総合研究部 上席研究員(部長) 伊藤岳洋
皆さま、こんにちは。
本コラムは、消費者向けビジネス、とりわけ小売や飲食を中心とした業種にフォーカスした経営リスクに注目して隔月でお届けしております。
小売業や飲食業におけるコンプライアンスについて
小売業や飲食業におけるコンプライアンスの徹底をテーマに考えてみたいと思います。
まずは、「コンプライアンス」の定義について、振り返ります。コンプライアンスとは、どういうものなのでしょうか。コンプライアンスとは、英語で「Compliance」と表記し、その意味は「命令や要求に従うこと」ということになります。研修などでは、「法令遵守」と習った方もいるのではないでしょうか。コンプライアンスの企業や従業員への定着が進み、社会のコンプライアンスへの意識が成熟するにつれて、その意味合いやその範囲は変化してきています。したがって、法令を守ることだけではなく、倫理や道徳観、社内規範といったものに「従う」と考えられるようになりました。
さらに最近では、企業のCSR(Corporate Social Responsibility)、すなわち「企業の社会的責任」を果たすことが、コンプライアンスに含まれると考えられています。企業活動は、自社の利益のみを追求するのではなく、すべてのステークホルダー(ここでは単に投資家や消費者だけでなく、社会全体を含む)を視野に、社会全体のニーズの変化を捉え、それらをいち早く価値創造や市場創造に結び付けることによって、自社の発展と共に経済全体の活性化やより良い社会づくりに貢献するという考え方です。この考え方をうまく具現化してアピールできている企業としてコーヒーチェーンのスターバックスが有名です。スターバックスの企業戦略、店舗コンセプトは、「サードプレイス」で、ご存じの方も多いと思います。会社や自宅とは違った第3の場所として、くつろぎの空間を提供するというものです。顧客のニーズに合わせた接客やいすやテーブルの種類、紙製のコーヒーカップなどの採用は、すべて「サードプレイス」実現のために一貫しています。企業理念に反しない範囲であれば、従業員の裁量によって顧客別に最適な接客サービスを提供することやコーヒーカップの上げ置きで、カチャカチャという音がしないように陶器ではなく紙製のカップにしていることなどです。安く、早く、ちょっとの時間だけという方は、たとえば「ドトール」へどうぞ、その方がかえって「サードププレイス」を守れるということでしょう。業界は同一でも、「ドトール」とは明確にポジショニングが異なります。
前置きが少し長くなりましたが、「サードプレイス」を好んで選ぶ顧客は、こだわりがあって意識が高い方が多く、社会問題への関心も少なくありません。そこでスターバックスは、微細なプラごみが、環境問題として報じられてすぐに、「2020年末までに全世界28,000店において使い捨てのプラスチック製ストローを全廃する」ことを2018年7月に発表しています。紙製ストローへの変更にはコストの増加が伴います。しかしながら、法令などで規制されていないにもかかわらず、環境問題解決と企業の社会的責任を果たすために行動したといえます。そのような姿勢は、コーヒー豆の「フェアトレード」にも表れています。コーヒー豆の産地は、発展途上国が多く、生産に適した土地は機械化が難しい中山間部が少なくありません。貧しい国では、コーヒー豆の生産に児童労働が使われることがあります。そのように生産されたコーヒー豆は安価ですが、そういったコーヒー豆は購入せず、多少高くても児童労働を排除し、生産地の持続性のある経済的発展に寄与するような取引を目指しているものです。このように社会全体にも貢献し社会的責任を積極的に果たすことで、その考え方に共感する顧客との関係強化を通じて企業の価値向上を目指しているとみることができます。つまりは、コンプライアンスの強化は企業価値の向上や利益の向上への取り組みと同義、それが言い過ぎであるならばその延長線上に存在するといえるでしょう。
スターバックスは一例ですが、コンプライアンスとは「社会の要請に応えていくこと」に、その意味合いと範囲が変わっていることを認識していただければと思います。この先も「従う」べきものは、時代とともに変化していくということです。
次に、コンプライアンスの目的について、整理してみたいと思います。コンプライアンスといっても、役職員一人ひとりの実務において、その目的の捉え方は異なるのではないでしょうか。特に営業数字責任のある経営者や幹部においては、利益の追求が企業の存在の目的になり、また、現場に近ければ近いほどコンプライアンスは、売上・利益達成に邪魔な余計な業務と捉える傾向が未だにあります。つまり、法令や規則にさえ違反しなければよい、現場の部下にはルールを厳格に守るよう指導するということになりがちです。ルール違反は一目瞭然で、指導しやすいし、違反は指摘されやすいからです。これでは、企業理念に基づいて社会的責任を果すことなどは全く浸透しないでしょう。
コンプライアンスの目的は、「業務運営の遵法性を高めることを通じて経営の健全性を確保し、企業の基本的使命や社会的責任を全うすること」とその定義から言い換えることができます。つまりコンプライアンスは、企業が社会からの信頼を引続き確保し、その基本的使命や社会的責任を果たすための前提であるべきなのです。決して、「法令や社会的規範を厳格に遵守する」ことそのもの自体が目的なのではなく、一手段でしかありません。一手段が目的化しないように注意する必要があります。
そもそも、企業の業務運営は何よりも役員・従業員一人ひとりに支えられてのものです。適切な業務の遂行は、これを担う役員・従業員が、その能力を最大限に発揮し、企業の経営目的に沿ってその役割を適切に果たすことによってはじめて実現されます。その意味でも、役員・従業員一人ひとりのコンプライアンスへの正しい理解と実践が求められます。
次に小売業や飲食業におけるコンプライアンスについてフォーカスしていきます。小売業や飲食業において、徹底すべきコンプライアンスの事項は、許認可に関する法令の遵守をはじめ、取引関連では優越的地位の濫用、贈収賄などの防止が挙げられます。なかでも、反社会的勢力の排除は、商品やサービスの取引先のみならず、店舗出店に関わる地主や不動産仲介会社にも注意しなければなりません。商品やサービスそのものに関するものでは、知財や製造物責任への対応、食品の安全・安心への対応なども重要となります。業種の特徴として、これら列挙した事項にも増して課題となりやすいのが、労務コンプライアンスではないでしょうか。とくにチェーン展開している企業では、末端の店舗において日々問題が発生するなど、労務に関する問題を抱えていることも少なくありません。
代表的な事例として、株式会社ゼンショウが展開する「すき家」における労働環境問題を考察します(出典:株式会社ゼンショーホールディングス「『すき家』の労働環境改善に関する第三者委員会調査報告書」)。この問題の概要は、以下のとおりです。2014年に牛丼チェーンの「すき家」では、多くの従業員の退職や採用難により深刻な人手不足に陥りました。4月時点で100を超える店舗が休業、さらに100店以上で深夜・早朝の営業が不能になりました。その原因はブラック企業ともいうべき過酷な労働環境にありました。
その休業・営業不能(イレギュラークローズ)に至った経緯をみていきましょう。毎年2~3月は学生クルーが就職等で退職する苦しい時期です。すでに、過酷な労働環境になりつつあった同社は、クルー応募状況が前年比70%と低迷し、苦しい時期にそれが重なりました。また、それから遡る時期に組織変更(2014年1月16日付)で、GM(450~500店舗を統括)と現場をつなぐ役割であるDM(80店舗を統括)を廃止したことで現場のオペレーションが混乱し、クルーの不満が蓄積していくことになります。
同社は、こうした状況のなか、オペレーションの複雑な「牛すき鍋」を投入しました。人手不足のなか、それが追い打ちとなってクルーや社員のサービス残業、長時間労働の増加で現場が疲弊することになります。さらに決定打として、2回の大雪があり、帰宅できずに24時間以上勤務する者が続出し、AM(3~7店舗を統括)やZM(20~30店舗を統括)がシフトに入らざるを得ない状況となります。このような過酷な労働環境に陥り、AM・ZMが退職したり無断欠勤のうえ行方をくらましたりする事態に発展し、残ったAM・ZMの負担が限界に達しました。このような経緯で2014年2月中旬から計画にないイレギュラークローズが発生したものです。
当時の客観的事実を確認していきます。当時の社員の退職者の推移は、2011年度において103人、2012年度において170人、2013年度において177人となっており、毎年の新規採用数のほとんどを吸収してしまっており、店舗数の増加に比べて在籍社員数は伸びていません。
また、新卒社員の離職率を確認していくと当時は年々悪化していることがわかります。厚労省によると(「新規学卒者の離職状況」平成22年3月卒業者の状況)、2010年3月の新規大学卒業者の3年以内離職率は31.0%であり、宿泊業・飲食サービス業では、51.0%となっています。これと比較して、同社の2010年入社の3年以内離職率は47.6%とむしろ業界平均より低くなっています。しかしながら、翌年2011年入社の3年以内離職率は58.8%と増加しており、2012年入社については、未だ3年経過していない(当時)ものの、2年以内離職率は45.7%と前の2年を遥かに上回る率で推移しており、自社比較では年々新卒離職率が悪化しています。
その他の事実も確認していきます。労働の実態をみていくと、2014年2月以前においても非管理監督者社員の平均残業時間数は多い時で約80時間、少ない時でも40時間を超えており、月間残業時間が100時間以上の社員がしばしば100名を超え、また、同100時間以上のクルーも常に数百名いる状況でした。社員・クルーが過重労働となっていることがわかります。労働時間が恒常的に月間400~500時間のクルーもいたとされています。
次に経営指標について触れます。設定された「労時売上」(一般にいう「人時売上」)を上回ることを現場のマネージャーやクルーが目標としていた実態があります。そのため、AM自らサービス残業をし、クルーに対しても実際の労働時間を勤怠記録しないように求めることに繋がっていました。
さらに、客観的要因として一人勤務体制(ワンオペ)が挙げられます。予想売上に応じて投入可能な労働時間が決定されるため、売上の少ない時間帯はワンオペとなっていました。
また、マニュアルの標準時間は、熟練スタッフの最速時間となっており、そもそも無理のあるオペレーションの設計となっていました。したがって、休憩時間非付与の発生や顧客サービスの低下によるクレーム増加につながっています。
同社内では、過重労働、労働環境の実態報告がなされていましたが、企業経営に直結するリスク、重大なコンプライアンスの問題と認識しませんでした。同社にはリスク管理委員会、コンプライアンス委員会が存在していましたが、結果として役割を果たすことはありませんでした。
この問題が発生した原因について、みていきます。同社の大量店舗閉鎖を招いた直接的な原因は、経緯で既述したとおりですが、そこで挙げた事象はそれまでの過重労働の蓄積による矛盾を一気に噴出させるトリガーになったに過ぎません。こうした過重労働や労働環境の悪化を招いた根本的な原因は、大きく以下の2つが挙げられます。1つ目は、現場の過重労働を是正する仕組み、つまり組織上のガバナンスが機能不全であったことが挙げられます。2つ目は、経営幹部がその状況を危機として捉えていなかったという危機意識の欠如とそれをもたらす経営幹部の思考・行動パターンが挙げられます。それらの根底には組織を貫く、「業界・社内の常識」が「社会の非常識」であることの認識欠如があります。詳細は以下のとおりです。
- ガバナンスの機能不全
- 取締役会にリスク情報が伝達されなかった
- 事業会社には、安全衛生委員会が、HDにはコンプライアンス委員会、総合リスク委員会が設置され、委員会には、過重労働についての情報を相応に共有していた
- 重大なリスク情報として取締役会に報告がなされなかった
- 悪しき「自己責任」論と「言いっ放し・聞きっ放し」の蔓延
- 営業部門では「現場の工夫と頑張りで解決するしかない」という問題の抱え込みと「ファイヤー・ファイティング」に代表されるその場しのぎの対応が繰り返された
- 人事・総務部門も過重労働への対応について営業部に指摘・指示にとどまり、専門家としての具体的な改善を立案し、その実行を強く迫ることはなかった
- 重大なリスク情報として取締役会に報告がなされなかった
- 取締役会にリスク情報が伝達されなかった
- 経営幹部の思考・行動パターン
- コンプライアンス意識の欠如
- 「24時間365日営業」を金科玉条にした思考停止→法令軽視
※コンプライアンスは企業経営の「前提条件」であるべき
- 「24時間365日営業」を金科玉条にした思考停止→法令軽視
- 顧客満足のみにとらわれた思考・行動パターン
- 社員・クルーが企業経営にとって不可欠のステークホルダーという認識がなかった
- 従業員満足の視点があまりにも希薄で顧客満足が絶対化していた
- 自己の成功体験にとらわれた思考・行動パターン
- 経営幹部は強い使命感と超人的な長時間労働で、すき家を日本一にしたという成功体験を有しており、部下にもそれを求めた
- できる社員(自分)を基準にした対応を、世代も能力も異なる部下に求めるという無理なビジネスモデルを押し通そうとした
- コンプライアンス意識の欠如
このような根本的な原因からは、経営幹部の意識変革が必要であることがわかります。それは、すでに同社のビジネスモデルが限界に達していたからです。外食世界一を目指すCEOの下に、その志の実現に参加したいという強い意志をもった部下が結集し、昼夜を厭わず、生活のすべてを捧げて働き、生き残った者が経営幹部になるというモデルです。
CEOは、これまでのビジネスモデルに限界を感じ始めていたものの、自らの言う「成功体験に基づく共同体意識」に足を取られ、これを実現することができなかったものです。今後は、売り上げや利益という目先のことだけではなく、「企業の在り方」そのものについて、経営幹部が本質的な検討・議論を経て意識変革をする必要があります。そのなかで、ステークホルダーに対する責任を前面に出している企業の例として、ジョン・ソン・エンド・ジョンソン社について第三者委員会報告書は触れています。ジョン・ソンエンド・ジョンソン社は「1顧客、2全社員、3地域社会と全世界、4株主」という4つのステークホルダー(しかも、顧客を第一に、株主を最後に置く)のために企業は存在するという「我が信条(Our Credo)」を全社員の行動の拠り所としています。同社製の鎮痛解熱薬タイレノールへの毒物混入事件も、この理念で乗り切り、危機管理の手本とされています(「第三者委員会調査報告書」p.45)。
一方で、調査の一環のアンケートでは、厳しい声だけでなく会社を思う社員の声が寄せられています。「ゼンショーの社員はみな、まじめに働いている。決してブラック企業ではない。バイトも社員も99%以上の人がゼンショーの復活を望んでいます」、「このアンケートが無駄にならないコトを願っています。売上(数字)がすべてではありません。CR一人一人が気持ちよく働ける環境を作っていただけたらと思います」などです。こうしたすき家を支えていこう、変えていこうという思いを持ったクルーや社員の存在こそが、すき家の財産です。
これらの声に耳を傾け、経営幹部は強い決意と危機感をもって、「人財」を活かす経営をしていかなければなりません。
社員・クルーという「人財」を企業経営にとって不可欠のステークホルダーと考えるなら、人財管理を第2のマーケティングとして強化することもひとつの改善策となり得ます。「採用」は新規開拓マーケティングです。企業の特徴や価値を訴えかけて、選んでもらわなくてはなりません。「定着」は既存顧客に対するマーケティングということになります。すでに関係性はできていますが、いつ競合に奪われるかもしれないという危機感から関係強化を常に働きかけなくてはなりません。「育成」はお客様(社員・クルー)と会社との共創ということになります。双方の努力が必要です。人財を第2のお客様と位置付け、大事にして活かすという考え方です。参考になればと思います。
筆者は当時、コンビニ本部でゾーンマネージャーに就いており、他人事とは思えないインパクトがあったことを記憶しています。勤務していたコンビニチェーンも、多くの店舗で深夜帯は一人勤務体制(ワンオペ)でした。多少忙しい店舗は、22時から26時(翌2時)まで「深夜ハーフ」と呼ばれるシフトに1名勤務し、「深夜ハーフ」の時間帯のみ深夜通しの勤務者と合わせて計2名体制で、26時からはワンオペという状態です。加盟店の利益の問題から本部としても、2名体制を推奨していませんでしたし、推奨できるほどの総合力(立地、商品力、プロモーション力、知名度等)を持ち合わせていませんでした。ワンオペが6時間以上に及ぶ場合は、休憩時間の付与の問題が発生しますが、「休む」ものの、法律が求める本来の「休憩」にはなり得ず、チェーンとして黙認していたのが実態です。コンビニの場合は、フランチャイジングなので、労務管理は加盟店の責任ですが、あるべき姿を推奨しなかったのは、やはり黙認というべきでしょう。「営業部門では『現場の工夫と頑張りで解決するしかない』という問題の抱え込み」との指摘と要因は非常に似ており、どの企業でも構造的問題となり得るものです。小売業や飲食業においては、営業部門が管理系の部門と比べて強いことも少なくありません。人事・総務部門が強力に指導して改善させることは部門間の力関係によると、健全な自浄作用は働きにくいのかも知れません。
とくに、これから上場を目指す企業は、一定の規模の売り上げや利益をすでに確保しており、ある程度営業成績に勢いがある場合が多いと思います。一方で内部統制体制や、そのうちのひとつであるコンプライアンスの浸透という点では、営業成績の勢いや組織の拡大に追い付いていない場合が少なくありません。あらためて、上場するための5つ適格条件(出典:東京証券取引所「2017新規上場ガイドブック(マザーズ編)」)を確認すると、以下のとおりとなっています。
- 企業内容、リスク情報等の開示の適切性
- 企業経営の健全性
- 企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性
- 事業計画の合理性
- その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項
事業計画の合理性や企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性を担保することによって、企業経営の健全性を実現するという建付けになっています。「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」の説明から抜粋すると以下の通りです。
法令等を遵守するための有効な体制が適切に整備、運用され、また最近において重大な法令違反を犯しておらず、今後においても重大な法令違反となる恐れのある行為を行なっていないこと(筆者下線追加)
- 事業に関係する法規制、監督官庁等による行政指導
- 労務コンプライアンス
- 法令遵守等を順守するための体制
- 過去の法令違反等の治癒状況、再発防止体制
- 内部統制報告制度への対応状況
「最近において重大な法令違反を犯しておらず」、「『今後においても』重大な違反」を犯してはならないし、過去の違反には再発防止の体制が確立していることが求められています。そのなかに、ここまで注目してきた「労務コンプライアンス」が明記されています。
さらに、「その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項」から以下を抜粋しています。
反社会的勢力による経営活動への関与を防止するための社内体制を整備し、当該関与の防止に努めていること及びその実態が公益又は投資者保護の観点から適当とみとめられること
- 反社会的勢力を排除する体制
- 反社会的勢力のチェック方法
このように上場するためには、少なくとも5つの適格条件をクリアする必要があります。そのうち、労務コンプライアンスと反社排除に問題があると、まず上場は認められません。反社排除については、取引先のチェックや排除を含めた規定整備とその運用体制を確立する必要がありますし、サービス残業などを含め未払い賃金などがあれば、過去に遡って清算し、再発防止の体制を確立する必要があります。
先にも触れたとおり、小売業や飲食業の店舗の末端では日々問題が発生しており、コンプライアンスを徹底することは簡単ではありません。しかしながら、この業界では売上・利益は店舗でのみ生み出されます。したがって、利益の源泉である店舗や運営の現場においてコンプライアスの強化に継続的な投資が必要です。「すき家」の事例からもわかるとおり、不適切な状況を放置すれば、スタッフの定着率の悪化、人手不足による過重的労働、労働環境に関する風評の悪化、新規採用難と悪循環をたどり、やがては店舗網を維持できないという大きな経営危機に瀕することになります。小売や飲食の企業において、店舗の人員を確保できない状況に陥ると呆気ないほど急速に経営危機に陥ることは、人手不足倒産の増加や「すき家」の「イレギュラークローズ」の事例が示しています。やはり、小売・飲食業は店舗あっての企業です。
コンプライアンスを徹底するうえでの注意点について、大事なことなのでこれまでの主張を繰り返します。コンプライアンスは、法令や社内の規定、ルールを知ることに加えて、あらためて企業理念や行動指針も併せて浸透させることが必要です。規程やルールは「~しなければならない」、「~してはいけない」という類のコンプライアンスになりがちです。それは、ルールを守るためにあらたなルールを作ったり、厳格に運用することで手間が増えて、なおさら守ることが難しくなったりする矛盾も内包します。むしろ、我々の企業は何のために存在し、誰のためにどのようなサービスを提供し、どのような企業・従業員を目指すのかといった企業理念や行動指針とコンプライアンスを結びつける、いわゆる「プリンシプルベース」の思考を教育することが、自発的・自律的な行動を促すものと考えられます。たとえば、商品やサービスの提供を通じて「お客様を笑顔にする」という主旨の理念や指針であれば、過重労働や過酷な労働環境では「お客様を笑顔にする」ことは難しいでしょう。「すき家」の事例のようにクレームが増大します。つまり、スタッフのES(従業員満足度)と「お客様を笑顔にする」ことは表裏一体なのです。したがって、「人財」を企業経営に欠かせない重要なステークホルダーと考え、「第2のお客様」のように大切に接して従業員と共に将来を共創していくことが重要です。
注目トピックス
関西スーパーなど、自動発注システム活用で廃棄を削減
小売業において、自動発注システムの導入が活発になっています。新興企業や日立製作所などがシステム開発で競い合い、発注精度が向上して、加工食品だけでなく牛乳や豆腐など比較的消費期限の短い生鮮日配品にまで自動発注の領域が広がってきています。このような動きには、人手不足や食品廃棄の削減などの社会的課題が背景にあります。
自動発注はこれまでも日用雑貨や常温保存の加工食品などの発注には活用されてきました。いわゆる、不定期定量発注方式で売れた分を補充的に発注するものです。比較的需要の安定したものを対象にしていますので、自動発注に用いる計算式も簡単です。一方の生鮮食品の発注は、スーパーにとって「聖域」とよばれる基幹業務です。これまでは、それぞれの店舗に社員の発注担当者をおき、天候、気温、風の強さ、曜日、立地、イベントなど多くの情報をもとにするものの、経験と勘で数量を決めていました。数千アイテムに及ぶ商品があるため、全品で発注の精度を維持することは至難の業です。業界団体(一般社団法人日本スーパーマーケット協会)のまとめによると、値引きや廃棄で生じた損失の売り上げに対する割合は、「非食品」の1.7%にとどまりますが、日配品では4.2%、総菜では10.1%と高く、ロスにつながっています。これら生鮮食品の発注精度を高めれば、ロスの改善効果も高いですが、逆に未知の自動発注システムは、高い廃棄リスクに導入に腰が引けるという構図でした。
関西スーパーが導入したのは、総合スーパーやドラッグストアなどにITサービスを提供するシノプス社のシステムです。天候データや曜日、立地などからその日の来店客数を約95%の精度で予測するといいます。さらに、過去数年の価格設定や売り上げ実績のデータと掛け合わせ、適切な発注量をはじき出すそうです。たとえば、同じ値引きでもチラシに載る特売と閉店間際の値引きでは売れ行きが変わると分析しており、早期参入による細かな補正のためのデータを蓄積していることが強みのようです。自動発注システムを活用するスーパーが増えれば、サプライチェーン全体でデータを活用して製造段階からの無駄も改善できます。その効果から、自動発注システムを導入する機運も加速する可能性があります。以前ご紹介した値決めの自動化(ダイナミックプライシング)も廃棄の削減に効果をあげており、人に頼った従来のやり方やビジネス展開の限界を打ち破る大きな変化が押し寄せつつあります。
コンビニ出店ブレーキ、大手3社の純増45店と過去最低
コンビニエンスストア大手3社の2020年2月末の店舗純増数の合計が前の期比45店増にとどまり、記録のある80年2月期以降で最低になったといいます。加盟店の人手不足が深刻化し、新規出店の抑制を迫られている形がはっきり数字として表れました。20年1月末のコンビニ全体では、5万5,581店と前年同月比117店の減少で、3か月連続の減少になります。コンビニ各社は、既存店舗の収益改善のため、自動発注やセルフ・セミセルフレジの導入、廃棄に対するバックアップや採用・教育へのバックアップ、店舗のリニューアルなどの投資へ舵を切っています。
人手不足の影響は、加盟店オーナーの不足にも連鎖しています。すでに、各社は複数店舗経営を進めてきましたが、とくにローソンがさらに熱心です。20年3月から順次導入している制度があります。単店経営では厳しい加盟店(対象1200店)へのサポートとして、1年間月額4万円を支給します。加えて、1年以内に複数店経営に移行した場合は、月額4万円の支給をさらに2年間延長し、奨励金として150万円を支給します。これらを含んでローソンは、20年度に加盟店支援に400億円を投入するといいます。また、加盟店の利益を本部の「最重要KPI(Key Performance Indicator 重要経営指標)」に設定することで、全本部社員の賞与の算定基準に加え、本部が加盟店の利益向上により責任をもつ体制を構築します。最終利益に責任を持つことを明確して、共存共栄の精神を掛け声だけでなく、経済的に紐づけたことには意味があります。
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