内部通報ケーススタディ編 第五回(2014.9)
2014.09.24前回は、内部通報対応の中でもご担当者様の悩みどころであるパワハラ行為に関する懲戒処分をテーマに取り上げ、通報事例※をもとに、就業規則のパワハラ行為の禁止に関する条項の内容について考察しました。第五回である今回は、内部通報担当部門と人事部門との意識の乖離に関するご相談を例に、ハラスメント問題への人事部門の在り方について考えてみたいと思います。
(※)本レポートで言う「通報」とは、当社の内部通報第三者窓口サービス『リスクホットライン®』にこれまでに寄せられた通報(2,415件/2014年8月31日現在)を指します。
第五回「うちの会社っておかしい社員が多くて…」
~ハラスメント問題への人事部門の在り方について~
1.内部通報担当部門と人事部門との意識の乖離
当社のご契約社の中でリスクホットライン®(内部通報制度)をご担当いただいている部門として多いのが「内部監査室」、「コンプライアンス部」、「危機管理(リスク管理)部」である。そのような状況の中、当社リスクホットライン®の運営を通じて常々感じているのがこれらの部門と人事部門との間の、ハラスメント問題に向き合う意識の乖離だ。
内部通報制度の担当部署はトップから直接命題を与えられていることが多く、制度が機能している企業では、トップが、『一つひとつの通報を大切にする』、『従業員一人ひとりを大切にする』という方針を明確に伝えているという点が共通している。そして実際に担当者はどのような通報にも丁寧に対応するよう心掛けるのだが、そのような担当者からよく聞かれる嘆きが、「人事マターなのに人事部が積極的に協力してくれない」というものである。
今回は、ある企業の担当者様からのご相談(特定できないように加工)を例に、この点に焦点を当てながら人事のあり方について考えてみたい。以下がその内容である。
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当社の人事部の考え方に疑義を感じています。人間関係の問題への対応に消極的過ぎるのです。今、実際にある問題が浮上しています。
当社のマーケティング部の部長は、中国語と英語が堪能で部長にもなっているだけあってそれなりに評価はされている人物です。ですが、その部長の下につけたスタッフが次々に痛んでしまうのです。部長は自信家で、『自分はもっと評価されるべきだ』と会社に色々不満を持っている人物です。部下が痛んでしまう理由はハラスメントで、その手法は2つです。一つは、仕事のやり方や資料の作り方が気に入らないと何時間でも『高圧的に指導する』というもの。もう一つが『個の侵害』です。ランチは毎日一緒、夜も毎日のように誘ってくる、休日は自宅に遊びに来いと誘われる…。この部長が以前いた部署では3人が病んで異動や退職をし、両隣の部署の部長からも当該部長の問題を指摘する声があがっていました。そこで人事は、10ヶ月ほど前に当該部長を今の部署に異動させたのですが、その際、異動理由を本人に伝えませんでした。ですので、本人に問題行動を行っているという自覚がないままここまできてしまっているのです。この部長は、注意や意見をすると、攻撃的に反論するため、人事は面倒を避けたのです。そして案の定、現在の部門でもすでに1人が体調不良で1ヶ月ほど休んでおり、もう一人から異動希望が出されています。人事は彼等との面談で、「内部監査室に相談するか、内部通報窓口を利用してはどうか」とアドバイスしたそうなのですが、被害に遭っているのは全員男性で、プライドがあるからなのか、結局、未だに相談はありません。人事曰く、「本人達が相談してこないのであれば対応できないですね」とのこと。この考え方は間違っていますよね?部長に問題があることが分かっているなら対応すべきでしょ。内部監査室としても動く予定ではいますが、このように人事が消極的な状況を脱するにはどうしたらいいでしょうか。
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ある従業員が傍からみて心配になるような「ハラスメント」を受けている場合でも、受けている本人は、『自分が我慢すればいいだけ』とか『自分が悪いのだ』と考えたり、例えばパワハラを受けているということを『恥ずかしい』と思っていたりすることは多い。だからこそ、気付いた人が見て見ぬ振りをすることなく積極的にアプローチする姿勢が必要なのである。
2.人事部門の苦悩 ~うちの会社っておかしい社員が多くて~
ここから、『人事部の消極的な姿勢を変えるためにはどうすればいいか』という本題に入る。
まず、なぜ人事部が消極的になるのか。以前に本レポートで、「問題社員を上手く退職させる方法に関するセミナーが盛況」ということを書いたが、それだけ労使トラブルに悩んでいる人事担当者が多いということが背景にあると思う。自分本位な主張を繰り返し、周囲に悪影響を与える問題社員にウンザリしてしまっている方々が多いのである。実際に人事担当者から、「うちの会社っておかしい社員が多くて…」とか「狂っているとしか思えない奴が多過ぎますよ」などという声を聞くことは少なくない。日々苦情を申し立ててくる従業員に対応し、上手くこなせて当たり前、問題が起これば責められ…人事部門のご苦労は相当なものだと感じている。
リスクホットライン®の通報を見ても、上司への不満・パワハラに関する通報は、通報者と加害者とされる側どっちもどっちと思えるものや、通報する側の主張に全く共感できないものは多い。しかしながら、そんな時こそ、危機感を持って丁寧に対応しないと、通報者が「うつ」になってしまったり、「ウツのきっかけはあの上司の発言だ!」などとして案件が長引き、多大な労力を費やすことになるケースは少なくないのである。問題のある従業員に対しても常に優しい心が持てればそれに越したことはないが、無理をしてストレスを溜める必要もまたないであろう。ただ、大切なのは、「あなた考え方がおかしいですよ」と思っていても、それを相手に悟られないようにすること。『ウンザリ』といった感情が表に出ないようにすべきなのである。また、「言ってやった」などと担当者がうっぷんを晴らす方向に行ってしまえば百害あって一利なし、解決を遅らせ、余計な労力をさらに消費することになる。
一方で前掲の相談事例にあるようなハラスメント加害者についてはどうか。ハラスメントの加害者は自覚がないことが殆どであるため、「このような言動はハラスメントに当たります」等という研修を実施してもあまり改善効果は見込めない。効果的なのは、例えばパワハラを行った上司がいたら就業規則に基づいて毅然とした処分をし、それを可能な範囲で社内周知することが一つ。そして最も有効なのが、然るべき担当者が加害者本人と真剣に向き合い、何が問題なのかを理解させることである。被害者(加害者も然り)の人生を大きく左右する可能性を視野に、誰かが真剣に向き合う仕組みを作ることをお勧めしたい(その仕組みは人事が主体となって作ることが望ましい)。前回、通報をパワハラ店長の教育ツールとして利用し、効果をあげている会社があると紹介したが、その会社では担当者が、パワハラを訴えられた店長と真剣に向き合っていた。
パワハラ等の人事問題にしっかりと対応する姿勢を見せることで、従業員間に会社への信頼が生まれる。問題が暗黙の了解事項となっていながら何もしないということは、逆に会社への不信感を生むことに繋がるのである。不信感を生むだけでなく、社内に点在する同様の問題が解決されない状態が固定化・拡大していくことで、組織が機能不全に陥る可能性すらある(危機的状況を招く可能性がある)と言える。
3.人事部はどうあるべきか ~有識者のお知恵を借りて~
では、人事部はどうあるべきなのか。著者自身に人事部門に所属した経験がないため、有識者の著作物を色々調べてみた。その中で、共感できる部分が多かったのが、戦略的人材マネジメント研究所の代表、楠田祐氏の全8回の連載コラム(※)である。今回、そのコラムから特に響いた部分を抜粋させていただく形で紹介したい。
■ 第三回 これからの人事 ~求められる人事担当者像とは?~ より
- 人事の専門能力を狭義に捉えるのではなく、人事として経営に貢献していくために必要な専門性や知識は何か、という発想が必要となってくる。
- 経営層に対して「ソリューション」を提供できるための力、が必要になってくる。(中略)そのためには、人事部の中で起きていることだけではなく、社会の流れ、現場の現状などを常に勉強していくことが大前提だ。
- 資質・能力という面では、まず、「人を尊敬し、大事にすること」。実は、これが何より大事な資質・能力だと思っている。
- 人事にも、案外人が好きではない人たちがいる。人にはあまり興味がないけれど、「労働法が好き」とか、「制度を作るのが好き」といった、ある種マニアックな世界で専門性を磨いてきて、結果人事部長になっているような人もいるのだ。それは、人材をマネジメントしていくにあたって、思っている以上に危険なことだと思う。
- 人事には「賢い」人が配属されることが多いから、実は案外人の話を聞けない人がいる。特に、現場の話を素直に聞いて、素直に反省し、そこから学ぼうとできる資質は重要だと思う。
- 自分自身がわかっていない人に、相手のことがわかるはずがない。また、自分がわかっていない人は、軸がぶれる可能性が高い。当たり前のようだが、「自分自身がわかっている」というのは、人を扱う仕事に就く人には重要な資質なのだ。
- 私が多くの人事担当者に会うなかで、常々「足りない人が多いな」と感じている資質は、特に以下の4つだ。
・好奇心/・社交性/・オープンマインド/・向上心
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- 日本の経済は、もはや大量生産・大量消費の時代ではない。だから、キャッチアップ型のビジネスモデルはもはや通用しない。これまでにない新しい価値をいかに創造するかが、今後の企業にとっては勝負所である。
■ 第七回 人事部をめぐるトピック8「メンタルヘルス問題への対応」より
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- メンタルヘルスの問題はキャリアの問題と切り離して考えられない。(中略)従って、こういう問題を抱えている人たちに「月に2回、産業医がくるので、困ったことがあれば相談に来てください」と言っても、なかなかやってこない。そのうちに、本当にメンタルな問題が出てきてしまって、会社にこなくなってしまう、という悲劇が起こる。そのことに気がついた企業は、人事担当者にキャリアカウンセラーの資格を取得させたり、既にそうした資格を持っている人を人事に異動させるなどし始めた。彼らが現場に足を運んで、若い社員と話をする機会を持ち、キャリアの問題として解決できるものは異動などで対処し、異動ができない場合は上司との話し合いを持つなどして、メンタルヘルスの問題になる前に解決していこうとしている。社員がうつになって、良いことはひとつもない。水際でどう防いでいくのか。これからの人事の課題だろう。
いかがだろうか。相談事例の解決策の提示に有識者のお知恵を借りる形になったが、同コラムには上記以外にも人事担当者の方々にご参考していただけそうなポイントが沢山書かれているので、是非一度お読みいただければと思う。
本レポートの第3回でも取り上げたが、いわゆる「新型うつ」の増加が社会問題にもなっている。リスクホットライン®を通じて日々打たれ弱い若者、著しく協調性のない若者、他社への思いやりがなく自己利益ばかりを追求する若者を目の当たりにしていると、そのような若者を全て企業が排除していったら、失業率が増加し日本経済を圧迫するだけでなく、不満から犯罪率の増加にも繋がるだろうと考えさせられる。上司であれ部下であれ、問題のある従業員にこそ積極的に向き合い、個性を尊重しながら、上手に使いこなし、あるいは共存していく方法を探っていくことが、企業に与えられた社会的責任の一つになっていると考える今日この頃である。
なお、今回は人事部にスポットを当てたが、ハラスメントへの対応には多大な時間と労力がかかる(心療内科やカウンセリング的な専門知識も必要になってくる)ため、人事部だけに任せるのではなく、社内関係部門および社外の専門家等と連携しながら対応できる体制を整えることが重要であるということを最後に申し添えたい。
本レポートの第3回でも取り上げたが、いわゆる「新型うつ」の増加が社会問題にもなっている。リスクホットライン®を通じて日々打たれ弱い若者、著しく協調性のない若者、他社への思いやりがなく自己利益ばかりを追求する若者を目の当たりにしていると、そのような若者を全て企業が排除していったら、失業率が増加し日本経済を圧迫するだけでなく、不満から犯罪率の増加にも繋がるだろうと考えさせられる。上司であれ部下であれ、問題のある従業員にこそ積極的に向き合い、個性を尊重しながら、上手に使いこなし、あるいは共存していく方法を探っていくことが、企業に与えられた社会的責任の一つになっていると考える今日この頃である。
参考文献
(※)人材組織研究室コラム 「これからの戦略人事組織の役割 ~平成20年間から見た人事パラダイムシフト~」戦略的人材マネジメント研究所 代表 楠田 祐氏