動きが加速する可能性もあります。イラクではイスラム教シーア派の人口が同スンニ派を上回り、過半数を占めており、スンニ派の過激派組織ISが国内で勢力を広げていた2014年、イラクのシーア派の宗教指導者が「国と人民を守るため、治安部隊に志願せよ」という宗教見解を出し、これに応じた民兵や市民でつくられたのが、PMF(人民動員隊)です。イランの革命防衛隊で対外工作を担っていたソレイマニ氏は、PMF支援の中心人物でした。イラクでは2003年の米軍侵攻後、イスラム教シーア派主導の政権ができ、同派を国教とするイランとの距離を縮め、その後、スンニ派のISと戦う民兵をソレイマニ氏が支援、イランの影響力は一層強まりました。こうした現状について、イラク軍の元将官は、米軍がイラクからいなくなることはないだろうとした上で、撤退した場合の影響について、「イランとその影響を受けた政党や団体が、イラクを支配するだろう。イラクがイランの属国のようになりかねない」と述べています。
  • ISが2014年6月29日、イラク、シリアにまたがる実効支配地域で「建国」を宣言して10年が経過しました。米国などが軍事介入した結果、3年半で支配地域の大半を失いましたが、最盛期には約9万平方キロ(日本の約4分の1)を支配し、イスラム教スンニ派の独自の解釈に基づく恐怖政治が世界に衝撃を与えました。ISがインターネットを駆使して宣伝した大義に、一定の説得力があったのも事実で、中東諸国の支配体制への批判も宣伝効果がありました。ISは国家主義や民主主義を「幻想」と断じ、武力による変革を正当化、各国のモスクや慈善団体を通じた寄付集めが可能だったのは、当時の状況に不満を抱き、共鳴したイスラム教徒がいたからです。当時も今も強圧への反発や混乱が、人々を過激思想に走らせることは、ISやアルカイダの盛衰を振り返れば明らかであり、いつか再興する可能性も否定できません。「米軍によると、イラク、シリアには依然として約2500人のISの残党がいる。そして、管理が万全とは言えないシリアの収容所に9000人以上の元戦闘員がいる。現在のイスラム教徒の受難、その遠因にある西洋の独善。ISが自らの正当性を再びアピールする環境はできあがっている。ISの潜在的な脅威は今なお軽視できない」(2024年7月21日付毎日新聞)との指摘は大変示唆に富むものと思います。

(5)犯罪インフラを巡る動向

活動実態のない宗教法人の役員を不正に変更する目的で議事録を偽造したなどとして、京都府警は、有印私文書偽造・同行使の疑いで京都市中京区の会社役員ら3人を逮捕しています。報道によれば、3人の逮捕容疑は氏名不詳者らと共謀し、開催されていない責任役員会の議事録を偽造、議事録には当時の役員から辞任の申し出があったなどとする虚偽の内容が記載され、2023年11月、京都地方法務局に京都市東山区に事務所を置く宗教法人の代表役員に容疑者が就任したとの変更登記申請書と議事録を提出したとしています。宗教法人は近年活動実態がなく、登記上の所在地はかつて寺院があったといいますが、数年前に売却され、現在はコインパーキングになっているといいます。文化庁は2024年6月、活動実態がない「不活動宗教法人」が2023年末時点で4431法人あるとの調査結果を発表しましたが、本コラムでたびたび指摘しているとおり、こうした宗教法人は脱税などに悪用される恐れがあります。今回も宗教法人の犯罪インフラ性を何らかの形で悪用しようとした「乗っ取り」だと言えると思います。

クチコミや個人の感想に見せかけて、商品やサービスなどを宣伝するステルスマーケティング(ステマ)が問題となっています。消費者庁はステマも景品表示法の不当表示に加えることで、規制できるよう2023年10月から法規制を始めており、2024年6月には東京都内の医療法人に、再発防止などを求める措置命令を初めて出しています。消費者庁によると、医療法人が運営するクリニックは2023年秋、インフルエンザの予防接種に訪れた人に「グーグルマップのクチコミ欄に高評価を投稿してくれれば、接種代金を割り引く」などと働きかけていたといいます。しかしながら、消費者庁は人員や予算が限られており、ステマが横行するなか、行政処分できるのはごく一部にとどまるとみられています。ステマが表示されるSNSの運営事業者と連携し、投稿の早期削除や、悪質なブローカーの発見につなげていく必要があると考えます。現状、規制の対象外のインフルエンサーについても、悪質なステマ投稿をしている場合には、処分できるような法整備も必要だといえます。

いわゆる「アドフラウド」の被害がなくなりません。本コラムでも、アドフラウドが反社会的勢力の資金源になっている可能性もあり、対策が急務だと指摘してきました。直近では、2024年7月26日付読売新聞の記事「サイト閲覧数を水増しされ、広告費詐取の被害…コンサルタント会社「代理店に丸投げダメ」」に実態が詳しく報じられています。不動産会社が自社のホームページの来訪者を確認すると、営業エリアと重ならない海外の人たちが、ネット広告経由で多く閲覧していたことが判明、しかも閲覧時間はわずか数秒であることに5~6年前に気づき、調べてみると、「アドフラウド」と呼ばれる詐欺被害に遭っていたことがわかったといいます。ネット広告費は本来、クリック数などに応じ、広告主からプラットフォーム(PF)事業者経由で掲載先のサイト運営者に支払われますが、クリック数が機械的に水増しされる手口で詐取されていたものです。また広告が、海外のゲームサイトなどに掲載されていることも確認されたといいます。ネット広告の大半は「運用型」と呼ばれる方式で、無数のサイトから自動的に掲載先が決まり、幅広く配信できる一方、広告主が知らないところで違法サイトや広告効果の低いサイトに掲載される可能性があり、クリック数の水増しも含め、同社では広告費の3~5%が無駄になったとみられるといいます。広告費を狙う集団の手口は進化しており、近年、問題視されているのが「MFAサイト」と呼ばれる広告収入を得るためだけに作られたもので、大量の広告が貼り付けられ、ネット上の文章や画像を寄せ集めただけの低品質なサイトで、生成AIによって大量に作られていると指摘され、「スパイダーラボズ」の推計によると、2023年に国内企業が支出したネット広告費のうち約211億円がMFAサイトに流れたとみられています。正規の見込み客はこうしたサイトを閲覧する可能性が低いため、企業が広告費を浪費する要因となっています。フィッシング、なりすまし広告、アドフラウドなど、複雑化する仕組みの隙をつき、金銭を狙う攻撃者に対し、国や民間の総力を挙げた対策、連携が求められているといえます。

2025年大阪・関西万博を運営する日本国際博覧会協会(万博協会)は、SNSのXで万博の公式アカウントに見せかけた不正なアカウントが見つかったと発表しています。給付金の支給をほのめかすような投稿があり、万博協会は注意を呼びかけています。2024年7月22日に万博協会の公式ホームページの問い合わせフォームに情報提供があり、調査を開始、同日午後6時時点で、計1137の不正なアカウントを確認、弁護士を通じて翌日にXに削除を申請し、現在は凍結されているといいます。不正アカウントでは、不審なサイトに誘導し、個人情報を不正に取得される可能性があります。奈良県では、県の関連団体が過去に使用していたインターネットドメインの第三者による再使用が新たに4件見つかったと発表しています。うち1件はオンラインカジノに誘導する内容が含まれ、県は注意を呼びかけています。オンラインカジノへの誘導が見つかったサイトは「ライトアッププロムナード・なら2019」で、2021年3月に外部サーバーから県のサーバーに移行した際に、旧ドメインが放棄されたもので、その後、第三者が取得したとみられています。ドメインの第三者による再使用は2024年6月に別のサイトで見つかり、県が調査していたといいます。

インターネットバンキング口座からの不正送金のために、他人のIDなどを使って大手銀行のサーバーに不正にアクセスしたとして、警察庁サイバー特別捜査部などは、無職の容疑者を不正アクセス禁止法違反の疑いで逮捕しています。警察庁は、容疑者がネットバンキングの不正送金グループの指示役だったとみており、SNSでの募集を見て加わるなどした9人がこれまでに警視庁や茨城県警などに逮捕され、「匿名・流動型犯罪グループ」の可能性があるといいます。また、全国の事件を直接捜査する警察庁のサイバー捜査部門が2022年4月にできて以降、国内で容疑者を摘発したのは初めてだといいます。不正送金グループの指示役が逮捕されるのは極めて異例で、個別に捜査していた警視庁や広島県警など16都道府県警が合同捜査本部を設置し、警察庁サイバー特別捜査部も暗号資産に換金された被害金を追跡するなどしたところ、容疑者が指示役として関与していた疑いが判明したものです。本件については、2024年7月9日付朝日新聞の記事「犯行グループ細かく役割分担 ネットバンキング不正送金、首謀者逮捕」に詳しく報じられています。具体的には、「グループは細かく役割を分担し、巧妙に金を奪っていた」、「グループはリーダーとされる矢野容疑者をはじめ、少なくとも10人で構成され、役割分担していた。不正送金は準備から始まる。利用者のIDとパスワードを入手するのと並行して、不正送金に使うスマートフォンを調達し、被害金を転々とさせる暗号資産の口座を作る。スマホは、通信に必要なSIMカードを勝手に再発行し、他人の番号を乗っ取る「SIMスワップ」という手口で入手していた。スマホ販売店で偽造の運転免許証を示し、別人になりすますという。スマホは、送金の際の認証コードの受信などに使っていた。口座情報の確認をする役もいる。入手したIDとパスワードで銀行のサーバーにアクセスできるか、口座の残高は幾らかを確かめる。こうした準備を経て、実行役がサーバーにアクセスし、銀行口座から暗号資産取引所の口座に不正送金させる」、「今回の捜査では、サイバー特捜部が暗号資産の取引を追い、口座を転々とした後に矢野容疑者が関係する口座に集まっていたことを確認したという」、「警察庁が昨年被害に遭ったネットバンキングの不正送金先を調べたところ、半額の44億2千万円が最終的に暗号資産交換業者の口座に送られていた。暗号資産にすることで、資金凍結を免れる狙いがあるとみている。警察庁は不正送金への対策として、今年2月に全国銀行協会などに対し、不正送金への監視の強化や、口座の名義人と異なる依頼人からの暗号資産交換業者の口座への送金を止めることを要求」、「23年4月には、クレジットカードの不正利用事件で、初めての合同捜査本部を大阪府警と設置した。インドネシア国家警察と協力して捜査を進め、23年7月、国家警察が同国在住の男を逮捕した。偽サイトに誘導して個人情報を抜き取る手口「フィッシング」のツール「16SHOP」が使われた事件で、このツールによる被害は世界中に広がっていた。サイバー特捜部が主導した捜査での逮捕としては、これに次ぎ、今回のネットバンキング不正送金の摘発が2例目となる」といったものです。

本コラムで継続的に指摘しているとおり、サイバー攻撃は自らが「被害者」であると同時に、他者への攻撃への「踏み台」とされる可能性もあり、「加害者」にもなりうるという側面があります。さらに基本的な対策を疎かにするなどの実態が明らかになっており、その脇の甘さが犯罪組織に狙われ、資金源とされてしまうことになり(いわば「犯罪インフラ化」の状態)、それによってさらなる犯罪が再生産されてしまうという側面もあります。2024年7月のロイター企業調査で、ニコニコ動画がサービス停止に追い込まれるなど大規模な事案が相次ぐサイバー攻撃の被害について聞いたところ、取引先を含め24%が過去1年に経験したと回答、攻撃の有無を把握できていない企業も15%あったといいます。また、過去1年間にサイバー攻撃を受けたと答えたのは全体の15%。取引先が被害にあったとの回答は9%となりました。。このうち65%は具体的な被害を確認できなかったとする一方、23%が業務停止に追い込まれた、4%が情報が流出したと回答しています。今回の調査では、「端末がウイルスに感染した」(化学)、「ホームページがフリーズした」(鉄鋼)、「一部業務を代替システムで運用した」(卸売)ことなどを明らかにする企業があった一方、攻撃を受けたかどうか分からない企業も15%ありました。回答企業のうち、対策として38%が社内に専門家を配置、47%が外部に対策を委託、48%が事業継続計画を策定していたといい、自社が被害にあっていなくても、供給網(サプライチェーン)が攻撃されると事業に支障が出る恐れがあることから、11%が取引先に対策強化を要請していると回答しています。具体的には、「標的型攻撃メール訓練など、従業員自身のセキュリティ能力向上」(窯業)、「怪しいメールを開封しないよう、テストやeラーニング(オンライン上の研修)で注意喚起」(機械)などの説明があったといいます。AIの活用についても質問したところ、事業にAIを「すでに導入済み」と回答した企業は24%、「導入を計画」している企業は35%、このうち約半数が2023年度比で予算が増えたと回答、9%が「2倍以上」に増えたとしています。導入の目的として「人手不足の解消」を挙げる企業が最も多く、「労務費削減」が続き、41%は「導入は考えていない」とし、理由として「AIの信頼性を懸念している」「技術ノウハウの欠如」などのコメントがあったといいます。この結果からは、自社の対策の弱さが犯罪インフラ化しないように取り組んでいる企業は(以前に比べれば意識の高まりは感じられるものの)まだまだ多くないなというのが筆者の率直な感想です。

日本でも医療機関へのランサムウエア攻撃が多発し、大きな問題となっていますが、英米の医療サービスをサイバー攻撃が襲い、深刻な被害を招いています。英国では2024年6月、病理検査を手掛ける大手企業がランサムウエア攻撃に遭い、契約する病院で8000件以上もの外来診療や手術の延期を余儀なくされています。米国でも同様の被害が相次いでおり、DXに取り組む日本も対岸の火事ではないといえます。英国では長年の医療制度改革により、医療サービスの機能集約が進んだことが、逆手に取られた形で、単一障害点(一つの障害が全体のシステムダウンを引き起こす箇所)を生んでしまい、多くの病院から血液検査などの業務委託を受ける企業を攻撃することで、個別の病院を狙うよりも、被害が広範囲に及ぶことを狙ったと考えられています。米国でも2024年2月、多くの企業が連携する医療サービス大手のユナイテッドヘルス・グループの傘下企業がランサムウエア攻撃を受け、全米約7万の薬局、約8000の医療施設などと提携していたため、患者の保険加入の有無が確認ができず、医療費の支払いが滞るなど全国各地で一気に混乱が広がったといい、ランサムウエア集団には2200万ドルの身代金が支払われたとされます。その後も脅迫は続き、多数の患者の医療情報が流出するに至っり、経営者は2024年5月、米議会で最大で米国民の3分の1に影響がおよぶ恐れがあるとも証言しています。米国では2024年7月にも医療フィンテックのヘルスエクイティが患者情報をサイバー攻撃で盗まれたほか、病院など医療機関を標的とした攻撃が多発しています。こうした事例をふまえれば、効率化の追求は巨大なリスクとも背中合わせであることを痛感させられます。日本は医療分野の効率化はこれからであり、欧米の事例を教訓に、各地方に分散化した情報共有基盤に、攻撃が伝染しないようにする仕組みづくりが重要となると思われます。

単一障害点の問題ということでは、直近で発生したクラウドストライク大規模障害についても分析しておく必要があります。クラウドストライクはサイバー攻撃などを検知するセキュリティソフトの世界大手で、顧客は金融や食品、自動車、半導体などあらゆる分野の2万9000社に及んでおり、日本を含む約170カ国で事業を展開しています。そもそもバグはソフトにつきものであり、通常はバグの有無を検証しながら顧客ごとに段階的にソフトを更新していくことになりますが、今回はスピードを重視したためか顧客のソフトを一斉に更新しようとしたため、バグが世界中の顧客にばらまかれ、同時に障害が起きることになりました。クラウドストライクのソフトはパソコンのOSの中核部分で動いているため、バグの影響が一部の機能にとどまらず、全体で障害が起きてシステムを制御不能にしてしまったことが大きな特徴だといえます。今回の大規模な障害で浮き彫りになったのがデジタル産業の供給網の脆弱性で、ネットのシステムには多数のソフトが組み込まれており、セキュリティなど分野ごとに強みのある企業が存在し、ソフトの供給網を形作っており、その一つが不具合を起こすだけで、大企業や政府機関など世界のインフラがまひしてしまうことが現実のものとなりました。正に、クラウドストライク自体が単一障害点となっていたといえます。このように、たった一つの不具合がシステム全体の停止につながり、何百万人の人々と企業が代償を払うことになっており、今後はAIが普及し、ソフトを最新版に更新するスピードはさらに速まることになります。障害の再発防止に向けて対策が欠かせないものの、打つ手は限られているのが現状です。報道で専門家が「サイバー攻撃に対しては、専門家たちの知見があり、復旧への道筋や予見に対しノウハウも蓄積されている。だが、信頼されている企業が提供するセキュリティソフトの欠陥は「誰も防ぎようがなく、対策方法もない」、「今回の大規模障害はランサムウエアの比ではない。サイバー攻撃を超える社会の脅威になりかねないことが起きた」との指摘は、正にそのリスクの大きさを物語るものです。

前回の本コラム(暴排トピックス2024年7月号)でも取り上げたKADOKAWAに対するランサムウエア攻撃では、「仮想化基盤」への攻撃という点も今後の対策を考えるうで重要なキーワードの1つといえます。犯行グループは仮想化基盤を狙ったと明言、「KADOKAWAの社内ネットワークは適切に構成されていなかった。様々なネットワークが『1つの大きなインフラ』でつながっていた」とサイバー攻撃集団「ブラックスーツ」は2024年6月、犯行声明でこう指摘し、KADOKAWA傘下の多岐にわたる事業のデータを、一気に盗み出せた理由を説明しています。この犯行グループが指摘した「1つの大きなインフラ」が仮想化基盤だといいます。多くの「仮想サーバー」につながる司令塔の仮想化基盤は、サイバー攻撃集団からみれば、格好の攻撃対象となり、仮想化基盤に侵入できれば、仮想サーバーのネットワークから一気に社内のデータや情報を抜き取ることが可能となります。

ハッカー集団「8Base(エイトベース)」の仕業とみられるサイバー攻撃が2024年5月以降、国内で相次いでいます。自治体や企業の印刷業務などを請け負う「イセトー」(京都市中京区)はランサムウエア攻撃を受け、40万件余りの税関連情報を含む個人情報計90万件超が流出、匿名性の高い「ダークウェブ」上でリストが一時公開され、京都府警なども情報収集に乗り出しています。情報セキュリティ会社「トレンドマイクロ」によると、エイトベースとみられるランサムウエア感染被害は2022年以降、米国や欧州、南米の中小企業を中心に200件以上が確認されているといいます。日本は2024年初めまでほぼ標的外でしたが、2024年5月以降に被害が急増、特にイセトーの被害は多くの自治体にも波及しています。中小企業を標的にするケースが多いとされるハッカー集団のエイトベースは、2024年に入ってロシア拠点の「LockBit(ロックビット)」に次ぐ被害規模となっており、トレンドマイクロは「今最も警戒が必要な攻撃グループ」として注意を呼び掛けています。従業員や顧客の情報、プライバシーを「軽視」する企業や組織を狙うなどと主張しているエイトベースについて、トレンド社は「利益を得るだけでなく、自分たちが特定した弱点を嘲笑的に指摘する目的」もあるとみているといいます。

前回の本コラム(暴排トピックス2024年7月号)でも取り上げましたが、ランサムウエア攻撃に対し、有事の対応を想起することは平時の準備の参考にもなるとあらためて認識する必要があります。ランサムウエア攻撃によるデータ毀損で事業が停止するなどすれば、多大な損害が生じ、最近では身代金の支払いに応じなければ窃取データを公開すると脅迫(二重脅迫)する例もあり、さらに被害は拡大する可能性があります。一刻を争う問題であり、即座の判断が求められるところ、誰が、どのように判断するのかあらかじめ定めておかないと迅速な対応につながらず、被害の拡大を招く可能性があります。また、影響の大小によって、取締役会が関与すべき局面もありえますが、機動性も落ちるため、関与の在り方を整理しておくことが重要となります。また、政府は、身代金支払いは犯罪組織に対する支援と同義であり、厳に慎むよう指導している一方、身代金支払い自体は(例えば、米国にはハッカー集団を含むテロ組織との取引を禁じる法規制があることも考慮していく必要がありますが)適用法令上制限されない場合もあり、理論的には経営判断の余地も残ります。ただ、実際に支払いの合理性を認めるのは容易ではなく、機微情報の有無、事業停止の影響、復旧の時間・コスト、漏洩の可能性など様々な事項を考慮して対応を決定する必要がありますが、後日、合理的な判断ではなかったとして、株主代表訴訟を提起されるリスクも考慮する必要があります。重要なことは、有事を想定して平時から適切な判断のためのフレームワークを整理しておく必要があるということです。そして、定期・不定期にそのあり方を議論して時流にあわせて見直していくことも重要です。平時からの思考訓練、実践的な訓練を経ておくことが、有事の際の適切な対応を導くことになります。そのうえで、今後重要になるのは、障害の発生を前提とした事業継続計画の策定で、幅広いシナリオに基づいて、障害が発生した際の対応や復旧に向けた手順を定め、刻々と変化する事業環境に合わせて計画を見直す姿勢が欠かせないといえます。また、利用するソフトやサービスを分散させることも検討課題となります。製造業では部品の調達先を増やすことでサプライチェーン(供給網)が寸断するリスクを低減する動きが広がっていますが、IT業界では保守運営を含むコストが膨らむなどの弊害も大きく、こうした対策は重要度が高い一部のシステムに限られがちです。前提となるのは自らが手がける業務を分析し、重点的な対策が必要なシステムを特定する能力であり、特に日本はIT分野における投資や人材の不足が指摘されているところ、IT部門が担う役割の大きさを理解し、適正な規模の経営資源を振り向ける必要があります。

パリ五輪はこれまでの五輪以上に悪質なサイバー活動のリスクが高まると警戒されています。セキュリティ専門会社によれば、2021年の東京五輪・パラリンピックでは計4億5000万件のサイバー攻撃があったとされますが、パリ大会では「東京大会の10倍になる」と予想されています。大きな脅威は、「国際オリンピック委員会(IOC)とフランスを弱体化させる能力と目的を持つ」とするロシアの存在です。過去の五輪を標的にしたサイバー攻撃でも、ロシアの関与が指摘されています。2018年開催の平昌五輪(韓国)では、「オリンピックデストロイヤー」と呼ばれるマルウエアにより、通信環境などに支障がでて、観客がチケットを印刷できなくなるトラブルが生じました。ロシアはサイバー攻撃と連動した人的作戦を展開する能力が高く、五輪のネットワークと、それを支える旅行や接客業などのフランスのインフラに標的を絞った攻撃が可能とされます。また、政治的主張を目的にサイバー攻撃をする「ハクティビスト」については、「親ロシアとして活動するハクティビストが、五輪運営を妨害する可能性が高い」とも指摘されています。国の威信をかけた五輪は、攻撃側からすれば格好の機会となります。仏政府は五輪期間中のサイバー攻撃や偽情報攻撃の被害を抑えるため、米国土安全保障省のサイバー・インフラ安全局(CISA)や、世界最先端のIT国家として知られるエストニアの専門家と協力、検知した攻撃の情報共有や、攻撃を無害化する防衛対策などで連携するとしています。原稿執筆時点(2024年8月3日現在、大きな障害は報じられていませんが、残りの期間も防ぎきってほしいところです)。

大手銀行に預金口座を持ち、ネット送金やキャッシュレス決済も日常的に利用するといった中高年が犯罪組織に狙われているといいます。警察庁によると、ネットバンキングを通じた不正送金被害は2023年、全国で5578件確認され2022年比5.7倍の約87億円に上りました。その被害者の約7割は30~60歳代で、2023年後半からは、大手3行を装う手口が目立っています。報道で大手銀行の関係者は、「犯罪組織は時期によって標的とする銀行を変えながら、フィッシングを繰り返している印象だ」と話していますが、筆者の収集している情報からもそれが裏付けられています。フィッシング自体は新しい手口ではなく、国内での初確認は2004年で、被害はほぼ横ばいだったところ、急増したのはコロナ禍の2020年でしだ。金融機関などでつくる「フィッシング対策協議会」によると、ネット通販を装って個人情報を盗む手口が横行し、2020年は2019年比4倍の22万件に拡大、2023年は119万件に達しています。背景にあるのが、非対面型決済の浸透と生成AIの登場で、2023年の個人消費に占めるキャッシュレス決済の比率は2019年から12.5ポイント増の39.3%(決済額約127兆円)に上っています。偽サイトに誘導するSMSやメールの作成などには生成AIの悪用が指摘されているところです。トレンドマイクロ社によれば、「ダークウェブ(闇サイト)」上では、偽サイトの作成ツールやSNSなどの送信先リストが数千円から数万円程度で売買されているといい、「技術の進化で攻撃はさらに自動化され、脅威は増大し続けるだろう」と警鐘を鳴らしています。対策で何より重要なのは資金の流れを絶つことです。2023年の不正送金被害の半数の約44億円は、被害者側から他人の暗号資産口座に送られており、犯罪組織は暗号資産の取引を複雑にして匿名性を高める「ミキシング」という手法でマネロンしているとみられています。なお、以前の本コラムでも取り上げましたが、フィッシングの被害で最近目立つのが宿泊施設を狙ったものです。宿泊施設のアカウントを乗っ取って予約客らにフィッシングメールを送り、個人情報を盗もうとする手口で、専門業者は「本物と見分けるのは困難」と指摘しています。2023年6月以降、大手旅行予約サイト「ブッキング・ドットコム」(オランダ)や「エクスペディア」(米国)が不正アクセスの被害を受け、提携する宿泊施設の顧客情報が流出する事件が発生、日本国内でも宿泊施設を装ったフィッシングメールが送付され、予約客らがクレジットカード番号などを入力してしまったという被害が出ています。攻撃者は宿泊施設のアカウント情報を入手して管理システムに不正アクセスし、顧客情報を盗み、攻撃者は次に宿泊施設になりすまし、盗んだ顧客情報をもとに予約客らにメールを送り、宿泊代の支払いを求め、応じなければ「予約がキャンセルになる」といった内容などで、支払いをしようとメールのリンク先に移動すると偽サイトにつながり、クレジットカード情報などの入力を促され、情報が盗まれることになります。

米メタが運営するSNSに掲載された著名人のなりすましとみられる投資関連広告のうち、99%超がLINEに誘導する内容だったことが読売新聞などのデータ分析でわかったと報じられています(2024年7月22日付読売新聞)。LINEに誘い込まれた人が詐欺グループにだまされ、投資名目で金銭を詐取される被害が相次いでおり、メタ・LINE側双方に対策の徹底が求められています。メタが提供するFBやインスタグラムなどのSNSを巡っては、実業家の前沢友作氏らが、自身になりすました広告が多数表示されていると訴えています。SNSを見て興味を持った人が、LINEでのやり取りを通じて投資詐欺に引き込まれてしまうことから、政府も対策に乗り出しています。今回の調査によれば、99.8%にあたる1567件の広告がLINEに誘導するURLを表示していたり、「LINE友だち追加」などの言葉を使っていたりしたといいます。LINEのグループトークなど、外部からやり取りを確認できない「クローズドチャット」は、「通信の秘密は侵してはならない」とする憲法の規定から、プラットフォーム(PF)事業者も原則、監視できないことから、詐欺グループに悪用されているとみられています。被害を防ぐため政府は、メタに対し、クローズドチャットに誘導する広告を原則として取り扱わないよう要請、LINEを念頭に、各PF事業者に対し、知らないアカウントから「友だち」に追加された場合、警告表示を出す対策も求めています。メタは、2024年3月5日~6月1日の間に日本をターゲットとした詐欺広告約527万5000件を削除したと発表しましたが、政府の要請への対応については、取材に「現時点で共有できる情報はない」と回答するにとどまっています。

サイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御(ACD)」の導入に向け、政府は通信事業者にインターネット上の通信情報を提供させる新法を制定する方向で検討に入りました。情報収集や分析の権限を政府に認めることを想定しており、憲法が定める「通信の秘密」を一定の条件下で制限する法整備となります。新法には、ACDが国民生活に不可欠な重要インフラを守る行為だとして、「公共の福祉」の範囲内で通信の秘密を制限する際の要件を盛り込む方向としています。具体的には、目的が正当▽その行為以外に手段がない(行為の必要性)▽必要最小限にとどめる(手段の相当性)などの要件を検討しています。通信事業者から提供を受ける情報は、原則としてメールの中身や件名といったプライバシーには関わらない付随情報(メタデータ)に限ることも明示、その上で、通信事業者が通信情報を政府に提供することを「法令行為」と規定し、責任が国にあることを明確化するとしています。政府は早ければ2024年秋の臨時国会に新法案を提出するほか、電気通信事業法など「通信の秘密」に関係する法律の改正にも着手するとしています。新法制定に動く背景には、憲法21条が定める「通信の秘密」とACDの整合性の問題があります。個人の通信情報を政府が収集することは憲法違反のおそれがある上、プライバシー侵害や情報漏洩への懸念が強く、通信事業者が政府に情報提供すれば、秘密の侵害を問題視する利用者や株主が訴訟を起こすリスクも生じます。政府は、新法制定によってこれらの懸念を取り除くとともに、通信事業者が国に情報を提供する根拠としたい考えです。

なお、能動的サイバー防御の必要性については、2024年7月8日付産経新聞などに詳しく報じられていますが、具体的には、「国家安全保障戦略下で能動的サイバー防御が適用されるのは、「武力攻撃に至らないものの、国、重要インフラ等に対する安全保障上の懸念を生じさせる重大なサイバー攻撃のおそれがある場合」だ。想定されるシナリオは、平時と有事に大別される。1つ目は、平時に電力など重要インフラサービスへの業務妨害・破壊目的のサイバー攻撃が行われ、ドミノ式に業務停止の影響が様々な業種へ広がる場合だ。例えば、昨年7月に名古屋港がランサムウエア攻撃を受け、コンテナの搬出入作業が約3日間中断した。自動車部品や衣類など総取扱貨物量日本一を誇る名古屋港の機能が一時麻痺し、大手自動車メーカーの輸出部品の梱包ライン停止をはじめ、影響が広がった。物流の滞留が長期化すれば、安全保障にも大打撃を及ぼしてしまったかもしれない。危機の際、港湾や物流、電力など相互依存している業種間でどう迅速にサイバー攻撃について情報共有するのか、政府が復旧支援するのか、検討が必要だろう。2つ目は、有事関連シナリオである。日本に混乱をもたらし、意思決定を遅らせ、自衛隊の展開や政府の行動を攪乱・妨害しようと戦略的にサイバー攻撃を仕掛ける国家が想定される。有事に合わせてサイバー攻撃を成功させるには、有事になる何カ月も何年も前から相手のシステムやネットワークに関する情報収集が必要だ。デジタル化の時代、サイバー攻撃で得られる知見は多い。だからこそ、サイバー攻撃の準備段階からサイバースパイ活動が欠かせない。つまり、有事に向けたサイバー攻撃の前哨戦が平時から始まる」、「能動的サイバー防御の議論では反撃や攻撃者特定の可否ばかり注目され、防御と業務継続の重要性が見落とされがちだ。誰からの攻撃にせよ、重要インフラの現場はサービスの提供を続けなければならない。また守りをまず固めなければ、被害が増え続けるだけだ。重要インフラサービスがあってこそ国や政府・自衛隊が機能し、だからこそ反撃が可能となる」、「能動的サイバー防御で想定される敵は犯罪者集団だけでなく、先端能力を持つ軍や情報機関のハッカー集団だ。民間企業のさらなる自助努力を要請するだけでなく、日本政府から民間企業への強力な支援と財政措置も不可欠である」などと指摘しており、合理的な主張と考えます。

▼内閣官房 サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議 第2回
▼資料1 サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議に対する経団連意見
  • 総論(現状認識を踏まえた経団連としての取組み)
    • 取引先や海外子会社等のサプライチェーンを経由したサイバー攻撃は増加の一途。地政学的緊張の高まりがサイバー空間にも波及する中、サイバーセキュリティは国家安全保障に関わる最重要領域の一つ
    • Society 5.0 for SDGsの実現に向けた価値創造やバリューチェーンの構築、さらにリスクマネジメントの観点から、実効あるサイバーセキュリティ対策を講じることは、今や全ての企業にとって、経営のトッププライオリティ
    • 経団連としては、安心・安全なサイバー空間の構築に向けて、「サイバーセキュリティ経営宣言2.0」等を通じて、引き続き全員参加型の対策を推進していく所存
  1. 官民連携の枠組みの構築
    1. 民間事業者に対する過度な負担の回避
      • 官民連携による情報共有は、情報提供者が不幸にならないこと、事業者に過度な負担とならないことが大前提
      • 「官民連携」の名の下に、情報共有における片務性が一層強まり、一方通行の報告に民間が疲弊することによって、わが国のサイバー・レジリエンスをかえって毀損する、という本末転倒な結果を招かないように留意すべき
      • この観点から、情報共有は官民双方向であることを明確にしつつ、情報共有の目的や共有情報/共有者の範囲、情報共有の方法等を含む戦略を定めることが不可欠。実用的な情報を共有することが受信者による迅速な脅威認識・対応、ひいては情報共有の枠組みそのものへの信頼性を高めることに寄与
    2. 政府の役割の明確化
      • 平時/有事のインテリジェンス活動やインシデント発生時のアトリビューションに関しては、政府が責任を持って実行し、分析した情報を民間事業者と共有すべき
      • 今後発展的に改組されるNISCやサイバーセキュリティに関係するその他政府機関等、それぞれの役割と責任範囲を明確に整理すべき
    3. 既存の枠組みの有効活用
      • サイバーセキュリティに関する情報共有の既存の枠組みの実効性も十分に検証した上で、屋上屋を架すような制度設計は避けるべき
    4. 日英サイバー協力ミッションで得られた知見
      1. NCSC(国家サイバーセキュリティセンター)
        • 英国でサイバーセキュリティを主導するのは、NCSC(National Cyber Security Centre)。主たる業務は、英国のサイバーセキュリティを強化し、サイバー脅威から国家を防護すること。事業所管官庁等に対しても政策のリーダーシップを発揮
      2. Active Cyber Defence
        • 英国のActive Cyber Defence(≠能動的サイバー防御)においては、公共機関や国民向けに多様なサービスを無償で提供。能動的サイバー防御の在り方の検討にあたっては、英国の取組みも参考にしつつ、現行法制度下でも実施可能な施策は躊躇なく取り入れるべき
      3. i100(アイ・ワンハンドレッド/Industry 100)
        • 年間100名を目安に、民間企業の専門家をNCSCに受け入れ。民が保有する知識・経験をサイバーセキュリティ政策に活かす仕組みの一つ。様々なレベルのセキュリティチェックをクリアし、必要な訓練も受けているi100のメンバーは、重要インフラ事業者と NCSCの間の橋渡し役として、NCSCが策定する政策(例:ガイドライン策定、人材育成等)をはじめ多岐に亘る分野で活躍
        • わが国においても、情報や危機感の共有によるトラストの醸成を目的として、NISC等の政府機関との官民人材交流に関する枠組みを導入すべ
  2. 政府から民間事業者への情報共有の在り方
    • 政府が受けた攻撃情報や政府が諸外国から受け取った情報を共有する際には、政府側でその重要性を精査し、必要な共有先には柔軟に情報共有すべき
      • 【参考】共有すべき情報例
        1. 地政学的情報、攻撃者の属性(アトリビューション)等
        2. 攻撃の手口・手法(TTP:Tactics, Techniques, and Procedures)の観点(例:MITRE ATT&CK(Adversarial Tactics, Techniques, and Common Knowledge)フレームワーク活用)
        3. サイバー攻撃の侵害の痕跡IoC(Indicator of Compromise)情報(例:マルウエアのシグネチャ、ハッシュ値、IPアドレス等)
    • このような仕組みの導入に当たっては、NCSCのCiSP(Cyber Security Information Sharing Partnership)も参考にすべき
    • ※重要経済安保情報保護・活用法の下での情報共有
    • 経済安全保障分野でのセキュリティ・クリアランス制度を規定する重要経済安保情報保護・活用法は、その文言に「活用」とある通り、政府が機微な情報を、安全保障の確保に資する活動を行う民間事業者に共有することが一つの狙い
    • 一方で、同法はコンフィデンシャル級の情報が対象であり、トップ・シークレット/シークレット級の情報は特定秘密保護法の対象。特定秘密保護法でも同様の取組みを進めるには、政府内で両法をシームレスに運用することが必要
    • 特定秘密保護法および重要経済安保情報保護・活用法は、民間事業者が政府と契約を結ぶことにより、政府が指定した重要情報の共有を受ける意思を示す仕組み
    • 仮に民間事業者等が政府からの協力要請に応じて、秘密指定された重要情報に触れる場合には、経緯や実態を踏まえ、民間事業者等における保全の取組みに対する支援が必要
  3. 民間事業者から政府への情報共有の在り方
    • 事業者は複数の政府機関に対し、インシデント報告を実施しているのが現状。わが国のサイバー・レジリエンスを高める観点からは、持続可能かつ実効的な制度設計が必須(例:報告の簡素化、窓口の一元化等)
    • インシデント報告義務により事業者へ過度な負担を強いることのないよう留意すべき。また、インシデント対応や報告等に割かれる人的リソース等、事業者の実態を踏まえた合理的な制度とすべき
    • 今後、仮に過度な報告義務が課されることになれば、事業者のインシデント対応能力を毀損し、結果的に日本のサイバー・レジリエンスに負の影響を与えるおそれ
    • インシデント情報に関する報道により、ブランドイメージの毀損や株価下落に直結するケースが散見されることから、情報共有のスピード感が損なわれる可能性も。事業者から提供される情報は、センシティブ情報として慎重に取り扱うべき(懲罰的な見せしめは避けるべき)
    • 制度設計にあたっては、経済界および事業者と双方向のコミュニケーションをお願いしたい
    • 経済安全保障推進法において、基幹インフラ事業者は所管省庁に対し、重要インフラの導入前に機器に関する事前届出を行う必要があり、義務・負担が増加しているのが実情
    • こうした中、事業者に追加の情報提供を求めるばかりではなく、まずは政府自身のインテリジェンス力を高めることに注力すべき。その上で、公益の観点から民間事業者にもメリットが生じる形で官民連携の枠組みが構築されれば、事業者も当該枠組みに関与し、情報提供を行うインセンティブに
    • 民から官への情報共有に際し、機微情報、個人情報・プライバシー情報の取扱いについて、GDPR等、他の法域に照らした法的リスクに対する考え方も整理すべき
    • わが国のシステム開発の契約形態や運用形態に基づいたステークホルダー(システムインテグレーター、クラウド事業者等)を考慮のうえ、情報共有の仕組みおよび制度設計を検討すべき
    • 米国ではCIRCIA(Cyber Incident Reporting for Critical Infrastructure Act of 2022:重要インフラ向けサイバーインシデント報告法)を踏まえ、官民で情報共有。諸外国の取組みを参考に対応方針を検討すべき
  4. サプライチェーン全体のサイバーセキュリティ強化
    1. サプライチェーン全体を俯瞰したサイバーセキュリティの在り方
      • 総合的な国力という観点から、官民の明確な役割分担を含め、サプライチェーン全体を俯瞰したレジリエンス強化に向けて、実効的な仕組みを構築すべき。
      • ガイドラインの策定のみならず、実行に必要なリソース(費用・人材・技術)支援、政府調達要件への採用等も検討すべき
      • サプライチェーン・サイバーセキュリティ成熟度モデル(Cybersecurity Maturity Model Certification:米国防省が定めるサイバーセキュリティ調達基準)対応については、サプライチェーン全体の底上げに結実するように、中小企業を含む社会全体として検討すべき
      • インシデント後の事業の復旧までを見据えレジリエンスを強化すべく、サイバーのみならずオールハザードな事業継続計画(BCP)の策定が必要
      • 重要インフラ事業者のみではなく、重要インフラを顧客として抱える事業者等への影響や責任のあり方等も整理すべき
    2. プラットフォームの有効活用
      • 業界横断で継続的に議論する場を確保し、政府関係部局とも双方向で連携可能なプラットフォームを構築する必要。この点、民間を束ねるプラットフォームとして、既存のSC3の有効活用も一案
    3. 企業間連携・中小企業対策の強化
      • 下請法や独占禁止法との関係や利益供与等について、明確な整理が必要
      • 中小企業を含むサプライチェーン全体の防護には、国の支援が不可欠
  5. サイバーセキュリティ人材の育成・確保
    1. 縦割りを排した政府横断的な取組み
      • 経済産業省やIPAをはじめ政府の取組みを多としつつも、省庁間や省内の縦割り等による弊害も。中長期的なグランドデザインを描いた上で、横串を刺した取組みを進めるべき
    2. 参考とすべき英国の取組み事例
      • 人材の育成・確保に関して、例えば英国では必要な国家予算を充当し、サイバースキルの階層に応じたトレーニングを無料で提供するなど、国民の意識を醸成、底上げ。日英サイバー協力ミッション(2024年1月)における面会先では、英国サイバーセキュリティ人材の多くが女性。わが国のサイバー人材不足は深刻で、ダイバーシティの確保を含め、その育成・確保が喫緊の課題
    3. 実践的な演習の継続的な実施等
      • 地方におけるサイバーセキュリティ人材の育成・確保の観点も踏まえ、業界横断かつ中小企業を含むサプライチェーン全体で演習・訓練等の取組みを官民一体となって強力に推進すべき
      • NATO Locked Shields(※ NATOのCooperative Cyber Defence Centre of Excellenceが毎年実施しているサイバー防衛演習)のように、サイバー攻撃への対処能力の向上やサイバーセキュリティ動向の把握を目的とした実践的な演習を平時から継続的に実施すべき
  6. 通信情報の活用に関する制度設計
    • 通信を介した攻撃状況のモニターに関しては、事業者の解釈に委ねることなく、法律での明文化(事業者の法的義務とその要件が明示的に規定された法律)と丁寧なルール作りが不可欠
    • 特に、プライバシーの尊重、国家安全保障の観点から真に必要な場合に限定した、制度的な保証を設けるべき
    • また、海外からの通信については、モニター対象を明確化し、国の責任の下で対応すべき
    • 法制度の運用開始に先立ち、事業者に十分な準備期間を設けるべき
    • 通信情報の活用には通信事業者の協力が必須。協力にかかる費用補助等、適切な支援を実施すべき
  7. 諸外国との連携強化
    1. 同盟国・同志国との連携強化
      • ファイブアイズをはじめ同盟国・同志国は「セキュアバイデザイン・セキュアバイデフォルト」に向けた取組みを推進
      • 安全・安心なサイバー空間を構築するためには、トラストに立脚した相互運用性が不可欠。このため、政府による制度設計においては(詳細な手続きを定めるのではなく)結果に着目すべきであり、また友好国との間での平仄と相互運用性に配慮すべき
      • 具体的には、ISO/IEC基準や米国のNISTサイバーセキュリティ基準などの国際基準を参照に制度調和を推進し、またSBOM(Software Bill of Materials)やセキュアバイデザイン・セキュアバイデフォルトを推進すべき
    2. グローバルサウスへのトラストの輪の拡大
      • グローバルサウスとの関係において、わが国が主体的かつ友好的にリーダーシップを果たすよう努めるべき

SNSの犯罪インフラ性に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米司法省は、中国発の動画投稿アプリ「ティックトック」が13歳未満の子どもの個人情報を違法に収集しているとして、「児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)」違反で提訴しました。米国では、バイデン政権がティックトックの禁止につながる法律を成立させており、同社への圧力が強まっています。訴状では、ティックトックは2019年以降、利用者が13歳未満であると知りながら、保護者の許可なしでアカウントを作ることを認め、氏名、メールアドレス、電話番号など幅広い個人情報を収集したと指摘、子どもの端末の使用状況や位置情報のほか、ネットの閲覧履歴、利用者の写真や動画が撮影された時間や場所などの「メタデータ」も収集していたとしています。また、ティックトックは13歳未満向けの「キッズモード」があるものの、同社の年齢確認に欠陥があり、数百万人の子どもが通常のアカウントを作成することを認めたと主張、保護者から子どものアカウントやデータの削除を求められても、多くの場合で応じなかったとしています。さらに、ティックトックの月間利用者が数千万人いた2019年、子どものアカウントを含めた規約違反などをチェックする「コンテンツモデレーター」と呼ばれる正社員の担当者は24人にも満たず、一つのアカウントの確認に平均5~7秒しかかけていなかったとも主張しています。
  • SNS上で有名人になりすますなどの広告詐欺問題で総務省が2024年6月、米IT大手メタなどに広告の事前審査の強化を要請しています。海外IT大手への規制が進んだのは最近のことであり、法務省や総務省などは2022年、監督強化のため海外IT大手に、海外にある本社を日本で登記するよう求めました。その後、登記が進んだことがメタ本社に要請できた背景の一つにあります。一方、メタなどへの要請は「情報の電磁的方式による適正かつ円滑な流通の確保及び増進」とする、総務省設置法に明記された所掌事務が根拠で、これに法的拘束力はなく、法令違反とは言えないため、あくまで相手方の協力が前提となります。世界各地で規制当局と向かい合う海外IT大手には通用するものではなく、根拠が脆弱な要請であればメタがほぼゼロ回答でもおかしくないといえます。また、今回の要請にはタイミングの問題もあり、2024年5月に誹謗中傷の投稿への対応を義務づける改正法が成立、なりすまし広告でもSNS事業者の対応が不十分なら罰則が生じることになりますが、施行は約1年後で、それまでは待てなかったという経緯があります。
  • SNSで自身になりすました詐欺広告を掲載され、肖像権などを侵害されたとして、衣料品販売大手ZOZO創業者の前沢友作氏が米IT大手メタなどに損害賠償と広告の掲載差し止めを求めた訴訟の第1回口頭弁論が東京地裁で開かれ、メタ側は請求棄却を求め、争う姿勢を示しています。訴状によると、メタが運営するSNSのインスタグラムやFB上に、遅くとも2023年6月ごろから、前沢氏の名前や写真が無断で使われた詐欺広告が掲載され、名前や写真から派生する利益を独占できる「パブリシティー権」や肖像権が侵害されたと主張、前沢氏は1円の損害賠償と広告の掲載差し止めを求めています。なお、前沢氏側は2024年5月の提訴後に自身の詐欺広告が削除されるようになったとしましたが、「一時的にでも広告が掲載されれば詐欺の被害が生まれる」として適切な予防策を求めた一方、メタ社側は、メタ社が責任を負うことの法的根拠を明確にするよう求めています。
  • 2024年8月2日付読売新聞の記事「[偽サイトの罪]インタビュー<上>問題広告 法規制議論を…NTT会長 澤田純氏」は、筆者が考えていることを明確に示していたように思います。例えば、「正確さよりも関心を集めることを重視して利益を得ようとする「アテンション・エコノミー」を引き起こす構造を内包している。あまりクローズアップされていなかったが、これは大きな問題をはらむ。デジタル広告媒体となるプラットフォーム(PF)事業者が非常に力を持つ一方、倫理観に欠け、社会的なひずみが大きくなっている。広告主側への情報提供も不十分で、どんなサイトに広告が出るかが明確でない。不適切なサイトに掲載されてしまえば、自社の評判や倫理面にも関わる問題になりかねない」、「本来、偽情報の掲載を許しているような問題サイトに広告を出すべきでない。だが広告主がそのように求めても、PF事業者から対応できないと言われてしまう。では広告出稿を取りやめるかというと、やはり効果的だから出さざるを得ないのが実情だ。企業が独自防衛としてできることは、望ましくない事象が起きたときに善処をきっちり求めていくことだろう。ネットやSNS上の意見をすくい上げ、広告媒体に対しても改善を要求していく自助努力が要る。ただ本来、対策に取り組むべきはPF事業者だ。新聞やテレビなど既存の広告媒体であれば、倫理的に間違ったことをしないという信頼があった。PF事業者もガイドラインなどを策定して、自ら倫理規制をする必要がある」、「偽広告が判明した段階でPF事業者が防止しなければいけなかった。それなのに、なりすまされた被害者が削除を求めても対応しなかった。PF事業者が広告内容や広告が配信されるサイトをしっかり審査することが求められる」といった内容で、PF事業者の倫理観や社会的責任をストレートに伝えるものです。

AI/生成AIを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 政府はAIの法規制のあり方を議論する「AI制度研究会」の議論をスタートしています。岸田首相は国際的なルールへの準拠といった4つの基本原則を表明し、法整備を念頭に議論を加速するよう指示しています。日本は2023年のG7広島サミットで国際ルールを議論する枠組み「広島AIプロセス」を提唱、首相はAIの利活用を促し、開発力を高めるために安全性の確保が不可欠だという認識を示しています。AIを巡る制度を議論するうえで基本原則を定め、(1)リスク対応とイノベーション促進の両立(2)技術やビジネスの変化に対応できる柔軟な制度設計(3)相互運用性を高めるための国際的な指針への準拠(4)政府による適正なAIの調達や利用を掲げています。
  • バイデン米政権は、米IT大手アップルとの間で、AIの安全性確保に関する自主的な取り決めを交わしたと発表しています。AIが生成した動画や文章などのコンテンツを識別する技術開発や、偏見、差別の助長防止などに取り組むとしてます。米政権は2023年、同様の取り決めをアマゾン・ドット・コムやマイクロソフト、IBMなどと結んでおり、今回で16社目となります。
  • 米マイクロソフトは、AIを悪用して生成した偽の音声や画像(ディープフェイク)の使用を規制する包括的な新法を制定するよう米国議会に求める声明を発表しています。選挙妨害や詐欺を阻止し、女性や子どもをオンラインの虐待から保護することを目的としています。生成AIを使ったディープフェイクは誰でも簡単に作ることができる上、本物かどうかの識別が難しく、悪意ある情報操作や詐欺などに使われる被害が急増しており、社会問題となっています。MSのブラッド・スミス社長は、テクノロジー業界などはこうした問題に対処するための措置を講じているが「ディープフェイク詐欺に対抗するには法律も進化する必要がある」と主張、「政府と民間企業が協力してこの問題に正面から取り組むことが不可欠だ」とも述べています。
  • EUは、対話型AIチャットGPTなど生成AIを含む世界初の包括的なAI規制法が2024年8月1日に発効したと発表しています。日本企業をはじめ、EUで活動する企業に段階的に適用されることになります。大半の規則は2026年に適用が始まりますが、4段階に分けた危険性のうち最も高い「許容できないリスク」とみなすAI使用は2025年2月から禁じるとしています。AI規制法は、生成AIで作った画像にAI使用を明示させるなどし、偽情報の拡散防止を狙うもので、未成年者に危険な行動を促す音声ガイドを発するおもちゃや、職場での感情認識システムへのAI使用は「許容できないリスク」があるとみなされ、違反企業には巨額の制裁金が科されることになります
  • 米、英、EUの競争当局は、生成AI分野での競争促進や消費者保護に協力して取り組むとする共同声明を発表しています。生成AIがもたらすリスクを当局間で共有し、「リスクが高まる前に介入する」としています。声明では、生成AIは革新的な変化や成長をもたらす可能性がある一方、技術や人材、データ処理に必要な先端半導体などが少数の企業に集中し、市場を独占するリスクがあると指摘、消費者の選択肢が狭まり、新規参入の障壁が高まるなどして、公正な競争が行われない恐れがあるとしています。巨大ITが市場を支配するリスクや、増加する企業間の連携により技術の囲い込みなどが進み、競争が阻害される可能性もあるとして懸念を示しています。また、各競争当局が「リスクが定着し、取り返しのつかない損害をもたらす前に対処する」と明記し、企業による独占が顕在化する前に事前に介入する方針を盛り込んでいます。競争を促進するため、「公正な取引」「相互運用性」「選択肢」が必要だとし、これらを基準にリスクが高まっていないかを判断するとしています。
  • グーグルが検索結果から質の低いコンテンツを排除すべく、新たに「スパムに関するポリシー」を発表しています。ところが「Google 検索」や「Google ニュース」の検索結果では、AIによる「盗用」のほうが元記事より上位に表示される事例が散見されています。テック系ニュースサイト「404 Media」が2024年1月に報じていますが、Google ニュースで基本的な検索ワードで検索した際の結果には、AIが生成した記事が年初の段階で複数回にわたって登場、それから2カ月後、検索結果を改善する試みとしてグーグルは、アルゴリズムの大幅な変更や新たなスパムに関するポリシーを発表、そして4月末までに、検索エンジンのランキングシステムから有用ではない結果を取り除くための大規模な調整が完了したことを明らかにしています。しかしながら、こうした変更が実施されたにもかかわらず、Google ニュースにはAIの力で生み出されたスパムコンテンツがいまも蔓延している現状にあります
  • ウクライナのフェドロフ副首相兼デジタル転換相は、ロシアとの戦闘に関し「AI技術により半年以内に劇的な変化が起きる」と述べています。ウクライナはドローンなどの兵器開発を急いでおり、近く攻勢を強める可能性を示唆、AI兵器による攻撃は従来の戦争の在り方を一変させると強調しています。ロシア軍に物量で劣るウクライナ軍にとってドローン兵器は「救世主」との認識を示した上で、年内に100万機を製造する政府目標の達成は「全く問題ない」と明言、一部生産企業の国内部品調達率は最高7割程度に上ると説明しています。また、敵ドローンをAIが識別して攻撃するドローンを含めた兵器の大規模開発テストを進めていると指摘、「半年以内に大きな変化が感じられるだろう」と述べ、「ドローンの大群や誘導システム、兵たん予測などは(従来の戦闘とは)違う世界になる」と話しています。歯止めがかからない先端ハイテク技術の軍事転用には懸念も強いところ、フェドロフ氏は電子レンジが軍事技術から生まれた例を挙げ、民生技術と軍事技術の「境界線は徐々になくなる」と予測、それぞれの技術が周辺分野の革新を「加速させる」と主張しています。ただ、無人兵器の大量生産には問題もあります。ウクライナではAIと安価な無人機を組み合わせ、自動的に目標を捕捉し攻撃する兵器を開発、こうした安価な兵器は政府による管理が難しく、テロリストなどの手にわたる懸念が専門家から指摘されています。また戦闘の前線では、無人機の遠隔操作を阻止するためロシア軍が妨害電波を流すなどしており、ウクライナ軍による無人機攻撃の効率が以前より低下しているとされます。このため地形などの膨大なデータやAIを使い、無線に頼らず敵を攻撃する自律型兵器への期待が高まっていますが、人間の判断が介在しない自律型兵器は暴走し、一般市民を攻撃するリスクもあり、国際NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」などが使用の禁止を求めています。

(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

連日世界中を熱狂の渦に巻き込んでいるパリ2024五輪ですが、その陰でやはり誹謗中傷が後を絶ちません。開会式の演出を巡り芸術監督がSNSで中傷を受け、パリ検察が捜査を始めた問題では、侮辱や脅迫の書き込みの多くが、同性愛者であることを公表している同氏の性的指向に関するもので、開会式の問題の場面に出演したレズビアン活動家も同様に中傷され、検察が捜査しています。告訴を受け、検察は捜査を開始、多くの書き込みが英語だったと報じられ、国外からの発信が多い可能性を示唆しています。一方、問題の場面に出演したレズビアン活動家もネット上で誹謗中傷や殺害脅迫を受けたとして告訴、パリ検察が捜査を始めています。ネット上を飛び交う罵詈雑言は残酷で、鋭利にとがり、人の心を傷つけるものです。率直に言って、どうして選手らが、ここまで苦しまなくてはならないのかという気持ちです。国際オリンピック委員会(IOC)や各国選手団もネット上の誹謗中傷対策に取り組んでいますが、決め手を欠く状態です。日本選手団は、「行き過ぎた内容に対しては、警察への通報や法的措置も検討する」との声明を発出、IOCは今大会、人工知能(AI)を駆使してSNS上の悪質な投稿を自動的に削除する仕組みを導入(35以上の言語で主要なSNSをリアルタイムで確認、中傷が疑われる言葉や画像、絵文字などを識別し、悪質な投稿を運営事業者に通知し、削除を求めるものですが、AIにも限界があり、IOCはパリ大会に関連する投稿が5億件規模に上るとみており、数が膨大すぎて、悪質な投稿を選手が目にするケースも出ているのが実情です)、選手村に心のケアを目的とした「マインドゾーン」と呼ばれるスペースも開設、日本選手団でも2022年北京冬季五輪から精神科医が同行、パリ五輪にも専門家枠を最大限に活用して3人を配置し、対応をとっていますが、被害は絶えない状況です。専門家は、「精神的なダメージの大きさによっては民事訴訟の賠償責任にとどまらず、侮辱罪や脅迫罪にあたる可能性がある」、またSNSの運営側が誹謗中傷を止める仕組みをつくるべきだとした上で、「競技団体が選手を守り、誹謗中傷が逮捕や損害賠償請求の対象になるという認識を社会のコンセンサスにしていくしかない」と指摘していますが、そのとおりだと思います。匿名の闇に隠れて人の心を刺すことで自己満足を得ようとする醜悪な行為は、いずれ自らの精神もむしばむことになります。五輪以外でも、ネット上の誹謗による痛ましい事件は、後を絶たず、「いいかげん、こんな卑劣な悪習はやめにしないか」(2024年8月2日付産経新聞)との呼びかけに賛同します。

被差別部落の地名や写真をネット上で公開され、憲法が保障する「差別されない権利」を侵害されているとして、大阪府内の70代男性と部落解放同盟大阪府連合会が、出版社代表に公開差し止めと計1100万円の賠償を求め、大阪地裁に提訴しています。同社は被差別部落を公開するウェブサイトを運営しています。訴状によると、2024年6月末時点で少なくとも367カ所の地名を挙げ、写真と解説文も掲載、原告側は、放置車両や廃屋などの写真もあり「部落は怖いとのイメージをかきたて、差別を助長している」と指摘、個人の尊重や法の下の平等を定めた憲法上の権利を傷つけたと訴えています。一方、出版社代表は「大阪を訪問して見て聞いたことを書くのは自由。今後も記事を書きたいと思っている」とコメントしています。サイトを巡っては、今回の原告男性が自身の住む地域に関する投稿の削除を求めた仮処分申請で、大阪地裁は2024年5月、「都市スラムのよう」などと言及するサイトは「差別を受けず平穏な生活を送る人格的利益を侵害している」と認定、出版社代表の「公益に寄与する」「具体的な権利侵害は一つも確認されていない」という反論を退け、削除を命じています(該当部分はすでに削除されています)。

本コラムでもその議論の過程を取り上げてきましたが、インターネット上のウソや誤情報の対策を議論する総務省の有識者会議が提言案を公表しています。SNSを運営するプラットフォーム(PF)事業者による、投稿の削除やアカウント停止などの対応を迅速化させる制度づくりを政府に要請する内容で、総務省は今後、法制化も視野に検討を進めるとしていますが、政府の関与の度合いによっては、デジタル空間での「表現の自由」への介入につながる恐れもあります。提言ではまず、偽・誤情報を、虚偽・誇大な広告などの「違法情報」や、災害時の救助活動の妨げになったり、医学的に誤った治療法を推奨したりする「有害情報」などに区分、「違法情報」については、PF事業者に申請窓口の整備や一定期間内での判断・結果の通知を求め、対応の「見える化」も進めるため、投稿の削除基準の策定や公表、チェックする人員の体制に関する情報の公表を求めることを盛り込んでいます。著名人らになりすました詐欺広告の防止を念頭に、PF事業者による広告の事前審査や掲載後の停止基準の公表・策定の必要性にも言及、SNS上の詐欺広告対策として本人確認の厳格化や、外部から広告の掲載停止を申し入れる窓口の整備などを求めることも盛り込んでいます。一方、「有害情報」については、事業者に自社のSNS上で偽・誤情報がもたらす危険性の評価や軽減措置の実施のほか、収益化の停止などの確実な実施を求めることが必要としています。政府が偽・誤情報の対策にアクセルを踏むきっかけとなったのが、2024年1月の能登半島地震で拡散した偽の救助要請です。能登半島地震の教訓を踏まえ、災害時には事実情報の積極的な発信や拡散に協力することを要請しています。本コラムでも取り上げてきましたが、SNSでは過激な内容で利用者の関心を集めて収入につなげる「アテンション・エコノミー」を背景に、真偽不明な情報が流通・拡散しやすいことから、提言案では、偽・誤情報を放置すれば「民主主義の前提となる個人の自律的な意思決定が脅かされる」と警鐘を鳴らしています。偽・誤情報への対応は、これまで事業者の自主的な取り組みに委ねられてきました。各社はそれぞれの規定に基づき、投稿の監視や削除といった「コンテンツモデレーション」を行ってきており、会議では米メタやX(旧ツイッター)など事業者への聞き取りを行いましたが、十分な回答が得られなかったとして、「自主的な取り組みのみには期待できず、新たに具体的な対応が必要」など提言案には厳しい指摘が並びました。焦点となったのが、政府の関与の度合いで、「過剰規制やプラットフォームの自由の制約につながらないようにするため、慎重な検討が必要だ」など、デジタルの言論空間の「表現の自由」への介入につながりかねないとして政府の関与を限定的にすることを求める意見も相次ぎました。そのため提言案では、拡散防止に最も効果のある、情報の削除やアカウント停止そのものを事業者に義務づけることには慎重な姿勢を示し、事業者による警告表示や収益停止、投稿の削除、アカウントの停止などの段階的な対応を提示しています。今回の提言には、事業者に対し、削除基準や審査の体制を明らかにさせることが盛り込まれ、事業者の判断に直接立ち入るものではないが、日本社会の文脈がわかる人員を増やすなど、より望ましい方向に近づけることが期待できるほか、表現の自由とのバランスも考慮され、妥当な内容となったのではないかと評価死体と思います。ただし、実効性をもたせるには、取り組みをチェックできる専門性をもった人材の確保など、行政の対応も重要、とはいえ、情報の内容の判断と削除などにまで政府が踏み込むと、事実上の「検閲」となり、特定の政治勢力の排除などにつながりかねない懸念があります。政府の過剰な介入を防ぐには、NGOや報道機関などが持続的にチェックすることが欠かせないともいえます。

SNSが担う役割は大きくなっており、社会全体で問題を認識して対策を急ぐ必要があります。前述のとおりさまざまな問題が生じている背景にはSNSの利用が定着したことに加え、一部の事業者が注目を浴びた投稿に対する報酬を増やした事情があるほか、AIの進化で精巧な偽の画像や動画の生成が容易になり、問題を一段と悪化させかねない情勢となっている点があげられます。悪影響や被害を減らすためにまず重要なのは、事業者による対策の強化だといえます。メタに限らずSNSを運営する事業者の間では偽情報や誤情報への対策で後ろ向きな姿勢が目立っており、今後もこうした態度を改めないのであれば、欧州のデジタルサービス法のような厳しい罰則規定を伴う法律で規制せざるを得なくなると思われます。また、広告費を支払うことでネットサービスの運営を支えている企業の責任も大きく、不正確な情報を放置するSNSへの広告の継続は問題の拡大に間接的に手を貸しているのにも等しく、自らのブランド価値を毀損する恐れもあると厳しく認識する必要があります。

▼総務省 デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会(第25回)配付資料 ※ワーキンググループ(第32回)合同開催
▼資料25-3-3 とりまとめ(案)概要資料案
第1章:デジタル空間における情報流通を取り巻く環境の変化

  • デジタル空間における情報流通を巡っては、偽・誤情報の流通・拡散等のリスク、それをもたらすアテンション・エコノミー(※1)やフィルターバブル(※2)等の構造的リスクが存在。さらに、生成AI等の新たな技術やサービスの進展・普及によって、このようなリスクが加速化するおそれ。
  • デジタル空間における情報伝送PFサービスの現状等を整理し、情報流通を巡るリスク・問題を整理。
    • ※1 情報過多の社会において、供給される情報量に比して、人々が支払えるアテンションないし消費時間が希少となることから、それらが経済的価値をもって市場で流通するような経済モデル
    • ※2 アルゴリズムによって、インターネット上で、利用者個人のクリック履歴に基づく情報が優先的に表示される結果、自身の考え方や価値観に近い情報ばかりに囲まれる、いわば「泡」の中に包まれるような状態
  1. デジタル空間を活用した技術やサービスの進展・普及等の状況
    • 情報伝送PFサービスは、国民生活や社会経済活動等に広く・深く浸透(人々は情報収集だけでなく発信手段としてサービスを利用。企業や行政による発信や企業等によるデジタル広告出稿も増加 等)
    • 情報伝送PFサービスの情報流通の場としての公益性の高まり(人々の主な情報収集先は伝統メディアから情報伝送PFサービスへ。災害時の情報収集手段としてもSNS等が活用 等)
    • 新たな技術やサービスの進展・普及に伴う変化(生成AI等の新たな技術・サービスの進展・普及によるネット上のコンテンツの多様化 等)
  2. デジタル空間における情報流通を巡るリスク・問題
    • 偽・誤情報等、なりすまし型「偽広告」等の流通・拡散、信頼性のある情報の相対的な減少
    • アテンション・エコノミーやフィルターバブル等、情報伝送PFサービスの特徴等により生み出される構造的なリスク・問題
    • 上記を加速化させるリスク・問題(新技術やサービスの進展・普及、地政学上等のリスク・問題等)
    • 特に、多くの人の間で正確な情報の適時な共有が求められる事態における偽・誤情報等の流通・拡散(令和6年能登半島地震等における偽・誤情報等の流通・拡散等)

第2章:様々なステークホルダーによる課題への対応状況

  • 偽・誤情報等の流通・拡散をはじめとするデジタル空間における情報流通を巡るリスク・問題は、実空間への影響も顕在化・深刻化。
  • 現在、デジタル空間における情報流通を巡るリスク・問題に対して、様々なステークホルダーが自主的に様々な対応をしてきている状況にあるが、対応は区々であり、ステークホルダー間におけるこれまでの連携・協力も必ずしも十分とはいえない状況。
  • 情報伝送PF事業者においては、偽・誤情報等への対応として、ステークホルダーとの連携・協力を通じた一層の取組が必要。
  • また、特に多くの外国の情報伝送PF事業者においては、日本国内の状況を踏まえた取組に関する明確な回答がなかったことに鑑みても、透明性・アカウンタビリティの確保は総じて不十分であり、事業者による行動規範策定の取組が白紙の状況となっているなど、自主的な取組のみには期待できない状況であり、具体的な対応が必要。

第3章:諸外国等における対応状況

  • デジタル空間における情報流通の健全性を巡るリスク・問題については、日本特有の課題ではなく、グローバルな課題。
  • 諸外国においては既にマルチステークホルダーが連携・協力して有効な対策の検討・実施が積み重ねられてきている状況。
  • 日本においても、国内におけるステークホルダーの連携・協力を進め、これらのリスク・問題に対して諸外国と連携・協力して対処する必要。
  1. 日本
    • 権利侵害情報への対応の迅速化、情報削除等に関する運用状況の透明化の措置を義務付ける情報流通プラットフォーム対処法が成立。
  2. 米国
    • 合衆国憲法修正1条により表現の自由が手厚く保障。情報伝送PF事業者に広範な免責が与えられているが、連邦・州レベルで事業者の取組への規制に関する議論が進行中。
  3. EU
    • 2024年2月、違法情報等への対処を規定するデジタルサービス法の全面適用開始。偽情報に関する行動規範の策定と参加を奨励。そのほか、マルチステークホルダーによる取組が進展。
  4. 大洋州地域
    • オーストラリアやニュージーランドでは、情報伝送PF事業者が民間主導の行動規範に参画。
  5. ASEAN諸国
    • ファクトチェックに関するマルチステークホルダーによる連携・協力。リテラシー向上に関するキャンペーン等も実施。
  6. 国連
    • 行動規範を作成する取組が進行中。IGF等マルチステークホルダーによる連携・協力。

第4章:デジタル空間における情報流通の健全性確保に向けた対応の必要性と方向性

  • 日本においても、諸外国と同様、ステークホルダーの個々の自主的な取組だけでは情報流通の健全性が脅かされ、ひいては実空間への負の影響を看過し得なくなるという強い危機感を持ち、ステークホルダーがより一層連携・協力して対応していくことが必要な時期にある
  • デジタル空間の情報流通の健全性を確保するためには、情報流通を巡るリスク・課題を十分に分析し、短期的な止血としての即効性のある対応を進めつつ、中長期的な視野からの対応も並行して進めることが必要。
  • また、情報流通の各過程である「発信」・「伝送」・「受信」に係る様々なステークホルダーが相互に連携・協力して、在るべき方向性について同一の認識を持った上で不断に対応していくことが効果的・効率的。
  • 情報流通に携わる幅広いステークホルダーの間で、健全性確保に向けた「基本理念」を明確化・共有した上で、「総合的な対策」を実施していくという共通認識としていくことが必要
  • 各ステークホルダーがどのような責務・役割を遂行して情報流通を巡るリスク・課題への対応を実施するべきかを「基本理念」として整理・明確化。
  • そのための具体的な方策としてどのステークホルダーがどのような対策を講ずる必要があるのか等、「総合的な対策」を検討し、ステークホルダーの連携・協力の下で、迅速かつ効果的・効率的に対応を進めていくことが必要。

第5章:情報流通の健全性確保に向けた基本的な考え方(基本理念)

  1. 情報流通過程全体に共通する高次の基本理念
    1. 表現の自由と知る権利の実質的保障及びこれらを通じた法の支配と民主主義の実現
      • 自由な情報発信と多様な情報摂取の機会が保障され、個人の自律的な意思決定が保護されるとともに、これを通じ、表現の自由や知る権利以外の様々な権利利益(営業の自由など)にも配慮したルールに基づく健全な民主的ガバナンスが実現すること
    2. 安心かつ安全で信頼できる情報流通空間としてのデジタル空間の実現
      • 平時・有事(災害発生時等)を通じ、アテンション・エコノミーを構造的要因とするものを含め、偽・誤情報や悪意ある情報の流通による権利侵害、社会的混乱その他のフィジカル空間への影響が抑止されるとともに、情報流通の過程全体を通じ、サイバー攻撃や安全保障上の脅威等への対抗力が確保された強靱なデジタル空間が実現すること
    3. 国内外のマルチステークホルダーによる国際的かつ安定的で継続的な連携・協力
      • デジタル空間に国境がないことを踏まえ、国内外の民産学官を含むマルチステークホルダーが相互に連携・協力しながらデジタル空間における情報流通に関するガバナンスの在り方について安定的かつ継続的に関与できる枠組みが確保されていること
  2. 情報発信に関する基本理念
    1. 自由かつ責任ある発信の確保
      • 自由かつ、ジャーナリズムやリテラシーに裏付けられた責任ある発信が確保されていること
    2. 信頼できるコンテンツの持続可能な制作・発信の実現
      • 信頼できる魅力的なコンテンツの制作・発信(ファクトチェックを含む)に向けたリソースが安定的かつ継続的に確保され、そうした活動の透明性が確保されるとともに、その価値が正当に評価されていること
  3. 情報受信に関する基本理念
    1. リテラシーの確保
      • 受信者において技術的事項を含むリテラシーが確保され、デジタル社会の一員としてデジタル空間における情報流通の仕組みやリスクを理解し、行動できること
    2. 多様な個人に対する情報へのアクセス保障とエンパワーメント
      • 個人の属性・認知的能力や置かれた状況の多様性を考慮しつつ、あらゆる個人に対してデジタル空間における情報流通への参画と意思決定の自律性確保の機会が与えられていること
  4. 情報伝送に関する基本理念
    1. 公平・オープンかつ多元的な情報伝送
      • 多元的で信頼できる情報源が発信する情報が偏りなく伝送(媒介等)されていること
    2. 情報伝送に関わる各ステークホルダーによる取組の透明性とアカウンタビリティの確保
      • プラットフォーム事業者や政府を含む関係者の取組・コミュニケーションの透明性が確保されるとともに、それらの取組等や透明性確保につき責任を負うべき主体・部門が特定され、明確であり、当該主体・部門から責任遂行状況について十分に説明してもらうことが可能な状態にあること
    3. 情報伝送に関わる各ステークホルダーによる利用者データの適正な取扱いと個人のプライバシー保護
      • 個人情報を含む様々な利用者データの適正な収集・利活用とそれを通じた個人の意思決定の自律性が確保され、個人のプライバシーが保護されていること
  5. 各ステークホルダーに期待される役割・責務(抜粋)
    1. 情報伝送側
      • 政府
        • 内外のマルチステークホルダー間の相互連携・協力に基づくガバナンスの基本的な枠組みの設計・調整
        • 民間部門による取組について、透明性・アカウンタビリティ確保の促進、コンテンツモデレーションによって生じる被害に対する救済手段の確保、教育・普及啓発、認知度向上等のファクトチェックの推進、研究や技術の開発・実証、人材育成の推進等を通じた支援 等
      • 地方自治体
        • 情報発信主体の一つとして、地域内外への効果的な発信の実施と発信の信頼性向上に向けた体制の確立 等
      • 情報伝送PF事業者
        • 自社サービスや、そのサービスに組み込まれたアルゴリズムを含むアーキテクチャがアテンション・エコノミーの下で情報流通の健全性に与える影響・リスクの適切な把握及び必要に応じたリスク軽減措置の実施
        • 違法・有害情報等の流通抑止のために講じる措置を含め、情報流通の適正化についての一定の責任
        • 大規模な情報伝送PF事業者は、サービスの提供により情報流通についての公共的役割
        • 多くの人の間で正しい情報の適時な共有が求められる場面における、国民にとって必要な情報の確実かつ偏りない伝送
        • コンテンツモデレーションに関し、日本の法令等に精通する等の人材を確保・育成するとともに、全体の基準やその運用状況等のマクロ的、個別の発信者への理由説明や救済手段の確保等のミクロ的両面での透明性・アカウンタビリティ確保 等
      • 広告仲介PFその他広告関連事業者
        • デジタル広告そのものや広告配信先メディアの質の確保に向けた取組の実施及びその透明性・アカウンタビリティの確保 等
    2. 情報発信側
      • 伝統メディア(放送、新聞等)
        • デジタル空間で流通する情報の収集・分析を含む取材に裏付けられ、偽・誤情報等の検証報道・記事や偽・誤情報等の拡散を未然に防ぐコンテンツを含む信頼できるコンテンツの発信 等
      • ファクトチェックを専門とする機関を含むファクトチェック関連団体
        • 持続可能なファクトチェックの実現に向けたビジネスモデルの確立
        • 効果的かつ迅速なファクトチェックの実現 等
    3. 情報受信側
      • 利用者・消費者を含む市民社会
        • デジタル空間における情報流通に関するリスク・問題や構造の理解及びリテラシーの確保
      • 利用者団体・消費者団体
        • 情報伝送PFサービスの利用者や消費者を含む市民社会のリテラシー向上に向けた支援
      • 教育・普及啓発・研究機関
        • 市民社会のリテラシー向上に向けた効果的な教育・普及活動
        • 情報流通の健全性に対するリスクの度合い・適切な軽減措置の在り方等に関する、ファクトやデータに基づく専門的研究・評価・分析

第6章:総合的な対策

  1. 基本的な考え方
    • サイバーセキュリティやプライバシー等の関連分野を踏まえた社会全体で対応する枠組み
    • 信頼性のある情報の流通促進と違法・有害情報の流通抑制の両輪による対応
    • 個人レベルとシステムレベルの両面及び相互作用による対応
    • プレバンキングとデバンキング※の両輪による対応 ※ プレバンキング:偽・誤情報等が流通・拡散する前の備え(リテラシー向上等) デバンキング:偽・誤情報等が既に流通・拡散した状況での事後対応(ファクトチェック等)
    • 流通・拡散する情報とそれに付随するデジタル広告への信頼性に対する相互依存関係を踏まえた対応
  2. 総合的な対策
    1. 普及啓発・リテラシー向上
      • プレバンキングの効果検証等有効な方法及び取組の推進
      • 普及啓発・リテラシー向上に関する施策の多様化
      • マルチステークホルダーによる連携・協力の拡大・強化
    2. 人材の確保・育成
      • 検証報道や信頼性のある情報を適時に発信する人材
      • コンテンツモデレーション人材
      • リテラシー向上のための教える人材
    3. 社会全体へのファクトチェックの普及
      • 利用者参加型のファクトチェックの推進
      • ファクトチェック人材の確保・育成
      • 関連するステークホルダーによる取組の推進
    4. 技術の研究開発・実証
      • 偽・誤情報等対策技術
      • 生成AIコンテンツ判別技術
      • デジタル広告関連技術
    5. 国際連携・協力
      • 普及啓発・リテラシー向上・人材育成の国際連携・協力
      • 偽・誤情報等対策技術の国際標準化・国際展開の推進
      • 欧米等とのバイやG7・OECD等とのマルチ連携・協力の推進
    6. 制度的な対応
      • 情報伝送PF事業者による偽・誤情報への対応
      • 情報伝送PFサービスが与える情報流通の健全性への影響の軽減
      • マルチステークホルダーによる連携・協力の枠組みの整備
      • 広告の質の確保を通じた情報流通の健全性確保
      • 質の高いメディアへの広告配信に資する取組を通じた健全性確保

第6章:総合的な対策(制度的な対応)

  1. 情報伝送PF事業者による偽・誤情報への対応
    • 偽・誤情報に対するコンテンツモデレーション※の実効性確保策として、大規模な情報伝送PF事業者を対象とした次の方策を中心に、制度整備も含め、具体化を進めることが適当。※特定のコンテンツの流通・拡散を抑止するために講ずる措置(情報削除、収益化停止等)。
      1. 違法な偽・誤情報に対する対応の迅速化
        • 行政法規に抵触する違法な偽・誤情報に対し、行政機関からの申請を契機とした削除等の対応を迅速化(窓口整備、一定期間内の判断・通知 等)
        • ただし、前提として、行政機関による申請状況の透明性確保等が不可欠
      2. 違法な偽・誤情報の発信を繰り返す発信者への対応
        • 特に悪質な発信者に対する情報の削除やアカウントの停止・削除を確実に実施する方策について、その段階的な実施を含め具体化
      3. 違法ではないが有害な偽・誤情報に対する対応
        • 違法ではないが有害な偽・誤情報への対応は、影響評価・軽減措置の実施を求める枠組みの活用を含め、事業者による取組を促す観点が重要
        • こうした取組の実効性を補完する観点から、情報の可視性に直接の影響がないコンテンツモデレーション(収益化停止等)を中心とした対応について、迅速化や確実な実施を含め、利用者の表現の自由の保護とのバランスを踏まえながら具体化
      4. 情報流通の態様に着目したコンテンツモデレーションの実施
        • 送信された情報の内容そのものの真偽に着目せず、情報流通の態様に着目してコンテンツモデレーションを実施する方策について具体化
      5. コンテンツモデレーションに関する透明性の確保
        • 基準や手続の策定・公表、人員等の体制に関する情報の公表 等
  2. 情報伝送PFサービスが与える情報流通の健全性への影響の軽減
    1. 情報伝送PF事業者による社会的影響の予測・軽減措置の実施
      • 情報伝送PF事業者のビジネスモデルがもたらす将来にわたる社会的影響を事前に予測し、軽減措置を検討・実施(サービスアーキテクチャの変更等による対応)
    2. 特に災害等における影響予測と事前の軽減措置の実施
  3. マルチステークホルダーによる連携・協力の枠組みの整備
    1. 連携・協力の目的(行動規範の策定・推進、軽減措置の検証・評価 等)
    2. 協議会の設置
    3. 協議会の役割・権限等
  4. 広告の質の確保を通じた情報流通の健全性確保
    1. 広告事前審査の確実な実施と実効性向上
      • 審査基準の策定・公表、審査体制の整備・透明化、本人確認の実施等
    2. 事後的な広告掲載停止措置の透明性の確保
      • 基準や手続の策定・公表、人員等の体制に関する情報の公表 等
    3. 事後的な広告掲載停止措置の迅速化
      • 外部からの申請窓口の整備・公表、一定期間内の判断・通知 等
    4. 事後的な広告掲載停止措置の確実な実施
  5. 質の高いメディアへの広告配信に資する取組を通じた健全性確保
    1. 広告主・代理店による取組促進(経営陣向けガイドライン等の策定)
    2. 広告仲介PF事業者による取組促進
      • 偽・誤情報の流通・拡散を抑止するための「コンテンツモデレーション」の類型
    3. 発信者に対する警告表示
      • 可視性への影響 影響なし
      • 不適切な内容を投稿しようとしている、又は直近で投稿したことが判明している旨の警告を表示する措置(投稿自体は可能)
    4. 収益化の停止
      • 可視性への影響 影響なし
      • 広告を非表示にしたり、広告報酬の支払いを停止することにより、収益化の機会を失わせる措置
    5. 可視性に影響しないラベルの付与
      • 可視性への影響 影響なし
      • 情報発信者の信頼性等を見分けるためのラベルを付与する措置(本人確認を行っていない利用者の明示等)
    6. 可視性に影響するラベルの付与
      • 可視性への影響 一部影響あり
      • 情報の信頼性等を見分けるためのラベルを付与する措置(ファクトチェック結果の付与等)
    7. 表示順位の低下
      • 可視性への影響 一部影響あり
      • 投稿された情報を、受信者側のおすすめ欄等の表示候補から外したり、上位に表示されないようにする措置
    8. 情報の削除
      • 可視性への影響 影響あり(可視性ゼロ)
      • 投稿された情報の全部又は一部を削除する措置(新規投稿等は可能)
    9. サービス提供の停止・終了、アカウント停止・削除
      • 可視性への影響 影響あり(可視性ゼロ)
      • サービスの一部から強制退会、又はその一部の利用を強制終了し、新規投稿等をできないようにする措置
      • アカウントの一時停止又は永久停止(削除)を実施する措置
    10. 信頼できる情報の受信可能性の向上(いわゆるプロミネンス)

著名人をかたった偽の広告による詐欺や、2024年1月の能登半島地震での混乱に加えて、岸田文雄首相を装った偽動画や、加工した選挙戦の画像が出回るケースが起きています。一方で、フェイクニュースへの日本人の感度は鈍いといった指摘があります。みずほリサーチ&テクノロジーズが米国、英国、フランス、オーストラリア、韓国、日本の6カ国を対象に実施した調査によると、フェイクに接した後の行動で「真偽を調べた」経験があるとの割合は日本が24%と最下位で、米国、フランスはともに42%と高い結果となりました。SNS上で好みにあった情報ばかり見てしまう「フィルターバブル」などの用語認知度も日本は最下位となり、フェイクニュースに関連した知識が乏しく、ネット空間に出回る情報をうのみにするリスクが高い可能性が考えられます。事業者による議論も低調で、2020年にLINE(現LINEヤフー)や、米フェイスブック(現メタ)の日本法人などが団体を立ち上げて始めた行動規範の議論は中断しており、前述の提言でも「自主的な取り組みのみには期待できない」と指摘されています。専門家は、制度的な対応に加えて「正しい情報を得るには対価を払わなければいけないことを消費者側が理解することが重要だ」と指摘していますが、正にその通りだと思います。

警察庁は、2024年1月の能登半島地震での活動を踏まえ、大規模災害への対応力強化に向けた対策をまとめています。災害時のSNS上の悪質なデマは人命救助や復旧活動に深刻な影響を及ぼす恐れがあり、事業者への削除要請を強化するとし、具体的な手順を8月末をめどにまとめ、各都道府県警に周知するとのことです。能登半島地震ではSNS上に虚偽内容の投稿が相次ぎ、石川県警は2024年7月、Xで被災者を装い虚偽の救助要請を投稿し、石川県警に捜索活動をさせ業務を妨害したとして、埼玉県八潮市の会社員の男を偽計業務妨害容疑で逮捕しています。容疑者は「報道で輪島に被害が出ていることを知り、実在する住所を投稿した」、「震災に便乗して自分の投稿に注目してほしかった」と容疑を認めているといいます(1日に何度も投稿を繰り返しており、石川県警は虚偽ではないと印象付けようとしたとみています)。SNSは災害時に情報発信ツールとなる一方、デマへの対応が課題となっており、警察庁は偽情報対策を救助や復旧と並ぶ重要な任務の一つと位置づけたほか、SNS事業者に対して問題がある投稿の削除を強く働きかけ、ユーザーにも広く注意喚起するとしています。背景として指摘されるのは注目度や関心が経済的価値となる「アテンション・エコノミー」の広がりで、Xは2023年夏に投稿の閲覧回数に応じ広告収入を受け取れる仕組みを始めましたが、能登半島地震の虚偽投稿はこれを悪用した収益目的との見方がなされています。また、違法情報を巡っては、SNS上での「拡散」にも注意が必要で、個人のXには第三者の投稿を転載する「リポスト(リツイート)」機能がありますが、投稿した本人でなくても、転載についての法的責任が問われる可能性があり、大阪高裁は2020年6月、個人を中傷する投稿のリポストを名誉毀損行為と認め、賠償を命じています。判決は元の投稿表現が社会的評価を低下させる場合、リポストした人も「経緯、意図、目的、動機などを問わず不法行為責任を負う」と指摘しています。さらに、2024年6月にKADOKAWAが大規模なサイバー攻撃を受けた問題では、攻撃を仕掛けたとされる組織が公開した個人情報がネット上で拡散。同社は悪質な情報拡散を400件超確認し、刑事告訴といった法的措置の準備を進める方針を示しています。関連して、一般社団法人が運営する日本ファクトチェックセンターは能登半島地震にからむ偽情報を、実際と異なる被害投稿▽不確かな救助要請▽虚偽の寄付募集▽根拠のない犯罪情報▽その他陰謀論という5類型に分類、問題のある10件以上の投稿について「誤り」や「不正確」とホームページで紹介し、注意を促しました。災害時の情報はSNSで拡散されやすく、虚偽だった場合、人命救助に遅れが出たり、被災者向けの寄付金が詐取されたりといった影響が広がる恐れがあり、警察幹部は「偽情報は被災者の生命や財産に危険を及ぼす。厳正に対処する」と強調しています。

その他、国内外の偽情報・誤情報を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 英イングランド北西部サウスポートで起きた刺殺事件をきっかけに、思わぬ余波が広がっています。英BBCなどが、事件を起こした17歳の少年の両親が東アフリカのルワンダ出身だと報じると、SNS上で偽情報が拡散され、モスク(イスラム礼拝所)が襲撃され、首都ロンドンでは、移民排斥を訴える抗議活動で100人以上が逮捕される暴動に発展しているといいます。騒動の背後にあるのは、SNSでの偽情報の拡散で、英国では、18歳以下が刑事事件を起こした場合、未成年として加害者の氏名などは伏せられますが、これが、少年の両親がルワンダ出身などの情報と合わさって、「少年は英国に到着したばかりの難民申請者で、組織的にその事実を隠している」といった偽情報が拡散、さらに米国のトランプ前大統領と長年付き合いのある下院議員は、「警察はテロ事件ではないと言っている。でも私には疑問が残る」と少年とテロを結びつけるような内容の動画をXに投稿、少年の身元には「真実」が隠されていると持論を展開し、640万回以上が再生されたといいます。
  • パリ五輪を翌年に控えた昨年初め頃、「五輪は堕落した」と題した9分ほどの動画がSNSに投稿された。「語り手」とされたのは、米俳優トム・クルーズさんで、「国際オリンピック委員会(IOC)は何千年も続いた五輪をゆっくりと破壊している」と主張し、トーマス・バッハ会長らが「貢ぎ物集め」や「汚職の隠蔽(いんぺい)」をしていると批判する内容で、米動画配信大手ネットフリックスのロゴが登場するも、同社製作のドキュメンタリーを装った偽動画だったといいます。人間を介さず自動的に文章を作るSNSアカウントからもっともらしい有害な情報が大量に投稿され、誤りだと判断しにくいケースが増えています。専門家は「ネット上のフィルターを避ける方法を熟知した上で悪意を持って投稿する人がいる。常に対応できるように技術を刷新する必要がある」と指摘しています。
  • 起業家イーロン・マスク氏が、自身が所有するXでハリス米副大統領の偽動画とみられる動画を拡散させ、批判が広がっています。米大統領選を前に、生成AIで作られた偽コンテンツ「ディープフェイク」の影響が問題視されるなか、米メディアはマスク氏の行為がXの規約違反にあたる可能性があると指摘しています。元の投稿では「ハリス陣営の広告のパロディー」と書かれていましたが、マスク氏はパロディーとは言及せず、「これは素晴らしい」とのコメントと共に動画をシェア、マスク氏の投稿は1億3千万回以上表示され、92万個以上の「いいね」がつけられたといいます。Xが2023年4月に公開した規約では、「利用者を欺いたり、混乱させたりして、損害をもたらす可能性のある、合成または操作されたメディアや、文脈から切り離されたメディアを共有することは禁止されています」と明記しています。
  • 米SNSツイッターの名称が2023年7月に「X」に変更されてから1年が経過、オーナーのイーロン・マスク氏は様々な機能を備えた「スーパーアプリ」を目指して多くの機能を導入したものの、偽情報の氾濫もあって利用者は減少しています。日本での人気は根強いものの、信頼性の低下を指摘する声もあります。2024年4~6月期の1日当たりのアプリ利用者数は1億6800万人で、この1年で15%減少しています。インスタグラムなど他のSNSが利用者数を増やしているのとは対照的です。閲覧数に応じて広告収益を分配するシステムも導入した影響で、閲覧数を稼ぐために偽情報が多く投稿されるようになり、利用者離れの一因とみられています。専門家は利用者数の多さから「Xの優位性は変わらない」とみていますが、「フェイクニュースやデマ、(広告収益目的で返信する)『リプライゾンビ』が増え、利用者の評価は下がっている」と指摘しています。
  • メタの投稿管理などを検証する監督委員会は、AIを使って生成した性的画像「ディープフェイクポルノ」について、規約を強化するよう求めています。監督委は今回、利用者から通報があった、インドと米国の著名な女性に似た裸のディープフェイク画像2件について検討、いずれも規約違反だとして、削除の対象にあたるとし、そのうえで、「侮辱的で性的な画像処理」を禁止している規約について、内容が明確でないと指摘、本人が望まない画像という趣旨をより明確にするため、「相手の意に反する」などの文言に変えるよう提案しています。米国では、テイラー・スウィフトさんら有名人や、高校生らのディープフェイクポルノが社会問題化しており、SNS事業者などに対応を求める声が強まっています。監督委員会は学者やジャーナリストなど外部識者で構成され、利用者からの異議申し立てに基づき、メタがおこなった投稿の削除、維持などの判断を検証しています。個別の投稿に関する監督委員会の判断にメタは従う必要がありますが、規約変更への助言は強制力がないといいます。
  • ネット証券大手、松井証券の和里田聡社長が自社のなりすまし広告に気付いたのは2023年春、刷新したばかりの会社のロゴが使われ、「株式投資で勝ち続ける」手法がチャート図とともに掲載され、タップすると、LINEの友だち登録を勧める画面が現れたといいます。新NISA(少額投資非課税制度)に便乗した新たな投資詐欺で、その後も偽広告を見つけてはFB運営会社のメタに削除申請を繰り返したものの、被害は収まらず、申請は100件を優に超え、メタから明確な回答を得られたことは一度もないといいます。自社のサイトで注意喚起を行う以外有効な手立てはなく、「せっかく新しくしたロゴを詐欺に使われ、自分たちの名前を傷付けられた」としています。
  • メタは、ナイジェリアを拠点に活動するオンライン詐欺師「ヤフーボーイ」に関連し、傘下インスタグラム上で、米成人男性などを狙った恐喝行為に関与したナイジェリアのアカウント約6万3000件を削除したと発表しています。ナイジェリアの「ヤフーボーイ」と呼ばれる詐欺師は外国人を標的に、金銭的に困窮している人になりすまして支援を求めたり、ナイジェリアの王子と名乗り高リターンの投資を呼びかけるといった詐欺を繰り返しているといいます。メタはインスタグラムに加え、傘下フェイスブックでも詐欺のヒントを提供することに特化したアカウントやグループなど7200件を削除、詐欺師らは米国の男性などに対し、金銭を支払わなければ性的な写真を公開すると脅していたといいますが、写真は偽物の場合もあり、大半が金銭をだまし取ることに失敗、未成年が恐喝される事例もあったといいます。削除対応に問題が指摘されるメタですが、これだけ大規模な削除を行っている点は素直に評価したいと思います。
  • インターネット検索と連動させた検索連動型生成AIでも誤情報の確認が相次いでおり、社会に深刻な影響を及ぼす恐れがあります。米グーグルの検索連動型AIに「チーズがピザにくっつかない」と入力すると、「ソースに接着剤を混ぜると粘着性が増す」と回答したとの投稿がSNSで拡散されました。SNSでは過去にネットに投稿された冗談を引用したとの推測も飛び交い、批判が殺到したグーグルはAIの修正に追われました。(以前本コラムでも取り上げた)日本新聞協会の声明が指摘しているように、検索連動型AIはネット検索で上位に表示される複数の記事を転用、加工しており、参照元の記事の文脈を考慮せず、必要な要素を省略するなどし、事実と異なる要約記事が生成されることもあるなど、利用者にとって不利益があるだけでなく、参照元の信頼も失われてしまうことになります。生成AIは文章を巧みに扱い、自信たっぷりに回答しているように見える(ハルシネーション)ため、誤情報に説得力を持たせてしまう危険があります。選挙や医療に関する情報や、利用者にとって重要な決定につながる情報をAIに頼り切ってしまうことが危険だとの認識を、社会全体で共有する必要があるといえます。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

台湾中央銀行は、デジタル通貨(CBDC)導入のスケジュールは未定で、その導入過程は「膨大で複雑」になると警告し、2024年にこの問題について公聴会を開き、知識を広める方針を示しています。台湾中央銀行はデビットカードやクレジットカードを使わずにデジタルウォレット(電子財布)によって決済できるようにするために、政府が運営するデジタル通貨の試験運用に取り組んでいます。中央銀行、デジタル通貨の導入が多くの人に影響を与えることを考慮すると、この通貨について広く伝えることが必要で、2025年には公聴会やフォーラムを開催して知識を広めると説明しています。なお、2024年3月に発表された調査によると、世界経済の98%を占める134カ国が現在、CBDCを模索しており、その半数余りの国々で開発が進んだ段階か、試験運用あるいは立ち上げ段階にあるといいます。

ブロックチェーン調査会社TRMラブズが公表した報告書によると、2024年上半期にハッカー攻撃によって盗まれた暗号資産(仮想通貨)の総額は2023年同期の2倍強に増加、少数の大規模な攻撃や暗号資産の価格上昇により、盗難額が増えたといいます。2024年の年初から6月24日までの暗号資産盗難額は13億8000万ドル強相当で、前年同期は6億5700万ドル相当でした。被害額の中央値は前年の1.5倍となりました。TRMラブズのグローバル政策責任者は「暗号資産のエコシステムに対するセキュリティに根本的な変化が見られない中、ビットコインやETH、ソラナといったトークンの価値は前年同期と比べて大きく上昇している」と指摘、これは、サイバー犯罪者が暗号資産を攻撃する動機が強まっていることを意味すると強調しています。2024年これまでの最大級の被害はDMMビットコインの約3億800万ドル相当で、同社はこれを「不正流出」としています。国連は、北朝鮮が核開発やミサイル開発の費用を捻出するためサイバー攻撃を利用していると非難、北朝鮮はこうした容疑を否定しています。

最近の暗号資産に関する報道から、いくつか紹介します。

  • ロシアのマネー・ローンダリング監視当局責任者は、議会でデジタル資産法案が採決されるのを前に、同国は暗号資産決済インフラの構築を加速すべきだと主張しつつも、関連するリスクを慎重に検討する必要があると訴えています。ロシアは中国、インド、アラブ首長国連邦(UAE)、トルコといった主要貿易相手国との国際決済が大幅に遅れる事態に直面しています。貿易相手国側の銀行が西側当局の圧力を受けて、ロシアとの取引に慎重姿勢を強めているため(多くの取引は依然としてドルやユーロで、国際銀行間通信協会(SWIFT)を通じて決済されており、これらの国の銀行が西側からの二次制裁対象となるのを懸念して関与を消極化させているため)で、そうした貿易フローを維持する狙いから、議会で国際貿易の決済に暗号資産を使う法案が可決されました。西側諸国の対ロシア制裁を回避する狙いがあるとされます。なお、ロシア国内の取引決済に暗号資産を利用することは禁止されています。ベネズエラなどの国は既に、国際制裁を回避するため暗号資産による決済を導入、これについて米議員の間で懸念が強まっており、議員団はバイデン政権に問題を提起しています。
  • 米証券取引委員会(SEC)は、主な暗号資産イーサリアムの上場投資信託(ETF)の上場を承認しています。慎重姿勢だった当局の方針転換の背景には米大統領選の存在があります。潤沢な資金力がある暗号資産業界に共和、民主両党とも急接近しており、海外の証券取引所がETFの取引を始めたことも背中を押した形となりました。報道によれば、ブラックロックやフィデリティ・インベスメンツなどほかの運用会社もイーサリアムETFの上場承認を受けたとされ、米国では2024年1月に承認を受けて取引が始まったビットコインに続く、2例目の暗号資産ETFとなります。一方、SECには現実的な思惑もあり、売買ルールが未整備な暗号資産をSEC管轄下のETFという金融商品にすることで監視の目を強められるとの考えです。SECのゲンスラー委員長は2024年1月のビットコインETF承認時の声明文で「ビットコインはマネー・ローンダリングやテロ資金調達などに使われていることに注意してほしい」と異例の注意喚起をしています。日本では、海外ETFについては運用会社による金融庁への届け出申請が必要になるため、まだビットコインETFもイーサリアムETFも購入できません。日本の機関投資家マネーが海外に流出してしまう懸念から、金融庁内でもビットコインETFの国内上場を検討すべきだとの声も出ているといいます。
  • 2024年11月の米大統領選で返り咲きを狙う共和党のトランプ前大統領は、自身が当選すれば、代表的な暗号資産であるビットコインの「戦略的備蓄」を米政府として進める考えを示しています。就任初日に規制機関であるSECのゲンスラー委員長を解任し、暗号資産政策の諮問機関を設置して「米国を世界の暗号資産の首都にする」とも語っています。もともとトランプ氏は、価値が大きく変動しやすい暗号資産に懐疑的でしたが、普及を促進する立場に転向した形となります。政府備蓄などでビットコインが値崩れしにくい仕組みを作る姿勢を示し、市場規模の拡大が続く暗号資産に投資する層を引きつける狙いがあります。ただ、過剰な楽観に警鐘を鳴らす向きもあります。
  • また、コインベースのブライアン・アームストロングCEOは、米大統領選などを前に暗号資産業界の政治的な影響力が高まっているとして、選挙の勝敗に関わらず次期米政権は暗号資産に対して「建設的」な対応をするだろうとの見方を示しています。暗号資産業界は、価格変動のリスクが大きいほか、経営体制の不備などから証券法を逸脱しているとしてSECから厳しく監視されるなど、業界の地位は必ずしも高くありませんでした。しかし、米金融業界やイーロン・マスク氏などによる豊富な資金流入に加え、上場暗号資産ファンドの登場により、地位向上が期待されており、共和党、民主党のいずれもが、ここ数週間で業界の影響力が高まっていることを認めています。
  • 暗号資産の業界団体の日本暗号資産取引業協会(JVCEA)と日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)は、申告分離課税の導入などを盛り込んだ税制改正要望書を金融庁に提出しています。暗号資産取引で生じた所得は、現在は総合課税の対象となり、最大55%の税率が課されます。要望書では2023年度に引き続き、株や債券、ETFと同様に20%の申告分離課税にするよう求めています。日本ブロックチェーン協会(JBA)も同様の内容を盛り込んだ要望書をこのほど金融庁に提出しています。現在、暗号資産は一律で雑所得の扱いになっており、株などの金融資産と同じように、譲渡所得に該当するケースがあるという考え方も示したほか、損失については翌年以降3年の繰越控除ができるようにするよう要請、現物取引だけでなく先物など暗号資産のデリバティブ(金融派生商品)も同様の扱いにすることも要望しています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

2024年8月3日付朝日新聞の記事「「万博の横でカジノ工事なんて」 開催中の工事中断、吉村知事に要求」によれば、2025年大阪・関西万博の会場予定地の北隣で進むカジノを含む統合型リゾート(IR)の整備について、博覧会国際事務局(BIE)や経済界の幹部らが、万博期間中の工事を中断するよう大阪府市に求めているということです。景観悪化や騒音の懸念のためとされますが、工期をずらせばIR事業者の撤退につながる可能性があり、大阪府市の対応は定まっていないようです。万博の国際機関であるBIEのディミトリ・ケルケンツェス事務局長や万博協会の十倉雅和会長(経団連会長)も状況を具体的に把握、万博会場から見える形でIRの工事が進むことに不快感を示し、工事の中断を府市側に求めたといいます。一方、大阪府市は工事の中断には後ろ向きであり、その背景には、IRの実施協定に明記された「解除権」の存在があります。IR事業者はオリックスと日本MGMリゾーツなどが出資する「大阪IR株式会社」。協定では、2026年9月までを期限とし、資金調達や土地の整備などの「事業前提条件」が整わず、事業者が事業実施は困難と判断した場合、違約金無しで協定を解除できると定められています。このため大阪府市は、工事の中断で開業日を遅らせたり、新たな事業者負担が増えたりすれば、事業者が撤退しかねないリスクを懸念しています。報道で、大阪府氏幹部が「IR工事を万博期間中に行うことは大前提で、公に繰り返し議論してきた。今更何を言っているのか」との声がありましたが、これまでの経緯を見る限り、そのとおりかと思います。

本コラムでもたびたび警鐘を鳴らしてきたオンラインカジノの問題について、林官房長官は、オンラインカジノ対策に関する公明党のプロジェクトチームと首相官邸で面会し、法整備の検討などを柱とする提言を受け取り、これを踏まえ、関係省庁連絡会議を設置する方針を示しています。提言はまた、実態調査の早期実施や、違法性の周知徹底などを求めています。

オンラインカジノに関連した、フィリピンのマルコス大統領は、海外の利用者を対象とした「POGO」と呼ばれる国内のオンラインカジノを閉鎖すると表明しています。一般教書演説で「わが国の法制度に対する重大な乱用と無礼は止めなければならない」と述べ、賭博規制当局に対しPOGOを年内に閉鎖するよう命じています。POGOは金融詐欺、マネー・ローンダリング、売春、人身売買、誘拐、拷問、殺人などの違法行為に手を染めていると指摘しています。POGOは2016年にフィリピンに登場、中国など賭博が禁止されている海外市場をターゲットにしており、政府のデータによると、2023年末時点で、約2万5000人のフィリピン人と約2万3000人の外国人がPOGOで働いているといいます。なお、フィリピンの移民当局は、賭博関連会社で働く外国人に対して2カ月以内に国外に退去するよう命じたといいます。大半は中国人で、2カ月を超えて滞在した場合は強制送還されるといいます。

米連邦検察は、米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手の元通訳、水原被告による賭博の胴元とされるマシュー・ボウヤー容疑者を違法賭博業やマネー・ローンダリングなどの疑いで訴追したと発表しています。報道によれば、ボウヤー容疑者は法廷で罪を認めることなどを条件に、刑が減軽される司法取引に同意しているといいます。ボウヤー容疑者は少なくとも2023年10月まで5年以上にわたり、カリフォルニア州で禁止されているスポーツ賭博業を営んだ疑いなどで訴追され、水原被告は2021年9月にボウヤー容疑者と出会い、スポーツ賭博で約4070万ドル(約61億円)の損失を出したといいます。水原被告は賭博の借金を返すため、大谷選手の預金口座からボウヤー容疑者側に約1660万ドル(約25億円)を不正送金した罪に問われています。ボウヤー容疑者は、このうち少なくとも約930万ドル(約14億円)について、自身と仲間が興じた別の賭博への支払いに充て、犯罪収益を隠した疑いが持たれています。

マカオのカジノを巡る架空の投資話で出資金をだまし取られたとして、大阪府などに住む男女10人が近く、マカオのコンサルタント会社代表ら2人を相手取り、計約5100万円の損害賠償を求める集団訴訟を大阪地裁に起こすと報じられています。原告側は同社が700人以上から100億円近くを集めたと主張しており、2人を詐欺容疑で刑事告訴することも検討しているといいます。報道によれば、コンサルタント会社は「CYC管理有限公司」で、2人はいずれも日本人男性の代表と取締役で、2014年に同社を設立し、マカオの高級ホテルにあるカジノで、VIPルームの運営会社に資金を貸し付ける「コインリース事業」を手がけていると説明し、出資を募ったとされます。原告側は、CYC社取締役が、出資者から相談を受けた仲介会社側に対し、コインリース事業に関し「配当が出る条件でうそをついていた。(受け取った出資金は)実際はお金に困った人に貸しているだけ」と証言する音声記録があるとし、証拠として提出するといい、運営会社の登記も確認できなかったということです。仲介会社側が確認したところ、出資受領証は約700人分で、1人200万~3億円の出資記録が残されていたといいます。

夏休みなど長期休業中は、子どもが情報端末に触れる機会や時間が増えがちで、仕事などで保護者が不在の自宅で、オンラインゲームやSNSをやり過ぎて生活リズムが崩れたり、学業に影響が出たりする「ネット依存」に陥る懸念もあります。厚生労働省の2017年度の調査では、ネット依存の疑いが強い中学生は12.4%、高校生は16.0%で、推計約93万人に上り、5年前から約40万人増えています。その後、コロナ禍によるオンライン授業の広がりや情報端末の急速な普及で、ネットやゲームはさらに身近になっており、こども家庭庁が2023年度に10~17歳計5千人に行った調査では、平日1日当たりのネットの平均利用時間は約5時間と、コロナ前の2019年度の約1.6倍になっています。さらに、同じ調査で0~9歳計3千人について保護者に聞いたところ、2023年度で2時間超と、2019年度の約1.5倍になるなど、ネット依存の子は低年齢化し、急増しているとの指摘もあります。専門家は、ゲームやネットを遠ざけることは解決策にならないとし、「依存の本質は『苦痛の回避』にある。現実世界がとても苦しいことが問題で、その苦しさがなくならない限り解決しない」と指摘、ゲームやネットの仮想世界では苦しさを忘れられ、救われているとも言え、無理に取り上げた場合、暴力を振るったり、命を失ったりするリスクもあることから、保護者に必要なのは、「子どもへの干渉をやめ、ともに楽になること」だと述べています。なお、この点については、2024年7月16日付朝日新聞の記事「ゲーム「取り上げ」はなぜ逆効果? 専門家が説くネット依存の対処法」で、5年前からネット依存症外来を開設する国立病院機構「さいがた医療センター」の佐久間寛之院長と同院の依存症治療チームの詳細な説明があり、参考になります。具体的には、「ネット依存とは、学術的には「ゲーム障害」といいます。(1)ゲームやネットの頻度や時間を本人がコントロールできない、(2)学校生活などほかの活動よりも優先してしまう、(3)学業不振や健康を損ねるなど悪影響が出ても続けてしまう、といった行動パターンがあります。食欲不振やイライラ、昼夜逆転による不登校といった状態に陥りがちです」、「依存の本質は「苦痛の回避」にあります。学校に行きたくても行けない、自分に自信がないなど、現実世界がとても苦しいことが問題なのです。ゲームやネットを遠ざけても、現実世界の苦しさがなくならない限り問題は解決しません。一方でゲームやネットの仮想世界は安心できたり、自分の役割があったりし、その苦しさを忘れられます。ゲームやネットをすることで救われているとも言えます」、「依存傾向が強くなると、楽しいからやるのではなく、苦しみから逃れるため、やりたくなくてもやらざるを得ない状況にあることが多いです。そこで取り上げたらどうなるか。取り戻すために家族に暴力を振るうかもしれない。最悪の場合、自死を考えるかもしれません」といったものですが、正しい知識をもって保護者をはじめ周囲も接することが重要だと痛感させられます。

③犯罪統計資料から

2024年上半期(1~6月)に全国の警察が認知した刑法犯の認知件数は、前年同期より1万7550件増の35万350件となりました。増加は2年連続となり、コロナ禍前の2019年の36万3654件に近づいています。うち詐欺は2万7195件で5905件増加、2019年上半期の1万6234件と比べると、67.5%増となりました。SNS上で著名人などをかたって投資に勧誘する詐欺被害が2023年以降急増したことが要因とみられています。また、2024年上半期の罪種別では、性犯罪規定が見直され2023年7月に施行された不同意性交罪と不同意わいせつ罪がいずれも800件超増え、1823件と3176件となり、警察庁は被害申告しやすい環境整備が背景にあるとみています。窃盗は23万6951件で3.6%増、関東を中心に銅線などの金属盗が多発していることなどが影響しています。なお。手口別では、自転車盗が5089件増の7万6674件、万引きが2415件増の4万9266件と目立っています。

▼警察庁 令和6年上半期における刑法犯認知・検挙状況について【暫定値】
  • 令和6年1月~6月における刑法犯の認知件数は350,350件(前年同期332,800件、前年同期比+5.3%)、検挙件数は133,674件(125,256件、+6.7%)、検挙人員は90,725件(85,661件、+5.9%)、検挙率は38.2%(37.6%、+0.6P)
  • 認知状況
    • 令和6年上半期における刑法犯認知件数は35万350件で、前年同期比で5.3%増加した。このうち、街頭犯罪の認知件数は11万4,952件で、前年同期比で3.8%増加、侵入犯罪の認知件数は2万6,645件で、前年同期比で3.8%減少した。また、重要犯罪の認知件数は6,810件で、前年同期比で32.7%増加した。
    • 令和6年上半期における街頭犯罪の認知件数は11万4,952件で、前年同期比で3.8%増加、侵入犯罪の認知件数は2万6,645件で、前年同期比で3.8%減少、街頭犯罪・侵入犯罪以外の認知件数は20万8,753件で、前年同期比で7.4%増加した。なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、街頭犯罪の認知件数は10.4%減少、侵入犯罪の認知件数は22.0%減少、街頭犯罪・侵入犯罪以外の認知件数は3.8%増加となっている。
    • 令和6年上半期における重要犯罪の認知件数は6,810件で、前年同期比で32.7%増加した。なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、44.6%増加となっている。
    • 令和6年上半期における人口千人当たりの刑法犯の認知件数は2.8件となり、令和5年(年間5.7件)の上半期(2.7件)から増加した。なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期(2.9件)と比較すると、減少となっている。
    • 新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、刑法犯認知件数は3.7%、街頭犯罪の認知件数は10.4%、侵入犯罪の認知件数は22.0%それぞれ減少、重要犯罪の認知件数は44.6%増加となっている。
    • 窃盗犯の認知件数は23万6,951件で、前年同期比で3.6%増加しており、刑法犯認知件数の増加に対する寄与率は46.3%となった。また、詐欺の認知件数は2万7,195件で、前年同期比で27.7%増加しており、刑法犯認知件数の増加に対する寄与率は33.6%となった。
    • 令和6年上半期における窃盗犯の認知件数は23万6,951件で、前年同期比で3.6%増加した。なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、7.8%減少となっている。
    • 令和6年上半期における詐欺の認知件数は2万7,195件で、前年同期比で27.7%増加した。なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の前である令和元年上半期と比較すると、67.5%増加となっている。
  • 検挙状況
    • 令和6年上半期における刑法犯の検挙率は38.2%で、前年同期比で0.6ポイント増加、重要犯罪の検挙率は82.7%で、前年同期比で1.4ポイント減少した。
    • 令和元年上半期と比較すると、刑法犯の検挙率は0.6ポイント減少、重要犯罪の検挙率は1.3ポイント減少となっている。
    • 令和6年上半期における刑法犯検挙件数は13万3,674件、検挙人員は9万725人で、ともに令和5年の上半期(12万5,256件、8万5,661人)を上回った(それぞれ前年同期比で6.7%、5.9%増加)。少年の検挙人員は9,783人で、検挙人員全体 の10.8%となった(令和5年上半期は全体の9.9%)。
    • 令和6年上半期における刑法犯の検挙率は38.2%で、前年同時期で0.6ポイント増加、重要犯罪の検挙率は82.7%で、前年同時期より1.4ポイント減少した。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

北朝鮮のハッカー集団が同国の核兵器開発プログラムを支援するため、世界的なサイバースパイ活動を展開し、軍事機密を盗み出そうとしていると、米(米連邦捜査局(RBI))・英・韓国が共同勧告を発表しています。報道によれば、「アナドリエル」もしくは「APT37」と呼ばれるハッカー集団が、戦車や潜水艦、海軍艦艇、戦闘機、ミサイルやレーダーシステムの製造業者を含む多岐にわたる防衛・エンジニアリング企業のコンピューターシステムを標的としたサイバー攻撃を行い、特にウラン濃縮や放射性廃棄物、原発や原子力研究機関、造船、ロボット製造などの分野で機密情報が被害にあったといいます。また、米英韓の企業だけでなく、「日本やインドを含む世界中のさまざまな産業分野にとり継続的な脅威」という認識を示しています。これらのハッカー集団は、北朝鮮の情報・工作機関である偵察総局の一部と考えられています(同局は2015年に米国から制裁を受けています)。スパイ活動資金を得るため、北朝鮮は米国の医療機関に対するランサムウェア(身代金要求型ウイルス)で資金を調達し、サイバー攻撃に必要な機器などをそろえているといい、米連邦検察は、北朝鮮のハッカーが起訴されたと発表しています。身代金は暗号資産で受け取り、中国で資金洗浄をしていたとしています。

北朝鮮は、韓国が北朝鮮の体制を非難するビラを散布したことを巡り「壊滅的な結果」に直面するだろうと警告しています。国営の朝鮮中央通信(KVNA)が金正恩朝鮮労働党総書記の妹、金与正党第1副部長の発言として伝えています。報道によれば、北朝鮮はこれまでに数千個のごみ風船を韓国に向けて飛ばしましがが、金氏は「人間のくず」による「卑劣で汚い」行動が続けば、別の対応を取るかもしれないと述べています。これに対し、韓国のシン・ウォンシク国防相は、北朝鮮の韓国に対する武力挑発に対し、徹底的に反撃するとの方針を示しています。また、北朝鮮が今後、砲撃する可能性もあるとして、動向を注視しているとも述べています。申氏は、保守の尹錫悦政権が掲げる「力による平和」を象徴する人物で、2023年10月の就任後、北朝鮮が武力挑発を行えば「即時に、強力に、最後まで」反撃するよう全軍に命じています。また、金正恩政権にとっては「北朝鮮より自由で幸福な韓国の実態が、(宣伝放送を通じて)住民の耳に入るのが一番怖い」とし、歴代政権が、北朝鮮への刺激が強すぎることなどから、宣伝放送の実施には抑制的だったところ、申氏は「北朝鮮を抑止するために有効な手段なのに(歴代政権は)あまりにも早く放棄してきた」と語り、実施を続ける構えを強調しています。北朝鮮は、韓国の脱北者らが金正恩政権を批判するビラを風船で飛ばしていることに神経をとがらせており、申氏は北朝鮮が今後、風船を直接撃墜するか、「風船を飛ばす拠点を銃撃や砲撃する可能性もある」と語っっています。なお、2024年7月24日には、北朝鮮が飛ばしたごみ風船が韓国の大統領府の敷地内に落下、同5月下旬以降、北朝鮮が風船を飛ばすのは10回目となります。大統領府にまで飛来したことで、対応を疑問視する声が上がっていますが、大統領府関係者は「飛んでいる風船をリアルタイムで監視し、落下場所も確実に把握していた」と強調、調査の結果、積載物に有害な化学物質などは含まれていなかったといいます。韓国外交筋は「化学兵器や生物兵器を入れて飛ばすことも想定し、ルートや距離を探っている可能性がある」と警戒感を強めているといいます。これまでの落下物から風船を割るタイマーらしきものが見つかっています。韓国軍はこれまで、風船を撃ち落とす対応は取っていませんが、かえって中身をまき散らしたり、地上にいる人らに被害が出たりする恐れがあるためだとされます。なお、ごみ風船によって、空港で飛行機の離発着に影響が出たほか、住宅の屋根で火災が発生したといいます。

関連して、韓国軍合同参謀本部は、北朝鮮軍が木の葉に偽装した新型の地雷を韓国との軍事境界線付近に埋設していると発表、梅雨の時期で水かさが増しており、境界線上を流れる臨津江を通じ、韓国側に流れてくる恐れがあるとして警戒を強めているといいます。同本部によると、北朝鮮軍は軍事境界線付近の非武装地帯(DMZ)に2024年4月ごろから数万発以上の地雷を埋設、北朝鮮がダムにたまった水を意図的に放流し、葉型の地雷を韓国側の河川敷などに流れ込ませる恐れがあるとみており、「事前の対策に万全を期している」としています。また、北朝鮮側では地雷埋設作業中に10回前後の事故が起き、多数の死傷者が出たとみられるといいます。

北朝鮮は、風船で飛ばされてきた韓国ドラマが保存されたUSBメモリーを拾った中学生たちを、公開の場で銃殺したといいます。また、「韓国流」の言葉遣いも処罰対象になっているといいます。金正恩政権が、人民が韓国の豊かさや文化に触れることをいかに恐れ、激烈な反応を示しているかが分かります。ただ、どれだけ恐怖支配を強めても、情報流入と拡散を完全に止めることは現代ではもはや困難となっています。2023年11月に韓国に亡命した北朝鮮の在キューバ大使館参事官が、韓国紙、朝鮮日報のインタビューに「北朝鮮の住民なら誰もが韓国で暮らしたいと思うようになる」と語っています。駐イタリア大使代理、駐クウェート大使代など北朝鮮の外交官の亡命が目立つのも、外の世界を知れば知るほど北朝鮮に未来はないと感じるからだと考えられます。また2023年10月に木造船で脱北した20代の女性は2024年6月の記者会見で「北朝鮮の若者たちは『韓国式』が大好きで、すごい速度で韓国文化が広まっている」、「若者らは韓国スタイルがとても好きで、韓国文化が広がる速度は『深刻』といえるほど速い」と話し、女性は若者らの間で統制強化への「反感が生じている」と説明しています。金総書記が南北統一という半世紀にわたり掲げてきた対韓政策を転換したのも、人民の間で存在感が増す韓国をできるだけ遠ざけようとしたものと見られています。祖父の金日成、父の金正日という2代の最高指導者が掲げた対韓政策を否定し、金正恩政権の無謬性を傷つけてまで政策転換を決めた背景には、北朝鮮内で韓国への憧れが広まるのを止められない焦りがあると考えられます。

このように脱北者は、北朝鮮住民の韓国への見方について「(韓国との)統一を渇望する人たちが本当に多い。それほど北朝鮮での暮らしがつらいから」と語っていますが、一方で、脱北者の続出による体制の崩壊に至らない点も気になります。この点、脱北者は、大半の北朝鮮住民にとって「韓国に来る方法がないから」と断言しています。脱北ルートの多くが塞がれ、脱北が見つかれば、即銃殺されるようになったといいます。一方の韓国社会の統一への関心も低迷し、最近の世論調査で統一が必要だとする20代は3割を下回り、韓国社会の北朝鮮問題を巡る無理解が、金体制を助長させるまた一つの要因となっているともいえます。なお、北朝鮮エリート層の韓国亡命は2023年1年間で10人前後に上り、2017年以降では最多を記録、北朝鮮が国境封鎖を強化したのに伴い、韓国に入国する脱北者は2000年代に比べて1割未満に減少しているといい、そのような中、金正恩政権に対する特権階級の離反が際立っている形です。

そうした背景事情がよく分かるものとして、在キューバ大使館の元参事官は韓国紙、朝鮮日報のインタビューで、劣悪な待遇で勤務する北朝鮮外交官の生活実態や、金正恩朝鮮労働党総書記が宴席で党幹部を叱責したエピソードなどを告白していたものがあります。2024年7月26日付産経新聞によれば、北朝鮮問題の専門家は外交官の脱北が相次ぐ背景として、在外公館での外貨稼ぎが困難になっている実情を挙げています。報道によれば、、当時の月給は副局長として最高の3千ウォン、米ドルに換算すればわずか「0.3ドル(約45円)」で、在外公館勤務時には給与がドルで支払われたものの、それでも月給500ドル(約7万6千円)にとどまったといい。違法な商売で生計を立てざるを得ないキューバ大使館の職員らは、税関検査を免れる外交官特権を悪用してキューバ産葉巻を中国に送り、1度に1万5千~2万ドル(約228万~約305万円)を稼いだといいます。外交活動のために身なりを整えつつ、貿易業務従事者などと異なり収入は少ない北朝鮮外交官は、本国では「ネクタイを付けたコッチェビ(浮浪児)とも呼ばれていた」と述べています。さらに、韓国批判を展開して存在感を示す金正恩氏の妹、金与正党副部長についても「(発表談話で)名前を貸しているだけ」だと話し、影響力の大きさを否定しています。「自分の名前が汚物風船などを正当化するのに使われ(与正氏も)気の毒だ。(与正氏の)力がどうであろうと(党内の地位が)2番目、3番目などというのは全部うそだ。『最高尊厳』(の正恩氏)以外はすべて奴隷に過ぎない」と述べています。

金総書記が打ち出した「平和統一」政策の放棄と韓国を「同族とはみなさない」という新方針について、北朝鮮は在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の内部でも徹底するよう求めているといいます。報道によれば、こうした指示の概略を示す文書は、関連団体や学校の出版物や各種イベントで韓国を「同族」とみなす表現や絵などを使わないよう具体的に指示する内容だといいます。日本に住む在日韓国・朝鮮人の中には、韓国籍もいれば朝鮮籍もいて、親戚や家族の間で国籍が違う場合も少なくなく、南北の首脳が「統一を目指す」という文書にサインしたことは、そうした環境にある在日社会に一定の希望や夢を与えたとされます。ところが金総書記は2023年12月に開催した朝鮮労働党の中央委員会拡大総会で、韓国が「同族、同質の関係」ではなく「敵対的な国家関係、交戦国の関係」になったと表明、統一の相手とみなしてはならないと強調、これには朝鮮総連と近い在日朝鮮人社会からも「言葉も文化も同じなのに」などと反発や疑問の声が上がったといいます。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、北朝鮮が国民に対して制度的に強制労働を課していると非難する報告書を発表しています。国際法に違反する人権侵害を引き起こし、場合によっては「奴隷化」という人道に対する罪にあたる可能性があるとして、北朝鮮に強制労働の廃止を勧告し、国際社会にも行動を求めています。報告書は2015~2023年にかけて聞き取った脱北者183人の証言などに基づき、北朝鮮が生産活動や公共事業、外貨獲得のために学齢期から強制労働に動員する体制を作り、国民を管理している実態をまとめています。収容所ではノルマを達成できなかった労働者が暴力を振るわれるなど非人道的な行為が横行していると指摘、子どもは学校などを通じて植林などにかり出され、徴兵者は日常的に建設業などに従事し、海外派遣者は稼ぎの大半を国にピンハネされているとしています。北朝鮮では忠誠心などを踏まえて職を割り当て、労働者に職業選択の自由はないといい、強制労働はほぼ全ての国民の生活に及び、「政治体制と指導者への絶対的服従」に結びついていると指摘しています。さらに報告書は、北朝鮮政府に対し、「あらゆる形態の強制労働」や「奴隷制やそれに類似した慣行」の廃止を要求、国際社会にも、人権侵害の責任者に対する責任追及や、北朝鮮の強制労働が絡む経済取引がないよう供給網の綿密な監視を勧告しています。

その他、北朝鮮を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 韓国の情報機関、国家情報院(国情院)は、北朝鮮が、金総書記が服用するための高血圧や糖尿病に効く新たな治療薬を探しているとの情報があったと国会の委員会で報告しています。国情院は、金正恩氏の体重が140キロに達しているとみられ、超高度肥満で心臓疾患のリスクが非常に高い状態にあると分析、30代前半から高血圧と糖尿病の症状が見られ、「既に使用している薬ではない、他の薬を探す動向が捉えられた」といいます。また、ミサイル開発を巡っては、北朝鮮は2024年に入り14回48発のミサイルを発射しており、戦略巡航ミサイルや極超音速ミサイルなど、短距離、中距離ミサイルの強化に集中していると指摘、2024年5月下旬に打ち上げに失敗した、軍事偵察衛星を載せたロケットについては、飛行機などのジェット燃料としても使われる「ケロシン」などを初めて使用したことなどから、「ロシアから支援を受けたエンジンである可能性が高い」と判断しています。これに対し、北朝鮮側は建設や農業分野などの労働者をロシアへ派遣する準備をしているとの分析も明らかにしています。また、北朝鮮が5月下旬から飛ばしているごみ風船については、10回で約3600個にも上ったと集計しています。
  • 韓国の情報機関は北朝鮮の金総書記のキム・ジュエ氏とされる娘について、次期指導者になるための訓練を受けているとの見方を示しています。
  • 韓国銀行(中央銀行)は、北朝鮮の2023年の国内総生産(GDP)が前年比3.1%増だったとする推計を発表しています。新型コロナウイルス対策の緩和に伴う経済活動の回復が影響したとみられ、4年ぶりのプラス成長といいます。農林漁業が1.0%増えたほか、製造業は軽工業、重化学工業とも伸び5.9%増、建設業は住宅用の建物建設を中心に8.2%増加となっています。2023年の輸出入総額は前年比74.6%増の27億7000万ドル(約4300億円)、1人当たり国民総所得(GNI)は韓国ウォン換算で158万9000ウォン(約17万6000円)で、韓国銀行は韓国の30分の1程度だとしています。
  • 北朝鮮の朝鮮中央通信は、北部で豪雨災害が相次ぎ発生、朝鮮労働党の中央委員会は、被害を受けた平安北道新義州市で緊急の政治局会議を開いています。また、金総書記は被災地を訪れ、被災者を激励しています。金総書記は会議で初期対応の遅れを問題視、「厳しく処罰する」として社会安全相ら関係幹部を交代させています。自らボートに乗りこみ、浸水した市街地を見て回り、避難所のテントを訪れ、被災者の生活の状況をみて対応を検討したといいます。被害状況としては、新義州市と義州郡で4100世帯あまりが浸水、農耕地や公共施設、道路、鉄道も被害を受けたといいます。孤立地域の救助活動に空軍のヘリコプターを動員、一方、人命被害は明らかにしていませんが、韓国メディアは政府関係者の話として1000~1500人の人命被害が確認されたと伝えています・

北朝鮮の外交関係を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 韓国の尹錫悦大統領は、北朝鮮によるロシアとの兵器取引は世界の平和を脅かしており、「無謀な力」から自由を守る上でリベラルな民主主義国家における連帯が不可欠だと述べています。尹氏は米軍幹部らを前に「北朝鮮はロシアとの違法な武器取引により、朝鮮半島だけでなく世界全体の平和を脅かしている」と述べたほか、金総書記とロシアのプーチン大統領による2024年6月の「包括的戦略パートナーシップ条約」署名で北朝鮮の軍事力増強への懸念が強まっていると指摘しています。
  • 北朝鮮の朝鮮中央通信によると 金総書記は、ロシアのアレクセイ・クリボルチコ国防次官が率いる軍事代表団と平壌で面会し、露朝の軍事協力の重要性を確認したと報じられています。6月の露朝首脳会談以降、露軍事関係者の訪朝が明らかになるのは初めてです。露朝は首脳会談で、有事の相互軍事支援を規定した「包括的戦略パートナーシップ条約」を交わしています。金総書記は露軍事代表団との面会で、首脳会談について「重大な意味」を改めて評価、その上で「両国の軍隊がより固く団結し、地域と世界の平和、国際的正義を守っていく上で重要な役割を果たさなければならない」と強調、ロシアのウクライナ侵略についても「強力な支持と強固な連帯」を改めて示しています。
  • 北朝鮮の崔善姫外相は、平壌でベラルーシのルイジェンコフ外相と面会、、「共同の理想と目的に向かうベラルーシとの関係を全面的に拡大、強化する」と強調しています。両国とも米国などの制裁で経済が疲弊しており、ロシアの「同盟国」同士で結びつきを強め外交上の孤立を打開する狙いがあります。ベラルーシはルカシェンコ大統領が1994年から30年にわたり政権を握っており、祖父の代から3代にわたり権力を独占する金政権と似ています。北朝鮮は2024年4月にもベラルーシの外務次官を平壌に招いています。北朝鮮は、ウクライナを侵略するロシアへ弾薬供給を続けており、ベラルーシもロシアの同盟国で、ウクライナ侵略を支えています。北朝鮮としてはベラルーシとの関係を強化して、ロシアの同盟国の一角だと対外的に明示する狙いがあり、一方のベラルーシは米欧から制裁を科され、経済的に苦境に陥っている中、ロシアに追随して中国や北朝鮮に接近し孤立を打開する狙いがあります。
  • 北朝鮮の朝鮮中央通信は、米大統領選の共和党候補にトランプ前大統領が指名されたことを初めて伝え、金総書記と親しい関係にあったと指摘しています。北朝鮮がトランプ氏の再選と米朝交渉の再開に期待しているとの見方が出ています(が楽観的な見通しとは言えないように思います)。トランプ氏は指名受諾演説で「私が戻れば、彼とうまくやる。彼も私の復帰を望んでいる」と述べ、金総書記との非核化を巡る再交渉に意欲を示しています。両氏は2018~2019年に首脳会談を行いましたが、非核化措置を巡って決裂、。その後、米朝関係は急速に悪化しました。論評記事は受諾演説に触れ、「(トランプ氏が)首脳間の個人的親交関係をもって、国家間の関係にも反映しようとしたのは事実だが、実質的な肯定的変化はなかった」と振り返っています。また、米国の選挙を批判し、2024年11月の米大統領選の結果にかかわらず米朝間の将来的な対話に否定的見解を示し、米国の民主党と共和党間の政治状況は「内輪もめ」で複雑化しており、今後変わることはないと主張、「悪意ある企てのための対話、対立の延長としての対話は最初から必要ない」と断じています。さらに、米韓が北朝鮮との戦闘を想定した軍事演習を展開していることなどに言及し、「対話や交渉という言葉を我々は信じることができるだろうか」と批判、北朝鮮は米国との対決に向けて「十分に準備できている」とし、「朝米対決の秒針が止まるかは、米国の行動次第だ」と強調しています。
  • 一方、北朝鮮は米大統領選でトランプ前大統領が勝利した場合、米国との核協議を再開したい意向で、新たな交渉戦略を練っていると見られています。前述の脱北した元外交官が国際メディアとの初のインタビューで、北朝鮮はロシア、米国、日本を2024年以降の外交政策の最優先課題としていると述べています。ロシアとの関係を強化する一方で、トランプ氏が再選された場合、核協議再開を望んでいるといいます。同氏は北朝鮮の外交官がそのシナリオに向けた戦略を練っており、兵器プログラムに対する制裁とテロ支援国家指定の解除や、経済援助を引き出すことを目指していると語っています。北朝鮮は米国との対話の可能性を否定し、武力衝突を警告してきましたが、同氏の発言はそうした姿勢が一転する可能性を示唆しています。なお、「金氏は国際関係や外交、あるいは戦略的判断の仕方についてあまり知らない」と述べている点も気になります。同氏は、北朝鮮はロシアと緊密な関係を築くことで、ミサイル技術や経済面で支援を受けたものの、より大きな恩恵は追加制裁を阻止し、既存の制裁を弱体化させることだとし、米国に対する北朝鮮の交渉力が強まると指摘、「ロシアは違法取引に手を染め、そのおかげで北朝鮮は制裁解除を米国に頼る必要がなくなった。ロシアは米国から重要な交渉材料を一つ奪ったということだ」と述べています。さらに、同氏によると、金総書記はまた、日本人拉致被害者問題での譲歩と引き換えに経済援助を得る目的で、日朝首脳会談を模索すると指摘しています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例改正動向(兵庫県)

兵庫県公安委員会は、ショッピングモールやホームセンター、劇場、ボウリング場のようなスポーツ施設などの「大規模集客施設」周辺200メートル以内で、暴力団事務所の開設を禁止すると決定しています。子どもが出入りする施設周辺を規制対象にすることで、青少年保護につなげる狙いがあります。。議会による議決が必要な兵庫県暴排条例の改正はせず、兵庫県暴排条例施行規則の一部を改正し、2024年10月1日に施行予定で、集客施設周辺を禁止対象に加えるのは全国初だといいます。現行の条例では、都市計画法が定める第1種住居地域や商業地域などを禁止区域に設定、ほかに学校や児童福祉施設の周囲200メートル以内での開設も禁止していますが、今回、延べ床6千平方メートル以上の大規模集客施設周辺を追加、尼崎や姫路、丹波など少なくとも10市町の計15施設周辺が新たな禁止区域になるといいます。

(2)暴力団排除条例に基づく勧告事例(北海道)

室蘭市の暴力団員からしめ飾りを購入したとして、北海道公安委員会は、北海道暴排条例(北海道暴力団の排除の推進に関する条例)に基づき、同市と登別市の飲食店や建設会社など12業者に対し、暴力団に利益を与えないよう勧告しています。報道によれば、暴力団側が約50業者分の販売対象を記したリストを作り、北海道警が押収したことが判明、北海道警は、暴力団員と一部の地元業者で約30年前から、みかじめ料として金品の授受があったとみて調べているといいます。なお、北海道内で2024年、北海道暴排条例に基づく業者への勧告が16件に上り、過去最多となっているといいます。今回の大規模な勧告は、北海道警が押収した暴力団側の販売先リストが端緒となったものの、飲食店などは「長年の慣習」として断り切れず、多くが潜在化しているとみられています。しめ飾りは暴力団の資金源で、道警は警戒を強めています。

▼北海道暴排条例(北海道暴力団の排除の推進に関する条例)

本条例第15条(利益供与の禁止)において、「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(1)暴力団の威力を利用する目的で、財産上の利益の供与をすること」が規定されています。そのうえで、第22条(勧告)において、「北海道公安委員会は、第14条、第15条第1項又は第17条第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、当該行為をした者に対し、必要な措置を講ずべきことを勧告することができる」と規定されています。

(3)暴力団排除条例に基づく勧告事例(埼玉県)

埼玉県暴排条例に違反して利益を供与したとして、埼玉県公安委員会は、埼玉県内で印刷会社を経営する事業者に勧告を行っています。また、事業者から対償のない利益を受けたとして、六代目山口組傘下組織幹部の暴力団員にも勧告を行っています。報道によれば、2024年1月、事業者は暴力団の活動や運営に協力する目的で、暴力団員から書状100部の印刷依頼を受け、相場の3万円を下回る1万9千円で提供していたといい、いずれも勧告内容を認め、事業者は「安い価格で印刷しました」、暴力団員は「ほかに印刷してくれる会社がなかった」と話しているといいます。

▼埼玉県暴排条例

本条例第19条(利益の供与等の禁止)において、「事業者は、その事業に関し、暴力団員又は暴力団員が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(2)暴力団の活動又は運営に協力する目的で、相当の対償のない利益の供与をすること。」が規定されています。そのうえで、第28条(勧告)において、「公安委員会は、第19条第1項、第22条第1項、第23条第2項、第24条第2項、第25条第2項又は第26条の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除活動の推進に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、当該行為をした者に対し、公安委員会規則で定めるところにより、必要な勧告をすることができる。」と規定されています。

(4)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(埼玉県)

JR大宮駅周辺の暴力団排除特別強化地域で営業する飲食店からみかじめ料を受け取ったとして、埼玉県警大宮駅周辺地区暴力団壊滅集中取締本部(組対1課、大宮署など)は、埼玉県暴排条例違反の疑いで住吉会傘下組織幹部の無職の男を再逮捕し会社役員の男を逮捕しています。報道によれば、共謀の上、2023年8月、さいたま市大宮区仲町2丁目の路上で、同地内などに所在する飲食店2店舗の営業に関するみかじめ料として、現金計10万円を受け取った疑いがもたれています。埼玉県警は2023年8月、同地域内で接待を伴う飲食店を無許可で営業したとして、20代の男2人を風営法違反(無許可営業)の疑いで逮捕、その後の捜査で、2人が組幹部の男にみかじめ料を渡していたことを特定、組幹部の男は、別事件に関する自宅の捜索時にコカインを所持していたとして、2024年6月に麻薬取締法違反で逮捕されています。みかじめ料を渡した2人は、組幹部の男が暴力団関係者と認識した上で現金を渡していたとみられ、県警は任意で事情を聴いているといいます。

埼玉県暴排条例第22条の3(特別強化地域における禁止行為)第3項において、「特定営業者は、特別強化地域における特定営業の営業に関し、暴力団員に対し、用心棒の役務の提供を受けることの対償として利益の供与をし、又はその営業を営むことを容認する対償として利益の供与をしてはならない」と規定されています。また、暴力団員についても、第22条の4において、「暴力団員は、特別強化地域における特定営業の営業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(3)特定営業者から前条第3項に規定する利益の供与を受けること」が規定されています。そのうえで、第32条において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「(2)相手方が暴力団員であることの情を知って、第22条の3の規定に違反した者」と「(3)第22条の4の規定に違反した者」が規定されています。

(5)暴力団対策法に基づく称揚禁止命令発出事例(兵庫道)

兵庫県公安委員会は、六代目山口組傘下組織組員の男に対し、暴力団対策法に基づき、服役終了後に出所祝いや慰労金などの報償の受け取りを禁じる「称揚等禁止命令」を発出しています。報道によれば、組員の男は2022年8月、福岡県福津市にある神戸山口組傘下組織事務所に車をぶつけ、建造物損壊容疑で逮捕されています。一方、兵庫県公安委員会は2023年6月、六代目山口組の篠田建市(通称・司忍)組長ら3人にも同命令を出し、この組員に報償を渡すことを禁じています。命令の効力は出所から5年間で、現金提供のほか、組織内で地位を昇格させることも禁じられます。六代目山口組と神戸山口組の対立抗争に関し、兵庫県公安委員会が同命令を出すのは今回で11件目になるといいます。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律

暴力団対策法第30条の5において、「公安委員会は、指定暴力団員が次の各号のいずれかに該当する暴力行為を敢行し、刑に処せられた場合において、当該指定暴力団員の所属する指定暴力団等の他の指定暴力団員が、当該暴力行為の敢行を賞揚し、又は慰労する目的で、当該指定暴力団員に対し金品等の供与をするおそれがあると認めるときは、当該他の指定暴力団員又は当該指定暴力団員に対し、期間を定めて、当該金品等の供与をしてはならず、又はこれを受けてはならない旨を命ずることができる。ただし、当該命令の期間の終期は、当該刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から五年を経過する日を超えてはならない」として、「一当該指定暴力団等と他の指定暴力団等との間に対立が生じ、これにより当該他の指定暴力団等の事務所又は指定暴力団員若しくはその居宅に対する凶器を使用した暴力行為が発生した場合における当該暴力行為」が規定されています。

(6)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(沖縄県)

沖縄県警沖縄署は、「払わんと死なすよ」などと暴力団の威力を示し、本島在住の50代男性に現金を贈与するように不当な要求をしたとして、暴力団対策法に基づき、旭琉会三代目富永一家の構成員の男性に中止命令を出しています。報道によれば、「命令の内容について分かった。今後、相手に関わらない」と話し、命令書を受け取ったといいます。

暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二 人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が禁止されています。そのうえで、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)第1項で「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定しています。

(7)暴力団対策法に基づく逮捕事例(大阪府)

絆會の本部事務所付近をうろついたとして、大阪府警は、暴力団対策法違反の疑いで、絆會と対立する六代目山口組「弘道会」傘下組織幹部と組関係者とみられる容疑者を逮捕しています。大阪府警は絆會関係者を襲撃する予定だったとみています。うろつき容疑での逮捕は全国初となります。報道によれば、共謀して大阪市中央区の絆會本部事務所付近を乗用車や徒歩でうろついたというもので、警戒中だった大阪府警の警察官が、事務所付近で不審な車を発見、2人が車から降りたところを任意同行し、逮捕したものです。暴力団対策法では、特定抗争指定暴力団の組員が対立組織の居宅や事務所付近をうろつくことを禁止行為と規定、絆會と六代目山口組は6府県の公安委員会が2024年6月、特定抗争指定暴力団に指定しています。

暴力団対策法第15条の3(特定抗争指定暴力団等の指定暴力団員等の禁止行為)において、「特定抗争指定暴力団等の指定暴力団員は、警戒区域において、次に掲げる行為をしてはならない」として、「二 当該対立抗争に係る他の指定暴力団等の指定暴力団員(当該特定抗争指定暴力団等が内部抗争に係る特定抗争指定暴力団等である場合にあっては、当該内部抗争に係る集団(自己が所属する集団を除く。)に所属する指定暴力団員。以下この号において「対立指定暴力団員」という。)につきまとい、又は対立指定暴力団員の居宅若しくは対立指定暴力団員が管理する事務所の付近をうろつくこと」が禁止されています。そのうえで、第46条において、「次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」として、二 第15条の3の規定に違反した者」が規定されています。

(8)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(神奈川県)

神奈川県公安委員会は、暴力団対策法に基づき、稲川会傘下組織の男性幹部に再発防止命令を発出しています。「金払わないと殺すぞ」と金品要求していたといいます。

暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二 人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が禁止されています。そのうえで、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)第2項で、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定しています。

(9)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(愛媛県)

2024年3月愛媛県内の会社に対し用心棒として働く代償に金品を要求したとして、暴力団対策法違反に対する中止命令を受けていた松山市の六代目山口組傘下組織組員の男が、以前にも別の会社に用心棒料などを要求していたとして、愛媛県警は再発防止命令を発出しています。報道によれば、男は2024年3月、新居浜市の運送事業者に対し、用心棒となる代わりに金品などを要求したため警察から中止命令が出されていましたが、その後の捜査で、男は204年1月にも松山市の道路舗装会社に対して同様の用心棒料を要求していたことがわかったものです。男は「わかりました」と命令に応じたということです。なお、再発防止命令に違反した場合について、暴力団対策法第46条において、「次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」として、「一 第11条の規定による命令に違反した者」が規定されています。

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