カスタマーハラスメント対策の勘所を概観する ~厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」活用時の留意点
2022.08.02執行役員(総合研究部担当) 主席研究員 西尾 晋
7月14日に、クレーム対応に関する実践的なノウハウを纏めた「クレーム対応の『超』エッセンス~カスタマーハラスメントに負けない:エキスパートが実践する鉄壁の5ヶ条」新訂第2版(2022年7月1日、第一法規刊)の出版記念セミナーを開催しました。
セミナーでは、当社が提唱する危機管理的顧客対応指針5ヶ条や、カスタマーハラスメント対策の要点(本年2月に公表された厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」の使い方や問題点等を含む)を中心に、書籍の内容を概要的に説明しましたが、500以上の申し込みをいただき、カスタマーハラスメント対策に関する関心の高さを改めて認識しました。
今回は、カスタマーハラスメント対策の特に重要な点について、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」の活用時の留意点について、概要を解説したいと思います。
1.厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」活用の留意点
まずは、企業の担当者の関心も高いと思われる厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(以下、「厚生労働省マニュアル」)について、効果的に活用していく上での留意点について、解説したいと思います。
なお、「厚生労働省マニュアル」の内容の解説自体は、本稿の目的ではありませんので、引用等は最低限必要な範囲に留めます。内容そのもののサマリーは、「クレーム対応の『超』エッセンス~カスタマーハラスメントに負けない:エキスパートが実践する鉄壁の5ヶ条」新訂第2版(2022年7月1日、第一法規刊)でも、新たに章(第4章)を新設して、その中でも解説していますので、ご興味がある方は、そちらをご覧ください。
※「クレーム対応の『超』エッセンス~カスタマーハラスメントに負けない:エキスパートが実践する鉄壁の5ヶ条」新訂第2版は、こちらからご購入いただけます。
また、「厚生労働省マニュアル」では、カスタマーハラスメント対策の概要や要点がうまく纏められていますので、ぜひ原典をしっかりと読みこんでいただくことをお勧め致します。
※厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」
(1)「厚生労働省マニュアル」公表の意義と絶対に押さえておかなければいけない点
Ⅰ.コンプライアンス推進の観点からカスタマーハラスメント対策にも取り組む
カスタマーハラスメントが社会問題化したことを受け、厚生労働省が、その問題意識を共有し、被害に苦しむ企業に対して、「マニュアル」という形で、取り組むべき事項やその解説を公表したことは、社会的にも非常に大きな意義があります。企業のカスタマーハラスメント対策推進を支援する当社としても、厚生労働省をはじめ、作成に関与・協力された皆様のご尽力に敬意を表したいと思います。
「厚生労働省マニュアル」で特に高く評価すべき点は、「カスタマーハラスメントに関する企業の責任」(P17)において、安全配慮義務の観点から、判例を提示・整理し、カスタマーハラスメント対策の有無で、企業としての責任が問われるか否かを示したことです。
具体的には、
- すでにカスタマーハラスメントに関して、安全配慮義務違反が裁判で争われた事例が2つ紹介されていること
- 2つの裁判例の紹介を通じて、安全配慮義務違反が認められた事例があることを明示したこと
- カスタマーハラスメント対策に関する安全配慮義務に関して、どのようなことを行っていれば、安全配慮義務違反が否定されるか(企業として、対策は行っていたと評価されるか)を示していること
の3点は、今後、企業等でカスタマーハラスメント対策を推進していく上で絶対に押さえておかなければいけない内容です。
簡単にいえば、カスタマーハラスメント対策は、現場の従業員を顧客の理不尽な言動等から守るための重要な経営課題ですが、それだけではなく、会社や安全配慮義務違反という形で善管注意義務違反が問われる取締役を守ることにも繋がるということです。言い換えれば、まさに企業(組織)の危機管理として、必須の事項であるということです。特に、経営者・経営幹部・現場管理者は、この点を改めて、しっかりと認識するようにしてください。もはや、カスタマーハラスメント対策を行わないという不作為の管理責任が問われるご時世だということです。
日本国内の企業では、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントその他の人事・労務管理上のハラスメントについては意識が高まり、昭和時代の古いしきたりや考えか方は否定され、従業員相互の尊厳を尊重する状況になっている一方で、顧客対応・取引先対応においては依然として「お客様は神様」という昭和の価値観を引きずり、お客様の言いなりになったり、御用聞き的な顧客対応に終始している企業も少なくありません。中には、明らかな過剰対応を「神対応」と勘違いしている企業すらあります。
コンプライアンスの推進の観点から、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントと同様、カスタマーハラスメントについても、昭和の古い価値観から脱却し、令和の時代に相応しい意識・価値観への変革が求められます。顧客対応や営業部門だけの問題ではなく、企業のコンプライアンスに関わる問題として、リスク管理やコンプライアンスを推進する部門も、カスタマーハラスメントに興味・関心をもち、全社一丸となって、「ハラスメント」対策・対応として、カスタマーハラスメント対策についても推進していくことが重要です。
Ⅱ.カスタマーハラスメントは、消費者取引形態の企業のみの問題ではない
なお、「厚生労働省マニュアル」では、法人間取引形態の企業(いわゆるBtoB)におけるカスタマーハラスメント対策については、あまり言及されていませんが、カスタマーハラスメントは、消費者取引形態の企業(いわゆるBtoC)に限らず、法人間取引形態の企業(いわゆるBtoB)においても発生します。
特に、BtoB形態の方が取引額も大きく、取引停止等が会社全体の業績に影響を及ぼすため、取引解消を畏れて、取引先の理不尽な要求に応じてしまっているケースも少なくありません。これまで、優越的な地位を濫用して、取引先等に対して理不尽な要求・対応を求めるケースは、適宜、公正取引委員会等により規制・是正されてきましたが、今後は、同様なケースやそれに至らないケースでも、「カスタマーハラスメント」として、コンプライアンス上不適切な行為として、問題視される可能性が出てきます。
先に、「コンプライアンスの推進の観点から、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントと同様、カスタマーハラスメントについても、昭和の古い価値観から脱却し、令和の時代に相応しい意識・価値観への変革が求められる」こと、「顧客対応や営業部門だけの問題ではなく、企業のコンプライアンスに関わる問題として、リスク管理やコンプライアンスを推進する部門も、カスタマーハラスメントに興味・関心をもち、全社一丸となって、「ハラスメント」対策・対応として、カスタマーハラスメント対策についても推進することが重要である」ことを指摘しましたが、法人間取引形態の企業においても、従業員に対して「相手方企業等にカスタマーハラスメントを行わないように」研修指導していくことが求められることを認識しておいてください。
Ⅲ.安全配慮義務履行の為に行うべきこと~2つの裁判例からの検証
ここで、カスタマーハラスメント対策推進および安全配慮義務履行の観点から、「厚生労働省マニュアル」で紹介されている裁判例を紹介しつつ、対策の勘所について解説しておきたいと思います。
まず、「厚生労働省マニュアル」において、カスタマーハラスメントに対して不適切な対応をとったことで賠償責任が認められた事例として紹介されている裁判例は、次のようなものです。市立小学校の教諭が児童の保護者から理不尽な言動を受けたことに対し、
- 校長が教諭の言動を一方的に非難し、
- 事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、
- その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に当該教諭に対して保護者に謝罪するよう求めた
という対応は、「不法行為」に当たると判断し、小学校を設置する市及び教員の給与を支払う県は損害賠償責任を負うと判断し、295万円の支払いを命じたというものです(甲府地判平成30年11月13日)。
一方、顧客トラブルへの対応体制を十分に整備していた(安全配慮義務を果たしていた)ことで賠償責任が認められなかった事例として紹介されているのは、買い物客とトラブルになった小売店の従業員が、会社に対し、労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮を欠いたとして、損害賠償請求を求めた事例に関して、被告会社は、誤解に基づく申出や苦情を述べる顧客への対応について、
- 入社テキストを配布して苦情を申し出る顧客への初期対応を指導し、
- サポートデスクや近隣店舗のマネージャー等に連絡できるようにして、
- 深夜においても店舗を2名体制にしていた
という点を重視し、「店員が接客においてトラブルが生じた場合の相談体制が十分整えられていた」とし、被告会社の安全配慮義務違反は否定されたというものです(東京地判平成30年9月3日)。
2つの裁判例で重視されている要素を見ると、安全配慮違反が認められた(カスタマーハラスメント対策が行われていないと評価された)事案では、対応要領が確立・標準化されておらず、その場を収めるために、担当者の尊厳・立場を無視していると評価されたと考えられます。対照的に、安全配慮違反が否定された(カスタマーハラスメント対策が行われていると評価された)事案では、リスクを適切に把握し、研修、相談体制、人的手当などの対策を行っていることが評価されたものと考えられます。
見方を変えると、2つの裁判例から得られる教訓としては、カスタマーハラスメント対策を行っている(安全配慮義務を果たしている)と評価されるためには
- 「現場の対応要領」の整備・標準化は必須…特に事実関係の把握の方法論
- それだけではなく、さらに、研修、相談への対応体制の整備、人的サポート体制の整備などの「組織体制の整備」が不可欠
である、ということができます。
(2)「厚生労働マニュアル」の課題
「厚生労働省マニュアル」を活用して、今後企業等でカスタマーハラスメント対策を進めていく上では、「厚生労働省マニュアル」の課題や問題点を把握し、その穴を埋めるように整備していくことが重要となります。そこで、次に、「厚生労働省マニュアル」の課題について解説していきます。
Ⅰ.「厚生労働省マニュアル」は、経営者・経営幹部に対する記述が弱い
「厚生労働省マニュアル」は安全配慮義務の観点や、カスタマーハラスメントが種々のロスをもたらすことは記述していながら、経営者・経営陣の責務に関する記述や、経営者・経営陣に対する提言は明確に書かれていません。
現場で、従業員がカスタマーハラスメントの被害にあうのは、何も現場における体制整備やマネジメントに不備があるからだけではありません。往々にして、経営者・経営陣が暗黙による指示も含めて、現場の従業員がカスタマーハラスメントに耐え忍ばざるを得ない状況に陥らせてしまっていることも少なくありません。
依然として「お客様は神様」という昭和の価値観に基づき、御用聞き的な顧客対応を続けている企業が少なくないことは指摘しましたが、その他にも、国内の企業では、組織体制・方針の不備が個人的能力・資質評価にすり替えられるケースも少なからず存在している点も影響しています。
経営陣や部門長が自身の業績・能力評価の評定が下がることを恐れ自己保身に走ると、現場で起きる「トラブル」や「クレーム」をマイナス視する傾向が強まり、トラブルやクレームが顕在化・重大化しないように、「穏便に処理するような指示」が出されるケースもあります。こうなると、担当者は結局、不当要求やカスタマーハラスメントに応じざるを得ない状況に陥ります。また、トラブルやクレームが顕在化・重大化すると、担当者の「能力不足」「適性がなかった」という形で担当者を変えるという対応で、終わらせてしまうケースもあります。このように、構造的な問題が放置され、管理者や担当者の能力不足と評価されることが常態化してしまうと、現場の人は辞めていくが実態は改善されないという状況に陥るのです。
その意味では、カスタマーハラスメント対策を進める上では、経営者・経営陣、幹部社員の意識改革こそが最も重要なのですが、「厚生労働省マニュアル」が、その点を明確に指摘しなかった点は、残念でなりません。
カスタマーハラスメント対策を進めていく上では、企業としてのカスタマーハラスメント対応ポリシーを策定・公表し、企業としてのカスタマーハラスメントに対する毅然とした姿勢を社内外に宣言することが重要です。それにより、社員・従業員に対しては、「会社として、理不尽なカスタマーハラスメントから従業員を守る」という企業姿勢を示すことができますし、カスタマーハラスメントを行う顧客に対しては、理不尽なカスタマーハラスメントは許さない旨牽制・警告することができます。
カスタマーハラスメント対応ポリシーの作成において重要なのは、経営者が、「従業員を守る」という強い思いを、明確に表明することです。ぜひ、コンプライアンスの推進や働きやすい職場づくりの一環として、経営者は、「カスタマーハラスメントから従業員を守る」というメッセージを伝えるようにしてください。
Ⅱ.基準が分かりにくく、現場では使いにくい
「厚生労働省マニュアル」では、その記述の仕方から判断する限り、「正当なクレーム」と「悪質なクレーム=カスタマーハラスメント」に分類(P7)する立場を取っています。言い換えれば、正当なクレーム以外は、全て、カスタマーハラスメントになる可能性があるということです。
しかし、このような分類の仕方をしてしまうと、実際には、企業側にも何らかの「非」が有ったり、企業側に非があると申し立てをしてくるケースがほとんどであるため線引きが難しい状況で、企業側の対応に不備があっても、現場サイドでは、お客様が「激高している」、「怒鳴っている」というだけで、全て「カスタマーハラスメント」と判断してしまう懸念があると言わざるを得ません。これでは、企業としてのCSを後退させることに繋がります。
当社では、正当なクレームと企業として応じることができない(応じるべきではない)不当要求に分類し、不当要求であるにも関わらず、それを無理やり認めさせようとして行う顧客の理不尽な言動をカスタマーハラスメントと整理しています。これであれば、「対応できるかできないかという判断」がまずあり、その段階で、企業として対応できないことは「ご意見として」承る(言い換えれば、対決姿勢ではない)形で、お客様のご意見・ご要望を尊重していくことができます。いわばCS対応を徹底していくことができます。そして、そのようにお客様のご意見・ご要望を尊重していく対応をしているのに、理不尽な言動を行って自分の要求を無理強いしようとする場合は「カスタマーハラスメント」に該当するとして、この段階で毅然とした対応に切り替えることができます。
このようなクレーム→不当要求→カスタマーハラスメントとどんどんエスカレートしていくという整理をしておけば、お客様が「激高している」、「怒鳴っている」というだけで、カスタマーハラスメントと現場で判断してしまう懸念はありません。お客様対応の基本理念はあくまでもCS対応であることを考慮すると、「厚生労働省マニュアル」では、その記述の仕方から判断する限り、「正当なクレーム」と「悪質なクレーム=カスタマーハラスメント」に分類の仕方は、CS対応をミスリードする懸念があることには留意しておく必要があります。
Ⅲ.対応要領が現場の実態にそぐわない
「厚生労働省マニュアル」では、カスタマーハラスメントに当たり得るケースについて、類型別の対応例を掲載しています(P26~28)。参考になる部分もあるかと思いますが、実際に活用していく上では、次の点に留意が必要です。
まず、「実際にはこれらの類型があわさって行われることが多いので、個別に各論を記述すると、どのように組み合わせて対応すればよいか、かえって分からなくなってしまう」という点、いわゆる各論的なアプローチの限界です。
そして、この限界をより深刻にしてまうのは、所々で、「状況に応じて、弁護士への相談や警察への通報・相談を検討する」と書かれていながら、現場で知りたいのは、「状況に応じて」がどういう場合なのか、という、現場で一番知りたい点が書かれていないということです。実際に現場で「状況に応じて判断」できるなら、すでにこのような対応できるので、そもそもカスタマーハラスメントへの対応にそれほど困っていません。でもそれができないから、対応例を参考にするのに、肝心の「状況に応じてとは具体的にどのような場合か」が書かれていないと、現場で判断することは難しい。どういう場合に、弁護士や警察に相談してよいのか、例示がないのは、対応要領の例示としては、致命的と言ってもよいぐらいの問題点といえます。
また、カスタマーハラスメントが疑われる場合の対応(P31)について、「現場での対応」に関して、「店頭で対応せず、応接室等の個室に招いて二人以上で対応する」と書かれていますが、現実には、店舗等の場合は、事務所も広くなく、応接室で対応することは難しいうえ、ニ人以上での対応を原則とされても、店舗等では、そもそもその人的余力はない、という場合が少なくありません。まして、二人以上が長時間拘束されると、店舗が回らなくなってしまいます。そして、事務所等の応接室に入れるということは、話し合いをする意思表示ととられるので、却って長時間の対応を余儀なくされることになり、逆効果になってしまうのです。
このように、特に現場での経験値や対応力の力量が問われる対応要領に関する「厚生労働省マニュアル」の記述は、問題が多い状況です。企業等でカスタマーハラスメント対策を進める場合、このような対応要領の弱点を補足・補強していくことが重要となります。
2.カスタマーハラスメント対策の重要性とその外延(まとめ)
以上、「厚生労働省マニュアル」を活用していく上での留意点について簡単にかいせつしてきました。繰り返しになりますが、企業としては、既にカスタマーハラスメントに関して、企業の責任を認めた判例があることを正しく認識し、今後は、当社でもこれまで再三説明してきた通り、従業員に対する「安全配慮義務」として、カスタマーハラスメント対策が必須となることを改めて確認することが重要となります。
そして、安全配慮義務を果たす観点から、企業として整備しておくべき対策を列記すると、次のようになります。
当社では、このような安全配慮義務を果たすためのカスタマーハラスメント対策を推進していくためのサービスも多数用意しており、実績も豊富にあります。何かお困りのことがございましたら、何なりとご相談ください。