初期対応者における重要課題
2023.10.17総合研究部 総合研究課 上席研究員 森田 久雄
お客様対応における性善説と性悪説の考え方
今回は、初期対応に関してお話してまいります。企業にとってお客様は重要なステークホルダーとして位置付けられますが、そのような観点は、「当社をご利用頂いているお客様だから…」という性善説的な考え方になりがちです。しかし、これを性悪説に転換してみると「たとえ、ご利用頂いていても、必ずしも当社寄りのお客様とは限らない」という考え方にもなります。
基本的には、お客様に対する意識は性善説で考えておくことで良いのですが、対応にあたっては、性悪説的な考え方も頭の片隅に置いておく必要があります。例えば、昨日まで普通にご利用頂いていたお客様であったはずが、今日は急に無理な注文を付けてきたり、口調が荒く攻撃的な態度をとってきたりした場合、性善説だけでお客様を判断していると、このような時に困惑するのは必至です。
このような状況は、往々にしてあるもので、その時のお客様の感情の動き一つで態度は急変するものです。特に、常連と呼ばれるお客様については注意が必要です。利用率の高いお客様ほど、従業員も関係性が深くなる傾向があり、いつしかお客様という存在から、仲の良い“お友達”のような存在に変化してしまうのです。そのような状態から、他のお客様に対する接客と比較し徐々に甘い接客に変わり、友達のような言葉遣いが増えたり、物品の授受が行われたりと、もはやお友達になったという錯覚を生みます。
しかし、相手のお客様は必ずしもそうは思っていない場合もあります。その場合は、「ここの従業員は、お客様を何だと思っているのだ。こちらが気を遣い、優しく接していれば、馴れ馴れしい態度で言葉遣いは悪いし、どのような教育をしているのだ!」などと、まさに従業員からみれば、手のひら返しと思えるような仕打ちを受けてしまいます。
友人のような馴れ馴れしい接客では、「お客様に対する態度が悪い」という評価を受けても仕方ありません。接客指針として、どのお客様にも公平且つ平等な接客を行うのが基本ですので、その基本を根底から崩す接客を行ってしまっているからです。お客様がクレーマーなのではなく、企業の方が正しいCS(顧客満足)対応ができていないのです。
「今は、関係性が良くとも、いつ関係性が崩れるか分からない。相手はお客様なのだから…」と性悪説的な考え方ももっていると、お客様との距離感も考えながら、接客にあたることができ、そもそもの接客姿勢を変えることはないはずです。
初期対応者は対応に不慣れな傾向
初期対応者は、お客様より最初にクレームを受けるという、非常に難しい対応を強いられることになります。この初期対応時の状況では、お客様が従業員を見付けてアプローチしてきますので、必然的に最前線で動いておられる方が多く、店舗などで言えばアルバイトやパート従業員の方、正社員としても最前線に出ていますので、若い方が比較的に多いのではないかと思います。
クレーム対応は、知識だけでなく経験値が大きく影響します。お申し出内容への対応の要否を判断するための責任範囲も重要な要素になりますので、そもそも経験値が少ないと、判断材料も少なくなりますので、対応を難しくする要因になります。
もちろん、長期に亘り勤務しておりベテランと呼ばれる方も大勢いらっしゃるので、経験値が多い方が初期対応もされるならば問題ありません。しかし、そのような方が初期対応を行なう場合は、自身の経験値に依拠して対応しようとしてしまうケースが多く、効果的な対応手法を身に着けていないという場面も見受けられます。これは、企業側にも問題があり、商品知識や接客・接遇など、勤務するにあたって必須となる教育・研修はされているのですが、接客の一つでもあるクレーム対応や不当要求・カスハラ対応に関する研修が十分に行われておらず、性悪説的な考え方が必要な不当要求・カスハラ対応に関する知識・スキルが欠如している状況がみられます。
お客様は、従業員を選ばず、目の前で発見した従業員を掴まえてクレーム開始となることが多いと思われますが、不慣れな従業員は“怒鳴られ”“詰められ”“判断を迫られ”最悪は暴力行為に及ばれ、従業員の皆さんは精神的苦痛、肉体的疲労、屈辱を感じてしまいます。勿論、そのようなカスタマーハラスメント(カスハラ)を行うお客様に問題がありますが、不慣れな状態で対応をせざるを得ない状況にしている企業側にも、責任の一端があります。武器も持たせず、方針も示さず、訓練もせずに戦わせているようなものです。せめて、お客様の話を聞くだけ聞いてエスカレーション(上位者に引き継ぐ)する手法を教育できていれば、辛い思いをする従業員を生まないという対処ができるはずです。
初期対応では何が一番必要なことなのか?まずは、ここから考えてまいりましょう。問題の本質を担当者のスキル・能力の問題にすり替えず、企業として、対応要領、特に初期対応時の対応の仕方をしっかりと研修し、対応スキルの向上(人材育成)に重点を置くことが重要です。カスタマーハラスメントが社会問題になっているように、従業員に対して理不尽な要求・言動を繰り返す人々が相当数いることを、正しく認識しなければなりません。従業員をカスタマーハラスメントから守れない企業で働きたい人はおらず、人材確保にも大きな影響を及ぼすことを経営幹部は、改めて認識しなければなりません。
対応の難易度を理解し意識すること
クレーム対応には、対応の場面が幾つかあります。お客様と直接お会いして対応する“対面対応”、お会いすることなく電話のみで対応を行なう“電話対応”、会う事もなく話すこともない“メール対応”、大まかにはこの3ケースです。
さて、皆さんはどの対応が得意でどの対応が苦手ですか?又は、どの対応が難しく、どの対応が対応し易いと思われますか?
当然、人により判断は違い、経験値によっても違うと思いますが、私からすると相手がどのような人物でも、対面対応が一番対応し易く、メール対応が一番難しく、必要以上に気を遣います。
対面対応の場合、相手がどのような人物であるのか、ある程度の人物像が把握し易くなりますので、対応の注意点を瞬時に考えることが可能です。ただし、直接的な威圧行為や暴力的な粗暴行為を受けることがあります。しかし、このようなことには、簡単に対処できる方法がありますので、ある意味でいえばそのような行為をすると、相手が不利な状態に陥るだけです。
電話対応はどうでしょうか。相手から受ける威圧感は限りなく無いに等しいと思いますが、何より難しいのが謝罪などはこちらの感情が伝わり難い点ではないでしょうか。しっかりと謝罪をしていても、「言葉ではいくらでも言える!」などと、真意や誠意が伝わらないこともあります。また、相手も自身の顔を見られていないことから、言いたい放題になる可能性や、長時間の対応を強いられることもしばしばあります。相手からの電話で対応が始まりますので、時には電話代を支払え!などと言われることもあります。
メール対応はどうでしょうか。メールを作成し返信するだけと思いがちですが、実は文字だけで対応することが一番難しいと言えます。昨今では、SNSなどに証拠として文章を投稿される可能性もありますので、回答の内容はもちろんのこと、言い回しや誤字脱字まで気を遣い、確認に確認を重ねて送信する必要があります。対応の内容によっては、法務部門や顧問弁護士にリーガルチェックを受けるという対応もあり得ます。よく、“書面を出せ!”と言われることがありますが、メールは相手がプリントアウトすれば、望みの書面化ができてしまいますので、文面には非常に気を遣います。もちろん、回答に時間を掛けてじっくりと対応できるという利点はありますが、それは相手も同じことで、じっくりと攻め方を考えてメールを出してきます。これを含めて、対応の長期化は往々にしてある対応となります。
結果的に、対応のし易さと難しさを比較すると、対面対応が一番し易いのではないでしょうか。もちろん、これは私の経験値からもそのように感じます。
このような状況を踏まえて、当社のクレーム対応セミナーでは、実際のケースを使ったロールプレイング付きの研修が好評ですが、お客様のご要望によっては他社ではあまりやっていないメール対応のロールプレイング、特にメールクレーマーへの対応のロールプレイングも実施する場合があります。
対応方法 | 対応し易さ | 難しさ |
---|---|---|
対面対応 |
|
|
電話対応 |
|
|
メール対応 |
|
|
いつ発生するのか分からないから難しい!
クレームの発生は、時と場所を選ばず(災害のようですが)発生します。そこで、前段お話したように性善説の思考だけでいると、お客様から声を掛けられ想定外のクレームを言われると、いきなりの事で右往左往することとになってしまいかねません。お客様からの問い合わせ内容は、商品の説明や質問だけではなく、時には怒りの感情をぶつけてくることもあるのです。それも、いつ言われるのか分かりません。要するに、お客様より声を掛けられた場合には、クレームの可能性も予め想定しておくことが必要だということです。
また、クレームの申し出でお客様と接した時、従業員は圧倒的に不利な状況で接しなければなりません。特に、常習的にクレームを申し出るようなお客様については、相手は慣れていますので、非常に難しい対応になることは必至です。このようなお客様は、予めクレームを申し出るつもりでいますので、どのような順序で何を言うか考えられているケースが多いのです。勿論、自身の言葉に従業員がどのように返答してくるかも想定の範囲です。用意周到なお客様と準備不足の従業員では、従業員が対応に窮してどのような状態に陥るかは予想に難くないはずです。
お客様が話している時は聞くに徹する
このような状態で、まず陥るのが緊張状態により冷静さを欠いてしまうということです。クレーム・不当要求・カスハラ対応で冷静さを失った場合、失言などの対応不備や判断力の低下に繋がり、そこを更に相手方から突っ込まれ、余計に状況を悪化させてしまいます。これを避けるために、従業員の皆さんに徹底して叩き込んでおいて欲しいのは、「まずは相手の言い分を聞く」ということです。
話は違いますが、例えば、会議の中などで参加者に質問を投げかけられた時、誰よりも先に発言をするという方がいると思います。これは、決して悪いことではないのですが、まず一旦は他者の意見を聞くことで、自身の考えの修正や変更などができる訳です。一番に回答するよりも、自身の考え方が整理できる時間もできることになります。クレーム・カスハラ対応の場合は、特に情報不足の状況ですから、この発想は非常に重要です。まずは、お客様の言い分をすべて聞き取ること。私はパーフェクトヒアリングと呼んでいますが、これを目指すべきなのです。
また、お客様は「自身の申し出を聞いて!」という意図で申し出てきていますので、途中で話を遮り従業員が話し始めれば、更に怒り出すのは目に見えています。これは容易に想像して頂けると思います。
このお客様の話を途中で遮るのは、実は新人の方よりベテランに近い方が多いようです。新人の方は、接客教育を受けて間もなく、お客様の話を傾聴するという姿勢が備わったばかりですので、忠実にお客様の話を傾聴することに集中しますが、対応に慣れてある程度自身の判断で動くようになると、お客様が何を言おうとしているのか、何を求めているのか、経験値から推測・理解してしまうので、途中でお客様の話を遮ったりしてしまうことが往々にしてあるのです。このような担当者に共通するのは、「まずい!お客様にご迷惑を掛けてしまった。すぐに対処しないと!」という意識が働き、「お客様、大変申し訳ございません。~ということですね。すぐに対応させて頂きます」と、情報収集、事実確認も十分にしないまま、お客様の話を途中で遮り、お客様の話が正しい前提で対応を進めようとします。CS対応の重要性を知っているがゆえに、まずは謝罪という発想が身についてしまっているのかもしれませんが、まったく悪気はなく、お客様への申し訳ないという気持ちから迅速な行動を考えてのこととはいえ、このような対応が、かえってお客様の怒りに油を注ぐことになる訳です。
よく例え話として、セミナー等で解説するのですが、お客様のお腹の中に“怒り”という感情の薪で炎が燃え盛っている状態を想像して下さい。人の怒りの勢いはそれほど長い時間継続できるものではありません。この感情の薪を燃やし尽くせば、自然と怒りの炎は次第に鎮火していきます。勿論、再燃焼することは往々にしてありますが、まずはお客様の話を聞くことで、一時的であったとしてもお客様の感情の中にある炎が自然に鎮火するのを待つことができます。
また、「お客様の話を聞くに徹する」ことで、話を聞き取りながら担当者自身が頭の中を整理できますので、冷静さを取り戻し、焦らずに対応を進めることがしやすくなります。
次回は、冷静さを取り戻すことと、お客様の話を聞き取るコツをお話してまいります。