三匹の社労士・HRリスク相談室(4)「軽作業へ職種変更を希望する復職者への対応」
2018.08.29三匹の社労士・HRリスク相談室(4)
「軽作業へ職種変更を希望する復職者への対応」
エス・ピー・ネットワークに生息する三匹(?)の社労士が、職場における、「人」にまつわる様々なお悩みの解決を目指し、初動対応や法的な責任、再発防止など、三匹それぞれの観点からコメントします。
【プロフィール】
イヌ社労士:
公認不正検査士という顔も持ち、自慢の嗅覚で「事件」の裏側を読み解く(やや偏屈)。
クマ社労士:
鮭をもらった恩は一生忘れない。法律も大事だけど・・・義理とか人情とかも好き。
ネコ社労士:
猫なで声と鋭い爪をあわせ持ち、企業内での人事実務経験が豊富。産業カウンセラーでもある。
今月のお悩みは、こちら。
内部通報の窓口担当者です。今回、次のような通報が窓口に寄せられたのですが、どのように対応したら良いのでしょうか。
食品加工部の製造ラインで勤務するAと申します。私の復職に関して相談したくてご連絡しました。
私は持病の腰痛が悪化したため約1年間休職しているのですが、あと半年復職できないと就業規則上退職せねばならないということで、このほど部長に復職のお願いをしました。腰の状態はまだ万全とは言えず、もとの製造ラインでの作業に堪える自信はありませんが、医者からは事務などの軽作業であれば問題ないと診断されており、何かできる仕事で復職できるようお願いしました。
部長は人事部門にかけあってくれたそうなのですが、人事からは「もとの仕事に戻れるまで回復しなければ復職はできない」と回答されてしまったそうです。私は30年もこの会社に貢献してきたにも関わらず、これまで腰痛のため再三異動をお願いしながら認めてもらえませんでした。今回こそ何とかしていただけないならば、労働基準監督署への相談も考えようと思っています。ご対応、よろしくお願いします。
【イヌ社労士】
社内に該当者がないうちはあまり気に留められることのない休職・復職制度ですが、対象者が日常的に存在するようになると、個別の事情によりなかなか画一的な制度の適用も容易ではなく、企業の安全配慮義務に対する責任や、人材確保の重要性などの相対的高まりと相まって、改めて制度の再点検が課題となっている企業が多く見られます。
そこで私のパートでは、まずは休職・復職制度の基本から確認していきましょう。
<休職・復職制度の法的位置づけと現況>
そもそも、労働力の提供とこれに対する賃金の支払いを基本的な構成(債権債務関係)とする雇用契約においては、業務に就けないという債務不履行状態にある労働者の就業義務を一時的に消滅させつつ雇用を維持するという休職制度は特異な存在であり、さらには労働者の保護を目的とした特別法である労働基準法においてさえ、特に雇用主側に休職制度の整備義務は課されていないのです。休職・復職制度はそれだけ会社の方針に沿った自由設計が認められるものであり、他方では、一般にその唯一の根拠となる就業規則上の取り決めが重要になってくるのです。
一方、少々古いデータにはなりますが、『メンタルヘルス、私傷病などの治療と職業生活の両立支援に関する調査』(独立行政法人 労働政策研究・研修機構 2013年6月報告)によれば、企業における過去3年間の休職制度の利用者人数(新規利用者人数)の平均値は2.88人であり、1人以上の休職者が生じている企業の割合は52.0%と、休職者は特別な存在ではありません。そして、同様に過去3年間における休職制度利用者の復職率の平均値は51.9%と、半数強が復職しているということです。こうした中、約20%の企業で就業規則に休職制度の定めがないとの調査結果もあり、いざ生じた場合の適切・公正な対応に不安があります。
また、私たちはしばしば、クライアント企業様から就業規則等に関するご相談を受けることがありますが、こうした休職・復職制度については、規定こそあれども数年にわたり見直しのなされていないケースも多く見受けられます。メンタルヘルス不調に伴う休職者の増加傾向など現在の社会情勢やこれらを踏まえた企業の責任、人材の確保や従業員満足度の向上など多面的な観点から、定期的あるいは随時に制度を見直していくことが必要でしょう。
<休職・復職制度の原則論>
休職・復職制度の規定に際して必要なポイントは、やはり「本旨弁済」の原則を出発点にすることだと思います。「本旨弁済」とは、本事例で言うならば、Aさんの仕事(労働)は会社との雇用契約に基づく、場所・時間や内容の本旨に適った提供でなければならず、所定労働時間の勤務に堪えられない、業務の内容に制約があるなどは、原則的に認められないとする民法493条の規定です。
このようなことを書きますと、ネコ社労士やクマ社労士から「頭が硬い」などと猛批判を受けそうでドキドキしますが、まずは雇用契約の原則を大前提としつつ、そこを基点に自社の特性や理念に応じて制度設計を行うという順序が必要だと思います。休職の中には、なかなか復職が容易でないケースや、会社との協力体制が期待できないケースも生じてきます。このような場合にも備えておくことがリスクマネジメントとして不可欠と考えるためです。
そうした意味では、事例における人事部門の回答は誤っているわけではなく、融通が利かないとの批判もあるでしょうが、原理原則を述べているに過ぎません。会社が過去の休職者に対しても同様に遇して来たのであれば、何ら根拠のないままに人によって規定の適用を変えるのであれば、それこそ公正性の面で許されないことにもなりかねません。労働基準監督署の名を持ち出されようと、まずは自社の運用経緯を踏まえた説明と理解促進を図ることが必要な一面もあるということです。
一方で、そもそもこの休職の理由が全くの私傷病によるものであるのか、あるいは業務起因性までは認められないものの、その発生や悪化の原因に多少なりと会社の安全配慮義務に関わる問題が存在するのかについては十分に検討する必要があります。反面で、復職を急いだがために私傷病を悪化させては、それこそ会社として従業員の安全を守ることになりません。主治医、産業医とも連携の上、慎重に対処していくことが求められます。
以上、まずはルールに忠実なイヌの立場から、休職・復職制度について、あえて四角四面に論じてみましたが、実際の管理に当たっては原則論のみで通じるわけではありませんし、今後の社会の動向、自社のあり方に照らしても解はひとつではなく、刻々と変化もしていきます。ここまでの内容は休職・復職を論じるうえでの基点として踏まえていただき、ネコ社労士やクマ社労士からのコメントに耳を傾けていただければと思います。
【ネコ社労士】
復職後は元の職場・元の職種へ戻るのが原則といえば原則ですが・・・それによって症状が悪化するのは困りますし、かと言って、都合よく「軽作業」のポジションを用意できるとも限りませんものね。これは困った!
とりあえず、まずできること、すべきことから考えていきましょう。
<状況を把握するために>
このご相談だけでは、腰痛と業務の関係性はよくわかりません。もし、「労災」として腰痛が持病となったのであれば、休職期間満了で「はい、退職!」ともいきませんし、そもそも「労災を発生させるような作業方法」が今も続いているならば、何らかの環境改善や作業上の工夫が必要でしょう。
人事さんのあっさりした対応からすると、私傷病だったのでしょうかね。しかし、私傷病であれば、会社が何もしなくて良いというわけではありません。詳しく状況を確認せず、先の見通し等の説明もなく、一方的に「復職を拒否」しているのであれば、人事さんは心を入れ替えるべきだと思います。
まず、確認すべき点は2つ。1つは、「元の職場・元の仕事に戻る必要性」がどこまであるのか、それが合理的なのか。そしてもう1つは、腰痛の症状が本当に職種変更を要するものなのか、またそれが短期的なものか、永続的なものか、といったところでしょうか。
<元の職場・仕事に戻る必要性>
まず確認したいのは、雇用契約書や就業規則です。その方の雇用契約が、職場や職務内容が限定されたものであり、かつ、「異動も職種変更も一切ない」ことになっているならば、元の職場・元の仕事へ戻らざるを得ないでしょう。この条件であれば、業務に就ける状態まで回復せず、復職できないまま休職可能期間が満了すれば、規程に基づき退職となることも、(気持ちの上では納得できなかったとしても)説明はつきます。
しかし、そのような雇用契約・規程となっているケースは非常に稀ではないでしょうか。短期の期間雇用ならいざ知らず、勤続30年の方ですので、会社側が、職種や部署の異動を命じられるように、規程を整備されているのが普通だと思います。就業規則は、会社と従業員、双方の約束事を取り決めたものです。会社が従業員に「異動を命じる権利を持つ」ということは、会社の都合で一方的に従業員を動かせるというだけでなく、従業員をより効果的に活用するために、異動を検討するのは会社側の役目だということを意味します。このケースであれば、会社は少なくとも、別の職種や部署への異動を「検討する」必要はあるでしょう。東海旅客鉄道[退職]事件(大阪地方裁判所 平成11年10月4日判決)等もご参照ください。
腰痛と仕事内容の関係性がわからないため何とも言えませんが、再三の異動願いがかなわず、休職にまで至っている時点で、会社側の安全配慮義務が万全だったとも言い切れないように思いますし、強行に復職を拒否するのは・・・私ならそんな危ない橋は渡りません。(「ネコのくせに!」って言わないでくださいね。)
<症状と仕事との関係性>
ご本人の認識では、「もとの製造ラインでの作業に耐える自信」がないとのことですが、ラインでの作業のうち、「どのような動きや体勢」に支障があるのでしょう。台車や昇降装置の使用や、作業台の調整等、具体的な対策は考えられませんか?既に1年休職されているとのことですので、その間に、ラインでの仕事が様変わりしている可能性もありますよね。今まで従事していた全ての作業はできなくても、一部の作業はできるという可能性も、考えられないでしょうか。「事務などの軽作業」ならば問題ないとのことですが、長時間机に向かう事務作業も、腰に全く負担がかからない業務とは思えません。そもそも30年ラインで力を発揮して来た方が、急に事務の仕事ができるとも限りません。一から仕事を覚えるのも、決して楽な選択肢ではないと思うのですが。
このように、ただ漠然と「製造ラインでの仕事」「軽作業」と言っていると、ご本人と主治医、直属の上司、人事等、関係者間で認識のズレが生じてしまいがちです。「できること」を「できない」と思われたり、「できないこと」を「できる」と思われてしまうことで、復職が許可されなかったり、逆に無理な復職が許可されてしまったりすることもあり得ます。ご本人にとっても、会社にとっても不幸な結果を招きますので、まずはしっかり話し合いましょう。
話し合いのポイントは、「何ができるか」と「これからどうなるか」です。「何ができるか」を具体的に知ることで、本当にその方にできる業務がないのか、それともあるのかの判別がつくはずです。そして、今後、腰の症状が「もっと良くなる見込があるのか」を見極めることも重要でしょう。今後もずっと症状が残るのであれば、新しい業務にチャレンジいただかなければならないかもしれません。ご本人にも、その覚悟をしていただく必要があります。休職期間がまだ半年残っているならば、期限が許す限り休職し、その間に、今後の仕事に必要な知識を得てもらうこともできるはずです。時間は有効に使いましょう。
<復職後の待遇について>
現在の給与体系がどうなっているかにもよりますが、「業務内容」や「成果」に応じて賃金が決まることになっており、休職前と復職後で業務内容が大きく変わるならば、賃金も見直される可能性はありますよね。規程に基づいて行うならば、問題はないと思います。
しかし復職直後は、まだ「慣れない業務」に四苦八苦していたり、症状が若干残っていたりで、ご本人にとっても納得のいかないパフォーマンスしか出せないこともあるでしょう。いきなり「復職時」のパフォーマンスで賃金を決めてしまうと、ご本人の生活に支障が出たり、モチベーションを大幅に下げてしまったりもしかねません。会社の規程上、可能であるならば、数ヵ月は「慣らし期間」「様子見期間」としてある程度の待遇を維持し、「いつまでに、どのレベルまで」という目標をクリアできなかった場合に、段階的に賃金を下げていくようなルール作りも検討してはいかがでしょうか。また、いったんは賃金が下がったとしても、今後の「頑張り」には報いられる制度であって欲しいですね。
復職の可否も今後の仕事や賃金も、決める際に必要なのは、ご本人との「話し合い」です。話し合いの結果、ご本人が納得できれば、休職期間満了での退社もあるかもしれませんが、話し合いもせずに、ずるずると辞めさせようとするのは、トラブルのもとですよ!内部通報窓口の方が、ご本人と人事さんとの間に入り、話し合いを促してみてはいかがでしょう?
【クマ社労士】
私は、最後に再発防止と関連して「健康経営」を考えたいと思います。
突然ですが、鮭料理と聞いて思い浮かぶものはありますか。バター香るホイル包み、キノコも入るといいですね。グラタンもいいでしょう。ちゃんちゃん焼きもあります。ムニエル・・・なんて素敵な響き。チャーハンやパスタに加わったら・・・筆舌に尽くしがたい。そして、不動の王者は、やはりシンプルに「焼く」。しかし、最近我が家の食卓は王者への依存度が高いように感じています。冬眠を前にした秋には、ぜひ鮭チャーハンも食べたいところです。
<健康経営>
さて、最近よく「健康経営」という言葉を耳にしますね。この言葉は、NPO法人健康経営研究会の登録商標だそうです。そこで、同研究会のホームページから、その定義を見てみましょう。
健康経営とは、「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても大きな成果が期待できる」との基盤に立って、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践することを意味しています。(中略)従業員の健康管理者は経営者であり、その指導力の下、健康管理を組織戦略に則って展開することがこれからの企業経営にとってますます重要になっていくものと考えられます。
少子高齢化による労働人口の減少への対応や、医療費削減といった側面もありますが、ここでいう「健康」の意味を同研究会作成の動画から引用しますと、「すっきり目覚め」、「美味しくご飯を食べ」、「意欲的に仕事でき」、「前向きに物事を考えられること」だそうです。すなわち、フィジカルとメンタルの両面の健康が生産性向上に資することを意識した取り組み、上記定義にて言い換えると「健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践する」ことが肝要です。前者のフィジカルは、良質な睡眠、暴飲暴食ではない食事による健康、そして健康の不安がない、またはあったとしても主治医などと連携した健康管理によりその不安へ適切に対応していることが望まれます。職種によっては、良質な睡眠の不足が生産性の低下のみならず生命の危機をもたらすこともあるでしょう。
<ヒト・モノ・カネの「ヒト」は、能力・スキル・経験とそれを発揮するための心身の健康>
今回の事例では、「腰痛」がポイントになっていましたが、もう少し考えたいのは、「私は30年もこの会社に貢献してきたにも関わらず、これまで腰痛のため再三異動をお願いしながら認めてもらえませんでした」という部分です。これが事実(どなたに、何回、どのように訴えていたのかも確認する必要があるでしょう)であるならば、会社としてはこれまでの対応を見直すべきターニングポイントにあるのかもしれません。業務に起因する労働災害か私傷病かは別として、意欲的に仕事ができないかもしれないという懸念が伝えられていたにもかかわらず、「対応をしていなかった」ということは、リスク情報に対して適切に対応していなかったと思われても仕方ありません。
フィジカルとメンタルの両面に対してリスクを抽出する一般的な方法は、前者が健康診断、後者がストレスチェックと言えます。しかし、それらの前には、「従業員の健康管理者は経営者」という視点が不可欠です。「みんなは会社にとって必要だから、心身の健康に気を遣ってくれ」。まずはこの言葉だけで十分です。そして、何よりも欠かせないのは、従業員さんのプライベートを知る人物の協力でしょう。家族(パートナーを含む)、友人、あるいは知人は、従業員さんの「業務時間外」をよく知っています。心身の健康管理は、業務時間中もさることながら、業務時間外の影響も強く受ける場合があります。すなわち、特定の部門だけでこの課題に取り組むことは難しいと言え、経営者、人事部門をはじめとした管理部門や職制のライン、そして家族等といった業務内外の関係者がそれぞれに機能する必要があります。まして、「ながらワーカー」 であれば言うまでもありません。
本事例の再発防止策は規程や書式の整備だけでは全く機能しません。まして一朝一夕に対策が進むものでもなく、今日、明日の取組みが結果となって現れるのは、5年、10年後かもしれません。それだけに経営課題としての優先順位を上げにくい側面は否めませんが、ヒト・モノ・カネという経営資源のうち「ヒト」が能力・スキル・経験をいかんなく発揮するための阻害要因を積もらせない取組みとして、今後さらに重要度を増すことでしょう。まずは、経営者によるメッセージの発信と、従業員さん一人ひとりが自身の食事の見直し(鮭チャーハンばかり食べない)へのきっかけづくりとしての啓蒙を、人事部門の皆さまにお願いしたいところです。
「HRリスク」とは、職場における、「人」に関連するリスク全般のこと。組織の健全な運営や成長を阻害する全ての要因をさします。 「HRリスク」の低減に向けて、三匹の社労士は今日も行く!
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