危機管理的顧客対応5ヶ条編 第二回(2013.10)
2013.10.30危機管理的顧客対応5ヶ条の経営的意義
前回は、実際に上場企業で発生した顧客対応に絡む各種事例を取り上げ、顧客対応の局面には、企業の経営や内部統制システムに影響を及ぼす大きなリスクが内包していること、そして、具体的に、会社法で定める内部統制システムと顧客対応リスクについて、概観しました。今回は、もう少し、現場での顧客対応プロセスにおけるリスクを対応のフローに従い考察し、実際に、顧客対応において、企業に損失をもたらすのは、どのような状況なのかを整理し、そのリスク対策としての危機管理的顧客対応指針5ヶ条の有用性について考えてみましょう。
なお、顧客対応に関しては、巷にも種々のノウハウが溢れています。ただ、その多くは、顧客対応に当る担当者が現場で使うためのテクニックとして紹介されているものがほとんであり、逆にクレームリスクマネジメントやコールセンターマネジメントに関する書籍は顧客の声を拾い上げるための方法論に偏りすぎていて、顧客対応プロセスにおいて、企業の収益を悪化させかねない具体的なリスク対策については、十分に議論・認識されていないきらいがあります。
危機管理的顧客対応指針5ヶ条は、顧客対応の現場での負けないための基本として活用できる実践ノウハウであると共に、企業での顧客対応プロセスないし顧客対応内部統制システムにおけるリスクへの対応をも視野に入れた、現場と経営を架橋する体系性を有しています。端的に言うと、危機管理的顧客対応指針5ヶ条に基づく顧客対応プロセスを組織全員で実践することで、現場レベルにおいては、どんな不当要求にも屈しないノウハウとして機能する一方で、経営レベルでは、顧客対応プロセスの標準化・可視化を通じた不正予防やリスクマネジメントが可能となるのです。
1.顧客対応プロセスにおけるリスクアプローチ
前回、考察したような内部統制システムにおける顧客対応に伴うリスクについては、顧客対応のプロセスの中で具体化してきますので、顧客対応における内部統制システムや危機管理体制を強化するためには、顧客対応の各プロセスにおけるリスクについても把握していく必要があります。そこで、具体的に顧客対応プロセスにおけるリスクを見ていきましょう。
顧客対応にプロセスにおける具体的なリスクを分析すると、次のようになっています。
顧客対応のプロセスを6つに分けて考えた場合、第一段階は、「商品・サービスの提供」のプロセスになります。このプロセスにおいては、各種の商品表示に関する法律や販売方法に関する規制、そして製造段階まで含めた原材料表示・管理、製造物責任など、法律上の規制等がかけられているケースが少なくありません。正に法令等遵守体制で大きく問題となるプロセスでもあり、内部統制システム上も重要な対策項目ということができますが、品質管理だけでなく、その意味も含めて、各企業においては既に相応の対策を実施しているものと考えられます。その意味においては、内部統制システム上のリスクがこのプロセスにおいて発現するリスクは低いと言えるのではないでしょうか。
顧客対応プロセスの第二段階は、「お客様の利用(使用)」のプロセスです。このプロセスにおいては、お客様が使用する局面における目的外利用(使用)、想定対象年齢以外の使用(例えば、子どもの利用による怪我等)の状況は考えられますが、企業が主体的にそのリスクをコントロールすることには、一定の限界があります。しかし、一方で使用感やレビューがSNS等に書き込みがなされ、それが他の顧客の購買行動に影響を及ぼすようになっており、企業としては、リスクの芽が潜んでいる「顧客の声」をいかに拾い上げるかが重要となると言えます。
顧客対応プロセスの第三段階は、「クレーム・不満の表明」(初期対応)です。このプロセスでは、申立の内容が錯綜したり、お客様の勘違いや期待違いによるクレームや言いがかりが発生します。企業においては、簡単な苦情対応や問合せ対応体制等は整備されているケースもありますが、事実や状況を把握できないまま対応してしまうと、ロス等を生じさせてしまうことになります。実際に不当要求等に応じてしまう事例では、初期対応において致命的なミスをしてしまっているケースも少なくないことから、予想以上にリスクの高いプロセスであると言えます。
顧客対応プロセスの第四段階は、「事実関係・事案内容等の記録・共有」です。各種の事案に対応する上で、事実関係の確認・記録は極めて重要であり、顧客対応においても、その道理は変わりません。先ほど、実際に不当要求等に応じてしまう事例では、初期対応において致命的なミスをしてしまっているケースも少なくないと述べましたが、初期対応において致命的なミスをする要因としては、その多くが事実確認が甘かったり、報告等が適切になされておらず、事実誤認のまま対応してしまうというケースが大きなウエイトを占めています。また対応プロセスや対応指針が不明確であれば、事実上、各人任せで事実確認を行うことになってしまい、対応にばらつきが出てしまいます。事実確認の甘さにより、不当要求に応じてしまえば、ロスに直結する以上、このプロセスにおけるリスクも高いと言わざるを得ません。
顧客対応プロセスにおける第五段階は、「事案に関する対応方針の決定・共有」です。このプロセスにおいては、対応方針の決定が行われることから、顧客満足度の向上や営業優先を名目とした、対応方針決定プロセスの曖昧化や恣意的運用、不利益受忍(不当要求応諾)等が往々にして行われ、トラブルが表面化することの回避や営業成績を維持するために、取締役や部門の幹部が関与するケースも少なくありません。そしてそれに伴い、事実を歪曲したり、虚偽の報告書を作成したり、各種の記録やデータを改竄する等して、事態の隠蔽・沈静化を図るなど、内部不正をも誘発しかねないリスクがあります。プロセスや基準が標準化されていなければ、これらの恣意的運用や内部不正を助長しかねないという点で、このプロセスにおけるリスクは高いと言えます。
顧客対応プロセスにおける最終段階は、企業としての最終回答を伝達する、二次対応のプロセスです。このプロセスでは、対応担当者のスキル不足や担当者に対する教育研修の不足、対応指針の未整備などによる、当初の対応方針からのブレ、それに伴う不当要求の応諾、担当者個人が案件を抱え込んでしまう(真面目で責任感の強い人ほど、抱え込みやすい。そして個人で抱え込んでしまうことで、ストレスによるうつ病等のメンタルヘルス上の問題を誘発してしまうこともある)ことで、対応過程の不透明化などのリスクが発生しうるのです。実際の顧客対応の局面では、クレーマー等が様々なテクニックを用いて、自らの不当要求を通そうとすることに対して、それに負けないための発想を共有すること、そして明確かつブレずに対応していけるための対応指針を提示し、周知徹底・共有していくことで、このようなリスクを低減していくことが求められます。逆に言えば、様々な揺さぶりに負けないための明確かつブレずに対応していくための指針を提示できずに、担当者個人の属人的な経験やスキル、資質に依存するようでは、上記のようなリスクが顕在化する危険性は高いと言えます。
2.顧客対応を巡る内部統制システムや業務プロセス上のリスクへの対応戦略
以上のリスクアプローチを前提とすると、組織としての危機管理強化に資するための顧客対応指針は、上記リスクアプローチにおける種々のリスクに対して、効果的な方向性や基準を提供できるものであること、具体的には、「内部統制システムの強化を意図した顧客対応要領整備」及び、「顧客対応プロセスにおけるリスクアプローチを踏まえた顧客対応指針の明確化」であることが求められています。
そして、その内容は、属人的スキル(経験、スキル、資質)にのみ依拠しない対応要領であること、また、ケースバイケースや個別化による裁量的対処余地を低減できること、対応プロセス及び基準の明確化により「対応方針とのブレ」を抑制できるものであること、等の要請を満たすことが重要です。
このような種々の要請を満たすものが、本書で提示している危機管理的顧客対応5ヶ条です。
危機管理的顧客対応5ヶ条は、
- 対応担当者レベルでは、「どんな事案でも負けない(ブレない)普遍性(危機管理的意義)」と「誰でも実践できる明確でシンプルな指針(現場における実践的意義)」として機能する
- 経営レベルでは、「CSベースの企業価値向上に資する内容である一方、不当要求によるロスを低減できる真に「収益性」を意図した実務的指針(経営的意義)」として機能する
- 内部統制システムやリスクマネジメント強化の観点では、「種々のリスク対策と内部統制システムの強化に繋がる有効性ある指針(内部統制的意義)」として機能する
ものであると言えます。
「危機管理的顧客指針5ヶ条」が単なる悪質クレーマーや不当要求対応のテクニックではなく、クレーム(CS)対応による収益及び企業価値向上に資する「超」基本(基本を超えた体系的・普遍性を有する)エッセンスであることを改めて認識していただきたいと思います。