ハラスメント 関連コラム

HRリスクマネジメントに基づく対応の基本

2024.10.01

総合研究部 専門研究員 吉原 ひろみ

当社では以前から、職場における「人」に関連するリスク全般である「HR(ヒューマンリソース)リスク」に注目し、「HRリスクマネジメント」を推奨しています。HRリスクを適切にマネジメントするとはどういうことで、どんな点に注意するべきでしょうか。本稿では、職場における「人に関連するトラブルへの対応」を想定し、HRリスクマネジメントに基づく「対応」の基本について考えてみたいと思います。

1.HRリスクマネジメントとは

「HRリスクマネジメント」という言葉は当社による造語のため、はじめにこの馴染みのない言葉について説明させてください。

まず、「HR(ヒューマンリソース)リスク」ですが、当社では次のように定義づけています。

職場における、「人」に関連するリスク全般。組織の健全な運営や成長を阻害する全ての要因をさす。

「組織の健全な運営」を阻害する要因とは、例えば不正やハラスメントなどです。「やってはいけないこと」としてわかりやすく、就業規則の懲罰の対象として書かれていることのようなイメージです。ただ、HRリスクはそれだけではなく、「組織の成長」を阻害する要因も含まれます。組織の成長を阻害する要因とは、「ダメ!」と明確には言えないまでも、職場をギスギスさせたり、「もっと良くする」ための施策の効果を抑制してしまったりするようなことを指します。例えば、より良い成果を目指した「積極的な情報交換を行わない」とか、組織の活性化を目指した「任意参加の社内イベントに対してネガティブな発言を広める」など、懲罰の対象にはしづらいものの、職場の雰囲気を悪化させることのようなイメージです。

このように当社では、「HRリスク」を、「してはならないこと」から「した方が良いことをしないこと」にまで広げ、幅広く扱おうとしています。

そして、「HRリスク」を適切に「マネジメント」するためには、次の観点が重要と考えています。

「①マイナスを出さないこと」「②プラスを減じないこと」の両方をバランスよく行い、さらに「③もっとプラスに作用するリスク(可能性)」を取る。

不正やハラスメントを抑えようとすれば、厳格なチェック体制を整えたり、厳罰化を試みたりすることが多いものです。これは「①マイナスを出さないこと」に当たります。「マイナスを出さないためのマネジメント」を強化すると、確かに「マイナスを生じさせるリスク」は軽減できますが、残念ながら「悪いことをしない代わりに、良いことも積極的にしない」状況を生み出しがちです。マニュアルからの逸脱を厳しくチェックされれば、望ましい創意工夫も生まれてきません。ハラスメントと言われるのを恐れれば、指導やチャレンジングな目標設定をしづらくなるでしょう。これはつまり、「プラスを減じさせるリスク」が高まってしまったことを意味します。こうならないためには、「②プラスを減じないこと」を目指し、「プラスを減じないためのマネジメント」を並行して行うことが必要です。例えば、業務改善のためのアイディアを募集し積極的に採用したり、先輩と後輩の交流の場を増やしたりと、職場を活性化する策が考えられますが、こちらばかりに注力してしまえば、不適切なアイディアまで採用してしまったり、馴れ合いが発生したりと、やはり悪しきことの呼び水となります。どちらのリスク、どちらのマネジメントが大きくなり過ぎてもいけません。絶妙なバランスを保てるようにしていくことが重要です。

そしてここで終わらないのが当社の「HRリスクマネジメント」です。「マイナスを抑えるマネジメント」と「プラスを減じないマネジメント」を良い具合にバランスよく行ったら、さらに全体を底上げするような、「もっとプラスに作用し得るリスク」を積極的に取っていくことも考えます。「リスク」とは、ネガティブなもの、「危険」ばかりを意味するものではなく、「不確実性」であり、それはつまり「もっと良くなる可能性」も秘めています。危険性を認識したとしても、もっと良くなる可能性があるならば、モニタリングや備えをした上で、あえてリスクを取ることで、組織を大きく発展させることにつながり得ます。身近な例を挙げるならば、ダイバーシティの積極的な活用などはこれに当たるのではないでしょうか。同質性の高い組織の方が、一般的にマネジメントはしやすいものですが、「今までにないアイディア」や「新たなリスク」には気付きにくくなり、大きな成功からは遠のき、大きな失敗を防げない組織となる可能性が高まります。時代の流れを的確に捉え、激しい競争を勝ち残っていくためには、「③もっとプラスに作用するリスク(可能性)」を取ることも必要と考えます。

当社Webサイトには、「HRリスクマネジメント」を簡潔に説明するミニ動画もご用意しています。興味をお持ちいただけましたら、ぜひご覧ください。

▼動画で見る「HRリスクマネジメントの重要性」

2.HRリスクマネジメントに基づく対応の基本姿勢

それでは本題に入りましょう。当社には日々、お客様から「人に関連するトラブル」の相談が寄せられます。中でも、問題行動を取る方、メンタルが不安定で傷つきやすい方、ハラスメントを繰り返す方など、特定の「人」への対応に関するご相談は多いものです。こういった「人への対応」をする際に当社が大切にしている、HRリスクマネジメントに基づいた対応についてまとめていきたいと思います。

まずは基本姿勢について、以下の3点を重視しています。

(1)相手がどんな人であれ、対等な人として、まっすぐに向き合うこと

相手が問題社員と呼ばれていようと、極端に職務遂行能力が低いとされていようと、人は人であり、誰もが人権を持っています。相手を「下」に見る、適当に言いくるめようとするなど、不誠実な対応はご法度です。

(2)個人の問題ではなく、組織の問題として捉えること

通常、組織の中での人の問題は、中心となった人物を排除するだけでは、真の解決にはなりません。どれほど問題行動を起こした人でも、入社したときは普通だったというケースがほとんどであり、「問題社員」は組織の中で生み出され、強化されていくものと考えられます。小さな違和感、小さな不信感を、無理に力でねじ伏せようとしたり、誠実な説明もなく放置したりすることで、組織や上司に対する敵対心が高まり、問題行動がエスカレートしていくことは、組織にとってはもちろん、問題行動を起こすご本人にとっても不本意で、不幸なことです。エスカレートさせた側、組織の側の問題を放置すれば、また別の誰かを問題社員化させかねません。

なお、入社時から問題行動を起こす人がいたならば、それは採用の手法や基準に問題があると考えます。やはり、組織の側の問題です。

(3)放置は厳禁であること

人に関連するトラブルを、「時」は解決してくれません。むしろ時間が経てば経つほど悪化の一途をたどりますので、対応もスピードが重視されます。

人の悪しき行動を、適切な指導によって正そうとせず、放置するということは、その行動を承認したことを意味します。一度注意してもきかなかったとしても、「もう注意しなくてよい」という理由にはなりません。悪しき行動がまた発生するのであれば、根気強く、効果がある伝え方を探り、伝え続ける必要があります。注意指導を諦め、長く放置した挙句に「どうにかして解雇したい」というご相談を受けることもありますが、こちらからは「放置し続けているのであれば、すぐの解雇は難しいと思いますよ」としか言えません。

また、せっかく良いことをした人に対して、何のリアクションもせずに放置しておくことも、実は大きな問題を呼びます。わざわざ頑張っても評価されない、ありがとうの一言もないとなれば、頑張る気力を失ってしまいます。これはまさに「プラスを減じさせるリスク」です。

3.適切な対応に向けて持つべき「複数の観点」

2の基本姿勢を念頭に、具体的な対応を考えていくわけですが、適切な対応を取るためには、複数の観点から検討する必要があると考えています。「弁護士さんがこう言ったから」と法律面だけを考えて対応すれば、気持ちの面でこじれることが考えられますし、気持ち、メンタルばかりを重視すれば、仕事に支障が出ることも考えられます。複数の観点から事態を捉えることが、対応を考える上ではとても重要です。

では、どういった観点を持つべきでしょうか。下記に5つの観点を挙げておきます。

(1)ルールを確認すること・守ること

当然のことながら、法令に反するような対応はいけませんし、もし会社のルールが法令に触れるようなものであるならば、正すことが必要です。法改正は頻繁に行われており、いつのまにか自社のルールが不適切となっている可能性もあります。よって、何らかの法令に関連するトラブルに対応するならば、「今は、どうあるのが正しいか」を、その都度確認する習慣をつけたいものです。

そして守らなければならないのは法令だけではありません。就業規則は、自社と従業員との「約束事」をまとめた、重要なルールブックです。従業員に就業規則を守れと言うならば、会社も守らなければなりません。就業規則以外にも、会社には様々な規程やマニュアル、手引き、通達、トップからのメッセージなどがあります。それらに基づいた説明をすることが、適切な対応への第一歩となるでしょう。

お勧めしたいのは、規程やマニュアル等の該当箇所を「見せながら説明」することです。誰にでも適用されるルールブックに書かれていれば、自分だけが恣意的な対応をされているわけではなく、「適正な対応」を受けていることを納得しやすくなります。そのためには、堂々と見せられるような、ブレない規程を整えておくことも重要です。

(2)心身の状態に配慮すること

心身の状態への配慮も必要です。「命を守る行動」は常に最優先で考えます。特に下記のような、自殺に発展し得るうつの症状には注意が必要です。

〈身体の症状〉

  • 不眠
  • 食欲不振
  • 疲労感(負担感)
  • 思考停止
  • 身体不調

〈感情の症状〉

  • 無力感(自信低下)
  • 自責感(罪の意識)
  • 対人恐怖・怒り
  • 不安・焦り・後悔
  • 「死にたい」気持ち

(参考:メンタルレスキュー協会『クライシス・カウンセリング』東京都:金剛出版 2018年)

うつやうつ的な症状は、誰にでも起き得るものです。特に、自身や家族等にお金や健康面での不安があれば、誰でも不安定になるものです。心が不安定なときにはミスも発生しやすくなり、ミスを皮切りに自信を失い、無力感に苛まれ、「自分が無力であること」(そう思い込んでしまっている)を周囲に知られる恐怖に怯え、「自分が周囲に迷惑をかけている」「自分さえいなければ…」と、転がり落ちるようにうつの沼にはまっていきます。

こういったうつの傾向が見られる方への対応では、特に無力感や自責感を煽らないような配慮が必要です。ちょっとした言葉を「責められている」と受け取られがちなため、言葉や表情・声色、文章なら顔文字やスタンプ等も総動員して、「私に悪意はありません」「あなたを責めるつもりはありません」という気持ちを相手に伝える努力をします。

心身の健康も、悪化してから対応しようとするのではなく、日頃からのケア、早めの受診が重要です。他者のみならず自分自身の健康も、「いつもと違う」に早めに気付き、早めの対処(睡眠時間の確保、休養、受診・相談等)を心がけたいものです。他者の「いつもと違う」に気付いたときは、「見守る」だけでは相手に通じません。相手にセルフケアの必要性を認識してもらうには、「疲れているように見えるけれど、何かあった?」のように、主観として伝えてみるのも一案でしょう。自分自身のセルフチェックも忘れないようにしたいものです。自身の健康なくして、他者のための「良い仕事」はできません。

なお、経済的な事情から休職や受診を拒絶されるケースもよくあります。そういう場合は、健康保険の傷病手当金について説明したり、お住いの市区町村のホームページ等で生活支援や無料のカウンセリングサービス等を探して案内したりで、少しでも経済的な不安を軽減させ、適切な医療に導くように努めます。

(3)仕事・業務への影響を把握すること

問題行動や心身の不調を理由に、職場からその人を引き離す可能性がある場合は、事前に仕事への影響を把握しておくことをお勧めします。急に人が一人いなくなれば、多くの職場では混乱が生じます。担当している業務の進捗、業務関連資料のありか、社内外とのやりとり等、バックアップが可能かどうか、最低限何を確認しておくべきか等、状況の把握に努めます。

休職を拒む人や解雇に怯えている人等では、あえて仕事を一人で抱え込み、ブラックボックス化させることで、自分の立場を守ろうとするケースもよく見られます。高圧的に引継や資料の提出等を命じれば、ますます頑なになり、仕事と心中しようとする危険も考えられますので、ここでもやはり、「責めない」「怯えさせない」工夫が必要です。

(4)周囲に目を向け、解釈の違いを知ること

ハラスメントの問題等では、加害者と被害者だけでなく、周囲の人への影響や、周囲の人から受ける影響も考慮する必要があります。前述の通り、職場のトラブルは、個人の問題ではなく、組織の問題として捉えましょう。ハラスメントをしている人がいても、周囲が何も言わない・しないのであれば、ハラスメント行為を承認し、被害者をますます孤立させていくことにつながります。周囲の人の反応やその意図にも、しっかり目を向けたいものです。

また、当事者と第三者では、同じ事実に対する認識が異なることもあります。当事者が言う事実も第三者が言う事実も、全ては「その人にとっての事実」であり、いずれも鵜呑みにすべきではありません。上司からパワハラを受けたとする部下が言う「些細なミス」を、上司は「重大な、あり得ないミス」と言うこともあれば、同じミスを同僚たちは「業務の特性上、防止が難しいミス」と表現する可能性もあり得ます。互いの認識の違いに気付き、その背景や意図をもとに認識のすり合わせを行うことが、相互理解やハラスメント防止、根本的な再発防止に向けた第一歩となります。各人が主張する「自分にとっての事実」を再構成し、「共通の事実」を認識できるように導くことを目指します。

(5)断罪より改善を優先すること

悪しきことをした人には、「過去の過ちを認め、迷惑をかけた相手に謝って欲しい」という気持ちはわかります。しかし、周囲からの「過ちを認めろ」「謝れ」という圧力は、かえって本人を頑なにしがちです。「過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる」という言葉があります。周囲からの圧力では変わらない人も、自ら変われることに気付き、自身が変わることを望むならば、少しずつかもしれませんが、人は変われるものです。

自分の非を認めない人は、認めた後に起こるであろう「悪いこと」に怯えていることもよくあります。懲戒や降格、激しい叱責やプライドを傷つけられる処分等を恐れていれば、素直に謝れるはずがないのです。自ら「変われる」「変わりたい!」と思えるように促すならば、小さな成功体験を得てもらう方が効果的でしょう。断罪や謝罪よりも、まずは「今の状況を少しでも改善するための策」を一緒に考え、実行してもらうことを考えたいものです。自らの態度や言動を変えれば、周囲からの風当たりも変わるでしょう。周囲への恐怖心が下がれば、謝罪は後から着いてくるはずです。

なお、とても手のかかる問題社員に対し、「懲らしめてやりたい」という思いがわき上がってきたときは、いったん冷静になりましょう。気持ちはわかりますが、「懲らしめてやりたい」はハラスメントのはじまりです。

4.HRリスクマネジメントのさらなる進化・深化に向けて

以上、私たちが「今」大切にしていることを挙げさせていただきましたが、「HRリスクマネジメント」は、まだまだ発展途上のものと考えています。日々、お客様と共に「この人にどう対応すべきか」と悩み、考えていくうちに、もっと良いやり方やもっと注意しなければならないことを発見するかもしれません。また、状況は常に変化しますし、「全く同じケース」はありません。このケースでうまく行った策が、他のケースでうまく行くとも限らず、私たちは常に「今、目の前の人」と真摯に向き合う姿勢を忘れてはならないと思っています。

私たちと共に、「HRリスクマネジメント」のさらなるを進化・深化を目指してくださる方が、もっともっと増えていくことを心から願っております。

以上

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