クレーム・カスハラ 関連コラム

カスハラに立ち向かうバイブル5ヶ条入門編

2024.01.22

総合研究部 総合研究課 上席研究員 森田 久雄

クレームの電話に頭を悩ませる女性

カスハラ被害者の増大と保護

厚生労働省が2022年2月「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(以下、厚労省マニュアル)を発表した以降、カスハラに関する企業の取組みは進んだのでしょうか?思うように進んでいないと言わざるを得ないのが実態です。2023年9月、厚生労働省はカスハラ対策を推進すべく、ギアを一段上げました。「心理的負荷による精神障害の認定基準」を改正し、厚生労働基準局長より都道府県労働局長に通知したのです。つまり、カスハラ被害を受けた従業員が精神障害を発病した場合、労災認定による補償を認めるということになった訳です。この改正は、厚労省マニュアルの発表はされたものの、従業員の被害が多く報告されていることから、厚生労働省が働く人を守る手段を増やしたものと考えられます。その背景としては、カスハラの被害者が減るどころか、増加の一途であることを示唆するものとも受け止めることができるのです。

ここで皆さんに、根本的な問いをしたいと思います。自社の従業員は、厚生労働省が守ってくれるものなのでしょうか?では会社は何をしているのでしょうか?

カスハラを行うお客様に対抗し、反攻に転じる訳ではないのです。従業員を守り、守備力を強化するだけなのです。反攻に転じるのであれば、緻密な戦略を講じていく必要があり、これは難しい対処となりますが、守備力の強化を行うのであれば、守りの基礎論を構築、脆弱な部分を補強するだけで済むのです。この守りを施しておかなければ、企業としての義務や使命が果たせなくなることを、改めて認識しておかなければなりません。

企業が負うべき義務

カスタマーハラスメント、労働者の保護、このキーワードから出てくるのが、労働契約法の第5条に明記された「労働者の安全への配慮」です。この第5条を要約すると、「使用者は労働者の生命・身体などの安全を確保するように配慮するものとする」ということです。

この法令の、“配慮するものとする”という表現は、言葉を変えると“配慮しなければならない”ということでもあります。そこには、会社側の従業員に対する安全への配慮、すなわち「安全配慮義務」が存在するということになる訳です。

もし、従業員がカスタマーハラスメントの被害に遭い、精神的障害を発病した時、会社としてカスタマーハラスメントへの対策を何も施していない状態であった場合、労使間の訴訟に発展したとしたら、果たして従業員への安全な配慮はされていたと考えられるのでしょうか。

厚生労働省が第二段階にギアを上げ、世間的にもカスタマーハラスメントが認知されているこの時代で、予見可能性・回避可能性について、どこの企業でも認識されているはずです。このような状況下では、結果回避義務違反や労働契約法第5条にある安全配慮部分に対する義務違反などに問われる可能性も大いにあると考えられます。事実、判例により企業側に損害賠償責任を認めた判例が、厚労省マニュアルでも紹介されています。

危機管理的顧客対応の指針

エス・ピー・ネットワークでは、創業以来、SPクラブ会員企業のサポート人的支援業務として、不当要求への対応を永年に亘り支援してまいりましたが、その積み重ねたノウハウに基づく、クレーム対応理論を2013年に「危機管理的顧客対応指針5ヶ条」として、まとめております。今回より、徐々にご紹介して参りたいと思います。

長年クレーム、不当要求、カスタマーハラスメントに携わり感じるのは、お客様への対応初期段階より、企業側が圧倒的に不利な状況であること。特に、カスタマーハラスメントを行うお客様を相手にした場合は、初期対応者の精神的な負担は大きいものと思います。

例えば、お客様がサービスを受ける又は、商品を購入した後に何らかの不満を感じ、企業に電話で問い合わせるか、直接来店されるか、いずれにしてもお客様はこの時点で不満の伝え方を考え、場合により想定話法までシミュレーションしています。これに対し、企業側は基本的に性善説的な考えをお持ちでしょうから、問い合わせがあった時点で初期対応者は、自身がこれからクレームやカスタマーハラスメントを受けると思っていません。したがって、お客様は準備万端で臨戦態勢、初期対応者は何の準備もできていない状態で対応が始まる訳です。

それでもしっかりとカスタマーハラスメント対策ができている企業の場合は、思考を切り替えて迅速に対応できるでしょう。しかし、対策自体ができていない企業の場合、初期対応者は明確な対応方法を持ち得ない状況で対応が始まるのです。どう考えても、企業側が圧倒的に不利な状況は否めません。いきなりクレームを言われ、怒鳴られ、詰められ、追い込まれ、威圧され、上げ足を取られetcという状態で、初期対応される従業員の皆さんはどのような精神状態に陥るでしょうか。

初期対応は慎重かつ冷静に対応せよ!~第1条~

そこで、初期対応で肝に命じておくべき心構えについてお話しておきます。初期対応は確実にお客様の申し出を受け付けるという意識を持っておくことです。何が何でも回答を出さなければならないという事はありませんので、まずはお客様の申し出を確実に受け付けるという姿勢・意識が必要となります。その場で回答しなければならないという意識でいた場合、初期対応は非常に困難を極めることになります。回答を出す場合、必ず事実確認をしなければなりませんから、その事実確認をせずに回答をしようと考えると、どのような回答をすればよいのか、判断に迷うことになってしまうのです。

また、クレーム対応は基本的にお客様と対応者の1対1で行うケースが殆どです。したがって、担当者は、精神的にも孤独で、一抹の不安を抱えながら対応にあたっているケースが少なくありません。そこで、覚えておいて頂きたいのは、お客様にサービスや商品を提供したのは企業であり、一個人ではありません。お客様は、そのサービスや商品に不具合を感じ企業に対し申し出をしてくる訳です。ですから、対応者は企業又は店舗の代表としてお客様と接しているという意識を絶えず持っておく必要があります。

前述した通り、補償や対応方針等々は、初期対応の段階で回答する必要はなく、事実確認をしてからでないと誤った回答を出すリスクが非常に高くなります。したがって、軽微な事象を除き、本来は初期段階で安易に回答を出してはいけないということです。

まずは、初期対応者は慎重になること、冷静さを保つことが重要で、お客様の申し出をヒアリングし、不明な点は質問し、事象の概要を把握した上で、企業組織に事象を乗せて組織対応を始める必要があるのです。

初期対応時のポイント

初期対応時のポイントは幾つかあるのですが、“慎重且つ冷静”は大前提として、お客様の話を如何に聞き取るかが重要なポイントといえます。

恐らく、皆さんは初期対応時に“対応する”という意識が非常に高いものと思います。これは間違いではないのですが、それよりも“正確に受け付ける”という意識を持つ方が重要なのです。対応するという意識が強いと、回答を出すという結論を踏まえた動きしてしまいますが、まずは受け付けるという意識であれば、受付ですから回答を出すという意識にはならないはずですね。まずは、お客様の情報を引き出すヒアリング作業と考えることです。

ここで注意しなければならないのは、共感しても同意はしないということです。お客様の思いに対しては共感の姿勢を示しつつ、「そのように思わないか?」などと問われた場合は、「個人の見解は差し控えさせて頂きます。ご意見として承ります」などと同意しないことです。同意すれば、当然のことながら「同じように思うなら言う通りにしろ!」などと言われるのは目に見えています。お客様の気持ちに寄り添いながらも、ヒアリングに徹するという意識を持つことです。

また、できることであれば、この初期対応ですべてヒアリングを終了させることがベストな対応です。ヒアリングミスがあり、後日、再度のヒアリングを行おうとすると、お客様によっては怒り出す方もいます。Perfect hearingを目指しましょう。

初期段階での「今すぐ回答しろ!」に答えるには

クレーム対応は、事実確認がいかに詳細にできているかによって判断や回答を出すスピードは変わってきます。

基本的には、お客様の申し出に対して、企業側はその申し出に対する裏付けではありませんが、申し出自体が正しいものであるのか、企業側に瑕疵が存在しているのかなど、確認をした上でなければ回答は出せないものです。もちろん、申し出の段階で事実が判明しているような場合は、その場で解決することが可能となります。

例えば、購入した商品を持ち込み、動かない、賞味期限が切れているなどは、その場で確認を取る事ができます。ただし、購入した事実は判明させる必要があります。小さなクレームであっても、事実確認後でなければ、対応の方針を決めることはできないということになります。

不当要求者に多い手口として、申し出たその場で「今すぐ交換しろ!」「今すぐ返金しろ!」などと言うケースが非常に多いのですが、これは事実確認をさせると虚偽の申告がわかってしまうことや、自身にとって不利な回答を出される可能性があるため、その場で“わかりました”という言葉を出させる為に威圧的な言動や態度をとります。

企業として、正しい回答を導き出すためには、どのような脅し行為にも屈せず、しっかりと事実確認をしなければなりませんし、そうしなければ回答自体、出てきません。また、正確な事実確認なしで安易に回答を出してしまうことは、企業としてロスに繋がる可能性が高いだけでなく、正しい回答を出していない対応として、お客様には大変失礼な対応であるともいえるのではないでしょうか。

したがって、初期段階での「今すぐ回答しろ」には、「お答えできません」という回答が正しい回答の方向性(トークの方向性)となります。ただし、言い方としては、「回答できません」では、無責任などと更なるクレームに発展する可能性がありますので、そこは何もできないという意味に取られないように、例えば「大変恐れ入りますが、お客様のお申し出は理解致しましたが、まずは調査をさせて頂き、責任をもって回答させて頂きますので、少しお時間を下さい」などと回答することで、今すぐには回答できないが、のちほど回答しますという意味が含まれた回答(トーク)をしていくことが望ましい対応といえます。

SPNのカスハラ対策サービス

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